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コッペリオン 機体データ 全長 --- 本体重量 --- 全備重量 --- パイロット ベロニカ・サンギーヌ リリィ・マノン・シーニュ 所属 フランス陸軍・対アムステラ特殊兵装師団 フランス陸軍・対アムステラ特殊兵装師団所属 DTSの導入により、パイロットの持つ高い身体能力を機体に投影することが可能となった その為、鈍重そうな外観に反して、運動性は高い 両腕には強力なエネルギーフィールド発生装置が設置されており 盾として防御に使う用途以外に、フィールドを纏ったまま相手を殴りつける エネルギー密度を高めて剣としたり、圧縮させ撃ちだすことで火砲にしたりと 工夫次第で様々な攻撃方法を可能とするマルチプルウェポンとしても機能する 銃火器の使用等は、搭乗者が両腕に装着する ターミナルディスクの操作によって行う事が出来るが 機体の特性上、複雑な操作を必要とする物は同時には扱えない為 全ての兵装が両腕に集中している フランス軍と切り札として2機がロールアウト ベロニカの1号機は赤紫色の、リリィの2号機は純白色のカラーリングが施されている 武装 ワイヤーナックル×2 腕部内蔵型マシンガン×2 エネルギーフィールド発生装置×2 主な活躍 外伝SS「-Marionette Princess-」 コメント 名前 コメント すべてのコメントを見る
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Blu-ray COPPELION vol.1 Blu-ray・DVD発売日:11月27日 遺伝子操作によって生まれた、 強力な耐性を持つ子どもたち“コッペリオン”の活躍を描くSFアクション第1巻。 時は西暦20XX年。3人の少女が旧首都に降り立つ。 彼女たちの任務は、旧首都に残る人々を救出することだった。 第1話と第2話を収録。 2013年放送。 http //www.starchild.co.jp/special/coppelion/ 監督 鈴木信吾 シリーズディレクター 金澤洪充 原作 井上智徳 シリーズ構成 中村誠 キャラクターデザイン 鈴木信吾 総作画監督 古田誠 演出チーフ 工藤進 メインアニメーター 内田孝行、大久保宏、中井準、松本卓也 メカデザイン 大久保宏 プロップデザイン 菊田幸一 美術監督 野村正信、松浦隆弘 美術設定 青木薫 色彩設計 小松さくら、斉藤友子 撮影監督 江間常高、福士享 CGIディレクター 長嶺義則 背景3Dモデリング 三戸康史 特殊効果 天草紫 編集 田所さおり 音響監督 高橋秀雄 音響効果 蔭山満 録音調整 西澤規夫 音楽 遠藤幹雄 文芸担当 小山知子 アニメーション制作 GoHands 脚本 中村誠 小山知子 絵コンテ 金澤洪充 鈴木信吾 菊田幸一 古田誠 演出 工藤進 金澤洪充 杉生祐一 金子篤二 作画監督 古田誠 鈴木信吾 舛田裕美 石森愛 内田孝行 鈴木祥子 松本卓也 関口雅浩 寺野勇樹 岡田直樹 植木理奈 坂上谷悠介 森美幸 立花昌之 ■関連タイトル Blu-ray COPPELION vol.1 OP・EDテーマ ANGELA/ANGEL・遠くまで Kindle版原作コミック 井上智徳/COPPELION 1巻 原作コミック 井上智徳/COPPELION 1巻
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超鋼戦記カラクリオー外伝 -Marionette Princess- 第四幕 輪舞 仮想空間内で繰り広げられし模擬戦闘は尚も続く。 休む間も無く出現した、砲戦仕様、空戦仕様、重装型の羅甲を、ベロニカの駆るコッペリオンは危なげも無く撃墜して見せた。 「ふむ。羅甲シリーズは物の数ではない、と言う事か。予想通りのスペックだぞ、コッペリオン。 だが、操縦者の経験が豊富すぎるな。恐らくはこのランクの敵ならば、見た瞬間に条件反射で対抗策が浮ぶほどには対戦慣れしている筈」 口に手を当てて、そう分析してみせるローラン。 目指すべきは究極の汎用高性能機兵。熟練者以外の者が乗っても一定以上の戦果を上げなくては意味が無い。 「ならば、これはどうか?」 ローランはそう呟きながら、敵機出現パターンの高難易度ランクのボタンを押す。 ベロニカの眼前に出現したのは、超大型サイズの多足型機動兵器。 見上げなければ全体像が掴めぬ程の大きさ。その姿は圧巻である。 「ベロニカ君。この敵と戦闘した経験は?」 「…いいえ、ございません。 しかし、戦場にて目撃情報を耳にした事はあります。 通称『鉄騎蜘蛛』。 アムステラ軍の拠点防衛や基地制圧に用いられる決戦兵器」 「ふむ。半分正解だ。 目の前のそいつは君の言っている機体の下位機種さ。 脚が六本になっているだろう? しかもそのサイズでもアーキタイプよりも一回り小さいらしい。 …本音を言えば、八本脚の方が欲しかったのだがね。 サンプルが少なすぎて正確なシミュレートは不可能だった。 だが、そのタイプは先日鹵獲に成功し、解析してデータ化したばかり。 まだほとんどの兵が未遭遇だろう。 この機体を、完膚なきまでに破壊して見たまえ、ベロニカ君」 ベロニカは、聳え立つ巨大な鉄蟲を前に闘争心を奮い立たせた。 この程度の敵相手に遅れを取るようでは…あの黒き悪魔が棲む次元には到達し得ない、と。 「やって見せましょう。薙ぎ払うのが、AIが操る雑魚ばかりでは腕が鈍る」 と、一言言い放つと同時に、敵機へ電光石火の勢いで接近する。 鉄騎蜘蛛の放つ砲撃を巧みにかわしつつ、収束ソードを抜き放つ。 その巨体が仇となり、相手はコッペリオンの機動性に対応できていない様に見えた。 一閃。 横薙ぎに放ったベロニカの一撃が、鉄騎蜘蛛の多脚の一本を切断した。 回転しながら宙を舞う脚が地面に到達する前に、コッペリオンがバランスを崩した敵機の腹の下に潜り込む。 その直後に、突き上げる様に放たれた『ピンポイントバリアパンチ』が、轟音と共にこの鉄の鬼蜘蛛の体を大きく揺さぶった。 その一連の攻防を確認しながら、ローランは満足気に頷き、隊員達に声をかけた。 「ふむ。勝負が決するのは時間の問題、だな。 諸君、これよりAI相手の模擬戦闘から、『対人操兵器戦闘』のシミュレートに切り替える。 各々、準備は良いかね?」 号令と共に、教導団の隊員達がそれぞれ個別の筐体に入っていく。 シミュレーター内に投影される機体は、彼らが普段使っている機動兵器の細かく微小な違いまでも、忠実に再現したものばかり。 極めて現実に近いバーチャル空間にて、限りなく実戦に近い訓練を、機体の損傷無く行うことが出来る。 それが教導団の強みでもあった。 隊員達は何れも元はフランス陸軍内で優秀な成績を収めたパイロット達を、ローランが多額の給与を条件として引き抜いた者達。 故に、何れも自分の腕に自信を持っており、縄張り争いの意識も強い。 ローランはそんな彼らの矜持を知りつつ、予めこう宣言していた。 『この模擬戦で最も優秀なデータを提供してくれた者に、専用にチューンした特機を与える。と』 ベロニカ=サンギーヌが噂に違わぬ腕を持ち、親の七光りで佐官になった訳ではない、という事がこれまでの攻防で解った。 しかし、配属されて突然、新型機のパイロット候補に選ばれるというのは許容できない。 そんな思いから、彼らは皆、彼女を叩きのめし専用機を受領する、或いは自らをコッペリオンの正パイロットとして再選してもらおう、と息巻いていた。 中でも取り分け、ベロニカを倒す事に執拗な情熱を燃やす者が居る。 私怨が十二分に篭った情熱。 皆の目を盗み、いつの間にか、DTS対応スーツに身を包んでいたドゥール=ゲバールである。 「大佐ぁ! やっと俺様の出番ですねぇ? よっしゃ、あの牛チチ女…妖怪人間ベロ公め! 俺様のテクでヒィヒィ泣かせてやるぜっ!」 ローランは彼の身に密着したスーツの、その不快なボディライン、取り分け大きく隆起した股間を極力目に入れない様にしながら呟く。 「ううむ。そのスーツ、むさ苦しい男が着るのは非常に目の毒だな。 それはさておき、ゲバール君。まさかコッペリオンでシミュレートを行うつもりか? 君には7型で出てもらう、と伝えたはずだが?」 「納得行きませんよ! コッペリオンは俺様が頂くはずだったんだ。ダイレクトトレースの訓練だって何度も受けてる。 何であんな、いきなり来た新参者に持ってかれなきゃいけないんですか!?」 鼻息荒く抗議するゲバールに、ローランはやれやれ、とため息をついてみせる。 「まあ、君の言うことにも一理有る。その気持ちは解らんでもない。 そう思って、わざわざ彼女の対AI戦を観戦して貰い、新型機には彼女が適任、と納得してもらおうと思ったのだがね。 代わりに僕がチューンした専用機では満足出来んかね?」 「駄目です! データを取る為にだけ作られた、極端なコンセプトのキワモノ機体はもうこりごりなんですよ! 俺様、何度それで死にそうな目にあったと思ってるんです! コッペリオンがいいの! 正統派主人公機っぽいのがいいの! かませ犬はもう嫌なの~!」 幼児のように駄々をこねるゲバール。 当然ながら、可愛気は微塵も無い。 ローランはその言葉が心外である、という素振りで眼鏡を中指で持ち上げて見せた。 「失敬な。死にそうになるのは君の腕が未熟だからだよ。 僕の想定した使い方に100%合致してればまず負けないはず。 まあ、君のその、どんな撃墜のされ方をしても『絶対死なない』タフネスぶりを僕は買ってるんだがね。 これほどテストパイロットに相応しい人間もいない、とすら思っている。 ……まあ、そこまで言うんなら試してみるといいさ。言い争ってる時間も惜しい」 「うわーい! やったぞー! うぇへへへ、リリィちゃ~ん。俺のかっこいいとこ見ててね~ 惚れ直させてあげるからね~」 そのローランの出撃承認を受け、ゲバールは挙動不審な動きで喜びを表現しながら、専用の筐体に入っていった。 ゲバールの姿が完全に見えなくなった瞬間、彼の破廉恥な視線から逃れるように隠れていたリリィが、元気良く挙手をしながらローランに声をかける。 「はい! はーい! 大佐! 大佐! 私もやりたいです~」 模擬戦開始の号令をかけようとするたびに入る合いの手に辟易しながら、ローランはズレた眼鏡の位置を直した。 「リリィ君。『はい』は一回だ。君は今日は見学の筈だろう?」 「えー? それじゃ、つまんないです。お姉様に私のかっこいいとこ見せられないじゃないですか~」 それは先ほどのゲバールの発言と類似した発想であるが、彼女はその事実に気付いていない。 「必要ないだろう。君のデータはそれこそ隅々まで熟知している。 ならば、戦闘を行っている時間が惜しい。 これはコッペリオンの『もう一人の操者を決めるための』模擬戦なんだぞ?」 リリィは笑顔のまま、その質問に答える。 「じゃあ、こうしましょ? 私を出してくれたら、新しいダンスをコッペちゃんに教えてあげます♪ 大佐、まさか私が踊れる種目が、アレで全部だと思ってませんよね?」 「………ほう?」 ローランの双眸が怪しい輝きを見せた。 この娘もまた、ベロニカと同じくこちらの予想を上回るスペックを見せてくれる。 ならば、無駄と決め付けていたこの二人の対戦は新たなる高みをコッペリオンに与えてくれるのでは無いか? ローランは、DTSスーツをリリィに向かって放り投げる。 「宜しい、リリィ君。そこまで言うのなら、やってみたまえ。 時間が勿体無いからとっとと着替えて来なさい」 リリィは目を輝かせてそのスーツを受け取る。 「やったー♪ 大佐のそーゆーとこ大好きですよ♪」 「む? こら。この場で着替えるな。更衣室に行きたまえ。その位の時間は待ってやる」 意外にも息の合う、マイペース者同士の会話が終息した頃には、既に隊員達の戦闘準備は完了していた。 「宜しいか? 諸君。これより対人操兵器模擬戦闘を開始する」 満を持しての号令の声。 呼応して動き出す隊員達。 激闘の賽は今、投げられた。 * 次々に襲来する機動兵器の群れ。 教導団の隊員達の猛攻を受けながら、ベロニカは戦慄を覚えると共に血潮が熱くなるのを感じていた。 人工知能相手では決して味わえぬ、戦場の駆け引き。 これこそがまさに、自分がつい最近まで身を置いていた鉄火場のリアル。 その基本スペック以上の性能を引き出して見せる6型や7型の機動兵器達。 或いはその全てがカスタマイズされ、パイロットに適合した実力を引き出されているのかも知れない。 対AI戦からの連闘となる彼女のコッペリオンの損傷は、シミュレーター上で一旦リセットされ無傷の状態に戻ったものの、搭乗者の疲労は蓄積する。 5体目の敵機の頭部を吹き飛ばした直後、ベロニカは肩で息をしながら前方の森林部の安全地帯へと機体を飛ばした。 呼吸を整え、再戦に備える為である。 シミュレーター上のグラフィックとは言え、本物同然の質感を持った木々達である。 機体一機分の身を隠すには十分な大きさだと言えた。 木陰に身を委ね、深呼吸をする。 さあ、倒すべき相手はあと何体か? と彼女がその歩を進めようとした時… ベロニカの背筋に走る悪寒。まるで氷の塊を背中に入れられたかのような寒気。 慌てて振り向いた彼女の目に映ったのは… 深い闇の如き漆黒のカラーリングが施された『コッペリオン』。 彼女の乗機と全く同じタイプの機体。 森林の薄暗い暗がりの中に佇み、そのカメラアイを不気味に光らせる姿は、さながら幽鬼の様に不気味であった。 「貴様っ! …いつの間にそこに… この私がここまで接近されるまで全く気配すら感じないとは…」 ステルス機能搭載型か? かの『ファントム』の如き隠密性を備えた新機軸の…それもかなりの使い手… と、未知なる敵への思案を巡らせ始めたベロニカの耳に飛び込んできたのは…酷く不快な、品の無いな高笑い。 「うぇっへっへっへ。カンの良いヤツだな、オイ。 そうです。俺様です。みんなのゲバール様です。 惜しい惜しい。あと少し遅けりゃ、俺様の正義のピンポイントバリアパンチが、お前のどてっ腹をぶち抜いてたのによぉ」 「貴様かっ! この変態ストーカー男!」 一気に力が抜ける。 冷静に考えれば、いくらリアルでも所詮シミュレーターはシミュレーター。 気配だの闘気だの覇気だの、曖昧な感覚まで再現される筈はない。 ベロニカは先ほどの自分の杞憂を恥じ、赤面しながら咳払いをした。 「ストーカーちゃうわー! 俺のは純愛だ。ファンタジーなんだ! それもリリィちゃんにだけ向けられる究極のディープラヴ。 お前みたいな賞味期限の切れたおっぱい女に、誰がストーキングなんぞするものかぁ! この妖怪人間! ベロ公! やーいやーい!」 幼稚な罵詈雑言を飛ばすゲバールに、心底呆れたようにベロニカは深い溜息を吐いた。 「お前はここに口喧嘩をしに来たのか? だとしたら用は無い。早々に帰って寝ろ。 そして出来ればもう二度と起きてくるな」 「ぬ、ぬぁにぃ!? クソッ、どこまでもムカつく女だぜ。 良いだろう。この『不死身の魔蟹』『褐色の矮星』『超最終兵器』『ナイトストーカー』と数々の通り名を自称する、ドゥール=ゲバール様の実力を見せてやるゥ!」 激昂したゲバールが、挙動不審な動きを見せながら、両腕をグルグルと旋回させて襲い来る。 一見、子供の喧嘩の様な攻撃であるが、その速度はすこぶる速い。 「ほう? 何だ、意外にやるじゃないか。 単なる虚言だらけの自称エース、という訳でも無さそうだ」 その怒涛の攻撃を危なげ無くかわしつつ、ベロニカはゲバールを賞賛してみせる。 おまけに、モーションが特殊すぎる為、次の攻撃の先読みが出来ない。 搭乗者の挙動を忠実に再現してみせるDTSには、このような使い方もあるのか、と素直に感心する。 「おらおらぁ! どうした? 防戦一方かよ? ええ? 『鮮血のベロニカ』さんよぉ。 …ああ、思い出したぜ、その名前。どっかで聞いた事あると思ったら、アンタあれだろ? たったの一機の敵さんに基地壊滅されて、泣きながら逃げ帰って来た、っていう… うへへへへ。情けねーの。『出戻りのベロニカ』とでも改名しやがれっての。 あーあー、お偉いさんの家系ってのは得だねぇ。親父の七光りで簡単に少佐にまでなれちまうんだもんなあ」 その言葉を聞いたベロニカの動きがピタリ、と止まる。 「お? なんだ? あれあれ? 図星つかれて怒っちゃった? ひゃはははっ、人間ちぃーさぁーい。器ちぃーさぁーい」 調子に乗ったゲバールの舌は留まる事を知らない。 だがこの時、彼は既にベロニカの怒りの琴線に触れてしまった事に全く気付いては居ない。 否、それは『逆鱗』と言い換えるべきか。 「…ふっ。貴様の言うとおりだよ、ゲバール。 私は負け犬。どう言い訳しようとも、生き恥を晒す無様な敗残兵。 それは紛れもない真実だ」 「んん? どうした急に? 随分しおらしいじゃねーの。降参する気になった、って事か? あぁん? よーし、解った。それじゃ、心の広い俺様はお前の罪を許してやらんことも無い。 筐体から出て、全裸で土下座しながら『許して下さい、ゲバール様。ご主人様』と、今すぐに…謝って…ア…レ?」 ゲバールは漸く気付いた。自らの根源から湧き上がる恐怖に。俄かに震えだす己の身体に。 これはシミュレーター。如何にリアル過ぎるほどに現実に近い物だと言っても。 そう、本来は決して感じる筈はないのだ。 彼女の機体から立ち上る、形容しがたい程に凄まじい怒気など。 「だが、お前は一つ、どうしても許せない事を口にした。 私を『七光り』と言ったな? 実力も無いのに、父親の力のみでのし上がった女、と。そう言ったな?」 「や、その… やだなあ、真に受けちゃった? 軽いジョークっすよ、ジョーク。 そんな事微塵も思ってませんって。ベロこ…いや、ベロニカ姐さん」 己の身の危険を感じ、慌てて訂正するゲバールだったが、既にベロニカの耳には届いては居ない。 「それは私のみならず、大恩ある父・セドリック=サンギーヌをも侮辱する行為、と受け取ったぞ。 私を取り立てたお父様の目が節穴だった、とそう言い張るのだな? 許せんな。ああ、これは許せん。 ……その身で知るが良い! 貴様が七光りと罵った、この私の実力を!」 本当に許せぬのは自分自身。 父親の期待を裏切った、ベロニカ自身。 その記憶は、開けてはならぬパンドラの箱。 ゲバールは失禁しそうな表情で「ひぃぃぃぃ!」と甲高い叫び声を上げ、その場から逃げ出そうとする。 だが、時は既に遅し。 ベロニカのコッペリオンが両腕にフィールドを纏ったまま、凄まじい連打を敢行する。 殴られる度にひしゃげて、パーツを四散させていく、ゲバールのコッペリオン。 そのまま繰り出される、右のアッパーカット。 宙に浮いたゲバール機を、左腕に収束したエネルギーソードが一刀両断した。 「私は必ず這い上がる。このコッペリオンと共に」 舞い散る残骸の中で、戦姫は再び、確固たる決意をその両目に宿した。 * 「まあ、こんなものかな? ゲバール君、もう少し粘ってくれるかと思ったのだがねぇ」 モニターで二人の対決を見ながら、ローランは満足そうに呟き、コーヒーに口をつけた。 「感情によって戦闘能力が大きく上下するパイロット、というのは、僕としてはあんまり好ましくないのだが。 良いデータも取れたし、良しとするか。 今の彼女の連続攻撃、何というコードで登録しようかな?」 「はーい! 大佐、『くるみ割り人形』っていうのどうですか? 私の一番好きな曲目なんですけど」 唐突に入ったリリィの通信に、ふむ、と頷いて返答する。 「まあ、良いんじゃないか? というか、洒落た名前を考える時間など割きたくもないし。 それで登録しておこう」 「相変わらず温度低いですね~、大佐。 もうちょっと熱くなって下さい。 次は私の主演目ですからね♪」 「ああ、年甲斐も無く心臓が高鳴ってるよ。どんな珍しいデータが取れることか、とね。 さあ、真打(プリマ)のリリィ君。存分に踊ってきたまえ」 リリィの純白のコッペリオンが、ブースターを加速させる。 その姿はさながら、大きく翼を広げた白鳥の如く。 彼女がベロニカの元に到達した頃には、既に先に出撃した他の隊員達はその戦闘能力と意欲を失っていた。 つまりこれが事実上の最終戦、となる。 「お姉様♪ お疲れですか? まだお元気なら、私と遊んでくださいな♪」 「…リリィか。成る程。その機体のもう一人の正式パイロットというのはお前だったのだな? 問題無い。この程度、疲れたうちにも入らんよ」 強がって見せるベロニカだったが、その疲労は着実に顔色に表れている。 「ベロニカ君。もしこれ以上戦えない、と言うならこの勝負、ひとまず預けて明日にしてもいいよ? そんな状態では実力を出し切れないだろう?」 ローランの問い掛けにベロニカは大きく首を振ってみせる。 「心配はご無用です、大佐。搭乗者の極限状態での戦闘スペック、というデータも一考に価するものでは?」 「うーん、そうだねぇ。僕としてはもう十分にデータは取れてるし、言わばこれは番外戦みたいなものだから。 どちらでも良いんだよ、実は。 でも、君の言う状態でのデータもちょっと興味あるし。 解った、じゃあ戦闘を続けたまえ」 疲労困憊のまま頷くベロニカだったが、一呼吸置いてローランが放った一言が彼女の心を奮い立たせる。 「ベストの状態でも、たぶん、現時点では君は彼女には勝てないだろうし」 …なんだと? 馬鹿な。私がこんな、年端も行かぬ少女に、遅れをとる、と言うのか? 疾風の如く。 ベロニカのコッペリオンがリリィの機体に先制攻撃をかける。 だが、その攻撃を、リリィはひらり、と風に舞う一片の羽の如くかわしてみせた。 「っ!?」 驚愕。 これが機兵の為せる動きなのか? 軽やかに着地したリリィが、間延びした声で通信を開いてくる。 「ああ、お姉様。気を悪くしないでね? 大佐が言ってるのは、別に私の方が強い、とか、そういう事じゃないですから。 ただ、ちょっとだけ、私の方がコッペリオンを上手く使える、ってだけです。 このコ、私の妹みたいなものなんですから♪ えへへ」 人機一体。 先ほどのリリィの動きはそんな言葉が相応しい程に現実離れしていた。 『妹』。 その言葉に大きな齟齬は無い。 何故ならば、コッペリオンは、その開発の段階より、稀有なる才能を持つバレエダンサーであったリリィ=マノン=シーニュのモーションデータを取り込み、 限りなく人に近い重装機動兵器として日の目を見たのだから。 さながら姉の背中を見て育った妹の如く。 なれば、同型機を操る二人の対決の、どちらに一日の長があるのかは明白である。 「…大佐。彼女の戦歴は?」 「無いよ。実戦に出たことは一度も無い。シミュレーション戦での戦闘経験のみだ。 半年前まで市井の娘だった訳だしね」 ローランのその言葉を聞き、ベロニカは奥歯を噛み締める。 「リリィ、戦場は遊び場では無いぞ。そして舞台の上でもない。 戦闘を甘く見るな」 「あーもー、怒っちゃ嫌ですって。 大佐が変に挑発するからですよ、もー。 甘く見てませんよ。戦うのはとっても怖いですもん。 でも、今、この仮想現実の世界の中では誰も死なない。 誰にも遠慮せず踊ることが出来る。 だから、私にとってはここはステージの一部なんです」 リリィの独自の理論。 それはベロニカには受け入れがたいものであった。 物心ついた頃より、父親に戦場の心得を叩き込まれてきた彼女にとっては。 「解った。お前に戦場と言う物を教えてやる。 ここがお前のステージだというならば、私を負かしてその証を立てて見せろ。 そんな結果は永遠に訪れんがな」 冷ややかに。 極めて冷ややかに、ベロニカは宣言する。 その瞳に怒りは無く、憤りもない。 そこには厳格なる師の様な表情があるだけだ。 「良いですよ~ 私も負けません! じゃあ、お姉様、私が勝ったら、私の言う事、何でも聞いてくださいね♪」 「かまわん。好きにするがいい」 「はい♪ じゃあ行きますよ~」 リリィ機が高く、高く跳躍をする。 身構えたベロニカの機体を襲う、激しい連続蹴りの衝撃。 その動きは華麗にして美麗。 リズムに乗ったダンスの如く。 これは最早、戦闘とは言えない。 舞踏の一種だ。 「えい、やー!」 気の抜けた声で繰り出されたピンポイントバリアパンチを、ベロニカは紙一重で避ける。 そして間髪いれずにカウンターの一撃をリリィ機に放った。 初めてヒットするこちらの攻撃。 しかし、手ごたえは感じない。 リリィが攻撃に合わせて自ら後ろに飛んだ為である。 「わわっ、さすがお姉様。一筋縄では行かないですね」 そんな感想を漏らすリリィを尻目に、ベロニカはローランに向かって怒号を放つ。 