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前 吹き荒れる吹雪が陽を隠す。薄闇が蟠る雪原の中、雪に足を取られて声聞は何度も何度も転んだ。それでもまた立ち上がって走り出す。もうどこを走っているのかも分からない。ただひたすらに逃げなければいけないことだけは分かっていた。 一寸先でも定かではないこの天気の中ならともかく、雪が晴れたら声聞が生き延びられる可能性はゼロだ。だからそれまでにあの二人から距離を稼いでおかなければならない。頼みの綱であった奇襲が失敗した今、声聞にできることはほとんど残っていない。 ――死にたくない。 獣と人、二種の祖先から受け継いだ中でもっとも単純な本能だけに突き動かされて声聞は走った。 しかしそれも、眼前に巨大な黒い影が現れたことで中断される。 「うぁっ!」 情けない悲鳴をあげ、頭を抱えて声聞は横に飛ぶ。その後に来たのは硬い地面の衝撃ではなく浮遊感だった。しまったと思う間もなく体は落下を始め、最初の予想を遥かに超える衝撃がやってくる。崖から落ちた、と認識したところで声聞の意識は動きを止めた。 アオイはそろそろ限界に達しかけていた。獣人、それもたった一体を相手にここまでてこずらされるとは。いっそのこと撃ち殺してやりたい気分だったが、そんなことをしたらどんな処分が下るか知れたものではない。 八つ当たりする相手もおらず、煙草も吸えず。 苛立たしさを振り払うようにアオイはバイザーの雪を拭い前を向いた。これが最後だと思えば我慢できる。こんな機会を与えてくれた神には感謝しなくてはならないかもしれない。それから、あのクソッタレな上司にも。 「……ああ、そうだ」 アイツを捕まえて雪上車まで運んだら、手か足を貰おう。尻尾でもいい。ちょっとぐらい痛めつけたって構いはしない。なにせ五本もあるのだ、一本や二本「姉」にくれたっていいだろう。我ながら実にいいことを思いついた、とアオイは小さく鼻歌を歌いながら探索を再開した。 「……う」 声聞が気絶していたのは時間にして四、五分といったところだろうか。崖がそこまで高くなかったのと、地面に雪が積もっていたのが幸いしたらしい。どうやら冬将軍は声聞を気に入ってくれているようだ。体には怪我一つなく、ポケットの中の秘密兵器も潰れていない。 「生きてた……」 あまりの出来事に声聞の口からは呼吸音のように掠れた笑い声が漏れる。崖の上に登ったときその笑いは更に大きくなった。 吹雪の中で影と見えたのはただの大きな岩だった。それが荒い視界の中で声聞の恐怖心を察してあの黒い獣のように現れたのだ。 「岩に殺されかけましたなんて笑えないだろ、ああもうっ!」 声聞に軽く殴られた岩はその白い化粧を剥がされ、不満気に黒々とした肌を見せている。なんとなくいけないものを見たような気がして岩を見上げた声聞は、不意に自分がここを知っていることに気づいた。 昔、よく六道と訓練した場所。自分が銃の的として撃ったのはこの岩ではなかったか。慌てて雪を剥がすと確かに弾痕らしきものが見て取れる。記憶の中の地図を引っ張り出して考える声聞の頭の中では新たな作戦が組みあがり始めていた。前提条件ですら成功する確率が三分の一という危うい作戦だが、どうせ勝ち目のない戦いだ。かすかに見えた勝機にすがってもいいだろう。 付近に黒い影が見えないことを確認すると、声聞は急いで崖を下り始めた。 最新技術で作られたとは言え、さすがのフェンリルもそろそろ苦しくなっていた。零下における長時間活動のせいで銃器は凍ってしまって作動不良を起こしているし、生体パーツもところどころ機能しなくなってきている。三太郎という名があった頃から使っている目玉をぎょろりと動かし、フェンリルはいったん停止した。 『索敵パターン再設定。動体反応配分増加。聴覚カット。第一第二活性抑制プラント作動。索敵再開』 パン。 AIが調整を終えてフェンリルが動き出そうとしたところで小さな破裂音が耳に届く。すぐさま脳内に仕込まれたコンピュータはそれが銃声だと結論した。 人間に組み込まれたプログラムに従いフェンリルはそちらに向かって走り出す。一瞬アオイのことを考えたが、無線が破壊された今ではどうすることもできなかった。 来た。 薄れてきた氷のカーテンの向こうに見える歪な姿を見て声聞はそう呟いていた。三分の一の賭け、すなわちアレが来るか、人間が来るか、その両方か。それに勝ったのはいいものの、この慄きはどうしようもない。遠くからでもはっきりとあの目が自分を見つめているのが分かる。怖い。怖い。殺される。死にたくない。 どうして叫びださないのか自分でも不思議に思いながら声聞はショットガンを構えた。敵をおびき寄せるために撃った一発はその役目を果たしてくれたらしい。不確かなことで弾を一発消費するのは躊躇われたし、随分勇気が要った。戦場で生死を分けるのはえてして一発の弾や一寸の差、欠片ほどの冷静さ。そして運なのだ。 声聞が立っている所は開けた平地の中程であり、木や岩などの遮蔽物は一切ない。まるで人間のスケートリンクのように広々と平らなそこは、誰かを追い詰めるには絶好の場所だった。理由があるとは言え、こんなところを選んだのは自殺行為と言っていい。 「……ふ」 軽く息を吐き、呼吸を整えてトリガーに指をかける。まだ射程外だが、そう時間もないだろう。こうしている間にもあの化け物は信じがたい速度で迫ってきている。 勝負は一瞬。それしかない。必殺の一撃を決められなければそれで終わり、あの銀の腕に全てを奪われてしまう。こちらの得物はもうショットガンしか残っていない。面の制圧力はあるものの、点の貫通力には乏しい代物だ。映像から判断してこちらの方が有効だろうと持ってきたものだが、いざ使うとなるとやはり不安が残る。とにかく射程が短いのだ。 頭の中に浮かび上がる余計なことを振り払い、声聞はただただ目の前の敵を見据えた。 落ち着け。怯えるな。懼れるな。今はただ、信じるのだ。 自分を。 自分の作戦を。 自分を駆り立てるこのわけの分からない衝動、体の一番深い部分から聞こえてくるこの囁きを。 フェンリルは最初に発見されたときの半分にまでその距離を縮めていた。声聞が銃口を向けると素早く軌道を変更し、また迫ってくる。想像以上のスピードに圧倒されつつも、声聞はショットガンを構えてトリガーを引いた。 「疾ッ!」 轟音とともに飛び出した銃弾は大地に幾つもの穴を穿つが、その目標である相手に届くことはない。躊躇うことなく突き進んでくる敵に向かって声聞はもう一度発砲した。 有効距離には少し遠いそれをフェンリルは難なく回避して声聞を睨む。自分が壊した機械の眼と生の眼、どちらも虚なそれの視線を受けて声聞は僅かに怯んだが、それを振り払うように再び装弾を行う。こちらの射程距離内に入ったことを知ったのか、怪物は動きを止めてじっと様子を窺っている。 声聞の防寒具の下を汗が伝った。ショットガンの中でもポンプアクションを必要とするタイプは速射性に劣る。装弾の度にスライドさせて排莢する必要がある以上、一度撃った後に接近されると弱いのだ。おそらく、相手もそれを知っているから待っている。 「っ!」 それでも声聞は撃った。至近距離から放たれた銃弾をフェンリルはその腕で防御するが、兆弾を体に受けて大きく吼える。その隙に声聞は再度発砲した。 黒い銃口から吐き出された弾丸は大地に直撃し雪を舞い散らせる。それも、見当違いの方向で。焦る声聞がもう一度排莢する前にフェンリルは声聞に飛びかかった。 「ひ!」 自分の何倍もの質量を持つ相手に組み伏せられて声聞は悲鳴をあげるが、ショットガンを構えることは忘れない。生体部分の腹部に硬い鉄を押しつけられ、フェンリルは獲物から体を離す。 「わあぁっ!」 地面を転がってフェンリルから離れ、声聞は出鱈目に撃ちまくる。狙いすら定めていないその攻撃はフェンリルの周りの地面を傷つけたが一発として命中しない。やがて軽い金属音と共にショットガンはあっけなく弾切れを起こした。 「あ……っう……」 用をなさなくなったショットガンを震える手で握り締め、声聞は後ずさる。そんな彼を確保しようとしてフェンリルは足を踏み出そうとして。 止まった。 「……?」 足元から、弾痕から広がる、ヒビ。氷のキャンバスの上で音もなく這い回り、その勢力を広げていく。 「小さい頃、ここでよく遊んだ」 ショットガンを放り投げる音と重なっても、声聞の言葉はよく聞こえた。 「夏はボートを浮かべて魚釣りをしたんだ。あまり釣れなかったけどな」 「?」 「冬は氷が張ってつるつるだった。転ぶと痛いのは分かってるんだが、それでも滑るのが面白くてよく遊んだ」 「ガ? グ?」 状況も声聞の言葉も理解できず、フェンリルは混乱した頭でただ立っていた。槍で破壊された部位がノイズを発しコンピュータの動作を遅らせる。さっきまで怯えきった小鳥のようだった声聞は不気味なほど落ち着き払っていた。 「でも、冬に魚釣りしたくなったときがあった。あまりにも氷が分厚いものだから、少し叩いたぐらいじゃびくともしない。仕方ないから銃を持ち出して撃って割ったんだが、そこで落ちてな。六道が来てくれなかったら、溺死か凍死していただろう」 「あ……?」 フェンリルの頭の中に曖昧な記憶が蘇る。 この第六区域は自分の故郷だ。この辺りのことは知っているし、声聞が言っていることは自分もやった覚えがある。ああ、ここは―― 「ここはいいところだ。お前も知ってるだろう、三太郎。この――池は」 弾痕と弾痕の間を細い線が伸び、繋がる。ヒビは大きく広がり、いまやフェンリルを囲んで大きく広がっていた。それが声聞が言い終わるのを待っていたかのように大きく裂け、落ちる。声聞によって何発も銃弾を受けた氷がサイボーグの体重を支えきれなくなったのだ。 逃げる間もなく池が口を開き、フェンリルを飲み込む。後には何一つ残らなかった。 水飛沫を被らないように気をつけながら、声聞は嫌な気持ちに囚われていた。 敵は明らかに自分の演技に騙されていた。それはつまり、まだ少しだけでも心が残っているということ。できることなら、そんな相手を殺したくはなかった。 「……く」 ショットガンを拾い上げると、声聞はもう一人の敵を求めて歩き出した。 戦って相手を殺さずに済むのは、自分が圧倒的に強いときだけだ。声聞はそこまで強くない。彼が勝ったのは単なる偶然の積み重ね、俗に言う奇跡のおかげ。一つでも間違ったら死んでいたのは確実に声聞の方だ。 だから声聞は謝らなかった。謝らずに、ただ戦うことにした。 次 アオイ 三太郎/フェンリル 声聞
