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ルイズと幽香は他者と一歩送れて朝食の席を立つ。 これから、幽香を入れての、初めての授業である。 「・・・むきゅー。この本、興味深いわ。ここの世界の魔法も会得して、 絶対に魔理沙をぎゃふんと言わせてやるわ」 第4話 こんどこそ すごい 本領発揮 他の生徒から数分遅れてルイズと幽香が教室に入る。 すると、赤い髪をしたスタイル抜群の女性がルイズの姿を認めると、近づいてくる。 「あらルイズ、おはよう」 「・・・おはよう、キュルケ」 ルイズは心底嫌な顔を、キュルケは悪戯を楽しむような顔をしている。 「この人が貴方の召喚した使い魔?」 「そうよ、幽香こそ「使い魔じゃないわ。あくまでルイズとは対等のつもりよ」ってちょっと」 キュルケの質問に、ルイズが自慢げに答えようとしたところ、幽香の口から驚きの言葉が漏れた。 「ち、ちょっと、前に一応ではあっても敬おうって言ってたじゃない」 「いや、なんかやっぱり慣れない事はするもんじゃないわねって事で」 「余りにも酷いわ・・・」 ルイズの絶望感に満ちた声が漏れる。もちろん、それはキュルケにも聞こえていたわけで。 「あははは、ルイズ、なんだかとんでもないのを召喚したみたいね?」 「ふ、ふん!これでも実力は本物・・・なんだからねっ!多分!」 「多分って何よ、私は本気さえ出せれば分けはあっても負けたことは無いわ」 「ふふ、でもあたしはちゃんとした使い魔を召喚したのよ?おいで、フレイム」 すると、教室で他の使い魔と話して(?)いたオレンジ色のトカゲの様な大きな生き物が歩いてきた。 「あら、火の象徴の生き物?」 微妙に不快そうな顔をする幽香。 「そうよ。この尻尾、素晴らしいと思わない?」 確かに、とルイズは思う。この尻尾から見るに、サラマンダーの中でもそれなりに 高位にあるのだろう。と、容易に想像が付く。 「ふーん・・・知能の割に力はあるのね。花、燃やさないでね」 「ふふ、あたしが指示したりしなきゃ、そうそう火なんて吹かないわよ」 「ふーん、ならいいわ」 完全にルイズは蚊帳の外である。 「ちよっと幽香、せめて他人の前では使い魔らしく振舞って頂戴よ」 「嫌よ、逆にルイズしか居ないんなら・・・考えなくも無いけど、他人の前で使い魔 ・・・と言うより、ルイズより下だなんて思われたくないわ」 「ふふ、ルイズ、貴方、使い魔に忠誠も見せて貰えないようだからモテないのよ・・・」 「私はアンタみたいに他人に媚を振り分けるほど暇じゃないのよ」 ルイズが反論をするが、キュルケは幽香に興味があるようだ。 「ねぇ、貴方はなんて名前なの?」 「あら、こちらの貴族は相手に先に名乗らせるの?」 「そうね、こちらから名乗りましょうか。あたしはキュルケ。微熱のキュルケ。」 キュルケはそこで一旦区切ると、ルイズにあてつけるように胸を張り、幽香に向かって艶かしい視線を送る。 「ささやかに燃える情熱は微熱。でも、世の男性はそれでいちころなのですわ。あなたと違ってね?」 キュルケは視線を幽香の胸に移動させ、その後視線をルイズの胸に固定し、嘲るような笑みを浮かべる。 「じゃ、失礼?」 そのまま、キュルケはさっそうと歩いていく。歩く姿でさえ何か色気のような物があった。 「キィィィッ!くやしいっ!何よ何よ!絶対幽香のほうが使い魔としての格は高いんだからっ!」 「・・・・・・」 「どうしたのよ、幽香?」 「胸で・・・負けたわ。そうそう負けることは無かったのに・・・」 「・・・そう」 幽香は割りと本気で悔しがっているようだ。 そこに何故かキュルケが戻ってくる。 「ルイズ、貴方、タバサの部屋に入った何か、見なかった?」 「・・・? いえ、見てないけど?」 「うーん。やっぱりルイズも見てないか・・・」 「どうしたのよ?」 「ううん、ただ、タバサが後で戻ってはいるとはいえ、本が減ったりしてるって嘆いてたのよ」 「ふぅん・・・普通、生徒ならタバサの部屋じゃなくて図書室に行くと思うけど・・・」 「だから妙なのよ。まぁいいわ。見つけたらあたしに言ってね。それじゃ」 こんどこそキュルケは男性の群れに戻っていく。 「変なの・・・」 「へぇ、この学園、図書室なんてあったんだ」 「えぇ、まぁ、一般生徒じゃ入れないところもあるけどね」 「ふぅん・・・まぁいいわ、前に居るの、先生でしょ?」 「げ、危なかったわ。ありがと幽香」 「どういたしまして」 前に来た先生、シュヴルーズ先生が口を開く。 「おはよう皆様、私はこの季節に召喚された使い魔を見るのが好きなのですよ・・・ 本当に皆さん、色々な・・・色々な・・・」 シュヴルーズはルイズの隣に居る幽香を見て凍りつく。 「・・・えー、本当に色々な使い魔が居るのですね・・・」 「ちょっと、ミセス・シュヴルーズ!人の使い魔みて硬直するのは止めてください!」 「そうよ、使い魔を一通り見てみたけど、私以上の生き物・・・いや、かろうじて対抗できそうなのは、 そこの青もやしの竜しか居ないわよ?」 幽香は青もやし・・・いや、タバサを指差して言う。 タバサは反応しない。それに対してキュルケが反応する。 「ちょっとそこの使い魔、タバサをもやし呼ばわりとは、 礼儀がなってないんじゃない?」 「あら、すいませんね。昔、そこのタバサ、だっけ? に似た人が紫もやしと呼ばれて居たので、つい呼んでしまいましたわ。 非礼をお詫びします」 「くっ・・・わ、わかればいいのよ!」 周りからは明らかに喧嘩を売りに行ったキュルケを上手く受け流すほどの知慧を 見せた幽香に控えめながらも感嘆の声が漏れる。 ルイズは幽香の耳元でささやく。 (よくやったわ幽香!) 「ゃん!」 「え?」 しかし幽香はそれに気づかなかったようで、ルイズの息が幽香の耳に入り、 思わず嬌声を上げてしまう。 その声はやけに色っぽく、何人かの男子生徒が反応してしまう。 その耳を押さえて甘い声を上げながら顔を赤らめるという動作を 幽香のスタイルとルックスを見ていたギーシュは直視してしまった。 「・・・可憐だ。薔薇たる私が、あの花を手に取らない?そんなことはあり得ない。そんなことは―――!」 ギーシュは、ルイズの最初の召喚、そう、コルベール場外ホームラン事件を見ているのだ。 もちろん幽香の名乗り上げも聞いている。 「そうだ、花だ!全ての美しい花は私の物、ならば私が薔薇である必要は何処にもなくて―――!」 気障なギーシュがなにやら叫んでいるが関係ないことである。 しかし、ミセス・シュヴルーズ先生は耐えられなかったらしい。 「ふがっ!」 「しばらく黙っていなさい。では授業を始めましょう」 「ふがふぐふもっふー!」 ギーシュの喚く声が五月蝿いので生徒達によって窓から落とされる。 これは痛い。 「では、今日は使い魔を召喚して皆さん疲れているでしょうし、土魔法の基本、錬金 のおさらいをしましょう。それでは・・・」 シュヴルーズ先生が錬金の理論を説明している。 しかし、ルイズにとっては実技が出来ない分、座学はかなり優秀な方である。 そんなルイズにとっては、非常に退屈な授業である。 しかし、幽香はしきりに頷きながら、その授業の内容を咀嚼している様であった。 「幽香、意味わかるの?」 「うーん、分からないわけじゃないんだけど、どうにもピンと来ないわ。 せめて、一回でも実技が見れれば・・・」 「・・・貴方、実は頭良い?」 「・・・伊達に数百年生きてないわ」 「うそっ!貴方、そんなに生きてたの!?」 「言ってなかったかしら?妖怪は軽く千年は生きたりするわよ。 ま、種族にもよるけどね」 「・・・何か、常識が崩れて来たわ」 この時、ルイズは不覚にも大きな声を上げていてしまった。 「ミス・ヴァリエール!」 「はっ!はい!」 「随分と余裕のようですね。では、私がやるつもりだった 錬金の魔法を実演していただきましょう。大丈夫です。 貴方はとても優秀な生徒と聞いています。さぁ」 途端に周りがザワザワと騒ぎ始める。 「あの・・・先生、やめさせた方がいいと思います」 「もう爆発は見たくありません!」 「触ると爆発する技ってあったわね」 周りの生徒達が口々に止めろ止めろと騒ぎ立てる。 その様子を見て、なおルイズはその指名を受けた。 「やります!」 ルイズのこの宣言で、生徒達が隠れようとした。 「―――静かにしてくださらない?」 しかし、ルイズの隣に居た女性、いや、使い魔の幽香が、 この喧騒の中でもやけに響く、重く、低く、人間の本能に直接語りかけるような 声を、いや、もはやこれは号令だ、を掛ける。 「ミセス・シュヴルーズ?」 「は、はい?」 幽香が、非常に優しい声でシュヴルーズに声を掛ける。 周りの喧騒は、幽香の先ほどの一声で静まり返っていた。 「普通は生徒の前に、先生が手本を見せる物じゃなくて? ―――ミセス・シュヴルーズ?」 幽香の、「異論は許さない」と言う、確固とした感情の籠められた言葉は、 それは言霊となってシュヴルーズの考えを侵食する。 「え、えぇ、そうですね。わかりました。では私が手本を見せます」 そう言ってシュヴルーズは、土を出すと、それに魔法を掛ける。 するとその土は、金の輝きを放つ金属に変化する。 「あら、凄いですね先生。それは金ですか?」 幽香は心底感心した風でシュヴルーズを見て、声を掛ける。 それに対してシュヴルーズは自嘲したような 笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。 「いえ、これは真鍮です。私は二つしか属性を掛け合わせられませんから。」 シュヴルーズの自分を見下すような言葉に、幽香はポツリとつぶやく。 「ふぅん―――なんだ、これなら、まだ魔界の人形の魔法の方が高度だわ」 「え?」 幽香のぽつりと言った一言は、近くに居たルイズにしか聞こえていなかった。 「ミセス・シュヴルーズ?」 「は、はい、何でしょうか・・・?」 「よろしければ、私に一度やらせて戴けません事?」 「え?」 シュヴルーズは、不思議そうな表情をしながら、疑いの念の篭った声を上げる。 その幽香の申し立てに、ルイズが反応する。 「や、やめてよ幽香!私が恥かいちゃうじゃない!」 「見てなさいルイズ―――これが、私の実力って言う物よ」 幽香は、あたかも自分がこの空間の支配者のごとく、 いや、事実そんな状況だ。誰もが、学園長室に居る三人ですら、 遠見の鏡を使ってこの状況を覗き見ている。 「行くわよ―――」 幽香の宣言に、全員が息を呑む。 そして―――幽香の魔法、土を真鍮に変える魔法が使われた。 それは、貴族の使う杖と言う、それなりの長い時間を掛けて作られる杖と言う 魔法媒体無しで振るわれた。 「―――出来たわ」 そして、その土は見事金の輝きを放つ別の金属、真鍮に成り代わっていた。 「――――――!!」 その歓声は、どこまでも無音であった。 ただ、ルイズを初めとする、学園全員を、震わせ、叫ばせる物であった。 そして、幽香は言う。 「ルイズ?」 幽香の突然の呼びかけに、ルイズは驚く。 「な、何よ?」 「ルイズ、こっちにいらっしゃい。もしかしたら、 貴方に魔法を使わせられるかも。」 「なっ!」 「「「なっ!?」」」 教室のほぼ全員が驚きの言葉を上げる。 もちろん、校長室の三人も、である。 「どうするの?ルイズ?私のやり方―――やってみない?」 「当然、やるわ!」 ルイズは、もしかしたら今までの自分の評価をひっくり返せるかもしれない その考えだけで、走ってやってきた。 それはそうだろう。幽香は、完全に魔法の素人の筈なのだ。 その幽香が一発で魔法を成功させた。つまり、それは自分にも 魔法が使えるのではないか―――? そう、考えさせるのに十分であった。 「偉いわねルイズ・・・よく来てくれたわ」 ただ、ルイズには、一つ心配なことがあった。 何故か、幽香に良く解らない迫力と言うか、 周りの人に、一切の反論を許さない、ナニかが渦巻いていたのだ。 「待ってね・・・」 幽香は、またシュヴルーズの用意した土に何処からか 出した種を蒔き、宣言する。 「フラワーマスターの名において宣言するわ。 ―――咲きなさい」 すると、ルイズ、この中で最も博識なタバサですら見たことの無い花を咲かせる。 その花を、ルイズの花に近づけると、ルイズは意識を失った。 「ふふ、いいわ。さぁ―――!」 その光景を見ていたオールド・オスマンと、コルベールは、ほぼ同時に叫んだ。 「いかんっ!」 すぐさまその幽香の行動を止めに行くが、幽香の鏡越しの視線と、 満面の笑みを見ると、一瞬でそんな考えが吹き飛ぶ。 元々、動くことすら出来なくなっていたロングビルは、「ひっ」 と言う声を上げて、失神した。 使い魔は、そのメイジと実力差があると、メイジから主従の関係を取り除こうとする。 幽香は、正にそれをしようとしていたのだ。 幽香は、嬉しそうに叫ぶ。 「さぁ、これで私の使い魔生活も終わり―――よっ!」 光が走った。
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前ページ次ページルイズの魔龍伝 3.使い魔ゼロの学園生活 目を覚ましたゼロが目にしたのは朝焼けが窓に差し込んでいる見知らぬ部屋だった。 ベッドで静かに寝息を立てている少女を目にし自分の今の状況を改めて認識する。 「(そうだったな、俺はこの娘に召喚されてここへ…)」 「んにゅ…クック…ベリーパイ…おいしいわぁ…もっと持ってきなさいよ…ガンダム…」 「…全く良い気なもんだな、このお嬢様は」 それに合わせるかのように寝る前に交わした会話が蘇って来た。 “下着の洗濯”、あまり乗り気しない頼みではあったがやらなかったらそれはそれで騒がれるに違いない。 どうせ子供の着るものだし早い内に済ませて朝の鍛錬でもしようと思い立ったゼロは 剣を片手に、もう片手に下着を掴んでルイズの部屋をそっと後にした。 「…洗濯する場所なんて聞いてないぞ」 が、学園内でルイズに教えてもらった場所を転々としながらゼロは早々に迷っていた。 トリスティン魔法学院で働くメイドの朝は早い。 日も昇らぬ内に起床し、掃除洗濯から貴族達の朝食の準備の支度までまるで戦争のように 総勢でバタバタとこなす。そんな朝の争いの少し前、水を汲みに空の桶を持って走る少女が一人。 ここに仕えるメイドの一人、シエスタである。 「お水を汲んで…洗い物をまとめて…」 「すまないがちょっといいか?」 「あ、はい…ぃいっ!?」 今日の仕事の口にしながら水汲み場まで駆けていたシエスタが振り向くと 標準サイズに比べてはやけに小さいゴーレム(の、ような何か)が立っていた。 人の形を模しているのは何となく分かるが2~2.5頭身と相当に縮められていて まるで子供が遊ぶ組み立て式の人形のような、そんなイメージがした。 「衣服の洗い場を探しているのだが……」 「洗い物ですね、もしよければ私にお任せくださいませんか? この後洗濯物をまとめて洗うので、使い魔さんのご主人のお名前さえ言ってくだされば後で 私がお部屋までお届けしますわ。」 知らない洗い場まで行って女性の下着を洗うという未知の領域の仕事を任されたゼロにとって これは渡りに船であった。 「すまないが…その…これを」 「はい!承りましたわ!」 ゼロが恥ずかしそうにしながらシエスタへ手にした下着を渡し、笑顔で受け取るシエスタ。 が、このメイドの話し振りから一つの疑問が浮き上がる。 「(洗濯・掃除・その他雑用というのは普通使い魔が行うものでは…ないよな、うん)」 昨晩一緒に食事をした使い魔達が思い出されるが、どう考えても火を吹くドラゴンだの 浮いてる目玉だの一般庶務に使うには手に余るどころか部屋が壊れそうな面子ばかりだ。 「ルイズ…俺は召使いか何かなのか…」 「あの…ひょっとしてミス・ヴァリエールの使い魔さんですか?」 「あぁ、そうだが?」 「昨日の事なのに“ヴァリエールの小さなゴーレム”ともう噂になって私達も聞き及んでますわ」 「…へ?」 「皆は笑ってますけど、とても奥ゆかしいのですね。私ちょっと驚きました」 「え、ちょっ」 「それでは私は仕事に戻りますので失礼しますねゴーレムさん」 笑顔のシエスタはそう言うと足早にまた走り去っていった。 「俺…ゴーレムじゃないのに…トホホ…」 朝から何かに負けたような気分に打ちひしがれたゼロであった。 「…フゥッ、ハッ!」 噴水の近くで黙々と剣を振るい朝の鍛錬に打ち込むゼロ。 手にしている剣はかつて彼が手にしていた剣ではない、旅の途中で手に入れた普通の剣である。 彼の相棒は全てを終わらせた後戦友に預けた。 傷つき、全ての力を失った相棒をこれ以上手にする事も、使う事もない。 何より亡き父が残した唯一の形見であったからだ。 ゼロがルイズの部屋に戻るとルイズがふくれっ面でベッドに腰掛けていた。 「あぁ、おはようルイズ。ちょっと剣の鍛錬に」 「使い魔なら起こしなさいよぶぁかーーーーーーーーーー!!」 朝の挨拶は怒号から始まった。 「まったくいつもの調子で起きちゃったじゃないのよ!そこのクローゼットの一番下から下着!」 「え?」 「私に一式着せるのも使い魔の仕事!早くしなさいよ!」 