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autolink SY/W08-T02 SY/W08-063 カード名:両手いっぱいの花束ハルヒ カテゴリ:キャラクター 色:赤 レベル:0 コスト:0 トリガー:0 パワー:500 ソウル:1 特徴:《団長》?・《SOS団》? 【永】応援 このカードの前のあなたのキャラすべてに、パワーを+500。 【自】[①]あなたのキャラのトリガーチェックでクライマックスが出た時、そのカードのトリガーアイコンが扉なら、あなたはコストを払ってよい。そうしたら、あなたは相手の前列のレベル1以下のキャラを1枚選び、控え室に置く。 TD:どうしてだろう、いまちょっと楽しいな! C:え、いいの? レアリティ:TD C illust.- 初出:メガミマガジンデラックスvol.8 表紙 中々に優秀な効果を持つ応援キャラ。 応援の効果はいたって普通だが、もう一つの効果が強力。 もちろん、対象がレベル1までなので、レベル2以上で固められると効果がなくなるが、このキャラ自体がレベル0であることから、早い段階から相手の厄介なキャラを飛ばせてしまうのは大きい。 応援も持っているので、扉アイコンのクライマックスを投入しているのであれば、採用を検討する価置はある。 しかし、効果はCXをトリガーしたときにしか発動せず、かつ扉トリガー限定であるので、50枚中最大でも組み込めて8枚まで。 ネオスタンダード環境では現状1種類しか存在しないためデッキに4枚までしか組み込めず、 狙って能力を発動するのは至難の業と言えるだろう。 とはいえ、条件さえ満たせば“非情な諜報員”沙耶や真田 明彦が使用する場合3コストかかる効果を たったの1コストで行えると考えればメリットはかなり大きい。 スタンダード・サイド限定になると扉の8積みやデッキトップコントロールと併用すれば能力はほぼ狙って発動の是非が可能。 そうでなくとも、応援持ちであるため発動出来ればラッキー程度に考えられる分、悪くはないといえるだろう。 なお、この【自】が誘発するタイミングはトリガーで扉がでたときなので、1コスト払うことによってストックに流れたクライマックスを処理することが出来る。 (流れとしては 扉をトリガー→控え室から1枚回収→トリガーした扉をストック置場に置く→1コスト(=トリガーした扉)支払う→相手の前列レベル1以下を除去 となる。) クライマックス処理のためだけに対象がいなくても効果を空打ちすることもあるくらい、CXがストックに埋まるのを防げるのは大きなメリット。 仮にテキストが「【自】あなたのキャラのトリガーチェックでクライマックスが出たとき、そのアイコンが扉なら、そのカードを控え室に置いてもよい。」(空打ちした場合と同等の効果)であったとしても、扉を8積みできる白サイド大会やスタンダード環境ではデッキに入ったであろう便利な能力である。
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autolink SY/WE09-16 カード名:世界を変える少女 ハルヒ カテゴリ:キャラクター 色:赤 レベル:0 コスト:0 トリガー:0 パワー:2500 ソウル:1 特徴:《団長》?・《SOS団》? 【起】[あなたの《SOS団》?のキャラを1枚レストする]そのターン中、このカードのパワーを+1000。 あたし達SOS団はもっと面白い事をするわよ! レアリティ:C illust.- 他タイトルにも存在する、特定特徴キャラのレストでのパンプ能力持ちキャラ。 温泉のハルヒを始め、ハルヒのレベル0キャラには《SOS団》?持ちが多く、 採用率の高いレベル0応援キャラの両手いっぱいの花束ハルヒも《SOS団》?持ちなので使いやすい。 ・関連ページ 《SOS団》?
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autolink LB/W02-095 カード名:両手いっぱいの本 カテゴリ:イベント 色:青 レベル:1 コスト:1 トリガー:0 このカードは、《本》?のあなたのキャラがいないなら、手札からプレイできない。あなたは2枚引き、自分の手札を1枚選び、控え室に置く。 読んだ本の数だけ、世界が広がります レアリティ:U illust.VisualArt s/Key 「集合写真」の互換カード。 引ける数は増えたが、コスト増加とプレイ制限がある為に一概に上位互換とも言えない。 ただし「集合写真」と異なり、こちらは手札枚数は変わらない。 要は1コストの手札交換カード。 決して悪い効果ではないが、42枚という限られたスロットの中でこのカードに割く場所があるか?と聞かれると微妙なところ。 ・関連ページ 《本》?
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※カードの使用制限に関するルール 対象カード(【ネオスタンダード/タイトル限定】デッキ3枚制限) SY/W08-071 カード名:色褪せた世界 カテゴリ:イベント 色:赤 レベル:2 コスト:1 トリガー:0 あなたは自分のレベル1以上のキャラを1枚選び、控え室に置いてよい。そうしたら、あなたは自分の控え室のレベル0以下の《団長》?のキャラを1枚まで選び、舞台の好きな枠に置き、あなたは自分の控え室のキャラを2枚まで選び、手札に戻す。 みんながみんなやってる普通の日常なんだと思うと、 途端になにもかもがつまらなくなった レアリティ:U 個性的な回収イベント。 要するに、自分のレベル1以上のキャラがレベル0以下の《団長》になってしまう代わりに1コストで2枚のキャラ回収ができる、というもの。 普通に使う分には要らなくなったレベル1の絆持ちや後列キャラを控え室に置けば良い。1/0のキャラクターを使えば、1コストで場にキャラが増えた上で手札交換にもなる。 レスト効果の無いレベル1以上の後列を水着のハルヒ&長門の効果の対象にしてこのカードで控え室に置けば、実質的なデメリットは無くなる。 またおめかしみくるで両手いっぱいの花束ハルヒ等、《団長》?と《SOS団》?持ちのレベル0キャラのレベルを上げ、控え室に落とす対象にそのレベル0の《団長》?を指定すればそのままリアニメイトすることができ、やはりデメリットはなくなる。 しかし、このデメリットを逆手にとって、実質デメリット効果をメリットとして使うことが可能で、様々なコンボが考えられる。 対象に縛りがあるのは控え室からリアニメイトする《団長》のみなので、通常応援に加え非常に便利な効果を持つ両手いっぱいの花束ハルヒ、温泉のハルヒといった強力なカードを呼び出すことができる。 CIP能力もちのキャラを控え室に落としそのまま回収して再び効果を使用することも出来る。 特に、お花見 みくるのCIP効果で適当な《SOS団》?のパワーをハンプさせた後、このカードでお花見 みくるを控え室に置き、温泉のハルヒを持ってきてチャンプアタックを仕掛け、再び適当な《SOS団》?のパワーをハンプさせることで、合計3000のパワーハンプが可能。 この方法はこのカードが禁止カードに指定される以前、大会でも横行していた戦法である。 総じて汎用性の高い便利なカードであるといえる。 2010年WGP後の制限改定ではネオスタンダード(タイトル限定)のみ禁止、後にBCF2011後に完全禁止カードに指定される。BCF2013後のネオスタンダード(タイトル限定)ではタイトル内既存の選抜カードの仲間入りとして、2年ぶりに(ネオスタンの場合2年半ぶり)公式大会環境に復帰する。後に2015年前期改訂において、夏祭りの長門の制限解除と共に、再び禁止カードに指定されたが、2016年前期改訂において、スタンダード・サイド限定では禁止解除された。前述の通り、デメリットよりメリットの方が大きい。当時大会環境(特にネオスタンダード)では、トラブルガール ハルヒ、ネコミミ みくる、おめかし長門の3種類のレベル3キャラを使うデッキが主流で、これらのキーカードを揃えるためにこのカードの性能に頼る傾向がかなり強かった。(【SOS団三人娘デッキ】参照)。
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それから二日過ぎている。 「見えるところに獲物は持つな」 小男は言った。 ロワジィが囮の話だ。 「警戒されて罠にかからなくても困る」 期限は十日だと男は言った。一度犯行に及ぶと、そのまま連続して何件か殺しを重ね、その後しばらく犯人は潜伏するのだそうだ。 「十日泳がせてかからなきゃ、この町からとんずらしてる可能性が高い」 「思うんだけど」 腰に挿した短刀を長靴の中に仕込みながら、ロワジィはモグラにたずねた。 「一度で満足して、次の町に逃げている可能性は?」 「そりゃゼロじゃあない」 モグラは肩をすくめてこたえた。 「こればっかりは計りようがねぇ。……ただ、前回の花屋の嫌疑が、自分ではなく別の人間がとばっちりで捕まったってことを、ヤツはきっとどこかで掴んでいる。実質ヤツはいまノーマークだ」 「……、」 「十一人殺されてるって言ったろ」 「うん、」 「最初の町じゃあ一人。次の町で一人。次に二人。その次三人。そのあとが四人。手慣れて来たのか刺激ってやつが薄らいできたのか、だんだん人数が多くなってきてやがる」 「……、」 「この町で花屋の時点じゃまだ一人だ。家族は赤毛じゃあないからな。殺人の衝動がある人間が、自分が安全圏にいるのを判ったうえで、さっさと別の町へ移動するというのは結構確立としちゃあ低いと思うがな」 「ひとつ確認したいんだけど」 赤毛、に反応して彼女は口を開く。 「山端の部落とかならともかく、ここは町でしょう。赤毛って言ったって、そこまで珍しいわけでもない。あたしのほかにも赤毛で、年食った女だなんて、いくらでもいるんじゃあないの。囮しといて、別の場所に出られてたら、笑い話にもなりゃしないわ」 ロワジィの声に片眉を上げた男が呆れた口調であんた、と呟いた。 「あんた、自覚ないわけ」 「……なにが?」 「あんたみたいな真っ赤っ赤の頭なんて、大きな町探してもそうそう見つからないと思うぜ」 「……、そうなの、」 「そうなの。なに。自覚ないの。自分の見事な赤毛に自覚ないの。そんなに長く生きてるのに。わりと悪くない赤なのに。自覚ないとかなにそれ。からすうり頭って呼ぶよ俺。長いからカラス頭な」 「やめてよ」 褒められているのかけなされているのかよく判らない。 「ヤツは赤けりゃ赤いほど好きなの。傾向と対策的に考えるとそうなの。カラス頭のあんたがうろうろしてりゃ、目を引かないわけがない。よかったな」 「……」 囮としては目を引ければ引けるほどよいのだろうが、さっぱり嬉しくないロワジィである。 「それで」 全身をあらためなおして彼女は顔を上げる。 「獲物は隠す、皮鎧のたぐいは身につけない、そうしてあたしはどこを歩けばいいの」 代わりにさらしはきつく巻いた。気休めかもしれないが、何もないよりはましだと思う。 「無防備にして悪く思うなよ。逃げられちゃ元も子もねぇ」 「いいわ、別に」 軽くうなずく彼女に、モグラが目をすがめ、しばらく言おうかどうしようかの迷いを見せたあと、あんた、とまた言葉をつなぐ。 「俺が助けに入るんだが、?」 「そうね」 彼女は頷く。 「……俺がタイミング逃がしたらどうしよう、とか、的外したらどうしよう、とか、そういう不安はねぇの」 「疑ってほしいの」 「いや、そう言うわけじゃあねぇんだけどよ……気持ち?気持ちの問題っていうか、」 「前にあんたの弓を見た」 ロワジィはこたえる。あれは峠を越える護衛の途中に襲われたのだった。まだ一年も経っていない。だのにずいぶん前の話のような気がする。 「まっすぐで、いい矢筋だった。あれなら任せてもいいと思う」 「――……、」 「……なによ……、?」 聞かれたから素直にこたえてやったのに、小男ははじめ目を丸くして彼女をまじまじと眺め、それからどういうわけか少し赤くなって口元を押さえている。やばい、だとか呟きまで聞こえた。意味が判らない。 「待て待て待て俺。年増だ。相手は年増」 「なに言ってんの」 なにか小声で言い聞かせている男は放置して、ロワジィは立ち上がる。 「じゃあ、よろしくね」 言って、まだ何やらどぎまぎしている男を置いて、先に盛り場へ向かって歩き出した。 その「目」はいつの間にかあらわれた。意外と呆気ないなという思いと、呆気なく思えるほどこいつは血に飢えているのかという思いが、双方同時に胸に浮かんだ。 糞野郎。そう思う。 半日盛り場をうろついたあとの話だ。 囮であるとはいっても、さすがにあからさまにうろつくだけではかえって怪しまれると思ったので、土産を探している体であちこちの露店をのぞき、店主と掛け合い、ついでにいくつか小物を買ってみたりもした。 ロワジィ自身には土産を買って帰る家も相手もいない。であったから先だってテオ少年が話をしていた、少年が里帰りするときの母親への土産、という設定で探すことにした。 最初はただの「ふり」でしかなかったのに、これがなかなか面白かった。 彼女は少年の母を知らない。話で聞いただけだ。 だからまず想像した。 九人の子供と夫の大所帯を切り盛りする母親だ、きっと優しいだけではなくて芯に一本筋が通っているのではないかな。 大柄なのかな、小柄なのかな。笑顔はきっと素敵な女性だろうな。 笑顔が似合う女性なら、明るい色が似合うかな。。 飾りのたくさんついた、特別な日、にしか使えないような仰々しいものではなくて、普段使いのできる、しかも小さな子供がまだ大勢いるのなら、じゃぶじゃぶ洗えるものが良いかな。 色、形、素材、選んでいるうちにわりと真剣になって、見たこともない少年の母親相手に真面目に土産を物色した。 できれば、実際の母を知る少年に同行してもらえれば一番よいのだろうけれど、そもそもの目的は土産物選びではなくて、凶悪犯を掴まえることであったから、危険と判っていてたのめるはずもない。 少年には、状況をかいつまんで説明しておいた。大丈夫だから、心配しなくていいから、そう言い聞かせてなにも伝えないというのも、きっと不安をあおると思ったからだ。 ギィはいま詰め所に拘置されている。特別ひどいことは受けていない。無実が証明できないので、あと数日拘置されていると思うけれど、すぐに出てくる。 実は知り合いが、その乱暴を働いた本人を知っているという。だから、その知り合いと一緒に、本人に掛け合って、自首を勧めてくる。 危ないことは何もない。けれどたぶん説得に時間がかかるだろうから、宿近辺で大人しくしておいてほしい。 伝えると少年は判ったとうなずき、大人しくしているよとこたえた。 「……どっちみち、俺、ロワジィたちいないと、トルグ一人じゃいけないし」 「待たせてごめんね。日に一度は様子を見に来るから。ひとりにして本当にごめん」 謝りながら嘘もたいがいだと思った。まるごと信じているわけではないのだろうが、それ以上突っ込まずに承知してくれた敏い少年がありがたいと思った。 「俺、ひとりは慣れてるし平気だよ。一日、羊としか話さなかったりする日もあるし。ここは見るところもたくさんあるし、ロワジィが部屋取ってくれたから、いつでも休めるし。俺のことは心配しないで。早くギィを出してあげてね」 逆になぐさめられてしまった。不甲斐ないと思う。 土産物選びに草臥れて、安い飯屋の椅子に座ったあたりから、ちくちくと刺さるような視線を感じるようになった。知らず鳥肌が立つ。 ……きた。 それは生理的な嫌悪だ。 思わず腕をさすっていた。 モグラ男はここにはいない。おそらくどこからか、凶悪犯に悟られないよう身を隠しながらロワジィを尾行しているものと思われたが、その彼の視線ではないと思った。 これはもっとはっきりとした、獲物を品定めする視線だ。 飯屋は広場に面していて、そこへ椅子と卓があるだけの、簡易なつくりだ。日射しを遮る覆いもなければ壁もない。 その卓のひとつにロワジィは腰を下ろしたのだが、 ……どこ。 嬲る視線に背筋がぞわぞわとする。 視線、というものそれ自体には圧力はないとロワジィは思っている。なので、向けられている元のところは、きっと彼女が背を向けたがわではない。 視界というものは、おのれが認識している以上にわりと無意識の範囲があるというから、おそらく前右左のどこかに彼女をじっと見つめる相手の目があって、自分はそれを察知しているだけだ。 思わず周囲に走らせたくなるのをぐっとこらえて、手元のマグに目を落とした。 マグの横にはパンがある。黒パンの間に豆をはさんだものだ。その豆の数をじっと数えて、平静を装おうとした。 今は日中で広場には往来がある。ここで襲われることはまずない。襲われるとすれば、店を出て、人気のない場所へ向かった時だ。大丈夫。いまじゃない。 そうは思っても指先は震えた。 小男の弓の腕を信用しないわけではなかった。けれど、腕を信用していることと、狙われて動揺するかしないかはまた別の話だ。正直自分はもうすこし落ち着いて囮のふりをし続けられると思っていたが、案外動揺するものなのだなと思った。 震える指をぐっと握って豆を睨んで数え続ける。 独房に入ったギィを思い出した。 あのひとはあそこで、あたしよりもっと怖い思いをしている。 