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何!?脱走したアムロがジオンに亡命しただと!? 1 :通常の名無しさんの3倍:2008/12/10(水) 00 19 28 ID xlh/qew2 内容: 「ガンダムに乗ったままでか…何て事だ…!」 「相手はどうやらランバ・ラルというジオンの将校らしいです!ど、どうしましょうブライトさん」 「く…我が軍の最高機密がジオンに渡ったのか…これは歴史が変わるかも知れんな…!」 …この続きを妄想するスレ 9 :通常の名無しさんの3倍:2008/12/10(水) 06 45 36 ID xlh/qew2 アムロ「フラウ、君も僕と来るんだ」 フラウ「な、何言ってるのよアムロ!?」 ラル「お嬢さん、君の彼氏は男の選択をしたんだ。もう後には引けん。我々も彼をそう扱う。君も覚悟を決めるのだな」 フラウ「…」 ハモン「あなた」 ラル「うむ。クランプ!本国へ連絡だ!連邦の白いモビルスーツを捕獲したとな!」 …この暗号通信がホワイトベースに傍受されて 1の展開になると 18 :通常の名無しさんの3倍:2008/12/10(水) 11 45 02 ID bSV5SfP0 IDは違いますが1です コズン「本部からの正式な返答はまだです。 かなり上(上層部)が白いモビルスーツの扱いに関してモメてるみたいですぜ」 ラル「遅いな、本部からの指示を待ってはおれん。襲撃は予定通り行う。木馬に仕掛けるぞ」 ハモン「あなた、もう少し待てば人員やモビルスーツも数が揃えられるのじゃなくて?」 ラル「悠長にしていると機を逃す。白いモビルスーツを失った今、木馬の戦力は落ちている。 今が攻め時なのだよ。一気に木馬も鹵獲する、な」 アムロ「待って下さいラルさん」 ラル「ん?何だ少年」 アムロ「僕もホワイトベース・・・いや「木馬」襲撃に加えてもらえませんか?」 21 :通常の名無しさんの3倍:2008/12/10(水) 12 08 59 ID bSV5SfP0 アコース「おいおいw」 フラウ「何言ってるの!?ブライトさんやセイラさんや・・・大勢の人がたくさん乗っている艦なのよ!? アムロ!どうしちゃったのよアムロ!!」 アムロ「僕が何もしなくてもこの人達はホワイトベースを襲撃するんだぞ! もしかしたら誰かが死んじゃうような事があるかも知れない! だから僕が行くんだ!モビルスーツを無力化して一気に艦橋を制圧すれば余計な被害を出さずに済む!」 フラウ「だって・・・そんな・・・(泣く)」 アムロ「これが一番、被害を抑える方法なんだ・・・!」 ラル「本気か、少年」 アムロ「僕の名前はアムロ・レイ。モビルスーツは『ガンダム』です」 23 :通常の名無しさんの3倍:2008/12/10(水) 14 33 04 ID bSV5SfP0 コックピットを開けたまま対峙するグフとガンダム グフ後方には3機のザク アムロ「それでは手はず通りに」 ラル「気は変わらんのか少年」 アムロ「僕の提案を受け入れて下さって感謝しますラルさん」 ラル「君に与えられた時間は5分。それ以上は一秒たりと待たんぞ?」 アムロ「はい。僕はその間にホワイト、いや木馬の戦力をモビルスーツと共に無力化して見せます」 ラル「・・・君がそれに失敗した場合、5分後に我々は総攻撃を仕掛ける。 それと、君がもしおかしな行動を取ったと判断した場合、後ろからでも撃たせて貰う。 その時はハモンの元にいるお嬢さんの命も、無い物と思え」 アムロ「判っています。僕が木馬と通信を開始したらカウントダウンを始めて下さい」 コックピットを閉じるガンダム。そのまま背を向けて歩き出す グフのコックピットを開けたままそれを見送るラル 27 :通常の名無しさんの3倍:2008/12/10(水) 15 47 48 ID bSV5SfP0 マーカー「12時の方向に反応!距離2000!これは・・・」 ブライト「敵か!?くそ、こんな時に!」 オスカ「違いますこれは、ガ、ガンダムです!」 ブライト「な ん だ と !?」 口を押さえ、息を呑むミライ セイラ「回線開きます!アムロ?アムロなの!?返事をしてちょうだい!」 夕日を背に漆黒のシルエットとなり ゆっくりとホワイトベースに近付いて来るガンダム 刹那、その相貌がギラリと輝いた マーカー「ガンダムがスピードを上げました!突っ込んで来ます!」 ミライ「様子がおかしいわブライト!」 ブライト「戦闘態勢だ!MSを緊急発進させろ!」 30 :通常の名無しさんの3倍:2008/12/10(水) 18 52 57 ID bSV5SfP0 セイラ「ガンキャノン発進完了。続いてガンタンク、どうぞ」 ハヤト「無理ですよリュウさん!ガンダムに勝てるわけ無い!」 リュウ「泣き言を言うな!アムロめ・・・!ガンタンク出るぞ!」 ブライト「WBのエンジンはどうなってる!?」 ミライ「調子悪いわね・・・出力が上がらなくて上手く高度が取れないの。 ガンダムを振り切るのは多分無理ね」 ブライト「クソッ!何でだ!何でこんな事に・・・!!」 ミライ「ブライト、落ち着いて。みんなあなたの指示を待っているのよ?」 ブライト「判ってる!手の開いているものは銃座につかせろ!弾幕を張ってガンダムを近づけさせるな!」 マーカー「ガンダム距離200!」 セイラ「ブライトさん!アムロから通信が入っています!」 31 :通常の名無しさんの3倍:2008/12/10(水) 19 26 53 ID bSV5SfP0 WBのメインモニターにアムロの顔が映っている。 画像はときたまノイズが混じりその音声と画像を不明瞭に歪み消した ブライト「アムロ貴様・・・!!」 アムロ「ブライトさん。時間がありません。WBは速やかに武装を放棄してジオンに投降して下さい」 ブライト「ふざけるな!そんな要求が呑めるとでも思っているのか!?」 アムロ「僕はWBの皆さんにできるだけ危害を加えたくないんです。指示に従って下さい!」 ブライト「ぬけぬけと・・・!自惚れるなよアムロ!ガンダム1機で何が出来ると言うんだ!」 アムロ「・・・それをこれからあなたに証明して見せますよ!」 セイラ「通信・・・切れました」 オスカ「ガンダム、先行していたガンキャノンと接触!交戦開始した模様です!」 34 :通常の名無しさんの3倍:2008/12/10(水) 20 14 52 ID bSV5SfP0 カイ「撃つぞ!本当に撃っちまうぞアムロ!!」 至近距離で発射されたキャノン砲弾の下を掻い潜り、ガンキャノンを引き摺り倒すガンダム。 砂にめり込むガンキャノン 転倒の衝撃でカイのバイザーが割れ、カイはそのままコクピットで昏倒する アムロ「まずは一つ!残り3分12!」 のたのたと近付いて来るガンタンクにバーニアジャンプで迫るガンダム 空中のガンダムに向けボップミサイルを放つガンタンクだが、ガンダムは逆方向にバーニアを再点火して回避する そのままガンタンクに密着するように着地すると同時にビームサーベルを抜き、 両肩の砲身とボップミサイル内臓の両腕を切り飛ばした。 念の為にバルカン砲でキャタピラ部を破壊するガンダム これでガンタンクは動く事も攻撃する事もできない、はずだ 上部コックピットのハヤトの顔が恐怖に歪んでいるのを、 ガンダムのメインモニターは冷酷に映し出していた アムロ「二つ目!あと2分02!」 39 :通常の名無しさんの3倍:2008/12/10(水) 23 32 12 ID ZKgduoEI カモフラージュされた小高い砂丘の中腹から双眼鏡で様子を伺っているランバ・ラル隊 アコース「す、すげえぜあのアムロって奴!瞬く間にMS2機をやっちまいやがった!」 クランプ「残りは何分だ?」 コズン「後…一分半ほどです!こいつあ…もしかするかも知れませんぜ!」 ラル「…」 次の瞬間、一同の口から異口同音に驚愕のうめき声が漏れた ガンダムがHBに取り付き、ビームライフルの銃口を艦橋に向けたのだ 高度を徐々に下げて行くHB 砂漠に堕ちた木馬は魂消える様にエンジンの火を落とし沈黙するしかなかった ラル「…行くぞ。木馬内部の制圧は我々が行なうんだ」 それぞれのMSに搭乗する為に踵をかえすラル隊の面々 コズンの手に握り締められた軍用時計は、残り15秒を示していた 40 :通常の名無しさんの3倍:2008/12/11(木) 01 06 21 ID A9r1juaR またID変わっちゃいましたが1です 乗り込まれたラル隊によってHBクルーは次々と武装解除されて行く ブリッジメンバーも拘束され、全ての人員がHB前に集められ並べられた 屈辱に震えるブライトをガンダムのコックピットでモニター越しにアムロが一瞥している アムロ(モノローグ)『どうですブライトさん、1人の犠牲者も出さずにHBを制圧して見せましたよ やっぱり僕が一番ガンダムを上手く使・・・』 その瞬間! 完全に沈黙したと思われたガンタンクの上半身が強制排除され、コアブロックが射出された! 射出時にケガを負った血まみれのリュウがレバーををシフトさせると コアブロックは上空でコアファイターに変形 急降下しながらガンダムめがけてバルカン砲を撒き散らす! リュウ「アムロォ!お前のやった事を断じて認める訳にはいかんのだ!!」 呆然と銃弾を浴びるガンダム しかしガンダリウム合金のボディを貫くにはあまりにも非力過ぎる攻撃だった 我に返るアムロ アムロ「だ、駄目だリュウさん!おとなしく投降して下さい!さもないと…!!」 クランプ「野朗ッ!」 反転し、ミサイル発射態勢に入ったコアファイターを 周囲警戒中だったクランプのザクマシンガンが薙ぎ払う コアファイターはリュウを乗せたまま爆発四散し、一時の夕闇を照らす流星と化した 51 :通常の名無しさんの3倍:2008/12/11(木) 19 40 09 ID I7Id+j+B 「そんな・・・リュウさあぁん!!」 コックピットで絶叫するアムロ 思わず両手で顔を覆うが、モニターを凝視する眼を閉じる事はできない 馬鹿な。こんな筈じゃ無かった WBクルーの唯一人として傷付けずにこの亡命を成功させる それがブライトを始めとするWBクルーに自分を認めさせる手段だと思っていたのに 結果的に自分勝手な行動がリュウ・ホセイという軍人を死に追いやってしまった やっぱり僕は役立たずな男なんだろうか 「顔を伏せるなアムロ君!」 深い心の闇に陥りそうになったアムロを正気に引き戻したのは モニターに映るラルの力強い叱責だった 52 :通常の名無しさんの3倍:2008/12/11(木) 19 52 58 ID I7Id+j+B ラル「たったの5分足らずでMS1機を撃破し1機を無傷で捕獲!そして戦艦1隻を拿捕! まるで赤い彗星並みの戦果だ! 宣言どおり君はやり遂げたんだ!胸を張りたまえ!」 アムロ「ラルさん・・・でも僕は・・・誰も犠牲者を出さないつもりで・・・」 ラル「おこがましいぞ!君はちっぽけな一人の人間に過ぎん! 覚えておきたまえ!これが戦争だ!ゲームじゃないのだよ!!」 アムロ「これが・・・戦争・・・」 茫然と呟くアムロは、流しかけていた涙が止まっている事にも気付いていなかった 67 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/12(金) 20 54 49 ID v9ssn7Sj 「木馬捕獲セリ」 その一報はジオンと連邦の両軍を稲妻の様に駆け巡った 地平の彼方から轟音を響かせて飛来する3機の巨大爆撃空母ガウ ガウに付き従う数え切れない程のドップ編隊 MSを満載した輸送機 それら全てが地に伏すWBの元に続々と集結してゆく 物々しい喧騒の中 アムロを加えたラル隊が、捕虜として本国に送られる予定のWBクルーと対面している 「アムロッ!貴様のせいでリュウは!リュウは死んだんだぞッ!」 「おっと!大人しくしてな!」 後ろ手を拘束されているにも関わらず、アムロに迫らんとしたブライトだったが マシンガンを手にしたアコースに乱暴に引き戻された拍子に後方の壁に背中を激しく打ちつけ、 そのままずるずると床に腰を付ける羽目となった それでも顔を上げたブライトは、異様なまでに澄んだ瞳の色を湛えるアムロの瞳を見て慄然とした 心が揺らいでいない こいつは、俺の知っているアムロなのか!? 今までの奴ならこんな時、オロオロうろたえながら自分を見失っていた筈なのに・・・! 「ブライトさん」 静かなアムロの声に、ブライトは我に返った 68 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/12(金) 21 31 34 ID v9ssn7Sj アムロ「僕は、自分の運命を自分で決めて・・・ その結果を全部背負う事に決めました。後悔はしていません」 ブライト「なん・・・だと・・・」 ラル「・・・連れて行け」 虚脱したブライトはアコースに連行されて行く。アムロの顔を呆けた様に見つめ続けながら・・・ ラルは残りのWBクルーに向き直る ラル「さて諸君。我々はこの艦を接収する。だが正直手が足りんのだ 君達は殆どが、成り行きでこの艦に乗り合わせたと聞いている。連邦に義理が無い者もいるだろう?」 WBクルー達はそれぞれの表情でラルの言葉を聞いている ラル「単刀直入に言おう。この艦を運用する為に我々に協力して貰いたい。 それなりの階級と待遇を用意する」 くぐもったどよめき声が立ち込める ラル「もちろん強制はしない。だがその場合は南極条約に法り・・・ 捕虜としてジオン本国に送られる事になるがね。好きな方を選びたまえ」 額と首に包帯を巻かれたカイが口を開く カイ「しばらく考えさせてもらえねえかな?」 ラル「駄目だ。今、この場で選択するんだ」 強い口調で即答したラルに、カイは押し黙った 74 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/13(土) 19 30 00 ID AHr/gbnQ ハヤト(小声で)「何考えてんです!相手はジオンなんですよ?」 カイ「うるせえな、黙ってろハヤト」 薄く笑いながらラルを見ているカイは、クランプに顎で指示されたコズンが 自分の横に静かに移動して来た事に気が付いていなかった ラル「では聞こう。我々に協力しても良いと思う者は、前に出て貰いたい」 無言の一同。それぞれの表情に明らかな逡巡が見られるが、前に出る者は一人もいないかと思われたその時 「どいて下さる?」 今まで頑なまでに言葉を発せず、うつむいた姿勢を崩さず、表情をラルに見せていなかった 金髪の女性が顔を上げ、他者の陰からするりと抜け出すと背筋を伸ばした姿勢でラルの前に立った ミライ「セイラ!?」 ハヤト「セイラさん!?」 信じられないものを見た様にWBクルー一同がどよめいた 75 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/13(土) 19 36 11 ID AHr/gbnQ 「むっ!?ま、まさか・・・!」 目の前の美しい女性にラルの眼が驚愕と共に見開かれてゆく 普段では見られないラルの狼狽ぶりをアムロは意外に感じていた 眼を転じると他のラル隊の面々もポカンとした顔つきでラルを見ている 「あなたはもしや、アルテイシア様では!?お忘れですか! ジンバ・ラルの息子、ランバ・ラルにございます!」 「大尉、この場でその名前は無用です。手をお上げ下さい」 片膝をつき拝礼の姿勢をとったラルは、ハッと気付いたように立ち上がると、 横に控えたクランプにセイラの拘束を解く様に命じた 「セイラさんが行くのか、ニャヒヒ、そんじゃ俺も・・・」 軽口を叩きながら前に出ようとしたカイだったが、 横から強烈に突き入れられたコズンの鉄拳がミゾオチにめり込み、 悶絶しながらその場にうずくまる事となった 「大尉!捕虜の中に体調を崩した者がいます!救護室に運んどきますぜ!」 のんびりした口調のコズンにクランプが返す 「ご苦労!手当てが済んだらそいつはそのまま捕虜として本国に送れよ!」 ニヤリと笑ったコズンが嬉々として答える 「了解であります!」 襟首を掴まれて引き摺られて行くカイの耳にコズンが囁いた 「テメエみたいな奴は、ラル隊にはいらねえんだよ!」 88 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/14(日) 18 56 24 ID CUOX421S 結局、セイラの他には一人としてラルに協力する意志を示した者はいなかった 「あなたには、是非一緒に来て貰いたかったのだけれど」 悲しげな顔でセイラに声を掛けられたミライは、やはり悲しげな笑顔で答えた 「私は故郷に家族と親戚がいるもの。私の行動で迷惑を掛ける訳にはいかないわ。 他のみんなもそう思っているはずよ」 「ごめんなさい・・・」 軽くうつむき小さな声で肩を震わせるセイラ ミライは、後ろ手を拘束されたままゆっくり近付くと、セイラの肩に軽く額を預けて小声で囁いた 「何か事情があるのね。私には何も出来ないけれど、上手く行く事を祈っているわ。 それから、アムロをよろしくね」 顔を離したミライを驚いた表情のセイラが見つめる 「それじゃね」 セイラに親愛の笑顔を残し、ミライは連行されて行く。 彼女の姿はやがてWBクルーの列に加わり見えなくなった 89 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/14(日) 19 00 04 ID CUOX421S 一同とは少し離れた場所でアムロとフラウが対面している 「・・・君も行ってしまうのか」 先に声を掛けたのはアムロの方だった 「子供達がいるもの。私が付いててあげなくちゃ」 悲しそうに笑いながらフラウが答える 「そうか・・・そうだよな・・・」 それに、間接的にせよリュウを殺した自分を、あの3人の子供達は決して許さないだろうとアムロには思えた 「こら!しっかりしなさいよアムロ!」 フラウの両方の掌で強引に顔を挟まれ正面を向かされたアムロは 涙を流しながら怒っている表情のフラウに驚いた 「あなたは自分のやった事に後悔しないって言ったんでしょう? そんな顔してちゃダメじゃない!」 ああ、フラウに怒られるのはこれで何度目なんだろう いつも悪いのは自分だった でもフラウはどんな時も最後には優しく許してくれた 今だって自分の身より僕の事を心配してくれている そんな彼女に僕は何を・・・ 「・・・!」 突然のキスにアムロの思考は中断された ほんの一瞬だったが、2人は硬く抱き合い、その間世界は2人の他には何も存在しない様だった 100 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/15(月) 09 45 12 ID dRDsTljJ アムロとセイラ、そしてラル隊の面々はWBのブリッジに集まった WBクルーを乗せたと思われる輸送機が今、飛び立って行く それをブリッジの窓から見ながらアムロは あれはどこに向かうのだろうとぼんやり考えていた しかし、ラルが語るセイラの素性は、アムロの思考を現実に引き戻していった 「何ですって!?この方は、あの『ジオン・ダイクン』の娘さんなんですかい!?」 クランプの驚きはラルとセイラを除く、その場全員の驚きだった 「アルテイシア様とその兄上のキャスバル様はわしの父、 ジンバ・ラルと共に地球に逃れて暫く過ごした事があるのだ 最も、キャスバル様はすぐに家を出て行かれ行方不明となってしまわれたが…」 「それにしても姫様、良くぞご無事で…」 ラルの言を継いだハモンの言葉にセイラは顔をほんのり赤らめた 「姫様なんてやめて下さい。私は今は『セイラ・マス』なのですから」 「いいや!あんたは俺達の『姫様』だ!大尉!そう呼んで構いませんよね!?」 コズンの嬌声にラルが重々しく、しかし、まんざらでも無さそうに答える 「…許可する」 拍手と歓声がWBのブリッジに響き渡った 事情が良く飲み込めていないアムロだったが、一同の放つ歓喜のエネルギーに圧倒されると同時に 輪の中心ではにかむ金髪の女性にこれまでには見られなかった「輝き」と言える様な物… が顕現している様に感じられてならなかった 984 : 101修正版 まとめの人良かったら使ってね:2009/01/04(日) 19 49 25 ID ??? ラル「何ですと!キャスバル様が生きていると言われるのですか!」 セイラ「兄は今、ジオンで…『赤い彗星』と呼ばれています」 オォッというどよめきとそれを上回る衝撃がブリッジを席巻した ラル「何という事だ…御屋形様のご子息が2人とも御健在だったとは…!」 浮き立つラルの横でハモンが冷静に言葉を継いだ ハモン「あなた、『若様』は、ゆくゆくはザビ家を内部から突き崩すのが目的なのでは? そしてお父上の無念を晴らそうとお考えなのでは無いでしょうか?」 ラル「何と…!」 雷に打たれた様にラルは感慨する。その胸にはこれまでの自身の苦境がありありと蘇っていた 暫くうつむいていたラルは顔を上げると決然とした表情で言い放った 「諸君、暗闇で蠢いているしかなかった我々の前に、光が見えたぞ!道標は示された! まず我等は態勢を固め、キャスバル様を迎える準備を整えるのだ!」 102 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/15(月) 09 53 00 ID dRDsTljJ ハモン「それと、この子の立場にはひと工夫必要でしょう、あなた?」 ハモンはアムロを示す ラル「…そうだな。ザビ家の寵愛を受けるガルマ様を討ち取った憎き木馬の しかもガンダムのパイロットだからな…」 ハモン「ザビ家は殆ど独裁国家…このままではこの子の命は風前の灯です」 苛烈なザビ家のやり方は身に染みているラルだった。ハモンの言はその通りだと思える 傍らのアムロはごくりと唾を飲み込んだ ハモン「ここは先の制圧時に犠牲となった唯1人のあの軍人に身代わりとなって貰いましょう」 アムロ「リュウさんに?」 ラル「身代わりだと?」 ハモン「ガンダムの正規パイロットだったのは『彼』だったと上には報告するのです どう考えても状況的にもその方が自然でしょう? まさか正規軍人を差し置いて… 戦闘訓練をした事が無い民間人の、しかも少年がガンダムを乗りこなしていたなどと… ふふ、そちらの方が非現実的な報告ですわ」 ラル「な、成る程!」 ハモン「アムロあなた、メカニックの真似事はできる?」 アムロ「は、はい、得意です!」 ハモン「結構。あなたは手が足りない木馬の軍人にメカニック助手として不当に拘束されていた事にします その扱いに不満を持っていたこの子は、軍人のスキを見てガンダムを奪い命懸けでジオンに亡命した… これはジオン国民にとって賞賛に値する行為でしょう。何せこの子は 『WBに拘束させられていただけでこれまでの戦闘には一切参加していない』のですから」 アムロは目を見張った。自分の過去が書き換えられて行く ハモン「もちろん木馬を手に入れたのは我々ラル隊の功績とします WBのクルー達は尋問でガンダムのパイロットはこの子だったと証言するでしょうが…」 ラルがニヤリと笑う ラル「それは、全員で示し合わせた『アムロ憎し』の証言だと判断されるだろうな」 ハモン「この子はこれからラル隊に入り、パイロット見習いとして働いて貰う事になりましたと上に報告すれば 特にお咎めは無いでしょう。真正面からで無ければ抜け道はいろいろ見つかるものです」 ハモンは妖艶に微笑しながら一同を見渡して見せた 134 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/15(月) 23 49 03 ID dRDsTljJ 「アムロ、こいつらをじっくりと読み込んでおけ」 クランプからドサリと渡されたのはやたらと分厚いファイルが一冊と、記録ディスクの束だった 両腕に余るほどのその量と重さにアムロは戸惑い、クランプを見上げた 「これは?」 「ジオン製MSのマニュアルだ。お前には今後これが必要になる だが、まあ、見ての通りこれがちょっとばかり厄介でな…」 後ろ頭を掻きながら苦い顔になるクランプ 「何せコクピット内の規格や操縦法がMSごとにテンデンバラバラなんだ。 メーカーや製造時期によってある程度の傾向はあるが、 それでも納入時には勝手に仕様が変更されてる場合が多い とりあえず、現在確認できるMSの資料をかき集めたら、まあ、そうなっちまった訳だ」 アムロはもう一度手にした資料に目を落とした。ジオンの抱えた生の問題点を垣間見た気がする 何という不合理なシステムなのだろう。 これではジオンのMSパイロットやメカマンの負担は相当なはずだ 「まあ現場の俺達はもう諦めちまってるがな。新型が配備されるたびにああ、また徹夜か…ってな」 横から自嘲気味にコズンが口を挟んだ。しかしその表情はやはり苦々しい 「これから俺達には多分新型が回されて来るとは思うが、正直どうなるか判らん 念の為にどんな状況でも対応できる様にしておかんとな。 まあ、大変だろうが自分の為だ。大尉の期待を裏切るなよ」 アムロの肩に手を置きクランプは踵を返したが、ふいに振り返り思い出したように付け加えた 「ああ、その資料の最後の方は実験機やMAの物だったな。実戦とは関係の無い機体だ。 取り敢えずそれらは目を通す必要は無いぞ」 軽く手を挙げて去ろうとしたクランプだったが 「ラル大尉!友軍偵察機からの連絡です!どうやら連邦軍の部隊がこちらへ向かって来るそうですぜ!」 というヘッドホンを付けたアコースの大声を聞いて キャプテンシートに座るラルの元に駆け戻った 150 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/16(火) 17 38 38 ID I57RCGon 「敵は真っ直ぐこちらを目指しているそうです。目的はこの木馬とガンダムの奪還だと思われます!」 アコースの報告に冷静にラルが付け加える 「奪還もしくは破壊、だろうな。連邦もなりふり構ってはいられんだろう」 WBとガンダムは共に連邦の最高機密 奪還できなければ破壊せよ、それは当然の作戦だろう 「木馬」ブリッジの空気が張り詰めて行くのが判る。だがそこにピリピリした危うさは無い アムロは明らかに「WB」の空気とは違う、余裕の入り混じった緊張感に浸り そこに一種の心地良さを感じている自分を発見していた 「敵部隊には少なくとも大型機と地上戦力が確認できません。 爆撃機と輸送機で構成された中規模の航空部隊だと思われます」 アコースは刻々と判明する敵情報を顕にしてゆく 「ふむ。緊急発進で逃げ切れそうか?」 「いえ、恐らく今の自分の操縦では無理です だいぶエンジンがヘタってるのに加えて、えらく出力調整がデリケートなんですよ この艦を操縦してた奴はよっぽど上手く取り回してたんでしょう。 自分にはクセがまだ掴めていません。もう少し時間があれば、 コイツを手足の様に飛ばして見せるんですが・・・」 ラルの問いに操舵輪を握るクランプが悔しそうに答える アムロはふと、いつも背筋を伸ばした姿勢でWBを操縦していたミライの後姿を思い浮かべた 「泣き言を言っても始まらん。諸君、迎撃の準備だ!全ての友軍機にもそう伝えろ! むざむざ木馬をやらせる訳にはいかんぞ!」 激を飛ばしながら自らもキャプテンシートを降りたラルだったが 「大尉!友軍のガウ3番機から通信入りました!大尉に代われと言ってます」というアコースの報告に 「回せ」と答えながら手近なヘッドホンを片耳に当てた 151 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/16(火) 17 41 08 ID I57RCGon スピーカーから聞こえてきたのは豪快な銅鑼声だった 「久しぶりだなラル大尉!今回貴様らの直属護衛をしてやる事になった! 光栄に思えよ!」 不遜とも取られかねない挨拶にアムロとセイラは思わず顔を見合わせた だが、相手を察したラルは嬉しそうに相手に負けない大声で返す 「恩に着る!貴様の愚連隊も一緒か!?」 「愚連隊とは失敬な!突撃機動軍第7師団第1MS大隊司令部付特務小隊御一行様と呼んで貰おうか!」 ガハハと笑うその声には、粗野の中に何とも言えない温かみが感じられた それには確かに、こういう緊迫した状況の中、聞く者の心を鼓舞する効果があるのだろう とアムロには思えた 「そんな舌を噛みそうな名前で呼ぶのは御免こうむる!通り名の方で許せ!」 「応!他でも無い貴様の頼みだ特別に許そう!」 再度豪快に笑い飛ばした後、一拍おいた銅鑼声の主は誇らしげに言い放つ 「ガイア大尉、マッシュ中尉、オルテガ中尉だ!『黒い三連星』推参! 俺達が来たからには、何人たりとも御前達には指一本触れさせん!」 160 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/16(火) 20 06 34 ID I57RCGon ガウ3番機から滑り出して来たのは三機の黒いモビルスーツだった ずんぐりした外観に似合わない俊敏な拳動で砂上を『滑って』ゆく 全くフォーメーションを崩さないその機動にアムロは眼を見張った 「待って下さい!敵の動きが止まりました!輸送機が次々着陸してます! どうやら地上部隊を降ろすつもりのようです!」 緊迫のあるアコースの報告にもコズンはあくまで落ち着いていた 「どうせナントカ式とかいう戦車の類だろう、三連星に任せとけば問題無いんじゃないのか?」 その時― アムロは、脳裏に何か閃くものを感じた そして、それは例えるなら強烈な圧力とでもいうものを 肉眼では見えていない筈の「敵」のいる場所を アムロは正確に察知し、睨み付けていた 「・・・危険な感じがする・・・」 思わず呟いたアムロの囁きは、隣のセイラに微かに届き 彼女を振り向かせた 「違います!戦車じゃありません!」 なら何だという周囲の視線にアコースは驚愕の叫びで答えた 「電送写真、送られてきました! 不鮮明ですが・・・これは・・・ガンダムの群れにしか見えませんぜ!」 178 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/17(水) 02 04 35 ID sD8NltNq 「何ですって!?」 「ガンダムの群れだと!?」 アムロとラルは同時にアコースに駆け寄る アコースから写真を渡されたアムロは目を細めてそれを凝視する ラルも体を寄せて覗き込んだ 「嘘だろ…連邦はもう既にガンダムの量産態勢を整えていたってのか…?」 クランプの呟きは全員の代弁でもあった 暫く前にアムロの駆るガンダムの威力をまざまざと見せ付けられているラル隊は あの「白い悪魔」とでも形容すべきMSが群れを成して襲い来る姿を想像して 薄ら寒いものを感じざるを得なかったのである 「待って下さい、断定はできませんが、これは少なくとも2種類以上のMSが 混在した部隊のようです」 アムロの指摘にラルが頷く 「アムロの言う通りだ。この先頭の三機は確かにガンダムに似ていなくも無い が、後方のMSは頭部の形状が捕獲した木馬の赤いMSの方に似ているように思える」 「もう一枚届きました!」 アコースが更に写真を渡して来る。今度はやや俯瞰の写真だ。 敵MS部隊のおおよその全体像が確認できる 「敵MSは全部で9機…か?こちらの方が判り易いな。ガンダムもどきが3機、その他が6機だ」 ラルは正確に敵の陣容を分析したが軽いショックは免れなかった 「少なくとも連邦はMSの量産を始めているという事だ。 これからの戦闘は、今までの様にはいかんという事か…」 ラルの横で口には出さなかったがアムロには確信があった 『特に危険なのは、このガンダムもどきの中でも左端に写っているコイツだ』という事を… オール回線になっていたスピーカーからガイアの声が響く 「驚きだな!まさか連邦のMS部隊とは!だが心配はいらんぞ!俺達が先行して蹴散らしてやる!」 ブツッと回線を切ったと同時に『黒い三連星』はフォーメーションを組み疾走を始め 回り込みながら敵を襲撃する動線に乗った様だった。 6機のザクが3機づつの隊列を組んでそれに続くがスピードが違い過ぎる為、 『三連星』が突出した格好になっている アムロは焦りにも似た何かを感じた 「ラル大尉!あの人達を援護しましょう!油断すると危険です!」 「おいアムロ、そりゃガイア大尉達に失礼だ。連邦のヘナチョコ共にやられるもんかよ」 「コズンさん!僕だってヘナチョコだったんです! でもガンダムのお陰でWBを制圧できたじゃないですか!」 アムロは自分の能力よりも敢えてガンダムの性能の高さを主張した。 その方がこの場合効果的だと思えたからである ぐ…と言葉に詰まるコズン ラルは必死の顔で訴えるアムロの進言を軽く見たりはしなかった。傍らのハモンを見る 「ハモン、後を頼む。我々はこれより『黒い三連星』を援護し、敵を殲滅する!総員出撃だ!!」 199 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/17(水) 20 20 57 ID CUSkKwOy 「ラル大尉!僕もガンダムで出ます!」 「駄目だ、それを許可する訳にはいかん!」 飛び出しかけていたアムロは 意外なラルの言葉に踏鞴を踏んだ 「敵の狙いはガンダムだからな。お前に敵の狙いが集中するのは明白だ」 ふと優しい眼でアムロを見たラルだったが 周囲の視線に気が付くと咳払いをして言い直した 「ガンダムが落とされたら我がジオン軍は折角手に入れた最重要軍事機密を失う事になるからな! それだけは何としても避けねばならんのだ!」 やれやれと一同は首を竦めながら苦笑する ハモンも口を押さえてクスクスと笑っていたが、表情を正し、アムロに向き直った 「それにアムロ、あなたは目立ってはいけません。『ガンダムの正式パイロットは死んだ』のですから・・・」 心遣いは有り難いと思えたものの、アムロはラルが敵の戦力を まだ甘く見ている気がして心配になった。 しかしそれは己等の実力に裏打ちされた物であるだろう事も理解していた。 それに、この巌のような武人は一度口にした言葉は決して曲げないだろうとも思え、 これ以上口を差し挟む事はとりあえず控えた 「とりあえず今回お前はここで大人しくしてろ ラル隊と黒い三連星の共同作戦だ! 姫様と一緒に大船に乗ったつもりでいればいいぜ!」 アムロにそう言うなりコズンは親指を立ててブリッジを出てゆく ラル隊のメンバーもクランプを残しそれに続く 急いでアコースが抜けたオペレーター席に滑り込みインカムを装着したセイラは決然と呟いた 「私も、できる事をやらなくちゃ・・・」 ラルはハモンとキスを交わしてからアムロを見、きびきびした動作でブリッジを後にしていった 残されたアムロは― 無言で手近な席に座ると、おもむろにクランプに渡されたディスクをセットし、 内容を閲覧しながら分厚いファイルを開いた 時間は、あまり残されていない様に感じられてならなかった。 200 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/17(水) 20 22 47 ID CUSkKwOy 「クランプさん、ここに運ばれて来ているMSで予備扱いの物はありませんか?」 資料から眼を離さずアムロは聞いた。 「さっき到着した部隊の中で輸送機が何機かあっただろう? あれはラル隊用の補充物資だ。MSも何体かあった筈だ。リストは・・・ ほれ、これだ」 投げよこされたリストを空中で受け取り急いで内容を確認するアムロ 「補充MS・・・あったぞ。MS-06J・・・これはザクか・・・追加装備・・・・・駄目だ、これじゃない・・・ MS-06Dも駄目だ・・・これじゃ『あの人達』に追いつけない・・・」 ぶつぶつ呟きながら急いでリストを捲るアムロに興味深そうにハモンが近付く 「アムロあなた、まさか出撃するつもりなの?」 「はい。ガンダムは大尉に言われたとおり使いませんけどね」 眼を上げずに答えるアムロにクランプが面白そうに笑う 「おい!いきなり実戦はムチャだぞ!まあ、マニュアルをコックピットに持ち込んで カンニングしながら操縦するなら話は別だけどな!」 がははと笑う 「冗談だ冗談!取り合えず現物を見て来い!まずは慣れる事からだ!」 「これだ!・・・これなら・・・!はい!クランプさん!行って来ます!」 パッと顔を輝かせマニュアルを片手にブリッジを飛び出して行くアムロ 「なんだあ?そんなにジオン製MSに触れるのが嬉しいのかね?」 不思議そうに苦笑するクランプにセイラがぽつりと語りかける。 「私、聞いた事があります。 アムロは・・・サイド7で初めて乗ったガンダムにマニュアルを持ち込み、 それを見ながらの操縦でザク2機を撃破した事があると」 火の点いていない煙草がクランプの口からポロリとこぼれ落ちた。 228 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/18(木) 16 50 01 ID ZLlC4+uo 「まさかWB隊が敵に奪取されるなんて悪夢だ・・・ 運用してたのはシロウト集団だって噂は本当だったんじゃないだろうな・・・」 RGM-79[G]・・・通称、陸戦型ジムのコックピットでミケル・ニノリッチ伍長は 武者震いとは明らかに違う種類の震えを押さえる事が出来ないでいた 「恐れるなニノリッチ伍長」 前を行く同型の陸戦型ジムに搭乗したシロー・アマダ少尉から通信が入る。 「念願のMSに乗れたんじゃないか。慌てずシミュレーション通りにやればいいんだ」 「で、でも、模擬戦もロクに・・・・それに、本来なら自分達があの機体に乗るはずだったじゃ無いですか?」 6機のジムを従えるように、大きなコンテナを背負ったガンダムタイプのMSが先導している。 ミケルは、どう見てもジムより「強そうな」その3機のMSの事を言っているのだ。 「アンタ何様のつもりだい!より能力の高い者がより良い機体に乗る! そんなのは常識だろうが!悔しかったら腕を磨いて実績をあげるんだね!」 通信に割り込んで来たのはやはり陸戦型ジムに搭乗しているカレン・ジョシュワ曹長だった。 ミケルの後方に位置している。 敵の手に落ちたWBとガンダムの奪還。 シロー少尉の所属する第08MS小隊は、迅速に作戦展開が可能な配備位置的な理由からこの指令を受け、 それまでの作戦行動を全て破棄してこの地に駆けつけた。 しかし、直前で他の部隊が合流、本部からの指令により搭乗する予定だったMSを急遽彼の部隊に譲り渡し、 ワンランクダウンした性能の陸戦型ジムに乗せられる羽目になったのだ。 MSの性能が生存率を決める以上、ある意味ミケルの憤りは当然とも言えるものであった。 「任務によって戦場を渡り歩く『第11独立機械化混成部隊』か。 俺達に配属される筈だったRX-79[G]・・・『陸戦型ガンダム』を攫って行ったその実力を見せてもらうぞ」 静かな、しかし闘志を秘めてシローは呟いた 回線は開いておいたので、3機の陸戦型ガンダムにシローの言葉は聞こえている筈だったが返事は無い。 第11独立機械化混成部隊のリーダーを務める男は、あくまでも寡黙であった。 239 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/19(金) 02 04 03 ID FY2L//Mn 「だ…駄目です!敵MSの装甲にはマシンガンが全く効きません!・・・」 「回り込めません!敵の機動力の方が上です!う、うわああああ!!・・・」 「下がれ!敵の弾はこちらの胸部装甲すら打ち抜くぞ!・・・」 断続した爆発音に途切れながら友軍のザクからと思われる悲痛な通信が届く 味方が次々に撃破されてゆく幻影を振り払う様に、最大戦速で戦場へ急ぐラル隊だった。 陣容は基本的な3機編成である。ラルがグフ、コズンとアコースがそれぞれザクに搭乗していた。 「ラル大尉!どうやら味方は苦戦中のようですぜ!」 「まさかな・・・俄かには信じられん。ガイア大尉達は一体どうしたのだ」 コズンに答えたラルだったが、敵の戦力を完全に見誤っていた己を悔いていた。 何しろこちらは手練れのラル隊と黒い三連星なのだ。 例えどんなに敵MSの性能が高かろうと、練度の高い二隊が連携して攻撃すれば 如何なる相手であろうと恐るるに足らない筈だったのだ。 しかし今やジオン側の戦線は伸び切ってしまっており、出遅れたラル隊の位置からでは 連携はおろか、各個撃破されているであろう仲間を助けに行く事もできない有様だ。 戦場に到着するにはまだ数分掛かるだろう。恐らくその間に戦況は刻一刻と悪化してゆく。 悔やみ切れないミスだった。この惨状の原因は全て自分にある。 ラルは、ぎりりと奥歯を噛んだ。まさにその時・・・ 「ラル大尉!後方から接近中の友軍MSあり!す、凄いスピードです!」 アコースは驚いていた。この砂上をこんな速さで移動できるMSは新型のドムしか無い。 しかし、ドムは今回の作戦には「黒い三連星」の物しか搬入されていない筈だった。 「何だと!一体誰が乗っているのだ!?まさかクランプか!」 口には出したものの、そんな筈は無いという事は判りきっていた。 あのクランプが無断で持ち場を離れる訳が無いのだ。 「識別信号確認!コードは…MS-07H-2!これは、グフ飛行試験型と呼ばれる実験機です! データ送ります!」 「実験機だと!?何故そんな物がここにいるのだ!?」 「どうやら『グフやドム用のパーツ取り』が目的で今回の補給物資の中に紛れ込んでいたみたいです!」 アコース機から送られて来たデータをモニターで確認しながらラルは唸った。 脚部に強力な熱核ジェットエンジンを搭載し半ば強引に地面を滑空移動する、ドムの原型となったMS。 確かに推力は高いものの、確認できる武装は両腕のマニュピレーターに装備された非力なマシンガンしか無い。 こんな物で戦場に出るのは自殺行為だ。 ラルの不審は消えなかったが みるみる迫って来た実験用MSは瞬く間にラルの駆るグフに並び、スピードを合わせて並走機動に入った。 「ラル大尉!僕は一足先に友軍の援護に向かいます!」 「アムロ!?それに乗っているのはアムロなのか!」 スピーカーから聞こえて来た若々しい声は、ラル隊の面々を驚愕させるに相応しいものだった。 252 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/19(金) 19 21 56 ID n2VhveEm 「クランプさんに渡されたファイルの中に こいつの資料があったんです!ぶっつけですが、やれます!」 「信じられねえ・・・お前本当にジオンのMS扱うの、初めてなのか!?」 コズンの驚きは無理のないものだった。 MS-07H-2は、クセの強いジオンのMSの中でも更にクセの強い「滑空移動系」の、 しかも出力不安定な「実験機」なのだ。 マニュアル操縦の場合、まるでスリックカートの様な動きを出力調整と 二軸の体重移動でこなさなければ思った方向への移動もままならず 相当に熟達しなければ実戦で敵へ攻撃を命中させる事など論外だろう。 しかし、アムロが駆る目の前のMSはどうだ。 不安定さなど微塵も感じさせないその拳動、時おり左右にリズミカルに機体を振る仕草は 慣れないMSに乗り込んだ際、無意識の内に機体のクセを掴もうとするベテランパイロットに良く見られる行動だった。 『こいつ・・・何てえ操縦センスしてやがるんだ・・・!』 心の中で呟いたコズンはアムロの底知れぬ才能に舌を巻いた。 アムロは一瞬、提案をラルに却下される事を案じたが、ラルは鋭い眼をアムロに向けて大きく頷いた。 「うむ!頼んだぞアムロ!ワシ達もすぐ駆け付ける。なるべく敵を撹乱して時間を稼ぐのだ! 判っていると思うが敵の正面には立つなよ?足を止めてはならんぞ!」 「信頼して頂いてありがとうございますラル大尉!行きます!」 晴れ晴れとしたアムロの声が響く ドン!という加速音を残すと、砂塵を舞い上げてアムロのグフは最大速度で戦場に向かう。 小さくなってゆくその後姿にラルは何か呟いた様だったが 砂塵にかき消されて誰の耳にも届かなかった。 274 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/20(土) 14 00 28 ID 3mOuIJDj ラル隊と離れ戦場に急ぐアムロは前方にくず折れているザクの残骸を発見して驚いた。 前方に戦線が展開しているものの、まだ遥かにザクの射程には入らない距離だ。 追い抜きざまに確認すると、胴体部分に貫通銃痕が見て取れる。恐らくパイロットは即死だっただろう。 「長射程の武器で砲撃されたのか・・・!」 「砲撃」では無く「狙撃」に近い運用をされている事に、まだ見ぬ敵の高い技量を感じ取る事ができた。 しかも撃破されたのはブレード・アンテナ装備のザク中隊長機。 指揮系統を乱された小隊はあわてて散開した筈だ。恐らくそのまま個別に敵陣営に突っ込んでしまい 狙い済ました連邦軍による攻撃に晒されていると思われた。 まず機動力の高い黒い三連星が先行し、敵の背面か側面を突く為に大きく迂回しながら接近する。 その間にザク2部隊の6機が敵の正面に展開、敵の目を引き付けながら三連星の到着する時間を稼ぎ、 敵の死角から現れた三連星が強襲に成功すると同時にザク部隊も突入、一気に制圧する。 ・・・恐らくそういった作戦だったのではないかとアムロは思った。 しかし、敵のMSの性能と、それを扱うパイロットの技量はその目論見をずたずたに引き裂いた。 たぶん「あいつ」がやったのだ。 やはりアムロには確信めいたものがあった。 電送写真のガンダムもどきの中で「左端に写っていた、あいつ」・・・ 戦闘音が外部集音マイクからではなく直接コックピットに響く振動でそれと判った。 アムロは静かに、そして自然に心が研ぎ澄まされてゆくのを感じていた。 MS-07H-2は、遂に戦場に辿り付いたのである。 985 : 281修正版:2009/01/04(日) 19 53 51 ID ??? ジオンのMSより遥かに性能の良い索敵レーダーを装備した陸戦型ガンダムは ミノフスキー粒子をものともせずジオン迎撃部隊の展開をいち早く察知すると 僚機のジムを率いて手近な岩場に拠点を構え、 行軍して来るザクに対して180mmキャノン砲による遠距離攻撃を行った。 3体の陸戦型ガンダムはそれぞれ別の標的に対して一斉に砲撃したものの、 命中したのは隊長を務めるカジマ・ユウ機のものだけであった。 しかし完全に機先を制した形に持ち込んだ連邦軍は、有利に戦闘を進める事に成功していたのである。 部隊の前衛を勤めるジム隊のミケルは陸戦型ジムの性能に有頂天だった。 なにしろ、敵のマシンガン攻撃はこちらに一切通用しないのだ 対してこちらの攻撃はザクの装甲を紙のように易々と打ち抜いてゆく 浮き足立った敵はミケルの攻撃をロクに回避する事もできず撃破されて行くのだった。 「はははは!見たかジオンめ!隊長!やれますよ!このジム、凄い性能だ!」 「浮かれるな!シールドをちゃんと構えろニノリッチ伍長! 油断しすぎだぞ!」 シローが叫ぶがミケルは構わず体勢を立てたままマシンガンを連射する 左足が利かなくなり、尻餅をついた状態で必死で後ずさりするザクを完全に葬るつもりなのだ。 「やめろミケル!奴はもう戦闘不能だ!無駄に兵士の命を奪う必要は無い!」 「甘いんですよ少尉!ジオンめ!ジオンめ!ジオ・・・!」 ドガッ!! 「!!」 その瞬間、ミケルの乗るジムの頭部が吹き飛び 頭の無いMSの胴体は 糸の切れた操り人形の様に それを見つめるシローの搭乗するジムの脇に まるでスローモーションの様にゆっくりと崩れ落ちた。 292 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/20(土) 20 21 10 ID 3mOuIJDj 連邦軍側面から怒涛の勢いで迫って来たのは3機のMS その先頭を走る1機がミケル機を狙撃したのだった。 「貴様ら!好き放題やってくれた様だな・・・!」 ガイア大尉が押し殺したように唸る 彼の駆るドムの単眼が、ゆらりと殺気を放つ その手には、白煙をたなびかせるバズーカが握られていた。 想定していた作戦は大幅に狂った―― 敵の側面を突く目的で本体と離れ迂回していた三連星は 同じ様に陸戦型ガンダム率いる本体を離れて 密かにWBを直接攻撃する為に進軍していた3機の陸戦型ジムと鉢合わせしてしまったのだ。 いかに性能が高い陸戦型ジムといえど三連星には敵うはずもなく ガイア達は全ての敵を撃破する事に成功はしたものの大幅に時間をロスしてしまった。 その結果が・・・ 累々と転がるザクの残骸にそれぞれ苦渋の表情で黙祷を捧げると ガイアの合図で三連星は疾風の様に散開した 「やるぞマッシュ!オルテガ!奴等を全員地獄の底へ叩き込め! 一人も生きて帰すな!!」 怒り狂う死神の群れ 今の黒い三連星を形容するのにこれ程相応しい言葉は無かった。 310 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/21(日) 13 55 25 ID UpgBPAQ8 散開しながらガイア・オルテガ・マッシュ機は手近なジム目掛けて 全く同じタイミングでバズーカを放った。 それぞれが異なる方向へ高速で移動しながらの同時同位置集中攻撃である。 避ける事など殆ど不可能であった。 ターゲットとなったカレン機はミサイルランチャーを構えた右腕と コックピットをガードしてシールドを構えていた左腕、 重心を掛けていた右足にそれぞれ被弾。 片手片足の状態となり、もんどりうって大地に倒れ伏した。 尋常なコンビネーションでは無い 一蹴のうちに撃破されたジムを目の当たりにしたシローは 冷たい汗が背中を伝うのが判った。 マシンガンの銃口を敵MSに向けようとするのだが 巧みに照準をずらされ引き金を引く事もできない。 「マッシュ!オルテガ!ジェット・ストリーム・アタックを掛けるぞ!」 ガイアの指示で集結した3機のドムは、離合集散を繰り返す様な 不規則なフォーメーションで幻惑しながらシローの乗る陸戦型ジムに迫る。 圧倒的な恐怖に抗いながらマシンガンを連射するシローだったが ザクは貫けたはずの弾丸がこの黒いMSには通用しない ドムの手にするバズーカが自分を照準に捕らえた事を感じたシローは瞬間マシンガンを捨て、 体勢を低くしシールドを両手で構える完全防御姿勢を取った。 一瞬後 物凄い衝撃がコックピット内のシローを激しく揺さぶる! 正確に敵のバズーカ弾がジムの構えるシールドの真ん中に命中したに違いなかった。 歯を食いしばって耐えるシローの視界の隅で、1機のドムが離脱して行くのが見えた。 更に衝撃が彼を襲う! 恐らくは先程とほぼ同じ地点に二発目のバズーカ弾が着弾したのだろう シールドの一部が破損し捲れ上がっている。 意識が朦朧となったシローは 2機目のドムが離脱して行くのを他人事の様に見ていた そして3回目の衝撃! また同じ場所へのバズーカの一撃! シールドを装備した左腕とシローの意識は完全に消し飛び 体ごと吹き飛ばされた陸戦型ジムは後方の岩場に叩き付けられ そのまま動かなくなった。 トドメを刺そうと動かないジムに狙いを付けたガイアは 後方から接近して来る3機の新たな連邦のMSを察知すると マッシュ、オルテガと共に体勢を立て直す為に一旦後方に下がった。 332 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/21(日) 20 08 28 ID UpgBPAQ8 ヒュウッというフィリップの口笛がコックピット内に響く。 「参ったね、こりゃ。照合データ見てみなお二人さん! あいつら多分、レビル将軍をひっ捕らえた事もあるってえ「黒い三連星」だぜえ」 「MSは新型ですね。データにはありません。しかし機体のカラーリングや 先程の見事なフォーメーション攻撃を考慮するに、その推測は殆んど間違い無いでしょう」 陸戦型ガンダム2番機に搭乗するフィリップ・ヒューズ少尉からの通信を 同3番機を操るサマナ・フュリス准尉が緊張した声音で受ける。 「大物が掛かったぜユウ!いっちょやったりますか!」 「・・・」 しかし、フイリップに話を振られた「第11独立機械化混成部隊」 通称「モルモット隊」のリーダー、陸戦型ガンダム1番機に搭乗するカジマ・ユウ少尉は無言でそれに答える。 この男は実に寡黙なのであった。 「やれやれ・・・頼りにしてるぜ、ユウ!サマナちゃんもな! 早いとこ終わらして基地近くのオネーちゃんがいるあの店で! もーあんな事やらこんな事やら・・・」 「・・・フイリップさん。あなたには心底がっかりです」 いつものやり取りにそれぞれの緊張がほぐれてゆく。 これがこのチームのウォーミングアップ方法なのだった。 軽口を叩きながらも3体はスピードを上げ散開してゆく それぞれの役割を完全に把握している3人は、 誰の指示もなく速やかに所定のポジションを取る事が出来た。 そしてそれは敵にとって戦闘状況によって変幻自在に形を変えてゆく「罠」と化すのだ。 黒い三連星が「動」ならば 彼らは「静」のフォーメーション攻撃を得意としていたと言えるだろう。 前衛にシールドを構えたフィリップ機とサマナ機。後方に少し離れてユウ機。 まず彼らはそう配置した。 この布陣が敵の出方によって千変万化に姿を変える。 加えて、こちらのMSは強力、高性能な陸戦型ガンダムである。 そしてなんと言っても、こちらにはユウがいる。 あの寡黙な男の非凡なる戦闘技術は、間近にいる自分が一番良く知っている。 掛け値なしに連邦でNO.1の実力の持ち主だろう。 後方に下がったドム3機が反転し、こちらに向かって来るのが見える。 フィリップはちらとモニターで後方のユウ機を見やり、 「頼りにしてるぜ」ともう一度呟いた。 346 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/22(月) 05 13 50 ID Wja3Xcu+ 「マッシュ!オルテガ!あの白い奴らを叩くぞ!まずはフォーメーションBで行く! 前衛の右端の奴だ、抜かるなよ!」 「おう!」 「了解だ!」 ガイアの指示に二人が答え、3体のドムは突入姿勢を取った。 陸戦型ガンダム3機も迎撃の構えで待ち受けている 6体の巨人が生と死の狭間を越えようとしたその時 右手に内蔵されたバルカン砲を敵陣に撃ち散らしながら、ドムに倍するスピードで ドムの進入経路に右斜め後方から強引に割り込んで来た見慣れないMSがあった。 虚を突かれた「黒い三連星」は想定していたフォーメーションを放棄し 散開して敵から距離を取らざるを得なかった。 「な、何だ貴様!どういうつもりだ!」 ガイアの怒号が飛ぶ。 味方の攻撃を故意に妨害。到底許される事ではない。軍法会議物だ。 いやそれ以前に、大事な攻撃のタイミングを逸してしまったのだ。 この戦闘が終わったら俺がこの手で八つ裂きにしてやる。 「お叱りなら後で受けます!」 スピーカーから聞こえて来た若々しい声に 怒髪天を突く勢いだったガイアは少々毒気を抜かれた。 反転して来たMSはガイアのドムの横に並ぶ。 「失礼しました!ガイア大尉!ランバ・ラル隊のアムロ・レイです! 突入はもう少し待って下さい!あと数分でラル大尉達が到着するんです! それを待って連携攻撃を掛けた方が…」 「必要ないぜ!」 いらいらした様にオルテガが通信に割り込んだ 「そうだ!あんな奴ら俺達だけで充分だ! 他の奴らの手助けなんざいらねえんだよ!むしろ邪魔だ!」 マッシュも続ける。 「そういう訳だ若いの!今度俺達の邪魔をすれば貴様も撃つ!いいな!? マッシュ!オルテガ!もう一度やるぞ!ジェット・ストリーム・アタック!右の奴だ!」 散開した三連星は再度突入の構えを見せる 駄目だ・・・!さっきのフォーメーション攻撃は「あいつ」に一度見られている! そう、シローとガイア達の攻防の一部始終を、アムロは先程目撃していたのだ。 