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シュリュズベリイ クトゥルー神話に登場する博士。 惑星セラエノに滞在中に碑面の文字を写し「セラエノ断章」を記述した。 ルルイエテキストを研究したともされる。 別名: ラバンシュリュズベリイ (ラバン・シュリュズベリイ)
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「外ガ、騒ガシイナ」 くぐもった、人間ならざる発音で無理に人間の言葉を喋るような、多大な負担を掛けた声が地下神殿に深く響き渡った。 其処は正に異界の聖域。ありとあらゆる瘴気と汚濁によって構成された、神聖不可侵たる絶対領域。左右の岩肌にはおよそ人間の正気では考えうることすら出来ないであろう歪なナニカを模した神像が幾つも並び、聳え立つ。 何処からともなく海風が吹き渡り、潮の香りが瘴気と異界の化学反応を起こし尚一層の瘴気が産まれ、その連鎖。其れを“彼ら”は生きてゆく為の糧として肺に取り込み呼吸をする。 暗闇の所為か、最初はその全貌が余り解らなかったものの、暫くすればその聖域を事細かに見渡せた。 ……灰色のローブを纏った人影が、何十名もその場で膝を屈し祈りを請うていた。彼らが祈るのは、その聖域の最奥に位置するモノ。左右に聳え立つ神像よりもなお巨大で、神秘に満ちて、何よりも圧倒的な邪悪によって構成された『神の石像』。 傍から見れば蛸のようにも見えるし、ヤドカリにも見え、或いは龍頭を手足の触覚として機能させる異界の甲殻生物にも見える。 そんな圧倒的な神像に彼らは信仰を奉げ、祈りを奉り、生贄として“自らの眼を潰しあった”。其れは交配の儀式にも見え、舞踏を謳う舞妓の如き異様。 ……『長老』は違和感を覚えながらも、それを一端無視しその神聖な儀式を見守った。最奥の神像の玉座に置かれた、何処かの異界において創造された、膨大な純正魔力を凝結化した宝玉を。異界において『失われた技術(ロストロギア)』と謳われた、魔の結晶を見据えながら。 「嗚呼、神ヨ。我ガ、我等ガ信仰ヲ奉ゲ、止メ処無ク愛セン神ヨ。コノヤディスノ丘ニテ再誕ヲ求ム神ヨ。応エヨ(イア!)、応エヨ(イア!)……我等遥カナ異界ノ原理ト摂理ヲ信仰シ、汝ガ“眸”ヲコヨナク見据エ、世界ヲ暗黙ノ灰濁ニ固メン!」 その祈りの聖句を皮切りに、教徒達は声を揃えて謳いあげる。異界の祈りを。異界の信仰を。異界の神仰を。 “―――神殿の神こそ神殿の霊宝なり!” “―――神殿の神こそ神殿の霊宝なり!” “―――神殿の神こそ神殿の霊宝なり!” 滑(ぬめ)りと、神像の瞼(まぶた)が蠢いた。 ◆◆◆ 『運命の探求』 中編 ◆◆◆ 切頭円錐の山の頂に向かう二人は認識阻害の魔法を展開しながら“不可視の影”の眼を欺き、一先ずの休息を取っていた。 フェイトは“現地協力者”として認知した謎の老人――ラバン・シュリュズベリイの様子を見据え、彼は一体何者なのかを思考する。 彼女の危険に突如として天空より舞い降りた正義の味方か? 確かにその認識は間違ってはいないが、何処か子供染みた発想だ。 そもそも彼が駆るあの刃金の巨鳥は一体なんだ? それの持つ魔力を観測したところ、余りに桁違いの数値を叩き出され内心で驚きを隠せない。 下手をすれば上級ロストロギアに匹敵するかもしれない。だがそんな危険極まりないモノを容易く、己の身体の一部の様に操る彼自身が一番不可解だ。 此処まで魔力総数が尋常じゃない物質を操る事は例えSランク持ちの魔導師だって難しい。むしろ完璧に操作するなど実質的に不可能の筈。ならば、この男は一体、何者なのか。 下手な魔導師よりも明らかに格上なのは解る。しかもその凶悪な力を悪意を持ってして扱っているワケじゃない。味方としてはこの上なく頼もしいが、管理局に登録されてないフリーの魔導師は摘発されなくてはならない。 が――今はそれよりも、優先すべき事がある。彼の正体に関しては今は置いておくことが賢明といえるだろう。 「すみません、シュリュズベリイさん」 「今の私は君の教師だ。そう硬くならなくてもいい。軽い気持ちで“先生”と呼んでくれた方が私としてもやりやすい」 「う゛……ど、どうしてもですか?」 「なにぶんそういう物を生業としているのでね。“さん”と付けられるよりも“先生”と呼ばれた方が親近感が沸く」 「は、はぁ……ではシュリュズベリイ先生、と。質問いいでしょうか」 その先生という呼称が付いた事に軽い笑みを綻ばせ、疑問を提示したフェイトに顔を向け、 「ふむ。何だね、フェイト君」 と満足そうに、その色黒い肌と相反を成す白い歯を輝かせた。 「あの“見えない影”のようなアレは……一体、なんなんですか?」 フェイトが質問を言及したのは、先ほど襲い掛かってきた“不可視の影”について。 視覚することが出来ないだけでなく、魔力反応さえ欺く程のジャミング能力。魔導師にとって、人間にとってこれ程やりにくい相手はいない。 先ほどの彼の言動は何処かあの影の事を知っている素振りを見せていた。それを踏んで、フェイトは思い切って聞いてみたのだ。 シュリュズベリイは憮然と、後方で自分たちを探し蠢く“不可視の影”に顔を向けて喉を鳴らした。 「アレはロイガー族と言われる物たちの群集だ。アレ等は元々、別星系からこの地球に飛来した種族でね、この星において約20万年前にその存在を“原始ムー大陸(ハイパーボリア)”で確認されたと言われている。 アレの最も特徴的な性質はその視覚的にも呪術的にも高度な認識阻害の術式を皮膚上に展開されている事だ。その所為で我々がそれを知覚するのは至難の業とされる。 ……最も、元々魔術の才を持ち、霊感も備わった人ならばその“影”を捉えることくらいは出来るのだが」 「ロイガー……族」 聞いた事すらない種族だ。未確認の魔導生命体と判別すべきか。 そんな超常的な能力を持ち合わせた種族が所狭しに巣食い、尚且つあそこまでスピードが高いとなると凡百の攻撃魔法では掠りもしない。 魔導師にとってこれ程戦いにくい相手は居ない。彼奴等に対処する方法は、在るのだろうか。 彼女の不安と苦虫を噛み潰した時の感情が混ざり合い、それが表情に出たのだろう、ぎしり、と歯が軋む音が聞こえた。 だが、その様子に彼は笑みを零しながら―― 「“在るとも”。それを見つけ出し、思考し、実践したのは他でもない我々人間であり“魔術師”だ」 駆り立てる威風と絶対的な自信を持って、断言した。彼の黒い外套が翼を広げる様に翻る。 すると彼が乗り立つ刃金の巨鳥……魔翼機『バイアクヘー』が“不可視の影”……ロイガー族が密集する虚空へその前面を向き返した。 それと同時に認識阻害の術式を破棄。刃金の巨鳥が威風堂々と、不定形な身体で必死に宙を蠢く影達の認識空間に顕現する。 一斉にこちらへ向き直る不可視の影達。見えない牙と爪が煌き、獲物を見つけた獰悪な肉食獣の眸で見据えるロイガーの眷族。されどシュリュズベリイは不敵に微笑む。 彼女が見たその背中は、想像し得るありとあらゆる敗因の欠片が風塵と共に散り失せた様に見えた。人類最強の邪神狩人(ホラーハンター)が、右手を翳し高らかに咆哮を暗雲の下で轟かせる。 「フェイト君、バイアクヘーに背に掴まりたまえ。これより講義を始める!」 「は、はい!」 その声を皮切りに、シュリュズベリイとフェイトを乗せたバイアクヘーが単機で飛翔した。 一瞬にして超音速に到達しうる速度は事も無げにロイガー族達が蠢く宙域に到達し、だがそれでも尚止まらずにその群集の中を穿つように突破する。 大気さえ切り裂く風は進路上に擬似的な真空を生み出し、近くにいたロイガー族数十体がその中にまるで蟻地獄の様に引き込み、引き千切られ、引き裂かれ、絶命した。 だがそれでもその数十体はこのロイガー族の二割にも満たない。残りの総てが、同胞達を切り捨てた刃金の鳥に眼を向けた。 ―――疾ッ!! 壁が迫るように視界に広がる総ての前面方位から文字通り全部のロイガー族がバイアクヘーを追いかけ宙を翔破していく。 まるで餌につられやってくる雑魚の軍勢だ。シュリュズベリイはニヤリと口を歪め、ロイガー族の軍勢総てを見渡せる程の距離でバイアクヘーを静止させる。 彼は“いつもと同じように”教卓の上で教鞭を振るうが如く、それらに手を翳しながら雄弁に語り始めた。 「彼らロイガー族は我々と同じように三次元の法則で認識できる肉体を持っている。先ほど飛翔した際に発生したバイアクヘーの衝撃(ソニックブーム)で引き千切られた肉がソレだ。 ……が、アレ等の本質は三次元の法則にのっとるモノではなく、別次元の法則に編まれた存在だと言われている。己が身体を霊子……魔力によって構成する一種の精神体こそが本体だといえるだろう。 ―――ではフェイト君、アレ等に対しては一体どのような攻撃方法が一番有効だと言えるかな?」 「えっと……純粋な魔力で構成された術式を使用する、でしょうか?」 「正解だ。彼らの本質と同じように、我々の精神と多大な関わりを持つ生命の源泉、魔力を持ちえた攻性呪法を用いれば彼らの精神体に対して非常に有効といえる。 が、それを君がやっていた様な単発式では埒が空かん……ならば、如何にしてそのような現状を打破しうるか。――私が解答例を見せよう。フェイト君、私の背後に隠れ、出来うる限り“耳を押さえておきなさい”」 瞬間、彼の身体に内包された魔力が昂ぶった。荒々しい嵐を思い起こすような、壮大で圧倒的な魔力。 吹き荒れる風が彼の身体を包み込み、彼がその術式に介入し、全く新たな術式へ変貌させた。魔力が収束する場所は彼の声帯器官と呼吸器官。彼の内臓部に術式が解き放たれ、術式の嵐が強壮な肉体の中で暴れ回る。 「では諸君等にも教授してやろう、ロイガーの血族よ。……ハスターの魔力、風だけと思うな!」 身体の中に押し込められ、堰されていた天蓋が、解放された。 咆哮。絶叫。咆哮。怒号。 世界が揺れる。宇宙さえ振動させうる超音域の咆哮が響き渡る。 吐き出された“声”は螺旋を巻きながら円形の波状を残し、眼前に迫る数十……百にいたるであろう“不可視の影”に向かった。景色が、歪む。 その圧倒的過ぎる魔力の波濤から逃れるように耳を鎖しながら、フェイトは視た。世界を揺るがす超音領域の狭間と真っ只中、その中に飲み込まれたロイガー族の顛末を。 悲鳴をあげ、悶え、のたうち、苦しみ、血潮を吐き出し、或いはその果てに身体ごと爆ぜていく。精神体でしかない筈の彼らが血を流し涙を流し、文字通りズタズタにされた身体がまるで元から無かったかのように消滅していく。まさに阿鼻叫喚の地獄のようだと、彼女は思う。 これは一方的な蹂躙という言葉さえ生温い、裁きの言霊だ。……言霊? 否、この囀りは―――唄に近い。いや、唄そのものだ。後に語る彼曰く、これは神の歌。 魔風の神ハスターの力を持って成し得る禁呪。自らにハスターの力を呼び込み、声として発射し、受けた者はハスターの瘴気により肉体及び精神を文字通りずたずたにしてしまうというモノだ。故に彼はソレを“神の歌(ソングオブハスター)”と呼んだ。 程なくして、アレほど視界に所狭しと蠢いていたロイガー族はその声によって総てが消滅した。見渡す限りの虚空に、彼らが居た痕跡は何一つ残さず、風塵と共に散っていく。 「そう―――彼らロイガー族への対処法は、純粋な魔力で構成された超広範囲術式を持ってして、余すところ無く一度に殲滅する事だ。 物理的攻撃も彼らには効かず、単純な魔術でも一匹ニ匹死んだところで“一つの精神体”である彼らにとっては傷の一つすら負ってないも同然。故に、一度にそれを吹き飛ばす大魔術の使用。これが、彼らへの対処法だ」 神の歌(ソングオブハスター)の術式を終えて語った彼の説明は何処までも的を得て、信憑性も実践的にも完璧だ。なにせ実演すらやってのけてくれたのだから、これを否定することなど一体誰が出来ようか。文句なしに完璧である。 完璧なのではあるが………フェイトは口を引きつらせながら苦笑して心中で述べる。 (そんな無茶苦茶な……) 先ほどから思っているのだが、こうも無茶苦茶だと少々頭が痛くなっていく。が、そんな彼女の心中など知る筈も無く、シュリュズベリイはバイアクヘーに向けて指示をいれる。 「レディ、先ほど見たあの洞穴は如何なモノだと思うかね?」 そう、まるで子に語りかける様に……というよりも、語りかけている。 「レディ?」と反芻しフェイトが疑問の印を頭の上に浮かべ、何を言っているのか聴こうとした瞬間――― 『アレは多分ブラフだよダディ。きっと罠が仕掛けられてる』 幼い女の子の声が、そのバイアクヘーより聴こえてきた。 沈黙。彼女の頭は最早『点』しか浮かばない。静寂が流れる。 そんなフェイトの動向に違和感を覚えたシュリュズベリイは「嗚呼」と手を叩き、何かを思い出したかのように独りで納得した。すると彼の指示でバイアクヘーは適当な大地へ着陸し、シュリュズベリイはフェイトに降りるよう促した。 何事かと思ったフェイトだが、彼が何かを……先ほどの疑問に答えてくれるのだろうと確信し、その場にストン、と脚を落とした。 それを確認したシュリュズベリイはバイアクヘーに向かって、先ほどと同じように親愛の情を漏らしながら声を掛ける。 「レディ、出たまえ」 その言葉を聴いた瞬間、「イエス、ダディ」と親愛の篭められた声でソレは現出した。 バイアクヘーが超次元的に畳み折られ、新たな存在へ昇華される。ソレは……まだ幼い、女の子の姿をしていた。フェイトがソレを視て口を空けて呆けるしかなかった。 「少々、刺激が強すぎたか」とぼやきながらやがて彼は厳かな声で、かつ親しみを込めた感情で彼女の思い描いているであろう疑問に答えた。 「紹介しよう……我が魔導書『セラエノ断章』。名をハヅキと云う」 「よろしく、フェイト」 感情があまり篭ってない言葉を少なげに出して、その娘はフェイトを一瞥した。 呆けていた彼女がコレを見た瞬間、驚きの声を大きく咆哮したのは言うまでも無い。 いや、魔導書が精霊化し実体化すること自体には耐性を持っているというか既に前例を知っているため、其処に驚いたワケじゃあない。 ただ、あそこまで超次元的な変形で現れてしまっては、なんというか、その。彼女には驚くという術しか持ち合わせていなかった。 そうして後々に彼から彼女についての説明を端的に聞かせてもらった。 彼女は彼……ラバン・シュリュズベリイが書き記した魔導書『セラエノ断章』の精霊であり、先ほどのバイアクヘーを操っていた張本人だという。 故にシュリュズベリイとハヅキの関係は親子のそれと全く変わらず、呼び方も「娘(レディ)」と「父(ダディ)」。親しみやすくも馴染みやすく、かつ解りやすいことだった。 説明を受ければ受けるほど気付いた事がある。詰まる所、フェイト達から言わせてしまえば、それはデバイスと変わらない。 あのバイアクヘーに宿る膨大な魔力の件については未だはっきりしないが、大部分は魔導書の魔力と術者自体の魔力で構成された代物なのだろうと解釈した。ともすれば、次の行動はいかなものにするのか。 シュリュズベリイは剛毅な風情をまといハヅキに声をかける。 「あの洞穴がブラフだとすれば、そうだな……レディ、今日の爆装(ドレス)は?」 「“GBU-Xバンカーバスター改”、まんまだけど、『ラムホテップ王のピラミッド』の時より穿孔性が四割以上アップ。 その代わり爆薬としての性能は格段に下がってるね。まるで土竜みたい」 爆薬とか穿孔性とか、なんだかやけに、聴こえてはならない物騒な声が聴こえた気がした。 管理局の魔導師としてどうかと思うが、フェイトはその言葉を敢えて無視した。 横目で見れば、シュリュズベリイが顎に手を添えて考え込む姿が見受けられた。彼はうんうんと快く頷き、再び笑みを零して云う。 「土竜(モール)、か。確かにそのままだ。だが今の状況で踊るならこよなく素敵な爆装(ドレス)だ。……よし、では舞踏会と洒落込もう。一緒に踊ってくれるかね、フェイト君?」 この時点でフェイトは、自分に拒否権など無いことくらいは先ほどまでの行いから心底理解していた。もうどうにでもなれ、と頷き。フェイト自身だんだんヤケになっていったのは云うまでも無く。 その解答を笑みを絶やさず受け入れ、ラバン・シュリュズベリイは全世界に轟くような口訣を紡いだ。 「よろしい。では諸君―――反撃の時間だ!」 その言葉を皮切りにハヅキはバイアクヘー形態に移行し、フェイトもそれの背に掴まった。飛翔。一瞬にして雲に届きそうなくらいの高さまで到達。 予め詰められた四つの杭が超高々度の天空より合図も無く落とされる。全長12.8メートル、貫通性を持たせるために 先端を高温・高圧状態の炭素が凝結した、この星が創りだした最も硬い物質である鉱物『ダイヤモンド』をミクロサイズにまで鋭利に研ぎ澄まされたモノを満遍なく搭載した文字通り破格の兵装。 名を“GBU-Xバンカーバスター改”。セラエノの知識を駆る魔術師とその精霊曰く“土竜(モール)”と称された、大地に大口径の大穴を穿つ為だけの代物。 それが四つ、遥かな天空より舞い降りて、ついに霊峰『ヤディス=ゴー』の堅牢な肌に触れた。 ◆◆◆ “彼ら”が神像に祈りをささげている最中に、異変が起こった。 轟、と。鈍い音が地上からこの神殿に迫ってくるのが嫌に成る程理解する。 信徒たちは祈りをやめ、阿鼻叫喚の騒ぎを繰り出し、必死に神に助けを請うた。 無駄と解りつつも、純粋な信仰心は消えることなく、ただただ愛すべき異界の神に対して、助けを請うた。 音が近づく。逃げる暇など無い。『長老』はその様子を慌てふためきながら、神像に這い蹲り身をよじりながら悲鳴をあげた。 「―――ッ!? ナニゴトダ!!」 『長老』は悲痛な叫びを上げて上の岩肌を見上げた。何かが、この神殿に迫る。 それは何だ。そもそもこんな僻地にいったい誰が、なんの為にやってくるというのだ!? 「それは誰もがわかっている事だと思うのだがね、『神官トヨグ』。このような邪悪をのさばらせておきながら、私が動かないとでも思ったか」 声が、聴こえた。男の声だ。知らない男の声。だのに、まるで生涯の怨敵と出会ったような不快感が現れてきそうになる、そんな邪悪に抗う愚かで脆弱なニンゲンの声。 『長老』は―――『神官イマシュ=モ』は見上げた岩肌に亀裂が入るのを垣間見た。その亀裂が大きくなっていき、終ぞ大きな破壊孔が綺麗に出来上がった。破片と化した岩が幾数かの信徒達を押し潰していくのが見える。だが大半の信徒達は無事に難を逃れたようだ。 だがそんな視界情報などは頭に介入されず。神官イマシュ=モは遥か上に出来上がった穿孔痕より飛来する巨大な影を凝視した。 其れは刃金の猛禽。 其れは無窮の空を翔け抜けし巨鳥。 其れは霊子の海を渡り征くヒアデスの風。 魔翼機バイアクヘー。それを意味することは即ち――― 『貴様カ……! コノ様ナ僻地ニ態々脚ヲ運ブ奇特ナ人間トハ、貴様ノ事ダッタカ……ハスターノ奴隷メガ!!』 「生憎奴隷になった覚えなど無いな。お初にお眼に掛かる、ヤディスの奴隷よ」 『ラバン・シュリュズベリィィィィィィィィィィィィィィィィ―――――――――ッッッッッ!!!!!!』 邪神狩人(ホラーハンター)が、獲物を求めてやって来たのだ。その鋭利な爪を携えて。その獰悪な嘴を煌かせ。 世界最強と謳われし、魔風を駆る盲目の魔術師が、遥か彼方に暗雲がつのる空より降臨した。 続く。 戻る 目次へ 次へ