自分に言い聞かせる。 怖がりのあのひとが、泣きべそかかずにあそこで待ってるんだもの、あたしがやれないはずはないわ。 男を思い出すと、すこしだけ恐怖心が薄らいだ。 そういえば、ふと思う。 今回の発端は、テオ少年と男が花を求めたことにはじまる。 ……でも、なんだって花なんて入り用だったのかしら。 説明を受けたあのときは、男が連行されたことの方に気が行って、まったく疑問にも思わなかった。今思い返せば、たくさんの花が必要で、だとかなんとか少年は言っていたような気がする。 売り子は、通常手に下げている籠に山盛り花を詰めこんで、辻に立つ。いちいち店に売り物を取りに戻っていては、商売にならないからだ。 その籠の花よりも多くの花。いったい何に使うつもりだったのだろう。 思わずロワジィは考える。 少年の母への贈り物にしてはおかしい気がした。ここはまだ往路の中途に立ち寄っただけの町で、トルグまで数日かかる。行って戻るだけで半月はかかる道程に、生の花は不似合いだ。水を忘れず吸わせてやればそれでも数日は持つだろうが、管理が大変であるし、結局は萎れてしまう。 もしどうしても、母親に生花を贈りたいのであれば、まずトルグへ行き、組合(ギルド)に羊毛を卸して、復路に花を購うのが正しい手順だと思った。荷を下ろしたかわりに少年が乗り、驢馬を急がせれば、花が駄目になってしまう前に、届けることができるかもしれない。 もちろん、欲しい花がその時そろっていないことも考えられる。なので先に頼むだけ頼んでおいて、復路で店に寄った際に用意されたそれを受け取り、すぐに帰路に就くことも考えられた。 けれど少年は買った、と言っていた。選んで買った、宿に届けてもらうよう頼んだ。 ……そんないっぱいの花、宿に運んでどうするのかな。 無事に男が釈放されたら聞いてみようと思った。 ため息をひとつついてロワジィは立ち上がる。黒パンはもったいないが残すことにした。緊張で喉が詰まったように息苦しくて、無理に飲みこんでもおかしなところに入ってしまいそうだ。 こんな時にでも平然と出された飯を平らげる、鉄の精神でも持てればいいと思うけれど、なかなかそこまでの境地に達するのは難しそうだなと思う。 ぐっと右足を踏み込む際に、長靴に仕込んだ短刀の感触をたしかめる。荷物と一緒に置いてきた、研ぎの終わった鉞を思い出して、……せめてあれがあればすこしは心強いのにね。内心ぼやき、そうして彼女は店を出た。 店から離れ、通りを歩くと、ますます粘ついた視線が体へ差し向けられるのを感じる。こうもあからさまだと、たとえこれが囮のロワジィではなく、何も知らない一般人であるとしても、なんらかの違和を感じるのではないか。そう思えるほどのおのれの存在を隠すことのない、堂々とした粘着質な視線だった。 囮だと勘づかれ、逃がしたら次はない。 ひと晩でたたき込んだこの町の地図を頭に思い浮かべながら、ロワジィはわざわざ人の多い通りを選んで、半時ほど歩いた。 釣りと同じだ。手ごたえを感じてすぐに糸を手繰っても、魚は逃げてしまう。まずしっかりと餌に食いつかせ、針と一緒に飲みこませ、にっちもさっちもいかないほど深く胃の腑までえぐりこんでから、そこで一気に引き上げる。 存分に相手を焦らして、焦らして……、それから不意に人気のない路地に飛び込んで、彼女は走り出した。 すこし離れた背後から、急にスピードを速めたロワジィに慌てて、不規則に乱れた駆け足の音が聞こえた。 かかったな、そう思う。 着かず離れずの距離を保ちながら小路を選び、曲がり、また曲がる。地図では確認していたつもりだったが、思ったより道幅は狭かった。小路、というよりは、家と家の壁の間を、体を斜めに傾けて進む態だ。 しかしなんとも厭な気分だった。 おのずから誘ったのだとしても、追われるというこころもちは最悪だ。子供の遊びの鬼追いとは違う。あちらは鬼につかまっても今度は自分が追う側になるだけでよいけれど、こちらの鬼はつかまったら最後の命がけだ。 見失わずに来なさいよ。どこかで尾けているだろうモグラに向かってぼやく。 そうして、とうとう袋小路までたどり着くと、彼女は突き当りを背にして振り向いた。 ここならだれも来ない。騒ぎを起こしても聞こえない。 壁の間はすこしだけ広がって、大人がちいさく手を広げられるだけの幅にはなっていたが、見上げる壁は反り立った崖のように高く、足も手もかける場所がない。 呼吸を整え、確実に近づいてくる足音を待つ。 これまで手をかけた赤毛の女が十一人。小男はそう言っていた。 ……十一人。あたしで十二人。 十拍ほど遅れて、「そいつ」はぬっと姿を現した。 ……なに、こいつ。 瞬間ロワジィは遠慮なく渋面になった。 血のにおいがする。 世の中に「まとも」か、「まともじゃない」かの判断基準というものはいくらでもあり、それこそ判断する人間次第で左右どちらにでもブレるものだと知っている。 だがこうして今目の前にいるそいつに関していえば、十人中問えば十人が、彼を「まともじゃない」と判断するだろうと思った。 まず視線がおかしい。隠す気もなくおかしい。右と左の焦点が互い違いになっていて、見ているはずなのにロワジィの顔に合っていない。 イっている。 生理的に気持ちが悪い。 口元はだらしなく緩んで、端からよだれがしたたり落ちていたし、なにか食べこぼしのようなものも見えた。 手には刃物。隠しもしない。 袋小路の薄暗がりの中でも、うねうねと波打った刃型ははっきりと見えて、ああこれでいままでの犠牲になったものが切られてきたのだなと思う。 中肉中背。年齢不詳。 着ている服も垢じみており、そればかりかところどころに黒ずんだ染みが見えた。もしかすると血痕かもしれない。 「うわあ……、」 思わず彼女の口からそんな声が出た。できれば可愛らしくきゃ、だとか小さな悲鳴でも上げられれば良かったが、こぼれてしまったのだからしようがない。 大丈夫?こんなのウロついてるのに、見落としちゃってる巡回の兵士さん本当に大丈夫?仕事してる?目見えてる?目開けたまま寝てる?疑わしきはどうのだとかあたし言ったけど、これもう疑わしいとかそういう次元じゃないよね。超えてるよね。一発確定だよね。 舌打ちした。仕事をしろよ。そう思う。 あのひと掴まえてる場合じゃないだろ。 思い、ゆらゆら頭を左右に振りながら近づいてくるそいつへ向かって、腰を落として身構えた。 勘弁してほしい。本当に勘弁してほしい。 鉞を振り回し、雇われ護衛をこなしていても、ロワジィは素人だ。護身術のたぐいを習ったわけでも、体術に長けているわけでもない。 自分に獲物がある場合ならいい。力で押す。早さで優る。だが、こうして刃物を持った相手に対し、おのれが空手の場合、どうやったら刃物をさばけるのか、さっぱり判らない。 聞きかじりの知識だけは、こうこう、こうして体をさばき、ここで相手も刃物を落とす、だとかあるけれど、この状況でそれが使えるとは思えなかった。 つまりこの状況では役に立たない、無駄な知識だ。 判っているのはただ一つ、相手の持つ刃物がおかしな具合で自分に突き立てられた場合、自分は死ぬということだけだ。 「あー……」 いやだなあ。そう思った。死ぬのは厭だ。 囮を引き受けることに異はなかった。モグラの腕にも疑いはなかった。ただ、こうして追い詰められたときにどうやって切り抜けるかまで考えていなかった。 勢いだったからだ。 小男が今どこに身をひそめているのかまでたしかめる余裕はない。そいつは十歩ほどまで近づいている。目を離さないことで精いっぱいだった。 とにかく初撃を避けなければいけない。 ふっ、ふっ、彼が垂れる涎と共に呼気を吐き出した。興奮しているのだ。 「お、ん、な」 不意に彼が口を開いた。ロワジィは口端を歪める。 「おん、な、おんな、あかい、」 「――」 「おんな、あかい、おんな、あかい、おんな、あかい、おんな、おんなおんなおんなおんなおんなおんなおんなおんなあかいああああああああああああああ」 ぞっとした。 そいつは奇声を上げたまま、刃物ごと手を上にあげ、いきなり彼女に襲い掛かった。前動作がない。まるで大人が子供を脅かすときのようにばあ、と舌を出しげたげたと笑う。 狂っている。 生理的な恐怖に、体が硬直し、とっさに彼女は身構えることができなかった。 まばたきもできず見開いた目に鈍い色の軌跡が見えて、これは刺さるな。そう覚悟した。歯を食いしばる。体に突き立てられる痛みをこらえるためだ。 鈍色が目の前に迫った瞬間、耳を劈(つんざ)く風切り音がした。 一音。 そうして二音。 きん、と鼓膜を破かんばかりの高音は、がつ、がつ、と何か固いものにぶつかり、それに追従して絶叫が上がる。 ロワジィはいつの間にかおのれが目をつぶっていたことに気がついた。見開いていたはずだったのに、土壇場で思わずつぶったものらしい。 頬がぴりぴりと痛んだ。指の腹で擦ると、うすく赤い汚れが見えた。 刃が少しかすったようだった。 だが、それだけだ。自分は生きている。 おのれの身をたしかめて、それから、先だっての発した言葉より、苦痛の絶叫の方がよほど人間味を帯びて聞こえるのは、どういうことだろうと不思議に思った。 それから、こうして死んだなと確信するのは、以前の猪退治に次いで、二度目だなとも思う。 それから、それから、……。 「可愛い子ぶって、怖がってるふりを続けても、ちっとも年増は可愛いくねぇんだぞ」 小憎たらしい声がして、むっとする。だが気が他所にそれたことで、ロワジィはようやく目をよそに向けることができた。 頭上から声が降っていた。 のろのろと頭を巡らせると、路地の家の上、屋根のひさしの間からモグラの顔がのぞいてるのが判る。 「それともあれか?小便チビった系?」 「……チビってない」 口を開く際にこめかみがやたら痛いと思ったら、奥歯をきつく噛みしめすぎていた。がちがちにおのれがこわばっていたことに気がついて、ロワジィはゆっくりと体から力を抜く。 力を抜くと、今度は上手に立てなくなった。情けないが腰が抜けた。 壁沿いにずるずると尻をつき、そうしてようやく目の前の狂人を見上げる。 右腕を高く振り上げた状態で、そいつは壁に縫い付けられていた。 深々と矢が二本、どちらとも手首のおそらく骨と骨の合間を通って石壁に突き刺さっている。おそらく自力で抜ける深さではない。 虫ピンで止められた標本のようだと思った。 ……でも蝶というよりはゴミムシだわね。 目の前のそいつをぼんやり眺めている間に、小男は屋根から雨樋を伝い、彼女の近くへ降り立つ。身軽なものだと感心した。 なあなあ、餌を欲しがる犬のようにすり寄られて、ロワジィは眉をひそめた。 「ほら、リアクション、なんか、ねぇの?」 「……、」 「俺、言ってみれば、あんたの命の恩人みたいなもんよね?危ないところ助けたよね?なんか感謝の言葉とか、そういうの、ああ、助けていただいて本当にありがとうございますイーヴさま、どうかわたくしの今までの数々の非礼をお許しください、わたくしめはあなたさまの忠実な下僕でございますとかなんとか、まあ年増の下僕なんて俺いらないけど、そういう系の、感涙にむせびつつ俺を称える言葉とか、ないの」 言われてロワジィはモグラを見る。モグラと呼んでいたこの男の名はイーヴというらしい。これでも数日顔を突き合わせていたのだが、名前はいま知った。 呼ぶ気もないが。 「ねぇ?……ねぇねぇ?言ってもいいんじゃない?もう薹(とう)が立ちまくって伸び切ってるんだし、そういう年長者らしいお心遣いがあってもいいんじゃない?」 「助けに――、」 催促されてロワジィは舌を湿らせ口を開く。語尾がかすれた。 「うん?なに?助け?え?なに?……ちょっとこの莫迦の声がうるさくてあんたの声が聞こえないんだよな。うるせぇよ黙れこの気狂い」 「助けに来るのが遅い」 聞こえないと言われたので、今度ははっきりと言ってやった。え?目の前の小男が信じられないものを見る目つきで彼女を眺めたが、知るか。そう思う。 「え、なに、遅い?え?俺の聞きちが、」 「危ないところ助けたもなにも、そもそもそういう手はずだったじゃあないの。あたしは囮であんたがしとめる。役割はそれだけで、あんたはその役割をこなしたって言うだけよね。ずいぶん遅いけど」 「はあ?」 「相互扶助だとか言い出したのはあんたでしょう。言わせてもらえばあたしの安全をダシにして、あんたはこいつを確保することができた。あんたひとりの力じゃ手に余る依頼で、実際あんたは首が文字通り飛ぶかどうかの瀬戸際だった。……だったら涙にむせんで感謝の言葉を述べるのはあんたの側で、あたしはそれを受け取るべきよね」 「はああ?」 忌々し気に舌打ちし、路地の壁を蹴りつけた小男は、くそ本当に毎度毎度可愛い気のない女だな。吐き棄てる。 「じゃあこの際ついでに聞いてやるがね、あんた、もし俺があの図体のデカくて間抜けなうすのろで、こうしてあんたの危機を救ったのがあのデカブツだとしたら、あんた、やっぱり、同じように、そうした憎まれ口叩くのか、?」 「なんで比較されてるのかさっぱり判らないけど、そりゃ素直にありがとうって言うに決まってるでしょう」 「なんで俺には言えなくてあいつには言えるのよ?」 「人徳の差じゃない?」 「……、……。……」 撃沈し無言になる小男を眺めながら、でも本当にそうだろうか、ふとロワジィは自問した。 本当にそうだろうか。自分はあの男にきちんと感謝を伝えただろうか。やるべきことに目が行ってうやむやになって、日常になし崩し的になって、どれほどありがとうと言葉で言えただろうか。 唇に手を当て、急に黙り込む彼女に、ちらと思案気な視線を走らせ、なんとか再浮上したモグラが、 「……てめぇはいい加減少しは黙れよこの野郎」 やつあたり気味に数発小突きを入れて、それからがんじがらめに奇声を上げ続けるそいつを縛った。 「ところでひとつ確認しておきたいんだけど」 猿轡をかませ、それでもうるさいので、結局手刀を入れて黙らせたそいつの縄目の強さをたしかめながら、ロワジィはモグラにたずねる。 「あぁ?今さら危険手当とか言われても金は払わねぇよ?」 「……そんなこと言ってない」 莫迦じゃないの、心底呆れて吐き棄てると小男が目をすがめる。 「なんだよ、つれねぇな」 「こいつの身柄はあたしが貰っていいのよね?」 「あ?」 言われた意味が判らなかったようで、小男は口角を下げてみせた。 「あのひとをあそこから出すには、こいつの身柄がどうしたって必要だけど、こいつを連れてったら、たぶんその日のうちにきちんとした、……こういうの、きちんとしたって言うの?……きちんとした牢屋のほうに、持ってかれると思う」 「だろうな」 「前もって言っとくけど、別にあんたのこと、心配してるとかじゃないのよ。でも気になったから一応聞くけど、あんた、依頼されてこいつを探してるって言ってたでしょう。あたしがこいつを突き出して、あのひとが出てこれるのはいいけど、手ぶらで戻って、それであんたはきちんと仕事をこなしたって認めてもらえるの、」 首が飛ぶんでしょう? 冗談に紛らわせてモグラはそう言っていたけれど、実際追い詰められていたのは本当だったのだと思う。口の割に目が真剣だった。 もちろん今さら彼が犯人の身柄が必要だと言い張ったところで、ではどうぞと渡すつもりはロワジィにはさらさらない。彼女も切羽詰まっている度合いとしては同じようなものだったからだ。代わりのものを引き渡さなければ、男は出てこられない。 「ああ……、」 合点がいったようで彼は一度頷き、それから肩をすくめてそんな気狂いいらねぇよとこたえた。 「なに?俺が心配?可愛くない年増が俺のこと心配?」 「心配じゃない」 「俺が探すように言われてたのはこっちだ」 言いながらモグラは身を屈め、奇妙な形にうねり曲がった刃を拾い上げる。 「持った『手』のほうは依頼されていない」 「――……、」 「依頼主が呪物マニアでね。……持ってみる?なんか、曰くつきらしいけど」 「いらない」 思わず身を引いた。差し出されたそれを、近くでまじまじ眺めてみると、ひとつひとつのうねりの合間に何か文様のようなものが刻まれていることに気がつく。呪詛のように思えた。 ロワジィは、まじないだとかを頭から信じる気にはなれないが、だからと言って真っ向否定する気もない。作られた物はただの物であっても、持つ人間はかならず意思を持つ。手から手へと渡ってゆく間に、その呪念がこもってゆくということも、もしかしたらあることかもしれないと思う。 世の中には言葉で説明できないことが確かにある。 気味が悪い。 「きれいだろ?これ、全部のうねりが均等になってないんだぜ」 「……、」 「切りさばかれると、血が止まらないようにしてあんの。もうダラダラ。縫合しようとしたって縫えないの。傷口がきちんとくっつかないようになってんのね」 「もういい。気分悪くなってきた」 うきうき嬉しそうに説明しはじめる男へ、手を振ってロワジィはこたえる。モグラは刃物が好きらしい。いいから早くしまっちゃってよ。言うと彼はすこし残念そうにしてみせて、それからあらかじめ用意してあったらしい白布へ、それをたたみ込んでいった。 「なんかこれ持つと、殺戮衝動っての?強まるんですってよ。ムラムラしちゃうらしいぜ。ムラムラ」 「えー……、」 言われて今度は真面目に引いた。それを知っていて彼女に持ってみるかとたずねてきた心境が本気で理解できない。 「あんた、それ持ち帰るあいだに、第二の殺人鬼にならないでしょうね」 聞きながら心配になった。