間違いなく「あいつ」は相応の対処をして来る筈だ。このままではガイア大尉達が危ない 直感でそう感じたアムロは捨て身で三連星の前に割り込んだのだった。 しかし、青二才の自分ではこの誇り高い人達を止める事はできない アムロは悔しかった。自分を信頼して送り出してくれたラルの顔が浮かぶ。 三連星以外のザク達は全滅した。自分は間に合わなかったのだ これ以上、犠牲者を出してたまるものか アムロは決意を凝縮させた面持ちで、三連星の後を追った。 403 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/23(火) 20 02 36 ID SAO9R3tv 「黒い三連星」は再度、ジェット・ストリーム・アタックのフォーメーションに入った。 3機のドムはそれぞれが敵を幻惑する不規則な軌道で陸戦型ガンダムに迫って行く。 先頭のガイアはちらとバックモニターを見やった。 さっきの目障りなMSはどこにも見当たらず、後方にはマッシュ機とオルテガ機の姿しかない。 「フン、シッポを巻いてラルの所に帰ったか・・・」 軽く息を吐き出したガイアは 自分達の攻撃を邪魔する存在が今度こそ周囲にいない事を改めて確認すると 敵に視線を据え直した。 しかし―― その時、列の最後尾のオルテガは戦慄していたのである。 全身の冷たい汗を抑えることができない。 彼の駆るドムの真後ろに 奴 はいたのだ! 姿勢を低くしたそのMSは 影の様にぴたりと前を行くオルテガのドムに張り付き オルテガ機の複雑な動きを正確にトレースし続けているのだった。 イレギュラーな拳動を入れてもみたが全く振り切る事ができない。 『ここまで俺の動きに付いて来るとは・・・!』 MS乗りにとって「後ろを取られる」とはこういう事だ。 オルテガが得体の知れない恐怖を覚えるのは当然だと言えただろう。 しかもそのポジションは完全に正面、つまり敵の位置から見ると オルテガ機に隠れる死角になる様に計算され尽くしている位置取りに違いなかった。 『こいつ、何者だ、一体何をやろうとしてやがる!?』 恐怖を抑えきれず叫び出したくなる衝動を必死に耐えていたオルテガは 遂にガイア機が敵に向けてバズーカを発射した事で我に返った。 マッシュ機も敵に狙いを付け終えている。マッシュの次は自分の番だ。 「貴様が何を企んでいるのか知らんが、俺は俺のやるべき事をやるだけだ! 邪魔だけはするなよ!」 「了解!」 短い 奴 からの返事を聞くと同時にオルテガのドムは攻撃態勢を取った。 404 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/23(火) 20 09 25 ID SAO9R3tv 迫り来る3機のドムをユウは冷静な目で見ていた。 敵の変則フォーメーションは既に見切っている。 もうその戦法は俺達「モルモット隊」には通用しない。 その認識はフィリップとサマナも共通している。 ユウの目がすっと細まった。 計画通り仕留めるだけだ ガイアのドムがバズーカを放った あらかじめ構えられたシールドで、前衛のサマナ機がそれを受けると同時に 素早く側後方に下がりつつ、離脱して行くガイア機に向けてマシンガンを掃射する。 敵を倒す為の攻撃では無い。これは牽制なのだ。 続いてマッシュ機がバズーカを発射する 位置をチェンジしていたフィリップ機がきっちりとシールドでそれを受け、後方のユウ機を守る。 フィリップは離脱して行くマッシュ機を追わない。 もう一撃に備える為だ。 ・・・≪次≫を落とす!! 体勢を低くしてシールドを構えたフィリップ機に隠れるようにしていたユウ機は 滑るように右側方に移動し身を起こした その時オルテガには 後方に位置している筈の敵MSが別位置に忽然と現れた様に見えた そいつが両腕で構えるロングライフルの銃口が 正確に自分の駆るドムのコックピットに狙いを付けている ドムのバズーカの照準はそいつには向けていない 駄目だ やられる オルテガの脳裏に一瞬、ガイアとマッシュへの謝罪の言葉が浮かんだその時 「させるか!」 裂迫の気合と共に、アムロの駆る飛行試験型グフは 爆発音の様な轟音を響かせドムの影から稲妻の様に飛び出した。 407 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/23(火) 20 12 46 ID SAO9R3tv 「・・・!!」 ユウには一瞬何が起こったのか理解できなかった まるで敵MSが分身でもしたかの様に見えたのだ しかし彼は瞬時に自分を取り戻す。 彼の冷静な状況判断は、予定していた敵への攻撃を中止し、 新たに現れた敵に備える為にロングライフルを捨てる事を選択させた。 最大推力で弾丸の様に飛び出したアムロは ホバー移動特有のカーブを掛けたループステップで陸戦型ガンダムに肉薄しながら 両腕のバルカン砲を敵の抱えるロングライフルへと集中させる。 陸戦型ガンダムがライフルを手放した瞬間、それはアムロの攻撃によって 誘爆するのだった。 「こいつ!やるな!」 「・・・!」 お互いが、お互いの力量を知った瞬間だった 「ちいぃっ!」 アムロの目論見は外れてしまった。 大型ライフルの弾倉を誘爆させれば、それを持った敵のマニュピレーターに 相当のダメージが与えられるだろうと踏んでいたのだ。 手持ちの武器が使えないとなれば、敵の攻撃方法の幅は狭まるだろう。 だが敵はあっさりと大事なはずの武器を捨ててしまった 多分、接近戦には不利だからという単純な理由で。 咄嗟にそう判断し実行に移せるなんて・・・! やはりこいつは只者では無かったのだとアムロは思う。 ロングライフルを捨てた「ガンダムもどき」はビームサーベルを抜き こちらを迎撃する姿勢を取っている 飛行試験型グフに装備された武器は両腕のバルカン砲しか無い これで敵MSの装甲を貫く事は不可能だと思える。 しかし側面をアムロに抜かれた敵前衛の2機はまだこちらに対応できていない チャンスは今しか無いのだ。 「ならば!もっと近付いてやる!」 アムロは更に強く、フットペダルを踏み込んだ テスト機の為、推力だけはドムに倍するポテンシャルを持つエンジンが 爆発音に似た轟音をあげてそれに答えた。 430 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/24(水) 19 44 56 ID Dfr+XRYN 武器の威力が足りないのならば、その分接近して敵の弱点を衝けばいい アムロの思考はシンプルであった。このMSならばそれが出来るはずだと。 無手の飛行試験型グフとビームサーベルを構えた陸戦型ガンダムが交錯する! アムロは「ガンダムもどき」が繰り出すビームサーベルの切っ先を 右足を軸にして体ごと回転するバックスクラッチスピンで回避し さらに半回転する事で完全に敵MSの後ろを取る事に成功した。 回転中に伸ばした右手のマシンガンは「ガンダムもどき」の後頭部にぴたりと 狙いを付けている。 この距離ならば、威力の弱いバルカンといえど、無事では済むまい 勝った!とアムロは心の中で快采を叫んだ 青二才の僕と、この不完全な試験型MSがこの強敵をやったのだ これでラル大尉達は、僕を認めてくれるだろうか? 勝利を確信したその時 バルカン砲のトリガーを引き絞る寸前のアムロを襲ったのは ユウの駆る陸戦型ガンダムによってアムロの乗る飛行試験型グフに加えられた、 ありえない方向からの一撃だった! 469 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/25(木) 16 45 03 ID mW+N8iPU まるで大きなハンマーで打ち据えられたかの様に 飛行試験型グフの後頭部はひしゃげ、モノアイのターレット部分は破損した メインモニターがブラックアウトする 激しい衝撃に思わず悲鳴を上げたアムロだったが、 弾き飛ばされて不規則に回転が掛かり、倒れそうになった状態の飛行試験型グフの体勢を 右腕を地面に突き刺す事で軸とし、体の流れるベクトルを強引に調整した後 腕を引き抜くと同時にホバーを全開に吹かしその場所から急激に離脱する事で 間一髪、陸戦型ガンダムの射程距離から逃れる事ができた。 更に距離を取る。体の震えが止まらない。 サイドモニターに急速に離れてゆく「ガンダムもどき」の姿が映っている 見ると背負った大きなコンテナから長いアーム状の物が真横に張り出し その先端の弾倉がつぶれているのが確認できた。アーム全体も歪んでしまっており 収納する事が出来ない様だった。衝撃の大きさを物語っている。 先程、アムロの飛行試験型グフをほぼ真後ろから襲った衝撃は 「それ」によるものに違いなかった。 「マシンガンの自動装填装置か・・・!」 アムロの驚くのも無理はない 完全に後ろを取られたユウは、真後ろにいる敵に「振り向く」愚を犯さず 咄嗟にマシンガン用のマガジン装填装置である≪Bコンテナ≫を作動させたのだった。 急速装填が可能な≪Bコンテナ≫のアーム部分は素早く展開し大振りなマガジンを横に振り出す。 更に陸戦型ガンダムの体に捻りを掛ける事でマガジンは恐るべき打撃武器と化し 想定外の角度からアムロのグフを打ち据えたのだった。 荒い息をつき サブカメラの映像をメインモニターに切り替えながらアムロはひとり語ちた 「なんて奴だ・・・シャアとは違う感じだが・・・強いな・・・」 恐らく右手のマシンガンはもう砂が入っていて使えないだろう。 無理をさせすぎたエンジンの稼働時間も残り僅かだ アムロはあの強敵にどう立ち向かえばいいのだろうと考え ふと、自分の心がまだ折れていない事に少しだけ胸を張った。 490 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/26(金) 17 15 02 ID Z21hEg5r 「大丈夫か!?やばかったなユウ!すまん!完全に抜かれちまってよ!」 フィリップの陸戦型ガンダム2番機が大急ぎで駆け寄ってきた 「で、でも流石ユウさんです!見事に撃退しましたね!」 サマナ機もそれに続く。が、緊張は抜けない。 先程のアムロとユウの攻防は、一瞬だったがそれ程凄まじいものだった。 「・・・運が良かっただけだ」 ユウがぶっきら棒に口を開いた 同時に深く息を吐き出す。表情からうかがい知る事は出来ないが 彼の体も冷や汗にまみれていたのである。 紙一重の勝負だった。 あの時倒れていたのは自分だったとしても何の不思議も無かった それ程「奴」は強かったのだ。 使い物にならなくなった≪Bコンテナ≫を切り離しながらユウは思う ――もし奴が俺と同等の性能を持つMSに乗っていたら―― 果たして勝てただろうか、と。 「新たに敵MSの増援と思われる機影が急速に接近中!3機です!」 「やべえな、ちょっとばかし雲行きが怪しくなってきたぜ」 サマナの報告にフィリップが心持ち真面目な声で答える 無傷の黒いMS3機とさっきのすばしっこい奴が1機 そして増援のMSが3機で7対3か。 こちらの弾薬はもう心もとないし・・・ チラリと3機の動かない陸戦型ジムを見る 「要救助者もいるみたいだしな」 彼にももう無駄口を叩いている余裕は無い様だった。 ユウは迷わず上空に向けて一発の砲弾を放つ。 砲弾は高空で爆散し、色付きの粉塵を撒き散らした。 「信号弾!確認しました! 【作戦中断・一時撤退】です! ガンタンク隊は直ちに援護射撃を開始してください!」 ミデア改の窓から双眼鏡でそれを確認したモーリン・キタムラ伍長は、 急いで眼下に展開している部隊に指示を出した。 それを受け、中空にて戦場の動向を逐一監視していた支援ヘリからの レーザー通信により座標を固定したガンタンク部隊は、 速やかに120ミリキャノン砲による一斉砲撃を開始したのである。 491 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/26(金) 17 18 12 ID Z21hEg5r 戦場は大混乱に陥っていた いきなり敵の後方から激しい砲撃が始まったのだ。 それは、「ガンダムもどき」の陣取っている岩場に敵を近づけさせないように 見事に計算され尽くした長距離援護攻撃だった。 「そこの若造!貴様も下がれ!早く下がるんだ!」 砲弾が降り注ぐ中オルテガが叫ぶが 途切れる事の無い轟音に遮られ、アムロの耳には届かない。 アムロの飛行試験型グフは、片足を破損し動けなくなった僚機のザクを 必死に引き摺り戦場から離れ様としていた ジェットホバーをOFFにして、2足歩行での移動である。 重い物を引っ張る時はこちらの方が都合がいいのだ。 しかしその足取りはオルテガからは亀の様に遅く見えた。 「何やってんだ!残骸なんか放っておけ!」 もどかしくオルテガのドムはアムロ機に近付き接触回線で怒鳴り散らした 確かに一体分のザクを敵に鹵獲されるのは痛いが、今はそんな場合じゃなかろう。 「中に生存者がいるんです!ハッチが破損して開ききらないから脱出できないみたいです!」 見ると、確かに半分ほど開いたハッチから兵士が弱々しく手を振っている 思わずアムロ機の破損した横顔を振り仰ぐオルテガ 『こいつ、この砲弾の雨の中、自分はこんな状態のクセに逃げ出す事をせず、 踏み止まって仲間を助けようとしてやがるのか・・・!』 最近、甘ったれた新兵が多い事を嘆いていたオルテガは、自分の認識を 少しだけ上書きすると共に、ツンとした物を不覚にも鼻の奥に感じた。 「何をしているオルテガ!」 敵の砲撃が始まると同時に着弾範囲から離脱していたガイアとマッシュが戻って来た もたついている若造など放っておけば良い。 彼らチームは基本的にチームの事意外は無関心だった。それが彼らの流儀だったのである。 しかしそれに反してオルテガが叫んだ 「ぐずぐずするな!この若造に手を貸せ!仲間を助けるんだ!」 ガイアとマッシュは顔を見合わせ呆気にとられた。 砲撃は依然止まず、近くに着弾した砲弾に撒き散らされた砂粒が、 激しく降り注いでドムを打った。 553 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/27(土) 17 05 59 ID oR8om7yF ラルが到着した時、全ては終わっていた。 嵐の様な砲撃が止むと敵の「ガンダムもどき」は敵生存者を回収して既に撤退を完了しており 敵の輸送機もこちらの追撃を牽制しながら索敵範囲から離脱していったのである。 結局この局地戦は壮絶な痛み分けで幕を閉じたのだった。 アムロの搭乗する飛行試験型グフは、帰路においてノズルの砂詰まりと 電気系統の不具合からまともに歩行する事が不可能になり アコースとコズンのザクに両脇から抱えられながらほうほうの体で帰還する有様だった。 ラルのグフはアムロがぽつぽつと語る経過報告を雑音混じりの通信でじっと聞きながら 無言で一行のシンガリを勤め、決して後方への警戒を怠らなかったのである。 555 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/27(土) 17 08 26 ID oR8om7yF 一行がWBに辿り着いた時には既に日が暮れ、夜の帳が下りていた。 コズンに支えられるようにブリッジに戻ったアムロは流石に疲れ切っていた。 力なくシートに腰を下ろすと同時に目を閉じる。体がまるで鉛の様に重い。頭の奥がジンジンする。 「お、おい、大丈夫なのかよ・・・」 ぐったりしたアムロを見てコズンがおろおろ心配そうに周囲を見回し声を掛ける。 もう顔を上げる事も辛かったが、アムロはふと両の頬を両手の掌で包まれた気配を感じて薄く目を開いた。 目の前あったのは眉根を寄せたハモンの顔だった。彼女はそのままそっと自分の額をアムロの額に付ける。 アムロは心臓が爆発しそうになった。頭も朦朧としたまま何だか思考がまとまらない。 これは戦闘終了後の疲れから来る一時的な興奮と混乱なのだろうか? 「少し熱があるようですわ、あなた」 ラルを振り向いた彼女は 少しだけ厳しい声音と表情で告げた。 「無理も無い。初めて乗った不完全なMSで実戦を戦い抜いたのだからな」 腕組みしたラルが重々しく答える。 彼の心にはいまだに悔恨があった。この少年に、ここまでギリギリの戦いを強いてしまったのは自分の責任なのだと。 本来は自分達が果たすべき事を、この年端も行かない少年に全てやらせてしまった。 ――情け無い―― それはこの場にいるランバ・ラル隊全ての認識だったのである。 「だ、大丈夫ですよ、このくらい何でも・・・」 「ハモンさん。後は私が。医療関係の仕事に就いていた事があります」 慌ててアムロが言いかけるが、それを許さず横からセイラがアムロの介護を申し出た。 ハモンはしばらくセイラの顔を見つめていたが、なぜか可笑しそうにクスリと笑い 宜しくお願いします姫様と軽く一礼してアムロの側を離れたのだった。 「・・・ごほん。いやしかし、アムロ!お前は凄えな! 本当にジオンのMSに乗ったのは初めてなのかあ?なあ、ウソでしたって言えよ!」 アムロの頭をくしゃくしゃにかき回して陽気に茶化すコズンにクランプが乗っかる 「全くだ。輸送機からあのMSが出て来たときゃたまげたぜ! そのまますっ飛んでいっちまうしよ!これじゃ『黒い三連星』も形無しだってな!」 一同のひときわ大きな歓声と笑い声がブリッジにあがるが 「誰がぁ!!」 雷鳴の様な一喝に、ブリッジの空気は凍りついた 「・・・形無しだと!?」 殺気を孕んでブリッジの入り口に立っていたのは ガイア・マッシュ・オルテガの三人組。 くだんの「黒い三連星」であった。 586 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/28(日) 02 16 47 ID IW4/DbJ/ 「アムロってのはそいつか!?」 怒気を孕んだ声でのしのしとオルテガがアムロに近付いてくる。凄い威圧感だ 『お叱りなら後で受けます!』・・・ あの時確かにアムロは彼らに向けてそう言ってしまっていた 思わず立ち上がったアムロだったが、ゆらりとコズンとクランプが両脇から アムロの前に進み出た。ちょうどオルテガの行く手を阻んだ格好になっている。 「何だ貴様ら!?どけ!!」 オルテガが怒鳴り散らすが 二人は飄々とした態度を一向に崩さない 「すいませんね中尉、ここは動けないんでさあ」 耳をほじりながらコズンがかったるそうに答える クランプも愛想笑いを浮かべながら口を開く 「ウチのルーキーはちょいとヤワでしてね。 中尉にちょっとナデられただけでもサイド3までふっ飛ばされかねないんですよ」 口調は軽いがクランプの目は笑っていない。 「貴様ら・・・上官に逆らうつもりか・・・!?」 オルテガの顔が怒りのあまり赤黒く変色してゆく ガイアとマッシュの顔にも殺気じみた物が現れ始めた 「オルテガ中尉、そしてガイア大尉、マッシュ中尉」 落ち着いた声でラルが後方から声を掛けた 「部下の非礼はワシが詫びる。・・・この通りだ」 自分の為に深々と3人に頭を下げるラルを見て アムロはいたたまれなくなり前に出ようとするが、クランプに押さえられて動く事ができない 「ラル大尉!大尉がその人達に頭を下げる必要なんてありませんよ! 悪いのは僕なんですから!僕が、自分で責任を取ります!」 「黙れ小僧ォ!!ワシはお前に自惚れるなと言った筈だ!!」 「・・・!!」 もどかしく叫んだアムロにラルは頭を垂れたまま横目で一喝する。体が硬直するアムロ。 WB制圧の時の記憶がまざまざと思い出された。あの時も、僕は・・・ 「大尉の言うとおりだ。ここは俺達に任せて下がってな」 クランプが囁きながらアムロの体を後ろに押しやり、オルテガに向き直った。 この人達は強靭な肉体と精神力を以って、僕を守ってくれている それに比べて守られているだけの弱々しい自分は何だ MSに乗っていないリアルな自分はこうも無力だったのだ アムロは自分の中のややもすると増長しかけていた部分が粉々に砕けて行くのを感じていた。 637 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/29(月) 04 33 15 ID l64a7upi 黒い三連星と彼らを取り囲むランバ・ラル隊。互いに睨み合いまさに一触即発といえた。 空気中の何かが今にも粉塵爆発でも起こしそうな緊張感に満ちている。 たぶん無意識のうちにであろう、セイラがアムロの腕をぎゅっと掴んだ。 だが、その雰囲気を一瞬にして吹き払ったのは、豪快なガイア大尉の爆笑だった 「わはははは!もういいだろうオルテガ!それ以上若造をビビらすな!」 「い、いや、俺は別に・・・!」 腹を抱えて笑うガイアとマッシュ相手にオルテガは必死で弁解を試みるが かなりの口下手らしく、なかなかうまく言葉が出てこない。 あっけにとられるアムロとラル隊。ガイアが涙を拭きながら口を開いた 「脅かしてすまなかったな。こいつは腕っ節とMSの操縦は天下一品だが・・・それ以外はからっきしでな。 相手に自分の意思を伝えようとすると、何故かいつも暴力沙汰になっちまう」 「このデカイ図体とおっかない顔で迫るもんだから、意中の女にはいつも逃げられっぱなしだ。 不器用な奴なんだよ、コイツは」 「二人とも、そりゃないぜ・・・」 可笑しそうに語るガイアとマッシュにオルテガは、か細い声で抗議する 先程の恐ろしげなイメージから一転 どこからどう見てもコミカル過ぎるやりとりに、思わずセイラは吹き出してしまった。 ラルやハモンも目を丸くしている。 「あー・・・俺達はな。貴様に。礼を。言いに来たんだ」 あさっての方向を見ながら、 オルテガがようやく言葉を搾り出した。 「ぼ、僕にお礼ですって? でも僕は、皆さんの攻撃の邪魔ばかり・・・」 アムロの言葉をガイアが手を挙げて遮った 「言うな。貴様が突撃したお陰でオルテガが死なずに済んだのだ」 アムロは瞠目した。自分の捨て身の行動の意味が彼らには判っていた しかし格下の相手にそれを素直に認め、礼を尽くすとは。 おかしなプライドや、下らない虚栄心の塊の様な軍人を嫌と言うほど見て来たが、 こんな高潔な人達もいたのだと。 「『黒い二連星』にならずに済んだ。感謝する」 今度はガイアを筆頭に、 星の欠けていない「黒い三連星」が、深々とラル隊に頭を下げる番だった。 646 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/29(月) 11 39 04 ID l64a7upi ささやかな酒盛りが始まった いまだWBは動く事ができず、厳戒態勢を解く事はできないものの 当直の者を除き、ハモンは皆にとっておきのブランデーを少しずつ振る舞った。 彼らにとってはほんの少し、まさにひと舐めで終わるだけの量であったが誰も文句を言う者はいない 不謹慎だと喚きたてる者もいない。これが彼らの流儀なのだ。 「仲間と酒を酌み交わす」それ自体が重要なのであって、それ以上はこの場では望むべくも無い。 あちらこちらで談笑が続く中、肩を寄せてラルと酒を飲んでいたガイアは声を落として囁いた 「どうだ。あの若造を俺達に譲らんか? 鍛え方によっちゃ新たな『黒い星』になれるかも知れん男だぞ」 「・・・そんな逸材をワシがみすみす手放すと思うのか?」 満足そうに含み笑いをしながら答えるラルに ガイアは心底残念そうな顔をして天井を仰いだ 「『黒い四連星』の夢は儚く消えたか・・・!」 ラル隊を交えてオルテガとマッシュはアムロとセイラを囲んで ブリッジの床に直に座り車座になっている。 アムロは荒くれ達に囲まれても物怖じせず、全く気取らないセイラの端麗な横顔を見て 以前のとりすました姿より、こちらの方が何倍も生気に溢れて美しいなと感じていた セイラのこんな姿を見れただけでも、自分の行動は意味があったんじゃないかとすら思える。 視線に気付いたセイラがアムロに目を向けると、アムロは何故だか心臓が飛び上がるのを感じ 思わず眼を逸らしてしまう。 顔が熱い。おかしいな。僕の飲んでいるのはジュースの筈なんだけど。 「しかしお前が連邦のMSをジオンにもたらしたとはな・・・ どうだ。連邦とジオン、両方のMSに乗った感想は?」 マッシュの問いにアムロは少しだけ襟を正して答えた 「基本的に連邦のMSはジオンのそれを参考にして作られたものですから 根っこの部分は同じだと思います。でも今回の戦闘でいくつか気になった事がありました」 その場にいた全員の視線がアムロに集まる。 ガイアとラルも雑談をやめ、アムロの言動に注目した。 647 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/29(月) 11 39 46 ID l64a7upi 「すみません!その話、もっと詳しく聞かせてもらえませんか!?」 不意に沸き起こった年若い少女の大声に一同は振り向く。 アムロの目に入ったのは華奢な腰に両手を当て、ブリッジの入り口に仁王立ちしている少女の姿だった。 どう見ても12~13歳ぐらいにしか見えない。その娘はあまりにも場違いに見えた。 「何だお前は!民間人が何故ここに入り込めた!?」 クランプの誰何に 少女はぎゅっと体に力を入れて敬礼して答える 「失礼致しました!今回の作戦で補給とメンテナンスを担当しております MS特務遊撃隊所属、メイ・カーウィンであります!」 「おお、ダグラス・ローデン 殿の部隊の!それでは君がカーウィン家の御令嬢か!」 ラルが思わず喜びの声を上げる。 無理も無い。ダグラス大尉もまたメイの父親と共に親ジオン・ダイクン派であったためラルとは親交が深く、 現在はザビ家に冷や飯を食わされている状況も似た物があったからだ。 「若干14歳ながら、エンジニアとしても非凡な物があると聞いている 噂では、目隠しでザクの整備ができるそうだが・・・」 おぉ?という半信半疑のザワメキの中、メイは冷静に首を振った 「それは話に尾ひれが付き過ぎです。私は照明が落ちたハンガーで MS整備を続けた事があるだけです。そんな事より・・・」 それでも充分凄い事なんじゃないかと思うアムロだったが 自分に据えられたメイの視線に真剣な物を感じ姿勢を正した。 「さっきの話です。是非詳しくお話下さい!」 床に座り込んでいるラル隊(含む黒い三連星)を蹴散らすようにやって来たメイは 怖い顔でアムロの目の前に腰を下ろした。 「うっぷ!お酒臭い!!」 彼女の第一声に、その場の全員がコケた。 677 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/30(火) 01 14 22 ID Cm5Sg9U7 アムロはジオン製MSの操作関係で気になった事やシステムの問題点など こまごまとした指摘を思い付く限りメイに話す。 メイはそれをいちいち感心しながら丁寧に手帳にメモして行く 始めは面白半分で聞いていたラル隊や三連星の面々も、 アムロの鋭い指摘にだんだんとその表情に真剣味が増してゆくのだった。 「ソフト面に関しては以上です。しかし何より問題なのは、あれなんです」 アムロはコンソールに積み上げられた資料の束を指差した それは彼がクランプに山盛りで渡されたジオン製MSの資料だった。 「ジオン全体のMSにおけるシステムや操縦法をある程度統一して行かなきゃダメです。 ガンダムやガンキャノンを見れば判る通り、連邦のMSは徹底した管理で同一の規格部品を使ってます。 操縦方法もほぼ同一です。たぶんあの『ガンダムもどき達』もそうでしょう。 これは戦場において兵の負担を減らし、練度に関係なくある程度の結果が出し易く メンテ部品も調達し易い、という事になります」 「MSのシステムを統合する整備計画かぁ・・・ ジオンのMSって作り手が職人気質バリバリで≪そういうものだ≫って何となく思い込んでいたから 改めて部外者から言われると正直目からウロコだわ。プランを絞り込んで上に提出する価値はありそうね」 メイは腕を組んだまま深く考え込んでしまった なにやら忙しく頭を回転させている様だ。 「俺達ジオン兵のMSを扱う腕前は、連邦兵なんぞ足元にも及ばんぜ?」 「残念ながらジオンの兵士が全員中尉みたいな操縦技術がある訳ではありませんから・・・ それに戦争がもしも長引く様な事があれば、その差は顕著に戦力に現れると思います」 口を挟んだオルテガにアムロが申し訳無さそうに答える。 「そうだな。今回の戦闘でもジオン兵の練度は連邦のそれを上回っていた筈だ。 MSの性能の差と言えばそれまでだが、こちらは6機ものザクとベテランパイロットを多数失った。 これはいくらなんでも多過ぎる」 ガイアの言葉に皆が頷く。ラルが続ける 「アムロ、お前から見てどうだ。 連邦のMSにあってジオンに無い物は何だ?」 「まず、開発の理念が違うと思います。ジオンのザクは『対通常兵器』 連邦のMSは『対ザク』を初めから想定したものでしょうから」 周囲に重苦しい空気が垂れ込める。 かと言って、いまさら戦線に多数配備されているザクを一斉に取り替える訳にも行くまい。 しかし連邦があの「ガンダムもどき」の様なMSを今後どんどん量産化して各戦場に配備していくとなると ジオンの苦戦は避けられない現実となるだろう。 「ひとつ手があります。それをすれば ジオンのザクが連邦のMSと互角とは言わないまでも 少なくとも今日の様な事にはならず、ある程度は渡り合える様になる筈です」 アムロはゆっくりと周りを見回した。 周囲は固唾を呑んで彼の言葉の続きを待っている。 987 : 722修正版:2009/01/04(日) 20 09 54 ID ??? 「ソフト面とハード面でひとつづつプランがあります。 まずソフトの方ですが・・・」 ごくりとコズンが唾を飲み込んだ 「優秀なMSパイロットの実戦稼動データを一般兵の乗るザクのOSに移植するんです。 そうすれば未熟なパイロットや新兵でも一定以上のMS運用が見込めるんじゃないでしょうか」 一同は息を呑んだ。そんな発想は聞いた事が無い。 「ガンダムに搭載されているコンピューターは教育型または学習型と呼ばれるもので パイロットの戦闘時における有益な行動がその後の戦闘に自動的にフィードバックされるようになっています。 そのシステムを・・・」 「なるほど、ジオンがそっくり頂いちまうという事か!」 手の平で拳を打ち鳴らした ガイアの言葉にアムロは頷く 「ガンダムのシステムを解析すれば、同じ物がいくらでも作れます。 ジオンには優秀なパイロットが大勢いますから、それを搭載したMSに搭乗してもらう事で データ収集には不自由しない筈です」 ふと、アムロの脳裏を赤いザクが横切った あの恐るべき相手も今は味方なのだと思うと、何だか不思議な感覚が広がってゆくのを感じる。 「MS運用に関してジオンは連邦よりも一日の長があるはずですから。 そして、戦闘を重ねるごとに、ジオンのMSはどんどん優秀になって行きます」 「ただでさえ連邦よりも練度の高い兵に優秀なOSが搭載されたMSか。 まさに鬼に金棒って奴だな」 クランプが面白そうにニタリと笑う。 「あ!そうだった!私ここのハンガーにあるガンダムに入ってたデータ見せてもらったんですよ。 とても優秀なものでした。例えばあれなら充分に役に立つと思います。 ガンダムのパイロットはお亡くなりになってしまったそうですが よっぽど優れた技術をお持ちの方だったんでしょうね・・・」 メイの言葉に、何とも微妙な表情でラル隊の面々は互いに顔を見交わす。 アムロも所在なく鼻の頭を掻いた。 「あー・・・。もしそれをやるんだったら。さっきの。戦闘データ。このアムロのを。 絶対使え。絶対。 実験機なんだから。俺達のより詳しく。取れてんだろう?」 たぶん自分の容姿でメイを怖がらせない様にであろう 体をできるだけ屈めて、極めてたどたどしくオルテガがメイに話しかけた。 その様子に苦笑しつつもガイアはその発言に驚いていた 『プライドが高くMSの操縦に関して絶対の自信を持っている筈のこいつが 自分を差し置いて他人を、しかもこんな子供を推挙するとはな・・・ それだけこのアムロの実力を間近に感じたという事か』 「判りました!まだ正式にそうすると決まった訳ではありませんが、後でチェックしてみますね」 「・・・うむ」 物怖じというものを全くせず、元気良く笑ったメイはオルテガに答え ちょっと意外そうな顔をしてオルテガは引いた。 723 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/30(火) 18 33 54 ID Cm5Sg9U7 「OSパワーアップてのは判った。で、ハード面の方はどうなんだ? こっちは即効性が無いと意味がないぞ」 クランプが促す。アムロはそちらに向き直る 「・・・簡単に言えば、≪シールド装備の徹底≫です」 「な、何い?シールドだと!?」 ドッとブリッジに溜息と笑い声が同時に沸き起こった。 何を言い出すかと思えば、その程度だったのか。どの顔にもそう書いてある 周りの反応にアムロはうつむき唇を噛んだ。 その中でラルは腕組みをしたまま微動だにしない。 「・・・いや、アムロの言い分は正しいかも知れん」 一同の笑いをガイアが遮った 「黒い三連星」の三人も、誰一人笑ってはいなかったのである。 アムロは顔を上げた。 「さっきの戦闘で俺達は奴らの内の一体にバズーカで連続攻撃を仕掛けた。 しかしバズーカ弾を3発食らわせてもシールドを構えたそいつを完全に破壊する事はできなかったんだ」 「シールドを構えていない奴は簡単に頭を吹っ飛ばせたからな。 いかに盾が有効だったかという事なんだろうよ」 ガイアとマッシュの言葉にその場の笑い声は完全に掻き消えた。 MS-09ドムの持つジャイアント・バズの威力は ただの一発でザクを破壊するであろう事を知っているからであった。 「ガンダムの持つビームライフルはコストの問題で量産は後回しなんだと思います だから当面の問題は、あの『ガンダムもどき』が持っていたマシンガンです」 ガイア達三連星は敵MSの攻撃を思い出していた 遼機のザクの装甲をまるで紙の様にずたずたに引き裂いていたあの威力。 確かに、ザクの肩に付いている装甲版など何の役にも立っていなかった。 連邦のMSと比べて何という違いだろう。 「例え材質が多少弱くてもガンダムのシールドみたいに≪攻撃を真正面から受け止める≫んじゃなくて シールドの前面を曲面構成にしてマシンガンの≪弾の威力を逸らす≫形にすれば充分耐久性も上がると思うんです 形を大型の楕円形にしてガンダムのシールドみたいな覗き穴を付けるとか、裏側に予備の武器を装備するとか」 「うむ。汎用性を高めておけば例え今後新型のMSが配備されたとしても シールドの流用が可能だろうな」 ラルはアムロを見ながら誇らしげに頷いた。 801 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2008/12/31(水) 22 18 24 ID CKGNILHd 「こんな感じかしら?」 メイがさらさらとノートにスケッチしたイラストをアムロに差し出す。 楕円形の大振りなシールドに覗き穴が付いているデザインだ。 その横にラフなザクが描いてある。大体の大きさを示すつもりなのだろう。 「うん。いいと思います。大きさも丁度いい」 「だがまあ俺達のドムにはシールドなんざいらねえぜ? その為の重装甲なんだしバズーカ撃つには両手が使えなきゃだしな」 メイの意外な絵の上手さに感心しながら答えるアムロに マッシュが横からスケッチを覗き込みながら口を挟んだ 「左腕前腕部に取り付けるマウント式のシールドにしたらどうでしょう? バズーカを構える時に腕を曲げるとこう、 ちょうどコックピットを守るポジションになる様に形と角度を調節するんです」 実際にバズーカを構えるフリをしてみるアムロ。 それを見たメイがまたノートに素早くスケッチを描きおこし「こんなの?」と見せる。 今度は少し小型のシールドがMSの腕に付いている絵だ。 これなら高機動時にも取り回しに不自由は無さそうだ。 それを見たオルテガはぼそりと呟く。 「どうせなら、そのまま敵をブン殴れるスパイクが欲しいな・・・」 またまたメイがさらさらとペンを走らせ「こうですか?」と 嬉しそうにオルテガに見せる。だんだんノッて来たらしい。 視界の端でメイのスケッチを囲んだラル隊と三連星が寄ってたかって ああでもないこうでもないと大論争が巻き起こっているのを眺めながら ラルとガイアはまたグラスを傾けている。 「これは俺の独り言なんだが・・・どうも、上の動きがキナ臭い」 「・・・そうだろうな。非常時とはいえ、貴様がワシの援護に来るぐらいなのだからな」 ガイアの言葉にラルは溜息混じりに答える これは公然の秘密だが、ジオンの命令系統は一本では無い。それが多くの将兵に負担となり ただでさえ多くは無い戦力を無駄に分散させていたのである。 ラルとガイアはそれぞれが「対立」する陣営に属し、同じジオンでありながら 通常は共同作戦など望めない立場である筈であった。その垣根が今回取り払われたという事は・・・ 「何かある。と、いう事だろうな・・・」 苦虫を噛み潰した顔で呟くラルの言葉を待っていたかの様に WBのブリッジに通信のコールサインが鳴り響いた。 869 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/02(金) 11 44 01 ID eDu6UAPa メインモニターに映し出された人物は顎鬚を蓄えた厳つい風貌の男であった。 思わずメイが立ち上がる。 「今作戦、貴艦のバックアップを担当するMS特務遊撃隊指令、ダグラス・ローデンである。 久しぶりだなラル大尉!」 「おお!ダグラス大佐!また世話をお掛けしますぞ!」 旧友であり同士でもある漢との再会にラルの顔が思わず綻ぶ。 ダグラスはモニター越しにWBブリッジの様子を見回しメイの姿を見つけると 小さく息を吐き出してから静かに口を開いた。 「メイ君。君はそこで何をやっているのかね?」 メイは元気良く敬礼をしながら答える 「はい!ジオン製MSの改善強化案と今後の展望を、 現場の声を参考にしながら多角的に討論していた所です!」 「そうか。それはご苦労」 「えへへ」 「ところで、私が君をそこに伝令に行かせた理由を覚えているかね?」 「もちろんですよ!≪WBの機関部の仮調整終了。通常の70%の出力で巡航可能≫だという事を 艦長のランバ・ラル大尉にお伝え・・・あぁっ!私、肝心な事を伝え忘れていました!ご、ごめんなさいっ!」 本気で自分のドジに驚きながら、必死に時計回りに周囲に頭を下げまくるメイ。 「私ったら・・・!MSの事になると、他の事が見えなくなっちゃうんです! ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・!」 涙を浮かべて何度も謝罪する14歳。明らかに邪気は無く、なまじ可愛い顔をしているだけにタチが悪い。 ガクガクとした脱力感がメイの周りから放射状に広がって行くのが感じられる中、オルテガが大きな体を縮めながら 「いい。気にするな。お前は。悪くないから・・・」と、慌ててフォローしているのが微笑ましいと言えば微笑ましい。 それに追随するように「そうだそうだ!」「どっちかっつーとアムロが悪い!」等と賛同する声があちこちで上がる。 引き合いに出されたアムロは目をぱちくりした。 870 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/02(金) 11 44 49 ID eDu6UAPa 「すげえ・・・これが天然て奴かよ・・・」 クランプが体に力を入れ直しながら搾り出すように呟く。 この娘、少なくとも今までのラル隊の周辺にはいなかったタイプだ。 下手したら連邦のMSなんかよりもよっぽど手強い。 何しろむさ苦しいオッサン連中に全くこのテに対する免疫が無いのだ。 まず撃墜されたのがオルテガか・・・ちらりと横目で彼を確認しながらタラリと汗が流れた。 こめかみを押さえながらダグラスは謝罪の視線をラルに向ける。 「・・・聞いての通りだ大尉。うちの者が無作法でいろいろと申し訳ない」 「いやいや手をあげてください大佐。無作法なのはお互い様です」 苦笑しながら答えるラルに思わず相好を崩しかけたダグラスだったが その表情を一転真面目なものに戻した。流石に年の功と言う奴なのだろう。 「・・・聞いているか?」 「はい。この戦艦と捕獲したMSをどうするかで上がモメているという事ぐらいは。 しかし、それ以上はどこからも情報が入って来ておりません」 「これは、まだ不確定な情報なのだが」 一旦言葉を切ったダグラスは、ゆっくりと言葉を継ぎ足した 「どうもドズル中将が倒れられたらしい」 「何ですと!?」 ブリッジに激震が走った。しかしその脈動は WBのエンジンが消えていた命の炎を再び点し、それがブリッジに伝わり始めたものだとも感じられた。 885 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/02(金) 14 28 48 ID eDu6UAPa 黒い三連星達は独自のルートから情報を収集すべくブリッジを退出し、 それと入れ替わるようにダグラス大佐が金髪をアップに纏めた妙齢の女性を引き連れてWBに乗り込んできた。 「挨拶は後だ大尉。彼女はジェーン・コンティ大尉、私の秘書官だ」 「宜しくお願いしますラル大尉。早速ですが例の情報にはまだ確証がありません。 ただ、さまざまな方面からの情報を総合すると・・・」 「そうとしか考えられない、という事ですかな」 「はい。それと、これは【風聞】の域を出ない事なのですが」 言葉を選びながらジェーンが話しているのが判る ラルはじっと次の言葉を待った。 「ドズル中将は今回このWBとそれに搭載させたMS、捕虜となった乗組員の類を全て ≪ガルマ様の仇討ち≫とばかりに全国民の見守る前で・・・」 「まさか!?」 「・・・あくまでもそういう主張だったという【風聞】です。 通常ならば絶対にありえないような処遇ですが、ザビ家は実質的な独裁国家。 黒い物でも白と言えば白になる・・・その可能性はゼロでは無いでしょう。 ただ、連邦内部の機密情報や研究対象としての価値を鑑みた多方面からの反対意見も多く なかなか意見の統一ができなかったと。勿論これも【風聞】ですが」 ラルはじっとジェーンの顔を覗き込む。 ザビ家の内情にここまで詳しいこの女は何者だ。噂話を装ってはいるが、その信憑性は高いと思える。 内乱とも醜聞とも言えるザビ家のそんな情報を我々に流すメリットとは何か。 この女、敵か味方か。 ラルがジェーンの正体を計りかねていると、それを察したダグラスは苦笑しながら口を挟んだ。 「大尉、彼女の立場はちょっとばかり複雑でな。 だが彼女は基本的に我々の味方だ。そこは心得ておいて貰って構わん」 「は。大佐がそう仰られるのでしたら・・・」 引いたラルだが探るような視線はまだ彼女に向けたままだ。 それに気が付かないフリをしてジェーンは一度、髪をかきあげた。 「話を続けさせて頂いて宜しいですか?」 886 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/02(金) 14 30 15 ID eDu6UAPa 「ドズル中将はあの御気性ですので、周囲から何と言われようが御自身の主張を 頑として曲げ様としなかったと思われます。勿論これも【風聞】の・・・」 うんざりしてラルは手を挙げ彼女の言葉を遮った 「ジェーン大尉、それはもう宜しい」 「失礼しました。掻い摘んでお話します。そして少なくともごく最近までは 中将に体調的な問題があった等という話は聞いた事がありません。これは【風聞】でもです」 ぎょっとしてラルはダグラスを見た。ダグラスも目で頷く。 「まさか、中将が倒れられたというのは・・・!」 「待て大尉。まだ迂闊な判断は危険なのだ」 顎に手を当て考え込むラルだが ふいに顔を上げ、ダグラスに近付くと何事か小さく耳打ちした。 暫くラルの話を聞いていたダグラスは一瞬目を見開くとアムロの隣に立つセイラを凝視した。 ダグラスの視線を追ったジェーンはこの場にそぐわない金髪の美しい娘を見出し、少し意外な顔をする。 見るとダグラスは感極まった様子で視線を外そうとしていない。一体何だと言うのだろう。 ダグラスは大変な努力をしてセイラから目を逸らすと、冷静な声でラルに告げた。 「取り敢えずの目的地はマ・クベ大佐から指令を受けている」 887 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/02(金) 14 32 18 ID eDu6UAPa マ・クベ。あの暗い瞳をした「いけ好かない奴」かとラルは思った。 無表情で血色が悪く、いつもガラクタを弄繰り回しているあの男。 か細い声で奴の口から湧き出すのは、人を見下した嫌味ばかりだ。 実働派のラルとはまさに水と油の関係と言って良いだろう。たぶん向こうもそう思っている筈だ。 「我々はこれより一路バイコヌール基地を目指す。まずはそこでWBの完全修理と改修を行なう。 そこで簡易任命式が行なわれ、諸君らは辞令を受け取り昇進する手筈になっている」 「昇進ですか・・・そう言えばそんな約束でしたな」 もともと「部下の生活の改善の為」に、この無謀な作戦を引き受けたラルだった。 しかし今は新たな目的が生まれ、それに比べればドズル中将と約束した「二階級特進」など どうでもいい様にすら思える。が、目的の為には自分の立場は少しでも高くしておくに越した事は無いのだ。 ラルはそう思い直してダグラスに問うた。 「了解であります。ではその後、我々はどこに向かうのです?」 「・・・判らん。バイコヌールへ行けの一点張りだ。 恐らくそこで次の指令が言い渡されるのだとは思うが」 歯切れの悪いダグラスの言葉にラルは嫌なものを感じて顔を曇らせた。
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旧シャア板内スレッド【何!?脱走したアムロがジオンに亡命しただと!?】のまとめです。 なお、このSSは機動戦士ガンダムにおける正史、公式設定とは無関係の2次的創作物です。 実在の人物、架空の人物、MS等、団体等とは一切関係ありません。 今日は - 人脱走しました 昨日は - 人捕虜になりました。 現在までの亡命数は計 - 人です。 現行スレ 【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part8 【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら掲示板 現在はこちらで進行しています。
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何!?脱走したアムロがジオンに亡命しただと!?pert1 【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part2 【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part3-1 【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part3-2 【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part4 【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part5 【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part5別館-1 【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part5別館-2 【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part6-1 【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part6-2 【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part7-1 【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part7-2 【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part7-3 【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part8
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したらばスレ 【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part6 http //jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/12849/1267966709/ 【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part5別館 http //jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/12849/1246495352/ パー速スレ 【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part5 http //ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1244461642/ 【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part4 http //ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1238134482/ 【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part3 http //ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1231986146/ 旧シャアスレ 【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part2 http //changi.2ch.net/test/read.cgi/x3/1231018976/ 何!?脱走したアムロがジオンに亡命しただと!? http //changi.2ch.net/test/read.cgi/x3/1228835968/
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このページは『何!?脱走したアムロがジオンに亡命しただと!?』の内容を適当に区切り第○話になるようにまとめたものです。 自分が既存でのこのwikiでのまとめでは読みにくいなと独断で思い始めました。自分だけでなくこのページに賛同された方も加筆、修正などしてもらえばありがたいです。 このページを作ることに反対などが多かった場合削除しようと思います。 第1話「決別」 第2話「ジオンの姫」
