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「虚無って……何、これ」 アンリエッタも、ウェールズも、ルイズの疑問に答えることは出来なかった。 ルイズが更にページをめくり『始祖の祈祷書』を読み進めようとすると、よりいっそう『風のルビー』が強く輝いた。 「風のルビーが、輝いている」 アンリエッタがルイズの手にはめられた『風のルビー』を見ると、ウェールズの言ったとおり、不自然なほど強く光を反射して輝いていた。 「本当…ねえ、ルイズ、『始祖の祈祷書』を私にも……」 アンリエッタが試そうとするが『始祖の祈祷書』には何の文字も現れない。 もしやと思い『風のルビー』をはめて試すが、やはり何の文字も現れなかった。 「ルイズ、私の『水のルビー』でも読めるか、試して?」 「…………」 ルイズは無言のまま、アンリエッタの差し出した指輪を受け取り指にはめた。 「読める……読めるわ……」 『始祖の祈祷書』には、『風のルビー』をはめた時と同じように文字が浮き出ていた。 「まさか……私が、そんな、そんな」 ルイズは顔を押さえ、狼狽えた。 この本に書かれていることが本当なら、私は虚無の使い手。 今までの魔法の失敗は、私が系統魔法ではなく虚無の魔法の使い手だったからだと考えれば納得がいく。 だが、納得できない。 『なぜ吸血鬼になる前に教えてくれなかったのか!』 と、怒りにも似た感情が『始祖の祈祷書』に向けられる。 だが、本はそのまま、本として無機質な顔を見せたままだった。 アンリエッタから水のルビーを借りて、始祖の祈祷書を読もうとしていたウェールズだったが、自分には読めないことが分かると、顎に手を当てて何かを考えていた。 「アンリエッタ、この本がニセモノである可能性は?」 「ウェールズ様が疑われるのも無理はありません、ですが、『始祖の祈祷書』は過去に魔法学院やアカデミーで研究されているはずです。この本には『固定化』以外になんの魔法も付加されていないはずですわ……」 アンリエッタの言葉は少し震えていた。 ルイズの言葉が本当なら、伝説だと思われていた『虚無』の手がかりが現れたことになる。 そして、ルイズを悩ませていた魔法失敗の原因が、今解明されるかもしれないのだ。 アンリエッタは王女として、一人の友人として、期待せずにはいられなかった。 「そうなのか……ならば、石仮……いや、ミス・ルイズ。虚無の魔法とはどんなものなのか、確かめられるような魔法は書かれていないのか?」 正直なところ、ウェールズはまだ『虚無』に対して懐疑的だった。 アンリエッタやルイズを信用してはいるが、虚無の魔法ともなれば、その内容を確かめてからではないと信用は出来ない。 『伝説の虚無系統を、この目で確かめてみたい』というのが本音かもしれないが…… 虚無の魔法に対して懐疑的なのは、ルイズも同じだった。 あまりにも突然の出来事で、頭が混乱しているのかも知れない。 だが、今は『これが虚無である』と確かめられるような呪文を探すのが先だ。 ルイズは一心不乱にページをめくり、文字を探した。 「……以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す。初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン』……意味は、爆発?」 爆発と聞いて、ルイズとアンリエッタが「あっ」と声を上げた。 ルイズはいつも、呪文を唱えると、爆発を起こしていた。 あれは、ここに書かれている『虚無』ではないだろうかと、思い当たったのだ。 考えてみれば、爆発する理由は誰も答えられなかった、ラ・ヴァリエール家の教育係も、両親も、姉も、誰もその疑問には答えられなかった。 ただ、彼らの望む結果を出せなかったから、ルイズの魔法は『失敗』で片づけられていたのではないか。 ルイズは更にページをめくる。 こんな所で爆発を起こしてしまったら、それこそ大問題だ。 別の何かはないかと、必死になって探した。 ルイズは本を凝視し、精神を集中させた。 ふとページをめくる手が止まる。 光と共に文字が浮かび上がり、別の呪文が姿を現した。 「初歩の初歩……〝イリュージョン〟……描きたい、光景……強く心に思い描くべし、なんとなれば、詠唱者は、空をも作り出すであろう…………かしら」 ルイズは、静かに詠唱を始めた。 それはアンリエッタとウェールズも聞いたことがない、長い呪文。 だが、ルイズにとっては、なぜか懐かしく、そして心落ち着く呪文だった。 ルイズは思い描く。 アンリエッタとウェールズの姿を思い描く。 テーブルの上に、二人が並んで立っている姿を想像して、詠唱する。 詠唱する。 詠唱する。 詠唱する…… テーブルの上に雲のようなものが集まり、徐々に人間の形を成して、色が浮かび上がっていった。 テーブルの上に立つのは、高さ15サント(cm)程のウェールズ、アンリエッタの姿。 ……だけではない。 羨ましい程のスタイルを持つ赤毛の女性。背丈より高い杖を持ち眼鏡をかけた水色の頭髪の少女。薔薇の造花を持った金髪の少年。長い髪の毛を綺麗にロールさせた女性。 ぽっちゃりとした体型で肩に鳥を乗せた少年。黒い頭髪と瞳を持つメイドの少女。眼鏡をかけた緑色の頭髪を持つ女性。逞しい肉体と髭をたくわえ豪華な鎧を着た男。ルイズを金髪にして眼鏡をかけたような女性。ルイズと同じ髪の色で目つきの優しい女性。 ほかにも沢山の人の姿が、まるで人形を並べていくようにテーブルの上に形作られていった。 「すごいな……、少し、確かめさせて貰うよ」 テーブルの上に作られていく人形に向けて、ウェールズは『ディティクト・マジック』を唱える。 光り輝く粉のような物が舞い、その存在を調査していく。 「手で触れることはできないが、ディティクト・マジックにすら反応しない幻……これが虚無なのか…」 「水でも、風の系統でもありませんわ、これが『虚無』の初歩なのね、ルイズ…………ルイズ?」 ウェールズが感心する一方、アンリエッタはルイズの表情に影が差していたのを見逃さなかった。 コンコン と、応接室にノックの音が響く。 「姫さま、会議の時間が迫っておりますが……」 アンリエッタは、ウェールズの処遇と、ワルド子爵の裏切りについて会議があるのを思い出した。 「ルイズ、後でまたお話ししましょう。すぐに部屋を一つ準備させますから」 ルイズはうつむいていた顔を上げ、アンリエッタを見て言った。 「は、はい……あ、私のことは、どうか誰にも言わないで」 「大丈夫ですわ、貴方がウェールズ様を守って下さったように、わたくしも貴方を守りましょう」 「……ありがとう」 アンリエッタとウェールズの二人は応接室を出ると、外で待機していた侍女がアンリエッタの言付けを受けて、すぐに上等なゲストルームへとルイズを案内した。 侍女が恭しく一礼し、ゲストルームを出て行くと、ルイズは糸が切れたようにソファに倒れ込んだ。 『イリュージョン』を唱えた影響なのか、ルイズの精神は思ったよりも疲弊していた。 侍女が出て行った途端、緊張の糸がほぐれたのだ。 ルイズは目と口を半開きにしたまま、意識を手放した。 夢の中で、ルイズは魔法学院にいた。 『ツェルプストー!見てみなさい、ふふーん、アタシは虚無に選ばれたのよ!』 『へー、すごいじゃない。でもその胸なら納得よね』 『ああああアンタ!エクスプロージョンでぶっ飛ばしてやるわよ!』 『ミス・ヴァリエール……貴方にお願いがある』 『え?お願いって……』 『タバサがお願いだなんて珍しいじゃない』 『虚無なら、ハシバミ草を育てる魔法があるはず』 『そ、そんなもん、無いわよ』 『……ふぅ』 『何よその落胆したようなため息はー!虚無よ虚無!凄いのよ!伝説よ!』 『ハハハ、ミス・ヴァリエール、君が虚無に選ばれただなんて、なんの冗談だい?』 『えい、金的』 『ウッギャー!』 『ちょっとルイズ!あたしのギーシュに何するのよ!』 『あれぐらい当然の罰よ、罰』 『駄目なの!ギーシュを罰していいのは私だけなのよ!』 『モンモランシー…あんた本当にギーシュが好きなのね。ならプレゼントよ”イリュージョン”』 『えっ、あ、ギーシュが一人、二人、三人……や、そんな、そんな沢山のギーシュに見つめられるなんて、私…ぽっ』 『あら、ヴァリエールったら、本当に虚無の魔法を使えるのね』 『ふふん、やっとツェルプストーも私の力を認める気になったのね』 『でも私はもっと派手なのがいいわ、心の底から恋を焦がすような、熱と光は無いの?』 『あるわよ』 『ふーん、じゃあやって見せなさいよ、ゼロのルイズ』 『ほえ面かいても知らないわよっ!”エクスプロージョン!”』 洪水のような熱と光に、魔法学院と級友達、そして自分自身が焼かれ、ルイズは目を覚ました。 ソファから身体を起こして窓を見る。 外には見慣れた月が二つ浮かび、ゲストルームをうす明るく照らしていた。 「……夢?」 自分の身体を触り、焼けこげていないか確かめる。 服を確かめても、夢の中のように魔法学院の制服は着ていない。 ルイズは「ふぅ」とため息をついて、再度ソファで横になった。 「戻りたい」 学院に。 「戻りたい」 人間に。 ルイズの小さな呟きは、誰にも聞かれることなく、月明かりに消えていった。 その頃、会議を終えたアンリエッタは、ルイズの作り出した幻のを思い出していた。 あの幻で作られたのは、ルイズの父母、姉達、魔法学院の制服を着た人々。 「子供の頃から、強がってばかり……」 空に浮かぶ二つの月を見上げると、月は一つの球体が二つに分裂するかのように位置をずらしていた。 アンリエッタは『おともだち』を、どんな手を使ってでも守ろうと決心していた。 ウェールズと再会できたのも彼女のおかげなのだから。 アンリエッタの表情は、いつもよりも遙かに堂々としていた。 沸き上がる『自信』も『決意』も、『おともだち』がくれたものだと思っていた。 「アニエスなら……ルイズに協力してくださるかしら?」 会議では、ウェールズの亡命を受け入れるには至らなかったが、親衛隊の新設が決定された。 ワルド子爵の裏切りが、親衛隊の新設を後押しする形となり、『銃士隊』の結成が決定されたのだ。 その隊長として、アンリエッタが選んだのは「アニエス」という平民の女性。 元傭兵のアニエスは、今はトリステインに所属する軍人として並々ならぬ功績を上げている。 アンリエッタは彼女に『シュヴァリエ』の位を与えたかったが、まだ他の貴族からの反感も大きく、実行には移せていない。 だが、機会を見てアニエスを中心とした『女性だけで構成された近衛兵』を集めるつもりだった。 「私も、私のお友達も、ずっと子供のままなのかもしれませんわ……」 アンリエッタは、ルイズと同じ月夜を見上げていた。 そして、数日後。 トリステイン魔法学院では、ある変化が生徒達を驚かせていた。 『風が最強だ!』と耳にタコができそうな程繰り返していたギトーが、どこか大人しくなり、傲慢さがなりを潜めてしまった。 それどころか、属性の使い分けと、連携を中心として授業が進められていく。 その変化に驚いたある生徒は『魅了』で記憶を改ざんされたのではないか……と言い出す程だった。 もう一つの変化は、シエスタの変化だった。 いつもより堂々と、自信に満ちた笑顔を見せて、授業を受け、実技に挑戦し、キュルケ達との会話にも物怖じしない、それは女性としての自信と言うより、戦士としての自信だったのかもしれない。 もっとも、それに気づいているのはキュルケとタバサぐらいのものだが。 元は平民なので、シエスタはどの貴族に対しても丁寧に接していたが、そのせいかマリコルヌが何かを勘違いして得意げにしていたのは秘密だ。 だが、いかに治癒の力を持つとはいえ、シエスタは元平民。 平民と貴族が同じ授業を受けるなど、馬鹿馬鹿しいと言って、シエスタに敵意を向ける者も存在していた。 シエスタは空を飛べない。 そのため、魔法学院の外で規模の大きい風の魔法を実習する時など、走ってその場まで移動する。 他の生徒達は『フライ』の魔法を使って移動している。 単独で空を飛行する魔法、風の基礎中の基礎、『フライ』すら使えないシエスタを馬鹿にする者も多かった。 だが、キュルケ達は違う。 ルイズが死んだ罪悪感からか、それとも純粋にシエスタの『治癒』の力を認めているのか、『フライ』が使えないからといってシエスタを馬鹿にすることは無かった。 キュルケ達と仲の良いシエスタを見て、ある生徒がこんなことを呟いた。 『キュルケは、平民上がりのメイジを飼っている』 その噂は瞬く間に広がり、キュルケとシエスタは侮蔑と好奇の混じった視線に晒された。 だが、元々同姓から羨まれ、恨まれるキュルケは気にしていない。 シエスタもそれがどうしたと言わんばかりの、堂々とした態度でいつもの生活を繰り返している。 そうなると面白くないのは、噂を広めた当人達。 キュルケとシエスタへ向けられていた好奇の視線、それが少なくなるに従って、今度は二人の人気が高まっていった。 姉のように振る舞うキュルケ。 優しい妹のようなシエスタ。 二人の人気を妬む、一部の生徒の『危険な』嫌がらせが実行されるのも、時間の問題だった。 To Be Continued → 25< 目次