ミイラとりがミイラになる。わりとシャレにならないと思う。 「あ、だいじょうぶ。俺、なんかそういうの、効かないタチなの」 「へえ」 たぶん、俺の清らかなる部分が多いせいじゃないかなあ、くそ真面目な顔で世迷言をほざいているので、 「浸食されるところがないほど、性根が腐ってるってことじゃないの」 頭からきっぱりと否定してやった。 意識をとりもどされるとまた喚いてうるさいので、失神している間に刺殺魔を詰め所まで運ぶ。ロワジィよりは体格の劣る、中肉中背の男ではあったが、意識のない体というものはえらく重いもので、辟易とした。 これに乗せたら楽に運べるぞと、モグラがどこからか手押し車を持ってきたので、珍しく気を利かせるものだと感心したら、勝手にどこかの店の裏手から拝借してきたらしい。とんでもない。感心して損をした。 ギィの釈放に向けて動いているのに、窃盗で今度はロワジィが捕まったらとんだ笑い話だ。ことわって来いと強く言うと、しぶしぶ小男はどこかへ行った。 彼のことは放っておいて詰め所へ向かう。 入口へ近づいたロワジィに対応したのは、数日前の兵士とは別の人間だった。だが、ああ、あんたか、だとか頷かれてすぐに中へ通される。気炎を吐いた彼女の話は、衛兵の間で通っているようだった。 前回と同じように、まず入り口脇の小部屋へ連れていかれた。 その場でここまで運んできた赤毛に執着する刺殺魔は、衛兵の手に渡す。目を覚ましたところだったので、また喚き始め、喧しかったのでちょうどいいと思った。 「それとこれ」 言って、ロワジィは犯行に使われた刃物のレプリカを差し出した。 当人連れてきゃ一発だとは思うが、証拠品として揃えてあるに越したこちゃないだろう、言って小男が渡してくれたものだ。差し替えようと最初から持っていたらしい。 レプリカといっても、刃まできちんとついていて、刃物として使用する分には差し支えはない。本物とちがうのは、彫りこまれていた禍々しい紋様がないことだったが、捜査機関に必要なものは刃に込められた曰くではなく、形そのものであったから、問題ないだろうとのことだった。 小男の談なので、まるごと信じるのもどうかとは思うが。 犯行に使われた凶器を見て、兵士はすぐに察したようだった。 そのまま刺殺魔は連れていかれ、ロワジィは小部屋の机に座るよう指示される。 そうしていくつかの書類を差し出され、待つあいだこれに目を通し、記入すべきところに記入をするように告げられた。 お役所仕事は手続き仕事だ。面倒くさくて仕方がなかったが、これもギィが自由になるためと、彼女は大人しく書類を受け取り、目を落とす。 サインをいくつかに記しながら、書面を読んでいると、刺殺魔を連れて行った衛兵が四半時ほどで戻ってきて、確定だなと告げた。 「獲物と傷口が一致した。なにより取り調べる前に被疑者本人がさっさと口を割りはじめている。心神喪失の線はあるとしても……、――まあ、被害者が多すぎた。有罪だろうな。あんたの連れは晴れて無罪放免だ」 「冤罪の間違いで――、」 つい皮肉がこぼれかけ、そのまま、衛兵の後ろにのっそりと立つ姿があることに気がついて、ロワジィの言葉が途切れる。 男がいた。 知らず椅子から立ち上がっている。 拍子に、ばさばさと書類が膝の上から床へ落ちたが、どうでもいいと思った。 兵士に促され、ギィがゆっくりロワジィに近づく。 黙ったまま、彼女は男の体に目を走らせた。脱臼していた肩は戻されている。殴られたり小突かれたりした痣も、だいぶん薄くなっているようだ。腫れて満足に開かなかった瞼も今は持ち上がり、黒目がまっすぐに彼女を見ていた。 すこし頬が削げたな。そう思う。 「ロワジィ、」 「迷惑なんてかかってない」 迷惑をかけた、きっとそう言うだろうなと彼女は察し、男の言葉をさえぎって言葉を発する。 「あんたはなにも悪くないもの」 言ってそのまま男の体へ手を伸ばし、力いっぱい抱きしめた。 「ロ、ロワジィ」 とまどった男が、彼女の肩に置きそこねたまま手を宙に硬直させ、文字通りお手上げになって、困惑しているのが判る。 「なに、」 「お、俺、風呂、浴びてない、におうから……、」 「におうわね」 たしかに男は汗くさい。拘置所に浴場はないからだ。清拭程度は許されたかもしれないが、饐えたにおいも混じる。 それでも抱きしめ、人目もあったがついでに男の厚い胸板に額をすりつける。こんな時でないと勢いで抱きつくなんてとてもできない。だったらいつもより少し過剰でもいいように思う。 「駄目だ」 「なんで、」 「におい、うつる、離れてくれ。……あんたまでくさくなる」 「じゃあ洗い場で、こするわ。焦げ取り用のたわしで」 焦る男がおかしくて、彼女はくすくす笑う。 「ロワジィ、」 「なぁに」 「頼む、離れてくれ、あんたが汚れる」 「別にいい」 言うと男がまた狼狽え、しばらくして諦めたようにため息をついて、おずおずと彼女の肩に手を置いた。 「ねぇ」 「うん、」 「遅くなってごめんね」 「うん、……?」 「たくさん待たせてしまった。ごめんね。おかえりなさい」 この状況で言う言葉なのか一瞬迷ったけれど、それが一番しっくりするような気がして、ロワジィは結局男にそう言った。 聞いた男がすこしためらったあと、ただいま、と返す。ほっとしたような声だった。 それで十分だと思う。 肩を並べて詰め所を出る。 出ると、そこに少年がやってきていた。 「テオ」 驚いて呼びかけたその声に彼はぱっと振り向き、一面に喜色を浮かべた顔でこちらに駆けてくる。 「ロワジィ……ギィ!」 「どうしてここが判ったの?」 男に飛びつく少年に、ロワジィはたずねた。 会えたのは嬉しいが、様子を見に来たにしてはあまりのタイミングが良い。すると宿にモグラが顔を出したのだと少年は言った。 意外に気が利くじゃないの、心の中で褒めてやる。 「ロワジィからの言付けだって言って、ギィがもうすぐ出てくるから、迎えに行ってやれって」 自分は用事があるから先に行くが、年増にどうかよろしく伝えてくれ。トルグでまた会おう。続けてそう言ったのだと少年は言った。 え、なんでトルグ。別にもう会いたくないんですけど。 彼女の素直な感想だ。 どうして付きまとわれているのか謎である。 「ねぇロワジィ、『としま』ってなに?」 「……あの野郎」 喉奥で唸る。 褒めて損をした。まるで気が利いていない。前言撤回する。 結果的に男は釈放され、よかったと流されがちになりそうだったが、男がとばっちりで逮捕連行されたもとをただせば、やはりモグラが早急に刺殺魔を確保しなかったことにあるような気がする。 事情はあるのかもしれないが、知ったことじゃあないと思う。 ……やっぱり一発ぐらい、ぶん殴っとくべきだった。 なによりロワジィは言いたい。 年増、年増とモグラはことあるごとに口にしていたが、ロワジィは三十を迎えたばかりで、彼は三十六だ。彼女の方が小男よりも六つも年下なのだ。 彼の守備範囲からするとえらく年増だと言いたいのだろうけれど、それにしたって自分より年長の人間から、年増と呼ばれるのは納得がいかない。 言いたい。声を大にして言いたい。 彼が好きなのは十代だとか本当にどうでもいい。 そこを指摘するとたぶんモグラから、ほおら年増なのを気にしているからむきになっていやがる、そんなように揚げ足をとられると思ったから、こらえて黙っていただけだ。 理不尽だ。 理不尽と言えば、ロワジィは宣言通りに衛兵をそろっている順にぶん殴るつもりだった。 任務中の兵士を殴れば、おそらくただでは済まないことは十分判っていたけれど、男への尋問は、やはり許せないと思う。 無実の人間にあれはない。 悪かったなと形ばかり謝罪されても、腹の虫がおさまらない。 食ってかかる彼女を止めたのはギィだった。 もういい、激する彼女に男はゆっくりと言った。 俺は、あんたが俺をここから出すために精いっぱい動いてくれた、それだけでもう十分なんだ。 ……でも。 聞いて彼女は顔を歪める。 「それでもやっぱり、間違ってる」 「いいんだ」 諭すように首を振り、一語一語かみしめて男は言う。 「俺はあんたと、また、一緒にいられる、それでいい」 男に言われると、それ以上彼女が強く出るのもどうかという気がして、結局うやむやのまま、ロワジィは口を噤んだ。 テオ少年をはさんで、三人で手をつないで宿へ戻る。 宿場界隈へ戻るには市場を通る。そろそろ店じまいの露店商たちが、今日の残りを売り切ってしまおうと、呼びこみ手叩きに余念がない。 よっ、旦那、ほら、隣の美人さんに、これ、買ってプレゼントしてやんなよ。安くするからさ。きれいな奥さんじゃあないか。え?ちがう?俺のじゃない?いやいや、旦那、そんなに仲睦まじくしておいて、ご謙遜、やだなぁ、困るなぁ……、……。 大人の男女と、間に子供。まるで境遇の違う三つの寄せ集めなのに、彼らからは仲の良い親子に見えるのだ。 それがすこし面はゆいと思う。 並んで通りを歩くうちに、ふと思い出したように少年が男に何かを耳打ちした。 うん、と男が身を屈めて少年に顔を寄せる。夕暮れ時のは通りは混雑しており、呼び込みも、往来の荷車の音も、喧しい。 ロワジィはギィとテオ少年を見るともなしに眺めていた。 耳打ちの内容は知れないし、声も聞こえてはこなかったが、クマと小型犬がじゃれ合っているようでほほえましいな、だとかぼんやり考えた。 しかもよくよく見ていると、男と少年のそのサイズ差に、本当に同じ人間なのか不思議になる。 掌は言うに及ばず、肩幅や頭周りも。男が人並み外れて大きいというのももちろんあるが、実際子供というものは、どこもかしこもちいさいのだなあと、彼女は今さらの感想を抱いた。今でこそこの大きさが、成長すると男ほどのいかつさになることもあるわけで、まったく手品のようだと思う。 小さいものはいつの間にか成長する。 ――あたしは成長していないな。 男と少年を視界に入れながらロワジィは思う。 自分の時間は十年前に止まったままだ。 時間を止めた人間に、未来は訪れない。だから成長もないだろう。ただひたすら肥溜めのようにどろどろとした感情を腹に抱えたまま、まことに手前勝手な復讐を続けて来ただけだ。得るものは何もない代わりに、失うものも持っていなかった。 それでいいと思っていた。自分はこのヘドロの中に終生居続けよう。どんな生き方をしたところで、結局最後は本人が、いやまったくたいそう満足な人生だったと笑って往生できるのだとしたら、それでよいのではないか、そう思っていた。 自分は笑って死ねると思う。でも。 ――ここから、どこかへ一歩踏み出したとしたら、それは成長かしら。 少し前までなら、鼻で笑って流した感傷だった。 いまは笑って流す自信がない。 物思いに耽り、ぼんやりするロワジィに、男がそっと肩を寄せる。 「うん、」 視線を戻すと、いつの間にか少年はすこし先を走っていた。男に駄賃でも貰ったものらしい。 「俺、くさいから、飯屋迷惑……、宿で食えるもの、買って帰る」 「ああもう、……食費はあたし持ちだって言ってるのに」 ひと冬農場で働いたおかげで、ある程度まとまった金を男は手にしていたけれど、定職のない今の生活ではいつ何時入り用になるか判らない。 そもそも、男にかかる生活の費用は彼女持ち、ということを最初に提示していたはずだ。 現金を使う場所のない自給自足の山であるならともかく、気を緩めるとあっという間に路銀が心もとなくなるのが町の生活だ。いたるところに誘惑がある。 ひとつふたつの値段はたいしたことがなくても、まとまるとわりと大きな額になったりする。 「あとで、立替分払うからね、」 言ったのに返事がない。ロワジィが脇の男を見上げると、じっと男がおのれを見ていたことに気がついた。 「なに、……?」 いぶかしんで眉を上げると、ここ、言って男が指の背を彼女の頬に伸ばす。 「血」 「うん?……、ああ……、ああ、うん、ちょっとね、ちょっと切っちゃって」 先ごろ路地裏に刺殺魔をおびき寄せた際に、かすったものだ。拭ったつもりだったが、また滲んでいたものらしい。 「薄皮一枚切っただけよ。どうってことないわ」 困ったようになって顔をしかめる男に彼女は言った。囮になった、だとか絶対口には出せないと思った。卒倒するかもしれない。 「痛い、」 「痛くもなんともないわ。忘れてたくらいだもの」 これは本当のことだ。言われてみればなんとなく、ひりつくかな、程度のもので、数日もすれば目立たなくなるだろう。 男の方がよほど痛む顔をしている。 「ロワジィ」 「うん?」 「俺が出てこられた、いうことは、あんた代わりに誰かを掴まえたんだな」 「あー……、……。……うん、まあ、そうなるわよね、流れ的に」 「花売りの家族、殺された、聞いた」 「そうね、そうみたいね」 卒倒するかもしれないとおそれを抱いているところへ、思案しながら男が切り込んでくる。困る。どうにか話の矛先をそらせるものはないかと思いながら、彼女はこたえた。 「取り調べのあいだ、ずっと、犯行に使った刃物、刃物と、兵士たちに、聞かれた」 「へぇ、そう、刃物」 「ロワジィ」 「うんー?」 生返事。 「なにで切った」 「……」 「……」 「…………」 「…………」 「あ、ほら、見て、これおいしそう」 横顔をもの言いたげに見つめられるが、素知らぬふりでロワジィは露店を覗きこんだ。背中にもじっと視線を感じたが、言うつもりはない。 だがこの向けられる視線は不快じゃない。 刺殺魔のときはあれほど気味が悪かったのに、それが不思議だと思う。 宿に戻ると、まず裏手に回った。 風呂場がないので、前と同じように洗い場で男の汚れを落とすことにする。 春先とはいえさすがにまだ、汲んだきりの水場の水では冷たくて気の毒だったので、宿の主人に掛け合って桶に二杯、湯を貰った。 今よりよほど水がない場所を、旅したこともある。水は貴重だ。まずは飲料用に確保されるから、体を清めることに回せる分があると言うのは、だいぶん贅沢なことだった。 桶に二杯。十分体を洗える。 湯を渡すとロワジィは部屋に戻った。男はひとりで洗えるだろうし、彼女が付いていてじっと眺めていなくてはならない理由もない。 部屋に戻ると戻っているはずのテオ少年はいなかった。どこかで道草でも食っているのだろうか。 少年をひとりで寝泊まりさせておくために、個室をとっていたので、遠慮なく畳んだ寝具にもたれる。人目もないし、今日はいろいろあった。 疲れた。 目をつぶるとどっと疲労が襲ってきて、いつの間にかロワジィは丸まって眠っていた。 そっと誰かが傍に座る気配で目が覚める。 うん、と体の向きを変え、目を開けると、こちらをうかがっている男の目とかち合った。 こざっぱりとした身なりになっている。 汗を流し、髭もあたり、洗った髪も乾いているようだったので、自分はいくらか眠っていたようだ。 目が合うとああ、と男が言った。 「すまない、起こすつもりは」 「……あたし……、だいぶ寝てた?」 「ふた時ほど」 目を擦りながらロワジィは身を起こす。窓の外はもう真っ暗だ。目を閉じればすぐにまた眠れそうな気はしたけれど、腹が減った。夜中に空腹で起きるなら、いま起きて食べた方が無難だ。 あたりを見回した彼女の仕草に察して、男が横にあった包みを差し出す。 「あんたは?」 「俺は、さっき食べた。うまかった」 「テオは?」 「食べて、もう寝てる」 差し出された量がひとり分に見えてたずねると、男がこたえる。後ろを向くと彼女にすり寄るようにして少年が寝息をたてていた。 では遠慮なくいただこうとロワジィは包みを開く。紙袋を開けるとぷんとにおいが立って、誘われるように腹が鳴った。 そういえば、昼はろくに食べていなかったのだ。 いただきますと呟き、食欲旺盛に食べ始めるロワジィへ、袋に入ったはちみつ酒が差し出される。それも受け取り、喉に流し込んだ。 しばらく会話もなく黙々とロワジィは咀嚼する。 それを見るとはなしに眺めながら、やがて彼女が食事を終えると、その、といかにも言い出しにくそうに男は口を開いた。食べ終わるのを待つあいだ、どう切り出すべきか、ずっと思案していたような口ぶりだった。 「その、もしあんたが、付き合える気があるなら、でいいのだが」 「うん、……なに?」 「明日発つのだな?」 「そうね、思ったより長くなってしまったし、もともと中継地点でしかないしね」 「その、……その、すこし、出ないか」 「いいわよ?」 軽くうなずいてロワジィはこたえる。 夕闇どきより、一度ぐっと深く眠ったことで頭も冴えていたし、疲れもだいぶ取れた。それに食べてすぐ眠ると言うのも、胃にもたれそうだ。 腹ごなしに出歩いてもかまわない気分だった。 少年は眠っていたのでそのままそっと置いてゆく。 連れ立って表に出ると、夜風で流れた髪が顔にかかった。目にも口にも容赦なく入ってくる動きに、もう、と払って隠しから出した手巾で結ぼうとすると、遠慮がちにその手を男に阻まれる。 「――そのまま」 かすかに目を細められた。 「でも、」 「そのまま」 求められるとなんだか改めて強く出て結ぶ気にもなれず、ロワジィは肩をすくめていいわ、とこたえた。別に自分が鬱陶しいだけで、今は視界が遮られても支障はない。 邪魔なら短く切ってしまえば楽だとは思う。洗って乾かす手間もなくなり、相当楽になるに違いない。判っているのだが、自分のような背丈のある女が、皮鎧を着て腰に獲物を挿し、おまけに短髪ともなれば、どうあっても男にしか見えないような気がして、それもどうかと思う。 