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ビッグタウン スーパーミュータントや奴隷商人、レイダーたちの影に怯える小さな集落。主人公の行動次第で彼らの運命が決まる。 メインクエスト経由ではリトル・ランプライトのスティッキーから、またサブクエストの Strictly Business でも場所が判明。 サブクエストBig Trouble in Big Town ミニクエストBittercup Runneth Over Ticking Timebomb Big Trouble in Big Town 概要 スーパーミュータントの脅威にさらされているビッグタウンをめぐるクエスト 発生条件 ビッグタウンに入る、もしくはジャーマンタウン警察本部でレッドかショーティを救出 主な流れ 住人に話を聞き、拉致された人々の連れて行かれた場所がジャーマンタウン警察本部である事を聞き出す。 ジャーマンタウン警察本部に入り、探索。 レッド (女性) とショーティ (男性) を救出。 ビッグタウンに2人を連れて行く。着いたらレッドと話してクエスト自体は完了。 レッドとの会話の中でスーパーミュータントへの対応策を話し、襲撃に備え撃退する、もしくは単身で殲滅する。 詳細と補足 クエスト発生 ビッグタウンに入る前にジャーマンタウン警察本部に進入し、拉致者を救出してもクエストは発生する。 最初に話しかけてくる見張りのダスティとの会話の選択によっては、全員と戦闘になってしまうので注意。 ジャーマンタウン警察本部探索 入り口は2つあり、"警察本部-最上階" (2階) の入り口と"警察本部-1F"の入り口。前者は施錠されていないのでこちらから普通は潜入することになる。入って左の部屋で、スーパーミュータントたちがビッグタウンや誘拐してきた人々の扱いについて話している。結構長い会話なので壁越しに聴いてみよう。 後者は施錠 (VERY HARD) されているが、探索を手早く済ませられる。ただし必要スキルが非常に高いため普通にこのクエストを攻略する頃はまず破れない。 また、1階からは"警察本部-地下1F"にもつながる。 1階の武器庫(難易度HARD)にはレーザーライフルと中華アサルト、地下1階の武器庫(難易度NORMAL)にはヌカランチャーがある。 各所に地雷やワイヤーが仕掛けられているので要注意。室内は暗いのでライトを点灯させ、足元を見ながら進もう。部屋内で戦闘を行うと誤って地雷を踏んでしまうこともあるため、なるべく通路での戦闘を心がけたい。 レッドは"警察本部-1F"、ショーティは"警察本部-地下1F"にいる。 1階の制圧を行う時は、911ターミナルからサイレンを鳴らすと一定の位置にスーパーミュータントをおびき寄せられるので、そこに地雷を仕掛ける→サイレンを鳴らすを繰り返すと楽。もたもたしていると、レッドが見張りのスーパーミュータントに殺害されることがある。 "警察本部-地下1F"に降りた後に、もたもたしているとショーティは殺されてしまうので注意。敵は1体だけなのでさっさと突入して制圧しよう。ショーティを見張っているスーパーミュータントを殺した後も、なぜか会話を続ける場合がある (ショーティが独り言を言うだけならまだしも、ミュータントの死体もちゃんとしゃべるから恐ろしい)。 ショーティはサブ目標扱いなので、レッドだけでも救出すればクエストは完了扱いになる。なお、レッドが死んだ場合もその場でクエスト失敗にはならず、ビッグタウンに報告することになる。 救出後 ファストトラベルでビッグタウンに飛んでもOK。 レッドとショーティは町に着くまでの間、話しかけて持ち物にアクセスできる。よって、防具や武器を持たせると生存率が上がる。「レッドの作業着」と「レッドのバンダナ」はユニーク防具。この時ならば簡単に手に入る。 また、町に連れ帰った後もそのまま装備を持たせておけば、クエスト完了後のスーパーミュータントの襲撃にも役立つ。レッドは Medicine 72 で戦闘系スキルの適性なし、ショーティは Small Guns スキルが63。 レッドと話すと報酬が得られるが選択により変動する。報酬はいらないと言うとカルマ上昇、報酬を求めると300キャップもらえる。 報酬をもらった上に更にスピーチで請求し成功すると、追加で200キャップもらえるがカルマが低下する (住民への医療資金からと発言)。 しかしこの追加分は返金も可能で、その場合はカルマは上昇する (相殺して+-0)。 返金しない場合治療費が無料になるサービスが受けられず、通常50キャップのところ75キャップ取られるようになる。 スーパーミュータントの襲撃 クエスト完了後、レッドと会話を続けるとスーパーミュータントの襲撃への対応策をどうするかという話になる。主人公の所持するスキルにより提案できる案が増減。スキル値50以上で選択肢に加わる。Explosives のスキルが高いと「地雷原を作るんだ (プレイヤーが住人を連れて、町の入り口などに地雷を実際に設置してみせる。設置場所によっては住人が誤爆する事もあるので注意)」。 Science のスキルが高いと「ロボット・ディフェンダーを連れてくるべき (プレイヤーが住人を連れて、ビッグタウン内にあるスクラップ置き場に転がっているロボット2体を修理してみせる)」。※ロボットが消える場合あり、要注意。下記のバグ情報を参照のこと。 ロボットを修理してもスーパーミュータントが襲撃してこない場合は、ビッグタウンの入り口 (橋を渡る手前) 付近で待機するか、どこかにFTしてすぐ戻ればイベントが発生する。あまり長時間放っておくと村人が消える (全滅扱い) ので注意。 FTして戻った場合は、遠くの方 (北東の家の陰) から道なりにSMがやってくる通常のパターンではなく、村の中心にいきなりSM全員が湧くパターンになることもあるので村人が死に易い。待機して粘ることをお勧め。 Small Guns のスキルが高いと「銃の撃ち方を教えてやる (ビッグタウン内にあるスクラップ置き場に設置された標的に向かい、プレイヤーと住人全員で射撃訓練をする。プレイヤーが射撃すると他の住人も手持ちの銃器を持ち、並んで射撃し始める。射撃位置から標的までの距離はかなり短いので、事前に住人にミサイルランチャー等をスリ渡していると酷い事になるので注意)」。 Sneaking のスキルが高いと「スニーキングと隠れ方を教えてやる (無人の町であるように装い、スーパーミュータントの攻撃をかわすための訓練をする。住人が見ている前で何度かスニーキング移動をしてみせればOK。といっても襲撃時にそこまで上手く隠れる訳ではないので注意)」。 どれにも該当しない場合、「自分が待機して殺す」「そっちで何とかしろ」の2つのみ。どちらにしろすぐに後述の襲撃が来る。 それぞれの対応策に関する訓練が終わると、スーパーミュータントが襲撃してくる (2体が2回に分けて出現、武装は最弱種だが通常の個体より固い)。住人の死亡者なくこれを撃退できるとカルマ上昇。 上記のどの対応策を取ったかで、ランダムイベント「ビッグタウンに向かうスカベンジャー」でのスカベンジャーの会話内容と、最初に取り扱っているアイテムが変化する。 その他 ビッグタウン、レッド診療所にある記録テープ Wanted Trustworthy Surgeon は、サブクエスト The Replicated Man に関係。 レッド自身はサブクエスト Strictly Business に関係。 レッドが囚われている隣の牢屋 (ロックEASY) には、「空飛ぶバナナは話せない」という謎のメモが落ちている。ちなみに空飛ぶバナナ=空想の産物。それが話せない。つまり絵空事で物事は語れないという意味。 報酬 経験値 300XP 医療品 300キャップ (スピーチ成功で合計500キャップ) バグ情報 スクラップ置き場にロボットが転がっていないことがある。ロボットを修理する選択肢を選んだ場合、スクラップ置き場のロボットが消えてしまい、進行が止まるとの報告がある。 早めにビッグタウンに行くとわかるが、選択肢を選ぶ前からロボットはある。 ファストトラベル直後にロボットが吹っ飛んでいくのを見たという情報もある。事実この種のロボットの残骸は物理演算に不備があるらしく、たまに見えなくなるほど遠くに吹っ飛んでいくことがある。「消える」というのはおそらくこれが原因。 とはいえ、仮に遥か遠方まで飛んだロボットを発見できたとしても、到着前にビッグタウンは壊滅してしまうだろう。 レッド救出後、ロボットがなくなっていたら修理はあきらめるか、ロボットがある内に早めにレッドを救出するしかないかも。 ビッグタウンにはロボットが2体いるが、大抵遠くまで吹っ飛んでいるのは軽いプロテクトロン。 ロボットが遠くに吹っ飛んでいた場合、ビッグタウン住人のいずれか一人、もしくは複数が、吹っ飛んだロボットがある場所まで案内するかのように歩いて行くことがある (それに関する会話などは全くない)。