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出典 作品名 機動戦士ガンダム 所属 ホワイトベース隊 階級 少尉(19話時点では階級なし) 搭乗機体 ガンダム SS上でのアムロ・レイ 登場 開幕 搭乗機体 ガンダム他
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【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part5 37 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/11(木) 13 16 13.53 ID MSCP.no0 とてつもないGがアムロの骨格を軋ませ呼吸を困難なものにする。 この体がシートにむりやり押さえ付けられる様な感覚は、ガンダムがWBのカタパルトから発進する時に掛かるそれと酷似していた。 まさか水中でここまでの加速がなされるとは。まともに身体を動かす事もままならない。 だが、このような状況の中でアムロの瞳に映るホルバインの横顔は、信じ難い事に、これ以上無いほど嬉しそうなのだ。 「敵さんの迎撃準備が整わないうちに各個撃破だ!距離500で反転する!前・後で一撃づつだ!やれるな?」 「や・・・やって・・・みます!」 「上等!」 歯を食いしばりながら言葉を搾り出すアムロに対して、大口を開けて笑うホルバイン。 この男、この様な状況の方が生き生きして見えるのは気のせいではなさそうだ。 ホルバインは、こういった極限状態では“スイッチ”が入るのかも知れない。 それが何のスイッチなのかは知らないが・・・と、アムロは思い通りに動かない腕を宥めすかし、眼前のモニターを何とか操作し、メガ粒子砲発射トリガーに慎重に手を掛けた。 細かく狙いを付ける必要は無い。敵は正面にいた! 「メガ粒子砲発射!」 ゾックの頭頂部に装備された1番砲口からゾックの進行方向に向けてパイロットブレットが射出されるや、ビームの奔流がその後を追う様に迸り、そのまま敵MSに殺到し、派手に水蒸気爆発を巻き起こした。 ゾックには9門のメガ粒子砲が装備されているが、パイロットブレットの気泡が巻き起こす射路が必要なエーギルシステムは基本的に水中で移動しながらのメガ粒子砲発射は想定されていない。 だが、頭頂部位にあるこの1番砲口に限り、進行方向と同ベクトル時のみ「進行方向に向けて」発射する事ができる。 敵と正対せねばならない為にリスクは増すが、その威力を考えるなら充分に引き合うものであった。 「ヤッハー!ウォォ!ヤーハハハハッハー!!」 ハイテンションな奇声を上げながらホルバインは、すかさずゾックの機体を45度バンクさせ、そのまま斜めに上方宙返りさせる。 ターン開始時と終了時で進行方向を180度変え、速度を減少させる代わりに深度を上げるテクニックである。 ホルバインは水平潜航には移らず、進行方向はそのまま、ゾックの機首を40度ほど持ち上げた。 これにより、両肩上部に装備されたメガ粒子砲口を可動させる事で、自身の後方へのビーム攻撃が可能となった。 これは、前後対称の得意な形状を持つゾックならではの機動であった。 強力な推力に支えられ、スピードは、落ちない。 撹拌されるミキサーの中のバナナの気持ちはいかばかりかと慮ったアムロはしかし、少しだけ愉しい気分になって口元を綻ばせた。 この加速機動、悪くない! 「メガ粒子砲、発射!」 グリグリと起き上がり角度を変えた、ゾックの両肩上部に装備された6番7番砲口から強力なメガ粒子ビームが2撃、またもや後方の敵軍に浴びせ掛けられ、狙いは違わず今度は敵陣の中央で巨大な水蒸気爆発を巻き起こす事に成功した。 混乱の中での再々度の痛撃である。確認する必要はあるが、これで敵部隊は殆んど壊滅状態だろう。 だが、ここで一息入れる訳には行かない。 敵に時間的猶予を与えず、親玉たる潜水艦と空母を速攻で叩きに行くべきだ。 ゾックの機体を水平に戻しながら、ホルバインは冷静にそう決断していたのである。 94 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/12(金) 20 11 13.32 ID 1n11QXg0 「壊滅だと・・・!?何故だ!?相手はたった・・・たった1機のMSなんだぞ!」 「・・・遺憾ながら、敵MSの性能は我々が考えるより遥かに高かった、と、言わざるを得ません」 「貴様っ!?何を今さら!!」 「艦長!敵MSがこちらに向けて迫って来ます!」 技術参謀に掴み掛からんばかりにキャプテンシートから腰を浮かせたブーフハイムを押し止めたのは水測員からの一報だった。 「う、撃て!撃て!魚雷で奴を叩き落せ!」 「管制室。魚雷発射だ。敵は1機、外すなよ!」 ヒステリックに喚き散らすブーフハイムの言葉を冷静に翻訳した参謀はこの艦では副長も兼ねている。 これまでも【アナンタ】では見慣れた毎度毎度の光景、その苦労はいかばかりのものであっただろう。 「水中音発生、前方から魚雷です!」 「構わねえ!このまま突っ込むぜえ!」 アムロの報告にホルバインは不敵に答える。 その言葉通り、ほぼ正面から迫り来る3本の魚雷に対し、ゾックは敢えてビームを発射せず、ギリギリまで引き付けてから高速バレルロール(高速で機首を上げ、同時にロールを行う事で横倒しの樽の内側をなぞるように螺旋を描き機動する)で三本の魚雷の横をすり抜け躱してみせた。 そしてロールが終了した地点、ゾックは既に真正面に敵潜水艦を捉えている。 ターゲットとなる敵潜水艦は3隻。だがこれは先程こちらに向けて魚雷を発射した艦ではない。 ホルバインは、ゾックに一番近い潜水艦を狙うと見せかける為に突撃を掛け他艦の油断を誘い、バレルロールでダミーの敵をアッサリすっ飛ばすと、敢えて後方に位置している敵への射路を開いたのだ。 「パイロットブレット射出!メガ粒子砲発射!」 阿吽の呼吸でアムロが放った攻撃が的確に敵潜水艦のエンジン部を捉え、巨大な爆発を伴い轟沈せしめた。 アムロとホルバインは一瞬互いの視線を合わせ、また各々の仕事に向き直る。 言葉など必要は無かった。 アムロはホルバインのタフな技量に憧憬を覚え、ホルバインはアムロの判断力とカンの良さを頼もしく感じた。 背中を預けられる。 2人にとってその認識だけで十分だったのである。 120 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/15(月) 00 21 44.24 ID WaUI52o0 縦横無尽に水中を跳び回る敵MSが2隻目の友軍潜水艦を撃沈したのを見届けると、ブーフハイムは覚悟を決めた様にキャプテンシートの肘掛の先にある小さなパネルを操作した。 「艦長!!何を!?」 その動きに気付いた参謀の質問を無視してブーフハイムは操作を続行する。 「まさかこの状況でアレを発射するおつもりなのですか!?」 「こちらにはこの切り札があるのだ!ジオンの基地など一撃で撃破してくれる!」 参謀は考えられないとばかりにキャプテンシートに詰め寄った。 「無意味です!アレによる攻撃は、我々がジオン水中部隊を掃討している事が大前提です。 連邦軍がアデン基地への制海権を手中にしていてこそ、初めて意味があるものなのです! 今は、それよりも全速で後退しつつ【フォート・ワース】に救援を要請して対潜攻撃機を・・・」 「黙れ!黙れ!黙れ!このままやられっ放しで戻れるものか!」 血走った眼を剥いて激昂する艦長をなるべく刺激しないように細心の注意を払いながら、参謀は冷静に言葉を続け説得を試みた。 「【気化弾頭ミサイル】・・・艦長。アレ自体は確かに南極条約で使用禁止の条項はありません。 しかし人道的見地から逸脱した大量破壊兵器です。 作戦立案時に、アレを使用するタイミングは入念に検討されたではありませんか。 例えアレを使用してジオン軍を掃討したとしても、ジオン水中部隊が健在なこの状況では、我々の空挺部隊はアデン基地に突入できません。 空母をもし敵の水中部隊に沈められでもしたら、連邦軍はジオンの勢力圏内で孤立してしまうからです。 つまり、我々はどのみち基地を制圧できないのです。 アレを使えば、ジオンどころかアデン基地周辺の街も消滅します。 連邦軍は世論を敵に回す事になり、巻き込まれる一般市民は、無駄死にです」 ちなみにこのミサイル、もちろんミノフスキー粒子のせいで誘導する事はできないが、自機とターゲットポイントの正確な位置関係が把握されている為、放物線を描く様に打ち出す事で狙った場所へ「落とす」事ができる。 着弾までの時間も割り出せるので、タイマーによる空中爆散も思いのままだ。 一方、空から降ってくるミサイルに対し、地上から迎撃ミサイルを撃つ事は不可能である。 「黙れと言った!貴様のような臆病者に用は無い!ジオンなど、俺だけで倒す!!ミサイルサイロ開け!!」 「・・・!」 ゴゥンと艦の上部に設置されたサイロが開いたのが艦内に響く微かな音と振動で感じ取れる。 この艦長を説得し切れなかったのだと理解した参謀は、慙愧の思いで唇を噛むしかなかった。 121 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/15(月) 00 22 36.73 ID WaUI52o0 2隻の潜水艦を沈める事に成功したゾックは、残る1隻に機首を向ける為の反転中に異常を察知した。 「この音は・・・!!逆進中の敵艦が、上部ハッチを開けています!」 「何だと!?」 アムロの声に驚いたホルバインがレーダーモニターを見ると、最後の標的たる光点から高速で分離した新たな光点がゾックの脇を掠める様に通り過ぎ、みるみる深度を上げてゆくのが確認できる。 途端、アムロの脳裏に電光が奔った。これは・・・! 「ホルバイン少尉!アレを逃がしちゃ駄目だ!追って下さい!」 「くっ・・・!!」 反転機動を中途で無理矢理キャンセルしたゾックがミサイルを追って強引な上昇を開始する。 「アップ90度!急速浮上!」 ホルバインはアムロの要求に「何故だ」とは聞かなかった。 一蓮托生であり一心同体。この短い時間の中で、交わす言葉は少なくとも、2人は互いを信頼できるかけがえの無い相棒だと認識していたのである。 「アムロ!敵さん、後ろから魚雷を撃ちやがったぜ!」 ゾックがミサイルを追い掛けて上昇を始めた為、逃げていた筈の敵潜水艦が一転、こちらに向けて追尾魚雷を放ったのである。 アムロもモニターでそれに気が付いていたが、斜線が重ならない為にどうする事もできない。 ゾックは進行方向の前後にしかビームが発射できないからだ。 だが最短距離でミサイルを追うのを止める事はできない。 ここは危険を承知で後方から迫り来る魚雷に最大限の注意を払いつつこのままミサイルを追い、ミサイルを撃墜させた後、その時点で至近距離まで迫っている筈の魚雷を迎撃するか避けるかするしか無いだろう。 深度が上がり水面がみるみる迫る。スピードの遅い水中で仕留められねば恐らく前を行くミサイルの撃墜は不可能だ。 ホルバインはミサイルの上昇角度にゾックの浮上ベクトルを合わせる様に慎重に機動を調整し、やがて上昇するミサイルの真下に回りこむ事に成功した。 アムロの眼には今や目前のミサイルしか見えていない。 コイツをここで取り逃がすと取り返しの付かない事になる。何故だかそれだけは確信できていた。 計測によると、ゾックとパイロットブレットの方がミサイルより数段速い。 これならば、エーギルシステムが使用できる筈だとアムロは判断した。 ミサイル自身の吐き出す気泡も「射路」として利用できるだろう。 「メガ粒子砲、発射!」 精神を集中し、機をギリギリまで見極めたアムロの放った一撃が、上昇中のミサイルを貫き木っ端微塵に吹き飛ばした。 ミサイル撃破を確認したホルバインは、魚雷回避の為の緊急ロールをゾックに掛ける。 海面スレスレではあったが、兎にも角にも水中で爆散した気化弾頭ミサイルは、その本来の威力を千分の一も発揮させる事ができず、空しく海中に消えたのである。 しかしその時、廻る天地の中、思わず快哉を叫ぼうとしたアムロの言葉を遮る様に轟いたホルバインの叫び―― 「駄目だ!衝撃に備えろ!」 ――それとほぼ同時に激しい衝撃がゾックを突き上げ、コックピットの2人を弾き飛ばした。 153 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/16(火) 19 49 36.99 ID PdjxDFg0 鮮血がコックピットに飛び散った。 本来単座だったゾックに短時間で補助シートを増設した為、その機材の一部は仮止めされた様な状態であり、コックピットエリアを歪める程の衝撃で床のパネルの一部が弾け跳びホルバインの脇腹を抉ったのだ。 「ホルバイン少尉!」 「・・・騒ぐんじゃねえよ・・・!」 どくどくと血の流れ出した脇腹を押さえたホルバインは、それでも手負いのゾックを上昇させ、海面から機体上部を浮上させるとコックピットハッチを開いた。 外は激しい嵐であった。強風と雨粒が容赦なくコックピットに吹き込み、2人の足元に赤い水溜りを作ってゆく。 「アムロ、お前は脱出しろ。お前の着ているライフジャケットは灯火ビーコン付だ。運が良ければ助かるだろう」 「そんな!?ホルバイン少尉はどうするんです!」 ホルバインは咳き込み少しだけ血を吐くと、弱々しいが不敵な笑みを浮かべた。 「決まっているだろう。あの野朗にオトシマエを付けに行くのさ」 「僕も一緒に行きます!」 「バカ野朗!見ろこの嵐を!この中をジャケット一つで漂うなんざ自殺行為だ! 手負いのコイツで、もう一度潜り戦闘を仕掛けるのも正気の沙汰じゃねえ! 進むも地獄、引くも地獄なんだよ! なら、二手に分れりゃどっちかは助かるかも知れねえだろうが!」 ホルバインは痛みをこらえてベルトを外し、傾いたシートから立ち上がるとアムロのシートベルトを外し、その胸倉を掴んで無理矢理シートから引き剥がした。 怪我人とは思えない程の力にアムロは抗う事ができなかった。 「嫌だ!ホルバインさん!」 涙声で抵抗するアムロを無視してホルバインは自分の首に掛かっていた銛のペンダントを引き千切り、アムロの胸ポケットに押し込む。 これは彼の「じいさんの形見」であり、戦場から生きて帰る為のお守りであった。 だが、ホルバインは自分が負った傷が致命傷だという事を悟っていた。 ならば、これはこの赤毛の少年に持たせるのが正しいだろう。 ホルバインは何も言わず、雨風吹き込むハッチから、アムロの身体をゾックの外へ無造作に放り出した。 空中で彼に向けて手を伸ばしたアムロの泣き顔を激しい雨と波飛沫が洗い流す様に叩き、その絶叫を轟く雷と逆巻く強風が掻き消した。 213 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/19(金) 11 11 48.78 ID 3F9OKks0 時化の激しい波に揺さぶられ、吐くものも出し尽くした子供達がぐったりと身を寄せているその中で、蹲っていたララァがふいに顔を起こした。 「そんなに泣かないで・・・」 「え?」 まともに歩く事もできない船室で一人だけ気丈に動き回り、幼い弟妹や具合の悪い子供達の面倒を見ていたミハルは、微かに聞こえたララァの声に振り返った。 少々ガラは悪いものの、生来の面倒見の良さとその人となりで、ミハルは何とは無しにこの集団のリーダー格となっていた。 「ララァ、どうしたんだい?・・・また何か聞こえた?」 ミハルはララァに声を掛けながら近付くと、後半は耳元でそっと囁いた。 ララァの“この能力”を他人にはあまり知られない方が良い様な気がしていたからである。 何故なら彼女が≪不幸≫になるかも知れないから。 ただ漠然とだが、ミハルにはそう思えて仕方が無かった。 「駄目・・・届かない・・・悲しみが深すぎて・・・閉じてしまった・・・」 「・・・?」 眉間に皺を寄せて悲しそうにするララァに、ミハルはどうしてやる事もできない。 一体彼女には何が見えているというのだろうか。 「・・・ブッダは・・・死は無だと言ったって・・・」 「・・・」 今度はララァはミハルの方を見ずに、まるで誰かに語りかける様に、視点を固定したままポツリとそう漏らした。 この娘はたまにこういう不思議な言い回しで、独り言のような言葉を紡ぎ出す。 正直、その意味など学の無い自分には判るはずもないが、その落ち着いた声音と深遠な瞳の色が相まって、 何故だか妙に心が落ち着くのを感じる。 何となく側にいたくなる。そんな不思議な吸引力が彼女には備わっているのかも知れない。 果たして、その視線の先には何が見えるのかしらと試しに眼を凝らしてみるミハルだったが、 彼女の眼ではどうやっても薄暗い部屋の汚い壁しか見る事はできなかった。 380 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/22(月) 21 10 10.18 ID HShbR7E0 海面にアムロを残し、潜行というより落下に近い軌道でゾックは再び水中に没した。 後方からの魚雷を避けきれず、至近距離で炸裂した爆圧の衝撃でバランサーに深刻なダメージを受けたMSM-10は、今やパイロットと同様、満身創痍の状態であった。 恐らくこの状態で潜水したら2度と浮上する事は叶わないだろうという事もホルバインには判っていた。 しかし、あの潜水艦を放っておく事はできない。 アレは仲間の為に今、ここで狩り獲っておかねばならない獲物なのだ。 今日はこのゾックで大漁を挙げたが、最後の最後にケチが付いたんじゃ締まらねえ。 大量の失血の為、朦朧とする意識の中で彼はそれだけを考えていた。 奇跡的にコックピットブロックへの浸水は無く、気密は保たれている。 先程までは焼ける様に感じていた脇腹の痛みも、何故か今は全く感じなくなった。 これならこの命が尽きるまでにアレを仕留められるかもしれない。いいぞ。やはり今日の俺はツイている。 ホルバインは嬉しそうに口から溢れ出て来る血を片腕で拭った。 刹那、ゾックを追う様に深度を上げて来ていた敵潜水艦が、こちらに向けて2本の追尾魚雷をまたもや放った。 しかしゾックは先程とは同一の機体とは思えない程よたよたした機動ながらも、何と魚雷を2本とも躱してみせたのである。 それは現在のMSM-10の状態を鑑みれば完全に常識を超えた拳動であり、彼の技量の高さをして始めて為しえた奇跡であった。 だが、その急激な旋回がホルバインの傷を更に深いものにしてしまった。 ホルバインは、急激に自分の身体の力が抜けてゆくのを感じた。 血だらけの左掌が操縦桿からずるずると滑り落ちて行くのをどうする事もできない。 同時に視界が少しづつ暗くなって行く。 待て、待て、まだだとホルバインは眼を見開いてモニターを凝視する。 敵は正面にいる筈だ。まだ辛うじて動かす事のできる右手で1番砲口のトリガーを絞るが、エーギルシステムは動作不全を起こしており、パイロットブレットすら発射する事ができなかった。 構うものかとホルバインはそのままゾックを突入させ、すれ違いざまそのクローによる決して浅くは無い一撃を【アナンタ】の舷側に見舞う事に成功した。 船体を破られた【アナンタ】は水圧によりたちまち圧壊し始め、ブーフハイムらと共に、そのまま海の藻屑と消えてゆく。 しかし自分がその生涯で最後に仕留めた獲物の行く末を確認する事無くホルバインは眼を閉じた。 だが彼にはまだやる事があった。彼は今にも途切れそうな意識を集中させるとオール回線でこの海域の全ての兵士達に呼び掛けたのである。 「・・・俺はジオン公国レッド・ドルフィン隊所属のヴェルナー・ホルバイン少尉・・・この海域の洋上に要救助者・・・若い兵士だ・・・敵でも味方でも誰でもいい・・・奴を助けてやってくれ・・・」 あの状況、アムロが無事に救助される可能性はゼロに近いだろう。 この通信によって味方に保護されるなら言う事は無いが、例え敵の手に落ちたとしても、そこから先の運命を切り開く事ができるかも知れない。 だが死んでしまえばその僅かな可能性すら失う事になるのだ。 何より一番大事な事はここで命を落とさない事だ。ホルバインはそう考えたのだった。 自らの血に塗れた右腕がゆっくりと操縦桿から離れる。いい。もう自分ができる事は何も無いのだから。 ホルバインは頭を静かに後ろに倒した。ただ達成感だけが彼を包んでいた。 やけに静かだ、そして深く、暗い。 ミシミシとゾックの機体に亀裂が奔って行くのが判る。この頑丈な機体にも流石に限界が来た様だ。 自分はこれから死ぬのだろうか。死ぬと人間はどうなるのだろうか。 怖い・・・怖い所に行くのだろうか。 ≪・・・ブッダは・・・死は無だと言ったって・・・≫ へえ。そうなのか? そのブッダって奴は知らないが、無なら怖いってのも無しだよな?ありがとうよお嬢さん。気持ちがずいぶんと楽になったぜ。 意識の中で褐色の肌の少女と邂逅したホルバインはそして、視界いっぱいに広がる海を見た。 彼のじいさんにとっては空想でしかなかった本物の海に抱かれて、彼は幸せであった。 381 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/22(月) 21 10 32.78 ID HShbR7E0 「・・・MSM-10の反応、消えました・・・」 「何てこった・・・」 アッガイに搭乗しているマーシーからの通信を受け、ゴックを操縦するラサは天を見上げた。 ここはアデン湾の北西、ゾックが沈んだ地点から約10キロ離れた海中である。 アデン基地まで輸送機で運ばれレッド・ドルフィン隊と合流したシャア達は、無事アデン基地に上陸したフェンリル隊と入れ替わるように彼らの潜水艦に乗り込みここまでやって来た。 連邦艦隊が近い事もあってレッド・ドルフィン隊の潜水艦より先行してシャア達3機の水陸両用MSは戦闘海域に向かっていたその途中、偶然にホルバインの通信を拾ったのだ。 赤いズゴックを駆るシャアは唇を引き締めた。 「間に合わなかったか・・・だが、ホルバイン少尉。貴君の要請、このシャア・アズナブルが確かに受け取ったぞ」 そしてシャアは仮面の下の眉根を一瞬歪め―― 「海は見えたか・・・海兵」 悲しそうにその瞳を遠いものにして無意識にそう、ひとりごちた。 445 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/27(土) 12 27 11.48 ID W99uheY0 今、ホルバインが死んだ―― 最後の瞬間、それをアムロは感じ取る事ができた。 激しい風と雨に打たれ、逆巻く荒波に翻弄されながらアムロは慟哭していた。 幾度と無く絶叫を繰り返した為に咽は切れ、海水を何度も飲み込んだ為に激痛が生じ、声はもはや枯れ果てた。 だが、この程度の苦痛は死に行くホルバインの激痛に匹敵するものではなかっただろうとアムロは顔を両手で覆った。 ホルバインを殺したのは自分だ。 自分がもっと早くあのミサイルを撃墜していれば。 いや違う。 自分があの時、ミサイルを追う様に指示を出したが為に、結果的にあの優秀なパイロットを死なせてしまった。 全ての責任は自分が負うべきだったのに。 それなのに何故、ホルバインは死に、自分はこうして生きている? 何がニュータイプだ! 人を不幸にするこんな能力など、いらない。 この激しい雨と風と波に揉まれてその全てがこの体から流れ出してしまえばいい・・・ アムロはまたもや高波に呑まれると、暫く後に波間に浮かび上がり・・・ そんな状態を何度か繰り返した後、やがて意識を消失していった。 しかしどんなに激しい波に打ち据えられようと、アムロの身に付けたライフジャケットは決して沈まず、その灯火は消える事無く彼の存在を波間に誇示し続けていた。 それはまるで、ホルバインが最後に託した願いの様に。 そしてその小さいが確かな光は、民間の中型漁船を模した偽装貨物船【フォルケッシャー】からもはっきり視認されていたのである。 446 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/27(土) 12 27 51.48 ID W99uheY0 「船長!洋上三時の方向に灯火(フラッシュライト)とビーコンシグナル確認!要救助者です!識別信号はジオン軍のものです!」 「・・・厄介だな・・・連邦艦の動きはどうだ」 「変わらずです、駆逐艦と思われる一隻が急速に接近中。通信はまだ届きませんが、恐らくこちらを臨検するつもりだと思われます」 「ふうむ・・・我々には重要な任務がある。ここまで来て連邦軍に尻尾を掴まれる訳にはいかんのだ。 ここは、あえてあの灯火に気が付かないフリをしてやり過ごすのも手か・・・」 そのあまりにも無慈悲過ぎる船長の発言に、双眼鏡から眼を離さないまま、がっしりとした体格のククルス・ドアン少尉は憤った。 「何を言うんですか船長!一刻も早く助けてやらなければ死んでしまいますよ! それに見て下さい!どう見てもあれは子供だ! いくらこっちが隠密だからって、このまま見殺しにするつもりですか!」 ドアンの声に貧相な顔をした船長は、面倒臭そうな顔でその手から双眼鏡をもぎ取り、自分の目を凝らした。 「・・・なるほど確かに子供の様だな。 本国からは学徒兵の話はまだ聞いていないが・・・ だが、宜しい。連邦艦艇が到着するより先に奴を確保し【船底】に運び込め。 検体が増えれば、マガニー博士に到着が遅れた事の申し開きが少しは立つだろう」 ぎょっとしてドアンは船長を振り返った。 「検体!?まさか船長、あの兵士を【施設送り】にするつもりなのですか!?」 「それしかなかろう?今ここで彼を助けるというのはそういう事だ。 それに君が言った通り、ここで死ぬよりはマシな選択だと思うが」 いけしゃあしゃあと答えた船長をドアンは憎々しげに睨み付けた。 生死不明の状態で正規の手続き無しにあそこに送られた兵士は、秘密裏に登録を抹消され2度と原隊へは戻れないだろう。 しかし、それでもドアンは素早く救助用の救命胴衣を身に付けるとフックを確認しロープを肩に担いだ。 「・・・確かにこの状況では彼の身柄は【船底】に隠すしか無いでしょうね。 しかし最重要軍事機密に関わるあの部屋を見た者は、どちらにせよ、と、いう訳ですな・・・ 了解です。慎重に船を寄せてください、私が救助に向かいます」 「奴の着ているライフジャケットは切り裂いて海に投棄しろ。急げよ」 後ろから掛けられた船長の声をドアンは無視して強風吹き荒ぶ甲板に走り出た。 しかし命令を苦々しく反芻しながらも彼は、太い二の腕に巻き付けたベルトに刺さるナイフのチェックは怠らなかったのであった。 478 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[saga] 投稿日:2009/06/28(日) 19 26 35.72 ID 3BSp6bU0 ゴトンと鈍い音がすると硬くロックされていた扉がゆっくり開き、びしょ濡れの大柄な男が、ミハル達が身を寄せ合う部屋に入って来た。 「済まないが手を貸してくれ」 男は誰かを背負っているようだ。 大柄な男がククルス・ドアン少尉だという事が判ると部屋の空気が明らかにほっとしたものに変わる。 ミハルは無言で彼の元に駆け寄った。 ドアンはこの船の乗組員の中で唯一、子供達に優しく接してくれる軍人だった。 他の奴等の様に邪険にもしなければ、ミハルやララァを嫌らしい眼で見たりもしない。 子供の一人が熱を出した時は自分が使用していたであろう寝具を譲り、熱が下がるまで寝ずに看病までしてくれた。 ミハルは、そんなドアンの態度に内心感謝し、少しだけ心を許してもいたのである。 『済まない』 いつもそれが彼の口癖だった。 「この子、軍人さんだね?」 「ああ。海に浮いていたんだ。この近くで海戦があったらしい。あと15分も遅かったら危なかったが・・・ 水は吐かせたし、今は呼吸も脈拍も正常だ。暫くすれば眼を覚ますだろう」 てきぱきと毛布を敷いて簡易の寝床を拵えたミハルは、ドアンの背中から小柄な兵士を降ろすのを手伝い、頭を打たせない様に注意しながらゆっくりと体を仰向けに横たえた。 「まだ子供じゃないか・・・あたしより年下かも知れないね」 「ジオンも兵隊がいなくて苦しいのさ」 ぽつりと呟いたドアンの横顔をミハルはハッとした様に見つめる。 「良いのかい?さっきから迂闊にそんな事をあたしなんかに・・・」 「おっと・・・そうだったな。済まん。どうも俺は軍人には向いていないらしい」 ここで彼女に謝ってしまうのがドアンという男なのだろう。 朴訥に頭を掻きながら身を起こした巨漢を見て、ミハルはくすりと笑ってしまった。 もちろんドアンは怖い軍人であり、自分よりも遥かに年上の筈なのだが、何となく微笑ましく感じてしまう。変だろうか。 「事情によって彼は今後君達と行動を共にすることになった。済まないが少しの間辛抱してくれ。後でまた来る、彼を頼む」 ミハルに後を託すと、ドアンは急いで部屋を出て行った。 またもや外から重く閉められた扉に、ミハルは溜息を吐く。 しかし次の瞬間には、寝かされた兵士の周りに興味津々で集まる子供達の姿があった。 「こらこら!触るんじゃないよ!おや、珍しいねララァ。あんたまで」 子供達の中には、普段から何事にもに無関心だったララァが混じっていたのである。 ララァはその澄んだ目を近づけて、昏々と眠っている少年兵の顔を凝視している。 「とても辛い目にあったのね・・・だから・・・」 ゆっくりと手を少年の顔に伸ばしたララァは、その閉じられた瞼の端から新たに流れ落ちた涙の雫を、その掌でそっと拭い取った。
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【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part2 6 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/04(日) 08 27 07 ID GH+9htui WBは1機のガウ攻撃空母と3機の輸送機を従え、一路バイコヌール基地へと空路を急ぐ。 輸送機群ははダグラス大佐率いるMS特務遊撃隊である。今回は補給がメイン任務の為、 実働部隊は搭載されていない。 その為その内の1機にオルテガが自らのドムと共に同乗し同隊の護衛を勤める。 しんがりを務めるガウの内部にはガイアとマッシュが控え、後方に睨みを利かせている。 搭載していたMSを先の戦闘で失い、デッキが空となった二機のガウは既に何処かの基地に帰還していた。 ついさっき、ラルの口からセイラの素性を知らされたばかりのアムロはブリッジを離れ、 1人MSデッキでガンダムの整備をしていた。 パネルを全開したコックピットの奥に潜り込んで、ほぼ仰向けの状態になっている。 何だか別世界の事の様でピンと来なかった・・・というのが正直な感想だ。 ジオン・ズム・ダイクン。学校の教科書に載っていた名前だ。 確かジオニズムがどうとか・・・はっきり言ってあまり興味が無いジャンルの授業だった。 漠然とだが、人間なんてそんなに都合良く変われるもんじゃないだろうと思えたからだ。 試験に出るから名前と年号だけは覚えたけど。 セイラさんはその、ジオン・ズム・ダイクンの娘。 セイラさんの本名はアルテイシア。 セイラさんの兄は「赤い彗星」のシャア・・・ アムロは黙々と整備を続ける ダイクン派だったラル大尉達が、ダイクンが死去した後、いかにザビ家に冷遇されたかという事も聞いた。 もう既に死んでしまったと諦めていたダイクンの遺児セイラと逢えた事がどれ程嬉しかったかも。 そしてセイラの兄も意外な人物として生存している事が判明して・・・ もう何だか、驚く事が多すぎて考えがまとまらない。 WBでずっと一緒に戦っていたのに、彼女の事を何も知ってはいなかった自分に 改めて愕然とするアムロだった。 ・・・セイラさんは僕の知っているセイラさんじゃ無かったのかな・・・ そんな不安も頭をよぎる。 荒くれ者に囲まれても揺るぎの無かった彼女の気高く美しい横顔をアムロは思い出していた。 生気の満ち溢れたたあの瞳。顔が熱くなる。我知らず胸は早鐘を叩いている。 以前から綺麗な人だとは思ってはいたが、こんな感覚を今まで彼女に感じた事など無かった。 どうやらこれはやはり、あの場のジュースのせいでは無かったらしい。 もどかしい怒りにも似た感情を抑える事ができず、アムロは同期ゲージ調整を2度ほどしくじった。 「アムロ、いて?」 コックピットの外から唐突にかけられたセイラの声に弾かれた様に反応したアムロは 展開されたパネルカバーに思い切り頭をぶつける事となった。 7 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/04(日) 08 29 19 ID GH+9htui 「ど、どうしたのアムロ?」 顔をしかめ、額をさすりながらコックピットから這い出して来たアムロにセイラは驚いた。 「・・・大丈夫です。それよりどうしたんです、こんな所に?」 意外そうな顔をアムロはしている。 戦闘中以外でハンガーにわざわざ出向くセイラなど今まで見た事が無かったからだ。 もとより、こんな油臭い場所はセイラみたいな女性には似合わない。 出撃するMSパイロットをサブモニターの中から涼やかな声でオペレートする彼女こそが相応しい。 そう思っていた。いや、確かにそう思っていた筈だったのだが。 「あの、これ、ハモンさんやメイさんを手伝って、皆さんの分を作ったの。 せめて待機時ぐらいはちゃんとした食事を摂って欲しいって」 慣れない手付きでおずおずと差し出されたトレイには 暖かな湯気を立てるシチューと少しだけいびつな形のサンドイッチが乗っている。 うつむきながらセイラは頬を真っ赤に染めた。 「恥かしいわ・・・メイさんの方が私よりずっと上手なんですもの。 私ときたら今までお料理なんて殆どやった事が無くて・・・」 と、いう事は、これはセイラさんの手作り アムロはもう一度食事とセイラを見比べた。 ・・・確かに炊事で悪戦苦闘する彼女など、普段凛とした姿しか見た事が無い身としてはイメージすら湧かない。 彼女を少しでも知っている人は、試しにやってみるといいだろう。 「アムロと話がしたかったの。少しだけで良いのだけれど」 セイラのすがるような、それでいて真摯な眼差しに アムロの心臓は再び跳ね上がった。 8 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/04(日) 08 31 27 ID GH+9htui デッキの片隅に腰を下ろすと、アムロは慌てた様に食事を摂りはじめた。 並んで座ったセイラは暫く黙ったままその様子を見つめている。 「お、美味しいです。本当に」 ありがとうと答えながらセイラは穏やかな目で笑った。 この数日の間にアムロは本当に変わった、と思う。 上手く表現はできないものの、精神的に成長したように感じるのだ。 以前の子供っぽさが抜けて逞しさが出てきた気がする。まだ頼り甲斐とまでは言えないが。 そして、これは直感なのだが、自分の中に漠然とある「何か」をアムロと「共有」できそうな気さえするのだ。 勿論それは、単なる思い込みの類なのかも知れないが・・・ そんなアムロに以前は考えもしなかったであろう≪引力≫めいた物、を感じ始めている 自分を あの時のハモンの微笑みによって、認めざるを得なくなってしまった。 そう、あの時・・・ハモンがアムロに額を合わせた時・・・確かに自分は彼女に「嫉妬」したのだと。 セイラはアムロの横顔にごめんなさいと囁いた。アムロは驚いた様に顔を上げる。 過程はどうあれ、今回のアムロの行動は自分にとって絶好の機会だった。 それを利用するが如く事を進めている自分が申し訳なく思えてならなかった事を セイラは素直な言葉でアムロに話す事ができた。 アムロはそれを真剣に聞き、気にしないでくれ、自分もセイラの役に立てて嬉しいと答えた。 それは不思議な感覚だった アムロに寄り添うようにしていると言葉の輪郭がぼやけて行く 何かが、言葉にはできない何かが急激に二人の中に広がって行く気がする。 もしかしたらアムロとなら言葉なんて遠回しな物は必要無いのかも知れないとすら思える。 セイラは刹那の夢うつつの中で何とか言葉を紡ぎ出した ≪心を触られた≫としたら、こんな感じなのかしら、と・・・ 42 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/05(月) 01 03 27 ID HOOfuWL8 「あああっ!こんな所にいたっ!」 寄り添ってまどろみそうになっていたアムロとセイラの目を覚まさせたのは、 ハンガー中に響き渡る嬉しそうな少女の声だった。 声の主であるメイは、アムロの姿を見付けるとまるで子犬の様に全速力で駆け寄って来る。 もしも彼女に尻尾があったなら、千切れるほど振っているであろう勢いだった。 メイは走って来た勢いそのままに正座する姿勢になると、 その状態で1メートルほど床を滑ってアムロの目前にピタリと停止した。 思わずのけぞったアムロをキラキラした瞳で見つめている。 「MS-07H-2の戦闘データ見たの!すっごいねえ!尊敬しちゃう!!」 のしのしとオルテガがメイの後ろからやって来た。 面白くも無さそうに溜息を吐きながら、それでもメイの後ろに腕組みをしたまま仁王立ちになる。 まるでVIPに対する屈強なボディガードの装いだ。え、何で?とアムロは思ったが、 そんなオルテガを全く気にせずに、メイはアムロにずいと近付いた。 「何て言うんだろ、他では見る事のできない様な・・・凄く独創的な機動なのよ! 特に回避行動!何あれ!?ううん褒めてるのよ? 機体のポテンシャルを最大限に引き出さないと、まずあんな動きはムリね! それとアムロってバーニアの使い方が絶妙!あの気難しいエンジンをあそこまで 使いこなせるなんて本当に素敵!・・・」 メイの賞賛はまだまだ続きそうだ。どうして良いか判らないアムロは助けを求める様に 横にいるセイラに目を向けるが、何故か彼女はアムロの視線をすいと外すと立ち上がってしまった。 「・・・私はもう行くわね。それじゃ」 この世には「怖い笑顔」というものもあったのだとアムロは戦慄を覚えた。 何かが二人の間に繋がった、と、思えた直後なだけに・・・ マイナスの感情もほとんど物理的なダメージに増幅されて感じる気がする。 体と口が硬直して動かなくなったアムロは、虚しく口をぱくぱくするだけで、 去り行くセイラに声をかける事もできなかった。 「総員に伝える!10分後にバイコヌール基地に到着するぞ!着陸準備にかかれ!」 艦内放送のクランプの声が、今回だけは天使のそれに聞こえた。 心の中で胸を撫で下ろしたアムロは「行こう!」とメイとオルテガを促し 前を行くセイラを追ってブリッジに走った。 52 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/05(月) 09 57 57 ID HOOfuWL8 まだ豆粒ほどにしか見えないWBを眺めながら 風の吹きすさぶバイコヌール基地の滑走路脇にジオンの軍服を身に纏った二人の男女が佇んでいる。 「姉御、本当にやるつもりかい?」 「ふふ、ウチに配属されてまだ間もないってのに、随分馴染んだ物言いじゃないか、えぇ?」 妖艶な微笑を浮かべた美女は愛おしそうに隣に立つ男の頬を撫でる。 精悍な顔付きをした男は片眼を瞑って不敵に笑う。 「姉御との≪特訓≫のお陰だろ?それにここの水は俺に合う。 左遷(とば)されて良かったぜ。あのクソ野朗をぶっ飛ばした甲斐があったってもんだ」 「ジオンのエース『真紅の稲妻』が曹長に降格されてアタシの艦隊にねぇ・・・ 最初は何の冗談かと思ったよ」 くっくっと可笑しそうに女は哂う。 「戦闘中に部下を置いて逃げ出した上官をぶちのめして病院送りか。 本来なら軍法会議ものだろうが、上もアンタの才能を惜しんだんだろうね。 ギリギリまで降格させてアタシん所みたいなドブ泥に塗れた部隊に放り込むとはさ。 エリート街道まっしぐらだったんだろ?残念だが運が無かったんだと諦めな」 「いや、俺はツイてる。姉御みたいな良い女と出会えたからな。 それに、もともと親父が勝手に出した志願書で無理矢理入隊させられたんだ。軍に未練はねえよ。 今後は『独裁者』共の手先にならずに済むかと思うとせいせいするぜ」 「アンタがやって来ると聞かされたときゃ皆どんなツラした優等生が現れるのかと興味津々だったさ。 手荒い歓迎をしてやる心算だった奴らが殆どだったからね。勿論、このアタシもね」 女は男の頬に置いていた手を髪に這わせ、更に優しく愛しく撫で付ける。 「ところがどうだい。ものの数日でアンタはアタシの副官以下を全員実力で屈服させちまった。 殴り合いの喧嘩でも、MS同士のタイマン勝負でもね」 「ありゃタイマンじゃ無かったぞ。どう見ても4対1のハンデ戦だった」 あははは違いないねぇと女は大声で哂った。 「ウチの部隊は実力勝負がウリだからねぇ。 表向きはともかく、誰も『曹長』のアンタに逆らえなくなっちまった。 仕方ないからアタシが出ずっぱるしかなかったが・・・アンタ、ギリギリでわざと負けただろう?」 「・・・何の話だ?あれが俺の実力だ」 「ふふふ。まあいいさね、アンタには感謝してるんだ。 アンタが横にいるお陰で、悪い夢を見る回数が本当に減ったのさ・・・」 名残惜しそうに男の髪から手を離すと女はWBに向き直った。 「さてさて、獲物の到着だ。恐らくジオンで最後の仕事になる。 気張ってやろうじゃないか、えぇ!?」 軽く舌なめずりする女と、その横で不敵に笑う男。 WBの機影は、もうかなり大きくなっており、既に滑走路に着陸する態勢に入ったようだった。 101 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/06(火) 17 42 21 ID KjK1o4V/ 迫り来るバイコヌール基地全体から発せられるどす黒い怨念のような圧力を、 その時アムロは微かに感じ取った。 ふと横に目をやると、セイラの瞳も不安そうにこちらを向く所だった。 『セイラさんも何かを感じ取ったのか・・・?いや、女性の勘って奴か』 直接言葉には出さず、アムロは心の中で一人言ちた。 確証は何も無いが、嫌な感じだ。あの「ガンダムもどき」の危険な奴とはまた違う、 べったりと肌に纏わり付くような、悪意。そうか、これは悪意と呼べる程の・・・ その時、ブリッジに響く軽い衝撃がアムロの思考を打ち消した。 「ランディングギア接地、確認。各部異常なし。着陸完了しましたぜ」 クランプの声が響く。 この数日間で随分WBの扱いに慣れたのが、声に混じる少々の余裕で感じ取れる。 流石だな、と、アムロは頼もしく思った。 「ありゃあ、ザンジバル級ですぜ大尉。 ここに駐留している隊のものみたいですな」 コズンが窓の外を指し示す。確かにそこにはずんぐりしたシルエットが特徴の 機動巡洋艦が停泊していた。 漆黒の船体が鈍く太陽を照り返している。 「遠路はるばるよぉうこそバイコヌールへ! アサクラ大佐の代理司令官シーマ・ガラハウ中佐だ!」 唐突にモニターに現れた女性は、居丈高 に言い放つと肩をそびやかした。 アムロはその奔放な言い回しの影に潜んだ剣呑な何かに思わずぞくりとする。 厳しい顔をして横にやって来たハモンがアムロに何事かを囁いたのはその時だった。 「!?」 アムロは思わずセイラを振り仰いだ。 事情が飲み込めていないセイラは驚いた顔で二人を見返す。 ガウ攻撃母と輸送機軍はバイコヌール基地からの誘導によって、 ここから20キロ程離れた第二滑走路に着陸させられた為、その姿は見えない。 アムロは急に不安になった。 更に濃くなって行くどす黒い悪意が、まるで吹き付けられる様に そちらの方に流れ出して行く様な気がしたからだった。 105 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/06(火) 20 32 39 ID KjK1o4V/ 「御苦労。まあ寛いどくれ」 基地司令室に通されたラル隊一行を前にしてシーマ中佐は口を開いた。 シーマの横には精悍な顔付きの青年兵士がつき従っている。副官なのだろうか。 それにしては階級章の位がえらく低いなとクランプは胡散臭く思った。 「貴様らの辞令はこれだ。 木馬奪取の功績でランバ・ラル大尉は二階級特進でアタシと同じ中佐になった。 以下、それぞれ一階級ずつの昇進だ。おめでとう」 にやりと笑ったシーマはラルに辞令の束をバサリと投げよこした。 数枚の書類が宙を舞い床に落ちる。 あまりにぞんざいな扱いにラル隊全員が色めき立つが、ラルはそれを手で制する。 「謹んで拝命する」 「・・・ふん。面白くないね。青い巨星は伊達じゃないって訳かい」 鼻を鳴らしたシーマは含み笑いを漏らす青年兵士を睨み付けた。 シーマと目を合わせた男は我慢できない大声で笑い出した。 「駄目だ駄目だ姉御。そのテにゃ乗らないってよ」 「失礼だがジョニー・ライデン殿とお見受けする。 ワシの顔をお忘れか?」 手をひらひらさせてシーマをからかう素振りを見せたライデンにラルが声を掛けた。 唐突に出たトップエースの名前にラル隊がざわめく。 ライデンは少しだけ真面目な顔に戻すとラルに対して敬礼をして見せた。 「覚えておりますラル中佐!しかし現在曹長である私に対して 敬語は不要に存じます!」 「な、何と・・・!」 ルウムでの活躍で確か彼は大尉に昇進していた筈だ。 この僅かな期間で曹長に降格とは、一体彼に何があったというのだろう。 106 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/06(火) 20 33 30 ID KjK1o4V/ 「階級なんざアタシの部隊には関係ない。今やコイツは私の副官なのさ。 相応の敬意を払いな? コイツに舐めた口を利いたらアタシがタダじゃおかないよ!」 シーマはライデンにしなだり掛かりながらその場にいるラル隊全員を睨め付け言い放つと、 一転、うっとりした視線を彼の横顔に注ぎながら小声で付け足した。 ライデンは微動だにせず、不敵な笑顔も崩れない。 「そう、アンタを舐めて良いのは、アタシだけなんだからね・・・!」 完全にそう聞こえてしまったコズンが、思わずゴクリと生唾を飲み込む。 いろんな意味で、ここに姫様やメイやアムロが居なくて本当に良かったと心から思う。 が、そんな悠長な場合ではなかった。 シーマはライデンから離れると表情を更に厳しい物に引き締めたのだ。 「さて、本当は今の仕打ちに怒ったお前らが暴発してそれを納める為に 武力鎮圧・・・ってなシナリオだったんだけどねえ。 まあ、仕方が無い。順番が狂ったが、鎮圧だけさせて貰うよ!」 シーマの合図で司令室のドアが全て開き、完全武装したの集団が嵐の様に乱入して来た。 それは恐ろしく統制の取れた集団であり、全ての銃口がラル隊に向けられている。 ラル隊は全員両手を挙げ、完全降伏の意を示した。 124 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/07(水) 20 26 55 ID 2ur0WbEw シーマからの合図を受けた武装鎮圧隊は時を同じくしてWBにも突入した。 各班ごとに別れ迅速に各ブロックを制圧して行く。 まずMSデッキとブリッジがいち早く占拠され、その報告が次々とシーマの元に届く。 ――だが、人員確保の一報は一向に入って来ていない―― それがシーマをいらつかせていた。 着陸から監視させていた部下からはWBから外に出た者は 目の前のこいつ等以外はいないと報告を受けている。 つまり、WB内の何処かにいるはずなのだ。WBとMSを連邦から持ち出した≪下手人≫が。 そしてそいつは連邦からすればジオンに寝返った≪裏切り者≫でもある・・・ そいつらを捕まえて、更にこちらの株を上げる。それが『交渉相手』のリクエストなのだ。 「やれやれ。亡命者を一体どこに隠したんだい? おまえ等に聞いたってどうせ喋りゃしないだろうから無駄な事は省くが、 あんまり手間を掛けさすんじゃないよ」 うんざりした様なシーマの問いに、ラル隊は誰一人答えるものはいない。 彼らは一箇所に集められ、全員武装解除された後、手錠で拘束されていた。 コズンがかったるそうに軽口を叩く。 「あーあ。ちょいと前は俺達があっち側だったんだよなあ。 こりゃ、因果応報って奴かな?」 一斉にラル隊全員が苦笑で答える。 そのざわめきに紛れてハモンがラルに素早く囁いた。 「あなた」 「待て。奴の真意がまだ判らん」 ラルが素早く返す。この二人にはこれで充分だった。 非常時にはラル隊は何の打ち合わせも無く連携して行動する事ができる。 各々の分担が決まっているのだ。自分の役割を果たせた事に満足したコズンは 「勝手に喋るんじゃねえ!」 と、警備兵に銃架で手荒く殴りつけられても、鼻血を噴出しながら不敵に笑う事ができた。 125 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/07(水) 20 28 35 ID 2ur0WbEw 「しかしまあ、ブリッジとMSデッキを押さえられたWBは 飛び立つ事もMSを発進させる事もできなくなってるんだ。 後は、どこに隠れていようがシラミ潰しに見つけ出し、 アタシの前に引き摺り出すだけだ!」 「連邦へ亡命するのだな。取引相手は誰だ」 威勢良く言い放ったシーマにラルが冷静な声で核心を突く。 単刀直入なその一言に彼女はグッと押し黙った。 「ひるむな姉御。 流石は青い巨星。余計な問答が無いだけに話が早くていい」 「・・・誰が怯んでるって!?ふざけるんじゃないよ!」 腕組みした姿勢を崩さないライデンに対してシーマは激昂してみせる。 が、クランプは冷静にこの二人の中の真の主導権者を見た気がした。 「ふん。まあ、お前達は昇進直後にヘマやって全員降格される事になるんだ。 その哀れな身に免じて教えてやるよ」 「ジーン・コリニーあたりでは無いのですか?」 迷わず名指ししたハモンに対して シーマだけではなく今度はライデンすらもぎょっと眼を剥く事となった。 「・・・恐れ入ったな。全てお見通しって訳か。 だがもう遅い。どこに隠れていようが亡命者が見つかるのはもう時間の問題だ。 そいつが確保されたら俺達は木馬とMSを持って連邦軍に投降する」 ライデンの言葉にシーマが続ける。 「後腐れが無い様に、第二滑走路のガウと輸送機隊には連邦の掃討部隊を 送り込む手筈になってるのさ。 可哀相だがあいつらには人柱になって貰うよ」 「むう・・・!」 ラルは絶句する。予想以上にこの企みは狡猾のようだ。 しかし、彼の瞳には絶望の色は無い。どころか、 ラル隊全員がまるで何かに高揚しているかの様にも見える。 シーマとライデンはその様子に、得体の知れない薄気味悪さを感じていた。 126 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/07(水) 20 30 53 ID 2ur0WbEw アムロとセイラ。狭い空間の中に、息を殺した2人がいた。 バイコヌール基地に着陸する寸前、アムロはハモンに、ここにセイラと共に隠れる様に言われたのだ。 事が起こった後の、アムロがやるべき行動もラルに指示されている。 「恐らく抵抗しなければ、我々に手荒な真似はしないはずです」 確かにハモンはそう言った。今はその言葉を信じ、皆の無事を祈るしか無い。 アムロはセイラを後ろから抱きすくめる様な体勢になっている。 セイラの体重と髪の匂いが直接的に生々しく感じられ、不謹慎かも知れないが、 どうやっても鼓動が早まる自分を抑える事ができなかった。 彼女のお尻がアムロの腰に押し付けられている格好になっているから、 「その生理現象」は絶対、セイラにバレている筈だった。 嫌がられ・・・いや、嫌われてしまっただろうな・・・と 恐る恐るセイラの表情を後ろから盗み見ようとするのだが、 彼女は顔をうつむけてしまっており、髪が邪魔して良く見えない。 何故今回は、セイラと以前共有したと感じた不思議なシンパシーは現れないのだろう? 何か言わなくちゃとも思うが咽がカラカラで全く声が出せないし、何て言って良いのかも判らない。 ああもうこんな事ならジオンでも連邦でもいいから早くやって来てくれ! そのアムロの声に出せない魂の叫びが通じたのだろう。 モニターに映るMSデッキ入り口に、武装した兵士がわらわらと現れた。 銃口をあちこちに向け人がいないのを確認すると隊長らしき人物が通信機を取り出し、 どこかへMSデッキ確保の報告を入れている。 どうやら、ラル大尉とハモンさんの予想していた事態が起きてしまった様だ。 「セイラさん。奴等が来ました。予定通りやりますから 僕にしっかり掴まっていて下さい!」 いきなり決然と宣言したアムロにセイラは驚き、火照った顔で振り返った。 しかし集中力を研ぎ澄ましモニターを凝視しているアムロの眼には セイラの少しだけ潤んだ瞳も映ってはいなかった。 127 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/07(水) 20 31 56 ID 2ur0WbEw いきなり動き出した≪ガンダム≫に武装した兵士達は仰天した。 まさかパイロットが既に中におり、しかも発進準備が完了しているなどとは 考えもしていなかったのである。 手持ちのマシンガンを散発してみるが、ガンダムの装甲には傷一つ付かない。 「駄目だ!連邦のMSが逃げるぞ!俺達じゃどうにもならん!姉御に連絡だ!」 「た、隊長!あれを!まだ動くMSがあります!」 振り向いた男の目に入ったものは、単眼を輝かせてハンガーから降り立つ MS-09ドムとMS-06J陸戦型ザクの巨体だった。 144 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/08(木) 15 36 17 ID CkkdkpLK 「何!?木馬のMSが稼動しているだってえ!?」 「・・・やられたな。この事態をあらかじめ想定していなけりゃ出来ない事だ。 ランバ・ラル隊、恐るべし、だね」 一報を受けたシーマとライデンは両極端な温度差の驚きを示した。 ぎりっと歯を噛み鳴らしたシーマは、部下に手早くMS小隊を発進させて ガンダムを追跡するよう命ずる。 今にも自分が飛び出して行きそうになるのを必死で自制しているのが判る。 そんなシーマにライデンが向き直った。 「姉御、俺が出る。あのMSは何としても無傷で手入れなきゃならないからな」 「頼めるかい?でも無理すんじゃないよ、イザって時にゃ破壊したって構わないからね!」 あんなMSよりアンタの方が大事なんだ、そんな言外の視線を受けたライデンは おどけた様に「了解ッ!」と敬礼してから司令室を後にした。 145 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/08(木) 15 37 31 ID CkkdkpLK WBの格納庫を手動で開き、3体のMSはガンダム、ザク、ドムの順に滑走路に降り立った。 わらわらと武装した兵士達がその後を追うが、ガンダムの頭部バルカン砲で牽制され近付く事ができない。 しかしこの一連の動きの中で、武装兵士達の隊長であるコッセルは 3体の中でザクの動きだけがぎこちなく、何となく足元がおぼつかない事に気が付いた。 「バズーカを持って来い!あいつならやれるぞ!」 物陰に隠れ、部下に命じながらもチャンスを伺う視線は決して外さない。 「無傷で手に入れなきゃならないのは、連邦のMSだけだからな・・・」 姉御に連絡は入れたから、もうすぐこちらのMSも動き出す筈だ。 そうすりゃ相手の注意も逸れるだろう、充分歩兵が役に立てる機会はある。 コッセルの眼が獲物を狙う猛禽類のそれに変わっていた。 150 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/08(木) 18 13 01 ID CkkdkpLK 「メイ!早く!もっと急ぐんだ!急いで!」 バランスが悪く走行スピードが一向に上がらない陸戦型ザクにアムロが焦った声を掛ける。 MS-06Jを操縦しているのは何とメイ・カーウィンだったのだ。 「あれっ・・・おかしいな・・・こんな筈じゃ・・・!?」 メイは額に玉粒の汗を浮かべて必死にレバーやフットペダルを操作するが、 その拳動は一向に安定しない。オートバランサーのお陰で転ばずに済んでいるものの、 本来の移動スピードの半分にも満たないその動きに、アムロは気が気ではなかった。 「私の入手した情報によると、ここの基地司令官シーマは、 ジオン兵でありながら軍を憎む思想の持ち主です。 不確定ですが、連邦の高官と繋がりがあるとの情報もあります。 このWBとMSを掌中にしたら、何か良からぬ事を・・・企みかねない女でしょう」 あの時ハモンに言われた言葉が思い出される。 「形式的に我々は彼女に会う為に出向かなければなりませんが、 アムロ、あなたにはどんな事があっても姫様をお守りする役を命じます」 ハモンはその後アムロにガンダムにセイラと同乗する事を指示し、 WBに搬入されていたドムにはオルテガを、 実際の操縦経験は無いもののMSに精通しており「操縦できる」と豪語したメイには MS-06Jに搭乗させてMSデッキでコックピットカバーを閉じた状態で 待機させていたのだ。 もちろんいつでも稼動できる準備を整えたままで、である。 「もしMSデッキに≪賊≫が侵入して来た時は、非常事態が発生したという事です。 その場合は直ちにMSを起動させそのまま第二滑走路に向かい、 速やかにダグラス大佐の部隊と合流なさい。 あちらにはガイア大尉達もいます。臨機応変に事態に対応して下さる事でしょう」 その時のアムロの、 そんな事をしたらラル隊の皆やハモンさんはどうなるんですという問いに対して彼女は 「勝算はあります。あなたが心配せずとも宜しい」 とだけ答えてアムロからの質問を一方的に打ち切ってしまった。 そして、アムロだけに聞こえる声でこう付け加えたのである。 「もしもの時には・・・動きの鈍いザクをおとりにしてお逃げなさい」 ・・・と。 それを聞いて激昂しそうになったアムロを制してハモンは 「あくまでも『もしも』の時の話です。 そのくらいの覚悟を持って姫様をお守りなさいという事です」 と、さらりと流してしまった。 アムロは、モニターに映るザクのふらふらした動きを見るたびに ハモンの不吉なセリフが頭に浮かびそうになるのを必死で打ち消していた。 174 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/09(金) 17 02 18 ID JdrfSMGD 基地格納庫から6機のMSが次々と現れた。 全てMS-06ザクである。モニターで全機の機種名を確認したアムロは 「ホバー付き」の機体が無い事に少しだけ胸を撫で下ろした。 あの装備の平地での有効性を、自らMS-07Hを操縦した事で改めて思い知っていたのだ。 通常歩行しかできないザクが相手ならば、いきなり相対距離を詰められる事はありえないだろう。 しかし・・・ 「ああっ!?」 メイが小さく悲鳴を上げる。 最初からおぼつかない足取りだったメイの操縦するザクは、 何度かのたたらを踏んだかと思うと、よろけるように立ち止まってしまった。 「どうして・・・!」 メイの瞳に悔し涙が浮かぶ。 幼少の頃からMSに接し、誰よりも知識が豊富だと自負していた。 パイロットとしての資格は無くとも、MSを操縦してのガレージ間の移動などは 何の問題も無くこなせていたのに。 背後から武器を持った「敵」が追い駆けてくる そう思っただけで、身がすくみ、通常なら出来ていた筈の簡単な操作すらまともに行う事ができない。 怖い、怖い、助けて。頭に浮かぶのはその言葉ばかり。 冷静になろうとすればする程、操作の手順を間違えてしまう・・・ 「立ち止まるな!歩くんだ!歩け!」 オルテガのドムがザクの腕を掴み、揺さぶった。 檄を飛ばしながらも、オルテガは6機のザクとの相対距離を測っている。 射程距離まであと少ししかない、それを過ぎれば敵は一斉に攻撃して来るだろう。 『まずいな・・・敵の数が多すぎる。メイのザクを守りながらでは、ドムの 機動性は殺される。狙い撃ちだ。 一斉攻撃を受ければいくら装甲の厚いドムといえど・・・』 オルテガの心の中の葛藤を見透かした様にメイが涙声で叫んだ。 「私に構わず行って下さい!早くダグラス大佐達と合流を!」 「馬鹿野朗!そんな事が出来るか!・・・アムロ!」 メイを叱り付けたオルテガは、振り向きざまにアムロに声を掛ける。 既に敵の2機のザクがこちらに向けてマシンガンを乱射し始めていた。 「メイは俺が引き受ける。お前はこのまま第二滑走路に急げ!」 「何ですって!?」 アムロはハモンの言っていた最悪の状況になりつつある現実に歯噛みした。 293 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/11(日) 02 07 14 ID ??? ――アムロはぎゅっと眼を瞑った。 もしやハモンはこうなる様に最初から状況を構築していたのでは・・・と、アムロは戦慄する。 まともな操縦経験が無いメイを、機動力の劣るザクに敢えて乗せ、 アムロとセイラの乗ったガンダムを逃がす「捨て石」とする。 メイを見捨てるはずの無いオルテガのドムを一行に随伴させ、 これも「捨て石」としてガンダムが逃げる為の時間を稼がせる・・・ 全ては、どんな犠牲を払おうと「アムロとセイラを逃がす」という 最優先事項遂行の為の冷徹な作戦だったのではなかったか。 ハモンさんが悪い訳ではない。彼女は最善と思われる手を打っただけの事なのだろうとアムロは思う。 戦場では甘っちょろい理想論など通用しない事など、もう判っている。 そして、兵士というものは、任務遂行を何より優先しなくてはいけない事も知っている。 ――でも アムロは強烈に自覚する。この絶望的な状況を打破し、 運命を切り開きたいと渇望する自分がいる事を。 『自惚れるなと言った筈だ!』 ラルに言われた言葉が思い出される。 アムロは目を閉じたまま首を振り、冷静になろうと勤めた。 もし自分が無謀な行動を取れば、一緒にいるセイラを危険に晒す事になる。 ハモンがお膳立ててくれた「最優先事項の遂行」を放棄する事になる。それでは本末転倒だ。 やはりここはオルテガに任せ、メイを見捨ててセイラを連れて離脱するのが最善なのだろうか・・・ ――アムロは決然と眼を見開いた。 もうその瞳には迷いによる曇りは微塵も見出す事ができない。 アムロが猛然とフットペダルを踏み込むと、ガンダムはそれに答え軽々とその機体を飛翔させてみせた。 294 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/11(日) 02 12 03 ID ??? いきなりバーニアジャンプでドムを飛び越し、 シールドを構え敵の目前に降り立ったガンダムにオルテガは仰天した。 「アムロ!この馬鹿野朗が!先に逃げろと言った筈だ!」 「敵の狙いはガンダムです!僕が奴等を引き付けますから中尉はメイをフォローしながら 第二滑走路に向かって下さい!」 「それは俺の役目だ!出しゃばるんじゃねえ!」 「中尉!そのMSの方がガンダムよりパワーがありそうです。 不安定なメイのザクをサポートするならそちらの方が都合が良い! 敵をある程度撹乱したら僕も離脱します!ガンダムが本気を出せばザク程度では 絶対に追いつけませんから! 僕ら『全員が生き残る』為にはこれが最善の方法なんです!」 「ぐ・・・」 最悪自分一人の犠牲でと考えていたオルテガが絶句する。 モニターにはそろそろ届き始めた敵のマシンガンの弾丸をじりじりと後退しながら シールドで弾き返すガンダムが映っている。 もう一刻の猶予も無い。議論している余裕は無くなってしまったのだ。 「アムロ!これを使え!」 オルテガは、自らのドムの背部ラックに装備されていたヒートサーベルをガンダムに投げ渡した。 アムロはモニター越しに、ガンダムが初めて手にするそれを細部まで確認する。 「お前なら使いこなせるだろう!グリップの所にスイッチがある!切れ味を高めたい時は押し込め! 俺が特注した特別製だ!そいつは、切・れ・る・ぜぇ!?」 歯を剥き出して笑うオルテガにアムロは親指を立てて答えた。 「ありがたい! ガンダムのエネルギーを温存する事ができます!」 何しろ相手は6機。用心に越した事は無いのだ。 その相手はもうすぐそこまで迫っている。シールドに当たる弾丸が明らかに増えて来ているのでそれと判る。 「メイ!走れるか!?」 「済みませんでした!もう大丈夫です!」 ようやくパニックを脱したメイが、今度は慎重にザクを操縦している。 オルテガのドムはザクの真後ろに付き、バズーカを構え、 ホバーを稼動させてバック走行させながら敵の動きを牽制しつつ、離脱を始めた。 その様子をバックモニターで確認しながらアムロは、腕の中のセイラに語り掛けた。 「・・・セイラさん。僕はあなたに謝らなきゃいけない」 思わず眼を伏せようとしたその時、セイラがずっと自分を見つめていた事にアムロは気が付いた。 戸惑うように視線を合わせると、彼女は穏やかに微笑み答えた。 「どうして?あなたが守って下さるのでしょう?」 驚き、思わず「え?」と聞き返してしまったアムロに セイラは自信たっぷりにこう宣言したのだ。 「大丈夫。あなたならできるわ」と・・・ 355 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/11(日) 22 04 43 ID ??? 「何だいあのMSは!!6機のザクに立ち向かうつもりかい!?・・・舐めやがって!」 シーマがぎりりと歯を噛み鳴らす音が聞こえる。 彼女の視線の先には基地司令室の大型モニターがある。 そこにはドムとザクを逃がし、たった1機で6機のザクと対峙するガンダムが映し出されていた。 「あの子ったら・・・」 額を押さえながら俯いたハモンはそれでも苦笑している。 ラルもそんな彼女を横目で見やり、愉快そうに口元を歪める。 「これは懲罰ものだな!だが・・・」 「はい。あなたの言われた通りになってしまいましたわね」 肩をすくめながらハモンは溜息をつく。 ハモンの言い渡した作戦を恐らくアムロは蹴るだろう、と、あらかじめラルは予想していたのだ。 2人のやりとりを知っているアコースとクランプは思わず顔を見合わせて吹き出した。 一方コズンは、視線をモニターから外さない。完全に釘付けになっている。 「やってみせろアムロ、お前の力をもう一度俺達に見せ付けてみろ・・・!」 思わず拳を握り締めたクランプの口から呟きが漏れる。 WBを制圧した時のガンダムの動きは、今でもラル隊全員の眼に焼き付いて離れないのだった。 その時、シーマがマイクを引っ掴み、怒鳴り込む声が司令室を震わせた。 舐められたらこの世界は終わりだ。 常日頃からそう考えている矜持の塊りの様な女性からまるで蒼白いカゲロウが 立ち上っているように見えた。 「ライデン!アタシ達は舐められたんだ!!命令変更だ! あの白いMSを全力攻撃!必ず撃破するんだ!いいね!」 ライデンはそのシーマのがなり声をMSハンガーで聞いていた。 「発進準備は整ってる。だがちょっと待ちな姉御。 まずは奴のお手並みを拝見と行こうじゃないか」 ライデンの鋭利な視線はモニター越しにガンダムに注がれている。 その時アムロは―― 目の前の6機のザクとは別に、自分をどこかから見つめている、 まだ見ぬ強敵の匂いを感じ取った気がしてぞくりと身を震わせた。 497 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/13(火) 00 08 37 ID poRCvMdX セイラは今、アムロの膝の上で横抱きの状態になり、アムロの胸に顔を預け眼を閉じている。 その表情はあくまでも穏やかであり、不安など微塵も感じていないのが判る。 口先だけではなく、完全に自分を信じて全てを委ねてくれた姿だった。 やはりこの人は美しいと、その横顔を見てアムロの胸は愛おしさに熱くなってゆく。 それと同時に、普段以上に自分の感覚が砥ぎ澄まされて行くのを感じていた。 自らの目は確かにさっきまでと同じ様にメインモニターを介して外の状況を見ている。 しかし、まるでガンダムの装甲を≪透かして≫外が見えている感じがする。 視覚領域が広がってゆく様な気がするのだ。 刹那、そのアムロの感覚は、目前の6体のザクではなく、 ザクのやや後方に位置する一台のエレカに注目した。 更に意識を集中させると、その荷台に人がおり、小型ミサイルバズーカを構えているのが判った。 しかし何故かその砲口はガンダムに向いてはいない。 アムロは戦慄した。 狙われているのは、ガンダムでは無く、今ガンダムの背後を懸命に退避歩行している メイのザクだという事に・・・! アムロは迷い無くガンダムの左手で構えていたシールドを勢い良く地面に向けて急角度で投擲する。 シールドはまるで弾丸の様に宙を飛び、ガンダムからやや離れた滑走路の路面を削りながら 深々と斜めにめり込み突き立った。 そして次の瞬間、今まさに発射された小型ミサイルがその急造の壁に命中し炸裂したのだった。 「な・・・何だと!?」 いきなり飛んで来たシールドに自分の放ったミサイルの弾道を妨害されたコッセルは仰天した。 思わずガンダムを振り仰ぐと、白いMSのギラリと光る相貌と眼が合ってしまった。 冷水を浴びせられたかの様にコッセルの体が総毛立つ。 「ひ、引け!退却だ!!」 運転席の兵士に声を掛けるとエレカは大慌てでUターンし、 その場を急スピードで離脱してゆく。 「冗談じゃねえぞ・・・何だあいつは・・・・」 コッセルの震える声は、エレカを運転する兵士に届き、 同様に戦慄を感じていた彼は、一刻も早くこの場から離れようと 更に強くアクセルを踏み込むのだった。 549 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/13(火) 23 06 29 ID poRCvMdX シールドを自ら手放した瞬間、既にアムロはガンダムを次の行動に移行させていた。 MS-07Hを操縦した事で、アムロにはあるMS機動のアイディアが閃いていたのだ。 プロトタイプ特有の強力な推進力を持つガンダムなら、それは可能な筈だった。 「セイラさん。顎を引いていて下さい。舌も噛まない様に気をつけて!」 微かに頷くセイラの気配を感じたアムロは、思い切り体勢を低くさせたガンダムを「真左横」に跳躍させた。 地面からガンダムの右足が離れた瞬間にランドセルのバーニアを一気に吹かし、 そのまま十数メートルの距離を地面と平行に滑空する様に移動する。 そしてガンダムの体が着地する前に左足で強引に地面を蹴りつけると同時にバーニアの角度を変え、 体を捻りながら同じ要領で「真正面」に再度滑空ジャンプする事でガンダムは、 一瞬のうちに密集隊形を取っていた6機のザクの真後ろを取って見せた。 それはバーニアジャンプを超低空で行なう、まるで擬似ホバー移動とでも呼べる様な動き。 まさにアムロの思惑通り、の機動だった。 ザクのパイロットのうち、このガンダムの疾風の様な一瞬の動きに対応できた者は唯の一人もいなかった。 恐らく目の前で何が起こったかすら判ってはいない事だろう。 今の今までガンダムに無慈悲な銃弾を浴びせ掛けていた筈のザク6体は、 次の瞬間には、全機ガンダムに無防備な背中を晒している格好となった。 ガンダムはオルテガのドムから借り受けた特別あつらえのヒートサーベルを軽く振り下ろし、 勢いをそのままにザクに向かって踏み込んで行く。 重さがいい。こいつはガンダムの手に馴染む。いけそうだ。 既に蒼白く発光しているそれは、まるで「獲物」を渇望しているかのごとく殺気を放っている。 今のアムロには一分の油断も無い。 先の戦闘ではそれで「ガンダムもどき」に痛い目を見せられた。 もう同じ轍を踏む訳には行かない。 最後方のザクのモノアイがこちらを振り向くのがアムロの眼にはまるでスローモーションの様に見えた。 「斬り込む!」 自らを鼓舞するアムロの気合と共に、ガンダムは嵐の様にザクの群れに襲い掛かった。 604 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/14(水) 15 54 16 ID prC8fhJN 「・・・こいつはまいったね」 ガンダムの動きをモニターで凝視していたライデンは、口惜しそうに苦笑した。 そのテクニックは割とあら削りではあったが、地上でMSにあんな動きをさせる奴は 『他にいない』と思っていたのだ。 モニターの中では、ガンダムに至近距離まで接近された2小隊6機のザクが 思うさま蹂躙されている。 なまじ密集隊形を取っていただけに迂闊にマシンガンを撃つ事ができず ヒートホークを構える間も無く次々と切り伏せられてゆく。 ガンダムはあえてコックピットと動力部を避けてヒートサーベルによる斬撃を振るっている様に見える。 そこにはある種の余裕すら感じられ、それがまたライデンの癇に障るのだった。 「予定が早まっちまったが、出るぞ!」 格納庫の薄暗闇の中に、エンジンの音が高らかに鳴り響き 雄々しく、そして静かな闘志を秘めたモノアイが輝いた。 605 :1 ◆Zxk1AsrDG6 :2009/01/14(水) 15 55 05 ID prC8fhJN その時、アムロの脳裏に電光が奔る。 それは5体目のザクのマニュピレーターを、握ったマシンガンごと切り落とした瞬間の事だった。 思わずガンダムの顔をその方向に振り向ける。 真紅のザクがゆっくりと格納庫からその姿を現す。 『赤いザクだって!まさかシャア!?』 ・・・だが瞬時にいや違うとアムロは思い直した。 シャアからは何時も感じられていた淀んだ闇のような感覚があの赤いMSからは抜け落ちているのだ。 確かにシャアではない、が、ひりついた感覚が相手が只者ではない事を物語っている。 シャアに匹敵する強敵であろう事は間違い無いと思える。 アムロは油断無く、残ったザクに視線を残しながら距離を取り ヒートサーベルを構え直した。