特別女あつかいしてほしいわけでもないけれど、だからと言って男と間違われて嬉しいかと言われると話は別なのだ。 「どこか、適当に店に入る?」 「いや」 言って男は持参した酒瓶を振ってみせた。先に夕飯と一緒に買ったものらしかった。 酒がすでにあるのならば、宿の部屋も個室であるのだし、別にあの場で飲んでもよかったような気がするのだが、男には別にやりたいことがあったらしい。 夜も更け、人気のなくなった広場の噴水に腰を下ろして、酒を煽る。どろりと喉を焼く、濃いラムだった。飲むと胃の腑から熱くなる。 春先の夜風はかなり冷たくて、思わずロワジィが身震いすると、気づいた男に巻いていた襟巻と上着をかけられた。 「あんたが寒いでしょう」 言ってどこかで言った覚えのある台詞だなとふと思った。 「寒い、慣れている」 男のこたえる台詞も似たようなものだ。 考えを馳せ巡らせて、ああそうだ、祭りの夜にそんなやりとりをしたのだなと思う。あのときは、たしか、 「――花火」 次に男が口を開いて言った言葉はそれで、一瞬彼女は男がおのれの考えを読んだのかとぎょっとなり、それから目の前に差し出された包みに、 「え」 声が漏れた。 包みは祭りの射的の景品でもらった手持ち花火だ。 いつの間にかなくしたと思っていた。 「……あのとき、全部やらなかっただろう」 祭りの夜、男に想いを告げる娘を見た。見てはいけないものを見てしまった気がして、林の中にロワジィは逃げた。そうしてひとりで花火に火を点けた。 林の中での花火は目立つ。逃げたはずだったのに、見つけてほしかったのか、見つけてほしくなかったのか、今でもよく判らない。 こぼれ落ちる火花はたいそうきれいで、幻想的だったけれど、花火をしていた当の自分はものすごくみじめだった。 「もう、湿気ってる、しれないが」 油紙の包みを広げながら男は言う。 あの時しそこねた花火の束がひとくくり中から出てくる。いいわ、呟いてロワジィは差しだされたはじめの一本を受け取り、男が下げてきたカンテラの火に近づけた。夜とはいえ野外でもなく、あちらこちらに外灯の灯る町中を歩くだけなのに、 ……どうして灯かりなんか持つのかしら。 宿を出る際不思議だったのだが、男は最初から花火をするつもりだったらしい。 けれど炎に近づけた穂先は、ただ煙を上げ焦げるばかりで、ああ、男がちいさく首を振る。 「だめか」 「次は、点くかも」 たしか十本で一束あったはずだ。差し出された二本目を受け取りながら、ねぇ、とロワジィは男にたずねた。 「聞こうと思ってたの。あんたが今回とばっちり受けた花屋の騒ぎ……、いろいろ考えてたら、腑に落ちないところがあって。……あんた、花屋で、なにをしようとしたの」 男がちら、と上目遣いに彼女を見る。 「あんたが捕まったってテオが言いに来た話の中で、あの子、とにかくたくさんの花が必要だったから、店に行った、とかそんなようなこと言ってた。売り子が持ってた籠の中の花じゃ、全然足りないって。聞いたときはそれどころじゃなかったから、気にもしなかったけど……、でも、花売りが売っているのは日持ちのしない花でしょう。テオが母親にお土産にするには、ちょっと不向きなものだわ。……じゃあ一体、何に使うつもりだったの?」 「――……花を、」 二本目、三本目、四本目も同じように焦げるばかりで火は点かない。五本目を選りながら、男がこたえた。うつむいている。どんな顔をしているのかは判らなかった。 照れていたのかもしれない。 「花をあんたに贈りたかった」 「え……、?」 思ってもいなかったこたえに、ロワジィは息をのみ、え、ともう一度たずね返す。 「花?え?え?……あたしに?」 「花」 「なんだって、あたしなんかに、」 「あんたに贈りたかった。……両手いっぱいの、……両手、……持ちきれないくらいいっぱいの、部屋の中一面、埋め尽くすくらいいっぱいの、花、……あんたが好きだって言っていた黄色の花、あんたに」 ちりちりと咲きこぼれる黄色の房飾り。 かかえきれない両手いっぱいの花束を、 「あんたに感謝を伝えたかった」 男は言う。感謝。彼女は言葉をくり返す。 「俺、……、生まれてから山でずっと過ごした……、それから、町、下りて、あんたに会った。……俺、あんたに、たくさんのこと、教えてもらった」 「……教えたって、……あたし、別に、なにも、」 戸惑ってロワジィは花火の穂先を見つめる。 五本目。六本目。燻ぶりばかりが上がり、うまく火は点かない。 教えてもらった大切なこと。知識ではなくて、もっとずっと底のところの部分。 「……誰かから心配されること。俺の作った飯、うまいと言って食ってくれる相手がいること。風邪で寝込むと看病されて、うさぎのりんごを食えること。それから、毎日、起きて、食って、歩いて、自分一人でない、誰かがいること。その誰かと話すと、楽しいこと。自分以外の誰かを、考えると、ここがあたたかくなること」 言って男はとん、と拳で胸を叩く。 七本目。八本目。 「あんたと会う前の俺は、きっと、俺の形をした、でも、大事なことを知らない『なにか』だった。花宿に行って、それから斡旋所に回されて……、本当に、もうどうでもよかったんだ。――でもあんたが、俺を、俺にしてくれた」 九本目。 「……なにそれ」 じっと炎を見つめ、ロワジィは呟く。見つめる炎がゆらゆらと大きく揺蕩って、きちんと見えない。 「ありがとう。あんたといられて、よかった」 静かに男は言った。彼女は顔を上げる。ぼやけてほとんど見えない視界の向こう側で、男が真面目な顔をしてこちらを見ていた。 ぼたん。 そのくそ真面目な顔を見た瞬間、涙が地面へこぼれた。 「……莫迦じゃないの」 悪態が口を衝く。 「莫迦じゃないの。本当に莫迦じゃないの。あんた、花売りの花なんてね、あんなの、観光客相手のぼったくり価格に決まってるでしょう。通常価格より何割も上乗せされてて、それを承知でみんな一輪、二輪買ったりもするけど、あんた、それを、抱えきれないほどいっぱい買って、一体どれだけ無駄金払ったか判ってるの?しかも、結局騒ぎでうやむやになって、花は届かないわ、先払いした分、全部ぱあになるわ、おまけに強盗の嫌疑かけられて、連行されて、痛い思いまでして、そこまでしてしたかったのが、あたしに感謝を伝えるだとか、莫迦、大莫迦、本当に……、」 「――……」 鼻声の悪態に男が笑う。 そうして地面から十本目の花火を拾い上げ、ゆっくり炎に近づけた。 「そうだな。手持ちがほとんどなくなってしまった。本当に頭が悪い」 炎に近づけた最後の花火がちり、とかすかな音を立て、 「――あ」 「点いた」 しゅ、しゅ、とこまかな松葉の火花が散る様子に、思わず彼女と男から声が上がる。 続けて火花が出始めたことを確認したギィは、指先でつまんでいたそれを、壊れものをあつかうようにそっとロワジィに差し出した。 「あんたがやってくれ。俺は見ている」 「――、」 黙ったままロワジィは受け取った。火の粉と一緒に涙が点々と地面に落ちてゆく。 向かい側で、花火のうすぼんやりとした灯かりに照らされて、同じようにじっと彼女の手元を見つめる男がいる。 どれだけあたしはあんたにありがとうって――……、 いろいろ言いたいことはあったはずなのに、それ以上ロワジィは何も言えず、ただもうすこし終わってくれるなと念じながら、火花を散らす穂先をひたすら見つめていた。 (20180520)
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扉アイコンのCXを最大限利用してキャンセル率を上げるコンボ autolink SY/W08-T02 SY/W08-063 カード名:両手いっぱいの花束ハルヒ カテゴリ:キャラクター 色:赤 レベル:0 コスト:0 トリガー:0 パワー:500 ソウル:1 特徴:《団長》?・《SOS団》? 【永】応援 このカードの前のあなたのキャラすべてに、パワーを+500。 【自】[①]あなたのキャラのトリガーチェックでクライマックスが出た時、そのカードのトリガーアイコンが扉なら、あなたはコストを払ってよい。そうしたら、あなたは相手の前列のレベル1以下のキャラを1枚選び、控え室に置く。 TD:どうしてだろう、いまちょっと楽しいな! C:え、いいの? レアリティ:TD C illust.- 初出:メガミマガジンデラックスvol.8 表紙 ・特徴 オープンでデッキを組むなら取り合えず思いつくデッキギミックの一つ。 花束の2つ目の効果を活用することで全体の局面を有利に持ち込む事が目的となる。 ■長所 CXをがストックへ流れないのでリフレ後のデッキ内CXが多くなる。 花束の効果で相手前列が焼ける。 →チャンプする筈だったキャラが生き残る事で壁となったり、ダイレクトアタックが決めやすくなる。 場に出す花束は1体で事足りるので、他の後列との共存が可能。 ■短所 扉CXを8枚積む為、デッキの構築が多少窮屈になる。 →赤も扉CXも強いので問題ないという見方もある。 ストックを貯める事でデッキ圧縮を行う為、ソウル+2等で一気に押し込まれると苦しくなる。 扉CXを8枚なのでソウルが低くなりがち →適度にダイレクトアタックを狙う等であまりダメージ差を付けられないようにする。 ・活用法 とりあえず扉CX8枚と両手いっぱいの花束ハルヒ4枚を投入。 あまりストックを消費したくないので、レベル1帯は1/0アタッカーと相打ち持ちが良いか? オープン向きの扉CXと対応シナジーを持つキャラ(他の対応シナジーキャラも特徴を縛る等で性能を引き出せる) 姉妹弟子 カナン&アルファルド:1/0のエース級カード。楽な条件で常時6000になる上1コスト回収が使いやすい。ただし絶版 ウェディングドレスのルイズ:1/1手札アンコ持ち+対応CX下のアタック時1コスト回収。コモンだが優秀な為中々出まわらない トラブルガール ハルヒ:3/2のエンドカード。対応CX共々入手が極めて楽で強いのでオープンの大会であれば大抵見かける組み合わせ パワー全開やよい:2/2のカード。自身と対応CXのみでシナジーが完結しているので使いやすい。 デッキ運用 レベル0: 勝負が遅くなればなるほど良いので、相手のキャラは潰しつつダメージをあまり与えすぎないよう調整する。 具体的には後列に一枚以上の花束を置き、前列2キャラ程度でアタック。 相手のレベルが0-5以降でこちらのターンが回ってきたら前列3キャラでなぐっていこう。 レベル1: 省エネを心がけながら殴り合い。 相手のレベル1以下のキャラは花束の効果で焼ける可能性がある。 どうしても焼きたい相手が場に居る時は最後に攻撃しよう。 …とはいえ、CXをトリガーする確率はそう高くないのであまり過信はしない方が良い。 レベル2以降: リフレをもって花束の出番は一応終わり。 しかしレベル1以下の壁を焼いてダイレクトアタックを決められる可能性や、花束自体が500応援なので使い回すのもあり。 他のデッキ構築やギミックと組み合わせて勝負しよう。 ・互換カード ネコミミ 鶴屋さん: トラブルの天敵とまで言われるネコミミ みくるの絆持ち。 花束と同じような効果だが、弱いLv0応援や杉並を焼けるのは強い。 どちらかと言えば動物限定にはなるがリトバスやなのはにも強力なカードが数多くあるのでコラボしてみるのも面白いだろう。 レベル2以降も花束の出番あると思う。レベル2になったからって前列が全てレベル2以上だとは限らない。だいたいどっかに絆持ちとかの穴がある。 -- 名無しさん (2010-12-18 13 11 50) 俺はレベル2になったら絆持ちはチャンプに回すんだが間違ってたの? -- 名無しさん (2010-12-18 13 19 48) てかヴァイスでバーンっていうとダメ効果の事じゃないの? -- 名無しさん (2010-12-18 19 58 46) ↑2デッキトップでトリガー2が見えた時とかはだいたいサイドだろjk -- 名無しさん (2010-12-18 20 32 55) ↑何の話? -- 名無しさん (2010-12-18 20 37 37) ↑2かなり限定的だな -- 名無しさん (2010-12-18 20 44 35) 普通に弱キャラはダイレクト狙ったり、CX使ってサイドとかいくらでも相手ターンまで生き残る可能性はあるだろ -- 名無しさん (2010-12-18 22 18 42) レベル2以降の花束に関して上記意見を踏まえて修正。ギミック名はとりあえず名付けてみたので案があれば変更よろしく。 -- 記事作成してみた人 (2010-12-18 23 49 25) ロボ美春涙目ww採用すらできないのか… -- 名無しさん (2010-12-21 03 28 57) ギミック名は「フルゲート花束」もしくは「花束フルゲート」でいいと思うぞ。 -- 名無しさん (2010-12-21 06 25 21) 実際に使ってみた。うまく回ればかなり強い。ただしお菓子な探偵等、キャンセル率でキャンセル率を下げられるとまずい。 -- 名無しさん (2011-03-07 16 34 06) ミス、キャンセル率を下げられるとまずい。 -- 名無しさん (2011-03-07 16 35 52) とりあえず色あせた世界を入れよう -- 名無しさん (2011-03-08 03 31 50) サムデイぶっぱ -- 名無しさん (2011-03-08 12 12 32) 全力全開なのはとSLBはどうした -- 名無しさん (2011-03-08 13 08 51) 鉄槌の騎士ヴィータもいいと思う -- 名無しさん (2011-04-29 00 04 28) 勝気な女の子 美琴とか“紅い炎”真田 幸村も一応候補にはなると思う -- 名無しさん (2011-04-29 00 53 06) 守るべきもの シャナも候補になるかな? -- 名無しさん (2011-04-29 01 40 46) ↑普通に候補だろ あれはそこそこ強い -- 名無しさん (2011-04-29 10 35 23) いや微妙。他のがいい -- 名無しさん (2011-04-30 00 10 34) 恋のかけひき前田慶次と愛称いいよね -- 名無しさん (2011-04-30 00 18 08) アクエリループとかと相性良すぎなのが涙目 花束って1レベ後半でチャンプさせて、2レベで色褪せたで釣ってまた後列待機が常識だと思ってた僕がいました(´・ω) あとはウルの涙 ウルティアの効果使用コストにして色褪せたで釣ってくるとか? -- 名無しさん (2011-04-30 11 48 33) ドラゴンフォースナツはどうだ?相打ち+トップ盛りでかなり便利だと思うが -- 名無しさん (2012-03-02 20 59 24) サムデイと姉妹弟子を抜いてまで入れる必要があるかと言われると微妙だよね -- 名無しさん (2012-05-04 08 25 37) 色褪せた -- 名無しさん (2012-11-29 21 04 15) 名前 コメント
