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出典 作品名 機動戦士ガンダム 所属 ホワイトベース隊 階級 少尉(19話時点では階級なし) 搭乗機体 ガンダム SS上でのアムロ・レイ 登場 開幕 搭乗機体 ガンダム他
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【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part6 8 名前:通常の名無しの数倍[sage] 投稿日:2010/03/09(火) 16 52 26 ID dmqt2Kqk0 [2/6] 「全員、手はきれいに洗って来たね?それじゃあ晩ご飯にしよう!」 清潔な白いケットをエプロン代わりに腰に巻き、タオルをふんわり頭に被り後ろで縛った「姉さんかぶり」の出で立ちのミハルは、両手を腰に胸を張り、テーブルに着席した一同に笑顔でそう宣言した。 ミハルの横で彼女と同じスタイルをして立つハマーンも、何やら緊張した顔で頷いている。 このミハル・ラトキエという17歳の少女には、こういう家庭的で少々レトロなスタイルが実に良く似合うのだなとシャア・アズナブルはぼんやり考えていた。 どちらかというと痩身気味の彼女だが、むくつけき男達を前に物怖じせず、堂に入ったその態度は貫禄十分である。 恐らく調理場を仕切った時からここはミハルのフィールドとなったのだ。すべからくここにいる男達は、母親を前にした幼い子供の様に、彼女に逆らう事は許されない何かを感じてしまっている。 もちろんそれはこの場限りのものではあるだろうが、部隊指揮官の目から見ても「見事な人心掌握術」と言えない事もなかった。 士官学校時代から何かと女性に不自由しなかったシャアではあるが、こういった雰囲気を醸し出す女性は今まで彼の周りにはおらず、彼女の一挙手一投足が実に新鮮に映り、目が離せない。 サムソンの車内ではあえて彼女と離れた場所に座り一言も彼女とは会話しなかったシャアだが、やはり無意識に視線は彼女に向いていた。 その眼差しを隠すのに、彼の仮面はこの上なく役に立っていたのである。 普段は会議用に使用される楕円形のテーブルに着席している一同の前にミハルとハマーンの手によって置かれたのは、3つの大ぶりな平皿にそれぞれ積み上げられたサンドイッチの山だった。 この人数にこの量はさすがに多すぎるのではないだろうかと、まず誰もがそう思った。 やや厚めに切られたパンの中には、得体の知れない桃色の物体がたっぷりとはさみ込まれている。 3皿のサンドイッチ全てがそれなので、えり好みは不可能だ。 薄気味悪そうにこのパンには一体何が挟んであるんだと目で問うクランプに、判りませんやと小さく肩を竦めるコズン。 ちゃんと今夜の糧を神様に感謝するんだよと言いながら一同を見回し終えると、ミハルとハマーンの二人は忙しそうにそのまま部屋を出て、再びキッチンへと消えてしまった。 後には、目の前のサンドイッチを凝視する一同の醸し出す何とも言えない空気が残された。が――― 「お、お待ち下さいシャア大佐!」 慌てた様なアンディの声で、シャアは手袋を脱いでサンドイッチに伸ばし掛けていた手を止めざるを得なかった。 「何だ」 「あ、いえ、大佐は大事なお体なのです!オデッサも控える今、得体の知れないモノを食して体調でも崩されたら一大事!!」 少しばかり不満そうなシャアに小声で答えたアンディの言い分に、ピンク色のサンドイッチを見ながら確かにそうだとその場の全員が頷く。 こういう場合、リトマス試験紙、悪く言えば毒見役的な役割を担うのは、やはり一番立場の弱い者になるのは世の常であろう。 うず高く積み上げられた正体不明なサンドイッチを前に、場の空気を読んだ一人が、実に消極的な挙手をした。 「・・・まずは自分が」 「判ってるじゃねえかバーニィ!お前も使えるオトコになったモンだぜ!!」 悲壮な決意をその顔色に滲ませながら名乗り出たバーニィの背中をコズンが嬉しそうにバンバンと叩いている。 「あはははh・・・それ程でもありませんよ・・・」 その衝撃に指で摘んだサンドイッチを取り落としそうになりながらも周囲が固唾を呑んで見つめる中、バーニィは思い切ってソレをぱくりと口に入れ、数回咀嚼し・・・飲み込んだ。 9 名前:通常の名無しの数倍[sage] 投稿日:2010/03/09(火) 16 53 46 ID dmqt2Kqk0 [3/6] 「ど、どうだ!?」 まん丸に見開かれたバーニィの瞳を見たコズンが今更な心配声をかける。 が、上気した顔で、バーニィは勢い良く頷いた。 手には既に二つ目のサンドイッチが摘まれている。 「コレ美味いです!もの凄く美味い!!」 「何だとお!?お前、俺達を地獄の道連れにしようってんじゃないだろうなっ!?」 「そう思われるのでしたら、コズン中尉の分は自分が頂きますが宜しいですか?」 「!」 瞬く間にバーニィが手にした二つ目を食べ終えたその途端、再び伸ばした彼の手を跳ね除けたコズンを含め、サンドイッチの山に一同はわらわらと一斉に手を伸ばした。 正味の話、もういい加減に全員腹が減っていたのだ。 見てくれは悪いサンドイッチだが、食えるとなれば話は別だ。 しかしその味は、遙かに皆の想像を越えていたのである。 「うお美味ぇ!なんだコリャ!?」 「確かに良い味だ、いやこれは金が取れるぞ。酒にも合いそうだ」 光の早さで一切れを食べ終えたコズンはすかさず2つ目を手にし、クランプはしきりと関心した様に食べかけのサンドイッチを見つめている。 こう見えてクランプは料理もやる。開戦前までサイド3でバーテンをしていた事もあり、彼の舌は確かである。 「このパンの中身は・・・ポテトサラダだな。 それに生のタラコをレッドチリソースに漬け込んでほぐした物を混ぜてあるらしい。 だから全体がこの様な色になっているんだ。 なるほど、辛さのアクセントがジャガイモのコクを引き出していて実に旨い。ビネガーの効き具合も、絶妙だ」 まじめな顔でサンドイッチの分析をしているクランプの横でシャアは満足そうに口を動かし、2つ目を喉に詰めたコズンが慌ててミネラルウオーターで流し込んでいる。 確かにこれがビールだったら最高だろう。 「タラコって何です?」 「魚の卵ですよ准尉。コロニーでは高級品ですが地球では割と安価で手に入る食材です」 こちらでは夢中でサンドイッチを頬張るアムロの問いに、彼の右隣に座ったニムバスが丁寧に答えている。 サイド7に移り住むまでは地球で育ったというアムロでも良く覚えていない様な事を、すらすらと話せるニムバスの知識は結構凄いなと考えていたバーニィは、再び部屋に入って来たハマーンの姿を目に留めた。 「あ、アムロ、あのその、こ、これも食べてmてくr」 後半のセリフを噛みながらも思い切って差し出されたモノにアムロは驚きつつ絶句した。 ハマーンの名誉のためにもここは敢えて、そのモノの描写を避ける。 「こ、これは・・・」 「ハマーンはあんたの為に生まれて初めて料理をして、一生懸命これを作ったんだよ。気持ちを酌んでおやりよ」 恥ずかしそうに顔を伏せるハマーンの後からやって来たミハルが、苦笑いしながらアムロにそう進言した。 彼女の手には熱々のシチューが入った大きな煮込み鍋の乗ったキャスターが押されている。 「ほう・・・!」 香ばしく食欲をそそる香りに皆が思わず唸った。 その魚介類がふんだんに入ったブイヤベースの深皿が各人の前に一つずつ行きわたってゆくのを見たシャアとアンディは、通信室で微かに香っていたのはこれだったのだと得心したのである。 「おおお!これまたべらぼうに美味いぜ!」 「これは凄い。よくこの短時間でこんなに深みのある味を出せたものだ」 「食材の中にぶどう酒があったからね、それも使ってみたんだよ」 またも一同から巻き起こった賞賛の嵐に面映ゆそうにミハルが答えているその横で、問題のブツを前にして固まってしまったアムロは、だらだらと汗を流し、密かに助けを乞う視線をちらりと隣のバーニィに送ったが 「准尉!ハマーン嬢の気持ちに答えるためにも、これは、覚悟を決めるしかありませんよ?」 自分は美味そうにブイヤベースをかき込みつつ、バーニィはニヤニヤしながらアムロの恨めしそうな視線を断ち切ってしまったのである。 驚いたアムロは一縷の望みを込めて反対隣に座るニムバスに視線を向けた。しかし・・・ 「騎士たるものの心得として、女性に恥をかかせる事など言語道断。 ・・・骨は拾って差し上げます」 ぴしゃりとニムバスにもそう言われてしまった。 ここに、アムロの退路は完全に断たれたのである。 10 名前:通常の名無しの数倍[sage] 投稿日:2010/03/09(火) 16 55 23 ID dmqt2Kqk0 [4/6] 「ミ、ミハルは心を込めて料理を作れば失敗はないと言ったぞ?」 「あり、がとう、ハマーン、失敗なん、てあるは、ずないさ」 自らが作ったモノを必死にアピールするハマーンにスタッカートで答えながら、アムロは震える手で、パッと見●●●にしか見えない件のブツをつまみ上げ、ぱくりと口に入れた。 「・・・・・・・・・・・・こっっっ」 瞬間、口の中の水分を全部持っていかれてしまったアムロは、パッサパサ言いながらラインダンスを踊るウサギ達の幻影を垣間見た。 何かを求めるように中空をヒラつくアムロの手にしっかりとミネラルウォーターのボトルを握らせてやるニムバス。 ものすごい勢いでブツを飲み下しているアムロの背中を気の毒そうにさするバーニィ。 何だかんだでこの三人、チームワーク抜群である。 ぜえぜえ言いながら顔を上げたアムロの目に、ぎゅっと両手を握り込み自分を凝視しているハマーンの顔が映った。彼女は、アムロの言葉をじっと待っている。 「・・・准尉」 小声でニムバスに促されたアムロは息を整え、少々引きつった顔でハマーンに笑顔を向けた。 「ありがとうハマーン。とても美味しかった」 その瞬間、自信なさげだったハマーンの顔が、ぱあっと喜びに輝いた。 「ミハル!ミハル!やった!アムロがおいしいって!!」 「良かったねハマーン。だから言っただろう?心配ないってさ」 「うん!うん!」 ぴょんぴょん跳び跳ねながら喜んでいるハマーンにバレない様にミハルはアムロに感謝の視線を送って来、アムロはこっそりと溜息を吐き出した。 「ご立派です」 再びアムロに顔を近付けて小声で囁いたニムバスは何だかやけに嬉しげであった。バーニィも安堵したように胸をなで下ろしている。 が、漏れ聞こえてきたハマーンの次の言葉に、三人はびくりと身を竦めたのである。 「そうだ!今後はずっと、アムロの食事は私が作ろう!」 まるで超音波の様にか細く甲高いアムロの悲鳴を、顔を近付けていたニムバスだけが聞く事ができた。 「だめだよハマーン。過ぎたエコヒイキはグループの和を乱す原因になるのさ。 ハマーンだって、もし自分だけが毎回食べる食事にデザートが付いていたりしたら、気まずいだろ? アムロにそんな思いをさせたいのかい?」 「・・・そうか、そうだな。うん。それはだめだ」 ミハル、ナイスフォロー! 納得して頷くハマーンの肩越しに微笑むミハルに今度はアムロ、ニムバス、バーニィが感謝の視線を送る番だった。 11 名前:通常の名無しの数倍[sage] 投稿日:2010/03/09(火) 16 55 53 ID dmqt2Kqk0 [5/6] あれほど量が多すぎると思われていたミハルのサンドイッチはいつの間にか全て一同の腹に収まってしまい、ブイヤベースが入っていた大鍋は空になった。 ミハルの出してくれた食後のコーヒーを飲みながら、一同は満ちたりた様子で女性陣を交えて談笑している。 自分は会話に加わらず部屋の奥からその光景を眺めていたシャアは、一同のミハルを見る視線と態度がこれまでとは大きく変わっているのを実感していた。 戦場において、有り合わせの食材でうまいメシを作れる人員は、それだけで皆から大事に扱われるものなのである。 それは今も昔も変わらない現象だが、ミハルは実力で自らの居場所を勝ち取ったのだった。 今後のミハルの処遇に少なからず頭を悩ませていたシャアは、肩の荷が少しだけ降りた事を密かに喜んでいた。 「大佐、それではそろそろ」 「うん」 アンディに促されたシャアは、全員に着席する様に命じた。 これからすべき議題と確認事項は山ほどある。長い会議になりそうだ。 しかし、皆、気力が漲っている。まるでこれまでの疲れがどこかに吹き飛んでしまったかの様だ。 これもミハルのお陰かなと考えながら、シャアは作戦会議の開始を宣言した。 33 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/03/22(月) 12 05 19 ID 1vBY2xLo0 [2/7] クレタ島の東に位置する【ロドス】はエーゲ海南部ドデカネス諸島に属する島である。 ベドウィン作戦発動中、ランバ・ラルはオデッサにおいてシャアと合流する計画を立て、事情を知るシーマ・ガラハウ中佐を通じサイド3に密使を送り、父ジンバ・ラルの同士であったアンリ・シュレッサー准将にこれまでの経緯を説明すると共に協力を仰ぎ、その際補給をも要請していた。 そして『速やかに全ての準備を整える』というシュレッサーの力強い返答を携えて、アンディはシャアの元に赴いたのである。 この補給ラインが確保されていたからこそ、シャアはマ・クベと思うさまに渡り合う事ができた。 補給受領の地点は、地理的にもクレタ島に近くジオン軍の大規模集積基地のある、このロドス島が最適だった。 ロドス島港湾内にあるジオン軍物資集積基地に、クレタ島ザクロスから飛来した輸送機が到着したのは正午近くの事だった。 輸送機に乗り込んでいたシャア達一行は現在、滑走路の中央に位置したポートから兵員輸送用の大型エレカに乗り換え、大型格納庫を兼ねた基地施設のメインビルに向かって移動している。 「おっと姐御・・・どうやら奴っこさん達が到着したようだぜ。ちっとばかり、予定より早い到着だったな」 メインビル最上階にある士官専用スイートルームの窓に、立ったまま背中を預け、肩越しに外へ目をやっていたジョニー・ライデンはそう言って苦笑する。 低い位置からライデンの顔を妖艶な眼差しで見上げていたシーマ・ガラハウは、名残惜しそうに彼から身を離すとスカーフで唇の端を拭い、床に着いていた両膝を払って立ち上がった。 「久々に二人きりになれたってのに全く・・・気の利かない連中だねぇ。おや」 ライデンと同じ様に窓から地上を見下ろしたシーマは、施設前に止まったエレカを降り立ち、こちらを見上げた赤毛の少年兵と目が合った。 いや、常識的に考えれば「目が合った気がした」というのが正しいのかも知れない。 地中海の強い日差しを避ける為マジックミラーとなっている地上4階にあるこの窓の中が、外から見える筈が無いからである。 が、シーマはその少年の相変わらずのカンの良さを常識に当て嵌め「見くびって」やるつもりは微塵も無かった。 「あのボウヤも一緒じゃないか。ふふふ、相変わらず食えない子だねぇ。アタシらがここにいる事、見抜かれたよ」 「楽しそうだな、姐御」 「何言ってんだいジョニー。アンタの方がよっぽど楽しそうな顔してるくせにさ」 呆れ顔でそう言いながら頬を小突くシーマにライデンは違いないと陽気に笑う。 「楽しくない訳が無いだろう。見ろ、今出て来たのが赤い彗星だ」 ライデンの鋭い眼光は、一行の最後にエレカから地上に降り立った仮面の男をまるで値踏みする様に捉えていた。 「さあて・・・噂のシャア・アズナブルが俺達のボスにふさわしい野郎かどうか、じっくり見極めさせて貰うぜ」 「あんまり突っかかるんじゃないよ?御輿ってのは見栄えと権威さえあれば良いんだ。後は担ぎ手次第でどうにでもなるもんなんだからね」 「姐御に逆らう訳じゃないが、そいつは聞けない相談だな」 そう言いながら、きらきらした少年の眼でライデンはシーマを見つめて来る。 ああまたこの男の悪い癖が出てしまったと頭を抱えたくなるシーマだったが、その邪気のない瞳に彼女は、弱い。 34 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/03/22(月) 12 06 13 ID 1vBY2xLo0 [3/7] 「せっかく同じ【赤】の通り名を持つ者同士が出会えたんだ。どちらがその色にふさわしいか、勝負だ」 「ジョニー・・・」 「おごっ!」 いきなりシーマは、ライデンの腹部(※下腹部ではない)に鉄拳を打ち込んだのである。 ・・・しかしシーマの拳は瞬時に鋼と化したライデンの腹筋に阻まれ、めり込ませる事ができていない。 逆にシーマの手首の方が痛かった程だ。が、彼女は構わず彼の腹にグリグリと拳を押し付けている。 「くだらない対抗心を起こすんじゃないよ?いいかい、アタシらにはもう乗り換える船は無いんだ!」 「いてててて姐御、冗談だ冗談!」 「アンタが言うと、冗談に聞こえないんだよ!いいかい、くれぐれも・・・」 眉間に深い縦皺を刻み込み、噛み付きそうな勢いで顔を寄せたシーマにライデンは何と素早くキスをしてから逃げる様に身を離したのである。その軽薄な行動が、シーマの頭に瞬時に血を上らせる。 「このっ!!誤魔化すんじゃないっ!!」 その言葉とは裏腹に若干顔を赤らめながらも、ライデンの顔面とボディに向けて次々と本気のパンチと蹴りを繰り出すシーマ。 当たり所が悪ければ脳震盪では済まない海兵隊仕込みの実戦的なマーシャルアーツである。 しかし彼女のそんな洒落にならない攻撃を、姐御は受けに回ると滅法弱いんだよなあと笑いながら、軽いフットワークでライデンは見事に全て躱し切って見せた。 やがて呆れつつ楽しげに笑いだしたシーマに釣られてライデンも笑う。打ちも打ったり、避けも避けたり、体術の教本にしたい程レベルの高い格闘術の応酬の末、ウヤムヤのうちに今回の痴話喧嘩モドキは終了となった。 過激すぎる2人の蜜月的な関係は、この数分間のやり取りに集約されていた。 常人には到底理解し得ない、これが何人も立ち入る事のできない彼等だけのスタイルなのであった。 35 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/03/22(月) 12 07 11 ID 1vBY2xLo0 [4/7] シーマの部下に先導されるまま、格納庫内に足を踏み入れたシャア達一行は、簡易MSハンガーに所狭しと屹立している『サイド3からの補給物資』であるという6機のMS-06を見て、それぞれに微妙な表情を浮かべていた。 ビームライフルを標準装備し、量産機として正式採用されたばかりだというMS-14【ゲルググ】は高望み過ぎるにしても、少なくとも【グフ】や【ドム】ぐらいは欲しかった所だ。 連邦軍の高性能MS配備が着実に進んでいる今、既に旧式となってしまった感のあるMS-06【ザク】で激戦が予想されるオデッサに挑むのは、心もとない・・・と、いうのが一同の正直な感想だった。 もちろん贅沢など言えるものではないが、ザクの標準兵装である120㎜マシンガンでは連邦MSの装甲を抜けない、のは実証済みなのである。 ザクで編成した部隊では敵のMSを含む主力と対した場合、恐らく苦戦は免れないだろう。 「お?おお!?良く見りゃこいつはすげえぞ・・・!」 しかしMSの一体を間近で見た途端、一行の先頭を歩いていたコズンが口笛を吹いた。 「シャア大佐!コイツは只のザクじゃありませんぜ!噂に聞いていた新型でさあ!」 「ふむ、どうやらその様だな」 シャアもコズンと共にMSを見上げて確信した。艶消しのボディに鈍く採光を照り返すザクは通常のMS-06よりも頭部が扁平形であり胸板が厚い。 随分と足周りも頑丈になっている様に見える。装甲の内側にちらりと覗く大型のバーニアは、もしかしたら宇宙での使用に限定されたものでは無いのかも知れない。 ずらりと壁面のラックに並んでいるMS専用マシンガンも通常のものとは明らかに形が違う。 「そのザクは統合整備計画の産物さね」 「シーマ中佐!ライデン曹長!」 一行の背後から掛けられた声にいち早く振り向いたアムロが、ライデンを従えてこちらに歩き来るシーマに敬礼する。 彼等と共に酒を酌み交わした仲であるクランプとコズンは親しげに、バーニィは少々緊張気味に、そしてこれが初対面となるニムバスは儀礼的な敬礼をそれぞれ振り向けている。 答礼を返すシーマの顔に疲れは見えたが、その血色は以前よりも随分良くなっている事にアムロは気付き、それが何より嬉しかった。 ミハルとハマーンを除いた全ての人員が互いに敬礼を交わしたのを確認すると、シャアは改めてシーマに向けて口を開いた。 「シーマ・ガラハウ中佐。バイコヌールからの輸送任務ご苦労だった。これが例のMSだな」 「は。サイド3から非正規のルートで届いた新型のMS-06FZ【ザク改】であります。 本来はズム・シティの首都防衛大隊に配備が予定されていたシロモノらしいのですが、大隊指令アンリ・シュレッサー准将の計らいで急遽こちらに・・・!?」 その時突然、シーマの後ろに控えていたライデンがズカズカと前に出て来てシャアと会話中である彼女の横に並んだのである。 シャアに対して敬語で接していたシーマはライデンの無作法にぎょっと息を呑んだが、ライデンは涼しい顔で馴れ馴れしく初対面のシャアに話し掛けた。 「軽く慣らし操縦してみたが、かなりいい。見てくれはザクだが、こいつはグフやドムにも引けは取らないぜ。 マ・クベの野朗はいけ好かないが、統合整備計画の手腕だけは認めてやっても良いかな」 ブン殴ってでもこのバカの軽口を閉じさせてやるべきだろうかと物凄い目つきで横から睨み付けて来るシーマを尻目に、さあどう出ると挑戦的な目をシャアに向けるライデン。 しかしシャアはライデンの予想に反し、にこりと口元を綻ばせたのである。 36 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/03/22(月) 12 07 59 ID 1vBY2xLo0 [5/7] 「なるほど。それが【真紅の稲妻】の見立てなら、間違いは無いだろう」 「おっと・・・俺の事を知っているのか?」 「【真紅の稲妻】ジョニー・ライデン。開戦時は曹長だったがルウムにおいて戦艦3隻を撃沈し大尉に昇進。その後直属の上司を病院送りにした懲罰人事により再び曹長に降格され海兵隊に転属、現在に至る・・・だったかな?」 「あらら」 おどけて首を竦めるライデン。挑発したつもりが見事にカウンターパンチを食らった格好だ。 シーマもライデンに対する怒りを忘れ、目を丸くしてシャアを見ている。 「シーマ中佐、ライデン曹長、こちらの事情は知っての通りだ。 細かい事はいい。今後とも宜しく頼む」 「・・・あーあ。青い巨星といい赤い彗星といい、どいつもこいつも一筋縄ではいかねえってか・・・参ったねこりゃ。大人しく軍門に下っちまうか姐御・・・痛てぇっ!!」 シャアが差し出した右手を渋々握ったライデンの脛を、コメカミに青筋を立てたシーマが何食わぬ顔で横から蹴飛ばしたのである。 「馬鹿部下の無礼をお許し下さい。バイコヌールを空にする訳にも行かず残念ながら全員がここに控えてはおりませんが・・・マハル出身の我ら海兵隊一同、一丸となって大佐の尖兵となる事、シーマ・ガラハウの名においてお約束致します」 片足で飛び跳ねているライデンを完全無視してシーマはシャアに深く頭を下げた。 マハルはサイド3にありながら貧困層を集住させたコロニーであり、ザビ家による徴兵後の扱いも劣悪であった。 シャアと同等かそれ以上に自分達のザビ家に対する恨みは骨髄なのだと、シーマは暗に言っているのである。 「感謝する。精鋭で鳴らす海兵隊の噂は聞いている。これほど心強い事は無い」 「は。荒事の露払いは我らにお任せ下さい」 きっちりと敬礼しているシーマの横で、向こう脛を押さえ片足立ちのライデンも観念してシャアに向け奇妙な敬礼を向け、それを見たハマーンとミハルは同時に吹き出した。 37 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/03/22(月) 12 08 37 ID 1vBY2xLo0 [6/7] 「それにしても、バイコヌールの指令代理が、よくもこの地まで駆け付けてくれたものだ」 「それなのですが、いち早く大佐のお耳に入れておきたい事があり、不肖シーマ、この地にまかり来しました」 「む、何か」 シーマの緊迫した雰囲気を感じ取り、シャアも姿勢を正す。 「実は・・・アサクラ大佐の動向が妙なのです」 アサクラ大佐とは名目上は海兵隊の長であり、シーマの直属の上司にあたる人物である。 しかし実態は名ばかりの司令官であり、実務と責任をシーマに押し付ける形で自身を遙任している。 「現在ジオン本国では、まるでオデッサでの会戦準備に隠れる様に・・・アサクラ大佐指揮の元、地球の静止軌道やサイド5などから大型発電衛星の奪取作戦が次々と執り行われている模様です」 「発電衛星?どういう事か」 「詳しい事は残念ながら・・・ただ時を同じくして我が故郷であるマハルコロニー住民の強制疎開が行われた事と、何か関係があるのかも知れません」 「フム・・・」 顎に手をやって考え込んだシャアの背中を見ながら、アムロはシーマの言葉に漠然とした不安を覚えた。 一瞬、膨大な光と共に何もかもを焼き尽くさんとする凶悪な意思がイメージされたのは、偶然ではないと思えるのだ。 「ど、どうしたんだいハマーン?」 背後から小さく聞こえたミハルの声に振り返ると、真っ青な顔をしたハマーンがミハルにもたれ掛かる所だった。 恐らく、ハマーンも何らかの不安を感じ取ったのであろう。 しかし自分達ですら良く判らないこの感覚を、他人に上手く説明する事はできそうもない。 何より、確証のない情報で、無闇に周囲の人間を不安がらせる訳にはいかないだろう。 爪を噛みしめたくなる欲求を無理矢理押さえつけたアムロは、今の自分の顔色も、きっとハマーンと同じ様に青ざめているに違いない事を確信していた。 65 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/04/03(土) 20 08 56 ID pQxUxiBk0 [2/8] 「いようアムロ!いろいろ大変だったそうだが、こうしてまた会えて何よりだったな!」 「は、はい。ライデン曹長もお元気そうで」 「おう元気だぜえ!死線をくぐり抜けて仲間達と再会できたんだ、これ以上嬉しい事はねえだろう!」 深い不安の闇に押し潰されそうになっていたアムロは、片手を挙げて笑いながら陽気な声を掛けてくれたライデンに救われた気がした。 シーマを筆頭に深刻な顔をしていた一同も、ライデンの言葉に我に返った様に見える。 「ん、どうした、お嬢さん達も顔色が悪いが何か心配事でもあるのか?」 アムロのそばに歩み寄りながらミハルとハマーンの顔も見て、暢気な顔でそう聞いて来るライデン。 しかし逆に、アムロはこの局面で出た彼の言葉の方が意外だった。心配事は、山盛りにあるはずだ。 「ライデン曹長はその・・・心配じゃないんですか?」 「心配って、何がだ」 「え、その、さっきのシーマ中佐のお話の事とか、これから僕達が向かうオデッサの事とか・・・」 数え上げたらそれこそ不安要素はキリが無い。 しかしそんなアムロを見てライデンはからからと笑い出したのである。 「やめとけやめとけ!心配なんざするだけ無駄だ!」 「む、無駄って事は無いでしょう・・・」 自分は果たしてライデンにからかわれているのだろうかと、少しばかりムッとしかけたアムロだったが、突然横にいたニムバスから爆発的な殺気が立ち上ったのを感じ、うなじの毛が逆立った。 「貴様・・・それ以上准尉を愚弄すると、この私が許さんぞ!!」 アムロはもとよりバーニィやコズンら先の騒動を目の当たりにしている周囲の人間は、ニムバスの怒りに思わず慄いた。 そう言えばバーニィを一喝した件を鑑みるに、ニムバスは規律に厳しい男だった。 ライデンの様に奔放な人間を厳格なニムバスという人間が、決して受け入れる筈が無かったのである。 こちらの焦燥を知ってか知らずか、一瞬の後ライデンは、わざとらしくニムバスに向けて妙にゆっくりと首を廻らせた。 「・・・俺は別にアムロを愚弄なんざしてねえがな」 「ま、待って下さいニムバス大尉!この方は、ジョニー・ライデン曹長・・・」 新たな目的の為に仲間がまとまり掛けている今、内部での揉め事は非常にまずいとアムロは焦った。 しかし、アムロとライデン2人が、まるで口裏を合わせるかの如く反論して来るさまは、ニムバスの苛立ちに更に拍車を掛ける結果となった。 「アムロ准尉は貴様の上官だぞライデン!相変わらず・・・その言葉遣いは何だ!?」 「久し振りだってのにご挨拶だなニムバス。俺は相手が誰だろうがこの口調を変えるつもりはねえぜ? 今はお前の方が階級が遥かに上なんだ、懲罰したいってんなら好きにしなよ」 「え・・・ニムバス大尉は、ライデン曹長とお知り合いだったんですか!?」 アムロは意外な成り行きに目を見開いて対峙する2人を交互に仰ぎ見る。 しかしニムバスはアムロの問いには答えず、更にライデンへの眼光を強めた。 66 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/04/03(土) 20 10 53 ID pQxUxiBk0 [3/8] 「気に食わん奴だと思っていたが、いい機会だ・・・貴様の腐った性根はこの場で修正してやる!」 「おっと懲罰房行きとかじゃねえのかよ!」 素早く一歩前に踏み込んだニムバスの歩幅と全く同じ距離をライデンは跳び下がった。 「悪いがデカイ戦が控える今はコンディションを崩せねえ。タダで殴られてやる訳にはいかねえな」 「面白い。ならば実力で私と准尉の前にひざまずかせてやるとしよう」 「御免こうむるぜ。俺は色んな意味でひざまずかせる専門だ」 「・・・バカだねっ!」 「えっ?」 「な、何でもないよ!アンタら!シャア大佐の前で、勝手なマネは許さないよ!」 赤い顔でクランプの疑問を遮ったシーマは今にも殴り合いを始めそうな二人を叱責する、が、意外にも彼女を制したのはシャアであった。 「二人共、私に気兼ねせずに続けたまえ」 「大佐!?」 「我々は寄せ集めの軍団、軋轢は当然だ。 火の点いた爆弾をフトコロに隠し持っていると、それはいずれ最悪なタイミングで炸裂してしまうものだ。 爆弾などというものは、大っぴらな場所で処理してしまうに限る。リクリェーションとしてな」 へぇ、判っているじゃないかと内心瞠目しながらシーマはシャアの横顔を見直した。 流石は赤い彗星。若さに似合わずこの男、動じないのである。 喜んだのはライデンであった。 「話が判るぜ大佐ァ!正式に私闘許可が出たがどうするニムバス大尉!?」 しかしニムバスから一瞬目を切ったライデンには油断があった。ニムバスは既に臨戦態勢だったのである。 「余所見をするな!」 ステップを変化させ、トップスピードで間を詰めながらニムバスの放ってきたパンチは牽制であった。 咄嗟にガードを固めたライデンは、迂闊にもニムバスの密着を許してしまう。 ニムバスは両手でそのままライデンの頭を抱え込むと、タイミングをズラした膝蹴りを抉り込む様にライデンの脇腹に見舞う。 これがまともに決まれば恐らくアバラの4・5本は砕け散っていたに違いない。 しかしライデンは辛うじて自らの膝をカウンター気味にニムバスの内腿に合わせ膝蹴りの威力を相殺させると、両腕の拘束を振り払い、軽快なフットワークでニムバスの射程圏内から逃れた。 睨み合って対峙する2人。 軽いボクシングスタイルのステップワークで間合いを取るライデンに対し、ニムバスはアップライトに構え、足で威嚇するムエタイ風である。 「あんたにあの後何があったか知らねえが、雰囲気が変わったなニムバス。 明らかに付け入る隙が・・・減っていやがるぜ」 ベッと口中の血を吐き出したライデンにシーマはどきりとした。 離れ際に何らかの一撃を受けたものであろうが、ケンカ慣れしたシーマにもニムバスの放ったその攻撃は見えていなかった。 67 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/04/03(土) 20 11 51 ID pQxUxiBk0 [4/8] 「グラナダ攻略部隊、降下強襲群・・・あの激戦地で俺達は出会い、あんたが第一中隊、俺が第二中隊と、互いに部隊を率いて戦った。 階級はあんたが少佐、俺は特務付きの大尉で・・・戦場では同格だったな」 言いながら今度はライデンが前に出た。 迎撃に動いたニムバスの蹴り足をフェイントでいなすと強烈な左フックをボディに見舞う。が、ニムバスは肘を下げこれをブロックした後、がら空きになったライデンの顎にそのままエルボーを叩き衝ける。 しかしその時には既にライデンの身体はスウェーを絡めて後退していた為、ニムバスの肘は空を切った。だがその軌跡は、ライデンの前髪を数本斬り飛ばす程の鋭さだった。 「ライデン!!何から何まで癇に障る奴だったよ貴様は!」 「お互い様だニムバス!何かってーとキリシア様キシリア様ってな!テメーは壊れたレコーダーかっての!」 「言うな!昔の話だ!!」 僅かに動揺したニムバスの動きを見逃さず再度踏み込んだライデンは、左右のジャブを放ちながら唐突に足払いを仕掛けると、態勢を崩したニムバスに組み付き、ごろりと転がりざまに肩の関節を決めに入った。 ボクシングスタイルから密着した関節技への極めてスムーズな移行はライデンの格闘技術の高さを物語り、その変幻自在な攻撃は、固唾を呑んで見守る周囲のギャラリー達をどよめかせた。 「甘いな!」「おっと!」 しかし分の悪そうに見えたニムバスは逆関節に逆らわず一瞬にして態勢を入れ替えると、ライデンの拘束を抜け出し、腰を落として後ずさった。 ライデンの関節技のレベルの高さを肌で感じ、グランドでの攻防を嫌ったのである。 しばらく様子を見ていたライデンだったが、追撃は無しと判断するとゆっくり立ち上がり、再びボクシングの構えを取った。 「ゲイツ大佐・・・・・・結局あんたがトドメ刺したんだってなニムバス」 「フッ、貴様が生温かったせいで、私が後始末をするハメになっただけだ」 「ランス中佐はどうなった?ひどい怪我をされていたが」 じりじりと間合いを取りながら、探る様に言葉を交わす2人を見てアムロはハッと気が付いた。 ニムバスが規律に厳しくなったのには明らかにライデンが関係している。 そして2人は恐ろしく不器用なやり方で、二人共が降格する原因となった戦場の思い出話をしているのだ。 「ランス・ガーフィールド中佐は退役された。私がゲイツの敵前逃亡未遂を聞かされたのは、全てが終わった後だった・・・!」 眉根をぎゅっと寄せたライデンは辛そうにそうだったのかと呟いた。 威張り腐った上官が多い中で、ランスは腕が立つ上気さくで男気があり、敬愛するに足る数少ない武人だった。 「あの時ランス教官・・・いやランス中佐がおられなかったなら孤立した我々は、恐らく全滅していた事だろう」 「だがな、ニムバス、俺がぶちのめして病院送りにしたゲイツの病室に押し掛けて・・・射殺したのはやりすぎだ」 ざっとその場の全員が息を呑むのが判った。 対峙する2人の間に、ただ静かに空調の音だけが響く。 「黙れ!貴様に何が判る!私の中隊の生存者はたったの3名だったのだぞ!! あの無能な指揮官が援軍を出すのを遅らせ、我らを死地に追いやったのだ!」 「ニムバス!」 やはりこいつの根底は何も変わっていないのかと絶望に似たライデンの眼差しを、しかしニムバスはするりと受け流す様に瞳の険を解いた。 「・・・以前の私ならば、そう言っただろう」 「!?」 「可笑しければ笑えライデン。今の私には、何故だかランス教官の気持ちが判る気がするのだ」 ランス中佐のザクは孤立したMS部隊の囮として単身敵陣に切り込み、多くの敵を粉砕しながらも集中攻撃を受けて沈んだと聞く。 部下の未来を救う為、自ら身を捨て礎となったのだ。そんな決意は生半可な覚悟で共感できるものではない。 68 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/04/03(土) 20 13 07 ID pQxUxiBk0 [5/8] 「確かあんたは、やたらとキシリア・ザビを崇拝していたな?だが、今のあんたからはあのイビツな熱狂が感じられない。 その分、何だか研ぎ澄まされた感じがするぜ。一体何があんたを変えたんだ?」 「ふふふ、貴様などに教えてやるものか」 笑えと言っておきながら愉快そうに自分が笑うニムバス。 彼のそんな屈託のない笑顔はライデンが初めて見るものだった。こんな顔は、あの頃のニムバスからは想像もできない。 「さあて、そろそろ決着を付けるぞライデン、ランス教官直々に鍛えられた私の技、果たして受け切れるかな?」 「あまり受けたくないってのが本音だが・・・仕方ねえだろうなあ」 シーマは身じろぎもせず、ずっと心配そうな顔でライデンを見つめ両の拳を握り締めていた。 2人の間にある空間に緊張感が凝縮してゆくのが判る。 それはまるで、ピリピリと触れれば弾ける電光の塊りの様だ。 「えーとすいませんがお2人さん、ランス・ガーフィールド中佐なら、アンリ准将の首都防衛大隊に復帰されましたよー」 ・・・・・・・ 「なに!?」「本当か!?」 一同に遅れてやって来たアンディが、間延びした声で後方から掛けた言葉に2人は一拍置いて劇的に反応した。 「本当です。首都防衛大隊は『慰労隊』の側面もあるんですよ。 ランス中佐は片腕を失くされるという重傷を負われたものの、このたび戦傷兵として大隊に配属され教官を務めておいでです。 ちなみに私も、MS戦術で中佐の教えを受けた一人です」 「そうだったのか・・・」 「アンリ准将の隊に・・・」 2人の間にあれほど張り詰めていた空気が、一気に霧散したかの様だった。 ニムバス、ライデン共にシンミリ俯いた目線で、それぞれの感慨に浸っている。 「二人共、気は済んだか」 頃合だと判断したシャアが声を掛けると、2人は気まずそうに構えを解いた。確かにもうバチバチやり合う雰囲気ではない。 ギャラリーもほっとした顔で互いに顔を見交わしている。物騒な場面はあったにせよ、結果的に怪我人が出なくて本当に良かったという処だ。 「丁度良い。ここで2人に辞令を言い渡しておこう」 「は!」「辞令?」 自らの降格を申し出ていたニムバスはその顔にさっと緊張感を滲ませ、ライデンは怪訝な表情を浮かべている。 69 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/04/03(土) 20 13 45 ID pQxUxiBk0 [6/8] 「戦場任官なので簡潔に伝える。ニムバス・シュターゼン大尉、貴官を申請通り降格し、以後は中尉に任命する」 「は、しかし、それでは・・・」 「聞け。これによりMS小隊を組む際、アムロ准尉に隊長位と特務権限を持たせれば、中尉はアムロの下に身を置く事が出来る。十分に補佐をしてやれ」 「慎んで・・・拝命致します!」 降格されたくせに嬉しそうに敬礼しているニムバスを見てライデンは思い当たった。そうか、ニムバスの奴は多分・・・ 「ジョニー・ライデン曹長」 「は、は?」 思わず素っ頓狂な声を上げてしまったライデンを見て、シーマが目をつぶったまま軽く額を押さえた。 「シーマ中佐の下での数々の戦功は聞いている。よって、ジョニー・ライデン曹長を本日只今をもって中尉に昇進させる事とする」 「へ?イキナリ二階級特進?なんで?」 「バカだね本当に!くれるっつーモンは貰っときゃいいんだよ!」 慌てた口調で会話に割り込んで来たシーマに全員の視線が集中する。 「あ、姐御、皆の前だ」 「・・・・・・・・・・・・っっ!!」 今度こそ誤魔化しきれない程に顔を赤らめたシーマは、口をぱくぱくさせた後にトマトの様な顔を横に向け、そのうちに堪え切れなくなり後ろを向いて俯き、押し黙ってしまった。小刻みに肩が震えている。 コズンはごくりと唾を飲んだ。あのシーマをここまで変えてしまうとは、ジョニー・ライデン恐るべし。 「・・・こほん。これで【真紅の稲妻】も、もう少し動きやすくなるだろう。 貴様の場合、肩書きなど無意味なのかも知れんが持っていて腐る物でもない。シーマ中佐の言う通り、ここは素直に受け取っておけ」 「了解であります」 観念した敬礼を向けるライデンに、シャアは軽く頷いた。 ライデンはニムバスにニヤリと笑って向き直る。 「これで俺達は同じ階級になったなニムバス。アムロよりも上だし、もう規律がどうとか言わせねえぞ」 「良いだろう。だが准尉を愚弄する様な真似をしたら、命が無いものと思え」 物騒な物言いは健在のようだ。 苦笑しながらもライデンは小声でニムバスに聞かねばならない事があった。 「ところでなニムバス、お前、なんで俺がシャア大佐にタメグチきいた時には怒らなかったんだ?」 「・・・決まっている。私の忠誠はアムロ准尉にのみ向けられているからだ」 済ました顔でぶっちゃけるニムバスに、ガラにも無くそれはどうなんだよと突っ込みたくなるライデンだったが・・・ やけに幸せそうなニムバスの顔を見ていたら、何だか全てがそれで良い様な気がして来て、結局口を噤んでしまったのだった。 100 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/04/18(日) 00 49 41 ID Q08CvfKg0 [2/4] 「うわあ・・・これ、凄く良いですねえ・・・!」 感嘆ではなく驚嘆である。 初めて乗ったMS-06FZのコックピットシートでバーニィは、座席調整をSに設定しながら笑顔を見せた。 メイン、サブ両モニターの位置、フットペダルの固さと踏み込み角度が絶妙にいい。 何よりJ型では少々確認し辛かった後方視界モニターの位置がデフォルトで改善されているのが嬉しい。 ロールアウトされたばかりのMSの筈なのに、まるで使い込まれた愛機のごとく2本のレバーグリップが吸い付くように手に馴染む。 実質的にはMS-06Cなどのコックピットに比べると、オーバーヘッド・コンソールが前方にせり出しているぶん若干狭くなっている筈なのだが、妙な閉塞感は微塵も感じられない。 広すぎず、狭すぎないスペースの中に、全ての計器類が見やすくコンパクトに収まっているのだ。 そこにはある種のデザイン的な美しさが発生しており、兵士にとって命を預ける相棒たるMSの心臓部に相応しい威厳があった。 あの、地球に下りてバーニィが初めて搭乗した(現地改修で執拗にいじり倒された感のある)06Jのごちゃついた操縦席とは雲泥の差である。 この恐ろしく機能的なコックピットレイアウトは、長年の試行錯誤を積み重ね、血と汗と命を代償にMSと携わって来たジオンだからこそ完成したものなのだと思える。 元々機械いじりが嫌いではないバーニィは、コックピットの端々から滲み出ている「職人技」が醸し出す迫力に、静かに感動してしまうのだった。 『こいつの開発には俺たち首都防衛大隊も協力したんだぜ。 コックピット周りは特にランス中佐の意見が反映されてる』 正面モニターには、資料を挟んだバインダーを手にしたアンディ中尉が、ハンガーの床からこちらを見上げている姿が映し出されている。 外部用モニターとスピーカー、集音マイク等の動作にも問題は無い様だ。 傍目から見ると奇妙な光景だが、この機能が正常であればこそ通常サイズの人間と17・5メートルの巨人とが普通に会話できているのである。 「何だか・・・皆さんのお話をお聞きしているだけで、ランス中佐という方の凄さが判りますね。 それに、短期間でこんなMSの開発を完了させたマ・クベ大佐という人も」 『ランス中佐とはお前もいずれ会えるさ。それとな・・・』 バーニィの口から出たのは先人に対する素直な賞賛だったのだが、ランスとマ・クベを同列に扱われた事が気に食わなかったのか、アンディの顔が険しいものになった。 『言わせて貰えばこの機体がここまでスピーディに完成したのは、現場勤務の名も無きメカマンから訴上されて来た統合整備計画の試案が、抜群に優れていたからなんだ。 マ・クベはまずそれを意見書としてサイド3のMSメーカー最大手のジオニック社に提示し、意見を求めた。 そしてそれがとてつもない価値を秘めた革新的意見書だという事を確認した上で、次期国家プロジェクトとしてザビ家に提出し、それをそのまま自分の手柄として通しただけに過ぎない』 「名も無きメカマン・・・ですか」 『こんな紙資料にしたら優に五百枚以上に相当する分量の計画試案を上げて来た奴がいるんだよ』 101 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/04/18(日) 00 50 32 ID Q08CvfKg0 [3/4] 自らが手にするバインダーを指で弾きながらアンディが続ける。 『件のメカマンはジオンに対する貢献度は相当な筈だが・・・マ・クベはそいつの名前すら資料から削除しちまったらしい』 「ど、どうしてそう言い切れるんです?」 『それまでマ・クベがサイド3に指示して来た時とは全く違う計画手順だったからさ。 奴は官僚肌の軍人だ。工廠に対して要求する事は出来ても具体的な技術内容を示して計画を発注する事なんて出来やしない』 「なるほど。“水陸両用MSを作れ”とは命令できても“この設計図通りにズゴックを作れ”とは指示できないって事ですね」 撃てば響く様なバーニィの言葉にアンディはそうだと頷く。 無意識の受け答えではあるが、バーニィの応対には相手を気持ち良く喋らせる何かがあるようだ。 『もちろんマ・クベ自身にMS開発の知識があれば良いがそんな話は聞いた事もない』 「なるほど・・・と、いう事は、そのどこの誰かも判らない謎のメカマンは現場で作戦行動に随伴しながら、五百枚以上の計画書を・・・それは、凄い・・・」 時間に余裕のあるジオンの部隊など存在しない事はバーニィも身に染みて理解している。 『計画を請け負ったサイド3の工廠では、もう提示された計画書に絶賛の嵐アンド【このプランの作成者は誰か】という妄想の坩堝となっていた。 愚にも付かない妄想が多かったが一番笑っちまったのが 【天才的な才能を持つローティーンのメカニック少女が、恐らく何日もの徹夜をものともせずに完成させた】 ・・・って奴だな。いくらなんでもリアリティなさ過ぎだろう』 モニターの向こうで苦笑するアンディだったが、バーニィの脳裏には、張り倒された痛みの記憶と共に、一人の少女の顔が鮮明に思い出されていた。 笑えない。あの少女の才能とバイタリティならば・・・ややもすると、やりかねない。 『統合整備計画は大手のMSメーカーが合同で参画してる。 俺が出向いてたのは主にツィマッド社系の造兵廠だったんだが、他社に伝説の少女メカマンがいるらしいって話は良く耳にした』 「伝説の・・・」 『おいおい本気で信じるなって!どちらかと言うと都市伝説の類だ』 げらげら笑うアンディに、コックピットの中のバーニィは意味深な顔でぼそりと呟いた。 「アンディ少尉も・・・伝説の少女メカマンともうすぐ会えるかも知れませんよ」 『ん?何か言ったか?』 「いえ。お楽しみに」 『?』 再度聞き返そうかと口を開いたアンディの声を、ハンガー内に突如鳴り響いたアラームが遮った。 同時にコックピット内のモニターにヘッドセットを付けたアムロの顔が映し出される。 『施設内の各員に通達します』 アムロの声にぎこちなさは無い。 フェンリル隊にいた際、通信オペレーターを経験したアムロにとって、オール回線での音声放送などお手の物だった。 『戦闘要員は、至急ブリーフィングルームに集合して下さい。繰り返します・・・』 スピーカーからの放送を聞いたそれぞれの人員は作業の手を止め、指示通りブリーフィングルームに向かう。 しかし唯一モニターでアムロの顔を見る事のできたバーニィは、その表情に滲む只ならぬ緊張感に気が付いた。 『聞こえたなバーニィ!マシン整備は一時中断だ、すぐに出て来い!』 「りょ、了解!!」 外から掛けられたアンディの声に大急ぎでコックピットハッチを開けたバーニィは、外に出ようとした際、上がり切っていない可動式オーバーヘッドディスプレイの角にしたたか額をぶつけてしまい、シートに逆戻りする形で倒れ込んだ。 不覚にもつい乗り慣れた06Cと同じ感覚で体が反応してしまったのだ。 「あっっ・・・痛ってぇぇ~~~~っ・・・・・・!!」 「おいバカ何やってんだ!?置いて行くぞおい!!」 下からいらいらした声を叫び上げてくるアンディに対し、ハッチ開閉のタイミングとコンソールディスプレイの動くスピードがえらい違ったんですよとは流石に言えず、すいません今行きますとチカつく眼で辛うじて声を絞り出したバーニィは、よろよろと昇降用のワイヤータラップを引き出した。 150 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/03(月) 08 04 17 ID jlnriS1w0 [2/5] 緊張した面持ちでクランプ、コズン、シーマ、ライデン、ニムバス、バーニィ、アムロが居並んでいる。 アンディだけはあの後すぐに、現在急ピッチでシャア専用にチューンUPされているMS-06FZの整備にハンガーへ呼び戻されてしまったのだ。 新型であるザク改の調整を効率的に進める為には、その開発に間近で携わっていた彼が必須である以上、これは仕方のない処置だと言えた。 諸君達に集まって貰ったのは他でもないと前置きしてから、シャアはブリーフィング・ルームに集った全員の顔を見回した。 「先程、戦略情報部士官ククルス・ドアンの情報で派遣していた偵察隊からの報告が入り、アンカラ郊外に展開している連邦軍砲撃部隊の、おおよその規模が判明した」 ぴんと張りつめた空気が場を支配する。 一刻も早くオデッサのラル部隊と合流したいシャア一行ではあったが、黒海の対岸に陣取っている敵の砲撃部隊を放っておく事はできない。 オデッサに多数布陣する友軍の為にも、ここは確実に潰しておかねばならない拠点なのである。 情報を掴んでいながらマ・クベが全く動きを見せない現状、それが可能なのはここロドス島にひとかどの戦力を保有するシャアの部隊をおいて他には無かった。 「アンカラ郊外の台地に、確認が出来ただけでも長距離砲撃用車両27、自走対空砲84、補給車も多数布陣している模様だ」 シャアに促されて一歩前に出たシーマが手持ちの写真付き報告書を読み上げるや否や、両手を腰に当て下を向きながら小さく舌打ちをしたコズンを筆頭に、全員が重苦しい溜め息を呑み込んだ。 想像以上の大部隊である。流石に連邦軍の物量は半端では無いという事なのだろう。 展開している敵部隊が小規模であれば、アレキサンドリア基地に対地爆撃を要請するだけで事足りたかも知れなかったが、空爆に対応した備えが為されている事が判明した以上、敵陣深くMSを突入させ、対空戦力をまず黙らせる必要が生じたのである。 敵陣への攻撃をアレキサンドリアの爆撃機だけに任せ、シャアの部隊はアンカラを無視してさっさとオデッサに直行する・・・という甘い目論見は、大部隊の前にあっけなく消し飛んだ形となった。 「連邦のオデッサ攻略作戦は、ここ数日のうちに発動されるのは間違いない」 「そうなるとアンカラ強襲に一日、補給や整備に突貫でも一昼夜・・・いやあギリギリですなあ」 深刻な顔をしたクランプに、首の後ろをボリボリ掻きながらコズンが呑気な声で応じる。 心の内にある焦燥とは裏腹に、あえてこういう物言いをするのがコズンの癖だ。 それほど事態は、深刻なのだった。 「・・・つまり、自分達はオデッサ開戦に間に合わないって事ですか・・・」 「早まるんじゃねえよ。そういう可能性もあるって話だ」 バーニィの核心を突いた一言を強い口調でコズンが遮る。 しかし、確かにバーニィの懸念している通り、これでシャアの部隊はオデッサ防衛戦に主力として参加できなくなる可能性が極めて高くなった事は事実だった。 151 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/03(月) 08 06 01 ID jlnriS1w0 [3/5] 激戦が予想されるオデッサ防衛戦、ひとたび戦端が開かれてしまえば、十字砲火の矢面に立つ最前線に位置する「青い木馬隊」に、強引に敵中突破して合流を計るのは無謀過ぎる行為だろう。 最悪、状況次第では友軍の苦戦を尻目にシャア達はオデッサ外周に取り残されるという事態も十分ありうる。 少しでも多くの戦力を、何よりシャアという彼らの総大将を開戦前に「青い木馬隊」に合流させたい。 そして、オデッサ前に戦力の損失はなるべく避けておきたい・・・というのが彼らの偽らざる本音だったのだが、シビアな現実はそれを許さなかった様だ。 「ここにいる全員が雁首揃えてアンカラに出向く必要は無いんじゃないか? 敵部隊が砲撃だけに特化しているなら、俺達のイフリートだけで十分だろう」 腕組みをしたライデンが口を開くと、シーマは彼に向き直った。 言うまでも無く『俺達のイフリート』とは彼女とライデンの08-TXを指しているのである。 直前までMSの整備をしていたライデンの顔と作業着はオイルで汚れていたが、それは彼の精悍さを少しも損なうものではない。 シーマはうっとりと愛でそうになる気持ちをおくびにも出さず、実にそっけない態度で彼に言い放った。 「ところがそうは行かないのさ」 「何故だ?姐御にしては随分と弱気じゃないか」 「敵陣には護衛のMSがいる可能性もある。そして偵察隊は黒海の南端ボスポラス海峡を抜けてアンカラに向かう敵部隊もキャッチした。 恐らく敵の増援だ」 挑発的なライデンの言葉には付き合わずシーマは淡々と事実だけを告げ、軽口を叩いていたライデンの顔から笑顔が消えた。 「・・・何だと・・・この上まだ増えるってのか・・・!」 「アタシらはキッチリこれも叩かなきゃいけない。戦力は足りないぐらいさね」 日々の整備すらままならない部隊が多いジオン軍に対して、無尽蔵とも思える物量を惜しげもなく投入してくる連邦軍。 またもや突きつけられたシビアな状況が一同の心胆を寒からしめたが、シャアの冷静な声音が全員の意識を現実に引き戻した。 「どんなに荒れた戦場であろうが、ランバ・ラルが率いる部隊なら、そう簡単に落ちはしないさ」 シャアのその言葉に不敵な笑顔を浮かべ大きく頷きながら、パシンと左に構えた掌に右の拳を打ちつけたのはクランプである。 その通りですぜと言いながらコズンもニヤリと唇を歪めて笑った。 152 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/03(月) 08 07 08 ID jlnriS1w0 [4/5] 「いざとなれば我が隊は後方攪乱に回る。だが事態は流動的だ。 我々はまず、目の前にある我々がすべき事を迅速に片付けるとしよう。アムロ」 「は、はい」 突然シャアに名指しされたアムロはどきりとしたが、辛うじて敬礼する事ができた。 「君には小隊を任せる。別働隊を指揮しアンカラに合流すべく進行して来る敵部隊を阻止してみせろ。ニムバス」 「はっ!」 「ワイズマン・・・いやバーニィ」 「はい!」 ニムバスは当然の如く、バーニィは緊張気味に敬礼をシャアに向ける。 「アムロと共に行け。ザク改2機と輸送機ファットアンクルを与える。 アムロはあの白いMSを使え。ニムバスはアムロを補佐して作戦を立案しろ」 「了解です」 「え・・・」 シャアとニムバスがみるみる話をまとめ、さっさと話を切り上げてしまった為に肝心の、隊長である筈のアムロはこの決定に何も口を差し挟む事ができなかった。 「あ、あの、待って下さい、やっぱり僕には隊長なんて・・・」 自信なさげな声で抗弁しようとするアムロを、シャアは無視して踵を返し、ニムバス、バーニィを除いた全員とアンカラ襲撃計画を練り始めた。 もはやアムロの事など眼中には無い。それはある意味、アムロの意見を聞く気など端から無いのだという意思表示にも見える。 「シャア大佐!」 途方に暮れたアムロが思い切って背を向けているシャアに大声を掛けると、熱心に話し込んでいたシャアは顔だけアムロに向けて口を開いた。 「もう命令は下した筈だぞアムロ。 今後私と行動を共にする以上、君にはただのパイロットでいて貰っては困るのだ」 アムロの目がハッと見開かれる。シャアの向こうでコズンとクランプが、こちらに握り拳を向けているのだ。 目を転じるとライデンはさりげなく親指を上に向け、シーマは片方の口角を上げて見せた。 「私達を失望させるなよ?」 皆の視線に胸が熱くなるのを感じ、立ちつくすアムロの横にニムバスとバーニィが並ぶ。 「行きましょう准尉。我々の初陣です」 ニムバスの言葉に、アムロは小さく掠れてはいたが力強い口調で「はい」と答えた。 180 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/05(水) 12 39 56 ID /5EMHpoM0 [2/5] 小さなノックの後、少しだけ開けたドアの隙間からするりと部屋の中に滑り込んで来たのは、小ぶりなバスケットを抱えたミハルだった。 後ろ手にドアを閉めたミハルは微かに安堵の溜息をつく。 薄ぼんやりとした照明が灯った室内。 一人の男がベッドに突っ伏している。 ミハルが目を転じると、衣服がスツールの上に無造作に脱ぎ捨てられ、ブーツは脱ぎ散らかされたまま床に転がっているのが見えた。 「・・・ミハルか」 「ごめん、起こしちゃった?」 「いや、シャワーを浴びようとしていた筈なんだが・・・」 身じろぎし、ベッドからのろのろと顔を上げたのは、何とシャア・アズナブルであった。 もちろん例のマスクはヘルメットと共にベッドの片隅に放り投げられているため、素顔である。 実は戦闘時以外、シャアの寝起きはそれ程良くない。 アンダーシャツ姿のシャアはのっそり身を起こすとベッドの上に胡坐をかき、目を閉じたまま片膝の上に頬杖をついた。 「疲れてるんだね・・・ご苦労様。肩の具合はどうだい?」 脱ぎ散らかされた赤い軍服を拾い集め、てきぱきと畳んだりハンガーに掛けたりしながらミハルは心配そうな声を掛ける。 頬杖をしていた手を一旦外し、肩を軽く回したシャアは片目を薄く開けてもう大丈夫そうだと軽く笑った。 「良かった、でも油断は禁物だよ。 宇宙に住んでた人は免疫力が弱いとも聞くし、ケガってのは直りかけが一番怖いんだ。 あと数日は手当てを続けなきゃだめだよ。さあ、肩を見せて」 大真面目な顔でシャアの横に腰を下ろしたミハルは、有無を言わせずシャアのシャツを脱がしに掛かった。 幼少の頃に地球で暮らしていた経験を持つシャアは実は生粋の宇宙育ちでも無かったのだが、別に文句も言わずミハルのしたいがままにさせ、大人しく右肩を露出させた。 181 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/05(水) 12 40 39 ID /5EMHpoM0 [3/5] 「完全に傷口は塞がっているみたいだけど・・・」 そう言いながら化膿止め薬入りの無針注射器を二の腕に押し当てて来るミハルを、シャアは面白そうに見つめている。 人目を忍んで毎晩こうしてやって来るミハルに手当てをしてもらうのは、もう何日目になるだろう。 この少女がシャアの個室を初めて訪れたのは、ここクレタ島ザクロスに到着したその晩の事だった。 フラナガン機関の施設を脱出する際、自分を助ける際に負った傷を治療させて欲しいと申し出て来たのである。 何でも、シャアがケガをした事を秘密にしたがっていたので、同室のハマーンが眠ってからこっそりと部屋を抜け出し、誰にも見つからない様にここまで来たのだという。 初めはおずおずしていたミハルだったが、シャアが自らのケガに消毒液を振り掛けただけで放置していた事を知って驚き、大慌てで手当てをし直した。 助けてくれた事に感謝はしているが、自分を大切にしない人は最低だと叱りつけられたシャアは、何故だかその剣幕に逆らう事ができず、命を救った筈のミハルに何度も謝るハメになったのである。 驚いた事にシャアは発熱していた。微熱ではあったがそれが肩の裂傷によるものである事は明白であった。 身体の調子が悪くても、それを全く気にしていないのである。 ミハルはそんなシャアを放っておくことができず、皆に隠れて猛然と彼の世話を焼き始めたのだった。 しかし改めて見てみるとミハルが呆れるくらいに、シャアという男は自分の事、日常的な事に無頓着な人間だった。 人間らしく生きる事に関心が無いと言い換えてもいい。 放っておけば日々の食事すらロクに摂らないのではないかと思える程に、彼の生活からは何かが欠落していたのである。 「ああ、やはりミハルの作ったものはうまいな」 だが、そんなシャアが、今ではミハルの持ってきたバスケットを勝手に開け、中にあった夜食を手掴みで食べ、あまつさえそれを美味いと言っている。 