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■ 第一部 ├ ゼロと奇妙な隠者-1 ├ ゼロと奇妙な隠者-2 ├ ゼロと奇妙な隠者-3 ├ ゼロと奇妙な隠者-4 ├ ゼロと奇妙な隠者-5 ├ ゼロと奇妙な隠者-6 ├ ゼロと奇妙な隠者-7 ├ ゼロと奇妙な隠者-8 ├ ゼロと奇妙な隠者-9 ├ ゼロと奇妙な隠者-10 ├ ゼロと奇妙な隠者-11 ├ ゼロと奇妙な隠者-12 ├ ゼロと奇妙な隠者-13 ├ ゼロと奇妙な隠者-14 ├ ゼロと奇妙な隠者-15 ├ ゼロと奇妙な隠者-16 ├ ゼロと奇妙な隠者-17 ├ ゼロと奇妙な隠者-18 ├ ゼロと奇妙な隠者-19 ├ ゼロと奇妙な隠者-20 ├ ゼロと奇妙な隠者-21 └ ゼロと奇妙な隠者-22 ■ 第二部『風のアルビオン』 ├ ゼロと奇妙な隠者-23 ├ ゼロと奇妙な隠者-24 ├ ゼロと奇妙な隠者-25 ├ ゼロと奇妙な隠者-26 ├ ゼロと奇妙な隠者-27 ├ ゼロと奇妙な隠者-28 ├ ゼロと奇妙な隠者-29 ├ ゼロと奇妙な隠者-30 ├ ゼロと奇妙な隠者-31 ├ ゼロと奇妙な隠者-32 ├ ゼロと奇妙な隠者-33 ├ ゼロと奇妙な隠者-34 ├ ゼロと奇妙な隠者-35 ├ ゼロと奇妙な隠者-36 ├ ゼロと奇妙な隠者-37 ├ ゼロと奇妙な隠者-38 ├ ゼロと奇妙な隠者-39 ├ ゼロと奇妙な隠者-40 ├ ゼロと奇妙な隠者-41 ├ ゼロと奇妙な隠者-42 ├ ゼロと奇妙な隠者-43 ├ ゼロと奇妙な隠者-44 ├ ゼロと奇妙な隠者-45 ├ ゼロと奇妙な隠者-46 └ ゼロと奇妙な隠者-47 ■ 第三部『始祖の祈祷書』 ├ ゼロと奇妙な隠者-48 ├ ゼロと奇妙な隠者-49 ├ ゼロと奇妙な隠者-50 ├ ゼロと奇妙な隠者-51 ├ ゼロと奇妙な隠者-52 ├ ゼロと奇妙な隠者-53 ├ ゼロと奇妙な隠者-54 ├ ゼロと奇妙な隠者-55 ├ ゼロと奇妙な隠者-56 ├ ゼロと奇妙な隠者-57 ├ ゼロと奇妙な隠者-58 ├ ゼロと奇妙な隠者-59 └ ゼロと奇妙な隠者-60 番外編 『ゼロと奇妙な隠者と――?』
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ゼロの奇妙な白蛇 第一話 ゼロの奇妙な白蛇 第二話 ゼロの奇妙な白蛇 第三話 ゼロの奇妙な白蛇 第3.5話 ゼロの奇妙な白蛇 第四話 ゼロの奇妙な白蛇 第五話 ゼロの奇妙な白蛇 第六話 ゼロの奇妙な白蛇 第七話 ゼロの奇妙な白蛇 第八話 ゼロの奇妙な白蛇 第九話 ゼロの奇妙な白蛇 第十話 前編 ゼロの奇妙な白蛇 第十話 後編 ゼロの奇妙な白蛇 第十一話 ゼロの奇妙な白蛇 第11.4話
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ゼロの奇妙な道連れ 第一話 ゼロの奇妙な道連れ 第二話
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奇妙なルイズ-1 奇妙なルイズ-2 奇妙なルイズ-3 奇妙なルイズ-4 奇妙なルイズ-5 奇妙なルイズ-6 奇妙なルイズ-7 奇妙なルイズ-8 奇妙なルイズ-9 奇妙なルイズ-10 奇妙なルイズ-11 奇妙なルイズ-12 奇妙なルイズ-13 奇妙なルイズ-14 奇妙なルイズ-15 奇妙なルイズ-16 奇妙なルイズ-17 奇妙なルイズ-18 奇妙なルイズ-19 奇妙なルイズ-20 奇妙なルイズ-21 奇妙なルイズ-22 奇妙なルイズ-23 奇妙なルイズ-24 奇妙なルイズ-25 奇妙なルイズ-26 奇妙なルイズ・エピローグ~サイトの場合~ ~奇妙なルイズ 空条徐倫の場合~-1
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ゼロと奇妙な隠者・幕間劇、もしくは。 キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーの憂鬱 フリッグの舞踏会も終わり、学院には宴の後特有の弛緩した静かな空気が流れていた。 我らが『微熱』のキュルケも、そんな空気に当てられたか、深夜だというのに自室のベッドの上で一人、ヘビードールを纏って寝転んでいるだけだった。 「きゅるきゅる」 『今夜は誰かと同衾しないんですか』と暖炉の中から問いかける使い魔。明日は雨だな、とサラマンダーであるフレイムは憂鬱な気分になった。 「あー……今夜はいいかなって思ってるのよねー。ちょっと思うところあって」 月の物でないことは重々承知している。まあ月の物の真っ最中だろうがこの主人は構わず生徒を食っちまう点があるというのに、体調のいい時分に一人寝を選んでいるというのはかなり珍しいことである。 今のキュルケからは平素のように恋愛にうつつを抜かしている感情は感じられない。むしろ物憂げというか、憂鬱な気分を感じるのは初めてと言ってもいい経験だ。 この情熱的な主人でもメランコリーになる夜は存在してるのだなあ、と、妙な所で感心していた。 「きゅるきゅる」 『そう言えばヴァリエールさんところのジョセフさんを部屋にお呼びしないのはどうしてですか』と、前々から疑問に思っていた質問を聞いてみることにした。 使い魔達の中でもジョセフの人気は大したものである。特にエサをくれるわけでもないし何かをしてくれるというわけでもないのだが、何故か一緒にいたくなる雰囲気がある。 カエルからバクベアードまで幅広く人気があるというのもおかしな話ではあるが、実際そうなのだから仕方がない。 元々いい男だし、なまっちょろい学院の生徒にはないワイルドさや鍛えられた身体。ユーモアセンスは言うまでもないし、何より男にしか目が行かないというわけでは決してない。 恋愛狂と称してもいいくらいの主人がこれだけ好条件の男を部屋に呼ばない、というのは奇妙なことに思えて仕方ないのである。粉はかけているようだが、それもルイズをからかう材料にしているだけのレベル。 使い魔の疑問に、キュルケは苦笑しながら身を起こした。 「いやー……本当なら呼んでるところよ? むしろ呼ばない理由がないというか」 「きゅるきゅる」 『じゃあなんで呼ばないんですか』という質問に、キュルケはやっと身を起こした。 「あー……呼んだらからかうとかいうレベルですまないというか。何と言うか、直感?」 「きゅる?」 常日頃からツェルプストーとヴァリエールの因縁は聞かされている(主に桃色から)。 キュルケは特に意識はしていない……というか、気にもしていない様子だが、ヴァリエールの方は意識しっぱなしで、ジョセフとキュルケが立ち話をしているだけでキレていた。 それはもう懸命にツェルプストーの家は汚いだとか成り上がりだのときゃんきゃんわめいているのだが、ジョセフは右から左でハイハイといなしている。それがまた気に入らない、とキレまくるのをフレイムも何回も見ていた。 「きゅるきゅる」 『でもあの調子なら、大体こんな感じで笑い話になるんじゃないんですか?』と、私感を述べてみるフレイム。 ①・フレイムの予想 ジョセフを部屋に連れ込んだキュルケ。ジョセフはいい年してスケベだから誘惑されようモンならホイホイとついてっちゃう。で、ベッドにいざ来ようとした段階でルイズが乗り込んできて一悶着あった上で、ルイズがジョセフを引き摺って帰る。 「きゅるきゅる」 『大体こんな感じで終わるでしょう』としめくくった。 ベッドに座ったままのキュルケは、使い魔の言葉を苦笑しながら聞き終わった。 「うーん……決闘前ならそれで終わってるはずなんだけどねぇ。あれよ、決闘終わってからちょっとギクシャクしてたでしょあの二人。その時だとねー……」 ②・キュルケの予想(決闘直後の見解) ジョセフを部屋に連れ込んだキュルケ。ジョセフはいい年してスケベだから誘惑されようモンならホイホイとついてっちゃう。で、ベッドにいざ来ようとした段階でルイズが乗り込んできて―― 「……何――してるのよ……」 どう言おうが言い訳しようもない現場を目撃したルイズ。その手に握られた杖が震える様子が、彼女の怒りだけではない様々な感情が混ざり合っているのを如実に表わしていた。 「ま、待てルイズ。落ち着け。なッ?」 危機を感じ取ったジョセフが、ルイズを宥めにかかる。 だが今のルイズに使い魔の言葉が届くはずもない。 「アンタはッ……そうよ、私を裏切ってッ……!!」 「――とまあ、ブラックルイズ化しちゃう危険性があったと踏んだわけよ。さすがにあの時のルイズとジョセフに手を出したら刃傷沙汰じゃすまないような感じもあったし」 「きゅるきゅる」 『それは確かに』と同意する。 「そもそもこの話はお気楽なラブコメをやろうと思ってたのに、いつの間にかパワフルで頼れるおじいちゃんとワガママだけどカワイイところがある孫娘のほのぼのコメディに変わってきたからそのままいっちまうかァーなんて後先考えてない作者がやってるわけだから」 何を言い出してるんだこの人は、と言いたげなフレイムの視線にも、キュルケはうむうむと頷いた。 「本当は『ゼロ奇妙にはどうにもハーレムラブコメ分が足りない! ここでジョセフ! スケベで孕ませ放題なジョセフでそれなんてエロゲ? をやろう!』とか思ってた……のに。 ギーシュに決闘挑んだ時点であれ? 方向性違う? まあいいややっちゃえーとなって今に至ってるわけで」 フレイムが(もしかして目の前にいる主人は主人の姿をしてるだけで中身が違う人なのでは?)という疑念を抱き始めてきたところで、キュルケは一つ咳払いをした。 「まあそれはさておいて。私もルイズをからかうのはやぶさかじゃないけど、本気で殺意を抱かれたり殺したり殺されたりとかは現時点では望んでないわけ。しかもそれが可能性として高かったあの時期に、ジョセフを誘惑するワケにはいかなかったのよ」 おお元の主人に戻った、と思ったフレイムは、続けて問いかけた。 「きゅるきゅる?」 『じゃあミス・ヴァリエールとジョセフさんが仲良くなった今なら、①で終わるからちょうどいいんじゃないですか? なんなら呼びに行きますよ』と。 だがキュルケは、自慢の赤毛を緩く振って苦笑した。 「だめだめ。今だときっとこんなコトになるわよ」 ③・キュルケの予想(現時点での危険性) ジョセフを部屋に連れ込んだキュルケ。ジョセフはいい年してスケベだから誘惑されようモンならホイホイとついてっちゃう。で、ベッドにいざ来ようとした段階でルイズが乗り込んできて―― 「……何――してるのよ……」 どう言おうが言い訳しようもない現場を目撃したルイズ。 彼女は怒りに満ちた目を隠そうともせず、杖を振り上げるが――その唇から魔法の詠唱が始まることはなかった。 小刻みに震えていた手はやがてゆっくりと、力なく垂れ下がり…… 魔法を唱えるはずの唇から漏れるのは、紛れもない嗚咽。 「ひっ……ひっ、ひぃっ……どうしてよぉ……えっく、うわぁぁぁぁぁああぁあん」 にっくきツェルプストーの前だと言うのに、誰憚ることなく大泣きしだすルイズ。 その姿はまるで親とはぐれて泣くしか出来ない幼子のようだった。 「ジョセフを、えぅっ、あたしのジョセフを、取らないでぇぇぇえええぇ」 泣く子と貴族にはかなわないという諺がハルケギニアにはあるが、貴族で泣いてる子となればもはや太刀打ちできる者は誰もいない。 ジョセフは慌ててルイズに駆け寄り、ルイズは泣きじゃくってバカバカと連呼してジョセフの胸をぽこぽこ叩きまくる。 キュルケはなんか言い様のない罪悪感に圧し掛かられたまま、帰っていく二人の背を見送ることしか出来ませんでしたとさ。 「きゅるー……」 うわ。なんかリアルに想像できた。とサラマンダーが呟く珍しい光景。 「でしょ? それは怖いというか、今まで挙がった①から③まで、どれも有り得そうでしょ。ただルイズをからかうだけでそんな危険な賭けが出来る段階じゃないのよねー」 はぁ、と溜息をついてから、キュルケは再びベッドに倒れこんだ。 「いい男なのよねー、スケベで浮気しそうでお調子者なのを差し引いても。年を取ってるのもダンディだし。あの年であそこまで色々スゴそうなのも普通いないわよね」 「きゅるきゅる」 『ヨダレ。ヨダレが出てますよご主人様』 手の甲で口元を拭う。 「まああれよ。部屋に呼ぶとすれば、もう決戦挑むくらいの気持ちで行かないと。生半可な気持ちでやると大火傷するから、対策はきちんと取っておかないと……!」 「きゅるきゅる」 『おお。さっきまでのメランコリーな気分がもう消えてる。何と言うかあれだな。我がご主人様ながら単純だなー』 艶かしい肢体を熱情の炎に包みながら、拳を握り締めるキュルケ。そんな主人の姿をサラマンダーなのに生暖かく見守るフレイム。 隣の部屋で燃え盛る炎など知ることも無く。 ジョセフは毛布の上で10分間寝息を吐き続け、ルイズは悪夢にうなされていた。 To Be Contined → 第二部『風のアルビオン』
