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タバサの冒険 ◆/mnV9HOTlc F-5とG-5の間である場所に青髪の少女、タバサはいた。 彼女はあの時、5人を殺したいくらいだった。 なぜなら彼女はこんな殺し合いなどしている暇などなかったからだ。 タバサには母親がいる。 だが、母親はエルフの毒によって心を狂わされてしまった。 人形を自分だと思い込んでしまっている母親。 そのせいで昔は明るかった性格も今ではこうなってしまったのだった。 主催者が言うには、元の世界に戻してやれる上に願いがかなうといっていた。 ただそのためには元仲間を殺す必要があった。 今までの彼女、またはこれからの彼女であったらそれはためらっていただろう。 だが、今の彼女はそういうことはない。 なぜならすでに彼女は仲間と縁を切っているからだ。 そんな理由でゲームに乗ることはしたが、そのための武器、彼女の杖が手元にはなかった。 そして同じく使い魔もいない。 もう、どうしようもない状況であった。 しょうがないので、デイパックの中身を見る事にした。 もしかしたらそこに杖があるかもしれないと思ったからだ。 だが、その中に自分の杖はなかった。 その上、デイパックの中にあったものは彼女にとって無縁のものばかりであった。 ようするに、自分のいた世界のものは何一つ入っていなかったという事だ。 ただ、そんな事を言っているときりがない。 自分が扱える武器なんていうのはごくわずかしかないのだから。 そこでタバサは武器らしきものを取る。 説明書を見れば、これがなかなかの武器だということがわかった。 ためしにそれを使って、目の前の木を撃ってみる。 持ち方や反動などに苦労したが、なんとかこの武器の扱い方が理解できた。 二発撃ったところで、タバサはこの島で一番高いところであるF-5へ向かう。 地図上には何も書いていないのだが、もしかしたら何かあるのかもしれないと思ったからだ。 そこにあったのは看板とよく観光地などに置いてあるような望遠鏡であった。 さらに、そこには自分以外の参加者が一人いた。 その人は怪我をしているのか、車椅子に乗っていた。 手に銃を持ちながら、タバサは目の前の少女に近づく。 理由はもちろん殺すため…。 先に声をかけてきたのは目の前の少女であった。 「さっきこの辺で銃声が聞こえたけど、大丈夫やったか?」 目の前にいた彼女は自分の事よりも他人の事を心配してくれていた。 「わたしは八神はやてっていいますー」 自分が銃を持っていることを恐れずに彼女は自己紹介してきた。 「大丈夫! 殺し合いなんてものしようなんて思ってへんから!」 ただ、接する相手が悪かった。 タバサははやての胸に持っている銃を当てると、引き金を引いた。 するとはやては撃たれたところから血を出し、車椅子から落ちていった。 「…仕方ない」 それだけ言うと、タバサは彼女の支給品を回収した。 はやての支給品には彼女が探している杖はなかったようだったので、武器は銃のままにした。 普段は人を殺したりしない彼女。 だが、彼女はこの時ばかりは悪魔になっていた。 ここから脱出するために… そして最愛の母を治すために… 【八神はやて@魔法少女リリカルなのは 死亡確認】 【残り57名】 【F-5 森/1日目・深夜】 【タバサ@ゼロの使い魔】 [状態]:健康 [装備]:ニューナンブ@現実(2/5) [道具]:支給品一式、ニューナンブ用弾薬(5/5)、不明支給品1~5 [思考・状況] 基本:脱出して、母親を治す 1 最愛の母のためにゲームに乗る 2 杖がほしい 【備考】 ※タバサ、八神はやてのランダム支給品には杖がなかったようです。 【ニューナンブ@現実】 日本の警察官や皇宮護衛官、海上保安官等が使用する制式採用の回転式拳銃。 弾数は五発で予備弾薬五発もセットでついています。 10 びりドラ! 時系列順 12 妖魔夜行 10 びりドラ! 投下順 12 妖魔夜行 タバサ 42 交錯~crosspoint~ 八神はやて 死亡
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登録日: 2015/07/01 Wed 23 58 36 更新日:2021/04/22 Thu 19 06 22 所要時間:約 3 分で読めます ▽タグ一覧 MF文庫 スピンオフ ゼロの使い魔 ゼロの使い魔外伝 タバサの冒険 タバサ ヤマグチノボル ライトノベル 外伝 わたしは人間なの。だから人間の敵は倒す……それだけ。 ゼロの使い魔外伝・タバサの冒険とは、 ヤマグチノボル原作のライトノベル『ゼロの使い魔』の登場人物・タバサを主人公にしたスピンオフ作品である。 既巻は3巻。 今拓人によるコミカライズもされている。ただし途中から原作9巻から10巻のアーハンブラ編へとシフトする。 【あらすじ】 本編の舞台となるトリステイン魔法学院に通う少女タバサは、 実はガリア王国の暗部の汚れ仕事を請け負う秘密組織『北花壇騎士団』の一員であり、本名をシャルロット・エレーヌ・オルレアンと言った。 タバサはガリア王国の傲慢な王女イザベラの命を受けて、様々な困難な任務に狩りだされる。 しかし、タバサは文句ひとつ言うこともなく、無理難題の任務の数々をこなしていく。 そこにはタバサの生家と王家の血塗られた因縁が隠されていた―― 【概要】 基本的に、任務を与えられたタバサが現地へ赴いて現地の人たちと交流しながら任務を果たしていくという一話完結方式をとっている。 だが中にはシルフィードを主人公にしたものや、タバサの過去編も存在しており、タバサという人物をいろいろな方向から掘り下げていっている。 本編とはリンクしており、それぞれの話が本編のどのあたりの出来事なのかをわかるようになっている。 イザベラは後に本編にも登場。本作のエピソードや登場人物はいずれも人気の高いものが多い。 【主な登場人物】 タバサ トリステイン魔法学院に通う2年生。ガリアからの留学生であり、小柄な体と青い髪と目を持ち、二つ名は『雪風』 本来はガリアの王家の一門であるオルレアン家の娘であるが、現在その地位は剥奪されていてタバサは偽名である。 母の心を魔法の毒物で狂わされており、その解毒剤を手に入れるためと復讐のために、いかなる危険な任務をも受けている。 性格は無口で人付き合いを自分からはしないタイプ。 しかし情には厚く、任務の達成には遠回りになるとわかっていても人命や心を優先した作戦をとることもある。 反面、隠れドSなところもあり、普段はおとなしく見えてもちゃっかりえげつない手段で意趣返しをすることもある。 シルフィード タバサの使い魔で、2年生昇級の『使い間召喚の儀』で呼び出された。 周りにはウィンドドラゴンに見せているが、実は人語を解する絶滅種『風韻竜』の生き残りで、本名はイルククゥ。 年齢は200歳を超えているが、精神年齢の発達は遅く、おつむは幼児並み。 明るく優しく奔放な性格で、危険な任務ばかりさせられるタバサのことを常に心配している。 なお、主人といい勝負の食いしん坊である。 イザベラ ガリア王国の第一王女で、国王ジョゼフの一人娘。 王家の人間であるためタバサと同様の青い髪と瞳を持っているが、印象は凶暴。ファンからの愛称はデコ姫。 気まぐれで冷酷かつ嗜虐的な性格をしており、タバサとは正反対。 タバサの属する北花壇騎士団の団長を兼任しており、彼女がタバサに命令を出すところから物語は始まる。 魔法の才能に乏しく、強いコンプレックスを抱いており、天才的なメイジであるタバサに強く嫉妬していることから、 あてつけにタバサにわざと危険で困難な任務ばかり当てている。 【これまでのお話】 第一話、タバサと翼竜人 北花壇騎士団員タバサに任務が下った。指令は、エギンハイム村で村人と対立している翼人を討伐せよ。 しかし、現地に赴いたタバサの前に、人間と翼人の共存を願う恋人たちがやってきて、なんとか討伐を中止してくれと頼んでくるのだった。 第二話、タバサと吸血鬼 サビエラ村で、一晩のうちに若い娘が体中の血を吸い尽くされて殺害される事件が続発した。ハルケギニア最悪の妖魔、吸血鬼の出現である。 吸血鬼討伐に出発したタバサだったが、吸血鬼は普通の人間と見分けがつかない。 姿なき殺人鬼に対して、タバサがとる作戦とは。 第三話、タバサと暗殺者 王女イザベラに暗殺を狙っている者がいるとの疑惑があがった。タバサは魔法でイザベラと入れ替わって捜査をはじめる。 だが、暗殺者の正体と黒幕は意外な人物であった。 第四話、タバサと魔法人形 珍しい任務が下った。ガリアの名門の引きこもりの少年を学校に通わせろというのだ。 危険のない任務に退屈げなイザベラから、たわむれに魔法人形スキルニルを譲られたタバサはいつもどおりに任務に向かう。 しかし少年の冷え切った家族関係と、彼を一身に思うメイドのアネットの訴えに、タバサはある考えをめぐらせるのであった。 第五話、タバサとギャンブラー 違法賭博場撲滅の命を受けたタバサ。偽名を使って潜入するが、カジノのディーラーはなんとタバサの家で昔に仲のよかった使用人だった。 しかも、イカサマ賭博の証拠を掴まなくてはカジノをつぶすことはできない。 情と使命、さらにタバサの目をもあざむくカラクリの正体とは? 第六話、タバサとミノタウロス 任務を終えて、とある村で休息をとっていたタバサは、平民の老婆から助けを求められる。 エズレ村に人食いのミノタウロスが現れ、生贄を求めているというのだ。 助っ人を引き受けたタバサだったが、ミノタウロスの正体は人攫いの野盗がミノタウロスを騙ったものだった。 追い詰められるタバサだったが、なんとそこに本物のミノタウロスが現れる。しかも、そのミノタウロスは人語をしゃべり、自らを貴族と名乗った。 番外編、シルフィードの一日 とある平和な日、のんびりとしていたシルフィードはニナという少女と仲良くなる。 けれども、近隣の村の住人にはドラゴンであるという理由だけで嫌われてしまった。 使い間仲間に慰められても傷心のシルフィード。だが、そんなシルフィードを救ったのは少女の純粋な心であった。 第七話、タバサと極楽鳥 イザベラの気まぐれと嫌がらせで、火龍山脈に住む極楽鳥の卵を採りに行かされることになったタバサ。 そこでタバサは、料理人を目指して修行中というリュリュという少女に出会う。 だが極楽鳥は強力な火竜に守られていて手出しができない。そこでタバサは、錬金を使っての料理という新境地を目指している リュリュの魔法を使おうと考えるが、リュリュは大きな壁にぶち当たっていた。 第八話、タバサと軍港 ガリア王国軍両用艦隊の軍艦が次々と爆破されるという事件が起き、タバサが調査に派遣される。 幹部士官らに邪険にされながらも、協力者を得て調査を進めるタバサだったが、次第に事件の背後に潜むどす黒い影に気づいていく。 それはタバサ自身の生い立ちにも関わる。人の心を弄ぶ禁呪を用い、無関係な人間を大勢巻き込むことをも辞さない狂気だった。 第九話、タバサとシルフィード シルフィードがタバサに召喚された直後のお話。 見るからにちんちくりんなのに偉そうなタバサに不満タラタラのシルフィードだったが、ある日ひとりでお使いに出かけることになった。 ところが世間に疎いシルフィードは悪い人にだまされて…… 第十話、タバサと老戦士 コボルドに襲われているというアンブラン村に赴いたタバサ。彼女はそこで、村人から慕われているユルバンという老戦士に出会う。 タバサの実力を持ってすればコボルドは敵ではなく、任務達成は容易なものと思われた。 だが、タバサたちは村で過ごすうちに奇妙な違和感を感じ出す。さらに血気にはやったユルバンがコボルドに囚われてしまい…… 第十一話、タバサと初恋 最近タバサの様子がどうにも変だ。妙にそわそわして落ち着かない様子だったりしている。 それが恋だと思ったシルフィードは一念発起、なんとかタバサの初恋を成就させようとあの手この手を試みるけれど空回りばかり。 一方で、タバサも自分の中に芽生えた不思議な気持ちがわからずに自問自答を続けていたが…… 第十二話、タバサの誕生 タバサがまだシャルロットと名乗っていた時期の話。 ガリアの先王が亡くなり、時期後継者候補のひとりであったシャルロットの父オルレアン公が暗殺された。 ジョゼフが王となり、オルレアン派最後のひとりであるシャルロットは母の身柄と引き換えに怪物の跋扈するファンガスの森に送られる。 そこは凶暴な合成生物キメラたちの魔境であり、ボス格である『キメラドラゴン』を倒さなければならない。 戦闘経験などないシャルロットはキメラに襲われて絶望するが、そこを森の猟師であるジルという女性に救われる。 ジルから戦い方を学び、シャルロットは戦士として成長を始める。だがそれは、長くつらい戦いの始まりでしかなかった…… 追記・修正はムラサキヨモギを噛み締めながらお願いします。 △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] これらの中では極楽鳥の話が一番好きかな。リュリュがすごくいい子ってのもあるけど、彼女の魔法が完成したらハルケギニアから飢餓がなくなりそう -- 名無しさん (2015-07-20 01 11 09) アニメの最大の罪はデコ姫を出さなかったことである -- 名無しさん (2015-08-06 00 39 39) なんやかんやでかなり続いたんだな -- 名無しさん (2015-09-15 16 55 09) OVAでシリーズ化希望 -- 名無しさん (2016-05-16 13 15 48) ふと思ったけど、錬金で食料作れたら人口爆発につながるんじゃなかろうか -- 名無しさん (2017-02-05 21 45 18) 読み返すと、ハッピーエンドで終わらない話もあるし、本編に比べて大人向けファンタジーって感じがしたな -- 名無しさん (2018-07-04 00 01 47) 作れたらというより、錬金による食料生成はあまりうまいものが作れないだけで昔から可能だったっぽい。普段からは食べてないだけで深刻な食糧不足ならそれで食べ物を作るだろうからハルケギニアでは餓死なんて基本ないんじゃないか。魔法のサービスは思いのほか安いようで、大豆に錬金をかけてつくる代用肉のほうが本物の肉よりずっと安いみたいだし。 -- 名無しさん (2018-07-04 07 50 54) 時系列的にはちょっとおかしな話もある。「タバサとシルフィード」では彼女はサイトと同じ日に召喚されていてまだいくらも時間が経ってないはずなのに、タバサの任務や境遇について妙に詳しかったりとか。 -- 名無しさん (2018-07-04 07 54 31) 名前 コメント
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おまけ この物語は、本編となにも関係はありません。 「ふにゃ…ふにゃ!?」 ドン! コロン ルイズがサモン・サーヴァントと成功させ、青年が落下しときその衝撃で彼の持っていた水晶の欠片がタバサの足元に転がる。 「なに?」 青い髪の少女、タバサはそれが青年が持っていたものとは、気づかずに拾い上げこっそりと拾う。 その後、色々とあったが、一日が終わり自分が召喚した風竜が風韻竜であった事に驚きつつも「シルフィード」と名づけ、 眠る前に本を読もうとした時、彼女のふところから水晶の欠片が落ちる。 タバサは落とした水晶の欠片を拾い上げると思わず見つめる。 「拾った時には気づかなかった。けど、不思議な感じがする・・・」 しばらく彼女は、水晶の欠片を見つめていると何処からとも無く声が聞こえる。 欠片に眠りし・・・勇者の魂・・・ ―白魔導師― その声が聞こえた瞬間タバサに電撃が流れるような衝撃を受け気絶する。 彼女が意識を取り戻したのは次の日の朝であった。 意識を取り戻した彼女は、もうすぐ朝食の時間であることに気づき現在の自分の姿を確認せずに部屋から出る。 部屋から出ると彼女の親友である赤毛の少女、キュルケが居た。 「あら、タバサじゃない・・・その格好かわいいわねぇー」 キュルケはタバサの姿を確認すると、いきなり抱きついて彼女を撫で回す。 しかし格好のことを言われてもタバサとしては昨晩から着替えてないはずなので、 「格好ならいつもと同じ・・・」 はずなのだが・・・ 「? 何言ってるのこんなかわいい白い猫耳フードなんて、今までつけてないじゃないの」 「!?」 キュルケにそう指摘されあわてて頭を触ると確かにフードの感触がある。 「ちょっとまってて」 タバサはキュルケにそう言うと、あわてて自分の部屋に戻り鏡を見る。 「なんで?」 そこにはいつもの学園のマントの変わりに見事な猫耳フードを身に付けたタバサの姿があった。 この後、何故か着替えてもいつの間にか猫耳フードになっていた。 無から来た使い魔 外伝 猫耳タバサの冒険・・・続くわけが無い
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タバサの大冒険 プロローグ タバサの大冒険 第1話 タバサの大冒険 第2話 タバサの大冒険 第3話 タバサの大冒険 第4話 タバサの大冒険 第5話 タバサの大冒険 第6話 前編 タバサの大冒険 第6話 後編 タバサの大冒険 第7話 前編 タバサの大冒険 第7話 中篇 タバサの大冒険 第7話 後編 タバサの大冒険 第8話 その1 タバサの大冒険 第8話 その2 タバサの大冒険 第8話 その3 タバサの大冒険 第8話 その4
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タバサの杖 キュルケに支給された。 タバサの使用している杖。 作中の挿絵を見る限りタバサの身長より高く、才人の頭近くまであるので百六十センチ~百七十センチの間と考えられる。 外見は節くれだった古い木の棒で上のほうが丸く渦を巻いており、丸みを帯びる直前に青い二本のラインが走っている。 原作に登場している杖の中では最も長い。 原作ではメイジの杖は所有者専用である、との設定が外伝にあたる作品で書かれている。 しかし、本ロワ内では特に制限なく使用できるようである。
