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「蒼天航路」から「曹操」を召喚 割れぬなら……-01 割れぬなら……-02 割れぬなら……-03 割れぬなら……-04 割れぬなら……-05 割れぬなら……-06 割れぬなら……-07 割れぬなら……-08 割れぬなら……-09 割れぬなら……-10 割れぬなら……-11 割れぬなら……-12 割れぬなら……-13 割れぬなら……-14 割れぬなら……-15 割れぬなら……-16 割れぬなら……-17 割れぬなら……-18 割れぬなら……-19 割れぬなら……-20
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前ページ次ページ割れぬなら…… 「何故?」 タバサは、賈言羽に訪ねた。 何故作戦を変更したのか? 一晩経った今でも、タバサの中にその問いに対する答えは無い。 賈言羽は笑って。 「感情というものは、存外馬鹿にはできぬものでしてな」 と、答えた。 その笑顔は『無理矢理作りました』とでも言いたげ代物だったが、 その笑顔は『計算高い謀略家』のイメージを『嘘のつけない不器用人間』のものへと変えてしまう。 「印象操作」 「左様」 つまり、今見せた不器用な笑顔も、土壇場で作戦変更をして見せた温情も、賈言羽にとっては同列の行動なのだろう。 悪印象を持たせるよりも、好印象を持たせた方が、何かと都合が良いのは間違いない。 情に流された訳でも、ヨシアの熱意に負けた訳でも無かったのだ。 「安心した」 賈言羽はやはり『計算高い謀略家』であった。 それを確認したタバサは、ほんの少しだけ賈言羽に対する警戒を弱めた。 「こちらもです」 タバサはたった一言で賈言羽の意図を読み取って見せた。 自分の想像以上の聡明さを有する少女を確認し、賈言羽は内心ほくそ笑んだ。 時刻は正午、村のあちらこちらから炊煙が上がっている。 翼人達の巣からも、同じような煙が見えた。 ……それが、作戦開始の合図。 森に潜む複数の密偵が、同時に火薬玉に点火した。 賈言羽はあくまでも『自然出火』と言い張るつもりであった。 翼人を殲滅するのが目的だったのならともかく、和解をさせるのなら、対人感情も対翼人感情も悪化させてはならない。 共通の大敵は、あくまで第三のものでなくてはならない。 そうでなくては、全面戦争に突入しかねない。 火の廻りが速すぎてはいけない。 『誰かが放火したのでは?』と疑われてしまう。 火の廻りが遅すぎてもいけない。 人間、あるいは翼人達が、独力で鎮火してしまう。 速すぎず、遅すぎず、そんな神業的な火計を賈言羽は立案し、計画し、見事に実行の段階までもってきてみせた。 そんな綿密な計算の基に出火した炎は…… そんな綿密な計算の基に出火した炎は……開始5分で森全体にまで広がった。 「「消せるかっ!!」」 ヨシアとアイーシャが、それぞれ別の場所から同時にツッコミをいれていた。 タバサとシルフィードが、賈言羽に冷たい視線を浴びせた。 2人……もとい、1人と1匹に言われるまでもなく、賈言羽はこの異常の原因を探り当てていた。 「メンヌヴィルという男に間者達のまとめ役をやらせましてな…… その男、焼けた肉の臭いを嗅ぐと恍惚とした表情になる異常性癖の持ち主でして」 タバサが溜め息を吐きだした。 それはもう盛大に吐き出した。 その瞬間『計算高い謀略家』のイメージは、一気に『呉学人』の域にまで急落した。 ・ ・ ・ 沸き立つ祝福 新しい門出 見守る人々は みんな目が死んでる 和解に賭けた作戦 けど みんな目が死んでる シルフィードが陽気に、かなり悪趣味な歌を歌っていた、 賈言羽とタバサを含め、村の人々も翼人達も、死んだように眠っていた。 翼人の巣の付近だけはかろうじて死守したものの、森の半分以上が焼け落ちた。 あれから2人は、燃え盛る火炎の中で悦に浸っていたメンヌヴィルをとっちめ、 指揮系統の混乱により右往左往していた間者達を纏め上げ、その後はひたすら不眠不休の消火活動にあたった。 またメンヌヴィルの抵抗は激しく、タバサは全治1週間の火傷を負い、賈言羽は手持ちのマジックアイテムの半数近くを焼失した。 完全に鎮火するまでの6日間、全員が全員不眠不休。 特に作戦準備の為に前日を徹夜した賈言羽、メンヌヴィルと死闘を演じたタバサ、 そして力の限り飛び続けたシルフィードの疲労は言語を絶するものである。 4日後、村の広場でヨシアとアイーシャの結婚式が行われた。 しかし、いろいろな物を焼失した村の復興に追われていた村人達や賈言羽は当然のように寝不足であり、 式に出席していた者達のほとんどが、死んだ魚のような目をしていたという。 貴方と私は 同じじゃないけど 貴方と私は 同じ道を往く だいたい そんな感じ ……しかしまあ、村人と翼人の和解だけはなんとかなった。 一組の男女が、大きな障害を乗り越えて結ばれた。 村人達も翼人達も、疲れ果てた体を奮い立たせてまで、2人の門出を祝おうとしていた。 ちょっとした手違いはあったが、一応作戦は成功したと言っても良いのではなかろうか? タバサはそんな思いを抱えて、賈言羽の回復を待っていた。 作戦成功 タバサからの評価が下がった。 タバサとの関係が『警戒』から『用心』に変わった。 『呉学人』の称号を得た。 前ページ次ページ割れぬなら……
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前ページ次ページ割れぬなら…… レコン・キスタの乱から一ヶ月。 トリステイン魔法学園に、ドスドスと漫画のような擬音と共に廊下を歩く一人の少女が居た。 少女……ルイズは不機嫌だった。 曹操がこの一ヶ月の間一度も姿を見せないからだ。 やれ遠乗りだ、鷹狩りだ、喧嘩だ、泥棒だといって、曹操はあまりルイズと一緒に居る事は少なかった。 少なかったが……流石に一ヶ月も帰らないなんていう事は初めての事だった。 「あらルイズ、ちょうど良かったわ」 角を曲がると、正面にキュルケの姿があった。 ちょうど良かった、こっちも聞きたい事がある。 時々、曹操はルイズを放っておいてキュルケとイチャついていた。 他にもメイドと遠乗りに出かけたり、厨房で鍋を振るっていたり、タバサと本を読んでいたり…… なんだか、さっきよりも眉間に力が入ったような気がした。 ルイズはイラついた感情をそのままに曹操の居場所を尋ねる。 