かなり遠距離の場合もあるので警護しながらついていこう。ロボットをプレイヤーが起動した直後住人は猛スピードでビッグタウンに戻って行くが、住人が戻るまではSM襲撃は発生しない模様。 プレイヤーがロボットを1体修理すると、住人の一人がそれを見てもう1体のロボットを修理しに向かう模様。そのもう1体が遠くに吹っ飛んでいる場合でも、自分で修理してダッシュで戻ってきてくれる。ただしその道中でフィールドの敵に殺される場合もあるので注意。 襲撃の個体数変化について。通常は最初に2体、続けて増援の2体の計4体。 しかし、いきなり3体同時に襲ってきて増援が来なかったり、第1波を撃破直後にカルマが上昇し増援はなしなど、いくつかのパターンがある模様。 総じてカルマ上昇が終了の合図なので、上昇しない場合は増援ありと思って間違いない。 無限経験値稼ぎ (日本語版 Xbox 360/PS3修正前限定) ビターカップに話しかけ、恋愛話を持ちかけて「え、なに?」と答えたら「何もないけど」と答えて会話を終了させる。 その後パピーと話すと消滅しないスピーチ判定が発生するので、延々と続ければ楽に経験値 (多くはないが) とスピーチ回数を稼げる。 PC版は、公式パッチ/1.1.0.35で修正された模様。 Bittercup Runneth Over 概要 ビッグタウンのビターカップからプレゼントをもらう 発生条件 ビッグタウンでビターカップと話す 主な流れ ビターカップと会話を進め、「ビターカップ、言いたいことがある」を選ぶ。 その後の選択肢は好きに進めてよい。 再度、ビターカップと会話するとプレゼントをもらえる。 報酬 ビターカップから24時間おきに、何らかの消費アイテムのプレゼントがもらえる。 Ticking Timebomb 概要 レッド診療所のタイムボムを手術する 発生条件 レッド診療所に入り、タイムボムの様子を見る 主な流れ レッド診療所のベッドで、怪我人タイムボムが手術室で横たわっているのを発見する。 タイムボムの様子を見ると、処置を選択できる。手術をする場合 (Medicine スキルが40以上ならば、選択肢が出る)タイムボムを回復させることができる。以降は普通に町をうろつくようになる。 スピーチ判定で治療の報酬を請求できるが、5キャップしかもらえない。 また、レッドがHP回復を無料でしてくれるようになる。 いっそのこと楽にしてやる場合選択肢で動脈を切り開いて死亡させると、「この、人でなし」とメッセージが出る。 カルマが低下する。 詳細と補足 レッドの救出、スーパーミュータントの襲撃を撃退してから治療したタイムボムに話しかけると (治療自体は救出・襲撃前でも可)、「ビリヤードボール(ラッキー8)」がもらえる。所持するだけでLuckが1上昇する優れもの。衣服のステータス上昇とは違い、ボブルヘッドと同様に Perks の取得条件に適用される。 報酬 タイムボムの手術が成功した場合ビリヤードボール(ラッキー8) スピーチ判定成功で5キャップ リンク The Vault (英wiki)
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ビッグタイヤ ブルーシティで入手可能なタイヤ。 チョロQではおなじみの巨大なタイヤで、イエロータウンのレース等で効果を発揮する。 また、一部のイベントや宝箱の入手にも必要。 パーツ性能 普通のタイヤでは超えられない段差を乗り越えることが可能。 グリップ力はオフロードと同等? 名前 コメント
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autolinkTOP>【や】>ヤングタウン ヤングタウン (やんぐたうん) 分類5【題名】 ジャンル5【その他・作品・番組】 ヤングタウンホームページ http //mbs1179.com/yando/ 中学校に入って深夜ラジオを聞き始めた。 オールナイトニッポンももちろん聞いてたけど好きだったのはヤンタン。 昔は毎晩放送していた毎日放送(MBS)のラジオ番組『MBSヤングタウン』。 中でも月曜日の明石家さんま(杉本高文)の放送は面白かった。 曲も流さず、長江健次と大津びわことマー坊を相手に、さんま喋りまくり状態。 時代は流れ現在は土曜と日曜のみの放送となり、さんまは土曜日担当。 最近は「モーニング娘。」関係をレギュラーに迎えての放送で絶妙な会話が面白い。 それにしても20年以上変わらずの勢いで頑張ってる「明石家さんま」は凄い。 登録日 2004/08/06 【や】一覧 ヤイバーレコチェンジャー 喧しい 野外プレイ 焼肉 野球仙人 八木裕 優しそう やしきたかじん 安田大サーカス 八つ当たり ヤットデタマン 矢野輝弘 矢野シュー 病は気から 山崎和佳奈 山田太郎 山ねずみロッキーチャック 山内明日 山村刑事 山村美紗 やる! ヤングタウン ■ トップページへ移動 ▲ このページ上段に移動
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東の海 ポルスター諸島 ローグタウン 始まりと終わりの町。 施設 派出所 ローグタウン海軍派出所 スモーカー、たしぎ、マシカク 2年前に離任 ブティック ROBECCA HANBERG ハンガー ANTIQUE HOUSE 武器屋 ARMS SHOP いっぽんマツ 魚屋 Fisherman King uotome サピー 処刑台 特別処刑台 2年前に倒壊 学校 ローグ第2小学校 ユウ 港 西の港 ゴーイング・メリー号が停泊 住民 ローグタウン海軍派出所 大佐 スモーカー 2年前に離任 曹長 たしぎ 軍曹 マシカク ブティックの店員 ハンガー 武器屋の店主 いっぽんマツ 魚屋兼漁師 サピー 小学生 ユウ 出身者 ゴール・D・ロジャー 関連項目 シャンクス、バギー、ジュラキュール・ミホーク、サー・クロコダイル、ドンキホーテ・ドフラミンゴ、ゲッコー・モリア、モンキー・D・ドラゴン、イエス海賊団、バギー&アルビダ連合
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ローグタウン イベントのみ。ルフィに懸賞金3000万ベリーがかけられる スモーカーとの攻防は残念ながらありません。 イベント後、クリア マップにグランドラインへの道が現れる 双子岬へ
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【ローグタウン】 いっぽんマツ・・・平野正人 【バギー アルビダ連合】 バギー・・・千葉繁 アルビダ・・・松岡洋子 モージ・・・宗矢樹頼 カバジ・・・遠藤守哉 リッチー・・・稲田徹 【海軍本部】 大佐(現准将) スモーカー・・・松尾銀三→大場真人 曹長(現少尉) たしぎ・・・野田順子 中将 ジョン・ジャイアント・・・佐藤正治 少佐 ブランニュー・・・山田伸一 【革命家】 モンキー・D・ドラゴン・・・柴田秀勝 【ロジャー海賊団】 ゴール・D・ロジャー・・・大塚周夫
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MBSヤングタウン(エムビーエスヤングタウン)は、MBSラジオ(毎日放送)が深夜に放送しているラジオ番組。 1967年10月2日に『歌え!MBSヤングタウン』として放送開始。通称 ヤンタン 。 概要 1960年代後半から深夜番組の黄金期を築いてきた番組。一時は、毎日22時から放送していた。 当番組へのレギュラー出演で人気を博したことを機に、活躍の場を全国にまで広げた著名人は、桂三枝(現・六代 桂文枝)、笑福亭鶴光、谷村新司、笑福亭鶴瓶、明石家さんま、嘉門達夫 、ダウンタウン、渡辺美里、つんくなど多数にのぼる。また、現在に至るまで、曜日ごとの放送を指す場合に『ヤン○』(○は放送曜日の頭文字、「月曜日」の場合には「ヤン月」)という略称を用いることが多い。 なお、MBS以外のラジオ局が制作・放送した『ヤングタウン』のうち、TBSラジオが1969年10月から1986年9月まで関東ローカルで毎週土曜日に放送していた『ヤングタウンTOKYO』シリーズは当番組の姉妹番組に当たる。NRNに加盟する地方局への裏送り番組として1975年4月から1986年3月まで文化放送が制作していた『ヤングタウンAM』については、「(『MBSヤングタウン』『ヤングタウンTOKYO』に次ぐ)第3の『ヤングタウン』」と呼ばれていたが、当番組とは直接の関係がない。 歴史 番組開始までの経緯 1960年代前半までのMBSラジオ(MBS)は、在阪ラジオ局の聴取率において、ラジオ大阪(OBC)・ABCラジオ(ABC)の後塵を拝していた。特に深夜帯では、『アナウンサーコーナー』(OBCが開局直後から放送を開始)と『ABCヤングリクエスト』(ABCが1965年4月から『ヤンリク』の愛称で生放送)の前に、大きく水をあけられていた。 