「大佐! 機体のレスポンスが遅い! DTSの調子は万全なんですか!?」 「違う、ベロニカ君。レスポンスが遅いんじゃない。君の動きがDTSの限界反応を超え始めているんだ。 その誤差を自分で理解して、機体の方の動きに合わせたまえ。 君とリリィ君の最大の違いを教えてあげよう。 ベロニカ君、君はコッペリオンを兵器として捉えている。 しかし、リリィ君はその機体を体の一部、或いは家族として捉えている」 「ご高説、痛み入る」 謎かけのような曖昧な言葉にベロニカは苛立ちを隠せない。 だが、機体との反応の『ズレ』は理解した。 次第にベロニカの動きはコッペリオンと一体化し始める。 機体の腕は自分の腕。機体の脚は自分の脚。 エンジン音は自らの鼓動。 人機一体。 これがその境地。 「すごい…お姉様、ホントにすごい。 もうそんなに動けるの? ぞくぞくしてきた。貴女となら、私…」 リリィ機の右腕に、エネルギーフィールドが収束し始める。 シールドを形成するのではなく、ソードを作り上げるのではない、もう一つの攻撃法。 「…収束エネルギー砲。『溜め撃ち』、か。 甘いぞリリィ! そんな時間など与えるか!」 そう言い放ち、明らかな隙を見せたリリィ機にピンポイントバリアパンチを放つベロニカ。 だがそれに合わせて、エネルギーを溜める姿勢のまま高く跳躍するリリィ。 ベロニカ機の拳が空を切った。 「なん…だと!?」 有り得ない。 そう頭に思い浮かべたベロニカは、自分が機体を体の一部である、と捉える事が出来ていなかったことを悟る。 滞空しながら、リリィ機の『光の腕』は次第に輝きを増し。 落下と同時に放たれたワイヤーナックルが、ベロニカ機を捉えた。 「はい♪ これが新しいダンスです♪ コード『白鳥の湖』♪」 動きを止めたベロニカのコッペリオンを襲う、連続蹴り。 そして左のピンポイントバリアパンチで大きく後ろに弾かれたと同時に、放出される右腕の収束エネルギー砲。 逃げ場は、無い。 「決まったな」 ローランの呟きと共に、モニターにはベロニカ機の、右肩から下と胸部を大きく抉られた無惨な様子が映し出される。 あの砲撃がクリーンヒットすれば、耐え得る事は不可能だ。 誰しもが、リリィの勝利を確信した。 だが、その瞬間。 ベロニカのコッペリオンのカメラアイが一際大きく輝いた。 その機体表面に、オーバーヒートの電流を迸らせつつも、ベロニカのコッペリオンはまだその命脈を絶たれては居ない。 彼女の不屈の闘争心と同じく。 刹那。 最後の力を振り絞って放たれた、ベロニカ機のピンポイントバリアパンチがリリィ機のコックピットを打ち抜く。 勝利を目前にし、完全に弛緩していたリリィの顔が恐怖に歪む。 「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 悲鳴と共に、彼女は『死』を体験した。 余りにリアルな仮想現実の中での、明確な死。 それと同時に、ベロニカ機の動きも完全に止まる。 その場に残された、壊れた人形が二つ。 筐体の中が暗転し、ベロニカは疲れ切った顔で扉を開ける。 勝利と呼ぶには余りにも、無様な勝利。 「この結果はまさに予想外だったよ、ベロニカ君。 失礼だが、まさか君が勝利するとは夢にも思わなかった」 「いいえ、ローラン大佐。 この模擬戦、私の負けです。 あのリリィの収束砲は、私のコックピット近くまで到達する一撃だった。 ここが戦場ならば、その衝撃で私の意識は持っていかれていたでしょう。 言わば、痛覚の無い仮想現実(シミュレーター)で、勝ちを拾ったに過ぎない」 「勝負に勝って試合に負けた、と言う所かね? だがあそこまで破壊されても、怯まずに反撃できるパイロットはそうはいない。 君のスペックには驚かされるばかりだ。 お陰で良いデータが取れたよ。感謝する」 「…戦場のリアルには程遠い、か。 私もまだまだ修行が足りないな。 偉そうな事を言ってすまなかったな、リリィ」 そう呟きながら、リリィが入っている筐体を覗く。 彼女は、最後の『死』の感覚に意識を持って行かれたままのようだ。 尻餅をついたまま、放心状態で虚空を見つめている。 扉を外側から開け、リリィを無理矢理外に連れ出すベロニカ。 「おい。しっかりしろ、リリィ。指は何本に見える?」 「…三本。ぅ、ぅ、うぇぇぇぇん、お姉様。怖かった。怖かったよぉ」 正気を取り戻すと同時に、ベロニカの胸に顔をうずめて泣き崩れるリリィ。 その髪を撫でながら、ベロニカはリリィに言葉をかけた。 「ああ、その恐怖を決して忘れるな。 戦場では、恐怖を知らない者から死んでいく。 怖れを受け入れ、それを乗り越えろ。 そうすればもっと、今よりも強くなれる…」 まるで自分に言い聞かせるように、ベロニカは呟く。 「ぅ、ひっく…ひっく…」 泣き続けるリリィに微笑みをかけながら、ベロニカは優しい口調で彼女に話しかける。 「おい、いつまでも泣いているんじゃない。 勝負はお前の勝ちだぞ、リリィ。 約束どおり何でも言う事を聞いてやる。 だから泣き止むんだ」 「……ぅ、ひっく、本当? 何でも良いの?」 「ああ、私の出切る範囲の事ならな」 リリィが上目使いで、こちらを見つめている。 「じゃあ、恥ずかしくてとてもここでは言えないような事でも良いの?」 「う。いや、もう少しハードルを下げてもらえると助かる」 「じゃあ、明日、お買い物に付き合って下さい。買いたい服があるんです」 「ああ、その位ならお安い御用だ。荷物もちでも何でもやってやるさ」 その言葉に、彼女は潤んだままの目を輝かせて喜ぶ。 「やった♪ デートだ♪ お姉様とデート♪」 「え? いや、単なる買い物…だよな?」 本物の姉妹のように戯れる二人には、既に先ほどまでの死闘の面影は見えない。 この日、ローランの思惑通り、二人は各々のスペックを超越し、コッペリオンを更なる高みに押し上げてみせた。 ベロニカは頑なに閉ざしていた心を少しだけ氷解させ、リリィは戦場の恐怖を知った。 それは長い目で見れば小さな一歩だとしても。 彼女たちを包み込む運命にとっては、初めて月面を踏んだ人類の一歩にも匹敵するものであった。 戻る 続く
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目次 【時事】ニュース野村タエ子 【参考】ブックマーク 関連項目 タグ 最終更新日時 【時事】 ニュース 野村タエ子 gnewプラグインエラー「野村タエ子」は見つからないか、接続エラーです。 【参考】 ブックマーク サイト名 関連度 備考 ピクシブ百科事典 ★★ 関連項目 項目名 関連度 備考 参考/COPPELION ★★★★ 登場作品 参考/明坂聡美 ★★★ キャスト タグ キャラクター 最終更新日時 2014-02-23 冒頭へ
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超鋼戦記カラクリオー外伝 -Marionette Princess- 第三幕 ブラッド・レイン 作戦開始時刻14:00。 新型機のお披露目の時は来た。 一同に介した『教導団』のスタッフ達は、ベロニカの顔見世を兼ねて一人ずつ自己紹介を済ませる。 この基地に所属しているテストパイロットの数は10名。 いずれもローラン大佐が適性有りと認めた精鋭達である。 整列したパイロット達のの中に、先ほどの少女リリィを発見し、ベロニカは大いに驚いた。 未だハイスクールの生徒の様な、あどけない少女でありながら、戦闘要員であったとは。 こちらと視線があって、嬉しそうにブンブンと手を振っている彼女の幼さを見る限り、とてもそうは見えない。 ついでに、一番後ろに立って不貞腐れているゲバールを見て、先ほどあれだけ痛めつけたにも関わらず復活しているそのタフネスぶりに驚いたが、直ぐに興味を失った。 「おや? ゲバール君、どうしたのだね? その怪我は。いつもパイロットは自己管理をきっちり行えと言っておいた筈なのに」 ローラン大佐のその問い掛けに、ゲバールはここぞとばかりに主張を始めた。 「大佐~ 聞いて下さいよ。そこにいるベロニカ中尉が、いきなり俺様を投げ飛ばして…」 「大佐。ドゥール=ゲバール少尉が、同隊員リリィ=マノン=シーニュ曹長に性的嫌がらせを行っている場面を目撃致しましたので、『指導』をさせて頂きました。 その際、逆上して暴力行為に出たもので、少々手荒な行為を行いました。報告、以上です」 ベロニカは冷めた声で、彼の発言を遮る。 ローランは溜息を見せながら、さも面倒そうに応えた。 「またか。君、これで何度目かね? セクシャルハラスメントなどという下らない内容で、詰まらん諍いを起こすな。 モラルハザードだの何だの、研究を行う上で一切必要のない内容で上層部に注意を受けるのは好かんのだよ、僕は。 ゲバール君、以後自重すること。はい、この話題は以上ね」 「そ、そんな~」 ゲバールは不満の声を上げたが、却下された。 しかし、ある意味、ローランの無関心さに助けられたと言い換えても良い。 通常の軍規に照らし合わせても、謹慎処分を受けてもおかしくない行為を繰り返していたのだから。 ベロニカは、彼に罰則を与えるべきだと主張するか否か一瞬迷ったが、それはまたの機会にする事にした。 あれだけお灸を据えてもまだ犯罪まがいの行為を続けるようならば、仕方がない。その都度殴ってやろう、と決意しながら。 「さて、本題に入るとするか。諸君、モニターを見てくれたまえ」 ローランの指し示した画面の中には、ロールアウトしたばかりの新型兵器と思しき機体が映し出されている。 「これがお披露目になるな。これが”FMX-DT001”、通称『コッペリオン』だ。」 「操り人形(コッペリオン)?」 「そう、パイロットの思うがままに動く操り人形、さ。 ベロニカ君、DTS(ダイレクトトレースシステム)を知っているかね?」 「『修斗』に組み込まれているシステムですね。操縦者の動きを忠実に再現する、という。元々、機兵を用いた格闘大会用に開発されたと聞き及んでおります」 「そうだ。あれは実に面白い代物でね。あのシステムが完成した時が、機械が最も人間の動きに近づいた瞬間だとも言える。 しかし、所詮はスポーツ用に開発されたシステム。機動性・運動性は向上したが、人の動きを再現する余りに耐久性は低下し、強力な銃火器を用いることが 出来なくなってしまった。物事は常に表裏一体。ままならぬものだ。 それに、かの『霊猴』は別格としても、搭乗者の身体能力にのみ完全に依存するというのは果たして有用な兵器と言えるのだろうか? 決戦兵器には成り得たとしても、戦術兵器としては極めて不安定な代物なんだよ、あれは」 ベロニカはその言葉に相槌を打つ。 いかに凄まじいポテンシャルを秘めた機体でも、それを引き出すことの出来る操者がいなければ宝の持ち腐れである、ということ。 そして機体の性能を100%以上引き出すことを可能とするパイロットの絶対数は、世界各国を探しても極めて稀である。 一体のスーパーロボットを作る為の費用も馬鹿にならないが、一人の兵を達人級の腕前にまで育てるのも決して簡単な事では無いのだ。 「だが、このコッペリオンは、その両者にも成り得る可能性を有している。 通常機動兵器の骨格にDTSを組み込み、簡易的にではあるが銃火器の使用をも同時に使用することを可能とした。 そして装甲を削らずに高機動戦闘を行うことを成功させた。 ある程度までならば誰にでも操縦でき、そして搭乗者の技量によっては決戦兵器と成り得る機体。 これぞ機兵と人間の真の融合。僕の研究の一つの終着点だよ。 まさに数多の尊い犠牲、屍の山の上に成り立つ一つの結晶、か…ふふふふふふ」 熱を帯びたローランの口調と狂気すら帯びた瞳。 今の彼は『マッドサイエンティスト』と、そう呼ぶに相応しい貌をしている。 ベロニカは彼のその表情を見て、背筋に寒気が走るのを感じていた。 この人は果たして、これまで機兵と人間の間に如何なる違いを持って接していたのだろうか? と。 全てはこの男に取っては等価値…否、場合によっては搭乗者の命すらも、機体の一部として… 彼女はそう思い立ち、慌てて首を横に振る。 彼は敗戦後の自分を拾ってくれた恩人でもあり、有能な指揮官でもあるのだ。 自らの研究への過大な愛情は科学者の性だ。それは彼の人間性を貶めるものでは決して無い、と自分に言い聞かせながら。 「では大佐。運用訓練は如何なる方法で実施致しますか?」 「戦闘シミュレーターを用いた模擬戦闘だ。…とは言っても、唯の戦争ゲームもどきじゃあない。 私が独自に組み上げた『教導団』特製のハイパーリアルシミュレーション筐体さ。 実戦さながらの緊張感と、本物と寸分狂わぬ機体性能の再現が味わえるぞ」 誇らしげに語り続けるローランの言葉を遮ったのは、間延びしたリリィの声。 「あー、あの無駄にリアルな…?」 「無駄!? 無駄とは何かね!? 失敬な。雲の動きから雨粒の一つ一つ、そこに棲む生態系の各種全てに至るまで完全にシミュレートした究極の代物だぞ? 機体の性能は勿論のこと、搭乗者の感覚も痛覚以外は完全に…」 「酔うんですよね~、アレ。背景が実物以上にリアルすぎて。大佐はそーゆーのにだけは凝り性なんですから。もうちょっと他の事に時間使ってくださいよ~」 「…」 自分の情熱に水を差されたローランは、やや肩を落とした様子でブツブツと何やら呟いている。 どうやらクールダウンしたようだ。 「…物事の価値の解らん娘だ、全く。ふん、まあいいさ。 とにかく模擬戦闘を開始する。 ベロニカ君。ダイレクトトレース対応のパイロットスーツを着てシミュレーターに入りたまえ」 そう言って手渡されたパイロットスーツを見て、ベロニカは愕然として声を上げる。 「あの、大佐…これを着るんですか?」 「ん? 何か問題でも?」 「いや、その、露出度とか…胸元開きすぎですし、何かピッチリしすぎてて落ち着かないというか…」 「ああ、DTS用のスーツはそういうものだ。極力肌に密着させなければいけないんだよ。 あと余計な布地は出来る限りカット。良いじゃないか、きっと似合うぞ。君がそれを着ることによって兵の士気も上がって一石二鳥だ」 極めてどうでも良い議題であるかの様に、ベロニカの抗議は却下された。 隊員達の方を見れば、皆一様にニヤニヤと、彼女がそれを着る事を期待している様な表情を浮かべている。 とりわけ、リリィの鼻息が荒い。 唯一人、ゲバールのみが冷めた表情で何やら呟いていた。 「けっ、カマトトぶってんじゃねえよ、牛チチ女が。 20歳過ぎた女の体になんてこれっぽっちも興味ねえっつーの。 お前はアレだ。初老だ。ババァだ。 やっぱ女の子はこう、大きすぎず小さすぎず、適度な凹凸を…ああ、リリィちゃんのその麗しいボディを早くこの俺様が性的な意味でEat You! ハァハァ…」 次の瞬間、飛来したハイヒールの先端が眉間に突き刺さり、噴水の様に血飛沫が舞う。 ゲバールは「ひでぶっ」と謎の叫び声を上げて、自らの血の海に沈んだ。 * 降り立った荒野の風景に、ベロニカは思わず感嘆の声を漏らす。 リアル過ぎる。確かにこれはシミュレーターの粋を軽く超えている。 「ベロニカ君。どうかね? 私の究極のシミュレーターの感想は?」 得意気な口調でローランが通信を入れてくる。 「はあ、凄いですね…凄いとしか言いようが無いですが、よりリアリティのある模擬戦闘を行う上では非常に意義のあるものかと」 それを聞いてローランは子供のようにはしゃいで見せた。 「そうかそうか、そうだろう。君が物事の価値の解る人間で助かったよ。 さて、現段階で何か不都合は無いかね?」 「強いて言えば、このスーツのウェスト周りがやや苦しいくらいでしょうか? …あっ、ちょっと、モニターには映さないで下さい!」 「むう? そうか? おかしいな。そのスーツは君の自己申告の通りのサイズでこしらえたものなのだが… 計り直すかね?」 「い、いえ! このままで結構です!」 「うむ。それは結構。下らないことに時間を取りたくは無いからな。 それでは模擬戦闘を開始する。手始めに…そうだな、対『羅甲』5体のシミュレートから行って見るか。 ベロニカ君、5分で殲滅。いけるかね?」 目の前にアムステラ軍の機動兵器、羅甲が次々に出現する。 ベロニカは乾いた唇を舌で潤し、不敵な笑みを浮かべた。 「3分頂ければ…十分です。さあ、開始の号令を!」 「宜しい。Ready? …GO! 」 開始と同時に最も近くに居た羅甲に強烈な突きを放つ。 為す術も無く頭部を吹き飛ばされ、崩れ落ちる敵機。 「まずは1つ! 中々良いぞ。忠実にこちらの動きをトレースしている!」 続けざまに、こちらに向けて銃撃を放とうとする羅甲に狙いをつけ、ワイヤーに連動したパンチを放つ。 敵機は引き金を引くまもなく、その強烈な衝撃をその身に受け、パーツを四散させながら後方へと吹っ飛んだ。 「2つ目! パワーも十分。さあ、銃火器の使用は…」 2機目が銃撃を放つと同時に戦斧を抜いて襲い掛かってきた羅甲に、内蔵型マシンガンを向け、迎撃する。 ガガガッと鈍い音を立てながら、羅甲の動きが止まる。主要な間接部を全て打ち抜かれた為だ。 そのまま地に膝を付き、爆散する3機目。 「3つ! このディスクで行うのだったな」 ベロニカは両腕に装着されたディスクを一瞥し、出撃前にマニュアルで見た使い方を反芻する。 「そうだ、ベロニカ君。その端末ディスクがコッペリオンの操作のキモと言っても良い…おっと」 「構いません、そのまま説明し続けてください。聞きながら、戦いながら覚えます」 戦闘に横槍を入れるが如く始まった、ローランの講釈の続きを促す。 準備期間は極めて短かった。だがそれが良い。 この緊張感の中で、体に操作を叩き込む。 必要なことは全て、戦場の血が沸き立つような昂揚と、死と隣り合わせの恐怖感の中で覚えてきた。 その位のスパルタが…自分には最も適している! 机の前でゆったりと座し、椅子を尻で磨きつつ受ける講義で、一体何が学べると言うのか? 「ディスクで行える事は大きく上げて三つ。一つは銃火器の使用。二つ、エネルギーフィールド発生装置の調整」 ローランの声を聞きながら、ベロニカは右手のディスクに対応したキィを素早く打ち込む。 それと同時に、コッペリオンの右腕より広がったビームフィールドが、盾の如く機体を包む。 羅甲から放たれた無反動砲が、それに弾かれて飛び散った。 「そうだ、良いぞ。そしてこのフィールドは収束させることも、エネルギーを蓄えて砲撃として放つことも出来る」 コッペリオンの右腕のシールドが、形を変えて収束し、細く長く伸びるエネルギーの剣となった。 その剣にて、砲撃を放った羅甲が一刀両断されて崩れ落ちる。 「『溜め撃ち』等という悠長な攻撃方法は性に合わんな。さあ、次でラスト!」 「三つ目の使用法。これまでに登録したモーションデータを記録し、オートでそれを組み合わせた連続技を放つことが出来る。 対応したコードを打ち込み給え、ベロニカ君」 ベロニカがディスクに連続技シークエンスを打ち込む。 次の瞬間。左腕を包むように形成された攻勢フィールドを纏ったまま、5対目の羅甲の胴体を貫く強烈なる一撃が放たれる。 『ピンポイントバリアパンチ』 コッペリオンの持つ攻撃方法の中で最も素早く、そして強烈な突進力を誇る攻撃である。 だが、この怒涛の連続攻撃はここで終わりはしない。 そのまま打ち抜いた羅甲を上空に高く放り投げ…右腕に形成していた収束ソードで切り裂く恐るべき神業! 羅甲の潤滑油とも言うべきマシンオイルが、切り裂かれた衝撃で溢れ出し…ベロニカの駆るコッペリオンにまるで血の雨のように降り注いだ。 「…終幕だ。タイムは如何か? 大佐」 敵機の『返り血』をその身に浴びたまま、冷淡に呟くベロニカ。 その様相を目の当たりにし、ローランは歓喜とも恐怖とも付かぬ振えを覚えた。 『鮮血の』ベロニカ。よもやここまでの逸材であったとは。 「2分52秒… 素晴らしい。実に素晴らしいぞベロニカ君。ふふふ…ははは…」 模擬戦の最中には相応しくない、ローラン=ド=アトレーユの勘に障る笑い声が、作戦室一杯に響きわたった。 戻る 続く
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超鋼戦記カラクリオー外伝 -Marionette Princess- 第八幕 ハイド・アンド・シーク 取り囲む狩人達の輪は次第にその幅を縮めていく。 一糸乱れることの無い、八旗兵達の猛攻は、徐々に彼ら教導団の戦力を削っていく。 加えて、遥か彼方より飛来する、寸分狂わぬ狙撃手の砲撃。 次々と断末魔の叫びをあげて倒れていく味方機たちを目の当たりにしながら、ベロニカの焦りは募る一方だった。 「お姉様っ! マズいですっ! 突破されます!」 「おい! ベロ公! このまんまじゃジリ貧だぜぇ? マジやべーぞ?」 奮闘する仲間達も同様に、次第に動きに精彩を欠くようになる。 「解っている! 何とか奴等の綻びを見つけ、反撃に転じねば…」 でなくば、屍を晒すのは自分達の方になる。志半ばにして、何も為す事の出来ぬまま。 真に恐るべきは死ぬことではない。志半ばにして生涯の幕を下ろすこと。それが何よりも怖い。 「…機体の性能とパイロットの技量に頼った戦いではここが限界、か。仕方が無いな」 ローランは一人、やや不満げに呟く。 作戦行動を全て前線の者に任せていたのは、より純粋な戦闘データを得たかったから。 故に極力口出しはしないようにしていた。総司令官としてはあるまじき行為なのだが。 「でもまあ、十分な戦果はあげたかな? おおよそ予想通りのスペックだったな。 コッペリオンにより改良を加える必要性があるな」 ローランは右手の中指で眼鏡のフレームを持ち上げ、そんな感想を漏らす。 そして、科学者としての好奇心にあふれた双眸は、策略家特有の黒い輝きに満ちたものへと変わる。 「あー、ベロニカ君。聞こえるかね? 僕に一つ、提案がある。乗ってみる気はあるかい?」 どこか他人事のような、マイペースな通信。 ベロニカは目の前の敵と交戦を重ねつつ、苛立ちを隠しながらその質問に応える。 「…データ収集の時間は終わりですか? この戦況を打破できる策ならばお聞きします。それ以外は従いかねます」 「宜しい。ならば指揮権を僕に戻してもらおうか? こんなところで貴重なコッペリオンと君達を失う訳にはいかんからな」 そう言いながら、全味方機に通信を入れる。 「各機、戦闘を続けながら傾注したまえ。これより、戦力を二手に分け、後退しつつ敵の迎撃に当たる」 「戦力の分散? 本気ですか? 敵に後を見せれば容易に突破され、あの凄腕の狙撃手に狙い撃ちにされる一方…」 「人の話は黙って最後まで聞きなさい。その狙撃手、及び包囲網を完全に無力化するための策だ。モニターを見たまえ。 …赤く光るポイントが確認できるかね? ベロニカ君率いる本隊は、敵と交戦しつつ本艦を守りながら少しずつ後退し、ここを目指す。 リリィ君、ゲバール君率いる少数別働隊はその隙に散開して、予測範囲内に居る狙撃手を探し出し、これを討つ。 これまでの攻撃から、狙撃しているポイントの大まかな位置は特定できたからね」 ローランの作戦指示は澱みなく、自信に満ち溢れている。 「…本隊の戦力が不足です。狙撃手を探し出す前にこちらが潰される可能性が高い」 「そこはホラ、君に頑張ってもらうより他に手は無いよ。 大丈夫。君がその指揮官としての能力をフルに発揮して防御と逃げに徹すれば、十分に持ち堪えられる計算だ。 僕は過小評価も過大評価もしない。勝算はある」 ベロニカは自らの上官に対する懐疑的な思いを捨て去ることは出来なかったが、このまま闇雲に戦い続けても状況は好転しない事を悟っていた。 故に、これ以上の反論を止めた。 「…承知しました。やってみます。 しかし、我々本隊が目指す到達目標ポイントには一体何があるのですか? 隠された軍事要塞が? 用意された補給物資? それとも味方の増援の当てが?」 モニター内で赤いランプの点滅によって示されるポイントに目を向ける。 撤退のエンドポイントとして示される位置である。そして仮にも策士として知られる男の立案した作戦だ。 敵の攻勢に対抗する為の何らかの用意がなされているはずである、とベロニカは判断した。 「ふむ。言葉で説明するのは面倒だし、時間が惜しい。概要をそちらに送ろう。戦いながら読みたまえ」 さも不承不承な声色で、ローランは呟く。 同時にミッション内容が次々とモニター上に流れ出す。 ベロニカは襲い来る絶璃の攻撃をかわしつつ、読み取ったその内容に驚愕の表情を浮かべる。 「こんな…博打のような作戦で!」 「博打はお嫌いかね? 僕も当たるか外れるかの丁半博打は嫌いだ。 