「ソウソウが」「ダーリンが」 ルイズはさらに不機嫌に、キュルケは急にニヤニヤし始めた。 「あらぁ? とうとうルイズもダーリン争奪戦に参戦するつもりだったのかしら?」 「違うわよ!! ご主人さまに連絡も寄越さない駄犬にお灸をすえたいだけ。キュルケみたいな万年発情期とは違うの!」 ガーーーッ、とルイズは野獣のように吠えてみせる。 正直、あまり怖くない。 「連絡も寄越さない? あらあら……ダーリンも罪な人ねぇ。こんなにも恋慕している女を焦らさせるなんて」 「してないったら!」 心底癪に障るキュルケのニヤケ顔を見て、ルイズは自分が敵の術中に堕ちている事を悟る。 深呼吸……少しはマシになった。 とっとと用件だけを聞いてどこかへ行ってしまおう。 「ソウソウはどこ? 知ってるんでしょ?」 「今のダーリン、結構な有名人なのよ。王都じゃ知らない人なんて居ないんだから」 「……で、ソウソウはどこ?」 もうからかえないかと、キュルケは少しふて腐れるも、観念して自分の知っている事を話した。 「何日も前から王都北門警備隊長に任命されて、今だって職務に励んでいる筈よ」 「王都北門警備隊長?」 「それでね、一昨日にデュラン・ド・ラーケン伯爵とかいう人を殴り殺したとかいう噂よ」 「ラーケン伯爵を殴り殺したですってぇ!?」 ……その日ルイズは、人間が驚愕で気を失える事を知った。 例の任務の報告を聞いたアンリエッタは、涙を浮かべて歓喜した。 ……報酬は無いも同然だったが、密命なので仕方がない。(それはルイズも気にしていない) それよりも彼女にとっては、ゲルマニア皇帝との婚約が解消された事の方が嬉しかった。 なにしろ、婚約の元凶だった反乱軍が空中分解してしまったのだ。 ゲルマニアの機嫌がほんの少~~~し悪くなるだろうが、たぶん大丈夫だろう。 前回曹操と主従の間柄となったワルドは、そのまま何事も無かったかのようにアンリエッタの元へ戻った。 内通の件がトリステイン本国に伝わる可能性は依然として高かったが、 その時は「戦争に流言はつきものです」とでも言い張るつもりだった。 後日、妙に具体的な内容のワルド内通説がトリステインに流れるのだが、アンリエッタ女王はその噂を真っ向から否定する。 ……まあ、そんな事はどうでもいい。 曹操の話をしよう。 レコン・キスタの乱が終結してみると、曹操の名はハルゲニア全土に広まった。 あの日曹操が全軍に与えた衝撃はそう簡単に忘れ去れるものではなく、 またアルビオン軍が反攻作戦に際して、大々的に曹操の名を宣伝した事もその原因の一つである。 (なお、曹操がルイズの使い魔である事を知る者はごく僅かである。 おそらくはアルビオン軍が意図的にその事実を隠して宣伝したのが理由であろう) さらにマスメディアの無いこの時代の噂には、必ず尾ひれがつくものである。 その尾ひれの内訳は……あまりにもバカバカしいので割愛するが、 とにかくハルゲニア全土、特にアルビオン国内に多数の曹操信望者が生まれたのだ。 ……ただし、逆に曹操を危険視する者も数多く現われ、それが原因で後で苦労する事になる。 その意味では、曹操の風評こそがルイズにとって生涯の敵であったと言えるのだが……それは後々の話である。 曹操はその風評とワルドからの推薦を使い、王都北門警備隊長の職を得た。 爵位を持つ者達から見れば、ハッキリ言って下っ端役人である。 ワルドは「もっと上の位にも就けたのだがね」と、不思議がっていたが、 曹操は何故かこの官職を望んだ。 いろいろな紆余曲折の後、王都北門警備隊長に就任した曹操はすぐに行動を開始した。 『北部城内 夜中禁足 門中沈々 下馬禁刀 騒者打擲』 訳……王都北門は夜中は通行禁止です。 門を通る際は騒がしくしてはならず、また武器を抜いてはいけません。 場内で騒ぎを起こした者は棒打ちの刑に処されます。 王都の北部にある全ての城門に、上のような内容の立札が立てられた。 そして数日もしない内に宮中で少なからず発言権を持っていたラーケン伯爵が殴り殺されたのだ。 犯人はわかっている。曹操だ。 原因もわかっている。ラーケンが真夜中に城門を押し通ろうとした事だ。 宮中は大騒ぎになった。 罷免どころか処刑されかねない状況だったが、ワルドやアンリエッタが彼を庇った。 王都の民も大騒ぎをした。 多くの者が王国の権威を笠に威張り散らしていたラーケンを疎ましく感じており、 そういう者達は曹操に喝采を送った。 貴族さえも簡単に殴り殺すのでは、魔法の使えない平民はもっと簡単に殺すだろうと恐れた者もいた。 情けなく命乞いをするラーケンの姿を芝居仕立てにして上演する者まで現れた。 (もちろん、名前や時代などは適当に変えてある) 曹操はアルビオンを救った英雄の風評に加えて、北門の鬼隊長の風評も得たのだ。 そんな大騒ぎの中でも曹操は、顔色一つ変える事無く黙々と職務を遂行していた。 彼の元に桃髪の少女が怒鳴り込んできたのは、ある晴れた日の早朝の事だ。 前ページ次ページ割れぬなら……
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前ページ次ページ割れぬなら…… 「聖地奪還が天下万民の願いだとは初耳だ。司教の深遠なる考えを伺いたい」 ざわ……と、一瞬ではあるがレコン・キスタの軍勢が怯んだ。 背後に居る兵達の不穏な空気を読み取ってか、クロムウェルがさらに大きく声を張り上げる。 「始祖ブリミルは混迷の世を一つにまとめ、秩序をもたらし、さらに魔法をもたらした。その素晴らしき偉業を貴公は否定するのかね?」 対する曹操少しも慌てず、 「兵は不祥の器にして君子の器にあらず! 戦上手だったことで始祖を偉大だというなら司教は君子を理解せぬ愚か者だ」 と返す。 わからない人はいないと思うが、『君子』とは偉い人、あるいは偉大な人、とでも考えていただきたい。 (本当はもう少し難解かつ崇高なものなのだが、今はその程度の認識でかまわない) 「魔法は我々が生きていく上で必要不可欠なものだ。それを人間にもたらした始祖は偉大なる存在だ!」 「魔法が不可欠だとは片腹痛い。己の背後を見てみるがいい! 魔法を使わずとも日々の糧を得ている者達が見えないのか?」 ……ぐぅ、とクロムウェルが息を詰まらせ、たじろいだ。 「ウェールズ皇太子、クロムウェルは墓穴を掘るぞ」 曹操は勝利を確信しているのか、既に表情に余裕があった。 むしろ見ているだけの兵達の方がハラハラしている風もある。 