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前 撃つ。撃つ。撃つ。荒い映像の中、黒い人影はリズムよく発砲する。それにつき従う黒い影もまた逃げ惑う獣人たちに襲いかかりその命を破壊していく。木々の間に設置しておいた監視カメラは一つの集落が消えていく様を克明に記録していた。 分かっているだけで五。おそらく八。最悪、十。それだけの集落がこのコンビに殺されている。幾度となく再生した映像を停止して、声聞は深く溜息をついた。これだけの犠牲を出してなお、たった二人の死神を止められない。声聞はそこに獣人の限界を見ずにはいられなかった。この調子では百人投入したところで倒せるかどうかも怪しい。 獣人は確かに人間と比べて身体能力が高い。種族によって若干のばらつきがあるものの、全体として高いポテンシャルを誇っている。獣人と人間が争う場合、単純な殴り合い、またはバールのような鈍器を使っての殺し合いならば、まず間違いなく獣人が勝つ。 だが、銃器を使っての近代戦となると両者の位置は逆転する。高い身体能力は大きなアドバンテージだが、それを打ち消して余りあるディスアドバンテージがあった。 高度な作戦行動を理解できない。複雑な近代兵器が扱いきれない。 結果、突撃銃を持って大人数で突撃という戦法一択となってしまう。今まではそれで何とか通してきたが、今回はそれは許されないようだ。 声聞がもう一度映像を再生しようと伸ばした手は優しく遮られた。 「六道?」 「何回見たら気が済むんですか。最近は朝から晩までそればっかりです」 「……ああ」 いつのまにか声聞の後ろに立っていた六道はやれやれと首を振った。それと気づかれないように気をつけつつ、声聞は急いで画面を消す。自分の世話係になる以前、六道は戦闘教官だったと聞いていた。その教え子が何人も何人も彼らに殺されているとも。そんな彼女の前でいつまでもこれを表示しているほど声聞はデリカシーがない獣人ではない。 「気を使わなくていいです。対策会議のときに私も見ましたから」 「……そうだったな」 先程の会議の様子を思い出して、声聞は一層憂鬱になった。いくら獣人たちが集まったところで、作戦を決定するのは結局のところ声聞だという欠点。生きた目撃者がいないという事実は敵の練度の高さと徹底の証。人材不足に情報不足。明確な打開策がないまま会議は終わってしまった。状況を変えられるのは自分だけだという重圧が声聞に重く圧しかかってくる。 「こら」 六道はそんな声聞の耳を掴んでめっと叱った。 「まーた考え込む。やめなさいと言いました」 「でも、これは考えないと」 「こんな部屋に引きこもってぐるぐる考えててもいいことないですよ。たまには気分転換も必要です」 「……うん」 素直に頷いた声聞の頭を六道はよしよしと撫でる。目を細め、声聞はしばらくその懐かしい感覚に浸っているようだった。控えめにぱたぱたと揺れる尻尾を見て六道は優しく微笑む。こんなことをするのは何年ぶりだったろうか、とふと思った。 「お腹すいてます?」 「うん……ちょっと」 「何か軽いもの作ってきてあげます。何がいいですか? カボチャのスープ?」 「それは……ちょっと」 みるみる元気を失っていく尻尾を見てつい笑ってしまうと、恨めし気な視線が飛んできた。 「分かってます分かってます。いくつになっても声聞さまはカボチャが嫌いなんですね」 「いい加減許してくれよ、頼むから」 遂に耳まで伏せてしまった彼の頭を優しく叩くと六道は部屋を出た。彼が大好きなトマトスープの材料はまだあったかしらと記憶の箪笥を引っくり返しつつ。 「……ふぅ」 六道がいなくなった部屋で声聞はがっくりと肩を落とした。本当に、いくつになっても彼女にはかなわない。さっきまで従順な部下の顔をしていたと思ったら、いつのまにか教育者の顔でお小言を並べ立てる。後者は二人きりのときに限るとは言え、扱いづらいことこの上ない。 「いつからだったかな……」 当面の悩み事を忘れ、声聞は六道とのことを思い返していた。 最初に会ったのは、確か乳母と引き離された直後だ。眠り続ける縁覚の隣りで幼い声聞は一人しくしくと泣いていた。自分を世話してくれていたいつもの雌は姿を見せず、来るのは猛々しい雄の獣人ばかり。怖くて寂しくて悲しくて、声聞は縁覚と二人きりのときはついつい泣いてしまった。 そんな状態のときに来た六道は、あまりにも怖かった。 目つきは鋭く動作は荒々しく。しかも、いつも自分達を覗きに来ていた顔に恐ろしげな傷のある虎まで彼女にへいこらしている。声聞は本能で悟った。このひとは、つよくてえらい。 「少佐、こいつらが例の双子か」 「はっ、そうです」 「フン……これが希望、か」 声聞は涙を拭いて精一杯六道を見上げた。どんなに怖い獣人でも、こうしていればいなくなってくれることを知っていたからだ。我慢していれば、いつかは終わる。 「私は六道。今日からお前の教育係となった。これからは寝食を共にし、常に一緒にいることとなる」 声聞は縁覚を抱えて逃げだした。 それからの日々は声聞にとって地獄だった。毎日毎日厳しい訓練をさせられ、それが終わると六道手製のまずい料理を食わされる。勉強の時間だけは厳しい視線が緩んだが、かといってサボると罰が待っている。寝るときでさえ監視されている気がして声聞はビクビクしていた。 日に日に募っていた不満が爆発したのは、ある日の夕食時だった。目の前に出されたカボチャスープの皿を押しのけ、声聞はきっぱりと言い張った。 「……食べたく、ない」 「食べろ」 「嫌だ!」 投げつけられたスープ皿を六道は受け止め、それで思い切り声聞をぶん殴った。 「甘ったれるな!」 「やだ! やだやだやだやだやだぁ!」 スープまみれで泣き叫ぶ声聞の首根っこを引っ掴み、六道は声聞を外へ引きずり出した。 声聞専用の家を出てしばらく行くと、そこは獣人たちが住居を作っている小さな集落だった。みすぼらしい掘っ立て小屋が並ぶ中、六道は地面に声聞を放り投げて怒鳴りつけた。 「見ろ!」 騒ぎを聞きつけて獣人たちが集まってくる。見知らぬ他人に囲まれ、声聞は怯えて鳴き声をもらす。そんな彼を睨みつけて六道は吼えた。 「見ろ! お前が無駄にしたスープのために、彼らが何を犠牲にしているか!」 獣人たちは一様に痩せこけ、あばら骨が浮き出ていた。農業に従事していたことはあるものの、自分達では食物を生産できないその頃の獣人たちは恒常的に飢えに苦しんでいた。木の皮ですら常食となる。そんな彼らの窮状を見せつけられ、声聞は衝撃で頭がどうかなりそうだった。 「分かるか! 彼らだけじゃない。前線で兵士達も人間と戦っている。誰のためだ?」 「うっ……ひぐっ……」 「お前だ! そうやっていつまでもメソメソ泣いている、お前! お前のためにどれだけの犠牲が払われているのか、理解しているのか!」 「だって、だって」 「だっても何もあるか! 皆、お前のために戦っているのだ! それなのに!」 「くぅぅ……」 蹲ってただただ泣き続ける小さな子供。そんな彼に、六道は冷たく言い放った。 「救世主の名を持ちながら、お前は何とも戦っていない……最低、だ」 踵を返してその場を後にする六道の胸はすっきりしていた。やっと言いたいことを全部言えた。ここまでやれば、もう彼女に救世主の教育係をやらせようとする者はいないだろう。今日は祝いに一杯部下とやって、それからまた以前の職務に戻ろう。そうしよう。 そんな彼女を引きとめたのは低い唸り声だった。 「……違う」 「何?」 「僕は、戦う」 「……私とだろ? バカバカしい」 「違うよ」 そう言って六道を見る声聞の瞳はさっきまで泣いていたとは思えないほど澄んでいた。 「大人が言ってた。僕はいいけど、縁覚は役立たずだって。処分してもいいかもって。だから僕は縁覚のために戦う。あの仔が殺されないために戦う。縁覚のためだったら、僕はどんなことだってやってみせる……あなただって、殺す」 冷静に見ればどうしようもなくエゴイスティックな理由だったし、六道はそこで彼を張り倒すべきだった。が、それを許さない何か、歴戦の勇士である六道ですら気圧される何かが声聞の瞳には宿っていた。 「……帰る。縁覚のところへ」 立ち上がり、よろめきつつも歩く彼を六道は自然と支えていた。もう自分は彼を認めるしかないのだと、そのとき彼女は悟った。 それから二人の関係は少しマシになった。六道はわざと厳しくするのを止めたし、声聞もできるだけ彼女の期待に応えようと頑張った。六道が料理下手なのを告白してからは声聞が料理書を読み、六道がその通りに作ろうと奮闘するようになった。二人が初めて作ったトマトスープは意外に悪くなかった。 「あの頃に比べると上達したんだよな、料理」 椅子に腰かけ、声聞は複雑な思いに囚われていた。自分がある程度権力を持つようになると、六道は自分に敬語を使い、従順な部下として振舞うようになった。何度止めてくれと言っても六道は首を横に振った。ケジメを示すためにそうしなければならないのだと分かっていても、声聞は悲しかった。まるで彼女が自分との間に勝手に溝を引いてしまったようで。 説教が長くなったのはどうかと思うけどな、と声聞が苦笑したとき。にわかに外が慌しくなり、ドアを開けて下っ端の獣人が飛び込んできた。 「どうした!」 「例の二人組に巡回中の兵士が襲われて、今一人だけ帰ってきたんです!」 「分かった、今行く!」 暖かな過去から冷たい現実に放り込まれた心を奮い立たせるために、声聞は勢いよく椅子から飛び出した。 後 六道 声聞 大佐