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~水の都 1F~ 「う………」 一体何が起きたのか。意識を取り戻したタバサは、起き上がって現在の状況を確認する。 取り立てて、体に異常は無い。手足もちゃんと動くし、目も耳も聞こえる。 どうやら死んではいないらしい。ここが天国だとか死後の世界だと言うなら話は別だが。 しかし、それ以上に大きな問題があった。 「ここは……」 一体何処なんだろう?見たことも無い場所だった。 先程までタバサがいた石造りの遺跡とは全く違う。 少々薄暗い物の、それでも建物が整然と立ち並び、縦横無尽に水路が走っている様は、どうやら人間の暮らす街のようだ。 しかし最も違和感を覚えたのは、肝心な人間の気配が全く感じられないという事だった。 あの遺跡の扉の先が、今のこの場所に繋がっていたのは間違い無い。 だが、辺りを見回してもあの扉はまるで見つからない。 まるで最初から存在していないかのようだった。 ――となれば、考えられることは一つしか無い。 ここは、異世界なのだ。 あのゼロのルイズの使い魔が、ハルケギニアとは違う「チキュウ」とか言う世界からやって来たらしいと言うのは、既にトリステイン魔法学院の誰もが知っていることだ。 そして誰もがそのことを半信半疑に思っていたのだが、既に何度か―― あの「竜の羽衣」を始めとして、本当に才人が異世界の人間であることを示すような出来事も起こっており、タバサも異世界の実在を認めても良いだろうと考えていた。 だが、実際に自分が異世界を訪れる羽目になるとは思わなかった。 ここから元のハルケギニアに帰る方法が、果たして本当にあるのだろうか。 今のタバサには皆目検討も付かない。 「…………また」 また、一人ぼっちになってしまった。 そして孤独な自分が唯一頼るべき魔法の杖も、あの遺跡に置き去りにしたまま無くしてしまった。 今まで生きて行く為に振るって来た魔法も、杖が無くては唱えることすら出来ない。 「―――……っ」 不安と孤独、そして絶望が、タバサの胸に去来する。 見ず知らずの世界に、戦う力も奪われて、たった一人取り残されてしまった。 こんな気持ちになったのは、自分や両親の存在を疎んだ伯父の手によって、家族を失った時以来だろうか。あの時以来、タバサは伯父の一族に対して復讐を誓った。 伯父が自分を抹殺する為に、苛酷な任務を度々与え続けた時も、タバサはそれを乗り越える為に、戦って、戦って、戦い抜いた。 いつか復讐を遂げるその日まで、誰にも負けないように魔法の力を高め続けて来た。 それが今までタバサがハルケギニアで過ごして来た15年間の全てだった。 だがタバサは今、全てを失ってしまった。 一体今の自分に、何が出来ると言うのだろう。魔法一つ満足に使えない、無力なこの自分に? 平賀才人がルイズに召喚された時も、こんな気持ちになったのだろうかと、タバサは改めて思う。 自分にはもう、何も残されていない。そう、この世界にやって来た時から―― 「あ」 思い出した。タバサの他にも、一緒にこの世界へと飛ばされて来たであろう相手が一人いたでは無いか。いや、一人では無くて一本と呼ぶべきだろうか。 知恵を持つ剣、デルフリンガー。彼がここにいるなら、自分は一人じゃない。 一人じゃないなら、きっと大丈夫。 今までも一人で生きて来られたのだから、一人と一本ならもっと凄いことだって出来るかもしれない。 そうだ、こんな所でくじけている場合じゃない。 自分には、ハルケギニアに帰ってやらなくてはならない事があるのだから。 先程までの不安げな様子など微塵も感じさせぬ態度で、タバサは改めて周囲の様子を探り始める。 そうこうして行く内に、お目当てのデルフリンガーこそ見つからなかった物の、幾つか新しい発見があった。 一つは、地面に落ちていた黄色い円盤だった。 今までタバサの見た事の無い物であり、一体何に使うのかも皆目検討が付かない。 だが、その円盤に書かれている文字だけは、タバサにも理解出来た。 「エコーズAct.3のDISC」。それが何を意味している言葉なのかはわからないが、ここから考えられるのは、この円盤は“DISC”という名前であること。 そしてこの“エコーズAct.3”以外にも、色々な種類のDISCがあるのでは無いかということ。 この二つだけだ。 もう一つは、何故か自分が持っていた大盛りのはしばみ草のサラダ。 勿論こんな物を持って来た覚えは無い。 これを発見した時は流石にしばらく悩んでしまったが、気味が悪いからと言って自分の好物を捨てるのも気が引ける。後で、お腹が空いたら食べることにしよう。 そして最後に、地面のど真ん中に設えてある下層方向への階段。 他の道は全て行き止まりであり、これ以上何かを探すとしたら、この先へ進むしか無い。 よし。タバサは覚悟を決めて、階段に向けて一歩を踏み出す。 「……待ちやがれェェェェ~~~!!」 突然、呼び止められて振り向いてみれば、そこには怪しい風体の中年の男性。 片手にナイフを、もう片方の手に古ぼけたコートを握り締めている。 せわしなく動く瞳の色を見れば、麻薬か何かで明らかに冷静な判断力を失っているのがわかる。 「オレっちのコートをギろうなんていい覚悟だなァァァァ~~テメェェェェ~~~!!」 タバサの羽織っているマントをコートと勘違いしているのだろうか。 片手のナイフを振り回しながら、ヤク中のゴロツキが喚き散らしてにじり寄ってくる。 まずい。魔法の杖を持っていればどうと言う事の無い相手だが、今の自分は魔法が使えない。 小柄なタバサと、刃物を持った男では、どちらが有利か考えるまでも無かった。 「…………っ!!」 ――だったら、イチかバチか階段の先まで逃げるしか無い。 咄嗟に判断して、タバサは階段に向けて一直線へと駆け出して行く。 だが。足元に何かを踏みつけたような違和感を感じた刹那、タバサの足が動かなくなる。 「!?」 良く見れば、足元に仕掛けられていたトラップを、思い切り踏みつけている自分の足。 そして、それが踏み付けた者をその場に固定する「クラフトワークの罠」である事が、 理屈を抜きにしてタバサには瞬時に理解出来た。 「ひ、ひ、ひェ~ッヘッヘッヘェ!もォ逃がさねぇぞォ、テメ~~~!!」 何とか後ろを振り向くことは出来た。 だが、そこではもうヤク中のゴロツキがナイフを振り下ろそうとする姿が目の前に見えるだけだった。 「あ……っ!!」 もう駄目だ。自分はあのナイフに貫かれて、誰にも知られぬままにこの世界で命を落とすのだ。 タバサの脳裏に、この後訪れるであろう自分の最期の姿が浮かび上がる。 だが、苛酷な任務の日々の中で生存の為のセンスが刻み込まれたタバサの体は、反射的にヤク中のゴロツキに向けて最後の抵抗を試みる。 先程拾ったDISCを手に、ヤク中のゴロツキに叩きつけようとする。 「ぐェッ!?」 タバサの決死の反撃が見事に功を奏し、DISCがヤク中のゴロツキの腕にブチ当たる。 それによって、ヤク中のゴロツキのナイフは辛うじてタバサの顔を掠めるに留まり、 そしてタバサが手にしていたDISCは反動によってタバサの方に投げ飛ばされ、そして―― 「え……?」 ズブズブと音を立てているかのように、タバサの頭の中にDISCが沈み込んでいく。 何が起こったのか、タバサには一瞬理解出来なかった。 だが、それを理解するよりも早く、タバサのすぐ側からもう一つの声が響いて来る。 『Act.3、FREEEEZE!!』 「ウゲッ!?」 そしてヤク中のゴロツキに向けて人間の拳の形をした何かが振るわれ、ヤク中のゴロツキの姿を撃つ。 「よ、よくもヤリやがっ……ンガァ!?」 突然、ヤク中のゴロツキの体がズシリと地面に埋もれ、まるでその場だけ重力が倍になったかのようにヤク中のゴロツキの動きがスローになる。 『射程範囲5メートルニ到達シテマス。コレデモウテメーハ飛行機ノシートヨリモスローニシカ動ケネェ」 「ウグググ……」 『ソシテ!スローニナッタ隙ニ殴リ抜ケル!S・H・I・T!!』 「ウッゲアァァ~~~~!!」 ヤク中のゴロツキが満足に動けない所に、更に一方的に拳が振るわれる。 そして何発も拳を打ち込まれ、最後には悲鳴と共にヤク中のゴロツキの姿が掻き消えていった。 『危ナイ所デシタネ。モット早ク私ヲ装備シテイレバ、コンナ事ニハナラナカッタデショウニ』 ようやくクラフトワークの罠から解放されたは良いが、未だに状況を掴めずに眉を顰めているタバサを無視して、拳を振るった“主”は宙に浮いたまま一人で延々と喋り続ける。 『マ、コンナ連中モ数ガ集マリャ割ト厄介ダッタリスルンデスケドネ。Bi―――tch!!』 「……あなたは」 『ン?』 「あなたは誰?」 タバサの質問に、人間と同じ二本の手足を持つ―― しかし、その容貌は明らかに人間とは異なる“それ”は、宙に浮かんだままタバサの方を見やる。 『フム。「スタンド」ノ「DISC」ヲ知ラナイッテコトハ…ドウヤラ、ココニ来ルノハ始メテナノデスネ?』 “それ”の言葉に、こくりとタバサは頷いた。 『私ノ名ハ「エコーズAct.3」、「スタンド」デス。アナタガ今装備シテイル「DISC」ハ「スタンド」ヲ形ニシテ装備出来ル様ニシタ物デス』 スタンドにDISC。これまた聞いたことの無い言葉だったが、魔法を実際に形として見ているような物だと思って間違い無さそうだとタバサは思った。 さしずめDISCは、スタンドを使う為の魔法の杖と言う所だろうか。 「……ここはどこ?」 『ココハ「レクイエムノ大迷宮」ヘ至ル為ノ通過点デス。 コノダンジョンノ最深部ニ行カナイト「レクイエムノ大迷宮」ニハ辿リ着ケマセン。 ソシテ「レクイエムノ大迷宮」ヲ突破シナイ限リ、コノ世界カラハ出ラレマセン』 「!」 レクイエムの大迷宮とやらに辿り着けなければ、この世界からは出られない。 それはつまり、その場所に行く事が出来ればハルキゲニアに帰ることが出来るという事だ。 「……本当に?」 『本当ト書イテマジデス。Ass Fuckin!』 元の世界に帰る方法がある。エコーズAct.3の言う事が何処まで本当かどうかはわからないが、それは実際に行ってみればわかること。 何一つ手掛かりの無かった先程までよりは、遥かに状況は好転している。 目標がはっきりと定まっているなら、迷うことは無い。 後はそこへ向けて、全力で歩き続けるだけでいいのだから。 「………レクイエムに、行く」 そう呟いて、タバサは次の階層を目指して階段を降りて行った。 ゼロの奇妙な使い魔「タバサの大冒険」 To be continued… プロローグ 戻る
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~郊外の森林 地下5階~ 『奴ガ近付イテ来ルゾッ!』 「フー・ファイターズ!」 縦横無尽に飛び回って接近して来るタワーオブグレーに対し、タバサはフー・ファイターズの弾丸射撃を叩き込む。 命中を確認すると共に、ダメージを受けて飛行がおぼつかなくなったタワーオブグレーに接近して攻撃用DISCのエコーズAct.3を展開、トドメの一撃を放つ。 『Act.3、FREEEEEZE!』 「ゲェェェ~~ッ!!」 エコーズAct.3の拳を受けて、目の前のタワーオブグレーは完全に消滅する。 何処かで本体と思しき中年男性の悲鳴が聞こえて来た気がするが、タバサは気にしない。 「………はぁっ」 周囲にもう敵がいなくなった事を確認してから、タバサは軽く嘆息を付く。 ――彼女がこの異世界に迷い込んでから、それ程時間が経っている訳では無いが、自分がこの世界に少しずつ順応して来ていることは、皮膚感覚としてはっきりと実感出来る。 それもこのエコーズAct.3のおかげだ。もしエコーズAct.3から、この世界のルールや仕組みについて色々と聞いていなかったら、自分は今頃生きてはいなかっただろう。 『コノ世界ニイル「スタンド」ヤ「スタンド使イ」ハ「DISC」ニナッテナイ奴ハホボ全部アナタノ敵デス。 逆ニ言ウト「DISC」ニサエナッテイレバ、全テアナタノ好キニ出来ルッテ事デスネ。Son of a bitch!』 この世界について一言で説明するなら、先程エコーズAct.3から聞いたこの言葉に尽きるだろう。 また、今に至るまでに、タバサはスタンド使い以外の存在にも何度か襲われている。 そして彼らを倒した時は決まって、その姿はまるで魔法で練成したゴーレムのように掻き消えて行ってしまう。 エコーズAct.3は、この世界にいる全ての存在はただの幻、記録に過ぎないのだと語った。 ハルケギニアでもこの世界でも無い、何処かの世界で実在した人々の記録が、この世界を構成している“何者か”によって形を為しているだけであり、本当の意味でこの世界に存在しているのは、今のタバサのように別の世界から迷い込んで来た旅人達だけだと言う。 ここはもしかしたら、死者の世界なのかもしれないとタバサは思う。 記録とは成功も失敗も含めて、人間が生きて成し遂げて来たことの証明である。 だが、積み重ねられた記録は遠い過去でしか無い。 確かに過去は現在と繋がっている。どれだけバラバラにして埋葬しようとしても、必ず何処かで蘇り、現在に対して影響を与えて来る。 しかしそれでも、人間は未来に向かって、現在を生きているのだ。 未熟だった過去に打ち勝ち、思い描いた未来を現実まで手繰り寄せなくてはならない。 負けるわけにはいかない。 自分の過去をただ哀しいだけの物にした伯父一族に復讐を遂げ、新しく出来た友人達と共に幸せに生きるのだ。 その為に、まずは目の前の障害を一つずつ乗り越えて行く必要がある。 自分を元の世界に帰してくれると言うレクイエムの大迷宮は、きっとその先で見つかるはずだ。 『オ、ヤル気ガ充実シテマスネ。コノ先ハ今マデヨリ更ニヘヴィニナリマスヨ。HOLY SHIT!』 返事は返さず、しかしタバサはエコーズAct.3の言葉自体は無視してはいなかった。 確かに、厳しい。既にここまでの探索で、装備DISCの他にもフー・ファイターズを始めとする射撃用の赤色のDISC、特殊効果の発動に必要な銀色のDISCも幾つか入手している。 そして、何に使うのかはわからないが、所々に落ちていたお金もとりあえず回収していた。 しかし深い階層を下る度に、敵も少しずつ強力になって来ている。 防御用として使っているイエローテンパランスのDISCでも、どこまで持ち堪えられるかはわからない。 この先、もっと強い敵が現れるだろう。 その時、落ちているDISCを拾い集めるだけで大丈夫なのか? せめてDISCの他にも魔法が使えれば―― いや、そうでなくても、手持ちのDISCを強化する方法さえあれば、何とかなるかもしれないのに。 そんなタバサの心の内を見透かしたように、エコーズAct.3はいつも通りの口調で言う。 『マ、敵ガヘヴィナラ、コチラモ更ニヘヴィナパワーをゲットスリャイインデスケドネ。 発動用ノ「DISC」デドウニカスルノモ、限度ッテモンガアリマスシネ。Over Limit』 「……どうやって?」 『ソレハ階段ヲ降リテカラノオ楽シミ。運ガ悪ケリャアウトデスガネ』 「……………」 本当に大丈夫なんだろうか。不安な気持ちを隠しきれぬまま、タバサは次の階層へと向かった。 ~紅海の浜辺 地下6階~ 「………DISC」 階段を下りた直後、早速タバサは発動用のDISCを一枚発見する。 階層内に落ちているアイテムの位置を把握し、効率的にダンジョンを探索出来る「重ちーのDISC」だ。 早速、タバサはDISCを頭に差し込んで能力を発動させる。 『オラにはわかる理由があるんだど!あんたにはわからない理由だけど!』 能力を発動させた代償として、重ちーのDISCが力を失って消滅していく。 そしてタバサの脳裏に、階層内のアイテムの位置が青い光点のイメージとなって浮かんでくる。 その中に、一箇所だけ幾つもの光点が集まっている場所があった。 「…………?」 こんなことは初めてだった。大概、ダンジョンにアイテムが落ちてる時は小部屋の中に1つか2つ、何も落ちていない時だって珍しくは無い筈なのに。 これは一体どういうことなんだろう? 『オヤ、早速ラッキーガヤッテ来マシタネ。ディ・モールト、ベネ(トテモ良シ)』 「これは?」 『行ッテミレバワカリマスヨ。上手ク行ケバ「DISC」モ強化デキルカモ』 「わかった」 今までエコーズAct.3が嘘を言ったことは無かった。 それを信じて、タバサは罠や敵の存在に注意しながらもアイテムの光点が集まっている場所へ向かう。 狭い通路をくぐり抜けて、ようやくタバサは目的の小部屋へと足を踏み入れる。 そしてその刹那、タバサに向かって放たれた何者かの声が、小部屋の中に響き渡る。 「レストラン・トラサルディーへようこそ!」 小部屋では、白く清潔そうな調理服を着込んだ、優しげな風貌の男性がタバサを出迎えてくれた。 だが客に料理を出すレストランと言う割には、テーブルも無ければ椅子も無い。 その代わりに、部屋の真ん中には先程からタバサが感知していた沢山のアイテムが置かれている。 「……レストラン?」 「ああ、これはハジメマシテ。ワタシはこのレストランのオーナー、トニオ・トラサルディーデス」 「………タバサ」 丁寧に自己紹介をしてくれたトニオと言う店主に釣られて、思わずタバサも名前を名乗ってしまう。 トニオは穏やかな微笑を絶やさぬまま、タバサに向かって言葉を続ける。 「本来ならワタシ自慢のイタリア料理をお出しする所なのデスが、ココでは大迷宮に挑まれるお客様方ニ対シテ色々なアイテムをお売りするのがワタシの役目なのデス。 勿論、料理の方を取り揃える場合モございますのデ、この先マタお会いするコトがございマシタラ、是非トモ当店ニお立ち寄リ下サイ」 なるほど。何故こんな所でレストランなのかと思ったが、“実在の”トニオという人がレストランのシェフなのだと考えれば納得は行く。 しかしイタリア料理とは聞いたことが無いが、一体どんな料理なのだろう? 何だか美味しそうな響きなのはわかる。そう言えば、あの平賀才人が「たまにはイタリアンも食いてぇ~」とか言っていたような気もする。 もしかしたら、この人やスタンド使いは、才人と同じ世界の人間なのかもしれないとタバサは思った。 ぐう。 そういえば、あちこち歩き回ったせいでお腹が空いて来た。 このままでは目を回した挙句に飢えて倒れてしまうかもしれない。 この世界にやって来た時に何故か手元にあった大盛りのはしばみ草も、痛んではいけないと思って少し前にお腹が空いた時に食べてしまった。 空腹を意識した瞬間、タバサは急に我慢できなくなって来た。 顔色そのものは微動だにしていないが、心の中では食べ物を求めてレストラン内のアイテムに対して意識を向ける。 今のタバサならば、例え道端のカエルを食べても元気一杯になれることだろう。 ――そして、その中でようやく、食べられそうな物を見つけた。 白い皿の上にに乗っかっているのは、何やら麺類のようだった。 太過ぎず、細すぎずに、噛み千切るのに最適そうな太さの麺の上には、湯気と共に香ばしい香りを漂わせたアツアツのソースが絡められている。 その脇に、値札と共に「娼婦風スパゲッティ」と言うこの料理の名前が書かれているのが見える。 名前の由来は少し気になった物の、実に美味しそうだ。 今まで拾い集めてきたお金も、今この時の為にあったのだとタバサはようやく理解した。 もう我慢出来ない。お行儀は悪いかもしれないが、レストランの中には敵もいないことだし、安全なこの場を借りてすぐに食べてしまおう。 「……ここで、食べてもいい?」 「ハイ、勿論デス。後デお会計ヲ頂くコトになりますガ」 「それなら、大丈夫」 タバサは財布の中に溜めていたお金を確認して、もう一度「大丈夫」と呟いた。 少なくとも、このスパゲッティの代金分を支払うくらいは造作も無いことだった。 「それハ良かっタ。