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宝物庫から聞こえてきた音は、地面を伝わって鈍く響いている。 例えるなら、大きな岩にゴーレムが体当たりするような音だろうか。 裏口周りを警戒していた衛兵達も、音のする方へと走って行った。 「今のうちに出発しようかな…」 そう呟くルイズだったが、宝物庫とは別の場所から、ごく小さな振動を感じた。 タタタン、タタタンと、馬が走るようなテンポが感じられるのに、蹄の音はしない。 それを不思議に思ったルイズは馬車の影に隠れると、地面に耳を当てた。 宝物庫の方から聞こえてきた音は、おそらく巨大なゴーレムだろう。 ズシン、ズシンと音を立てて宝物庫から離れていく。 もう一方から聞こえてくる音は、間違いなく馬の蹄の音だ。 一頭の馬が魔法学院から逃げるようにして走っている。 …怪しい。 衛兵達は宝物庫周辺に集まっていだろう。 姫様を守る衛士隊は姫様の護衛が第一任務だから、姫様から離れられない。 生徒達もそうだ、姫様を守る者と、宝物庫での騒ぎに駆けつける者に分かれているはず。 学院内には誰も残っていないだろう。 警備の手薄になった場所から逃げていく者…そんなのは、この騒ぎの元凶に違いない。 ルイズは馬車と馬を繋げているベルトを外し、鞍もつけられていない馬に飛び乗った。 鬣(たてがみ)をグッと掴むと、馬が不快感を感じルイズを落とそうと暴れ出す。 「URYYYYYYY…」 とても人間の声とは思えない、叫び声にも似た音を、馬の耳元でささやく。 すると馬は暴れるのを止めた。 「KUAAAAAAAA…ァァァ…良い子ね、さあ、私を運んでちょうだい」 ルイズの言葉に呼応するかのように、ルイズの乗る馬は走り出した。 馬を走らせて二時間、林を抜けて農耕地に出る。 雑草に包まれた農耕地が、今が農閑期であることを示している。 ふと後ろを向くと、トリスティン魔法学園の塔も森の影に隠れ、見ることは出来なくなっていた。 ルイズは相手に気づかれぬよう、距離を置いて走っていた。 地面を見て蹄の痕跡を探し、後を追う。 先ほどから周囲を警戒しつつ走っているが、見事に誰にも見つかっていない。 相手が何者なのか分からないが、見事な手腕だと思った。 農耕地の先には、先ほど通過した林よりも深い、森が広がっている。 足跡は森の奥へと通じているが、ここから先は罠が仕掛けられているかもしれない。 細心の注意を払って馬を走らせていると、地面に残された馬の足跡が変化しているのに気づいた。 蹄の間隔は短く、それでいて今までより垂直気味に体重がかかっている。 馬を歩かせている証拠だ。 ルイズは馬をその場に留め、樹木の生い茂る森の中へと駆けていく。 森の中をしばらく走ると、ローブを被った女性が歩いているのを見つけた。 その女性は森の中にあるあばら屋に入っていったので、ルイズは音もなくあばら家に近寄り、聴覚に神経を集中した。 「ふふ…やっと手に入れたよ、高く売れるかねえ、このアイテムは」 森の奥にぽつんと建っているあばら屋に、一人の女性がいた。 昔は炭焼き小屋として使われていたのだろう、壊れた窯や、湿気った薪が散乱している。埃の被った机の上に、宝物庫から奪った箱を置く、そして鍵穴に向けて、練金のルーンを詠唱した。 杖を振ると同時に、固定化の魔法がかけられた鍵穴が、土塊へと練金される。 ボロボロと崩れた鍵穴に指を引っかけて、箱を開けると、中から一冊の本が出てきた。 「…? なんだいこれ」 本のタイトルは見たこともない文字で書かれていた。 気を取り直して本を開くと、どのページを見てもハルケギニアで使われている文字とは違う文字が使われている。 最後の奥付らしき部分だけ、かろうじて読むことが出来た。 『波紋ハ人間ノ賛歌ニシテ、勇気ノ賛歌。 伝承者ハ慢心セズ修行ニ努メルベシ。 此書、細君リサリサニ捧グルモノナリ。』 「なんだいこれ、読めないじゃないか!」 本に書かれている文字はまったく読めない、その上ディティクト・マジックを使っても反応しない。 何か重要なマジックアイテムかと思ったが、どうやらただの本のようだ。 「これじゃあ苦労して盗んだ意味が無いじゃない…あーあ」 古文書だとしたら、闇市に売るのも苦労する。 このような珍しい文献類は、希少価値は高いかもしれないが、その反面出所が割れやすいのだ。 「こんな事なら当初の予定通り、破壊の杖でも盗んでくれば良かったわ」 ため息混じりに呟き、壊れかけた椅子の背もたれに体を預ける。 すると突然、ドカン!と大きな音を立てて、あばら屋の扉が吹き飛んだ。 「なっ!?」 バラバラに吹き飛んだ扉に驚きながらも、すぐさま杖を手に取り、侵入者を睨み付けた。 侵入者は悠々とあばら屋の中に踏み込んで、こう言った。 「あら、あなたが土くれのフーケだったの?」 侵入者は、ゼロと呼ばれる少女だった。 [[To Be Continued …… 仮面のルイズ-6]] ---- #center(){[[4< 仮面のルイズ-4]] [[目次 仮面のルイズ]]} //第一部,石仮面
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朝食の時、ルイズの姿が見えなかった。 いつものならルイズのことなど気にもとめないが、昨晩のルイズはどこか奇妙だった。 もしかしたら風邪でも引いていたのか?ならば、あの奇行もうなずける。 キュルケは授業の前にルイズの様子を見に行こうと、心に決めた。 「ヴァリエール、遅刻するわよー」 そう言って何度か扉を叩く。 すると、ギィー…と、音を立てて扉が倒れた。 「きゃっ」 真っ暗な部屋の中でローブを被ったルイズが、小さく悲鳴を上げた。 「ちょ、あ、この扉壊れてるんじゃない?」 などと言いながらも、何となく気まずいと思ったのか、キュルケはルイズから目をそらした。 しかし、キュルケはルイズの異様な姿に気づき、ルイズをまじまじと見た。 ルイズは全身を覆う大きさのローブに身を包んでいた、まるでおとぎ話の悪い魔女のようだ。 その上部屋も真っ暗、窓があった場所にはベッドが立てかけられている。 「あんた何やってるのよ」 ルイズはキュルケの言葉には反応せず、自分の顔を撫でたり、部屋の入り口から入る陽光に手をかざしたりと、奇妙な動きをしている。 「…ちょっと、ヴァリエール?」 いくら何でも変だと気づいたキュルケが、ルイズの部屋に足を踏み入れようとした。 「あ、ごめん、何でもない…ちょっと変な夢を見ただけよ、遅れて出席するから先に行ってて」 そう言ってルイズはローブと寝間着を脱ぎ始めた。 「呆れた、扉開けっ放しで着替えるなんて大胆ねえ」 そう言ってキュルケは扉を持ち上げる、蝶番(ちょうつがい)は壊れたままだが仕方がない。 扉を立てかけると、キュルケは教室へと急いだ。 キュルケが教室に入ると、タッチの差で教師が教室に入ってきた。 教師のミセス・シュヴルーズは土の系統を得意とするメイジで、実力はトライアングルだそうだ。 どこからともなく机の上に石ころを生み出したり、その石ころを真鍮に変えたりして授業を進めている。 キュルケが真鍮を見てゴールドと勘違いしたが、それはご愛敬というものだ。 授業が中盤にさしかかったところで、突然教室の扉が開きルイズが入ってきた、今朝のような妖しい格好はしていない、いつも通りの服装だった。 ルイズはミセス・シュヴルーズに寝坊して遅れたと説明し、空いている席に着いた。 「…使い魔もいないんだぜ…」 「…誰でも成功するような召喚に失敗…」 「…寝坊なんて、頭の中もゼロ…」 と、後ろから小声で聞こえてくる、ルイズのことだろう。 ゼロのルイズ、魔法成功率ゼロのルイズは、召喚魔法をも失敗して使い魔がいない。 それを笑っているのだろう。 キュルケにはそれが無粋なものに聞こえた。 言いたいことがあるなら面と向かって言うのがキュルケの信条であり、キュルケの人気の秘密でもあった。 彼女は陰口を言わないし嘘も嫌いだった、その代わり人前で堂々と他人を批判するので恐れられてもいる。 そして授業は進められ、ルイズが遅れてきた罰として『練金』の実践を指名された。 「危険です!ゼロのルイズにやらせちゃいけません!」 「自殺行為です!」 「いや他殺行為です!」 「だ、誰かひらりマントを貸してくれ!」 途端に教室がうるさくなる。 ここにいる生徒達は皆、ルイズが魔法をやれば必ず失敗すると知っている、ミセス・シュヴルーズはまだそれを目の当たりにしたことがないのだろうと想像して、キュルケは早々に机の下へと潜った。 数秒の後に聞こえてきたのは、いつもの爆発音と…ミセス・シュヴルーズの悲鳴だった。今日の授業で、ミセス・シュヴルーズは何のミスもしていない。 小石を別の物に練金するようルイズに指導しただけで、手順にも何にもミスはない。 教科書通りの教え方と言えるだろう。 彼女は『ゼロのルイズ』と呼ばれている生徒がいるのは知っていた、その由来が『魔法成功率ゼロ』なのも知らされていたが、失敗に爆発が伴うとまでは知らなかった。 ましてや、その爆発がルイズ自身にまで酷いダメージを負わせるなどとは、まったく予想していなかったのだ。 ミセス・シュヴルーズは悲鳴を上げた後気絶した。 その日の晩、キュルケは男と遊ぶ約束をすべてキャンセルし、ルイズの部屋に見舞いに行った。 ベッドの上には、顔と手の肌がが見えないほど、包帯でぐるぐる巻きにされたルイズが眠っている。 ひどい火傷を負ったというのに、スピー…スピー…と、のんきな寝息を立てている。 時々鼻提灯まで浮かせて寝返りを打つその姿を見て、キュルケは安堵のため息をついた。 ルイズとキュルケ、二人だけの空間に、ノックの音が響いた。 返事を聞かずに扉が開かれ、キュルケの親友タバサが部屋に入ってきた。 ちなみに、土系統のメイジにより扉は修理されている。 「秘薬」 そう言ってタバサが袋を差し出す。 「ありがと」 キュルケは身近く礼を言うと、袋の中身を取り出した。 タバサが持ってきたものは水の秘薬、水の魔法だけでは、重い怪我を治療することはできない。 しかし秘薬を用いることで、治癒の効果を劇的に引き上げることが出来る。 その代わり非常に高価な物だが、上手く使えば切断された腕や足でも元通りに治るという代物だ。 「あたし、『水』は苦手だから」 キュルケはそう言って秘薬をタバサに渡す、タバサはそれを受け取ると、秘薬をルイズの身体に振り掛けつつ水の魔法を唱えた。 一通り魔法を唱え終わると、二人はルイズの部屋から静かに出て行った。 「ねえ、顔だけでも治せる?」 「秘薬をあと二回使えば大丈夫」 「じゃあどうにかして手に入れないとね」 「でも、高額」 「いーのよ、後でヴァリエールに請求すれば良いんだから」 「……優しい」 「ち、違うわよ、ほら……敵に塩を送るって言うじゃない」 「そういう事にしておく」 「ちょっとタバサ、あんた意外と意地が悪いわねえ」 仲の良い友達同士の会話、それが遠くなっていくのを確認してから、ルイズはベッドから起きあがった。 顔に巻かれた包帯を引きちぎり、ルイズは鏡の前に立つ。 そこに映っていたのは、傷一つ無いルイズの姿。 「秘薬……無駄に使わせちゃったかな」 そう言いながら舌なめずりをすると、唾液が唇を彩り、妖しげで艶やかな色を放った。 To Be Continued → 1< 目次
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アルビオンの首都、ロンディニウムの外れ。 いかにも安っぽい作りの宿屋に、髭面の大男が入っていく。 「姉御、駄目だったよ」 男は椅子に座ると、ベッドの上に座るルイズに言った。 「どこも貴族派の口利きばかり?」 「ああ、ジョーンズが探してくれてはいるけど、期待はしねぇでくれってさ」 「…そう」 数日前、ルイズが王党派につくと言った時、ブルリンが驚いた。 ルイズは聞き耳を立てて知っていたが、ブルリンは王党派の現状が絶望的だとルイズに忠告し、何度も考え直せと言った。 しかしルイズは頑として聞き入れない、一度決めたことは全うする、それがルイズの頑固なところだった。 仕方なくルイズに折れたブルリンは、ジョーンズに王党派への口利きを頼んだ。 しかし、口利き先もほとんど潰されてしまったらしく、王党派に雇われるのは困難らしい。 何せ王党派は賃金も安いし勝ち目も少ない、貴族派はまず傭兵の口利き先を掌握していた。 王党派に協力しようとする者を探しだし、それを秘密裏に処分したり、より高い賃金で雇うのだ。 ジョーンズの話では、貴族派が登場する前にも、アルビオン王家にはお家騒動があったとまことしやかに噂されている。 ルイズは、信憑性が高いと睨んだ。 なぜなら今回の内乱はただのクーデターではなく、様々な人の思惑の混じった、泥沼の戦いに発展しているからだ。 貴族派の噂は決して良いものではない、農村部からの物資略奪はもちろんのこと、占領した町の民を餓えさせ王党派を誘い出すやり方や、空軍戦力をわざと町に落としアルビオン王家の信頼を失墜させる自作自演。 すべては噂の域を出ないが、なぜかルイズにはその噂を信じる気になっていた。 それには、何処か憎めない、ブルリンという男のキャラクターが助けていたのだが、本人はそのことに気づいていない。 「とにかく、俺はもう一度探してみるよ」 「アタシも行くわよ」 「いいって!それに、昨日酒場でとんでもない豪傑女が居たって、姉御のこと噂されてるんですぜ」 「そう…分かったわ、ここ(宿)で武器の手入れでもするわよ」 ブルリンが宿を出たのを確認すると、ルイズは浅茶色のベッドで横になった。 吸血鬼になったおかげか、オークやトロル鬼の血を吸う生活のおかげか、ルイズは貧しい平民が利用する宿屋でも平気だった。 以前のルイズならば、魔法学院の部屋以上の部屋でもなければ泊まろうとも思わなかっただろう。 ブルリンは『傭兵になるのなら風呂に入れないのは覚悟しなきゃ』などと言っていたのを思い出す。 吸血鬼の肉体は垢も汗も体臭もコントロールできるので、風呂に入れなくても不都合はないし、ノミが血を吸おうとしても血が出ない。 清潔を心がけ、香水で身だしなみを整えていた頃の自分が馬鹿馬鹿しく思えてくる程だった。 「…デルフ、あんた、どう思う?」 ルイズが寝そべったまま、壁に立てかけてあるデルフリンガーに聞く。 『何がだよ』 「貴族派の首謀者よ、クロムウェル…」 『虚無の力に目覚めて、貴族の心を掴んだって奴か?