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ゴーレムとの彼我距離は、およそ50メイルと言ったところか。フーケはあの夜闇の木立の中ををこれだけの短時間で離れ、しかもゴーレムの作成をやってのけたということである。 林の木々さえも土塊に錬金しながら立ち上がる巨体は、人間の本能そのものに恐怖を押し付ける代物だった。 「……間近で見るとデカいわね……いやぁん、こんな大きいの壊れちゃう、とか言っておくべきかしら」 「冗談が言えるなら、まだマシと言ったところかの」 「ちょっとコイツをブッタ斬るにゃオーラ力が必要かもしれんぜ相棒よ」 30メイルの巨大ゴーレムを前にして軽口を叩けるキュルケ、ジョセフ、デルフリンガー。 「………………」 自分の二十倍のゴーレムを前にしても、特に表情を変えずに杖を構えるタバサ。 だが、ルイズは。 呆然と、ゴーレムを見上げているだけだった。 ゼロと奇妙な隠者 『Zero+IX』 ゴーレムは地響きを響かせながら、ゆっくりと、しかし着実に接近してくる。 ジョセフは手も足も出ずに完敗はした。が、その両眼に恐れは微塵とてない。 「出ちまったモンはしょうがないッ! とどのつまり再生するよりも早くブッちめりゃダウンすると考えていいんじゃなッ!?」 「おおまかに言えばそう」 ゴーレムとの対峙法をおおまかに叫んだジョセフに、タバサは必要最低限の返事で答え、指笛でシルフィードに合図を投げた。 「わしらは地上で何とかする! お嬢ちゃんらは空から何とかしてくれぃッ!」 「了解」 「オーケーダーリン!」 ジョセフの言葉に、タバサとキュルケはフライを唱えてシルフィードと合流しに行く。 「さあて……こっからじゃのう。なかなか骨の折れる相手じゃわい」 「いいのかい相棒。ロケットランチャーブッかませば、あんなゴーレムなんてイチコロだぜ」 今から起こる戦いを前に、デルフリンガーはさも楽しげな声で問いかける。 「そりゃあコイツを使えば目の前のデカブツなんぞ一発じゃわい。でもな、それじゃ困るんじゃ。軽くブッちめたとしても、フーケめが新しくゴーレムを召喚してきたらそれでしまいじゃからな。切り札が一枚増えただけ、なんじゃよ」 (それに。それじゃ意味がない) それは心の中だけで呟くが、デルフリンガーには聞こえていた。 「ハッ、ちげえねえや! なかなか苦労性だな、ジョセフ・ジョースターよォ!」 「最近はこういう役どころばっかじゃ」 くく、と笑ってから、後ろで立ち尽くしているルイズに視線をやる。 「いいかルイズ。今からわしらであやつをブッちめる。安心せい、勝つ手段は考えてきた」 ジョセフの言葉も、しかし今のルイズには届いていなかった。 「おい、どうしたルイズ?」 ルイズの奇妙な様子に訝しげな眼を向けるが、彼女は魂が抜けたようにゴーレムを見上げているだけだった。 (私は――何をしてたんだろう) そうだ。一体今まで何をしていたのか。 (もう少しで、勝ててたんじゃないの。――ジョセフと、キュルケは) そうだ。確かに二人はフーケを追い詰めていた。チェックメイトまであと一手だった。 (なのに。――私が。横槍を入れたから) あそこで自分が動く必要が何処にあったのか。……無かった。 (私はただ見ているだけでよかったのに。そしたら、二人のどっちかがフーケを捕まえて……めでたしめでたしで、終わってたはずなのに) だが、終わらなかった。自分が、終わらせなかった。私が、嫉妬なんかしたから。 (何をしようとしていたの。三人が積み上げてきたものに、私がいなかったから。だから、無理矢理入り込もうとして……何もかも、台無しにしただけじゃない) その結果どうなったか。 フーケは体勢を整えて、切り札の巨大ゴーレムを錬金してしまった。 振り出しに戻る、どころの話じゃない。フーケが盤面をひっくり返す手伝いをしただけ。 (そうよ。何を勘違いしてたんだろう。私は『ゼロ』のルイズじゃないの。 ジョセフが使い魔になって。何でも出来る強い使い魔がいるからって、何を勘違いしてたんだろう。 私は……私自身は……何も出来ない、『ゼロ』じゃないの! たまたまジョセフを引き当てただけの、『ゼロ』のルイズなのよ!?) 心の中から消えそうになっていた事実が、再び自分の目の前に現れて。全身から力が抜け落ちそうになる。だが、それは、貴族としての矜持が、許さなかった。 「……私、は……」 「おい、どうしたルイズ! しゃんとせんか!」 ジョセフの手が肩をつかんで揺さぶり、ルイズは深い泥沼のような思考から現実に引き戻された。 「……っ、ジョセフ……!」 「敵さんが目の前に来とるんじゃぞ! ぼうっとしててどうするッ!」 ジョセフの一喝で、ゴーレムが随分と近付いてきているのに気付く。 「………………。ごめん、なさい……」 俯いた顔には前髪が垂れかかり、どのような表情でその言葉を呟いたのか。ジョセフには、判別が出来なかった。 「私がっ……私が、役立たずだから……『ゼロ』だから……っ、こんな、ことにっ……!」 引き絞るような声は、すぐに嗚咽混じりの声に変貌していく。 「そんなモン結果論じゃ! お前が悪いワケじゃないッ!」 接近してくるゴーレムと交戦するつもりだったが、ジョセフはルイズを右腕に抱き、タバサ達が向かった方へと一目散に駆け出した。 「だってッ! 私がいなかったらもうフーケ捕まってた! 私……いつもそうよッ! いつだって大切な人の足、引っ張ってっ……!」 「言わんでいい!」 ルイズが力の限りジョセフにしがみ付いているせいで、ジョセフも思った通りの動きが出来ず、ただひたすらにゴーレムから逃げる事しかできていなかった。 「私が『ゼロ』だから! 家族もみんな、陰口叩かれてっ……! 頑張っても頑張ってもダメだった! 初めて成功した魔法で、ジョセフを呼んだのにッ……私のせいで、私のせいで……!」 腹の底から搾り出す慟哭は、ジョセフの心に深く届いてしまう。 次に何を言うかを察する。それはジョセフにとって、あまりにも、容易かった。 「それ以上言うなッ!! それ以上言ったらシタ入れてキスするぞッッッ!!!」 「私なんか! 私なんか――ッッッ」 ルイズの言葉は、続けられなかった。 発してはいけない言葉を飲み込むように。ジョセフの口唇が、ルイズの花弁の様な口唇に重ねられていた。 「んっ!? ん、んーーーーっ!! んんっ……ん、んぅ……」 有り得ない事態に必死にジョセフを押して殴って払い退けようとしたルイズだったが、見る見るうちに少女の手から力は抜けていき、数秒後にはしがみ付くようにジョセフのシャツをつかんでいた。 そして、ジョセフの唇がルイズの唇から離れた時。互いの唇に繋がれた銀の糸が、ふつりと切れた。 「言うたじゃろが。それ以上言ったらシタ入れてキスするぞ、と」 加速度的に、夢の世界から現実に戻ってくるルイズ。ほのかにピンクに染まっていた頬は、見る見るうちに怒りの赤に変わっていった。 「――――――っっっっっっ、あ、あんたッ……あんたッて……!」 「抗議は後で聞くッ!! しっかり捕まっておれッ!!」 怒りに震えて唇をわなわなと慄かせるルイズを、そのまま背に負い。ハーミットパープルで落ちないように固定する。 ゴーレムは既に間近に迫っており、これ以上逃げ続けていれば逆に危ないと判断した。 ジョセフにとって、ルイズを正気に戻すという行為は、眼前のゴーレムを叩きのめすより、遥かに重要な意味合いを持っていた。 そしてその行動は、強引ながらも成功と言って差し支えなかった。 勢い良く振り上げられ、振り下ろされる拳を俊敏な動きで回避し、逆にデルフリンガーで巨大な腕を一刀の下に切り落とす。しかし魔力で繋ぎとめられた土塊は、一旦地面に落ちはするものの、すぐさま逆回しで浮き上がって腕に再構成される。 「いいぜ相棒! 『使い手』のお前にゃあんなウドの大木の攻撃なんか当たるはずがねェッ!!」 デルフリンガーが歓喜の嬌声を上げる中、ジョセフは「ボールの縫い目が見えるったァこういうコトなんじゃのォ!」と、愉快げな声を隠さずに答えた。 だがルイズは、懸命に茨から逃れようともがいていた。 「下ろしてッ! 私はッ……私は、おぶられたまま戦いを見守るような不名誉な事は出来ないのよ! だって私は貴族なんだもの! 貴族は……っ、魔法が使えるから貴族なんじゃない! 敵に背中を見せない者……それが、『貴族』なの!! お願いジョセフ……私から貴族である誇りを奪わないで! 私も、戦うのッ!!」 もがくルイズを背中で感じながらも、ハーミットパープルは僅かな緩みさえ見せない。 シルフィードに乗ったタバサとキュルケが上空から支援攻撃とばかりに、風の魔法や炎の魔法をゴーレムに直撃させるが、それらの攻撃もやはり致命傷を与えるには至らない。 だが。タバサも、キュルケも、ジョセフも、デルフリンガーも。 まるで終わりが無い繰り返しのような行為を、徒労だとは考えていなかった。 街道も林も、吹き荒れる人外の力により、数十分前の光景とは一変していく一方。 地図さえ書き換える猛威の中、ジョセフの叫びが、戦場に轟く。 「わしは何度も敵に背を向けた! じゃが一度たりとて戦いそのものを放棄した事は無いッ! 勝つためならば背だって向けるしイカサマだってやってのけるッ! ルイズッ! わしにとっての貴族とはッ! 『正義』の輝きの中にあるという『黄金の精神』を持つ者だと考えておるッ!!」 当たれば間違いなく命を奪うだろうゴーレムの豪腕。いつの間にか、それらは恐怖の対象に成り得ていないことを、ルイズは感じていた。 何故か。 それはきっと、ジョセフの背中にいるからだ、と。それは当然の事である様に、思えた。 「ルイズにとっての貴族、わしにとっての貴族! それが違うのは当たり前じゃッ!」 ルイズは、茨から逃げ出そうともがくことをやめ。ただ、ジョセフの背に縋り付いていた。ルイズも、心の何処かで理解していた。目の前の戦いよりも、今、もっと大切な出来事を経なければならないのだ、と。 「じゃがルイズ! 敵に背を向けない者こそが貴族だと言う、その決意と誇りッ……わしは確かに、お前の中に『黄金の精神』を見出したッ!!」 たった一人の少女に向けて叫ばれる、言葉。そんなものを斟酌することもなく、無感情にゴーレムの腕は振り下ろされ続ける。 たった二人の虫けらを殺すために振り下ろされる土塊の腕は、しかし、たった一振りの剣の斬撃で切り払われ。一人の男の言葉を止める事など、叶う筈さえなかった。 何故なら、ジョセフ・ジョースターの目には、たった一人の少女だけが映っていた。 そして、デルフリンガーの深い一撃がゴーレムの両脚を薙ぎ払い。バランスを崩したゴーレムが、ぐらっ……と、重力に引かれて地面に倒れる。 凄まじい地響きと土煙の中、茨が緩んだのを感じたルイズは、続いて、ジョセフの右腕に抱き寄せられるのを感じた。 ジョセフは、真正面からルイズを見つめ。ただ一人の少女の為だけの言葉を、叫んだ。 「世界中がお前を認めなくとも! このジョセフ・ジョースターが認めるッ! ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは紛れもない『貴族』じゃッ!!」 地響きの余韻が、周囲に響く中。彼の言葉を確かに受け止めた少女の目には、既に涙も、迷いも、躊躇いすら、なかった。 そこにあるのは、力強い意思の輝き。鳶色の瞳に輝くのは、紛う事なき黄金の輝き! 「例えアンタが認めなくてもッ……」 ゴーレムは、すぐさま足を再生させて立ち上がろうとしている。だが、今のルイズはそれを一顧だにしない。 そんな事より、やらなければならない事がある。言わなければならない、答えがある! ルイズは、自らの左腕を力強くジョセフの背に回し、叫んだ! 「このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、『貴族』!!」 二人の貴族が、互いの腕の中、見つめ合う。 その視線をあえて言葉にするとすれば――『信頼』という言葉が最も相応しかった。 「そしてルイズ! 改めてもう一度言う! わしは土塊のフーケに勝つ手段を既に考えてきておる! そしてその手段には、お前の力が絶対に必要じゃッ!!」 「いいわッ……!」 キッ、と見上げた空には、二つの月を背に、悠然と空を舞う風竜と。その背で、二人を見守る友人の姿。 「前に言ったわね、ジョセフ。今は『ゼロ』でも構わない。いずれ『私達』が強くなると」 「ああ、確かに言った」 「キュルケもタバサもデルフリンガーもシルフィードも。皆で、強くなるのよ」 地面を歪ませ、ゴーレムは立ち上がる。 ジョセフは、剣を構え。ルイズは、杖を構え。 空が、白み始めた。 To Be Contined →