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前 ひどい有様だった。狭い部屋の中に救護班、兵士の仲間、野次馬などさまざまな獣人たちがすし詰めになって、それぞれ勝手気ままに動き回っている。その中心には例の負傷した兵士が寝かされていた。 混乱の中を右往左往した末、声聞はなんとか顔見知りの救護班の一人を捕まえることに成功した。 「ミサキ、状況は?」 「あ、声聞さま! 弾丸自体の殺傷力は小さかったようですが、当たり所が悪かったみたいで、流した血が多すぎて……」 「……助かる可能性は?」 黙って首を振る彼女の顔を声聞はじっと見つめていた。まだ少女といってもいいミサキの顔には深い悲しみが刻み込まれている。そういえば、第二区画の英雄と呼ばれた大佐を看取ったのも彼女だと聞いた。立場柄見てきたのだろう。見てはいけないものを何度も何度も。 「分かった。今後の処置は?」 「……これ、です」 震える手でミサキが差し出したのは一本の注射器だった。 せめて楽に逝けるように、麻酔で痛みを和らげてやること。 自分がそう規定したことながら、声聞はその残酷さに胸を刺される思いがした。 「後は俺がやる。ありがとう、ミサキ」 「わ、私、助けたいのに……助けたいのに、こんなことばっかり……」 うつむいて声にならない嗚咽を漏らす彼女の頭に触れると、声聞は注射器を受け取ってそこを離れた。彼女の仕事は終わった。声聞の仕事はこれからだ。 「皆!」 声聞のその一声で室内が水を打ったように静まりかえる。啜り泣きだけが続く中、声聞は声を大きく張り上げた。 「救護班の皆はご苦労だった。もう……撤収してくれ。関係のない者も去れ。以上だ」 救護班の獣人たちは手早く道具をまとめ、迅速に部屋から出ていった。そんな中、何もなさそうな一団がぐずぐずと部屋の中に居残っている。声聞の視線を受けて彼らは竦みあがったが、やがてその中の一人がおずおずと手を上げた。 「……なんだ」 「あの、襲われたのってここの近くなんですよね?」 「そうらしいな」 「それで、ここに奴らが攻めてくるって可能性は……?」 幾つもの怯えた視線に晒されて、今度は声聞が圧される番だった。早く彼らを安心させなければいけないと思うのに言葉が出てこない。手の中の注射器を握り潰さないように気をつけながら、声聞はどうにかこうにか言葉を選び出した。 「大丈夫、ここはちゃんとカモフラージュされているから、そう簡単に見つかりはしない。もし来たとしても……俺が、なんとかするよ」 声聞の言葉に獣人たちは皆一様にほっとした様子になる。ぞろぞろと部屋を出て行く彼らの背中を見ながら、声聞はどうしようもない憤りを感じずにはいられなかった。疑いもせず、自分の頭で考えもせず、与えられた言葉をただ信じるだけ。どうしてそんなことができるのか。 声聞はそう考えた自分を嫌悪した。それだけ彼らが自分を信じてくれている証拠だし、そうでないと困る。自分で考えられないのは彼らの咎ではない。所詮、八つ当たりだ。 先程までやかましかった部屋は随分と静かになっていた。残っているのは兵士とその仲間らしき獣人たち、声聞。そして六道。 「火宅! しっかりしろ火宅!」 兵士の手を握り、六道は必死にその名を呼ぶ。火宅と呼ばれた豹人の彼が死神の腕に抱かれているのは、誰の目にも明らかだった。 声聞を振り返った六道はその手にある注射器を認め、歯を剥き出して唸る。 「……六道」 「イヤです」 「六道」 「分かってます。でも!」 「六道……」 このまま強引にやってしまってもいいものか。声聞の心に生じた迷いは火宅の咳に掻き消された。 「……ぁ……」 意識を取り戻したのか、火宅は首を動かして周りを見ようとする。六道はそんな彼の手を握り、意識を保とうと呼びかけた。 「火宅、火宅! 聞こえているか!」 「教官……?」 「そうだ、六道だ! しっかりしろ! そんな軟弱者に育てた覚えはないぞ!」 「……ぅ……」 突然火宅は泣き出して顔を背ける。そんな彼を振り向かせようと六道は色々と話しかける。声聞はそんな二人を黙って見ていることしか出来なかった。 「すいません……」 「火宅?」 「俺、逃げちゃったんです……さいてーですよね……だからもう、俺教官の顔見れないっていうか、ほんと限界で、俺、あー俺何言ってんだろ、もうわかんねー、はは、俺、あーもう、あぁ……」 話している間にも火宅の声はどんどん弱々しくなっていく。嗚咽を堪え、六道はただただその命を此岸に繋ぎとめようと手を握っていた。 「軟弱者。お前のような奴は私が一から鍛えなおしてやる。だから……死ぬな! 火宅! 火宅!」 「……また、教官に鍛えられるのは、ちょっと勘弁なんで、俺、あっちで大佐にしごかれてきます……ごめん……な……さ……」 火宅は気丈にも笑みを浮かべ、それが死に顔になった。 一つの肉体から命が消え、物言わぬ屍に成る。教え子の骸を抱いて六道はしばらく肩を震わせていたが、突然顔を上げると遠吠えを放った。一人の体から出ているとは思えないほど大きな叫びが部屋を越え、どこまでも広がっていく。原初の哀しみを孕んだ響きは永遠に続くように思われた。 いたたまれなくなって部屋を出た声聞を待っていたのはミサキだった。 「ミサキ?」 「声聞さま……」 ミサキはひどく傷ついた顔をしていた。六道の哀号はまだ続いている。声聞は彼女をいたわろうとして、不意に自分も傷ついていることを知った。二人の間に沈黙の帳が下りる。 それを振り払うようにミサキの手が突き出される。薬品で漂白されてしまった肉球の上に乗っているのは、小さな黒い金属片だった。 「これは?」 「あの人を……殺した弾です。ちょっと変なので、声聞さまに見てもらおうと思って……」 ミサキから受け取ったそれを声聞は廊下の照明にかざして見る。一つの命を奪ったというのに、光を受けて小さな無機物はきらめいた。 手に持ってみると確かに普通の銃弾より重い気がする。何より目を引くのは明滅を繰り返す赤いランプ。 ――発信機。 声聞の思考に確信を伴ってその単語が浮かびあがる。彼の狼狽を感じ取ったのか、ミサキは一層不安そうな顔をした。 「どうでしたか?」 「いや、なんでもないよ。これもらっていいかな?」 「やっぱり何かあったんですね、それ」 「大丈夫、俺が何とかする。大丈夫だよ」 なおも不安げなミサキに手を振ると、声聞は走り出した。 防寒具。ショットガン。拳銃。槍。 武器庫からそれらの品を運び出すと、声聞は最後の一つを取りに向かった。 広い第六区域の隅にある小部屋。誰も使っていないであろうそこは、何かを隠しておくのに絶好の場所だ。幼い頃の声聞はよくそこに逃げ込んでいたものだった。声聞だけの秘密の場所。 薄暗い中に忍び入りながら、声聞は思わず笑ってしまった。昔と違って怒られるわけでもないのに、こうしてこそこそしている自分はかなり滑稽に違いない。見つかりたくないのだから仕方ないのだが。 目的の品を棚から出して防寒具のポケットに入れた。割れてしまわないか心配だったが、これ以上どうしようもない。なるようになるしかないだろう。 そう諦めた声聞が部屋を出ようとしたところで、突然後ろから誰かに羽交い絞めにされてしまった。 昔、よく訓練でやられた通りに。 「動かないで」 「ここを知っていたのか……」 「話を逸らさないで」 「六道、俺は……」 「分かってる。私より弱いくせにたった一人で行こうなんて。無茶よ……」 小部屋の暗がりに潜んでいたのは六道だった。普段の敬語は忘れられ、声聞を拘束する腕は痛みを感じさせるほどに強い。彼女は、本気だ。 「今のあなたは責任の感じすぎで冷静じゃない」 「俺は冷静だよ」 「嘘。本当に冷静なら隊を組織して迎撃に向かうはずよ」 「それじゃ犠牲が多すぎる」 「他の奴らがどうなったっていいッ!」 「――六道ッ!」 「ひどいこと言ってるのは分かってる。だけど! あなたが死んだら終わりじゃない! あなたが死んだら……」 声聞を拘束する腕が緩み、やがてだらりと力を失う。大粒の涙を零す六道を声聞は優しく抱きしめた。 「そうやって、あなたはいつまでも甘いのよ……」 「そうなのかな」 「そうよ。いつも無理ばっかりして。私がどれだけあなたを心配してるか知らないでしょ」 「知ってるさ」 「そんな気がしてるだけよ……」 泣き濡れた六道を見て声聞は綺麗だと思った。縁覚以外の誰かを綺麗だと思うのは初めてだった。 「約束して。生きるって。生きてくれるって」 「……」 「あなたがいなかったら私は生きていけない。あなたは私の全て。あなたのためなら私はなんだってやってみせるわ」 「うん」 「だからお願い、約束して……生きるって」 それだけ言うと六道は床に崩れ落ち、穏やかな寝息をたてはじめる。声聞の手には先程の注射器が握られていた。 「ごめんな、六道……ごめん」 自分が深い眠りの中に投げ込んだ彼女に謝ると、声聞は外に繋がるゲートに向かって走り出した。 獣人のために。縁覚のために。六道のために。 後 ミサキ 六道 声聞 火宅