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街道筋を歩いている。 ロワジィとギィである。 長逗留していたぶどう園を後にし、峠をひとつ越え、地図にも乗る、支道へと合流した。道中に必要な道具は、ふたつに分けてどちらも背に負っている。連れる馬もなく、曳く荷車もない。側道とはいえ、本筋につながる道ではあるので、行き交う荷馬車や旅人も見かける。気ままな二人旅だった。 季節はちょうど春の真ん中で、道を歩いていてもあたりの浮かれ具合が伝わってくる。 ひばりが、ぴちぴちぴちりぃとるりぃとるりぃとると忙しくさえずりながら、まぶしい空をまっすぐに上ってゆく。あまりに高く高く上っていくので、ついふたりで足を止めて、いったいどこまで上がるものなのか眺めたりもした。 春の日が目に沁みた。 吹きわたる風に綿毛がぽやぽやと飛んで、野の花は満開だ。春の花は色のやや薄いものが多くて、秋は赤だの黄だのといった濃い色が多いのがすこし不思議な気がする。 日差しも暖かで気持ちがいい。急ぐ旅程ではなかったので、歩き疲れると木陰に腰を下ろして休息をとった。 明るいうちに距離を稼がなくてもよいのかと問うギィへ、 「なに言ってるの」 真面目な顔でロワジィはきっぱりと首を振る。 「こんな、昼寝したらものすごく気持ちがいい日なんてめったにないのよ。ここでいま、逃がしたら、人生損してる。絶対」 力説すると、そうか、とかえされた。 そうして軽く寝るつもりが夕どきまでぐっすり寝こけてしまい、目が覚めたら暗くなっていて二人で苦笑いする羽目になる。 通行人があるとはいえ、その通行人がどういう素性のものか判らないうえ、街道を通るものを狙って野盗が出ることもあるというのに、あまりに浮かれて無警戒であると反省した。 反省したが、 ……でもさあよくよく考えたら鉞を腰からぶら下げた大女と、その大女より縦にも横にも幅があるクマのような大男がそろっているわけじゃん。寝ていたとしてもその物騒な見た目に無茶する人間なんて、なかなかいないよ普通。 というのは、途中で知り合った羊飼いの少年の談。 年を聞いたら十一だという。名をテオと名乗った。 暗くなった街道を、四十頭ほどの羊の群れを追いながら、急ぐ小さな背中を見つけたのだ。どこまで行くのかとロワジィが声をかけると、悲鳴を上げて逃げられた。賊だと思ったらしい。 少年は逃げたが、羊は付いて行かずに残っていたので、どうしたものかと顔を合わせたあとに、彼が戻るまでロワジィとギィでそのまま羊を追って歩いた。 じきに、真っ青な顔をしながら少年はおっかなびっくり戻ってきた。賊は怖いが、群れは置いていけない羊飼い根性があったらしい。 自分たちは見た目は悪いかもしれないが、そうではないと少年に告げ、次の馬宿まで一緒だと言うので、共に行くことになった。 テオの叔父が馬宿を経営していて、そこへ住み込んで働いているのだそうだ。 口べらしさ、と少年は言った。 「俺ん家は、貧乏子だくさんだからね、」 いっぱしの大人びた口調だ。 「子だくさん」 「うん。俺の上にも三人兄ちゃんがいて、みんな家を出て町に出稼ぎに行ってる。そんで俺、あと下に五人」 総勢九人兄弟。子だくさんの話はよく聞くが、ロワジィの村にもそこまで子供の多い家はなかったので、驚いて聞きなおすと、兄弟すべて孤児(みなしご)なのだと少年は言った。 「なんかね、母ちゃんが子供ができない体だったんだって。で、かわりに、あちこちから、親のないのを貰ったんだって。貰ってたら、なんか、いつの間にかどんどん増えたって言ってた」 「にぎやかで、いいね」 世辞でなくわりと本心からロワジィは言った。彼女自身は兄弟姉妹もなくひとりで育ったので、大人数の家族に憧れがある。 「ぜんぜん」 少年は肩をすくめる。 「だってさ。家だと兄ちゃんもういないから、俺がいっとう上だったろ。下のちっちゃいののメシだの、しょんべんだの、面倒見なきゃあいけなかったし。あいつらすぐこぼすし、漏らすし。寝るときなんか、すごいんだぜ。上下たがい違いに、ひとつの布団に四人入んの。顔蹴られるし、寝しょんべんするし、布団とられて寒いし、最悪」 「そう」 相づちを打ってやりながら彼女は微笑む。最悪、とぼやきながら、少年の顔はまるで厭そうには見えない。 血のつながりはなくてもあたたかい家庭だったのだろうな。そう思う。 「面倒見るなんてすごいじゃないの。誰にでもできることじゃあないわ」 褒めるとたちまち頬を染め、得意げになる。可愛いなと思う。 「あんたら子供はいないの」 不意に少年に聞かれて、一瞬何のことを言われたのかわからず、ロワジィは目をむいた。 「……子供?あたし?」 「あー、あんたら夫婦とか、そういうんじゃないんだ?」 「ああ……、そういう、」 違う、と一言で切って捨てたくなくて、ロワジィは言いよどむ。そう言えば似たような会話を、農場の娘たちともしたなとふと思った。 あの時は姉弟かと聞かれたけれど。 「夫婦に、見える」 「うん」 少年は即答する。 「なんていうか、コイビト?とかじゃないっぽい。そわそわしてないっていうか。こなれてる感じがする。雰囲気が」 「それ、遠回しに若くないって、言ってない?」 ロワジィは笑った。ちらと男がこちらへ目をやったような気配がする。 「ちがうの」 「うーん、」 どうかな。あいまいに彼女は応えたはずみ、すっと身を寄せてきた男の腕が僅かに触れた。あ、ごめんね。小さく呟き、邪魔にならないよう離れる前に、男は彼女の手を掴み、一瞬ぎゅ、とその掌のうちへ握り込む。 ……え、 その手はすぐに離された。だからもしかすると、握られたというのは彼女の勘違いで、実はただ腕がぶつかっただけなのかもしれない。 だったけれど。 ごつごつとした指は熱かった。それだけでなんだかどきどきする。 ……そのまま握っていても厭じゃなかったのに。 すぐに離れてしまったので、花冷えの夜風に煽られて、その熱さはすぐに消えてしまいそうだと思った。勿体なくて、思わず上着の隠しに彼女は握られた手を突っ込んだ。 ……何やってんだろねぇ、と自嘲しつつ。 すでに日は落ちている。外灯はない。その動きを少年に知られなくてよかったと思う。 「あんたらは、次の町までいくの?」 要領を得ないことに諦めた少年が、また別のことを聞いてくる。 「うん。次の町にもいくんだけど、……、」 「けど?」 「もっと大きな町を目指してるのよ」 言いながら自分でもかなりざっくりした言い方だなと思った。 「大きな町?エスタッドの都みたいな?」 「そうねぇ」 言われてロワジィは頭の中に大陸地図を思い浮かべた。 この大陸を大きな一枚の盆とする。中心に都が置かれている。 都の名前はエスタッドと言う。 国はひとつだ。自治領の名でいくつかの旧国名は地名として存在したが、ちょうど十年ほど前に大陸統一を果たしたエスタッドに、今はすべて吸収合併される形になっている。 都から蜘蛛の巣のように四方八方の要所要所へ街道を敷かれており、中央から地方へ、地方から中央への流通の目が伸びるようになっている。 ロワジィより一つ前の世代、国というものがひと晩で興りまた潰えていた時分は、それこそ国境をひとつ越えるにも大掛かりなことで、許可証だの手形だのが必要だったらしいが、今は簡単な関所検問があるだけで、大陸のどこへでも行ける仕組みになっている。 皇国、と名のつくように中央政権国家であり、皇帝が政治を取り仕切る。 最近代変わりしたと風のうわさで聞いた。 「あんた、行ったことあるの」 「ないない。ロワジィは?」 たずねると、大げさに手を振って少年は否定する。街道をずっと上っていけばたしかに皇国にたどり着くが、ここからだとひどく遠い。おいそれと羊飼いの子供が訪れられる場所ではなかった。 「一回だけ、行ったかな」 「へぇ」 「この仕事をはじめてから最初のころにね。花の都、だとか、エスタッドを見てから死ね、だとか言われてるじゃない。一度は見てみたかったのね」 「どうだった」 「気持ち悪くなった。人が多すぎて」 訪れた時分はちょうど建国祭間近だとかで、近隣の町や村からおのぼり連がぞろぞろとやってきていた。ロワジィもその連中の一人だったわけなのだが、都に入る前からすでに道を歩く人の多さに腰が引けた。 ここまで多くの人間というものを見るのは人生はじめてだったし、これ以降もおそらくないと思われた。無理だと思った。人の列というよりは砂糖にむらがる蟻のようだった。 それでも意地を張ってこれも経験だと人込みを眺めていたのだが、中途から具合が悪くなった。人に酔ったのだ。 「あたし、あそこ無理。住めそうにない。人が多すぎ」 なにごとも多すぎず、少なすぎず、いい塩梅がちょうどよいのだとしみじみと思った。 しかし、のちに都で育ったという同業者と仕事をしたときに、相手は辺境へ行くと空間がすかすか空きすぎて不安を感じるとボヤいていたから、これは生まれた場所の差異だったのだろう。 「ギィの就職先をね。探したいの」 男の身の振り方をロワジィはひと冬考えていた、なにしろ考える時間はたっぷりあったのだ。一応希望をたずねてみたが、男に聞いても俺は判らない、の一点張りなので、彼女は勝手に決めることにした。 どのみち男の待遇が今のままでいいとは思えなかった。雇っているロワジィが言うのもおかしな話だったが、男の働きぶりや技能に対して、支払う給金があまりに少ない。子供のお駄賃よりもほんのり多いかな、程度のことで、薄給と呼ぶのも申し訳ないぐらいだ。 だったら余分に上乗せすればいい。 理屈はそうなのだろうけれど、雇われ護衛で稼いだ賃金を、ほとんど手元に残さず生まれた部落へ送ってしまっている現状で、男に支払える余剰はロワジィにないのだ。 男が別にいいというからロワジィはそれに甘えているだけで、この状態を長く続けるのはよくないことだと思っている。 ……もともと、すこしの間の話し相手のつもりだったんだから。 このままでいいと言うならこのままでもいいのじゃあないか、楽で甘い側へ流れることはいつでもできたけれど、それでは数多い「町の人間」と自分は同じになってしまう。うまい汁を吸い、おのれの懐具合さえあたたまることができれば、他はどうなろうとかまわない。だがそれでは山から下りたばかりの男を、寄って集って毟り取った輩と同じことだと思う。 それは厭だった。 「就職先って、」 「木工組合(ギルド)を探してるの」 男は力もあり手先も器用だ。言葉がたどたどしく、意思の疎通がうまくいくまでに時間がかかることもあるけれど、木に携わってきた技能を活かさない手はないと思う。店先に出て愛想をふりまく客商売は絶対に向かないだろうが、日がな一日木材を相手する職人仕事であるなら、男にちょうど良いと思われた。 ひと冬考えた結論がそれだ。告げると男はやはり、そうか、とだけ言った。 本意は判らない。 木工組合の言葉にああ、と頷いた少年が、 「俺わかるよ」 呟いた。 「知ってる?」 「知ってる。っていうか、俺、行く。もうすぐ」 馬宿の近くから乗合馬車もでているのだという。 「こっから一番近い町は、徒歩で三日、ってとこだけど、そのもうちょっと向こうにトルグってとこがあって」 その町の名は地図でも見かけた。ロワジィは頷く。 「そうだなぁ。こっから歩いたら十日ってとこかなあ」 「十日」 「うん。結構ね、賑やかな町なんだよ。町の中に水路がはしってて、倉庫がたくさんあるんだ。……そこにいくつか組合所があって、木工とか、革細工とか。あと製粉もあったかな。俺は羊毛のとこに行くけど」 「ひとりで?」 「そう。ひとり。納品しに行くんだ。もう何度も行ってるからね」 去年と一昨年はおじさんが付き添ったけど、今年はひとりだよ。胸を張って少年は応える。 「……いくら街道っていったって、あんたが羊毛持ってひとりで行くっていうのは、」 ロワジィは顔をしかめた。 羊毛組合に商品を納めるのであれば、おそらくある程度の量になる。乗合馬車に乗る荷物の量ではないだろうから、驢馬(ろば)にでも曳かせて道を行くことになるのだろうが、無用心な話だと思った。 少年にもそれは判っているのだろう。 こんばんはと彼女が声をかけたときですら、なにしろ彼は全力で逃げたのだ。 「でもひとりじゃないよね、」 に、と笑って少年は言った。トルグまで、ロワジィとギィも行くんだろ? 「旅は道連れってね」 ああそうか、そうよね、頷いた彼女によろしくね、と少年は言った。 「代わりにおじさんに頼んでさ。宿の料金割引してもらうよ」 タダと言わないあたりがちゃっかりしていると思う。 どうせ同じ方向の道行きなのだ。少年と同じ速度で進んだところで何も問題はなかった。 いいわ、彼女は頷いて了承した。 ここで馬宿についてすこし補足する。 街道筋にはおおよその距離ごとに馬宿が点在している。これは、れっきとした経済政策の一環である。 経済の興隆に必要なのは、需要と供給、そして流通である。 南でとれたものが北にながれ、東のものが西へゆく。よどみがちな地方地方の空気を、物資をながすことで横穴を開けてやる。 「国の豊かさ」 とは、国庫の金銭を増やすだとか、宝物庫をいくつ所持するだとかに限らない。それぞれの地方に活気があふれ、月市がたち、文化がまじりあうことで、おのれの土地に愛着を覚える。誇りを持つ。どこそこのワインに敵うワインは古今東西さがしてもみつからない、というようないわゆる、 「ブランド」 ができあがる。 必要なのは作り上げる土着の人間と、それを各地へ流す行商の人間だ。 前者はわりと簡単に奨励できる。数代かけて開墾した土地を認可し、そこで作り上げた交易品がある程度の品質水準に達したところを、各地方の酒蔵組合公認の印を与えてやればよい。 認可されたからには下手なものは製造できない。品質管理に重点を置く。品質が向上するので、値が張る。価格が上がった分の賃金が作り手に還元される。賃金が上がれば作り手はいっそうやる気を出して品質保持に取り組む。 ますますブランドの名のある交易品に信用が集まる。 肝要なのは、もう一方の行商だった。 産物をかかえ、別の地方へ赴く。赴いた地方で物々交換、あるいは貨幣でやりとりをして、また別の土地へゆく。 流通は陸路が主力である。しかし山窩(さんか)のたぐいにとって、商い品を山と積んだ荷馬車は、目の前を無抵抗で通る馳走でしかない。 狙われた。 なかには独自に自衛団を雇い、道中の安全をはかるものもいたが、それはほんの一握りの豪商にしかすぎず、大半は襲われたが最後、命からがら身ひとつで次の部落まで逃げ延びるのが精いっぱいだ。そこでエスタッドは対策を講じた。 そのひとつが馬宿だ。 街道をあらため、一定の距離ごとに拠点を作り、行き来する人間が逃げこみやすい場所を提供し、衛兵を常駐させる。 勿論、馬宿の元来の意味は、 「馬を乗り継ぐことのできる場」 であったから、伝馬も用意する。緊急時における早駆け用の軍馬である。 なかには、鍛冶や大工をそなえた、ちょっとした山塞もどきの馬宿もあったらしい。 街道全ての安全を、 「面」 で保障することができなくても、馬宿へさえ駆けこめば衛兵が何とかしてくれるといった、 「点」 の存在を作ったのだ。苦肉の策ともいえる。 テオ少年の叔父が経営する馬宿は、こぢんまりとした規模のものだった。 ただいまと厨房に顔を出し、それから少年は群れを柵の中に追うために宿の裏手に回った。 ロワジィはギィを伴い、おもての入り口から建物へ入る。 扉を開けた瞬間、籠もった暑いほどの室温と、かき鳴らす胡琴の音、爆ぜる火のにおいが、いちどきに彼女に向かってむっと流れ出し、思わず彼女は目をすがめた。 すがめた拍子にうっかりよろめきかけた体を、後ろにいた大きな手が支える。 「ありがとう」 大きな手の支えは力強い。その手は揺るぎない。 「お腹空いたわね」 振り仰いで彼女は男に言った。 なにか言葉を口にしないと、泣きべそをかきそうで、焦った。 大きめの町へ行く。木工組合を訪れる。 とうに決めていたことなのに、町の名前はあえて詳しく調べなかった。出立の準備に慌ただしかったことにかこつけて、自分はずっと調べようとしないで、まだ考え中、だとかで、曖昧にしてきた。 どうしてごまかしてきたのか、自分でもうまく理由が見つけられずにいたけれど、少年と話してロワジィは気づいてしまった。 口に出してしまうと、期限が目の前にはっきり見えて怖かったからだ。 「これ」 言ってロワジィは男に革袋を差し出した。中には白銅貨だの銀貨だのが入っている。雇った最初に取り決めた、請け負った護衛仕事から差し引いた男の取り分だ。 それにこのひと冬の農場からもらった男への手当。彼はよくやったから。言って色を付けて農場主は渡してくれていた。 「預かってたけど、あんたに渡しておくわね。いろいろ入り用になるでしょ」 「……、」 火の側に座り、出された夕食を口に運びながら、無言で金袋を見つめていた男が、 「トルグに、」 ぼつ、と呟いた。 「うん、」 「トルグに、行くんだな?」 たしかめるような声音だった。 「……行くわ」 パンをむしり、口に押し込む。腹は減っていたはずなのに、味はさっぱりしなかった。 「他に行きたい所があれば行くけど」 「……いや、」 少し言い淀み、男は結局首を振る。そうしてようやく袋を受け取った。 「……あんたが考えてくれた、それで、いい、思う」 と言った。それから思い直したように、 「あと」 どのくらいの道程かと尋ねた。 「……そうねぇ、はっきりしてないけど、あの子と一緒に荷物曳いて行くとしたら、少しゆっくりになると思うから……、半月ってところじゃないかな」 「――」 「トルグで契約終了ね」 「――」 言うとまたしばらく黙り込んでいた男が、 「それは」 もう決まったことなんだな、静かにたずねた。あまりに静かに男がたずねるので、一瞬言葉に詰まり、それからそうよと彼女は返す。 「わかった」 男は頷き、頷きながらわずかに口を歪める。諦めた笑いにも見えた。諦めた。……何を? いぶかしむロワジィの前で、あんたには世話になりっぱなしだな、言ってぐいとジョッキのエールを呷ると、立ち上がる。たいして食べていなかったので、珍しいなと思った。どうかしたのかと声をかけると、寝る、と返される。 「先、寝る」 「ああ……、おやすみなさい」 引き留める言葉も特になく、男の背を見送る彼女の側に、馬宿に常駐していたらしい流れの歌うたいが、小銭を求めて近寄った。その動きを目端でとらえ、ぽんと青銅貨を数枚、前に置いてやる。 「――なにを」 「なんでもいいわ、静かなのやって頂戴」 手を振ってこたえる。 いま食事を終えると、男が下がった部屋に彼女も入ることになる。相変わらず相部屋なのだが、この宿はひとつひとつの間取りが小さい。四人でひとつの部屋は、今日はほかに宿泊客がおらず、実質ロワジィとギィだけだ。 どこか心ここにあらずな様子の男が気がかりではあったけれど、すぐに追うのもどうかと思ったので、食堂兼広間でもうすこしだべる事にする。 胡琴の調律を終えた歌うたいが、爪弾きながら静かに歌いだす。 “そうです、それはこいでした。” 高めのテノールが紡いだのは、大陸で昔から歌われているバラッドだ。 “そうです、それはこいでした。” “なにげないひとことできずついた、そうですそれはこいでした。“ 「――恋、ねぇ」 苦笑いしてロワジィはジョッキに口をつける。お決まりの歌。歌うたいのいくつかの手持ちの歌の中のひとつで、どこの酒場でもなじみのものだ。 もう何度となく聞いたことのある歌。 どこも特別でないはずなのに、やけに耳に沁みるのはなぜだろう。 抱えた膝に顎を乗せ、ぼんやりと炎を目に入れた。 部落にいた年長の若者に憧れ、同じ年ごろの娘ときゃあきゃあ騒いだあれは、恋だったのだろうか。 年に一度の宵祭りで、隣村からやってきていた青年が彼女の手を取り、踊りの輪に誘う。