「クロムウェル司教、まだ遠い! 司教は始祖の本質を全く見落としているのだ!」 おおおおおおおおお……歓声とも驚愕ともとれる声が戦場に響き渡る。 「私には始祖のみが扱えるという虚無の力がある!」 クロムウェルは、切り札を使った。 それがクロムウェルにとっては最後の砦であり、本来ならばもう少しの間は隠しておくべきものであった。 それほどまでに曹操はクロムウェルを追い詰めていたのだ。 大義名分……それは時として万の兵よりも重く、強い。 「私が虚無の力を授かった事こそ、始祖が理想としていた世界を再び蘇らせよという天からの采配である!」 「語るに落ちたり、クロムウェル! 何人の真似もしなかったことこそ始祖の『始』たるゆえん。 レコン・キスタ代表クロムウェル! やること全て始祖の猿真似に過ぎぬ貴様には、始祖を語る資格は無い! すなわちレコン・キスタの存在を、天が許してはおらぬ!!」 虚無に驚く間も無く、曹操は断じた。 おそらく兵達には何が起きたのかわかっていまい。 だがしかし、クロムウェルの滝のような汗と曹操の鷹のような眼光を見れば、その勝敗は誰の目からも明らかだった。 「馬をあおれ。10騎で威圧できる」 あっけにとられていたアルビオンの兵達が、慌てて背筋を伸ばした。 レコンキスタの軍勢はじりじりと後退を始め、10騎に対してだんだんと遠巻きになっていった。 クロムウェルはそれに気づき、気づいていながらも何も言えなかった。 切り札にと温存していた虚無が一蹴され、一種の恐慌状態になっていた。 最も冷静であるべき司令官が、最も自我を失っていた。 そして曹操が指の一本を天高く突き出すと、兵達は訳もわからずに狼狽する。 「全軍! 曹操孟徳の指を見よ!」 この状況下で彼の言葉に逆らえる者はいない。 その場にいた全員が曹操を見た。 誰一人として逆らえなかった、誰もがここが戦場である事を忘れた。 ……天空で、一匹の竜が降下を始めた。 砂塵が間近にまで迫っていた。 曹操が指を傾けると、砂と風が戦場に舞った。 ……高空で、一匹の竜が加速した。 曹操が指をゆっくりと降ろすと、それに呼応するかのように風が強まった。 「魔法だ!」と誰かが言った。 「あれが虚無なのか!?」と誰かが言った。 ……上空で、一匹の竜の周囲に氷柱が生じた。 誰もが叫び声をあげていた。 あらゆる人間が視界を奪われていた。 ドスンッ、という音がした。 誰もが恐怖を感じていた。 あらゆる人間が自己の生存を祈っていた。 「よし、今こそ勝機だ。全員! これより我らはレコン・キスタ勢へと突入する。狙うはクロムウェルの首だ!」 「応っ!!」 砂塵の中でウェールズが叫び、兵達が意気を挙げる。 「早まるな!」 しかし曹操がそれを止めた。 この戦場において兵達はもちろん、ウェールズさえも曹操に逆らう事はできなかった。 「これより完璧な勝利を迎える」 「完璧な……勝利だって!?」 再び曹操は天空に指を突き出す。 「まだ曹操孟徳の指を信じぬか」 巻き起こる砂塵の中で、レコン・キスタの全員が懸命に眼を見開き、曹操の指を注視した。 ゆっくりと曹操は指を下げる。 すると今度は指の動きと共に砂塵が弱まった。 冷静に周りを見ていれば、この砂塵が規模の大きなものではないと気づけただろう。 冷静に周りを見ていれば、この砂塵が止まる時期を見抜けただろう。 だがしかし、この戦場において冷静だったのは曹操一人だった。 曹操の指が完全に止まった頃には、砂塵は完全に通り過ぎた後だった。 そしてその指の先には、複数の氷柱に貫かれたクロムウェルの姿があった。 しん……と、さっきまでの恐慌が嘘だったかのように静まりかえった。 レコン・キスタ軍はもちろん、アルビオン軍の全員も固まっていた。 「よし!」 曹操の声が戦場にいる全員の耳に届いた。 「両軍ごくわずかの犠牲をもち、この無意味な戦いを終結とする」 戦場から遥か上空、地上から見ればゴマ粒程度にしか見えない位置、雲と雲の切れ目に一匹の竜が舞っていた。 前ページ次ページ割れぬなら……
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前ページ次ページ割れぬなら…… トリステイン魔法学園が用意したコルベールの私室。 曹操とワルド、そしてコルベールの3人がそこにいた。 「……以上が、ダングルテールにおける虐殺について私が知りうる全ての事だ」 コルベールがペンを置いた。 先ほどまで曹操に話していた事の全てが、数枚の羊皮紙に書き記されている。 「その証言に偽りはないな?」 コルベールが無言で傾く。 「……いつかはこんな日がくるような気がしていたよ。 まさか、君が一番早く辿り着くとは思わなかった」 男の瞳はどこか虚ろで、どこか悲しげに見えた。 曹操が立ち上がる、もうここには用は無いのだろう。 「ダングルテール殲滅の報酬であった高禄を辞し、軍を抜けたとしても、それは償いにはならぬ」 曹操の鋭い眼光がコルベールに向かう。 コルベールはそれを直視する事ができなかった。 「ワルド、その書類をあずかるがよい」 「はっ」 2人が部屋から出た。 この時になって、コルベールは恐ろしい量の汗が出ていた事に気がついた。 「……もう、教師は続けられないか」 答える者はいない。 その発言の向かった先、自分自身さえも何も答えなかった。 「未練だな」 もう一度自分に向けて言葉を出し、荷物をまとめようと席を立った。 あの事件が公にされれば、自分の周囲にいる人達に迷惑がかかるだろう。 もしかしたら、魔法学園そのものに悪影響を与えるかもしれない。 どこに逃げようか? いや、いっそのこと命を…… 「ジャン・コルベール!!」 声がした、外からだ。 その声は曹操のものだ。 「宮廷貴族の腐敗に加担した君の過ちを五分と見よ! そしてこの先、コルベールという武人がハルゲニの大地に打ち立てる生きた証を五分と見よ! 君に自らの命を断つ気概があるならば、ダングルテールを一夜にして焼き払ったその腕を買い上げる。 生きた屍を出で、私のもとへ来い! 私は王都北門警備隊隊長、曹操孟徳である」 人の気配が遠ざかっていくのを感じた。 今度こそ本当に全ての用事を終わらせたのだろう。 コルベールはその言葉を聞き、何を思ったのだろうか? 彼は20分後、自室から出て学院長室へと向かった。 汗はもう……出ていない。 ……翌日。 王都にある曹操の執務室。 いつものように曹操は兵法書の執筆、タバサは覗き見、 ルイズはいない、メイドからの証言によると、昨日の朝早くに曹操を追って学園に向かったらしい。 