とりあえず下着を出してルイズに渡し、ネグリジェを脱ごうとしているルイズに気づいて 慌て後ろを向きつつ制服を取る。 「服!」 そのままルイズの方へ腕だけ伸ばし制服を渡そうとするが 「着せて」 の一言で遮られた。 朝起こさなかった事とルイズの機嫌の悪さがあり仕方なくルイズに制服を着せてゆくゼロ。 「普通、使い魔に服を着させるもんじゃないんじゃないのか?」 「いいもんアンタ喋れて手足が使える使い魔だし」 「……次からは自分でやれ」 着替えが終わった後は手早く自分の鎧を着けて、共に部屋を後にした。 「あらぁ~、おはようゼロのル・イ・ズ」 「…おはようキュルケ」 部屋を出た二人の目の前に一人の女性が立っていた、長身に燃えるような赤い色の長髪、褐色の肌。 ルイズと同じ制服を着ているが上のボタンはしめられずそこから豊満な胸の谷間が見える。 「で、それが話題の“ヴァリエールの小さなゴーレム”ってわけね~ふぅ~ん」 キュルケがゼロをじろじろと見る。 「何ていう名前なの?」 「俺はゼr」 「こいつはガンダムっていうのよ!うん!ガンダム!」 ぜロが名前を言いかけた所でルイズが割り込んで名前をガンダムだという事にしてくる。 異様なまでに「ゼロ」と呼ばれたくないその態度がゼロとしては少々気にかかっていた。 「ガンダムねぇ…変わった名前だしおもちゃみたい」 「なっ!」 「なんですってぇこのおっぱいオバケ!」 驚くゼロと憤慨するルイズをよそに自信満々な態度で 「私の使い魔見てみるぅ?フレイム~」 と呼ぶとのそっ、とキュルケの後ろから赤い大トカゲが出てきた。 それは昨夜ゼロに肉をあげようとしたあのトカゲ。 きゅるきゅると鳴きながら近寄ってきたフレイムの頭をゼロが撫でる。 「お前か、よしよし」 「…何でガンダムがキュルケの使い魔の事を知ってんのよ」 「昨日飯を食べていたらこいつが肉をくれようとした」 「あらぁ~ご主人様と違って使い魔同士仲良くやってるようじゃな~い?」 キュルケがさも勝ち誇ったような顔でルイズに満面の笑みを見せる。 「…食堂に行くわよ!」 「あ、あぁ」 声を荒げながら足早に去るルイズを追ってゼロも後を追いかけて行った。 「うちのフレイムがそこまで懐くなんてあのゴーレム、何なのかしら…」 しかも今飯って…ゴーレムってご飯食べないわよね?」 「きゅる…きゅるきゅる」 「全くヴァリエール家の使い魔がツェルプストー家の使い魔から 情けをかけられるなんて恥よ!罰として朝食は抜き!」 「理不尽すぎるぞ!」 「いい事?我がヴァリエール家と憎きツェルプストー家の因縁はそれは長きに渡るものよ!」 と、食堂まで歩きながらその因縁とやらを話すルイズ。 耳が痛くなる思いをしながら食堂まで歩いたが、入り口前でルイズがご機嫌斜めに 「さっきも言ったけど朝食抜きだからアンタはここまで」 と言い放った。 「…やはり召喚された時に学院から出た方が良かったな」 空腹が身に染みるのを我慢しつつ、食堂入り口に突っ立っているゼロであった。 授業の時間になり、ゼロは教室の後ろの壁にもたれかかって様子を見ていた。 何人かの生徒がこちらを見ているのが少しうっとおしかったが生徒の方を一睨みすると そそくさと席に向き直る。 「(…俺を何だと思ってるんだ)」 ゼロの横にはフレイムが寝ていた他に、教室に入れるぐらいの中型の使い魔が暇そうにしていた。 窓の外を見ると教室に入りきらない大きな竜(ルイズに聞く所によると風竜というらしい)が 佇んでおり、教室の様子を横目で伺っている。 「…確かにこの使い魔の中では俺は目立つ、か」 生徒がこちらを伺うのは“ゼロのルイズが召喚した変な使い魔”というのが もっぱらの理由であったのにはゼロは気づいていなかった。 「皆さん、おはようございます」 教室に入ってきた中年のふくよかな女性、シュヴルーズの声が響く。 「春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に 様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 後ろに陣取った使い魔を次々と眺めるシュヴルーズの目がゼロに留まった。 「おや、珍しい使い魔ですねミス・ヴァリエール」 ルイズ以外の生徒から一斉に笑い声が上がる。 「出来損ないのゴーレムじゃ仕方がねーよなー!」 「うるさいわね風邪っぴき!」 「俺は風邪っぴきじゃなくて“風上”だ!ろくに召喚できないゼロの癖に!」 「ミス・シュヴルーズ!このうるさい風邪っぴきに注意して下さい!」 「喧嘩両成敗です」 シュヴルーズが杖を振るうと、ルイズ、そしてルイズと口論していた微笑みデブな男の子、マリコルヌの 口に赤土が一瞬でふさがった。 「罰としてこの状態で授業を受けてもらいます」 赤土を剥がす二人をよそにシュヴルーズの授業が始まった。 授業内容は年度最初の授業、という事でごく初歩的なこの世界における 属性の概要から始まっていた。 「『土』系統の魔法は……この魔法がなければ重要な金属も……皆さんの生活に密接に関係……」 「(生産・加工・建設・農業…魔法が産業の根幹まで関わってるとはな… なるほど、魔法が使える貴族がここまで権力を持つのも無理は無い)」 「(そういえばルイズが魔法を使っているのを見た事が無いな…)」 シュヴルーズの講義を聴きながらゼロはルイズの事を思い返していた。 魔法が使えるのが貴族、あのプライドの高い性格からして誇示の為に多少は使ってもよさそうなのだが 彼女は最初の召喚以外魔法を使っていないのだ。 「(…ま、これぐらいなら聞いても怒られないかな)」 ゼロは近くにいたルイズにこっそりと近寄って疑問をぶつけてみる事にした。 「ルイズ」 「何よ授業中に」 「俺を召喚してから魔法を使ってないよな、何か魔法を使わない理由でもあるのか?」 「アンタには関係ないわよ!」 「ミス・ヴァリエール!使い魔との交流は結構ですがそういった事は後でお願いします」 「すっ、すみませんミス・シュヴルーズ!」 ゼロの質問に思わず語気を荒げたルイズにシュヴルーズの注意が入った。 「では、次に土系統の基礎的な魔法、“錬金”に話を移しましょう」 授業の内容が“錬金”に移る。石を金属に変えるといった魔法でシュヴルーズが実演として 石を真鍮に変えてみせた。 「では…さっきおしゃべりをしていたミス・ヴァリエール、貴女に実際に錬金をしてもらいます」 その言葉を発した途端、教室の空気が一瞬止まった。 「ミス・シュヴルーズ!ルイズに錬金を行わせるのは止めておいた方が良いかと思われます!」 一番最初に口を開いたのはキュルケだった。いつもの軽口ではない、真剣味を帯びた一言。 「そうですミス・シュヴルーズ!ルイズに魔法を扱わせてはなりません!」 「彼女では荷が重過ぎます!」 「ルイズが錬金だなんて絶対無理ですムリムリムリムリかたつむりです!」 等と、次から次へとルイズの錬金に対する警告が周りの生徒から飛び出す。 「ミス・ヴァリエールは大変努力をなされてると聞きました、誰にだって得手不得手がありますから 多少の不出来など気にしなくて結構です。さぁ、やってごらんなさい」 席を立ったルイズが教壇の前に立ち、目の前に置かれた石ころに対して杖を構える。 ここは見守っておきたいゼロだったがその過程までに全ての生徒が椅子の下に隠れたり 席を立って後ろの方の机に退避している様子がかなり気になっていた。 「(…何でここまで大げさな反応なんだ?)」 先ほどの生徒の反応ぶりから今までの馬鹿にしたそぶりは感じられない、確実に“何か”あると 読んだゼロは教室の一番後ろ、入り口近くまで移動してルイズを見据える。 「(杞憂であれば…)」 「ではミス・ヴァリエール、この石を錬金で金属に変えてごらんなさい」 ルイズが呪文を唱えて構えた杖を振り下ろしたその瞬間、まばゆい閃光と轟音と共に石が爆ぜた。 爆発は教室全体に及び入り口からは黒煙がもうもうと立ち上がっていた。 「敵か!?」 ゼロは咄嗟にその場に屈んだのと、ルイズから離れていたためさほど被害は無かった。 爆発の衝撃で暴れる他の使い魔達をよそに、ゼロが立ち上がりながら背中の剣に手をかける。 が、目の前の光景は爆発によって所々崩れた教室と、隠れてジッと動かない生徒達 そして黒板の前に倒れて伸びているシュヴルーズと 教壇の前で傲岸不遜といった感じで腕を組むルイズの姿だけだけであった。 「ちょ~っと、失敗したみたいね」 いつもの調子で言い放つルイズ。 「ふざけるな!どこがちょっとだゼロのルイズ!」 「貴女が魔法を使うといつもこうではありませんの!?」 「今まで成功した試しが無いじゃないか確率ゼロのルイズ!」 「俺の使い魔がアッー!」 隠れていた他の生徒達が猛然とルイズに抗議していた。 「(…“ゼロ”、か)」 ゼロはルイズがゼロと呼ばれている理由と、自分をゼロと呼ばない理由をようやっと理解していた。 「…」 「…」 ボロボロになった教室でゼロとルイズが黙々と片づけをしていた。 シュヴルーズが再起不能になったため授業は中止、魔法を使ったルイズがその責を負い 罰として魔法を使わないでゼロと片づけをしていたのである。もっとも、魔法を使えばこうなので 必然的に自力でどうにかするしかないのは自明の理なのだが。 ゼロは破片や使い物にならない椅子や机を外へ運び出しては新品のものと取替え ルイズは無事だった道具を雑巾で拭いていた。 「主人の問題は使い魔の問題」とゼロも巻き込まれた訳ではあるが ゼロはあまり抗議する気にはなれなかった。無言ではあるが彼女の顔からは悔しさが見て取れたからである。 「ルイズ、この机は何処に置けば…」 「なんで…」 「え?」 「なんで何も言わないのよ…」 ルイズが机を拭きながら唐突に聞いてきた。今まで無言だっただけに少しドキリとするゼロ。 「その…だな…」 「分かったでしょ?私がゼロって呼ぶのも呼ばれるのも嫌な理由」 ボロボロの衣服も相まってかルイズの放つ言葉が痛々しく聞こえる。 「…俺は気にしてはいない、俺をガンダムと呼びたいならそう呼べばいい」 「嘘よ…どうせ心の中では見下してるんでしょ?魔法も使えない、貴族の出来損ないだって」 「ならもっと研鑽を重ねればいい、笑う奴は放っておけ」 「そうやって来たけど…でも…魔法だけは駄目だった…一杯勉強しても、知識を目一杯覚えても… 魔法は応えてくれなかったわ!いつも爆発して、失敗して、ゼロって…」 机を拭く手は止まっておりルイズは体を震わせていた。話している内につい感情的になり 胸の内を、今までの自分を目の前の使い魔に吐露していた。 「ルイズ」 「放っておいてよ!使い魔をやめたいならさっさとここから出てけばいいじゃない! どうせゼロよ!私には何もないのよ!」 こういった癇癪には慣れておらず、どうにもルイズを扱い損ねているゼロであった。 「俺の剣の流派は雷龍剣(サンダーソード)っていう流派なんだ」 「いきなり何よ」 「雷龍剣ってのは一子相伝、つまり継承する人が一人だけだ。」 「…効率悪いのね」 「まぁ、な。そして継承者には技と共に専用の剣も受け継がれる。 それでその継承者を決める戦いってのがあって俺はもう一人の継承者候補と戦ったんだ。 だが俺はそいつに負けてた。なのに最終的に継承者になったのは負けてた俺だったんだよ」 「何でよ」 「相手が言うには“あの剣がお前を選んだ”からなんだそうな、それで相手が辞退した。」 「剣が人を選ぶって…インテリジェンスソードじゃあるまいし」 「さてね」 「で、今の話が何なのよ」 「えーっとだな、うん、今は魔法が使えないからといって決して劣っている訳じゃあない。 実は凄い力秘めているのかもしれないからな、うん」 「で?」 「でだな…その…剣が人を選ぶように使い魔だって人を選ぶと思うんだ。 別に嫌味じゃない、俺がお前に呼ばれたのも何か因果があっての事だろうと俺は考える。 だからだな…あー…せっかく召喚したんだ、俺を信じろ。話ぐらいなら聞いてやるから…」 「もしかして私の事を…慰めるつもりで?」 「あ、あぁ…」 「…ったく、全然慰めになってないじゃないのよ」 たどたどしく話すゼロの姿を見て完全に飽きれきったルイズ。 その姿を見てゼロはとりあえず一安心していた。 「今のはちょっとからかっただけよ、アンタの姿が馬鹿らしくてもう演技する気にもなれないわ」 「ま、そのくらい元気なら涙ぐらいは拭いておくんだな」 「おっ、女はねぇ!嘘泣きが得意なの!だからこれも嘘泣き!」 そう言ってブラウスの袖で顔をぐしぐしと拭いた後、ルイズはいつもの調子に戻っていた。 「あとはやっておくから、ルイズは部屋に戻って着替えたらどうだ? 流石にその格好は俺の目から見てもよろしくない」 「言われなくても着替えるわよ!もう!」 色んなところがボロボロになった服に気づいたルイズは机を拭いた後さっさと教室を出て行った。 「ただのじゃじゃ馬娘かと思えば……やれやれ、複雑だな」 そう呟きながら一人机を運ぶゼロ。とても似つかないものではあったが かつて雷龍剣と共にがむしゃらに父の仇を追っていた自分の姿をルイズに重ねていた。 前ページ次ページルイズの魔龍伝
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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ (3)錬金術の教示 「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ、今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことに感謝します」 食堂での朝食が始まった。 ここは若い少年少女達がその旺盛な食欲を満たし、あるいは共同生活を送る仲間との連帯感を高める場である。 そんな若者達の中、初老の男が一人。 そう、ルイズ・ド・ヴァリエールの使い魔となったメイジ・ウルザである。 本来なら使い魔であるし執事という立場を取らせると決めたのであるから、食事はあとで別に取ってもらうのが筋なのだが、生憎とメイジと使い魔の関係初日のルイズがそのような手配を行っているわけが無かった。 しょうがないので、今日は同席ということになり、今ウルザはルイズの横に座っているのだ。 勿論、少年少女達の中にとあって、周囲からは距離をとられている、かなり。 ゼロのルイズが高位のメイジを召喚したということは、すでに学院中に知れ渡っており、同席した生徒は皆そのメイジがルイズの隣に座っている男だということに気付いていた。 (重い、重いわ…空気が重いわ…) 周りがウルザに身体的にも精神的に距離を取っている為なのだが、隣のルイズにはたまったものではない。 (何か…何か考えなくちゃ……っ!) その時、ルイズはふっと誰かの視線を感じた。 きょろきょろと周りを見回してみると、視線の主は直ぐに見つかった。 長身に、同世代とは思えない発育の良さ、燃えるように赤い髪。 そして、今はその頬も茹で上がったように紅潮している。加えて瞳も潤んでいる。 (ちょっ!ツェルプストー!あんたっ!何で私!そんな趣味はないわよっ!) 昨日から何度目か分からない悪寒を感じで体を震わせた。 しかし、注意深く、かつ相手に気付かれないように視線を追ってみると、微妙に自分が相手では無いことに気付いた。 そう、視線の先は………横にいる男に向けられていた。 キュルケの唇が何事か呟くのが見えた。 当然ながら、ルイズは読唇術も読心術も使えない。 しかし、この時ばかりはキュルケがなんと呟いたのかを明白に理解することが出来た。 ――素敵なおじさま… 食事が終わり、教室へ向かう最中のことである。 「ミス!ミス・ヴァリエール!ミスタ・ウルザ!」 「あ、おはようございます。ミスタ・コルベール」 「おはようございます。ミスタ・コルベール」 禿げ上がった頭の教師、コルベールに声をかけられたのである。 「すみませんが、ミスタ・ウルザの左手のルーン文字を見せて頂きたいのですが」 「私は別に構いませんが…ミスタ・ウルザも構わないかしら?」 「無論。私も異議はありません」 ウルザが左手を出すと、コルベールは素早くメモをとり始めた。 「いやはや、召喚の儀式の後、ずっとこのルーンのことを調べているんだよ」 「え?どうかしたんですか?」 「メイジを召喚したなんて前例が無いからね、おまけに君が召喚したというのも……まあ、兎にも角にも知的好奇心が刺激されてしまってね!」 「ふむふむ、成程。そういうことでしたら今晩ご一緒に分かったことについて報告し合うというのは如何ですかな?」 「おお!?既にご自身で解読がお進みでしたか!?流石ですなミスタ・ウルザ!しかし、こちらはまだ報告するほどには…」 「いやいや、ミスタコルベール、私は貴方の意見が……」 「おおっ!……でしたら……!」 「それは……たい……是非……」 「…っ!……!!」 ルイズは妙に盛り上がる二人を置いて教室に急ぐのであった。 「―――というわけで、皆さんご存知の通り、魔法の四大系統「火」「水」「土」「風」「虚無」、五つの系統がある訳ですが、その中で「土」は万物の組成を司る重要な系統なのです」 今日の授業は赤土のシュヴルーズ教師の錬金の授業である。 