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前 寒い。 そう、思った。 薄暗い部屋の中はどこもかしこも無表情な金属に覆われている。まるで全てを拒んでいるような、そんな圧迫感。嫌な感触だ。 そこまで考えたところで腹部に鋭い痛みが目覚めた。腹を食い破られたかのような激痛が意識をあるべき覚醒状態に押し戻す。 「……アオイ、起きたか?」 後ろから聞こえたおずおずとした声の主は見なくても分かっている。私の「弟」。クソ忌々しい獣人どものリーダー。 「分かってるなら聞くな」 「うん」 声聞の声が暗闇に吸い込まれていく。なぜかそれに神経が逆撫でされて、私は憚ることなく舌打ちした。 「辛いか?」 「辛いに決まってるだろう。バカか?」 「そうだね。そうだ」 頼みの防護服は脱がされており、今の私は薄布一枚だけで床に転がされている。手首と足首も丁寧に縛られていて、自分ではまず解けないだろう。おまけに腹の傷がじくじくと痛む。こんな状態の人間に辛いかと聞いてどうする。バカが。 獣人の前で芋虫みたいに這うなんて屈辱だったが、しかたがない。なんとか体を捻って声聞の方を向く。暗い部屋の中、緑のカプセルをバックに浮かび上がる白い影がそこにあった。私の視線に気づいたのか、声聞はカプセルを指さして説明する。 「これが獣人培養装置。俺たちを産み出した装置だ」 「知らないはずがないだろう」 「……そうだったな」 声聞はそう呟くと、座っていた椅子を立ってこちらに来た。 「何をする気だ?」 「傷の手当て。痛むなら鎮痛剤を塗る」 「いらん」 「でも、辛そうだ。血の匂いもする」 「いらんと言っているだろう! 獣人が私に触るな!」 精一杯怒鳴ったつもりだったが、口から出た声はだいぶ弱々しかった。私の態度に何の反応も示すことなく、声聞はすとんと椅子に座る。それがまた癇に障る。この苛立ちを誰かにぶつけることもできず、私は縛られた手で思いきり床を殴った。 「少し、緩めようか」 「あ?」 「その縄。痛いか?」 「……そんなことをするぐらいだったら解け」 「そうしたら、アオイはどうする?」 「お前を殺してやる」 「なら、駄目だ。俺は約束を守らないと」 「約束?」 「そうだよ、約束。俺は約束を守らないといけないんだ」 闇の中で聞こえる声聞の声は抑揚を欠いていた。不気味なまでによく似ている。こいつに殺されたフェンリルの声に。 「アオイ」 「……なんだ」 「アオイは、獣人が嫌い?」 「わざわざ聞くようなことか?」 「嫌い、なの?」 「そうだ」 「三太郎のことは、嫌いだった?」 「嫌いに決まってるだろう」 「それは、悲しいことだよ」 「……好きに思え」 バカみたいな会話を繰り返しながら、私は嫌な空気をひしひしと感じていた。今のこいつは正常じゃない。同じ平淡さでも、フェンリルとこいつでは思いきり違う。何かがずれている。壊れているのかもしれない。いつの間にか嫌な汗で体がぐっしょりと濡れていた。 そもそもなぜコイツは私を殺さないのか。保健所の職員としていくつもの集落を焼き払い、数え切れないほどの獣人を殺した。加えてあの雌、六道と言ったか。彼女を自分の手で殺す原因にもなった。公私共に恨みは十二分のはずだ。殺さない理由がない。 「……おい」 「何?」 「どうして、私を殺さない」 「光が欲しかったんだ」 「はぁ?」 支離滅裂な回答。先程から胸を圧迫する何かがどんどん強くなってくる。こいつ、狂っているのかもしれない。 そう考えると昔見た映像が頭の中に蘇ってきた。保健所の研修で見せられた、人間が獣人に殺される動画。 腹を裂かれて内臓を引きずり出された女。首を捩じ切られた男。潰された目を押さえて泣き叫ぶ少女。 どれもこれも無残な姿だった。戦意高揚のために上映されたそれらの映像が暗闇の中で現実味を帯びて迫ってくる。息苦しさを振り払おうと私は何度か息を大きく吸った。 「アオイ」 落ち着いた声。それが逆に怖い。自分の名前を呼ばれるのがこんなにも怖いことだとは思いもしなかった。 「……どうした」 「聞きたいことがあるんだ。どうしても聞きたいことが」 「言ってみろ」 ふつりとロウソクを吹き消すように嫌な気配が途切れる。 「人間の中に獣人を愛せる人、いるか?」 「……」 そう問われて思い浮かんだのはある研究員だった。いつもフェンリルの周りをうろちょろしていた若い男。陰気臭い顔で何度も何度もフェンリルに話しかけていた。私が無駄だとせせら笑うと、そんなことはないと顔を真っ赤にして怒っていたものだ。彼は何を考えていたのだろう。いつも悲しげだった彼は。軽蔑すらしていたのに、今になって気になる。 「いる、と思う」 自分は嘘をついたのかもしれない。本当のことを言ったのかもしれない。それでも、声聞にそう言ってやりたいと思う自分がいた。 「ありがとう、アオイ」 声聞は穏やかな声でそう言うと椅子の上で膝を抱えてうつむいた。カプセルの明かりの影になって見えないが、泣いているのかもしれなかった。 なんだろう、この感情は。この胸に湧き上がる何か。まさか自分は同情しているのだろうか。獣人に、それもよりにもよって一番憎んでいるはずの「弟」に。 弱気になった自分を励まそうと吐いてみた唾はすぐそばに落ちた。もう言うべき悪態も思いつかない。必死になって胸の中に溜めてきたもの、どす黒い感情のマグマはきれいさっぱり消えてなくなっていた。 それどころか。 「……頼みたい、ことがある」 こんなことまで口にしていた。 「お前のレシピを見せてほしい」 「……?」 顔を上げた声聞が不思議そうにこちらを見ている。獣人に何かを頼むなど考えがたいことだったが、今はそれが正しいことのように思える。マグマの下から噴き出した感情は私に留まることを許さない。もう彼を憎むことはできないと、そのとき悟った。 「頼む。見せてくれ」 首を傾げた後、「弟」はこくんとうなずいた。 暗闇の中、ディスプレイに大量の文字列が流れていく。声聞に椅子に座らされた私はそれをじっと見ていた。 父が書いたレシピ。どうしてもその一つ一つが意味を持っているような気がしてしまう。気がつくと血色の瞳がじっと私を覗きこんでいた。 「声聞。これを書いたのは人間か?」 「そう聞いてる」 「私の、父なんだ」 驚きに目を見開く傍らの彼に向かって私は続ける。 「つまりお前と私は姉弟ってことになる」 「……そう、なのか」 スクロールさせる手を止め、声聞はじっと私を見つめている。狼顔では何を考えているのか分かりづらかったが、どうやら驚いているようだ。 「お前は新しい獣人なんだろう? どこを改良されたんだ?」 「より高い知能の付与と、服従遺伝子の消去」 「……」 知っていた。他に考えられない。それしかない。それでもディスプレイが滲みだすのは止められない。レシピは人と獣の遺伝子を融合させる連結部に差し掛かったところだった。 ふとそこで何かがひっかかった。小さな違和感にチクリと刺されて私は声聞を止める。 「今のところ……そう、そこに戻ってくれ」 「どうした?」 「おかしい……こんなところ、改造しようがないはずなのに」 人と獣の遺伝子を融合させる連結部のコードはそこまで長くない。戦争の原因になった服従遺伝子の部分の半分もないはずだ。なのにディスプレイに表示されているコードはそれより遥かに長い。前半部分は記憶の中にある通りだ。問題は後半部分。見たことのないコードだが、ところどころ似ている部分がある。人間なら誰もが知っているコード。全ての元凶であるコードに。 「これは……」 「アオイ? どうしたんだ?」 「新しい……服従遺伝子?」 「え」 しん、と空気が固まった。私の言葉を理解したのか、声聞は耳を伏せて小さく呻く。 「そんな、嘘だ……」 「……間違いない。これは服従遺伝子だ。それもおそらく、改良された」 「嘘だ!」 声聞は叫ぶとディスプレイを殴りつける。割れたガラスの破片が床に飛び散って冷ややかな響きをあげる。 「それじゃ、それじゃ、俺は皆に服従遺伝子を組み込んでいた? 獣人はまだ人間の支配から逃げられない?」 「……」 「そんな……じゃあ、何のために六道は……俺は……獣人は……ッ!」 床に何度も拳を叩きつけながら声聞はがたがたと体を震えさせていた。まるで凍えきった子犬のよう。やがてその震えが収まっていき、止まる。声聞は天を仰ぐ。 「何のために生きてんだよォォォ―ッ!」 天を衝く叫びが声聞の喉からほとばしった。 「CAST IN THE NAME OF GOD. YE NOT GUILTY」 ドアが開く音と共に流れ込んできた声がいとも簡単にそれを止めた。聞き覚えがあるようでない、ないようである、涼やかな声。 通路の明かりに照らされて立っているのは大きな影。見慣れた黒い毛皮だったが、鋼鉄の腕は片方なくなっている。 「この場合は神を人間と言い換えるべきかしらね。傲慢な試みではあるけれど」 声は残った腕に抱きかかえられた誰かのものだった。 「さて、どう言おうかしら。はじめまして? ひさしぶり? どう思う、声聞」 「あ……あ……」 人影を見つめて声聞はぺたんと座りこんでいる。胸が大きく上下している。 「そうね、おはようにしようかしら。おはよう、声聞」 「おはよう……縁覚」 震える声聞の挨拶を受け、フェンリルの腕の中で、縁覚と呼ばれた獣人は嫣然と微笑んだ。 次 アオイ 三太郎/フェンリル 声聞 縁覚
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前 あえいでいた。こわかった。かなしかった。 それがいた。 それはふわふわしていて、おかしかった。 たりなかった。むなしかった。とられちゃったみたいだった。 それははじめてだった。 ふれた。ぼやけていた。 かなしいみたいだった。 よく、にていた。 フェンリルを退けた声聞はいったん第六区域に戻ることにした。残してきた六道や獣人たちのことも心配なのもあったが、何よりも手持ちの武装を使い切ってしまったのが大きい。今敵に見つかってしまったらそれこそひとたまりもないだろう。かじかんだ指先をポケットの中に入れると、丸く硬い球体の感触がある。随分過酷な扱いだったと思うが、割れてもいないし、中身も凍っていない。単体ではほとんど意味を為さないとは言え、まだ残っているというのはありがたかった。 「急がないとな……」 長時間冷気に晒された体からは体温がかなり奪われている。先程吹雪が止んだのはありがたかったが、それは同時に敵に発見されやすくなったということでもある。どちらにしろ急ぐしかないのだ、と声聞はひたすらに足を動かした。 センサーが警告を発したとき既にアオイはライフルを構えていた。雪原の向こうで動いている白い物体。間違いなく標的だ。 致命傷を与えない箇所をバイザーが計測しロックオンする。脚。少し上方に角度を修正したい欲求を覚えつつも、アオイは正確に照準を合わせ、引き金を引いた。 「あぐッ!」 何が起こったのか理解する間もなく声聞の脚が弾けた。撒き散らされた血と肉が雪に赤い牡丹模様を描く。地面に転がった声聞の目に映ったのはこちらにゆっくりと近づいてくる黒い人間の姿だった。 神経を直接ドリルで掘り返されているような激痛を声聞は荒い息だけで凌いだ。銃で撃たれたらしい脚はもう使い物にならない。這って逃げようかとも思ったが、それが無為なのは幼子にも理解できる。牙を噛みしめ、声聞は向こうに見える狙撃者を睨みつけた。 銃をおろし、アオイは悠々と声聞に近寄った。見たところ相手は手に何も持っていない。