美味いと褒めると、笑み崩れてゆく彼女の顔がシャアは好きだった。しかし・・・ 「こら!ちゃんと手を洗って来る!」 ミハルは軍人では無い為にシャアに対して階級による遠慮などは一切無いのである。 こうしてまたもや彼女に怒られバスケットを取り上げられてしまったシャアは、食べかけのマフィンを口に咥えたまますごすごと洗面所に向かった。 【赤い彗星】のシャアしか知らない者がこの様子を見たら恐らく仰天して腰を抜かす事だろう。 ミハルに叱られる事は不快ではないし、彼女の言葉にはつい従ってしまうのは何故なのだろう。と、手と顔を洗いながらシャアはぼんやり自問してみる。 しかし幼い頃に父と母を失い、権謀と怨念に塗れて成長した彼の中には、自身の問いに対する明確なアンサーは含まれていなかった。 周りには常に“敵”が潜んでおり、少しでも隙を見せると足元を掬われる・・・そういう殺伐とした人生を送ってきた。 親しげな顔でシャアに近付いて来る人間は、十人が十人とも腹の中では彼を利用する事で自らの利益を企んでいた。 無論そういう手合いを観察眼に優れたシャアに瞬時に見抜き“敵”かそうではないかを識別して来たのである。 “敵”なら容赦なく叩き潰し、そうでないなら“それ”をこちらが最大限に利用する。 それは壮大な化かし合いであり、気を抜いた方が負ける過酷なチキンレースだった。 肩の傷の件でも判る通り、それが例え味方であったとしても、普段から他人に弱みを見せる事を極端に嫌うシャアだった。 だが、ミハル・ラトキエと2人きりになると、そんな事はどうでも良いと思えてしまう。 どう考えても、どんなに目を凝らしてみても、親身になってシャアを世話する彼女の行動の中には、あさましい企みが見つけ出せなかったのだ。 これは、あの時クランプに言われた事の証明であり、ある意味シャアが確信していたシニカルな人生観の完全な敗北を意味していた。 こんな人間もいるのだと、シャアをして認めざるを得なかったのである。 彼女の前では裏をかかれない様にと緊張している自分が馬鹿らしく、張り詰めていた何かが抜けてしまう。 通常は厳重に掛けているドアのロックを、彼女が訪ねて来そうな時間には無意識に外してしまう自分がいる。 マスクもいつの間にか彼女の前ではしなくなった。手の内を全て見せている彼女には、そうでもしないとプライドが保てないのだ。 仮面のある無しなどミハルにとってはどうでもいい事なのかも知れないが、シャアせめてもの矜持である。 182 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/05(水) 12 41 29 ID /5EMHpoM0 [4/5] シャアが洗面所から出て来るとミハルは既に帰り支度を済ませてドアの前にいた。 この短時間の間に部屋はきれいに片付けられ、スツールの上にはヘルメット、マスク、夜食の残りがきちんと並べられている。 「それじゃね。ちゃんとシャワーを浴びてから休むんだよ?」 にこりと笑ったミハルに小さくそう言われた瞬間、シャアはとてつもない寂寥感に見舞われた。 今ここでミハルを抱き締めたら、彼女は帰らずに、朝までそばにいてくれるのだろうか。そんな事まで頭をよぎる。 シャアが何と声を掛けて良いか判らぬままにミハルの方へ歩み寄ろうとした時、激しく背後のドアをノックする音がミハルの体を竦ませた。 『お休みのところ恐れ入りますシャア大佐!』 アンディの声である。 『ロドス島集積基地から通信が入りました!シーマ・ガラハウ中佐率いる補給部隊が到着したそうです!』 瞬時にシャアの瞳に明晰な輝きが戻った。 素早くスツールの上のマスクを装着し、はだけていたアンダーシャツの襟元を引き上げる。 ドアの前で硬直しているミハルの手を引いて洗面所に誘導し、彼女が隠れたのを確認するとドアのロックを外して引き開けた。 「あ、ああ、シャア大佐、夜分すみま・・・」 「挨拶はいい。通信はまだ繋がっているか」 「繋がっています。こちらへ」 部屋を出る時シャアは洗面所の方をちらりと見たが、何食わぬ顔でドアを閉めアンディの後に続いた。 ドアが閉まってからしばらくの間、部屋の中に静寂が訪れたが、やがで洗面所からミハルがそっと顔を出した。 そして彼女は今日二度目の安堵の溜息を吐き出すと、静かに部屋を出て行ったのだった。 239 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/26(水) 19 28 03 ID 6y7Vhl2s0 [2/5] エスキシェヒル近郊に展開する丘陵地帯。 その斜面に生い茂る木々の隙間に埋没する様に―――― アムロの操縦するRX-78XX【ガンダム・ピクシー】は山の稜線に身を隠し、真上から照りつけて来る強烈な陽射しにその身を焼かれながらじっと息を潜めていた。 ピクシーの機体には、アンテナの一部を除き草木をあしらった偽装網を入念に被せてある。遠距離からこの機体を視認する事はほぼ不可能であろう。 偽装網には電磁波遮断物質が編み込まれており、敵のセンサー類をある程度は無効化するという触れ込みである。 しかし、ミノフスキー粒子の存在が敵味方のセンサー技術を飛躍的に発展させている昨今、それをどこまでアテにして良いものかは疑問が残る。 新型センサーを実戦テストする特殊部隊「闇夜のフェンリル隊」の一員だったアムロだからこそ余計にそう思えるのだ。 後悔はしたくない。やれる事はやるべきだと判断した彼は現在炎天下なのにも関わらず、ピクシーの動力を最小限に絞っている。外部スクリーンもメインパネル以外はブラックアウトしている状態だ。 為に、エアコンの効きもすこぶる悪くなり、コックピット内部の温度が相当に上昇してしまう事態となった。 もしかしたら地上戦専用MSであるRX-78XXには、純正ガンダムにはあった大気圏突破用の厳重な断熱処理がオミットされているのかも知れない。 そんな事を考えながら汗だくのアムロは手探りでシート脇のラックを開け、中から本日2本目となる透明パック入りのドリンクチューブを取り出し口をつけ、中身をしぼり出して一気に飲み干した。 ・・・生温くてまずい しかしこれで、水分の補給はできたはずだと気を取り直したアムロは、空の容器をシート反対側のラックに放り込んだ。 先ほどから彼が凝視しているメインパネルには辛うじて舗装されたヒルクライム気味の道がゆらゆらと陽炎を立ち上らせながら正面に映し出されている。 ゆるいカーブを描いた道のちょうど出口にあたる延長線上の位置に、RX-78XXは身を潜めているのである。 道の両脇はそれぞれ高い崖と深い森になっており、襲撃ポイントはここしか無いと断言したニムバスの分析に間違いはなかった事を確信できる。 ここから見る事はできないがニムバスとバーニィも現在、別の場所で同様に偽装したザク改の中で眼前の道を凝視している筈である。 一人ではない。そう考えるだけで何だか心が静まってゆくのが不思議だ。 なんにせよ今回の作戦は【ガンダム・ピクシー】がトリガーであり全ての鍵を握るといっても過言ではない。 アムロはもう一度小さく息を吐き出し、絶対にしくじる訳には行かないぞと自らに言い聞かせ、眼前のスクリーンを注意深く見つめ直した。 「准尉のお立てになったその作戦・・・残念ながら評価は"C"です」 「え・・・」 厳しい顔のニムバスに完璧なダメ出しをされたアムロは一瞬頭の中が真っ白になった。 容赦の無いその物言いにアムロの横に座るバーニィも思わず首をすくめてしまっている。 「敵の大部隊に対してこちらはMSが僅か3機。 進軍して来る敵に准尉の作戦通り密集陣形でまともにぶつかっては、後方の敵に態勢を立て直す時間を与えてしまうかも知れません。 今回我々がまず考えねばならないのは、何としてでも敵部隊の現場到着を阻止する事。 敵は長距離砲撃部隊であり。要地に配置されなければ無力な存在です。 つまり我々は敵を殲滅する必要は無い。足止め出来さえすればいいのです」 「なるほど・・・」 シャア班とやや離れた位置で、小さなデスクを囲み行われているブリーフィング。 理路整然と戦術を語るニムバスに、アムロとバーニィはただ感心して聞き入るしかない。 少年兵達の真剣な目を見てにこりと笑ったニムバスの顔が、輝いている。 今や彼は、自身が持っていた本領を如何無く発揮する機会に恵まれたのである。 士官学校時代のニムバスは、パイロットの資質以上に戦略・戦術立案能力において極めて高い評価を受けていた。 適性も高く、将来は作戦参謀への道をと周囲から嘱望される程の存在だったのである。 同校を優秀な成績で卒業した彼は当然のように公国軍総司令部と総帥府軍務局から熱烈なオファーを受ける。 が、その時点で既にニムバス内部に凝り固まっていたキシリアへの熱烈な忠誠心が、それらを全て蹴る形で自身を突撃機動軍に投じさせたのである。 彼の進路を知った士官学校の教官達は、あたらジオンを背負って立つかも知れない優秀な人材が、使い捨ての一パイロットになってしまったと軒並み嘆き落胆したものであった。 当時の教官達が今の私を見たらどう思うだろうと内心苦笑しながら、ニムバスはこちらに背を向けているシャアをちらりと窺った。 240 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/26(水) 19 30 09 ID 6y7Vhl2s0 [3/5] シャアはクレタ島で初対面にも関わらず「貴様の噂は聞いている」とニムバスを誘い、今回は別働隊の実質的な作戦立案を命じた。 つまりそれはニムバスの過去と資質を把握していた、という事に他ならない。 MS操縦に抜群の才能を発揮するアムロの補佐に自分を置き、気が利き堅実な性格のバーニィで脇を固めたこの布陣は、どんな任務にも対応できる理想的な小隊のモデルケースと言えるだろう。 適材を見抜き適所に配置する。言うは易いが行うは難い。 それをさらりとやってのけたシャア・アズナブルというこの男、トップに立つ者として恐るべき才覚の持ち主だと・・・認めざるを得ないだろう。 ニムバスをしてそう思わせる何かがシャアにはあった。 しかしニムバスがそんな想いを廻らせていた時間は数瞬にも満たず、彼は何事もなかったかの様にアムロとバーニィに目を戻した。 「敵部隊は極力目立たぬように航空輸送機を一切使わず、車両のみで移動しています。 そして敵は、我々の様な戦闘部隊がすぐ近くにいる事を知らない。 オデッサになけなしの戦力をかき集めている筈のジオン。我々の存在は連邦にとって想定外なのです。 ここにつけ入る隙がある。 このアドバンテージを最大限に利用するには【効果的な伏撃】をするしかありません」 「効果的な・・・そうか、僕のガンダムとニムバス中尉達のザク2機が密集して行動してはダメだという事ですね」 「その理由が判りますか?」 間髪入れず、値踏みする視線でニムバスはアムロを見ている。 それはまるで見所のある新兵に、英才教育を施している教官の眼差しにも似ていた。 「え、あ、ええと・・・も、MSの性能が違うから、じゃないでしょうか」 「その通りです!流石は准尉ですな!」 満足そうに破願したニムバスを見て、アムロは内心胸を撫で下ろした。 今後、ニムバスの期待に応え続けて行くのは並大抵の苦労では無いかも知れない。 241 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/26(水) 19 31 00 ID 6y7Vhl2s0 [4/5] 「性能の違うMS同士が一団で行動すると足並みが乱れ、どうしても連携が取り辛くなってしまう。 下手をすると、性能の良い方のMSの長所が殺され、相対的に戦力が低下してしまう恐れすらあります」 ニムバスが答えるや否や、すかさず手を上げたバーニィが口を開く。 「でも中尉、大部隊に対して、ただでさえ少ない戦力を分散してしまっては、各個撃破されてしまうのでは・・・」 「戦術と地の利、そして敵の陣形次第だ!その程度の事も判らんのか愚か者め!」 一転、猛烈な勢いでニムバスに怒鳴りつけられたバーニィは小さく縮こまってしまった。 どうやらニムバスにとって、アムロとバーニィの育成方針は180度違うらしい。 恨めしそうな目を向けてくるバーニィに、アムロは申し訳なさそうな視線を送り返した。 「セオリーは知っておく必要があるが先入観に囚われると柔軟な発想を阻害するぞバーニィ。要はバランスだ」 「バランス・・・」 その冷静な声音はニムバスが決して激昂している訳ではないという事を意味している。 恐縮しきっていたバーニィは恐る恐る顔を上げた。 「長距離砲撃用車両、補給車その他を含めて敵の数は約30両。 モタモタしていると体勢を整えた敵の攻撃に晒されてしまう。 この部隊を僅か3機のMSで足止めするにはどうするか」 ニムバス教官の講義に聞き入る二人の新兵はごくりと唾を飲み込む。 「まずは横列展開できない場所に敵を引き込む」 ぱらりとデスクの上に地図を広げたニムバスは、細長くうねる一本の道路を指さした。 「敵の規模と現在の位置を考慮するとアンカラへ向かう道はここ以外考えられません。 これ以外の道路は舗装されていなかったり道幅が狭すぎたりで連邦の大型車両は通行できないからです。そして」 更にニムバスは指を滑らし長く延びた道路の一点で指を止めた。 トントンとポイントを指先でノックしながらニムバスは2人を交互に見る。 「700メートル程続く側道のない一本道。道路の片側は森、もう片側は切り立った崖。おあつらえ向きです。 仕掛けるのは、ここしかありません――――」 その時、アムロが睨み付けていたスクリーンの風景の一部に小さな変化が現れた。 すかさずアムロはスクリーンショットを最大望遠に切り替える。 遥か後方で樹木に遮られまだその姿は見えないが、微かに砂煙が立ち上っているのが判る。 それとほぼ同時にピクシーに装備された高性能センサーが多数の車両移動音をはっきりと捉えた。 あくまでもスペック上の数値ではあるがガンダム・ピクシーのセンサー有効半径は優に6,000mを超える。 プロトタイプであるRX-78-2の性能を上回るこれは、接近戦に特化されたピクシーというMSの特性に合わせてバージョンアップされたものなのだろう。 とまれ、ニムバスの読みは正しかった。 敵部隊は間違いなくこの道を行軍して来たのである。だが、焦りは禁物であった。 仕掛けは早すぎても遅すぎてもダメだとニムバスには釘を刺されている。 単独でどうにかできる相手ではない。全ては連携、チームワークなのだと。 WBでは有り得なかった、息を合わせた伏撃作戦・・・ アムロは逸る気持ちを抑える様にレバーを握り、唇に滴り落ちて来た汗をぺろりと舐め取った。 277 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/07(月) 20 41 28 ID iaisKR8g0 [2/6] 先程までの晴天が嘘の様に、結構な勢いで雨が降り始めていた。 本当にこのあたりの天候は変わり易い、だがバーニィはコックピットに伝わって来る激しい雨の振動を感じながら思わず微笑んだ。 雨はセンサーの効きを妨げる。これはついているぞと彼がほくそ笑んだのも無理からぬ事だっただろう。 今、まさに彼等の下に軍列がやって来ようとしている。 言うまでも無く連邦軍の大部隊だ。 その大部隊がつい先程進入して来た北西の入り口から、アムロのRX-78XXが満を持して潜んでいる隘路の東側出口までの一本道がすっかり見渡せる南に切り立った崖の中腹付近。 そのやや角度の浅い斜面にバーニィとニムバスの操縦する2機のMS-06FZは張り付く様に潜伏しているのである。 切り立った崖とはいえその壁面にはびっしりとこの地方特有の木々が生い茂り、バズーカを構え偽装網をかぶったザク改の姿を完璧に隠してくれている。 しかし緑々とした壁面の所々には、断続的に巻き起こるスコールが地盤を緩ませたものなのか地滑りしたらしき箇所のみ黄土色の土や岩が露出していて、その部分だけがやや景色に異彩を放っていた。 バーニィはモノアイを操作し、チラリと左サブモニターにも目を向ける。 自機の周囲を埋め尽くす木々の中から、木々を割って突き出た大きな岩塊がそこにも映り込んで見えている。 メインモニターは俯瞰の映像で、一本の道路が南にゆるいカーブを描きながら西から東に延びているのをクッキリと映し出している。 モノアイが稼動すると、モニターの映像もそれに合わせて移動してゆく。 道の南側は全て切り立った崖に塞がれ、北側には地図にあった通り深い森が谷に向かって落ち込んでいる。 道路は山の外縁に沿っており、入口と出口の先はそれぞれ背後の山を回り込んでしまう為に、この場所から目視する事は不可能であった。 激しい雨にけぶってはいるが、ヘッドライトを煌々と灯した連邦軍の部隊が続々と列を成し進み来る様子が、ここからだとはっきり確認できる。 敵部隊はじわじわと眼下にうねる700m以上続く一本道を鋼鉄の大蛇の様にのたうち進み、やがてすっかり埋め尽くしてしまうのだろう。 今はまだ全容が見えてはいないが、道幅ぎりぎりの大型車両が何台も連なるその威容を目にしたジオン兵は、恐らく連邦軍との圧倒的な物量差を思い知らされ何とも言えない気分にさせられるに違いない。 しかし、この作戦で物量の上に余裕で胡坐をかき、ふんぞり返った連邦軍に一泡吹かせてやる事ができるのだ。 そう思うと、ギラギラと猛る何かを抑える事ができない。 これではいけないと心を落ち着かせる為に大きく深呼吸したバーニィは、カメラのズームを切り替え、もう一度自機に装備された武装をチェックしてみる事にした。 偽装の下でザク改はバズーカの砲口を油断無く眼下の道路に向けている。 今回2機のザク改が装備しているバズーカは従来の280mmザク・バズーカでは無くGB03Kすなわち360mmジャイアント・バズであり射程距離、破壊力共に十分余裕がある。 もともとドム用の装備として登場したジャイアント・バズは威力は高いものの、マニュピレーター形状の違い等から他のMSでは使い辛く敬遠されがちな武器であった。 だがMS-06FZ【ザク改】は、現在ジオンに存在するMSの手持ち式武器の全てを自在に扱える事を前提に設計されているのである。 統合整備計画、伊達ではない。 この事実は単純なスペック以上にザク改が「使える」MSであるという事を意味していると言えるだろう。 武器チェックを終えたバーニィは一息つくと視線を正面のメインモニターに戻し、ニムバスが立案した襲撃計画の段取りと、この作戦における自分の役割を頭の中で反芻していた。 278 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/07(月) 20 42 29 ID iaisKR8g0 [3/6] ―――敵の軍団が眼前の一本道にすっぽりと収まったのを見計らい、ニムバスからの合図を受けたガンダム・ピクシーが偽装を解いて敵正面を塞ぎ、まず目前に迫っている先頭車両を破壊する。 これで敵は破壊された先頭車両が邪魔になり前進する事が不可能となる。 地形に阻まれた敵はガンダムに向けて攻撃を加える事ができない。 間をおかずガンダムの攻撃に呼応したザク改2機が敵の上方に位置する崖の中腹から、眼下の敵列中央と最後部車両に向けてそれぞれバズーカ攻撃を行う。 状況によってはバーニィのザク改が単独で敵の最後尾に回り込み、敵の退路を遮断する。 道路の両側は崖と森であり、前に進む事も後ろに下がる事も出来なくなった敵はまさに進退窮まった状況に陥る。 そうなれば連邦兵達は車両を捨て、森に逃げ込むしか術は無い。 逃げる兵士には目もくれず、あらかたの敵車両を破壊したら速やかに撤収するとニムバスは明言している。 例え森に逃げ込んでいた連邦兵が戻って来ても残骸に挟まれた車両は動く事叶わず、もはやオデッサ・ディで彼等がやれる事は何も無いだろう。 ニムバスは今回、自軍の損耗を最大限に抑える事を念頭にこの作戦を立てた。 完璧な伏撃であるこの作戦のただひとつの懸念事項といえば、こちらの意図を事前に敵に察知される事と敵が一本道に納まり切らないうちに攻撃を仕掛けてしまう事のふたつである。 だから自分からの合図を待たずに攻撃を仕掛ける事を、ニムバスはアムロに厳に禁じていたのだった――― バーニィは右手のサブモニターを見る。そこには彼と同じ出で立ちで息を潜めるニムバスのザク改が木々の向こうに映し出されている。 表向きはどうあれ、この部隊の実質的な指揮官はニムバスだという事を自分もアムロも承知している。 現場の全体を把握し統括する為の位置に彼のザク改が陣取っているのがその証であろう。 彼が自分の持つ知識全てを、自分やアムロに実地で叩き込もうとしているのは明白だった。 ニムバスの期待に応えるには、彼の示す全てをこちらも命懸けで吸収して見せるしかない。そうバーニィは密かに覚悟を決めていたのである。 しかし逸るバーニィをあざ笑う様に、ロケットランチャーだと思われる巨大砲身を持つ車両を積んだキャリアーの足は異様に遅い。 ヒルクライム、そしてこの激しい雨が行軍を慎重なものにさせているのだろうか。 敵部隊は視認できる範囲で言えば未だ襲撃予定地点に三分の一にも届いておらず、勿論ここで仕掛けるには早過ぎる。 戦端を開く役回りのアムロも、きっと敵の遅さにじりじりしている事だろう。 そんな事を考えながら時速40キロ程のスピードでもったり坂道を登って来る敵部隊の様子をいらいらと見ていたバーニィは、ぎょっと左手のサブモニターを振り返った。 モニター映り込んでいた・・・木々の間に剥き出しになり雨に打たれていた岩塊が、そのままごそりと滑り落ちたのである。 279 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/07(月) 20 43 44 ID iaisKR8g0 [4/6] 『しまった!崩落か!?なんだってこんな時に・・・・・・・!!』 自機のほぼ10m真横をえぐり取った巨大な岩塊が、眼下の道路めがけて転がり落ちて行くのを、バーニィはただ茫然と見送るしかない。 岩塊は落下後半壊し、完全に道路を封鎖する格好で動きを止めてしまった。 「ニムバス中尉・・・!」 「慌てるな、じっとしていろ。計画に変更は無い」 接触回線でうろたえた声を響かせるバーニィにニムバスは冷静に応答する。 今ここで動く訳には行かない。敵の部隊は一本道にまだ先頭しか入り込んでおらず、襲撃を掛けるには位置が悪すぎるのだ。 もしここで強引な行動を取れば、間違いなく計画は破綻する。 突発的な事態が起きてしまったが、幸いにも敵は岩塊が落下した位置まで到達しておらず、伏撃作戦が見破られた訳でもない。 敵は周囲を警戒しながら岩塊の除去作業をするだろうが、逆にその警戒を解いた時が最大のチャンスになるとニムバスは確信していた。 眼下の敵は、何としてでもこの場で仕留めてしまわねばならぬ相手なのだ。 今は隠形に集中し、敵の警戒を何としてでもやりすごすべきだ。 ニムバスはそう判断を下したのである。 車両が急停止したのに気付くと、エイガーは瞑目していた両目を開き、キャリアーの助手席でリクライニングにしていたシートを元の位置に戻した。 「・・・何かあったのか」 「申し訳ありません少尉、どうやら落石が前方の道を塞いでいる模様です」 「何だと」 インカムを付けた運転手の言葉を確かめるようにエイガーは側窓から大きく身を乗り出した。 目を凝らすと、確かに前方に停車している数台の車両の向こうに巨大な土くれが鎮座しているのが見える。 その大きさは小型のMS程もあり、確かにこのままでは通行できない事が判る。 「よし。俺のMSを起動させるぞ」 あっさりとそう言い放ったエイガーは助手席のドアを開けて地上に飛び降りた。 「少尉!?まさか新型のマドロックで土木作業をするつもりですか?」 「俺だけじゃないさ。ジムキャノンの2機も作業にあたらせる」 「いや、そういう意味では・・・」 「俺達は急いでる。それにどうせ今回のミッションにはマドロック自体の出番は無いんだ。 役に立つ事があって良かったぜ、これで上にも言い訳が立つ」 運転手は変な顔をしたが、エイガーはそれを一向に気にせず激しく降りしきる雨の中、キャリアーの後方に走り込むと、トラックの幌を外しに掛かった。 オデッサ攻略戦を側面から強力に支援する自走砲大隊指揮官職務執行役としてアンカラに派遣された砲術士官エイガー。 アンカラでは現地で既に展開している部隊と合流し、大部隊を指揮してオデッサの敵陣めがけて、このスコールよろしくロケット弾とミサイルの豪雨を降らせてやる予定である。 今回の作戦、黒海をまたいだ長距離砲撃を敢行するため中距離砲撃しか出来ないMSは実際のところ役には立たない。 しかし自身の手掛ける新型MSであるRX-78-6【マドロック】と、RGC-80【ジムキャノン】の完成度を高める為には実戦データの収集が不可欠であるとのごり押しで、エイガーはこの砲術部隊に都合3機の砲撃用MSの帯同を上層部に認めさせていた。 実際はマドロックの調整から離れる時間が惜しいというのが本音だったが、こういうのを怪我の功名というのだろう。 「MSの出番が来たと後ろの二人に伝えてくれ。『無駄飯食らい』の汚名を返上するチャンスだってな」 近くにいた部下にそう声を掛けると、エイガーは雨粒がなるべく入り込まない様に注意しながら素早くマドロックのパイロットシートに滑り込んだ。 280 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/07(月) 20 44 28 ID iaisKR8g0 [5/6] 「ニムバス中尉、あれを・・・・・・!」 「何という事だ、MSが随伴していたのか!」 突如敵軍列後方から姿を現した3機のMSにニムバスは慄然とした。 ニムバスも敵部隊にMSがいる可能性を考えていない訳ではなかったが、その確率は極めて低いだろうと思っていた。 なぜなら現在の連邦軍にとってMS自体が貴重であり、オデッサにおいてザクに対抗するMSは重要な戦力の筈だからである。 何よりMSによる襲撃を予想していない部隊に、MSが直衛する必要など無いのだ。宝の持ち腐れという奴である。 オデッサと黒海を挟んだ地のアンカラで、その貴重な戦力を遊ばせておく事は常識で考えればまずあり得ない事だった。 もしニムバスが連邦軍の参謀だったなら、そんな所に割く戦力があるなら迷わずオデッサ攻略の本隊にMSを組み入れるだろう。 ・・・ニムバスのその考察は間違っていた訳ではなかった。 そして、計画通りに事が運んでいればキャリアーに載ったまま連邦のMSは起動する事無くザク改のバズーカで葬り去られていたかも知れなかった。 だが突然の落石というアクシデントとエイガーという砲撃用MSの開発に執念を燃やす仕官の存在が彼の計算を狂わせたのである。 運が悪かったでは済まされない、これが、戦場なのであった。 よりにもよって、現れたMSのどれもが彼等が初めて目にする新型であった。 先頭の1機はアムロが現在搭乗しているガンダムに頭部形状が酷似している。 恐らく同シリーズなのだろうが、両肩に2門の砲身が突き出している所が大きく違う。 後方の2機も一門づつキャノン砲を搭載し、腰にはピストル状の火器がマウントされている。火力は相当に高そうだ。 悠長に構えてはいられなくなったとニムバスは臍を噛んだ。 砲撃車両だけならばまだしも、MSがいるとすれば攻撃の優先順位が変化する。 敵がこちらに気付かなければ良し。気付いた場合には・・・ ニムバスは接触回線でその旨をバーニィに伝えると、豪雨の中でも極力音を立てない様に注意してバズーカの向きを変え、スコープの中心に新型のガンダムを捉え直した。 338 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/22(火) 01 46 09 ID br3lyhfc0 [2/6] この隘路に200Mほど進入した地点で停止した車両群を背に、3機のMSは道を塞いでいる岩塊に向かってゆっくりと歩を進めている。 先頭を歩くRX-78-6【マドロック】を操縦するエイガー少尉はその時、ONになっていたレーザー通信回線から微かに聞えた異音にぴくりと片眉を跳ね上げた。 「おい聞えたぞGC2。生あくびならもっと巧妙に噛み殺せ」 「す、すみませんエイガー少尉」 RGC-80【ジムキャノン】に搭乗するサカイ軍曹の慌てた声にエイガーは苦笑する。 先刻までのエイガーと同様に、彼の部下である2人のパイロットもそれぞれの場所で仮眠を摂っていたにちがいない。 まあ無理もあるまいとエイガーは思う。ここ数日不眠不休の調整に追われた挙句、夜通しトラックで走り続けて来たのだ。 エイガー自身も鉛の様な疲労が抜けず、目の奥と体の節々が痛い。彼と部下達の疲労は今やピークに達していた。 「大体が、開発計画がタイト過ぎるんですよ・・・」 こちらのボヤキはもう1機のジムキャノンを操縦するゲラン軍曹である。 彼等2人はエイガーが戦車兵の頃からの部下であり、MS適性試験にも同時に合格した同期の戦友だった。 「泣き言を言うなGC3。例のV作戦の試作艦が搭載MSごとジオンの手に落ちたんだ。 その分こっちの開発計画が早まったのは仕方の無い話だ」 「4号機や5号機の開発クルーも随分ストレスが溜まってるみたいですよ?」 「もともとセカンドロットのRXシリーズはRX-78-2の戦闘データをフィードバックして開発を進める予定だったからな・・・」 エイガーはモニターに映った僚機の顔を見て『GM系のMSもな』という言葉を辛うじて飲み込んだ。 正味な話、ジオンに比べMS開発の経験が浅い連邦にとって、RX-78-2ガンダム搭載の教育型コンピューターに蓄積された生の対MS実戦データは咽から手が出るほど欲しい宝だったのである。 エイガーが試算してみたところ、これが移植されなかった為に連邦のMSは、軒並み30%の性能アップが出来なかった・・・と出た。 それは翻って連邦の量産型MSがそれだけ戦力ダウンしたという事を意味している。 いずれ連邦パイロットが熟練するに従いこの差は徐々に埋めて行けるとは言うものの、それまでこの戦争が続いているかどうかは保証の限りでは無いのだ。 現時点の連邦軍にとってこれは深刻な痛手であろう。 もちろんこれはあくまでも試算値であって厳密な数値では無いが、その結果はエイガーを暗澹たる気分にさせるには十分だった。 それを知ってか知らずか、サカイは呑気な声で更に話を続ける。 「RX-78-2のパイロットはえらく優秀だったらしいですね。何でも赤い彗星と互角に渡り合ったとか。 その戦闘データさえあれば、RGMシリーズだってもっと強化できたでしょうに」 「もうやめろ。たらればの話はここまでだ」 歴史は動いたのだ。時計の針を戻す事ができない以上、いまさら何を残念がっても詮無い事なのである。 「俺達は目の前にある仕事から片付けよう。まずはコイツだ」 ゆるやかにカーブした700~800メートル程続く一本道のほぼ真ん中付近。 連邦の車両が進入してきた隘路入り口から約400メートルの地点で、縦横それぞれ15メートルもあろうかという巨大な岩塊が完全に道路を塞いでいる。 エイガーは岩塊をモニター越しに確認すると一旦機体を止め、それが落ちて来たと思われる崖の中腹まで軌跡を辿るようにマドロックの頭部メインカメラを振り向けた。 岩塊は木々を薙ぎ倒して転がり落ちて来たらしく、その形跡を辿る事は比較的容易い事であった。 エイガーとしては単に連鎖的な崩落の危険を見極めようとしただけの確認作業だったのだが・・・・ 「・・・!!」 その瞬間、彼の両目は見開かれ全身は総毛立った。 崖の中腹、周囲に溶け込む偽装ネットを被せてはいるが、その奥に微かに覗く、濡れた雨に照り返す金属特有の鈍い輝きは見紛い様も無い。 エイガーは、大岩がこそげ落ちた崩落部分のやや脇に潜む、2体のMSを目聡く発見したのである。 ちなみにマドロックに搭載されたセンサーは、ミノフスキー粒子と激しいスコールに阻まれ何も反応していない。 恐るべき事に彼は長年の砲術戦で鍛え培った視力と観察眼、そして注意力のみで偽装潜伏しているザクを看破したのであった。 339 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/22(火) 01 52 01 ID br3lyhfc0 [3/6] 「・・・GC2、GC3、レーザージャイロと火器管制システム同期だ、くれぐれも唐突な機動は慎めよ・・・・!」 「は?」「唐突な機動?」 突然押し殺した声で命令を下して来たエイガーに部下の2人は戸惑ったものの、指示通りに2機のジムキャノンはマドロックにシステムを同調させる。 これで2機のジムキャノンそれぞれのサブモニターには、マドロックが『見て』いる映像が映し出される事となる。 ミノフスキー粒子の干渉をそれ程受けず、ある程度の範囲をカバーできるレーザー通信でお互いのMSはデータを共有している。 スイッチの切り替えで、リーダー機であるマドロックのマークした照準に合わせて、システム管理下に置かれたジムキャノンが同時に多方向から砲撃する事も可能だ。 これが、戦車兵上がりの砲術士官エイガーが砲撃用MSに組み込んだ兵器統合火器管制システムであった。 これにより連邦軍の砲撃MS同士は集団戦において有機的な運用が可能となったのである。 「少尉、いきなりどうしたんで・・・・うっ!?」 「これは・・・・!?」 GC2とGC3、二機のジムキャノンパイロットは同時に息を呑む。 「見ての通り、10時方向に潜伏中の敵MS2機を発見だ。あわてるなよ、知らんフリをしながら動け」 「GC2了解・・・!」「ジ、GC3了解・・・」 マドロックは見上げていた頭部を正面の岩塊に戻し、ゆっくりと歩を進め更に岩塊に近付いてゆく。 ややぎこちなくその後を2機のジムキャノンが続くが、その動きは辛うじて遠目には不審なものとは映らなかっただろう。 もちろんエイガー達はサブカメラの映像を崖の中腹に潜んでいる2機のMSから外しはしない。 3体のMSによる映像は3体のMSで共有統合され、刻一刻と立体的に対象物のデータを解析し、測定を進めてゆく。 素早くエイガーが画像をズームアップすると、ザクが被っている偽装ネットの隙間から二本のバズーカらしき砲口がこちらを向いているのが確認できた。 その事実に心臓が鷲掴みにされたかの様な衝撃を受けたエイガーだったが、最前線で砲兵隊を率いジオンの鉄巨人ザクと生身で戦って来た彼は、ある種のクソ度胸が備わっていた。 「まさか、この落石は我々をおびき出す為の罠・・・?」 「いや違うな、それならもう我々は攻撃を受けている。恐らく、これは敵にとってもアクシデントだったんだ」 本心は一刻も早く敵の射線から逃れたいのだろう。サカイの青ざめた声を、しかしエイガーは毅然とした声で否定した。 「アクシデント、ですか・・・」 「敵MSのデータはありませんね・・・どうやら新型の様です」 解析を進めるゲラン軍曹の緊張した声も、やや震えている。 「敵はこのまま我々が自分達の存在に気付かずにこの大岩を撤去し、当初の予定どおりここを通過するのを待っているんだ。 そして、がら空きになった隊列の横腹に満を持して砲弾を叩き込むつもりなんだろう。 こんな場所で砲撃されたらどうにもならない所だったな。我々は運がいいぞ」 そう言いながらエイガーはニヤリと笑う。 340 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/22(火) 01 52 44 ID br3lyhfc0 [4/6] 「そ、それじゃ後方の車両部隊の皆に早く知らせないと!」 「待て、今、車両部隊が動けば敵に気付かれてしまう。ここは逆に、奴等の裏をかいて始末するチャンスだ。見ろ」 エイガーが弾く様にボタンを押すと、照準モニターには地形に被せるように敵MSと味方部隊の位置が地図上にクッキリと表示された。 多角的に解析を終えたデータは明確に、そして残酷に、隠れ潜んでいる敵の居場所を浮かび上がらせたのである。 RX-78-6【マドロック】は両肩に装備された300mm低反動キャノン2門と現在は腰にマウントされているビームライフルを同時に、同(異)照準めがけて発射する事ができる。 特に都合3本の火線を集中する収束攻撃は現時点で存在するMSの中でも、最大級の破壊力を持つ攻撃と言っても過言では無いだろう。 一方ジムキャノンもマドロックに一撃の威力でこそ劣るものの、同様に右肩に装備された240mmロケット砲とビームスプレーガンを同時に標的に向けて発射可能である。 これらの攻撃をシステムによってリンクした3体のMSから浴びせられれば、対象物はひとたまりもないだろう。 だがその為には巧妙に敵の隙を突く必要があるとエイガーは考えた。 「よし、全機停止だ。すみやかに岩塊に向けて砲撃姿勢を取れ」 道路の真ん中に鎮座する岩塊まであと100メートルという所でエイガーは部下達に指示を出した。 先頭のマドロックをアローフォーメーションで後方左右から追尾していた部下達のジムキャノンはその場で足を止め、右半身に構えた前傾姿勢を取る。 「これで敵からは我々が邪魔な岩を排除する為に砲撃するつもりに見える筈だ。 だが実は違う・・・! カウントダウンと共に『ターゲット』に向けて一斉攻撃だ、いいな」 エイガーの言葉を復唱し、ごくりと唾を飲み込んだサカイは眼前の岩ではなく、ターゲットスコープに10時方向で照準固定されている敵のMSを捉えている。 スイッチ一発で彼等の機体はロックされた方向へ瞬時に向きを変え、同時に砲弾を吐き出すのだ。 これは敵の意表を付く攻撃であるはずだ。回避や防御は、ほとんど不可能であろう。 「周囲に敵の仲間がいる可能性もある。念の為、砲撃後はすぐに散開するのを忘れるな。 ターゲット撃破後、車両も一斉に後退させる。カウントダウン、5・・・4・・・」 「どうやら、奴ら、俺達には気付けなかったみたいですね・・・」 「・・・・・・」 安堵したようなバーニィの声に、ニムバスは沈黙で答えた。 モニターには小降りになって来たスコールの中、道を塞ぐ岩塊に向けて三角フォーメーションで砲撃姿勢を取った3体の連邦製新型MSが映し出されている。 少しでも敵が不審な動きを取った場合は躊躇無く行動に移るつもりで神経を張りつめていたニムバスだったが、どうやら杞憂で済んだ様だ。 漠然とした不安は拭い切れていないが、このまま滞りなく事が進めばそれに越した事は無い。 いやむしろ、警戒心が強過ぎるのは逆に戦術の幅を狭めるかも知れない。 折角なら連邦製の新型MSが放つ攻撃の破壊力を見極めてやるのも悪くは無いかとニムバスがふと肩の力を抜いた瞬間・・・ まるで示し合わせたかの様なタイミングで3機の砲口が一斉にこちらを向いた。 「しまっ・・・!!バーニィ!!」 目を見開いたニムバスの絶叫は、強烈な爆発音に掻き消された。 341 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/22(火) 01 53 54 ID br3lyhfc0 [5/6] 「うおっ・・・!!」「な、何だ!?」 エイガーとサカイが同時に叫ぶ。 彼等のMSが体勢を変えた瞬間、轟音を立てて粉々に消し飛んだのは、眼前で行く手を阻んでいた岩塊だったのである。 突然の事に度肝を抜かれ、彼等はザク改に向けての攻撃を一瞬ためらわざるを得なかった。 ニムバスの瞳がギラリと光る。 「飛べ!バーニィ!!」 「了解っ!!」 ニムバスとバーニィのザク改はこの機を逃さずバーニアを轟然と轟かせ偽装網をかなぐり捨てて飛翔し、後背にそびえ立つ崖の稜線を一気に越えてエイガー達の視界から姿を消した。 逃げ場の無い崖を背にして敵に攻撃を仕掛けたり、敵の待つ道路に飛び降りたりせず、ジャンプして崖の背後に回り次の行動に移行する。 これは予めニムバスがバーニィに指示していた非常時における回避行動であった。 例え相打ち覚悟で敵の撃破に成功しても、こちらの被害がそれを上回れば意味は無いのだ。 分が悪くなれば、躊躇なく、引く。 あらかじめニムバスは作戦失敗の咎を全て自分が負うつもりで、アムロとバーニィにそう言い含めていたのである。 ちなみにこの大胆な退避手段は、従来のザクに比べて格段に推力がアップしているザク改ならばこそ可能な荒業であった。 「ああっ!糞!!奴等を逃がしちまったっ!!」 「構うな!それより前方に注視しろ!!」 卓抜したエイガーの目は、その時朦々と立ち込める爆煙の遥か向こうに朧立つ 新たなターゲットを捉えていたのである。 エイガーがモニター越しに目を凝らした 刹那、上がり掛けたスコールの中を一筋の雷光が一直線に貫き、轟音と共に丘の上に立つ敵MSの精悍なシルエットを浮かび上がらせた。 その細身なMSは、砲口から白煙たなびく無骨な巨砲をアンバランスに捧げ持ち、華奢なボディラインを禍々しいものに変貌させている。 ふと、その顔がこちらを向き、まるで人間の様な『双眸』がマドロックのそれと交錯する・・・・・・! 「何っ!?ガンダム・・・だと!?」 普段何事にも動じないはずのエイガーが息を呑む。 それは、敵味方に分かれた【ガンダム】が、初めて遭遇した瞬間だった。 444 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/07/07(水) 12 07 27 ID UqfbXj6Y0 [2/8] 「よおぉぉしっ!!」 バズーカを掲げ、丘の上に仁王立ちしたRX-78XX【ガンダム・ピクシー】のコックピットでアムロは小さく拳を握り締めた。 アムロは改めて自らのMSが手にしている380ミリハイパーバズーカを見やる。 この感触、扱う機体は変わってもRX-78-2【ガンダム】で慣れ親しんだ使い心地は少しも変わっていなかった。 ―――ザク改の偽装が敵パイロットに見破られた。 ガンダムとガンキャノンを掛け合わせた風貌の敵MSが立ち止まり、崖を見上げた一瞬、アムロは微かな電光の閃きと共にそう確信した。 「ガンダムもどき」のRX-79(G)と戦い、現在もガンダムに酷似したピクシーを操るアムロには、もうガンダムタイプのMSに対しての驚きは無い。 いきなり現れたマドロックを目の当たりにしても、アムロは冷静であった。 さすがに落石というアクシデントに驚きはしたが、彼は元々の打ち合わせ通り、ニムバスからの合図が無い限り自分からアクションを起こすつもりは微塵も無かったのである。 しかし状況は変わった。崖に張り付いた2機のMSは格好の標的だ。 このままではザク改は敵に狙い撃ちされてしまうだろう。 隘路の出口付近に潜伏しているピクシーの位置から道路を塞ぐ大岩までは500メートル以上も離れており、その向こうにいる敵MSまでとなると更に遠い。 仮に今、ここで飛び出したとしてもピクシーが得意とする接近戦にいきなり持ち込む事はできないだろう。 アムロは躊躇い無くピクシーがそれまで握り締めていた90mmサブマシンガンを足元のハイパーバズーカに持ち替えた。 このバズーカはシャア達がクレタ島でRX-78XX【ガンダム・ピクシー】を鹵獲した際、機体と同時に押収したものだ。 本来近接戦闘に特化されたピクシーではあったが、RX系の武器は一通り使用可能であるらしい。 今回の作戦にあたってアムロは機体の特性を考慮し専用サブマシンガンを携行武器に選択したのだが 「『兵に常勢無し』・・・戦場では予想外の事態が起きるものです。念の為にこれも」と、ニムバスがアムロに敢えて持たせたものだった。 一刻の猶予も無い。考えると同時にアムロの体は動いている。 偽装網を払い除け、丘の上に弾かれた様に身を起こしたピクシーは、すかさず片膝立ちになると大ぶりなハイパーバズーカをピタリと構えた。 『敵の攻撃を中断させ、こちらに注意を向けさせる。それには!』 狙うは敵MSではなく道路の真ん中に居座る岩塊である。 この一撃に失敗は許されない。 メイン武器としての使用を想定していなかったハイパーバズーカは、照準調整に若干の不安がある。 狙う的は大きければ大きい程良いという咄嗟の判断であった。 一瞬の隙さえ作り出す事ができれば、あの二人なら即座に状況を理解し的確に行動する。そうアムロは踏んでいたのである――― 445 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/07/07(水) 12 08 43 ID UqfbXj6Y0 [3/8] そうして確実に岩塊を破壊せしめたアムロは、思惑どおり2機のザク改が敵の混乱に乗じて退避したのを確認して歓喜の声を上げたのであった。 このアムロの一連の行動とメンタリティは、誰かの部下として与えられた任務を果たしていれば良かったこれまでの戦い方とは全く違ったものだった。 「・・・兵は詭道なり」 アムロはロドス島で行なわれた作戦会議の際にニムバスに言われた言葉を無意識に呟いていた。 「『兵は詭道なり』・・・戦の場ではこれを決して忘れてはなりません」 ブリーフィングの途中でニムバスはアムロとバーニィにそう切り出した。 「あ、ええと、それは確か、ゲラート少佐も良く言われていた言葉です。 意味まではその、良く判らなかったんですが・・・」 アムロが振り返るとバーニィもしきりと頷いている。ニムバスは少しだけ顔を綻ばせた。 「簡単に言えば、正攻法で攻めるよりも、敵のコントロールをこちらで握ってしまえ・・・といった意味です」 「コントロールって、敵MSにリモコンでもくっ付けるん・・・じゃないですよね・・・すみません・・・」 すぅっとニムバスの目が細まったのを見て、慌ててバーニィは首をすくめた。 「MSに乗っているのは人間。戦艦や戦闘機などの兵器を操っているのも人間。 突き詰めれば敵は人間なのです。人間には感情や欲望があります。これを揺さぶり、こちらの思う様に動かす。 これが『兵は詭道なり』の真髄なのです」 「感情や欲望を揺さぶる・・・」 「人間には喜怒哀楽そして恐という五つの感情と、食・性・名声・財産・趣味という五つの欲望があります。 これらを刺激してこちらの術中に嵌めてしまう訳です。それにはまず、物事の上辺だけで無く、裏まで見抜く洞察力が肝心。 まあこれは別に、戦場に限った話ではありませんがね」 ニムバスの話はなかなかに奥が深そうだ。 「む、難しそうですね・・・」 「もちろん簡単ではありません。しかし例えば人間は理解不能な状況に陥ると思考が一瞬停止してしまうものです。 リスクを伴う事もあるでしょうが、これを利用すれば敵の平常心を失わせ、貴重な時間を稼ぐ事ができるかも知れません。 逆もまた真なり。常に不測の事態に備えていれば、敵に隙を突かれる事は無いでしょう」 アムロとバーニィは真剣な顔でニムバスの話に聞き入っている。 「 そして『兵に常勢無し』つまり戦場では常に周囲の状況に気を配り、臨機応変に動く事が肝要であり『兵は神速を尊ぶ』・・・迅速・機敏に行動しろという事なのです・・・」 アムロはちらりと2機のザク改が姿を消した崖の稜線を確認した。 彼等の作戦は既に、次善策であるプランBの第二段階に移行したのだ。今しばらくは、敵の目をこちらに引き付けておく必要がある。 ニムバスの言った『兵は詭道なり』・・・ 建前だけとは言え小隊の指揮官として、実践するのはこの場面以外、有り得なかった。 446 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/07/07(水) 12 10 25 ID UqfbXj6Y0 [4/8] 「出ました!奴の正体は・・・RX-78XX【ガンダム・ピクシー】です!」 「ピクシーだと!?」 突如出現した謎のMSを素早く解析しデータ照合していたゲランが焦った声でエイガーに報告する。 「どうやら連邦軍が我々とは別ラインで極秘裏に開発したらしい陸戦MSの様です!こんなRXシリーズがあったなんて・・・!」 続けてデータを読み上げるサカイの声も戸惑いを隠せないでいる。 果たしてこれ以外にも彼等の知らない【ガンダム】が連邦軍の兵廠にはゴロゴロしているのだろうか。 「例の試作艦への輸送任務が中断され、その後行方不明となった・・・としかデータには記載されていません!」 「そんなMSが何でこんな所で俺達に砲口を向けているんだ!?」 「判りませんっ・・・!取り敢えずデータ送ります!」 「くそっ!!GC2!GC3!散開だ!リンク攻撃を掛けるぞ!!」 「「了解!」」 部下に迎撃を命じたエイガーだったが、彼はここで重大な判断ミスを犯していた。 MSに搭乗した感覚は戦車のそれとは全く異なる。 理詰めで攻撃を行なう砲術は冷静にならざるを得ないが、自らの体躯と同様に自在に動けるMSは、自由度が高い分、目の前の戦いに没頭しやすいのだ。 彼は自分でも気が付かぬうちに熱くなり、俯瞰的な視野を逸していたのである。 「何っ・・・!?」 そのエイガーの目が驚愕に見開かれる。 RX-78XX【ガンダム・ピクシー】は、大胆にもバズーカを抱えたまま丘を蹴ってアスファルト敷きの道路に音も無く着地すると、何とこちらに向かって歩き出し始めたではないか。 3機のMSに背を向けて逃げ出すでもなく、横に回り込もうとするでもなく、ただ正面から悠然と歩み寄って来るのだ。 これは、戦場でのセオリーに当て嵌めてみても到底信じ難い行動であった。 「な、何だあいつ!?舐めやがって!」 激昂するゲランの声も、得体の知れない恐怖を誤魔化す為に異様に甲高くなっている。 「データによると奴は接近戦を得意とするMSのようだ。奴を近づけさせるな!!攻撃開始!」 「りょ、了解!」「了解です!」 エイガーの指示に従い、砲撃を開始した3機だったが、ゆっくりと歩き来ていたMSが、物理法則を無視したかの様に突然真横にスライド移動し、彼等の放った砲弾を全て避けてしまったのである。 その素早さは見る者の網膜に残像を残し、まるで分身でもしたかの様に見えた。 「な!?何だ今の機動は!?」 まるでバケモノでも目撃したかの様な大声をゲランは上げてしまった。 宇宙ならばまだしもここは地上なのである。MSのあんな動きは教練でも習わなかったし、今までに見た事も聞いた事も無い。 「足底バーニアとメインスラスターをステップジャンプに組み合わせて一時的に擬似ホバーの様に使用したんだ! 怯むな!撃て!撃て!」 実は地上走行用のホバースラスターはマドロックにこそ装備されている。 しかし今ピクシーが行った瞬間移動ばりの動きは、重量級のマドロックには到底不可能なものだろう。 徹底的に機体を軽量化し、アポジモーターを増設したピクシーは恐るべき瞬発力を持つに至った様だ。 しかし、そんな暴れ馬の様な機体を使いこなし、マニュアルには無い機動をこなしても一切機体バランスを崩さないでいる敵パイロットの操縦センスの方にこそ計り知れないものがある。 自らの背中に結露した冷たい汗を気取られまいとエイガーは僚機に必死の指示を出す。 しかし各人とも焦りの為か照準がぶれ全く砲弾を命中させる事ができない。 2度3度と砲撃を繰り返すも不規則なスライドホバーで移動する敵MSに、ビーム砲すら当たらないのだ。 いかに強力な攻撃であっても、当たらなければ何の意味もなさない。 移動する敵に砲撃は当て難い。武器が全て単発式であった事も災いしていただろう。 ・・・とは言うものの、あまりの当たらなさに3人のパイロットは愕然とする。 447 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/07/07(水) 12 11 18 ID UqfbXj6Y0 [5/8] 「何故だ・・・何故当たらん!?」 こんな馬鹿なとエイガーが目を凝らすと、ピクシーは直線と曲線を織り交ぜた動きで幻惑し、こちらの砲撃タイミングと照準を微妙にズラしているのだという事に辛うじて気が付いた。 こちらに仕掛けて来る訳でもなく、明らかに敵は何らかの時間稼ぎをしているのである。 しかしそれが判っても、現状の彼等には目の前の敵をどうする事も出来ないのだ。 エイガーは幼い頃に見た、悪戯好きの悪魔に為すがまま翻弄され続ける哀れな人間達を描いたコメディ映画の1シーンを思い出していた。 ふざけるなとエイガーは頭の中から不吉な想像を振り払うと全神経を集中し、ビームライフルでピクシーの足元を狙い撃つ。 それは敵の動作をエイガー特有の観察眼で分析し「次の動き」を予測した必中の一撃だった。 にも関らず、何とピクシーはステップジャンプ中に不自然に右膝を高く上げ、その下にビームの斬光を通したのである・・・! 「まさか!?」 エイガーは今度こそ恐怖した。 偶然か!?いや敵は完全にこちらの攻撃を予測して、避けているとしか、考えられな――― と、ピクシーの足元から煙幕状のものが勢い良く立ち上り、その機体を覆い隠してゆく。 その煙は雨上がりの追い風に乗って、たちまち周囲に薄闇の如く広がり、マドロックやジムキャノンの周りを薄ぼんやりと覆い尽くした。 「な・・・今度は何だ!?何なんだよ!?」 「神よ・・・白き悪魔から我を守りたまえ・・・!」 泣きそうな声でサカイが、擦れた声でゲランが叫ぶ。 これは以前アムロが多対一のMS戦用に用いた戦法をアレンジしたものだったのだが、もちろん連邦のパイロット達がそんな事を知る由も無い。 今や完全に、連邦の誇る3機の新型MSが、たった1機のMSに翻弄され、呑まれてしまっているのだ。 「慌てるな!スモークディスチャージャーかグレネードだ!パッシブ・サーマルセンサーに切り替えろ! データを共有・・・」 しかしエイガーの言葉が終わらぬその時突然、薄靄の中にいたピクシーがバズーカを撃ち放ったのである。 弾は明後日の方向に飛んでいったが掴みどころの無かった敵が突如牙を剥いた姿に、連邦のパイロット達は動転した。 「うわああっ!?撃って来た!?」 怯えた声を上げたのはゲランである。 「慌てるな、あんなメクラ撃ちは当たらん!サーマルセンサーで敵の居場所を捉えるんだ!」 エイガーをはじめ3人の連邦パイロットはMSでの戦闘はこれが初めてであった。 戦車とは勝手の違う操縦感覚は、彼等を徐々にパニックに陥れようとしている。 エイガーはそれに必死で抗う様に眼前のセンサーモニターを凝視した。 「!」 「エイガー少尉!目の前です!!」 サカイに指摘されるまでも無く、エイガーは真っ直ぐこちらに飛び込んで来る熱源体をセンサーで捉えていた。 恐らく敵はスモークに紛れて一気に近付き近接戦闘を仕掛けるつもりなのだろう。 「ポイント距離20・・・10・・・5・・・馬鹿め!マドロックを見くびるな!!」 マドロックは咄嗟に左手でビームサーベルを引き抜くと、ジャストのタイミングで前方に踏み込み思い切り横に薙ぎ払った。 ズシュッという何かを断ち斬った確かな手ごたえが操縦桿越しに伝播する。 砲撃用MSのマドロックであったが、接近戦を見据えた武器も抜け目無く装備していたのである。 初めてエイガーは歯を見せて笑った。 「調子に乗りすぎたな!貴様など、俺とマドロックの敵では・・・」 しかし、マドロックの足元に音を立てて落下したのは、真っ二つに切り飛ばされたハイパーバズーカ「のみ」であった。 エイガーの笑い顔が眼を剥いたまま凍りついて固まる。 ロケット弾を使用するハイパーバズーカは砲弾を発射した直後は砲身が過熱し熱を佩びる。 ピクシーのパイロットはスモークを焚いて視界を奪い、投げ付けたバズーカの熱をこちらのセンサーに捉えさせ自身の代わり身として使用したのである。 エイガーの全身を戦慄が貫いた。 ならば敵の本体は・・・今 ど こ に い る の だ !? 448 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/07/07(水) 12 11 50 ID UqfbXj6Y0 [6/8] 「エイガー少尉!?」 「動くな!これは奴の罠だ!動けば奴のパッシブソナーで居場所を知られるぞ! 油断するな!こちらも敵の動きを探れ!! 相手は1機だ、最悪でも誰かが攻撃を受ければ残りの2機で敵を撃破できる!」 「り、了解!」「何てことだ・・・」 エイガーの指示に部下の2人も事態を察し、冷汗を浮かべてセンサーモニターを凝視する。 一分が過ぎ・・・二分が過ぎても・・・視界を遮るスモークの中、敵の動きはまだ無い。 しかし今この瞬間にもあの得体の知れないMSが背後に現れるかも知れないのだ。 経験の浅いMSパイロットにとって、その恐怖感たるや筆舌に尽くしがたいものがある。 疑心暗鬼に駆られた彼等は、知らず知らずのうちに集中力を極限まで絞り込んでいた。 だがその時――― じりじりと張り詰め硬直した時間を解きほぐすように、雨雲の切れ間から太陽の光と共に一陣の風が戦場を吹き抜け、薄雲の様なスモークをエイガー達の周囲から完全に吹き散らした。 ピクシーの姿は、どこにも無い―――――― 「おおお神よ・・・!?」 信仰深いゲランが天を見上げ、恐ろしげな物を振り払う様に胸の前で小さく十字を切る。 「て、敵はどこだ!?」 「ロストしました!ゲラン!?」「こ、こっちもです!」 サカイの呼び掛けに我に返ったゲランが神への祈りを中断して慌てて応じる。 「そんな筈は無い!敵はまだ近くに潜んでいるぞ!捜すんだ!!」 慌てて周囲をエイガーと2人の部下は警戒するが、まるで先程のスモークと同様、霧か霞の如く消えてしまったMSを再び捉える事はできなかった。 まさか逃げ出したのかと訝るエイガーの耳朶を、その時通信アラームが激しく叩いた。 『エイガー少尉!!敵襲です!敵のザクが後方の車両を!!』 「し、しまった!?」 突如割り込んで来たキャリアーからの通信に、エイガーは顔面蒼白となった。 目の前のピクシーに気を取られ、部隊の退避命令を出し損ねていたのである。 恐らく先程取り逃がした2機のMSは逃げ去ったのではなく、崖の尾根沿いに山の反対側に廻り込み、無警戒に停車していた部隊車両を襲撃したのだ。 エイガーは、敵MSを騙し討ちする為に味方車両を動かさなかった事で生じた大きな代価を、ここで支払うハメになったのである。 見る間に山の向こうからは連鎖する爆発音と無数の煙が立ち昇り始めた。 「やられた・・・・・・」 茫然自失となったエイガーが呟く。 彼が率いるこの長距離砲撃部隊は火薬と燃料の塊なのだ。隊列を組んで停車している所を爆破されれば誘爆が更なる誘爆を引き起こすだろう。 皮肉な事にこの隘路に入り込んでいた数台の車両こそ無事だったが、弾薬を満載した後方の補給車両が潰されてしまってはもう作戦通りの攻撃は不可能となってしまう。 ピクシーは完全に囮だった。奴はこちらのMSの動きさえ暫く押さえておけば良かったのである。 最初から本隊への襲撃は他のMSに任せ、ある程度の時間を稼いだらさっさと引き上げるつもりだったに違いない。 オデッサへの長距離支援というこちらの作戦行動を妨害する目的が達成されたならば、別に無理をして数的に不利なMS戦を挑む必要など無いのだから・・・! 449 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/07/07(水) 12 12 28 ID UqfbXj6Y0 [7/8] 夕焼けの中、再び雨が降り始めていた。 山間部に累々と横たわる残骸と化した車両を眺めながらエイガーは、オデッサ作戦において自分の役割が完全に無くなった事を実感していた。 人的な被害が最小限で済んだ事は幸いだったと言えるだろう。敵MSは的確にこちらの弱い所だけを突くと余計な殺戮をせず、旋風の様に引き上げたのだそうだ。 敵ながら見事な手際だと言わざるを得ない。 「白い悪魔め・・・!」 ゲランが命名したその名を悔しそうに呟いたエイガーは、それでも正直命拾いをしたという安堵感は拭えない。 あのまま敵のピクシーがスモークに紛れて本気で切り込んで来ていたら、自分達3人はどうなっていたか判らないのだ。 目を転じると、ゲランが身振り手振りを交えて大勢の仲間達に何かを説明している姿が見えた。 恐らく、今日を境に「白い悪魔」の名は瞬く間に連邦兵の間に広まる事だろう。 そして「赤い彗星」や「青い巨星」などと同様、その噂は恐怖と共に語り継がれる事になるに違いない。 「エイガー少尉、走行可能な車両に生存者を分乗させました。日が暮れる前に出発しませんと」 「・・・そうだな」 小走りでやって来たサカイの言葉にエイガーは頷いた。 これから彼等は来た道を引き返してソフィアにある中継キャンプ地に向かう。 意気軒昂だった行軍の時とは正反対の、消沈した敗残兵として仲間の元に帰還するのだ。合わせる顔が無いとはこういう事を言うのだろう。 「見ていろ・・・次はこうはいかない。俺はあの悪魔に必ず勝ってみせるぞ」 俯いていた顔を無理矢理上げたエイガーはそう言うと、ピクシーが消えた丘を睨み付けてから踵を返した。 彼等に降り注ぐ雨は、次第に強さを増して行く様だった。 .