なお、使い魔であるメイジは先ほどふらりと教室に入り、今は授業を聞きながら一心不乱にメモを取っている。 (メイジなのに、こんな初歩的な授業を受けて楽しいのかしら?) 「オホンッ!ミス・ヴァリエール!」 「は、はい!」 余所見をしている生徒を当てるのは、どの世界でも共通である。 「では、土の基本魔法を説明してください」 「え、あ、はい…… 『土』の系統の基本魔法は『錬金』です。 金属を作り出したり建物を建てる石を切り出したり、農作物を収穫するなどの生活により関係した魔法が『土』です」 「よろしい、ミス・ヴァリエール、よく出来ました。……では次に、実際に錬金を行ってみます」 そう言うとシュヴルーズは錬金の実技を披露してみせた。 シュヴルーズが呪文を唱えると、教壇の上に置かれた石が輝き、金属へと姿を変えたのだった。 これを見たウルザが「ほお…」と呟くのをルイズは聞いた。 「先生!ゴールドですか!?」キュルケが聞くと 「いいえ、真鍮です。」と応えるシュヴルーズ。 「さて、次は誰かに錬金をやってもらいましょうか……ミス・ヴァリエール!」 「え、はい!」 また自分かという考えを払って姿勢を正す。 「貴女は……随分と変わった使い魔を召喚したそうですね。 どうでしょう?その使い魔の方に錬金の実演をして頂けませんか?」 教室中の生徒がルイズとその使い魔に注目する。 あ、ちょっとこの感じいいかも、とほんの少しだけ抱いたが、それを出さずに、ウルザに声をかける。 「ミスタ・ウルザ、先生の仰るとおりに」 「……分かりました、ミス・ルイズ」 ルイズはウルザが軽くため息をついたのを感じた。 (別に錬金くらい初歩の術じゃない、減るもんじゃないし…そりゃ、私は使えないけど…) ウルザが教壇に立つ。 (さて、このように生徒に囲まれ教壇に立つなど久しいことだ…) さて、目の前には先ほど錬金された石と同じくらいの大きさの石が置かれている。 確かに、ウルザは数々の世界を渡り歩いた魔法使いであるが、初めて接した魔法系統を直ぐに使いこなすような超人ではない。 よって、ハルケギニアの系統魔法を使えるわけが無い。 しかし、今メイジという立場をこの世界で失うのは得策ではない。 ウルザが何事か呟き、呪文が完成して、石が輝く。 そして、石はシュヴルーズ教師が錬金したのと同様に、真鍮へと姿を変えてきた。 「おおおおおお!!」「凄い!」「ルイズの使い魔はスクエアメイジか!」 教室中が喧騒に包まれる。 「こんなものでよろしいかな?」 「ええ、結構です、ええと…ミスタ・ウルザ」 ただ一人、首を捻っていたのはモンモランシーである。 「あ、あれ?今、水の系統魔法を使って、なかっ…た、…わよね。私の勘違いね、きっと」 「さて、次はミス・ヴァリエール。あなたがやって御覧なさい」 「先生!」 キュルケが声を上げる。 「ルイズは危ないです!ゼロのルイズですよ!?」 それを聞いたシュヴルーズが応える。 「ミス・ツェルプストー、貴女は彼女をまだゼロのルイズと呼ぶのですか?彼女の使い魔であるミスタ・ウルザが錬金を成功させたのを見たでしょう。 使い魔が出来て、主人が出来ないなんてことがありますか」 それを聞いてルイズが立ち上がる。 「私、やります!」 ルイズが教壇に立つ、前には先ほどと同様の石が置かれている。 「ふむ、これは興味深い」 ルイズはウルザの魔法が見たいと思っていたが、それはウルザとて同じことである。 プレインズウォーカーである自分を強引に召喚するほどの腕前である、そしてその手による知らぬ魔法体系の呪文、狂人ならずとも魔法使いなら心引かれる演目である。 ルイズが呪文の詠唱を始める。 同時に、一斉に机の下に避難を始める生徒達。 意味を理解出来ないまでも、何処かで見たような既視感を覚える。 ルイズの呪文が完成する。 爆発 なんの防御もしていなかったウルザは爆発に巻き込まれたのだった。 危険に対して敏感なのは、いつだって生徒だ。 ――ウルザ 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
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前略 ちい姉様 マジカルメイドが暗躍したお陰で、無事…いや無事ではありませんが何とか使い魔を召喚することが出来ました。 ええ、出来たんです。 ですが……何というか人間の子供を呼び出してしまったんです。それも二人も。 『見た目』だけはとても美しい双子の少年と少女が使い魔となったんです。 そう、なったんですが……わたし、これからの学院生活がとても不安です。 ぶっちゃけ、家に帰ってもいいですか? いいですよね? 草々 ルイズの憂鬱(魔法少女ラジカルイズ~双子編~) 「ミス・ヴァリエール!」 ある日、教室に呼び出されたルイズは、渋る双子の使い魔をつれて約束した時間より少し早くやって来た。 教室に入るや否や待ち構えていた中年の女性教諭、シュヴルーズが怒鳴りあげたのだ。 「あの、ミセス・シュヴルーズ。 何か御用ですか?」 覇気もなく気だるげに答えるルイズにますますシュヴルーズは声を荒げる。 「何かじゃありません! ミス・ヴァリエール! あなたは使い魔にどういう教育をしているのですか!」 「はぁ、その、スミマセン」 ヒステリックな怒鳴り声に取り合えず謝罪の言葉を告げたルイズ。 どうやらまたこの双子が何かをやらかしたらしい。 今度は何だろうか。 またモンモランシーの使い魔の蛙に何かしたのか、でも蛙の御尻にストローさして空気を入れるなんて昨日やって怒られたばかりだ。 あるいはギーシュの使い魔のモグラの餌(ミミズ)に釣り針を仕掛けて釣り上げたことか、はたまた学院長の使い魔のネズミをまた罠にはめたのか。 思い当たる節が沢山ありすぎてよく分からない。 「錬金の授業で使う粘土に爆薬を仕掛けるなんて! こんな悪戯初めてです!」 ルイズは、『ああ、どんどん過激になっているなぁ』と思いながらもひたすら平謝りを繰り返す。 それにも拘らず、 の怒りはまだ収まらない。そう、 がルイズを呼び出すのは何も初めてというわけではない。 双子が悪戯を仕掛けるたびに、コルベールやギトー、オスマンにロングビル等、学院に努めている教職員から一通り注意を受けているのだ。 その度に彼女は下げたくもない頭を何度も下げたのだ。 「昨日も、ミスタ・コルベールの髪を全て燃やしたではないですか! いいですか! ちゃんと教育なさい!」 コルベールのあの可笑しな鬘はそういう理由だったのか。ルイズは心の中で納得すると再び頭を下げる。ちゃんと謝罪の意思をのせて。 「スミマセン。 ほら、あんた達もあやまんなさいよ!」 この日、同席した双子の頭を下げさせようとグイグイと押すが彼らはそれに反発するのだ。 そしてあろうことか、 「ばーか、はーげ、タコ坊主ー」 「タコなら海ん中でチューチュースミ吐けー」 暴言を吐くのだ。 ルイズの短い堪忍袋の緒は当然の如くブチキレた。 「ちゃんとあやまんなさいッ!」 怒りと共に振るわれた杖から奔るはずだった魔法。だが忘れてはならない。彼女が魔法をうまく使えないという事実を。 激しい爆発が教室中を蹂躙する。響き渡る4人の悲鳴。だが奇跡的に皆無傷だった。 そして当然のようにルイズは教室の清掃を命ぜられたのだが、双子はというと当然の如くその場から逃げ出したのだった。 拝啓 エレオノール姉様 わたしはちゃんと学院を卒業できるのでしょうか? とても不安です。 だからお願いします。家に逃げ帰っても怒らないで下さい。 敬具 数日後…。 ルイズが部屋で双子と何ともいえない時間過ごしているとを唐突に扉を叩く音が聞こえるではないか。 あまりにも激しく叩かれる扉。煩くて敵わないと扉を開けるとそこにはモンモランシーがに鬼気迫る雰囲気で仁王立ちをしている。 「少し時間いいかしら?」 そう言うとモンモランシーはルイズの返答を待たずして部屋にズカズカと入って来た。 用件をルイズが聞き出そうとする前に彼女は口を開いた。 「ルイズ、使い魔にどういう教育しているわけ? ギーシュがノイローゼになってるんだけど…どうしてくれるの」 モンモランシーの言葉にはてと首を傾げるルイズ。 その様子がモンモランシーを苛立たせる。 「ちょっと! しらばっくれる気?」 モンモランシーが言うには…… 学院某所。 その日、ギーシュは一人、使い魔のヴェルダンデに餌をやっていた。すると背後から不穏な影がするすると近づいてくるではないか。 音もなくギーシュの背後にピタリとくっつくと耳元で吐息を掛けるように双子の、少年のほうが声をかけた。 「ねぇギーシュさん。 遊ぼうよ」 「あひゃぁ!」 突然のことに飛び上がらんばかりの勢いで驚いたギーシュだったが、双子の姿を認めるとすぐさま使い魔を己が背に隠した。 「も、もうヴェルダンデをお前達の玩具にはさせないからな!」 おっかなびっくり双子に向かって啖呵を吐いた。だが双子はそんなことは気にも留めない。 今度は双子の少女のほうがギーシュの耳元で囁いた。 「何を言っているのかしら? 私達はギーシュさんと遊びたいの? ね、兄様」 「うん、姉様の言うとおりだからね、ギーシュさん」 使い魔を玩具にされないと分かって一瞬だけ安堵したギーシュ。だが疑問が一つ浮かぶ。 「僕と遊ぶって……何をするんだい?」 ギーシュの問いに双子は満面の笑みを浮かべて言い放った。 「んー、今日はお医者さんごっこでいいよね、姉様?」 「そうね。 せっかく本式の道具一式そろえたんだもの。 それにしましょう」 途轍もなく嫌な予感がするので回れ右をしてその場を立ち去ろうとしたギーシュだったが… 「こ、これからケティと遠乗りの約束が…」 そうは問屋が卸さない。少年がギーシュの服の襟をがっしりと掴んだ。ちなみにヴェルダンデはとっくに逃げていた。主を見捨てて……。 「姉様、きっと普通のお医者さんごっこが嫌なんだよ」 「まぁ兄様、本当かしら? だったら……」 ――大人のお医者さんごっこにしましょう―― そういってギーシュの眼前に出されたものは18歳未満の人には説明することが憚れる器具の数々。 「大人のお医者さんごっこー♪ 僕らのテクにかかればその愚息も昇天だよ?」 「さぁ、天使を呼んであげましょう……」 哀れ。 ギーシュはもはや逃げることなど出来ない。 「やめろ! 助けてケティ! モ、モンモランシーでもいいから!」 ああ、その悲痛な叫びは届かない……。 「い、いやぁぁぁぁ!」 そんな事があったらしい。 「あれ以来ギーシュはうわ言の様に『助けてケティ』って繰り返すのよ!」 ギリギリとモンモランシーの歯軋りが聞こえてくる。 「何で!? どんなプレイしたか知らないけど、何故助けを求めるのが私じゃないのよ! ふざけないでよね!」 私もあんな事ギーシュにしてみたかったのにと、興奮して怒鳴り散らすモンモランシーを尻目に、双子はというと……。 「弱いわね、兄様」 「そうだね、姉様。 この程度で泣いていたらこの先辛いことがイッパイ、イッパイあるよ」 シエスタから貰ったペロペロキャンディーなめながら、達観した様子で佇むのであった。 それがルイズの逆鱗に触れたのは当然である。 「あやまんなさいッ!」 ルイズは学んだ。怒りに我を忘れてはいけない。だから魔法は使わず杖で双子の頭を殴ったのだ。 うわぁーんと泣き声をあげる双子の姉兄。ルイズはきっと懲りずにまた何かやらかすだろうと、遠い目をして考えていた。 親愛なるワルド様へ この先の学院生活がとても不安です。比喩でも過剰表現でもありません。 例え中退してもわたしを貰ってくれますか? デルフリンガーに相談しても、 「剣であるオレにどうしろと?」 そんなことばかり言って取り合ってもらえません。 そんなルイズの神経をすり減らす双子の使い魔であったが、ルイズを癒してくれる時間があったのだ。 「寝顔は天使そのものね」 子供らしく可愛らしい寝顔、多くの人はそれに癒されるだろう。 剥製の作り方と銘打たれた本と囚われた梟と土竜の姿さえなければの話だが……。 エピローグ(?) 「ねー、ルイズさん」 「圧力釜どっかにないー?」 「あー…シエスタの所に行けばあるんじゃない?」 読書に勤しむルイズに話しかける双子。本から目を離すことなく投げやりに答える。 「はーい。じゃあ聞いてくるわ」 「ねぇ、アレ持った?」 一瞬のやり取り……これでルイズは察した。 「…石礫とか釘詰めたら爆殺するからね」 その言葉にブーブー文句を言ってくるが最早ルイズは気にしない。 前略 ちい姉様 色々あったけど最近慣れました。 家に帰らなくても恐らく大丈夫なはずだと思います。 いろいろあるけれど、わたしは元気です……多分。 草々
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朝食の時、ルイズの姿が見えなかった。 いつものならルイズのことなど気にもとめないが、昨晩のルイズはどこか奇妙だった。 もしかしたら風邪でも引いていたのか?ならば、あの奇行もうなずける。 キュルケは授業の前にルイズの様子を見に行こうと、心に決めた。 「ヴァリエール、遅刻するわよー」 そう言って何度か扉を叩く。 すると、ギィー…と、音を立てて扉が倒れた。 「きゃっ」 真っ暗な部屋の中でローブを被ったルイズが、小さく悲鳴を上げた。 「ちょ、あ、この扉壊れてるんじゃない?」 などと言いながらも、何となく気まずいと思ったのか、キュルケはルイズから目をそらした。 しかし、キュルケはルイズの異様な姿に気づき、ルイズをまじまじと見た。 ルイズは全身を覆う大きさのローブに身を包んでいた、まるでおとぎ話の悪い魔女のようだ。 その上部屋も真っ暗、窓があった場所にはベッドが立てかけられている。 「あんた何やってるのよ」 ルイズはキュルケの言葉には反応せず、自分の顔を撫でたり、部屋の入り口から入る陽光に手をかざしたりと、奇妙な動きをしている。 「…ちょっと、ヴァリエール?」 いくら何でも変だと気づいたキュルケが、ルイズの部屋に足を踏み入れようとした。 「あ、ごめん、何でもない…ちょっと変な夢を見ただけよ、遅れて出席するから先に行ってて」 そう言ってルイズはローブと寝間着を脱ぎ始めた。 「呆れた、扉開けっ放しで着替えるなんて大胆ねえ」 そう言ってキュルケは扉を持ち上げる、蝶番(ちょうつがい)は壊れたままだが仕方がない。 扉を立てかけると、キュルケは教室へと急いだ。 キュルケが教室に入ると、タッチの差で教師が教室に入ってきた。 教師のミセス・シュヴルーズは土の系統を得意とするメイジで、実力はトライアングルだそうだ。 どこからともなく机の上に石ころを生み出したり、その石ころを真鍮に変えたりして授業を進めている。 キュルケが真鍮を見てゴールドと勘違いしたが、それはご愛敬というものだ。 授業が中盤にさしかかったところで、突然教室の扉が開きルイズが入ってきた、今朝のような妖しい格好はしていない、いつも通りの服装だった。 ルイズはミセス・シュヴルーズに寝坊して遅れたと説明し、空いている席に着いた。 「…使い魔もいないんだぜ…」 「…誰でも成功するような召喚に失敗…」 「…寝坊なんて、頭の中もゼロ…」 と、後ろから小声で聞こえてくる、ルイズのことだろう。 ゼロのルイズ、魔法成功率ゼロのルイズは、召喚魔法をも失敗して使い魔がいない。 それを笑っているのだろう。 キュルケにはそれが無粋なものに聞こえた。 言いたいことがあるなら面と向かって言うのがキュルケの信条であり、キュルケの人気の秘密でもあった。 彼女は陰口を言わないし嘘も嫌いだった、その代わり人前で堂々と他人を批判するので恐れられてもいる。 そして授業は進められ、ルイズが遅れてきた罰として『練金』の実践を指名された。 「危険です!ゼロのルイズにやらせちゃいけません!」 「自殺行為です!」 「いや他殺行為です!」 「だ、誰かひらりマントを貸してくれ!」 途端に教室がうるさくなる。 ここにいる生徒達は皆、ルイズが魔法をやれば必ず失敗すると知っている、ミセス・シュヴルーズはまだそれを目の当たりにしたことがないのだろうと想像して、キュルケは早々に机の下へと潜った。 数秒の後に聞こえてきたのは、いつもの爆発音と…ミセス・シュヴルーズの悲鳴だった。今日の授業で、ミセス・シュヴルーズは何のミスもしていない。 小石を別の物に練金するようルイズに指導しただけで、手順にも何にもミスはない。 教科書通りの教え方と言えるだろう。 彼女は『ゼロのルイズ』と呼ばれている生徒がいるのは知っていた、その由来が『魔法成功率ゼロ』なのも知らされていたが、失敗に爆発が伴うとまでは知らなかった。 ましてや、その爆発がルイズ自身にまで酷いダメージを負わせるなどとは、まったく予想していなかったのだ。 ミセス・シュヴルーズは悲鳴を上げた後気絶した。 その日の晩、キュルケは男と遊ぶ約束をすべてキャンセルし、ルイズの部屋に見舞いに行った。 ベッドの上には、顔と手の肌がが見えないほど、包帯でぐるぐる巻きにされたルイズが眠っている。 ひどい火傷を負ったというのに、スピー…スピー…と、のんきな寝息を立てている。 時々鼻提灯まで浮かせて寝返りを打つその姿を見て、キュルケは安堵のため息をついた。 ルイズとキュルケ、二人だけの空間に、ノックの音が響いた。 返事を聞かずに扉が開かれ、キュルケの親友タバサが部屋に入ってきた。 ちなみに、土系統のメイジにより扉は修理されている。 「秘薬」 そう言ってタバサが袋を差し出す。 「ありがと」 キュルケは身近く礼を言うと、袋の中身を取り出した。 タバサが持ってきたものは水の秘薬、水の魔法だけでは、重い怪我を治療することはできない。 しかし秘薬を用いることで、治癒の効果を劇的に引き上げることが出来る。 その代わり非常に高価な物だが、上手く使えば切断された腕や足でも元通りに治るという代物だ。 「あたし、『水』は苦手だから」 キュルケはそう言って秘薬をタバサに渡す、タバサはそれを受け取ると、秘薬をルイズの身体に振り掛けつつ水の魔法を唱えた。 一通り魔法を唱え終わると、二人はルイズの部屋から静かに出て行った。 「ねえ、顔だけでも治せる?」 「秘薬をあと二回使えば大丈夫」 「じゃあどうにかして手に入れないとね」 「でも、高額」 「いーのよ、後でヴァリエールに請求すれば良いんだから」 「……優しい」 「ち、違うわよ、ほら……敵に塩を送るって言うじゃない」 「そういう事にしておく」 「ちょっとタバサ、あんた意外と意地が悪いわねえ」 仲の良い友達同士の会話、それが遠くなっていくのを確認してから、ルイズはベッドから起きあがった。 顔に巻かれた包帯を引きちぎり、ルイズは鏡の前に立つ。 そこに映っていたのは、傷一つ無いルイズの姿。 「秘薬……無駄に使わせちゃったかな」 そう言いながら舌なめずりをすると、唾液が唇を彩り、妖しげで艶やかな色を放った。 To Be Continued → 1< 目次