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日蝕の日、朝日が地平線から抜け出ようとしている頃。 昨夜から一睡もしていないオスマンは自室の中、式に出席する準備にまだ追われていた。 日程の関係上、一週間は学院を留守にしなければならないのだが、学院長であるオスマンが一週間不在になるということは、それなりに前もって片付けておかなければならない用事が多いのである。 ロングビルがいたなら多少の用事なら彼女に任せても良かったのだが、未だに彼女の後任に相応しい秘書も雇えていない現状では、仕事の全てを自分でこなさなければならないのであった。 「ふうむ、帰ってきたら本格的に秘書の募集を掛けなければならんな。当然有能で美人でちょっとくらいの悪戯は笑って許してくれて……あと、盗賊じゃないのは優先事項にせんと」 ぶつくさと独り言を漏らしつつ、残りの仕事は帰ってきてから終わらせることに決めて荷造りに取り掛かろうとした時、激しい勢いで扉が叩かれた。 「誰じゃね?」 この忙しい時に何事じゃ、と眉を顰めたその時、一人の男が飛び込んできた。 飛び込んできた男の服装で王宮の使者であることを理解する間もなく、大声で口上が述べられていく。 「王宮からです! 申し上げます! アルビオンがトリステンに宣戦布告! 姫殿下の式は無期延期になりました! アンリエッタ殿下率いる王軍は、現在ラ・ロシェールに展開中! 従って学院に置かれましては、安全の為、生徒及び職員の禁足令を願います!」 使者の口上に、オスマンは一瞬言葉を失った。 「……宣戦布告とな? 戦争かね」 皺と白髭に覆われた顔により深い皺が刻まれたが、使者の告げる言葉はなおもオスマンの表情に心痛な色を加えていく。 アルビオン軍は巨艦レキシントン号を筆頭に、戦列艦が十数隻。上陸した総兵力は三千。 それに対するトリステイン軍は艦隊主力は既に全滅、慌ててかき集められた兵は二千。 完全な不意打ちの形を取られたトリステインが集められる兵力はそれで限界であり、しかも制空権は完全に掌握されて取り返せる見込みは皆無。十数隻の戦艦からの砲撃で、士気も精度も劣る二千の兵は容易く蹴散らされるのは火を見るよりも明らか。 タルブの村は竜騎兵によって炎で焼かれ、領主も既に討ち死に。昨日の午後、姫殿下自ら御出陣。深夜のうちにラ・ロシェールに陣を張り、同盟に基づきゲルマニアに援軍を要請したが、先陣が到着するのは三週間後になるであろう……。 息せき切って懸け付けた使者の言葉を疑う余地は何処にもない。 オスマンは深々と溜息をついて、天井を見上げた。 「……昨今条約や同盟というものはインクの染み以外の何物でもないのう。トリステインは見捨てられたな。三週間もあればトリスタニアにアルビオンの旗が上がるじゃろうて」 アルビオンの末路を聞いているオスマンは、トリステインだけは例外だと考えるような夢想主義者ではなかった。滅亡する国がどのように蹂躙されるかなど、考えるまでもない。 (……どうする) 現状で打てる手などない。 必然とも言える流れを覆せるような魔法など、人より長い年月を生きてきたオスマンにも心当たりはない。 となれば、今考えるべきは如何に学院に居る職員や子弟達を、安全に避難させるか。 思考を巡らせるオスマンの脳裏に、二人の男の姿が走った。 もしやすれば、という可能性が浮かび上がる。この話を教えれば、二人とも一も二もなく戦いに赴くことは疑うべくもない。 だが、だが……ウェールズ皇太子はともかく、ジョセフ・ジョースターを巻き込んでいいものか。異世界から無理矢理召喚されただけの老人をこちら側の世界の戦争に巻き込めるのか否か。 ましてジョセフは今日の日蝕で元の世界に帰るのだ、とコルベールから伝え聞いている。 良心と打算が両極に乗る天秤の揺らぎに、知らず呻き声めいた吐息が漏れた。 「ミスタ・オスマン?」 使者の訝しげな呼び掛けにも、視線を向けようとはしない。 「……仔細了解した。今から学院に居る皆に事情を説明する。貴殿も任務に戻るといい」 「はっ」 敬礼して慌しく部屋を辞する使者を見送り、それからまた僅かに逡巡した後、やっとオスマンは立ち上がった。 その足の向かう先は、風の塔。ウェールズが隠れ住む一室である。 黒い琥珀に記憶されているオスマンが階段を登り、ウェールズのいる部屋の扉をノックする。 「開いているよ」 朝早くから椅子に腰掛けて読書していたウェールズは、開いた扉の向こうに立っていたオスマンの姿に少し目を見開いた。 「どうされたのですか、ミスタ・オスマン」 読みかけの本を机に置いたウェールズに、オスマンは静かに口を開いた。 「――レコン・キスタめがトリステインに宣戦布告しました」 アルビオンではなく、レコン・キスタ、と言い換えたのは、当然のことであった。 思わず立ち上がったウェールズの足に押され、椅子がけたたましい音を立てて転がる。 「何と言う事だ……!」 く、と唇を噛み締めたウェールズは、次の瞬間には毅然と顔を上げてオスマンを見た。 「……戦況をお教え頂けますか、ミスタ・オスマン」 オスマンは眉一つ動かさず、使者から伝え聞いた言葉を紡ぐ。 ウェールズは現状を全て聞くと、コート掛けに掛かっていたマントを手に取り、大きく風を靡かせて背に羽織った。 「では、アルビオン王国の生き残りである私は、これより援軍としてタルブ村へ向かわねばなりません。今まで私を匿ってくださり、感謝の言葉もありません」 至極当然に言い切る王子に、オスマンは僅かな瞬間だけ躊躇ったが、意を決して言葉を紡いだ。 「――生憎、学院には幻獣はおりません。馬の足では、今から向かった所で戦に間に合わぬのは明らか。ジョセフ・ジョースターに協力を願う以外、殿下が戦場に辿り着く術はないと愚考します」 「確かにそうですが、彼は此度の戦に何ら関係ないではないですか」 「しかし、貴方が唯一戦場に辿り着く方法を使うことが出来るのは彼しかおりませぬ」 白く長い眉の下から覗く目を、ウェールズは声もなく見据えた。 「……貴方は、無関係の異邦人を戦に駆り立てようと。そう仰るのですか」 腹の中から搾り出したような声にも、オスマンは毛の先程も表情を変えはしない。 「戦場に立てとは言いませぬ。あの飛行機械で、皇太子を戦場へ送り届けてくれと頼むだけです」 瞬きもせず、二人の男が睨み合う。 視線を背けたのは、ウェールズが先であった。 「……私は無様だ。これより家族の元へ帰ろうとする老人に、なおも助けを請う。何と言う……何と言う、恥知らずの男だろうか……」 ぎり、と歯が軋む音が響く。 オスマンはそっと彼に背を向け、己のエゴを憎憎しく思う内心を億尾にも出さず、次の言葉を放った。 「さあ、彼を呼びに行きましょう。我々に残された時間は、限りがあるのですからな」 そして二人は、ジョセフが暢気に寝こけているであろうルイズの部屋へ向かった。 早朝の突然な来訪に、ジョセフは寝ぼけ眼で応じ……タルブの村が燃えたと聞いた時点でゴーグルを手に駆け出そうとしていた。 燃えるような怒りを目に灯し、自分の横を駆け抜けようとするジョセフの肩をつかんだウェールズは、彼の動きを留めるのに必死に力を込めなければならなかった。 「待ってくれ、ミスタ・ジョースター! まさか貴方も戦うなどと言わないでくれ!」 「こんな話聞いて黙って帰ったり出来んだろ!」 「ジョースター君、我々に強要出来る筋合いはないがせめてウェールズ殿下を送り届けてくれれば、それ以上は……」 オスマンとて、ジョセフを戦場に送りたくないのが本心である。 ウェールズが死地に赴くのを止める理由はない。それが彼の望みだからだ。 しかしジョセフは違う。何の関わりもない。 だと言うのに、今のジョセフは輝ける意思を抱いている。決してただ王子を戦場に送り届ける為の勇気ではない。 それは紛れもない闘志、だった。 ニューカッスル城まで付き従った三百のメイジ達と同じ輝きを、この老人もまた抱いていた。 「すまんがこのジョセフ・ジョースター、困ってる友人を見捨てられるほど人でなしじゃあないんでなッ! あのゼロ戦は爆弾はないが機関銃はバッチリ動く! あんだけありゃあ、フネの一隻や二隻くらいは落としてみせるッ!」 気迫と力強さばかりで構成される言葉。手や足に震えはない。 亡国の王子と学院長は、おおよそ同じタイミングで同じ答えに辿り着いた。 『これ以上何を言っても時間の無駄』であった。 死にに行くだけなら止め様がある。戦いに恐れを抱いていればそこから崩す事も出来る。 だが、ジョセフ・ジョースターに一切の揺らぎはない。 レコン・キスタに立ち向かい、勝利を得に行こうとしている。 「……一つだけ聞かせてくれ、ミスタ・ジョースター」 ジョセフの肩に食い込むほど力の篭っていた手を離し、ウェールズは問うた。 「何故、貴方は戦いに赴くのだ? この戦いで名誉を得られる訳でもなく、報酬を与えられる訳でもない。それなのに……どうして貴方は、命を賭した戦いに怯まないのだ?」 判り切った事を何故聞かれたのか判らない、と言いたげな顔で、ジョセフは答えた。 「そりゃアンタ、困ってる友達を見て助けないなんて薄情な真似はわしにゃ出来んというだけだ。王女殿下は、この部屋でわしを友人だと言った。わしをジョジョと呼んだ。だからわしは助けに行くだけのことだ」 単純明快にして、唯一無二の答え。 ウェールズは、静かに息を一つ吸い、そして大きく吐き。そして深々と頭を下げた。 「……そうだな、ミスタ・ジョースター。愚問だった、非礼を許して頂きたい」 「気にせんで結構。さあ行こう、調子コイとるバカどもをぶちのめしになッ」 ウェールズの肩を掌で軽く叩いてから、改めてオスマンに向き直った。 「最後まで世話になりました、センセ。わしの可愛い孫と友人達を、どうか宜しくお願いします」 ウィンク混じりの笑みの別れの挨拶に、オスマンは口髭に隠れた口の端をニヤリと吊り上げた。 「安心しなさい、例えどんな結果になったとしてもわしの生徒達の安全は保証しよう。――存分に、戦ってきなさい」 そして差し出された手を、ジョセフは力強く握った。 「その言葉があれば、安心して戦えるというもの。お世話になりました」 皺だらけの顔を、笑みで更に皺を増やし。二人の老人は笑みを交し合った。 「よし、ジョースター君。ミスタ・コルベールの所にはわしが行こう。あの飛行機械の燃料は彼が錬金したと聞いている。君は、ミス・ヴァリエールに別れの手紙を書いてやりなさい」 「何から何まで、すいませんな」 「ほっほっほ、なぁに。わしらの世界の不始末を異世界からの友人に任せなきゃならん不義理の代わりにゃなりゃせんて」 手を離し、ウェールズとオスマンは階段へ向かい、ジョセフは部屋へ戻る。 数分後、机に置かれた便箋の上には、ペーパーウェイト代わりに帽子が置かれていた。 「……さらばじゃ、ルイズ」 今は居ない主に向かい、ほんの少し寂しさを滲ませた笑顔で別れの挨拶を告げた。 ジョセフ・ジョースターはこの時を限りに、二度とこの部屋へ帰る事はなかった。 * タルブの村はジョセフ達が訪れた時の面影を完全に失っていた。 レコン・キスタの強襲の際に出撃した竜騎士隊が、村だけでは飽き足らず周囲の森や草原まで面白半分に火のブレスを吐きかけた結果だった。 村人達は辛うじて逃げた者も多いものの、命を失った者も数人いた。 美しい光景を失った草原にはレコン・キスタの大部隊が集結し、港町ラ・ロシェールを陣地として立てこもるトリステイン軍との決戦に備えていた。 その上空では、空からの攻撃に立ち向かう任務を負っている竜騎士隊が引っ切り無しに飛び回っている。歴史あるトリステインの誇りを担うのが魔法衛士隊ならば、大空に浮くアルビオンの誇りを担うのは竜騎士隊であった。 アルビオンが擁する竜騎士の数は火竜や風竜合わせて百を超える。今回の進軍では二十騎もの竜騎士が率いられていた。対するトリステインの竜騎士は、質でも量でも遠く及ばない。 元より奇襲を掛けられ混乱状態にある上、乏しい地力で散発的な攻撃しか行えなかったトリステインは、アルビオンの竜騎士を一騎たりとも討つ事が出来なかったのである。 翻って圧倒的な勝利を挙げたアルビオン竜騎士隊は、戦闘の趨勢が決まった後もタルブを蹂躙したのだった。 戦艦や竜騎士を失ったトリステインの空は、事ここに至りアルビオンが完全制圧した。 後はラ・ロシェールに立てこもるトリステイン王軍に空中からの艦砲射撃を行い、立てこもる都市を無力化してからゆっくりと勝ちの決まった決戦を仕掛けるのみであった。 敗北の可能性どころか死ぬ危険さえないと、アルビオンの兵士達は高を括っていた。反乱からここに至るまで敗北はなく、被害と言えばニューカッスル戦くらいのもの。砲撃の準備に掛かるアルビオン艦隊には、弛緩した雰囲気さえ漂う始末だった。 タルブの村上空での警戒に当たっていた竜騎士隊も、命の危険のない気楽な任務とばかりに各々好き勝手に空を飛んでいた。 そんな時、一人の竜騎士が上空からこちらに接近してくる竜を発見した。 昨日の交戦でトリステインの竜騎士隊の錬度を把握していた彼は、舌なめずりした。昨日は二機撃墜したが、どうにも物足りないスコアである。 およそ二千五百メイルの高度を飛んでいる敵を見据えながら、火竜を鳴かせて敵の接近を同僚達に知らせようと手綱を引いたその時――竜の頭が突然吹き飛び、彼の胴体は半分以上抉られていた。 (え?) 自分に何が起こったのか理解する機会も与えられない。火竜の喉には、炎の息を吐く為の燃焼性の高い油の詰まった袋が仕込まれていた。音速で飛来する弾丸で吹き飛ばされると同時に着火した油の飛沫は、人一人を燃やし尽くすには十分すぎた。 (なんだ? 何が起こったんだ? あれ、俺……) 彼の生涯最後の幸運は、事態を理解する前に意識が炎に飲み込まれたことであった。 どのような原因によってどのような結果が起こったのか、例え理由がわかったとしても受け入れ難い事実ではあったろう。 超音速で飛来する直径二十ミリほどもある鉛の弾丸が、竜の頭部を風船のように破裂させただけでは飽き足らず、その後ろに座っていた自分もついでに吹き飛ばしたなどとは。 「よし、撃墜一」 今しがた一匹と一人の命を奪った張本人は涼しい顔で嘯いた。 「……なんだ、何が起こったんだ」 今しがた焼け野原へと落ちていく竜騎士が、命の間際に思った言葉と同じ思いを口にしたのはウェールズだった。元々一人乗りのコクピットから無線機を取り外した空間に無理矢理乗り込んでいる故に狭苦しいが、お互いの行動が阻害されるほどでもない。 雲を隔てた下方に竜騎士が見えたその時、鈍い爆発音が機体を震わせたかと思うと、一条の白い光が走り、竜の頭と騎士を一緒くたに吹き飛ばしていた。 「ああ、さっき説明した銃の威力じゃよ。ああ、口径が二十ミリだから砲になるんかな」 「銃!? あれが!? まさか今の音が発射音だったのか!」 ハルケギニアには砲が存在するし、それより口径の小さい銃も存在する。しかしハルケギニアで銃と言えばマスケット銃どまりである。致命傷を与えるどころか、せいぜい手傷を与えるくらいの……治癒手段を持つメイジにとっては玩具程度の認識でしかない。 「わしらの世界じゃ有り触れたモンだ。ま、それにちょいとばかり上乗せしとるがね」 そう言うジョセフの手からはハーミットパープルが伸び、機関銃に絡み付いている。 えてして弾丸は直進しない。特に超高速と長射程が加わる場合、その弾道は直線とは大きくかけ離れた大きな弧を描く。大気や風速を始めとした空気抵抗を始めとし、重力、果ては気温すら弾道に大きな影響を及ぼすのである。 ゼロ戦を兵器と認識したガンダールヴの力は、一度も発射していない機関銃の弾道をジョセフに認識させていた。目標地点に存在する標的をどの位置から撃てば数秒後に命中するのか、未来予測の計算すら可能にした。 それに加え、ジョセフと機関銃はハーミットパープルで直結されている。 