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アムロについて 配信名 愛称 年齢 在住 職業 使用会社 運用資産 生涯収支 トレード手法 備考 アムロ 不明 不明 不明 不明 不明 不明 不明 不明 不明 アムロの概要 アムロとは アムロに関して アムロ関連動画 videoプラグインエラー 正しいURLを入力してください。 videoプラグインエラー 正しいURLを入力してください。
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【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part6-1 8 名前:通常の名無しの数倍[sage] 投稿日:2010/03/09(火) 16 52 26 ID dmqt2Kqk0 [2/6] 「全員、手はきれいに洗って来たね?それじゃあ晩ご飯にしよう!」 清潔な白いケットをエプロン代わりに腰に巻き、タオルをふんわり頭に被り後ろで縛った「姉さんかぶり」の出で立ちのミハルは、両手を腰に胸を張り、テーブルに着席した一同に笑顔でそう宣言した。 ミハルの横で彼女と同じスタイルをして立つハマーンも、何やら緊張した顔で頷いている。 このミハル・ラトキエという17歳の少女には、こういう家庭的で少々レトロなスタイルが実に良く似合うのだなとシャア・アズナブルはぼんやり考えていた。 どちらかというと痩身気味の彼女だが、むくつけき男達を前に物怖じせず、堂に入ったその態度は貫禄十分である。 恐らく調理場を仕切った時からここはミハルのフィールドとなったのだ。すべからくここにいる男達は、母親を前にした幼い子供の様に、彼女に逆らう事は許されない何かを感じてしまっている。 もちろんそれはこの場限りのものではあるだろうが、部隊指揮官の目から見ても「見事な人心掌握術」と言えない事もなかった。 士官学校時代から何かと女性に不自由しなかったシャアではあるが、こういった雰囲気を醸し出す女性は今まで彼の周りにはおらず、彼女の一挙手一投足が実に新鮮に映り、目が離せない。 サムソンの車内ではあえて彼女と離れた場所に座り一言も彼女とは会話しなかったシャアだが、やはり無意識に視線は彼女に向いていた。 その眼差しを隠すのに、彼の仮面はこの上なく役に立っていたのである。 普段は会議用に使用される楕円形のテーブルに着席している一同の前にミハルとハマーンの手によって置かれたのは、3つの大ぶりな平皿にそれぞれ積み上げられたサンドイッチの山だった。 この人数にこの量はさすがに多すぎるのではないだろうかと、まず誰もがそう思った。 やや厚めに切られたパンの中には、得体の知れない桃色の物体がたっぷりとはさみ込まれている。 3皿のサンドイッチ全てがそれなので、えり好みは不可能だ。 薄気味悪そうにこのパンには一体何が挟んであるんだと目で問うクランプに、判りませんやと小さく肩を竦めるコズン。 ちゃんと今夜の糧を神様に感謝するんだよと言いながら一同を見回し終えると、ミハルとハマーンの二人は忙しそうにそのまま部屋を出て、再びキッチンへと消えてしまった。 後には、目の前のサンドイッチを凝視する一同の醸し出す何とも言えない空気が残された。が――― 「お、お待ち下さいシャア大佐!」 慌てた様なアンディの声で、シャアは手袋を脱いでサンドイッチに伸ばし掛けていた手を止めざるを得なかった。 「何だ」 「あ、いえ、大佐は大事なお体なのです!オデッサも控える今、得体の知れないモノを食して体調でも崩されたら一大事!!」 少しばかり不満そうなシャアに小声で答えたアンディの言い分に、ピンク色のサンドイッチを見ながら確かにそうだとその場の全員が頷く。 こういう場合、リトマス試験紙、悪く言えば毒見役的な役割を担うのは、やはり一番立場の弱い者になるのは世の常であろう。 うず高く積み上げられた正体不明なサンドイッチを前に、場の空気を読んだ一人が、実に消極的な挙手をした。 「・・・まずは自分が」 「判ってるじゃねえかバーニィ!お前も使えるオトコになったモンだぜ!!」 悲壮な決意をその顔色に滲ませながら名乗り出たバーニィの背中をコズンが嬉しそうにバンバンと叩いている。 「あはははh・・・それ程でもありませんよ・・・」 その衝撃に指で摘んだサンドイッチを取り落としそうになりながらも周囲が固唾を呑んで見つめる中、バーニィは思い切ってソレをぱくりと口に入れ、数回咀嚼し・・・飲み込んだ。 9 名前:通常の名無しの数倍[sage] 投稿日:2010/03/09(火) 16 53 46 ID dmqt2Kqk0 [3/6] 「ど、どうだ!?」 まん丸に見開かれたバーニィの瞳を見たコズンが今更な心配声をかける。 が、上気した顔で、バーニィは勢い良く頷いた。 手には既に二つ目のサンドイッチが摘まれている。 「コレ美味いです!もの凄く美味い!!」 「何だとお!?お前、俺達を地獄の道連れにしようってんじゃないだろうなっ!?」 「そう思われるのでしたら、コズン中尉の分は自分が頂きますが宜しいですか?」 「!」 瞬く間にバーニィが手にした二つ目を食べ終えたその途端、再び伸ばした彼の手を跳ね除けたコズンを含め、サンドイッチの山に一同はわらわらと一斉に手を伸ばした。 正味の話、もういい加減に全員腹が減っていたのだ。 見てくれは悪いサンドイッチだが、食えるとなれば話は別だ。 しかしその味は、遙かに皆の想像を越えていたのである。 「うお美味ぇ!なんだコリャ!?」 「確かに良い味だ、いやこれは金が取れるぞ。酒にも合いそうだ」 光の早さで一切れを食べ終えたコズンはすかさず2つ目を手にし、クランプはしきりと関心した様に食べかけのサンドイッチを見つめている。 こう見えてクランプは料理もやる。開戦前までサイド3でバーテンをしていた事もあり、彼の舌は確かである。 「このパンの中身は・・・ポテトサラダだな。 それに生のタラコをレッドチリソースに漬け込んでほぐした物を混ぜてあるらしい。 だから全体がこの様な色になっているんだ。 なるほど、辛さのアクセントがジャガイモのコクを引き出していて実に旨い。ビネガーの効き具合も、絶妙だ」 まじめな顔でサンドイッチの分析をしているクランプの横でシャアは満足そうに口を動かし、2つ目を喉に詰めたコズンが慌ててミネラルウオーターで流し込んでいる。 確かにこれがビールだったら最高だろう。 「タラコって何です?」 「魚の卵ですよ准尉。コロニーでは高級品ですが地球では割と安価で手に入る食材です」 こちらでは夢中でサンドイッチを頬張るアムロの問いに、彼の右隣に座ったニムバスが丁寧に答えている。 サイド7に移り住むまでは地球で育ったというアムロでも良く覚えていない様な事を、すらすらと話せるニムバスの知識は結構凄いなと考えていたバーニィは、再び部屋に入って来たハマーンの姿を目に留めた。 「あ、アムロ、あのその、こ、これも食べてmてくr」 後半のセリフを噛みながらも思い切って差し出されたモノにアムロは驚きつつ絶句した。 ハマーンの名誉のためにもここは敢えて、そのモノの描写を避ける。 「こ、これは・・・」 「ハマーンはあんたの為に生まれて初めて料理をして、一生懸命これを作ったんだよ。気持ちを酌んでおやりよ」 恥ずかしそうに顔を伏せるハマーンの後からやって来たミハルが、苦笑いしながらアムロにそう進言した。 彼女の手には熱々のシチューが入った大きな煮込み鍋の乗ったキャスターが押されている。 「ほう・・・!」 香ばしく食欲をそそる香りに皆が思わず唸った。 その魚介類がふんだんに入ったブイヤベースの深皿が各人の前に一つずつ行きわたってゆくのを見たシャアとアンディは、通信室で微かに香っていたのはこれだったのだと得心したのである。 「おおお!これまたべらぼうに美味いぜ!」 「これは凄い。よくこの短時間でこんなに深みのある味を出せたものだ」 「食材の中にぶどう酒があったからね、それも使ってみたんだよ」 またも一同から巻き起こった賞賛の嵐に面映ゆそうにミハルが答えているその横で、問題のブツを前にして固まってしまったアムロは、だらだらと汗を流し、密かに助けを乞う視線をちらりと隣のバーニィに送ったが 「准尉!ハマーン嬢の気持ちに答えるためにも、これは、覚悟を決めるしかありませんよ?」 自分は美味そうにブイヤベースをかき込みつつ、バーニィはニヤニヤしながらアムロの恨めしそうな視線を断ち切ってしまったのである。 驚いたアムロは一縷の望みを込めて反対隣に座るニムバスに視線を向けた。しかし・・・ 「騎士たるものの心得として、女性に恥をかかせる事など言語道断。 ・・・骨は拾って差し上げます」 ぴしゃりとニムバスにもそう言われてしまった。 ここに、アムロの退路は完全に断たれたのである。 10 名前:通常の名無しの数倍[sage] 投稿日:2010/03/09(火) 16 55 23 ID dmqt2Kqk0 [4/6] 「ミ、ミハルは心を込めて料理を作れば失敗はないと言ったぞ?」 「あり、がとう、ハマーン、失敗なん、てあるは、ずないさ」 自らが作ったモノを必死にアピールするハマーンにスタッカートで答えながら、アムロは震える手で、パッと見●●●にしか見えない件のブツをつまみ上げ、ぱくりと口に入れた。 「・・・・・・・・・・・・こっっっ」 瞬間、口の中の水分を全部持っていかれてしまったアムロは、パッサパサ言いながらラインダンスを踊るウサギ達の幻影を垣間見た。 何かを求めるように中空をヒラつくアムロの手にしっかりとミネラルウォーターのボトルを握らせてやるニムバス。 ものすごい勢いでブツを飲み下しているアムロの背中を気の毒そうにさするバーニィ。 何だかんだでこの三人、チームワーク抜群である。 ぜえぜえ言いながら顔を上げたアムロの目に、ぎゅっと両手を握り込み自分を凝視しているハマーンの顔が映った。彼女は、アムロの言葉をじっと待っている。 「・・・准尉」 小声でニムバスに促されたアムロは息を整え、少々引きつった顔でハマーンに笑顔を向けた。 「ありがとうハマーン。とても美味しかった」 その瞬間、自信なさげだったハマーンの顔が、ぱあっと喜びに輝いた。 「ミハル!ミハル!やった!アムロがおいしいって!!」 「良かったねハマーン。だから言っただろう?心配ないってさ」 「うん!うん!」 ぴょんぴょん跳び跳ねながら喜んでいるハマーンにバレない様にミハルはアムロに感謝の視線を送って来、アムロはこっそりと溜息を吐き出した。 「ご立派です」 再びアムロに顔を近付けて小声で囁いたニムバスは何だかやけに嬉しげであった。バーニィも安堵したように胸をなで下ろしている。 が、漏れ聞こえてきたハマーンの次の言葉に、三人はびくりと身を竦めたのである。 「そうだ!今後はずっと、アムロの食事は私が作ろう!」 まるで超音波の様にか細く甲高いアムロの悲鳴を、顔を近付けていたニムバスだけが聞く事ができた。 「だめだよハマーン。過ぎたエコヒイキはグループの和を乱す原因になるのさ。 ハマーンだって、もし自分だけが毎回食べる食事にデザートが付いていたりしたら、気まずいだろ? アムロにそんな思いをさせたいのかい?」 「・・・そうか、そうだな。うん。それはだめだ」 ミハル、ナイスフォロー! 納得して頷くハマーンの肩越しに微笑むミハルに今度はアムロ、ニムバス、バーニィが感謝の視線を送る番だった。 11 名前:通常の名無しの数倍[sage] 投稿日:2010/03/09(火) 16 55 53 ID dmqt2Kqk0 [5/6] あれほど量が多すぎると思われていたミハルのサンドイッチはいつの間にか全て一同の腹に収まってしまい、ブイヤベースが入っていた大鍋は空になった。 ミハルの出してくれた食後のコーヒーを飲みながら、一同は満ちたりた様子で女性陣を交えて談笑している。 自分は会話に加わらず部屋の奥からその光景を眺めていたシャアは、一同のミハルを見る視線と態度がこれまでとは大きく変わっているのを実感していた。 戦場において、有り合わせの食材でうまいメシを作れる人員は、それだけで皆から大事に扱われるものなのである。 それは今も昔も変わらない現象だが、ミハルは実力で自らの居場所を勝ち取ったのだった。 今後のミハルの処遇に少なからず頭を悩ませていたシャアは、肩の荷が少しだけ降りた事を密かに喜んでいた。 「大佐、それではそろそろ」 「うん」 アンディに促されたシャアは、全員に着席する様に命じた。 これからすべき議題と確認事項は山ほどある。長い会議になりそうだ。 しかし、皆、気力が漲っている。まるでこれまでの疲れがどこかに吹き飛んでしまったかの様だ。 これもミハルのお陰かなと考えながら、シャアは作戦会議の開始を宣言した。 33 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/03/22(月) 12 05 19 ID 1vBY2xLo0 [2/7] クレタ島の東に位置する【ロドス】はエーゲ海南部ドデカネス諸島に属する島である。 ベドウィン作戦発動中、ランバ・ラルはオデッサにおいてシャアと合流する計画を立て、事情を知るシーマ・ガラハウ中佐を通じサイド3に密使を送り、父ジンバ・ラルの同士であったアンリ・シュレッサー准将にこれまでの経緯を説明すると共に協力を仰ぎ、その際補給をも要請していた。 そして『速やかに全ての準備を整える』というシュレッサーの力強い返答を携えて、アンディはシャアの元に赴いたのである。 この補給ラインが確保されていたからこそ、シャアはマ・クベと思うさまに渡り合う事ができた。 補給受領の地点は、地理的にもクレタ島に近くジオン軍の大規模集積基地のある、このロドス島が最適だった。 ロドス島港湾内にあるジオン軍物資集積基地に、クレタ島ザクロスから飛来した輸送機が到着したのは正午近くの事だった。 輸送機に乗り込んでいたシャア達一行は現在、滑走路の中央に位置したポートから兵員輸送用の大型エレカに乗り換え、大型格納庫を兼ねた基地施設のメインビルに向かって移動している。 「おっと姐御・・・どうやら奴っこさん達が到着したようだぜ。ちっとばかり、予定より早い到着だったな」 メインビル最上階にある士官専用スイートルームの窓に、立ったまま背中を預け、肩越しに外へ目をやっていたジョニー・ライデンはそう言って苦笑する。 低い位置からライデンの顔を妖艶な眼差しで見上げていたシーマ・ガラハウは、名残惜しそうに彼から身を離すとスカーフで唇の端を拭い、床に着いていた両膝を払って立ち上がった。 「久々に二人きりになれたってのに全く・・・気の利かない連中だねぇ。おや」 ライデンと同じ様に窓から地上を見下ろしたシーマは、施設前に止まったエレカを降り立ち、こちらを見上げた赤毛の少年兵と目が合った。 いや、常識的に考えれば「目が合った気がした」というのが正しいのかも知れない。 地中海の強い日差しを避ける為マジックミラーとなっている地上4階にあるこの窓の中が、外から見える筈が無いからである。 が、シーマはその少年の相変わらずのカンの良さを常識に当て嵌め「見くびって」やるつもりは微塵も無かった。 「あのボウヤも一緒じゃないか。ふふふ、相変わらず食えない子だねぇ。アタシらがここにいる事、見抜かれたよ」 「楽しそうだな、姐御」 「何言ってんだいジョニー。アンタの方がよっぽど楽しそうな顔してるくせにさ」 呆れ顔でそう言いながら頬を小突くシーマにライデンは違いないと陽気に笑う。 「楽しくない訳が無いだろう。見ろ、今出て来たのが赤い彗星だ」 ライデンの鋭い眼光は、一行の最後にエレカから地上に降り立った仮面の男をまるで値踏みする様に捉えていた。 「さあて・・・噂のシャア・アズナブルが俺達のボスにふさわしい野郎かどうか、じっくり見極めさせて貰うぜ」 「あんまり突っかかるんじゃないよ?御輿ってのは見栄えと権威さえあれば良いんだ。後は担ぎ手次第でどうにでもなるもんなんだからね」 「姐御に逆らう訳じゃないが、そいつは聞けない相談だな」 そう言いながら、きらきらした少年の眼でライデンはシーマを見つめて来る。 ああまたこの男の悪い癖が出てしまったと頭を抱えたくなるシーマだったが、その邪気のない瞳に彼女は、弱い。 34 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/03/22(月) 12 06 13 ID 1vBY2xLo0 [3/7] 「せっかく同じ【赤】の通り名を持つ者同士が出会えたんだ。どちらがその色にふさわしいか、勝負だ」 「ジョニー・・・」 「おごっ!」 いきなりシーマは、ライデンの腹部(※下腹部ではない)に鉄拳を打ち込んだのである。 ・・・しかしシーマの拳は瞬時に鋼と化したライデンの腹筋に阻まれ、めり込ませる事ができていない。 逆にシーマの手首の方が痛かった程だ。が、彼女は構わず彼の腹にグリグリと拳を押し付けている。 「くだらない対抗心を起こすんじゃないよ?いいかい、アタシらにはもう乗り換える船は無いんだ!」 「いてててて姐御、冗談だ冗談!」 「アンタが言うと、冗談に聞こえないんだよ!いいかい、くれぐれも・・・」 眉間に深い縦皺を刻み込み、噛み付きそうな勢いで顔を寄せたシーマにライデンは何と素早くキスをしてから逃げる様に身を離したのである。その軽薄な行動が、シーマの頭に瞬時に血を上らせる。 「このっ!!誤魔化すんじゃないっ!!」 その言葉とは裏腹に若干顔を赤らめながらも、ライデンの顔面とボディに向けて次々と本気のパンチと蹴りを繰り出すシーマ。 当たり所が悪ければ脳震盪では済まない海兵隊仕込みの実戦的なマーシャルアーツである。 しかし彼女のそんな洒落にならない攻撃を、姐御は受けに回ると滅法弱いんだよなあと笑いながら、軽いフットワークでライデンは見事に全て躱し切って見せた。 やがて呆れつつ楽しげに笑いだしたシーマに釣られてライデンも笑う。打ちも打ったり、避けも避けたり、体術の教本にしたい程レベルの高い格闘術の応酬の末、ウヤムヤのうちに今回の痴話喧嘩モドキは終了となった。 過激すぎる2人の蜜月的な関係は、この数分間のやり取りに集約されていた。 常人には到底理解し得ない、これが何人も立ち入る事のできない彼等だけのスタイルなのであった。 35 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/03/22(月) 12 07 11 ID 1vBY2xLo0 [4/7] シーマの部下に先導されるまま、格納庫内に足を踏み入れたシャア達一行は、簡易MSハンガーに所狭しと屹立している『サイド3からの補給物資』であるという6機のMS-06を見て、それぞれに微妙な表情を浮かべていた。 ビームライフルを標準装備し、量産機として正式採用されたばかりだというMS-14【ゲルググ】は高望み過ぎるにしても、少なくとも【グフ】や【ドム】ぐらいは欲しかった所だ。 連邦軍の高性能MS配備が着実に進んでいる今、既に旧式となってしまった感のあるMS-06【ザク】で激戦が予想されるオデッサに挑むのは、心もとない・・・と、いうのが一同の正直な感想だった。 もちろん贅沢など言えるものではないが、ザクの標準兵装である120㎜マシンガンでは連邦MSの装甲を抜けない、のは実証済みなのである。 ザクで編成した部隊では敵のMSを含む主力と対した場合、恐らく苦戦は免れないだろう。 「お?おお!?良く見りゃこいつはすげえぞ・・・!」 しかしMSの一体を間近で見た途端、一行の先頭を歩いていたコズンが口笛を吹いた。 「シャア大佐!コイツは只のザクじゃありませんぜ!噂に聞いていた新型でさあ!」 「ふむ、どうやらその様だな」 シャアもコズンと共にMSを見上げて確信した。艶消しのボディに鈍く採光を照り返すザクは通常のMS-06よりも頭部が扁平形であり胸板が厚い。 随分と足周りも頑丈になっている様に見える。装甲の内側にちらりと覗く大型のバーニアは、もしかしたら宇宙での使用に限定されたものでは無いのかも知れない。 ずらりと壁面のラックに並んでいるMS専用マシンガンも通常のものとは明らかに形が違う。 「そのザクは統合整備計画の産物さね」 「シーマ中佐!ライデン曹長!」 一行の背後から掛けられた声にいち早く振り向いたアムロが、ライデンを従えてこちらに歩き来るシーマに敬礼する。 彼等と共に酒を酌み交わした仲であるクランプとコズンは親しげに、バーニィは少々緊張気味に、そしてこれが初対面となるニムバスは儀礼的な敬礼をそれぞれ振り向けている。 答礼を返すシーマの顔に疲れは見えたが、その血色は以前よりも随分良くなっている事にアムロは気付き、それが何より嬉しかった。 ミハルとハマーンを除いた全ての人員が互いに敬礼を交わしたのを確認すると、シャアは改めてシーマに向けて口を開いた。 「シーマ・ガラハウ中佐。バイコヌールからの輸送任務ご苦労だった。これが例のMSだな」 「は。サイド3から非正規のルートで届いた新型のMS-06FZ【ザク改】であります。 本来はズム・シティの首都防衛大隊に配備が予定されていたシロモノらしいのですが、大隊指令アンリ・シュレッサー准将の計らいで急遽こちらに・・・!?」 その時突然、シーマの後ろに控えていたライデンがズカズカと前に出て来てシャアと会話中である彼女の横に並んだのである。 シャアに対して敬語で接していたシーマはライデンの無作法にぎょっと息を呑んだが、ライデンは涼しい顔で馴れ馴れしく初対面のシャアに話し掛けた。 「軽く慣らし操縦してみたが、かなりいい。見てくれはザクだが、こいつはグフやドムにも引けは取らないぜ。 マ・クベの野朗はいけ好かないが、統合整備計画の手腕だけは認めてやっても良いかな」 ブン殴ってでもこのバカの軽口を閉じさせてやるべきだろうかと物凄い目つきで横から睨み付けて来るシーマを尻目に、さあどう出ると挑戦的な目をシャアに向けるライデン。 しかしシャアはライデンの予想に反し、にこりと口元を綻ばせたのである。 36 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/03/22(月) 12 07 59 ID 1vBY2xLo0 [5/7] 「なるほど。それが【真紅の稲妻】の見立てなら、間違いは無いだろう」 「おっと・・・俺の事を知っているのか?」 「【真紅の稲妻】ジョニー・ライデン。開戦時は曹長だったがルウムにおいて戦艦3隻を撃沈し大尉に昇進。その後直属の上司を病院送りにした懲罰人事により再び曹長に降格され海兵隊に転属、現在に至る・・・だったかな?」 「あらら」 おどけて首を竦めるライデン。挑発したつもりが見事にカウンターパンチを食らった格好だ。 シーマもライデンに対する怒りを忘れ、目を丸くしてシャアを見ている。 「シーマ中佐、ライデン曹長、こちらの事情は知っての通りだ。 細かい事はいい。今後とも宜しく頼む」 「・・・あーあ。青い巨星といい赤い彗星といい、どいつもこいつも一筋縄ではいかねえってか・・・参ったねこりゃ。大人しく軍門に下っちまうか姐御・・・痛てぇっ!!」 シャアが差し出した右手を渋々握ったライデンの脛を、コメカミに青筋を立てたシーマが何食わぬ顔で横から蹴飛ばしたのである。 「馬鹿部下の無礼をお許し下さい。バイコヌールを空にする訳にも行かず残念ながら全員がここに控えてはおりませんが・・・マハル出身の我ら海兵隊一同、一丸となって大佐の尖兵となる事、シーマ・ガラハウの名においてお約束致します」 片足で飛び跳ねているライデンを完全無視してシーマはシャアに深く頭を下げた。 マハルはサイド3にありながら貧困層を集住させたコロニーであり、ザビ家による徴兵後の扱いも劣悪であった。 シャアと同等かそれ以上に自分達のザビ家に対する恨みは骨髄なのだと、シーマは暗に言っているのである。 「感謝する。精鋭で鳴らす海兵隊の噂は聞いている。これほど心強い事は無い」 「は。荒事の露払いは我らにお任せ下さい」 きっちりと敬礼しているシーマの横で、向こう脛を押さえ片足立ちのライデンも観念してシャアに向け奇妙な敬礼を向け、それを見たハマーンとミハルは同時に吹き出した。 37 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/03/22(月) 12 08 37 ID 1vBY2xLo0 [6/7] 「それにしても、バイコヌールの指令代理が、よくもこの地まで駆け付けてくれたものだ」 「それなのですが、いち早く大佐のお耳に入れておきたい事があり、不肖シーマ、この地にまかり来しました」 「む、何か」 シーマの緊迫した雰囲気を感じ取り、シャアも姿勢を正す。 「実は・・・アサクラ大佐の動向が妙なのです」 アサクラ大佐とは名目上は海兵隊の長であり、シーマの直属の上司にあたる人物である。 しかし実態は名ばかりの司令官であり、実務と責任をシーマに押し付ける形で自身を遙任している。 「現在ジオン本国では、まるでオデッサでの会戦準備に隠れる様に・・・アサクラ大佐指揮の元、地球の静止軌道やサイド5などから大型発電衛星の奪取作戦が次々と執り行われている模様です」 「発電衛星?どういう事か」 「詳しい事は残念ながら・・・ただ時を同じくして我が故郷であるマハルコロニー住民の強制疎開が行われた事と、何か関係があるのかも知れません」 「フム・・・」 顎に手をやって考え込んだシャアの背中を見ながら、アムロはシーマの言葉に漠然とした不安を覚えた。 一瞬、膨大な光と共に何もかもを焼き尽くさんとする凶悪な意思がイメージされたのは、偶然ではないと思えるのだ。 「ど、どうしたんだいハマーン?」 背後から小さく聞こえたミハルの声に振り返ると、真っ青な顔をしたハマーンがミハルにもたれ掛かる所だった。 恐らく、ハマーンも何らかの不安を感じ取ったのであろう。 しかし自分達ですら良く判らないこの感覚を、他人に上手く説明する事はできそうもない。 何より、確証のない情報で、無闇に周囲の人間を不安がらせる訳にはいかないだろう。 爪を噛みしめたくなる欲求を無理矢理押さえつけたアムロは、今の自分の顔色も、きっとハマーンと同じ様に青ざめているに違いない事を確信していた。 65 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/04/03(土) 20 08 56 ID pQxUxiBk0 [2/8] 「いようアムロ!いろいろ大変だったそうだが、こうしてまた会えて何よりだったな!」 「は、はい。ライデン曹長もお元気そうで」 「おう元気だぜえ!死線をくぐり抜けて仲間達と再会できたんだ、これ以上嬉しい事はねえだろう!」 深い不安の闇に押し潰されそうになっていたアムロは、片手を挙げて笑いながら陽気な声を掛けてくれたライデンに救われた気がした。 シーマを筆頭に深刻な顔をしていた一同も、ライデンの言葉に我に返った様に見える。 「ん、どうした、お嬢さん達も顔色が悪いが何か心配事でもあるのか?」 アムロのそばに歩み寄りながらミハルとハマーンの顔も見て、暢気な顔でそう聞いて来るライデン。 しかし逆に、アムロはこの局面で出た彼の言葉の方が意外だった。心配事は、山盛りにあるはずだ。 「ライデン曹長はその・・・心配じゃないんですか?」 「心配って、何がだ」 「え、その、さっきのシーマ中佐のお話の事とか、これから僕達が向かうオデッサの事とか・・・」 数え上げたらそれこそ不安要素はキリが無い。 しかしそんなアムロを見てライデンはからからと笑い出したのである。 「やめとけやめとけ!心配なんざするだけ無駄だ!」 「む、無駄って事は無いでしょう・・・」 自分は果たしてライデンにからかわれているのだろうかと、少しばかりムッとしかけたアムロだったが、突然横にいたニムバスから爆発的な殺気が立ち上ったのを感じ、うなじの毛が逆立った。 「貴様・・・それ以上准尉を愚弄すると、この私が許さんぞ!!」 アムロはもとよりバーニィやコズンら先の騒動を目の当たりにしている周囲の人間は、ニムバスの怒りに思わず慄いた。 そう言えばバーニィを一喝した件を鑑みるに、ニムバスは規律に厳しい男だった。 ライデンの様に奔放な人間を厳格なニムバスという人間が、決して受け入れる筈が無かったのである。 こちらの焦燥を知ってか知らずか、一瞬の後ライデンは、わざとらしくニムバスに向けて妙にゆっくりと首を廻らせた。 「・・・俺は別にアムロを愚弄なんざしてねえがな」 「ま、待って下さいニムバス大尉!この方は、ジョニー・ライデン曹長・・・」 新たな目的の為に仲間がまとまり掛けている今、内部での揉め事は非常にまずいとアムロは焦った。 しかし、アムロとライデン2人が、まるで口裏を合わせるかの如く反論して来るさまは、ニムバスの苛立ちに更に拍車を掛ける結果となった。 「アムロ准尉は貴様の上官だぞライデン!相変わらず・・・その言葉遣いは何だ!?」 「久し振りだってのにご挨拶だなニムバス。俺は相手が誰だろうがこの口調を変えるつもりはねえぜ? 今はお前の方が階級が遥かに上なんだ、懲罰したいってんなら好きにしなよ」 「え・・・ニムバス大尉は、ライデン曹長とお知り合いだったんですか!?」 アムロは意外な成り行きに目を見開いて対峙する2人を交互に仰ぎ見る。 しかしニムバスはアムロの問いには答えず、更にライデンへの眼光を強めた。 66 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/04/03(土) 20 10 53 ID pQxUxiBk0 [3/8] 「気に食わん奴だと思っていたが、いい機会だ・・・貴様の腐った性根はこの場で修正してやる!」 「おっと懲罰房行きとかじゃねえのかよ!」 素早く一歩前に踏み込んだニムバスの歩幅と全く同じ距離をライデンは跳び下がった。 「悪いがデカイ戦が控える今はコンディションを崩せねえ。タダで殴られてやる訳にはいかねえな」 「面白い。ならば実力で私と准尉の前にひざまずかせてやるとしよう」 「御免こうむるぜ。俺は色んな意味でひざまずかせる専門だ」 「・・・バカだねっ!」 「えっ?」 「な、何でもないよ!アンタら!シャア大佐の前で、勝手なマネは許さないよ!」 赤い顔でクランプの疑問を遮ったシーマは今にも殴り合いを始めそうな二人を叱責する、が、意外にも彼女を制したのはシャアであった。 「二人共、私に気兼ねせずに続けたまえ」 「大佐!?」 「我々は寄せ集めの軍団、軋轢は当然だ。 火の点いた爆弾をフトコロに隠し持っていると、それはいずれ最悪なタイミングで炸裂してしまうものだ。 爆弾などというものは、大っぴらな場所で処理してしまうに限る。リクリェーションとしてな」 へぇ、判っているじゃないかと内心瞠目しながらシーマはシャアの横顔を見直した。 流石は赤い彗星。若さに似合わずこの男、動じないのである。 喜んだのはライデンであった。 「話が判るぜ大佐ァ!正式に私闘許可が出たがどうするニムバス大尉!?」 しかしニムバスから一瞬目を切ったライデンには油断があった。ニムバスは既に臨戦態勢だったのである。 「余所見をするな!」 ステップを変化させ、トップスピードで間を詰めながらニムバスの放ってきたパンチは牽制であった。 咄嗟にガードを固めたライデンは、迂闊にもニムバスの密着を許してしまう。 ニムバスは両手でそのままライデンの頭を抱え込むと、タイミングをズラした膝蹴りを抉り込む様にライデンの脇腹に見舞う。 これがまともに決まれば恐らくアバラの4・5本は砕け散っていたに違いない。 しかしライデンは辛うじて自らの膝をカウンター気味にニムバスの内腿に合わせ膝蹴りの威力を相殺させると、両腕の拘束を振り払い、軽快なフットワークでニムバスの射程圏内から逃れた。 睨み合って対峙する2人。 軽いボクシングスタイルのステップワークで間合いを取るライデンに対し、ニムバスはアップライトに構え、足で威嚇するムエタイ風である。 「あんたにあの後何があったか知らねえが、雰囲気が変わったなニムバス。 明らかに付け入る隙が・・・減っていやがるぜ」 ベッと口中の血を吐き出したライデンにシーマはどきりとした。 離れ際に何らかの一撃を受けたものであろうが、ケンカ慣れしたシーマにもニムバスの放ったその攻撃は見えていなかった。 67 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/04/03(土) 20 11 51 ID pQxUxiBk0 [4/8] 「グラナダ攻略部隊、降下強襲群・・・あの激戦地で俺達は出会い、あんたが第一中隊、俺が第二中隊と、互いに部隊を率いて戦った。 階級はあんたが少佐、俺は特務付きの大尉で・・・戦場では同格だったな」 言いながら今度はライデンが前に出た。 迎撃に動いたニムバスの蹴り足をフェイントでいなすと強烈な左フックをボディに見舞う。が、ニムバスは肘を下げこれをブロックした後、がら空きになったライデンの顎にそのままエルボーを叩き衝ける。 しかしその時には既にライデンの身体はスウェーを絡めて後退していた為、ニムバスの肘は空を切った。だがその軌跡は、ライデンの前髪を数本斬り飛ばす程の鋭さだった。 「ライデン!!何から何まで癇に障る奴だったよ貴様は!」 「お互い様だニムバス!何かってーとキリシア様キシリア様ってな!テメーは壊れたレコーダーかっての!」 「言うな!昔の話だ!!」 僅かに動揺したニムバスの動きを見逃さず再度踏み込んだライデンは、左右のジャブを放ちながら唐突に足払いを仕掛けると、態勢を崩したニムバスに組み付き、ごろりと転がりざまに肩の関節を決めに入った。 ボクシングスタイルから密着した関節技への極めてスムーズな移行はライデンの格闘技術の高さを物語り、その変幻自在な攻撃は、固唾を呑んで見守る周囲のギャラリー達をどよめかせた。 「甘いな!」「おっと!」 しかし分の悪そうに見えたニムバスは逆関節に逆らわず一瞬にして態勢を入れ替えると、ライデンの拘束を抜け出し、腰を落として後ずさった。 ライデンの関節技のレベルの高さを肌で感じ、グランドでの攻防を嫌ったのである。 しばらく様子を見ていたライデンだったが、追撃は無しと判断するとゆっくり立ち上がり、再びボクシングの構えを取った。 「ゲイツ大佐・・・・・・結局あんたがトドメ刺したんだってなニムバス」 「フッ、貴様が生温かったせいで、私が後始末をするハメになっただけだ」 「ランス中佐はどうなった?ひどい怪我をされていたが」 じりじりと間合いを取りながら、探る様に言葉を交わす2人を見てアムロはハッと気が付いた。 ニムバスが規律に厳しくなったのには明らかにライデンが関係している。 そして2人は恐ろしく不器用なやり方で、二人共が降格する原因となった戦場の思い出話をしているのだ。 「ランス・ガーフィールド中佐は退役された。私がゲイツの敵前逃亡未遂を聞かされたのは、全てが終わった後だった・・・!」 眉根をぎゅっと寄せたライデンは辛そうにそうだったのかと呟いた。 威張り腐った上官が多い中で、ランスは腕が立つ上気さくで男気があり、敬愛するに足る数少ない武人だった。 「あの時ランス教官・・・いやランス中佐がおられなかったなら孤立した我々は、恐らく全滅していた事だろう」 「だがな、ニムバス、俺がぶちのめして病院送りにしたゲイツの病室に押し掛けて・・・射殺したのはやりすぎだ」 ざっとその場の全員が息を呑むのが判った。 対峙する2人の間に、ただ静かに空調の音だけが響く。 「黙れ!貴様に何が判る!私の中隊の生存者はたったの3名だったのだぞ!! あの無能な指揮官が援軍を出すのを遅らせ、我らを死地に追いやったのだ!」 「ニムバス!」 やはりこいつの根底は何も変わっていないのかと絶望に似たライデンの眼差しを、しかしニムバスはするりと受け流す様に瞳の険を解いた。 「・・・以前の私ならば、そう言っただろう」 「!?」 「可笑しければ笑えライデン。今の私には、何故だかランス教官の気持ちが判る気がするのだ」 ランス中佐のザクは孤立したMS部隊の囮として単身敵陣に切り込み、多くの敵を粉砕しながらも集中攻撃を受けて沈んだと聞く。 部下の未来を救う為、自ら身を捨て礎となったのだ。そんな決意は生半可な覚悟で共感できるものではない。 68 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/04/03(土) 20 13 07 ID pQxUxiBk0 [5/8] 「確かあんたは、やたらとキシリア・ザビを崇拝していたな?だが、今のあんたからはあのイビツな熱狂が感じられない。 その分、何だか研ぎ澄まされた感じがするぜ。一体何があんたを変えたんだ?」 「ふふふ、貴様などに教えてやるものか」 笑えと言っておきながら愉快そうに自分が笑うニムバス。 彼のそんな屈託のない笑顔はライデンが初めて見るものだった。こんな顔は、あの頃のニムバスからは想像もできない。 「さあて、そろそろ決着を付けるぞライデン、ランス教官直々に鍛えられた私の技、果たして受け切れるかな?」 「あまり受けたくないってのが本音だが・・・仕方ねえだろうなあ」 シーマは身じろぎもせず、ずっと心配そうな顔でライデンを見つめ両の拳を握り締めていた。 2人の間にある空間に緊張感が凝縮してゆくのが判る。 それはまるで、ピリピリと触れれば弾ける電光の塊りの様だ。 「えーとすいませんがお2人さん、ランス・ガーフィールド中佐なら、アンリ准将の首都防衛大隊に復帰されましたよー」 ・・・・・・・ 「なに!?」「本当か!?」 一同に遅れてやって来たアンディが、間延びした声で後方から掛けた言葉に2人は一拍置いて劇的に反応した。 「本当です。首都防衛大隊は『慰労隊』の側面もあるんですよ。 ランス中佐は片腕を失くされるという重傷を負われたものの、このたび戦傷兵として大隊に配属され教官を務めておいでです。 ちなみに私も、MS戦術で中佐の教えを受けた一人です」 「そうだったのか・・・」 「アンリ准将の隊に・・・」 2人の間にあれほど張り詰めていた空気が、一気に霧散したかの様だった。 ニムバス、ライデン共にシンミリ俯いた目線で、それぞれの感慨に浸っている。 「二人共、気は済んだか」 頃合だと判断したシャアが声を掛けると、2人は気まずそうに構えを解いた。確かにもうバチバチやり合う雰囲気ではない。 ギャラリーもほっとした顔で互いに顔を見交わしている。物騒な場面はあったにせよ、結果的に怪我人が出なくて本当に良かったという処だ。 「丁度良い。ここで2人に辞令を言い渡しておこう」 「は!」「辞令?」 自らの降格を申し出ていたニムバスはその顔にさっと緊張感を滲ませ、ライデンは怪訝な表情を浮かべている。 69 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/04/03(土) 20 13 45 ID pQxUxiBk0 [6/8] 「戦場任官なので簡潔に伝える。ニムバス・シュターゼン大尉、貴官を申請通り降格し、以後は中尉に任命する」 「は、しかし、それでは・・・」 「聞け。これによりMS小隊を組む際、アムロ准尉に隊長位と特務権限を持たせれば、中尉はアムロの下に身を置く事が出来る。十分に補佐をしてやれ」 「慎んで・・・拝命致します!」 降格されたくせに嬉しそうに敬礼しているニムバスを見てライデンは思い当たった。そうか、ニムバスの奴は多分・・・ 「ジョニー・ライデン曹長」 「は、は?」 思わず素っ頓狂な声を上げてしまったライデンを見て、シーマが目をつぶったまま軽く額を押さえた。 「シーマ中佐の下での数々の戦功は聞いている。よって、ジョニー・ライデン曹長を本日只今をもって中尉に昇進させる事とする」 「へ?イキナリ二階級特進?なんで?」 「バカだね本当に!くれるっつーモンは貰っときゃいいんだよ!」 慌てた口調で会話に割り込んで来たシーマに全員の視線が集中する。 「あ、姐御、皆の前だ」 「・・・・・・・・・・・・っっ!!」 今度こそ誤魔化しきれない程に顔を赤らめたシーマは、口をぱくぱくさせた後にトマトの様な顔を横に向け、そのうちに堪え切れなくなり後ろを向いて俯き、押し黙ってしまった。小刻みに肩が震えている。 コズンはごくりと唾を飲んだ。あのシーマをここまで変えてしまうとは、ジョニー・ライデン恐るべし。 「・・・こほん。これで【真紅の稲妻】も、もう少し動きやすくなるだろう。 貴様の場合、肩書きなど無意味なのかも知れんが持っていて腐る物でもない。シーマ中佐の言う通り、ここは素直に受け取っておけ」 「了解であります」 観念した敬礼を向けるライデンに、シャアは軽く頷いた。 ライデンはニムバスにニヤリと笑って向き直る。 「これで俺達は同じ階級になったなニムバス。アムロよりも上だし、もう規律がどうとか言わせねえぞ」 「良いだろう。だが准尉を愚弄する様な真似をしたら、命が無いものと思え」 物騒な物言いは健在のようだ。 苦笑しながらもライデンは小声でニムバスに聞かねばならない事があった。 「ところでなニムバス、お前、なんで俺がシャア大佐にタメグチきいた時には怒らなかったんだ?」 「・・・決まっている。私の忠誠はアムロ准尉にのみ向けられているからだ」 済ました顔でぶっちゃけるニムバスに、ガラにも無くそれはどうなんだよと突っ込みたくなるライデンだったが・・・ やけに幸せそうなニムバスの顔を見ていたら、何だか全てがそれで良い様な気がして来て、結局口を噤んでしまったのだった。 100 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/04/18(日) 00 49 41 ID Q08CvfKg0 [2/4] 「うわあ・・・これ、凄く良いですねえ・・・!」 感嘆ではなく驚嘆である。 初めて乗ったMS-06FZのコックピットシートでバーニィは、座席調整をSに設定しながら笑顔を見せた。 メイン、サブ両モニターの位置、フットペダルの固さと踏み込み角度が絶妙にいい。 何よりJ型では少々確認し辛かった後方視界モニターの位置がデフォルトで改善されているのが嬉しい。 ロールアウトされたばかりのMSの筈なのに、まるで使い込まれた愛機のごとく2本のレバーグリップが吸い付くように手に馴染む。 実質的にはMS-06Cなどのコックピットに比べると、オーバーヘッド・コンソールが前方にせり出しているぶん若干狭くなっている筈なのだが、妙な閉塞感は微塵も感じられない。 広すぎず、狭すぎないスペースの中に、全ての計器類が見やすくコンパクトに収まっているのだ。 そこにはある種のデザイン的な美しさが発生しており、兵士にとって命を預ける相棒たるMSの心臓部に相応しい威厳があった。 あの、地球に下りてバーニィが初めて搭乗した(現地改修で執拗にいじり倒された感のある)06Jのごちゃついた操縦席とは雲泥の差である。 この恐ろしく機能的なコックピットレイアウトは、長年の試行錯誤を積み重ね、血と汗と命を代償にMSと携わって来たジオンだからこそ完成したものなのだと思える。 元々機械いじりが嫌いではないバーニィは、コックピットの端々から滲み出ている「職人技」が醸し出す迫力に、静かに感動してしまうのだった。 『こいつの開発には俺たち首都防衛大隊も協力したんだぜ。 コックピット周りは特にランス中佐の意見が反映されてる』 正面モニターには、資料を挟んだバインダーを手にしたアンディ中尉が、ハンガーの床からこちらを見上げている姿が映し出されている。 外部用モニターとスピーカー、集音マイク等の動作にも問題は無い様だ。 傍目から見ると奇妙な光景だが、この機能が正常であればこそ通常サイズの人間と17・5メートルの巨人とが普通に会話できているのである。 「何だか・・・皆さんのお話をお聞きしているだけで、ランス中佐という方の凄さが判りますね。 それに、短期間でこんなMSの開発を完了させたマ・クベ大佐という人も」 『ランス中佐とはお前もいずれ会えるさ。それとな・・・』 バーニィの口から出たのは先人に対する素直な賞賛だったのだが、ランスとマ・クベを同列に扱われた事が気に食わなかったのか、アンディの顔が険しいものになった。 『言わせて貰えばこの機体がここまでスピーディに完成したのは、現場勤務の名も無きメカマンから訴上されて来た統合整備計画の試案が、抜群に優れていたからなんだ。 マ・クベはまずそれを意見書としてサイド3のMSメーカー最大手のジオニック社に提示し、意見を求めた。 そしてそれがとてつもない価値を秘めた革新的意見書だという事を確認した上で、次期国家プロジェクトとしてザビ家に提出し、それをそのまま自分の手柄として通しただけに過ぎない』 「名も無きメカマン・・・ですか」 『こんな紙資料にしたら優に五百枚以上に相当する分量の計画試案を上げて来た奴がいるんだよ』 101 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/04/18(日) 00 50 32 ID Q08CvfKg0 [3/4] 自らが手にするバインダーを指で弾きながらアンディが続ける。 『件のメカマンはジオンに対する貢献度は相当な筈だが・・・マ・クベはそいつの名前すら資料から削除しちまったらしい』 「ど、どうしてそう言い切れるんです?」 『それまでマ・クベがサイド3に指示して来た時とは全く違う計画手順だったからさ。 奴は官僚肌の軍人だ。工廠に対して要求する事は出来ても具体的な技術内容を示して計画を発注する事なんて出来やしない』 「なるほど。“水陸両用MSを作れ”とは命令できても“この設計図通りにズゴックを作れ”とは指示できないって事ですね」 撃てば響く様なバーニィの言葉にアンディはそうだと頷く。 無意識の受け答えではあるが、バーニィの応対には相手を気持ち良く喋らせる何かがあるようだ。 『もちろんマ・クベ自身にMS開発の知識があれば良いがそんな話は聞いた事もない』 「なるほど・・・と、いう事は、そのどこの誰かも判らない謎のメカマンは現場で作戦行動に随伴しながら、五百枚以上の計画書を・・・それは、凄い・・・」 時間に余裕のあるジオンの部隊など存在しない事はバーニィも身に染みて理解している。 『計画を請け負ったサイド3の工廠では、もう提示された計画書に絶賛の嵐アンド【このプランの作成者は誰か】という妄想の坩堝となっていた。 愚にも付かない妄想が多かったが一番笑っちまったのが 【天才的な才能を持つローティーンのメカニック少女が、恐らく何日もの徹夜をものともせずに完成させた】 ・・・って奴だな。いくらなんでもリアリティなさ過ぎだろう』 モニターの向こうで苦笑するアンディだったが、バーニィの脳裏には、張り倒された痛みの記憶と共に、一人の少女の顔が鮮明に思い出されていた。 笑えない。あの少女の才能とバイタリティならば・・・ややもすると、やりかねない。 『統合整備計画は大手のMSメーカーが合同で参画してる。 俺が出向いてたのは主にツィマッド社系の造兵廠だったんだが、他社に伝説の少女メカマンがいるらしいって話は良く耳にした』 「伝説の・・・」 『おいおい本気で信じるなって!どちらかと言うと都市伝説の類だ』 げらげら笑うアンディに、コックピットの中のバーニィは意味深な顔でぼそりと呟いた。 「アンディ少尉も・・・伝説の少女メカマンともうすぐ会えるかも知れませんよ」 『ん?何か言ったか?』 「いえ。お楽しみに」 『?』 再度聞き返そうかと口を開いたアンディの声を、ハンガー内に突如鳴り響いたアラームが遮った。 同時にコックピット内のモニターにヘッドセットを付けたアムロの顔が映し出される。 『施設内の各員に通達します』 アムロの声にぎこちなさは無い。 フェンリル隊にいた際、通信オペレーターを経験したアムロにとって、オール回線での音声放送などお手の物だった。 『戦闘要員は、至急ブリーフィングルームに集合して下さい。繰り返します・・・』 スピーカーからの放送を聞いたそれぞれの人員は作業の手を止め、指示通りブリーフィングルームに向かう。 しかし唯一モニターでアムロの顔を見る事のできたバーニィは、その表情に滲む只ならぬ緊張感に気が付いた。 『聞こえたなバーニィ!マシン整備は一時中断だ、すぐに出て来い!』 「りょ、了解!!」 外から掛けられたアンディの声に大急ぎでコックピットハッチを開けたバーニィは、外に出ようとした際、上がり切っていない可動式オーバーヘッドディスプレイの角にしたたか額をぶつけてしまい、シートに逆戻りする形で倒れ込んだ。 不覚にもつい乗り慣れた06Cと同じ感覚で体が反応してしまったのだ。 「あっっ・・・痛ってぇぇ~~~~っ・・・・・・!!」 「おいバカ何やってんだ!?置いて行くぞおい!!」 下からいらいらした声を叫び上げてくるアンディに対し、ハッチ開閉のタイミングとコンソールディスプレイの動くスピードがえらい違ったんですよとは流石に言えず、すいません今行きますとチカつく眼で辛うじて声を絞り出したバーニィは、よろよろと昇降用のワイヤータラップを引き出した。 150 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/03(月) 08 04 17 ID jlnriS1w0 [2/5] 緊張した面持ちでクランプ、コズン、シーマ、ライデン、ニムバス、バーニィ、アムロが居並んでいる。 アンディだけはあの後すぐに、現在急ピッチでシャア専用にチューンUPされているMS-06FZの整備にハンガーへ呼び戻されてしまったのだ。 新型であるザク改の調整を効率的に進める為には、その開発に間近で携わっていた彼が必須である以上、これは仕方のない処置だと言えた。 諸君達に集まって貰ったのは他でもないと前置きしてから、シャアはブリーフィング・ルームに集った全員の顔を見回した。 「先程、戦略情報部士官ククルス・ドアンの情報で派遣していた偵察隊からの報告が入り、アンカラ郊外に展開している連邦軍砲撃部隊の、おおよその規模が判明した」 ぴんと張りつめた空気が場を支配する。 一刻も早くオデッサのラル部隊と合流したいシャア一行ではあったが、黒海の対岸に陣取っている敵の砲撃部隊を放っておく事はできない。 オデッサに多数布陣する友軍の為にも、ここは確実に潰しておかねばならない拠点なのである。 情報を掴んでいながらマ・クベが全く動きを見せない現状、それが可能なのはここロドス島にひとかどの戦力を保有するシャアの部隊をおいて他には無かった。 「アンカラ郊外の台地に、確認が出来ただけでも長距離砲撃用車両27、自走対空砲84、補給車も多数布陣している模様だ」 シャアに促されて一歩前に出たシーマが手持ちの写真付き報告書を読み上げるや否や、両手を腰に当て下を向きながら小さく舌打ちをしたコズンを筆頭に、全員が重苦しい溜め息を呑み込んだ。 想像以上の大部隊である。流石に連邦軍の物量は半端では無いという事なのだろう。 展開している敵部隊が小規模であれば、アレキサンドリア基地に対地爆撃を要請するだけで事足りたかも知れなかったが、空爆に対応した備えが為されている事が判明した以上、敵陣深くMSを突入させ、対空戦力をまず黙らせる必要が生じたのである。 敵陣への攻撃をアレキサンドリアの爆撃機だけに任せ、シャアの部隊はアンカラを無視してさっさとオデッサに直行する・・・という甘い目論見は、大部隊の前にあっけなく消し飛んだ形となった。 「連邦のオデッサ攻略作戦は、ここ数日のうちに発動されるのは間違いない」 「そうなるとアンカラ強襲に一日、補給や整備に突貫でも一昼夜・・・いやあギリギリですなあ」 深刻な顔をしたクランプに、首の後ろをボリボリ掻きながらコズンが呑気な声で応じる。 心の内にある焦燥とは裏腹に、あえてこういう物言いをするのがコズンの癖だ。 それほど事態は、深刻なのだった。 「・・・つまり、自分達はオデッサ開戦に間に合わないって事ですか・・・」 「早まるんじゃねえよ。そういう可能性もあるって話だ」 バーニィの核心を突いた一言を強い口調でコズンが遮る。 しかし、確かにバーニィの懸念している通り、これでシャアの部隊はオデッサ防衛戦に主力として参加できなくなる可能性が極めて高くなった事は事実だった。 151 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/03(月) 08 06 01 ID jlnriS1w0 [3/5] 激戦が予想されるオデッサ防衛戦、ひとたび戦端が開かれてしまえば、十字砲火の矢面に立つ最前線に位置する「青い木馬隊」に、強引に敵中突破して合流を計るのは無謀過ぎる行為だろう。 最悪、状況次第では友軍の苦戦を尻目にシャア達はオデッサ外周に取り残されるという事態も十分ありうる。 少しでも多くの戦力を、何よりシャアという彼らの総大将を開戦前に「青い木馬隊」に合流させたい。 そして、オデッサ前に戦力の損失はなるべく避けておきたい・・・というのが彼らの偽らざる本音だったのだが、シビアな現実はそれを許さなかった様だ。 「ここにいる全員が雁首揃えてアンカラに出向く必要は無いんじゃないか? 敵部隊が砲撃だけに特化しているなら、俺達のイフリートだけで十分だろう」 腕組みをしたライデンが口を開くと、シーマは彼に向き直った。 言うまでも無く『俺達のイフリート』とは彼女とライデンの08-TXを指しているのである。 直前までMSの整備をしていたライデンの顔と作業着はオイルで汚れていたが、それは彼の精悍さを少しも損なうものではない。 シーマはうっとりと愛でそうになる気持ちをおくびにも出さず、実にそっけない態度で彼に言い放った。 「ところがそうは行かないのさ」 「何故だ?姐御にしては随分と弱気じゃないか」 「敵陣には護衛のMSがいる可能性もある。そして偵察隊は黒海の南端ボスポラス海峡を抜けてアンカラに向かう敵部隊もキャッチした。 恐らく敵の増援だ」 挑発的なライデンの言葉には付き合わずシーマは淡々と事実だけを告げ、軽口を叩いていたライデンの顔から笑顔が消えた。 「・・・何だと・・・この上まだ増えるってのか・・・!」 「アタシらはキッチリこれも叩かなきゃいけない。戦力は足りないぐらいさね」 日々の整備すらままならない部隊が多いジオン軍に対して、無尽蔵とも思える物量を惜しげもなく投入してくる連邦軍。 またもや突きつけられたシビアな状況が一同の心胆を寒からしめたが、シャアの冷静な声音が全員の意識を現実に引き戻した。 「どんなに荒れた戦場であろうが、ランバ・ラルが率いる部隊なら、そう簡単に落ちはしないさ」 シャアのその言葉に不敵な笑顔を浮かべ大きく頷きながら、パシンと左に構えた掌に右の拳を打ちつけたのはクランプである。 その通りですぜと言いながらコズンもニヤリと唇を歪めて笑った。 152 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/03(月) 08 07 08 ID jlnriS1w0 [4/5] 「いざとなれば我が隊は後方攪乱に回る。