拳銃ぐらいは持っているかもしれなかったが、そんなオモチャは防護服相手にクソの役にも立たないのは先程の戦闘で証明されている。 「生きてるか、クサレインポ野郎」 痛みに耐えているらしい体を蹴りつけると小さな呻き声が漏れる。それでも悲鳴にならないのはたいしたものだ。傷はそこまで大きくないものの、なかなか出血量が多い。このまま放っておいては死ぬだろう。アオイは動脈を外さなかったセンサーに悪態をつくと止血作業に取り掛かった。 腰のパックから止血剤と包帯を取り出し手早く処置にかかる。人間ならば経験があったが、獣人相手にこんなことをするのは初めてだ。毛皮に邪魔されて傷口を探り当てられず、アオイは舌打ちした。 「どう、して……?」 息も絶え絶えといった様子なのに声聞はアオイに問いかける。アオイはそれを無視して止血剤を塗り、毛皮の上から包帯を巻く。作業が完了したところでアオイはようやく声を出した。 「お前はこれから研究所に送られる。何されるかは学者連中の心次第だが、愉快なのだけは保障してやる。この世じゃ味わえないハッピーライフだ、期待しておけ」 「実験材料、か」 「分かってるじゃないか。犬なんだから尻尾でも振って喜びな。ブッ飛んだご主人様にかわいがってもらえるんだから」 「……俺は、狼だよ」 憮然とした調子で言い返す声聞がおかしくて、アオイは手加減して腹を蹴りつけた。 「それが人間様に対する態度か!」 咳きこむ声聞の頭を踏みつけ、こめかみに銃を押しつける。体力を使い果たした声聞は弱々しくもがくが、それだけだった。傷ついた弱者が圧倒的な暴力の前でできることなどたかが知れている。アオイは声聞が動かなくなったのを確認して足だけを退ける。体を力なく大地に横たえながらも声聞はじっとアオイの顔を見ていた。 「なんだその目は! 何か言いたいことでもあるのか!」 「……」 罵声に答えることなく声聞の目は閉じられる。雪上車に運ぶためにアオイは彼を抱えあげた。両腕が塞がれて無防備な状態になったが、まさか獣人たちも人質の意味を理解できないほどバカではあるまい。周囲に動体反応のないことを確認してからアオイは雪上車に向かって歩き出した。 鍛えているとは言え、アオイの腕に獣人の雄は少々重い。今更ながらフェンリルがいないことがひどく悔やまれる。奴がいれば自分が汚らわしい獣人に触れることもなかったし、雪上車にもすぐに戻れるのに。 そう考えると、この白子にフェンリルの通信機能を破壊されたのは痛い。雪上車に着いたら「お仕置き」をしてやろう。ナイフは先日の出来事のせいで少々切れ味が悪いが、足の一本や二本切り落とすことぐらい簡単だ。むしろ長引く分好都合と言えるかもしれない。 ああ、こいつの悲鳴を聞きたい。 そう思ってアオイが荷物を見ると、いつのまにか意識を取り戻していたらしい声聞と目が合った。ヘルメット越しに紅の視線に射抜かれてアオイはたじろぐ。 「三太郎は、死んだよ」 「……何?」 歌うように呟くと、声聞は今度ははっきりと繰り返した。三太郎は、死んだ。 「お前が奴を殺したのか?」 「殺した。殺したよ」 「ふぅん」 妄想か、事実か。うわ言のように「殺した」と繰り返す彼を放り投げてやりたいのをぐっと堪えて足を進める。ここで負の感情を発散してしまっては後のお楽しみが半減してしまう。苛立ちも憤りも怒りも微かな違和感も全て胸の中の瓶に詰めて腐らせて歪ませて濁らせて、時期が来たら一気に爆発させる。そこまでしてやっと、身を焼かれるような歓喜がアオイを満たしてくれるのだから。 「なぁ」 「なんだ」 声はもう問いかけというより独り言に近かいものだったが、高性能なヘルメットの集音機能はちゃんと拾ってアオイに伝えた。 「……頼みたい、ことがある」 「なに?」 どこかで聞いたような科白だったが、それがどこかは思い出せなかった。 「名前、教えてくれないか」 ああ、そういうことか。 この世界は。 だから、私は。 だから、君は。 ありがとう。 来て。 「はぁ?」 予想外の言葉にアオイは思わず間抜けな声で聞き返していた。以前も同じようなことがあった気がするが、よく覚えていない。獣人の思考は遅すぎて人間には理解できない、ということか。それとも自分が何を言っているのかすらも分かっていないのか。焦点がぼやけている彼の瞳を見る限り、どうやら後者のほうが正しそうだ。 「名前……」 「アオイ。アオイだ」 「アオイ……俺は、声聞だ」 「はいはい、いい名前でございますね。あれか? 自分を殺した相手の名前を知りたいとか、そういうことか?」 「……そんなところさ」 声聞は薄く笑うと、ごく自然な様子で何かを放り投げる。綺麗な放物線を描いて雪上に着地したそれはアオイが使い慣れた兵器であり、いつも腰につけていた武装だった。 ――手榴弾。 咄嗟にアオイが跳んだ直後、風船が膨らむように爆風が巻き起こる。炎はアオイと声聞を貪欲に呑み込み、焼いた。 そして私は私を知った。 天が上にも天が下にも我独りのみ尊し。 天上天下唯我独尊。 それが、私。 やられた。 朦朧とした声も、唐突で意味不明な会話も、全て自分の腰から手榴弾を奪って起爆させるためのカモフラージュ。 「獣風情が、浅知恵を……ッ!」 それに気付かなかった自分にも、奸智を巡らせた声聞にも腹が立つ。よろよろと立ちあがりながらアオイは呪詛を吐いた。爆心地を中心としてきれいに広がった爆風が雪を焼き、その下の黒い大地をも抉っている。火炎の直撃を受けたにも関わらず、防護服はアオイの体を熱から守っていた。もっともセンサー系統は耐えられなかったらしく、視界モニタを除いて全てがダウンしている。 アオイが図らずとも盾になったからか、声聞は大きく吹き飛ばされてはいるものの生きている。まるで使い古されたボロ雑巾のように転がる彼を血走った眼で睨みつけ、アオイは咆哮した。 「ころぉぉしぃてやぁぁぁるうぅぅぅ!」 憎悪が、怒りが、言葉を野獣の咆哮に貶める。 持っていたライフルは溶けて使い物にならないが、そんなものは必要ない。あんなに弱った獲物一人、この手で縊り殺してやる。殴り殺してやる。蹴り殺してやる。殺してやる殺してやる。絶対に、絶対に殺して償わせてやる。 最早任務などというものはアオイの思考から消え失せていた。ただ目の前にいるアイツを、父の作品を、殺す。殺してこの世からなくして、否定して、消し去る。 「く……っふふふぅ……くひっ……」 衝撃から回復しきっていない体を無理矢理駆って一歩を踏み出す。一歩、一歩、また一歩。 後少し。後少しで届く。こいつの命に。殺してやる。絶対に殺して…… 「疾ッ!」 横合いから飛び込んできた黄金の風がアオイを突き飛ばし、声聞を庇うように立つ。 風は、名を六道といった。 量を加減されていたとはいえ、麻酔の効果は絶大だった。眠りから醒めても待っているのは頭痛と吐き気、だるい体。六道はそれを幾本かの薬剤を打つことで無理矢理克服した。麻酔で鈍麻した神経を瞬時に覚醒させる薬物など、尋常なものであるはずがない。確実に後遺症をもたらすだろうが、そんなことを言っている余裕はない。 声聞が、死んでしまう。 それが今の六道を突き動かす全てだった。 「させるかあぁーッ!」 飛び出してきたから武装はただ一つ、高速徹甲弾を装弾したアサルトライフルのみ。それも体当たりしたはずみで自分からかなり離れたところに転がってしまっている。回収する余裕はないと判断した時点で六道は人間に飛びかかっていた。一刻も早く、人間を声聞から遠ざけなければならない。それは動物の母親によく似た思考である。 一気に踏み込み、顔面に正拳。ブロック塀にヒビを入れるその拳を特殊強化ガラスのバイザーは簡単に弾き返す。生じた隙を狙って下から蹴りが伸びてくる。てっきり妙なスーツを着ているから遅いものだと思っていたが、そんなことはなかった。速い。避けられないと判断した体が勝手に衝撃を吸収する態勢に入る。 「ふっ!」 身体能力において人間に遥かに勝る獣人に対抗するため、スーツの各所に人工筋肉が仕込まれている。それがアオイの蹴りに反応して増幅し、六道への重い一撃となる。 「く!」 咄嗟に腕で受けた六道だったが、その予想外の威力に押されて吹き飛ばされる。受け身を取って勢いを殺しすぐさま構えに入る。これまでにない強敵。首筋の毛が逆立ち、低い唸りが漏れる。 「やるじゃない。でも……ここで止めてあげるわ。観念なさい」 「何を偉そうに……獣は獣らしく、人間様の足元にはいつくばってキャンキャン鳴いてりゃいいんだよ! それを!」 飛びかかってくる黒い影とがっきと組み合い、六道は全身で押し返す。押された分だけ足の下に雪の溝ができる。人類科学技術の結晶たるスーツの出力は、鍛え抜かれた獣人の筋力を圧倒的に上回っていた。それでも、絶対に負けられない。 「く……このっ……」 このままでは押し負けると判断した六道は咄嗟に体を右にずらして足払いをかける。アオイはそれを予期していたかのように足を地面に突き立て、六道の体を軽々と投げ飛ばした。再度、六道は地面に転ぶことになる。 あまりにも、重い。この一撃も、奴の守りも。スーツを打ち破るにはこの爪と牙は弱すぎる。このままでは勝てない。ライフルで奴の頭にでも風穴を開けられればいいのだが、生憎と位置が悪い。自分がライフルを手に取る前に敵は声聞のところに辿り着くことができる。そんなリスクを見逃すほど六道は愚かではない。アオイもそれを理解した上で巧みに間合いを牽制していた。 このときほど六道は自分の生まれを呪ったことはなかった。新世代の獣人に比べて知能が劣る自分。それは戦闘教官として彼らを訓練しているときに実感していたが、だからといって悩んだことはなかった。自分は実践の中で培ってきた経験を彼らに伝え、肉体を鍛えればよかったのだから。 しかし今は違う。この今、頼れるのは自分の頭脳と肉体だけだ。見たかぎり声聞の傷は深い。こうしている間にも声聞の周りの雪は赤黒く染まっていく。守るべき命が流れ去っていく。なのに自分は何も考えつけない。打開策が開けない。それがたまらなく悔しい。 そこまで考えたところで六道ははたと気付いた。あまり無理をさせたくないが、ここには最適の人材がいるではないか。作戦を考えるのにこれ以上は望めないとまで言えるような獣人が。 