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【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part5 37 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/11(木) 13 16 13.53 ID MSCP.no0 とてつもないGがアムロの骨格を軋ませ呼吸を困難なものにする。 この体がシートにむりやり押さえ付けられる様な感覚は、ガンダムがWBのカタパルトから発進する時に掛かるそれと酷似していた。 まさか水中でここまでの加速がなされるとは。まともに身体を動かす事もままならない。 だが、このような状況の中でアムロの瞳に映るホルバインの横顔は、信じ難い事に、これ以上無いほど嬉しそうなのだ。 「敵さんの迎撃準備が整わないうちに各個撃破だ!距離500で反転する!前・後で一撃づつだ!やれるな?」 「や・・・やって・・・みます!」 「上等!」 歯を食いしばりながら言葉を搾り出すアムロに対して、大口を開けて笑うホルバイン。 この男、この様な状況の方が生き生きして見えるのは気のせいではなさそうだ。 ホルバインは、こういった極限状態では“スイッチ”が入るのかも知れない。 それが何のスイッチなのかは知らないが・・・と、アムロは思い通りに動かない腕を宥めすかし、眼前のモニターを何とか操作し、メガ粒子砲発射トリガーに慎重に手を掛けた。 細かく狙いを付ける必要は無い。敵は正面にいた! 「メガ粒子砲発射!」 ゾックの頭頂部に装備された1番砲口からゾックの進行方向に向けてパイロットブレットが射出されるや、ビームの奔流がその後を追う様に迸り、そのまま敵MSに殺到し、派手に水蒸気爆発を巻き起こした。 ゾックには9門のメガ粒子砲が装備されているが、パイロットブレットの気泡が巻き起こす射路が必要なエーギルシステムは基本的に水中で移動しながらのメガ粒子砲発射は想定されていない。 だが、頭頂部位にあるこの1番砲口に限り、進行方向と同ベクトル時のみ「進行方向に向けて」発射する事ができる。 敵と正対せねばならない為にリスクは増すが、その威力を考えるなら充分に引き合うものであった。 「ヤッハー!ウォォ!ヤーハハハハッハー!!」 ハイテンションな奇声を上げながらホルバインは、すかさずゾックの機体を45度バンクさせ、そのまま斜めに上方宙返りさせる。 ターン開始時と終了時で進行方向を180度変え、速度を減少させる代わりに深度を上げるテクニックである。 ホルバインは水平潜航には移らず、進行方向はそのまま、ゾックの機首を40度ほど持ち上げた。 これにより、両肩上部に装備されたメガ粒子砲口を可動させる事で、自身の後方へのビーム攻撃が可能となった。 これは、前後対称の得意な形状を持つゾックならではの機動であった。 強力な推力に支えられ、スピードは、落ちない。 撹拌されるミキサーの中のバナナの気持ちはいかばかりかと慮ったアムロはしかし、少しだけ愉しい気分になって口元を綻ばせた。 この加速機動、悪くない! 「メガ粒子砲、発射!」 グリグリと起き上がり角度を変えた、ゾックの両肩上部に装備された6番7番砲口から強力なメガ粒子ビームが2撃、またもや後方の敵軍に浴びせ掛けられ、狙いは違わず今度は敵陣の中央で巨大な水蒸気爆発を巻き起こす事に成功した。 混乱の中での再々度の痛撃である。確認する必要はあるが、これで敵部隊は殆んど壊滅状態だろう。 だが、ここで一息入れる訳には行かない。 敵に時間的猶予を与えず、親玉たる潜水艦と空母を速攻で叩きに行くべきだ。 ゾックの機体を水平に戻しながら、ホルバインは冷静にそう決断していたのである。 94 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/12(金) 20 11 13.32 ID 1n11QXg0 「壊滅だと・・・!?何故だ!?相手はたった・・・たった1機のMSなんだぞ!」 「・・・遺憾ながら、敵MSの性能は我々が考えるより遥かに高かった、と、言わざるを得ません」 「貴様っ!?何を今さら!!」 「艦長!敵MSがこちらに向けて迫って来ます!」 技術参謀に掴み掛からんばかりにキャプテンシートから腰を浮かせたブーフハイムを押し止めたのは水測員からの一報だった。 「う、撃て!撃て!魚雷で奴を叩き落せ!」 「管制室。魚雷発射だ。敵は1機、外すなよ!」 ヒステリックに喚き散らすブーフハイムの言葉を冷静に翻訳した参謀はこの艦では副長も兼ねている。 これまでも【アナンタ】では見慣れた毎度毎度の光景、その苦労はいかばかりのものであっただろう。 「水中音発生、前方から魚雷です!」 「構わねえ!このまま突っ込むぜえ!」 アムロの報告にホルバインは不敵に答える。 その言葉通り、ほぼ正面から迫り来る3本の魚雷に対し、ゾックは敢えてビームを発射せず、ギリギリまで引き付けてから高速バレルロール(高速で機首を上げ、同時にロールを行う事で横倒しの樽の内側をなぞるように螺旋を描き機動する)で三本の魚雷の横をすり抜け躱してみせた。 そしてロールが終了した地点、ゾックは既に真正面に敵潜水艦を捉えている。 ターゲットとなる敵潜水艦は3隻。だがこれは先程こちらに向けて魚雷を発射した艦ではない。 ホルバインは、ゾックに一番近い潜水艦を狙うと見せかける為に突撃を掛け他艦の油断を誘い、バレルロールでダミーの敵をアッサリすっ飛ばすと、敢えて後方に位置している敵への射路を開いたのだ。 「パイロットブレット射出!メガ粒子砲発射!」 阿吽の呼吸でアムロが放った攻撃が的確に敵潜水艦のエンジン部を捉え、巨大な爆発を伴い轟沈せしめた。 アムロとホルバインは一瞬互いの視線を合わせ、また各々の仕事に向き直る。 言葉など必要は無かった。 アムロはホルバインのタフな技量に憧憬を覚え、ホルバインはアムロの判断力とカンの良さを頼もしく感じた。 背中を預けられる。 2人にとってその認識だけで十分だったのである。 120 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/15(月) 00 21 44.24 ID WaUI52o0 縦横無尽に水中を跳び回る敵MSが2隻目の友軍潜水艦を撃沈したのを見届けると、ブーフハイムは覚悟を決めた様にキャプテンシートの肘掛の先にある小さなパネルを操作した。 「艦長!!何を!?」 その動きに気付いた参謀の質問を無視してブーフハイムは操作を続行する。 「まさかこの状況でアレを発射するおつもりなのですか!?」 「こちらにはこの切り札があるのだ!ジオンの基地など一撃で撃破してくれる!」 参謀は考えられないとばかりにキャプテンシートに詰め寄った。 「無意味です!アレによる攻撃は、我々がジオン水中部隊を掃討している事が大前提です。 連邦軍がアデン基地への制海権を手中にしていてこそ、初めて意味があるものなのです! 今は、それよりも全速で後退しつつ【フォート・ワース】に救援を要請して対潜攻撃機を・・・」 「黙れ!黙れ!黙れ!このままやられっ放しで戻れるものか!」 血走った眼を剥いて激昂する艦長をなるべく刺激しないように細心の注意を払いながら、参謀は冷静に言葉を続け説得を試みた。 「【気化弾頭ミサイル】・・・艦長。アレ自体は確かに南極条約で使用禁止の条項はありません。 しかし人道的見地から逸脱した大量破壊兵器です。 作戦立案時に、アレを使用するタイミングは入念に検討されたではありませんか。 例えアレを使用してジオン軍を掃討したとしても、ジオン水中部隊が健在なこの状況では、我々の空挺部隊はアデン基地に突入できません。 空母をもし敵の水中部隊に沈められでもしたら、連邦軍はジオンの勢力圏内で孤立してしまうからです。 つまり、我々はどのみち基地を制圧できないのです。 アレを使えば、ジオンどころかアデン基地周辺の街も消滅します。 連邦軍は世論を敵に回す事になり、巻き込まれる一般市民は、無駄死にです」 ちなみにこのミサイル、もちろんミノフスキー粒子のせいで誘導する事はできないが、自機とターゲットポイントの正確な位置関係が把握されている為、放物線を描く様に打ち出す事で狙った場所へ「落とす」事ができる。 着弾までの時間も割り出せるので、タイマーによる空中爆散も思いのままだ。 一方、空から降ってくるミサイルに対し、地上から迎撃ミサイルを撃つ事は不可能である。 「黙れと言った!貴様のような臆病者に用は無い!ジオンなど、俺だけで倒す!!ミサイルサイロ開け!!」 「・・・!」 ゴゥンと艦の上部に設置されたサイロが開いたのが艦内に響く微かな音と振動で感じ取れる。 この艦長を説得し切れなかったのだと理解した参謀は、慙愧の思いで唇を噛むしかなかった。 121 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/15(月) 00 22 36.73 ID WaUI52o0 2隻の潜水艦を沈める事に成功したゾックは、残る1隻に機首を向ける為の反転中に異常を察知した。 「この音は・・・!!逆進中の敵艦が、上部ハッチを開けています!」 「何だと!?」 アムロの声に驚いたホルバインがレーダーモニターを見ると、最後の標的たる光点から高速で分離した新たな光点がゾックの脇を掠める様に通り過ぎ、みるみる深度を上げてゆくのが確認できる。 途端、アムロの脳裏に電光が奔った。これは・・・! 「ホルバイン少尉!アレを逃がしちゃ駄目だ!追って下さい!」 「くっ・・・!!」 反転機動を中途で無理矢理キャンセルしたゾックがミサイルを追って強引な上昇を開始する。 「アップ90度!急速浮上!」 ホルバインはアムロの要求に「何故だ」とは聞かなかった。 一蓮托生であり一心同体。この短い時間の中で、交わす言葉は少なくとも、2人は互いを信頼できるかけがえの無い相棒だと認識していたのである。 「アムロ!敵さん、後ろから魚雷を撃ちやがったぜ!」 ゾックがミサイルを追い掛けて上昇を始めた為、逃げていた筈の敵潜水艦が一転、こちらに向けて追尾魚雷を放ったのである。 アムロもモニターでそれに気が付いていたが、斜線が重ならない為にどうする事もできない。 ゾックは進行方向の前後にしかビームが発射できないからだ。 だが最短距離でミサイルを追うのを止める事はできない。 ここは危険を承知で後方から迫り来る魚雷に最大限の注意を払いつつこのままミサイルを追い、ミサイルを撃墜させた後、その時点で至近距離まで迫っている筈の魚雷を迎撃するか避けるかするしか無いだろう。 深度が上がり水面がみるみる迫る。スピードの遅い水中で仕留められねば恐らく前を行くミサイルの撃墜は不可能だ。 ホルバインはミサイルの上昇角度にゾックの浮上ベクトルを合わせる様に慎重に機動を調整し、やがて上昇するミサイルの真下に回りこむ事に成功した。 アムロの眼には今や目前のミサイルしか見えていない。 コイツをここで取り逃がすと取り返しの付かない事になる。何故だかそれだけは確信できていた。 計測によると、ゾックとパイロットブレットの方がミサイルより数段速い。 これならば、エーギルシステムが使用できる筈だとアムロは判断した。 ミサイル自身の吐き出す気泡も「射路」として利用できるだろう。 「メガ粒子砲、発射!」 精神を集中し、機をギリギリまで見極めたアムロの放った一撃が、上昇中のミサイルを貫き木っ端微塵に吹き飛ばした。 ミサイル撃破を確認したホルバインは、魚雷回避の為の緊急ロールをゾックに掛ける。 海面スレスレではあったが、兎にも角にも水中で爆散した気化弾頭ミサイルは、その本来の威力を千分の一も発揮させる事ができず、空しく海中に消えたのである。 しかしその時、廻る天地の中、思わず快哉を叫ぼうとしたアムロの言葉を遮る様に轟いたホルバインの叫び―― 「駄目だ!衝撃に備えろ!」 ――それとほぼ同時に激しい衝撃がゾックを突き上げ、コックピットの2人を弾き飛ばした。 153 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/16(火) 19 49 36.99 ID PdjxDFg0 鮮血がコックピットに飛び散った。 本来単座だったゾックに短時間で補助シートを増設した為、その機材の一部は仮止めされた様な状態であり、コックピットエリアを歪める程の衝撃で床のパネルの一部が弾け跳びホルバインの脇腹を抉ったのだ。 「ホルバイン少尉!」 「・・・騒ぐんじゃねえよ・・・!」 どくどくと血の流れ出した脇腹を押さえたホルバインは、それでも手負いのゾックを上昇させ、海面から機体上部を浮上させるとコックピットハッチを開いた。 外は激しい嵐であった。強風と雨粒が容赦なくコックピットに吹き込み、2人の足元に赤い水溜りを作ってゆく。 「アムロ、お前は脱出しろ。お前の着ているライフジャケットは灯火ビーコン付だ。運が良ければ助かるだろう」 「そんな!?ホルバイン少尉はどうするんです!」 ホルバインは咳き込み少しだけ血を吐くと、弱々しいが不敵な笑みを浮かべた。 「決まっているだろう。あの野朗にオトシマエを付けに行くのさ」 「僕も一緒に行きます!」 「バカ野朗!見ろこの嵐を!この中をジャケット一つで漂うなんざ自殺行為だ! 手負いのコイツで、もう一度潜り戦闘を仕掛けるのも正気の沙汰じゃねえ! 進むも地獄、引くも地獄なんだよ! なら、二手に分れりゃどっちかは助かるかも知れねえだろうが!」 ホルバインは痛みをこらえてベルトを外し、傾いたシートから立ち上がるとアムロのシートベルトを外し、その胸倉を掴んで無理矢理シートから引き剥がした。 怪我人とは思えない程の力にアムロは抗う事ができなかった。 「嫌だ!ホルバインさん!」 涙声で抵抗するアムロを無視してホルバインは自分の首に掛かっていた銛のペンダントを引き千切り、アムロの胸ポケットに押し込む。 これは彼の「じいさんの形見」であり、戦場から生きて帰る為のお守りであった。 だが、ホルバインは自分が負った傷が致命傷だという事を悟っていた。 ならば、これはこの赤毛の少年に持たせるのが正しいだろう。 ホルバインは何も言わず、雨風吹き込むハッチから、アムロの身体をゾックの外へ無造作に放り出した。 空中で彼に向けて手を伸ばしたアムロの泣き顔を激しい雨と波飛沫が洗い流す様に叩き、その絶叫を轟く雷と逆巻く強風が掻き消した。 213 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/19(金) 11 11 48.78 ID 3F9OKks0 時化の激しい波に揺さぶられ、吐くものも出し尽くした子供達がぐったりと身を寄せているその中で、蹲っていたララァがふいに顔を起こした。 「そんなに泣かないで・・・」 「え?」 まともに歩く事もできない船室で一人だけ気丈に動き回り、幼い弟妹や具合の悪い子供達の面倒を見ていたミハルは、微かに聞こえたララァの声に振り返った。 少々ガラは悪いものの、生来の面倒見の良さとその人となりで、ミハルは何とは無しにこの集団のリーダー格となっていた。 「ララァ、どうしたんだい?・・・また何か聞こえた?」 ミハルはララァに声を掛けながら近付くと、後半は耳元でそっと囁いた。 ララァの“この能力”を他人にはあまり知られない方が良い様な気がしていたからである。 何故なら彼女が≪不幸≫になるかも知れないから。 ただ漠然とだが、ミハルにはそう思えて仕方が無かった。 「駄目・・・届かない・・・悲しみが深すぎて・・・閉じてしまった・・・」 「・・・?」 眉間に皺を寄せて悲しそうにするララァに、ミハルはどうしてやる事もできない。 一体彼女には何が見えているというのだろうか。 「・・・ブッダは・・・死は無だと言ったって・・・」 「・・・」 今度はララァはミハルの方を見ずに、まるで誰かに語りかける様に、視点を固定したままポツリとそう漏らした。 この娘はたまにこういう不思議な言い回しで、独り言のような言葉を紡ぎ出す。 正直、その意味など学の無い自分には判るはずもないが、その落ち着いた声音と深遠な瞳の色が相まって、 何故だか妙に心が落ち着くのを感じる。 何となく側にいたくなる。そんな不思議な吸引力が彼女には備わっているのかも知れない。 果たして、その視線の先には何が見えるのかしらと試しに眼を凝らしてみるミハルだったが、 彼女の眼ではどうやっても薄暗い部屋の汚い壁しか見る事はできなかった。 380 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/22(月) 21 10 10.18 ID HShbR7E0 海面にアムロを残し、潜行というより落下に近い軌道でゾックは再び水中に没した。 後方からの魚雷を避けきれず、至近距離で炸裂した爆圧の衝撃でバランサーに深刻なダメージを受けたMSM-10は、今やパイロットと同様、満身創痍の状態であった。 恐らくこの状態で潜水したら2度と浮上する事は叶わないだろうという事もホルバインには判っていた。 しかし、あの潜水艦を放っておく事はできない。 アレは仲間の為に今、ここで狩り獲っておかねばならない獲物なのだ。 今日はこのゾックで大漁を挙げたが、最後の最後にケチが付いたんじゃ締まらねえ。 大量の失血の為、朦朧とする意識の中で彼はそれだけを考えていた。 奇跡的にコックピットブロックへの浸水は無く、気密は保たれている。 先程までは焼ける様に感じていた脇腹の痛みも、何故か今は全く感じなくなった。 これならこの命が尽きるまでにアレを仕留められるかもしれない。いいぞ。やはり今日の俺はツイている。 ホルバインは嬉しそうに口から溢れ出て来る血を片腕で拭った。 刹那、ゾックを追う様に深度を上げて来ていた敵潜水艦が、こちらに向けて2本の追尾魚雷をまたもや放った。 しかしゾックは先程とは同一の機体とは思えない程よたよたした機動ながらも、何と魚雷を2本とも躱してみせたのである。 それは現在のMSM-10の状態を鑑みれば完全に常識を超えた拳動であり、彼の技量の高さをして始めて為しえた奇跡であった。 だが、その急激な旋回がホルバインの傷を更に深いものにしてしまった。 ホルバインは、急激に自分の身体の力が抜けてゆくのを感じた。 血だらけの左掌が操縦桿からずるずると滑り落ちて行くのをどうする事もできない。 同時に視界が少しづつ暗くなって行く。 待て、待て、まだだとホルバインは眼を見開いてモニターを凝視する。 敵は正面にいる筈だ。まだ辛うじて動かす事のできる右手で1番砲口のトリガーを絞るが、エーギルシステムは動作不全を起こしており、パイロットブレットすら発射する事ができなかった。 構うものかとホルバインはそのままゾックを突入させ、すれ違いざまそのクローによる決して浅くは無い一撃を【アナンタ】の舷側に見舞う事に成功した。 船体を破られた【アナンタ】は水圧によりたちまち圧壊し始め、ブーフハイムらと共に、そのまま海の藻屑と消えてゆく。 しかし自分がその生涯で最後に仕留めた獲物の行く末を確認する事無くホルバインは眼を閉じた。 だが彼にはまだやる事があった。彼は今にも途切れそうな意識を集中させるとオール回線でこの海域の全ての兵士達に呼び掛けたのである。 「・・・俺はジオン公国レッド・ドルフィン隊所属のヴェルナー・ホルバイン少尉・・・この海域の洋上に要救助者・・・若い兵士だ・・・敵でも味方でも誰でもいい・・・奴を助けてやってくれ・・・」 あの状況、アムロが無事に救助される可能性はゼロに近いだろう。 この通信によって味方に保護されるなら言う事は無いが、例え敵の手に落ちたとしても、そこから先の運命を切り開く事ができるかも知れない。 だが死んでしまえばその僅かな可能性すら失う事になるのだ。 何より一番大事な事はここで命を落とさない事だ。ホルバインはそう考えたのだった。 自らの血に塗れた右腕がゆっくりと操縦桿から離れる。いい。もう自分ができる事は何も無いのだから。 ホルバインは頭を静かに後ろに倒した。ただ達成感だけが彼を包んでいた。 やけに静かだ、そして深く、暗い。 ミシミシとゾックの機体に亀裂が奔って行くのが判る。この頑丈な機体にも流石に限界が来た様だ。 自分はこれから死ぬのだろうか。死ぬと人間はどうなるのだろうか。 怖い・・・怖い所に行くのだろうか。 ≪・・・ブッダは・・・死は無だと言ったって・・・≫ へえ。そうなのか? そのブッダって奴は知らないが、無なら怖いってのも無しだよな?ありがとうよお嬢さん。気持ちがずいぶんと楽になったぜ。 意識の中で褐色の肌の少女と邂逅したホルバインはそして、視界いっぱいに広がる海を見た。 彼のじいさんにとっては空想でしかなかった本物の海に抱かれて、彼は幸せであった。 381 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/22(月) 21 10 32.78 ID HShbR7E0 「・・・MSM-10の反応、消えました・・・」 「何てこった・・・」 アッガイに搭乗しているマーシーからの通信を受け、ゴックを操縦するラサは天を見上げた。 ここはアデン湾の北西、ゾックが沈んだ地点から約10キロ離れた海中である。 アデン基地まで輸送機で運ばれレッド・ドルフィン隊と合流したシャア達は、無事アデン基地に上陸したフェンリル隊と入れ替わるように彼らの潜水艦に乗り込みここまでやって来た。 連邦艦隊が近い事もあってレッド・ドルフィン隊の潜水艦より先行してシャア達3機の水陸両用MSは戦闘海域に向かっていたその途中、偶然にホルバインの通信を拾ったのだ。 赤いズゴックを駆るシャアは唇を引き締めた。 「間に合わなかったか・・・だが、ホルバイン少尉。貴君の要請、このシャア・アズナブルが確かに受け取ったぞ」 そしてシャアは仮面の下の眉根を一瞬歪め―― 「海は見えたか・・・海兵」 悲しそうにその瞳を遠いものにして無意識にそう、ひとりごちた。 445 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/27(土) 12 27 11.48 ID W99uheY0 今、ホルバインが死んだ―― 最後の瞬間、それをアムロは感じ取る事ができた。 激しい風と雨に打たれ、逆巻く荒波に翻弄されながらアムロは慟哭していた。 幾度と無く絶叫を繰り返した為に咽は切れ、海水を何度も飲み込んだ為に激痛が生じ、声はもはや枯れ果てた。 だが、この程度の苦痛は死に行くホルバインの激痛に匹敵するものではなかっただろうとアムロは顔を両手で覆った。 ホルバインを殺したのは自分だ。 自分がもっと早くあのミサイルを撃墜していれば。 いや違う。 自分があの時、ミサイルを追う様に指示を出したが為に、結果的にあの優秀なパイロットを死なせてしまった。 全ての責任は自分が負うべきだったのに。 それなのに何故、ホルバインは死に、自分はこうして生きている? 何がニュータイプだ! 人を不幸にするこんな能力など、いらない。 この激しい雨と風と波に揉まれてその全てがこの体から流れ出してしまえばいい・・・ アムロはまたもや高波に呑まれると、暫く後に波間に浮かび上がり・・・ そんな状態を何度か繰り返した後、やがて意識を消失していった。 しかしどんなに激しい波に打ち据えられようと、アムロの身に付けたライフジャケットは決して沈まず、その灯火は消える事無く彼の存在を波間に誇示し続けていた。 それはまるで、ホルバインが最後に託した願いの様に。 そしてその小さいが確かな光は、民間の中型漁船を模した偽装貨物船【フォルケッシャー】からもはっきり視認されていたのである。 446 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/27(土) 12 27 51.48 ID W99uheY0 「船長!洋上三時の方向に灯火(フラッシュライト)とビーコンシグナル確認!要救助者です!識別信号はジオン軍のものです!」 「・・・厄介だな・・・連邦艦の動きはどうだ」 「変わらずです、駆逐艦と思われる一隻が急速に接近中。通信はまだ届きませんが、恐らくこちらを臨検するつもりだと思われます」 「ふうむ・・・我々には重要な任務がある。ここまで来て連邦軍に尻尾を掴まれる訳にはいかんのだ。 ここは、あえてあの灯火に気が付かないフリをしてやり過ごすのも手か・・・」 そのあまりにも無慈悲過ぎる船長の発言に、双眼鏡から眼を離さないまま、がっしりとした体格のククルス・ドアン少尉は憤った。 「何を言うんですか船長!一刻も早く助けてやらなければ死んでしまいますよ! それに見て下さい!どう見てもあれは子供だ! いくらこっちが隠密だからって、このまま見殺しにするつもりですか!」 ドアンの声に貧相な顔をした船長は、面倒臭そうな顔でその手から双眼鏡をもぎ取り、自分の目を凝らした。 「・・・なるほど確かに子供の様だな。 本国からは学徒兵の話はまだ聞いていないが・・・ だが、宜しい。連邦艦艇が到着するより先に奴を確保し【船底】に運び込め。 検体が増えれば、マガニー博士に到着が遅れた事の申し開きが少しは立つだろう」 ぎょっとしてドアンは船長を振り返った。 「検体!?まさか船長、あの兵士を【施設送り】にするつもりなのですか!?」 「それしかなかろう?今ここで彼を助けるというのはそういう事だ。 それに君が言った通り、ここで死ぬよりはマシな選択だと思うが」 いけしゃあしゃあと答えた船長をドアンは憎々しげに睨み付けた。 生死不明の状態で正規の手続き無しにあそこに送られた兵士は、秘密裏に登録を抹消され2度と原隊へは戻れないだろう。 しかし、それでもドアンは素早く救助用の救命胴衣を身に付けるとフックを確認しロープを肩に担いだ。 「・・・確かにこの状況では彼の身柄は【船底】に隠すしか無いでしょうね。 しかし最重要軍事機密に関わるあの部屋を見た者は、どちらにせよ、と、いう訳ですな・・・ 了解です。慎重に船を寄せてください、私が救助に向かいます」 「奴の着ているライフジャケットは切り裂いて海に投棄しろ。急げよ」 後ろから掛けられた船長の声をドアンは無視して強風吹き荒ぶ甲板に走り出た。 しかし命令を苦々しく反芻しながらも彼は、太い二の腕に巻き付けたベルトに刺さるナイフのチェックは怠らなかったのであった。 478 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/28(日) 19 26 35.72 ID 3BSp6bU0 ゴトンと鈍い音がすると硬くロックされていた扉がゆっくり開き、びしょ濡れの大柄な男が、ミハル達が身を寄せ合う部屋に入って来た。 「済まないが手を貸してくれ」 男は誰かを背負っているようだ。 大柄な男がククルス・ドアン少尉だという事が判ると部屋の空気が明らかにほっとしたものに変わる。 ミハルは無言で彼の元に駆け寄った。 ドアンはこの船の乗組員の中で唯一、子供達に優しく接してくれる軍人だった。 他の奴等の様に邪険にもしなければ、ミハルやララァを嫌らしい眼で見たりもしない。 子供の一人が熱を出した時は自分が使用していたであろう寝具を譲り、熱が下がるまで寝ずに看病までしてくれた。 ミハルは、そんなドアンの態度に内心感謝し、少しだけ心を許してもいたのである。 『済まない』 いつもそれが彼の口癖だった。 「この子、軍人さんだね?」 「ああ。海に浮いていたんだ。この近くで海戦があったらしい。あと15分も遅かったら危なかったが・・・ 水は吐かせたし、今は呼吸も脈拍も正常だ。暫くすれば眼を覚ますだろう」 てきぱきと毛布を敷いて簡易の寝床を拵えたミハルは、ドアンの背中から小柄な兵士を降ろすのを手伝い、頭を打たせない様に注意しながらゆっくりと体を仰向けに横たえた。 「まだ子供じゃないか・・・あたしより年下かも知れないね」 「ジオンも兵隊がいなくて苦しいのさ」 ぽつりと呟いたドアンの横顔をミハルはハッとした様に見つめる。 「良いのかい?さっきから迂闊にそんな事をあたしなんかに・・・」 「おっと・・・そうだったな。済まん。どうも俺は軍人には向いていないらしい」 ここで彼女に謝ってしまうのがドアンという男なのだろう。 朴訥に頭を掻きながら身を起こした巨漢を見て、ミハルはくすりと笑ってしまった。 もちろんドアンは怖い軍人であり、自分よりも遥かに年上の筈なのだが、何となく微笑ましく感じてしまう。変だろうか。 「事情によって彼は今後君達と行動を共にすることになった。済まないが少しの間辛抱してくれ。後でまた来る、彼を頼む」 ミハルに後を託すと、ドアンは急いで部屋を出て行った。 またもや外から重く閉められた扉に、ミハルは溜息を吐く。 しかし次の瞬間には、寝かされた兵士の周りに興味津々で集まる子供達の姿があった。 「こらこら!触るんじゃないよ!おや、珍しいねララァ。あんたまで」 子供達の中には、普段から何事にもに無関心だったララァが混じっていたのである。 ララァはその澄んだ目を近づけて、昏々と眠っている少年兵の顔を凝視している。 「とても辛い目にあったのね・・・だから・・・」 ゆっくりと手を少年の顔に伸ばしたララァは、その閉じられた瞼の端から新たに流れ落ちた涙の雫を、その掌でそっと拭い取った。
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【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part6 8 名前:通常の名無しの数倍[sage] 投稿日:2010/03/09(火) 16 52 26 ID dmqt2Kqk0 [2/6] 「全員、手はきれいに洗って来たね?それじゃあ晩ご飯にしよう!」 清潔な白いケットをエプロン代わりに腰に巻き、タオルをふんわり頭に被り後ろで縛った「姉さんかぶり」の出で立ちのミハルは、両手を腰に胸を張り、テーブルに着席した一同に笑顔でそう宣言した。 ミハルの横で彼女と同じスタイルをして立つハマーンも、何やら緊張した顔で頷いている。 このミハル・ラトキエという17歳の少女には、こういう家庭的で少々レトロなスタイルが実に良く似合うのだなとシャア・アズナブルはぼんやり考えていた。 どちらかというと痩身気味の彼女だが、むくつけき男達を前に物怖じせず、堂に入ったその態度は貫禄十分である。 恐らく調理場を仕切った時からここはミハルのフィールドとなったのだ。すべからくここにいる男達は、母親を前にした幼い子供の様に、彼女に逆らう事は許されない何かを感じてしまっている。 もちろんそれはこの場限りのものではあるだろうが、部隊指揮官の目から見ても「見事な人心掌握術」と言えない事もなかった。 士官学校時代から何かと女性に不自由しなかったシャアではあるが、こういった雰囲気を醸し出す女性は今まで彼の周りにはおらず、彼女の一挙手一投足が実に新鮮に映り、目が離せない。 サムソンの車内ではあえて彼女と離れた場所に座り一言も彼女とは会話しなかったシャアだが、やはり無意識に視線は彼女に向いていた。 その眼差しを隠すのに、彼の仮面はこの上なく役に立っていたのである。 普段は会議用に使用される楕円形のテーブルに着席している一同の前にミハルとハマーンの手によって置かれたのは、3つの大ぶりな平皿にそれぞれ積み上げられたサンドイッチの山だった。 この人数にこの量はさすがに多すぎるのではないだろうかと、まず誰もがそう思った。 やや厚めに切られたパンの中には、得体の知れない桃色の物体がたっぷりとはさみ込まれている。 3皿のサンドイッチ全てがそれなので、えり好みは不可能だ。 薄気味悪そうにこのパンには一体何が挟んであるんだと目で問うクランプに、判りませんやと小さく肩を竦めるコズン。 ちゃんと今夜の糧を神様に感謝するんだよと言いながら一同を見回し終えると、ミハルとハマーンの二人は忙しそうにそのまま部屋を出て、再びキッチンへと消えてしまった。 後には、目の前のサンドイッチを凝視する一同の醸し出す何とも言えない空気が残された。が――― 「お、お待ち下さいシャア大佐!」 慌てた様なアンディの声で、シャアは手袋を脱いでサンドイッチに伸ばし掛けていた手を止めざるを得なかった。 「何だ」 「あ、いえ、大佐は大事なお体なのです!オデッサも控える今、得体の知れないモノを食して体調でも崩されたら一大事!!」 少しばかり不満そうなシャアに小声で答えたアンディの言い分に、ピンク色のサンドイッチを見ながら確かにそうだとその場の全員が頷く。 こういう場合、リトマス試験紙、悪く言えば毒見役的な役割を担うのは、やはり一番立場の弱い者になるのは世の常であろう。 うず高く積み上げられた正体不明なサンドイッチを前に、場の空気を読んだ一人が、実に消極的な挙手をした。 「・・・まずは自分が」 「判ってるじゃねえかバーニィ!お前も使えるオトコになったモンだぜ!!」 悲壮な決意をその顔色に滲ませながら名乗り出たバーニィの背中をコズンが嬉しそうにバンバンと叩いている。 「あはははh・・・それ程でもありませんよ・・・」 その衝撃に指で摘んだサンドイッチを取り落としそうになりながらも周囲が固唾を呑んで見つめる中、バーニィは思い切ってソレをぱくりと口に入れ、数回咀嚼し・・・飲み込んだ。 9 名前:通常の名無しの数倍[sage] 投稿日:2010/03/09(火) 16 53 46 ID dmqt2Kqk0 [3/6] 「ど、どうだ!?」 まん丸に見開かれたバーニィの瞳を見たコズンが今更な心配声をかける。 が、上気した顔で、バーニィは勢い良く頷いた。 手には既に二つ目のサンドイッチが摘まれている。 「コレ美味いです!もの凄く美味い!!」 「何だとお!?お前、俺達を地獄の道連れにしようってんじゃないだろうなっ!?」 「そう思われるのでしたら、コズン中尉の分は自分が頂きますが宜しいですか?」 「!」 瞬く間にバーニィが手にした二つ目を食べ終えたその途端、再び伸ばした彼の手を跳ね除けたコズンを含め、サンドイッチの山に一同はわらわらと一斉に手を伸ばした。 正味の話、もういい加減に全員腹が減っていたのだ。 見てくれは悪いサンドイッチだが、食えるとなれば話は別だ。 しかしその味は、遙かに皆の想像を越えていたのである。 「うお美味ぇ!なんだコリャ!?」 「確かに良い味だ、いやこれは金が取れるぞ。酒にも合いそうだ」 光の早さで一切れを食べ終えたコズンはすかさず2つ目を手にし、クランプはしきりと関心した様に食べかけのサンドイッチを見つめている。 こう見えてクランプは料理もやる。開戦前までサイド3でバーテンをしていた事もあり、彼の舌は確かである。 「このパンの中身は・・・ポテトサラダだな。 それに生のタラコをレッドチリソースに漬け込んでほぐした物を混ぜてあるらしい。 だから全体がこの様な色になっているんだ。 なるほど、辛さのアクセントがジャガイモのコクを引き出していて実に旨い。ビネガーの効き具合も、絶妙だ」 まじめな顔でサンドイッチの分析をしているクランプの横でシャアは満足そうに口を動かし、2つ目を喉に詰めたコズンが慌ててミネラルウオーターで流し込んでいる。 確かにこれがビールだったら最高だろう。 「タラコって何です?」 「魚の卵ですよ准尉。コロニーでは高級品ですが地球では割と安価で手に入る食材です」 こちらでは夢中でサンドイッチを頬張るアムロの問いに、彼の右隣に座ったニムバスが丁寧に答えている。 サイド7に移り住むまでは地球で育ったというアムロでも良く覚えていない様な事を、すらすらと話せるニムバスの知識は結構凄いなと考えていたバーニィは、再び部屋に入って来たハマーンの姿を目に留めた。 「あ、アムロ、あのその、こ、これも食べてmてくr」 後半のセリフを噛みながらも思い切って差し出されたモノにアムロは驚きつつ絶句した。 ハマーンの名誉のためにもここは敢えて、そのモノの描写を避ける。 「こ、これは・・・」 「ハマーンはあんたの為に生まれて初めて料理をして、一生懸命これを作ったんだよ。気持ちを酌んでおやりよ」 恥ずかしそうに顔を伏せるハマーンの後からやって来たミハルが、苦笑いしながらアムロにそう進言した。 彼女の手には熱々のシチューが入った大きな煮込み鍋の乗ったキャスターが押されている。 「ほう・・・!」 香ばしく食欲をそそる香りに皆が思わず唸った。 その魚介類がふんだんに入ったブイヤベースの深皿が各人の前に一つずつ行きわたってゆくのを見たシャアとアンディは、通信室で微かに香っていたのはこれだったのだと得心したのである。 「おおお!これまたべらぼうに美味いぜ!」 「これは凄い。よくこの短時間でこんなに深みのある味を出せたものだ」 「食材の中にぶどう酒があったからね、それも使ってみたんだよ」 またも一同から巻き起こった賞賛の嵐に面映ゆそうにミハルが答えているその横で、問題のブツを前にして固まってしまったアムロは、だらだらと汗を流し、密かに助けを乞う視線をちらりと隣のバーニィに送ったが 「准尉!ハマーン嬢の気持ちに答えるためにも、これは、覚悟を決めるしかありませんよ?」 自分は美味そうにブイヤベースをかき込みつつ、バーニィはニヤニヤしながらアムロの恨めしそうな視線を断ち切ってしまったのである。 驚いたアムロは一縷の望みを込めて反対隣に座るニムバスに視線を向けた。しかし・・・ 「騎士たるものの心得として、女性に恥をかかせる事など言語道断。 ・・・骨は拾って差し上げます」 ぴしゃりとニムバスにもそう言われてしまった。 ここに、アムロの退路は完全に断たれたのである。 10 名前:通常の名無しの数倍[sage] 投稿日:2010/03/09(火) 16 55 23 ID dmqt2Kqk0 [4/6] 「ミ、ミハルは心を込めて料理を作れば失敗はないと言ったぞ?」 「あり、がとう、ハマーン、失敗なん、てあるは、ずないさ」 自らが作ったモノを必死にアピールするハマーンにスタッカートで答えながら、アムロは震える手で、パッと見●●●にしか見えない件のブツをつまみ上げ、ぱくりと口に入れた。 「・・・・・・・・・・・・こっっっ」 瞬間、口の中の水分を全部持っていかれてしまったアムロは、パッサパサ言いながらラインダンスを踊るウサギ達の幻影を垣間見た。 何かを求めるように中空をヒラつくアムロの手にしっかりとミネラルウォーターのボトルを握らせてやるニムバス。 ものすごい勢いでブツを飲み下しているアムロの背中を気の毒そうにさするバーニィ。 何だかんだでこの三人、チームワーク抜群である。 ぜえぜえ言いながら顔を上げたアムロの目に、ぎゅっと両手を握り込み自分を凝視しているハマーンの顔が映った。彼女は、アムロの言葉をじっと待っている。 「・・・准尉」 小声でニムバスに促されたアムロは息を整え、少々引きつった顔でハマーンに笑顔を向けた。 「ありがとうハマーン。とても美味しかった」 その瞬間、自信なさげだったハマーンの顔が、ぱあっと喜びに輝いた。 「ミハル!ミハル!やった!アムロがおいしいって!!」 「良かったねハマーン。だから言っただろう?心配ないってさ」 「うん!うん!」 ぴょんぴょん跳び跳ねながら喜んでいるハマーンにバレない様にミハルはアムロに感謝の視線を送って来、アムロはこっそりと溜息を吐き出した。 「ご立派です」 再びアムロに顔を近付けて小声で囁いたニムバスは何だかやけに嬉しげであった。バーニィも安堵したように胸をなで下ろしている。 が、漏れ聞こえてきたハマーンの次の言葉に、三人はびくりと身を竦めたのである。 「そうだ!今後はずっと、アムロの食事は私が作ろう!」 まるで超音波の様にか細く甲高いアムロの悲鳴を、顔を近付けていたニムバスだけが聞く事ができた。 「だめだよハマーン。過ぎたエコヒイキはグループの和を乱す原因になるのさ。 ハマーンだって、もし自分だけが毎回食べる食事にデザートが付いていたりしたら、気まずいだろ? アムロにそんな思いをさせたいのかい?」 「・・・そうか、そうだな。うん。それはだめだ」 ミハル、ナイスフォロー! 納得して頷くハマーンの肩越しに微笑むミハルに今度はアムロ、ニムバス、バーニィが感謝の視線を送る番だった。 11 名前:通常の名無しの数倍[sage] 投稿日:2010/03/09(火) 16 55 53 ID dmqt2Kqk0 [5/6] あれほど量が多すぎると思われていたミハルのサンドイッチはいつの間にか全て一同の腹に収まってしまい、ブイヤベースが入っていた大鍋は空になった。 ミハルの出してくれた食後のコーヒーを飲みながら、一同は満ちたりた様子で女性陣を交えて談笑している。 自分は会話に加わらず部屋の奥からその光景を眺めていたシャアは、一同のミハルを見る視線と態度がこれまでとは大きく変わっているのを実感していた。 戦場において、有り合わせの食材でうまいメシを作れる人員は、それだけで皆から大事に扱われるものなのである。 それは今も昔も変わらない現象だが、ミハルは実力で自らの居場所を勝ち取ったのだった。 今後のミハルの処遇に少なからず頭を悩ませていたシャアは、肩の荷が少しだけ降りた事を密かに喜んでいた。 「大佐、それではそろそろ」 「うん」 アンディに促されたシャアは、全員に着席する様に命じた。 これからすべき議題と確認事項は山ほどある。長い会議になりそうだ。 しかし、皆、気力が漲っている。まるでこれまでの疲れがどこかに吹き飛んでしまったかの様だ。 これもミハルのお陰かなと考えながら、シャアは作戦会議の開始を宣言した。 33 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/03/22(月) 12 05 19 ID 1vBY2xLo0 [2/7] クレタ島の東に位置する【ロドス】はエーゲ海南部ドデカネス諸島に属する島である。 ベドウィン作戦発動中、ランバ・ラルはオデッサにおいてシャアと合流する計画を立て、事情を知るシーマ・ガラハウ中佐を通じサイド3に密使を送り、父ジンバ・ラルの同士であったアンリ・シュレッサー准将にこれまでの経緯を説明すると共に協力を仰ぎ、その際補給をも要請していた。 そして『速やかに全ての準備を整える』というシュレッサーの力強い返答を携えて、アンディはシャアの元に赴いたのである。 この補給ラインが確保されていたからこそ、シャアはマ・クベと思うさまに渡り合う事ができた。 補給受領の地点は、地理的にもクレタ島に近くジオン軍の大規模集積基地のある、このロドス島が最適だった。 ロドス島港湾内にあるジオン軍物資集積基地に、クレタ島ザクロスから飛来した輸送機が到着したのは正午近くの事だった。 輸送機に乗り込んでいたシャア達一行は現在、滑走路の中央に位置したポートから兵員輸送用の大型エレカに乗り換え、大型格納庫を兼ねた基地施設のメインビルに向かって移動している。 「おっと姐御・・・どうやら奴っこさん達が到着したようだぜ。ちっとばかり、予定より早い到着だったな」 メインビル最上階にある士官専用スイートルームの窓に、立ったまま背中を預け、肩越しに外へ目をやっていたジョニー・ライデンはそう言って苦笑する。 低い位置からライデンの顔を妖艶な眼差しで見上げていたシーマ・ガラハウは、名残惜しそうに彼から身を離すとスカーフで唇の端を拭い、床に着いていた両膝を払って立ち上がった。 「久々に二人きりになれたってのに全く・・・気の利かない連中だねぇ。おや」 ライデンと同じ様に窓から地上を見下ろしたシーマは、施設前に止まったエレカを降り立ち、こちらを見上げた赤毛の少年兵と目が合った。 いや、常識的に考えれば「目が合った気がした」というのが正しいのかも知れない。 地中海の強い日差しを避ける為マジックミラーとなっている地上4階にあるこの窓の中が、外から見える筈が無いからである。 が、シーマはその少年の相変わらずのカンの良さを常識に当て嵌め「見くびって」やるつもりは微塵も無かった。 「あのボウヤも一緒じゃないか。ふふふ、相変わらず食えない子だねぇ。アタシらがここにいる事、見抜かれたよ」 「楽しそうだな、姐御」 「何言ってんだいジョニー。アンタの方がよっぽど楽しそうな顔してるくせにさ」 呆れ顔でそう言いながら頬を小突くシーマにライデンは違いないと陽気に笑う。 「楽しくない訳が無いだろう。見ろ、今出て来たのが赤い彗星だ」 ライデンの鋭い眼光は、一行の最後にエレカから地上に降り立った仮面の男をまるで値踏みする様に捉えていた。 「さあて・・・噂のシャア・アズナブルが俺達のボスにふさわしい野郎かどうか、じっくり見極めさせて貰うぜ」 「あんまり突っかかるんじゃないよ?御輿ってのは見栄えと権威さえあれば良いんだ。後は担ぎ手次第でどうにでもなるもんなんだからね」 「姐御に逆らう訳じゃないが、そいつは聞けない相談だな」 そう言いながら、きらきらした少年の眼でライデンはシーマを見つめて来る。 ああまたこの男の悪い癖が出てしまったと頭を抱えたくなるシーマだったが、その邪気のない瞳に彼女は、弱い。 34 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/03/22(月) 12 06 13 ID 1vBY2xLo0 [3/7] 「せっかく同じ【赤】の通り名を持つ者同士が出会えたんだ。どちらがその色にふさわしいか、勝負だ」 「ジョニー・・・」 「おごっ!」 いきなりシーマは、ライデンの腹部(※下腹部ではない)に鉄拳を打ち込んだのである。 ・・・しかしシーマの拳は瞬時に鋼と化したライデンの腹筋に阻まれ、めり込ませる事ができていない。 逆にシーマの手首の方が痛かった程だ。が、彼女は構わず彼の腹にグリグリと拳を押し付けている。 「くだらない対抗心を起こすんじゃないよ?いいかい、アタシらにはもう乗り換える船は無いんだ!」 「いてててて姐御、冗談だ冗談!」 「アンタが言うと、冗談に聞こえないんだよ!いいかい、くれぐれも・・・」 眉間に深い縦皺を刻み込み、噛み付きそうな勢いで顔を寄せたシーマにライデンは何と素早くキスをしてから逃げる様に身を離したのである。その軽薄な行動が、シーマの頭に瞬時に血を上らせる。 「このっ!!誤魔化すんじゃないっ!!」 その言葉とは裏腹に若干顔を赤らめながらも、ライデンの顔面とボディに向けて次々と本気のパンチと蹴りを繰り出すシーマ。 当たり所が悪ければ脳震盪では済まない海兵隊仕込みの実戦的なマーシャルアーツである。 しかし彼女のそんな洒落にならない攻撃を、姐御は受けに回ると滅法弱いんだよなあと笑いながら、軽いフットワークでライデンは見事に全て躱し切って見せた。 やがて呆れつつ楽しげに笑いだしたシーマに釣られてライデンも笑う。打ちも打ったり、避けも避けたり、体術の教本にしたい程レベルの高い格闘術の応酬の末、ウヤムヤのうちに今回の痴話喧嘩モドキは終了となった。 過激すぎる2人の蜜月的な関係は、この数分間のやり取りに集約されていた。 常人には到底理解し得ない、これが何人も立ち入る事のできない彼等だけのスタイルなのであった。 35 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/03/22(月) 12 07 11 ID 1vBY2xLo0 [4/7] シーマの部下に先導されるまま、格納庫内に足を踏み入れたシャア達一行は、簡易MSハンガーに所狭しと屹立している『サイド3からの補給物資』であるという6機のMS-06を見て、それぞれに微妙な表情を浮かべていた。 ビームライフルを標準装備し、量産機として正式採用されたばかりだというMS-14【ゲルググ】は高望み過ぎるにしても、少なくとも【グフ】や【ドム】ぐらいは欲しかった所だ。 連邦軍の高性能MS配備が着実に進んでいる今、既に旧式となってしまった感のあるMS-06【ザク】で激戦が予想されるオデッサに挑むのは、心もとない・・・と、いうのが一同の正直な感想だった。 もちろん贅沢など言えるものではないが、ザクの標準兵装である120㎜マシンガンでは連邦MSの装甲を抜けない、のは実証済みなのである。 ザクで編成した部隊では敵のMSを含む主力と対した場合、恐らく苦戦は免れないだろう。 「お?おお!?良く見りゃこいつはすげえぞ・・・!」 しかしMSの一体を間近で見た途端、一行の先頭を歩いていたコズンが口笛を吹いた。 「シャア大佐!コイツは只のザクじゃありませんぜ!噂に聞いていた新型でさあ!」 「ふむ、どうやらその様だな」 シャアもコズンと共にMSを見上げて確信した。艶消しのボディに鈍く採光を照り返すザクは通常のMS-06よりも頭部が扁平形であり胸板が厚い。 随分と足周りも頑丈になっている様に見える。装甲の内側にちらりと覗く大型のバーニアは、もしかしたら宇宙での使用に限定されたものでは無いのかも知れない。 ずらりと壁面のラックに並んでいるMS専用マシンガンも通常のものとは明らかに形が違う。 「そのザクは統合整備計画の産物さね」 「シーマ中佐!ライデン曹長!」 一行の背後から掛けられた声にいち早く振り向いたアムロが、ライデンを従えてこちらに歩き来るシーマに敬礼する。 彼等と共に酒を酌み交わした仲であるクランプとコズンは親しげに、バーニィは少々緊張気味に、そしてこれが初対面となるニムバスは儀礼的な敬礼をそれぞれ振り向けている。 答礼を返すシーマの顔に疲れは見えたが、その血色は以前よりも随分良くなっている事にアムロは気付き、それが何より嬉しかった。 ミハルとハマーンを除いた全ての人員が互いに敬礼を交わしたのを確認すると、シャアは改めてシーマに向けて口を開いた。 「シーマ・ガラハウ中佐。バイコヌールからの輸送任務ご苦労だった。これが例のMSだな」 「は。サイド3から非正規のルートで届いた新型のMS-06FZ【ザク改】であります。 本来はズム・シティの首都防衛大隊に配備が予定されていたシロモノらしいのですが、大隊指令アンリ・シュレッサー准将の計らいで急遽こちらに・・・!?」 その時突然、シーマの後ろに控えていたライデンがズカズカと前に出て来てシャアと会話中である彼女の横に並んだのである。 シャアに対して敬語で接していたシーマはライデンの無作法にぎょっと息を呑んだが、ライデンは涼しい顔で馴れ馴れしく初対面のシャアに話し掛けた。 「軽く慣らし操縦してみたが、かなりいい。見てくれはザクだが、こいつはグフやドムにも引けは取らないぜ。 マ・クベの野朗はいけ好かないが、統合整備計画の手腕だけは認めてやっても良いかな」 ブン殴ってでもこのバカの軽口を閉じさせてやるべきだろうかと物凄い目つきで横から睨み付けて来るシーマを尻目に、さあどう出ると挑戦的な目をシャアに向けるライデン。 しかしシャアはライデンの予想に反し、にこりと口元を綻ばせたのである。 36 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/03/22(月) 12 07 59 ID 1vBY2xLo0 [5/7] 「なるほど。それが【真紅の稲妻】の見立てなら、間違いは無いだろう」 「おっと・・・俺の事を知っているのか?」 「【真紅の稲妻】ジョニー・ライデン。開戦時は曹長だったがルウムにおいて戦艦3隻を撃沈し大尉に昇進。その後直属の上司を病院送りにした懲罰人事により再び曹長に降格され海兵隊に転属、現在に至る・・・だったかな?」 「あらら」 おどけて首を竦めるライデン。挑発したつもりが見事にカウンターパンチを食らった格好だ。 シーマもライデンに対する怒りを忘れ、目を丸くしてシャアを見ている。 「シーマ中佐、ライデン曹長、こちらの事情は知っての通りだ。 細かい事はいい。今後とも宜しく頼む」 「・・・あーあ。青い巨星といい赤い彗星といい、どいつもこいつも一筋縄ではいかねえってか・・・参ったねこりゃ。大人しく軍門に下っちまうか姐御・・・痛てぇっ!!」 シャアが差し出した右手を渋々握ったライデンの脛を、コメカミに青筋を立てたシーマが何食わぬ顔で横から蹴飛ばしたのである。 「馬鹿部下の無礼をお許し下さい。バイコヌールを空にする訳にも行かず残念ながら全員がここに控えてはおりませんが・・・マハル出身の我ら海兵隊一同、一丸となって大佐の尖兵となる事、シーマ・ガラハウの名においてお約束致します」 片足で飛び跳ねているライデンを完全無視してシーマはシャアに深く頭を下げた。 マハルはサイド3にありながら貧困層を集住させたコロニーであり、ザビ家による徴兵後の扱いも劣悪であった。 シャアと同等かそれ以上に自分達のザビ家に対する恨みは骨髄なのだと、シーマは暗に言っているのである。 「感謝する。精鋭で鳴らす海兵隊の噂は聞いている。これほど心強い事は無い」 「は。荒事の露払いは我らにお任せ下さい」 きっちりと敬礼しているシーマの横で、向こう脛を押さえ片足立ちのライデンも観念してシャアに向け奇妙な敬礼を向け、それを見たハマーンとミハルは同時に吹き出した。 37 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/03/22(月) 12 08 37 ID 1vBY2xLo0 [6/7] 「それにしても、バイコヌールの指令代理が、よくもこの地まで駆け付けてくれたものだ」 「それなのですが、いち早く大佐のお耳に入れておきたい事があり、不肖シーマ、この地にまかり来しました」 「む、何か」 シーマの緊迫した雰囲気を感じ取り、シャアも姿勢を正す。 「実は・・・アサクラ大佐の動向が妙なのです」 アサクラ大佐とは名目上は海兵隊の長であり、シーマの直属の上司にあたる人物である。 しかし実態は名ばかりの司令官であり、実務と責任をシーマに押し付ける形で自身を遙任している。 「現在ジオン本国では、まるでオデッサでの会戦準備に隠れる様に・・・アサクラ大佐指揮の元、地球の静止軌道やサイド5などから大型発電衛星の奪取作戦が次々と執り行われている模様です」 「発電衛星?どういう事か」 「詳しい事は残念ながら・・・ただ時を同じくして我が故郷であるマハルコロニー住民の強制疎開が行われた事と、何か関係があるのかも知れません」 「フム・・・」 顎に手をやって考え込んだシャアの背中を見ながら、アムロはシーマの言葉に漠然とした不安を覚えた。 一瞬、膨大な光と共に何もかもを焼き尽くさんとする凶悪な意思がイメージされたのは、偶然ではないと思えるのだ。 「ど、どうしたんだいハマーン?」 背後から小さく聞こえたミハルの声に振り返ると、真っ青な顔をしたハマーンがミハルにもたれ掛かる所だった。 恐らく、ハマーンも何らかの不安を感じ取ったのであろう。 しかし自分達ですら良く判らないこの感覚を、他人に上手く説明する事はできそうもない。 何より、確証のない情報で、無闇に周囲の人間を不安がらせる訳にはいかないだろう。 爪を噛みしめたくなる欲求を無理矢理押さえつけたアムロは、今の自分の顔色も、きっとハマーンと同じ様に青ざめているに違いない事を確信していた。 65 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/04/03(土) 20 08 56 ID pQxUxiBk0 [2/8] 「いようアムロ!いろいろ大変だったそうだが、こうしてまた会えて何よりだったな!」 「は、はい。ライデン曹長もお元気そうで」 「おう元気だぜえ!死線をくぐり抜けて仲間達と再会できたんだ、これ以上嬉しい事はねえだろう!」 深い不安の闇に押し潰されそうになっていたアムロは、片手を挙げて笑いながら陽気な声を掛けてくれたライデンに救われた気がした。 シーマを筆頭に深刻な顔をしていた一同も、ライデンの言葉に我に返った様に見える。 「ん、どうした、お嬢さん達も顔色が悪いが何か心配事でもあるのか?」 アムロのそばに歩み寄りながらミハルとハマーンの顔も見て、暢気な顔でそう聞いて来るライデン。 しかし逆に、アムロはこの局面で出た彼の言葉の方が意外だった。心配事は、山盛りにあるはずだ。 「ライデン曹長はその・・・心配じゃないんですか?」 「心配って、何がだ」 「え、その、さっきのシーマ中佐のお話の事とか、これから僕達が向かうオデッサの事とか・・・」 数え上げたらそれこそ不安要素はキリが無い。 しかしそんなアムロを見てライデンはからからと笑い出したのである。 「やめとけやめとけ!心配なんざするだけ無駄だ!」 「む、無駄って事は無いでしょう・・・」 自分は果たしてライデンにからかわれているのだろうかと、少しばかりムッとしかけたアムロだったが、突然横にいたニムバスから爆発的な殺気が立ち上ったのを感じ、うなじの毛が逆立った。 「貴様・・・それ以上准尉を愚弄すると、この私が許さんぞ!!」 アムロはもとよりバーニィやコズンら先の騒動を目の当たりにしている周囲の人間は、ニムバスの怒りに思わず慄いた。 そう言えばバーニィを一喝した件を鑑みるに、ニムバスは規律に厳しい男だった。 ライデンの様に奔放な人間を厳格なニムバスという人間が、決して受け入れる筈が無かったのである。 こちらの焦燥を知ってか知らずか、一瞬の後ライデンは、わざとらしくニムバスに向けて妙にゆっくりと首を廻らせた。 「・・・俺は別にアムロを愚弄なんざしてねえがな」 「ま、待って下さいニムバス大尉!この方は、ジョニー・ライデン曹長・・・」 新たな目的の為に仲間がまとまり掛けている今、内部での揉め事は非常にまずいとアムロは焦った。 しかし、アムロとライデン2人が、まるで口裏を合わせるかの如く反論して来るさまは、ニムバスの苛立ちに更に拍車を掛ける結果となった。 「アムロ准尉は貴様の上官だぞライデン!相変わらず・・・その言葉遣いは何だ!?」 「久し振りだってのにご挨拶だなニムバス。俺は相手が誰だろうがこの口調を変えるつもりはねえぜ? 今はお前の方が階級が遥かに上なんだ、懲罰したいってんなら好きにしなよ」 「え・・・ニムバス大尉は、ライデン曹長とお知り合いだったんですか!?」 アムロは意外な成り行きに目を見開いて対峙する2人を交互に仰ぎ見る。 しかしニムバスはアムロの問いには答えず、更にライデンへの眼光を強めた。 66 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/04/03(土) 20 10 53 ID pQxUxiBk0 [3/8] 「気に食わん奴だと思っていたが、いい機会だ・・・貴様の腐った性根はこの場で修正してやる!」 「おっと懲罰房行きとかじゃねえのかよ!」 素早く一歩前に踏み込んだニムバスの歩幅と全く同じ距離をライデンは跳び下がった。 「悪いがデカイ戦が控える今はコンディションを崩せねえ。タダで殴られてやる訳にはいかねえな」 「面白い。ならば実力で私と准尉の前にひざまずかせてやるとしよう」 「御免こうむるぜ。俺は色んな意味でひざまずかせる専門だ」 「・・・バカだねっ!」 「えっ?」 「な、何でもないよ!アンタら!シャア大佐の前で、勝手なマネは許さないよ!」 赤い顔でクランプの疑問を遮ったシーマは今にも殴り合いを始めそうな二人を叱責する、が、意外にも彼女を制したのはシャアであった。 「二人共、私に気兼ねせずに続けたまえ」 「大佐!?」 「我々は寄せ集めの軍団、軋轢は当然だ。 火の点いた爆弾をフトコロに隠し持っていると、それはいずれ最悪なタイミングで炸裂してしまうものだ。 爆弾などというものは、大っぴらな場所で処理してしまうに限る。リクリェーションとしてな」 へぇ、判っているじゃないかと内心瞠目しながらシーマはシャアの横顔を見直した。 流石は赤い彗星。若さに似合わずこの男、動じないのである。 喜んだのはライデンであった。 「話が判るぜ大佐ァ!正式に私闘許可が出たがどうするニムバス大尉!?」 しかしニムバスから一瞬目を切ったライデンには油断があった。ニムバスは既に臨戦態勢だったのである。 「余所見をするな!」 ステップを変化させ、トップスピードで間を詰めながらニムバスの放ってきたパンチは牽制であった。 咄嗟にガードを固めたライデンは、迂闊にもニムバスの密着を許してしまう。 ニムバスは両手でそのままライデンの頭を抱え込むと、タイミングをズラした膝蹴りを抉り込む様にライデンの脇腹に見舞う。 