だが、それが投げたダイスがほぼ狙った目を出す仕掛けを有しているとしたら? 大丈夫。僕を信じたまえ。この作戦は、7割近い確率で成功する。 ああ、君の、さっきの質問、一番最後のだけは正しい。『増援』ね。うん、当ては無いことも無い。 こんな面白そうな舞台に、『あの男』が黙って観戦しているだけのはずは無かろう? それを踏まえての成功確率は75%だ」 のらりくらりとこちらの言い分を受け流すかのようなローランの返答に、心底苛立つベロニカだったが。 これ以上は不毛な事だと自分に言い聞かせ、問答を止めた。 どの道、従うより他に勝利に通ずる代案は無い。 「教導団員各位に告ぐ。各機、応戦しつつ、散開。その後、旗艦を守りつつ目標ポイントまで撤退。 リリィ機、ゲバール機はその隙に乗じて身を隠し、狙撃手を見つけ出し、これを討つ。繰り返す…」 浮き足立っていた仲間たちは、新たな指令を受け少し平静を取り戻したかのようだ。 ベロニカを中心として、少人数で旗艦を防衛する陣を敷き、残りの損傷の大きい機体は全て、相手の目を眩ませる様に散り散りの逃走を始めた。 「ィヤッホゥーーーーー!! 二人の初めての共同作業だぜェ!! スナイパーの野郎、見つけ出してゼッテーぶっ殺してやる!! ウェへへ…まさに俺様たちの愛が試されるミッションだねぇ、リリィちゅわーん!!」 狙撃手掃討の任を受けたゲバールの、場の空気を読まない独白を、リリィは完全に無視した。 そのまま、リリィのコッペリオンが敵機の猛攻の間を縫って、いち早く狙撃予測地点の山頂へと向かう。 「アォォォォォォォ!! 無視しちゃ嫌ァーーー」 大袈裟なリアクションを取りながら、ピグマリオンがそれに続く。 その怪しげな挙動は、八旗兵達を戸惑わせる一因となり、結果として陽動の成功に一役買った。 一瞬の怯みを見逃さず、ベロニカ機の一撃が目の前の絶璃に強烈な一撃を喰らわせた。 そしてすぐにローランの乗る地上戦艦にピタリと張り付き、防衛体制に入る。 前線の流れは明らかに動こうとしていた。 手負いの獣たちの反撃が今、始まる。 * 「む? 彼奴ら、逃げるつもりか? ならば追撃を…」 「いや、2体の敵機が執事殿の下へ…捨て置いて良いのか?」 「ど、どうする? 我らも二手に分かれて双方を追うべきか?」 攻め手の八旗隊たちは明らかに動揺を見せている。 彼らはフランダル家の優秀な手足ではあっても、各々が頭となる資質は持ち合わせていない。 故に、こういった絡め手は苦手とする所であった。 「うろたえるな愚か者!」 通信機から鳴り響く、凛とした一喝。 八本の手足の一人にして、唯一、『頭』として機能する将器・パン=アルバードの声。 「パ、パン様ぁ…」 「情けない声を出すな。…私の絶璃の修理は既に完了した。ただちに出撃する。 エド様の陵鷹も間も無く戦線に復帰する。もう少しの辛抱だ。 お前達はそのまま奴らを追え。執事殿の下へは私が向かおう」 その声はさながら、戦女神の如く。彼らの士気を高揚させるには十分なものであった。 「…お前達。指揮官不在のこの状況で、ここまで良く頑張ってくれた。その…礼を言う」 普段は厳しい顔しか見せない彼女の、些か照れた様な語調で投げかけられた、この労いの言葉に、八旗隊たちは鼻息を荒くして呼応した。 「うおおおおおおおおお!!! 勝利は目前だぁ!!!」 「行くぞぉぉぉぉぉぉ!!!」 気力を奮立たせ、連戦の疲れなど吹き飛んだかのように、彼らは後退する敵の軍勢を追撃し始めた。 「ツンデレが板に付いてきたじゃないか、パン」 「…飴と鞭、と言って頂けますか、エド様。それに奴らが頑張っているのは真実です」 「そうだな…お前達には本当に苦労をかける」 エドウィン=ランカスターは、陵鷹のコックピットの中で静かにそう呟いた。 圧倒的な火力を誇るこの機体。しかしその裏返しの様に、補給や修理は通常の倍近くの時間を有するのだ。 その間は部下たちが戦っているのを、手をこまねきながら見ているしかない。 だが、その無力な待ち時間もすぐに終わる。 「エド様、一足先に行って参ります」 「ああ。お前に任せる。…俺が行くまで、絶対に死ぬな」 「…御意」 片腕にして半身。部下にして相棒。 言葉を投げかけたのは、エドが自らの背中を任せられると信じた女。 故にこれは指令ではなく、嘆願。 誰一人欠ける事無く、勝利の栄光を我が手に。 それは指揮を執る者にとって極めて困難で、そして贅沢な願い。 だが、それは決して蔑ろにはできぬ彼の王道。 * 執事は、山頂から狙いを定めていたターゲットたちが、次々と狙撃の射程範囲外へと消えていく様を目撃していた。 「ほほう。見事な引き際。敵ながら天晴という所ですな」 そんな感嘆の言葉を漏らす。 自分の役割は相手の足止め。つまり、彼は既に十二分にその仕事を果たしたと言えよう。 出来れば敵の主力…取り分け二体の新型機はここで撃墜してしまえればベストだったのだが。 そう容易く落とせるほど、敵も甘くは無いようだ。 そしてどうやら、こちらの位置を把握されたらしい。 インサイトを通して、白と黒の敵機が、猛スピードでこちらに向かってくるのが見える。 迎撃することも考えたが、その二体は通常の量産機とはタイプが違う。 弾丸が効果的に装甲を通るかどうかは定かではない。 一撃でコックピットを狙い撃つ事が出来なくば、徒に攻撃すべきではないが、相手のパイロットは間違いなくエース級。 恐らくは藪を突いて蛇を出す結果に終わるだろう。 スナイパーにとって、狙撃地点を知られると言う事は致命的な事柄なのだ。 彼はスナイパーライフルを納め、逃走の準備を進めた。 『執事殿。敵がそちらに侵攻中です。速やかに退避を』 パン=アルバードからの警告の通信。 穏やかに執事は答える。 「解っておりますよ、パン殿。既にこの場を放棄し、基地の方へ向かうところでございます。 ご心配無く。既に逃走ルートは確保しております故に」 執事は万事抜かりなく、生い繁る木々の間を縫いながら山間部へと降りていく。 この経路を道なりに行けば、駐屯基地まで敵の目に触れる事無くたどり着けるはず。 いざとなれば身を隠す事もできる樹海ロードだ。 最短の道ではなく、多少のタイムロスを覚悟して敢えてこちらのルートを咄嗟に選択したのは、老練の戦士のなせる業であろう。 「承知致しました。ならばこちらもその経路を逆進して合流致します」 「ほっほっほ。うら若いレディをエスコートするのは、本来はこの老体の役目でしょうに。申し訳ありませんな、パン殿」 紳士的な態度でジョークを返す。 一部の焦りも無く。 だが、次の瞬間、この歴戦の勇士の双眸は、大きく見開かれる事となる。 レーダーに示される敵機の熱源反応の一つが、凄まじいスピードでこちらに向かって直進してくるのが見て取れたからである。 反対側の麓にあった敵機の反応が、障害物たる『山岳』を突っ切って、『道なき道』を闊歩する。 「馬鹿な…『飛行型』は追跡してきた2体のいずれにも相当しなかったはず…」 つまりこれの意味するところは一つ。 『隠された連絡トンネル』或いは『地下通路』。 アムステラ側には知られていない、見えざる経路がこの周辺には張り巡らされている、という事。 この速度で迫られれば、狙撃型羅甲の鈍足ではいずれ追いつかれる事は必然! ツッ…と、一筋の汗が執事の頬を伝って落ちた。 冷や汗をかかされたのは何十年ぶりのことだろう。 「全く…昔の血が騒ぎますなあ」 呟き、再度パンへと通信を入れる。 「パン殿…少々状況が変わりました。私はここで、彼奴らを迎え撃つ事にします。 闇に隠れ、闇より狙い打つ。狙撃手としての本分を今一度、果たさせて頂くことにしましょうぞ」 執事の闘争心が、蒼炎の如く静かに燃ゆる。 * リリィはローランの指示通りの経路を突き進み、執事の狙撃型羅甲に次第に肉薄しつつある。 驚くべきは、指定された岩陰や崖の斜面に、寸分の狂いも無く連絡通路が用意されていた事。 「この辺りの山はね、元々鉱山だ。今は資源枯渇の為、廃棄されてしまっているが。 至る所にトンネルが存在するのは予定調和の事。 アムステラの連中がこれを放置してくれていたのは幸運だった。 軍事利用でもされていれば面倒なことになっていたからね」 廃棄された鉱山等に興味を示さなかったのは、アムステラが数多の他惑星を蹂躙し、宝玉の如きレアメタルの数々を手中に収めていた事にも原因を有するのかもしれない。 或いは基地を制圧してまだ日が浅く、周辺の調査が不十分だった事が要因か。 何にせよ、こちらのみが把握している『近道』は、使い方次第で強力な武器となる。 これがローランの言う『勝算』の一つである。 「すごいです。大佐、久しぶりに仕事してますねー」 「失敬な。それではまるで僕が普段は働いていないみたいに聞こえるじゃないか」 そう言いつつ、彼の目は蓄積された機体データからひと時も離れることは無い。 この男がもし、その有り余る研究者としての情熱を全て戦略を練る事に傾けていたら、どれほどの戦果をあげることができるのだろう。 かつてそう嘆息したのは、他ならぬセドリック=サンギーヌ准将であっただろうか。 残念ながら、研究に没頭している時の彼は、『昼行灯』そのものであることは否めない。 「それにしても、よくこんな細かい通路まで覚えてますね。地図を見ながらでも迷いそうなのに」 正確なナビゲートを続けるローランに、そんな疑問を投げかける。 「ああ、この辺は元々、新兵時代の僕の管轄エリアでね。…忘れたくても忘れられはしないさ」 それよりも、そろそろ追いつく頃だ。気を引き締めたまえ、リリィ君」 リリィ機の索敵レーダーに敵機の反応が示される。その背中は目前だ。 そして遂に、疾走する狙撃型羅甲の姿を肉眼で確認できる程にまで、その距離は詰められた。 「…見えたっ! 逃がしませんよっ!」 ブーストを全開にして、その背に迫るリリィ。 だが、その様子をモニターで追っていたローランの頭を一つの疑問が過ぎる。 「…おかしい。あの機体の動き、直線的過ぎはしないか?」 逃走経路を密集した森林地帯に選び、あれだけ老獪な動きでこちらの追っ手を振り払おうとしていた敵の動きとは思えない程に。 「待て、リリィ君」 咄嗟のローランの制止の声は、既に攻撃態勢に入っていたリリィの耳には届かず。 輝く右腕のピンポイントバリアパンチが、狙撃型羅甲の背中に炸裂した。 だが、その瞬間。 突如として、爆音と共に『羅甲の体が爆ぜた』。 眩い光を放ちながら。 「えっ…?」 小さく呻いた彼女を包む、目も眩まんばかりの閃光。 その衝撃はリリィ機を後方に吹き飛ばし、同時に放たれた閃光は彼女の視力を一時的に奪い取った。 「目…目がっ…見えない…何が起こったの…?」 仰向けに倒れたまま、両目を押さえるリリィは混乱をきたしている。 「やはり罠か…しまった。『閃光爆弾』を自機に仕掛けての自爆… いや、違う。玉砕覚悟の行為ではない。 あの機体の最後の動き、『自動操縦』か… パイロットは既に退避済みという訳だ…」 ローランは苦虫を噛み潰した様な表情で、そう分析する。 敵は追いつかれることを悟った段階で、速やかに操縦機構をオートに設定し、同時に予め仕込んでおいた閃光爆弾を時限でセットしたのだ。 そして自らは巻き込まれない場所に避難し、獲物が網にかかるのを待つ。 敵は根っからの『狩人』だ。 まさか、自らの乗機すらも囮にして、追跡者を無効化するとは。 相手は並みの手練ではない だとしたら…次に予測されるのは… 「リリィ君! 速やかにその場から離れたまえ! 奴はその森に…『潜んで』いるぞっ!」 未だ起き上がれぬコッペリオンのコックピットに、ローランの声が鳴り響く。 * 「『隠れんぼ』はお好きですかな? お嬢さん」 樹上より、倒れたコッペリオンを見下ろしながら、執事は呟く。 その肩には大型のロケットパンツァーが担がれている。 「対戦車用パンツァーファウストにございます。如何に重装甲の機体とは言え、乗っているのは生身の人間。 これをコックピットに喰らって、果たして無事でいられますかな?」 その照準は、仰向けに倒れ、無防備に急所を晒す、コッペリオンのコックピットにしかと合わされている。 「何も正面から撃ち合うだけが闘いではございません。 闇に潜み、標的を狙い撃つ事こそが狙撃手の、ひいてはゲリラ屋の闘い。 さあ、お嬢さん。覚悟は宜しいですかな? お別れの時間にございます」 死神の足音はヒタリヒタリと迫り来る。 狩人の指先は、今まさにその引き金を引こうとしている。 大鎌にて静かに首を刈るかのように。 リリィの視力は未だ回復せず、コッペリオンは微動だにできずにいる。 万事休すと思われたその時であった。 照準機を通して狙いを定めていた執事の視界が、突然黒一色に染まった。 「!?」 思わず声にならぬ叫びをあげ、サイトから目を離した執事の眼前には、漆黒の機体。 存在感すら感じさせずに、ぬっ、っと樹の陰から現れ、その姿を見せた。 そして耳障りな声が辺り一面に響き渡る。 「イヒィッ!!! やっとみつけたぜェ、このゴルゴ野郎!!! よくも俺様のリリィちゅあんに酷い事してくれたなっ!!」 そう、音も無く現れ、騒音と共に現れたのは『ピグマリオン』。 もう一人の追跡者、ドゥール=ゲバールである。 「なっ! この男、いつの間に…」 熱源レーダーから目を離したのは、羅甲を囮にして脱出し、白い機体に狙いを定めていたほんの短時間。 その間にこの機体は…こちらと同じく木々の間に身を潜め、チャンスを窺って居たとでもいうのか? 「『隠れんぼ』はなあ、超得意なんだよォ!! 自慢じゃないが、ガキの頃からな! 何せ、最後はみんな俺様を見つけられなくて、先に帰っちまうんだからな!! 暗闇の中に独りだけ置いて行かれたのは一回や二回じゃねーぜ!!」 本当に自慢にならない事を叫びながら、ゲバールが執事に銃口を向けた。 「相手が悪かったな、じーさん!! 俺様はリリィちゃんの半径500m以内から離れた事なんて無いんだぜ? いつ如何なる瞬間でもすぐ側で見守っているんだ。だからてめえがリリィちゃん狙ってる事はお見通しだったぜェ。 これぞまさに愛の力! さあ、武器捨てて頭の後ろに手を組めよ!」 「…無念。このようなふざけた輩に邪魔をされるとは…」 執事は痛恨の思いでパンツァーファウストを投げ捨て、投降の姿勢を取る。 「ゲバール君、お手柄だ。遅れて作戦進行中かと思っていたら、何時の間にかそんなところに居るとは、僕の予想の斜め上だったよ」 「イヒィ。当然ですよ! 泣く子も黙るエースっすから!」 と、調子に乗ってふんぞり返るゲバール機の背後に、立ち上がったリリィのコッペリオンが近づく。 「あ! リリィちゃーん。俺様の大活躍、見てくれた? 惚れ直したっしょ? 君の事は何時でも見守っているからねぇ…イヒヒヒヒ。 さあ遠慮せずに俺様の胸の中に飛び込んで来るんだ! さあ! 早く! ほら早く!」 両手を広げ、怪しげな腰つきで誘うゲバール。 そして、リリィ機がゆっくりとその胸に飛び込んで行き… 強烈な右ストレートを放った。 吹き飛ばされるピグマリオン。 「ぎゃぼっ! な、何するんだよーリリィちゃんー。俺様だよ? 君の最愛のゲバール様だよぉ?」 リリィのコッペリオンが更なる追撃の一撃を喰らわせようとした瞬間、ローランが慌てて静止に入る。 「ま、待ちなさい、リリィ君。君が攻撃しているのは(一応)友軍機だ。落ち着きなさい」 「………あ、ごめんなさい。ちょっとまだ視界と機体制御が安定してないんです。 さっきのダメージが抜けきれて無いみたいで。 潜んでいた敵かと思ってつい殴っちゃいました!」 「あははは、リリィちゃんはおっちょこちょいだなあ。そんな君も萌え萌えなんだけどねぇ。イヒィ!」 ゲバールの鬱陶しい語りが通信に乗って流れる中、コッペリオンのコックピットの中で、チッ、と静かに舌打ちする音が聞こえたが、ローランは黙っておくことにした。 「さて、君たち、作戦遂行ご苦労様。直ちに帰投してくれ。 僕はもう一つの作戦のサポートに入る」 通信が切れる。 リリィとゲバールは後退中の本隊へと合流する為に踵を返す。 その前に投降した執事の身柄を拘束しようと機体の腕を伸ばす。 だが、その時、頭上から舞い降りる機影が一つ。 飛び掛る斬撃をすんでの所でかわし、飛び退いた二人が見た敵機。 それは、巨大な『鑽』を携えた恐るべき敵『絶璃』。 八旗兵を束ねる者・パン=アルバードの愛機である。 「執事殿。遅くなりました。申し訳ございません」 パンは一瞬でその状況を見て取った。 そして我が身を恥じる。 自分がもう少し速く到達出来ていれば、執事をこのような危険に晒す事は無かったはず、と。 「いえいえ。時間通りの到着でございますよ、パン殿。 こちらこそ、不覚をとりました。『銀色の魔弾』も錆びたものです。 申し訳ございません」 絶璃の背後に庇われる形となった執事が自嘲気味にそう返す。 「とんでもない。お一人でよくぞここまで戦いくださいました。 どうかお退きください。後は私が引き受けましょう」 そう言い放ち、敵2体を見据えつつ、月牙鑽を頭上で回転させた。 そして刃を相手に突きつけて名乗りを上げる。 「かくなる上は、一秒でも速くお前達を葬り去る。 それが遅参のせめてもの挽回。 鍔家流槍術…パン=アルバード。いざ、参る」 月下の刃がその煌きを増した。 * 撤退しながらの防衛線を敷く、教導団本隊の戦いは熾烈を極めていた。 執事の狙撃と八旗兵達の猛攻によって、その大多数が浅からぬ傷を負い、事実上の戦力はベロニカのコッペリオン一機のみ、という状況でもあった。 負傷者達を無理に旗艦の防衛に当たらせようとはせず、撤退途中で散開させ、離脱させる。 この作戦は彼らの逃走にも一役買っていた。 しかし、当然の事ながら、味方の戦力が減れば減るほどに、それを指揮するベロニカにかかる負担は増す。 旗艦と周囲の友軍を防衛しながら、陣頭指揮を執りつつの撤退戦。 これは敵を殲滅する事の何倍も難易度が高い。 ましてや相手は統制の取れた八旗兵の精鋭たち。 相手の機体も一部損壊し、消耗しているとは言え、一般兵とは比較にならぬ腕の猛者達が7機、次々に襲いかかってくるというこの状況下で、彼女は奮闘していた。 「ベロニカ君、朗報だ。別働隊が狙撃手の撃破に成功した。 先ずは条件1をクリア。 あと少しだ、ベロニカ君。粘ってくれ」 「了解。目標指定ポイントまであと1km。 …そしてこの地形。好都合です。例の策、ここで仕掛けましょう。 このまま全速力で突っ切ってください。」 ローランの乗る地上戦艦が、最大出力で後退を始める。 それを見咎めた絶璃の一体が後を追おうとするも、コッペリオンの一撃を喰らって足止めを喰らった。 「さあ、お前達。ここから先は一歩も通さん。心してかかってくるがいい」 ベロニカ機が後退を止め、その場に仁王立ちの様相を呈する。 残った数少ない友軍機は全て戦艦の後に続いて下がっていく。 「この新型…自分の身と引き換えに仲間を逃がすつもりか?」 「見事な覚悟。だが貴様も逃げた連中も生かして返すわけにはいかん!」 それを聞いてベロニカは不適な微笑を浮かべた。 「元より死は覚悟の上だ。だがお前ら如きに我が命、くれてやる訳にはいかんな。 お前達を全て撃破してから後を追うつもりさ」 「貴様っ! 我々を愚弄するか? この状況が見えていないのか?」 「貴様らこそ。周りを良く見るがいい」 八旗兵達は言われるままに周囲を見渡す。 この地点まで、彼らは切り立った崖に沿って谷底を直進してきた。 自然の造った広大な峡谷である。 その道幅が…山を下る毎に次第に狭く細くなっている事に、戦いに没頭していた彼らは気付くことは出来なかった。 今や、彼らの立っている場所は、さながら両側をほぼ垂直の崖に挟まれた細き通路。 つまり、これの意味する所は… 「私を倒さなければ、お前達はこれ以上先には進めないと言う事だ。 そしてお前達は今までのように、四方を囲んで多面的に攻撃を仕掛ける事が出来ない。 数の上では7対1だとしても。この狭さでは同時に攻撃できるのは精々が2体か? おまけに、私が護衛すべき対象は既にこの場を離れつつある。これで戦いに集中できる。 条件は出揃っているんだよ、アムステラ兵の諸君。 さして何の作戦も無く追ってきた、お前達の負けだ」 ベロニカの挑発。 八旗兵たちが色めき立った。 「何をっ! 小賢しい理屈を並べ立てた所で、貴様も疲弊している事には変わらん」 「我らの実力を甘く見るなよ、女!」 繰り出される八面六臂の波状攻撃。 重なりあった状態から攻撃する陣形パターンも、彼らには存在した。 鍔家流の真髄は、個々の卓越した体術のみならず。 その多彩な陣形技にこそ、真価を発揮するものなのだ。 その攻撃を収束エネルギーソードで受け流しつつ、カウンターの攻撃を返す。 前の者を踏み台にして頭上を取ろうとした敵機を、内臓マシンガンで迎撃する。 ベロニカの攻撃の応酬も、彼らに一歩も譲ることは無い。 「こいつ…この新型のパイロット…口だけではない。強いぞ!」 「油断するな! ならば全力を持って倒すまでだ! 『七星』の陣を仕掛ける!」 「承知!」 号令と共に、八旗兵達の絶璃がジェットチャクラムを一斉に構えた。 「ほう? この場面で繰り出すと言う事は、奴らの『奥の手』か?」 ベロニカのコッペリオンが両腕を交差させて身構えた。 次の瞬間、7つの機体から同時に放たれたチャクラムが、変幻自在の軌道を描いてベロニカを襲う。 鍔家流、数多の陣形技の中で最も攻撃的な陣、それがこの『七星』の陣。 本来は、投げつけられたチャクラムによって動きを止められた標的を、長たるパンが月牙鑽の一撃によって仕留める事で完成する陣形技。 今はその要となるべき存在を欠いてはいたが、その殺傷力は尚も健在であった。 ベロニカは神経を集中させ、向かい来るチャクラムを、両腕に発生させた収束エネルギーソードで次々と切り払っていく。 だが、全てを切り落とす事は適わず。コッペリオンの装甲の表面に無数の裂傷が刻まれた。 「致命傷を避けたのは流石というべきだな。見事だ。 だが、次は確実に仕留める」 八旗兵達が、再び必殺の陣形を組み始める。 「…乗っているのがコッペリオンで無ければ、今の交戦で沈んでいたな。 やはり私はまだまだ修行が足りない。 この技、できれば真っ向から破ってやりたい所だが…そろそろタイムリミットだ」 ベロニカは悔しそうにそう呟いた。 そして間髪入れずに、通信機に向かって叫ぶ。 「大佐! 時間は稼ぎました。『策』の首尾は如何か?」 「ああ、良くやってくれた、ベロニカ君。既に退避完了済みだ。 そして何時でも発動できるぞ。 直ちに君もその場から逃れ…」 その時、上空より、けたたましい騒音が聞こえる。 バルルルルルルルルルルルル それは耳を劈くような『プロペラ』音。 谷間に射す西日が一瞬にして遮られ、谷底に影を形成した。 見上げればそこには、年季の入った旧型戦闘機が舞っていた。 「…『アロンズィ』だと? そんな大昔の骨董品を…一体誰が?」 「何者だ!? 我らの邪魔をするか!」 ほぼ同時に、ベロニカと八旗兵が声を上げた。 そして、プロペラ音に負けぬ大音量で放たれた声が、山びことなって木霊した。 『何者か、と問うたな? ならば名乗ろう。 我が名はサンジェルマン。シャルル=ド=サンジェルマン!! 巨悪を断ち切る剣なりっ!!!』 唖然として戦闘機を見上げる者達を尻目に、ローランは一人、暢気な口調で呟いた。 「ああ、やっと来ましたか。遅いですよ、全く。 このまま最後まで隠れているつもりかと思いましたよ」 「何を言うか愚か者。 我輩は逃げも隠れもせん。この機体の調達に少し手間取っただけだ」 「サ、サンジェルマン卿! ご無事だったのですね。 では、大佐のおっしゃっていた『増援』の当てというのは…」 「如何にも。我輩である」 八旗兵達は、予想外の男の出現に戸惑っているようだった。 攻撃の手を止め、呆然と上空を見つめている。 「サンジェルマンだと…? 生きていたのか。貴様、不死身か!?」 「不死身ではない。だが、正義を為す為ならば何度でも蘇り、戦場に舞い戻るさ」 「世迷言を!! たかが旧式の戦闘機が一機で何ができる!」 サンジェルマンはその問いに答える事も無く、更に声を張って叫び声を上げる。 「ローラン! 仕込みは万端なのだな?」 「はい。既に、条件2はクリア済みです。 ベロニカ君、今すぐその場から退避したまえ」 「りょ、了解!」 ローランの指示の直後、コッペリオンが飛び上がってアロンズィの脚部を掴み、そのまま共に上空へと舞い上がる。 地に残された八旗兵達が、慌ててそれを見咎める。 手にしたチャクラムを投げつけ、撃墜しようとするも、既に高く舞い上がった戦闘機を落とすことは極めて困難であった。 