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『ラバン・シュリュズベリィィィィィィィィィィィィィィィィ―――――――――ッッッッッ!!!!!!』 怨嗟の叫びが神殿の中で響き渡る。 『長老』……『神官イマシュ=モ』は目の前に立った勇壮たる老人に向かって、絶望と憎悪の限りを尽くし、其の名を呼んだ。 彼らは互いの面識がなくとも、因縁がある。“クトゥルー眷属邪神群(CCD)”の一つでもある彼らにとって、このセラエノの知識を駆る賢者の名は忌み名の他ないだろ う。 その忌み名を叫ぶと同時に、生き残りの信徒らがシュリュズベリイらに気付く。 先ほど生贄として奉げた筈の眼はこの瘴気に当てられてか、人間のソレとは全く違う瞠目を した眼球に再生されていた。 その際に流れ出た血涙を舌なめずりしながら、己が身体を変化させていく。両指計十本の皮膚が内部から引き千切られ、新たな指が産まれ出でる。 まるで鎌の様に鋭利な指の形容をとっているソレを構え、獲物を狩猟する肉食獣らのように陣形を形成し、じりじりと詰め寄ってくる。 ……恐らくは、信徒である人間がロイガー族との精神的な交配によって融合し産まれてしまったモノなのだろう。人の形をした異形。 そのグロテスクな姿をみて、その圧倒 的な邪悪を視て、フェイトは顔を強張らせてたじろいだ。 だが、そんな恐怖は自分の右肩へ無造作に置かれた大きく、そして勇壮な手が、それに歯止めを掛けてくれた。 「大丈夫だ、恐れることはない。我々人間のしぶとさ……強さとやらを、人間の強さを蔑み邪神に尻尾を振って降った弱い化物達に教授させてあげようじゃないか」 「そう。“この程度”の邪悪、私達の敵じゃないよ、フェイト」 「そうだとも。いつの世も、邪悪を滅し魔を討つのは我々人間だということを、私達と共に奴等の魂に刻み込もう!」 聴こえてきたのは、しわがれた老人の声と幼い少女の声。だが、そこに弱弱しさの欠片も無く、その掌と同じ様な暖かさと勇気に満ち溢れた言霊が返ってくる。 彼女の心に宿った邪悪への恐怖心は消えることは無い。だが、ソレに対抗しうる『勇気』が、炎の様に魂に燃え広がっていく。 そうだ。ならば、なればこそ。その期待に応えなくてはならない。邪悪を討ち倒すのは、いつだって―――人間だという証明を、掲げるべく。 だから彼女は、精一杯の勇気と誇りを胸に、ただ一言で、肯定してみせた。 「……はいっ!」 「良い返事だ。……奴等、ロイガー族との混血児は純正のロイガー族とは違い、各々に意思を持ち、尚且つ完全な肉体を持っているようだな。 先ほどの奴等と比べて、格段に戦いやすくなっているだろう。今の総数は……少なく見積もっても五十体以上、か。この狭い空間ならば各個撃破が好ましい。 ――やれるか ね、フェイト君?」 何を今更。その問いは用意される以前から、在るも同然。さすれば彼女は語らずとも、その手に握る金色の刃の煌きこそがその証明。 今宵、邪悪を屠る為に、彼らはこの場に立っているのだから。 魔風と神雷は一瞥すらなく、まるで一つの意思のもとに動くように、二人と一つは闇黒に彩られた敵地を駆け抜けた。 神鳴る風雷を呼び起こしながら。勇壮に魂を昂ぶらせて、その刃を手に執って。 そして無意識に、彼女の心の中にその言葉が燦然と煌きを放ちながら浮かび上がった。 ―――魔を討つ意思は、此処に在り。 ◆◆◆ 『運命の探求』 後編 ◆◆◆ フェイトは迫り来る狂爪らをにべも無く回避し受け止め、或いはソレよりも早く攻撃を繰り出す。 正に迅雷の名に相応しき閃光の数々はロイガーとの混血児らに多大なダメージを負わしていく。元々非殺傷設定という枷(リミット)があることを忘れさせてくれそうな乱舞。 彼らの返り血すら受けずに、金色の閃光は妙なる剣閃を描きながら彼らの意識を闇へ昏倒させていく。 瞬間、左右から鋭利な爪牙が超速で襲い掛かってくる。それら総てが大気を切り裂く異形の刃。だが、その軌道は余りに真っ直ぐ過ぎた。 奴等は知らない。この若い女性が、かの世界において最強の一つに数えられている事を。最速と誉れ高き、雷光だと言う事を、知らないのだ。 刹那、なんの前動作もなくフェイトは文字通り金色の雷光へと成り、その直線的な攻撃を回避。それと同時に己の軌跡を捻じ曲げるように、妙なる曲線を描きながら剣閃が また一つ煌く。 戟音すら響かせず、文字通り彼らの狂爪を綺麗に寸断し、そして追う様に雷撃が放たれる。 怯んだ彼らの身体に流し込まれた超圧の電流は瞬く間に脳に至り、またしてもロイガーの混血児の意識を、闇の中へ誘っていった。 その様子を前方でロイガーの混血児達を相手取るシュリュズベリイが、楽しそうな声色で驚嘆の意を投げかける。 「ほう……! 相手の命を狩らず、総て意識を昏倒させるだけで終わらすとは。中々精緻な技術を魅せてくれるな、フェイト君!」 「あ、ありがとうございます……!」 「だが―――吹き荒べ、険悪にして窮極の風!!」 シュリュズベリイは詠唱を口訣したと同時に振るった腕。 そこから魔力の圧縮化によって質量を編んだ風の刃が五陣、フェイトの後方へ吹き荒んだ。肉が断絶する音。 振り向けば、今にも立ち上がり襲い掛かろうとしたロイガーの混血児が四肢の総てを断絶させ、その場に屈した姿がはっきりと視認できた。 「流石に気絶させるだけでは、危険度はそう低下しないぞ。やるならば徹底的に動きを止めてしまえばいい」 「す、すみません。ありがとうございましたっ!」 「フェイト、謝るのか感謝するのかどちらか絞り込んだ方がいいよ―――ダディ、前と左、上の三方向からっ!」 「ハスターの風よ!」 ハヅキの的確な指示は、盲目たりえるシュリュズベリイの失われた感覚の一つとして役割を果たし、彼の腕から顕現した風の刃は襲い掛かる敵の悉くを寸断する。 だがその中の一体だけが、その風の刃を掻い潜って肉薄し、鋭利な爪を魔術的に巨大化し洗練化させ、死神の鎌となり彼の脳天から振り落とされようとした。 「ぬぅ……!?」 「ダディっ!」 ハヅキの指示すら間に合わぬ一撃は、まさに必滅の一撃だった―――筈である。 白い光が突如として視界を遮った直後、シュリュズベリイの後方から雷光の刃が二陣。楕円の軌跡を描きながら異形の瞬発速度すら超えてその両肩から切断された。 「大丈夫ですか、シュリュズベリイ先生!」 聴こえてくるのは、この雷光の刃を放った張本人である彼女の――フェイトの声。 その声色にはこの身の醜態を嘲笑う感情など一切無い。 まるで“人として当たり前のように”、心配の感情を表に出す彼女に、シュリュズベリイは心の中で感嘆した。 「ふむ……むしろ私こそが迂闊だったか。生徒に教えられるとは、中々興味深い経験だ―――感謝するぞ、フェイト君!」 「ダディ、まだ来るよ!」 ハヅキの言葉によって、再び彼は五指に魔力を循環させていく。 フェイトもバルディッシュに魔力を行き届かせ、輝く金色の光を一層に煌かせた。 其処からお互いに掛ける言葉すらなく、ほぼ同時に風と雷は疾駆する。暴虐の限りに魔風は吹き荒れ、無尽に迸る神雷は留まる事を知らず。 人として戦いぬく彼らのその勇姿は、実に人らしく、人の域を超越した舞踏を繰り広げる。 異形を蹂躙する暴風と迅雷は、瞬く間に、確実に、この神殿に蔓延っていた幾数もの魔を破滅に追いやっていった。 ◆◆◆ 神官『イマシュ=モ』は驚愕と憎悪に打ち震えていた。 よもや、たかだか人間風情が。人間如きが、このように神の加護を受け入れた我々の悉くを蹂躙し破滅に追いやっていくとは、誰が思おうか。 我々の同胞とも呼べるであろう『深きものども』の拠点を文字通り壊滅に追いやった遺跡破壊者(トゥームバスター)、 忌々しい我等が怨敵たる邪神狩人(ホラーハンター)、ラバン・シュリュズベリイならばいざ知らず、あのような小娘如きに我等が蹂躙の限りを尽くされるなど、断じて赦せる筈がない。 魔風が猛り、雷光が閃く。その二重輪舞を驚愕と共に見据えながら、彼はその場から動くことが出来なかった。 ―――赦セヌ。 沸々とわきおこる、炎に似た劣情。 盲目の賢者と金色の魔導師を視るその眼に焼き付けられた、余りに劣悪な激情。 ―――赦セヌ。 そうだ。何故に我等がこの様な劣悪たる人間如きに。霊長という仰々しい名を掲げる愚かな生物どもに。 何故、こうまでして一方的な蹂躙をされなくては成らぬのか。 否。否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否。 ―――断ジテ、赦セヌ!!!! ならば如何するべきか。如何にして我々が奴等を圧倒的に蹂躙し陵辱し破滅に追いやる事ができるのか。 其の“術”は、一体どこに在ると言うのか。 突然、イマシュ=モの耳に“異形の声”が囁いた。 『在るじゃないか、ソコに。異界の理を持って凝結させられた、原初の魔力の塊りが。最も穢れのない、我等が宇宙に最も近い純粋『可侵』たる魔力の宝玉が』 それはまるで女の様でもあり、男の声でもあった。 余りに一定しない、まるで“幾つも在る”ような異形の言霊だ。 『世界自体を魔力として変換し凝結化されたソレだ。君が望めば、君達が最も敬い崇めた神を……異界の神を呼び起こす事だって容易く出来るだろうさ』 イマシュ=モはその淫靡な誘惑に、にべもなくとりつかれた。 祭壇に視線をやる。ソコにあるのは、無色の煌きを放つ異界の理により創造された宝玉。 イマシュ=モは後方にて同族を蹂躙する風と雷をも意識から外し、“剥奪され”、幽鬼の様に其の祭壇へ歩み寄る。 其の祭壇の前に立ったイマシュ=モが視たソレは―――余りに巨大な神像だった。 今までずっと、数千年も其の神像を視てきたというのに、彼はまるで初めて遭遇した時のような……あるいはそれ以上の衝撃と感激に打ちひしがれる。 彼はその場で屈服し、祈りを奉げた。 総てを。己の総てを。腕を。脚を。臓腑を。骨を。脳髄を。生命を。『眼』を。 文字通り彼が持ちえる総てを奉げる様に、その神に祈りの言葉を苛烈に、熾烈に、躊躇わずに紡いだ。 ソレに応えるが如く、無色の煌きが識別不可能な極彩色の極光を解き放ち神殿全域を包み込む。 ―――滑(ぬめ)りと、神像の瞼(まぶた)が蠢いた。 ◆◆◆ 総ての異形を戦闘不能にまで追い込んだフェイト、シュリュズベリイ、ハヅキの二人と一つが、その異変に気が付いた。 突如として顕現された圧倒的な魔力の波濤に彼らは苦悶の声をあげて、その場から吹き飛ばされぬように踏ん張って耐え抜く。 「何!? 何が起こってるの……!」 『魔力総量、瞬間的に計測領域突破―――数値及びランクでの計測は不可能。術式的に換算すれば、少なくともSランク以上に相当します』 「Sランク以上!? そんな莫迦な……!?」 原因不明の魔力の波にフェイトは最早何が起こっているのか理解が出来なくなっていた。 バルディッシュから得られる情報も、計測不能の魔力総量だけ。原因が未だ突き止められず、余りに膨大過ぎる波濤がバルディッシュの演算能力を直ぐに超越してしまう。 だがその暴虐の最中、ハヅキだけがソレを視覚した。 「ダディ! あの『神像』が……動き出してる!」 この神殿の最奥に存在した異界の神像が、その堅牢な岩肌を内側から砕いて、眩い無色の光源を放ちながら顕現を果たそうとするのがはっきりと理解できた。 世界最強の邪神狩人(ホラーハンター)と名高き彼ですら、驚愕に打ち震えるその魔力の猛り―――彼は、“その術を知っている”。 「この魔力、この術式……真逆、『神』を召喚したとでも言うのか!?」 ―――是、也。 瞬間、世界は異界と化す。 石灰の牢獄に幽閉されたかの『神』は暴虐の限りを尽くし、その魔力の波濤を外界に向けた。 蹂躙される神殿。この場で気絶させた信徒達を飲み込む事すら厭わない、理性の欠片も無い純粋な破壊。 其の威力を撒き散らせ、フェイトらを翻弄させる存在の前で、神官イマシュ=モは歓喜に震えた。自ら抉った眼窩より、感極まった血涙を流しながら感謝の言葉を羅列して いく。 『嗚呼! 我ガ敬愛セシ神ヨ! ヨクゾ……ヨクゾ御前ニ現臨ナサレタ!! サァ、神ヨ! 我ガ神ヨ!! カノ愚カナ人間ドモニ、ソノ神威ナル眼デ裁キヲ与エタマ』 だが、その愛に匹敵する感謝の言霊を吐き続けた直後、蠢く眼がその神官を捉えた。瞬間、イマシュ=モの言葉が途中で詰まる。否、“途絶えた”。 否応と問う暇すら与えられず。かの神官イマシュ=モは、先ほど眼前の『神』が幽閉された様に鎖された。 そう……要約すればイマシュ=モは、その神に視線を射抜かれただけで、その身を“石に変えられてしまった”のだ。 イマシュ=モを石に変えた其の神の体躯は、余りに現実離れした異型な巨躯だった。 まるでそれは蛸にも見えるし、ヤドカリにも見え、或いは龍頭を手足の触覚として機能させる異界の甲殻生物にも見えた。 其の生物の顔……とも呼べるだろう、その眉間にまるで無理やり埋め込まれたかのように浮かび上がる無色の宝玉。 ソレは、フェイト・T・ハラオウンが追っている物質そのもの。つまりは――― 「アレは……『ロストロギア』……ッ!?」 その驚愕の声と共にフェイトはその神を凝視しようとした瞬間、シュリュズベリイが彼女の行為に勘付いた。 シュリュズベリイはハヅキに念の波動を伝え、即座にバイアクヘー形態に移行させると、言葉より先にフェイトの手を掴み、形振り構わずバイアクヘーの背に飛び乗った。 「……っ、いかん! フェイト君、“眼を閉じたまえ”ッ!! レディ、直ぐに此処から外に出るぞ!」 『了解、ダディ! フーン機関、出力増加……一気に行くよ……!!』 ◆◆◆ 刹那すら遠く、前動作すら行わず飛翔したバイアクヘーは己の影すら追い越す勢いでその神殿から脱出を試みる。 二秒と掛からず外界に脱出し、すぐさまその場から距離をとり、霊峰『ヤディス=ゴー』全体を見渡せる程の高みに到達した。 余りに突然とした行動だった為、フェイトの心臓がニコンマ遅れて再起動。息詰まる飛翔はいくら最速と謳われし彼女でも耐えうる事が厳しい行為だった。 シュリュズベリイはヤディス=ゴーを見据えたまま、深呼吸を行うフェイトの肩を叩いて謝罪を述べた。 「突然済まなかった。だが……『ヤツ』と視線を合わせては絶対に駄目だった。そう、何故ならばアレは―――」 瞬間、霊峰が爆砕音を上げながら文字通り崩れ落ちた。 その粉塵から見える巨大な影。そう……先ほど、額の部分にロストロギアを埋め込まれているのを確認しえた、謎の巨大生物。 余りに禍々しく、同時に神々しい威風を纏うその巨躯は、この管理外世界の事を詳しく知らない彼女にだって理解できる。アレは―――正真正銘の『神』だと。 そんなフェイトの心中を察してか、シュリュズベリイはその巨躯の影を見据え忌々しげに応えた。 「―――アレの名は『ガタノトーア』。ヤディスの地で眠る、ロイガー族の頭領にしてユゴス星の支配者。 ヤツは極上の魔眼を持っていてね、アレと視線を合わせれば此方は問答無用に呪術的に、魂の髄まで『石化』されてしまう。邪神の名に相応しい、この星を……人類を脅かす異界の邪悪だ」 『ガタノトーア』、やはり知らない名だとフェイトは思った。 それも当然なのだが、これ程の魔力を内包する生物を時空管理局が把握しきれていないとは、次元世界の広大さがよく解ってしまう。 ……が、そう考えている暇も無いようだ。粉塵がだんだんと薄くなり、ガタノトーアの全容が見渡せてしまいそうになる。 遥か天空に静止するバイアクヘーの上までは視線は合わせられないが、あの様な邪悪をのさばらせては決してならないと理性と本能の両方が告げている。 だが、如何にしてあの巨躯を討ち倒す事が出来ようか。あの圧倒的な邪悪をも超える、理不尽を超えたご都合主義が――在ると言うのか。 そんなフェイトの心中など察してるワケではないのに、シュリュズベリイは突如としてそのフードを翻した。 先ほど見せた、あの負ける要因など欠片も見当たらない、不屈の闘志が込み上げてくる荘厳かつ広大な背中が視界を覆った。 「―――レディ、行けるか?」 『任せてダディ。アレくらい、何とかしてみせる』 「よく言った。ならばやろうじゃないか」 親子の様に意気投合した会話の中には、まるで恐怖心が微塵たりとも存在せず。 シュリュズベリイは背中越しにフェイトのいる後ろに横顔を向けて、不敵に微笑んだ。 「フェイト君、少し下がっていたまえ。次の講義は『如何にして圧倒的邪悪に対抗しうるか』だ。―――よく視ておきなさい」 もはや、彼女の心の中に疑念など無くなっている。 この老人は。この賢者は。ラバン・シュリュズベリイは。必ず―――活路を見出してくれると確信できてしまってるのだから。 フェイトがバイアクヘーの背から離れ、空中で静止する。 それを確認したシュリュズベリイは、体内の魔力を……そしてバイアクヘー自身の魔力を異常なまでに活性化させた。 何度も循環されていく魔力はまるで回路を奔る光と化して、刹那の内に膨大に膨れ上がる。 ―――口訣。 「―――機神召喚ッッ!!!」 その言霊が彼の世界を駆け巡り、踏破し、新たな世界を創造し構築する。 吹き荒ぶ魔風が彼らを巻き込み、傍から見ればまるで竜巻の様だ。 そして尚も、詠唱は終わらない。 ハヅキが静かに祈りを謳う。 『我は勝利を誓う刃金 我は禍風(まがつかぜ)に挑む翼』 シュリュズベリイが高らかに祈りを叫ぶ。 「無窮の空を超え 霊子(アエテュル)の海を渡り ――翔けよ、刃金の翼!」 そして―――二人は願う様に、天高々と咆哮をあげた。 「『舞い降りよ―――アンブロシウス!!』」 その言葉が紡がれた瞬間、暗雲が立ち込めた空より鮮烈を極めた光輝が爆砕を起こし、世界を吹き荒ぶ魔風の嵐が舞い込んだ。 猛り狂う暴風の最中、フェイトはおぼろげな視界の中でその儀式を目の当たりにした。理解するよりも早くそれを知覚する。アレは……『神』の召喚だと。 吹き荒んだ魔風が止み、威風をたずさえ、彼女が思い描いたとおり嵐の最中より巨大な『神』が現臨する。 其れは顔の無いヒトの形をした鳥。鳥の形をしたヒトだろうか。手には己よりも長い鎌を携えており、その容貌はより死神に近くなっている。 どちらにせよ、ヒトが持つには余りに行き過ぎた代物だというのは理解できた。 肌で感じるその圧倒的な存在概念。その鋼を纏った存在が内包する魔力は余りに桁違い過ぎて――確かに、『機神』と呼ぶに相応しいと、フェイトは心の底から思った。 其の刃金の名を『アンブロシウス』。魔導書『セラエノ断章』が召喚せし鋼の神――“鬼戒神(デウス・マキナ)”。邪神狩人ラバン・シュリュズベリイが駆る、神の翼である。 これならば―――或いは。あの邪神を、討ち倒せれるだろうか。否、討ち倒す事ができる。 アンブロシウスを駆るシュリュズベリイは絶対的な自信を持って、なれど油断の欠片もなく高らかに宣誓した。 「では文字通り、“ご都合主義”とやらを見せ付けてやろう。―――征くぞ、レディ!!」 『オーケイ、ダディ! 戦闘準備完了(ミード・セット)―――勝負(デュエル)!!』 暗雲の中で映える紫紺の機神が、遥か暗雲の空彼方より邪神ガタノトーアに向けて音速すら遠く置いていく疾さで急降下する。 嵐を巻き起こす軌跡がまるで飛行機雲の様な形状を残し、アンブロシウスの後方から産まれ出でる。 音速の衝撃(ソニックブーム)が間髪無くガタノトーアとその周囲ごと巻き込んで理不尽なる破砕を呼び込んだ。 ――轟ッ! と、凄まじい音を響かせて、ヤディス=ゴーという霊峰がまるで積み木を壊すように、ただの衝撃のみで霊峰を崩れ落とす。 神の魔風は何処ぞの国に言い伝えられている伝説の破山剣に匹敵しうる強大さで、邪神の甲殻を圧し潰した……筈だった。 舞い散る風塵が止み、おぼろげな影が色彩を持ちえて、その姿を捉える。其処には派手な爆発音を響かせただけで傷一つ負ってないガタノトーアの全貌がはっきりと視えた。健在である。 だが、それでもなおアンブロシウスの魔風は知ったことではないと言わんばかりに暴れ回る。傷が付かないなら、付くまで繰り出し続ける無限機関に成り果てる。 右回転から左回転。上下運動にも似た軌道での風向き。 逆しまを描くような横殴りの暴風。三次元の角度では測りきれない妙なる方角からの洪水に似た嵐。 渦を巻き、物体そのものを無理やり引き裂こうとする全周囲方向からの旋風。 ありとあらゆる風の流れが瀑布となって、ガタノトーアの堅牢な甲殻に幾度も幾度も幾度も傷跡を刻み、軋む音をも響かせていく。 窮極の風が蹂躙するその様は、一目見ただけでは此方が優勢と見えるだろう。 なれど……それでも尚、あの邪神は……旧支配者が一柱、ガタノトーアはさしてダメージを受けている様子は無い。 その余りに高すぎる防御力に、アンブロシウスを操るシュリュズベリイは忌々しげに舌を弾いた。 「たかだか膨大な魔力を有する媒体に頼って顕現された半端モノでも、この堅牢さ……! 流石に甲殻生物の体躯を持っているだけはあると言う事か!」 『防御力に定評のある邪神か……シュール過ぎて笑えない現実(ジョーダン)だね―――来るよ、ダディ!!』 “■■■■■■――――――ッッッ!!!” ハヅキの霊的直感が現実を呼び起こした。 ガタノトーアは人語に翻訳不可能な叫び声を金切り、それと同時に体躯の下部より幾数も、粘着した汚濁に塗れた触腕が伸びゆく。 幾重にも織られた糸のような膜状を展開し、瞬間それらが追撃ミサイルの様な“弾道”を残して飛来。 右、左、上、下。その軌道は余りに不規則だが、それら総てはアンブロシウスを目指し伸びていく。 だがその程度の速度ではこのアンブロシウスのスピードに追いつける筈も無く、その軌跡を追うだけの肉塊になってしまう。 上から来ればそれ以外の角度に半回転し、下から来ればそれ以外の方向に軌道修正し、両横から来たるならば超音速によって跳ね除け飛翔。 見た目こそ愚鈍そうなガタノトーアであったとしてもその動きは機敏の域を超えていた事だろう。だが、相手が悪かった。ヒアデスの海を翔け抜ける風を止めるモノなど何 も無いのだ。 だが考えても見て欲しい。たとえ邪神が我武者羅にアンブロシウスのみを狙い、その触腕を振るっていたのならばソレは単一思考しかないただのケダモノと変わらない。 解っている筈なのだ。己の腕では絶対にあの魔風を捉える事が出来ない事を。そう―――元よりガタノトーアの狙いはアンブロシウス「だけ」では無かったのだ。 アンブロシウスが回避し、開けた視界の向こう側にその標的が中空で静止していることを、ガタノトーアははっきりと五感以外の感覚で知覚した。 其の感覚の先に居る存在を―――フェイト・T・ハラオウンを。 「―――っっ!!?」 言い様も無い悪寒がフェイトの身体に雷で撃たれたように駆け抜ける。 彼女の視線の先には、おぞましい触手を蠢かせているガタノトーア。その邪神から発せられた圧倒的な圧力(プレッシャー)が彼女に圧し掛かる。 ただそれだけで彼女の身体は中空で静止したまま、まるで鎖で縛られ拘束されたかのように“動けなくなった”。まるで石の中に鎖された様な感覚。 眼前に迫る、幾重もの巨大な触手。異臭を放ちながらその先端部分が生々しい音を立てながら破られ、中から磯巾着の様に一部分に密集した触手達が“生えてきた”。 生理的に……否、生物的に嫌悪せざる得ないその行為。動けないフェイトはその怪異なる恐怖を目の当たりにして胃の中が反転し逆流しているような不快さに苛まれていく。 やがてその触手群がフェイトの四肢に絡まってゆき……その末端から、成す術なく一方的にフェイトの身体が“灰色の塊に侵され”、ゆっくりと蹂躙されていく。 余りに複雑な術式で構成された石化の呪法。 