これがまともに決まれば恐らくアバラの4・5本は砕け散っていたに違いない。 しかしライデンは辛うじて自らの膝をカウンター気味にニムバスの内腿に合わせ膝蹴りの威力を相殺させると、両腕の拘束を振り払い、軽快なフットワークでニムバスの射程圏内から逃れた。 睨み合って対峙する2人。 軽いボクシングスタイルのステップワークで間合いを取るライデンに対し、ニムバスはアップライトに構え、足で威嚇するムエタイ風である。 「あんたにあの後何があったか知らねえが、雰囲気が変わったなニムバス。 明らかに付け入る隙が・・・減っていやがるぜ」 ベッと口中の血を吐き出したライデンにシーマはどきりとした。 離れ際に何らかの一撃を受けたものであろうが、ケンカ慣れしたシーマにもニムバスの放ったその攻撃は見えていなかった。 67 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/04/03(土) 20 11 51 ID pQxUxiBk0 [4/8] 「グラナダ攻略部隊、降下強襲群・・・あの激戦地で俺達は出会い、あんたが第一中隊、俺が第二中隊と、互いに部隊を率いて戦った。 階級はあんたが少佐、俺は特務付きの大尉で・・・戦場では同格だったな」 言いながら今度はライデンが前に出た。 迎撃に動いたニムバスの蹴り足をフェイントでいなすと強烈な左フックをボディに見舞う。が、ニムバスは肘を下げこれをブロックした後、がら空きになったライデンの顎にそのままエルボーを叩き衝ける。 しかしその時には既にライデンの身体はスウェーを絡めて後退していた為、ニムバスの肘は空を切った。だがその軌跡は、ライデンの前髪を数本斬り飛ばす程の鋭さだった。 「ライデン!!何から何まで癇に障る奴だったよ貴様は!」 「お互い様だニムバス!何かってーとキリシア様キシリア様ってな!テメーは壊れたレコーダーかっての!」 「言うな!昔の話だ!!」 僅かに動揺したニムバスの動きを見逃さず再度踏み込んだライデンは、左右のジャブを放ちながら唐突に足払いを仕掛けると、態勢を崩したニムバスに組み付き、ごろりと転がりざまに肩の関節を決めに入った。 ボクシングスタイルから密着した関節技への極めてスムーズな移行はライデンの格闘技術の高さを物語り、その変幻自在な攻撃は、固唾を呑んで見守る周囲のギャラリー達をどよめかせた。 「甘いな!」「おっと!」 しかし分の悪そうに見えたニムバスは逆関節に逆らわず一瞬にして態勢を入れ替えると、ライデンの拘束を抜け出し、腰を落として後ずさった。 ライデンの関節技のレベルの高さを肌で感じ、グランドでの攻防を嫌ったのである。 しばらく様子を見ていたライデンだったが、追撃は無しと判断するとゆっくり立ち上がり、再びボクシングの構えを取った。 「ゲイツ大佐・・・・・・結局あんたがトドメ刺したんだってなニムバス」 「フッ、貴様が生温かったせいで、私が後始末をするハメになっただけだ」 「ランス中佐はどうなった?ひどい怪我をされていたが」 じりじりと間合いを取りながら、探る様に言葉を交わす2人を見てアムロはハッと気が付いた。 ニムバスが規律に厳しくなったのには明らかにライデンが関係している。 そして2人は恐ろしく不器用なやり方で、二人共が降格する原因となった戦場の思い出話をしているのだ。 「ランス・ガーフィールド中佐は退役された。私がゲイツの敵前逃亡未遂を聞かされたのは、全てが終わった後だった・・・!」 眉根をぎゅっと寄せたライデンは辛そうにそうだったのかと呟いた。 威張り腐った上官が多い中で、ランスは腕が立つ上気さくで男気があり、敬愛するに足る数少ない武人だった。 「あの時ランス教官・・・いやランス中佐がおられなかったなら孤立した我々は、恐らく全滅していた事だろう」 「だがな、ニムバス、俺がぶちのめして病院送りにしたゲイツの病室に押し掛けて・・・射殺したのはやりすぎだ」 ざっとその場の全員が息を呑むのが判った。 対峙する2人の間に、ただ静かに空調の音だけが響く。 「黙れ!貴様に何が判る!私の中隊の生存者はたったの3名だったのだぞ!! あの無能な指揮官が援軍を出すのを遅らせ、我らを死地に追いやったのだ!」 「ニムバス!」 やはりこいつの根底は何も変わっていないのかと絶望に似たライデンの眼差しを、しかしニムバスはするりと受け流す様に瞳の険を解いた。 「・・・以前の私ならば、そう言っただろう」 「!?」 「可笑しければ笑えライデン。今の私には、何故だかランス教官の気持ちが判る気がするのだ」 ランス中佐のザクは孤立したMS部隊の囮として単身敵陣に切り込み、多くの敵を粉砕しながらも集中攻撃を受けて沈んだと聞く。 部下の未来を救う為、自ら身を捨て礎となったのだ。そんな決意は生半可な覚悟で共感できるものではない。 68 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/04/03(土) 20 13 07 ID pQxUxiBk0 [5/8] 「確かあんたは、やたらとキシリア・ザビを崇拝していたな?だが、今のあんたからはあのイビツな熱狂が感じられない。 その分、何だか研ぎ澄まされた感じがするぜ。一体何があんたを変えたんだ?」 「ふふふ、貴様などに教えてやるものか」 笑えと言っておきながら愉快そうに自分が笑うニムバス。 彼のそんな屈託のない笑顔はライデンが初めて見るものだった。こんな顔は、あの頃のニムバスからは想像もできない。 「さあて、そろそろ決着を付けるぞライデン、ランス教官直々に鍛えられた私の技、果たして受け切れるかな?」 「あまり受けたくないってのが本音だが・・・仕方ねえだろうなあ」 シーマは身じろぎもせず、ずっと心配そうな顔でライデンを見つめ両の拳を握り締めていた。 2人の間にある空間に緊張感が凝縮してゆくのが判る。 それはまるで、ピリピリと触れれば弾ける電光の塊りの様だ。 「えーとすいませんがお2人さん、ランス・ガーフィールド中佐なら、アンリ准将の首都防衛大隊に復帰されましたよー」 ・・・・・・・ 「なに!?」「本当か!?」 一同に遅れてやって来たアンディが、間延びした声で後方から掛けた言葉に2人は一拍置いて劇的に反応した。 「本当です。首都防衛大隊は『慰労隊』の側面もあるんですよ。 ランス中佐は片腕を失くされるという重傷を負われたものの、このたび戦傷兵として大隊に配属され教官を務めておいでです。 ちなみに私も、MS戦術で中佐の教えを受けた一人です」 「そうだったのか・・・」 「アンリ准将の隊に・・・」 2人の間にあれほど張り詰めていた空気が、一気に霧散したかの様だった。 ニムバス、ライデン共にシンミリ俯いた目線で、それぞれの感慨に浸っている。 「二人共、気は済んだか」 頃合だと判断したシャアが声を掛けると、2人は気まずそうに構えを解いた。確かにもうバチバチやり合う雰囲気ではない。 ギャラリーもほっとした顔で互いに顔を見交わしている。物騒な場面はあったにせよ、結果的に怪我人が出なくて本当に良かったという処だ。 「丁度良い。ここで2人に辞令を言い渡しておこう」 「は!」「辞令?」 自らの降格を申し出ていたニムバスはその顔にさっと緊張感を滲ませ、ライデンは怪訝な表情を浮かべている。 69 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/04/03(土) 20 13 45 ID pQxUxiBk0 [6/8] 「戦場任官なので簡潔に伝える。ニムバス・シュターゼン大尉、貴官を申請通り降格し、以後は中尉に任命する」 「は、しかし、それでは・・・」 「聞け。これによりMS小隊を組む際、アムロ准尉に隊長位と特務権限を持たせれば、中尉はアムロの下に身を置く事が出来る。十分に補佐をしてやれ」 「慎んで・・・拝命致します!」 降格されたくせに嬉しそうに敬礼しているニムバスを見てライデンは思い当たった。そうか、ニムバスの奴は多分・・・ 「ジョニー・ライデン曹長」 「は、は?」 思わず素っ頓狂な声を上げてしまったライデンを見て、シーマが目をつぶったまま軽く額を押さえた。 「シーマ中佐の下での数々の戦功は聞いている。よって、ジョニー・ライデン曹長を本日只今をもって中尉に昇進させる事とする」 「へ?イキナリ二階級特進?なんで?」 「バカだね本当に!くれるっつーモンは貰っときゃいいんだよ!」 慌てた口調で会話に割り込んで来たシーマに全員の視線が集中する。 「あ、姐御、皆の前だ」 「・・・・・・・・・・・・っっ!!」 今度こそ誤魔化しきれない程に顔を赤らめたシーマは、口をぱくぱくさせた後にトマトの様な顔を横に向け、そのうちに堪え切れなくなり後ろを向いて俯き、押し黙ってしまった。小刻みに肩が震えている。 コズンはごくりと唾を飲んだ。あのシーマをここまで変えてしまうとは、ジョニー・ライデン恐るべし。 「・・・こほん。これで【真紅の稲妻】も、もう少し動きやすくなるだろう。 貴様の場合、肩書きなど無意味なのかも知れんが持っていて腐る物でもない。シーマ中佐の言う通り、ここは素直に受け取っておけ」 「了解であります」 観念した敬礼を向けるライデンに、シャアは軽く頷いた。 ライデンはニムバスにニヤリと笑って向き直る。 「これで俺達は同じ階級になったなニムバス。アムロよりも上だし、もう規律がどうとか言わせねえぞ」 「良いだろう。だが准尉を愚弄する様な真似をしたら、命が無いものと思え」 物騒な物言いは健在のようだ。 苦笑しながらもライデンは小声でニムバスに聞かねばならない事があった。 「ところでなニムバス、お前、なんで俺がシャア大佐にタメグチきいた時には怒らなかったんだ?」 「・・・決まっている。私の忠誠はアムロ准尉にのみ向けられているからだ」 済ました顔でぶっちゃけるニムバスに、ガラにも無くそれはどうなんだよと突っ込みたくなるライデンだったが・・・ やけに幸せそうなニムバスの顔を見ていたら、何だか全てがそれで良い様な気がして来て、結局口を噤んでしまったのだった。 100 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/04/18(日) 00 49 41 ID Q08CvfKg0 [2/4] 「うわあ・・・これ、凄く良いですねえ・・・!」 感嘆ではなく驚嘆である。 初めて乗ったMS-06FZのコックピットシートでバーニィは、座席調整をSに設定しながら笑顔を見せた。 メイン、サブ両モニターの位置、フットペダルの固さと踏み込み角度が絶妙にいい。 何よりJ型では少々確認し辛かった後方視界モニターの位置がデフォルトで改善されているのが嬉しい。 ロールアウトされたばかりのMSの筈なのに、まるで使い込まれた愛機のごとく2本のレバーグリップが吸い付くように手に馴染む。 実質的にはMS-06Cなどのコックピットに比べると、オーバーヘッド・コンソールが前方にせり出しているぶん若干狭くなっている筈なのだが、妙な閉塞感は微塵も感じられない。 広すぎず、狭すぎないスペースの中に、全ての計器類が見やすくコンパクトに収まっているのだ。 そこにはある種のデザイン的な美しさが発生しており、兵士にとって命を預ける相棒たるMSの心臓部に相応しい威厳があった。 あの、地球に下りてバーニィが初めて搭乗した(現地改修で執拗にいじり倒された感のある)06Jのごちゃついた操縦席とは雲泥の差である。 この恐ろしく機能的なコックピットレイアウトは、長年の試行錯誤を積み重ね、血と汗と命を代償にMSと携わって来たジオンだからこそ完成したものなのだと思える。 元々機械いじりが嫌いではないバーニィは、コックピットの端々から滲み出ている「職人技」が醸し出す迫力に、静かに感動してしまうのだった。 『こいつの開発には俺たち首都防衛大隊も協力したんだぜ。 コックピット周りは特にランス中佐の意見が反映されてる』 正面モニターには、資料を挟んだバインダーを手にしたアンディ中尉が、ハンガーの床からこちらを見上げている姿が映し出されている。 外部用モニターとスピーカー、集音マイク等の動作にも問題は無い様だ。 傍目から見ると奇妙な光景だが、この機能が正常であればこそ通常サイズの人間と17・5メートルの巨人とが普通に会話できているのである。 「何だか・・・皆さんのお話をお聞きしているだけで、ランス中佐という方の凄さが判りますね。 それに、短期間でこんなMSの開発を完了させたマ・クベ大佐という人も」 『ランス中佐とはお前もいずれ会えるさ。それとな・・・』 バーニィの口から出たのは先人に対する素直な賞賛だったのだが、ランスとマ・クベを同列に扱われた事が気に食わなかったのか、アンディの顔が険しいものになった。 『言わせて貰えばこの機体がここまでスピーディに完成したのは、現場勤務の名も無きメカマンから訴上されて来た統合整備計画の試案が、抜群に優れていたからなんだ。 マ・クベはまずそれを意見書としてサイド3のMSメーカー最大手のジオニック社に提示し、意見を求めた。 そしてそれがとてつもない価値を秘めた革新的意見書だという事を確認した上で、次期国家プロジェクトとしてザビ家に提出し、それをそのまま自分の手柄として通しただけに過ぎない』 「名も無きメカマン・・・ですか」 『こんな紙資料にしたら優に五百枚以上に相当する分量の計画試案を上げて来た奴がいるんだよ』 101 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/04/18(日) 00 50 32 ID Q08CvfKg0 [3/4] 自らが手にするバインダーを指で弾きながらアンディが続ける。 『件のメカマンはジオンに対する貢献度は相当な筈だが・・・マ・クベはそいつの名前すら資料から削除しちまったらしい』 「ど、どうしてそう言い切れるんです?」 『それまでマ・クベがサイド3に指示して来た時とは全く違う計画手順だったからさ。 奴は官僚肌の軍人だ。工廠に対して要求する事は出来ても具体的な技術内容を示して計画を発注する事なんて出来やしない』 「なるほど。“水陸両用MSを作れ”とは命令できても“この設計図通りにズゴックを作れ”とは指示できないって事ですね」 撃てば響く様なバーニィの言葉にアンディはそうだと頷く。 無意識の受け答えではあるが、バーニィの応対には相手を気持ち良く喋らせる何かがあるようだ。 『もちろんマ・クベ自身にMS開発の知識があれば良いがそんな話は聞いた事もない』 「なるほど・・・と、いう事は、そのどこの誰かも判らない謎のメカマンは現場で作戦行動に随伴しながら、五百枚以上の計画書を・・・それは、凄い・・・」 時間に余裕のあるジオンの部隊など存在しない事はバーニィも身に染みて理解している。 『計画を請け負ったサイド3の工廠では、もう提示された計画書に絶賛の嵐アンド【このプランの作成者は誰か】という妄想の坩堝となっていた。 愚にも付かない妄想が多かったが一番笑っちまったのが 【天才的な才能を持つローティーンのメカニック少女が、恐らく何日もの徹夜をものともせずに完成させた】 ・・・って奴だな。いくらなんでもリアリティなさ過ぎだろう』 モニターの向こうで苦笑するアンディだったが、バーニィの脳裏には、張り倒された痛みの記憶と共に、一人の少女の顔が鮮明に思い出されていた。 笑えない。あの少女の才能とバイタリティならば・・・ややもすると、やりかねない。 『統合整備計画は大手のMSメーカーが合同で参画してる。 俺が出向いてたのは主にツィマッド社系の造兵廠だったんだが、他社に伝説の少女メカマンがいるらしいって話は良く耳にした』 「伝説の・・・」 『おいおい本気で信じるなって!どちらかと言うと都市伝説の類だ』 げらげら笑うアンディに、コックピットの中のバーニィは意味深な顔でぼそりと呟いた。 「アンディ少尉も・・・伝説の少女メカマンともうすぐ会えるかも知れませんよ」 『ん?何か言ったか?』 「いえ。お楽しみに」 『?』 再度聞き返そうかと口を開いたアンディの声を、ハンガー内に突如鳴り響いたアラームが遮った。 同時にコックピット内のモニターにヘッドセットを付けたアムロの顔が映し出される。 『施設内の各員に通達します』 アムロの声にぎこちなさは無い。 フェンリル隊にいた際、通信オペレーターを経験したアムロにとって、オール回線での音声放送などお手の物だった。 『戦闘要員は、至急ブリーフィングルームに集合して下さい。繰り返します・・・』 スピーカーからの放送を聞いたそれぞれの人員は作業の手を止め、指示通りブリーフィングルームに向かう。 しかし唯一モニターでアムロの顔を見る事のできたバーニィは、その表情に滲む只ならぬ緊張感に気が付いた。 『聞こえたなバーニィ!マシン整備は一時中断だ、すぐに出て来い!』 「りょ、了解!!」 外から掛けられたアンディの声に大急ぎでコックピットハッチを開けたバーニィは、外に出ようとした際、上がり切っていない可動式オーバーヘッドディスプレイの角にしたたか額をぶつけてしまい、シートに逆戻りする形で倒れ込んだ。 不覚にもつい乗り慣れた06Cと同じ感覚で体が反応してしまったのだ。 「あっっ・・・痛ってぇぇ~~~~っ・・・・・・!!」 「おいバカ何やってんだ!?置いて行くぞおい!!」 下からいらいらした声を叫び上げてくるアンディに対し、ハッチ開閉のタイミングとコンソールディスプレイの動くスピードがえらい違ったんですよとは流石に言えず、すいません今行きますとチカつく眼で辛うじて声を絞り出したバーニィは、よろよろと昇降用のワイヤータラップを引き出した。 150 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/03(月) 08 04 17 ID jlnriS1w0 [2/5] 緊張した面持ちでクランプ、コズン、シーマ、ライデン、ニムバス、バーニィ、アムロが居並んでいる。 アンディだけはあの後すぐに、現在急ピッチでシャア専用にチューンUPされているMS-06FZの整備にハンガーへ呼び戻されてしまったのだ。 新型であるザク改の調整を効率的に進める為には、その開発に間近で携わっていた彼が必須である以上、これは仕方のない処置だと言えた。 諸君達に集まって貰ったのは他でもないと前置きしてから、シャアはブリーフィング・ルームに集った全員の顔を見回した。 「先程、戦略情報部士官ククルス・ドアンの情報で派遣していた偵察隊からの報告が入り、アンカラ郊外に展開している連邦軍砲撃部隊の、おおよその規模が判明した」 ぴんと張りつめた空気が場を支配する。 一刻も早くオデッサのラル部隊と合流したいシャア一行ではあったが、黒海の対岸に陣取っている敵の砲撃部隊を放っておく事はできない。 オデッサに多数布陣する友軍の為にも、ここは確実に潰しておかねばならない拠点なのである。 情報を掴んでいながらマ・クベが全く動きを見せない現状、それが可能なのはここロドス島にひとかどの戦力を保有するシャアの部隊をおいて他には無かった。 「アンカラ郊外の台地に、確認が出来ただけでも長距離砲撃用車両27、自走対空砲84、補給車も多数布陣している模様だ」 シャアに促されて一歩前に出たシーマが手持ちの写真付き報告書を読み上げるや否や、両手を腰に当て下を向きながら小さく舌打ちをしたコズンを筆頭に、全員が重苦しい溜め息を呑み込んだ。 想像以上の大部隊である。流石に連邦軍の物量は半端では無いという事なのだろう。 展開している敵部隊が小規模であれば、アレキサンドリア基地に対地爆撃を要請するだけで事足りたかも知れなかったが、空爆に対応した備えが為されている事が判明した以上、敵陣深くMSを突入させ、対空戦力をまず黙らせる必要が生じたのである。 敵陣への攻撃をアレキサンドリアの爆撃機だけに任せ、シャアの部隊はアンカラを無視してさっさとオデッサに直行する・・・という甘い目論見は、大部隊の前にあっけなく消し飛んだ形となった。 「連邦のオデッサ攻略作戦は、ここ数日のうちに発動されるのは間違いない」 「そうなるとアンカラ強襲に一日、補給や整備に突貫でも一昼夜・・・いやあギリギリですなあ」 深刻な顔をしたクランプに、首の後ろをボリボリ掻きながらコズンが呑気な声で応じる。 心の内にある焦燥とは裏腹に、あえてこういう物言いをするのがコズンの癖だ。 それほど事態は、深刻なのだった。 「・・・つまり、自分達はオデッサ開戦に間に合わないって事ですか・・・」 「早まるんじゃねえよ。そういう可能性もあるって話だ」 バーニィの核心を突いた一言を強い口調でコズンが遮る。 しかし、確かにバーニィの懸念している通り、これでシャアの部隊はオデッサ防衛戦に主力として参加できなくなる可能性が極めて高くなった事は事実だった。 151 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/03(月) 08 06 01 ID jlnriS1w0 [3/5] 激戦が予想されるオデッサ防衛戦、ひとたび戦端が開かれてしまえば、十字砲火の矢面に立つ最前線に位置する「青い木馬隊」に、強引に敵中突破して合流を計るのは無謀過ぎる行為だろう。 最悪、状況次第では友軍の苦戦を尻目にシャア達はオデッサ外周に取り残されるという事態も十分ありうる。 少しでも多くの戦力を、何よりシャアという彼らの総大将を開戦前に「青い木馬隊」に合流させたい。 そして、オデッサ前に戦力の損失はなるべく避けておきたい・・・というのが彼らの偽らざる本音だったのだが、シビアな現実はそれを許さなかった様だ。 「ここにいる全員が雁首揃えてアンカラに出向く必要は無いんじゃないか? 敵部隊が砲撃だけに特化しているなら、俺達のイフリートだけで十分だろう」 腕組みをしたライデンが口を開くと、シーマは彼に向き直った。 言うまでも無く『俺達のイフリート』とは彼女とライデンの08-TXを指しているのである。 直前までMSの整備をしていたライデンの顔と作業着はオイルで汚れていたが、それは彼の精悍さを少しも損なうものではない。 シーマはうっとりと愛でそうになる気持ちをおくびにも出さず、実にそっけない態度で彼に言い放った。 「ところがそうは行かないのさ」 「何故だ?姐御にしては随分と弱気じゃないか」 「敵陣には護衛のMSがいる可能性もある。そして偵察隊は黒海の南端ボスポラス海峡を抜けてアンカラに向かう敵部隊もキャッチした。 恐らく敵の増援だ」 挑発的なライデンの言葉には付き合わずシーマは淡々と事実だけを告げ、軽口を叩いていたライデンの顔から笑顔が消えた。 「・・・何だと・・・この上まだ増えるってのか・・・!」 「アタシらはキッチリこれも叩かなきゃいけない。戦力は足りないぐらいさね」 日々の整備すらままならない部隊が多いジオン軍に対して、無尽蔵とも思える物量を惜しげもなく投入してくる連邦軍。 またもや突きつけられたシビアな状況が一同の心胆を寒からしめたが、シャアの冷静な声音が全員の意識を現実に引き戻した。 「どんなに荒れた戦場であろうが、ランバ・ラルが率いる部隊なら、そう簡単に落ちはしないさ」 シャアのその言葉に不敵な笑顔を浮かべ大きく頷きながら、パシンと左に構えた掌に右の拳を打ちつけたのはクランプである。 その通りですぜと言いながらコズンもニヤリと唇を歪めて笑った。 152 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/03(月) 08 07 08 ID jlnriS1w0 [4/5] 「いざとなれば我が隊は後方攪乱に回る。だが事態は流動的だ。 我々はまず、目の前にある我々がすべき事を迅速に片付けるとしよう。アムロ」 「は、はい」 突然シャアに名指しされたアムロはどきりとしたが、辛うじて敬礼する事ができた。 「君には小隊を任せる。別働隊を指揮しアンカラに合流すべく進行して来る敵部隊を阻止してみせろ。ニムバス」 「はっ!」 「ワイズマン・・・いやバーニィ」 「はい!」 ニムバスは当然の如く、バーニィは緊張気味に敬礼をシャアに向ける。 「アムロと共に行け。ザク改2機と輸送機ファットアンクルを与える。 アムロはあの白いMSを使え。ニムバスはアムロを補佐して作戦を立案しろ」 「了解です」 「え・・・」 シャアとニムバスがみるみる話をまとめ、さっさと話を切り上げてしまった為に肝心の、隊長である筈のアムロはこの決定に何も口を差し挟む事ができなかった。 「あ、あの、待って下さい、やっぱり僕には隊長なんて・・・」 自信なさげな声で抗弁しようとするアムロを、シャアは無視して踵を返し、ニムバス、バーニィを除いた全員とアンカラ襲撃計画を練り始めた。 もはやアムロの事など眼中には無い。それはある意味、アムロの意見を聞く気など端から無いのだという意思表示にも見える。 「シャア大佐!」 途方に暮れたアムロが思い切って背を向けているシャアに大声を掛けると、熱心に話し込んでいたシャアは顔だけアムロに向けて口を開いた。 「もう命令は下した筈だぞアムロ。 今後私と行動を共にする以上、君にはただのパイロットでいて貰っては困るのだ」 アムロの目がハッと見開かれる。シャアの向こうでコズンとクランプが、こちらに握り拳を向けているのだ。 目を転じるとライデンはさりげなく親指を上に向け、シーマは片方の口角を上げて見せた。 「私達を失望させるなよ?」 皆の視線に胸が熱くなるのを感じ、立ちつくすアムロの横にニムバスとバーニィが並ぶ。 「行きましょう准尉。我々の初陣です」 ニムバスの言葉に、アムロは小さく掠れてはいたが力強い口調で「はい」と答えた。 180 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/05(水) 12 39 56 ID /5EMHpoM0 [2/5] 小さなノックの後、少しだけ開けたドアの隙間からするりと部屋の中に滑り込んで来たのは、小ぶりなバスケットを抱えたミハルだった。 後ろ手にドアを閉めたミハルは微かに安堵の溜息をつく。 薄ぼんやりとした照明が灯った室内。 一人の男がベッドに突っ伏している。 ミハルが目を転じると、衣服がスツールの上に無造作に脱ぎ捨てられ、ブーツは脱ぎ散らかされたまま床に転がっているのが見えた。 「・・・ミハルか」 「ごめん、起こしちゃった?」 「いや、シャワーを浴びようとしていた筈なんだが・・・」 身じろぎし、ベッドからのろのろと顔を上げたのは、何とシャア・アズナブルであった。 もちろん例のマスクはヘルメットと共にベッドの片隅に放り投げられているため、素顔である。 実は戦闘時以外、シャアの寝起きはそれ程良くない。 アンダーシャツ姿のシャアはのっそり身を起こすとベッドの上に胡坐をかき、目を閉じたまま片膝の上に頬杖をついた。 「疲れてるんだね・・・ご苦労様。肩の具合はどうだい?」 脱ぎ散らかされた赤い軍服を拾い集め、てきぱきと畳んだりハンガーに掛けたりしながらミハルは心配そうな声を掛ける。 頬杖をしていた手を一旦外し、肩を軽く回したシャアは片目を薄く開けてもう大丈夫そうだと軽く笑った。 「良かった、でも油断は禁物だよ。 宇宙に住んでた人は免疫力が弱いとも聞くし、ケガってのは直りかけが一番怖いんだ。 あと数日は手当てを続けなきゃだめだよ。さあ、肩を見せて」 大真面目な顔でシャアの横に腰を下ろしたミハルは、有無を言わせずシャアのシャツを脱がしに掛かった。 幼少の頃に地球で暮らしていた経験を持つシャアは実は生粋の宇宙育ちでも無かったのだが、別に文句も言わずミハルのしたいがままにさせ、大人しく右肩を露出させた。 181 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/05(水) 12 40 39 ID /5EMHpoM0 [3/5] 「完全に傷口は塞がっているみたいだけど・・・」 そう言いながら化膿止め薬入りの無針注射器を二の腕に押し当てて来るミハルを、シャアは面白そうに見つめている。 人目を忍んで毎晩こうしてやって来るミハルに手当てをしてもらうのは、もう何日目になるだろう。 この少女がシャアの個室を初めて訪れたのは、ここクレタ島ザクロスに到着したその晩の事だった。 フラナガン機関の施設を脱出する際、自分を助ける際に負った傷を治療させて欲しいと申し出て来たのである。 何でも、シャアがケガをした事を秘密にしたがっていたので、同室のハマーンが眠ってからこっそりと部屋を抜け出し、誰にも見つからない様にここまで来たのだという。 初めはおずおずしていたミハルだったが、シャアが自らのケガに消毒液を振り掛けただけで放置していた事を知って驚き、大慌てで手当てをし直した。 助けてくれた事に感謝はしているが、自分を大切にしない人は最低だと叱りつけられたシャアは、何故だかその剣幕に逆らう事ができず、命を救った筈のミハルに何度も謝るハメになったのである。 驚いた事にシャアは発熱していた。微熱ではあったがそれが肩の裂傷によるものである事は明白であった。 身体の調子が悪くても、それを全く気にしていないのである。 ミハルはそんなシャアを放っておくことができず、皆に隠れて猛然と彼の世話を焼き始めたのだった。 しかし改めて見てみるとミハルが呆れるくらいに、シャアという男は自分の事、日常的な事に無頓着な人間だった。 人間らしく生きる事に関心が無いと言い換えてもいい。 放っておけば日々の食事すらロクに摂らないのではないかと思える程に、彼の生活からは何かが欠落していたのである。 「ああ、やはりミハルの作ったものはうまいな」 だが、そんなシャアが、今ではミハルの持ってきたバスケットを勝手に開け、中にあった夜食を手掴みで食べ、あまつさえそれを美味いと言っている。 美味いと褒めると、笑み崩れてゆく彼女の顔がシャアは好きだった。しかし・・・ 「こら!ちゃんと手を洗って来る!」 ミハルは軍人では無い為にシャアに対して階級による遠慮などは一切無いのである。 こうしてまたもや彼女に怒られバスケットを取り上げられてしまったシャアは、食べかけのマフィンを口に咥えたまますごすごと洗面所に向かった。 【赤い彗星】のシャアしか知らない者がこの様子を見たら恐らく仰天して腰を抜かす事だろう。 ミハルに叱られる事は不快ではないし、彼女の言葉にはつい従ってしまうのは何故なのだろう。と、手と顔を洗いながらシャアはぼんやり自問してみる。 しかし幼い頃に父と母を失い、権謀と怨念に塗れて成長した彼の中には、自身の問いに対する明確なアンサーは含まれていなかった。 周りには常に“敵”が潜んでおり、少しでも隙を見せると足元を掬われる・・・そういう殺伐とした人生を送ってきた。 親しげな顔でシャアに近付いて来る人間は、十人が十人とも腹の中では彼を利用する事で自らの利益を企んでいた。 無論そういう手合いを観察眼に優れたシャアに瞬時に見抜き“敵”かそうではないかを識別して来たのである。 “敵”なら容赦なく叩き潰し、そうでないなら“それ”をこちらが最大限に利用する。 それは壮大な化かし合いであり、気を抜いた方が負ける過酷なチキンレースだった。 肩の傷の件でも判る通り、それが例え味方であったとしても、普段から他人に弱みを見せる事を極端に嫌うシャアだった。 だが、ミハル・ラトキエと2人きりになると、そんな事はどうでも良いと思えてしまう。 どう考えても、どんなに目を凝らしてみても、親身になってシャアを世話する彼女の行動の中には、あさましい企みが見つけ出せなかったのだ。 これは、あの時クランプに言われた事の証明であり、ある意味シャアが確信していたシニカルな人生観の完全な敗北を意味していた。 こんな人間もいるのだと、シャアをして認めざるを得なかったのである。 彼女の前では裏をかかれない様にと緊張している自分が馬鹿らしく、張り詰めていた何かが抜けてしまう。 通常は厳重に掛けているドアのロックを、彼女が訪ねて来そうな時間には無意識に外してしまう自分がいる。 マスクもいつの間にか彼女の前ではしなくなった。手の内を全て見せている彼女には、そうでもしないとプライドが保てないのだ。 仮面のある無しなどミハルにとってはどうでもいい事なのかも知れないが、シャアせめてもの矜持である。 182 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/05(水) 12 41 29 ID /5EMHpoM0 [4/5] シャアが洗面所から出て来るとミハルは既に帰り支度を済ませてドアの前にいた。 この短時間の間に部屋はきれいに片付けられ、スツールの上にはヘルメット、マスク、夜食の残りがきちんと並べられている。 「それじゃね。ちゃんとシャワーを浴びてから休むんだよ?」 にこりと笑ったミハルに小さくそう言われた瞬間、シャアはとてつもない寂寥感に見舞われた。 今ここでミハルを抱き締めたら、彼女は帰らずに、朝までそばにいてくれるのだろうか。そんな事まで頭をよぎる。 シャアが何と声を掛けて良いか判らぬままにミハルの方へ歩み寄ろうとした時、激しく背後のドアをノックする音がミハルの体を竦ませた。 『お休みのところ恐れ入りますシャア大佐!』 アンディの声である。 『ロドス島集積基地から通信が入りました!シーマ・ガラハウ中佐率いる補給部隊が到着したそうです!』 瞬時にシャアの瞳に明晰な輝きが戻った。 素早くスツールの上のマスクを装着し、はだけていたアンダーシャツの襟元を引き上げる。 ドアの前で硬直しているミハルの手を引いて洗面所に誘導し、彼女が隠れたのを確認するとドアのロックを外して引き開けた。 「あ、ああ、シャア大佐、夜分すみま・・・」 「挨拶はいい。通信はまだ繋がっているか」 「繋がっています。こちらへ」 部屋を出る時シャアは洗面所の方をちらりと見たが、何食わぬ顔でドアを閉めアンディの後に続いた。 ドアが閉まってからしばらくの間、部屋の中に静寂が訪れたが、やがで洗面所からミハルがそっと顔を出した。 そして彼女は今日二度目の安堵の溜息を吐き出すと、静かに部屋を出て行ったのだった。 239 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/26(水) 19 28 03 ID 6y7Vhl2s0 [2/5] エスキシェヒル近郊に展開する丘陵地帯。 その斜面に生い茂る木々の隙間に埋没する様に―――― アムロの操縦するRX-78XX【ガンダム・ピクシー】は山の稜線に身を隠し、真上から照りつけて来る強烈な陽射しにその身を焼かれながらじっと息を潜めていた。 ピクシーの機体には、アンテナの一部を除き草木をあしらった偽装網を入念に被せてある。遠距離からこの機体を視認する事はほぼ不可能であろう。 偽装網には電磁波遮断物質が編み込まれており、敵のセンサー類をある程度は無効化するという触れ込みである。 しかし、ミノフスキー粒子の存在が敵味方のセンサー技術を飛躍的に発展させている昨今、それをどこまでアテにして良いものかは疑問が残る。 新型センサーを実戦テストする特殊部隊「闇夜のフェンリル隊」の一員だったアムロだからこそ余計にそう思えるのだ。 後悔はしたくない。やれる事はやるべきだと判断した彼は現在炎天下なのにも関わらず、ピクシーの動力を最小限に絞っている。外部スクリーンもメインパネル以外はブラックアウトしている状態だ。 為に、エアコンの効きもすこぶる悪くなり、コックピット内部の温度が相当に上昇してしまう事態となった。 もしかしたら地上戦専用MSであるRX-78XXには、純正ガンダムにはあった大気圏突破用の厳重な断熱処理がオミットされているのかも知れない。 そんな事を考えながら汗だくのアムロは手探りでシート脇のラックを開け、中から本日2本目となる透明パック入りのドリンクチューブを取り出し口をつけ、中身をしぼり出して一気に飲み干した。 ・・・生温くてまずい しかしこれで、水分の補給はできたはずだと気を取り直したアムロは、空の容器をシート反対側のラックに放り込んだ。 先ほどから彼が凝視しているメインパネルには辛うじて舗装されたヒルクライム気味の道がゆらゆらと陽炎を立ち上らせながら正面に映し出されている。 ゆるいカーブを描いた道のちょうど出口にあたる延長線上の位置に、RX-78XXは身を潜めているのである。 道の両脇はそれぞれ高い崖と深い森になっており、襲撃ポイントはここしか無いと断言したニムバスの分析に間違いはなかった事を確信できる。 ここから見る事はできないがニムバスとバーニィも現在、別の場所で同様に偽装したザク改の中で眼前の道を凝視している筈である。 一人ではない。そう考えるだけで何だか心が静まってゆくのが不思議だ。 なんにせよ今回の作戦は【ガンダム・ピクシー】がトリガーであり全ての鍵を握るといっても過言ではない。 アムロはもう一度小さく息を吐き出し、絶対にしくじる訳には行かないぞと自らに言い聞かせ、眼前のスクリーンを注意深く見つめ直した。 「准尉のお立てになったその作戦・・・残念ながら評価は"C"です」 「え・・・」 厳しい顔のニムバスに完璧なダメ出しをされたアムロは一瞬頭の中が真っ白になった。 容赦の無いその物言いにアムロの横に座るバーニィも思わず首をすくめてしまっている。 「敵の大部隊に対してこちらはMSが僅か3機。 進軍して来る敵に准尉の作戦通り密集陣形でまともにぶつかっては、後方の敵に態勢を立て直す時間を与えてしまうかも知れません。 今回我々がまず考えねばならないのは、何としてでも敵部隊の現場到着を阻止する事。 敵は長距離砲撃部隊であり。要地に配置されなければ無力な存在です。 つまり我々は敵を殲滅する必要は無い。足止め出来さえすればいいのです」 「なるほど・・・」 シャア班とやや離れた位置で、小さなデスクを囲み行われているブリーフィング。 理路整然と戦術を語るニムバスに、アムロとバーニィはただ感心して聞き入るしかない。 少年兵達の真剣な目を見てにこりと笑ったニムバスの顔が、輝いている。 今や彼は、自身が持っていた本領を如何無く発揮する機会に恵まれたのである。 士官学校時代のニムバスは、パイロットの資質以上に戦略・戦術立案能力において極めて高い評価を受けていた。 適性も高く、将来は作戦参謀への道をと周囲から嘱望される程の存在だったのである。 同校を優秀な成績で卒業した彼は当然のように公国軍総司令部と総帥府軍務局から熱烈なオファーを受ける。 が、その時点で既にニムバス内部に凝り固まっていたキシリアへの熱烈な忠誠心が、それらを全て蹴る形で自身を突撃機動軍に投じさせたのである。 彼の進路を知った士官学校の教官達は、あたらジオンを背負って立つかも知れない優秀な人材が、使い捨ての一パイロットになってしまったと軒並み嘆き落胆したものであった。 当時の教官達が今の私を見たらどう思うだろうと内心苦笑しながら、ニムバスはこちらに背を向けているシャアをちらりと窺った。 240 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/26(水) 19 30 09 ID 6y7Vhl2s0 [3/5] シャアはクレタ島で初対面にも関わらず「貴様の噂は聞いている」とニムバスを誘い、今回は別働隊の実質的な作戦立案を命じた。 つまりそれはニムバスの過去と資質を把握していた、という事に他ならない。 MS操縦に抜群の才能を発揮するアムロの補佐に自分を置き、気が利き堅実な性格のバーニィで脇を固めたこの布陣は、どんな任務にも対応できる理想的な小隊のモデルケースと言えるだろう。 適材を見抜き適所に配置する。言うは易いが行うは難い。 それをさらりとやってのけたシャア・アズナブルというこの男、トップに立つ者として恐るべき才覚の持ち主だと・・・認めざるを得ないだろう。 ニムバスをしてそう思わせる何かがシャアにはあった。 しかしニムバスがそんな想いを廻らせていた時間は数瞬にも満たず、彼は何事もなかったかの様にアムロとバーニィに目を戻した。 「敵部隊は極力目立たぬように航空輸送機を一切使わず、車両のみで移動しています。 そして敵は、我々の様な戦闘部隊がすぐ近くにいる事を知らない。 オデッサになけなしの戦力をかき集めている筈のジオン。我々の存在は連邦にとって想定外なのです。 ここにつけ入る隙がある。 このアドバンテージを最大限に利用するには【効果的な伏撃】をするしかありません」 「効果的な・・・そうか、僕のガンダムとニムバス中尉達のザク2機が密集して行動してはダメだという事ですね」 「その理由が判りますか?」 間髪入れず、値踏みする視線でニムバスはアムロを見ている。 それはまるで見所のある新兵に、英才教育を施している教官の眼差しにも似ていた。 「え、あ、ええと・・・も、MSの性能が違うから、じゃないでしょうか」 「その通りです!流石は准尉ですな!」 満足そうに破願したニムバスを見て、アムロは内心胸を撫で下ろした。 今後、ニムバスの期待に応え続けて行くのは並大抵の苦労では無いかも知れない。 241 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/26(水) 19 31 00 ID 6y7Vhl2s0 [4/5] 「性能の違うMS同士が一団で行動すると足並みが乱れ、どうしても連携が取り辛くなってしまう。 下手をすると、性能の良い方のMSの長所が殺され、相対的に戦力が低下してしまう恐れすらあります」 ニムバスが答えるや否や、すかさず手を上げたバーニィが口を開く。 「でも中尉、大部隊に対して、ただでさえ少ない戦力を分散してしまっては、各個撃破されてしまうのでは・・・」 「戦術と地の利、そして敵の陣形次第だ!その程度の事も判らんのか愚か者め!」 一転、猛烈な勢いでニムバスに怒鳴りつけられたバーニィは小さく縮こまってしまった。 どうやらニムバスにとって、アムロとバーニィの育成方針は180度違うらしい。 恨めしそうな目を向けてくるバーニィに、アムロは申し訳なさそうな視線を送り返した。 「セオリーは知っておく必要があるが先入観に囚われると柔軟な発想を阻害するぞバーニィ。要はバランスだ」 「バランス・・・」 その冷静な声音はニムバスが決して激昂している訳ではないという事を意味している。 恐縮しきっていたバーニィは恐る恐る顔を上げた。 「長距離砲撃用車両、補給車その他を含めて敵の数は約30両。 モタモタしていると体勢を整えた敵の攻撃に晒されてしまう。 この部隊を僅か3機のMSで足止めするにはどうするか」 ニムバス教官の講義に聞き入る二人の新兵はごくりと唾を飲み込む。 「まずは横列展開できない場所に敵を引き込む」 ぱらりとデスクの上に地図を広げたニムバスは、細長くうねる一本の道路を指さした。 「敵の規模と現在の位置を考慮するとアンカラへ向かう道はここ以外考えられません。 これ以外の道路は舗装されていなかったり道幅が狭すぎたりで連邦の大型車両は通行できないからです。そして」 更にニムバスは指を滑らし長く延びた道路の一点で指を止めた。 トントンとポイントを指先でノックしながらニムバスは2人を交互に見る。 「700メートル程続く側道のない一本道。道路の片側は森、もう片側は切り立った崖。おあつらえ向きです。 仕掛けるのは、ここしかありません――――」 その時、アムロが睨み付けていたスクリーンの風景の一部に小さな変化が現れた。 すかさずアムロはスクリーンショットを最大望遠に切り替える。 遥か後方で樹木に遮られまだその姿は見えないが、微かに砂煙が立ち上っているのが判る。 それとほぼ同時にピクシーに装備された高性能センサーが多数の車両移動音をはっきりと捉えた。 あくまでもスペック上の数値ではあるがガンダム・ピクシーのセンサー有効半径は優に6,000mを超える。 プロトタイプであるRX-78-2の性能を上回るこれは、接近戦に特化されたピクシーというMSの特性に合わせてバージョンアップされたものなのだろう。 とまれ、ニムバスの読みは正しかった。 敵部隊は間違いなくこの道を行軍して来たのである。だが、焦りは禁物であった。 仕掛けは早すぎても遅すぎてもダメだとニムバスには釘を刺されている。 単独でどうにかできる相手ではない。全ては連携、チームワークなのだと。 WBでは有り得なかった、息を合わせた伏撃作戦・・・ アムロは逸る気持ちを抑える様にレバーを握り、唇に滴り落ちて来た汗をぺろりと舐め取った。 277 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/07(月) 20 41 28 ID iaisKR8g0 [2/6] 先程までの晴天が嘘の様に、結構な勢いで雨が降り始めていた。 本当にこのあたりの天候は変わり易い、だがバーニィはコックピットに伝わって来る激しい雨の振動を感じながら思わず微笑んだ。 雨はセンサーの効きを妨げる。これはついているぞと彼がほくそ笑んだのも無理からぬ事だっただろう。 今、まさに彼等の下に軍列がやって来ようとしている。 言うまでも無く連邦軍の大部隊だ。 その大部隊がつい先程進入して来た北西の入り口から、アムロのRX-78XXが満を持して潜んでいる隘路の東側出口までの一本道がすっかり見渡せる南に切り立った崖の中腹付近。 そのやや角度の浅い斜面にバーニィとニムバスの操縦する2機のMS-06FZは張り付く様に潜伏しているのである。 切り立った崖とはいえその壁面にはびっしりとこの地方特有の木々が生い茂り、バズーカを構え偽装網をかぶったザク改の姿を完璧に隠してくれている。 しかし緑々とした壁面の所々には、断続的に巻き起こるスコールが地盤を緩ませたものなのか地滑りしたらしき箇所のみ黄土色の土や岩が露出していて、その部分だけがやや景色に異彩を放っていた。 バーニィはモノアイを操作し、チラリと左サブモニターにも目を向ける。 自機の周囲を埋め尽くす木々の中から、木々を割って突き出た大きな岩塊がそこにも映り込んで見えている。 メインモニターは俯瞰の映像で、一本の道路が南にゆるいカーブを描きながら西から東に延びているのをクッキリと映し出している。 モノアイが稼動すると、モニターの映像もそれに合わせて移動してゆく。 道の南側は全て切り立った崖に塞がれ、北側には地図にあった通り深い森が谷に向かって落ち込んでいる。 道路は山の外縁に沿っており、入口と出口の先はそれぞれ背後の山を回り込んでしまう為に、この場所から目視する事は不可能であった。 激しい雨にけぶってはいるが、ヘッドライトを煌々と灯した連邦軍の部隊が続々と列を成し進み来る様子が、ここからだとはっきり確認できる。 敵部隊はじわじわと眼下にうねる700m以上続く一本道を鋼鉄の大蛇の様にのたうち進み、やがてすっかり埋め尽くしてしまうのだろう。 今はまだ全容が見えてはいないが、道幅ぎりぎりの大型車両が何台も連なるその威容を目にしたジオン兵は、恐らく連邦軍との圧倒的な物量差を思い知らされ何とも言えない気分にさせられるに違いない。 しかし、この作戦で物量の上に余裕で胡坐をかき、ふんぞり返った連邦軍に一泡吹かせてやる事ができるのだ。 そう思うと、ギラギラと猛る何かを抑える事ができない。 これではいけないと心を落ち着かせる為に大きく深呼吸したバーニィは、カメラのズームを切り替え、もう一度自機に装備された武装をチェックしてみる事にした。 偽装の下でザク改はバズーカの砲口を油断無く眼下の道路に向けている。 今回2機のザク改が装備しているバズーカは従来の280mmザク・バズーカでは無くGB03Kすなわち360mmジャイアント・バズであり射程距離、破壊力共に十分余裕がある。 もともとドム用の装備として登場したジャイアント・バズは威力は高いものの、マニュピレーター形状の違い等から他のMSでは使い辛く敬遠されがちな武器であった。 だがMS-06FZ【ザク改】は、現在ジオンに存在するMSの手持ち式武器の全てを自在に扱える事を前提に設計されているのである。 統合整備計画、伊達ではない。 この事実は単純なスペック以上にザク改が「使える」MSであるという事を意味していると言えるだろう。 武器チェックを終えたバーニィは一息つくと視線を正面のメインモニターに戻し、ニムバスが立案した襲撃計画の段取りと、この作戦における自分の役割を頭の中で反芻していた。 278 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/07(月) 20 42 29 ID iaisKR8g0 [3/6] ―――敵の軍団が眼前の一本道にすっぽりと収まったのを見計らい、ニムバスからの合図を受けたガンダム・ピクシーが偽装を解いて敵正面を塞ぎ、まず目前に迫っている先頭車両を破壊する。 これで敵は破壊された先頭車両が邪魔になり前進する事が不可能となる。 地形に阻まれた敵はガンダムに向けて攻撃を加える事ができない。 間をおかずガンダムの攻撃に呼応したザク改2機が敵の上方に位置する崖の中腹から、眼下の敵列中央と最後部車両に向けてそれぞれバズーカ攻撃を行う。 状況によってはバーニィのザク改が単独で敵の最後尾に回り込み、敵の退路を遮断する。 道路の両側は崖と森であり、前に進む事も後ろに下がる事も出来なくなった敵はまさに進退窮まった状況に陥る。 そうなれば連邦兵達は車両を捨て、森に逃げ込むしか術は無い。 逃げる兵士には目もくれず、あらかたの敵車両を破壊したら速やかに撤収するとニムバスは明言している。 例え森に逃げ込んでいた連邦兵が戻って来ても残骸に挟まれた車両は動く事叶わず、もはやオデッサ・ディで彼等がやれる事は何も無いだろう。 ニムバスは今回、自軍の損耗を最大限に抑える事を念頭にこの作戦を立てた。 完璧な伏撃であるこの作戦のただひとつの懸念事項といえば、こちらの意図を事前に敵に察知される事と敵が一本道に納まり切らないうちに攻撃を仕掛けてしまう事のふたつである。 だから自分からの合図を待たずに攻撃を仕掛ける事を、ニムバスはアムロに厳に禁じていたのだった――― バーニィは右手のサブモニターを見る。そこには彼と同じ出で立ちで息を潜めるニムバスのザク改が木々の向こうに映し出されている。 表向きはどうあれ、この部隊の実質的な指揮官はニムバスだという事を自分もアムロも承知している。 現場の全体を把握し統括する為の位置に彼のザク改が陣取っているのがその証であろう。 彼が自分の持つ知識全てを、自分やアムロに実地で叩き込もうとしているのは明白だった。 ニムバスの期待に応えるには、彼の示す全てをこちらも命懸けで吸収して見せるしかない。そうバーニィは密かに覚悟を決めていたのである。 しかし逸るバーニィをあざ笑う様に、ロケットランチャーだと思われる巨大砲身を持つ車両を積んだキャリアーの足は異様に遅い。 ヒルクライム、そしてこの激しい雨が行軍を慎重なものにさせているのだろうか。 敵部隊は視認できる範囲で言えば未だ襲撃予定地点に三分の一にも届いておらず、勿論ここで仕掛けるには早過ぎる。 戦端を開く役回りのアムロも、きっと敵の遅さにじりじりしている事だろう。 そんな事を考えながら時速40キロ程のスピードでもったり坂道を登って来る敵部隊の様子をいらいらと見ていたバーニィは、ぎょっと左手のサブモニターを振り返った。 モニター映り込んでいた・・・木々の間に剥き出しになり雨に打たれていた岩塊が、そのままごそりと滑り落ちたのである。 279 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/07(月) 20 43 44 ID iaisKR8g0 [4/6] 『しまった!崩落か!?なんだってこんな時に・・・・・・・!!』 自機のほぼ10m真横をえぐり取った巨大な岩塊が、眼下の道路めがけて転がり落ちて行くのを、バーニィはただ茫然と見送るしかない。 岩塊は落下後半壊し、完全に道路を封鎖する格好で動きを止めてしまった。 「ニムバス中尉・・・!」 「慌てるな、じっとしていろ。計画に変更は無い」 接触回線でうろたえた声を響かせるバーニィにニムバスは冷静に応答する。 今ここで動く訳には行かない。敵の部隊は一本道にまだ先頭しか入り込んでおらず、襲撃を掛けるには位置が悪すぎるのだ。 もしここで強引な行動を取れば、間違いなく計画は破綻する。 突発的な事態が起きてしまったが、幸いにも敵は岩塊が落下した位置まで到達しておらず、伏撃作戦が見破られた訳でもない。 敵は周囲を警戒しながら岩塊の除去作業をするだろうが、逆にその警戒を解いた時が最大のチャンスになるとニムバスは確信していた。 眼下の敵は、何としてでもこの場で仕留めてしまわねばならぬ相手なのだ。 今は隠形に集中し、敵の警戒を何としてでもやりすごすべきだ。 ニムバスはそう判断を下したのである。 車両が急停止したのに気付くと、エイガーは瞑目していた両目を開き、キャリアーの助手席でリクライニングにしていたシートを元の位置に戻した。 「・・・何かあったのか」 「申し訳ありません少尉、どうやら落石が前方の道を塞いでいる模様です」 「何だと」 インカムを付けた運転手の言葉を確かめるようにエイガーは側窓から大きく身を乗り出した。 目を凝らすと、確かに前方に停車している数台の車両の向こうに巨大な土くれが鎮座しているのが見える。 その大きさは小型のMS程もあり、確かにこのままでは通行できない事が判る。 「よし。俺のMSを起動させるぞ」 あっさりとそう言い放ったエイガーは助手席のドアを開けて地上に飛び降りた。 「少尉!?まさか新型のマドロックで土木作業をするつもりですか?」 「俺だけじゃないさ。ジムキャノンの2機も作業にあたらせる」 「いや、そういう意味では・・・」 「俺達は急いでる。それにどうせ今回のミッションにはマドロック自体の出番は無いんだ。 役に立つ事があって良かったぜ、これで上にも言い訳が立つ」 運転手は変な顔をしたが、エイガーはそれを一向に気にせず激しく降りしきる雨の中、キャリアーの後方に走り込むと、トラックの幌を外しに掛かった。 オデッサ攻略戦を側面から強力に支援する自走砲大隊指揮官職務執行役としてアンカラに派遣された砲術士官エイガー。 アンカラでは現地で既に展開している部隊と合流し、大部隊を指揮してオデッサの敵陣めがけて、このスコールよろしくロケット弾とミサイルの豪雨を降らせてやる予定である。 今回の作戦、黒海をまたいだ長距離砲撃を敢行するため中距離砲撃しか出来ないMSは実際のところ役には立たない。 しかし自身の手掛ける新型MSであるRX-78-6【マドロック】と、RGC-80【ジムキャノン】の完成度を高める為には実戦データの収集が不可欠であるとのごり押しで、エイガーはこの砲術部隊に都合3機の砲撃用MSの帯同を上層部に認めさせていた。 実際はマドロックの調整から離れる時間が惜しいというのが本音だったが、こういうのを怪我の功名というのだろう。 「MSの出番が来たと後ろの二人に伝えてくれ。『無駄飯食らい』の汚名を返上するチャンスだってな」 近くにいた部下にそう声を掛けると、エイガーは雨粒がなるべく入り込まない様に注意しながら素早くマドロックのパイロットシートに滑り込んだ。 280 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/07(月) 20 44 28 ID iaisKR8g0 [5/6] 「ニムバス中尉、あれを・・・・・・!」 「何という事だ、MSが随伴していたのか!」 突如敵軍列後方から姿を現した3機のMSにニムバスは慄然とした。 ニムバスも敵部隊にMSがいる可能性を考えていない訳ではなかったが、その確率は極めて低いだろうと思っていた。 なぜなら現在の連邦軍にとってMS自体が貴重であり、オデッサにおいてザクに対抗するMSは重要な戦力の筈だからである。 何よりMSによる襲撃を予想していない部隊に、MSが直衛する必要など無いのだ。宝の持ち腐れという奴である。 