ではドウゾ、オ召し上がりクダサイ」 いただきます、と言う言葉も惜しんで、タバサはスパゲッティ一掬いして口に入れる。 「――美味しい!!」 普段は無表情なタバサが、大きく目を見開いて感動の声を漏らした。 これが他の人間だったら力一杯に「うンまぁァ~~~~い!!」と雄叫びを上げている所だろう。 それ程までにこのスパゲッティは美味であり、「雪風」の二つ名で呼ばれる程のタバサの冷えた鉄面皮を突き崩してしまう程の美味さを持っていたのだ。 強い辛味はタバサの舌の隅から隅まで余す所無く絡まり付いて、彼女の味覚を刺激する。 そしてその辛さは新しい刺激を求めて、次の一口を誘導する。 やがて辛味の中に溶け込んでいた旨味が口の中に染み渡り、 脳髄から全身にまで達する程の快感へと変わっていくかのよう。 その口の中に生じる辛味状態の圧倒的破壊空間はまさに歯車的旨味の小宇宙! タバサは人生15年目にして味に目醒めると共に、自分がいかに狭い世界しか知らないちっぽけな存在であったのかを、痛烈に思い知らされたのだった。 「ごちそうさま」 勿体無いと思いながらも、娼婦風スパゲッティを食べ終えて心地良い満腹感に浸るタバサ。 だがその時、口の中に妙な違和感を覚えた。 歯の一本がまるで別の生き物であるかのようにモゴモゴと動き出し、力づくで無理矢理タバサの体から抜け出すかのように抵抗を試みている。 何が起きたのかと疑問に思うより早く、タバサの口からその歯が真正面に勢い良く飛び出していく。 そのまま、たった今抜け飛んで行ったばかりの――少し虫歯気味だった歯の奥が、先程と同じように疼き始めたと思った瞬間、他と変わらぬ白く輝く汚れ一つ無い歯が生まれて来た。 そして飛んで行った歯は、真正面にいたトニオに向けて一直線に向かって行き、そのまま―― 「ウグッ!?」 景気の良い音を立てながら、トニオの顔面に直撃した。 「……………」 重苦しい沈黙がレストラン内に流れる。 つい数刻前に美味しい料理を食べて絶頂に押し上げられていたタバサの気分は、一瞬にして下水の底で溺れ死ぬ哀れな水死体のようにどん底まで落ちて行く羽目になった。 本来なら今すぐ謝らなければならない所だろうが、顔面を抑えて全身を振るわせるトニオの姿は、迂闊に声を出すのも憚れるような迫力があった。 だが、何時までもこのままで良い筈が無い。 なけなしの勇気を振り絞って、タバサは何とか口を開こうとする。 「……ご、ごめんなさい」 タバサ乾坤の一擲に、トニオはゆっくりと―― 引き攣りが止まらない表情に無理矢理笑顔を貼り付けて、地獄の底から響き渡るような声で言う。 「フ、フフフ…オ気になさらないデ下サイ…… ソノ料理にツイテ先ニ説明しなかッタワタシにモ責任ハございますカラ……」 目が全く笑っていない。これ以上迂闊なことを言えば、片手に握り締めた石鹸で今すぐにでもタバサの頭を殴り飛ばしかねない、極めて危険な空気を纏っている。 はっきり言って、とても怖い。騎士「シュヴァリエ」の称号を抱く百戦錬磨のタバサですら、今のトニオを前にして胸の内から込み上げて来る恐怖を押さえ込めそうになかった。 「あ…こ、これ……買って…帰るから……」 床に散らばるアイテムの種類を見もしないで、タバサは部屋の中の商品を適当に掻き集める。 そして足りるかどうかも計算していなかったが、トニオに押し付けるような形で手持ちのお金を全て渡して全速力でレストランから遠ざかろうと駆け出して行く。 「――タダじゃあおきませんッ!!」 後ろから殺意に塗れたトニオの声が聞こえて来た気がするが、タバサは一生懸命素数を数えたりして聞こえないフリをしながら、見つけた階段を必死になって駆け下りて行った ~紅海の浜辺 地下7階~ 「……怖かった」 『マア逃ゲ出シテテ正解デシタネ。アノママアソコニイタラ、絶対ニアノ固ソーナ石鹸でブン殴ラレテ再起不能(リタイア)デスヨ』 「うん」 目に浮かんだ涙の珠を拭いながら、タバサはトニオの店から持ち出してきたアイテムを確認する。 装備用DISCと発動用DISCが一個ずつ。傷を癒す為の「モンモランシー特製ポーション」。 そして最後に―― 「…………本」 嬉しそうに口元を綻ばせて、タバサは表紙に極彩色の絵が書かれたその本を手に取った。 トリステイン魔法学院を出発してから、もう何年も本を読んでいないような錯覚すら覚える。 タイトルに書かれているのは、「ジョジョの奇妙な冒険 24巻」。 表紙に書かれている絵からすると、画家が勉強に使う美術書なのだろうか、とタバサは思った。 『オ、コレコレ。コノ「コミックス」ヲ読ンデ「DISC」ヲ強化スルンデスヨ』 「え?」 口を挟んできたエコーズAct.3の言葉は、タバサにとっては予想外の物だった。 「これで……?」 『マ、読ンデミリャワカリマス。Are you ready?』 首を傾げながらも、タバサはエコーズAct.3に促されてその「コミックス」とか言う本のページを開く。 『コイツハ第三部ノ「コミックス」デスカラ…「イエローテンパランスノDISC」ヲ強化デキマスネ』 「どうすればいいの?」 『「DISC」ニ向カッテ「サッサト強クナリヤガレェェェ」トカ思イナガラ読メバドートデモナリマス』 疑わしい気もしたが、それでも言われた通りに防御用に装備したイエローテンパランスのDISCを意識しながら、コミックスを読んでみる。 まるで石の彫刻のような力強い体の男性達の絵や、犬がスタンドを出して邪悪な笑みを浮かべた鳥と戦っている絵などが並んでいる。 どうやら最初に思ったような美術書では無く、子供向けの絵本らしかったが、書かれている文字が全然読めなくてストーリーが理解出来ないのがタバサには不満だった。 「!」 コミックスの最後まで目を通した瞬間、イエローテンパランスのDISCが光り輝き、その力が高まった事がタバサにははっきりと実感出来た。 しかしその代わりに、まるでDISCを発動したかのようにコミックスもその形を失って消滅してしまう。 「本当に強くなった……」 『コレデチットハマシニナルデショウ。アア、ソレト「コミックス」ハ強化出来ル「DISC」ニ制限ガアルノデ気ヲツケナキャナリマセンヨ』 「わかった」 なるほど、こうしてコミックスを集めてDISCを強化していけば、探索も楽になるかもしれない。 それに文字こそ読めなくても、この世界にも本があると言うのは悪い気はしない。 出来れば書かれている文字を覚えて、物語も楽しみたかったが、そこまでは贅沢と言う物だろう。 『ソレジャ、コノ階デアイテム集メテトット先ヘ進ミマショウ』 「うん」 エコーズAct.3の言葉に頷いて、タバサは通路を通って次の小部屋に出る。その瞬間だった。 「うっ!?」 何者かの手が伸びたと思った刹那、一瞬にしてタバサの小柄な体を羽交い絞めにする。 「……へへへ。おい!観念しな悪党!」 「く………!」 幾らもがいてみた所で、その男にガッチリ捕まえられたタバサの体は身動き一つ出来ない。 「テメエみてぇな小娘が、このブルート様から逃れられると思ってんのかァ?あ~ん?」 「クククッ!見事ねブルりん、そのままそいつを押さえつけておくね!」 ブルりんと呼ばれた巨体の男の側から、もう一人の敵の姿が現れる。 既に老齢とも呼べる姿でありながら、鮮やかな身のこなしで こちらに近付いてくるのは、両手に長い爪を装備した吸血鬼、ワンチェンである。 「こいつで首筋を引き裂いて、お前の暖かい血をペロペロ啜ってやるね!ヒヒヒヒ」 ペロリと舌なめずりをしながら、ワンチェンはタバサに近付いてくる。 エコーズAct.3で戦うにせよ、このままではどちらか一方しか攻撃出来ない上に、絶対的なパワーに欠けるエコーズAct.3では一撃でトドメを刺し切れるとも思えない。 そして攻撃を免れなかった片方が、確実にタバサに致命的な一撃を与えるだろう。 万事休す。タバサの心に、再び暗い絶望の影が忍び寄ろうとしていた。 『……一発ダケ』 「え?」 『奴ラノ攻撃ヲ一発ダケ受ケル覚悟ガアルナラ、コノ状況ヲ何トカシマショウ』 「! 本当に……!?」 エコーズAct.3の言葉に、タバサは目を大きく見開いて聞き返す。 『後ハアナタ次第デス。コノ「絶望」ヲ乗リ越エ、「運命」ヲ掴ミ取レルカドウカハ、 全テアナタ自身ノ「意志」ニ掛カッテイマス』 「え………?」 いつもと違うエコーズAct.3の様子に、タバサはただ戸惑うばかりであった。 「あなたは、一体何を……」 「何をごちゃごちゃ言ってるね!この爪を食らって血ヘドブチ撒けるねー!!」 『Act.3、FREEEEE――――ZE!!』 ワンチェンの爪がタバサの首筋を捉えるよりも早く、エコーズAct.3の拳がタバサを拘束していたブルりんに直撃する。 「ぬぅおォ!?」 エコーズAct.3の拳によって、ブルりんの体に圧倒的な“重さ”が圧し掛かる。 突然の衝撃に、ブルりんは思わずタバサを拘束していた腕の力を緩めてしまう。 「………!!」 「チィッ…!」 その隙を突いて、全力を込めて体を横に投げ出すことでブルりんの拘束から逃れたタバサは、正面から振るわれたワンチェンの爪を紙一重の所で回避することに成功する。 「………Act.3!」 何ということだろう。 エコーズAct.3の体が、タバサの目の前で力を失い、ボロボロと崩れ去って行く。 ――これは、DISCの発動。 装備DISCには持ち主の攻撃や防御の底上げの他に、銀色のDISCと同様にその能力を発動する事が出来る。その引き換えとして、スタンドはDISCに宿っていたパワーを消費してしまう。DISCのスタンドパワーを使い果たした時、スタンドはDISCと共に朽ち果て、消え行く運命にあった。 エコーズAct.3は確実にタバサを逃す為に、使えば100%成功するDISCの能力を発動させたのだ。 「Act.3……っ!」 『コレデイイノデス。私ハ「DISC」ニ宿ルスタンド。アナタガ「生キル」為ニ、ソノ力ヲ解キ放ツノハ当然ノコトデス』 幻なのかもしれない。だが、それでも今のタバサにははっきりと見えていた。 力を使い果たしたエコーズAct.3の「精神」が、天国に向けてゆっくりと昇っていく姿を。 『「正義ノ道」ヲ歩ム「黄金ノ精神」コソガ、「絶望」ヲ打チ破リ「運命」ヲ導クノダトイウコトを、忘レナイデ下サイ。――タバサ。アナタノ「運命」ガ「希望」ニ満チタテイルコトヲ、私ハ信ジテイマス』 そして、タバサの目の前で、エコーズAct.3は消滅した。 それと共に、彼女が装備していたエコーズAct.3のDISCがら頭から零れ落ち、その形を失って行く。 「くッ、くそォ!一体どうなってやがるんだよォ!?」 「スタンドのDISCを発動させられたね。奴にDISCを使わせる暇も与えずに速攻で殺すつもりでオマエと組んだんだが…アテが外れたね」 「お、おいワンチェン!早くこの重てぇのを何とかしてくれ……はッ!?」 得も言われぬ冷たい殺意を感じ、ブルりんとワンチェンは先程タバサが転がっていった方向を見やる。 今まさに、タバサの頭にもう一つ別の、新しい装備DISCが攻撃用に収められた所だった。 「……Act.3は、逝ってしまった…」 タバサの背後に、装備DISCに宿る新たなスタンドが形となって二人の前に現われる。 「あなた達の邪悪を……許す訳にはいかない――!!」 タバサの怒りと共に、この世に存在する全て“もの”を削り取り、無へと還す―― 「ザ・ハンド」の右手が、ブルりん達に向けて一直線に振るわれる。 ガォン!! 「ゲ…――ッ!!」 その真正面で足掻いていたブルりんが、ザ・ハンドの右腕の直撃を受けて悲鳴も残さず消滅する。 続いてタバサは厳しい瞳で、呆然と立ち尽くしていたワンチェンの姿を視界に捉える。 「ウッ……チ、チ、チクショオォォッ!キィエェェェーーーッ!!」 なりふり構わぬという勢いで、ワンチェンがタバサに向かって突っ込んで来る。 タバサはその動きを冷静に見つめながら、発動用DISCを手に取り、自分の頭の中へと差し込む。 『ふるえるぞハート!燃え尽きる程ヒート!!』 「ヒッ!そ、そいつは……!!」 タバサが使ったDISCの正体を知り、ワンチェンは顔色を更なる恐怖へと歪めた。 そして、タバサは裂帛の気合と共に、地面を強く踏み出して逆にワンチェンへと接近する。 「山吹色の……波紋疾走ッ(サンライトイエロー・オーバードライブ)!!」 一定期間のみ、吸血鬼が弱点とする「波紋」を操る「ジョナサンのDISC」。 その力を発動させたタバサは、波紋を流し込んだその拳を力一杯ワンチェンへと叩き込む! 「ウ……ウギャアアアァァァアァッ!!」 たっぷりと波紋を帯びた拳の直撃を受けて、体機能を完全に狂わされた吸血鬼ワンチェンは、ブスブスと煙を立てながら地面へと溶けて行き、やがて完全に消え去って行く。 今、この場に立っているのは、タバサ一人。彼女以外に動くものは、何一つとして存在しない。 「……Act.3……」 タバサは、つい先程消えてしまったばかりのエコーズAct.3に対して想いを馳せる。 この世界にやって来て、右も左もわからなかった自分に沢山のことを教えてくれたエコーズAct.3。 ほんの僅かな時間だったけれど、いつも自分の側に立って、 未熟な自分を最後まで守り続けてくれた、かけがえのない親友。 天へと還って行ったエコーズAct.3の魂に向けて、タバサはありがとう、と呟いたのだった。 ゼロの奇妙な使い魔「タバサの大冒険」 To be continued… 第1話 戻る
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~学生寮の部屋~ 「………!」 『こいつぁ……おでれーた』 エンヤホテル跡の階段を上って来たタバサとデルブリンガーは、目の前に広がる光景を見て目を丸くする。そこは何処をどう見てもこの二人、いや一人と一本が日々の生活を営んでいた、トリステイン魔法学院の学生寮の部屋そのものであった。 『……オレ達、帰って来たのか?』 「違う……」 半信半疑で呟くデルブリンガーの言葉を、タバサは即座に否定する。 エンヤ婆を倒しただけでハルケギニアに帰って来られるなど、絶対に考えられない。 タバサが始めて出会ったDISCのスタンド、エコーズAct.3も言っていたでは無いか。 「この道はレクイエムの大迷宮に至る為の通過点」であると……。 それに先程聞こえてきたあの「声」。 あの声が語る内容は、タバサを次なる試練へと誘う言葉では無かったか。 つまり、先程戦ったエンヤ婆は門番だったのだ。 タバサが次の試練に辿り着けるかどうかを見張り、彼女にその資格があるのかを見極める為のガーディアン。それならば、エンヤ婆を倒したことでタバサは次の試練に挑む為の資格は得たはずだ。そしてこの部屋の何処かに、次の試練―― 恐らくレクイエムの大迷宮へと至る道があるはずだ。まずは、それを探さねばならない。 「まだ途中。だから行かなくちゃ……」 『まだどっかに行くアテがあるってーのか?』 「うん。そうしないと、帰れない」 『……確かに、オレっちだって元の世界に帰りてえけどよ』 ふう、と嘆息してから、デルブリンガーはいつもとは違う落ち着いた口調で言葉を続ける。 『タバサ。あんた、オレに会うまで、今までずっと一人で戦って来たんだろう? そんなボロボロになっちまうまでよぉ。無理すんな……とまでは言わねえけど、もうちっと、その、なんだ。タマにはもうちょい能天気になっちまってもいいんじゃないか?』 タバサはすぐに何かを言い返したりはしなかった。 デルブリンガーが自分の身を案じて言ってくれていることは、はっきりと伝わってくる。 でもそれは難しい、ともタバサは思う。 自分の暗殺に失敗した為に、今度は合法的に惨死させるべく―― 憎むべき伯父一族から命を落としかねない危険な任務を次々と押し付けられ、傷だらけの戦いの日々を余儀なくされた自分に、果たしてそんなことが出来るのだろうか。 ましてや、この世界に来てからと言うもの、次から次へと襲い掛かる敵との戦いの連続だった。 少しでも気を緩めてしまったら、その瞬間に死ぬ。 それこそタバサは今までの15年間の生涯で、そのことを嫌と言うほど思い知らされていた。 きっと、デルブリンガーにもそのことはわかっているのだろう。 真実かどうかは知らないが、彼もまた、伝説に語られるような遠い昔の時代から、激しい戦争の中で生きてきたのだと言う。そうで無くても、彼という存在が武器として作られた以上、 戦いの中こそが彼の生きるべき世界であり、その為に自分と同じ世界で生き続けて来たタバサの痛みが、心の内がデルブリンガーにはわかるのだ。 そして、だからこそ。 今ここでタバサが決して立ち止まったりはしないだろうということも、わかってしまうのだ。 でも、それでいいとタバサは思う。 戦いの中で傷つくことは辛いことだけど、自分のことを理解して、心配してくれる相手がいる。 自分の側に立って、本当に守ろうとしてくれる人がいる。 それで充分なのだ。 自分のことを想ってくれている人達がいることを、確かなものとして実感出来るのだから。 今握り締めているデルブリンガーや、自分のことを「友達なんだ」と言ってくれた キュルケ達トリステイン魔法学院の皆、使い魔のシルフィード、この世界で出会ったエコーズAct.3らDISCのスタンド達だってそうだ。 そして自らの命を賭けて、自分のことを守ってくれた母―― 彼らは皆、今のタバサにとって掛け替えの無い大切な存在だった。 だから、無理はする。だけど絶対に負けたりなんかしない。 ハルケギニアに帰って、もう一度会いたい人達が、今のタバサには沢山いるのだから。 「……ありがとう」 『へ?』 「心配してくれて、ありがとう」 出来る限りの精一杯に感謝の気持ちを込めて、タバサはデルブリンガーに答えた。 『お、おう。なんかお前さんにそんなコトをハッキリ言われると照れちまうな…… ま、ともかくだ!これからはオレっちも一緒だ。 オレの力が必要な時は、遠慮なくガンガン使ってくれよな!』 「うん」 「――残念ですけど……」 突然のことだった。部屋の隅から、タバサ達に向けて若い女の声が聞こえて来る 「………っ!?」 タバサは周囲にも注意を払いつつ、その意識を声の主の方向へと向ける。 装備DISC、そしてエネルギーが不足気味ではある物の、射撃DISC共に問題は無い。 体力的にも、後一度戦うだけの余裕はあるだろう。 問題は――そしてこれこそが致命的なことのだが、手持ちの発動用DISCがゼロであることだった。 装備DISCの性能に頼った力任せのゴリ押しは、下策だ。 その時置かれた状況に応じて、手持ちのカードを最大限に駆使しつつも、その消費は最小限に抑えて危機を切り抜けなければならない。 それはこの世界の探検に限ったことでは無い、戦いの常道の一つだった。 しかしエンヤホテルでの戦いは、全てのカードを切らねば勝利を掴めぬ程の苦しいものだった。 だからタバサは、今持っているDISCだけで出来ることを考えて、それを実行に移さなくてはならない。 「誰?」 顔を見せると同時に、残りのエンペラーとフー・ファイターズの銃撃を叩き込んでやる。 