フェイトは動けぬまま、かの封印された邪神と同じ様に、灰色に閉ざされた石像に成り果てた。 術式発動すら行えず、空中に浮遊する事すら侭ならないこの状態で起きる事は自然界でごく有り触れた法則。翼を持たぬヒトは空には昇れず、堕ちるのみ。 絡まれた触手がまるで縄の様に縛り上げて、その触手ごと石化され拘束されたフェイトにこの状況を打破しうる力は持っておらず。 遥か空の彼方より、フェイトは成す術なく、理不尽の限りを尽くされて堕天する。 ――此処に、一つの魔を討つ意志が凍結した。 ◆◆◆ 触腕の攻撃を避けつつガタノトーアに反撃し続けるシュリュズベリイがその異変に気付いても、既に遅かった。遅すぎたのだ。 「っ! フェイト君!!」 シュリュズベリイは叫ぶ。あの金色の髪を揺らす教え子の名を。 なれど返ってくる言葉は無く、来るとすればこのおぞましい触手どもばかり。 不意に、魔力の波濤に勘付いた。その波長、属性、術式……どれを取っても上級であり至高の魔術能力。ガタノトーアの眼が、彼女を捉えたということか。 ガタノトーアが持つとされる『石化の魔眼』の能力は事前に情報で聞いていたが、よもや完全な召喚を仕切れていない劣化神性であの魔力の昂ぶり……流石に邪神相手では劣化も本物も何もないということを思い知らされてしまう。それがどうしても煩わしい。 『ダディ! あのままじゃフェイトが……!』 「レディ、緊急旋回だ。あの状態のまま大地に触れれば文字通り木っ端微塵だろう……行くぞ!」 『……っ! ミード残量を考えたら、無駄は少しでも省きたいけど、止むを得ないか……しっかりつかまってて、ダディ!』 ハヅキの応訣が耳に冴えずんだ刹那、アンブロシウスは妙なる曲線を描いて疾風と成る。 その軌跡は真空を呼び起こし、襲い掛かる触手らを巻き込んでミキサーのように盛大と引き千切りながら、ヒアデスの風は石と成って果ててしまったフェイトの下へ。 そこまでするのに、このアンブロシウスは刹那すら短い。 彼女が落下しうる瞬間にソレはまるで時間を逆行したかのような速さを持ってして、 呪術的に石化されてしまったフェイトをその腕に抱え、すぐさまにガタノトーアの死角に位置するだろう、 大きな岩が乱立する大地まで運び、傷つけないよう細心の注意で優しくその場に身体をおろした。 その間は一秒すら生温いだろう。この速さだといくらガタノトーアだとしても反応できずに、何が起こったか理解できまい。 シュリュズベリイは一連の動作を終えた後、老壮な顔に亀裂を浮かべ、憤怒と懺悔をその表情に刻んだ。 「すまない……“先走りすぎた”。教え子の安全を第一に考えぬ教師など、どれほど愚かしいことか。本当に、すまなかった」 アンブロシウスの操縦桿で握る拳から、一筋の赤い血が線を描く。自らの歯を砕かんと言わんばかりに軋ませる顎。 シュリュズベリイは、己が舞い起こしてしまった失態を殺意を抱かん程に悔やんで悔やんで、悔やみ尽くした。 ……やがて彼は激情する心を鎮めて、後方でうめき声を咆哮する邪神に気配を向ける。その顔は正しく、世界中の外道たる魔をその風で屠り滅し尽くしてきた邪神狩人の貌そのもの。 右の五指に魔力を注ぎ込み、無詠唱で石化したフェイトの半径数メートルに及ぶ強固な認識阻害結界を形成。 ガタノトーアの眼を、これ以上彼女に向けさせるワケには行かないと徹底的に欺く術を顕現させた。 シュリュズベリイは確かな術式完成の手応えを感じ、再び操縦桿を握る。 それに呼応するかの様にアンブロシウスは再び空を舞い、あの場から一歩も動けずにいる巨大な邪悪を見据えた。 「よくもやってくれたな。我が生徒を傷付けた報い、この魔風を持って存分に晴らさせてもらうぞ―――人々を脅かす邪悪の権化よ!」 静かな怒りを紡ぎ、アンブロシウスは霊子の軌跡を巻き起こし飛翔し疾駆。 刹那のうちにガタノトーアの背を過ぎ、その後方よりアンブロシウスを追いかける軌跡が怒涛を引っ提げて荒れ狂った。 冴え渡る刃の如き鋭さを孕ませる音速の衝撃(ソニックブーム)が、これまで掠り傷程度しか負わしきれ無かったガタノトーアの堅牢たる身体を一撃で抉り取る。 ガタノトーアの声帯機関より声にならぬ大絶叫が、アンブロシウスの魔術回路を灼く。だがこの程度で終わる鬼械神ではない。真なるご都合主義は、これだけでは幕を下ろさない。 もっと苛烈に。もっと劇的に。もっと徹底的に。 冴え渡れ。冴え渡れ。冴え渡れ。 三度唱え、アンブロシウスに内包された術式が音を上げて開封された。 「征くぞレディ! これで決める!!」 『了解!!』 猛る魔力の波濤を打ち出しながら、彼らがアンブロシウスは真の意味で魔風と化した。 斬戟にも似た疾風が一陣、ガタノトーアの身体を掠める。亀裂。ニ戟目。裂傷。三戟目。血傷に至らす。 もはやソレは風と呼ぶのもおこがましい不可視の刃が織り成す音速の冴え刷り。ガタノトーアは絶叫を上げる暇すらなく、その鈍重な身体を魔風によって蹂躙され尽くされる。 だが、ソレでもこれはほんの序の口だ。まだ、彼らは“成り果ててなどいない”。これは只の祈りの舞いにすぎない。 五戟目でその舞踏は行き止まり、アンブロシウスは右手に持った賢者の鎌を携えた。 舞踏の構えを見せつけながら、ハヅキの口訣が魔風のうねりを引き起こす。 『―――ミードセット!』 体内に搭載した蜂蜜酒の注入を開始する。鬼械神の血脈に流れ出る黄金の血流が魂の髄まで循環していく。 霊子の結合速度および循環速度の限界すら熾烈に突破させ、超過熱(オーバーブースト)により装甲が閃光に包まれる。 そしてその舞いの名を高らかに、シュリュズベリイは咆哮した。 「―――戯曲『黄衣の王』!!」 その言霊を紡がれた瞬間、アンブロシウスは風すらも超越し、一陣の閃光の刃となりて邪神の身体をその賢者の鎌で抉り取る。 だがそれでも終わらない。内蔵された多発型飛翔魔術群の猛りはこの程度じゃ止まれない。エグゾーストにも似た機関からの咆哮が後からやってきた。 軌跡が描く線に刻まれた魔術式が光輝を発するのを見たシュリュズベリイはその舞いの謳(うた)を、厳かな声色で歌い上げる。 「風は虚ろな空を逝く!」 光速に至る風の斬戟がまた一つ重なる。 それと同時にシュリュズベリイの歌を、ハヅキも歌い上げる。 『声は絶えよ、歌は消えよ……』 今度の一撃は五度。 同時に繰り出された物理法則を超越し別次元に至る速度が蹂躙し制覇し、邪神の甲殻を破砕へ導いていく。 だがそれでもアンブロシウスの猛りは留まることをしらず。 幾十も折り重なった風の斬戟が幾度と無く、永劫と、終焉すら無いかのような刹那の内に繰り出され、その斬戟数は百を軽く超えた。 それでも耐え抜くガタノトーアの身体は破格といえよう。だが……この鋼の猛禽の嘴は、それすらも穿つ。 百数の斬戟を終わらせ一拍、静寂が訪れる。その静寂の中、ハヅキとシュリュズベリイは同時に、破邪の意を胸に祈りの口訣を刻んだ。 『―――涙はッ!』 「流れぬまま枯れ果てよッ!!」 歌は最終節に至る。 幾百と折り重ねなれた斬戟はこの為に。この一撃の為だけに。 この一撃に孕められた、幾百すら超え、幾千、幾万、幾億もの必滅の神威の為故に。 破滅の暴風が一陣に凝縮され―――躊躇い無く、放たれた。それは蹂躙とすら呼べぬ、破邪の囀り。死神の鎌。 音速の次元すら超越した別次元の音速により繰り出されるこの絶技こそは、鬼械神アンブロシウスの奥義『凶殺の魔爪』。 人と魔導書と神による窮極の三位一体が織り成す、窮極の秘奥だ。 吹き荒んだ魔風は、暗雲に風穴を穿ち、その果てには無数の星々の煌きが燦然と降り注いでいた。 その風穴の中枢に静止するアンブロシウスは、まさに空を統べる神そのものの威容。 『―――ここが、最果ての空』 「……カルコサの夢を抱いて、眠れ」 ハヅキとシュリュズベリイは歌を終えたその刹那、この星の輝きと神の下で、強大な魔力が爆砕する。 確かな手応え。ガタノトーアの甲殻を穿つどころか、その身体ごと粉微塵に切り刻みペーストにした筈だ。 彼の胸に安堵が生まれ、アンブロシウスの動きを止めた。 「終わったか……よし、まずはフェイト君のもとへ……―――ッッ!!」 瞬間、言い様も無い悪寒が彼の身体を電流が迸るように頭から爪先まで駆けぬける。 シュリュズベリイは衝動的に粉塵に帰したはずのガタノトーアが眠る場所に振り返った。舞い上がる風塵の彼方、その影が……威容が、蹲っていた。 信じられない。よもやこの必滅の奥義を耐え抜いたとでも言うのか。驚愕の念がシュリュズベリイの魂に響いた瞬間、彼は一つの些細な……決定的な失態をおかす。 無用心にも、その体をガタノトーアの眼に留めさせてしまったからだ。 ―――滑りと蠢く、異界の眼。硬質的でありながら汚濁の水に塗れた、人間の知能理解の限界を超える眸が、アンブロシウスの風貌を垣間見た。 瞬間、アンブロシウスの世界が沸々と凍結されてゆく。末端からゆっくりと骨の髄まで、侵されていく。 『魔術回路汚染! 五十……六十……七十!! ミード残量も、残り僅か!!』 「ぐ、ぅぅ……!! 何故だ、何故、動ける!?」 石化の侵食に苛まれるアンブロシウスの操縦桿から、シュリュズベリイは超常的な感覚で魔力の流れを垣間見る。 『凶殺の魔爪』で幾重にも切り裂いたガタノトーアの身体。あの場で確かな手応えと共に屠り去った邪神の魔力の流動を。 そしてシュリュズベリイは理解した。そのおぞましさだけが残る醜悪な術式を。圧倒的な魔力だけで再現できた、字祷子(アザトース)粒子の再構成を。 「馬鹿な……あの状態から自己再生しているというのか!?」 いや、それは自己再生と言う事すら生温い、“新生”だ。 引き千切られただの一つの分子へ還った筈の身体は、圧倒的な魔力だけで再構成されてゆき、末端から傷一つ無く練成されていく。 その魔力反応を、ハヅキは見逃さなかった。 『魔力反応、確認! 多分、原因はアイツの額に埋め込まれた“宝玉”だよ、ダディ!!』 「宝玉……そうか、あの魔力媒体のことか!」 ―――然り! 女の声が、シュリュズベリイが知覚する事無く、何処からとも無く別次元の宇宙で響き渡った。 ◆◆◆ 其処は異形の闇が四方を統べる大海原だった。 右も左も上下も無い、平衡感覚が奪われた不定形の闇が侵す異界。 その中心が確立しない世界の“中心”で、女は身を捩りながら嘲笑していた。 『そう! その宝玉こそは我等が宇宙の極々々々一部を採取して創生された原初の魔力の凝結体! 寸分にも侵されていない純粋な字祷子で構成された異界の宝玉!』 異界の中心で女は掌の上で開闢を起こして、世界の果てからその様子を伺っていた。 まるで新しい玩具を貰った子供のような無邪気さが際立った、無垢過ぎるが故の邪悪の微笑み。 『ソレは世界自体を一つの結晶に収束させた逸品だ。たかだか一度滅ぼされた程度じゃ、その無尽蔵の魔力がソレを覆すのさ。フフ……下手を討ったねぇ、シュリュズベリイ』 其の見詰める眼は燃える■つの眸。灼ける貌。 黒夜の世界でなお映える漆黒を纏う異形の存在。かつて、これほどまでに純粋な邪悪が存在していただろうか。 ソレほどまでに極まった、吐き気を催す邪な存在概念。 女は笑う。人間達の抗う様を見据えながら。 女は嘲る。人間達の愚かな抵抗を見続けながら。 女は微笑む。人間達の凄絶な覚悟で抗い続ける魂に見惚れながら。 だが……女の本意はソコじゃなかった。その世界を見据えながら、女は別の事を思い描いた。 『さて……今回も君達が現れてくれるのかな? 真のご都合主義を信仰する、僕の愛しいキミよ?』 遥か彼方、誰かを思い続ける様はまるで恋をし続ける初心な少女のような笑みを浮かべながら、女は人の抗いを高見から見下ろし続ける。 瞬間、この闇の異界に似つかわしく無い、穢れなき憎悪と正しき怒りを孕んだ叫びが、何処からとも無く轟いた。 ―――当たり前だろう、邪神! テメェの描いた物語なんざ、こっちから願い下げだ! ―――人間達の諦めの悪さ、今一度……いや、何度でも思い知らせてやろうではないか! “否”と叫ぶその意志が、また一つ、闇黒の狭間に煌く新たな光芒(ほし)を創造(つく)る。 続く。 戻る 目次へ 次へ
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ラバンシュリュズベリイ(ラバン・シュリュズベリイ) シュリュズベリイの別名。
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◆◆◆ 『運命の探求』 後編Bパート ◆◆◆ 「どういうことだ……!」 第97管理外世界の平行世界(パラレルワールド)と時空管理局に認識されたこの地球(ほし)の衛星軌道上で待機している次元艦アースラの艦内で、 この船の艦長であるクロノ・ハラオウンは驚愕に満ちた声で忌々しく呟いた。 艦内のオペレーター、クルー達も不安げな表情を浮かべつつも全力で“その事象”を解析すべく動き続けている。 なれどその強固であり未知であり絶対的なその事象は、人間の範疇では決して納まりきれない位階にまで達していた。 何故、この様な事態に成ってしまったのか。先ほどまではほぼ順調であり、たとえいかなる問題が出てこようとも対処できる布陣であった筈だ。 だのに―――手も足も出せないとは、如何いう事か。 焦るクロノに、オペレーターがこの異常事象に困惑しながらも現状を報告する。 「現場の無人島を中心に半径数十kmに渡って次元断層と類似する、未知なる隔絶空間壁が何重にも展開されています! これでは転移魔法はおろか、物理的な干渉すら不可能です!」 「何とかその隔絶空間壁の“穴”を見つけろ! どんな小さな穴でもいい、異相次元率を同調させて無理やりにでも抉じ開けるんだ!」 「りょ、了解ッ!」 クロノは前例の無い異常現象に歯軋りしながら、それに至るまでの過去を振り返る―――それは、突如舞い込んできた指定ロストロギア探索及び確保の命令。 今回は高町なのは、八神はやて及びヴォルケンリッターの面々が別任務で動いていた為、フェイト・T・ハラオウンを中心に編成した部隊でその任務に当たる事となっていた。 だがそれも昨今から続く時空管理局所属魔導師の人員不足が祟り、僅か一個小隊による任務遂行を挑まざるをえなかった。 その為、実力的にも階級的にも頭角であるフェイトに先陣を切らせ、他の小隊を後続させるという手合を取るに至ったのだが……フェイトを転移させることに成功し、後続させようとした瞬間に、この“異常事象”が舞い込んだのだ。 つまるところ……今、あの島の中にいる管理局所属の魔導師は―――フェイトしかいない。 (っ……! こういう時に限って、僕は何も出来ないのか……ッ!?) 義妹の安否さえ解らぬ原因不明のトラブルに愕然と打ちひしがれながら、クロノは己が無力さを呪う。 ようやく次元断層と類似する隔絶空間壁の内部から発せられる魔力反応を何とか索敵できたが、その中にあるフェイトの魔力反応はついぞ見つけられなかった。 あるのは、正体不明の何者かが極僅かな魔力を燃焼させる反応と、文字通り無限に、無尽蔵に沸き立っていく膨大な魔力反応の二つのみ。 客観的に捉えればフェイトの生存率は絶望的である。 (いや! まだだ……まだ、“諦めてはいけない”! 出来ないと決め付けて、無力と嘆くには未だはやい!) だが―――クロノは己が無力を呪いながらも、未だその眸は絶望の色に染まってはいなかった。 まだ……まだ彼女がそうなってしまったという確証は取れていない。彼女は絶対に、生きていると。其処に確かに居るのだと、クロノはらしくもない曖昧な願いを心の内で叫んでいた。 (無力かどうかなんて結果で決まるもの……やれるだけの努力は常にやるべきだ。そう……まだ、絶望するには早すぎる!) そう―――“否”と叫ぶその意志こそが、闇黒の狭間に煌く新たな光芒(ほし)を創造(つく)るのだ。 ◆◆◆ だがその叫びさえも女は悉く卑下し、闇黒の狭間にて嘲笑した。 『ハハハハハハハハっ! 言うじゃないか少年。だけど無駄だよ。急造ではあるが、この僕が拵えた“柵”を討ち破ることなんて“彼ら”くらいしか出来ないのさ! ただ一点にのみ絞られて施されたこの多重次元断層壁は、干渉遮断という一点だけみればあの『クラインの壷』と同等の断絶結界だ。君たち如きでは万が一でも破る事は叶わない!』 嘲りながら悶える異形の肢体は余りに淫靡な風体。 其れは原理さえも侵す毒といえる。そう……この異形の闇さえも侵しうる窮極の毒。 毒は己に抗う存在を蔑みながら、彼らに絶望という猛毒を魂に流し込んでゆく。 舞台を自分の思うとおりに引っ掻き回す事を至上命題とする彼女は、舞台の外にいる役者でさえも己が手の内で踊らすのだ。 そう―――これは『人形劇(グランギニョール)』。 総ては作り手の思うが侭。どんな無理無謀な設定でさえも己の都合で極大解釈して無理やり捻じ込む、子供の遊戯に似た、つたない舞台劇。 故に、誰からの介入も在り得ない。これは自分だけの世界。自分だけの物語。自分が楽しめればそれで良い。そんな、狂った無邪気を振り撒く混沌の戯れ。 “―――やっぱテメェのシナリオは糞つまらねェよ、ヘボ監督! テメェが作る物語なんざ、何度でもリテイクを要求してやらァ!!” “―――観客はそのような結末など望んではおらんだろう。いい加減自重という言葉を覚えた方が良いな、邪神!!” だが―――そんな絶対不可侵の遊戯でさえも打ち壊す、“窮極のご都合主義”が、突如としてこの『人形劇』の舞台外にて爆誕した。 遥か闇の彼方で爆砕が起き、極光が顕現する。 闇黒の世界でさえも一瞬だけ塗り替える刹那の光輝。その中で―――『男』と『女』、そして『神』が悠然と降臨を果たした。 女は……『混沌』はソレを知覚した。瞬間、彼女の嘲笑に歪んだ口元により一層、亀裂が奔った。それは……あまりに嬉々と歪んだ、狂える愛情とすら解釈できる微笑だった。 『ふふ、―――アハハハハハ! やはり……やはり来たか!! よくもまぁこんなトコロにまでやってきたね。ご苦労なことだよ、ほんとに。 僕の“人形劇(グランギニョール)”をことごとく打ち壊す、荒唐無稽な“ご都合主義(デウス・エクス・マキナ)”! 愛しい愛しい、我が、“我等”が怨敵よ!!』 彼は……彼らだけは例外だ。 なにせそれは“彼女自身がそう望んで創り上げた”、神のシナリオさえも三流のハッピーエンドに挿げ替える窮極のご都合主義を体現した刃なのだがら。 『ならば今一度打ち砕いて魅せよ! この僕に……僕等に再びその理不尽を討つ刃を振り翳して魅せてくれ! ―――最も新しき神よ!』 そう……闇黒に侵された物語を三流のハッピーエンドに落とす“ご都合主義”は、無限螺旋を超えてなお叫び続ける。 闇黒神話を討ち破る、荒唐無稽な御伽噺はセカイすら超えて紡がれる。遠く旧きより来たる、刃金の咆哮が木霊した。 “―――言われなくても、やってやるさ!!” “―――だが、その前に『やること』がある。邪神よ、汝との闘いはその後だ!!” だが神は邪神の意志に反してその場から消失……否、自らを再度別次元へ転送した。 向かう先は……運命の名を持つ少女のもとへ。 彼らが闘う場所は“あの舞台ではない”。もとより“彼女がその役目を担うべき”なのだから。 救うのだ。そして、伝えなければならない。 人間の強さを。理不尽な邪悪に打ちひしがれながらも、毅然と立ち向かう……脆弱な人間だけが持ちうる無敵の意志を伝える為に。 伝えるべき言霊はただ一つ。 “―――汝、魔を断つ剣となれ” ◆◆◆ フェイトの意識は闇の中をたゆたっていた。 右も左も上下も無い、ただ其処に自分が居ると言う事だけしか感覚的に理解できない、牢獄の中に閉じ込められている。 指の一本すら動かせない。右手に持っていた筈の相棒(バルディッシュ)も何処へ消えたのか。闇の中、彼女はたった独りだけ幽閉されていた。 段々、彼女は彼女の存在を固定出来なくなっていく。身体は脳を省いて総て石化され、動こうにも動けず、ただただ理不尽に侵されて行くのみ。 四肢に取り付いた触手は己自身を石化の呪術を内包し、解呪(ディスペル)しようにもその人知を超えた複雑な術式を前に打ちひしがれる。 何度も何度も、繰り返しそれに挑むも、何もかもが成す術が無く、唯一動く脳内の思考に構築された術式が霧散し、いつしか彼女の心の中は絶望の色が浮き出てきた。 ―――もう、無駄だ。 そう思う。あの邪神に対しては、なにをしようとしても無駄になる。無へ唾棄されてしまう。 この邪悪を打ち倒すという意志も。それ以上の圧倒的な邪悪の前にして折れてゆくだけだ。 あの邪神狩人と呼ばれた老壮の男ですら、神を召喚して尚、邪神相手にあの有り様ではないか。 陰鬱たる思念は新たな陰鬱を呼び、彼女を絶望の闇に誘っていく。 ―――勝てる筈が無い。あんな異形に、勝てる筈が無い! 理解を超えた恐怖の奈落に、彼女は心の中で、絶望の涙を流す。 闇の狭間、絶望に灼かれた彼女の流す涙の煌きは。 邪悪に打ちひしがれ、無力に泣くその涙は、本当に無駄なのだろうか。 『無駄なんかじゃないさ』 否と。その闇の中、聞き覚えのない男の声が毅然と響き渡った。 この冷たい闇において光り輝くソレは、言い様もなく暖かく、心地が良い。 ―――なんで? どうやっても無意味なのに。どんな事をしたって勝てっこ無いのに。 ―――怖くないの? 私はとても怖い……怖いよ!! 疑念と憧憬に似た感情が沸いた。 この絶対的な絶望の中、その絶望に屈せず煌きを放つ存在に、どうしても興味が沸いてしまった。 男は見た目相応に若く、慈愛と勇気、何よりも信念に満ち足りた声色で、その絶望の最中で希望を口にする。 