ガンダールヴが弾き出した命中の方程式を、脳から身体、身体からガントリガー、トリガーから砲身……という一つ一つのプロセス毎にかかる僅かなタイムラグを除去し、寸分違わないタイミングで実現していたのだった。 そして何より、搭載している弾薬を無駄遣いするわけにも行かない。 竜騎士隊はジョセフには肩慣らし程度の認識しかなく、本命はレコン・キスタ艦隊。20mm機銃2挺の携行弾数は各125発、7.7mm機銃2挺の携行弾数は各700発。一切の補給が許されない以上、一発たりとも無駄弾を撃つつもりはなかった。 十何隻も居並ぶ戦艦達に立ち向かうには、可能な限り万全を期さなければならない。 「さて、殿下を送り届ける前にあのトカゲどもをチャチャッと片付けてしまわんとな」 かつての母国の誉れとも言うべき竜騎士隊をトカゲどもの一言で片付けられるのにも、今は苦笑しか浮かべられないウェールズだった。 なるほど、このゼロ戦を相手にしてはアルビオン自慢の竜騎士など地を這うトカゲとなんら変わる所はない。 速度は風竜を上回り、搭載する銃は威力も射程も火竜のブレスを遥かに凌駕する。負ける道理を見つける方が難しいとさえ言えた。 「おう相棒、右下から三騎来るぜ」 デルフリンガーが普段と変わらない口振りで敵機の襲来を告げる。 「あいよ、んじゃあちょっくらエースになりに行くとするかッ!」 * ルイズは結局学院に帰る事もなく、レコン・キスタを迎え撃つ為出陣したアンリエッタの後を追って自分もまた戦場に向かっていた。 高く昇っていく太陽に二つの月が重なろうとする中、ラ・ロシェールに立てこもったトリステイン軍へ向けて進軍してくる敵の姿が見えた。三色の旗をなびかせ、徐々に近付いてくる。 既に前日の攻撃と焼け野原と化していたタルブの草原を、正に蹂躙し尽くした張本人であるレコン・キスタを目の当たりにし、ユニコーンに跨ったアンリエッタは、着慣れない甲冑の下で恐れに身を震わせた。 王女の側に控えるルイズも、ヴァリエール家三女の誇りを重石にしなければ恐ろしくて逃げ出してしまいかねなかった。 アンリエッタやルイズが生まれてから現在に至るまで、ゲルマニアやガリアとの戦争があるにはあったが、せいぜい国境付近に領土がある貴族同士の小競り合い程度だった。 国と国同士の総力を挙げた戦争は久しく行われておらず、急拵えで集めた二千の軍勢の中でこの規模の戦争経験がある将兵は過半に達していなかった。 知らず起こる震えを誤魔化そうと、アンリエッタは始祖に祈りを捧げた。 だが、それ以上の恐怖はすぐさま訪れる。 敵軍の上空には、傲然とした様さえ伺わせる大艦隊が控えていた。たった一日でトリステイン艦隊と竜騎士隊を壊滅させたアルビオン艦隊である。雲のように空に浮遊する艦の周囲を飛び回る竜騎士の姿すら見えている。 逃げ出したくなる臆病の気を辛うじて唾と一緒に飲み込んだのは、アンリエッタかルイズか、それとも兵士達だったか。これから始まる戦いに絶望しか抱けなかったトリステイン軍に、聞き慣れない物音が聞こえたのはそんな時であった。 まるで口を閉じたまま唸る音が鼻から抜けているような奇妙な音。それが断続的に聞こえてくる。すわ、アルビオンの攻撃かと身構え、空を見上げたトリステイン軍は、更に奇妙なモノを目撃した。 それは空を飛んでいた。フネのように浮いているのではなく、飛んでいた。 竜のようにも見えたが、胴体から生えた二枚の翼をはためかせることもなく、ただまっすぐに広げられている。 その奇妙な竜に向かっていくアルビオンの竜騎士達は、竜の翼や頭から発せられる白い光に貫かれた。ある竜は空中で爆発を起こし散華し、またある竜は減速することもなく地面へ向かって墜落していった。 昨日の戦いを辛くも生き残った兵達は、自分の正気を疑った。 トリステインの竜騎士達に圧勝した竜騎士隊が、たった一騎の竜に立ち向かうことも出来ず、ただ止まっている標的であるかのように撃ち抜かれて行く。 奇妙な竜は天高く空へ向かって上昇したかと思えば、すぐさま急降下して竜騎士の背後を取る。背後を取られた竜騎士は間髪置かず白い光の洗礼を浴び、空から脱落する。 トリステイン軍の中で、あの奇妙な竜が何であるかを知る人間は、一人しかいなかった。 ルイズである。 つい一週間前、タルブの村に置いてあった飛行機。 とても空を飛ぶとは思えなかった代物が、今、現実に空を飛んでいるばかりか、天下無双と謳われるアルビオンの竜騎士隊を歯牙にもかけていない。 「……ジョセフ、ジョセフ、なの?」 あの飛行機を操れるのは、この世界には一人しかいない。 だがルイズの中に、この絶望的な戦況を覆せるかもしれない手段を引っ下げて来た使い魔を誇る気も、主人のピンチに駆け付けて来た忠義を喜ぶ気も、一切なかった。 「……あの、バカ犬ッ!」 思わず漏れた声に、空を呆然と見上げていたアンリエッタが思わずルイズを見た。 「どうかしたの、ルイズ」 アンリエッタが掛けた声で、自分の中で膨らむ感情が思わず口に出ていたのが判ったルイズは、慌てて首を横に振った。 「い、いえ、なんでもありません、王女殿下」 そしてまた、二人の少女は空を見上げた。 アンリエッタは、謎の竜が繰り広げる空中戦に目を見開き。ルイズは、コクピットの中にいるだろう使い魔への心配に満ちた目を眇めた。 (……ジョセフのことだもの。きっと、戦争やってるって聞いて……居ても立ってもいられず飛行機に乗って来たんだわ) 使い魔として召喚してからそれほど長い時間を過ごした訳でもないが、使い魔の気性は十分に理解していた。普段は怠け者でお調子者だが、戦うべき場面に恐れず歩み出すのがジョセフ・ジョースターなのだと。 (……でもジョセフ、アンタ……今、そんな事してる場合じゃないでしょう!? ちょっと我慢してたら元の世界に帰れるんじゃない! どうして来なくてもいい戦争なんかやってるのよ、なんで、どうして……!) 使い魔を元の世界に帰す決意をしたのに、当の使い魔は必要のない戦いに首を突っ込んできている。こんな事なら、いっそ別れの時まで一緒にいればよかったかもしれない。 自分の言葉で使い魔が自分の意志を曲げるとは毛ほども思っていないが、それでも、戦いに行くなと言えたかもしれない。しかし今、使い魔はたった一人レコン・キスタと戦っている。 メイジでも貴族でもない、異世界の奇妙な老人が戦っていると知っているのは、ルイズただ一人。今、あの奇妙な竜を操っているのは自分の使い魔なのです、と言う気にはなれない。言った所でアンリエッタすら信じてくれないだろう。 だが、事実である。 ルイズは飛行機から視線を背けないまま、胸の前で両手を組んだ。 (――始祖ブリミル。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール一生のお願いです。どうか、どうか……ジョセフ・ジョースターをお守り下さい。彼を無事に家族の元へ帰して下さい……) 切なる祈りを捧げるルイズをよそに、ただ空を見上げていたトリステインの軍勢の中から、誰とも知れず声が聞こえてきた。 「……奇跡だ……」 「いや、あれこそ、始祖ブリミルが我々に大いなる力を振るって下さっているのだ……」 都合のいい言葉だが、それを否定する言葉を誰も持っておらず、ましてや絶望に垂らされた一筋の希望を否定する気などあるはずもない。 ルイズと同じくアンリエッタの側に控えていたマザリーニは、兵士達から上がる希望に縋る声にただ追従したりはしない。感情の揺らがない目で竜が空を舞う様を見つめていた。 熱狂に侵食されつつある二千の中で一人、どこまでも静かに戦況を見ていたのはマザリーニ枢機卿だけであった。鳥の骨と貶められいらぬ誤解を受けながらも、前王の崩御以来トリステイン王国を担ったのは紛れもなく彼なのだから。 この戦いに勝算など欠片ほどもなく、ただ名誉を拾いに行くために死にに来たようなものだと考えていた彼は、かの奇妙な竜を目の当たりにしてもトリステインの勝利を描いていない。 (我々が勝てるとすれば、かの艦隊を空から引き摺り落とさなければならない。果たしてあの竜は、ただ一騎で艦隊と立ち向かえるのか?) この場に居る誰一人として、竜騎士を七面鳥の如くあしらう竜の能力全てを知らない。 絶望的な状況の中、一筋の希望を見せている。だが、縋るにしてはその希望はか細い。 もしこの希望さえ潰えたのなら、その時こそトリステイン軍はラ・ロシェールと共に壊滅するしかない。しかし、もしこの希望が縋るに相応しい代物であったのならば、二千の兵を奮い立たせる何よりの要因となる。 (……内から沸き上る衝動すら口に出せないとは。全く難儀な道を選んだものだ) 手綱が湿るほど汗をかいていた掌を裾で拭う様など、アンリエッタですら見ていない。 ――やがて、時間にしておよそ十分強。アルビオン艦隊の周囲を飛行していた竜騎士隊二十騎全てが全滅する。 竜騎士が一騎撃墜される度に大音声の歓声を上げていたトリステイン軍は、今しがた竜騎士隊を全滅させた竜がラ・ロシェールに向かって飛んでくるのを見ていた。 竜が近付いてくればくるほど、唸り声のような音は大きく響いて聞こえてくる。 つい先程までアルビオンの竜騎士隊と戦っていた竜が何故こちらに近付いてくるのか、理由を計りかねるトリステイン軍は一様に竜を見上げる以外に対処の仕様がなかった。 接近するにつれて少しずつ高度を落としていた竜は、自分を見上げている四千の眼の上を誰も見たことのない猛スピードで通り過ぎたかと思うと、街に聳える巨大な樹を回り込む軌道で戻ってきた。 竜は再び艦隊へ向かう進路を取りつつ、トリステイン軍の頭上を悠々と渡っていく。 そして竜がアンリエッタ達の頭上を飛び越えていったその時、竜から何者が飛び出した。 反射的に銃や杖が向けられるが、しかし今の今まで竜騎士隊と交戦していた竜から現れた人影へ問答無用に攻撃を仕掛ける者は居ない。 トリステイン軍の前方、アンリエッタの付近へ向けて落ちてくる最中にフライの魔法を唱えた影は、マントを風にはためかせながら声も限りに叫びを上げた。 「アンリエッタ!」 風に乗せられて届いた声に、アンリエッタの目がこれ以上はないほど開かれた。 「ウェールズ様!? ウェールズ様なのですか!?」 王女の口が紡いだ名は、呼ばれるはずのない名前だった。 トリステインの王女が様を付けて呼ぶ「ウェールズ」はレコン・キスタとの戦いで華々しい戦死を遂げ、既にこの世の者ではないと言う事になっているからだ。 返事をする間も惜しいとばかりに、ウェールズは一直線にアンリエッタの側へと降り立った。 突然の事に周囲のメイジ達が一斉に杖を向けるが、マザリーニは彼をアルビオン王国皇太子であるとすぐさま判別をつけた。 「各々方待たれよ! この方はアルビオン王国が皇太子、ウェールズ・テューダー様なるぞ! 今すぐその杖を下ろされい!」 その声に杖は幾許かの躊躇いの後で下ろされるが、アンリエッタとウェールズは杖の行方など最初から一瞥もくれていなかった。 アンリエッタはこれまで辛うじて続けてきた王女としての振る舞いを今ばかりは完全に忘れ、ただの恋する少女に戻ってしまっていた。 「ああ、ウェールズ様! この様な時に来て下さるだなんて……!」 それでも人目も憚らず抱擁を求めてしまうほど自分を見失ってはいなかったが、右手までは気持ちを抑えることも出来ず、ウェールズを求めるように伸ばされていた。 ウェールズは恋人に向けて差し出された手を、王子としての手で取ると、自然な動作で甲に唇を落とした。 「話は後だ、アンリエッタ・ド・トリステイン。僕はアルビオン王国の生き残りとしてトリステインへの援軍に来ているんだ。もうすぐ艦隊からの砲撃が始まる、すぐに部隊を集めて――」 ウェールズの言葉が終わるのを待つこともなく、竜騎士隊を全滅させられた艦隊は多少の被害に構わず、当初の予定通りラ・ロシェールへの艦砲射撃を開始した。 何百発もの砲弾が空から轟音を伴って降り注ぎ、岩や馬は言うに及ばず、兵士達を吹き飛ばす。これまで目の当たりにした奇跡で高揚した士気を持ってしても、兵達の動揺を留めることはできなかった。 「きゃあ!」 思わず目を固く閉じて身を竦めたアンリエッタを庇うように立ったウェールズは杖を一振りし、風の障壁を周囲に張り巡らせる。 「マザリーニ枢機卿!」 「承知しております!」 王女から少女に戻ったアンリエッタをウェールズに任せ、マザリーニは素早く周囲の将軍達と即席の軍議を終えた。マザリーニの号令に合わせ、メイジ達は一斉に杖を掲げて岩山の隙間を塞ぐ形で風の障壁が張り巡らされる。 砲弾は障壁に阻まれてあらぬ方向へ飛ばされるか空中で砕け散ったが、それでも全てを防げる訳ではない。障壁の隙間を潜り抜けて砲弾が着弾する度に土煙と血飛沫が撒き散らされた。 「この砲撃が終わり次第、敵の突撃が開始されるでしょう。それに立ち向かう準備を整えねばなりませぬ」 「勝ち目は……あるのですか?」 怯えを隠せなくなってきたアンリエッタの声に、マザリーニは心の中で首を振った。 勇気を振り絞って出撃したものの、彼我の戦力差は比するまでもない。砲撃は兵の命だけでなく人の勇気を打ち砕き続けている。 しかし、今でこそただの少女に戻ってはいるが、昨日の会議室で威厳ある王女としての振る舞いを見せてくれたアンリエッタに現実を突きつける気にはなれなかった。 五分五分だ、と精一杯のおためごかしを言おうとしたその時、ウェールズの静かな声がアンリエッタに投げられた。 「――ある。十分だ」 ウェールズはアンリエッタではなく、艦隊を遠巻きに旋回しているゼロ戦を見上げながら呟いていた。 「砲撃が終われば、その時が反撃開始の時間だ。それまで、持ち堪える」 着弾の度に揺るぐ地面の感触を感じつつ、愛する少女を守る為に青年は杖を掲げた。 * 竜騎士隊を全滅させた後、ジョセフは本来の目的であるウェールズの送迎を済ませた。 ラ・ロシェールに進行する艦隊をゼロ戦一機で殲滅できるとは思っていない。