馬で駆けた場合、王都から学園まで往復で4日。 おそらくあと2日は静かになるだろう。 ……副官は心の底からホッとしていた。 「駄目だご主君、握り潰された」 ……と、そこにワルドが現れた。 握り潰されたというのは、昨晩申請した上奏の件であろう。 「リッシュモンか?」 「ああ、そのようだ。 ゴドーの報告、コルベール氏の証言、そして今回の妨害行動。 もはや疑いようがないね」 そう言ってワルドは両手を挙げてみせる。 「どうするご主君? 幸いにしてアンリエッタ姫とは顔見知りだ。 非公式で良ければ面会も可能だよ」 「いや、それでは足りん」 ワルドは肩をすくめ、副官は頭を抱えた。 正攻法で上奏しようにも、リッシュモンが妨害する。 非公式の会談上では足りない。 ならばどうすれば良いのか? 「ご主君、まさかこのまま泣き寝入りするつもりじゃなかろうね?」 本気で言っている訳ではない。 しかし、ワルドには他に方法が思いつかないのだ。 「噂ではもうじき降臨祭が行われるらしいな」 「ああ、今年も盛大に行われるらしいね」 「降臨祭を見た事はないが、余興の一つもやるのだろう?」 「ああ、やるとも。パレードやら花火やら」 この時点でワルドは曹操の言わんとする事に気づいたらしい。 タバサは元々あまり興味が無いらしい。 「王族達も出席するのだろう?」 「ああ、するとも。アンリエッタ姫やマリアンヌ王妃、マザリーニ枢機卿にリッシュモン。 今年はアルビオンからウェールズ皇太子、 それとガリア大使が軍事条約の批准書を交換するためにやって来るらしい」 ワルドがずいぶんと小悪党っぽく笑って見せた。 副官がようやく2人の意図に気づき、唖然とした顔を見せた。 所変わって、トリステイン魔法学院学院長室。 「……理由は、答えられないのじゃな」 「申し訳ありません、オールド・オスマン」 オールド・オスマンの手には、コルベールからの辞表が握られていた。 「教師が嫌になった訳ではありません。 しかし、教師たる者は生徒の模範とならなければなりません。 自らが招いた災厄を打ち払わねば、この先どのような顔で生徒に接すれば良いのでしょうか?」 今も、コルベールの肌に汗は無い。 視線は決して揺るがない。 ……ふぅ、とオスマンは大きなため息をついた。 「よろしい。ジャン・コルベールの退職を認めよう」 「申し訳ありません、オールド・オスマン」 コルベールは大げさなまでに頭を下げた。 「謝る必要は無いぞ、ミスタ・コルベール。 魔法学院は教え導く場所じゃが、同時に巣立ちを祝う場所でもある。」 「学院長……」 「辞めるのではない、巣立つのじゃよ。 せめてジャン・コルベールという男の巣立ちを、皆で祝わせてもらえぬかのう?」 「はい、ありがとうございます!」 その夜、アルヴィーズの食堂でささやかな宴が開かれた。 それは別れを惜しむ宴ではない。 それは巣立ちを祝う宴である。 前ページ次ページ割れぬなら……
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前ページ次ページ割れぬなら…… 森を焼く…… 話を聞くと、賈言羽はプチ・トロワを出発する前からこの策を考えていたらしい。 事前に間者を放ち、村の情報を集めさせ、さらに森の複数個所に火薬の詰まった球を埋めさせてある。 後は合図一つでライカの森は火の海に変わるのだ。 これによって翼人達が焼け死ねば良し、逃げられたとしても、彼等は住居を失う事になる。 「先住魔法」 そこまで聞いたところで、タバサがごく簡潔に問題点を提起した。 「消火しきれない程、火勢を強くする事です。 森の要所には火のメイジが8名待機しており、仕込んである火薬の量も併せて鑑みれば、消火しきるのは不可能かと。 また、先住魔法は森の精霊の協力が無ければ有効に作用いたしません。 森が焼ければ、翼人達の魔法も力を失う事となりましょう」 タバサは一瞬、妙に先住魔法について詳しい理由を訪ねてみたくなったが、すぐに考え直した。 翼人達にも気取られないように間者を張り巡らせ、さらに火責めの用意までしているような男が、まともに情報を明け渡すとは思えなかった。 むしろ、わざと疑念を抱かせるように喋っているかのようにさえ感じた。 「村人は?」 話題を変える。 少しばかり強引過ぎたかもしれない。 「森の半分は焼け残ると計算しております。 また、この森は土壌が良く水源も近いので、焼け跡を畑に変えるのも簡単でしょう。 まとまった農業生産が得られるまで多少の先行投資と2・3年の時間が必要でしょうが、 既にガリア王は補助金の出資を承諾しております」 そこまで計算・準備をしているのかと、タバサはさらに警戒を強めた。 そして認識を改める、この男は本物ほ智者・賢者の類であると。 もしも賈言羽が敵にまわったら……首筋に感じた悪寒を、必死になって隠した。 「翼人は昼行性で、夜目もさほどきく方でもなし。 決行は今夜、夜が明けるまでに決着をつけます」 「翼人が焼け残った森に再び住居を構える可能性は?」 「翼人は本来、好戦的な種族ではありません。 わざわざ必争の地に居残る可能性は低いのではありますが、 念のため、対策は考えてあります」 そうやって、計画の細部を詰めていた時だった。 タバサの耳に、足音が届いた。 ほぼ同時に賈言羽もその音に気づいたらしく、話を中断した。 「だれ?」 「ぼ、ぼくです……ヨシアです」 ……中略…… ヨシアと途中から部屋に入ってきたアイーシャは、村の実情、翼人の生態、そして2人の馴れ初めの話をした。 驚くべき事に、その間シルフィードは黙ったままだった。 たぶん『賈言羽の目の前では絶対に喋らない』という約束を律儀に守ろうとしていたのだろう。 タバサは2人の話を黙って聞きながら、注意深く賈言羽を観察していた。 案の定と言うべきか、一度たりとも驚いた様子が無かった。 たぶん、全てが既出の情報だったのだろう。 さっきから『出ていく』だの『出ていく必要はない』だのと言い争っているが、おそらく、すぐに矛先はこちらに向かってくる。 「お願いです騎士様! お引き取りください! それかお城に訴えてください!」 ほらきた。 タバサは無言で賈言羽の方を向いて『どうする?』と視線で訴えた。 タバサにはもう、賈言羽が何と答えるのか予想がついていた。 『作戦は変更しない』 きっと賈言羽はそう言う筈だ。 