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++第四話 ゼロのルイズ②++ 「これは?」 「あんたの朝食よ」 床に置いてある皿を指差して、ルイズは言った。 皿の上にはいかにも固そうで、まずそうなパンが乗っている。 それと、おまけ程度に肉のかけらの浮いたスープ。それだけだ。 「椅子は?」 「あるわけないでしょ。あんたは床」 確かに自分は使い魔になると言った。でも、この仕打ちはあんまりじゃないだろうか。 花京院の中で葛藤が生まれる。ここまでされても許すのか、それとも怒るのか。 しかし、ルイズはさっさと花京院を無視し、食事の前の祈りを始めてしまった。 「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」 他の生徒たちの唱和も重なり、食堂に響き渡る。 怒るタイミングを逃してしまい、花京院は握り締めた拳を下ろした。 食事はお世辞にもおいしそうとは言いがたいが、あるだけましだ。もし、彼女に召喚されていなかったら食事にさえありつけなかったかもしれない。 それに比べたらましだろう。たぶん。 パンを一口かじってみたら、予想通り固かった。 明日からはなんとかしよう。絶対に。 花京院は静かに決意した。 朝食を終えると、生徒たちはそれぞれ教室へと移動する。 ルイズと花京院がやってきたのは大学の講義室のような教室だった。 二人が教室に入ると、生徒の視線が二人に集中する。 からかうような視線や好奇心むきだしの視線に、思わず花京院は反感を覚えた。 笑い声の木霊する教室を歩き、席につく。 「あんた、なに椅子に座ってんのよ」 ルイズが文句を言うが、さすがにここまでは譲れなかった。 鋭い視線をルイズに向け、花京院は言った。 「このぐらいは構わないだろう」 穏やかながらも、その言葉に含まれたものを感じ取ったのか、ルイズはもう何も言わなかった。 扉が開いて、教師が入ってきた。 紫色のローブに身を包み、帽子をかぶった中年の女性だ。ふっくらとしていて、優しい雰囲気を漂わせている。 「あの人も魔法使いなのかい?」 「当たり前でしょ」 呆れたようにルイズは言う。 花京院は教師に視線を向けたまま、密かにスタンドを出してみた。 彼のスタンド、『法皇の緑(ハイエロファントグリーン)』を床の下で移動させ、教室の中央の空間に出現させる。 もしも、スタンド使いならば何らかの反応があるはず。 そう思ってのことだったが、教室にいる生徒はぴくりとも動かなかった。どうやら本当にスタンドが見えていないらしい。 スタンド使いはいない。そう考えてもよさそうだ。 花京院は何食わぬ顔でスタンドを回収した。 何も気付かなかった教師はまん丸の瞳で教室を見回すと、満足そうに微笑んで言った。 「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 シュヴルーズはルイズの隣に座る花京院を見て、目を大きくした。 「おやおや、変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」 とぼけたシュヴルーズの声に、教室に笑いが巻き起こった。 ルイズはうつむいている。 笑い声に満ちた教室で、誰かの声が響いた。 「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺歩いてた平民を連れてくるなよ!」 その時、ルイズは立ち上がった。 長い、ブロンドの髪を揺らして、鈴の音のような澄んだ声で怒鳴る。 「違うわ! きちんと召喚したもの! こいつが出て来ちゃっただけよ!」 「嘘つくな! 『サモン・サーヴァント』ができなかったんだろう?」 ルイズは声の主をにらみつけると、シュヴルーズに視線を移した。 「ミセス・シュヴルーズ! 侮辱されました! かぜっぴきのマリコルヌがわたしを侮辱したわ」 「かぜっぴきだと? 俺は風上のマリコルヌだ! 風邪なんか引いてないぞ!」 「あんたのガラガラ声は、まるで風邪でも引いてるみたいなのよ!」 マリコルヌは立ち上がり、ルイズを睨みつける。 教壇に立ったシュヴルーズは首を振って、小ぶりな杖を振った。 立ち上がった二人は糸の切れた人形のように、すとんと席に落ちた。 「ミス・ヴァリエール。ミスタ・マリコルヌ。みっともない口論はおやめなさい」 いさめるようなシュヴルーズの言葉に、ルイズは申し訳無さそうにうなだれる。 いつもの生意気な態度が嘘のような変わりようだった。 「お友達をゼロだのかぜっぴきだの呼んではいけません。わかりましたか? 「ミセス・シュヴルーズ。僕のかぜっぴきはただの中傷ですが、ルイズのゼロは事実です」 くすくすと教室から笑いがもれる。 シュヴルーズは厳しい顔で教室を見回し、杖を振った。 忍び笑いしていた生徒たちの口に、どこからか現れた赤土の粘土が張り付く。 「あなたたちは、その格好で授業を受けなさい」 教室は静かになった。 こほんと咳払いをすると、 「それでは授業を始めますよ」 そう前置きをして、シュヴルーズは説明し始めた。 魔法に興味のあった花京院は熱心に授業を聞いた。 わからないところはルイズに聞きながら、魔法についての知識を吸収していく。 魔法には『火』『水』『土』『風』という四つの基本的な属性がある。 その他に、失われた系統魔法の『虚無』があるが、今は使えるものがいない。 属性を組み合わせることによって、より強力な魔法が使える。 組み合わせられる属性の数によってメイジのレベルが決まるようだ。 そこまで聞いたところで、シュヴルーズの説明は終わった。 「それでは、実際にやってみてもらいましょう」 誰に当てようか生徒たちの顔を順々に眺めていたシュヴルーズはルイズと目があった。 シュヴルーズは柔らかい笑みを浮かべた。 「ミス・ヴァリエール。あなたにやってもらいましょうか」 生徒の視線がルイズに集まる。そのどれもが恐怖と心配の入り混じっていた。 いつまでも立ち上がらないルイズを花京院は不思議に思った。 「行ってきたらいいじゃないか。ご指名だろう?」 花京院も促すが、ルイズは困ったようにもじもじするだけだ。 シュヴルーズは再度呼びかけた。 「ミス・ヴァリエール! どうしたのですか?」 「先生」 おずおずと手を上げたのはキュルケだった。 「なんです? ミス・ツェルプトー」 「やめといた方がいいと思いますけど……」 「どうしてですか?」 「危険です」 キュルケは、きっぱりと言った。 その言葉に、教室のほとんど全員が頷く。 ルイズのこめかみがぴくりと震えるのを花京院は見た。 「危険? どうしてですか?」 「先生はルイズを教えるの初めてですよね?」 「ええ。でも、彼女が努力家だということは聞いています。さぁ、ミス・ヴァリエール。やってごらんなさい。失敗を恐れていては、何もできませんよ?」 「ルイズ。やめて」 キュルケが蒼白な顔で言った。 しかし、ルイズは立ち上がった。 「やります」 緊張した顔で、ルイズは教室の前へと歩いていった。 花京院はその様子を後ろから眺める。 「そう緊張しなくても大丈夫ですよ。錬金したい金属を強く心に思い浮かべるのです」 ルイズの隣でシュヴルーズは笑いかけた。 こくりと、小さな頭が上下に動く。 机の上に乗った小石を睨みつけ、ルイズは呪文を唱え始める。 その様子はいかにも魔法使いらしくて、花京院は少し感心した。 ルイズは呪文を唱え終えると、杖を振り下ろした。 ――その瞬間、机ごと小石は爆発した。 爆風をもろに受けたルイズとシュヴルーズは黒板に叩きつけられた。 机の破片があちこちに飛んでいき、窓ガラスを割り、何人かの生徒に当たる。 爆発に驚いた使い魔たちが暴れだす。キュルケのサラマンダーが火を吐き、マンティコアが窓から飛び出していく。 外から大蛇が忍び込み、誰かのカラスを飲み込んだ。 教室の至るところから悲鳴が起こり、物の破壊音が響き渡る。 キュルケは立ち上がると、ルイズを指差した。 「だから言ったのよ! あいつにやらせるなって!」 「もう! ヴァリエールは退学にしてくれよ!」 「俺のラッキーが! ラッキーが食われたー!」 花京院は呆然とその光景を眺めた。 黒板に叩きつけられたシュヴルーズは床に倒れたまま、ぴくぴくと痙攣している。 ルイズの顔はすすで真っ黒になり、制服もぼろぼろだった。 しかし、さすがというべきだろうか。ルイズは落ち着いていた。 顔についたすすをハンカチで拭い、淡々と感想をもらした。 「ちょっと失敗みたいね」 当然、他の生徒たちが反発した。 「ちょっとじゃないだろ! ゼロのルイズ!」 「いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないかよ!」 花京院はやっと、『ゼロのルイズ』の意味を悟った。 そして、これからの行く末に暗雲が立ち込めていくような、そんな気がした。 ゼロのルイズに、スタンド使いの自分。 どちらもこの世界では異端の存在のようだ。 そんな二人が、果たしてこのまま無事にいられるのだろうか。 花京院の不安は尽きることがなさそうだった。 To be continued→
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前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い 目を覚ました柊が最初に見た光景は、石造りの天井だった。 「……知らねえ天井だ」 どこかのアニメだか漫画だかで出てきた台詞を呟いてみた後、柊はゆっくりと身を起こした。 ロングビルに用意してもらった使用人の部屋は、その前に訪れていたルイズの部屋と比べれば半分ほどの大きさしかなかった。 とはいえ別段部屋として手狭な訳ではなく(むしろルイズの部屋が無駄に広い)、まして一夜だけの寝場所としては十分すぎる。 向かいにベッドがあるのでどうやら相部屋のようだった。 柊はなんとなく頭をかきながら朝日の差し込んでいる窓に目を向けた。 まだ完全には日が昇りきっていないのだろう、少々薄暗い色彩の向こうに牧歌的な広場が見えた。 「異世界なんだよなぁ……」 つい先日まで緑とほぼ縁のない秋葉原にいた事を思い返し、柊は嘆息交じりに呟いた。 今回の召喚で一番困った事といえば、やはり『召喚された事』につきるだろう。 これまでの異世界召喚にはそれなりにその世界にいる目的があった。 だが、今回は何の意味もなく(ルイズ達にはあるのだろうが)召喚された挙句、元の世界に帰る方法が現状ないらしいというのだ。 異世界に召喚された後でやる事が、元の世界に帰る事。何かの罰ゲームだろうか。 いっその事開き直ってここに住み着いてやろうか、とも考えないではない。 が、そんなことになったら幼馴染の赤羽くれはに何を言われるかわかったものではない。 『あっそ、ふーん。あんたはどうでもいいけどエリスちゃんだけはちゃんとこっちに返しなよ?』 とでも言うだろうか。 「……わかってるよ、うるせえな」 リアルに想像できた台詞に柊は忌々しく呟くと、ベッドから降りて伸びをする。 それでさっきの考えは完全に消し飛んだ。 エリスをちゃんと元の世界に戻すというのもあるし、なによりくれはにそんな風に言われるのがとにかく気に入らない。 何が何でも元の世界に戻らなくてはならない。 「……うし」 軽く柔軟をした後、気合を入れる。 ドアが軽くノックされたのはその時だった。 「食事をお持ちしました」 「あ、すんません!」 ドアの向こうから聞こえた女性の声に柊は反射的に叫んだ。 取りに行こうと歩きかけて、寝るときに邪魔なのでズボンを脱いでいた事を思い出す。 慌ててズボンを履いた後ドアを開けると、そこにいたのは給仕服に身を包んだメイドだった。 彼女は食事の乗ったトレイを持ったまま、短い黒髪を揺らして静かに頭を垂れる。 「朝早くに申し訳ありません。学院の皆様への朝食の準備がありますので今しか時間が……」 「あ、いや、いっすよ。用意してくれるだけでありがたいんで」 折り目正しいメイドの態度に柊はかしこまって返してしまう。 すると彼女はどこか安心したようにほうと息をつくと、顔を上げて―― 「ありがとうご……っ!?」 柊を見た瞬間、固まってしまった。 「……?」 突然硬直してしまったメイドに柊は小さく首を傾げた。 ズボンはちゃんと履いている。シャツは昨日のままだが別に汚れてはいない。 髪も寝癖は……少しあったが、そこまで驚かれるほどのものではなかった。 なのに目の前のメイドは、何か信じられないモノを見るような表情で柊を凝視している。 「えっと……俺がどうかした?」 訳がわからないままおずおずと声をかけると、メイドは飛び上がるように身体を跳ねさせて一歩後ずさった。 ますます訳がわからない……というか、明らかに不審だ。 「――し、」 メイドが呻くように漏らした。 彼女は更に一歩後ずさると、 「失礼しますっ!!」 「え、ちょっ!?」 脱兎のごとく逃げ出してしまった。 柊は慌てて廊下まで追いかけるが、メイドは振り返る事もせずに一目散に廊下の向こうに走り去っていく。 ちなみに彼女が持っていたトレイにはスープが入っていたが、一滴も零すことなく全力疾走で消えていった。 匠の業だった。 「な……なんなんだよ……」 廊下に取り残された柊はぽかんとしたまま呟いた。 昨日の今日なので当然彼女と会った事はない。 いつぞやの時のように、誰かに似ているという訳でもなかった(そこまで観察する余裕もなかったが)。 いきなり驚かれて、いきなり逃げられた。 柊がそんな風に立ち尽くしていると、メイドが走り去った廊下の向こうから別のメイドがトレイを持って歩いてきた。 金髪のメイドは彼の元まで辿り着くと、しずしずと頭を垂れて口を開く。 「失礼しました。先程の者は気分が優れないそうで……」 「はあ……」 柊がぼんやりと返すと彼女は顔を上げて、どこか心配そうに柊に尋ねる。 「……。あの、彼女が何か粗相を?」 (俺が聞きてえよ……) 台詞のワリには明らかに不審そうな視線を向けてくるメイドに、柊は釈然としない気分になって彼女からトレイを受け取るのだった。 ※ ※ ※ 食事を終えて少々時間を持て余した後、柊はメイド(朝に会った二人とはまた別の少女だった)に連れられてルイズが授業を受ける教室に向かった。 石造という違いはあるが大学の講義室とほぼ同じ構造のその教室は、柊が入ってきた入り口からほぼ総ての席の様子が見て取れた。 なので柊はさほど苦労する事もなく特徴的なピンクブロンドのルイズと隣にちょこんと座っているエリスを発見し、そちらに歩いていく。 入り口から全容を見れる、という事は逆もまたしかりであり、教室に入ってから柊は周りの生徒からの好奇の目線をほぼ独り占めしていた。 この類の視線はかつて一年や二年のクラスに編入し、更には三年のクラスに出戻った――しかも総て同じ学校の、だ――という嬉しくない経緯を持つ柊にとっては今更どうというものではない。 強いて不快を感じるというなら、それが純粋な好奇だけではなく多分に嘲笑を含んだモノだということだ。 「おはようございます……」 「お、おう……?」 