そして、プロペラの音が小さくか細くなった時…彼らは新たに耳に入ってきた新たな『音』をはっきりと聞いた。 ドドドドドドドドドドドド 『音』は次第に大きく、こちらに近づいて来る。 振り返った八旗兵の一人が、叫び声を上げた。 「み…水ぅっ!!??」 その正体に気付いた時。 既に彼らになす術は残されていなかった。 彼らが敵を追って辿ってきた谷底を、山頂から麓へとかけて、凄まじい『水流』が流れ来る。 後はただ、水龍の大顎に飲み込まれるのみ。 そのまま、彼らの機体は大河の流れに逆らうことは適わず、下流へと流されていった。 ローランは、眼鏡のフレームをクイッっと持ち上げ、一人呟く。 「策は為りました。全ては予測の範疇です」 * ローランの提唱した『策』。 それは、自然の力を利用して敵を一掃する、極めて大胆な作戦であった。 この辺りの地形は元々川の氾濫が多く、それぞれの支流をダムによって堰き止める事で下流の安全を確保した経緯があった。 それは麓に軍事基地を造る際に、必要となった工事である。故に、新兵時代にこの辺りに駐屯していたローランは、建設されたダムの位置を完全に把握していた。 作戦の全貌はこうである。 まず、撤退すると見せかけてゆっくりと敵を、逃げ場の無い切り立った崖に囲まれた谷底まで誘き寄せる。 そこに到るまでに散開させた負傷兵達は、散り散りになって逃げると見せかけて、それぞれ山頂へと向かい、合図と共に支流を堰き止めるダムを破壊する。 地上戦艦及び残った本隊は、川の水が届かない高さの、安全な位置まで退避する。 そしてベロニカが単騎、敵を食い止め、そこに敵を足止めする。 そのポイントは、全ての支流が一点に集まる様に計算された場所。 後はギリギリまで敵を引きつけてから退避し、堰き止めていた水流を一気に流せば、この作戦は完遂である。 サンジェルマンの出現は、作戦成功の為に保険としてかけていた事項の一つ。 逃走中の彼に、プロペラ機『アロンズィ』の格納場所を教え、作戦ポイントまで誘導する。 それによって、敵の注意を引き付けさせ、騒音によって水流の瀑布の音を打ち消させる。 壮大なカムフラージュである。これで相手が逃げ遅れる可能性は倍増する。 そして、ベロニカの安全も確保できる、という寸法であった。 * アロンズィのコックピットから降りてきたサンジェルマンは、予想以上の深手を負っていた。 先ほど、あれだけ騒がしく動き回った人間には思えない程に。 出血は酷く、何箇所もの骨折を抱えているようだった。 「サンジェルマン卿! その傷は…」 「なあに、掠り傷である。 ふむ。誰かと思えば、君は、サンギーヌ殿の娘御ではないか。 随分美しく成長したものだ。我輩が知っているのはこんなに小さな頃であったぞ」 「な、何を。お戯れを。そんな事よりも医療班! 早くこの方を艦内にお連れしてくれ」 「大丈夫だと言っておろうに… だが、人使いの荒い男だな。君の上官は。 協力してやったと言うのに労いの言葉もかけてはくれん」 ローランがその言葉に呆れた様に返答する。 「…そもそも貴方が当初の作戦を無視して、勝手に先走った挙句にデュランダールを壊すからでしょう? あの有様ではデータの回収も出来やしない… 負傷は自業自得です。 最初から我々の到達を待って合流していれば、もっと余裕を持って作戦行動を行えたというのに…」 「五月蝿いぞローラン。お前の言う事はグダグダと小賢しくていかん。 過ぎた事を何時までも悔いても仕方無かろう。 機体は壊れるものだ。だから終わったら速やかに直せ。 それがお前達技術屋の仕事であろうが」 ビキッ、とローランのこめかみに血管が浮かび上がる。 昔からこの男はこうだった。 自分の失敗に反省も後悔もしない。 「しかし、どこで作戦内容の打ち合わせを? そんな時間があったとは思えませんが…」 「ああ、我輩が遺憾ではあるがランカスターに不覚を取った後、林の中に身を隠している最中にな。 そこの根暗メガネから通電があってな。『動けるなら協力しろ』と。 全く、生意気な。頼み方がなっておらんぞ」 「…どこに隠れているかも解らないから、手当たり次第に暗号通信を送っただけですからねぇ。 でも来てくれたお陰で、お陰で作戦がよりスムーズに進みました。 まあ、無事で何よりです。」 と、その時。 こちらに向けて猛スピードで接近する大型の機影がレーダーに反応する。 モニターに映し出されたその威風堂々たる姿を見て、サンジェルマンが呻き声を上げた。 「『陵鷹』…ランカスターめ! …既に臨戦態勢は整ったと言う訳か。 おい、6型でも7型でも良い。動かせる機体を出せ。 我輩が出る!」 「いけません! その重体でこれ以上戦えば、今度こそ命に関わります。 お下がりください。そしてしばしご自愛を。 私が行きます。名高きエース機。相手に取って不足は無い… お任せください。必ずやこの戦いに勝利を。」 ベロニカが闘志を込めた瞳でそう宣言した。 フランダル艦隊・最強の敵『陵鷹』が、万を持して再び戦場に舞い戻る。 それを迎え撃つはコッペリオン。 現時点での互いの最強の戦力同士の対決。 激闘に終止符が打たれる時は近い。 戻る 続く
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超鋼戦記カラクリオー外伝 -Marionette Princess- 第九幕 贄と糧 砂塵を巻き上げ、谷底を突き進む鋼鉄の鷹。 その双眸は真っ直ぐに前方を見据えている。 惑い無く。躊躇無く。容赦無く。 鷹は猛進する。 狙いを定めた哀れな獲物を捕食し、贄とせんがために。 * 切り立った崖より、その巨体に見合わぬスピードで、舞うが如くに目の前にその姿を現した白き鷹。 それを迎え撃つために単機、その進路上に待ち構えていたコッペリオン1号機のモニターに、その威風堂々とした姿が映し出される。 破壊の為の兵器でありながら、その佇まいは洗練された機能美を醸し出していた。 例えるならばそう、古代ギリシアの彫刻を髣髴させる雅(エレガンス)。 翼を持たぬ猛禽の王…『陵鷹』 フランダル艦隊の切り札の一つとして知られた超戦術級兵器。 ベロニカはその姿を掛け値無しに「美しい」と感じた。 通信機から、どこかで聞き覚えのある声が聞こえてくる。 「サンジェルマン…あの目立ちたがり屋のアホ貴族はどこだ? 既に虫の息、と泳がせておいたのが仇になった。二度も我らの進軍を邪魔してくれるとは思わなかったぜ。 ゴキブリ並にしぶとい男だ」 その声には聞き覚えがあった。しかし、静かな怒りに満ちた響きには別人のような貫禄と凄味があった。 「…そして、許せんのはお前もだ。新型機のパイロット。そして、フランス軍の諸君。 非礼を詫びよう。たかが地球の一国の一部隊、と心のどこかで侮っていたことを。 認めよう。貴様らが俺様の覇道を阻む強敵であるということを! この状況を招いたのは俺様自身の見通しの甘さ。 ならばここから先は全身全霊を持って貴様らを蹂躙してやるぜ!」 眼前のモニターに金髪蒼眼の偉丈夫の顔が映し出される。 映像通信。わざわざ戦いの前に自らの姿を晒す行為。 それはその言葉に偽りなく、相手を好敵手と認めたが故の敬意の表れであろうか? 常にエレガントたれ。それがフランダルの、そしてエド達の掲げる理想の姿。 それはこの危機的状況においても些かのぶれもない。 そして、その顔にも見覚えがあった。 街中でところ構わず女性に声をかけていた、あの時の男だ。 「エドウィン=ランカスター男爵侯とお見受けする。 サンジェルマン卿は既に御疲れのご様子だ。ゆえに、僭越ながら私がお相手しよう。 名乗らせて頂く。我が名はベロニカ=サンギ-ヌ。お初にお目にかかる…いや、お会いするのはこれは二度目かな? まさか、昼間のナンパ男が名高いフランダル軍の司令官だとは、夢にも思わなかったぞ」 こちらも姿を見せて返答する。 相手の流儀に付き合った、というよりは敵にペースを握られる事を嫌った故の行為であった。 相手を揺さぶるために意図的に挑発的な態度を取りつつ。 「…おお、驚いたぞ。君はあの時の。 覚えてくれていたとは光栄だな。美しいお嬢さん(マドモアゼル)。 運命的な再会に祝杯を傾けたい所ではある。 だが、残念ながら貴様らはやり過ぎた。 ベロニカ、と言ったな? 君もサンジェルマンも、そして執事を倒したあの白と黒の新型も…」 陵鷹がその全身の重火器をこちらに向け、言い放つ。 「大恩ある我が叔父トーゴ=フランダルの名にかけて。 全員まとめて、鏖殺すると宣言するぜ!」 怯むことなく、ベロニカが応える。 「できるかな? 街角で女を口説き落とすようには容易くはいかんぞ?」 「ふん。そちらの方がよほど難易度が高い、と言わざるを得ないな! さあ、今度は嫌だとは言わせん。一緒に死神の掌の上で踊ってもらうぜ、お嬢さん(マドモアゼル)!」 『本気』となったエドウィン=ランカスターの前には、一切の挑発も意味を成さず。 一切の躊躇も存在しない。 お互いの矜持をかけた最終決戦が今、始まる。 * 同時刻。 山頂にて急襲してきたパン=アルバードの絶璃を前に、リリィは微動だにできずにいる。 相手が達人級の操兵術を有していることは初見で見て取れた。 迂闊に動けばその神業的な鑽捌きの餌食になることは火を見るよりも明らかであった。 対するパンの側も、火力に劣る自機の性質上、確実に急所を突き仕留めることが出来なければこちらが不利になることを理解していた。 ゆえに、奇妙な均衡と沈黙がこの場を支配していたのである。 初めに静寂を破ったのは、(半ばその存在を忘れ去られていた)ゲバールの品の無い高笑い。 「ウェッへッへッへ~ 馬鹿な奴だなあ、てめえは。 2対1のシチュエーションにノコノコホイホイしゃしゃり出てきやがってよう。 しかも、よりによってこの俺様とリリィたんという愛によって深く結びついたコンビの前に!」 場の空気は凍りついたまま。 否、双方ともにその言葉を意識的に聞き流しているようにすら思える。 耳障りな声は尚も続く。 「だぁが!しかし! リリィちゅあーん! ここは俺様に任せるんだ! 生涯の伴侶を守るのは男の役目だぜぇ!? くくく…ついにこのピグマリオンの秘められた真の力を見せるときが来たようだな? 見て驚け! 怯えろ! すくめ! 機体の性能を発揮できぬまま死んでいけぇ!」 おもむろに妖しい動きでポーズを取ったピグマリオンが、その両手で、胸部の装甲を無理やり引き剥がした。 そして、その内部から突如せり出した巨大な砲身が姿を現す! 「名付けて『トリダンカノン』… 最初に言っておく! この武器はかーなーり強い! 説明しよう! トリダンカノンは機体の残エネルギーを全て結集して放つ超ド級大型粒子砲なのどぅあ! その威力は戦艦の主砲にも匹敵し、羅甲クラスならば欠片一つも残さない程に破壊できるという。 だが、余りにも強力であるがゆえに使い手がいなく、凍結処理されていたものを、この天才ゲバール様が引っ張り出してきて専用機に搭載させたという、 まさに玄人好みの扱いにくすぎる武装なのだ!イヒィ!」 頼まれもしないのに解説を一方的に喋り続けるゲバールの言葉を疎ましく思い、苛々を募らせる美女二人。 そのこめかみには大きな血管が浮き出ている。 そしてトリダンカノンの砲口に眩いばかりの粒子光が集まり始める! 「アッ…アッーーーーーーー!!! キタァ! キタよコレ。もうビンビンよ? も、もう、今にも発射寸前だよ? アォォォォォォォ!!! さあ、俺様の太くてかったーいトリダンカノンを喰らい」 「黙れ、この変態」 絶璃が動いた。 そしてパンが吐き捨てる様にそう呟き、目にも止まらぬスピードで鑽を横薙ぎに一閃させた。 ゲバール自慢のトリダンカノンが根元から切断され、空中で3回転した後に地に堕ちる。 「痛ぁっ!」 コックピット内でゲバールが感じるはずの無い痛みを訴え、何故か股間を押さえて蹲った。 パンの攻撃の手は尚も止まない。 次々に繰り出される神速の斬撃が、ピグマリオンの四肢を切断していく。 「鍔家流奥義…『鉄騎乱舞』」 地面に転がったピグマリオンの頭部を踏みつけて破壊しながら、パンが呟く。 「お、俺様…こんな役ばっかし…」 コックピットに飛び散る電撃の火花を虚ろに見つめながら、ゲバールが涙ながらに言葉を発した。 直後に粉々に爆散するピグマリオン。 (迅すぎる…目で追うのがやっとだった…) 一連のパンの所作を目の当たりにしたリリィが心の中で呟く。 戦慄が、冷たい汗を全身に走らせた。 「さあ、次はお前の番だ、白い新型」 月牙鑽を肩に担ぎ、絶璃が眼前へと迫る。 戦いの均衡は既に破られた。 今のリリィの姿はまるで、蛇に睨まれた蛙のように見える。 脳裏には自分が切り刻まれる風景しか浮かんでこない。 シミュレーション戦で培った戦闘経験など、百戦錬磨の敵の前では何の役にも立たない、という事を理解し始めていた。 彼女にとってはこの戦いが初陣である。 もし、先日のベロニカとの模擬戦によって『死への恐怖』を教えてこまれていなければ、早々に突貫してバラバラに刻まれていたのは自分の方だったのかも知れない。 しかし、その教えが今は、皮肉にも彼女の足を止めてしまう結果を招いてしまった。 絶璃が月牙鑽を携え、向かい来る。 振り下ろされる死神の鎌の如く、目にも止まらぬ斬撃がリリィ機を襲う。 だが、パンの目に映ったものは、切り裂かれたコッぺリオンの姿ではない。 振り下ろした鑽は空を切り、地面に大きな裂傷を生じさせた。 「何…ッ?」 今度はパンの双眸が驚愕に見開かれる番だった。 超反応。そして超跳躍。 一瞬にしてリリィ機は遥か上空へと跳び退き、絶璃の攻撃を逃れていた。 「か、かわせた…の?」 思わず吐息とともに漏れる呟き。 体が勝手に反応した、とでも言うべきであろうか? リリィ自身すらも無意識下において取った回避行動である。 極限まで研ぎ澄まされた反射神経と、積み重ねられた訓練があって初めて成せる業。 それはリリィ=マノン=シーニュというパイロットの、稀有な才能の一端を垣間見せるのに十分な動きであった。 「完全に捉えていたはず…この間合い、このタイミングで回避できるとは。 その天賦、嫉妬すら覚える。だが…ッ!!」 間髪いれずに放たれたチャクラムが、宙を舞うコッペリオンに襲い掛かる。 咄嗟に収束シールドを形成し、それを防いだリリィだったが、その衝撃で敢え無く地へと落とされる。 体勢を整えようと、顔を上げたリリィの鼻先に、月牙鑽が突き付けられた。 見下ろす絶璃。パンは冷徹に言葉を投げかける。 「何故…スペックでは遥かに勝っているはずの新型機が、こうも遅れを取るのか…解るか? お前には絶対的に欠けている物がいくつかある」 「くっ…」 突き付けられた鑽をシールドで払いのけ、右手のワイヤーナックルで絶璃を攻撃するリリィ。 だがその一撃は易々と回避され、手痛い反撃を喰らうこととなる。 膝をついたコッペリオンに向かって更なる口上を投げかけるパン。 「今の一撃が全てを物語っている。 まず、お前には『実戦経験』が足りない。恐らくはまだ年若い新兵だな? いい素質を持っている。それは認めよう。 だが、私がお前と同じ歳の頃には既に数多の戦場を駆け回っていた。この差は埋めようの無い事実」 続けざまに放たれる絶璃の斬撃。それをかろうじてエネルギーシールドで防御する。 「『闘志』が足りない。何が何でも敵の咽喉元に喰らいついてやろうという気概が無い。 その面で、お前は先のサンジェルマンの足元にも及ばない」 がら空きになったコッペリオンの腹部を、絶璃の強烈な蹴りが襲う。 大きく後方に吹き飛ばされるリリィ機。 「そして何よりも、『覚悟』が足りない。 お前は恐れている。闘いの果てに傷つき、朽ち果てることを。 屍を晒すのが戦場の常ならば。その覚悟が無い者がしゃしゃり出てくるな」 パン=アルバードが何故、ともすれば彼女らしからぬ饒舌さで口上を続けるのか。 それはひとえに、この戦闘を出来るだけ早く終わらせてエドの元に馳せ参じ、その援護を、と考えていたからである。 だが、目の前の敵を最初に交戦した黒い機体の如く鎧袖一触で葬り去る予定が、驚くべき反射神経で攻撃を回避された。 このままでは長期戦は免れない。 故に彼女は、相手を新兵だと悟った上で、『心を折る』事を試みたのだ。 自分との間の絶対的な差を感じ取らせ、降伏を促す。 それこそが最短で戦闘に終止符を打つ為の策。 「さあ、武器を置いて投降しろ。 そうすれば命までは取らん。 もう理解しただろう? 私には勝てないということを」 「…よぉく、解りました」 堕ちた、とパンは心の中で呟く。 だが、リリィは戦闘態勢を解こうとはしない。 コッペリオンの腕にエネルギーが収束していく。 「戦士として兵士として、私に何が欠けているのか、そして、貴方をお姉様の元に行かせてはいけないという事が!」 直後に放たれた強烈なエネルギー砲を紙一重でかわしつつ、パンは唸る様に言葉を発する。 「貴様…飽くまでも屈せずに戦うということか?」 「私、足手まといにはなりたくありませんから! 勝てないまでもせめて、貴女をこの場に足止めする。 まだ私の舞台は終わってませんよ! ステージを途中で降りる訳には行きません!」 自らに言い聞かせるように、声を張り上げる。 『闘志』は十分に補填された。 そして、ベロニカとのシミュレーション戦で味わった『死の体験』。 束縛となっていたその鎖が解き放たれる。 あの時の体験に比べれば、目の前の敵の攻撃はそれに遠く及ばない、と。 恐怖は既に乗り越えられた。構築される揺るがぬ『覚悟』。 そして、交戦するパンが気づいた確かな手ごたえ。 「この娘…強くなっている。闘いの最中に成長し続けているとでも言うのか…馬鹿な!」 回避運動を取るごとにその動きはキレを増して行き、繰り出す攻撃は一撃ごとにその威力を増していく。 初めての自らの技量を上回る強敵との実戦経験。 未知なる戦場での心構えの獲得。 それらを経て急速に開花しつつある天賦の才。 白鳥の翼は今、大きく開かれた。 * 「ローラン、戦況はどうなっているッ!!」 高々とブリッジに響くサンジェルマンの声。 医務室にて無造作に体に包帯を巻いただけの応急処置で、駆け戻ってきたところを鑑みるに、この男の闘志は未だ費えず、戦いで追った傷を自愛し安静にするという選択肢は存在しないようだ。 白衣を着たスタッフたちを押しのけて、乱暴にブリッジのドアを開く。 そもそも、彼はエドウィン=ランカスターとの因縁の再戦をベロニカに譲るつもりは無かった。 我輩が出る!と喚くように主張する彼を半ば強引にメディカルスタッフが総出で医務室へと連れ去った形である。 モニターを食い入るように見つめ、戦況を見守っていたローランがその喧騒にちらりと目を向けた。 そして案の定、という風にため息をつく。 「…狩猟用の麻酔注射でも打っておくべきでしたね。まったく貴方は。 その傷で動き回るなんて、自殺願望でもあるんですか?」 「愚か者! 我輩以外にかの陵鷹に対抗できる者がいるか! 奴を仕留め損なったのは我輩の失策だ。故に我輩が決着を付けるのが筋であろう? それにあのような娘達が、徒に若い命を散らす様は見てはおれんだろうが。 解ったら早急に我輩の乗る機体を用意せよ!」 サンジェルマンが頑なに前線を退こうとしないのは、彼なりの責任感の現れであった。 自らが敗北を喫しなければ今のこの窮地は起こり得ない状況であったのだから。 ローランはデータを取る手を休めることなく、もう一度彼を一瞥する。 そして彼の剣幕に諭すように返答する。 「強がっていても、操縦桿すらまともに握れない今の貴方に、何時もの様な動きが出来るとは到底思えません。 だから貴重な機体を預ける気は毛頭ありませんよ。努力や根性で何とかなる様な損傷じゃないことは明らかだ」 「何だと!!! …ッ!!」 ローランの挑発的な物言いに怒号をあげたサンジェルマンだったが、すぐに顔を顰め、右の肋骨の上に手を添えた。 「ほら、見なさい。怪我人は怪我人らしく、ベッドでじっとしていることです。 それに、貴方が考えているほど、あの娘達はヤワではありませんよ」 そう言ってローランはモニターに中継される戦場の様子を指し示す。 そこにはリリィとパンの、ベロニカとエドの一進一退の攻防が映し出されている。 「予想以上に良い動きだとは思いませんか? ふふふ…やはり、僕の目に狂いは無かった。素晴らしい」 モニターの中で激しく鎬を削る陵鷹とコッペリオン。 互いの装甲を削り合いつつ、火花を散らしてぶつかり合う。 その様はまるで闘劇の如く。 自らが心血を注いで開発した機体・コッペリオン。 その力が優れた操縦者を得て、アムステラの科学力を結集したエース機に対しても決して引けを取るものではないと、今、実証せしめている。 その事実がローランの心を打ち震わせていた。 一方のサンジェルマンの目は同じくモニターに釘付けになっている。 先ほどまでの剣幕が嘘のように、静寂に支配されたブリッジの中、英雄が静かに口を開いた。 「認めよう。素晴らしい動きだ。 正直、サンギーヌ殿の娘御がここまでやるとは予想の外だった。 だが、この流れはいかん。 このままでは…負けるぞ、ベロニカ嬢は」 * 「なるほど、良い腕じゃねえかマドモアゼル。 地球とは面白い惑星だ。辺境の地にありながら、その科学力とパイロットの能力は明らかに水準を越えていやがる。 そして君は今までに俺様が戦った敵の中でも有数の使い手だぞ、ベロニカ=サンギーヌ」 互角の攻防の最中、エドが感心したようにそう公言する。 「光栄の極みだな、ランカスター侯。 だが世辞は不要。そして一撃ごとに相手の力を推し量る様子見の交戦も、これ以上は不要」 「ああ…そうだな。そろそろ決着(ケリ)をつけさせてもらうぜ」 互いにそう言い放ち、必殺の構えを取る。 ベロニカは両腕に収束エネルギーソードを形成し、エドは全砲門開放の構えを。 ここに到るまでの交戦経験から、陵鷹の戦闘スタイルや間合い、重火器の性能は全て理解できた。 一撃必殺の威力を持つ砲撃特化型でありながら、その移動スピードは軽量格闘戦特化型にも匹敵する恐るべき機体。 その姿はさながら高速移動する万能型砲台(マルチプルキャノン)。 だが、決して捉えられぬスピードではない。 そして一切の近接戦闘用武装を持たない。 つまり、敵の砲撃の雨を掻い潜り、懐に潜り込めさえすれば…そこに勝機は自ずと見えてくる。 ベロニカはそう判断した。 確固たる経験則に基づいた定石(セオリー)の上での確信。 じりじりと間合いは詰められる。 そして、コッペリオンが陵鷹の照準範囲内に足を踏み入れた瞬間。 最初に動いたのはエドウィン=ランカスター。 広範囲を焼き尽くす拡散ビーム砲が眩い光を放つ。 それを巧みにかわしつつ、一直線に距離を詰めるベロニカ。 続けて発射されたレールガンをエネルギーソードの一閃にて薙ぎ払いつつ、ガトリングガンの連射をシールドにて防ぎきる。 神業とも言うべき動きにて、コッペリオンは一気に陵鷹の眼前に差し迫った。 「これで詰み(チェック)だ! 沈め、ランカスター!」 ベロニカの勝利を確信した叫び。 大きく振りかぶったエネルギーソードを隙だらけの陵鷹の頭部に振り下ろす。 かくして王(キング)は詰み取られ、この一局に終止符が…打たれるはずであった。 これがテーブルゲームの類であったならば。 この戦術に、何一つミスなど無かった。 唯一、ベロニカに誤算があったとするならば、それはこの陵鷹が『高速移動する砲台』などではなく、『狂走する戦車』そのものであったということ。 次の瞬間、エドが取った行動は斬撃から逃れようとする回避行動などではなく…逆にこちらがコッペリオンの懐に飛び込もうとする突進行動。 あろう事か、砲撃専用の機体が近接武器も持たずに接近戦を敢行しようという矛盾。 そして、その装甲は強烈なタックルに耐え得る程に強固であったという事実。 そのファクターが彼女の計算を完全に狂わせた。 結果として、ベロニカの掲げたサーベルは振り下ろされること無く空を切り、腹部にカウンターを喰らった様な形で自らが後方に吹き飛ばされる事となる。 激しい衝撃にうめき声を上げ、はっと顔を上げれば…眼前には獲物を鯨飲しようとする蛇の様に鎌首をもたげる有線レーザー砲達。 「しまったッ!!」 「遅ぇ!! さあ、鷹の爪の餌食になりやがれ!!」 エドの叫びと共に一斉に放たれるレーザー砲がコッペリオンを貫く。 世の中には定石(セオリー)に則る事無く、かけられた王手(チェックメイト)を逃れることの出来る者が居る。 それは例えば対局の最中にチェス盤ごと駒を全て引っ繰り返す様な行為。 エドウィン=ランカスターという男は躊躇いも無く、それが出来るタイプの将である、とベロニカは悟ることとなる。 * ガタッ、と音を立てて椅子が後ろ向きに倒れる。 戦局を見守っていたローランは、モニターを呆然と見つめながら立ち尽くしていた。 そこにはエドの攻撃によって大打撃を負ったコッペリオンの姿が映し出されている。 苦々しく顔を歪めたサンジェルマンが、重々しく口を開く。 「だから言ったのだ…我輩以外にかの者に対抗しうるパイロットがいるか、と。 純粋な技能の高さや戦術の良し悪しの問題ではない。 これは相性の問題なのだ」 彼自身が同じ『チェス盤を引っ繰り返す』ことの出来る闘士だからこそのシンパシー。 勝つために必要な定石を、誰しもがその経験の中で構築する。 だが、そんなものを意に介せずに戦い続ける者がいる。 得てしてそれは、他者からは『何も考えていない』と誤認されることがある。 しかし、違うのだ。 本能に従って突き進む者に、マニュアルは不必要。 彼らは勝利への最短の近道を嗅覚で探し当て、それに従って疾走する。 何の躊躇いも無く。獣の如く。 そしてそれは常人には理解し得ない近道である事がほとんどである。 故に、これは兵士として優秀であるほどに、そして戦場での経験が多ければ多いほど嵌まるジレンマ。 『こんな事象は有り得ない』と思い込んでしまった時点で、勝利への道筋は険しきものと変わるのだ。 「もう解ったであろう? 我輩に余っている機体を貸せ、ローラン。 そして前線の者達を呼び寄せよ。負け戦に付き合わせて若い命を散らせる必要は無い。 殿は務めてやる。 如何に今の我輩が無力に等しいといっても、お前達が逃げる時間くらいは作ってみせるぞ」 ローランは眉間に苦渋の皺を寄せ、親指の爪を噛み締める仕草を見せている。 「…それには及びませんよ。まだ勝敗を論ずる様な段階ではない。 負けないための保険。策ならばもう一つ残っている。既に手は打っています」 「何?」 苦悶の表情とは裏腹に飛び出す、強気な発言。 その言葉に嘘偽りは無さそうだ。 この男に限って根拠の無い悔し紛れの負け惜しみを言うことは無い。 それは長い付き合いの中で十分に理解していた。 しかし、依然として彼は苦々しい表情を崩さない。 サンジェルマンは訝しげに彼の様子を窺う。 そして口元に手を当てて何やら呟き続けるローランの言葉を盗み聞き、納得すると共に心底呆れてしまう。 「…現状ではコッペリオンの性能は陵鷹を凌駕しうるものではなかったということか? いいや、地力では決して負けてはいない。操縦者の力量も劣ってはいなかった。 これはイレギュラーだ。不運(バッドラック)が重なっただけに過ぎない。 だが、それを限りなくゼロに近づけるだけの改良を。更なる改良を。 根本から練り直す必要がある…」 戦術的に負けは無いと豪語しつつ、彼の研究の結晶とも言うべきコッペリオンが遅れを取ったこと。 それが彼にとっては何にも勝る悔しさであり、敗北に等しい事象だったのだ。 この男は軍人である前に、性根から骨の髄までサイエンティストであったのである。 「ローラン、貴様! この期に及んでそんなことを論じている場合か! 策とやらがあるのならとっとと見せよ!」 サンジェルマンの怒号に促され、ローランは現実に引き戻された様にはっと顔を上げる。 「おっと、これは失敬。 ベロニカ君! 動けるかね? ただちに後退し、後詰の部隊と合流だ」 負傷兵たちの多くは既に応急処置を済ませており、動ける者は既に無傷の機体に搭乗し、戦艦を囲む形で陣取っている。 これが彼らを命運を握る最後の防衛線であった。 それを知っているベロニカは気丈にも声を張り上げてローランへと反論する。 「損傷は軽微。私はまだ負けたわけではない。 まだやれます。 今、この陵鷹の侵攻を阻むほどの戦力は我が部隊に残されてはいないはず。。 どうかこのまま、戦闘続行の許可を」 その言葉とは裏腹に、コッペリオンの装甲は焼け爛れ、今にも崩れ落ちんばかりの痛々しい姿を晒している。 至近距離からの砲撃を正面から受けて、無事で済むはずが無い。 「それのどこが軽微だ。中破と言っても差し支えない傷だぞ。 損傷の問題ではないよ、ベロニカ君。 遺憾ながら敵の力の目算を見誤っていた。認めよう。これは僕のミスだ。 このまま戦闘を続けても、勝率は限りなくゼロに近い。 徒にパイロットの生存率を下げるだけの戦いは認められない。 つまらん意地は捨てたまえ。そして帰投しなさい」 「…『普通に』シミュレートすれば、それが妥当なところでしょうね。 では大佐。こう言い換えましょう。 『勝つ為の術を思いつきました』 勝算は十二分にある。 秘蔵の新型機体を無様に壊されて逃げ帰っただけのデータにどの程度の価値が? 大佐もこのままでは引けないでしょう。 私もコッペリオンも、まだ終わってはいない。 使い方次第でアムステラの指揮官クラスの機体をも凌駕する所を実証してみせます」 もしもこれがただの量産機であったならば、先ほどの手痛い一撃にて粉々に四散してしまっていた。 あれ程の攻撃が致命傷に至らず、未だこうして起動し続けている事こそがこの機体のスペックを証明しうる要因の一つ。 つまり、勝負に敗れるとするならば自らの技量が相手に劣っている、ということなのだ。 ベロニカにはそれが我慢ならなかった。 黒き悪魔への再戦の長い道のりの、その第一歩で躓いてなどいられるか、と。 「………ふむ」 ローランは口元に手を当てて、そう呟きを漏らす。 このままでは実戦投入の結果は不完全燃焼のまま終わる、というのは彼自身も遺憾に感じていたことだし、甚だ不本意な事であったからだ。 「貴方の事だ。 まだ隠し持っている何らかの策があるのでしょう? それが発動するまでの時間稼ぎでも良い。 もう一度だけチャンスを下さい、ローラン大佐」 ローラン=ド=アトレーユが噂通りの曲者である事は、ここに至る前の戦闘から良く理解できた。 ここに来て初めて、この怪しげな男に対しての信頼が芽生えたと言ってもいい。 少なくとも、勝つ為の策は尽きてはいないはず。そうでなければそんな風に落ち着き払ってなどはいられないはずなのだから。 その思いは確信に近かった。 故にベロニカは命令違反にも近い嘆願をこの局面で訴えた。 ローランは険しい顔で時計を見やる。 そして意を決した様に頭をあげた。 「よろしい。ベロニカ君。 やってみたまえ。 ただし君に与えるタイムリミットは10分。10分間だけだ。 それを超えたら嫌が応にも帰投してもらう。 それで良いかな?」 「それで結構。 …ありがとうございます。私のわがままに付き合って頂いて」 「なぁに、例には及ばんさ。 だが、これ以上、僕のコッペリオンを傷つけることは許さないぞ。 今から少しでも破損させたら、その分の修理費は君の給料から天引きだ」 冗談めかしてローランは語る。 そして心の中で呟く。 この娘は面白い、と。 やはりセドリック=サンギーヌの元で埋もれさせるには惜しい人材であった、と。 ローランは彼女の父親を、勝敗と出世にしか野心を示さない古い軍人と軽蔑していた。 部下を自らの野心の駒としか捉えられない男。 それでは柔軟な思考をもったパイロットは育たない。 あの時、ベロニカに白羽の矢を立てた事は間違いではなかった、と。 もっとも、セドリックが娘に対して抱く感情はもっと複雑な心境に根ざしたものであったのだが。 「了解。では行きます!」 ベロニカの気合のこもった声を最後に通信は切られた。 「サンジェルマン卿。今のやり取りは聞いていましたね? 状況が変わりました。お望み通り、機体をお貸しします。 格納庫に無傷の6型が配置されていますので、直ちに出撃し彼女のサポートを…」 言葉を投げかけ、振り返るが、そこに居るはずの人物はどこにも見当たらない。 忽然と姿を消している。 と同時に、ドォン! と艦内部から響く爆音。 モニターには無残に破壊された格納庫の扉と、勢い良く飛び出していく6型の姿が映し出された。 「ローラン! 貴様の悠長な演説を聞いている暇は無い! 余っている機体は勝手に借りていくぞ! ベロニカ嬢の援護に向かう! 文句は聞く耳持たぬ! シャルル=ド=サンジェルマン、出るぞ! 道を開けよ! 戦場に三度目の雷鳴を轟かせてくれようぞ!!」 咆哮にも近い音声通信が一方的に入り、一方的に切られた。 ローランはわなわなと震えながら握り拳をコンソールに打ち付けた。 「シャルルッ!! 随分大人しく聞いていると思ったら、あの男は! 他者の指示を仰ぐという言葉を知らんのか… 何もハッチを壊して出て行く事は無いだろう? 余計な損害を増やしてくれおって!」 結果的には彼の出そうとした指示と同じ展開になったのだが。 この幼馴染がもっとも扱い辛い存在である事を再確認させられる羽目になった。 「大佐! 入電です!」 怒り冷めやまぬローランの耳に入ってきた、通信士からの報告。 それを聞いて幾分落ち着きを取り戻す。 「…発信元は?」 「空軍中佐アンドレ=ボンヴジュターヌ殿です」 ローランの口元が嬉しそうに歪む。 「ふん、やっと来たか。随分と遅いご到着だ。 思ったとおり。手柄を独り占めするつもりで今の今まで待っていたな? 相変わらずハイエナの様に狡猾な男だ」 そう言い放ち、眼鏡のフレームを中指と人差し指で持ち上げる。 そして直ちに通信を繋ぐように指示を出す。 同時に、モニターには派手な装飾と厚い化粧を施した若い男の姿が映し出される。 続いて響き渡る、どこか嫌らしい口調の甲高い声。 「コマンタレヴゥ~~~?(ごきげんいかが?) アトレーユ大佐。 援軍要請に応じて馳せ参じさせて頂きましたよぉ? カマハドゥ?(わが盟友) ンフフフフフフゥ~~~」 * 再び対峙するコッペリオンと陵鷹。 「ほう? その損傷でまだ戦うつもりかよ? 随分としぶといじゃねえか、マドモアゼル。 フランスという国の戦士はみんなそうなのか? まるでゾンビを相手にしてるような気分だぜ」 完全に勝敗は決したと判断し、踵を返していたエドは、立ち上がり戦闘の意思を見せたベロニカに対し、そう言い放つ。 「ああ、そうかも知れんな。 だが、残念ながら不死身ではない。 詰めが甘いぞランカスター。 完全に破壊し尽くすまで止めを刺すべきだったな」 「馬鹿を言え。そんなエレガントじゃねぇ真似、できるかよ。 それに敵はお前だけじゃない。ぐずぐずしてたら、お前らの親玉を逃がしちまう。 こっちは急いでるんだ。 大人しく倒れてれば良かったものを。そうすれば命までは取る気は無かったのに」 「舐めるなよ。敵を前に倒れたふりまでして生き延びたいなどとは思わん。 だが、時間が惜しいのはこちらも一緒だ。 終わりにしよう、ランカスター。 次が私の渾身の攻撃だ。 行くぞ!」 先の交戦を繰り返すかの様にお互いに構えを取り、間合いを計る。 「何度来ようが同じだ。 この陵鷹の攻撃に死角はねぇ!」 確信があった。 敵の攻撃が自分に届くことは無い、と。 どのような一撃が来ようとも、全て迎撃して見せる。 そのシミュレートは完全に頭の中に思い描かれていた。 怖いのは予測の外からの攻撃のみ。 故にデュランダールとの戦いでは、変幻自在の攻撃に翻弄された。 目の前の敵は優れた腕を持っている。機体も油断なら無い性能を持っている。 だが、それは十分に想定しえる実力だ。 こいつは『強い』。しかし、『怖く』は無い。 コッペリオンは前のように懐に飛び込もうとはしない。 恐らくは先の戦闘での手痛い反撃を恐れている為か。 常に一定の距離を保ったままこちらへと攻撃を仕掛けてくる。 「ふん、その程度か。 さっきまでの方が余程威圧感を感じたぞ、マドモアゼル!」 恐れるのは当然の事。 何故ならば既にコッペリオンはその強固な装甲のほとんどを焼き尽くされ、剥がされ、丸裸も同然。 一撃でも食らえば致命傷は必至。 近づきたくとも、近づくことは適わないのだ。 エドはベロニカの消極的な攻めをそう判断した。 「近づいてこないのなら、こっちから行くぜ?」 そもそもが中~遠距離こそ陵鷹のもっとも得意とする間合い。 次々放たれる強烈な砲撃に、コッペリオンはそれを防ぐのが精一杯という様相を呈す。 彼女に出来るのは両腕にシールドを形成させたまま攻撃を防ぎ続けることのみ。 もはや完全に封殺されたかのように見えた。 そして放たれ続けるガトリング砲の連弾が、ついにコッペリオンのバランスを崩させ、足を止めさせた。 その隙をエドは見逃さない。 「これで終わりだ、ベロニカ=サンギーヌ!!」 拡散ビーム砲の巨大な砲門が眩いばかりの光を内包する。 近距離から食らえば形すら残らぬほどのエネルギーを秘めた、悪夢の一撃が今、放たれんとしている。 コッペリオンは地に膝をついたまま。到底避けきれるタイミングではない。 エドは自らの勝利を確信した。 しかし、この体勢こそがベロニカの思いついた『勝算』へと繋がる布石! 彼女はこの状況になる事をずっと待ち構えていた。 咄嗟に放たれるワイヤーナックル。 今にも照射されようとするビーム砲を避けようともせず。 否、避けるつもりなど最初から無かったのだ。 彼女がナックルにて狙い打ったのは、機体の急所たるエンジン部でもコックピットでもなく……『腹部拡散ビーム砲の砲門』!! ピンポイントバリアを表面に張ったまま、発射寸前の砲門に深々と食い込む拳。 そして彼女は残った片腕に形成させたソードで即座にワイヤーを切り離し、全速でバーニアを噴出させ、後方に飛びのいた。 例えば、ライフルの砲身に石を詰めたまま、トリガーを引いたとしよう。 そこに待つのは幼児でも容易に理解できる結末だ。 『暴発』 出口を塞がれ、行き場を失ったエネルギーは内部にて、敵を焼き払う為に蓄えられたその恐ろしい力を発散する。 その威力は大きければ大きいほどに…その身を地獄の業火で焼き尽くす。 エドがその意図に気づいたのは、拳が砲身に着弾してすぐの瞬間。 時、既に遅く。 「馬鹿な…こんなクレイジーな方法で…」 『有り得ない』と思い込んでしまった時点で。 勝利への道筋は険しき獣道へと変わる。 定石は過去の遺物へと退化する。 優位に立ったエドは知らず知らずのうちに、とるべき選択肢を狭められていた。 故にベロニカの、少しでもタイミングを計りかねれば、自分の身すらも危うくさせるこの企てに気づくことが出来なかった。 今度はベロニカがチェス盤をひっくり返したのだ。 陵鷹の腹部が、溢れ出そうとするエネルギーの奔流に耐えられず崩壊を始め… そして爆ぜる。膨大な熱量と光を伴って。 「お、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」 エドの絶叫。 それを掻き消すように巻き起こる激しい爆発。 そして彼女は乱れた呼吸を整えながら、はっきりと声を発する。 「これにて終幕だ、エドウィン=ランカスター。 お前は紛れも無く、あの悪魔に準ずる強敵だった」 * 「エド様…?」 パン=アルバードは自らの中に突如走った、電撃にも似た戦慄を感じた。 虫の知らせ、というものであろうか? 彼女は自らの主君に何らかの危機が起こった事を悟り、陵鷹へと通信を入れる。 「エド様…エド様! 応答なさいませ」 通信機からはノイズが聞こえるのみで繋がらない。 何かが起こったのは間違いない。 激しい不安に駆られる。 一刻も速く、主の元に駆けつけなければ、と。 交戦中の白い新型は、攻撃をかわす事に関しては一線級の力を持っているようだった。 故に、決定打を入れることが出来ず、終始こちらが有利な戦況でありながらここまで戦闘を長引かせてしまった。 文字通り足止めを食らった形である。 歯痒い。 パンは悔恨の念に囚われる。 自らにもっと卓越した力があれば、すぐにエドの援護に向かうことが出来たものを、と。 一瞬ではあったが、エドが向かった戦場の方角に顔を向けたパンの絶璃の隙をつき、リリィは攻撃を仕掛ける。 絶妙のタイミングではあった。 しかし、内心の焦りとは裏腹に、パンの集中力は極限にまで高められていた。 一刻も速く目の前の敵を倒し、エドの元へ駆けつけること。 それのみが彼女の脳髄に刻み込まれていた。 ワイヤーナックルを超人的な速さでしゃがみ込んでかわし、そのまま月牙鑽の一薙ぎでコッペリオンの両脚を切り落とした。 そして即座に繰り出された強烈な蹴りが、リリィ機を大きく後ろに吹き飛ばす。 ほとんど無意識下に行われた一連の動作。 戦闘時間の長さに反して、勝敗は驚くほどあっさりと決した。 勝敗を決めたのは、経験の差以上に背負っているものの重さの違いが影響した、と言っても過言ではない。 「ご、ごめんなさい、お姉様っ…」 呟き、その場に崩れ落ちるリリィ。 勝利の余韻にひたることも無く、振り向きもせずに崖を滑り降り、エドの元へと推参しようとするパン。 主人の身を守れずして何が一の直臣か。 既に彼女の目的は戦術的勝利を収めることにあらず。 「どうかご無事で…エド様!」 機体を疾駆させるパンの頭上から降り注ぐ陽の光に影が射した。 見上げればそこには、地球軍の物と思しき戦闘機の編隊。 機影が、次々に恐るべき速度で通り過ぎていく。 彼らの向かう先は、自分が目指す所と同じ方角。 突き抜ける絶望感が体を支配する。 風切る羽の轟音は即ち、この戦いに終わりを告げる角笛の音。 * 死闘繰り広げられし戦場に奇妙な静けさが漂う。 死力を尽くして戦ったベロニカを襲う疲労感は、彼女の体に鉛の様な重さを感じさせた。 「ベロニカ嬢! 無事か!? 生きておるならば返事をせよ!」 救援に駆けつけたサンジェルマンの、耳に響く怒鳴り声。 それが今は気付剤の役割を果たしていた。 「問題ありません、サンジェルマン卿。 薄氷の差ながら、陵鷹、何とか討ち果たしました」 「そうか! 良くやった。 立てるか? 早々に艦に戻って休むのだ」 6型が差し出した手を取ろうにも、先ほどの交戦においてコッペリオンは利き腕を失っている。 装甲は焼け落ちて最早鎧の意味をなさず。 それがこの戦いの凄まじさを物語っていた。 「いえ、まだコントロールは利きますし、一人で歩けます。お構いなく」 「何を愚かな。いつ起爆するかも解らん損傷では無いか。 そのままでは危険だ。 機体を捨て置いてこちらのコックピットに移れ。 ローランの馬鹿めはテスト機は持ち帰れだの何だのとグダグダと文句を言うだろうが、気にすることは無い。 我輩がきつく言い聞かせて黙らせてやる」 「お気遣い感謝致します。 でも、そういう事では無いんですよ… 私はこの機体のお陰でここまで戦えた。 この機体のお陰でまだ生きている。 だからこの戦いが終わるまで、一緒に居てやりたいんです」 自らの意思を固辞しようとするベロニカの様子に呆れたように、サンジェルマンは差し出した手を引っ込める。 「ふむ、そうか。ならば好きにするが良い。 君のその頑固さはお父上譲りのようだ」 にこり、と笑みを浮かべ、立ち上がるベロニカ。 爆発によって巻き起こった土煙が晴れ始めた。 そこに土石に塗れ、外部装甲パーツを四散させ、その身から煙を立ち上らせる満身創痍の陵鷹の姿が見え始める。 両膝を地に付き、腕はだらりと垂れ下がったまま微動だにしない。 パイロットの生死は不明である。 「あの爆発でまだ原型を保っているとは。アムステラの科学力には舌を巻くばかりだな。 ……ベロニカ、先に戻れ。 我輩は彼奴に用がある」 「…ランカスターを、助けるつもりですね?」 陵鷹の元に近づくサンジェルマンの6型の背中に、躊躇いがちに声をかける。 「敵に情けをかける事を非難するか? さもありなん。この先、生かしておいては確実にフランスの…否、地球軍の脅威となるであろう強敵の命を助けるなど、大局的にみれば愚行以外の何者でもなかろうな。 だがな、この男は『勇者』だ。殺すには余りに惜しい。 ……ふん、理由はそれだけだ。愚かと呼ぶならば呼ぶが良い。 報告も自由にせよ。咎めは我輩一人で受ける」 「見くびらないで貰いたい。卿の行動、誰が非難などしましょうか。 …コックピットの損傷から推測するに、パイロットの命に関わるような状態では無さそうです。 救護してすぐに手当てすれば大事に至らない。急ぎましょう」 そう言いながら、6型の後に続く。 サンジェルマンはその言葉をいたく気に入ったらしく、高らかに笑って見せた。 「はっはっは。君も騎士道を解する立派な武人のようだ。 好敵手の居ない戦場など、役者不在の寸劇よりもつまらぬ。 君はその若さで良く解っているな。戦場の作法を」 「ち、違います。私はただ、生かして相手の将を捕えた方が我が軍の為にもなり、戦略的にも有利であり、上層部からの評価も…」 その瞬間。 陵鷹のカメラアイに火が灯った。 ぐぐぐ…と、頭部が稼動し、こちらを睨みつけるように停止する。 一瞬の驚きと警戒の後、サンジェルマンが声をかけた。 「お目覚めのようだな、ランカスター。 いまだ闘争心を失わぬとは、やはり貴公は我が好敵手に相応しい男のようだ。 だが、その有様では最早何も出来ん。 大人しく投降せよ。悪いようにはせん」 「うるせーぞ、おっさん。 横から入ってきて邪魔をするな。すっこんでろ。 俺はそこのマドモアゼルとダンスの真っ最中なんだよ。 野暮な真似をしてくれるな」 その声に覇気はあれども、苦痛に震える声色は隠し切れぬ。 必死で痛みに耐えている事は一目瞭然であった。 「ランカスター。戦いはもう終わりだ。 ほんの僅かな差で、勝利の女神は私に微笑んだ。 死神の掌に我らの命が飲み込まれなかった事を感謝しつつ、舞踏を止めることは出来ないか?」 「随分つれねぇじゃねーか。 俺様はまだ負けてねえ。 ポイントは1対1のイーブン。 お互いに未だ死なずにここに立っているんだ。 勝負はこれから。そうだろう?」 ベロニカの説得に大しても、強気な発言で返すエド。 「ランカスター、貴様程の男が見苦しいぞ。 これ以上の問答はただの負け惜しみにしかならん」 「…ふん、納得いかんようだな。 ならばこう言い換えよう。 『俺様の陵鷹にはまだ奥の手が残されている』 そこから一歩でも動けばそのカードを切る。 お前らを道連れにして華々しく散る事くらいは出来るんだよ」 鬼気迫る迫力でエドは続ける。 これは敗戦の将が最後に見せる意地であろうか? 「ありませんよ。もう貴方の手元に切り札など」 突如割って入ったのは、ローランの間延びした声。 全戦場に向けて開かれた通信回線。 「最後のカードは『嵐陵鷹』…と呼ばれるあの最終形態のことですかな。 貴方が日本での決戦において見せた、究極の姿。 確かにあれを使えば、この戦況を逆転できる可能性はある。 …しかし、それならば何故、すぐにお使いにならないのですか?」 「………」 「『使いたくても使えない』のでは無いですか? あの戦いの詳細は、僕も興味があったので調べさせて頂きました。 『敵は地上戦艦一つ分のエネルギーを全て消費して、ナノマシンによる機体の再構築を行った。』 今と同じ、大破に近い状態から、不死鳥のように生まれ変わり、顕現した巨大な決戦兵器。 それが『嵐陵鷹』。 だが、それは裏を返せば、『戦艦一つをパワーダウンさせるほどのエネルギー量が無ければ使用する事が出来ない』事を意味する。 …この山中のどこに、そんな供給施設が存在するんでしょうかね」 「………ッ!」 エドの声がかすかに震える。 「図星のようですね。結構。ならばもう一点。 そんな風に頭に血が上ったフリをして、切り札をちらつかせる行動。 貴方がそんな時間稼ぎを続けるのは、これも推測ですが、貴方が非常に部下思いの将である事の証明。 …残念ながら、貴方のその行為は徒労に終わったようですよ。 10時の方角を御覧なさい」 「エド様っ!」 ローランの言葉が終わるか終わらぬかといったタイミングで重なる音声通信。 指し示された方角からその姿を現したのは、忠臣パン=アルバードの駆る絶璃の姿。 「パン! 何故来た? 早々に逃げろと、伝えたはずだぞ!!」 「主君を捨てて自分だけ逃げる。そんな事が出来るとお思いですか!? 貴方が逃げる為の血路を開くのは我らの役目です!」 あの瞬間。 エドウィン=ランカスターが昏倒状態から目覚めた時、まず最初に行ったのは、部下たちに暗号通信を送ることだった。 『総員、直チニ散開シテ逃走セヨ』と。 ベロニカとサンジェルマンを相手に、長口上を続けていたのも、その時間を稼ぐため。 だが、皮肉な事に忠義の臣下であるパンは、その命令に従う事を由としなかった。 「馬鹿野郎…最後まで俺様にかっこつけさせやがれ」 「お断りします。そんなエド様をまったく素敵だとは思いませんから。 少しは成長したと思ったら、全然駄目ですね、エド様。やっぱり私が傍に付いていないと。 …お供致します。地獄の底までも」 その手に鑽を携え、心に決意を抱き、彼女は疾走する。 主の元に駆けつけるため。そして共にこの戦局に一縷の光明を見出すために。 