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ロラン「アムロ兄さん、食事の支度ができましたよ」 「・・・あぁ、ありがとう」 ロラン「いただきます」 「いただきます」 ロラン「そうそう、アルから、手紙が来ていますよ、 今、サイド3に付きましたって」 「そうか、元気にやっているかな」 ロラン「そうですね、アル君がフリーカメラマンになって もう2年ですね」 「うん」 ロラン「みんなもそれぞれ家庭を持ったり、放浪したり 亡命したり、あれほど狭くて騒がしかった家が 今では、静かで、広く感じますね」 「あぁ、ロラン、いつも顔を出してくれてありがとう」 ロラン「そ、そんな、住んでいる家も近いし、これくらい 当然ですよ」 ・ ・ ・ ・ シローが結婚してから直後は、よく家に来ていたけど 今では、あまり訪れなくなった。 弟たちも、たまに顔を出すものの、昔のように 家族全員がそろうことは、ここ最近は全くない。 地球、月、コロニー、山奥、世界各地にみんないってしまった。 ・・・昔は、こういう生活を望んでいたかもしれない・・・ ・・・・ふああーーっと、よく寝たよく寝た、さぁおきようか 「ロラン、おはよう」 ロラン「おはようございます」 シロー「おはようございます」 「まったく、おきているのはいつものメンバーだけか」 ロラン「えぇ、いつもどおりですよ、じゃぁ、起こしに逝ってきます」 シロー「ご苦労さん」 ロラン「みんなぁー、ご飯が・・・・」 ・・・・まだまだこの生活が続くのも悪くはないな・・・ 次スレに続く link_anchor plugin error 画像もしくは文字列を必ずどちらかを入力してください。このページにつけられたタグ アムロ・レイ ガンダム一家 ロラン・セアック 未来
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【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part6 8 名前:通常の名無しの数倍[sage] 投稿日:2010/03/09(火) 16 52 26 ID dmqt2Kqk0 [2/6] 「全員、手はきれいに洗って来たね?それじゃあ晩ご飯にしよう!」 清潔な白いケットをエプロン代わりに腰に巻き、タオルをふんわり頭に被り後ろで縛った「姉さんかぶり」の出で立ちのミハルは、両手を腰に胸を張り、テーブルに着席した一同に笑顔でそう宣言した。 ミハルの横で彼女と同じスタイルをして立つハマーンも、何やら緊張した顔で頷いている。 このミハル・ラトキエという17歳の少女には、こういう家庭的で少々レトロなスタイルが実に良く似合うのだなとシャア・アズナブルはぼんやり考えていた。 どちらかというと痩身気味の彼女だが、むくつけき男達を前に物怖じせず、堂に入ったその態度は貫禄十分である。 恐らく調理場を仕切った時からここはミハルのフィールドとなったのだ。すべからくここにいる男達は、母親を前にした幼い子供の様に、彼女に逆らう事は許されない何かを感じてしまっている。 もちろんそれはこの場限りのものではあるだろうが、部隊指揮官の目から見ても「見事な人心掌握術」と言えない事もなかった。 士官学校時代から何かと女性に不自由しなかったシャアではあるが、こういった雰囲気を醸し出す女性は今まで彼の周りにはおらず、彼女の一挙手一投足が実に新鮮に映り、目が離せない。 サムソンの車内ではあえて彼女と離れた場所に座り一言も彼女とは会話しなかったシャアだが、やはり無意識に視線は彼女に向いていた。 その眼差しを隠すのに、彼の仮面はこの上なく役に立っていたのである。 普段は会議用に使用される楕円形のテーブルに着席している一同の前にミハルとハマーンの手によって置かれたのは、3つの大ぶりな平皿にそれぞれ積み上げられたサンドイッチの山だった。 この人数にこの量はさすがに多すぎるのではないだろうかと、まず誰もがそう思った。 やや厚めに切られたパンの中には、得体の知れない桃色の物体がたっぷりとはさみ込まれている。 3皿のサンドイッチ全てがそれなので、えり好みは不可能だ。 薄気味悪そうにこのパンには一体何が挟んであるんだと目で問うクランプに、判りませんやと小さく肩を竦めるコズン。 ちゃんと今夜の糧を神様に感謝するんだよと言いながら一同を見回し終えると、ミハルとハマーンの二人は忙しそうにそのまま部屋を出て、再びキッチンへと消えてしまった。 後には、目の前のサンドイッチを凝視する一同の醸し出す何とも言えない空気が残された。が――― 「お、お待ち下さいシャア大佐!」 慌てた様なアンディの声で、シャアは手袋を脱いでサンドイッチに伸ばし掛けていた手を止めざるを得なかった。 「何だ」 「あ、いえ、大佐は大事なお体なのです!オデッサも控える今、得体の知れないモノを食して体調でも崩されたら一大事!!」 少しばかり不満そうなシャアに小声で答えたアンディの言い分に、ピンク色のサンドイッチを見ながら確かにそうだとその場の全員が頷く。 こういう場合、リトマス試験紙、悪く言えば毒見役的な役割を担うのは、やはり一番立場の弱い者になるのは世の常であろう。 うず高く積み上げられた正体不明なサンドイッチを前に、場の空気を読んだ一人が、実に消極的な挙手をした。 「・・・まずは自分が」 「判ってるじゃねえかバーニィ!お前も使えるオトコになったモンだぜ!!」 悲壮な決意をその顔色に滲ませながら名乗り出たバーニィの背中をコズンが嬉しそうにバンバンと叩いている。 「あはははh・・・それ程でもありませんよ・・・」 その衝撃に指で摘んだサンドイッチを取り落としそうになりながらも周囲が固唾を呑んで見つめる中、バーニィは思い切ってソレをぱくりと口に入れ、数回咀嚼し・・・飲み込んだ。 9 名前:通常の名無しの数倍[sage] 投稿日:2010/03/09(火) 16 53 46 ID dmqt2Kqk0 [3/6] 「ど、どうだ!?」 まん丸に見開かれたバーニィの瞳を見たコズンが今更な心配声をかける。 が、上気した顔で、バーニィは勢い良く頷いた。 手には既に二つ目のサンドイッチが摘まれている。 「コレ美味いです!もの凄く美味い!!」 「何だとお!?お前、俺達を地獄の道連れにしようってんじゃないだろうなっ!?」 「そう思われるのでしたら、コズン中尉の分は自分が頂きますが宜しいですか?」 「!」 瞬く間にバーニィが手にした二つ目を食べ終えたその途端、再び伸ばした彼の手を跳ね除けたコズンを含め、サンドイッチの山に一同はわらわらと一斉に手を伸ばした。 正味の話、もういい加減に全員腹が減っていたのだ。 見てくれは悪いサンドイッチだが、食えるとなれば話は別だ。 しかしその味は、遙かに皆の想像を越えていたのである。 「うお美味ぇ!なんだコリャ!?」 「確かに良い味だ、いやこれは金が取れるぞ。酒にも合いそうだ」 光の早さで一切れを食べ終えたコズンはすかさず2つ目を手にし、クランプはしきりと関心した様に食べかけのサンドイッチを見つめている。 こう見えてクランプは料理もやる。開戦前までサイド3でバーテンをしていた事もあり、彼の舌は確かである。 「このパンの中身は・・・ポテトサラダだな。 それに生のタラコをレッドチリソースに漬け込んでほぐした物を混ぜてあるらしい。 だから全体がこの様な色になっているんだ。 なるほど、辛さのアクセントがジャガイモのコクを引き出していて実に旨い。ビネガーの効き具合も、絶妙だ」 まじめな顔でサンドイッチの分析をしているクランプの横でシャアは満足そうに口を動かし、2つ目を喉に詰めたコズンが慌ててミネラルウオーターで流し込んでいる。 確かにこれがビールだったら最高だろう。 「タラコって何です?」 「魚の卵ですよ准尉。コロニーでは高級品ですが地球では割と安価で手に入る食材です」 こちらでは夢中でサンドイッチを頬張るアムロの問いに、彼の右隣に座ったニムバスが丁寧に答えている。 サイド7に移り住むまでは地球で育ったというアムロでも良く覚えていない様な事を、すらすらと話せるニムバスの知識は結構凄いなと考えていたバーニィは、再び部屋に入って来たハマーンの姿を目に留めた。 「あ、アムロ、あのその、こ、これも食べてmてくr」 後半のセリフを噛みながらも思い切って差し出されたモノにアムロは驚きつつ絶句した。 ハマーンの名誉のためにもここは敢えて、そのモノの描写を避ける。 「こ、これは・・・」 「ハマーンはあんたの為に生まれて初めて料理をして、一生懸命これを作ったんだよ。気持ちを酌んでおやりよ」 恥ずかしそうに顔を伏せるハマーンの後からやって来たミハルが、苦笑いしながらアムロにそう進言した。 彼女の手には熱々のシチューが入った大きな煮込み鍋の乗ったキャスターが押されている。 「ほう・・・!」 香ばしく食欲をそそる香りに皆が思わず唸った。 その魚介類がふんだんに入ったブイヤベースの深皿が各人の前に一つずつ行きわたってゆくのを見たシャアとアンディは、通信室で微かに香っていたのはこれだったのだと得心したのである。 「おおお!これまたべらぼうに美味いぜ!」 「これは凄い。よくこの短時間でこんなに深みのある味を出せたものだ」 「食材の中にぶどう酒があったからね、それも使ってみたんだよ」 またも一同から巻き起こった賞賛の嵐に面映ゆそうにミハルが答えているその横で、問題のブツを前にして固まってしまったアムロは、だらだらと汗を流し、密かに助けを乞う視線をちらりと隣のバーニィに送ったが 「准尉!ハマーン嬢の気持ちに答えるためにも、これは、覚悟を決めるしかありませんよ?」 自分は美味そうにブイヤベースをかき込みつつ、バーニィはニヤニヤしながらアムロの恨めしそうな視線を断ち切ってしまったのである。 驚いたアムロは一縷の望みを込めて反対隣に座るニムバスに視線を向けた。しかし・・・ 「騎士たるものの心得として、女性に恥をかかせる事など言語道断。 ・・・骨は拾って差し上げます」 ぴしゃりとニムバスにもそう言われてしまった。 ここに、アムロの退路は完全に断たれたのである。 10 名前:通常の名無しの数倍[sage] 投稿日:2010/03/09(火) 16 55 23 ID dmqt2Kqk0 [4/6] 「ミ、ミハルは心を込めて料理を作れば失敗はないと言ったぞ?」 「あり、がとう、ハマーン、失敗なん、てあるは、ずないさ」 自らが作ったモノを必死にアピールするハマーンにスタッカートで答えながら、アムロは震える手で、パッと見●●●にしか見えない件のブツをつまみ上げ、ぱくりと口に入れた。 「・・・・・・・・・・・・こっっっ」 瞬間、口の中の水分を全部持っていかれてしまったアムロは、パッサパサ言いながらラインダンスを踊るウサギ達の幻影を垣間見た。 何かを求めるように中空をヒラつくアムロの手にしっかりとミネラルウォーターのボトルを握らせてやるニムバス。 ものすごい勢いでブツを飲み下しているアムロの背中を気の毒そうにさするバーニィ。 何だかんだでこの三人、チームワーク抜群である。 ぜえぜえ言いながら顔を上げたアムロの目に、ぎゅっと両手を握り込み自分を凝視しているハマーンの顔が映った。彼女は、アムロの言葉をじっと待っている。 「・・・准尉」 小声でニムバスに促されたアムロは息を整え、少々引きつった顔でハマーンに笑顔を向けた。 「ありがとうハマーン。とても美味しかった」 その瞬間、自信なさげだったハマーンの顔が、ぱあっと喜びに輝いた。 「ミハル!ミハル!やった!アムロがおいしいって!!」 「良かったねハマーン。だから言っただろう?心配ないってさ」 「うん!うん!」 ぴょんぴょん跳び跳ねながら喜んでいるハマーンにバレない様にミハルはアムロに感謝の視線を送って来、アムロはこっそりと溜息を吐き出した。 「ご立派です」 再びアムロに顔を近付けて小声で囁いたニムバスは何だかやけに嬉しげであった。バーニィも安堵したように胸をなで下ろしている。 が、漏れ聞こえてきたハマーンの次の言葉に、三人はびくりと身を竦めたのである。 「そうだ!今後はずっと、アムロの食事は私が作ろう!」 まるで超音波の様にか細く甲高いアムロの悲鳴を、顔を近付けていたニムバスだけが聞く事ができた。 「だめだよハマーン。過ぎたエコヒイキはグループの和を乱す原因になるのさ。 ハマーンだって、もし自分だけが毎回食べる食事にデザートが付いていたりしたら、気まずいだろ? アムロにそんな思いをさせたいのかい?」 「・・・そうか、そうだな。うん。それはだめだ」 ミハル、ナイスフォロー! 納得して頷くハマーンの肩越しに微笑むミハルに今度はアムロ、ニムバス、バーニィが感謝の視線を送る番だった。 11 名前:通常の名無しの数倍[sage] 投稿日:2010/03/09(火) 16 55 53 ID dmqt2Kqk0 [5/6] あれほど量が多すぎると思われていたミハルのサンドイッチはいつの間にか全て一同の腹に収まってしまい、ブイヤベースが入っていた大鍋は空になった。 ミハルの出してくれた食後のコーヒーを飲みながら、一同は満ちたりた様子で女性陣を交えて談笑している。 自分は会話に加わらず部屋の奥からその光景を眺めていたシャアは、一同のミハルを見る視線と態度がこれまでとは大きく変わっているのを実感していた。 戦場において、有り合わせの食材でうまいメシを作れる人員は、それだけで皆から大事に扱われるものなのである。 それは今も昔も変わらない現象だが、ミハルは実力で自らの居場所を勝ち取ったのだった。 今後のミハルの処遇に少なからず頭を悩ませていたシャアは、肩の荷が少しだけ降りた事を密かに喜んでいた。 「大佐、それではそろそろ」 「うん」 アンディに促されたシャアは、全員に着席する様に命じた。 これからすべき議題と確認事項は山ほどある。長い会議になりそうだ。 しかし、皆、気力が漲っている。まるでこれまでの疲れがどこかに吹き飛んでしまったかの様だ。 これもミハルのお陰かなと考えながら、シャアは作戦会議の開始を宣言した。 33 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/03/22(月) 12 05 19 ID 1vBY2xLo0 [2/7] クレタ島の東に位置する【ロドス】はエーゲ海南部ドデカネス諸島に属する島である。 ベドウィン作戦発動中、ランバ・ラルはオデッサにおいてシャアと合流する計画を立て、事情を知るシーマ・ガラハウ中佐を通じサイド3に密使を送り、父ジンバ・ラルの同士であったアンリ・シュレッサー准将にこれまでの経緯を説明すると共に協力を仰ぎ、その際補給をも要請していた。 そして『速やかに全ての準備を整える』というシュレッサーの力強い返答を携えて、アンディはシャアの元に赴いたのである。 この補給ラインが確保されていたからこそ、シャアはマ・クベと思うさまに渡り合う事ができた。 補給受領の地点は、地理的にもクレタ島に近くジオン軍の大規模集積基地のある、このロドス島が最適だった。 ロドス島港湾内にあるジオン軍物資集積基地に、クレタ島ザクロスから飛来した輸送機が到着したのは正午近くの事だった。 輸送機に乗り込んでいたシャア達一行は現在、滑走路の中央に位置したポートから兵員輸送用の大型エレカに乗り換え、大型格納庫を兼ねた基地施設のメインビルに向かって移動している。 「おっと姐御・・・どうやら奴っこさん達が到着したようだぜ。ちっとばかり、予定より早い到着だったな」 メインビル最上階にある士官専用スイートルームの窓に、立ったまま背中を預け、肩越しに外へ目をやっていたジョニー・ライデンはそう言って苦笑する。 低い位置からライデンの顔を妖艶な眼差しで見上げていたシーマ・ガラハウは、名残惜しそうに彼から身を離すとスカーフで唇の端を拭い、床に着いていた両膝を払って立ち上がった。 「久々に二人きりになれたってのに全く・・・気の利かない連中だねぇ。おや」 ライデンと同じ様に窓から地上を見下ろしたシーマは、施設前に止まったエレカを降り立ち、こちらを見上げた赤毛の少年兵と目が合った。 いや、常識的に考えれば「目が合った気がした」というのが正しいのかも知れない。 地中海の強い日差しを避ける為マジックミラーとなっている地上4階にあるこの窓の中が、外から見える筈が無いからである。 が、シーマはその少年の相変わらずのカンの良さを常識に当て嵌め「見くびって」やるつもりは微塵も無かった。 「あのボウヤも一緒じゃないか。ふふふ、相変わらず食えない子だねぇ。アタシらがここにいる事、見抜かれたよ」 「楽しそうだな、姐御」 「何言ってんだいジョニー。アンタの方がよっぽど楽しそうな顔してるくせにさ」 呆れ顔でそう言いながら頬を小突くシーマにライデンは違いないと陽気に笑う。 「楽しくない訳が無いだろう。見ろ、今出て来たのが赤い彗星だ」 ライデンの鋭い眼光は、一行の最後にエレカから地上に降り立った仮面の男をまるで値踏みする様に捉えていた。 「さあて・・・噂のシャア・アズナブルが俺達のボスにふさわしい野郎かどうか、じっくり見極めさせて貰うぜ」 「あんまり突っかかるんじゃないよ?御輿ってのは見栄えと権威さえあれば良いんだ。後は担ぎ手次第でどうにでもなるもんなんだからね」 「姐御に逆らう訳じゃないが、そいつは聞けない相談だな」 そう言いながら、きらきらした少年の眼でライデンはシーマを見つめて来る。 ああまたこの男の悪い癖が出てしまったと頭を抱えたくなるシーマだったが、その邪気のない瞳に彼女は、弱い。 34 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/03/22(月) 12 06 13 ID 1vBY2xLo0 [3/7] 「せっかく同じ【赤】の通り名を持つ者同士が出会えたんだ。どちらがその色にふさわしいか、勝負だ」 「ジョニー・・・」 「おごっ!」 いきなりシーマは、ライデンの腹部(※下腹部ではない)に鉄拳を打ち込んだのである。 ・・・しかしシーマの拳は瞬時に鋼と化したライデンの腹筋に阻まれ、めり込ませる事ができていない。 逆にシーマの手首の方が痛かった程だ。が、彼女は構わず彼の腹にグリグリと拳を押し付けている。 「くだらない対抗心を起こすんじゃないよ?いいかい、アタシらにはもう乗り換える船は無いんだ!」 「いてててて姐御、冗談だ冗談!」 「アンタが言うと、冗談に聞こえないんだよ!いいかい、くれぐれも・・・」 眉間に深い縦皺を刻み込み、噛み付きそうな勢いで顔を寄せたシーマにライデンは何と素早くキスをしてから逃げる様に身を離したのである。その軽薄な行動が、シーマの頭に瞬時に血を上らせる。 「このっ!!誤魔化すんじゃないっ!!」 その言葉とは裏腹に若干顔を赤らめながらも、ライデンの顔面とボディに向けて次々と本気のパンチと蹴りを繰り出すシーマ。 当たり所が悪ければ脳震盪では済まない海兵隊仕込みの実戦的なマーシャルアーツである。 しかし彼女のそんな洒落にならない攻撃を、姐御は受けに回ると滅法弱いんだよなあと笑いながら、軽いフットワークでライデンは見事に全て躱し切って見せた。 やがて呆れつつ楽しげに笑いだしたシーマに釣られてライデンも笑う。打ちも打ったり、避けも避けたり、体術の教本にしたい程レベルの高い格闘術の応酬の末、ウヤムヤのうちに今回の痴話喧嘩モドキは終了となった。 過激すぎる2人の蜜月的な関係は、この数分間のやり取りに集約されていた。 常人には到底理解し得ない、これが何人も立ち入る事のできない彼等だけのスタイルなのであった。 35 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/03/22(月) 12 07 11 ID 1vBY2xLo0 [4/7] シーマの部下に先導されるまま、格納庫内に足を踏み入れたシャア達一行は、簡易MSハンガーに所狭しと屹立している『サイド3からの補給物資』であるという6機のMS-06を見て、それぞれに微妙な表情を浮かべていた。 ビームライフルを標準装備し、量産機として正式採用されたばかりだというMS-14【ゲルググ】は高望み過ぎるにしても、少なくとも【グフ】や【ドム】ぐらいは欲しかった所だ。 連邦軍の高性能MS配備が着実に進んでいる今、既に旧式となってしまった感のあるMS-06【ザク】で激戦が予想されるオデッサに挑むのは、心もとない・・・と、いうのが一同の正直な感想だった。 もちろん贅沢など言えるものではないが、ザクの標準兵装である120㎜マシンガンでは連邦MSの装甲を抜けない、のは実証済みなのである。 ザクで編成した部隊では敵のMSを含む主力と対した場合、恐らく苦戦は免れないだろう。 「お?おお!?良く見りゃこいつはすげえぞ・・・!」 しかしMSの一体を間近で見た途端、一行の先頭を歩いていたコズンが口笛を吹いた。 「シャア大佐!コイツは只のザクじゃありませんぜ!噂に聞いていた新型でさあ!」 「ふむ、どうやらその様だな」 シャアもコズンと共にMSを見上げて確信した。艶消しのボディに鈍く採光を照り返すザクは通常のMS-06よりも頭部が扁平形であり胸板が厚い。 随分と足周りも頑丈になっている様に見える。装甲の内側にちらりと覗く大型のバーニアは、もしかしたら宇宙での使用に限定されたものでは無いのかも知れない。 ずらりと壁面のラックに並んでいるMS専用マシンガンも通常のものとは明らかに形が違う。 「そのザクは統合整備計画の産物さね」 「シーマ中佐!ライデン曹長!」 一行の背後から掛けられた声にいち早く振り向いたアムロが、ライデンを従えてこちらに歩き来るシーマに敬礼する。 彼等と共に酒を酌み交わした仲であるクランプとコズンは親しげに、バーニィは少々緊張気味に、そしてこれが初対面となるニムバスは儀礼的な敬礼をそれぞれ振り向けている。 答礼を返すシーマの顔に疲れは見えたが、その血色は以前よりも随分良くなっている事にアムロは気付き、それが何より嬉しかった。 ミハルとハマーンを除いた全ての人員が互いに敬礼を交わしたのを確認すると、シャアは改めてシーマに向けて口を開いた。 「シーマ・ガラハウ中佐。バイコヌールからの輸送任務ご苦労だった。これが例のMSだな」 「は。サイド3から非正規のルートで届いた新型のMS-06FZ【ザク改】であります。 本来はズム・シティの首都防衛大隊に配備が予定されていたシロモノらしいのですが、大隊指令アンリ・シュレッサー准将の計らいで急遽こちらに・・・!?」 その時突然、シーマの後ろに控えていたライデンがズカズカと前に出て来てシャアと会話中である彼女の横に並んだのである。 シャアに対して敬語で接していたシーマはライデンの無作法にぎょっと息を呑んだが、ライデンは涼しい顔で馴れ馴れしく初対面のシャアに話し掛けた。 「軽く慣らし操縦してみたが、かなりいい。見てくれはザクだが、こいつはグフやドムにも引けは取らないぜ。 マ・クベの野朗はいけ好かないが、統合整備計画の手腕だけは認めてやっても良いかな」 ブン殴ってでもこのバカの軽口を閉じさせてやるべきだろうかと物凄い目つきで横から睨み付けて来るシーマを尻目に、さあどう出ると挑戦的な目をシャアに向けるライデン。 しかしシャアはライデンの予想に反し、にこりと口元を綻ばせたのである。 36 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/03/22(月) 12 07 59 ID 1vBY2xLo0 [5/7] 「なるほど。それが【真紅の稲妻】の見立てなら、間違いは無いだろう」 「おっと・・・俺の事を知っているのか?」 「【真紅の稲妻】ジョニー・ライデン。開戦時は曹長だったがルウムにおいて戦艦3隻を撃沈し大尉に昇進。その後直属の上司を病院送りにした懲罰人事により再び曹長に降格され海兵隊に転属、現在に至る・・・だったかな?」 「あらら」 おどけて首を竦めるライデン。挑発したつもりが見事にカウンターパンチを食らった格好だ。 シーマもライデンに対する怒りを忘れ、目を丸くしてシャアを見ている。 「シーマ中佐、ライデン曹長、こちらの事情は知っての通りだ。 細かい事はいい。今後とも宜しく頼む」 「・・・あーあ。青い巨星といい赤い彗星といい、どいつもこいつも一筋縄ではいかねえってか・・・参ったねこりゃ。大人しく軍門に下っちまうか姐御・・・痛てぇっ!!」 シャアが差し出した右手を渋々握ったライデンの脛を、コメカミに青筋を立てたシーマが何食わぬ顔で横から蹴飛ばしたのである。 「馬鹿部下の無礼をお許し下さい。バイコヌールを空にする訳にも行かず残念ながら全員がここに控えてはおりませんが・・・マハル出身の我ら海兵隊一同、一丸となって大佐の尖兵となる事、シーマ・ガラハウの名においてお約束致します」 片足で飛び跳ねているライデンを完全無視してシーマはシャアに深く頭を下げた。 マハルはサイド3にありながら貧困層を集住させたコロニーであり、ザビ家による徴兵後の扱いも劣悪であった。 シャアと同等かそれ以上に自分達のザビ家に対する恨みは骨髄なのだと、シーマは暗に言っているのである。 「感謝する。精鋭で鳴らす海兵隊の噂は聞いている。これほど心強い事は無い」 「は。荒事の露払いは我らにお任せ下さい」 きっちりと敬礼しているシーマの横で、向こう脛を押さえ片足立ちのライデンも観念してシャアに向け奇妙な敬礼を向け、それを見たハマーンとミハルは同時に吹き出した。 37 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/03/22(月) 12 08 37 ID 1vBY2xLo0 [6/7] 「それにしても、バイコヌールの指令代理が、よくもこの地まで駆け付けてくれたものだ」 「それなのですが、いち早く大佐のお耳に入れておきたい事があり、不肖シーマ、この地にまかり来しました」 「む、何か」 シーマの緊迫した雰囲気を感じ取り、シャアも姿勢を正す。 「実は・・・アサクラ大佐の動向が妙なのです」 アサクラ大佐とは名目上は海兵隊の長であり、シーマの直属の上司にあたる人物である。 しかし実態は名ばかりの司令官であり、実務と責任をシーマに押し付ける形で自身を遙任している。 「現在ジオン本国では、まるでオデッサでの会戦準備に隠れる様に・・・アサクラ大佐指揮の元、地球の静止軌道やサイド5などから大型発電衛星の奪取作戦が次々と執り行われている模様です」 「発電衛星?どういう事か」 「詳しい事は残念ながら・・・ただ時を同じくして我が故郷であるマハルコロニー住民の強制疎開が行われた事と、何か関係があるのかも知れません」 「フム・・・」 顎に手をやって考え込んだシャアの背中を見ながら、アムロはシーマの言葉に漠然とした不安を覚えた。 一瞬、膨大な光と共に何もかもを焼き尽くさんとする凶悪な意思がイメージされたのは、偶然ではないと思えるのだ。 「ど、どうしたんだいハマーン?」 背後から小さく聞こえたミハルの声に振り返ると、真っ青な顔をしたハマーンがミハルにもたれ掛かる所だった。 恐らく、ハマーンも何らかの不安を感じ取ったのであろう。 しかし自分達ですら良く判らないこの感覚を、他人に上手く説明する事はできそうもない。 何より、確証のない情報で、無闇に周囲の人間を不安がらせる訳にはいかないだろう。 爪を噛みしめたくなる欲求を無理矢理押さえつけたアムロは、今の自分の顔色も、きっとハマーンと同じ様に青ざめているに違いない事を確信していた。 65 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/04/03(土) 20 08 56 ID pQxUxiBk0 [2/8] 「いようアムロ!いろいろ大変だったそうだが、こうしてまた会えて何よりだったな!」 「は、はい。ライデン曹長もお元気そうで」 「おう元気だぜえ!死線をくぐり抜けて仲間達と再会できたんだ、これ以上嬉しい事はねえだろう!」 深い不安の闇に押し潰されそうになっていたアムロは、片手を挙げて笑いながら陽気な声を掛けてくれたライデンに救われた気がした。 シーマを筆頭に深刻な顔をしていた一同も、ライデンの言葉に我に返った様に見える。 「ん、どうした、お嬢さん達も顔色が悪いが何か心配事でもあるのか?」 アムロのそばに歩み寄りながらミハルとハマーンの顔も見て、暢気な顔でそう聞いて来るライデン。 しかし逆に、アムロはこの局面で出た彼の言葉の方が意外だった。心配事は、山盛りにあるはずだ。 「ライデン曹長はその・・・心配じゃないんですか?」 「心配って、何がだ」 「え、その、さっきのシーマ中佐のお話の事とか、これから僕達が向かうオデッサの事とか・・・」 数え上げたらそれこそ不安要素はキリが無い。 しかしそんなアムロを見てライデンはからからと笑い出したのである。 「やめとけやめとけ!心配なんざするだけ無駄だ!」 「む、無駄って事は無いでしょう・・・」 自分は果たしてライデンにからかわれているのだろうかと、少しばかりムッとしかけたアムロだったが、突然横にいたニムバスから爆発的な殺気が立ち上ったのを感じ、うなじの毛が逆立った。 「貴様・・・それ以上准尉を愚弄すると、この私が許さんぞ!!」 アムロはもとよりバーニィやコズンら先の騒動を目の当たりにしている周囲の人間は、ニムバスの怒りに思わず慄いた。 そう言えばバーニィを一喝した件を鑑みるに、ニムバスは規律に厳しい男だった。 ライデンの様に奔放な人間を厳格なニムバスという人間が、決して受け入れる筈が無かったのである。 こちらの焦燥を知ってか知らずか、一瞬の後ライデンは、わざとらしくニムバスに向けて妙にゆっくりと首を廻らせた。 「・・・俺は別にアムロを愚弄なんざしてねえがな」 「ま、待って下さいニムバス大尉!この方は、ジョニー・ライデン曹長・・・」 新たな目的の為に仲間がまとまり掛けている今、内部での揉め事は非常にまずいとアムロは焦った。 しかし、アムロとライデン2人が、まるで口裏を合わせるかの如く反論して来るさまは、ニムバスの苛立ちに更に拍車を掛ける結果となった。 「アムロ准尉は貴様の上官だぞライデン!相変わらず・・・その言葉遣いは何だ!?」 「久し振りだってのにご挨拶だなニムバス。俺は相手が誰だろうがこの口調を変えるつもりはねえぜ? 今はお前の方が階級が遥かに上なんだ、懲罰したいってんなら好きにしなよ」 「え・・・ニムバス大尉は、ライデン曹長とお知り合いだったんですか!?」 アムロは意外な成り行きに目を見開いて対峙する2人を交互に仰ぎ見る。 しかしニムバスはアムロの問いには答えず、更にライデンへの眼光を強めた。 66 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/04/03(土) 20 10 53 ID pQxUxiBk0 [3/8] 「気に食わん奴だと思っていたが、いい機会だ・・・貴様の腐った性根はこの場で修正してやる!」 「おっと懲罰房行きとかじゃねえのかよ!」 素早く一歩前に踏み込んだニムバスの歩幅と全く同じ距離をライデンは跳び下がった。 「悪いがデカイ戦が控える今はコンディションを崩せねえ。タダで殴られてやる訳にはいかねえな」 「面白い。ならば実力で私と准尉の前にひざまずかせてやるとしよう」 「御免こうむるぜ。俺は色んな意味でひざまずかせる専門だ」 「・・・バカだねっ!」 「えっ?」 「な、何でもないよ!アンタら!シャア大佐の前で、勝手なマネは許さないよ!」 赤い顔でクランプの疑問を遮ったシーマは今にも殴り合いを始めそうな二人を叱責する、が、意外にも彼女を制したのはシャアであった。 「二人共、私に気兼ねせずに続けたまえ」 「大佐!?」 「我々は寄せ集めの軍団、軋轢は当然だ。 火の点いた爆弾をフトコロに隠し持っていると、それはいずれ最悪なタイミングで炸裂してしまうものだ。 爆弾などというものは、大っぴらな場所で処理してしまうに限る。リクリェーションとしてな」 へぇ、判っているじゃないかと内心瞠目しながらシーマはシャアの横顔を見直した。 流石は赤い彗星。若さに似合わずこの男、動じないのである。 喜んだのはライデンであった。 「話が判るぜ大佐ァ!正式に私闘許可が出たがどうするニムバス大尉!?」 しかしニムバスから一瞬目を切ったライデンには油断があった。ニムバスは既に臨戦態勢だったのである。 「余所見をするな!」 ステップを変化させ、トップスピードで間を詰めながらニムバスの放ってきたパンチは牽制であった。 咄嗟にガードを固めたライデンは、迂闊にもニムバスの密着を許してしまう。 ニムバスは両手でそのままライデンの頭を抱え込むと、タイミングをズラした膝蹴りを抉り込む様にライデンの脇腹に見舞う。 これがまともに決まれば恐らくアバラの4・5本は砕け散っていたに違いない。 しかしライデンは辛うじて自らの膝をカウンター気味にニムバスの内腿に合わせ膝蹴りの威力を相殺させると、両腕の拘束を振り払い、軽快なフットワークでニムバスの射程圏内から逃れた。 睨み合って対峙する2人。 軽いボクシングスタイルのステップワークで間合いを取るライデンに対し、ニムバスはアップライトに構え、足で威嚇するムエタイ風である。 「あんたにあの後何があったか知らねえが、雰囲気が変わったなニムバス。 明らかに付け入る隙が・・・減っていやがるぜ」 ベッと口中の血を吐き出したライデンにシーマはどきりとした。 離れ際に何らかの一撃を受けたものであろうが、ケンカ慣れしたシーマにもニムバスの放ったその攻撃は見えていなかった。 67 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/04/03(土) 20 11 51 ID pQxUxiBk0 [4/8] 「グラナダ攻略部隊、降下強襲群・・・あの激戦地で俺達は出会い、あんたが第一中隊、俺が第二中隊と、互いに部隊を率いて戦った。 階級はあんたが少佐、俺は特務付きの大尉で・・・戦場では同格だったな」 言いながら今度はライデンが前に出た。 迎撃に動いたニムバスの蹴り足をフェイントでいなすと強烈な左フックをボディに見舞う。が、ニムバスは肘を下げこれをブロックした後、がら空きになったライデンの顎にそのままエルボーを叩き衝ける。 しかしその時には既にライデンの身体はスウェーを絡めて後退していた為、ニムバスの肘は空を切った。だがその軌跡は、ライデンの前髪を数本斬り飛ばす程の鋭さだった。 「ライデン!!何から何まで癇に障る奴だったよ貴様は!」 「お互い様だニムバス!何かってーとキリシア様キシリア様ってな!テメーは壊れたレコーダーかっての!」 「言うな!昔の話だ!!」 僅かに動揺したニムバスの動きを見逃さず再度踏み込んだライデンは、左右のジャブを放ちながら唐突に足払いを仕掛けると、態勢を崩したニムバスに組み付き、ごろりと転がりざまに肩の関節を決めに入った。 ボクシングスタイルから密着した関節技への極めてスムーズな移行はライデンの格闘技術の高さを物語り、その変幻自在な攻撃は、固唾を呑んで見守る周囲のギャラリー達をどよめかせた。 「甘いな!」「おっと!」 しかし分の悪そうに見えたニムバスは逆関節に逆らわず一瞬にして態勢を入れ替えると、ライデンの拘束を抜け出し、腰を落として後ずさった。 ライデンの関節技のレベルの高さを肌で感じ、グランドでの攻防を嫌ったのである。 しばらく様子を見ていたライデンだったが、追撃は無しと判断するとゆっくり立ち上がり、再びボクシングの構えを取った。 「ゲイツ大佐・・・・・・結局あんたがトドメ刺したんだってなニムバス」 「フッ、貴様が生温かったせいで、私が後始末をするハメになっただけだ」 「ランス中佐はどうなった?ひどい怪我をされていたが」 じりじりと間合いを取りながら、探る様に言葉を交わす2人を見てアムロはハッと気が付いた。 ニムバスが規律に厳しくなったのには明らかにライデンが関係している。 そして2人は恐ろしく不器用なやり方で、二人共が降格する原因となった戦場の思い出話をしているのだ。 「ランス・ガーフィールド中佐は退役された。私がゲイツの敵前逃亡未遂を聞かされたのは、全てが終わった後だった・・・!」 眉根をぎゅっと寄せたライデンは辛そうにそうだったのかと呟いた。 威張り腐った上官が多い中で、ランスは腕が立つ上気さくで男気があり、敬愛するに足る数少ない武人だった。 「あの時ランス教官・・・いやランス中佐がおられなかったなら孤立した我々は、恐らく全滅していた事だろう」 「だがな、ニムバス、俺がぶちのめして病院送りにしたゲイツの病室に押し掛けて・・・射殺したのはやりすぎだ」 ざっとその場の全員が息を呑むのが判った。 対峙する2人の間に、ただ静かに空調の音だけが響く。 「黙れ!貴様に何が判る!私の中隊の生存者はたったの3名だったのだぞ!! あの無能な指揮官が援軍を出すのを遅らせ、我らを死地に追いやったのだ!」 「ニムバス!」 やはりこいつの根底は何も変わっていないのかと絶望に似たライデンの眼差しを、しかしニムバスはするりと受け流す様に瞳の険を解いた。 「・・・以前の私ならば、そう言っただろう」 「!?」 「可笑しければ笑えライデン。今の私には、何故だかランス教官の気持ちが判る気がするのだ」 ランス中佐のザクは孤立したMS部隊の囮として単身敵陣に切り込み、多くの敵を粉砕しながらも集中攻撃を受けて沈んだと聞く。 部下の未来を救う為、自ら身を捨て礎となったのだ。そんな決意は生半可な覚悟で共感できるものではない。 68 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/04/03(土) 20 13 07 ID pQxUxiBk0 [5/8] 「確かあんたは、やたらとキシリア・ザビを崇拝していたな?だが、今のあんたからはあのイビツな熱狂が感じられない。 その分、何だか研ぎ澄まされた感じがするぜ。一体何があんたを変えたんだ?」 「ふふふ、貴様などに教えてやるものか」 笑えと言っておきながら愉快そうに自分が笑うニムバス。 彼のそんな屈託のない笑顔はライデンが初めて見るものだった。こんな顔は、あの頃のニムバスからは想像もできない。 「さあて、そろそろ決着を付けるぞライデン、ランス教官直々に鍛えられた私の技、果たして受け切れるかな?」 「あまり受けたくないってのが本音だが・・・仕方ねえだろうなあ」 シーマは身じろぎもせず、ずっと心配そうな顔でライデンを見つめ両の拳を握り締めていた。 2人の間にある空間に緊張感が凝縮してゆくのが判る。 それはまるで、ピリピリと触れれば弾ける電光の塊りの様だ。 「えーとすいませんがお2人さん、ランス・ガーフィールド中佐なら、アンリ准将の首都防衛大隊に復帰されましたよー」 ・・・・・・・ 「なに!?」「本当か!?」 一同に遅れてやって来たアンディが、間延びした声で後方から掛けた言葉に2人は一拍置いて劇的に反応した。 「本当です。首都防衛大隊は『慰労隊』の側面もあるんですよ。 ランス中佐は片腕を失くされるという重傷を負われたものの、このたび戦傷兵として大隊に配属され教官を務めておいでです。 ちなみに私も、MS戦術で中佐の教えを受けた一人です」 「そうだったのか・・・」 「アンリ准将の隊に・・・」 2人の間にあれほど張り詰めていた空気が、一気に霧散したかの様だった。 ニムバス、ライデン共にシンミリ俯いた目線で、それぞれの感慨に浸っている。 「二人共、気は済んだか」 頃合だと判断したシャアが声を掛けると、2人は気まずそうに構えを解いた。確かにもうバチバチやり合う雰囲気ではない。 ギャラリーもほっとした顔で互いに顔を見交わしている。物騒な場面はあったにせよ、結果的に怪我人が出なくて本当に良かったという処だ。 「丁度良い。ここで2人に辞令を言い渡しておこう」 「は!」「辞令?」 自らの降格を申し出ていたニムバスはその顔にさっと緊張感を滲ませ、ライデンは怪訝な表情を浮かべている。 69 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/04/03(土) 20 13 45 ID pQxUxiBk0 [6/8] 「戦場任官なので簡潔に伝える。ニムバス・シュターゼン大尉、貴官を申請通り降格し、以後は中尉に任命する」 「は、しかし、それでは・・・」 「聞け。これによりMS小隊を組む際、アムロ准尉に隊長位と特務権限を持たせれば、中尉はアムロの下に身を置く事が出来る。十分に補佐をしてやれ」 「慎んで・・・拝命致します!」 降格されたくせに嬉しそうに敬礼しているニムバスを見てライデンは思い当たった。そうか、ニムバスの奴は多分・・・ 「ジョニー・ライデン曹長」 「は、は?」 思わず素っ頓狂な声を上げてしまったライデンを見て、シーマが目をつぶったまま軽く額を押さえた。 「シーマ中佐の下での数々の戦功は聞いている。よって、ジョニー・ライデン曹長を本日只今をもって中尉に昇進させる事とする」 「へ?イキナリ二階級特進?なんで?」 「バカだね本当に!くれるっつーモンは貰っときゃいいんだよ!」 慌てた口調で会話に割り込んで来たシーマに全員の視線が集中する。 「あ、姐御、皆の前だ」 「・・・・・・・・・・・・っっ!!」 今度こそ誤魔化しきれない程に顔を赤らめたシーマは、口をぱくぱくさせた後にトマトの様な顔を横に向け、そのうちに堪え切れなくなり後ろを向いて俯き、押し黙ってしまった。小刻みに肩が震えている。 コズンはごくりと唾を飲んだ。あのシーマをここまで変えてしまうとは、ジョニー・ライデン恐るべし。 「・・・こほん。これで【真紅の稲妻】も、もう少し動きやすくなるだろう。 貴様の場合、肩書きなど無意味なのかも知れんが持っていて腐る物でもない。シーマ中佐の言う通り、ここは素直に受け取っておけ」 「了解であります」 観念した敬礼を向けるライデンに、シャアは軽く頷いた。 ライデンはニムバスにニヤリと笑って向き直る。 「これで俺達は同じ階級になったなニムバス。アムロよりも上だし、もう規律がどうとか言わせねえぞ」 「良いだろう。だが准尉を愚弄する様な真似をしたら、命が無いものと思え」 物騒な物言いは健在のようだ。 苦笑しながらもライデンは小声でニムバスに聞かねばならない事があった。 「ところでなニムバス、お前、なんで俺がシャア大佐にタメグチきいた時には怒らなかったんだ?」 「・・・決まっている。私の忠誠はアムロ准尉にのみ向けられているからだ」 済ました顔でぶっちゃけるニムバスに、ガラにも無くそれはどうなんだよと突っ込みたくなるライデンだったが・・・ やけに幸せそうなニムバスの顔を見ていたら、何だか全てがそれで良い様な気がして来て、結局口を噤んでしまったのだった。 100 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/04/18(日) 00 49 41 ID Q08CvfKg0 [2/4] 「うわあ・・・これ、凄く良いですねえ・・・!」 感嘆ではなく驚嘆である。 初めて乗ったMS-06FZのコックピットシートでバーニィは、座席調整をSに設定しながら笑顔を見せた。 メイン、サブ両モニターの位置、フットペダルの固さと踏み込み角度が絶妙にいい。 何よりJ型では少々確認し辛かった後方視界モニターの位置がデフォルトで改善されているのが嬉しい。 ロールアウトされたばかりのMSの筈なのに、まるで使い込まれた愛機のごとく2本のレバーグリップが吸い付くように手に馴染む。 実質的にはMS-06Cなどのコックピットに比べると、オーバーヘッド・コンソールが前方にせり出しているぶん若干狭くなっている筈なのだが、妙な閉塞感は微塵も感じられない。 広すぎず、狭すぎないスペースの中に、全ての計器類が見やすくコンパクトに収まっているのだ。 そこにはある種のデザイン的な美しさが発生しており、兵士にとって命を預ける相棒たるMSの心臓部に相応しい威厳があった。 あの、地球に下りてバーニィが初めて搭乗した(現地改修で執拗にいじり倒された感のある)06Jのごちゃついた操縦席とは雲泥の差である。 この恐ろしく機能的なコックピットレイアウトは、長年の試行錯誤を積み重ね、血と汗と命を代償にMSと携わって来たジオンだからこそ完成したものなのだと思える。 元々機械いじりが嫌いではないバーニィは、コックピットの端々から滲み出ている「職人技」が醸し出す迫力に、静かに感動してしまうのだった。 『こいつの開発には俺たち首都防衛大隊も協力したんだぜ。 コックピット周りは特にランス中佐の意見が反映されてる』 正面モニターには、資料を挟んだバインダーを手にしたアンディ中尉が、ハンガーの床からこちらを見上げている姿が映し出されている。 外部用モニターとスピーカー、集音マイク等の動作にも問題は無い様だ。 傍目から見ると奇妙な光景だが、この機能が正常であればこそ通常サイズの人間と17・5メートルの巨人とが普通に会話できているのである。 「何だか・・・皆さんのお話をお聞きしているだけで、ランス中佐という方の凄さが判りますね。 それに、短期間でこんなMSの開発を完了させたマ・クベ大佐という人も」 『ランス中佐とはお前もいずれ会えるさ。それとな・・・』 バーニィの口から出たのは先人に対する素直な賞賛だったのだが、ランスとマ・クベを同列に扱われた事が気に食わなかったのか、アンディの顔が険しいものになった。 『言わせて貰えばこの機体がここまでスピーディに完成したのは、現場勤務の名も無きメカマンから訴上されて来た統合整備計画の試案が、抜群に優れていたからなんだ。 マ・クベはまずそれを意見書としてサイド3のMSメーカー最大手のジオニック社に提示し、意見を求めた。 そしてそれがとてつもない価値を秘めた革新的意見書だという事を確認した上で、次期国家プロジェクトとしてザビ家に提出し、それをそのまま自分の手柄として通しただけに過ぎない』 「名も無きメカマン・・・ですか」 『こんな紙資料にしたら優に五百枚以上に相当する分量の計画試案を上げて来た奴がいるんだよ』 101 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/04/18(日) 00 50 32 ID Q08CvfKg0 [3/4] 自らが手にするバインダーを指で弾きながらアンディが続ける。 『件のメカマンはジオンに対する貢献度は相当な筈だが・・・マ・クベはそいつの名前すら資料から削除しちまったらしい』 「ど、どうしてそう言い切れるんです?」 『それまでマ・クベがサイド3に指示して来た時とは全く違う計画手順だったからさ。 奴は官僚肌の軍人だ。工廠に対して要求する事は出来ても具体的な技術内容を示して計画を発注する事なんて出来やしない』 「なるほど。“水陸両用MSを作れ”とは命令できても“この設計図通りにズゴックを作れ”とは指示できないって事ですね」 撃てば響く様なバーニィの言葉にアンディはそうだと頷く。 無意識の受け答えではあるが、バーニィの応対には相手を気持ち良く喋らせる何かがあるようだ。 『もちろんマ・クベ自身にMS開発の知識があれば良いがそんな話は聞いた事もない』 「なるほど・・・と、いう事は、そのどこの誰かも判らない謎のメカマンは現場で作戦行動に随伴しながら、五百枚以上の計画書を・・・それは、凄い・・・」 時間に余裕のあるジオンの部隊など存在しない事はバーニィも身に染みて理解している。 『計画を請け負ったサイド3の工廠では、もう提示された計画書に絶賛の嵐アンド【このプランの作成者は誰か】という妄想の坩堝となっていた。 愚にも付かない妄想が多かったが一番笑っちまったのが 【天才的な才能を持つローティーンのメカニック少女が、恐らく何日もの徹夜をものともせずに完成させた】 ・・・って奴だな。いくらなんでもリアリティなさ過ぎだろう』 モニターの向こうで苦笑するアンディだったが、バーニィの脳裏には、張り倒された痛みの記憶と共に、一人の少女の顔が鮮明に思い出されていた。 笑えない。あの少女の才能とバイタリティならば・・・ややもすると、やりかねない。 『統合整備計画は大手のMSメーカーが合同で参画してる。 俺が出向いてたのは主にツィマッド社系の造兵廠だったんだが、他社に伝説の少女メカマンがいるらしいって話は良く耳にした』 「伝説の・・・」 『おいおい本気で信じるなって!どちらかと言うと都市伝説の類だ』 げらげら笑うアンディに、コックピットの中のバーニィは意味深な顔でぼそりと呟いた。 「アンディ少尉も・・・伝説の少女メカマンともうすぐ会えるかも知れませんよ」 『ん?何か言ったか?』 「いえ。お楽しみに」 『?』 再度聞き返そうかと口を開いたアンディの声を、ハンガー内に突如鳴り響いたアラームが遮った。 同時にコックピット内のモニターにヘッドセットを付けたアムロの顔が映し出される。 『施設内の各員に通達します』 アムロの声にぎこちなさは無い。 フェンリル隊にいた際、通信オペレーターを経験したアムロにとって、オール回線での音声放送などお手の物だった。 『戦闘要員は、至急ブリーフィングルームに集合して下さい。繰り返します・・・』 スピーカーからの放送を聞いたそれぞれの人員は作業の手を止め、指示通りブリーフィングルームに向かう。 しかし唯一モニターでアムロの顔を見る事のできたバーニィは、その表情に滲む只ならぬ緊張感に気が付いた。 『聞こえたなバーニィ!マシン整備は一時中断だ、すぐに出て来い!』 「りょ、了解!!」 外から掛けられたアンディの声に大急ぎでコックピットハッチを開けたバーニィは、外に出ようとした際、上がり切っていない可動式オーバーヘッドディスプレイの角にしたたか額をぶつけてしまい、シートに逆戻りする形で倒れ込んだ。 不覚にもつい乗り慣れた06Cと同じ感覚で体が反応してしまったのだ。 「あっっ・・・痛ってぇぇ~~~~っ・・・・・・!!」 「おいバカ何やってんだ!?置いて行くぞおい!!」 下からいらいらした声を叫び上げてくるアンディに対し、ハッチ開閉のタイミングとコンソールディスプレイの動くスピードがえらい違ったんですよとは流石に言えず、すいません今行きますとチカつく眼で辛うじて声を絞り出したバーニィは、よろよろと昇降用のワイヤータラップを引き出した。 150 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/03(月) 08 04 17 ID jlnriS1w0 [2/5] 緊張した面持ちでクランプ、コズン、シーマ、ライデン、ニムバス、バーニィ、アムロが居並んでいる。 アンディだけはあの後すぐに、現在急ピッチでシャア専用にチューンUPされているMS-06FZの整備にハンガーへ呼び戻されてしまったのだ。 新型であるザク改の調整を効率的に進める為には、その開発に間近で携わっていた彼が必須である以上、これは仕方のない処置だと言えた。 諸君達に集まって貰ったのは他でもないと前置きしてから、シャアはブリーフィング・ルームに集った全員の顔を見回した。 「先程、戦略情報部士官ククルス・ドアンの情報で派遣していた偵察隊からの報告が入り、アンカラ郊外に展開している連邦軍砲撃部隊の、おおよその規模が判明した」 ぴんと張りつめた空気が場を支配する。 一刻も早くオデッサのラル部隊と合流したいシャア一行ではあったが、黒海の対岸に陣取っている敵の砲撃部隊を放っておく事はできない。 オデッサに多数布陣する友軍の為にも、ここは確実に潰しておかねばならない拠点なのである。 情報を掴んでいながらマ・クベが全く動きを見せない現状、それが可能なのはここロドス島にひとかどの戦力を保有するシャアの部隊をおいて他には無かった。 「アンカラ郊外の台地に、確認が出来ただけでも長距離砲撃用車両27、自走対空砲84、補給車も多数布陣している模様だ」 シャアに促されて一歩前に出たシーマが手持ちの写真付き報告書を読み上げるや否や、両手を腰に当て下を向きながら小さく舌打ちをしたコズンを筆頭に、全員が重苦しい溜め息を呑み込んだ。 想像以上の大部隊である。流石に連邦軍の物量は半端では無いという事なのだろう。 展開している敵部隊が小規模であれば、アレキサンドリア基地に対地爆撃を要請するだけで事足りたかも知れなかったが、空爆に対応した備えが為されている事が判明した以上、敵陣深くMSを突入させ、対空戦力をまず黙らせる必要が生じたのである。 敵陣への攻撃をアレキサンドリアの爆撃機だけに任せ、シャアの部隊はアンカラを無視してさっさとオデッサに直行する・・・という甘い目論見は、大部隊の前にあっけなく消し飛んだ形となった。 「連邦のオデッサ攻略作戦は、ここ数日のうちに発動されるのは間違いない」 「そうなるとアンカラ強襲に一日、補給や整備に突貫でも一昼夜・・・いやあギリギリですなあ」 深刻な顔をしたクランプに、首の後ろをボリボリ掻きながらコズンが呑気な声で応じる。 心の内にある焦燥とは裏腹に、あえてこういう物言いをするのがコズンの癖だ。 それほど事態は、深刻なのだった。 「・・・つまり、自分達はオデッサ開戦に間に合わないって事ですか・・・」 「早まるんじゃねえよ。そういう可能性もあるって話だ」 バーニィの核心を突いた一言を強い口調でコズンが遮る。 しかし、確かにバーニィの懸念している通り、これでシャアの部隊はオデッサ防衛戦に主力として参加できなくなる可能性が極めて高くなった事は事実だった。 151 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/03(月) 08 06 01 ID jlnriS1w0 [3/5] 激戦が予想されるオデッサ防衛戦、ひとたび戦端が開かれてしまえば、十字砲火の矢面に立つ最前線に位置する「青い木馬隊」に、強引に敵中突破して合流を計るのは無謀過ぎる行為だろう。 最悪、状況次第では友軍の苦戦を尻目にシャア達はオデッサ外周に取り残されるという事態も十分ありうる。 少しでも多くの戦力を、何よりシャアという彼らの総大将を開戦前に「青い木馬隊」に合流させたい。 そして、オデッサ前に戦力の損失はなるべく避けておきたい・・・というのが彼らの偽らざる本音だったのだが、シビアな現実はそれを許さなかった様だ。 「ここにいる全員が雁首揃えてアンカラに出向く必要は無いんじゃないか? 敵部隊が砲撃だけに特化しているなら、俺達のイフリートだけで十分だろう」 腕組みをしたライデンが口を開くと、シーマは彼に向き直った。 言うまでも無く『俺達のイフリート』とは彼女とライデンの08-TXを指しているのである。 直前までMSの整備をしていたライデンの顔と作業着はオイルで汚れていたが、それは彼の精悍さを少しも損なうものではない。 シーマはうっとりと愛でそうになる気持ちをおくびにも出さず、実にそっけない態度で彼に言い放った。 「ところがそうは行かないのさ」 「何故だ?姐御にしては随分と弱気じゃないか」 「敵陣には護衛のMSがいる可能性もある。そして偵察隊は黒海の南端ボスポラス海峡を抜けてアンカラに向かう敵部隊もキャッチした。 恐らく敵の増援だ」 挑発的なライデンの言葉には付き合わずシーマは淡々と事実だけを告げ、軽口を叩いていたライデンの顔から笑顔が消えた。 「・・・何だと・・・この上まだ増えるってのか・・・!」 「アタシらはキッチリこれも叩かなきゃいけない。戦力は足りないぐらいさね」 日々の整備すらままならない部隊が多いジオン軍に対して、無尽蔵とも思える物量を惜しげもなく投入してくる連邦軍。 またもや突きつけられたシビアな状況が一同の心胆を寒からしめたが、シャアの冷静な声音が全員の意識を現実に引き戻した。 「どんなに荒れた戦場であろうが、ランバ・ラルが率いる部隊なら、そう簡単に落ちはしないさ」 シャアのその言葉に不敵な笑顔を浮かべ大きく頷きながら、パシンと左に構えた掌に右の拳を打ちつけたのはクランプである。 その通りですぜと言いながらコズンもニヤリと唇を歪めて笑った。 152 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/03(月) 08 07 08 ID jlnriS1w0 [4/5] 「いざとなれば我が隊は後方攪乱に回る。だが事態は流動的だ。 我々はまず、目の前にある我々がすべき事を迅速に片付けるとしよう。アムロ」 「は、はい」 突然シャアに名指しされたアムロはどきりとしたが、辛うじて敬礼する事ができた。 「君には小隊を任せる。別働隊を指揮しアンカラに合流すべく進行して来る敵部隊を阻止してみせろ。ニムバス」 「はっ!」 「ワイズマン・・・いやバーニィ」 「はい!」 ニムバスは当然の如く、バーニィは緊張気味に敬礼をシャアに向ける。 「アムロと共に行け。ザク改2機と輸送機ファットアンクルを与える。 アムロはあの白いMSを使え。ニムバスはアムロを補佐して作戦を立案しろ」 「了解です」 「え・・・」 シャアとニムバスがみるみる話をまとめ、さっさと話を切り上げてしまった為に肝心の、隊長である筈のアムロはこの決定に何も口を差し挟む事ができなかった。 「あ、あの、待って下さい、やっぱり僕には隊長なんて・・・」 自信なさげな声で抗弁しようとするアムロを、シャアは無視して踵を返し、ニムバス、バーニィを除いた全員とアンカラ襲撃計画を練り始めた。 