そのときの胸の高鳴りは、恋だったのだろうか。 絵描きの男のことは、尊敬していたけれど恋はなかったように思う。 ――恋ってもっと素敵なものだと思ってた。 掴みどころはないけれど、七色に光るシャボン玉のように、淡くてきらめいているものだと思っていた。 こんな風に、胸が痛くて苦しいばかりのものだなんて思わなかった。 “こまったようにわらうえがおのむこうがわで、ほんとうはあなたが、きずついていたのだとおもいます。” じゃあどうすればよかったんだろう。 膝を抱えたまま、ロワジィはじっと考える。 木工組合を思いついたのは、余計なお世話だったのかな。 お給金これ以上払えないけど、一緒に来てね、って言えばよかったのかな。 大きな怪我や病気になったときに、何の保証もない生活をずっとしてくれ、って言えばよかったのかな。 襲撃してくる人間が怖くて震えているひとに、我慢して退治してくれ、って言えばよかったのかな。 わからない。 男は「良い」人間だと思う。だからこそ彼女の憂さ晴らしに巻き込めなかった。 手前勝手な願いだとは思うけれど、男には幸せになってほしかった。 丹念に仕事をする男のことだから、最初は馴染めなかったとしても、すぐに組合で重宝されるだろう。 丁寧な仕事をくり返す穏やかな生活をしてゆくうちに、男の傍に寄り添う誰かも出てくるに違いない。それはきっと嵌め絵のように、隙間なくぴったりとあて嵌まる相手だ。男のすべてを受け入れて、愛おしんでくれる娘だ。 あのひとを振り回してへとへとにさせる、あたしじゃあない。 炎を見つめるうちにまばたきを忘れたのか、瞳が乾いて痛くなってきたので、彼女は目を閉じる。 “こまったようにわらうえがおのむこうがわで、ほんとうはあなたがきずついていたのだとおもいます。” 歌うたいがくり返す。 どうしてあのひと、諦めたように笑ったりなんかしたんだろう。 ロワジィは目を閉じたまま、抱えた足が痺れるまでしばらく考え続けた。 少年を伴った道中は、時々空がしぐれ、にわか雨が降ることをのぞけば、問題なく進んでいた。 街道筋なので日に何度かは馬に乗った見回りの衛兵も行き来する。そのせいか、旅人を襲う不埒ものはこのあたりにはいないようだった。 町に近づくにつれて雇われ用心棒の仕事はだいぶん少なくなりそうだとは思いつつ、けれど治安が良いのはいいことだとロワジィは思う。 賊がいないということは、それに苛まされる人間の数も少ないということだ。苛まされる人間の数が少ないということは、それだけ不幸に泣く人間が少ないということでもある。 不幸なんて、少なければ少ないほどいい。 驢馬の引き綱を手にしながら、脇を歩く少年に目をやった。 「ねぇねぇ、ロワジィ」 「うん、?」 「トルグへは急ぐの」 視線を向けられたことに気づいた少年が、彼女にたずねる。物怖じしない少年は、すっかり彼女とギィに懐いていた。 一度休憩のときに、そのあたりに転がっていた小切れをナイフで削ってくるくると削り、黙ってちいさな羊を作ってしまった男に、少年は特に憧れの念を抱いたらしい。 すげぇ、を連発し、それからずっと男にまとわりつき、休憩のたびに何か作ってくれとせがんでいる。 大きなギィに並ぶ姿は、なんだかクマのまわりをちょろちょろ走る犬のようで、見ているとその体格の比率になんとなく笑ってしまう。 「ううん」 聞かれてロワジィは首を振った。 「急いでない。あんたの荷物も、腐るもんじゃあないしね」 言って彼女は後ろを振り向いた。 少年は刈りためた羊毛をひとくくりにまとめ、驢馬に括り付けて運んでいる。一頭分の羊毛というもの、実は割合重いのだ。それを集めて数十頭分ともなると、重量はかなりのものにある。 「なにかしたいことでもあるの」 「うん」 少年は頷いた。頷き、ちら、とすこし離れて歩くギィへ目を流す。視線を受けて男もロワジィとテオ少年を見た。 「別に、何日かトルグへ行くのを伸ばしたって、困らないけど、……、なにするの?」 「ひみつ」 「そう」 なにを企んでいるのかはわからないが、とどまりたいなら付き合ってもかまわない。そう思って彼女は了承した。 町へ着き、宿を決めると、さっそく男と少年は連れだってどこかへ出かけてしまった。 午後八つ。夕暮れにはまだ早い。思ったより早く着いたので、まだ飯時にもなっていない。トルグまで行く予定があるので、仕事を探す予定もなかった。 つまり暇なのだ。 夕飯まで昼寝してしまってもよかったのだけれど、折角空いた時間を寝て過ごすのももったいないように感じる。では自分は何をしようかとひと息ついて荷物を見回し、そういえば小刀が刃こぼれしていたことをロワジィは思い出した。 ――研ぎに出そうか。 細かい手入れは勿論、使った毎に研いで磨いておくのだけれど、やはり本職の鍛冶屋に持ち込むと切れ味が違う。ついでに鉞やほかの山刀も見てもらおうと荷物をさぐり、ひとつにまとめて宿を出る。 「さて、鍛冶屋はどこかな」 ひとり語散てロワジィはあたりを見回した。この界隈は宿場が固まっている。数日逗留する予定のここは、目的のトルグよりはだいぶ小さいとはいえ、規模は「村」ではなく「町」である。 考えてみれば半年ほど人混みから遠ざかっていたのだ。 久しぶりの人の多さにやはりくらくらした。同じ数だけの羊や山羊を見ても、どうということもないのに、相手が人間であると言うだけで生じるこの苦手意識というものは、一体何なのだろうと思ったりもする。 そうして人混みは苦手だと言ったその口で、露店を冷やかしのぞきつつ、そぞろ歩くのは好きなのだ。 朝の仕事場に向かうせわしなさとも違う、日暮れ前の夕飯の買い出しに行き来するのとも違う、のんびりとした空気が通りには流れていて、そこをぶらぶらとロワジィは歩いた。 鍛冶屋の場所をたずねながら歩いたので、見つけたときには空が少し赤くなっていた。 表通りから入ったところにある店は、間口半間あるかないかの、縦にも横にもえらく小さなものだった。 身を屈め入り口をくぐろうとしたところへ、中から出て来た人物と鉢合わせしそうになり、ロワジィは慌ててつんのめりながら横に避けようとした。 避けようとし、げ、と言う声を耳にする。 どうも品のない声だな、しかしどこかで聞いたことのある気もする声だなと思うのと、発した相手の顔を検めるのが同時だった。 「あー……、」 げ、とか言うな。 舌打ちする。 聞き覚えのあるその声の主の頭は、彼女よりだいぶ視線の低いところにあった。 ざんばらの髪。痩せぎすな体と比例した、貧相な顔立ち。口元の消せないゆがみが、男の荒んだ内面を表していると思った。 峠越えのときに一緒に仕事をした、弓使いの男だ。 ロワジィとギィへ、曳き荷の仕事を押し付け、とくにギィに向けて悪態をついていた男だ。正直心証はかなりよくない。 仕事の間は、それでも仕事のうちと我慢したが、終わった今となっては、できれば二度と顔を合わせたくない人間だったし、相手もそうだったろう。 実際この広い大陸で一度別れたもの同士が、次に出会う確率はかなり低い。流しの護衛というわりと狭い業界にいてもそれは同じだ。一度同じ仕事をした仲になったとしても、連れ立って次の仕事を探すのでもなければ、通常出会うことはなかった。 今までは。 その確率の低い再会に、べつに嬉しくもない、ロワジィの中では過去に出会った人間の中でも最低の部類に入る男に会うというのは、運が悪いというか呪われているとしか言いようがない。 「最悪」 思わず本音が口を衝いて出た。 「そらこっちの台詞だ」 「なんであんたがここにいるの」 「俺が言いたいね」 互いに嫌悪感をむき出しにして顔をしかめる。 「来たくて来てるんじゃねぇよ」 「じゃ、どっか行きなさいよ」 「相変わらずムカつくな、あんた」 しっしと手を振ったロワジィに歯を剥き出して小柄は威嚇し、それからふと思い出したように、きょろきょろあたりをうかがった。 彼女がひとりなのを見止めると、もの言いたげな顔になる。 「なに、」 「あんた」 そうして小柄は、にやにや下卑た顔になった。 「あのうすのろの役立たずがいねぇな。……売ったのか」 とっさに彼女が手を出さなかったのは、ここが町中で、騒ぎを起こすと巡回の兵がくるからだ。 一度ゆっくり目を閉じ、それから侮蔑をこめて気に食わない顔を見下ろす。 「役立たずはあんただろ。売るとか、そういう発想しかできないの。考え方が貧困で、本当お気の毒さまな頭ね」 「……くっそ、いじめて泣かしたい」 「泣かせられるんなら泣かせてごらん。頭が鉞の形にくぼんでいいならね」 半分本気の言葉だった。 「……そもそもあんた、なんでこんなとこにいるのよ。鍛冶屋に用事?出て来たってことは、用事は済んだんでしょう。終わったんなら、そこどいて頂戴。邪魔」 目を細めて威嚇してみせると、だから仕事だって言ってんだろ、と男がそれでも脇へ避けながらぼやいてみせた。 「なにそれ」 「仕事だよ。しーごーと。デカいと耳まで遠くなるのか」 「ああ、そう。じゃあ、がんばってね」 立ち話を続けたい相手ではまるでない。心底これ以上関わりたくなかったので、さっさと会話を切り上げて店内へ入ろうとする彼女へ、 「いやいやいやちょっと。ちょっと待てよ」 小柄男が食い下がった。むかむかとする。 「……なによ。あたし忙しいの。用事ならとっとと言いな」 「人探ししてるんだが。挙動の不審な中年の男は見かけなかったか」 「あんた」 「……あのな。喧嘩売ってんのか。犯すぞてめぇ」 男の語気が不穏を帯びる。その様子を見下ろし、肩をすくめながら残念だけど、ロワジィは応える。からかうのが面倒くさくなったのだ。 「町に着いたのついさっきでね。着いてすぐ宿に向かって……、だからおかしな素振りの人間は見てない」 「そうか、……、邪魔したな」 応えるとわりと素直に男は引いて、おや、と彼女は片眉をあげた。もっとしつこく絡んでくるかと思ったが、そうでもないらしい。人探しの仕事中なのは、本当のようだった。 不審な男、になんとはなしに引っかかって、ねぇ、と去りかけた背中へ彼女は声をかける。 「探し人って、」 「そう言ってんだろ。一度で聞け」 「なにしたの、そいつ」 「ひとごろし」 「……、」 思わず口を噤んだ隙に、小柄男はするりと小路から姿を消す。口の端を下げて彼女は見送っていた。 いやだなと思う。 これだけ人が多い町であるのだから、そうそう巻き込まれたり、その探されている当人に出くわしたりしないと思うが、それでも用心するに越したことはない。しばらく路地の壁を眺めていた彼女は、鍛冶屋の用事が済んだら、少年を探しに行こうと思った。 どうしていやな予感というものはこう当たるのかと思う。 しかし考えてみれば、そもそもいい予感、なんて生きていてそうそうないのだ。たいがいは、ああこうなってほしくないなと、思わぬ方向に転がってゆきそうな、半分判ってる未来に対して祈るだけで、そうして祈りなんてものは聞き届けられたためしがない。 獲物の研ぎを頼むと、いま職人が出かけているとかえされた。じきに戻るとのことだったので、腰かけて待つ。待つあいだ、手持ちぶさたに路地を眺めていると、次第に表が赤く燃えてくる。 珍しくはっきりと色のある夕焼けだった。とろけた卵の黄身の濃いような太陽が西の端にあるのだろう。店は路地の奥まったところにあったので、直接空は見えなかったが、あたりの空気まで茜色に染まっていた。 これは明日晴れるかなと思い、ぼんやり眺めるうちに空気は次第に暗みがかった赤紫に色を変え、その変化に感心したロワジィが目を細めて見ていると、それからしばらくして表は藍になっていた。 夜の気配にいつの間にかすり替わっている。 この移り変わりが見事なものだと思う。 そうして結局半時ほど待ったころ、待たせて大変申し訳なかったと恐縮しながら、職人が裏手から店に戻ってきた。 腰を上げ、手に下げていた包みを手渡すと、職人がひとつひとつ手に取り丁寧に見分する。なかでも鉞に目を止め、柄と頭の嵌めこみ部分が、若干くたびれているようだと告げられた。ひと冬ずいぶん使ったので、緩んでいたのだろう。 直しを頼んだ。 柄を付け替えるとなると、待たせることになるがいいかねと聞かれ、数日留まることを思い出す。明後日までに仕上げてほしいと頼むことにした。 ひと揃え店に預けて店を出る。外はすっかり日が落ちていた。 宿に向けてロワジィは歩き出す。 戻る途中で、立ち並ぶ家々から、夕餉のにおいが通りに漏れていた。思わず鼻をひくつかせる。中から子供のはしゃぐ声がした。 帰る途中に一杯ひっかけ、もうやってられねぇやなどとくだを巻き、首を回しながら扉を開けると、おかえりとかけられる声がある。くんくんとにおいを嗅がれ、あんたまたやってきたねと怖い顔をされ、そうしてほら早く入っとくれ、飯がさめっちまうよと尻を叩かれ席に着く。 変わりばえのない毎日。 すこし羨ましく思った。 彼女が手放してしまったもの。選ぶこともできたのに、別のなにかを択ってしまったもの。自分で決めて、過ごしたこの十年に悔いはないけれど、 ――でも、もし。 考えることはある。 もし、あのとき、誰かと別の新しい家庭をもう一度築いていたら、彼らと同じような日々を送れただろうか。 それはつつましやかで質素な暮らしかもしれない。けれど、家に迎える家族がいて、派手に大きな喜びもない代わりに、打ちのめされるような悲しみもなくて、穏やかに、淡々淡々と過ごして年老いてゆく暮らしだ。 幸せな一生。 ――もし。 歩きながら顎に手をやり、考えこんでいた彼女の耳に、その時泡を食った声がたしかに聞こえた。 顔を上げる。 呼ばれた気がした。 「ロワジィィ――ッ」 宿場の界隈にいつの間にか戻っていた。その向こうの通りから、転げるように走ってくる姿がある。 慌てふためき足をもつれさせながら走る少年の態に、胸騒ぎがした。 ああ、よくない予感が当たってしまったなと思う。 「ロワジィ!ロワジィ!!」 ぶつかる勢いで彼女の胸に飛び込んだ少年が、がばと顔をあげて腕にすがった。 「探してもいないし!どこ行ってたんだよ……!」 「……どうしたの。どうしたのよ」 テオ少年の肩に手を置き、落ち着かせるように撫でさすった。 摩りながら確信する。少年とともに出かけていたはずの男の姿が見えない。 「あのひとに、なにか、あったのね」 「ギィが。ギィが、俺、行ったらだめだって言ったんだけど、大丈夫だって言って、俺、ちがうって、俺たち関係ないって言ったのに、あいつら全然聞いてなくて、」 「……テオ」 ロワジィは、少年の目線に合わせて膝をついてしゃがみ込んだ。薄暗がりの中でじっと相手の目を見つめ、ゆっくりと静かな声で語りかけるように努める。できているかどうかの自信は正直なかった。 「落ち着いて教えて頂戴。あのひとに、なにがあったの」 「……うん、」 震える拳でテオはおのれの顔を擦り、それから大きく息を吐いて口を開いた。 「ギィが捕まった」 男が身柄を拘束されている詰め所にすぐに向かいたい気持ちに急かされながら、とりあえず現状把握しようと、ロワジィは少年を伴って宿に戻る。 まずは理解できないと、行ったところで話にならない。 「あのね。俺とギィで、花売りの女の子のところに行ったんだ」 部屋に入って腰を下ろした少年はそう言った。戻るまでにある程度、頭が整理できたのだろう。先ごろよりだいぶ落ち着いている。 「花売り、……、」 「あっ、花売りって言っても、その、『そういう』方の花売りじゃなくって。もう本当に、普通の……、こういうの普通っていうの?えっと、咲いてる花しか売ってない、花売り」 一瞬いぶかしんだ彼女を察して、少年が急いで補足する。町の仕組みをしっかり判っているませた言動に、うん、と頷きながら思わず彼女はすこし笑った。 笑ってはじめて、ずっと頬がこわばっていたことに気がつく。 「それで?」 「通りで籠に花入れて売ってて、で、俺たちその籠の中のよりもっといっぱい花がほしくて、どこかで買えないかって聞いたら、店に来ればまだたくさんあるからって」 「うん」 「その子に連れられて、その子の店の裏庭っていうのかな、温室みたいにしてるところがあって……、そこに行って、で、これとこれとこれって選んで金も先に払ったんだ。わりと買って、ちょっと持ちきれないねってなったんだけど、そうしたら、頼んだところまで届けてくれるってその子が言って」 「うん」 「泊ってる宿まで持ってきてくれるっていうから、宿の名前言って、それで俺たち、その店でたの」 お金はもう払ったし、長居する用事もないしね、言われてそうねとロワジィは返す。返しながら、その払った金というのは、先日馬宿で渡したあの賃金なのだろうなとふと思った。 「それで……、そのあと、ちょっと通りの店とかぶらぶら覗いて、俺、今度家に帰るときに、母ちゃんに何か土産渡したかったから、何がいいかギィといっしょに見たりして、それで、そのうち、もう日も暮れたし、腹減ったから、飯食おうって俺たち飯屋に入ったんだ」 「うん」 「席に座って、飯頼んで待ってたら、なんか店の入り口がうるさくなって、衛兵が何人かどかどかやってきて、ここにいたんだな見つけたぞって」 「――うん」 「見つけたぞって言われても、俺たちさっぱり意味わからなかったし、なんだよって言ったら、あいつらいきなりギィのこと殴りつけて床に押さえて、取り調べするからついて来いって言って」 「――」 「けど、何も理由言わずにつれてくって、絶対おうぼーだろ。衛兵だからって偉ぶっていいわけないだろ。だから俺、一体何なんだよって言ったんだ。