だが事態は流動的だ。 我々はまず、目の前にある我々がすべき事を迅速に片付けるとしよう。アムロ」 「は、はい」 突然シャアに名指しされたアムロはどきりとしたが、辛うじて敬礼する事ができた。 「君には小隊を任せる。別働隊を指揮しアンカラに合流すべく進行して来る敵部隊を阻止してみせろ。ニムバス」 「はっ!」 「ワイズマン・・・いやバーニィ」 「はい!」 ニムバスは当然の如く、バーニィは緊張気味に敬礼をシャアに向ける。 「アムロと共に行け。ザク改2機と輸送機ファットアンクルを与える。 アムロはあの白いMSを使え。ニムバスはアムロを補佐して作戦を立案しろ」 「了解です」 「え・・・」 シャアとニムバスがみるみる話をまとめ、さっさと話を切り上げてしまった為に肝心の、隊長である筈のアムロはこの決定に何も口を差し挟む事ができなかった。 「あ、あの、待って下さい、やっぱり僕には隊長なんて・・・」 自信なさげな声で抗弁しようとするアムロを、シャアは無視して踵を返し、ニムバス、バーニィを除いた全員とアンカラ襲撃計画を練り始めた。 もはやアムロの事など眼中には無い。それはある意味、アムロの意見を聞く気など端から無いのだという意思表示にも見える。 「シャア大佐!」 途方に暮れたアムロが思い切って背を向けているシャアに大声を掛けると、熱心に話し込んでいたシャアは顔だけアムロに向けて口を開いた。 「もう命令は下した筈だぞアムロ。 今後私と行動を共にする以上、君にはただのパイロットでいて貰っては困るのだ」 アムロの目がハッと見開かれる。シャアの向こうでコズンとクランプが、こちらに握り拳を向けているのだ。 目を転じるとライデンはさりげなく親指を上に向け、シーマは片方の口角を上げて見せた。 「私達を失望させるなよ?」 皆の視線に胸が熱くなるのを感じ、立ちつくすアムロの横にニムバスとバーニィが並ぶ。 「行きましょう准尉。我々の初陣です」 ニムバスの言葉に、アムロは小さく掠れてはいたが力強い口調で「はい」と答えた。 180 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/05(水) 12 39 56 ID /5EMHpoM0 [2/5] 小さなノックの後、少しだけ開けたドアの隙間からするりと部屋の中に滑り込んで来たのは、小ぶりなバスケットを抱えたミハルだった。 後ろ手にドアを閉めたミハルは微かに安堵の溜息をつく。 薄ぼんやりとした照明が灯った室内。 一人の男がベッドに突っ伏している。 ミハルが目を転じると、衣服がスツールの上に無造作に脱ぎ捨てられ、ブーツは脱ぎ散らかされたまま床に転がっているのが見えた。 「・・・ミハルか」 「ごめん、起こしちゃった?」 「いや、シャワーを浴びようとしていた筈なんだが・・・」 身じろぎし、ベッドからのろのろと顔を上げたのは、何とシャア・アズナブルであった。 もちろん例のマスクはヘルメットと共にベッドの片隅に放り投げられているため、素顔である。 実は戦闘時以外、シャアの寝起きはそれ程良くない。 アンダーシャツ姿のシャアはのっそり身を起こすとベッドの上に胡坐をかき、目を閉じたまま片膝の上に頬杖をついた。 「疲れてるんだね・・・ご苦労様。肩の具合はどうだい?」 脱ぎ散らかされた赤い軍服を拾い集め、てきぱきと畳んだりハンガーに掛けたりしながらミハルは心配そうな声を掛ける。 頬杖をしていた手を一旦外し、肩を軽く回したシャアは片目を薄く開けてもう大丈夫そうだと軽く笑った。 「良かった、でも油断は禁物だよ。 宇宙に住んでた人は免疫力が弱いとも聞くし、ケガってのは直りかけが一番怖いんだ。 あと数日は手当てを続けなきゃだめだよ。さあ、肩を見せて」 大真面目な顔でシャアの横に腰を下ろしたミハルは、有無を言わせずシャアのシャツを脱がしに掛かった。 幼少の頃に地球で暮らしていた経験を持つシャアは実は生粋の宇宙育ちでも無かったのだが、別に文句も言わずミハルのしたいがままにさせ、大人しく右肩を露出させた。 181 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/05(水) 12 40 39 ID /5EMHpoM0 [3/5] 「完全に傷口は塞がっているみたいだけど・・・」 そう言いながら化膿止め薬入りの無針注射器を二の腕に押し当てて来るミハルを、シャアは面白そうに見つめている。 人目を忍んで毎晩こうしてやって来るミハルに手当てをしてもらうのは、もう何日目になるだろう。 この少女がシャアの個室を初めて訪れたのは、ここクレタ島ザクロスに到着したその晩の事だった。 フラナガン機関の施設を脱出する際、自分を助ける際に負った傷を治療させて欲しいと申し出て来たのである。 何でも、シャアがケガをした事を秘密にしたがっていたので、同室のハマーンが眠ってからこっそりと部屋を抜け出し、誰にも見つからない様にここまで来たのだという。 初めはおずおずしていたミハルだったが、シャアが自らのケガに消毒液を振り掛けただけで放置していた事を知って驚き、大慌てで手当てをし直した。 助けてくれた事に感謝はしているが、自分を大切にしない人は最低だと叱りつけられたシャアは、何故だかその剣幕に逆らう事ができず、命を救った筈のミハルに何度も謝るハメになったのである。 驚いた事にシャアは発熱していた。微熱ではあったがそれが肩の裂傷によるものである事は明白であった。 身体の調子が悪くても、それを全く気にしていないのである。 ミハルはそんなシャアを放っておくことができず、皆に隠れて猛然と彼の世話を焼き始めたのだった。 しかし改めて見てみるとミハルが呆れるくらいに、シャアという男は自分の事、日常的な事に無頓着な人間だった。 人間らしく生きる事に関心が無いと言い換えてもいい。 放っておけば日々の食事すらロクに摂らないのではないかと思える程に、彼の生活からは何かが欠落していたのである。 「ああ、やはりミハルの作ったものはうまいな」 だが、そんなシャアが、今ではミハルの持ってきたバスケットを勝手に開け、中にあった夜食を手掴みで食べ、あまつさえそれを美味いと言っている。 美味いと褒めると、笑み崩れてゆく彼女の顔がシャアは好きだった。しかし・・・ 「こら!ちゃんと手を洗って来る!」 ミハルは軍人では無い為にシャアに対して階級による遠慮などは一切無いのである。 こうしてまたもや彼女に怒られバスケットを取り上げられてしまったシャアは、食べかけのマフィンを口に咥えたまますごすごと洗面所に向かった。 【赤い彗星】のシャアしか知らない者がこの様子を見たら恐らく仰天して腰を抜かす事だろう。 ミハルに叱られる事は不快ではないし、彼女の言葉にはつい従ってしまうのは何故なのだろう。と、手と顔を洗いながらシャアはぼんやり自問してみる。 しかし幼い頃に父と母を失い、権謀と怨念に塗れて成長した彼の中には、自身の問いに対する明確なアンサーは含まれていなかった。 周りには常に“敵”が潜んでおり、少しでも隙を見せると足元を掬われる・・・そういう殺伐とした人生を送ってきた。 親しげな顔でシャアに近付いて来る人間は、十人が十人とも腹の中では彼を利用する事で自らの利益を企んでいた。 無論そういう手合いを観察眼に優れたシャアに瞬時に見抜き“敵”かそうではないかを識別して来たのである。 “敵”なら容赦なく叩き潰し、そうでないなら“それ”をこちらが最大限に利用する。 それは壮大な化かし合いであり、気を抜いた方が負ける過酷なチキンレースだった。 肩の傷の件でも判る通り、それが例え味方であったとしても、普段から他人に弱みを見せる事を極端に嫌うシャアだった。 だが、ミハル・ラトキエと2人きりになると、そんな事はどうでも良いと思えてしまう。 どう考えても、どんなに目を凝らしてみても、親身になってシャアを世話する彼女の行動の中には、あさましい企みが見つけ出せなかったのだ。 これは、あの時クランプに言われた事の証明であり、ある意味シャアが確信していたシニカルな人生観の完全な敗北を意味していた。 こんな人間もいるのだと、シャアをして認めざるを得なかったのである。 彼女の前では裏をかかれない様にと緊張している自分が馬鹿らしく、張り詰めていた何かが抜けてしまう。 通常は厳重に掛けているドアのロックを、彼女が訪ねて来そうな時間には無意識に外してしまう自分がいる。 マスクもいつの間にか彼女の前ではしなくなった。手の内を全て見せている彼女には、そうでもしないとプライドが保てないのだ。 仮面のある無しなどミハルにとってはどうでもいい事なのかも知れないが、シャアせめてもの矜持である。 182 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/05(水) 12 41 29 ID /5EMHpoM0 [4/5] シャアが洗面所から出て来るとミハルは既に帰り支度を済ませてドアの前にいた。 この短時間の間に部屋はきれいに片付けられ、スツールの上にはヘルメット、マスク、夜食の残りがきちんと並べられている。 「それじゃね。ちゃんとシャワーを浴びてから休むんだよ?」 にこりと笑ったミハルに小さくそう言われた瞬間、シャアはとてつもない寂寥感に見舞われた。 今ここでミハルを抱き締めたら、彼女は帰らずに、朝までそばにいてくれるのだろうか。そんな事まで頭をよぎる。 シャアが何と声を掛けて良いか判らぬままにミハルの方へ歩み寄ろうとした時、激しく背後のドアをノックする音がミハルの体を竦ませた。 『お休みのところ恐れ入りますシャア大佐!』 アンディの声である。 『ロドス島集積基地から通信が入りました!シーマ・ガラハウ中佐率いる補給部隊が到着したそうです!』 瞬時にシャアの瞳に明晰な輝きが戻った。 素早くスツールの上のマスクを装着し、はだけていたアンダーシャツの襟元を引き上げる。 ドアの前で硬直しているミハルの手を引いて洗面所に誘導し、彼女が隠れたのを確認するとドアのロックを外して引き開けた。 「あ、ああ、シャア大佐、夜分すみま・・・」 「挨拶はいい。通信はまだ繋がっているか」 「繋がっています。こちらへ」 部屋を出る時シャアは洗面所の方をちらりと見たが、何食わぬ顔でドアを閉めアンディの後に続いた。 ドアが閉まってからしばらくの間、部屋の中に静寂が訪れたが、やがで洗面所からミハルがそっと顔を出した。 そして彼女は今日二度目の安堵の溜息を吐き出すと、静かに部屋を出て行ったのだった。 239 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/26(水) 19 28 03 ID 6y7Vhl2s0 [2/5] エスキシェヒル近郊に展開する丘陵地帯。 その斜面に生い茂る木々の隙間に埋没する様に―――― アムロの操縦するRX-78XX【ガンダム・ピクシー】は山の稜線に身を隠し、真上から照りつけて来る強烈な陽射しにその身を焼かれながらじっと息を潜めていた。 ピクシーの機体には、アンテナの一部を除き草木をあしらった偽装網を入念に被せてある。遠距離からこの機体を視認する事はほぼ不可能であろう。 偽装網には電磁波遮断物質が編み込まれており、敵のセンサー類をある程度は無効化するという触れ込みである。 しかし、ミノフスキー粒子の存在が敵味方のセンサー技術を飛躍的に発展させている昨今、それをどこまでアテにして良いものかは疑問が残る。 新型センサーを実戦テストする特殊部隊「闇夜のフェンリル隊」の一員だったアムロだからこそ余計にそう思えるのだ。 後悔はしたくない。やれる事はやるべきだと判断した彼は現在炎天下なのにも関わらず、ピクシーの動力を最小限に絞っている。外部スクリーンもメインパネル以外はブラックアウトしている状態だ。 為に、エアコンの効きもすこぶる悪くなり、コックピット内部の温度が相当に上昇してしまう事態となった。 もしかしたら地上戦専用MSであるRX-78XXには、純正ガンダムにはあった大気圏突破用の厳重な断熱処理がオミットされているのかも知れない。 そんな事を考えながら汗だくのアムロは手探りでシート脇のラックを開け、中から本日2本目となる透明パック入りのドリンクチューブを取り出し口をつけ、中身をしぼり出して一気に飲み干した。 ・・・生温くてまずい しかしこれで、水分の補給はできたはずだと気を取り直したアムロは、空の容器をシート反対側のラックに放り込んだ。 先ほどから彼が凝視しているメインパネルには辛うじて舗装されたヒルクライム気味の道がゆらゆらと陽炎を立ち上らせながら正面に映し出されている。 ゆるいカーブを描いた道のちょうど出口にあたる延長線上の位置に、RX-78XXは身を潜めているのである。 道の両脇はそれぞれ高い崖と深い森になっており、襲撃ポイントはここしか無いと断言したニムバスの分析に間違いはなかった事を確信できる。 ここから見る事はできないがニムバスとバーニィも現在、別の場所で同様に偽装したザク改の中で眼前の道を凝視している筈である。 一人ではない。そう考えるだけで何だか心が静まってゆくのが不思議だ。 なんにせよ今回の作戦は【ガンダム・ピクシー】がトリガーであり全ての鍵を握るといっても過言ではない。 アムロはもう一度小さく息を吐き出し、絶対にしくじる訳には行かないぞと自らに言い聞かせ、眼前のスクリーンを注意深く見つめ直した。 「准尉のお立てになったその作戦・・・残念ながら評価は"C"です」 「え・・・」 厳しい顔のニムバスに完璧なダメ出しをされたアムロは一瞬頭の中が真っ白になった。 容赦の無いその物言いにアムロの横に座るバーニィも思わず首をすくめてしまっている。 「敵の大部隊に対してこちらはMSが僅か3機。 進軍して来る敵に准尉の作戦通り密集陣形でまともにぶつかっては、後方の敵に態勢を立て直す時間を与えてしまうかも知れません。 今回我々がまず考えねばならないのは、何としてでも敵部隊の現場到着を阻止する事。 敵は長距離砲撃部隊であり。要地に配置されなければ無力な存在です。 つまり我々は敵を殲滅する必要は無い。足止め出来さえすればいいのです」 「なるほど・・・」 シャア班とやや離れた位置で、小さなデスクを囲み行われているブリーフィング。 理路整然と戦術を語るニムバスに、アムロとバーニィはただ感心して聞き入るしかない。 少年兵達の真剣な目を見てにこりと笑ったニムバスの顔が、輝いている。 今や彼は、自身が持っていた本領を如何無く発揮する機会に恵まれたのである。 士官学校時代のニムバスは、パイロットの資質以上に戦略・戦術立案能力において極めて高い評価を受けていた。 適性も高く、将来は作戦参謀への道をと周囲から嘱望される程の存在だったのである。 同校を優秀な成績で卒業した彼は当然のように公国軍総司令部と総帥府軍務局から熱烈なオファーを受ける。 が、その時点で既にニムバス内部に凝り固まっていたキシリアへの熱烈な忠誠心が、それらを全て蹴る形で自身を突撃機動軍に投じさせたのである。 彼の進路を知った士官学校の教官達は、あたらジオンを背負って立つかも知れない優秀な人材が、使い捨ての一パイロットになってしまったと軒並み嘆き落胆したものであった。 当時の教官達が今の私を見たらどう思うだろうと内心苦笑しながら、ニムバスはこちらに背を向けているシャアをちらりと窺った。 240 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/26(水) 19 30 09 ID 6y7Vhl2s0 [3/5] シャアはクレタ島で初対面にも関わらず「貴様の噂は聞いている」とニムバスを誘い、今回は別働隊の実質的な作戦立案を命じた。 つまりそれはニムバスの過去と資質を把握していた、という事に他ならない。 MS操縦に抜群の才能を発揮するアムロの補佐に自分を置き、気が利き堅実な性格のバーニィで脇を固めたこの布陣は、どんな任務にも対応できる理想的な小隊のモデルケースと言えるだろう。 適材を見抜き適所に配置する。言うは易いが行うは難い。 それをさらりとやってのけたシャア・アズナブルというこの男、トップに立つ者として恐るべき才覚の持ち主だと・・・認めざるを得ないだろう。 ニムバスをしてそう思わせる何かがシャアにはあった。 しかしニムバスがそんな想いを廻らせていた時間は数瞬にも満たず、彼は何事もなかったかの様にアムロとバーニィに目を戻した。 「敵部隊は極力目立たぬように航空輸送機を一切使わず、車両のみで移動しています。 そして敵は、我々の様な戦闘部隊がすぐ近くにいる事を知らない。 オデッサになけなしの戦力をかき集めている筈のジオン。我々の存在は連邦にとって想定外なのです。 ここにつけ入る隙がある。 このアドバンテージを最大限に利用するには【効果的な伏撃】をするしかありません」 「効果的な・・・そうか、僕のガンダムとニムバス中尉達のザク2機が密集して行動してはダメだという事ですね」 「その理由が判りますか?」 間髪入れず、値踏みする視線でニムバスはアムロを見ている。 それはまるで見所のある新兵に、英才教育を施している教官の眼差しにも似ていた。 「え、あ、ええと・・・も、MSの性能が違うから、じゃないでしょうか」 「その通りです!流石は准尉ですな!」 満足そうに破願したニムバスを見て、アムロは内心胸を撫で下ろした。 今後、ニムバスの期待に応え続けて行くのは並大抵の苦労では無いかも知れない。 241 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/26(水) 19 31 00 ID 6y7Vhl2s0 [4/5] 「性能の違うMS同士が一団で行動すると足並みが乱れ、どうしても連携が取り辛くなってしまう。 下手をすると、性能の良い方のMSの長所が殺され、相対的に戦力が低下してしまう恐れすらあります」 ニムバスが答えるや否や、すかさず手を上げたバーニィが口を開く。 「でも中尉、大部隊に対して、ただでさえ少ない戦力を分散してしまっては、各個撃破されてしまうのでは・・・」 「戦術と地の利、そして敵の陣形次第だ!その程度の事も判らんのか愚か者め!」 一転、猛烈な勢いでニムバスに怒鳴りつけられたバーニィは小さく縮こまってしまった。 どうやらニムバスにとって、アムロとバーニィの育成方針は180度違うらしい。 恨めしそうな目を向けてくるバーニィに、アムロは申し訳なさそうな視線を送り返した。 「セオリーは知っておく必要があるが先入観に囚われると柔軟な発想を阻害するぞバーニィ。要はバランスだ」 「バランス・・・」 その冷静な声音はニムバスが決して激昂している訳ではないという事を意味している。 恐縮しきっていたバーニィは恐る恐る顔を上げた。 「長距離砲撃用車両、補給車その他を含めて敵の数は約30両。 モタモタしていると体勢を整えた敵の攻撃に晒されてしまう。 この部隊を僅か3機のMSで足止めするにはどうするか」 ニムバス教官の講義に聞き入る二人の新兵はごくりと唾を飲み込む。 「まずは横列展開できない場所に敵を引き込む」 ぱらりとデスクの上に地図を広げたニムバスは、細長くうねる一本の道路を指さした。 「敵の規模と現在の位置を考慮するとアンカラへ向かう道はここ以外考えられません。 これ以外の道路は舗装されていなかったり道幅が狭すぎたりで連邦の大型車両は通行できないからです。そして」 更にニムバスは指を滑らし長く延びた道路の一点で指を止めた。 トントンとポイントを指先でノックしながらニムバスは2人を交互に見る。 「700メートル程続く側道のない一本道。道路の片側は森、もう片側は切り立った崖。おあつらえ向きです。 仕掛けるのは、ここしかありません――――」 その時、アムロが睨み付けていたスクリーンの風景の一部に小さな変化が現れた。 すかさずアムロはスクリーンショットを最大望遠に切り替える。 遥か後方で樹木に遮られまだその姿は見えないが、微かに砂煙が立ち上っているのが判る。 それとほぼ同時にピクシーに装備された高性能センサーが多数の車両移動音をはっきりと捉えた。 あくまでもスペック上の数値ではあるがガンダム・ピクシーのセンサー有効半径は優に6,000mを超える。 プロトタイプであるRX-78-2の性能を上回るこれは、接近戦に特化されたピクシーというMSの特性に合わせてバージョンアップされたものなのだろう。 とまれ、ニムバスの読みは正しかった。 敵部隊は間違いなくこの道を行軍して来たのである。だが、焦りは禁物であった。 仕掛けは早すぎても遅すぎてもダメだとニムバスには釘を刺されている。 単独でどうにかできる相手ではない。全ては連携、チームワークなのだと。 WBでは有り得なかった、息を合わせた伏撃作戦・・・ アムロは逸る気持ちを抑える様にレバーを握り、唇に滴り落ちて来た汗をぺろりと舐め取った。 277 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/07(月) 20 41 28 ID iaisKR8g0 [2/6] 先程までの晴天が嘘の様に、結構な勢いで雨が降り始めていた。 本当にこのあたりの天候は変わり易い、だがバーニィはコックピットに伝わって来る激しい雨の振動を感じながら思わず微笑んだ。 雨はセンサーの効きを妨げる。これはついているぞと彼がほくそ笑んだのも無理からぬ事だっただろう。 今、まさに彼等の下に軍列がやって来ようとしている。 言うまでも無く連邦軍の大部隊だ。 その大部隊がつい先程進入して来た北西の入り口から、アムロのRX-78XXが満を持して潜んでいる隘路の東側出口までの一本道がすっかり見渡せる南に切り立った崖の中腹付近。 そのやや角度の浅い斜面にバーニィとニムバスの操縦する2機のMS-06FZは張り付く様に潜伏しているのである。 切り立った崖とはいえその壁面にはびっしりとこの地方特有の木々が生い茂り、バズーカを構え偽装網をかぶったザク改の姿を完璧に隠してくれている。 しかし緑々とした壁面の所々には、断続的に巻き起こるスコールが地盤を緩ませたものなのか地滑りしたらしき箇所のみ黄土色の土や岩が露出していて、その部分だけがやや景色に異彩を放っていた。 バーニィはモノアイを操作し、チラリと左サブモニターにも目を向ける。 自機の周囲を埋め尽くす木々の中から、木々を割って突き出た大きな岩塊がそこにも映り込んで見えている。 メインモニターは俯瞰の映像で、一本の道路が南にゆるいカーブを描きながら西から東に延びているのをクッキリと映し出している。 モノアイが稼動すると、モニターの映像もそれに合わせて移動してゆく。 道の南側は全て切り立った崖に塞がれ、北側には地図にあった通り深い森が谷に向かって落ち込んでいる。 道路は山の外縁に沿っており、入口と出口の先はそれぞれ背後の山を回り込んでしまう為に、この場所から目視する事は不可能であった。 激しい雨にけぶってはいるが、ヘッドライトを煌々と灯した連邦軍の部隊が続々と列を成し進み来る様子が、ここからだとはっきり確認できる。 敵部隊はじわじわと眼下にうねる700m以上続く一本道を鋼鉄の大蛇の様にのたうち進み、やがてすっかり埋め尽くしてしまうのだろう。 今はまだ全容が見えてはいないが、道幅ぎりぎりの大型車両が何台も連なるその威容を目にしたジオン兵は、恐らく連邦軍との圧倒的な物量差を思い知らされ何とも言えない気分にさせられるに違いない。 しかし、この作戦で物量の上に余裕で胡坐をかき、ふんぞり返った連邦軍に一泡吹かせてやる事ができるのだ。 そう思うと、ギラギラと猛る何かを抑える事ができない。 これではいけないと心を落ち着かせる為に大きく深呼吸したバーニィは、カメラのズームを切り替え、もう一度自機に装備された武装をチェックしてみる事にした。 偽装の下でザク改はバズーカの砲口を油断無く眼下の道路に向けている。 今回2機のザク改が装備しているバズーカは従来の280mmザク・バズーカでは無くGB03Kすなわち360mmジャイアント・バズであり射程距離、破壊力共に十分余裕がある。 もともとドム用の装備として登場したジャイアント・バズは威力は高いものの、マニュピレーター形状の違い等から他のMSでは使い辛く敬遠されがちな武器であった。 だがMS-06FZ【ザク改】は、現在ジオンに存在するMSの手持ち式武器の全てを自在に扱える事を前提に設計されているのである。 統合整備計画、伊達ではない。 この事実は単純なスペック以上にザク改が「使える」MSであるという事を意味していると言えるだろう。 武器チェックを終えたバーニィは一息つくと視線を正面のメインモニターに戻し、ニムバスが立案した襲撃計画の段取りと、この作戦における自分の役割を頭の中で反芻していた。 278 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/07(月) 20 42 29 ID iaisKR8g0 [3/6] ―――敵の軍団が眼前の一本道にすっぽりと収まったのを見計らい、ニムバスからの合図を受けたガンダム・ピクシーが偽装を解いて敵正面を塞ぎ、まず目前に迫っている先頭車両を破壊する。 これで敵は破壊された先頭車両が邪魔になり前進する事が不可能となる。 地形に阻まれた敵はガンダムに向けて攻撃を加える事ができない。 間をおかずガンダムの攻撃に呼応したザク改2機が敵の上方に位置する崖の中腹から、眼下の敵列中央と最後部車両に向けてそれぞれバズーカ攻撃を行う。 状況によってはバーニィのザク改が単独で敵の最後尾に回り込み、敵の退路を遮断する。 道路の両側は崖と森であり、前に進む事も後ろに下がる事も出来なくなった敵はまさに進退窮まった状況に陥る。 そうなれば連邦兵達は車両を捨て、森に逃げ込むしか術は無い。 逃げる兵士には目もくれず、あらかたの敵車両を破壊したら速やかに撤収するとニムバスは明言している。 例え森に逃げ込んでいた連邦兵が戻って来ても残骸に挟まれた車両は動く事叶わず、もはやオデッサ・ディで彼等がやれる事は何も無いだろう。 ニムバスは今回、自軍の損耗を最大限に抑える事を念頭にこの作戦を立てた。 完璧な伏撃であるこの作戦のただひとつの懸念事項といえば、こちらの意図を事前に敵に察知される事と敵が一本道に納まり切らないうちに攻撃を仕掛けてしまう事のふたつである。 だから自分からの合図を待たずに攻撃を仕掛ける事を、ニムバスはアムロに厳に禁じていたのだった――― バーニィは右手のサブモニターを見る。そこには彼と同じ出で立ちで息を潜めるニムバスのザク改が木々の向こうに映し出されている。 表向きはどうあれ、この部隊の実質的な指揮官はニムバスだという事を自分もアムロも承知している。 現場の全体を把握し統括する為の位置に彼のザク改が陣取っているのがその証であろう。 彼が自分の持つ知識全てを、自分やアムロに実地で叩き込もうとしているのは明白だった。 ニムバスの期待に応えるには、彼の示す全てをこちらも命懸けで吸収して見せるしかない。そうバーニィは密かに覚悟を決めていたのである。 しかし逸るバーニィをあざ笑う様に、ロケットランチャーだと思われる巨大砲身を持つ車両を積んだキャリアーの足は異様に遅い。 ヒルクライム、そしてこの激しい雨が行軍を慎重なものにさせているのだろうか。 敵部隊は視認できる範囲で言えば未だ襲撃予定地点に三分の一にも届いておらず、勿論ここで仕掛けるには早過ぎる。 戦端を開く役回りのアムロも、きっと敵の遅さにじりじりしている事だろう。 そんな事を考えながら時速40キロ程のスピードでもったり坂道を登って来る敵部隊の様子をいらいらと見ていたバーニィは、ぎょっと左手のサブモニターを振り返った。 モニター映り込んでいた・・・木々の間に剥き出しになり雨に打たれていた岩塊が、そのままごそりと滑り落ちたのである。 279 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/07(月) 20 43 44 ID iaisKR8g0 [4/6] 『しまった!崩落か!?なんだってこんな時に・・・・・・・!!』 自機のほぼ10m真横をえぐり取った巨大な岩塊が、眼下の道路めがけて転がり落ちて行くのを、バーニィはただ茫然と見送るしかない。 岩塊は落下後半壊し、完全に道路を封鎖する格好で動きを止めてしまった。 「ニムバス中尉・・・!」 「慌てるな、じっとしていろ。計画に変更は無い」 接触回線でうろたえた声を響かせるバーニィにニムバスは冷静に応答する。 今ここで動く訳には行かない。敵の部隊は一本道にまだ先頭しか入り込んでおらず、襲撃を掛けるには位置が悪すぎるのだ。 もしここで強引な行動を取れば、間違いなく計画は破綻する。 突発的な事態が起きてしまったが、幸いにも敵は岩塊が落下した位置まで到達しておらず、伏撃作戦が見破られた訳でもない。 敵は周囲を警戒しながら岩塊の除去作業をするだろうが、逆にその警戒を解いた時が最大のチャンスになるとニムバスは確信していた。 眼下の敵は、何としてでもこの場で仕留めてしまわねばならぬ相手なのだ。 今は隠形に集中し、敵の警戒を何としてでもやりすごすべきだ。 ニムバスはそう判断を下したのである。 車両が急停止したのに気付くと、エイガーは瞑目していた両目を開き、キャリアーの助手席でリクライニングにしていたシートを元の位置に戻した。 「・・・何かあったのか」 「申し訳ありません少尉、どうやら落石が前方の道を塞いでいる模様です」 「何だと」 インカムを付けた運転手の言葉を確かめるようにエイガーは側窓から大きく身を乗り出した。 目を凝らすと、確かに前方に停車している数台の車両の向こうに巨大な土くれが鎮座しているのが見える。 その大きさは小型のMS程もあり、確かにこのままでは通行できない事が判る。 「よし。俺のMSを起動させるぞ」 あっさりとそう言い放ったエイガーは助手席のドアを開けて地上に飛び降りた。 「少尉!?まさか新型のマドロックで土木作業をするつもりですか?」 「俺だけじゃないさ。ジムキャノンの2機も作業にあたらせる」 「いや、そういう意味では・・・」 「俺達は急いでる。それにどうせ今回のミッションにはマドロック自体の出番は無いんだ。 役に立つ事があって良かったぜ、これで上にも言い訳が立つ」 運転手は変な顔をしたが、エイガーはそれを一向に気にせず激しく降りしきる雨の中、キャリアーの後方に走り込むと、トラックの幌を外しに掛かった。 オデッサ攻略戦を側面から強力に支援する自走砲大隊指揮官職務執行役としてアンカラに派遣された砲術士官エイガー。 アンカラでは現地で既に展開している部隊と合流し、大部隊を指揮してオデッサの敵陣めがけて、このスコールよろしくロケット弾とミサイルの豪雨を降らせてやる予定である。 今回の作戦、黒海をまたいだ長距離砲撃を敢行するため中距離砲撃しか出来ないMSは実際のところ役には立たない。 しかし自身の手掛ける新型MSであるRX-78-6【マドロック】と、RGC-80【ジムキャノン】の完成度を高める為には実戦データの収集が不可欠であるとのごり押しで、エイガーはこの砲術部隊に都合3機の砲撃用MSの帯同を上層部に認めさせていた。 実際はマドロックの調整から離れる時間が惜しいというのが本音だったが、こういうのを怪我の功名というのだろう。 「MSの出番が来たと後ろの二人に伝えてくれ。『無駄飯食らい』の汚名を返上するチャンスだってな」 近くにいた部下にそう声を掛けると、エイガーは雨粒がなるべく入り込まない様に注意しながら素早くマドロックのパイロットシートに滑り込んだ。 280 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/07(月) 20 44 28 ID iaisKR8g0 [5/6] 「ニムバス中尉、あれを・・・・・・!」 「何という事だ、MSが随伴していたのか!」 突如敵軍列後方から姿を現した3機のMSにニムバスは慄然とした。 ニムバスも敵部隊にMSがいる可能性を考えていない訳ではなかったが、その確率は極めて低いだろうと思っていた。 なぜなら現在の連邦軍にとってMS自体が貴重であり、オデッサにおいてザクに対抗するMSは重要な戦力の筈だからである。 何よりMSによる襲撃を予想していない部隊に、MSが直衛する必要など無いのだ。宝の持ち腐れという奴である。 オデッサと黒海を挟んだ地のアンカラで、その貴重な戦力を遊ばせておく事は常識で考えればまずあり得ない事だった。 もしニムバスが連邦軍の参謀だったなら、そんな所に割く戦力があるなら迷わずオデッサ攻略の本隊にMSを組み入れるだろう。 ・・・ニムバスのその考察は間違っていた訳ではなかった。 そして、計画通りに事が運んでいればキャリアーに載ったまま連邦のMSは起動する事無くザク改のバズーカで葬り去られていたかも知れなかった。 だが突然の落石というアクシデントとエイガーという砲撃用MSの開発に執念を燃やす仕官の存在が彼の計算を狂わせたのである。 運が悪かったでは済まされない、これが、戦場なのであった。 よりにもよって、現れたMSのどれもが彼等が初めて目にする新型であった。 先頭の1機はアムロが現在搭乗しているガンダムに頭部形状が酷似している。 恐らく同シリーズなのだろうが、両肩に2門の砲身が突き出している所が大きく違う。 後方の2機も一門づつキャノン砲を搭載し、腰にはピストル状の火器がマウントされている。火力は相当に高そうだ。 悠長に構えてはいられなくなったとニムバスは臍を噛んだ。 砲撃車両だけならばまだしも、MSがいるとすれば攻撃の優先順位が変化する。 敵がこちらに気付かなければ良し。気付いた場合には・・・ ニムバスは接触回線でその旨をバーニィに伝えると、豪雨の中でも極力音を立てない様に注意してバズーカの向きを変え、スコープの中心に新型のガンダムを捉え直した。 338 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/22(火) 01 46 09 ID br3lyhfc0 [2/6] この隘路に200Mほど進入した地点で停止した車両群を背に、3機のMSは道を塞いでいる岩塊に向かってゆっくりと歩を進めている。 先頭を歩くRX-78-6【マドロック】を操縦するエイガー少尉はその時、ONになっていたレーザー通信回線から微かに聞えた異音にぴくりと片眉を跳ね上げた。 「おい聞えたぞGC2。生あくびならもっと巧妙に噛み殺せ」 「す、すみませんエイガー少尉」 RGC-80【ジムキャノン】に搭乗するサカイ軍曹の慌てた声にエイガーは苦笑する。 先刻までのエイガーと同様に、彼の部下である2人のパイロットもそれぞれの場所で仮眠を摂っていたにちがいない。 まあ無理もあるまいとエイガーは思う。ここ数日不眠不休の調整に追われた挙句、夜通しトラックで走り続けて来たのだ。 エイガー自身も鉛の様な疲労が抜けず、目の奥と体の節々が痛い。彼と部下達の疲労は今やピークに達していた。 「大体が、開発計画がタイト過ぎるんですよ・・・」 こちらのボヤキはもう1機のジムキャノンを操縦するゲラン軍曹である。 彼等2人はエイガーが戦車兵の頃からの部下であり、MS適性試験にも同時に合格した同期の戦友だった。 「泣き言を言うなGC3。例のV作戦の試作艦が搭載MSごとジオンの手に落ちたんだ。 その分こっちの開発計画が早まったのは仕方の無い話だ」 「4号機や5号機の開発クルーも随分ストレスが溜まってるみたいですよ?」 「もともとセカンドロットのRXシリーズはRX-78-2の戦闘データをフィードバックして開発を進める予定だったからな・・・」 エイガーはモニターに映った僚機の顔を見て『GM系のMSもな』という言葉を辛うじて飲み込んだ。 正味な話、ジオンに比べMS開発の経験が浅い連邦にとって、RX-78-2ガンダム搭載の教育型コンピューターに蓄積された生の対MS実戦データは咽から手が出るほど欲しい宝だったのである。 エイガーが試算してみたところ、これが移植されなかった為に連邦のMSは、軒並み30%の性能アップが出来なかった・・・と出た。 それは翻って連邦の量産型MSがそれだけ戦力ダウンしたという事を意味している。 いずれ連邦パイロットが熟練するに従いこの差は徐々に埋めて行けるとは言うものの、それまでこの戦争が続いているかどうかは保証の限りでは無いのだ。 現時点の連邦軍にとってこれは深刻な痛手であろう。 もちろんこれはあくまでも試算値であって厳密な数値では無いが、その結果はエイガーを暗澹たる気分にさせるには十分だった。 それを知ってか知らずか、サカイは呑気な声で更に話を続ける。 「RX-78-2のパイロットはえらく優秀だったらしいですね。何でも赤い彗星と互角に渡り合ったとか。 その戦闘データさえあれば、RGMシリーズだってもっと強化できたでしょうに」 「もうやめろ。たらればの話はここまでだ」 歴史は動いたのだ。時計の針を戻す事ができない以上、いまさら何を残念がっても詮無い事なのである。 「俺達は目の前にある仕事から片付けよう。まずはコイツだ」 ゆるやかにカーブした700~800メートル程続く一本道のほぼ真ん中付近。 連邦の車両が進入してきた隘路入り口から約400メートルの地点で、縦横それぞれ15メートルもあろうかという巨大な岩塊が完全に道路を塞いでいる。 エイガーは岩塊をモニター越しに確認すると一旦機体を止め、それが落ちて来たと思われる崖の中腹まで軌跡を辿るようにマドロックの頭部メインカメラを振り向けた。 岩塊は木々を薙ぎ倒して転がり落ちて来たらしく、その形跡を辿る事は比較的容易い事であった。 エイガーとしては単に連鎖的な崩落の危険を見極めようとしただけの確認作業だったのだが・・・・ 「・・・!!」 その瞬間、彼の両目は見開かれ全身は総毛立った。 崖の中腹、周囲に溶け込む偽装ネットを被せてはいるが、その奥に微かに覗く、濡れた雨に照り返す金属特有の鈍い輝きは見紛い様も無い。 エイガーは、大岩がこそげ落ちた崩落部分のやや脇に潜む、2体のMSを目聡く発見したのである。 ちなみにマドロックに搭載されたセンサーは、ミノフスキー粒子と激しいスコールに阻まれ何も反応していない。 恐るべき事に彼は長年の砲術戦で鍛え培った視力と観察眼、そして注意力のみで偽装潜伏しているザクを看破したのであった。 339 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/22(火) 01 52 01 ID br3lyhfc0 [3/6] 「・・・GC2、GC3、レーザージャイロと火器管制システム同期だ、くれぐれも唐突な機動は慎めよ・・・・!」 「は?」「唐突な機動?」 突然押し殺した声で命令を下して来たエイガーに部下の2人は戸惑ったものの、指示通りに2機のジムキャノンはマドロックにシステムを同調させる。 これで2機のジムキャノンそれぞれのサブモニターには、マドロックが『見て』いる映像が映し出される事となる。 ミノフスキー粒子の干渉をそれ程受けず、ある程度の範囲をカバーできるレーザー通信でお互いのMSはデータを共有している。 スイッチの切り替えで、リーダー機であるマドロックのマークした照準に合わせて、システム管理下に置かれたジムキャノンが同時に多方向から砲撃する事も可能だ。 これが、戦車兵上がりの砲術士官エイガーが砲撃用MSに組み込んだ兵器統合火器管制システムであった。 これにより連邦軍の砲撃MS同士は集団戦において有機的な運用が可能となったのである。 「少尉、いきなりどうしたんで・・・・うっ!?」 「これは・・・・!?」 GC2とGC3、二機のジムキャノンパイロットは同時に息を呑む。 「見ての通り、10時方向に潜伏中の敵MS2機を発見だ。あわてるなよ、知らんフリをしながら動け」 「GC2了解・・・!」「ジ、GC3了解・・・」 マドロックは見上げていた頭部を正面の岩塊に戻し、ゆっくりと歩を進め更に岩塊に近付いてゆく。 ややぎこちなくその後を2機のジムキャノンが続くが、その動きは辛うじて遠目には不審なものとは映らなかっただろう。 もちろんエイガー達はサブカメラの映像を崖の中腹に潜んでいる2機のMSから外しはしない。 3体のMSによる映像は3体のMSで共有統合され、刻一刻と立体的に対象物のデータを解析し、測定を進めてゆく。 素早くエイガーが画像をズームアップすると、ザクが被っている偽装ネットの隙間から二本のバズーカらしき砲口がこちらを向いているのが確認できた。 その事実に心臓が鷲掴みにされたかの様な衝撃を受けたエイガーだったが、最前線で砲兵隊を率いジオンの鉄巨人ザクと生身で戦って来た彼は、ある種のクソ度胸が備わっていた。 「まさか、この落石は我々をおびき出す為の罠・・・?」 「いや違うな、それならもう我々は攻撃を受けている。恐らく、これは敵にとってもアクシデントだったんだ」 本心は一刻も早く敵の射線から逃れたいのだろう。サカイの青ざめた声を、しかしエイガーは毅然とした声で否定した。 「アクシデント、ですか・・・」 「敵MSのデータはありませんね・・・どうやら新型の様です」 解析を進めるゲラン軍曹の緊張した声も、やや震えている。 「敵はこのまま我々が自分達の存在に気付かずにこの大岩を撤去し、当初の予定どおりここを通過するのを待っているんだ。 そして、がら空きになった隊列の横腹に満を持して砲弾を叩き込むつもりなんだろう。 こんな場所で砲撃されたらどうにもならない所だったな。我々は運がいいぞ」 そう言いながらエイガーはニヤリと笑う。 340 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/22(火) 01 52 44 ID br3lyhfc0 [4/6] 「そ、それじゃ後方の車両部隊の皆に早く知らせないと!」 「待て、今、車両部隊が動けば敵に気付かれてしまう。ここは逆に、奴等の裏をかいて始末するチャンスだ。見ろ」 エイガーが弾く様にボタンを押すと、照準モニターには地形に被せるように敵MSと味方部隊の位置が地図上にクッキリと表示された。 多角的に解析を終えたデータは明確に、そして残酷に、隠れ潜んでいる敵の居場所を浮かび上がらせたのである。 RX-78-6【マドロック】は両肩に装備された300mm低反動キャノン2門と現在は腰にマウントされているビームライフルを同時に、同(異)照準めがけて発射する事ができる。 特に都合3本の火線を集中する収束攻撃は現時点で存在するMSの中でも、最大級の破壊力を持つ攻撃と言っても過言では無いだろう。 一方ジムキャノンもマドロックに一撃の威力でこそ劣るものの、同様に右肩に装備された240mmロケット砲とビームスプレーガンを同時に標的に向けて発射可能である。 これらの攻撃をシステムによってリンクした3体のMSから浴びせられれば、対象物はひとたまりもないだろう。 だがその為には巧妙に敵の隙を突く必要があるとエイガーは考えた。 「よし、全機停止だ。すみやかに岩塊に向けて砲撃姿勢を取れ」 道路の真ん中に鎮座する岩塊まであと100メートルという所でエイガーは部下達に指示を出した。 先頭のマドロックをアローフォーメーションで後方左右から追尾していた部下達のジムキャノンはその場で足を止め、右半身に構えた前傾姿勢を取る。 「これで敵からは我々が邪魔な岩を排除する為に砲撃するつもりに見える筈だ。 だが実は違う・・・! カウントダウンと共に『ターゲット』に向けて一斉攻撃だ、いいな」 エイガーの言葉を復唱し、ごくりと唾を飲み込んだサカイは眼前の岩ではなく、ターゲットスコープに10時方向で照準固定されている敵のMSを捉えている。 スイッチ一発で彼等の機体はロックされた方向へ瞬時に向きを変え、同時に砲弾を吐き出すのだ。 これは敵の意表を付く攻撃であるはずだ。回避や防御は、ほとんど不可能であろう。 「周囲に敵の仲間がいる可能性もある。念の為、砲撃後はすぐに散開するのを忘れるな。 ターゲット撃破後、車両も一斉に後退させる。カウントダウン、5・・・4・・・」 「どうやら、奴ら、俺達には気付けなかったみたいですね・・・」 「・・・・・・」 安堵したようなバーニィの声に、ニムバスは沈黙で答えた。 モニターには小降りになって来たスコールの中、道を塞ぐ岩塊に向けて三角フォーメーションで砲撃姿勢を取った3体の連邦製新型MSが映し出されている。 少しでも敵が不審な動きを取った場合は躊躇無く行動に移るつもりで神経を張りつめていたニムバスだったが、どうやら杞憂で済んだ様だ。 漠然とした不安は拭い切れていないが、このまま滞りなく事が進めばそれに越した事は無い。 いやむしろ、警戒心が強過ぎるのは逆に戦術の幅を狭めるかも知れない。 折角なら連邦製の新型MSが放つ攻撃の破壊力を見極めてやるのも悪くは無いかとニムバスがふと肩の力を抜いた瞬間・・・ まるで示し合わせたかの様なタイミングで3機の砲口が一斉にこちらを向いた。 「しまっ・・・!!バーニィ!!」 目を見開いたニムバスの絶叫は、強烈な爆発音に掻き消された。 341 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/22(火) 01 53 54 ID br3lyhfc0 [5/6] 「うおっ・・・!!」「な、何だ!?」 エイガーとサカイが同時に叫ぶ。 彼等のMSが体勢を変えた瞬間、轟音を立てて粉々に消し飛んだのは、眼前で行く手を阻んでいた岩塊だったのである。 突然の事に度肝を抜かれ、彼等はザク改に向けての攻撃を一瞬ためらわざるを得なかった。 ニムバスの瞳がギラリと光る。 「飛べ!バーニィ!!」 「了解っ!!」 ニムバスとバーニィのザク改はこの機を逃さずバーニアを轟然と轟かせ偽装網をかなぐり捨てて飛翔し、後背にそびえ立つ崖の稜線を一気に越えてエイガー達の視界から姿を消した。 逃げ場の無い崖を背にして敵に攻撃を仕掛けたり、敵の待つ道路に飛び降りたりせず、ジャンプして崖の背後に回り次の行動に移行する。 これは予めニムバスがバーニィに指示していた非常時における回避行動であった。 例え相打ち覚悟で敵の撃破に成功しても、こちらの被害がそれを上回れば意味は無いのだ。 分が悪くなれば、躊躇なく、引く。 あらかじめニムバスは作戦失敗の咎を全て自分が負うつもりで、アムロとバーニィにそう言い含めていたのである。 ちなみにこの大胆な退避手段は、従来のザクに比べて格段に推力がアップしているザク改ならばこそ可能な荒業であった。 「ああっ!糞!!奴等を逃がしちまったっ!!」 「構うな!それより前方に注視しろ!!」 卓抜したエイガーの目は、その時朦々と立ち込める爆煙の遥か向こうに朧立つ 新たなターゲットを捉えていたのである。 エイガーがモニター越しに目を凝らした 刹那、上がり掛けたスコールの中を一筋の雷光が一直線に貫き、轟音と共に丘の上に立つ敵MSの精悍なシルエットを浮かび上がらせた。 その細身なMSは、砲口から白煙たなびく無骨な巨砲をアンバランスに捧げ持ち、華奢なボディラインを禍々しいものに変貌させている。 ふと、その顔がこちらを向き、まるで人間の様な『双眸』がマドロックのそれと交錯する・・・・・・! 「何っ!?ガンダム・・・だと!?」 普段何事にも動じないはずのエイガーが息を呑む。 それは、敵味方に分かれた【ガンダム】が、初めて遭遇した瞬間だった。 444 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/07/07(水) 12 07 27 ID UqfbXj6Y0 [2/8] 「よおぉぉしっ!!」 バズーカを掲げ、丘の上に仁王立ちしたRX-78XX【ガンダム・ピクシー】のコックピットでアムロは小さく拳を握り締めた。 アムロは改めて自らのMSが手にしている380ミリハイパーバズーカを見やる。 この感触、扱う機体は変わってもRX-78-2【ガンダム】で慣れ親しんだ使い心地は少しも変わっていなかった。 ―――ザク改の偽装が敵パイロットに見破られた。 ガンダムとガンキャノンを掛け合わせた風貌の敵MSが立ち止まり、崖を見上げた一瞬、アムロは微かな電光の閃きと共にそう確信した。 「ガンダムもどき」のRX-79(G)と戦い、現在もガンダムに酷似したピクシーを操るアムロには、もうガンダムタイプのMSに対しての驚きは無い。 いきなり現れたマドロックを目の当たりにしても、アムロは冷静であった。 さすがに落石というアクシデントに驚きはしたが、彼は元々の打ち合わせ通り、ニムバスからの合図が無い限り自分からアクションを起こすつもりは微塵も無かったのである。 しかし状況は変わった。崖に張り付いた2機のMSは格好の標的だ。 このままではザク改は敵に狙い撃ちされてしまうだろう。 隘路の出口付近に潜伏しているピクシーの位置から道路を塞ぐ大岩までは500メートル以上も離れており、その向こうにいる敵MSまでとなると更に遠い。 仮に今、ここで飛び出したとしてもピクシーが得意とする接近戦にいきなり持ち込む事はできないだろう。 アムロは躊躇い無くピクシーがそれまで握り締めていた90mmサブマシンガンを足元のハイパーバズーカに持ち替えた。 このバズーカはシャア達がクレタ島でRX-78XX【ガンダム・ピクシー】を鹵獲した際、機体と同時に押収したものだ。 本来近接戦闘に特化されたピクシーではあったが、RX系の武器は一通り使用可能であるらしい。 今回の作戦にあたってアムロは機体の特性を考慮し専用サブマシンガンを携行武器に選択したのだが 「『兵に常勢無し』・・・戦場では予想外の事態が起きるものです。念の為にこれも」と、ニムバスがアムロに敢えて持たせたものだった。 一刻の猶予も無い。考えると同時にアムロの体は動いている。 偽装網を払い除け、丘の上に弾かれた様に身を起こしたピクシーは、すかさず片膝立ちになると大ぶりなハイパーバズーカをピタリと構えた。 『敵の攻撃を中断させ、こちらに注意を向けさせる。それには!』 狙うは敵MSではなく道路の真ん中に居座る岩塊である。 この一撃に失敗は許されない。 メイン武器としての使用を想定していなかったハイパーバズーカは、照準調整に若干の不安がある。 狙う的は大きければ大きい程良いという咄嗟の判断であった。 一瞬の隙さえ作り出す事ができれば、あの二人なら即座に状況を理解し的確に行動する。そうアムロは踏んでいたのである――― 445 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/07/07(水) 12 08 43 ID UqfbXj6Y0 [3/8] そうして確実に岩塊を破壊せしめたアムロは、思惑どおり2機のザク改が敵の混乱に乗じて退避したのを確認して歓喜の声を上げたのであった。 このアムロの一連の行動とメンタリティは、誰かの部下として与えられた任務を果たしていれば良かったこれまでの戦い方とは全く違ったものだった。 「・・・兵は詭道なり」 アムロはロドス島で行なわれた作戦会議の際にニムバスに言われた言葉を無意識に呟いていた。 「『兵は詭道なり』・・・戦の場ではこれを決して忘れてはなりません」 ブリーフィングの途中でニムバスはアムロとバーニィにそう切り出した。 「あ、ええと、それは確か、ゲラート少佐も良く言われていた言葉です。 意味まではその、良く判らなかったんですが・・・」 アムロが振り返るとバーニィもしきりと頷いている。ニムバスは少しだけ顔を綻ばせた。 「簡単に言えば、正攻法で攻めるよりも、敵のコントロールをこちらで握ってしまえ・・・といった意味です」 「コントロールって、敵MSにリモコンでもくっ付けるん・・・じゃないですよね・・・すみません・・・」 すぅっとニムバスの目が細まったのを見て、慌ててバーニィは首をすくめた。 「MSに乗っているのは人間。戦艦や戦闘機などの兵器を操っているのも人間。 突き詰めれば敵は人間なのです。人間には感情や欲望があります。これを揺さぶり、こちらの思う様に動かす。 これが『兵は詭道なり』の真髄なのです」 「感情や欲望を揺さぶる・・・」 「人間には喜怒哀楽そして恐という五つの感情と、食・性・名声・財産・趣味という五つの欲望があります。 これらを刺激してこちらの術中に嵌めてしまう訳です。それにはまず、物事の上辺だけで無く、裏まで見抜く洞察力が肝心。 まあこれは別に、戦場に限った話ではありませんがね」 ニムバスの話はなかなかに奥が深そうだ。 「む、難しそうですね・・・」 「もちろん簡単ではありません。しかし例えば人間は理解不能な状況に陥ると思考が一瞬停止してしまうものです。 リスクを伴う事もあるでしょうが、これを利用すれば敵の平常心を失わせ、貴重な時間を稼ぐ事ができるかも知れません。 逆もまた真なり。常に不測の事態に備えていれば、敵に隙を突かれる事は無いでしょう」 アムロとバーニィは真剣な顔でニムバスの話に聞き入っている。 「 そして『兵に常勢無し』つまり戦場では常に周囲の状況に気を配り、臨機応変に動く事が肝要であり『兵は神速を尊ぶ』・・・迅速・機敏に行動しろという事なのです・・・」 アムロはちらりと2機のザク改が姿を消した崖の稜線を確認した。 彼等の作戦は既に、次善策であるプランBの第二段階に移行したのだ。今しばらくは、敵の目をこちらに引き付けておく必要がある。 ニムバスの言った『兵は詭道なり』・・・ 建前だけとは言え小隊の指揮官として、実践するのはこの場面以外、有り得なかった。 446 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/07/07(水) 12 10 25 ID UqfbXj6Y0 [4/8] 「出ました!奴の正体は・・・RX-78XX【ガンダム・ピクシー】です!」 「ピクシーだと!?」 突如出現した謎のMSを素早く解析しデータ照合していたゲランが焦った声でエイガーに報告する。 「どうやら連邦軍が我々とは別ラインで極秘裏に開発したらしい陸戦MSの様です!こんなRXシリーズがあったなんて・・・!」 続けてデータを読み上げるサカイの声も戸惑いを隠せないでいる。 果たしてこれ以外にも彼等の知らない【ガンダム】が連邦軍の兵廠にはゴロゴロしているのだろうか。 「例の試作艦への輸送任務が中断され、その後行方不明となった・・・としかデータには記載されていません!」 「そんなMSが何でこんな所で俺達に砲口を向けているんだ!?」 「判りませんっ・・・!取り敢えずデータ送ります!」 「くそっ!!GC2!GC3!散開だ!リンク攻撃を掛けるぞ!!」 「「了解!」」 部下に迎撃を命じたエイガーだったが、彼はここで重大な判断ミスを犯していた。 MSに搭乗した感覚は戦車のそれとは全く異なる。 