竜騎士の七面鳥撃ちは出来るにしても、爆弾の一つも搭載していない戦闘機が戦艦に立ち向かおうとするのは無謀としか言い様がない。 「救いは二十ミリを結構温存出来たっつーことだが……それにしたってハンデデカいぞ」 二千メイルの上空を維持したまま、艦隊の射程外を遠巻きに旋回する。闇雲に攻められるのは竜騎士に対してのように、圧倒的な戦力差があってこそである。 今はジョセフが圧倒的に攻められる番のはずだが、艦隊はこちらにさして構う様子すら見せずトリステイン軍に艦砲射撃を開始していた。何門かの砲門がこちらに向いているが、あくまで無闇な接近を阻む威嚇射撃らしき散発的な砲撃である。 それだけ戦力差が絶望的に開いている、という証左であった。 「相棒、それはいいんだがガソリンは足りるのかね。日蝕までもうすぐだが、今のでかなり吹かしたんじゃねえのか? 俺っち怒んないから正直に言ってみな」 「しょーじき、厳しい」 燃料を満載にしていれば三千kmは優に飛行できるゼロ戦だが、日蝕に飛び込むまでどれだけ上昇するのかはコルベールすら把握していない。無事に元の世界へ帰還できたとしても、どこに出るか判らない以上、ある程度は燃料に余裕を持たせねばならなかった。 「あいつらの弱点は見えとる。空の上から攻め込む戦艦は、砲を真上に向けるようには作っちゃおらん。撃てたとしても自分で撃った砲弾を頭に食らう覚悟はないだろうがなッ」 一番手堅いのは、敵艦の頭上を取って急降下掃射を浴びせ反転急上昇、再び急降下掃射、という手を取る事であるが、そんな機動を繰り返せば燃料も弾薬もすぐ尽きる。 しかしジョセフは躊躇わない。 「ここで引いたら男がすたるッてな!」 口の端をにやりと吊り上げ、機体を急上昇させていく。 雲を突き抜けた先で双月に隠れようとしている太陽を横目で見た後、そのまま間髪入れず宙返りして艦隊へと急降下していく。 「行くぞッ!!」 艦隊の中央に陣取る、周囲の戦艦と比べても一際大きなレキシントン号。 遥か眼下、照準器に刻まれた十字にレキシントン号を捕らえると、ハーミットパープルではなくガントリガーを力の限り引いて両翼の機関砲に火を噴かせる。 「これでも食らえッッ!!」 出し惜しみすることをやめた二十ミリ砲弾と七.七ミリ銃弾が空を引き裂き、レキシントン号へと吸い込まれていく。 元からの火力に急降下の速度と重力、そしてガンダールヴの能力の助けを受けた砲弾は一発一発が必殺の威力を手に入れている。直撃を受けたレキシントン号のメインマストは中程から折れ下がり、甲板を貫いた弾丸は直撃を受けた不幸な水兵を物言わぬミンチに変えた。 だが、そこまでだった。 「……チッ、ビクともしとらんな」 アルビオン艦隊の射程から逃れるべく四千メイルの上空で再び急上昇を掛けながら、なおもふてぶてしく空に聳えるレキシントン号を睨み付けて舌打ちをする。 渾身の斉射は少なからずの被害を与えていたが、レキシントン号ほどの巨艦を大破轟沈させるにはどうしようもないくらいに役者不足だった。 60キロでなくとも30キロ爆弾があれば、木造のフネなどあっと言う間に炎上させられていただろうし、一機だけでなく複数の僚機がいれば多大な被害を与えられていたはずだ。 しかし今、ハルケギニアの空を飛ぶ戦闘機はジョセフのゼロ戦一機だけだった。 二十騎もの竜騎士を容易く屠れはしても、巨大戦艦群を相手取れる性能はない。 「弾切れになるまではブチ込んでやらにゃあなるまい……これ以上好き勝手させてたまるかッ!」 ジョセフ本人もこれ以上は徒労になるとは理解している。 しかしジョセフの気性に加え、「敵の手の届かない所から撃てる」というある意味気楽な立場は、もう一度攻撃を行う踏ん切りをつけるには十分だった。 「撃ち尽くしたら逃げるッ!」 力強い宣言をした後、二度目の宙返りからの急降下斉射にかかる。 再び機首と両翼から撃ち続けられる弾丸がレキシントン号とは別の艦船に叩き込まれる。 しかし結果はレキシントン号と似たり寄ったりの結果でしかなかった。 メインマストを破壊し、ひとまずの被害を与えたもののせいぜいが小破止まり。 「相棒、これ以上は無理だ。逃げな」 戦況を冷静に把握しているデルフリンガーが呟く言葉に、ジョセフはまた舌打ちして操縦桿を握り直す。 「チ、これが限界じゃな。ところでお前はどうするんじゃ」 「ここから放り投げるなり連れてくなり好きにしてくれよ。でも六千年も見てきた世界より、相棒の来た世界とやらを見てみたい気もするな。良かったら連れてってくれるかい」 「了解了解、じゃあ行くとするか……」 そう言いながらペダルを踏み込み、スロットルレバーを動かす。 「……む?」 「どうしたよ相棒」 デルフリンガーに返事する前に、再びハーミットパープルを這わせる。 茨から伝わってきた情報に、ジョセフの全身から汗が噴き出した。 「……まずいな、エンジンが焼け付いてきとる」 「なんだって? 今の今まで普通に飛んでたじゃねーか」 「この前試験飛行しただろ。本当は一回飛ぶ度にエンジンバラして全部の部品を調整せにゃならんのだが、そんな時間もないし大丈夫だろうと思ってたんだが……固定化の魔法ってそんなに信用できんかったんじゃなあ」 「じゃなあ、じゃねえよ! 固定化は物の劣化を防ぐだけで損傷まではカバーしねえんだよ!」 「だったら最初から言ってくれよ! つい調子乗って試験飛行やっちゃったじゃないか!」 「うるせえ! いい年して調子こくから本番で困るんだろが!」 不毛な言い争いをしながら、ひとまず滑空状態のまま空域から離れる。 現状、まだ飛行は維持できるが急上昇急降下急旋回などの機動をすれば、場合によっては更なるエンジントラブルを引き起こし、最悪の場合は空中でエンジンが破壊される可能性も有り得るという見立てだった。 「ふぅーむ。こいつぁ参ったな……掻い摘んで言うと、帰れんくなったっつーこった」 「気楽に言ってんじゃねえよ! しゃあねえ、じゃあどっかに着陸して……」 「いや、このままあいつらをほったらかすとろくなことにゃならん」 「おいおい、もう何も出来ないだろ。これ以上何かするってったら……」 そこまで言って、デルフリンガーはある可能性に行き当たった。 まさかとは思ったが、そんな常識が通用しないのが今の相棒である。 「このゼロ戦のパイロットには伝統的な戦法があってな」 「おい。ちょっと待て。もしかして、この飛行機をあのデカブツにぶつけようとか、そんな無謀なことを考えてるわけじゃないよな?」 「よくわかったな」 「……無茶苦茶だ、幾ら何でもそりゃねえよ」 六千年、使い手含めて様々な人間に握られてきたが、こんな無謀な手を考え付き、あまつさえ実行に移そうとする人間は見たことがなかった。 「なぁに、わしは手近なフネに飛び移ってハイジャックするつもりじゃ。死にはせん」 「おい、考え直そうぜ。それはあんまりにもあんまりだ」 言葉だけ見ればジョセフの翻意を促しているが、その言葉の響きはいかにも楽しげであった。 「まぁ、相棒がどーしてもって言うなら付き合ってやらんでもないがな!」 「よし来た! んじゃちょっくら行くとするかッ!」 艦隊の射程外を飛んでいたゼロ戦を上昇させ始め―― 『待ちなさい! そんな勝手なこと、主人の許しもなしにやらせないわ!』 不意に聞こえたルイズの声に、思わず上昇を抑えた。 「ルイズ!? ルイズなのかッ!?」 To Be Contined → 戻る
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ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、万全を期していた。 トリステイン魔法学院で二年生に進級する時に行われる『春の使い魔召還の儀』に向けての練習、そしてコンディション。共に完璧。 魔法が使えなくとも、せめて使い魔だけはと言う思考があったのは認めるが、彼女が召還に拘ったのは別の理由がある。 そもそも使い魔とは召喚者。 つまりはメイジのその後の属性を決めるのに重大さを持っている。 確かに、自らのパートナーとしての側面も持ち合わせてはいるが、それは飽くまで二次的なモノ。その証拠に使い魔には代えが利くが、新たに呼び出される者は全て、決定された属性に関係のある生物だからだ。 ルイズは、この属性を決めると言う箇所に望みを掛けていた。 つまり、自らが召還した使い魔の属性を辿れば、自分の魔法の属性を知ることが出来るのでは無いかと。 それ故に、ルイズはこの召喚に失敗する訳にはいかなかった。 「宇宙の果てのどこかを彷徨う私のシモベよ……神聖で美しく、そして強力な使い魔よ、 私は心より求め、訴えるわ! 我が導きに…答えなさいッ!!」 呪文はオリジナルのモノであったが、自分の中にある全ての魔力を注ぎ込んだ呪文は、それに見合っただけの大爆発を起こしてくれたのだった。 「ゲホッ……ゴホッ……」 爆発によって舞い上がった粉塵が、喉に張り付く不快感に咳が出る。 こんなはずじゃない。こんなはずじゃない。 自分は、最高の使い魔を召喚するはずだったのに、なんで爆発が…… 己が『ゼロ』であると再認識させられたルイズは、心の中にあった最後の自尊心すら、自らが放った爆発で粉々に吹き飛ばしてしまい、力なく、その場に座り込んだ。 「あっはっはっ、見ろよ。やっぱり失敗だったんだ」 「所詮、『ゼロ』は『ゼロ』って事よねぇ」 「あ~、これであいつも、ようやく退学になってくれるだなぁ~」 「これで、やっと授業を安全に受けられるよ」 ゲラゲラと耳障りな嘲笑を受けながら、ルイズは空っぽになった心で思っていた。 魔法学校を退学になった自分は、どうなるのだろう。 実家に戻る? あの由緒正しきヴァリエール家に、魔法も使えない自分が? それは我慢ならない。プライドがどうこうでは無い。 そんなものは、先で述べたように砕け散っている。 あるのは、家族に迷惑が掛かるという思いだけだ。 「どうしよう……」 失意の呟きを口に出すが、答えてくれる者はこの場に居ない。 ただ、ゲラゲラと耳障りな笑い声だけが辺りに響く。 何が引き金だったのか、行動を起こしたルイズ自身、分からなかった。 単に堪忍袋の尾が切れただけなのかも知れないし、もしかしたら、ただの気紛れだったのかも知れない。 ともかく、ルイズは思ったのだ。 この喧しい笑い声をしている連中を今すぐ黙らせたいと。 変化は劇的だった。 一際大きな笑い声を上げていた肥え過ぎた生徒の悲鳴が響いたかと思うと、辺りの生徒達もまた、一斉に悲鳴を上げ始めた。 あまりにも煩わしい悲鳴だったので、ルイズはなんとなく顔をそちらへ向けた。 何か、白い何かが生徒の身体を殴りつけている。 その何かは、ルイズがこちらを見ている事に気がついたのか、精肉場に胸を張って持っていける生徒に最後の蹴りを入れ、青草を踏み鳴らしルイズの目の前へと立った。 奇妙な姿だとルイズは思った。 全身が太い白の線と細い黒の線の横縞模様で、その縞模様の間に「G」「△」「C」「T」という形のマークがある。 そして、これが一番の特徴になるのだろうが、頭部に黒いマスクを被っている。 ―――こいつだ 妙な確信がルイズの中で蠢き、契約の呪文を紡がせる。 全ての言葉が自分の口から出終わり、相手の唇に口付けをしようとすると、奇妙な姿の者もルイズが何をしたいのか分かったらしく、膝を折り、中立ちになってルイズの唇を受け入れた。 「あんた……何?」 契約が完了したと同時に、ほぼ無意識の内にルイズの口から言葉が漏れる。 その漏れた言葉に、契約が完了し、左手にルーンを刻まれている奇妙な姿の者は 「ホワイトスネイク―――ソレガ私ノ名ダ」 神託のように深き言葉を紡ぎだした。 「それでコルベール君、被害の方はどの程度に治まったのかのぉ」 厳格な態度と雰囲気を持つ、このトリステイン魔法学校の長であるオールド・オスマンは、冷や汗でただでさえ光を反射する頭皮を、さらに鏡近くまで存在を昇華させている、 コルベールを見ながら厳かに問い質した。 ミス・ロングビルに蹴られながら どうかと思う。 「はい、その、ミス・ヴァリエールが呼び出した使い魔は、召喚されたショックからか、生徒達の中で最も肥満な……失礼、最も体積が大きく目立った、ミスタ・グランドプレを襲って、彼に全治半年の大怪我を負わせました。 幸い、すぐに治療した甲斐もあって、半年が一ヶ月に縮まりましたが、それでも大怪我には変わりありません」 コルベールは必死だった。必死で目の前の光景から目を逸らし続ける。 見たら終わりだ。見たら自分もアレに巻き込まれる。 そんな思いで冷や汗を掻きながらの報告を終えると、丁度良い感じに蹴られ続けたオスマンが立ち上がり、革張りの椅子へ蹴られ続けたお尻を気にしながら座る。 ロングビルも、蹴り飽きたのか自分の仕事へと戻っていた。 「ほ~、中々酷い有様のようじゃったらしいが、ミス・ヴァリエールは『コンタクト・サーヴァント』は済んだのかの?」 「はい。ミスタ・グランドプレを医務室に運んだ後に、私自身が使い魔のルーンを確認しました」 ふむ、とオスマンは一度頷き窓の外へと視線を向ける。 窓の外では、黒い髪のメイドと料理長が雇ってくれと頼み込んできた黒髪の少年が洗濯物を干し、太陽の光を体一杯に浴びていた。 そんな如何にも平和な光景を目にしながら口を開く。 「契約が完了したのならばそれで良い。ミスタ・グランドプレには災難だが、召喚の際の事故は誰にでもある。 このわしでさえ、召喚したての使い魔には色々と苦渋を舐めさせられたものじゃ」 そういって、顔を顰めるオスマンにコルベールは、確かにと同意を口にする。 オスマンの使い魔をコルベールは見た事は無かったが、彼ほどのメイジならばドラゴン並みの魔獣の類を召喚したのだろう。 「では、ミス・ヴァリエールにはお咎め無しと言うことで?」 「うむ」 重厚なオスマンの頷きにコルベールは先程の光景をすっかりと忘れ、では、自分は仕事に戻りますと部屋を出て行った。 