オデッサと黒海を挟んだ地のアンカラで、その貴重な戦力を遊ばせておく事は常識で考えればまずあり得ない事だった。 もしニムバスが連邦軍の参謀だったなら、そんな所に割く戦力があるなら迷わずオデッサ攻略の本隊にMSを組み入れるだろう。 ・・・ニムバスのその考察は間違っていた訳ではなかった。 そして、計画通りに事が運んでいればキャリアーに載ったまま連邦のMSは起動する事無くザク改のバズーカで葬り去られていたかも知れなかった。 だが突然の落石というアクシデントとエイガーという砲撃用MSの開発に執念を燃やす仕官の存在が彼の計算を狂わせたのである。 運が悪かったでは済まされない、これが、戦場なのであった。 よりにもよって、現れたMSのどれもが彼等が初めて目にする新型であった。 先頭の1機はアムロが現在搭乗しているガンダムに頭部形状が酷似している。 恐らく同シリーズなのだろうが、両肩に2門の砲身が突き出している所が大きく違う。 後方の2機も一門づつキャノン砲を搭載し、腰にはピストル状の火器がマウントされている。火力は相当に高そうだ。 悠長に構えてはいられなくなったとニムバスは臍を噛んだ。 砲撃車両だけならばまだしも、MSがいるとすれば攻撃の優先順位が変化する。 敵がこちらに気付かなければ良し。気付いた場合には・・・ ニムバスは接触回線でその旨をバーニィに伝えると、豪雨の中でも極力音を立てない様に注意してバズーカの向きを変え、スコープの中心に新型のガンダムを捉え直した。 338 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/22(火) 01 46 09 ID br3lyhfc0 [2/6] この隘路に200Mほど進入した地点で停止した車両群を背に、3機のMSは道を塞いでいる岩塊に向かってゆっくりと歩を進めている。 先頭を歩くRX-78-6【マドロック】を操縦するエイガー少尉はその時、ONになっていたレーザー通信回線から微かに聞えた異音にぴくりと片眉を跳ね上げた。 「おい聞えたぞGC2。生あくびならもっと巧妙に噛み殺せ」 「す、すみませんエイガー少尉」 RGC-80【ジムキャノン】に搭乗するサカイ軍曹の慌てた声にエイガーは苦笑する。 先刻までのエイガーと同様に、彼の部下である2人のパイロットもそれぞれの場所で仮眠を摂っていたにちがいない。 まあ無理もあるまいとエイガーは思う。ここ数日不眠不休の調整に追われた挙句、夜通しトラックで走り続けて来たのだ。 エイガー自身も鉛の様な疲労が抜けず、目の奥と体の節々が痛い。彼と部下達の疲労は今やピークに達していた。 「大体が、開発計画がタイト過ぎるんですよ・・・」 こちらのボヤキはもう1機のジムキャノンを操縦するゲラン軍曹である。 彼等2人はエイガーが戦車兵の頃からの部下であり、MS適性試験にも同時に合格した同期の戦友だった。 「泣き言を言うなGC3。例のV作戦の試作艦が搭載MSごとジオンの手に落ちたんだ。 その分こっちの開発計画が早まったのは仕方の無い話だ」 「4号機や5号機の開発クルーも随分ストレスが溜まってるみたいですよ?」 「もともとセカンドロットのRXシリーズはRX-78-2の戦闘データをフィードバックして開発を進める予定だったからな・・・」 エイガーはモニターに映った僚機の顔を見て『GM系のMSもな』という言葉を辛うじて飲み込んだ。 正味な話、ジオンに比べMS開発の経験が浅い連邦にとって、RX-78-2ガンダム搭載の教育型コンピューターに蓄積された生の対MS実戦データは咽から手が出るほど欲しい宝だったのである。 エイガーが試算してみたところ、これが移植されなかった為に連邦のMSは、軒並み30%の性能アップが出来なかった・・・と出た。 それは翻って連邦の量産型MSがそれだけ戦力ダウンしたという事を意味している。 いずれ連邦パイロットが熟練するに従いこの差は徐々に埋めて行けるとは言うものの、それまでこの戦争が続いているかどうかは保証の限りでは無いのだ。 現時点の連邦軍にとってこれは深刻な痛手であろう。 もちろんこれはあくまでも試算値であって厳密な数値では無いが、その結果はエイガーを暗澹たる気分にさせるには十分だった。 それを知ってか知らずか、サカイは呑気な声で更に話を続ける。 「RX-78-2のパイロットはえらく優秀だったらしいですね。何でも赤い彗星と互角に渡り合ったとか。 その戦闘データさえあれば、RGMシリーズだってもっと強化できたでしょうに」 「もうやめろ。たらればの話はここまでだ」 歴史は動いたのだ。時計の針を戻す事ができない以上、いまさら何を残念がっても詮無い事なのである。 「俺達は目の前にある仕事から片付けよう。まずはコイツだ」 ゆるやかにカーブした700~800メートル程続く一本道のほぼ真ん中付近。 連邦の車両が進入してきた隘路入り口から約400メートルの地点で、縦横それぞれ15メートルもあろうかという巨大な岩塊が完全に道路を塞いでいる。 エイガーは岩塊をモニター越しに確認すると一旦機体を止め、それが落ちて来たと思われる崖の中腹まで軌跡を辿るようにマドロックの頭部メインカメラを振り向けた。 岩塊は木々を薙ぎ倒して転がり落ちて来たらしく、その形跡を辿る事は比較的容易い事であった。 エイガーとしては単に連鎖的な崩落の危険を見極めようとしただけの確認作業だったのだが・・・・ 「・・・!!」 その瞬間、彼の両目は見開かれ全身は総毛立った。 崖の中腹、周囲に溶け込む偽装ネットを被せてはいるが、その奥に微かに覗く、濡れた雨に照り返す金属特有の鈍い輝きは見紛い様も無い。 エイガーは、大岩がこそげ落ちた崩落部分のやや脇に潜む、2体のMSを目聡く発見したのである。 ちなみにマドロックに搭載されたセンサーは、ミノフスキー粒子と激しいスコールに阻まれ何も反応していない。 恐るべき事に彼は長年の砲術戦で鍛え培った視力と観察眼、そして注意力のみで偽装潜伏しているザクを看破したのであった。 339 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/22(火) 01 52 01 ID br3lyhfc0 [3/6] 「・・・GC2、GC3、レーザージャイロと火器管制システム同期だ、くれぐれも唐突な機動は慎めよ・・・・!」 「は?」「唐突な機動?」 突然押し殺した声で命令を下して来たエイガーに部下の2人は戸惑ったものの、指示通りに2機のジムキャノンはマドロックにシステムを同調させる。 これで2機のジムキャノンそれぞれのサブモニターには、マドロックが『見て』いる映像が映し出される事となる。 ミノフスキー粒子の干渉をそれ程受けず、ある程度の範囲をカバーできるレーザー通信でお互いのMSはデータを共有している。 スイッチの切り替えで、リーダー機であるマドロックのマークした照準に合わせて、システム管理下に置かれたジムキャノンが同時に多方向から砲撃する事も可能だ。 これが、戦車兵上がりの砲術士官エイガーが砲撃用MSに組み込んだ兵器統合火器管制システムであった。 これにより連邦軍の砲撃MS同士は集団戦において有機的な運用が可能となったのである。 「少尉、いきなりどうしたんで・・・・うっ!?」 「これは・・・・!?」 GC2とGC3、二機のジムキャノンパイロットは同時に息を呑む。 「見ての通り、10時方向に潜伏中の敵MS2機を発見だ。あわてるなよ、知らんフリをしながら動け」 「GC2了解・・・!」「ジ、GC3了解・・・」 マドロックは見上げていた頭部を正面の岩塊に戻し、ゆっくりと歩を進め更に岩塊に近付いてゆく。 ややぎこちなくその後を2機のジムキャノンが続くが、その動きは辛うじて遠目には不審なものとは映らなかっただろう。 もちろんエイガー達はサブカメラの映像を崖の中腹に潜んでいる2機のMSから外しはしない。 3体のMSによる映像は3体のMSで共有統合され、刻一刻と立体的に対象物のデータを解析し、測定を進めてゆく。 素早くエイガーが画像をズームアップすると、ザクが被っている偽装ネットの隙間から二本のバズーカらしき砲口がこちらを向いているのが確認できた。 その事実に心臓が鷲掴みにされたかの様な衝撃を受けたエイガーだったが、最前線で砲兵隊を率いジオンの鉄巨人ザクと生身で戦って来た彼は、ある種のクソ度胸が備わっていた。 「まさか、この落石は我々をおびき出す為の罠・・・?」 「いや違うな、それならもう我々は攻撃を受けている。恐らく、これは敵にとってもアクシデントだったんだ」 本心は一刻も早く敵の射線から逃れたいのだろう。サカイの青ざめた声を、しかしエイガーは毅然とした声で否定した。 「アクシデント、ですか・・・」 「敵MSのデータはありませんね・・・どうやら新型の様です」 解析を進めるゲラン軍曹の緊張した声も、やや震えている。 「敵はこのまま我々が自分達の存在に気付かずにこの大岩を撤去し、当初の予定どおりここを通過するのを待っているんだ。 そして、がら空きになった隊列の横腹に満を持して砲弾を叩き込むつもりなんだろう。 こんな場所で砲撃されたらどうにもならない所だったな。我々は運がいいぞ」 そう言いながらエイガーはニヤリと笑う。 340 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/22(火) 01 52 44 ID br3lyhfc0 [4/6] 「そ、それじゃ後方の車両部隊の皆に早く知らせないと!」 「待て、今、車両部隊が動けば敵に気付かれてしまう。ここは逆に、奴等の裏をかいて始末するチャンスだ。見ろ」 エイガーが弾く様にボタンを押すと、照準モニターには地形に被せるように敵MSと味方部隊の位置が地図上にクッキリと表示された。 多角的に解析を終えたデータは明確に、そして残酷に、隠れ潜んでいる敵の居場所を浮かび上がらせたのである。 RX-78-6【マドロック】は両肩に装備された300mm低反動キャノン2門と現在は腰にマウントされているビームライフルを同時に、同(異)照準めがけて発射する事ができる。 特に都合3本の火線を集中する収束攻撃は現時点で存在するMSの中でも、最大級の破壊力を持つ攻撃と言っても過言では無いだろう。 一方ジムキャノンもマドロックに一撃の威力でこそ劣るものの、同様に右肩に装備された240mmロケット砲とビームスプレーガンを同時に標的に向けて発射可能である。 これらの攻撃をシステムによってリンクした3体のMSから浴びせられれば、対象物はひとたまりもないだろう。 だがその為には巧妙に敵の隙を突く必要があるとエイガーは考えた。 「よし、全機停止だ。すみやかに岩塊に向けて砲撃姿勢を取れ」 道路の真ん中に鎮座する岩塊まであと100メートルという所でエイガーは部下達に指示を出した。 先頭のマドロックをアローフォーメーションで後方左右から追尾していた部下達のジムキャノンはその場で足を止め、右半身に構えた前傾姿勢を取る。 「これで敵からは我々が邪魔な岩を排除する為に砲撃するつもりに見える筈だ。 だが実は違う・・・! カウントダウンと共に『ターゲット』に向けて一斉攻撃だ、いいな」 エイガーの言葉を復唱し、ごくりと唾を飲み込んだサカイは眼前の岩ではなく、ターゲットスコープに10時方向で照準固定されている敵のMSを捉えている。 スイッチ一発で彼等の機体はロックされた方向へ瞬時に向きを変え、同時に砲弾を吐き出すのだ。 これは敵の意表を付く攻撃であるはずだ。回避や防御は、ほとんど不可能であろう。 「周囲に敵の仲間がいる可能性もある。念の為、砲撃後はすぐに散開するのを忘れるな。 ターゲット撃破後、車両も一斉に後退させる。カウントダウン、5・・・4・・・」 「どうやら、奴ら、俺達には気付けなかったみたいですね・・・」 「・・・・・・」 安堵したようなバーニィの声に、ニムバスは沈黙で答えた。 モニターには小降りになって来たスコールの中、道を塞ぐ岩塊に向けて三角フォーメーションで砲撃姿勢を取った3体の連邦製新型MSが映し出されている。 少しでも敵が不審な動きを取った場合は躊躇無く行動に移るつもりで神経を張りつめていたニムバスだったが、どうやら杞憂で済んだ様だ。 漠然とした不安は拭い切れていないが、このまま滞りなく事が進めばそれに越した事は無い。 いやむしろ、警戒心が強過ぎるのは逆に戦術の幅を狭めるかも知れない。 折角なら連邦製の新型MSが放つ攻撃の破壊力を見極めてやるのも悪くは無いかとニムバスがふと肩の力を抜いた瞬間・・・ まるで示し合わせたかの様なタイミングで3機の砲口が一斉にこちらを向いた。 「しまっ・・・!!バーニィ!!」 目を見開いたニムバスの絶叫は、強烈な爆発音に掻き消された。 341 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/22(火) 01 53 54 ID br3lyhfc0 [5/6] 「うおっ・・・!!」「な、何だ!?」 エイガーとサカイが同時に叫ぶ。 彼等のMSが体勢を変えた瞬間、轟音を立てて粉々に消し飛んだのは、眼前で行く手を阻んでいた岩塊だったのである。 突然の事に度肝を抜かれ、彼等はザク改に向けての攻撃を一瞬ためらわざるを得なかった。 ニムバスの瞳がギラリと光る。 「飛べ!バーニィ!!」 「了解っ!!」 ニムバスとバーニィのザク改はこの機を逃さずバーニアを轟然と轟かせ偽装網をかなぐり捨てて飛翔し、後背にそびえ立つ崖の稜線を一気に越えてエイガー達の視界から姿を消した。 逃げ場の無い崖を背にして敵に攻撃を仕掛けたり、敵の待つ道路に飛び降りたりせず、ジャンプして崖の背後に回り次の行動に移行する。 これは予めニムバスがバーニィに指示していた非常時における回避行動であった。 例え相打ち覚悟で敵の撃破に成功しても、こちらの被害がそれを上回れば意味は無いのだ。 分が悪くなれば、躊躇なく、引く。 あらかじめニムバスは作戦失敗の咎を全て自分が負うつもりで、アムロとバーニィにそう言い含めていたのである。 ちなみにこの大胆な退避手段は、従来のザクに比べて格段に推力がアップしているザク改ならばこそ可能な荒業であった。 「ああっ!糞!!奴等を逃がしちまったっ!!」 「構うな!それより前方に注視しろ!!」 卓抜したエイガーの目は、その時朦々と立ち込める爆煙の遥か向こうに朧立つ 新たなターゲットを捉えていたのである。 エイガーがモニター越しに目を凝らした 刹那、上がり掛けたスコールの中を一筋の雷光が一直線に貫き、轟音と共に丘の上に立つ敵MSの精悍なシルエットを浮かび上がらせた。 その細身なMSは、砲口から白煙たなびく無骨な巨砲をアンバランスに捧げ持ち、華奢なボディラインを禍々しいものに変貌させている。 ふと、その顔がこちらを向き、まるで人間の様な『双眸』がマドロックのそれと交錯する・・・・・・! 「何っ!?ガンダム・・・だと!?」 普段何事にも動じないはずのエイガーが息を呑む。 それは、敵味方に分かれた【ガンダム】が、初めて遭遇した瞬間だった。 444 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/07/07(水) 12 07 27 ID UqfbXj6Y0 [2/8] 「よおぉぉしっ!!」 バズーカを掲げ、丘の上に仁王立ちしたRX-78XX【ガンダム・ピクシー】のコックピットでアムロは小さく拳を握り締めた。 アムロは改めて自らのMSが手にしている380ミリハイパーバズーカを見やる。 この感触、扱う機体は変わってもRX-78-2【ガンダム】で慣れ親しんだ使い心地は少しも変わっていなかった。 ―――ザク改の偽装が敵パイロットに見破られた。 ガンダムとガンキャノンを掛け合わせた風貌の敵MSが立ち止まり、崖を見上げた一瞬、アムロは微かな電光の閃きと共にそう確信した。 「ガンダムもどき」のRX-79(G)と戦い、現在もガンダムに酷似したピクシーを操るアムロには、もうガンダムタイプのMSに対しての驚きは無い。 いきなり現れたマドロックを目の当たりにしても、アムロは冷静であった。 さすがに落石というアクシデントに驚きはしたが、彼は元々の打ち合わせ通り、ニムバスからの合図が無い限り自分からアクションを起こすつもりは微塵も無かったのである。 しかし状況は変わった。崖に張り付いた2機のMSは格好の標的だ。 このままではザク改は敵に狙い撃ちされてしまうだろう。 隘路の出口付近に潜伏しているピクシーの位置から道路を塞ぐ大岩までは500メートル以上も離れており、その向こうにいる敵MSまでとなると更に遠い。 仮に今、ここで飛び出したとしてもピクシーが得意とする接近戦にいきなり持ち込む事はできないだろう。 アムロは躊躇い無くピクシーがそれまで握り締めていた90mmサブマシンガンを足元のハイパーバズーカに持ち替えた。 このバズーカはシャア達がクレタ島でRX-78XX【ガンダム・ピクシー】を鹵獲した際、機体と同時に押収したものだ。 本来近接戦闘に特化されたピクシーではあったが、RX系の武器は一通り使用可能であるらしい。 今回の作戦にあたってアムロは機体の特性を考慮し専用サブマシンガンを携行武器に選択したのだが 「『兵に常勢無し』・・・戦場では予想外の事態が起きるものです。念の為にこれも」と、ニムバスがアムロに敢えて持たせたものだった。 一刻の猶予も無い。考えると同時にアムロの体は動いている。 偽装網を払い除け、丘の上に弾かれた様に身を起こしたピクシーは、すかさず片膝立ちになると大ぶりなハイパーバズーカをピタリと構えた。 『敵の攻撃を中断させ、こちらに注意を向けさせる。それには!』 狙うは敵MSではなく道路の真ん中に居座る岩塊である。 この一撃に失敗は許されない。 メイン武器としての使用を想定していなかったハイパーバズーカは、照準調整に若干の不安がある。 狙う的は大きければ大きい程良いという咄嗟の判断であった。 一瞬の隙さえ作り出す事ができれば、あの二人なら即座に状況を理解し的確に行動する。そうアムロは踏んでいたのである――― 445 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/07/07(水) 12 08 43 ID UqfbXj6Y0 [3/8] そうして確実に岩塊を破壊せしめたアムロは、思惑どおり2機のザク改が敵の混乱に乗じて退避したのを確認して歓喜の声を上げたのであった。 このアムロの一連の行動とメンタリティは、誰かの部下として与えられた任務を果たしていれば良かったこれまでの戦い方とは全く違ったものだった。 「・・・兵は詭道なり」 アムロはロドス島で行なわれた作戦会議の際にニムバスに言われた言葉を無意識に呟いていた。 「『兵は詭道なり』・・・戦の場ではこれを決して忘れてはなりません」 ブリーフィングの途中でニムバスはアムロとバーニィにそう切り出した。 「あ、ええと、それは確か、ゲラート少佐も良く言われていた言葉です。 意味まではその、良く判らなかったんですが・・・」 アムロが振り返るとバーニィもしきりと頷いている。ニムバスは少しだけ顔を綻ばせた。 「簡単に言えば、正攻法で攻めるよりも、敵のコントロールをこちらで握ってしまえ・・・といった意味です」 「コントロールって、敵MSにリモコンでもくっ付けるん・・・じゃないですよね・・・すみません・・・」 すぅっとニムバスの目が細まったのを見て、慌ててバーニィは首をすくめた。 「MSに乗っているのは人間。戦艦や戦闘機などの兵器を操っているのも人間。 突き詰めれば敵は人間なのです。人間には感情や欲望があります。これを揺さぶり、こちらの思う様に動かす。 これが『兵は詭道なり』の真髄なのです」 「感情や欲望を揺さぶる・・・」 「人間には喜怒哀楽そして恐という五つの感情と、食・性・名声・財産・趣味という五つの欲望があります。 これらを刺激してこちらの術中に嵌めてしまう訳です。それにはまず、物事の上辺だけで無く、裏まで見抜く洞察力が肝心。 まあこれは別に、戦場に限った話ではありませんがね」 ニムバスの話はなかなかに奥が深そうだ。 「む、難しそうですね・・・」 「もちろん簡単ではありません。しかし例えば人間は理解不能な状況に陥ると思考が一瞬停止してしまうものです。 リスクを伴う事もあるでしょうが、これを利用すれば敵の平常心を失わせ、貴重な時間を稼ぐ事ができるかも知れません。 逆もまた真なり。常に不測の事態に備えていれば、敵に隙を突かれる事は無いでしょう」 アムロとバーニィは真剣な顔でニムバスの話に聞き入っている。 「 そして『兵に常勢無し』つまり戦場では常に周囲の状況に気を配り、臨機応変に動く事が肝要であり『兵は神速を尊ぶ』・・・迅速・機敏に行動しろという事なのです・・・」 アムロはちらりと2機のザク改が姿を消した崖の稜線を確認した。 彼等の作戦は既に、次善策であるプランBの第二段階に移行したのだ。今しばらくは、敵の目をこちらに引き付けておく必要がある。 ニムバスの言った『兵は詭道なり』・・・ 建前だけとは言え小隊の指揮官として、実践するのはこの場面以外、有り得なかった。 446 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/07/07(水) 12 10 25 ID UqfbXj6Y0 [4/8] 「出ました!奴の正体は・・・RX-78XX【ガンダム・ピクシー】です!」 「ピクシーだと!?」 突如出現した謎のMSを素早く解析しデータ照合していたゲランが焦った声でエイガーに報告する。 「どうやら連邦軍が我々とは別ラインで極秘裏に開発したらしい陸戦MSの様です!こんなRXシリーズがあったなんて・・・!」 続けてデータを読み上げるサカイの声も戸惑いを隠せないでいる。 果たしてこれ以外にも彼等の知らない【ガンダム】が連邦軍の兵廠にはゴロゴロしているのだろうか。 「例の試作艦への輸送任務が中断され、その後行方不明となった・・・としかデータには記載されていません!」 「そんなMSが何でこんな所で俺達に砲口を向けているんだ!?」 「判りませんっ・・・!取り敢えずデータ送ります!」 「くそっ!!GC2!GC3!散開だ!リンク攻撃を掛けるぞ!!」 「「了解!」」 部下に迎撃を命じたエイガーだったが、彼はここで重大な判断ミスを犯していた。 MSに搭乗した感覚は戦車のそれとは全く異なる。 理詰めで攻撃を行なう砲術は冷静にならざるを得ないが、自らの体躯と同様に自在に動けるMSは、自由度が高い分、目の前の戦いに没頭しやすいのだ。 彼は自分でも気が付かぬうちに熱くなり、俯瞰的な視野を逸していたのである。 「何っ・・・!?」 そのエイガーの目が驚愕に見開かれる。 RX-78XX【ガンダム・ピクシー】は、大胆にもバズーカを抱えたまま丘を蹴ってアスファルト敷きの道路に音も無く着地すると、何とこちらに向かって歩き出し始めたではないか。 3機のMSに背を向けて逃げ出すでもなく、横に回り込もうとするでもなく、ただ正面から悠然と歩み寄って来るのだ。 これは、戦場でのセオリーに当て嵌めてみても到底信じ難い行動であった。 「な、何だあいつ!?舐めやがって!」 激昂するゲランの声も、得体の知れない恐怖を誤魔化す為に異様に甲高くなっている。 「データによると奴は接近戦を得意とするMSのようだ。奴を近づけさせるな!!攻撃開始!」 「りょ、了解!」「了解です!」 エイガーの指示に従い、砲撃を開始した3機だったが、ゆっくりと歩き来ていたMSが、物理法則を無視したかの様に突然真横にスライド移動し、彼等の放った砲弾を全て避けてしまったのである。 その素早さは見る者の網膜に残像を残し、まるで分身でもしたかの様に見えた。 「な!?何だ今の機動は!?」 まるでバケモノでも目撃したかの様な大声をゲランは上げてしまった。 宇宙ならばまだしもここは地上なのである。MSのあんな動きは教練でも習わなかったし、今までに見た事も聞いた事も無い。 「足底バーニアとメインスラスターをステップジャンプに組み合わせて一時的に擬似ホバーの様に使用したんだ! 怯むな!撃て!撃て!」 実は地上走行用のホバースラスターはマドロックにこそ装備されている。 しかし今ピクシーが行った瞬間移動ばりの動きは、重量級のマドロックには到底不可能なものだろう。 徹底的に機体を軽量化し、アポジモーターを増設したピクシーは恐るべき瞬発力を持つに至った様だ。 しかし、そんな暴れ馬の様な機体を使いこなし、マニュアルには無い機動をこなしても一切機体バランスを崩さないでいる敵パイロットの操縦センスの方にこそ計り知れないものがある。 自らの背中に結露した冷たい汗を気取られまいとエイガーは僚機に必死の指示を出す。 しかし各人とも焦りの為か照準がぶれ全く砲弾を命中させる事ができない。 2度3度と砲撃を繰り返すも不規則なスライドホバーで移動する敵MSに、ビーム砲すら当たらないのだ。 いかに強力な攻撃であっても、当たらなければ何の意味もなさない。 移動する敵に砲撃は当て難い。武器が全て単発式であった事も災いしていただろう。 ・・・とは言うものの、あまりの当たらなさに3人のパイロットは愕然とする。 447 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/07/07(水) 12 11 18 ID UqfbXj6Y0 [5/8] 「何故だ・・・何故当たらん!?」 こんな馬鹿なとエイガーが目を凝らすと、ピクシーは直線と曲線を織り交ぜた動きで幻惑し、こちらの砲撃タイミングと照準を微妙にズラしているのだという事に辛うじて気が付いた。 こちらに仕掛けて来る訳でもなく、明らかに敵は何らかの時間稼ぎをしているのである。 しかしそれが判っても、現状の彼等には目の前の敵をどうする事も出来ないのだ。 エイガーは幼い頃に見た、悪戯好きの悪魔に為すがまま翻弄され続ける哀れな人間達を描いたコメディ映画の1シーンを思い出していた。 ふざけるなとエイガーは頭の中から不吉な想像を振り払うと全神経を集中し、ビームライフルでピクシーの足元を狙い撃つ。 それは敵の動作をエイガー特有の観察眼で分析し「次の動き」を予測した必中の一撃だった。 にも関らず、何とピクシーはステップジャンプ中に不自然に右膝を高く上げ、その下にビームの斬光を通したのである・・・! 「まさか!?」 エイガーは今度こそ恐怖した。 偶然か!?いや敵は完全にこちらの攻撃を予測して、避けているとしか、考えられな――― と、ピクシーの足元から煙幕状のものが勢い良く立ち上り、その機体を覆い隠してゆく。 その煙は雨上がりの追い風に乗って、たちまち周囲に薄闇の如く広がり、マドロックやジムキャノンの周りを薄ぼんやりと覆い尽くした。 「な・・・今度は何だ!?何なんだよ!?」 「神よ・・・白き悪魔から我を守りたまえ・・・!」 泣きそうな声でサカイが、擦れた声でゲランが叫ぶ。 これは以前アムロが多対一のMS戦用に用いた戦法をアレンジしたものだったのだが、もちろん連邦のパイロット達がそんな事を知る由も無い。 今や完全に、連邦の誇る3機の新型MSが、たった1機のMSに翻弄され、呑まれてしまっているのだ。 「慌てるな!スモークディスチャージャーかグレネードだ!パッシブ・サーマルセンサーに切り替えろ! データを共有・・・」 しかしエイガーの言葉が終わらぬその時突然、薄靄の中にいたピクシーがバズーカを撃ち放ったのである。 弾は明後日の方向に飛んでいったが掴みどころの無かった敵が突如牙を剥いた姿に、連邦のパイロット達は動転した。 「うわああっ!?撃って来た!?」 怯えた声を上げたのはゲランである。 「慌てるな、あんなメクラ撃ちは当たらん!サーマルセンサーで敵の居場所を捉えるんだ!」 エイガーをはじめ3人の連邦パイロットはMSでの戦闘はこれが初めてであった。 戦車とは勝手の違う操縦感覚は、彼等を徐々にパニックに陥れようとしている。 エイガーはそれに必死で抗う様に眼前のセンサーモニターを凝視した。 「!」 「エイガー少尉!目の前です!!」 サカイに指摘されるまでも無く、エイガーは真っ直ぐこちらに飛び込んで来る熱源体をセンサーで捉えていた。 恐らく敵はスモークに紛れて一気に近付き近接戦闘を仕掛けるつもりなのだろう。 「ポイント距離20・・・10・・・5・・・馬鹿め!マドロックを見くびるな!!」 マドロックは咄嗟に左手でビームサーベルを引き抜くと、ジャストのタイミングで前方に踏み込み思い切り横に薙ぎ払った。 ズシュッという何かを断ち斬った確かな手ごたえが操縦桿越しに伝播する。 砲撃用MSのマドロックであったが、接近戦を見据えた武器も抜け目無く装備していたのである。 初めてエイガーは歯を見せて笑った。 「調子に乗りすぎたな!貴様など、俺とマドロックの敵では・・・」 しかし、マドロックの足元に音を立てて落下したのは、真っ二つに切り飛ばされたハイパーバズーカ「のみ」であった。 エイガーの笑い顔が眼を剥いたまま凍りついて固まる。 ロケット弾を使用するハイパーバズーカは砲弾を発射した直後は砲身が過熱し熱を佩びる。 ピクシーのパイロットはスモークを焚いて視界を奪い、投げ付けたバズーカの熱をこちらのセンサーに捉えさせ自身の代わり身として使用したのである。 エイガーの全身を戦慄が貫いた。 ならば敵の本体は・・・今 ど こ に い る の だ !? 448 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/07/07(水) 12 11 50 ID UqfbXj6Y0 [6/8] 「エイガー少尉!?」 「動くな!これは奴の罠だ!動けば奴のパッシブソナーで居場所を知られるぞ! 油断するな!こちらも敵の動きを探れ!! 相手は1機だ、最悪でも誰かが攻撃を受ければ残りの2機で敵を撃破できる!」 「り、了解!」「何てことだ・・・」 エイガーの指示に部下の2人も事態を察し、冷汗を浮かべてセンサーモニターを凝視する。 一分が過ぎ・・・二分が過ぎても・・・視界を遮るスモークの中、敵の動きはまだ無い。 しかし今この瞬間にもあの得体の知れないMSが背後に現れるかも知れないのだ。 経験の浅いMSパイロットにとって、その恐怖感たるや筆舌に尽くしがたいものがある。 疑心暗鬼に駆られた彼等は、知らず知らずのうちに集中力を極限まで絞り込んでいた。 だがその時――― じりじりと張り詰め硬直した時間を解きほぐすように、雨雲の切れ間から太陽の光と共に一陣の風が戦場を吹き抜け、薄雲の様なスモークをエイガー達の周囲から完全に吹き散らした。 ピクシーの姿は、どこにも無い―――――― 「おおお神よ・・・!?」 信仰深いゲランが天を見上げ、恐ろしげな物を振り払う様に胸の前で小さく十字を切る。 「て、敵はどこだ!?」 「ロストしました!ゲラン!?」「こ、こっちもです!」 サカイの呼び掛けに我に返ったゲランが神への祈りを中断して慌てて応じる。 「そんな筈は無い!敵はまだ近くに潜んでいるぞ!捜すんだ!!」 慌てて周囲をエイガーと2人の部下は警戒するが、まるで先程のスモークと同様、霧か霞の如く消えてしまったMSを再び捉える事はできなかった。 まさか逃げ出したのかと訝るエイガーの耳朶を、その時通信アラームが激しく叩いた。 『エイガー少尉!!敵襲です!敵のザクが後方の車両を!!』 「し、しまった!?」 突如割り込んで来たキャリアーからの通信に、エイガーは顔面蒼白となった。 目の前のピクシーに気を取られ、部隊の退避命令を出し損ねていたのである。 恐らく先程取り逃がした2機のMSは逃げ去ったのではなく、崖の尾根沿いに山の反対側に廻り込み、無警戒に停車していた部隊車両を襲撃したのだ。 エイガーは、敵MSを騙し討ちする為に味方車両を動かさなかった事で生じた大きな代価を、ここで支払うハメになったのである。 見る間に山の向こうからは連鎖する爆発音と無数の煙が立ち昇り始めた。 「やられた・・・・・・」 茫然自失となったエイガーが呟く。 彼が率いるこの長距離砲撃部隊は火薬と燃料の塊なのだ。隊列を組んで停車している所を爆破されれば誘爆が更なる誘爆を引き起こすだろう。 皮肉な事にこの隘路に入り込んでいた数台の車両こそ無事だったが、弾薬を満載した後方の補給車両が潰されてしまってはもう作戦通りの攻撃は不可能となってしまう。 ピクシーは完全に囮だった。奴はこちらのMSの動きさえ暫く押さえておけば良かったのである。 最初から本隊への襲撃は他のMSに任せ、ある程度の時間を稼いだらさっさと引き上げるつもりだったに違いない。 オデッサへの長距離支援というこちらの作戦行動を妨害する目的が達成されたならば、別に無理をして数的に不利なMS戦を挑む必要など無いのだから・・・! 449 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/07/07(水) 12 12 28 ID UqfbXj6Y0 [7/8] 夕焼けの中、再び雨が降り始めていた。 山間部に累々と横たわる残骸と化した車両を眺めながらエイガーは、オデッサ作戦において自分の役割が完全に無くなった事を実感していた。 人的な被害が最小限で済んだ事は幸いだったと言えるだろう。敵MSは的確にこちらの弱い所だけを突くと余計な殺戮をせず、旋風の様に引き上げたのだそうだ。 敵ながら見事な手際だと言わざるを得ない。 「白い悪魔め・・・!」 ゲランが命名したその名を悔しそうに呟いたエイガーは、それでも正直命拾いをしたという安堵感は拭えない。 あのまま敵のピクシーがスモークに紛れて本気で切り込んで来ていたら、自分達3人はどうなっていたか判らないのだ。 目を転じると、ゲランが身振り手振りを交えて大勢の仲間達に何かを説明している姿が見えた。 恐らく、今日を境に「白い悪魔」の名は瞬く間に連邦兵の間に広まる事だろう。 そして「赤い彗星」や「青い巨星」などと同様、その噂は恐怖と共に語り継がれる事になるに違いない。 「エイガー少尉、走行可能な車両に生存者を分乗させました。日が暮れる前に出発しませんと」 「・・・そうだな」 小走りでやって来たサカイの言葉にエイガーは頷いた。 これから彼等は来た道を引き返してソフィアにある中継キャンプ地に向かう。 意気軒昂だった行軍の時とは正反対の、消沈した敗残兵として仲間の元に帰還するのだ。合わせる顔が無いとはこういう事を言うのだろう。 「見ていろ・・・次はこうはいかない。俺はあの悪魔に必ず勝ってみせるぞ」 俯いていた顔を無理矢理上げたエイガーはそう言うと、ピクシーが消えた丘を睨み付けてから踵を返した。 彼等に降り注ぐ雨は、次第に強さを増して行く様だった。 .
https://w.atwiki.jp/amuroinzion/pages/29.html
【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part6-2 547 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 00 44 55 ID wU4zbHzw0 [2/8] 砂塵が舞い、容赦なく太陽が照りつける荒涼とした大地。 今、その荒れ果てた黄土色の大地にめり込むようにして、片腕を吹き飛ばされた1機のMSが横倒しに崩れ落ちた。 腰部の辺りに千切れた動力パイプがだらりと垂れ下がりしばらくスパークしていたが、やがてそれも途絶えた。 ぼんやりと霞んだ視界。鼻の奥をツンと刺すアドレナリンのキナ臭い匂い。 口の中に広がる鉄の味。 確か以前にもこんな事があった気がする。いつだったっけな。 「おいっ!応答しろニッキ!!無事か!?」 『ル・ローア少尉、状況を報告して下さい!』 「ニッキのザクが直撃を食らった!ゲラート隊長に一旦後退すると伝えてくれ!」 『りょ・・・了解!』 「レンチェフ!!」 「了解だ!援護するから先に行け!!」 そうだあれは確か、ハイスクール時代、ガールフレンドのアリスをめぐって同級生の・・・ ・・・同級生の・・・誰だったっけな・・・・ リブル・・・そうだリブルだ。 リブルと本気で殴りあった時だ。 奴のパンチをもろにアゴに食らった時の感じに似ている。 いや、あの時のガールフレンドはジェニーだったかな・・・ 何だか首が痛くて思考がまとまらない。 「ぐっ・・・げほっげほっ・・・」 横倒しになったコックピットの中で小さく身を捩ったニッキ・ロベルト少尉は、身体に食い込むシートベルトの痛みに顔をゆがめ、小さく咳き込んだ。 「ニッキ!生きていたか!」 「・・・・・・ル・ローア少尉・・・」 安堵したル・ローアの声が耳朶に響き、ニッキはようやく片目をはっきりと開ける事が出来た。 衝撃でどこかにぶつけた際に割れたヘルメットバイザーの破片でコメカミを切ったのだろう。 顔面に流れ落ちた血液が入り込んで固まり、右の瞼は開かない。 「・・・やっちまったか・・・」 痛恨の面持ちでニッキが自嘲する。ザク乗りにとってこれはある意味予想されていたアクシデントだった。 初期型のザクⅡを地上用に改装したMS-06J【陸戦型ザクⅡ】の中には、重力下において≪ある角度から≫想定された以上の衝撃を受けると、パイロットの首に掛かるGを打ち消す為に一瞬だけシートベルトがたわみ、その際にヘルメットの一部がサイドパネルの一部分に当たってしまうという構造的な欠陥を抱えているものがあった。 ≪ある角度から≫という注釈が付く為に、衝撃を受けたケース全てに当てはまる訳ではないが、しばしば戦闘中にザクに搭乗するパイロットの被っているヘルメットバイザーが破損する事故が起きるのは、これが主な原因であった。 パイロット達はこの現象を忌み嫌っていたが設計段階で生じたコックピットレイアウト自体の問題である為、これらの機種における問題点の改善は根本的に不可能であった。 結局パイロット達には、事故を回避するには機体に重大な衝撃を受けるな、つまり、ヘマをするな・・・と揶揄を込めて厳命されるに留まった。 パイロット達が安心して身を預けられるコックピットは、後の機種、例えば06FZ等の完成を待たねばならなかったのである。 548 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 00 46 16 ID wU4zbHzw0 [3/8] 「ぐあっ・・・」 ヘルメットを脱ごうとしたニッキは激痛でうめき声を上げた。 だらりと垂れ下がった右手が肩から上にあがらない。恐らくこちらは、骨折か脱臼をしているに違いない。 辛うじて動く体で必死にもがくニッキだったが全てのモニターがブラックアウトしている為にコックピット内は薄暗く、ほとんど何も見えない。 僅かに生き残った計器の明かりだけが自分は今、ザクの操縦席にいるのだという事を教えてくれているに過ぎないのだ。 「先行していたお前は、潜んでいた伏兵に至近距離からロケットランチャーの集中攻撃を浴びたんだ」 「ロケット・・・そうか・・・畜生・・・・・・ザクが歩兵にやられるなんて・・・」 「連邦も必死なんだ、命があっただけマシだと思え。動けるか?」 「・・・さっきからやってますが・・・すみません・・・」 「判った。もうしばらく後退したらハッチを開けてやるから、少しだけ辛抱していろ」 普段は彼に辛らつなル・ローアの声が今はやけに優しい。 「こちらル・ローア、ニッキは負傷している模様。 機体の損傷も激しく作戦続行不能。現在、ザクを牽引しつつポイントFに後退中」 『了解。どうか慎重に後退して下さい・・・!』 ニッキのいる暗いコックピットの中に、ル・ローアとセイラ・マスの通信のやりとりだけが響き、やがて機体がガリガリと振動し始めた。 ル・ローアのMS-07A【先行量産型グフ】が動けなくなったニッキのザクを引き摺って移動しているのだろう。 次第に意識がはっきりして来るのと同時に、ニッキの瞳には悔恨の涙が溢れ出した。 注意力が散漫になっていた。 もっとしっかり周囲を警戒していればこんな事にはならなかったのだ。 疲労と慢性的な睡眠不足など、理由にもならない。 「青い木馬隊」では通信士を勤めているセイラや整備班長のミガキはもちろん、14歳のメカニック少女ですら不眠不休で働いているのだ。 自分だけ文句など、言える筈が無い。 それなのに自分は彼等が精魂を込めて整備してくれた貴重なMSを、こうしてスクラップにしてしまったのだ。 そして今後はこのザク1機分の負担が、仲間たちに余分にのし掛かる事になる。 悔やんでも、悔やみきれない。 「泣くな!鬱陶しい!!」 微かに通信から聞こえるニッキのすすり泣きを一喝したル・ローアだが、彼も体調の悪さを精神力で補っている状態だった。 彼だけでは無い。それほど青い木馬隊の誰もが疲れ切っていたのである。 549 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 00 47 27 ID wU4zbHzw0 [4/8] 「オデッサ作戦」それは、ジオンの大規模採掘基地があるオデッサ周辺地域の奪回と、バルカン半島から東欧にかけて広く展開するジオン軍の一掃を目的とする連邦軍の一大反攻作戦である。 ジオン軍の執拗な妨害にあいながらも物量に勝る連邦軍は、遂に先発部隊の配置を全て完了し、後はレビル将軍が座乗するビッグ・トレー級陸上戦艦【バターン】を擁する本隊の到着を待つばかりとなっていた。 旧地域でいうウクライナの中央、ドニエラル川のほとりにある鉱山基地キエフ。 厳密に言えば実際のオデッサから遠く離れているこの地は「オデッサ作戦」の最前線である。 そのキエフ鉱山基地第123高地に配置されたランバ・ラル中佐率いる「青い木馬隊」は、正式なオデッサ作戦発動前なのにもかかわらず四六時中、敵の攻撃に晒される事となった。 いまだ本隊が到着していないが、連邦軍は布陣が完了している先発部隊だけで順次、キエフに対し小規模な突撃を開始したからである。 物量に勝る連邦軍は、夜昼を分かたず各隊持ち回りで「押さば引け、引かば押せ」の揺さぶりを掛け、ジオン側を消耗させたと見るや迅速に退却するという波状攻撃を仕掛けた。 連邦の先発部隊にはMSが配備されておらず、61式戦車が中心である。 しかしそのぶん逃げ足は速く、おっとり刀で飛び出してきたザクをあざ笑う様に引くのが常の戦法だった。 かと言って戦力の絶対数が少ないジオンのMSが迂闊に単独で突出すると、待ってましたとばかりに広く布陣している連邦軍から十字砲火を受けてしまう。 先程のニッキのザクを例に取るまでも無く、連日の出撃で疲労困憊のジオン兵に罠も掛け放題である。 もちろんこれはあくまでも本隊到着までのつなぎであり、ジオン軍を牽制する目的以外の何ものでもない、豊富な物資を惜しげも無く投入できる連邦ならではの攻撃方法といえた。 制空権が辛うじてジオンにある以上、派手な爆撃などはできないが、兵員数差に物を言わせた完全交代制を確立し休養十分で戦いに望める連邦兵に対し、常にストレスに苛まれ、休む事なく戦闘を強いられるジオン兵。 これはジオン側にとって戦力をじわじわと削り取られる悪夢の戦法であり、戦いの趨勢は明らかであった。 しかしそれでもジオンは善戦している。 青い木馬隊指揮官ランバ・ラルと黒い三連星、ラルを補佐するゲラート・シュマイザー、ダグラス・ローデンの率いる部隊が獅子奮迅の働きを見せていたからである。 だがそれも限界に近いとル・ローアは感じていた。 つい昨日、拡大する敵の線戦を抑える為にフェンリル隊のスワガーとマニング、そしてサンドラはダグラス率いるMS特務遊撃隊に一時的に組み込まれ、青い木馬隊の守りを離れたばかりだった。 こんな状態が続けば、今後第二第三のニッキとなるのは自分かも知れないのだ。 ジオンには何か、大きな転換点が必要だった。それには・・・ 「いけねえ!奴ら増援を投入してきやがったぜ!!MSがいやがる!!」 レンチェフの大声でスピーカーの音が割れている。 ル・ローアがモニターに目を転ずると、61式を背後に下がらせた3機の連邦製MSがマシンガンを手にこちらに進んで来ているのが見えた。 オレンジがかった赤色のボディカラーには見覚えがある。たしか奴の持っているマシンガンは、ザクの装甲を紙の様に撃ち抜くはずだ。 「・・・敵はこちらが消耗するチャンスを狙っていたんだ。弾はあるか?」 「奴らを牽制する為に撃ち尽くしちまったよ。あと一斉射で終わりだな」 ル・ローアの問いに不敵な笑いを浮かべてレンチェフは答える。 彼の操縦するMS-07B【グフ】は装弾数が元々少ない上に連日の出撃で機体のコンディションも万全とは言いがたい。 そして白兵戦が主眼に置かれたグフは銃器の類を装備した敵MS複数を相手にするには分が悪い。 どれもこれもマイナスな状況だが、ま、なるようになるさとレンチェフはひとりごちた。 「・・・・ル・ローア少尉・・・俺の事は・・・」 「お前は黙ってろ!!」 またもやル・ローアがニッキを怒鳴りつけた。 動けないザクの中から聞えるニッキの声はか細く、息も絶え絶えである。 ル・ローアは静かに奥歯を噛み締めた。 狼の紋章を胸に抱く戦士は、決して仲間を見捨てたりはしない。 自分達は何としてでも目の前の敵を撃退し、重傷の仲間を無事に連れ帰らねばならないのだ。 550 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 00 48 32 ID wU4zbHzw0 [5/8] 「すまんなレンチェフ、付き合ってもらうぞ」 「おう、やるしかねえぜ。ここが抜かれたら俺達のヤサの守りがガラ空きになっちまうからな」 「そういう事だ」 普段はあまりソリの合う2人では無かったが、互いの実力は認める間柄だ。 連携するに不備はない。 「セイラ聞えるか、ル・ローアだ。ゲラート隊長に繋いでくれ」 『了解、回線まわします』 緊迫した状況を察したセイラは無駄な問答や余計な手順を一切省き、涼やかな声でゲラートへ直接回線を繋ぐ。 ル・ローアは、状況の機微を瞬時に読むこの美貌のオペレーターを結構気に入っていた。 これは、素性やルックスだけでは決してその人間を認めない超堅物の彼にしては、非常に珍しい事だった。 『ゲラートだ』 「隊長、新たに現れた3機の敵MSを捕捉。交戦に入ります」 『・・・了解。至急増援を送る、それまで持ち堪えろ。これは命令だ、レンチェフも判ったな』 「了解!」「了解でありマース!」 ゲラートの命令に対しル・ローアは生真面目に、レンチェフはややおどけた復命を返す。 ル・ローアのコメカミに青筋が浮いた。 セイラとは大違いだ。この期に及んでコイツのこういう所が気に食わんのだとル・ローアは舌打ちしたい気分になった。 「・・・隊長はああ言ってくれたが戦力の余分は無い筈だ」 「判ってるよ。他の部隊は現在ほかの地点の防御に駆り出されているからな」 ル・ローアもレンチェフも、ゲラートの言葉はこちらに対する精一杯の手向けである事くらい承知している。 「稼働率は?」 「70%って所かな」 「ふ・・・俺のMS-07Aも似た様なものだ」 以前、レンチェフは当時隊にいたバーニィのヅダを援護する為に敵MS2体と大立ち回りを演じたが、機体コンディションがガタ落ちの今回はそうもいかないだろう。 「・・・もしアムロなら、奴ら相手にどう戦うかな?」 「んあ?何だ、やぶから棒に」 ニッキのザクを岩陰に引っ張り込みながらル・ローアがそう呟くと、レンチェフは虚を突かれたみたいな顔で返事を返した。 彼の脳裏にはバーニィと共に配属されて来た時の、あどけない顔をした赤毛の少年が思い出されている。 そう言えば、アムロが操るヅダ改の大活躍をまくし立てたシャルロッテの熱弁は・・・ちょっとした見物だった。 しかし多少の誇張はあったかも知れないが、アムロがヅダ改1機で8機もの敵MSを撃破したのは紛れも無い事実なのである。 たかだか3機のMSに対して決死の覚悟を決めなければならない凡人の自分達とは何という違いだろう。 「ニュータイプだっけか?そんな妙ちくりんな奴の考えなんざ知るか。 想像したくもねえ。不愉快だ!」 「ふふふ、確かに自分の手の届かない所にいる奴の事なんか、考えたくも無いもんだよな」 「ナニか言ったか!?」 噛み付くような勢いでレンチェフが怒鳴ると、ル・ローアはそれとは対照的な冷笑で応えた。 「聞こえなかったか?ならばもう一度言ってやろう」 「うるっせえ!黙れバーカ!!」 プライドの高いレンチェフはそう応えるしかなかったのだろう、内心では自分も同じだとル・ローアは苦笑した。 アムロは年齢も戦歴もMS搭乗時間も、全てにおいてル・ローア達には遠く及ばない。 にもかかわらず、パイロットとしての腕前は遥かに2人を凌駕している。 面白くない、全くもって面白くないが、そこには努力の類では埋められ無い何かが厳然として存在するのを認めざるを得ないのだ。 もはや自分達があの赤毛の少年に勝るものといえば唯一、経験の差ぐらいのものだろう。 それが判るだけに、二人共悔しくて堪らないのだ。 気に入らない連中を片っ端から上も下も関係なくぶっ飛ばして来たレンチェフだったが、相手が15歳の少年ではそれすらできない。 面白くない事、おびただしい。 ・・・しかし口では何と言おうと、仲間意識が強く部下想いの彼等は、結局何だかんだとアムロやバーニィ等の新兵の世話を焼いてしまうに決まっているのだったが。 551 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 00 49 45 ID wU4zbHzw0 [6/8] 「そんな事よりだ、姫さん、いるかい?」 『はい、レンチェフ少尉』 レンチェフの突然の指名にも、セイラは慌てず冷静に対応する。 彼の目論見を察し、ル・ローアは顔を曇らせた。 「いつもの奴。頼むわ」 『・・・・・・』 ミノフスキー粒子が濃い為にモニターに顔は映らないが音声は明瞭に聞こえる。 セイラは数瞬だけ黙り込んだ後、万感の思いを込めて口を開いた。 『皆さんなら出来ます、どうかお気をつけて・・・!』 「お」 「・・・へへ、あんがとよ。 やっぱし隊長よりも姫さんにそう言われた方が、不思議とやれそうな気がするぜ」 ・・・同感だ。 戦闘前に不謹慎だぞとレンチェフを嗜めようとしたル・ローアの顔が綻ぶ。 レンチェフはもちろん、言わずもがなだ。 3機の敵MSはもうすぐ、射程圏内に入る。 「さあて。そろそろ行こうかい」 「うむ・・・む?待て、今敵の後方で何か光ったぞ」 その時、2人のグフの集音マイクが遅れて届いた微かな爆発音を拾った。 カメラをズームしたレンチェフが息を呑む。 552 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 00 50 57 ID wU4zbHzw0 [7/8] 「お、おい!ザクの群れだ!!敵の背後から現れたザクの群れが、61式をさんざんに蹴散らしてやがるぜ!」 「何だと、まさか・・・!」 ル・ローアも目を見張った。大混乱に陥った敵を蹂躙するどの機体も、通常のザクとは明らかに動きが違う。 良く見るとMSはザクだけではない。中にはグフやドムすら凌駕する機動を見せているものもある様だ。 「見ろ!先頭のザクの色を!!」 「おお!!」 華麗なステップで二連装150ミリ砲をかわし、返す刀で61式を撃破したザクの全身は赤くペイントされ、頭部にはブレードアンテナが装備されている。 それは、彼等が待ちに待っていた男が帰還した事を意味していた。 「あれは、赤い彗星・・・!」 「来たか!!む?」 快哉を叫びそうになったル・ローアの顔が引き締まった。 自軍の混乱に戸惑いを見せていた3機の敵MSが、一斉にこちらに向かって走り出したのである。 迂闊にこちらに背を向け、挟撃される愚を避けたのだ。 まずはこちらのMSを叩き、後顧の憂いを断ってから味方の援護に向かうつもりなのだろう。 戦術としては極めて正しいが、ル・ローア達にすればまずい事態が継続してしまった事になる。 しかし事態の急激な変転は続いていた――― 『10時方向、低空より高速で進入して来る機影あり!あっ・・・これは・・・!』 「おわ!?」 セイラの警告を聞くまでも無く、大混乱に陥っている敵陣の頭上を切り裂く様に1機のファットアンクルが飛び越えて来、同時に3機のMSが前部のハッチから吐き出されたのである。 先頭で飛び出した白いMSは、空中で更に加速をくわえ、まさに白い矢となり、こちらに向かって走り来ていたMS一体の首を後ろから追い抜きざまに切り飛ばした。 白いMSはスラスターを緩めず片足で着地しそのままジャンプすると空中で二度三度と軌跡を変え、反転するや、2体のグフの前に背中を見せてふわりと着地したのである。 白いMSが右の逆手で構えていたビームダガーを腰のホルスターに戻すと同時に、首の無くなった敵MSはつんのめる様に地面に倒れ伏した。 恐らく内部のパイロットは何が起こったのか理解できてはいない事だろう。 全てが別次元の戦いであった。 白いMSには僅かに遅れたものの、見る間に追い付いた2機のザクは仲間がやられて動転している残り2体の敵MSに襲い掛かった。 その間もこちらに背中を向けている白いMSは油断無く、いつでも2機のフォローに入れる体勢を取っているのがル・ローアには判る。 しかし白いMSの助けを受ける事も無く、2機のザクは相手をそれぞれバズーカとヒートホークで屠って見せた。 呆気にとられているル・ローアとレンチェフのグフに、白いMSが振り返る。 「ル・ローア少尉!レンチェフ少尉!お久し振りです、アムロ・レイ准尉、ただいま戻りました!」 コックピットハッチを開けて敬礼していたのは、紛れもないあの、赤毛の少年であった。 583 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/18(水) 10 36 08 ID wSWchi/M0 [2/5] チューンUPされた赤いザク改を颯爽と駆るシャアを筆頭に、それぞれのイフリートで縦横無尽に暴れまわるシーマとライデン、新型ザクの圧倒的な感触を楽しむ様に敵を撃つクランプ、コズン、アンディ。 シャアの率いるMS部隊は駐屯していた連邦軍の分隊を早々に壊滅させた後、直ちに隣接して布陣している別の敵部隊を強襲すべく進撃を開始した。 シャアの目論見どおり、現在オデッサに篭もっている兵員と機動兵器が本作戦に投入されるジオンのほぼ全ての戦力だと認識していた連邦軍にとって、新たなMS部隊の強襲は寝耳に水の出来事となった。 敵陣営は混乱し、まともな迎撃態勢を執れずにいる。シャアとすればこのチャンスに乗じてできるだけ「青い木馬」隊周辺の敵戦力を殺ぎ取っておきたい所である。 手持ちの武器で可能な限り敵を叩く。腕の見せ所だぞとシャアは笑い、頼もしき彼の部下達もそれに対して不敵な笑顔で答えた。 進撃前にシャアは、アムロの小隊はこのまま4機の輸送機と共にル・ローア達と同行し、先に「青い木馬隊」本隊と合流するよう別命を下していた。 VTOLで離着陸できる4機の輸送機のうち、アムロの小隊を載せ戦場に駆けつけたファットアンクル以外の3機は現在、安全な場所で待機している。 それ等の輸送機はシャア達が敵部隊を殲滅し、進路がクリアとなってからこちらに呼び寄せる手筈となっている。 今頃はちょうど連絡が届き、輸送機はこちらに向かっている筈だ。 それらの中で待機し、皆の無事を案じていたミハルやハマーンも胸を撫で下ろしている事だろう。 ちなみに4機ある輸送機のうち、3機はMS運搬用だが残りの1機にはさまざまな補給物資が満載されている。 ロドス島集積基地にはMSこそ無かったものの、これらの輸送機をはじめ資材・食材などの豊富な物資がストックされており、シャアは今回それらほぼ全てを徴用した形となった。 補給が滞りがちなジオン兵にとって、これらは何よりの活力となる事だろう。 動かなくなったザクのハッチが外から強制開放され、ル・ローアとレンチェフの二人掛かりでコックピットからニッキが助け出されるのを、地面に降り立ったアムロとバーニィは不安げに見つめている。 