理詰めで攻撃を行なう砲術は冷静にならざるを得ないが、自らの体躯と同様に自在に動けるMSは、自由度が高い分、目の前の戦いに没頭しやすいのだ。 彼は自分でも気が付かぬうちに熱くなり、俯瞰的な視野を逸していたのである。 「何っ・・・!?」 そのエイガーの目が驚愕に見開かれる。 RX-78XX【ガンダム・ピクシー】は、大胆にもバズーカを抱えたまま丘を蹴ってアスファルト敷きの道路に音も無く着地すると、何とこちらに向かって歩き出し始めたではないか。 3機のMSに背を向けて逃げ出すでもなく、横に回り込もうとするでもなく、ただ正面から悠然と歩み寄って来るのだ。 これは、戦場でのセオリーに当て嵌めてみても到底信じ難い行動であった。 「な、何だあいつ!?舐めやがって!」 激昂するゲランの声も、得体の知れない恐怖を誤魔化す為に異様に甲高くなっている。 「データによると奴は接近戦を得意とするMSのようだ。奴を近づけさせるな!!攻撃開始!」 「りょ、了解!」「了解です!」 エイガーの指示に従い、砲撃を開始した3機だったが、ゆっくりと歩き来ていたMSが、物理法則を無視したかの様に突然真横にスライド移動し、彼等の放った砲弾を全て避けてしまったのである。 その素早さは見る者の網膜に残像を残し、まるで分身でもしたかの様に見えた。 「な!?何だ今の機動は!?」 まるでバケモノでも目撃したかの様な大声をゲランは上げてしまった。 宇宙ならばまだしもここは地上なのである。MSのあんな動きは教練でも習わなかったし、今までに見た事も聞いた事も無い。 「足底バーニアとメインスラスターをステップジャンプに組み合わせて一時的に擬似ホバーの様に使用したんだ! 怯むな!撃て!撃て!」 実は地上走行用のホバースラスターはマドロックにこそ装備されている。 しかし今ピクシーが行った瞬間移動ばりの動きは、重量級のマドロックには到底不可能なものだろう。 徹底的に機体を軽量化し、アポジモーターを増設したピクシーは恐るべき瞬発力を持つに至った様だ。 しかし、そんな暴れ馬の様な機体を使いこなし、マニュアルには無い機動をこなしても一切機体バランスを崩さないでいる敵パイロットの操縦センスの方にこそ計り知れないものがある。 自らの背中に結露した冷たい汗を気取られまいとエイガーは僚機に必死の指示を出す。 しかし各人とも焦りの為か照準がぶれ全く砲弾を命中させる事ができない。 2度3度と砲撃を繰り返すも不規則なスライドホバーで移動する敵MSに、ビーム砲すら当たらないのだ。 いかに強力な攻撃であっても、当たらなければ何の意味もなさない。 移動する敵に砲撃は当て難い。武器が全て単発式であった事も災いしていただろう。 ・・・とは言うものの、あまりの当たらなさに3人のパイロットは愕然とする。 447 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/07/07(水) 12 11 18 ID UqfbXj6Y0 [5/8] 「何故だ・・・何故当たらん!?」 こんな馬鹿なとエイガーが目を凝らすと、ピクシーは直線と曲線を織り交ぜた動きで幻惑し、こちらの砲撃タイミングと照準を微妙にズラしているのだという事に辛うじて気が付いた。 こちらに仕掛けて来る訳でもなく、明らかに敵は何らかの時間稼ぎをしているのである。 しかしそれが判っても、現状の彼等には目の前の敵をどうする事も出来ないのだ。 エイガーは幼い頃に見た、悪戯好きの悪魔に為すがまま翻弄され続ける哀れな人間達を描いたコメディ映画の1シーンを思い出していた。 ふざけるなとエイガーは頭の中から不吉な想像を振り払うと全神経を集中し、ビームライフルでピクシーの足元を狙い撃つ。 それは敵の動作をエイガー特有の観察眼で分析し「次の動き」を予測した必中の一撃だった。 にも関らず、何とピクシーはステップジャンプ中に不自然に右膝を高く上げ、その下にビームの斬光を通したのである・・・! 「まさか!?」 エイガーは今度こそ恐怖した。 偶然か!?いや敵は完全にこちらの攻撃を予測して、避けているとしか、考えられな――― と、ピクシーの足元から煙幕状のものが勢い良く立ち上り、その機体を覆い隠してゆく。 その煙は雨上がりの追い風に乗って、たちまち周囲に薄闇の如く広がり、マドロックやジムキャノンの周りを薄ぼんやりと覆い尽くした。 「な・・・今度は何だ!?何なんだよ!?」 「神よ・・・白き悪魔から我を守りたまえ・・・!」 泣きそうな声でサカイが、擦れた声でゲランが叫ぶ。 これは以前アムロが多対一のMS戦用に用いた戦法をアレンジしたものだったのだが、もちろん連邦のパイロット達がそんな事を知る由も無い。 今や完全に、連邦の誇る3機の新型MSが、たった1機のMSに翻弄され、呑まれてしまっているのだ。 「慌てるな!スモークディスチャージャーかグレネードだ!パッシブ・サーマルセンサーに切り替えろ! データを共有・・・」 しかしエイガーの言葉が終わらぬその時突然、薄靄の中にいたピクシーがバズーカを撃ち放ったのである。 弾は明後日の方向に飛んでいったが掴みどころの無かった敵が突如牙を剥いた姿に、連邦のパイロット達は動転した。 「うわああっ!?撃って来た!?」 怯えた声を上げたのはゲランである。 「慌てるな、あんなメクラ撃ちは当たらん!サーマルセンサーで敵の居場所を捉えるんだ!」 エイガーをはじめ3人の連邦パイロットはMSでの戦闘はこれが初めてであった。 戦車とは勝手の違う操縦感覚は、彼等を徐々にパニックに陥れようとしている。 エイガーはそれに必死で抗う様に眼前のセンサーモニターを凝視した。 「!」 「エイガー少尉!目の前です!!」 サカイに指摘されるまでも無く、エイガーは真っ直ぐこちらに飛び込んで来る熱源体をセンサーで捉えていた。 恐らく敵はスモークに紛れて一気に近付き近接戦闘を仕掛けるつもりなのだろう。 「ポイント距離20・・・10・・・5・・・馬鹿め!マドロックを見くびるな!!」 マドロックは咄嗟に左手でビームサーベルを引き抜くと、ジャストのタイミングで前方に踏み込み思い切り横に薙ぎ払った。 ズシュッという何かを断ち斬った確かな手ごたえが操縦桿越しに伝播する。 砲撃用MSのマドロックであったが、接近戦を見据えた武器も抜け目無く装備していたのである。 初めてエイガーは歯を見せて笑った。 「調子に乗りすぎたな!貴様など、俺とマドロックの敵では・・・」 しかし、マドロックの足元に音を立てて落下したのは、真っ二つに切り飛ばされたハイパーバズーカ「のみ」であった。 エイガーの笑い顔が眼を剥いたまま凍りついて固まる。 ロケット弾を使用するハイパーバズーカは砲弾を発射した直後は砲身が過熱し熱を佩びる。 ピクシーのパイロットはスモークを焚いて視界を奪い、投げ付けたバズーカの熱をこちらのセンサーに捉えさせ自身の代わり身として使用したのである。 エイガーの全身を戦慄が貫いた。 ならば敵の本体は・・・今 ど こ に い る の だ !? 448 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/07/07(水) 12 11 50 ID UqfbXj6Y0 [6/8] 「エイガー少尉!?」 「動くな!これは奴の罠だ!動けば奴のパッシブソナーで居場所を知られるぞ! 油断するな!こちらも敵の動きを探れ!! 相手は1機だ、最悪でも誰かが攻撃を受ければ残りの2機で敵を撃破できる!」 「り、了解!」「何てことだ・・・」 エイガーの指示に部下の2人も事態を察し、冷汗を浮かべてセンサーモニターを凝視する。 一分が過ぎ・・・二分が過ぎても・・・視界を遮るスモークの中、敵の動きはまだ無い。 しかし今この瞬間にもあの得体の知れないMSが背後に現れるかも知れないのだ。 経験の浅いMSパイロットにとって、その恐怖感たるや筆舌に尽くしがたいものがある。 疑心暗鬼に駆られた彼等は、知らず知らずのうちに集中力を極限まで絞り込んでいた。 だがその時――― じりじりと張り詰め硬直した時間を解きほぐすように、雨雲の切れ間から太陽の光と共に一陣の風が戦場を吹き抜け、薄雲の様なスモークをエイガー達の周囲から完全に吹き散らした。 ピクシーの姿は、どこにも無い―――――― 「おおお神よ・・・!?」 信仰深いゲランが天を見上げ、恐ろしげな物を振り払う様に胸の前で小さく十字を切る。 「て、敵はどこだ!?」 「ロストしました!ゲラン!?」「こ、こっちもです!」 サカイの呼び掛けに我に返ったゲランが神への祈りを中断して慌てて応じる。 「そんな筈は無い!敵はまだ近くに潜んでいるぞ!捜すんだ!!」 慌てて周囲をエイガーと2人の部下は警戒するが、まるで先程のスモークと同様、霧か霞の如く消えてしまったMSを再び捉える事はできなかった。 まさか逃げ出したのかと訝るエイガーの耳朶を、その時通信アラームが激しく叩いた。 『エイガー少尉!!敵襲です!敵のザクが後方の車両を!!』 「し、しまった!?」 突如割り込んで来たキャリアーからの通信に、エイガーは顔面蒼白となった。 目の前のピクシーに気を取られ、部隊の退避命令を出し損ねていたのである。 恐らく先程取り逃がした2機のMSは逃げ去ったのではなく、崖の尾根沿いに山の反対側に廻り込み、無警戒に停車していた部隊車両を襲撃したのだ。 エイガーは、敵MSを騙し討ちする為に味方車両を動かさなかった事で生じた大きな代価を、ここで支払うハメになったのである。 見る間に山の向こうからは連鎖する爆発音と無数の煙が立ち昇り始めた。 「やられた・・・・・・」 茫然自失となったエイガーが呟く。 彼が率いるこの長距離砲撃部隊は火薬と燃料の塊なのだ。隊列を組んで停車している所を爆破されれば誘爆が更なる誘爆を引き起こすだろう。 皮肉な事にこの隘路に入り込んでいた数台の車両こそ無事だったが、弾薬を満載した後方の補給車両が潰されてしまってはもう作戦通りの攻撃は不可能となってしまう。 ピクシーは完全に囮だった。奴はこちらのMSの動きさえ暫く押さえておけば良かったのである。 最初から本隊への襲撃は他のMSに任せ、ある程度の時間を稼いだらさっさと引き上げるつもりだったに違いない。 オデッサへの長距離支援というこちらの作戦行動を妨害する目的が達成されたならば、別に無理をして数的に不利なMS戦を挑む必要など無いのだから・・・! 449 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/07/07(水) 12 12 28 ID UqfbXj6Y0 [7/8] 夕焼けの中、再び雨が降り始めていた。 山間部に累々と横たわる残骸と化した車両を眺めながらエイガーは、オデッサ作戦において自分の役割が完全に無くなった事を実感していた。 人的な被害が最小限で済んだ事は幸いだったと言えるだろう。敵MSは的確にこちらの弱い所だけを突くと余計な殺戮をせず、旋風の様に引き上げたのだそうだ。 敵ながら見事な手際だと言わざるを得ない。 「白い悪魔め・・・!」 ゲランが命名したその名を悔しそうに呟いたエイガーは、それでも正直命拾いをしたという安堵感は拭えない。 あのまま敵のピクシーがスモークに紛れて本気で切り込んで来ていたら、自分達3人はどうなっていたか判らないのだ。 目を転じると、ゲランが身振り手振りを交えて大勢の仲間達に何かを説明している姿が見えた。 恐らく、今日を境に「白い悪魔」の名は瞬く間に連邦兵の間に広まる事だろう。 そして「赤い彗星」や「青い巨星」などと同様、その噂は恐怖と共に語り継がれる事になるに違いない。 「エイガー少尉、走行可能な車両に生存者を分乗させました。日が暮れる前に出発しませんと」 「・・・そうだな」 小走りでやって来たサカイの言葉にエイガーは頷いた。 これから彼等は来た道を引き返してソフィアにある中継キャンプ地に向かう。 意気軒昂だった行軍の時とは正反対の、消沈した敗残兵として仲間の元に帰還するのだ。合わせる顔が無いとはこういう事を言うのだろう。 「見ていろ・・・次はこうはいかない。俺はあの悪魔に必ず勝ってみせるぞ」 俯いていた顔を無理矢理上げたエイガーはそう言うと、ピクシーが消えた丘を睨み付けてから踵を返した。 彼等に降り注ぐ雨は、次第に強さを増して行く様だった。 .
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アムロ(Amuro)(CV:古谷徹) アムロ(Amuro)(CV:古谷徹) 【解説】 アーケードモード【台詞】 【解説】 ニュータイプ? 生年月日…UC0063年11月4日 血液型…型 身長…cm 体重…kg 原作搭乗機… RX-78ガンダム、RX-76ガンキャノン、RX-75ガンタンク、Gファイター 通称…アムロ 1stでの略歴 サイド7においてシャア少佐の部隊の襲撃に巻き込まれ、同地において開発されていたガンダムに乗り、これを撃退。 早くからニュータイプとしての資質を示し、以後ホワイトベースと共に地球圏へ降下した後、追撃してきたジオン軍精鋭部隊を次々に撃退する活躍を見せる。 ジャブローにて正式に少尉に任官され、ガンダムの正式なパイロットとなる。 再び宇宙へ上がったあとも数々の無双を見せる。 サイド6にてニュータイプのララァ・スン少尉と出会い、ニュータイプ同士として惹かれあったが、ソロモン宙域における戦闘で咄嗟にシャアを庇った彼女を誤って殺害してしまう。 その後ア・バオア・クー攻略戦においてシャアと交戦するが、セイラ・マスの仲介もあって和解する。 終戦後は軍民から英雄として扱われ、若くして大尉に昇進するが、ニュータイプを危険視する地球連邦政府により長期間にわたり軟禁生活を送る。 またララァを撃ち落したことによる悔恨の念に苛まれ、精神的にも打撃を受けていた。 詳細は原作Wiki?へ アーケードモード ステージ 搭乗機体 僚機 覚醒 ティターンズFルート#03(協力プレイ) ガンキャノン ガンダム[セイラ・マス] 強襲 ティターンズFルート#06 ガンダム[BR] ガンキャノン[カイ・シデン]+ガンタンク[ハヤト・コバヤシ] 機動 ティターンズFルート#09 ガンダム[BZ] ガンキャノン[カイ・シデン] 復活 ティターンズFルート#10 ガンダム[BR] Gファイター[スレッガー・ロウ]+ガンダム[BR][セイラ・マス] 復活 ティターンズFルート#EX ガンダム[BR] ガンダム[BZ][セイラ・マス]+ガンダム[HH][リュウ・ホセイ] 機動 ティターンズGルート#03 ガンダム[BZ] Gファイター[スレッガー・ロウ]+ガンキャノン[ハヤト・コバヤシ] 強襲 ティターンズGルート#EX ガンダム[BR] Zガンダム[BR][カミーユ・ビダン]+ZZガンダム[WBR][ジュドー・アーシタ] 強襲 【台詞】 選択時アムロ、行きまーす! 出撃デモアムロ、上手くやれよ。アムロ、行きまーす! 戦闘開始時アムロ、上手くやれよ。 これが戦場か… (僚機が) (CPU戦で敵機として登場時)アムロ、上手くやれよ。 攻撃そこだっ! 落ちろっ! うかつな奴め! 当たれっー!! (格闘)うぉぉぉぉ! (格闘)貴様っ! (格闘)いやぁぁぁ! サーチ(シャアをロックオン)シャア! 被弾時うわぁ!? ああっ!? うおっ!? こいつっ!? うっ!? (味方が誤射)味方です! (味方が誤射)何してる! (被撃墜時) し・・しまった! (被撃墜時) わーっ! (味方撃墜時)味方がやられたぁーっ! 回避時チィッ! 弾切れ時 敵機撃破時やったか!? 後は? 復帰時やったなーっ! 覚醒(強襲)逃がしはしない!! (復活)僕は・・・あの人に勝ちたい・・・! (機動)仕留めてみせる!! (敵覚醒時)何だ!? (僚機カイ・シデン時)「カイさん!」「アムロ!」
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539 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/10/11(火) 20 30 31 ID 5NDhsjEs0 [2/8] 過酷な日差しを大地に浴びせかけていた太陽がようやく中天より傾き、青い木馬隊が駐屯するキエフ鉱山第123高地に夕闇が迫りつつあった。 不眠不休のパイロットやメカニックマン達が慌ただしく行き交い、照明が夜昼の隔てなく煌々と灯り、整備音が絶える事無く大音量で響き渡る喧噪の傍ら、度重なる戦闘で疲れ切り、無言でひたすらに整備を待ち続ける手負いのMS達が屹立する格納庫の片隅で ―――その怒号は突如、捲き起こった。 「やめて下さい少佐!!」 「るせぇ!!ふざけた事を抜かしやがって!!」 胸ぐらを捕まれ有無を言わさず殴り飛ばされた少尉は、油にまみれた地面に転倒した。 足元にうずくまる小柄な少尉の背中を更に蹴飛ばすと、『少佐』と呼ばれた中年の男は、異様な光が宿る両目を揺らした。 「俺をなめるんじゃねえぞガキども!!どうしたオラァ!?」 そう叫びながら『少佐』と呼ばれた中年の男は周囲を見回すが、彼等を取り囲んでいる4人の兵士達は『少佐』を無視し、倒れている少尉に駆け寄った。 「・・・っきり言いましょうか」 「ああ?」 皆に助け起こされた少尉は口の端に滲む血を手の甲で拭いながら立ち上がると彼らの後ろ、格納庫の奥を完全に占拠している巨大な戦車を指差した。 ある種の捨て鉢な覚悟を決めたその態度を見て、彼らを取り巻く兵士達の顔が一斉にに引きつる。 「邪魔なんですよ、場所ばかり取るこの時代遅れのポンコツが・・・!!」 「ヒルドルブをポンコツだと貴様ァッ!!」 「ふん」 もう一度繰り出された『少佐』のスピードの無いパンチを、しかし少尉はひらりと掻い潜った。 本気を出せばこんなものさと言わんばかり、余裕の仕草である。 「これだけのスペースがあれば、外で野ざらしになっている整備待ちのMSキャリアーがもう一台は入れられる。 あの図体がでかいだけの戦車は、少佐専用の機体なんでしょう!? 俺は、屋根のあるこの場所をMSに譲ってもらえませんかとお願いしているんです!」 「お、おいもうよせ!相手は少佐なんだぞ!」 「構うかよ!!」 周囲の兵士に掴まれた腕を、完全に頭に血をのぼらせた少尉は強引に振りほどいた。 それとは対照的に、下官に暴言を吐きつけられた『少佐』の顔からは血の気が次第に引いてゆく。 しかし完全に上官侮辱に当たる言葉を浴びせられてはいても『少佐』はその手の決着は望んでいない様であった。 「俺の前でヒルドルブを邪魔者扱いか貴様・・・・・・殺されてえらしいな・・・・・・!」 「殺す相手が違うでしょう少佐」 噛みしめた歯の隙間から絞り出した『少佐』の掠れた声を、少尉の若く張りのある声がぴしゃりと遮った。 「我々の敵は連邦軍でしょう!だがあなたとあなたのヒルドルブとやらは、ここに来てからただの一度も出撃していない! 」 「!!」 電光に打たれたかのごとく『少佐』は目を見開き動きを止めた。 「なら整備だって必要ない!ここに置いておく必要も無い筈だ!! 見たら判るでしょう!?ここの格納庫に、戦闘を行わない兵器を仕舞っておく余裕なんてないんですよ!!」 開き直った少尉の口からまるで堰が切れたかのように、たまりに溜まった鬱憤が吐き出されてゆく。 こうなってしまったからには双方とも引っ込みをつける事ができないだろう。 恐らくこの糾弾はこのまま、何かしらの悲劇的なピリオドが打たれるまで止む事はないに違いない。 その場も誰もが、ぼんやりとそんな絶望的な結末を予感していた。 「俺達MS乗りが日増しにボロボロになっていく中、そうやってあなただけが・・・」 「そこまでにしておけ少尉、上官に対して口が過ぎるぞ」 しかし、突然真後ろから掛けられた静かな声に振り返った少尉は顔色を変え、あわてて服装と体勢を立て直すと最敬礼を声の主に向けたのである。 541 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/10/11(火) 20 32 04 ID 5NDhsjEs0 [3/8] 「ラ、ランバ・ラル中佐ッ!?・・・し、失礼致しました!!」 咄嗟に周囲の兵隊たちも彼に倣い、『少佐』を除いた全員が一斉にラルに対して一糸乱れぬ敬礼を向ける。 それほどまでに若きMS乗り達にとって【青い巨星】ランバ・ラルは畏敬すべき存在であり憧憬の対象そのものであった。 一方、自分に背を向けラルに敬礼する兵士達を見た『少佐』の顔は苦く歪む。 「この戦い、諸君らパイロット達には総じて苦労を掛けている。 これは全てワシの力不足ゆえの事。この通りだ」 「そんな!やめて下さい中佐!俺は別にそんなつもりじゃ」 【青い巨星】が頭を垂れるのを目の当たりにした若い少尉は震えながらソンネンに謝罪し、自らを深く恥じ入った。 「本当に申し訳ありませんでした。冷静さを失っていました・・・」 「この状況だ、無理もあるまい。 そのかわりと言う訳ではないが新たなシフトが組みあがったぞ。 これで少しは負担が減るはずだ。しんどいが、しばらくはこれで堪えてくれ。 今頃は分隊長に回っているだろう、各自後で確認しておけ」 「り、了解であります・・・!」 大げさではなく感激にうち震える少尉の肩越しに、ラルは何かを言いかけた『少佐』をさりげなく目で制した。 「ここはワシに免じて納めろデメジエール・ソンネン少佐。お前たちももう行け」 「は!失礼致します!!」 ソンネンに対する態度とは打って変わって尊崇の念に満ち満ちた敬礼をラルに向け直すと、件の少尉とその仲間達は揃ってその場を後にしていった。 「・・・腐るなソンネン」 「ゲリラ屋か・・・けっ・・・みっともねえ所を見せちまった」 そう言いながらおもむろにソンネンはポケットからプラスチックのケースを取り出し、そこから振り出した数粒のタブレットを口に放り込むとガリガリと音を立てて噛み砕いた。 「ソンネン、それは止められんのか」 「まあ、な。これがねえと、ちょっとな」 タブレットを見て眉根を寄せたラルにソンネンは頬を歪ませ、話題を変えた。 「ところで・・・いまさら何の用だ?俺を笑いに来た訳でもあるめえ」 「貴様を見込んで頼みがある」 「あ?」 意外なラルの言葉にソンネンの頭の奥で意識がぼんやりと拡散してゆく。タブレットを齧った直後はたいていこうなる。 542 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/10/11(火) 20 33 16 ID 5NDhsjEs0 [4/8] 「いよいよ決戦の時が近い。そこでだ」 ラルはまずそう切り出した。 ソンネン達のあずかり知らぬ事ではあったが実はつい先刻、危険度の高い隠密行動を単独で執っていた彼等の首魁たるシャア・アズナブルが、密かに青い木馬に帰還を果たしていたのである。 表向き、シーマ隊を引き連れてシャアは遊撃任務についている事になっている為、この快挙はもちろん公にする事はできない。 しかしこれを機に、ラルがゲラートと共に練り上げていたさまざまな戦術手が打てる様になったのだ。 「貴様にはMS隊の側面援護をやってもらいたい」 ラルの瞳が鋭く輝いている。教導隊時代に良く見た目だ。 その意味を察したソンネンの胡乱だった意識がみるみる覚醒してゆく。 「そうか、精密遠距離砲撃だな!?」 「この役割は貴様にしか任せられん。やってくれるか」 そのラルの言葉にソンネンの瞳の輝きが戻り、全身に生気が漲った。 「任せておけ!遂にこの俺とヒルドルブの出番が来やがった!!見ろ!!」 小走りで後方の戦車に駆け寄ったソンネンは、開いた手のひらをその装甲版に叩きつけた。 「これだ!モビルタンクだ!!貴様のグフにだってコイツは負けねえ!!」 「貴様の腕は知っている。その大口が決してハッタリでない事もな」 「当然だ!」 ランバ・ラルは一切の世辞と諂いの軽口を叩く事ができない一徹な漢である。 昔からの付き合いでそれを知るソンネンは、だから2人の立場に大きな差がついてしまっている現在も、彼の言葉で胸を張る事ができるのである。 「最高速度120キロ!主砲口径30サンチ!どんな相手だろうがこいつでぶっ飛ばしてやる!!」 「頼むぞ。431高地野戦基地にバイコヌールから新型の砲戦用MSがパイロット込みで2機届く手筈になっている。 隊長は貴様だ。彼らを率いて連邦軍の側面から手当たり次第に長距離砲撃をお見舞いしてやれ」 「おい、俺とヒルドルブだけでやれるぜ!?」 MSと聞いてソンネンの顔が曇ったが、ラルは軽く首を振った。 「いや、この作戦は敵の意表を突く初撃のみ有効・・・乱戦になったら2度目は無いのだ。 少なくとも小隊規模の砲撃は欲しい」 「チッ・・・判ったよゲリラ屋。ここのボスはお前だったな」 渋々ソンネンが了解の意を示すと、ラルの横へ赤毛の少年兵が息を弾ませて駆け込んできた。 「ラル中佐、輸送機の準備が整いました。後は兵器と物資を搬入するだけです」 「ご苦労。・・・ソンネン、431高地野戦基地には彼に送らせる」 あどけなさの抜けきれない華奢な少年兵を見てソンネンは一瞬顔を顰めたが、今の自分にあてがわれるのはまあこんな処だろうと小さくため息をついた。 「我がMS隊の若きエース、アムロ准尉だ。どうだ、いい面構えだろう」 「アムロ・レイです。よ、よろしくお願いします」 「准尉!?しかもエースだと?おいヤキが回ったのかゲリラ屋。若造を甘やかすんじゃねえよ」 少年兵の横でなんとなく相好を崩したラルを見てソンネンは急激に不安を覚えた。 【青い巨星】などと煽てられているうちに、さしものラルも衰えてしまった・・・とは考えたくない。 色を失いかけたソンネンはラルの真意を見抜くべく、眼前の少年をしげしげともう一度見つめ直した。 543 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/10/11(火) 20 34 58 ID 5NDhsjEs0 [5/8] 「それにしても若いな・・・学徒兵か」 「まあそのようなものだ。だが実力はワシが保障する」 「こんなガキの実力だと!? けっ・・・冗談キツイぜ。青い巨星様のジョークはさっぱり笑えねえや」 そんな悪態をつきながら必死で凝視するも、普段は決して軽口を叩かないはずのラルが珍しく冗談を言ったのを見たせいなのか、はたまた薬のせいなのかは定かでないが、どうにも上手く眼前に立つ少年兵の力量を推し測ることができずにソンネンは焦った。 底が知れない・・・と感じてしまったのは流石に見込みを違えているだろう。 まさか、教導隊時代にさんざん培った筈の勘も遂に錆びついてしまったかと背中を冷たい汗が流れ落ちる。 が、その時(待てよそう言えば)とソンネンは顔を起こした。 ジオンが以前志願兵を募った際、資産家のドラ息子がのっけから尉官待遇で後方の補給艦に配属された事例を目の当たりにした事があったではないか。 それだ。もしもラルの言う通りこのボウヤが准尉であるならば、そういった類の人物なのだとソンネンは決めつける事にした。 ここが最前線だというのが引っ掛かるが、万年兵力不足のジオンなら下手にMS適性が認められると、そんな事態も起こりうるのかも知れない。 そう思い至った途端、ソンネンの頭と胸に軋む様な痛みが疾った。 それを本当に必要としている者には与えられず、そうでない者が容易くそれ手にする・・・ 「全く、世の中って奴はトコトンひねくれていやがるらしい。まるでこの俺みたいにな」 誰に言うでもなくそう自嘲すると口元に歪んだ笑みを浮かべたソンネンは、再びプラスチックケースから振り出した数粒のタブレットを奥歯で噛み砕いた。 「・・・これか?ドロップだ、食うか」 「い、いえ、結構です」 またも疼きだした頭の奥を無視するようにソンネンは、訝しそうにこちらを見つめるアムロの顔から視線を外した。 「だいたいだな!なんでアムロが輸送機なんか飛ばさなきゃなきゃならないんだ? アムロはとびきりのMSパイロットだというのに!」 先程からそうやって憤りっぱなしのハマーン・カーンは頭の両脇に垂れたツインテールをぶんぶん揺らし、ぷんすかしながらメイ・カーゥインに食ってかかった。 544 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/10/11(火) 20 36 28 ID 5NDhsjEs0 [6/8] 「人手不足なんだから仕方がないじゃない。ニムバス中尉とバーニィがいないからアムロ小隊は休業中なのよ。 単独フリーのパイロットにはいろんな役割がまわって来るもんなの」 鉱山基地のほぼ中央部にあった岩場を広く平らに削って作られた簡易VTOL発着場。 そこへ駐機しているファットアンクル型輸送機の後方で、さまざまな大きさのコンテナを小型のフォークリフトでくるくると楽しそうに運びながら、ハマーンの問いにメイが答えている。 これはもちろん、今からこの大型ヘリコプターに搬入する為の補給物資である。 「・・・そう言えば、何でメカニックのメイがこんな作業をやっているんだ?」 「四六時中のべつ幕無しに機械いじりをしていると、たまには違う仕事をやりたくなるのよねー。 気分転換は必要だわ。コレなかなか面白いのよ、ゲームみたい」 メイが今やっているのは補給物資の仕分けである。 今回は弾薬などの軍事物資のほかに下着や女性兵士用の衣類などの生活物資を一纏めにして運ぶため、こういった輸送機に積載するまでの作業が必要となる。 不規則に空いた隙間にぴったりと形の違うコンテナが収まると、何とも言えず気持ちがいい。 「アムロが運ぶっていうモビルタンクとは、何だ?」 「うーん、簡単に言うとマニュピレータ付きの巨大な戦車ね。 MSが開発される以前に設計開発された大型戦闘車両と言えばいいかな」 矢継ぎ早に質問をぶつけるハマーンに答えながらもメイの動きは止まっていない。 手元の資料とコンテナのナンバーを確認しながら素早く行われるフォークリフトの作業は、もはや職人技に近い。 メイの極めて効率的で理論的な思考回路と天才的なその手腕は、こういった雑事においても如何なく発揮されているのである。 「MSの登場と入れ替わるみたいにして正式採用を見送られたって聞いてたけど、まさかここにあんなレアモノがあったなんて、初めて見たとき私も驚いたわ。 資料だけ見るとスペックは結構なものなのに、これまで出番が無かったのには何か理由があるんじゃないかな」 「ふうん」 自分から聞いたくせにあまり興味のなさそうなハマーンである。 フォークリフトの運転席からメイが顔をめぐらすと、ハマーンは大きなコンテナの上に座り、暮れゆく空を見上げながらつまらなそうに両足をぶらぶらさせている。 「アムロなら大丈夫よ。431高地なら輸送機でゆっくり飛行したって半日くらいで往復できる距離だもの。 モビルタンクと補給物資を送り届けたらすぐ戻って来るって」 「でも・・・あ、そうだ、その間に敵がいっぱい攻めて来たらどうするの?・・・いや、どうするんだ?」 思わずぽろりと飛び出したハマーン素の口調に笑いをこらえた後、確かにねえと呟いたメイは少しだけ考え込んでしまった。 シャア・アズナブルこそ帰還したものの、未だに殆どのパイロット達が青い木馬に戻って来てはいないのである。 そして表むきシャアの影武者を演じているライデンが他所にいる以上、迂闊にシャアもMSで出撃する事はできないだろう。 ちなみにシャアと共に行動していたニムバスも、青い木馬に戻らぬまま別任務に向かったと聞いた。 この上アムロまで青い木馬からいなくなってしまうという事態は、ハマーンでなくとも少なからず不安を覚える。 「今日の夜半までにはバーニィ達が戻る予定よ。明日にはライデン中尉とシーマ中佐の部隊もここへ帰還する事になっているわ」 「セイラ!」「むー!?」 補給物資のリストを挟んだバインダーを手にして現れたセイラ・マスにメイが意外そうな声を、ハマーンが敵意のこもったブーイングを向ける。 545 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/10/11(火) 20 37 47 ID 5NDhsjEs0 [7/8] 「何でここに?これぐらい私達だけでできるよ?」 「ご苦労様、私もアムロに同行して431高地野戦基地まで行く事になっているのよ」 「「えぇっ!?」」 メイとハマーンの声がハモッた。その状況は2人にとって寝耳に水である。 「物資補給のサポートは必要でしょう?」 「ま、まあそりゃそうだけど・・・」 フォークリフトを止めたメイは、地平線に迫る太陽を透かして風にさらりと流れるセイラの綺麗な金髪を見ながら上目使いに口ごもった。 それなりに煩雑な手続きを踏まねばならない補給作業を円滑に行う為には、確かにサブオペレーターの同行が望ましいだろう。 しかしそれでは、行きはまだしも帰りの機内はこのセイラとアムロ2人きりになってしまう・・・という事になるではないか。 見るからにセイラにメロメロのアムロと、それに満更でもなさそうなセイラが2人っっきりになった時、いったい何が起き―――― 「私も一緒に行く!」 頭の中でもやもやとした妄想を繰りひろげていたメイを我に返らせたのは、勢いよくコンテナを飛び下り、大地にしゅたりと仁王立ちしたハマーン・カーンであった。 ピクシー塗装用のだぶついたツナギを着たままである事を差し引いても、その姿はなかなかに勇ましい。 「私にもアムロの手伝いぐらいはできるぞ?」 「・・・駄目よハマーン、これは遊びじゃないの」 思い詰めた顔のハマーンを、しかし厳しい顔のセイラが諭す。 「そんなつもりはない!私は真剣だっ!」 「ならもう少し大人におなりなさい」 「ぐっ!ずるいぞ・・・!!」 睨み合う2人の真ん中に位置取るメイはセイラとハマーンの顔を見比べた。 セイラを下から睨み付けるハマーンの瞳が不意にきらと輝いた気がして目を凝らすと、幼いながら意志の強さを感じさせる大きな瞳にうっすらと涙の膜がかかっている。 しかし気丈なその姿からは炎の様なカリスマ性の片鱗がうかがえ、同性のメイすら一瞬ぞくりとした程だった。 セイラの美貌は言うまでもないが、あと5年も経てばハマーンも相当な美形に成長するであろう事は間違いがない。 年上のセイラがストレートな意味で発した言葉ではなかったかも知れないが、先程の彼女の言葉を心の中で反芻したメイもなんだか泣きたくなってしまった。 「・・・!」 結局ハマーンは眼の縁から涙が零れ落ちる前に踵を返しその場を駆け去ってしまい、気まずいままの2人は黙々と輸送機への搬入作業を再開したのだった。 しかし、走り去ったと見せ掛け、その実すかさずコッソリと戻って来たハマーンが、誰にも見つからない様に用心深く 搬入用コンテナの陰からそっと様子を伺っていた事を、この時点で2人の少女は全く気付いていなかったのである。 697 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/12/14(水) 20 23 14 ID 8CWY4psQ0 [2/7] ハモンは極めて渋い顔で困惑をしていた。 青い木馬に帰還したばかりのシャア・アズナブルが、ランバ・ラル、ゲラート・シュマイザーとのブリーフィングの後、自室に戻る途中で突然ミハルのいる食堂へ行くと言い出したのである。 かつてアンディが口にした【ミハルの料理を全ての兵士に】という提案はすぐさま実行に移され、現在ここキエフ第123高地基地に駐留している30程の部隊はローテーションで青い木馬の食堂に招かれ、誰もがミハルの手料理を口にできる機会を得ていた。 実際にその効果は覿面であり、兵達の士気がみるみる回復したと現場部隊を指揮するガイアやマッシュがわざわざラルに報告しに来た程であった。 その際、混乱が起きない様、部隊ごとに割り当てられる青い木馬での食事の順番やシークエンスは全てハモンがチェックし統括管理している。 つまり、ハモンの胸先三寸でシャアを非公式で彼等の中に紛れ込ませる事が可能なのだ。 どうやらこの要請、ラルとゲラートというキャスバル派の重鎮2人に全力で却下される事を避ける為、シャアは彼らが離れハモンと2人きりになるタイミングを見計らって切り出したらしい。 策士、ではなく姑息、と言えない事もない。 「どうかお控え下さい。今後どう事態が転がるか判らない以上、キャスバル様の素顔はできるだけ兵達に見せるべきではありません。 それを自ら集団の中に出向くなど、以ての外です」 「承知している。しかし、そうだな、この数日ろくな物を口にすることができなかった私は、まともな食事に飢えているのだ」 「それは判りますが・・・」 ハモンは顔を顰めた。これではただの駄々っ子である。 しかし無論、これがシャアの本意である筈がない。 「頼む。ミハルの姿が確認できればそれでいい」 食い下がるシャアの口からぽろりと本音が飛び出したが、ハモンは気が付かないフリをしてやる事にした。 「焦らずともあと数時間もすればミハルは仕事を終えます。 心配なさらずとも彼女にはキャスバル様が戻られた事は伝えてありますから、何も慌てて・・・」 「いや重ねて頼む。目立つ事はしない、部屋の隅で大人しくしているさ」 何も知らない立場であったなら、シャアのこんな迂闊な提案は絶対に容れられるものではなかっただろう。 しかし普段から良くミハルと行動を共にし、何くれとなくシャアとの事を聞き出していたハモンは事の成り行きこそ直接聞いてはいないものの、実は相当正確に2人の仲とその進展具合を察していた。 昔取った杵柄で、何気ない会話から相手の情報を引き出す手管は長けているハモンである。 そして最近のミハルが普段通りを装っている陰で、不在のシャアをどれだけ心配していたのかも知っている。 この様子を見る限り、恐らくそれは目の前のシャアも同じだったに違いない。 「・・・」 思案顔で黙り込んでしまったハモン。 忍ぶ恋、というものに彼女は弱い。女の立場が弱いケースは特にそうだ。 互いの無事な姿を、若い2人に一刻も早く確かめさせてやりたいという気持ちも芽生える。 果たしてそれは、無意識のうちに彼女自身の境遇を重ね合わせてしまうからなのかも知れなかった。 やがてハモンは無理を言う上官にではなく、聞き分けのない弟に対するような眼差しをシャアに向けつつ溜息をついた。 満ち足りた表情を浮かべた20人程の兵士達が名残惜しそうに退室するや、別の兵士達の一団が待ってましたとばかりに入れ替わり、瞬く間に場のテーブルを占拠してゆく。 1日2交代制で計40人分程の食事が振舞われる青い木馬の食堂は、本日も飢えたジオンの兵隊達で大盛況であった。 もちろん彼らのお目当てはミハル・ラトキエが腕を振るう最高の料理だ。 今やここに駐留するジオン軍人達は皆、青い木馬での食事を、正確に言うなら食事の順番がまわって来る日を心待ちにしているのである。 そして 渋るハモンをついに宥めすかしたシャア・アズナブルも、今はその喧噪の中にいた。 もちろん素顔の彼は一般兵用の軍服を着込み軍帽を目深に被っている。 698 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/12/14(水) 20 25 26 ID 8CWY4psQ0 [3/7] シャアは先程から帽子の庇に隠した視線で周囲を観察しつつ深い感慨を覚えていた。 青い木馬は、旗色が決して良いとは言えない戦場の最前線に配置されている。 なのにここに集う兵士達の明るい表情はどうだ。 普段は疲れ切った顔の兵士達が、ここではまるで別人のごとく明るくはしゃいでいるではないか。 当初青い木馬のクルーが想定していたよりも遥かにここは、彼らにとって殺伐とした戦場の只中において一息がつける貴重な場所となり得ていたのだった。 「全く前の奴らグズグズ長居しやがって・・・おっと見ねえ顔だな、新顔か?」 そう声を掛けてきたのは見るからに粗野で豪快、堂々たる体格をした兵士だった。 年の頃は30代の半ばあたりだろうか、髪が少々薄く無精ひげを生やしている。 身体からぷんとアルコールの匂いが漂って来るところからして、あまり品行な兵士ではなさそうだ。 襟章を見れば彼が中尉だという事が判る。 「は、第2次降下作戦の生き残りであります」 上等兵の襟章を付けているシャアがさらりと口にしたのは勿論フェイクであったが、やろうと思えば彼は自らが扮している架空の人物の生い立ちやここに至るまでの経緯を簡単に説明する事もできる。 もちろん件の詳細な架空の人物設定は、完璧主義者のニムバスの手によるものであった。 「おーそういや昨日増援がキャリフォルニアベースからこっちにって話だったっけかな? ま、ご苦労なこったぜ」 しかし中尉はそう言っただけで特にそれ以上の詮索をせず、食堂に設置された長いテーブルの隅を指差しシャアに着席を促すと、自分もその隣にどっかりと腰を下した。 「なら、ここの食事は初めてだろう」 「はあ」 シャアとしては、曖昧に返事をするしかない。 「最前線(ここ)に送られた自分はツイてねえ、そうしょぼくれちゃあいねえか? どっこいそうじゃねえのさ。 お前ツイてるぜ。その理由が聞きたいか?」 消沈して俯きがちな新兵を励まそうというベテラン兵の気概を感じてシャアは僅かに目線を上げた。 この中尉は見かけによらず優しく世話好き、なのかも知れない。 「・・・是非お教え願いたいものであります」 笑みを浮かべて身を乗り出したシャアの問いに、中尉はポケットから取り出した金属製の小型ウイスキーボトルに口をつけて一口煽ると、手の甲で口を拭ってからニヤリと笑った。 「ここで出る最高のメシを食う事ができるからさ! なあ!ここのメシは、今や俺たちの活力源、いいや、生命線だよなあ!?」 「ああ、ミハルの作る料理はヤバイ薬なんぞより、よっぽど戦いの恐怖を忘れさせてくれる。 緊張と疲労で死にかけていた奴も、ここのメシを食って体調を戻した」 周りを見渡した中尉の問いに、シャア達の斜向かいに座っていた目つきの悪い兵士が片眉を上げると、その隣に座る真面目そうな兵士も頷いた。 「ええ、どんな事があっても生きて帰って、またここで食事したいと思わせてくれますよ」 彼らの言葉に聞き入るシャアの右肩に、後ろから厳格な雰囲気を醸す壮年の兵士ががっしりと手を置き、顔を近づけながら強いジオン訛りで囁いた。 「俺達にここを解放して下さったシャア大佐には皆感謝してるんだ」 「・・・!」 思わず表情を無くしたシャアが振り返らずにいると、後ろの兵士はシャアの肩をポンポンと2回叩いて言葉を継いだ。 「この艦だきゃあ、死んでも守らねえとってえ気になる。きっとお前さんもな」 正体がばれていた訳ではない事を知ったシャアが安堵して身体の力を抜くと、更に後ろから若い別の兵士が立ち上がった。 699 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/12/14(水) 20 26 20 ID 8CWY4psQ0 [4/7] 「補給も満足によこさねえオデッサの末成り(うらなり)なんざどうなろうが構やしねえがよお!」 途端に一同がブーイングを発し、同時に親指を下に向けた。 オデッサの末成りとは言うまでもなく総司令官たるマ・クベ大佐を指しているのだろう。 揮下の部隊や物資を何かにつけて出し渋る彼は、一般兵からはすこぶる評判が悪い。 「最悪、この艦とミハルだけは無事でいてもらわんと、文字通り俺らオマンマの食い上げだあな!」 ガハハと笑うお調子者らしき兵士の軽口に、一転して場にいる全員が口笛と共に拍手喝采を贈る。 「ミハルって誰だ」 「馬鹿野郎知らねえのか、ここの食事は全部ミハルってえ娘が拵えてるんだ」 「へええ、そいつぁ是非とも嫁に欲しいモンだな」 騒ぎの陰ではそんな会話もちらほら聞こえて来るが、一方のシャアはというと次第に胸中に湧き上がる不可思議な感覚に困惑しきりだった。 ミハルがジオン兵達の間で高く評価されている事はいい。 しかし何故だか、一般兵の間から気安くまろび出た彼女の名前に何とも言えない苛立ちを覚えるのだ。 かつて味わった事のない、もどかしいこの感覚。 これは一体何なのだとシャアが焦慮したその時、一同がひときわ大きく沸いた。 厨房に通じるドアからエプロンを締めた数人が列をなして現れ、料理を満載したワゴンを壁に沿って一列に並べ出したのである。 このエプロン姿の兵士達はミハルを手伝う為に各部隊から抽出された臨時の輜重隊であった。 簡単に言えば調理助手、助っ人である。 厨房で調理するミハルを手伝う一方、こうして給仕も行う。 良く見ると、その中にはフェンリル隊の一員シャルロッテ・ヘープナー少尉の顔もある。 兵士達は総立ちだ。先程の中尉が堪らずに声を掛ける。 「待ちかねたぜ!今日のメニューは何だ?」 割れがねを思わせる大音量で響き渡ったその場にいる全員の気持ちを代弁するがごとくの問い掛けに、シャルロッテも負けじと良く通る綺麗な声で叫び返した。 「大粒チーズ入りのクリームシチューと黒胡椒ベーコンを焼きこんだパン、それからフライの甘酢ソースがけ!!」 「うおお全部くれ!」 「こっちにもだ!!」 熱狂的、いや爆発的な盛り上がりで兵士達は次々と席を立ち、ラックから配給食用のプレート・トレーを抜き取るとそれぞれ手に取った。 「じゃあまず、こちらの班から順番に並んでちょうだい。食事は十分にあるから慌てないで。そこ、走らない!」 厳格なシャルロッテは例え上官といえど容赦がない。そして誰もここでは彼女に逆らわない。 何故ならばある意味、輜重隊は軍の中で最強序列だからである。 出されるものが飛び切りの料理とくれば尚更だった。 それにしても、華奢な彼女の指示に荒くれ兵隊達がいそいそと文句ひとつ言わず従う様は、何ともユーモラスな光景である。 兵士達は湯気の立った料理が仲間達のトレーに満たされてゆくのを大事そうに見つめながら列を少しづつ進み、やがて食べ物が満載された自らのトレーを抱えて席に戻ると思い思いに食べ始める。 待ちに待った兵士達、至福の瞬間であった。 しかし、シャア一人だけは列をなして並ぶ兵士達を呆然と見つめ、後方で立ち尽くしている。 どんなに目を凝らしてみても、給仕隊の中に肝心のミハル・ラトキエの姿がないのである。 急いでシャアはトレーを携え列に並び、シャルロッテの前まで来たところで彼女に小さく声を掛けた。 突然の事に目を剥いて仰天したのはシャルロッテである。 700 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/12/14(水) 20 27 09 ID 8CWY4psQ0 [5/7] 「た・・・!?」 手にした金属製の杓子を危うくシチュー鍋の中に取り落としそうになったシャルロッテは、みるみる怒りの表情を形造ると器用に小声で怒鳴った。 『・・・大佐!?こんな所で一体何をなさっているんですかあなたは!』 「そんな事よりミハルはどこだ。姿が見えない様だが」 シャルロッテは数秒の呆けた様な沈黙の後、再び眉をきりきりと釣り上げると、目の前の上官を叱りつける様に口を開いた。 『料理を作り終えると、どこかに、届け物があるとかで!』 意表を突かれた顔でシャアはシャルロッテを凝視した。 『後を私達に任せ、焼き上がったばかりのパンをいくつか抱えて飛び出して行ってしまいました。 まあこの給仕だけなら我々だけでもできますから』 「そ、そうだったか・・・」 帽子の庇を片手で少し引き下げ目線を隠すと、ばつが悪そうにシャアはそのまま列から離れた。 強引な行動が裏目に出たせいなのか定かではないが、どうやら彼らは完全に行き違ってしまった様である。 明らかに落胆した様子のシャアは、彼の心の内を知らぬシャルロッテを振り返りもせず急ぎ足で自分の席に戻った。 「中尉、宜しければこちらもどうぞ」 「ん?何だ食わねえのか、急用でも思い出したか?」 突然シャアに手つかずの料理が乗ったプレートを差し出された中尉は面食らう。 「はい」 「どんな用事か知らんがこれを食ってからでも遅くはねえんじゃねえのか?」 「いえ、私にとっては何よりも優先される事ゆえ」 「ほお」 はたと食事の手を止めてシャアの顔を下から覗き込んだ中尉は、にやりと相好を崩した。 「手前ェさては女絡みだな?」 下卑た笑いと共に小指を立てる中尉にシャアは苦笑しながらまたも軍帽の庇を引き下げた。 たいしたものだ。 人生のベテランらしい気配りと洞察力、そして何よりずば抜けてカンが良い。 この中尉は間違いなく腕利きのパイロットであろうとシャアは確信した。 「参りました。ご明察、痛み入ります」 「けしからん野郎だ、さっさと行っちまえ。こいつは有難く頂いておく」 何某か思うところがあっても、あえてしつこく問い詰めないところもいい。 「は、お先に失礼します」 敬礼して下がりながらも、シャアは彼と彼の周囲に集う兵士の姿を目に焼き付けておくのを忘れない。 優秀な人材は喉から手が出るほど欲しい。 機会があればこの中尉を擁する部隊を、そっくり引き抜いてやるとしよう。 「おいミーシャ、独り占めはないだろう」 「へへへ大尉、こいつは早いもん勝ちですぜ」 そんな声を後ろ手に聞きながらシャアは足早に食堂のドアをくぐり抜けた。 「わざわざありがとうミハルさん。それじゃあ遠慮なく」 ミハルから大きな紙の包みを受け取ったアムロは、笑顔でそれを横のセイラに手渡した。 包みからは香ばしい焼きたてパンの香りが漂っている。 彼らの後方には暖気を終えた輸送機ファット・アンクルが地平線に姿を消した太陽の残滓で黒くシルエットを作り、緩くローターを回しながら待機している。 既にヒルドルブと物資の搬入は完了し、後は離陸を待つばかりの状態だ。 彼らに同行するデメジエール・ソンネン少佐は搬入されたヒルドルブの中に籠り、最終調整に余念がない。 701 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2011/12/14(水) 20 27 41 ID 8CWY4psQ0 [6/7] 「シャア大佐にも届けに行ったんだけど、姿が見えないんだ。 だからこっちに先に来たってわけさ。出発に間に合って良かったよ」 「とてもいい香り。後でゆっくり頂くわね。ソンネン少佐もきっと喜ぶと思うわ」 そう言うと偏屈そうなソンネンの顔を思い浮かべたのか、セイラはアムロと顔を見合わせて小さく笑った。 「そうだ、そう言えばハマーンがまだ戻って来てないんだけど、どこに行ったか知らないかい?」 「ハマーンが?」 心配そうなミハルの様子に、驚いた顔でもう一度顔を見合わせる2人。 「実は・・・我儘を言ったハマーンを少しだけきつく叱ってしまったの」 「そ、そうなんですか?」 申し訳なさそうに目を伏せるセイラにアムロは狼狽えた。 「もしかして、メイの所にいるんじゃないかしら? ほら、最近あの2人はとても仲良しみたいだし」 「そうですね、ハマーンの行きそうな所と言えばそこかな・・・」 ―――しかし、結局・・・そこでもハマーンは見つからず、ミハルは無駄足を踏んでしまうことになる。 その後、ハマーンを探している最中にシャアと再会を果たしたミハルは、それを喜ぶ間もなく『ハマーンはセイラに無理な同行を申し出ていた』というメイの証言と 「そういやあ・・・何か女の子が搬入コンテナ開けてたのを見たぜ、小さいハッチ付きの奴」 という、当時このヘリポート付近で作業していた兵士からの目撃情報を得て真っ青になるのであるが・・・それは今より少し先の話であった――― 「判った、それじゃ今から行ってみるよ。あんた達も気を付けて行っておいでよ」 一陣の風が吹き付け彼らの髪を弄ったのを契機にアムロとセイラは輸送機に乗り込み、ミハルは彼等の離陸を見送ると踵を返し、不安そうな面持ちでハンガーへとひた走った。
https://w.atwiki.jp/amuroinzion/pages/25.html