だが、その歩みを止めたのは、けたたましい爆音と共に上空から浴びせられる銃爆撃だった。 いつしか戦場の空には、遥か彼方から飛来した多数の小型戦闘機と、可変機が所狭しと飛び回っていた。 後ろには、大型戦闘空母と輸送艇が続く。 中隊規模で言えば最大級の軍勢である。 パンはここに向かうときに見た、地球軍の戦闘機編隊の姿を思い返す。 あれは戦力のほんの一部に過ぎなかった。 そして自分の感じた嫌な予感が的中していた事を確信した。 『敵は、まだ十分な戦力と余力を残していた』 それを自分達に全く気づかせずに…というよりは前線の味方達にすら恐らく援軍がある事すらも伝えていなかったのだろう。 そうでなければあのような決死の攻防は望むべくも無く。 攻撃開始直前まで、僅かもその姿を現すことなく何処かに潜み。 戦局が終わりを告げる頃になって漸く姿を現し、攻撃を開始する。 例え前線の仲間がどれほど傷つき、倒れても。顧みることなく。 この采配。 悪魔の所業だ。 そして、上空を飛び回っていた機体の一部が、ゆっくりと地上へと降り立ち始める。 翼持つ鳥の姿からヒトの姿へとその身を変化させ。次々に。 国連機構開発の高性能可変型量産機『グラニM』。 フランス軍のシンボルでもある白を基調としたカラーリングを施されたその機体が、パンとエドの周囲を取り囲んだ。 万事休す。 そんな言葉が彼らの頭をよぎる。 そして最後に着陸した一際過大な装飾で身を飾る指揮官機と思しき、ゴールドカラーのグラニMが通信を開き、勧告する。 「ンッ♪ ンー… 麗しき愛と忠義だなァ… 片や部下を助ける為に体を張り。片や主人の為なら死すら厭わず。 でもねぇ、無駄無駄無駄無駄なんですよゥ。ぜぇんぶガスピヤージュ(無駄ァ)!! 我ら大空の覇者、フランス空軍最強の『飛鮫騎士団』が来たからには、これにてラ・フィィィン(お仕舞い)! 大人しくこの麗しきアンドレの前にひれ伏して、お命乞いなさってはいかがです? デュ・ポォォォル(アムステラの豚共)」 甲高く、嫌らしい声が鳴り響く。 金色のグラニMのコックピットを開き、わざわざその姿を現したのは、ド派手な格好をした厚化粧の青年。 『天空にその人有り』と謳われし、元・フランス空軍の英雄ヴァルル=ボンヴジュターヌの実子にして、鋼翼の大軍団を束ねる者。 その名をアンドレ=ボンヴジュターヌ。 その風貌は遠きアフリカの地、レゼルヴェの争乱にて死した父の面影を色濃く残し。 浮かべた残虐な笑みは潔さの欠片も感じさせぬ。 戦場を見渡したアンドレは、サンジェルマンの6型に目を留めて、その止む事の無い毒舌を振るう。 「おやおやァ? そこにおわすは英雄シャルル大先生ではあーりませんかァ? 随分と貧相なお馬さんに乗ってらっしゃるのですね? いつものバケツ頭の愛機はどうなされたのです? ……あァ! これは失敬。『またしても』撃墜されてしまわれたのですねぇ!? ンッンー♪ 不様。不様。ブッ!ザッ!マッ!ですねぇ!! インフォミッテ(不様極まりない)!!」 「黙れ、厚顔無恥の道化者が! アンドレ、貴様っ…この期に及んで何をしに来た? 我らの闘いの邪魔をしにここまでやってきたとでも言うのか?」 「ンー♪ ノンノンノン。これは心外ですなァ。 遠きスペインの地にて激戦中の我らに、援軍要請を出したのは貴方達の方じゃないですかァ? そこを、これは友軍の一大事! と早々に戦闘を終結させ、援護に来たんじゃないですか。 感謝こそされ、恨まれる筋合いなど、全くありませんねぇ。 全く、陸軍が無能だとこうやって我ら空軍にお鉢が回ってくるのですよ。 地を這うアンセクトゥ(蛆虫)の皆さんは、もう少し謙虚さを弁えた方が宜しいかと。 さあ早く『ボクちゃん達を助けてくだちゃい』って泣きながら助けを乞うてはいかがですかァ? それとも三遍回ってワン!と言いながらの方が相応しいですかね? ペルダァァァン(負け犬の皆様)?」 この二人、まさに犬猿の仲であった。 反目する陸軍と空軍の有力な将同士、という以上に、徹底的に性格が合わないのだ。 故に、サンジェルマンにとっては最も招かざる援軍であり、ここに来る事を予想だにしていない存在だった。 そして、このアンドレの言葉には、大きな偽りがある。 スペイン空軍と合同でアムステラ軍の侵攻を阻む任を受けていたのは事実。 それを見事に撃退せしめたのも事実。 だが、ローランからの援軍要請を受けたのは、時間軸にして、サンジェルマンの『蒼雷騎士団』が先行突撃が終わり、教導団が戦場に到着したのとほぼ同時期。 その時には既にその任務は終了し、フランスへ帰還の最中だったのだ。 つまり、十分すぎる余裕を持って、サンジェルマン救出作戦に参加できるはずのタイミングである。 空軍内最速の部隊である『飛鮫騎士団』の足を持ってすれば、尚更の事。 だが、彼は報を受けてすぐに鉄火場に向かうという行動を取らなかった。 彼は、『戦闘継続中。終わり次第援護に向かう。しかし到底間に合いそうに無い』とだけ返し、悠々とコックピットの中で足を組み鼻歌を歌っていた。 そして偵察機のみを先行させ、戦況を注意深く窺いつつ、状況を静かに見守っていた。 即ち、双方が疲弊しつくし、自軍が犠牲を払う事なく漁夫の利を得られる状態になるまで。 ローランは、彼のその性格を知り尽くつつ、敢えて援軍要請を飛ばした。 余力を残した部隊が『戦場に遅れて到着』する事、こそが彼の掛けた保険の一つであり、二重三重に張り巡らせた策謀の一つであったからである。 結果、オペレーター達は、『来る事は望めない』状態であると判断し、後に来る戦力としてはカウントしないまま。 『敵にも味方にも予想しえない援軍』の完成である。 ただ一人、ローラン=ド=アトレーユその人を除いては。 アンドレのハイテンションな語りは尚も続く。 「そこの赤い新型。噂のコッペリオンとやらですかァ? コマンタレヴゥ、ベロニカ少佐。 ……おおっと、今は中尉でしたか? ンッフゥ♪ これは失礼。 こっぴどくお負けになって、降格させられたんでしたねぇ? とっくに引退されてると思えば、君も諦めの悪いひとだなァ。 私は前から忠告してたはずですよゥ。 女の子が軍人の真似事などするもんじゃありません! ってねぇ。 女性の幸せはねぇ、子供を産んで育てる事なんですよ、ンマドモアゼェル♪ そのでっかいお乳とおケツはその為についてるんじゃあ、ないんですかねェ?」 「………」 ベロニカは沸き起こる怒りを抑え、セクシャルハラスメント紛いのアンドレの挑発を聞き流した。 過去に何度もこの男からこの様な嫌がらせを受けて来た。 こちらがむきになって反論する度に、相手は喜び付け上がるのだ。 どうやらこの男は、相手を怒らせる事で性的な悦びを感じる性癖の持ち主らしい、と悟ったとき、全身に寒気を感じたのを覚えている。 つまり、冷たく無視する事が最良なのだ。 「ボンヴジュターヌ中佐。 おしゃべりはその位にして頂きたい。 我々にはやる事が山ほど残っているのです。時間が惜しい」 一方的に喋り続けるアンドレに、痺れを切らしたローランが横槍を入れる。 「ンッ、ンー? 解っておりますよぉ、アトレーユ大佐。 でもねェ? 言葉は慎んで頂きたい。 仕切るのは貴方ではなく、このアンドレなんですよゥ。 こちらは遠路遥々と貴方がたの援護に駆けつけたのですからねェ。それをお忘れなく。 ……『例の物』は、約束どおり頂けるのでしょうねェ?」 「…ええ、滞りなく。 件の機体の設計データはここに。 何年もかけて蓄積した研究データをお渡しするんですから。 手塩にかけて育てた我が子を差し出すようなものなのです。 だから、その分は働いてもらいますよ」 ローランの手には、新型機体の研究データの詰まったメモリが握られている。 彼はそれをブリッジに上がってきたアンドレ配下の者に、名残惜しそうに譲渡した。 この策、成立するのには実は一つの大きな懸念があった。 自分の手を汚す事を徹底的に嫌うアンドレ=ボンヴジュターヌの事である。 自分達に益無し、と判断すれば、『救援にやって来ない』という選択肢を取る事も考えられたのだ。 この戦いの手柄を掠め取る事だけでは足りぬ、と考える可能性もあった。 故に、彼は一つの裏取引を掲示した。 協力の暁には、開発中の新型機のデータを渡す、と。 走る馬の眼前に人参をぶらさげるように。 こうして、彼の宣言する『勝率7割の丁半博打』は完成に至ったのである。 「結構結構。これで我が騎士団も、更なる強さの高みに上る事が出来ますねェ。ンッフッフゥ。 さーて、それでは遊びは終わりとしましょうかァ!? エドウィンさんとやら! この圧倒的な戦力を目の当たりにしても尚、未だ交戦の意思は費えないのですかァ?」 「…少なくとも、お前みたいな不埒なカマ野郎の前に屈するのは愉快な話じゃねーな。 何にもしてねぇ癖にべらべらと偉そうに語るなよ、チキン」 エドの心は怒りに震えている。 サンジェルマン、ベロニカと2人の好敵手と刃を交え、死力を尽くして戦い、結果として敗れた。 この二人に捕らわれるならまだ、納得も行くだろう。 だが、後からやってきたこの男は、物量に物を言わせ、ふんぞり返って勝利を宣言するだけだ。 そして、川下に流された八旗兵たちや執事の安否は不明。 自分が時間を稼げば彼らが逃げ延びる可能性も上がるだろう。 ならば最期まで、抵抗してやろうか? という気にもなろうものだ。 「ンッ、ンン。口の利き方には気をつけた方が宜しいかと。 養豚場に並ぶ寸前のデュ・ポール風情が! …おっと、失敬。そうですねぇ、このまま力を持って叩き潰して差し上げてもアンドレは一向に構わないのですけど。 それじゃあ芸は無い。それにこのアンドレはとても慈悲深い傑物なのです。 故に、君が我らに投降する決心を促すものを、お見せしましょうかねぇ!」 そう言い放ち、アンドレは腕を振り下ろす。 同時に、低空飛行していた輸送艇から、7つのパラシュートが降ろされた。 目を凝らしてそれを注視したエドは、思わずうめき声を上げる。 その先に結び付けられているのが、他ならぬ彼の部下・八旗兵達であったからである。 地に不時着した彼らに向けて、グラニM達が一斉に銃口を突きつけた。 「ここに来る途中でですねぇ、こんなものを拾いましたよ。ンッフフゥ。 そして手厚~く『保護』させて頂きましたァン。 そのまま迷子になって、野生の動物にでも襲われたら大変ですからねェ! ああ、なァんて優しいんでしょ、アンドレは!」 「貴様っ! 奴らを人質にっ!?」「恥を知れ、アンドレ! 騎士道精神を忘れたか!」 異口同音に叫んだのは、エドとサンジェルマン。 アンドレのまさかの下劣な振る舞いに、敵のみならず友軍である彼らすらも驚きと怒りを隠せないようだった。 「ノンノンノン。『保護』しただけ、と言ったでしょう? 人聞きの悪いことを言うなあ、テュー(君たちは) でも、エドウィン君があんまり聞き分けの無い事をすれば、もしかして手が滑っちゃうかもね! …なーんてね、冗談だよ、冗談。 ともあれ、結果的にこれで貴方も抵抗する理由が無くなった訳ですよねェ? アンドレの好意、解っていただけますよねェ?? むしろ感謝して欲しい所ですよ、これはァ」 「も、申し訳ございませんエド様!」 「エド様っ! こんな卑劣な真似をする連中に屈しないで下さい!」 「エド様、パン様! 我らに構わずお逃げ下さい!」 銃口を向けられた状態にあって、八旗兵達は死を恐れず、尚も抵抗する。 もののふの意地。恐らく、これ以上自分達が足手まといになる様ならば自害すらも厭わないだろう。 それをエドは悟っていた。 故に、長い沈黙を経た後。 苦悶の表情を更に歪めつつ、彼は遂にその言葉を発した。 「………投降する。そいつらを放せ」 * 「これも…貴方の策ですか? ローラン大佐」 ベロニカは怒りに燃える瞳をモニターに向けた。 「…あの男に交渉権を譲った事で起こりうる、想定の範囲ではある。だが、最後のアレはボンヴジュターヌ中佐の独断だよ。 誓っても良い。僕ならば徒に捕える相手の神経を逆撫でするような下策は取らない」 人質など取らなくても、勝っていた勝負なのだ。 エドウィン=ランカスターは愚鈍な男ではない。 故に、もう少し交渉を上手く進めていれば、投降を決意するのに時間はかからなかったはずなのだ。 「では何故、あの男の暴走をお止めにならなかったのですか? これでは余りにも…」 「ベロニカ君。君は一つ思い違いをしているよ。 戦争に『絶対的な正義』などは存在しない。 極論すれば、勝ち残った方が正義を語る資格を手にするのだ。 あるのはどちらが勝利したか。それによってどのような結果が残ったか、のみだ。 結果としてランカスターは投降し、無駄な血が流れる事は無かった。 それで満足は出来ないか?」 ローランの諭す言葉は、理屈では理解できた。 だが、心情的には頷く事は出来なかった。 そこに、サンジェルマンの怒声が割り込んでくる。 「納得できん! こんな結末は認めん。我輩は認めんぞ、ローラン。 血を流したのは我らだけ。卑劣な振る舞いをした彼奴らの良いとこ取りではないか。 これでは死力を尽くして戦った我らも、ランカスター達も浮かばれんではないか!」 ローランはその言葉に対し、薄く笑みを浮かべて返す。 「ええ、貴方の言うとおりです。 ご心配なく。彼らには既に十分過ぎるほどの報酬を与えましたから。 これ以上何もくれてやるつもりはありませんよ。 少々、痛い目を見て頂くとしましょう」 その言葉を聞いて訝しげに首を傾げるサンジェルマン。 と、その時、陵鷹のコックピットが開き、エドウィン=ランカスターが堂々とその姿を見せた。 捕縛しようとする空軍の兵士たちを払いのけ、逃げも隠れもせん、とばかりに自ら敵の空母に向かって歩き出す。 ベロニカはその姿を見て、反射的にコッペリオンのコックピットから飛び出して、彼の元に走り寄った。 「ランカスター!」 叫び声に振り向いたエドの顔はどこか涼しげな雰囲気を醸し出している。 「すまない、ランカスター。 こんな形で決着をつけなければならないなんて…私は不本意だ。 お前とは最後まで正々堂々と戦い続けたかった。信じてくれ」 感情のままに飛び出したベロニカに、エドは優しく返答する。 「ああ、気にするな。 人質作戦があのカマ野郎の独断だってことくらい、解ってるさ。 第一、馬鹿正直なお前らにそんな器用な真似できるとは思えないしな。 今回は俺様達の負けで良い。次は勝つ。ただ、それだけだ。 …だから、頭を上げろよおっさん。そういうのちょっとうぜぇぞ」 その言葉にベロニカははっと振り向く。 そこには彼女と同じように飛び出したサンジェルマンが、地に膝を付き、謝罪の意を表しているのが見て取れた。 ゆっくりと頭を上げたサンジェルマンが、最敬礼をしたまま宣言する。 「いずれ、また戦場に戻って来い、ランカスター。 その時は誰の邪魔も入らぬ所で存分に再戦をしようぞ」 「ああ、受けて立つ。達者でな」 そう言って再び踵を返すエドの背中に、ベロニカが声を投げかけた。 「最後に、一つだけ聞かせてくれ。 …何故、そんなにあっさりと負けを受け入れる事ができるのだ? お前は実力では我々に決して負けていなかった。 お前にとって、『敗北』とは何だ? エドウィン=ランカスター男爵候」 振り向きもせず、エドは答える。 「明日の勝利への糧さ。 今日の敗北は俺様を更に強くする。 自分が成長するためのツールだ。 次に会う時には、もうあんたの手の届かない場所にいるかもな」 ドクン、と心臓が波打つ。 敗北は勝利の糧。 同時に脳裏にリフレインする、父・セドリック=サンギーヌの言葉。 『良いか、ベロニカよ。敗北に価値など無い。 負けてしまえばそれまでに積み重ねた全ての物を失うと知れ 決して、負けてはならぬ。何人たりとて後塵を拝すな』 価値観が、揺らぐ音がする。 ならば、黒き悪魔に敗北を喫したことも、決して恥などではなく… 「ああ、そうならぬよう、精進しよう。 …時間は誰にも平等だ。私も今よりもっと強くなる」 静かな決意と共に呟く。いずれ追いつき、追い抜くべき目標たちを見据えながら。 主と同じように、潔く絶璃から降りてエドの傍に続くパンの姿が見えた。 彼女の歩みにも、些かの迷いも感じられぬ。 遠ざかっていく彼らの背中に、ベロニカはもう一度敬礼を向けた。 * フランダル隊の残党たちを空母に収容したアンドレは、満足気に口の端を歪めて笑う。 日に二度の勝利。 最小限の犠牲で数多くの物を手にする事が出来た。 これで自分の勇名も更に轟くことになるだろう、と。 「…それでは、どうあっても破損した陵鷹、および敵機の残骸はお譲り頂けないと言う事ですか?」 ローランがモニターの中で泣き言の様に訴えているのも心地よい。 誰が渡すものか。この戦いで得たものは、全て自分の所有物だ、と心の中で呟いてみせる。 「ンッンー…残念ですが、それは無理ですねぇ。 そもそも、そちらの旗艦の損傷も馬鹿にならないでしょう? 廃棄寸前のスクラップみたいな、そんな艦に大事な捕虜や鹵獲機体を積んでは置けませんよォ? 違いますか? カマハドゥ(我が同士)?」 アンドレの言っている事は事実である。 彼らの機動陸上戦艦は早急に修理が必要な状況で、新しい艦を用意する方が速いという状況であった。 「解析はこちらで済ませてから、技術開発研究所にお送りしますよォ? …ああ、もしかして手柄を取られると思って警戒していらっしゃる? ンッフッフー♪ そんな汚い真似をアンドレがするわけないじゃないですかァ? ちゃあんと、今回の戦いの功労者は貴方がたであって、我々はサポートをしただけです、って証言しますって。 捕虜達も本国に送り届けるだけです。空から輸送したほうが速いに決まってますからねぇ。 それで、ご満足頂けませんかねぇ?」 アンドレは更に心の中で舌を出す。 捕虜は当然、自分達が捕えたと言い張るつもりである。 データを正直に渡すつもりも無い。 わざわざ応援に駆けつけてやって、この戦いは自分のお陰で勝った、という意識がアンドレの中にある。 故に、報酬としてもらった新型機のデータ位では釣り合わない、と思っていたのだ。 「はあ、では仕方ありませんねぇ。 ではこれだけは認めて下さい。『実際に基地を占拠したのは我々技術開発教導団』ということで」 のんびりとした口調で、言質を取ろうとしてくるローランに、アンドレは心の中で舌打ちをする。 この男、やはり油断がならない。 この戦いの第一目標は、最初から重要拠点奪取であった。 それを認めるのは、最も重要な役目を果たしたのが彼らだということを認める事になる。 だが、ごねて突っぱねるのは危険だ。全て自分達の手柄にしてやろうという下心が露呈してしまう。 …場合によっては、人質作戦という非人道的な行為を行った事を上層部に持って行かれるかもしれない。 勿論、彼は飽くまで捕虜を保護しただけだと言い張るつもりであったが。 アンドレは頭の中で素早く算盤を叩く。 …そして結論を出す。 考えようによっては、自分達は無傷で手にした勝利。 それによって得たものは数多い。 ならば、手柄の一つ位はくれてやるのも良かろう。 敵の大将を生け捕ったのは自分であり、その身柄が手元にある限り、自分達がMVPであるという主張は揺るぎ無いのだから。 「勿論ですよォ。 認めますとも! 貴方たちあっての勝利ですからねぇ!」 その言葉を聞いて、ローランがニヤリと微笑む。 そして、こう続けた。 「結構です。 ならば道中お気をつけて。 …最後に、軍の先輩として、2つほど忠告させて頂きますね、ボンヴジュターヌ中佐。 『欲はかき過ぎない事』。そして、『周囲はしっかりと観察する事』 まあ、聞き流してくれても結構ですがね」 「……??? ン。まあ、お言葉、ありがたく頂いておきましょう。 それでは、オー・ルヴォアール(さようなら)、教導団の皆さァん!」 最後の忠告はアンドレには今ひとつ理解しがたい言葉だったが。 前者の方から推測するに、手柄を奪おうとするなら容赦しないぞ、という意思表示に思えた。 だが、アンドレはかねてより軍上層部に根回しをしていた。 その普段の素行の所為で、上の人間からの信頼が薄いローランが何を主張しても、こちらに有利な状況に持っていける自信はあった。 故に、そんなものは全く怖くは無かった。 しかし、この決め付けが後に命取りになる事を、まだ彼は知らない。 * 空母内に設けられた捕虜収容室の中に、後ろ手に手錠をかけられたまま入れられたエド達。 八旗兵達は男泣きに泣いた。 自分達の所為でこのような事態になってしまった、と悔いているからだ。 だが、エドは彼らに責任を追及することは無かった。 むしろ、自分の見通しの甘さの所為でこの結果を招いたことを、部下達の前で謝罪した。 「これからどうなさいますか? エド様」 パンが室内に重々しく充満する沈黙を破って発言する。 「どうする、って言ってもなあ。 …まあ、なるようになるさ。 隙を見つけて逃げ出す事を考えようぜ。 お前ら、それまでしっかりメシを食って体力蓄えておけよ。 つーか、一般兵をのすくらい造作も無いだろ? 頼りにしてるぜ、快王の弟子ども」 努めて明るく振舞うエド。 どんな時でも希望を捨てては行けない、と言う事を体で示すために。 と、その時。 収容室の小窓から、こちらを覗き込む人物が居る事に一堂は気づく。 「ンッフッフ♪ ご気分いかがですかァ? アムステラのデュ・ポール(子豚さんたち)」 響く、甲高く嫌らしい声。 室内が殺気でざわつく。 自分達をここに放り込んだ張本人である、アンドレ=ボンヴジュターヌだ。 「ああ、最悪だな。何をしに来た? カマ野郎。 司令官自らこんな所に来て、得意の嫌味でも言いに来たのか?」 「おやおやァ? 随分と連れない事をおっしゃいますねぇ? さぞかし落ち込んでいるだろうと思って、慰めに来たんじゃありませんかァ。 仲良くしましょうよ? ねぇ?」 明らかに、道中の退屈を紛らわせる為に捕虜をいびりに来たという意図が見え見えだった。 見下げ果てた男だ、とエドは呟く。 アンドレの後ろから警備兵が近づく。 そして彼の軽率な行為を見咎めて声を掛ける。 「いけませんぞ、中佐。 このような所に護衛も付けずに参っては。 余り部屋に近づいては危険にございます」 老齢の兵士の声に、アンドレは軽口で返す。 「心配性だなァァァァ、テュー(君は)。 このドアはね、バズーカ砲でも打ち抜けない程の強度を誇る逸品だよォ? 中から開けることは絶対に、ぜぇぇぇぇったいに不可能だ。 この豚どもがどんなに鳴こうが喚こうが、アンドレには指一本も触れる事が出来ないんだよォ!! 悔しいかい? ねえ? 今どんな気分だい? ンハハハハハハッ!!」 警備兵は、やれやれ、と首を振ってみせ………『アンドレのこめかみに銃口を突きつけた』 「ンハハハハ…ハッ!!?? ななな、何をするんだい? 気でもおかしくなられたのですかァ?」 アンドレの哄笑が凍りつき。 そして、室内のエドが満面の笑みを浮かべてこう言った。 「よう、今までどこに隠れてたんだ? 声を聞くまで全然気づかなかったぜ…すげーな、『執事』」 「ほっほっほ…執事は神出鬼没なものなのですよ。 エド様達が投降の意思を見せる直前辺りで、兵士の一人と入れ替わらせて頂きました。 それにしても、私の変装もまだまだ捨てたものでは無さそうですなあ」 飄々と言い放つ執事。 形勢は完全に逆転した。 「イ、イイイイイイ、イディオットゥ(馬鹿なァ)!! だだだ、誰も気づかなかったのか!! こ、この…」 「…部下の顔と仕草くらいは、司令官としては把握しておくべきでしたな。 そうすれば違和感に気づくくらいは出来たかもしれませんのに」 ここに来て、アンドレは別れ際のローランの言葉を思い出す。 『周囲はしっかりと観察する事』 あの男は、こうなることに気づいて…!? 騒がしく、他の兵士たちが駆けつけ始める。 だが、執事は動じることなく、しっかりとアンドレの身柄を押さえ、銃口を離そうとはしない。 「動かないで頂きたい。 貴方達の司令官殿の優秀な頭脳に風穴が開くところを見たくなければ、ですな」 「貴様!! ひ、卑怯だぞゥ!! ひ、人質を取るなんて…」 情けなく、鼻水を流しながらアンドレが訴える。 「おやおや。ご自分の数時間前の行動をもうお忘れになられたのですか? 貴方の脳はデュ・ポール(豚)並のご様子のようだ。 …先に言っておきます。私、年甲斐も無く少々頭に来ております故に。 いやあ、本気で怒ったのは何十年ぶりでしょうかね? だから…ただの脅しだとは思わない方が賢明ですぞ」 こめかみを押す力が増す。 アンドレは体からあらゆる体液を撒き散らしながら、泣き叫ぶ。 「わ、わ、わかったァーーーーーッ。 言う事を聞く。だから殺さないでくれ…頼む!」 「結構。 