MBSでは1967年春に、当時ラジオ制作部のディレクターで一番若かった渡邊一雄が、ラジオ編成部からの指示で若者向け深夜番組の準備を開始。テンポの早いトークで進行しながら、フォークソングやロックをふんだんに流す番組の計画を練り上げた。 ちなみにMBSでは、当番組の本放送を始めるまで、平日の深夜に15分間・半年限定のパイロット番組を放送。渡邊は、入社2年目ながら長髪などで「若者の兄貴分」という雰囲気を漂わせていたスポーツアナウンサー・斎藤努を、この番組のパーソナリティに抜擢した『ヤンタンの時代。』第一章「みんな名もない新人だった 斎藤努編」より。 1960年代 渡邊は本放送を前に、聴取対象を25歳以下の若者に限定しつつ「子供向きの内容」にしないことや、彼らに連帯感を持たせるべく毎日放送千里丘放送センター(当時)内で最も広い第1スタジオで放送日の夕方に公開収録を実施することを決定。『歌え!ヤングタウン』というタイトルで、1967年10月2日(月曜日)から本放送を開始した。 開始当初は、24 10 - 26 00の時間帯で放送。斎藤が全曜日の公開収録で司会を務めるとともに、高橋キヨシ(ギタリスト)と十川尚子(ピアノ・エレクトーン奏者)をレギュラーに起用した。また、関西地方で活動するアマチュアのフォークグループ(アマチュアバンド)2組を日替わりで出演させるとともに、プロのバンドやフォーク歌手を随時ゲストに迎えていた『ヤンタンの時代。』第二章「『ヤンタン今月の歌』関西に新しいフォークが生まれた ザ・フォーク・クルセダーズ編」より。。ちなみに、第1回のゲストは、当時アマチュアで活動していたザ・フォーク・クルセダーズであった前出の「ザ・フォーク・クルセダーズ編」より。当番組への出演時点で解散を決めていたが、出演直後に『帰ってきたヨッパライ』(自主制作によるLPレコード『ハレンチ』の収録曲)が空前の大ヒットを記録した。。 本放送に際しては、MBSラジオ編成部の計らいで、自社制作番組では最も多額の予算を付けられていた。開始当初こそ公開収録への人出や局内の評価は芳しくなかったが、回を重ねるたびに収録への参加者が増加。ヴィレッジ・シンガーズをゲストに迎えた公開収録(1968年1月)に観覧希望者が殺到したことから、以降の放送では、往復ハガキでの応募を条件に観覧希望者へ参加整理券を配布するようになった『ヤンタンの時代』第一章「みんな名もない新人だった 斎藤努編」より。 1968年からは、当時MBSのテレビ部門(MBSテレビ)で毎週日曜日に放送していた『スミ子と歌おう』(自社制作・公開収録による坂本スミ子司会の音楽番組)をヒントに、オリジナルソングを毎月1曲ずつ放送する「ヤンタン今月の歌」(後述)を始めた『ヤンタンの時代。』第二章「『ヤンタン今月の歌』関西に新しいフォークが生まれた ロック・キャンディーズ編」より。『スミ子と歌おう』は当時、MBSテレビで毎週日曜日の午前9時台に放送。エンディングで坂本が「今月の歌」を披露していた。『戦争は知らない』(寺山修司作詞・加藤ヒロシ作曲)も、最初は「今月の歌」として発表されていた。しかし、斎藤は同年4月から、プロ野球中継の実況・リポーターも兼務。当番組への出演日が週の前半(月~水曜日)に限られるため、放送開始後のオーディションを経て月曜日の1コーナーにレギュラーで出演していた桂三枝を、週の後半(木~土曜日)の司会に抜擢した。同時に、収録中の演奏を希望するアマチュアバンドの応募件数が増加の一途をたどっていたことから、千里丘放送センター第一スタジオなどで定期的にオーディションを実施するようになった前出の「ロック・キャンディーズ編」より。後に当番組でディレクターを務める大谷・増谷も、学生時代にオーディションへ参加していた。。 これを機に、番組の聴取率は、当時の深夜番組平均の20倍に相当する4%にまで上昇『ヤンタンの時代。』第一章「みんな名もない新人だった 斎藤努編」より。当時駆け出しの落語家だった三枝を、一躍スターダムに押し上げた。また、MBSテレビでは、1969年7月から斎藤・三枝の出演で『ヤングおー!おー!』(毎日放送千里丘放送センター内のミリカホールを中心とした公開収録番組)を放送。同年10月からは、MBSラジオの系列局・TBSラジオでも、毎週土曜日に公開生放送形式で『ヤングタウンTOKYO』を開始した。 ちなみに三枝は、当番組と並行しながら、『ヤングタウンTOKYO』にも放送開始から1975年9月までパーソナリティとして出演。毎週土曜日に大阪で当番組の収録を済ませてから、飛行機による移動を経て、当日の夜に東京で『ヤングタウンTOKYO』の生放送に臨んでいた。 1970年代 1970年には、『ヤングおー!おー!』や大阪万博(千里丘放送センターの近隣で開催)の人気に押されるかのように、当番組への参加者が激減。『ヤングおー!おー!』が軌道に乗ったこともあって、当番組では同年9月に公開収録をいったん終了した『ヤンタンの時代。』第二章「『ヤンタン今月の歌』関西に新しいフォークが生まれた 北山修編」より。。 1970年10月からは、千里丘センター内ラジオスタジオからの生放送へ移行するとともに、番組タイトルを現在の『MBSヤングタウン』に改称。当番組を放送する前の「初心」に還ることを目的に、斎藤を含むMBSの男性アナウンサーと女性タレントのコンビ(後述)が、週2日ずつパーソナリティを務めるようになった『ヤンタンの時代。』第一章「みんな名もない新人だった 笑福亭鶴光・角淳一編」より。しかし、半年後にタレントのレギュラー出演を復活させるとともに、お笑い主体の路線へ回帰。また、土曜日のみ公開収録を再開させたうえで、人気のアーティストやバンドを週替わりでゲストに迎えるようになった。 大阪府住宅供給公社が泉北ニュータウン内の堺市三原台に完成させた若年勤労単身者向け居住街区を「ヤングタウン」と命名した1972年ただし、大阪府は2000年代の前半に、「ヤングタウン」関連の事業を廃止。同事業向けに建てられた集合住宅も2012年2月までに解体されたため、「ヤングタウン」は南海バスの停留所に名を残すだけになった。には、4月に「今月の歌」を終了させる一方で、10月からは、放送時間を3時間に延長。1973年4月には、24 00からだった放送開始時間を22 00にまで繰り上げた。 1976年・1977年の在阪ラジオ局聴取率調査では、当番組の平均聴取率が10%台にまで到達。在阪全局・全番組では、谷村・ばんばひろふみ・佐藤良子(当時MBSの契約アナウンサー)が出演する「ヤン水」が1位、鶴光の相手を角淳一と佐々木美絵(いずれも当時は同局アナウンサー)が務める「ヤン木」が2位を記録している。なお、この時期を境に、MBS全体の聴取率もOBC・ABCを上回るようになった『ヤンタンの時代。』第一章「みんな名もない新人だった 笑福亭鶴光・角淳一編」より。この影響で、ABCは『ヤンリク』のリニューアル、OBCは1970年から裏番組として放送してきた『バチョンといこう!』シリーズの終了を余儀なくされたという。。 1980年代 『歌え!ヤングタウン』時代から当番組への出演を続けてきた三枝は、1979年12月1日(土曜日)の放送を最後に勇退。同年4月からレギュラーで共演していたさんまが、後任のパーソナリティに起用された。この時期から、鶴光・谷村・ばんばに加えて、さんま・紳助・原田伸郎・やしきたかじん・嘉門達夫・西川のりお・チャゲ 飛鳥など多彩なパーソナリティが台頭。ある曜日のパーソナリティが別の曜日の放送にもゲストで登場するなど、曜日の枠を越えながら番組を盛り上げるようになった。 また、土曜日の公開収録を1985年3月で終了させる一方で、リスナーも参加・鑑賞できるイベントを積極的に実施。「ヤンタンオールスターズ」(出演者・スタッフで結成した草野球チーム)が松山千春・とんねるずなどの芸能人チームと対戦した「ヤンタン野球大会」(後述)や、1981年にSABホールで開かれた角・鶴光による「ど角・ど鶴のええか、ええかコンサート」などはとりわけ人気を博した。その一方で、長年のライバルであった『ヤンリク』は、1986年10月3日で20年半もの歴史に終止符を打っている。 なお、1980年代の後半には、金曜日のみ『MBSヤングタウン』と『ヤンタンキンド館』の2本立て体制で放送。月~木曜日にも一時、『MBSヤングタウン』の後に、姉妹番組として25時台に『ヤンタンミュージックゾーン ザ・リクエスト』を放送していた。さらに、1987年度のナイターオフ期間には、平松邦夫(当時MBSアナウンサー、後の大阪市長)の出演で金曜日の19・20時台に『平松邦夫のミセスヤングタウン』を放送していた。 1990年代 MBSは1990年に、千里丘放送センター内の本社機能を現在の社屋(大阪市北区茶屋町)へ移転。当番組も、8月31日まで同センターから放送した後に、9月1日から現在に至るまで主に茶屋町本社内のラジオスタジオを使っている。 