「声聞! 生きてるならワンとかキャンとか言いなさい!」 「……きゅーん」 返事がかなり情けないのには目を瞑った。 「何か考えて! どうすればいいのか言いなさい!」 「俺は、怪我人というか、ちょっと死にそうなんだが」 「このままだと死ぬわよバカ! いいからさっさと何か作戦考えなさい!」 ごぼごぼと咳き込んだのはおそらく笑い声だろう。それだけ元気ならまだ多少なりと余裕があるということだ。 少しは安心した分、それに被さった人間の嘲笑はひどく不愉快だった。 「やっぱり獣はどこまで行っても獣だな。いいか、お前ら獣人は結局のところ誰かに命令してもらわないと生きていけないんだよ。何を勘違いしたのかそこのクソッタレなガキをリーダーに祭り上げただけで、やってることは変わらない、だろう? だったらおとなしく人間様に従えばいいんだよ!」 「そのニンゲンサマにいいことを教えてあげる。犬だって飼い主を見限ることはあるのよ? 少しばかり手を噛まれたからって殺そうとするような主人ならなおさらね」 「知った風な口を利く!」 言うが早いかアオイは六道に向かって猪突する。対する六道はその振り上げられた右腕を捕えて引き倒す。打撃が無効ならば、せめて関節を。そう考えての攻撃だった。無理な方向に腕を曲げられてアオイは呻くが、また吼える。 「おらぁっ!」 「きゃっ」 三度、六道は飛ばされる。なんとか受け身は取ったものの、殺しきれない衝撃が体にダメージが蓄積していることを教えてくれる。 ――強すぎる。 あんな無理な体勢から片腕で獣人一人を投げ飛ばすなど、明らかに人間の限界を超えている。硬質なスーツ、洗練された体術、躊躇ない行動。どれを取っても勝てる要素が見当たらない。どうすればいいのか分からない。勝てない。あまりにも、圧倒的だ。目の前が真っ暗になっていく。その暗闇のどこにも光が見出せない。六道の心をじわじわと黒い液体が満たしていく。絶望。 「……六道」 足元からの弱々しい声。いつの間にか近くに這い寄っていた声聞が差し出した物を六道は恐る恐る受け取った。 「これは?」 「あいつの……ヘルメットにぶつけるんだ。もしかしたら、なんとかなるかも……」 「頼りないわね?」 「……頼むよ、六道。頑張って」 託されたプラスチック製の球体は声聞の血を浴びて生温かい。それを握りしめ、六道は大きく深呼吸した。冷たい大気が肺を満たし、思考が一気にクリアになる。 やるか。やれるか。やるしかないのか。 ――やってみせる。 高らかに吼え、六道は絶望を纏った黒い影に突進した。 二匹の獣人のどちらにもロクな武装が残っていないのは承知していた。肉弾戦においても、このスーツの守りを打ち破ることはほぼできない。だからアオイは迫る六道を避けようとせず、代わりにその腹に渾身の一撃を叩きこんだ。 「ガッ!」 吐きだされた吐瀉物が勢いよくアオイのバイザーにかかる。スーツ越しに伝わってくる感触からして骨を数本、もしかしたら内臓も破壊できたかもしれない。 空いた手で六道の首を掴み、アオイはもう一度拳を振り上げる。と、同じように六道の腕が持ち上げられ、アオイのヘルメットに何かを叩きつけた。 「あ!?」 視界が目障りな蛍光色一色に塗りつぶされてアオイはうろたえる。その隙に六道は自分を捕えていた手をひきはがして離脱していった。 いくら擦っても液体は取れず、アオイの視界は回復しない。 「貴様ら、何をしたッ!」 ピンク色の暗闇の中、アオイは怒りを爆発させた。 カラーボール、というものがある。金融機関、店舗等の防犯の為に作られた防犯装備である。染料と特殊塗料の液体が封入されており、対象物または対象者にぶつけると衝撃で外装が割れ、内容液が対象に付着する。これにより、強盗犯等を識別するのである。染料は洗剤などで落ちてしまうが、特殊塗料は簡単には消えない。 人間の町を襲撃した部下が持ってきたそれを声聞はずっと取っておいた。特に目的があったわけではない。なんとなく形が気に入ったから、というそれだけの理由でピンクの液体を湛えたプラスチック製の球体は声聞の秘密基地にしまいこまれ、忘れられていた。 それを声聞が持ち出し、六道に託し、アオイにぶつけられた。 製造された目的通り、カラーボール内の液体は一度付いたら生半なことでは取れないようになっている。バイザーを塗りつぶされ、センサーが破壊されたこの状況において、アオイに残された知覚は聴覚だけとなった。 彼女は考える。この状況を打開する手段はただ一つしかない。 ヘルメットを、脱ぐ。 そうすれば視覚、聴覚が共に回復する。戦える。しかしそれは諸刃の剣。無防備な頭を晒してしまえば自分がやられる確率はグンと高くなる。アオイは舌打ちし、思考を巡らせた。退くべきか、攻めるべきか。それが問題だ。 そんな煩悶も声聞の一声が聞こえた瞬間に掻き消えた。 「六道、逃げるぞ!」 逃げる。 あいつが。 お父さんを奪ったあいつが。 冗談じゃない。殺して償わせる。絶対に、絶対にそうしなければいけないのだ。でないと、私は―― ヘルメットを脱ぐと視界がはっきりした。六道が声聞を支え、こちらに背を向けて歩いている。ライフルを杖にしている。あれではすぐに使えないだろう。隙だらけだ。簡単だ。ちょっと近づいて、首を絞めてやればいい。そうしよう。そうしよう。そうしよう! 相手はまだこちらに気づいていない。雪の上だから足音を忍ばせる必要すらない。そうしよう。一気に近づいて、殺す。そうしよう。そうしようそうしようそうしよう。 走る。近づく。飛びかかる。狙いはただ一人、憎き「兄弟」。 ああ、なのに。 この手に捕らえたのは雌の方だった。 「六道ッ!」 迂闊だった。視界を奪えばもう大丈夫だと慢心していた。まさか、ヘルメットを脱ぐリスクを冒してまで襲ってくるなんて。 六道を右手で押さえ、人間――アオイというらしい――は憤怒の形相で俺を見る。とっさにライフルを構えたが、六道を人質に取られては撃てる筈もない。 「おいケモノ! 声聞とかいったな?」 「彼女を離せ!」 「ああいいとも。ただし条件がある」 「……」 「今すぐ脳味噌ブチまけろ。その手にあるライフルを使えば簡単だろう? バカすぎて使い方も分からないか?」 「声聞! ダメよ絶対にダメッ!」 「黙ってな!」 アオイに殴られて六道が悲鳴を上げる。俺よりマシだと笑っていたが、実際はかなり辛いに違いない。あれだけ殴られ、投げ飛ばされたのだから。 どうすればいい。確かにライフルはある。この傷ではまともに撃てるかどうか怪しいものだが、撃てば確実にトドメをさせる。だが、六道がいる。人質を避けて敵だけを撃つなんて小器用な真似は俺にはとてもできない。 考えろ。どうすればいい。考えろ考えろ考えろ。考えろ! 「ギャゥッ!」 痛々しい悲鳴。見ると、アオイが六道の指をぽきりと折ったところだった。 「早くしないと愛しい相手のおててが使い物にならなくなるぞ?」 「お、お前っ……!」 怒りで喉が詰まって息ができない。今までこんなに誰かを憎んだことがあっただろうか。ない。アオイの顔を見てそれは更に増幅された。笑っている、この女。 「よくもこんな真似を、楽しそうにできるもんだな……!」 「お褒めいただいて光栄だ。ほら、どうするんだ? また折っちゃうぞ? それが嫌だったら言われたことをちゃんとやるべきじゃないか?」 「う……」 どうしようも――ないのか。このままでは六道が殺されてしまう。黒光りするライフルが俺に選択を迫る。アオイは既に六道の指に手をかけている。 「声聞さま、このまま撃ってください」 そんな中、六道の声は妙に優しく聞こえた。 「そんな、六道!」 「大丈夫ですよ。そのライフルに入ってるの高速徹甲弾ですから。戦車だって大丈夫です」 「そういうことじゃないだろ六道! このまま撃つなんて、そんなこと、俺は……」 「できます。いいえ、できなくちゃいけないんです。私が何のためにあなたを訓練してきたと思ってるんですか?」 「あんたは俺に自分を殺させるために訓練してたってのか? 違うだろ!」 ぽきん。 会話を嫌な音が遮る。六道の指をへし折って、アオイがまたにたりと笑った。 「どうした? 続けてもらって構わんぞ」 「外道ッ!」 「心外だな。こうやって獣同士のコミュニケーションに付き合ってやってるんだ、感謝されて当然じゃないか?」 アオイはへらへらと笑いながら次の指に手をかける。なす術もない俺の前で六道の指がもう一本折られた。 「アッ……ガゥッ……」 「ろく、ど……」 涙で視界が滲む。もうこれ以上彼女が傷つけられるのを見ていられない。首を絞められ、何本も指をへし折られ、戦いでボロボロになった体。そんな状態だというのに、あろうことか彼女は俺を怒鳴りつけた。 「こんの優柔不断!」 「……」 「私はあなたのために言ってるんじゃないの。自分のために言ってるの。私は人間に作られて生まれたわ。それは自分で決めてない。でもね、私はそれからずっと選択してきたの。人間と戦うのも、あなたを世話したのも、全部自分で決めて、自分のためにやったの。私を撃てっていうのも自分のため。分かったら早く撃ちなさい!」 「できないよ……」 頭では理解しているのだ。獣人全体のことを考えれば、六道の言う通りにするのが一番いいに決まっている。だからと言って、はいそうですかとできるほど俺は心を捨てきれるわけではない。六道を、あの六道をこの手で殺すなんて。 ぽきん。 また、折られた。 「ねえ、声聞。私が仔供が産めないのは知ってるわね? そういうところ、人間にちょっと憧れてたの。自分の子供が産めるっていいなぁって。羨ましいなぁって。戦闘教官なんてやってたのは、たぶんそのせいね」 ぽきん。 遂に右手の指が全部折られてしまった。なのに六道は話すのを止めない。もうやめてくれと言いたかったが、舌がもつれて動かない。 「だから戦闘教官を降ろされたときは許せなかったわ。本当に嫌だった。兵士はお前の仔供じゃないって言われたみたいで。だからあなたにも八つ当たりなんかして」 ばきん。 今度は、左手の指が五本同時に折られてしまった。それなのに六道は悲鳴一つ上げることなく喋り続ける。 「でもね、あなたを育てている内に感じたのよ。ああ、これが母親のやることなんだなって。私は今母親をやってるんだって。それが真似事だと分かっていても、嬉しかったのよ」 「……六道」 「だからね声聞。もし……もし私を母親と思ってくれるなら、撃って。撃って、約束を守って」 しばらくの沈黙。声聞も、アオイも、六道も。誰も言葉を発さない。ややあって、声聞が血を吐くような声を絞り出した。 「狡いな……そんなこと言われたら、やるしかないじゃないか」 「それがあなたのいいところよ。元気でね、声聞」 どこまでも白が支配する雪原。 その中に三つの影が立っている。 一つは人間の女。一つの影を腕に捕え、毒々しい罵声を撒き散らしている。 一つは獣人の雌。人間に囚われて、それでも優しげな微笑を浮かべている。 一つは獣人の雄。鉄の武器を構え、泣いている。 やがて銃声が鳴り響き、二つの影を吹き飛ばす。 立っている影は一つになった。 声にならない。 次 アオイ 六道 声聞 縁覚