もはやアムロの事など眼中には無い。それはある意味、アムロの意見を聞く気など端から無いのだという意思表示にも見える。 「シャア大佐!」 途方に暮れたアムロが思い切って背を向けているシャアに大声を掛けると、熱心に話し込んでいたシャアは顔だけアムロに向けて口を開いた。 「もう命令は下した筈だぞアムロ。 今後私と行動を共にする以上、君にはただのパイロットでいて貰っては困るのだ」 アムロの目がハッと見開かれる。シャアの向こうでコズンとクランプが、こちらに握り拳を向けているのだ。 目を転じるとライデンはさりげなく親指を上に向け、シーマは片方の口角を上げて見せた。 「私達を失望させるなよ?」 皆の視線に胸が熱くなるのを感じ、立ちつくすアムロの横にニムバスとバーニィが並ぶ。 「行きましょう准尉。我々の初陣です」 ニムバスの言葉に、アムロは小さく掠れてはいたが力強い口調で「はい」と答えた。 180 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/05(水) 12 39 56 ID /5EMHpoM0 [2/5] 小さなノックの後、少しだけ開けたドアの隙間からするりと部屋の中に滑り込んで来たのは、小ぶりなバスケットを抱えたミハルだった。 後ろ手にドアを閉めたミハルは微かに安堵の溜息をつく。 薄ぼんやりとした照明が灯った室内。 一人の男がベッドに突っ伏している。 ミハルが目を転じると、衣服がスツールの上に無造作に脱ぎ捨てられ、ブーツは脱ぎ散らかされたまま床に転がっているのが見えた。 「・・・ミハルか」 「ごめん、起こしちゃった?」 「いや、シャワーを浴びようとしていた筈なんだが・・・」 身じろぎし、ベッドからのろのろと顔を上げたのは、何とシャア・アズナブルであった。 もちろん例のマスクはヘルメットと共にベッドの片隅に放り投げられているため、素顔である。 実は戦闘時以外、シャアの寝起きはそれ程良くない。 アンダーシャツ姿のシャアはのっそり身を起こすとベッドの上に胡坐をかき、目を閉じたまま片膝の上に頬杖をついた。 「疲れてるんだね・・・ご苦労様。肩の具合はどうだい?」 脱ぎ散らかされた赤い軍服を拾い集め、てきぱきと畳んだりハンガーに掛けたりしながらミハルは心配そうな声を掛ける。 頬杖をしていた手を一旦外し、肩を軽く回したシャアは片目を薄く開けてもう大丈夫そうだと軽く笑った。 「良かった、でも油断は禁物だよ。 宇宙に住んでた人は免疫力が弱いとも聞くし、ケガってのは直りかけが一番怖いんだ。 あと数日は手当てを続けなきゃだめだよ。さあ、肩を見せて」 大真面目な顔でシャアの横に腰を下ろしたミハルは、有無を言わせずシャアのシャツを脱がしに掛かった。 幼少の頃に地球で暮らしていた経験を持つシャアは実は生粋の宇宙育ちでも無かったのだが、別に文句も言わずミハルのしたいがままにさせ、大人しく右肩を露出させた。 181 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/05(水) 12 40 39 ID /5EMHpoM0 [3/5] 「完全に傷口は塞がっているみたいだけど・・・」 そう言いながら化膿止め薬入りの無針注射器を二の腕に押し当てて来るミハルを、シャアは面白そうに見つめている。 人目を忍んで毎晩こうしてやって来るミハルに手当てをしてもらうのは、もう何日目になるだろう。 この少女がシャアの個室を初めて訪れたのは、ここクレタ島ザクロスに到着したその晩の事だった。 フラナガン機関の施設を脱出する際、自分を助ける際に負った傷を治療させて欲しいと申し出て来たのである。 何でも、シャアがケガをした事を秘密にしたがっていたので、同室のハマーンが眠ってからこっそりと部屋を抜け出し、誰にも見つからない様にここまで来たのだという。 初めはおずおずしていたミハルだったが、シャアが自らのケガに消毒液を振り掛けただけで放置していた事を知って驚き、大慌てで手当てをし直した。 助けてくれた事に感謝はしているが、自分を大切にしない人は最低だと叱りつけられたシャアは、何故だかその剣幕に逆らう事ができず、命を救った筈のミハルに何度も謝るハメになったのである。 驚いた事にシャアは発熱していた。微熱ではあったがそれが肩の裂傷によるものである事は明白であった。 身体の調子が悪くても、それを全く気にしていないのである。 ミハルはそんなシャアを放っておくことができず、皆に隠れて猛然と彼の世話を焼き始めたのだった。 しかし改めて見てみるとミハルが呆れるくらいに、シャアという男は自分の事、日常的な事に無頓着な人間だった。 人間らしく生きる事に関心が無いと言い換えてもいい。 放っておけば日々の食事すらロクに摂らないのではないかと思える程に、彼の生活からは何かが欠落していたのである。 「ああ、やはりミハルの作ったものはうまいな」 だが、そんなシャアが、今ではミハルの持ってきたバスケットを勝手に開け、中にあった夜食を手掴みで食べ、あまつさえそれを美味いと言っている。 美味いと褒めると、笑み崩れてゆく彼女の顔がシャアは好きだった。しかし・・・ 「こら!ちゃんと手を洗って来る!」 ミハルは軍人では無い為にシャアに対して階級による遠慮などは一切無いのである。 こうしてまたもや彼女に怒られバスケットを取り上げられてしまったシャアは、食べかけのマフィンを口に咥えたまますごすごと洗面所に向かった。 【赤い彗星】のシャアしか知らない者がこの様子を見たら恐らく仰天して腰を抜かす事だろう。 ミハルに叱られる事は不快ではないし、彼女の言葉にはつい従ってしまうのは何故なのだろう。と、手と顔を洗いながらシャアはぼんやり自問してみる。 しかし幼い頃に父と母を失い、権謀と怨念に塗れて成長した彼の中には、自身の問いに対する明確なアンサーは含まれていなかった。 周りには常に“敵”が潜んでおり、少しでも隙を見せると足元を掬われる・・・そういう殺伐とした人生を送ってきた。 親しげな顔でシャアに近付いて来る人間は、十人が十人とも腹の中では彼を利用する事で自らの利益を企んでいた。 無論そういう手合いを観察眼に優れたシャアに瞬時に見抜き“敵”かそうではないかを識別して来たのである。 “敵”なら容赦なく叩き潰し、そうでないなら“それ”をこちらが最大限に利用する。 それは壮大な化かし合いであり、気を抜いた方が負ける過酷なチキンレースだった。 肩の傷の件でも判る通り、それが例え味方であったとしても、普段から他人に弱みを見せる事を極端に嫌うシャアだった。 だが、ミハル・ラトキエと2人きりになると、そんな事はどうでも良いと思えてしまう。 どう考えても、どんなに目を凝らしてみても、親身になってシャアを世話する彼女の行動の中には、あさましい企みが見つけ出せなかったのだ。 これは、あの時クランプに言われた事の証明であり、ある意味シャアが確信していたシニカルな人生観の完全な敗北を意味していた。 こんな人間もいるのだと、シャアをして認めざるを得なかったのである。 彼女の前では裏をかかれない様にと緊張している自分が馬鹿らしく、張り詰めていた何かが抜けてしまう。 通常は厳重に掛けているドアのロックを、彼女が訪ねて来そうな時間には無意識に外してしまう自分がいる。 マスクもいつの間にか彼女の前ではしなくなった。手の内を全て見せている彼女には、そうでもしないとプライドが保てないのだ。 仮面のある無しなどミハルにとってはどうでもいい事なのかも知れないが、シャアせめてもの矜持である。 182 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/05(水) 12 41 29 ID /5EMHpoM0 [4/5] シャアが洗面所から出て来るとミハルは既に帰り支度を済ませてドアの前にいた。 この短時間の間に部屋はきれいに片付けられ、スツールの上にはヘルメット、マスク、夜食の残りがきちんと並べられている。 「それじゃね。ちゃんとシャワーを浴びてから休むんだよ?」 にこりと笑ったミハルに小さくそう言われた瞬間、シャアはとてつもない寂寥感に見舞われた。 今ここでミハルを抱き締めたら、彼女は帰らずに、朝までそばにいてくれるのだろうか。そんな事まで頭をよぎる。 シャアが何と声を掛けて良いか判らぬままにミハルの方へ歩み寄ろうとした時、激しく背後のドアをノックする音がミハルの体を竦ませた。 『お休みのところ恐れ入りますシャア大佐!』 アンディの声である。 『ロドス島集積基地から通信が入りました!シーマ・ガラハウ中佐率いる補給部隊が到着したそうです!』 瞬時にシャアの瞳に明晰な輝きが戻った。 素早くスツールの上のマスクを装着し、はだけていたアンダーシャツの襟元を引き上げる。 ドアの前で硬直しているミハルの手を引いて洗面所に誘導し、彼女が隠れたのを確認するとドアのロックを外して引き開けた。 「あ、ああ、シャア大佐、夜分すみま・・・」 「挨拶はいい。通信はまだ繋がっているか」 「繋がっています。こちらへ」 部屋を出る時シャアは洗面所の方をちらりと見たが、何食わぬ顔でドアを閉めアンディの後に続いた。 ドアが閉まってからしばらくの間、部屋の中に静寂が訪れたが、やがで洗面所からミハルがそっと顔を出した。 そして彼女は今日二度目の安堵の溜息を吐き出すと、静かに部屋を出て行ったのだった。 239 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/26(水) 19 28 03 ID 6y7Vhl2s0 [2/5] エスキシェヒル近郊に展開する丘陵地帯。 その斜面に生い茂る木々の隙間に埋没する様に―――― アムロの操縦するRX-78XX【ガンダム・ピクシー】は山の稜線に身を隠し、真上から照りつけて来る強烈な陽射しにその身を焼かれながらじっと息を潜めていた。 ピクシーの機体には、アンテナの一部を除き草木をあしらった偽装網を入念に被せてある。遠距離からこの機体を視認する事はほぼ不可能であろう。 偽装網には電磁波遮断物質が編み込まれており、敵のセンサー類をある程度は無効化するという触れ込みである。 しかし、ミノフスキー粒子の存在が敵味方のセンサー技術を飛躍的に発展させている昨今、それをどこまでアテにして良いものかは疑問が残る。 新型センサーを実戦テストする特殊部隊「闇夜のフェンリル隊」の一員だったアムロだからこそ余計にそう思えるのだ。 後悔はしたくない。やれる事はやるべきだと判断した彼は現在炎天下なのにも関わらず、ピクシーの動力を最小限に絞っている。外部スクリーンもメインパネル以外はブラックアウトしている状態だ。 為に、エアコンの効きもすこぶる悪くなり、コックピット内部の温度が相当に上昇してしまう事態となった。 もしかしたら地上戦専用MSであるRX-78XXには、純正ガンダムにはあった大気圏突破用の厳重な断熱処理がオミットされているのかも知れない。 そんな事を考えながら汗だくのアムロは手探りでシート脇のラックを開け、中から本日2本目となる透明パック入りのドリンクチューブを取り出し口をつけ、中身をしぼり出して一気に飲み干した。 ・・・生温くてまずい しかしこれで、水分の補給はできたはずだと気を取り直したアムロは、空の容器をシート反対側のラックに放り込んだ。 先ほどから彼が凝視しているメインパネルには辛うじて舗装されたヒルクライム気味の道がゆらゆらと陽炎を立ち上らせながら正面に映し出されている。 ゆるいカーブを描いた道のちょうど出口にあたる延長線上の位置に、RX-78XXは身を潜めているのである。 道の両脇はそれぞれ高い崖と深い森になっており、襲撃ポイントはここしか無いと断言したニムバスの分析に間違いはなかった事を確信できる。 ここから見る事はできないがニムバスとバーニィも現在、別の場所で同様に偽装したザク改の中で眼前の道を凝視している筈である。 一人ではない。そう考えるだけで何だか心が静まってゆくのが不思議だ。 なんにせよ今回の作戦は【ガンダム・ピクシー】がトリガーであり全ての鍵を握るといっても過言ではない。 アムロはもう一度小さく息を吐き出し、絶対にしくじる訳には行かないぞと自らに言い聞かせ、眼前のスクリーンを注意深く見つめ直した。 「准尉のお立てになったその作戦・・・残念ながら評価は"C"です」 「え・・・」 厳しい顔のニムバスに完璧なダメ出しをされたアムロは一瞬頭の中が真っ白になった。 容赦の無いその物言いにアムロの横に座るバーニィも思わず首をすくめてしまっている。 「敵の大部隊に対してこちらはMSが僅か3機。 進軍して来る敵に准尉の作戦通り密集陣形でまともにぶつかっては、後方の敵に態勢を立て直す時間を与えてしまうかも知れません。 今回我々がまず考えねばならないのは、何としてでも敵部隊の現場到着を阻止する事。 敵は長距離砲撃部隊であり。要地に配置されなければ無力な存在です。 つまり我々は敵を殲滅する必要は無い。足止め出来さえすればいいのです」 「なるほど・・・」 シャア班とやや離れた位置で、小さなデスクを囲み行われているブリーフィング。 理路整然と戦術を語るニムバスに、アムロとバーニィはただ感心して聞き入るしかない。 少年兵達の真剣な目を見てにこりと笑ったニムバスの顔が、輝いている。 今や彼は、自身が持っていた本領を如何無く発揮する機会に恵まれたのである。 士官学校時代のニムバスは、パイロットの資質以上に戦略・戦術立案能力において極めて高い評価を受けていた。 適性も高く、将来は作戦参謀への道をと周囲から嘱望される程の存在だったのである。 同校を優秀な成績で卒業した彼は当然のように公国軍総司令部と総帥府軍務局から熱烈なオファーを受ける。 が、その時点で既にニムバス内部に凝り固まっていたキシリアへの熱烈な忠誠心が、それらを全て蹴る形で自身を突撃機動軍に投じさせたのである。 彼の進路を知った士官学校の教官達は、あたらジオンを背負って立つかも知れない優秀な人材が、使い捨ての一パイロットになってしまったと軒並み嘆き落胆したものであった。 当時の教官達が今の私を見たらどう思うだろうと内心苦笑しながら、ニムバスはこちらに背を向けているシャアをちらりと窺った。 240 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/26(水) 19 30 09 ID 6y7Vhl2s0 [3/5] シャアはクレタ島で初対面にも関わらず「貴様の噂は聞いている」とニムバスを誘い、今回は別働隊の実質的な作戦立案を命じた。 つまりそれはニムバスの過去と資質を把握していた、という事に他ならない。 MS操縦に抜群の才能を発揮するアムロの補佐に自分を置き、気が利き堅実な性格のバーニィで脇を固めたこの布陣は、どんな任務にも対応できる理想的な小隊のモデルケースと言えるだろう。 適材を見抜き適所に配置する。言うは易いが行うは難い。 それをさらりとやってのけたシャア・アズナブルというこの男、トップに立つ者として恐るべき才覚の持ち主だと・・・認めざるを得ないだろう。 ニムバスをしてそう思わせる何かがシャアにはあった。 しかしニムバスがそんな想いを廻らせていた時間は数瞬にも満たず、彼は何事もなかったかの様にアムロとバーニィに目を戻した。 「敵部隊は極力目立たぬように航空輸送機を一切使わず、車両のみで移動しています。 そして敵は、我々の様な戦闘部隊がすぐ近くにいる事を知らない。 オデッサになけなしの戦力をかき集めている筈のジオン。我々の存在は連邦にとって想定外なのです。 ここにつけ入る隙がある。 このアドバンテージを最大限に利用するには【効果的な伏撃】をするしかありません」 「効果的な・・・そうか、僕のガンダムとニムバス中尉達のザク2機が密集して行動してはダメだという事ですね」 「その理由が判りますか?」 間髪入れず、値踏みする視線でニムバスはアムロを見ている。 それはまるで見所のある新兵に、英才教育を施している教官の眼差しにも似ていた。 「え、あ、ええと・・・も、MSの性能が違うから、じゃないでしょうか」 「その通りです!流石は准尉ですな!」 満足そうに破願したニムバスを見て、アムロは内心胸を撫で下ろした。 今後、ニムバスの期待に応え続けて行くのは並大抵の苦労では無いかも知れない。 241 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/05/26(水) 19 31 00 ID 6y7Vhl2s0 [4/5] 「性能の違うMS同士が一団で行動すると足並みが乱れ、どうしても連携が取り辛くなってしまう。 下手をすると、性能の良い方のMSの長所が殺され、相対的に戦力が低下してしまう恐れすらあります」 ニムバスが答えるや否や、すかさず手を上げたバーニィが口を開く。 「でも中尉、大部隊に対して、ただでさえ少ない戦力を分散してしまっては、各個撃破されてしまうのでは・・・」 「戦術と地の利、そして敵の陣形次第だ!その程度の事も判らんのか愚か者め!」 一転、猛烈な勢いでニムバスに怒鳴りつけられたバーニィは小さく縮こまってしまった。 どうやらニムバスにとって、アムロとバーニィの育成方針は180度違うらしい。 恨めしそうな目を向けてくるバーニィに、アムロは申し訳なさそうな視線を送り返した。 「セオリーは知っておく必要があるが先入観に囚われると柔軟な発想を阻害するぞバーニィ。要はバランスだ」 「バランス・・・」 その冷静な声音はニムバスが決して激昂している訳ではないという事を意味している。 恐縮しきっていたバーニィは恐る恐る顔を上げた。 「長距離砲撃用車両、補給車その他を含めて敵の数は約30両。 モタモタしていると体勢を整えた敵の攻撃に晒されてしまう。 この部隊を僅か3機のMSで足止めするにはどうするか」 ニムバス教官の講義に聞き入る二人の新兵はごくりと唾を飲み込む。 「まずは横列展開できない場所に敵を引き込む」 ぱらりとデスクの上に地図を広げたニムバスは、細長くうねる一本の道路を指さした。 「敵の規模と現在の位置を考慮するとアンカラへ向かう道はここ以外考えられません。 これ以外の道路は舗装されていなかったり道幅が狭すぎたりで連邦の大型車両は通行できないからです。そして」 更にニムバスは指を滑らし長く延びた道路の一点で指を止めた。 トントンとポイントを指先でノックしながらニムバスは2人を交互に見る。 「700メートル程続く側道のない一本道。道路の片側は森、もう片側は切り立った崖。おあつらえ向きです。 仕掛けるのは、ここしかありません――――」 その時、アムロが睨み付けていたスクリーンの風景の一部に小さな変化が現れた。 すかさずアムロはスクリーンショットを最大望遠に切り替える。 遥か後方で樹木に遮られまだその姿は見えないが、微かに砂煙が立ち上っているのが判る。 それとほぼ同時にピクシーに装備された高性能センサーが多数の車両移動音をはっきりと捉えた。 あくまでもスペック上の数値ではあるがガンダム・ピクシーのセンサー有効半径は優に6,000mを超える。 プロトタイプであるRX-78-2の性能を上回るこれは、接近戦に特化されたピクシーというMSの特性に合わせてバージョンアップされたものなのだろう。 とまれ、ニムバスの読みは正しかった。 敵部隊は間違いなくこの道を行軍して来たのである。だが、焦りは禁物であった。 仕掛けは早すぎても遅すぎてもダメだとニムバスには釘を刺されている。 単独でどうにかできる相手ではない。全ては連携、チームワークなのだと。 WBでは有り得なかった、息を合わせた伏撃作戦・・・ アムロは逸る気持ちを抑える様にレバーを握り、唇に滴り落ちて来た汗をぺろりと舐め取った。 277 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/07(月) 20 41 28 ID iaisKR8g0 [2/6] 先程までの晴天が嘘の様に、結構な勢いで雨が降り始めていた。 本当にこのあたりの天候は変わり易い、だがバーニィはコックピットに伝わって来る激しい雨の振動を感じながら思わず微笑んだ。 雨はセンサーの効きを妨げる。これはついているぞと彼がほくそ笑んだのも無理からぬ事だっただろう。 今、まさに彼等の下に軍列がやって来ようとしている。 言うまでも無く連邦軍の大部隊だ。 その大部隊がつい先程進入して来た北西の入り口から、アムロのRX-78XXが満を持して潜んでいる隘路の東側出口までの一本道がすっかり見渡せる南に切り立った崖の中腹付近。 そのやや角度の浅い斜面にバーニィとニムバスの操縦する2機のMS-06FZは張り付く様に潜伏しているのである。 切り立った崖とはいえその壁面にはびっしりとこの地方特有の木々が生い茂り、バズーカを構え偽装網をかぶったザク改の姿を完璧に隠してくれている。 しかし緑々とした壁面の所々には、断続的に巻き起こるスコールが地盤を緩ませたものなのか地滑りしたらしき箇所のみ黄土色の土や岩が露出していて、その部分だけがやや景色に異彩を放っていた。 バーニィはモノアイを操作し、チラリと左サブモニターにも目を向ける。 自機の周囲を埋め尽くす木々の中から、木々を割って突き出た大きな岩塊がそこにも映り込んで見えている。 メインモニターは俯瞰の映像で、一本の道路が南にゆるいカーブを描きながら西から東に延びているのをクッキリと映し出している。 モノアイが稼動すると、モニターの映像もそれに合わせて移動してゆく。 道の南側は全て切り立った崖に塞がれ、北側には地図にあった通り深い森が谷に向かって落ち込んでいる。 道路は山の外縁に沿っており、入口と出口の先はそれぞれ背後の山を回り込んでしまう為に、この場所から目視する事は不可能であった。 激しい雨にけぶってはいるが、ヘッドライトを煌々と灯した連邦軍の部隊が続々と列を成し進み来る様子が、ここからだとはっきり確認できる。 敵部隊はじわじわと眼下にうねる700m以上続く一本道を鋼鉄の大蛇の様にのたうち進み、やがてすっかり埋め尽くしてしまうのだろう。 今はまだ全容が見えてはいないが、道幅ぎりぎりの大型車両が何台も連なるその威容を目にしたジオン兵は、恐らく連邦軍との圧倒的な物量差を思い知らされ何とも言えない気分にさせられるに違いない。 しかし、この作戦で物量の上に余裕で胡坐をかき、ふんぞり返った連邦軍に一泡吹かせてやる事ができるのだ。 そう思うと、ギラギラと猛る何かを抑える事ができない。 これではいけないと心を落ち着かせる為に大きく深呼吸したバーニィは、カメラのズームを切り替え、もう一度自機に装備された武装をチェックしてみる事にした。 偽装の下でザク改はバズーカの砲口を油断無く眼下の道路に向けている。 今回2機のザク改が装備しているバズーカは従来の280mmザク・バズーカでは無くGB03Kすなわち360mmジャイアント・バズであり射程距離、破壊力共に十分余裕がある。 もともとドム用の装備として登場したジャイアント・バズは威力は高いものの、マニュピレーター形状の違い等から他のMSでは使い辛く敬遠されがちな武器であった。 だがMS-06FZ【ザク改】は、現在ジオンに存在するMSの手持ち式武器の全てを自在に扱える事を前提に設計されているのである。 統合整備計画、伊達ではない。 この事実は単純なスペック以上にザク改が「使える」MSであるという事を意味していると言えるだろう。 武器チェックを終えたバーニィは一息つくと視線を正面のメインモニターに戻し、ニムバスが立案した襲撃計画の段取りと、この作戦における自分の役割を頭の中で反芻していた。 278 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/07(月) 20 42 29 ID iaisKR8g0 [3/6] ―――敵の軍団が眼前の一本道にすっぽりと収まったのを見計らい、ニムバスからの合図を受けたガンダム・ピクシーが偽装を解いて敵正面を塞ぎ、まず目前に迫っている先頭車両を破壊する。 これで敵は破壊された先頭車両が邪魔になり前進する事が不可能となる。 地形に阻まれた敵はガンダムに向けて攻撃を加える事ができない。 間をおかずガンダムの攻撃に呼応したザク改2機が敵の上方に位置する崖の中腹から、眼下の敵列中央と最後部車両に向けてそれぞれバズーカ攻撃を行う。 状況によってはバーニィのザク改が単独で敵の最後尾に回り込み、敵の退路を遮断する。 道路の両側は崖と森であり、前に進む事も後ろに下がる事も出来なくなった敵はまさに進退窮まった状況に陥る。 そうなれば連邦兵達は車両を捨て、森に逃げ込むしか術は無い。 逃げる兵士には目もくれず、あらかたの敵車両を破壊したら速やかに撤収するとニムバスは明言している。 例え森に逃げ込んでいた連邦兵が戻って来ても残骸に挟まれた車両は動く事叶わず、もはやオデッサ・ディで彼等がやれる事は何も無いだろう。 ニムバスは今回、自軍の損耗を最大限に抑える事を念頭にこの作戦を立てた。 完璧な伏撃であるこの作戦のただひとつの懸念事項といえば、こちらの意図を事前に敵に察知される事と敵が一本道に納まり切らないうちに攻撃を仕掛けてしまう事のふたつである。 だから自分からの合図を待たずに攻撃を仕掛ける事を、ニムバスはアムロに厳に禁じていたのだった――― バーニィは右手のサブモニターを見る。そこには彼と同じ出で立ちで息を潜めるニムバスのザク改が木々の向こうに映し出されている。 表向きはどうあれ、この部隊の実質的な指揮官はニムバスだという事を自分もアムロも承知している。 現場の全体を把握し統括する為の位置に彼のザク改が陣取っているのがその証であろう。 彼が自分の持つ知識全てを、自分やアムロに実地で叩き込もうとしているのは明白だった。 ニムバスの期待に応えるには、彼の示す全てをこちらも命懸けで吸収して見せるしかない。そうバーニィは密かに覚悟を決めていたのである。 しかし逸るバーニィをあざ笑う様に、ロケットランチャーだと思われる巨大砲身を持つ車両を積んだキャリアーの足は異様に遅い。 ヒルクライム、そしてこの激しい雨が行軍を慎重なものにさせているのだろうか。 敵部隊は視認できる範囲で言えば未だ襲撃予定地点に三分の一にも届いておらず、勿論ここで仕掛けるには早過ぎる。 戦端を開く役回りのアムロも、きっと敵の遅さにじりじりしている事だろう。 そんな事を考えながら時速40キロ程のスピードでもったり坂道を登って来る敵部隊の様子をいらいらと見ていたバーニィは、ぎょっと左手のサブモニターを振り返った。 モニター映り込んでいた・・・木々の間に剥き出しになり雨に打たれていた岩塊が、そのままごそりと滑り落ちたのである。 279 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/07(月) 20 43 44 ID iaisKR8g0 [4/6] 『しまった!崩落か!?なんだってこんな時に・・・・・・・!!』 自機のほぼ10m真横をえぐり取った巨大な岩塊が、眼下の道路めがけて転がり落ちて行くのを、バーニィはただ茫然と見送るしかない。 岩塊は落下後半壊し、完全に道路を封鎖する格好で動きを止めてしまった。 「ニムバス中尉・・・!」 「慌てるな、じっとしていろ。計画に変更は無い」 接触回線でうろたえた声を響かせるバーニィにニムバスは冷静に応答する。 今ここで動く訳には行かない。敵の部隊は一本道にまだ先頭しか入り込んでおらず、襲撃を掛けるには位置が悪すぎるのだ。 もしここで強引な行動を取れば、間違いなく計画は破綻する。 突発的な事態が起きてしまったが、幸いにも敵は岩塊が落下した位置まで到達しておらず、伏撃作戦が見破られた訳でもない。 敵は周囲を警戒しながら岩塊の除去作業をするだろうが、逆にその警戒を解いた時が最大のチャンスになるとニムバスは確信していた。 眼下の敵は、何としてでもこの場で仕留めてしまわねばならぬ相手なのだ。 今は隠形に集中し、敵の警戒を何としてでもやりすごすべきだ。 ニムバスはそう判断を下したのである。 車両が急停止したのに気付くと、エイガーは瞑目していた両目を開き、キャリアーの助手席でリクライニングにしていたシートを元の位置に戻した。 「・・・何かあったのか」 「申し訳ありません少尉、どうやら落石が前方の道を塞いでいる模様です」 「何だと」 インカムを付けた運転手の言葉を確かめるようにエイガーは側窓から大きく身を乗り出した。 目を凝らすと、確かに前方に停車している数台の車両の向こうに巨大な土くれが鎮座しているのが見える。 その大きさは小型のMS程もあり、確かにこのままでは通行できない事が判る。 「よし。俺のMSを起動させるぞ」 あっさりとそう言い放ったエイガーは助手席のドアを開けて地上に飛び降りた。 「少尉!?まさか新型のマドロックで土木作業をするつもりですか?」 「俺だけじゃないさ。ジムキャノンの2機も作業にあたらせる」 「いや、そういう意味では・・・」 「俺達は急いでる。それにどうせ今回のミッションにはマドロック自体の出番は無いんだ。 役に立つ事があって良かったぜ、これで上にも言い訳が立つ」 運転手は変な顔をしたが、エイガーはそれを一向に気にせず激しく降りしきる雨の中、キャリアーの後方に走り込むと、トラックの幌を外しに掛かった。 オデッサ攻略戦を側面から強力に支援する自走砲大隊指揮官職務執行役としてアンカラに派遣された砲術士官エイガー。 アンカラでは現地で既に展開している部隊と合流し、大部隊を指揮してオデッサの敵陣めがけて、このスコールよろしくロケット弾とミサイルの豪雨を降らせてやる予定である。 今回の作戦、黒海をまたいだ長距離砲撃を敢行するため中距離砲撃しか出来ないMSは実際のところ役には立たない。 しかし自身の手掛ける新型MSであるRX-78-6【マドロック】と、RGC-80【ジムキャノン】の完成度を高める為には実戦データの収集が不可欠であるとのごり押しで、エイガーはこの砲術部隊に都合3機の砲撃用MSの帯同を上層部に認めさせていた。 実際はマドロックの調整から離れる時間が惜しいというのが本音だったが、こういうのを怪我の功名というのだろう。 「MSの出番が来たと後ろの二人に伝えてくれ。『無駄飯食らい』の汚名を返上するチャンスだってな」 近くにいた部下にそう声を掛けると、エイガーは雨粒がなるべく入り込まない様に注意しながら素早くマドロックのパイロットシートに滑り込んだ。 280 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/07(月) 20 44 28 ID iaisKR8g0 [5/6] 「ニムバス中尉、あれを・・・・・・!」 「何という事だ、MSが随伴していたのか!」 突如敵軍列後方から姿を現した3機のMSにニムバスは慄然とした。 ニムバスも敵部隊にMSがいる可能性を考えていない訳ではなかったが、その確率は極めて低いだろうと思っていた。 なぜなら現在の連邦軍にとってMS自体が貴重であり、オデッサにおいてザクに対抗するMSは重要な戦力の筈だからである。 何よりMSによる襲撃を予想していない部隊に、MSが直衛する必要など無いのだ。宝の持ち腐れという奴である。 オデッサと黒海を挟んだ地のアンカラで、その貴重な戦力を遊ばせておく事は常識で考えればまずあり得ない事だった。 もしニムバスが連邦軍の参謀だったなら、そんな所に割く戦力があるなら迷わずオデッサ攻略の本隊にMSを組み入れるだろう。 ・・・ニムバスのその考察は間違っていた訳ではなかった。 そして、計画通りに事が運んでいればキャリアーに載ったまま連邦のMSは起動する事無くザク改のバズーカで葬り去られていたかも知れなかった。 だが突然の落石というアクシデントとエイガーという砲撃用MSの開発に執念を燃やす仕官の存在が彼の計算を狂わせたのである。 運が悪かったでは済まされない、これが、戦場なのであった。 よりにもよって、現れたMSのどれもが彼等が初めて目にする新型であった。 先頭の1機はアムロが現在搭乗しているガンダムに頭部形状が酷似している。 恐らく同シリーズなのだろうが、両肩に2門の砲身が突き出している所が大きく違う。 後方の2機も一門づつキャノン砲を搭載し、腰にはピストル状の火器がマウントされている。火力は相当に高そうだ。 悠長に構えてはいられなくなったとニムバスは臍を噛んだ。 砲撃車両だけならばまだしも、MSがいるとすれば攻撃の優先順位が変化する。 敵がこちらに気付かなければ良し。気付いた場合には・・・ ニムバスは接触回線でその旨をバーニィに伝えると、豪雨の中でも極力音を立てない様に注意してバズーカの向きを変え、スコープの中心に新型のガンダムを捉え直した。 338 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/22(火) 01 46 09 ID br3lyhfc0 [2/6] この隘路に200Mほど進入した地点で停止した車両群を背に、3機のMSは道を塞いでいる岩塊に向かってゆっくりと歩を進めている。 先頭を歩くRX-78-6【マドロック】を操縦するエイガー少尉はその時、ONになっていたレーザー通信回線から微かに聞えた異音にぴくりと片眉を跳ね上げた。 「おい聞えたぞGC2。生あくびならもっと巧妙に噛み殺せ」 「す、すみませんエイガー少尉」 RGC-80【ジムキャノン】に搭乗するサカイ軍曹の慌てた声にエイガーは苦笑する。 先刻までのエイガーと同様に、彼の部下である2人のパイロットもそれぞれの場所で仮眠を摂っていたにちがいない。 まあ無理もあるまいとエイガーは思う。ここ数日不眠不休の調整に追われた挙句、夜通しトラックで走り続けて来たのだ。 エイガー自身も鉛の様な疲労が抜けず、目の奥と体の節々が痛い。彼と部下達の疲労は今やピークに達していた。 「大体が、開発計画がタイト過ぎるんですよ・・・」 こちらのボヤキはもう1機のジムキャノンを操縦するゲラン軍曹である。 彼等2人はエイガーが戦車兵の頃からの部下であり、MS適性試験にも同時に合格した同期の戦友だった。 「泣き言を言うなGC3。例のV作戦の試作艦が搭載MSごとジオンの手に落ちたんだ。 その分こっちの開発計画が早まったのは仕方の無い話だ」 「4号機や5号機の開発クルーも随分ストレスが溜まってるみたいですよ?」 「もともとセカンドロットのRXシリーズはRX-78-2の戦闘データをフィードバックして開発を進める予定だったからな・・・」 エイガーはモニターに映った僚機の顔を見て『GM系のMSもな』という言葉を辛うじて飲み込んだ。 正味な話、ジオンに比べMS開発の経験が浅い連邦にとって、RX-78-2ガンダム搭載の教育型コンピューターに蓄積された生の対MS実戦データは咽から手が出るほど欲しい宝だったのである。 エイガーが試算してみたところ、これが移植されなかった為に連邦のMSは、軒並み30%の性能アップが出来なかった・・・と出た。 それは翻って連邦の量産型MSがそれだけ戦力ダウンしたという事を意味している。 いずれ連邦パイロットが熟練するに従いこの差は徐々に埋めて行けるとは言うものの、それまでこの戦争が続いているかどうかは保証の限りでは無いのだ。 現時点の連邦軍にとってこれは深刻な痛手であろう。 もちろんこれはあくまでも試算値であって厳密な数値では無いが、その結果はエイガーを暗澹たる気分にさせるには十分だった。 それを知ってか知らずか、サカイは呑気な声で更に話を続ける。 「RX-78-2のパイロットはえらく優秀だったらしいですね。何でも赤い彗星と互角に渡り合ったとか。 その戦闘データさえあれば、RGMシリーズだってもっと強化できたでしょうに」 「もうやめろ。たらればの話はここまでだ」 歴史は動いたのだ。時計の針を戻す事ができない以上、いまさら何を残念がっても詮無い事なのである。 「俺達は目の前にある仕事から片付けよう。まずはコイツだ」 ゆるやかにカーブした700~800メートル程続く一本道のほぼ真ん中付近。 連邦の車両が進入してきた隘路入り口から約400メートルの地点で、縦横それぞれ15メートルもあろうかという巨大な岩塊が完全に道路を塞いでいる。 エイガーは岩塊をモニター越しに確認すると一旦機体を止め、それが落ちて来たと思われる崖の中腹まで軌跡を辿るようにマドロックの頭部メインカメラを振り向けた。 岩塊は木々を薙ぎ倒して転がり落ちて来たらしく、その形跡を辿る事は比較的容易い事であった。 エイガーとしては単に連鎖的な崩落の危険を見極めようとしただけの確認作業だったのだが・・・・ 「・・・!!」 その瞬間、彼の両目は見開かれ全身は総毛立った。 崖の中腹、周囲に溶け込む偽装ネットを被せてはいるが、その奥に微かに覗く、濡れた雨に照り返す金属特有の鈍い輝きは見紛い様も無い。 エイガーは、大岩がこそげ落ちた崩落部分のやや脇に潜む、2体のMSを目聡く発見したのである。 ちなみにマドロックに搭載されたセンサーは、ミノフスキー粒子と激しいスコールに阻まれ何も反応していない。 恐るべき事に彼は長年の砲術戦で鍛え培った視力と観察眼、そして注意力のみで偽装潜伏しているザクを看破したのであった。 339 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/22(火) 01 52 01 ID br3lyhfc0 [3/6] 「・・・GC2、GC3、レーザージャイロと火器管制システム同期だ、くれぐれも唐突な機動は慎めよ・・・・!」 「は?」「唐突な機動?」 突然押し殺した声で命令を下して来たエイガーに部下の2人は戸惑ったものの、指示通りに2機のジムキャノンはマドロックにシステムを同調させる。 これで2機のジムキャノンそれぞれのサブモニターには、マドロックが『見て』いる映像が映し出される事となる。 ミノフスキー粒子の干渉をそれ程受けず、ある程度の範囲をカバーできるレーザー通信でお互いのMSはデータを共有している。 スイッチの切り替えで、リーダー機であるマドロックのマークした照準に合わせて、システム管理下に置かれたジムキャノンが同時に多方向から砲撃する事も可能だ。 これが、戦車兵上がりの砲術士官エイガーが砲撃用MSに組み込んだ兵器統合火器管制システムであった。 これにより連邦軍の砲撃MS同士は集団戦において有機的な運用が可能となったのである。 「少尉、いきなりどうしたんで・・・・うっ!?」 「これは・・・・!?」 GC2とGC3、二機のジムキャノンパイロットは同時に息を呑む。 「見ての通り、10時方向に潜伏中の敵MS2機を発見だ。あわてるなよ、知らんフリをしながら動け」 「GC2了解・・・!」「ジ、GC3了解・・・」 マドロックは見上げていた頭部を正面の岩塊に戻し、ゆっくりと歩を進め更に岩塊に近付いてゆく。 ややぎこちなくその後を2機のジムキャノンが続くが、その動きは辛うじて遠目には不審なものとは映らなかっただろう。 もちろんエイガー達はサブカメラの映像を崖の中腹に潜んでいる2機のMSから外しはしない。 3体のMSによる映像は3体のMSで共有統合され、刻一刻と立体的に対象物のデータを解析し、測定を進めてゆく。 素早くエイガーが画像をズームアップすると、ザクが被っている偽装ネットの隙間から二本のバズーカらしき砲口がこちらを向いているのが確認できた。 その事実に心臓が鷲掴みにされたかの様な衝撃を受けたエイガーだったが、最前線で砲兵隊を率いジオンの鉄巨人ザクと生身で戦って来た彼は、ある種のクソ度胸が備わっていた。 「まさか、この落石は我々をおびき出す為の罠・・・?」 「いや違うな、それならもう我々は攻撃を受けている。恐らく、これは敵にとってもアクシデントだったんだ」 本心は一刻も早く敵の射線から逃れたいのだろう。サカイの青ざめた声を、しかしエイガーは毅然とした声で否定した。 「アクシデント、ですか・・・」 「敵MSのデータはありませんね・・・どうやら新型の様です」 解析を進めるゲラン軍曹の緊張した声も、やや震えている。 「敵はこのまま我々が自分達の存在に気付かずにこの大岩を撤去し、当初の予定どおりここを通過するのを待っているんだ。 そして、がら空きになった隊列の横腹に満を持して砲弾を叩き込むつもりなんだろう。 こんな場所で砲撃されたらどうにもならない所だったな。我々は運がいいぞ」 そう言いながらエイガーはニヤリと笑う。 340 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/22(火) 01 52 44 ID br3lyhfc0 [4/6] 「そ、それじゃ後方の車両部隊の皆に早く知らせないと!」 「待て、今、車両部隊が動けば敵に気付かれてしまう。ここは逆に、奴等の裏をかいて始末するチャンスだ。見ろ」 エイガーが弾く様にボタンを押すと、照準モニターには地形に被せるように敵MSと味方部隊の位置が地図上にクッキリと表示された。 多角的に解析を終えたデータは明確に、そして残酷に、隠れ潜んでいる敵の居場所を浮かび上がらせたのである。 RX-78-6【マドロック】は両肩に装備された300mm低反動キャノン2門と現在は腰にマウントされているビームライフルを同時に、同(異)照準めがけて発射する事ができる。 特に都合3本の火線を集中する収束攻撃は現時点で存在するMSの中でも、最大級の破壊力を持つ攻撃と言っても過言では無いだろう。 一方ジムキャノンもマドロックに一撃の威力でこそ劣るものの、同様に右肩に装備された240mmロケット砲とビームスプレーガンを同時に標的に向けて発射可能である。 これらの攻撃をシステムによってリンクした3体のMSから浴びせられれば、対象物はひとたまりもないだろう。 だがその為には巧妙に敵の隙を突く必要があるとエイガーは考えた。 「よし、全機停止だ。すみやかに岩塊に向けて砲撃姿勢を取れ」 道路の真ん中に鎮座する岩塊まであと100メートルという所でエイガーは部下達に指示を出した。 先頭のマドロックをアローフォーメーションで後方左右から追尾していた部下達のジムキャノンはその場で足を止め、右半身に構えた前傾姿勢を取る。 「これで敵からは我々が邪魔な岩を排除する為に砲撃するつもりに見える筈だ。 だが実は違う・・・! カウントダウンと共に『ターゲット』に向けて一斉攻撃だ、いいな」 エイガーの言葉を復唱し、ごくりと唾を飲み込んだサカイは眼前の岩ではなく、ターゲットスコープに10時方向で照準固定されている敵のMSを捉えている。 スイッチ一発で彼等の機体はロックされた方向へ瞬時に向きを変え、同時に砲弾を吐き出すのだ。 これは敵の意表を付く攻撃であるはずだ。回避や防御は、ほとんど不可能であろう。 「周囲に敵の仲間がいる可能性もある。念の為、砲撃後はすぐに散開するのを忘れるな。 ターゲット撃破後、車両も一斉に後退させる。カウントダウン、5・・・4・・・」 「どうやら、奴ら、俺達には気付けなかったみたいですね・・・」 「・・・・・・」 安堵したようなバーニィの声に、ニムバスは沈黙で答えた。 モニターには小降りになって来たスコールの中、道を塞ぐ岩塊に向けて三角フォーメーションで砲撃姿勢を取った3体の連邦製新型MSが映し出されている。 少しでも敵が不審な動きを取った場合は躊躇無く行動に移るつもりで神経を張りつめていたニムバスだったが、どうやら杞憂で済んだ様だ。 漠然とした不安は拭い切れていないが、このまま滞りなく事が進めばそれに越した事は無い。 いやむしろ、警戒心が強過ぎるのは逆に戦術の幅を狭めるかも知れない。 折角なら連邦製の新型MSが放つ攻撃の破壊力を見極めてやるのも悪くは無いかとニムバスがふと肩の力を抜いた瞬間・・・ まるで示し合わせたかの様なタイミングで3機の砲口が一斉にこちらを向いた。 「しまっ・・・!!バーニィ!!」 目を見開いたニムバスの絶叫は、強烈な爆発音に掻き消された。 341 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/06/22(火) 01 53 54 ID br3lyhfc0 [5/6] 「うおっ・・・!!」「な、何だ!?」 エイガーとサカイが同時に叫ぶ。 彼等のMSが体勢を変えた瞬間、轟音を立てて粉々に消し飛んだのは、眼前で行く手を阻んでいた岩塊だったのである。 突然の事に度肝を抜かれ、彼等はザク改に向けての攻撃を一瞬ためらわざるを得なかった。 ニムバスの瞳がギラリと光る。 「飛べ!バーニィ!!」 「了解っ!!」 ニムバスとバーニィのザク改はこの機を逃さずバーニアを轟然と轟かせ偽装網をかなぐり捨てて飛翔し、後背にそびえ立つ崖の稜線を一気に越えてエイガー達の視界から姿を消した。 逃げ場の無い崖を背にして敵に攻撃を仕掛けたり、敵の待つ道路に飛び降りたりせず、ジャンプして崖の背後に回り次の行動に移行する。 これは予めニムバスがバーニィに指示していた非常時における回避行動であった。 例え相打ち覚悟で敵の撃破に成功しても、こちらの被害がそれを上回れば意味は無いのだ。 分が悪くなれば、躊躇なく、引く。 あらかじめニムバスは作戦失敗の咎を全て自分が負うつもりで、アムロとバーニィにそう言い含めていたのである。 ちなみにこの大胆な退避手段は、従来のザクに比べて格段に推力がアップしているザク改ならばこそ可能な荒業であった。 「ああっ!糞!!奴等を逃がしちまったっ!!」 「構うな!それより前方に注視しろ!!」 卓抜したエイガーの目は、その時朦々と立ち込める爆煙の遥か向こうに朧立つ 新たなターゲットを捉えていたのである。 エイガーがモニター越しに目を凝らした 刹那、上がり掛けたスコールの中を一筋の雷光が一直線に貫き、轟音と共に丘の上に立つ敵MSの精悍なシルエットを浮かび上がらせた。 その細身なMSは、砲口から白煙たなびく無骨な巨砲をアンバランスに捧げ持ち、華奢なボディラインを禍々しいものに変貌させている。 ふと、その顔がこちらを向き、まるで人間の様な『双眸』がマドロックのそれと交錯する・・・・・・! 「何っ!?ガンダム・・・だと!?」 普段何事にも動じないはずのエイガーが息を呑む。 それは、敵味方に分かれた【ガンダム】が、初めて遭遇した瞬間だった。 444 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/07/07(水) 12 07 27 ID UqfbXj6Y0 [2/8] 「よおぉぉしっ!!」 バズーカを掲げ、丘の上に仁王立ちしたRX-78XX【ガンダム・ピクシー】のコックピットでアムロは小さく拳を握り締めた。 アムロは改めて自らのMSが手にしている380ミリハイパーバズーカを見やる。 この感触、扱う機体は変わってもRX-78-2【ガンダム】で慣れ親しんだ使い心地は少しも変わっていなかった。 ―――ザク改の偽装が敵パイロットに見破られた。 ガンダムとガンキャノンを掛け合わせた風貌の敵MSが立ち止まり、崖を見上げた一瞬、アムロは微かな電光の閃きと共にそう確信した。 「ガンダムもどき」のRX-79(G)と戦い、現在もガンダムに酷似したピクシーを操るアムロには、もうガンダムタイプのMSに対しての驚きは無い。 いきなり現れたマドロックを目の当たりにしても、アムロは冷静であった。 さすがに落石というアクシデントに驚きはしたが、彼は元々の打ち合わせ通り、ニムバスからの合図が無い限り自分からアクションを起こすつもりは微塵も無かったのである。 しかし状況は変わった。崖に張り付いた2機のMSは格好の標的だ。 このままではザク改は敵に狙い撃ちされてしまうだろう。 隘路の出口付近に潜伏しているピクシーの位置から道路を塞ぐ大岩までは500メートル以上も離れており、その向こうにいる敵MSまでとなると更に遠い。 仮に今、ここで飛び出したとしてもピクシーが得意とする接近戦にいきなり持ち込む事はできないだろう。 アムロは躊躇い無くピクシーがそれまで握り締めていた90mmサブマシンガンを足元のハイパーバズーカに持ち替えた。 このバズーカはシャア達がクレタ島でRX-78XX【ガンダム・ピクシー】を鹵獲した際、機体と同時に押収したものだ。 本来近接戦闘に特化されたピクシーではあったが、RX系の武器は一通り使用可能であるらしい。 今回の作戦にあたってアムロは機体の特性を考慮し専用サブマシンガンを携行武器に選択したのだが 「『兵に常勢無し』・・・戦場では予想外の事態が起きるものです。念の為にこれも」と、ニムバスがアムロに敢えて持たせたものだった。 一刻の猶予も無い。考えると同時にアムロの体は動いている。 偽装網を払い除け、丘の上に弾かれた様に身を起こしたピクシーは、すかさず片膝立ちになると大ぶりなハイパーバズーカをピタリと構えた。 『敵の攻撃を中断させ、こちらに注意を向けさせる。それには!』 狙うは敵MSではなく道路の真ん中に居座る岩塊である。 この一撃に失敗は許されない。 メイン武器としての使用を想定していなかったハイパーバズーカは、照準調整に若干の不安がある。 狙う的は大きければ大きい程良いという咄嗟の判断であった。 一瞬の隙さえ作り出す事ができれば、あの二人なら即座に状況を理解し的確に行動する。そうアムロは踏んでいたのである――― 445 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/07/07(水) 12 08 43 ID UqfbXj6Y0 [3/8] そうして確実に岩塊を破壊せしめたアムロは、思惑どおり2機のザク改が敵の混乱に乗じて退避したのを確認して歓喜の声を上げたのであった。 このアムロの一連の行動とメンタリティは、誰かの部下として与えられた任務を果たしていれば良かったこれまでの戦い方とは全く違ったものだった。 「・・・兵は詭道なり」 アムロはロドス島で行なわれた作戦会議の際にニムバスに言われた言葉を無意識に呟いていた。 「『兵は詭道なり』・・・戦の場ではこれを決して忘れてはなりません」 ブリーフィングの途中でニムバスはアムロとバーニィにそう切り出した。 「あ、ええと、それは確か、ゲラート少佐も良く言われていた言葉です。 意味まではその、良く判らなかったんですが・・・」 アムロが振り返るとバーニィもしきりと頷いている。ニムバスは少しだけ顔を綻ばせた。 「簡単に言えば、正攻法で攻めるよりも、敵のコントロールをこちらで握ってしまえ・・・といった意味です」 「コントロールって、敵MSにリモコンでもくっ付けるん・・・じゃないですよね・・・すみません・・・」 すぅっとニムバスの目が細まったのを見て、慌ててバーニィは首をすくめた。 「MSに乗っているのは人間。戦艦や戦闘機などの兵器を操っているのも人間。 突き詰めれば敵は人間なのです。人間には感情や欲望があります。これを揺さぶり、こちらの思う様に動かす。 これが『兵は詭道なり』の真髄なのです」 「感情や欲望を揺さぶる・・・」 「人間には喜怒哀楽そして恐という五つの感情と、食・性・名声・財産・趣味という五つの欲望があります。 これらを刺激してこちらの術中に嵌めてしまう訳です。それにはまず、物事の上辺だけで無く、裏まで見抜く洞察力が肝心。 まあこれは別に、戦場に限った話ではありませんがね」 ニムバスの話はなかなかに奥が深そうだ。 「む、難しそうですね・・・」 「もちろん簡単ではありません。しかし例えば人間は理解不能な状況に陥ると思考が一瞬停止してしまうものです。 リスクを伴う事もあるでしょうが、これを利用すれば敵の平常心を失わせ、貴重な時間を稼ぐ事ができるかも知れません。 逆もまた真なり。常に不測の事態に備えていれば、敵に隙を突かれる事は無いでしょう」 アムロとバーニィは真剣な顔でニムバスの話に聞き入っている。 「 そして『兵に常勢無し』つまり戦場では常に周囲の状況に気を配り、臨機応変に動く事が肝要であり『兵は神速を尊ぶ』・・・迅速・機敏に行動しろという事なのです・・・」 アムロはちらりと2機のザク改が姿を消した崖の稜線を確認した。 彼等の作戦は既に、次善策であるプランBの第二段階に移行したのだ。今しばらくは、敵の目をこちらに引き付けておく必要がある。 ニムバスの言った『兵は詭道なり』・・・ 建前だけとは言え小隊の指揮官として、実践するのはこの場面以外、有り得なかった。 446 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/07/07(水) 12 10 25 ID UqfbXj6Y0 [4/8] 「出ました!奴の正体は・・・RX-78XX【ガンダム・ピクシー】です!」 「ピクシーだと!?」 突如出現した謎のMSを素早く解析しデータ照合していたゲランが焦った声でエイガーに報告する。 「どうやら連邦軍が我々とは別ラインで極秘裏に開発したらしい陸戦MSの様です!こんなRXシリーズがあったなんて・・・!」 続けてデータを読み上げるサカイの声も戸惑いを隠せないでいる。 果たしてこれ以外にも彼等の知らない【ガンダム】が連邦軍の兵廠にはゴロゴロしているのだろうか。 「例の試作艦への輸送任務が中断され、その後行方不明となった・・・としかデータには記載されていません!」 「そんなMSが何でこんな所で俺達に砲口を向けているんだ!?」 「判りませんっ・・・!取り敢えずデータ送ります!」 「くそっ!!GC2!GC3!散開だ!リンク攻撃を掛けるぞ!!」 「「了解!」」 部下に迎撃を命じたエイガーだったが、彼はここで重大な判断ミスを犯していた。 MSに搭乗した感覚は戦車のそれとは全く異なる。 理詰めで攻撃を行なう砲術は冷静にならざるを得ないが、自らの体躯と同様に自在に動けるMSは、自由度が高い分、目の前の戦いに没頭しやすいのだ。 彼は自分でも気が付かぬうちに熱くなり、俯瞰的な視野を逸していたのである。 「何っ・・・!?」 そのエイガーの目が驚愕に見開かれる。 RX-78XX【ガンダム・ピクシー】は、大胆にもバズーカを抱えたまま丘を蹴ってアスファルト敷きの道路に音も無く着地すると、何とこちらに向かって歩き出し始めたではないか。 3機のMSに背を向けて逃げ出すでもなく、横に回り込もうとするでもなく、ただ正面から悠然と歩み寄って来るのだ。 これは、戦場でのセオリーに当て嵌めてみても到底信じ難い行動であった。 「な、何だあいつ!?舐めやがって!」 激昂するゲランの声も、得体の知れない恐怖を誤魔化す為に異様に甲高くなっている。 「データによると奴は接近戦を得意とするMSのようだ。奴を近づけさせるな!!攻撃開始!」 「りょ、了解!」「了解です!」 エイガーの指示に従い、砲撃を開始した3機だったが、ゆっくりと歩き来ていたMSが、物理法則を無視したかの様に突然真横にスライド移動し、彼等の放った砲弾を全て避けてしまったのである。 その素早さは見る者の網膜に残像を残し、まるで分身でもしたかの様に見えた。 「な!?何だ今の機動は!?」 まるでバケモノでも目撃したかの様な大声をゲランは上げてしまった。 宇宙ならばまだしもここは地上なのである。MSのあんな動きは教練でも習わなかったし、今までに見た事も聞いた事も無い。 「足底バーニアとメインスラスターをステップジャンプに組み合わせて一時的に擬似ホバーの様に使用したんだ! 怯むな!撃て!撃て!」 実は地上走行用のホバースラスターはマドロックにこそ装備されている。 しかし今ピクシーが行った瞬間移動ばりの動きは、重量級のマドロックには到底不可能なものだろう。 徹底的に機体を軽量化し、アポジモーターを増設したピクシーは恐るべき瞬発力を持つに至った様だ。 しかし、そんな暴れ馬の様な機体を使いこなし、マニュアルには無い機動をこなしても一切機体バランスを崩さないでいる敵パイロットの操縦センスの方にこそ計り知れないものがある。 自らの背中に結露した冷たい汗を気取られまいとエイガーは僚機に必死の指示を出す。 しかし各人とも焦りの為か照準がぶれ全く砲弾を命中させる事ができない。 2度3度と砲撃を繰り返すも不規則なスライドホバーで移動する敵MSに、ビーム砲すら当たらないのだ。 いかに強力な攻撃であっても、当たらなければ何の意味もなさない。 移動する敵に砲撃は当て難い。武器が全て単発式であった事も災いしていただろう。 ・・・とは言うものの、あまりの当たらなさに3人のパイロットは愕然とする。 447 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/07/07(水) 12 11 18 ID UqfbXj6Y0 [5/8] 「何故だ・・・何故当たらん!?」 こんな馬鹿なとエイガーが目を凝らすと、ピクシーは直線と曲線を織り交ぜた動きで幻惑し、こちらの砲撃タイミングと照準を微妙にズラしているのだという事に辛うじて気が付いた。 こちらに仕掛けて来る訳でもなく、明らかに敵は何らかの時間稼ぎをしているのである。 しかしそれが判っても、現状の彼等には目の前の敵をどうする事も出来ないのだ。 エイガーは幼い頃に見た、悪戯好きの悪魔に為すがまま翻弄され続ける哀れな人間達を描いたコメディ映画の1シーンを思い出していた。 ふざけるなとエイガーは頭の中から不吉な想像を振り払うと全神経を集中し、ビームライフルでピクシーの足元を狙い撃つ。 それは敵の動作をエイガー特有の観察眼で分析し「次の動き」を予測した必中の一撃だった。 にも関らず、何とピクシーはステップジャンプ中に不自然に右膝を高く上げ、その下にビームの斬光を通したのである・・・! 「まさか!?」 エイガーは今度こそ恐怖した。 偶然か!?いや敵は完全にこちらの攻撃を予測して、避けているとしか、考えられな――― と、ピクシーの足元から煙幕状のものが勢い良く立ち上り、その機体を覆い隠してゆく。 その煙は雨上がりの追い風に乗って、たちまち周囲に薄闇の如く広がり、マドロックやジムキャノンの周りを薄ぼんやりと覆い尽くした。 「な・・・今度は何だ!?何なんだよ!?」 「神よ・・・白き悪魔から我を守りたまえ・・・!」 泣きそうな声でサカイが、擦れた声でゲランが叫ぶ。 これは以前アムロが多対一のMS戦用に用いた戦法をアレンジしたものだったのだが、もちろん連邦のパイロット達がそんな事を知る由も無い。 今や完全に、連邦の誇る3機の新型MSが、たった1機のMSに翻弄され、呑まれてしまっているのだ。 「慌てるな!スモークディスチャージャーかグレネードだ!パッシブ・サーマルセンサーに切り替えろ! データを共有・・・」 しかしエイガーの言葉が終わらぬその時突然、薄靄の中にいたピクシーがバズーカを撃ち放ったのである。 弾は明後日の方向に飛んでいったが掴みどころの無かった敵が突如牙を剥いた姿に、連邦のパイロット達は動転した。 「うわああっ!?撃って来た!?」 怯えた声を上げたのはゲランである。 「慌てるな、あんなメクラ撃ちは当たらん!サーマルセンサーで敵の居場所を捉えるんだ!」 エイガーをはじめ3人の連邦パイロットはMSでの戦闘はこれが初めてであった。 戦車とは勝手の違う操縦感覚は、彼等を徐々にパニックに陥れようとしている。 エイガーはそれに必死で抗う様に眼前のセンサーモニターを凝視した。 「!」 「エイガー少尉!目の前です!!」 サカイに指摘されるまでも無く、エイガーは真っ直ぐこちらに飛び込んで来る熱源体をセンサーで捉えていた。 恐らく敵はスモークに紛れて一気に近付き近接戦闘を仕掛けるつもりなのだろう。 「ポイント距離20・・・10・・・5・・・馬鹿め!マドロックを見くびるな!!」 マドロックは咄嗟に左手でビームサーベルを引き抜くと、ジャストのタイミングで前方に踏み込み思い切り横に薙ぎ払った。 ズシュッという何かを断ち斬った確かな手ごたえが操縦桿越しに伝播する。 砲撃用MSのマドロックであったが、接近戦を見据えた武器も抜け目無く装備していたのである。 初めてエイガーは歯を見せて笑った。 「調子に乗りすぎたな!貴様など、俺とマドロックの敵では・・・」 しかし、マドロックの足元に音を立てて落下したのは、真っ二つに切り飛ばされたハイパーバズーカ「のみ」であった。 エイガーの笑い顔が眼を剥いたまま凍りついて固まる。 ロケット弾を使用するハイパーバズーカは砲弾を発射した直後は砲身が過熱し熱を佩びる。 ピクシーのパイロットはスモークを焚いて視界を奪い、投げ付けたバズーカの熱をこちらのセンサーに捉えさせ自身の代わり身として使用したのである。 エイガーの全身を戦慄が貫いた。 ならば敵の本体は・・・今 ど こ に い る の だ !? 448 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/07/07(水) 12 11 50 ID UqfbXj6Y0 [6/8] 「エイガー少尉!?」 「動くな!これは奴の罠だ!動けば奴のパッシブソナーで居場所を知られるぞ! 油断するな!こちらも敵の動きを探れ!! 相手は1機だ、最悪でも誰かが攻撃を受ければ残りの2機で敵を撃破できる!」 「り、了解!」「何てことだ・・・」 エイガーの指示に部下の2人も事態を察し、冷汗を浮かべてセンサーモニターを凝視する。 一分が過ぎ・・・二分が過ぎても・・・視界を遮るスモークの中、敵の動きはまだ無い。 しかし今この瞬間にもあの得体の知れないMSが背後に現れるかも知れないのだ。 経験の浅いMSパイロットにとって、その恐怖感たるや筆舌に尽くしがたいものがある。 疑心暗鬼に駆られた彼等は、知らず知らずのうちに集中力を極限まで絞り込んでいた。 だがその時――― じりじりと張り詰め硬直した時間を解きほぐすように、雨雲の切れ間から太陽の光と共に一陣の風が戦場を吹き抜け、薄雲の様なスモークをエイガー達の周囲から完全に吹き散らした。 ピクシーの姿は、どこにも無い―――――― 「おおお神よ・・・!?」 信仰深いゲランが天を見上げ、恐ろしげな物を振り払う様に胸の前で小さく十字を切る。 「て、敵はどこだ!?」 「ロストしました!ゲラン!?」「こ、こっちもです!」 サカイの呼び掛けに我に返ったゲランが神への祈りを中断して慌てて応じる。 「そんな筈は無い!敵はまだ近くに潜んでいるぞ!捜すんだ!!」 慌てて周囲をエイガーと2人の部下は警戒するが、まるで先程のスモークと同様、霧か霞の如く消えてしまったMSを再び捉える事はできなかった。 まさか逃げ出したのかと訝るエイガーの耳朶を、その時通信アラームが激しく叩いた。 『エイガー少尉!!敵襲です!敵のザクが後方の車両を!!』 「し、しまった!?」 突如割り込んで来たキャリアーからの通信に、エイガーは顔面蒼白となった。 目の前のピクシーに気を取られ、部隊の退避命令を出し損ねていたのである。 恐らく先程取り逃がした2機のMSは逃げ去ったのではなく、崖の尾根沿いに山の反対側に廻り込み、無警戒に停車していた部隊車両を襲撃したのだ。 エイガーは、敵MSを騙し討ちする為に味方車両を動かさなかった事で生じた大きな代価を、ここで支払うハメになったのである。 見る間に山の向こうからは連鎖する爆発音と無数の煙が立ち昇り始めた。 「やられた・・・・・・」 茫然自失となったエイガーが呟く。 彼が率いるこの長距離砲撃部隊は火薬と燃料の塊なのだ。隊列を組んで停車している所を爆破されれば誘爆が更なる誘爆を引き起こすだろう。 皮肉な事にこの隘路に入り込んでいた数台の車両こそ無事だったが、弾薬を満載した後方の補給車両が潰されてしまってはもう作戦通りの攻撃は不可能となってしまう。 ピクシーは完全に囮だった。奴はこちらのMSの動きさえ暫く押さえておけば良かったのである。 最初から本隊への襲撃は他のMSに任せ、ある程度の時間を稼いだらさっさと引き上げるつもりだったに違いない。 オデッサへの長距離支援というこちらの作戦行動を妨害する目的が達成されたならば、別に無理をして数的に不利なMS戦を挑む必要など無いのだから・・・! 449 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/07/07(水) 12 12 28 ID UqfbXj6Y0 [7/8] 夕焼けの中、再び雨が降り始めていた。 山間部に累々と横たわる残骸と化した車両を眺めながらエイガーは、オデッサ作戦において自分の役割が完全に無くなった事を実感していた。 人的な被害が最小限で済んだ事は幸いだったと言えるだろう。敵MSは的確にこちらの弱い所だけを突くと余計な殺戮をせず、旋風の様に引き上げたのだそうだ。 敵ながら見事な手際だと言わざるを得ない。 「白い悪魔め・・・!」 ゲランが命名したその名を悔しそうに呟いたエイガーは、それでも正直命拾いをしたという安堵感は拭えない。 あのまま敵のピクシーがスモークに紛れて本気で切り込んで来ていたら、自分達3人はどうなっていたか判らないのだ。 目を転じると、ゲランが身振り手振りを交えて大勢の仲間達に何かを説明している姿が見えた。 恐らく、今日を境に「白い悪魔」の名は瞬く間に連邦兵の間に広まる事だろう。 そして「赤い彗星」や「青い巨星」などと同様、その噂は恐怖と共に語り継がれる事になるに違いない。 「エイガー少尉、走行可能な車両に生存者を分乗させました。日が暮れる前に出発しませんと」 「・・・そうだな」 小走りでやって来たサカイの言葉にエイガーは頷いた。 これから彼等は来た道を引き返してソフィアにある中継キャンプ地に向かう。 意気軒昂だった行軍の時とは正反対の、消沈した敗残兵として仲間の元に帰還するのだ。合わせる顔が無いとはこういう事を言うのだろう。 「見ていろ・・・次はこうはいかない。俺はあの悪魔に必ず勝ってみせるぞ」 俯いていた顔を無理矢理上げたエイガーはそう言うと、ピクシーが消えた丘を睨み付けてから踵を返した。 彼等に降り注ぐ雨は、次第に強さを増して行く様だった。 .