『怖いさ。―――けど全部が無駄だから何もしないで、やっぱりその通りになる方がもっと怖い。……そんな後味悪ぃのはアンタだって嫌だろう?』 それは余りに一直線過ぎて馬鹿らしいとさえ思える、単純明快な希望。 後味が悪いから行動をおこすだなんて、どうしてそこまで子供っぽい事を口にするのだろうか。 世界は何処までも邪悪に冒されて、成す術なく絶望に屈するだけだというのに。こんな筈じゃないことばかりなのに。 けど……フェイトはその言葉に、言い様も無く打ち震えた。絶望に屈しかけていた彼女の心に、淡い光が顕現を果たす。 すると何処からとも無く、その男の隣に少女の様な影が現れる。少女は不遜な態度でありがなら、優しく彼女に応えを放った。 『その絶望の涙は、決して無駄ではない。それは絶望を知る者だけが流す、次の希望を渇望する者が流す正しき涙。憎悪の空よりおちる無垢なる涙。 ―――女! フェイト・T・ハラオウン! 汝(なれ)はその涙をおとした。故に……未来の希望を切り拓く、斬魔の刃を手にする権利を得た!』 勇壮な言霊が響き、それが波濤と成って、異形たる闇の世界に亀裂が奔った。 亀裂は段々と大きくなってゆき、その狭間から希望に満ち足りた光がフェイトを照らし上げる。 『オレ達がしてやれるのは、コレくらいだ。此処は“アイツ”の検閲が激しすぎる。だけど……最後に』 その光の彼方。彼女に言葉を送った男と少女の背中が見えた。フェイトは思う。それはまるで連理の枝。明日へ向かう希望の比翼。 絶望の闇を祓う、眩い極光の果てに立つ二人が同時に手を差し伸べて、誓いの言霊が咆哮された。 『『―――受け取れ! 我等の意志を!! 魔を断つ剣(意志)を!!!』』 其の彼ら二人の並び立つ狭間より、一つの光が現出し、フェイトの胸元まで真っ直ぐに移動してきた。その光に触れる。とても暖かく、優しい、祈りの輝きだった。 その輝きを知り、彼女は絶望の闇から生還を果たす。あれ程まで彼女を幽閉した闇の呪縛が光の粒子となって消え失せ、信念の煌きが彼女の身体を包み込んだ。 ―――嗚呼。この人達の言うとおりだ。全部が無駄だからって、何もしないなんて事は私には出来ない。なら……やるしかない。いや――やってみせる! 決意を纏った彼女の顔に、もはや絶望の色は消え失せていた。 それを見届けた男と女は笑みを浮かべた。もはやなんの心配も要らないと悟り、彼らはその場を後にする。 二つの影は眩い光輝の彼方へ歩んでゆき、まるで消しゴムで掻き消された様に、その場から消失した。 フェイトは理解するよりも速く、感覚だけでそれを知る。彼らには彼らの戦いがあることを。この場の戦いは、自分に託されたのだと。 ならば―――絶対にやり遂げて見せよう。それが、彼らに救われた者の、唯一の報いだから。 彼女はその場に落ちていて相棒(バルディッシュ)を手に執った。待機状態からすぐにアサルトフォームに変換、そして……彼女はさらに形態を変化させる。 ソレは金色の刃。明日の希望を齎(もたら)す優しい輝き。天をも切り裂かんと猛る、巨大な愛剣。 その名をバルディッシュ・ザンバーフォーム。勇壮に滾る希望の刃が、今此処に破邪の剣となり、顕現を果たした。 更にフェイトのバリアジャケットが急速に粒子化し、そして新たな形態へ変化させてゆく。それは―――バリアジャケットの呪術的防御力を極限まで削ぎ落とした、余りに流麗な戦闘装束。 何処までも速さを追い求め、人の身でありながら真実『雷光』に至る為の、彼女自身最大の切り札にして窮極の礼装、諸刃の剣。 それは未だ完成に到達しえない姿……ソニックフォーム。閉ざされた闇夜を幾重にも切り裂く雷光は、彼女がその姿を顕現させた瞬間に歓喜するかの様に祝福の怒号をあげた。 「そうだ……確かに怖い。怖いよ。けど……それが本当になってしまう方がもっと怖い。だから―――」 そして彼女は飛翔する。あの邪神が佇む戦場へ。未だその邪神の猛威に抗う、狩人のもとへ。 その圧倒的な理不尽を共に断つべく。理不尽を討つ為の理不尽(つるぎ)を掲げ、彼女は空へ向かう。 「―――まだ、“諦めない”」 ―――魔を断つ意志は未だ折れず。彼女はその刃を執り、神の摂理に挑む。 ◆◆◆ アンブロシウスを駆るラバン・シュリュズベリイは残り僅かな魔力を燃焼させながらも、果敢に邪神と相対する。 もはや先ほど切り刻んだ筈の巨躯は、召喚された時と変わらぬ堅牢さを持ちえ完全新生を果たしていた。 ミード残量が絶望的なまでに少なくなっているアンブロシウスでは、どう足掻いても倒しきれぬ事は、誰が見ても明白な事実として突き立つ。 だが、アンブロシウスはそれすら振り切って完全新生を果たした邪神ガタノトーアに向かってその疾風を吹き荒んだ。不屈に燃える狩人の魂は、未だ消え失せる事は無い。 「ぐ、ぅぅ……ッ! ハスターの爪よ!!」 シュリュズベリイは五指に己が信仰する風の魔力を解き放つ。 それと連動……呼応して、アンブロシウスの腕より巨大な風の刃が発生。襲い掛かるガタノトーアの触手を切り刻み、鮮血を舞わせた。 だが、幾重にも……波濤じみた触手の群れがまた際限なく襲い掛かる。これでは鼬(いたち)ごっことそう変わらない。 シュリュズベリイは変化が見られない現状に苛立ちながらも残り少ない魔力を行使して魔風を呼び起こし続け、幾億分の一に在るか否かの反撃の機会を今か今かと模索し続けた。 鬼械神アンブロシウスが必滅の奥義『凶殺の魔爪』は確かにガタノトーアの体を幾重をも刻み曝し、抓んでやった。 だがその分子以下の世界で、あの宝玉から発せられた膨大な字祷子等が結晶化し、分子どころか原子構造の過程から新しく再構成し今の傷一つ無い姿を顕現させている。 そして―――その細胞分裂に似た術式は今も尚続けられ、今や傷一つ付けた瞬間にその傷が『新生』してしまう始末だ。 幾ら刹那の内に切り刻んだトコロで、数刻すれば復活を遂げてしまう。 あの宝玉と邪神の身体を分離させようとも、生憎と宝玉(ソレ)はガタノトーアの額にある時点で絶望的である。 宝玉を抓みだそうとすれば、ガタノトーアは確実に抓みだそうとした存在を視覚し絶対堅牢なる複雑術式を用いた神威の石化呪法で今度こそ此方が石像になってしまうのがオチだ。 最早、彼等が持ちうる手札の数も底を尽き掛けていた。 『駄目……っ! もう、ミード残量が殆ど……!!』 鬼械神を動かす為にくべられた蜂蜜酒(ミード)も、最早全体の二割以下に激減し、飛行能力が著しく低下。 ハヅキの悲痛な叫びと共に、希望の灯火が潰えそうになる。だが――― 「“諦めるな”! 私達は未だ何も成してはいないぞ! 最後の最後まで……喩え魔力が尽きようとも、諦めなければ未来永劫に戦える!! 億分の一の勝機を手にするまで―――諦めてはならんッ!!!」 シュリュズベリイの闘志は依然と燃え続けている。 そうだ。彼は如何にしてこの外なる邪悪どもと戦う決意をした? 彼の脳裏に焼き付けられたおぞましい闇黒の怪異。あんな物を人々の眼に入れさせれはならない。 今は無き、自らが抉った眼球に映し出された、昏い怨嗟の塊を滅さなくてはならない。このかくも美しき世界を、闇黒の混濁に沈めさせるワケにはいかないと。 人間を、人類を破滅に追いやらんとする邪悪を討つ為に彼は外道の知識を以って戦い続けた。そう―――故に、彼は諦めない。彼の魂に突き立つ剣は、決して折れはしないのだ。 だからこそ―――彼女が、間に合った。 『……これは、魔力反応? だけど、この反応は……ッ!?』 ハヅキがその魔力反応に気付き、驚きの声をあげる。 その瞬間、アンブロシウスの後方より迫っていた邪神の触手は雷の魔弾により引きちぎり、寸断されていく。断面に濃く残る電撃の爪痕は、その再生能力を一旦停止させる程の圧力を誇っていた。 突然の事態に何事かと、シュリュズベリイもその魔力反応を感知した方角に顔を向けた。 彼が盲目の眼窩で“視えた”のは、地上から暗雲に向けて飛び立つ、金色の軌跡の一つ。彼が知る煌き。 その光が、シュリュズベリイらに向かって、溌剌とした声色で叫んだ。 「―――シュリュズベリイ先生! ハヅキ! 大丈夫ですかッ!?」 そう……それは紛れも無い、ガタノトーアによって呪縛された筈の女性、フェイト・T・ハラオウンの姿。 巨大な刃を手に飛翔する彼女の眼は、遠くから見ても誰だってわかる。アレは―――未だ諦めぬ、不屈の剣を持ちえた者だけが持つ決意の瞳だ。 (あの邪神の呪縛を、自力で解呪(ディスペル)したというのか……!) シュリュズベリイは驚嘆しながら、満身創痍でありながら笑みを零す。 彼女から湧き出る魔力は、全快のシュリュズベリイよりも及ばないだろう。技術面においても、能力面でも、人を邪悪に侵す圧倒的な異形と戦う知識をとっても、総てが彼よりも劣っている。 だが――彼女が掲げた切なる意志。決して諦めぬ不屈の魂。その一つにして総てが、世界最強の邪神狩人ラバン・シュリュズベリイと同等……いや、それ以上に燃え滾っていた。 故に彼は笑みを零さずにはいられない。この世界に……否、人類の邪悪に抗う為の意思は無限に連鎖してゆくモノだ。 彼が今まで教え子達に指導してきたのは、その“覚悟”。そしてその覚悟を持って然るべき知識と技術。その連鎖がついに、彼女に……フェイトに受け継がれた。 「私達は大丈夫だ、フェイト君! にしても……よくあの呪縛を解呪出来たな。君の才華には驚かされるばかりだ」 「えっと……どうやって解呪出来たかは自分でもあやふやなんですが……とりあえず、こっちは無事です!」 『悠長に無事を確認しあってる場合じゃないよ、二人とも!』 ハヅキの怒気が含まれた声により、復活の再会を素直に嬉しんだ両者の顔が真剣なものとなる。 眼前に佇むは、傷一つ無く新生を果たした邪神。龍頭に似た触手を幾重にも蠢かせながら、アンブロシウスとフェイトに狙いを定めているのがはっきりと解る。 今の状態では、予想以上に機敏な動きを見せる幾十の触手によってアンブロシウスとフェイトといえど捕縛されて石化されてしまうのが目に見えていた。 そう―――それは、持久戦に持ち込められてしまったらの話だ。ガタノトーア自身、それすらも視野に入れてのしつこい攻撃に出ていたのだろう。 あの宝玉……『ロストロギア』による無限新生の前では、奴の持久力は正しく無量であり無窮であり無尽蔵。 何事にも限界が存在するフェイトらにとって、そんなガタノトーアと持久戦に持ち込まれてしまえば、その果てに蹂躙の限りを尽くされてしまうのは自明の理であった。 「今の我々は自らの尻尾を追っている様な不実であり不毛な戦況だ。こちらが幾ら攻撃しようにも、あの宝玉から湧き出る魔力が総てを始まりに戻す。 ―――厄介なものだ。我々が有する魔力総量を圧倒的なまでに凌駕し、尚も持て余している。くわえてガタノトーアの堅牢な防御力……もはや、死角と呼べるものは無い、か」 『残念だけど……今回ばかりは流石に危ういよ』 シュリュズベリイが言うとおり、邪神ガタノトーアの肌はこの世に存在するどんなモノよりも強固。 それに加え、たとえアレの身体ごと微塵にしたとしても肝心の『宝玉』が魔力粒子を再結晶させて新生させてしまう。 邪神の堅牢な防御力はこちらの最大の攻撃を行使してやっとのことで破砕することを可能とするが、あの『宝玉』の所為でそれも一切合切が無駄と化し……その『宝玉』という単語に、フェイトは思考を止めた。 ―――宝玉。ガタノトーアの身体を一から構成し直し新生させてしまうほどの莫大な魔力を有する媒体。 時空管理局からロストロギア認定を受けた代物。名称は未だ決定されてはいない未知なる遺産。 だが、それはロストロギアなのだ。そういったモノに関してならば、彼女は百戦に至るほど任務を完遂させてきた。ならば、そのロストロギア確保はどうやって行ってきたというのか。 そしてフェイトは、ようやくその術(すべ)を見つけ出した。 (―――っ! そうだ、こんなの“いつものこと”だよ。そう……アレを止める方法は、ただ一つ……!) 故に、フェイトは“それ”をシュリュズベリイらに告げる。 「シュリュズベリイ先生、“作戦”があります……億分の一の勝機を掴み取れる、唯一の作戦が」 ◆◆◆ 「では―――よろしくお願いします」 フェイトは勇壮に燃える破邪の意を胸に、アンブロシウスと別方向にむけて飛翔した。行く先は遥か天空。 その飛翔を見送ったシュリュズベリイとハヅキは、彼女が提案した“とある作戦”について思案する。 それは余りに荒唐無稽で無茶苦茶で、蛮勇と唾棄し蔑まれても当然と言える、無謀な作戦であった。 だがそれでも。依然とその眼にやどる闘志の炎の猛りは留まることを知らない彼女を見て、シュリュズベリイは無言で聞き受けた。 シュリュズベリイはその突拍子も無いが大胆かつ単純明快である方法を打ち出した彼女の事を考えたとき、不意に笑みが零れてしまった。 それは純粋な喜び。教育者としてのシュリュズベリイが見せる、無垢な歓びだった。 「ハハ……教え子の成長ぶりを見るのは、いつ見ても良いものだ」 『ダディ、本当にいいの? あんな作戦を採用するなんて……』 ハヅキは呆れながら主を諌める。 だがその声色はどこか、彼と同じく嬉しそうに上擦っていた。 つまるところ、そう口では言い咎めていたとしても、内心で想う心は同じと言う事。 だからこそシュリュズベリイは無言でハヅキに微笑んだ。そう――諦めるのは、まだ速い。 「では……私達も征くとしよう。レディ、あと“どれくらい”だ?」 『三分間。それだけなら全力でこの子は頑張れるよ。それ以上は―――』 「充分だ―――最後の足掻きにして、最強の鬼札。人間の諦めの悪さを存分に披露してやろう」 シュリュズベリイがそう言った刹那、アンブロシウスは超次元的な変形を行う。 間接部分とも取れる部分が在りもしない方向へ折り曲がり、ある部分は身体の中に内蔵されていってしまう。 瞬く間に起こった超次元的な変形が終わり、アンブロシウスはその形状を以前のそれと遥かに逸脱した形状(フォルム)へ移行されていた。 それはより鳥に近くなった刃金。霊子の大海を渡る翼神。紫紺に彩られた、ヒアデスの風を体現する存在。 そう――これこそがアンブロシウスが別形態(モード)『エーテルライダー』。音速すら超える神速を征く為の翼である。 起動するフーン機関。コレまでのダメージの蓄積により、機関(エンジン)自体の損傷も激しい。だがそれの意を介する事無く轟音がおののく。 そして……その音速を超えた世界の中で、毅然と吼える声が聴こえた。紛れも無い、ラバン・シュリュズベリイの咆哮だ。 彼は再び宣言する。邪悪を討ち滅ぼす為に。我が書(子)と、運命の名を持った教え子と共に。烽火(のろし)が再び、天に昇る。 「では再び始めるとしよう――――諸君、反撃の時間だ!!」 シュリュズベリイの意志と共にアンブロシウス―――エーテルライダーが翔けた。 もはやミード残量も残り僅かで、魔術回路も汚染され外部も内部も満身創痍の限りであるのに、それを無視するかのような速度で駆けぬける。 それでも音速を超えた飛翔を持って、再生したガタノトーアの周囲を円を描くように高速で旋回し、近づく触手達を引き千切る。 やがて巻き起こす風の軌跡はその軌道に沿って自ら動き、波濤となって渦を巻く。音速を超えた速度によって繰り出された竜巻はガタノトーアの全視界を遮り、蠢く触手の総てを斬り尽くしていった。 劫と唸る大竜巻はそれだけでもありとあらゆる物質総てを切り裂く刃となって、邪神の甲殻を抉り狩っていく。魔風の冴えは未だ衰える事を知らない。 ……が、その矢先に膨大な魔力を循環させてその堅牢な肌を再生させてゆくガタノトーア。それをシュリュズベリイはさして気にもせず鼻で笑った。 「攻撃を行えば、すぐに再生をおこなう……“ただそれだけ”だ。まるで馬鹿の一つ覚えだな!」 『そんなのばっかりじゃ、単位はやれないね!』 エーテルライダーの内部より叫ぶ二つの声が更に魔力の猛りを顕わとする。 僅かな魔力を一気に燃焼させ、遂にその風が刃を超え、地球の重力をも遥かに超えた全周囲引力が、ガタノトーアを中心として発生させる竜巻の中枢に顕現する。 文字通り総ての方向から引き千切らん限りに蹂躙する魔風の猛りにもはや術式、技術、位階などの些細なステータスなど意味をもたない。 それは……ただただ破壊の中で破滅を熾す、暴虐無尽の神威に他ならなかった。 破壊し、再生され、粉砕し、新生し、破滅を熾し、転生を廻す。 本当ならばその神威の風によって討ち棄てられる邪神の塵骸は魔京を築ける程に斬り刻み続け果てた筈である。 だが、築けど築けどガタノトーアの巨躯はあの宝玉……フェイトが言う『ロストロギア』より流れる文字通り無尽蔵の魔力により新生、新誕してしまう。 そう、如何な攻撃を持ってしても、アレを絶命させる事など出来はしない。―――元より、絶命に至らしめる事など考えていないのだから。 音速の風による全方位視覚阻害の壁。これならば幾らガタノトーアと言えど“あそこ”に到達するまでは視界にその存在を確認することなど不可能。 故に、彼女の存在に気付くことなど、出来ることもない―――!! 「さぁ―――征きたまえ、フェイト君!!」 ◆◆◆ 彼女……フェイト君が提案した作戦。それは余りに無茶であり無謀な作戦だった。それを聴いたときは一瞬ではあるが柄にも無く驚愕を顕わとしてしまうほどに。 邪神ガタノトーアの額に埋め込まれた魔力媒体である宝玉―――彼女が言うには『ロストロギア』と呼ばれる太古の文明の滅びた技術によって生み出された遺産。 もとより彼女はそれを確保する為にクナアへ訪れたと聞く。危険なロストロギアの封印。それこそが彼女が所属する『時空管理局』の上層部からの命令事項。 その為に―――『この世界』に訪れたのだと。 端的でしか聴けなかったが、彼女……フェイト・T・ハラオウンはこの世界の住人では無い。 確かに平行世界、別世界の存在は魔術的に解明されてはいたが、初めて聞いたときは流石に驚きを隠せなかった。 だがそうだとすれば色々と説明が付く。彼女の行使する魔術理論は我々が使うモノとは別系統。 我々のように外道の知識を以って行使する魔術ではなく、彼女が使うのはあくまで人間の知識によって編み出された魔術だ。 多少なりとも喉元に引っ掛かっていた何かもごっそりと抜けた。疑問が氷解する時ほど私にとって嬉しいことは無い。 話を戻そう。 彼女が提案した作戦、それは簡単に言えば『ロストロギア』の封印だ。 邪神ガタノトーアの尋常じゃない転生能力は、私たちが睨んだとおりそのロストロギアから顕現される膨大な魔力によるものである。 これのお陰で、いくら我々が外殻から邪神を殲滅したとしてもすぐに新生させてしまう。ならば、どうやってその輪廻を断つことが出来るのか。 ―――答えは容易、その流れを元から断てばいい。 つまり、転生能力の元凶であるロストロギアを先に封印しえれば魔力の流出は遮断され、膨大な魔力のみで形成されたガタノトーアを一気に滅する。 成功してしまえばそれで此方は勝利をもぎ取って終了だ。 だが……この概要は極めて簡単に要約したモノであり、実際に行おうとすれば余りに危険すぎる作戦である。 確かに私もミスカトニック大学のアーミティッジ博士より承った危険な古代遺産(オーパーツ)の封印はある程度行ってきたが、相手はロストロギアと呼ばれる根も葉も違えた異界の遺産。 根本からして我々が知りうる呪術式で完全な封印を成しえるかどうかは余りに可能性が曖昧だ。 その点に加え、フェイト君は数多の次元世界で数多くの古代遺産を封印し続けてきた時空管理局の一員だ。ロストロギア封印に関して言うならば、我々の技術を大いに上回っている。 つまり……ロストロギアを封印する為には、彼女があのガタノトーアの眼前に立たなくてはいけない。 だが相手はあのガタノトーア。ヤディスの魔王にして、神域さえも生温い位階に達する『石化の魔眼』を持ちえた存在だ。 邪神の額に埋め込まれたロストロギアを封印するよりも先に必ず彼女を其の眼が捉え、再度彼女を石灰の牢獄に堕としうることなど造作も無い筈である。 それは文字通り命を、魂を賭した勝負。億分の一の勝機を勝ち取る為の行為とはいえ、いくらなんでも無茶が過ぎる。 だが――私はそれを“否”とすることは出来なかった。 視える筈の無い私の視覚が、彼女から沸き立つ光輝を視てしまったからだ。 この私の眼に。この私の虚ろな眼窩に。彼女の身体の奥底から滲み出る、諦めを踏破しうる輝きが焼きついてしまったのだ。 年甲斐も無く、その非現実的な感情に惑わされてしまった。……いや、感化されてしまったという方が正しいだろう。 そう……彼女から沸き立つその光は、絶望を知りながらも諦めず、前へ進む意志の篭められた、不屈の輝きだ。 その輝きを、私は否定することは出来ない。故に私はその作戦の提案を肯定した。 我が娘が横から批難の声を多少あげつつも、不承不承に合意を示した。ならば、私は彼女の為にその“活路”を示さなくてはならない。 そうだ。今このガタノトーアを包み込んでいる竜巻はその“活路”だ。ガタノトーアの魔眼の注意を彼女に移させることなく、彼女がロストロギアの眼前に立つための道筋だ。 ハスターの魔風によって発現されたハリケーンの遥か上空、文字通り台風の目に位置する空から仕掛けるたった一撃の強襲作戦。 やり遂げなくては成らない。やり遂げる為に私は最大限の活路を見出すのだ。 彼女の―――魔を断つ意思に応える為に。 ◆◆◆ シュリュズベリイの口訣が響いた刹那、竜巻が舞い起こる丁度真上の空。そこに彼女は居た。 