ならばまず、そのバズーカにも耐えうるドアの鍵をこちらにお渡し頂けますかな? それから、輸送機を一つ。我々に譲って頂きたい。 …陵鷹はフランダル家の魂も同然。 おいそれとくれてやる訳には行きませんゆえに。 持ち帰らせて頂きたく。 …ああ、心配ご無用。 追撃さえしなければ、貴方にも貴方の部下達にも危害は加えませんから。 黙って国境を越える辺りまで見逃して頂ければ、そこで降ろして差し上げますよ。 私共は約束を守ります。…貴方とは違ってね」 「い、い、言うとおりにしろォォォォォ こいつらを全力で見逃せぇぇぇぇぇ」 もはや、威厳の欠片も余裕も見当たらず。 その不自然な語尾すらつけるのを忘れて。 アンドレはただ、泣き喚くのみ。 檻から出された仲間たちを横目に、執事は嘆息する。 「なんとまあ、同じフランス軍でも、部隊が違えばこうも違うものなのですか。 先に交戦した連中は、もっと潔かったですぞ。 自分に構わず撃て、と言う様な将でなくて助かりましたが」 「それはどこの軍も一緒だろうな。 どんなにお偉い役職の奴でも、腐ってる奴は腐ってるってことさ。 …助かったぜ執事」 エドの言葉に執事は微笑み返す。 「いえいえ、大事な御身に何かあっては、お屋形様に申し開きが出来ませぬ故に。 ふむ、敵陣からの脱出は何年ぶりでしたかな? 昔の血が騒ぎますなあ」 「さあて、約束どおり輸送機を頂こう。 …よお、カマ野郎、いい様だな? 自分が不利な状況下で見下される気分はどうだい? しばらく、俺様達の逃避行に付き合ってもらうぜ? なあ、デュ・ポール(豚野郎)」 アンドレに意趣返しを済ませたエドは、仲間達を見渡し、気炎を吐いた。 「よし、脱出する。 とりあえず、今は何も考えずに走れ。 後のことは無事に逃げ延びてから考えよう。 …また一からのやり直しになりそうだがな。 お前ら、それでも俺様に付いてきてくれるか?」 その言葉に異を唱えるものが居ようはずはなかった。 * 「では、お前は、アンドレの艦にあの狙撃手が乗り込んでいる事を知っていて、捕虜を渡したというのか? ローラン」 今回の戦いについての不満をローランに爆発させていたサンジェルマンが、呆気に取られた表情で呟く。 「ええ、まあ。狙撃手の顔は知りませんがね。 捕まった捕虜達の中に、狙撃手と思しき人物が見当たらなかったものですから。 多分、そうなんだろうなーと思ってた程度ですけどね」 悠々と紅茶を啜るローラン。 「今頃、空母の中は大騒ぎでしょうねえ。 あの御仁、人質なんて取るもんですから、敵の心象も最悪でしょうし。 これで、ボンヴジュターヌ中佐も、みすみす捕まえた敵を逃した失態に対する処罰を免れないでしょうねえ。 まあ、生きて帰れればの話ですが。 人間、欲をかくとこういう事になる、という教訓ですよ。」 蛇の様にぺロリ、と舌を出す。 「ふ、ふはははは。それは気の毒にな。 因果応報。悪事には必ず神罰が下るものだ」 溜飲を下げて笑うサンジェルマンに、ローランが釘を刺す。 「貴方も人の事は笑っていられ無いでしょう? 独断先行の責任は必ず問われますよ? 最低でも、降格くらいは覚悟しておいたほうが良い」 「なあに、そんなものはいつもの事ではないか。 失敗は新たな手柄を持って帳消しにするだけだ。 我輩は何度でも這い上がるぞ。人生はこれだから面白い」 抜け抜けと反省も無く言い放つサンジェルマンに呆れつつ。 ローランは自問自答する。 「……勝利は我らの手に。 そしてコッペリオンの戦闘データも十二分に取れた。 及第点だ。 …だが、陵鷹のデータをとれなかった事が悔やまれるな。 そして、こちらの被害も甚大。 艦は新しく新調する必要がある。 …ボンヴジュターヌ中佐に、失態の口止めとして少し費用を要求するとするか。 まあ、しばらくは派手な任務を避けて、小さな案件を受けていくとしよう。 パイロット達の経験にもなるしね」 案件リストの一番上にあった『フェスティバルの護衛』というタイトルに目が留まる。 軽い気持ちで受けたこの任務が、大事件への幕開けになるとは露知らず。 * ベロニカは救護室のベッドに横たわるリリィの手を握り、彼女が寝付くのを待つ。 「ごめんなさい。私、何の役にも立たなくて…」 しきりにそんな言葉を呟いていたリリィに、戦いは勝利で終わった事。彼女が敵を足止めしてくれていたお陰で助かった事を伝える。 安心したのか、いつしか彼女はすやすやと眠りについていた。 傷は浅い。単に慣れない戦場での疲れが溜まっていただけの様だ。 一晩寝ればいつもの元気な彼女に戻るだろう。 その寝顔を見届けた後、ベロニカの体にもどっと疲れがのしかかってきた。 そのままうとうとと、前のめりにベッドに寄りかかり、顔を埋める。 甘美な眠りの世界に誘われる彼女の脳裏によぎった物。 それはエドウィン=ランカスターが別れ際に放った言葉。 『敗北は明日の勝利の糧』 いつしか、あの黒い悪魔の領域に足を踏み入れるために。 今は静かに横たわろう。 全ての経験は、明日へと繋がる燃料となるのだから。 戻る
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超鋼戦記カラクリオー外伝 -Marionette Princess- 第七幕 獣の行軍 戦場の熱を帯びた律動が全身を駆け巡る。 大地を踏み締める鐵鋼の両脚が、一歩ずつ鉄火場へと歩を進める。 掲げたハンマーの拳は目の前の敵を打ち砕かんがため、振り下ろされし時を待つ。 戦場。そこは弱肉強食の理が罷り通る、獣の世界。 ベロニカ・サンギーヌは、湧き上がる原始の衝動に身を震わせた。 さながら獲物を前にした肉食獣がそうするように。 「さあ、私は戻って来た。この血と汗と怒りと恐怖と狂気と死に満ちた、麗しき戦場に」 人知れず呟かれたその言葉。 あの屈辱に満ちた敗北から一ヶ月。 彼女にとってはこれは、言わば再起を誓うリベンジマッチ。 昂ぶるは必然。 「ベロニカ君。もう直ぐ戦闘エリアに到達する。今回の作戦を復唱したまえ」 そんな彼女の様子を知ってか知らずか、背後の補給艦に同乗するローラン大佐からの通信が届く。 「はい。『シャルル=ド=サンジェルマン中佐の部隊を援護しつつ、速やかに基地を占拠。返す刃でフランダル軍残党を殲滅』 優先順位は降順で。基地を占拠することが我々の勝利条件、ですね?」 内心の興奮状態とは裏腹に、ベロニカの思考は極めて冷静である。 炎の如き激昂と氷の如き深謀。 大胆な行動力と繊細な戦略を併せ持つ事こそが彼女の将官としての器。 「うむ。全く持って正しい。正しいが、一つ大事な事が抜けているぞ、ベロニカ君。 『可能な限り、敵の兵器を無傷で鹵獲すること』だ。 敵の優れた技術力を解析し、それを地球の兵器開発の礎にする事。我々技術開発教導団に課せられた使命の一つでもある。 …見た所、羅甲タイプの兵器が中心の様だから、雑魚は幾らでも壊して構わん。だが報告にあった『陵鷹』。あれだけは別格だ。 あのサイズにあれだけの火力を凝縮し、内包する技術。実に解析のし甲斐がある。 可能な限り無傷で捕らえたまえ。いいね?」 「………了解いたしました。『可能な限り』善処します」 気楽に言ってくれる、という言葉を辛うじて飲み込む。 技術仕官上がりのこの大佐は、幾ら権謀術数に長けていても真の意味では戦場を知らないのではないか? とすら思う。 敵の主力兵器を無傷で捕らえる。それがどれだけ難しい事かを理解していない訳は無いのに。 ましてや相手は数々の友軍を破壊してきたエース機。 初めから壊すつもりで…殺すつもりで挑まねば、鉄屑に成り果てた機体の中に屍を晒すのはこちらの方だ。 故に、この指令は最初から無いものとして作戦に挑むべきだ。 『生け捕り』など、余程の実力差が無い限り、可能な事ではない。 …そう、例えるならば、あの黒き悪魔のような。恐るべき高性能機を駆る、人外の腕を持ったパイロットでも無い限り… 無意識のうちに歯軋りの音が漏れた。 そして決意する。いずれは自分もあの悪魔の領域に足を踏み入れてやる、と。 「宜しい。期待しているよ。さて…そろそろ到着のはずだが…おかしいな。合流予定の部隊の姿が見えないが…」 その言葉にはっと我に帰り、周囲を見回す。 確かに、合流ポイントに指定された山岳の中腹には人っ子一人居ない。 「むう…本当ですね。作戦の変更があったのでしょうか? それとも何らかのトラブルが…」 「そんな筈は無いだろう。それなら事前にこちらにも連絡が来る筈だ。まさか…」 ローランは慌てて個人通信回線を開く。 「こちら技術開発教導団司令、ローラン=ド=アトレーユ。サンジェルマン中佐、至急応答されたし。繰り返す…」 応答は…無し。 罅割れたノイズ雑じりの通信が途切れながら虚しく彼の声を反芻させた。 モニターは正常に起動せず。唯そこには暗闇が映し出されるのみ。 ここから類推できる事。 それは現在、『デュランダール』のコックピットが決して浅からぬ損傷を受けていると言う事。 そして搭乗者のサンジェルマンが、応答できる状態に無い、或いはその場に留まっていない、と言う事。 ローランの予感は、切り替えた画面に映る、前線の状況を捉えた望遠カメラの映像によって確信に変わる。 死屍累々と積み重なれた敵味方の機体の残骸。 それは明らかにその場で激しい戦闘が行われた事を示していた。 カメラが、両腕を失い、その動きを止めたデュランダールの姿を映し出したとき、ローランはこの男には珍しい激昂を見せて、艦のコンソールを両拳で打ちつける。 「あの男…またしても無断で兵を動かして先行突撃したな…ああ…僕のデュランダールが…なんという無惨な姿に…」 「大佐! そのような事を言っている状況ですか!? 速やかに、一変した戦況に対応したご指示を! お願いします」 作戦進行に支障をきたす由々しき事態にも関わらず、壊された機体の心配をしているローランにベロニカが激を飛ばす。 傍目にはどちらが指揮官なのか解ったものではない。 確かに総指揮官たるサンジェルマンの独断先行は咎められるべき。しかし、それは後回しにすべきだ。 恨み言を繰り出しても戦況を変えることは出来ない、という事を彼女は熟知していた。 「くっ…解っている! 各員に次ぐ。作戦内容、基地の奪還・フランダル軍残党の掃討、こちらに変更は無し。 但し、第一の優先事項、サンジェルマン中佐率いる本隊の援護…これを負傷者の救出へと変更だ 宜しいな? 繰り返す…」 戦傷者の救助を行いながらのミッションは、その難易度が何倍にも跳ね上がる。 これでは戦闘データの収集、という彼自身が最も優先したい行為が覚束無くなってしまう。 ローランは苦虫を噛み潰した様な表情で、作戦変更の指示を飛ばした。 彼はこめかみに血管を浮き上がらせながら、あの馬鹿め…! と人知れず呟いた。 サンジェルマンは国の英雄。それを見捨てたとなれば、彼の研究活動に影響が出ないとも限らない。 彼としては不本意ながら、その身柄の安全を確保する事は最優先事項にせざるを得ない。 あの男との共同作戦は、教導団設立以前から何度もあったが、碌な目に遭った記憶が無い。 疫病神が…ともう一度毒づく。 しかしながらこの二人が組んで行ったミッションは、実は唯の一度も失敗した事が無い。 これだけ双方が個性的な人材でありながら、である。 毒づきながらも、ローランはこの暴走気味の幼馴染を最大限にサポートしてきたし、サンジェルマンは後方支援を全て彼に任せて遠慮無く前線に突撃してきた。 本人達は否定するであろうが、恐らくはこれがベストコンビなのだろう。上層部の意見もそれに合致していた。 故に、回ってきた任務が今回の作戦でもある。 ローランは怒りを静める為に大きく深呼吸を行い…作戦開始の号令を発した。 「それでは諸君。存分に戦ってきたまえ。オフェンスの2トップはベロニカ君、リリィ君のコッペリオンが行う。 後続の6型・7型・A‐72混成部隊は、ゲバール君、君が指揮を執りたまえ」 「イッヒィ!!! やぁっっっっと、俺様の出番が来たぜェ!!! なんか2話くらい出番が無かった気もするぜェ!!! うぇへへへへ~、俺様専用機も貰ったことし、もう大活躍間違い無し!!! リリィたん、俺様の活躍を見ててね~ 君のハートを鷲掴みにしちゃうんだからね~ さあ俺様の最強伝説は今ここから」 聞こえてきたゲバールの大音量の独白が余りにも耳障りだったため、ローランはおもむろにプツン、と通信回線を切断する。 他の隊員達も皆一様に同様の行為を行った。 …小隊指揮を任せるのは人選ミスだったかな…? と軽い後悔を覚える。 だが、性格上問題があっても、彼の腕は確か…のはずだ、と自分に言い聞かせる。 何よりもコッペリオンの実戦投入はこれが初陣となる。 なるべく多くのデータを取る為に、あの2人には指揮系統に囚われずに最前線にて戦って欲しかった。 気を取り直して、再び通信を開く。 「ベロニカ君、リリィ君。準備は良いな?」 「はい、いつでも行けます」「準備、OKです♪」 「宜しい。コッペリオン、出陣だ!」 号令と共に飛び出した、機械人形が2体。 それは戦場に解き放たれた2頭の獣の如く。 * 突如としてその奇襲を受けた前線のアムステラの軍勢は戦慄を覚えた。 山間から凄まじいスピードで迫り来る、赤と白の新型機。 先の『蒼雷騎士団』との戦闘で受けた損傷の修復も補給もままならぬまま、なす術も無く薙ぎ倒されていく羅甲達。 コッペリオンは華麗に戦場に降り立ち、演舞を行うが如く次々と敵機を破壊し、目の前に血路を開いていく。 それはさながら、踊り狂う美獣の舞。 立ち塞がる者達は彼女らの獲物となり、糧と成りて朽ち果てん。 「リリィ、余り前に出すぎるな。手痛い反撃を喰うぞ」 傍らで戦う白き機体に通信を飛ばすベロニカ。 シミュレーション戦を除けば、これがリリィの初の実戦となる。 彼女らが駆るコッペリオンと同じく。 ベロニカにしてみれば、未だ物心付いたばかりの幼児のようなものだ。 如何に才能があろうとも、自分がサポートしてやらねばならない。 「大丈夫ですよ。解ってますから♪ 心配性ですね、お姉様は」 言い放ちつつ、目の前の羅甲を蹴り飛ばし、ワイヤーナックルを撃ち込む。 胴体に風穴を空けられた敵機が完全に機能を止めた。 エネルギー収束ソードで相手を両断しつつ、ベロニカは相方の様子を確認する。 …その言葉とは裏腹に、模擬戦の時よりも動きが固い。操縦の感覚はシミュレーションとほぼ一緒だというのに。 気負っている。緊張している。初めての実戦に。 彼女の側を離れるべきではない。 そう判断したベロニカは、敵の各個撃破よりもリリィ機の側にてサポートを行いつつ相手を迎撃する戦法を取ることとした。 アドバイスを送ろうと、彼女に通信を再び飛ばそうとしたその時。 耳障りな声がコックピット一杯に飛び込んできた。 「ぬをおおおおおおおお!!! そのまたぐらに、今! 必殺の! …ワイヤーナッコォッ!!!」 訳の解らぬかけ声と共に、ゲバールの駆る黒き機体が敵機を撃ち抜く。 キィィンと響く耳鳴りに眉を顰めながら、ベロニカが怒りの声を上げた。 「五月蝿いぞこの変態男!! 黙って戦えないのか貴様はっ!!」 「うぇっへっへー、リリィちゃーんみてるー? 俺様、今、ものっそい活躍してるよ? 見て見て、ほらほらぁ!!」 戦闘中だというにも関わらず、怪しい動きで両腕をひらひらと動かすゲバール機。 リリィは当然の如く、聞こえぬフリで敵を撃破し続けている。 ゲバールの口上は尚も続く。 「くっくっく…アムステラの雑魚共。運が悪かったなあ。この俺様と俺様専用の最新鋭機『ピグマリオン』の前に立ったのが運の尽きよォ。 この漆黒の機体はなぁ、7型とコッペリオンのQ極の融合機!! 双方の機体の利点を併せ持つ、次世代のスーパーロボットなのだァ!! ねえ、大佐!! そうですよね!?」 「………えっ? ああ、うん。まあ。そうだね」 一心不乱に戦闘データを取っていたローランは、自分への突然のフリに驚き、曖昧な返事を返した。 ゲバールが『ピグマリオン』と呼んでいるその機体。 それは先日のシミュレーション戦闘の後に、ゲバールが自分専用の機体が欲しい、と子供の様に駄々をこねるのが余りにも鬱陶しかったため、ローランが有り合わせのパーツを使って組んだ、言わばコンパチ機体である。 その実体は、中破した7型の胴体に、コッペリオン開発の段階で発生した、規格に満たない余剰パーツを組み込んだ代物。 機体を大破させるのが前提のゲバールに取っては最適の機体であるとも言えた。 しかし、それは言葉を選ばずに述べるなら、『7型に毛が生えた』程度の性能のスペックであるはず。 だが、先ほどからのゲバールの動きを観察する限り、国連開発の最新量産機であるA‐72の性能すら凌駕している様にも見える。 恐らくは小隊指揮を任された嬉しさと、新型機(だと思い込んでいる)を与えられた高揚感が、彼に実力とスペック以上の力を発揮させているのだろう。 「あ、こら。ジャン、隊列を乱すんじゃねえ! ポルナレフ! 深追いすんじゃねえぞ。じっくりとしつこく粘っこく、相手をの動きを見据えるんだ。 良いな? おめーら」 …意外にも、混成小隊の指揮の方も上手く機能しているようだ。 低く見積もっていたゲバールの評価を改める必要があるかもしれない。 思い込みの力とは恐ろしい。全く、扱いやすい男だ、とローランは心の中で呟いた。 * エドウィン=ランカスターは、基地内で愛機『陵鷹』の補給を行いつつ、破竹の勢いで突入してきたフランス軍の動きを苦々しくモニターで確認していた。 サンジェルマン戦で追ったダメージも抜け切らぬ、今の戦力では彼らの進軍を阻むのは難しい。 「エド様…羅甲第3小隊、突破されました」 「エド様! 第6小隊、沈黙致しました。奴らがこちらに到着するのは時間の問題かと」 次々と入る部下達の報告はどれも胃が痛くなる内容だった。 「了解だ。前線の兵に無理はさせるなよ。突破された隊は速やかに戦線から離脱だ。ええい、くそっ、陵鷹はまだ動かせんのか?」 「エド様」 「何だっ!?」 苛立ちを募らせるエドに、パンが嗜めるように声をかける。 「落ち着いてください。司令官の動揺は兵に悪い影響を与えます」 「………おう。そうだな、すまん。報告を続けろ」 幾ばくか落ち着きを取り戻したエドに、パンが耳打ちをする。 「『デュランダール』の残骸を回収に向かった兵からの報告です。 コックピット内はもぬけの殻だった、と」 「……何ィ? パイロットの…あの馬鹿貴族は? あの損傷で脱出したってのか? 死んでてもおかしくない程のダメージだった筈だぞ?」 「はい…フランスの増援を確認し、それに備えるために基地への帰還を優先させたのがタイムロスになった模様です。 恐らく、サンジェルマンはその間に息を吹き返し、自力で何処かへと退避したものと思われます」 「…何てしぶとい男だ。ふん、まあ良いさ。捕虜を人質にするつもりは無い。そんなエレガントじゃない真似は俺様の戦いには合わん。 ただ、奴がどんな面してんのか拝みたかっただけだ。 どうせその傷では遠くまでは逃げられんだろう。奴一人逃がしたところで戦況には影響は無い。放っておけ」 会話の最中にも、敵はじわじわと基地へと近づいている。 最早、迎撃以外の事に気を取られている余裕は無さそうだった。 「お困りの…ご様子ですな、お屋形様」 物静かな声が後方より聞こえる。 振り向いたその先に立っていたのは、只ならぬ雰囲気を醸し出す、白髪の老紳士だった。 「…執事(バトラー)! 何でここに来た? まだ傷は癒えてないんだろう? 無理せず療養してろって言っただろうが?」 執事(バトラー)と呼ばれたこの男、かつて『銀色の魔弾』の異名をとった歴戦の勇士にして、現在はランカスター男爵家執事を務める猛者である。 だが、つい先日起こった、反アムステラテロ組織『ベヌウ』の蜂起事件の折、浅からぬ傷を負って療養生活を送っていた筈だ。 エドとパンは目を見開いて、執事の側へと駆け寄った。 「執事殿! ご無理をなさらずに!」 「ほっほっほ。心配はご無用。傷はもうすっかり治りましたとも。 何よりも、お家の一大事というこの戦況に、私が何時までも寝てなど居られましょうか? …なぁに、憂慮する様な事態でもありませぬよ。この程度の窮地、フランダル様達と共に戦場を駆けたあの時代に比べれば、危機のうちにも入りませんなあ」 その強気な言葉とは裏腹に、執事の顔色は優れない。 恐らく、未だ立てるような状態ではないのだろう。 主の危機を知り、文字通り老骨に鞭を打って、病床を飛び出して来たに違いない。 「執事…! お前…待てよ。まさかその体で出撃するつもりじゃないだろうな?」 「お屋形様。それ以上はどうか申されますな。…この老体にこの先できることなど限られておりますれば。 未来は若者たちの為のもの。あたら兵達の命を散らせるのは不本意でございましょう? ……いやいや、そんな目をなされるな。心配は必要ありませんよ。何も死に行くという訳ではございませんから。 ただほんの少し…時間を稼ぐ程度の事はして見せましょう。お屋形様達が万全の体勢で彼奴らを撃退できますように。 この老いぼれにも、その程度の事はできます故」 執事は最敬礼の姿勢で、そう言い放つ。 エドは、咽喉から出かかった言葉を飲み込み、こう言い放つ。 「執事…絶対死ぬんじゃねえぞ。危なくなったらとっとと逃げろ。良いな? こいつは命令だ。 …お前のことは、もう一人の親父だと思ってる」 その言葉を聞き、執事の両目に、涙が浮ぶ。 「何と…何と、ありがたきお言葉か。 …拝命いたしました。必ず生きて帰りましょうぞ。『銀色の魔弾』の名に懸けて。 エド様は実に良い目をなされる様になられた。 もう、私がお教えする事等、何もございませんな。 …更に良い将と成りなされ。 では、行って参ります」 踵を返した執事の背中は、エドが幼き頃に見た父親のそれにそっくりであった。 * 周囲を山と木々に囲まれた道筋を、教導団の面々は進軍する。 展開していた敵機達は何時しかその数を減らし、最早彼らを阻む者は居ないかのように思われた。 このまま山地を抜ければ、地図に示された奪還目標の基地に到達できる筈。 機体の微小な損傷を除けば、ほぼ無傷の状態である。 進軍の途中で救助した『蒼雷騎士団』の面々も、戦傷は負っているもののその多くは命を取り留めたようだ。 このまま行けば、ミッションは極めて完璧に近い状態で完遂できる。 …ただ一つ気がかりなのは、総指揮官たるサンジェルマンの消息が依然として掴めない状態だという事である。 「なーんだ。楽勝じゃねーか。名高いフランダル艦隊ってのも案外大したことねーんじゃね?」 ゲバールが既に戦勝ムードで、そんな言葉を吐く。 「油断をするな、馬鹿者。この地形、身を隠すにはうってつけだ。 …もし私が相手の指揮官ならば、ここで奇襲をかける」 ベロニカがゲバールを嗜める。 ゲバールはそれを鼻で笑いながら突っぱねた。 「はん。奇襲かけるだけの戦力が残ってればの話だろ? 奴さん達、既に一杯一杯だったじゃねーかよ。 砲戦型も飽きるほど倒したしよ。駒が足んなきゃ、仕掛けるもんも仕掛けられねェ。そうだろ?」 一理ある、とベロニカは考える。 相手方の損傷を見る限り、余力を残して戦っているとは思えなかった。 サンジェルマン達の独断先行は決して褒められた行為では無かったが、その突撃の威力は想像を超えるものであったと考えられる。 ベロニカはローランに指示を仰ぐ。 「ふむ。私もゲバール君と同じ様に敵の戦力を見積もっていたが。 奇襲には注意を払うべきだね。 森林地帯を抜けるまでは陣形を組みつつ、ゆっくりと進軍するとしようか」 左右前方をコッペリオン2体で、後方をピグマリオンが守る陣形を組み、彼らは進む。 周りに鬱蒼と茂った木々達の影が酷く不気味な印象を与えた。 静寂。 機体のエンジン音のみが規則正しいビートを刻み続ける。 その静寂を破ったのは、彼らの陣形の内側で突如上がった破裂音。 皆が一斉に音の方向を向く。 そこには頭部を失った6型がオーバーヒートを起こしながらその場に立ち尽くすのが見えた。 「ッ!? 伏せろォ!!!」 皆が唖然とそれを見つめる中、ベロニカが叫び声を上げた。 教導団の猛者達は、自分達に何が起こっているかも理解し切れぬまま、脊髄反射的にその声に従って身を屈めた。 そして、今度ははっきりとその目で確認する。 屈むのが遅れた7型の一機の胸部を、飛来した大口径ロングライフルの弾丸が貫くのを。 動力部を撃ち抜かれたその機体は僅かにもがき、前方に手を伸ばしながら、紅蓮の炎を上げて爆散した。 「…狙撃されている? まさか、一体どこから?」 この木々の合間を縫って、視認できない距離から正確にターゲットを狙い撃つ。 並大抵の腕では出来ない芸当だ。 どよめきと共に、彼らの間に動揺が走った。 「お、お姉様っ!」 左前方を守っていたリリィ機から発せられた、悲鳴の様な声。 茂みから凄まじい速度で飛び出してきた敵機の一撃を、リリィはすんでのところでかわして見せた。 「くっ…やはり、奇襲…! しかしこの最悪のタイミングで…」 「ぐぅああああああああ!!」 味方の悲鳴に振り向けば、ライフルの一撃によって沈む6型の姿。 そして、右後方の茂みから襲い掛かってきた敵機の『鑽』の一撃が、虎の子のA-72の右腕を切り落とす。 気付けば完全に周囲を囲まれている。 陣形を乱された彼らを見て、次々にその姿を現した『絶璃』達のモノアイが怪しく光を放った。 「さあ…我らの力を発揮する時が来た。今こそ、エド様、そしてお屋形様への忠義を見せるとき!! 八旗兵、いざ参る!!」 一方、山頂部に陣取り、唯一人、大型の対物ライフルを構える執事は、その鷹のような鋭い双眸で獲物達を見つめている。 「………貴方たちに恨みはございませんが。お屋形様の覇道の為に、消えて頂くとしましょう。 この『魔弾』から逃れる術は…ございません」 見えないスナイパーの脅威と、取り囲む八旗兵達の凶刃。 完全に乱された陣形。そして広がる動揺。 狩人達の包囲網は、獣達の行軍をしかと捉えた。 戻る 続く