何で連れて行くんだって。そうしたら、花売りの店に強盗が入った跡がある、直前までお前らが会ってた証言がでてる、だから怪しいって」 「――」 「強盗とかいきなり言われてびっくりしたけど、でも俺たち、本当に何もしてないし、知らないんだよ。その子の店で別れてからあとは、市場ぶらぶらしてただけだし、だから関係ないって言ったら、俺もぶっ飛ばされて……、そしたらギィがやめろって、おとなしく付いて行くからもう何もするなって言って」 言って少年が唇をかみしめる。悔しいのだろう。その右頬が赤く腫れていて、ロワジィはそっと彼の頬に手を当てた。 「ロワジィ、」 「……ありがとう。庇おうとしてくれたのね」 「でも俺、庇えなかった」 彼はうつむき肩を震わせる。 「俺、ガキで、衛兵のやつらに鼻にもかけてもらえなかった。連れて行くなって言ったけど、誰も聞いてやしなかった。大丈夫、すぐ戻るってギィは言ったけど……、ごめん、ロワジィ」 「大丈夫よ」 震える体を抱き寄せて、彼女は少年を抱きしめた。 「あのひと、強いひとだから。大丈夫。それに今からあたしも行って、話つけてくる。あんたもあのひとも、そんなことしないってあたしは知ってる。話して、ギィ連れて戻ってくるわ」 「俺も行く」 「駄目。ここで待ってて」 おのれよりずいぶん小さな頭に手を当て、癖のないやわらかな金髪をぐしゃぐしゃと撫でる。ロワジィが少年に告げると、思った通りの答えが返ってきた。きっぱりと首を振ってみせる。 「けど、」 「もう外は暗い。それに、あんたとギィが無実なんだから、花売りの店に押し入ったやつがまだウロついてるってことでしょう。ここで待ってて」 「けど、」 「最初に言ったこと忘れたの?あんたが言ったのよ。旅は道連れだって。……トルグでのあんたの用事が済むまで、あたしは雇われ護衛として、あんたの叔父さんから、あんたの身の安全を引き受けたし、前払いで馬宿の宿泊料金を割り引いてもらってる。面子だってかかってんのよ」 「けど、」 「テオ」 尚も渋る少年の目をじっと見つめ、ロワジィは言った。 「お願い」 「……」 「信用して」 「……わかった」 しばらく黙りこくり、彼女の眼の中を覗きこんでいた少年が、ようやく頷いた。 「ここで待ってる」 それを聞いて、彼女は頷き立ち上がる。いつもの癖で腰に鉞を挿そうとして、鍛冶屋に預けていたことを思い出した。やれやれ。こんな時にね。ため息をつき、仕方なしに小刀を腰の後ろにしまって、見上げる少年の頭に手を置いた。 「今から行って……、朝までかかるかもしれない。きちんと寝るのよ」 「わかった」 「念のため、部屋を変えるわ。ここは相部屋だし、色んな大人が出入りするから……、個室をとるから、そこで寝てて」 「わかった」 頷いた少年をたしかめて彼女は帳場へ行き、部屋の変更と少年をたのむと、宿を出る。ぴり、と夜風が肌を小さく刺した。 夜の気配が張り詰めている。 街灯の火勢が常より強められ、往来に人の姿は少なく見える。まだ宵の口であるから、普段なら酔っ払いがあちらこちらでたむろっているのだろうけれど、花売りの話がもしかしたら広がっているのかもしれない。 急ごう、自分に呟いて、ロワジィは妙に寒い風に襟を立て、男が連れていかれた詰め所へ向かった。 「どういうこと」 開口一番、会わせられない、とにべもなくあしらわれ、語気が強くなる。 「あたしはあんたらが連れてった男の身元引受人よ。会わせられないってなんなの」 「――今は取り調べを受けている」 食ってかかったロワジィに、相変わらずそっけないその衛兵は応えた。 「それに今日の面会時間は終了している。明日出直せ」 「なにが取り調べよ。なにも知らないって言ってんだろ」 衛兵は答えない。硬い石の建物の扉の入り口に立つ彼は、こうして詰め寄る相手に慣れているのだろうと思った。 飽きている、のかもしれないけれど。 「そもそも、あんたらお得意のお取り調べだかをする前に、まず被害を受けた相手に容疑者の面通しをするのがスジだろ。乱暴された当の店の人間が見たら、あのひとがやったか、やってないかだなんて、すぐに判るでしょう」 「店の人間はみな死んでいる」 「死ん、――」 ひゅ、とおのれの喉が息を吸うのを彼女は感じた。 「――死んだ?」 「死んだ。皆殺しだ」 思わずロワジィは押し黙った。少年は強盗と言っていた。だから、ただ押し入って刃物でもちらつかせ、金目の物を奪い、店のものを縛った程度の犯行だとたかをくくっていた。 町の空気がぴりぴりと張りつめるわけだと思った。 「……面会時間っていつ」 「今日の面会時間は、」 「明日の聞いてるに決まってんでしょう」 衛兵の答えを中途でさえぎって彼女は顔をしかめる。こういう杓子定規のお役所仕事だから、公的機関と言うやつは厭なのだ。返事まで固い。 「明朝、五つから面会は可能だ」 「ああそう。じゃあここで明けるまで待たせてもらうけど、いいね」 「ここは、」 言ってどっかりと腰を下ろし動かない構えの彼女を見下ろして、ふと彼が表情を変える。 「……なによ。邪魔?邪魔だってのは知ってるのよ」 少年に、男を連れて戻ると言った手前、手ぶらでは戻れないと思った。そうして少年には言わなかったけれど、男が、自白を強要するために拷問まがいの取り調べを受けるのだと思うと、自分だけ寝床で眠っていられる気分でもなかった。 ロワジィの仕事は雇われ護衛だ。彼女のはかりにかけて、よっぽど許せないものは断ることもあるが、それでも後ろ暗さをほのめかす依頼を受けることもあったし、その分、留置場だの拘置所だのと言った部分と付き合うことも多かった。 市井のまっとうな仕事に就いている人間よりも、だいぶ街道が裏側だ。 だから男が今どんな状態で、どんなことをその身に受けているか、あらかたの予想がついたし、ついたからこそじっとしていられない気持ちだった。 ……こいつらは、自白が取れるなら、骨の一本や二本、平気で折る。 「いや、」 衛兵はじっとロワジィを見る。その目に僅か憐れみが交じっているような気がして、なに、ともう一度彼女は聞いた。 「――少し向こうに明かり窓が見えるだろう」 彼は言った。言われている意図が読めなくて、怪訝に思いながらロワジィは指さす建物の外壁へ目をやる。 そこには確かに、片手の平を広げた程度の四角の小窓があった。 「見えるけど」 「この建物の取調室はあそこにある」 「だから、なんだって、」 「夜明かしするのは構わんが、ここにいると、聞こえるぞ」 「――」 虚を突かれ思わずひるんだ彼女の耳に、その時不意に苦鳴が飛び込んだ。 「――ギ、」 聞き違えるはずがない。彼女の好きな、男の低くて耳に沁みるかすれがちな声。 腰を浮かせた彼女はそのまま口を噤んだ。 途切れがちに窓から漏れる男の声は、呻吟の色が濃い。う、う、う、と短い呼吸がしばらく続いて、それからうーっ、うーっ、と痛みをこらえ、こらえきれずに食いしばった口から漏れるような音が、その小さな窓から聞こえてくる。 「……ちょっと、あんたら、何やって、」 色を失い、彼女はよろめき立ち上がった。あらかたの予想はついていた。けれど、予想がついていたことと、現実に男が拷問まがいの行為を受けて、苦しみ呻いている声を聞くことは、まるで次元が違う話だ。 知らず小窓に駆け寄っていた。ギィ、とロワジィはその小さな四角に向かって叫んだ。窓はだいぶ高い場所にあったので、上背のある彼女でもさすがに手は届かない。 「やめなさいよ!そのひとは無実よ!そのひとは絶対にやってない!」 「無駄だ」 すぐ近くまで寄った衛兵が、彼女に建物から距離をとるように警告しながら首を振る。 「ギィ!」 「あの窓から中に声は届かない。決して届かない。そう言う作りになっている。中から外に聞こえるだけだ」 無感情に衛兵が牽制する後ろから、ひときわ大きな男の苦痛の咆哮が響いた。獣の呻きのようだと思った。 あ、あ、あ、あ、そのあと単発的に言葉にならない吃音。 「……これは、」 関節が外れたのかもしれんなと、衛兵が呟いた。 呟きを聞いてかっとなった。後先考えず、はずみでロワジィは彼の胸ぐらを掴みかかる。けれどその動きは見越されていて、素槍の柄で難なく交わされ、弾かれてしまった。 「一度は見逃がす。次は公務執行妨害でお前もぶち込まれるぞ」 「ぶち込みたきゃあぶち込みなさいよ!いますぐあのひとを放しなさい!」 ――ほら、早く吐いちまえ。なに、認めるだけで楽になれるんだ。手当もしてやる。「俺がやった」、……、そうだろう? ――獲物はどこだ。どこに隠した。 低く尋ねる兵士たちの声と、男の悲鳴が交互に聞こえ、 「……やめてよ……お願い、やめて……」 歯を食いしばり懇願する。耐えられなかった。 突き飛ばされ、したたかに背を打ったが、痛みは感じない。 ざり、と石畳に爪を立て、ロワジィは呻く。呻いている間にも、男の苦痛の声が、小窓から聞こえてくる。 「ひと晩続くぞ」 衛兵は言った。目の前が真っ暗になる思いでロワジィは顔をあげ、無感情なままの彼を見た。 唇はわなないたが言葉は出ない。 彼は最後にちら、ともう一度彼女へ視線を投げかけてから、おのれの持ち場である扉の前に戻っていった。交代の時間まで、また石のように立ち固まっているのだろう。 その動きを呆然と眺めていた彼女の後ろから近づく足音がある。 「なあ、あんた」 近づいた足音は遠慮がちに彼女へ声をかけた。 「……なに、」 聞き馴染みがあるとはけっして言いたくないなと思う。そうしてこの男にも遠慮、というものがあるのかとすこしだけ感心した。 先ごろ別れた小柄の男だ。 「話がある。ここじゃあなんだから、場所を変えて話したい」 「――」 のろのろと頭を巡らせ、ロワジィは背後の小男を見た。 「話すことなんてない」 「あのデカブツ出したいんだろ。あんたにとっても悪い話じゃない」 「――」 ゆっくりと彼女は視線を戻し、詰め所の明り取りの窓を見た。相変わらず男の声が断続的に低く漏れて聞こえて、そうしてもう一度彼女は小男を振り返る。 「出したい」 「じゃあ付いてきてくれ」 ぼつんと素直な気持ちが口からすべってこぼれた。聞くと小柄は頷いて、さっさと背を向ける。その背をぼんやり見送りかけ、それからロワジィは我に返り立ち上がった。 連れていかれたのは路地裏から半分ほど地下にもぐった酒場だ。入り口がまるで穴ぐらだと呆けた頭でロワジィは思う。 酒場には眠っているような顔をした、年老いているのか若いのか、まるで分らない年齢不詳な女が一人いるだけだった。カウンターに肘をつき、入ってきたロワジィと小男のことを見もしない。慣れているようで、小男は勝手に軋む椅子を引き腰を下ろし、彼女にも座るように勧めた。 背を丸め手をすり合わせる様子が、ネズミというよりはモグラだなとふと彼女は思った。 そういえばこの酒場も獣の穴ぐらのようだ。 モグラは言った。 「あいつ、強盗殺人で引っ張られたんだろ」 「それがなに」 眠っていると見えた女が、非常に気だるげな動きでカップに酒を注ぎ、男と彼女の前に無言で押しやり、そうしてまた動かなくなる。 ほかに客もいない。寂れた店らしい。 こんなことをしている場合じゃないのに、気持ちばかり焦っていらいらとロワジィは髪をかき上げる。 「あんたに関係ない」 「ああもうそう突っぱねるなよ可愛いくねぇな」 舌打ちしてモグラは注がれた酒を煽った。 「なあ、俺は三十八だが、あんたいくつだ」 「三十だけど」 「そうか。俺の許容範囲は十代だ」 「……、」 ため息をついて彼女は立ち上がる。関わっただけ無駄だった。どうしてこんな男についてきたりなんてしたのだろう。 気の迷い、とはこういうことを言うんだな。そう思う。あの状況で、なにか打開策があるようなことをほのめかすから、思わず目の前の相手の言葉に従ったけれど、ついてくるべきじゃなかった。時間の無駄だった。 「待てって」 彼女の動きを見て、男が声をかける。 「あたしは忙しいんだよ。絡む相手なら他を探しな」 「赤毛が好きなんだ」 不意に真剣さを声ににじませて男は言った。背を向けかけたロワジィは、発した言葉の内容とはまるで対比的な切羽詰まった声色に、思わず動きを止め、男を振り返る。 「なに」 「赤毛で年増の女を狙って犯しやがる。しかもぶち込むのは殺したあとときた」 「なに、」 「……あんたの連れが巻き込まれている殺しの件な、十中八九、俺の探し人だわ」 「――」 知らず詰め寄り、ロワジィは小男の胸ぐらを掴んでいた。 「あんた、」 絞りだした声は低く震えてしまう。 「あんたがとっとと掴まえてたら、あのひとは、こんなばかばかしいことに巻き込まれなかったってことよね」 「ちょっとちょっと首絞まるから。放せ。放せって」 掴んだまま持ち上げたので、本気で絞まっている。 ぐう、と呻いて男は顔を歪めた。歪めながらその手が腰のあたりをさぐっている。ああこれは反撃が来るなと思った瞬間、剣筋が鈍い光となり、彼女の眼前に迫った。予測していた動きなので、同じように腰から抜いた小刀ではじき返す。 「力任せに絞めるなよクソアマ。俺はか弱いんだ」 「貧弱、の間違いじゃないの」 言いながらもロワジィは男を放し、続きを話せと顎をしゃくって促す。くっそほんっとに可愛いくねぇな。ぼやきながら、男があのなぁ、と言葉を続けた。 「俺だってうすらぼんやりしてたワケじゃねぇよ。依頼主から前金受け取ってるし、期限も切られてるしな。足取り掴んでもうすこしだったのな」 「後からならなんとでも言える。つまり逃がしたってことよね」 「ああもう畜生」 二度目の舌打ちをして、男は艶のないざんばら髪をぐしゃぐしゃと掻きむしった。 「いちいち揚げ足取んなっての」 「続きは」 「……金握らせて、花屋の店の人間の体を検べさせてもらった。ヤツの持ってる刃で切りつけると、傷口の形にクセが残る。必ず切り端が波上にうねってんだ。間違いねぇ」 「確かなの」 体の向きを戻し、そこでようやくロワジィはもう一度椅子に腰を下ろした。 モグラは信用ならない。人相からしてあまりに荒んでいると思う。けれど、同じ稼業相手だからこそ、偽らない部分というものがおそらくたしかにあって、今の話は作ったものでないと理屈抜きにロワジィは信じた。 そもそも彼女を騙しても、彼に何の得にもならないように思う。 「騒ぎが起きる前……さっきの鍛冶屋な。似た傷跡の出る刃ってのが普通に出回っているもんか、店の人間にたしかめた。まず無いそうだ」 「――」 「ヤツが今までに殺した人間が、判ってるだけで十一人。かならず赤毛の女を狙う。頭が赤くてもガキは狙わないし、男も基本は除外だ。使う獲物は波型の刃の短剣。女の下っ腹を集中的にかっさばいて、そのあとかならず犯す。現場は腑の海だぜ。足の踏み場もねぇ。今回、花屋の女将が赤毛だった。残りの娘とダンナは赤かぁなかったが……、まあ、これは、巻き添えだろうな」 「――下種野郎」 聞いて思わず吐き棄てた。男も頷く。 「あんたと同じだなんて身震いするが、そいつに関しては同意見だな。狂ってるよ」 「それで」 ぐいと身を乗り出し、ロワジィはモグラをじっと見据える。 「赤い頭が狙われるから、夜道に気をつけろって、そんな世間話をするために、あんたあたしをここに呼んだんじゃないんでしょう」 「話が早くて助かる」 同じように身を乗り出し、物騒な笑みを張り付けた男が言った。 「ぶっちゃけて言うと、あんた、ヤツに襲われてくれ」 「――」 「あんたは連れを助けたい。俺はヤツを掴まえたい。相互扶助ってやつだ。違うか?」 「――」 そこまで言って男は一度言葉を区切り、がりがり頭を掻く。掻き、しばらく言おうかどうか迷う素振りを見せてから、ようやく口を開いた。 「……内実打ち明けると、切られた期限が迫っててな。期限を超えると今度は俺の首がやべぇ。泳がしたままで次の犯行を待つには、時間がない」 「――」 「ヤツをふん縛って、あのお役所連どもに突きつけてやりゃ、あんたの連れは釈放されると思うが」 「やる」 黙って男を見据えていたロワジィは頷いた。聞いた男がえ、と聞き返す。手伝えと言いながら、承諾されるのは予想外だったらしい。 「やるわ。囮になればいいのね」 「いやいやいや。……いや、そうなんだが、そうなんだけどさ、……、なんてぇの?報酬半分よこせとかさ。そんな危険なことに首突っ込むのは厭だとかさ。なんかもっとゴネねぇの、あんた」 「ゴネたらあんた、報酬半分よこすの」 「よこさねぇな」 「お金なんていらないわ。あのひとがあそこから出られるんでしょう。じゃあ、あとはどうでもいい」 それは彼女の本心だ。聞いた小男が僅かに眉を上げる。 眉を上げると荒んだ顔がややおどけたものになった。この男にもこんな顔ができるものなのだな。ロワジィは感心する。 「……、……ちょっとした好奇心から聞くんだがね。どうしてあんた、そうまでして必死になるんだ?連れって言ったって、結局のところ他人だろ」 「他人よ」 「だからさ」 他人、小さく笑って彼女はうつむく。判っていたのに、ほかの誰かから言われると、すこしだけ胸が痛んだ。 「……あのひと、人間の怒った顔が怖いって前に言ってた」 言ってロワジィは古びてささくれたカウンターに肘をつく。 「獣は平気だ、悪意をむきだしにした人間が怖いって」 「……、」 「尋問なんて、悪意の固まりしかないじゃない。あのひとが犯人だって決めつけて、痛めつければ絶対ドロを吐くと思ってるやつらの集まりでしょうに。……、……あのひとはとても強いひとだわ。冗談みたいに大きな獣を前にしたってびくともしないもの。