【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part5別館-2 385 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/10/29(木) 21 14 56 ID /DfUl1eg0 今にも泣きそうな面持ちのナナイ・ミゲルが06R-3Sの最終調整が行われているハンガーに到着したのは「模擬戦」が行われる一時間前の事だった。 通常ここは彼女には無縁の場所であったが、ゼロがこのMSに搭乗する以上、彼の調整はギリギリまで行なうべきだとするナナイのたっての希望が受け容れられたものであった。 ナナイは元々サイド6においてNT研究の傍らフラナガン博士が提唱していたサイコ・コミュニケーター(通称サイコミュ)の開発に携わっていたメンバーであり、 この施設でも施設の代表者だったマガニー博士の元、主に重力下におけるサイコミュの研究を担当していた。 (NTは緊張状態に置かれると≪感応波≫と呼ばれる特殊な波動を発し、これが周囲のミノフスキー粒子を振動させ、遠くまで伝播させるという特性がある。 その現象を受信、増幅してNTパイロットの意志のままに兵器を操らせようというシステムがサイコミュである) この施設では当初、ここに運び込まれる機動兵器に試験的にサイコミュを搭載し、重力下(水中も含む)における運用の可能性を研究する予定だった。 その為にここには、大型のミノフスキー粒子発生装置までが設置されていたのである。 しかしここで技術的な壁が立ちはだかった。 計画を強力に推し進めていたマガニーの予測に反し、サイコミュを地上(水中)で運用している既存の兵器に搭載できる程に小型化する事がどうしても叶わなかったのだ。 この時代のサイコミュシステムは「手探り状態」での開発が否めず、あまりにも大型に過ぎたのである。 結局、地上兵器にサイコミュを搭載する事は断念されてしまう。 サイコミュ搭載用の機動兵器は形状やサイズに制限の無い空間用のMAに絞られる事となり、 失意のマガニーはフラナガンに協力し開発体制を整える為に地上での研究成果を手に、宇宙へと上がったのであった。 一方クルスト・モーゼスは、独自の概念で研究を続けていたEXAMが、サイコミュのノウハウを一部システムに組み込む事によって飛躍的に運用効率がアップする事を発見してからというもの、 それまでの「施設の異端児」という汚名を返上するかの様に、サイコミュの研究に最も熱心に取り組む研究者となっていた。 彼にとってサイコミュの完成度が高まる事は、ひいてはEXAMの完成度を高める事に他ならなかったのである。 しかし、機関の方針としてはあくまでもサイコミュ研究が主導であり、いわばEXAMは副次的な産物に過ぎない筈であった。 だがそのある種偏執的とも言える研究姿勢はマガニーの目に留まり、サイコミュと平行したEXAMの研究が許され、今回暫定的とは言え施設の責任者の地位を手に入れる事ができた。 こうしてマガニーの不在を契機に、地上施設での研究はクルストを中心としたEXAMシステムの開発にすげ替わったのであった。 クルストはサイコミュの技術主任であるナナイを遠ざける形で、部下のローレン・ナカモトを中心にEXAMの特別開発チームを編成していた。 ナナイが気付いた時には試作システムは既に完成しており、NTの被験者が生体接続されるのを待つばかりの状態となっていたのである。 386 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/10/29(木) 21 16 46 ID /DfUl1eg0 被験者には、つい先日、ハマーン・カーンが選ばれた。 鎮静剤と代謝抑制剤、そして睡眠導入剤を投与され、虚ろな眼差しでシステム内のシートにぐったりと横たわった12歳の少女が、 研究員の手によって無機的にシステムに接続されて行く様子を、ナナイはモニターでただ見ているしか無かった。 直接EXAMには関わりの無いナナイは、現場に立ち会う事も許されなかったのである。 やがて全ての接続が終わり、ハマーンの横たわる棺桶に酷似した形状のシステムの外装蓋が閉じられた。 小さく外装に開けられた楕円形の窓からは被験者の顔が確認できる造りになっている筈だったが、 小柄なハマーンの顔は彼女の周囲をのたうつコードとパイプに埋まり殆んど見えなくなってしまう有様であった。 今、その様子を思い出し、慙愧の思いでナナイは顔をしかめる。 EXAMはサイコミュ以上に人間をマシンの一部と見做す忌まわしいシステムだった。 ポテンシャルは極めて高いが不明な部分も多く、起動した場合、どんな事が起こるのか全くもって予想が付かない。 クルストは自信満々だが、不測の事態が引き起こされる可能性は極めて高いとナナイは踏んでいた。 そして、クルストが、まるでその不測の事態を「待ち兼ねている」かの様に見えるのは、うがち過ぎだろうか・・・ 387 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/10/29(木) 21 17 48 ID /DfUl1eg0 ナナイの前には今、ジオン軍の一般兵が身に付けるパイロットスーツを着込んだ赤毛の少年がいる。 彼はこの後、後方に屹立する06R-3Sに乗り込み、恐るべきEXAMを搭載した08-TXと極めて実戦に近い模擬戦を行うのだ。 ≪極めて実戦に近い≫という注釈が付くのは、他でもないクルストがわざわざそう宣言したからである。 まさか実弾を使用するとは思えないが、クルストが何を考えているのか判らない以上、予断は許されない。 08-TXのパイロットのニムバス・シュターゼン大尉は苛烈な性格のエースパイロットだと聞かされた。 凶悪で不安定なシステムに手加減を知らない性格のパイロットが搭乗するのだ。 模擬戦とは言え、幾らなんでも相手が悪すぎる。 しかも間の悪い事に、少年の乗る06R-3Sはスペシャルチューンが施されてしまっている。 これはナナイが捏造したシミュレーション・データを元に機体の反応速度を80%も高めたもので、通常の人間ではとても扱えるシロモノでは無いのである。 反応が速過ぎて、戦闘速度では、まともに走ることすらままならない筈だ。 まさに虚構のNT専用機。 現在ここでNTだと認定されているハマーンですら、このMSは持て余すだろう。 このMSを自在に乗りこなせるとしたら、それは言葉は悪いが一種の「化け物」であると言えるのでは無いだろうか。 目の前のあどけない表情を残した少年には、望むべくも無い―― 「・・・ごめんなさい、ゼロ。私達、あなたに何て言えば良いのか・・・」 震える手でボードに挟まった資料を握り締めながらナナイは少年に詫びた。 この島に存在するMSが、予定通りこの一機だけだったならば、戦闘速度で機動させる必要など無かった。 通常兵器に対して睨みを効かせているだけで、MSという最強兵器の意味は十分にあったのだ。 しかし、ドアンと練り上げたその脱出計画は完全に歪められてしまった。 勇気を持って計画に参加してくれていたこの少年は、想像の範疇を超えた危険な戦いに挑もうとしている。 しかもその危機は全て、ドアンとナナイがお膳立てしたものに他ならない。 だがナナイは、この期に及んでこの少年に更に残酷な依頼をしなければならなかった。 彼女はそれを伝える為に、どうしてもここに来る必要があったのである。 「でも、もうここしかチャンスは無いの。私達は機を見て例の作戦を実行に移します。 だから・・・あなたには・・・」 だから、あなたにはなるべく時間を稼いで貰いたい。 あなたには、子供達がドアンの手引きで脱出するチャンスを何としてでも作り出して貰わなければならない―― そう、言わねばならなかったナナイは唇が震え、どうしても言葉を継ぐ事ができなかった。 そんなムシの良い頼みが、どうして出来るというのだ。 06R-3Sは機動性を高める為に徹底的な軽量化が施され、内部の装甲板が相当に抜き取られてしまっている。 例え模擬弾であっても至近距離でコックピット周りに一撃を食らえば操縦者はただでは済むまい。 少年は、自分の命を守る事で精一杯になる筈だ。 それどころか・・・・・・ 「大丈夫ですよ。ナナイさん」 俯きかけた自分に向けて掛けられた若々しい声に、ナナイは驚いて顔を上げた。 その声は、目の前の少年が発した物だと改めて気付いた彼女は瞠目する。 「ゼロ・・・あなた、声が・・・!」 「ごめんなさい。本当は数日前から回復していたんです。 でもドアンさんが『余計な事を喋らずに済むから、たとえ咽が治っても出来るだけ声が出せないフリをしておけ』って」 屈託無く笑う赤毛の少年に、こちらを責める色は微塵も無い。 そうだったのと答えながら、ナナイは彼の顔をまじまじと見つめてしまった。 「例の計画、詳しくドアンさんに船の中で聞いています。予定通りに実行するんですね」 「・・・そうよ。取っ掛かりは違っちゃったけど、私達にとって千載一遇の機会である事に違いは無いもの」 でも・・・と言い澱んだナナイに、少年はちらりと後方のMSを見やってからまた笑顔を向けた。 「このMS、今までに乗ったジオンのMSの中で、一番しっくり来るかも知れません。 何だか、そう感じるんです」 「え?ジオンのMS?・・・えっ?・・・あなた一体・・・」 慌てたナナイに苦笑しながら少年は、落ち着いた仕草でヘルメットを手に取った。 「上手くやって見せます。任せておいて下さい。それから」 ヘルメットを手馴れた様子で被りながら少年はナナイに目を向ける。 「僕の名前はアムロ。アムロ・レイです」 照れ臭そうに言いながら少年はバイザーを閉じ、呆気に取られているナナイの前で踵を返すと、 暖気を終えて彼を待つ鋼鉄の巨人に向けて歩き出した。 442 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/06(金) 18 09 36 ID AsqfvSt60 全身が蒼く塗装され、両肩に装備されたスパイクアーマーだけが真紅に彩られたニムバス・シュターゼン大尉の操る 08-TX[EXAM]【イフリート改】が、揮下の屍食鬼隊が操縦する同型の2機を従えて施設の中庭に設置された大型リフトから現れた時、 模擬戦の相手である06R-3S【先行試作型ゲルググ】は既に対峙する所定の位置に付いていた。 「成る程。話には聞いていたが、確かにザクとは全く違うフォルムだな」 ジオン本国では現在急ピッチで高性能な次期主力MS【ゲルググ】を開発していると聞く。 その新型MSの残滓が相手のMSからは濃厚に漂っている。ニムバスは面白くも無さそうに鼻を鳴らした。 「こけ脅しです。ニムバス隊長の腕前ならばあんな奴、問題無く一蹴できます」 通信機に割り込んで来たクロード中尉の言葉に、ニムバスの眉根が跳ね上がった。 「黙れ!ヒヨッコの分際で余計な軽口を叩くな!」 「し、失礼しました、お許し下さい・・・!」 恐縮して黙り込んだクロード機を見て、ニムバスは微かに溜息を漏らす。 彼の部下となる屍食鬼隊員として配属されたクロードとクローディアの兄妹は、投薬と暗示による精神操作、 脳外科手術等での≪調整≫を受けており、ザビ家と屍食鬼隊の隊長であるニムバスに対して絶対的な崇拝と服従を刷り込まれていた。 しかし彼らの兵士としての実力はお世辞にも高いとは言えず、促成栽培でMSの操縦法を叩き込まれただけの彼らでは、 実戦では恐らく敵の良いマトになるのが関の山だろうとニムバスは睨んでいた。 だが彼らはそれぞれ配属時に中尉と少尉の階級を与えられた為か、無根拠の過剰な自信に満ち溢れており、実力主義のニムバスにしてみれば「度し難い」と苦々しく感じていたのである。 兄妹はクルストの実験によって他者との共感をシャットアウトされてしまった為、敵に対して極めて冷酷に振舞える兵士になった、そうだ。 クルストはそう言って誇らしげに笑っていた。 だが、当たり前の話だが【相応の実力が伴わねば、敵に対して冷酷に振舞える状況が作り出せない】ではないか。 常識で考えれば、その思考回路が狂っている事が判るだろう。 こんな欠陥兵器を作り出して悦に入るクルストの様な頭でっかちの輩を、ニムバスは唾棄すべき存在だと断定している。 しかし、今は耐えねばならない。 栄光の戦場に返り咲く為に、である。 その為には、半人前の兵士の育成も、愚にもつかないシステムのモルモットの役割も甘んじて受けようではないか。 そう考えながらゆっくりと08-TX[EXAM]の歩を進めたニムバスは、自らのヘルメットに繋がった何本ものケーブルを忌々しそうに見やった。 ケーブルはヘッドレストを介して後方にある何やら怪しげな装置に接続されている。 この装置を取り付けた為に08-TX[EXAM]の後頭部は通常のものより肥大してしまったと聞く。 そして彼のヘルメットも、現在は跳ね上がっているフェイスガードがシステム起動時には下がり、顔全体がすっぽりと覆われてしまう独特の形状をしている。 「貴様らはここで命令があるまで待機だ。くれぐれも勝手なマネはするなよ」 「了解」「了解です」 2機のイフリート改を下がらせたニムバスは歩を進め、06R-3Sの正面に08-TX[EXAM]を移動させた。 「EXAMか・・・」 ニムバスが呟いた瞬間、中庭と隣り合った施設の建物を隔てる様に、地中から高さ20メートルもの破防壁が次々とそそり立ち、完全に建物と中庭を分断した。 弾性の異なった超鋼スチール合金製の金網が三重に張られたこの防壁は、ザクマシンガンですら撃ち抜く事は不可能な強度を誇る。 ジオンの秘密施設であるここには、非常事態に備えて数多くの仕掛けが施されており、これもその一つであった。 やろうと思えば施設全体を同様の防壁で囲む事が可能だが、今回はその一部分を作動させたのである。 「フン。これで施設への被害を気にせず心置きなく戦えるという訳か」 既に施設に設置された発生装置から濃密に散布されたミノフスキー粒子が電波を遮断し始めた。 ニムバスのヘルメットのフェイスガードが作動し、ゆっくりと彼の顔を覆い隠してゆく。 一時的に視界を奪われた彼の背中を我知らず、一筋の汗がつたう。 得体の知れない新システムでの戦い。百戦錬磨のニムバスにしても、やってみるまでは判らない。 ニムバスは心得ていた。自信と過信は、違うのだという事を。 449 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/08(日) 20 27 29 ID cK9npAl.0 MSを仰臥状態で搭載できるサムソントレーラーの巨大な荷台は、例えMS-06 を積載していても十分な余裕がある。 しかし「この荷物」はいささか何時もとは勝手が違った。 規格が合わない固定器具は何の役にも立たず、応急処置としてワイヤーとベルトで荷台に括り付けてあるだけだ。 それにしても「これ」は06と比べて一回り大きく、遥かに重い。運転しているコズンはさぞかし冷汗をかいている事だろう。 現在このトレーラーは可能な限りのスピードでアムロとハマーンがいるという施設に急行しているのである。 「流石にシャア大佐の情報網は正確だったな。 このMSが動かぬ証拠となり、クルストの息の根を止める事ができるだろう」 クランプはそう言いながら、眼下に横たわる規格外のMSを眺めた。 彼とバーニィはサムソンのペイロードには乗らず、万が一の時に備えてトレーラーの荷台にいるのである。 荷台にはMSごとすっぽりと幌が掛けられており、物騒なその外観を申し訳程度に隠している。 これがある為に2人とも、地中海特有の強烈な日差しに焼かれる心配は無い。 「連邦軍が密かにクレタ島に侵入していて、あんな廃工場でこんなMSを組み立てていただなんて・・・ 話を聞いていても、この眼で見るまでは信じられませんでした」 「どうやらパーツごとに小分けして持ち込み、あそこでは最終的な組み立てだけを行い、クルストの亡命に合わせて陽動作戦を行うつもりだったらしいな。 廃工場の提供者、船舶での運搬と、こいつはかなり大掛かりな仕掛けだ。 こんなマネは民間の中にも多数の協力者がいなきゃとても出来ない相談だ。厄介だな」 「所詮、ジオンは侵略者なんですね・・・」 ポツリと漏らしたバーニィの一言には答えず、クランプは両手を頭の後ろに組み、幌がなければ見えているであろう筈の青空を振り仰いだ。 コズン・クランプ・バーニィを含むシャアを筆頭にした小部隊が、彼の部下に監視させていた連邦軍の秘密駐屯地を襲撃したのは今から数時間前の事だった。 シャア指揮による要所を押さえたその電光石火の制圧に、少人数の連邦兵はなす術が無かった。 殆んど抵抗らしい抵抗もしないまま全ての連邦兵は捕虜となり、彼らが組み立て終えていたMSも無傷で鹵獲する事ができたのである。 このMSはクルストが亡命を企み連邦軍をこの島に引き入れた十分な証拠となる。 現在シャアの部下が拘束している捕虜の証言(自白)を合わせれば、クルストの逃げ道は無いだろう。 本来ジオンのMSを運搬するサムソンに連邦製のMSを操縦して積載したのはバーニィだった。 彼は以前アムロの為に連邦とジオンのMS比較性能表を作成した事があり、その際に連邦製MSの操縦マニュアルにも眼を通していたのである。 とは言え、流石にその機動はぎこちない物ではあったが、まがりなりにも敵のMSを動かすスキルを披露した事で、彼の株は大いに上昇したのであった。 450 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/08(日) 20 28 25 ID cK9npAl.0 「後はコイツを情報部の連中とクルストのクソ野朗に突きつけてやりゃあ、余計な血が流れずに済むかも知れねえ。 後は時間との戦いだ」 「それなんですが・・・」 「ん?どうした」 言い澱むバーニィに不審そうにクランプが目を向ける。 そう言えば、クランプから見ても最近ずっとバーニィの様子は変だった。 何かに考え込む様な仕草が頻繁に見られ、彼特有の溌剌さが見られなくなっていたのだ。 「シャア大佐の事です」 「・・・!」 バーニィは眼を合わせない。 「今回、シャア大佐は、目的の為には子供達の犠牲も厭わないと言っていましたよね」 「・・・」 ゆっくり、ぎこちない程ゆっくりとクランプは眼をバーニィから逸らし、正面を向くと黙り込んだ。 「それとシャア大佐は・・・アムロが海で奴等に拉致されたかも知れないって事・・・ 感付いていらした筈なのに・・・クランプ大尉達がやって来るまで、俺達に何も話しては下さいませんでした」 「・・・」 「もしあの時、大尉達が来て下さらなかったら・・・ 状況が変わらなかったらシャア大佐はたぶん・・・俺達に何も言わず、地中海にお戻りになって」 「やめろ!」 咄嗟にバーニィの言葉を遮り腰を浮かせそうになったクランプは、慌ててトレーラーの荷台に座り直した。 息が荒い。普段冷静なクランプが動揺している。しかしバーニィはあえてクランプを見る事はしない。 「キャスバル・レム・ダイクン・・・ジオンの正当なる後継者。 俺達の、本来の従うべき指導者・・・でも・・・」 「・・・」 「俺は、いや俺達は、もしかしたらとんでもなく冷酷な、それこそザビ家と変わらないくらいに冷酷な」 「もうやめろ!」 横に座るバーニィの胸倉を掴んで引き寄せたクランプは目を寄せる。 バーニィも初めて彼の眼を正面に睨み返した。 「お前に何が判る!こいつはラル中佐や俺達の悲願だったんだよ! いいか、二度と・・・!」 その時、胸元を掴まれたまま何かを言い掛けたバーニィを遮る様に、傍らに置いてあった通信機の呼び出し音が鳴り響いた。 サムソンの操縦席からである。 クランプは慌ててバーニィを離し、イヤホンを耳に当てた。 「どうした・・・何っ!?了解だ!」 何があったんですと眼で問い掛けるバーニィに、クランプは深刻な顔を向けた。 「前方のフラナガン研究施設から戦闘音確認。どうやらMS同士がドンパチやっているらしい」 「な、何ですって!?それじゃあ・・・!」 「糞ッたれ!一足遅かったって事か!」 荷台の淵まで這いずって移動したクランプは幌の隙間から前方を覗き見る。 山の尾根沿いにある施設の向こうから土煙が上がっている。 こちらから戦いの様子は見えないが、あれは明らかにMSが高速機動している時に巻き起こるものだ。 「バーニィ!お前は念の為コイツの中で待機してろ!最悪の場合は出撃もありうるぞ!」 「む、無理ですよ!?」 「無理でもやる時ゃやるんだよ!」 とんでもない事になってしまったと言いながら、それでもバーニィは幌の中を伝いながら鹵獲したMSに近付いて行く。 クランプはそれを見届けながらまた幌の外を見やった。 施設の建物が近付くにつれ、明瞭にマシンガンの発射音が聞えて来た。 幼い子供達が大勢いる筈の建物を震わせて断続的な発射音が鳴り響いている。 きっと子供達は怖がっているだろう。可哀相に―― 我知らずそう考えたクランプは、無意識のうちに拳を握り締め顔を歪めていた。 487 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/15(日) 13 14 29 ID yaqlXUMQ0 突如脳内に流れ込んで来た情報の奔流に、ニムバスの身体は激しく硬直した。 そのあまりの圧力に彼は発汗し、血圧と心拍数は急激に上昇する。 頭部を完全に覆うヘルメットの中で息苦しさを感じたニムバスは大きく口を開け舌を突き出し空気を求めるが、うまく深呼吸する事ができない。 それどころか、指一本自由に動かす事ができないと判ると、そのまま意識が薄らいでゆく事にニムバスは恐怖した。 「馬鹿な・・・私は・・・ジオンの騎士・・・・・・」 それが、彼が意識を喪失する寸前に発する事が出来た精一杯の言葉だった。 敵MSの手にしたマシンガンの銃口がいきなり上がり、模擬戦開始の合図が発せられる前に発砲された瞬間、アムロはすでにシールドを構え終えており、きっちりとした防御姿勢でその一掃射をブロックする事ができていた。 それは、当初から目前の敵MSの醸し出す雰囲気の異常さを感知し、その挙動に細心の注意を払っていたアムロだったからこそ防げた不意打ちであった。 「くっ・・・!やはり撃って来たかっ!」 強烈にコックピットを揺るがす衝撃に耐えながら、アムロは食いしばった歯の隙間から怒りの言葉を絞り出す。 しかし予測していたとは言え・・・これはまさに手段を選ばぬ「敵意」と「狂気」の発露であった。 ぞっとする程の執念をはらんだ害意に、皮膚が粟立ちチリチリと総毛立っているのが判る。 08-TX[EXAM]はまるで、あざ哂う様に機体を揺するとマガジンを撃ち尽くしたマシンガンを06R-3Sに向けて投げつけ、ヒートソードを引き抜きそのまま一足飛びに切り込んで来た。 飛んで来たマシンガン本体をシールドで咄嗟に跳ね返したアムロは、シールドが動いた一瞬の間隙を狙ってコジ入れられて来たソードの凶刃を06R-3Sが手にしていたマシンガンの銃身の背部で滑らせるように受け流し、、相手の身体ごと横に弾いた。 体勢を崩された08-TXは一瞬無防備な背中を晒したのも束の間、すかさず空いている左手でもう一本のヒートソード抜き放ち、切っ先を06R-3Sに向けて払う様に振るった為、アムロはそれ以上追撃する事ができなかった。 ちらりと補助モニターで確認すると06Rー3Sのマシンガンの銃身はソードの高熱に晒された為に溶け崩れている。 アムロは躊躇なく一発も撃たぬまま使用不能となったマシンガンを投げ捨て、試作型ゲルググの背部に一本だけ装備されたビームサーベルのグリップを引き抜き手に取った。 ビームの刃はあえて発生させない。 エネルギーの節約、それだけが目的ではない。 タイマン勝負中の敵に、わざわざこちらの間合いを教えてやる必要など無いのだ。 実体の無いビームの刃は変幻自在のトリッキーな戦法が可能なのだという事を、ヒート系の武器が標準装備のジオン製MSに多く搭乗したお蔭でアムロは改めて気付く事ができたのだった。 本来06R-3Sに装備されていた白兵戦用武器はヒートサーベルであったが、鹵獲したガンキャノンのビームライフルとガンダムのデータを解析する事でビームライフルと共にビームサーベルの開発期間が大幅に短縮された。 これにより、試作品のビームライフルを扱える様にジェネレーター出力を1390KWにまで強化していた06R-3Sにも、完成したばかりのビームサーベルを装備する事ができたのである。 ちなみに現在アムロ機が手にしているこれは、開発中のMS-14にも同型の物が装備される予定の純正品であり、同時期に開発されていたYMS-15【ギャン】用に開発されたビームサーベルと比べ格段に高い完成度を誇っていた。 488 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/15(日) 13 16 02 ID yaqlXUMQ0 それにしてもとアムロは冷たい汗を背中に感じる。 敵の動きは尋常ではない。その内部の人間の存在をまるで省みていないかの様な瞬発機動。 不意打ちにより無理矢理相手の隙を作り出す強引な戦法。 明らかにコックピットを狙ってきた容赦のない攻撃。 恐らくNT用に強化されたこの機体でなければ、先ほどの攻撃は受け切れなかっただろう。 だが何よりも気になるのは、一刻も早く、全てを、自らの操縦者すらをも、破壊し尽くしてやろうとする強烈な殺意の波動。 「・・・相手パイロットはもう一人いるのか・・・?」 直感から思わず口をついて出た言葉に、アムロは慄然とした。 対峙しているMSに乗り込んでいるパイロットは傀儡! この違和感、そう考えれば、全てに辻褄が合う。 瞬間、アムロの目の前の景色が切り替わった。 戦闘濃度で散布されているミノフスキー粒子とEXAMの一部に使用されているサイコミュが、 NT達の感応力を劇的に引き上げていたのである――― 瓦礫の中に血に塗れた傷だらけの女の子がしゃがみ込み、泣いている。 アムロはすぐに、この少女こそが目の前のMSの真の操縦者なのだと理解した。 どこか見覚えのあるその少女は、全身を苛む痛みから逃れようと、周りにあるもの全てに憎悪を剥き出しにしていた。 それはまるで、道端に打ち捨てられ、死にかけた子猫のように。 『消えろ・・・!消えろ・・・!みんな、私の前から消えて無くなれっ・・・!』 少女は周囲の全てを、壊そうと考えていた。 全てを、自分を、全部壊せば、この痛みが消えるかも知れないから。 その時、少女の目がふいに上がり、こちらを向くと生身のアムロを見据えた。 『何故・・・!?何故お前は消えない・・・?』 自分を不思議そうに見上げる少女を怯えさせない様に、アムロはゆっくりと近付いてゆく。 『君を助けに来たんだ』 『嘘だっ!近付くなぁっ!』 闇雲に突き出されて来たヒートソードの切っ先をシールドの縁で横に払いながらアムロは冷静に相手の出方を観察していた。 ビジョンの中での少女との会話は実際の時間では0.1秒にも満たなかっただろう。 アムロは本来の意味で目の前のMSを操る少女と、幻影の中で会話しながら、現実で行われているMS戦闘も同時に行っているのである。 敵MSを操縦している筈のパイロットは意識を喪失しているのか、その気配は微塵も感じられない。 MSの動きは完全にあの少女の感情とシンクロしている所を見ると、恐らく少女がパイロットの肉体を操ってMSを操縦させているのだろうと思える。 そうだとすれば、やり方はある筈だ。そう祈る様に決め付けたアムロは、もう一度意識を集中させた。 『嘘じゃない!僕は本当に・・・!』 『もう騙されないぞ!騙されるもんか!お父様も!フラナガンも!クルストも!ナナイも!嘘つき!みんな大っ嫌いだ!!』 少女の絶叫と共に神速の速さで繰り出される二刀流ヒートソードによる斬撃を、シールドをずたずたに切り裂かれながらも06R-3Sは全て躱してみせた。 必殺の攻撃を避けられた少女が驚いた様に身を竦ませる。 『そんな・・・!今のを躱すなんて・・・!』 『僕たちは、本当に君やこの施設の子供達を助けたいと思っているんだ! 嘘だと思うなら、もっと深く僕の中に入ってみろ!』 『うぅっ・・・!』 肩口から突進して来た08-TX[EXAM]のスパイクアーマーに引っ掛けられたシールドを遂に跳ね飛ばされた06R-3Sは態勢を入れ替えると、頭部に装備されたバルカン砲で牽制しながらバックステップで距離を取った。 『どうした?身体が、痛むのかい?』 『うるさい!うるさい!うるさぁいっ!!』 二刀を振り回し、遮二無二斬りかかって来た08-TX[EXAM]に対し、遂に06R-3Sはビームサーベルの刃を伸ばし4合を交えた末、右手のヒートソードによる斬撃を鍔迫り合いの形でがっちりと受け止めた。 しかしその為に、2体のMSは完全に動きを止める結果となった。 少女が哂う! 『馬鹿め! これで終わりだっ!』 容赦無く、がら空きのボディに水平斬りに叩き込まれて来た左手のヒートソード。 しかしアムロは06R-3Sの持つビームサーベルグリップの反対側からもビームの刃を発生させ、これを受け止めたのである! 『な、何だと!?』 驚愕する少女に構わず06R-3Sはそのままグリップ両端にビームの刃を発生させた【ビーム・ナギナタ】を両手で旋風の様に回転させると、08-TX[EXAM]の左手のサーベルを横に弾き、右前腕部をその手に握るサーベルごと斬り飛ばした。 489 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/15(日) 13 16 42 ID yaqlXUMQ0 『あっ・・・!』 『そうか、君は・・・!』 その機体同士が密着した一瞬、アムロとハマーンは同時に思い出した。 2人はこれが初対面では無かったのだという事を。 あの日、寒々としたラボで、ハマーンはアムロと擦れ違い、そして助けられた。 赤毛の少年は無言だったが、その手はとても温かく力強かった事を覚えている。 その暖かい掌の持ち主が、もう一度こちらに、力強い手を差し伸べて、また自分を助けると言ってくれているのだ! 驚きと共にそう安堵した瞬間ハマーンは、何の抵抗も無くするりとアムロの意識の中へ入る事ができた。 『ナナイとドアン・・・』 『そうだ。みんなを助ける為に命を懸けている。僕だってそうだ』 全てを理解したハマーンの頬に、今まで流していた涙とは質の違う涙が新たにつたう。 それと共に、彼女の内面を侵食していた全ての物に向けた敵愾心が陽炎の様に薄れてゆく・・・ 「むっ!?何故だ!何故EXAMは停止した!?」 その時研究室では、模擬戦の様子をモニターを凝視していたクルストが大声を上げていた。 まるで先程までの激しい戦いが嘘だったかの様に、画面の中では2機のMSがお互いにもたれ掛かるような体勢のまま、動きを止めてしまっている。 アムロとハマーンの精神邂逅など知る由もないクルストにとって現状は、突然EXAMシステムが全く動作しなくなったとしか映っていない。 バグ!?いや、そんな事は有り得ない。EXAMが起動を拒否しているとでも言うのだろうか。 「クルスト博士!システム内の生体ユニット・・・ハマーン・カーンの意識が戦いを拒んでいる模様です!」 「役立たずの小娘が・・・!」 ローレン・ナカモトの報告にクルストは舌打ちした。 時間が無いのだ。見るものを見届けたら急いで準備に掛かる必要があると言うのに、少なくともEXAMの再起動を確認してからでなければ、この場を離れる事ができないではないか。 「構わん!ハマーンの身体に電流を流せ!苦痛と恐怖を、怒りの衝動に変えるのだ!」 「判りました!」 ひとかけらの逡巡も無く、ナカモトは弱電流のスイッチを入れる。 その瞬間、EXAMシステムのカプセルに収められた少女の肢体がびくんと跳ねた―― 498 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/15(日) 19 42 17 ID yaqlXUMQ0 ハマーンを拷問の如く苛む苦痛が再び襲い始めた事を、彼女と半ば意識を共有していたアムロは鋭敏に感じ取っていた。 『なんて事を・・・!どうすれば君を助ける事ができる?』 『このMSの頭部を壊して・・・!お願い!!私をここから解き放って・・・!!』 『判った!それが君の望みなら!!』 強がりの仮面を脱ぎ捨て、哀願するハマーンの残像を網膜に焼付けると、アムロはスライドさせる様に機体を素早く擦れ違わせ、後方に向けてビームナギナタの切っ先を突き出した。 ビームの刃は正確に08-TX[EXAM]の後頭部から前頭部だけを貫き、モノアイの部分から一瞬、ビームの刃を覗かせた【イフリート改】は、そのままつんのめる様に前方に倒れ、動かなくなった。 08-TX[EXAM]のキャノピーは前開き式である。パイロットの生死は不明だが、頭部を破壊され片腕を失ったMSの体がうつ伏せになっている為、単独での脱出は困難だろう。 アムロは深く息を吐き出し、瞬間、残心を解く事ができた。 「クルスト博士!ニムバス機が完全に沈黙しました!」 「口程にも無い奴!だがやはり、これが、ジオンのMSの限界なのだ・・・!」 暫し瞑目するクルスト。 ジオンのMSに見切りを付けて連邦に亡命する。 クルストが密かにそう決意したのは、鹵獲された木馬に搭載されていたRX-78【ガンダム】のデータを目の当たりにしたからだった。 MS開発の分野においては後発である筈の連邦が開発したMSが、明らかにジオンのそれを凌駕していたのである。 そしてジオンのMSに比べRX-78は、その発展性や未来性をも容易に推測できる程のポテンシャルを秘めていた。 EXAMを搭載するMSは性能が高ければ高い程良い。 いや寧ろ、高くなければ折角のEXAMシステムが十分にその力を発揮できないのだ。 ここでの実験における不甲斐無い結果は、ある意味クルストの考えが正しかった事を証明したのである。 何せ敵は旧人類の共通の敵ニュータイプだ。 整った環境と潤沢な研究資金さえあれば、EXAM研究を完成させる場はジオンでも連邦でも構わないとクルストは考えていた。 「私の選択は、やはり正しかったのだ。 だがゼロめ・・・!NTめ!その名前、決して忘れんぞ!」 クルストはコンソールからデータチップを抜き取るとナカモトに、素早く眼で指示を出した。 それに頷いたナカモトは、待機中であるクロード・クローディア兄妹の搭乗している予備機の08-TX[EXAM]のシステムを、密かにBモードで起動する。 「な・・・何だこれは!?」 「お兄様!?身体が勝手に・・・ぐぅっ・・・!?」 突如勝手に動き始めた機体に驚く2人だったが、やがて先だってのニムバスと同様に脳内に止め処なく流れ込んで来る情報に身体が硬直し、常軌を逸したG、そして遠心力に振り回された挙句、2人ともやがて意識を喪失するに至った。 EXAMはまだ沈黙していなかった。ハマーンの苦痛により増幅された狂気のコントロールがこの2機により再開されたのである。 2機の08-TX[EXAM]はまず、眼下に展開している生身の警備隊員を文字通り、蹴散らした。 驚いて逃げ出す者には容赦なく携行しているマシンガンから実弾を浴びせ掛ける。 何が何だか判らぬままに味方である筈のMSに襲われた施設員達はパニックに陥り、その場はたちまち阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。 Bモード、すなわち≪システム暴走≫である。 便宜的に暴走などという表現を使用してはいるが、これは操縦者による一切の入力を受け付けず、敵味方関係無しにシステムが停止するまで破壊と殺戮を行なわせる様に意図的に仕組まれたプログラムであった。 コントロールは不能だが、システムは苦痛を与え続けているハマーンと接続されている為、その戦闘力は驚異的なものになる。 これは、一時的に施設内を大混乱に陥らせる為にクルストとナカモトが共謀して仕掛けた『置き土産』であった。 「データ回収は完了した。行くぞ」 「お供いたします」 ここでやるべき事はもう無い。 既に狂った様に暴れ始めている2体の08-TX[EXAM]の対応と各所からの問い合わせに大わらわとなった研究室のスタッフに「すぐに戻る」と声を掛けてから、クルストはナカモトと共に研究室を急ぎ足で退出し、迅速に所定の場所に向かうのだった。 そして、彼らは二度と、ここへ戻る事は無かったのである。 515 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/18(水) 20 47 45 ID QiJkzDOo0 クルスト・モーゼスによってEXAMの実験から実質的に閉め出された格好のナナイ・ミゲルは、ハンガーからアムロの搭乗した06R-3Sを送り出すと直ちに子供達の元に駆け付けていた。 今、彼女のいる食堂ではそれぞれに不安そうな表情を抱えた少年少女達が、暴れるMSの巻き起こす地響きで断続的に揺らされる食堂で恐ろしげに身を寄せ蹲っている。 地面から持ち上がり施設と中庭を二つに切り分けた分厚い特殊合金製の金網が張られた防壁。 しかし今その金網は、突如荒れ狂い出した2体のMSが激突した事によって大きく撓んでいる。 現在そのうちの1機とゼロ、いや「アムロ・レイ」の搭乗したMSは激しく交戦を繰り広げている。 先程の模擬戦で目の当たりにしたアムロの操縦技術は驚嘆に値するものだった。 しかし、アムロ機と戦っていない残りの一機は施設に対しての無差別破壊を継続している。 万が一、防壁が突破され、MSの攻撃に直接晒されたとしたら、この建物などひとたまりもないだろう。 そんな事になる前に、子供達を全て避難させる必要がある。 中庭に面した食堂で、鉄格子の嵌まった窓から外の様子を見ていたナナイは遂に決断した。 「ミハル、ララァ。今から言う事を良く聞いて欲しいの」 「なに?」「・・・」 脱出の準備を整える為にドアンが不在の今、全てを話し協力を求められるのは年長者のこの二人しかいない。 しかしナナイは、いかにも機転の利きそうなミハルの瞳と思慮深く落ち着いたララァの双眸を見て、何故だか奇妙な安心感を覚えるのだった。 「今、ドアンがあなた達をここから脱出させる準備を整えています。 彼が戻って来るまでに施設の中にいる子供達を一人残らずここに集めておきたいの」 その思いがけないナナイの言葉に、驚いて顔を見合わせるミハルとララァ。 だがすぐに状況を察したミハルは明るい表情に変わり、決意を込めた視線で向き直った。 「判った。ここにいない子供達を、手分けして連れて来ればいいんだね?」 すぐにミハルはその場にいる子供の数を数え、足りない人数は3人で名前はケンとジャックとマリーだとナナイに告げる。 「ナナイさんはそっちのドアから出て遊技室とトイレを回ってみて。 ケンとジャックは多分遊技室にいると思うんだ。 マリーは恐いとトイレに長く閉じこもるクセがあるから」 ナナイはミハルがここ数日の間に、約50名もいる子供達の顔と名前、それどころか行動パターンまで把握してしまっている事に驚いた。 22歳の自分より、遙かにしっかりしているのでは無いだろうかと彼女は密かに焦りを感じる。 「ジル。ミリーとここの子供達を頼むよ。みんなおとなしく待っているんだ、いいね」 「わかった」「うん」 ミハルの指示に、彼女の弟と妹は素直に頷く。 516 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/18(水) 20 49 03 ID QiJkzDOo0 「ナナイさん。あたし達は念の為にあっちのドアから出て寮室の方を手分けして見て来るよ。ララァ、行こう!」 「気をつけてね!あ、でも無理はしないで!危ないと感じたらすぐに戻るのよ!」 ナナイの言葉に手を挙げて答えたミハルはララァを伴い食堂を抜け、施設員が慌ただしく行き交う大きな通路に出た。 通常なら警備員が監視の目を光らせている筈だったが、非常事態の現在、二人の少女の行動を咎めだてする者は皆無である。 どうやら暴れているMSの対応に全ての保安人員が刈り出されている様だ。 急いで二手に分かれ、寮室をチェックし終えた2人は合流し、互いに誰も残っていなかった事を確認する。 子供達のいる食堂に戻ろうとしたミハルの袖を、ララァが引っ張ったのはその時だった。 「3人は、ミハルの言う通りの所にいたのよ。子供達はナナイに任せておけば大丈夫。 私達は、ハマーンを助けに行きましょう」 思いがけないララァの提案にミハルは驚く。 「ハマーンの居場所が判るの?」 「彼女はずっと泣いているわ。でも今なら助け出せる」 ミハルを見つめるララァの澄んだ眼差しに偽りは微塵も無い。 そこにいない誰かと会話し、遠くの物を見る事のできるララァの不思議な能力を何度も目の当たりにしているミハルは彼女の言う事を疑わなかった。 そしてララァは、決して嘘を吐いたり人を騙したりする人間ではないという事も、心得ている。 無理矢理連れ去られたハマーンの事をずっと気にかけていたミハルは、大きく頷いた。 「うん、行こう。ハマーンを助けに!」 ララァの先導で通路を走り出した2人の横を、大量の書類を抱えて慌しく行き交う所員や、大小さまざまな大きさのコンテナを台車に載せた男達が急ぎ足で擦れ違って行く。 その誰もが2人の少女に一度は目を向けるものの、そのまま通り過ぎて行くのみだ。 保安要員では無い研究者達は厄介事を嫌い、皆自分と自分の抱えたデータの避難を優先させていた為だった。 一瞬彼等に眼を向けたララァだったがすぐに前方に向き直り、ぎゅっと眉根を寄せた眼差しで口元を引き締めた。 「身近にある人の死に感応した頭痛」が先程からまた一段と強く、ララァを襲い始めている。 だが、今はそれに構っている場合では無いのだと彼女は必死にその痛みに耐えていたのである。 517 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/18(水) 20 49 33 ID QiJkzDOo0 ララァの誘導はまるで建物の内部構造を知り尽くしているかの如く一切の迷いというものが無かった。 やがて通路を駆け抜け何階層もの階段を駆け下りた2人は、遂に誰に妨害される事も無いまま、施設の深部に足を踏み入れる事ができたのだった。 警報は、鳴らない。 彼女達の姿は監視室のモニターに映し出されていたが、本来その部屋にいなければならない筈の監視員が不在だったからである。 しかしその時、前を行くララァの様子がおかしい事にミハルは気が付いた。 見る間にララァの動きは鈍り、遂にはよろよろと壁にもたれ掛かるとそのまま片手で側頭部を押さえ、しゃがみ込んでしまったのである。 「ララァ!あなた、また頭痛が・・・!」 くず折れたララァに駆け寄るミハルの耳に、曲がり角の向こうからこちらに向けて早足で歩き来る複数の足音が聞えて来た。 ここで見つかるのは流石にまずい。ミハルは動けなくなっているララァを抱え、足音が近付いて来る方向を鋭く睨み付けた――― 553 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/22(日) 15 53 46 ID E0at1uVU0 新たに攻撃を仕掛けて来た08-TX[EXAM]からは、先程の少女の気配が感じられない。 鋭く繰り出されて来るヒートソードをビームナギナタで払いながらアムロはそれを訝しんでいた。 恐らく彼女の身体に加えられている苦痛が、外部とのコンタクトを阻害しているのだろう。 つまりはそれ程までに彼女は追い詰められているのだという事を意味する。 どうする。どうすれば彼女を、みんなを助けられる。 アムロは焦るが、目の前のMSはこちらの逡巡によって生まれる隙を見逃してくれそうも無い。 そして最初は気のせいかとも思ったが、今アムロは確信している。 自らの操縦する06R-3Sの追従能力が低下して来ている事を。 何より関節の動きにラグが出始めている。 この事態は重力下においてアムロの瞬発機動が、MSの関節部分に多大な負荷を掛け過ぎてしまった事によって起こったものだった。 恐らくNT用に反応速度を強化した06R-3Sでなければオーバーヒートを引き起こしていた事だろう。 もともと急遽チューンUPされた06R-3Sは長時間の稼働を想定されていないアンバランスな機体である。 これは、反応速度強化に合わせた関節部分の強化がされていなかった06R-3SというMSに起こるべくして起こったトラブルと言えた。 このゴリゴリした振動と軋み、これは流体パルスシステムで駆動するアクチュエーター内部に亀裂が無数に走り、磨耗して剥がれ落ちた微小な内材が更に内部を傷付け動きを悪くしているのだとアムロは看破する。 しかし泣き言を言っても始まらない。 今は一刻も早く目前の1機を片付け、無差別に荒れ狂い、防壁に突進を掛けている残りの1機を打ち倒すしかないのである。 アムロは、自分自身が逃げ出す事など一切考えていなかった。 パイロットスーツの中で認識票と共に胸にぶら下がった銛のペンダントが、カチャリと微かな音を立てる。 それは、アムロを守り抜いて命を落としたヴェルナー・ホルバイン少尉の形見であった。 アムロは一瞬だけ胸元に誇らしげな表情を見せると、敵MSの繰り出して来る凄まじい斬撃をまたもや鮮やかに弾き返した。 587 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/27(金) 23 16 08 ID eWyR5SZ60 「一体どうなっているんだ!クルスト博士が所在不明とは!?」 「俺達だけではどうにもならん。実験の続行はこれ以上不可能だ」 「お、おい!システムは稼働中なんだぞ、ハマーン・カーンはあのまま放っておいて良いのか!?」 「稼働中?暴走中の間違いだろう?アレはもう制御不能だ」 「クルスト博士とナカモトはデータと共に姿を消したんだ。 俺達は、もしかしたらとんでもない貧乏クジを引かされたのかも知れんぞ」 戸惑いと怒りの口調を隠しもせず大声で言い争いながら、白衣を着た数人の研究員が低く積まれた資材の前をバタバタと足早に通り過ぎ、脇目もふらずに階段を駆け上ってゆく。 余裕の無い男達は資材の陰にララァ・スンを庇う様に抱えたミハル・ラトキエが身を竦ませて縮こまっていた事など、気付きもしなかった。 男達の足音が完全に消えた事を確かめると、ミハルはようやく大きく息を吐き出し身体を起こす事ができた。 「奴ら、確かにハマーンの名前を口にしてた。間違いない、ハマーンはこの先にいるんだ」 依然、心臓は跳ね身体は小刻みに震えているが、こんな所で挫けてはいられないと彼女は気力を奮い立たせる。 「ミハル・・・」 「ララァ!気がついたの?」 苦しそうに身を起こすララァの顔をミハルは心配そうに覗き込む。 「ごめんなさい。ひどい頭痛で身体が・・・」 「頑張ってララァ、ほら、あたしが支えてあげるから!」 急いで肩を貸そうとしたミハルをしかし、ララァはやんわりと首を振って拒絶した。 「ここからは、ミハルが一人で行くのよ。そして、ハマーンを救ってあげて欲しいの」 「えっ!?ララァは?ど、どうして私一人で、なの?」 驚いて聞き返すミハルにララァは澄んだ瞳を向けた。 「今の私が一緒にいたら、足手まといになってしまうだけ。 でも、あなたが行かなければハマーンを救えない」 「??」 「あなたがいないとハマーンは・・・例え助け出されたとしても救われない・・・ 私はここに隠れていれば平気。もう行って。詳しく話して・・・いる時間・・・は、無いのよ・・・」 再び強い痛みが襲うのかララァは苦しげにそう言いながらミハルを自分から引き離す。 弱々しい力ながらも力強い意志で押し退けられたミハルは戸惑うばかりだった。 588 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/27(金) 23 17 21 ID eWyR5SZ60 「で、でも、やっぱりララァをこんな所に置いて行くなんてできないよ・・・! それに、ハマーンを助けると言ったって、ララァがいてくれなきゃ、あたし、どうしたら良いのか・・・」 「らしくないわ、ミハル」 自信なさげなミハルにララァは微笑む。 「大丈夫。あなたらしく行動すれば、ハマーンも、あなたも、子供達も、私もナナイもドアンも・・・きっと全てが上手く行くから」 ララァはきらきらとした目でミハルを見つめている。 しかし、その自信たっぷりな眼差しに答えられる根拠を自分の中に見出す事ができないミハルは思わず泣き出したくなってしまった。 不思議な能力に恵まれたララァと違い、自分は特殊な能力など持たない唯の人間なのだ。 「私、ハマーンに話し掛けてみるわ。彼女の心に力を貸せば、彼女はきっと囚われている檻を中から開ける事が出来る。後はあなたが・・・!」 ララァは強い期待を込めた瞳をミハルに向けている。 ミハルは正直ララァのやろうとしている事は良く判らなかった。しかし、信頼する友達がここまで自分を頼りにしてくれている。 そう思うと胸の中に、じんと暖かいものが広がって来る。 「ララァ・・・判ったよ。必ずハマーンを助け出してここに戻って来る」 一転、覚悟を決めたミハルは笑顔を見せた。 何の事は無い。ララァを信じていたからこそ、ここまで無事に来れたのである。 そのララァが≪全て上手く行く≫と言ってくれた。考えてみれば最初から悩む必要など無かったのだ。 吹っ切れた途端に活力が湧いて、ミハルは勢い良く立ち上がる事が出来た。 もう足は震えていない。こうなった時の彼女は怖い物無しである。 運命に身を任せ、流されるままに人生を過ごして来たララァは、そんなミハルを眩しそうに見上げている。 運命に≪逆らう≫のではなく≪切り開く≫。なんという素晴らしい生き方なのだろう。 前向きなバイタリティは、周囲の人間にも少なからずアクティブな影響を与える。 それはNTすら例外ではない。 ララァも、もし相手がミハルでなかったら、ハマーンを助けに行こう等とは提案しなかったかも知れないのだ。 すぐに戻るからねと言い残し、ララァの示した方角へミハルは急いで走り去った。 ララァは彼女の消えた方向をしばらく見つめた後に、再び身を横たえると少しだけ寂しそうに目を閉じた。 運命の歯車が切り替わり力強く回り始めた事を、今は彼女だけが確信していたのである。 589 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/27(金) 23 18 17 ID eWyR5SZ60 ララァ・スンの指し示した通路の突き当りには大掛りな研究施設があり、その最深部にはカプセル状の装置が設置されていた。 装置の稼働音は聞えているが、人影は全く見当たらない。 やはり先程の研究員達が話していた通り、全ての人員が逃げ出してしまったのだろう。 ドアのロックを始め、全てのセキュリティが解除されていた為、迷う事無くこの場所に辿り着いたミハル・ラトキエはあたりを見回すと、数多く並ぶモニターの一つに釘付けになってしまった。 「・・・・・・ハマーン!!」 押し殺した悲鳴に似た声が、両掌を口に押し当てたミハルの口から漏れ出た。 それは恐らくカプセル内部を映し出しているモニターであり、無数のチューブに埋もれ、苦しげに瞑目して横たわる少女の顔が映し出されていたのである。 蒼白いライトに照らし出されたその顔は、ハマーン・カーンその人であった。 ミハルは急いでカプセルに駆け寄ると小さな窓に張り付く様にして中を覗き込む。 ちらりと特徴的な彼女の髪が見えた。確かにこの中にハマーンがいるのだ。 「こんな女の子に、なんて酷い事を・・・!」 一旦カプセルから離れたミハルはコンソールに近付くが、迂闊に操作する事はさすがに思い止まざるを得なかった。 びっしりとパネルに並ぶボタンやスイッチ類を下手にいじればカプセル内のハマーンにどんな事が起こるか判らないからである。 しかしその時、途方に暮れているミハルの後ろで一つのモニターがハマーンの脳波変化を感知した。 4~8Hzから8~13Hzの脳波律動に変わったのである。 つまりハマーンは、眼を覚ましつつあるのだ。これはシステム的には想定外の非常事態といえた。 自動的にセーフティが働いて、プログラムを強制終了させる。演出されていたシステム暴走は、ミハルの目前で唐突に終わりを迎えたのだった。 被験者の覚醒を感知して突如けたたましく鳴り響いたアラートの中、目の前でゆっくりと開いて行くカプセルカバーを、ミハルはただ茫然と見つめるしか無かった。 590 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/27(金) 23 18 54 ID eWyR5SZ60 眼を開いたハマーンの前には、泣き笑い顔のミハルがいた。 何の邪心も企みも無くハマーンの名を呼び、ただ一心にこちらの無事を喜んで涙を流している人が目の前にいる。 今のハマーンには、それが判る。 この女性(ひと)は、何の見返りを望む事も無く、危険を顧みずこんな場所まで来てくれたのだ。 ハマーンは体に纏わりついたチューブを払い除けて身体を起こし、カプセルを覗き込む様に屈んでいたミハルに抱き付いた。 弾みに身体に差し込まれていた電極が次々と抜け落ちてゆく。 「ハマーン・・・良かった・・・!」 「怖い夢の中で泣いていたら・・・ララァに逢ったの・・・」 「ララァに?」 「がんばれって・・・負けないで一緒に戦おうって・・・・・・!」 ミハルは目を閉じたままハマーンを抱き締め、今ここにはいない友達を想った。 『私、ハマーンに話し掛けてみるわ。彼女の心に力を貸せば、彼女はきっと囚われている檻を中から開ける事が出来る。後はあなたが・・・!』 ララァは約束通り、言った通りの事をやってくれたのだ。 彼女の助けがあったからこそハマーンはこのカプセルから自力で抜け出す事ができたのだろう。 今度は、自分が役目を果たす番だ。 「行こうハマーン、みんなの所へ」 ミハルはそう言いながら近くに脱ぎ捨ててあった白衣をハマーンに羽織らせると、慎重にカプセルから降り立たせた。 体力と精神力を限界まで酷使したハマーンの足取りはおぼつかないが、ミハルは小柄なハマーンに肩を貸し、急いで出口のドアに向かおうとする。 彼女達の前に、手に手に小銃を携えた男達が立ちはだかったのは、その時だった――― 600 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/30(月) 21 17 26 ID XL5HNQ/Y0 ミハルとハマーンの前に立ち塞がった男達の先頭にいるリーダーらしき男は鮮やかな赤いパイロットスーツを着込み、奇妙な仮面を付けたヘルメットを被っている。 その男はこちらに銃を向けていた部下に命じ、全ての銃口を下げさせた。 「失礼だが、ハマーン・カーン嬢とお見受けする」 物騒な出で立ちからは想像できない程の丁寧な物言いに二人の少女は顔を見交わす。 ハマーンは慎重に仮面の男に向き直り口を開いた。 「いかにも。私がハマーンだ」 いつもの強気な物言いで答えたハマーンは、心中で語尾が震えてしまったのを悔やんだ。 それを察知したのか仮面の男はふと口元を緩めてから、何と彼女に向けて敬礼したのである。 「ご無礼をお許し下さい。私はシャア・アズナブル大佐であります。 マハラジャ・カーン提督から極秘でハマーン様を保護するよう申しつかり参上致しました」 「何!?お父様が?」 と、その時、戸惑う少女の前にシャアの両脇から無言で進み出たクランプとコズンが、支え合って立っている状態のミハルとハマーンを引き離したのである。 「な、何をする!?」 「ハマーン!」 狼狽したハマーンとミハルは同時に声を上げるが男達は全く意に介す素振りも見せない。 「時間がありません。我々は急ぎここから脱出します。ご同行を」 「待ってくれ!今この施設では子供達を脱出させる為に必死で戦っている者達がいるんだ。 彼らに協力して皆の脱出をサポートをして欲しい!」 しかしハマーンの必死の呼び掛けを、仮面の男は冷たく跳ね返したのである。 「残念ですが、それは応じかねます」 「な、何故だ!?あなた達の協力があれば、きっとみんなの脱出は成功するのに!?」 「我々のこの行動は非合法なものです。ハマーン様を秘密理にお連れする為に、目立つ行為は極力避けねばなりません」 「そんな!で、ではここにいる子供達はどうなる!?」 EXAMを介してのアムロやララァとの共振による邂逅で、以前に比べNTであるハマーンの直感力は数段高まっていた。 シャアはハマーンに対し、あえて脱出後この施設を、ここにいる子供達ごと吹き飛ばして証拠隠滅する作戦である事を伏せていた。 が、彼女はシャアの物腰から不吉な企みを感じ取ったのである。 青ざめたハマーンの問いに、ハマーンをミハルから引き離したクランプが強い口調で叫んだ。 「全てはマハラジャ様との約束、そしてハマーン様の安全が優先されるのです!」 「いやだ!離せぇっ!みんなを犠牲にして私だけ逃げ出すなんて絶対に嫌だっ!!」 「・・・お連れしろ」 「いやだ!いやだ!ミハル―――ッ!!!」 「何て情けない男達なんだろうねっ!!」 唐突に上がった怒りの絶叫に、その場の時間は凍り付いたように止まった。 泣き叫んでいたハマーンもその迫力に思わず涙を忘れる程だった。 声の主はコズンに腕を捕まれたままのミハルであった。 601 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/30(月) 21 19 07 ID XL5HNQ/Y0 「手をお放しよ!ハマーンみたいなか弱い女の子を泣かせるなんて、あんたらそれでも男かい!?」 ミハルは拘束された腕をそのままにあたりをぐるりと見回す。 「自分のやってる事、みっともないとは思わないのかい!?」 任務の為と割り切ってはいたが、実は今回の作戦には誰もが負い目を感じている。 少女の糾弾は男達の抱える急所を鋭く抉ったのである。 自分が腕を掴んでいるそばかす顔の少女に真正面から睨み付けられ、直球の詰問をぶつけられたコズンは思わず視線を逸らしかけた。 