タバサは声の聞こえて来た方向に両手を向けながら、静かに聞き返す。 「ここではデルフさんの力も、完全には発揮出来ないんですよ」 敵意を向けるタバサの態度にさして動じた様子も無く、声の主は堂々とタバサ達の前に姿を見せた。 「…………!」 『なぬぅ!?』 タバサとデルブリンガーが、再び驚愕に目を見開いて―― 剣であるデルブリンガーはあくまで気分だけの話であったが、 ともあれ一人と一本は、その見覚えのある声の主の姿から目が離せないでいた。 「シエスタ……」 「ごきげんよう。ミス・タバサ、デルフさん。お元気そう……には、ちょっと見えないかも?」 赤黒い血の跡を残してボロ雑巾同然の服を着込んだタバサの姿を見て、彼女は苦笑いを浮かべる。 少なくともタバサ達には、その声も姿も、そこに立っているのがトリステイン魔法学院でメイドとして働いている平民の少女、あの平賀才人に一途な思いを寄せているシエスタ本人にしか思えなかった。 『ちょっとちょっとちょーっと待てよお嬢ちゃん!なんでアンタがこんな所にいるんだよ!? いや別にいてもいいのか?いやもう、とにかくオレ様スッゲーおでれーたぜ!』 「……ううん。多分、違う」 タバサは射撃DISCを撃ち込もうとしていた手を降ろしながら、デルブリンガーの言葉を否定した。 トリステイン魔法学院の学生寮に、そこで働くメイドの姿があるのは確かに不思議なことでは無い。 だがそれでも、それは現在目の前に広がっている光景に対する正確な回答とは呼べない無いだろう。 事情の飲み込めないデルブリンガーより先に、冷静に真実へと思い至ったタバサは静かに尋ねる。 「あなたも……やっぱり?」 「ええ、その通りです」 タバサの問い掛けの中身を察知して、シエスタはゆっくりと頭を縦に振った。 「ミス・タバサの仰る通り、私もまた、皆様が存じ上げているシエスタの“記録”に過ぎません」 この世界に存在する者は全て、何処か別の世界にある実在の人々の“記録”が形になっただけであると、タバサは以前エコーズAct.3から聞いたことがあった。 本当の意味でこの世界で「生きて」いる者は、タバサやデルブリンガーのような別の世界から迷い込んだ者だけであると言う。この世界が全て誰かの“記録”で出来ていると言うなら、トリステイン魔法学院やシエスタのようなハルケギニアの“記録”がここに存在していたとしても不思議では無いのだろう。 ――だが、それでも。 タバサはほんの僅かにではあるが、希望を持っていたのも確かだった。 これが本当の魔法学院なら、元の世界に帰って来られていたら、どれほど良かっただろうか、と。 『記録……って、どういうこった?お前さん、シエスタじゃねぇのか?』 「うーん。全く違う、と言う訳でも無いんですけど……」 事情の飲み込めないデルブリンガーの問いに、シエスタは困ったように首を傾げる。 「……そっくりさん?」 「双子でもいいかも」 「ドッペルゲンガー」 「近いかもしれませんね」 「リビングゴーレム……」 「あ、それはちょっとひどいですわ、ミス・タバサ」 『――わかった!わかったわかった!いや、本当はわかんねーけど、わかったコトにする!』 デルブリンガーが二人よりも寧ろ自分に言い聞かせるようにして、放っておけば延々と掛け合いを続けそうなタバサとシエスタ?の会話を遮った。 『あんたはシエスタ、それで決まり!いいんだよな、それで!?』 「いいと思う」 「そう思って頂ければ何よりですわ、デルフさん」 女性二人の了承を取り付けて、デルブリンガーはふう、と自分を納得させるように溜息をついた。 どうやらこちらの世界の住人らしいこのシエスタ2号は兎も角、同じ世界からやって来たタバサと同じ知識を共有していないのは辛い。自分も早く、この世界について詳しく知っておかねばならない。知らなかったから、この先結果としてタバサの足を引っ張ってしまった、では済まされないのだ。現在の自分の持ち主であるタバサが、如何なる状況においても全力以上の力を振るえるように、彼女の側でその身を支える。 それこそが、武器としてこの世に生を受けた自分の役目では無かったか。 心の中で新たに決意を固めたデルブリンガーは――そこでふと、あることに気付く。 『なあシエスタ?』 「はい?」 『さっきお前さん、気になるコト言ってたよな?』 「気になること……ですか?」 『ああ。ここじゃあ、オレの力を完全に発揮出来ないとか何とか……ありゃあ一体、どういう意味だ?』 「……………」 『おい、シエスタ?』 「――その話は後にしましょう」 これ以上話すつもりは無いとでも言いたげに、シエスタはゆっくりと首を振る。 『何だって。おい、オメエ、一体どういう……』 「まずは先にやらなくちゃいけないことがありますから」 『やらなくちゃならないコトぉ?』 「はい。ミス・タバサに、今のような御格好をさせておく訳にはいきません」 大真面目な表情で、シエスタはデルブリンガーの問いに答えた。 「お体を洗って、お召し物を変えなくては。そうしないと落ち着いてお話も出来ないでしょう?」 『ウーム……』 確かにシエスタの言うことも一理ある。 タバサがトリステイン魔法学院の生徒であることを示す制服とマントはボロボロに引き裂かれ、ドス黒く変色した血痕があちこちに染み付いている。 トレードマークの眼鏡はどう見ても使い物になりそうにない程にひび割れて歪んでおり、まだ幼いが綺麗に整った顔には、未だに乾き切らない自身の血で滑っている。 そんな彼女の姿はあまりに痛々しく、見るに耐えなかった。 無論、自分の能力云々の話も気にはなるが、今のタバサをどうにかしてやりたいとデルブリンガーが思っていたのも確かだ。 「もしミス・タバサさえ宜しければ、私が手伝わせて頂きますが……」 その部分のみ、シエスタは遠慮がちに口を開いた。 ハルケギニアでは貴族と平民の差は絶対だ。 平民が貴族の命令で多種多様な労働に励むのは当然のことであったが、貴族の身繕いまで平民の使用人が手伝う、という話はあまり聞かない。 それは家臣である平民の前で、貴族が肌を晒すなどもっての他だ、という貞淑な物の考え方である。 例外があるとすれば、かつて権力に物を言わせて無理矢理シエスタを引き取って慰み物にしようとしたジュール・ド・モット伯や、普段は未だに平賀才人を使い魔扱いしているゼロのルイズぐらいな物だろう。 ハルケギニアの平民として、貴族に対して畏敬の念を抱くべしと教えられて育って来たシエスタには、貴族であるタバサの意志を最優先に尊重しなければならないのだ。 そして、そんなシエスタと寸分違わぬ考え方を、タバサ達の目の前にいるシエスタの“記録”は出来るということだった。 『どうするよ、タバサ?』 「………お願い」 さして逡巡した様子もなく、タバサはシエスタの言葉を受け入れた。 『……いいのかよ?』 それはデルブリンガーが、未だに目の前のシエスタを疑っている為の問い掛けだった。 「いい」 『――わかった。アンタがそう言うなら、オレはもうなーんも言わねぇ』 「うん」 それっきり、デルブリンガーはタバサを信じて何も口を開かなかった。 タバサもまた目の前にいるシエスタの“記録”を信じてみることにしたのだ。 もし万が一、シエスタの言葉が自分を罠に掛ける為の物だったとしても、構わないとさえ思った。 トリステイン魔法学院に来てからの暮らしは、タバサにとって掛け替えの無いものだ。 そこでタバサは、愛すべき大勢の人達に出会った。 例えただの“記録”であっても、その中の一人であるシエスタのことを、タバサは疑いたくは無かった。 もう二度と、魔法学院の皆と敵味方に分かれて戦いたくなんて無かったのだ。 「それじゃあ、まずは……ポルナレフさん?ポルナレフさーん?」 『呼んだかい、シエスタ』 シエスタに呼ばれて返事をしたのは、ベッドの下から這い出して来た一匹の亀。 よく見れば、背中の窪みに豪奢な造りの鍵が埋め込まれている。 『おや、君達は……』 『こりゃおでれーた…亀が喋ってやがる……』 のそのそと歩いて来る亀の姿を見て、デルブリンガーが本気で感嘆した声を上げる。 『何を言うんだ、君だって剣なのに喋っているだろう。一瞬、アヌビス神かと思ったぞ』 『オレの世界じゃ喋る剣なんて珍しかねーんだよ。 アンタみたいに喋る亀の方がよっぽどレアもんだぜ?』 『いや、私は亀じゃない。私は――』 そこで声が途切れたと思ったら、亀の背中の鍵から半透明の影がせり出して来る。 影はやがて人間の男性の形を取って、タバサ達の前にはっきりとした姿を見せる。 歳の頃なら三十代半ばぐらいの、逞しい体躯をした男性だった。 深く刻まれた傷を隠すように、右の頬を半透明の面で覆っている。 「御紹介しますわ、ミス・タバサ。 こちらはポルナレフさん、この亀さんの中で暮らしている、ええと――」 『ジャン・ピエール・ポルナレフだ。まあ、この亀に憑く幽霊だと思ってくれて構わん』 説明に窮するシエスタに、ポルナレフと呼ばれた男はそんなフォローを入れる。 『始めまして。ミス・タバサ……と言ったかな、それにそこの喋る剣君』 『オレ様の名前はデルフリンガーだ。よーく覚えといてくれよな!』 『そうしよう。君達とは長い付き合いになるかもしれないからな。 それでシエスタ、私を呼んだのはこの二人を紹介する為かい?』 「いえ、ちょっと亀さんの中に用がありまして。入ってもいいですか?」 『なるほどな。わかった、好きにしてくれ』 「では、失礼します」 そう言いながら、シエスタはポルナレフと亀の方に近付いて行き、そして―― 「!」 『おおっ!?』 驚愕する一人と一本を余所に、シエスタは亀の背中の鍵に吸い込まれるように消えて行く。 『なっ、なんだぁ!?これで何度目かは忘れちまったが、オレ様またしてもおでれーたぞ!』 「………スタンド」 驚きの声を上げるデルブリンガーとは対照的に、驚きから醒めたタバサは冷静に指摘する。 『その通りだ、タバサ。この亀のスタンドは、自分の体内に生活空間を作り出すことが出来る能力だ。背中の鍵をこいつの甲羅にハメ込んでやると、 スタンドを発動するように訓練されているらしい……私がかつて“死んだ”時も、こいつのスタンドにしがみ付くことで、今もこうして生き続けているんだ。 と言っても、私もそうしたポルナレフという男の“記録”に過ぎないがな』 「……だから、幽霊?」 精神だけが亀の中で生き残っているということと、何処かの世界で実際に起きたことの“記録”。 ポルナレフは二重の意味で、自分のことを「幽霊」と言ったのだとタバサは今、気付いた。 『そうだ……私自身もスタンド使いだったが、ある戦いの中でそれはもう失われてしまった。 この世界の何処かには、DISCとして残ってるかもしれんが。そして、その時に生まれたのが――』 「――お待たせ致しました」 ポルナレフを押し退けるような形で、亀のスタンドの中からシエスタが戻って来る。 両手一杯に抱えているのは、大小二つの桶、その中には何枚かのタオルに、今タバサが着込んでいるのと全く同じデザインをしたトリステイン魔法学院の制服、そして正方形の箱らしき物体が乗せられている。 『お、シエスタ。……一体全体何なんだい、そりゃ?』 「本当でしたら、貴族の方々が使われている浴場の方まで御一緒するべきなのでしょうが、ここにはそのようなものはございませんので……仕方がありませんので、こちらでミス・タバサのお体を拭かせて頂くことに」 『って、ちょっと待ってくれよ。風呂が無いって、そりゃまたどーいうこった?』 この部屋を出て、学生用の浴場まで行けば良いだけの話では無いか。 そう言いたげなデルブリンガーの言葉を遮るように、シエスタは説明の為に言葉を続ける。 「この世界にあるトリステイン魔法学院の“記録”は、この部屋しかありません。 この部屋を一歩でも出てしまうと、すぐにでも別のダンジョンへと繋がって行ってしまうのです。 ここだけがミス・タバサ、あなたにとって安全な拠点として、この世界に用意された空間なのです」 よいしょ、と荷物を床に降ろしてから、シエスタは厳かな口調で言った。 『なるほどな……だから風呂にも入れねーってのか?』 「はい。そして私とポルナレフさんは、この部屋でミス・タバサの御力になるように命じられました。 それがこの世界での、私達の役目なんです」 それが自分達の「運命」なのだ、とでも言いたげにシエスタは答えた。 今、目の前にいる彼女は、姿も、口調も、何から何までシエスタそのものだった。 だが、今言ったその言葉だけで、目の前の彼女が“ハルケギニアのシエスタ”とは違う存在だと言うことを、はっきりと証明していた。 平民の身分でありながら――貴族であるあのゼロのルイズに立ち向かってまで、自分が恋した平賀才人に強い思いをぶつけ続けている、あのシエスタとは。 そして、目の前のシエスタ達にそうした役割を与えている存在。それこそが、恐らく―― 「レクイエム……」 『そうだ。だが、それが全てでは無い』 タバサの呟きにに答えたのは、亀のスタンドから顔を出しているポルナレフの方だった。 『レクイエムは確かに、この世界を形作っている存在の一つだ。だが、その先には――』 「さあ、お話はこれぐらいにしましょう」 再びポルナレフの言葉を遮って、シエスタはぱん、と手を合わせて軽い音を立てる。 「と、その前に。デルフさんはポルナレフさんと一緒に、亀さんの中に入って頂きます」 『なぬぅ?』 あまりにも予想外だったシエスタの言葉に、デルブリンガーは素っ頓狂な声を上げる。 『おいシエスタ、そりゃー一体どういう意味だ?』 「いいですか、デルフさん」 ずいっ、とシエスタはタバサの持つデルブリンガーの方に顔を近付けて、言葉を続ける。 「貴族の方の――いいえ、レディの方の湯浴みを覗き見るなんて、許されないことです。 ミス・タバサが身支度を終えられるまで、デルフさんには亀さんの中で待って頂きます」 『しかし、んなコト言われてもなぁ……オレ、剣だし』 「ダメですよ。レディが身繕いを終えられるまで待つのは、殿方のマナーではありませんか」 『ムムムム……』 シエスタにめっ、と叱られて、デルブリンガーは言葉に詰まった。 見上げれば、タバサも困ったような表情で二人のやりとりを見つめている。 『……わーった、わーったよ。待っててやるから、なるたけ早めに済ませてくれや』 「ありがとうございます、デルフさん」 観念した様子で、デルブリンガーはシエスタの言う通りにすることにした。 「では大変失礼ですがミス・タバサ、デルフさんを少しお借りいたします」 「うん」 タバサは手に持っていたデルブリンガーをシエスタに渡し、それを受け取ったシエスタは再び亀の中へと姿を消して行く。 待つことしばし。 デルブリンガーを中に置いて来たシエスタが、部屋に帰って来る。 「大変お待たせ致しました、ミス・タバサ。 僭越ながらこの私が、ミス・タバサの御召し換えを手伝わせて頂きますね」 「………水」 「はい?」 「水は、どうするの?」 シエスタは先程からしきりに「湯浴み」という言葉を使っていた。 だが部屋の中を見返してみても、この部屋に水を供給出来そうな手段は思い当たらない。 魔法の杖さえあったなら、自分が魔法を使って水を「練成」することも出来ただろう。 だが、それはこの世界に来る前に、ハルケギニアに置き忘れてしまっていた。 平民のシエスタでは無論「水」系統の魔法など使うことなど出来はしない。 ハルケギニアにおいては、魔法を自在に扱える能力こそが、「貴族」と呼ばれる為に必要な唯一絶対の条件であり、あの「ゼロのルイズ」がそんな二つ名で呼ばれて蔑まれて来たのも、今まで満足に魔法を使いこなせた時が無かった為なのだ。 しかしシエスタはそんなタバサの疑問に、大丈夫です、と答えて、桶の中に入れて来た荷物を選り分ける。そして最後に、桶の中から正方形の箱を取り出して、タバサにもはっきり見えるように脇へ抱える。 「私も――そして今のミス・タバサも、魔法を使うことは出来ません。ですが」 シエスタは無造作に箱を開ける。その中には、色とりどりのDISCが何枚も挟まっている。 「この「形兆のDISCケース」の中にあるDISCを使えば問題ありません。 ここに水を生み出すことも、それをお湯に変えることだって出来ますから」 そう言ってシエスタは、ケースから黄金色に輝く装備DISCを一枚取り出して、頭に差し込む。 「ウェザー・リポートのDISC!」 そのままシエスタが発動させたDISCの能力によって、大きな桶の中に収まる範囲にだけ水滴が落ち始め、やがて水滴は雨のように勢いを強めながら降り注いで行き、桶を満杯にした所で止まる。 「水」――いや、「天候」を自由に操るスタンドか。 タバサはシエスタが発動させたDISCの正体に思い当たっている間に、シエスタは二枚目の、今度は能力発動用のDISCを取り出して、桶一杯に敷き詰められた水の中へと放り込む。桶の中の水はジュッ、と燃えるような音を立てながら、 一瞬にしてその温度を高めてお湯へと変わっていた。 水が熱湯になるDISCが力を使い果たしてボロボロと崩れ落ちて行くのを全く気にせず、シエスタは小さい桶にお湯を移して温度を確かめ、これでよしと言う風にタバサの方を向きやる。 「さあ、準備が出来ましたわ、ミス・タバサ。こんな簡単なお風呂で申し訳ございませんが、お湯が冷めてしまう前にお召し物をお脱ぎくださいませ」 戦闘に使う以外にも、DISCにはこうした使い方がある。 タバサは「こちらの世界の」シエスタの生活の知恵に感心しながらも、彼女に促されるままに、まずは顔に掛かっている眼鏡を外した。 自分ではあまり気にしていなかった物の、確かに酷い壊れようだった。レンズに走るヒビのせいで視界が悪いな、ぐらいにしか思っていなかったが、これでは二度と使い物にならないだろう。 元の世界に帰るまで外すことになるかもしれないと思いつつも、タバサは手に持った壊れた眼鏡を部屋の隅のベッドの上に置く。 そして同じように外したマントを眼鏡の側に放り出し、上着のボタンに手を掛ける。 一つ、二つ、三つ……タバサはゆっくりとボタンを外していく。 その度に、タバサの白く滑らかな肌が露わになっていく。 折れそうなくらいに細く、まだ幼さを残している物の、その身体は胸元から下まで女性としての柔らかい曲線をくっきりと宿している。スカートを外せば、繊細で脆さすら感じる程なのに、 どこか肉感的にすら見える、メリハリの利いたラインを引く純白の肌に覆われた脚が伸びている。 それまで自分の身に纏っていた衣服を次々に外して行ったタバサは、最後に下半身を包み込んでいる下着に手を掛ける。 迷いの無い所作で、ゆっくりと素肌を晒して行く姿を目の前で見せられると、湯浴みを手伝うなどと言い出したシエスタの方が、逆に気恥ずかしくなる程だった。 「……これでいい?」 「あ――は、はい。ではミス・タバサ。少しの間、失礼致します」 一糸纏わぬ姿のタバサに声を掛けられ、その姿に思わず見惚れてしまっていた自分の意識を取り戻して、シエスタはまず小さな桶に掬ったお湯に浸しておいた一枚のタオルを取り出し、自分の血で濡れたままのタバサの顔を拭い上げる。 タオルに赤い染みを移すような形で、タバサの顔から汚れが落ちて行く。 