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742 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/02/08(水) 19 41 59 ID tthbYtkM0 護衛機が随伴しない単独の輸送機飛行ルートは、基本的に戦闘地域を大きく迂回する事が大前提である。 今回アムロの操縦するファット・アンクル型輸送機も連邦軍と直接対峙する最前線キエフを飛び立った後一旦クルスク方面に進路をとった後大きく折り返し、旧ベラルーシ領との国境にあたるゴメリを目指す、という極めて安全性を重視したものに設定されていた。 直線距離ならものの数十分で到達できる距離が、この場合は二時間ほどの飛行を余儀なくされてしまうが何より乗員と物資の安全には代えられないと言う訳である。 しかし飛行開始から20分程は順調だった天候がにわかに怪しくなり始めた頃から、アムロは自分の周囲に絡み付いて来る不穏な空気を感じ取っていた。 ファット・アンクル型輸送機自体の操縦感覚は極めて良好であるにもかかわらず、胸の奥に次第に湧き上がって来る何とも言えない軽い頭痛混じりの不快感。 隣の副操縦士席に座るセイラも先程から無言を貫いているのも、自分と同様に何か感じるところがあるからなのだろうかと勘繰りそうになったアムロは、両耳に装着している大きめのインカム付きレシーバーを揺らして小さく首を振った。 機長たる自分が、戦闘地域に向かう訳でもない輸送機の操縦ごときで根拠のない弱気は禁物であろう。 『おい、揺らすんじゃねえこのヘタクソが!』 だが、アムロが自分に気合を入れ直そうとしたまさにその時、レシーバーにドスの効いた怒声が響き渡った。 声の主はカーゴルームのモビルタンクに籠って整備を続けているデメジエール・ソンネン少佐である。 「も、申し訳ありませんソンネン少佐!」 『ったく・・・こんぐらいの風に無様に煽られやがって。 タダでさえお前らガキ共のせいでこの機内は小便臭えってのによう』 反射的に謝罪してしまったアムロは、ぶつぶつと悪態をつき続けるソンネンの言葉を黙って聞いていたセイラの瞳がその一瞬、冷たい光を放ったのを見て背筋を凍らせた。 「・・・この程度の揺れで作業できなくなるなんて、少佐も大したことはありませんのね」 『な、何だと手前ェ!?』 思わぬところからの反撃に意表を突かれたソンネンは、不覚にも息を呑まされた。 普段は味方を鼓舞する凛としたセイラの声は、意図的に研ぎ澄まされると肺腑を抉られるがごときの威力を発揮する。 「セ、セイラさん何を言い出すんです!?」 レシーバーのスイッチをオフにしたアムロが慌ててセイラを窘めたが、彼女は瞳の色を柔らかいものにすると涼しい顔でにっこりと笑った。 「あら、私達に対して失礼すぎる物言いでしょう?」 クスクスと悪戯っぽく笑うセイラは小悪魔的な魅力にあふれ、アムロは突発的に吹き付けてきた横殴りの風にまたもや操縦桿を取られそうになってしまった。 「テメエ、そこを動くなよ!?今からそっちへ行くからな!」 「ここへ来られたら操縦の邪魔です。私がそちらへ行きますわ」 言うなり、セイラは自分の耳に掛けていたレシーバーを外すと、髪を掻き上げて座席から立ち上がった。 「えええ!?セセセセイラさん待って!!危ないですよ!行っちゃダメだ!!」 「大丈夫だから心配しないで。それより操縦、しっかりお願いね」 「・・・!」 確かに強風が吹き荒れている今は自動操縦装置に切り替える事は出来ない。 操縦席を離れられない以上、不本意ながらここはセイラに任せるしかないのである。 自分の役割は、この悪天候をできるだけ速やかに突破し、乗員と物資の安全を確保する事しかありえない。 アムロは奥歯を噛み締めると今一度操縦桿を握り直し、前方に湧き上がる黒雲を睨み付けた。 743 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/02/08(水) 19 43 33 ID tthbYtkM0 巨大輸送機ファット・アンクルの内部は大まかに言えばコックピット、機関部、カーゴスペースの3ブロックに分かれている。 コックピットブロックは巨大なカーゴスペースの真上に位置している関係上、これらの行き来には内壁に沿って取り付けられたタラップを利用する他はない。 セイラは機内に続くコックピット後部ハッチを出ると姿勢を思い切りかがめた状態で鉄骨むき出しの機内スペースをくぐり抜け、鉄梯子と呼ぶべき高さ20メートル近くもある簡素な舷梯を慎重に降りてゆく。 もちろん命綱など無い為に危険は極まりない。飛行中は尚更に、である。 この通路の利用し難さを鑑みるに、この機の設計者は内部の兵員の行き来を想定していなかったのかしらとセイラはちらりと訝しむ。 しかし、必要最小限のシンプルな構造を追及して開発されたファット・アンクル型輸送機は生産性とコストに優れ、ジオン地球侵攻軍に多大な貢献をして来たのもまた事実であった。 閑話休題。 それにしても途中何度か小さな揺れはあったものの、先程までの様な危なっかしさは感じなくなっている。 外の天候は悪化している筈なのに操縦の安定感が増している処を見ると、どうやらアムロがヘリコプターの操縦においてある種のコツを掴んだに違いなかった。 危なげなく船底に降り立ったセイラが固定されたコンテナの間をすり抜けヒルドルブに近づくと、まるでそれを待ち構えていたかの様なタイミングでヒルドルブの車体下部からハンマーを手にしたソンネンが這い出して来た。 「よお姉ちゃん、本当にやって来るたあ、いい度胸してるじゃねえか」 まさかハンマーでいきなり殴りつけて来ることはなかろうと思いながらも警戒を緩めずにいたセイラの予想に反して、ソンネンの顔は意外なほど不機嫌なものではなかった。 「当然でしょう、私は約束は守ります」 「ヘッ、気の強え姉ちゃんだ」 きつい眼差しを向けて来るセイラに、ソンネンは短く刈り込んだ髪を撫で上げ苦笑いで答える。 バタバタと機体に雨粒が当たる音がエンジン音に混じって聞こえる事で、ファット・アンクルが遂に嵐雲に突入したのだと判る。 ふとセイラは肌寒さを頬に感じた。気圧の変化に伴ってカーゴスペース内の温度が下がり始めたのであろう。 「さて、折角だから姉ちゃんにもヒルドルブの調整を手伝ってもらうとするか。 その小奇麗な顔がちっとばかし油まみれになる事は覚悟してもらうぜ」 ニヤニヤと笑いながらソンネンはヒルドルブの前に屈み込み、キャタピラ回りのコネクターをハンマーで叩きはじめた。 恐らくこれは音の響きによって異常を感知する技法なのだろう。 「判りました。まずは何を?」 「そうだな、ラックへ行って91番のミッションオイルを持って来い、それと」 『くしょん』 「?」 微かに聞こえたくしゃみに似た異音。 しかも何だか聞き覚えがある声。セイラはヒルドルブの脇に固定されている補給物資のコンテナに急いで目を奔らせた。まさか。 「おい、聞いてんのか」 「は、はい」 いらいらと振り返ったソンネンは、狼狽えた顔でしきりとあたりを見回しているセイラを見て吐き捨てる様な舌打ちをすると、再びヒルドルブのパーツにハンマーを当てた。 「ったく、女って奴あイザとなると使い物にならねえんだからよ・・・いいか、一度しか言わねえぞ、持って来るのはミッションオイル91番、それと」 『くしょんくしょんっ・・・!』 今回の異音はソンネンにもはっきり聞こえ、彼はやれやれと口に出しながら立ち上がった。 「おい何だ姉ちゃん、カゼでもヒキやがったのか?意外とか弱いじゃねえか」 「い、今のは私ではありません」 「何言ってる、ここには俺とお前の2人しか」 『くしゅっ』 「!」「!」 744 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/02/08(水) 19 44 16 ID tthbYtkM0 瞬間、呆けているソンネンを残し、セイラは一つの小型コンテナの前に素早く移動するや怖い顔でぴたりと耳を付けた。 衣料用コンテナである。正面にハッチが付いている為、積み重ねて固定する事ができ、このまま据え置きで使用できる構造になっている。 そのハッチの締りが、良く見ると、甘い。 「返事をなさい」 『・・・』 セイラの声は低いが、頭を鉄製のコンテナに付けているので骨伝導で中には明瞭に聞こえている筈である。 しかしコンテナの中から応答はない。 「声で判ったわ。あなたなのでしょうハマーン」 『・・・』 やはり返事はない。 「あくまでもシラを切るつもりならいいわ」 『・・・』 内部で彼女が身を竦める気配と息遣いがはっきりと感じ取れるが、逆に息を殺して返事をしない作戦に出たのだと判るとセイラはコンテナから身を離した。 コンテナの中で一瞬安堵した人影だったが、続くセイラの言葉に我が耳を疑った。 「この正体不明なコンテナは投棄します。覚悟は良くって?」 『!?』 がたたっとコンテナが震えた。内部の人間の動揺が見て取れて、こう言っては何だが非常に判りやすい。 「補給物におかしな物は混ぜられないもの。悪く思わないでね」 『・・・!・・・?』 小刻みに鉄製のコンテナが震え出した気がするが、流石にこれは気のせいだろう。 数秒の沈黙の後。 「さよならハマーン」 『待って!!待ってぇ!!』 本当にコンテナの前を去りかけていたセイラは、コンテナの隙間から響く切羽詰まった懇願の声に、やけにゆっくり振り返った。 「ハマーンですって!?ど、どういう事ですか!?」 ようやく雨雲を突破し、操縦席のシートで深く一息ついたアムロは、カーゴルームから届いた予想外の報告に飛び上った。 745 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/02/08(水) 19 44 54 ID tthbYtkM0 『どうもこうも無いわアムロ。これは完全に密航よ』 「み、密っ航っっ!?」 『ちょっと待って。本人に替わるから』 「えっえっ?」 『・・・うっ・・・ひぐっ・・・・・・アムロぉ・・・・・・』 レシーバーの中から聞こえてきた声は確かにハマーンである。ぐしゅぐしゅに泣いている。 「ハマーンなのか!?君は何だってこんな事を!!どうしてこんな!!」 『・・・うぅ・・・きもちわるぃ・・・・・』 「え、何?具合が悪いのかい?」 先程までの怒りはどこへやら、アムロの顔が青ざめる。 『・・・』 「ハマーン!セ、セイラさん!一体どうなってるんです!?」 『どうやらお芝居ではなくて本当に調子が悪そうなの』 かつてWBに乗るまでは医者の卵として医療に従事していた彼女の眼をごまかす事は出来ない。 カーゴルームの片隅に操縦席との通信用に設えられたコンソール。そこから武骨に突き出したマイクに、セイラは更に口を寄せた。 「おかしな体勢のままずっと揺られていたみたいだから・・・それとも、さっきさかんにクシャミをしていたから風邪をひいたのかも知れないわ。 どっちにしろ、彼女を叱るのは後回しね」 言いながらセイラは彼らに背を向け憮然とした表情でがりがりと頭をかいているソンネンを横目で見た。 いかなソンネンでも病気の子供には勝てない様だ。そもそも扱い方が判らないのだろう。 実はセイラ自身も先程からずっと軽い頭痛をおぼえていたのだが、ぐったりしたハマーンを支えているこの状況でそれを言う訳にはいかない。 「帰ったらミハルやハモンにうんと叱ってもらいましょう」 『そ、それじゃあ急いで【青い木馬】に引き返します!』 「馬鹿野郎何言ってやがる!」 ここでソンネンがセイラの後ろからマイクに近づき会話に割り込んだ。 「時間がねえんだ!このまま目的地まで飛べ!!」 『で、でも!』 「でもじゃねえ!お前達小便臭えガキ共の処へ更に小便臭いガキが一匹増えただけだ!どうって事ァねえだろう!」 『ハマーンは病気なんですよ!?』 「自業自得だろうが!輸送機たあ言え戦場に向かう機に自分で乗り込んだんだ、例えどうなろうが文句はあるめえ!!」 『そんな!』 「大丈夫だアムロ!」 『! ハマーン!?』 セイラに抱きかかえられていたハマーンが堪らず大声を出したのである。 「・・・私は大丈夫だ、め、迷惑をかけて・・・ぐすっ・・・ごめん・・・・・・」 両掌でごしごしとこすった為に彼女の眼は真っ赤になったが、涙を拭い取ったハマーンの瞳には少しだけ普段の強気な輝きが戻った。 幸いにも熱は無さそうだしこれなら、と、セイラは小さく頷いてマイクに向かった。 「・・・聞こえたアムロ?私も今から引き返すのは良くないと思うの」 『・・・・・・判りました、ではハマーンをここへ連れて来て下さい』 「そうね、せめてちゃんとしたシートで休ませましょう」 カーゴスペースはうすら寒く、待機兵士用の折り畳み式簡易シートしかない。 体調の悪い者をここに長時間置いておく事は望ましくないだろう。ましてやハマーンは12歳の少女である。 「ったく、そのガキの面倒は姉ちゃん、お前が見ろよ!コッチに手間掛けさせんじゃねえぞ」 「判りました、この娘は私が責任を持ってフォローします。ハマーン行きましょう、歩けるわね?」 「うん・・・」 セイラの手から離れてハマーンは床に立った。 思った程のふらつきはない、すぐに手を差し出せる体勢でいたセイラはほっと溜息をついた。 少なくとも彼女にはこれからあの操縦席までの長いタラップを自力で登って貰わねばならないのだ。 「頑張りなさいハマーン、子供扱いされるのは嫌なのでしょう?」 「むっ!」 セイラの言葉に奮起したハマーンは目の前の壁に高く長くそびえ立つタラップに取り付いた。 そのまま足を掛けるとぐいと身体を引き上げ、するすると鉄梯子を登りはじめる。 下からその様子を伺っていたセイラもやがてタラップに慎重に足を掛け、静かにハマーンの後を追って登り出し、登るペースを少し上げてハマーンの真下にポジションを取った。 759 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/02/18(土) 12 44 04 ID jkrMv0nM0 「具合はどうだい、ハマーン」 「・・・」 操縦席のアムロは後部座席に目をやったが、座席を少しだけ後ろに倒し 武骨な軍用ブランケットに包まって目を閉じているハマーンからの返事はない。 「眠ったみたいね」 言いながらセイラはハマーンの額に掌を当てた。 幸いにも熱はない。 熱はないが、眼の下まで引き上げられたブランケットから覗く、固く閉じられた両の瞼にかかる形の良い眉はきつく寄り、ハマーンが喫している不快感を如実に物語っている。 セイラはふと、ハマーンの瞑った瞼の端に小さな涙の粒が膨れ上がっているのに気が付いた。 (・・・ごめんアムロ、こんなはずじゃなかったんだ・・・) それはハマーン・カーンの偽らざる心の声であっただろう。 零れ落ちた涙がブランケットに小さな染みを拵えたのを見たセイラは何も言わず、ハマーンの額に掛かる前髪を優しく整えた。 「なるべく急ぐから、もう少しだけ我慢しててくれよ」 アムロはそう口にすると、キャノピー越しに星空を睨み付けた。 雨雲を追い抜いた為に視界は極めて良好である。 「どうだ?」 「ソンネン少佐」 いつの間に現れたのか、ソンネンがアムロの横の副操縦席に滑り込んだ。 「すみません、すぐに作業に戻ります」 「あーもういい。ヒルドルブの整備は完璧に終わらせたからな、この役立たずが」 慌てて後ろからセイラが掛けた言葉を、ソンネンは相も変らぬ調子で邪険に払い除けた。 セイラは唇を噛んで俯く。 ハマーンの介抱をしている間は何も文句を言ってこなかった彼に少しだけ感謝していたのだが、やはりそんなに甘い相手ではなかった様だ。 「予定通りいけば、あと少しで・・・うん?」 「どうした」 ミノフスキー粒子のせいで不鮮明なレーダーを凝視したアムロに、ソンネンはレシーバーを装着しながら首をかしげた。 760 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/02/18(土) 12 45 06 ID jkrMv0nM0 「友軍反応です。おかしいですね、こんな処で」 「確かにな」 ジオンの支配地域とはいえ、敵軍にほど近いこんな場所に単独で展開している部隊の報告は受けていない。 「貸せ、コード1309876A2987応答せよ」 ソンネンは、この地域で使われているジオン軍専用オープン回線の一つを開いた。 ミノフスキー粒子によるノイズが酷いが、それでも確かに聞こえている筈の通信に対して相手からの返答はない。 「見えました、ザクです」 「随分やられていやがるみたいだな」 高度を落とし、各種センサーを振り向けたファット・アンクルの電子眼は、月明かりにくっきりと浮かび上がるMS-06F【ザク】の姿を鮮明に捉えていた。 デジタル補正が掛かったその映像からは、スパイクアーマーの破損や塗装の剥げ具合までがはっきりと確認できる。 と、ようやくこちらに気付いたのか、地上を歩いていた件のザクが大事そうに抱え持っていたバズーカをこちらに向けて振って見せた。 「!!」 瞬間、アムロの体が電流を打たれたかの如く硬直した。 セイラが眉を顰め、まどろみの中にいたハマーンが跳ね起きたのも、まさにその時であった。 「うおッ!?」 咄嗟に急上昇を掛けたファット・アンクルの中で4人の乗務員達は強烈なGに晒され、ソンネンは声を絞り出した。 「チッ・・・」 ザクのコックピットに座る眼帯を掛けた男は、無警戒に近づいて来た獲物が突然方向を転換した事に小さく舌打ちした。 「(気付かれたか?・・・いや、そうではないか)」 頭上を飛ぶジオンの大型輸送機は、方向転換の後も高度が安定せず、何だかふらふらと頼りの無い飛行軌道を描き続けている。 どう見ても、ベテラン兵の操縦ではない。 『ば、馬鹿野郎ォ!なんて操縦をしやがる!!』 『す、すみません!風に煽られました!!』 『ヘタクソが!だからお前は小便臭えってんだよ!!』 オープン回線に入れっぱなしの通信で、輸送機内部の事情が筒抜けである。 叱られている兵士の声が妙に若い。 しかし眼帯の男は一方的に罵声を浴びせている兵士に向けて、くくくと薄く笑った。 判っちゃいない。未熟なパイロットのお蔭で命拾いをした事に、お前は感謝をするべきだ。 あのままの軌道とスピードでのたのたとこちら目掛けて降下して来ていたら、バズーカの砲口は間違いなく――― ―――間違いなく輸送機のド真ん中をぶち抜いていただろう――― 眼帯の男は薄笑いを張りつかせたまま妙に度胸の据わった仕草で回線を開いた。 761 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/02/18(土) 12 46 01 ID jkrMv0nM0 「助かったぜ!HLVが流されて敵陣のど真ん中に降りちまった。敵ん中命からがら逃げて来たんだ!」 『災難だったな、お前の他に生存者はいないのか』 「俺以外はみんなやられちまったよ、クソッタレが!!」 心配そうに聞いて来た相手に返答しながらも、眼帯の男は抜け目なく輸送機撃墜のチャンスを窺う。 不意打ちならばこそ、失敗は許されない。狙うならば貨物室よりもエンジンだ。 しかし輸送機は風に押され、ザクを中心にして右へ右へと、まるで少しづつ死角へと回り込む様な軌道を描きながら滞空している為、掲げ持っているバズーカの砲口をそちらに向け照準を瞬時に合わせる事は困難であった。 これがもしベテランパイロットの操縦であったならば、この程度の風などびくともせずに安定したホバリングを見せていただろう。 もちろんその場合は、すかさずバズーカの餌食にできた筈である。 偶然とはいえ何が幸いするか判らねえなと眼帯の男は苦笑した。 『乗せてやりたいのはヤマヤマだがな、この輸送機に隙間はねえし俺達も急いでる。 いいか、ここから30キロほど東南東へ行った所に大規模な物資集積所がある。そこまで自力でたどり着いてくれ』 「ほう、大規模な集積所、ねえ・・・」 意外な情報に眼帯の男は隻眼を光らせ、目の前の獲物に向けたトリガースイッチから指を離した。 海老で鯛を釣る、ではないが、より大きな戦果を得る為に―――ここは大人しくしておくのが賢明そうだと思い直したのである。 『行けそうか』 「何とかやってみる。気にせず行ってくれ」 『悪く思うなよ』 そう言い残すと輸送機は東南東に向けて飛び去った。恐らく大規模集積基地とやらに向かうのだろう。 輸送機が完全に見えなくなったのを確認すると、眼帯の男はコンソールに備え付けられたジオン純正品ではない通信機のスイッチを入れた。 「フェデリコ・ツァリアーノだ、聞こえるか」 『感度良好』 レーザー通信は指向性が高く、敵陣においても傍受される恐れが殆ど無い。 フェデリコはここに辿り着くまでの道のりで要所要所にレーザー通信用の中継アンテナを設置して来ていた。 「どうやらビンゴを引いた。場所はここから東南東30キロの地点だ」 『やるじゃないか、伊達に片目じゃないって訳だ』 「抜かせ」 隻眼のパイロットは珍しく、相当の腕が無ければ強制的にMSから降ろされる。 それはジオンも連邦も変わらない。 相手はある意味褒めたのであるが、ツァリアーノは鼻を鳴らしてぶっきらぼうに通信を切った。 821 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/05/03(木) 17 18 37 ID Il41vxck0 漆黒の闇の中、月明かりを背にした鉄の巨人は小高い丘の陰から身を乗り出すと、爛々と光るその単眼を音もなく左右に奔らせる。 フェデリコ・ツァリアーノ中佐は眼前のモニターに映し出された映像に口元をゆがめた。 荒涼とした礫砂漠の只中、広範囲に渡ってうず高く積み上げられたコンテナや林立する車両用幕屋の一群、そして中央にひときわ大きくそびえ立つHLV。 サーマルセンサーに映像を切り替えると、その周囲だけにはポツポツと明かりが灯り、熱源が集中している様子がはっきり判る。 間違いない。 「情報通りに大規模集積所発見と・・・」 本来は廃棄解体される筈のHLVも、降下した場所によっては物資搬出後もそのまま残され、このように駐屯地を繋ぐ野戦補給基地の簡易宿泊所として活用される場合がある。 大気圏を突破する性能を備えているHLVは頑丈で断熱処理が完璧に施されており、そこいらの仮設テントより余程居住性が高かった為である。 物資の乏しいジオン軍が廃物利用、いや、廃棄物の有効活用をしていると言えば多少の聞こえは良くなるだろうか。 「ふん、驚いたな、あの輸送機もいやがるぜ」 モノアイのズームを上げると、大きな天幕の脇に、先程何の疑いもなくご丁寧にこの場所を教えてくれた輸送機が、馬鹿正直に駐機しているのが見えた。 あの無防備ぶりからすると、こちらの素性を微塵も疑ってはいないのだろう。 「お目出度えなあおい。ジオンはバカの集まりか?」 言いながらフェデリコはザクバズーカを構えている。 元は連邦軍の戦車乗りだった彼だが、ザクを操る一連の動作は、今やジオンの熟練パイロットにもひけを取らない。 「まあお互いにこれが仕事だ、恨むなよ」 躊躇無く吐き出された砲弾は一直線に、まずは無防備なファット・アンクル型輸送機を木っ端微塵に吹き飛ばした。 紅蓮の照り返しがフェデリコのザクを赤く染め上げる。 ジオンのザクがジオンの陣地を襲撃するという、傍から見れば異常な光景。 開戦当初から、MS開発に出遅れた連邦軍が窮余の策として採っていたのがこの 『鹵獲したMSを使い、ジオン兵に偽装して敵陣深く潜入し破壊活動を遂行する』という戦法であった。 ちなみにこの作戦を行う部隊は、他のそれと比べ損耗率が極めて高い。 にもかかわらず、卑劣な作戦内容から仲間内の評価は決して良いものではないという、まさに貧乏籤の役割である。 しかし片目を負傷しこの部隊に配属されてからというもの、ある種の人間的な感情をそぎ落としながら生き抜いて来ざるを得なかったフェデリコは、すでにこの任務に何の葛藤も抱かぬメンタリティを構築していたのである。 だから連邦軍のMS開発が軌道に乗った今、上層部から厄介者扱いをされ始めているという現状も、彼にとって最早どうでも良い事でしかなかった。 恐らくオデッサのどさくさに紛れて連邦軍の汚点たる自分達を首尾良く使い潰してしまいたい、というのが奴らの本音だろう。そう考えれば、総攻撃直前のこの段階で単独でジオンに送り込まれる合点がゆく。 だからどうした、と彼は更にバズーカの引き金を引き絞る。 この砲弾に込められた狂気の炎こそが、今の自分には何よりも相応しい送り火なのだ。 822 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/05/03(木) 17 19 43 ID Il41vxck0 「うっ!?」 射線をズラしHLVに狙いを定めたその時、ちらりとモニターの端で何かが動いたのを、フェデリコは見逃さなかった。 反射的に彼は自らのザクのバーニアを焚き、急角度のサイドステップを掛ける。 「おをぉッッ!!」 間一髪、空気の壁を切り裂いてザクの横、今の今までザクが存在していた空間を巨大なAPFDS (装弾筒型翼安定徹甲弾)が唸りを上げて通過していったのである。 その弾速は優にマッハを超える為、強烈な衝撃波がザクの機体を打ちのめし、コックピットのフェデリコを激しく痺れさせた。 しかし彼は瞬きもせずに暗視モニターを凝視し続け、一瞬だけ見えたマズルフラッシュからすぐに砲弾の主の位置を割り出す事に成功していたのである。 「チッ!外れやがったか!」 デメジエール・ソンネン少佐は小さく舌打ちすると、集積所のやや左前側方に設えられた掩体から顔を出しているヒルドルブの30サンチ砲から装填済みのAPFDSを轟音と共に再度発射した。 が、あくまでもこれは当たれば儲けもの的な威嚇射撃に過ぎない。 「まあいい、砲身が温まってからが本番だぜ!」 そうせせら笑いを浮かべながらギアをマックスに入れ、ヒルドルブを一気に掩体の陰から飛び出させる。 キャタピラを轟かせ、急加速で角度のキツイ盛り土スロープを駆け上ったヒルドルブは、カタパルトから撃ち出されたかの如く10メートル程もジャンプする事となった。 文字通り宙に飛び出したのである。 「馬鹿め!自ら姿を現すとはな!!」 フェデリコは冷静に、突如姿を現した巨大な戦闘車両の予想落下地点めがけてザクバズーカを発射した。 距離は約700メートル、巨大な戦車はゆっくりとした放物線を描きながら地表に自由落下している。 重力の底たるこの地上ではどんな機体であれ必ず、着地の衝撃で一瞬動きが鈍る。このタイミングならば、当たる。 そう確信した瞬間、巨大戦闘車両は着地する筈だった地面の中にすっぽりと消え、今度はその上をフェデリコの放った砲弾が空しく通り過ぎて行ったのだった。 「糞ッ!塹壕か!?」 フェデリコの体からどっと冷たい汗が噴き出した。 あらかじめ、こちらの正体を見破り襲撃を予想し、手ぐすねを引いて待ち構えていたとしか思えない用意周到さである。 敵は完全に、迎撃準備を整えていたのだ。 『逃がさねえぞこのペテン野郎』 「!」 フェデリコのレシーバーにオール回線コード1309876A2987で飛び込んで来たのは、確かにあの輸送機から聞こえた声である。 ザクは体勢をできるだけ低く構えると移動を開始した。 奇襲が失敗し、こちらの姿が露呈してしまった以上、同じ場所に留まる事は死を意味する。 「いつ、俺の正体に気付いた?」 周囲に何か適当な遮蔽物は無いかと探しながら、何気にフェデリコは敵に呼びかけた。 これは狡猾な心理的駆け引きであると同時に、純粋な疑問でもある。 『へへへ・・・貴様のジオン訛りは、取って付けたみてえにアクセントがわざとらし過ぎらあ、それにな』 連続して3発の発射音をザクの外部スピーカーが拾った、と、ほぼ同時にフェデリコの真上から降りそそぐ様に落下してきた砲弾がザクの頭上で炸裂し、膨大な炎にザクを巻き込んだのである!! 曲射焼夷榴弾!! 主砲を上に向けて放つ榴弾砲である。これならば敵の位置さえ判れば敵前に身を晒す事無く物陰から攻撃できる。 MS相手では必殺の効果は望め無いが、牽制や足止めとしてならば十分であろう。 『一次、二次降下時ならいざ知らず、今は、このオデッサに宇宙から送り込まれて来るザクの全部がJ型になってんだ!』 出番の無いままに格納庫の隅に追いやられていたソンネンは、HLVによって次々と搬入されて来るザクの全てがJ型である事を目の当たりにしていたのである。 『まず貴様の乗ってるザクがF型ってえのが腑に落ちなかったのよ!』 言いながらソンネンは塹壕からヒルドルブの上半身を覗かせ300ミリの主砲を水平に構えた。 炎に視界を遮られてパニックになったザクが動きを止めたなら、その瞬間に今度は狙いすました徹甲弾が奴を射抜く。 こちらの勝ちだ。 「舐めるな!こんなこけ脅しに乗るかよ!!」 しかしザクは上半身を火に巻かれたまま屈み込むと、右足に装着されたフットポッドのミサイルを発射したのである。 目論見が外れた事を悟ったソンネンは急いでヒルドルブの上半身を塹壕に引っ込め、あらかじめヒルドルブに装備された大型ショベルアームで掘り進めておいたピット(窪地)を通って次の射点へ高速移動を開始した。 初速の遅いミサイルは、先程までヒルドルブのいたあたりに次々と着弾したが、もちろんヒルドルブには何の被害もない。 823 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/05/03(木) 17 20 42 ID Il41vxck0 『集積所はカラッポよ!へへへ、残念だったな!!』 「畜生が!」 ソンネンの言葉にフェデリコは歯噛みした。確かにこのザクは開戦初期、ニューヤークにて鹵獲されたものだったのである。 今までは上手くいっていた手が、今回に限って完全に見破られてしまった。 かと言って今更逃げ場はない。 ザクの撤退は不可能だった。見るからに長射程な敵から離れれば離れるほど状況は不利になるからである。 何としてもここは眼前の敵を倒し、退路を切り開くしかない。 時間を掛ければジリ貧となる事を悟ったフェデリコはバーニアを吹かし、前方への大ジャンプを試みた。 敵車両の機動力はあの巨体にもかかわらず異常に高い事が先の戦闘で判明したのである。 どう張り巡らされているか判らない塹壕の中を縦横無尽に駆け回り、好きな位置からこちらを攻撃できるあの高速戦車と互角以上に戦うには、上空から奴の居場所を突き止め、イチかバチかの接近戦闘を仕掛けるしかない。 車両と違い姿勢制御バーニアを装備するMSは、自由落下の後着地点を大幅にズラす事ができる。狙い撃ちにもある程度対処できるだろうとの読みもある。 敵影を確認できるかこの一瞬が勝負だ。 「・・・見つけたぜ!」 ザクのジャンプで可能な最高到達点の直前、フェデリコは深いピットの中を移動する戦闘車両を発見した。 ナイトビジョンの画像で鮮明では無い物の、あの巨体は見間違うべくもない。 砲口もこちらへは向いていないのが確認できる。 やったぜ、勝負はここからだ。 満面の笑みを浮かべたフェデリコが舌なめずりをした瞬間。 彼のザクは空中で胴体を打ち抜かれ、真っ二つに千切れ飛ぶと地面に落下する事無くそのまま爆発四散した。 「おおおっ!?」 素っ頓狂な声を上げたのはソンネンであった。 「お前か!クソガキ!?」 信じられないという面持ちでソンネンはヒルドルブを止め、通信モニターを見つめた。 そこにはあどけない表情をした少年兵が、深く息をつきながらシートに背を預ける姿が映し出されていたのである。 「はい、ソンネン少佐」 そう答えるとアムロは手元のレバーを操作し、彼の操るMSに生えた巨大な砲身を折り畳ませた。 そのままホバーを吹かし、ソンネン達が戦っていた集積所の遥か10キロ後方に設営された塹壕のスロープから巨大なMSの威容を明らかにさせる。 全高27メートルを誇るYMS-16M【ザメル】。ラルの言っていたMSとはこれの事だったのだ。 長距離支援用に特化して開発された超重MSである。 ちなみにこれに搭乗する筈だったパイロットはまだこの地に到着していなかった。 敵と直接交戦していない集積所には他に訓練を受けたMSパイロットはおらず、急遽アムロが乗り込む事になったのである。 「嘘だろおい・・・初めて乗ったMS、しかも暖気も終えてねえ680ミリカノンをあの距離から当てた・・・だと・・・!?」 まず大前提として、680ミリなどという大口径のカノン砲は、動き回る小さな敵を狙撃するタイプの武器では断じて無いのだ。 そして、気温や湿度、気圧や風等の気象条件で刻々とコンディションが移り変わるこの地上では、どんな砲兵でも初弾の命中など、幸運以外ではまず有り得ない事を知っている。 如何な名手といえど、当日の着弾の状態を見ながら少しづつ修正を重ね射撃精度を上げてゆくものなのだ。それは腕利きのベテラン戦車兵であるソンネンも変わりはしない。 無意識にソンネンはレシーバーと共に軍帽を脱ぐと、短髪に刈り込んだ頭をざらりと撫でた。 「確かに『絶対に塹壕から出ずに、チャンスがあった時だけ援護しろ』と言っておいたがな・・・・・」 全てを言われた通りにやってのけたアムロに、ソンネンは文句の一つも付け様がない。 それどころか事前にソンネンは、「もし俺がやられても敵と一戦交えようなどとは考えず、速やかにここから離脱しろ」とまで言い含めていたのである。 いくらランバ・ラル肝いりの少年兵だろうとこの局面でアテにできる訳がなく、ド素人を実戦に出す訳にはいかない。 あれだけ距離を離しておけば援護などやれる筈もないし、そうこうしている間にいずれかの形でこちらの決着は着くだろう。 万が一、自分がやられた後に例え敵に見つかったとしても・・・一目散に逃げ出せばザクの足では追い付けまい。 マニュアルにざっと目を通し、ザメルというMSのスペックを把握したソンネンは、そう考えていた。 始めから彼は、迫り来る敵を一人で迎え撃つ腹だったのである。 そんなソンネンの不器用な配慮はしかし、意外な形で裏切られた。 824 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/05/03(木) 17 21 33 ID Il41vxck0 しかも相手は空中にいた―――― 先程の状況を正確に思い返す都度、ソンネンは眩暈を禁じ得ない。 あの場面を自分に置き換えたらどうすると彼は頭を巡らせた。 もしジャンプした敵を空中で狙い撃つとするならば――― 例えばクレー射撃の要領で、対象物が放物線を描いている頂点、つまり敵が自由落下を始める直前に動きが止まる一瞬を狙うしかないだろう。 しかし、手持ちのライフル銃ならいざ知らず、長距離砲撃において複雑な手順と操作を要求される680ミリカノン砲である。 果たして、突発的にどこへ動くかわからない敵MSを・・・ 10キロ以上も離れた位置から狙い・・・ ジャンプした一瞬を逃さず・・・ 素早く680ミリカノン砲の照準を合わせ・・・ 確実に砲弾をぶち込む事など・・・可能なのであろうか。 一筋の汗がソンネンの頬をつたう。 いつの間にか喉がからからに乾いていた。 偶然など、有り得ない。「敵の行動を先読み」でもしていなければ、そんなのは到底無理な芸当だ。 ソンネンは、薄気味悪そうに通信モニターを覗き込んだ。 「・・・クソガキお前、いったい何物だ」 「え、な、何の事ですか?」 モニター越しの眼光に射竦められて戸惑う少年に、ソンネンは溜息をついて何でもねえと呟いた。 ――――そう言えばあの直後 通信機をオフにしたアムロは真っ青な顔でいきなり、あのF型ザクは怪しい、迎撃準備を整えておくべきだと言い出した。 たまたまソンネン自身もそのつもりだった為に大きな混乱もなく事は運んだが、あれは―――― ソンネンは頭をばりばりと掻き毟った。 彼とてニュータイプという言葉は聞いた事があったが、それをこの頼りなげな少年兵と結び付ける気にはとてもならなかったのである。 「アムロ!無事か?」 「!」 突如スピーカーから飛び込んで来た元気な声が場の重い空気を吹き飛ばし、ザメルを集積所へ向けていたアムロの顔を上げさせた。 「ハマーン・・・」 メインモニターには月明かりの下、アムロの搭乗しているザメルと同型のMSが、ホバー走行でこちらに向けて走り来る姿が映し出されている。 アムロがやや走行スピードを緩めると、見る間にもう一機のザメルはアムロ機に追い付き、強大な超重MSが2機、横並びとなった。 激しい砂煙を巻き上げて荒野を疾走する両者のザメルは、アムロの乗機がカーキ、もう一機がモスグリーンと、ボディカラーを異にしている。 「お疲れ様アムロ。物資と人員の退避は無事に完了したわ」 「セイラさん。そちらこそお疲れ様でした」 ハマーン・カーンとセイラ・マス。通信モニターに映し出された2人の顔を見てアムロは笑顔になった。 ザメルは操縦士と射撃手がそれぞれを担当する複座仕様のMSであり、モスグリーンのザメルは現在セイラが操縦しているのである。 やろうと思えばアムロが今やっている様に操縦系を切り替え、1人で全てを操作する事も出来るが、この特殊なMSにおいて操縦と砲撃を1人で行う事はパイロットの負担を著しく増大させる為、公式には推奨されていない。 戦闘はソンネンとアムロに任せ、重要な物資と駐留する人員をザメルを使って速やかに遠方へ避難させる。 それが今回彼女達に割り当てられた役目だった。 「大急ぎだったから、見て?物資がここにもあるの。だから狭くって!もう!」 ハマーンはぷうと頬をふくらませて不満顔だ。 作業員の誰かが、どうせ戦闘に参加しないからという理由で、ハマーンの座る射撃手用のコックピットスペースに小荷物を幾つか放り込んだのだろう。 モニターの中で荷物に押され口を尖らせている小柄な少女を見てアムロは噴き出した。 過積載気味に物資を満載し、嵐の中で無理をさせた為かエンジンに不調をきたし、やむなく置き去りにせざるを得なかったファット・アンクルこそ破壊されてしまったが、その他の被害が皆無であったのは、間違いなく彼女達の頑張りによるものだったろう。 825 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/05/03(木) 17 22 14 ID Il41vxck0 「その様子だと、すっかり調子は戻ったみたいだね、ハマーン」 「うん、もう大丈夫だ。ごめん・・・」 しゅんと項垂れたハマーンにアムロは苦笑した。 今思えばあのF型ザクと会敵(!)するまでがハマーンの具合の悪さのピークだった。 後から聞いた話では実はセイラもその頃軽い頭痛を覚えていたと言うし、何を隠そうファット・アンクルを操縦していたアムロ自身もそうだった。 もしかしたら、あの味方に偽装したザクが放射していた悪意の様なものを・・・自分達は感じ取っていたのではないか。 アムロにはそんな風に思えてならない。 特にクレタ島のニュータイプ研究所で被験者だったハマーンは、よりそういったものに対して敏感に反応するのかも知れないと。 やがて、塹壕からゆっくりと這い出して来たヒルドルブに2機のザメルは合流した。 「・・・ま、良くやったよクソガキ。 ゲリラ屋・・・いや、ランバ・ラルの眼もまあ、確かだったって事にしといてやらあ」 これじゃ本職の戦車兵が形無しだぜと小声で呟きながら帽子をかぶり直したソンネンは、諦めに似た表情を浮かべた。 結果オーライと言われようが、戦場において何より大事なのはその結果なのである。 「それから、そっちの小便臭え2人もご苦労だった。お前らのお蔭で首尾良くいったぜ」 「有難うございます」 「小便臭いって言われたんだぞ!?礼なんて・・・!!」 ソンネンの下品な物言いに澄まし顔で答えたセイラに噛みつこうとしたハマーンは、何故か突然言葉を切って黙り込んでしまった。 「どうしたのハマーン?」 「・・・イヤな感じがする・・・なんか、まだ・・・・・・」 ハマーンの様子に首をかしげたセイラの手元で突然、コンソールのアラートがけたたましく鳴り響いた。 「定点センサーに反応!11時の方向より地上を何かがこちらへ向かってくる模様です!!」 「友軍反応出てねえ!敵襲だ!!散開しろ!!」 ソンネンの一喝で色違いのザメルは散り散りに分散した。 どうやら敵はたった1機でこの地を踏んだ訳では無かった様だ。考えてみれば、至極当然の部隊構成である。 「敵は3機!・・・しかし何だこのスピードは!?」 速度が異常だ。 このスピードは、恐らく本気を出したヒルドルブにも匹敵するだろう。 「来る!逃げて下さいセイラさん!なるべく遠くに!」 「で、でも相手は3機なのでしょう!?」 「アムロ!私だって戦える!!」 「ハマーンは黙れ!これはシミュレーションじゃないんだぞ!!」 「・・・!」 今までに見た事もないアムロの剣幕に、モスグリーンのザメルに搭乗している2人は息を呑んだ。 「・・・お願いしますセイラさん。ここは僕らに任せて早く!」 「判ったわ。頑張ってね、アムロ」 「アムロぉ・・・」 悲しそうなハマーンの声には敢えて反応せず、アムロは通信を切った。 意を決して踵を返したモスグリーンのザメルはホバーを全開にすると、そのまま駆け去った。 826 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/05/03(木) 17 23 21 ID Il41vxck0 「へへへ、なかなか言うじゃねえか、いい判断だったぜクソガキ」 「ソンネン少佐、済みません、勝手に・・・」 「聞こえなかったか?俺はいい判断だと言ったんだ」 ソンネンは薄く笑いながらタブレットを噛み砕いた。しかし気分は何故か、悪くない。 「敵は恐らくMSだ。俺のヒルドルブはそうでもないが、そっちゃあお世辞にも白兵戦が得意とは言えねえだろう。 いいか乱戦に持ち込まれんじゃねえぞ。後ろへ下がってなるべく俺の援護に徹しろ、判ったな」 「了解です」 ヒルドルブは再び塹壕の中に潜り込み、アムロはザメルを集積所の中まで後退させるとHLVを回り込んで足を止め、敵の方角に向けて680ミリカノン砲を展開した。 巨大で頑丈なHLVならば、ザメルの遮蔽物に丁度いい。 センサーが2度目の警報を鳴らす。相対距離は10キロを切った。しかし敵の姿はまだ見えずターゲットのスピードは揺るがない。 言い知れぬプレッシャーに耐えながら固唾を飲んで敵を待ったアムロはやがて、小高い丘の稜線を蹴散らし姿を現した、まるで弾丸の様に地面を疾走する3機の戦闘車両を見て驚きの声を上げた。 「あれは・・・ガンタンクなのか・・・?」 そのシルエットは、砲身を一門に減らしたガンタンクそのものであった。 しかし、スピードが段違いである。何より、彼の知るガンタンクはこんな風に敵陣に突っ込ませるタイプのMSでは無かった。 「!」 突然、先頭を走るガンタンクの上半身がガシャリと前方に倒れ走行速度を更に上げた。 続く2機も次々に変形するや先頭機の後を追う。どうやらこのMSは突撃走行時に変形を行うらしい。 空気抵抗を減らし、車高を低くする事で被弾率をも減らす狙いもあるのだろうとアムロは読んだ。 『やれやれ、間に合わなかったか。どうやら本当に片目のオッサンはやられちまったらしいね。 クズワヨ!カルッピ!残骸の写真、ちゃんと撮っておきなよ!!』 『もう撮り終えてますぜ技術中尉殿!!』 『敵は2体です!!一匹は塹壕の中!もう一匹はでけえ建物の後ろだ!』 部下の報告にアリーヌ・ネイズン技術中尉は目を細めた。 彼女の開発したRTX-440【陸戦強襲型ガンタンク】に搭載された最新式の索敵装置は、瞬時に敵MSの居場所を炙り出す。 かつて部隊を同じくしたマット・ヒーリィが見込んだ通り、この3機のMSはまるで有機生命体の如く、阿吽の呼吸で敵陣に切り込んで行った。 827 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/05/03(木) 17 23 44 ID Il41vxck0 『隊長が死んじまっちゃセモベンテ隊生活も終わりだな、配置換えになった途端にこれか・・・』 『上は相当及び腰になってるみたいだし、いったい次は何処へやられんでしょうね、俺ら』 『知るか!それより折角だ、オッサンの弔い合戦と行こうじゃないか! あたしらには目的があるんだ!こんな所でしくじるんじゃないよ!!』 『了解!MLRS(多連装ロケットシステム)発射!』 まるで示し合わせた様に3機のガンタンクは履帯側面に装着されていた56連装のロケット弾を一斉に射出した。 命中率は高くないが、弾数でカバーする武器である。対MS戦では思いの外有効な攻撃となる。 「上空より高熱原体複数飛来!緊急退避して下さい!!」 「チッ!」 先手を取られたヒルドルブは塹壕外に通じるスロープを掛け上がり、間一髪ロケット弾幕の直撃を回避した。 しかしそれは、敵の前に己の体をさらけ出す事に他ならなかった。 『いたな!回り込めクズワヨ!カルッピはもう1機を仕留めろ!!』 『了解!』『了解!』 敵MSの連携力を見て、アムロの背にぞくりと怖気が奔った。 恐怖ではなく生理的な嫌悪、である。 この3機、恐らく単独で戦えば自分やソンネンの敵ではないだろう。しかしこのチームワークは何だ。 いや、チームワークなどというものよりもっと深くて昏い何か、敢えて言うなら淫らな業・・・ まだまだ人生の青二才であるアムロにとって、一種おぞましい類の何か、で、彼等は繋がっている気がしたのである。 「くっ・・・!」 アムロは軽く首を振って己を奮い立たせると、こちらに向かって来る1機のガンタンクに向け、8連多弾倉ミサイルランチャーを撒き散らした。 ザメルに白兵戦用の武器はない。できるだけ敵を懐に入れぬ戦い方をせねばならない。 YMT-05【ヒルドルブ】&YMS-16M【ザメル】 対 3機のRTX-440【陸戦強襲型ガンタンク】 ジオンと連邦、両陣営が様々な思惑の中で作り上げた地上機動兵器が数奇な運命に導かれて一堂に会した。 そして、今まさに激烈な戦いに身を投じようとしている彼等と時を同じくして、遂にオデッサの戦局も大きく動き出そうとしていた。 夜は未だ明けない―――― しかし地平線の彼方にたなびいていた不気味な黒雲は、いよいよ風雲急を告げようとしていたのである。 912 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/08/01(水) 19 01 31 ID 25u12kew0 「ハマーン、アムロの言った事、理解できて?」 「・・・・・・」 戦場に背を向けてザメルを疾走させながらセイラは背後上方、射撃手用のコックピットに座るハマーンに声を掛けた。 しかし、いくら待っても意気消沈した少女からの返事はない。 「アムロは私達を危険な目に合わせたくないの。 特にあなたを、人と人との殺し合いに巻き込みたくないって」 「・・・・・・」 深く項垂れたハマーンの顔には両脇からツインテールが掛かり、その表情は窺い知る事ができない。 だが、その両目はしっかりと見開いている。そんな気配だ。 ちらりと背後を眼をやってそれを確認すると、小さく深呼吸をしたセイラは視線を前方に戻してから口を開いた。 「でもね」 突如雰囲気を変えたセイラの口調に、俯くハマーンの肩がぴくりと反応する。 「ここは戦場で、今私達は戦争をしているの」 言いながらセイラは高速走行中のザメルにスリックカートよろしく強烈なドリフト制動を掛けた。 突発的に捲き起こった強い横Gに、俯いていたハマーンの顔は跳ね上がり彼女を抑え込んでいた荷物はまとめてシート後方のスペースに転がり飛んだ。 「ごめんなさい、あなたには先に謝っておくわね。 でも、やっぱり私はアムロ達を見捨てて逃げる事なんてできない。あなた、シミュレーター経験はあるのでしょう?」 「え・・・」 スピンターンで180度機体の向きを変えた為、ズームが効いた正面モニターには戦場の様子が映し出されている。 はっと、ハマーンは眉をひそめた。カーキ色をしたザメルの動きが、明らかに鈍い。 MSを駆るアムロの動きを知るハマーンが目を疑うほど、その動きはぎこちないものであった。 「ここに座って判ったのだけれど・・・このMS、一人で全部戦闘機動をやろうとすると、すごく操縦がし辛いの」 「そんな・・・!」 「武器用のコンソールパネルが変な位置に取り付けてあるのよ。 あくまでもこのMSは二人乗りが前提なのね。これじゃいくらアムロでも・・・」 「・・・・・・」 「本当は、あなたをここに降ろして私一人で戦場に戻るべきなのかもしれないけれど・・・」 アムロが持て余すMSを自分一人でどうする事もできはしないだろう。 それどころか味方の足を引っ張りかねないお荷物と化す公算が大である。それが判るセイラだけに苦渋の選択を採らざるを得ない。 913 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/08/01(水) 19 01 58 ID 25u12kew0 しかしハマーンはセイラの偽りの無い葛藤と苦悩を感じ取ると、むしろ嬉しそうな顔でシートベルトのロックをものともせずに身を乗り出した。 「早く戻ろう!」 「!」 肩越しに振り向いたセイラとハマーンの視線が中空で交錯した。だがそこに以前の火花は発生しない。 「アムロを助けに行こう!ついでに、うーんと、仕方ないから、あの嫌なオヤジも助けてやろう!」 「ありがとうハマーン・・・!」 ハマーンを説得するつもりだったセイラは、じんと胸が熱くなるのを堪える事ができなかった。 実戦の怖さを知らぬいたいけな12歳の少女を戦場に駆り出す罪咎は、全てこの身に受けると心に決めている。 「行きましょう。仲間を助けに」 ヘルメット装着を指示されたハマーンは、シートの横にぶら下がっていたそれを急いで引き寄せた。 大人用なので多少ぶかぶかしたが、どうやら新品らしく嫌な汗の匂い等は皆無だったので安心してフードを閉める事が出来た。 セイラも、脇からヘルメットを取り出し被るとフードを閉める。 素早く各部をチェックしコントロールモードを『戦闘』に切り替えると、ザメルの機体がガクンと一段沈み込んだ。 戦闘準備が完了したのである。 「いいわね?戦闘中は私の指示に従う事。武器管制は完全に任せて宜しい?」 「・・・マニュアルは読んだ。できると思う」 正直なハマーンにセイラは好感を持った。ただこういう場合は意気を上げる為に多少のハッタリが欲しい所だ。 「わ、私は新型MSのテストパイロットをやっていた!少なくともバーチャルデータ上では敵なしだった!」 セイラの心の声が通じたのかどうか、直後のハマーンの言葉にセイラは戦闘前だというのにクスリと微笑んだ。 940 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/09/27(木) 19 08 36 ID NVmpDrD.0 「くっ・・・!ダメだっ・・・・・・!」 一瞬早く左側方に回り込まれ照準から外れてしまった敵に舌打ちすると、アムロはザメルの機体を真横に滑らせた。 サイドモニターで撃ち出したミサイル全てが外れたのを横目で確認しながら左手を伸ばし、コンソールに備え付けられているスイッチの一つを捻る。 瞬間、ガンガンガンガンと機体に連続的な衝撃が疾った。 「当てられたっ!?バルカン砲か!」 同じホバー機動とはいえ、以前に乗った飛行試作型グフとは随分と違う操縦感覚である。 流石に図体の大きなこの機体では回避スピードにも自ずと限界があるようだ。 急いでモニターに目を奔らせ各部のダメージチェックを行うが、幸いにも特に目立ったアラートは示されていない。 全高27M全備重量121.5tという巨大なザメルはその分装甲も厚い。この距離、そしてこの程度の威力の実体弾ならば致命傷にならないのかも知れなかった。 だが限度はある。このまま迂闊に接近を許し、至近距離からの攻撃を受け続けるような事になれば、この超重MSといえど持ちこたえる事はできないだろう。 アムロは横Gに歯を食いしばりながらフットペダルを踏み込み、ザメルを振り回してもう一度敵を照準モニターの中央に捉えようと試みた。 足を止める訳にはいかない。アムロの直感は正しい。 しかし目前に迫る凶悪なガンタンクはアムロの知るそれよりも遥かに速く、そして想像以上に無謀だった。 「何!?」 姿勢を低く変形させ、真正面から全力で突っ込んで来る敵車両を映し出すモニターの映像に、アムロの背筋は凍りついた。 いつの間にか相対距離は400Mを切っている。 常識的に考えてこの角度からの正面突撃など通常では有り得ない。敵が正面に向けて武器を放てば蜂の巣となれる事請け合いだからである。 敵の突撃には迷いがない。だとすれば行動の意図が読めない。命が惜しくはないのか!? まさか敵はずぶの素人なのだろうか、それとも何か別の思惑があるとでも言うのだろうか。 あるいは罠か?こちらの攻撃を誘っているのか。 意表を突いた敵の挙動が逡巡を呼び、逡巡がゼロコンマ数秒の遅れを呼ぶ。 アムロの指が20mmバルカン砲のトリガーに掛かる、が――― 「あっ・・・!」 次の瞬間、指はレバーを掴み損ねた。 もともと一般兵用を前提に調整されたザメルの操縦士用コックピットに急遽備え付けられた武器管制コンソールは 小柄なアムロの体躯では腕をいっぱいに伸ばしてようやく届く位置にバルカン砲のトリガー付きレバーが設えられていた。 敵の無謀な突撃に焦ったアムロが勢い良く体を乗り出した瞬間シートベルトにロックが掛かり、はずみでレバーから一瞬指が外れてしまったのである。 普段では考えられないミスに愕然とするアムロはレバーを握り直すがその時既に、ガンタンクはザメルの懐に入り込む事に成功していた。 941 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/09/27(木) 19 09 16 ID NVmpDrD.0 「ヘッヘ・・・テメエもいただくぜデカブツ!!」 カルッピは舌なめずりをすると何やら動きの鈍い巨大MSの眼前で220ミリ低反動キャノン砲を発射した。 彼の行動理念はとにかく敵に肉薄して撃つ、それだけなのだ。 戦術と言えるシロモノでは到底なくある意味、カミカゼ・スタイルに極めて近い自分の命というものを全くもって顧みない迫撃。 それが彼等ガンタンク小隊が敵味方から命知らずと目される所以なのである。 彼等の特殊な境遇によって形成されたメンタル、そしてRTX-440陸戦強襲型ガンタンクの機動力と性能が可能にした戦法とはいえ尋常ではない。 どう考えても正気の沙汰ではない。 しかしこの捨て身の攻撃方法が敵に与える恐怖は予想以上であり、誰もが刹那の生にしがみ付こうとする戦場では極めて効果的に作用したのである。 それは彼等が激戦の中、ここまで生き延びて来たという紛れもない事実が物語っている。 すなわちそれは、ジオン歴戦のMS乗り達が、地上戦において技量でははるかに劣る筈の彼等の前に無残に散って行った事に他ならない。 狙いは敵のどてっ腹。 一切の小細工は無し、外し様の無い必中の距離である。 「―――!?」 カルッピは目を剥いた 目前の巨大MSが急激に角度を変え、90度横を向いたのだ。 必殺の砲弾は命中したものの、敵MSの左手部分を破壊するに留まったのである。 「ヤロォッッ!!」 当てが外れたカルッピは、ガンタンクを通常形態に変形させながら突撃を継続させた。 敵はあの巨体だ。加えてどう見ても長距離攻撃に特化したMS、密着すればこちらは更に有利になる筈だ。 自身は気付いていないが、少なくとも今までの敵ならば間違いなく仕留められていたという違和感が彼の心を逸らせていた。 「む?新手かよ!?」 突如鳴り響いた手元のアラートにカルッピは顔を顰めた。 ミノフスキー粒子に荒れたモニターには眼前のデカブツと同型だが色違いのMSが、砂煙を上げてこちらに向かって来るのが映っている。 しかしお仲間のMSにピッタリ張り付いているこのガンタンクには迂闊に手出しできまい。目論見通り、こちらはまず目の前のコイツを仕留めるのみだ。 ニヤリと笑ったカルッピだったが、片側のサイドモニターに迫り来る黒影に表情を引き攣らせた。 瞬間、超硬スチール合金製の極太の鉄棒が、重低音の唸りを上げて強襲型ガンタンクを横殴りに叩きのめし、吹き飛ばしたのである。 「ぐぅわああああぁああああぁあぁ・・・・・・!!」 もんどりうって地面を転がったガンタンクの中で、カルッピは訳の分からぬまま意識を失った。 942 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/09/27(木) 19 09 53 ID NVmpDrD.0 「はあ・・・はあ・・・はあ・・・・・・!」 アムロは荒く息を吐きながらヘルメットを脱ぐと額の汗を何度も手の甲で拭った。 まさに間一髪の勝負だった。 咄嗟の機転でザメルの機体を真横に回転させ砲弾による致命傷を何とか免れたアムロは、敵の意識がこちらから一瞬離れた事を感じ取り すかさずザメル背部に折り畳まれた68センチカノン砲を展開しながら更なる勢いをつけて機体をスピンさせたのである。 ザメルの誇る68センチカノン砲の砲身は、展開させればその長さは実に30Mを超える。 アムロはザメルの姿勢を前傾させる事で砲身を限界まで下に向け、ホバー駆動ならではの回転でたっぷりと重量を乗せたそれを 密着して来たガンタンクに叩き付け、薙ぎ払ったのだった。 しかも砲身が敵に激突する瞬間、アムロはホバーを切っていた。 安定性が高いガンタンクが上半身をひしゃげさせながら派手に横転したところを見ると、どれほどインパクト時の衝撃があったのかは想像に難くないだろう。 「アムローッ!!」 「無事なの、アムロ!?」 くの字に曲がった砲身の先が地面に突き刺さって埋まり、集積所の瓦礫に半ば突っ込んだ形で動きを止めたザメルを見て、もう一機のザメルのパイロット達は恐怖の声を上げた。 ホバーを切った事で激突時の衝撃が増し、相応のダメージがザメル側にもあったのである。 「セイラさん、ハマーン、どうして戻って・・・いや・・・」 アムロは唇を噛んだ。彼女達が敵の気を一瞬でも逸らせてくれたからこそ、何とか勝ちを拾えたのだと気付いたのである。 「・・・助かりました、本当に・・・」 敵の意識がこちらに向いたままだったならば、主砲及びミサイルランチャーの弾薬庫があるザメルの背部を一瞬でも敵ガンタンクに向ける事はできなかっただろう。 「大丈夫なのねアムロ、良かった」 セイラは安堵の声を漏らす。 『すごかったぞ!あんな風に戦うなんて!さすがアムロだ!』 「そんなんじゃないよハマーン、咄嗟にやったあれは人マネに過ぎない。 それにこっちもダメージがかなり大きいし・・・とても褒められたもんじゃないさ」 ハマーンのはしゃいだ声を、アムロは自嘲気味に遮った。 脳裏にはかつて黒い三連星と共に戦った『ガンダムもどき』との対決が鮮明に思い出されている。 あの日やられた事を、今日は違う相手にやり返しただけなのだ。何ともほろ苦い模倣であった。 アムロはあの時、対峙した敵によって戦いのセオリーと固定観念をぶち壊された。 なりふり構わず生き抜けという強烈なメッセージを、敵から文字通り叩き込まれたのである。 とまれ結果的に見れば、互いのあずかり知らぬ処ではあったが 自らの命を顧みない者とあくまでも生き抜こうとする者の対決は後者に軍配が上がった形で決着を見た。 「このMSはもう動けません、脱出します」 アムロはヘルメットを被り直すと、斜めに傾いだコックピットの中でシートベルトを外した。 しかしコックピットハッチが稼働せず、手動でも完全に押し開く事ができない。 「駄目だ、歪んでる」 ここから抜け出せないのであれば、セイラ達とMSの操縦を交代する事は不可能だ。 時間を掛ければ脱出できそうだが、今は何よりその時間が惜しいのである。 アムロは、腹を括るしかない事を悟った。 『アムロ、出られないの?』 「ええ、でも一人で脱出できます、それよりも」 『判ったわアムロ、私達はソンネン少佐の援護に向かいます』 地面に接地していたモスグリーンのザメルが砂塵を巻き上げふわりと浮き上がる。 察しの良いセイラはすぐにアムロの意図を読み取った。 アムロにとっては辛いであろう言葉を最後まで言わせなかったのはもちろん、彼女の心遣いによるものだ。 「くれぐれも慎重にお願いします、絶対に敵を近寄らせてはダメです、危ないと思ったら迷わず引いて下さい!」 『了解』 「ハマーン、君ならできる。セイラさんと心を合わせるんだ」 『任せておけアムロ!』 明滅を繰り返し始めたモニターには踵を返すモスグリーンのザメルが辛うじて映し出されているが カメラの角度が変えられない為、その姿はすぐにフレームアウトするだろう。 こうなれば、各人のやれる事を最大限にやるしか道はない。 アムロは座席の下から脱出用の工具箱を引っ張り出し、中からバール付きのスチールカッターを手に取った。 「頼むぞ・・・!」 光の漏れるハッチの隙間に工具の先端をこじ入れると、アムロは誰に言うともない言葉を噛み締めながら呟いた。