うさんくせぇなあ』 「私も信用できないと思うわよ、夢物語が過ぎるわ…デルフはどうして胡散臭いと思ったの?」 『いや、なんかさあ、どっかに引っかかってんだよなあ、虚無ってどっかで聞いたような…うーん』 「アンタずいぶん古そうだもんね、始祖ブリミルにでも会ってたりして」 『いや、俺を作ったのはブリミルなんだけど、漠然としか記憶に残ってないんだよな』 「…プッ、あんた冗談が上手いじゃない」 『おいおい、冗談じゃねえぞ、俺は何せ6000年も生きてるんだかんな!嬢ちゃんよりずっと年上だ』 「6000年…ね」 ルイズは考える。 自分はまだ二十年にも満たないが、吸血鬼の寿命は極端に長く、これから先いくらでも生きていられるという自身がある。 200歳、300歳の吸血鬼が討伐されたという話はたまに耳にする。 しかし、6000年も長く生きた吸血鬼の話など聞いたことはない。 デルフリンガーは一種のマジックアイテムとして意志を持ってはいるが、それは人間より吸血鬼に近いものなのだろう。 傭兵になろうと思ったのは、本当に金を稼ぐためだろうか? もしかしたら、誰かの記憶に残りたいと思っているのではないか。 もしかしたら、死を偽装したのは、間違いだったのでは… 思考の海に沈みそうになった時、一階からブルリンの声が聞こえてきた。 『何しやがる!このっ、くそっ!』 ルイズは意識を覚醒させ聴覚に集中する。 「…足音、六つかな」 中央から床板のきしむ音、ブルリンだろう。 その周囲を囲む足音は、床板がきしむ音に合わせてどたどたと動いている。 ブルリン一人を五人で取り押さえようとしているのだと分析し、ルイズはベッドから飛び降りた。 『嬢ちゃん、俺を使うのか?』 「ここじゃ使わないわ」 フードを深く被り、デルフリンガーを背負う。 剣の扱いは素人同然なので、ルイズはデルフリンガーを使わぬよう、鞘に入れたまま部屋を出る。 屋内で振り回したら建物ごと破壊してしまう。 もっとも、素手でも十分破壊できるのだが… 一階に下りるとブルリンが他の傭兵らしき男達に押さえ込まれていた。 「何やってんの、あんた」 「ちょっ、姉御!逃げてくれよ!」 ブルリンが『姉御』と呼んだのに気づき、ブルリンの腕を縛り終わった傭兵がルイズの腕を取る。 そのままデルフリンガーも回収されてしまったが、ルイズは特に抵抗もせず縛られることにした。 「あんたねえ、こう言うときはお互いに知らんぷりするんじゃない?姉御だなんて呼んで、馬鹿じゃないの」 「そっ…そんなこと言ったってよぉ」 取り押さえられながら、情けない声を上げるブルリンと、余裕そうなルイズ。 そんな二人の会話を中断するかのように、傭兵の一人が割り込んできた。 「お喋りはそこまでにしろ、王党派を貴族派に差し出せば報酬が貰えるんだ、大人しくしてりゃ怪我はさせねえよ」 「くそっ、やっぱり貴族派の連中かよ!くそっ! …あ痛ぇ!」 傭兵の一人が、騒ごうとするブルリンをきつく縛り上げる。 「ブルリン、言われたとおりにしましょう…ね」 床に転がされているブルリンが、フードに隠されたルイズの顔を見上げる。 ルイズの瞳は、血のように鈍く輝いていた。 「親方、そっちはソースの鍋ですよ、しっかりなさってください」 「ん?ああ、すまん」 トリスティン魔法学院の厨房、その料理長のマルトーに覇気がない。 慣れた料理にも、ちょっとしたミスをしそうになり、仲間のコック達が心配するほどだ。 その原因は、数日前に厨房を辞めていった使用人の少女シエスタにある。 料理長のマルトーは、シエスタが何か粗相をしてクビにさせられるのかと思いこんでしまった。 驚いたマルトーは、オールド・オスマンを問いただそうとした。 しかし、厨房の仲間達は『いくらなんでもそりゃ無茶だ』と言ってマルトーを止めようとする。 力づくでも学院長室に乗り込みそうなマルトーを迎えに来たのは、ミス・ロングビルだった。 この件についてオールド・オスマンから説明があると伝えられ、マルトーは学院長室に入っていった。 「オールド・オスマン…」 「おお、すまんのマルトー、優秀な人材を奪うようで気が引けるんじゃが」 「い、いいえ!あの、それより、シエスタが粗相をしてもこれは厨房全員の責任です、あの娘一人に責任を押しつけるのは」 「ふむ、何か誤解しているようじゃな、何か粗相があって辞めさせるわけではないぞ」 「で、では、何処かに身請けさせられるんで?」 「身請けというより、入学かのぉ」 入学って何のことだろう…と、マルトーは首をかしげた。 「入学って言いますと、も、もしかして、そういうプレイを」 「それは秘書で試すわい、シエスタはここ、トリスティン魔法学院に入学という形になるんじゃ」 「へっ?」 マルトーが呆気にとられる。 ミス・ロングビルは後でオスマンを簀巻きにして流そうと考えたが、話の続きを聞くためにあえて黙っていた。 平民のメイドが突如魔法学院に入学という異常な事態、興味が湧かない方がどうかしている。 「すまんの、マルトーはシエスタの保証人でもあったからの、追々伝える予定じゃったが」 「はぁ…もしかして、シエスタがここに入学できるって事は、シエスタのじい様は本当に貴族様だったんですかい」 シエスタのじい様と聞いて、オールド・オスマンの目が一瞬だけ鋭くなる。 しかし、すぐにいつもの優しい視線に戻ると、静かに語り出した。 「…正確にはシエスタの曾祖父母の話になるがの」 オールド・オスマンがマルトーに事の次第を説明している間、シエスタは空の上にいた。 『きゅいきゅい』 (お姉さま、やっぱりこの人もメイジだったのね、他の人と違うにおいがするの!) 「あまりはしゃいじゃ駄目」 『きゅい』 (はーい) シルフィードがテレパシーのようなものでタバサに語りかける。 タバサはシルフィードに乗っていても本を手放さず、素っ気なく返事をする。 今朝、タバサとキュルケはオールド・オスマンに呼び出され、シエスタをタルブ村へと急いで連れて行けと指示されたのだ。 まだ空に不慣れなシエスタを後ろから支えながら、キュルケが話しかける。 「上質のぶどう酒が採れるんですって? 楽しみね」 「そんな、貴族様にお出しできるようなものじゃありません、自分で飲むために作ってるんですから」 「そうなの?」 「ええ、ひいお婆ちゃんが草原の一角を葡萄畑にして、自分で作っていたのを細々と続けているだけなんです」 シエスタは魔法学院の制服を着て、オールド・オスマンから渡された30サンチ程の杖を身につけている。 マントに慣れないのか、時折位置をただしている。 「あの…驚かれないんですか?」 「何が?」 シエスタの唐突な質問にキュルケが返す。 「だって、私、この前までメイドだったのに、突然メイジになれだなんて言われて…」 「あら、トリスティンならともかく、ゲルマニアなら経済力や商才があれば、貴族にもなれるし公職にも就けるのよ?」 「えっ、そうなんですか」 「そうよ!実力があれば平民も貴族になれるの、不可能を可能に出来る人って素敵じゃない?」 「はあ…」 「あなたも実力を見いだされたんだから、ちょっとは自信を持ちなさいよ」 シエスタの心の中に、ルイズへの思いが募る。 ルイズと入れ替わるかのように知り合った二人の貴族、キュルケとタバサ。 ルイズの死んだ場所に行ったあの日、シルフィードはシエスタを見て『太陽の臭いがする』と言い出した。 ある日、キュルケのサラマンダーまでもが同じ事を言い出したのだ。 不思議に思ったキュルケがタバサに聞くと、シルフィードも同じ事を言っていたと聞き、キュルケはシエスタを「不思議な平民」だと思っていた。 だが、オールド・オスマンの鶴の一声で、トリスティン魔法学院に入学させられる程だとは考えてもいなかった。 ゲルマニアは実力主義の気があり、魔法だけでなく平民の工業技術にも力を入れている。 トリスティンは貴族主義的な気があるので、平民がどんなに努力してどんなに功績を立てても、シュヴァリエ以上の名誉が与えられることはない。 しかしゲルマニアは違う、その能力と財力次第で公職にも就くことができる。 そんな国出身のキュルケでも、以前ならシエスタを平民上がりかと小馬鹿にしていたかもしれない。 ルイズが死んでからというもの、キュルケは後輩を気遣うことが多く、特に下級生から慕われることも多くなっていた。 何よりも、勝ち気なルイズとは正反対の大人しさを持つシエスタに、ルイズの面影が見えた気がしたのが、その原因だろう。 オールド・オスマンの話では、シエスタはルイズと同じか、それ以上に特殊なケースらしい。 シエスタはルーンを詠唱することで発動する魔法ではなく、口語によって発動する魔法に特化しているそうだ。 そのため、今まで魔法の才があるとは思われていなかったとか。 ルイズの件で反省し、魔法に対する認識を改めたオールド・オスマン。 彼はシエスタを特別なケースとして魔法学院に迎え入れ、既存の魔法だけでなく新たな魔法の発見に力を入れるのだそうな。 キュルケの興味は、『どんな魔法も爆発させる』仇敵ラ・ヴァリエールの娘から、 『水の魔法より純粋な生命力を操る』元平民のメイジへと移っていた。 [[To Be Continued → 仮面のルイズ-14]] ---- #center(){[[12< 仮面のルイズ-12]] [[目次 仮面のルイズ]]} //第一部,石仮面
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シエスタがギトーと共にトリステイン魔法学院に向けて馬を走らせている頃。 ルイズは、トリステインの王宮で、一人で待たされていた。 デルフリンガーは武器なので王宮には持ち込めない。 そのため、吸血馬と共に馬舎に預けてある。 ルイズが待たされているこの部屋は、言わば従者を待たせるための部屋なのだが、王宮だけあって間取りは広く、調度品も美事な物ばかりだった。 実家にも同じような部屋があったのを思い出したが、それと比べても広く、そして堅牢な作りをしている。 ルイズは、ふぅ、とため息をついた。 トリステインの王宮に来るまでの間、ウェールズにブルリンのことを覚えていないのかと何度も質問した。 だが、ブルリンのことなど覚えていないという。 念のためデルフリンガーを握らせて質問したが、デルフは『嘘つているとは思えねー』と言っていた。 本来なら、王宮にウェールズを送り届けたらオサラバしようと思っていたのだが、王宮を見てルイズの考えは変わった。 アンリエッタは、ルイズのことを覚えているだろうか、存在そのものを忘れ去られていたら、自分はどうするべきなのだろうかと、悩んでいた。 それを確かめるため、あえてウェールズの従者として城に入り込んだのだ。 従者である自分がアンリエッタと面会できるとは限らない、だが、いざとなれば夜の闇に紛れて会いに行くつもりだった。 右手には、報酬として渡された『風のルビー』が輝いている。 身元が確認されたウェールズから、せめてもの礼だと言って渡されたものだ。 ルイズはつまらなそうにため息をつき、ソファに背を預けた。 コンコン、と扉がノックされ、一人のメイドらしき女性が何かを運んできた。 運んできたのはクックベリーパイと、紅茶。 メイドが部屋を出たのを確認すると、ルイズはフードを外し、居住まいを正した。 クックベリーパイはルイズの大好物。 久々に食べるので、緊張しつつも笑みを浮かべてしまう、なかなか異様な光景だ。 一口食べてみると、甘みと酸味の絶妙なバランスがルイズの舌を刺激し、ルイズを喜ばせた。 吸血鬼になってからというもの、食べ物といえばトロル、オーク、牛馬の血、場末の酒場で注文した肉料理、ドラゴンの血…… ほとんど血ばかりで、人間だった頃好んでいたものは食べていない。 血は吸血鬼としての喜びを満たしてくれるが、お菓子の好みはまた別だ。 甘いものは別腹、という言葉があるが、まさにその通りだと実感する。 パイの上には、ハルケギニアで採れる苺を、クックベリーのジャム漬けにしたものが乗せられている。 パイを食べ終わった後、これを舌の上に乗せ、レロレロと転がして遊ぶのがルイズの癖だった。 子供のころ、親からも、教育係からも、姉からも怒られたのをよく覚えている。 魔法学院ではこの癖は見せないように我慢していたが、今は誰も見ていない。 ルイズは小指の先ほどの苺を唇で挟み、右手の人差し指の上に乗せ、もう一度キスをしてから口の中に放り込み、その感触を味わった。 懐かしい。 そういえば、アンリエッタが真似をして、従者の……ラ・ポルトに怒られていたっけ。 昔を思い出すと、思わず顔がほころんでしまう。 けど……吸血鬼になった私は、人間の敵。 私がルイズだと知っていても、アンリエッタは私を切って捨てるに違いない。 喜んだり悩んだりを繰り返していたルイズ。 その思考は、突然開かれたドアの音と、自分に飛びついてきた少女によって中断された。 バタン、とノックの音もなく扉が開かれる。 ルイズは臨戦態勢を取ろうとしたが、扉を開いたのが衛兵ではなく、室内用のドレスを着た少女だと気づき、ルイズは硬直した。 「ルイズ! ルイズ!ルイズなんでしょう!」 ルイズの名を叫び、涙を流しながら抱きついてきた少女の姿を見て、ルイズは戦意を完全に喪失してしまった。 「あ…いえ、私はルイズじゃ……」 ルイズはなんとか誤魔化そうとしたが、抱きついた少女がそれを遮った。 「嘘!パイを食べたあの仕草、覚えてるわ!一緒にラ・ポルトに怒られたじゃない!なんで、なんで死んだなんて嘘をついたの!?ルイズ……うっ……ぐすっ……」 ルイズは、完全に油断していた。 この部屋が『遠見の鏡』で監視されていた可能性は十分にあったのに、それを失念していたのだ。 だが今のルイズにとって、そんなことはどうでも良かった。 アンリエッタが自分のことを覚えていてくれた、それだけがルイズにとって嬉しかった。