オスマンとロングビル。 二人きりになった部屋で、ロングビルが思い出したように呟く。 「先程……」 「んっ?」 何かな、と疑問な顔でロングビルのお尻を撫で回そうと手を伸ばすオスマン。 「召喚したての頃は色々と苦渋を舐めさせられたと言っておりましたが、それは今も変わっていないのでは?」 静かに返答をしながら、伸びてきた腕を思いっきり抓るロングビル。 「何を言っておる」 痛みの所為か涙目になっているオスマンが言葉を返すと、机の一番上の引き出しを開けた。 そこには、彼が楽しみにしていた菓子折りが入ってるはずであったが、 開けた瞬間、彼の目に飛び込んできたのか、白いハツカネズミ。 「なっ、モートソグニル……お主……わしが楽しみにしていた、ゲルマニア産の菓子折りを……」 オスマンは苦渋を舐めたような渋面で、菓子折りの中身をボリボリと食べる使い魔のネズミを見つめるしかなかった。 「う~~~ん」 部屋に戻ってきたルイズは唸っていた。 拙い……拙すぎる。 何が拙いと言うと、先程の自分の醜態である。 召喚の際、爆発が起こり失敗したと思った自分は、一瞬、何もかもが馬鹿らしくなり、全てを投げてしまった。 今になって冷静に考えてみると、一回の失敗であんな風に落ち込むなど自分らしくなく、明らかに普段思い描いている貴族像からも逸脱していた。 さらに痛恨なのが、その落ち込んでいた場面を、あのキュルケに見られてしまった所だ。 (あ~、明日は絶対に弄られるじゃないっ!) キュルケがその豊満な肉体を見せつけながら、自分に対してからかってくる様を想像して、それがあんまりにもリアルだったので、ルイズの唸り声は、一段高くなった。 (それにしても……) とりあえず、キュルケの問題は棚上げにし、ルイズは自分の使い魔となった亜人と思われる生き物を見上げた。 自分のすぐ傍に立っているその亜人は、ホワイトスネイクと名乗り、召喚してからすぐ、マリコルヌを精肉屋に持っていける程にしてしまった。 その様を見たルイズは、胸がスッとしたが、とりあえずあの時は自分の召喚が 成功していたと言う事実の方が頭に浮かび、あまり記憶が残っていない。 それでも、ファーストキスでもある『コンタクト・サーヴァント』をした事は、確りと憶えている。 (あっ、そうか、よくよく考えると、私ってこいつとキスしたんだ……) 人間、何事でも始めての相手には情が移る者である。 ルイズもまさにそのとおり――――――ではなかった。 (こんな……こんな奴が、私のファーストキスだなんて、ぜっっっっっったい、認めないわっ!!) 流石に言葉には出さなかったが、頭を抱えて、う~う~と唸るその様は、傍から見ると不気味以外の何者でもない。 その唸っている自分の本体を余所にホワイトスネイクは、ただ部屋の入り口に立っていた。 ホワイトスネイクは、自分の存在について考えていた。 天国へと行く為の方法によって、ホワイトスネイクと言う存在は、さらなる高みの存在へと昇華し、記憶をDISCとする能力を持った自分は、確かに別の存在になったはずであった。 それが、今はどうだろうか? さらなる高みの存在―――『メイド・イン・ヘヴン』の時の記憶もあれば、世界が『一巡』した新世界における記憶すら今のホワイトスネイクは持っている。 (ドウイウコトナノダ、コレハ……) 自分が、まったく別の存在になった時の記憶も持っている事に、本来ならそのようなモノとは無縁であるはずのホワイトスネイクに、言い知れぬ『不安』と言うものを感じさせていた。 ……感じさせていたが、すぐにその『不安』をホワイトスネイクは忘れた。 『不安』に思う過去など自分には必要無い。何故なら自分はスタンドだ。 自分に必要なものは、本体に絶対服従の忠誠心と能力だけである。 他の事柄など、思考を割くのも無駄である。 そうして、ホワイトスネイクは、自身が何故、存在しているかと言う疑問と、自分と言う存在でない者の記憶が何故あるのかと言う、二つの疑問を無意識のさらに底まで封印した。 これで良い。これで自分は『不安』を持つことは無い。 次にホワイトスネイクは、左手の奇妙な痣の事を考え始めた。 ホワイトスネイクを現す四つのマークではなく、明らかにそれとは違う形をしているこの奇妙な痣。 解析する為に、DISCとして形にしてみると、面白いことが分かってきた。 どうやら、この奇妙な痣は使い魔のルーンと言うらしく、武器を持つことによって自分の上がるものらしい。 さらに言えば、性能を上げるだけでなく、その武器の使い方を瞬時に理解することさえ可能と言う、まさに『兵士』の為のルーン。 (ダガ……私ニハ、不要ノ長物ダナ) ホワイトスネイクの戦闘方法は、まず、敵に触れることにある。 記憶をDISCと出来る自分にとって、相手に触れると言う事は、すでに相手の命を手にしていると同意義なのだ。 その敵に触れる攻撃が一番しやすいのが、徒手空拳。 つまり、素手による殴打である。 確かに、性能の補正は魅力的だが、補正の条件が感情を高ぶらせる事であり、スタンドで、尚且つ冷静と言うよりは、無感動に近い自分には大した補正は乗らないだろう。 以上の事等から、武器などを使うと、逆に自分の戦闘能力は下がってしまうと、ホワイトスネイクは考えた。 そして、最後の問題である現在の自分の本体をホワイトスネイクは見た。 桃色の髪をした幼い少女。 高慢であり自尊心だけが無駄に肥えたこの少女が自分の本体であることに、ホワイトスネイクは特に何の感慨も抱かなかった。 ただ、前の本体のような性能を自分は発揮できないであろうな、と思っていた。 スタンドとは、もう一人の自分である。 肉体的な自分が本体とするのならば、精神的な自分であるスタンドの強さは、本体の精神の強さに依存する。 その点で言うならば、ルイズの精神は、元の本体のような、『絶対の意思』を持っておらず、ただ只管に脆弱であるだけ。 弱くなるのも当然であった。 「ねぇ、ちょっと、あんた」 自分の使い魔に、精神的に弱い奴と思われていることを知らずに、ルイズはホワイトスネイクを呼ぶ。 ようやく、あのキスは契約の為に仕方なくしたものであり、ノーカンであると言う結論に至ったので、ホワイトスネイクに使い魔として役割を言い聞かせることにしたのだ。 「召喚されたばっかのあんたに、使い魔の役割を説明してあげるから、ありがたく思いなさいよ 良い、まず、第一に使い魔は主人と目となり、耳となる能力が与えられるわ」 そこまで言ってから言葉を区切る。理由は些細な好奇心。 ホワイトスネイクの見ている世界は、どんなものなのだろうと思い、意識を集中してみるが……見えない。 「ちょっと! どういうことよ!」 詐欺られた気分だ。本来なら、簡単に使えるはずの使い魔との視聴覚の共有が出来ないなんて。 心の奥底には、自分が『ゼロ』だから出来ないのでは? と言う考えも浮かんでいたが、それは認める事の出来ない原因だ。 なので、使い魔の所為にすると言う暴挙に出たのだが、ホワイトスネイクは冷淡な目で自分を見るだけ。 ルイズはもしかして、こいつも自分の事を見下しているじゃないのかと、段々と疑心暗鬼の思いで心が侵食されるのを感じていたが、その冷淡な目付きのまま、使い魔が口を開く。 「ソンナ『認識』デハ、出来ルコトモ出来ナイ。モット、強ク『認識』スル事ダ。 空気ヲ吸ッテ吐クコトノヨウニ、HPノ鉛筆ヲヘシ折ル事ト同ジヨウニ、自分ナラ、出来テ当然ノコトト思ウノダ」 「わっ、わかってるわよ!」 ホワイトスネイクの説教染みた言葉に、プッツンしそうになるが、なんとか堪えて意識をまた集中させる。 ―――集中 ――――――集中 ―――――――――集中 ――――――――――――っ! 一瞬、ほんの一瞬だが、自分の姿が視えた。 自分より背の高い者から見た、見下ろされた自分の姿。 それが、ホワイトスネイクの見ている風景だと気付いた時、喜びと……怒りが同時に込み上げてきた。 「なんで一瞬なのよっ!」 そう、何故だか一瞬で消えた映像にルイズは怒りを爆発させていた。 もっと、持続できなければ視界を共有しているとは、まったくもって言えない。 「マダ、『認識』ガ足リナイラシイ。モット、時間ヲ掛ケテ、私ヲ、自分デアルト『認識』スレバ、自然ト見エテクル」 悔しいが、使い魔の言う通りだろう。もっと、もっと、時間を掛けなければ、自分は使い魔の視聴覚を感じられない。 しかし、逆に考えて見れば、時間さえ掛ければ自分は使い魔の目と耳を感じられると言う事だ。他のメイジのように。 「まったく、今、出来ないんじゃ意味無いわよ。次よ、次」 さも不機嫌な感じで言葉を口にするが、内心は自分も、ようやくメイジらしいことが出来るようになるかも知れないと、今すぐにも踊りだしそうであった。 「次は、そう、使い魔は主人の望むものを見つけてくるのよ。例えば、秘薬とかね…… と言うか、あんた亜人だけど、秘薬って分かるの?」 秘薬を見つけるのは、主に動物系の使い魔の仕事だ。 見るからに亜人なこいつでは、見つけるのは無理かなと、聞いてみると、予想通りに首を横に振ってきた。 「まぁいいわ。秘薬なんて、どうせ買えば済む話だし…… それより、これが使い魔の役割で一番大切な事なんだけど、使い魔は主人を守る存在なのよ」 マリコルヌをフルボッコにしたホワイトスネイクをルイズは見ていたが、それで満足する程、ルイズの使い魔に対する注文は低くない。 自分の使い魔であるならば、最強、最優。 そうでなければ、自分の使い魔として意味が無い。 「私を守る為の存在のあんたは、強いの?」 「世界ヲ操ル男ガ、私ノ元本体ニ言ッタ言葉ガアル。 ドンナ者ダロウト、人ニハソレゾレノ個性ニアッタ適材適所ガアル。 王ニハ王ノ…… 料理人ニハ料理人ノ……ナ」 「何が言いたいのよ」 「『強イ』『弱イ』ト言ウ概念ハ、ソレ単体デハ存在シナイ。 ソレガ存在スルノハ、比較スル対象ガ居ル場合ニ限ル。 ダガ、私達ニハ、比較スルベキモノガ存在シナイ。 一人、一人、役割ガマッタク違ウノダカラナ」 確かに同じ役割の中でなら強さを測ることは出来る。 しかし、僅かにでも役割が違う者同士で強さを測ることなど不可能なのだ。 スタンドもそれと同じ。 スタンドの能力は、特別な場合を除き、被る事などありえない。 それ故に役割は決して被らず、その為比較すべき対象が存在しないので『強さ』や『弱さ』も存在しないと言いたかったのだが、 ルイズはその真意を汲み取る事など出来ず、訝しげな顔で饒舌な使い魔を見ている。 「そんな小難しいことを聞いてるんじゃなくて、私はあんたがどのくらい強いかを聞いてるのよ!!」 これにはホワイトスネイクも参る。 仕方なく、子供が遊びで話すスタローンとジャン・クロード・バンダムはどっちが強い? と言うレベルで説明するしかないかと思い、窓の外を飛んでいた梟を窓枠に近づいてきた瞬間、恐るべき速さで梟に反応される前に体をがっしりと掴んだ。 「あんた……」 その早業にルイズは驚きで声を上げそうになったが、使い魔の手前、外見上は眉を動かすだけだ。 こいつ……とてつもなく、早い。 これは期待できるかも、と内心の期待からホワイトスネイクを見つめていると――― ―――ぞぶり、と生理的嫌悪の走る、おぞましい音がルイズの耳に届いた。 なるほど、梟の頭に自分の指を突き刺したのか。 いきなりの使い魔の凶行に、ルイズは完全に思考停止し、その様を見つめていたが、きっかり三秒後には再起動を果たす。 「あっ、あんた、何してのよー!!」 寮の窓近くを飛んでいた事から、誰かの使い魔と思われる梟を、自分の使い魔が、何を思ったのか、頭に指を突っ込んで殺してしまった。 そのあまりのショッキングな内容に金切り声をあげるが、ホワイトスネイクは 「―――出来タ」 と謎の言葉を発し、指を刺した時から動かない梟を、 興味を失った玩具を捨てる子供のように、ポイッと気持ちの良いぐらい、あっさりと窓の外に捨てた。 「なっ!」 その行動に驚きの声をあげるルイズであったが、次の光景を目にした瞬間、自分は現実にいるのか心配になってしまった。 頭に指を刺され、死んだはずの梟が、また窓の外を飛んでいるのだ。 「嘘っ……なんで」 死んでなかった? いや、指を刺されてからぴくりとも動かなかったのに……そんなはずは…… 混乱しているルイズを尻目にホワイトスネイクが、片手を窓の外に振ると、梟がそれに気付き、窓枠に留まる。 ホーホー、と良く響く声で一頻り鳴いた後、梟の頭から何かが出てきた。 ピザをもっと平べったくしたような形をした何かが、からんと音を立てて床に落ち、それにあわせ、梟も先程のようにぴくりとも動かなくなる。 ゆっくりとした動作で梟から落ちた円形の何かを拾う自分の使い魔に、ルイズは知らず、ジリジリと後退していた。 それは恐怖か? それとも、驚きからか? どちらにしても、今のルイズには関係無い。 空気を求める金魚のように、彼女はパクパクと口を開けて、ホワイトスネイクを見ることしかできない。 ホワイトスネイクは、そんな自分の本体に見向きもせずに、手の中で梟から抽出した何かを弄んでいる。 「コレハDISCト呼バレルモノダ」 感情の色がまったく込められていないはずのホワイトスネイクの声が何処となく得意げに聞こえるのは、その力が彼の存在理由だからだろうか。 「私ノ能力ハ、生物ノ『記憶』ヲDISCトシテ抜キトル事ガ出来ル」 記憶を抜き取る。 今、自分の目の前にいる使い魔は確かにそう言った。 「……本当に?」 そんなことが出来るのか? いいや、できるはずが無いと否定の考えが頭に浮かぶが、部屋の床に転がった梟の虚ろな瞳を見て、もしや……と疑問が鎌首を擡げる。 もし、仮にこの使い魔の言う事が全て真実であるとするならば、自分はなんてものを召喚してしまったのだろうか。 記憶を抜き取る自分の使い魔の力に、ルイズの身体は震えていた。 それは、恐るべきものを召喚してしまった恐怖か――― それとも、そのような強力な力を持つ者を召喚してしまった喜びか――― ――――――自分の身体だと言うのにルイズ自身、どちらなのか分からなかった。 『風上』のマリコルヌ……全身を乱打され、重症。 クヴァーシル……『記憶』DISCを抜かれ、生きる目的を失い、再起不能 戻る 第二話