しばらくする内に、汚れに塗れたタバサの顔はいつも通りの美しさを取り戻していた。 「……ふう、お待たせ致しました。ミス・タバサ、次はこちらへ」 そのまま続いてシエスタに誘導される形で、 タバサは大きな桶の中に張られている湯の中にゆっくりと身体を沈める。 「はあ……っ」 適度な温度に調節されたお湯の感触が心地良い。 まるで、母の胸に抱かれるような安心感すら覚える。 本来なら自分に与えられる筈だった毒薬を飲み干して、心を傷付けられる以前―― その頃のタバサの母は、いつでも自分を優しく抱き締めてくれた。 そんな懐かしい思い出を、お湯の中でタバサは夢を見るような心持ちで思い返していた。 「ミス・タバサの髪、お綺麗ですわ」 湯の中で思う存分温まったタバサの身体を拭い、彼女の身体が冷えないようにと部屋の隅に置いていたマント以外の新しい制服を着て貰ってから、シエスタはお湯を含めたタオルを タバサの髪に絡めて、じんわりと滲んでいた髪の油を丁寧な動作でゆっくりと抜き出そうとする。 「ザ・サンのDISC」 タバサの髪にたっぷり水分を含ませた後で、シエスタはDISCケースから新しいDISCを取り出し、部屋の中に熱を帯びた発光体を生み出す。 そして先程と同じようにして、今度は別の乾いたままのタオルをタバサの頭へと滑らせる。 熱量を抑えて発動させたザ・サンの光と合わせて、程なくしてタバサの髪から水分が離れていく。 先程から自分の頭を刺激するシエスタの柔らかい手の感触が、タバサには心地良い。 タバサがこの世界にやって来てから、これほどまでに安らぐことが出来たのはこれが初めてであり、それは他ならぬこのシエスタがいてくれるからだ。 人の優しさは、どんな時であろうと心に染み入る程の強さを持っている。 それが人間を「黄金の精神」に目覚めさせるきっかけになって行くのでは無いだろうか。 どんなに気高い精神を胸に秘めていようとも、人は一人ではそれを見失ってしまうのだ……。 忘れてはならないとタバサは思った。 このシエスタの優しさを。共に戦うDISCのスタンド達の力を。ハルケギニアの大切な人々の思い出を。 例えこの先、どれほど苛酷な試練が待ち受けていようとも、 それを忘れない限り、自分の精神は決して砕け散ったりはしないであろう。 「――これでよし、っと」 その言葉と共に、シエスタの手が既に乾ききったタバサの髪から離れる。 勿体無いな、とタバサは心の中で思ったが、いつまでもシエスタに迷惑を掛けるのも気が引けたので、そのことは口に出さないで代わりにシエスタがここまでやってくれたことに感謝の気持ちを声に出して、言う。 「……ありがとう、シエスタ」 「いいえ、とんでもございません。こちらこそ、きちんと御力になれたかもわかりませんのに」 「ううん、平気」 タバサは換えのマントを身に纏いながら、もう一度シエスタにありがとう、と言った。 「うふふ。ありがとうございます、ミス・タバサ。それじゃあ、後は――」 まずこれだ、とシエスタは宙に浮かんだままのザ・サンの発動効果を解消する。 発光体がフッと消え去り、次にシエスタは先程タバサが外した眼鏡に視線を送る。 「やはりこの眼鏡ですね……う~ん」 「……無いの?」 「これと全く同じ物は、生憎と……こういう眼鏡ならあるのですが」 困ったような表情でシエスタが取り出したのは、確かに眼鏡には間違いなかった。 だが、やけにゴテゴテと派手な装飾の施されたそれは、レンズによる視力の矯正以前の問題で、到底タバサに似合うとは思えない代物だった。 「これは?」 「ミス・ヴァリエールが御実家から送って頂いたという眼鏡なんですが… 何でも、これを掛けて特定の方以外の女性をいやらしい目で見るとその気持ちに反応してそれを知らせるという効果があるとか……」 「………いらない」 「ですよね……」 タバサに即答されて、シエスタは申し訳無さそうにその眼鏡を懐へと収めた。 「ではやはり修理をするしかありませんね……少し勿体無いんですが、この際仕方がありません」 シエスタは失礼致します、と断わりを入れてからタバサの壊れた眼鏡を手に取り、もう片方の手で更に新しいDISCを自分の頭に放り入れる。 「――クレイジー・ダイヤモンドのDISC!」 ドラァッ!! シエスタが発現させたDISCのスタンドが、タバサの眼鏡に向けて全速力で拳を叩き付ける。 その瞬間、タバサの眼鏡が動き出したと思いきや、物凄い勢いで壊れる前の形を取り戻して行く。 やがてタバサの眼鏡は、傷一つ無い新品同様の状態まで回復していた。 「………すごい」 「本来の使い方とは少し異なるのですが、このDISCにはこういう使い方もありまして。 ――さあミス・タバサ、どうぞこちらをお掛け下さいまし」 シエスタから渡された眼鏡を受け取って、タバサはそれを顔に掛ける。 いつも通りの眼鏡の硬質な感触が、タバサの顔に伝わって来る。 眼鏡の修理は完璧だった。 そして今、新しい制服を着込んだタバサは、すっかり普段と変わらぬ姿を取り戻していた。 「――次にミス・タバサが行かれる場所は、レクイエムの大迷宮と言う場所です」 亀の中で待っていたデルブリンガーを引っ張り上げ、タバサはシエスタとポルナレフから次に挑まなければならない試練について説明を受けていた。 『レクイエムの大迷宮は、先程まで君達が潜っていたダンジョンよりも更に深い。 ……エンヤ婆を更に上回るような危険な敵も次々と姿を現すだろう』 何か嫌なことを思い出した、とでも言いたげにポルナレフが渋い表情で口を開く。 「また、今まで以上に数多くの制限や、逆により沢山のDISCやアイテムが発見出来るでしょう。 今更私が仰るまでも無いことですが、これらの全てを知り尽くし、使いこなさなければ、レクイエムの大迷宮の最深部まで辿り着くことは出来ないと思われます」 「……………」 テーブルの上に出されたシエスタの手作りケーキを頬張りながら、タバサは二人の説明を聞く。 真面目な話を聞いてる時に不謹慎だとは思ったが、実に甘くて美味しいケーキだった。 以前、タバサも元の世界の彼女からケーキの作り方を習ったことがあったが、今でもここまで上手にケーキを焼くことは出来なかった。 ただそれでも、夜中にこっそり練習していたのがバレた後、食べてくれた色々な人が「美味しい」と言ってくれたことは、嬉しかった。それが噂で広まって、一時期の間、学院中でケーキ作りが流行り出すことになったのは、タバサにも予想外だったが。 『今度はオレもタバサに付いて行くぜ!アンタ達がダメだって言っても、オレは行くからな!』 「はい、それは問題ありません。デルフさんも、どうかミス・タバサのお力になってあげて下さい」 力を込めて語るデルブリンガーに、シエスタはそう言ってこくりと頷いた。 『――っと、そこで思い出したんだけどよ』 「何でしょうか?』 『さっき言ってたよな?オレの力が全部は発揮出来ねえって……今度こそキッチリ説明してもらうぜ』 大真面目なデルブリンガーとは対照的に、ああ、そんな話もあったね、とケーキを味わう方に神経を向けていたタバサは、今になってようやくその話を思い出したのであった。 「わかりました。 ……単刀直入に申し上げますと、デルフさんが御力を使う為に制限がかかる、と思って下さい」 『制限?』 「回数制限……と言えばいいんでしょうか。幾らデルフさんでも、何時でも何処でも好きに御力を使っていたら、すぐにクタクタになってしまうでしょう? その為にデルフさんの御力を回復させられるアイテムも、ちゃんと用意されてますから」 『は?そんなモンがあるのか?』 「はい。本当は特別なんですが、御説明の為に一つだけお渡ししておきますね」 シエスタが今度取り出したのは、一冊の本。 表紙の絵を良く見れば、あのゼロのルイズにそっくりな絵が描かれている。 タイトルは、「ゼロの使い魔 4巻」。 それは時折、彼女の使い魔である平賀才人を指して呼ばれる呼称でもあった。 『フム……何かと思ったら、そんなコトかい。 よっしゃ、それならオレっちを使う時の判断はタバサに任せるとすっか。よろしく頼むぜ、タバサ』 「わかった。でも、あなたを剣として使うのはきっと無理」 一度頷いてから、タバサはゼロの使い魔の本を懐にしまいながら言った。 体術の心得も多少はある物の、本来の自分の戦闘スタイルは やはり魔法の力を操るメイジの物。剣を用いての戦いは、そもそも想定したこと自体が稀である。 まして、伝承に語られる「ガンダールヴ」の再来と称される、 デルブリンガーの本来の持ち主の平賀才人のように彼を扱うなど、タバサには到底不可能だ。 それはもうタバサに与えられた「役割」の埒外の話とすら言える。 手にした人間の能力や、触れた武器の性能を瞬時に理解する能力を持ったデルブリンガーも、そのことは良くわかっていた。だからこそ、彼もさして気にした様子も無く、鷹揚な口調で告げる。 『わかってるって。だけどよ、いざと言う時にはオレも何とかやってみるぜ。 この世界に転がっているDISCってヤツ……もしかしたら、面白い使い方が出来るかもしれねえ』 「うん」 自身有り気に言うデルブリンガーの言葉を信じて、タバサはこくりと頷いた。 「――じゃあ、そろそろ」 頬に付いたケーキのクリームを拭いながら、タバサは立ち上がってシエスタ達に会釈する。 そろそろ、自分達は行かなくてはならない。ここで平穏な時間を過ごすのはもう終わりだ。 レクイエムの大迷宮。ここを通り抜けて、自分は元の世界に帰らなければならない。 「はい。……レクイエムの大迷宮へは、こちらから行くことが出来ます」 シエスタがそれまでタバサが食べていたケーキの皿を置いたテーブルを動かすと、その下には既に見慣れた下り階段があった。この先がレクイエムの大迷宮に至る道。 シエスタから貰ったベルトでデルブリンガーを脇へと指しながら、タバサは自分の中から久方ぶりに鋭角的な緊張感が芽生えて来るのを自覚していた。 「行ってきます」 『じゃーな!世話になったな、二人とも』 「お気をつけて、ミス・タバサ、デルフさん」 シエスタとポルナレフをその場に置いて、階段を下るタバサ達の姿が見えなくなっていく。 『……行ってしまったな』 「はい」 『止めなくても良かったのか?この部屋の中で永久に暮らすことも、不可能では無かったろう』 「それは――無理ですよ。 あの方だって、それが出来たのに、この世界から出る為に何度も頑張り続けていたのでしょう?」 『……奴の精神の行き着く所は邪悪に過ぎん。本当なら、ここに永遠に封じられるべきだったのだ』 「だけど、自分が望んだ未来を手に入れる為に、決して諦めずに「運命」に逆らい続けた……。 目指す方向こそ違うけれど、タバサさんにも、そうした強い「意志」の光がある」 『そうだな……人は決められた「運命」を乗り越える為に生きている。 その結果がどうなろうと、最後まで「運命」に立ち向かっていく「黄金の精神」を彼女も持っているのだな……かつて私が出会った、若者達のように。 「運命」とは「眠れる奴隷」だ。彼女は今、それを解き放ちに向かったと言うことか……』 シエスタとポルナレフ。この世界が生み出した“記録”達は、 再び覚悟の道を歩み出したタバサが去って行った方向を、いつまでも見続けていた。 「ごきげんよう、ミス・タバサ。そしてようこそ、光り輝く「黄金の風」へ――」 シエスタの呟きを聞く者は、この部屋の中にはもう誰もいなかった。 ゼロの奇妙な使い魔「タバサの大冒険」 To be continued… 第3話 戻る
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~山岳地帯 地下10階~ 『もう見失わないッ!この小さいヤツを15秒以内に仕留めるッ!』 無作為に室内を動き回る弾丸中継のスタンド「マンハッタントランスファー」に 中継されたライフルの弾丸が、タバサ目掛けて飛来する。 「うっ……!!」 「ストーンフリー!オラァッ!!」 同時にタバサがライフルの弾丸に翻弄されている隙に、自らのスタンド「ストーンフリー」を 展開しつつジョリーン――空条徐倫がタバサに密着して来る。 タバサは攻撃用DISCのザ・ハンドで応戦しようとするが、精密動作の難しい ザ・ハンドでは、中々ジョリーンのストーンフリー相手に直撃を与えることが出来ない。 逆にジョリーンの側もザ・ハンドの一撃を警戒しているのか、その攻撃も タバサにダメージを与えると言うよりは、タバサの行動を封じて 致命的な隙を作る為の牽制に徹している風にも見える。 そしてタバサとジョリーンがお互いに膠着状態に陥っている間に、 マンハッタントランスファーが撃ち込んで来る弾丸が、絶妙な位置でジョリーンを避けて、タバサ一人を狙って降り注いで来る。 結果として、二人掛かりで攻め立てて来る敵に対して、一人で対処し続けるタバサの側は 消耗する一方であった。このままではジリ貧状態が続いたら、やがてどちらか一方に 完全に態勢をを崩され、その隙に残った片方からトドメの一撃を受けるのを待つばかりであろう。 ――どちらか片方さえ倒すことが出来れば。 今タバサの脳裏にあるのは、その考えだけだった。 実を言えば、距離を置いたマンハッタントランスファーをこちらのすぐ側に引き寄せる方法はある。 ザ・ハンドの能力を「発動」させ、自分とマンハッタントランスファーの間に 広がる空間を「削り取って」しまえば良いのだ。 だが、その手段は有り得ないとタバサは即座に却下する。 それは、ザ・ハンドのDISCを攻撃用DISCとして装備してしまっている為だった。 運の悪いことに、ザ・ハンドのコミックスによる強化も未だに出来てはいない。 今の段階でザ・ハンドの能力を発動させてしまっては、マンハッタントランスファーを 引き寄せた所でザ・ハンドのDISCは消滅、一撃で倒せるだけのダメージを与えきれずに マンハッタントランスファーには逃げられ、目の前のジョリーンから ストーンフリーのラッシュを受けて、自分一人が再起不能(リタイア)にされるだけだろう。 仮に、ザ・ハンドが強化されていて、一度の発動で力を使い果たさなかったとしても同じことだ。 ジョリーンのスタンド、ストーンフリーは細かな糸の束が集まって人の形を作っている。 それを応用して、ストーンフリーには傷ついた仲間の傷を縫合して癒すという使い方も出来る。 マンハッタントランスファーをタバサの側に引き寄せるということは、 彼女と密着しているジョリーンの手元にも移動させ、ストーンフリーによって 回復させるお膳立て整えてしまうということだ。ジョリーンかマンハッタントランスファー、最低でも どちらかを確実に無力化しない限り、この戦いに勝機は無いのだ。 タバサは決して、ザ・ハンドの他に装備用DISCを持っていないと言う訳では無い。 だが精密動作性を別にすれば、現在持っているDISCのどれもが ザ・ハンド程の高い攻撃力を持ち合わせておらず、今戦っている両者に 致命的なダメージを与えることは極めて難しいだろう。 そんなDISCをわざわざ持ち歩いているのも、DISCの能力発動を見込んでの事だ。 装備用としては貧弱でも、自らが置かれた状況とタイミングを見計らって 能力を発動させられれば、それはどんな強力な武器にも勝る。 王には王の、料理人には料理人の……そして恐らくハルケギニアの貴族や 彼らに使役される平民にも、各人に見合った個性や役割が与えられているのだろう。 既に今までの戦いで、タバサはそれを嫌と言う程思い知らされていた。 あのエコーズAct.3も、己を犠牲にしてまで、自分にそれを教えてくれたのでは無かったか。 「…………っ」 この窮地を逃れる術は必ずある。そして、その方法は恐らく―― タバサは自分の考えを信じて、銀色に輝く一枚の発動用DISCを取り出した。 「ホワイトスネイクの…DISC!?クッ、それを使わせる訳には……!」 ストーンフリーの勢いを強くするジョリーンに今は構わず、タバサはそのDISCを構え、そして―― 「承太郎のDISC…!」 自分とジョリーンから出来る限り離れた方向に向けて、タバサは力一杯そのDISCを放り投げた。 「あれは……父さんのDISCッ…!!」 そのDISCの正体が、かつて“本来の世界”で彼女の宿敵「ホワイトスネイク」の手によって、 自分の父親の記憶を封じ込められたDISCであることに気付いたジョリーンは、 目の前のタバサに構わずDISCに向かって駆け出して行く。 『何ッ…空条徐倫!?しかしその程度のことで我が「マンハッタントランスファー」の 逃げ道を塞いだと思っているのかァッ!』 マンハッタントランスファーを通して、本体のスタンド使いの意志がタバサにも聞こえた。 『照準点に変更無し!全身を確認、頭部に固定!発射(シュート)ッ!!』 「く……――ッ!」 タバサの頭部目掛けて撃ち込まれるライフルの弾丸を、体を捻ることで 辛うじて右肩で受けながらも、タバサは両腕を持ち上げて射撃用DISCの一枚を能力発動させる。 「エンペラー!」 タバサの意志に応じて、自由自在に室内を飛び回る銃弾型のスタンドが、 今度は逆にマンハッタントランスファー目掛けて猛然と疾駆する。 ジョリーンが自分に背を向けて離れて行っている以上、無作為に移動する マンハッタントランスファーをこの隙に、それも確実に仕留める為には、 使い手の意志によって弾丸の軌道を自在に変えられるエンペラーのDISCを使うのが最善の策。 ライフルの実弾とは違うスタンドパワーの塊を防ぐことが出来ずに、 マンハッタントランスファーは飛来したエンペラーの弾丸を回避出来ず、直撃を受ける。 『こ…こいつ…!いつの間に、これほどのDISCを……』 それが、マンハッタントランスファーの断末魔となった。 タバサは消滅して行くマンハッタントランスファーに構わず、承太郎のDISCを 追い掛けて行ったジョリーンの直線上の位置目掛けて走り出す。 承太郎のDISCを手に取っていたジョリーンが、タバサの様子に気付いて振り返るが、もう遅い。 「フー・ファイターズっ!!」 「ぐゥ……ッ!」 タバサの持つもう一方の射撃DISCから放たれるプランクトンの弾丸が、ジョリーンに命中。 ジョリーンが起き上がるより早く、タバサはジョリーンが倒れるまで、フー・ファイターズの弾丸を打ち 続ける。次から次へと放たれる弾丸の雨を受け続けた末に、ついにジョリーンの体が崩れ落ちる。 「……あのままあんたを攻め続けていれば、確かに倒せたかもしれない……。 だが!だが、それでも!父さんのDISCがそこにあるのだとしたら… あたしはそれを取りに行かない訳にはいかないだろう…!」 最後にタバサにそう言い残して、ジョリーンの姿をした“記録”は消滅して行った。 「……………」 タバサは無言で、ジョリーンが手にしていた承太郎のDISCを拾い上げる。 本来、このDISCの能力はスタンドの精密動作性を大幅に高めること。 だが少し前の階層で、同じように戦った別のジョリーンの“記録”が このDISCを守るようにしていたのをタバサは覚えていた。 もしかしたら。 このDISCは空条徐倫と言う人物にとって、とても大切な物なのでは無いかと思ったのだ。 