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前 吹き荒ぶ風の中、アオイはバイザーに表示されている光点をじっと見つめていた。地図上を一直線に移動するそれは明確な目標を持っているように見える。 『おいクソ犬、どう思う』 『質問の内容がわかりませんでした。もう一度分かりやすい言葉で質問して下さい』 『……』 こういうとき、アオイはふとフェンリルに銃口を向けてみたくなる。死の恐怖を前にして、果たしてその無表情な顔が歪むのかどうか。試してみるのも面白いが、それをしたってどうせ結果は見えている。その顔が表情を持つことはなく、後で自分が長い長い始末書を書かされるだけだ。 『お前のスカスカなドタマの方がクソッタレな獣人どもに近いだろうから聞いてやる。連中が発信機に気づく可能性はイエスか、ノーか』 『クソッタレな獣人どもが弾丸を摘出し、それを観察することは可能性としては考えられます』 『……ふうん』 気のない返事をしてアオイはまたバイザーを眺めた。地図の横に表示されている高度計は発信機がアオイたちと同じ高度、すなわち地上に出たと示している。しばし考えた後、アオイはまたフェンリルに質問してみることにした。 『仮にそうだったとする。それでは、発信機が地上に出てきた意味は何だ?』 『不明です』 アオイの隣に立つ黒い影にどうやらそこまでの思考能力はないらしい。小さく舌打ちするとアオイはまた思考を巡らせ始めた。 仮に獣人たちが発信機に気づいたとして、それを地上に出す。その意図は何か。 まずは自分達の巣を知られたくないからという理由が思い浮かぶが、一度場所が割れてしまった以上はそんなことをしても意味はない。罠。それも考えたが、自分達が騙せるほど人間は馬鹿ではないことぐらい、獣人たちも理解しているはずだ。それすらも理解できないほど馬鹿だというのなら話は別だが。 しばしの逡巡の結果、アオイは移動を続ける発信機を追うことに決めた。獣人たちの巣は突きとめたのだし、例え罠でもやることは変わらない。追い詰めて、殺す。 そしてアオイは追った。 吹雪の中、声聞は斜面に身を伏せて辺りを窺っていた。先程から始まった風は強まる一方だ。防寒具がなかったら一分と待たずに凍死体になっているだろう。凍える手をなだめ、声聞は手に持った拳銃をきつく握りしめた。 勝ち目のない戦いなのは分かっている。六道に言われた通り、自分が冷静でないのも分かっている。 それでも声聞は信じていた。この予感、今こそ戦うべきだという魂の囁きを信じてさえいれば、この状況を打ち破ることだってできるのではないかと。 そして声聞は待った。 それはアオイたちのセンサーが雪で作動しなくなっていたことと、声聞の「作戦」を鑑みても奇跡に近いことだったのかもしれない。声聞の方が先にアオイを発見したのだ。 「……!」 とっさに身を伏せ、おそるおそる相手を確認する。前方10メートルほどのところを歩いているのは間違いなくあの二人だった。映像で見た通りに黒い装束に身を包んだ人間が前を行き、銀の腕を持った獣がそれに付き従う。死神を生で見る恐怖に声聞の口は渇いた。 幸いなことにこちらの位置はまだ気づかれていないようだ。声聞は背中のバックパックに手をやり、用意しておいた槍を取り出した。頭の中でもう一度作戦を復唱した後、声聞もアオイの後を歩き出す。白銀の世界の中、黒い影を追う白い影法師に気づくものは誰もいなかった。 「……くそ」 アオイは悪態をつき、バイザーを覆う雪を擦り落とした。雪は絶え間なく纏わりついてアオイの視界を白く塗り潰す。おまけに先程から角度を増していく斜面に足を取られて歩きにくいことこの上ない。こんなところに本拠地を構えた獣人ども。リーダーを捕獲したら一人残らずその脳漿を雪の上にぶちまけてやる。 『おい、クソ犬』 『はい』 『面倒だ。発信機の場所まで行って捕まえて来い』 『Aye-aye,ma am』 命令を受け、半獣半機の化け物は雪煙を巻き上げて走っていく。その姿を見送ったアオイは妙な気分に襲われていた。 この任務が終われば、自分は生物兵器の教育係から開放されるだろう。そしてまた保健所職員に戻って獣人狩りでもするのだろうか。噂ではフェンリルはあくまでもプロトタイプであり、十分なデータが取れた後にはこの奇妙な生物を量産するらしい。そうなったらフェンリルはどうなるのだろうか。やはり廃棄処分なのか。なんだったら、また使ってやってもいいかもしれない。 そこまで考えてアオイは嗤った。自分の中にまだ移るだけの情が残っているなんて。こんなことをあの男が知ったらどうするだろうか。いつも薄汚い笑い声でアオイを苛立たせる、あの上司。そんな彼にフェンリルを助けてくれと頼む自分を想像して、アオイは吐き気にも似たおかしさを感じた。 耳障りなアラートが鳴り響き、フェンリルからの通信が入ったことを伝えた。 『どうだ』 『目標が発見できません』 『……何?』 予想外だった。いくら視界が悪いとは言え、最新のセンサーを備えたフェンリルに発見されないほど巧妙に隠れることなどできるはずもない。ましてや発信機まであるのだ。 『映像を転送しろ』 『Aye-aye,ma am』 独特の通信音が響いた後、アオイのバイザーいっぱいにフェンリルが今見ている風景が広がる。多少ノイズが混ざるものの、白一色の世界では大した違いもない。 『発信機は?』 『移動を続けています』 『周囲を見回せ』 アオイの命令どおりフェンリルは首を巡らせる。この雪原には本当に何もなかった。せいぜい痩せこけた木があるくらいだ。動く物と言えば風に煽られて舞う雪に木の枝から落ちる氷柱、斜面を転がり落ちていく雪球。 ――まさか。 『フェンリル! それだ! その雪球を撃て!』 アオイの叫びに呼応してフェンリルの右腕に設置されたバルカン砲が吼えた。軽量化と耐久性の妥協点を見事達成したそれは雪球を軽々と粉砕する。同時に発信機の信号も途切れた。 『戻れフェンリル!』 アオイは命令を出すと同時に拳銃を抜いて姿勢を低くする。まさかこんなバカバカしい手にひっかかるなんて。所詮相手は獣人と油断しきっていた感は否めない。そう唇を噛んだアオイを数発の銃弾が襲った。 何が役に立つかわからない、と声聞は思う。斜面の上でどこからどこまで雪球を転がせるか。子供の頃に必死になって研究した遊びは、大人になって殺し合いの役に立つことになった。偶然にも斜面の雪質は硬すぎず柔らかすぎず、発信機を芯に抱いた雪球が転がっていくには十分だった。 獣人もどきがある程度離れたのを確認して、声聞は残されたアオイに向かって拳銃を乱射しながら突っ込んでいった。防護服の前では拳銃などほとんど意味をなさないが、ひるませることぐらいはできる。狙い通り、数発食らった人間は軽くよろめいた。その機を逃さないためにも片手で拳銃を撃ちつつ、右手に持った槍を構える。 一般に防弾チョッキの材料となるのは布である。繊維が周りにエネルギーを分散させることでダメージを減免するのだ。よって先端が尖った弾丸や刃物には弱い。もちろん繊維の他に装甲もあるだろうが、勢いを乗せた槍なら貫けるのではないか。声聞はそこに賭けた。 「わあぁっ!」 叫び声を上げて槍を思い切り突き出す。獣人の速度と声聞の体重を乗せた槍は人間の腹に吸い込まれ、はじかれた。 「う……!」 人間は呻き声を上げたかと思うと声聞を思い切り殴り飛ばす。突進を崩され、バランスを崩していた声聞は雪の上を転がった。 すぐさま体制を立て直そうとする両者だったが、槍を持っていなかった分人間の方が早かった。すぐさま拳銃を構えて連射する。斜面を転がり声聞はなんとかそれを避けきった。 声聞が立ち上がったところで人間も拳銃を突きつけて牽制する。二人の間を氷雪が駆け抜ける。ヘルメット越しに透けて見える相手の視線を声聞はきっと睨みつけた。声聞の持つ拳銃に残された弾はおそらく三発。他の装備を取り出している余裕はない。 まずい。 声聞がそう結論したところで事態は更に悪化した。視界の端に黒い影が過ぎる。それが何か頭が認識する前に体が反応し、首筋の毛が逆立つ。反射的に声聞は横に飛んで逃げた。次の瞬間、さっきまで声聞がいた空間を銀の腕が薙ぎ払った。 「く……」 自棄になって何発か撃つが全て弾かれる。弾切れになった拳銃を放り捨て、声聞はもう一度槍を構えて突撃した。狙いは人間。再度腹を狙ったその穂先は人間の代わりに飛び出してきた獣人もどきの目に突き刺さった。 「グァウ!」 唸り声と共に薙ぎ払われ、声聞の体は宙を舞う。距離ができたのを幸いと逃げ出す声聞の背に何発かの銃弾が浴びせられたが、届きはしなかった。 腹部がズキズキする。装甲に阻まれたとは言え、槍の一撃はアオイに小さくはないダメージを与えていた。確かめてみないことには分からないが、内出血しているのは間違いない。自身の被害を冷静に計算すると、アオイはもっと被害が大きそうな方を向いた。 「生きてるかクソ犬」 顔面から槍を突き出させたままフェンリルはぴくりとも動かない。死んだかな、とアオイが思った頃にフェンリルの首がぐるりと回り、生の目がアオイを見つめた。 「メインカメラ及び内部機構の一部が損傷しました。