賈言羽があらかじめあらゆる情報を集めていたのなら、 2人の話に未知の何かが無かったのなら、作戦を変更する理由は何も無い。 情に流されでもしない限り、作戦を変更するとは思えなかった。 「……一つ、策がございます」 賈言羽は数秒考え込んだ後、そう宣言した。 タバサは一瞬、己の耳を疑った。 「特に理由の無い敵対ならば、1度でも協力して何かをやらせれば、和解に導く事も可能でしょう。 人間も翼人も森に生活の基盤を持っている部分は共通しております。 故に森に火を放てば、人間も翼人も我を忘れて消火にあたりましょう」 「騎士様! 上手くいったらアイーシャと別れずにすむのですか!?」 「明朝の正午にでも実行いたします。 ヨシア殿とアイーシャ殿はそれぞれの住処へと戻り、火の手を確認したらすぐに消火を呼び掛けていただきます。 出火を事前に知っていたとわかれば、後々厄介な事になります故、できる限り不審な行動は控えていただきたい」 2人はやや緊張した面持ちで頷いた。 「くれぐれも普段通りの生活を心がけてくだされ。 最悪の場合、今以上に両者の対立が深まる結果となりましょう」 もう一度、かなり力を入れて念を押す。 「やってみせます」 その力強い返答に満足したのか、賈言羽は僅かに眼を細めた。 「タバサ殿、作戦変更の通達、火薬の配置換えをして参ります。 夜明け前に戻りますので、明日に備えて休息を」 そう言うと、賈言羽はヨシアとアイーシャと共に部屋から去っていった。 1人残されたタバサは、茫然としていた。 賈言羽という人物を、量りかねていた。 ガリア王と通じているかと思えば、まるでタバサを庇うかのような行動をとる。 綿密な計画、入念な準備をしていたかと思えば、この土壇場で作戦変更。 賈言羽が一体何をしたいのか、まるでわからなかった。 「何故……?」 気づけばそう呟いていた。 「すごい! すごいのね! 感動したのね、憧れるのね! 翼人と人間で恋仲なんてなかなかないのね!」 聞こえてくる声は、そんな実にどうでもいいものであった。 前ページ次ページ割れぬなら……
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前ページ次ページ割れぬなら…… ページをめくる、文字を目で追う。 ……手にした本を、読んでる訳ではない。 これは対外的な行動に過ぎない。 自身の使い魔、シルフィードの背中の上で、タバサは思考をめぐらせる。 題目は、賈言羽の思惑について。 自分と同じように、シルフィードの背に乗ってエギンハイムに向かうこの男、一体何が目的なのだろうか? 以前ラドクリアン湖増水の原因を調査せよと命じられた時も、この男は同行を申し出てきた。 断ったら、ご丁寧な事にガリア王直筆の命令書を持ち出してきた。 2度目の同行となる今回の任務では、断られる前に命令書を用意してきた。 こうなっては、いくらなんでも置いて行く訳にはいかない。 正直な話、タバサは賈言羽が邪魔でしかたがなかった。 おしゃべり好きの使い魔が、いつ暴発するかわからなかった。 ほんの少しでも失敗すれば、ガリア王にどんな報告をされるかわかならなかった。 いや、この賈言羽という男自体が、ガリア王からの刺客である可能性も捨ててはならない。 いやしかし……と、タバサは違和感を感じた。 ラドグリアン湖増水は、水の精霊によるものだった。 それを聞いたタバサは、賈言羽に湖底に居ると思われる水の精霊を攻撃すると提案した。 しかし彼はそれを却下し、どんな手段を使ったのかはわからないが、たった1人で湖の水位を戻してしまった。 もしも賈言羽がタバサに殺意を抱いているのなら、水の精霊への攻撃案を却下するだろうか? 元々、人間が精霊と闘うなんて話は無謀な物だ。 タバサ自身に死ぬつもりはまるでなかったが、普通に考えれば人間が瞬殺されておしまいだ。 そんな黙っていてもタバサが死ぬような案を、わざわざ却下した理由は何なのだろう? まるでタバサを庇っているかのようだ。 つい先ほどのやりとりを思い出す。 賈言羽は確かに汚物を投げられる事を予測していた。 事前に汚れ拭きをタバサに渡しておいて、わざわざ標的になりにいったかのように無防備に前に出た。 まるでタバサを庇っているかのようだ。 そして、イザベラとジョゼフを侮辱するかのような発言。 プライドの高い王女が父親に報告するかどうかは5分5分と言ったところ。 その報告がガリア王の怒りに触れるかどうかは……未知数と言わざるを得ない。 しかしガリア王と直接会談する機会の多い(らしい)賈言羽の発言である事を考えれば、 おそらく笑殺されるのではないだろうか。 ならば先の発言……いや、挑発の目的は何だろうか? 順当に考えれば、きっとタバサにガリア王との不仲をアピールするためだろう。 チラリ、と賈言羽の方に視線を移してみる。 実に無防備な姿で書類とにらめっこをしている。 その気になれば今すぐこの場で殺す事も可能だろう。 無論、そんな事をすれば実家に居る母親がどんな目に遭うかわかったものではない。 あるいは、それを承知の上でこの男は無防備な姿を晒しているのかもしれない。 まるでタバサに無警戒をアピールしているかのようだ。 結論:最大限の警戒が必要 まるで最速で信頼を勝ち得ようとしているかのような行動が、逆にタバサの警戒心を煽った。 単なる被害妄想の線も捨てきれないが、警戒不足で足元を掬われれば、父の仇を倒す機会が永遠に失われる事だろう。 こういう類の人物を無条件で信用しきれる程、タバサは平坦な人生を送ってはいなかった。 なんというかこう……まるで毒蛾のような臭いを賈言羽から感じるのだ。 毒蛾……毒蛾……毒蛾か!! うん、我が事ながら実に的確な喩え方をしたような気がする。 言葉の意味は良くわからんが、とにかく凄い自信だ。 「タバサ殿、下を」 不意に思考が中断される。 本に意識がいっていなかった事、バレていないだろうか? たぶん大丈夫だと思うが……残念ながら確認する手段は無い。 気持ちを切り替え、下を確認してみる。 事前情報の通り、そこには複数の翼人達が飛びまわっていた。 木々に阻まれて良く見えないが、喚声や悲鳴、その他戦闘を連想される音が聴こえてくる。 もし住民が襲われているのならば、救助に行くべきだろう。 「降下する」 簡潔に、賈言羽にこれからの行動を伝える。 「私は付近の地形を確認しております。 明日の早朝までに合流いたしますので、翼人討伐はそれまで引き延ばしておいてくだされ」 「どこに降ろせば良い?」 