しかし当番組では、在阪FM局(FM大阪・FM802など)の台頭やコーナースポンサーの撤退などによって、1990年代初頭から人気に翳りが出始めた。また、1980年代の人気を担った前述のパーソナリティが続々と卒業。一時は、東京を中心に活動するタレント(主に女性アイドル)や若手ミュージシャンを前面に押し出す路線に転換した。 1991年10月から1993年3月までは、日曜日のみ『ヤンタンスペシャルサンデー』とのタイトルで放送。1994年1月からは、『MBSヤングタウン』月~木曜日の放送枠を24 00 - 26 00に繰り下げるとともに、同番組を放送していた22 00 - 24 00で音楽リクエスト番組『ヤンタンあそびのWA!』を開始した。また金曜日には、22 00 - 25 00に『ヤンタン はなまるフライデースペシャル』を放送したうえで、25 00からの1時間を『MBSヤングタウン』に充てていた。 さらに、『歌え!ヤングタウン』の放送開始から30周年に当たる1997年10月には、『ヤンタンあそびのWA!』『ヤンタン はなまるフライデースペシャル』を終了。『ヤンタンあそびのWA!』の後継番組として『MBSヤングタウンMUSIC MAX』を始めたため、『MBSヤングタウン』の放送日を金~日曜日の3日間にまで減らした。もっとも、このように放送内容や放送枠の変更を重ねても、かつての人気を取り戻すまでには至らなかった。 2000年代以降 MBSでは1997年10月から、月~木曜日の『MBSヤングタウン』を22 00 - 24 00で再開するとともに、『MBSヤングタウンMUSIC MAX』を月~水曜日24 00 - 26 00へ移行。『MBSヤングタウンMUSIC MAX』では、火曜パーソナリティのシンガーソングライター・aikoが、出演期間中の1998年7月にメジャーデビューを果たした。 しかしMBSは、1999年10月の改編で『MBSヤングタウンMUSIC MAX』を終了。同時に、『MBSヤングタウン』を平日の放送枠から撤退させた。当初は『MBSヤングタウン』の土・日曜日も一斉に終了させる予定であったが、当時「ヤン土」へ出演していたさんまや、「ヤン日」のパーソナリティとして同年4月に復帰したばかりの鶴瓶などが番組の続行を懇願。そこでMBSでは、土・日曜日の放送体制を維持するとともに、さんまを「ヤン土」・鶴瓶を「ヤン日」でそれぞれ続投させた。 現在は、「ヤン土」「ヤン日」とも22 00 - 23 30の時間帯で放送している。「ヤン土」については、原則として前日(金曜日)にMBS東京支社内のラジオスタジオで収録した内容を放送。ハロー!プロジェクトの新旧メンバー(放送上の通称は「ヤン娘。」)をはじめ、アップフロントグループ内の芸能事務所に所属する女性タレントが、代々さんまのパートナーを務めている。「ヤン日」では一時、「鶴瓶のすわるラジオ」というタイトルで、出演者の座りトークによる街頭収録を実施していた。現在は、MBS本社内のスタジオで収録した内容を中心に放送している。 なお2010年には、8月30日から同年9月3日まで、(平日を含む)1週間にわたって「MBS開局60周年記念番組 MBSヤングタウンスペシャル」を22 00(JST。ナイター中継で開始時間変更あり)から放送。三枝が六代 桂文枝を襲名する直前の2012年7月14日(土曜日)の16 00 - 17 38には、六代桂文枝襲名企画の第1部として、『復活!桂三枝の歌え!MBSヤングタウン』を公開収録形式で放送した。 現在の出演者 詳しい情報は各ページを確認。 ヤングタウン土曜日 明石家さんま 村上ショージ 道重さゆみ(モーニング娘。) 光井愛佳(元モーニング娘。) 中澤裕子 保田圭 吉澤ひとみ 藤本美貴 高橋愛 ※中澤・保田・吉澤・藤本・高橋の中から1名が出演(週により2、3名が出演する場合あり。その他のハロー!プロジェクトメンバーも出演する場合あり) 吉川友(月1回程度出演) ヤングタウン日曜日 笑福亭鶴瓶 吉竹史(毎日放送アナウンサー) 田口万莉 桂三四郎 負け越し(素人) 歴代パーソナリティ 1967/10-1968/3 斎藤努(当時・MBSアナウンサー) 開始当初は、深夜0時10分(24 10) - 2時(26 00)に放送される公開収録番組だった。 1968/03-1970/09 斎藤努(月 - 水曜日)、桂三枝(木 - 土曜日) 1970/10-1971/03 緒方憲吾・前田佳英子(月・火曜日)、池口和雄・壇上英子(水・木曜日)、斎藤努・横井久仁江(金・土曜日) 前述の事情で公開収録への参加者が減っていたことに加えて、学生運動の影響で公開収録をいったん終了。全ての曜日で当時のMBSアナウンサー(緒方・池口・斎藤)がパーソナリティを務めるとともに、スタジオからの生放送へ移行した。 1971/04- 以降のパーソナリティは、曜日別に記載。 元の番組内容に戻すとともに、土曜日のみ公開収録を復活( - 1985年3月)。 1994/01-1995/09 大角香里(平日) 月 - 木曜日は『ヤンタンあそびのWA!』、金曜日は「ヤンタン はなまるフライデースペシャル」と題し、2部構成に。1部は、大角が音楽中心のコーナーを担当。金曜日は従来平日にやっていた「はなまるリクエスト」を拡大したうえで、大角と上泉雄一(MBSアナウンサー)と共に放送していた。 1997/04-09 岡本真夜(月曜)、NOB(CURIO)(火曜)、バーバラよね(水曜)、種浦マサオ(木曜)、大角香里(月曜 - 木曜) 番組開始30周年を迎え、月曜 - 木曜は音楽リクエスト番組『MBSヤングタウンMUSIC MAX』となり、ヤンタンは金曜 - 日曜に縮小。 1997/10-1999/09 再び、月曜 - 日曜の放送に戻る。『MBSヤングタウンMUSIC MAX』は放送枠を平日深夜に移すとともに、aikoや林あさ美などがパーソナリティを務める。 1999/10- 明石家さんま(土曜日)、笑福亭鶴瓶(日曜日) 月 - 金曜日の平日枠を全て終了。土・日曜日のみの編成で現在に至る。 月曜日 1971/04-1972/03 西川きよし、堀悦子 1972/04-1972/09 斎藤努(毎日放送アナウンサー・当時)、桂文珍、河内まさ子 1972/10-1973/03 角淳一(毎日放送アナウンサー・当時)、シモンズ 1973/04-1975/03 諸口あきら、小林京子 1975/04-1975/09 諸口あきら、松峰ひろみ 1975/10-1982/03 笑福亭鶴瓶時代(第1次) 1975/10-1976/03 笑福亭鶴瓶、角淳一、平井陽子 1976/04-1978/03 笑福亭鶴瓶、浅川美智子(鬼首おりん) 1978/04-1979/03 笑福亭鶴瓶、浅川美智子(鬼首おりん)、中村行延 1979/04-1979/09 笑福亭鶴瓶、浅川美智子(鬼首おりん)、住出勝則 1979/10-1980/09 笑福亭鶴瓶、MANA、中村行延 1980/10-1981/09 笑福亭鶴瓶、横山みゆき、中村行延 1981/10-1982/03 笑福亭鶴瓶、堀江美都子、あさみあきお 1982/04-1989/09 明石家さんま時代(第2次・土曜日から異動) 1982/04-1983/03 明石家さんま、堀江美都子、あさみあきお 1983/04-1988/12 明石家さんま、長江健次、大津びわ子、伊東正治(毎日放送アナウンサー・当時) 1989/01-1989/09 明石家さんま、長江健次、大津びわ子 1989/10-1990/09 長江健次、喜多嶋舞、Mr.オクレ、加藤康裕(毎日放送アナウンサー) 1990/10-1993/12 根本要時代(第2次・金曜日から異動) 1990/10-1992/09 根本要、笑福亭笑瓶、野沢直子 1992/10-1993/03 根本要、笑福亭笑瓶、森高千里、谷口宗一 1993/04-1993/12 根本要、笑福亭笑瓶、小川恵理子、谷口宗一 1994/01-1995/03 ベイブルース1994年10月31日にメンバーの河本栄得が他界。