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大地を揺るがす轟音の後、訪れたのは場違いともいえる静寂だった。 ほんの数分前まで空を占めていたレコン・キスタの艦隊は一隻の例外なくタルブの草原に叩き付けられ、友軍の地上部隊の大半を道連れにした。 昨日、美しく広大な草原であったそこは、中央に巨大な湖を生み出していた。 しかしその湖は風光明媚で知られるラグドリアンの湖とは比べることが出来ない。 かつて艦船であった木材の残骸と、かつて人間であった肉塊が湖面に浮かび、霧の様な土煙が立ち込める湖上。それを照らすのは、月に蝕まれた日の光。 地獄の一風景を現世に呼び出してしまったかのような凄惨な光景の端の中、トリステイン軍は時でも止められたかのように動くことが出来なかった。 しかし、この停止した時の中で動くことの出来る人間は二人いた。 この光景を作り出したウェールズ、そしてアンリエッタである。 「どうなさいました。枢機卿」 王女の可憐な唇から漏れたのは、戦の最中に呆ける行為を咎める響き。 アンリエッタの声で逸早く我に返ったマザリーニは、喉も裂けよとばかりの大音声を張り上げた。 「諸君! 見よ! 敵の艦隊は滅んだ! トリステイン国王女アンリエッタ殿下とアルビオン皇太子ウェールズ殿下の伝説の魔術、オクタゴンスペルによって!」 「オクタゴンスペル……!」 マザリーニの叫びに、将兵達の時が再び動き出していく。 「さよう! 王家の血に連なるメイジにのみ許された伝説の詠唱! 各々方、これで始祖の御意思、そして祝福がどちらにあるか示された! 彼奴らは今、始祖の鉄槌を下されたのですぞ!」 今、何が起こったのかを目撃したトリステイン軍は枢機卿の言葉をすぐさま受け入れる。腹の底から湧き上がる原始的な衝動は、水面に広がる波紋のように苛烈な砲撃を耐え抜いた軍勢に伝播していった。 「うおおおおおおおおぉーッ! トリステイン万歳! アンリエッタ王女万歳! ウェールズ皇太子万歳!」 鬨の声が上がる中、アンリエッタは自分を離すまいと回されている腕の感触に幸せそうな微笑を浮かべていた。 「ウェールズ様……ああ、まるで夢のよう。もし夢だったとしたら……二度と覚めなくても構わない。そう思います……」 ウェールズはその言葉に、ほんの少し困ったように微笑んだ。 「これが夢であってたまるものか。僕達は手に入れたんだ……これは現実なんだよ、僕のアンリエッタ」 恋人同士によく見られる、世界には二人きりと言わんばかりの甘い空気は、マザリーニの控えめな……しかしよく通る咳払いで掻き消えた。 「オッホン。王女殿下と皇太子殿下のお邪魔をするのは出来うる限り避けたい所ではございますが……まだもう一仕事していただかねば困ります」 アンリエッタは勿体つけた物言いのマザリーニに、悪戯っぽく笑った。 「うふふ、ごめんなさい枢機卿。王城に帰ったら、ゲルマニアに使いを出さねばなりませんものね」 「その通りですな。わたくしにドレスの裾を投げ付けたように、あの成り上がりに婚約破棄を通達してやらねばなりますまい」 変われば変わるものだ、という感慨がマザリーニの胸中を占める。 あの会議室での演説で、王家に飾られる花でしかなかった少女は王女になった。 そして今、皇太子の腕の中で王女は最上級のスクウェアメイジに成長を遂げた。 なんと出来過ぎた物語だろう、と思える。物語の筋としては使い古された陳腐な筋だ。 王女がこれ以上ない危機に立たされた時、王子様が突然現れて共に手を携えて危機を打ち破る――しかし、それが現実に起こったとなれば、そしてその物語が生まれた瞬間に立ち会えるとなれば。 せいぜいが慌てふためくセリフと演技しか許されない端役者だとしても、体の中から浮き上がるような歓喜は否定することが出来ない。 マザリーニは、主役の二人を眩しげに見上げ、二人の目を見つめた。 「さあ、これより勝ちを拾いに行きましょう。皇太子殿下、王女殿下――いや」 帰ったら、この題目を脚本にした舞台を上映させよう。それを国威発揚に用いれば、しばらくはこの劇の話題で持ち切りになるだろう。 ならばせめて、決め手になるセリフを告げる役得くらいはあっていい。 「アルビオン国王、ウェールズ陛下。トリステイン国女王、アンリエッタ陛下」 恭しく頭を垂れた枢機卿に、二人の王は強く頷く。 アンリエッタは水晶の杖を掲げ、ウェールズは愛用の杖を掲げた。 「全軍突撃ッ! 王軍ッ! 我らに続けッ!」 地を揺らすような轟きを上げ、トリステイン軍は熱狂に浮かされ駆け出した。 * ルイズは、熱狂とは無縁だった。 友軍の戦艦を竜巻ごと落とされたレコン・キスタ軍はほぼ壊滅状態であったが、撤退さえ許されることなくトリステイン軍の突撃を受けている。 しかしルイズは突撃に加わる事無く、ラ・ロシェールに一人立ち尽くしていた。 先の艦砲射撃でのトリステイン軍の被害は決して少なくない。大勢の負傷兵と共に友軍を見送る形となったルイズは、遠い空を飛んでいる飛行機を呆然と見上げていた。 王女の助けになりたい、という意思は確かにあった。 しかし、自分の出る幕などなかった。 竜騎士隊と命を賭けて戦ったのは、異世界の飛行機械を駆る奇妙な老人。 危機に瀕した王女様を助けたのは、魔法の唱えられない友人ではなく、国を追われた王子様。 「……何よ。何よ」 自分は何も出来なかった。自分がした事と言えば、舞台に上がることも出来ずただ指をくわえて物語を眺めているだけ。 魔法を使うことも出来ない。戦いに赴くことも出来ない。 ぽた、ぽた、と白く形の良い頬を伝って涙が落ち続ける。 涙を止めようと両手で顔を覆うが、涙は次から次へと手の隙間から落ちていく。 「何がメイジよ……! 何がヴァリエールの末娘よ……! 私、何も出来ないじゃない! 何も出来ない……ただの、ただの……!」 遠くから聞こえる戦の戦慄きすら、ルイズに届くことはない。 今まで自分を支えていた貴族の矜持も、今遂に枯れ果てた。 くたり、と身体から力が抜け、馬の背へ崩れ落ちた。 「う、う、うわぁぁぁっ……うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーッッ!」 視界が歪む。嗚咽を抑える事など出来ず、溢れる心の迸りを吐き出すように叫んだ。 * ルイズの説得を聞き入れて戦闘空域から離脱したジョセフは、ルイズの言葉が嘘でなかったことをこれ以上ないほど目撃した。 ラ・ロシェールから放たれた巨大な竜巻が、空に浮かんでいた艦隊を飲み込んで地上へ落ちて行く様を文字通り『高みの見物』してしまい、流石のジョセフと言えども度肝を抜かれていたのだった。 「……うーわー、ありゃオクタゴンスペルだぜ。あの王子と王女ってトライアングルだって聞いてたが、化けたなありゃあ。俺っちもさすがにおでれーたぜ」 カチカチと金具を打ち鳴らしながら叩く軽口でさえ、ジョセフの右耳から入って左耳から通り抜けていた。 「……こいつぁえれーモン見ちまったわい。昔戦ったワムウの神砂嵐もすごかったが、こんな芸当が人間に出来ちまうとはな。魔法恐るべし」 雲より高い空の中、凍えるような寒さの中でも額に浮かんでいた汗を、手の甲で拭った。 「さて、墜落しちまう前にどっかに着陸しちまわんとな。いくらなんでも人生で五回も墜落するのはナシにしたいわい」 うるさく鳴っていた金具の音が止み、ぼそりとデルフリンガーが囁いた。 「二度と相棒とは一緒に乗らねえ」 「うるさいぞ」 くくく、と二人揃って笑い合えば、シュル、と小さな音を立てて紫の茨が左腕から伸びた。 「ん? どうした相棒。何かあったのかい?」 当のジョセフは、片眉を上げてハーミットパープルを見た。 「……いや、わしゃ出した覚えなんかないぞ」 「あん?」 「なんでか知らんが出てきた。……む」 手袋の中から漏れる光。何度か起こってきた経験に従って手袋を脱ぎ落とすと、使い魔のルーンが眩く輝いていた。 「どうしたことじゃ、こいつぁ。デルフよ、お前なんか心当たりないか?」 「知らねえよんなこたぁ。俺っちも長生きしてきたが、スタンド使いが使い魔になったこたぁねーからよ」 怪訝そうな呟きと視線を受けていたハーミットパープルは、ルーンが刻まれた義手の甲へと滑り、まるで穴へ潜る蛇のようにルーンの中へ潜り込んで行った。 「なんだ!? こいつぁ……! 引っ込め! ハーミットパープルッ!!」 今まで起こったことのない状況を前に、ハーミットパープルを引っ込めようとするが、茨はジョセフの意思に従わない。消えるどころか、茨は次々に増える一方だった。 「なんじゃ!? 一体何がどうなっとる!?」 * 崩れかけた街に、少女の慟哭が響く。 どれだけ泣いてもルイズの中から濁った感情が引く事はなかった。 泣いても、泣いても。 どれだけ泣いても、自分が無力な存在であることは変わらないのだ。 (始祖ブリミル、あんまりです……! どうして、どうして私だけ……!) 人目を憚らず泣く。こうして泣いていれば、誰かが見つけて抱きしめてくれた。 しかし今は誰もいない。 カトレア姉様も、ワルドも、ジョセフも。 自分の側には誰もいない。誰も、いない。 だからこそ、叫んだ。小さい頃からずっと、心の中で蟠っていた叫びを。 「私に……力があれば……! 何も出来ないのは、もう嫌……! 私に力を! 守られているだけなんて、見ているだけなんて、もう嫌! 私に、私にっ……『力』を……!!」 固く目を閉じて、喉も限りに叫び―― ――不意に、抱きしめられた。 誰かが自分を抱きしめている。 ルイズはこの感触を知っている。いや、この暖かさとこの力強さを知っている。 「…………ジョセ、フ…………?」 ルイズを包んでいたのは、茨だった。 見間違えることなどない、紫の茨。 ハーミットパープルが、華奢な体に巻き付いていた。 泣く子をあやすように優しく、それでいて力強く逞しい。 空を見上げれば、飛行機は空を飛んでいる。ジョセフはここにいない。 左手から何かが迸ってくる感覚がある。左手を見てみれば、ハーミットパープルは自分の左手の甲から出ていた。そこから現れたハーミットパープルが、自分を包み込んでいたのだった。 「これも、スタンド能力なの……?」 訝るように呟かれた言葉に応えるかのように、ハーミットパープルはしゅるしゅると動いていく。 茨の一本がポケットの中に入り込み、ポケットに入っていた『水』のルビーを取り出してくる。そのまま茨がルイズの手を取り、指にはめさせた。 「ちょ、ちょっと。一体何を……」 ルイズの疑問も意に介さず、続いて懐から始祖の祈祷書を引っ張り出した。 結局詔は完成せず、戦場へ向かうアンリエッタを追うのに慌てていれば、ラ・ロシェールへ持ってきてしまったのだ。 ハーミットパープルがルイズの眼前へ祈祷書をかざした、その時。 突然、『水』のルビーと『始祖の祈祷書』が光り出したのに、びくりと肩を震わせた。 「……何よ、これは……」 突如放たれた光に目を眇めていれば、白紙だったはずの紙面に文字が書かれているのが見えた。 それは果たして古代のルーン文字であったが、学年でも指折りの勉強家であるルイズは難なくその文字を読める。ページにびっしり書かれた文字列を目で追っていく。 『これより我が知りし真理をこの書に記す。この世のすべての物質は、小さな粒より為る。四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。その四つの系統は、『火』『水』『風』『土』と為す』 視線を素早く走らせ、内容を読み解いていく。ルイズの視線が最後の行を読み終わった瞬間に、ハーミットパープルがページをめくってくれた。 『神は我にさらなる力を与えられた。四の系統が影響を与えし小さな粒は、さらに小さな粒より為る。神が我に与えしその系統は、四の何れにも属せず。我が系統はさらなる小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化をせしめる呪文なり。四にあらざれば零。 零すなわちこれ『虚無』。我は神が我に与えし零を『虚無の系統』と名づけん』 読み進めていく内に、ルイズの鼓動は高ぶっていく。 「虚無の系統……伝説じゃないの。伝説の系統じゃないの!」 祈祷書を読み耽るルイズは、頬を濡らした涙を拭くことも忘れていた。ハーミットパープルがポケットから取り出したハンカチで拭ってくれているのも気付かないまま、胸の中で大きくなっていく鼓動ばかりを強く感じていた。 『これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐものなり。またそのための力を担いしものなり。『虚無』を扱うものは心せよ。志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ。『虚無』は強力なり。 また、その詠唱は永きにわたり、多大な精神力を消耗する。詠唱者は注意せよ。時として『虚無』はその強力により命を削る。したがって我はこの書の読み手を選ぶ。たとえ資格なきものが指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。 選ばれし読み手は『四の系統』の指輪を嵌めよ。されば、この書は開かれん。 ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ 以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す。 