でも、嬉しいという感情を表に出してはいけない。 今はアンリエッタを自分から引きはがすのが先だ。 なにせ、アンリエッタの後を追ってきたウェールズが、顔を真っ青にしているのだから。 「姫様、離れて、私に触れちゃ駄目よ、王子様が困ってらっしゃるわ」 「ルイズ、ルイズ、貴方なのでしょう?そんな言い方は止めて!昔みたいに、友達として接してはくれないの?」 ルイズはアンリエッタを軽々と引きはがした。 アンリエッタはなおもルイズに抱きつこうとするので、ウェールズがアンリエッタの手を握り、落ち着かせた。 アンリエッタはルイズを連れて部屋を移動する、今度は従者の待機室ではなく、上等な調度品が置かれた応接間だった。 テーブルを挟み、ルイズと向かい合わせの形でアンリエッタとウェールズが座る。 アンリエッタが人払いをし、ディティクトマジックで遠見の鏡が使われていないかを確認すると、改めてルイズに語りかけた。 「わたくし、ウェールズ様が傭兵に助けられたと聞いて驚いたわ、貴方に直接礼を言おうと思ったけど、従者が『傭兵に会うのは危険です』なんて言ったの」 「それで、遠見の鏡を使って覗き見したの?」 「いいえ、先ほどの部屋は『疑いのある者』を一時的に隔離する部屋なの、遠見の鏡でずっと監視されている部屋なのよ」 「なるほどね…迂闊だったわ」 「でも驚いたわ、顔も髪の毛の色も、思い出の中のルイズそのままだった…その人がクックベリーパイをあんな風に食べる人なんて、もう、だから私、気が動転して…ごめんなさいね、いきなり抱きついてしまって」 「もう、私がルイズだと、確信を持ってるのね?」 「ええ!あんな美味しそうにパイを食べる人、貴方だけよ!ルイズ・フランソワーズ」 アンリエッタの笑顔が、ルイズにはとても懐かしかった。 それがルイズの心に罪悪感を募らせる。 「…………姫様、ごめんなさい、もう、私はルイズ・フランソワーズではありません、私は…」 「ルイズ……あなたの身に何が起こったの? 私、あの日のことをよく覚えているわ。後日あなたが死んだと聞いて…本当に、私、どうしたらいいか分からなかったわ」 「姫様のせいではありませんわ」 「衛兵のいない隙を狙って現れた、『土くれのフーケ』をルイズが追いかけて、相打ちしたと聞いたときは…………ううん、生きていてくれたから、この話は止めましょう。」 一呼吸置いて、アンリエッタが真剣な表情で、ルイズの顔を見た。 「ルイズ、どうして生きていると教えてくれなかったの?それに、貴方が単独でウェールズ様をここまで連れてきたなんて、とても信じられなかったわ。貴方の身に何が起こったの?」 「……ごめんなさい、ごめんなさい姫様、ルイズはもう死んだの、ここにいる私は人間じゃないの」 「ルイズ」 「私は、吸血鬼よ、日の光を浴びても平気な、吸血鬼なの」 「ルイズ、何を言ってるの?」 困惑するアンリエッタに、ウェールズが言った。 「アンリエッタ、彼女の言っていることは、本当だ」 驚いたアンリエッタはウェールズを見る、ちらりと首元を見ても、ウェールズの首には傷痕は無い。 ルイズに向き直り、うつむいたルイズの首をのぞきこむように見ても、吸血鬼に噛まれた傷痕どころか、傷一つ見えない。 「……ルイズ、ウェールズ様、そんな、冗談でしょう?」 だが、アンリエッタの希望は、ルイズがその正体を見せることで、完全に砕け散った。 「姫様、この部屋に『目』と『耳』は?」 「この部屋にはありませんわ」 「その言葉、信じます」 ルイズは口を大きく開いた、すると犬歯がカタカタと震え、瞬く間に凶悪な『牙』へと変化した。 「…………ルイ……ズ……?」 「姫様、私は、もう人間じゃないの、どう? 怖くなったでしょう?」 ルイズは思った。 アンリエッタに嫌われれば、自分は人間など吹っ切ることが出来る。 ここから逃げ出して、顔を変えて、フーケと手を組んで、盗賊や傭兵でもやって生きた方が幸せかも知れない。 ルイズは、アンリエッタに嫌われるつもりで、牙を見せた。 だが、アンリエッタは怖がるどころか、どこか寂しそうな顔でルイズを見つめていた。 そして、多少芝居がかった仕草で顔を覆い、涙を拭いた。 「ルイズ、あなたはルイズよ、私はカゴの中の鳥…王宮で私はひとりぼっち…他人と混ざることの出来ない苦しさは私が一番よく知っているつもりです」 「姫様」 「アンリエッタ」 ルイズとウェールズが驚く。 「ねえ、ルイズ、あるとき、私はこんなことを言われたの、『王族は国民の血を吸って生きる花です』って。私はあなたよりずっと沢山の税を、血を吸っているの……」 そう言うとアンリエッタは、突然立ち上がり部屋を出た。 廊下で待機している従者に何かを告げ、しばらくすると従者が絹で包まれた何かを持ってきた。 「ルイズ、ね、昔宮廷ごっこをして、遊んだのを覚えている?」 「ええ、何度目かで、私がお姫様役になった時、従者のラ・ポルトに怒られて……仕返しに服まで交換して、ラ・ポルトを騙そうとしたわ」 「その後、宮廷中がニセモノ騒ぎで大変なことになったのよね」 「姫様、どこからかカツラまで持ってきたんですよね、懐かしい……本当に懐かしい…です」 二人は笑い合った、本当に久しぶりの笑いだった。 ウェールズもまた、アンリエッタとの出会いの話をして、三人で笑い合った。 そして、一通り談笑が済むと、アンリエッタは包みを開け、中から一冊の本を取り出した。 「ねえ、ルイズ、おままごとのつもりでいいの、この本を使って、アンとウェールズの結婚を祝う祝詞を……」 「アンリエッタ!君は何を」 「ウェールズ様、私をはしたない女だとお笑い下さい、ゲルマニアに嫁ぐ前に、一度だけ、一度だけ夢を見たいのです」 『結婚』という単語を耳にし、ルイズの笑顔が一転した。 「姫様、では、本当にゲルマニアの皇帝と……」 アンリエッタは無表情で、静かに頷いた。 「アンリエッタ、これは『始祖の祈祷書』じゃないか、いくらおままごとと理由を付けても、こんな事をしては…」 「でも……せめて、ウェールズ様、私に勇気を下さい……」 ルイズは、ふぅ、とため息をついた。 アンリエッタが『お姫様』なのだと、否応なしに理解してしまった。 政略結婚のために育てられた『お姫様』は、せめて結婚前に思い出を作りたいと思っているのだろう。 ルイズは、この申し出を受けるべく、『始祖の祈祷書』を開いた。 「これは……古いルーン文字かしら」 『序文、これより我が知りし真理をこの書に記す。この世のすべての物質は、小さな粒より為る。四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。その四つの系統は、『火』『水』『風』『土』と為す。』 「この世のすべての物質は……小さな粒より……四つの系統は……」 ぶつぶつと呟き始めたルイズを、アンリエッタは何故か訝しげな目で見ていた。 「ルイズ、何を呟いてるの?」 「え? ああ、ごめんなさい、ところで、この本のどこからどこまでが祝詞なの?」 「『始祖の祈祷書』は白紙のはずよ、代々の王家はその本を読む形で祝詞を唱えるの、祝詞は毎回違うはずよ」 「……でも、書いてあるわよ」 ルイズはそう言ってページをめくり、適当なところを指で指した。 書かれている文字を指でなぞりつつ、アンリエッタとウェールズに聞かせるよう、音読していった。 「異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ」 「詠唱者は注意せよ。時として『虚無』はその強力により命を削る」 「我はこの書の読み手を選ぶ、資格無き者が指輪を嵌めても、この書は開かれ……選ばれし読み手は『四の系統』の指輪を嵌めよ」 心なしか、ルイズの声は震えていた。 「されば、この書は開かれん。 ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ 』」 ルイズの指にはめられた『風のルビー』が、きらりと輝いた。 To Be Continued → 24< 目次
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コンコン、と学院長室の扉が叩かれる。 「オールド・オスマン、ご注文の品物が届きました」 オールド・オスマンが目配せすると、秘書のロングビルが扉を開け、使用人から品物を受け取った。 受け取った箱には『猛獣調教用』と書かれており、それを見たロングビルが訝しげに呟く。 「猛獣…調教用?」 「おお、やっと届いたか」 オスマンは手招きをして、箱を机の上に置くよう指示する。 「ミス・ロングビル、昼休みになったらミス・シエスタを呼んでくれんか」 「分かりました……あの、その箱の中身は?」 「知りたいかね?」 にこやかな笑顔のオールド・オスマンだが、その箱の中身を想像すると、どうも下卑た笑みにしか見えない。 「猛獣調教用…まさか、電撃の流れるベルトですか」 「そうじゃ、これは特注品でのぉ、シエスタに…………」 1・猛獣調教用 2・特注品 3・シエスタに オールド・オスマンの言葉から抽出された三つのキーワードが、ロングビルの脳内で重なり、ある結論を導き出す。 『オールド・オスマンは、猛獣調教用のベルトでシエスタを調教するつもりだ』 「…呼吸が乱れに反応して、微弱なショックを与えるんじゃ、寝ていても波紋の呼吸が出来るように身体で覚えないといかんからのう」 「…この」 「ん?何じゃね?」 「このクソジジイイーーーー!!」 「ヒャーー!?ま、待て、何を誤解しとるのかしらんが、ロングビル、待ちたまえって!何を詠唱しとるんじゃ、何を」 その日の昼。 教師達は、昼食の時間なのに食堂に来ないオールド・オスマンを心配したが、すぐに忘れた。 同時刻、学院長室の掃除をしに来た使用人が、鉄の十字架で磔(はりつけ)にされているオールド・オスマンを発見したそうな。 アルビオンの誇る宮殿、ニューカッスル城。 決戦前の宴も終わり、しんと静まりかえった城内は、嵐の前の静けさといった感じだ。 あれほど飲み食いしていた兵達は皆、元通りの配置についていた。 地下の隠し港では脱出の準備が始まっており、船員達が慌ただしく動いている。 そんな中、あてがわれた部屋で待機していたルイズの耳に、誰かの声が聞こえてきた。 「何だろ…喧嘩?」 ルイズはその声の雰囲気が妙だと気づき、声の聞こえる裏庭へと足を運んだ。 裏庭に近づくと、裏庭が見える物陰にブルリンが隠れているのが見える、その視線の先には一組の男女。 「私も、私も戦います!」 「馬鹿を言うな!」 ルイズは男女から見えぬよう、細心の注意を払い、植え込みの影にいるブルリンへと接近した。 「…姉御?」 「あの二人、どうしたの?」 「あのメイドさんは、城に残るとか言ってるんだよ、もう一人の貴族はそれを咎めてるみたいだ」 「ふぅん…」 ルイズが植え込みの隙間から二人を見る。 その瞬間、貴族の男が、メイドの頬を叩いた。 「薄汚い平民が、貴族と共に戦うなどと、二度と言うな!」 「あうっ…あ、ああ…っ」 メイドの少女は、顔を両手で覆い、泣きながらどこかへ走っていった。 貴族の男は少女を叩いた方の手をじっと見つめると、しばらく立ちつくし、そして重たい足取りで城内へと入っていった。 二人が居なくなったのを確認すると、ブルリンはルイズに言った。 「あのメイド、妊娠してるそうですぜ」 「もしかして、あの貴族の子供を妊娠してるの?」 「途中から聞いたから、そうだとは言えないけど、たぶん」 しばらくの沈黙の後、ルイズが呟く。 「…ホント、男って馬鹿ね」 しばらく後、ルイズはいつものように見張り台へと歩いていた。 つい先ほどまで続いていた宴の喧噪を思い返すと、薄暗い廊下が、いっそう暗く見える。 ふと、顔を上げると、廊下の奥にワルドの姿が見えた気がした。 彼は非戦闘員と共に脱出するのだろうか? それとも、魔法衛士隊の駆るグリフォンか何かで、ラ・ロシェールまで滑空していくのだろうか。 どちらにしろ、今の自分には関係ない。 彼とはもう二度と会うこともないだろう。 …いや、かりに自分が、傭兵としてではなく吸血鬼として名を馳せたならどうだろうか? 私を討伐しに来るだろうか… 想像の中で、ルイズはワルドに胸を突き刺された。 鮮血が飛び散る…が、それだけでは自分は死なない。 そこに、ルイズの母が得意としている魔法『カッター・トルネード』が放たれ、ルイズの身体は切り刻まれ、それこそ粉微塵に切断され、炎で燃やされ… ルイズは頭を振って、思考を中断させた。 こんな事を考えていても仕方がない、今は5万の兵を相手にどう戦うかを考えるべきだ。 「姉御ー!」 どたばた、ガチャガチャと足音を立てて、誰かが近づいてくる。 自分のことを姉御と呼ぶのはブルリンしか居ないが、声のする方にはブルリンは居ない。 ずんぐりとした銀色の甲冑が、ガチャガチャと走って近づいて来ている。 まさかアレがブルリンか? 「姉御、そろそろ船の準備が終わるぜ、メイド達はもう乗り込む準備をしてらあ」 「……ちょっと待って、その甲冑、何?」 「これ?へへ、いいだろ、あの食器は俺が貰うより、避難する連中に持たせた方が良いと思ってさ、代わりにこの鎧を貰ってきたんだ」 「どこから貰ってきたのよ、こんなの」 「いや、あのパリーってメイジに相談したらさ、あの食器の代わりになる報酬は、この鎧ぐらいしかないって言うからよ、こっちの方が気に入ったんで交換して貰ったんだ」 「あんたねぇ……でも、価値があるって言えばあるかもね、私は専門家じゃないから分からないけど、これは金…グローブの紋章はルビーかしら?肩当てのこれはエメラルドね」 「ホントかよ!これ、あの食器よりいいもの貰っちまったかな」 「そうでもないわ、あの食器は銀と金の”むく”で、相当な重さがあるもの、その鎧と同じぐらい重かったでしょう?」 