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【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part6-2 547 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 00 44 55 ID wU4zbHzw0 [2/8] 砂塵が舞い、容赦なく太陽が照りつける荒涼とした大地。 今、その荒れ果てた黄土色の大地にめり込むようにして、片腕を吹き飛ばされた1機のMSが横倒しに崩れ落ちた。 腰部の辺りに千切れた動力パイプがだらりと垂れ下がりしばらくスパークしていたが、やがてそれも途絶えた。 ぼんやりと霞んだ視界。鼻の奥をツンと刺すアドレナリンのキナ臭い匂い。 口の中に広がる鉄の味。 確か以前にもこんな事があった気がする。いつだったっけな。 「おいっ!応答しろニッキ!!無事か!?」 『ル・ローア少尉、状況を報告して下さい!』 「ニッキのザクが直撃を食らった!ゲラート隊長に一旦後退すると伝えてくれ!」 『りょ・・・了解!』 「レンチェフ!!」 「了解だ!援護するから先に行け!!」 そうだあれは確か、ハイスクール時代、ガールフレンドのアリスをめぐって同級生の・・・ ・・・同級生の・・・誰だったっけな・・・・ リブル・・・そうだリブルだ。 リブルと本気で殴りあった時だ。 奴のパンチをもろにアゴに食らった時の感じに似ている。 いや、あの時のガールフレンドはジェニーだったかな・・・ 何だか首が痛くて思考がまとまらない。 「ぐっ・・・げほっげほっ・・・」 横倒しになったコックピットの中で小さく身を捩ったニッキ・ロベルト少尉は、身体に食い込むシートベルトの痛みに顔をゆがめ、小さく咳き込んだ。 「ニッキ!生きていたか!」 「・・・・・・ル・ローア少尉・・・」 安堵したル・ローアの声が耳朶に響き、ニッキはようやく片目をはっきりと開ける事が出来た。 衝撃でどこかにぶつけた際に割れたヘルメットバイザーの破片でコメカミを切ったのだろう。 顔面に流れ落ちた血液が入り込んで固まり、右の瞼は開かない。 「・・・やっちまったか・・・」 痛恨の面持ちでニッキが自嘲する。ザク乗りにとってこれはある意味予想されていたアクシデントだった。 初期型のザクⅡを地上用に改装したMS-06J【陸戦型ザクⅡ】の中には、重力下において≪ある角度から≫想定された以上の衝撃を受けると、パイロットの首に掛かるGを打ち消す為に一瞬だけシートベルトがたわみ、その際にヘルメットの一部がサイドパネルの一部分に当たってしまうという構造的な欠陥を抱えているものがあった。 ≪ある角度から≫という注釈が付く為に、衝撃を受けたケース全てに当てはまる訳ではないが、しばしば戦闘中にザクに搭乗するパイロットの被っているヘルメットバイザーが破損する事故が起きるのは、これが主な原因であった。 パイロット達はこの現象を忌み嫌っていたが設計段階で生じたコックピットレイアウト自体の問題である為、これらの機種における問題点の改善は根本的に不可能であった。 結局パイロット達には、事故を回避するには機体に重大な衝撃を受けるな、つまり、ヘマをするな・・・と揶揄を込めて厳命されるに留まった。 パイロット達が安心して身を預けられるコックピットは、後の機種、例えば06FZ等の完成を待たねばならなかったのである。 548 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 00 46 16 ID wU4zbHzw0 [3/8] 「ぐあっ・・・」 ヘルメットを脱ごうとしたニッキは激痛でうめき声を上げた。 だらりと垂れ下がった右手が肩から上にあがらない。恐らくこちらは、骨折か脱臼をしているに違いない。 辛うじて動く体で必死にもがくニッキだったが全てのモニターがブラックアウトしている為にコックピット内は薄暗く、ほとんど何も見えない。 僅かに生き残った計器の明かりだけが自分は今、ザクの操縦席にいるのだという事を教えてくれているに過ぎないのだ。 「先行していたお前は、潜んでいた伏兵に至近距離からロケットランチャーの集中攻撃を浴びたんだ」 「ロケット・・・そうか・・・畜生・・・・・・ザクが歩兵にやられるなんて・・・」 「連邦も必死なんだ、命があっただけマシだと思え。動けるか?」 「・・・さっきからやってますが・・・すみません・・・」 「判った。もうしばらく後退したらハッチを開けてやるから、少しだけ辛抱していろ」 普段は彼に辛らつなル・ローアの声が今はやけに優しい。 「こちらル・ローア、ニッキは負傷している模様。 機体の損傷も激しく作戦続行不能。現在、ザクを牽引しつつポイントFに後退中」 『了解。どうか慎重に後退して下さい・・・!』 ニッキのいる暗いコックピットの中に、ル・ローアとセイラ・マスの通信のやりとりだけが響き、やがて機体がガリガリと振動し始めた。 ル・ローアのMS-07A【先行量産型グフ】が動けなくなったニッキのザクを引き摺って移動しているのだろう。 次第に意識がはっきりして来るのと同時に、ニッキの瞳には悔恨の涙が溢れ出した。 注意力が散漫になっていた。 もっとしっかり周囲を警戒していればこんな事にはならなかったのだ。 疲労と慢性的な睡眠不足など、理由にもならない。 「青い木馬隊」では通信士を勤めているセイラや整備班長のミガキはもちろん、14歳のメカニック少女ですら不眠不休で働いているのだ。 自分だけ文句など、言える筈が無い。 それなのに自分は彼等が精魂を込めて整備してくれた貴重なMSを、こうしてスクラップにしてしまったのだ。 そして今後はこのザク1機分の負担が、仲間たちに余分にのし掛かる事になる。 悔やんでも、悔やみきれない。 「泣くな!鬱陶しい!!」 微かに通信から聞こえるニッキのすすり泣きを一喝したル・ローアだが、彼も体調の悪さを精神力で補っている状態だった。 彼だけでは無い。それほど青い木馬隊の誰もが疲れ切っていたのである。 549 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 00 47 27 ID wU4zbHzw0 [4/8] 「オデッサ作戦」それは、ジオンの大規模採掘基地があるオデッサ周辺地域の奪回と、バルカン半島から東欧にかけて広く展開するジオン軍の一掃を目的とする連邦軍の一大反攻作戦である。 ジオン軍の執拗な妨害にあいながらも物量に勝る連邦軍は、遂に先発部隊の配置を全て完了し、後はレビル将軍が座乗するビッグ・トレー級陸上戦艦【バターン】を擁する本隊の到着を待つばかりとなっていた。 旧地域でいうウクライナの中央、ドニエラル川のほとりにある鉱山基地キエフ。 厳密に言えば実際のオデッサから遠く離れているこの地は「オデッサ作戦」の最前線である。 そのキエフ鉱山基地第123高地に配置されたランバ・ラル中佐率いる「青い木馬隊」は、正式なオデッサ作戦発動前なのにもかかわらず四六時中、敵の攻撃に晒される事となった。 いまだ本隊が到着していないが、連邦軍は布陣が完了している先発部隊だけで順次、キエフに対し小規模な突撃を開始したからである。 物量に勝る連邦軍は、夜昼を分かたず各隊持ち回りで「押さば引け、引かば押せ」の揺さぶりを掛け、ジオン側を消耗させたと見るや迅速に退却するという波状攻撃を仕掛けた。 連邦の先発部隊にはMSが配備されておらず、61式戦車が中心である。 しかしそのぶん逃げ足は速く、おっとり刀で飛び出してきたザクをあざ笑う様に引くのが常の戦法だった。 かと言って戦力の絶対数が少ないジオンのMSが迂闊に単独で突出すると、待ってましたとばかりに広く布陣している連邦軍から十字砲火を受けてしまう。 先程のニッキのザクを例に取るまでも無く、連日の出撃で疲労困憊のジオン兵に罠も掛け放題である。 もちろんこれはあくまでも本隊到着までのつなぎであり、ジオン軍を牽制する目的以外の何ものでもない、豊富な物資を惜しげも無く投入できる連邦ならではの攻撃方法といえた。 制空権が辛うじてジオンにある以上、派手な爆撃などはできないが、兵員数差に物を言わせた完全交代制を確立し休養十分で戦いに望める連邦兵に対し、常にストレスに苛まれ、休む事なく戦闘を強いられるジオン兵。 これはジオン側にとって戦力をじわじわと削り取られる悪夢の戦法であり、戦いの趨勢は明らかであった。 しかしそれでもジオンは善戦している。 青い木馬隊指揮官ランバ・ラルと黒い三連星、ラルを補佐するゲラート・シュマイザー、ダグラス・ローデンの率いる部隊が獅子奮迅の働きを見せていたからである。 だがそれも限界に近いとル・ローアは感じていた。 つい昨日、拡大する敵の線戦を抑える為にフェンリル隊のスワガーとマニング、そしてサンドラはダグラス率いるMS特務遊撃隊に一時的に組み込まれ、青い木馬隊の守りを離れたばかりだった。 こんな状態が続けば、今後第二第三のニッキとなるのは自分かも知れないのだ。 ジオンには何か、大きな転換点が必要だった。それには・・・ 「いけねえ!奴ら増援を投入してきやがったぜ!!MSがいやがる!!」 レンチェフの大声でスピーカーの音が割れている。 ル・ローアがモニターに目を転ずると、61式を背後に下がらせた3機の連邦製MSがマシンガンを手にこちらに進んで来ているのが見えた。 オレンジがかった赤色のボディカラーには見覚えがある。たしか奴の持っているマシンガンは、ザクの装甲を紙の様に撃ち抜くはずだ。 「・・・敵はこちらが消耗するチャンスを狙っていたんだ。弾はあるか?」 「奴らを牽制する為に撃ち尽くしちまったよ。あと一斉射で終わりだな」 ル・ローアの問いに不敵な笑いを浮かべてレンチェフは答える。 彼の操縦するMS-07B【グフ】は装弾数が元々少ない上に連日の出撃で機体のコンディションも万全とは言いがたい。 そして白兵戦が主眼に置かれたグフは銃器の類を装備した敵MS複数を相手にするには分が悪い。 どれもこれもマイナスな状況だが、ま、なるようになるさとレンチェフはひとりごちた。 「・・・・ル・ローア少尉・・・俺の事は・・・」 「お前は黙ってろ!!」 またもやル・ローアがニッキを怒鳴りつけた。 動けないザクの中から聞えるニッキの声はか細く、息も絶え絶えである。 ル・ローアは静かに奥歯を噛み締めた。 狼の紋章を胸に抱く戦士は、決して仲間を見捨てたりはしない。 自分達は何としてでも目の前の敵を撃退し、重傷の仲間を無事に連れ帰らねばならないのだ。 550 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 00 48 32 ID wU4zbHzw0 [5/8] 「すまんなレンチェフ、付き合ってもらうぞ」 「おう、やるしかねえぜ。ここが抜かれたら俺達のヤサの守りがガラ空きになっちまうからな」 「そういう事だ」 普段はあまりソリの合う2人では無かったが、互いの実力は認める間柄だ。 連携するに不備はない。 「セイラ聞えるか、ル・ローアだ。ゲラート隊長に繋いでくれ」 『了解、回線まわします』 緊迫した状況を察したセイラは無駄な問答や余計な手順を一切省き、涼やかな声でゲラートへ直接回線を繋ぐ。 ル・ローアは、状況の機微を瞬時に読むこの美貌のオペレーターを結構気に入っていた。 これは、素性やルックスだけでは決してその人間を認めない超堅物の彼にしては、非常に珍しい事だった。 『ゲラートだ』 「隊長、新たに現れた3機の敵MSを捕捉。交戦に入ります」 『・・・了解。至急増援を送る、それまで持ち堪えろ。これは命令だ、レンチェフも判ったな』 「了解!」「了解でありマース!」 ゲラートの命令に対しル・ローアは生真面目に、レンチェフはややおどけた復命を返す。 ル・ローアのコメカミに青筋が浮いた。 セイラとは大違いだ。この期に及んでコイツのこういう所が気に食わんのだとル・ローアは舌打ちしたい気分になった。 「・・・隊長はああ言ってくれたが戦力の余分は無い筈だ」 「判ってるよ。他の部隊は現在ほかの地点の防御に駆り出されているからな」 ル・ローアもレンチェフも、ゲラートの言葉はこちらに対する精一杯の手向けである事くらい承知している。 「稼働率は?」 「70%って所かな」 「ふ・・・俺のMS-07Aも似た様なものだ」 以前、レンチェフは当時隊にいたバーニィのヅダを援護する為に敵MS2体と大立ち回りを演じたが、機体コンディションがガタ落ちの今回はそうもいかないだろう。 「・・・もしアムロなら、奴ら相手にどう戦うかな?」 「んあ?何だ、やぶから棒に」 ニッキのザクを岩陰に引っ張り込みながらル・ローアがそう呟くと、レンチェフは虚を突かれたみたいな顔で返事を返した。 彼の脳裏にはバーニィと共に配属されて来た時の、あどけない顔をした赤毛の少年が思い出されている。 そう言えば、アムロが操るヅダ改の大活躍をまくし立てたシャルロッテの熱弁は・・・ちょっとした見物だった。 しかし多少の誇張はあったかも知れないが、アムロがヅダ改1機で8機もの敵MSを撃破したのは紛れも無い事実なのである。 たかだか3機のMSに対して決死の覚悟を決めなければならない凡人の自分達とは何という違いだろう。 「ニュータイプだっけか?そんな妙ちくりんな奴の考えなんざ知るか。 想像したくもねえ。不愉快だ!」 「ふふふ、確かに自分の手の届かない所にいる奴の事なんか、考えたくも無いもんだよな」 「ナニか言ったか!?」 噛み付くような勢いでレンチェフが怒鳴ると、ル・ローアはそれとは対照的な冷笑で応えた。 「聞こえなかったか?ならばもう一度言ってやろう」 「うるっせえ!黙れバーカ!!」 プライドの高いレンチェフはそう応えるしかなかったのだろう、内心では自分も同じだとル・ローアは苦笑した。 アムロは年齢も戦歴もMS搭乗時間も、全てにおいてル・ローア達には遠く及ばない。 にもかかわらず、パイロットとしての腕前は遥かに2人を凌駕している。 面白くない、全くもって面白くないが、そこには努力の類では埋められ無い何かが厳然として存在するのを認めざるを得ないのだ。 もはや自分達があの赤毛の少年に勝るものといえば唯一、経験の差ぐらいのものだろう。 それが判るだけに、二人共悔しくて堪らないのだ。 気に入らない連中を片っ端から上も下も関係なくぶっ飛ばして来たレンチェフだったが、相手が15歳の少年ではそれすらできない。 面白くない事、おびただしい。 ・・・しかし口では何と言おうと、仲間意識が強く部下想いの彼等は、結局何だかんだとアムロやバーニィ等の新兵の世話を焼いてしまうに決まっているのだったが。 551 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 00 49 45 ID wU4zbHzw0 [6/8] 「そんな事よりだ、姫さん、いるかい?」 『はい、レンチェフ少尉』 レンチェフの突然の指名にも、セイラは慌てず冷静に対応する。 彼の目論見を察し、ル・ローアは顔を曇らせた。 「いつもの奴。頼むわ」 『・・・・・・』 ミノフスキー粒子が濃い為にモニターに顔は映らないが音声は明瞭に聞こえる。 セイラは数瞬だけ黙り込んだ後、万感の思いを込めて口を開いた。 『皆さんなら出来ます、どうかお気をつけて・・・!』 「お」 「・・・へへ、あんがとよ。 やっぱし隊長よりも姫さんにそう言われた方が、不思議とやれそうな気がするぜ」 ・・・同感だ。 戦闘前に不謹慎だぞとレンチェフを嗜めようとしたル・ローアの顔が綻ぶ。 レンチェフはもちろん、言わずもがなだ。 3機の敵MSはもうすぐ、射程圏内に入る。 「さあて。そろそろ行こうかい」 「うむ・・・む?待て、今敵の後方で何か光ったぞ」 その時、2人のグフの集音マイクが遅れて届いた微かな爆発音を拾った。 カメラをズームしたレンチェフが息を呑む。 552 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/01(日) 00 50 57 ID wU4zbHzw0 [7/8] 「お、おい!ザクの群れだ!!敵の背後から現れたザクの群れが、61式をさんざんに蹴散らしてやがるぜ!」 「何だと、まさか・・・!」 ル・ローアも目を見張った。大混乱に陥った敵を蹂躙するどの機体も、通常のザクとは明らかに動きが違う。 良く見るとMSはザクだけではない。中にはグフやドムすら凌駕する機動を見せているものもある様だ。 「見ろ!先頭のザクの色を!!」 「おお!!」 華麗なステップで二連装150ミリ砲をかわし、返す刀で61式を撃破したザクの全身は赤くペイントされ、頭部にはブレードアンテナが装備されている。 それは、彼等が待ちに待っていた男が帰還した事を意味していた。 「あれは、赤い彗星・・・!」 「来たか!!む?」 快哉を叫びそうになったル・ローアの顔が引き締まった。 自軍の混乱に戸惑いを見せていた3機の敵MSが、一斉にこちらに向かって走り出したのである。 迂闊にこちらに背を向け、挟撃される愚を避けたのだ。 まずはこちらのMSを叩き、後顧の憂いを断ってから味方の援護に向かうつもりなのだろう。 戦術としては極めて正しいが、ル・ローア達にすればまずい事態が継続してしまった事になる。 しかし事態の急激な変転は続いていた――― 『10時方向、低空より高速で進入して来る機影あり!あっ・・・これは・・・!』 「おわ!?」 セイラの警告を聞くまでも無く、大混乱に陥っている敵陣の頭上を切り裂く様に1機のファットアンクルが飛び越えて来、同時に3機のMSが前部のハッチから吐き出されたのである。 先頭で飛び出した白いMSは、空中で更に加速をくわえ、まさに白い矢となり、こちらに向かって走り来ていたMS一体の首を後ろから追い抜きざまに切り飛ばした。 白いMSはスラスターを緩めず片足で着地しそのままジャンプすると空中で二度三度と軌跡を変え、反転するや、2体のグフの前に背中を見せてふわりと着地したのである。 白いMSが右の逆手で構えていたビームダガーを腰のホルスターに戻すと同時に、首の無くなった敵MSはつんのめる様に地面に倒れ伏した。 恐らく内部のパイロットは何が起こったのか理解できてはいない事だろう。 全てが別次元の戦いであった。 白いMSには僅かに遅れたものの、見る間に追い付いた2機のザクは仲間がやられて動転している残り2体の敵MSに襲い掛かった。 その間もこちらに背中を向けている白いMSは油断無く、いつでも2機のフォローに入れる体勢を取っているのがル・ローアには判る。 しかし白いMSの助けを受ける事も無く、2機のザクは相手をそれぞれバズーカとヒートホークで屠って見せた。 呆気にとられているル・ローアとレンチェフのグフに、白いMSが振り返る。 「ル・ローア少尉!レンチェフ少尉!お久し振りです、アムロ・レイ准尉、ただいま戻りました!」 コックピットハッチを開けて敬礼していたのは、紛れもないあの、赤毛の少年であった。 583 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/18(水) 10 36 08 ID wSWchi/M0 [2/5] チューンUPされた赤いザク改を颯爽と駆るシャアを筆頭に、それぞれのイフリートで縦横無尽に暴れまわるシーマとライデン、新型ザクの圧倒的な感触を楽しむ様に敵を撃つクランプ、コズン、アンディ。 シャアの率いるMS部隊は駐屯していた連邦軍の分隊を早々に壊滅させた後、直ちに隣接して布陣している別の敵部隊を強襲すべく進撃を開始した。 シャアの目論見どおり、現在オデッサに篭もっている兵員と機動兵器が本作戦に投入されるジオンのほぼ全ての戦力だと認識していた連邦軍にとって、新たなMS部隊の強襲は寝耳に水の出来事となった。 敵陣営は混乱し、まともな迎撃態勢を執れずにいる。シャアとすればこのチャンスに乗じてできるだけ「青い木馬」隊周辺の敵戦力を殺ぎ取っておきたい所である。 手持ちの武器で可能な限り敵を叩く。腕の見せ所だぞとシャアは笑い、頼もしき彼の部下達もそれに対して不敵な笑顔で答えた。 進撃前にシャアは、アムロの小隊はこのまま4機の輸送機と共にル・ローア達と同行し、先に「青い木馬隊」本隊と合流するよう別命を下していた。 VTOLで離着陸できる4機の輸送機のうち、アムロの小隊を載せ戦場に駆けつけたファットアンクル以外の3機は現在、安全な場所で待機している。 それ等の輸送機はシャア達が敵部隊を殲滅し、進路がクリアとなってからこちらに呼び寄せる手筈となっている。 今頃はちょうど連絡が届き、輸送機はこちらに向かっている筈だ。 それらの中で待機し、皆の無事を案じていたミハルやハマーンも胸を撫で下ろしている事だろう。 ちなみに4機ある輸送機のうち、3機はMS運搬用だが残りの1機にはさまざまな補給物資が満載されている。 ロドス島集積基地にはMSこそ無かったものの、これらの輸送機をはじめ資材・食材などの豊富な物資がストックされており、シャアは今回それらほぼ全てを徴用した形となった。 補給が滞りがちなジオン兵にとって、これらは何よりの活力となる事だろう。 動かなくなったザクのハッチが外から強制開放され、ル・ローアとレンチェフの二人掛かりでコックピットからニッキが助け出されるのを、地面に降り立ったアムロとバーニィは不安げに見つめている。 「ニッキ少尉!」 「しっかりして下さいニッキ少尉!!」 「・・・よ、ようアムロ、バーニィも・・・元気そうじゃないか、お前ら・・・」 地面に横たえられたニッキ・ロベルトは自分をのぞき込む二人を見て、満身創痍ながらもそう言って笑った。 レンチェフの手でヘルメットを慎重に外されたニッキの血だらけの顔を、アムロはポケットから引っ張り出した滅菌布で丁寧に拭う。 その間に素早くニッキの身体を検査したル・ローアは小さく安堵のため息をついた。 「ど、どうなんですル・ローア少尉、ニッキ少尉の具合は・・・!?」 「チアノーゼ無し、拍動、血圧共に正常。内蔵にダメージは無さそうだ。 右肩脱臼と軽いムチウチ、あとは顔面の切り傷だけだな。大した事はない」 心配顔のバーニィに対し、ル・ローアは事も無げに言い放った。 「だ、脱臼でしょう?・・・重傷じゃないですか!」 思わず抗議の声を上げたアムロを、ニヤニヤ笑いのレンチェフが遮る。 「重傷?違うぜアムロ。脱臼なんてモンはなぁ・・・!」 「あ、ちょ・・・!待って下さいレンチェフ少尉!アムロ!少尉を止めろ!!早く!!」 戸惑い顔のアムロを押し退け、自分を薄ら笑いを浮かべて見下ろしているレンチェフを恐怖の眼差しで見上げるニッキ。 やがてレンチェフのゴツイ腕でガッシリと肩を掴まれ、強引に上半身を起こされたニッキの切ない悲鳴に続いてグキッという鈍い音が真昼の荒野に響き渡った。 「ピーピーうるせえよ。ホレ、入ったぜ」 「~~~~~~~~~~・・・・・・」 レンチェフにそう言われても、涙目でガックリと頭を垂れているニッキは言葉も出せない。 荒療治の瞬間は目を逸らしてしまったアムロだったが、だらりと垂れ下がっていたニッキの腕が、一瞬のうちに通常の位置に戻されているのを見て目を丸くした。 少々荒っぽくは見えたが、それは迅速で的確な施術であったのだ。 MS備え付けの救急キットからハサミを取り出したレンチェフはニッキの軍服を素早く切り裂き、治療を施した肩に医療用テープを何重にも巻き付け、むき出しになっ た上半身に腕を固定する様に更にテープを巻き付けた。 その段取りは異様に手慣れていて、迷いというものが無い。衛生兵も真っ青というやつだ。 584 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/18(水) 10 37 23 ID wSWchi/M0 [3/5] 「この腕は2週間は動かすな。今日から3日間はシャワーも禁止だ」 「わかりました・・・ぁあ有り難うございます・・・」 何時にないほど真面目な顔のレンチェフにそう言われたニッキは、蚊の鳴くような声で大人しく従うしかない。 「ん?何だアムロ」 憧憬の眼差しで自分を見ているアムロに気付いたレンチェフは怪訝な表情を浮かべる。 「・・・いえ、その。尊敬、してました」 「よせやい。こんなのは誰でも経験さえ積みゃできる」 顔を歪め掌を追い払う様に振ったレンチェフだったが、アムロに賞賛されてまんざらでもなさそうだなとル・ローアは苦笑した。 「ニッキ、役立たずとなったお前はオデッサに後送だ」 「ル・ローア少尉・・・」 一転、厳しい顔でこちらに向き直ったル・ローアにそう告げられたニッキは絶句する。 「ついでに精密検査をキッチリしてもらえ。念の為だ。 間抜けなお前の抜けた穴は、このアムロが十分に埋めてくれるだろうから心配するな」 「・・・・・・」 「そんな・・・!」 再度抗議の声を上げかけたアムロを抑え、ふたたび俯いたニッキは唇を噛みしめた。 すべてが言われた通りであり、異論を差し挟む余地はない。 無駄を嫌うル・ローアは、事実しか口にしないのだ。 「悔しいか?ならば一日でも早く身体を治して隊に復帰しろ」 「・・・了解です」 ニッキには判っている。 ル・ローアは全てにおいてこういう言い方しかしないが、これが彼流の不器用な優しさなのだ。 「はああ・・・」 まだまだだとニッキは深呼吸しながら小さく首を振った。 普段は誰も口にしないがレンチェフとル・ローアは一兵卒から叩き上げの少尉であり、シャルロッテや自分は士官学校出の新米少尉だ。 階級は同じでも現場での、いや人間としての実力はいろんな意味で雲泥の差だというのを嫌でも実感させられるのはこんな時だ。 うかうかしてはいられないなとニッキはアムロとバーニィを見た。 アムロは言うまでもないが、バーニィもなかなかどうして磨けば光る原石だとニッキは睨んでいる。 意地でも自分より年少のこの二人には負けられない。 身体はダメージを食らってしまったが、その分燃え立つ闘志を再確認する事ができた。 そう考えると身体が熱くなり、なんだか怪我の回復が早まって行く気がする。 生きている限り汚名返上のチャンスはあると、ニッキは気持ちをすっぱり切り替える事にした。 もともとポジティブなのが自分の最大の長所だと自負している。 俺はまだやれる、やってやるぞと密かに心に誓ったニッキだった。 585 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/08/18(水) 10 38 37 ID wSWchi/M0 [4/5] 『准尉。後方から友軍のMS接近。どうやらランバ・ラル中佐のMS-07Bのようです』 「ラル中佐が!」 その時、一行の中で唯一ザクに搭乗し、周囲を策敵警戒していたニムバスから通信が入った。 アムロとバーニィの顔がパッと輝く。 フェンリル隊の3人も随喜の目線を交わし合っている。 ゲラートは自分たちの危機に、木馬隊最後の砦たるラルに出撃を要請してくれたのだ。 援軍を送ると言った彼の言葉は嘘ではなかったのである。 そして、部隊指揮官でありながら、単機で駆け付けてくれたランバ・ラルに改めて感謝と尊敬の念を覚える。 流石に彼らの敬愛するゲラート・シュマイザー少佐が心酔している漢なだけの事はある。 「アムロ!バーニィ!良く戻った!良く戻ったな!!」 ワイヤータラップでグフのコックピットから降下しながらランバ・ラルは恰幅の良い体躯を揺らして破願した。 地面に飛び降りる間ももどかしそうに、強い力で若い2人を掻き抱く。 「男子三日あわざれば活目して見よと言う。 ワシには判るぞ。おまえ達、男の顔になったな」 逞しい腕に肩を叩かれ、2人の少年兵は感極まった。 しかし涙は見せない。ラルにそう言われてしまったからには意地でも涙は、見せられない。 だからアムロは、違う言葉を口にした。 「ラル中佐、少し痩せられたのではありませんか」 「こいつめ!十年早いわ!」 呵々と愉快そうに笑ったラルに突然一歩下がって敬礼したアムロに、バーニィも倣って敬礼する。 「アムロ・レイ准尉、バーナード・ワイズマン伍長そして」 アムロがそう言って後方のザク改を見上げると、コックピットハッチを開けて、中のパイロットが敬礼しているのが見えた。 『高い場所から失礼致します!』 外部スピーカー越しにそう言ったパイロットに向けてラルは地上から答礼を返す。 「・・・ニムバス・シュターゼン中尉の3名、シャア・アズナブル大佐の命により本日只今の時刻をもって【青い木馬隊】に合流致します!」 「アムロ准尉はシャア大佐に認められ、今や、この小隊の隊長なのでありますラル中佐!」 「な、なんと・・・!」 アムロの口上を補足したバーニィの言葉に、今度はラルが感極まった。 「・・・・・・」 「・・・」 「・・・」 こみ上げて来るさまざまな感情を胸に、敬礼の手を挙げたまま、無言の3人。 顔面がクシャクシャになりそうになるのを必死で堪えているラルの肩が震えている。 何度か口を開こうとするも、下手をすると嗚咽が漏れてしまいそうで迂闊に声を出す事ができないラルを、フェンリル隊の3人は微笑んで眺めている。 なるほど、これがこの漢の下に集った兵士が皆命知らずになる道理なのかとル・ローアは密かに感心もしている。 やがてラルは少しだけ俯き、敬礼していた掌を両目の縁に当て、軽くつまむ様な仕草を見せると一度だけ咳払いをし、再び顔を上げた。 「良く来てくれた。我々は諸君を歓迎するぞ。ようこそ【青い木馬隊】へ!」 そこには少々両目が赤い事を除けば、威風堂々としたいつものラルの顔があった。 613 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/05(日) 00 04 41 ID h6jtlQ4o0 [2/4] 本来のジルコニウム採掘作業を行う際、各掘削地に機材や人員を派遣する中継地としての役割を担う関係上、鉱山基地キエフ第123高地には中規模な駐屯施設が敷設されている。 現在この場所を根城として「青い木馬隊」を筆頭に、大小を合わせると30を超えるジオンの部隊が集っていた。 しかしこの地に併設されていた地下格納庫に「青い木馬」たるペガサス級強襲揚陸艦の巨体が収まりきる筈もなく、施設脇に着陸した木馬の周囲は仮設プレートフェンスで覆われ、艦橋部分と主翼の一部が僅かに上部から覗いている状態になっている。 施設の周囲には急遽塹壕などが掘られたりはしたが、元々戦闘を考慮して造られてはいないフェンスや施設には防弾機能など無く、最前線の備えにしてはかなり心許ないというのが正直なところだった。 しかしランバ・ラルやダグラス・ローデンの再三の施設補強要請にも関わらず、オデッサに陣取るマ・クベ大佐はのらりくらりと補給を先延ばし、結局何の改善もされぬまま今日に至っている。 このやり切れない状況には流石のラルが「ワシの力不足だ。これでは兵士達があまりにも報われん」と嘆いたのも無理からぬ物があった。 照りつける太陽と吹き抜けてゆく砂混じりの乾いた風が、ひび割れた黄土色の大地に立つ少女の髪を弄っている。 仮設フェンスを挟み、「青い木馬」の隣に着陸した輸送機からミハル・ラトキエと共に降り立ったハマーン・カーンは、目の前を慌しく行き交うジオン兵の顔がどれも疲れ切っている事に驚いていた。 恐らく疲れているのは彼等の肉体だけではないのだとハマーンは思う。 先の見えない不安とゆるやかな絶望・・・まるで綿ボコリの様に澱んだ憔悴が、ここにいる全ての人間の身体に降り積もっているようだ。 「ハマーン、あれ、アムロ達じゃない?」 「あ・・・!」 押し寄せる周囲の感情に染まりそうになり、我知らず息苦しさを感じ始めていたハマーンは、ミハルの声に救われた様に振り返った。 ミハルの指さす先には林立する仮設テントの向こう、青いMSに先導され開け放たれた施設のハンガーに向かう数機のMSが見えた。 その中に他のジオン製MSとは明らかに異彩を放つ白いMSも見える。あれは間違いなくアムロ・レイのものだ。 頬を弾ませ思わずハンガーへ向けて駆け出しかけたハマーンだったが、突然現れた人影に前を遮られ、たたらを踏んで立ち止まった。 「失礼、ハマーン・カーン様ですね? お待ちしておりました。私はランバ・ラルの妻、ハモンと申します」 見上げるとそこには美しい金髪を結い上げた、落ち着いた眼差しの大人の女性が微笑んでいる。 ハマーンは少しだけ後ずさりし、気を取り直した様に「いかにも私はハマーンだ」と、何時もの調子で気張った名乗りを上げた。 「主人からハマーン様を丁重におもてなしするよう託って(ことづかって)おります。 そちらのミハル・ラトキエさんと、ご一緒に」 「え・・・あ、あたしも?」 いきなり自分の名前を呼ばれたミハルは目を丸くした。 これから先はジオン要人の娘であるらしいハマーンと、単なる難民でしかない自分の扱いは違って来るだろうと密かに覚悟していたのである。 でも他人からぞんざいに扱われるのは慣れていたし、大佐やハマーンの傍に自身の拠り所さえあれば何て事は無いと、そう思っていたのだ。 しかし戸惑うミハルの横でハマーンは安心したように胸をそびやかせた。 「当然だ。ミハルは私の命の恩人なのだからな!」 「ありがとう、ハマーン・・・」 ミハルはそんなハマーンを優しく抱き締める。 そんな彼女にクスクス笑いながら近付いたハモンは、ミハルの耳元でそっと囁いた。 『・・・シャア大佐がね。あなたの事をくれぐれも、ですって。あなた、大佐のお気に入りなのね』 「!」 その瞬間、ミハルはハマーンを抱き締める力を思わず強めてしまい、ハモンの言葉が聞こえなかったハマーンは満足そうな顔でにこにことミハルを見上げた。 そんな少女たちの様子を見て何かを察したらしいハモンは、それ以上は何も言わず、微笑みながらミハルからさりげなく身を離した。 614 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/05(日) 00 05 48 ID h6jtlQ4o0 [3/4] 「2人ともお疲れでしょう。お部屋を用意してあります、こちらへ」 「ま、待って。その前にあの格納庫に行きたい・・・んだ」 踵を返して歩き出そうとしたハモンに慌てて訴えるハマーン。 ハモンが振り返るとハマーンは先程アムロ達のMSが入っていったハンガーを指さしている。 「あそこにはMSや重機があってとても危険です。 それに正直に言いますと、部外者の侵入は作業をする人達の邪魔になるのです」 「そうだよハマーン、アムロにはまた後で会えるさ」 少しだけ顔を曇らせたハモンと、慰めるようなミハルの視線に一旦はおとなしく頷いたハマーンだったが、ミハルとハモンが並んで後ろを向き、何かを小声で話しながら歩き出した隙にそっと列を抜け出し、脱兎の如く格納庫へ向かって走り出した。 走りながらハマーンがちらりと振り返ると、何だかモジモジしながらハモンの問いに答えているミハルの後姿が見えた。 遠目で判るほどに耳が赤い。 めずらしい事に普段あれだけ気の回るミハルが、ハマーンが自分の後ろからいなくなった事に全く気付いていないのである。 2人が何を話しているのかは判らないが、取り敢えずはラッキーだと彼女は小さく舌を出して笑みをのぞかせた。 戦場にそぐわない、愛らしい12歳の少女がツインテールを揺らして疲れ切った兵士達の脇を風のように駆け抜けてゆく。 何故こんな娘がここにいるのだと擦れ違う兵士達は一様に唖然としたが、それでも溌剌とした躍動感に溢れる少女がハンガーの中に消えるまでの間、彼女の姿を眼で追っていた兵士達は、暫し疲れを忘れる事ができた。 634 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/12(日) 01 52 03 ID 5jGRBxGU0 [2/5] 息せき切って駆け込んで来るなり、ハマーン・カーンは格納庫内部に充満する暑さと猛烈な機械油の臭いにむせかえってしまった。 クレタ島やロドス島のMSハンガーは空調がきちんと効いていたのだが、どうやらここはそうではないらしい。 口を押さえてせき込みながらもハマーンはきょろきょろと目を細めて辺りを見回し、アムロの姿を探す。 やがてハマーンの目が次第に建物内部の暗さに慣れてくるに従って、ハンガーの中にはハモンの言った通り、整備中のMSがずらりと立ち並んでいるのが見えてきた。 殺気立って仕事に臨んでいるメカニック達が機材を抱え彼女の側を次々と通り過ぎてゆくが、意外な事に、この少女を咎めだてる者は誰もいない。 血走った瞳の作業員達の表情から鑑みるに、余計な事にかかずらわっている時間は無いらしい。 しかし遂に、誰にも注意されない事を良い事に格納庫の奥に歩を進めようとしたハマーンを、 「ちょっと!あなた何!?」 という、鋭い声が竦ませた。 驚いて振り返ったハマーンが目にしたのは、ちょうど今、彼女の後から格納庫に入って来たらしい少女が物凄い剣幕でこちらを睨み付けている姿だった。 髪を無造作なポニーテールに纏め、ハマーンよりも1~2歳年上だと思われるその少女は、奇妙な事に背後に巨大な体躯の軍人を従えている。 「ここは部外者立ち入り禁止よ!?さっさと出て行きなさい!!早く!」 ポニーテール少女は建物の外を指差して大声で喚き立てた。 しかし、ほとんど自分と同年代にしか見えない少女の偉そうな物言いに、ハマーン生来の負けん気が燃え上がった。 「黙れ!私は部外者ではない!!新型MSのテストパイロットだ・・・った事もある!!」 「あのねえっ!つくならもっとマシな嘘をつきなさいよ!! あなたみたいなガキんちょがMSに乗るほどジオンは落ちぶれちゃいないわ!!」 「ガ、ガキんちょだと貴様!?私を愚弄したなっ!? き、貴様こそガキんちょのクセに!部外者はここから出て行け!!」 「ははん!」 その途端、ハマーンよりも少しだけ背の高いその少女は腕組みをし、上から目線でせせら笑った。 「お生憎様、私はここの技術主任なのー!!残念だったわね」 「なっ・・・!?貴様こそ、もっとマシな嘘をついたらどうだ!!」 少女の自信たっぷりな態度に内心たじろぎながらもハマーンは、負けてはいない。 場合によっては取っ組み合いさえも辞さない構えだ。 「あーもう面倒くさいなあ・・・オルテガ中尉、この子をここからつまみ出してちょうだい」 「えっ!?ここで俺に振るのか・・・!?」 一歩も引かないハマーンに業を煮やしたポニーテール少女は腕組みしたまま首を巡らせ、ついに背後の軍人に命令を下した。 しかし、軍服を着た類人猿似の大男には明らかに躊躇いがある。 「当ったり前じゃないの。こういう時の為に中尉はいてくれてるんでしょ?」 「いやしかし、この子はどう見てもメイより年下だしなあ・・・手荒なマネはだな・・・・・・」 「ん、もうっ!」 小さく両肩を怒らせ片足で地面を踏みつけたポニーテール少女に言外に役立たずと言われ、巨漢の軍人はその身体を申し訳なさそうに縮み込ませた。 その時、 「ハマーンじゃないか。どうしてこんな所にいるんだ?」 誰かが大声で彼女の名を呼んだ。 ハマーンが振り返ると、バーニィやニムバスら見知った顔を含む数人の男達と共に歩き来ていたアムロ・レイがこちらに向けて手を振っている。 アウェイのフィールドで心強い味方を見つけ出した時の笑みを、瞬時にハマーンは浮かべた。 635 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/12(日) 01 53 03 ID 5jGRBxGU0 [3/5] 「アムローッ!!」 しかし彼女がその名を口にするよりも先に、何と目前の生意気なポニーテールが彼の名を呼びながらハマーンを片手で突き飛ばし、ハマーンがよろけている隙に彼女の横を抜けてアムロに掛け寄り、あろう事かしっかりと抱きついてしまったのである。 「メイ!?」 「おかえりアムロ・・・!!」 ハマーンはあんぐりと口を開けた。どうやら二人は知り合いだったらしい。 もしかして、ここ恋人どどっど同士だとでも、と真っ白になりかけたハマーン。 しかし良く良く見れば、アムロは抱きついてきた少女をどうしたものかと持て余している。実はそれほど親密な仲、という訳でもないらしい。 それを抜け目なく見て取ったハマーンは、剣呑な息を吐き出して辛うじて平常心を取り戻す事ができた。 「久しぶりだな、メイ!」 「バーニィ!あなたも無事だったのね!良かった!!」 「ははは、ついででも嬉しいよ」 生意気なポニーテールは横から顔を出したバーニィにも笑顔を向けた。 アムロに抱きついたままでの挨拶に、バーニィは片目をつぶって苦笑している。 「そういえばアムロ、痛った――――――――――いっ!?」 真面目な目をしてアムロに何かを言い掛けた少女の尻を、その時すたすたと歩み寄ってきたハマーンが思い切り蹴り上げたのである。 腰の入った見事なミドルキックに少女の臀部はドスッと重い音を立て、その身体は瞬間、エビの様にのけぞった。 「離れろ!アムロが困ってる!!」 「~~~~~~~~~~てんめェ・・・やんのかこらぁ―――――っ!!」 「キャ――――――――――ッ!?」 アムロから離れ、涙目でお尻を押さえていた少女はハマーンのツインテールの片方を思い切り引っ張った。 「おお、こりゃいかん」 一行の最後尾から事の成り行きをニヤニヤと面白そうに眺めていたランバ・ラルだったが、泥沼のキャットファイトに発展しそうな雲行きに慌てて周囲の男達にブレイクを命じた。 絡み合って地面に転がった2人の少女は彼らの手でようやく引き離され、荒い息を吐きながら互いににらみ合った。 「落ち着けってば!やめろハマーン!!」 「放せアムロ!あ、あいつは私の顔を引っかいた!」 ハマーンの背後からフルネルソンの要領で両腕を拘束していたアムロは、彼女の右頬にくっきりと付いた3本の赤いミミズ腫れを見てゾッと肩をすくめた。 「何よ!何でアッチがアムロで私の方にはバーニィが来るのよ!!」 「そ、そんな事いていていて!足を踏むなメイ!!」 ハマーンと同じ体勢でバーニィに捕まえられているメイと呼ばれたポニーテール少女は、バーニィの拘束を振り解こうと彼の足を踏みまくっている。 「2人共いい加減にしないか!彼女はメイ・カーゥイン。 14歳だけど優秀なエンジニアなんだ。ここの技術主任でもある」 「え?ほ、本当に!?」 アムロの言葉にハマーンは目を丸くして暴れるのを止めた。 「この子はハマーン・カーン。 マハラジャ提督の娘さんで、地中海のクレタ島ではMSの開発にも携わっていた」 「ええ!?その子の言ってた事、嘘じゃなかったの!?」 メイもアムロの説明にびっくりし、バーニィの足を踏むのを忘れた。 「・・・聞いた事があるわ。ザビ家直属の何とかって機関が、地上でもニュータイプ専用のMSを開発してるって話」 一時の興奮が去り、冷静に話し始めたメイからバーニィはホッとして手を放した。 636 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/12(日) 01 54 17 ID 5jGRBxGU0 [4/5] 「そう。あなたが・・・・・・嘘つき呼ばわりして、ごめんなさい」 素直に自分の非を認め、頭を下げたメイに戸惑ったハマーンは、ばつが悪そうにそっぽを向いた。 その様子を見たアムロも、もう大丈夫そうだなと彼女の腕をそっと放す。 メイはハマーンの事を痛々しそうに見つめている。 今もってジオニック社と太いパイプを持つ彼女は、今大戦においてキシリア・ザビ首魁の秘密機関が、年端もいかない子供達を使って行っている非人道的な研究の事を伝え聞いていた。 サイド3からやって来たアンディがクランプとコズンを伴い、マハラジャ提督の娘の救出に向かった事をメイは知っていたし、ジオニックの別ラインから地中海の島に実験施設がある事を聞き及んでいた彼女は、アムロの言葉で全てを諒解したのである。 俯いていたハマーンが、顔を上げぬまま口を開いた。 「・・・本当の事を言うと、私がやっていたのはシミュレーションテストだけなんだ。 MSに乗った事なんて一度もない・・・だから、テストパイロットというのは、本当は・・・」 あれほど意固地だったハマーンが、ぽつぽつと素直な心情を零している。 自分に向けられた敵意にはあくまでも対抗するが、正直な気持ちには我知らず正直な気持ちで答えてしまうしおらしさが、今のハマーンにはあった。 「ううん、あなたは私の知らないMSの立派なテストパイロットよ」 いきなり自分の両手をメイに握られて、ハマーンはハッと顔を上げた。 「あなたにアドバイスを貰う事だってあるかも知れないわ。 だから今後はあなたがハンガーに入る事を許可します。その代わり、作業場では絶対にヘルメット着用よ。守れる?」 「も、もちろん!」 ハマーンは顔を輝かせながらにっこり笑っているメイの手をぶんぶんと振った。 何となくアムロを巡る争い(!)はウヤムヤになり、2人の少女が仲直りしたらしい事を察して、彼女達を取り囲んでいたアムロ、バーニィ、ニムバス、ル・ローア、レンチェフ、オルテガ、そしてラルからも安堵の溜息と笑顔が漏れる。 何せこの場にいる漢達は、揃いも揃ってうら若き女性の扱いを不得手としている者ばかりであるからして、こういう局面では全くと言っていいほど役には立たない。 「そう言えば、オルテガ中尉はメイがあれ程くっ付いているアムロをぶっ飛ばしたりはしないんですね」 「アムロの奴には借りがあるからな・・・まあ仕方あるまい」 興味深そうにこっそり話しかけて来たバーニィにオルテガは神妙に答えたが、すぐに歯を剥き出してニタリと笑った。 「だが貴様がもしメイにチョッカイを出したりしたら・・・容赦はせんぞ」 「め、滅相もないです!」 思い切り首を振りながら全否定したバーニィに、オルテガは良い心がけだと笑いながらその肩を二度三度と結構な力を込めて叩いた。 689 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/28(火) 00 03 42 ID zAFEL8nQ0 [2/5] 「ラル中佐、本当に我々はシャア大佐の援軍に向かう必要はないのですか」 「若ほど戦上手な武人はおらん。引き際は弁えておられるさ。 それにライデンやシーマ殿も同行しているのだ、心配は無い。我等はただ、御帰還を待っておれば良いのだ」 目の前の騒ぎが一段落したのを見て本日何度目かの進言を口にしたル・ローアだったが、ラルに自信たっぷりにそう返されてしまえば、うるさ型の彼も引くしかない。 アムロはシャアに対するラルの信頼の深さを改めて思い知り、小さくは無い羨望を覚えた。 果たして自分は、彼と同様にラルの信頼を勝ち得る事ができるのだろうか。そんな事を考えながらアムロはメイの横に立つ巨漢に眼を向けた。 「そう言えばオルテガ中尉。ガイア大尉とマッシュ中尉はどちらにおられるのですか?」 「あいつらはそれぞれ別の小隊を率いて哨戒中だ、俺はまあ後詰めって訳だ。 こんな状況じゃあ、黒い三連星はバラけていた方が効率がいい」 こんな状況というオルテガの言葉に、アムロは広い格納庫内を見渡しながらなるほどと頷いた。 ずらりと並ぶハンガーラックに懸架・格納されているMSや兵器の類は良く言えば多種多様、悪く言えばあまりにも雑多でまとまりが無さ過ぎた。 整備待ちのMSと重機が互い違いに鎮座している、奥に見えているのは巨大な戦車であろうか。 現場の混乱が察せられるというものだ。取り敢えずやって来た部隊を到着順に詰め込みましたというのが恐らくは正しい。 これら、この地にかき集められた人員、機材を「使える部隊」に再編成する際、それを率いる能力を持つ小隊指揮官は、極めて貴重な人材だ。 普段はチームで行動している黒い三連星の3人は、それぞれが熟練の指揮官に匹敵する実力を持っている。どんな部隊も彼等に任せておけば間違いは無いだろう。 オルテガがバックスとしてここに陣取っていたからこそ、ラルはゲラートに指揮を任せ、フェンリル隊の援軍に駆けつける事も出来たのである。 「――――ラル中佐は、おいでになりますか」 その時、凛然と響き渡った涼やかな声に、一同は全員、格納庫の入り口を振り返った。 逆光の中に立つ、ラルの名を呼んだ女性のシルエットは繊細で、あたりを払うかの様な気品がある。 瞬間、吹き込んできた風にまばゆい金髪がさらりと流れ、女性の肩できらきらと輝いた。 690 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/28(火) 00 04 46 ID zAFEL8nQ0 [3/5] 「セ・・・セイラ、さん・・・?」 判っている筈なのに、アムロは思わず息を呑み、そう呟かずにはいられなかった。 「あっ・・・!」 背後から強く差し込む日差しに輪郭をぼやかしたセイラがアムロを認め、彼女は光の中で笑顔になった。 ラルやメイをはじめ、ここに常駐している人間が軒並み日焼けをしているのとは対照的に、セイラの肌は以前と変わらず、透き通るほどに白い。 細くゆるやかな曲線を描く眉、聡明な意志の強さを秘めた切れ長の蒼眼、すらりと流れる形の良い鼻梁、笑う時に両の口角が悪戯っぽく上がる桜色の唇。 ―――だが そのどれもがアムロの知るセイラのものでありながら、以前の彼女と比べて圧倒的に何かが違う。 薄暗いガレージを急ぎ足でこちらに駆け寄る彼女の全身が、まるで陽の下から抜け出たそのままに、淡く光ってほのかに輝き続けている。そんな風に見えるのだ。 これは一体どういう事なのだろうとアムロは何度も瞼をしばたかせた。 横に立つバーニィも、セイラがこちらに近付いて来るにしたがって次第に強まる存在感に気圧され、眩しそうに目を細めている。 サイド3の上流階級で育ち、貴婦人と呼ばれる淑女を見慣れているはずのハマーンもセイラの醸し出すオーラに圧倒され、言葉をなくした。 仕方無さそうにハマーンの隣でメイも溜息をついている。しかし目前のセイラから目を逸らす事はできない。 「何と麗しい御方だ・・・」 同様にニムバスも感服した声で呟き、騎士らしい仕草で静かに拝礼の姿勢を取った。 真面目なル・ローアは好意的な視線を送り、レンチェフですら野卑な態度を自重してしまう。 辛うじて平静を装えているのは彼女を誇らしげに見やるランバ・ラルと、あくまでもメイのガードポジションに立つ事に拘りを見せるオルテガぐらいのものだ。 しかしその2人にしても、はたして内心でどうなのかは定かではない。 「姫様は美しくなられただろう」 「ラル中佐・・・?」 いつの間にか横に並んだラルがそっと囁き、アムロは我に返った。 「お前達と別れ各地を転戦するうちに、姫様は苦戦する我が隊の中である種の覚悟を決められた様だ」 「覚悟・・・」 「うむ。自分を偽らず、本来あるべき姿に戻られる事を、是とされたのだろう」 「あるべき姿・・・」 惚けた顔でうわ言の様にラルの言葉を反芻するアムロの前に、遂にセイラは辿り着いた。 距離が近いとより一層確信が持てる。 美しさと共に、何となく他人を拒絶する雰囲気をも内包していたかつてのセイラとは、明らかに違う。 今のセイラの輝きは、老若男女を問わず、あまたの人間を魅了せずにはおれないだろう。 691 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/09/28(火) 00 05 47 ID zAFEL8nQ0 [4/5] 「お帰りなさい、アムロ」 「 」 嬉しそうに頬を上気させたセイラは心もち潤んだ瞳をアムロに向け、それを直視したアムロは胸の鼓動が一気に高まり、咄嗟に返事をする事ができなかった。 「・・・無事にまた会えて本当に良かった。みんな・・・とても、心配していたのよ・・・?」 「す、済みませんでした・・・」 どうして良いか判らず、取り敢えず頭を下げてしまったアムロにセイラは小さく吹き出し、左の目尻を軽く曲げた右手の人差し指で払った。 以前よりセイラの髪は伸びている。長くなった分、横への広がりが控え目になり、軽く肩と背中にかかる感じに落ち着いている。 そのプラチナブロンドをさらりと揺らし、セイラがバーニィに視線を移してようやく、アムロは息をする事を思い出した。 どうも呼吸も忘れて彼女に見とれていたらしい。きっと頭がくらくらしたのは酸欠のせいでもあったのだろう。 「もちろんあなたの事もよバーニィ」 「自分ごときにきょ、きょ恐縮でありますっ!」 セイラの笑顔に直立不動で答えたバーニィに、さっきとはえらく態度が違うじゃないのとメイが呆れた目を向ける。 「大人っぽくなったわ。2人共、何だか逞しくなったみたい」 セイラにそう褒められた少年兵2人は顔を見合わせて大いに照れた。 が、赤くなっているアムロの顔とは裏腹に、その態度にただ事ではない何かを感じ取ったハマーンの顔がみるみる蒼白となった。 次の瞬間、目の前に展開する不可視のバリヤーを突き破る勢いでハマーンは前に出、バーニィを押し退けてセイラの前に立っていた。 その際ハマーンのヒジが鋭角的にバーニィの脇腹にぶち込まれ、瞬間息の止まった彼は脇にくず折れて悶絶しているが、断じてわざとではない。 「私はハマーン・カーン。アムロは・・・私を助け出してくれたのだっ!」 「・・・!」 瞬間、セイラの眼はハッと見開かれ、目の前の少女を見る眼差しが真剣なものに変わった。 「ど、どうしたんだよ、ハマーン」 先程激しくやり合ったメイとはまるで格の違う相手を前にして、ハマーンの顔には焦りの色がありありと見て取れる。 必死で自分の腕を掴みセイラを睨み付け、どうだとばかりに胸を張っているハマーンを見て慌てるアムロとは対照的に、セイラは静かに彼女を見つめている。 しかし、やがて彼女も凛として口を開いた。 「私も、アムロに助けられたの。私にとっても、アムロは命の恩人よ」 「えっ・・・!?」 一瞬、セイラの清辣な眼光に射竦められた気がしてハマーンは硬直した。 不覚にも、牽制したつもりが真っ向から受けて立たれ、逆に虚を突かれてしまったのである。 「・・・姫様、それがしへの用向きを伺いましょう」 更に何かを口にしようとしたセイラをしかし、穏やかな声音のラルが絶妙なタイミングで制した。 セイラはあっと我に返り、ここに来た本来の目的を思い出して含羞の表情を浮かべる。 「そ、そうでした。先ほどジェーン・コンティ大尉がユーリ・ケラーネ少将の元から戻られました」 「む、それではいよいよ」 「はい。戦略情報部の今後の動きが判明したと」 「承知しました。それでは至急、ブリッジに戻ると致しましょう」 きらりと眼光を強めたラルが頷くと、固まりかけていた場の空気が再び動き出した。 ここを立ち去る切っ掛けを得てホッとした様子のレンチェフとル・ローアは、後送されるニッキを見送りにそそくさとポートへ向かい、メイは複雑な表情を浮かべながらもアムロにまた後でねと言い残し、オルテガを伴ってハンガーの奥に消えた。 一方、ブンむくれたままのハマーンは残りの一行と共にブリッジに向かう途中、血相を変えてやって来たミハルとハモンに大目玉を食らう事となった。 797 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/10/13(水) 20 23 36 ID Km1FE2n60 [2/5] 冥い眼をした女であった。 無造作に切り揃えた癖の強い金髪を揺らし、その女が小型陸戦艇【ミニ・トレー】のブリーフィング・ルームに入って来た途端、部屋の温度が急激に下がったと感じたのはマット・ヒーリィだけではなかっただろう。 まるで目に見えない死神を纏わり付かせている様な陰の気を、女は全身から発散させていた。 「アリーヌ・ネイズン技術中尉以下ガンタンク小隊3名、只今到着いたしました」 アリーヌ、そして彼女と共に敬礼している2人を見て、ミケール・コレマッタ少佐は皮肉気に唇を歪めた。 「ふん、何とか間に合ったな。本日までに間に合わなかった場合、貴様等は揃って監獄へ逆戻りしていた所だ」 「なにをっ!?我々が遅れたのも、ヨーロッパのあちこちに駆り出されていたからだ!!」 色をなして詰め寄ろうとした部下の一人を無言で抑えるアリーヌ。その眼は冷静である。 アリーヌの部下で激昂した男は黒人、もう一人は白人だ。年齢はそれぞれ20代後半から30前半程だろうか。 ガンタンク小隊を名乗った3人ともが、幾度も修羅場を潜り抜けて来た面構えをしているところを見ると、彼等の言い分に嘘はなさそうだ。 しかしどう見ても20代前半にしか見えない小娘のアリーヌが、大柄な2人の男を完璧に支配下に置いている事をマットは奇妙に感じた。 階級が全てである軍隊では若輩者が部隊の長を務める事は珍しくは無いが、そういう場合、往々にして実力のあるベテラン兵が影ながら隊を取りまとめているものだ。 しかし、目の前の彼等は違う。 感情的に出た部下の行動を咄嗟に抑えた事で、彼女がかりそめの隊長ではないことが窺い知れる。 「ご心配は無用です。我々には確固とした目的がありますので」 「ふふふ、戦争終結後に特赦が出る様に精々頑張る事だ」 暗さを深めた眼で無表情に言い切ったアリーヌに対し、コレマッタはまたもや皮肉めいた笑いを向ける。 特赦・・・という事は、この3人は囚人兵なのかとマットは少なからず衝撃を受けた。 「貴様らガンタンク小隊と、そこにいる実験部隊の2人・・・」 こちらを振り向いたコレマッタに対し、マット・ヒーリィとラリー・ラドリーの2人は揃って渋面を浮かべる。 コレマッタが呼んだ実験部隊とは、マットが所属するMS特殊部隊第3小隊を指す。 今はこちらの方が通りがいい事も確かだが「実験部隊」はあくまでも蔑称なので本来、部隊長が直属の部下を指して使うべき言葉ではない。 それを判っていてあえて使う。つまりコレマッタとは、そういう男なのであった。 「そして、その戦技研の女を加えた我が第44独立混成部隊は!」 言いながらコレマッタは部屋の片隅に立つクリスチーナ・マッケンジーを横目でねめつける。 病的なその眼差しがねっとりと絡みつくと、気丈なクリスも生理的な嫌悪から、肌をゾッと粟立たせずにはおれなかった。 「・・・これより123高地攻略部隊の支援に向かう!」 「123?我々は144高地に向かう筈ではなかったのですか」 不審気な目を向けそう聞き返したマットも、彼自身の信念とはベクトルが逆方向を向いているこの上官を心の底から嫌っていた。 しかし麾下の部隊を次々に死地に追いやり消滅させる代わりに戦果を上げるコレマッタの手腕は、現場の強烈な批判とは裏腹に、ジャブロー上層部からはある程度の評価をもって受け容れられているのも事実だった。 結果としてコレマッタは依然として大隊指揮官であり続け、彼の元に配属された兵士達は消滅し続けた。 彼の部隊が【死神旅団】と一般兵から忌み嫌われる所以である。 ここ数日間行動を共にし、コレマッタをつぶさに観察してきたマットは、彼は信用するに値しない上官だという結論を早々と弾き出していた。 だからマットはいざとなれば、無体な命令から身体を張って部下を守る覚悟も決めている。 そしてその機会はそう遠くない日、例えば、今、この瞬間にも――― 訪れるのではないかという漠然とした予感もあった。 798 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/10/13(水) 20 24 47 ID Km1FE2n60 [3/5] コレマッタはそんなマットの心情を知ってか知らずかくくくと笑った。 彼は猜疑心が強くヒステリー気質で、常に他者を見下し嘲笑する癖があるが、目下の者に対してはそれがあからさまに態度に出る。 「貴様はバカか?少しは頭を回らせろマット中尉。予定は変更されたのだ!!」 そんなの判る訳ねえじゃねえかとラリーが小声で毒づく横で、マットは無言で眉根を寄せた。 正式に発表されてはいないが、オデッサに篭るジオン軍が思いの他しぶとく、ここ暫くの間で連邦軍は相当の痛手を受けているらしいと専らの噂だ。 特に黒海の対岸に展開していた大規模長距離砲撃部隊が壊滅したというのが事実なら、連邦軍の思惑は大幅に狂わせられた筈だ。 ややもするとレビル将軍率いる本隊の到着が遅れているのも、戦局の悪化と関係があるのではないのかと勘ぐりたくもなって来る。 マットたちの部隊は当初こことは違う大隊に配属される予定だったが、急遽コレマッタの【死神旅団】に編入される事になった。 彼等の直接の上官であるコーウェン准将とクリスの所属する戦技研究団は共に悪名高き【死神旅団】の下に配下の優秀な人材を置く事を回避しようとしたが、結局はジャブロー本部の決定に抗う事は出来なかったのである。 「123高地を包囲している部隊の損耗がヤケに激しいのだ。全く・・・お粗末な話だ! あれだけの数を揃えても、ジオンの屑共を抑え切れんとはな!」 難儀な事に、自分のセリフに興奮して来たらしく、コレマッタの声は次第に大きくなってゆく。 「しかし私が出向くからには無様なマネは絶対に許さん! 現場に到着後、準備が整い次第、貴様らには正面突撃を敢行してもらう!」 「待って下さい」 大仰な手振りを交え、まさにこれから熱弁を揮おうとしたコレマッタをマットの冷静な声が遮り、熱狂に水を差されたこの上官は不機嫌そうに、今度は器用にアゴを歪めた。 「第3小隊だけなら構いません。しかし我々は今回、戦技研のテストパイロットであるマッケンジー中尉をガードする任務があります。 彼女を残して突撃する訳には行きません」 「何を言っている?その女も貴様らと共に突撃するのだから問題は無いではないか」 「彼女が突撃!?そんなバカな!!」 事も無げに言い放ったコレマッタにマットは驚いて食い下がった。 「何がバカだ貴様!?」 「彼女は戦闘要員じゃない! それに新兵器のロングレンジライフルは射程距離を大きく取らなければ正確なデータが・・・」 「ここの指揮官は私だ!全ての采配は任されている!」 「あなたは何を言っているんだ!!」 マットは語気が荒れるのを押さえる事ができなかった。 新兵器の開発は今後の戦局を左右しかねない重要なプロジェクトの筈だ。 だがこの上官は貴重なテストパイロットを一般兵と同様に考え、使い潰そうとしているとしか思えない。 「ぎゃあぎゃあ騒ぎなさんなよ中尉殿」 矯正されるのを覚悟の上でコレマッタに詰め寄ろうとしたマットを、今度は醒めた眼のアリーヌが、はすっぱな口調で遮った。 799 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/10/13(水) 20 25 49 ID Km1FE2n60 [4/5] 「どうせ先陣はあたし達が切る事になるんだ。あんたらはその女のお守りしながらゆっくりついて来ればいいさ」 「何だって?」 怪訝そうにマットは聞き返す。RX-75ガンタンクなら良く知った機体だが、到底先陣を切れる様なシロモノではなかった筈だ 「勝手な事をほざくな中尉!!貴様らタンクは陸戦ジムのバックアップだ!!」 案の定、コレマッタが激昂した声で喚き散らしたものの、アリーヌは当惑顔で隣の黒人を見上げた。 「バックアップ?そりゃどうやればいいんだクズワヨ」 「さぁ?今までムリヤリ先陣を切らされてばかりでしたからねえ」 彼等のやりとりをコレマッタは全身をプルプルと震わせながら見ている。 プライドの異常に高い彼にとって、他者に馬鹿にされる事ほど我慢のできない事は無いのだろう。 「貴様ら・・・上官侮辱罪で・・・」 「お言葉ですがね隊長さん。この地上で『這いつくばった』あたし等のスピードに追いつけるMSなんて、ありゃしないんだよ」 「ガンタンクごときが・・・」 「ただのガンタンクじゃない!陸戦強襲型ガンタンクだ!!」 憎々しげに呟いたコレマッタにアリーヌは噛み付きそうな勢いで叫んだ。 しかしその耳慣れない名前をマットは確かめずにはおれなかった。 「陸戦強襲・・・何だって?」 「RTX-440の事ですね」 その時、部屋の隅でそれまで沈黙を守っていたクリスが初めて口を開いた。 アリーヌは意外そうに声の主を見やる。その顔にはほんの少しだが、人間的な表情が戻った様にマットには思えた。 「ほおう。あんた知ってるのかい」 「直接ジオン軍のMSと交戦する事を想定して開発された機体だと。でも確かあれは情報を盗まれて開発中止に・・・」 「あんたが戦技研で何を聞かされたか知らないがRTX-440は完璧さ!!それをあたし達が証明してやる!!」 「・・・・・・」 対峙する女性達の間でコレマッタが例によって何かを喚き散らしたが、その場の誰もがもう彼の事は眼中に無かった。 「途中休憩を挟んだとは言え、12時間以上走り通しでここに辿り着いたんだ。少しばかり寝かせて貰うよ」 「待て貴様!話はまだ済んでいないぞ!!」 2人の部下を促して踵を返したアリーヌにコレマッタは憤慨したが、振り返ったアリーヌは彼ではなくクリスとだけ一瞬視線を合わせると、キーキー騒ぐ上官を無視し、そのまま部屋を出て行ってしまった。 「よし、俺達も行こう。今のうちに少しでも身体を休めておくんだ」 「了~解ッ!」「わかりました」 「ま、待て!!」 アリーヌ達に続き、マットと彼の指示に嬉々として応じたラリーとクリスも唖然とするコレマッタの横を悠々と通り過ぎてブリーフィング・ルームを後にした。 その直後、偶然部屋の前を通りかかったオペレーターが、中で何事かを叫びながら、コレマッタが部屋備え付けの備品を手当たり次第に叩き壊しているであろう音を耳にしたが、何も聞かなかったフリをして足早にその場を離れたのは賢明であった。 そしてその約4時間後――― 不穏な空気を載せたまま、第44独立混成部隊は鉄の嵐が吹き荒ぶ東へと進路をとったのである。 922 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/11/16(火) 20 36 04 ID TeAiC3Jo0 [2/5] 【青い木馬】のブリッジで赤い軍服を着た男が皆の前でヘルメットとマスクを外すと、ゆるくウエーブのかかった金髪の下の精悍な表情が露わになった。 「ミハル」 シャアが初めて見せる素顔に周囲が微かにどよめく中、彼はドアの脇に立っていた少女を呼び寄せ、手に持っていたヘルメットとマスクを彼女に預けると、そのままセイラの前に進み出た。 「ああ・・・キャスバル兄さん!」 「すまないアルテイシア、苦労をかけたな・・・!」 胸の中に飛び込んだセイラを男は静かに抱き締め、2人は互いに目を閉じたまま暫しの間抱き合った。 「ハモン、ワシは夢を見ているのか・・・」 「いいえ現実ですわあなた。これはすべて、あなたが現実になされた事です」 ラルにとって、かつて父親と共に仕えたジオン・ズム・ダイクンの忘れ形見である若き兄妹の抱擁は、まさに夢にまで見た情景だった。 「いいや、ワシ一人がやれた事など僅かだ。この邂逅は、皆の力がなければ成し遂げる事はできなかった・・・」 ラルは感動に震えた声でブリッジを見渡した。 今ここにいるブリッジ・クルーは躁舵手のアコースを筆頭に、その全てをラル隊のメンバーが勤めている。 最初こそぎこちなかったものの、今や彼等は自在にこの連邦製の強襲揚陸艦を操れる様になっていた。 手塩にかけたラル自慢の部下達、百戦錬磨の部隊の極めて高い順応力が、今回またしても証明されたのである。 部屋の中央キャプテン・シートの横にはシャアと共に無事帰還したクランプとコズン、その脇には今回バイコヌールから駆け付けたシーマとライデンがいる。 特にバイコヌール基地司令代理シーマ・ガラハウのバックアップが無ければ、ここまでスムースに事は運ばなかったに違いない。 ありとあらゆる手段を用いて青い木馬隊への補給を優先させているにも関わらず、マ・クベを納得させるだけの表向きの体裁を整え、他からの文句を完璧に封じ込めて見せたシーマ。 その手腕は、意外と言っては失礼だが彼女の戦略的な経理事務処理能力の高さを浮き彫りにした格好となった。 そしてシーマの指示を実行すべく、実働部隊を一手に率いて各地を飛び回ったジョニー・ライデンの活躍も見逃せない。 彼とシーマの呼吸はまさに阿吽のそれであり、シーマはその辣腕を実にのびのびと揮う事ができたのである。 彼等の後方ではサイド3のアンリ・シュレッサーからの勅使、アンディが安堵の笑顔を浮かべている。 誠実で任務に忠実、MSパイロットとしての腕も確かなアンディは使い勝手のいい男だ。 彼の情報とアンリから送られた新型MSが、青い木馬隊に新たな力と道筋をもたらしたのである。 戦闘要員はドアの向かって右側に、まず闇夜のフェンリル隊が陣取っている。 指揮官のゲラートをはじめル・ローア、レンチェフに加え、つい今しがた哨戒任務から帰還したばかりのマット・オースティン、シャルロッテ、ソフィの面々だ。 皆が皆、頼もしい顔つきをしている。オデッサに後送されたニッキは心配だが、幸いにも命に別状は無いとの事だ。 フェンリル隊は他に3名のメンバーがいるが、ダグラス・ローデンの隊と共に遊撃任務に就いており、現在はこの場所を離れている。 ツワモノ揃いの彼等は、今後とも信頼に足る働きをしてくれるに違いない。 923 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/11/16(火) 20 37 07 ID TeAiC3Jo0 [3/5] 顧みれば黒い三連星、ガイア・オルテガ・マッシュの3人が、後部コンソール用のシートに背中を預け、それぞれがリラックスした姿勢でこちらを眺めている。 ちゃんとオルテガの隣にはメイ・カーウィンの姿があるのが微笑ましい。 誇り高き武人である彼等には相応の実力が備わっている事は言うまでも無いだろう。 彼等は基本的に自由な行動を約束されている特殊な小隊だが、数奇な縁で今は完全に青い木馬隊に草鞋を脱いでいる。 リーダーのガイア曰く『ここは水が合う』のだそうだ。彼等にはこれからも、これまで以上の活躍をして貰わねばなるまい。 そしてブリッジ側面大型スクリーンの前に立つ3人。 アムロ、ニムバス、バーニィという、シャアを助け今後のジオンを担うであろう若武者達の姿がラルの心を打った。 中でも特に、以前はキシリアに傾倒していたというニムバスを心酔させ、わだかまり無く年上のバーニィを従え、端倪すべからざるMS操縦技術を発揮するアムロ・レイは無限の可能性を秘めた逸材だ。 何よりも彼がセイラと共にジオンに降って来なければ、シャアとセイラ、いや、キャスバルとアルテイシアは戦場で互いに刃を向け合っていたかも知れないのだ。それが、悲劇的な結末にならなかったと、どうして言えよう。 若者の未来はジオンの未来でもある。 ゆくゆくは自分の後継者・・・などとおこがましい事を言うつもりは無いが、どんな事があろうとも彼等の身は守り通してやらねばならないとラルは固く心に決めている。 アムロ達の横にはマハラジャ・カーンの娘ハマーン・カーンと先程シャアからヘルメットとマスクを受け取ったミハル・ラトキエという少女がいる。 と、ハモンはそれまで誇らしげにブリッジにいる人間を見渡していたラルが、シャアのヘルメットを抱き締めているミハルで視線を止め、一転表情を曇らせた事に気がついた。 「どうされたのです、あなた」 「・・・ハモンよ。何故にあのような娘がここにいるのだ」 ミハルを凝視したまま小さくそう呟いたラルの横顔を見て、ハモンは咄嗟に真意を測りかね、眉根を寄せた。 2人は一同からやや離れた場所に立っている為、小声で話す彼等の会話は余人に聞こえていない。 「どういう意味です?」 「何故にキャスバル様は、あんな何の変哲もない難民の娘を傍に置いているのだと言っている」 少しばかりの険を含むラルの言葉に、なにがしかを合点したハモンは、更に眉根をきつく寄せ口を開いた。 「ミハルはとても気立ての良い娘ですわあなた。私は直に彼女と話し、そう確信しました」 「ならん!キャスバル様は大事なお体なのだぞ!玉の輿を狙うおかしな虫が付いては一大事・・・!」 小声でそう言いながらハモンを振り返ったラルは、そこで初めてハモンが自分に怖い顔を向けている事に驚いて口ごもった。 「・・・そう、おかしな虫が付いては一大事なのだ」 「虫?あなたは女性を虫扱いするのですか。あなたはそんな」 「待て。すまん、虫は言い過ぎだった、許せ」 本気で怒ったハモンは怖い。すかさず詫びる事でラルは最悪の事態を回避した。このあたりの空気の読み、流石は青い巨星である。 「しかしワシは認めんぞ。側女にするにしても、あの娘の器量では・・・」 「・・・あなた」 往生際悪くぶつぶつと文句を垂れる青い巨星にハモンは呆れた目を向ける。 戦う事以外は不器用な気骨の軍人ランバ・ラルが、キャスバルという若き当主の将来を慮るとこうなるのだろう。 ハモンに言わせれば是非も無いが、頑固なラルの性格を知り抜いている彼女はアプローチを変える事にした。 「何事かをミハルに申し付けてみれば宜しいのです。そうすれば恐らく、あなたの彼女を見る目も変る事でしょう」 「言われるまでもないわ。あの小娘に自らの分と言うものを弁えさせてやるまでよ。 何よりも、それがキャスバル様の為でもあり、あの娘の為でもあるのだ」 その口調といい態度といい、口うるさく若殿の世話を焼きまくる御家老といった様相を呈して来たラルである。 しかし、今後ダイクン派の旗頭となるキャスバルの傍に上がる女性にはそれ相応の覚悟と才覚が必要となるのは紛れもない事実なのだ。 うるさ方の家臣や近従を総じて納得させる事ができなければ、どちらにせよキャスバルの側に居続ける事など不可能だろう。 そういう意味で、ラルの言い分にも一分の理はある。 ミハルにとっては災難だろうが、今回の件はその試金石になる筈だとハモンは思った。 そして、ハモンはミハルを見守る様に、頑張りなさいと心の中でエールを送ったのである。 924 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/11/16(火) 20 38 11 ID TeAiC3Jo0 [4/5] 「・・・ランバ・ラル」 「は・・・ははっ・・・!」 セイラを抱いたまま後方に控えるラルに声をかけたシャアは、ハモンと小声で何事かをやりとりしていたラルが、慌てて居ずまいを正すのを少しだけ待ってから言葉を継いだ。 「心から礼を言う。よくぞ今日まで妹を守り通してくれた」 「勿体なきお言葉・・・!」 「また、皆に世話をかける事になる。宜しく頼むぞ」 「ははっ・・・!」 深く畏まるラルにシャアは信頼の目を向け、首を巡らせてゲラートにも頷いた。 「クランプ、皆に状況の推移を報告してくれ」 「は」 シャアに名指しされたクランプは、ラルとは対照的に緊張を感じさせない物腰で笑った。 ここ暫くの間シャアと行動を共にしてきた者の余裕である。 「1415時に連邦軍小規模駐屯地を襲撃、主に61式戦闘車両撃破、確認戦果37。 損耗なし、負傷なし。1430時までに総員、敵地より撤収。続いて―――」 紙資料を挟み込んだバインダーを片手に報告を続けるクランプの後ろで両腰に手をやっていたコズンが、目が合ったアムロに右手の親指を立ててニカリと笑った。 「攻撃対象を北東20に駐屯していた同規模部隊に変更、1450時までにこれを壊滅、撤収。損耗、負傷なし」 「予想外に敵の数が多くて、ここで弾が切れた。まあやろうと思えばもう一箇所ぐらいはいけたとは思うがな」 クランプの後を引き継ぐ形でライデンが発言すると、シャアは首を横に振った。 「いや、十分な戦果だ。ここは無理をする所ではない」 「大佐の言う通りさジョニー、今回は挨拶代わりなんだ。焦るこたないさ」 シャアに続きシーマにも窘められたライデンは、首をすくめて了解の意を示す。 「流石は若様の指揮。見事なものです」 「おだてるなラル。それとな、その、若様はやめてくれ」 少々困った顔をしたシャアの苦言に、ラルは右拳の下側を左の掌にポンと打ちつけた。 「おお、そうでしたな!キャスバル様は今や我らの頭領。それでは御屋形様と・・・」 「い、いや、そうではない。私の事は大佐でいい」 普段はクールな兄の珍しく慌てた様子を見て、セイラは涙を拭いてクスクスと笑い、同じ様に笑っていたミハルと目を合わせ、遠目で頷き合った。 「あなた。キャスバル様のお立場は、私達以外の兵達にはまだ秘密にしておかなければなりませんのでしょう?」 「ぬお、そうであった。ワシとした事が喜びのあまり浮かれておった・・・!」 ハモンの言葉を受けたラルが思わず片手を後ろ頭に添えると、一同がどっと沸いた。 苦笑しながらシャアはセイラを離し、ミハルに近付くと彼女に預けてあったマスクとヘルメットを再び装着しながら口を開いた。 「ミハル、いつもの奴をここにいる人数分頼む。 この艦の厨房の場所は判るな?運び込んだ食材は好きに使っていい」 「あいよ」 無表情なマスクとは対照的に温かみのこもったシャアの声音と、嬉しそうにそれに応じるミハルの笑顔が驚いた表情を浮かべるラルの目前で交錯した。 2人のやりとりは実に自然で、若いカップルにありがちなぎこちなさが微塵も無い。 それでいて、まるで長年連れ添った夫婦の様に、短い会話の中にお互いへの信頼感が滲み出ているのだ。 「御覧なさいましたかあなた。あの2人に横から口を出すのはヤボというものです」 ハマーンを連れ、パタパタと急ぎ足でブリッジを退出して行ったミハルを目で追っていたハモンがそう語りかけたが、穏やかな目で何事かを思い巡らせている様子のラルに、彼女の言葉は聞こえていない様だった。 .