「翼人から気取られぬ位置……西の端にでも」 「シルフィード。西の端に降下」 きゅい! と元気な返事がくる。 くれぐれも賈言羽の前で人間の言葉を使わないように……と、心の中で付け加えて、タバサは使い魔の背から飛び降りた。 ……中略…… 原作と全く同じ流れの部分は中略しても良いと思うんだよ。 ……再開…… その日の夜、タバサは村長の家の一室で体を休めていた。 賈言羽とはまだ合流していない。 シルフィードが自分を魔法人形だと言われた事に腹を立て、ぎゃーすかぎゃーすか抗議の声を挙げている。 タバサは内心、焦っていた。 賈言羽には今まで使っていた『ガーゴイル』という言い訳は通用しそうもない。 もし村人達からシルフィードの話が出たら、かなり危うい事になる。 最悪、己の使い魔を見捨てる必要に迫られるかもしれない。 「そんな顔をせずとも、他言はいたしませんて」 タバサは後に『心臓が止まるかと思った』と語った。 シルフィードは後に『話し相手が増えたのね、けっこー嬉しかったのね』と語った。 賈言羽が居た。 音も気配も無くそこに立っていた。 「いつから?」 「つい先程より」 「首尾は?」 「下拵えは全て」 そう言いながら、賈言羽は一枚の布をタバサに渡した。 見れば、そこには1羽の蝶が描かれている。 ……相応の知識が無ければわからないが、その絵は森の地図である。 蝶の右の羽に書き込まれた黒い斑点は森の輪郭を、左の羽に書き込めれた斑点は、森に仕掛けられている火薬の位置を示している。 「作戦は?」 「焼きます」 そう、賈言羽は答えた。 前ページ次ページ割れぬなら……
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前ページ次ページ割れぬなら…… 『非情であろうと、邪であろうと、どんな不逞の輩であろうと、どれほどの不仁不孝であろうとかまわない。 ただ才のみを挙げよ。ただ才があれば用いる』 まだ、一般公開されてはいない。 だがこの文言をそのまま布告すれば、おそらくトリステインを根底から覆しかねない大激震が起こるであろう。 ルイズにはその光景が鮮明に想像できた。 「医はとことん行くぞ」 心労の元凶は実に子供っぽく笑いながら喋り続けていた。 学生の時の自分だったらどう思っていただろうか……そう彼女は考えた。 貴族を馬鹿にするなと言って怒っただろうか? 理想の世界を夢見て賛同しただろうか? あるいはソウソウの言葉を戯言だと断じて耳を貸さないかもしれない。 どれも今の自分には不可能な事だ。 貴族のために怒れるほど、今の自分は貴族が好きではない。 理想の世界を語るには、今の自分は国の実情を知りすぎた。 戯言だと断じるには、今の自分はソウソウを知りすぎてしまった。 では、今の自分はどうすれば良いのだろうか? 「メイジ頼み秘薬頼みでは莫大な金がかかる上に治療できる数が限られるからな。 それよりもこれからは後方部隊にひとりこういう薬効に通じている医師を配置するぞ。 戦場でこの知識を用いれば負傷者や疫病患者の治療は言うに及ばす、兵の疲れを取り除いたり、 気血を調わせ戦意を促す事もできるようになるだろ。 それでな、今まで雑用係とみなされてきたものを医局として独立させ、重大な役割と相応の報酬を与えるのだ。 そうすれば医の地位はおのずと上がって、医の徒は増え、全土の城に医局を整備できるようになる。 どうだ! 才ひとつで戦が変わり、政が変わるのだぞ!」 どんなに長い時間を費やしたところで、ルイズには答えが見えなかった。 あるいは自分がどんな言葉をかけようとも、ソウソウは『求賢令』を公布するに違いない。 それでも眼をそらすには、この布告が巻き起こすであろう混乱は大きすぎる。 「おい! なぜこの着想に顔を輝かせん?」 「……えっ!? もちろん聞いてたわよ。もちろん。うん」 実にわかりやすい反応であった。 「ルイズ、どこか痛むのか?」 呆けて話を聞いていなかったルイズを、曹操は怒るでもなく叱るでもなく、むしろ彼女の体調の心配を始める。 「別にどこも痛まないわ」 実際どこかが痛むわけではないが、そんな気配りを無視するような返事しかできない自分を、ルイズは呪い殺したくなっていた。 ああ、学生の頃の自分なら、と思う。 学生の頃のソウソウの凄さ、ソウソウの怖さを知らない自分なら…… 「敵は舌だ」 空に浮かぶ大陸、アルビオン王国ニューカッスル城の会議室にて、一人の少年がそう断言した。 「……彼は?」 「私の使い魔です。ウェールズ電化……間違えた、殿下」 会議室の動揺をよそに、少年は言葉を続ける。 「クロムウェルの舌が女や金や欲望の全てを引き出すから部下は命を投げ出して戦う。 だからクロムウェルの能弁を崩せばそれで終わりだ」 「ソウソウ、バカな事を言うのはやめなさい! 相手の総大将がノコノコと最前線に現れる訳がないでしょうが!」 重臣の誰もがあっけにとられる中で、ルイズが大きな声で反論した。 「舌さえひっこ抜けばいい。明日の決戦はまずクロムウェルが正面に出て来るような決戦に持っていくことだ。」 「アンタまさか……この城から打って出ろだなんて言うつもり?」 「できれば、馬があった方がいい」 ざわ、ざわ、と思い出したかのように会議室に動揺が走る。 「ダメよ! いきなり襲いかかってこられたらどうするつもりなの!?」 「少人数を相手に奇襲はない。それに弁舌で人を集めた人間は自分に向けられた弁舌を無視できん」 サーーー……と、ルイズは自分の頭から血が引いていくのを感じていた。 亡命よりも王族らしく死ぬ事を選ぶウェールズに狂気を感じたが、 今この場で会議室中の注目を集める男はさらに危うい事を言っている。 そしてその男は事もあろうに自分の使い魔だ。 「ん? 曹操孟徳を信じないのか?」 さらに会議室の喧騒が広がる。 しかし多数の重臣の中で面と向かって曹操に反論したのはルイズのみであり、 他の者達はむしろ曹操の意見に賛同的ですらあった。 「ただ籠城するよりも、その方が脱出の時間が稼げるかもしれないな」 「敵の注意を正面に引ければ、裏手から船が出ても気づかれぬかもしれませぬ」 「元々勝ち目の無い戦いなんだ、少しでも勝機があるのなら賭けてみようじゃないか」 「この城を落とす事は奴らにとって示威的な要素が強い。クロムウェルを引っ張り出すのも不可能ではない」 重臣達の中から次々と曹操に賛同する者が出てきた。 「決まりだな」 そして今まで沈黙を守っていたウェールズの発言によって、曹操の策を使う事が決まった。 前ページ次ページ割れぬなら……