「そういや、そんな気もしたな」 「それより、これから戦いが始まるのに、ずんぐりむっくりした鎧なんか着てたら、動きづらくていい的よ、着替えなさい」 「えぇ~、でも、強そうに見えるだろ? これなら爆弾魔と戦ったってへっちゃらだと思わねえか?」 「バクダンマ? 何それ」 「え?…何だろ」 ルイズはハァ、とため息をつく。 たまにブルリンは訳の分からない単語を持ち出してくる、それがどんな意味なのか、本人ですらよく分かっていない。 「あ、そう言えば」 「何よ、また下らないこと?」 「違うよ、トリステインから来たメイジが、一足先に隠し港から飛んでいったんだよ、どうせなら手伝ってくれても良いのによぉ」 「………なんですって」 ルイズは、廊下の奥に向かって走り出した。 さっき見かけたのは、たぶんワルド…いや、間違いなくワルドだ。 なぜ足音がしなかった? この綺麗に磨かれた石の廊下で、足音がしないのはサイレントの魔法意外考えられない。 こんな所でサイレントの魔法を使う必要があるか? しかも、しかもだ。 日が昇り始め、空が青みがかかってはいるが、何故かこの廊下には一つも明かりが付けられていない。 メイジは杖に明かりを灯すことが出来るが、ワルドの周囲には明かりはなかったはずだ。 人間よりはるかに夜目が利く自分だからこそ、ワルドの姿が見えた…。 ワルドは、人目を忍んで『何か』をしようとしている。 ルイズが廊下の角を一つ曲がる、この廊下の奥は武器庫があるはずだ、そこには火の秘薬も貯蔵されているはず。 歩みを薦めようとしたルイズの目に、胸から血を流し倒れている衛士の姿が映る。 ルイズの疑念は、確信に変わった。 「ワルド!」 ルイズが走る、40メイルはある廊下の奥には、重い鋼鉄製の扉があった。 扉を開け、ワルドの名を叫んだその時、爆発が起こった。 ドォン…という、爆発の音が、ロンディニウムに響き渡る。 この音は、空を飛ぶ『レキシントン』まで聞こえたとしてもおかしくない。 それぐらいの大爆発だった。 「あねごおおおおおおおおおおお!」 ブルリンはルイズを追いかけたが、足の遅さが幸いし、廊下の角を曲がるには至らなかった。 廊下の角を曲がっていたら、倉庫の扉と、城の一部を破壊する爆風に巻き込まれ、鎧ごと身体をバラバラにされていただろう。 ブルリンは叫んだ。 「あねご!あねごお!」 『こっちだ!おい!こっちだって!』 「デルフ、デルフか!姉御はどこだ、煙で見えねえ!」 『とりあえず俺を拾えよ、ルイ…石仮面は瓦礫の中だ』 「何だって、すぐ助けなきゃ!姉御!しっかりしてくだせえ!」 『落ち着けって、それより後ろ、誰か来るぞ!』 「なに?」 デルフリンガーの言うとおり、ブルリンが後ろを向くと、ブルリンが走ってきた廊下から一人の男が姿を見せた。 「あ、あんた、グリフォンに乗って帰ったんじゃ…」 『馬鹿ヤロウ!俺を構えろ!そいつがこの爆発の犯人だよ!』 「………! てめえ、本当か!てめぇ、てめえ!姉御を、よくも姉御を!」 ブルリンは慌ててデルフリンガーを拾い、ワルドに向かって構えた。 「石仮面君には、伝えたはずだがね…死に急ぐなと」 「何を言ってやがる、てめえええええええ!」 ブルリンが叫び、デルフリンガーを振り下ろすが避けられてしまう。 追撃しようとしたブルリンに向けて、ワルドはバックステップをしつつ、ひとつの呪文を唱えた。 『「ライトニング・クラウド!』 ワルドの持つ杖の先端から、青い白い電撃が放たれる。 ブルリンの身体は、無数の蛇が絡みつくかのような青白い光に包まれた。 「ギャアッ!?」 電撃は、ブルリンの着ている鎧に当たり、ブルリンの身体にダメージを与える。 「あ…………」 電撃に撃たれながらも、ブルリンはデルフリンガーを振り上げ。 「あね ご」 そのまま、倒れた。 ワルドはブルリンが倒れたのを確認してから、武器倉庫とは反対側の廊下を見る。 武器庫の扉さえもバラバラに砕け、廊下を覆い尽くしている。 そして、今度は城の各所から爆音と火の手が上がった。 ずしん、ずしんと、何度か城が揺れ、兵士達の叫び声が聞こえてくる。 ワルドは懐に手を当て、ウェールズから渡された手紙の存在を確認した。 「もう一つの目的を果たさねばな」 ワルドがウェールズの居室に向けて歩き出す。 廊下を進むと、あわてふためく衛士が何名かこちらに気づき、驚きの声を上げた。 「ワルド子爵!?…ま、まさか!」 「裏切り者は貴様か!」 「おのれ!」 ワルドが杖を構えるよりも早く、衛士が呪文を詠唱しようとしたが、別方向からの突風が栄士を巻き込み、凄まじい勢いで壁へと叩きつけた。 受け身もとれずに壁に叩きつけられ、皆死んだかのように見えたが、衛士の一人はまだ意識を保っていた。 乱れた呼吸で呪文を詠唱し、ワルドに向けて『エア・ハンマー』を詠唱しようと、杖を振り上げる。 しかし、彼らの背後からやってきたもう一人のワルドが、その衛士の胸を『エア・ニードル』で貫いた。 「ワルド…貴様…」 かろうじて絞り出した声に、ワルドが答えた。 「風は遍在する…訓練では習わなかったか?」 衛士が絶命したのを確認すると、ワルドはウェールズ王太子の部屋へと向かい、もう一人のワルドは玉座へと向かう。 それからの城内は、悲惨なものだった。 突如起こった爆発により、城内は未曾有の大混乱となった。 「戦力を礼拝堂に集中させよ!港への入り口は封鎖するのだ!」 礼拝堂にウェールズの声が響いた。 玉座の間と、礼拝堂、そして城壁へと戦力を分断され、ウェールズを守る親衛隊はごく僅かとなってしまった。 ウェールズは礼拝堂での礼拝中だったため、礼拝堂から指揮を飛ばしていたが、そこに一人の兵士が現れ、報告をした。 「殿下!ワルド子爵が殿下の私室から」 ドン!と大きな音と共に、兵士は風に吹き飛ばされる。 それを見た親衛隊がウェールズの周囲を囲んだ。 そして、礼拝堂の入り口に姿を見せた男を見て、ウェールズだけでなく親衛隊までもが、息を呑んだ。 「ウェールズ・テューダー殿下…いや、王はもう討ち死にされた。ここは陛下とお呼びすべきかな」 カツン、カツンと、堅く威圧感のある足音が響き、ワルドがウェールズへと近づく。 「ワルド子爵…君は裏切り者だったか!」 「裏切りではない、元から、私の目的は三つあった」 「一つはアンリエッタの手紙、一つはジェームズ一世の命、もう一つは…」 親衛隊はワルドに杖を向け、呪文を詠唱した。 しかし、風の魔法が放たれようとした瞬間、ワルドの背後からもう一人のワルドが飛び込み、『ウインド・ブレイク』を放つ。 慌ててそれを相殺した親衛隊の目に、更にもう一人のワルドが現れる。 「風の遍在か!」 ウェールズの声がワルドの魔法を見破る。 「もう一つの目的は、ウェールズ・テューダー殿下の死体だ」 ワルドの声と共に、更に二人のワルドが礼拝堂に現れた。 親衛隊が「遍在が五つ!?」と、驚きの声を上げる。 それと同時に遍在のワルドから、『ウインド・ブレイク』や『ライトニング・クラウド』が放たれ、瞬く間に親衛隊は吹き飛ばされ、倒されてしまった。 「観念して頂けますかな」 「おのれ…」 ウェールズはワルドを睨み付けるが、ワルドは偏在を含めて七つ、ウェールズは一人。 ワルドが魔法衛士隊の隊長だとは聞かされていたが、こうやって目の当たりにするまで、これほどの実力者だとは思っていなかった。 「…むっ」 突然、ワルドが顔をしかめる。 ワルドは遍在を二人、礼拝堂の外に向かわせた。 「一筋縄ではいかんか…あの老メイジも相当な者だな」 「我が国きっての智恵者だ、そうそう遅れはとらんよ」 「でしょうな。…では、私は役目を果たすとしよう」 ワルドがウェールズに杖を向け呪文を詠唱すると、杖が青白く発光し始めた。 杖が魔力を帯び、剣となってウェールズを襲う。 ウェールズはそれを避け、呪文を詠唱して反撃しようとした。 しかし、遍在の放つウインド・カッターがウェールズの身体を切り刻み、続いてエア・ハンマーがウェールズの腕を砕いた。 「ぐあっ!」 衝撃と風圧で杖を手放したウェールズは、あえなく地面に倒れてしまう。 ワルドがエア・ニードルの切っ先をウェールズの胸元に向け、最後の宣告をした。 「終わりだ」 「まだ よ」 だが、その宣告を邪魔する物が現れる。 ワルドの遍在二人が後ろを振り向くと、そこには裸の『石仮面』が、全身を血に染めて、ワルドを見ていたのだ。 遍在の伝える情報がワルドを驚かせ、ワルドの本体までもが思わず後ろを振り向いた。 「……君は石かめ…ん?」 ルイズの頭髪は、爆発に巻き込まれ燃え尽きたため、ピンク色に再生していた。 胴体に比べて少し不自然なぐらい手足が長いように見えたが、ワルドはそこまで気にする余裕が無かった。 『石仮面』の顔が、記憶の中のルイズに似すぎているのだ。 「…………!」 ルイズ!と叫びそうになったワルドは、一瞬動きが止まる。 その隙にウェールズは己の杖を拾い上げ、『エア・ハンマー』を詠唱した。 「エア・ハンマー!」 「往生際が悪いですぞ、殿下!」 しかし、ワルドの遍在に阻まれてしまう。 エア・ハンマーを相殺した遍在の背後から、もう一人の遍在が調薬してウェールズの胸にエア・ニードルを向けた。 だが、それがウェールズの胸を貫くことはなかった。 眼前に迫ったエア・ニードルを見て、もう駄目かと思ったその時、本体のワルドが「うぐっ」っとくぐもった声を上げたのだ。 見ると、ワルドの右腕には骨らしきものが突き刺さっていた。 礼拝堂の入り口に立った『石仮面』が、腕の中に仕込んだ骨を射出したのだ。 ワルドにはそれが何なのか分からなかったが、すぐに骨だと分かり、慌ててそれを引き抜こうとした。 「こんな小細工を…な、なんだ、これは!」 ワルドが驚く、ウェールズも、それを見て動きが止まる。 ワルドに突き刺さった骨が、びくんびくんと独りでに動いたかと思うと、ボコボコと泡を立てて、その骨がワルドから血を吸っているのだ。 「うわああああああああああああああああ!」 みるみるうちに掌が作られ、指が形作られていくのを見て、ワルドが叫んだ。 スクエアのメイジと戦うより、はるかにおぞましく不気味なその光景に、ウェールズは息を呑んだ。 「ヒイィィィィィイイイッ!!」 今までに体験したことのない恐怖、それがワルドを混乱させていた。 ハッと我を取り戻したワルドは、エア・ニードルで自身の腕を切断し『ライトニング・クラウド』をウェールズに向けようとする。 だが、一瞬早くルイズが間に入り、ワルドの放つ電撃を受けた。 バリバリバリ、と音を立て、ルイズの身体がスパークする。 「ぬおおおおおおおおおおおおおおっ!燃えろ!燃え尽きろ!」 不快な音と臭い、ルイズの身体が焦げていく。 ワルドは必死だった、容姿に惑わされたが、これは化け物だ、このまま焼け死んでしまえと思っていた。 だが驚くべき事に、ルイズの手は電撃をものともせずワルドの杖を握る。 「燃え尽きろなんて、酷いわね!」 ワルドは驚く間も与えられず、ルイズの平手打ちを脇腹に食らった。 バン!と音がして、なすすべもなく吹き飛んだワルドは、そのまま壁に叩きつけられ、地面に倒れた。 ルイズはワルドに近づくと、ワルドの懐をまさぐり、ウェールズとアンリエッタの手紙を取り出した。 「…これ、あんたが、直接、アンリエッタに渡しなさい」 そう言って二通の手紙をウェールズに渡した。 ルイズの身体は、ボロボロに焼けこげていたはずなのに、いつのまにかほとんど元通りになっている。 ウェールズはそれを見て呆気にとられていた。 目の前にいるこの女性は何だ? いや、そもそも人間なのか? 人間じゃないとすれば、これはいったい何だ? 「姉御ー!」 ウェールズの思考を中断したのはブルリンの声。 非戦闘員と一緒に脱出しろと言ったはずなのに、なぜ残っているのだろうかと考える余裕もなかった。 あの男もこの女と同類なのだろうか? 今のウェールズは、恐怖にも近い感情で、ブルリンとルイズを見ていた。 「ブルリン、無事だったの!」 「うわああ姉御!裸で何やってるんだよ!」 「アタシのことはいいでしょ! それより、怪我は?」 「ああ、何とか、ちょっと火傷したけど大丈夫さ、へへっ」 「良かった…そうだ、城内の状況は?」 「武器庫と城壁の一部をやられたぐらいで、あとワルドが四人、パリーっていうメイジが倒したんだってよ!」 「四人…敵はワルドだけ?」 「ああ、ワルドだけだけど、すげえなあ、俺五つ子なんて初めて見たよ」 「五つ子じゃ無いわよ…他に敵はいないなら、ウェールズと親衛隊が怪我をしてるって伝えてきて」 「わかった!」 どたどた、がちゃがちゃがちゃと、足音と鎧の音を立ててブルリンが走っていく。 それを確認すると、ルイズは床に落ちているワルドの腕を拾った。 ワルドの腕はまるでミイラのようになっていたが、ワルドの腕から生えたもう一本の腕は、まるで生きている人間から切断したばかりのようなみずみずしさを保っていた。 ルイズは自分の左腕に、切り込みを入れ、再生した腕を無理矢理押し込んだ。 メリメリメリ…と音を立ててルイズの腕に吸収され、左右非対称になっていたルイズの腕は、瞬く間に均等になっていった。 「き、君は、一体、何者、なんだ」 ウェールズは震えながらルイズに質問した。 「吸血鬼よ」 「そんな、なぜだ、なぜ吸血鬼が、私を助けた?私を使役するつもりか」 「興味ないわ」 一瞬の沈黙が、何時間にも感じられた。 ウェールズは考える、この傭兵…いや『石仮面』と名乗る吸血鬼に、おそらく敵意はない。 だが、その意図が掴めない。 ウェールズは知らぬうちに、蛇に睨まれたカエルのように萎縮していた。 「なぜだ、なぜだ?」 かろうじて絞り出せた言葉だった。 「私は貴族派は下品だと言ったわ、あいつらは、友達のフリをして、人を裏切る、それが私には許せない」 「馬鹿な、そんな、吸血鬼がそう思うのか」 「吸血鬼だからよ…私は、吸血鬼だから」 「ブルリンとか言ったな、じゃあ、彼は人間なのか」 「仲間が欲しいなら、血を吸って食屍鬼(グール)を作るんじゃないのか?」 