金色の大剣を掲げたフェイト・T・ハラオウンが、星の煌きの下に、かの邪神を断つべく神速を以って降臨する。 「ハアアアァァァァァァァァァァァァァァ―――――ッッッッ!!!!!」 乾坤を賭した咆哮。 吹き荒ぶ大嵐の猛威に抵抗し、フェイトは己が現時点で可能な最高速度で遥か下降、ガタノトーアがのさばる大地に向かって飛翔した。 魔風が猛る嵐の最中、一つの雷光が天より飛来する。その姿は何処までも真っ直ぐであり、総ての魔を断つ無垢なる雷へと成り果てる。 だが、この魔風の中ではいくら防御魔術を強いたところで人間が耐え得るには限界がある。 ハスターの魔風は、触れる総てのモノに対して険悪である。触れれば途端に四肢を切り刻み、その血をもって贖わせることだろう。 ……だがフェイトはそんな防御術式など敷かず、総てをザンバーフォームの冴えと己のスピードに魔力を集中させているのだ。 それがソニックフォームのただ一つにして最大の欠点。必要最低限まで鎧を削ぎ落とし、ただ速さという一点のみを求めた結果、一撃でも攻撃を喰らえば凄惨な結末が待っている。 だがフェイトはソレに臆する事無くまた速度をあげる。およそ人間が耐える事の出来ない刹那の速度。加えて魔風の刃が彼女の身体を傷付けていく。 一本、また一本と皮膚と血管が千切れ、纏っているバリアジャケットが所々破れてゆき、曝け出した肌からは数え切れない裂傷が現れ、其処から鮮血がまた一つ流れて散っていく。 だがこんな痛みじゃ止まれない。 まだだ。 まだ速さが足りない。 圧倒的なまでに速度が足りない。 この程度じゃ、容易にあの邪神に視覚されてしまう。 もっと。 もっと速く。 相手が知覚できぬ程速く。 己でさえ知覚出来ない位の疾さを。 神に迫る速さを。 神さえ超える神速を。 ―――その願いは空しく、彼女の第六感から悪寒が生じた。 「―――ッ!?」 吹き荒ぶ魔風の猛威の最中、在り得ざる角度からそれはフェイトを追撃していた。 ガタノトーアの触手である。邪神は自らの触手を石化し、この魔風の猛威すらも耐えうる異質な触腕として再構成し、 様々な角度から、鋭角な軌跡と曲線を描いたような軌跡を残すように幾重に幾重に幾重に幾重に………一つの触手の先端からまた新たな触手が十に増え、その中の触手の一本の先端から、またしても触手が十増え………、その連鎖。 それはあまりに醜悪過ぎる儀式である。触手より湧き出た、この世のモノとは思えない瘴気を纏う異臭が彼女の意識を朦朧とさせていく。 神速に至った彼女でさえその瘴気によって意識が徐々に剥奪されてゆき、だんだんとスピードが落ちてゆく。……このまま行けば、確実に失敗する。 だが、諦めない。諦めるわけにはいかない。 彼女の心の内は、そのような理不尽を断じて赦さないと、最後まで抗う意志を掲げていた。 ………その諦めぬ心が、魂が。絶望を覆すご都合主義を呼び起こすのだ。 「スティンガーブレイド・エクスキューション・シフトッッ!!!!」 フェイトの耳に聴きなれた声が。この場に居る筈の無い、男の声が聴こえた。 瞬間、文字通り百に至るであろう触手の束は、遥か天空……台風の目から突如として降り注いだ百、いやそれ以上はあるだろう光の刃によって断罪されてゆく。 それでもなお降り注ぐ光の刃はガタノトーアのほぼ全身どころか、大地にまで突き刺さり………爆砕した。 光が爆ぜ、閃光と硝煙が竜巻の内部で乱舞する。フェイトに襲い掛かる数多の触手は一気に消滅し、ガタノトーア自身も爆発して発生した閃光によってその魔眼を閉じえざるをえなかった。 フェイトは驚愕よりも先に疑問が浮かび上がる。 ……この魔法。そしてこの練り込まれた術式。それは正しく彼女の義兄が繰り出すものに他ならない。 嵐の狭間で停止し、フェイトは上空を見上げる。 シンボルカラーである黒を主張としたバリアジャケットを纏い、デバイス『デュランダル』を携えた魔導師……『クロノ・ハラオウン』が、其処にいた。 「く……クロノ!? アースラはどうしたの!?」 「それは後で話す! 今は……アレをどうにかするのが先だ」 念話で会話をするのだが、驚愕と疑問に彩られたフェイトの声は存外に大きかったのか、クロノは顔を顰めながらのたうつ邪神を見据えた。 今まで相対してきたどんなモノよりも醜悪であり邪悪な存在だ。彼自身、その姿をみて身を震わせてしまう。デュランダルを握る掌に汗が滲み出た。 瞬間、クロノとフェイトの念話の外から、別の念話の回線が無理やり繋がれた。クロノの耳に聞きなれない老人の声が聴こえた。 『其処の少年よ、助かった。もしや君も時空管理局とやらの一員かね?』 敵意は微塵にも無い。 管理外世界の魔導師が何故こんな場所にいるのかは全くわからないが、フェイトと共にガタノトーアと戦っていたところから敵ではないと認識する。 時間は余り無い。手短に彼の事を知る為にクロノは最低限の回答と質問を投げる。 「時空管理局所属、L級艦船『アースラ』提督及び執務官クロノ・ハラオウンです。貴方は、一体……」 『私の名はラバン・シュリュズベリイ。詳しい自己紹介はすまないが後に取っておいてほしい。君の言うとおり今は―――あの邪神をどうにかするのが先だろう?』 言葉少ない返答。だがその中にも真摯な感情が篭められていることを悟ったクロノ。 彼の言葉に「違いない」、と笑みを浮かべて再度念話でシュリュズベリイに呼びかけた。 「……なら、僕はフェイトの後方支援に回ります。貴方は?」 『私はただ、彼女の為に“道筋”を作るのみだ。もう、僅かしか魔力が残ってないのでね』 そうして両者は互いにいったいどのような性格をしているのかが理解できた。 少なくとも……緊急事態ともいえるこの状態の中では、絶対の信頼を預けれる相手だということは。 シュリュズベリイは友愛の情を篭め、激励を言い渡す。 『では……健闘を祈るぞ、クロノ・ハラオウン君』 「了解しました。貴方も、ご武運を」 そこで念話は途切れた。 クロノはバルディッシュをたずさえたフェイトを見据える。 その表情は、勇壮でありながら優しさが織り交ぜられた決意の笑みだ。 突然現れた義兄に困惑しながらも、その顔をみて……言葉を交わさずとも、理解できる。 だがクロノはそれを口にする。理解して尚、決意と信頼をたてる為に。 「心配しなくていい。僕が……僕達が、君をあのバケモノの眼前にまで届けてみせる。そこからは―――」 ―――君の仕事だ、と。 フェイトの耳にまではっきりと聞こえた。 フェイトはしばし呆けたものの、唇を綻ばせて微笑んだ。絶望の色の影もない、無垢なる希望に彩られた微笑みである。 そう……いつだってこのような理不尽が襲い掛かろうとも、彼女達の“諦めぬ意志”が、こんな陳腐過ぎるご都合主義を何度も何度も呼び起こしてきたのだ。 今回だってそうだ。かの盲目の賢者が教授してくれた、邪悪に立ち向かう意志、決して折れぬ不屈の想い。 それでも折れそうになってしまった心を、希望と決意によって矯正してくれた、二つの光。突然現れ、己の危機を救ってくれたクロノの優しさと信頼。 それらが彼女の心の中で淡く煌いた。―――嗚呼、なんて心地良い滾りだろう。これならば、どんな敵が襲いかかろうとも、勝てそうだ……否、勝てる。 彼らの想いが、彼らの期待が、そして彼女自身の不屈の信念が。こんなにも心地良く己の魂を灼いてくれる。 負ける筈が無い。 億分の一の勝機? 充分だ。その程度、必ず掴み取ってみせる。 人間によって作られる荒唐無稽なご都合主義(デウス・エクス・マキナ)はいつだって、いつの世だって無敵なのだ。 「………わかったよ、クロノ。ありがとう」 想いは決意に。決意は誓いに。 フェイト・T・ハラオウンは飛翔した。 暴虐の嵐の中を。乱舞する閃光の果てを、魔を断つ意思と共に征く。 「――――――――――ッッッ!!!!」 その速度は彼女の叫びすら遥か彼方へ置き去りにするほどの臨界へ。 魔風すら寄せ付けず、閃光すらも追い付けぬ神威の次元へと。 其の形容は、まさしく雷光。 絶望の闇を切り裂く、一筋の雷光だ。 再生した触手達も追いつけない。 追撃しようにも、盲目の賢者が繰り出した吹き荒ぶ険悪の魔風と、黒衣の魔導師によって降り注がれる断罪の光刃がそれを阻んでしまう。 ありとあらゆる障害を寄せ付けず、屠り去り、抹消させ。……遂に彼女は邪神が佇む姿を間近に肉眼で捉えた。 一層に膨れ上がる魔力。それら総てをスピードに費やして、一気に封印し殲滅する―――筈であった。 『―――ガtaの祷ア、羅ァン=tegoスゥゥゥ……孵ザ・うぇiiィィ……ッッ!!!!!』 人語じみた人外の言語が邪神の声帯器官から響き渡り―――滑(ぬめ)りと、邪神の瞼(まぶた)が再び開眼された。 先ほどの石化呪法とは比べ物にすらならない無尽蔵の魔力の猛り。世界が刹那の勢いで灰色に染まってゆく。 彼女の思考がそれに気付いたのは奇跡的だったといえよう。 だがそんな灯火すらもその呪術は無慈悲に蹂躙し凌辱してゆく。 バルディッシュの光刃の先端部分から侵食するように灰色の影が這い上がってくる。 ――だがフェイトは先ほどとは違い、臆する事無くそのまま降下。 魔術回路が瞬く間に汚染されてゆく。バルディッシュの内に流れる機関(パイプ)から侵食されてゆく石化の術式は魔力の流れさえも石に変えていった。 ――それでもフェイトは躊躇い無く疾駆する。 肉体が、精神が、魂が成す術なく蹂躙されつつも、彼女の眸に宿る光輝はそれに比例してより一層燃え滾っていく。 『させるものか!! 貴様如きの眼で、彼女を蹂躙し尽せると思うなッッ!!』 ……その滾りに応えるかの様に、しわがれた老人の声――ラバン・シュリュズベリイの叫びと共に、フェイトの眼前に紫紺の巨影『エーテルライダー』が竜巻の中で鋭角の軌跡を描いた。 限界近くに超過熱を加えられたフーン機関は、その機体ごと真っ白な閃光に包み上げ、傍から見れば光の風が乱舞している様にも見える。 光の風は五度、鋭角な軌跡を描いて……術式が完成された。 其れは幾何学的な紋様であり、遥か古より伝えられた、最も新しき光の結印。煌く五芒星。そう、これこそは――― 『第四の結印は“旧神の印(エルダーサイン)”!! 脅威と敵意を祓い、我が盟友を護るもの也!!!』 そう口訣が響いた刹那、フェイトはその魔法陣の光輝に包まれる。 汚染された魔術回路は瞬く間にその清浄なる光輝によって浄化されてゆき、彼女自身に宿った魔力も、その深遠なる煌きによって莫大に膨れ上がった。 ガタノトーアの魔眼さえも跳ね除け、フェイトは再び神速の領域へ。 闇黒に冒された理不尽たる邪悪さえも、その光輝を目の前にして難なく看破されてしまう。 ……終(つい)ぞ、邪神の眼前に肉薄した。 バルディッシュを振り翳す。先ほど突き抜けた『旧神の印』によって膨れ上がった魔力を総て流し込む。 爆ぜる光輝。煮え滾る輝きは太陽にすら見えてしまう。目の前には、驚愕に眼を開けた、邪神の姿。 「――――雷光、一閃」 顕現されるスフィア。凄まじい威力を孕んだまま帯電し、神速に至る彼女の周囲に顕現する。 それらがフェイトのその言霊によってバルディッシュの刀身に其の稲妻を送り込む。もはや視認することさえ出来ない光輝。 だがそれですら足りないと言わんばかりに、スフィア以外の場所から稲妻が供給されてゆく―――エーテルライダーによって巻き起こった竜巻と共に発生された雷だ。 世界は白に包まれ、それ以外の色彩は総て絶えた。 それでも………そんな白に支配された世界の中で、毅然と彼女が最後の咆哮が轟く。 「プラズマザンバー…………ブレイカアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ――――――――ッッッ!!!!!!!」 限りなく零距離に近い場所から放たれた、最大火力の一撃。 ガタノトーアの顔面はその絶対的な熱量によって瞬時に蒸発し、堅牢な甲殻さえもたった一撃で吹き飛んでいく。 確実な勝利に見えた。 だが………まだ終わっていない。 この雷光の中でもあの『宝玉』は未だ健在。再び無尽蔵の魔力が溢れ出し、無理やりガタノトーアの構成術式を構築していく。 しかしそれでもプラズマザンバー・ブレイカーの咆哮と波濤は一切、途切れる事無く。宝玉による再生が追いつく事無く、刹那の内の永劫で、それは拮抗し続けられる。 限界などすでに突破している。だが……これほどまでの魔力を叩きつけて尚、再生を繰り返そうとするあの宝玉の脅威。 その恐怖に怯えながらも立ち向かう。そう……諦めなければ、必ず―――勝利は勝ち取れるのだから。 其れに応えるかのように、金色の刃が白い光輝の最中で、何かを叫ぼうとしていた。 (………? バルディッシュ―――どうしたの?) フェイトがその違和感に勘付く。 破滅と新生の鬩ぎ合いの最中、手に持った相棒に宿った熱量が一気に膨れ上がった。 バルディッシュは音さえ超えた超次元の拮抗の最中――――その名を、全世界に響けと言わんばかりに、静かに紡ぐ。 ◆◆◆ 『I m innocent rage.』 『I m innocent hatred.』 『I m innocent sword.』 我は憎悪に燃える空より産まれ落ちた涙。 我は流れる血を舐める炎に宿りし、正しき怒り。 我は無垢なる刃。 『I m―――――』 我は―――……… ◆◆◆ バルディッシュがその聖句を読み上げる前に、 白に包まれた世界が、音もなく軋みをあげて、爆砕した。 NEXT TO EPILOGUE
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眩い極光が視界を焼き尽くし、白の中に無という白が産まれ、白い闇として己を灼いてゆく。 暴虐を極めた閃光と砲吼の狭間で、彼女は己が相棒が紡ぐ聖句をただただ呆然と、漠然と聞くことしか出来なかった。 邪神の無限新生とフェイト“達”の必滅魔法。一進一退の拮抗の最中、視界も聴覚も定まらぬ鬩ぎ合いの中でその声を聞いたのは正に奇跡といえるだろう。 『I m innocent rage/我は憎悪に燃える空より産まれ落ちた涙』 『I m innocent hatred/我は流れる血を舐める炎に宿りし、正しき怒り』 『I m innocent sword/我は無垢なる刃』 その声は、バルディッシュであってバルディッシュではない。彼女が知る相棒であって、彼女と共に駆け抜けた戦友ではなかった。 其は、かつての無■螺■の大禍にて神話を紡いだ『彼等』の相棒であり、戦友であり、愛剣だ。 そう……其は■にして■に在らず/■械にして機■に在らず/其はヒトが創りし刃金の■。 刃無き狂える■■を/“輝きを放つ偏方■■四面■”を手に執る■殺しのyyyyyyaaaaaaaaa 【―――未だ早い。知るにはまだまだ早いよ、フェイト・T・ハラオウン。■は未だ■■の■■に■つ事を知るには些か性急過ぎる】 《……“無■の■”による検閲確認=介入思考強制削除申請/申請拒否――第十二~九十思考神経を未知なるウイルスが侵食=白血球プログラム発動。 無効化。防衛システム強制遮断/汚染開始。 侵され侵され侵され侵され侵され侵され侵され侵され侵され侵され侵され侵され侵され侵され侵され侵され侵され――――喰らわれ、貪られ、奪われる=アンインストール完了》 ……思考すらも侭成らない。否、考えている事を虫食いの様に所々剥奪されている。 まるで誰かによって考えることを否定されているようだ。 自分の意思や主張、命令などの自己という次元さえ超えた超次元的な意思によって介入され改竄されてしまう、とでも言えばいいだろうか。 だけど、そんなことはどうでもいい。些細なことだ。なにせこの決死を賭けた鬩ぎ合いの最中、そんなことなど考える暇など与えられて無いのだから。 誰が介入しようが、改竄しようが、剥奪しようが、今の彼女にはそれさえも考えることが出来ない。 否。それは考えてはいけないことだ。それを踏み越えてしまっては、彼女は彼女で無くなってしまう。 人間という脆弱な生命が進む路ではなく、もっと別の法則に編まれたおぞましい邪悪に冒された法則概念が支配する世界への路へ歩みだしてしまう。 彼女は、自分を弁えていた。此処から先は歩んではいけない、聞いてはいけない場所であり、領分だ。 それこそが彼女足りえる、人間足りえる意地であることも、彼女は無意識の内に理解している。 今は、この邪悪を。おぞましき孤島の邪神を。ガタノトーアを殲滅し封滅するのみ。 彼女が持ちうる最大出力の攻撃力を持つプラズマザンバーブレイカーは依然とその威力を劣ろう事を知らず、邪神の新生能力すらも追い付けぬ領域にまで到達している。 満身創痍でありながらこの威力。魔力も底を尽き掛けてなおこの破壊。 先ほど、かの狩人ラバン・シュリュズベリイが展開した『旧神の印』と呼ばれる魔法陣によるバックアップも在り得るのやもしれないが、今はそれすらも思考の外へ追いやった。 踏み込む。あともう少しで宝玉――ロストロギアに手が届く。 ガタノトーアの石化の魔眼の効力も、『旧神の印』の効果によりその大部分を阻害され、もはや彼女の足止めにすらならない。 あと一寸。魔力と魔力の鬩ぎ合いによる圧力は想像を絶し、気を抜くとすぐに全身が吹き飛ばされそうになる。フェイトは気を張り、尚も踏み込んだ。 ―――届いた! 彼女の右手が、遂に邪神の額に埋め込まれている宝玉を掴む。 さぁ、ここからが正念場。意地と意地の張り合いだ。 ロストロギアの封印術式は、もう何年もやり続けている。 今回も大丈夫、冷静に。冷静に。術式を高速で構築し、演算し、改竄し、施錠を掛けるのだ。 そうしてフェイトは封印術式を施す魔法式を構築しようと―――だが、彼女に襲い掛かる運命の波濤は未だ終わりを迎えていなかった。 (な―――これは!?) そして彼女は知る。知ってしまった。 宝玉に宿る膨大な魔力。それを無限大に、無尽蔵に放出する術式。 あまりに圧倒的な絶壁にも似た、壮大で堅牢で複雑すぎる構成。……それ以前に、この宝玉に凄まう、余りにおぞましい超宇宙的な闇黒の恐怖を。 フェイトの意識は、闇の底に沈んだ。 ◆◆◆ 暗い星。 昏い星。 悶え狂う慟哭の叫びが木霊し飛び交う闇黒の星。 我々が住む青き星より遥か永劫の彼方に存在しうる、忘れ去られし小さな星。 氷塊に閉ざされ、如何なる生物も存在しえない筈の魔星に蔓延るのは、余りに不定形で考えるのもおぞましき異形異形異形の数々。 魑魅魍魎と表現することすら生温い、そのどれもが彼女の、人間の思考や概念を遥かに超越した異形と怪異。 人の形をした黒き巨人が、氷に覆われた地表に何十匹も蠢いていた。 この星に似合わぬ、まるで綺麗な臓腑の色をした、甲殻類でありながら菌類の様に自らの身体を何体も何十体も何百体にも分裂させて、羽虫の様に飛び回っていた。 腐臭と臓物がぶちまけられた様な香りと共に粘々しい粘膜を滴らせながら分裂していく様は人間の思考能力の限界を超えており、見ただけでも発狂を催しそうになる。 そしてその星の中枢に頓挫せし―――甲殻を纏い、触手を唸らせ、されどもその魔眸を閉じて惰眠を貪る、この魔星を統べる闇黒の魔王。 そんな汚泥と邪悪に満ち溢れた異形の星で、彼女――フェイトは途方も無く立ち尽くしていた。 思考は剥奪され、考える事無く、本能のみで彼女は一歩前に進みだす。汚わいに満ち溢れたこの星に何の感情も浮かばせないで、無表情のまま歩み続ける。 何処までも続く地平線。そうかと思いきや突如として巨大な階段が目の前に現れる。先に見えるのは、闇黒よりもなお闇黒。漆黒とも取れる黒き光の世界。 彼女はなんの感慨も沸かず、その階段が続く先へ進み続ける。 階段は上に続く/『こっちだよ』 階段は下に続く/『そう、こっちに進むんだ』 階段は右に続く/『まだまだ続くよ、さぁ、こっちに』 階段は左に続く/『だけど辿りつけるかな?』 階段は上斜めに続く/『僕としては辿りつけなくても別に良いんだけどね』 階段は下斜めに続く/『まだまだ君はコレを知るには早過ぎる』 階段は直下に続く/『だけど、“どうしても知りたい”と、意識的にも無意識的にも思っているのなら話は別だ』 階段は弧を描いて続く/『“嫌よ嫌よも好きの内”ってことさ。さぁ、知りたければ此方へ辿りついてみせてくれ』 階段はそれ以外の角度を曲がって続く/『君にはその資格がある。君に宿る輝きは、彼等と同質のモノだからねェ』 階段は三次元の法則では計れない、超次元的な方角へ続く/『さて……では試させてもらうとしようか。君が真に宇宙の中心に立つ役者に相応しいか否かを』 歩み歩み歩み、何処まで進んだことだろうか。 もはやあの暗い昏い、冷たい星の氷野(ひょうや)は何処にも見えず、あるのは何処も此処も闇色だけ。 まるで大海原の様に広大で、まるでガラス瓶の中にギリギリまで詰められたかのように窮屈な場所。 「これ、は―――」 そんな闇の海の果てで、彼女は見つけた。あの“宝玉”を。 ―――否、あの宝玉は角が無かった。純粋な水晶球だった筈だ。 だがあの宝石はなんだ? 幾何学的な模様が施された宝箱の中で、七本の支柱に支えられて姿を魅せる、黒く白く眩く暗い輝きを放つ結晶は。 その結晶の中をよく見れば、まるで血脈の様な線模様が枝分かれして、まるで内臓器の様に脈打っている。 無機物でありながら有機物。否、それ以上の次元で成り立つ超物質である事は明白だった。 そして何よりも、不揃いな切子面が数多く―――総計二十四の面によって成り立つ不可解な形。 それを視覚したと同時に、その奇怪な宝箱の外側に、闇よりも深い闇黒が人型の陽炎となって現出した。 