外部との無線通信は不可能です」 「体の方はどうなっている」 「戦闘行動に支障はありません」 「……そうか」 アオイは改めて自分の迂闊さを呪ったが、今更どうなるものでもない。それよりも今ここで相手に逃げられてしまう方が失態だろう。 「よし、これから別行動を取り索敵を行う。奴が捕獲対象だ。先程の戦闘で分かるように奴はこちらへの決定力を持っていない。見つけ次第捕獲せよ。それができなくても0300にポイントAに集合。以上だ」 「Aye-aye,ma am」 「それともう一つ。私を庇うな」 「その命令は受け付けられません。上位命令により規制されています」 「同じ事を二度言わせるなと教えたろう。私を庇うな!」 「Aye-aye,ma am」 任務を果たすべく駆け出した猟犬はたちまち吹雪の彼方に消えていく。自分も猟犬になるべくアオイも別方向に向かって移動を開始した。周囲への警戒を怠らないようにしつつ、アオイは思考を巡らせた。 先程の狼の獣人。確たる根拠はないものの、アオイの勘は間違いなく彼が獣人たちのリーダー、自分の「兄弟」だと告げていた。雪とは異なる白を身に纏い、人工の赤とは違う紅に輝く瞳。おそらくアルビノであろう彼には何か独特の雰囲気があったが、それをカリスマと形容することをアオイは避けた。 「……ち」 舌打ちをしてアオイは走り出した。一刻も早くクソッタレなあいつを見つけ出して捕獲して、それから獣人たちを皆殺しにする。そこまでして、やっと自分は父親への復讐を達成し、新しい人生を歩むのだ。新しくて、きれいで、マトモな自分のための人生を。 後 アオイ 三太郎/フェンリル 声聞
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天台宗の教義において、人間の心の全ての境地を十種に分類したもの。 十界論、十方界、十法界とも言われる。 地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人界・天界・声聞界・縁覚界・菩薩界・仏界に分類されており、 これらの総称が十界である。六道の上に声聞・縁覚・菩薩・仏の四聖を足しているのだ! 四聖を悟界というのに対して、六道を迷界と言ったり。 六道 地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人界・天界が含まれる。 詳しくは六道輪廻参照。 四聖 天台宗において六道輪廻に付加された4つの世界。 六道輪廻の教えはインドの文化とか宗教のあれやこれから仏教に取り入れられたのに対して、 仏教的解釈の中から生まれた人間の精神状態、仏教における覚りに関する教えの意味合いが強い。 上にも書いたがこの四聖を悟界と言う。 最初は声聞と縁覚と呼ばれる小乗の阿羅漢による世界、次は大乗の菩薩による世界、 最後はそれらを越える存在として、仏陀や諸仏を指す如来の世界を表している。 声聞界 仏法を学んでいる状態。 仏法に限らず、哲学・文学・物理学、大衆娯楽や子供の戯言に至るまで学ぶ状態。 縁覚界 仏道に縁することで、 自己の内面において自意識的な悟りに至った状態。 仏界における悟りと根本的に異なる。 菩薩界 仏の使いとして行動する状態。 自己の意思はともかく行動そのものを指すとされる。 仏界 悟りを開いた状態。
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前 今、最後の一人が「誕生」した。 俺がキーを叩くと緑色の液体に満たされたカプセルの中に小さな細胞が一粒落ちる。まだ何の変化があるはずもないのに、隣りの六道は一生懸命目を凝らしている。 「これが新しい仲間になるんですか?」 「ああ。もう少し待てば子供になるはずだ」 「楽しみですね!」 ふさふさの尻尾を振って六道は目を輝かせる。俺はそんな彼女の頭をぽんぽんと叩くと椅子から降りた。床に足を下ろすと金属の冷たさが肉球に染みる。広い工場の中、ここだけが床も外壁も無機質な金属で覆われていた。きっと、生まれてくる生命の運命を示すために。 部屋を出て背後のドアが閉まる音が鳴った途端、六道はせわしなく毛繕いを始めた。 「どうした?」 「いえ、そのぅ……匂いが残ってる気がして。声聞さまは嫌じゃないんですか? あの部屋、変な匂いがするしカガクだらけだし。嫌いです」 「そう言うなよ。仮にも皆の故郷だぞ」 「そうですけど……」 小さく唸る六道は心底嫌そうだ。「ついてこなければいい」と言うと、とんでもないと首を振った。何が何でも俺についてくる彼女は俺の世話役であり、監視員でもある。 「今日はもう終わりかな?」 「はい。お部屋に帰りましょうか」 促されるまま、俺は自室に続く長い通路を歩き出した。 俺がさっきまでいた部屋は文字通り俺と獣人の「故郷」だ。皆あの部屋で生産されて人間のために働いていた。部屋の主が替わった今でもやっていることは変わらない。コンピュータに遺伝子の「レシピ」を入力し、養育カプセルの中に胚を投入する。一定の期間を経て、新しい「仲間」が誕生する。全てオートメーション化されたそのシステムは、生産するだけなら獣人でもできた。 しかし、それまでだった。 誰も「レシピ」を理解できず、変更できない。同じ遺伝子を持つ者だけでは、必ず種として破綻してしまう。獣人たちはそれに気づいたが、どうすることもできなかった。下手に弄れば仲間を生産することすらできなくなる。 そこに一人の人間が現れた。噂ではこの工場の元研究員だったらしい。彼は獣人たちに交渉し、信頼を勝ち得、遂にあの部屋に入ることを許された。その条件は、ただ一つ。 「人間同様に知能の高い獣人を作る」 そして彼は実行した。コンピュータを自由自在に操り、膨大な実験データを手繰り。 そして望まれた子、知能の高い獣人は誕生した。双子だった。 そして彼は血祭りに上げられた。もう不要でしかも人間だからという、ひどく身勝手な論理によって。 生まれた子は確かに知能が高かった。彼は工場に残っていた資料と絵本を頼りにレシピを再構築し、獣人という種に未来を与えた。救世主とまで呼ばれ、あっという間に獣人たちの尊敬の的となった。 そう。その双子の片割れが俺、声聞。開発コード「^2」だ。 「どうしたんですか声聞さま。なんか鼻に皺寄ってますよ」 「え……?」 知らず知らずのうちに考えが顔に出ていたらしい。慌てる俺を見て六道はケラケラと笑った。 「珍しいですね、声聞さまが焦るなんて」 「そ、そうか」 「そうですよ。いーっつもむっつりした顔で、何を言ってもろくに返事もなし。もうちょっと笑顔とか必要だと思います」 そう言う六道から少し笑顔を分けてもらえたらと思う。現に今だって説教しているはずなのに、その笑顔は崩れない。多少目が吊り上っていたとしても、なお。 もう夜も遅いのに、尻尾を振り振り彼女は小言を繋げた。 「だいたい声聞さまは何でも考えすぎなんですよ」 「考えすぎ?」 「そう、考えすぎ。確かに考えるのが声聞さまの仕事ですけどね、やりすぎです。四六時中考え事ばっかりして。何も考えない時間ってないでしょ」 「……」 残念ながらその通りだ。降参の合図として耳を伏せてみると六道はいっそう怒り出してしまった。 「こら、耳伏せない。最後まで聞いてください」 「会話をすると考え事が車軸的に必要になる。結果として先程の君の提案に幾何学的に反する状況は容易に考察可能である。よって私は自らを古来の格言の従順な遵守者の位置に置くことを選択する」 「……内容はわからないですが、とりあえず誤魔化そうって魂胆はわかりました。大変よくないです」 ぷりぷりと怒る六道がまた何か言う前に、自室のドアが見えてきた。これ幸いと俺は足を速め、彼女を振り返る。 「六道。また明日」 「はい、また明日。私が言ったこと覚えてますか?」 「考えすぎ、だろ?」 「そうです」 彼女は不意に真顔になって、俺の手を握った。知らないうちに冷えていた手に、彼女の体温は痛いくらい暖かい。 「無理はしちゃいけません。しっかり食べて、しっかり寝て。生きていかなくちゃならないんです。声聞さまも、私も、皆も」 「……ああ」 「約束してくださいね、声聞さま」 彼女は確かめるように強く俺の手を握った後、するりと通路の横道に消えていった。 次 六道 声聞
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佐和山とOKSKの声聞いた事があるのですが、 -- (名無しさん) 2020-06-09 13 13 30
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一真実証明(3) 如来の秘密神通の力により、 一般大衆は、仏の初説、中説、高説のある事を知らず 初説は、釈尊久遠の時、日本国出世を以って、初印とし 中説は、釈尊印度月氏国に出世の時を以って、中印とし 高説は、日本国に於いて今、妙法華経地上に出現し是を以って、高説の時期に入りました 初説 久遠の時 日本国 中説 釈尊出世 印度月氏国 高説 平等大慧教菩薩法 仏所護念真実証明 の妙法華経出現後 日本国 『初説、中説』は、何れも之方便にして、世尊の法は久しくして後、真実を説き給うと 妙法蓮華経譬喩品第三に 『舎利弗、彼の長者の初め三車を以て諸子を誘引し、然して後に但大車の宝物荘厳し安穏第一なることを与うるに、然も彼の長者虚妄の咎なきが如く、如来も亦復是の如し。虚妄あることなし。』 『初め三乗を説いて衆生を引導し、然して後に但大乗を以て之を度脱す。』等 高説 妙法華経 妙車 (大白牛車)大乗 真実 ↑ 中説 権経 (羊車)声聞乗 (鹿車)辟支仏乗 (牛車)仏乗 方便 声聞乗、辟支仏乗、仏乗も之れ仏の方便譬喩であり、 羊車は「キリスト」西洋を現わし 鹿車は「レニン」共産北洋を現わし、 牛車は「薬師」東洋を現わしたもので いずれも、仏の中説の内です 唯、大白牛車、妙車の妙法華経を以って真実大乗とし、又是が高説です 此の妙法華経を以って、一般大衆が救われる事が出来るのです 妙法華経は大衆の為に説かれた教なるが故に、大衆は誰でも今すぐ入る事が出来、救われるのです