この場にバーニィがいなくて本当に良かったと彼はばつが悪そうに渋面を作るのが精一杯だった。 相手は武装した屈強な兵士なのだ、下手に逆らえば何をされるか判らない。が、ミハルは目の前の情けない男共に怒りをぶつけずにはおれなかった。 ララァの言葉を借りるなら、これこそがまさに彼女らしい行動であったのである。 「そこの仮面を付けた赤い男!」 「・・・私の事かな」 びしりと指差され名指しされたシャアは渋々答える。真っ直ぐな瞳で自分を見つめるこの少女から、何故か眼を逸らす事ができない。 「そうさ!あんた、仮面を付けた赤い男は子供達のヒーローだって事、知らないのかい!?」 「初耳だな」 「それじゃ教えてあげるよ。赤ずくめの服を着て仮面で正体を隠した男は大昔から【正義の味方】って事になってるんだ!」 ミハルの言葉にその瞬間、その場にいる男達の脳裏に子供の頃に胸躍らせたTVヒーローの姿が鮮やかに甦った。 戦争が始まる前までコロニーも地球も分け隔てなく放映されていたその番組は、超長寿シリーズを誇り、どんな世代でも必ずその子供時代に合わせたヒーローが存在しているという稀有な例であった。 当然、ここにいる男達は全てその洗礼を受けている。それは、幼き頃よりコロニーと地球を渡り歩いた経験を持つシャアすら例外ではなかった。 確かに、その歴代シリーズにおいて赤いコスチュームを身に付けた男はすべからくヒーローチームのリーダーだった。 「私だって現実の世界は子供番組みたいに単純じゃない事は判ってるさ! でも、力の限り弱きを助け、悪しきを挫く! それが子供達に見せ付けてやるべき大人の姿じゃないのかい!?」 しかしミハルの言葉にシャアは冷笑で答えた。 「あんなリアルではない物と一緒にされては迷惑だな」 「リアルじゃない?」 「無償で戦う正義の戦士か?下らんな。そんな酔狂な人間が現実にいる筈は無い!」 指導者だった父親が謀殺され、命からがらザビ家の追っ手から妹と共に地球まで落ち延びた過去を持つシャアである。 その荒んだ境遇の中でシャアは、この世に弱き者の為に身を捨てて戦う正義の味方なぞ存在しない事を身に染みて思い知ったのだった。 存在しないヒーローに頼る事はできない。 だから彼は世間一般の子供に許される甘えを捨て、幼きながら修羅の道を歩き始めた。 そうせねば生きていけなかった。 シャアもまたハマーンと同様、いかなる子供よりも早く大人にならねばならなかったのである。 しかし――― 「いいや、いるね!」 「ふざけるな!そんな人間がどこに存在すると言うのだ!」 あっけなく自信満々に答えたミハルにシャアが激昂した。 それはある意味シャアの人生訓の否定だった。取るに足りない小娘の言葉としても聞き捨てならない。 普段シニカルに構え、沈着冷静で心情を滅多に表に出さないシャアがこの娘には完全に冷静さを欠いている。 602 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/30(月) 21 20 27 ID XL5HNQ/Y0 「おいお前、いい加減に・・・」 明らかな異常事態にコズンがミハルを黙らせようと声を掛ける。 が、その瞬間、クランプがコズンを鋭く眼で制した為に彼はそれ以上言葉を継ぐ事ができなくなってしまった。 驚くコズンにクランプは『言わせろ』と目で言っている。 クランプが何がしかを期待した目を少女に向けている事を確認したコズンは微かに頷くと、そのまま2人のやり取りを見物する事にした。 「ドアンがそうさ!」 「ドアンだと?」 「ククルス・ドアン。今もあたし達を助ける為に頑張ってくれているんだ」 誇らしげに彼の名前を呼んだミハルに憧憬と少々の寂しさが入り混じっているのを感じ取ったハマーンは、複雑な顔で彼女を見つめた。 しかしシャアはそんなミハルを見て可笑しそうに唇を歪める。 「その男にはお前達を助ける何らかの理由があるのだ。無償でなどあるものか」 「何だって?」 「そのドアンとやらが軍人ならば恐らくは金か地位・・・危険に見合った報酬が約束されている筈だ。何の見返りも無く、人は動かんさ」 しかしミハルはそう嘯いたシャアに憐れみを含んだ視線を投げ掛ける。 「・・・可哀想に。そういう風にしか考えられないなんて、よっぽど辛い生き方をして来たんだろうね。でも世の中にはそうじゃない人だっているんだよ」 「買い被らないでくれミハル。報酬はある」 通路側、一同の後ろから突然掛けられた声に全員が振り返り一斉に銃を向ける。 ミハルの言葉に何かを言い返しかけたシャアが視線を向けた先には大柄な体格の男が、上げた両掌をこちらに向けて静かに立っていた。 「贖罪。それが俺の報酬だ」 「ドアン!逃げて!」 「ドアンだと?この男がか・・・」 脱出準備を整えてナナイの元に戻ったドアンはミハルとララァが帰っていない事を聞き、まさかと思いつつもこの場所へ赴いた。 彼が駆け付けた時は彼女達は兵士の一団に取り囲まれた状態であり、単独での突入は不可能の状態であった為、通路の影に身を隠してシャアとミハルのやり取りを聞いていたのである。 「どうやら大佐殿にも何やら事情がおありの御様子。お互いに余計な時間を使わず、ここは穏便に事を済ませることは望めないでしょうか?」 武装した集団の前に身一つで歩き出るには半端ではない度胸が必要なだけでは無く、タイミングも重要だ。 この大男は少女と自分の言い争いによって兵士達の殺気が殺がれた瞬間を見計らって姿を現したのだろうとシャアは機敏な男の動きに舌を巻いた。 対峙するドアンとシャアを中心に緊迫した空気が一同に張り付いた瞬間、外部の様子を映し出しているモニターに膝から崩れ落ちたMSが映し出された。 「ああっ!危ないアムロ!」 それを目にして思わず叫んだハマーンに、その場の兵士達全員が振り返った。 603 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/30(月) 21 21 11 ID XL5HNQ/Y0 「アムロですって!?もしかして、あのMSを操縦しているのはアムロ・レイなんですかい!?」 「そう、そうだ。アムロも私達の為に戦ってくれているんだ!お願いだ、アムロを助けてくれ!」 コズンの言葉にすがり付くようにハマーンが哀願する。 全員の視線がシャアに集中する。クランプが思い切ってシャアを促した。 「大佐。アムロ救出は我々の初期目標だった筈です。予定を変更する旨、バーニィに連絡を取って宜しいですな?」 「・・・止むを得ん。予定を変更する」 シャアはゆっくりと兵士の間をすり抜けてドアンに近付き、その顔をまじまじと見回した。 「貴様とは初めてでは無いな?」 「覚えておられましたか。嵐の海で一度お会い致しました」 ふむとシャアはドアンとの邂逅を思い出す。あの時シャアは真実の顛末を聞きだす為にフォルケッシャー船長ではなく、わざわざ後方に控えていたドアンを聴取したのだ。 つまりドアンは嘘を吐けない人間だという事を、シャアに初見で看破されていたのである。 「貴様の階級と目的を簡潔に述べよ」 「戦略情報部所属、ククルス・ドアン少尉であります。 私はこれよりジオン軍を脱走し、この施設の地下ドックに係留されている潜水艦に子供達全員を乗せ、しかるべき安全な島まで運んだ後、暫時隠遁する所存であります」 「計画の進捗具合はどうか」 「この2人と途中で潜伏していた1名を連れて戻れば全て完了であります」 ミハルはハッとした。ドアンはここに来るまでにララァを見つけていたのだ。 「計画の変更を要請する。このハマーン・カーンは我等と共に行く。これは彼女の父親からの依頼である。彼女の安全は赤い彗星の名において保障しよう。 計画変更受諾の場合、我々は貴様の計画に協力する用意がある。そうでない場合は」 「了解しました。今は大佐殿のご事情を詮索するつもりはありません。 ジオンきってのエースである赤い彗星を信用致します。ハマーンの事を宜しくお願いします」 敬礼を向けたドアンを見て、やったぜと小さく叫びながらコズンは通信機に手を伸ばす。クランプはハマーンの腕を放しホッとしたように天井を見上げている。 ミハルはハマーンともう一度抱き合い、その目を後方に立つシャアに向けた。 シャアも無言でミハルを見つめている。 あまりにも境遇の違う二人の男女は、暫しそのままの姿勢で向き合った。 「くそっ!駄目か!」 膝から崩れ落ちた06R-3Sのコックピットでアムロは痛恨の声を絞り出した。 対峙していた一体の08-TX[EXAM]の動きが突然鈍ったのを見逃さず、何とか無力化する事ができたが、同時に試作型ゲルググの右膝が完全に破損してしまったのだ。 重力下において下肢の破損はそのMSの無力化を意味する。06R-3Sはもう戦闘不能だった。 しかし動きは鈍ったもののまだ一機の08-TX[EXAM]が破壊活動を継続している。 施設を守る防壁は今や紙の様に折れ曲がり、MSの攻撃は建物に及ぼうとしているのに、アムロはそれを止める事が出来ない自分に毒づいたのだった。 しかし、その時であった。外部からの通信を示すシグナルがコックピットに響き渡ったのである。 「応答せよ!アムロ、聞こえるか!」 「バ、バーニィさんなんですか!?」 驚くアムロの搭乗する06R-3Sの前に、施設と外部を隔てる低いフェンスをなぎ倒して巨大なサムソントレーラーが回り込んで来た。 その荷台には白いボディカラーの【ガンダムもどき】が積載されている。 「待たせたなアムロ!お前の為に、わざわざ連邦製のMSを持って来てやったぜ!!」 得意気にトレーラーの運転席で手を振るバーニィの意図を確認したアムロは急いでシートベルトを外し、ハッチを開放すると急いでコックピットから地上に飛び降りた。 バーニィに飛び付きたくなる衝動を必死で堪えながら急いで【ガンダムもどき】に向かう。 懐かしい仲間との抱擁は、後回しだった。今はとにかく暴れまわるMSを鎮圧する事が先決だったのである。 663 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/12/10(木) 12 44 11 ID pSG2ZpQ.0 RX-78-XX【ガンダム・ピクシー】それがこの機体の正式名称らしい。 [ガンダムもどき]のコックピットに滑り込み、メインモニターを起動させたアムロはまずその事実を機体スペック画面で確認した。 06R-3Sのモノアイから俯瞰で見た限りでは荒野で黒い三連星達と相対したあの[ガンダムもどき]に見えたのだが、近付いてみると、このMSはあきらかに件のMSよりも「細身」であった。 すっきりした外観は例の[ガンダムもどき]よりもRX-78に近く、ガンダムを一回り痩せさせたイメージである。 しかし華奢では無く、人間で例えるならば明らかに絞り込まれた肉体のそれに近い印象を受ける。 「コアブロック・システムと宇宙空間装備が排除されているのか・・・」 機体データ画面を素早く切り替えて各部チェックを行っていたアムロは初めて目にする連邦軍の新型MSの性能に目を輝かせた。 「アポジモーター増設でジェネレーター出力、スラスター推力は共にガンダムを超えてる・・・ ビーム・ステルスコート塗布・・・?な、何だろうコレは」 この完全陸戦用MSには、その効力は今ひとつ不明ではあったが、最新技術と共に謎のテクノロジーも満載されている様だ。 ピクシーのコックピットレイアウトはガンダムのそれと酷似している。 微かに漂うジオン製MSの物とは異なる、RXシリーズに一貫して使われているシートレザーの放つ独特な臭い。 その懐かしくも嗅ぎ慣れた香りと耳に馴染んだシステム起動音が妙に心を落ち着かせ、やれる、という確信を深めてゆく。 アイドリングは既に終了している。 シートベルトを装着したアムロは慎重にフットペダルを踏み込み、機体の上半身を起き上がらせながらバランサーの具合を確かめる。 胸部のダクトから排気が成されると同時にRX-78-XX【ガンダム・ピクシー】のデュアルカメラが一瞬輝きを増して瞬いた。 664 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/12/10(木) 12 44 51 ID pSG2ZpQ.0 速い。そして、何よりも軽い。 乗り潰してしまったが06R-3Sもアムロの操縦に素晴らしい追従性を発揮してくれていた。 が、このMSの動きには06R-3Sにそこはかと無くあった「無理矢理速めた感」が全く感じられない。 非常に静か且つスムース、安定感が抜群だ。 これが最初から高い反応速度を想定して建造されたMSとそうでないものとの違いなのだろうか。 明らかにRX-78よりもスピードを増しているその挙動に、アムロの胸は知らず高鳴る。 しっかりと両の足で大地を踏み締め立ち上がったガンダム・ピクシーは、眼下のトレーラーにワイヤーでマウントされているXX専用銃【90mmサブマシンガン】を見下ろした。 このウージータイプの短銃身マシンガンは、取り回しは軽快そうだが集弾率は低そうだ。 敵MSの動きはトリッキーである。間違っても周囲の施設に被害を与えたくない今回は、弾丸を撒き散らすこの武器は使用しない方が賢明だろう。 「ビーム・ダガー・・・?」 白兵戦用の武装をチェックしたアムロは見慣れない表記に眼が留まった。 いわゆる刀身が短いビームサーベルで、エネルギー消費が少ない為に長時間の使用が可能らしい。 ビームサーベルを「太刀」に例えるなら、「脇差(わきざし)」程の長さのこれを逆手で二刀構えるのが想定された使用法の様だ。 卓抜したスピードで敵MSの懐に入り込み、一瞬の隙を突いて必殺の一撃を敵の急所に突き入れる・・・ RX-78-XX【ガンダム・ピクシー】は、まさにそれだけの為に開発された対MS戦専用MSだった。 当然その運用には相当な操縦技量が要求されるのだろう。どう考えても一般向きではないMSである。 アムロはその設計思想に一種の潔さを感じたものの、さまざまな局面で連戦を重ねて来た今となっては、一つの戦い方に特化したMSは現場では運用し辛いんだよな・・・と両手離しで開発陣を褒め称える気持ちには到底なれなかった。 アムロ自身は知る由も無かったが、このピクシーは本来オデッサ作戦発動前にホワイトベース(WB)へ配備される筈のMSであった。 想定されていたパイロットも「RX-78の操縦者」つまりアムロ・レイその人である。 しかしWBがジオンに鹵獲されるという事態を受け、急遽行き場を失ったRX-78-XXは結局、その操作性の難しさからMSの運用に不慣れな連邦軍パイロット達に敬遠され基地を転々とした挙句、解体寸前で今回の作戦に駆り出されたのであった。 数奇な運命を経て巡り合ったパイロットとマシンはしかし、この刹那の邂逅に浸っている暇は無かった。 防壁を完全に破壊し終えた08-TX[EXAM]に軽快な動きで背後から接近したRX-78-XXは、両腰に装備されていたビームダガーを素早く引き抜くと、逆手一文字に構えたその切っ先を神速で閃かせた。 684 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/12/14(月) 13 08 51 ID s91I.d2Y0 爆発音と共に突如ラボが吹き飛んだのはシャア達一行がラボを出た直後の事であった。 まさに間一髪、被害を受けた者が一人も出なかったのは幸運であったと言えるだろう。 恐らくクルストによって密かに仕掛けられていた時限爆弾が爆発したのだろうとシャア達は推測したが真相は不明である。 クルストにとって貴重なサンプルである筈のハマーンをも犠牲にして、自分が姿を消す為の攪乱と時間稼ぎ、加えてデータ消去を同時に行うという強引な手段。 周到なクルストならば、やりかねない。が、計画通りならば同様の事を、この施設の子供達相手に自分達が行っている筈だったのだとクランプは密かに冷や汗を流した。 シャア達にはまだやる事が残されていた。姿を消したクルスト博士の捜索である。 クルストが連邦への亡命を画策している事が判明している以上、表向きクレタ島を含むこの海域の警備を担当しているマッド・アングラー隊はザビ家の手前、それをみすみすと許す訳にはいかないのだった。 しかしシャアの想像以上にクルストの行動は迅速だった。 あらゆる局面で今回の作戦は後手を踏んではいたが、それでもこの事件において戦略情報部所属のククルス・ドアンという人物が新たに現れた事は僥倖だった。 シャア達にとってドアンという人物の出現は、何が何でもクルストを探し出す必要が無くなった事を意味していたからである。 つまり、都合の悪い事は全て「連邦に亡命するクルスト」か「ジオンを脱走し隠遁するドアン」に押し被せてしまう事が可能となったのだ。 首尾良くクルストを見つけ出せた場合は、ドアンを子供達と脱出させた後にクルストの口を封じ、その後に施設を完全に爆破して証拠を隠滅する。 ザビ家への報告はクルストの亡骸に、証拠として鹵獲した連邦のMSを添えて行う。施設の爆破はクルストの仕業であり、その際に一部の施設職員と共に収容されていた子供達は全滅した・・・とすれば亡命未遂事件として事は終わり、その後の追及は免れるだろう。 一方クルストが発見できなかった場合は上に報告する際に『クルストの亡命は全て戦略情報部のドアンの手引きであり画策だった』という事にしてしまう。 この場合、ドアンの所属する戦略情報部はキシリアの直属であるという事実を最大限に利用するのである。 戦略情報部員のドアンに『キシリア様の命令で動いている』と言われた為に一般兵の我々は、その行動を制限する事はおろか、追及、詮索する事すらできなかったのだと陳情すれば、ここから先は戦略情報部の責任となる。 戦略情報部の不祥事イコール、キシリアの責任。つまりそれは、一般兵には責任追及が不可能である事を意味している。 現在地上を統括するマ・クベも戦略情報部とは太く繋がっており、クルスト亡命が公になれば自らの保身に躍起とならねばならないだろう。 シャアとしてはそこに付け込む隙を見出したい所だ。 そして誰もが、まさかクルストの亡命とドアンの脱走が別件であるなどとは夢にも思うまい。 それにしても【亡命】あるいは【脱走】という重大な不祥事を引き起こした兵士の所属部署がよりにもよってフラナガン機関及び戦略情報部という、共に秘密主義で特権の塊りたるキシリア直属であったのだ・・・ザビ家としては最悪の事態だろう。 どちらにしろ、真相がザビ家に露見する心配は無い。が、勿論そこには『当事者がジオンに捕まらねば』という注釈が付くのは言うまでもない。 死んだ事になっている、あるいは、全ての罪を被った「当事者ドアン」には何が何でも上手く逃げ出して貰わねばならない。 冷徹なシャアがドアンに対し【貴様の計画に協力する用意がある】と言ったのは、つまりはそういう事なのであった。 685 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/12/14(月) 13 10 26 ID s91I.d2Y0 シャア達一行は二手に分かれた。 クランプとコズンはドアンとミハルに同行し、待機している子供達を連れて脱出用の潜水艦がある地下ドックまで彼等をガードする役割を担う。 シャアとアンディはハマーンをバーニィの待つサムソン・トレーラーに送り届けた後クルストの捜索を兼ねて別ルートから地下ドックへ向かい、先行しているコズン達と合流する手筈である。 地下ドックはラボを除けば施設の最深部に位置しており、顔の知れたクルストがのこのこと地上からは脱出できない以上、何らかの方法でここから逐電するだろう可能性は極めて高いと見るべきだった。 「ララァ!無事で良かった・・・!」 「ミハル・・・」 手はず通りに資材の陰に隠れていたララァと再会したミハルは堅く抱き合った。 「約束通り戻ってきたよ。ありがとう、あんたのお陰でハマーンを助ける事ができた」 「うふふ。違うわ、あなたがハマーンを救ったのよ」 目を瞑ったララァは愛おしそうにミハルの頭をそっと撫でた。 ララァには朧気ながら見えていた。 もしハマーンがシャア達に無理矢理連れていかれそうになったあの時、ミハルがいなければどうなっていたか・・・ 施設は爆破されドアンの脱出作戦は失敗し、ミハルやララァを含む子供達は全員が死亡するという最悪の結果に終わっていた。 その事態を目の当たりにしたハマーンは絶望し、暗く心を閉ざしてしまう。 以後彼女は、周囲の大人達全てを憎みながら成長し、暗き怨念と復讐の炎に身を焦がす人生を送る事となる・・・ ララァが別れ際にミハルに言った「あなたがいないとハマーンは助け出されても救われない」の意味がそこにあった。 しかし今、自分を抱きしめているこのあどけない顔をした少女は、自分が担った役割を想像すらしていないだろう。そしてこれからも・・・ そう考えるとララァは少しだけ、彼女が羨ましく思えるのだった。 「話は後だ。今は先を急ぐぞ」 ドアンは軽々とララァを抱き上げると、通路を駆け抜け階段を駆け上がった。 クランプ、コズン、ミハルも急いでそれに続く。 電源がいつ切れるか判らない為エレベーターは使用しない。クルストが仕掛けた時限爆弾は複数ある可能性が高いのだ。 華奢とは言え女性を一人抱えたまま全力で階段を駆け上っているくせに息の一つも切らさないドアンに、内心驚嘆しながらコズンは声を掛けた。 「こんな山の麓の施設に海まで繋がってる地下ドックがあるなんて思いもしなかったぜ」 「島の内部まで浸食している鍾乳洞を利用した、あくまでも緊急脱出専用の狭いドックだ。 係留してある潜水艦も一隻のみだ。 そして、潜水艦を使用する場合は戦略情報部員の許可が必要だ」 「お、なるほど。旦那はそいつを自由に使えるって訳だ」 「素人に潜水艦を操縦する事はできん。 施設に常駐している戦略情報部の連中は保安要員も兼ねているからな。 しかしUHT認証を登録して来たからもう俺しかあの潜水艦は動かせん」 こいつは使える奴だ、と、コズンとクランプはドアンの資質を見抜いていた。 武装した自分達の前に無手で現れたクソ度胸といい、この体力。加えて状況判断や思考能力も極めて高いとくれば、これはもうラル隊にスカウトしたくなる人物である。 このまま脱走させてしまうには非常に惜しい人材だ。 体がデカいからコックピットは窮屈かもしれないが、コイツはMS乗りとしても相当やるだろうぜとコズンは確信していた。 「潜水艦でどこに逃げるつもりだ?海峡は二つとも封鎖されているから地中海から外には出られないぞ」 「それについては考えがある。奴らのウラをかくのさ」 ニヤリと笑ったドアンが食堂の扉を開けると、彼らの到着を首を長くして待っていた子供達の歓声が一同を出迎えた。 686 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/12/14(月) 13 11 06 ID s91I.d2Y0 ミハルやララァの元に子供達が殺到する中、ララァを降ろしたドアンにナナイが駆け寄り首筋に抱き付いた。 「済まない、心配を掛けた。ハマーンは無事だ。あと一踏ん張り頑張ろう。力を貸してくれ」 ドアンにしがみついたまま、涙を浮かべて何度も頷くナナイを、ミハルは寂しそうな笑顔で見つめている。 「大丈夫よミハル。あなたにだって素敵な人が・・・」 「え?ななななに言ってるのよララァ?あたしは別に!」 「おい急げ!MSが迫って来てるぞ!」 窓の外を見ていたクランプの大声がその場にいた全員の会話を中断させ、緩みかけていた緊張感を再び張り巡らせた。 「よし。行こう。先導してくれ」 「おう」 「済まないが殿(しんがり)を頼む。 保安要員の俺に警備隊のマッド・アングラーが随行しているんだ、普通に考えたら誰にも手出しはできない筈だが、不測の事態には相応に対処してくれ」 「任せておけ」 子供達の前で銃撃戦は可能な限り避けたいが、非常の場合は背に腹は代えられない。 先導するコズンと後詰めのクランプは共に機関銃のセーフティを外しながらドアンに頷いた。 714 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/12/29(火) 20 53 16 ID henTU8lc0 爆発はその後、施設の重要地点を中心に数回に渡って起きた。 それは明確に意図された爆破そのものであり、最初に起こったラボの爆発もその一環である事は最早疑う余地は無かった。 「おおっ、手際が良いな!」 扉から出て来たアンディが思わず感心した声を上げた。 シャアとアンディがハマーンを連れて施設裏手の非常口から表に出ると、そこにはもう既にバーニィが、トレーラー部分を切り離したサムソントップを横付けさせていたからである。 サムソントレーラーは全長50メートルにも達する巨大車両であり、自在に扱うには熟練を要する。細やかな動きが可能なMSとは違い、慣れていない者では方向転換の切り返しすらままならない。 即席の運転手たるバーニィは、それならばと、思い切って不要となったトレーラー部分を切り離したのだろう。 MSやマゼラアタック等の戦闘車両の運搬を想定して開発されたサムソンはそれ自体、簡易装甲車並の強度を持っている。防御用の機銃を構え、緊急用脱出機構をも備えるこれの中にいれば、そう簡単にハマーンに危険が及ぶ事はないだろう。 「大佐。この身軽な車両の方がここから先、何かと都合が良いでしょう。ワイズマン伍長の判断は、的確です」 そう言いながらアンディは、建物の向こう側で繰り広げられているMS同士の戦闘に釘付けとなっているシャアとハマーンを振り返った。 「アムローッ!」 ここからではもちろん言葉など届くべくも無いが、両手を握り締めたハマーンは、思わずそう声を上げていた。 「むっ・・・!?」 対照的にシャアは微かに呻いた。 分厚い特殊合金製の金網越し、しかも施設の建物にその姿の下半身が遮られている為に2体のMSの戦いの全貌を窺う事はできなかったが、シャアは白いMSの機動に見覚えがあった。 そのMSは確かに数時間前、連邦軍のアジトを急襲し、鹵獲したガンダムタイプのMSである。 あの「木馬」に搭載されていた、散々自分達を苦しめた「白いMS」が連邦軍によって量産されている・・・ その事実はシャアをして心胆を寒からしめたが、エンジンに火の入っていないMSは単に「白いMS」に似ただけの量産機に過ぎなかった。 しかし、目前で生き生きと躍動しているあのMSの姿はどうだ。 かつて自分と何度も激闘を交わしたあの「白い奴」そのものではないか・・・! シャアはアンディがハマーンをサムソンの後部ペイロードに乗り込ませるのを確認しながらひらりとステップを駆け上がり、運転席のバーニィに側窓ごしに声を掛けた。 「あのMSを操縦しているのはアムロという兵士だと言ったな?」 「は、はい!ご覧の通り、アムロは敵MSと未だ交戦中であります!」 少々緊張気味にバーニィが敬礼しながら答えると、シャアは試す様な口調で訪ねた。 「援護は必要か?」 「いいえ!それには及びません・・・と、存じます!」 慣れない言い回しに口調が変だ。 が、シャアは即断即答したバーニィに興味を持った。 「ずいぶん自信満々に言い切ったものだな。 貴様より年下の少年兵なのだろう?しかも搭乗しているのは鹵獲した連邦のMSだ。心配ではないのか?」 しかしその時の、シャアの質問に対して[よくぞ聞いてくれた]と言わんばかりのバーニィの笑顔こそ見物であった。 「大丈夫であります!彼は【木馬】からの、いえ、連邦軍からの亡命兵なのでありますからして!」 「何、木馬だと!?」 シャアの目がギラリと光ったが、バーニィはそれに気付かず言葉を続ける。 「自分は何度も目の当たりにしていますが、奴の戦闘センスは抜群です! MSに乗っているアムロを一対一で倒せる奴なんて、はは、連邦にもジオンにも・・・」 得意げに口上を垂れていたバーニィの顔がそこで引きつった。 「あ、い、いえ!申し訳ありません! も、もちろんジオンのエース、赤い彗星たる大佐は、別であります!」 「木馬からだと・・・やはりな」 恐縮しきって再度敬礼を振り向けるバーニィを気にも止めず、シャアは確信を込めてそう一人ごちた。 715 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/12/29(火) 20 54 23 ID henTU8lc0 なんという因果だろう。ジオンを散々に翻弄した白いMSのパイロットが今、彼の味方として目の前で戦っているのだ。 何度も追い詰めつつ、結果的に苦杯を舐めされられ続けた白いMSと木馬。 その木馬を青い巨星ランバ・ラルが無傷で鹵獲した、と、聞かされた時は我が耳を疑ったものだ。 木馬とあの白いMSを仕留めるのは、いや、仕留められるのは自分しかいない。そんな密かな自負があったからである。 だが、ガルマ・ザビを謀殺する為にシャアは木馬を利用した。 今でも脳裏に鮮烈に焼き付いているシアトルでの光景。 そう、あの時自分は、息を潜めている木馬を発見しておきながら、その木馬を討つ事よりも、あえて「復讐」を選択したのだ。 シャア・アズナブルは知らず瞑目している。 その結果、シャアは辺境の潜水鑑部隊に左遷され、木馬を追う権利を失ったのである。 「大佐、ハマーン嬢の収容は完了しました」 地上に降り立ったアンディがシャアにそう声を掛けたのと、眼前の白いMSが08-TX[EXAM]の首を、逆手で構えたビームサーベルで抉り斬ったのはほぼ同時の事だった。 その頭部は放物線を描いて遥か後方の道路脇に落下し、首を失った08-TX[EXAM]はゆっくりと後ろに崩れ落ち動かなくなった。 暫くは臨戦態勢を解かず、倒れたMSの様子を窺っていた白いMSだったが、やがて体勢を戻し建物越しにこちらを静かに見下ろす様に立ち上がった。 「見事なものだ。更に腕を上げたな、ガンダム」 「・・・へっ?」 微かに呟いたシャアの声が耳に入ったバーニィが思わず聞き返したものの、シャアは構わず彼に向き直った。 「あのMSにはこの車両を警護させろ。貴様と2人で何が起ころうと、我々が戻るまでここを死守するのだ。できるな?」 「り、了解であります!」 再度表情を引き締めたバーニィは再び敬礼をシャアに向ける。 このバーナード・ワイズマンという新兵、まだまだ頼りの無い部分があるものの、物怖じしない性格と、任務をそつなくこなす柔軟性は見所があるとシャアは踏んでいた。 アムロという優秀なパイロットが駆る白いMS【ガンダム】と組ませれば、臨機応変に任務を遂行できるだろう。 シャアは期待を込めた答礼をバーニィに返すと、頼むぞと声を掛けてからアンディの待つ地上に飛び降りた。 「大佐」 「うむ、我等も行くぞ。何としてでもクルスト・モーゼスを見つけ出すのだ」 施設内部に戻る前にふと視線を感じたシャアは背後に立つガンダムを振り返った。 瞬間、シャアの身体を再び電流の様な緊張感がぞわりと駆け抜ける。 白いMSは、シャアを見ていた。 人間を模したデュアルセンサーとシャアの双眸が中空でぶつかり見えない火花を散らす。 しかしガンダムは次の瞬間、シャアから視線を外し、ゆっくり背を向けると周囲警戒態勢に入ったのである。 「・・・そうか、もうお前と戦う事は無いのだな」 そう呟いたシャアは言い知れぬ安堵感と引き換えにした一抹の寂寥感を胸に、アンディを伴い、再び施設の建物の中に消えたのだった。 736 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/07(木) 19 36 51 ID NzTR5ps.0 ドアン達一行の前にやがて、小学校の体育館を二つ並べた程の空間が開けた。 ここが施設の最深部、脱出専用の中型潜水艦が格納されている地下ドックである。 施設のあちこちで次々と巻き起こる爆発の中、一隻のみの潜水艦は健在だった。 地上の喧騒が嘘の様に、現在ここには誰の姿も無い。 潜水艦は、三分の二程水に沈んだ状態で係留されており、搭乗用可動式タラップが潜水艦上部の閉じたメインハッチに接合されている。 彼等をじっと待ってくれていた潜水艦の前でドアンは安堵の溜息を漏らした。 一息つく事もせずドック中央にある制御室に駆け込んだドアンは、UHT認証――マスターコードを入力して外部から潜水艦のロック状態を解除する。 プシュッという圧力音と共に潜水艦上部のメインハッチが静かに開いた。これで潜水艦は再び使用可能となったのである。 「よし。急いで子供達を乗り込ませよう。小さい子から順にだ」 ミハルやララァと共にタラップ上で子供達を誘導するナナイに制御室から出てきたドアンは感謝の目を向ける。 ザビ家直属の情報部が使用する車両、船舶、航空機に設定されている機密性が極めて高いマスターコード。 それを書き換える事ができたのは、コードデータを密かに解析したナナイの手腕があったからである。 長い時間を掛けて彼女と練り、積み上げてきた脱出計画が一つ一つ実を結んでいる。 遠大に見えた計画があと少しで完遂しようとしているのだ。 「旦那にゃ無用の忠告かも知れねえが、気を付けてな」 「恩にきる。ここまで順調に事が運んだのは君達のお陰だ」 「まだ爆発は起きるかも知れん。最後まで気を抜くなよ」 後方を警戒しながら声を掛けて来たコズンとクランプにドアンは深く頭を下げた。 50人もの子供達を引き連れての移動中、トラブルに見舞われなかったのは、やはりマッドアングラー隊の随行があればこそであった。 「ここからはもう我々だけでやれる。君達も、一刻も早くここから脱出してくれ」 ドアンとがっちりと握手を交わしたクランプとコズンが背を向けた時、気が付いた様にドアンは彼等を呼び止めた。 「礼と言っては何だが、いくつか俺の知っている情報を提供しよう。 これは戦略情報部でも一部しか掴んでいないトップシークレットだ」 コズンとクランプは思わぬドアンの申し出に眼を丸くしている。 「連邦軍はオデッサ攻略にあたって、黒海を挟んだアンカラに兵力を集め始めている」 「何だって!?」 「アンカラに長距離砲撃用MSを多数配置して、対岸からオデッサに砲撃の雨を降らせるつもりらしい。 拠点防衛の為に動けないジオン軍にとって、これは致命的な痛手となるだろう。 ある意味、爆撃機からの攻撃よりも厄介だ。なにしろ誘導兵器では無い分、ミノフスキー粒子のジャミングが効かんからな。場所さえ特定できれば砲弾は確実に命中する。 だが、この事実を掴んでいてもマ・クベは一向に動く気配を見せない。それが何故なのかは知らんがな」 コズンとクランプの顔から音を立てて血の気が引いた。 オデッサの友軍が『敵の砲撃は黒海の対岸からだ』と気付いた時にはもう手遅れだろう。その頃には既に連邦軍は防御陣形を敷き終えている筈だからである。 そもそも、ただでさえ兵力の少ないジオン軍が、戦闘中のオデッサからアンカラに攻撃隊を別個に振り向けるのはどう考えても不可能だ。 「脱走する俺にはもう関係の無い話だが、こいつはこれからオデッサに飛び込む君達には有益な情報だろう。それから」 「ま、まだあるのか」 冷汗を流しながらクランプは呟いた。必要な情報とはいえ、自軍に不利な状況が次々と判明して行くのは心臓に悪い。 「マ・クベはオデッサ地下に核ミサイルを隠し持っている」 「何だと!?」「マジかよ!?」 クランプとコズンの驚いた声が重なった。 738 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/07(木) 19 39 14 ID NzTR5ps.0 「前時代の遺産らしいがな。奴は戦況が不利と見たら迷わずこいつを発射してオデッサにいる友軍ごと連邦の大部隊を吹き飛ばすつもりだ」 口の中が一気に干上がったコズンが小さくむせた。クランプの手は機関銃を握ったままぶるぶると震えている。 「マ・クベが側近を引き連れて宇宙へ脱出してから核ミサイルは発射されるだろう。 ジオン宇宙軍をそっくり残したまま、一つの基地と引き換えに連邦の大物を多数に含む大軍を殲滅させる、これがマ・クベの【切り札】だ」 もはや彫像の様に表情を無くした二人の前で、ドアンはゆっくりと言葉を続けた。 「その場合、ジオン軍の犠牲者は全てザビ家から『ジオンの崇高な目的の為に散った勇者』として、もれなく十字勲章が贈られる予定だそうだ」 「・・・ふ、ふざけやがって!」 「マ・クベめ・・・そこまでやるか・・・!」 怒りを露わにする2人だったが、その機先を制するようにドアンは言葉を続けた。 「時間が無い。マ・クベに対する恨み言は後にしてくれ。 実は、伝える情報はもう一つある」 「・・・」「オーイ・・・」 げんなりしながら絶句した2人の顔を見てドアンは苦笑する。 「安心しろ、こちらは朗報だ。連邦軍の中にはジオンのスパイが何人も潜り込んでいる。 その中でも最大の大物がヨーロッパ方面軍の一角、西部攻撃集団砲兵司令部を指揮下に置くエルラン中将だ」 「連邦の中将だと!?」 「エルランはオデッサ作戦中、核ミサイルが発射される前に機を見て寝返る。 こいつを上手く利用すれば戦局の一発逆転が可能だろう」 クランプとコズンは思わず目を見交わした。絶望的な状況を打破する一縷の望みが見えた気がしたのである。 「マ・クベに核を使わせないで戦いを終結させるには、圧倒的な勝利が必要だ。いいか、マ・クベもそうだがエルランの動きから絶対に目を離すな」 「ドアン!こっちは良いよ!」 メインハッチから上半身を覗かせてミハルがこちらに向けて大きく手を振っている。どうやら準備が整った様だ。 「俺たちはとりあえずキプロスの近くにある無人島に身を潜めるつもりだ。戦争の早期終結を望むと君達のボスに伝えておいてくれ。 それから、あのアムロという兵士にククルス・ドアンが感謝していたと」 「必ず伝えるぜ!貴重な情報をありがとうよ」 「気をつけて行きな」 ぶっきらぼうな別れの挨拶だったが、軍を抜ける人間に階級差などは意味が無い。 2人ともう一度固い握手を交わした後ドアンはタラップを渡り、彼を手招きしていたミハルを促して潜水艦のハッチの中に潜り込んだ。 クランプとコズンがドックの入り口まで後退した時、丁度そこにシャアとアンディが降りてきて4人が鉢合わせの状態となった。 739 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/07(木) 19 40 31 ID NzTR5ps.0 「大佐!」 「クルストはいたか?」 「残念ながら、それらしき人物は見当たりませんでしたぜ、うおっ!?」 突然鈍い爆発音が響き、ドック奥にある機械室が吹き飛んだ。 それほど大きな爆発ではなかったが、密閉された空間で起こった爆風はシャア達を煽り、その振動はアームに固定されたままの潜水艦を大きく揺さぶった。 「畜生!ここにまで爆弾かよ!」 腰を落とした姿勢でコズンはあたりを見回した。シャア達に怪我は無い。 潜水艦と中の連中は無事だろうかとドックの様子を伺おうとしたコズンだったが、彼の携帯する通信機が短いアラームを何度も鳴らした為に慌ててそれを耳に当てた。 『そちらは無事か!?』 スピーカーの向こうからドアンの緊迫した声が聞こえる。 「旦那か!こちらは心配ない。そっちはどうだ?」 『船体のダメージは無さそうだが・・・むっ!?』 「どうした!?」 『隔壁が開かん・・・!どうやら今の爆発で何らかのセーフティが掛かったらしい!』 「何だと!?ちょっと待ってろ!」 外海と隔てる隔壁がシーケンス通りに開かなくては潜水艦はここから脱出する事ができない。 コズンが慌てて首を巡らすと、水路に張り出したデッキの突端に隔壁の手動スイッチが確認できた。 「OKだ。デッキの端っこに手動開閉装置がある。遠隔操作が無理なら手動で隔壁を開けてやる!」 「待て!それは許可できん!」 瞬間、壁に掛けてあったパーソナルジェットを手に勢い良く飛び出そうとしたコズンをシャアが厳しい声で制したのである。 驚いた顔でコズンが聞き返す。 「な、何故です!?このままじゃ!」 「良く見ろ。開閉装置の真後ろにある圧搾空気タンクに炎が迫っている。恐らくあれは、数分持たずに爆発するだろう」 「・・・!」 コズンが見ると、確かにシャアの言う通り、先程の爆発で生じた炎が舐める様に圧搾空気を表すアルファベットが書かれた中型のタンクを覆っている。 その一部は既に熱で変形しているようにすら見える。 「ランバ・ラルから預かった大事な部下をむざむざ危険な場所にやる訳にはいかんのだ。これからの事もある。無駄死には、許さん」 「・・・・・・!!」 手動装置が爆発に巻き込まれて使用不能になる前に作動させなければ潜水艦の退路は絶たれてしまう。しかし・・・ ぎゅっと唇を噛んで絶句したコズンの手からシャアは通信機を抜き取った。 「シャア・アズナブル大佐だ。手動スイッチ周辺が現在極めて危険な状況にある。 我々はこれ以上、手を貸す事ができない。悪く思うな」 『・・・いえ。これまでの御協力を感謝します。我々の事はお気になさらず脱出して下さい。こちらは、私が何とかします』 「・・・健闘を祈る」 クランプ、アンディ、コズンからの絶望的な視線を受けながらシャアは冷徹に通信を切った。 部隊長としての判断は間違ってはいない。そう自嘲しようとしたシャアの眼がその時、信じられない物を見るが如く見開かれた。 潜水艦上部のハッチが再び開き、そこから赤い髪をふたつのおさげに結わえた少女が飛び出したのである。 それは、シャアに哀れみの視線を向けて可哀相だと言った、あの、そばかす顔の少女だった・・・! 740 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/07(木) 19 41 39 ID NzTR5ps.0 シャアが見る間に少女は自ら出て来たハッチを閉めると、勢い良くタラップを駆け降り、ステップを伝って手動開閉装置に向かって走り出した。 「おいバカ!何やってんだあいつは!?」 コズン達も仰天している。今その場所に近付くのは自殺行為だというのはタンクの周囲で燃え上がる炎を見れば素人だって判る筈なのだ。が、少女は走るスピードを緩めない。 その時再び、シャアの持つ通信機にドアンからの呼び出し音が響いた。 『通信を横で聞いていたミハルが勝手に出て行ってしまった! スイッチを手動で動かすつもりだ!頼む!彼女を止めてくれ!!』 「何だと・・・自から望んで危険な場所に赴くというのか!?何故だ!?」 「仲間の為ですよ!」 顔を伏せたままのクランプが大声を出した。驚いた様にシャアが振り返る。 「・・・損得や理屈抜きに、あの子は皆を助けたいと思ってるんでしょう」 「馬鹿な!」 仲間と言っても所詮は赤の他人に過ぎない。 いくら仲間が助かったとしても、自分自身が死んでしまっては意味が無いではないか。 誰だって自分が一番可愛い。どんなに綺麗事で飾ろうと、土壇場で人は自らのメリットを考えて行動するものだ。 それなのに、何故あんな人間がいるのだ。 シャアはふいに眩暈を感じた様にふらついた。 それはシャアの中に巣食うシニカルな何かが否定された瞬間だった。 これまで心に刻んで生きて来た普遍的な認識が、目の前の少女の行動でがらがらと音を立てて崩れてゆくのが判る。 勢いを増す火勢に煽られながらもミハルは何とか装置の前に辿り着いた。 少女はためらい無くコンソール中央に設えられた大きなレバーに手を伸ばす。が、ビクともしない。全体重を掛けて思い切り引いてみたが、一ミリすら彼女の力では動かす事ができなかった。 炎は既に彼女の背後まで迫り、熱で炙られたミハルの全身からは珠の様な汗が噴き出している。 この場所にドアンを来させる訳にはいかなかった。 彼にもしもの事が起きれば、潜水艦を操縦する人間がいなくなってしまうからである。 『ミハル!聞えるか!?何て無茶をするんだ!!』 「ドアン!?」 コンソールパネルには固定式の通信機が組み込まれている。これによりオープン回線で潜水艦内の人員と外部の作業員が直接会話できる仕様になっているのだ。 ミハルはすぐに突き出ているマイクに口を寄せた。 「操作が良く判らないんだ!レバーがびくともしないんだよ!」 スピーカーの向こうでドアンがぐっと息を呑むのが判った。 事ここに至ってはミハルの無茶な行動を叱り付けるのは後回しだった。 『・・・良く聞いてくれ。まずパネルの右上にある透明なカバーを弾き上げて中の赤いボタンを押すんだ。 そうすると大きなレバーの右横にあるランプがグリーンに変わる筈だ』 「・・・うん、緑に変わった!」 『これでレバーは動かせる筈だ。やってみてくれ』 「あ、やった!動く動く!これでいいの?」 『レバーを最下段まで押し下げたら今度は・・・』 その後幾つか与えられたドアンの指示をミハルは的確にこなし、遂に手動操作は完了し、潜水艦の前面にある隔壁がゆっくりと開き始めた。 「あはは!やったあ!扉が開いたよドアン!」 『手動操作でゲートを開いた場合、シーケンスは全自動で行われるから、モタモタしていると潜水艦は隔壁間に閉じ込められてしまう。ミハル、急いで戻って来てくれ!』 「わかっ・・・・・・・・・!」 身を翻したミハルの背後にあったタンクが爆裂したのは、その時だった 741 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/07(木) 19 42 35 ID NzTR5ps.0 強烈な圧力がミハルの身体を跳ね飛ばし、彼女は驚いた表情のまま、不自然な態勢で空中に舞った。 衝撃でほどかれた髪の毛が広がり、眼前を弄って前方に流れるのを見たミハルは、ああ、髪の毛を少し切りたかったなと少しだけ残念に思った。 見る間に視点は天地が逆となり、ミハルは自分が頭から落下しているのだとぼんやり認識した。 この態勢ではどうあっても助かりそうも無いと彼女はまるで人事の様に諦観し目をつぶった瞬間―― ドサリと彼女の身体を包み込む様な衝撃が被ったのである。 驚いて目を開けるミハルの顔の前に、あの無表情な仮面があった。 「ミハルと言ったな?賢くは無い行動を取ったものだ」 「あ、あんたは・・・!」 ミハルは仮面の男に抱きかかえられる格好で宙を飛んでいたのである。 信じられない思いでミハルが首を巡らすと、男の背中にはジェットパックらしき物が装備されているのが見えた。 どうやら彼はこれで空を飛んで来、爆発で吹き飛ばされたミハルを地上スレスレでキャッチしたらしい。 ミハルは思わず息を呑んだ。彼が背負っているのはどう見ても一人用らしきパーソナルジェットである。 こんな真似は神業に近いのだという事は、彼女にだって判る。 続いて二本目のタンクが爆発した瞬間、仮面の男は空中で姿勢をぐるりと変え、ミハルを庇い爆風に自分の背中を向ける姿勢を取った。 「ぐっ・・・!」 「あっ!?」 爆風をもろに背で受ける格好となった仮面の男の頭に何かの破片がぶつかり、男が被っていたヘルメットと共にヘッドギア状のマスクを弾き飛ばした。 その右肩にも鋭い金属片が突き刺さったのを見て、ミハルは小さく悲鳴を上げる。 しかし男は事も無げに手にしていた通信機を口に当てた。 「ミハルという娘は無事保護した。こちらは何の問題も無い」 『大佐!!・・・感謝します・・・ありがとう・・・!!』 ミハルの耳にも通信機の向こうからはドアンの安堵した声が聞えた。 「もう時間が無い。この娘は我々の部隊が預かろう、行け!」 『それは・・・いえ、判りました。口幅ったい様ですが、シャア大佐を信用致します。ミハルを、よろしくお願いします』 「ドアン!」 通信機に顔を近づけたミハルに、ドアンから大佐と呼ばれた男は通信機を向けてやる。 『ミハル、気を付けて行くんだぞ。ジルやミリーは任せろ、この戦争が終わればまた逢える』 「うん!うん!ドアンも元気でね!ララァやみんなも!」 742 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/07(木) 19 43 18 ID NzTR5ps.0 潜水艦が沈んで通信機にノイズが掛かり、会話ができなくなると、シャアは手近な地上に降り立ち膝をついた。 素早く彼の腕から降りたミハルは、シャアが勢い良く肩に刺さった鉄片を抜き取るのを見て思わず目を背けた。 破けた軍服からは血が流れ出しているが、生地の色が赤い為、注意して見なければ全く見分けが付かない。 「私がケガをした事を、他の人間には絶対に話さないでいてくれ」 「え・・・で、でも・・・!」 「部下にリスキーな行動を禁じた私が、リスキーな行動でケガをしたのではサマにならん。 私にも面子というものがあるのだ」 ミハルは、強がりながら痛みを堪えて苦笑いしているシャアの顔をまじまじと見つめた。 あの冷たく無表情に見えた仮面の下には、こうも人間らしい表情を浮かべる素顔があったのだ。 「シャア大佐!ご無事ですか!」 慌てて駆け寄ってくるクランプら三人がそばに寄る前に、シャアはポケットから予備のマスクを取り出して素早く装着し、立ち上がった。 「みっともない所を見せた。ヘルメットが無ければ即死だったかも知れんな」 「いやいや!さすが大佐だ!あんな芸当は大佐以外誰もできませんぜ!」 「パーソナルジェットを引っ掴んで大佐が飛び出した時はどうしようかと思いましたよ!」 「潜水艦も無事出奔したみたいで何よりです。我々も急いで脱出しましょう」 コズンやクランプ、アンディと会話するシャアの挙動はキビキビとしており、肩口に裂傷を負っている様にはとても見えない。 ミハルはその場にいる兵士とは全く違った眼差しをシャアに向けていた。 「ん、そう言えばこの娘は?」 「戦場では民間人を可能な限り保護する義務がある。我々と行動を共にさせるしかあるまい」 明後日の方向を向きながら冷たく答えたシャアを見て、ミハルはくすりと笑みを漏らした。 何だか目の前に立つシャアが、意地っ張りのガキ大将に見えたのである。 「みんなを助けてくれてありがとう。あたしはミハル・ラトキエ。よろしくね」 そう言いながら一同に向けてぺこりと頭を下げたミハルを、シャアはさりげなく肩越しに振り返って見つめていた。 788 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/17(日) 16 23 50 ID NrK.Pzgw0 「だから駄目だって言ってるだろう!この車両は譲れない。他を当たってくれよ!」 サムソントップの側窓から上半身を乗り出した姿勢で眼下を見下ろしながら、やや困った様に、しかし断固とした強い口調でバーニィは声を張り上げた。 「頼む!怪我人がいるんだ!搬送用のエレカが足りない。このトラックなら大勢の人間が運べるだろう!?」 地上から見上げ、バーニィに懇願している男の着ている白衣は泥と血で汚れている。 その姿は施設から命からがら逃げ出して来た状況を雄弁に物語っており、必死な口調のなによりの証明であった。 しかし、バーニィは厳しい表情で頑なに首を振ると、助手席に置いてあったマシンガンを男に掲げて見せたのである。 「駄目と言ったら絶対に駄目だっ!それ以上近づくと実力で排除せざるを得ないぞ!」 見るからに童顔で人の良さそうな青年兵士に突然突きつけられたマシンガンの銃口に、白衣の男は顔を引き吊らせた。 「お、お前は鬼か!人でなしめ!」 「何と言われようが駄目なものは駄目なんだ!」 同じ様な用向きの申し出を、こうして威嚇込みで断ったのはもう何人目だろうか。 大声で悪態を吐きながら退散して行く白衣の男の後ろ姿を見ながらバーニィは小さくため息をつきながら目を転じた。 今や施設のあちこちは倒壊し、火の手こそ見えないものの薄ぼんやりと煙が周囲に立ちこめている。 先ほどから、慌ただしく何台もの車両がサムソントレーラーの前を通り過ぎてゆくのが否応なく目に入っている。 そのどれもが施設から脱出して来た施設職員を乗せている。 施設内に爆発物が多数仕掛けられている事が明らかになった為、一時的にジオン軍御用達の港湾施設にケガ人を含む関係者全員を避難させる事になったらしかった。 しかし施設に配備されていた車両は思いの外少なく、小型車両でのピストン輸送を余儀なくされていた。 元来他人と歩調を合わせるのを苦手とする研究員達は我先にと車両に殺到し、そこには殺伐とした争いすら生まれていたのである。 更にはパニックに陥っている施設職員達をまとめ上げるリーダーがいないという事態が混乱に拍車をかけた。 施設の長たるクルストの失踪と、ニムバスら屍食鬼隊MSの暴走によって保安要員が壊滅してしまった為である。 入り乱れる車両の中には民間業者も混じっていた為、今や施設の表門から搬入口にかけては、入れ替わり立ち替わり出入りする車両で大混乱の様相を呈していた。 表からこそ見えないものの、施設の裏手に目を移せば飴細工の様にひしゃげ曲がった防護フェンスが張られたままの中庭には未だ無残な姿を晒したままの亡骸が累々と転がったままの惨状であった。 だが、何があろうとこの車両を明け渡す訳にはいかない――― そう気合を入れ直したバーニィの顔が、パッと輝いた。 シャア達クルスト捜索部隊が続々と施設から戻って来たのである。 789 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/17(日) 16 25 07 ID NrK.Pzgw0 「ご苦労だったワイズマン伍長」 「はっ・・・!」 眼下から掛けられたシャアの声に万感の想いを込めて敬礼で答えたバーニィは、一行の中に見慣れない少女がいるのを見て眼を丸くした。 「あたしはミハル・ラトキエ。よろしくね」 クランプに手を引かれて後部ペイロードのドア前までよじ登った少女は、運転席から身を乗り出して見ているバーニィに笑顔を見せた。 「あ、ああ。バーナード・ワイズマン伍長だ」 「いい子だろう?ああ見えて、お前より勇気があるかも知れないぜい?」 「わっ!な、何すんですかコズン中尉!」 事態が今ひとつ理解できず呆けた様に答えたバーニィを車内に押し込めながら、コズンが強引にドアを開けて運転席に乗り込んで来たのである。 「だがな」 自分の尻でシートの横へ横へと押し退けたバーニィにコズンは顔を寄せた。 何事かとバーニィは身を軽く竦ませる。 「間違ってもあの娘に手を出そうなんて思うな。あのミハルって娘はシャア大佐のお気に入りなんだからよ」 「はぁあ!?」 上半身だけコズンにのし掛かられた状態でバーニィは眼を白黒させた。 さっきチラリと見ただけだが、あんなどう見てもイモ臭い、いや、垢抜けない顔をした少女が「あの」シャア大佐に釣り合うとはとても思えない。 「いやでも・・・え?嘘でしょう?」 「バカヤロウ、俺には判る。お前は男と女の、ひいては人生の機微って奴を知らんだけだ」 「そんなもんですか・・・・」 複雑な表情を見せながら、バーニィはコズンの身体を押し戻すと、襟元を緩めてシートに座り直した。 シャアとミハルの一連のやりとりを知らないバーニィには、今は人生の先輩たるコズンの言い分を拝聴するしか術は無い。 