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前ページ次ページ割れぬなら…… 「ぬぁにやってんのよアンタわあああぁぁぁぁぁーーーーーっ!!!」 その日、ブルドンネ街にある一軒の肉屋を中心に半径50mメイルに存在した全ての人間にその言葉は届いた。 あるいは、叫びと言い換えた方が適切かもしれない。 「アンタは今の自分の立場をわきまえてるの?宰相よ、行政の最高責任者よ、私よりも断然身分は上なのよ。 そんな事ばっかりしてるから『平民宰相』だなんて不名誉極まりないあだ名で呼ばれるのよ。 そりゃあアンタはそういうのを全然気にしてないけどね、アンタを信任してる姫様や命令される大臣達の気にもなりなさいよっ!」 と、ここまで全力全開でまくしたてる。 彼女は釘宮理恵ではないので、喉に負担をかけない発声方法を知ず、息継ぎも不十分、 それを怒りや気迫でもって無理やり声を絞り出していた。 「ぜぇっ……ぜえっ……み、みず……」 「ちょうどいい、飲むか?」 酸欠によって意識が朦朧としていたのか、それとも単に信用しきっていたのか、 怒りの対象であった男が差し出した杯を確認もせずに受け取り、 「ぶーーーーーーーっ!!!」 と噴き出した。 「ちょっと、これってお酒じゃないの」 「新しい方法で作った酒だ。今度『九?春酒法』と名付けて上奏する」 「それならそうで先に言いなさいよ。まったくもう……」 不慮の事故で味わえずに空になった杯を差し出すと、男は笑って注ぎ足した。 「甘い……」 「始祖ブリミルも味わった事のない酒。それも曹操手作り上澄みの一番いいところだ」 「まぁ、悪くはないわね」 「だろ?」 空気が和みかけるも、彼女…… ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは自分がこの場所にやって来た理由を思い出して、 眉間に皺を寄せ直した。 「めんどうになったもんだ」 「何が?」 彼女の想像以上にドスのきいた声が出た。 一瞬、失敗したかな……と考えもしたが、男は少しも気にかけた様子も無い。 「ルイズを戦にひっぱり出すにも、軍の慰問使などと偽った上に上奏までせねばならん」 「当然じゃない。私だって暇じゃないの。学生だった頃とは違うのよ」 「まあ、おまえが朝政を執りしきっていてくれるから、俺は安心して遠征ができるのだが」 優越感を刺激するその言葉を聞いて、少しだけ機嫌が直りかける。 虚無の魔法が必要なのか?絶妙なバランス感覚で議会を纏め上げる手腕が必要なのか? あるいは昔のように二人で轡を並べてみたいだけなのか? そんな事を考えてみると、ついさっきまでの不機嫌が消し飛んでしまいそうになった。 いやしかし……と、心の中で踏みとどまる。 そう、この男は安心して内政関係を任せられる人材が居るのをいいことに、時には数年以上も都に戻らないと気が多々あるのだ。 遊び呆けている訳ではない事は彼女も重々承知しているのだが、それでも長期間顔を合わせていないと何故か機嫌が悪くなる。 その理由は誰にもわからない……と、少なくとも彼女はそう考えている。 「できました、宰相」 奥からいかにもな最下層労働者が声をかけてきた。 「おう、後は俺が焼く」 男はそう答えるとルイズを放ってさっさと奥へと引っ込んでしまう。 「さっきも聞いたけど、何をやってるのよ?」 「運がいいぞルイズ。開いてみたらとびきりでな。脳は煮込まず半生で新しい調理法に挑む」 「開いたって……」 何を?と聞くよりも早くルイズは自分でその答えを見つけた。 ここは肉屋、開くものと言ったら牛か豚のどちらかしか無い。 どちらにせよ女性、それも貴族の出の人間には馴染みの無い物であると断言できよう。 悲鳴を上げず、眉間の皺が今まで以上に深まっただけに留まったのは、彼女が学生時代ほど温室育ちではなかった故だろう。 さほど時間はかからずに、男はルイズの元へと戻ってきた。 その男の名は『曹孟徳』もはや形骸と化したものではあるが、ルイズとは主人と使い魔の関係である。 彼は使い魔でありながら、魔法が使えない身でありながら、既に貴族の肩書きを得ていた。 金で貴族の位が買えるとの噂のあるどこかの国と違い、トリステインでは史上初である。 無論、政敵はこぞってその出自を衝いてくるのだが、彼は意にも介さずに政務をとり、戦に出向き続けた。 それが良いことなのか悪いことなのかはこの際、置いておくとして…… 少なくともルイズが『ゼロ』という名の汚名を払拭し、虚無の魔法を扱うようになり、 さらに国の要職を任されるようになったのは、この曹孟徳という男に原因の大部分があった。 もっとも有能である事はルイズも認めているのだが、興味のわいたものは際限無く求める性格は嫌っていたようだ。 彼が召喚されてから抱かれた女の数は3桁を超すという事も追記しておこう。 基本的に独占欲が強い人間なのだ、ルイズという女性は。 しかしながら、鬼神軍神の如き采配で幾度もトリステインを護り、発展させたその男を嫌いにもなれない様子だ。 ……実を言うと彼女が頭に血をたぎらせ、さびれた肉屋に飛び込ませたのもまた、 前述した興味のわいたものは際限無く求める性格なのである。 正確には近い内に布告する予定の、ある宣言が理由だ。 問い質し、糾弾し、撤回させようという魂胆だ。 「ソウソウは……」 「うん?」 その先が言えない。 怒りが足りない。そんな気がした。 「最近のソウソウは、天意とか天命だとか言わなくなったわよね」 そんな、今この場で聞く必要のない言葉に逃げていた。 「そうだな、たぶん要らなくなったんだろうな」 曹操の返答、彼女には聞こえていたが、理解はしていないだろう。 一度逃げてしまうと、もう初めの怒りは完全に冷めてしまっていた。 そうなってしまうと、もうルイズには何もできない。 彼女を含めて、人間とはそういうものである。 結局、その日の会話は簡単な近況報告だけにとどまる事になる。 後世の歴史家が『求賢令』と呼んだ命令が布告されるのは、その日から間もなくの事であった。 前ページ次ページ割れぬなら……