ルイズ達の元に辿り着いたとき、エリスがどことなく疲れたような声をかけてきたので柊は僅かに眉をひそめた。 見ればルイズの方も、顔を俯けて沈黙したままである。 「どうした?」 「……なんでもない」 「……なんでもないです」 尋ねて見ても、二人は異口同音に――表情すらも同様にして返すばかり。 そこで柊は昨夜ロングビルに言われた事を思い出した。 『――無理やりにでも貴方達……あるいはいずれかを契約させる』 昨日は魔法を乱発しながら自分を追いかけて疲労困憊だったようだし、そこまでやるような人間でもないと思ったのでとりあえず放置していたのだが、甘かったのかもしれない。 「エリス、こいつに何かされたのか?」 表情を引き締めて柊はエリスに尋ねた。 すると、 「ナニもされてません!?」 「ナニもしてないわよ!?」 唐突に二人が立ち上がり叫んだ。 「す、すいません……」 二人の形相に気圧されて柊が呻くように謝ると、彼女たちは再び席についてはあと吐息をもらした。 朝から訳のわからない事ばかりだった。 深く気にする事をやめて柊はルイズの隣の席に座りこむ。 その時にルイズがちらりと柊を睨んだが、特に何も口にすることはなかった。 そして柊は懐から0-Phoneを取り出した後、それを操作しながらエリスに呼びかける。 「エリス、0-Phone持ってるか?」 「え? あ……はい、持ってます!」 エリスははっとしてポケットから自分の0-Phoneを取り出した。 二人に挟まれた形になるルイズは交互に視線をさまよわせながら、柊達が取り出した物を興味深げに眺める。 「エリス、何なのそれ」 「えと、0-Phoneって言って携帯電話みたいなものです」 「ケイタイデンワ?」 「……えぇと、私達の世界の道具なんです。離れた人と話ができるって――」 「今からそっちにかけっから。設定バイブにしといてくれ」 「あ、はい」 ルイズが興味津々といった様子で見つめる中、エリスは0-Phoneを操作して設定を変える。 そして少しの間のあと、彼女の手にした0-Phoneが震え始めた。 「!?」 「あ……繋がりました!」 エリスが喜色を称えて通話キーを押すと、0-Phoneから軽く柊の声が響いてきた。 「……同じ世界ならどうにか繋がるか。連絡手段としちゃ上等だな」 左右から聞こえて来る柊の声にルイズはしきりに首を振り不思議そうに柊とエリスの0-Phoneを見やった後、たまりかねたように声を上げた。 「何なのよこの変な箱は? マジックアイテムなの?」 「え、あ、多分そんな感じのものでいいと思います……」 一応ファー・ジ・アースの魔法技術が備わっているのでマジックアイテムという呼び方は間違ってはいないだろう。 ルイズはひったくるようにエリスの持っていた0-Phoneを取り上げると、興味深げにあれこれとキーを押し始めた。 「へえ、こんなものがあるのね……」 「この世界にはありません、よね?」 「わかんないわ。ハルケギニアにあるマジックアイテムを全部知ってる訳じゃないし……わ、何これ。すごい」 子供のように0-Phoneを弄くるルイズにエリスは微笑んでから操作方法を教え始め、そしてふと柊に目を向けた。 「あの、もしかしてこれを使えば元の世界に……アンゼロットさんに連絡が取れるんじゃ?」 「いや、昨日試したがダメだった。まあココは『外世界』だろうから、世界内で繋がるだけで御の字だろ」 「外世界?」 聞きなれない単語に首を捻ったエリスに、柊は一つ頷いてから話し始めた。 ――無数に存在する異世界群は大きく分けて『並行世界』と『外世界』に分類される。 柊達のいる世界であるファー・ジ・アースから見て『並行世界』とは基本的にラース=フェリアやエル=ネイシアといったいわゆる『主八界』の事を指す。 ファー・ジ・アースに限っていうのならばこの他に『狭界』と呼ばれる並行世界も存在するが、ここではおいておく。 要するにこの主八界はとある超越存在の意思の下、統一された宇宙観によって形成されたヒトの住む世界群なのである。 対してミッドガルドやこのハルケギニアのように、その宇宙観『以外』の概念によって作られた世界を『外世界』と呼ぶ。 これらの外世界はそもそも世界の成り立ちからして完全に異なっており、文化や理念、魔法などの技術の概念、更には時間の流れや連続性ですらも同じであるとは限らない。 文字通りの意味でファー・ジ・アースとは『異なる』世界なのだ。 「へえ……柊先輩って物知りなんですね」 ざっとではあるが柊がそんな説明をした後、エリスは多分に尊敬を込めた目線を彼に投げやった。 彼女の視線を受けて柊は僅かに顔を俯け、照れ臭そうに頭をかく。 「……まあ、何度も異世界に召喚されてっから、今後のためにアンゼロットに聞いてたんだよ。役に立つとは思わなかったけどな」 「ふふっ」 柊が言うとエリスは可笑しそうに微笑を漏らす。 それまで0-Phoneを熱心に弄くっていたルイズに呼ばれてエリスがそちらに気を向けると、それを確認した柊は小さく息を吐いた。 僅かに目を逸らし、窓から映る空をなんとはなしに見つける。 どの世界でも、空は同じ青い色だった。 無論、柊が異世界に関する知識をアンゼロットから教わったのはそんな理由ではない。 かつて彼が関わった外世界、ミッドガルド。 その世界にまつわる一件のきっかけともなった侵魔との闘いの際に、柊は肩を並べて戦った一人の仲間を失ったのだ。 『彼女』は実に二万年もの時を隔てた過去のミッドガルドへと飛ばされ、そして終ぞファー・ジ・アースへと戻る事なくその生涯を終えた。 その事実が事態を解決する要因の一つになった訳なのだが、それでもどうにかできないか、と彼はアンゼロットに頼み込んだのだ。 結果として、それは叶わなかった。 彼女を救う事はできなかったけれど、その後の彼女の生涯が"救われなかった"ものではない、というのが唯一の慰めではあった。 だが、それでも。 彼女は柊と同い年――クラスメイトだったのだ。 他人の人生をどうこう言える権利などありはしないが、やはり彼女にも生まれた世界で生きる人生があったのではないか、と思う。 「ベール=ゼファー」 というエリスの声で現実に引き戻されて、柊は二人を振り返った。 見ればルイズは0-Phoneに収められているデータから魔王の項目を見ているらしい。 その隣でエリスがデータの詳細をルイズに向かって口頭で説明していた。 「この人には会った事があります。凄く強くて怖い人でした」 「ただの女の子じゃないの。胡散臭いわね……こっちのは?」 「えと……モッガディード? 半年前から消息不明……らしいです」 「……」 二人の会話を聞きながら柊は僅かに眉をひそめ、机の上にあった教科書を手にとって開いてみる。 そこに記されている文字は、柊の見たこともないモノだった。 「……文字が違う?」 「あ、そうみたいです。話す分には全然問題ないんですけど」 「口語の翻訳はできてんのか。ゲートの効果か? 0-Phoneで対応は……してないよな……」 0-Phoneの翻訳データを確認しながら柊は憮然とため息をついた。 主八界の中でならいかなる言語であろうと0-Phoneの翻訳ソフトで解析できるのだが、外世界のハルケギニアは当然未対応だ。 そうなると情報収集のためには独学で言語を学んでいくしかない。 会話は問題なくできるとはいえ、いきなり暗雲が立ち込めてきてしまった。 そんな柊の心境をルイズが知るよしもなく、彼女は熱心に様々なデータを閲覧しエリスに解説を求めていた。 なんとなくルイズの気楽さが面白くなかったので、柊はふと思いついて彼女に声をかけた。 「なあ、ルイズ」 「なに?」 ルイズは柊に顔を向ける事なくせわしなくキーを押して0-Phoneを操作している。 ついさっき初めて見たものだろうにその動きは既に慣れたもので、学習能力は相当に高い事がうかがえた。 それはともかく。 「そこのキーなんだけどな。それを押すと……」 「これがなに?」 やはりルイズはディスプレイに見入ったまま柊に返した。 そして柊は彼女がキーを押したのを見計らうと、唐突に重苦しい声で言った。 「――爆発する」 「!?」 ルイズの動きがぴたっと固まった。 鈍い動きで顔だけ柊を向くと、彼女は上ずった声で柊に問いかける。 「え。ばくはつって……うそ」 「本当だ。色々情報が入ってたろ? 機密保持のために自爆するようになってんだよ」 努めて真剣さを装って柊が言うと、少しの沈黙の後ルイズは目に見えて動揺しだした。 「え、そんな、ど、どうすればいい? どうすればいいの?」 ねえエリス、と助けを求めるようにルイズが振り返ると、当のエリスは困ったような苦笑を浮かべているだけだった。 「もう……先輩?」 「いやあ、やっぱファンタジー世界の人間のリアクションはこうじゃないとな!」 エリスとルイズの視線を受けて、柊は満面の笑みを浮かべていた。 何しろ彼の知るファンタジー世界――ラース=フェリアの住人はファー・ジ・アースの文化に即座に適応していたのだ。 具体的に言うと、初見で完璧に公衆電話を使いこなしたり、食券を利用して立ち食いソバを堪能したり、某黄色い潜水艦でTRPGをやるぐらいに。 やはり柊としては『車を見て「うひゃあ、鉄のイノシシだあ!」と驚く』ぐらいのリアクションを期待したいのである。 なので今のルイズの反応は、大変満足だった。 「だ、騙した!? 騙したわね!?」 ようやく事態を悟ったルイズが怒りの声をあげ、柊に掴みかかる。 だが柊は嬉しそうな表情でされるがままだ。 「そんな怒るなって。異文化交流って奴だよ」 「ふざけんじゃないわよ! へ、平民の癖に貴族を騙すなんてとんでもない不敬だわ! 手打ちにされたって文句は――」 「ミス・ヴァリエール!!」 「!?」 不意に響いた声にルイズは反射的に立ち上がった。 見れば教壇に中年の女性が立っており、ルイズを見やっている。あれこれとやっている内に授業が始まる時間が来てしまっていたようだ。 「授業を始めますが、よろしいですか?」 「……申し訳ありません、ミセス・シュヴルーズ」 一度だけ柊をぎらりと睨みつけた後、ルイズは憤懣を胸の奥に収めて頭を下げた。 ルイズは一年の頃彼女から授業を受けたことはないが、学院の教師の名は概ね諳んじている。 ルイズの返事を満足そうに頷いて返すと、シュヴルーズは僅かに微笑を称えて口を開いた。 「いえ、使い魔との交流はちゃんとできているようで安心しました。ただ、これから授業なのですからそちらの方に集中なさるよう」 「……っ」 ルイズの眉がぴくりと動き、そして彼女は唇を噛んだ。 教室の中にどっと笑いが巻き起こるのは同時だった。 「ゼロのルイズ! 召喚できなかったからって平民を連れてくるなよ!」 はやし立てる様に生徒の一人が声を上げると、笑いのトーンが一段と高まる。 酷く耳に障る雑音をかき消そうとするように、ルイズは叫んだ。 「違うわ! ちゃんと『サモン・サーヴァント』は成功したもの! こいつらが勝手に来ただけよ!」 「落ち着きなさい、ミス・ヴァリエール」 「でも……!」 「貴女がちゃんと召喚に成功した事はミスタ・コルベールから伺っています。前例は……まあ、ありませんが、その二人は立派な貴女の使い魔ですよ」 シュヴルーズとしてはルイズと生徒達を宥めるために言ったのだろうが、場は全く収まらなかった。 むしろ爆笑から失笑に似たものへと変わり、やおら一人の生徒が立ち上がって手を挙げた。 「ミセス・シュヴルーズ! それは違います!」 「……は?」 シュヴルーズが怪訝そうに声を漏らすと、その生徒は小太りした身体を誇示するように胸を張って、愉悦交じりにルイズを見やる。 「彼女は『コントラクト・サーヴァント』をしていません。だから、その二人は『使い魔』じゃないんです」 「それは……まあ、確かに」 シュヴルーズが口ごもると同時に更なる笑いが巻き起こった。 小太りの生徒はそれで更に気を良くしたのか、煽るようにして両手を広げルイズに言う。 「他所から連れてきた平民じゃ契約なんてできる訳ないもんな!」 「ちゃんと召喚したって言ってるじゃない! 契約しないのはこいつらが――」 「だったらなお悪いよ! 召喚された使い魔に拒絶されるなんてありえないだろ!?」 「そっ……!」 ルイズは何事かを言いかけ、それを言葉にする事ができなかった。 侮辱された怒りが渦巻いているのと同時に、一方で彼の言う事が事実だと認識している自分がいる。 『サモン・サーヴァント』ではメイジにふさわしい使い魔が召喚されるはずなのに、他でもないその使い魔から拒絶されたのだ。 一心同体である使い魔にすらふさわしいと思われないメイジ。 それこそまさに―― 「魔法が使えない上に使い魔にまで拒否されるなんて、さすがゼロのルイズだ!」 「……っ」 悔しさがこみあげて口を開く事ができない。口を開けば、どんな言葉を吐き出すか自分にも分からなかった。 だから彼女は、胸の中で渦巻く感情が零れないようにただ耐えることしかできない。 僅かに顔を俯ける。 滲んだ視界の隅を、何かが横切った。 嘲笑の渦中に晒されているエリスは、正直ここから逃げ出したかった。 その中心にいるルイズはぎゅっと拳を握り締め、肩を震わせてじっと堪えている。食いしばった唇からは、僅かに血の色が滲んでいた。 他力本願だと理解してはいたが、エリスは助けを求めるように視線をさまよわせた。 昨日(誤解の産物とはいえ)二人の間を取り持ってくれたキュルケはつまらなそうに肩肘をつき欠伸をしていた。 この騒動に参加する気はなさそうだが、止めようという気配はまったくない。 その近くにいた青髪の少女に至っては、完全に我関せずを決め込んで手元の本に目を落としている。 そしてエリスは最後に柊に視線をやって……息を呑んだ。 僅かに目を細めて沈黙を保っている彼は、今まで彼女が見た事がない顔をしていた。 顔に感情を乗せないまま、けれどありありと感情を滲ませながら柊の手が動いた。 エリスはそれを止めることができなかった。 「あンっ!?」 投げつけられた教科書が顔面に直撃し、小太りの生徒は悲鳴を上げてもんどりうって倒れこむ。 同時に教室が水を打ったように静まりかえった。 生徒達は時間が止まったように表情を固まらせ、キュルケは驚きに目を見開き、青髪の少女は本から僅かに目を上げた。 急に沈黙が訪れた教室にようやく我を取り戻したルイズが、ゆっくりと顔を巡らせる。 生徒に教科書を投げつけた犯人――柊は椅子に背を預けたまま、酷く冷たい目線を生徒に送ったまま口を開いた。 「……わりぃ。手が滑った」 謝意など微塵も感じさせない柊の言葉に、誰一人として返す者はいない。 しばしの沈黙の後、小太りの生徒が顔を抑えながらよろよろと立ち上がった。 わずかな怯えと多大な怒気を孕ませて、彼は偉そうに席にふんぞり返っている柊に口角を飛ばした。 「お、お前……そこの平民! なんて魅惑的な一撃を――違う、僕を誰だと思ってる!?」 「知らねえよ。会った事もないしな」 ぶっきらぼうに言い放った柊に、生徒は床を蹴り懐から杖を取り出して見せ付けるように突きつけた。 「僕は『風上の』マリコルヌ! 貴族だぞっ!? 平民が貴族に手をあげるなんて――!」 「……あいにく、貴族だの平民だの関係ないトコから来たんでな」 言って柊はゆっくりと席から立ち上がる。 同時にマリコルヌの体がびくっと震え、そして生徒達がざわめいた。 険悪な雰囲気が漂い始める中、柊は――マリコルヌの方には行かず、教壇で凍り付いているシュヴルーズの下に歩き出した。 「な、なんですか! 一体何を――!」 歩み寄ってきた柊にシュヴルーズは狼狽して後ずさる。 そして柊はシュヴルーズに、 「授業の邪魔してすいませんでした」 頭を下げた。 ぽかんとしたままのシュヴルーズの返答を待たず、柊は踵を返して教室を後にする。 「柊先輩!」 慌ててエリスは立ち上がり、柊の後を追った。 教室を出る間際彼女は振り返り、シュヴルーズとルイズに目線をやる。 半瞬迷った後エリスは深々と頭を下げ、そして教室から姿を消した。 二人の人間が姿を消し、教室に残ったのはただ沈黙だけ。 「なっ……何なんだよ! 謝る相手が違うだろ!?」 マリコルヌが思い出したように悲鳴を上げた。 しかしその怒りをぶつける相手は既に教室には居らず、彼は代わりに席で立ち尽くしたままのルイズを睨みつけた。 「おい、ゼロのルイズ! 自分の使い魔の躾もできないのか!?」 ルイズはマリコルヌの言葉にわずかに身体を揺らしたが、答える事はできなかった。 代わりにいくらか落ち着きを取り戻したシュヴルーズの声が響く。 「まあまあ、落ち着きなさいミスタ・グランドプレ」 「しかしですね、ミセス――」 「彼等がミス・ヴァリエールの使い魔でないと言ったのは貴方ですよ? ならば彼女に躾の義務などないのではありませんか?」 「いや、それは……っ」 「席に座りなさい、二人とも。授業を始めましょう」 いくらか厳しさを増したシュヴルーズの声にマリコルヌは渋々と、そしてルイズは呆然としたまま着席した。 そんなルイズの様子を見て、シュヴルーズは小さくため息をつき 「まあ、彼は今はまだ使い魔ではありませんが……平民でありながらミス・ヴァリエールのために貴族に手を上げた点に関しては使い魔の素養は十分でしょう」 時と場合を選んで欲しいですけどね、と苦笑を漏らした。 