初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン(爆発)』 』 その後に古代語の呪文が続く。 読み終わったルイズは呆然とする。虚無が強力なら厳重にするのも理解できるが、それにしたってここまで厳重にしたら気付かないで一生を終えたりする可能性高すぎるでしょう、とか当然言いたかった。 が、それよりも今、余りにも多くの事が一度に起こり過ぎて混乱しかけていたルイズの思考が、段々落ち着きを取り戻してきていた。 祈祷書から、自分を包み込んでいるハーミットパープルに視線を移すとそっと撫でてみる。茨に棘は生えているが、先端に触れてみても痛みはない。 『メイジと使い魔は一心同体よ』 ジョセフを召喚した夜、滔々と語っていた言葉を思い出す。 『ハーミットパープルの能力は念写に念視!』 武器屋を探す時に、ジョセフが見せてくれたスタンド。 「……もしかして。私が……力を欲しいと、心から願ったから? ハーミットパープルが、私の中に眠っている虚無の力を探し出してくれたの……?」 もしハーミットパープルがなかったら、果たして自分は祈祷書を読めていただろうか。 『水』のルビーを指に嵌めた後で、祈祷書を開いて読もうとする機会など考えにくい。 だとすれば、なんて迂遠なことだろうと思う。 自分の中に眠る力を見つける為の大きな扉を開くために、異世界のスタンド使いを――それも探索能力に長けた――連れてくるだなんて。 しかしそうでなければ、一生気付かないままだったかもしれない。 一生、ゼロのルイズとして蔑まれる人生を送っていたかもしれない。 しかし今、ルイズは自分の系統に気が付いた。 ジョセフの力を借りられたのは、彼が自分と一心同体の存在だったから。主人の切なる願いを感じ取ったハーミットパープルが、主人の望む物を探し出したのだ。 「…………ジョセフ…………!」 今、ここにいない使い魔を掻き抱くように、自分を包む茨を抱いた。 再びルイズの目から涙が零れる。 しかし、先程の涙とは違う。 暖かく、暖かく、暖かく……――嬉しくて流れた涙だった。 ぐ、と袖で涙を拭うと、まだ暗い輪を作る太陽を見上げ、続いて飛行機に目をやった。飛行機は日蝕の輪に向かってはいない。むしろゆっくりと高度を落としていっているのが見えた。 ルイズは、祈祷書に目をやる。静かに、しかし大きく息を飲んでから、右手にある杖を握り直した。 (ダメよ)(やらなくちゃ) 二人のルイズがいる。 呪文を唱え始める。 (何をする気なの)(そんなの決まってるわ) 沸き立つような心の波、冷ややかに祈祷書の呪文を追う視線。 まるで何度も聞いた子守唄のような懐かしい旋律を紡いでいく。 (そんなことをしてはダメよ。ジョセフを帰すだなんて)(帰さなきゃいけないのよ) 初歩の初歩の初歩の虚無、エクスプロージョン。 聞いた事もないのに、初めて使う魔法だというのに、ずっと前から知っていた。 (馬鹿げてるわ! そんなことの為に、伝説の力を使うだなんて!)(伝説の力だからこそ使うのよ。エクスプロージョンなら……虚無の力なら、飛行機をあの日蝕の輪へ持ち上げることが出来る!) リズムが体の中に沸き起こり、駆け巡る。 今、何をしようとしているのか、ルイズは十分すぎるほど理解していた。 自分を優しく支えてくれてきた使い魔を、自らの魔法で、自らの手の届かない世界へ帰そうとしているのだ。 (やめましょう! 今なら間に合うわ! 簡単よ、今すぐ詠唱をやめて、日蝕が終わるのを待つのよ! 誰にも判らないわ、私が何もしなかったからって誰も責めないわ! そうよ、ジョセフだって、きっと仕方ないって――……) (私が許さないわ!!) 囁くのは、ルイズ。一喝したのも、ルイズ。 二人とも紛れもないルイズであり、ルイズの本心。 二人に共通しているのは、ジョセフを大切に思っているということ。 しかし、決定的な違いがある。 一人は、ジョセフを慕い縋ろうとする少女のルイズ。 もう一人は、ジョセフを誇りに思う貴族のルイズ。 帰したくない、帰してあげたい。それは同時に存在する、ルイズの本心。 どちらにも転ぶ。どちらかを選ぶ。そしてルイズは選んだ。 詠唱は、止まらない。 (駄目、駄目よ! そんなことしたら、私は一生使い魔のいないメイジになるわ! ジョセフが死ぬまで新しい使い魔を呼べないのよ! 使い魔が欲しくてジョセフが死ぬのを願ったりするなんて、そんなことはいやよ! やめて! やめましょう!) (そんなことは願わないわ、決して! だって、だって、私は――……) 長い詠唱の後、呪文が完成した。 その瞬間、ルイズは己の呪文の威力を完全に理解した。 これは、大いなる力だ。 先程の艦隊を、ただ一人で打ち破れる。いや、それだけではない。自分の視界に映る全てを巻き込み、しかも自分の破壊したいものだけを破壊できる。 今なら、まだ引き返せる。この杖を振り上げなければ、まだ引き返せる。 これだけの力を使えるのは、最初の一回だけ。今まで溜め込んできた精神力を使ってしまえば、また溜め込むのに時間が掛かる――使ってもいないのに、ルイズには当たり前のように理解できていた。それは自分の系統だからだ。 そう、今までゼロだと蔑まれてきた自分が伝説の担い手だったのだ。 この力があれば、敬愛するアンリエッタ様の力になれる。 両親に、姉達に、友人達に、教師に、胸を張れる。 私は、立派なメイジなのです。 ちょっと奇妙な使い魔がいるけれど、私は一人前のメイジなのです…… 杖を握る手に、力を込めた。一瞬、自分を包んだままの茨に視線をやり……そして、何かを吹っ切るように空を見上げる。 「私は……私はぁッ!!!」 涙が落ちるのにも気付かず、天高く杖を振り上げた。 「ジョセフ・ジョースターの主ッ!! ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールなのよぉーーーーーーーッッッ!!!」 * ハーミットパープルが自分の制御を外れたのに警戒はしつつも、今最優先すべきなのは無事に不時着することである。 今にもオシャカになってしまいそうなゼロ戦を宥めすかしつつ着陸場所を探していたジョセフは、突如眼下で膨らんだ光の球に気付く。 まるで小さな太陽のように鮮やかで激しい光を放つそれに、思わず腕で目を覆った。 「なんだぁーーーーッこいつはッ!!」 回避運動を取ろうにも、下から膨れ上がる光の球の速度は、どう逃げようともゼロ戦を捕らえる。ガンダールヴのルーンが突き付ける非情な現実が、ジョセフの頭に否応なしに浮かぶのだった。 「落ち着けよ相棒。ありゃあ、虚無の魔法だ」 「なんだと!? 虚無!? それがなんで今頃……」 「そりゃあ、虚無の担い手が使ったんだろ。ふつーのメイジにゃ使えねぇ」 「お前、そんな暢気な……!」 「俺の敬愛する相棒に含蓄ある素晴らしい言葉を送るぜ。ダメな時ゃ何やってもダメ」 「ただ諦めてるだけじゃないかそいつァー!!」 狭いコクピットの中で何を言い合おうと、結果が変わる事はない。 迫り来る光の球がゼロ戦の腹に当たる瞬間、覚悟を決めて目を固くつぶる。 (ああ……ここでオシマイかッ……すまん、スージー、ホリィ、承太郎、ルイズ……ッ!) しかし、終わりの時は訪れない。 不意に感じた奇妙な感覚に恐る恐る目を開けた。 結論から言えば、光の球はゼロ戦を飲み込まなかった。 光の球は、ゼロ戦を飲み込むのではなく―― 「こ、こいつはッ! ゼロ戦を『押し上げている』ッ!?」 風防ガラスの外に見えたのは、『垂直に落ちて行く雲』。否、そう見えるのは自分達が垂直に上昇しているから。 どこへ向かうのか。 思わず上を見上げたジョセフの目には、今にも途切れそうになっている日蝕の輪が見える。 その瞬間、ジョセフは全てを理解した。 操縦桿から手を離し、側壁に凭れ掛かる。 「そうか……ルイズ……。お前、魔法使えるようになったんじゃなぁ……」 満足げに微笑むと、目を閉じて生意気な孫娘の顔を思い返した。 「なあ、デルフリンガーよ」 「なんだい相棒」 「いきなり召喚されて大変な目にもあったが……だが、楽しかった。とても楽しかったよ」 かちり、と一度金具を鳴らし、剣はしみじみと呟いた。 「ああ。楽しかったな……本当に心からそう思うぜ」 日蝕の輪は、どんどん近付いてくる。 「相棒の世界ってのは、俺っちが活躍できるような世界かい?」 「んーむ……DIOも倒したところじゃからなあ。お前の出番はないんじゃないか?」 イヒヒと笑うジョセフに、デルフリンガーは嫌そうな声を上げた。 「また武器屋の店先で安売りされるのだきゃカンベンしてくれよ、相棒」 そしてまた、二人で笑い合う。 光の球は輝きを増していく。 まるで月に隠れた太陽の代わりになろうとするかのような、黄金の輝きを。 その時、ジョセフは確かに見た。 日蝕の輪を潜った瞬間を。 * 不意に現れた光の球を、タルブにいた者達は見上げていた。 不意に現れた光の球は、特に目立った何かを起こすわけでもなく、現れた時と同じように不意に消えた。 その光の球が如何なるものだったのか理解できる人間は、一人だけの当事者を除いては誰一人存在しなかった。 そのたった一人の当事者も、今までの人生で蓄積してきた精神力を全て使い果たし、馬の背の上で気を失っていたのだから―― 【ジョセフ・ジョースター (スタンド名・ハーミットパープル) 地球へと帰還】 To Be Continued → 戻る
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ヴェストリの広場は、魔法学院の敷地内にある、いわゆる中庭である。 建物の日陰になる静かな場所であり、決闘にはうってつけの場所だが、今日ばかりは噂を聞きつけた生徒たちが沢山集まっていた。 「決闘だ!」 誰かが叫ぶ。すると、待ってましたと言わんばかりの歓声が起こる。 「ギーシュが決闘するぞ! ルイズ、ゼロのルイズが相手だとさ!」 ギーシュは周囲の歓声に答えるかのように腕を振る。そして、ルイズの方を向いた。 人垣の中から現れたルイズは、ギーシュから離れた位置で制止し、無言のままギーシュを見ている。 「ふん、逃げずに来たことは、誉めてやろうじゃないか。しかし僕も女性に乱暴な真似をしたくはないんだがね」 ルイズは黙ったままだ。 「…本当にやる気かい?やれやれ…謝るのは今のうちだよ」 ギーシュが言ったのに合わせて、ルイズは杖の先端をギーシュに向けた。 『戦いの準備は整っている』 そんなルイズの雰囲気がしゃくに障った。 ギーシュは、薔薇の花を振り、一枚の花びらを宙に舞わせる。 瞬く間に甲冑を着た女戦士、いや、女戦士の形をしたゴーレムが現れた。 「今更謝るまいね。この青銅のギーシュ、青銅のゴーレム『ワルキューレ』でお相手しよう!」 言うが早いか女戦士の形をしたゴーレムが、ルイズに殴りかかろうと突進し始めたその瞬間、ルイズは小声で呪文を唱え終わっていた。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司《つかさど》るペンタゴン。我の運命《さだめ》に従いし、〝使い魔〟を召喚せよ」 ズドン! 爆発音と共に宙に浮かぶワルキューレ。爆風に押されて転がるギーシュ。そして、手から離れ落ちた薔薇… 薔薇はギーシュの杖だった。 貴族同士の決闘は命がけのもの。しかし、そんなのは既に過去の話。 もっともエレガントな勝ち方は相手を傷つけず、杖を手から落とさせる勝ち方。 爆発によって巻き起こった煙が晴れ、後にはバラバラになったワルキューレと、何が起こったか分からないとでも言いそうな表情で目をぱちくりさせているギーシュだけが残っていた。 「…あ、な、なんだ、また失敗魔法じゃないか!」 そう言って杖に手を伸ばそうとするギーシュに、今度はファイヤーボールの呪文を唱える。 ポン! 今度は小さな爆発が起こり、ギーシュの杖を更に遠くに吹き飛ばした。 ギーシュはルイズに対する認識を改めていた。 観客の中にいるキュルケも、タバサも、今更になってルイズの変化に気付いていた。 「ギーシュ、あなたは杖を落としたわ。それでもまだやるの?」 杖をギーシュに向けたまま構えを解かないルイズ。彼女から発せられる言葉からは、何か得体の知れない”スゴ味”が伝わってくる。 ギーシュはルイズの雰囲気に飲まれ、その場から動くことが出来なかった。 決闘が始まる前は騒がしいほどだった歓声も、今はなく、風の音だけが耳に入る。 ルイズはおもむろに杖をしまうとギーシュに歩み寄り、観衆には聞こえない程度の声で、言った。 「…この”ゼロのルイズ”は…いわゆる落ちこぼれのレッテルをはられているわ。 何度魔法を試しても爆発するばかり。家庭教師だって何人も替わった。 イバルだけの家庭教師に、わざと魔法を爆発させたこともあったわ。 だけど、こんな私にも、貴族としての誇りはあるわ! 自分のために弱者を利用しふみつける人は、けっして貴族じゃない! ましてや平民の女の子を!貴方がやったのはそれよ! 魔法は被害者自身にも法律にも見えねえしわからねえ・・・だから!」 そこまで言ってルイズは言葉を止めた。 魔法は見えないはずはない。見えない魔法もあれば、見える魔法もある。 自分の言葉がおかしい。 何か別の人の言葉が口から出ているみたいだ。 これ以上言うとボロが出るかもしれない。そう考えてルイズは 「二股かけていた二人と、あのメイドに謝りなさいよ」 とだけ言って、ヴェストリの広場を立ち去った。 その姿はいつになく堂々としていた。 ギーシュも、モンモランシーも、キュルケも、タバサも、ルイズの後ろ姿を見ながら同じ事を考えていた。 ルイズの”スゴ味”の正体は、絶対の自信。 彼女はゼロのルイズ。魔法成功確率ゼロのルイズ。 逆に考えれば ”爆破成功率100%のルイズ”だ。 ---- //第六部,スタープラチナ #center{[[前へ 奇妙なルイズ-3]] [[目次 奇妙なルイズ]] [[次へ 奇妙なルイズ-5]]}