、種浦マサオ、WENDY(「ヤンタンあそびのWA!!」2部) 1995/04-1995/09 ベイブルース高山、種浦マサオ、吉田朋代(「ヤンタンあそびのWA!!」2部) 1995/10-1996/04 種浦マサオ、T・K・O、吉田朋代 1996/04-1997/03 FUJIWARA、一番星哲也、藤原みわ 1997/10-1998/03 メッセンジャー、三木拓次(RAZZ MA TAZZ) 1998/04-1999/03 メッセンジャー、ゆうたろう(プロペラ)、河島あみる 1999/04-1999/09 松村邦洋、小島可奈子 火曜日 1971/04-1972/09 笑福亭鶴光・角淳一時代(第1次) 1971/04-1972/03 笑福亭鶴光、角淳一(毎日放送アナウンサー・当時)、北原早苗 1972/04-1972/09 笑福亭鶴光、角淳一、山本恵子 1972/10-1973/03 杉田二郎、小林京子 1973/04-1973/09 笑福亭鶴光、角淳一、佐々木美絵 1973/10-1974/03 キャッシー、山本雄二、近藤光史(毎日放送アナウンサー・当時) 1974/04-1975/03 キャッシー、山本雄二 1975/04-1975/09 角淳一、麻田ルミ 1975/10-1977/03 海原千里・万里、松井昭憲(毎日放送アナウンサー・当時) 1977/04-1977/09 キャッシー、桂小軽 1977/10-1979/08 きたむらけん、有吉ジュン、オール阪神・巨人 1979/09-1980/04 イルカ、沢田聖子 1980/05-1980/12 イルカ、桂べかこ 1980/12-1983/03 岩崎宏美、やしきたかじん、オール阪神・巨人 1983/04-1984/03 チャゲ 飛鳥 1984/04-1984/06 チャゲ 飛鳥、八島洋子 1984/07-1989/02 河合奈保子・嘉門達夫時代 1984/10-1986/03 河合奈保子、嘉門達夫、長井展光(毎日放送アナウンサー・当時) 1986/04-1987/09 河合奈保子、嘉門達夫、寺崎要 1987/10-1989/02 河合奈保子、嘉門達夫、寺崎要、伊藤秀志 1989/03-1992/09 嘉門達夫時代 1989/02-1989/09 嘉門達夫、結城めぐみ、伊藤秀志、ぜんじろう 1989/10-1990/09 嘉門達夫、田中義剛、芳本美代子、ぜんじろう 1990/10-1992/09 嘉門達夫、石田敦子(毎日放送アナウンサー・当時)、ぜんじろう 1992/10-1993/03 トミーズ、週替わりゲスト(上岡龍太郎、円広志、やしきたかじんなど)、ピンクダック・ミチ(コーナーのみ) 1993/04-1994/09 トミーズ、奥山佳恵、やるじゃねえかーず(コーナーのみ) 1993/10-1993/12 トミーズ、松井愛(毎日放送アナウンサー)、やるじゃねえかーず(コーナーのみ) 1994/01-1995/03 ますだおかだ、松井愛(毎日放送アナウンサー)、嶋田博子(「ヤンタンあそびのWA!!」2部) 1995/04-1995/09 よゐこ、松本麻希(「ヤンタンあそびのWA!!」2部) 1995/10-1996/03 よゐこ、松本麻希 1996/04-1997/03 種浦マサオ、T・K・O、梶山三保子 1997/10-1998/09 ジャリズム、松岡充(SOPHIA) 1998/10-1999/03 ジャリズム、搭堂なつ 1999/04-1999/09 シャンプーハット、柳明日香 水曜日 1971/04-1972/09 斎藤努(毎日放送アナウンサー・当時)、中田カウス・ボタン 1972/10-1973/03 西岡たかし 1973/04-1975/03 月亭八方、斎藤努、田中美紀 1975/04-1975/09 笑福亭仁鶴、久保田ひろみ 1975/10-1976/03 月亭八方、近藤光史(毎日放送アナウンサー・当時)、佐藤良子(毎日放送アナウンサー・当時) 1976/04-1978/03 谷村新司、佐藤良子 1978/04-1987/12 原田伸郎時代 1978/04-1980/09 原田伸郎、大津びわ子、笑福亭笑光(嘉門達夫)、伊東正治(毎日放送アナウンサー・当時) 1980/10-1981/03 原田伸郎、ザ・ぼんち、松原みき、桂雀々、伊東正治 1981/04-1981/09 原田伸郎、松原みき、桂雀々、伊東正治 1981/10-1982/09 原田伸郎、イリア、桂雀々、伊東正治 1982/10-1983/03 原田伸郎、イリア、嘉門達夫、伊東正治 1983/04-1984/09 原田伸郎、イリア、嘉門達夫、金指誠(毎日放送アナウンサー・当時) 1984/10-1985/03 原田伸郎、水島依子、MAKOTO、金指誠 1985/04-1987/03 原田伸郎、渡辺美里、MAKOTO、金指誠 1987/04-1987/12 原田伸郎、西岡芽生、笑福亭笑瓶、金指誠 1988/01-1989/01 兵藤ゆき、MAKOTO、子守康範(毎日放送アナウンサー・当時) 1989/02-1990/09 兵藤ゆき、本木雅弘、子守康範 1990/10-1991/03 長江健次、喜多嶋舞、Mr.オクレ 1991/04-1992/09 古田新太、羽野晶紀、山西惇 1992/10-1993/03 古田新太、青木直子、よゐこ 1993/04-1993/09 当時日曜深夜放送だった「ラジオディス茶屋町学園」(ヤンタンの姉妹番組)を引き継ぐ。 よゐこやCoCo、高橋由美子、酒井法子、武田真治らも出演 1994/01-1994/03 よゐこ、堀みやこ 、おちゃめ組(「ヤンタンあそびのWA!!」2部) 1994/04-1995/03 よゐこ、松本麻希(「ヤンタンあそびのWA!!」2部) 1994/04-1995/09 ますだおかだ、松井愛(毎日放送アナウンサー)(「ヤンタンあそびのWA!!」2部) 1995/10-1997/03 ますだおかだ、濱田マリ(モダンチョキチョキズ・当時)、松井愛 1997/10-1999/03 T・K・O、NOB(CURIO) 1999/04-1999/09 ベイブルース高山、NOB(CURIO)、中村舞子 木曜日 1971/04-1971/09 桂三枝、市丸 1971/10-1972/09 レツゴー三匹、高野久仁子 1972/10-1973/03 谷村新司 1973/04-1974/03 林家小染、末広真樹子 1974/04-1975/03 林家小染、桂きん枝、麻田ルミ 1975/04-1975/09 近藤光史(毎日放送アナウンサー・当時)、月亭八方、佐藤良子 1975/10-1976/03 近藤光史、桂きん枝、紀平まり子 1976/04-1984/03 笑福亭鶴光・角淳一時代(第3次・金曜日から異動) 1976/04-1977/09 笑福亭鶴光、角淳一(毎日放送アナウンサー・当時)、佐々木美絵(毎日放送アナウンサー・当時) 1977/10-1978/03 笑福亭鶴光、角淳一、原田伸郎、佐々木美絵 1978/04-1979/09 笑福亭鶴光、角淳一、佐々木美絵 1979/10-1982/03 笑福亭鶴光、角淳一、石川優子 1982/04-1983/03 笑福亭鶴光、角淳一、石毛礼子 1983/04-1984/03 笑福亭鶴光、角淳一、西端弥生 1984/04-1987/07 島田紳助時代 1984/04-1985/09 島田紳助、白井貴子、パンチみつお 1985/10-1986/09 島田紳助、白井貴子、土建屋よしゆき、藤田寿代 1986/10-1987/03 島田紳助、今井美樹、土建屋よしゆき、藤田寿代 1987/04-1987/07 島田紳助、今井美樹、土建屋よしゆき 1987/08-1991/10 ダウンタウン時代 1987/08-1989/01 ダウンタウン、勇直子、今田耕司 1989/01-1990/04 ダウンタウン、芳本美代子、今田耕司 1990/04-1990/10 ダウンタウン、YOU、今田耕司 1990/10-1991/04 ダウンタウン、YOU、メンバメイ・ココ 1991/04-1991/10 ダウンタウン、YOU、木村祐一 1991/10-1992/03 YOU、ローリー寺西、きんた・ミーノ 1991/04-1992/09 大竹まこと、YOU、ローリー寺西 1992/10-1993/03 桂小枝、羽野晶紀、千葉猛(毎日放送アナウンサー) 1993/04-1993/12 桂小枝、羽野晶紀、つんく 1994/01-1995/09 FUJIWARA、つんく、宮田まさみ(「ヤンタンあそびのWA!!」2部) 1995/10-1996/03 FUJIWARA、つんく、藤原みわ 1996/04-1997/03 よゐこ、松本麻希 1997/10-1999/03 ベイブルース高山、種浦マサオ、中村亜紀 1999/04-1999/09 岡本真夜、なるみ、鳥羽潤 金曜日 1971/04-1971/09 北山修、松尾千里 1971/10-1972/03 杉田二郎、横井くにえ 1972/04-1972/09 杉田二郎、田中恵子 1972/10-1973/09 キャッシー、山本雄二 1973/10-1975/03 笑福亭鶴光、角淳一(毎日放送アナウンサー・当時)、佐々木美絵(毎日放送アナウンサー・当時) 1975/04-1975/09 ばんばひろふみ、小山乃里子 1975/10-1976/03 笑福亭鶴光、角淳一、佐々木美絵 1976/04-1977/03 ピーター、キャッシー 1977/04-1978/03 ピーター、鈴木美智子、伊東正治(毎日放送アナウンサー・当時) 1978/04-1986/12 谷村新司・ばんばひろふみ(チンペイ・ばんばん)時代 1978/04-1983/03 谷村新司、ばんばひろふみ、佐藤良子(毎日放送アナウンサー・当時) 1981/04-1981/09(第2部) 矢沢透 1981/10-1982/09(第2部) 矢沢透、ジーン長尾 1982/10-1983/03(第2部) 矢沢透、牧田朋子 1983/04-1984/03 谷村新司、ばんばひろふみ、岩崎良美 1983/04-1983/09(第2部) 根本要、牧田朋子 1983/10-1984/03(第2部) 根本要、白井貴子 1984/04-1985/03 谷村新司、ばんばひろふみ、三田寛子 1984/04-1984/09(第2部) 長江健次、西端弥生 1985/04-1986/03 谷村新司、ばんばひろふみ、松本明子 1986/04-1986/12 谷村新司、ばんばひろふみ、佐藤良子 1986/10-1987/03(キンド館) 兵藤ゆき、MAKOTO、中川勝彦、子守康範(毎日放送アナウンサー・当時) この「キンド館」は元々の番組企画段階では存在しなかったが、以前からヤンタンの大ファンだった兵藤ゆきの懇願により出来た番組である。