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【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part3-1 8 :1 ◆FjeYwjbNh6 [sage]:2009/01/15(木) 16 59 44.13 ID hfDYHd20 「おっと。こいつは不要だったな」 ライデンの呟きと共に、 ガンダムに向けてゆっくりと歩を進める赤いザクはおもむろに立ち止まり、 手にしていたジャイアント・バズを静かに地面へと降ろした。 「・・・!?」 アムロはガンダムを油断無く操縦させていながらも、戸惑いを隠せない。 あれは多分ガイア大尉達のドムが装備していた大型バズーカと同系の武器だろう。 なぜそんな強力なモノを自ら放棄するのだろうか。 ガンダムと赤いザクの相対距離はほぼ500メートル。 ホバー装備ではないザクが白兵戦を挑むにしても、一気に詰められる距離ではない筈だ。 ビームライフルを使うべきだろうか。 一瞬、アムロの意識がガンダムの腰にマウントされているそれに向いた瞬間、 真紅のザクの背面から爆発光が迸ったかと思えた直後、 500メートルの距離を一気に≪飛び越えて来た≫そのMSはガンダムの目前に出現した! アムロはその瞬間、全身の血液が逆流するほどのスゥェーバックをガンダムに課し、 赤いザクがいつのまにか手にしていたヒート・ホークを辛うじてかわす事しか出来なかった。 セイラの消え入りそうな悲鳴がコックピットに響いたが、 アムロはガンダムの体を捻らせザクの次なる斬撃をかわし続ける事に集中する。 「!」 それでもガンダムが一瞬の隙を突きヒート・サーベルを切り上げると 今度は体の前面に爆発光を生じさせた赤いザクは、恐るべき距離を≪飛び退って≫見せたのである。 「・・・何だこのMSの動きは・・・!」 アムロの頬を冷汗がつたう。 この挙動、先程の戦闘でガンダムを駆ってアムロがやってみせた戦法を 更に洗練させ、より暴力的に昇華させた完成形の様に感じる。 その機体は明らかにガンダムより軽量化されており、 全身に施されたスラスターパワーは恐らくガンダムのそれを上回るだろう。 「スピードで勝負すれば、負ける・・・!」 アムロはガンダムの手にしているヒート・サーベルを滑走路の地面に突き立て、 背中のビーム・サーベルをゆっくりと引き抜いた。 ダイジョウブか 12 :1 ◆FjeYwjbNh6 [sage]:2009/01/15(木) 18 09 54.76 ID hfDYHd20 基地司令室の大型モニターで見るガンダムの活躍に、 ついさっきまで快哉を叫んでいたラル隊の面々だったが、 ライデンの駆るザクの動き見た途端、それぞれが息を呑む事となった。 「あのザクはMS-06R-2・・・本来は宇宙用の高機動タイプなのさ」 次々と倒されるザクの体たらくに業を煮やしていたシーマは、 ガンダムを圧倒する動きを見せたライデンのザクにすっかり溜飲を下げた様だった。 自然と口が滑らかになっている。 「姿勢制御用のAMBACシステムを取り外し、全身に施された強化バーニアや スラスターを装備したまま極限まで軽量化されたあの機体・・・ それをライデンの操縦技術をもって地上で運用するとああなるのさ」 しかしふとシーマは顔を歪める 「・・・だが、あの白い奴が、さっきジョニーと同じ様な動きをやったのが気に入らないねえ・・・!」 そのシーマの様子を見ていたラルは、ハモンと一瞬眼を見交わすと、 そろそろ頃合かと口を開いた。 「シーマ殿は何故連邦に寝返ろうというのだ」 37 :1 ◆FjeYwjbNh6 [sage]:2009/01/16(金) 19 43 28.73 ID 74xMv6Q0 「っ・・・・・・!」 静かなラルの声に思わず振り向いたシーマの瞳には憤怒とも悲しみとも、 あるいは狂気だとも思えるさまざまな色の炎が揺らめいていた。 そして、それら全ての色に間違いなく漆黒の≪憎悪≫が染み込んでいる。 それは―― まがりなりにも、うら若い女性が一言ではとても言い表す事ができない激情の色なのだろうと ラルは理解した。 「サイド2の8バンチコロニー アイランド・イフィッシュの件は、朧げにですが聞いています。 心中、お察し致しますわ」 「・・・黙れ!、黙れ!黙りなァッ!!」 落ち着いたハモンの言葉にシーマは眼を見開き、血走らせた瞳で激昂する。 それは今までの彼女からは想像も出来ない程の取り乱しぶりだった。 その表情に表れているのは、明らかに恐怖。そして悔恨と屈辱と憎悪・・・ 「貴様などに何が判る!・・・アタシは・・・!!」 何かを言い掛けたシーマだったが、両の目を見開いたまま両の掌で自らの頬を覆い、 大きく口を開けたまま声を出す事ができなくなった。 今、彼女の怯えた瞳には、他人には決して窺い知る事のできない・・・ 恐怖で気が狂いそうなほどの一体何が見えていると言うのだろう。 眼を伏せながら『哀れな』とラルは思う。 独自のルートで伝え聞いた情報によると、 シーマの部隊はジオン軍の暗部に関わる相当に過酷で陰惨な任務を主に請け負っている。 いや、無理やり請け負わされている、と、言うべきか。 その扱いも決して報われているとはとても言えず、むしろ冷遇に近い状況であるらしい。 そして、ジオン軍による冷たい仕打ちは彼女の部隊を構成する全ての兵員に及んでいる様なのだ。 ラルには自身の身に詰まされるものがあった。 「ふふ・・・ふ・・・そうさ・・・アタシはジオンが憎い!」 静かだが、微かに狂気を秘めたシーマの笑い声に、ラルはもう一度目を上げた。 「毎晩迎えに来る亡者に・・・アタシはいつか地獄に引き摺り込まれる・・・・ それは・・・仕方がない事だろう・・・だが、このままじゃ済まさない・・・! アタシ達を舐めくさったザビ家の連中に一泡吹かし、その寝首をかいてやる! 奴等に地獄への道案内をして貰うのさ!!」 シーマはその髪を振り乱し、夜叉もかくやといった形相をラル隊に向けて言い放った。 ラルは大きく息を吐き出と、ゆっくりと噛み締める様にシーマに語りかける。 「・・・シーマ殿。実は、あの連邦の白いMS『ガンダム』には今・・・ ザビ家に暗殺されたジオン・ズム・ダイクン公の御息女が乗っておられるのだ」 39 :1 ◆FjeYwjbNh6 [sage]:2009/01/16(金) 19 46 53.06 ID 74xMv6Q0 虚を衝かれた様にシーマの動きが止まる。 「な、何だって・・・!?」 「それだけではない。ダイクン公の御子息キャスバル様も健在なのだ! 若君は今、身分を隠し名を変えて単身ジオン軍に潜入しておられる! その名はシーマ殿もご存知だろう、 ジオンのトップエース『赤い彗星のシャア・アズナブル』なのだ!」 こいつらは一体何を言っているのだ?この期に及んで自分をペテンに掛けるつもりなのか。 まるで、よろける様にシーマはコンソールに手を付いていた。 しかし名にしおうランバ・ラルが児戯にも等しい戯言を垂れ流すとは思えない。 シーマが態度を決めかねていると、ラルが言を続けた。 「キャスバル様が何をお考えで憎きジオンの身中におられるのか・・・ 我々は取り敢えず若君と合流して意志を確認し、今後の指針を決めるつもりだ。 シーマ殿。もしかしたら貴君の目論見・・・ 我々と共におられた方が、より容易すく事が運ぶかも知れませんぞ」 シーマの目から狂気が消え、次第に彼女が正気を取り戻して行くのが判る。 狡猾そうな表情も復活して来たようだ。 「ふふふ・・・作り話にしては面白いと言ってやろう。 だが、もしアタシがNOと言ったらどうするんだい?その情報と姫君を持って連邦に降るも良し、 連邦との裏取引をうっちゃって、おおそれながら、とジオンに献上するも良し・・・!」 「残念ながらそうはなりませんな」 ラルは事も無げに言い放った。シーマの駆け引きをまるで問題にしていない。 「シーマ殿はジオンを憎んでおられる。ザビ家の得になる事は決してするまい。 だからジオンに我らを献上する事は無い」 シーマは薄笑いを浮かべながらラルの言を聞いている。 「情報を持って連邦に降り監視付きの一兵卒となるよりも、ザビ家により近い今の立場において、 ザビ家自体を根こそぎ覆せるかもしれない我々と行動を共にした方が、 目的を達成できる可能性が高い」 シーマの笑いが満足そうなものに変わってゆく。 「そしてアムロ・・・いや、ガンダムのパイロットが必ず 姫様を守り通しますからな」 ラルは、さも当然だという風に胸をそびやかして見せた。 73 :1 ◆FjeYwjbNh6 [sage]:2009/01/17(土) 20 32 45.89 ID 3tU19cM0 ガンダムと間合いを取ったザクの中でライデンは、軽く舌打ちをした。 傍から見えるほど余裕がある戦いという訳でもなかったのだ。 「今ので仕留められなかったのか・・・やるねえ」 ライデンの駆るMS-06R-2は本来は宇宙専用機である。 それを半ば強引に重力下で使い、姿勢制御用のバーニアやスラスターを 地上戦で最大限に活用させるライデンの戦法は、 極端なエネルギー消費を招いてしまう為に、ほぼその運用は「奇襲」と「強襲戦法」に限られる。 どちらにせよ短時間で目的を遂行せねばならない。持久戦は苦手な機体特性となっていた。 ライデンは初撃でガンダムを行動不能にするつもりだった。 しかし有効なダメージを何一つ与えられないまま後退せざるを得なかったのだ。 これは、明らかな計算違いと言えた。 アムロはヘッドレストからスコープを引っ張り出し、素早く照準を合わせると ガンダムの頭部バルカン砲を対峙しているライデンのザクに向けて撃ち放った。 「むっ!?」 両肩のバーニアを轟かし、やや大げさにライデンのザクは飛び退りガンダムとの距離を更に取った。 バルカン砲という非力な攻撃に対しての過剰なまでの、この反応。アムロは自分の考察に確信を持った。 「やっぱり、奴の装甲は薄いんだ・・・!」 装甲を可能な限り削り落とし極限まで機体を軽量化した結果、 地上運用のMS-06R-2にはもう一つの致命的な弱点をも内包していたのである。 しかし―― その攻撃によってライデンの目の色が変わった。 その時のアンタの目はまるで好奇心に満ち溢れた子供の様だったと、 以前シーマに評された事がある瞳の色だ。 「面白い!勝負だ!」 渾名の如く、ライデンのザクは稲妻の様にガンダムに迫る! 途中で急角度にフェイントを掛けて撒き散らされるバルカン砲を掻い潜ったザクは、 そのままの勢いでガンダムの脇腹を抉り込むように右手で構えたヒート・ホークを振るった! しかしガンダムは左肘の部分で振り下ろされたザクの前腕部を弾き、赤熱刃を跳ね上げると、 すかさず右手のビーム・サーベルをザクの頭部めがけて突き出す! しかしザクは体勢を崩された勢いでガンダムの腰部を蹴り付けると同時に再度肩部バーニアを点火し、飛び下がる。 アムロは衝撃に耐えながらも離脱するザクに向けてバルカン砲を連射するが、 またもや急角度に軌道を変えたザクは安全圏まで下がり、ガンダムと対峙する位置を取った。 血が滾る。 モニターに映ったガンダムを見てライデンは、笑っている。 この俺をここまで手こずらせる奴がいたとは。 油断無くビーム・サーベルを構えるあの敵も、多分そう感じているはずだ。 お前と俺、どちらが上か決着を付けようじゃないか、今、ここでな・・・! 殺気を研ぎ澄まし、再度必殺の攻撃を見舞おうとしたライデンは、 突如通信モニターに現れたシーマにその出鼻を挫かれてしまった。 「ジョニー!事情が変わったよ!直ちに戦闘は中止だ!!」 87 :1 ◆FjeYwjbNh6 [sage]:2009/01/18(日) 19 12 52.51 ID kfsTPyg0 「ガンダムのパイロット!お前も刀を納めな!戦闘は終わりだ!!」 オール回線でガンダムにもシーマからの通信が届く。アムロは思わずセイラと本当だろうかと目を見合わせた。 しかし敵のザクは今だ戦闘態勢を解除していない。油断はできなかった。 「何だと!?どういう事だ姐御!!」 折角の気勢を殺がれたライデンはいらいらしながら怒鳴り返した。 暖気を繰り返して今まさにアクセルを踏み込もうとしていたエンジンを、 横合いからいきなり手を伸ばして切ろうというのか。 「事情が変わったと言ったろう?詳しい事は後で話す。ここに戻っ・・・」 「ふざけるな!久し振りに出会えた極上の相手なんだぞ! 要は、このMSとパイロットの雁首を並べて姐御の前に据えれば文句は無いだろう! 俺の邪魔をするな!そこで大人しく見物してな!」 モニターの中で激昂しているライデンの目を見てシーマは思わず天を振り仰いだ。 あージョニーがあのまるでオモチャを取り上げられそうになってるガキみたいな瞳に なっちまってるんじゃーしょーがないねぇー・・・ あーなるともうまともな説得は受け付けないんだよねえ。 しかし、イヤミな程完璧な男の中にある、 まーそーいう部分が可愛げがある所なんだけどねとシーマは思う。 仕方が無い。ここは搦め手で行くか。 もう一度ライデンに向き直ったシーマは 既に妖艶な笑みを浮かべていた。 88 :1 ◆FjeYwjbNh6 [sage]:2009/01/18(日) 19 14 32.08 ID kfsTPyg0 「・・・勝手にするがいいさジョニー。だが、金輪際・・・・」 「な、何だ」 シーマが醸し出すおかしな雰囲気に微かにライデンが怯む。しかしここで引く訳にはいかない。 オール回線の中、基地中に響き渡る声でシーマは明瞭に言い放った。 「金輪際、アンタには●●●●●してやらないからね!」 「ブフォッ!?」 ライデンが盛大に吹き出した。 オール回線で下ネタか。そうくるか姐御。 「●●●も●●●も今後はナシだ。それだけじゃ無いよ?アンタの好きな●●●●・・・・」 「判った!判った!俺の負けだ姐御!それ以上は勘弁してくれ!」 ヒート・ホークを放り出したザクは、 文字通り両の手を「お手上げ」して見せた。 「ふふん。最初からそうしてりゃいいのさね」 大型モニターの前でふんぞり返るシーマを見て、ラルはちらりとハモンを見やり、 やはり、最終的な手綱は女性が持つものなのだな・・・と密かに冷汗をかいた。 意味が判らない。 敵の女性司令官は一体何を言っていたのだろう。 しかし、確かに敵の赤いザクから殺気が消えて行く。それはもう、気の毒なほどに。 ・・・医学用語だったような気もするが、もしそうなら 「セイラさん」 「アムロッ!」 顔を真っ赤に染めたセイラに、 噛み付きそうな勢いでアムロは叱られ硬直した。 「お願い。私にそんな事聞かないで。いいわね?」 最初は懇願だが最後は強制だった。 その迫力に無言で何度も頷くアムロ。反論は許されないらしい。 「要救助者を救出後、各員は所定の場所で待機だ! ジョニーとガンダムの乗員は基地司令室へ出頭せよ!お前達、グズグズすんじゃないよ!」 スピーカーからキンキンと響き渡るシーマの声を聞きながら基地中の男達は全員 各々の胸の中にあった≪女って怖えなあ≫という認識を改めて共有した様だった。 102 :1 ◆FjeYwjbNh6 [sage]:2009/01/19(月) 20 31 56.73 ID Blv02R60 その後拘束を解かれたラルとハモンがモニターに姿を見せアムロに心配無い旨の通信を入れ、 第二滑走路の別働隊にもレーザー通信により「こちらで不幸な手違いがあった」 とシーマが謝罪と共に説明。 アムロとセイラは無事なので、そちらに退避して来るオルテガ、メイと合流後、 指示があるまで引き続き待機せよとの通達を与えて事態は一応の収束を見た。 その際、襲撃を直に受けたオルテガとメイは納得できないと言い張るだろうが、 そこはダグラス大佐に抑えて貰うしかない。 必要ならば後ほどラルとシーマが握手している映像付きで 「スパイ容疑は晴れた」とでも中継してやれば良いだろう。 ガンダムをザクで誘導しながら基地格納庫に戻ったライデンは、 いち早くコックピットを抜け出し、興味津々でガンダムのコックピットカバーが開くのを待っていた。 俺と互角にやりあった奴とは、一体どんなツラをしているのだろうか。 MSが駄目なら殴り合いで決着を付ける事だってできるからな。姉御もそれなら文句は言うまい。 そんな物騒な事を色々思い巡らせているうちに、唐突にそれは開いた。 まず、見目麗しい少女がガンダムから降り立つのを見てライデンは思わず口笛を吹いた。 続いて年端も行かない少年がガンダムのコックピットに姿を見せると最早、 ライデンの開いた口が塞がらなくなってしまった。 「おいちょっと待て、まさか君が、コイツを操縦してた、とか、言わないよな?」 「はい。僕がこのガンダムのパイロット、アムロ・レイです。あなたがあの赤いザクを操縦されていた方ですね?」 屈託の無いアムロの言葉に・・・まるで後頭部をハンマーで殴られたかの様な衝撃を受けたライデンは、 思わず言葉の抑揚無しで「ああそうだ」と答えてしまった。 『こんな子供にムキになってたのか・・・何なんだ俺って奴は・・・』 あまりの情けなさに頭を抱えそうになるのを必死で堪えながら、いやしかし、 このMSの動きは確かに本物だったと思い直す事で、 ライデンは辛うじて自らのアイデンティティを保つ事に成功した。 「まるでシャアみたいに凄い動きでした。いえ、それ以上だったかも知れません」 「・・・君は『赤い彗星』を知っているのか」 目の前の少年兵が明らかに自分を憧憬の目で見ているのに気が付いたライデンは、 少しだけ気を取り直す事ができた。 「何度か戦った事があるんです。でもいつも勝つ事ができなくて・・・」 ジオンのエース『赤い彗星』と何度も戦って生き残っている事の方が凄いんじゃないだろうかと思ったライデンだったが、 けたたましくハンガーに鳴り響いたコール音と、それに続くシーマの怒鳴り声によってアムロとの会話は中断された。 「ジョニー!何をモタモタしてるんだい!早く司令室に戻って来な!とっとと作戦会議を始めるよ!」 片耳を指で塞いだライデンは、 苦笑いしながら親指を後ろに突き出した。 「そういう事だ。話は後にしようぜ。俺はジョニー・ライデン。 ジオンじゃちっとは名の知れたパイロットなんだぜ?」 そう言うとライデンは右手を差し出し、アムロとがっちり握手を交わした。 120 :1 ◆FjeYwjbNh6 [sage]:2009/01/21(水) 12 04 22.08 ID cZup7aI0 「この娘がジオンの忘れ形見だったとは、驚きだな。 それに『赤い彗星』が正式なジオンの後継者・・・こりゃ公国軍が引っ繰り返るぞ」 司令室でこれまでの経緯をラルから説明されだライデンは、衝撃を隠せなかった。 そう言えばこのセイラという娘からは、シーマには皆無な、気品めいた何かを感じる気がする。 「・・・何、見比べてんだい?」 まじまじと2人を見ていたライデンは、眉間に縦皺を深く刻んだ怖い笑顔のシーマに突っ込まれ、 思わず両手を軽く挙げて降参の意を示した。 「・・・ったく。で?シャアと合流して・・・ もし奴がジオンに叛意を持っているとしたら、あんた等はどうするつもりなんだい。 ジオンにクーデターでも吹っ掛ける気かい?」 さもバカにしたかの様にシーマは鼻で笑う。 しかしこれは彼女特有の、相手の真意を引き出す為の揺さぶりであるだろう事は、ラルもハモンも承知していた。 「いや、いきなりそんな無謀なマネはせん。聡明なキャスバル様も何かお考えがあってジオン軍に伏されている筈だ。 何を為すにしても、まずは態勢を整える必要があるからな。 ザビ家を甘く見る訳にはいかん。早急に事を運んでは、必ずしくじる。 失敗は許されん。慎重に慎重を期さねばならんのだ。 暫くはこちらの真意を悟られぬよう、ジオン軍には面従腹背で当たるつもりだ」 「ふん。判ってるじゃないか。確かにザビ家は嫌いだが、あたしゃ泥舟に乗るのもイヤなんだ。 負け戦で落ちぶれて・・・夜盗まがいのならず者に成り下がるってのも御免こうむる」 この宇宙で孤立無援となり、まるで海賊まがいの行為を繰り返すしかなくなった哀れな姿の自分達が やけにリアルに思い浮かんでしまう。 悪く想像した未来像を振り払う様に、シーマはバサリと長い髪をかき上げた。 「しかし、ちょうど今おあつらえ向きに、ジオン宇宙軍はチグハグな命令系統のお陰で大混乱の真っ最中なのさ。 それに付け込んで、色々と動き回れるかも知れないねえ・・・」 シーマの何気ない言葉にラル隊は顔を見合わせる。 「シーマ殿。ドズル中将の事は聞いておられるか?」 「倒れたって話だろ?どうも死んではいないらしいが・・・詳しくは不明だ。アタシも情報を集めている最中なのさ。 今は取り敢えず全ての宇宙軍をキシリアが取り仕切っている。 が、そのせいで指揮系統が割れちまっててまともな艦隊機動が取れているのは全体の半分程度だろう。 はっきり言って今、連邦軍の大規模な宇宙反攻作戦でもあったらジオン宇宙軍はヤバイね。ま、その心配は無いだろうが」 確かに現在の連邦宇宙軍は貧弱だ。恐らくすぐに行動ができる程の戦力はあるまいとラルも思う。 しかし連戦の中で見た連邦のMSの実力は侮れない。 いずれあれらが量産され配備され始めたらミリタリーバランスは一気に崩れるだろう。 何とかその前に、我らはある程度の地盤を固めておく必要があるのだ。 急ぐ訳には行かないが、時間もさほど残されてはいない。忸怩たる思いだった。 121 :1 ◆FjeYwjbNh6 [sage]:2009/01/21(水) 12 06 55.38 ID cZup7aI0 「それよりも、今は目先の事を片付けようぜ? 俺達は『木馬』を奪い返して連邦に亡命するつもりだった。 連邦のコリニーっつうオッサンに繋ぎを付けて、首尾良く成功したら厚待遇で受け入れて貰う筈だったんだ」 「コリニー提督はレビル将軍のライバルでね。 レビル直属のクセに敵に奪われちまった最高機密の『木馬』を取り戻せば、それだけでレビルの面目を潰せるらしいんだ。 当然、その後・・・自分とレビルの立場を入れ替えるつもりなんだろうね」 ライデンの言葉をシーマが補足する。 どこの世界でも権力闘争。それは連邦もジオンも変わらない様だ。 アムロはうんざりとした思いを押し隠して大人達の話を聞いていた。 「連邦が≪オデッサ作戦≫の為に各地から終結を始めてるのは公然の秘密だ。 実はコリニーの部隊も作戦に参加する為にこの基地の第二滑走路近くのポイントに移動して来ているのさ。 アタシ達が『木馬』を占拠した後にコリニーに連絡を入れれば、 すぐに掃討部隊を送り出して第二滑走路に待機している別働隊を後腐れなく撃つ・・・ そうして『木馬』を手に入れたコリニーはオデッサという危険な戦場に赴くのを自らは回避しジャブローに凱旋・・・と。 そういう段取りだった」 滔々と語るシーマの企みにクランプは冷汗を流した。 自分達の知らないうちに周囲に張り巡らされた沢山の糸で、訳も判らずくびり殺されていた可能性だってあったのだ。 しかし今、その間隙を巧妙に抜けたラル隊は、無防備の敵に思うさまその刃を向ける事ができる対場にいる。 「・・・悪いがコリニーには『敵に一杯食わされたマヌケな提督』になって貰おうじゃないか、ええ?」 邪悪な笑顔を浮かべたシーマの言葉に、誰もが不敵な顔で同意の意を示した。 151 :1 ◆FjeYwjbNh6 [sage]:2009/01/22(木) 16 39 07.13 ID THbz56k0 一行は基地格納庫に再度移動していた。 バイコヌール基地にはMS格納庫が2棟あり、今回一行が赴いたのは先程ガンダムを格納した棟とは別の建物だった。 司令室のある建物から見てちょうど反対側になる。 ハンガーに並んだ巨大なMS群は壮観なものである。 今までに現物を見た事の無いタイプのMSもあり、思わずアムロの目が輝く。 それと同時に、やはりMS研究に関しては連邦と比べると一日の長がある・・・ とジオンの底知れぬ技術力も感じざるを得なかった。 「コリニーの部隊の本隊は更に遠い位置にいるが、本人は本隊を部下に任せ、 勲功を上げる為に別働隊を率いてのこのこと『木馬』を直接受け取りに最前線へ出張って来ている。 手筈通りに、そいつらを殺る」 事も無げにサラリと言い放つシーマの言葉に少々ぞくりとしたアムロだったが、 自分は戦争をしているのだと思い直した。 シーマはアムロに背を向けた状態で首だけこちらへ向けて両手を開き、格納庫全体を指し示す。 「アムロ、あんたのガンダムは今回の作戦では使用できない。だから代わりのMSが必要だ。この中から好きなのを選びな」 アムロはもう一度目の前に屹立した鋼鉄の巨人達を眺めた。 頭の中では以前クランプに渡されたジオン製MSのデータを捲り、目前の現物と照合している。 「今回の作戦、ハンパな奴は足手まといだ。メンバーは少数精鋭で行く。 だから、腕利きMSパイロットが一人でも多く必要なんだ。アンタの腕前、頼りにさせてもらうよ」 それは、シーマにとっては恐らく最上級に近い評価なのだろう。 ラルは自ずと口元が緩みそうになるが、面白そうな顔をして自分を見ているライデンを見て咳払いし、 さりげなく居ずまいを正した。 笑いをかみ殺したライデンは、アムロに一体のMSを指差した。 「こいつなんかどうだ?MS-08TXイフリート。殆んど純正の地球製MSで、グフとドムの良い所取りな機体だ。 ホバーこそ付いちゃいないが、足場の悪い岩場や山岳地帯ならこちらの方が、使える。今回の作戦向きだ」 ライデンの言葉に振り仰ぐと、そこには鋭いスパイクを両肩と肘に生やした重厚なMSの姿があった。 無駄な部分を削ぎ落とした雰囲気が良い感じだ。 素直に強そうだと感じるその佇まいは、恐らく戦場でも敵のメンタルに影響を及ぼすだろうと思えた。 「ダブルオーバックシェル42mm散弾を撃ち出すショットガンを筆頭に武装は強力なものが揃ってる。 ちょいと取り扱いにクセはあるが、MS-07Hを乗りこなしたっていうお前ならすぐ慣れるだろう。 ここにはこいつが2機配備されてる。だが一台は姐御専用カスタマイズ機だ。 もし今回の作戦で、お前が乗らなきゃコイツには俺が乗るぜ?」 しかしアムロは格納庫の一番奥に、 半分シートを掛けられた状態で横たわっているMSを指差した。 「もし宜しければ、アレを見せて貰えませんか? 僕の考えが正しければ、自分と今回の作戦にはアレが一番向いているんじゃないかと思うんです」 152 :1 ◆FjeYwjbNh6 [sage]:2009/01/22(木) 16 39 40.27 ID THbz56k0 アムロの言葉にライデンとシーマはぎょっとする。 目立たない様に、あえてあんな感じに置いてあったのだが・・・ 「あー・・・アレか。あれは実は預かり物なんだよねえ・・・」 「そう、別の部隊の別の御仁に拝領される筈だったMSが、何故か、 ウチの部隊で止まっちまってるっ・・・つーかな?はははは」 何となくシーマとライデンの歯切れが悪い。 恐らく価値のあるMSの横流し、あるいは書類を改竄しての横領なのだろうとラルは想像した。 連邦に降る時の手土産という線もある。いずれにせよ、その必要はもう無くなった訳だが。 「戦闘技術だけじゃなく、御目も高いって訳かい。喰えないボウヤだねぇ・・・ 判ったよ。好きなのを選べと言ったのはアタシだしね。 あんたはアレを使いな。アレ用の武器も一揃えある。使い方をマニュアルで良く確認しておくんだ、いいね」 「了解ですシーマ中佐!有り難く使わせて頂きます!」 邪気の無いアムロの敬礼にふんと鼻を鳴らしたシーマは、 一同に目を転じた。そのシーマの様子に態度ほど気を悪くしていないな、とライデンは笑う。 何だかんだで優れた男が好みなのだ、姐御は。 「予定通り30分後に出撃だ!総員、抜かるんじゃないよ!」 シーマの激に軽い敬礼で返した一同は、各々の持ち場に散って行く。 アムロは横たわっているMSに一気に走り寄ると、中途半端に掛けられていたシートを一気に取り外した。 193 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/01/23(金) 17 42 34.00 ID 1ljIoD60 カップから啜るコーヒーは鼻腔からも馥郁たる香りを存分に楽しむ事が出来、最上の美味さを得る事ができる。 連邦軍陸戦艇ミニ・トレーの艦長室でお気に入りのブルーマウンテンを味わいながら、 これが宇宙と地上の違いだとコリニー提督はつくづく思う。 宇宙用の無粋なチューブに詰められたコーヒーなど単なる泥水にすぎない。 そんな物は、口を付ける価値すらない。そんな物を喜んで飲んでいる奴は、低脳だ。 しかしまるでそれは、スペースノイドの程度の低さを端的に表している様ではないか。 自分の何気ない思い付きにコリニーはくつくつと笑う。 実際は、連邦軍の兵士達も宇宙に上がればコーヒー・チューブのお世話になる筈なのだが、 自らの考えに陶酔する彼には現在それ以外の風景は見えていない。 完璧だ。全ては思い通りに事が運んでいる。 浮き立つ気持ちを抑えることが難しい。顔面がどうしても緩んでしまう。 リスクを犯しつつ早い時期からジオン軍のシーマ中佐と通謀していた甲斐があったという物だ。 今回、そのシーマという小魚がWBという大物をまんまと釣り上げて見せたのだ。 「してやったり」のこちらとしては、多少顔面が緩むのも仕方が無かろう。 しかし全ては無能のレビルのお陰だった。 連邦の最重要機密を軍部で管理せず、殆んどシロウト同然のクルーに任せたきり放りっぱなしだったとは・・・ 常識的に考えて正気の沙汰とは思えない愚行だ。今回の事態はなるべくしてなった結果だとも言える。 実際、今回の一件で現在の連邦内でのレビルの立ち位置は微妙なものになっている。 ここで、有能な自分が「WBを奪還」して見せ、レビルの無能ぶりを連邦議会に駄目押しできれば・・・! 「艦長、秘匿回線コード7より通信が入りました、艦長の指示通りそちらへお回しします」 「・・・うむ。ご苦労」 盛り上がるコリニーの妄想を振り払ったのは、 スピーカーから発せられた、艦橋にいるオペレーターからの冷静な声だった。 194 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/01/23(金) 17 43 46.49 ID 1ljIoD60 「シーマ・ガラハウ中佐だ。調子はどうだいコリニー提督」 「余計な挨拶はいい。そちらの準備は整ったのだな? ならば、こちらから直ちにMS部隊を出撃させて第二滑走路の補給部隊を殲滅させるぞ。まずは長距離砲撃を・・・」 「待ちな。こいつは計算違いだったんだが、あの部隊には『黒い三連星』がいる。 あんたも知っていると思うが、ジオンのエース部隊で一個師団にも匹敵すると言われる猛者どもだ。 そいつらが出て来たら、MS同士の実戦経験の無いあんたらの部隊はヤバイんじゃないのかい?」 コリニーは思わず言葉に詰まった。話が違う。 補給部隊などノーリスクで一方的に殲滅できると踏んでいたのだ。 『黒い三連星』と言えば、確かレビルを捕虜にした奴等の筈だ。 勲功を絞る為に最小限の攻撃部隊しか同行させていないのが悔やまれる。 事ここに至っての大逆転負けなど笑い話にもならないではないか。 「そこでだ。あんたの手助けをしてやろうじゃないか。 現在、あたしを含めて4機のMSがそちらに向かってる。あたし等が合流したら攻撃開始だ。 砲撃と同時に『三連星』が出て来るだろうが、奴等の相手はあたしらに任せとけばいい。 あんたらは心おきなく補給部隊を殲滅させてからバイコヌール基地へ向かいな。 そこにある『木馬』と『栄光』はあんたのもんだ」 「おお・・・そうか、うむ。後程その功には厚く報いるぞ」 必死で威厳を取り繕うとするコリニーは、 『三連星』がシーマと相打ちにでもなってくれれば更に都合が良い。と、考えながら心の中でほくそ笑んでいた。 しかし、顔の見えない音声だけの通信の向こう側で・・・ シーマもまた、邪悪な笑みを浮かべていたのである。 209 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/01/24(土) 20 11 43.64 ID 0QVkidA0 「・・・何だかぞっとしない光景だね」 コリニー部隊の前衛で哨戒任務に就いていたフランシス・バックマイヤー中尉の陸戦型ガンダムは薄闇の中、 朽ちた倒木を踏み分けて近付いて来る4機のジオン製MSに、こちらの位置を知らせる為の大型ハンドライトを振りながら呟いた。 「ジオンの亡命者と共同戦線・・・上からは、ああ言われたがどうも嫌な予感がする。 いいか、奴等から片時も目を離すんじゃないぞ」 後方に位置していたギャリー・ロジャース大尉の陸戦型ガンダムが接触回線でバックマイヤーに小さく囁く。 MS操縦にはそれ程慣れている訳ではないが、見るからに手練れの4機に戦場の勘、という奴がしきりと反応する。 恐らくこういう不可思議な感覚の有無は、踏んだ場数が物を言うのだ。 現場経験の殆んど皆無なコリニー提督などには無縁のものだろうと、ロジャースは溜息を吐くしかなかった。 こちらの戦力は量産型ガンタンク2小隊の6機と自分とバックマイヤーをそれぞれ隊長にした2小隊、陸戦型ガンダム2機と 陸戦型ジム4機の計12機。 後はコリニーが座乗するMS運搬用を兼ねたミニ・トレー1艇しかない。 数だけは揃えたが、ガンタンクに接近戦は不可能だ。 こいつらが万が一牙を剥いたなら、俺達は果たして提督を守り切れるだろうか・・・ その時ロジャースには一瞬、先頭のMSの一つ目が笑った様に見えた。 全身がぞわりと総毛立つ。 これは理屈ではない。しかし、戦場では「虫の知らせ」とも呼べるこの勘に救われて来たのだ。それも一度や二度の事ではない。 ロジャースは確信を持った。 こいつ等は【敵】で、俺達を害するつもりなのだ―――と。 「待て!そこで止まれ!止まるんだ!」 ロジャースは迷わなかった。バックマイヤー機を押し退けて 手持ちの100ミリマシンガンを4機のジオン製MSに振り向けたのだ。 コリニーから通達された秘匿回線にあらかじめ通信機の周波数を合わせてあったので、その指示は相手MSに伝わっている筈だ。 思ったとおり、4機のMSは一斉に動きを止める。 210 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/01/24(土) 20 12 21.95 ID 0QVkidA0 『・・・その銃口は何のつもりだ。上官から命令を受けていないのか? それとも命令に逆らうつもりなのか!?厳罰ものだぞ貴様!姓名と階級を名乗れ!!』 雑音混じりに【敵MS】から通信が入る。女の声だ。 確かに独断でのこの行為は普通に考えりゃ極刑だろうなとロジャースも思う。 しかし、建前は後回しだ。自分の命が掛かっているとなれば話は別なのだ。 だが、上官がいきなり【友軍】の筈のMSに銃を向けた状況を目の当たりにしたバックマイヤーは、 ただ訳が判らずおろおろとするしかなかった。 「ど、どうしたんですロジャース大尉!?一体 何を・・・」 「バックマイヤー!責任は全て俺が取る。現在ここに駐屯している全てのMSを集めろ! こいつらを≪囲む≫様に布陣させるんだ!早く連絡しろ!」 ロジャースは焦っていた。目前にいる、両肩をオーカーに染め上げた紫色のMSの纏う殺気が・・・一気に増した気がしたのだ。 『どうやら、能天気な奴等ばかりじゃないらしい。連邦にも少しは鋭いのがいるって事かい。 ははは仕方ないねぇ・・・偽装はここまでだ』 何だと?今奴は何と言ったのだ バックマイヤーがその言葉の意味を理解しようとする前に、 紫色のMSの後方にいたMSが右腕をこちらに軽く振り上げるのが見えた。 直後、強烈な電撃がバックマイヤーの陸戦型ガンダムを襲う! 激しい衝撃に度肝を抜かれたバックマイヤーは、モニターが次々とブラックアウトする中、 それでも必死で意識を保ちつつ機体を操作しようとするが、 全く反応しない愛機にたじろぐ。あまりの電荷によって機能が一時的に麻痺してしまった様なのだ。 最後に残ったサブモニターに、先程の電撃を与えたであろう右手のワイヤー状のモノを収納し、 左手に装備された見るからに凶暴そうな多銃身砲をこちらに向けて構える空色のMSが見えた。 そしてそれが、彼のMSにおける最後の外部受信映像となったのである。 211 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/01/24(土) 20 14 07.79 ID 0QVkidA0 激しく打ち出され撒き散らされるガトリング砲弾に、 無防備な陸戦型ガンダムの上半身が、みるみる『削り取られて』行きそのまま横倒しとなった。 高速で回転する銃身の重さを肌で感じながらアムロは、自ら選んだ武器の凶悪さに唖然とせざるを得なかった。 ガトリング・シールド この巨大な銃身が、あの時シートから覗いていたのだ。 クランプに渡された資料によってMSのスペックは既に頭に入っていた。 MS-07B-3グフカスタム。 生産数が少なく希少な機体だ。通常のグフよりもウエイトが軽く、素早い機動が可能で足腰が強くジャンプ力も高い。 武器は3連ガトリング砲との選択だったが、迷わずこちらを取り付けた。 ジオンとオサラバするつもりだったから、何とかという大佐に届ける前にごにょごにょと、あの後シーマ中佐は言っていた。 形式だけとはいえジオンに残留する事になったから、いずれは届けなきゃいけないかねえ、とも。 そのシーマはアムロが後方から敵のMSに仕掛けた瞬間、 ヒート・サーベルの抜き打ちで目前のロジャース機の頭部を切り飛ばしていた。 バックマイヤーを瞬殺したアムロの早業に隙を衝かれたロジャースは、マシンガンの引き金を引く事も出来なかった。 崩れ落ちた陸戦型ガンダムの胸部に止めとばかりに炎熱刃を叩き込みながら、 強力なチューンを施したMS-08TXイフリートのコックピットで憂鬱そうにシーマは呟いた。 「やれやれ・・・本当はもっと敵に近付いてから大暴れするつもりだったんだけどねえ」 「悔やんでも仕方があるまいシーマ殿。多少ワシらの手間が増えただけだ。結果は変わらんよ」 ラルがMS-07Bグフから声を掛ける。こちらのグフはアムロの物とは違い純正品だ。 しかしラルが操縦する事で叩き出すその高い戦闘力は、カスタムタイプにもひけは取るまい。 「今の騒ぎで後方の敵も動き出すだろう。散開して各個撃破と行くか? 俺達ならやれるぜ。誰がオッサンの首を取るか勝負だ」 シーマと同じタイプのMS-08TXイフリートに乗ったライデンが軽口を叩く。 冗談抜きでこのメンバー、一個師団に匹敵するだろうと思える。いや、多分それ以上の働きが期待できるだろう。 浮き立つライデンをしかしシーマが抑えた。 「いや、相手に隙を見せるんじゃないよ。二人一組で行動だ。 アムロはラル大尉と行きな。絶対に突出すんじゃないよ?肝に銘じておきな!」 「了解です!」 「うむ。ワシらはこのまま進み、やって来る敵を迎え撃つとしよう。 シーマ殿達は、迂回して敵の本陣を突いてくれ。ワシらも終わり次第駆け付ける!」 ライデンとシーマのイフリートは素早くその場を離脱して行く。 アムロはラルのグフと共に進みながら、 何事かと集まって来る、敵MSに搭乗したパイロットの鼓動が次第に近づいて来るのを感じていた。 235 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/01/26(月) 01 47 04.71 ID BEXkP3M0 「緊急事態!こちらギャリー・ロジャース大尉だ! 俺達は嵌められた!ジオンのMSは【敵】だ!見つけ次第撃破せよ!繰り返す・・・!」 やって来た4機の陸戦型ジムをラルとアムロが射程距離に捉える寸前、 大きく右胸を切り裂かれ無残に破壊された陸戦型ガンダムのコックピットから這い出したロジャースは、 何とか作動した通信装置を使い、ヘルメット内のマイクを介して接近して来る部下のジム隊に エマージェンシーコールを送る事に成功していた。 ロジャースの通信を受け、慌てて一斉に臨戦態勢を執ろうとするジム隊を確認したラルは、 グフの機体を左側方向に展開させながら、最前面のジムに向け赤熱したヒート・ロッドを振るった。 MS-07Bに装備されているヒート・ロッドはカスタムタイプのそれとは違い、純粋にそれ自体を武器として使用できる。 発光したヒート・ロッドは灼熱の鞭と化し、マシンガンを構えたジムの右腕を肘の付け根から勢い良く溶断して見せた。 一方アムロはラルが動いた瞬間、逆方向の右側に機体を移動させ、 左手のガトリング砲を轟然と撃ち散らしながら大振りのヒート・サーベルを抜き放つ。 最右翼に位置していた不幸なジムはガトリング砲で蜂の巣にされ、 ジェネレーターに電光が奔った瞬間、爆発四散するのだった。 しかし高速でグフカスタムを退避させながらも、アムロは痛恨の思いでいた。 ガトリング砲の威力は確かに高いが集弾能力が低い為、ややもするとMSのジェネレーターを傷付けてしまう。 小規模とはいえ核爆発で地上を汚染したくは無い。 アムロはモニター越しにB-3グフが手にしたヒート・サーベルをちらりと見やり、また敵MSに視線を戻した。 一機の陸戦型ジムがこちらに向けてマシンガンを乱射しているが、照準が甘く、命中する気配は微塵も無い。 念の為にアムロはシールドで機体前面をガードしながら右手を敵に向けて伸ばし、ヒート・サーベルを水平に構えたまま ラルのグフとは形状の異なるワイヤー状のヒート・ロッドを発射した。 マシンガンを持った陸戦型ジムの右手にワイヤーが絡んだ瞬間にロッド先端のフックを開き、 敵を完全に拘束したB-3グフは、今度は電撃を放つ事はせず、 左手でロッドを掴むとそのまま力を込め、ジムを思い切り引き寄せる。 圧倒的なパワー差によって踏み止まる事ができなかったジムは、 バランスを崩されつつB-3グフの前に一気に手繰り寄せられ、 カウンター気味に突き出されたヒート・サーベルによって――呆気なく串刺しにされてしまった。 敵の動きが完全に止まった――事を確認したアムロがジムに絡み付いていたワイヤー先端のフックを閉じると、 シュルシュルとワイヤーはB-3グフの右手首に収納され、支えを失ったジムは音も無く地面に崩れ落ちた。 「見事だなアムロ!こちらも済んだ。シーマ殿を追うぞ!」 ラルからの通信にアムロは頷く。 そのラルが駆るグフの足元には2機のジムが折り重なるように倒れている。 アムロとラルの操縦する2機のグフは都合、1分も掛けずに倍の機数のMSを撃破してしまったのだ。 それはまるで悪夢の光景だった。 一部始終を暗視装置付きの双眼鏡で見ていたロジャースは唇を噛んだ。 同様に、ロジャースによって半壊したMSから助け出されたバックマイヤーも、味方の惨状に愕然としている。 『連邦は・・・もしかしたらジオンに勝てないかも知れん・・・』 流石に口にはしなかったが、苦い敗北感が胸中に広がってゆく。 それは、無言のバックマイヤーも同意なのかも知れなかった。 262 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/01/27(火) 18 29 04.64 ID gn1740c0 既に眼下は火の海になっていた。 目の前に布陣していた量産型ガンタンク部隊が、嵐の様に乱入して来た2機のMSによって次々と破壊されてゆく。 オペレーターの悲鳴に近い報告でミニ・トレーのブリッジに赴いたコリニーは、 艦橋の窓からその様子を半ば茫然と見下ろしていた。 「アルファ、ブラボー、両小隊長機、反応ありません!恐らく敵に撃破されたものだと思われます!」 「あのシーマが裏切ったと言うのか・・・何故だ・・・・!」 オペレーターの報告にコリニーの視界がぐにゃりと歪んだ。 馬鹿な。そんな事はありえない筈なのだ。 齢を重ねるごとにコリニーは己の審物眼に自信を持っていた。 ライバルを陰謀で蹴落とし、政敵を金の力で封じ込め、実戦ではなく権謀術数で今の地位まで上り詰めたコリニーには 薄っぺらいペテンや御機嫌取り等は一切通用しない。 いくら隠そうとしていても、言葉を交わせば交わす程、どんな人間でもその内面を見透かされていってしまうのだ。 数々の裏取引の中で見、そして感じた、あの女のジオンに対する根深い恨みと憎しみ―― まるで自らの肉を焼き骨を焦がしてしまうのではないかと思える程のザビ家に対する憎悪と憤り―― それらは全て嘘偽りの無い本物の感情だった。 そしてそれはコリニーの様な人物に対しての取引材料としては何よりも信用の置ける担保であったのだ。 冷遇されて使い捨てにされようとしている現在の自分の立場を逆転し、恨み骨髄の相手に報復の大打撃を加える―― シーマは賢しく、決して愚かな女では無い。 その彼女が絶好の機会を反故にする意味がコリニーにはどうしても見出せないのだった。 「繰り返す!我が部隊は敵の攻撃を受けている!至急応援を請う!繰り返す・・・」 通信兵が必死の呼び掛けを本隊に向けて送っているが、無駄だ、とコリニーは心の中で呟いた。 ミノフスキー粒子は戦闘濃度で既に散布が完了している。 最後の1ピースを除いて全ての準備は抜かりなく終了していたのだ。 6機のガンタンクを苦も無く全滅させたMSは、両肩をオーカーに染め上げた紫色の一体が、 バーニアを使用したジャンプで軽やかにコリニーのいるブリッジ横の舷体まで駆け上がった。 既にバズーカランチャーをブリッジのコリニーに向け終えている。 シーマはイフリート操縦席のモニターで大写しになったコリニーの口が 『な ぜ だ・・・』 と動くのをはっきりと確認してからランチャーのトリガーを引き絞った。 「済まないねえ・・・このシーマ、故あれば裏切るのさ・・・!」 その言葉はミニ・トレーの爆発音に溶け混じり、戦場を流れる一陣の風となっていったのである。 281 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/01/29(木) 16 12 05.06 ID /VRsoTo0 「コリニー提督が横死されただと・・・!?訳が判らん!一体何があったと言うのだ!?」 破壊されたミニ・トレーの残骸から何とか使えそうなエレカとワッパ引っ張り出し、 怪我人と生存者を抱え二日がかりで本隊に辿り着いたロジャースとバックマイヤー。 その二人のあまりにもズサンな報告に対してジャミトフ大佐は怒り狂った。 いくら質問を重ねても、2人の言は一向に要領を得ない。 あまりにも提督の行動は不自然に過ぎた。 何故ジオンからの亡命者ごときと合流する為だけで提督自ら赴く必要があったのかが判然としない。 しかし実際コリニーは猜疑心が強く、あの後WBと合流する手筈になっている事を2人には教えていなかったし、 敵指揮官の名前すら知らせていなかったのだ。 その結果、一兵士の事後報告が不明瞭になるのは致し方の無い事であったのだが・・・ 本来はコリニーが率いていた筈の部隊の留守居役を命じられていたジャミトフもまた、 コリニーから今回の作戦に関して殆んど何も聞かされてはいなかった。 最重要任務であるはずのオデッサに向けての進軍を一時的に止めてまで 小部隊を率いて別行動を執ると強硬に主張するコリニーに対して、 ジャミトフは反対するどころかそれを諫める進言すらできなかったのだ。 それ程コリニーの連邦内での権力は絶大な物があったのである。 訳も判らず自分が戻るまで部隊を駐屯しておく様に指示されたジャミトフは、そこに何某かの陰謀の影を感じつつも、 己の保身と秘めた野望を成就させる為にと敢えて心中の泥濘を飲み込んでいたのだ。 しかしこれで・・・終結が完了すればオデッサ作戦に参加する部隊のほぼ3割に達する筈だったコリニー大隊は オデッサへの進軍を諦め引き返さざるを得ない状況に陥った。 各部隊ごとに元いた駐屯地に分散帰還し、新たな命令があるまで待機する事になるだろう。 あくまでもオデッサに侵攻するのだとしたら、そこから再度出撃し、再びこの様な大隊を編成する必要がある。 基本的に大部隊の指揮官は将官以上でなければならず、コリニーに代わる人材の派遣は、 この期に及んでもジャブローでもひと揉めふた揉めあるだろうと思われた。 殆んど独裁政権のジオンとは違い、この様な非常事態に際して「指揮官をすげ替えて作戦続行」 ・・・できるほど地球連邦軍はフレキシブルな組織では無いのだった。 282 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/01/29(木) 16 12 28.93 ID /VRsoTo0 寄らば大樹の陰――ジャミトフは己の目算が狂った事を歯噛みした。 しかし狡猾な彼は、自分のあずかり知らぬ所で自分の運命が決められかねないこの状況を打破する公算を、 素早く頭の中で構築してゆく。 そう言えば、最近、軍の機密の流出がやけに激しい。それは現場にいるジャミトフが肌で感じる異常事態である、 軍の中にスパイがいる事はほぼ確実なのだが諜報部が躍起になってもその尻尾すら掴む事ができないでいる。 だがそれは即ち、スパイの連邦内における地位の高さが原因だったとすれば、全て辻褄が合うではないか―― 一瞬後、ジャミトフの瞳に高揚を押し隠す異常な光が宿り、その口元が歪んだ。 真実かどうかはこの際問題ではない。多少強引でも建前さえ整っておれば後は何とでもなる。 それが政治の世界というものだ。 「・・・この二人と分隊の生き残りを全員逮捕しろ!罪状は『スパイ容疑』だ!」 「な、何ですって!?」 「そんな馬鹿な!!」 ロジャースとバックマイヤーは驚いて抗弁しようとするが、両脇を衛兵に抑えられ、瞬く間に拘束されてしまった。 二人は信じられない面持ちでジャミトフを見ている。 訳の判らない作戦に追従させられ、命からがら戻ってみればこの扱いか。 「心配するな、一時的な拘束だ。こうでもせんと当事者以外の不審を招き、軍の規律が乱れるのだ。 貴様らの言い分は尋問室で聞く。それとも軍事法廷の方が良いかな?」 「・・・!」 抵抗は無駄だと悟った二人が大人しく連行されて行くのを見ながらジャミトフは、 自らの保身に繋がる最低限の土産が確保出来た事に安堵した。 あの二人にはコリニーがジオンのスパイだった事を何としてでも立証させる。 もし証拠が不十分ならば調書には「多少の改竄」も致し方の無い事だ。 その上で自分達は無実を主張するだろうから、その時は監察を名目に恩着せがましく部下に取り立ててやり、 部隊の一つも預けてやれば、身を粉にして働くだろう。 それもまた人身掌握術として有効な手段だ。 ニヤリと笑ったジャミトフは、しかしそれと同時に・・・ この確実に「オデッサ作戦のXデーは延期せざるを得ない事態」の到来に暗澹たる気持ちにもなっていたのだった。 299 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/01/31(土) 20 17 38.85 ID N3GuM6A0 ロジャース達が本隊に辿り着く2日前―― コリニー分隊の殲滅に成功したラル、シーマ、ライデン、アムロの一行は バイコヌール基地第二滑走路に無事帰還していた。 喜びのあまりB-3グフから降り立ったアムロに飛び付いたメイだったが、 シーマがこの基地の司令官だと聞いた途端、表情を険しいものに一転させシーマをびしりと指差して言い放った。 「あれが不幸な手違いですって!?冗談じゃないわ!私達、本当に死んじゃうかと思ったんだから!! ダグラス大佐!騙されちゃダメですよ!?この人、絶対悪党です!敵です!」 「・・・まあ、悪党の部分は否定しないがね」 メイの言葉に、にやにや笑いながら呟いたライデンを一睨みしてから シーマは諭す様な口調でメイに話しかけた。 「手違いというか、作戦だね。連邦をハメようってんだ、敵を騙すには・・・って言うだろう? あんたらのお陰で連邦軍の有力な将官を潰す事ができた。礼を言うよ」 「そんな理屈・・・!」 しかし―― まだ噛み付こうとするメイを、ダグラスが横合いから無言で制した。 ラルにそれとなく目で『抑えてくれ』と懇願されたのだ。 「大佐!?」 「そこまでだメイ。ここは軍隊なのだ。 この世界には不条理がまかり通る事態が数多くある。だが我々軍人はそれを受け入れるしか無い。悔しいがな」 ぐぬぬと唇を噛み締めてダグラスの言葉を聞いていたメイの目から・・・みるみる涙が溢れ出しその頬を伝う。 彼女が搾り出した「私・・・軍人じゃないもん・・・」というかすれた声は、嗚咽に混じって聞き取れなかった。 その様子を見ていたオルテガはオロオロと両のポケットを探るが、ハンカチ等という気の利いた物がそこにある筈も無い。 「感謝するダグラス大佐。しかし本日付で貴君等の隊は我が基地の所属となった。 アサクラ大佐の代行とはいえ基地指令であるアタシの命令には従って頂くが異存はあるまいな?」 「無論だ」 通称「外人部隊」と称され、殆んど使い捨て同然の扱いを受けているダグラスにとって、 階級の上下にそれほどこだわりは無い。 逆にそこで変に意固地になる事で現地の将兵との連携が阻害される事の方が余程問題なのだった。 それは今までにいくつか直面した苦い経験が物語っている。 「結構だ。それではバイコヌール基地指令シーマ・ガラハウが命令する。ここにいる全部隊を第1滑走路に移動させよ! 連邦軍の逆襲という万が一の事態に備え、速やかにこの第二滑走路を放棄して戦力を集中させるのだ!急げよ!」 300 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/01/31(土) 20 18 32.41 ID N3GuM6A0 シーマの言葉に敬礼を返し、各員が所定の位置に散ってゆく中で、マッシュがガイアに囁いた。 「これは俺の勘なんだがな。・・・俺達だけ蚊帳の外なんじゃないのか?」 「うむ。それは俺も感じていた。 どうもここの連中は全員がグルで、上から命じられた作戦を遂行する事以外に何か目的がある様な気がしてならん」 後ろからのっそりとやって来たオルテガがその話に加わった。 「俺達が撃たれた弾は間違いなく実弾だったぞ。当たり所が悪ければ死んでいた。 あの襲撃がフェイクだったとしたら、普通そこまではやらんだろう」 歩きながらガイアは顎に手をあて考え込む。 「・・・つまり、俺達を襲撃した時点ではあのシーマという女、本気だったと言う訳だ。 本気で俺達を殺り、その上で何かをやろうとしていた。しかしそれが何らかの理由で突然心変わりした。 恐らくはそちらの方が提示されたメリットがデカかったんだろう。そしてもう片方の口を封じた・・・」 「やろうとしてた何かって、なんだ」 ごくりと唾を飲み込んでオルテガがガイアに聞き返す。 「状況を考え合わせると、木馬を奪って連邦に亡命・・・これしかないだろうな 木馬と俺達の部隊を引き離した理由はそれだ」 「な!?」「む・・・」 ガイアの言葉に驚きを隠せない2人。 ガイアは続ける。 「しかし九分九厘成功していた筈のそのプランを何故あの女が投げ出したのかが判らん。 余程の何かがあるのだろうが・・・ とりあえずは、様子見だな。だが寝首は掻かれ無い様にしなければならんぞ」 注意深く3人はガウ攻撃空母に乗り込んでその姿が見えなくなった。 ガイアのその予測はほぼ正鵠を射ていた。 独立遊撃隊として戦場を渡り歩く百戦錬磨の「黒い三連星」のリーダーの見識は伊達ではなかったのである。 しかし自分達のその後姿を、シーマとラルがじっと見つめていた事を三人は知らなかった。 301 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/01/31(土) 20 18 55.21 ID N3GuM6A0 「どうするつもりだい。あいつらだけなんだろう?ジオンの忘れ形見の事を知らないのは?」 「ガイア大尉達はワシやダグラス大佐の様なダイクン派では無いのでな・・・ もし我らの真の目的を知ったらそれに賛同してくれるかどうか判らん。だから真実は伏せてあるのだ。今のところな」 「・・・ケッ!面倒臭いねえ!何ならアタシが後腐れの無い様に・・・」 「待て、シーマ殿。早まってはならん」 ラルは老獪な顔をシーマに向けて向き直った。 シーマの背中が思わずピンと伸び、それに気付いた彼女は面白くもなさそうに舌打ちした。 どうも貫禄という奴は、若輩者には分が悪い。 「ワシはあの三人を是非とも仲間に引き入れたいのだ。時を待とうではないか。 必ず彼らをモノにできるチャンスは来る筈だ。それまでは軽挙妄動を慎んで貰いたいのだ。厳にな」 「やれやれ・・・あいつらがアタシら部隊の獅子身中の虫にならなきゃ良いけどねえ」 うそぶいたシーマだったが、もし三人に微塵でもそんな素振りが見えたら・・・ 間髪入れずにに手を打とうと考えていた。 念入りに画策していた連邦に亡命するプランは後一歩の所で消滅してしまった。もう後戻りは出来ない。 邪魔者は容赦なく排除する。自分の野望は誰にも邪魔させる訳にはいかないのだ。 319 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/02/02(月) 22 59 20.15 ID mdjhNHc0 ダグラス、そしてガイア達の補給部隊と共に基地本部付きの第一滑走路に戻ったアムロは、 ラルに3日間、基地内での個室謹慎を命じられていた。 例え結果はどうであれ、ハモンを通じてラルから指示された命令を無視し、セイラを危険に晒した罪は免れない。 ラル直々にそう説明されたアムロは、異議を申し立てることなく粛々としてそれに従った。ラルの裁定に文句などある筈もなかった。 もともと命令違反は承知の上での行動であり、何よりセイラが無事でラル隊の犠牲も誰一人出さずに済んだ。 その上新たな仲間も獲得する事ができたのだ。自分1人の謹慎程度では引き合わない成果だったと言えるだろう。 「まあ、なんだ・・・ゆっくり休め。大尉も別に怒ってる訳じゃないんだ。他の奴にシメシがつかないってだけでな」 これからの3日間、アムロの謹慎場所となる個室の前でコズンは言い難そうに後ろ頭を掻いた。 しかしアムロがラルに謹慎を告げられた時、セイラを始めラル隊一同が猛然とそれに意義を唱えた。 その中でラルに最も食い下がってくれたのがこのコズンだったのだ。アムロは感謝の眼を向けていた。その気持ちだけで充分だと。 「判ってますよ。独房じゃなくこんな立派な個室で寝起きさせて貰えるんです。感謝しなくちゃ」 「大体がお前はオーバーワークなんだ、取り敢えずシャワーを浴びて何にも考えず寝ちまえ。 メシは後で届けといてやるから眼が覚めたら好きに食えばいい」 アムロは感謝の言葉を述べたがコズンは済まなそうな表情を変えずに頷くとドアを閉めた。 1人になったアムロが改めて部屋の中を見回すと、確かにそこは地上施設特有の広さがあり、 ベッドもバスルームも立派なものだった。 着替えも、ひと目で新品と判る物が一組ベッドの上に用意されている。 今アムロが着ているジオンの制服はラル隊の予備をハモンに見繕って貰ったものだったのだが、 アムロのサイズに合う物が無く、少々古びてだぶついた物を着ているしか無かったのだ。 見てくれなどはどうでもいいが、MSを操縦する時に袖がレバーに引っ掛かり気味になるのが改善されるのなら有難いと思えた。 一息ついたアムロは手早くシャワーを浴び、さっそく糊の効いたカーキ色の制服に袖を通しベルトを締めてみる。 あつらえた様にぴったりだ。スラックスの丈も丁度良く、新しいブーツも足のサイズに合った物であった。 一回り体が軽くなった気がしてアムロは鏡に自分の体を映してみた。 ふと違和感に気付く。 制服の胸に縁取りされている紋様が派手になり、無地だった襟にも階級章らしき物が付いているのだ。 これは何かの手違いだと慌てたアムロだったが、その時部屋のドアがノックされたので 戸惑いを隠せないその姿のまま来訪者を出迎える羽目となってしまった。 334 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/02/04(水) 01 09 01.33 ID ov94SYE0 ドアを開けるとそこには見知らぬ青年が仏頂面で立っていた。 片手には食事の乗ったトレーを持っている。 「バーナード・ワイズマン伍長だ。入るぞ」 アムロが何かを答える前にバーナードは、入り口に立っていたアムロを押しのけるようにしてずかずかと部屋の中に入った。 手近なテーブルの上に乱暴にトレーを置く。食器がガチャリと音を立てるがバーナードは一切気にせずアムロを振り返った。 「命令だから仕方なく持って来てやったんだ。感謝しろ」 「あ・・・はい。ありがとうございます」 謹慎中の自分は基地のお荷物に過ぎない筈だ。 青年の言っている事は正しいと思えたアムロは素直に例を述べた。 「お前が連邦から亡命して来たっていう整備兵か。 ・・・なるほど。MSを手土産にしたお陰で、今はジオンの准尉殿って訳か。いい身分だな」 バーナードはアムロの真新しい軍服の襟を見て嘲る様に哂った。 いやそれは多分間違いなんですとアムロは言いたかったが、バーナードは更に興奮気味に言葉を続け、 アムロに口を差し挟む暇を与えない。 「始めに言っておくぞ。俺はお前みたいに実力も無いくせにイカサマで成り上がった様な奴が一番嫌いなんだ! 俺は伍長だがお前には絶対に敬語なんて使わないからな!懲罰なら甘んじて受けてやる! それが現場の兵士の誇りだ!パイロット見習いになったらしいが、悔しかったら実力で俺の操縦技術を抜いてみろ! 俺がお前を一人前だと認めたら、敬礼でも何でもやってやる!」 バーナードのあまりの剣幕にアムロはたじたじとなった。 確かに自分はまだまだ未熟だ。多くの尊敬できる大人達との出会いの中で、 それはWBにいた時よりも数段実感として感じる様になっていた。彼の言っている事は間違っていないのだ。 それと同時に彼とは何処かで既に会った事があるような気がしてならなかったが、 はっきりとは思い出せずに歯痒かったアムロは、思い切って話題を振ってみる事にした。 335 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/02/04(水) 01 11 05.35 ID ov94SYE0 「僕に敬語や敬礼なんて必要ないですよ。バーナードさんはMSパイロットなんですか?」 「ん?・・・あ、ああ。前回の作戦でもJ型に乗ってあの「黒い三連星」と共同作戦を展開したんだぜ? まあ、俺以外の奴等は全部やられちまったけどな・・・だが俺は生き残った!悪運も実力のうちさ!」 アムロは衝撃を受けた。彼は「ガンダムもどき」と戦った時の戦闘で、味方のザクに乗っていたと言ったのだ。 