例え命と引き換えにしても、惜しくは無いと思えるくらいに―― 「父様。……母様……」 ジョリーンは父、空条承太郎の為に自らの命を投げ打つ覚悟で戦った。 では自分はどうだろう?自分の父親は幼い頃に政治抗争の中で殺されてしまった。 母親は自分を庇って毒を飲み干した結果、正気を失い、今ではタバサのことすら 誰なのかを認識出来ず、昔自分が母にプレゼントした人形を “幼い娘のシャルロット”だと思い込んでいる。 父を、母を、両親の血が自分に流れていることを、タバサは今でも誇りに思っている。 だがガリア王国の王家という一族の名前は、今のタバサにとっては 憎悪と怨嗟で以ってのみ想起される存在でしか無い。貴族とは高貴で気高く、 また優れた知性と魔法の力によって人々を導いて行ける誇り高き者こそが 貴族と呼ばれるに相応しいのだと人々は語る。 ――冗談では無い、とタバサは思う。 名誉や栄光と言う名の虚栄心を守ることばかりに終始して、自分から 両親を永遠に奪い去った者達の誇りなど許されない、認めてやる訳にはいかないのだ。 人間が目指すべき黄金の精神とは、誇り高き血統とは、そんな所から来る物では無いはずだ。 本来なら「貴族」でも無ければハルケギニアで暮らす「平民」ですら無い、 「貴族」という存在がいない世界からやって来た平賀才人ですら、今では ゼロのルイズの使い魔であることに確かな「誇り」を抱いているに違いないだろうから。 自分も、ハルキゲニアに置き忘れてきた「誇り」を、取り戻さなくてはならない。 守らなければならない母の元へ帰る為に、トリステイン魔法学院の友人達と楽しい日々を送る為に。 「……私は、帰る」 いつものように小さな声で、しかし力強く宣言してから、タバサはゆっくりと歩き出した。 ~山岳地帯 地下11階~ 「んくっ……んっ…」 コップに注がれたキリマンジャロの雪解け水を飲み干しながら、タバサは手持ちのアイテムを確認する。 装備は攻撃用のザ・ハンド、防御用の強化済みイエローテンパランス、能力用のダークブルームーン。 射撃DISCのフー・ファイターズとエンペラー、ラバーズ、タワーオブグレー。 それ以外のDISCはデス・13とチリペッパー、エンプレス、ハーミットパープル、ペットショップ、 エンポリオのDISC。承太郎のDISCはこの階層に来た際に使ってしまったので、もう無くなっている。 そして体力回復用のモンモランシー特製ポーションに、今食べているはしばみ草のサラダ。 正直に言って、手持ちのアイテムは安心出来る程には数が多い訳では無い。 それでもタバサ自身が今までの戦いで経験を積んでいるということもあり、当面は何とかなるだろう。 しかし、突然この状況が変化したとしたら、どうなるだろう? その時になって、自分はこれまでのように切り抜けることが出来るのか? 先刻からタバサの胸の内に湧き上がっている漠然とした不安感は、 彼女がこの階層で新しく発見したDISCの発動に由来する。 『古からの死臭ただよう館に……迷い子が階段を下るとき! おのが自身はその正義を老婆と問い!しかるのちに残酷な死を迎えるであろう』 あのDISCは、確か「老師トンペティのDISC」と言う名前だったか。 自分がこの先訪れる階層について、予言という形で知ることが出来る能力らしい。 「……おばあさん?」 “階段を下りる迷い子”と言うのは、この異世界に入り込んだ自分のことに間違い無いだろう。 だが今までの階層で戦って来た敵の中に、老婆の敵はいない。 そして“古からの死臭が漂う館”という表現。これは恐らく、近い内に 今までとは全く違う敵と、古い館のような階層で戦うことになるという意味だろう。 ――覚悟を決めなくてはならない。 「覚悟」を抱いて己自身の内にある「恐怖」を退けてこそ、始めて勝利を手にすることが出来る。 例えどんな敵が現れたとしても、タバサには負ける訳にはいかない理由がある。 「む……っくん」 その為にタバサは、まず好物のはしばみ草のサラダを食べて万全の状態を作り上げることにした。 ~エンヤホテル 地下12階~ 「………当たった」 はしばみ草のサラダを食べてお腹一杯になったタバサが階段を降りた先は、古ぼけた建物の中。 なるほど、老師トンペティのDISCの予言は早速的中したと言う訳だ。 そしてあの予言は他にもまだ続きがあった。 予言が最後まで本当ならば、次にやって来るのは―― 「やあ~……いらっしゃい…」 違う。老婆では無かった。簡素な作りの衣服に身を包んで、子供を抱きかかえた女性だった。 「いい所ですねェ~…このホテル…あなたも泊まりに来たんですかぁ?」 そう言う女性の目の焦点はまるで合っておらず、本当にタバサの方を向いているのかすら疑わしい。 良く見ればその顔も、ニキビに塗れて膨れ上がり、ドス黒く変色している。 そして意識を周囲に向ければ、目の前の子連れの女性のように 異様に血色の悪い顔を不機嫌そうに向けた中年男性やら、全身に穴ボコが開いて 皮膚がチーズみたいになっている若い男などが、のろのろとした動きで―― しかし確実にタバサの方に向かってと近付いて来る。 「すみませんねェ~~…私ってば耳が遠い物で、何を言われてるんだか……」 「ザ・ハンドっ!!」 ガォン!! タバサは攻撃用に装備したDISCのスタンドの一撃を子連れの女性に叩き込む。 触れた者全てを消し去るザ・ハンドの右手に全身の大部分を削り取られ、 残った子連れの女性の体がくるくると部屋の中を転がり、やがて消滅する。 ――こいつらは、死者だ。 今まで戦って来た人々の“記録”とも違う、ただ動き回っているだけの死体。 タバサは迷うことなく、近寄ってくる亡者の群れに対して攻撃を加える。 「フー・ファイターズ!」 射撃DISCによってタバサの指から発射される プランクトンの弾丸が、更に姿を現してきた死体の幾つかを吹っ飛ばす。 しかしどれだけ死体の群れを倒しても、次から次へと際限なく死体の数は増えていく。 このままでは駄目だ。仮にこの死体をスタンドとするなら、 本体である「スタンド使い」が何処かにいるはず。 そしてそれこそが予言ので知らされた「老婆」に違いあるまい。 「…………!」 踵を返して、タバサはダッシュ。そのまま部屋のドアを強引に開け放って、ホテルの通路に躍り出る。 「ハーミットパープル(隠者の紫)…!」 同時に周辺感知の能力を持つ装備DISCを発動させ、タバサはホテル内の構造を頭の中に叩き込む。 思った以上に狭い場所だ。数で追い立てられれば、防ぐ手立ては無いだろう。 タバサは人が隠れていそうな場所を虱潰しに、しかし最短のルートを通って探し回る。 途中にチラホラと姿を見せる死体達は出来る限り無視しながら スタンド使いの本体を探して行く中で、タバサはオーナーの部屋と思しき部屋のドアを開け放つ。 「ヒェッ!?……お、おお~、これはいらっしゃいませ~。何か御用ですかな、ヒェッヒェッ」 ようやく見つけた。部屋に飛び込んで来たタバサの剣幕に、腰を抜かせて驚いてみせる老婆の姿。 今まで出会って来た死体とは違う、邪悪に、しかし強く意志を感じさせる輝いた瞳。 そうだ。彼女こそ、前の階層で予言で見た“古びた館の老婆”であり、 あの亡者共を操っているスタンドの本体に間違いない。 「ええ。……あなたに、用がある」 「おお~、それはそれは。何なりと御申しつけ下さい。 あ、ワシはこのホテルのオーナーのエンヤと申しますですじゃ」 お互いにシラを切り通しているのは先刻承知だったが、タバサはそれ以上は 何も口に出さずにエンヤと名乗った老婆に一歩ずつ近付いて行く。 近付いて、至近距離からザ・ハンドの一撃を叩き込むつもりだった。 エンヤ婆の側にも何か策はあるだろう。他に死体を操る以外の能力を隠しているかもしれない。 それを見極める為にも、今は死中に飛び込んでみせる必要がある。 来るならば、来い。タバサはエンヤ婆の一挙手一投足まで注意を払いながら、彼女に接近して行く。 「…お客のマナーが良くない。ちゃんと注意しないと…」 「そうですか、そうですか。そりゃあ申し訳ございませんのォ~。 何しろ外国から遥々観光に来られるお客様目当ての店なんで、言葉も通じ難くて大変なんですじゃよ」 「………本」 「ウムン?何ですと?」 「本を読んで、勉強しないと」 「おお、そうですのォ~。それは必要なことですのォ」 「そう。本を、読んで――っ!」 そこまで言って。タバサは一気にエンヤ婆との距離を詰めてザ・ハンドを展開。 一撃で勝負を決めるべく、エンヤ婆に向けてその右手を振るう。 「キィエェェェーーー~~~~ッ!!!」 その刹那、物凄い勢いでエンヤ婆が飛び上がり、ザ・ハンドの右手を回避してタバサから距離を取る。 ザ・ハンドのコントロールの難しさを差し引いても、老婆とは思えぬ程の凄まじいスピードでだった。 「…………く!」 「ヒェ~ッヘッヘッヘッ!そんな生っちょろいスタンドでワシを殺せると思ったのかァー小娘ェ!?」 タバサに対して嘲笑を上げる今の姿こそが、エンヤ婆の真の姿なのだろう。 邪悪そのものが形になったかのような笑みを浮かべながら、エンヤ婆は高らかに宣言する。 「このワシの「正義(ジャスティス)」で!お前のその無愛想なツラを 恐怖でグチャグチャに変えた後で改めてブッ殺してくれるわい! ここがお前の墓場になるのじゃああぁぁウケケケケェーッ!!」 その宣言と共に、エンヤ婆に操られて部屋のあちこちから新しい死体の群れが湧き出してくる。 ――また一つ、老師トンペティのDISCの予言の真実が明らかになった。 「正義を問う」とは即ちエンヤ婆のスタンド「正義(ジャスティス)」を指していたのだ。 そして最後に残された予言はただ一つ。「しかる後に残酷な死を迎えるだろう」……。 「そこまでは……嫌」 残酷な死を迎えるのは敵の方だ。死者を操っているエンヤ婆にこそ、死の世界は相応しい。 「デス・13のDISC…!」 タバサは装備DISCの一枚を頭に差込み、その能力を発動させる。 『ラリホォォォ~~~ッ!!』 DISCが力を使い果たして消滅する代わりに、タバサを取り囲んでいた 亡者の群れに強烈な睡魔が襲い掛かり、次々にその場へと倒れ込んで深い眠りに身を委ねて行く。 タバサは眠りこけている死体に構わずに、エンヤ婆のみに狙いを絞ってザ・ハンドを振るう。 だが、異様な素早さで動き回るエンヤ婆に対して中々決定打を与えることが出来ない。 「キィヒヒヒ、馬鹿め当たるものかァ!そしてェ!」 またしても新たに現れた死体が、タバサに向けて一直線へと突っ込んで来る。 「うっ……!?」 エンヤ婆に気を取られ過ぎていたタバサには、その死体の動きを避けきることが 出来ずに、部屋の中に置かれていたテーブルに頭から突っ込んで行ってしまう。 「く……ううっ…!」 他の死体が倒れ込んだタバサに向けて近寄って来る姿を視界の端に捉え、 タバサは慌てながらも自分を転ばせた死体にザ・ハンドの右腕を叩き込んだ。 死体、消滅。そのまま起き上がって態勢を整える、そうしようとしたその瞬間。 「キエェェェーッ!!」 「……っ!?」 エンヤ婆が懐に隠し持っていたナイフを取り出し、タバサの顔面目掛けて投げつけて来る。 頭を振って何とか逃れようとするが、完全に回避しきれずに左の頬が刃に当たって薄く切れてしまう。 チクチクとした浅い痛みと共に、タバサの頬から一筋の赤い血が流れ出す。 だがこの程度、致命傷には遠い。タバサは完全に立ち上がり、再びエンヤ婆に対して向き直る。 「クッ……クククッ…」 突然、エンヤ婆が含み笑いを浮かべる。 まるで、今この段階で自分が決定的勝利を掴んだとでも言うように。 まずい。 タバサはエンヤ婆の態度に、今までとは違う危険な雰囲気を感じ取っていた。 「ククク…ウケケケケッ!ウヒャハハハハァ!このホテルの中で血を流したな! もうこれで完ッ璧にお前は勝機を失ったのじゃあぁぁぁぁ!!ウコケケケケケケッ」 ――やはり。 あのナイフの一撃が、こちらにとっては致命的なダメージになってしまったらしい。 しかしタバサにはその理由がわからない。 エンヤ婆のスタンド、正義(ジャスティス)の真の能力が、だ。 ザ・ハンドに比べて威力が劣る上に、残りのエネルギーも少なかったが、 ここはエンペラーとフー・ファイターズで確実に攻撃を命中させるしか無い。 そう考えたタバサがエンヤ婆に向けて両手を向けた、まさにその瞬間。 「…………っ!?」 突然タバサの頭がぐらりと傾き、そのまま真横の方向に吹っ飛ばされて地面に叩き付けられる。 先程ナイフが掠めた左の頬がやけに重い。何とか瞳を傷口の方に見やると、 そこはもう出血が泊まっており、代わりに霧のような物質が問題の傷口から生じていた。 「これがワシの「正義(ジャスティス)」!「正義(ジャスティス)」の有効射程範囲内で傷を付けられた ヤツは、誰であろうと傷ついた場所を中心にワシの意のままに操れるのじゃあああぁぁ!!」 完全に勝利を確信しているのだろう、エンヤ婆の高笑いが部屋の中に反響する。 タバサは一発でも射撃DISCを撃ち込んでやろうとエンヤ婆に手を向けるが、 その前に傷口から自分の頭をコントロールされ、あらぬ方向へと頭ごと全身を吹き飛ばされる。 「さああぁ~~~てこれからお前をどう料理してくれようかのォ? そぉうじゃ、そういやトイレの掃除を最近サボっておったからのォ~~~~ これからお前に掃除してもらうとするかのう!!」 そう言うが早いか、エンヤ婆はタバサの頭を引き摺るような形で、 部屋の脇に設えてある扉に向けて、タバサの体を誘導して行く。 「なめるように便器をきれいにするんじゃ、なめるように! ぬアアアめるよォオオオオにィィィィ!!だよん。レロレロレロレロ」 エンヤ婆の咆哮を聞いて、タバサの全身に氷のツララで突き刺されるような 冷たい恐怖感が走る。恐らくこの老婆は本気でそれを自分にやらせるだろう。 それだけでは無い。その後も考え付くだけのありとあらゆる屈辱と恐怖を与えて、 タバサの中にある「正義の心」を完膚無きまでに打ち砕こうとするに違い無い。 それだけは何としても避けねばならない。 幸い、傷を付けられ操られているのは頭だけ。 ならば、両腕はまだ自分の自由に動くに違いない。 それを信じて、タバサはエンヤ婆に気付かれぬように注意しつつ、懐からDISCを一枚を取り出した。 「……ヌッ!?」 「ペットショップのDISC…っ!!」 氷を操るスタンド「ホルス神」の本体である怪鳥のDISCを頭に差し込むタバサ。 その刹那、まるで鳥の羽のように両手をパタパタと振りながら、 タバサの体が宙に浮かんでそのままフッ、と部屋の中から消えて行く。 ペットショップのDISC。 同じ階層の別の場所へ向けて、まるで瞬間移動の如く飛び去ることが出来るDISCである。 「……うおのれぇぇぇぇい小娘ェェェ!じゃが「正義(ジャスティス)」の効果範囲はこのホテル全体! この先の階層に至る脱出経路など存在せぬわい! そしてお前がここから逃れられぬ以上、依然このワシの勝利は変わらん! 何処にいようと絶対に逃すものかァァァ!!探し出して脳みそ!ズル出してやるッ! 背骨バキ折ってやるッ!タマキンがあったらブチつぶしてやっとるわッ!」 エンヤ婆はタバサを探すべく、後ろに死体の群れを引き連れながら通路へと飛び出した。 「「正義(ジャスティス)」は勝つ!!」 「ごくっ……んっ…んんっ…ぷはぁっ…。はぁっ、はぁっ……」 モンモランシー特製ポーションを飲み干して、タバサは先程の戦闘で受けたダメージの傷を癒す。 だがそれでも、左頬の傷口からは「正義(ジャスティス)」の霧が止まらない。 恐らく本体であるエンヤ婆を倒さぬ限り、永久にこのままに違いない。 しかし、一体どうやって倒せばいい? 「正義(ジャスティス)」の能力は既にわかっている。 霧によって、有効射程範囲内で傷付けられた者を自由自在に操る能力。 あの死体の群れも、「正義(ジャスティス)」の射程範囲内で殺された者達を 「正義(ジャスティス)」の霧を使って操っているのだろう。そして、その有効射程範囲は―― 恐らくホテルを構成するこの階層全体。 現在タバサの頭が自由になっているのも、エンヤ婆が自分の姿を見失っている為だろう。 もし発見されたら、その瞬間に「正義(ジャスティス)」によって タバサの体を操って先程の続きを始めるに違いない。 今の内に、何としてでも対抗策を考えなくてはならない。 手持ちのアイテムで、エンヤ婆を倒す為に出来ることは無いか、タバサは深く考える。 「………あ」 そして、一つだけ思いついた。 「正義(ジャスティス)」を使わせる隙を与えずに、あのエンヤ婆を倒す為の手段が。 だが、それはかなり危険を伴うアイデアだった。一歩間違えれば、倒れるのはこちらの方だ。 「………ううん」 それでも、やるしかないとタバサは思った。勝利への道はそう容易いものでは無い。 自らの命を削り取るだけの「覚悟」を抱いてこそ、始めて勝利の栄光を掴み取ることが出来る。 それこそが人間の目指すべき「正義の道」なのでは無いだろうか。 あのゼロの使い魔の平賀才人が、まだ召喚されて間もない頃に 彼を怒らせたギーシュ・ド・グラモンに向かって、決然と立ち向かって行ったように。 やろう。決然と覚悟を決めて、タバサは立ち上がる。 既にホテル内部の構造はハーミットパープルの発動によって理解している。 そして自分のアイデアの実行に最適な場所を目指して、タバサは一歩を踏み締めた。 「おにょれえぇぇぇぇ!何処に隠れおった小娘えぇェェェ!?」 血走った目で、ホテル内の何処かに隠れている筈のタバサを探す エンヤ婆の耳に、突然誰かの声が聞こえて来る。 『タバサはここよッ!ここにいるわよォォォーーーーーッ!!』 「何ッ……エンプレスじゃと?」 エンヤ自身、知らぬ間柄では無かったスタンド、エンプレスの声である。 彼女の宣言と共に、タバサが現在いる場所がエンヤ婆の頭の中にハッキリと浮かび上がって来る。 しかし、ホテルの中にエンプレスの罠など仕掛けただろうか? まあ、どうでも良いことだ。あの小娘が発見出来たのなら、今すぐ その場所に赴いてブッ殺してやればいい。 「正義(ジャスティス)」は無敵だ。あんな小娘に負ける訳など無い。 「ウヒヒヒヒッ、待っておれよ小娘!今度こそお前を地獄へと送ってくれるわい!」 そして間も無く、エンヤ婆は現在タバサがいるらしいホテルのロビーへと向けて突っ走る。 「…………!」 「よォ~やく見つけたぞォ、小娘エェェェ……」 タバサはロビーから通路の出入り口から少し離れた位置、 即ち現在部屋の中に踏み込んで来たエンヤ婆と距離を置いた所に立っていた。 一歩も動かぬまま、油断の無い表情でこちらの様子を窺っている。 何か策があるのかもしれない。 例えば、スタンドのDISCで床に罠を仕掛けている可能性など充分にある。 しかしタバサはもう「正義(ジャスティス)」のスタンドの支配下にあるのだ。 何処にいるのかさえわかってしまえば、後はエンヤ婆の好きに操ることが出来る。 ならば、策を使わせる暇など与えずブッ倒してしまえばいい。 