ちなみに「キンド館」の名前の由来は、「金曜日と土曜日の間にやっている番組」という所から。 1987/01-1990/09 根本要時代(第1次) 1987/01-1987/12 根本要、野沢直子、中村里花 1987/04-1987/12(キンド館) 兵藤ゆき、MAKOTO、ひかる一平、子守康範 1988/01-1990/09 根本要、野沢直子、笑福亭笑瓶 1988/01-1989/06(キンド館) 越前屋俵太、芳本美代子、笑福亭恭瓶、亀山房代 1989/07-1990/03(キンド館) BaBe(近藤智子・二階堂ゆかり)、東野幸治、石田靖 1990/10-1993/03 Wコウジ時代 1990/10-1991/03 今田耕司、東野幸治、中村綾、加藤康裕(毎日放送アナウンサー) 1991/04-1992/03 今田耕司、東野幸治、中村綾 → 設楽りさ子 1992/04-1992/09 今田耕司、東野幸治、加藤貴子、加藤紀子(7月以降) 1992/10-1993/03 細川ふみえ、高橋由美子、羽田恵理香(CoCo・当時)、三浦理恵子(CoCo・当時)、今田耕司、東野幸治 この時期は女性アイドルを番組のメインに据え、今田・東野はサブに回っていた。 1993/04-1993/12 細川ふみえ、高橋由美子、羽田恵理香、吉田真希子、TEAM-0(山崎邦正・軌保博光) 1995/10-1996/03 トミーズ、週替わりゲスト 1996/04-1997/03 トミーズ、川村結花、トクトミトコナミ 1997/04-1999/03 よゐこ、松本麻希 1999/04-1999/09 山本太郎、遠山景織子 土曜日 MBS千里丘放送センター・第一スタジオ(のちにミリカホールに変更)で公開録音( - 1985年3月)。その後はスタジオ収録となり、2011年現在は東京都港区・赤坂Bizタワー28階にある毎日放送東京支社スタジオで毎週金曜日に収録されている。 1971/04-1979/12 桂三枝時代 1971/04-1971/09 桂三枝、斎藤努(毎日放送アナウンサー、当時)、週替わりゲスト、桂朝丸(現・桂ざこば)、ジローズ(隔週でTBSラジオ制作・ヤングタウンTOKYO) 1971/10-1972/03 桂三枝、斎藤努 1972/04-1972/09 桂三枝、近藤光史(毎日放送アナウンサー、当時)、亀本友子 1972/10-1973/09 桂三枝、近藤光史 1973/10-1974/09 桂三枝、近藤光史、桂きん枝、海原千里・万里 1974/10-1975/03 桂三枝、近藤光史、月亭八方、コメディNo.1(坂田利夫・前田五郎) 1975/04-1975/09 桂三枝、近藤光史、月亭八方、笑福亭鶴瓶、林家染二、桂文福、鬼塚泰子 1975/10-1976/03 桂三枝、月亭八方、大地真央 1976/04-1977/03 桂三枝、月亭八方、中村京子 1977/04-1977/09 桂三枝、月亭八方、中村京子、太平サブロー・シロー 1977/10-1979/03 桂三枝、月亭八方、やしきたかじん、中村京子 1979/04-1979/09 桂三枝、月亭八方、明石家さんま、中村京子、中村行延、桂三と九、タロー&タロー 1979/10-1979/12 桂三枝、月亭八方、明石家さんま、中村京子、桂三と九、島田紳助・松本竜介 1979/12-1982/03 明石家さんま時代(第1次) 1979/12-1980/03 明石家さんま、月亭八方、中村京子、桂三と九、紳助・竜介 1980/04-1980/09 明石家さんま、オール阪神・巨人、松田晃、桂三と九、鈴江真理 1980/10-1981/09 明石家さんま、オール阪神・巨人、松田晃、長江健次、桂小つぶ、榊原久美子 1981/10-1982/03 明石家さんま、オール阪神・巨人、松田晃、安藤久美子 1982/04-1988/12 笑福亭鶴瓶時代(第2次・月曜日から異動) 1982/04-1983/03 笑福亭鶴瓶、松田晃、安藤久美子 1983/04-1983/09 笑福亭鶴瓶、笑福亭笑瓶、松田晃、黒田伊佐子、安藤久美子 1983/10-1984/09 笑福亭鶴瓶、笑福亭笑瓶、松田晃、黒田伊佐子、牧田朋子 1984/10-1985/03 笑福亭鶴瓶、笑福亭笑瓶、牧田朋子、ザ・バッテリー 1985/04-1985/09 笑福亭鶴瓶、西端弥生 1985/10-1986/03 笑福亭鶴瓶、西端弥生、森脇健児 1986/04-1986/09 笑福亭鶴瓶、宮崎ますみ、森脇健児 1986/10-1988/01 笑福亭鶴瓶、宮崎ますみ、吉條英希 1988/02-1988/12 笑福亭鶴瓶、福井希容、ビッグブラザーズ 1989/01-1989/09 北野誠、関口誠人、福井希容 1989/10-1990/09 北野誠、関口誠人、羽野晶紀 1990/10-1991/03 北野誠、古田新太、羽野晶紀、きんた・ミーノ(おかげ様ブラザーズ) 1991/04-1991/10 北野誠、シンデレラエキスプレス、久松史奈 1991/10-1992/09 兵藤ゆき、たまごどんぶり(公募で選ばれた現役中高生) 1992/10-現在 明石家さんま時代(第4次・日曜日「スペシャルサンデー」より異動) 1992/10-1997/02 明石家さんま、玉井健二、加藤紀子、村上ショージ(ゲストとして頻繁に出演、のち1995年頃から正式レギュラー) 1997/03-1999/03 明石家さんま、玉井健二、村上ショージ、吉村麻希(マキ凛子) 1999/04-2000/09 明石家さんま、玉井健二、村上ショージ、太陽とシスコムーン(のちに「T Cボンバー」に改名、信田美帆・稲葉貴子・RuRu・小湊美和) 2000/10-2002/03 明石家さんま、玉井健二、村上ショージ、安倍なつみ、保田圭、りんね 2002/04-2003/03 明石家さんま、玉井健二、村上ショージ、中澤裕子、松浦亜弥、カントリー娘。(準レギュラー、りんね・あさみ・里田まい、りんねは途中降板) 2003/04-2004/04 明石家さんま、玉井健二、村上ショージ、中澤裕子、あさみ、里田まい、月1レギュラー(後藤真希、石川梨華、加護亜依、高橋愛の中から1人) 2004/04-2004/06 明石家さんま、玉井健二、村上ショージ、準レギュラー(藤本美貴、高橋愛、後藤真希、柴田あゆみ、稲葉貴子の中から2人) 2004/07-2004/11 明石家さんま、玉井健二、村上ショージ、安倍なつみ、準レギュラー(藤本美貴、高橋愛、後藤真希、柴田あゆみの中から1、2人) 2004/12-2006/03 明石家さんま、玉井健二、村上ショージ、準レギュラー(藤本美貴、高橋愛、後藤真希、柴田あゆみの中から2人、後期は藤本、高橋が実質レギュラー) 2006/04-2007/03 明石家さんま、玉井健二、村上ショージ、藤本美貴、高橋愛 2007/04-2007/06/02 明石家さんま、村上ショージ、藤本美貴、高橋愛 2007/06/09-2009/10/03 明石家さんま、村上ショージ、高橋愛、道重さゆみ 2009/10/10-2011/09/24 明石家さんま、村上ショージ、高橋愛、道重さゆみ、週替わりレギュラー(藤本美貴、保田圭、吉澤ひとみ、中澤裕子の中から1人) 2011/10/01-2012/03/31 明石家さんま、村上ショージ、道重さゆみ、週替わりレギュラー(藤本美貴、保田圭、吉澤ひとみ、中澤裕子、高橋愛の中から1 、2人) 2012/04/07- 明石家さんま、村上ショージ、道重さゆみ、光井愛佳、週替わりレギュラー(藤本美貴、保田圭、吉澤ひとみ、中澤裕子、高橋愛の中から1人) 日曜日 1982年4月から放送開始。 