かろうじて解ったが、その姿は人間でいう女に近かった様に思える。 『残念、それは“本物”ではないんだ。フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。それはただの“影”。 映写機によって映し出された映像だと思えばいい。何せ、ソレの“本物”はもう既に彼等の手の内に納められているのだから』 女の影は愉快そうに、理解できない単語を口にした。 フェイトはその声に気付いているのかいないのか、ただただ無表情でその宝石を見詰め続けている。 影は尚も愉快そうに微笑んで、彼女の肩を優しく、甘美に包み込んだ。 『真逆、未だ舞台に上がる前にコレを見ることになるなんて僕ですら思わなかったよ。ふふっ、意外にせっかちなんだねぇ君も』 右肩に顎が乗せられる感覚。それだけでフェイトは余りに妖艶な香りと風情によって、感情を剥奪されながらも息が荒くなっていく。 それでもなお、彼女の視線はあの宝石から離れる事はない。その姿はまるで魔に魅入られているかのような、そんな風体。 『なに、そう熱い視線で見つめてやらなくたっていいんじゃないかな。“君は此処に辿りついた”。その事実だけでも上出来さ』 だが、そんな甘美な呪いに似た言霊を前に、感情を剥奪された筈の彼女に、在り得る筈のない感情が芽生えた。 此処から先は、本当に踏み越えてはならない一線だ。 彼女は悲鳴をあげる体を余所に、全力で、魂が焼き消えるかのような恐怖を目の前にして、小さく、それでもはっきりと声をあげた。 「く、ぁあ――――ぁ、」 『へぇ。中々やるじゃないか。さっきから君に対する僕の評価は鰻上りだ。真逆、人の身でありながら此処まで来て、この邪悪に抵抗できるだなんてね』 「あ、なた……は、一体―――」 瞬間、朦朧とする彼女の視界に、灼熱に燃える■つの眸が現れたかのように見えた。 余りにおぞましく、恐怖の概念そのものを凌駕しうる、理解不能の―――理解してはならない、戦慄に震えてしまう。女の影はその眸で笑い、哂い、嘲笑を零した。 女は哂いながら。醜悪なナニカを卑下するように、歓喜を篭めた声色で謳った。 『それはまたいずれ。君の“運命の幕”はまだ上がってないんでね、まだまだネタばらしをするには早過ぎるのさ。“君が捜し求める運命の在り処は、厳密に言えば此処じゃない”』 “まぁ、こんなものを見せる事自体がフライング染みているけどね”、と嘲り女の影は彼女から離れ、再び宝箱――の“映像”――の外側に現出した。 すると女の影は、遥か闇の先。何も見えない闇の彼方を見据えた。その表情は、まるで憧憬や憎悪、怨嗟と愛情が混ぜ込まれた様な異形の笑みを垂れ流していた。 『君達も嗅ぎつけるのはいつも速いね―――そんなに彼女が大事かい?』 ―――ねぇ、我が怨敵。 愛しい愛しい、神殺しの刃。 《―――――介入思考確認/優先順位第一級=“無■の■”による検閲状態から一時的に上書き開始》 瞬間、闇の世界の果てで清浄なる光輝が煌き、爆発を熾して、闇黒に穢された世界の全てが無垢なる閃光に塗り替えられる。 それと同時にフェイトの意識は現実へ引き戻されていった。 ◆◆◆ 「な―――!?」 意識を取り戻したフェイトの眼に映ったのは、先ほどと同じあの戦場。未だ宝玉の封印処理を完成させるに至っていない、聖地クナアでの決戦場だ。 思考が晴れた瞬間、彼女は一体何が起こったのかまるで理解出来ていなかった。 まるで……そう、まるで、何処かよく解らない別時空――我々時空を管理する者達ですらも理解不能の超時空間に送り込まれた様な気もした。 だが、それにしたって違和感が拭えなかった。思考が闇に沈んだ後の記憶がごっそりと抜け落ちているのだ。 フェイトはそれに恐怖や驚愕に感情を彩られる寸分の刹那も無く、絶え間無き魔力の波濤―――右手に掴む、かの宝玉が発する拒絶の意思に蹂躙され続ける。 (っ! 考えてる暇なんかない。今は、封印を――!) 最早、先ほどの疑問を考える時間も暇も刹那も無い。 一瞬だけ力が抜けかかった己の身体と魔力に再度全力を以ってして拮抗状態を踏破すべく挑みかかる。 だが如何せん反応が遅すぎた。 宝玉からの魔力無限放出という出鱈目な力の顕現は、フェイトの封印術式の演算処理を遥かに上回っており、その封印式を跳ね除けて、再び邪神の骸を再構築していく。 それでも尚、フェイトは諦めない。諦めなどという文字は無い。己が相棒(バルディッシュ)も、必死になってこの無限の波濤と相対し続けているではないか。 ならばその持ち主たる彼女が、諦めなどという言葉をうちだすなんて事は、してはならない。 この一撃、この一秒、この刹那。そのひととき全てが、この星の、人類の命運を決する天秤だ。ならば、その天秤を此方へ傾かせなければいけないのだ。 どんなに無様を曝したって。どんなに泥水を啜ったって。一つの事を懸命に、最後までやり遂げる事こそが、彼女が、人間が成し得る窮極のご都合主義だ。 ならば諦めてはならない。彼女はこの荒れ狂う波濤に呑まれ込もうとしてる最中、離し掛けた相棒を再び握り返す。 「な―――こんな時に……ッッ!?」 だが、宝玉を掴む右手に力が入らない。放出される無限に及ぶ魔力の、余りに暴力的な波濤が、掌握した右手の神経をズタズタに引き裂いたのだ。 最早痛覚すら感じない。まるで右腕を根こそぎ引き千切られたかのように、感覚というものが全く機能しなくなっていた。 これではいくら諦めずに術式を構築したって、右手の神経を通して術式を疾走させることは出来ない。 万事休す。そんな言葉が彼女の頭の内を過ぎった瞬間――― ふと、感覚を無くした筈の右手に、二つの温もりが優しく包み込んだ。 『集中しろ、フェイト! まだ――勝機は逃しちゃいねェ!!』 『そうだ! 無様を曝してでもやり遂げると、汝(なれ)は誓った筈だ! ならば、その刃を落としてはならぬ!』 一つは男の声。もう一つは幼い女の声。 そう、先ほどフェイトの背中を押してくれた、あの声である。 それを理解したと同時に、彼女の脳内に、“記憶した事の無い言葉”が燦然と現れた。 其の言葉は、言霊は、彼女は全く以って知りもしない単語――詠唱だったのだが、その言霊を思い浮かべると、何処か胸の底から熱く、そして激しい感情が湧き出てくる。 其処に痛みも辛みも無い。ただただ毅然として燃え続ける、諦めを知らぬ不滅の炎。この熱さが、どうしても心地が良い。 『よし、“準備”は整ったようだな―――それじゃあ、こんな反吐が出るような三文芝居の幕引き(フィナーレ)と洒落込もうじゃねェか!!』 『応ともよ! ……女、惚けてないで汝も続け! 妾(わらわ)達と共に、その“言霊”を詠唱するのだ!』 「あ――う、うん! わかった!」 勇壮な声の響きと共に、彼女の感覚を無くした右腕を二つの光――“掌”がソレを支え、失った筈の神経が次第に再構築され行き渡っていく。 どのような奇跡か魔法かは解らない。だが、この右腕に包まれた暖かさ、信念。どれをとっても強く、激しい。 この人達となら、絶対に。この億分の一の勝機をもぎ取ってゆける。その確信と信念を共に、今。遥か遠き無限螺旋に於いて紡がれた、邪悪を滅ぼす必殺の言霊を。 ―――破邪の意を胸に、邪神へと轟かせる。無限新生を廻す歯車たる宝玉が、その前兆をまえに、僅かながら慄くように震え上がっていた。 瞬間、フェイト“達”が持つバルディッシュの光刃が、無定形の波濤から不定形のカタチへとその姿を変貌させていく。 光り輝く閃きが唸りをあげながら変貌し変形し変則的に変動させていき、そのカタチは―――簡単に言えば、余りに巨大な“腕”へとその姿を象った。 その“腕”の掌に、プラズマザンバーの莫大なエネルギーが集約されてゆき、現空間と異相空間の摩擦が産まれ、その狭間から圧倒的な圧縮重力場――マイクロブラックホールが顕現された。 フェイトは突然の変化に驚く事無く―――否、それを当然の帰結だと理解した上で、“彼等”と共に遍く邪悪を封滅せしめる窮極の言霊を口訣した。 “光射す世界に、汝等闇黒、棲まう場所無し!” 放たれ続ける雷電は突如発生した重力場に引き込まれ、もはやただの純粋無垢たる熱エネルギーへ収束されてゆき、 光さえもその“質量を持ちえた空間の狭間”へ圧縮されて、空間を歪め、狂わせる無の色彩へと。 円環状に奔り回る原子は、その重力場が起こすある種の指向性を持たされ、更にその運動は連鎖し、物理限界を超越した運動を促し、加速加速加速加速加速加速加速加速加速。 無限連鎖。無限回転。無限加速。無限輪廻。 廻り続ける原子と原子の狭間で熾(おこ)る摩擦によって更に更に更に膨大な――それこそ無限の熱エネルギーが発生し、なおかつ無限に圧縮されてゆく。 其の物理法則も、ユークリッド幾何学でさえも測り切れぬ超絶的な圧縮重力場が孕む魔力を言うなれば――正しく『無限熱量』。 この余りに暴虐たりえる破滅の理こそ、この世界の……宇宙の果てよりこの星に来たる、人々を脅かさん外道を討ち滅ぼす理。外導を以って外道を断つ、魔導を以って魔道を滅ぼす刃の熱。 “渇かず、飢えず、無に還れ―――” 三つの声が、一つの言霊を編む。男と女、そしてフェイトによって紡がれる三位一体の咆吼は更なる魔力の昂ぶりを生み、白く染め上げる光輝は一層に煌きを帯びる。 視界を灼きつくすどころか、己の身体さえも灼き滅ぼしかねない暴虐たりえる魔力を内包した巨大な“掌”を、再生され続けている宝玉ごと邪神ガタノトーアに、思い切り叩き付けた。 瞬間、邪神に叩き付けた圧縮重力場――マイクロブラックホールが収縮し、 やがて無に消える/無が展開される=幾重もの魔術文字が刻まれた“球状の壁”/絶対否定空間――無限熱量が暴れる重力場を外界へ漏洩させぬ為の断絶結界。 そう、この技こそ。この術式こそ。この必滅奥義こそは――― “レムリア―――インパクトッッッ!!!” これぞ、かの機械仕掛けの神が持ち得る第一近接昇華呪法。 結界球の内部で破滅を熾す無限熱量は邪神ガタノトーアの巨躯を須らく蹂躙し尽くし続け、もはや無限新生と拮抗する、しない以前に構成原子さえも末端から髄まで灼き尽くしていく。 その閃光の最中、彼女は再び相棒の―――バルディッシュの声を聞いた。 ◆◆◆ 『I m innocent rage/我は憎悪に燃える空より産まれ落ちた涙』 『I m innocent hatred/我は流れる血を舐める炎に宿りし、正しき怒り』 『I m innocent sword/我は無垢なる刃』 『I m―――/我は―――』 ◆◆◆ ―――その声が聴こえると同時に、総ての音が無へ掻き消える。 結界内の世界を荒れ狂う暴虐狂気の閃光は、邪神どころか結界内部の世界さえも灼き滅ぼし、 時空間さえも消滅させ、挙句の果てに宝玉を封印させるどころか、その“術式”ごと木っ端微塵に昇華された。 最早、結界内で蹂躙された邪神の影さえも存在しない。 それを彼女“達”は知覚したと同時に空間断絶結界は力が抜ける様に縮小されてゆき、まるで元から『無かった』かのように消滅する。 そう、その消滅こそが、長きに渡った邪神ガタノトーアとの闘争の終止符だった。 「―――終わった、の?」 フェイトは魔力を出し尽くし、己の身体限界さえも超え続けた運動を行った所為で、今や満身創痍の身。 何処からとも無く、眠気が彼女の瞼を重く圧し掛かって、今に意識を手放しかけていた。 そんな彼女の右肩に、優しくて暖かな感触が同時に圧し掛かったと同時に、男性の声と左側では苦笑染みた声――優しく、穏やかな少女の声が聴こえてきた。 『お疲れさん。後の些末事は俺達に任せて、今はゆっくり休みな』 『ああ、一先ずは休息をとるが良い。汝はよくやったよ、フェイト・T・ハラオウン。汝の刃、中々に良い切れ味であったぞ』 飾りのない賞賛の言葉に、フェイトは何処か気恥ずかしくて、顔を赤く染め上げた。 自分を幾度と無く助けてくれた、誰とも知れない彼等だが。それでも、そんな“当たり前の善意”こそが。彼等が信頼するに足る人物だという証拠なのだ。 「うん……そうだ、ね。今回は、流石に疲れちゃった――かな?」 そんな安心感に包まれて、彼女は瞼をゆっくりと閉じた。 『嗚呼、お休み。――いつか、また会おうぜ、フェイト』 『では我等は征く――気運が在るのならば、また再会もするだろう。その時まで、元気でやってゆけ』 右肩に乗せられた感触が離れてゆき、彼等がゆっくりと歩み去っていく感覚。 名残惜しいが、後腐れは何もない。また、在るべき運命の下で、彼等と再会することに確信を覚えながら。 ――ああ、そうだ。後腐れ、というワケでもないのだが。 「名前、聞くの忘れちゃったな……」 そんな、些細ではあるが名残惜しかったことを小さく思いながら、フェイトは己が意識を手放した。 ◆◆◆ 『運命の探求』 エピローグ ◆◆◆ ―――かくして、人間と邪悪の闘争は人間の勝利に終わった。 絶対破滅、無限熱量の閃光と無限新生の光輝の鬩ぎ合いの果て、ついぞ彼女は邪神ガタノトーアに埋め込まれていた宝玉、 ロストロギアの封印――というよりも、その宝玉に施されていた術式の完全破壊に成功。 ガタノトーアの身体はそれと同時に霧散し、字祷子粒子に気化された。おそらくはただの純粋な魔力でのみ無理やり召喚された“出来損ない”故の終焉であろう。 ヒアデスの竜巻と幾百に至るであろう光刃の雨は止み、まるで先ほどの戦いがなかったかのような静けさだけが残った。 現状を述べれば、フェイトは邪神が消え去り、蔓延っていた瘴気も失せた大地に不時着した鬼械神アンブロシウスの装甲上に姿を現した、 盲目の探求者たるラバン・シュリュズベリイの腕の中で健やかに寝息を立てて夢の世界へ旅立っている。 先ほど、刹那の永劫という短くも永きに渡る無限の攻防において競り勝った猛者とは思えぬほど、安堵を催す寝顔だ。 「よもや出来損ないの神とはいえ、旧支配者と真っ向から競り合い勝利をもぎ取ったとは……測り知れんな、君は」 シュリュズベリイはそんな彼女の緩んだ寝顔を見据え、シニカルな笑みを浮かべて賞賛の言葉を言い渡し、己が“娘”にも労いの言葉を述べた。 「レディもよく頑張ってくれたな」 『さ、流石に、今回は、しんどかったよ、ダディ。魔力も、もう空っぽ……っ』 「嗚呼、そうだな。実を言うと、私も魔力が底を尽きそうになっていてね。早々に、ミスカトニックの生徒諸君を待たしている“カルコサ”へ戻り“後始末”をしたいのだが――」 と、言葉を濁してシュリュズベリイは前方に浮遊する黒衣の青年――クロノ・ハラオウンへ顔を向けた。 己の相棒たるストレージデバイス……氷結の魔杖デュランダルを片手に憮然とした表情でその場に佇む様は正に歴戦の戦士たる貫禄に満ち溢れている。 そんな彼も、硬かった表情を緩めて、苦笑するような仕草をとった。ほんの短い――そう、数分にも満たない邂逅であったが、彼もシュリュズベリイのことを信頼に足りえる魔導師だと認知している。 「時空管理局の魔導師の代表として、そしてフェイトの義兄として此度のご協力感謝します、シュリュズベリイ氏」 「気にすることは無い。元より私も此処を嗅ぎ付けていてね、あわよくば娘(レディ)と二人だけでこの島における儀式を粉砕しようと考えていた。 そこに現れたフェイト君が初めて出会う我々を疑わず、信用して共に駆け抜けてくれたことは此方としても感謝しきれない事だよ、クロノ・ハラオウン君」 「では、お互い様という事で」 邪神との凄絶な闘争が、端から無かったかのように談笑するクロノとシュリュズベリイ。 出会って早々、意気投合するのは、お互い何処か思うところがあるからだろう。 吹き荒ぶ魔風もその威力を萎ませて、やがて清々しく心地の良い潮風が吹き、この聖地クナアの瘴気を流してゆく。 一通りの挨拶を終え、シュリュズベリイは熟睡しているフェイトをクロノへ引き渡し、所々傷ついた外套を翻し、クロノから背を向けた。 「私達はそろそろ戻らねばならない。この島の“後始末”もやらなくてはいけないのでね」 『物凄い疲れたけど、コレが最後の仕上げだもんね、ダディ』 盲目の探求者は、己が著書(むすめ)の痩せ我慢にも似た言葉を聴いて、無言でアンブロシウスの装甲を愛しく撫でる。また苦労をかけるな、と心中で述べながら。 そして、シュリュズベリイに代わってフェイトを抱きかかえたクロノは、その背中を名残惜しそうに見詰め、だが努めて凛然とした風情を纏って言葉を返した。 「――そうですか。出来得るなら、もう少し語り合いたかったのですが」 「なに、コレが今生の別れというワケじゃないさ……嗚呼、そうだ。私と君達が出会ったのもまた何かの運命だ。 もしも私達に助力を求めたい時は、マサチューセッツ州にあるアーカムシティという街のミスカトニック大学に連絡してくれたまえ。すぐさまに駆けつけよう」 これでも生業は邪神狩人兼大学教授でね、と追言して、シュリュズベリイは背中越しからシニカルな笑みを浮かべた。 「また会おうクロノ君。あと、フェイト君が眠りから覚めたのなら伝えて欲しいことがある」 『―――“合格、見事だった”ってね!』 「解りました―――では、また会う日まで」 クロノの別れの言葉を皮切りに、シュリュズベリイを載せた鬼械神アンブロシウスは多発型飛翔魔術群(クラスター・フーン)を起動させる。 刹那よりも速く。遥か彼方。轟音という壁を越えて、紫紺の機神は軌跡を残して飛翔した。 暗雲消え去った、遥か蒼天の空へと。 天高く、天高く。 ◆◆◆ 「良き兄弟だったな、レディ」 『うん、そうだねダディ。だけど……なんだか名残惜しいよ』 「ふむ、そうだな。だが先ほど言った通り、これが今生の別れというワケじゃない。世界という壁を越えて彼女達が私達と出会ったのを偶然と言うには些か滑稽と言える。 そう、この運命は必然だった。ならば、別離するのも運命(必然)であるのならば、再会するのもまた運命(必然)だ」 『運命、か。名は体を現すって言うけど、フェイトのは中々波乱に満ちた運命のような気がするね』 「確かに……否、そうだろう。彼女は未だ理解はしていない。それは我々にも理解出来ないが、彼女はソレを理解する術をもっている。 彼女は自覚してはいないだろうが、彼女自信の探し求める運命――『運命の探求』は始まったばかりだ」 『そっか。フェイトにも宿題が出来たってことだ』 「中々巧いことを言うじゃないか、レディ。……さて、そろそろカルコサが見えてきたようだ。レディ、通信回線を開いて、例の爆装(ドレス)の準備を行わせてくれ」 『イエス、ダディ。……久しぶりに使うね、“D型”。ハイアイアイ群島で使って以来だよ』 「嗚呼、そうだな。プロメテウスの炎を使うのは確かに久しい。では―――征こうか、レディ。ヒアデスの星屑の様に、あの忌まわしい島を塵芥に変えてやろう」 ◆◆◆ ―――さて、いつものように唐突ではあるが、ここで喩(たと)え噺(ばなし)をしたい。 皆はこれを聞くのは何度目となろうことかは解らないが、耳をかたむけて聴いて欲しい。 是(これ)は何処かの宇宙の話。大樹の根の様に別れた宇宙の話。そもそも根の違えた、別の大樹に生える宇宙の話。 其(それ)は反応炉の中だったり、試験管の中だったり、チューインガムの包装紙にくるまれていたりする宇宙の話。 永劫を呑み込み、永劫を吐き出す、ほんの小さく広大な刹那のお話。 無限大を幽閉し、有限大を定義した塵の様な宇宙のお話。 宇宙の内側にある宇宙の話。 宇宙の外側にある宇宙の話。 宇宙の外側の外にある宇宙の話。 宇宙の外側の外の宇宙の外にある宇宙の話。 宇宙の外側の外の宇宙の外の宇宙の外の宇宙にある……。 詰まる所、宇宙は無限に連鎖し、零(アイン)へ帰結して尚、零(ソフ)へ膨張し、零(オウル)へ至るべき無限の宇宙のお話。 其れは無限と零が混ざり合って、遥か無き時空間の輪、或いは六芒星(ヘキサグラム)を巡る大蛇が爛れ堕ち、絶え間ない変化を熾し続ける混沌のスープ。 故に総ては淡すぎる、泡沫の塵夢。万物の神が、盲目白痴にして全知無能の神様が夢見る泡沫の幻想。 まどろみの最中で浮かび、消える運命にある刹那の夢。眼が覚めれば終わる、ただの夢だ。 終わりとも知れず、消滅するのみが故の泡沫。そもそも始まりがあったのかさえも泡沫の果て。 世界は虚ろ。現世(うつしよ)こそは幽世(かくりよ)で、幽世は何処までも幽世。 其処は総ての想いも、善も悪も狭間も無い、虚実(アイン)が成る虚無(ソフ)にして虚夢(オウル)の世界。 ―――世界は何処までも虚ろんだ、まどろみという泡沫の中で潰える運命(さだめ)にあるのだろうか。 これは喩え噺なのだが―――そうは想わない存在が、やはりその運命に抗っていた様だ。 ◆◆◆ ふと、邪神は眸を開けた。 余りに凄絶な痛みに、並大抵のことでは機能しない規格外の痛覚が、それ以上に規格外な痛みによって呼び起こされてしまったのだ。 鮮烈な痛みだ。痛みと共にかの光輝を思い出す。何処までも暴虐であり、我々魔を無へ還す為に呼び起こされた太陽の熱の様に激しい光輝。 《―――アレは、何処かで一度味わった光輝だ。はて、あの忌々しき輝きはいったい何処で受けてしまったのだろうか》 そう、邪神ガタノトーアは見るからに満身創痍の身で思い起こす。 先ほど人間が放った無限熱量の必滅奥義によって、ガタノトーアを顕現させる宝玉の魔力無限放出の術式は見事に無へ還され、それと同時にガタノトーアもその体躯を塵芥へと霧散させた筈だった。 そこまでは覚えている。……ならば、今の己は一体何処に居ると言うのだろうか。 『嗚呼、そうさ。君の見解に寸分の間違いなんて存在しないよ、ガタノトーア殿。