ルイズの目が、少し寂しそうに伏せられ、ウェールズを見つめる。 じっと見据えられたウェールズは、ルイズの迫力に完全に飲み込まれていた。 朝焼けの空から、紅い光が窓に差し込む。 光がルイズを照らすと、髪の毛は黄金色に輝いて見えた。 「……食屍鬼は『奴隷』よ、私の意のままに動く道具。道具なんかいらないわよ。私は喧嘩したり、一緒にご飯を食べたり、お互いにからかって遊べるような友達が欲しいの」 「…なんという事だ、私は夢でも見ているのか?吸血鬼からそんな台詞を聞けるなんて」「失礼ね、まあ私が変わり者なのは認めるわよ」 ゼロのルイズと呼ばれていたからね、と言おうとして、ルイズは口をつぐむ。 「ところで、君に、怪我はないか…と聞いても無駄なのかな」 「まあね、でもお気遣いは嬉しいわよ?」 実際はかなり疲れているが、余裕の表情を見せる。 自分に『余裕だ』と言い聞かせ、血を吸いたくなるのを我慢しているのだ。 「しかし…凄いな生命力だな…」 「骨だけになっても再生できるわよ、試してみる?」 「いや、いいよ、そんな余力はない」 「フフ」 「はは」 「「ハハハハハハハ」」 二人は笑い合った。 奇妙なことだが、極度の緊張から介抱されたウェールズは、なぜか無性に笑いたくなったのだ だが、そこにガラスの割れる音が響いた。 二人が笑い合ったところで、突然、礼拝堂の窓が割れた。 ガシャン、と音を立てて何者かが侵入してくる、朝焼けの光をバックに飛び込んできたそれは、ワルドが使役していたグリフォンだった。 「グリフォンだと!?」 ウェールズが杖を手にして呪文を唱えようとしたが、ルイズは一足早ウェールズに飛びついた。 次の瞬間、ウェールズのいた場所を風の刃が襲う。 ルイズはすぐに立ち上がり、ワルドの倒れている方を睨んだ、しかしそこにワルドはいない。 クエーーーッ、とグリフォンが叫ぶ。 いつの間にかグリフォンの背にはワルドが乗っており、こちらに杖を向けていた。 「失礼!」 ルイズがウェールズを抱えて飛び上がる。 一瞬遅れて、二人のいた場所に『エア・ハンマー』が打ち込まれた。 ルイズが着地した頃には、既にワルドの姿は無く… 後には、アンリエッタの手紙二枚だけが、礼拝堂の床に残されていた。 そして時は進み、決戦まで残り一時間。 現在の状況を確認したウェールズは、玉座で瞑想をしている。 その周囲には、戦力として残った者達が、決戦を前に散っていった者達へ黙祷を捧げていた。 ジェームズ一世はワルドの手で殺されている。 老メイジパリーは、決戦前にワルドと戦ったため、すでに魔力はほとんど残っていない。 戦力として数えられるのは、せいぜい80人。 火の秘薬も半分以下に減ってしまい、勝ち目どころか、貴族派に打撃を与えることすら難しい状況だった。 だが、ここに居る人間は誰も諦めていない。 一人として絶望に捕らわれては居なかった。 決戦の時刻に向け、静かに、ひたすら静かに、心を落ち着けていたのだ。 ルイズとブルリンは、地下の隠し港を見ていた。 ブルリンはあの甲冑に身を包み、ルイズはアルビオン魔法衛士の服に身を包み、背中にデルフリンガーを背負っている。 隠し港を一通り見て回ったが、ここを利用した案など、とても思いつかなかった。 戻ろうとしたところで、ブルリンが呟いた。 「ひぇー、姉御、これすげえな、下は雲しか見えねえ」 「ちょっと、落ちたら私だって助けられないわよ」 「わかってるよ…って、そうだ、姉御ってメイジだったんだよな」 がちゃがちゃと音を立てながら、階段を上ろうとしていたルイズに近づく。 「元メイジよ、今はただの傭兵」 「こんなの見つけてきたんだ」 ルイズの言葉を気にせず、ブルリンは腰からぶら下げていたバッグに手を入れ、杖を差し出した。 「…何、これ」 「風のタクトって書いてあったぜ」 『風のタクト?珍しいもん持ってきたなー』 「デルフ、あんた知ってるの?」 『武器屋で何度か見たぜ、風石を使ったマジックアイテムよ、それがあれば平民でも空を飛べらあ』 それは長さ30サンチ程の杖で、中に風石の仕組まれているマジックアイテムだった。 レビテーションもフライも使えないルイズは、依然そのアイテムを家庭教師から勧められたことがある。 だが、父と、母と、大姉が「がそんな道具に頼るな」と怒ったため、使う機会もなかったのだ。 まさか実物を手にする日が来るとは思っても見なかった。 「…杖としても使えそうね」 『使えるんじゃねーの、まあちゃんと自分になじませないと魔法は行使できないと思うけどな』 デルフの言葉に、ルイズは安心してしまった。 どうせこれを使っても魔法なんて起きない、と思ったのだ。 気分の良くなったルイズは、杖を虚空に向かって振り上げ、こう唱えた。 「宇宙の果てのどこかにいる、私の下僕よ…」 (どこかにいる、私の求める使い魔…) 「神聖で、美しく、そして強力な使い魔よ」 (私をどんな所にも連れて行ってくれる、私と友達になってくれる使い魔よ) 「私は心より求め、訴える…我が導きに応えなさい」 驚いたことに、階段の中段あたりに、直径2メイルほどの鏡のようなもの…使い魔を召喚するためのゲートが出現した。 デルフリンガーが呟く。 『おでれーた、今持ったばかりの杖で、サモン・サーヴァントが成功しちまうなんざ、いやー、おでれーたよ!』 「あ、え、あ、そうね、うん、そうね」 ルイズも驚いているのか、言葉がたどたどしい。 しかし、一人だけその驚きの内容が違っていた。 「おおお…」 ブルリンがゲートに近づく。 「ブルリン、そんなに近づいたら危な…」 「うおおおおおおお~~~~~~ッ!!!!!」 「ちょ、ちょっと、どうしたのよ!」 「ニューヨークだあァ~~~~~~~ッ!これが!これが俺の街だあーーーッ!」 ブルリンは光り輝くゲートに入ろうとした、それをルイズが引き留める。 「待ちなさいっ、この先はどうなってるか、私にも分からないのよ!何があるのか分からないじゃない、行っては駄目よ!」 「そうだっ、俺は、俺はこれを潜ってここに着たんだ!姉御!見てくれ、これが俺の街なんだよ!」 そう言ってブルリンはルイズを引き込もうと、逆にルイズの手を掴む。 その時、ルイズは一つのことを思い出した。 ブルリン、自分は記憶喪失だと言っていたし、時折不思議なことを言い出す。 私の知らない単語を使うことから、とても辺鄙な田舎から来たのかと思っていた。 しかし、もしかして、ゲートを潜ってやって来たとしたら…どうする? このまま、ブルリンをゲートの向こうに帰した方が、ブルリンにとっては幸せなのではないだろうか。 力の緩んだルイズを、ブルリンは強引に引っ張った。 そしてルイズの手がゲートを潜った瞬間、ルイズの手に灼熱の衝撃が走った。 「GYAAAAAAAAAAAAAアアアアッ!あああああ…ああああ…」 慌てて引き抜いた手は、まるで石膏細工をハンマーで砕いたかのように粉々になり、風化していく。 「姉御っ!どうしたんだ、どうしたんだよ姉御!」 ルイズは手を押さえながら、今の衝撃が何だったのかを考えた。 吸血鬼の身体は痛みを殆ど感じない、触覚はあるし痛覚もあるが、それを何とも思わない。 だが今のは違う、明らかに『生命の危機を感じる痛み』が走った。 そして、自分はゲートの向こうには行けないのだと、確信する。 「…っ、ブルリン、そこ、そこがあんたの故郷なのね」 「それより、姉御の手が」 「これぐらいすぐ治るわ…」 「そうだ…そうだ!銃だ、あと爆弾だ、それさえあれば勝てるかもしれねえ!」 ブルリンは興奮気味に喋る、だが、その言葉はだんだんと別の言葉に変わっていった。 「パラシュートだ!パr■○◎があれば、+○ズだって、こここから逃□●=〇Z▼る!」 「ブルリン、あんた何言ってるのか分からないわよ、分からないわ」 意味不明な発音が、やがて小さくなり、ゲートの狭間にいるブルリンの声が聞こえなくなっていった。 「………!……!…!!」 ブルリンが、必死に何かを訴えかけるが、ルイズには届かない。 ルイズには分かっていた、彼は自分の世界から、こちらに何かを持ち込もうとしているのだろう、それでウェールズを助けようと言うのだ。 ブルリンはらちが開かないと悟ったのか、再度こちらに身体を乗り出した。 「姉御!すぐ戻るから待っ」 だが、ブルリンの口を押さえると、ルイズはブルリンを殺さぬ程度に手加減して、ゲートへと突き飛ばした。 足下に落ちたブルリンのバッグを拾い上げると、それをゲートの向こう側に向かって投げる。 「アンタは優しすぎるわよ!保身も考えなさいって言ったでしょう、いい機会よ、あんたの役目は終わったの!」 「帰る場所があるなら、帰りなさいよ!」 そして、ゲートの向こうに見えたブルリンの姿が、陽炎のように揺らめき、消えた。 「……………………デルフ」 『ああ』 「見た?召喚魔法ならぬ、召還魔法、始祖ブリミルだって、こんな魔法知らないわよ」 『嬢ちゃん……』 「ははは…私は、きっと特別なの、こんな魔法が使えるの私だけ、私だけよ」 『嬢ちゃん』 「ねえ!驚いたでしょう?足手まといがいなくなって清々したわ、これで思う存分戦えるわよ」 『もう止せやい、笑おうとしないで、泣いちまえ』 「泣く?誰が泣くのよ」 『おめーだよ、もう、おめえ泣いてるじゃねーか』 「え…」 いつの間にか涙が流れていた。 おおおお、と、絞り出すように泣いた。 デルフリンガーは昨日のことを思い出した、貴族の男と、メイドの少女のやりとりを思い出していた。 『薄汚い平民が、貴族と共に戦うなどと、二度と言うな!』 あのメイドは、貴族の男と一緒に戦って、死ぬつもりだったのだろう。 貴族の男は、メイドに生きて欲しかったからこそ、酷い言葉を使ったのだ。 『なあ、嬢ちゃん、嬢ちゃんはやっぱり人間だよ』 「何よ…何よ何よ何よ…わかったような口をきかないでよ…」 この日、本当の意味で、ルイズはデルフリンガーを友人だと思えたのだ。 デルフリンガーも、ルイズを自分の主人として認めた。 二人だけの優しい時間が流れ……唐突に、それは終わる。 『おい、嬢ちゃん』 「何?」 『ゲートが閉じてねえ、なんか来るぞ、嫌な予感がする』 デルフリンガーの忠告を受け、ルイズはデルフリンガーを抜いて、構える。 泣いていて気づかなかったが、ゲートの奥から何かが近づいてくるのが、はっきりと分かる。 嫌な気配、嫌な臭い。 その気配の主は、ゲートから顔をのぞかせた途端ルイズに襲いかかってきた。 私は、私はこれを知っている。 黒い毛並み、強靱すぎる肉体。 見た目は馬でも、それは馬と言うにはあまりにもおぞましい。 自分と同じ臭いのする馬…吸血馬だ。 To Be Continued →
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不思議な光景だった。 首都を覆い尽くす五万の兵が、二つに割れる。 この世界に石版を携えた予言者が居たとしたら、その再来だと思われただろう。 「KUAAAAAAAAAAAA!!!」 「BUAAAAAAAAAAAA!!!」 吸血鬼と吸血馬の雄叫びが戦場に響く。 反乱軍五万の先端は、真っ先に手柄を立てようとする傭兵達で構成されていた。 彼らはは眼前に迫る馬を見て、喜んでいた。 しかしその喜びは、馬の接近と共に打ち砕かれる。 ニューカッスルの城壁を飛び越えて反乱軍の眼前に降り立った巨馬は、ハルケギニアで軍馬として使われる馬より、一回り大きい程度の馬。 巨馬と呼ぶにははるかに小さいが、この戦いを生き残った傭兵達は口々に『あれは見たこともない巨大な馬だった』と伝えている。 それは、吸血馬の圧倒的なパワーが印象づけた『伝説』だったのかもしれない。 ニューカッスルへと続く街道を、吸血馬が行く。 五万の大群をものともせず走り抜ける。 吸血馬の前では、人間の身体は血袋と同じようなものだった。 大通りを埋め尽くすような傭兵の群れを踏みつぶすと、反乱軍の兵士達が槍を構えていた。 上空には竜、地上には槍衾。 ひるむことなく突撃してくる吸血馬を見て、隊列の一部が崩れるが、そんなことはお構いなしに馬は空を飛んだ。 地震のような揺れが兵を襲う、馬は翼もないのに空へと舞い上がり、今まさに火のブレスを吐かんとしていた竜を踏みつけた。 「陛下!」 「………!」 「手綱はありません、たてがみをしっかり握って!」 「…!」 ルイズはウェールズの手を取って、吸血馬のたてがみを握らせると、自身も宙へと飛んだ。 竜騎兵は、あまりの出来事にブレスを吐くタイミングを失っていたが、目の前に飛んできたルイズを見て、慌ててその向きを変えようと手綱を引いた。 だが、思ったよりも早くルイズの腕が竜騎兵の胴を貫いた。 右手は竜騎兵の血を吸い、左手は竜の首へと突き刺さる。 食屍鬼のエキスを注入せず、ただ勢いよく竜騎兵の血を吸い尽くす。 左手の指先が竜の脊椎へと到達すると、ルイズは落下しながら竜の神経を浸食した。 きりもみ状態で地上へと落下する竜は、地上すれすれで体制を立て直す。 地上に群がる傭兵達と、つい先ほどまで主人だった竜騎兵に向けて炎のブレスを吐き、竜は空へと舞っていった。 ウェールズは吸血馬の背で、不思議な感覚に包まれていた。 ニューカッスル城で死ぬつもりだと覚悟していたのに、いざ槍衾の中を駆けると、その槍がいつ自分の身体を貫くのかと恐ろしくなる。 だが、この巨馬は槍衾を飛び越え、竜の飛ぶ高さにまで跳躍し、メイジの魔法を避けるように走る。 『死ぬか、助かるか』 ウェールズは、まるで夢を見るように戦場を駆け抜けた。 上空ではルイズが竜を操り、他の竜騎兵を翻弄している。 しっかりとした戦術など無かったが、その非常識な戦い方は誰もが恐ろしいと感じてしまう。 脳のリミッターを破壊された竜は、疲れや痛みを忘れて羽ばたき、他の竜に突撃する。 