1982/04-1990/10西川のりお、小林千絵 → 澤知香、柏木宏之(毎日放送アナウンサー)、トミーズ健、のりはじめ、西川小のり、西川のりのり(西川ボソボソ)、桂きん太郎 1990/10-1991/09 兵藤ゆき、たまごどんぶり(公募で選ばれた現役高校生) 1991/10-1992/09 「ヤンタンスペシャルサンデー」時代 明石家さんま、石田敦子(毎日放送アナウンサー・当時)(「ヤンタンスペシャルサンデー 明石家さんまのなんでもこい!」22 00-23 00) 浜村淳、関岡香(毎日放送アナウンサー)(「ヤンタンスペシャルサンデー 浜村淳の茶屋町クスクス」23 00-23 45;1993年3月まで) 1992/10-1994/12 ぜんじろう、種浦マサオ、小高紀子(現・小高麻友美)、お笑い番長 1993年3月までは公開録音放送で23 00まで放送。それ以降は従来の放送スタイルに変更される。 1995/01-1996/10 ぜんじろう、比嘉栄昇(BEGIN)、渡辺たかね 1996/10-1997/03 ぜんじろう、 ベイブルース高山、高木郁乃(Jungle Smile) 1997/10-1999/03 ぜんじろう、宮内見、週替わりゲスト 1999/04-現在 笑福亭鶴瓶時代(第3次) 1999/04-2000/09 笑福亭鶴瓶、西靖(毎日放送アナウンサー)、堀ちえみ 2000/09-2004/03 笑福亭鶴瓶、西靖、松嶋尚美(オセロ) 2004/04-2006/04 笑福亭鶴瓶、西靖、井上智栄子 2006/04-2007/03 笑福亭鶴瓶、西靖、オラリー(素人)、田口万莉(松竹芸能)、國丸純(松竹芸能) 2007/04-2009/04 笑福亭鶴瓶、西靖、オラリー、田口万莉、笑福亭瓶成 2009/05-2009/07 笑福亭鶴瓶、西靖、オラリー、田口万莉 2009/08-2010/02 笑福亭鶴瓶、西靖、負け越し(素人)、林実里(素人)、田口万莉 2010/03-2010/09 笑福亭鶴瓶、西靖、負け越し、田口万莉 2010/09- 笑福亭鶴瓶、吉竹史(毎日放送アナウンサー)、負け越し、田口万莉 MBS開局60周年記念番組 MBSヤングタウンスペシャル 2010年8月30日から9月3日まで放送された。 8月30日「さんまのヤンタンスペシャル」 明石家さんま、村上ショージ、大津びわ子、藤本美貴、伊東正治(元MBSアナウンサー) 8月31日「伸郎のヤンタンスペシャル ねたナイト」 原田伸郎、嘉門達夫、奥野敦子(イリア) 9月1日「ヤンタンスペシャル なつかしSONGリクエスト!」 根本要、渡辺美里、バーバラよね 9月2日「ヤンタンスペシャル なつかしSONGリクエスト!」 ばんばひろふみ、イルカ 9月3日「鶴瓶のヤンタンスペシャル」 笑福亭鶴瓶、西靖(MBSアナウンサー)、田口万莉、負け越し、吉竹史(MBSアナウンサー) 復活!桂三枝の歌え!MBSヤングタウン 当番組で三枝と長らく共演した後に、羽衣国際大学で名誉教授になった斎藤努が久々にラジオ番組へ登場。三枝のパートナーとして、公開収録の進行役を務めた。また、月亭八方、桂きん枝、杉田二郎などがゲストで出演。かつて当番組で使われたジングルや音源を挿入したり、『歌え!MBSヤングタウン』時代の企画を復活させたり、杉田などが歌と演奏を披露したりしていた。なお、三枝は当番組の放送の翌々日(2012年7月16日)に「六代 桂文枝」を襲名するため、毎日放送では当番組が「桂三枝」名義で出演する最後の番組になった。また、放送のオープニングでは、西靖が口上代わりのナレーションを担当した。 主なスタッフ 渡邊一雄(わたなべ かずお) 「ヤンタン」の生みの親(創始者)。1967年10月に『歌え!ヤングタウン』の放送を開始してから、1987年にテレビ制作部の部長職へ異動するまで、20年間にわたってプロデューサーを務めた。出演した多くのタレント・アナウンサーの育ての親もあり、後述する渡辺姓のスタッフと区別する意味で、オオナベさんとも呼ばれていた。 テレビ制作部への異動後は、一時次長職でラジオ局に復帰したが、1997年6月に定年でMBSを退職。その後は音楽プロデューサーとして活動するかたわら、2005年7月に『ヤンタンの時代。』という著書を刊行した(発行:キッズネット・発売:角川書店。2005年7月発行。書籍コード:ISBN 4048943405)。2010年10月11日に75歳で逝去。 渡辺高志(わたなべ たかし) 1979年から1983年までディレクターを担当。コナベさんという通称でも知られた。 この他にも、大谷武文、田中文夫、宇野幹雄、増谷勝己、三村景一、新堂裕彦などが、ディレクターやプロデューサーを歴任。1970年代から1980年代までは、『ヤングおー!おー!』のスタッフから放送作家に転じた寺崎要が、番組全体を統括するチーフ構成の任に当たっていた。 エピソード 1968年1月から始まった「ヤンタン 今月の歌」では、通算で52曲ものオリジナルソングを発表した『ヤンタンの時代。』に所収の「ヤンタン今月の歌リスト」より。放送を終了した1982年4月には、「今月の歌」の歌詞などをまとめた『ヤンタン・ソング集』がミリカ音楽出版から発売。1993年8月には、『歌え!MBSヤングタウン』の放送開始から25周年を記念した企画の一環として、「今月の歌」から19曲を収録したCDアルバム『MBSヤングタウン 今月のうた 復刻版』がポリスターから出されている。 「今月の歌」からは、『戦争を知らない子供たち』(ジローズ、1970年8月放送分)などのヒット曲を輩出。『今はもうだれも』(ウッディ・ウー、1969年5月放送分)は、後にアリスのシングル曲として広く知られるようになった『今はもうだれも』は、1969年7月にウッディ・ウーがシングル曲としてリリース。1975年9月にアリスが再びシングル曲として発表したところ、アリス初のヒット曲になった。また、谷村(ロック・キャンディーズ→アリス)・ばんば(ジャッケルズ→バンバン)・杉田二郎(ジローズ)・北山修(ザ・フォーク・クルセダーズ)・はしだのりひこ(ザ・フォーク・クルセダーズ→はしだのりひことシューベルツ)・桑名正博(ファニー・カンパニー)・西岡たかし(五つの赤い風船)・瀬尾一三などの人材を世に送り出した。 当時公開収録の司会やパーソナリティを務めた三枝も、1969年8月放送分の「今月の歌」において、「桂三枝とダボーズ」という名義で『夕陽のアンジェロ』を発表。後にレコードとして発売された。ちなみに三枝は、発表当時大学生のバンドだったダボーズと、前述の『復活!桂三枝の歌え!MBSヤングタウン』で約40年振りの共演を果たしている。 「今月の歌」には含まれないが、『嘆きのボイン』(月亭可朝)『恋人もいないのに』(シモンズ)『坊や大きくならないで』(マイケルズ)『僕にさわらせておくれ』(ピンク・ピクルス)も、当番組から生まれたヒット曲である前出の「『ヤンタン今月の歌』」より。ベトナムのヒット曲であった『坊や大きくならないで』については、当時ベトナム戦争の取材で現地に赴いていたMBS報道部の浅井記者による紹介を機に、瀬尾の編曲・浅川しげるの日本語詞によるバージョンをマイケルズが歌っていた。。また、バンバンでの活動を経てソロ歌手に転じた高山厳は、学生時代に宇野と組んで本名で公開収録のバンドオーディションに参加していた前出の「ロック・キャンディーズ編」より。 公開収録を実施していた1968年・1970年・1971年には、当番組と縁の深い歌手やバンドの出演による「ヤンタンフェスティバル」を、年に1~2回開催。1970年1月7日にフェスティバルホールで開かれた第2回については、開催後に実況録音盤のレコードを発売した。 1981年5月28日には「ど角・ど鶴のええか、ええかコンサート」(前述)、1985年と1987年の8月には「明石家さんまコンサート」、1988年6月にはダウンタウンによる「もくもくコンサート」をそれぞれ開催。1988年には、「ヤン金」レギュラーだった根本・野沢などが「フライデー・モンスターズ」というバンドを結成した。1989には、当時の「ヤン土」レギュラー(北野・関口など)で結成したバンドが、12月24日の「クリスマス御陽気にコンサート」でライブデビューを果たしている『ヤンタンの時代。』に所収の「 ヤングタウン出演者年表1967 - 90 」より。 1983年と1986年~1988年の5月には、「ヤンタンオールスターズ」と芸能人チーム(1983年:松山千春チーム「スーパースターズ」、1986年:チェッカーズチーム、1987年:とんねるずチーム、1988年:仲村トオルチーム「デンジャーズ」)による「ヤンタン野球大会」を、西宮球場(1983年)・甲子園球場(1986年)・大阪球場(1987年、1988年)で実施。当時の「ヤン月」レギュラーで、スポーツアナウンサーでもあった伊東が、場内で実況を担当した。また、開催日の深夜には、MBSテレビで特別番組の生放送を実施した。 