エンヤ婆はそう考えて、エンヤ婆はスタンドを通して後ろの死体達に向けて命令を出す。 「お前達ィ!あのクソ生意気な小娘をとっ捕まえるんじゃア! そォして奴をボッコボコにブン殴って完ッ全に再起不能にしてやるんじゃあああぁぁァァァ!!」 その命令を忠実に実行するべく死体達が動き出すと共に、 エンヤ婆自身もまた、タバサに向かって駆け出して行く。 「ワシの「正義(ジャスティス)」は無敵じゃああぁぁぁッ!!」 エンヤ婆の意志によって、タバサの頬の傷口から潜り込んだ「正義(ジャスティス)」が 再びタバサの体を操って地に這わせようとする。だが。 「――レッド・ホット・チリペッパー!」 『限界無く明るくなるッ!!』 「なぬぅぅぅゥゥゥおわぁぁぁぁーーーーーッ!!?」 装備用DISCの発動。チリペッパーのDISCの電力放出によって、ロビー内部が 文字通り目も眩む光の波へと包まれる。突然の発光に 瞳をダイレクトに灼かれて、たまらずにエンヤ婆はもんどり打って床に転げ回る。 その中で、エンヤ婆はチクリと体を突き刺す痛みを感じる。 が、目を潰されているエンヤ婆にはそれが何なのかわからない。 そんなことよりも、早く「正義(ジャスティス)」であの小娘の体を操ってしまわねば。 それだけで、この戦いは勝てるのだから。 「「正義(ジャスティス)」ゥゥゥッ!!」 ドスン、と何かの倒れる音。恐らくタバサが頭を操られてスッ転んだ音に違いあるまい。 いいザマだ、とエンヤ婆は視力と共に再び勝ち誇った気分を取り戻していく。 やがて完全に目を開けられるようになったエンヤ婆は、くるりと首を振ってロビーの様子を確かめる。 見れば、今まさに地面に倒れ込んだタバサが死体達の群れに囲まれようとしている所だった。 「――勝った!第三話完ッ!!」 「……いいえ、あなたの負け」 エンヤ婆がタバサに向けて堂々と宣言するが、強い意志の光を瞳に湛えたタバサが はっきりとエンヤ婆の言葉を否定する。今、タバサは絶望するどころか、 逆に僅かに唇を吊り上げて、まるでこれこそが狙い通りだと勝ち誇っている様にさえ見えた。 「あなたが前に出て来てくれたから、上手く行った。……この死体を、盾にしようとしなかったから」 何だ。こいつは一体何を言っているんだ?どうしてここまで冷静でいられる? 「あなたがエンプレスのDISCで…ちゃんとここまで来てくれたから」 エンヤ婆の顔に焦りの色が浮かぶ。 タバサは教師が生徒に説明するかのように、静かに語りかける。 「あなたが、DISCの光で目を眩ませてくれたから……ここまで来られた」 タバサは後ろを振り向いて、今まさに死体の一つが彼女に向けて その両腕振り下ろさんとする様子を静かに見つめていた。 そして彼女の手には、防御用に装備していた筈のイエローテンパランスのDISCが握られている。 ここに至って、エンヤ婆はようやくタバサが何を企んでいたのか―― 先程自分に何を仕掛けたのか、ようやく理解することになった。 「なッ!ま、ま、まさかァァッ!?」 死体が振り下ろして来た両腕を、タバサは避けもせずに背中で受け止める。 「ぐっ……げほっ…!」 ずしりとした衝撃がタバサの全身に走り、口元から息が漏れる。 ――そしてそのダメージが、死体を操っている筈のエンヤ婆に向かってそっくりそのまま返って来る。 「うぐおぉぉぉっ!?」 「……ラバーズの、DISC。これなら、確実にあなたにダメージを与えられる…」 かつて、本来の世界で敵に捕らえられたエンヤ婆の始末の為に用いられた、因縁のスタンド。 それが今、再びエンヤ婆から「運命」をもぎ取るべく、タバサの手によって自分に仕掛けられている。 タバサが受けたダメージをそのまま特定の誰かに跳ね返すラバーズのDISCの能力。 その能力によって、別の死体によってタバサの腹に深くメリ込んだ蹴りの痛みが エンヤ婆に対してそっくりそのままダイレクトに伝わって来た。 「ぬぉわああぁぁぁっ!?おごぉおぉぉっ!!」 「あぅっ……ぐっ…げほっ、ううあっ……」 一切の抵抗も見せずにひたすら死体によって殴られ、蹴られ、蹂躙され続けるタバサの 感じている痛みが、次から次へとエンヤ婆に向けて跳ね返ってくる。 よりエンヤ婆に早く、深いダメージを与えるべく、タバサは防御用DISCまで外していたのだ。 出血で視界が赤く染まっていく。内臓を痛め付けられ、口から血反吐を吐くのも何度目だろうか。 己自身の血に塗れて全身を真っ赤に染め上げられた今のタバサの姿は、 トリステイン魔法学院において呼ばれる「雪風」の二つ名とは、まるで掛け離れていた姿だった。 「なっ…!ウゲッ…なんちゅーマネをしやがるんじゃあァァァァこの小娘ェェェェ!――ブゲェェェ!!」 何度目になるかも知れぬタバサのダメージを跳ね返されて、ついに耐え切れずに エンヤ婆はその場に倒れ伏した。そしてそれを確認してから、タバサはようやく次の動きを見せた。 「タワー……オブ、グレイ……っ!」 射撃用のDISCを能力発動させることで、室内のごく短距離の位置を 瞬間移動して死体の群れから逃れたタバサは、彼女と全く同じダメージを受けて ボロボロになっているエンヤ婆から見て、あと数歩の距離まで辿り着いていた。 「ウッ、ウヒヒヒヒッ…!ワシにトドメを刺すつもりか……?」 「……………」 「だっ、だが…やはり甘いのう、小娘…!それだけのダメージを受けて… その足でワシの所までそ辿り着けると思っておるのかァ~!? 辿り着く前に「正義(ジャスティス)」で全身傷だらけのテメエの体を 隅から隅まで片っ端から残さず操ってくれるわい…!」 タバサは無言で、血塗れの体を立ち上がらせてエンヤ婆に近付いて行く。 「やはり最後はワシの勝ちじゃあァァァ!!くらえ「正義(ジャスティ)」……」 「ダークブルームーン!」 『水のトラブル!嘘と裏切り!未知の世界への恐怖を暗示する『月』のカード!』 エンヤ婆がこちらを操って来る前に、タバサは今まで能力用に装備していたDISCを発動させる。 ダークブルームーンのDISC。能力用装備として使う分には水場を自由に移動出来るだけだが、 発動時の効果は全く異なる。その能力は部屋内にいる全ての敵にダメージを与え、 そのダメージを自分の体力として吸収することが出来るのだ。 「おごォ!?」 瀕死のエンヤ婆、そして距離の離れた死体達からも体力を吸収して、先程までのダメージを 一気に回復させたタバサは、エンヤ婆に最後の一撃を与えるべく駆け出そうとする。 「うっぐおおぉぉぉぉ!!まッ…!まだじゃあ……!まだ貴様が近付くよりも 「正義(ジャスティス)」発動の方が早いわぁ!まだ終わった訳では無いのじゃあぁぁぁァァァッ!!」 「違う……」 呟いて、タバサは最後に一枚だけ残されていた銀色の発動用DISCをエンヤ婆に向けて投げつける。 発動したり、投げ付けたりした者を一時的な混乱状態に陥らせる、エンポリオのDISC。 「うおわあああああぁぁぁぁぁ!!?」 DISCを投げ込またエンヤ婆は、混乱のせいでその場で悶絶。 「正義(ジャスティス)」発動の為の集中力を途切れさせてしまう。 「あなたの「正義」は、もうお終い……!」 エンヤ婆の前に立ち塞がり、高らかに宣言するタバサ。 そして攻撃用ディスクのザ・ハンドの右手を、傷だらけのエンヤ婆に向けて叩き込む! 「うぽわあぁーーーーーーーーーーーーッ!!!!」 断末魔の悲鳴を上げて、今度こそエンヤ婆はタバサの一撃によって、「残酷な死を迎えた」のだった。 ~エンヤホテル跡 地下12F~ エンヤ婆を倒したことで、「正義(ジャスティス)」の霧によって形作られていたホテルは消滅。 後に残るのは墓場同然の廃墟のみ。 操られていた死体もその主を失って、ただの死体へと戻って行った。 これでようやく次の階層に進めるはずだが、今の戦いはアイテムを始めとする消耗が激し過ぎた。 先程使用したダークブルームーンの効果でそれほど体力に不安が無いのと、 この階層に下りて来る前に食べて来たはしばみ草のサラダのおかげで お腹の具合には何の問題が無いのが、せめてもの救いと言えば救いなのかもしれないが。 「……でも、行かなきゃ」 いつまでもここでこうしている訳にもいかない。 ラバーズのDISCの効果を最大限に高める為に外していた イエローテンパランスのDISCを防御用に装備しなおして、タバサは階段を探して歩き出す。 「――あっ!」 自分が発見した物を見て、タバサは驚きのあまりに声を上げる。 階段はあった。いつもの下り階段とは違う、上り階段である。 この階段を上れば、今まで通過して来た階層を逆走することになるのだろうか? それも違う気がする。この先で待ち受けているのは、また別の新しい“何か”では無いだろうか。 タバサにはそんな予感がする。 だがその前にやらねばならないことがあった。 タバサは階段の側に落ちていた剣を拾い上げ、無造作に鞘から抜いた。 『~~~んっ、プハァ!やっと出られたぜ……っておお!?誰かと思ったらお前、タバサじゃねえか!』 「久しぶり」 タバサが異世界に巻き込まれた際に、離れ離れになってしまったインテリジェンスソード。 平賀才人の相棒であるデルフリンガーに、タバサは今、ようやく再会したのだった。 『こりゃおでれーた……いや、マジでおでれーたぜ。 お前さんと会えたってのもそうだが、何よりもその格好が何よりもオドロキだぜ』 「………そう?」 デルフリンガーに言われて自分の姿を見てみれば、確かに酷かった。 「正義(ジャスティス)」に操られる原因となった左頬の傷から漏れ出していた霧は 確かに消えているものの、服もマントもボロボロに引き裂かれ、 タバサ自身の血を吸って赤黒く染まっている。 これがドス黒い染みとなって永久に服から消えなくなるのも、そう遠い話では無いだろう。 よく見れば眼鏡のフレームは歪みに歪んで、レンズにもあちこちヒビが入っている。 満身創痍。今のタバサを表わすのに、これほど的確な言葉もなかった。 『マジで一瞬誰なのかわからなかったぜ……そうだな、こいつぁまるで』 「まるで?」 『――いや、やっぱ言えねえ。若い娘っこのアンタにゃ到底こんなコト言えねーぜ』 「そう」 デルフリンガーが言おうとしていたことを要約すると、まるで暴漢に―― それも幼女趣味の性犯罪者に寄ってたかって襲われたみたいだ、ということなのだが、 確かに先程までタバサの置かれていた状況は「性犯罪者」云々の言葉を 「死体」に置き換える必要はあれど、それ以外は全く以ってデルフリンガーの言う通りだった。 デルフリンガーが何を言おうとしたのか気になったが、 何やら自分を気遣ってくれている態度が伝わって来たので、タバサもその話については それ以上は聞き返さないことにして、その代わりに別の疑問をデルフリンガーにぶつけてみる。 「あなたは、どうしてここに? 『わかんねエ。オレも気付いた時は、もうあのバケモノみてぇなバーさんの所に放り出されてたんだ。 ただどーも、別の誰かがあのババアの所にオレを置いとけ、って言ってた気もするんだよな』 「別の、誰か……」 タバサはふと、側に聳え立つ上向きの階段に目をやった。 エコーズAct.3が言っていたレクイエムの大迷宮。そしてデルフリンガーの語る何者か。 全てはこの階段を上ればわかる。タバサの胸に強い確信が生まれていた。 『でもマジで、もう一度アンタに会えて良かったぜ~。 もし会えなかったら、オレっち永遠にあの屋敷ん中で閉じ込められっ放しだったのかもしれねえし』 「……うん。一緒に、付いて来て。帰れる…かもしれない」 『なぬ!?そいつぁマジなのか!?』 「わからない…。でも、それを確かめに行くの」 『そうか……オレっちの知らない所で、何か色々とわかったコトがあるみてえだな』 「歩きながら説明する」 『よし、頼むぜタバサ。オレとお前さんで、一緒に元の世界に帰るとしようぜ!』 「うん」 こくりと頷いて、タバサはデルフリンガーを握り締めながら階段を上っていく。 その途中、階段を上りきるより前に、タバサ達の目の前に真っ白な光が広がって行く。 視界が閉ざされ、意識まで溶けて行きそうなその感覚の中で、二人の耳に誰かの声が聞こえて来る。 「――ごきげんよう、ミス・タバサ。そしてようこそ、新たなる大迷宮の道へ――……」 ゼロの奇妙な使い魔「タバサの大冒険」 To be continued… 第2話 戻る
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~レクイエムの大迷宮 地下一階~ 『おでれーた。ホントにこいつぁ大迷宮って感じだぜ……』 腰のベルトに挿したデルフリンガーの感嘆の声に、タバサも無言で頷いて同意する。 この世界が生み出した“記録”によって再現されたトリステイン魔法学院の学生寮の床から、階段を下りたタバサとデルフリンガーを待ち受けていたのは、まさしくダンジョンであった。 薄暗く、見たことも無い構造物で作られた内壁。 今こうして立っているだけで、タバサの精神を押し潰してしまいそうな、息苦しい圧迫感すら感じる。 タバサが学生寮の部屋に辿り着く前に潜って来た行程など、ここに比べれば児戯に等しい。 そう思わせるだけの凄味が、この大迷宮の中から伝わって来るかのようだ。 『こいつぁマジで骨が折れそうだな……なあタバサ、これからどーするんだい』 「DISCを探す」 タバサは即答する。 各階層毎に様々なDISCやアイテムが落ちているのは、エンヤホテルまでの道程と変わらない。 そしてこのレクイエムの大迷宮には、今まで以上に数々のDISCや敵が待ち受けていると言う。 先程、タバサ達は学生寮の部屋でシエスタ達の“記録”からそう説明を受けたばかりだった。 ならば出来る限り、使えるDISCは回収しておかねばならない。 あのエンヤ婆との対決で、ほぼ全てのDISCを消耗してしまった自分は手数が足りない。 そんな焦りと不安も、今のタバサの中にはあった。 『あいよ。誰でも使える一回こっきりの魔法のDISC、ってワケだ。 もし元の世界に持って帰ったら、革命どころの騒ぎじゃねーな』 デルフリンガーが冗談めかして言った言葉には何も答えないまま、タバサは足を進める。 タバサ達がやって来た世界ハルケギニアは、「貴族」と呼ばれる人々が用いる魔法の力によって繁栄している世界だ。だからこそ魔法の力を扱うことの出来る貴族と平民では、「人間」としての扱いに天と地ほどの差がある。 無論、そうした貴族至上主義による社会制度に不満を抱いている者は決して少なくない。 だが平民による統治を掲げた革命が成功した試しは、ハルケギニアの歴史上 殆どと言って良いほど存在しない。何故ならば彼らは魔法という力を使うことが出来ないから。 魔法を持たぬ者の力など、それを持つ者達にとっては全く恐るるに足りぬ存在なのだ。 「平民」とは貴族に使役される者という意味では無い。 魔法の力を扱うことの出来ない「か弱い存在」を指して言う言葉なのだ。 そして魔法を扱える貴族は誰よりも優れた存在であり、だからこそ魔法の技術を研鑽し、より高い知性を以って力の弱い平民を守っていく必要がある。 そして、平民は自分達よりも優れた能力を持った貴族を敬わなければならない。 そういう考えで以って、ハルケギニアの人々は自分達の歴史を積み重ねて来た。 力を持つ者は、弱い者を守る為にその力を使わねばならない。 その理屈は、確かに正しいとタバサは思う。 だが、今のハルケギニアの人々は、あまりにもその考えに囚われ過ぎている。 そうした考え方は、魔法の力を行使出来る貴族特有の高邁な考え方ではあるまいか。 それだけで「貴族」が「平民」を支配する理由にはならない筈だと――今のタバサはそう考えていた。 貴族とは、魔法の力を扱えるという「能力」を持っているだけの、ただの人間に過ぎない。 魔法の使えない平民よりも、必ずしも貴族が高潔な人間であるという訳では無いのだ。 もし、貴族の誰もがその力の意味を自覚し、何よりもまず それを操る自らの精神を高めねばならないと言う考え方を得ているなら、 全ての貴族が誰よりも気高く、高潔であらんとする為の鍛錬を自らに課しているというなら―― 何故、自分の父は権力闘争の中で殺されたのだ? 娘である自分を守る為に、母が心に一生残らぬ傷を残すことになってしまったのは何故なのだ? 今そこにいる人間が持つ物、持たざる物は、全て「運命」が引き合わせた結果に過ぎない。 だが、それだけなのだ。 生きている人間の価値は、決して生まれ持った素質や能力だけで決定されるものではない。 人間は自分に与えられた「運命」を乗り越えなければならない。 例え歩むべき道がどれ程苛酷であろうとも、その先にある「正義の道」を目指して歩むことが、人間の「運命」なのだ。 魔法が使えないばかりに「平民」として蔑まされるべき平賀才人が、どれだけ気高い「誇り」を胸に抱いて自らの主人の側で戦い続けて来たのは何の為だ。 貴族として生まれながらも、満足に魔法を扱うことの出来ないゼロのルイズが、それでも決して挫けずに、遥かなる高みを目指して前へ進むことを止めなかったのは何故だ。 そんなルイズを口先ではからかいながらも、心の奥で常に彼女を心配し続け、 そしてまた伯父一族の手で両親を永遠に奪われたが為に、誰にも心を開くことを しなくなってしまったタバサにまで深い愛情を注ぎ続けてくれた親友キュルケの想いは何だと言うのだ。 この世界によって形作られただけの“記録”に過ぎないシエスタのが、 その優しさを自分に向けてくれたのは一体何だったのだ――。 彼らがその胸の内に抱いている、光り輝く「正義の心」に比べれば、ハルケギニアの人々が未だに己自身の存在意義として信じている「貴族」や「平民」と言った区別は、なんとちっぽけな物に過ぎないのだろう。 貴族の象徴とも言うべき魔法の力を行使する為の杖を失い、たった一人で この世界に放り出されたタバサには、それが良くわかる。 かつてタバサが抱いていた、一人で鍛え続けた魔法の力さえあれば、たとえ自分以外の全ての人間が敵であったとしても、それでも構わないという考えは――間違いだったのだ。 タバサがハルケギニアで出会った大切な人達だけでは無い、この世界で初めて出会って間も無かったと言うのに、自らの存在を犠牲にしてまでタバサの為に道を切り開いてくれたあのエコーズAct.3も、自分にそのことを教えてくれた。 そして一緒にこの世界まで飛ばされて来て、学生寮の部屋で自分の身を案じる 言葉を掛けてくれただけでなく、共に戦う為に今こうしてタバサの傍らにいてくれるデルフリンガー―― 自分の為に、これだけの想いを伝えてくれる人達がいる。 彼らから受け取った「心」こそが、自分の本当の「力」になるのだと言うことを、今のタバサははっきりと理解していた。 だから、一枚でも多く迷宮内に落ちているスタンドのDISCを探さねばならない。 今のタバサには一人で戦えるだけの力は無いのだから。 タバサが今、彼らの力を必要としているから。 ~レクイエムの大迷宮 地下二階~ 「……おかしい」 『うん?一体どうしたってんでい、タバサ』 「能力が……わからない」 デルフリンガーと共に大迷宮を探索して行く内に、既にタバサは何枚かのDISCを発見していた。 