ルイズはその言葉でようやく顔を上げた。 どうやらそれは締めの言葉だったようで、シュヴルーズは頭を切り替えて何事もなかったように自己紹介を始めていた。 シュヴルーズは謙遜しているのか自慢しているのか定かではない『土』系統の講釈を垂れ流しているが、ルイズの耳には全く入っていない。 (あいつが……私のために?) ルイズは頭を振ってそれを否定する。 柊から敬意を受けた事など一度だってない。 それどころか、ついさっき貴族である彼女を騙して楽しんでいた。 何より、最初の段階で契約を拒絶したのは他ならぬ柊なのだ。 百歩譲って平民である事は仕方ないにしても、契約ができなかった原因は間違いなくあの男ではないか。 「そうよ。全部あいつのせいなんだから……」 半ば言い聞かせるようにして彼女は小さく呟く。 だが、どんなにそれを繰り返しても胸の裡に沸いたよく分からない感情は消えなかった。 ※ ※ ※ 「どこの世界でもいじめっつーのはあるもんだな……」 教室を辞して、案内された道順を逆に辿って棟の外まで歩いていった柊は嘆息しながら呟いた。 かつて彼の在籍していた輝明学園はいささか自由に過ぎた校風があり、そういった陰湿な類のものは半ば縁のないようなものだった。 なので実際そういうモノを目の当たりにした時反射的に行動してしまったが、思い返せばいかにも軽率といえた。 アレで誰が困るかといえば、それは柊自身ではなく残されたルイズだろう。 「後で謝っといた方がいいよな、やっぱり」 言いながら柊はその場に座り込む。 と、そこに背後から駆けてくる足音があった。 「先輩……」 「なんだ、エリス。お前も出てきちまったのか? ますますルイズの立つ瀬がねえな」 振り向いてエリスの姿を確認すると、柊は苦笑を漏らしながら言った。 エリスは柊の隣に座り込み、顔を俯けたまま黙り込んでしまった。 少しの沈黙の後で彼女はおずおずと口を開いた。 「ルイズさん……可哀想でしたね」 「……『ゼロのルイズ』なあ……」 ゼロのルイズ。 マリコルヌとか言う生徒の台詞や回りの反応から察するに、要するに落ち零れだとかそういう意味なのだろう。 学院に帰る時に他の生徒達が空を飛んで帰還していたが、彼女は歩いて戻っていた。 柊達に気を使っていたとか魔力(?)がなくなっていたとかではなく、『使えなかった』のかもしれない。 それと、召喚時に柊を追い回しながら滅茶苦茶に周囲を爆発させていた魔法。 あの時アレは『そういう魔法』だと思っていたが、マリコルヌとか言う生徒が「魔法が使えない」と言っていたあたりからすると『魔法の成り損ない』なのだろうか。 ただ、一つだけ柊には気になる事があった。ある意味ではこちらの方がより重大でもある。 「……『サモン・サーヴァント』」 「……先輩?」 「あれはちゃんと成功したって言ってたよな」 「そう言ってましたけど……」 エリスが首をかしげながら答えると、柊は顎に手を添えて黙考し、そして誰に言うでもなく喋り始める。 ――柊 蓮司と志宝エリスはルイズの『サモン・サーヴァント』により召喚された。 異世界の存在を知らないハルケギニアの人間にはわからないだろうが、本来世界の壁を突破してゲートを繋げる行為はとてつもないものなのだ。 ファー・ジ・アースではそれこそ世界の守護者が率いる『ロンギヌス』並の組織力が必要だし、同じ外世界で言うならミッドガルドは送還の儀式に複数人数で七日間の準備期間を要した。 単独で異世界へのゲートを創る事を可能としたのは、柊の知る限り裏界でも一・二を争う力を持つ大魔王ベール=ゼファーと、その彼女の力を与えられた異界の守護騎士のみ。 つまりルイズのやった事は、いわゆる『魔王級』――それもかなり上位の存在が行使する力に近い事なのだ。 「じゃあルイズさんって実は凄い力を持ってるとか……」 「まあ俺等の基準でこの世界の力を判断していいのかわかんねえけど」 お手上げ、と言った風に柊が肩を竦めて見せると、隣で座っていたエリスはわずかに顔を傾けた。 「……ルイズさんには言ってあげないんですか?」 ぽつりと漏らすように彼女が言うと、柊は途端に難しい表情をしてしまった。 「あくまで俺等の基準で言えば、って話だし、言ったってどうせ信じないだろ。あいつ、俺達が異世界の人間ってこと、絶対信じてねえ」 「……ですよね」 嘆息交じりにエリスは返し、頭を垂れた。 目の前で月衣を見せられて、そして0-Phoneとその内蔵データを見てもルイズは未だに話半分でしか捉えていないのだ。 こうなると彼女の満足する『証拠』はそれこそ実際にファー・ジ・アースに連れて行くぐらいしかない。 だがそんな事ができるのなら彼女が信じようと信じまいと関係がなくなってしまう。 なぜならその時点で帰る方法が見つかっているのだから。 「……っ?」 そんな時、ふと眩暈を感じてエリスは頭を抑えた。 頭の芯にノイズが入ったような気がして、僅かに表情を歪める。 「どうした、エリス?」 エリスの様子に気づいて柊は彼女を覗き込む――と同時に。 地面が揺れるような衝撃と、爆音が響いた。 「!?」 二人は同時にそちらを向いた。 遠くで何か喧騒のような声が聞こえる。方向から行くと、確かルイズ達のいた教室のほうだ。 「なんだぁ……!?」 事態を確かめようと立ち上がった後、柊はエリスを思い出して顔を向けた。 どうやら眩暈(?)は収まっているようで、彼女も立ち上がって柊を見た後小さく頷いた。 二人は歩いてきた道を辿って教室まで駆けつけると、その中を見て思わず息を呑んでしまった。 整然としていた教室内は無残に荒れ果て、窓ガラスは片っ端から割れており、生徒達の使い魔が狂騒していた。 座席の下段の方は跡形もなく崩壊していた。中上段から避難していたらしい生徒達がおそるおそる頭を出していた。 ふと目をやれば、壁にもたれかかる格好でシュヴルーズが気絶している。 そんな大惨事の中で、何故か教壇に立ち尽くしているピンクブロンドの少女が一人。 彼女は所々破れた衣服を気にする風でもなく、乱れた髪をいっそ優雅と思えるほどに軽くかきあげて、言った。 「……ちょっと失敗したみたいね」 教室中から怒号が響き渡った。 前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 夜の闇が段々と深くなってゆくトリステイン魔法学院… その女子寮塔の上階にある部屋の窓から飛んで出てきた霊夢は、塔の出入り口へと降り立った。 持ってきた御幣は紙垂の付いている方を上にして担いでおり、体が動くたびに音を立てて揺れる。 (やっぱりというかなんというか。流石にこうまで暗いと見つけられるモノも見つけられないわね…) 地上へ降り立った霊夢は、外が余りにも暗いという事実に内心溜め息をつく。 既に辺りは闇に包まれており、少し離れたところにある城壁に置かれた燭台から出ている明かりがハッキリと見えている。 しかしそれはここを明るくするには至らず、仕方なく霊夢は自分の両目に神経を集中させて辺りの様子を探り始めた。 いかなる状況でも冷静に判断し、相手の攻撃や弾幕を避ける博麗の巫女にとってこれぐらい朝飯前の事である。 彼女の目はゆっくりと、しかし確実に夜の闇に慣れていく。 やがて数十秒もしないうちに辺りの風景が少しだけハッキリと見えたところで、霊夢は出入り口付近である物を見つけた。 朝と昼、それに夕方には多くの女子生徒達が出入りする女子寮塔の出入り口に、潰れたカンテラが放置されていたのである。 まるでハンマーで叩き付けられたかのようにカンテラ全体がひしゃげており、ガラスも粉々に割れて地面に散乱している。 これが霊夢が思っているほどの存在が起こした仕業でなくとも、確実にただ事でないのは確かだ。 「さてと、こんなことをした犯人は何処にいるのかしらね…」 一人呟くとそのまま足を一歩前に出して塔の出入り口からロビーへと入り、すぐ横にあるドアへと視線を向ける。 幸いドアの真上には壁に取り付けられた燭台があり、ドアとそのドアに取り付けられたプレートには【事務室】という文字が刻まれている。 霊夢にはその文字は当然読めないのではあるが、きっと学院の教師辺りが寝泊まりしているに違いないと直感した。 すぐさま霊夢は、そのドアへ近づこうとしたのだがその前にドアノブが回り、油の切れたような音をたててドアが開いた。 ドアが開いた先に佇んでいたのは…マントを外し、何も入っていない花瓶を右手に持ったミセス・シュヴルーズであった。 シュヴルーズは顔を真っ直ぐ地面を向けており、彼女の真正面にいる霊夢にその表情を見せはしない。 霊夢は一瞬誰かと疑問に思ったが、とりあえずここの教師だろうと判断して声を掛けた。 「ねぇ、アンタ学院の教師でしょう?さっきここからものすごい音が……!?」 言い終わる前に霊夢は、突如顔を上げた教師の゛顔゛を見て不覚にも言葉を失ってしまった。 しかし、今のミセス・シュヴルーズの゛顔゛を見れば誰もが驚愕するに違いないであろう。 いつも生徒達からは「優しいシュヴルーズ先生」と言われ、慕われているミセス・シュヴルーズ。 その彼女のふくよかな顔についている両目に覆い被さるかのように、アイマスクのような得体の知れない物体が貼り付いていた。 例えるならば「色鮮やかなはんぺん」というのがしっくり来るのであろうか。 はんぺん程の大きさもある薄い虹色の物体がミセス・シュヴルーズの目に貼り付いているのだ。 更にその物体はナメクジが地面を這うかのようにゆっくりと動いており、見る者に吐き気を催させる。 霊夢は吐き気とまではいかなかったものの、その場で体を硬直させてしまった。 それを隙ありと見てか、シュヴルーズ『らしきモノ』は右手に持っていた花瓶を振り上げた。 それに気づいた霊夢がしまったと言わんばかりの表情を浮かべた瞬間、無情にも花瓶は霊夢の頭に向けて振り下ろされる。 しかし黙ってやられる霊夢ではなく、持ち前の運動神経で振り下ろされた花瓶を両手で受け止めた。 あと一歩というところで止められたが、シュヴルーズ『らしきモノ』は振り下ろした花瓶をもう一度振り上げる。 霊夢はすかさず、シュヴルーズ『らしきモノ』の右手首を手刀で打った。 無駄のない動きで繰り出された手刀おかげで、シュヴルーズ『らしきモノ』の右手から花瓶を手放す事ができた。 床に落ちた花瓶は陶器が割れるかのような音と無数の破片を床一面にまき散らす。 武器を失ったシュヴルーズ『らしきモノ』は一瞬だけ動きが止めたが、それが命取りとなった。 「ハァッ!」 覇気のある声と共に、霊夢は鋭い回し蹴りをシュヴルーズ『らしきモノ』の顔…否。 正確にはシュヴルーズの『目にはり付いている物体』へお見舞いした。 グチャ!……ベチョン! 鋭い蹴りは見事その物体をシュヴルーズの顔から取り除く事が出来た。 無理矢理はぎ取られた物体は、生理的に嫌な音を立てて今度は地面に貼り付く。 そしてそれから数秒も経たないうちに、はんぺんを彷彿とさせる平べったくて丸い形から素早くその姿を変えていく。 グニョン…グニョン…と嫌な音を立てながら変貌したその姿は、ナメクジそのものである。 しかし、その見た目は見る者が恐怖を覚えるほどグロテスクなものであった。 赤から黒へ、黒から黄色へと…その体色は目まぐるしく変化していく。 ときにははんぺんの時と同じような虹色から数十色もの絵の具をバケツに入れてかき混ぜたような色まで… そんな風に忙しく色を変えながら、ドクンドクンと体を震わせる。 常人ならばまず、その不気味さに全身の毛が逆立つほどであった。 しかし霊夢は、その生物に対し毛が逆立つどころか僅かな怒りを露わにして言った。 「気持ち悪いヤツね…さっさと死んでちょうだい」 すぐさま懐から一枚の小さなお札をとりだし、サイケデリックなナメクジに投げつける。 手を近づけたくない不気味なナメクジの体にそのお札が貼り付いた瞬間、ポッ…とお札に小さな火がついた。 だがそれも一瞬のことで、あっというまにその火は大きくなってナメクジの体を包み込んだ。 その身を炎に包まれたナメクジは体全体を無茶苦茶に振り回しつつ、消滅していった。 僅か数秒の出来事の後に残ったのは、元はお札だった小さな灰の山だけでナメクジがいた痕跡は全くない。 見ていて不愉快になる存在がいなくなったのを確認した霊夢は小さな溜め息をついた。 「ホント…この世界の生き物はよく私に絡んでくるわね。人間も含めて…」 イヤミにも聞こえるかのような事を呟いた後、床に倒れているシュヴルーズへと視線を向けた。 あの変なナメクジに寄生されていた彼女は何事も無かったのかの様に、幸せそうな表情を浮かべて寝ている。 それを見た霊夢は放っておいても大丈夫ね。と心の中で呟いてドアが開いたままの事務室へと入った。 夜の事務室には、生徒が寮塔を抜け出さないように二人の教師が部屋の中にいる。 しかし…今日に限ってその部屋には誰もおらず、代わりに凄惨な光景が広がっていた。 部屋に置いてある二つのベッドの内ひとつは、無惨にも切り裂かれている。 教師達が夜遅くに書類仕事をする為の机は横倒しになっていて、高そうな椅子は徹底的に破壊されていた。 そして綺麗なフローリングの床には、水とも血とも言えない不気味な液体が付着している。 霊夢は部屋の中を見て目を細めた後、一歩ずつ足を進めて部屋の奥へと進んでゆく。 (さっきの悲鳴が聞こえてすぐにここへ来たというのに…よほど気が立っていたのかしら?) 心の中でそんなことを思いつつ、霊夢は前方にある窓の方へと歩み寄っていく。 開きっぱなしの窓はキィキィと音を立てて風に揺られており、恐怖をあおり立てている。 だがありとあらゆる怪異に立ち向かう博麗の巫女には、そんなもの等こけおどしにすらならない。 それでも用心に用心を重ね、深い闇に覆われた外が見える窓の方へとゆっくり近づいていく。 段々と近づくたびに窓を通して入ってくる生ぬるいのか冷たいのかわからない風が、霊夢の顔と黒髪を撫でる。 この部屋全体を包む得体の知れない恐怖よりもその風に鬱陶しさを覚えつつも、霊夢はゆっくりと窓から顔を出して外の様子を探る。 今夜は月が隠れているということもあってか、一メイル先の視界は闇に閉ざされてしまっている。 窓から顔を出して外の様子を確認していた霊夢は一回だけ頷くと、勢いよく開きっぱなしの窓を出口にして外へと飛び出した。 ガサッ…と靴が芝生に触れる音を出して外に出た霊夢は、目を瞑ってこの付近一帯の気配を探り始める。 (思った通りね…今朝の化けものと同じような気配の持ち主がここの何処かにいる…!) 予想していた通りの気配を察知できた霊夢は、次にその気配の持ち主が何処にいるのか探り始める。 それから数十秒後。パッと目を開けると、スッとある方角へと顔を向けた。 顔を向けた先に何があるのかある程度知っていた霊夢は、目を細める。 (場所からして、明らかに誘ってるわね…。かといって放っておけば何をしでかすかわからないわ…) 全く面倒なことになったわね。と呟いた後、霊夢は大きな溜め息をついた。 「結局、何処にいても博麗霊夢のすることは同じってコトなのね…ハァ」 溜め息の後に呟いた皮肉めいた言葉に、霊夢はやれやれと言いたげ表情を浮かべてまたも溜め息をついた。 結局、どんな所にいても自分は人の命を脅かす化けものを退治するしかない宿命にあるのだ。 今更悩んでも仕方ないのだが、こうも頻繁にこういうコトがあると頭を痛ませる要因となってしまう。 しかしこのまま悩んでいても勝てる相手には勝てないと知っている霊夢はすぐにその気持ちを切り替える。 (でもすぐに済ませれば早く寝れるし、さっさと片づけますか…) 頭を軽く振った後、キッと目を細めると背中に担いでいた御幣を左手で勢いよく引き抜いた。 シャラララン、と御幣の先端に付いた薄い銀板で作られた紙垂がハンドベルとよく似た綺麗な音を鳴らす。 黒一色に塗られた御幣の本体は長く、もしもの時には槍のような武器としても役に立ってくれるであろう。 次に右手でお札を何枚か握った霊夢はフワッと体を浮かばせると、そのまま闇の中へと向かって飛んでいった。 飛んでいった先にあるのは、先程顔を向けた方角にある衛士の宿舎であった。 霊夢が暗闇の中へと消えていって一分くらいした後、一人の少女が事務室へと入ってきた。 少女は部屋の凄惨な光景に一瞬足を止めたものの、すぐに何事もなかったかのように歩いて窓の方へと近づく。 先程、霊夢が出入り口として使用した窓から外の様子を覗いた後、ずれていた眼鏡を右の人差し指でクイッと持ち上げた。 「……見失った」 少女――タバサはそれだけ言うと踵をかえし、事務室を後にした。 ◆ 場所は変わって、ルイズの部屋―――― 霊夢とタバサが部屋を出てから僅か数分後… 開きっぱなしの窓から入ってくる冷たい夜風で起きることなく、魔理沙とルイズは熟眠している。 いつもならば朝まで寝ているのだろうが、今夜に限ってそうはいかなかった。 突如、灯りのない暗い部屋の隅からボゥ…と黒い人影が現れたのだ。 そいつは自らが出てきた部屋の隅から音もなくルイズ達の寝ているベッドの傍へと移動する。 