「ニッキ少尉!」 「しっかりして下さいニッキ少尉!!」 「・・・よ、ようアムロ、バーニィも・・・元気そうじゃないか、お前ら・・・」 地面に横たえられたニッキ・ロベルトは自分をのぞき込む二人を見て、満身創痍ながらもそう言って笑った。 レンチェフの手でヘルメットを慎重に外されたニッキの血だらけの顔を、アムロはポケットから引っ張り出した滅菌布で丁寧に拭う。 その間に素早くニッキの身体を検査したル・ローアは小さく安堵のため息をついた。 「ど、どうなんですル・ローア少尉、ニッキ少尉の具合は・・・!?」 「チアノーゼ無し、拍動、血圧共に正常。内蔵にダメージは無さそうだ。 右肩脱臼と軽いムチウチ、あとは顔面の切り傷だけだな。大した事はない」 心配顔のバーニィに対し、ル・ローアは事も無げに言い放った。 「だ、脱臼でしょう?・・・重傷じゃないですか!」 思わず抗議の声を上げたアムロを、ニヤニヤ笑いのレンチェフが遮る。 「重傷?違うぜアムロ。脱臼なんてモンはなぁ・・・!」 「あ、ちょ・・・!待って下さいレンチェフ少尉!アムロ!少尉を止めろ!!早く!!」 戸惑い顔のアムロを押し退け、自分を薄ら笑いを浮かべて見下ろしているレンチェフを恐怖の眼差しで見上げるニッキ。 やがてレンチェフのゴツイ腕でガッシリと肩を掴まれ、強引に上半身を起こされたニッキの切ない悲鳴に続いてグキッという鈍い音が真昼の荒野に響き渡った。 「ピーピーうるせえよ。ホレ、入ったぜ」 「~~~~~~~~~~・・・・・・」 レンチェフにそう言われても、涙目でガックリと頭を垂れているニッキは言葉も出せない。 荒療治の瞬間は目を逸らしてしまったアムロだったが、だらりと垂れ下がっていたニッキの腕が、一瞬のうちに通常の位置に戻されているのを見て目を丸くした。 少々荒っぽくは見えたが、それは迅速で的確な施術であったのだ。 MS備え付けの救急キットからハサミを取り出したレンチェフはニッキの軍服を素早く切り裂き、治療を施した肩に医療用テープを何重にも巻き付け、むき出しになっ た上半身に腕を固定する様に更にテープを巻き付けた。 その段取りは異様に手慣れていて、迷いというものが無い。衛生兵も真っ青というやつだ。 584 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/18(水) 10 37 23 ID wSWchi/M0 [3/5] 「この腕は2週間は動かすな。今日から3日間はシャワーも禁止だ」 「わかりました・・・ぁあ有り難うございます・・・」 何時にないほど真面目な顔のレンチェフにそう言われたニッキは、蚊の鳴くような声で大人しく従うしかない。 「ん?何だアムロ」 憧憬の眼差しで自分を見ているアムロに気付いたレンチェフは怪訝な表情を浮かべる。 「・・・いえ、その。尊敬、してました」 「よせやい。こんなのは誰でも経験さえ積みゃできる」 顔を歪め掌を追い払う様に振ったレンチェフだったが、アムロに賞賛されてまんざらでもなさそうだなとル・ローアは苦笑した。 「ニッキ、役立たずとなったお前はオデッサに後送だ」 「ル・ローア少尉・・・」 一転、厳しい顔でこちらに向き直ったル・ローアにそう告げられたニッキは絶句する。 「ついでに精密検査をキッチリしてもらえ。念の為だ。 間抜けなお前の抜けた穴は、このアムロが十分に埋めてくれるだろうから心配するな」 「・・・・・・」 「そんな・・・!」 再度抗議の声を上げかけたアムロを抑え、ふたたび俯いたニッキは唇を噛みしめた。 すべてが言われた通りであり、異論を差し挟む余地はない。 無駄を嫌うル・ローアは、事実しか口にしないのだ。 「悔しいか?ならば一日でも早く身体を治して隊に復帰しろ」 「・・・了解です」 ニッキには判っている。 ル・ローアは全てにおいてこういう言い方しかしないが、これが彼流の不器用な優しさなのだ。 「はああ・・・」 まだまだだとニッキは深呼吸しながら小さく首を振った。 普段は誰も口にしないがレンチェフとル・ローアは一兵卒から叩き上げの少尉であり、シャルロッテや自分は士官学校出の新米少尉だ。 階級は同じでも現場での、いや人間としての実力はいろんな意味で雲泥の差だというのを嫌でも実感させられるのはこんな時だ。 うかうかしてはいられないなとニッキはアムロとバーニィを見た。 アムロは言うまでもないが、バーニィもなかなかどうして磨けば光る原石だとニッキは睨んでいる。 意地でも自分より年少のこの二人には負けられない。 身体はダメージを食らってしまったが、その分燃え立つ闘志を再確認する事ができた。 そう考えると身体が熱くなり、なんだか怪我の回復が早まって行く気がする。 生きている限り汚名返上のチャンスはあると、ニッキは気持ちをすっぱり切り替える事にした。 もともとポジティブなのが自分の最大の長所だと自負している。 俺はまだやれる、やってやるぞと密かに心に誓ったニッキだった。 585 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/18(水) 10 38 37 ID wSWchi/M0 [4/5] 『准尉。後方から友軍のMS接近。どうやらランバ・ラル中佐のMS-07Bのようです』 「ラル中佐が!」 その時、一行の中で唯一ザクに搭乗し、周囲を策敵警戒していたニムバスから通信が入った。 アムロとバーニィの顔がパッと輝く。 フェンリル隊の3人も随喜の目線を交わし合っている。 ゲラートは自分たちの危機に、木馬隊最後の砦たるラルに出撃を要請してくれたのだ。 援軍を送ると言った彼の言葉は嘘ではなかったのである。 そして、部隊指揮官でありながら、単機で駆け付けてくれたランバ・ラルに改めて感謝と尊敬の念を覚える。 流石に彼らの敬愛するゲラート・シュマイザー少佐が心酔している漢なだけの事はある。 「アムロ!バーニィ!良く戻った!良く戻ったな!!」 ワイヤータラップでグフのコックピットから降下しながらランバ・ラルは恰幅の良い体躯を揺らして破願した。 地面に飛び降りる間ももどかしそうに、強い力で若い2人を掻き抱く。 「男子三日あわざれば活目して見よと言う。 ワシには判るぞ。おまえ達、男の顔になったな」 逞しい腕に肩を叩かれ、2人の少年兵は感極まった。 しかし涙は見せない。ラルにそう言われてしまったからには意地でも涙は、見せられない。 だからアムロは、違う言葉を口にした。 「ラル中佐、少し痩せられたのではありませんか」 「こいつめ!十年早いわ!」 呵々と愉快そうに笑ったラルに突然一歩下がって敬礼したアムロに、バーニィも倣って敬礼する。 「アムロ・レイ准尉、バーナード・ワイズマン伍長そして」 アムロがそう言って後方のザク改を見上げると、コックピットハッチを開けて、中のパイロットが敬礼しているのが見えた。 『高い場所から失礼致します!』 外部スピーカー越しにそう言ったパイロットに向けてラルは地上から答礼を返す。 「・・・ニムバス・シュターゼン中尉の3名、シャア・アズナブル大佐の命により本日只今の時刻をもって【青い木馬隊】に合流致します!」 「アムロ准尉はシャア大佐に認められ、今や、この小隊の隊長なのでありますラル中佐!」 「な、なんと・・・!」 アムロの口上を補足したバーニィの言葉に、今度はラルが感極まった。 「・・・・・・」 「・・・」 「・・・」 こみ上げて来るさまざまな感情を胸に、敬礼の手を挙げたまま、無言の3人。 顔面がクシャクシャになりそうになるのを必死で堪えているラルの肩が震えている。 何度か口を開こうとするも、下手をすると嗚咽が漏れてしまいそうで迂闊に声を出す事ができないラルを、フェンリル隊の3人は微笑んで眺めている。 なるほど、これがこの漢の下に集った兵士が皆命知らずになる道理なのかとル・ローアは密かに感心もしている。 やがてラルは少しだけ俯き、敬礼していた掌を両目の縁に当て、軽くつまむ様な仕草を見せると一度だけ咳払いをし、再び顔を上げた。 「良く来てくれた。我々は諸君を歓迎するぞ。ようこそ【青い木馬隊】へ!」 そこには少々両目が赤い事を除けば、威風堂々としたいつものラルの顔があった。 613 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/05(日) 00 04 41 ID h6jtlQ4o0 [2/4] 本来のジルコニウム採掘作業を行う際、各掘削地に機材や人員を派遣する中継地としての役割を担う関係上、鉱山基地キエフ第123高地には中規模な駐屯施設が敷設されている。 現在この場所を根城として「青い木馬隊」を筆頭に、大小を合わせると30を超えるジオンの部隊が集っていた。 しかしこの地に併設されていた地下格納庫に「青い木馬」たるペガサス級強襲揚陸艦の巨体が収まりきる筈もなく、施設脇に着陸した木馬の周囲は仮設プレートフェンスで覆われ、艦橋部分と主翼の一部が僅かに上部から覗いている状態になっている。 施設の周囲には急遽塹壕などが掘られたりはしたが、元々戦闘を考慮して造られてはいないフェンスや施設には防弾機能など無く、最前線の備えにしてはかなり心許ないというのが正直なところだった。 しかしランバ・ラルやダグラス・ローデンの再三の施設補強要請にも関わらず、オデッサに陣取るマ・クベ大佐はのらりくらりと補給を先延ばし、結局何の改善もされぬまま今日に至っている。 このやり切れない状況には流石のラルが「ワシの力不足だ。これでは兵士達があまりにも報われん」と嘆いたのも無理からぬ物があった。 照りつける太陽と吹き抜けてゆく砂混じりの乾いた風が、ひび割れた黄土色の大地に立つ少女の髪を弄っている。 仮設フェンスを挟み、「青い木馬」の隣に着陸した輸送機からミハル・ラトキエと共に降り立ったハマーン・カーンは、目の前を慌しく行き交うジオン兵の顔がどれも疲れ切っている事に驚いていた。 恐らく疲れているのは彼等の肉体だけではないのだとハマーンは思う。 先の見えない不安とゆるやかな絶望・・・まるで綿ボコリの様に澱んだ憔悴が、ここにいる全ての人間の身体に降り積もっているようだ。 「ハマーン、あれ、アムロ達じゃない?」 「あ・・・!」 押し寄せる周囲の感情に染まりそうになり、我知らず息苦しさを感じ始めていたハマーンは、ミハルの声に救われた様に振り返った。 ミハルの指さす先には林立する仮設テントの向こう、青いMSに先導され開け放たれた施設のハンガーに向かう数機のMSが見えた。 その中に他のジオン製MSとは明らかに異彩を放つ白いMSも見える。あれは間違いなくアムロ・レイのものだ。 頬を弾ませ思わずハンガーへ向けて駆け出しかけたハマーンだったが、突然現れた人影に前を遮られ、たたらを踏んで立ち止まった。 「失礼、ハマーン・カーン様ですね? お待ちしておりました。私はランバ・ラルの妻、ハモンと申します」 見上げるとそこには美しい金髪を結い上げた、落ち着いた眼差しの大人の女性が微笑んでいる。 ハマーンは少しだけ後ずさりし、気を取り直した様に「いかにも私はハマーンだ」と、何時もの調子で気張った名乗りを上げた。 「主人からハマーン様を丁重におもてなしするよう託って(ことづかって)おります。 そちらのミハル・ラトキエさんと、ご一緒に」 「え・・・あ、あたしも?」 いきなり自分の名前を呼ばれたミハルは目を丸くした。 これから先はジオン要人の娘であるらしいハマーンと、単なる難民でしかない自分の扱いは違って来るだろうと密かに覚悟していたのである。 でも他人からぞんざいに扱われるのは慣れていたし、大佐やハマーンの傍に自身の拠り所さえあれば何て事は無いと、そう思っていたのだ。 しかし戸惑うミハルの横でハマーンは安心したように胸をそびやかせた。 「当然だ。ミハルは私の命の恩人なのだからな!」 「ありがとう、ハマーン・・・」 ミハルはそんなハマーンを優しく抱き締める。 そんな彼女にクスクス笑いながら近付いたハモンは、ミハルの耳元でそっと囁いた。 『・・・シャア大佐がね。あなたの事をくれぐれも、ですって。あなた、大佐のお気に入りなのね』 「!」 その瞬間、ミハルはハマーンを抱き締める力を思わず強めてしまい、ハモンの言葉が聞こえなかったハマーンは満足そうな顔でにこにことミハルを見上げた。 そんな少女たちの様子を見て何かを察したらしいハモンは、それ以上は何も言わず、微笑みながらミハルからさりげなく身を離した。 614 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/05(日) 00 05 48 ID h6jtlQ4o0 [3/4] 「2人ともお疲れでしょう。お部屋を用意してあります、こちらへ」 「ま、待って。その前にあの格納庫に行きたい・・・んだ」 踵を返して歩き出そうとしたハモンに慌てて訴えるハマーン。 ハモンが振り返るとハマーンは先程アムロ達のMSが入っていったハンガーを指さしている。 「あそこにはMSや重機があってとても危険です。 それに正直に言いますと、部外者の侵入は作業をする人達の邪魔になるのです」 「そうだよハマーン、アムロにはまた後で会えるさ」 少しだけ顔を曇らせたハモンと、慰めるようなミハルの視線に一旦はおとなしく頷いたハマーンだったが、ミハルとハモンが並んで後ろを向き、何かを小声で話しながら歩き出した隙にそっと列を抜け出し、脱兎の如く格納庫へ向かって走り出した。 走りながらハマーンがちらりと振り返ると、何だかモジモジしながらハモンの問いに答えているミハルの後姿が見えた。 遠目で判るほどに耳が赤い。 めずらしい事に普段あれだけ気の回るミハルが、ハマーンが自分の後ろからいなくなった事に全く気付いていないのである。 2人が何を話しているのかは判らないが、取り敢えずはラッキーだと彼女は小さく舌を出して笑みをのぞかせた。 戦場にそぐわない、愛らしい12歳の少女がツインテールを揺らして疲れ切った兵士達の脇を風のように駆け抜けてゆく。 何故こんな娘がここにいるのだと擦れ違う兵士達は一様に唖然としたが、それでも溌剌とした躍動感に溢れる少女がハンガーの中に消えるまでの間、彼女の姿を眼で追っていた兵士達は、暫し疲れを忘れる事ができた。 634 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/12(日) 01 52 03 ID 5jGRBxGU0 [2/5] 息せき切って駆け込んで来るなり、ハマーン・カーンは格納庫内部に充満する暑さと猛烈な機械油の臭いにむせかえってしまった。 クレタ島やロドス島のMSハンガーは空調がきちんと効いていたのだが、どうやらここはそうではないらしい。 口を押さえてせき込みながらもハマーンはきょろきょろと目を細めて辺りを見回し、アムロの姿を探す。 やがてハマーンの目が次第に建物内部の暗さに慣れてくるに従って、ハンガーの中にはハモンの言った通り、整備中のMSがずらりと立ち並んでいるのが見えてきた。 殺気立って仕事に臨んでいるメカニック達が機材を抱え彼女の側を次々と通り過ぎてゆくが、意外な事に、この少女を咎めだてる者は誰もいない。 血走った瞳の作業員達の表情から鑑みるに、余計な事にかかずらわっている時間は無いらしい。 しかし遂に、誰にも注意されない事を良い事に格納庫の奥に歩を進めようとしたハマーンを、 「ちょっと!あなた何!?」 という、鋭い声が竦ませた。 驚いて振り返ったハマーンが目にしたのは、ちょうど今、彼女の後から格納庫に入って来たらしい少女が物凄い剣幕でこちらを睨み付けている姿だった。 髪を無造作なポニーテールに纏め、ハマーンよりも1~2歳年上だと思われるその少女は、奇妙な事に背後に巨大な体躯の軍人を従えている。 「ここは部外者立ち入り禁止よ!?さっさと出て行きなさい!!早く!」 ポニーテール少女は建物の外を指差して大声で喚き立てた。 しかし、ほとんど自分と同年代にしか見えない少女の偉そうな物言いに、ハマーン生来の負けん気が燃え上がった。 「黙れ!私は部外者ではない!!新型MSのテストパイロットだ・・・った事もある!!」 「あのねえっ!つくならもっとマシな嘘をつきなさいよ!! あなたみたいなガキんちょがMSに乗るほどジオンは落ちぶれちゃいないわ!!」 「ガ、ガキんちょだと貴様!?私を愚弄したなっ!? き、貴様こそガキんちょのクセに!部外者はここから出て行け!!」 「ははん!」 その途端、ハマーンよりも少しだけ背の高いその少女は腕組みをし、上から目線でせせら笑った。 「お生憎様、私はここの技術主任なのー!!残念だったわね」 「なっ・・・!?貴様こそ、もっとマシな嘘をついたらどうだ!!」 少女の自信たっぷりな態度に内心たじろぎながらもハマーンは、負けてはいない。 場合によっては取っ組み合いさえも辞さない構えだ。 「あーもう面倒くさいなあ・・・オルテガ中尉、この子をここからつまみ出してちょうだい」 「えっ!?ここで俺に振るのか・・・!?」 一歩も引かないハマーンに業を煮やしたポニーテール少女は腕組みしたまま首を巡らせ、ついに背後の軍人に命令を下した。 しかし、軍服を着た類人猿似の大男には明らかに躊躇いがある。 「当ったり前じゃないの。こういう時の為に中尉はいてくれてるんでしょ?」 「いやしかし、この子はどう見てもメイより年下だしなあ・・・手荒なマネはだな・・・・・・」 「ん、もうっ!」 小さく両肩を怒らせ片足で地面を踏みつけたポニーテール少女に言外に役立たずと言われ、巨漢の軍人はその身体を申し訳なさそうに縮み込ませた。 その時、 「ハマーンじゃないか。どうしてこんな所にいるんだ?」 誰かが大声で彼女の名を呼んだ。 ハマーンが振り返ると、バーニィやニムバスら見知った顔を含む数人の男達と共に歩き来ていたアムロ・レイがこちらに向けて手を振っている。 アウェイのフィールドで心強い味方を見つけ出した時の笑みを、瞬時にハマーンは浮かべた。 635 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/12(日) 01 53 03 ID 5jGRBxGU0 [3/5] 「アムローッ!!」 しかし彼女がその名を口にするよりも先に、何と目前の生意気なポニーテールが彼の名を呼びながらハマーンを片手で突き飛ばし、ハマーンがよろけている隙に彼女の横を抜けてアムロに掛け寄り、あろう事かしっかりと抱きついてしまったのである。 「メイ!?」 「おかえりアムロ・・・!!」 ハマーンはあんぐりと口を開けた。どうやら二人は知り合いだったらしい。 もしかして、ここ恋人どどっど同士だとでも、と真っ白になりかけたハマーン。 しかし良く良く見れば、アムロは抱きついてきた少女をどうしたものかと持て余している。実はそれほど親密な仲、という訳でもないらしい。 それを抜け目なく見て取ったハマーンは、剣呑な息を吐き出して辛うじて平常心を取り戻す事ができた。 「久しぶりだな、メイ!」 「バーニィ!あなたも無事だったのね!良かった!!」 「ははは、ついででも嬉しいよ」 生意気なポニーテールは横から顔を出したバーニィにも笑顔を向けた。 アムロに抱きついたままでの挨拶に、バーニィは片目をつぶって苦笑している。 「そういえばアムロ、痛った――――――――――いっ!?」 真面目な目をしてアムロに何かを言い掛けた少女の尻を、その時すたすたと歩み寄ってきたハマーンが思い切り蹴り上げたのである。 腰の入った見事なミドルキックに少女の臀部はドスッと重い音を立て、その身体は瞬間、エビの様にのけぞった。 「離れろ!アムロが困ってる!!」 「~~~~~~~~~~てんめェ・・・やんのかこらぁ―――――っ!!」 「キャ――――――――――ッ!?」 アムロから離れ、涙目でお尻を押さえていた少女はハマーンのツインテールの片方を思い切り引っ張った。 「おお、こりゃいかん」 一行の最後尾から事の成り行きをニヤニヤと面白そうに眺めていたランバ・ラルだったが、泥沼のキャットファイトに発展しそうな雲行きに慌てて周囲の男達にブレイクを命じた。 絡み合って地面に転がった2人の少女は彼らの手でようやく引き離され、荒い息を吐きながら互いににらみ合った。 「落ち着けってば!やめろハマーン!!」 「放せアムロ!あ、あいつは私の顔を引っかいた!」 ハマーンの背後からフルネルソンの要領で両腕を拘束していたアムロは、彼女の右頬にくっきりと付いた3本の赤いミミズ腫れを見てゾッと肩をすくめた。 「何よ!何でアッチがアムロで私の方にはバーニィが来るのよ!!」 「そ、そんな事いていていて!足を踏むなメイ!!」 ハマーンと同じ体勢でバーニィに捕まえられているメイと呼ばれたポニーテール少女は、バーニィの拘束を振り解こうと彼の足を踏みまくっている。 「2人共いい加減にしないか!彼女はメイ・カーゥイン。 14歳だけど優秀なエンジニアなんだ。ここの技術主任でもある」 「え?ほ、本当に!?」 アムロの言葉にハマーンは目を丸くして暴れるのを止めた。 「この子はハマーン・カーン。 マハラジャ提督の娘さんで、地中海のクレタ島ではMSの開発にも携わっていた」 「ええ!?その子の言ってた事、嘘じゃなかったの!?」 メイもアムロの説明にびっくりし、バーニィの足を踏むのを忘れた。 「・・・聞いた事があるわ。ザビ家直属の何とかって機関が、地上でもニュータイプ専用のMSを開発してるって話」 一時の興奮が去り、冷静に話し始めたメイからバーニィはホッとして手を放した。 636 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/12(日) 01 54 17 ID 5jGRBxGU0 [4/5] 「そう。あなたが・・・・・・嘘つき呼ばわりして、ごめんなさい」 素直に自分の非を認め、頭を下げたメイに戸惑ったハマーンは、ばつが悪そうにそっぽを向いた。 その様子を見たアムロも、もう大丈夫そうだなと彼女の腕をそっと放す。 メイはハマーンの事を痛々しそうに見つめている。 今もってジオニック社と太いパイプを持つ彼女は、今大戦においてキシリア・ザビ首魁の秘密機関が、年端もいかない子供達を使って行っている非人道的な研究の事を伝え聞いていた。 サイド3からやって来たアンディがクランプとコズンを伴い、マハラジャ提督の娘の救出に向かった事をメイは知っていたし、ジオニックの別ラインから地中海の島に実験施設がある事を聞き及んでいた彼女は、アムロの言葉で全てを諒解したのである。 俯いていたハマーンが、顔を上げぬまま口を開いた。 「・・・本当の事を言うと、私がやっていたのはシミュレーションテストだけなんだ。 MSに乗った事なんて一度もない・・・だから、テストパイロットというのは、本当は・・・」 あれほど意固地だったハマーンが、ぽつぽつと素直な心情を零している。 自分に向けられた敵意にはあくまでも対抗するが、正直な気持ちには我知らず正直な気持ちで答えてしまうしおらしさが、今のハマーンにはあった。 「ううん、あなたは私の知らないMSの立派なテストパイロットよ」 いきなり自分の両手をメイに握られて、ハマーンはハッと顔を上げた。 「あなたにアドバイスを貰う事だってあるかも知れないわ。 だから今後はあなたがハンガーに入る事を許可します。その代わり、作業場では絶対にヘルメット着用よ。守れる?」 「も、もちろん!」 ハマーンは顔を輝かせながらにっこり笑っているメイの手をぶんぶんと振った。 何となくアムロを巡る争い(!)はウヤムヤになり、2人の少女が仲直りしたらしい事を察して、彼女達を取り囲んでいたアムロ、バーニィ、ニムバス、ル・ローア、レンチェフ、オルテガ、そしてラルからも安堵の溜息と笑顔が漏れる。 何せこの場にいる漢達は、揃いも揃ってうら若き女性の扱いを不得手としている者ばかりであるからして、こういう局面では全くと言っていいほど役には立たない。 「そう言えば、オルテガ中尉はメイがあれ程くっ付いているアムロをぶっ飛ばしたりはしないんですね」 「アムロの奴には借りがあるからな・・・まあ仕方あるまい」 興味深そうにこっそり話しかけて来たバーニィにオルテガは神妙に答えたが、すぐに歯を剥き出してニタリと笑った。 「だが貴様がもしメイにチョッカイを出したりしたら・・・容赦はせんぞ」 「め、滅相もないです!」 思い切り首を振りながら全否定したバーニィに、オルテガは良い心がけだと笑いながらその肩を二度三度と結構な力を込めて叩いた。 689 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/28(火) 00 03 42 ID zAFEL8nQ0 [2/5] 「ラル中佐、本当に我々はシャア大佐の援軍に向かう必要はないのですか」 「若ほど戦上手な武人はおらん。引き際は弁えておられるさ。 それにライデンやシーマ殿も同行しているのだ、心配は無い。我等はただ、御帰還を待っておれば良いのだ」 目の前の騒ぎが一段落したのを見て本日何度目かの進言を口にしたル・ローアだったが、ラルに自信たっぷりにそう返されてしまえば、うるさ型の彼も引くしかない。 アムロはシャアに対するラルの信頼の深さを改めて思い知り、小さくは無い羨望を覚えた。 果たして自分は、彼と同様にラルの信頼を勝ち得る事ができるのだろうか。そんな事を考えながらアムロはメイの横に立つ巨漢に眼を向けた。 「そう言えばオルテガ中尉。ガイア大尉とマッシュ中尉はどちらにおられるのですか?」 「あいつらはそれぞれ別の小隊を率いて哨戒中だ、俺はまあ後詰めって訳だ。 こんな状況じゃあ、黒い三連星はバラけていた方が効率がいい」 こんな状況というオルテガの言葉に、アムロは広い格納庫内を見渡しながらなるほどと頷いた。 ずらりと並ぶハンガーラックに懸架・格納されているMSや兵器の類は良く言えば多種多様、悪く言えばあまりにも雑多でまとまりが無さ過ぎた。 整備待ちのMSと重機が互い違いに鎮座している、奥に見えているのは巨大な戦車であろうか。 現場の混乱が察せられるというものだ。取り敢えずやって来た部隊を到着順に詰め込みましたというのが恐らくは正しい。 これら、この地にかき集められた人員、機材を「使える部隊」に再編成する際、それを率いる能力を持つ小隊指揮官は、極めて貴重な人材だ。 普段はチームで行動している黒い三連星の3人は、それぞれが熟練の指揮官に匹敵する実力を持っている。どんな部隊も彼等に任せておけば間違いは無いだろう。 オルテガがバックスとしてここに陣取っていたからこそ、ラルはゲラートに指揮を任せ、フェンリル隊の援軍に駆けつける事も出来たのである。 「――――ラル中佐は、おいでになりますか」 その時、凛然と響き渡った涼やかな声に、一同は全員、格納庫の入り口を振り返った。 逆光の中に立つ、ラルの名を呼んだ女性のシルエットは繊細で、あたりを払うかの様な気品がある。 瞬間、吹き込んできた風にまばゆい金髪がさらりと流れ、女性の肩できらきらと輝いた。 690 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/28(火) 00 04 46 ID zAFEL8nQ0 [3/5] 「セ・・・セイラ、さん・・・?」 判っている筈なのに、アムロは思わず息を呑み、そう呟かずにはいられなかった。 「あっ・・・!」 背後から強く差し込む日差しに輪郭をぼやかしたセイラがアムロを認め、彼女は光の中で笑顔になった。 ラルやメイをはじめ、ここに常駐している人間が軒並み日焼けをしているのとは対照的に、セイラの肌は以前と変わらず、透き通るほどに白い。 細くゆるやかな曲線を描く眉、聡明な意志の強さを秘めた切れ長の蒼眼、すらりと流れる形の良い鼻梁、笑う時に両の口角が悪戯っぽく上がる桜色の唇。 ―――だが そのどれもがアムロの知るセイラのものでありながら、以前の彼女と比べて圧倒的に何かが違う。 薄暗いガレージを急ぎ足でこちらに駆け寄る彼女の全身が、まるで陽の下から抜け出たそのままに、淡く光ってほのかに輝き続けている。そんな風に見えるのだ。 これは一体どういう事なのだろうとアムロは何度も瞼をしばたかせた。 横に立つバーニィも、セイラがこちらに近付いて来るにしたがって次第に強まる存在感に気圧され、眩しそうに目を細めている。 サイド3の上流階級で育ち、貴婦人と呼ばれる淑女を見慣れているはずのハマーンもセイラの醸し出すオーラに圧倒され、言葉をなくした。 仕方無さそうにハマーンの隣でメイも溜息をついている。しかし目前のセイラから目を逸らす事はできない。 「何と麗しい御方だ・・・」 同様にニムバスも感服した声で呟き、騎士らしい仕草で静かに拝礼の姿勢を取った。 真面目なル・ローアは好意的な視線を送り、レンチェフですら野卑な態度を自重してしまう。 辛うじて平静を装えているのは彼女を誇らしげに見やるランバ・ラルと、あくまでもメイのガードポジションに立つ事に拘りを見せるオルテガぐらいのものだ。 しかしその2人にしても、はたして内心でどうなのかは定かではない。 「姫様は美しくなられただろう」 「ラル中佐・・・?」 いつの間にか横に並んだラルがそっと囁き、アムロは我に返った。 「お前達と別れ各地を転戦するうちに、姫様は苦戦する我が隊の中である種の覚悟を決められた様だ」 「覚悟・・・」 「うむ。自分を偽らず、本来あるべき姿に戻られる事を、是とされたのだろう」 「あるべき姿・・・」 惚けた顔でうわ言の様にラルの言葉を反芻するアムロの前に、遂にセイラは辿り着いた。 距離が近いとより一層確信が持てる。 美しさと共に、何となく他人を拒絶する雰囲気をも内包していたかつてのセイラとは、明らかに違う。 今のセイラの輝きは、老若男女を問わず、あまたの人間を魅了せずにはおれないだろう。 691 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/28(火) 00 05 47 ID zAFEL8nQ0 [4/5] 「お帰りなさい、アムロ」 「 」 嬉しそうに頬を上気させたセイラは心もち潤んだ瞳をアムロに向け、それを直視したアムロは胸の鼓動が一気に高まり、咄嗟に返事をする事ができなかった。 「・・・無事にまた会えて本当に良かった。みんな・・・とても、心配していたのよ・・・?」 「す、済みませんでした・・・」 どうして良いか判らず、取り敢えず頭を下げてしまったアムロにセイラは小さく吹き出し、左の目尻を軽く曲げた右手の人差し指で払った。 以前よりセイラの髪は伸びている。長くなった分、横への広がりが控え目になり、軽く肩と背中にかかる感じに落ち着いている。 そのプラチナブロンドをさらりと揺らし、セイラがバーニィに視線を移してようやく、アムロは息をする事を思い出した。 どうも呼吸も忘れて彼女に見とれていたらしい。きっと頭がくらくらしたのは酸欠のせいでもあったのだろう。 「もちろんあなたの事もよバーニィ」 「自分ごときにきょ、きょ恐縮でありますっ!」 セイラの笑顔に直立不動で答えたバーニィに、さっきとはえらく態度が違うじゃないのとメイが呆れた目を向ける。 「大人っぽくなったわ。2人共、何だか逞しくなったみたい」 セイラにそう褒められた少年兵2人は顔を見合わせて大いに照れた。 が、赤くなっているアムロの顔とは裏腹に、その態度にただ事ではない何かを感じ取ったハマーンの顔がみるみる蒼白となった。 次の瞬間、目の前に展開する不可視のバリヤーを突き破る勢いでハマーンは前に出、バーニィを押し退けてセイラの前に立っていた。 その際ハマーンのヒジが鋭角的にバーニィの脇腹にぶち込まれ、瞬間息の止まった彼は脇にくず折れて悶絶しているが、断じてわざとではない。 「私はハマーン・カーン。アムロは・・・私を助け出してくれたのだっ!」 「・・・!」 瞬間、セイラの眼はハッと見開かれ、目の前の少女を見る眼差しが真剣なものに変わった。 「ど、どうしたんだよ、ハマーン」 先程激しくやり合ったメイとはまるで格の違う相手を前にして、ハマーンの顔には焦りの色がありありと見て取れる。 必死で自分の腕を掴みセイラを睨み付け、どうだとばかりに胸を張っているハマーンを見て慌てるアムロとは対照的に、セイラは静かに彼女を見つめている。 しかし、やがて彼女も凛として口を開いた。 「私も、アムロに助けられたの。私にとっても、アムロは命の恩人よ」 「えっ・・・!?」 一瞬、セイラの清辣な眼光に射竦められた気がしてハマーンは硬直した。 不覚にも、牽制したつもりが真っ向から受けて立たれ、逆に虚を突かれてしまったのである。 「・・・姫様、それがしへの用向きを伺いましょう」 更に何かを口にしようとしたセイラをしかし、穏やかな声音のラルが絶妙なタイミングで制した。 セイラはあっと我に返り、ここに来た本来の目的を思い出して含羞の表情を浮かべる。 「そ、そうでした。先ほどジェーン・コンティ大尉がユーリ・ケラーネ少将の元から戻られました」 「む、それではいよいよ」 「はい。戦略情報部の今後の動きが判明したと」 「承知しました。それでは至急、ブリッジに戻ると致しましょう」 きらりと眼光を強めたラルが頷くと、固まりかけていた場の空気が再び動き出した。 ここを立ち去る切っ掛けを得てホッとした様子のレンチェフとル・ローアは、後送されるニッキを見送りにそそくさとポートへ向かい、メイは複雑な表情を浮かべながらもアムロにまた後でねと言い残し、オルテガを伴ってハンガーの奥に消えた。 一方、ブンむくれたままのハマーンは残りの一行と共にブリッジに向かう途中、血相を変えてやって来たミハルとハモンに大目玉を食らう事となった。 797 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/10/13(水) 20 23 36 ID Km1FE2n60 [2/5] 冥い眼をした女であった。 無造作に切り揃えた癖の強い金髪を揺らし、その女が小型陸戦艇【ミニ・トレー】のブリーフィング・ルームに入って来た途端、部屋の温度が急激に下がったと感じたのはマット・ヒーリィだけではなかっただろう。 まるで目に見えない死神を纏わり付かせている様な陰の気を、女は全身から発散させていた。 「アリーヌ・ネイズン技術中尉以下ガンタンク小隊3名、只今到着いたしました」 アリーヌ、そして彼女と共に敬礼している2人を見て、ミケール・コレマッタ少佐は皮肉気に唇を歪めた。 「ふん、何とか間に合ったな。本日までに間に合わなかった場合、貴様等は揃って監獄へ逆戻りしていた所だ」 「なにをっ!?我々が遅れたのも、ヨーロッパのあちこちに駆り出されていたからだ!!」 色をなして詰め寄ろうとした部下の一人を無言で抑えるアリーヌ。その眼は冷静である。 アリーヌの部下で激昂した男は黒人、もう一人は白人だ。年齢はそれぞれ20代後半から30前半程だろうか。 ガンタンク小隊を名乗った3人ともが、幾度も修羅場を潜り抜けて来た面構えをしているところを見ると、彼等の言い分に嘘はなさそうだ。 しかしどう見ても20代前半にしか見えない小娘のアリーヌが、大柄な2人の男を完璧に支配下に置いている事をマットは奇妙に感じた。 階級が全てである軍隊では若輩者が部隊の長を務める事は珍しくは無いが、そういう場合、往々にして実力のあるベテラン兵が影ながら隊を取りまとめているものだ。 しかし、目の前の彼等は違う。 感情的に出た部下の行動を咄嗟に抑えた事で、彼女がかりそめの隊長ではないことが窺い知れる。 「ご心配は無用です。我々には確固とした目的がありますので」 「ふふふ、戦争終結後に特赦が出る様に精々頑張る事だ」 暗さを深めた眼で無表情に言い切ったアリーヌに対し、コレマッタはまたもや皮肉めいた笑いを向ける。 特赦・・・という事は、この3人は囚人兵なのかとマットは少なからず衝撃を受けた。 「貴様らガンタンク小隊と、そこにいる実験部隊の2人・・・」 こちらを振り向いたコレマッタに対し、マット・ヒーリィとラリー・ラドリーの2人は揃って渋面を浮かべる。 コレマッタが呼んだ実験部隊とは、マットが所属するMS特殊部隊第3小隊を指す。 今はこちらの方が通りがいい事も確かだが「実験部隊」はあくまでも蔑称なので本来、部隊長が直属の部下を指して使うべき言葉ではない。 それを判っていてあえて使う。つまりコレマッタとは、そういう男なのであった。 「そして、その戦技研の女を加えた我が第44独立混成部隊は!」 言いながらコレマッタは部屋の片隅に立つクリスチーナ・マッケンジーを横目でねめつける。 病的なその眼差しがねっとりと絡みつくと、気丈なクリスも生理的な嫌悪から、肌をゾッと粟立たせずにはおれなかった。 「・・・これより123高地攻略部隊の支援に向かう!」 「123?我々は144高地に向かう筈ではなかったのですか」 不審気な目を向けそう聞き返したマットも、彼自身の信念とはベクトルが逆方向を向いているこの上官を心の底から嫌っていた。 しかし麾下の部隊を次々に死地に追いやり消滅させる代わりに戦果を上げるコレマッタの手腕は、現場の強烈な批判とは裏腹に、ジャブロー上層部からはある程度の評価をもって受け容れられているのも事実だった。 結果としてコレマッタは依然として大隊指揮官であり続け、彼の元に配属された兵士達は消滅し続けた。 彼の部隊が【死神旅団】と一般兵から忌み嫌われる所以である。 ここ数日間行動を共にし、コレマッタをつぶさに観察してきたマットは、彼は信用するに値しない上官だという結論を早々と弾き出していた。 だからマットはいざとなれば、無体な命令から身体を張って部下を守る覚悟も決めている。 そしてその機会はそう遠くない日、例えば、今、この瞬間にも――― 訪れるのではないかという漠然とした予感もあった。 798 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/10/13(水) 20 24 47 ID Km1FE2n60 [3/5] コレマッタはそんなマットの心情を知ってか知らずかくくくと笑った。 彼は猜疑心が強くヒステリー気質で、常に他者を見下し嘲笑する癖があるが、目下の者に対してはそれがあからさまに態度に出る。 「貴様はバカか?少しは頭を回らせろマット中尉。予定は変更されたのだ!!」 そんなの判る訳ねえじゃねえかとラリーが小声で毒づく横で、マットは無言で眉根を寄せた。 正式に発表されてはいないが、オデッサに篭るジオン軍が思いの他しぶとく、ここ暫くの間で連邦軍は相当の痛手を受けているらしいと専らの噂だ。 特に黒海の対岸に展開していた大規模長距離砲撃部隊が壊滅したというのが事実なら、連邦軍の思惑は大幅に狂わせられた筈だ。 ややもするとレビル将軍率いる本隊の到着が遅れているのも、戦局の悪化と関係があるのではないのかと勘ぐりたくもなって来る。 マットたちの部隊は当初こことは違う大隊に配属される予定だったが、急遽コレマッタの【死神旅団】に編入される事になった。 彼等の直接の上官であるコーウェン准将とクリスの所属する戦技研究団は共に悪名高き【死神旅団】の下に配下の優秀な人材を置く事を回避しようとしたが、結局はジャブロー本部の決定に抗う事は出来なかったのである。 「123高地を包囲している部隊の損耗がヤケに激しいのだ。全く・・・お粗末な話だ! あれだけの数を揃えても、ジオンの屑共を抑え切れんとはな!」 難儀な事に、自分のセリフに興奮して来たらしく、コレマッタの声は次第に大きくなってゆく。 「しかし私が出向くからには無様なマネは絶対に許さん! 現場に到着後、準備が整い次第、貴様らには正面突撃を敢行してもらう!」 「待って下さい」 大仰な手振りを交え、まさにこれから熱弁を揮おうとしたコレマッタをマットの冷静な声が遮り、熱狂に水を差されたこの上官は不機嫌そうに、今度は器用にアゴを歪めた。 「第3小隊だけなら構いません。しかし我々は今回、戦技研のテストパイロットであるマッケンジー中尉をガードする任務があります。 彼女を残して突撃する訳には行きません」 「何を言っている?その女も貴様らと共に突撃するのだから問題は無いではないか」 「彼女が突撃!?そんなバカな!!」 事も無げに言い放ったコレマッタにマットは驚いて食い下がった。 「何がバカだ貴様!?」 「彼女は戦闘要員じゃない! それに新兵器のロングレンジライフルは射程距離を大きく取らなければ正確なデータが・・・」 「ここの指揮官は私だ!全ての采配は任されている!」 「あなたは何を言っているんだ!!」 マットは語気が荒れるのを押さえる事ができなかった。 新兵器の開発は今後の戦局を左右しかねない重要なプロジェクトの筈だ。 だがこの上官は貴重なテストパイロットを一般兵と同様に考え、使い潰そうとしているとしか思えない。 「ぎゃあぎゃあ騒ぎなさんなよ中尉殿」 矯正されるのを覚悟の上でコレマッタに詰め寄ろうとしたマットを、今度は醒めた眼のアリーヌが、はすっぱな口調で遮った。 799 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/10/13(水) 20 25 49 ID Km1FE2n60 [4/5] 「どうせ先陣はあたし達が切る事になるんだ。あんたらはその女のお守りしながらゆっくりついて来ればいいさ」 「何だって?」 怪訝そうにマットは聞き返す。RX-75ガンタンクなら良く知った機体だが、到底先陣を切れる様なシロモノではなかった筈だ 「勝手な事をほざくな中尉!!貴様らタンクは陸戦ジムのバックアップだ!!」 案の定、コレマッタが激昂した声で喚き散らしたものの、アリーヌは当惑顔で隣の黒人を見上げた。 「バックアップ?そりゃどうやればいいんだクズワヨ」 「さぁ?今までムリヤリ先陣を切らされてばかりでしたからねえ」 彼等のやりとりをコレマッタは全身をプルプルと震わせながら見ている。 プライドの異常に高い彼にとって、他者に馬鹿にされる事ほど我慢のできない事は無いのだろう。 「貴様ら・・・上官侮辱罪で・・・」 「お言葉ですがね隊長さん。この地上で『這いつくばった』あたし等のスピードに追いつけるMSなんて、ありゃしないんだよ」 「ガンタンクごときが・・・」 「ただのガンタンクじゃない!陸戦強襲型ガンタンクだ!!」 憎々しげに呟いたコレマッタにアリーヌは噛み付きそうな勢いで叫んだ。 しかしその耳慣れない名前をマットは確かめずにはおれなかった。 「陸戦強襲・・・何だって?」 「RTX-440の事ですね」 その時、部屋の隅でそれまで沈黙を守っていたクリスが初めて口を開いた。 アリーヌは意外そうに声の主を見やる。その顔にはほんの少しだが、人間的な表情が戻った様にマットには思えた。 「ほおう。あんた知ってるのかい」 「直接ジオン軍のMSと交戦する事を想定して開発された機体だと。でも確かあれは情報を盗まれて開発中止に・・・」 「あんたが戦技研で何を聞かされたか知らないがRTX-440は完璧さ!!それをあたし達が証明してやる!!」 「・・・・・・」 対峙する女性達の間でコレマッタが例によって何かを喚き散らしたが、その場の誰もがもう彼の事は眼中に無かった。 「途中休憩を挟んだとは言え、12時間以上走り通しでここに辿り着いたんだ。少しばかり寝かせて貰うよ」 「待て貴様!話はまだ済んでいないぞ!!」 2人の部下を促して踵を返したアリーヌにコレマッタは憤慨したが、振り返ったアリーヌは彼ではなくクリスとだけ一瞬視線を合わせると、キーキー騒ぐ上官を無視し、そのまま部屋を出て行ってしまった。 「よし、俺達も行こう。今のうちに少しでも身体を休めておくんだ」 「了~解ッ!」「わかりました」 「ま、待て!!」 アリーヌ達に続き、マットと彼の指示に嬉々として応じたラリーとクリスも唖然とするコレマッタの横を悠々と通り過ぎてブリーフィング・ルームを後にした。 その直後、偶然部屋の前を通りかかったオペレーターが、中で何事かを叫びながら、コレマッタが部屋備え付けの備品を手当たり次第に叩き壊しているであろう音を耳にしたが、何も聞かなかったフリをして足早にその場を離れたのは賢明であった。 そしてその約4時間後――― 不穏な空気を載せたまま、第44独立混成部隊は鉄の嵐が吹き荒ぶ東へと進路をとったのである。 922 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/11/16(火) 20 36 04 ID TeAiC3Jo0 [2/5] 【青い木馬】のブリッジで赤い軍服を着た男が皆の前でヘルメットとマスクを外すと、ゆるくウエーブのかかった金髪の下の精悍な表情が露わになった。 「ミハル」 シャアが初めて見せる素顔に周囲が微かにどよめく中、彼はドアの脇に立っていた少女を呼び寄せ、手に持っていたヘルメットとマスクを彼女に預けると、そのままセイラの前に進み出た。 「ああ・・・キャスバル兄さん!」 「すまないアルテイシア、苦労をかけたな・・・!」 胸の中に飛び込んだセイラを男は静かに抱き締め、2人は互いに目を閉じたまま暫しの間抱き合った。 「ハモン、ワシは夢を見ているのか・・・」 「いいえ現実ですわあなた。これはすべて、あなたが現実になされた事です」 ラルにとって、かつて父親と共に仕えたジオン・ズム・ダイクンの忘れ形見である若き兄妹の抱擁は、まさに夢にまで見た情景だった。 「いいや、ワシ一人がやれた事など僅かだ。この邂逅は、皆の力がなければ成し遂げる事はできなかった・・・」 ラルは感動に震えた声でブリッジを見渡した。 今ここにいるブリッジ・クルーは躁舵手のアコースを筆頭に、その全てをラル隊のメンバーが勤めている。 最初こそぎこちなかったものの、今や彼等は自在にこの連邦製の強襲揚陸艦を操れる様になっていた。 手塩にかけたラル自慢の部下達、百戦錬磨の部隊の極めて高い順応力が、今回またしても証明されたのである。 部屋の中央キャプテン・シートの横にはシャアと共に無事帰還したクランプとコズン、その脇には今回バイコヌールから駆け付けたシーマとライデンがいる。 特にバイコヌール基地司令代理シーマ・ガラハウのバックアップが無ければ、ここまでスムースに事は運ばなかったに違いない。 ありとあらゆる手段を用いて青い木馬隊への補給を優先させているにも関わらず、マ・クベを納得させるだけの表向きの体裁を整え、他からの文句を完璧に封じ込めて見せたシーマ。 その手腕は、意外と言っては失礼だが彼女の戦略的な経理事務処理能力の高さを浮き彫りにした格好となった。 そしてシーマの指示を実行すべく、実働部隊を一手に率いて各地を飛び回ったジョニー・ライデンの活躍も見逃せない。 彼とシーマの呼吸はまさに阿吽のそれであり、シーマはその辣腕を実にのびのびと揮う事ができたのである。 彼等の後方ではサイド3のアンリ・シュレッサーからの勅使、アンディが安堵の笑顔を浮かべている。 誠実で任務に忠実、MSパイロットとしての腕も確かなアンディは使い勝手のいい男だ。 彼の情報とアンリから送られた新型MSが、青い木馬隊に新たな力と道筋をもたらしたのである。 戦闘要員はドアの向かって右側に、まず闇夜のフェンリル隊が陣取っている。 指揮官のゲラートをはじめル・ローア、レンチェフに加え、つい今しがた哨戒任務から帰還したばかりのマット・オースティン、シャルロッテ、ソフィの面々だ。 皆が皆、頼もしい顔つきをしている。オデッサに後送されたニッキは心配だが、幸いにも命に別状は無いとの事だ。 フェンリル隊は他に3名のメンバーがいるが、ダグラス・ローデンの隊と共に遊撃任務に就いており、現在はこの場所を離れている。 ツワモノ揃いの彼等は、今後とも信頼に足る働きをしてくれるに違いない。 923 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/11/16(火) 20 37 07 ID TeAiC3Jo0 [3/5] 顧みれば黒い三連星、ガイア・オルテガ・マッシュの3人が、後部コンソール用のシートに背中を預け、それぞれがリラックスした姿勢でこちらを眺めている。 ちゃんとオルテガの隣にはメイ・カーウィンの姿があるのが微笑ましい。 誇り高き武人である彼等には相応の実力が備わっている事は言うまでも無いだろう。 彼等は基本的に自由な行動を約束されている特殊な小隊だが、数奇な縁で今は完全に青い木馬隊に草鞋を脱いでいる。 リーダーのガイア曰く『ここは水が合う』のだそうだ。彼等にはこれからも、これまで以上の活躍をして貰わねばなるまい。 そしてブリッジ側面大型スクリーンの前に立つ3人。 アムロ、ニムバス、バーニィという、シャアを助け今後のジオンを担うであろう若武者達の姿がラルの心を打った。 中でも特に、以前はキシリアに傾倒していたというニムバスを心酔させ、わだかまり無く年上のバーニィを従え、端倪すべからざるMS操縦技術を発揮するアムロ・レイは無限の可能性を秘めた逸材だ。 何よりも彼がセイラと共にジオンに降って来なければ、シャアとセイラ、いや、キャスバルとアルテイシアは戦場で互いに刃を向け合っていたかも知れないのだ。それが、悲劇的な結末にならなかったと、どうして言えよう。 若者の未来はジオンの未来でもある。 ゆくゆくは自分の後継者・・・などとおこがましい事を言うつもりは無いが、どんな事があろうとも彼等の身は守り通してやらねばならないとラルは固く心に決めている。 アムロ達の横にはマハラジャ・カーンの娘ハマーン・カーンと先程シャアからヘルメットとマスクを受け取ったミハル・ラトキエという少女がいる。 と、ハモンはそれまで誇らしげにブリッジにいる人間を見渡していたラルが、シャアのヘルメットを抱き締めているミハルで視線を止め、一転表情を曇らせた事に気がついた。 「どうされたのです、あなた」 「・・・ハモンよ。何故にあのような娘がここにいるのだ」 ミハルを凝視したまま小さくそう呟いたラルの横顔を見て、ハモンは咄嗟に真意を測りかね、眉根を寄せた。 2人は一同からやや離れた場所に立っている為、小声で話す彼等の会話は余人に聞こえていない。 「どういう意味です?」 「何故にキャスバル様は、あんな何の変哲もない難民の娘を傍に置いているのだと言っている」 少しばかりの険を含むラルの言葉に、なにがしかを合点したハモンは、更に眉根をきつく寄せ口を開いた。 「ミハルはとても気立ての良い娘ですわあなた。私は直に彼女と話し、そう確信しました」 「ならん!キャスバル様は大事なお体なのだぞ!玉の輿を狙うおかしな虫が付いては一大事・・・!」 小声でそう言いながらハモンを振り返ったラルは、そこで初めてハモンが自分に怖い顔を向けている事に驚いて口ごもった。 「・・・そう、おかしな虫が付いては一大事なのだ」 「虫?あなたは女性を虫扱いするのですか。あなたはそんな」 「待て。すまん、虫は言い過ぎだった、許せ」 本気で怒ったハモンは怖い。すかさず詫びる事でラルは最悪の事態を回避した。このあたりの空気の読み、流石は青い巨星である。 「しかしワシは認めんぞ。側女にするにしても、あの娘の器量では・・・」 「・・・あなた」 往生際悪くぶつぶつと文句を垂れる青い巨星にハモンは呆れた目を向ける。 戦う事以外は不器用な気骨の軍人ランバ・ラルが、キャスバルという若き当主の将来を慮るとこうなるのだろう。 ハモンに言わせれば是非も無いが、頑固なラルの性格を知り抜いている彼女はアプローチを変える事にした。 「何事かをミハルに申し付けてみれば宜しいのです。そうすれば恐らく、あなたの彼女を見る目も変る事でしょう」 「言われるまでもないわ。あの小娘に自らの分と言うものを弁えさせてやるまでよ。 何よりも、それがキャスバル様の為でもあり、あの娘の為でもあるのだ」 その口調といい態度といい、口うるさく若殿の世話を焼きまくる御家老といった様相を呈して来たラルである。 しかし、今後ダイクン派の旗頭となるキャスバルの傍に上がる女性にはそれ相応の覚悟と才覚が必要となるのは紛れもない事実なのだ。 うるさ方の家臣や近従を総じて納得させる事ができなければ、どちらにせよキャスバルの側に居続ける事など不可能だろう。 そういう意味で、ラルの言い分にも一分の理はある。 ミハルにとっては災難だろうが、今回の件はその試金石になる筈だとハモンは思った。 そして、ハモンはミハルを見守る様に、頑張りなさいと心の中でエールを送ったのである。 924 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/11/16(火) 20 38 11 ID TeAiC3Jo0 [4/5] 「・・・ランバ・ラル」 「は・・・ははっ・・・!」 セイラを抱いたまま後方に控えるラルに声をかけたシャアは、ハモンと小声で何事かをやりとりしていたラルが、慌てて居ずまいを正すのを少しだけ待ってから言葉を継いだ。 「心から礼を言う。よくぞ今日まで妹を守り通してくれた」 「勿体なきお言葉・・・!」 「また、皆に世話をかける事になる。宜しく頼むぞ」 「ははっ・・・!」 深く畏まるラルにシャアは信頼の目を向け、首を巡らせてゲラートにも頷いた。 「クランプ、皆に状況の推移を報告してくれ」 「は」 シャアに名指しされたクランプは、ラルとは対照的に緊張を感じさせない物腰で笑った。 ここ暫くの間シャアと行動を共にしてきた者の余裕である。 「1415時に連邦軍小規模駐屯地を襲撃、主に61式戦闘車両撃破、確認戦果37。 損耗なし、負傷なし。1430時までに総員、敵地より撤収。続いて―――」 紙資料を挟み込んだバインダーを片手に報告を続けるクランプの後ろで両腰に手をやっていたコズンが、目が合ったアムロに右手の親指を立ててニカリと笑った。 「攻撃対象を北東20に駐屯していた同規模部隊に変更、1450時までにこれを壊滅、撤収。損耗、負傷なし」 「予想外に敵の数が多くて、ここで弾が切れた。まあやろうと思えばもう一箇所ぐらいはいけたとは思うがな」 クランプの後を引き継ぐ形でライデンが発言すると、シャアは首を横に振った。 「いや、十分な戦果だ。ここは無理をする所ではない」 「大佐の言う通りさジョニー、今回は挨拶代わりなんだ。焦るこたないさ」 シャアに続きシーマにも窘められたライデンは、首をすくめて了解の意を示す。 「流石は若様の指揮。見事なものです」 「おだてるなラル。それとな、その、若様はやめてくれ」 少々困った顔をしたシャアの苦言に、ラルは右拳の下側を左の掌にポンと打ちつけた。 「おお、そうでしたな!キャスバル様は今や我らの頭領。それでは御屋形様と・・・」 「い、いや、そうではない。私の事は大佐でいい」 普段はクールな兄の珍しく慌てた様子を見て、セイラは涙を拭いてクスクスと笑い、同じ様に笑っていたミハルと目を合わせ、遠目で頷き合った。 「あなた。キャスバル様のお立場は、私達以外の兵達にはまだ秘密にしておかなければなりませんのでしょう?」 「ぬお、そうであった。ワシとした事が喜びのあまり浮かれておった・・・!」 ハモンの言葉を受けたラルが思わず片手を後ろ頭に添えると、一同がどっと沸いた。 苦笑しながらシャアはセイラを離し、ミハルに近付くと彼女に預けてあったマスクとヘルメットを再び装着しながら口を開いた。 「ミハル、いつもの奴をここにいる人数分頼む。 この艦の厨房の場所は判るな?運び込んだ食材は好きに使っていい」 「あいよ」 無表情なマスクとは対照的に温かみのこもったシャアの声音と、嬉しそうにそれに応じるミハルの笑顔が驚いた表情を浮かべるラルの目前で交錯した。 2人のやりとりは実に自然で、若いカップルにありがちなぎこちなさが微塵も無い。 それでいて、まるで長年連れ添った夫婦の様に、短い会話の中にお互いへの信頼感が滲み出ているのだ。 「御覧なさいましたかあなた。あの2人に横から口を出すのはヤボというものです」 ハマーンを連れ、パタパタと急ぎ足でブリッジを退出して行ったミハルを目で追っていたハモンがそう語りかけたが、穏やかな目で何事かを思い巡らせている様子のラルに、彼女の言葉は聞こえていない様だった。 .