それでは、アムロが必死で戦場から引き摺って離脱させたザク。 あの故障したコックピットハッチから必死で手を振っていたのは・・・ 「・・・何だよ。俺の顔になんか付いてるってのか?」 「い、いえ・・・」 アムロは思わず目を伏せる。ラルには自惚れるなと言われたが、もう少し早く戦場に到着できていたら、 味方の犠牲はもっと減らせていたかも知れないのだ。そう、目の前のバーナードの仲間を少しでも救えたかも知れない。 そう思うと悔恨は、拭えない。 「・・・おい、どうしたんだ。疲れてんのか?何か調子狂うなあ。 もっと高い所からガンガン言い返して来る嫌な奴かと思ってたのに」 「バーナードさんは、戦いの後、今までどうしてたんです?」 「仕方ねえなあ、バーニィで良いよ。俺の事はそう呼べ。皆からもそう呼ばれてた。 戦闘のダメージのせいで実はついさっきまで・・・ガウのベッドで三日三晩オネンネしてた。 だからその間の事は何も知らん。目覚めたら横に三連星はいるわ、ここはバイコヌール基地だわで驚いたぜ。 寝ている間の精密検査で身体に異常は無しと診断された俺は、 そのまま補充兵としてランバ・ラル中佐の部隊に編入されるそうだ」 なるほど。それではバーニィはシーマの亡命未遂事件の事を知らないのだ。それは好都合だとアムロは思った。 それどころかアムロがガンダムのパイロットである事も、 試験機のグフであの戦場に出ていた事も何故かラルからは聞かされていない様だ。 ハモンが提案したとおり表向きアムロは「MSを持って亡命した整備兵」にしか過ぎない事になっているのだった。 ラルやハモンはあくまでもラル隊以外の第三者には真実を隠し通すつもりなのだろう。 三連星をはじめダグラス隊、シーマ、ライデン達は アムロのMS操縦の腕前を見ているので正直どこまで誤魔化されているか 疑わしいが、体裁と理屈さえ整えてあれば、例えそれが屁理屈であったとしても、 そうだと言い張る事でそれが事実と化して行く。 「あのな、俺だって暇じゃない身だ。本当はお前みたいな子供、相手にしてられないんだぞ?だがな・・・」 「・・・」 「・・・判らない事は俺に訊け。仕方ないからお前の面倒は俺が見てやる」 「は?」 思わぬバーニィの申し出にアムロは眼をぱちくりした。 336 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/02/04(水) 01 11 57.80 ID ov94SYE0 「お前は今まで連邦にいたからジオンの事を何も知らないだろ。 判らない事をいちいちラル隊の皆さんに訊いてまわる様な迷惑を掛けるなって事だ。 MSの操縦だってどうせ一から始めるんだろ?俺が色々教えてやるから早いとこイッパシの戦力になれよ」 「わ、判りました。アムロ・レイです。宜しくお願いしますバーニィさん」 「俺はエース一歩手前の男だ。俺に出会えてラッキーだぜアムロ・・・!」 頭を下げるアムロの肩に、少し胸をそびやかしたバーニィが手を置いた。 紅潮させた顔でアムロの部屋から出て来たバーニィは、部屋の前で待ち構えていたクランプとコズンに気が付いた。 二人とも何故かニヤニヤした笑いを口元に張り付かせている。 「どうだった、中の奴は」 「15歳だそうです。まだヒョロついた子供じゃないですか。 俺に認められたかったらレベルを上げて見せろって、ハッタリも少々かましてビシッと言ってやりましたよ!」 クランプの問いに答えたバーニィに対してコズンがヒュウ!と口笛を吹いた。 驚いたバーニィが眼を向けると、コズンは知らん顔であさっての方を向いている。何なんだ。 「お前にアムロを任せる。これはラル中佐の方針なんだ。 頼りにしているぜバーニィ、あのルーキーに色々教えてやってくれ」 「はい。正直自分もまだまだ未熟な新米兵士ですが、全力を尽くしてご期待に副えるように努力します!」 二人にきっちりと敬礼をしたバーニィは、失礼しますと言い残して立ち去った。 後姿を見送った2人は少しだけ感心した様に話し始めた。 「こりゃ大当たりかも知れないな、ラル中佐の作戦は」 「バーニィの評定レポートを読んでラル隊に引っ張って来たのは中佐ですからね。将来性を見出したんでしょう。 あの様子だと、奴を戦場で助けた事をアムロは言わなかったらしいですな」 「これで三連星にも新兵教育の一環だとその件に緘口令を敷いた事が無駄ではなくなった訳だ。 さて・・・問題はここからだ。こちらの目論見どおりにルーキー達はお互いを鍛えあって著しい伸びを見せるかな?」 「ラル隊も新しい血が入り、世代交代の時期って訳ですか? 俺はまだ現役を続行する腹づもりなんですがね。若い奴らにゃ負けませんぜ」 「安心しろ。俺もだ」 くくく、と可笑しげに含み笑いを交えた二人は、肩を並べて基地内に設けられたバーに向かって歩き出した。 この基地にはシーマ指令の個人的な好みで上等な酒が大量に運び込まれていると聞いている。 後ほどラルやシーマ、ライデン等も合流する予定になっており、 今日は久々に楽しく酔おうと誰もが心に決めている様だった。 355 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/02/04(水) 19 40 18.86 ID jpqoMF20 バーニィは慌しく動き始めた。基地内を走り回り、資料集めに奔走している。 それが何の資料なのか判然としないが、真剣な顔の彼を誰も揶揄する事などしなかった。 その様子を通路の端からラルとハモンが眺めている。 戦時下のため高校卒業と同時に徴兵されたバーニィは、訓練部隊での錬成の際に適性を認められ、 MS地上侵攻部隊に派遣されたのである。 バーニィは決して学業は優秀といえる兵士ではなかった。 だが彼はいつも、実戦さながらの模擬戦闘訓練時にこそ本領を発揮するのだった。 地道で堅実な手段で粘り強く事に当たり、何がしかの戦功を上げるのが常だったのである。 それが例え表立って評価されづらい物であっても彼は進んでその役を引き受け、仲間からの信頼も厚かった。 普段は目立たないが、努力する事を厭わず、やる時はやる漢―― ラルは評定レポートからバーニィの資質をそう読み取った。 そして、まだまだ未知数の部分は多いが、との注釈付きながら、彼の可能性を高く評価していたのである。 「天才肌のアムロと努力堅実型のバーニィ。その二人のルーキーを組ませたらさて、どうなるかな。 楽しみじゃないか、ハモン」 「アムロの才能を目の当たりにした時、バーニィがどうするか、でしょうね。 ふて腐れて全てを投げ出す様な事にならなきゃいいのですけど・・・」 もしそうなったなら、バーニィのみならず、それはアムロの心にも傷を残す事にもなりかねない。 ハモンは言外にそう言っているのだ。 ラルはそれに対してややおどけた様な表情で答えた。 「こういうのは、子育てに似ていると思わんか。あんな子供が欲しかったのだろう?」 「ふふ、そうね。取り敢えず見守りましょうか、あなた」 仲睦まじく通路から姿を消した2人だったが、それに全く気が付いていないバーニィは、 足りない資料を揃える為にまたハンガーに向かって走り出していた。 391 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/02/06(金) 20 20 53.86 ID 6V/zc2o0 鉱山基地オデッサへ向かう連邦軍をいつでも迎撃できる様に、 バイコヌール基地の第一格納庫ではシーマ部隊のMSが常に稼動状態でスタンバイされている。 資料を抱えて格納庫に赴いたバーニィは、昼夜交代制で黙々と整備と調整に当たるメカマン達が、 それでも不平不満を決して漏らそうとしていない事に驚いていた。 サイド3から2つの部隊を経由して地上に降りた彼は、 部隊の意識を末端まで統一させる事が如何に難しい事かを知っていたのだ。 部隊司令が余程優秀な人間なのだろうかと考えをめぐらせるバーニィだったが、 目の前をスルリと横切った年端もいかない少女にびっくりして思考は寸断されてしまった。 「お、おい!何やってんだお前!ここは子供の遊び場じゃないぞ!」 思わず少女の肩を後ろから強く掴んでしまったバーニィだったが、 少女に振り向きざまにその手を払われ、遠心力を加味した平手打ちを右の頬っぺたに思いっきり食らわされた。 パチーンと異様に乾いた音が格納庫に響き渡る。その、あまりにも見事な音にメンテ中の整備兵が何人か振り返った程だ。 「あいたーっ!?」 驚愕の表情でバサバサと抱えていた資料を落っことしつつ右頬に手を当てるバーニィ。 倒れる事こそ堪えたが、かなりかっこ悪い。 いきなり引っ叩かれるとは思ってもいなかった。完全な不意打ちだった。 少女はバーニィに掴まれた方の肩に手をやり、怒りの表情でもう片方の手を腰に当てている。 「いきなり何するのよ!痛いじゃないの!」 「こっちのセリフだ!お前はなんだ!?幾つだ!?ここは危ないから早く出てけっつってんぐっ・・・!!」 懲りずに少女の腕を掴もうとしたバーニィだったが、今度は鋭いパンチをミゾオチに食らった。一瞬呼吸が停止する。 だが今回も膝がつきそうになるのを堪えるバーニィ。これが現場の兵隊の誇りだ。涙目なのは秘密だ。 「私はメイ・カーウィン!! 14歳よ。これでもMS特務遊撃隊の整備主任なんだぞ!」 「え・・・うそ・・・うわっ!?」 呆けた顔で呟くバーニィだったが、後ろからのしのしとやって来た巨大な影に襟首を掴まれ、 そのまま高々と宙に吊り上げられてしまった。 「メイの言ってる事は、本当だ」 「オルテガ中尉!?」 バーニィは驚くが、メイの居る所にオルテガあり。それは最近の部隊内では不文律となって来ている現象だった。 黒い三連星はラル隊と補給部隊の直属護衛が任務だった筈なのだが、 オルテガに限って言えば、殆んど現状はメイのボディガードと化している。 大熊の様な用心棒はニタリと笑いつつバーニィに顔を寄せた。 「良かったな若造。メイのパンチを食らっていなけりゃ俺が貴様をシメていた所だぜ。 まず、3日はメシが喰えなくなってただろうな」 「・・・自分は・・・悪運だけは・・・強いみたいですから・・・」 窒息寸前、息も絶え絶えに答えたバーニィの襟をオルテガは無造作に離した。 今度こそ尻餅をついたバーニィは、そのままゲホゲホと咳き込んだ。 392 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/02/06(金) 20 23 22.22 ID 6V/zc2o0 「で?あんたこそ何の用?MS整備の邪魔だけはしないで貰いたんだけど?」 仁王立ちになったメイが腕組みをしてバーニィを見下ろす。 当初バーニィが想定していた2人の立場が完全に逆転している。 「・・・ラル隊に配属されたバーナード・ワイズマン伍長だ。 MSの資料を集めている。OS系の。連邦のMSのと照らし合わせて比較対比表を作りたいんだ。 それと、駆動システムのアクチュエーター関連のレスポンス対比もしたい。資料があったら貸して貰えないだろうか?」 尻を払いながら立ち上がるバーニィにメイが怪訝な目を向ける。 「それって結構、機密事項入ってるわよ?目的は何?」 「連邦から亡命して来た新米兵士がいる。奴を一刻も早く一人前のMSパイロットにする為に必要なんだ」 メイとオルテガの目が丸くなる。 「新米兵士って・・・もしかしてアムロの事を言ってるの?」 「知ってるのか。そう、アムロ・レイだ。准尉の階級章を付けてたが、実力の無い奴を俺は認めん。 奴は俺がこれから徹底的に鍛えてやるつもりだ」 「実力の無い奴って、あなたねえ・・・!」 呆れながらもバーニィに突っ込みを入れようとしたメイは、バーニィの背後にいるオルテガが、 慌てて人指し指を口に当てるのを見て言葉を飲み込んだ。 『そうか、そう言えばラル中佐に口止めされてたんだっけ』と思い出したメイだったが、 アムロのMS戦闘データに惚れ込んだ身としては≪アムロに実力が無い≫と言われて面白い筈は無かった。 バーニィはこちらの様子に気付かず、言葉を続ける。 「しかし何事も基本は大事だ。訓練の前に基礎をしっかりと固める。 それにはまず連邦とジオンのMSの違いを明確にして、奴のやり易い環境を作ってやらないとな。 その上でないと鍛える事なんてできないだろ?段階を踏んで着実にステップアップして行けば、 今まで見えなかった物が見えて来るもんだ。 ちょっと慣れて来ると省いちゃう奴が多いが、『取り敢えずやれてるから良い』って感覚は一番危険なんだ。 こいつはどんなベテランでも当て嵌まる事だと思うぜ」 メイもオルテガも驚いて目を見交わした。この頼りなさそうな青年、見かけによらず意外と考えているではないか。 メイは何よりも、この青年がアムロの事をちゃんと考慮して育成計画を立てている点に好感を持った。 「いいわ。資料は渡します。付いて来て」 「ありがたい。恩に着るよ。俺自身もどんどんレベルアップして・・・アムロに抜かれない様に努力するつもりなんだ。 これからも、俺達に協力してくれると助かるんだけどな」 「まかしといてよ!」 ポジティブな男は嫌いではない。 メイは書類を拾い集めて立ち上がったバーニィに、にっこり笑って親指を立てて見せた。 403 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/02/09(月) 03 13 37.35 ID L1VK1fY0 バイコヌール基地の地下にあるラウンジを兼ねたバーに大きな歓声と笑い声が響く。 結構な広さがあるそこには、シーマの趣味に合った上等で強い酒が数多く運び込まれ、 ちょっとした酒場を凌ぐ佇まいだった。 シーマとラルの許しを得た兵士達は当直の者を除き、殆どがここに集まり共に酒を酌み交わしている。 今宵は無礼講なのだ。 酒の席での小競り合いもいくつか起こっている風ではあるが、概ね良好に親睦を深めているようだ。 やはり酒の力は偉大なのだろう。 そんな中、クランプとマッシュ、ガイアとコズンはそれぞれチームを組み、酒の飲み比べをした挙句、 どちらが勝者なのかも判然としないまま全員が伸びてしまっていた。 「せわしないですな。もう行かれるのか」 氷の残ったグラスを置いて立ち上がったダグラスにラルが声を掛けた。 「ここを離れる前に貴君らと杯を合わせられた事にこそ意義があったのだ。 なあに、我が部隊の本隊を引き連れてすぐに戻る。それまで暫しのお別れというだけの話だ」 ラルがWBを鹵獲した為、急遽上層部の指示により補給部隊として徴用されたダグラスのMS特務遊撃隊は、 大量の補給物資を自前の輸送機に積み込む代わりに 手近な基地に部隊の戦闘要員を置き去りにして来ざるを得なかったのである。 しかし今やラル隊は充実した設備と規模を誇るバイコヌール基地にたどり着く事が出来たのだ。 暫定的な補給部隊の役割は終わったと言えた。 「補給物資と共にメイ・カーウィンをラル隊に預けて行く。歳のわりにしっかりした娘ではあるが、 我が隊が戻るまで宜しく面倒を見てやってくれ」 「わかりました。ですが御心配には及びませんぞ。優秀なメカニックはどこの隊でも大事に扱われるものですからな」 「アタシも部下には全員に釘を刺してある。ラル隊とダグラス隊のお嬢ちゃん達にチョッカイ掛けた奴は殺す、とね。 ま、男共に関しては知った事じゃないが!」 強く透明な蒸留酒の入ったグラスを掲げながらシーマはケラケラと笑った。 さりげなくシーマの体をいつでも支えられる位置で控えめに杯を傾けているライデンは、 上機嫌な彼女を見てちょっとした感慨に耽っていた。 シーマはいつも何かから必死で逃げる様に酒を飲むのが常だったのだ。 まるで意識と理性をカケラでも残しておくのが恐ろしいとでもいう様な痛飲を繰り返していた。 あまりの荒れ様にライデン手ずから酒瓶を取り上げた事すらある。 そんな時シーマは、まるで子供の様に彼の腕の中で怒り、泣き、甘え、そして眠るのだった。 その彼女が今は本当に楽しそうに酒を飲んでいる。 その事が堪らなく嬉しい。 思わずラルに感謝の眼を向けてしまう。その視線に気付いたハモンが、ラルの隣の席でさりげなく視線の会釈を返した。 「ワシの部隊の男共はツワモノ揃いですから多少の荒事は望む所でしょう。 雨降って地固まるの諺もある。少しぐらいの揉め事は、お互いを知る為に必要不可欠ではないですかな」 ラルのその言葉は、まるで先程巻き起こったバーニィとメイの騒動を踏まえた様な物言いだった。 もちろんそれはラルのあずかり知らぬ事ではあったのだが。 404 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/02/09(月) 03 14 46.66 ID L1VK1fY0 「予定通り行けば5日程で戻って来れるとは思うが事態は流動的だ。その間に上からどんな命令が下るか判らんからな。 お互い場所は離れていても臨機応変に行動しよう。くれぐれも・・・姫様を頼んだぞ」 「了解です。アルテイシア様はこの命に代えましても。 それと、我が隊からゼイガンとマイルをザクと共に派遣しそちらの護衛に就かせます。 2人とも優秀なパイロットです。何かの時には御役に立てるでしょう」 「助かる。それでは暫くの間、2人を借りて行くぞ」 夜がまだ明け切る前にダグラスを乗せた3機の輸送機は飛び立って行った。 彼らがここに戻る時、戦力は更に増強される事になるだろう。 滑走路に出て輸送機を見送っていたラル達一行は、しかし基地司令室から駆け付けた伝令兵の報告に表情を曇らせた。 「何?オデッサからウラガン中尉がここに向かっているだと?」 「・・・おいでなすったな。マ・クベの命令書の付属品が」 シーマの言葉にライデンが苦虫を噛み潰したような顔で答えた。 夜半から吹き始めたバイコヌールの風は一段と強まり、午後には嵐になりそうな雲行きになって来ていた。 435 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/02/11(水) 19 56 40.68 ID YID5I/A0 アムロの部屋からバーニィが退出し、クランプとコズンが並んで部屋の前から立ち去ったのを 反対側の通路から見ていたセイラは、そおっとアムロの部屋に近寄り、周囲を窺いながらそのドアを控え目にノックした。 本来、謹慎中の兵士に面会するには許可が必要なのだ。だが今回セイラはその正式な手順を踏んではいない。 状況的には完全に「密会」であり、事が露見した場合、人によっては「逢引き」と取るだろう事は理解している。 胸の鼓動が高まり顔が熱くなっているのが判る。 しかしいくら待っても中からの返事は無い。セイラは困った。激しくドアを叩く訳には行かないのだ。 こんな所を誰かに見られたら・・・と思わず開閉スイッチを押してしまう。 果たして、ロックされていなかったドアは簡単に開いた。 素早く部屋の中に滑り込んだセイラは胸に手を当て、閉まるドアを背にして小さく息を吐き出した。 まだ心臓がドキドキいっている。こんなのは子供の頃に兄と2人、罪の無いいたずらを両親に仕掛けた時以来の感覚だ。 部屋を見渡すとアムロは、倒れ込むようにベッドに突っ伏した状態で、そのまま静かに寝息を立てていた。 何故だか判らないが一気に体の力が抜ける。 ・・・理不尽な怒りも、ちょっとだけ、湧いて来る。 それと同時にまだあどけなさの残るアムロの寝顔を見ていると、妙な可笑しさをも覚えてしまう。 セイラはそろそろとアムロに近付き、頬っぺたを人差し指で軽くつつきながら声を出さずにクスクス笑った。 良く見るとアムロは真新しいジオン軍の制服を着ている。そう言えばアムロは極力目立たせない存在とするため仕官にせず 「准尉」に任官するとラルに聞いていたのだった。 そして今やセイラの着ている制服も新しい物になっていた。 アムロと一緒にジオンに亡命した直後から、セイラはジオン軍に協力する民間人である「軍属」として、 ハモンの服を借りて着る様になっていた。 ハモンもそうだが軍属である人間には階級が無い。当然セイラもそうなる事にラルは少々渋ったが、 セイラもアムロ以上に目立ってはいけない身の上である以上、それは仕方の無い措置であった。 そしてここバイコヌール基地には、軍人だけではなく軍属用の新品の制服も豊富にストックが揃えられていたのである。 436 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/02/11(水) 19 57 15.60 ID YID5I/A0 アムロと一緒にあのコックピットにいた時、そしてアムロが戦い、見事自分を守り抜き、こちらに笑顔を向けた時・・・ セイラは確かに自らの体の芯が熱く蕩けて行くのを感じた。 それは、この少年を受け容れたいという欲望(!)の現れだったのだろうか。 それともあれは、あの特殊な状況が引き起こした一時的な気の迷いだったのか。 今まで誰にも、最愛だった兄にも感じた事は無かった感覚にセイラは戸惑っていた。 自分はどこか狂ってしまったのかも知れないと思うと、いてもたってもいられなかったから、後先考えないでここに来た。 この自分のおかしな感覚を明確にさせる事ができるなら、例えどんな事になっても、構わないとすら思っていた。 女性としてある種の覚悟を決めてから、セイラはこの部屋のドアをノックしたのだ。 しかし、もしかして自分を狂わせたかも知れない張本人は、無防備に体を投げ出して寝息を立てている。 拍子は抜けたが、愛しさは募る。それは新鮮な感覚だった。 セイラはアムロのブーツを脱がせてやってからベッドの脇にきちんと揃えて置き、 床に膝を付いてアムロの顔を覗き込んだ後、もう一度クスリと笑ってから立ち上がった。 正直な自分の気持ちに確信が持てた気がする。何よりアムロの顔が見られたのだ。今日はこれで充分だと思えた。 軽いまどろみの中、人の気配を感じた気がしてアムロは薄く目を開き顔を起こした。 しかしそこには誰もおらず、常夜灯が黄色い光を灯しているだけだった。 室内灯をいつ切り替えたっけと夢うつつにボンヤリ考えるアムロは、ふと残り香のような甘い体臭を感じ取った。 ごく自然にセイラの笑顔を思い浮かべたアムロは『いい夢が見られそうだ』と再び目をつぶり、 幸せそうな顔で・・・またすぐに寝息をたて始めた。 438 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/02/11(水) 20 10 33.36 ID YID5I/A0 「地球方面軍司令代理マ・クベ大佐よりの命令を伝える」 オデッサから到着するなり基地司令室に通されたウラガンは、 出迎えたラルとシーマを前にして、まず尊大にそう切り出した。 バイコヌール基地司令シーマへの挨拶も、WBを鹵獲したラルに対して労いの言葉ひとつ無い。 ウラガンとは、つまりはそういう男だった。 「聞き捨てならないね。いつからマ・クベ大佐は地球方面軍司令の代理をやる様になったんだい!」 「口を慎まれよシーマ中佐。全てはキシリア様のご配慮だ。 ガルマ様亡き後、地上を統括する責任者がどうしても必要だったのだ。 その任にあたられるのはマ・クベ大佐をおいておるまい。 以後、私の発言はマ・クベ大佐からのそれだとお考え頂きたい。宜しいですかな」 チッ!と吐き捨てる様に横を向き不快感を露わにするシーマに対して ラルはあくまでも冷静にウラガンの言葉を促した。 恐らくドズルが倒れた今、キシリアは己の権勢を欲しいままにして軍部を動かしているのだろう。 「連邦が世界各地から部隊を集結させ早晩わがオデッサ基地を攻略する大作戦を企んでいる事は周知の通りだ。 我が軍も現在それを迎え撃つ為に、戦力をオデッサに集中させている」 ウラガンは一度言葉を切り、一同を見渡した。 「だが、ここへ来て・・・ この基地を大きく迂回するルートで進軍していた筈のジーン・コリニー提督率いる大部隊が 謎の転進を行ったという情報が入ったのだ。 どうやら・・・コリニー提督が、進軍中に死亡したらしい。 それが病死か事故死か、はたまたその他の理由かは、不明だがな」 ウラガンは、言葉を区切りながらその場にいる人間の表情を観察している。 当然の如く、ラルとシーマは表情を動かさない。マ・クベはジオン軍の情報部を掌握している男だ。 どこまでの情報を握っているか判らないのだ、迂闊な発言は墓穴を掘る事に繋がる。 ましてやこちらは探られたくないハラは一つや二つでは無いのだ。 「これにより連邦軍は予定していたオデッサ攻撃に参加する部隊数を揃える事ができず、 オデッサ攻撃のXデーが先延ばしにされる模様だ。 その為に連邦の各部隊は、補給路確保の為に進軍速度を緩め、あるいは現在の駐屯地に足止めを食っている状態だ。 これは我が情報部が独自に入手した精度の高い情報である」 噂ではジオンは連邦の高官にスパイを送り込んでいるとも聞く。 嘘か真かは判らないが、マ・クベがこれ程自信満々に言うからにはその情報は間違いないだろうとラルは思った。 「貴様らが鹵獲した木馬と連邦のMSは当初、すぐにサイド3に送られる筈だった。じっくりと連邦の技術を解析し、 わが軍の技術力を底上げする予定だったのだ。だが、先に話したとおり状況が変わった。 巧遅よりも拙速を良しとする状況にな」 「・・・まだるっこしいねえ!結局マ・クベは何だってんだい!」 シーマが上官を呼び捨てにして声を荒げる。だがこれは多分に演技が入っている。 ウラガンの意識を散漫にし、シーマやラル達の都合の悪い事から遠ざけさせる為だ。 そしてウラガンは顔を真っ赤にしてまんまとその手に乗ってきた。 「貴様!それ以上大佐を愚弄すると上官侮辱罪を適用するぞ! 」 ニヤリと笑ったシーマが額面だけの謝辞を述べると、ウラガンは気を取り直した様に言葉を続けた。 439 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/02/11(水) 20 11 04.51 ID YID5I/A0 「貴様達にはオデッサ攻略の為に各地から集結中の連邦軍の部隊を、各個撃破して貰う。 連邦軍が大部隊を形成してしまう前に叩くのだ。 つまり、貴様らは連邦のオデッサ攻略作戦を実行不能にするのが任務だ!」 「何だってえ!?」 シーマが呆れた声を上げる。ラルもむうと唸ったまま黙り込んだ。 『無理だ』と2人は思った。なにしろ連邦軍の物量には凄まじい物があるのだ。 それが例え集結前の部隊であっても、である。 そして言わずもがなな事ではあるが、連戦を重ねるうちにどんな屈強なMS部隊でも いつかは必ず力尽きる時が来るだろう。 まさに捨石である。 「心配するな。命令を受けたのは何も貴様らの部隊だけではない。 例えばゲラート・シュマイザー少佐の隊には、もう既に命令は下っている。その他の隊にも順次命令は届く予定だ」 「ゲラート・・・闇夜のフェンリル隊か!」 ラルが更に唸り声を上げる。彼もまた、ラルとは深い絆で結ばれた漢だったのだ・・・! シーマはこの人選を聞いてマ・クベの目論見を看破した。 いくらジオンの部隊が各個撃破を行おうと、 連邦軍はその物量を頼みにいずれ必ずオデッサ基地攻略作戦を発動するだろう。 要はそれまでにいくらかでも連邦軍の数を減らせれば御の字だという事だ。 そしてこの特攻に近い無謀な作戦に投入されるのは旧ダイクン派と呼ばれるザビ家と反目した過去のある者や、 ザビ家に不要だと判断された者、あるいは何らかの理由でザビ家に疎んじられた者・・・ 今回はそれにプラスしてザビ家の威光をカサに着るマ・クベの裁量も含まれているだろう。 つまり、マ・クベの気に入らない者・・・ それら「ザビ家にとって目障りな存在」を、作戦の名の下にまとめて使い潰すつもりなのだ。 当然、連戦に次ぐ連戦を要求される事になるだろう。隊が全滅するまで、である。 その結果、連邦軍は弱体化し、ザビ家に歯向かうものを一掃出来る。まさに一石二鳥といえた。 シーマはこの悪辣なやり口にぎりりと歯を噛み鳴らした。だが表立って反抗する訳にはいかない。 彼女は深く、静かに何かを考え始めていた。 「ラル中佐にはキシリア様直々に連邦の新型戦艦である木馬を拝領するとの通達があった。光栄に思えよ? マ・クベ大佐からも・・・木馬を駆り、戦場で敵にジオンの優秀さを存分に見せ付けるが良い、とのお達しである」 戦場で目立つWBに乗るという事は連邦軍の憎悪を一身に浴びる事であり、格好の標的となる事に他ならず、 他のどんな部隊よりも撃墜される確立が高い事を意味している。 ウラガンの言葉にラルは拝礼して見せたが、ハラワタは煮えくり返る様だった。 「そして木馬に搭載されているMSだが・・・報告にあった2機のうち、 携行型のビーム兵器と共に1機はオデッサに持ち帰れとの通達を受けている。そのMSはどこだ? 格納庫へ案内せよ。オデッサに持ち帰るMSは私が選ぶ」 WBに搭載されていたMSは、修理が済んでいないガンタンクを除き、 ガンダムとガンキャノンは既に基地格納庫に運び込まれていた。 「・・・こっちだ」 シーマが先導して案内する。ウラガンは尊大な態度でそれに続いた。 473 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/02/14(土) 00 27 47.78 ID X9M93i20 バイコヌール基地第一格納庫にウラガンを案内した一行が辿り着いた時、 そこでは忙しく動き回る作業員に混じりメイ、バーニィ、オルテガの3人が集めた資料を抱えて 近くの待機スペースへ移動しようとしている所だった。 ラルとシーマの姿を確認した3人は、急いで資料を抱えたまま窮屈な敬礼をして見せる。 それに対してラルとシーマは軽く返礼を返すがウラガンは3人を無視してその前を通り過ぎ、 整備ラックに並べられたMSに近付いた。 「ほう。これが連邦のMSか。直に目にするのは初めてだな」 ウラガンは眼前に屹立する白と赤のMSを見上げて独り語ちた。 彼はシーマから手渡されていたスペック表に目を落とす。 「白い方はRX-78ガンダム。赤い方はRX-77ガンキャノン・・・ なるほど。白兵戦用と中距離戦用に特化している訳か。 ジェネレーター出力はどちらも同じ、装甲素材も同じ・・・」 そう言いながらウラガンは、敬礼を解いたままこちらの動向を窺っているメイに視線を向け、 突然甘ったるい声を出して話し掛け始めた。 「君の事は聞いているよメイ・カーウィン。 カーウィン家の令嬢でありながらその歳でジオニックの技術員でもあるそうだね? 大したものだ・・・子供みたいな可愛い顔をしていても、もう立派な大人なんだな。 その軍服の中も大人なのかな? その身体を今すぐオジサン達にも見せて欲しいぐらいだなあ」 ウラガンの下卑た笑い声が響く。その場にいた彼の3人の部下達の笑い声もそれに追従する。 メイはその舐めるような男達の視線と、嫌らしい猫なで声に生理的な嫌悪と逃げ出したい程の恐怖を感じ、 自らの体を掻き抱いた姿勢のまま言葉を出す事ができなくなってしまった。 後ろで見ていたシーマが堪りかねた様に拳を握り締めて前に出ようとするが、 司令室の前から一行に付いて来ていたライデンが抑えた。 これは奴等の手なのだ。ここでトラブルを起こせば奴等の思う壺だとその眼は言っている。 シーマはライデンの手を振り払いはしたものの、何とかウラガンに掴み掛かる事をせずに済んだ。 しかしその目は殺気を孕んでいる。 ウラガンは息が吹きかかるほどメイに顔を寄せ、囁く様に言葉を続ける。 「・・・そんな大人の君にちょっとだけ、訪ねたい事があるんだよ。いいかなぁ?」 交渉事や駆け引きは相手に呑まれた方が負ける。 ロクに頭が回らない状態ではこちらの手の内を容易に晒してしまい、 相手の言いなりの条件で交渉が成立してしまうからだ。これは年若い娘をパニックに陥らせ、 真実の情報を引き出そうとする汚い大人の卑劣な作戦だ。そんな事は判っている筈なのだが・・・ 14歳の少女は我知らず体が震え出すのを抑えることができない。いやだ。怖い・・・ またあのザクに乗り込んだ時と同じ失敗を繰り返すのかと思うと、涙をこぼさないようにするのが精一杯だった。 しかし次の瞬間、メイの視界からウラガンの姿が半分ほど見えなくなる。 横にいたオルテガがほんの少しだけ、体をメイの前ににじり出す様にしたのだ。 『いざとなったら俺がついている』・・・無言だがオルテガはそう言ったのである。 メイは思わずウラガンの姿を遮ったオルテガの大きな背中を見上げ、感謝の視線を送るのだった。 オルテガは一切メイを振り向かなかったが、メイはその行動で冷静さを取り戻し、 目の前の男から受ける嫌悪からの恐怖を振り払う事ができた。 「・・・はい。尋ねたい事とは・・・何でしょうか・・・」 しかし、メイはわざと掠れた声を出し、語尾を震えさせていた。 ウラガンはメイの様子に満足そうにニタリと笑い、 オルテガはどこ吹く風とばかりに格納庫の天井を見上げている。 今のメイは動転している少女を「演じて」いる。 パニックを起こしかけていたメイの明晰な頭脳が再び回転を始めたのだった。 475 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/02/14(土) 00 40 42.74 ID X9M93i20 「簡単な質問だ。この2機のMSのうち、より優れているMS・・・ つまり、分解して解析をした場合、ジオンの技術力をより向上させると思われるMSはどちらだと思うね?」 ウラガンのその問いにメイは間髪入れずに即答した。 「RX-77ガンキャノンだと思います」 メイの返答にウラガンは少々意外そうな顔をした。 彼は当然の如くRX-78ガンダムをオデッサに持ち帰るつもりだったのだ。 「・・・おかしいではないか。何故形式番号が若い方が出来が悪いのだ」 「出来が悪いわけじゃありません。まず・・・ RX-77は、2門の240ミリキャノン砲と手持ちのビームライフルにより、 RX-78に比べ桁違いに強力な火力を有しています」 ウラガンはもう一度ガンキャノンを見上げた。 確かに両肩のキャノン砲は隣のガンダムには無い力強さを醸し出している。 「しかし連邦の白いMSと言えばあのシャアを唸らせた完成度の高さだと聞いているぞ。 我が軍のMSが多く撃破されたのもこっちだ。どう考えても優れているのはこちらの白い方ではないのか」 「それは、一言でいってしまえばザクを一撃で破壊するほどの強大な威力を誇る ビーム・ライフルを使いこなすパイロットの腕の差です。 このRX-77にもビーム・ライフルが装備されており、 その射程距離、威力、精度は共にRX-78のそれを凌駕します。 RX-78の正規パイロットは既に死亡していますが・・・ もしこちらにそのパイロットが固定して搭乗していたなら、恐らく戦果は逆転していた事でしょう」 ウラガンは慌てて資料をめくる。ビーム・ライフルの性能は確かにRX-77の方が高い様だ。 確かにメイはウソを吐いてはいないのだ。 「装甲もRX-77の方が厚く、シールドを必要としません。 これはアウトレンジで敵を撃破する事を目的としたこのMSの特性でもありますが、 必要なら開いている片手に手持ち式のシールドを装備する事も可能です。 その場合はパイロットのサバイバビリティも更に向上する事でしょう」 「待て。機動性はどうなのだ。この赤い方はいかにも鈍重だ。 それにスペックを見ても白兵戦用の武器が装備されていないでは無いか」 「機動性に富んだMSを作り出す技術は連邦よりもジオンの方が優れています。 例えばこのMS-08TXイフリート」 メイはガレージの後方に2機並んでいるMSを指し示して見せた。 「これなどはこのRX-78に匹敵する機動性を誇ります。地上での俊敏さではむしろ上かも・・・ 我がジオンは機動力を今さら連邦のMSから学ぶ必要は無いんです。 我が軍に足りない技術は何と言ってもビーム兵器のノウハウです。 これは残念ながら連邦軍に一日の長があります。 それをモノにするにはより優れたサンプルの解析が望ましいでしょう? 例えRX-77用のビーム・ライフルを装備しても 恐らくRX-78ではそのポテンシャルを完全に発揮できないでしょう。 RX-78より優れたビーム兵器を装備し、それを運用できるように設計されているのは このRX-77だけだからです。 こちらを分解して徹底的に解析する事で確実にジオンの技術力は向上する事でしょう。 例えば、なかなか開発が進んでいない次期主力MSのビーム・ライフルなどには 恐らく良い影響を与えるのではないでしょうか」 メイは一旦言葉を切り、ウラガンを見た。ジオニック社の社員であるメイの元には MSに関するさまざまな極秘情報が集まっている。 思い当たる事があったのだろう、ウラガンは顎に手を当て、何かを考え込んでいる。 476 :1 ◆FjeYwjbNh6 [saga]:2009/02/14(土) 00 41 26.93 ID X9M93i20 「そして白兵戦用の武器はRX-78に装備されているビーム・サーベルよりも、 現時点での技術力ではエネルギーを無駄に消費しないヒート・ホーク系の武器の方が むしろ優れていると言えます。 現状ザクのヒート・ホークで連邦の戦艦はもとより RX-78の特殊装甲ルナ・チタニウム合金を切り裂く事すら可能なんですよ? MSの白兵戦でそれ以上の威力の手持ち武器が必要だとは思えません。 相手がもしビーム・サーベルで切り付けて来たとしても、 ヒート・ホーク系の武器は刃の表面に発生する力場が、ビーム・サーベルを 形作るフィールドと反発する為に、ビーム・サーベルをヒート・ホークで弾いたり受け止めたりする事が可能なのです。 これは、双方の武器にアドバンテージが存在しない事を意味します。 ビーム・サーベルの利点と言えば・・・コンパクトな収納が可能だという点ぐらいでしょう」 ウラガンがううむと小さく唸っているのを目にして、メイはもう一息だと判断した。 アムロの愛機をこんな男に持って行かれてたまるものか。 「駆動系はジオンがMSに採用している流体パルスでは無くフィールドモーターと言われる方式ですが、 これはRX-77もRX-78も同じです。総合的に見て・・・」 「判った!皆まで言うな!・・・この赤い奴を輸送機に積み込め!急げよ!」 ウラガンは煩そうにメイの言葉を遮り、手近な部下に命令を下した。 メイは胸に手を当て小さく息を吐き出しながら目をつぶり、 頑張ったよと言ったらアムロは褒めてくれるかしらと微かに微笑んだ。
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【SS】もしアムロがジオンに亡命してたら part5別館-2 385 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/10/29(木) 21 14 56 ID /DfUl1eg0 今にも泣きそうな面持ちのナナイ・ミゲルが06R-3Sの最終調整が行われているハンガーに到着したのは「模擬戦」が行われる一時間前の事だった。 通常ここは彼女には無縁の場所であったが、ゼロがこのMSに搭乗する以上、彼の調整はギリギリまで行なうべきだとするナナイのたっての希望が受け容れられたものであった。 ナナイは元々サイド6においてNT研究の傍らフラナガン博士が提唱していたサイコ・コミュニケーター(通称サイコミュ)の開発に携わっていたメンバーであり、 この施設でも施設の代表者だったマガニー博士の元、主に重力下におけるサイコミュの研究を担当していた。 (NTは緊張状態に置かれると≪感応波≫と呼ばれる特殊な波動を発し、これが周囲のミノフスキー粒子を振動させ、遠くまで伝播させるという特性がある。 その現象を受信、増幅してNTパイロットの意志のままに兵器を操らせようというシステムがサイコミュである) この施設では当初、ここに運び込まれる機動兵器に試験的にサイコミュを搭載し、重力下(水中も含む)における運用の可能性を研究する予定だった。 その為にここには、大型のミノフスキー粒子発生装置までが設置されていたのである。 しかしここで技術的な壁が立ちはだかった。 計画を強力に推し進めていたマガニーの予測に反し、サイコミュを地上(水中)で運用している既存の兵器に搭載できる程に小型化する事がどうしても叶わなかったのだ。 この時代のサイコミュシステムは「手探り状態」での開発が否めず、あまりにも大型に過ぎたのである。 結局、地上兵器にサイコミュを搭載する事は断念されてしまう。 サイコミュ搭載用の機動兵器は形状やサイズに制限の無い空間用のMAに絞られる事となり、 失意のマガニーはフラナガンに協力し開発体制を整える為に地上での研究成果を手に、宇宙へと上がったのであった。 一方クルスト・モーゼスは、独自の概念で研究を続けていたEXAMが、サイコミュのノウハウを一部システムに組み込む事によって飛躍的に運用効率がアップする事を発見してからというもの、 それまでの「施設の異端児」という汚名を返上するかの様に、サイコミュの研究に最も熱心に取り組む研究者となっていた。 彼にとってサイコミュの完成度が高まる事は、ひいてはEXAMの完成度を高める事に他ならなかったのである。 しかし、機関の方針としてはあくまでもサイコミュ研究が主導であり、いわばEXAMは副次的な産物に過ぎない筈であった。 だがそのある種偏執的とも言える研究姿勢はマガニーの目に留まり、サイコミュと平行したEXAMの研究が許され、今回暫定的とは言え施設の責任者の地位を手に入れる事ができた。 こうしてマガニーの不在を契機に、地上施設での研究はクルストを中心としたEXAMシステムの開発にすげ替わったのであった。 クルストはサイコミュの技術主任であるナナイを遠ざける形で、部下のローレン・ナカモトを中心にEXAMの特別開発チームを編成していた。 ナナイが気付いた時には試作システムは既に完成しており、NTの被験者が生体接続されるのを待つばかりの状態となっていたのである。 386 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/10/29(木) 21 16 46 ID /DfUl1eg0 被験者には、つい先日、ハマーン・カーンが選ばれた。 鎮静剤と代謝抑制剤、そして睡眠導入剤を投与され、虚ろな眼差しでシステム内のシートにぐったりと横たわった12歳の少女が、 研究員の手によって無機的にシステムに接続されて行く様子を、ナナイはモニターでただ見ているしか無かった。 直接EXAMには関わりの無いナナイは、現場に立ち会う事も許されなかったのである。 やがて全ての接続が終わり、ハマーンの横たわる棺桶に酷似した形状のシステムの外装蓋が閉じられた。 小さく外装に開けられた楕円形の窓からは被験者の顔が確認できる造りになっている筈だったが、 小柄なハマーンの顔は彼女の周囲をのたうつコードとパイプに埋まり殆んど見えなくなってしまう有様であった。 今、その様子を思い出し、慙愧の思いでナナイは顔をしかめる。 EXAMはサイコミュ以上に人間をマシンの一部と見做す忌まわしいシステムだった。 ポテンシャルは極めて高いが不明な部分も多く、起動した場合、どんな事が起こるのか全くもって予想が付かない。 クルストは自信満々だが、不測の事態が引き起こされる可能性は極めて高いとナナイは踏んでいた。 そして、クルストが、まるでその不測の事態を「待ち兼ねている」かの様に見えるのは、うがち過ぎだろうか・・・ 387 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/10/29(木) 21 17 48 ID /DfUl1eg0 ナナイの前には今、ジオン軍の一般兵が身に付けるパイロットスーツを着込んだ赤毛の少年がいる。 彼はこの後、後方に屹立する06R-3Sに乗り込み、恐るべきEXAMを搭載した08-TXと極めて実戦に近い模擬戦を行うのだ。 ≪極めて実戦に近い≫という注釈が付くのは、他でもないクルストがわざわざそう宣言したからである。 まさか実弾を使用するとは思えないが、クルストが何を考えているのか判らない以上、予断は許されない。 08-TXのパイロットのニムバス・シュターゼン大尉は苛烈な性格のエースパイロットだと聞かされた。 凶悪で不安定なシステムに手加減を知らない性格のパイロットが搭乗するのだ。 模擬戦とは言え、幾らなんでも相手が悪すぎる。 しかも間の悪い事に、少年の乗る06R-3Sはスペシャルチューンが施されてしまっている。 これはナナイが捏造したシミュレーション・データを元に機体の反応速度を80%も高めたもので、通常の人間ではとても扱えるシロモノでは無いのである。 反応が速過ぎて、戦闘速度では、まともに走ることすらままならない筈だ。 まさに虚構のNT専用機。 現在ここでNTだと認定されているハマーンですら、このMSは持て余すだろう。 このMSを自在に乗りこなせるとしたら、それは言葉は悪いが一種の「化け物」であると言えるのでは無いだろうか。 目の前のあどけない表情を残した少年には、望むべくも無い―― 「・・・ごめんなさい、ゼロ。私達、あなたに何て言えば良いのか・・・」 震える手でボードに挟まった資料を握り締めながらナナイは少年に詫びた。 この島に存在するMSが、予定通りこの一機だけだったならば、戦闘速度で機動させる必要など無かった。 通常兵器に対して睨みを効かせているだけで、MSという最強兵器の意味は十分にあったのだ。 しかし、ドアンと練り上げたその脱出計画は完全に歪められてしまった。 勇気を持って計画に参加してくれていたこの少年は、想像の範疇を超えた危険な戦いに挑もうとしている。 しかもその危機は全て、ドアンとナナイがお膳立てしたものに他ならない。 だがナナイは、この期に及んでこの少年に更に残酷な依頼をしなければならなかった。 彼女はそれを伝える為に、どうしてもここに来る必要があったのである。 「でも、もうここしかチャンスは無いの。私達は機を見て例の作戦を実行に移します。 だから・・・あなたには・・・」 だから、あなたにはなるべく時間を稼いで貰いたい。 あなたには、子供達がドアンの手引きで脱出するチャンスを何としてでも作り出して貰わなければならない―― そう、言わねばならなかったナナイは唇が震え、どうしても言葉を継ぐ事ができなかった。 そんなムシの良い頼みが、どうして出来るというのだ。 06R-3Sは機動性を高める為に徹底的な軽量化が施され、内部の装甲板が相当に抜き取られてしまっている。 例え模擬弾であっても至近距離でコックピット周りに一撃を食らえば操縦者はただでは済むまい。 少年は、自分の命を守る事で精一杯になる筈だ。 それどころか・・・・・・ 「大丈夫ですよ。ナナイさん」 俯きかけた自分に向けて掛けられた若々しい声に、ナナイは驚いて顔を上げた。 その声は、目の前の少年が発した物だと改めて気付いた彼女は瞠目する。 「ゼロ・・・あなた、声が・・・!」 「ごめんなさい。本当は数日前から回復していたんです。 でもドアンさんが『余計な事を喋らずに済むから、たとえ咽が治っても出来るだけ声が出せないフリをしておけ』って」 屈託無く笑う赤毛の少年に、こちらを責める色は微塵も無い。 そうだったのと答えながら、ナナイは彼の顔をまじまじと見つめてしまった。 「例の計画、詳しくドアンさんに船の中で聞いています。予定通りに実行するんですね」 「・・・そうよ。取っ掛かりは違っちゃったけど、私達にとって千載一遇の機会である事に違いは無いもの」 でも・・・と言い澱んだナナイに、少年はちらりと後方のMSを見やってからまた笑顔を向けた。 「このMS、今までに乗ったジオンのMSの中で、一番しっくり来るかも知れません。 何だか、そう感じるんです」 「え?ジオンのMS?・・・えっ?・・・あなた一体・・・」 慌てたナナイに苦笑しながら少年は、落ち着いた仕草でヘルメットを手に取った。 「上手くやって見せます。任せておいて下さい。それから」 ヘルメットを手馴れた様子で被りながら少年はナナイに目を向ける。 「僕の名前はアムロ。アムロ・レイです」 照れ臭そうに言いながら少年はバイザーを閉じ、呆気に取られているナナイの前で踵を返すと、 暖気を終えて彼を待つ鋼鉄の巨人に向けて歩き出した。 442 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/06(金) 18 09 36 ID AsqfvSt60 全身が蒼く塗装され、両肩に装備されたスパイクアーマーだけが真紅に彩られたニムバス・シュターゼン大尉の操る 08-TX[EXAM]【イフリート改】が、揮下の屍食鬼隊が操縦する同型の2機を従えて施設の中庭に設置された大型リフトから現れた時、 模擬戦の相手である06R-3S【先行試作型ゲルググ】は既に対峙する所定の位置に付いていた。 「成る程。話には聞いていたが、確かにザクとは全く違うフォルムだな」 ジオン本国では現在急ピッチで高性能な次期主力MS【ゲルググ】を開発していると聞く。 その新型MSの残滓が相手のMSからは濃厚に漂っている。ニムバスは面白くも無さそうに鼻を鳴らした。 「こけ脅しです。ニムバス隊長の腕前ならばあんな奴、問題無く一蹴できます」 通信機に割り込んで来たクロード中尉の言葉に、ニムバスの眉根が跳ね上がった。 「黙れ!ヒヨッコの分際で余計な軽口を叩くな!」 「し、失礼しました、お許し下さい・・・!」 恐縮して黙り込んだクロード機を見て、ニムバスは微かに溜息を漏らす。 彼の部下となる屍食鬼隊員として配属されたクロードとクローディアの兄妹は、投薬と暗示による精神操作、 脳外科手術等での≪調整≫を受けており、ザビ家と屍食鬼隊の隊長であるニムバスに対して絶対的な崇拝と服従を刷り込まれていた。 しかし彼らの兵士としての実力はお世辞にも高いとは言えず、促成栽培でMSの操縦法を叩き込まれただけの彼らでは、 実戦では恐らく敵の良いマトになるのが関の山だろうとニムバスは睨んでいた。 だが彼らはそれぞれ配属時に中尉と少尉の階級を与えられた為か、無根拠の過剰な自信に満ち溢れており、実力主義のニムバスにしてみれば「度し難い」と苦々しく感じていたのである。 兄妹はクルストの実験によって他者との共感をシャットアウトされてしまった為、敵に対して極めて冷酷に振舞える兵士になった、そうだ。 クルストはそう言って誇らしげに笑っていた。 だが、当たり前の話だが【相応の実力が伴わねば、敵に対して冷酷に振舞える状況が作り出せない】ではないか。 常識で考えれば、その思考回路が狂っている事が判るだろう。 こんな欠陥兵器を作り出して悦に入るクルストの様な頭でっかちの輩を、ニムバスは唾棄すべき存在だと断定している。 しかし、今は耐えねばならない。 栄光の戦場に返り咲く為に、である。 その為には、半人前の兵士の育成も、愚にもつかないシステムのモルモットの役割も甘んじて受けようではないか。 そう考えながらゆっくりと08-TX[EXAM]の歩を進めたニムバスは、自らのヘルメットに繋がった何本ものケーブルを忌々しそうに見やった。 ケーブルはヘッドレストを介して後方にある何やら怪しげな装置に接続されている。 この装置を取り付けた為に08-TX[EXAM]の後頭部は通常のものより肥大してしまったと聞く。 そして彼のヘルメットも、現在は跳ね上がっているフェイスガードがシステム起動時には下がり、顔全体がすっぽりと覆われてしまう独特の形状をしている。 「貴様らはここで命令があるまで待機だ。くれぐれも勝手なマネはするなよ」 「了解」「了解です」 2機のイフリート改を下がらせたニムバスは歩を進め、06R-3Sの正面に08-TX[EXAM]を移動させた。 「EXAMか・・・」 ニムバスが呟いた瞬間、中庭と隣り合った施設の建物を隔てる様に、地中から高さ20メートルもの破防壁が次々とそそり立ち、完全に建物と中庭を分断した。 弾性の異なった超鋼スチール合金製の金網が三重に張られたこの防壁は、ザクマシンガンですら撃ち抜く事は不可能な強度を誇る。 ジオンの秘密施設であるここには、非常事態に備えて数多くの仕掛けが施されており、これもその一つであった。 やろうと思えば施設全体を同様の防壁で囲む事が可能だが、今回はその一部分を作動させたのである。 「フン。これで施設への被害を気にせず心置きなく戦えるという訳か」 既に施設に設置された発生装置から濃密に散布されたミノフスキー粒子が電波を遮断し始めた。 ニムバスのヘルメットのフェイスガードが作動し、ゆっくりと彼の顔を覆い隠してゆく。 一時的に視界を奪われた彼の背中を我知らず、一筋の汗がつたう。 得体の知れない新システムでの戦い。百戦錬磨のニムバスにしても、やってみるまでは判らない。 ニムバスは心得ていた。自信と過信は、違うのだという事を。 449 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/08(日) 20 27 29 ID cK9npAl.0 MSを仰臥状態で搭載できるサムソントレーラーの巨大な荷台は、例えMS-06 を積載していても十分な余裕がある。 しかし「この荷物」はいささか何時もとは勝手が違った。 規格が合わない固定器具は何の役にも立たず、応急処置としてワイヤーとベルトで荷台に括り付けてあるだけだ。 それにしても「これ」は06と比べて一回り大きく、遥かに重い。運転しているコズンはさぞかし冷汗をかいている事だろう。 現在このトレーラーは可能な限りのスピードでアムロとハマーンがいるという施設に急行しているのである。 「流石にシャア大佐の情報網は正確だったな。 このMSが動かぬ証拠となり、クルストの息の根を止める事ができるだろう」 クランプはそう言いながら、眼下に横たわる規格外のMSを眺めた。 彼とバーニィはサムソンのペイロードには乗らず、万が一の時に備えてトレーラーの荷台にいるのである。 荷台にはMSごとすっぽりと幌が掛けられており、物騒なその外観を申し訳程度に隠している。 これがある為に2人とも、地中海特有の強烈な日差しに焼かれる心配は無い。 「連邦軍が密かにクレタ島に侵入していて、あんな廃工場でこんなMSを組み立てていただなんて・・・ 話を聞いていても、この眼で見るまでは信じられませんでした」 「どうやらパーツごとに小分けして持ち込み、あそこでは最終的な組み立てだけを行い、クルストの亡命に合わせて陽動作戦を行うつもりだったらしいな。 廃工場の提供者、船舶での運搬と、こいつはかなり大掛かりな仕掛けだ。 こんなマネは民間の中にも多数の協力者がいなきゃとても出来ない相談だ。厄介だな」 「所詮、ジオンは侵略者なんですね・・・」 ポツリと漏らしたバーニィの一言には答えず、クランプは両手を頭の後ろに組み、幌がなければ見えているであろう筈の青空を振り仰いだ。 コズン・クランプ・バーニィを含むシャアを筆頭にした小部隊が、彼の部下に監視させていた連邦軍の秘密駐屯地を襲撃したのは今から数時間前の事だった。 シャア指揮による要所を押さえたその電光石火の制圧に、少人数の連邦兵はなす術が無かった。 殆んど抵抗らしい抵抗もしないまま全ての連邦兵は捕虜となり、彼らが組み立て終えていたMSも無傷で鹵獲する事ができたのである。 このMSはクルストが亡命を企み連邦軍をこの島に引き入れた十分な証拠となる。 現在シャアの部下が拘束している捕虜の証言(自白)を合わせれば、クルストの逃げ道は無いだろう。 本来ジオンのMSを運搬するサムソンに連邦製のMSを操縦して積載したのはバーニィだった。 彼は以前アムロの為に連邦とジオンのMS比較性能表を作成した事があり、その際に連邦製MSの操縦マニュアルにも眼を通していたのである。 とは言え、流石にその機動はぎこちない物ではあったが、まがりなりにも敵のMSを動かすスキルを披露した事で、彼の株は大いに上昇したのであった。 450 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/08(日) 20 28 25 ID cK9npAl.0 「後はコイツを情報部の連中とクルストのクソ野朗に突きつけてやりゃあ、余計な血が流れずに済むかも知れねえ。 後は時間との戦いだ」 「それなんですが・・・」 「ん?どうした」 言い澱むバーニィに不審そうにクランプが目を向ける。 そう言えば、クランプから見ても最近ずっとバーニィの様子は変だった。 何かに考え込む様な仕草が頻繁に見られ、彼特有の溌剌さが見られなくなっていたのだ。 「シャア大佐の事です」 「・・・!」 バーニィは眼を合わせない。 「今回、シャア大佐は、目的の為には子供達の犠牲も厭わないと言っていましたよね」 「・・・」 ゆっくり、ぎこちない程ゆっくりとクランプは眼をバーニィから逸らし、正面を向くと黙り込んだ。 「それとシャア大佐は・・・アムロが海で奴等に拉致されたかも知れないって事・・・ 感付いていらした筈なのに・・・クランプ大尉達がやって来るまで、俺達に何も話しては下さいませんでした」 「・・・」 「もしあの時、大尉達が来て下さらなかったら・・・ 状況が変わらなかったらシャア大佐はたぶん・・・俺達に何も言わず、地中海にお戻りになって」 「やめろ!」 咄嗟にバーニィの言葉を遮り腰を浮かせそうになったクランプは、慌ててトレーラーの荷台に座り直した。 息が荒い。普段冷静なクランプが動揺している。しかしバーニィはあえてクランプを見る事はしない。 「キャスバル・レム・ダイクン・・・ジオンの正当なる後継者。 俺達の、本来の従うべき指導者・・・でも・・・」 「・・・」 「俺は、いや俺達は、もしかしたらとんでもなく冷酷な、それこそザビ家と変わらないくらいに冷酷な」 「もうやめろ!」 横に座るバーニィの胸倉を掴んで引き寄せたクランプは目を寄せる。 バーニィも初めて彼の眼を正面に睨み返した。 「お前に何が判る!こいつはラル中佐や俺達の悲願だったんだよ! いいか、二度と・・・!」 その時、胸元を掴まれたまま何かを言い掛けたバーニィを遮る様に、傍らに置いてあった通信機の呼び出し音が鳴り響いた。 サムソンの操縦席からである。 クランプは慌ててバーニィを離し、イヤホンを耳に当てた。 「どうした・・・何っ!?了解だ!」 何があったんですと眼で問い掛けるバーニィに、クランプは深刻な顔を向けた。 「前方のフラナガン研究施設から戦闘音確認。どうやらMS同士がドンパチやっているらしい」 「な、何ですって!?それじゃあ・・・!」 「糞ッたれ!一足遅かったって事か!」 荷台の淵まで這いずって移動したクランプは幌の隙間から前方を覗き見る。 山の尾根沿いにある施設の向こうから土煙が上がっている。 こちらから戦いの様子は見えないが、あれは明らかにMSが高速機動している時に巻き起こるものだ。 「バーニィ!お前は念の為コイツの中で待機してろ!最悪の場合は出撃もありうるぞ!」 「む、無理ですよ!?」 「無理でもやる時ゃやるんだよ!」 とんでもない事になってしまったと言いながら、それでもバーニィは幌の中を伝いながら鹵獲したMSに近付いて行く。 クランプはそれを見届けながらまた幌の外を見やった。 施設の建物が近付くにつれ、明瞭にマシンガンの発射音が聞えて来た。 幼い子供達が大勢いる筈の建物を震わせて断続的な発射音が鳴り響いている。 きっと子供達は怖がっているだろう。可哀相に―― 我知らずそう考えたクランプは、無意識のうちに拳を握り締め顔を歪めていた。 487 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/15(日) 13 14 29 ID yaqlXUMQ0 突如脳内に流れ込んで来た情報の奔流に、ニムバスの身体は激しく硬直した。 そのあまりの圧力に彼は発汗し、血圧と心拍数は急激に上昇する。 頭部を完全に覆うヘルメットの中で息苦しさを感じたニムバスは大きく口を開け舌を突き出し空気を求めるが、うまく深呼吸する事ができない。 それどころか、指一本自由に動かす事ができないと判ると、そのまま意識が薄らいでゆく事にニムバスは恐怖した。 「馬鹿な・・・私は・・・ジオンの騎士・・・・・・」 それが、彼が意識を喪失する寸前に発する事が出来た精一杯の言葉だった。 敵MSの手にしたマシンガンの銃口がいきなり上がり、模擬戦開始の合図が発せられる前に発砲された瞬間、アムロはすでにシールドを構え終えており、きっちりとした防御姿勢でその一掃射をブロックする事ができていた。 それは、当初から目前の敵MSの醸し出す雰囲気の異常さを感知し、その挙動に細心の注意を払っていたアムロだったからこそ防げた不意打ちであった。 「くっ・・・!やはり撃って来たかっ!」 強烈にコックピットを揺るがす衝撃に耐えながら、アムロは食いしばった歯の隙間から怒りの言葉を絞り出す。 しかし予測していたとは言え・・・これはまさに手段を選ばぬ「敵意」と「狂気」の発露であった。 ぞっとする程の執念をはらんだ害意に、皮膚が粟立ちチリチリと総毛立っているのが判る。 08-TX[EXAM]はまるで、あざ哂う様に機体を揺するとマガジンを撃ち尽くしたマシンガンを06R-3Sに向けて投げつけ、ヒートソードを引き抜きそのまま一足飛びに切り込んで来た。 飛んで来たマシンガン本体をシールドで咄嗟に跳ね返したアムロは、シールドが動いた一瞬の間隙を狙ってコジ入れられて来たソードの凶刃を06R-3Sが手にしていたマシンガンの銃身の背部で滑らせるように受け流し、、相手の身体ごと横に弾いた。 体勢を崩された08-TXは一瞬無防備な背中を晒したのも束の間、すかさず空いている左手でもう一本のヒートソード抜き放ち、切っ先を06R-3Sに向けて払う様に振るった為、アムロはそれ以上追撃する事ができなかった。 ちらりと補助モニターで確認すると06Rー3Sのマシンガンの銃身はソードの高熱に晒された為に溶け崩れている。 アムロは躊躇なく一発も撃たぬまま使用不能となったマシンガンを投げ捨て、試作型ゲルググの背部に一本だけ装備されたビームサーベルのグリップを引き抜き手に取った。 ビームの刃はあえて発生させない。 エネルギーの節約、それだけが目的ではない。 タイマン勝負中の敵に、わざわざこちらの間合いを教えてやる必要など無いのだ。 実体の無いビームの刃は変幻自在のトリッキーな戦法が可能なのだという事を、ヒート系の武器が標準装備のジオン製MSに多く搭乗したお蔭でアムロは改めて気付く事ができたのだった。 本来06R-3Sに装備されていた白兵戦用武器はヒートサーベルであったが、鹵獲したガンキャノンのビームライフルとガンダムのデータを解析する事でビームライフルと共にビームサーベルの開発期間が大幅に短縮された。 