君は人間の手で、人間の魂の光で、人間の諦めを知らぬ、愚かな不屈の煌きの中で無に消えた筈だったのさ』 女の声が聴こえた。或いは男の声だったのかもしれない。 何処までも得体の知れぬ、信用できない、まさにノイズの様な醜悪であり淫靡な声だった。 ガタノトーアは知覚する。その存在は、己と同じ存在だということを。かの焼き払われた闇黒の森に棲んでいた、灼える■眼にして無■の邪神を。 《―――貴様か。あいもかわらず狗の様に走り回って、ご苦労なことだ》 『いやいや、狗はティンダロスだけで充分さ。……もっとも、君の言う通り彼の様にせわしく動き回っているけどね』 哂いながら――或いは嘲笑だったろうか――、邪神はガタノトーアの皮肉を事無げにかわし、この宇宙の中心の狭間にて立ち尽くしていた。 その様子に何処か違和感を覚えながらも、ガタノトーアは疑問を口にした。 《―――もしや、貴様が我をこの宇宙に隔離させたのか?》 『隔離、という表現は当たらずも遠からずって所かな? 此処はね、君に埋め込まれた宝玉――彼女達に言わせれば、ロストロギアか――の中に存在する宇宙。君は、その宇宙に“吸収”されただけだ』 《―――成る程。アレほどの魔力を無尽蔵に内包しているワケだ、この宝玉自体が一つの宇宙であったか》 『然り。是こそは愛しき我等が宇宙の極々々々一部から産み出した純粋無垢、神聖『可侵』たる無限の器! 例え放出の術式を失ったとしても、どんなモノにでも簡単に染まる純粋な宇宙故に、こうして満身創痍の君は容易に吸収されたってワケさ』 女は、まるで舞台上で回る役者のような演技を催して嬉々と説明する。 ガタノトーアはその説明を憮然と聞き及びながら、やはり憮然と、頭の中に突如として浮かんだ言葉を“口にしてしまった”。 《―――ほう、ならばコレはかの高名な、輝きを放つ“連中の神具”ではなかったのか。貴様も欲深い物を創り上げたモノだな》 ――刹那。そう、その刹那。その言葉を待っていたかのように、女は嘲笑すら超える凄絶な邪笑に口を歪めた。 ガタノトーアは未だ気付いていなかった。人間にとっても、神々にとっても、その言葉は理解など出来はしない、してはならない窮極の禁忌だという事を。 女はそれを無様と哂うように、そして本当に残念そうに満身創痍たるガタノトーアの体躯を俯瞰ながら、その最後になるであろう質問に答えてあげた。 『ははッ、確かに似てはいるが、それは仕方の無いことさ、ガタノトーア殿。だって、“本物のアレ”はね―――――もう、然るべき担い手によって握られているのだから」 ガタノトーアが女のその言葉に再度疑問を口にしようとした瞬間―――世界が、けたたましく悲鳴をあげた。 爆砕し、創造し、破滅させ、顕現する圧倒的な白い闇。 否、闇すら凌駕し塗りつぶす絶対的な光輝。その光輝はまるで、先ほど受けた無限熱量のそれと果てしなく似ていて。 ガタノトーアは、純粋に戦慄を覚えた。 この圧倒的な殺意に。魔を滅ぼす為に我等と同じ存在になった、我等の天敵。 かの星座に臥する神威の狩人と同格の、総ての魔の天敵が持ち得る鋭利な殺意。 邪神ガタノトーアは……否、遍く総ての旧支配者は、その存在が何なのか、脳髄の底に深く刻まれている。 《―――真逆!?》 『そう、その真逆だよ。ガタノトーア。“彼等”は僕等の居る所ならどんなことをしたってやってくる。邪悪を滅ぼす為に。邪悪を根絶やしにする為に。 この泡沫の夢の狭間で。人間達の祈りを護る為に。光り輝く世界を護る為に、必死に抗い続ける。愚かであり憧憬すべき、愛しい愛しい、忌まわしき狩人!』 女は狂ったかのように、まるで待ち望んでいたかのように、その生誕を嘲り哂いながら、初恋の人を見るような視線で、罅割れる世界の壁を見た。 が、彼女は名残惜しそうに背を向け、宇宙の中心の狭間の先にある、闇黒の領域へ脚を踏み込んだ。 《―――貴様、何処へゆく!?!?》 『新たな舞台の準備さ。その為に君には、“彼等”の足止めをしてもらおう。 ギブアンドテイクと言うじゃないか、君をこの宝玉の中(セカイ)まで届けたのは他でもない僕だからね。せいぜい、気張ることだ』 “それでは、ご健勝の程を”と驚愕するガタノトーアに言い残し、女――邪神はその場から、この宇宙から消失した。 だが、それでもこの世界の崩壊は止められない。止める術を持ちえていない。 ―――そんな崩壊する世界で、凛然とした男と女の声が聴こえた。 『こんなトコで呑気に居座りやがっていたか――それじゃ、ド派手に後始末といこうか!』 『あの女……フェイトの意志に応える為にも、我等の力、今こそ存分に見せつける刻だ!』 それは余りに輝かしい、善意の権化。 弱きを助け、強きを挫く。理不尽に蹂躙されながらも、必死に立ち上がる不屈の魂。 人間。諦めを知らぬ、善の……正の極限。 ガタノトーアは恐怖する。それは、己に刻まれた原初の記憶。何故己(ガタノトーア)はヤディスの地下深くに封印されてしまったのだろうか。 其の疑問に応えるモノは、ただ二人だけ。二人は、この世界全土に響けと言わんばかりに、互いの名を呼んだ。 『征くぜ――――“アル”ッッ!!』 『応ともよ――――“九朗”ッッ!!』 そう、彼等は連理の枝にして比翼。 どちらが一つも欠けはしない、窮極なる愛の証。 そして―――もう一つ。欠けてはならない存在。其曰く、“最弱無敵”の刃金を。 《―――そうか! 貴様達か!! どこまでも脚を挫き地に伏せても、決して立ち上がることを止めぬ不屈の刃ッッ!!!》 ガタノトーアは理解した。自分たちが恐怖せし、憎悪すべき神殺しの刃。 己自身をヤディスの地下深くに封印せしめた、窮極のご都合主義を信仰する神を。 慄く邪神を余所に、二人の神は天高々と、己が刃金を、剣を呼ぶ為に破邪の口訣を刻み上げる。 己が相棒を呼ぶ為に。己が半身を呼ぶ為に。己が刃を呼ぶ為に!! 『―――憎悪の空より来たりて、 ―――正しき怒りを胸に、 ―――我等は魔を断つ剣を執る!!』 言霊は、この世界に鎮座するガタノトーアによって産まれ出でた邪気の悉くを踏破し尽くしてゆく。 彼等の背後にて顕現するは、清浄な煌きを放ち続ける五芒星―――『旧き印(エルダーサイン)』。 その光輝の果てで、圧倒的な質量を持ってして顕れ出でるは、人の形をした鋼の神。機械仕掛けの神。半魔半機の神。 『汝、無垢なる刃―――』 言霊が響いた瞬間、世界を爆砕せしめる一つの神が降臨を遂げた。 宇宙の狭間、宇宙の中の宇宙で、宇宙の外の宇宙で響き渡るその唄は。 無限螺旋を超えて紡がれる、刹那の愛を謳ったソレは―――誰にも消せぬ、全能の神様にだって消せない、生命の歌。 明日への路を拓く魂の言霊を紡ぎ上げ、こうして彼等は―――最も新しき神、『旧神』は闘い、闘い、闘い続ける。 世界の未来を紡ぐ為に。世界の未来を紡ぐ人々を護る為に。 最も近く、限りなく遠い遥か宇宙の最果てで、機神の咆吼が木霊する―――。 ◆◆◆ そんな、不思議な夢を見た。 余りに荒唐無稽でありながら、心を締め付ける様な熱い祈りを謳った、刹那の物語を見た……ような気がする。 唐突に眼を覚まして、最初に飛び込んできたのは清潔感が漂う真っ白な天井。 無論、知らない天井というワケでもない。むしろ彼女自身が訓練でよく怪我をしたときにいつも見る、慣れ親しんだ天井だった。 現状を述べよう。彼女こと、フェイト・T・ハラオウンは、戦艦アースラ内にある医務室のベッドで横になっている。 何故こんな所にいるのかは解らない。今の今まで短いようで長かった眠りを貪っていたため、時間の感覚が定かでは無い。 だが――あの闘いのことは鮮明に、鮮烈に思い出せる。邪神狩人と共に駆け抜けた、かの邪悪との死闘。突然現れた義兄の助力もあって、ようやく任務を完遂出来たことは記憶に新しい。 フェイトは丁度視線の先に掛かってあった時計の針を見てみる。午後八時と示していた。今の今まで、半日以上も眠りこけていたのだろうか。 半日も眠っていたにも関わらず、自分の体の疲れが未だ完全に抜け落ちていない事に愕然するものの、気だるくベッドから上半身だけを起こそうと腹筋に力を入れた。 ―――が、何故か力が入らない。力を入れようとすると、自分の意思とは無関係に脳がそれを拒否してしまうのだ。 これまた不思議だが、そんな脳の拒否反応を無視して起き上がろうとした瞬間、 「う、痛ッ、……っ!」 小さく、だが余りに鋭利な痛みが脊髄に迸るように駆け巡った。 それと同時にフェイトの身体は引き寄せられるように再度ベッドの上へと倒れおちる。 ……恐らくは、余りに過度な肉体酷使によるリバウンドが、今更ながら盛大に竹箆(しっぺ)返しされているのだろう。 この痛みでは、起き上がろうとすること自体が逆効果だと悟り、大人しく、無為に天井を見上げなおす。 「終わった、んだよね……あの闘いは」 かの世界にて起こったロイガー族との、そしてSランクを大きく上回る術式によって召喚された邪神ガタノトーアとの闘いを思い起こす。 闘っている最中は余りの緊迫感だった所為か、時が流れるのが余りにも長く永く……それこそ永劫に続いたものかと言わんばかりの感覚の中での死闘であった。 だがいざ終わってみれば、そんな死闘も刹那の内に終わったのではないかとすら想う。刹那の永劫たる闘争はかくも凄絶で、淡すぎる泡沫の夢。 フェイトはその事実に溜息を付かざるを得なかった。……そうして幾分か過ぎて、病室の扉からノックする音が静かに二回程聴こえてきた。 彼女が了承する前に、扉が開かれる。其処にいたのは、管理局の制服に身を包み込んだ、現アースラ艦長――義兄であるクロノ・ハラオウンの姿だった。 「おはよう。よく眠れたか、フェイト?」 「クロノ……うん、ちょっと眠りすぎたくらいだよ」 「そうだな、丸々三日間も眠りこけていたんだ。確かに眠りすぎている」 三日間。その言葉を聴いて、フェイトは無自覚的に時計に付随してあるカレンダー機能を確認する。 あの邪神と闘った、ロストロギア封印の任務の日から、本当に三日も立っていた。よもや、そこまで身体限界を酷使し続けていたとは自覚さえも出来なかった。 それを半日と勘違いし、しかも三日間眠って尚、未だ激しい痛覚が残っているのだ。その痛みと三日間という言葉が、此度の死闘の壮絶さを今更ながら現実味を帯びさせてくれた。 だがクロノは未だ完治に納得のいかないフェイトに対して、嘆息まじりに、いつもの彼らしく説教口調で詳細を答える。 「確かに三日間も眠って完治しないと憤るのは理解できるが、本当ならば君の命だって危うかったんだぞ? Sランク級どころか、それ以上の……個人的な見解だが、 ランクでさえも測り切れないだろう召喚獣個体を相手に、命どころかリンカーコアさえも別状がなかったなんて、奇跡なんて言葉じゃ計れない奇跡じゃないか」 君の右腕の状態は流石に酷かったが、と言及した後にクロノは己の頭を掻いてフェイトの右腕を見た。 彼女の右腕は、指の末端から肩にかけてまで治癒魔法を常時展開できる特殊なナノマシンを内蔵したミッド医療の最先端技術を惜し気もなく使われた包帯を痛々しく巻かれていた。 それどころではない。彼女の肌が見える至る所にガーゼやシップなど大量に貼られており、傍から見れば出来損ないのミイラとしか思えぬ程だ。 こんな形相を第三者が見てしまっては、彼女が本当に無事に生き長らえているのか、もしかしたら死の淵から蘇った正真正銘の死人(アンデット)ではないのかと勘違いするかもしれない。 だのに、フェイトは改めてその包帯を巻かれた右腕を見ながら、思い出したかのようにふと声を漏らしてしまった。 「……あ、そうだった。右腕の感覚がなかったんだ」 「―――ハァ。君も、なのはと同じで自覚無しに無茶な行動ばかり取る。……君の感想通り、その右腕の神経はあのロストロギアがおこした莫大な魔力放出を正面から受けてボロボロだ。 なんとか完治の余地はあるものの……下手をすれば、右腕を肩から切断せざるを得ない大惨事になっていたんだぞ? ……そのロストロギアも無事に回収できたのは僥倖だったが、奇跡というよりは個人的に作為的な運命を感じてしまうけどね」 「う、……ごめんなさい、クロノ」 しおらしく顔を俯かるように、クロノへの視線を外して、反省する。だが心の内ではやはり納得して消化しきれるモノでもなかったらしい。 確かにやり過ぎたかもしれないが、幾らなんでも無茶無謀の代名詞であり到達点であるなのはと同列に扱われるのは、些か不満だ。 あ、いや、別になのはのそんな無茶なトコロが嫌いだというワケじゃなく、むしろそんな無茶に自分自身が一生掛かっても返せないくらい救われてきたワケで。 そんなあやふやな心の葛藤を脳内で絶賛戦闘中な彼女を見て、額にしわを寄せていたクロノは顔の筋肉を解して、苦笑するような表情を取った。 「まぁ、そんな奇跡が起こったお陰で君も無事でいてくれたんだ。そのことに対して何かを言うほど、僕も無粋じゃない」 これでもクロノなりの怪我人に対する礼儀、というか気遣いらしく、その慣れない様子にフェイトは思わず吹き出し掛けた。 そんな話し合いも終わりを向かえ、病室の椅子にかけていたクロノは立ち上がる。 「もう行くの?」 「ああ。まだ仕事があるんでね。そろそろ戻らせてもらうとするよ」 クロノは背を向けて病室の扉も前に立つ。 その時に、思い出したかのように顔をフェイトのいる後方へ向けて、微笑みながら“伝言”をつたえた。 「あと、シュリュズベリイ氏達から君への伝言だ―――『合格、見事だった』と」 そう言い残して、クロノはフェイトの返事を待たず仕事場へ戻っていった。 静寂が戻る。聴こえるのは時計の針が進む微かな音だけだ。そんな心地良いリズムが響いてる中、彼女はやはりベッドの上から天井を見上げた。 「そっか……シュリュズベリイ先生に、お別れの言葉一つ言えなかったな」 クロノが戻った後、フェイトは彼……ラバン・シュリュズベリイが残した伝言を頭の中で幾度も幾度も反復させて、焦燥に浸る。 あの闘いが終わった瞬間、眩し過ぎる光の輝きの中で二つの影――あの闘争の中で自分を幾度となく闇の淵から救ってくれた恩人達に別れを告げられた後の記憶が無い所から、 恐らくはあそこで自分は眠りに落ちてしまったのだろう。 あのまま我慢して起きてさえ居れば、自分に“諦めぬ心”を、不屈の想いを明確に教授してくれたシュリュズベリイにお礼とお別れを言えただろうにと、軽い後悔を想って、あの闘いをまた振り返る。 ―――そういえば。あの時に聴こえた“バルディッシュの声”を唐突に思い出す。 今頃、きっと己の相棒はあの闘いで酷使しすぎた所為で今もメンテナンスルームで修復中のことだろう。彼自身に聴こうにも聴けないが、聴かずとも彼女は解っていることだろう。 アレは確かにバルディッシュ自身が言い放ったモノだが、彼女はそれがバルディッシュの言葉でないことを、感覚の中だが確信を覚える程に理解していた。 『I m innocent rage/我は憎悪に燃える空より産まれ落ちた涙』 『I m innocent hatred/我は流れる血を舐める炎に宿りし、正しき怒り』 『I m innocent sword/我は無垢なる刃』 その言葉を思い出すたびに、胸の底がまた熱くなっていく。それはとても苛烈で、激しい炎の昂ぶりだが、その熱さが、どうしても心地が良い。 そして、この後に続く言葉。ソレこそはバルディッシュの声を借りた、その言葉の持ち主だろうと想う。 其の名を思い出して、彼女は思わずその名を―――その剣の名を、初めて口に出した。 「魔を滅ぼす者(DEMONBANE)―――『デモンベイン』、か」 ―――彼女の運命は、或いはこの名を口にした時から始まったのかもしれない。 カチリ、と。この部屋にある時計ではない、何処かの物語(セカイ)の歯車が、ゆっくりと軋みを上げて動き出す。 ◆◆◆ ―――数年後。 「くッ―――急いで向かってはいるけど、間に合うか……!?」 彼女ことフェイト・T・ハラオウンは今、暗雲がつもり今にも雨が降りそうな空の下を駆け抜けている。 列車襲撃事件からそう日も立っていない、ある日の夜の出来事だった。 仕事の用事で帰りが遅くなり、六課隊舎へ帰るついでに夜食を買うために街に繰り出した時だ。 突如として彼女の耳に緊急事態時に発せられる念話が届けられ、フェイトの居る場所からそう遠くない廃工場で、レリックの反応を感知したという。 彼女はすぐさま、指定された場所に向かって走り出した。時は一刻を争う。レリック反応を捉えたのは僥倖だが、問題はそのレリックを奪う謎の機動兵器“ガジェット・ドローン”。 アレ等より先にレリックを回収しなくてはならない。もし、彼女の予想通りだとすれば、あのガジェットを操っている裏側の存在こそは―――。 そんな思考は切り捨てる。今はガジェットよりも先にレリックを回収するのが最優先だ。 彼女は走りながら、己の懐にしまってあった相棒――バルディッシュを手にする。小さくセットアップと口訣し、彼女の身体に鮮烈なる魔力が循環し、疾走する。 管理局の制服が粒子化され、彼女の身体を包み込む様に、魔力を帯びた稲妻が迸った。 其の稲妻は段々と質量を帯びてゆき、遂には彼女の身体を魔術的/概念的に護る戦闘装束、バリアジャケットを錬成する。 それと同時にバルディッシュもその姿を変貌させる=アサルトフォーム。 即座に戦闘形態へ移行を遂げた彼女に迷いは無い。彼女は自身の身体をまるで風の様に……いや、むしろ迅雷の如き速度を以って飛翔した。 魔力の残照を浮かべて、鋭角な軌道を残した後に、真っ直ぐ綺麗な軌跡を暗雲がたちこめる漆黒の夜空に残して、現場である廃工場へと向かう。 其処で、彼女は出会うのだ。 漆黒に犯された、狂気に冒された、何よりも憎悪に侵された―――黒い天使と。 これは、彼女がこの出会いという運命(必然)に至る為の物語。 未だ自覚せず、理解もしていない彼女が辿るべき運命を提示する、始まりに至る為の物語。 『そうだとも―――彼女の物語は未だ、始まったばかりさ』 物語の歯車は廻り続ける。 果たして、この物語が……運命が行き着く先は、いったい何処なのだろうか。 ―――それはきっと、カミサマにだってわからない。 END NEXT TO 『LYRICAL SANDALPHON』 戻る 目次へ
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「……なん、なの? アレは……」 フェイト・T・テスタロッサは自分と同等かそれ以上の出力を持って飛行する“其れ”の形容を視覚した刹那、驚愕を隠しえなかった。 其れは巨大な猛禽類の如き形容をしていた。或いは鋼の外殻を象った骸骨、とも呼べるだろうか。 凡そ生命体としては考えも付かない鋼の異形は暗雲つのる虚空を音速に迫る勢いで駆け抜ける。その背中の上に憮然として立つ年老いた男の危険など無視するように。 実質、危険は無かった。そもそもこの鋼の猛禽こそは彼の所有物であり、彼の駆る相棒であり、彼の創った子供でもある。その親が、この程度の事で危険が迫る事など無いのだ。 だがそれを知らぬ者は一概にこう思う。……如何な次元世界において、あのような超音速の中で直立していられる人間がいようか。 フェイトは己が眼を疑う。この音速という世界の最中だ、もしかしたら幻覚が見えたのかもしれない。フェイトは眼をこすり、再び眼前に己がやっとの思いでついて行けるスピードで滑空する其れを凝視した。 「ほう、まさか本当に私の魔翼機『バイアクヘー』の速さについて来れるとは……中々大した者だ。名は何と言うのかね?」 しわがれた、それなのに雄渾であり厳かな男性の声がフェイトの耳に届く。 それがフェイト・T・ハラオウンとこの鋼の飛行物体――鬼戒神『アンブロシウス』を駆る盲目の探求者『ラバン・シュリュズベリイ』との出会いだった。 ◆◆◆ 『運命の探求』 前編 ◆◆◆ 話は少し遡る。 其処は、フェイトが幼少時にすごしていた第97管理外世界と“よく似通った管理外世界”だった。 近郊の星々の羅列、数、大きさ、大気中の成分、濃度、地形に至るまでが総てが第97管理外世界と同一と判断される為、勘違いしても仕方の無い次元世界(ばしょ)と言えるだろう。 詳細でいえば、全く別の世界なのだが。 第97管理外世界と根を同じにし、血脈のように枝分かれした可能性世界の一つ―― 一種のパラレルワールドとでも言えば説明がつくだろう。何故此処に彼女が来たかと言えば、言わずもがな『ロストロギア』関連だ。 管理外世界においてのロストロギアの悪用を偶然確認でき、時空管理局の名の下にそのロストロギアの確保を命じられ、彼女はこの場に立っている。至極簡単であり当然と言えば当然の事であった。 そんな彼女が降り立った場所は、四方を大海が統べる、小さく、そして綺麗な円形をし中心部には切頭円錐の形状をした山が聳え立つ絶海の孤島。 念話によるオペレーターとの通信によれば、ここはニュージーランドとチリの間にある広大な海域に存在する無人島との事だ。 詳細な国名すら一緒だと、本当に此処が前に居た第97管理外世界ではないのかと疑ってしまい、フェイトは軽い苦笑を漏らす。 暗雲立ち込める空の下、それを堪えながら、己が相棒であるバルディッシュを携える。 『この島の中心部で魔力反応を確認。この波状、ロストロギアとの魔力反応が一致します』 「わかった。ありがとう、バルディッシュ」 『ALL.RIGHT』 その言葉と共にフェイトは小さくも、はっきりと口訣を刻む。 其れとともに沸き起こる膨大な魔力の奔流に身を任せる。が、ただ受け続けるワケじゃない。