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742 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/02/08(水) 19 41 59 ID tthbYtkM0 護衛機が随伴しない単独の輸送機飛行ルートは、基本的に戦闘地域を大きく迂回する事が大前提である。 今回アムロの操縦するファット・アンクル型輸送機も連邦軍と直接対峙する最前線キエフを飛び立った後一旦クルスク方面に進路をとった後大きく折り返し、旧ベラルーシ領との国境にあたるゴメリを目指す、という極めて安全性を重視したものに設定されていた。 直線距離ならものの数十分で到達できる距離が、この場合は二時間ほどの飛行を余儀なくされてしまうが何より乗員と物資の安全には代えられないと言う訳である。 しかし飛行開始から20分程は順調だった天候がにわかに怪しくなり始めた頃から、アムロは自分の周囲に絡み付いて来る不穏な空気を感じ取っていた。 ファット・アンクル型輸送機自体の操縦感覚は極めて良好であるにもかかわらず、胸の奥に次第に湧き上がって来る何とも言えない軽い頭痛混じりの不快感。 隣の副操縦士席に座るセイラも先程から無言を貫いているのも、自分と同様に何か感じるところがあるからなのだろうかと勘繰りそうになったアムロは、両耳に装着している大きめのインカム付きレシーバーを揺らして小さく首を振った。 機長たる自分が、戦闘地域に向かう訳でもない輸送機の操縦ごときで根拠のない弱気は禁物であろう。 『おい、揺らすんじゃねえこのヘタクソが!』 だが、アムロが自分に気合を入れ直そうとしたまさにその時、レシーバーにドスの効いた怒声が響き渡った。 声の主はカーゴルームのモビルタンクに籠って整備を続けているデメジエール・ソンネン少佐である。 「も、申し訳ありませんソンネン少佐!」 『ったく・・・こんぐらいの風に無様に煽られやがって。 タダでさえお前らガキ共のせいでこの機内は小便臭えってのによう』 反射的に謝罪してしまったアムロは、ぶつぶつと悪態をつき続けるソンネンの言葉を黙って聞いていたセイラの瞳がその一瞬、冷たい光を放ったのを見て背筋を凍らせた。 「・・・この程度の揺れで作業できなくなるなんて、少佐も大したことはありませんのね」 『な、何だと手前ェ!?』 思わぬところからの反撃に意表を突かれたソンネンは、不覚にも息を呑まされた。 普段は味方を鼓舞する凛としたセイラの声は、意図的に研ぎ澄まされると肺腑を抉られるがごときの威力を発揮する。 「セ、セイラさん何を言い出すんです!?」 レシーバーのスイッチをオフにしたアムロが慌ててセイラを窘めたが、彼女は瞳の色を柔らかいものにすると涼しい顔でにっこりと笑った。 「あら、私達に対して失礼すぎる物言いでしょう?」 クスクスと悪戯っぽく笑うセイラは小悪魔的な魅力にあふれ、アムロは突発的に吹き付けてきた横殴りの風にまたもや操縦桿を取られそうになってしまった。 「テメエ、そこを動くなよ!?今からそっちへ行くからな!」 「ここへ来られたら操縦の邪魔です。私がそちらへ行きますわ」 言うなり、セイラは自分の耳に掛けていたレシーバーを外すと、髪を掻き上げて座席から立ち上がった。 「えええ!?セセセセイラさん待って!!危ないですよ!行っちゃダメだ!!」 「大丈夫だから心配しないで。それより操縦、しっかりお願いね」 「・・・!」 確かに強風が吹き荒れている今は自動操縦装置に切り替える事は出来ない。 操縦席を離れられない以上、不本意ながらここはセイラに任せるしかないのである。 自分の役割は、この悪天候をできるだけ速やかに突破し、乗員と物資の安全を確保する事しかありえない。 アムロは奥歯を噛み締めると今一度操縦桿を握り直し、前方に湧き上がる黒雲を睨み付けた。 743 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/02/08(水) 19 43 33 ID tthbYtkM0 巨大輸送機ファット・アンクルの内部は大まかに言えばコックピット、機関部、カーゴスペースの3ブロックに分かれている。 コックピットブロックは巨大なカーゴスペースの真上に位置している関係上、これらの行き来には内壁に沿って取り付けられたタラップを利用する他はない。 セイラは機内に続くコックピット後部ハッチを出ると姿勢を思い切りかがめた状態で鉄骨むき出しの機内スペースをくぐり抜け、鉄梯子と呼ぶべき高さ20メートル近くもある簡素な舷梯を慎重に降りてゆく。 もちろん命綱など無い為に危険は極まりない。飛行中は尚更に、である。 この通路の利用し難さを鑑みるに、この機の設計者は内部の兵員の行き来を想定していなかったのかしらとセイラはちらりと訝しむ。 しかし、必要最小限のシンプルな構造を追及して開発されたファット・アンクル型輸送機は生産性とコストに優れ、ジオン地球侵攻軍に多大な貢献をして来たのもまた事実であった。 閑話休題。 それにしても途中何度か小さな揺れはあったものの、先程までの様な危なっかしさは感じなくなっている。 外の天候は悪化している筈なのに操縦の安定感が増している処を見ると、どうやらアムロがヘリコプターの操縦においてある種のコツを掴んだに違いなかった。 危なげなく船底に降り立ったセイラが固定されたコンテナの間をすり抜けヒルドルブに近づくと、まるでそれを待ち構えていたかの様なタイミングでヒルドルブの車体下部からハンマーを手にしたソンネンが這い出して来た。 「よお姉ちゃん、本当にやって来るたあ、いい度胸してるじゃねえか」 まさかハンマーでいきなり殴りつけて来ることはなかろうと思いながらも警戒を緩めずにいたセイラの予想に反して、ソンネンの顔は意外なほど不機嫌なものではなかった。 「当然でしょう、私は約束は守ります」 「ヘッ、気の強え姉ちゃんだ」 きつい眼差しを向けて来るセイラに、ソンネンは短く刈り込んだ髪を撫で上げ苦笑いで答える。 バタバタと機体に雨粒が当たる音がエンジン音に混じって聞こえる事で、ファット・アンクルが遂に嵐雲に突入したのだと判る。 ふとセイラは肌寒さを頬に感じた。気圧の変化に伴ってカーゴスペース内の温度が下がり始めたのであろう。 「さて、折角だから姉ちゃんにもヒルドルブの調整を手伝ってもらうとするか。 その小奇麗な顔がちっとばかし油まみれになる事は覚悟してもらうぜ」 ニヤニヤと笑いながらソンネンはヒルドルブの前に屈み込み、キャタピラ回りのコネクターをハンマーで叩きはじめた。 恐らくこれは音の響きによって異常を感知する技法なのだろう。 「判りました。まずは何を?」 「そうだな、ラックへ行って91番のミッションオイルを持って来い、それと」 『くしょん』 「?」 微かに聞こえたくしゃみに似た異音。 しかも何だか聞き覚えがある声。セイラはヒルドルブの脇に固定されている補給物資のコンテナに急いで目を奔らせた。まさか。 「おい、聞いてんのか」 「は、はい」 いらいらと振り返ったソンネンは、狼狽えた顔でしきりとあたりを見回しているセイラを見て吐き捨てる様な舌打ちをすると、再びヒルドルブのパーツにハンマーを当てた。 「ったく、女って奴あイザとなると使い物にならねえんだからよ・・・いいか、一度しか言わねえぞ、持って来るのはミッションオイル91番、それと」 『くしょんくしょんっ・・・!』 今回の異音はソンネンにもはっきり聞こえ、彼はやれやれと口に出しながら立ち上がった。 「おい何だ姉ちゃん、カゼでもヒキやがったのか?意外とか弱いじゃねえか」 「い、今のは私ではありません」 「何言ってる、ここには俺とお前の2人しか」 『くしゅっ』 「!」「!」 744 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/02/08(水) 19 44 16 ID tthbYtkM0 瞬間、呆けているソンネンを残し、セイラは一つの小型コンテナの前に素早く移動するや怖い顔でぴたりと耳を付けた。 衣料用コンテナである。正面にハッチが付いている為、積み重ねて固定する事ができ、このまま据え置きで使用できる構造になっている。 そのハッチの締りが、良く見ると、甘い。 「返事をなさい」 『・・・』 セイラの声は低いが、頭を鉄製のコンテナに付けているので骨伝導で中には明瞭に聞こえている筈である。 しかしコンテナの中から応答はない。 「声で判ったわ。あなたなのでしょうハマーン」 『・・・』 やはり返事はない。 「あくまでもシラを切るつもりならいいわ」 『・・・』 内部で彼女が身を竦める気配と息遣いがはっきりと感じ取れるが、逆に息を殺して返事をしない作戦に出たのだと判るとセイラはコンテナから身を離した。 コンテナの中で一瞬安堵した人影だったが、続くセイラの言葉に我が耳を疑った。 「この正体不明なコンテナは投棄します。覚悟は良くって?」 『!?』 がたたっとコンテナが震えた。内部の人間の動揺が見て取れて、こう言っては何だが非常に判りやすい。 「補給物におかしな物は混ぜられないもの。悪く思わないでね」 『・・・!・・・?』 小刻みに鉄製のコンテナが震え出した気がするが、流石にこれは気のせいだろう。 数秒の沈黙の後。 「さよならハマーン」 『待って!!待ってぇ!!』 本当にコンテナの前を去りかけていたセイラは、コンテナの隙間から響く切羽詰まった懇願の声に、やけにゆっくり振り返った。 「ハマーンですって!?ど、どういう事ですか!?」 ようやく雨雲を突破し、操縦席のシートで深く一息ついたアムロは、カーゴルームから届いた予想外の報告に飛び上った。 745 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/02/08(水) 19 44 54 ID tthbYtkM0 『どうもこうも無いわアムロ。これは完全に密航よ』 「み、密っ航っっ!?」 『ちょっと待って。本人に替わるから』 「えっえっ?」 『・・・うっ・・・ひぐっ・・・・・・アムロぉ・・・・・・』 レシーバーの中から聞こえてきた声は確かにハマーンである。ぐしゅぐしゅに泣いている。 「ハマーンなのか!?君は何だってこんな事を!!どうしてこんな!!」 『・・・うぅ・・・きもちわるぃ・・・・・』 「え、何?具合が悪いのかい?」 先程までの怒りはどこへやら、アムロの顔が青ざめる。 『・・・』 「ハマーン!セ、セイラさん!一体どうなってるんです!?」 『どうやらお芝居ではなくて本当に調子が悪そうなの』 かつてWBに乗るまでは医者の卵として医療に従事していた彼女の眼をごまかす事は出来ない。 カーゴルームの片隅に操縦席との通信用に設えられたコンソール。そこから武骨に突き出したマイクに、セイラは更に口を寄せた。 「おかしな体勢のままずっと揺られていたみたいだから・・・それとも、さっきさかんにクシャミをしていたから風邪をひいたのかも知れないわ。 どっちにしろ、彼女を叱るのは後回しね」 言いながらセイラは彼らに背を向け憮然とした表情でがりがりと頭をかいているソンネンを横目で見た。 いかなソンネンでも病気の子供には勝てない様だ。そもそも扱い方が判らないのだろう。 実はセイラ自身も先程からずっと軽い頭痛をおぼえていたのだが、ぐったりしたハマーンを支えているこの状況でそれを言う訳にはいかない。 「帰ったらミハルやハモンにうんと叱ってもらいましょう」 『そ、それじゃあ急いで【青い木馬】に引き返します!』 「馬鹿野郎何言ってやがる!」 ここでソンネンがセイラの後ろからマイクに近づき会話に割り込んだ。 「時間がねえんだ!このまま目的地まで飛べ!!」 『で、でも!』 「でもじゃねえ!お前達小便臭えガキ共の処へ更に小便臭いガキが一匹増えただけだ!どうって事ァねえだろう!」 『ハマーンは病気なんですよ!?』 「自業自得だろうが!輸送機たあ言え戦場に向かう機に自分で乗り込んだんだ、例えどうなろうが文句はあるめえ!!」 『そんな!』 「大丈夫だアムロ!」 『! ハマーン!?』 セイラに抱きかかえられていたハマーンが堪らず大声を出したのである。 「・・・私は大丈夫だ、め、迷惑をかけて・・・ぐすっ・・・ごめん・・・・・・」 両掌でごしごしとこすった為に彼女の眼は真っ赤になったが、涙を拭い取ったハマーンの瞳には少しだけ普段の強気な輝きが戻った。 幸いにも熱は無さそうだしこれなら、と、セイラは小さく頷いてマイクに向かった。 「・・・聞こえたアムロ?私も今から引き返すのは良くないと思うの」 『・・・・・・判りました、ではハマーンをここへ連れて来て下さい』 「そうね、せめてちゃんとしたシートで休ませましょう」 カーゴスペースはうすら寒く、待機兵士用の折り畳み式簡易シートしかない。 体調の悪い者をここに長時間置いておく事は望ましくないだろう。ましてやハマーンは12歳の少女である。 「ったく、そのガキの面倒は姉ちゃん、お前が見ろよ!コッチに手間掛けさせんじゃねえぞ」 「判りました、この娘は私が責任を持ってフォローします。ハマーン行きましょう、歩けるわね?」 「うん・・・」 セイラの手から離れてハマーンは床に立った。 思った程のふらつきはない、すぐに手を差し出せる体勢でいたセイラはほっと溜息をついた。 少なくとも彼女にはこれからあの操縦席までの長いタラップを自力で登って貰わねばならないのだ。 「頑張りなさいハマーン、子供扱いされるのは嫌なのでしょう?」 「むっ!」 セイラの言葉に奮起したハマーンは目の前の壁に高く長くそびえ立つタラップに取り付いた。 そのまま足を掛けるとぐいと身体を引き上げ、するすると鉄梯子を登りはじめる。 下からその様子を伺っていたセイラもやがてタラップに慎重に足を掛け、静かにハマーンの後を追って登り出し、登るペースを少し上げてハマーンの真下にポジションを取った。 759 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/02/18(土) 12 44 04 ID jkrMv0nM0 「具合はどうだい、ハマーン」 「・・・」 操縦席のアムロは後部座席に目をやったが、座席を少しだけ後ろに倒し 武骨な軍用ブランケットに包まって目を閉じているハマーンからの返事はない。 「眠ったみたいね」 言いながらセイラはハマーンの額に掌を当てた。 幸いにも熱はない。 熱はないが、眼の下まで引き上げられたブランケットから覗く、固く閉じられた両の瞼にかかる形の良い眉はきつく寄り、ハマーンが喫している不快感を如実に物語っている。 セイラはふと、ハマーンの瞑った瞼の端に小さな涙の粒が膨れ上がっているのに気が付いた。 (・・・ごめんアムロ、こんなはずじゃなかったんだ・・・) それはハマーン・カーンの偽らざる心の声であっただろう。 零れ落ちた涙がブランケットに小さな染みを拵えたのを見たセイラは何も言わず、ハマーンの額に掛かる前髪を優しく整えた。 「なるべく急ぐから、もう少しだけ我慢しててくれよ」 アムロはそう口にすると、キャノピー越しに星空を睨み付けた。 雨雲を追い抜いた為に視界は極めて良好である。 「どうだ?」 「ソンネン少佐」 いつの間に現れたのか、ソンネンがアムロの横の副操縦席に滑り込んだ。 「すみません、すぐに作業に戻ります」 「あーもういい。ヒルドルブの整備は完璧に終わらせたからな、この役立たずが」 慌てて後ろからセイラが掛けた言葉を、ソンネンは相も変らぬ調子で邪険に払い除けた。 セイラは唇を噛んで俯く。 ハマーンの介抱をしている間は何も文句を言ってこなかった彼に少しだけ感謝していたのだが、やはりそんなに甘い相手ではなかった様だ。 「予定通りいけば、あと少しで・・・うん?」 「どうした」 ミノフスキー粒子のせいで不鮮明なレーダーを凝視したアムロに、ソンネンはレシーバーを装着しながら首をかしげた。 760 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/02/18(土) 12 45 06 ID jkrMv0nM0 「友軍反応です。おかしいですね、こんな処で」 「確かにな」 ジオンの支配地域とはいえ、敵軍にほど近いこんな場所に単独で展開している部隊の報告は受けていない。 「貸せ、コード1309876A2987応答せよ」 ソンネンは、この地域で使われているジオン軍専用オープン回線の一つを開いた。 ミノフスキー粒子によるノイズが酷いが、それでも確かに聞こえている筈の通信に対して相手からの返答はない。 「見えました、ザクです」 「随分やられていやがるみたいだな」 高度を落とし、各種センサーを振り向けたファット・アンクルの電子眼は、月明かりにくっきりと浮かび上がるMS-06F【ザク】の姿を鮮明に捉えていた。 デジタル補正が掛かったその映像からは、スパイクアーマーの破損や塗装の剥げ具合までがはっきりと確認できる。 と、ようやくこちらに気付いたのか、地上を歩いていた件のザクが大事そうに抱え持っていたバズーカをこちらに向けて振って見せた。 「!!」 瞬間、アムロの体が電流を打たれたかの如く硬直した。 セイラが眉を顰め、まどろみの中にいたハマーンが跳ね起きたのも、まさにその時であった。 「うおッ!?」 咄嗟に急上昇を掛けたファット・アンクルの中で4人の乗務員達は強烈なGに晒され、ソンネンは声を絞り出した。 「チッ・・・」 ザクのコックピットに座る眼帯を掛けた男は、無警戒に近づいて来た獲物が突然方向を転換した事に小さく舌打ちした。 「(気付かれたか?・・・いや、そうではないか)」 頭上を飛ぶジオンの大型輸送機は、方向転換の後も高度が安定せず、何だかふらふらと頼りの無い飛行軌道を描き続けている。 どう見ても、ベテラン兵の操縦ではない。 『ば、馬鹿野郎ォ!なんて操縦をしやがる!!』 『す、すみません!風に煽られました!!』 『ヘタクソが!だからお前は小便臭えってんだよ!!』 オープン回線に入れっぱなしの通信で、輸送機内部の事情が筒抜けである。 叱られている兵士の声が妙に若い。 しかし眼帯の男は一方的に罵声を浴びせている兵士に向けて、くくくと薄く笑った。 判っちゃいない。未熟なパイロットのお蔭で命拾いをした事に、お前は感謝をするべきだ。 あのままの軌道とスピードでのたのたとこちら目掛けて降下して来ていたら、バズーカの砲口は間違いなく――― ―――間違いなく輸送機のド真ん中をぶち抜いていただろう――― 眼帯の男は薄笑いを張りつかせたまま妙に度胸の据わった仕草で回線を開いた。 761 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/02/18(土) 12 46 01 ID jkrMv0nM0 「助かったぜ!HLVが流されて敵陣のど真ん中に降りちまった。敵ん中命からがら逃げて来たんだ!」 『災難だったな、お前の他に生存者はいないのか』 「俺以外はみんなやられちまったよ、クソッタレが!!」 心配そうに聞いて来た相手に返答しながらも、眼帯の男は抜け目なく輸送機撃墜のチャンスを窺う。 不意打ちならばこそ、失敗は許されない。狙うならば貨物室よりもエンジンだ。 しかし輸送機は風に押され、ザクを中心にして右へ右へと、まるで少しづつ死角へと回り込む様な軌道を描きながら滞空している為、掲げ持っているバズーカの砲口をそちらに向け照準を瞬時に合わせる事は困難であった。 これがもしベテランパイロットの操縦であったならば、この程度の風などびくともせずに安定したホバリングを見せていただろう。 もちろんその場合は、すかさずバズーカの餌食にできた筈である。 偶然とはいえ何が幸いするか判らねえなと眼帯の男は苦笑した。 『乗せてやりたいのはヤマヤマだがな、この輸送機に隙間はねえし俺達も急いでる。 いいか、ここから30キロほど東南東へ行った所に大規模な物資集積所がある。そこまで自力でたどり着いてくれ』 「ほう、大規模な集積所、ねえ・・・」 意外な情報に眼帯の男は隻眼を光らせ、目の前の獲物に向けたトリガースイッチから指を離した。 海老で鯛を釣る、ではないが、より大きな戦果を得る為に―――ここは大人しくしておくのが賢明そうだと思い直したのである。 『行けそうか』 「何とかやってみる。気にせず行ってくれ」 『悪く思うなよ』 そう言い残すと輸送機は東南東に向けて飛び去った。恐らく大規模集積基地とやらに向かうのだろう。 輸送機が完全に見えなくなったのを確認すると、眼帯の男はコンソールに備え付けられたジオン純正品ではない通信機のスイッチを入れた。 「フェデリコ・ツァリアーノだ、聞こえるか」 『感度良好』 レーザー通信は指向性が高く、敵陣においても傍受される恐れが殆ど無い。 フェデリコはここに辿り着くまでの道のりで要所要所にレーザー通信用の中継アンテナを設置して来ていた。 「どうやらビンゴを引いた。場所はここから東南東30キロの地点だ」 『やるじゃないか、伊達に片目じゃないって訳だ』 「抜かせ」 隻眼のパイロットは珍しく、相当の腕が無ければ強制的にMSから降ろされる。 それはジオンも連邦も変わらない。 相手はある意味褒めたのであるが、ツァリアーノは鼻を鳴らしてぶっきらぼうに通信を切った。 821 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/05/03(木) 17 18 37 ID Il41vxck0 漆黒の闇の中、月明かりを背にした鉄の巨人は小高い丘の陰から身を乗り出すと、爛々と光るその単眼を音もなく左右に奔らせる。 フェデリコ・ツァリアーノ中佐は眼前のモニターに映し出された映像に口元をゆがめた。 荒涼とした礫砂漠の只中、広範囲に渡ってうず高く積み上げられたコンテナや林立する車両用幕屋の一群、そして中央にひときわ大きくそびえ立つHLV。 サーマルセンサーに映像を切り替えると、その周囲だけにはポツポツと明かりが灯り、熱源が集中している様子がはっきり判る。 間違いない。 「情報通りに大規模集積所発見と・・・」 本来は廃棄解体される筈のHLVも、降下した場所によっては物資搬出後もそのまま残され、このように駐屯地を繋ぐ野戦補給基地の簡易宿泊所として活用される場合がある。 大気圏を突破する性能を備えているHLVは頑丈で断熱処理が完璧に施されており、そこいらの仮設テントより余程居住性が高かった為である。 物資の乏しいジオン軍が廃物利用、いや、廃棄物の有効活用をしていると言えば多少の聞こえは良くなるだろうか。 「ふん、驚いたな、あの輸送機もいやがるぜ」 モノアイのズームを上げると、大きな天幕の脇に、先程何の疑いもなくご丁寧にこの場所を教えてくれた輸送機が、馬鹿正直に駐機しているのが見えた。 あの無防備ぶりからすると、こちらの素性を微塵も疑ってはいないのだろう。 「お目出度えなあおい。ジオンはバカの集まりか?」 言いながらフェデリコはザクバズーカを構えている。 元は連邦軍の戦車乗りだった彼だが、ザクを操る一連の動作は、今やジオンの熟練パイロットにもひけを取らない。 「まあお互いにこれが仕事だ、恨むなよ」 躊躇無く吐き出された砲弾は一直線に、まずは無防備なファット・アンクル型輸送機を木っ端微塵に吹き飛ばした。 紅蓮の照り返しがフェデリコのザクを赤く染め上げる。 ジオンのザクがジオンの陣地を襲撃するという、傍から見れば異常な光景。 開戦当初から、MS開発に出遅れた連邦軍が窮余の策として採っていたのがこの 『鹵獲したMSを使い、ジオン兵に偽装して敵陣深く潜入し破壊活動を遂行する』という戦法であった。 ちなみにこの作戦を行う部隊は、他のそれと比べ損耗率が極めて高い。 にもかかわらず、卑劣な作戦内容から仲間内の評価は決して良いものではないという、まさに貧乏籤の役割である。 しかし片目を負傷しこの部隊に配属されてからというもの、ある種の人間的な感情をそぎ落としながら生き抜いて来ざるを得なかったフェデリコは、すでにこの任務に何の葛藤も抱かぬメンタリティを構築していたのである。 だから連邦軍のMS開発が軌道に乗った今、上層部から厄介者扱いをされ始めているという現状も、彼にとって最早どうでも良い事でしかなかった。 恐らくオデッサのどさくさに紛れて連邦軍の汚点たる自分達を首尾良く使い潰してしまいたい、というのが奴らの本音だろう。そう考えれば、総攻撃直前のこの段階で単独でジオンに送り込まれる合点がゆく。 だからどうした、と彼は更にバズーカの引き金を引き絞る。 この砲弾に込められた狂気の炎こそが、今の自分には何よりも相応しい送り火なのだ。 822 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/05/03(木) 17 19 43 ID Il41vxck0 「うっ!?」 射線をズラしHLVに狙いを定めたその時、ちらりとモニターの端で何かが動いたのを、フェデリコは見逃さなかった。 反射的に彼は自らのザクのバーニアを焚き、急角度のサイドステップを掛ける。 「おをぉッッ!!」 間一髪、空気の壁を切り裂いてザクの横、今の今までザクが存在していた空間を巨大なAPFDS (装弾筒型翼安定徹甲弾)が唸りを上げて通過していったのである。 その弾速は優にマッハを超える為、強烈な衝撃波がザクの機体を打ちのめし、コックピットのフェデリコを激しく痺れさせた。 しかし彼は瞬きもせずに暗視モニターを凝視し続け、一瞬だけ見えたマズルフラッシュからすぐに砲弾の主の位置を割り出す事に成功していたのである。 「チッ!外れやがったか!」 デメジエール・ソンネン少佐は小さく舌打ちすると、集積所のやや左前側方に設えられた掩体から顔を出しているヒルドルブの30サンチ砲から装填済みのAPFDSを轟音と共に再度発射した。 が、あくまでもこれは当たれば儲けもの的な威嚇射撃に過ぎない。 「まあいい、砲身が温まってからが本番だぜ!」 そうせせら笑いを浮かべながらギアをマックスに入れ、ヒルドルブを一気に掩体の陰から飛び出させる。 キャタピラを轟かせ、急加速で角度のキツイ盛り土スロープを駆け上ったヒルドルブは、カタパルトから撃ち出されたかの如く10メートル程もジャンプする事となった。 文字通り宙に飛び出したのである。 「馬鹿め!自ら姿を現すとはな!!」 フェデリコは冷静に、突如姿を現した巨大な戦闘車両の予想落下地点めがけてザクバズーカを発射した。 距離は約700メートル、巨大な戦車はゆっくりとした放物線を描きながら地表に自由落下している。 重力の底たるこの地上ではどんな機体であれ必ず、着地の衝撃で一瞬動きが鈍る。このタイミングならば、当たる。 そう確信した瞬間、巨大戦闘車両は着地する筈だった地面の中にすっぽりと消え、今度はその上をフェデリコの放った砲弾が空しく通り過ぎて行ったのだった。 「糞ッ!塹壕か!?」 フェデリコの体からどっと冷たい汗が噴き出した。 あらかじめ、こちらの正体を見破り襲撃を予想し、手ぐすねを引いて待ち構えていたとしか思えない用意周到さである。 敵は完全に、迎撃準備を整えていたのだ。 『逃がさねえぞこのペテン野郎』 「!」 フェデリコのレシーバーにオール回線コード1309876A2987で飛び込んで来たのは、確かにあの輸送機から聞こえた声である。 ザクは体勢をできるだけ低く構えると移動を開始した。 奇襲が失敗し、こちらの姿が露呈してしまった以上、同じ場所に留まる事は死を意味する。 「いつ、俺の正体に気付いた?」 周囲に何か適当な遮蔽物は無いかと探しながら、何気にフェデリコは敵に呼びかけた。 これは狡猾な心理的駆け引きであると同時に、純粋な疑問でもある。 『へへへ・・・貴様のジオン訛りは、取って付けたみてえにアクセントがわざとらし過ぎらあ、それにな』 連続して3発の発射音をザクの外部スピーカーが拾った、と、ほぼ同時にフェデリコの真上から降りそそぐ様に落下してきた砲弾がザクの頭上で炸裂し、膨大な炎にザクを巻き込んだのである!! 曲射焼夷榴弾!! 主砲を上に向けて放つ榴弾砲である。これならば敵の位置さえ判れば敵前に身を晒す事無く物陰から攻撃できる。 MS相手では必殺の効果は望め無いが、牽制や足止めとしてならば十分であろう。 『一次、二次降下時ならいざ知らず、今は、このオデッサに宇宙から送り込まれて来るザクの全部がJ型になってんだ!』 出番の無いままに格納庫の隅に追いやられていたソンネンは、HLVによって次々と搬入されて来るザクの全てがJ型である事を目の当たりにしていたのである。 『まず貴様の乗ってるザクがF型ってえのが腑に落ちなかったのよ!』 言いながらソンネンは塹壕からヒルドルブの上半身を覗かせ300ミリの主砲を水平に構えた。 炎に視界を遮られてパニックになったザクが動きを止めたなら、その瞬間に今度は狙いすました徹甲弾が奴を射抜く。 こちらの勝ちだ。 「舐めるな!こんなこけ脅しに乗るかよ!!」 しかしザクは上半身を火に巻かれたまま屈み込むと、右足に装着されたフットポッドのミサイルを発射したのである。 目論見が外れた事を悟ったソンネンは急いでヒルドルブの上半身を塹壕に引っ込め、あらかじめヒルドルブに装備された大型ショベルアームで掘り進めておいたピット(窪地)を通って次の射点へ高速移動を開始した。 初速の遅いミサイルは、先程までヒルドルブのいたあたりに次々と着弾したが、もちろんヒルドルブには何の被害もない。 823 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/05/03(木) 17 20 42 ID Il41vxck0 『集積所はカラッポよ!へへへ、残念だったな!!』 「畜生が!」 ソンネンの言葉にフェデリコは歯噛みした。確かにこのザクは開戦初期、ニューヤークにて鹵獲されたものだったのである。 今までは上手くいっていた手が、今回に限って完全に見破られてしまった。 かと言って今更逃げ場はない。 ザクの撤退は不可能だった。見るからに長射程な敵から離れれば離れるほど状況は不利になるからである。 何としてもここは眼前の敵を倒し、退路を切り開くしかない。 時間を掛ければジリ貧となる事を悟ったフェデリコはバーニアを吹かし、前方への大ジャンプを試みた。 敵車両の機動力はあの巨体にもかかわらず異常に高い事が先の戦闘で判明したのである。 どう張り巡らされているか判らない塹壕の中を縦横無尽に駆け回り、好きな位置からこちらを攻撃できるあの高速戦車と互角以上に戦うには、上空から奴の居場所を突き止め、イチかバチかの接近戦闘を仕掛けるしかない。 車両と違い姿勢制御バーニアを装備するMSは、自由落下の後着地点を大幅にズラす事ができる。狙い撃ちにもある程度対処できるだろうとの読みもある。 敵影を確認できるかこの一瞬が勝負だ。 「・・・見つけたぜ!」 ザクのジャンプで可能な最高到達点の直前、フェデリコは深いピットの中を移動する戦闘車両を発見した。 ナイトビジョンの画像で鮮明では無い物の、あの巨体は見間違うべくもない。 砲口もこちらへは向いていないのが確認できる。 やったぜ、勝負はここからだ。 満面の笑みを浮かべたフェデリコが舌なめずりをした瞬間。 彼のザクは空中で胴体を打ち抜かれ、真っ二つに千切れ飛ぶと地面に落下する事無くそのまま爆発四散した。 「おおおっ!?」 素っ頓狂な声を上げたのはソンネンであった。 「お前か!クソガキ!?」 信じられないという面持ちでソンネンはヒルドルブを止め、通信モニターを見つめた。 そこにはあどけない表情をした少年兵が、深く息をつきながらシートに背を預ける姿が映し出されていたのである。 「はい、ソンネン少佐」 そう答えるとアムロは手元のレバーを操作し、彼の操るMSに生えた巨大な砲身を折り畳ませた。 そのままホバーを吹かし、ソンネン達が戦っていた集積所の遥か10キロ後方に設営された塹壕のスロープから巨大なMSの威容を明らかにさせる。 全高27メートルを誇るYMS-16M【ザメル】。ラルの言っていたMSとはこれの事だったのだ。 長距離支援用に特化して開発された超重MSである。 ちなみにこれに搭乗する筈だったパイロットはまだこの地に到着していなかった。 敵と直接交戦していない集積所には他に訓練を受けたMSパイロットはおらず、急遽アムロが乗り込む事になったのである。 「嘘だろおい・・・初めて乗ったMS、しかも暖気も終えてねえ680ミリカノンをあの距離から当てた・・・だと・・・!?」 まず大前提として、680ミリなどという大口径のカノン砲は、動き回る小さな敵を狙撃するタイプの武器では断じて無いのだ。 そして、気温や湿度、気圧や風等の気象条件で刻々とコンディションが移り変わるこの地上では、どんな砲兵でも初弾の命中など、幸運以外ではまず有り得ない事を知っている。 如何な名手といえど、当日の着弾の状態を見ながら少しづつ修正を重ね射撃精度を上げてゆくものなのだ。それは腕利きのベテラン戦車兵であるソンネンも変わりはしない。 無意識にソンネンはレシーバーと共に軍帽を脱ぐと、短髪に刈り込んだ頭をざらりと撫でた。 「確かに『絶対に塹壕から出ずに、チャンスがあった時だけ援護しろ』と言っておいたがな・・・・・」 全てを言われた通りにやってのけたアムロに、ソンネンは文句の一つも付け様がない。 それどころか事前にソンネンは、「もし俺がやられても敵と一戦交えようなどとは考えず、速やかにここから離脱しろ」とまで言い含めていたのである。 いくらランバ・ラル肝いりの少年兵だろうとこの局面でアテにできる訳がなく、ド素人を実戦に出す訳にはいかない。 あれだけ距離を離しておけば援護などやれる筈もないし、そうこうしている間にいずれかの形でこちらの決着は着くだろう。 万が一、自分がやられた後に例え敵に見つかったとしても・・・一目散に逃げ出せばザクの足では追い付けまい。 マニュアルにざっと目を通し、ザメルというMSのスペックを把握したソンネンは、そう考えていた。 始めから彼は、迫り来る敵を一人で迎え撃つ腹だったのである。 そんなソンネンの不器用な配慮はしかし、意外な形で裏切られた。 824 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/05/03(木) 17 21 33 ID Il41vxck0 しかも相手は空中にいた―――― 先程の状況を正確に思い返す都度、ソンネンは眩暈を禁じ得ない。 あの場面を自分に置き換えたらどうすると彼は頭を巡らせた。 もしジャンプした敵を空中で狙い撃つとするならば――― 例えばクレー射撃の要領で、対象物が放物線を描いている頂点、つまり敵が自由落下を始める直前に動きが止まる一瞬を狙うしかないだろう。 しかし、手持ちのライフル銃ならいざ知らず、長距離砲撃において複雑な手順と操作を要求される680ミリカノン砲である。 果たして、突発的にどこへ動くかわからない敵MSを・・・ 10キロ以上も離れた位置から狙い・・・ ジャンプした一瞬を逃さず・・・ 素早く680ミリカノン砲の照準を合わせ・・・ 確実に砲弾をぶち込む事など・・・可能なのであろうか。 一筋の汗がソンネンの頬をつたう。 いつの間にか喉がからからに乾いていた。 偶然など、有り得ない。「敵の行動を先読み」でもしていなければ、そんなのは到底無理な芸当だ。 ソンネンは、薄気味悪そうに通信モニターを覗き込んだ。 「・・・クソガキお前、いったい何物だ」 「え、な、何の事ですか?」 モニター越しの眼光に射竦められて戸惑う少年に、ソンネンは溜息をついて何でもねえと呟いた。 ――――そう言えばあの直後 通信機をオフにしたアムロは真っ青な顔でいきなり、あのF型ザクは怪しい、迎撃準備を整えておくべきだと言い出した。 たまたまソンネン自身もそのつもりだった為に大きな混乱もなく事は運んだが、あれは―――― ソンネンは頭をばりばりと掻き毟った。 彼とてニュータイプという言葉は聞いた事があったが、それをこの頼りなげな少年兵と結び付ける気にはとてもならなかったのである。 「アムロ!無事か?」 「!」 突如スピーカーから飛び込んで来た元気な声が場の重い空気を吹き飛ばし、ザメルを集積所へ向けていたアムロの顔を上げさせた。 「ハマーン・・・」 メインモニターには月明かりの下、アムロの搭乗しているザメルと同型のMSが、ホバー走行でこちらに向けて走り来る姿が映し出されている。 アムロがやや走行スピードを緩めると、見る間にもう一機のザメルはアムロ機に追い付き、強大な超重MSが2機、横並びとなった。 激しい砂煙を巻き上げて荒野を疾走する両者のザメルは、アムロの乗機がカーキ、もう一機がモスグリーンと、ボディカラーを異にしている。 「お疲れ様アムロ。物資と人員の退避は無事に完了したわ」 「セイラさん。そちらこそお疲れ様でした」 ハマーン・カーンとセイラ・マス。通信モニターに映し出された2人の顔を見てアムロは笑顔になった。 ザメルは操縦士と射撃手がそれぞれを担当する複座仕様のMSであり、モスグリーンのザメルは現在セイラが操縦しているのである。 やろうと思えばアムロが今やっている様に操縦系を切り替え、1人で全てを操作する事も出来るが、この特殊なMSにおいて操縦と砲撃を1人で行う事はパイロットの負担を著しく増大させる為、公式には推奨されていない。 戦闘はソンネンとアムロに任せ、重要な物資と駐留する人員をザメルを使って速やかに遠方へ避難させる。 それが今回彼女達に割り当てられた役目だった。 「大急ぎだったから、見て?物資がここにもあるの。だから狭くって!もう!」 ハマーンはぷうと頬をふくらませて不満顔だ。 作業員の誰かが、どうせ戦闘に参加しないからという理由で、ハマーンの座る射撃手用のコックピットスペースに小荷物を幾つか放り込んだのだろう。 モニターの中で荷物に押され口を尖らせている小柄な少女を見てアムロは噴き出した。 過積載気味に物資を満載し、嵐の中で無理をさせた為かエンジンに不調をきたし、やむなく置き去りにせざるを得なかったファット・アンクルこそ破壊されてしまったが、その他の被害が皆無であったのは、間違いなく彼女達の頑張りによるものだったろう。 825 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/05/03(木) 17 22 14 ID Il41vxck0 「その様子だと、すっかり調子は戻ったみたいだね、ハマーン」 「うん、もう大丈夫だ。ごめん・・・」 しゅんと項垂れたハマーンにアムロは苦笑した。 今思えばあのF型ザクと会敵(!)するまでがハマーンの具合の悪さのピークだった。 後から聞いた話では実はセイラもその頃軽い頭痛を覚えていたと言うし、何を隠そうファット・アンクルを操縦していたアムロ自身もそうだった。 もしかしたら、あの味方に偽装したザクが放射していた悪意の様なものを・・・自分達は感じ取っていたのではないか。 アムロにはそんな風に思えてならない。 特にクレタ島のニュータイプ研究所で被験者だったハマーンは、よりそういったものに対して敏感に反応するのかも知れないと。 やがて、塹壕からゆっくりと這い出して来たヒルドルブに2機のザメルは合流した。 「・・・ま、良くやったよクソガキ。 ゲリラ屋・・・いや、ランバ・ラルの眼もまあ、確かだったって事にしといてやらあ」 これじゃ本職の戦車兵が形無しだぜと小声で呟きながら帽子をかぶり直したソンネンは、諦めに似た表情を浮かべた。 結果オーライと言われようが、戦場において何より大事なのはその結果なのである。 「それから、そっちの小便臭え2人もご苦労だった。お前らのお蔭で首尾良くいったぜ」 「有難うございます」 「小便臭いって言われたんだぞ!?礼なんて・・・!!」 ソンネンの下品な物言いに澄まし顔で答えたセイラに噛みつこうとしたハマーンは、何故か突然言葉を切って黙り込んでしまった。 「どうしたのハマーン?」 「・・・イヤな感じがする・・・なんか、まだ・・・・・・」 ハマーンの様子に首をかしげたセイラの手元で突然、コンソールのアラートがけたたましく鳴り響いた。 「定点センサーに反応!11時の方向より地上を何かがこちらへ向かってくる模様です!!」 「友軍反応出てねえ!敵襲だ!!散開しろ!!」 ソンネンの一喝で色違いのザメルは散り散りに分散した。 どうやら敵はたった1機でこの地を踏んだ訳では無かった様だ。考えてみれば、至極当然の部隊構成である。 「敵は3機!・・・しかし何だこのスピードは!?」 速度が異常だ。 このスピードは、恐らく本気を出したヒルドルブにも匹敵するだろう。 「来る!逃げて下さいセイラさん!なるべく遠くに!」 「で、でも相手は3機なのでしょう!?」 「アムロ!私だって戦える!!」 「ハマーンは黙れ!これはシミュレーションじゃないんだぞ!!」 「・・・!」 今までに見た事もないアムロの剣幕に、モスグリーンのザメルに搭乗している2人は息を呑んだ。 「・・・お願いしますセイラさん。ここは僕らに任せて早く!」 「判ったわ。頑張ってね、アムロ」 「アムロぉ・・・」 悲しそうなハマーンの声には敢えて反応せず、アムロは通信を切った。 意を決して踵を返したモスグリーンのザメルはホバーを全開にすると、そのまま駆け去った。 826 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/05/03(木) 17 23 21 ID Il41vxck0 「へへへ、なかなか言うじゃねえか、いい判断だったぜクソガキ」 「ソンネン少佐、済みません、勝手に・・・」 「聞こえなかったか?俺はいい判断だと言ったんだ」 ソンネンは薄く笑いながらタブレットを噛み砕いた。しかし気分は何故か、悪くない。 「敵は恐らくMSだ。俺のヒルドルブはそうでもないが、そっちゃあお世辞にも白兵戦が得意とは言えねえだろう。 いいか乱戦に持ち込まれんじゃねえぞ。後ろへ下がってなるべく俺の援護に徹しろ、判ったな」 「了解です」 ヒルドルブは再び塹壕の中に潜り込み、アムロはザメルを集積所の中まで後退させるとHLVを回り込んで足を止め、敵の方角に向けて680ミリカノン砲を展開した。 巨大で頑丈なHLVならば、ザメルの遮蔽物に丁度いい。 センサーが2度目の警報を鳴らす。相対距離は10キロを切った。しかし敵の姿はまだ見えずターゲットのスピードは揺るがない。 言い知れぬプレッシャーに耐えながら固唾を飲んで敵を待ったアムロはやがて、小高い丘の稜線を蹴散らし姿を現した、まるで弾丸の様に地面を疾走する3機の戦闘車両を見て驚きの声を上げた。 「あれは・・・ガンタンクなのか・・・?」 そのシルエットは、砲身を一門に減らしたガンタンクそのものであった。 しかし、スピードが段違いである。何より、彼の知るガンタンクはこんな風に敵陣に突っ込ませるタイプのMSでは無かった。 「!」 突然、先頭を走るガンタンクの上半身がガシャリと前方に倒れ走行速度を更に上げた。 続く2機も次々に変形するや先頭機の後を追う。どうやらこのMSは突撃走行時に変形を行うらしい。 空気抵抗を減らし、車高を低くする事で被弾率をも減らす狙いもあるのだろうとアムロは読んだ。 『やれやれ、間に合わなかったか。どうやら本当に片目のオッサンはやられちまったらしいね。 クズワヨ!カルッピ!残骸の写真、ちゃんと撮っておきなよ!!』 『もう撮り終えてますぜ技術中尉殿!!』 『敵は2体です!!一匹は塹壕の中!もう一匹はでけえ建物の後ろだ!』 部下の報告にアリーヌ・ネイズン技術中尉は目を細めた。 彼女の開発したRTX-440【陸戦強襲型ガンタンク】に搭載された最新式の索敵装置は、瞬時に敵MSの居場所を炙り出す。 かつて部隊を同じくしたマット・ヒーリィが見込んだ通り、この3機のMSはまるで有機生命体の如く、阿吽の呼吸で敵陣に切り込んで行った。 827 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/05/03(木) 17 23 44 ID Il41vxck0 『隊長が死んじまっちゃセモベンテ隊生活も終わりだな、配置換えになった途端にこれか・・・』 『上は相当及び腰になってるみたいだし、いったい次は何処へやられんでしょうね、俺ら』 『知るか!それより折角だ、オッサンの弔い合戦と行こうじゃないか! あたしらには目的があるんだ!こんな所でしくじるんじゃないよ!!』 『了解!MLRS(多連装ロケットシステム)発射!』 まるで示し合わせた様に3機のガンタンクは履帯側面に装着されていた56連装のロケット弾を一斉に射出した。 命中率は高くないが、弾数でカバーする武器である。対MS戦では思いの外有効な攻撃となる。 「上空より高熱原体複数飛来!緊急退避して下さい!!」 「チッ!」 先手を取られたヒルドルブは塹壕外に通じるスロープを掛け上がり、間一髪ロケット弾幕の直撃を回避した。 しかしそれは、敵の前に己の体をさらけ出す事に他ならなかった。 『いたな!回り込めクズワヨ!カルッピはもう1機を仕留めろ!!』 『了解!』『了解!』 敵MSの連携力を見て、アムロの背にぞくりと怖気が奔った。 恐怖ではなく生理的な嫌悪、である。 この3機、恐らく単独で戦えば自分やソンネンの敵ではないだろう。しかしこのチームワークは何だ。 いや、チームワークなどというものよりもっと深くて昏い何か、敢えて言うなら淫らな業・・・ まだまだ人生の青二才であるアムロにとって、一種おぞましい類の何か、で、彼等は繋がっている気がしたのである。 「くっ・・・!」 アムロは軽く首を振って己を奮い立たせると、こちらに向かって来る1機のガンタンクに向け、8連多弾倉ミサイルランチャーを撒き散らした。 ザメルに白兵戦用の武器はない。できるだけ敵を懐に入れぬ戦い方をせねばならない。 YMT-05【ヒルドルブ】&YMS-16M【ザメル】 対 3機のRTX-440【陸戦強襲型ガンタンク】 ジオンと連邦、両陣営が様々な思惑の中で作り上げた地上機動兵器が数奇な運命に導かれて一堂に会した。 そして、今まさに激烈な戦いに身を投じようとしている彼等と時を同じくして、遂にオデッサの戦局も大きく動き出そうとしていた。 夜は未だ明けない―――― しかし地平線の彼方にたなびいていた不気味な黒雲は、いよいよ風雲急を告げようとしていたのである。 912 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/08/01(水) 19 01 31 ID 25u12kew0 「ハマーン、アムロの言った事、理解できて?」 「・・・・・・」 戦場に背を向けてザメルを疾走させながらセイラは背後上方、射撃手用のコックピットに座るハマーンに声を掛けた。 しかし、いくら待っても意気消沈した少女からの返事はない。 「アムロは私達を危険な目に合わせたくないの。 特にあなたを、人と人との殺し合いに巻き込みたくないって」 「・・・・・・」 深く項垂れたハマーンの顔には両脇からツインテールが掛かり、その表情は窺い知る事ができない。 だが、その両目はしっかりと見開いている。そんな気配だ。 ちらりと背後を眼をやってそれを確認すると、小さく深呼吸をしたセイラは視線を前方に戻してから口を開いた。 「でもね」 突如雰囲気を変えたセイラの口調に、俯くハマーンの肩がぴくりと反応する。 「ここは戦場で、今私達は戦争をしているの」 言いながらセイラは高速走行中のザメルにスリックカートよろしく強烈なドリフト制動を掛けた。 突発的に捲き起こった強い横Gに、俯いていたハマーンの顔は跳ね上がり彼女を抑え込んでいた荷物はまとめてシート後方のスペースに転がり飛んだ。 「ごめんなさい、あなたには先に謝っておくわね。 でも、やっぱり私はアムロ達を見捨てて逃げる事なんてできない。あなた、シミュレーター経験はあるのでしょう?」 「え・・・」 スピンターンで180度機体の向きを変えた為、ズームが効いた正面モニターには戦場の様子が映し出されている。 はっと、ハマーンは眉をひそめた。カーキ色をしたザメルの動きが、明らかに鈍い。 MSを駆るアムロの動きを知るハマーンが目を疑うほど、その動きはぎこちないものであった。 「ここに座って判ったのだけれど・・・このMS、一人で全部戦闘機動をやろうとすると、すごく操縦がし辛いの」 「そんな・・・!」 「武器用のコンソールパネルが変な位置に取り付けてあるのよ。 あくまでもこのMSは二人乗りが前提なのね。これじゃいくらアムロでも・・・」 「・・・・・・」 「本当は、あなたをここに降ろして私一人で戦場に戻るべきなのかもしれないけれど・・・」 アムロが持て余すMSを自分一人でどうする事もできはしないだろう。 それどころか味方の足を引っ張りかねないお荷物と化す公算が大である。それが判るセイラだけに苦渋の選択を採らざるを得ない。 913 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/08/01(水) 19 01 58 ID 25u12kew0 しかしハマーンはセイラの偽りの無い葛藤と苦悩を感じ取ると、むしろ嬉しそうな顔でシートベルトのロックをものともせずに身を乗り出した。 「早く戻ろう!」 「!」 肩越しに振り向いたセイラとハマーンの視線が中空で交錯した。だがそこに以前の火花は発生しない。 「アムロを助けに行こう!ついでに、うーんと、仕方ないから、あの嫌なオヤジも助けてやろう!」 「ありがとうハマーン・・・!」 ハマーンを説得するつもりだったセイラは、じんと胸が熱くなるのを堪える事ができなかった。 実戦の怖さを知らぬいたいけな12歳の少女を戦場に駆り出す罪咎は、全てこの身に受けると心に決めている。 「行きましょう。仲間を助けに」 ヘルメット装着を指示されたハマーンは、シートの横にぶら下がっていたそれを急いで引き寄せた。 大人用なので多少ぶかぶかしたが、どうやら新品らしく嫌な汗の匂い等は皆無だったので安心してフードを閉める事が出来た。 セイラも、脇からヘルメットを取り出し被るとフードを閉める。 素早く各部をチェックしコントロールモードを『戦闘』に切り替えると、ザメルの機体がガクンと一段沈み込んだ。 戦闘準備が完了したのである。 「いいわね?戦闘中は私の指示に従う事。武器管制は完全に任せて宜しい?」 「・・・マニュアルは読んだ。できると思う」 正直なハマーンにセイラは好感を持った。ただこういう場合は意気を上げる為に多少のハッタリが欲しい所だ。 「わ、私は新型MSのテストパイロットをやっていた!少なくともバーチャルデータ上では敵なしだった!」 セイラの心の声が通じたのかどうか、直後のハマーンの言葉にセイラは戦闘前だというのにクスリと微笑んだ。 940 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/09/27(木) 19 08 36 ID NVmpDrD.0 「くっ・・・!ダメだっ・・・・・・!」 一瞬早く左側方に回り込まれ照準から外れてしまった敵に舌打ちすると、アムロはザメルの機体を真横に滑らせた。 サイドモニターで撃ち出したミサイル全てが外れたのを横目で確認しながら左手を伸ばし、コンソールに備え付けられているスイッチの一つを捻る。 瞬間、ガンガンガンガンと機体に連続的な衝撃が疾った。 「当てられたっ!?バルカン砲か!」 同じホバー機動とはいえ、以前に乗った飛行試作型グフとは随分と違う操縦感覚である。 流石に図体の大きなこの機体では回避スピードにも自ずと限界があるようだ。 急いでモニターに目を奔らせ各部のダメージチェックを行うが、幸いにも特に目立ったアラートは示されていない。 全高27M全備重量121.5tという巨大なザメルはその分装甲も厚い。この距離、そしてこの程度の威力の実体弾ならば致命傷にならないのかも知れなかった。 だが限度はある。このまま迂闊に接近を許し、至近距離からの攻撃を受け続けるような事になれば、この超重MSといえど持ちこたえる事はできないだろう。 アムロは横Gに歯を食いしばりながらフットペダルを踏み込み、ザメルを振り回してもう一度敵を照準モニターの中央に捉えようと試みた。 足を止める訳にはいかない。アムロの直感は正しい。 しかし目前に迫る凶悪なガンタンクはアムロの知るそれよりも遥かに速く、そして想像以上に無謀だった。 「何!?」 姿勢を低く変形させ、真正面から全力で突っ込んで来る敵車両を映し出すモニターの映像に、アムロの背筋は凍りついた。 いつの間にか相対距離は400Mを切っている。 常識的に考えてこの角度からの正面突撃など通常では有り得ない。敵が正面に向けて武器を放てば蜂の巣となれる事請け合いだからである。 敵の突撃には迷いがない。だとすれば行動の意図が読めない。命が惜しくはないのか!? まさか敵はずぶの素人なのだろうか、それとも何か別の思惑があるとでも言うのだろうか。 あるいは罠か?こちらの攻撃を誘っているのか。 意表を突いた敵の挙動が逡巡を呼び、逡巡がゼロコンマ数秒の遅れを呼ぶ。 