当番組でレギュラーを務めたMBSアナウンサー(出演時点)のうち、現在に至るまで、出演期間が最も長いのは角と伊東である(いずれも12年間)。 紳助が「ヤン木」のパーソナリティを務めていた1985年8月には、放送中に紳助が「モトクロスやろうや」と発言したことをきっかけに、生駒山上で「ヤン木モトクロスフェスティバル」を開催。当時共演していた白井も、自身のバンドと共に参加した前出の「 ヤングタウン出演者年表1967 - 90 」および『ヤンタンの時代。』第一章「みんな名もない新人だった 島田紳助・白井貴子編」より。 1989年8月6日に千里丘放送センターで開催の「ヤンタンTeen s 学園祭」では、長らく「ヤン日」のアシスタントを務めた小林千絵の後任を決める目的で、「ヤン日オーディション」を実施。オーディションで優勝した現役高校生の澤が、同月から1990年9月まで「ヤン日」のアシスタントを務めた(前述)前出の「 ヤングタウン出演者年表1967 - 90 」より。 澤は当番組の卒業後に、大阪市立大学を経てアナウンサーとして東北放送へ入社。退社・帰阪後に「フリーアナウンサー・さわともか」として、MBSラジオの生ワイド番組(『ノムラでノムラだ♪』→『子守康範 朝からてんコモリ!』)でアシスタントを務めている。 2010年12月6日にシアターBRAVA!で開かれた渡邊の「偲ぶ会」には、歴代パーソナリティの三枝・谷村などに加えて、活動休止中のCHAGE and ASKAが久々に顔を揃えた渡邊一雄さん:ヤンタンの名プロデューサーを「偲ぶ会」チャゲアスも久々ツーショット - 毎日新聞デジタル、2010年12月7日。 脚注 関連項目 ヤングおー!おー! ヤングタウンTOKYO(TBSラジオ) ヤングタウンAM(文化放送からの裏送りによってNRN系列局の一部で放送。文化放送やMBSでは未放送) ヤングジャパングループ/アップフロントグループ(初期から現在まで数多くの所属ミュージシャン・タレントが出演) 歌え!MBSヤングタウン同窓会 毎日放送千里丘放送センターの解体を前に、「MBS千里丘フェスティバル」の一環で放送された公開収録番組。齋藤努・桂三枝らが出演。 外部リンク ヤングタウン土曜日 - 毎回の収録直後に更新される「message(ヤン土スタッフメッセージボード)」で、収録回の出演者や放送内容を発表。 ヤングタウン日曜日 - 直近の放送音源を1週間限定・ストリーミングで配信 {{Navboxes |list1= Template 桂文枝 (6代目) Template 明石家さんま Template やしきたかじん Template 嘉門達夫 Template よゐこ Template 島田紳助 Template ダウンタウン Template 今田耕司 Template 東野幸治 }} Template DEFAULTSORT MBSやんくたうん
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ビッグタマゴン とは、【ワリオワールド】?のキャラクター。 プロフィール 作品別 元ネタ推測 関連キャラクター コメント プロフィール ビッグタマゴン 他言語 初登場 【ワリオワールド】? タマゴンの巨大バージョン。耐久力が高くなっている。 作品別 【ワリオワールド】? 序盤から登場。パンチだけでは倒せない中型の雑魚。 ゲームを進めると大量のモデル替えキャラクターが登場する。 なお、公式サイトなどに掲載されているタマゴンのイラストはこちらのものが使われている。 元ネタ推測 Big+タマゴン 関連キャラクター 【タマゴン(ワリオワールド)】 【ビッグ骨ゴン】 【ビッグピエロン】 【ビッグユッキ】 【ビッグウルップ】 【ワンスル】 【カイロネ】 コメント 名前 全てのコメントを見る?
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ヤングタウンって生? 366 名無し募集中。。。 2012/04/07(土) 19 38 12.22 O 今日あるヤングタウンって生? 367 名無し募集中。。。 2012/04/07(土) 19 39 20.32 0 そうだよ 金曜に録音 368 名無し募集中。。。 2012/04/07(土) 19 51 05.27 O 1行目2行目が水と油な件 369 名無し募集中。。。 2012/04/07(土) 19 51 43.26 O そうか、なら100万回再生ヤッホイってコメントはギリギリ出来なかったか…残念。 編注 100万回再生: http //www.youtube.com/watch?v=iFc9L57IT4A ヤングタウン:MBSラジオ「ヤングタウン土曜日」。ヤンタン・ヤン土とも言う。土曜22 00~23 30放送。明石家さんま・村上ショージのラジオ番組で、ハロプロ・OGメンバーはアシスタントとして出演する。 放送中にうっかり録音だとか言ってしまったり金曜のブログに堂々と「今日収録でしたー!」と書いたりしてるけど生放送 関連 メンバーの私服見たいけど私服でメディア出てたりしないの? 今やってるモー娘のラジオ番組は? 132ハマリ [2012年]  / タグ一覧
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■ビッグターゲット Mission Lv FIELD 地形タイプ 作戦目的 月世界の死闘 D 月面 大型艦船を撃墜せよ 星の海へ D 宙域 大型艦船を撃墜せよ 地を往く艦 D 大渓谷 大型艦船を撃墜せよ 海に光る目 D 深海 大型艦船を撃墜せよ 漆黒の艦隊 D 宙域広範 大型艦船を撃墜せよ 蒼穹の艦隊 D 上空 大型艦船を撃墜せよ ■限界突破用テンプレ構成 月世界の死闘 敵MS サイコ・ガンダムMk-Ⅱ×01、ムサイ×05、ザンジバル×04、アレキサンドリア×01、ドコス・ギア×01、グワダン×01 クリアポイント [SS]31090 [S]28050 [A]25520 星の海へ 敵MA ノイエ・ジール×01、バーミンガム×01、ムサイ×03、ニーベルング×01、ペールギュント×01、リリー・マルレーン×01、ドコス・ギア×01 クリアポイント [SS]29290 [S]----- [A]24580 地を往く艦 敵MS サイコ・ガンダム×01、ミデア×04、ホワイトベース×01、アルビオン×01、アウドムラ×01 クリアポイント [SS]33910 [S]29560 [A]26790 海に光る目 敵MS グラブロ×01、ユーコン×03、マッド・アングラー×01 クリアポイント [SS]34250 [S]26110 [A]25990 漆黒の艦隊 敵MS α・アジール×01、エンドラ×01、サンドラ×01、ミンドラ×01、サダラーン×01、ラー・カイラム×01、レウルーラ×01 クリアポイント [SS]46360 [S]35590 [A]34170 急いで戦艦を落とそうとすると意外にSSが取れない。 初期配置のエンドラ、ミンドラ、サンドラは一旦忘れてαアジールを先に落とそう。 サダラーンとラー・カイラムをSPAで瞬殺すればSSに届く。 蒼穹の艦隊 敵MS クィン・マンサ×01、アーガマ×01、アウドムラ×01、ガルダ×03、ネェル・アーガマ×01 クリアポイント [SS]41000 [S]37000 [A]30450 ビックターゲットの中ではS取りが困難なミッション。 ノーダメで全ユニットを葬っても時間がかかればA止まりになってしまう。 クィンマンサを瞬殺し、戦艦を全て素早く破壊しなくてはならない。 お勧めはプレイヤー機+フルチューンGP03×3機(シミュレーターモードをON にしよう) GP03×3にクィンマンサを任せ、プレイヤーは戦艦の破壊に専念するといい。 なお、ラストのガルダ3機を素早く破壊するとかなりの点数になる。 戦闘開始直後にアウドムラを瞬殺。 次のアーガマ2隻は瞬殺が難しいので一旦放置し、先にクィンマンサを落とす。 アーガマ2隻を落とす直前に、ガルダが出るマップ右上の方に移動しておく。 ガルダ3機瞬殺だけで13000点は入るので、十分SSに届く。 限界突破用テンプレ構成 限界突破テンプレ構成1 [User]キュベレイ [CPU-1]GP03 [CPU-2]GP03 [CPU-3]GP03 限界突破テンプレ構成2 [User]MS名 [CPU-1]MS名 [CPU-2]MS名 [CPU-3]MS名 ※1 クリアポイントは小さな値を更新してください。 ※2 限界突破目的で出撃するMS(MA)はフルチューン(割り振れるポイント限界)が基本です。 ※3 限界突破目的で出撃するパイロットは可能な限り鍛え上げてください。 ※4 限界突破目的は瞬殺(速攻撃破)ボーナスを可能な限り狙ってください。 ※5 ビッグターゲットがどの場所か判らない人へ、最初のメニューの「対戦&協力」→「一人対戦」→モードの「協力ミッション」を選ぶ。