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前ページ次ページ割れぬなら…… 「始祖の降臨の日を祝して、悪鬼を追い払う剣舞をご覧に入れましょう」 アンリエッタ、ウェールズといった名士達の前に、女装をした曹操が歩み出た。 軍楽隊はパレードの音楽を止めて、演武用の曲を奏で始める。 リッシュモンがその様子を苦々しく見つめていた。 「戻りました」 そこに先日リッシュモンと密談をしていた男が現われ、そっと耳うちをした。 「首尾は?」 「なんとかワルド子爵の眼を誤魔化して何箇所かに兵を配置できました。 メイジはおりませんが、全員が銃の名手です。 命令があれば、出席者を狙撃する事が可能です」 「良し、すぐに奴を始末させい」 「はっ」 男は再び人混みの中へと消えていった。 当時の鉄砲の有効射程距離はおおよそ200メイル。 甲冑を着込んでいるのならともかく、剣の舞を演じている曹操は軽装、1発でも当たれば深手を負うだろう。 またトリスタニアには背の高い建物が多く、その全ての部屋を警戒するのは不可能に近い。 複数ある狙撃ポイントの一つ。 とある宿屋の一室に彼女は居た。 名をアニエス、王都の治安を守る警備兵の一人。 ……ぶっちゃけた話、その他大勢の一人。 しかし、彼女は剣と射撃の名手であった。 その腕前を見込まれ、リッシュモン……正確には、その部下によってここに配置された。 ……火薬は詰めた、弾も込めた。 小さな窓から銃身をのばす。 彼女は、自分がアンリエッタからの特命によって働いていると信じていた。 銃口の先で舞う女性が出席者の命を狙う暗殺者だと信じていた。 慎重に照準を定める。 狙撃に2発目は無い。 必要な物は必中の一撃。 徐々に曲が速くなってゆき、曹操の動きも次第に激しいものに変わっていく。 白銀の剣が光を反射し、眩いばかりに輝く、煌く。 着弾点を決め、全身を固定させる。 次に女がその位置に立った瞬間に殺す。 炸裂音。 銃声だ。 音曲を引き裂くように、同時に2つ。 仮面の男が2人、軍楽隊の中から飛び出した。 杖を振るい、一人は風で、一人は炎でもって、弾丸の道筋を遮った。 軍楽隊は、何が起こっても曲を止めないように厳命されていた。 曹操もまた何事も無かったかのように、いや、銃声に気づかなかったかのように舞を続けた。 再び炸裂音。 別の場所から、今度は3つ。 一つは風に、一つは炎に、最後の一つは炎を操る男が自らの体を盾にして曹操を守った。 炸裂音。 1つ。 突風が弾丸を吹き飛ばす。 最初は銃声に驚いていた人々だが、平然と舞を続ける曹操を見て、安堵した。 3度目の銃声が聞こえる頃には、それも演目の内なのだと信じていた。 炸裂音。 2つ。 狙いの甘い一発は無視され、曹操に向かった一発は炎の壁に遮られた。 5度目の炸裂音は無い。 音曲がさらに激しさを増す。 大太鼓が連打される。 仮面の男が杖を振るい、花びらを吹雪のように舞い散らせる。 そして曹操がもう一人の男の仮面を……叩き割った! 「げぇっ! 炎蛇!」 リッシュモンが叫ぶ。 それは悲鳴か、断末魔に近い。 ある意味、彼にとって一番見たくなかった顔だっただろう。 『炎蛇』は優秀な軍人であると同時に、リッシュモンの悪事の証拠でもあるのだ。 その『炎蛇』が曹操の隣に立っているという事は、曹操の上奏が死を意味するという事だ。 「ええい、何故射撃を止める? いったい何をやっているのだ!?」 彼は気づいていない。 射撃は止めたのではない、止められたのだ。 アニエスは、突然部屋に飛び込んできた男によって取り押さえられていた。 彼女には武術の心得があったのだが、不意を衝かれた事、襲撃者もかなりの使い手だった事が、彼女を敗北させた。 では、どうしてこんな短時間でアニエスの居場所が割れたのだろうか? 理由は2つある。 1つはあらかじめ狙撃がやりやすい場所を割り出し、あえてその場所の警備を手薄にしておいた事である。 つまり、狙撃を困難にするよりも、刺客を制圧する事を優先させたのだ。 2つ目は、最も狙撃位置を確認しやすい場所にいた人物……ワルドだが。 彼は曹操を守りながら、敵の場所を確認し、あらかじめ配置しておいた自分の偏在達に急行させたのだ。 こうしてリッシュモンによる曹操暗殺作戦は失敗に終わり、トリスタニアは観衆達の拍手に包まれた。 特にアンリエッタが日頃の嗜みを忘れる勢いではしゃいでいた。 「まあ、なんて素晴らしい舞なのでしょう! 貴方に酬いなければなりません。望みを申しなさい」 「王都北門警備隊長、曹操孟徳。 望みを申し述べます」 仮面の男……ワルドが書類を持って現れる。 「おそれ多くも、申の儀上奏奉ります!」 ざわ……と、出席した名士達が騒ぎ始める。 「お待ちを。 ここは始祖降臨を祝う場所でございます。政を執り行う場所ではございません。 また国外からの客人の前で上奏を許すべきではございません」 マザリーニが、アンリエッタを制した。 しかし、アンリエッタは乗り気だ。 「よろしいではございませんか。 彼はアルビオンを救った英雄なのですよ」 リッシュモンは早くも戦略的撤退を考えていた。 しかし、既に退路は魔法衛士隊が固めている。 曹操は王族達の前で、公然とリッシュモンを筆頭とする宮廷貴族達への糾弾を始めた。 国外の要人たちの前で、平然とトリステインの暗部を暴露し始めた。 ゴドーやワルド、コルベール達の手を借りて集められた証拠の数々は、当事者たちにとってはどれも致命的といえる内容であった。 その中でも特に、ダングルテールでの虐殺への糾弾は激しいものであった。 曹操にとって民は国の礎であって、それを自らの出世のために殺した者達を許せなかったのかもしれない。 いくら平民が軽く見られる国柄、風潮であっても、限度というものが存在する。 曹操が暴きだしたトリステインの暗部は、貴族であっても吐き気を催すような内容ある。 しかもその場に居た群衆の中には、平民も数多く……いや、平民が大多数だった。 これで何の処罰も無ければ、暴動が起きかねない。 諸外国からも軽く見られかねない。 さらにアンリエッタはどこか純粋で、お人好しで、なにより正義を信じていた。 ……つまり、リッシュモンの命運は尽きたという事だ。 ワルドの偏在の1人が、アニエスの涙に気がついた。 思えば、女性に対して少し力を入れすぎたかもしれない。 「済まない。君の凶行を阻止するためとはいえ、力を入れすぎたようだ」 銃を取り上げ、アニエスを拘束から解放する。 「いえ……」 アニエスは、立ち上がろうとしない。 茫然とした様子で座り込む、涙を拭く事もできていない。 「痛いから泣いているのではありません」 ……それは怒りの涙、自責の涙であった。 前ページ次ページ割れぬなら……