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COPPELION 保健係 成瀬荊 高校3年 学級委員長 陸上自衛隊第三師団特殊部隊コッペリオン保健係のリーダー 驚異的な運動能力を持ち、戦闘能力は極めて高い 深作葵 高校1年 陸上自衛隊第三師団特殊部隊コッペリオン保健係 野村タエ子 高校1年 陸上自衛隊第三師団特殊部隊コッペリオン保健係 豊富な知識と高い探索能力を持っている(常人の10倍の視力) 掃除係 黒澤遥人 高校3年 陸上自衛隊第三師団特殊部隊コッペリオン掃除係 小津歌音 高校2年 陸上自衛隊第三師団特殊部隊コッペリオン掃除係 小津詩音の双子の姉 電気ウナギの遺伝子が組み込まれており、電気を操れる。他に、体内の体内イオンを感知することができる。 小津詩音 高校2年 陸上自衛隊第三師団特殊部隊コッペリオン掃除係 小津歌音の双子の妹 怪力。その威力は電信柱を簡単に粉々に、壁を簡単に粉々にすることができる。
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コッペリオン -fragment- 前編 窓の鉄格子の隙間から差し込む僅かな光が、幼き少女の横顔を照らしている。 下弦の月が朧気に輝き、久遠の闇に一筋の光明を与えているのだ。 この狭き地下室の中においては、それが唯一の光といっても過言ではなかった。 部屋の隅にひっそりと鎮座するのは、未だ幼き少女であった。 膝まで達しようかという長い金髪を振り乱し、無造作に汚れた床に触れさせ。 虚空をただ只管に見つめている。 さながら朽ちた西洋人形(ビスクドール)の様な、生気の篭らぬ表情で。 彼女がこの地下牢に幽閉されて如何ほどの時が経ったのだろうか? 幾重にも連なる夜を数えているうちに、その作業が億劫になった。 そのうち少女は、数えることを辞めた。 虚ろな視線の先にあるのは闇。漆黒の闇。渦巻く暗闇。 そう形容する以外に術の無い、唯々暗き空間。 だが、少女の眼には確かに『視えている』。 そこに蠢く人影が。 少女はにこり、と微笑み、静かにこう呟いた。 「こんばんは、おじいちゃん。今夜はどんなお話を聞かせてくれるの?」 人影が闇の中でゆらり、と揺らめく。 彼女には『視えている』。 そこに恰幅の良い老紳士の姿が佇むのを。 『…ア…ザ…レア……私の…可愛い…ア…ザ…』 彼女の耳にはしかと『聴こえている』。 その人影がゆっくりと口の端を動かし、自らに語りかけた言葉が。 自分の名を呼ぶ声が。 老人の眼は酷く悲しげで…そして慈愛に満ちていた。 囚われの身となった愛孫の境遇を哀れむかのように。 「え? 寂しくは無いのかって? 何でそんな事を聞くの? …寂しいわけ無いじゃない。私の傍には何時だって、"みんな"がいるんだから」 彼女には『視えている』。 自らを取り巻く無数の人影が、闇の中で蠢く姿が。 中には四肢を欠損した者、正視に耐えぬ裂傷を負った者、怨嗟の篭った瞳で睨みつける者の姿も見受けられる。 だが、少女はそんな事を全く意に介そうともしない。 皆、彼女の大切な友人なのだ。 「私は独りじゃないよ、おじいちゃん。 ここには、お友達がたくさんいるもの。 だから、外の世界よりもずっと、楽しいよ」 少女は笑う。 屈託の無い表情で。 アザレア=クラドヴェリー。 黄泉路の女王。 死霊と戯れる女。 後に強化人間研究史上、最大の問題作と謳われる事となる披検体の、知られざる過去。 彼女が運命の舞台に上がる日は、未だ遠い。 * 幼き頃から、自分は特殊な存在であることを認識していた。 初めてそれを確信したのは、子供同士の遊戯の最中のこと。 自分たちが興じるままごとに、あの子も混ぜてあげようと。 指さした先には、膝を抱えて佇む同年代の少女。 だが友人たちは、きょとんと顔を見合せてこう言い放つ。 「何を言っているの? あの子って誰のこと? 誰もいないじゃない」 友人たちはきっと、あの子を仲間外れにしようとしているんだ。可哀想に。 そう理解した。優しき心根を持つ彼女に、それは堪え難きことだった。 故に、癇癪を起こしたように喚き散らした。意地悪しないで混ぜてあげようと、と。 だが友人たちは、理解できないという表情で呆けたように立ち尽くすのみ。 …『4人目』の少女の姿が『視えている』のは自分だけである、と把握するのにしばしの時を要した。 そのうち、強硬に『見えない』もう一人の人物の存在を主張し続ける彼女を、周囲の人間は避け始めるようになった。 「アザレアちゃんって…何か気持ち悪いよね」 「お化けが見えるらしいよ。でも、ママはそんなものはいない、って言ってた」 「あの子、嘘吐きだから。そうやって注目集めようとしているんだ、って先生が言ってたよ」 「もう一緒に遊ぶのやめにしない?」 人は自分に理解できぬものを遠ざけ、異端を排しようとする。 幼子にとってはより顕著に、純粋であるが故の残酷さで。 アザレアは独りとなった。 そして彼女は学ぶことになる。自分に『視えている』世界は、彼女だけの特別なものであると。 それを他人に口外することは、災いを招く、と。 大人も子供もみな一様に、彼女を避けた。汚らわしい物を見るような視線を向けて。 * やがて彼女は深夜、人目を忍ぶように、唯ひとりかつての遊び場へ向う。 砂場にばらまかれた、ままごと遊びの破片をかき集め。 天候も昼夜を問わずそこに座り続ける少女に話しかける。 「こんにちわ。貴女はだぁれ? 一緒に遊ぼ?」 その少女の儚げで物憂げな視線が、自分の境遇と重なって見えたから。 この子はこんなに近くにいるのに、誰にも気づかれない。理解されない。 永劫の孤独。それはどんなに辛いことだろう。 想像するだけで胸が締め付けられるように痛い。 少女は少しだけ微笑んだように見えた。 自分だけに視える友人ができた。 もう、独りでは無い。 * クラドヴェリー子爵家は武家の名門であった。 代々に渡り優秀な軍人を輩出し続け、名声は収束することを知らず。 人々は称賛と羨望の眼差しを持って、彼らの名を呼んだ。 …半世紀前までは。 かつては少佐の地位まで上り詰めたという、退役軍人・セリム=クラドヴェリーは、かつての自らの栄光に思いを馳せる。 剣林弾雨を潜り抜け、このアムステラ神聖帝国への忠義の志を持って祖国の礎とならんことを。 それのみを唱え、数々の武功をあげてきた。 だが、仕事のみに注力し続けた、彼の家庭は決して、幸せなものではなかった、という。 自分の妻が病床に伏した際も、彼は遠方の星へと遠征中であり、その死に目に間に合うことすら適わなかった。 彼の息子はその父の行為を激しく責め立て、ついには親子の縁を切ると言い残し、姿を消した。 愛する妻の死に続いての、息子の出奔。 ここに来てこの不器用な男は初めて、自らの生き方を顧み、激しく後悔を覚えたのである。 セリムは軍を退くことを決意する。帝国将軍テッシンの特選部隊『虎煉騎』への編入という名誉ある誘いすら辞して。 息子の行方は杳として知れず。跡継ぎのいない武門クラドヴェリー家の命脈は絶たれた。 齢60を前にして、彼の顔は一気に老けこんだように見える。 死んだ妻の面影に良く似た一人の孤児の娘を引き取ったのは、その家庭を顧みなかった半生の罪滅ぼしのつもりであっただろうか。 それとも、残りの人生の目的を失った孤独な老人の、自己満足であったのだろうか。 いずれにせよ、セリムはこの娘を孫娘同然に愛情を注いで育てることを誓った。 娘には血の繋がりが無い事を隠し、本当の祖父であると信じ込ませた。 この娘の名を「アザレア」という。 夢見がちな少女であった。 霊魂の存在を心から信じ、何もない空間に話しかける様な奇行もたびたび見られた。 だが、セリムはその行為を決して咎めようとはせず、自由闊達にこの娘を育てた。 武門の家を継がせようと、躍起になって厳しく育てた自分の実の息子とは裏腹に。 魑魅魍魎の類を信じる心も、それに対する畏敬の念も、成長するにつれて薄れていくもの。 周囲に奇異な目で見られる事もあろう。しかし、それは彼女にとっては必要な経験。 そうやって、人間社会というコミュニティを、傷付きながら学んでいく。 抑えつける事は彼女の感性を殺す事に他ならぬ。 自ら学ばねば意味が無いのだ。そうやって誰しもが大人になっていくのだから。 実際に、アザレアはその妄想癖と少々体が弱いという点を除けば、心優しく聡明で、その歳にしては出来過ぎている程に良い子であった。 セリムは泣きながら帰ってくる彼女に優しい言葉を投げかけ、お前は間違った事をしていない、と言い聞かせる。 彼女はひとしきり"祖父"の胸で思いの丈を吐き出した後、疲れて夢の中へ。 全てが満たされた日々であった。 戦いに明け暮れた毎日がまるで遠い昔の事のように思えた。 過去の咎は、新たな人生の至福の中において記憶の隅へと追いやられ。 長き月日が過ぎ去った。 その幸福が、いつしか永劫に続くものと思い込み。 彼は忘却しかけていた。 自らが、未だ、憎しみ渦巻く螺旋階段を登り続けていることを。 * それは春雷轟く、豪雨の夜。 一人の男がふらり、と屋敷の門を叩いた。 濡れ鼠になったその人物は、応対した女中にこう告げたという。 「父、セリム=クラドヴェリー子爵侯へ、お目通り願う」と。 実子ダレル=クラドヴェリーの、突然の来訪。 "帰宅"と言い換えぬのは、セリム自身、この男を既に決別した過去の一部として認識していたからなのであろうか? セリムの胸中は複雑に入り混じっている。 懐かしき我が子との再会を喜ぶ気持ち。 かつて、軍務を優先させ、ないがしろにしてきた家族への罪悪感。 そして…現在の平穏で幸せな毎日が変貌を遂げる予感。 そんな思いが渦のように湧き上がる。 「ダレル…か。息災であったか? これまでどこで何をしておった?」 胸中の動揺を隠し、努めて穏やかな声で、眼前の息子に声を投げかける。 記憶にある姿に比して、やせ細った息子の顔はさながら幽鬼の如く目に映った。 ダレルはその質問には答えようとせず、口の端を歪ませながら、実父に向けてこう言い放つ。 「お父さん。 僕は別に、貴方と昔話をしに来たわけじゃあ、無いんですよ。 ビジネスの為に、ここに立ち寄ったまで。 第一、本気でそんな事を知りたがっている訳でもありますまい? 貴方が自分以外の人間に興味を抱くなんて事、天地が引っくり返ったってあろう筈が無い」 暗い瞳で父を睨みつけ、痛烈な言葉を投げかける。 「………」 セリムは押し黙る。 予想はしていたが、ここまで剥き出しの憎悪を浴びさせられるとは思っていなかった。 過去の事は全て水に流し、もう一度家族としてやり直す… 甘い考えながら、僅かに抱いていた淡い期待は粉々に砕け散った。 「おじいちゃん…お客様が来ているの?」 ふと、声の方角に視線をやれば、ドアの隙間から、アザレアがこちらの様子を伺っているのが目に留まる。 「アザレアッ! もう寝なければいけない時間だろう? いい子だから、寝室に戻りなさい」 この醜い言い争いを、孫娘には見せたくない。 その一心で、滅多に発しない強い口調で怒鳴り声を上げる。 「でも、さっきからお手伝いさん達の姿が見えないの。 お客様にお茶をお出ししなきゃ…」 「いいから戻りなさい!」 祖父の怒声に怯んだアザレアが、ビクリと肩を震わせ、廊下を駆けていく。 そして、去っていく彼女の後ろ姿を、睨みつけるように見つめていたダレルが、怨嗟の篭った声を発する。 「おやおや。今の娘は一体どこのどなたかな? 妾に産ませた貴方の子ですか? それとも身寄りの無い子を引き取って育ててるのですか? …ふん。母さんを見殺しにした男が、今更、家族ごっこか。罪滅ぼしのつもりか? 呆れてものも言えない。 どんなに聖人ぶろうが、僕は知っている。 貴方の本性は"人殺し"だ。 戦場で躊躇いも無く多くの命を奪い、そして身近な命すらも顧みることの無い、最低の人間だ」 「…お前とお前の母さんには、どんな謝罪の言葉をもってしても許されない事は解っておる。 許されようと思う行為自体が虫の良い事だとは解っておる。 だが、これだけは忘れないでいて欲しい。 わしはお前たちを確かに愛…」 「そんな事は聞いていない!!! 聞きたくも無い!!! それは貴方の言い訳だ。そう思っているなら何故、行動で示そうとしなかった!? 母さんはなあ、自分が倒れても尚、あんたの戦場での安否を気遣っていたんだぞ!! それを、それを何で…」 溢れ出る感情の奔流。 激情に身を任せ、怒りをぶつける息子の姿は、セリムの犯した罪の深さを嫌が応にも思い出させる。 目に見えぬ溝は深く、両者の間に刻まれている。 最早、これ以上の問答は意味を成さない、と彼は思い知る。 僅かな間を置き。 はあはあ、と息を切らせて立ち上がったダレルが、ふと我に返り、再びソファに腰を降ろした。 「………失礼。 僕としたことが、取り乱しました。 最初に言ったように、そんな昔話をしに来た訳じゃないんですよ。 ビジネスの話をしましょう」 「…ビジネス…だと?」 「そう、ビジネスです。 …貴方が本当に、心から亡き母さんの魂に詫びるつもりがあるのなら… 『我々』の活動に力を貸して頂きたい。 僕はねえ、お父さん。 このアムステラという惑星から、全ての戦争の火種を消し去りたいんですよ」 ダレルの唐突な申し出に、驚きを隠し切れぬセリム。 そんな彼の様子に注意を払うことも無く、ダレルは言葉を続ける。 「気の遠くなる程の年月をかけて、このアムステラ神聖帝国は様々な場所に進軍し、侵略し、他星系にまでその版図を広げてきた。 それは争いの歴史。現在の繁栄がそれに起因するものだと言うことは周知の事実です。 しかし、それは本当に幸福な事なのか? 侵略され、蹂躙された星々の嘆きが聞こえませんか? 戦いの中で散って行った人々の魂は果たして安らかに天に昇ったのでしょうか? それは焼き払われた国家の民のみならず。 祖国の為にその命を散らせて行った我が軍の兵士たちも同じ。 ………貴方も被害者の一人なんですよ、お父さん。 この悲しき時代に、踊らされたに過ぎない哀れな存在なのです。 真の平和を手にしたければ、戦争そのものを根絶しなければならないんです。 ……聖帝と皇族の支配によって戦火を拡大し続けるこの国は、酷く病んでいる。 今こそ我らが民意を代表して立ち上がらなければならない」 セリムは理解した。 このフレーズには聞き覚えがあった。 それはこの時代の嫌戦気運に乗って設立した、反アムステラ活動団体"ピースミリオン"の教義。 宗教結社"べヌウ"に代表される反国家テロリスト集団と並んで、政府にマークされる組織。 平和を掲げる団体でありながらその行為は過激であり、現政府に対して破壊行動を行う事も厭わない。 鳩の姿を借りた鷹たち。 それが世の人々の見解であった。 彼の息子ダレルは、家族の絆を引き裂かれた憎しみを、そのまま『戦争』そのものに向けて発したのだ。 ピースミリオンの教義は、母親を失った悲しみで行き場を無くしていた彼の心の拠り所になっていたに違いない。 …何かを盲信的に信奉するということは、自らの考えを放棄する事に近い。 それが解らぬ程、愚かな息子ではなかった筈だが。 しかし、彼にこのような道を選ばせてしまったのも、自分の責任だろう、とセリムは考える。 「…わしに、何をしろと言うのだ? 力を貸せなどと申すが、こんな老人に何が出来ようか?」 「勿論、戦力として加わって欲しい訳じゃありませんよ。 はっきり言いましょう。僕が欲しいのは、このクラドヴェリー家の資産。 軍資金がねえ、尽きかけてるんです。 そこで『ビジネス』ですよ。 貴方は今まで通り、ここで隠棲していれば良い。 唯、黙って我々に出資してくれれば、それで良いんですよ。 そうですねえ、さしあたっては20億程の資金が必要です」 馬鹿な、とセリムは心中で呟く。 全盛期ならばいざ知らず、斜陽のこの子爵家に、そのような大金を捻出する術などあろう筈が無い。 「…お前は正気で言っておるのか? この家のどこにそんな金があると思っておる?」 そもそも、国家転覆のテロ活動の軍事資金に投資など、心血を注いで国の為に戦ってきた彼に出来る筈が無かった。 最早、これは親子の情などが入り込む余地の無いスケールの話である。 「ご先祖様が残した財産…ここには無くとも、どこかに残してあるでしょう? 子供の頃に聞いた事がある。他ならぬ貴方自身から。 クラドヴェリー家は初代が偶然発掘した金鉱を元に現在の繁栄を遂げた、と。 掘り付くし、既に枯れた鉱山は廃棄されたが、捌ききれなかった金塊(インゴット)の山は、未だに何処かの山中に隠してある、と」 「何を言い出すかと思えば…そんな御伽噺を信じておったのか? あれは、わしが子供の頃に爺様から聞かされた作り話をそのままお前にしただけだ。 最早、この家にはわしら家族が細々と暮らすだけの金しか残っておらん」 戯言だ。 そう一笑に伏した。 だが、ダレルの顔は至って真剣だった。 「僕もそう思っていましたよ… でもね、我々の調査部が当時の記録を洗いなおしたところ… "クラドヴェリーの隠し黄金"は確かに存在した。ある時期の史書にはそうはっきりと書かれている。 その総額は50億を下る事は無い。 そしてその在り処は、当主のみに口伝で伝えられ、その存続を保ってきたと…」 「くどい。 隠し黄金だと? そんなものは知らぬ。 なあ、ダレル。お前がその怪しげなテロ集団を抜けて、真面目に働くと言うならば、残った我が家の僅かな財産をお前に全て与えても良い。 アザレアとわし二人が生きていく分には、軍の退官金で食っていける。 だからのう…」 その言葉を聞き、再び激昂するダレル。 「テロ集団!? 今そう言ったんですか? 自らの欲望のままに軍を動かす聖帝を廃し、その支配を終わらせ、平和の世を築こうという崇高な我々の思想を、テロ行為だと!?」 ここまで、息子への負い目から沈黙を守ってきたセリムだったが、現人神同然と教わり続けた聖帝への冒涜についに耐え切れず、大声を発してしまう。 「不遜な事を抜かすでないわ! この痴れ者がっ!! 聖帝陛下の名を、口に出すだけでも畏れ多いと言うのに、不敬の極みなるぞっ!! お前の様な不埒者にくれてやる金など、一銭も無いわ。 貴様を未だ我が息子だと思ったわしが馬鹿だった。 早々に立ち去れいっ!!」 怒鳴り返すセリム。 交渉は完全に決裂した。 「ああ、良く解りました。 貴方は骨の髄まで軍国主義に毒された愚物なんですね。 ……態度と対応次第では過去の過ちを許してやろうとすら考えていたのに。 もうこちらも忍耐の限界だ。 おい!お前たち!」 ダレルは持っていた通信機を取り出し、声を張り上げる。 程なくして、彼の仲間と思しき武装集団が、ドアを蹴破って室内に突入してきた。 恐らくは屋敷内のどこかに予め潜ませていたのだろう。 黒き戦闘服を身に纏った男達が、一斉にマシンガンを構えた。 「話し合いによる解決はもう望めない。 平和を尊ぶ我らとしては甚だ残念だが」 「ふん、とうとう尻尾を現したか、奸物どもめ。 何が平和を尊ぶだ。力を持って事を運ぼうとする貴様らのやり方の一体どこに、現政府を非難する資格があるというのだ?」 「大事の前の小事ですよ。奇麗事だけでは革命は為し得ない。 我らの行為は全て、ひいては将来の平和に繋がるもの。 何とでも言いなさい。そんなもので我らの聖戦を止める事は出来ない。 さて、お父さん。 隠し黄金の在り処を吐く気にはなりましたか? 今ならまだ、命だけは助けてあげても良いんですよ?」 「何度も同じ事を言わせるな。 そんなものは知らん。知っていたとしても、貴様などに教えるものか。 在りもしない黄金の幻想を抱いて一生彷徨うがいいわ。 さあ、殺すなら殺せ。 退いたとはいえど、わしも帝国軍人の端くれ。忠告の士が死などを恐れるものか」 無数の銃口を向けられても、微塵も恐れる様子を見せぬセリム。 その様に苛立ちを隠そうともしないダレル。 「つくづく…貴方は愚か者だ。 この期に及んでまだ、この腐った国に忠誠を示すのか? …ふん、まあいい。 これを見てもまだ、同じ台詞を吐けるかな?」 ダレルが指をパチン、と弾く。 すると、新たな武装兵が、縛り上げられた女中たちと……そして、セリムの最愛の孫娘アザレアを羽交い絞めにして部屋の中に入ってくる。 「ア、アザレア…!?」 「おじいちゃん…」 か細く、消え入るように泣き声を上げるアザレアを見て、セリムは血相を変える。 「さて、もう一度聞きますよ。 『隠し黄金の在り処を教えてくださいませんかね?』お父さん。 …僕たちも、こんな可愛らしい娘さんや罪も無いお手伝いさん達まで殺したくは無いんですよ。 だから、どうか強情を張らずに教えて下さい。お願いします」 「し、知らん…いや! 何とか思い出す! すまん! だから、その子を離してやってくれ! 頼む!」 必死の懇願。 その様子をみて、ダレルは深いため息を吐く。 「はあ…そうですか。 その様子だと、本当に何も知らないみたいですね… 残念ですよ、お父さん。非常に残念です。 この家に残ったはした金みたいな財産なんぞに興味はありませんし… じゃあ、さようなら。今までお世話になりました」 パァンという乾いた破裂音。 ダレルの手に持った拳銃から凶弾が放たれた。 額を打ち抜かれ、吹き飛ぶセリムの脳裏に、走馬灯のように過ぎるのは… 亡き妻と、幼き息子と数少ない団欒の食卓を囲む風景。 そしてそこには、居る筈の無いアザレアの姿も。 皆、一様に幸せな表情で笑いながら… 彼は心の中で呟く。 『どこで間違ってしまったのだろう?』 そして、自分の姿をみて泣き叫ぶ、最愛の"孫娘"を視界に捕らえながら… 『アザレア。私の可愛いアザレア。願わくば…』 願わくば、死して魂のみになっても、お前の幸せを守り続けよう。 それが彼の最後の思考。最後の願いと相成った。 おじいちゃん、おじいちゃんと、屍と化した養父の元で泣き続けるアザレアを尻目に。 冷血のテロリスト達が会話を交わす。 「あーあ。殺っちまった。いいんですかい?」 「…仕方無いだろう。本当に知らない、ってんだから。 そもそも、僕はこの男が心底大っ嫌いでね。こうなることはある意味必然だよ。 ふん、気にするな。こんなとるに足らん男一人死んだところで、我々の計画に支障は無い」 「残った女どもはどうします?」 「現場を見られたんだから、生かして返すわけには行くまいよ。 ……いや、娘は殺すな。 『クラドヴェリーの隠し黄金』について、何かしらの情報を持っている可能性はある。 今は混乱してるが…落ち着いたら尋問してみるさ。 アジトにつれて帰って…地下牢にでもぶち込んでおくとしよう」 * 次第に冷たくなっていくセリムの身体を抱きながら、アザレアは泣き続ける。 『アザレア』 我が名を呼ぶ声にふと見上げれば、そこには最愛の祖父の姿。 不思議な現象であった。 自分の腕の中に居るはずの、祖父が安らかな顔でこちらを見つめている。 『アザレア…願…くば……てもお前…傍に』 ああ、おじいちゃん。生きていたんだね。 うん。そうだね、私達、ずっと一緒だよ。 既に体温を失った祖父の身体をそっと地に置き。 アザレアは語りかける。 永遠の存在となった祖父に。 私は、独りでは無い。 眼を瞑ればいつもそこには、大切な貴方がいるから。 例え向かう先が冥府の迷宮(タルタロス)であったとしても。 冥界の鳳凰は、その翼で小さき身体を覆い隠し。 地上へ羽ばたく時を待つ。 戻る To Be Continued…