790 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/17(日) 16 25 54 ID NrK.Pzgw0 「ハマーン!来たよ!」 「ミハル!!??」 サムソントレーラーの運転席とは防弾壁で仕切られた後部ペイロードでシートの片隅に身を縮め、心細さのあまり自らの両肩を抱いて震えていたハマーン・カーンは、ドアを開けるなり両手を広げて駆け込んで来たミハルに驚きながらも抱きついた。 「ごめんよハマーン!寂しかっただろ?ごめんよ・・・」 「~~~~~~~~~~~~~~~~・・・・・・」 ミハルの胸にぎゅっと抱き締められたハマーンの眼からは涙が溢れ、咽からは嗚咽が漏れ出るだけで言葉にならなかった。 その様子をミハルに続いて車内に入って来たクランプとアンディが優しい眼で見つめている。 「でもミハル・・・どうしてここに?みんなは?」 「みんな無事に逃げられたよ。大佐が、あたしとみんなを助けてくれたのさ」 涙でべしょべしょのハマーンの顔をハンカチで拭ってやりながらミハルは誇らしげに答える。 が、その途端にハマーンはさっと不安の色を滲ませた。 「大佐って・・・あの赤い色の服を着た・・・?」 「そう。シャア・アズナブル大佐。本当は、とっても優しい人だったんだよ」 くすくすと面映ゆそうに笑うミハルをハマーンは不思議な顔で見つめている。 偶然にもサムソンの運転席とペイロード、同じ車両上のそれぞれ独立した空間には、現在それぞれに怪訝な表情を浮かべた最若年層の2人が振り分けられていた。 そしてコズン言う所の人生の機微とやらを理解するには、まだまだ彼等には時間が必要らしかった。 聞くとは無しに彼女達のやり取りを聞いていたクランプの鼻の奥がツンと痛む。 彼等の主であるシャアを『優しい人』と評した少女に、少なからず心が震えてしまったのである。 不意に上を向いたクランプの肩に、アンディがにっこり笑いながらポンと手を置いた。 826 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/01(月) 01 27 23 ID 7eqOoE8g0 コックピットにアラームが鳴り響く。 急いで通信ボタンをONにすると、飛び込んできたのは興奮気味にまくし立てる若い声だった。 「アムロ。連絡が遅れてすまない! 今、全員が無事に帰還した。全てが上手く行ったぞ!」 「本当ですかバーニィさん!それじゃドアンさんや子供達も・・・!」 バーニィからこれまでの経緯を含め、全ての事情を説明されていたアムロにとって、それは待ちに待っていた嬉しい知らせだった。 RX-78-XXのコックピットでアムロは小躍りしたくなるのを必死で堪える。が、弾む声までは抑える事ができない。 「おーう、無事に全員が脱出して行ったぜぇ」 「コズン中尉!」 「お、全員じゃねえな。約一名はこっちの預かりだった」 突然通信に割り込んで来た懐かしいコズンの声に、アムロの顔が更に笑顔になる。 どうやらバーニィの横から通信機をひったくったらしい。 アムロには最後のセリフの意味が判らなかったが、それを聞き返す前にいきなりコズンに怒鳴られてしまった。 「このバカ野郎が!みんなに心配かけやがって・・・!」 「・・・すみませんでした・・・・・・」 怒鳴りつつもコズンの声は、掠れていた。 深い安堵の沈黙が数秒間、まるで通信障害でも起きたかの様にサムソンとRX-78-XXのコックピットを包み込む。 瞑目したアムロの脳裏にはあの嵐の海での光景が焼き付いていた。 そう。この優しい人達と、再び会える保証は無かった。 改めて今、自分達は戦場にいるのだという事に気づき愕然としてしまう。 しかしだからこそ、この瞬間に、価値がある。 やがて、小さく一度鼻をすすり上げた音とへへへと言う照れくさそうなコズンの笑いがその沈黙を破った。 「詳しい話は後だ。早いところ戻って来い!さっさと、ずらかるぞ」 「そ、そうだ、ここに長居するのは危険なんだ。急げアムロ」 コズンの横から声を入れているらしきバーニィの声音も、何だかくぐもって聞こえる。 どうやら彼も、コズンとアムロの会話を聞いて感極まっていたらしい。 「それなんですが・・・」 「ん、どうした。何か問題でもあるのか?」 アムロの逡巡を感じたコズンの表情と声が変わる。 「それがですね・・・」 戸惑った様な声がアムロの口から漏れ出る。 先程から彼の目は、施設の中庭を映し出しているモニターに、正確にはその中の人影に釘付けになっていたのである。 827 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/01(月) 01 28 46 ID 7eqOoE8g0 ニムバス・シュターゼン大尉は、破壊された08-TX[EXAM]のコックピットからようやく這い出す事ができていた。 特異な形状のヘルメットを脱ぎ捨てた彼は、堪え切れずにその場で膝をつき、二度、三度と地面に向けて嘔吐する。 脳が痺れ、掻き出される様な不快感はまだ残留している。 涙を浮かべ胃の内容物を吐き出しながらニムバスはEXAM起動時の猛烈な違和感を思い起こし、こうして意識を保っていられたのがまるで奇跡の様だと思えるのだった。 実際、ニムバスの強靭な意志がEXAMに晒された自身の精神を繋ぎ止めていたのだが、現在彼の中に有るのは惨めな敗北感のみであった。 クルストからはEXAMとはパイロットのサポートシステムだと聞かされていた。が、実際は逆であった。 システム起動と同時にニムバスは身体をEXAMに完全に乗っ取られ、憐れな傀儡と化したのである。 クルストに騙され、填められたのだと気付いた時にはもうどうする事もできなくなっていた―――― しかしNTならぬニムバスにはアムロとハマーンの意識レヴェルの邂逅こそ感知できなかったものの、彼の身体を介して展開されたMS戦闘は明瞭に「感じ取る事」ができていた。 そして衝撃的な事に、彼の身体を乗っ取ったシステムの技量は荒削りながらも明らかにニムバスのMS操縦技術を凌駕していた。 にも関わらず、結局そのシステムが操るMSは眼前の敵に破れてしまったのである。 クルストにまんまと騙され、システムの支配に負け、システムの技量にも負け、そのシステムの操るMSも眼前の敵に破れ去った。 それは流石のニムバスも、自分の実力とは、たかがその程度のものだったのだと強制的に認識せざるを得ない程の、見事なまでの負けっぷりであった。 ニムバスの人生において、ここまで完璧に叩きのめされた経験はかつて無い。 いっそ清々しいと言える程の完膚なきまでの敗北に、悲しみの涙すら出ない。 さっき嘔吐しながら滲んだ涙は、そういったものとは質の違う涙なのである。 「ぐっ・・・・・・」 それでもニムバスは体の力を振り絞り、全てを投げ出し倒れ込む事無く立ち上がった。 自分は屍食鬼隊の隊長で有るのだという辛うじて残った責任感が、彼の意識を失わせる事をギリギリの所で拒んだのである。 自分の意識喪失中に何が起こったのか、彼の搭乗していたMSのすぐそばに一体、少し離れた施設の脇に一体、彼の部下が搭乗している筈の08-TX[EXAM]が無残な姿で転がっている。 もしMSの内部に部下が取り残されているのならば、隊長として放っておく事はできない。 ニムバスはふらつく足で手近な08-TX[EXAM]に近付くと、コックピットブロックの下を覗き込んだ。 MSは、うつ伏せに倒れ地面にめり込んでいる為にハッチを開ける事は不可能であった。 事態を確認するとニムバスは、自身の両手を使い、黙々とMS下の瓦礫をどかし、土を掘り始めた。 やがて手袋の先が破れ、指先に血が滲んだが気にもしない。まるでその行為が贖罪でも有るかの様にただひたすら彼は土を掘り続けた。 『あの・・・お手伝いしましょうか・・・?』 どの位の時間がたったのだろうか。突然背後から掛けられた外部スピーカーによる音声に、泥だらけになったニムバスは虚ろな瞳でのろのろと振り返った。 焦点の合っていなかった彼の目が、その巨体を見上げながら次第に正気を取り戻してゆく。 「連邦の・・・MSだと!?」 ニムバスはいつの間にか背後に立っていた白いMS――RX-78-XX――に向けて腰のホルスターから銃を抜きかけた。が、一瞬自嘲的な笑みを浮かべると、彼はどうでもいいとばかりに自らの銃から手を離したのである。 「・・・いや。どんな奴であろうが今は助けが有り難い。 すまんがこのMSを裏返してくれ。出来るだけそっと頼む」 『判りました。下がっていてください』 「恩にきる」 本人はそれに全く気がついていないが、プライドが異常に高く鼻持ちのならなかったかつてのニムバスを知る者が聞いたら耳を疑う様な台詞を彼はさらりと口にしていた。 “弱い自分”に余計な拘りなど意味が無い。それよりも使えるものなら何でも使わせてもらう。そして、そんな“弱い自分”を助けてくれる者には、素直に感謝する。 今や彼の思考は極めてシンプルであった。 徹底的に打ちのめされた事で余分な険と肩の力が抜けたニムバスは、憑き物が落ちたかの様に実に自然体であった。 828 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/01(月) 01 29 46 ID 7eqOoE8g0 やがて、小さな地響きを立てて仰向けにされたMSのコックピットハッチを開放したニムバスは、中にいたクロードを、同様にもう一体の08-TX[EXAM]からもクローディアを引きずり出す事ができた。 二人とも見た目に外傷は無い。が、ヘルメットを外され、地面に仰臥して寝かされたクロード、クローディア共、眼は開いているにも関わらず意識が無かった。 呼吸はしているものの半開きになった口からは涎が零れ落ちている。 ニムバスが何度も耳元で彼らの名を呼び、叫んでも二人の瞳は正気の光を取り戻す事は無かった。 やりきれない表情でその場にヘたり込み、がっくりとうなだれたニムバスの横手から、その時声が掛けられた。 「二人を表門まで運びましょう。今ならまだ病院に向かうエレカに間に合うと思います」 疲れ切った表情で見上げるニムバスの前には、少年とおぼしき赤毛のジオン軍兵士がしゃがみこんでいた。 学徒兵だろうかと一瞬ニムバスがいぶかしんだのも無理は無い。それほどその兵士は若かったのである。 しかしその瞳の色は深く、年齢にそぐわない落ち着いた雰囲気を醸し出している。 ニムバスには判る。これは断じて、うわついた若造にありがちな虚勢やハッタリではなく、堂々とした自信に裏打ちされた漢の目だ。 恐らく、この少年兵がくぐってきた修羅場は一つや二つではないのだろう。 自らを常に最前線に置き、死線を幾度も乗り越えて来たニムバスならばこそ、それが判る。 「なるべくコックピットには衝撃が伝わらない様に、皆さんのMSは無力化したつもりだったんですが・・・」 何気なく漏らした少年兵のつぶやきに、ニムバスの目が見開かれる。 「何だと!?それではまさか貴様が・・・あの06R-3Sのパイロットだったと言うのか!?」 「は、はい。でも06R-3Sは少尉と戦って壊れました。これは連邦軍からの鹵獲品です」 目の前の少年兵は、倒れ伏した08-TX[EXAM]の遙か後方に片膝をついて搭乗降着姿勢を取ったままでいる06R-3Sを指さし、彼の後ろに立つMSを見上げた。 「なんという・・・・・・」 【ジオンの騎士】を気取っていた自分は、こんな年端もいかぬ少年兵に叩きのめされていたのである。 もはやニムバスの口からは乾いた笑いすら出てこない。 いくらこの少年が戦場で経験を積んでいるのだとしても、踏んだ修羅場の数ならばニムバスには、ジオン軍の誰にも引けを取らない自信があった。 つまりそれは戦士としての資質の差―――― 「急ぎましょう」 内心の葛藤で動けなくなってしまったニムバスを促すように少年兵はクローディアを背負おうとしている。 我に返ったニムバスは急いでクロードを背負うと少年兵の隣に並び施設の表門に向けて歩き出した。 ここからだと、ひしゃげた破防壁を抜け、ぐるりと施設の建物を回り込んで行かねばならない。 829 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/01(月) 01 31 04 ID 7eqOoE8g0 「・・・貴様は、何故こんな所にいるのだ」 少年兵に視線を向けずにニムバスはポツリと訊いた。 それは、様々な事実を受け止めねばならない彼が飽和状態の思考の中で紡ぎ出した、あまりにも漠然とした問い掛けだった。 が、少年兵はその質問を、違う意味と捉えたらしい。しばらくの沈黙の後、彼もニムバスを見ずに口を開いた。 「最初は単なる意地でした」 そして少年兵はニムバスを振り向かずに言葉を続ける。 しかし口調が明らかに変わり、その顔には微かな笑みすら浮かんでいる。 「でも今は違います」 信念を宿した言葉には力がある。ほう、とニムバスは思わず彼の横顔に見入った。 羨ましい、と彼は素直に嫉妬し、苦渋に満ちた顔で赤毛の少年から目を逸らし口を開いた。 「私には、命を懸けて守ってやりたい女がいた。 私とは身分が偉く違うが・・・その女の為に戦う事に誇りと喜びを感じていたのだ」 「・・・」 少年兵は歩きながらニムバスの言葉をじっと聞いている。 「その女の為ならば危険な場所にも真っ先に飛び込んだ。 誰よりも長く戦場に留まってその女の歩く道を切り開こうとしたのだ。 余りに凄惨な現場に怯え、逃げだそうとした上官を手に掛けた事すらある」 「・・・」 「だがどうやら私は、その女に利用されたあげく、アッサリと捨てられてしまったらしい」 「そんな・・・」 衝撃を受けた様に少年兵は歩みを止めた。 ちょうど建物の角を曲がった直後である。そこは車両と人員がひしめき合う正面搬入口の外れに位置していた。 明らかに多数の怪我人を乗せていると判る中型のエレカに人を掻き分け近付きながら、ニムバスは言葉を続ける。 「別にその事はいい。私に力が無かったのと、人を見る目が無かっただけの話だ。 が、お笑い草なのは間違いない」 既にクレタ島に送られた時点で、キシリアにとってニムバスなぞ、どうなろうが構わない存在になっていたのだろう。 彼の崇拝するキシリア・ザビは、人体モルモットとしてニムバスをクルストに払い下げたのである。 状況を冷静に見れば、そうとしか考えられない。 今までは”状況を冷静に見る事”ができていなかっただけなのだ。自分の事を客観的に見るしかなくなった今ならば、認めたくなかった現実、知りたくなかった真実も受け容れる事ができる。 クロードとクローディアの2人を黙々とエレカのシートに座らせたのに続き、自分もエレカに乗り込もうとしたニムバスはしかし、運転席から顔を出した白衣の男に大声で遮られた。 「怪我人はまだいるんだ!ピンピンしてるあんたは後だ!」 「この2人は私の部下だ!」 ニムバスも大声で怒鳴り返すが、男は面倒臭そうに声を荒げた。 「軍人さん!病院行きの貴重なエレカのスペースにあんたを座らせる余裕は無いな! このエレカは心配しなくても港湾施設内のメディカルセンターへ直行する! 重傷者はそこからアレキサンドリア基地に搬送だ!悪いがあんたの出る幕はねえよ!」 つまり役立たずは去れと言っているのだ。 ニムバスは黙り込んで頷き、彼の部下達を一瞥してからエレカを離れた。 所在無いその姿に少年兵が思わず後ろから声を掛ける。 「待って下さい!大尉は、これからどうされるんです?」 「・・・見ての通り私の部隊は壊滅し、上司のクルストも姿を消した。 私はその責任と能力を問われる事になるだろう。 恐らく降格され、一兵卒としてオデッサの最前線に送られるだろうが、なに、それは望むところだ。 せいぜい派手に散り花を咲かせてやる」 「だ、駄目ですよ!」 凄絶な笑みで質問に答えたニムバスに、赤毛の少年兵は目の色を変えて詰め寄った。 その必死の形相を怪訝そうに見返すニムバス。 830 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/01(月) 01 32 52 ID 7eqOoE8g0 「絶対に死に急いじゃ駄目です!死に場所を勝手に決めないで下さい!」 「貴様に何が判る!私にはもう信じられる物は何一つ残っていないのだ!」 敬愛していたキシリアにも、直属の上司たるクルストにも、自身の実力にすら裏切られた、それは血を吐く様なニムバスの叫びだった。 「それでもです!」 「何だと!?貴様、私にこれ以上、生き恥を晒せと言うつもりか!!」 「そうです!無駄に死ぬよりはずっとマシだ!」 「貴様ッ・・・・・・!」 我知らず少年兵の胸倉を掴み上げていたニムバスはしかし、強い光を湛えた彼の瞳に射竦められた。 「殴りたいなら殴って下さい。 うまくは言えませんが僕は・・・いろんな人に命を救われたから『ここ』で生きています。 だから僕の命は僕だけの物じゃない。最後の最後まで足掻いて生きる義務がある。 あなただって、そうでしょう?」 「・・・・・・」 絶句したニムバスの脳裏に戦死して行った彼の部下達の顔が次々と浮かぶ。 確かにこのまま死んでしまっては、ジオンの栄光を夢見て死んだ彼等に合わせる顔が無い。 「ならば、私の部隊に来るがいい」 「!」「!?」 少年兵とニムバスの後ろにはいつの間にか真紅の軍服に身を包んだ仮面の男が立っていた。 二人とも会話に夢中になり過ぎてこの男の接近に全く気がついていなかったのである。 「シャア・アズナブル大佐だ。話は聞かせて貰った」 「・・・・!!」 「シャア・アズナブル・・・【赤い彗星】か・・・!」 まるで電光に撃たれた様に表情を無くした少年兵の横でニムバスは彼の名を複雑な表情を浮かべながら反芻した。 以前のニムバスであればジオンきってのエースに敵愾心をむき出しにしていた所だろう。 「私の部隊はこれからオデッサに向かう。パイロットは一人でも多い方が良い」 「ふ・・・員数合わせという訳ですか。なるほど、今の自分には、ふさわしいですな・・・」 既にプライドをずたずたに切り裂かれているニムバスにとって、もはやそこは憤慨するポイントではない。 が、やはり他人から下される自身の低評価には一抹の寂しさがある。 「それだけではない。もしかしたら貴様に【信じられる物】とやらを与えてやれるかも知れん」 「・・・軽く見られたものですな」 ニムバスの両目がすっと細まった。 自信は砕かれたが誇りを捨てた訳ではない。 ニムバスの瞳の奥に上官のシャアに対して剣呑な光が新たに宿った。 しかしその苛烈な光は生きる活力となり、消えかけていた彼の魂に再び火を入れる結果となった。 不敵な輝きを取り戻したニムバスの目が、信じる物は自ら見つけ出さねば意味などないと言っている。 恩着せがましく押し付けられた糧を跳ね除ける力ぐらいは、今のニムバスにも残っているのだ。 831 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/01(月) 01 33 59 ID 7eqOoE8g0 「私と来いニムバス・シュターゼン、貴様の噂は聞いている。 悪い様にはしない。今はこれだけしか言えんがな」 「判りました。しかし大佐の部隊に入るにあたって一つだけ条件があります」 そう言いながらニムバスは挑戦的な眼をシャアに向ける。 駄目ならダメで結構、上官侮辱あるいは不敬罪で処罰するなら勝手にしろという不敵な面構えである。だいぶ調子が戻ってきた様だ。 本来、上官に向かって条件を付けるなど言語道断の行為だが、今のニムバスの心境はある意味怖いもの無しであった。 仮に相手がギレン総帥であっても同じように注文を付けた事だろう。 「・・・言ってみるがいい」 この泥にまみれた男が一体どんな要求をするのか。興味深そうな声音でシャアが聞き返す。 しかしニムバスは一旦シャアから視線を外し、何と横に立つ少年兵を振りかえった。 「貴公の名前と階級を教えて頂きたい」 「あ・・・アムロ・レイ・・・准尉です」 「承知」 戸惑いながら答えた赤毛の少年を見てニムバスはニヤリと笑い、軽く頭を下げてからシャアに向き直った。 「私の階級など何でも結構。自分を、アムロ准尉直属の部下として配置して頂きたい」 「えっ・・・!?」 ニムバスの横には目を丸くした少年兵が立ちすくんでいる。 現在ニムバスは大尉でありアムロの遥か上官にあたる。 つまりニムバスはアムロの下に付く為にわざわざ自身の降格を申し出ているのだ。どう考えても正気の沙汰ではない。 しかしシャアは顎に手を当てると感心した様に口元を綻ばせた。 「なるほど。伊達に戦場を渡り歩いて来た訳ではないという訳か、慧眼だな」 「私は今、放り捨てた命をアムロ准尉に拾われ突き返されたのです。 ならばその命、有効に使わせて頂く所存」 「ま、待って下さい!僕に部下なんて・・・!」 「良いだろう。准尉を筆頭に小隊を組む場合はその様に取り図ろう」 「有り難き幸せ」 焦るアムロを尻目に畏まった拝礼の姿勢を取ったニムバス。彼の入隊はそれで決まってしまった。 832 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/01(月) 01 34 36 ID 7eqOoE8g0 シャアに促されサムソンに向かうニムバスの後姿を見ながらシャアは――― 始めてアムロ一人だけに向き直った。 「アムロ君と言ったな?君と、こうして生身の身体で相対するのは、初めてだな」 辺りには慌しく行き交う人々の喧騒と次々通り過ぎるエレカの巻き起こす砂煙が濛々と立ち込めている。 こんな雑踏の中での邂逅など予想してもいなかった。が、今はこの騒がしさが逆に有り難いと2人には思える。 「まずはアルテイシアの事、礼を言う。君がいなかったなら、私は恐らく木馬を撃墜していただろう」 シャアは完全にアムロがガンダムのパイロットだという事を前提に話をしている。 凄い自信家なのだなとアムロは思う。だが傲岸ではない。その推量は正しいからだ。 「いいえ。僕は僕のやれる事をやっていただけですから」 気負いは無い。そして以前戦っていた時と比べて随分安定している。そうシャアはアムロを分析した。 落ち着きが出た分、凄みを増しているのだ。 「私は、木馬に関して君の取った行動の理由をいまさら聞こうとは思わん。 君が私と共に戦う同志となった。その事実だけで、十分だ」 「・・・!」 シャアの言葉にアムロは驚く。何と、さも愉快そうにシャアが笑っているではないか。 これは決して演技などではない、まるで恋焦がれた思い人をようやく手に入れたかの如く、シャアは心の底から自分という人間を歓迎しているのだとアムロは直感した。 「君は、君の信念で戦え。そして、君にしかできない事をやってみせろ」 「僕にしかできない事・・・」 シャアの言葉はアムロの肩に入りかけていた余分な力を抜くのに十分だった。 この人の下でやっていけるかも知れない、そう思わせる何かがそこにはあった。 「良く来てくれたアムロ・レイ。頼りにさせて貰うぞ」 「はい、よろしくお願いしますシャア・アズナブル大佐」 それはシャア、アムロ共に、自身が驚くほど素直な言葉だった。 そしてまるで磁石が引き合うかの様に、自然と差し出されたシャアの右手をアムロも自然に握り返した。 ――――遂に両雄は並び立った。 連邦とジオンのトップエースがここに、轡を並べたのである。 893 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/15(月) 01 18 46 ID MXT8s4bM0 [2/5] 「皆さん!お久ぶr」 「うらァ!」 「わぁっっ!?」 ペイロードのハッチを開け、勇んでサムソンに乗り込んだアムロは、内部にいた懐かしい面々を前に頬を上気させ敬礼しようとした瞬間、大声で笑いながら親しげに近付いて来たコズンに・・・突然ヘッドロックを決められて目を白黒させた。 「捕まえたぞコノヤロウ!さあ!俺達を心配させた罪を償いやがれ!」 サムソンの広いサルーンの中、コズンはヘッドロックをガッチリ決めたまま嬉しそうにアムロを振り回し、クランプやバーニィもそれに参加してアムロを寄ってたかってモミクチャにする。 そんな眼前で繰り広げられている手荒い祝福のシーンを、ミハルとハマーンはこれが軍隊式なのかしらと呆れ顔で眺めている。 何せその場の全員が、なにより弄くり回されているアムロ本人がやたらと幸せそうにしているので、諫めるのも何だか憚られる風情だったのだ。 が、しかし――― 「スキンシップはもうその辺で良かろう。准尉への狼藉をこれ以上、見過ごす事はできんな」 頃合を見計らった様に、部屋の隅から進み出て来たニムバスが、アムロの頭を抱え込んでいるコズンの肘に何気無い仕草で手を置いた。 「うお痛てぇっ!?」 途端、肘から先にまるで電流が奔った様に感じたコズンは慌ててアムロを開放したのである。 曲がった肘関節の隙間を触れると腕神経に直接刺激を与える事ができる。 どんな怪力の持ち主であろうと、この際の電流にも似た激痛に耐えて筋力を保持する事は不可能なのだ。 学生の頃、学校の椅子の背もたれに肘の関節をぶつけて指先に電流が奔り、持っていたペンを取り落とした時の記憶が鮮やかにコズンの脳裏に甦った。 しかしこの動作を狙った相手に対して一瞬のうちにこなすには、それ相応の知識と経験が必要であることは言うまでもない。 この技は主に掴み合いになっている喧嘩の仲裁をする時などに揮われる。つまりはこの男、相当に鉄火場慣れしているのである。 「准尉、お怪我はありませんか」 「あ・・・いえ、はい、大丈夫ですニムバス大尉」 「それは何よりです」 恐縮して頭を下げるアムロに対して余裕の笑みを見せながら、あくまでも慇懃な態度を崩さないニムバス。 それはどう見ても時代がかった主従関係にしか見えない。もちろん主がアムロで従がニムバスという構図である。 こいつは何がどうなってやがるんだとコズンは痺れの残る腕をさすりながら、怪訝な顔でクランプやバーニィとしきりと顔を見合わせている。 彼等の様子を後ろから眺めながら、ミハルとハマーンはつい先程ニムバスが単独でこのサムソンに乗り込んで来た時の事を思い出していた。 泥の様な睡魔に抗いきれずシートの片隅でハマーンと頭を預け合ってウトウトしていたミハルは、外部に通じるハッチが開いた音で目を覚ました。 しかしその途端、ハマーンの身が小さく強張り、微かに震え出したのである。 彼女の視線の先には今しがた入ってきたばかりの男がいる。一体どうしたのだろうとミハルが不審に思ったのも無理からぬ事であった。 「本日よりこの隊にアムロ准尉の部下として配属されたニムバス・シュターゼン大尉だ。宜しく頼む」 ニムバスと名乗った金髪の男は厳しい顔でそう言い放ったかと思うと、呆気に取られる一同を無視してペイロードの奥のシートを陣取り、高く足を組み上げ、何と腕組みしたまま瞑目してしまったのである。 そのポーズはつまり他者との会話の拒否、を表明しているのだろう。取り付く島が無いとはこういう態度の事を言う。 このニムバス、階級こそクランプと同じ大尉ではあるが、その何者をも寄せ付けない刺々しい雰囲気はクランプとは対照的であった。 突っ込み所満載であるその発言にも、大尉と言う階級とその物腰から誰も疑問をぶつける事ができない。 突如現れた異分子に、場の雰囲気が次第に重苦しくぎこちないものへと変わって行った――― しかし、そんな正体不明だった男が今、アムロと談笑しているのだ。 まあアムロは少々戸惑い気味にも見えるが、全くもって周囲の人間には訳が分からない。 894 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/15(月) 01 19 35 ID MXT8s4bM0 [3/5] 「い、いやしかしアムロが無事で本当に良かった。フェンリル隊の皆もこれを知ったらきっと・・・」 「待て貴様。准尉に対してその口のきき方は何だ」 「うえっ・・・?」 白けかけた空気を読み、アムロへ勤めて明るく声を掛けたバーニィはしかし、ニムバスに睨まれ逆に凍りついてしまった。 「貴様の姓名と階級を聞いておこうか」 「バ、バーナード・ワイズマン・・・伍長・・・であります」 「何だと!?伍長のくせに貴様・・・!」 「や、やめて下さいニムバス大尉!バーニィさんには僕の方から敬語はやめて欲しいとお願いしたんです!」 色を失ったバーニィと激昂するニムバスの間に割り込んだアムロだったが、ニムバスは厳しい顔を崩さず、噛んで含める様にアムロに語りかけた。 「いけません准尉。いくら年下だとはいえ、軍隊において階級は絶対の基準なのです。 仲が良いのは結構ですが、馴れ合いが過ぎると知らず知らずのうちに部隊の士気が緩みます。 それにこんな様子が他の部隊に知れたら物笑いの種になるどころか、我が部隊の信用は確実に失墜する事になるでしょう」 「まさかそんな・・・」 「事実です。規律の甘い部隊が戦場でヘマをやらかす場面を私は何度もこの目で見てきた。 もしも私が他部隊の隊長ならば、そんな部隊には安心して背中を預けられない。 そうなれば事はもう准尉や伍長だけの問題では無くなるのです」 舌鋒は鋭いが、ニムバスの言は極めて正論であった。 アムロ、バーニィはもちろんコズンやクランプすら一言も言い返す事ができない。グゥの音も出ないとはこの事だった。 確かに彼等の所属するラル隊は他の部隊と比べて比較的自由な気質がウリだ。 それは軍属でもないハモンを部隊に同行させている事などからも明らかだ。 が、自由と奔放は違う、そこにはやはり確固としたケジメが必要であるのだと、ニムバスは言外に言っているのだった。 クランプやコズンはアムロに対して軽口を叩くバーニィをまるで問題視していなかった。 しかし、それはある意味、ラル隊の自由に慣れきってしまった結果の、軍隊感覚の麻痺、であったとは言えないだろうか。 例えばバイコヌール基地で出会ったシーマ・ガラハウの部隊も、現在は曹長であるジョニー・ライデンを副指令格として重用していたが、かの部隊は基地指令シーマ直々の裁量で「部隊内に限り」という制限付きで、実績実力が共に申し分の無いライデンにある種の特務権限を与えている稀なケースに過ぎない。 ラル隊における部隊長ラルとハモンの関係も、似て非なるものではあるがまた然りだ。共にあるのは権限を握るトップの意向と覚悟である。 アムロとバーニィという、いわゆる下っ端兵士の個人的な関係である今回のケースとは事情は全く異なるのである。 895 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/15(月) 01 20 47 ID MXT8s4bM0 [4/5] 参ったなとガックリうなだれながらもクランプは、ニムバスの糾弾を密かに有り難いと感じていた。 どんなに留意していても、ラル隊の様に孤立した部隊の中では、どうしてもタガが緩むのである。それがいずれ重大なミスを引き起こさないとどうして言えるだろう。 贔屓無し、完全に第三者からの目線。時には外部からのこういった強烈な指摘が秩序の維持には必要なのだ。 もちろん、それを糧にして部隊を再度引き締める事ができるかどうかはその部隊の資質次第ではあるのだが・・・ きまりが悪そうに頭を掻くコズンを筆頭に、消沈してしまったラル隊の面々を前に、しかしニムバスは少しだけ表情を和らげた。 「ですがこの部隊のチームワークの良さは伺えます。互いが信頼という絆で深く繋がっている部隊は、強い」 弾かれた様にラル隊の全員が顔を上げた。 そうそうその通り俺達けっこうやりますよと全ての顔が言っている。 「要は自覚と切り替えがきっちり出来ていればいいという事だ。今後はそれを肝に銘じておけワイズマン伍長」 「はっ!了解でありますニムバス大尉!」 感激し背筋を伸ばして最敬礼を向けるバーニィに頷きながらも、ニムバスは砕けた様に苦笑した。 「ふふふ。だが偉そうな事を言うのもここまでだ。実を言うと私は近く降格される予定なのでな」 「何と・・・」 アムロを除き、仰天する一同。こういう場合、当の本人には一体何と言えば良いのだろうか。 「諸君より階級が下になったらこき使ってくれて構わん。遠慮は無用で頼むぞ」 「いや、そう言われましても・・・」 いやいやいやとアムロを除き今度は恐縮する一同。 理屈はそうかも知れないが、ニムバスの言葉をいくらなんでも額面通りに受け取る訳にはいくまい。 いくら降格が宣言されていようが、今この場所で全員が説教されたばかり。しかも現在は未だ大尉なのであるからしてゾンザイな口調で答えるのも憚られる。 それどころか、本当にニムバスが降格されたとしたら、彼に対する以後の対応が非常にややこしく面倒臭い事になるのは明白であった。 「どうした、何の騒ぎだ?」 その時、開けっ放しになっていた運転席に通じている小さなハッチからアンディが顔を出した。 そのあまりにノンキな声音と顔を出迎えたのは、一同の吐き出す声無き溜息の合唱だった。 「揃ったな」 そこへ丁度外からシャアが入って来、この場にいるメンバー全員が一同に会する事になった。 「ん、どうかしたのか?」 いえ何の問題もありませんと少し疲れた顔でシャアの問いにクランプが答えると、一同はそれぞれに頷いた。 実は問題は大有りなのだが、それを言っても詮無い事だ。 「どうやらクルストにはまんまと逃げられたらしい。我々は一歩遅かった様だ。 港には網を張っているが、クルストが引っ掛かるかは保障の限りでは無い。 そこで我々はこれより再度トレーラーを接続し、連邦より鹵獲したMSを積み込んだ後ザクソンに向かう。 が、その前に、中庭で破損しているMSは爆薬で完全に破壊し、施設に残された医薬品や食料その他の使える物資をできるだけトレーラーの空いているスペースに積み込まねばならん」 「なるほど。補給が滞りがちなラル隊への土産と言う訳ですな?」 コズンがニヤリと笑うとシャアもそうだと口元を緩めた。 「これからオデッサに向かう我々が、どうせ廃棄される貴重な物資を有効に使ってやろうと言うのだ。誰にも文句は言わせんさ。 やっている事は火事場泥棒と、そう変わらんがな」 少々自嘲気味なシャアの言葉に一同も思わず笑いを漏らす。ジオン軍にとって物資一つは血の一滴にも等しいのだ。 一気に和やかになった空気の中、アムロは自分を見つめているハマーンの視線に気が付いた。 と、彼女はちらりとアムロの横に立つニムバスへと視線を向けた。心なしかニムバスの人となりに安心した様に見えるのは決して思い過ごしでは無いだろう。 彼女とは、EXAMの介入無しで改めて話をしてみたい。きっと・・・ 「よし、それじゃアムロ准尉!とっとと仕事に掛かりましょうか!」 「あ、ま、待って下さいバーニィさん!」 バーニィはアムロの背中をぽんと叩くといち早く外部へ通ずるハッチを開けて出て行ってしまった。 彼にとってこの対応がニムバスの言うケジメであり、アムロに対する態度の落とし所なのだろう。 アムロは一瞬ハマーンへ視線をやったものの、バーニィに遅れじと、急いでハッチを潜り抜けると彼の後を追った。 920 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/21(日) 19 22 42 ID 6rGhjt.E0 [2/4] 施設での残務作業を終えた一行は、サムソントレーラーにRX-78-XXを搭載すると一路、マッドアングラー隊が軍港として秘密理に使用しているザクロスに向かった。 小湾ザクロスは表向きクレタ島がジオンの管理下にある事を隠蔽する目的で設置された拠点であり、この島において最大の港であるイラクリオンのちょうど反対側に位置していた。 先のコロニー落下による被害で放棄された港であり、辺り一帯に民家も無く、現在港湾施設は朽ち果てるに任せた状態で封鎖され、民間人の立ち入りは禁止されている。 しかしザクロスはクレタ島の中でジオン軍の集積基地のあるロドス島に向かうに最も適した地であり、オデッサ、アレキサンドリア両基地にも海路で比較的容易に行き来する事ができるという正に秘密基地としては絶好の条件を兼ね備えていたのである。 今回、施設の避難者達を乗せた車両は全てイラクリオンに向かった。 これはザクロスがあくまでもシークレットポイントであるという点と、メディカルセンター等の施設は全てイラクリオンに集中していた為であった。 日が暮れる頃ようやくザクロスに辿り着いた一行は、港の片隅にうち捨てられているかの様に佇む、うらぶれた3階建てビルに隣接した大型ガレージの中にサムソントレーラーを収納し、シャッターを下ろすとようやく一息つく事ができた。 規模は小さいがこの建物が実質、地中海におけるマッドアングラー隊のアジトである。 今回ブーンを筆頭とするマッドアングラー本隊は、シャアの指示で配備されたMS全てと共にイラクリオン港を海上で封鎖する為に出払っており、現在この地にいるのは彼等のみであった。 「手の空いている者はコンテナを下ろすのを手伝ってくれえ」 締め切られたガレージ内に響くコズンの呼び掛けに、サムソンを降車して思い思いのポーズで身体を伸ばしていた一行の中からすぐにバーニィとアムロが応じ、ニムバスもアムロに続く形で作業に加わった。 シャア、クランプ、アンディの面々は何事かを話しながら隣接しているビルの入り口に向かって歩き始めている。 その時リフト作業車に向かおうとしていたコズンに小走りでミハルが近付き声をかけた。 「あたしも何か手伝うよ」 「いや、お前さんにはこのビルの厨房へ行って皆のメシを作って貰いてえんだ。食材はこの中から適当に見繕ってくれ」 コズンはそう言いながら自分の後ろに降ろされたばかりのコンテナを親指で指し示した。 ミハルがコンテナに歩み寄って確認すると、いくつかの中型のコンテナの上部は開いており、中にはジャガイモを始め数種類の野菜や真空パックされた肉類がぎっしりと入っているのが確認できた。 ミハルの後ろについて来たハマーンも、興味深そうにコンテナを覗き込んでいる。 「俺達はこれから今後の打ち合わせをする予定なんだが、その時に食事も一緒に済ませたい。何か手軽に食べられるもの、頼めるか?」 「判った。やってみるよ」 「わ、私も手伝うよミハル!料理なんて作るの・・・初めてだ」 きらきらした眼で服の裾を掴むハマーンにミハルはにっこり笑って頷く。 あの時、アムロをなんだか妙に意識していたハマーンに、隣にいたミハルはすぐに気がついた。 2人の間に何があったのかは全く判らなかったが、きっとアムロに対して何らかのきっかけをハマーンは欲しがっているのだろう、そうミハルには思えたのである。 何せ、あの後結局アムロはトレーラーの荷台にバーニィ等と乗り込んでしまった為、ペイロードにいたハマーンとは顔を合わせる事もできなかったのだ。 この事がその取っ掛かりになればいいねとミハルは心中密かにエールを送り、微笑ましい気持ちで真剣な表情のハマーンを見つめた。 921 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/21(日) 19 23 16 ID 6rGhjt.E0 [3/4] 盛り上がっている女性陣の様子を見ていたコズンは頭を掻きながら苦笑する。 施設ではボサボサに乱れていたハマーンの髪は、ミハルによって今は前髪を残した形で綺麗に整えられ、高い位置で結わえられた可愛い二つのお下げになっている。 コズン達の目前で爆風でほどけたミハルの髪も、彼女自身の手で、こちらは元通り低い位置でのお下げに整えられていた。 むさ苦しい男達の中で黙々と髪の手入れをする少女達の様子は気高く、その場の男共に何とも言えない新鮮な感動をかき立てていたのである。 「あ~普段ロクな物を食ってねえ俺達軍人は、常にうまいメシに飢えてんだ。お2人さんには期待してるぜい」 照れ隠しでミハルをからかう様にコズンはおどけて笑うと踵を返し、後ろ手を振って作業に戻ろうとする。 「ミハル!何にしよう?何を作ろう?何を作るの?いっぱい作れるよ?」 「あはは落ち着いてよハマーン。ここにある材料を一度に全部使う訳にはいかないよ」 「そ、そうか・・・」 背後から聞える明らかに落胆したハマーンの声にコズンは思わず小さく噴き出してしまった。 普段虚勢を張った口調と表情で他人と会話しているハマーンは、ミハルに対してだけは12歳という年齢に相応しい喋り方に戻る。 その現象を彼女自身は気付いていない様だが、おそらくこちらの喋りが彼女本来のものなのだろう。 それはこの数時間の間、彼女を交えたサムソンの中での会話を見聞きしていた全ての同乗者の共通した認識となっていた。 そんなハマーンにコズンのイタズラ心がむくむくと頭をもたげ、またもや噴き出しそうになるのを必死で抑え、彼は極めて真面目な顔で振り返った。 「そうそうハマーン様。ジオン軍では料理を失敗した奴は厳罰に処せられますんで、くれぐれもご注意を・・・」 「な、何だと、そんな軍規が!?」 例によってコズンが話しかけた途端にハマーンの口調が肩肘の張ったものに変わってしまうが、コズンは気付かぬふりで頷いた。 「そおです。貴重な物資や食材を無駄にした奴は万死に値するのです。宜しいですか、くれぐれも・・・」 「・・・・・・・ミ、ミハル、どうしよう・・・」 「・・・コズン中尉?」 すっかり蒼くなってしまったハマーンの肩を抱き、からかうのもいい加減にしなさいという面持ちでコズンを軽く睨んだミハルは、そっとハマーンの耳元に囁いた。 「大丈夫だよハマーン。心を込めて料理すれば失敗なんかする筈ないさ。 それに、イザって時にはあたしもあんたも空っぽになったこのコンテナに隠れちゃえばいい。フタを閉めりゃ見つかりっこないよ」 「がははは、そいつはいい。是非ともかくれんぼするハメにならないような味の料理を頼みますぜ」 ミハルの言葉に破顔し、その場を離れかけたコズンの表情がそこで固まった。 「・・・コンテナに、隠れる、だと・・・・・・!?」 笑顔だったコズンの表情がみるみる険しいものに変わってゆく。が、彼はちょうど2人の少女に背を向けていた為、彼女達を怯えさせずに済んだ。 「そう言えば、クルストの野朗、いろんな地元の業者に繋ぎをつけて・・・だからわざと施設内部を混乱させ・・・・・・そういう事か・・・!」 そう小さく呟くなりコズンは突如走り出し、慌しくシャア達の後を追って建物の中へ消えてしまった。 その様子を見て何事かと思わずハマーンと顔を見合わせたミハルは、やがて腰に手を当てて一つ溜息をつくと、不安そうな彼女にウインクする。 「さあ、張り切ってすっごくおいしいご飯を作るよハマーン。きっとアムロも喜んでくれるはずさ」 その瞬間、ハマーンの顔が真っ赤に染まった。 940 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/27(土) 20 18 48 ID NDGUrcSY0 [2/5] 「貴様・・・!おめおめと、よくもそんな報告を私に出来たものだな・・・!!」 断続的ににノイズの入る大型モニターの画像には、元々血色が不良気味な顔色を更に蒼白にさせた痩身の男が映っていた。 激発しそうな感情を必死に抑え付けているのが、微かに震える口元から容易に窺い知れる。 しかしそれとは対照的にモニターのこちら側にいるシャア・アズナブル大佐は不敵な笑みを微かに浮かべていた。 「事実を事実として報告したまでだよマ・クベ大佐。フラナガン機関のクルスト・モーゼス博士はクレタ島の施設を自ら爆破し逃走した。 報告通り、研究データと共に連邦へ寝返った可能性が高い」 「それを貴様は指を咥えて見ていたという訳か!?」 「マッドアングラー隊の任務はあくまでも外部からの脅威に対する施設の警護に限定されていた筈だ。 我々の権限を、その様に縮小したのは貴様だろう」 ぐっと言葉に詰まるマ・クベ。 キシリアに引き抜かれ、大佐として登用されたシャアに危機感を覚え、施設の警備にわざわざ揮下の戦略情報部をあてがったのは確かにマ・クベ自身であった。 「今回我々は民間からの情報を元に連邦のアジトを急襲、制圧した際、敵兵を鎮圧し新型MSを鹵獲したが、我々の権限で出来る事はここまでだ。 施設内部で起こったゴタゴタに我々は関与も対処もできん」 「・・・」 「連邦のアジトを制圧したとほぼ同時刻に爆発が起きたと知らされ、我々は施設に急行したがクルストの姿は既に無かった。 その際、我々は施設内において強権を持つ戦略情報部所属ククルス・ドアンの指示に従い、検体と一部研究員の施設退去をサポートするハメになったが、これはクルスト脱出の陽動だった可能性が高い」 「陽動・・・だと・・・!?」 「施設内部では我々は戦略情報部員の指示に従わねばならん。 その戦略情報部員と、暫定とは言えフラナガン機関のトップが結託して連邦への亡命を企てていたのだ。 そう考えれば全ての辻褄が合う。 何故ならば脱出したククルス・ドアンの潜水艇も、その後どの基地にも戻らず消息を絶ってしまったからだ」 「ばかな・・・!」 「地上におけるフラナガン機関と戦略情報部は共に欧州方面軍司令部管轄、つまり貴様の管理下にある筈だな?」 マ・クベの顔色は今や紙の様に白い。 「・・・マ・クベ大佐。この責任をどう取るつもりだ?」 「せ、責任?この私が責任だと!?貴様ぬけぬけと・・・・・・!」 「何をするにしても決断は早い方がいい。貴様がぐずぐずしているのならば、私が貴様に代わって今回の顛末をキシリア様にお伝えせねばならん」 「余計なマネはするな!」 マ・クベは思わず声を荒げた。 941 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/27(土) 20 19 22 ID NDGUrcSY0 [3/5] 「キシリア様へのご報告は詳細な調査の後、私自ら行う! それよりもシャア!貴様はどうなのだ!?貴様も名目は地中海エリア警備責任者なのだぞ!責任を免れる事はできん!!」 「そうだな。この件については私にもケジメが必要の様だ」 「な、なんだと・・・?」 醜い責任の擦り付け合いに発展しそうだった雲行きをいきなりスカされてマ・クベは面食らった。 「私はマッドアングラー隊を解散させ、オデッサ防衛戦に参加するつもりだ。 それについては便宜を図って貰いたい事がある」 「貴様がオデッサに来るというのか・・・便宜とは何だ」 予想外の申し立てにマ・クベは口元が緩みそうになるのを必死で抑えていた。 ジオンのトップエースであるシャアはかねてよりオデッサ防衛戦に参加しない旨を表明しており、キシリアもそれを認めていた。 しかしその特権を放棄し、自らが率いる部隊を解散させた後、激戦が予想される大会戦へ赴くと言うのである。 それはマ・クベにとっても現在のジオン軍にとっても、恐らく最も都合の良い責任の取り方である事に間違いは無かった。 自分の指揮下にシャアという因縁のライバルが入るという点も、見逃せない。 「簡単な話だ。私に木馬部隊の指揮権を預けて貰いたい」 「む・・・ランバ・ラルの部隊か」 マ・クベの薄い眉が片方だけぴくりと跳ね上がった。 「木馬が青い巨星ランバ・ラルに鹵獲された事は聞いている。子供じみていると笑われるかも知れんが、あの艦には少なくは無い思い入れがあってな。 どうせならあの木馬を手足の様に動かし戦ってみたい」 「ふむ・・・貴様が唯一撃ち漏らし、左遷される原因となった因縁の戦艦だったな」 一時の狼狽が嘘の様に、モニターの向こうのマ・クベは尊大な態度でシャアに対した。 来るべきオデッサ防衛戦を前に、ラル隊には現在ダグラス・ローデン大佐率いる「MS特務遊撃隊」とゲラート・シュマイザー少佐の「闇夜のフェンリル隊」が合流している。 ウラガンに狼藉を働いたかどでマ・クベに見捨てられ木馬に常駐している「黒い三連星」を含め、今や木馬はザビ家にとっての厄介者を寄せ集めた大部隊となっているのだった。 意図的にそれはラルを筆頭に多くの旧ダイクン派からなる軍人によって構成され、戦場で異様に目立つその船影は常に最前線に配置される宿命となった。 栄達も昇進も木馬にいては意味が無い。どれほど勲功をあげようが、階級が上がろうが、結局は激戦の中で使い潰される運命だからである。 恐らくシャアはその事実を知らない。まともな軍人ならば、わざわざその様な場所に身を置こうとは考えない筈だからだ。 これは、マ・クベにとって好都合と言えた。 942 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/27(土) 20 20 21 ID NDGUrcSY0 [4/5] 「・・・よかろう。貴様の殊勝な態度に免じて木馬を預けようではないか。キシリア様への報告は今回の件も含めて私からしておく」 辞令はすぐに送ると付け加えたマ・クベの勿体を付けた物言いに、シャアは気付かれない程小さな安堵の息を吐き出した。 「恩にきる。今回の汚名はオデッサで返上させて貰おう」 「期待しているぞ。補給は一切送れんが、悪く思うな。こちらも何かと物入りなのでな」 すました顔で嘯くマ・クベに対し、シャアも勤めて平静な態度で応える。 「了解した。それはこちらで何とかしよう。それから」 「何だ、まだ何かあるのか?」 いらいらと一刻も早く通信を切りたがっているマ・クベに対し、何食わぬ顔でシャアは言葉を続けた。 「施設に取り残されていた3名の児童を保護している。彼等の処遇は、こちらの判断で構わんな?」 「貴様は無能か!?下らん事をいちいち聞くな!!」 遂に激昂したマ・クベ。どうやらシャアにからかわれていると思ったらしい。 「それを聞いて安心した。勝手にやらせて貰うとしよう」 「通信を切るぞ!!」 勢い良くブラックアウトしたモニターを見て、初めてシャアは声を上げて笑った。 「お、お見事でしたシャア大佐・・・!」 アジトの建物の中にある通信室。 その隅から一部始終を見ていたアンディは、赤い彗星の手腕に感服していた。 シャアは策士と名高いマ・クベに対し揺さぶりを掛け、会話の主導権を握ると一気に全てのお膳立てを整えてしまったのだ。 「マ・クベは無能な男では無いが、それ故ある意味思考が読みやすい。こちらが騙されていると思わせられれば、後の誘導は容易いものだ」 「心に刻んでおく事にします」 尊敬を込めた視線でアンディはシャアを見た。自分達のボスはマ・クベ等とは格が違っていたのである。その事実を目の当たりにできた事が何よりも嬉しい。 と、2人が同時にドアの方を振り返った。 「・・・何だか良い匂いがしますね」 「うむ。これは・・・」 腕まくりをしてキッチンに入っていったミハルの料理が出来たに違いなかった。 思い出した様にシャアとアンディの腹の虫が鳴り始めるのを彼等はそれぞれに自覚した。 人間である以上、空腹には勝てない。どんなヒーローも、腹ペコでは戦う事ができないのである。 「皆を集合させてくれ。取り敢えず腹に何かを詰め込もう。会議はその後だ」 照れ臭そうに笑うシャアに、もちろんアンディも異存のあろう筈がなかった。 .
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概要・戦術 言わずと知れたガンダムの主人公アムロ・レイ。 「アムロ行きまーす!」と叫び突進したり、必殺技ではラストシューティングをしてくれる。 時にはハロも投げ捨てる。 ストーリーモードの主人公でもあるので何度も使った人も多いはず。 必殺1の突進や空中必殺2のハロ投げにカウンターを織り交ぜて使っていこう。 ただ、ハロ投げ以外は近距離でないと機能しないので注意。 通常攻撃 【通常攻撃(A)】パンチ 単発パンチ。 連撃なし。 連打すると連続でパンチが繰り出せる。 連発すると敵がだんだん後ろへ下がっていってしまうので、壁際で使うなどの工夫がいるかもしれない。 【打ち上げ攻撃(A長押し)】パンチ 通常攻撃の発生が遅くなった感じ。 【ため攻撃(A+進行方向のキー)】パンチ 打ち上げ攻撃と同じ。 必殺技1 【弱必殺1(弱S)】アムロアタック 「アムロ行きまーす!」 その場で少し溜めた後、上斜め前に飛びあがる。 至近距離でないと相手の頭上をかすめてしまうので注意。 【強必殺1(強S)】アムロアタック 前方に滑って突進し、弱必殺1のように飛びあがる。 優秀な技、積極的に狙っていこう。 伸びがいいのでほとんどないが、間合いが甘いと最後の飛びあがりで敵の頭上を通って当たらないので注意。ぶっちゃけSのごり押しで大抵のキャラを倒せる 【空中必殺1(空中S)】アムロアタック 空中で必殺1とほぼ同じ動作をする。 攻撃としては、相手が近距離でジャンプしたのにあわせるくらいしかないが、 意外と空中に滞在する時間が長く前方にも少し進むので移動手段とするのもいいかもしれない。 必殺技2 【弱必殺2(弱D)】ビームサーベル ビームサーベルで切りつける。 発生が速いが、単発だと攻撃が入ったあとに反撃されてしまうこともあるので、 連打するのがいいかもしれないが途中でジャンプでかわされたり、カウンターに化けたり・・・ しかし使える場面もあるのでこれを狙うのもいいかもしれない。 【強必殺2(強D)】カウンター 「殴ったね…」 目を閉じている間にカウンター判定があり攻撃をうけるとキレて、 弱必殺2とほぼ同じモーションでビームサーベルで切りつける。 サーベル切りつけは威力、必殺ゲージ増加量が高く、相手を吹き飛ばすため、 何度が狙っていきたい。 【空中必殺2(空中D)】ハロ投げ 空中から地面に向かってハロを投げつける。滞空時間長め。 投げつけられたハロは、敵、地面、ビームなどに当たるとバウンドして飛んでゆく。 威力は低めだが、遠距離で使える技はこれくらいなので出番は多い。 敵がどこにいようとも毎回同じ角度に投げつけるので敵に当てるには慣れが必要。 超必殺技(F) 【ラストシューティング】 ビームライフルを手に持ち回転させ敵を画面外まで打ち上げ、 あのポーズでビームライフルで撃ち抜く。 最初のライフル回転で敵を打ち上げないと当たらないが、 最後の撃ち抜くところのビームにも判定があり、打ち上げるところで敵を取りこぼした時に 運よく敵が近くでジャンプしてくれると当たる。が、やはりダメージは減る。 敵が二人いる場合二人まとめて打ち上げて撃ち抜くことも可能。 余談だが、アムロの持っているビームライフルは何故かνガンダムのものである。 コンボ 【オススメコンボ】 入力 備考 【バリアブレイクコンボ】 全て打ち上げ攻撃が始動。 入力 備考 【その他のコンボ】 入力 備考
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アムロ 作詞/(´Д`)ハァーン 部長それ華原朋美 部長それTRF お前の頭ア・フ・ロ ア・フ・ロ、ア・フ・ロ、ア・フ・ロ、それア・フ・ロ、ア・フ・ロ、ア・フ・ロじゃなくて パンチパーマ
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アムロ 日本の民話に登場する妖怪。 台風のあとに現れた天女。 鹿児島県に伝わる。