黄金色に輝く装備用DISC、紅に染まった射撃用DISC―― その中で、一つだけ発見した銀色の能力発動用DISCに対して、タバサは強い違和感を感じていた。 今までは、手に入れたDISCの正体やその発動効果は、漠然とであるが わかるようになっていた。だが、この銀色のDISCに限ってのみ、能力発動用の物ということ以外のことは、その能力が全く掴めなかったのだ。 そしてもう一つ、今まで見たことの無い、しかし“とてつもなくヤバイもの”であると感じさせるアイテムがあった。そのアイテムは辛うじて「発動用DISC」であると識別出来る銀色のDISCとは異なり、使い方や効果はおろか、どういうわけだかその姿形すら、手にしているはずのタバサにもハッキリとは理解出来ないのだ。 こんなことは初めてだ。 これらのアイテムを迂闊に使ってしまったら、それこそどんなことが起きるか予想も付かない。 拾ったタバサ自身も、発動用DISCや“ヤバイもの”を使うべきかどうか考えあぐねていた。 『わかんねえ、だと?』 「うん。……多分、この場所のせい」 曖昧な表現を用いてはいる物の、タバサは強い確信を以ってその言葉を口にしていた。 レクイエムの大迷宮には、今まで以上に大きな制約が掛かっている―― 先程、学生寮の部屋でシエスタから聞かされた話の中にそんな話があった。 恐らくこの銀色のDISCの能力が識別出来ないのも、そうした“制約”の一つなのだろう。 だが、一見些細とも思えるようなこの制約に、タバサはそれを仕込んだ“何者か”の強い悪意を感じ取っていた。まるで、そうとは知らずに遅効性の毒を飲まされて、長い時間を掛けてその身をジワジワと蝕まれ、自らの窮地を自覚した時には既に手遅れになっているかのような、そんな空恐ろしさすら感じるのだ。 この毒に飲み込まれぬように、注意を払い続けねばならない。 そんなタバサの内心を知って知らずか、デルフリンガーはフム、と頷いてから言葉を続ける。 『ちょっといいかい、タバサ』 「………何?」 『ちょっとオレにそのDISCを貸してくれねーかな。 いや、オレの体ん中に直接ソイツを差し込んでくれるだけでいーんだが』 「わかった」 タバサはデルフリンガーに言われた通りに、刃と一体の構造になっているデルフリンガーの鍔の部分に、正体のわからない銀色のDISCを差し込む。 『おー、こいつは……フムフム…なるほど、な』 そんなデルフリンガーの独り言を何度か聞く内に、もういいぞ、と言われて タバサはDISCをデルフリンガーの鍔からDISCを取り出した。 『わかったぜ、タバサ。 いやコイツの能力がってワケじゃねえが、そいつを識別するコトもやろうと思えば出来るな』 「……どういうこと?」 『前にも言ったかもしれねーが、オレっちの能力の中に「持ち主が触れてる武器の性能がわかる」って力があんだけどよ。その力がココに落ちてるDISCにも使えそうなんだな、コレが。 多分、そこにあるワケのわかんねーモンも、正体がわかるんじゃねーかと思うぜ』 タバサが手にしている“ヤバいもの”を指して、デルフリンガーが言う。 『まァお前さんが手に持ってるだけじゃわかんねーままだし、オレにDISCを差し込まれても同じだ。 ハッキリと意識して識別すっぜ!って思わねーと、まあ無理だね。それともう一つ』 そこで一旦区切ってから、今度は言葉の中に不敵な物を含めて、デルフリンガーが続ける。 『オレのもう一つの能力……受けた魔法を吸収するってヤツを応用すれば、DISCを 発動する時にそのパワーをギリギリまでアップさせられそうなんだわ。 ま、実際使う時はオマエさんの精神力も借りることになっちまうだろうが…… DISC一枚につき、一回こっきりの魔法の杖みてーな感じだな、こりゃ』 以前拾ったことのある「プロシュート兄貴のDISC」のような物か、とタバサは思った。 もっとも、あちらの場合はDISCを発動させた階層ならば永続的に効果があったものだが。 『オレっちの能力をいつ、どこで使うかってゆーその辺の判断は、タバサ、アンタに全部任せるぜ。 実際、制限云々を抜きにしても、マジでやるとしたら結構ホネが折れそうだしな』 タバサはこくりと頷いてから、デルフリンガーの言葉を胸の奥でもう一度反芻する。 識別と能力発動の強化、この二つの能力をタバサの任意に―― 使用制限が掛けられているとは言え、複数回に渡って行使出来るというのは、確かに心強い話だ。 だがそれには、デルフリンガー側の力の限界で回数制限がある。 ならば、彼自身が言う通りに、その力を借りるタイミングは慎重に決めなくてはならない。 そして今、タバサの目の前にあるのは全く正体のわからない“ヤバイもの”と、 それでも何とか発動用と言うことだけはわかっている銀色のDISC。 少しの間逡巡してから、タバサは決断する。 「これを識別して」 手に持った“ヤバイもの”を近付けるようにして、タバサはデルフリンガーに告げる。 『あいよ。んで、そっちのDISCは結局どうするよ?』 「使ってみる」 迷わずにタバサは言った。幸い、現在タバサ達がいる部屋には特に敵の姿は見受けられない。 ならばDISCの能力を発動させることで、その正体がわかるかもしれない。 その結果として大きなデメリットが生じるかもしれないが、敵のいないこの部屋の中ならば、少しはその危険も抑え込めるだろう。 この大迷宮の中では、いつ、どこで、何が必要になるかわからない。 出来る限り消耗は最小限に抑えなくてはならない。 その為に、今ここであまりデルフリンガーを消耗させる訳にはいかないのだ。 タバサは冷静にそう判断して、決断を下した。少なくともタバサ自身はそのつもりだった。 その中に「自分の一方的な意志でデルフリンガーに無茶をさせたくない」という気持ちが含まれていることに、彼女自身は気付くことすら無かったが。 『そんじゃ、いっちょやってみるとすっか。 ……ムムムム、迷宮に封じられし秘宝よ、今こそ自らを覆う神秘の影を拭い、その姿を現し給え…』 これから識別する“ヤバいもの”に向けて、わけのわからない呪文を唱えるデルフリンガー。 勿論、こんな言葉には何の意味も無い。ただのジョークか、もしくは精神統一の為の暗示に過ぎない。 デルフリンガーの性格を考えれば、間違いなく前者であろう。 そのことがわかっているので、タバサは何も言わずにその言葉を聞き流す。 『――タバサ』 「何?」 重苦しい口調でタバサの名を呼ぶデルフリンガーに、タバサはいつものように小さな声で問い返す。 『ちっとはツッコミを入れてくれよ……それがボケに対する礼儀ってヤツだぜ?』 「早くして」 『………へい』 タバサの冷たい一言に突き刺されて、デルフリンガーはがくりと気を落としたように答える。 そして、そうこうする内に“ヤバいもの”がほんの僅かに光ったと思った瞬間、タバサは次第にそのアイテムの姿形を正確に把握出来るようになって行く。 デルフリンガーの識別が、成功したのだ。 『フゥッ――終わったぜ、タバサ』 疲れた、とでも言うように、先程よりは少し気だるげな口調のデルフリンガーの言葉を受けてタバサが視線を片手の中の“ヤバいもの”に落とすと、既にはっきりと本当の形を彼女に見せていた。 「………紙?」 『おう。そいつは「エニグマの紙」っつってな。 これまた多少の制限はあるみてーだが、中に持ってる道具をしまい込めるらしいぜ』 「わかった」 折角だから試してみようと、タバサは拾った装備DISCの何枚かをエニグマの紙に近付ける。 すると―― 「!」 『な?オレの言った通りだろ』 不敵に笑うデルフリンガーの前で、タバサの手の中のDISCがエニグマの紙に吸い込まれて行く。 確かに、彼の言った通りの効果があった。 これは便利だ、とタバサはエニグマの紙の能力に心の底から感動を覚える。 だが、それは同時に、直接このエニグマの紙に何かがあれば、一度に大量のアイテムを失うことにもなりかねない危険性も含まれていると言うことである。 油断は出来ない。油断とは心の隙であり、その弱さを見せたら必ずそこを突かれてしまうものだから。 DISCを収めたエニグマの紙を懐に収めながら、タバサはこの大迷宮の中には決して「安心」などと言う言葉が無いことを、再び自らに言い聞かせることにした。 「……それじゃあ」 エニグマの紙と入れ替えにするような形で、タバサは銀色の発動用DISCを構える。 「使う」 『おう。気をつけろよ、タバサ』 「わかってる」 そう答えて、手に握り締めたDISCの正体を探るべく、タバサはそれを自分の頭の中に放り込んだ。 この銀色に輝くDISCは、何処か遠い世界で生きて来た人達の記憶を形にしたもの。 スタンドのDISCを装備する時に感じる、個々のスタンドが持つ「力の色」とはまた違う感覚。 発動までの一瞬に、元の持ち主がそれまで刻んで来た“記憶”がタバサの頭に流れ込んで来る。 彼らスタンド使いの扱うスタンドとは、使い手の精神をそのまま形に表わした鏡であり、タバサ達ハルケギニアのメイジにとっては密接不可分な、主人と使い魔の主従関係とはまた異なる存在である。 例えて言うならば、そう―― あの快活で可愛らしかったシャルロットと、今の自分の関係が近いのかもしれない。 ガリア王国の王家一族に生まれ、両親からたっぷりと愛情を受けて育った王女シャルロットは、母の精神が壊れてしまったあの時に、母と共に死んだのだ。少なくとも、今までタバサはそう思っていた。 だがそれでも、かつて自分が贈った“タバサと言う名の人形”を自分の娘だと信じ込んで、一人で守り続けているあの女性を、自分は母として守っていかねばならないとも感じている。 いつかシャルロットから全てを奪い去った者達に復讐を遂げ、母の心を取り戻せるその日まで、自分の感情など何もかもかなぐり捨ててでも生きていこうとした果てに、今のタバサがここにいる。 しかし、憎むべき者達に復讐を誓う為にタバサとして過ごして来た時間の中で、彼女は沢山の大切な人達に出会ってしまった。彼らと過ごした楽しい時間がタバサにはあった。 それは、どれだけ幸せな記憶であろうとも、あのシャルロットが決して持っていないものであり、今のタバサにとっては何よりも換え難い「誇り」なのだ。 母に愛されるべきシャルロットの名前を、自分が母に贈った人形と交換することで、母を守る人形としての役割を選んだタバサという少女が積み重ねて来た記憶は、もう悲しいだけのものでは無い。 彼女がタバサとして生きることを決めた時の、辛くて悲しい記憶しか目の前に待ち受けていなくても、母を守る為ならそれでも構わないと言う「覚悟」は、あの愛すべき人達の優しさによって覆されてしまったのだから。 シャルロットとしての過去。タバサとしての現在。 まるで二つの異なる人格が、ひとつの体の中に同時に存在しているようにも思える。 だが、それは違うのだ。 シャルロットが人を愛するということを、そしてその為の「覚悟」を、他ならぬ母からその身を賭して教えられたからこそ、今のタバサはどんなに苦しくても戦い続けることが出来るのだ。 シャルロットとタバサは今でも繋がっていて、決して切り離せるものでは無い。 「彼女」は違う誰かになってしまったのでは無いのだ。 過去は、殺せない。 そして今、ここで誰かの記憶が「DISC」として残されていること、それ自体には何も意味は無いのだ。 記憶は次々に積み重ねられて、いつだってその姿を変えて行くものだから。 例え去って行ってしまった者達がいたとしても、彼らが目指そうとした「意志」は、生きている者達の手によって受け継がれ、先へと進めていく為の確かな「力」となるのだから。 人間の記憶とは、このDISCのように「形」として残されたままのものでは無いのだから―― DISCから記憶を引き出し、自分の力とするというのは、即ちそういうことでは無いかとタバサは思う。 過ぎ去っていった者達の記憶に触れることで、生きている自分が現在を歩んでいく為に必要とする力。 何処かの世界の誰かから力を分けて貰う為に、今、DISCの記憶をタバサは全身を通して感じていた。 見覚えのある風景。タバサも良く知っている場所。トリステイン魔法学院だ。 ああ、この記憶の持ち主は、私の知っている人。 タバサはより深く意識をDISCに刻まれた記憶に同調させる。 ――私は「ゼロ」なんかじゃない! 悲痛な叫びが聞こえる。誰よりも誇り高くあらんとしながらも、その誇りを奪われた者の叫び。 当たり前のことを、当たり前に出来る者達に対する嫉妬と羨望。自分にはそれが出来ないという焦り。 厳格で、それ故に常に自省と研鑽忘れぬ父と母、そして一番上の姉に対する畏怖と尊敬。 自らもまた弱さを抱く故に、常に自分を優しく抱き締めてくれるもう一人の姉への思慕。 生まれながらに重い使命を背負った最愛の友人に対して、その身を深く案じる深い友情。 かつて憧れていたはずの人が、己自身の野心の為に邪悪へと染まってしまった時の悲しさ。 そして、自身が召喚した使い魔を初めて目にした時の失望と―― その使い魔へと自分が惹かれて行くことへの、心地良さと戸惑いの同居。 彼自身に対する侮蔑の気持ちが、尊敬と信頼に満ちたものへと変わって行くのがわかる。 彼が他の女性に惹かれる姿を見た時の、狂おしいまでの渇きと怒り、不安、虚無感。 その人の記憶に、タバサは確かに覚えがあった。 誰にも認められることなく、しかしそれでも、決して諦めずに己の道を精一杯に歩き続ける人。 厳しさの裏に、人に対する深い優しさを胸に秘めている彼女のことを、タバサは知っている。 同じ魔法学院に通う同級生として、お互いに少しずつ打ち解け始めているクラスメイト。 ハルケギニアで離れ離れになってしまって以来の、タバサの友人の一人である、彼女の名は―― 『サイトの……ばかぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!!!』 ――ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 どんな魔法を唱えても爆発しか起こせない彼女の、またの名を「ゼロのルイズ」。 彼女の記憶を形にしたDISCの発動による大爆発に呑み込まれながら、 タバサはクラスメイトの一人である彼女の名前を懐かしく思い返していた。 「………けほっ」 タバサの吐く息から、黒い煙のような物さえ立ち上っているように見える。 折角シエスタが身繕いを手伝ってくれたと言うのに、これでまた自分の服はボロボロだ。 今度会ったら謝らなくてはいけないな、とタバサはまるで人事のようにそんなことを考えていた。 『ンゲハッ!ゲホゲホッ!い、いっきなし爆発するなんて、まったくオレ様ホンキでおでれーたぞ!?』 「……両方、やっておけば良かった」 タバサはいつも通りに感情の感じ取れない声で、そう呟いた。 発動と同時に爆発を起こすDISC、それが「ルイズのDISC」の能力だったのだ。 『ウーム。しょっぱなからこんなんじゃあ、こりゃもう拾ったDISCを 片っ端から調べてった方がいいかもしんねーなぁ』 冗談めかしているが、デルフリンガーが心の中では本気でそう考えているのは明白だった。 出来るならばタバサだってそうしたい。だが、その為に必要なデルフリンガーの力にも限度はある。 学生寮の部屋でシエスタから貰った「ゼロの使い魔」と銘打たれた本で、デルフリンガーの力を回復出来るというが、この先の探索でそれが見つかると言う保証は無い。 このレクイエムの大迷宮の攻略において、デルフリンガーの持つ能力は貴重だ。 出し惜しみをしたまま力尽きてしまっては本末転倒だが、かと言って無駄な浪費もまた愚の骨頂である。 だからタバサは、考えていたことを素直にデルフリンガーに言うことにした。 「そうかもしれない……でも、それは無理」 『だよなぁ……あーあ、どっかにオレの力を使わなくても識別が出来るDISCとか無いもんかねぇ』 「……あると思う。多分」 『お、自信がありそうだな。何か根拠でもあるのかよ?』 「ただの、勘」 『ありゃま。勘ねぇ…期待して損した、って言いたいトコだが、マジでありそうなのが微妙にムカつくぜ』 「どうして?」 『そりゃ当然!オレ様のアイデンティティーの一つが失われちまうからだよ。 DISCだのアイテムだのを識別すんのはオレ様だけの特権!こんなカンジじゃねーとな』 「……でも、あなたが疲れる」 『そこなんだよなぁ。ま、どっちにしろこの世界から抜け出せりゃあ、何だろうと構いやしねーか』 「うん」 『それじゃ、とっとと次へと行くとしようかい』 デルフリンガーの言葉に頷いて、タバサは前に向かって一歩を踏み出した。 だが、その瞬間、カチリという音と共に、階層全体に届くかのような大きな声が響き渡る。 「あ」 『タバサはここよッ!ここにいるわよォーーーーーッ!!』 今いる階層にいる全ての敵に、タバサの現在位置を知らせてしまう「エンプレスの罠」が発動する。 この罠のせいで、間も無くこの階層の全ての敵がタバサに向けて殺到することになるだろう。 『……おい、タバサ。ひょっとして、これってスゲーピンチなんじゃねーのか?』 「うん。……これから、ピンチになる」 言葉の内容とは裏腹に、冷静な顔でタバサは答える。こうなってしまった以上は焦っても仕方が無い。 タバサはこれから姿を現すであろう敵を、一つ一つ叩いて先に進んで行かねばならないのだから。 『――お!』 「ううう…何故か知らねェが、妙にノドが渇くぜェ……なあぁ~…?」 『ちぃッ、早速お出ましかよ!?――タバサ!』 デルフリンガーの声に振り返って見れば、通路の奥から 小汚い浮浪者と言う風体の男が近付いて来る。だが、目の前の男は“ある力”によって、人ならざる吸血鬼に――ハルケギニアのそれよりも、遥かに凶暴な怪物としてその身を変えている。 タバサは一気に距離を詰めるべく、小汚い浮浪者に向けて一気に駆け出して行く。 「あったかい血ィィィ~……ベロベロ飲みたいィィィ~~~!!」 そういえば、と走る中でタバサはふとハルケギニアからこの世界に来る直前のことを思い出していた。 未知の古代遺跡の探索の途中で、ルイズやキュルケ達と共に遺跡を守護するガーディアン達と戦い、それっきりデルフリンガー以外の面々とは離れ離れになったままだ。 皆は今、一体何をやっているのだろう。 ひょっとしたら今でもあの遺跡で戦い続けているのかもしれない。 相棒のデルフリンガーをこちらに持って来てしまったが、彼の相棒の平賀才人は大丈夫だろうか? 魔法を唱えれば全て大爆発を起こしてしまうルイズは、ちゃんと無事でいるだろうか。 今までまともに魔法が使えなかったルイズが、今までどんな想いをして戦って来たのか―― タバサには今、彼女の気持ちが少しだけわかったような気がしていた。 「あなたも、頑張って――ルイズ」 タバサは口の中で、今は離れ離れになってしまった友人に向けてそう呟く。 「――ザ・ハンドっ!!」 そしてタバサは装備用DISCのスタンドを開放し、目の前の敵に向けてその力を目一杯に叩き込んだ。 ゼロの奇妙な使い魔「タバサの大冒険」 To be continued… 第4話 戻る