ルイズはすれ違いざまにデルフリンガーを振り、竜の翼を切り裂いていく。 地面を走る吸血馬は、パワーと体力こそグリフォンや竜に匹敵するが、速度は劇的に速くない。 その強靱な脚力が、人間も、建物も、オーク鬼も、魔法の刃すらもものともせず駆けていくのだ。 メイジが作り出した炎の壁があっても、動物の枠組みを外れた『吸血馬』は、決してひるまない。 ルイズは竜騎兵の一群を混乱状態に陥らせると、吸血馬の前に竜を飛ばした。 血を吸われ、疲弊しきったはずの竜が五匹、他の竜よりも早く力強く飛ぶ。 ルイズはこの先にある、反乱軍の本陣と思わしき場所に向けて竜を突撃させる。 一騎の巨馬で戦列を分断された上、竜が司令部へと飛び込み、反乱軍は未曾有の大混乱なり統率を失う。 ルイズは、私の役目は戦うことではない、逃げることだと自分に言い聞かせ、最短のルートを通って首都ロンディニウムを後にした。 この日『竜を操る鉄仮面』と『巨馬を操る騎士』の噂が、瞬く間にアルビオン中に広まった。 「陛下?」 「………」 「ウェールズ陛下、どこか怪我でも?」 「え? あ、いや…驚いていたんだ」 場面はアルビオンから、ラ・ロシェールからそう離れていない森の中に移る。 ルイズは逃げる途中に奪った竜のうち一体に、港まで来いと命令していたのだ。 竜は風竜ではないため、馬一頭と人二人を運ぶのは難しいが、アルビオンからトリステインに向かうのなら滑空だけで済む。 体力的にも問題はないと思えたが、竜は体力の限界を迎えてしまい、地面に着地してすぐ身体を横たえてしまった。 食屍鬼のエキスは注入していないので、殺すのは躊躇われた。 ルイズは髪の毛から作り出した触手を竜の脳髄に差し込んで、この場所で休ませることにした。 しばらくすれば、また飛べるようになるだろう。 二人は、トリステインの宮殿を目指し、森の中を進むことになったが…。 ルイズはウェールズの乗った吸血馬を先導して、森の中を歩いていた。 途中、ウェールズが口を開く。 「奇妙な事だが…夢を見ていたようだ」 「夢?」 「ああ、戦場を一騎で駆け、突破するなどと、誰が信じようか。トリステインの”烈風カリン”殿でもこうはいくまい」 ルイズはふと気づいた。 自分は『石仮面』と名乗ろうとしていた。 だが考えてみれば、これは一種のコンプレックスかも知れない。 ルイズは甲冑のマスクを外すと、それを宙に投げた。 「仮面は、もう外すのか」 「鉄の仮面を付けていたら、カリーナ・デジレ様に怒られますもの」 「……不思議な人だな、君は。最初は平民かと思ったが、使い魔を従えている上、”烈風カリン”殿の名前まで知っているとは」 「強者の名前は自然と耳に入るのよ」 「ところで、着の身着のままで来てしまったが、このままでは君に報酬を払うこともできないな…願わくば、トリステインの城まで同行して頂けるだろうか、そこで『風のルビー』を君に差し上げたい」 「気遣いは無用よ、ほら」 ルイズがローブをめくり、身体の至る所にくくりつけた革袋を見せた。 報酬代わりに貰った食器類や、他宝物類もそこに入れられている。 「そんな沢山身につけて戦っていたのか?」 「まあね、本当は私とブルリンの分だと思ってたんだけど…」 「ブルリンとは、その馬のことかい?」 「馬?また、へんな冗談を言うのね、私と一緒にいた髭面の男よ」 「いや、パリーからは、傭兵は君しかいないと聞いて……髭面と言われても記憶にないのだが…」 「……えっ…」 ルイズの呟きは木々の間に吸い込まれて、静かに消えていった。 まるで、最初から存在していなかったかのように…… 一方、シエスタはある村の村長宅で、傷ついた身体を休めていた。 隣のベッドには、トリステイン魔法学院の教師、疾風のギトーがこれまたボロボロの姿で眠っている。 つい数時間前までの戦いが嘘のよう。 シエスタは体力を回復させようと、波紋の呼吸を意識しながら、意識を闇に落としていった。 昨日シエスタは、ラ・ロシェールとは別方向、ガリア寄りの村落を目指して馬を歩かせていた。 オールド・オスマンは、シエスタの曾祖父の残した日記と『太陽の書』の内容を照らし合わせ、解読を進めていたが、そこには気になることが書かれていた。 『波紋はそのままでは戦闘に役立たない』 日記には、波紋の利用法についてかなり細かく書かれており、コルベール先生が見れば興奮すること間違いなしだろう。 だが、吸血鬼に対しては驚異的な効果のある波紋も、困ったことに対人戦闘、対メイジ戦闘に於いては有効とは言い切れない。 日記に書かれていた利用法のほとんどは、メイジを敵と仮定している。 仮に『メイジの食屍鬼』が作られたとしたら、今のシエスタでは全く相手にならず殺されてしまうだろう。 リサリサのような『達人』ほどの波紋があれば話は違ってくるのだろうが、とにかく今はシエスタの使える『武器』を探すのが第一だった。 今回、シエスタが目指しているのは、特殊な繊維の産地。 山奥に生える蔓草の樹液は、乾燥しても波紋に反応するらしい。 それを採取して、今後に役立てることが、旅の目的だった。 シエスタに同行するのは『疾風のギトー』。 「まったく何で私がこんな…ブツブツ」 「ミスタ・ギトー先生、道しるべの石が見えました」 「ん?ああ、地図の通りだな、よし、目的地までもうすぐだ」 「はい!」 ギトーは困っていた。 なにせシエスタに同行させられたのは、オールド・オスマンの皮肉たっぷりな言葉が原因だからだ。 『風は最強なんじゃろ?なら途中でオークに囲まれても君なら何とかなるじゃろう』 他の先生の前で、こんな事を言われては拒否も出来ない。 悪くない額の特別手当が支給されると言うが、泊まりがけで辺鄙な村に植物採集しに行くのは辛い。 ただ、シエスタは他の生徒と違い、嫌われ者のギトーを素直に慕ってくれているので、少しだけ救われたような気がしていた。 「…何で私はあんなに嫌われているのだろう…そもそも風は最強だし、強さに憧れる年齢なら私を慕ってくれても…ブツブツ…」 「……先生、先生!」 「ん?」 「村が見えましたよ」 ギトーは、せめて美味しい名物料理でもあればいいのだが…と考えながら、馬を村へと進めた。 二人は、村長宅で事の次第を説明した。 この土地で魔法薬の原料になりそうな物を採取するためトリステイン魔法学院から来たと告げると、村長は顔をほころばせた。 この近くには薬草類が多いため、薬の原料を採取しに来る人も少なくはないのだとか。 トリステインの城下町『ピエモンの秘薬屋』の店主もここに来ていたそうだ。 先代の村長の話だと、オールド・オスマンも何度か訪れているのだとか。 「この近くの森は、魔法薬の原料になるコケ、キノコが採れます。オールド・オスマン様は先代村長が一度お会いしたそうで…」 応接室らしき場所で楽しそうに語る、この村の村長は、顔に深いしわを蓄えた骨太の人で、体格もよく、髪の毛が黒々としている。 壁には魔法薬の原料となる植物類のイラストが沢山描かれており、この村が何を自慢にしているのか一目で分かった。 ギトーは『平民の家などこんなものだろうな』と考え、 シエスタは『応接室に通されるなんて、どうしよう…』と考えていた。 「ところで貴族様、今日はもう暗く、森の中は危険です。明朝にご案内しますが、それでかまいませんでしょうか?」 「ああ、かまわんよ」 「お願いします」 ぺこり、と頭を下げるシエスタを、村長は驚いたような目で見た。 それを見てギトーが一言告げる。 「この子はね、訳あって平民の家で生まれたが、怪我や病を治す魔法が使えるのでね、魔法学院で預かっているのだよ」 「そ、そうでございましたか、いや、貴族様に頭を下げられるなんて、ちょっと驚いてしまいまして」 ふと、部屋の外から誰かの視線を感じた。 扉の方を見ると、タバサと同じかそれより小さいぐらいの少女が、応接間を覗き見していた。 村長はそれに気づき、その少女を見る。 すると少女はぱたぱたと足音を立てて、逃げるように去っていった。 「あの、今の子は?」 シエスタが質問すると、村長は応接室の扉を閉め直してから、二人に話し出した。 「はい、今のはうちの村で預かってる子供でして…どうも商人の子供らしいんですが」 「らしい? …親が分からんのか」 ギトーも興味を牽かれたのか、話を聞く。 「はい、ここから離れた街道で、物取りに襲われたらしいんです。馬車の中で泣いているのを村の者が発見しまして」 「そうだったんですか…」 シエスタが残念そうに呟く。 波紋が生命を癒せても、心まで癒すことは出来ない。 それが少しだけ悔しかった。 「ああやってお客様を見てるんです、きっと親を捜しているんでしょうが…」 「ふむ…可哀想にな、物取りなど風のメイジがいれば一網打尽だろうに」 ギトーもまた、残念そうに呟いた。 心底、風系統に自信を持っているらしい。 自信と、それなりの実力があるはずなのに、自分では戦おうとしないのがギトーの困ったところだが。 村長もシエスタもそんなことは知らない。 「さ、湿っぽい話をしていては料理が不味くなります、特産キノコのたっぷり入ったシチューを出しましょう」 そう言って村長が立ち上がる。 「貴族様のお口には合わないかもしれませんが、このキノコはハゲや胃腸の弱まりに効果がありまして………」 自慢げにキノコの効能を説明する村長。 この土地の人間がハゲないのは、希に採取されるキノコのおかげらしい。 「コルベール先生が聞いたら喜びそう…」 「確かに…」 先ほどの少女が、今度は窓の外から二人を見つめていた。 少女は、長すぎる八重歯を剥き出しにして、にやりと笑った。 To Be Continued …… 21< 目次
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「ふむ、つまり何者かの妨害にあったと?」 「はい……」 学院長室では、オールド・オスマンがシエスタの報告に頭を悩ませていた。 昨晩、シエスタはマントに波紋を通し、ハングライダーのように空を飛んでいた。 だが滑空中に『エア・ハンマー』らしき魔法を受け、墜落死の危機に陥ったのだ。 「悪質じゃのう、こうなると生徒同士の問題は生徒同士で…という訳にもいかんし」 シエスタは元平民であり、波紋という得意な魔法を使うのを理由として、魔法学院では生徒と同じ扱いを受けている。 つまりは、貴族扱い。 しかし貴族至上主義者が少なくないトリステイン魔法学院の貴族子弟達にとって、元平民のシエスタが簡単に受け入れられるはずはなかった。 オールド・オスマンには一つの誤算があった。 シエスタが吸血鬼を退治したのを理由に、『シュヴァリエ』の称号を得られるよう便宜を図ろうとしていたが、それがフイになってしまったのだ。 領地を持つことで得られる爵位ではなく、実力と功績によって与えられるシュヴァリエの称号をシエスタが得ることで、少しでも立場を固めようと考えていたのだ。 だが王宮からは、「シュヴァリエを得るには従軍が必要だ」との返事が返ってきたのだ。 近年、シュヴァリエを得ようと功績をねつ造する事件も報告されているので、審査が厳しくなるのは当然だった。 オールド・オスマンは、「タイミングが悪いのう」、とため息をついた。 「オールド・オスマン、私、自分で解決してみたいと思います」 シエスタの力強い言葉に、オスマンが驚く。 「ほう? 勝算はあるのかね」 「…………」 シエスタは無言で頷く。 「ならワシは余計な手出しはせんよ、じゃが一つ忠告をさせてくれんかの」 「『勝者』でも『敗者』でもない、第三の立場を得るよう努力しなさい」 「第三の立場?」 「戦争に例えるとな、傷病兵を治癒する水のメイジのような立場じゃ。波紋は吸血鬼を打ち倒す……しかし、吸血鬼に先導された群衆は打ち倒せん。それを味方に付ける立ち回り方を学ぶんじゃ」 シエスタは少し考え込んだ後で、頷いた。 「……はい。」 シエスタは学院長室を出た後、キュルケとタバサの二人を探し、波紋の訓練をしている教室へと来て貰った。 「ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ、お願いがあります。」 「私達に頼み? 何かしら」 「実は……」 シエスタが説明しようとしたところで、タバサが口を開いた。 「シルフィードから聞いている」 タバサは、シエスタが夜に波紋の訓練をして、その最中に魔法で邪魔された事など、シルフィードが見ていることを話した。 シエスタがそれに重ね、『エア・ハンマー』で突然襲われた話をする。 キュルケはその話を聞き、怒りが湧いてきたらしく、目つきが鋭くなった。 「悪戯にしちゃ度が過ぎてるわね」 このキュルケ、窓から男を焼き捨てたことなどすっかり忘れているらしい。 「で、その犯人を捜してほしいってところかしら?」 「いえ、違います」 シエスタの言葉にキュルケが驚く、タバサは無言のままだったが、シエスタをじっと見ている。 「これは私の問題です、危険もありますが、自分で解決しなければならないと思っています……お二人に頼みたいことは、それとは違うことです」 そして、シエスタが語ったのは、二人を驚かせるに十分な内容だった。 波紋は技術であり、平民とメイジの隔てなく、ある程度の習得が可能 水に波紋を流すことで、周囲の生物を探知できる メイジの索敵能力を高め、感覚を鋭敏にさせる効果 吸血鬼に対して絶大な攻撃能力を誇る ディティクト・マジックでも解らない吸血鬼や食屍鬼を、波紋で識別できる 人間を治癒する『水の秘薬』の効果を、劇的に高めることが可能であること 植物や水などを利用した精霊魔法に干渉し、ある程度なら無効化できること 波紋を利用して人間の思考を狂わせることも、治すこともでき、ディティクト・マジックに反応しない 波紋をメイジに供給することで、集中力、魔力のキャパシティが一時的に上昇する 生物の生命力を高めることで、毒や病の回復を促進する 食屍鬼になりかけの人間ならば波紋で元に戻すことが可能 若さを保ち、美容健康にとても良い 現時点でわかっている『波紋』の効能を、シエスタから説明され、キュルケは感心した。 