……でも怖がりで弱いひと。きっと、怯えている」 それは確信だ。聞いてすこしのあいだ男は沈黙した。 やがて、にやにや笑いをすこし納めて、あんた、ぼつんとちいさく呟く。 「え?」 「前会ったときより、すこし変わったな、あんた」 「なに、それ」 「変わった、……なんてぇの?可愛いくなった」 「はあ?」 あんたに可愛いとか言われたってちっとも嬉しくないんだけど。 不快を今度こそむき出しにしてロワジィが眉をひそめると、三度目の舌打ちをした男が、口がすべった。言って彼女の分のカップの酒まであおって唸った。 「今のは忘れろ」 翌朝、五つの鐘が鳴る時分には、ロワジィは詰め所の前にいた。 結局あのあと、酒場で小男と互いに面白くない顔を突き合わせて明け方まで飲むことになった。正直厭で厭で仕方がなかったが、ほかに行くところもなかったのだ。 テオ少年が待っている宿には戻れなかった。この整理が追い付いていない気持ちのまま戻れば、勘のいい少年は、ギィに起きていることを察するだろう。 別の飲み屋に行くという手もあったけれど、飲むなら詰まるところどこでも同じことだったし、囮を引き受けた手前、小男としばらく行動を共にするのだ。厭でも堪えるしかない。 特に話すこともなく、ほとんど無言で、時々ぼそぼそとどうでもいいことを口にして互いに苛つきながら、明け方まで痛飲した。 泥酔した小男はそのまま、酒場のカウンターの奥、女店主が普段使っているのだろう小上がりへ倒れ込んだ。すぐに鼾(いびき)をかきだす。 女は何も言わない。見返る素振りもなかった。ロワジィがちらと顔をうかがうと、迷惑だと言う態でもなかったから、もしかすると、そうした関係であるのかもしれない。 興味もないので聞かなかった。 詰め所前に訪れたロワジィの顔を見て、衛兵がああ、と片眉を上げる。昨日の兵士だ。彼もひと晩の任務だったのだな、どうでもよいことを思った。 面会に来た旨を伝えると、小さくうなずいて、中へ通された。小部屋にまず案内され、そこにあったぶ厚い台帳へ、必要事項を記入するよう伝えられる。 「――面会には監察官がひとり付き添う。監察官の合図で面会時間は終了となる。また、被疑者であるから、格子越しの面会になる。被疑者から三歩の距離をとること。被疑者に触れたり、何かものを渡したりしないこと」 「判った」 ロワジィは頷く。彼女が首を縦にしたことを確認して、哨戒の兵士は表へ戻り、ついて来い、言って監察役のもうひとりの兵士が先に立って歩きだした。 ギィが現在拘束されている場所は、拘置所に当たる。 牢獄ではない。 ないはずなのに、いくつ並ぶ独居房は、廊下に向けて面格子がはまっており、四方を石に囲まれたそこは、どう好意的に解釈してもやはり牢獄だった。 有罪無罪ごったまぜにされてここにぶち込まれた過去の人間がしがみつき、訴え、殴りかかったのだろう、ぶ厚い木製の格子は経年による摩擦でつるつるに角が取れており、手垢やら血の染みやらでしっとり黒光りしていた。 並ぶ部屋に人の姿はほかにない。いま拘束されているのは男だけのようだった。 先導する衛兵について行きながら、がらんとした独房に目をやり、そうしてロワジィは口元を引き結んだ。 男が無実だと、この判らずやどもに声高に主張することは無駄なのだ。判っていた。 そもそも彼らは公務に就いているだけだ。とくべつ男が苛烈な尋問をされているわけではなく、彼らにとっては日常業務なのである。それでたしかに後ろ暗いものが自白する場合もあるのだから、一概によくないからやめろ、とは言い切れないと彼女も理解している。 頭では、理解している。 情に訴えたところで動く相手ではないし、男も釈放されない。結局モグラ男の言うように、物的証拠を突き出すよりほかないのだ。 ……でも、 ふと、昨晩は浮かばなかった疑問が頭に浮かぶ。 ……下衆野郎を詰め所に突き出したとして、それであいつは依頼を達成したと報告できるのかしら。 個人的に報酬を用意し、流れの人間を雇って、見つけてこいと依頼する相手だ。生きたままの身柄も、普通は要求するのではないか。 あとで確認しようと思いながら、先導の兵士が足を止めたので、ロワジィも立ち止まり、独房の中へ目をやる。 「……ああ、……、……」 こらえようと思っていた。 できれば冷静に対処し、現状を説明して、拘束されて不安だろう男へ安心させる言葉のひとつでもかけてやろうと思っていた。 だのに口から呻きが漏れるのを、彼女は止められなかった。 ギィはまったくひどい状態だった。 あちらこちらに痣や縄目の痕があるのは言うに及ばず、顔は殴られ腫れあがっていた。両腕はだらりと下にさがりぱなしで、腕を辿った彼女は肩のあたりがいびつな形に盛り上がっていることに気がつく。両肩の関節がどちらも外れて後ろに下がっているのだった。 綿シャツとズボンは規定に従い支給のものを着せられていたが、サイズがちっともあっていなくて釦は半分外れていたし、窮屈そうで、おまけに血があちらこちらに飛んでいる。 肩が外され全身ぼろぼろで、痛みがない訳はないのに、男はロワジィを見て、表情を緩ませた。 ああよかった、ようやくあんたに会えた、そんな風な気色を浮かべて、まるで邪気のないほほえみを浮かべてみせた。 その顔を見て思わず彼女は格子に近づきかけ、 「止まれ」 監察官の制止の声にぐっとこらえて踏みとどまる。 「……ロワジィ」 顔が腫れあがり発音がやや不明瞭な男は、それでも彼女の名を呼ぶ。 「すまない、」 そうして頭を下げ謝るのだ。 信じられない思いで彼女は格子の向こうの男を凝視し、 「なんで」 唸るように低い声で呟く。 「なんで謝るの」 謝らなければならないのは自分だった。 すぐにでも男の無実を証明し、ここから出してやるのが筋だった。どんな手を使っても、男を今すぐこの劣悪な環境から、救い出してやらなければならないはずだった。 だのに現実は、まず自分が囮になって犯人をあぶりだし、物的証拠と共に詰め所に突き出すしか方法はなくて、男はしばらくこのままだ。 早くてもあと数日はかかるだろう。 無力な自分が情けなかった。 「迷惑ばかり、かける」 男は頭を下げたままそう言う。それから、解雇するならどうかしてくれと、申し訳なさそうに呟いた。 「解雇するって、なに、」 「最初に、契約、周りに迷惑かけるようなら即時解雇する、言った」 「莫迦言わないで」 憮然としながらロワジィは語調を荒くする。 「あんたをここから出すわ」 「……すまない、」 男は悄然とうつむき顔を上げない。 昨晩衛兵が言った言葉がそのままなら、男は一晩中自白を強要されて痛めつけられたことになる。 触れたいと、思った。 なにができるわけでもない。触れたところでなにも変わらない。自己満足だ。 それでも、うなだれる男に触れて汚れをぬぐい、せめて腫れた個所に手を当てたいと思った。 男は両腕が上がらず、垂れて半分固まった鼻血すら、おのれで拭えていないのだ。 「絶対にあんたをここから出すから」 くり返した。爪が食い込むほどこぶしを握りしめる。 「出して、あんたのことぶん殴った連中、ぶん殴り返してやる」 「ふ、」 静かに激怒する彼女がおかしかったのか、男がわずかに顔を上げる。 ――……笑った。 心臓のあたりがどうしようもなく痛い。ぶちぶちと音を立てて筋が引きちぎれていくようだ。 不意に数度、監察官が咳払う。 思わせぶりな痰切れに、ふとロワジィが目をやると、彼はそっぽを向き壁にもたれ目を閉じるところだった。薄眼を開けて一度だけロワジィを見やり、それからまたすぐ目を閉じる。 見逃す、と言っているのだ。 感謝するのもそこそこに、ロワジィは男に近づいた。格子に手を置き、あらためてその頑丈さとぶ厚さに眉をしかめる。間から手を伸ばし、男の顔に触れた。 「ギィ」 伸ばされた手のひらに戸惑うようにしながら、男はすり、と頬を寄せる。右のまぶたは腫れていたので、満足に開いていない。 いかつい顔。 「ごめんね。……すぐに出してあげられなくて本当にごめん」 「大丈夫。殴られる、慣れている」 「こんなの、慣れることじゃないわ……、」 手ぬぐいでロワジィは男の顔を拭った。できれば濡らしたもので綺麗にやってやりたかったが、ここには水がない。それでも鼻の下と頬に擦られた汚れを擦ってとってやると、だいぶましな顔になった。 「いいにおいがする」 こんな時だと言うのに、男は拭われ嬉しそうにそう言う。 「あんたのにおいだ」 おのれの唇が震えるのが判った。 それ以上言葉がどうしても浮かばなくて、彼女は監察官が面会の終了を告げるまで、ずっと黙ったきり、男の頬を撫で続ける。 「……これは、俺のひとりごとだが」 面会を終え、小部屋に戻る途中で、監察官の兵士が呟く。 「取り調べは今朝方まで続いた。数日は抑留にとどまるだろうな」 「――」 兵士の意図がつかめなくて、ロワジィは訝しんでその背を眺める。先だっても規定に目をつぶる素振りを見せていたし、今度は内内の情報を漏らす。 「尋問休むってこと?」 「ひとりごとだと言っている」 その背は振り向かない。眉根を寄せて彼女は困惑した。 「尋問に関わった人間は三名だが、その三名とも被疑者はシロだと判断している」 「え、」 「釈放はない。ただの個人の感想だ。だから公的には何も執行力はない――だが、長年こうした仕事をしていると、連れてこられる被疑者の面構えでだいたいの予測はつく」 「――」 「無論外れることもある。だから、一連の段取りを、独断で手加減するわけにはいかないのだが」 「――」 入り口近くの小部屋に戻り、戸口の手前で足を止めて、監察官の衛兵は肩越しにロワジィをうかがった。 「まず犯行に及ぶ際に使用したと思われる凶器が、現場からも被疑者からも見つかっていない。かなり特殊な刃物だと言うのが鑑識したものの意見だ。だから今は犯行動機ではなく、刃物の在りかを供述するよう求めているのだが、知らないの一点張りだし、取り調べを受けながら、被害者の一家をしきりに案じていた。店の人間はどうなったのだ、刃物ということは怪我をしたのか、自分が店を訪れたことで、なにかよくないことに巻き込んでしまったのだろうか、だとしたら申し訳ない――、」 「――」 「あれは本当に案じていたのだと思う」 「――それを、」 兵士を追い越し、詰め所の入り口の扉に手をかけ、外に立つものに開けるぞと合図しながら、ロワジィは応える。 「それを判っててでも釈放はしないってことよね」 「まあ、規則だからな」 「疑わしきは罰せずって言葉ここにはないのかしら」 「罰してはいない。あくまでも『尋ねて』いる」 「あたしに言ってどうしようっていうの」 「さあ。ただの罪滅ぼしか。言うことでこちらの罪悪感が少しは和らぐ、という……、」 「長いひとりごとね」 鼻で笑って覚えたわ、彼女はぎらぎらと剣呑な瞳を監察役の兵士へ向けた。 「教えてくれてありがとう。無罪放免釈放の日には、あんたをまずぶん殴る」 「そうか」 まんざらでもない顔をして、衛兵は頷く。 「楽しみに待っている」
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autolink KW/W11-082 カード名:水着のクド カテゴリ:キャラクター 色:青 レベル:2 コスト:2 トリガー:1 パワー:7500 ソウル:2 特徴:《動物》?・《科学》? 【永】あなたの《科学》?のキャラが3枚以上なら、あなたの手札のこのカードのレベルを-1。 でもそんな恐がり屋さんもきらいじゃないです レアリティ:R illust.- 10/09/01 今日のカード。 Lv2のカードで、「手札のこのカードのレベルを-1」の効果を持ったのはこれが初めてとなる。 条件である「舞台に《科学》のキャラが3枚」というのは、《科学》持ちが多いであろうクドわふたーでは比較的達成しやすいと思われる。 しかしレベル1でこのカードを早出ししてもパワーは7500、と最近増えてきた1/1/7000と500しか違わないためやや心もとない。 ネオスタンで組めるリトルバスターズ!内にはこのカードとパワーが同じ1/2バニラの“マスコット”クドもいるが、 こちらは場に出ればレベル2なのでサイドアタックを通しづらい上、両手いっぱいの花束ハルヒやレベル1相討ちといった、レベル1以下を対象にとる能力を受けないというメリットがある。 またガルデモのリーダー 岩沢などのレベル2以上対象の応援効果も受けられる。 ただ、Lv2であることが必ずしもメリットかというと、「“頑張り屋さん”クドでノーコストでLv1以下動物を引っ張って来る」という芸が、“マスコット”クドなら可能だがこのカードでは出来ないという欠点もある。その点も留意したい。 “マスコット”クドと違いソウルは2であるので、早くからソウル2で殴ることができるが、下手にダメージが上がり相手が先にLv2になるとこちらが不利になることもあり、必ずしも利点となるわけではないので注意したい。 ・関連ページ 「クド」? 《科学》?
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autolink SY/W08-034 カード名:ネコミミ 鶴屋さん カテゴリ:キャラクター 色:緑 レベル:1 コスト:0 トリガー:0 パワー:3000 ソウル:1 特徴:《オデコ》?・《動物》? 【自】[①]あなたのキャラのトリガーチェックでクライマックスがでた時、そのカードのトリガーアイコンが袋なら、あなたはコストを払ってよい。そうしたら、あなたは相手のキャラを1枚選び、そのターン中、パワーを-1000。 【自】絆/「ネコミミ みくる」[①](このカードがプレイされて舞台に置かれた時、あなたはコストを払ってよい。そうしたら、あなたは自分の控え室の「ネコミミ みくる」を1枚選び、手札に戻す) どうにょろ? レアリティ:U illust.- 谷川流・いとうのいぢ/SOS団 初出 メガミマガジン2007年1月号 一つ目の自動能力はトリガーで袋アイコンが出たときに発動できる能力。 処理のタイミングがトリガー解決の後なので袋トリガー→山札から1枚ストックへ→トリガーした袋をストックへ→コスト支払い、の流れとなり ストックに流れたCXを処理することができる。 また袋トリガーなため、1コスト支払っても差し引き1コスト増えている。 だが同じような自動能力持ちの両手いっぱいの花束ハルヒと違い、応援効果を持っていないため後列に置いておく意味はなく、 パワーも1レベルでありながら0/0バニラと同等程度なため前列に置いても複数ターン生き残らせることは難しく、狙って発動させづらいのが難点か。 ニつ目の自動能力はネコミミ みくるとの絆。 ネコミミ みくるはクライマックス封じのCIP能力をもっているため、舞台に出た次のターンにこのカードで圧殺→回収とすることで コストはかかるもののCIP能力を再び発動させることが可能。 ネコミミ みくるを採用しているデッキなら活躍が期待できるかもしれない。 ・関連カード カード名 レベル/コスト スペック 色 備考 ネコミミ みくる 3/2 10000/2/1 緑 絆
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autolink RG/W13-053 カード名:学園生活 美琴 カテゴリ:キャラクター 色:赤 レベル:0 コスト:0 トリガー:0 パワー:2500 ソウル:1 特徴:《超能力》?・《カエル》? 【自】[①]あなたのキャラのトリガーチェックでクライマックスがでた時、そのカードのトリガーアイコンが2なら、あなたはコストを払ってよい、そうしたら、あなたは自分の控え室のキャラを1枚選び、手札に戻し、自分の手札を1枚選び、控え室に置く。 どっか遊びに行こっか? レアリティ:R illust. 前作の先輩と後輩 美琴&黒子の難点としてトリガーしてしまったクライマックスをすぐさま処理できないという 難点を解消した1枚。後列での応援と除去という効果を持った両手いっぱいの花束ハルヒと比べると、舞台にとどまる ことは考えづらいので、あくまでレベル0という早い時期にクライマックスがストックに埋まる保険としての運用になるか。 赤の利点である扉トリガーを積まず、トリガー2を8枚積んだ場合にもっとも効果を発揮するだろう事から、採用される デッキを選ぶことになるだろう。 だがレベル0なため色が合わずともデッキに入れることができ、 トリガーがソウル+2のクライマックスを多用するデッキなら挿しておくことで手札の質の向上とストックにクライマックスが埋まる危険性の低下が狙える。 なお、トリガーしたカードが山札の最後のカードの場合にこの効果を使うと、 トリガーステップでソウル+2のCXをめくり、解決領域に置く(このカードの自動能力が待機状態に)。 ↓ 山札の再作成を行う(リフレッシュ処理)。 ↓ アタックキャラにソウルを+2して、解決領域のCXカードをストックに置く(トリガーの解決)。 ↓ 山札の上からカードを1枚クロック置き場に置く(リフレッシュポイント解決処理)。 ↓ (クロック置き場が7枚になった場合レベルアップ処理を行う。) ↓ コストを1払い自動効果を解決。 といった流れになり、トリガーしたCXはリフレッシュすることはできず、控え室が空になるので、レベルアップが無いと控え室からのサーチができず、手札を1枚控え室に戻すだけになることに注意。