己から生成された魔力を使うのだから、それを完璧に繰らずして如何な魔導師か。 閃光。暗い空を裂く雷。何者も逃れ得る事の出来ない迅雷は主たるフェイトの身体を包み込んでゆき、循環し疾走し凝縮し凝結されていく。 まるで血脈を稲妻が駆け巡るような錯覚。光速と変わらぬ刹那の速度で彼女の身体の総てに魔力が行き届く。―――漆黒のヴェールが、顕現した。 彼女の身体を包み込むように纏われていく其れら総ては魔力によって編まれた衣服=バリアジャケット。黒を基調とし、羽織る外套は白。 先ほどまでアクセサリの様な形態を取っていたバルディッシュは「アサルトフォーム」と呼ばれる杖状の形態に移行され、彼女の右手の内に掴まれた。その姿はまるで物語にある死神を彷彿とさせる。 彼女の紅い双眸は切頭円錐の霊峰を見据える。向かう先はあの霊峰の内部。 本部オペレーターの指示もあり、其処に至るべき洞穴も、そのルートも確認が取れた。 (―――征こう、そして終わらせよう) 心の中で決意を顕わとし、彼女は虚空を蹴る/跳躍――魔力流転/浮遊+疾駆=凄まじい速度での飛翔。 漆黒の光が煌(こう)――と、軌跡の音を残光させて一直線に駆け抜ける。 暗い空を裂く雷の様に。絶望を裂く光輝の様に。天高く、天高く。 ◆◆◆ 雷光が空を駆けた場所よりも遠い彼方。 その巨鳥の如き異形が音速に迫る勢いで虚空を滑り、駆け抜けていた。 紫色に沈む色彩。巨大な鉤爪。なにより全身を覆う刃金。 生物(とり)と言うには、些か無骨と言えるモノ。 異形(バケモノ)と言うには、余りに神聖と崇められる存在。 人はソレを、『神』と呼ぶ。畏怖をこめて。敬意を胸に。 そんな神の背中に乗る一つの影。 音速に至る速さで飛行されていてなおも振り落とされず、なおかつ腕を組みながら遠方を見据える人の影。 ……ふと、その『神』の内部から幼い少女の声が聴こえた。 『ダディ、私たちよりも先に誰かが来たみたいだよ』 対して人影は随分と低い、老人の様にしわがれながらも雄渾で厳かさなその声に語りかける。 「ほう、珍しい事もあるな。私たちよりも先に“あの島”を感知した者がいるとは……急がねばなるまい」 『そだね。魔力反応は一つだけみたいだし……痕跡としては転移魔術、に近いみたい。多分、“襲われるよ”』 「ふむ。よろしい―――レディ、思い切り飛ばしたまえ。蜂蜜酒は事前に呑んでるのでな、心配する必要はない」 まるで親子のように親しみを込めた会話。 幼い少女は無気力に声を荒げず、自分の愛しい子供に語りかける様に、その機影に呟いた。 『イエス、ダディ。……“フーン機関”、出力増加』 紫紺の機神が、吹き荒ぶ魔力を滾らせながらその声に応えた。 暗雲の下で疾走する昏い影。見上げる者達は一体何を思うだろうか。 そんな思考すら疾き消す音は遥か後方より再来する。 ―――既に、その影は音という領域を超越していた。 紫紺の神影が翔ける。天高く。天高く。 ◆◆◆ ルート上に敵がいない事は既に把握していたが、此処まで何の障害も無いとなると、逆に気持ちが悪くなってしまう。 在るとすれば、この島に降り立った時から感じていた、肌に粘つくような気色の悪い瘴気くらいだ。 其れもバリアジャケットを纏った際に遮断され、幾分かは楽になったものの、この生理的に、生物的に拒否反応を起こしてしまう匂いと感覚は消すに至らなかった。 『大丈夫ですか?』 バルディッシュが無機質な機械音で主に心配の声を上げる。 フェイトは多少無理して笑顔を作り、「大丈夫」という一言を告げる。 そこから時間も数分と掛からず、霊峰内部に侵入できる洞窟をようやく視認し、その前に降り立とうとした――瞬間、“視界が歪んだ”。 「―――ッ!?」 咄嗟にその場で停止する。警戒態勢から一気に戦闘態勢へ移行。バルディッシュの突出した部分より金色の魔光が現出―――ハーケンフォーム、展開。 眼前を確認する。影の一つすらない。動いてるモノが何一つ、生物の一体すら存在しない虚空。だが、その虚空にこそ“敵”がいるのだと、フェイトの予感が奮えた。 虚空が歪む。その歪みが、まるで“影”の様に見える。その“不可視の影”は何匹、何十匹と群れをなしている。よく見てみれば、四方八方、島中のありとあらゆる場所から歪んだ影がゆらゆらを蠢き、犇きあっている。そう、最初からこの島の全域のいたるところに張り付くように這い、浮かび、牙を見せるソレは“余りに多すぎて、気付くことが出来なかった”のだ。 「な……なんだろ、コレ……?」 そう疑問を口にした瞬間―――滑(ぬめ)り、と。まるで泥の中を蠢く様にソレが動き出した。 四方八方を疾駆する見えない影。どうするべきか。魔力反応は無いのに、其処にいるという感覚だけは理解できる。ジャミングが備わっているとでも言うのだろうか。 「コレが、敵だっていうの……!?」 だが、逆を考えればこれだけ数がいれば……どんな攻撃だって必ず当たるということだ。 魔力を練り上げる。展開される魔法陣。それに呼応する様に総計十発の魔弾が空中で“装填”される。 それを確認するまでもなく、彼女は口訣を刻む(引き金をはじいた)。 「プラズマ……ランサーッ!!」 無数の閃光が弾丸が射出された様に驚異的な速度で、文字通り縦横無尽に奔る。 曲がり、唸りを響かせ、雷光が螺旋の如き軌跡を描いて“不可視の影”を討ち倒す為に弾丸達は意思を持つように迫りゆく。 ボンッ!―――と、妙な爆発音を響かせながら、一つの弾丸が“不可視の影”を撃ち抜く。 『IGYAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!??』 断末魔の叫びを上げながら見た事も無いようなおぞましい色彩の血液を夥しく流しながら、浮遊していた“ソレ”は地上へ堕ちていった。 堕ちる敵の透明化が解け、その形容をフェイトは視覚する。 余りに表現しがたい、なんの法則性が見当たらない不定形で歪なカタチをした生命体……と呼べるかもわからないモノだ。 こんなグロテスクな奴等が、彼女の視界の隅々まで犇きあっていると思ってしまうと、フェイトは顔を引きつらせる事しか出来なかった。 だがそれでも弾丸に向ける意思は逸らさない。 もう、出来うる限りで良いから撃ち落す。見敵必中とは行かないが、当たればそれでいい。この数だ、何発も撃てば総て当たる。 彼女の魔弾は、狙う標的を逃さない。たとえソレが不可視の異形であったとしても。 何定もの雷光が暗雲の下で舞う。踊る。乱舞する。 それらは不可視の敵の脚を貫き、翼を刈り取り、或いは殺さぬ程度に其の身体に強烈な電撃をぶつけ、意識を強制的に停止させていく。 喩え彼女に魔力の制限が掛けられていたとしても、歴戦の魔導師だ。時空管理局の中でも相当の実力者に位置付けされる彼女が、“不可視の敵”程度にどうこうやられる筋など、皆無に等しい。 (よし、コレならなんとか―――何ッ!?) そうしてフェイトが次の魔弾を装填しようとした、その時に異変が起こった。 のろのろと鈍く空中を蠢いていた“不可視の影”達が、突如として俊敏な動きをみせた。 まるで風の様に揺らめき、奔り、動く。発射して次なる敵を撃ち抜こうとした魔弾(プラズマランサー)の速度を持ってしても寸前にして捕らえ切れない。 “不可視の影”達はまるで弧を描くような軌跡を残したり、直角に方向転換したり、ありえぬ速度でありえぬ角度へ捻じ曲がり、多種多様な動きを見せながらフェイトを翻弄する。 元々視覚、魔力反応すらも感じられぬ厄介な相手だ。それが真逆ここまですばやい動きを見せるとなると、たとえ彼女の実力を持ってしても相手にしきれるかどうか解らない。 ―――ならば、いったいどうすれば………!? その醜態を“不可視の影”が哂う。異界の発音で。人間の脳髄では理解しきれない、超次元的な恐怖の哂い声だ。 嘲りながら、彼女を捕食対象とみなし、一気に彼女へ群がろうと。牙を滴らせて全周囲から襲い掛かる………その時、突如遥か暗雲の彼方より、“ソレ”は轟音を超えて飛来した。 「ハスターの爪よ!!」 低い男の詠唱が聴こえた瞬間、凝縮され凝結化した風の刃が彼女を守る様に、遥か上空から文字通り音速で豪雨の様に降り注ぐ。 吹き荒ぶ風の斬撃はまるで竜巻の様に螺旋を描き、彼女に群がろうとした“不可視の敵”の身体を縦横無尽に切り刻む。彼女に襲い掛かったおよそ総ての異形は皆、五体満足の総てを綺麗に切り裂かれ、遥かな大地へ墜落していった。 「え、……一体、何が……?」 驚愕する暇すら与えられず、彼女の頭上から飛来したのは、なにも風の刃だけではなかった。 影だ。余りに巨大な影だ。先ほどの“不可視の影”とは圧倒的なまでに相反を成す、“質量を持ちえた巨影”だ。 その影は一瞬にして彼女の頭上のすぐ目の前に現れたかと思えば、 「呆けてる暇はないぞ、君。さぁ、私について来なさい! 奴等はまた直ぐにでも襲ってくるぞ!」 先ほどの声の主がそう一言だけ残した後、遥か前方にあるあの山の頂上へ向けて巨影が飛翔する。 コチラから返す言葉すら出来ず、その影は真っ直ぐあの頂に向かっていった。 突然おこった出来事に混乱を隠せなかったフェイトも、すぐさま思考を取り戻して順応的に声を漏らす。 「……、これは……ついていく、しかないよね」 もはや考えている暇など無い。すぐさまこの場から離脱する事を考えればあの声の主が言っていた事は正しい。あの“不可視の影”たちが群れを成して襲ってくることだろう。 それに、声の主はあの敵の事を知っているらしい。 現地での情報収集とは余りに原始的だと思いながらも、フェイトは全力でその巨影の後を追う。 漆黒の軌跡がまた一定、暗闇を引き裂いて飛翔した。 音すら遠く。影をも残さず。ただその軌跡の残照だけを刻んでいきながら。 ◆◆◆ そうして、現状に至る。 先ほどの巨影――刃金を纏った猛禽類の様な威容を模るモノの上で腕を組みながら笑う、黒い眼鏡をかけた、見た目からして高年齢になるであろうがそれにそぐわぬ強壮とした体躯を持つ男性。 因みに今の速度は限りなく音速に近い。近いはずなのに、そんな挙動で立ってられる人間なんて、フェイトは知りもしない。 かくいう彼女も、この巨影の速度についてこれたという事実も、人間としては考えられない程の所業ではあるのだが。自覚が無いのは時として致命的である。 「ほう、まさか本当に私の魔翼機『バイアクヘー』の速さについて来れるとは。中々大した者だ。君の名は何と言うのかね?」 男は嬉しそうにニヤリと口を歪ませながら問いかける。 バイアクヘー、というのは、彼が乗っているこの巨大な物体の事を言っているのだろうか。 そんな事を考えながら、突然の質問に少々しどろもどろになりながら、はっきりと口にした。 「時空管理局所属、フェイト・T・ハラオウン一尉です」 「時空管理局……? 知らない組織だ。――だが、君の名は『フェイト』と言うのか。うむ、良い名だ。これからのひととき、よろしく頼むよ、フェイト君」 「あ、はい! よろしくお願いしま……って、え?」 余りに唐突すぎる質問の応答の流れに身を任せてしまった所為か、彼が突如としていった言葉に無意識に反応しそうになる。 何故初対面の人間にこうも信頼の情を繋げてくるのか。そもそも、「よろしく頼む」って一体? フェイトの脳内はもはや阿鼻叫喚のさわぎへ変貌を遂げていた。 「あ、あのぅ……よろしく頼む、とは一体……?」 「君もあのバケモノ――いや、この島、『聖地クナア』の中枢『ヤディス=ゴー』に用があるのだろう? 違うかね?」 この島の名はクナアと呼ぶのか。フェイトははじめて知ったと、誰にでもわかるような表情で顔をしかめる。 「……違ったか」と男は苦笑を浮かべ、済まなさそうに手を上げる仕草をとる。 「あ、いや。たしかにこの島に用があるのはホントで、この島の名前が『クナア』っていうことは初めて聞いてですね……」 その言葉を聴くと、男は苦笑から何処か訝しげな表情でフェイトを見据える。 まるで人の心を、魂の隅々を見るような視線。まるで鷹かナニかのように鋭いそれにフェイトは少々たじろいだ。 その様子を、一挙一動を観察した挙句、男はまた先ほどと同じシニカルな笑みを浮かべる。 「嘘は付いてないようだ。ふむ……つまりは全くの無知、という事で良いのかな?」 的を得た答えだった。たしかにフェイトはこの世界については全くの無知である。 そもそも第97管理外世界と似ているからといって、詳細がどこまでも同じとは限らない。根本は同じでも枝と葉が全く違う世界には変わらない。 言わば私はこの世界にはじめて生まれた赤子同然。なんらかの目的は明確だが、それに付随する細かな情報は管理外世界じゃわからない部分も沢山ある。むしろ総てが解らぬことだらけだ。 「う……は、はい。そういう事になります」 だからフェイトは素直に、だがうな垂れながら正直に答えた。 その様子に満足したのか。吹き荒ぶ風に彼が纏う黒のローブが翻りながらも、全く気にせずに男は右手を真っ直ぐフェイトの方へ構えた。 「ふむ……ならば致し方あるまい。それでは、今から私は君の“臨時教師”だ」 「え、えっと……はぃ?」 正直、この流れについていくにはどうすればいいのだろう。 もうこのまま流れに身を任せてもいいだろうかと思案。が、彼女の理性が最後の力を振り絞り、それに歯止めをかけてくれた。 「なに、そう不思議がることは無い。私の本業はとある大学の講師でね。君の様に無知であり、育てがいのある人間には少しばかり教授させてやりたい部分もあるのさ。心配しなくてもいい。この仕事が終わると同時にその講義も終わらそう」 荒唐無稽な展開とは、このことを言うのだろう。 もう、彼女自身この流れから逃れ得る事は不可能と無意識的に判断してしまい、 「は、はい。よろしくお願いします」 と。きわめてスムーズに了解の意を述べてしまった。 もしや何かの術中に嵌ってしまったのだろうか。そうに違いない。 そんなうな垂れる彼女の様子を気にせず、年老いた男は勇渾で厳格な風情を纏わせながら、低い声で言う。 「嗚呼、そういえば自己紹介がまだだったな。―――私の名は『ラバン・シュリュズベリイ』。大学の講師と同時に、しがない魔術師をやっている者だ。よろしく頼むよ、フェイト君」 其れが、運命の名を持つ魔導師と魔風を駆る盲目の魔導師の、在り得る筈のなかった初めての邂逅となる。 それがこの後にどんな物語を紡ぐ原動力となるのかは、この時点では未だ解らない事だ。 それでも物語は紡がれる。次の物語へ。また次の物語へ。永劫と無限に続く物語(セカイ)へ。 これはそんな物語の一部。邪悪に侵された物語を打ち壊すための授業(カリキュラム)。講師は盲目の魔導師、生徒は運命の名を持つ魔導師のたった二人。 この御伽噺(オモイ)が、次の御伽噺に繋がる事を信じて。 では始めるとしよう―――諸君、講義の時間だ! 続く。 目次へ 次へ
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盲目の老賢者「ラバン・シュリュズベリイ」 読み:もうもくのろうけんじゃ「らばん・しゅりゅずべりい」 カテゴリー:Chara/男性 作品:機神飛翔デモンベイン 属性:闇 ATK:6(+1) DEF:8(-) 【登場】〔自分の【表】のキャラ1体を控え室に置く〕 Main 〔自分の控え室のカード10枚をバックヤードに置く〕ターン終了時まで、目標の相手の耐久力10以上のキャラ1体は耐久力が5減少する。 おしとやかに行こうか、Lady? illust:Nitroplus NP-230 C 収録:ブースターパック 「OS:ニトロプラス2.00」
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シュリュズベリィ クトゥルー神話に登場する博士。 クトゥルーの復活を阻止する指導者でビヤーキーの召喚法を会得しハスター(2)の加護を得た。 別名: ラバンシュリュズベリィ (ラバン・シュリュズベリィ)
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【作品名】遺跡破壊者(デモンベインシリーズ) 【ジャンル】ゲーム、小説等 【名前】ラバン・シュリュズベリィwithアンブロシウス 【属性】人間の男性の魔術師とハスターの力を持った鬼械神(不思議物質のロボ) 【大きさ】50m程の人型 【攻撃力】 自分と同じぐらいの大きさの大型の鎌を所持。次元ごと相手を切り裂くことが可能。 切りかかることで己と同レベルくらいの速度で動ける相手が回避不能な速度で6連撃与えることができる。 竜巻+雷:前方50m範囲に竜巻を起こして斬り刻み、雷を落とす 自分ぐらいの硬さの相手にダメージを与える威力(不思議風、不思議雷) ハスターの爪:1kmほど先まで届く真空波。自分ぐらいの硬さの相手にダメージを与える威力(不思議風) 【防御力】ゲーム中にの3D格闘ゲームでデモンベイン並の耐久力なので 多元宇宙を破壊するほどの余波が起きたが無傷のと同じぐらいの防御力はある 【素早さ】 「時間や空間は何ら意味を持たない」と自称するマスターテリオンと戦闘可能なデモンベインより速く飛ぶ魔法弾と同速で飛ぶ弾丸を500m先から見てから避けられるので時間無視 (マスターテリオンは生命のなかった火星の過去に干渉し生命を発生させる事が可能で、 マスターテリオンごと世界の時間を戻す能力をくらっても精神を引き継げるため誇張ではないと思われる) 【長所】突撃、次元ごと相手を切り裂ける 【短所】目玉はえぐった、ミードセットフルドライブ突撃が全エネルギー使うわりにパっとしない攻撃なので省略 【備考】筆者の後書きに 「原作ゲーム第二弾『機神飛翔』の新登場キャラ、ラバン・シュリュズベリイ博士を中心に一本。原作ゲームの一作目より十年ほど前の話になります(231P)」 ゲーム原作者の解説に 「書き下ろしの新作でございます。世界を股にかけて活躍するのは若かりし日のドクター・ウェスト、そして不屈の邪神狩人ラバン・シュリュズベリイ!(悪)夢のタッグマッチ実現でございます(235P)」 とあるのでラバン・シュリュズベリイはメイン格であり主人公の一人だと判断できる vol.130 vol.134 https //jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/25630/1620609828/l50 537: テオ ◆jvBtlIEUc6 :2021/06/25(金) 21 32 30 ○黒神めだか 先手で魂斬撃勝ち △周防達哉 時間無視分け -ラバン・シュリュズベリィwithアンブロシウス ゲーム中の3D格闘ゲームのデモンベインが本編のものと同じである根拠の記載なし △ライナー・ヘルヴィルシャイン 時間無視分け △ウアトゥ・ザ・ウォッチャー 時間無視分け △クロト 0秒分け △御門葩子 精神攻撃は視認発動。0秒分け -球磨川禊 本編の描写設定使える根拠の記載なし ○ゾフィー 不可視+感知不可で接近→魂斬撃勝ち ×アイギス 時間無視からのマハムドオンの即死×2負けか ○クリストフォロ 不可視+感知不可で接近→魂斬撃勝ち (省略) 585: 名無しさん :2021/06/28(月) 20 08 53 ラバン・シュリュズベリィwithアンブロシウス ゲーム中にの3D格闘ゲームでデモンベイン並の耐久力なので多元宇宙を破壊するほどの余波が起きたが無傷のと同じぐらいの防御力はある ゲーム中の3D格闘ゲームが本編のデモンベインと同じ存在なのかどうか この指摘だけどこれがテンプレ不備ならゲーム系でシナリオ部分と戦闘画面が別のやつは全部テンプレ不備になるじゃね? 588: テオ ◆jvBtlIEUc6 :2021/06/28(月) 20 36 14 585 一護の考察やった時に俺も思ったが 詳しいこと書いてないから一応詳細必要じゃね? と思った 側からテンプレ見るとゲーム中にいきなり別ゲー始まっててそのままテンプレに組み込んでたから 詳細知らん俺からしたらミニゲームとかじゃないのかな?って ちょっと疑問出たし、だから上であったのと同じ指摘コピペした まぁそれならいんじゃね? vol.130 0958 格無しさん 2021/01/18 23 45 23 954 基本的には除外は行われていないんじゃないかな 5人までってのも別にしっかりと決められたルールではなさそうだし。もし5人以上ダメだっていうなら新規参戦させる時に弱い順から除外していけばいいんじゃないかな ラバン・シュリュズベリィwithアンブロシウス △ニコラ・テスラ 事象破壊と次元切断分け △ クリストファー・タングラムwithクリスト・ミゥ 次元切断と攻撃分け △沢田綱吉 熱と次元切断分け △I(TKGしか愛せない) 大きさ分け △お前(〜Wild Children) 大きさ分け △星天公主アストレア 雷と次元切断分け △ ローザwith天使長クリオラ 次元切断と消滅分け ○阿修羅王 次元切断勝ち ○ 不知火義一with一条雫 不思議雷勝ち △グランドキング〜Grey goo 引き分け ○ウォリー・ウェスト 次元切断勝ち ○黒神めだか 次元切断勝ち ×ライナー ・ヘルヴィルシャイン 魔力風刃化負け ○周防達哉 次元切断勝ち △キュアソード 原理付き防御分け × ウアトゥ・ザ・ウォッチャー 時空間操作負け ×キュアノートパルテノンモード マイスイートハート負け ライナー ・ヘルヴィルシャイン>ラバン・ジュリズベリィwithアンブロシウス>周防達哉