起きている者がいれば幽霊が出たと叫ぶであろうが、生憎そんな者はいない。 ベッドの傍へと近づいた人影は自身の懐をゴソゴソと漁り、小さな人形を取りだした。 次いで、手のひらサイズの人形の背中に付いているゼンマイをゆっくりと巻き始める。 キリキリキリ…キリキリキリ…と独特の音が静寂と闇に包まれた部屋の中に木霊する。 やがて十回近く回したところで人影は手を止め、人形をルイズの傍へと置いた。 人影の手から離れた直後、人形はルイズの方へトコトコと歩き始める。 既に深い眠りに落ちているルイズはそれに気づくこともなく、とうとう人形はルイズのすぐ目の前にまで来た。 そこで人形は急に動きを止めると、突然腕を上下に動かしながら人間でいう口の部分からこんな音声を発した。 『つるぺたって言うなぁー…!』 一体何処の誰から取った声かは知らないが、あまりにも悲惨な叫び声である。 そんなある種の女性に対して悲壮感を漂よわせる叫び声が、ルイズの耳に容赦なく入っていく。 「うぅ…ぅ…」 最初の方こそ悪夢にうなされるかのように悶えていたが、段々とその意識は覚醒していく。 何せ自分が今一番気にしている事を耳元で寝ている最中に呟かれているのだ、たまったものじゃない。 そして人形が動き始めてから数十秒が経った頃、遂にルイズは声の主に対して反逆を始めようとしていた… 「うぅ…だれが…だれが…――― 誰 が ツ ル ペ タ よ ぉ ! !」 思いっきり両目を見開いた大声でそう叫ぶと、枕元に置いていた杖を手にとった。 無論杖の先を向ける相手は自分の耳元で自分のコンプレックスの元を呟く相手である。 しかし、その相手があまりにも小さくしかも人間ではなかったということに気づいたのには、数秒ほどの時間を要した。 最初は部屋が暗くて良くわからなかったものの、目が部屋の暗さに慣れるとそれが人形だということに気が付いた。 「なによ…コレ。人形?」 意外な犯人の正体にルイズは何回か瞬きをした後、その人形を手にとってマジマジと見つめた。 その瞬間、ふと目の前でバッと何かが光り輝いてルイズの姿を照らし出す。 突然のことにルイズは呻き声を上げる暇もなく目を瞑ると、何処かで聞いたことのある声が聞こえてきた。 「こんばんはルイズ・フランソワーズ。良い夜をお楽しみかしら」 まるで世界の理を知り尽くした賢者ですら弄んでしまうかのような麗しき美少女の声。 ルイズはすぐにその声の主が誰なのか直感し、目を瞑りながらその名前を呼んだ。 「一体こんな時間に何の用なのよ…ヤクモユカリ!」 まるで彼女がその名を呼ぶのを待っていたかのように、光はフッと消える。 ルイズが恐る恐る目を開けてると案の定、目の前にはドア側の椅子に腰掛けている八雲紫がいた。 彼女は最初に会ったときに来ていた白い導師服ではなく、紫色のドレスを身につけている。 まるで自分のイメージカラーだとでも主張するかのように、そのドレスは彼女にとっても似合っていた。 しかし、寝ている最中に嫌な起こし方をされたルイズはドレスなど眼中になく、この無礼な相手に対してどう落とし前をつけようか考えていた。 「熟眠している貴族を無理矢理起こすなんて、無礼にも程があるわよ…」 「御免あそばせ。でも私たち妖怪にとって、夜というのは人間でいう朝を意味しますのよ?」 起きたばかりのルイズは今の自分に出せる少しだけドスの利いた声でそう言ったが、紫には全く効いていない。 それどころか必死に睨み付けてくるルイズを、まるで可愛い仕草をする子猫を見つめるかのような目で見ていた。 人を夜中に起こしてニヤニヤと笑みを向けてくる紫に、ルイズは前に霊夢が言っていた言葉を思い出した。 ―――コイツ相手にムキになっても意味ないわよ (霊夢の言う通りね…まるで笑顔を浮かべた人形相手に怒鳴ってる感じがするわ…) 「はぁ…で、人を夜中に起こすほどの用事って何なのかしら?」 生きている相手に対してどうかと思う例えを心の中で呟いた後、ルイズは溜め息をつきながら話し掛けた。 どうせなら話し掛ける前に爆発の一つでもお見舞いしてやりたいところだが、結局はしないことにした。 こんな夜中に爆発を起こしたら他の生徒から翌朝嫌な目で見られるし、第一人の皮を被ったこの化けもの相手に正攻法が通じるとは思えない。 つまりルイズは、無意識的に八雲紫という境界の妖怪に対してある種の恐怖心を抱いていたのである。 「…無断で借りていた物を返しに来たのと、ちょっとした話をしにきたわ」 無断で借りていた物ですって?ルイズはその言葉にピクンと体を震わせて反応した。 貴族とかそういう物を抜きにして、人の物を何も言わずに持っていくとは何事だろうか。 いくら人よりも上をいく存在だからといって、少し厚かましいのではないか。 ルイズは心の中でそう思ったが、それを口に出す前に紫が頭を下げた。 「まぁ借り物の件についてはちょっと忙しくて言うのを忘れていたのよ。ごめんなさいね」 「え…?あ、あぁ…まぁ謝る気があるのなら別にいいわよ…」 絶対他人に頭を下げることはしないような相手に頭を下げられて、流石のルイズもあっさりと許してしまう。 まぁ寝起きということもあってか、ルイズもそれ以上追求することはなかった。 「ふわぁ~…で、借りた物って何のよ?それが気になるんだけど」 欠伸をしつつもルイズは、そんなことを紫に聞いてみた。 ルイズの記憶では、自分が記憶している持ち物は大抵この部屋に今も置いている筈だ。 一体いつ紫は勝手に持っていったのであろうか。 そこが気になっていたものの、一方の紫はルイズの質問に対して紫は目を丸くした。 「あらら…その様子だとどうやら忘れちゃってるようね…」 よよよ…と紫は泣き真似をしつつも左手の甲で口元を隠して微笑んだ。 その態度にルイズはムッとしたのだが、またも霊夢の言葉を思い出して怒りを堪える。 「一体何を持っていったのよアンタは…?でも…とりあえずは返してくれるんでしょう」 「えぇ。…でもそれは後でも出来るからまずは話の方を済ませちゃいましょう?」 ルイズの言葉に紫はそう答えた後、パチン!…と指を景気よく鳴らした。その瞬間… 「さぁ、話を始めましょうか」 ベッドの上にいたルイズは一瞬にして―― 「……!?」 ――ベッド側の椅子に座らされていた。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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ルイズが呼び出したのは数十枚の裏の模様が共通の絵札と腕につけ絵札をセットするために作られたような盤だった。 召喚のやり直しを要求するルイズだが監督のコルベールはそれをそれを却下しルイズにそれと契約するようきたした。 しぶしぶといった感じでとりあえず絵札に口付けるルイズ…だが、その途端ルイズは苦しみだし気絶してしまった。 彼女は医務室へと運ばれていった。 なお、使い魔のルーンはコルベールが確認したところ一番上の絵札の表側に刻まれていた… それによりとりあえず進級の方は認められたようだ。 翌日姿を見せたルイズの雰囲気は激変していた… なんというか今まで品位等には気を使っていたのに衣類は雑に着こなし朝から飲酒。 食堂を出た後には完全にふらついていた。 手には昨日召喚した盤をつけていた… さらに最初のシュヴルーズの授業でも明らかにやる気がなくふざけた態度、激怒したシュヴルーズは 周りが止めるのも聞かず彼女に錬金をやらせたが彼女はめんどくさそうに行った錬金は失敗、 爆発によりシュヴルーズは気絶してしまった。 何人かの目にはいつもと違いまるで成功させるという気概さえもないようにさえ思えた… これらのルイズの激変は召喚したのが変なものだったせいで狂ってしまったようだ…と周囲には認識された。 別にもともと問題児だ。気にするほどでもないと大体の者は思ったが… ただ、元々は成績的問題児だったのが素行的問題児になったというのには参ったもんだと思ったようだが… その様子だ…いつ問題ごとを起こしてもおかしくない… 案の定、昼食時に早速厄介ごとが起こった。 食堂でギーシュが2股がばれたのを飲んだくれていたルイズが思いっきり笑ったのだ。 他の連中も笑っていたがルイズの笑いは他の笑ってる人間が笑いをとめてそちらを見るほど大きく 心底から笑っているようだった。まして今のルイズはチンピラの様… 明らかに自分より落ちぶれた人物に笑われ黙っているギーシュではない。 ギーシュは怒りに任せて彼女に決闘を申し込んだ。ルイズはそれをカモが来たのを喜ぶ様に笑い受けた。 ヴェストリの広場にて対峙する2人。まずはギーシュがワルキューレを呼び出した。 所詮はルイズと侮ってるのか彼女を挑発する。 「先に仕掛けたまえ、無駄だと思うがね」 それを聞いたルイズはそれを鼻で笑う。 「いいわよ…あんたこそ一体だけでいいの?それじゃあつまらないわ…」 やや、酔っ払い気味のルイズのその言葉に怒ったギーシュはワルキューレを7体に増やした。 それを確認したルイズは盤に束ねてセットしてあった絵札を一枚抜き盤の別の場所に置いた。 その瞬間、ルイズの前に竜に近い外見で金属製のゴーレムが現れた。 「なッ!?」 絶句するギャラリーとギーシュ。ルイズは相変わらずの調子で言う。 「ねぇ、ギーシュ。あなたギャンブルってやったことある?なんか、急に興味でてきてさぁ…ちょっとやってみない? こいつはね、頭と手のところに弾丸が3発ずつ装填されてるの…最大装填数は6だから確率は2分の1… このギャンブルでやると最大3回一気に攻撃できるの…じゃあ…始めましょうか!ロシアンルーレット!!」 ルイズがそう言うとゴーレムを構成するパーツの3箇所が回転を始める。そして停止。 「2発アタリね…リボルバードラゴンの攻撃!!ガンキャノンショット!!」 銃弾はワルキューレ2体を粉々に打ち砕いた…動揺したギーシュはワルキューレ1体をルイズへと向かわせるが リボルバードラゴンが前に立ちはだかる。 「話聞いてなかった?この方法でやると…つまり普通に攻撃もできるのよ? 一体だけ向かわすなんてお馬鹿さん…リボルバードラゴンの迎撃!!ガンキャノンショット!!」 その攻撃でワルキューレがまた一つ砕かれた。さらにうろたえるギーシュ。 「あらぁ!?何もしないのぉ!?じゃあ、また私の番ね…リボルバードラゴンの銃弾も装填されたし… ロシアンルーレット!」 再び一部が回転するリボルバードラゴン。そしてまた止まる 「3個当たり…ついてるわぁ…ガンキャノンショット!!」 ワルキューレの数は一気に1体になった。呆然とするしかないギーシュ。 「呆けた隙に銃弾装填♪ロシアンルーレット!!」 弾倉が回る…ギーシュに不吉を告げる弾倉が…と、ルイズが口を開いた… 「ああ!言い忘れてたわ!場に撃つ物がなかったらねぇ…撃たれるのはギーシュあなただから」 「え?」 語られた事実に一瞬呆けるもギーシュは慌てて静止をかける。 「ま、待ってくれ!僕が悪かった!僕の負けでいい!謝るから!許してくれ!」 「許してあげたいのはやまやま何だけどねぇ…一度稼動したら止まらないの… これぞロシアンルーレットってことかしらねぇ?」 ルイズは苦笑いを浮かべた。といってもわざとらしい苦笑いであったが… いや…そもそも攻撃が止まらないといっても目標まで変えられないわけではなかったりする。 つまり、ルイズはギーシュの命で完全に遊んでいた… 「そ、そんな…」 蒼白になるギーシュ。そして弾倉の回転が止まり銃声が響いた… 「…アタリは1発…ワルキューレのみ撃破…運が良かったわねぇ、ギーシュ~?アハハハ!」 気絶し下半身を湿らせたギーシュに向かいそう言うとルイズは去っていった… それから数日後… 盗賊土くれのフーケにより学院の宝物庫から黒き召喚の板なるマジックアイテムが盗まれたらしい… ルイズはフーケの討伐に暇つぶしとでもいうように参加した… フーケのアジトと思われる小屋の前でルイズ、キュルケ、タバサは様子を伺っていた。 3人をここまで案内した学院長秘書のロングビルは周囲を偵察してくるいってといってしまっていた 「で、どうするの?」 「誰か一人がいって様子を見てくる」 タバサが提案する。だが、ルイズが動いた。 「まどろっこしいわねぇ…フーケから攻めさせてフーケを倒した後に回収すればいいじゃないの」 「あんたね。いくらなんでもそりゃあ無謀ってもんよ。大体どうやってフーケの方から仕掛けさせるの? 挑発なんて罠があること丸わかりでしょ?」 「ならこうすればいいでしょ」 ルイズは絵札の束からカードを選び出し盤にセットする。 「罠・魔法カード 守備封じ発動!!」 としばらくして、近くの草むらからロングビルが現れた。だが、様子が変だ。 「ちょっと!?どうなってるんだい!?クッ…」 彼女は杖を振ろうとする。だが、表情や時たま起こる硬直からは自身の動きに抵抗しているような節が見られた。 だが、それを振り切るように彼女の手は杖を振る。その瞬間、地面から巨大なゴーレムが出現する。 「なっ!?」 「!?」 驚愕するキュルケとタバサ。だが、ルイズだけはその事実を淡々と享受し嘲笑を浮かべていた。 「なるほど…ずいぶんとせこい真似してくれるわね…ロングビル…いえ、土くれのフーケさん?」 図星をつかれた彼女は顔を歪ませるもどうやらもう自由になったらしい体でゴーレムの肩に飛び乗る 「チィ…まあいい…お前さんの持っているそれはどうやら宝物庫にあった秘法と同じ物らしい… どうやらその絵札がないと使えないみたいだけど…あんたからいただくことにするよ!!」 ゴーレムが向かってくる。だが、ルイズはあざけるかのような笑みを浮かべ新たな絵札を盤に置く 「出てきなさい…デモニックモーターΩ!!」 次の瞬間ルイズとロングビル…フーケのゴーレムの間にどこか禍々しい姿をした光沢を持つ ゴーレムが出現した。それがフーケのゴーレムを迎撃する。 「デモニックモーターの迎撃!!攻撃名は…そうねぇ…ヴァリエールクラッシャー!!」 デモニックモーターの攻撃…ヴァリエールクラッシャーがいとも簡単にフーケのゴーレムを切り裂いた。 フーケは一瞬呆然となるがすぐにゴーレムを再生しようとする。 しかし、タバサとキュルケが捕縛し決着はついた。 ルイズは遊び足りないと呟いたようだが… 「ところで、ルイズ…そのネーミングセンスはないでしょ?」 「別にいいじゃない」 「…いかす…」 「タバサ!?」 フーケを捕らえたあと小屋に入ると黒き召喚の板…ルイズが手につけてる盤と同じ形をしながらも漆黒に染まった それを発見した。ルイズは自分の手にはめているものを外し、絵札の束もそれから外すと 漆黒の盤にそれをさし込み自らの手につける… 「気に入ったわ…」 レコンキスタの間者であったワルドの魔法がアルビオンの皇子ウェールズの体を貫いた。 「これでウェールズの暗殺の任務は完了だ… さて、あとはルイズ…君さえ素直に言うことを聞いてくれればすんなりことは済む… いうことを聞いてくれないかな、ルイズ?」 ワルドがルイズに問いかける。だが、ルイズは体をただ振るのみ… 怯えていると思ったワルドは彼女に優しく言葉をかける。 「怯えなくていい…君が何もしなければ僕も」 と、震えがとまりルイズが顔上げ…そして叫んだ。 「あ~!?ふざけたこといってるんじゃないわよ!!このカスが!! 私はあんた如きの命令をきくなんざクソ食らえよ!!」 「ッ…ならば仕方ない…ウェールズの後を追って…!?」 ワルドは気づく…いつの間にかウェールズのいた場所の付近に霧が出現しているのに… その霧の中から何かが出てくるのに…それはおそらく入れ物…そう思えた… 「皇子様の後ぉ!?何言ってんのよ?ほら~!」 その入れ物が開く…中から現れたのはわけのわからないといった感じの表情のウェールズ。 「なっ!?」 「罠カード発動…タイム・マシーン!!あんたにやられる前の皇子様をおとりにしてそのちょっと前の皇子様を 呼び寄せたのよ…残念だったわね」 「クッ…ならばもう一度!!」 ワルドが杖を振り魔法を放つ。状況を理解してないウェールズは回避できない。と、 「アハハハ!!罠カード発動!!メタル化魔法反射装甲!! 殿下…失礼ですが少しの間、体をメタル化させてもらうわ!!」 ルイズのいうとおりウェールズの体は金属となる…それにワルドの魔法が直撃する。 それを見て愉快そうにしながらルイズはワルドへと口を開く… 「この罠はねぇ…対象の体をを私のモンスターと同じ…対魔法仕様フルメタルに変化させるの… そして…」 次の瞬間、ウェールズに命中した魔法はワルドの元へと反転し向かう。 「魔法攻撃を攻撃してきた馬鹿のほうに反射させるの!! ちなみに私が横に侍らせてるのも反射はしないけど魔法は効かないわよ?残念だったわね。 そしてあんたの魔法の攻撃力を殿下の攻撃力に変換!! 殿下の攻撃力も400ポイントアップした…微弱ながら攻撃力は逆転したわ!」 跳ね返った魔法がワルドに直撃しワルドが消える… 「チッ…遍在か」 「そういうことさ…」 ルイズの前に3人のワルドが姿を見せる。 「本体は別の場所さ…まさか、君がここまでやるとは思わなかった…今回は退かせて貰う」 「逃がすか…くたばれ!