タバサも表情こそ変わらないが、ほう、とため息をついて聞いていた。 「凄いじゃない……水の秘薬の効果が高まるなんて……具体的にはどのくらい?」 シエスタはマントを外すと、シャツのボタンを外し、肩を見せた。 そこには鋭利な刃物でつけられたような傷痕がついていたが、ほぼ治っている状態だった。 「この間、ギ……吸血鬼と戦ったんですが、その時に受けた傷です」 「あんた吸血鬼と戦ったの!?」 「はい、水の秘薬を使って、ここまで塞がりました」 「その傷を塞ぐのに秘薬を?」 キュルケが傷口をまじまじと見つめる。 「はい、100倍に希釈された水の秘薬を、一滴だけ分けて頂いたんです」 シエスタの言葉に驚く。 水の秘薬といえば、水の精霊の身体の一部であり、同じ量の黄金と同じかそれ以上に高額で取引されている。 シエスタの肩についた傷は、長さ12サント、深さはよく解らないが、浅くはないだろうと思えた。 それがごくごく少量の水の秘薬ですぐに塞がってしまうのなら、水の秘薬を取引している秘薬屋は、秘薬の暴落に嘆いてしまうだろう。 「水のメイジと協力すれば、より凄い効果があるかもしれないわね…ホント驚きだわ」 感心するキュルケの横で、タバサは何かを考えていた。 「……解毒効果は?」 「まだよく解らないんです、ただ、オールド・オスマンは波紋を習得されてから『眠りの雲』にかからなくなった……と言っていました」 「そう」 「それで、お二人にお願いしたいことなんですが、波紋の研究のために協力して頂きたいんです」 「面白そうじゃない、美容にも良いんでしょう?それなら断る理由なんかないわよ」 「私も協力する、そのかわり、解毒作用についてより詳細な効果を知りたい」 「ありがとう、ございます」 シエスタは頭を下げ、二人に感謝の意を表した。 「ところで、生物を探知するってどんな感じなの?」 「はい、それじゃあ……お二人とも私の手を握って下さいませんか?」 キュルケの質問に答えようと、シエスタが手を出す。 タバサが右手を、キュルケが左手を掴んだのを確認すると、シエスタは呼吸を整えて波紋を流し始めた。 「「「……!」」」 三人が同時に同じ方向を向く。 黒板の上、三人を見下ろすような位置から何かを感じた。 タバサが杖を取り出し、ディティクト・マジックを唱える。 光の粉が周囲を舞い、タバサの感覚にぼんやりと何かが写った。 シエスタが出て行った後、オールド・オスマンは水パイプを吸おうとし、ちらりと秘書の机を見た。 ミス・ロングビルは用事があるとかで、外出中だった。 「やっぱり美女に怒られつつ吸うパイプの方が美味いのぅ」 そんなことを呟きつつ、『遠見の鏡』を見ると、そこにはシエスタの姿が映されていた。 場所は、シエスタが訓練に使っている教室だった。 傍らには二人の生徒、確かツェルプストー家の娘と、ガリアから来ているタバサという少女がいて、何かを話している。 オールド・オスマンは、波紋の研究を発展させるつもりでシエスタの立場を良くしようと画策していた。 だが、それとは別に、生徒としてのシエスタ、恩人の子孫としてのシエスタが魔法学院で友達を見つけてくれたのが嬉しかった。 鏡に映るシエスタは、波紋について説明しているようだった。 ふと、シエスタがタバサとキュルケの手を握ると、三人がオールド・オスマンの方を『見た』。 鏡の中ではすかさずタバサが杖を抜き、何かを呟いている。 唇の動きから『ディティクト・マジック』の類だと予測し、慌てて『遠見の鏡』を停止させた。 「ふぅ~、生物探知だけでなく、鏡越しの視線まで感じるのかの…いやはや、波紋は恐ろしいわい」 ぷかぁ、と煙を舞わせて、呟く。 「……波紋の効果を教えるのはあの二人か、それにしても波紋を用いた者は、勘が鋭くなるのかのう?」 いずれにせよ、シエスタの監視は難しくなってしまった。 オールド・オスマンは水パイプを吹かしながら、机の上に置かれた一枚の報告書を手にした。 そこにはアルビオンで『鉄仮面』とも『石仮面』とも呼ばれる傭兵が、鬼神のような活躍で貴族派の包囲網を突破した、と記されていた。 「石仮面か……リサリサ先生の仰っていた『DIO』や『柱の男』のように、吸血鬼の王国を作られる前に殺さねばならん……」 オールド・オスマンは、再度、遠見の鏡に魔力を込めた。 鏡に映るシエスタ達は、既に手を離している、今度は視線には気づかれないだろう。 丁度鏡の向こうでは、シエスタが『石仮面』のことをキュルケとタバサに説明しているところだった。 キュルケとタバサの顔が、心なしか青ざめている気がする。 青ざめるのも無理はないだろう。 かつての級友は『勇敢に戦って死んだ』のではなく『操られて死んだ』のだと告げられたのだ。 波紋の研究を手伝ってほしいというのも、吸血鬼として人を襲うルイズを殺すため。 オールド・オスマンにも、石仮面への怒りがあった。 人間だったルイズのためにも、吸血鬼と化した『ルイズだった者』を、一刻も早く殺さなければならない。 そう決意していた。 だが一つ誤算があったとすれば、オスマンは、石仮面の恐ろしさ『だけ』に、心を奪われていた点だろうか。 ゼロと揶揄された生徒は、オスマンが考えている以上に、誇り高かった。 人間であり続けようとする程に。 現時点で波紋を『技術』だと知る者 オールド・オスマン、ミス・ロングビル、シエスタ、キュルケ、タバサ ルイズが吸血鬼だと知る者 オールド・オスマン、ミス・ロングビル、ウェールズ・テューダー、アンリエッタ 石仮面でルイズが吸血鬼化したと知っている者 オールド・オスマン、ミス・ロングビル 『石仮面』と名乗る吸血鬼に、ルイズの肉体が乗っ取られたと思いこんでいる者 シエスタ、キュルケ、タバサ ルイズが正気だと知っている者 ミス・ロングビル、ウェールズ・テューダー、アンリエッタ To be continued → 27< 目次
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「ブゴオオオオオオオオオオオオ!」 馬と人間には、圧倒的な差がある。 吸血鬼となったルイズの腕力は、馬よりも遙かに強い。 しかし、ゲートを潜って現れた馬は、吸血馬だった。 ルイズは油断していた。 あくまでも普通の『馬』を基準にして考えていたのだ。 吸血馬は、ルイズが化け物のような腕力を手に入れたのと同じように、途方もない脚力を持っていた。 馬と呼ぶには巨大な、吸血馬が、ルイズへと突撃した。 「ひっ」 ルイズは”怖い”という感情を思い出す。 吸血鬼になってから久しく感じていない恐ろしさが、ルイズの身体を硬直させた。 がぼっ、という音と共に、ルイズの脇腹がえぐり取られた。 凄まじい勢いで脇腹を踏みつけられたのだ。 「!?」 そのまま首に噛みつかれ、ごきごきと音を立ててルイズの首が砕かれていく。 ブルルルルッ! ウシューッ 「あぐ ごぼ げお…お…」 ルイズの喉から空気が漏れ、何かを喋ろうとしても声が出ない。 『嬢ちゃん!しっかりしろ!おい!』 首の半分と、脇腹を失ったルイズにデルフが叱咤が届く。 「ごぼぇう、おお、うぐ」 声にならない声を上げながら、ルイズは必死でデルフリンガーを動かした。 だが、吸血馬がルイズの身体を蹂躙し、内臓を食おうとするに至っていた。 ルイズの身体は自由に動かず、デルフリンガーを突きさそうにも、上手くいかない。 首から下の感覚が喪失し、身体を動かせなくなったルイズは、なすすべもなく吸血馬に食われていた。 ふしゅるる、ふしゅるると、吸血馬は鼻息を立てながらルイズの身体を噛み砕いていく。 このままでは、死ぬ… ルイズの胸は、肋骨は、みるみるうちに千切られて、咀嚼されていた。 吸血馬の口が大きく開かれ、ルイズの頭が食われそうになったとき、ルイズの髪の毛がビクン!と跳ね上がった。 ビシ、ビシ、ビシ、ビシ、ビシ、と、音を立てて髪の毛が硬質化し、先端が尖っていく。 「WRYYYYYYYYYYYYY!」 出ないはずの声、と言うよりは、音を叫ぶ。 そして自分をむさぼろうとする吸血馬の口を髪の毛がこじあけ、無理矢理その中へと入っていった。 『何やッてんだ!?自殺か!?』 吸血馬は、首の亡くなったルイズの身体をむさぼる。 ぐちゃぐちゃと血の滴る音を立てて、ルイズの身体のほとんどが食われてしまった。 満足そうにゲップを鳴らすと、馬はとことことデルフリンガーの元にやってくる。 『おいおいおいおい、俺は美味くねーぞ!』 抗議の声を上げるデルフを無視して、吸血馬はデルフリンガーを口でくわえた。 『やめろーーーー!……あれ?…もしかして、嬢ちゃん…?』 デルフリンガーの呆れたような声に、吸血馬が答えた。 「あら、わかる?」 めきめきめきと音を立てて、吸血馬の背中が開いていく。 中から現れたのは、血に染まったルイズだった。 『どうなってんだこりゃあ…』 「髪の毛を触手にして、直接脳をかき回したのよ、隙間に私の肉の一部を詰めておいたから、この子は今私に”母親にすがるような気持ち”を持っているはずよ」 『……さっきおめーを人間だって言ったけど、前言撤回していい?』 「だ・め・よ」 吸血馬の体組織を使って身体を再生させたルイズは、従順になった吸血馬を引き連れて隠し港から城内へと移動した。 血みどろになった服を脱ぎ捨て、誰もいない厨房から適当に下着を見繕った。 丁度良い具合に、爆発で吹き飛んだローブとよく似たものを見つけ、それを着る。 自分の身体に合わせて紐の長さを調節した所で、外から爆音が響いた。 遅れて聞こえてくる蹄の音、そして大勢の人間の声。 最後の決戦が、いよいよ始まるのだ。 ルイズはデルフリンガーを背負うと、急いで吸血馬に飛び乗り、正門前へと駆けた。 「殿下ァーーーーッ!」 ルイズの叫びが城内にこだまする。 瞬く間に正門前へと駆けたルイズは、突撃準備を済ませたウェールズ達を見つけた。 パリーがルイズの馬を見て質問する。 「石仮面殿、その馬は?」 「私の使い魔よ」 「使い魔…石仮面殿は、やはり名のある方でしたか」 老メイジの呟きは、みなの思いを代弁したものでもあった。 「いいえ、ちょっと違うわね、これから名をあげるのよ」 そう言ってルイズはウェールズに向き直る。 「殿下!手紙は持っていらして?」 「ああ、ここにある」 懐を指さすウェールズの笑顔は、これから死ぬとは思えないほど清々しい。 「足下にあるのは火の秘薬?おおかた城内に敵を引き込んで、手紙もろとも自爆するつもりなんでしょうけど、それは許さないわ」 「では、この手紙を君に託そう!」 「それも駄目よ、それは、貴方がアンリエッタに渡してこそ価値があるの」 「何を言うんだ!私が生きていたら、貴族派はアンリエッタに矛先を向ける、それを…」 「あんたが死んだら、貴族派はあんたを捕虜にしたと嘘をついてでもアンリエッタを騙すわよ!」 「……」 皆がそこで押し黙る、確かに、貴族派ならそれぐらいの卑怯な手段は使うだろう。 その上、アンリエッタからの手紙の内容は、王女としての手紙ではなく、恋する女としての手紙だった。 ウェールズはそれを知っているからこそ、統治者としてはまだ幼いアンリエッタを気にして、死の覚悟が揺らぐのだ。 「私がウェールズ殿下を港にお連れするわ、誰か、甲冑を二つ、急いで準備して!」 「相手は五万だぞ!どうやってこれを切り抜けるのだ!」 「力づくよ!」 「………!」 絶句するウェールズ。 ルイズの能力を知っているウェールズは、もしかしたら、生き延びる可能性があるのではないかと思えてしまう。 そこに、老メイジ・パリーが割り込んだ。 「石仮面殿」 「…何?」 「もはや殿下ではありませぬ、戴冠式は済ませておりませぬが、ここにおわすはウェールズ・テューダー陛下でございます」 「……そうだったわね、失礼、ウェールズ・テューダー陛下」 「では、陛下をお願い致します、石仮面殿もご無事で…」 話が勝手に進められていく。 死ぬつもりだったウェールズは、パリーの言葉を聞いて驚き戸惑った。 私はここで戦う、そう叫ぼうとした時、兵士達が皆で敬礼をしたのだ。 「おまえたち…!」 「陛下、貴方はわたしに言ったわね、生き残った者の行為こそが、死した者の器を決めると、貴方には王族としての死ではなく、散っていった者達を語り継ぐ責務があるのよ!」 「くっ………」 両手を握りしめ、ウェールズはうつむいた。 無念か、それとも感謝か、どちらか分からないが、ウェールズは泣いていた。 「甲冑をお持ちしました!」 一人の兵士が、ルイズの頼んだ甲冑を持ってきた。 「それを陛下に着せなさい、私はマスクだけを使うわ」 訓練された兵士達は、ウェールズの身体に甲冑を装着していく。 ルイズは甲冑の兜を手に取ると、それを引き裂き、マスクの部分を手でゆがめ、顔に装着した。 ウェールズを吸血馬の後ろに乗せると、戦艦『レキシントン』から発射された砲弾が城壁の一角を破壊する。 「陛下、振り落とされても文句は聞きません、この子は気が立つと私でも止められないから」 「わかった…皆、すまん」 ウェールズが兵士達を見ると、皆が敬礼をした。 ルイズは、ウェールズが敬礼に答えたのを確認すると、手綱ではなく吸血馬のたてがみを掴んで、一言、命令した。 「飛べ!」 身体を弓のように撓らせた吸血馬は、馬と言うよりはドラゴンに近い雄叫びを上げて、城壁を飛び越えた。 その姿を見て、老メイジ・パリーは、ある人物のことを思い出していた。 鉄のマスクで口元を隠し、鋼鉄のような規律を旨とする、トリスティンで最強と詠われた女性のことを。 「烈風カリン殿……いや、まさか、しかしよく似ていらっしゃる」 彼は満足そうに微笑み、そして戦地へと向かい、散っていった。 To Be Continued → 20< 目次