アムロの指が20mmバルカン砲のトリガーに掛かる、が――― 「あっ・・・!」 次の瞬間、指はレバーを掴み損ねた。 もともと一般兵用を前提に調整されたザメルの操縦士用コックピットに急遽備え付けられた武器管制コンソールは 小柄なアムロの体躯では腕をいっぱいに伸ばしてようやく届く位置にバルカン砲のトリガー付きレバーが設えられていた。 敵の無謀な突撃に焦ったアムロが勢い良く体を乗り出した瞬間シートベルトにロックが掛かり、はずみでレバーから一瞬指が外れてしまったのである。 普段では考えられないミスに愕然とするアムロはレバーを握り直すがその時既に、ガンタンクはザメルの懐に入り込む事に成功していた。 941 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/09/27(木) 19 09 16 ID NVmpDrD.0 「ヘッヘ・・・テメエもいただくぜデカブツ!!」 カルッピは舌なめずりをすると何やら動きの鈍い巨大MSの眼前で220ミリ低反動キャノン砲を発射した。 彼の行動理念はとにかく敵に肉薄して撃つ、それだけなのだ。 戦術と言えるシロモノでは到底なくある意味、カミカゼ・スタイルに極めて近い自分の命というものを全くもって顧みない迫撃。 それが彼等ガンタンク小隊が敵味方から命知らずと目される所以なのである。 彼等の特殊な境遇によって形成されたメンタル、そしてRTX-440陸戦強襲型ガンタンクの機動力と性能が可能にした戦法とはいえ尋常ではない。 どう考えても正気の沙汰ではない。 しかしこの捨て身の攻撃方法が敵に与える恐怖は予想以上であり、誰もが刹那の生にしがみ付こうとする戦場では極めて効果的に作用したのである。 それは彼等が激戦の中、ここまで生き延びて来たという紛れもない事実が物語っている。 すなわちそれは、ジオン歴戦のMS乗り達が、地上戦において技量でははるかに劣る筈の彼等の前に無残に散って行った事に他ならない。 狙いは敵のどてっ腹。 一切の小細工は無し、外し様の無い必中の距離である。 「―――!?」 カルッピは目を剥いた 目前の巨大MSが急激に角度を変え、90度横を向いたのだ。 必殺の砲弾は命中したものの、敵MSの左手部分を破壊するに留まったのである。 「ヤロォッッ!!」 当てが外れたカルッピは、ガンタンクを通常形態に変形させながら突撃を継続させた。 敵はあの巨体だ。加えてどう見ても長距離攻撃に特化したMS、密着すればこちらは更に有利になる筈だ。 自身は気付いていないが、少なくとも今までの敵ならば間違いなく仕留められていたという違和感が彼の心を逸らせていた。 「む?新手かよ!?」 突如鳴り響いた手元のアラートにカルッピは顔を顰めた。 ミノフスキー粒子に荒れたモニターには眼前のデカブツと同型だが色違いのMSが、砂煙を上げてこちらに向かって来るのが映っている。 しかしお仲間のMSにピッタリ張り付いているこのガンタンクには迂闊に手出しできまい。目論見通り、こちらはまず目の前のコイツを仕留めるのみだ。 ニヤリと笑ったカルッピだったが、片側のサイドモニターに迫り来る黒影に表情を引き攣らせた。 瞬間、超硬スチール合金製の極太の鉄棒が、重低音の唸りを上げて強襲型ガンタンクを横殴りに叩きのめし、吹き飛ばしたのである。 「ぐぅわああああぁああああぁあぁ・・・・・・!!」 もんどりうって地面を転がったガンタンクの中で、カルッピは訳の分からぬまま意識を失った。 942 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/09/27(木) 19 09 53 ID NVmpDrD.0 「はあ・・・はあ・・・はあ・・・・・・!」 アムロは荒く息を吐きながらヘルメットを脱ぐと額の汗を何度も手の甲で拭った。 まさに間一髪の勝負だった。 咄嗟の機転でザメルの機体を真横に回転させ砲弾による致命傷を何とか免れたアムロは、敵の意識がこちらから一瞬離れた事を感じ取り すかさずザメル背部に折り畳まれた68センチカノン砲を展開しながら更なる勢いをつけて機体をスピンさせたのである。 ザメルの誇る68センチカノン砲の砲身は、展開させればその長さは実に30Mを超える。 アムロはザメルの姿勢を前傾させる事で砲身を限界まで下に向け、ホバー駆動ならではの回転でたっぷりと重量を乗せたそれを 密着して来たガンタンクに叩き付け、薙ぎ払ったのだった。 しかも砲身が敵に激突する瞬間、アムロはホバーを切っていた。 安定性が高いガンタンクが上半身をひしゃげさせながら派手に横転したところを見ると、どれほどインパクト時の衝撃があったのかは想像に難くないだろう。 「アムローッ!!」 「無事なの、アムロ!?」 くの字に曲がった砲身の先が地面に突き刺さって埋まり、集積所の瓦礫に半ば突っ込んだ形で動きを止めたザメルを見て、もう一機のザメルのパイロット達は恐怖の声を上げた。 ホバーを切った事で激突時の衝撃が増し、相応のダメージがザメル側にもあったのである。 「セイラさん、ハマーン、どうして戻って・・・いや・・・」 アムロは唇を噛んだ。彼女達が敵の気を一瞬でも逸らせてくれたからこそ、何とか勝ちを拾えたのだと気付いたのである。 「・・・助かりました、本当に・・・」 敵の意識がこちらに向いたままだったならば、主砲及びミサイルランチャーの弾薬庫があるザメルの背部を一瞬でも敵ガンタンクに向ける事はできなかっただろう。 「大丈夫なのねアムロ、良かった」 セイラは安堵の声を漏らす。 『すごかったぞ!あんな風に戦うなんて!さすがアムロだ!』 「そんなんじゃないよハマーン、咄嗟にやったあれは人マネに過ぎない。 それにこっちもダメージがかなり大きいし・・・とても褒められたもんじゃないさ」 ハマーンのはしゃいだ声を、アムロは自嘲気味に遮った。 脳裏にはかつて黒い三連星と共に戦った『ガンダムもどき』との対決が鮮明に思い出されている。 あの日やられた事を、今日は違う相手にやり返しただけなのだ。何ともほろ苦い模倣であった。 アムロはあの時、対峙した敵によって戦いのセオリーと固定観念をぶち壊された。 なりふり構わず生き抜けという強烈なメッセージを、敵から文字通り叩き込まれたのである。 とまれ結果的に見れば、互いのあずかり知らぬ処ではあったが 自らの命を顧みない者とあくまでも生き抜こうとする者の対決は後者に軍配が上がった形で決着を見た。 「このMSはもう動けません、脱出します」 アムロはヘルメットを被り直すと、斜めに傾いだコックピットの中でシートベルトを外した。 しかしコックピットハッチが稼働せず、手動でも完全に押し開く事ができない。 「駄目だ、歪んでる」 ここから抜け出せないのであれば、セイラ達とMSの操縦を交代する事は不可能だ。 時間を掛ければ脱出できそうだが、今は何よりその時間が惜しいのである。 アムロは、腹を括るしかない事を悟った。 『アムロ、出られないの?』 「ええ、でも一人で脱出できます、それよりも」 『判ったわアムロ、私達はソンネン少佐の援護に向かいます』 地面に接地していたモスグリーンのザメルが砂塵を巻き上げふわりと浮き上がる。 察しの良いセイラはすぐにアムロの意図を読み取った。 アムロにとっては辛いであろう言葉を最後まで言わせなかったのはもちろん、彼女の心遣いによるものだ。 「くれぐれも慎重にお願いします、絶対に敵を近寄らせてはダメです、危ないと思ったら迷わず引いて下さい!」 『了解』 「ハマーン、君ならできる。セイラさんと心を合わせるんだ」 『任せておけアムロ!』 明滅を繰り返し始めたモニターには踵を返すモスグリーンのザメルが辛うじて映し出されているが カメラの角度が変えられない為、その姿はすぐにフレームアウトするだろう。 こうなれば、各人のやれる事を最大限にやるしか道はない。 アムロは座席の下から脱出用の工具箱を引っ張り出し、中からバール付きのスチールカッターを手に取った。 「頼むぞ・・・!」 光の漏れるハッチの隙間に工具の先端をこじ入れると、アムロは誰に言うともない言葉を噛み締めながら呟いた。
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【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part2 6 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/04(日) 08 27 07 ID GH+9htui WBは1機のガウ攻撃空母と3機の輸送機を従え、一路バイコヌール基地へと空路を急ぐ。 輸送機群ははダグラス大佐率いるMS特務遊撃隊である。今回は補給がメイン任務の為、 実働部隊は搭載されていない。 その為その内の1機にオルテガが自らのドムと共に同乗し同隊の護衛を勤める。 しんがりを務めるガウの内部にはガイアとマッシュが控え、後方に睨みを利かせている。 搭載していたMSを先の戦闘で失い、デッキが空となった二機のガウは既に何処かの基地に帰還していた。 ついさっき、ラルの口からセイラの素性を知らされたばかりのアムロはブリッジを離れ、 1人MSデッキでガンダムの整備をしていた。 パネルを全開したコックピットの奥に潜り込んで、ほぼ仰向けの状態になっている。 何だか別世界の事の様でピンと来なかった・・・というのが正直な感想だ。 ジオン・ズム・ダイクン。学校の教科書に載っていた名前だ。 確かジオニズムがどうとか・・・はっきり言ってあまり興味が無いジャンルの授業だった。 漠然とだが、人間なんてそんなに都合良く変われるもんじゃないだろうと思えたからだ。 試験に出るから名前と年号だけは覚えたけど。 セイラさんはその、ジオン・ズム・ダイクンの娘。 セイラさんの本名はアルテイシア。 セイラさんの兄は「赤い彗星」のシャア・・・ アムロは黙々と整備を続ける ダイクン派だったラル大尉達が、ダイクンが死去した後、いかにザビ家に冷遇されたかという事も聞いた。 もう既に死んでしまったと諦めていたダイクンの遺児セイラと逢えた事がどれ程嬉しかったかも。 そしてセイラの兄も意外な人物として生存している事が判明して・・・ もう何だか、驚く事が多すぎて考えがまとまらない。 WBでずっと一緒に戦っていたのに、彼女の事を何も知ってはいなかった自分に 改めて愕然とするアムロだった。 ・・・セイラさんは僕の知っているセイラさんじゃ無かったのかな・・・ そんな不安も頭をよぎる。 荒くれ者に囲まれても揺るぎの無かった彼女の気高く美しい横顔をアムロは思い出していた。 生気の満ち溢れたたあの瞳。顔が熱くなる。我知らず胸は早鐘を叩いている。 以前から綺麗な人だとは思ってはいたが、こんな感覚を今まで彼女に感じた事など無かった。 どうやらこれはやはり、あの場のジュースのせいでは無かったらしい。 もどかしい怒りにも似た感情を抑える事ができず、アムロは同期ゲージ調整を2度ほどしくじった。 「アムロ、いて?」 コックピットの外から唐突にかけられたセイラの声に弾かれた様に反応したアムロは 展開されたパネルカバーに思い切り頭をぶつける事となった。 7 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/04(日) 08 29 19 ID GH+9htui 「ど、どうしたのアムロ?」 顔をしかめ、額をさすりながらコックピットから這い出して来たアムロにセイラは驚いた。 「・・・大丈夫です。それよりどうしたんです、こんな所に?」 意外そうな顔をアムロはしている。 戦闘中以外でハンガーにわざわざ出向くセイラなど今まで見た事が無かったからだ。 もとより、こんな油臭い場所はセイラみたいな女性には似合わない。 出撃するMSパイロットをサブモニターの中から涼やかな声でオペレートする彼女こそが相応しい。 そう思っていた。いや、確かにそう思っていた筈だったのだが。 「あの、これ、ハモンさんやメイさんを手伝って、皆さんの分を作ったの。 せめて待機時ぐらいはちゃんとした食事を摂って欲しいって」 慣れない手付きでおずおずと差し出されたトレイには 暖かな湯気を立てるシチューと少しだけいびつな形のサンドイッチが乗っている。 うつむきながらセイラは頬を真っ赤に染めた。 「恥かしいわ・・・メイさんの方が私よりずっと上手なんですもの。 私ときたら今までお料理なんて殆どやった事が無くて・・・」 と、いう事は、これはセイラさんの手作り アムロはもう一度食事とセイラを見比べた。 ・・・確かに炊事で悪戦苦闘する彼女など、普段凛とした姿しか見た事が無い身としてはイメージすら湧かない。 彼女を少しでも知っている人は、試しにやってみるといいだろう。 「アムロと話がしたかったの。少しだけで良いのだけれど」 セイラのすがるような、それでいて真摯な眼差しに アムロの心臓は再び跳ね上がった。 8 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/04(日) 08 31 27 ID GH+9htui デッキの片隅に腰を下ろすと、アムロは慌てた様に食事を摂りはじめた。 並んで座ったセイラは暫く黙ったままその様子を見つめている。 「お、美味しいです。本当に」 ありがとうと答えながらセイラは穏やかな目で笑った。 この数日の間にアムロは本当に変わった、と思う。 上手く表現はできないものの、精神的に成長したように感じるのだ。 以前の子供っぽさが抜けて逞しさが出てきた気がする。まだ頼り甲斐とまでは言えないが。 そして、これは直感なのだが、自分の中に漠然とある「何か」をアムロと「共有」できそうな気さえするのだ。 勿論それは、単なる思い込みの類なのかも知れないが・・・ そんなアムロに以前は考えもしなかったであろう≪引力≫めいた物、を感じ始めている 自分を あの時のハモンの微笑みによって、認めざるを得なくなってしまった。 そう、あの時・・・ハモンがアムロに額を合わせた時・・・確かに自分は彼女に「嫉妬」したのだと。 セイラはアムロの横顔にごめんなさいと囁いた。アムロは驚いた様に顔を上げる。 過程はどうあれ、今回のアムロの行動は自分にとって絶好の機会だった。 それを利用するが如く事を進めている自分が申し訳なく思えてならなかった事を セイラは素直な言葉でアムロに話す事ができた。 アムロはそれを真剣に聞き、気にしないでくれ、自分もセイラの役に立てて嬉しいと答えた。 それは不思議な感覚だった アムロに寄り添うようにしていると言葉の輪郭がぼやけて行く 何かが、言葉にはできない何かが急激に二人の中に広がって行く気がする。 もしかしたらアムロとなら言葉なんて遠回しな物は必要無いのかも知れないとすら思える。 セイラは刹那の夢うつつの中で何とか言葉を紡ぎ出した ≪心を触られた≫としたら、こんな感じなのかしら、と・・・ 42 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/05(月) 01 03 27 ID HOOfuWL8 「あああっ!こんな所にいたっ!」 寄り添ってまどろみそうになっていたアムロとセイラの目を覚まさせたのは、 ハンガー中に響き渡る嬉しそうな少女の声だった。 声の主であるメイは、アムロの姿を見付けるとまるで子犬の様に全速力で駆け寄って来る。 もしも彼女に尻尾があったなら、千切れるほど振っているであろう勢いだった。 メイは走って来た勢いそのままに正座する姿勢になると、 その状態で1メートルほど床を滑ってアムロの目前にピタリと停止した。 思わずのけぞったアムロをキラキラした瞳で見つめている。 「MS-07H-2の戦闘データ見たの!すっごいねえ!尊敬しちゃう!!」 のしのしとオルテガがメイの後ろからやって来た。 面白くも無さそうに溜息を吐きながら、それでもメイの後ろに腕組みをしたまま仁王立ちになる。 まるでVIPに対する屈強なボディガードの装いだ。え、何で?とアムロは思ったが、 そんなオルテガを全く気にせずに、メイはアムロにずいと近付いた。 「何て言うんだろ、他では見る事のできない様な・・・凄く独創的な機動なのよ! 特に回避行動!何あれ!?ううん褒めてるのよ? 機体のポテンシャルを最大限に引き出さないと、まずあんな動きはムリね! それとアムロってバーニアの使い方が絶妙!あの気難しいエンジンをあそこまで 使いこなせるなんて本当に素敵!・・・」 メイの賞賛はまだまだ続きそうだ。どうして良いか判らないアムロは助けを求める様に 横にいるセイラに目を向けるが、何故か彼女はアムロの視線をすいと外すと立ち上がってしまった。 「・・・私はもう行くわね。それじゃ」 この世には「怖い笑顔」というものもあったのだとアムロは戦慄を覚えた。 何かが二人の間に繋がった、と、思えた直後なだけに・・・ マイナスの感情もほとんど物理的なダメージに増幅されて感じる気がする。 体と口が硬直して動かなくなったアムロは、虚しく口をぱくぱくするだけで、 去り行くセイラに声をかける事もできなかった。 「総員に伝える!10分後にバイコヌール基地に到着するぞ!着陸準備にかかれ!」 艦内放送のクランプの声が、今回だけは天使のそれに聞こえた。 心の中で胸を撫で下ろしたアムロは「行こう!」とメイとオルテガを促し 前を行くセイラを追ってブリッジに走った。 52 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/05(月) 09 57 57 ID HOOfuWL8 まだ豆粒ほどにしか見えないWBを眺めながら 風の吹きすさぶバイコヌール基地の滑走路脇にジオンの軍服を身に纏った二人の男女が佇んでいる。 「姉御、本当にやるつもりかい?」 「ふふ、ウチに配属されてまだ間もないってのに、随分馴染んだ物言いじゃないか、えぇ?」 妖艶な微笑を浮かべた美女は愛おしそうに隣に立つ男の頬を撫でる。 精悍な顔付きをした男は片眼を瞑って不敵に笑う。 「姉御との≪特訓≫のお陰だろ?それにここの水は俺に合う。 左遷(とば)されて良かったぜ。あのクソ野朗をぶっ飛ばした甲斐があったってもんだ」 「ジオンのエース『真紅の稲妻』が曹長に降格されてアタシの艦隊にねぇ・・・ 最初は何の冗談かと思ったよ」 くっくっと可笑しそうに女は哂う。 「戦闘中に部下を置いて逃げ出した上官をぶちのめして病院送りか。 本来なら軍法会議ものだろうが、上もアンタの才能を惜しんだんだろうね。 ギリギリまで降格させてアタシん所みたいなドブ泥に塗れた部隊に放り込むとはさ。 エリート街道まっしぐらだったんだろ?残念だが運が無かったんだと諦めな」 「いや、俺はツイてる。姉御みたいな良い女と出会えたからな。 それに、もともと親父が勝手に出した志願書で無理矢理入隊させられたんだ。軍に未練はねえよ。 今後は『独裁者』共の手先にならずに済むかと思うとせいせいするぜ」 「アンタがやって来ると聞かされたときゃ皆どんなツラした優等生が現れるのかと興味津々だったさ。 手荒い歓迎をしてやる心算だった奴らが殆どだったからね。勿論、このアタシもね」 女は男の頬に置いていた手を髪に這わせ、更に優しく愛しく撫で付ける。 「ところがどうだい。ものの数日でアンタはアタシの副官以下を全員実力で屈服させちまった。 殴り合いの喧嘩でも、MS同士のタイマン勝負でもね」 「ありゃタイマンじゃ無かったぞ。どう見ても4対1のハンデ戦だった」 あははは違いないねぇと女は大声で哂った。 「ウチの部隊は実力勝負がウリだからねぇ。 表向きはともかく、誰も『曹長』のアンタに逆らえなくなっちまった。 仕方ないからアタシが出ずっぱるしかなかったが・・・アンタ、ギリギリでわざと負けただろう?」 「・・・何の話だ?あれが俺の実力だ」 「ふふふ。まあいいさね、アンタには感謝してるんだ。 アンタが横にいるお陰で、悪い夢を見る回数が本当に減ったのさ・・・」 名残惜しそうに男の髪から手を離すと女はWBに向き直った。 「さてさて、獲物の到着だ。恐らくジオンで最後の仕事になる。 気張ってやろうじゃないか、えぇ!?」 軽く舌なめずりする女と、その横で不敵に笑う男。 WBの機影は、もうかなり大きくなっており、既に滑走路に着陸する態勢に入ったようだった。 101 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/06(火) 17 42 21 ID KjK1o4V/ 迫り来るバイコヌール基地全体から発せられるどす黒い怨念のような圧力を、 その時アムロは微かに感じ取った。 ふと横に目をやると、セイラの瞳も不安そうにこちらを向く所だった。 『セイラさんも何かを感じ取ったのか・・・?いや、女性の勘って奴か』 直接言葉には出さず、アムロは心の中で一人言ちた。 確証は何も無いが、嫌な感じだ。あの「ガンダムもどき」の危険な奴とはまた違う、 べったりと肌に纏わり付くような、悪意。そうか、これは悪意と呼べる程の・・・ その時、ブリッジに響く軽い衝撃がアムロの思考を打ち消した。 「ランディングギア接地、確認。各部異常なし。着陸完了しましたぜ」 クランプの声が響く。 この数日間で随分WBの扱いに慣れたのが、声に混じる少々の余裕で感じ取れる。 流石だな、と、アムロは頼もしく思った。 「ありゃあ、ザンジバル級ですぜ大尉。 ここに駐留している隊のものみたいですな」 コズンが窓の外を指し示す。確かにそこにはずんぐりしたシルエットが特徴の 機動巡洋艦が停泊していた。 漆黒の船体が鈍く太陽を照り返している。 「遠路はるばるよぉうこそバイコヌールへ! アサクラ大佐の代理司令官シーマ・ガラハウ中佐だ!」 唐突にモニターに現れた女性は、居丈高 に言い放つと肩をそびやかした。 アムロはその奔放な言い回しの影に潜んだ剣呑な何かに思わずぞくりとする。 厳しい顔をして横にやって来たハモンがアムロに何事かを囁いたのはその時だった。 「!?」 アムロは思わずセイラを振り仰いだ。 事情が飲み込めていないセイラは驚いた顔で二人を見返す。 ガウ攻撃母と輸送機軍はバイコヌール基地からの誘導によって、 ここから20キロ程離れた第二滑走路に着陸させられた為、その姿は見えない。 アムロは急に不安になった。 更に濃くなって行くどす黒い悪意が、まるで吹き付けられる様に そちらの方に流れ出して行く様な気がしたからだった。 105 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/06(火) 20 32 39 ID KjK1o4V/ 「御苦労。まあ寛いどくれ」 基地司令室に通されたラル隊一行を前にしてシーマ中佐は口を開いた。 シーマの横には精悍な顔付きの青年兵士がつき従っている。副官なのだろうか。 それにしては階級章の位がえらく低いなとクランプは胡散臭く思った。 「貴様らの辞令はこれだ。 木馬奪取の功績でランバ・ラル大尉は二階級特進でアタシと同じ中佐になった。 以下、それぞれ一階級ずつの昇進だ。おめでとう」 にやりと笑ったシーマはラルに辞令の束をバサリと投げよこした。 数枚の書類が宙を舞い床に落ちる。 あまりにぞんざいな扱いにラル隊全員が色めき立つが、ラルはそれを手で制する。 「謹んで拝命する」 「・・・ふん。面白くないね。青い巨星は伊達じゃないって訳かい」 鼻を鳴らしたシーマは含み笑いを漏らす青年兵士を睨み付けた。 シーマと目を合わせた男は我慢できない大声で笑い出した。 「駄目だ駄目だ姉御。そのテにゃ乗らないってよ」 「失礼だがジョニー・ライデン殿とお見受けする。 ワシの顔をお忘れか?」 手をひらひらさせてシーマをからかう素振りを見せたライデンにラルが声を掛けた。 唐突に出たトップエースの名前にラル隊がざわめく。 ライデンは少しだけ真面目な顔に戻すとラルに対して敬礼をして見せた。 「覚えておりますラル中佐!しかし現在曹長である私に対して 敬語は不要に存じます!」 「な、何と・・・!」 ルウムでの活躍で確か彼は大尉に昇進していた筈だ。 この僅かな期間で曹長に降格とは、一体彼に何があったというのだろう。 106 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/06(火) 20 33 30 ID KjK1o4V/ 「階級なんざアタシの部隊には関係ない。今やコイツは私の副官なのさ。 相応の敬意を払いな? コイツに舐めた口を利いたらアタシがタダじゃおかないよ!」 シーマはライデンにしなだり掛かりながらその場にいるラル隊全員を睨め付け言い放つと、 一転、うっとりした視線を彼の横顔に注ぎながら小声で付け足した。 ライデンは微動だにせず、不敵な笑顔も崩れない。 「そう、アンタを舐めて良いのは、アタシだけなんだからね・・・!」 完全にそう聞こえてしまったコズンが、思わずゴクリと生唾を飲み込む。 いろんな意味で、ここに姫様やメイやアムロが居なくて本当に良かったと心から思う。 が、そんな悠長な場合ではなかった。 シーマはライデンから離れると表情を更に厳しい物に引き締めたのだ。 「さて、本当は今の仕打ちに怒ったお前らが暴発してそれを納める為に 武力鎮圧・・・ってなシナリオだったんだけどねえ。 まあ、仕方が無い。順番が狂ったが、鎮圧だけさせて貰うよ!」 シーマの合図で司令室のドアが全て開き、完全武装したの集団が嵐の様に乱入して来た。 それは恐ろしく統制の取れた集団であり、全ての銃口がラル隊に向けられている。 ラル隊は全員両手を挙げ、完全降伏の意を示した。 124 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/07(水) 20 26 55 ID 2ur0WbEw シーマからの合図を受けた武装鎮圧隊は時を同じくしてWBにも突入した。 各班ごとに別れ迅速に各ブロックを制圧して行く。 まずMSデッキとブリッジがいち早く占拠され、その報告が次々とシーマの元に届く。 ――だが、人員確保の一報は一向に入って来ていない―― それがシーマをいらつかせていた。 着陸から監視させていた部下からはWBから外に出た者は 目の前のこいつ等以外はいないと報告を受けている。 つまり、WB内の何処かにいるはずなのだ。WBとMSを連邦から持ち出した≪下手人≫が。 そしてそいつは連邦からすればジオンに寝返った≪裏切り者≫でもある・・・ そいつらを捕まえて、更にこちらの株を上げる。それが『交渉相手』のリクエストなのだ。 「やれやれ。亡命者を一体どこに隠したんだい? おまえ等に聞いたってどうせ喋りゃしないだろうから無駄な事は省くが、 あんまり手間を掛けさすんじゃないよ」 うんざりした様なシーマの問いに、ラル隊は誰一人答えるものはいない。 彼らは一箇所に集められ、全員武装解除された後、手錠で拘束されていた。 コズンがかったるそうに軽口を叩く。 「あーあ。ちょいと前は俺達があっち側だったんだよなあ。 こりゃ、因果応報って奴かな?」 一斉にラル隊全員が苦笑で答える。 そのざわめきに紛れてハモンがラルに素早く囁いた。 「あなた」 「待て。奴の真意がまだ判らん」 ラルが素早く返す。この二人にはこれで充分だった。 非常時にはラル隊は何の打ち合わせも無く連携して行動する事ができる。 各々の分担が決まっているのだ。自分の役割を果たせた事に満足したコズンは 「勝手に喋るんじゃねえ!」 と、警備兵に銃架で手荒く殴りつけられても、鼻血を噴出しながら不敵に笑う事ができた。 125 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/07(水) 20 28 35 ID 2ur0WbEw 「しかしまあ、ブリッジとMSデッキを押さえられたWBは 飛び立つ事もMSを発進させる事もできなくなってるんだ。 後は、どこに隠れていようがシラミ潰しに見つけ出し、 アタシの前に引き摺り出すだけだ!」 「連邦へ亡命するのだな。取引相手は誰だ」 威勢良く言い放ったシーマにラルが冷静な声で核心を突く。 単刀直入なその一言に彼女はグッと押し黙った。 「ひるむな姉御。 流石は青い巨星。余計な問答が無いだけに話が早くていい」 「・・・誰が怯んでるって!?ふざけるんじゃないよ!」 腕組みした姿勢を崩さないライデンに対してシーマは激昂してみせる。 が、クランプは冷静にこの二人の中の真の主導権者を見た気がした。 「ふん。まあ、お前達は昇進直後にヘマやって全員降格される事になるんだ。 その哀れな身に免じて教えてやるよ」 「ジーン・コリニーあたりでは無いのですか?」 迷わず名指ししたハモンに対して シーマだけではなく今度はライデンすらもぎょっと眼を剥く事となった。 「・・・恐れ入ったな。全てお見通しって訳か。 だがもう遅い。どこに隠れていようが亡命者が見つかるのはもう時間の問題だ。 そいつが確保されたら俺達は木馬とMSを持って連邦軍に投降する」 ライデンの言葉にシーマが続ける。 「後腐れが無い様に、第二滑走路のガウと輸送機隊には連邦の掃討部隊を 送り込む手筈になってるのさ。 可哀相だがあいつらには人柱になって貰うよ」 「むう・・・!」 ラルは絶句する。予想以上にこの企みは狡猾のようだ。 しかし、彼の瞳には絶望の色は無い。どころか、 ラル隊全員がまるで何かに高揚しているかの様にも見える。 シーマとライデンはその様子に、得体の知れない薄気味悪さを感じていた。 126 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/07(水) 20 30 53 ID 2ur0WbEw アムロとセイラ。狭い空間の中に、息を殺した2人がいた。 バイコヌール基地に着陸する寸前、アムロはハモンに、ここにセイラと共に隠れる様に言われたのだ。 事が起こった後の、アムロがやるべき行動もラルに指示されている。 「恐らく抵抗しなければ、我々に手荒な真似はしないはずです」 確かにハモンはそう言った。今はその言葉を信じ、皆の無事を祈るしか無い。 アムロはセイラを後ろから抱きすくめる様な体勢になっている。 セイラの体重と髪の匂いが直接的に生々しく感じられ、不謹慎かも知れないが、 どうやっても鼓動が早まる自分を抑える事ができなかった。 彼女のお尻がアムロの腰に押し付けられている格好になっているから、 「その生理現象」は絶対、セイラにバレている筈だった。 嫌がられ・・・いや、嫌われてしまっただろうな・・・と 恐る恐るセイラの表情を後ろから盗み見ようとするのだが、 彼女は顔をうつむけてしまっており、髪が邪魔して良く見えない。 何故今回は、セイラと以前共有したと感じた不思議なシンパシーは現れないのだろう? 何か言わなくちゃとも思うが咽がカラカラで全く声が出せないし、何て言って良いのかも判らない。 ああもうこんな事ならジオンでも連邦でもいいから早くやって来てくれ! そのアムロの声に出せない魂の叫びが通じたのだろう。 モニターに映るMSデッキ入り口に、武装した兵士がわらわらと現れた。 銃口をあちこちに向け人がいないのを確認すると隊長らしき人物が通信機を取り出し、 どこかへMSデッキ確保の報告を入れている。 どうやら、ラル大尉とハモンさんの予想していた事態が起きてしまった様だ。 「セイラさん。奴等が来ました。予定通りやりますから 僕にしっかり掴まっていて下さい!」 いきなり決然と宣言したアムロにセイラは驚き、火照った顔で振り返った。 しかし集中力を研ぎ澄ましモニターを凝視しているアムロの眼には セイラの少しだけ潤んだ瞳も映ってはいなかった。 127 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/07(水) 20 31 56 ID 2ur0WbEw いきなり動き出した≪ガンダム≫に武装した兵士達は仰天した。 まさかパイロットが既に中におり、しかも発進準備が完了しているなどとは 考えもしていなかったのである。 手持ちのマシンガンを散発してみるが、ガンダムの装甲には傷一つ付かない。 「駄目だ!連邦のMSが逃げるぞ!俺達じゃどうにもならん!姉御に連絡だ!」 「た、隊長!あれを!まだ動くMSがあります!」 振り向いた男の目に入ったものは、単眼を輝かせてハンガーから降り立つ MS-09ドムとMS-06J陸戦型ザクの巨体だった。 144 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/08(木) 15 36 17 ID CkkdkpLK 「何!?木馬のMSが稼動しているだってえ!?」 「・・・やられたな。この事態をあらかじめ想定していなけりゃ出来ない事だ。 ランバ・ラル隊、恐るべし、だね」 一報を受けたシーマとライデンは両極端な温度差の驚きを示した。 ぎりっと歯を噛み鳴らしたシーマは、部下に手早くMS小隊を発進させて ガンダムを追跡するよう命ずる。 今にも自分が飛び出して行きそうになるのを必死で自制しているのが判る。 そんなシーマにライデンが向き直った。 「姉御、俺が出る。あのMSは何としても無傷で手入れなきゃならないからな」 「頼めるかい?でも無理すんじゃないよ、イザって時にゃ破壊したって構わないからね!」 あんなMSよりアンタの方が大事なんだ、そんな言外の視線を受けたライデンは おどけた様に「了解ッ!」と敬礼してから司令室を後にした。 145 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/08(木) 15 37 31 ID CkkdkpLK WBの格納庫を手動で開き、3体のMSはガンダム、ザク、ドムの順に滑走路に降り立った。 わらわらと武装した兵士達がその後を追うが、ガンダムの頭部バルカン砲で牽制され近付く事ができない。 しかしこの一連の動きの中で、武装兵士達の隊長であるコッセルは 3体の中でザクの動きだけがぎこちなく、何となく足元がおぼつかない事に気が付いた。 「バズーカを持って来い!あいつならやれるぞ!」 物陰に隠れ、部下に命じながらもチャンスを伺う視線は決して外さない。 「無傷で手に入れなきゃならないのは、連邦のMSだけだからな・・・」 姉御に連絡は入れたから、もうすぐこちらのMSも動き出す筈だ。 そうすりゃ相手の注意も逸れるだろう、充分歩兵が役に立てる機会はある。 コッセルの眼が獲物を狙う猛禽類のそれに変わっていた。 150 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/08(木) 18 13 01 ID CkkdkpLK 「メイ!早く!もっと急ぐんだ!急いで!」 バランスが悪く走行スピードが一向に上がらない陸戦型ザクにアムロが焦った声を掛ける。 MS-06Jを操縦しているのは何とメイ・カーウィンだったのだ。 「あれっ・・・おかしいな・・・こんな筈じゃ・・・!?」 メイは額に玉粒の汗を浮かべて必死にレバーやフットペダルを操作するが、 その拳動は一向に安定しない。オートバランサーのお陰で転ばずに済んでいるものの、 本来の移動スピードの半分にも満たないその動きに、アムロは気が気ではなかった。 「私の入手した情報によると、ここの基地司令官シーマは、 ジオン兵でありながら軍を憎む思想の持ち主です。 不確定ですが、連邦の高官と繋がりがあるとの情報もあります。 このWBとMSを掌中にしたら、何か良からぬ事を・・・企みかねない女でしょう」 あの時ハモンに言われた言葉が思い出される。 「形式的に我々は彼女に会う為に出向かなければなりませんが、 アムロ、あなたにはどんな事があっても姫様をお守りする役を命じます」 ハモンはその後アムロにガンダムにセイラと同乗する事を指示し、 WBに搬入されていたドムにはオルテガを、 実際の操縦経験は無いもののMSに精通しており「操縦できる」と豪語したメイには MS-06Jに搭乗させてMSデッキでコックピットカバーを閉じた状態で 待機させていたのだ。 もちろんいつでも稼動できる準備を整えたままで、である。 「もしMSデッキに≪賊≫が侵入して来た時は、非常事態が発生したという事です。 その場合は直ちにMSを起動させそのまま第二滑走路に向かい、 速やかにダグラス大佐の部隊と合流なさい。 あちらにはガイア大尉達もいます。臨機応変に事態に対応して下さる事でしょう」 その時のアムロの、 そんな事をしたらラル隊の皆やハモンさんはどうなるんですという問いに対して彼女は 「勝算はあります。あなたが心配せずとも宜しい」 とだけ答えてアムロからの質問を一方的に打ち切ってしまった。 そして、アムロだけに聞こえる声でこう付け加えたのである。 「もしもの時には・・・動きの鈍いザクをおとりにしてお逃げなさい」 ・・・と。 それを聞いて激昂しそうになったアムロを制してハモンは 「あくまでも『もしも』の時の話です。 そのくらいの覚悟を持って姫様をお守りなさいという事です」 と、さらりと流してしまった。 アムロは、モニターに映るザクのふらふらした動きを見るたびに ハモンの不吉なセリフが頭に浮かびそうになるのを必死で打ち消していた。 174 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/09(金) 17 02 18 ID JdrfSMGD 基地格納庫から6機のMSが次々と現れた。 全てMS-06ザクである。モニターで全機の機種名を確認したアムロは 「ホバー付き」の機体が無い事に少しだけ胸を撫で下ろした。 あの装備の平地での有効性を、自らMS-07Hを操縦した事で改めて思い知っていたのだ。 通常歩行しかできないザクが相手ならば、いきなり相対距離を詰められる事はありえないだろう。 しかし・・・ 「ああっ!?」 メイが小さく悲鳴を上げる。 最初からおぼつかない足取りだったメイの操縦するザクは、 何度かのたたらを踏んだかと思うと、よろけるように立ち止まってしまった。 「どうして・・・!」 メイの瞳に悔し涙が浮かぶ。 幼少の頃からMSに接し、誰よりも知識が豊富だと自負していた。 パイロットとしての資格は無くとも、MSを操縦してのガレージ間の移動などは 何の問題も無くこなせていたのに。 背後から武器を持った「敵」が追い駆けてくる そう思っただけで、身がすくみ、通常なら出来ていた筈の簡単な操作すらまともに行う事ができない。 怖い、怖い、助けて。頭に浮かぶのはその言葉ばかり。 冷静になろうとすればする程、操作の手順を間違えてしまう・・・ 「立ち止まるな!歩くんだ!歩け!」 オルテガのドムがザクの腕を掴み、揺さぶった。 檄を飛ばしながらも、オルテガは6機のザクとの相対距離を測っている。 射程距離まであと少ししかない、それを過ぎれば敵は一斉に攻撃して来るだろう。 『まずいな・・・敵の数が多すぎる。メイのザクを守りながらでは、ドムの 機動性は殺される。狙い撃ちだ。 一斉攻撃を受ければいくら装甲の厚いドムといえど・・・』 オルテガの心の中の葛藤を見透かした様にメイが涙声で叫んだ。 「私に構わず行って下さい!早くダグラス大佐達と合流を!」 「馬鹿野朗!そんな事が出来るか!・・・アムロ!」 メイを叱り付けたオルテガは、振り向きざまにアムロに声を掛ける。 既に敵の2機のザクがこちらに向けてマシンガンを乱射し始めていた。 「メイは俺が引き受ける。お前はこのまま第二滑走路に急げ!」 「何ですって!?」 アムロはハモンの言っていた最悪の状況になりつつある現実に歯噛みした。 293 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/11(日) 02 07 14 ID ??? ――アムロはぎゅっと眼を瞑った。 もしやハモンはこうなる様に最初から状況を構築していたのでは・・・と、アムロは戦慄する。 まともな操縦経験が無いメイを、機動力の劣るザクに敢えて乗せ、 アムロとセイラの乗ったガンダムを逃がす「捨て石」とする。 メイを見捨てるはずの無いオルテガのドムを一行に随伴させ、 これも「捨て石」としてガンダムが逃げる為の時間を稼がせる・・・ 全ては、どんな犠牲を払おうと「アムロとセイラを逃がす」という 最優先事項遂行の為の冷徹な作戦だったのではなかったか。 ハモンさんが悪い訳ではない。彼女は最善と思われる手を打っただけの事なのだろうとアムロは思う。 戦場では甘っちょろい理想論など通用しない事など、もう判っている。 そして、兵士というものは、任務遂行を何より優先しなくてはいけない事も知っている。 ――でも アムロは強烈に自覚する。この絶望的な状況を打破し、 運命を切り開きたいと渇望する自分がいる事を。 『自惚れるなと言った筈だ!』 ラルに言われた言葉が思い出される。 アムロは目を閉じたまま首を振り、冷静になろうと勤めた。 もし自分が無謀な行動を取れば、一緒にいるセイラを危険に晒す事になる。 ハモンがお膳立ててくれた「最優先事項の遂行」を放棄する事になる。それでは本末転倒だ。 やはりここはオルテガに任せ、メイを見捨ててセイラを連れて離脱するのが最善なのだろうか・・・ ――アムロは決然と眼を見開いた。 もうその瞳には迷いによる曇りは微塵も見出す事ができない。 アムロが猛然とフットペダルを踏み込むと、ガンダムはそれに答え軽々とその機体を飛翔させてみせた。 294 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/11(日) 02 12 03 ID ??? いきなりバーニアジャンプでドムを飛び越し、 シールドを構え敵の目前に降り立ったガンダムにオルテガは仰天した。 「アムロ!この馬鹿野朗が!先に逃げろと言った筈だ!」 「敵の狙いはガンダムです!僕が奴等を引き付けますから中尉はメイをフォローしながら 第二滑走路に向かって下さい!」 「それは俺の役目だ!出しゃばるんじゃねえ!」 「中尉!そのMSの方がガンダムよりパワーがありそうです。 不安定なメイのザクをサポートするならそちらの方が都合が良い! 敵をある程度撹乱したら僕も離脱します!ガンダムが本気を出せばザク程度では 絶対に追いつけませんから! 僕ら『全員が生き残る』為にはこれが最善の方法なんです!」 「ぐ・・・」 最悪自分一人の犠牲でと考えていたオルテガが絶句する。 モニターにはそろそろ届き始めた敵のマシンガンの弾丸をじりじりと後退しながら シールドで弾き返すガンダムが映っている。 もう一刻の猶予も無い。議論している余裕は無くなってしまったのだ。 「アムロ!これを使え!」 オルテガは、自らのドムの背部ラックに装備されていたヒートサーベルをガンダムに投げ渡した。 アムロはモニター越しに、ガンダムが初めて手にするそれを細部まで確認する。 「お前なら使いこなせるだろう!グリップの所にスイッチがある!切れ味を高めたい時は押し込め! 俺が特注した特別製だ!そいつは、切・れ・る・ぜぇ!?」 歯を剥き出して笑うオルテガにアムロは親指を立てて答えた。 「ありがたい! ガンダムのエネルギーを温存する事ができます!」 何しろ相手は6機。用心に越した事は無いのだ。 その相手はもうすぐそこまで迫っている。シールドに当たる弾丸が明らかに増えて来ているのでそれと判る。 「メイ!走れるか!?」 「済みませんでした!もう大丈夫です!」 ようやくパニックを脱したメイが、今度は慎重にザクを操縦している。 オルテガのドムはザクの真後ろに付き、バズーカを構え、 ホバーを稼動させてバック走行させながら敵の動きを牽制しつつ、離脱を始めた。 その様子をバックモニターで確認しながらアムロは、腕の中のセイラに語り掛けた。 「・・・セイラさん。僕はあなたに謝らなきゃいけない」 思わず眼を伏せようとしたその時、セイラがずっと自分を見つめていた事にアムロは気が付いた。 戸惑うように視線を合わせると、彼女は穏やかに微笑み答えた。 「どうして?あなたが守って下さるのでしょう?」 驚き、思わず「え?」と聞き返してしまったアムロに セイラは自信たっぷりにこう宣言したのだ。 「大丈夫。あなたならできるわ」と・・・ 355 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/11(日) 22 04 43 ID ??? 「何だいあのMSは!!6機のザクに立ち向かうつもりかい!?・・・舐めやがって!」 シーマがぎりりと歯を噛み鳴らす音が聞こえる。 彼女の視線の先には基地司令室の大型モニターがある。 そこにはドムとザクを逃がし、たった1機で6機のザクと対峙するガンダムが映し出されていた。 「あの子ったら・・・」 額を押さえながら俯いたハモンはそれでも苦笑している。 ラルもそんな彼女を横目で見やり、愉快そうに口元を歪める。 「これは懲罰ものだな!だが・・・」 「はい。あなたの言われた通りになってしまいましたわね」 肩をすくめながらハモンは溜息をつく。 ハモンの言い渡した作戦を恐らくアムロは蹴るだろう、と、あらかじめラルは予想していたのだ。 2人のやりとりを知っているアコースとクランプは思わず顔を見合わせて吹き出した。 一方コズンは、視線をモニターから外さない。完全に釘付けになっている。 「やってみせろアムロ、お前の力をもう一度俺達に見せ付けてみろ・・・!」 思わず拳を握り締めたクランプの口から呟きが漏れる。 WBを制圧した時のガンダムの動きは、今でもラル隊全員の眼に焼き付いて離れないのだった。 その時、シーマがマイクを引っ掴み、怒鳴り込む声が司令室を震わせた。 舐められたらこの世界は終わりだ。 常日頃からそう考えている矜持の塊りの様な女性からまるで蒼白いカゲロウが 立ち上っているように見えた。 「ライデン!アタシ達は舐められたんだ!!命令変更だ! あの白いMSを全力攻撃!必ず撃破するんだ!いいね!」 ライデンはそのシーマのがなり声をMSハンガーで聞いていた。 「発進準備は整ってる。だがちょっと待ちな姉御。 まずは奴のお手並みを拝見と行こうじゃないか」 ライデンの鋭利な視線はモニター越しにガンダムに注がれている。 その時アムロは―― 目の前の6機のザクとは別に、自分をどこかから見つめている、 まだ見ぬ強敵の匂いを感じ取った気がしてぞくりと身を震わせた。 497 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/13(火) 00 08 37 ID poRCvMdX セイラは今、アムロの膝の上で横抱きの状態になり、アムロの胸に顔を預け眼を閉じている。 その表情はあくまでも穏やかであり、不安など微塵も感じていないのが判る。 口先だけではなく、完全に自分を信じて全てを委ねてくれた姿だった。 やはりこの人は美しいと、その横顔を見てアムロの胸は愛おしさに熱くなってゆく。 それと同時に、普段以上に自分の感覚が砥ぎ澄まされて行くのを感じていた。 自らの目は確かにさっきまでと同じ様にメインモニターを介して外の状況を見ている。 しかし、まるでガンダムの装甲を≪透かして≫外が見えている感じがする。 視覚領域が広がってゆく様な気がするのだ。 刹那、そのアムロの感覚は、目前の6体のザクではなく、 ザクのやや後方に位置する一台のエレカに注目した。 更に意識を集中させると、その荷台に人がおり、小型ミサイルバズーカを構えているのが判った。 しかし何故かその砲口はガンダムに向いてはいない。 アムロは戦慄した。 狙われているのは、ガンダムでは無く、今ガンダムの背後を懸命に退避歩行している メイのザクだという事に・・・! アムロは迷い無くガンダムの左手で構えていたシールドを勢い良く地面に向けて急角度で投擲する。 シールドはまるで弾丸の様に宙を飛び、ガンダムからやや離れた滑走路の路面を削りながら 深々と斜めにめり込み突き立った。 そして次の瞬間、今まさに発射された小型ミサイルがその急造の壁に命中し炸裂したのだった。 「な・・・何だと!?」 いきなり飛んで来たシールドに自分の放ったミサイルの弾道を妨害されたコッセルは仰天した。 思わずガンダムを振り仰ぐと、白いMSのギラリと光る相貌と眼が合ってしまった。 冷水を浴びせられたかの様にコッセルの体が総毛立つ。 「ひ、引け!退却だ!!」 運転席の兵士に声を掛けるとエレカは大慌てでUターンし、 その場を急スピードで離脱してゆく。 「冗談じゃねえぞ・・・何だあいつは・・・・」 コッセルの震える声は、エレカを運転する兵士に届き、 同様に戦慄を感じていた彼は、一刻も早くこの場から離れようと 更に強くアクセルを踏み込むのだった。 549 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/13(火) 23 06 29 ID poRCvMdX シールドを自ら手放した瞬間、既にアムロはガンダムを次の行動に移行させていた。 MS-07Hを操縦した事で、アムロにはあるMS機動のアイディアが閃いていたのだ。 プロトタイプ特有の強力な推進力を持つガンダムなら、それは可能な筈だった。 「セイラさん。顎を引いていて下さい。舌も噛まない様に気をつけて!」 微かに頷くセイラの気配を感じたアムロは、思い切り体勢を低くさせたガンダムを「真左横」に跳躍させた。 地面からガンダムの右足が離れた瞬間にランドセルのバーニアを一気に吹かし、 そのまま十数メートルの距離を地面と平行に滑空する様に移動する。 そしてガンダムの体が着地する前に左足で強引に地面を蹴りつけると同時にバーニアの角度を変え、 体を捻りながら同じ要領で「真正面」に再度滑空ジャンプする事でガンダムは、 一瞬のうちに密集隊形を取っていた6機のザクの真後ろを取って見せた。 それはバーニアジャンプを超低空で行なう、まるで擬似ホバー移動とでも呼べる様な動き。 まさにアムロの思惑通り、の機動だった。 ザクのパイロットのうち、このガンダムの疾風の様な一瞬の動きに対応できた者は唯の一人もいなかった。 恐らく目の前で何が起こったかすら判ってはいない事だろう。 今の今までガンダムに無慈悲な銃弾を浴びせ掛けていた筈のザク6体は、 次の瞬間には、全機ガンダムに無防備な背中を晒している格好となった。 ガンダムはオルテガのドムから借り受けた特別あつらえのヒートサーベルを軽く振り下ろし、 勢いをそのままにザクに向かって踏み込んで行く。 重さがいい。こいつはガンダムの手に馴染む。いけそうだ。 既に蒼白く発光しているそれは、まるで「獲物」を渇望しているかのごとく殺気を放っている。 今のアムロには一分の油断も無い。 先の戦闘ではそれで「ガンダムもどき」に痛い目を見せられた。 もう同じ轍を踏む訳には行かない。 最後方のザクのモノアイがこちらを振り向くのがアムロの眼にはまるでスローモーションの様に見えた。 「斬り込む!」 自らを鼓舞するアムロの気合と共に、ガンダムは嵐の様にザクの群れに襲い掛かった。 604 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/14(水) 15 54 16 ID prC8fhJN 「・・・こいつはまいったね」 ガンダムの動きをモニターで凝視していたライデンは、口惜しそうに苦笑した。 そのテクニックは割とあら削りではあったが、地上でMSにあんな動きをさせる奴は 『他にいない』と思っていたのだ。 モニターの中では、ガンダムに至近距離まで接近された2小隊6機のザクが 思うさま蹂躙されている。 なまじ密集隊形を取っていただけに迂闊にマシンガンを撃つ事ができず ヒートホークを構える間も無く次々と切り伏せられてゆく。 ガンダムはあえてコックピットと動力部を避けてヒートサーベルによる斬撃を振るっている様に見える。 そこにはある種の余裕すら感じられ、それがまたライデンの癇に障るのだった。 「予定が早まっちまったが、出るぞ!」 格納庫の薄暗闇の中に、エンジンの音が高らかに鳴り響き 雄々しく、そして静かな闘志を秘めたモノアイが輝いた。 605 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/14(水) 15 55 05 ID prC8fhJN その時、アムロの脳裏に電光が奔る。 それは5体目のザクのマニュピレーターを、握ったマシンガンごと切り落とした瞬間の事だった。 思わずガンダムの顔をその方向に振り向ける。 真紅のザクがゆっくりと格納庫からその姿を現す。 『赤いザクだって!まさかシャア!?』 ・・・だが瞬時にいや違うとアムロは思い直した。 シャアからは何時も感じられていた淀んだ闇のような感覚があの赤いMSからは抜け落ちているのだ。 確かにシャアではない、が、ひりついた感覚が相手が只者ではない事を物語っている。 シャアに匹敵する強敵であろう事は間違い無いと思える。 アムロは油断無く、残ったザクに視線を残しながら距離を取り ヒートサーベルを構え直した。