カスが!!」 ワルドの遍在…その一人の首に奇妙な輪が装着される。そしてそれが爆発しワルドの遍在一体を消し飛ばした。 「無駄だ…なっ…!?」 瞬間…残りのワルドの遍在が消えた… そして彼の本体は… 「馬鹿な…」 口から大量の血を吐き出し…そして崩れ落ちた… 「フフフ…罠カード 破壊輪…自身の分身で近しい能力を持つ遍在を破壊した… ダメージは甚大でしょうねぇ…生きていても味方に救出してもらえるか…それともそのまま力尽きるか…」 ルイズが対するは7万の軍勢…その軍勢を前にしてもルイズの表情は変わらない。 その表情は相変わらず相手を舐めきった傍若無人なものだった… 「アハハ!…嬲り殺しがいがありそうねぇ…それに上も私一人に殿を任せてくれるなんてわかってらっしゃる!」 ルイズはそういいながらいつものように…それでいて少し厳かに絵札の束から一枚の絵札を選び…抜いた… その札に語りかける… 「あ~…はいはい、わかってるわよ…そろそろ、私を遊ばせるだけじゃつまらなくなってきたんでしょ? …ったく…いいわよ…思う存分暴れ狂いなさい!!」 叫びながらルイズは絵札を漆黒の盤の上に置く…いつもより重たい雰囲気が漂い… そしてそれは出現した…邪悪なる波動を持つ凶つ神… ルイズのコントラクトサーヴァントにより絵札にルーンが刻まれしもの… それを利用し、自らの力を増幅し自らの元々の邪悪なる力と元々の持ち主の病んだ魂の残光によりルイスを蝕んだ… その存在の名は 「邪神イレイザー!!!」 降臨したそれにアルビオン軍は一瞬ひるむ…だが、それに向かっていく… それが圧倒的な存在感を放っていても… と、ルイズが呟く。後から呼び出したリボルバードラゴンの上に乗りながら… 「邪神イレイザーの攻撃力は敵の物量に依存する… あたしを蝕んだ癖にとんだヘボい能力だけど… 相手は7万…敵1つにつき1000ポイントらしいから…7000万…これなら充分やれるでしょう?」 向かってくるアルビオン軍を迎撃せんと邪神は口をあける。 「邪神イレイザーの攻撃!!ダイジェスティブ・ブレース!!」 その攻撃は一気に多数のアルビオン軍を消し去った… しばらくして…邪神は弱っていた…邪神の力は敵が多ければ多いほど高まり少なければまた弱まる… 弱まった邪神は確実にダメージを受けていた。 どうやら魔法に対し抵抗自体は持っているようだがルイズがそれまでに使用した存在たちと違い 完全に受け付けないというレベルではないらしい。 そしてついに邪神が倒れる。 その様子をルイズは笑みを浮かべ見ていた… 「あらら~…やっちゃった♪」 ルイズがそう呟いた瞬間だった…邪神の体からそのサイズを超える量の黒い…血液が流れ出した。 それは戦場一帯に染み込み血の池を作っていく…そして… 「…この馬鹿使い魔はね…やられるとその場にいた他の連中も巻き添えにするの… 味方がいると巻き添えにしちゃうしホントこんな時にしか役に立たないわね!! まったく使い勝手が悪いったらありゃしないわ!! …フフフ…アハハ!!!」 ルイズがそういった瞬間…血の池はその場に存在するすべてを飲み込んだ…主であるルイズさえも… だが、飲み込まれる最後までルイズの顔は快楽に歪んでいた… 数日後…血の池に飲み込まれたはずのルイズはトリステインへと帰還する… その時、彼女の無事を尋ねた者たちにルイズはこう語ったという… 「地獄ってのもなれりゃあ、結構快感なものなのねぇ…何であんなにみんな苦しがるのかしら?」 こともなさ気にそういったルイズに人々は恐怖した… もはや彼女は魔法のつかえない落ちこぼれで嘲笑の対象ではなかった…彼女の方が人々を嘲笑する… 魔法を受け付けぬ鋼鉄の襲撃者達… そして、それをも凌ぐすべてを無(ゼロ)に帰す凶つ神を従える… 敵から希望も命もすべてを快楽を以てして無に帰す彼女を侮蔑の意味を込めて改めてこう呼んだ… ゼロのルイズ…と…
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朝だよ。と身体を揺すられる。ルイズは聞き慣れない声に目を覚ました。 目を開けば、そこには見知らぬ子供の身体。上半身が裸の様子にぎょっとする。 「こ、この子供、なに勝手に部屋に入って……!」 叫びだしかけるものの、すぐに我を取り戻す。昨日召喚したんだっけ、服がボロボロの少年を。 思いだしながら身を起こした。大きくあくびをする。いくらか頭が覚醒する。ため息をついた。 今日は嫌な朝だ。寝起きで一番に視界にはいったのが、平民の裸だなんて。 ルイズは使い魔に着替えを手伝わせる。 ダイは抵抗を示していたが、この世界ではこんなものだと言い聞かせると渋々ながら手伝うようになった。 「……ルイズって、自分で服を着れないの?」 「貴族は下僕がいる時は自分で服なんて着ないのよ」 「ふうん……、この世界はなんか、ヘンだよ」 「平民のあんたには理解できないでしょうね」 別にわからないままでいいと思う。だまって主人の言うことを聞いていれば。いちいち世界の違いを説明するのも疲れるし。 「その貴族とか平民とかっていうのがよくわからない。きみって人間が貴族じゃないと友達になれないの?」 「はぁ? なにいってんのよ?」 世間を知らない子供の質問が、煩わしかった。 着替えが済んだルイズは、服を取り出してダイに手渡す。自分が制服としてマントの下に着ているものと同じ、白いブラウスだ。 男ものの服など所持していないのだから、今日のところは無地のこれで妥協してもらうしかない。 義理で服をくれてやるのではなかった。ボロ切れを着けているだけの少年を連れまわすような、奴隷商人もどきの真似をするなど外聞が悪すぎる。ただ、それだけのことだった。 ダイも服を着て、部屋を出ようというところでルイズは尋ねる。 「そういえばあんた、なんでわたしのこと呼び捨てにしてるのよ、わたしはあんたのご主人よ?」 「だってルイズ、おれと同い年くらいだろ?」 誰と誰が、同い年だって? チビのくせに、ガキのくせに。 それともなにか、それはわたしのことが子供に見えると暗に言っているのか。 「……わたし、16よ?」 頬を引きつらせるルイズを恐れるでもなく、ダイはあっさりと答える。 「おれ12。なんだ、4つしか違わないじゃないか」 「4つも違うじゃないのよ!」 ダイとふたり、ルイズは部屋を出たところでキュルケと鉢合わせた。挨拶を交わあう。キュルケはにやりと、ルイズは嫌そうに。 キュルケは視線をダイへと移し、含むような笑みと共に彼をぶしつけに眺め回した。 「ふうん……」 「なによ、言いたいことがあるならはっきり言ったらどう?」 「ほんとに平民を呼んじゃったのね、ゼロのルイズ」 「うるさいわね」 「使い魔っていうのはこういうのを言うのよ? フレイム!」 のっそりとした仕草で、主人の呼びかけに応じて姿を現したのは巨大な火トカゲ、サラマンダー。 フン、と苦々しい表情でルイズはキュルケを睨みつける。火虫亀山脈がどうした。サラマンダーがなんだ。あんたの使い魔自慢なんか別にどうってことないんだから。 「あんた”火”属性だもんね。ぴったりだっていうのは認めてあげるわよ」 「ええ。微熱のキュルケですもの。ささやかに燃える情熱は微熱。でも、男の子はそれでイチコロなのですわ。あなたと違ってね?」 そう言ってキュルケは胸を張った。ルイズも胸を張り返す。胸のボリュームの差が際立ってしまっていることは見ないようにした。 なにが男はイチコロだ。別に誰もがあんたを相手にするとは限らない――と、いるじゃないか、女の身体など相手にしない男の子が。 ルイズが自分の使い魔に目を移せば、そこではダイがフレイムに笑いかけていた。 異形とも言える火トカゲの巨体や、大きく燃える尻尾に物怖じする様子もなく。またフレイムも「きゅるきゅる」と明るい鳴き声でダイと接している。 キュルケは笑みを漏らした。平民の子供でもやはり使い魔は使い魔、通じ合えるものがあるのだろうかと感心する。 「こ、このガキ、使い魔同士でじゃれあってんじゃないわよ!」 「あいさつするくらい普通じゃないか。なに怒ってるの?」 「挨拶が遅れたわね。はじめまして、ルイズの使い魔さん。あたしはキュルケ、フレイムの主よ。あなたのお名前は?」 怒鳴るルイズと、異を唱えるダイにキュルケは割って入る。 「おれはダイ。よろしく、キュルケ」 「ええ、よろしく。面白そうだわ、あなた」 そう言ったキュルケは「じゃあ、お先に」とその場を去っていく。 キュルケがいなくなると、ルイズはダイに苛立ちをぶつけはじめた。 「いい! あんなバカ女ともその使い魔とも仲良くなんかしないで! ああ、みっともない! なんであっちサラマンダーでこっちはこんななのよ!?」 「みっともないってことはないだろ?」 「……ガキのあんたに言ってもわからないだろうけどね、使い魔が主人に、平民が貴族に口答えするなんて、そんなことしたら本当はただじゃ済まないんだからね」 「なんだよ、それ……」 不満を口にするダイをつれて、ルイズも食堂へ歩きだした。 食堂の豪華絢爛さに呆けている様子のダイに、ルイズの溜飲が少し下がる。テーブルではダイに床に座るように命じた。 「ルイズ……、そりゃないよ」 「室内で食べさせてもらえるだけありがたいと思いなさい。本当なら使い魔は外なのよ」 「……」 「俸大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」 貴族たちの、食前の祈りの声が唱和する。 ダイは溜め息をつき、床の皿に載っているささやかな二切れのパンをぽいぽいと口に放り込んだ。 当然、足りない。かえって空腹感が強調されてしまう。 「ルイズ、もう少し分けてよ。おれ、昨日からなにも食べてないんだ」 「まったく……」 ルイズはぶつくさ言いながら、鳥の皮をはぎ、ダイの皿に落とした。 ダイは溜め息をつき、皿に載っている鳥の皮をぽいと口に放り込んだ。 黙って空腹をやり過ごしていたダイは、床からルイズを見上げながらふと口を開いた。 「ルイズ」 「なによ、もう分けないわよ」 「この料理作ってるひととか、あそこで給仕をしてる女のひととかも貴族なの?」 「コックもメイドも平民よ、それがなに?」 「……いや、なんでもない」 それきり、ダイは黙って食堂の様子を見回すのだった。 四大系統。虚無。土。錬金。シュヴルーズの講義を聴きながら、ルイズは隣にいるダイの様子をちらりと見た。 いちいち質問を発するでもなく、いまはじっと興味深い様子で講義に集中している。 「わかるの? あんた」 「いや、全然。でも、なんとなくおもしろい」 「なんとなく、ね……」 これは退屈がるのも時間の問題かとルイズは思う。 「勉強は苦手だけど、こういう雰囲気はちょっと好きかな、おれ」 意外な一言だった。 「いろいろあって、こうやって他人の講義を聴くことはあまりできなかったし、ぜんぜん勉強してなかったことが足を引っ張っちゃって、ちょっともったいないときもあったから」 「ふうん……」 傍らの少年が、彼なりに学ぶことの重要さを認識しているらしいことが、ルイズには奇妙だった。それは、教育課程の内の課題のひとつとしてではなく、もっと重要な――― 「だから、こうしてきちんと勉強してるルイズのこと、かっこいいと思うよ」 「な!?」 唐突なダイの言葉に、ルイズは絶句する。 「怒りっぽいだけの子じゃなかったんだね、見直した」 「……い、言っとくけど、誉めたって食事を増やしたりなんかしないんだからね!」 授業中だと言うことを忘れて、大きな声を出してしまうのだった。 そんなふうなやりとりを、シュヴルーズが見とがめる。 「授業中の私語は慎みなさい」 「すいません……」 「おしゃべりをする暇があるのなら、あなたに”錬金”をやってもらいましょう。ここにある石ころを、望む金属に変えてごらんなさい」 しかしルイズは立ち上がらない。困ったようにもじもじするだけだった。 「どうしたの? ルイズ」 「別に、なんでもないわ……」 シュヴルーズのもとへ、キュルケの困ったような声が届く。ルイズにやらせるのはやめたほうがいい。危険だ。 「危険? どうしてですか?」 「ルイズを教えるのは初めてですよね?」 「ええ。でも、彼女が努力家ということは聞いています」 シュヴルーズの言葉に、ダイはひとりうなずいた。 「さぁ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。失敗を恐れていては、何もできませんよ?」 「そうだよ、ルイズ、がんばって」 ダイの耳打ちをうけて、ルイズは立ち上がった。ダイの激励に背を押されたのではない。 平民の子供ごときにそこまで言われるのは、ある意味プライドに関わる問題だったから。 キュルケの制止を無視し、教壇に立つ。ルイズは短くルーンを唱え、杖を振り下ろした。 「凄かったよ、ルイズ」 「なにがよ!」 爆発によって大惨事になった教室。それの後始末の最中のことだった。 「あれだけの爆発なら実戦で十分使えるじゃないか」 そんなことを言うダイが、ルイズには許せない。魔法の失敗に、いちいち触れてくる子供が苛立たしい。 「ふざけないで、からかってるの!?」 「本気なんだけどなあ」 「魔法のことなんてなにも知らない平民は黙ってなさい」 「……俺もさ、魔法の練習したことあるんだ、あっちの世界の話だけど。じいちゃんがさ、俺を魔法使いに育てたがって、たくさん魔法の練習させられたよ」 「あんたみたいなガキに、魔法が出来るわけないでしょ」 「……うん、出来なかった。才能がないって諦めてた」 それ見たことか、とルイズはダイを細目に睨みつける。 「そのときにさ、友達からこんなアドバイスをもらったんだよ、出来ないものは出来ないんだから今あるものを磨けって」 ルイズは、硬直した。 「ルイズ、才能あるよ。でなきゃこんな威力の爆発は起こせない。だから―――」 「―――だから、なによ」 それは怒りだ。ルイズはダイの言葉に憤っている。 「え……」 「出来ないものは出来ない、ですって!? 子供が舐めたクチ聞いてんじゃないわよ!」 ルイズは、叫んだ。 「……まいったな」 腹がへった。とぼとぼとダイは歩く。主人を怒らせてしまった。 結局、後始末が済んだ後、ルイズはダイの顔など見たくないというようにどこかへいってしまった。 たぶん、食堂にいるのだとは思うが、あれでは昼食を食べさせてもらうことなど出来そうにない。……もちろん、食事目当てに主人の機嫌をとろうしたわけではないのだけれど。 魔法使いになりたくなかった自分と、魔法使いになりたいルイズとでは、似ているようでまるっきり違っていた。 傷つけてしまったかな、と気まずい。こう気づいた後ではルイズにかけてやる言葉がなかった。自分の無思慮なアドバイスでは何にもならない。 改めて”先生”は凄いひとなのだと思う。戦士だろうが魔法使いだろうが勇者だろうが、あのひとは確かに、みなを正しく教え導いていた。 「困ったな……」 壁に背中を預けて、座り込む。 もとの世界のひとたちを思うと、やはりあちらの世界への思いが強くなる。昨晩、二つの月が浮かぶ夜空を見上げながら感じたさびしさがよみがえった。 帰りたい、心からそう思う。空腹と、生活を頼れるひとから嫌われてしまったことが望郷の念を加速する。 「どうしたの?」 少女の声に、ダイは顔をあげる。心配そうに自分を見つめる顔に見覚えがあった。朝食の時、食堂でみかけた、給仕をしていた女性だった。 揉め事が起こったのは、自分から離れたテーブルの席だった。香水がどうの、二股がどうの。 ルイズは騒ぎの方向に目を向けて、舌打ちした。金髪がひとり、黒髪がふたり。 当事者はメイジのギーシュと、平民のメイド、そして、自分の使い魔の少年だった。 「よかろう。子供に礼儀を教えてやるのも、貴族の仕事だ」 ギーシュとその友人たちが去ったそこに、ルイズが足を運ぶ。 残されたメイドは怯え、逃げ去った。それは正しい反応だ。ことの重大さをよくわかっている。しかし、ダイにはそんな様子は一切見えない。これだから子供は。 「あんた、なにやってんのよ、見てたわよ」 「あ、ルイズ……」 ダイは困り顔をルイズに向けた。なんだ、と思う。ギーシュを怒らせたことを、ちゃんと気まずく思っているようだ。 「ったく……、謝ってきなさい。今なら許してくれるかもしれないわ」 「……嫌だよ。ルイズには謝るけど、あのひとには謝る理由がない」 「は? わたし?」 「うん、さっきは、ごめん。わかったふうなことを言って、ルイズを傷つけた」 「な……」 ルイズは顔を引きつらせる。それはさっきの困り顔に、ギーシュは一切関係ないということだ。 「そんなことはいいのよ! あんた本当わかってないのね!」 言いたいことは全部言ったとばかりに、ダイはルイズから視線を外す。 逃げないようにダイを見張っていたギーシュの友人のひとりに、尋ねた。 「ヴェストリの広場って、どこ?」 「ついてこい、平民」 堂々と、恐れを知らない足取りで歩いていく子供の後ろ姿を、ルイズは歯ぎしりする思いで睨みつけた。 「ああもう! ほんとに! 使い魔のくせに勝手なことばっかりするんだから!」 ルイズは、ダイの後を追いかけた。