これにより、試作品のビームライフルを扱える様にジェネレーター出力を1390KWにまで強化していた06R-3Sにも、完成したばかりのビームサーベルを装備する事ができたのである。 ちなみに現在アムロ機が手にしているこれは、開発中のMS-14にも同型の物が装備される予定の純正品であり、同時期に開発されていたYMS-15【ギャン】用に開発されたビームサーベルと比べ格段に高い完成度を誇っていた。 488 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/15(日) 13 16 02 ID yaqlXUMQ0 それにしてもとアムロは冷たい汗を背中に感じる。 敵の動きは尋常ではない。その内部の人間の存在をまるで省みていないかの様な瞬発機動。 不意打ちにより無理矢理相手の隙を作り出す強引な戦法。 明らかにコックピットを狙ってきた容赦のない攻撃。 恐らくNT用に強化されたこの機体でなければ、先ほどの攻撃は受け切れなかっただろう。 だが何よりも気になるのは、一刻も早く、全てを、自らの操縦者すらをも、破壊し尽くしてやろうとする強烈な殺意の波動。 「・・・相手パイロットはもう一人いるのか・・・?」 直感から思わず口をついて出た言葉に、アムロは慄然とした。 対峙しているMSに乗り込んでいるパイロットは傀儡! この違和感、そう考えれば、全てに辻褄が合う。 瞬間、アムロの目の前の景色が切り替わった。 戦闘濃度で散布されているミノフスキー粒子とEXAMの一部に使用されているサイコミュが、 NT達の感応力を劇的に引き上げていたのである――― 瓦礫の中に血に塗れた傷だらけの女の子がしゃがみ込み、泣いている。 アムロはすぐに、この少女こそが目の前のMSの真の操縦者なのだと理解した。 どこか見覚えのあるその少女は、全身を苛む痛みから逃れようと、周りにあるもの全てに憎悪を剥き出しにしていた。 それはまるで、道端に打ち捨てられ、死にかけた子猫のように。 『消えろ・・・!消えろ・・・!みんな、私の前から消えて無くなれっ・・・!』 少女は周囲の全てを、壊そうと考えていた。 全てを、自分を、全部壊せば、この痛みが消えるかも知れないから。 その時、少女の目がふいに上がり、こちらを向くと生身のアムロを見据えた。 『何故・・・!?何故お前は消えない・・・?』 自分を不思議そうに見上げる少女を怯えさせない様に、アムロはゆっくりと近付いてゆく。 『君を助けに来たんだ』 『嘘だっ!近付くなぁっ!』 闇雲に突き出されて来たヒートソードの切っ先をシールドの縁で横に払いながらアムロは冷静に相手の出方を観察していた。 ビジョンの中での少女との会話は実際の時間では0.1秒にも満たなかっただろう。 アムロは本来の意味で目の前のMSを操る少女と、幻影の中で会話しながら、現実で行われているMS戦闘も同時に行っているのである。 敵MSを操縦している筈のパイロットは意識を喪失しているのか、その気配は微塵も感じられない。 MSの動きは完全にあの少女の感情とシンクロしている所を見ると、恐らく少女がパイロットの肉体を操ってMSを操縦させているのだろうと思える。 そうだとすれば、やり方はある筈だ。そう祈る様に決め付けたアムロは、もう一度意識を集中させた。 『嘘じゃない!僕は本当に・・・!』 『もう騙されないぞ!騙されるもんか!お父様も!フラナガンも!クルストも!ナナイも!嘘つき!みんな大っ嫌いだ!!』 少女の絶叫と共に神速の速さで繰り出される二刀流ヒートソードによる斬撃を、シールドをずたずたに切り裂かれながらも06R-3Sは全て躱してみせた。 必殺の攻撃を避けられた少女が驚いた様に身を竦ませる。 『そんな・・・!今のを躱すなんて・・・!』 『僕たちは、本当に君やこの施設の子供達を助けたいと思っているんだ! 嘘だと思うなら、もっと深く僕の中に入ってみろ!』 『うぅっ・・・!』 肩口から突進して来た08-TX[EXAM]のスパイクアーマーに引っ掛けられたシールドを遂に跳ね飛ばされた06R-3Sは態勢を入れ替えると、頭部に装備されたバルカン砲で牽制しながらバックステップで距離を取った。 『どうした?身体が、痛むのかい?』 『うるさい!うるさい!うるさぁいっ!!』 二刀を振り回し、遮二無二斬りかかって来た08-TX[EXAM]に対し、遂に06R-3Sはビームサーベルの刃を伸ばし4合を交えた末、右手のヒートソードによる斬撃を鍔迫り合いの形でがっちりと受け止めた。 しかしその為に、2体のMSは完全に動きを止める結果となった。 少女が哂う! 『馬鹿め! これで終わりだっ!』 容赦無く、がら空きのボディに水平斬りに叩き込まれて来た左手のヒートソード。 しかしアムロは06R-3Sの持つビームサーベルグリップの反対側からもビームの刃を発生させ、これを受け止めたのである! 『な、何だと!?』 驚愕する少女に構わず06R-3Sはそのままグリップ両端にビームの刃を発生させた【ビーム・ナギナタ】を両手で旋風の様に回転させると、08-TX[EXAM]の左手のサーベルを横に弾き、右前腕部をその手に握るサーベルごと斬り飛ばした。 489 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/15(日) 13 16 42 ID yaqlXUMQ0 『あっ・・・!』 『そうか、君は・・・!』 その機体同士が密着した一瞬、アムロとハマーンは同時に思い出した。 2人はこれが初対面では無かったのだという事を。 あの日、寒々としたラボで、ハマーンはアムロと擦れ違い、そして助けられた。 赤毛の少年は無言だったが、その手はとても温かく力強かった事を覚えている。 その暖かい掌の持ち主が、もう一度こちらに、力強い手を差し伸べて、また自分を助けると言ってくれているのだ! 驚きと共にそう安堵した瞬間ハマーンは、何の抵抗も無くするりとアムロの意識の中へ入る事ができた。 『ナナイとドアン・・・』 『そうだ。みんなを助ける為に命を懸けている。僕だってそうだ』 全てを理解したハマーンの頬に、今まで流していた涙とは質の違う涙が新たにつたう。 それと共に、彼女の内面を侵食していた全ての物に向けた敵愾心が陽炎の様に薄れてゆく・・・ 「むっ!?何故だ!何故EXAMは停止した!?」 その時研究室では、模擬戦の様子をモニターを凝視していたクルストが大声を上げていた。 まるで先程までの激しい戦いが嘘だったかの様に、画面の中では2機のMSがお互いにもたれ掛かるような体勢のまま、動きを止めてしまっている。 アムロとハマーンの精神邂逅など知る由もないクルストにとって現状は、突然EXAMシステムが全く動作しなくなったとしか映っていない。 バグ!?いや、そんな事は有り得ない。EXAMが起動を拒否しているとでも言うのだろうか。 「クルスト博士!システム内の生体ユニット・・・ハマーン・カーンの意識が戦いを拒んでいる模様です!」 「役立たずの小娘が・・・!」 ローレン・ナカモトの報告にクルストは舌打ちした。 時間が無いのだ。見るものを見届けたら急いで準備に掛かる必要があると言うのに、少なくともEXAMの再起動を確認してからでなければ、この場を離れる事ができないではないか。 「構わん!ハマーンの身体に電流を流せ!苦痛と恐怖を、怒りの衝動に変えるのだ!」 「判りました!」 ひとかけらの逡巡も無く、ナカモトは弱電流のスイッチを入れる。 その瞬間、EXAMシステムのカプセルに収められた少女の肢体がびくんと跳ねた―― 498 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/15(日) 19 42 17 ID yaqlXUMQ0 ハマーンを拷問の如く苛む苦痛が再び襲い始めた事を、彼女と半ば意識を共有していたアムロは鋭敏に感じ取っていた。 『なんて事を・・・!どうすれば君を助ける事ができる?』 『このMSの頭部を壊して・・・!お願い!!私をここから解き放って・・・!!』 『判った!それが君の望みなら!!』 強がりの仮面を脱ぎ捨て、哀願するハマーンの残像を網膜に焼付けると、アムロはスライドさせる様に機体を素早く擦れ違わせ、後方に向けてビームナギナタの切っ先を突き出した。 ビームの刃は正確に08-TX[EXAM]の後頭部から前頭部だけを貫き、モノアイの部分から一瞬、ビームの刃を覗かせた【イフリート改】は、そのままつんのめる様に前方に倒れ、動かなくなった。 08-TX[EXAM]のキャノピーは前開き式である。パイロットの生死は不明だが、頭部を破壊され片腕を失ったMSの体がうつ伏せになっている為、単独での脱出は困難だろう。 アムロは深く息を吐き出し、瞬間、残心を解く事ができた。 「クルスト博士!ニムバス機が完全に沈黙しました!」 「口程にも無い奴!だがやはり、これが、ジオンのMSの限界なのだ・・・!」 暫し瞑目するクルスト。 ジオンのMSに見切りを付けて連邦に亡命する。 クルストが密かにそう決意したのは、鹵獲された木馬に搭載されていたRX-78【ガンダム】のデータを目の当たりにしたからだった。 MS開発の分野においては後発である筈の連邦が開発したMSが、明らかにジオンのそれを凌駕していたのである。 そしてジオンのMSに比べRX-78は、その発展性や未来性をも容易に推測できる程のポテンシャルを秘めていた。 EXAMを搭載するMSは性能が高ければ高い程良い。 いや寧ろ、高くなければ折角のEXAMシステムが十分にその力を発揮できないのだ。 ここでの実験における不甲斐無い結果は、ある意味クルストの考えが正しかった事を証明したのである。 何せ敵は旧人類の共通の敵ニュータイプだ。 整った環境と潤沢な研究資金さえあれば、EXAM研究を完成させる場はジオンでも連邦でも構わないとクルストは考えていた。 「私の選択は、やはり正しかったのだ。 だがゼロめ・・・!NTめ!その名前、決して忘れんぞ!」 クルストはコンソールからデータチップを抜き取るとナカモトに、素早く眼で指示を出した。 それに頷いたナカモトは、待機中であるクロード・クローディア兄妹の搭乗している予備機の08-TX[EXAM]のシステムを、密かにBモードで起動する。 「な・・・何だこれは!?」 「お兄様!?身体が勝手に・・・ぐぅっ・・・!?」 突如勝手に動き始めた機体に驚く2人だったが、やがて先だってのニムバスと同様に脳内に止め処なく流れ込んで来る情報に身体が硬直し、常軌を逸したG、そして遠心力に振り回された挙句、2人ともやがて意識を喪失するに至った。 EXAMはまだ沈黙していなかった。ハマーンの苦痛により増幅された狂気のコントロールがこの2機により再開されたのである。 2機の08-TX[EXAM]はまず、眼下に展開している生身の警備隊員を文字通り、蹴散らした。 驚いて逃げ出す者には容赦なく携行しているマシンガンから実弾を浴びせ掛ける。 何が何だか判らぬままに味方である筈のMSに襲われた施設員達はパニックに陥り、その場はたちまち阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。 Bモード、すなわち≪システム暴走≫である。 便宜的に暴走などという表現を使用してはいるが、これは操縦者による一切の入力を受け付けず、敵味方関係無しにシステムが停止するまで破壊と殺戮を行なわせる様に意図的に仕組まれたプログラムであった。 コントロールは不能だが、システムは苦痛を与え続けているハマーンと接続されている為、その戦闘力は驚異的なものになる。 これは、一時的に施設内を大混乱に陥らせる為にクルストとナカモトが共謀して仕掛けた『置き土産』であった。 「データ回収は完了した。行くぞ」 「お供いたします」 ここでやるべき事はもう無い。 既に狂った様に暴れ始めている2体の08-TX[EXAM]の対応と各所からの問い合わせに大わらわとなった研究室のスタッフに「すぐに戻る」と声を掛けてから、クルストはナカモトと共に研究室を急ぎ足で退出し、迅速に所定の場所に向かうのだった。 そして、彼らは二度と、ここへ戻る事は無かったのである。 515 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/18(水) 20 47 45 ID QiJkzDOo0 クルスト・モーゼスによってEXAMの実験から実質的に閉め出された格好のナナイ・ミゲルは、ハンガーからアムロの搭乗した06R-3Sを送り出すと直ちに子供達の元に駆け付けていた。 今、彼女のいる食堂ではそれぞれに不安そうな表情を抱えた少年少女達が、暴れるMSの巻き起こす地響きで断続的に揺らされる食堂で恐ろしげに身を寄せ蹲っている。 地面から持ち上がり施設と中庭を二つに切り分けた分厚い特殊合金製の金網が張られた防壁。 しかし今その金網は、突如荒れ狂い出した2体のMSが激突した事によって大きく撓んでいる。 現在そのうちの1機とゼロ、いや「アムロ・レイ」の搭乗したMSは激しく交戦を繰り広げている。 先程の模擬戦で目の当たりにしたアムロの操縦技術は驚嘆に値するものだった。 しかし、アムロ機と戦っていない残りの一機は施設に対しての無差別破壊を継続している。 万が一、防壁が突破され、MSの攻撃に直接晒されたとしたら、この建物などひとたまりもないだろう。 そんな事になる前に、子供達を全て避難させる必要がある。 中庭に面した食堂で、鉄格子の嵌まった窓から外の様子を見ていたナナイは遂に決断した。 「ミハル、ララァ。今から言う事を良く聞いて欲しいの」 「なに?」「・・・」 脱出の準備を整える為にドアンが不在の今、全てを話し協力を求められるのは年長者のこの二人しかいない。 しかしナナイは、いかにも機転の利きそうなミハルの瞳と思慮深く落ち着いたララァの双眸を見て、何故だか奇妙な安心感を覚えるのだった。 「今、ドアンがあなた達をここから脱出させる準備を整えています。 彼が戻って来るまでに施設の中にいる子供達を一人残らずここに集めておきたいの」 その思いがけないナナイの言葉に、驚いて顔を見合わせるミハルとララァ。 だがすぐに状況を察したミハルは明るい表情に変わり、決意を込めた視線で向き直った。 「判った。ここにいない子供達を、手分けして連れて来ればいいんだね?」 すぐにミハルはその場にいる子供の数を数え、足りない人数は3人で名前はケンとジャックとマリーだとナナイに告げる。 「ナナイさんはそっちのドアから出て遊技室とトイレを回ってみて。 ケンとジャックは多分遊技室にいると思うんだ。 マリーは恐いとトイレに長く閉じこもるクセがあるから」 ナナイはミハルがここ数日の間に、約50名もいる子供達の顔と名前、それどころか行動パターンまで把握してしまっている事に驚いた。 22歳の自分より、遙かにしっかりしているのでは無いだろうかと彼女は密かに焦りを感じる。 「ジル。ミリーとここの子供達を頼むよ。みんなおとなしく待っているんだ、いいね」 「わかった」「うん」 ミハルの指示に、彼女の弟と妹は素直に頷く。 516 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/18(水) 20 49 03 ID QiJkzDOo0 「ナナイさん。あたし達は念の為にあっちのドアから出て寮室の方を手分けして見て来るよ。ララァ、行こう!」 「気をつけてね!あ、でも無理はしないで!危ないと感じたらすぐに戻るのよ!」 ナナイの言葉に手を挙げて答えたミハルはララァを伴い食堂を抜け、施設員が慌ただしく行き交う大きな通路に出た。 通常なら警備員が監視の目を光らせている筈だったが、非常事態の現在、二人の少女の行動を咎めだてする者は皆無である。 どうやら暴れているMSの対応に全ての保安人員が刈り出されている様だ。 急いで二手に分かれ、寮室をチェックし終えた2人は合流し、互いに誰も残っていなかった事を確認する。 子供達のいる食堂に戻ろうとしたミハルの袖を、ララァが引っ張ったのはその時だった。 「3人は、ミハルの言う通りの所にいたのよ。子供達はナナイに任せておけば大丈夫。 私達は、ハマーンを助けに行きましょう」 思いがけないララァの提案にミハルは驚く。 「ハマーンの居場所が判るの?」 「彼女はずっと泣いているわ。でも今なら助け出せる」 ミハルを見つめるララァの澄んだ眼差しに偽りは微塵も無い。 そこにいない誰かと会話し、遠くの物を見る事のできるララァの不思議な能力を何度も目の当たりにしているミハルは彼女の言う事を疑わなかった。 そしてララァは、決して嘘を吐いたり人を騙したりする人間ではないという事も、心得ている。 無理矢理連れ去られたハマーンの事をずっと気にかけていたミハルは、大きく頷いた。 「うん、行こう。ハマーンを助けに!」 ララァの先導で通路を走り出した2人の横を、大量の書類を抱えて慌しく行き交う所員や、大小さまざまな大きさのコンテナを台車に載せた男達が急ぎ足で擦れ違って行く。 その誰もが2人の少女に一度は目を向けるものの、そのまま通り過ぎて行くのみだ。 保安要員では無い研究者達は厄介事を嫌い、皆自分と自分の抱えたデータの避難を優先させていた為だった。 一瞬彼等に眼を向けたララァだったがすぐに前方に向き直り、ぎゅっと眉根を寄せた眼差しで口元を引き締めた。 「身近にある人の死に感応した頭痛」が先程からまた一段と強く、ララァを襲い始めている。 だが、今はそれに構っている場合では無いのだと彼女は必死にその痛みに耐えていたのである。 517 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/18(水) 20 49 33 ID QiJkzDOo0 ララァの誘導はまるで建物の内部構造を知り尽くしているかの如く一切の迷いというものが無かった。 やがて通路を駆け抜け何階層もの階段を駆け下りた2人は、遂に誰に妨害される事も無いまま、施設の深部に足を踏み入れる事ができたのだった。 警報は、鳴らない。 彼女達の姿は監視室のモニターに映し出されていたが、本来その部屋にいなければならない筈の監視員が不在だったからである。 しかしその時、前を行くララァの様子がおかしい事にミハルは気が付いた。 見る間にララァの動きは鈍り、遂にはよろよろと壁にもたれ掛かるとそのまま片手で側頭部を押さえ、しゃがみ込んでしまったのである。 「ララァ!あなた、また頭痛が・・・!」 くず折れたララァに駆け寄るミハルの耳に、曲がり角の向こうからこちらに向けて早足で歩き来る複数の足音が聞えて来た。 ここで見つかるのは流石にまずい。ミハルは動けなくなっているララァを抱え、足音が近付いて来る方向を鋭く睨み付けた――― 553 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/22(日) 15 53 46 ID E0at1uVU0 新たに攻撃を仕掛けて来た08-TX[EXAM]からは、先程の少女の気配が感じられない。 鋭く繰り出されて来るヒートソードをビームナギナタで払いながらアムロはそれを訝しんでいた。 恐らく彼女の身体に加えられている苦痛が、外部とのコンタクトを阻害しているのだろう。 つまりはそれ程までに彼女は追い詰められているのだという事を意味する。 どうする。どうすれば彼女を、みんなを助けられる。 アムロは焦るが、目の前のMSはこちらの逡巡によって生まれる隙を見逃してくれそうも無い。 そして最初は気のせいかとも思ったが、今アムロは確信している。 自らの操縦する06R-3Sの追従能力が低下して来ている事を。 何より関節の動きにラグが出始めている。 この事態は重力下においてアムロの瞬発機動が、MSの関節部分に多大な負荷を掛け過ぎてしまった事によって起こったものだった。 恐らくNT用に反応速度を強化した06R-3Sでなければオーバーヒートを引き起こしていた事だろう。 もともと急遽チューンUPされた06R-3Sは長時間の稼働を想定されていないアンバランスな機体である。 これは、反応速度強化に合わせた関節部分の強化がされていなかった06R-3SというMSに起こるべくして起こったトラブルと言えた。 このゴリゴリした振動と軋み、これは流体パルスシステムで駆動するアクチュエーター内部に亀裂が無数に走り、磨耗して剥がれ落ちた微小な内材が更に内部を傷付け動きを悪くしているのだとアムロは看破する。 しかし泣き言を言っても始まらない。 今は一刻も早く目前の1機を片付け、無差別に荒れ狂い、防壁に突進を掛けている残りの1機を打ち倒すしかないのである。 アムロは、自分自身が逃げ出す事など一切考えていなかった。 パイロットスーツの中で認識票と共に胸にぶら下がった銛のペンダントが、カチャリと微かな音を立てる。 それは、アムロを守り抜いて命を落としたヴェルナー・ホルバイン少尉の形見であった。 アムロは一瞬だけ胸元に誇らしげな表情を見せると、敵MSの繰り出して来る凄まじい斬撃をまたもや鮮やかに弾き返した。 587 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/27(金) 23 16 08 ID eWyR5SZ60 「一体どうなっているんだ!クルスト博士が所在不明とは!?」 「俺達だけではどうにもならん。実験の続行はこれ以上不可能だ」 「お、おい!システムは稼働中なんだぞ、ハマーン・カーンはあのまま放っておいて良いのか!?」 「稼働中?暴走中の間違いだろう?アレはもう制御不能だ」 「クルスト博士とナカモトはデータと共に姿を消したんだ。 俺達は、もしかしたらとんでもない貧乏クジを引かされたのかも知れんぞ」 戸惑いと怒りの口調を隠しもせず大声で言い争いながら、白衣を着た数人の研究員が低く積まれた資材の前をバタバタと足早に通り過ぎ、脇目もふらずに階段を駆け上ってゆく。 余裕の無い男達は資材の陰にララァ・スンを庇う様に抱えたミハル・ラトキエが身を竦ませて縮こまっていた事など、気付きもしなかった。 男達の足音が完全に消えた事を確かめると、ミハルはようやく大きく息を吐き出し身体を起こす事ができた。 「奴ら、確かにハマーンの名前を口にしてた。間違いない、ハマーンはこの先にいるんだ」 依然、心臓は跳ね身体は小刻みに震えているが、こんな所で挫けてはいられないと彼女は気力を奮い立たせる。 「ミハル・・・」 「ララァ!気がついたの?」 苦しそうに身を起こすララァの顔をミハルは心配そうに覗き込む。 「ごめんなさい。ひどい頭痛で身体が・・・」 「頑張ってララァ、ほら、あたしが支えてあげるから!」 急いで肩を貸そうとしたミハルをしかし、ララァはやんわりと首を振って拒絶した。 「ここからは、ミハルが一人で行くのよ。そして、ハマーンを救ってあげて欲しいの」 「えっ!?ララァは?ど、どうして私一人で、なの?」 驚いて聞き返すミハルにララァは澄んだ瞳を向けた。 「今の私が一緒にいたら、足手まといになってしまうだけ。 でも、あなたが行かなければハマーンを救えない」 「??」 「あなたがいないとハマーンは・・・例え助け出されたとしても救われない・・・ 私はここに隠れていれば平気。もう行って。詳しく話して・・・いる時間・・・は、無いのよ・・・」 再び強い痛みが襲うのかララァは苦しげにそう言いながらミハルを自分から引き離す。 弱々しい力ながらも力強い意志で押し退けられたミハルは戸惑うばかりだった。 588 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/27(金) 23 17 21 ID eWyR5SZ60 「で、でも、やっぱりララァをこんな所に置いて行くなんてできないよ・・・! それに、ハマーンを助けると言ったって、ララァがいてくれなきゃ、あたし、どうしたら良いのか・・・」 「らしくないわ、ミハル」 自信なさげなミハルにララァは微笑む。 「大丈夫。あなたらしく行動すれば、ハマーンも、あなたも、子供達も、私もナナイもドアンも・・・きっと全てが上手く行くから」 ララァはきらきらとした目でミハルを見つめている。 しかし、その自信たっぷりな眼差しに答えられる根拠を自分の中に見出す事ができないミハルは思わず泣き出したくなってしまった。 不思議な能力に恵まれたララァと違い、自分は特殊な能力など持たない唯の人間なのだ。 「私、ハマーンに話し掛けてみるわ。彼女の心に力を貸せば、彼女はきっと囚われている檻を中から開ける事が出来る。後はあなたが・・・!」 ララァは強い期待を込めた瞳をミハルに向けている。 ミハルは正直ララァのやろうとしている事は良く判らなかった。しかし、信頼する友達がここまで自分を頼りにしてくれている。 そう思うと胸の中に、じんと暖かいものが広がって来る。 「ララァ・・・判ったよ。必ずハマーンを助け出してここに戻って来る」 一転、覚悟を決めたミハルは笑顔を見せた。 何の事は無い。ララァを信じていたからこそ、ここまで無事に来れたのである。 そのララァが≪全て上手く行く≫と言ってくれた。考えてみれば最初から悩む必要など無かったのだ。 吹っ切れた途端に活力が湧いて、ミハルは勢い良く立ち上がる事が出来た。 もう足は震えていない。こうなった時の彼女は怖い物無しである。 運命に身を任せ、流されるままに人生を過ごして来たララァは、そんなミハルを眩しそうに見上げている。 運命に≪逆らう≫のではなく≪切り開く≫。なんという素晴らしい生き方なのだろう。 前向きなバイタリティは、周囲の人間にも少なからずアクティブな影響を与える。 それはNTすら例外ではない。 ララァも、もし相手がミハルでなかったら、ハマーンを助けに行こう等とは提案しなかったかも知れないのだ。 すぐに戻るからねと言い残し、ララァの示した方角へミハルは急いで走り去った。 ララァは彼女の消えた方向をしばらく見つめた後に、再び身を横たえると少しだけ寂しそうに目を閉じた。 運命の歯車が切り替わり力強く回り始めた事を、今は彼女だけが確信していたのである。 589 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/27(金) 23 18 17 ID eWyR5SZ60 ララァ・スンの指し示した通路の突き当りには大掛りな研究施設があり、その最深部にはカプセル状の装置が設置されていた。 装置の稼働音は聞えているが、人影は全く見当たらない。 やはり先程の研究員達が話していた通り、全ての人員が逃げ出してしまったのだろう。 ドアのロックを始め、全てのセキュリティが解除されていた為、迷う事無くこの場所に辿り着いたミハル・ラトキエはあたりを見回すと、数多く並ぶモニターの一つに釘付けになってしまった。 「・・・・・・ハマーン!!」 押し殺した悲鳴に似た声が、両掌を口に押し当てたミハルの口から漏れ出た。 それは恐らくカプセル内部を映し出しているモニターであり、無数のチューブに埋もれ、苦しげに瞑目して横たわる少女の顔が映し出されていたのである。 蒼白いライトに照らし出されたその顔は、ハマーン・カーンその人であった。 ミハルは急いでカプセルに駆け寄ると小さな窓に張り付く様にして中を覗き込む。 ちらりと特徴的な彼女の髪が見えた。確かにこの中にハマーンがいるのだ。 「こんな女の子に、なんて酷い事を・・・!」 一旦カプセルから離れたミハルはコンソールに近付くが、迂闊に操作する事はさすがに思い止まざるを得なかった。 びっしりとパネルに並ぶボタンやスイッチ類を下手にいじればカプセル内のハマーンにどんな事が起こるか判らないからである。 しかしその時、途方に暮れているミハルの後ろで一つのモニターがハマーンの脳波変化を感知した。 4~8Hzから8~13Hzの脳波律動に変わったのである。 つまりハマーンは、眼を覚ましつつあるのだ。これはシステム的には想定外の非常事態といえた。 自動的にセーフティが働いて、プログラムを強制終了させる。演出されていたシステム暴走は、ミハルの目前で唐突に終わりを迎えたのだった。 被験者の覚醒を感知して突如けたたましく鳴り響いたアラートの中、目の前でゆっくりと開いて行くカプセルカバーを、ミハルはただ茫然と見つめるしか無かった。 590 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/27(金) 23 18 54 ID eWyR5SZ60 眼を開いたハマーンの前には、泣き笑い顔のミハルがいた。 何の邪心も企みも無くハマーンの名を呼び、ただ一心にこちらの無事を喜んで涙を流している人が目の前にいる。 今のハマーンには、それが判る。 この女性(ひと)は、何の見返りを望む事も無く、危険を顧みずこんな場所まで来てくれたのだ。 ハマーンは体に纏わりついたチューブを払い除けて身体を起こし、カプセルを覗き込む様に屈んでいたミハルに抱き付いた。 弾みに身体に差し込まれていた電極が次々と抜け落ちてゆく。 「ハマーン・・・良かった・・・!」 「怖い夢の中で泣いていたら・・・ララァに逢ったの・・・」 「ララァに?」 「がんばれって・・・負けないで一緒に戦おうって・・・・・・!」 ミハルは目を閉じたままハマーンを抱き締め、今ここにはいない友達を想った。 『私、ハマーンに話し掛けてみるわ。彼女の心に力を貸せば、彼女はきっと囚われている檻を中から開ける事が出来る。後はあなたが・・・!』 ララァは約束通り、言った通りの事をやってくれたのだ。 彼女の助けがあったからこそハマーンはこのカプセルから自力で抜け出す事ができたのだろう。 今度は、自分が役目を果たす番だ。 「行こうハマーン、みんなの所へ」 ミハルはそう言いながら近くに脱ぎ捨ててあった白衣をハマーンに羽織らせると、慎重にカプセルから降り立たせた。 体力と精神力を限界まで酷使したハマーンの足取りはおぼつかないが、ミハルは小柄なハマーンに肩を貸し、急いで出口のドアに向かおうとする。 彼女達の前に、手に手に小銃を携えた男達が立ちはだかったのは、その時だった――― 600 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/30(月) 21 17 26 ID XL5HNQ/Y0 ミハルとハマーンの前に立ち塞がった男達の先頭にいるリーダーらしき男は鮮やかな赤いパイロットスーツを着込み、奇妙な仮面を付けたヘルメットを被っている。 その男はこちらに銃を向けていた部下に命じ、全ての銃口を下げさせた。 「失礼だが、ハマーン・カーン嬢とお見受けする」 物騒な出で立ちからは想像できない程の丁寧な物言いに二人の少女は顔を見交わす。 ハマーンは慎重に仮面の男に向き直り口を開いた。 「いかにも。私がハマーンだ」 いつもの強気な物言いで答えたハマーンは、心中で語尾が震えてしまったのを悔やんだ。 それを察知したのか仮面の男はふと口元を緩めてから、何と彼女に向けて敬礼したのである。 「ご無礼をお許し下さい。私はシャア・アズナブル大佐であります。 マハラジャ・カーン提督から極秘でハマーン様を保護するよう申しつかり参上致しました」 「何!?お父様が?」 と、その時、戸惑う少女の前にシャアの両脇から無言で進み出たクランプとコズンが、支え合って立っている状態のミハルとハマーンを引き離したのである。 「な、何をする!?」 「ハマーン!」 狼狽したハマーンとミハルは同時に声を上げるが男達は全く意に介す素振りも見せない。 「時間がありません。我々は急ぎここから脱出します。ご同行を」 「待ってくれ!今この施設では子供達を脱出させる為に必死で戦っている者達がいるんだ。 彼らに協力して皆の脱出をサポートをして欲しい!」 しかしハマーンの必死の呼び掛けを、仮面の男は冷たく跳ね返したのである。 「残念ですが、それは応じかねます」 「な、何故だ!?あなた達の協力があれば、きっとみんなの脱出は成功するのに!?」 「我々のこの行動は非合法なものです。ハマーン様を秘密理にお連れする為に、目立つ行為は極力避けねばなりません」 「そんな!で、ではここにいる子供達はどうなる!?」 EXAMを介してのアムロやララァとの共振による邂逅で、以前に比べNTであるハマーンの直感力は数段高まっていた。 シャアはハマーンに対し、あえて脱出後この施設を、ここにいる子供達ごと吹き飛ばして証拠隠滅する作戦である事を伏せていた。 が、彼女はシャアの物腰から不吉な企みを感じ取ったのである。 青ざめたハマーンの問いに、ハマーンをミハルから引き離したクランプが強い口調で叫んだ。 「全てはマハラジャ様との約束、そしてハマーン様の安全が優先されるのです!」 「いやだ!離せぇっ!みんなを犠牲にして私だけ逃げ出すなんて絶対に嫌だっ!!」 「・・・お連れしろ」 「いやだ!いやだ!ミハル―――ッ!!!」 「何て情けない男達なんだろうねっ!!」 唐突に上がった怒りの絶叫に、その場の時間は凍り付いたように止まった。 泣き叫んでいたハマーンもその迫力に思わず涙を忘れる程だった。 声の主はコズンに腕を捕まれたままのミハルであった。 601 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/30(月) 21 19 07 ID XL5HNQ/Y0 「手をお放しよ!ハマーンみたいなか弱い女の子を泣かせるなんて、あんたらそれでも男かい!?」 ミハルは拘束された腕をそのままにあたりをぐるりと見回す。 「自分のやってる事、みっともないとは思わないのかい!?」 任務の為と割り切ってはいたが、実は今回の作戦には誰もが負い目を感じている。 少女の糾弾は男達の抱える急所を鋭く抉ったのである。 自分が腕を掴んでいるそばかす顔の少女に真正面から睨み付けられ、直球の詰問をぶつけられたコズンは思わず視線を逸らしかけた。 この場にバーニィがいなくて本当に良かったと彼はばつが悪そうに渋面を作るのが精一杯だった。 相手は武装した屈強な兵士なのだ、下手に逆らえば何をされるか判らない。が、ミハルは目の前の情けない男共に怒りをぶつけずにはおれなかった。 ララァの言葉を借りるなら、これこそがまさに彼女らしい行動であったのである。 「そこの仮面を付けた赤い男!」 「・・・私の事かな」 びしりと指差され名指しされたシャアは渋々答える。真っ直ぐな瞳で自分を見つめるこの少女から、何故か眼を逸らす事ができない。 「そうさ!あんた、仮面を付けた赤い男は子供達のヒーローだって事、知らないのかい!?」 「初耳だな」 「それじゃ教えてあげるよ。赤ずくめの服を着て仮面で正体を隠した男は大昔から【正義の味方】って事になってるんだ!」 ミハルの言葉にその瞬間、その場にいる男達の脳裏に子供の頃に胸躍らせたTVヒーローの姿が鮮やかに甦った。 戦争が始まる前までコロニーも地球も分け隔てなく放映されていたその番組は、超長寿シリーズを誇り、どんな世代でも必ずその子供時代に合わせたヒーローが存在しているという稀有な例であった。 当然、ここにいる男達は全てその洗礼を受けている。それは、幼き頃よりコロニーと地球を渡り歩いた経験を持つシャアすら例外ではなかった。 確かに、その歴代シリーズにおいて赤いコスチュームを身に付けた男はすべからくヒーローチームのリーダーだった。 「私だって現実の世界は子供番組みたいに単純じゃない事は判ってるさ! でも、力の限り弱きを助け、悪しきを挫く! それが子供達に見せ付けてやるべき大人の姿じゃないのかい!?」 しかしミハルの言葉にシャアは冷笑で答えた。 「あんなリアルではない物と一緒にされては迷惑だな」 「リアルじゃない?」 「無償で戦う正義の戦士か?下らんな。そんな酔狂な人間が現実にいる筈は無い!」 指導者だった父親が謀殺され、命からがらザビ家の追っ手から妹と共に地球まで落ち延びた過去を持つシャアである。 その荒んだ境遇の中でシャアは、この世に弱き者の為に身を捨てて戦う正義の味方なぞ存在しない事を身に染みて思い知ったのだった。 存在しないヒーローに頼る事はできない。 だから彼は世間一般の子供に許される甘えを捨て、幼きながら修羅の道を歩き始めた。 そうせねば生きていけなかった。 シャアもまたハマーンと同様、いかなる子供よりも早く大人にならねばならなかったのである。 しかし――― 「いいや、いるね!」 「ふざけるな!そんな人間がどこに存在すると言うのだ!」 あっけなく自信満々に答えたミハルにシャアが激昂した。 それはある意味シャアの人生訓の否定だった。取るに足りない小娘の言葉としても聞き捨てならない。 普段シニカルに構え、沈着冷静で心情を滅多に表に出さないシャアがこの娘には完全に冷静さを欠いている。 602 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/30(月) 21 20 27 ID XL5HNQ/Y0 「おいお前、いい加減に・・・」 明らかな異常事態にコズンがミハルを黙らせようと声を掛ける。 が、その瞬間、クランプがコズンを鋭く眼で制した為に彼はそれ以上言葉を継ぐ事ができなくなってしまった。 驚くコズンにクランプは『言わせろ』と目で言っている。 クランプが何がしかを期待した目を少女に向けている事を確認したコズンは微かに頷くと、そのまま2人のやり取りを見物する事にした。 「ドアンがそうさ!」 「ドアンだと?」 「ククルス・ドアン。今もあたし達を助ける為に頑張ってくれているんだ」 誇らしげに彼の名前を呼んだミハルに憧憬と少々の寂しさが入り混じっているのを感じ取ったハマーンは、複雑な顔で彼女を見つめた。 しかしシャアはそんなミハルを見て可笑しそうに唇を歪める。 「その男にはお前達を助ける何らかの理由があるのだ。無償でなどあるものか」 「何だって?」 「そのドアンとやらが軍人ならば恐らくは金か地位・・・危険に見合った報酬が約束されている筈だ。何の見返りも無く、人は動かんさ」 しかしミハルはそう嘯いたシャアに憐れみを含んだ視線を投げ掛ける。 「・・・可哀想に。そういう風にしか考えられないなんて、よっぽど辛い生き方をして来たんだろうね。でも世の中にはそうじゃない人だっているんだよ」 「買い被らないでくれミハル。報酬はある」 通路側、一同の後ろから突然掛けられた声に全員が振り返り一斉に銃を向ける。 ミハルの言葉に何かを言い返しかけたシャアが視線を向けた先には大柄な体格の男が、上げた両掌をこちらに向けて静かに立っていた。 「贖罪。それが俺の報酬だ」 「ドアン!逃げて!」 「ドアンだと?この男がか・・・」 脱出準備を整えてナナイの元に戻ったドアンはミハルとララァが帰っていない事を聞き、まさかと思いつつもこの場所へ赴いた。 彼が駆け付けた時は彼女達は兵士の一団に取り囲まれた状態であり、単独での突入は不可能の状態であった為、通路の影に身を隠してシャアとミハルのやり取りを聞いていたのである。 「どうやら大佐殿にも何やら事情がおありの御様子。お互いに余計な時間を使わず、ここは穏便に事を済ませることは望めないでしょうか?」 武装した集団の前に身一つで歩き出るには半端ではない度胸が必要なだけでは無く、タイミングも重要だ。 この大男は少女と自分の言い争いによって兵士達の殺気が殺がれた瞬間を見計らって姿を現したのだろうとシャアは機敏な男の動きに舌を巻いた。 対峙するドアンとシャアを中心に緊迫した空気が一同に張り付いた瞬間、外部の様子を映し出しているモニターに膝から崩れ落ちたMSが映し出された。 「ああっ!危ないアムロ!」 それを目にして思わず叫んだハマーンに、その場の兵士達全員が振り返った。 603 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/11/30(月) 21 21 11 ID XL5HNQ/Y0 「アムロですって!?もしかして、あのMSを操縦しているのはアムロ・レイなんですかい!?」 「そう、そうだ。アムロも私達の為に戦ってくれているんだ!お願いだ、アムロを助けてくれ!」 コズンの言葉にすがり付くようにハマーンが哀願する。 全員の視線がシャアに集中する。クランプが思い切ってシャアを促した。 「大佐。アムロ救出は我々の初期目標だった筈です。予定を変更する旨、バーニィに連絡を取って宜しいですな?」 「・・・止むを得ん。予定を変更する」 シャアはゆっくりと兵士の間をすり抜けてドアンに近付き、その顔をまじまじと見回した。 「貴様とは初めてでは無いな?」 「覚えておられましたか。嵐の海で一度お会い致しました」 ふむとシャアはドアンとの邂逅を思い出す。あの時シャアは真実の顛末を聞きだす為にフォルケッシャー船長ではなく、わざわざ後方に控えていたドアンを聴取したのだ。 つまりドアンは嘘を吐けない人間だという事を、シャアに初見で看破されていたのである。 「貴様の階級と目的を簡潔に述べよ」 「戦略情報部所属、ククルス・ドアン少尉であります。 私はこれよりジオン軍を脱走し、この施設の地下ドックに係留されている潜水艦に子供達全員を乗せ、しかるべき安全な島まで運んだ後、暫時隠遁する所存であります」 「計画の進捗具合はどうか」 「この2人と途中で潜伏していた1名を連れて戻れば全て完了であります」 ミハルはハッとした。ドアンはここに来るまでにララァを見つけていたのだ。 「計画の変更を要請する。このハマーン・カーンは我等と共に行く。これは彼女の父親からの依頼である。彼女の安全は赤い彗星の名において保障しよう。 計画変更受諾の場合、我々は貴様の計画に協力する用意がある。そうでない場合は」 「了解しました。今は大佐殿のご事情を詮索するつもりはありません。 ジオンきってのエースである赤い彗星を信用致します。ハマーンの事を宜しくお願いします」 敬礼を向けたドアンを見て、やったぜと小さく叫びながらコズンは通信機に手を伸ばす。クランプはハマーンの腕を放しホッとしたように天井を見上げている。 ミハルはハマーンともう一度抱き合い、その目を後方に立つシャアに向けた。 シャアも無言でミハルを見つめている。 あまりにも境遇の違う二人の男女は、暫しそのままの姿勢で向き合った。 「くそっ!駄目か!」 膝から崩れ落ちた06R-3Sのコックピットでアムロは痛恨の声を絞り出した。 対峙していた一体の08-TX[EXAM]の動きが突然鈍ったのを見逃さず、何とか無力化する事ができたが、同時に試作型ゲルググの右膝が完全に破損してしまったのだ。 重力下において下肢の破損はそのMSの無力化を意味する。06R-3Sはもう戦闘不能だった。 しかし動きは鈍ったもののまだ一機の08-TX[EXAM]が破壊活動を継続している。 施設を守る防壁は今や紙の様に折れ曲がり、MSの攻撃は建物に及ぼうとしているのに、アムロはそれを止める事が出来ない自分に毒づいたのだった。 しかし、その時であった。外部からの通信を示すシグナルがコックピットに響き渡ったのである。 「応答せよ!アムロ、聞こえるか!」 「バ、バーニィさんなんですか!?」 驚くアムロの搭乗する06R-3Sの前に、施設と外部を隔てる低いフェンスをなぎ倒して巨大なサムソントレーラーが回り込んで来た。 その荷台には白いボディカラーの【ガンダムもどき】が積載されている。 「待たせたなアムロ!お前の為に、わざわざ連邦製のMSを持って来てやったぜ!!」 得意気にトレーラーの運転席で手を振るバーニィの意図を確認したアムロは急いでシートベルトを外し、ハッチを開放すると急いでコックピットから地上に飛び降りた。 バーニィに飛び付きたくなる衝動を必死で堪えながら急いで【ガンダムもどき】に向かう。 懐かしい仲間との抱擁は、後回しだった。今はとにかく暴れまわるMSを鎮圧する事が先決だったのである。 663 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/12/10(木) 12 44 11 ID pSG2ZpQ.0 RX-78-XX【ガンダム・ピクシー】それがこの機体の正式名称らしい。 [ガンダムもどき]のコックピットに滑り込み、メインモニターを起動させたアムロはまずその事実を機体スペック画面で確認した。 06R-3Sのモノアイから俯瞰で見た限りでは荒野で黒い三連星達と相対したあの[ガンダムもどき]に見えたのだが、近付いてみると、このMSはあきらかに件のMSよりも「細身」であった。 すっきりした外観は例の[ガンダムもどき]よりもRX-78に近く、ガンダムを一回り痩せさせたイメージである。 しかし華奢では無く、人間で例えるならば明らかに絞り込まれた肉体のそれに近い印象を受ける。 「コアブロック・システムと宇宙空間装備が排除されているのか・・・」 機体データ画面を素早く切り替えて各部チェックを行っていたアムロは初めて目にする連邦軍の新型MSの性能に目を輝かせた。 「アポジモーター増設でジェネレーター出力、スラスター推力は共にガンダムを超えてる・・・ ビーム・ステルスコート塗布・・・?な、何だろうコレは」 この完全陸戦用MSには、その効力は今ひとつ不明ではあったが、最新技術と共に謎のテクノロジーも満載されている様だ。 ピクシーのコックピットレイアウトはガンダムのそれと酷似している。 微かに漂うジオン製MSの物とは異なる、RXシリーズに一貫して使われているシートレザーの放つ独特な臭い。 その懐かしくも嗅ぎ慣れた香りと耳に馴染んだシステム起動音が妙に心を落ち着かせ、やれる、という確信を深めてゆく。 アイドリングは既に終了している。 シートベルトを装着したアムロは慎重にフットペダルを踏み込み、機体の上半身を起き上がらせながらバランサーの具合を確かめる。 胸部のダクトから排気が成されると同時にRX-78-XX【ガンダム・ピクシー】のデュアルカメラが一瞬輝きを増して瞬いた。 664 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/12/10(木) 12 44 51 ID pSG2ZpQ.0 速い。そして、何よりも軽い。 乗り潰してしまったが06R-3Sもアムロの操縦に素晴らしい追従性を発揮してくれていた。 が、このMSの動きには06R-3Sにそこはかと無くあった「無理矢理速めた感」が全く感じられない。 非常に静か且つスムース、安定感が抜群だ。 これが最初から高い反応速度を想定して建造されたMSとそうでないものとの違いなのだろうか。 明らかにRX-78よりもスピードを増しているその挙動に、アムロの胸は知らず高鳴る。 しっかりと両の足で大地を踏み締め立ち上がったガンダム・ピクシーは、眼下のトレーラーにワイヤーでマウントされているXX専用銃【90mmサブマシンガン】を見下ろした。 このウージータイプの短銃身マシンガンは、取り回しは軽快そうだが集弾率は低そうだ。 敵MSの動きはトリッキーである。間違っても周囲の施設に被害を与えたくない今回は、弾丸を撒き散らすこの武器は使用しない方が賢明だろう。 「ビーム・ダガー・・・?」 白兵戦用の武装をチェックしたアムロは見慣れない表記に眼が留まった。 いわゆる刀身が短いビームサーベルで、エネルギー消費が少ない為に長時間の使用が可能らしい。 ビームサーベルを「太刀」に例えるなら、「脇差(わきざし)」程の長さのこれを逆手で二刀構えるのが想定された使用法の様だ。 卓抜したスピードで敵MSの懐に入り込み、一瞬の隙を突いて必殺の一撃を敵の急所に突き入れる・・・ RX-78-XX【ガンダム・ピクシー】は、まさにそれだけの為に開発された対MS戦専用MSだった。 当然その運用には相当な操縦技量が要求されるのだろう。どう考えても一般向きではないMSである。 アムロはその設計思想に一種の潔さを感じたものの、さまざまな局面で連戦を重ねて来た今となっては、一つの戦い方に特化したMSは現場では運用し辛いんだよな・・・と両手離しで開発陣を褒め称える気持ちには到底なれなかった。 アムロ自身は知る由も無かったが、このピクシーは本来オデッサ作戦発動前にホワイトベース(WB)へ配備される筈のMSであった。 想定されていたパイロットも「RX-78の操縦者」つまりアムロ・レイその人である。 しかしWBがジオンに鹵獲されるという事態を受け、急遽行き場を失ったRX-78-XXは結局、その操作性の難しさからMSの運用に不慣れな連邦軍パイロット達に敬遠され基地を転々とした挙句、解体寸前で今回の作戦に駆り出されたのであった。 数奇な運命を経て巡り合ったパイロットとマシンはしかし、この刹那の邂逅に浸っている暇は無かった。 防壁を完全に破壊し終えた08-TX[EXAM]に軽快な動きで背後から接近したRX-78-XXは、両腰に装備されていたビームダガーを素早く引き抜くと、逆手一文字に構えたその切っ先を神速で閃かせた。 684 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/12/14(月) 13 08 51 ID s91I.d2Y0 爆発音と共に突如ラボが吹き飛んだのはシャア達一行がラボを出た直後の事であった。 まさに間一髪、被害を受けた者が一人も出なかったのは幸運であったと言えるだろう。 恐らくクルストによって密かに仕掛けられていた時限爆弾が爆発したのだろうとシャア達は推測したが真相は不明である。 クルストにとって貴重なサンプルである筈のハマーンをも犠牲にして、自分が姿を消す為の攪乱と時間稼ぎ、加えてデータ消去を同時に行うという強引な手段。 周到なクルストならば、やりかねない。が、計画通りならば同様の事を、この施設の子供達相手に自分達が行っている筈だったのだとクランプは密かに冷や汗を流した。 シャア達にはまだやる事が残されていた。姿を消したクルスト博士の捜索である。 クルストが連邦への亡命を画策している事が判明している以上、表向きクレタ島を含むこの海域の警備を担当しているマッド・アングラー隊はザビ家の手前、それをみすみすと許す訳にはいかないのだった。 しかしシャアの想像以上にクルストの行動は迅速だった。 あらゆる局面で今回の作戦は後手を踏んではいたが、それでもこの事件において戦略情報部所属のククルス・ドアンという人物が新たに現れた事は僥倖だった。 シャア達にとってドアンという人物の出現は、何が何でもクルストを探し出す必要が無くなった事を意味していたからである。 つまり、都合の悪い事は全て「連邦に亡命するクルスト」か「ジオンを脱走し隠遁するドアン」に押し被せてしまう事が可能となったのだ。 首尾良くクルストを見つけ出せた場合は、ドアンを子供達と脱出させた後にクルストの口を封じ、その後に施設を完全に爆破して証拠を隠滅する。 ザビ家への報告はクルストの亡骸に、証拠として鹵獲した連邦のMSを添えて行う。施設の爆破はクルストの仕業であり、その際に一部の施設職員と共に収容されていた子供達は全滅した・・・とすれば亡命未遂事件として事は終わり、その後の追及は免れるだろう。 一方クルストが発見できなかった場合は上に報告する際に『クルストの亡命は全て戦略情報部のドアンの手引きであり画策だった』という事にしてしまう。 この場合、ドアンの所属する戦略情報部はキシリアの直属であるという事実を最大限に利用するのである。 戦略情報部員のドアンに『キシリア様の命令で動いている』と言われた為に一般兵の我々は、その行動を制限する事はおろか、追及、詮索する事すらできなかったのだと陳情すれば、ここから先は戦略情報部の責任となる。 戦略情報部の不祥事イコール、キシリアの責任。つまりそれは、一般兵には責任追及が不可能である事を意味している。 現在地上を統括するマ・クベも戦略情報部とは太く繋がっており、クルスト亡命が公になれば自らの保身に躍起とならねばならないだろう。 シャアとしてはそこに付け込む隙を見出したい所だ。 そして誰もが、まさかクルストの亡命とドアンの脱走が別件であるなどとは夢にも思うまい。 それにしても【亡命】あるいは【脱走】という重大な不祥事を引き起こした兵士の所属部署がよりにもよってフラナガン機関及び戦略情報部という、共に秘密主義で特権の塊りたるキシリア直属であったのだ・・・ザビ家としては最悪の事態だろう。 どちらにしろ、真相がザビ家に露見する心配は無い。が、勿論そこには『当事者がジオンに捕まらねば』という注釈が付くのは言うまでもない。 死んだ事になっている、あるいは、全ての罪を被った「当事者ドアン」には何が何でも上手く逃げ出して貰わねばならない。 冷徹なシャアがドアンに対し【貴様の計画に協力する用意がある】と言ったのは、つまりはそういう事なのであった。 685 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/12/14(月) 13 10 26 ID s91I.d2Y0 シャア達一行は二手に分かれた。 クランプとコズンはドアンとミハルに同行し、待機している子供達を連れて脱出用の潜水艦がある地下ドックまで彼等をガードする役割を担う。 シャアとアンディはハマーンをバーニィの待つサムソン・トレーラーに送り届けた後クルストの捜索を兼ねて別ルートから地下ドックへ向かい、先行しているコズン達と合流する手筈である。 地下ドックはラボを除けば施設の最深部に位置しており、顔の知れたクルストがのこのこと地上からは脱出できない以上、何らかの方法でここから逐電するだろう可能性は極めて高いと見るべきだった。 「ララァ!無事で良かった・・・!」 「ミハル・・・」 手はず通りに資材の陰に隠れていたララァと再会したミハルは堅く抱き合った。 「約束通り戻ってきたよ。ありがとう、あんたのお陰でハマーンを助ける事ができた」 「うふふ。違うわ、あなたがハマーンを救ったのよ」 目を瞑ったララァは愛おしそうにミハルの頭をそっと撫でた。 ララァには朧気ながら見えていた。 もしハマーンがシャア達に無理矢理連れていかれそうになったあの時、ミハルがいなければどうなっていたか・・・ 施設は爆破されドアンの脱出作戦は失敗し、ミハルやララァを含む子供達は全員が死亡するという最悪の結果に終わっていた。 その事態を目の当たりにしたハマーンは絶望し、暗く心を閉ざしてしまう。 以後彼女は、周囲の大人達全てを憎みながら成長し、暗き怨念と復讐の炎に身を焦がす人生を送る事となる・・・ ララァが別れ際にミハルに言った「あなたがいないとハマーンは助け出されても救われない」の意味がそこにあった。 しかし今、自分を抱きしめているこのあどけない顔をした少女は、自分が担った役割を想像すらしていないだろう。そしてこれからも・・・ そう考えるとララァは少しだけ、彼女が羨ましく思えるのだった。 「話は後だ。今は先を急ぐぞ」 ドアンは軽々とララァを抱き上げると、通路を駆け抜け階段を駆け上がった。 クランプ、コズン、ミハルも急いでそれに続く。 電源がいつ切れるか判らない為エレベーターは使用しない。クルストが仕掛けた時限爆弾は複数ある可能性が高いのだ。 華奢とは言え女性を一人抱えたまま全力で階段を駆け上っているくせに息の一つも切らさないドアンに、内心驚嘆しながらコズンは声を掛けた。 「こんな山の麓の施設に海まで繋がってる地下ドックがあるなんて思いもしなかったぜ」 「島の内部まで浸食している鍾乳洞を利用した、あくまでも緊急脱出専用の狭いドックだ。 係留してある潜水艦も一隻のみだ。 そして、潜水艦を使用する場合は戦略情報部員の許可が必要だ」 「お、なるほど。旦那はそいつを自由に使えるって訳だ」 「素人に潜水艦を操縦する事はできん。 施設に常駐している戦略情報部の連中は保安要員も兼ねているからな。 しかしUHT認証を登録して来たからもう俺しかあの潜水艦は動かせん」 こいつは使える奴だ、と、コズンとクランプはドアンの資質を見抜いていた。 武装した自分達の前に無手で現れたクソ度胸といい、この体力。加えて状況判断や思考能力も極めて高いとくれば、これはもうラル隊にスカウトしたくなる人物である。 このまま脱走させてしまうには非常に惜しい人材だ。 体がデカいからコックピットは窮屈かもしれないが、コイツはMS乗りとしても相当やるだろうぜとコズンは確信していた。 「潜水艦でどこに逃げるつもりだ?海峡は二つとも封鎖されているから地中海から外には出られないぞ」 「それについては考えがある。奴らのウラをかくのさ」 ニヤリと笑ったドアンが食堂の扉を開けると、彼らの到着を首を長くして待っていた子供達の歓声が一同を出迎えた。 686 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/12/14(月) 13 11 06 ID s91I.d2Y0 ミハルやララァの元に子供達が殺到する中、ララァを降ろしたドアンにナナイが駆け寄り首筋に抱き付いた。 「済まない、心配を掛けた。ハマーンは無事だ。あと一踏ん張り頑張ろう。力を貸してくれ」 ドアンにしがみついたまま、涙を浮かべて何度も頷くナナイを、ミハルは寂しそうな笑顔で見つめている。 「大丈夫よミハル。あなたにだって素敵な人が・・・」 「え?ななななに言ってるのよララァ?あたしは別に!」 「おい急げ!MSが迫って来てるぞ!」 窓の外を見ていたクランプの大声がその場にいた全員の会話を中断させ、緩みかけていた緊張感を再び張り巡らせた。 「よし。行こう。先導してくれ」 「おう」 「済まないが殿(しんがり)を頼む。 保安要員の俺に警備隊のマッド・アングラーが随行しているんだ、普通に考えたら誰にも手出しはできない筈だが、不測の事態には相応に対処してくれ」 「任せておけ」 子供達の前で銃撃戦は可能な限り避けたいが、非常の場合は背に腹は代えられない。 先導するコズンと後詰めのクランプは共に機関銃のセーフティを外しながらドアンに頷いた。 714 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/12/29(火) 20 53 16 ID henTU8lc0 爆発はその後、施設の重要地点を中心に数回に渡って起きた。 それは明確に意図された爆破そのものであり、最初に起こったラボの爆発もその一環である事は最早疑う余地は無かった。 「おおっ、手際が良いな!」 扉から出て来たアンディが思わず感心した声を上げた。 シャアとアンディがハマーンを連れて施設裏手の非常口から表に出ると、そこにはもう既にバーニィが、トレーラー部分を切り離したサムソントップを横付けさせていたからである。 サムソントレーラーは全長50メートルにも達する巨大車両であり、自在に扱うには熟練を要する。細やかな動きが可能なMSとは違い、慣れていない者では方向転換の切り返しすらままならない。 即席の運転手たるバーニィは、それならばと、思い切って不要となったトレーラー部分を切り離したのだろう。 MSやマゼラアタック等の戦闘車両の運搬を想定して開発されたサムソンはそれ自体、簡易装甲車並の強度を持っている。防御用の機銃を構え、緊急用脱出機構をも備えるこれの中にいれば、そう簡単にハマーンに危険が及ぶ事はないだろう。 「大佐。この身軽な車両の方がここから先、何かと都合が良いでしょう。ワイズマン伍長の判断は、的確です」 そう言いながらアンディは、建物の向こう側で繰り広げられているMS同士の戦闘に釘付けとなっているシャアとハマーンを振り返った。 「アムローッ!」 ここからではもちろん言葉など届くべくも無いが、両手を握り締めたハマーンは、思わずそう声を上げていた。 「むっ・・・!?」 対照的にシャアは微かに呻いた。 分厚い特殊合金製の金網越し、しかも施設の建物にその姿の下半身が遮られている為に2体のMSの戦いの全貌を窺う事はできなかったが、シャアは白いMSの機動に見覚えがあった。 そのMSは確かに数時間前、連邦軍のアジトを急襲し、鹵獲したガンダムタイプのMSである。 あの「木馬」に搭載されていた、散々自分達を苦しめた「白いMS」が連邦軍によって量産されている・・・ その事実はシャアをして心胆を寒からしめたが、エンジンに火の入っていないMSは単に「白いMS」に似ただけの量産機に過ぎなかった。 しかし、目前で生き生きと躍動しているあのMSの姿はどうだ。 かつて自分と何度も激闘を交わしたあの「白い奴」そのものではないか・・・! シャアはアンディがハマーンをサムソンの後部ペイロードに乗り込ませるのを確認しながらひらりとステップを駆け上がり、運転席のバーニィに側窓ごしに声を掛けた。 「あのMSを操縦しているのはアムロという兵士だと言ったな?」 「は、はい!ご覧の通り、アムロは敵MSと未だ交戦中であります!」 少々緊張気味にバーニィが敬礼しながら答えると、シャアは試す様な口調で訪ねた。 「援護は必要か?」 「いいえ!それには及びません・・・と、存じます!」 慣れない言い回しに口調が変だ。 が、シャアは即断即答したバーニィに興味を持った。 「ずいぶん自信満々に言い切ったものだな。 貴様より年下の少年兵なのだろう?しかも搭乗しているのは鹵獲した連邦のMSだ。心配ではないのか?」 しかしその時の、シャアの質問に対して[よくぞ聞いてくれた]と言わんばかりのバーニィの笑顔こそ見物であった。 「大丈夫であります!彼は【木馬】からの、いえ、連邦軍からの亡命兵なのでありますからして!」 「何、木馬だと!?」 シャアの目がギラリと光ったが、バーニィはそれに気付かず言葉を続ける。 「自分は何度も目の当たりにしていますが、奴の戦闘センスは抜群です! MSに乗っているアムロを一対一で倒せる奴なんて、はは、連邦にもジオンにも・・・」 得意げに口上を垂れていたバーニィの顔がそこで引きつった。 「あ、い、いえ!申し訳ありません! も、もちろんジオンのエース、赤い彗星たる大佐は、別であります!」 「木馬からだと・・・やはりな」 恐縮しきって再度敬礼を振り向けるバーニィを気にも止めず、シャアは確信を込めてそう一人ごちた。 715 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2009/12/29(火) 20 54 23 ID henTU8lc0 なんという因果だろう。ジオンを散々に翻弄した白いMSのパイロットが今、彼の味方として目の前で戦っているのだ。 何度も追い詰めつつ、結果的に苦杯を舐めされられ続けた白いMSと木馬。 その木馬を青い巨星ランバ・ラルが無傷で鹵獲した、と、聞かされた時は我が耳を疑ったものだ。 木馬とあの白いMSを仕留めるのは、いや、仕留められるのは自分しかいない。そんな密かな自負があったからである。 だが、ガルマ・ザビを謀殺する為にシャアは木馬を利用した。 今でも脳裏に鮮烈に焼き付いているシアトルでの光景。 そう、あの時自分は、息を潜めている木馬を発見しておきながら、その木馬を討つ事よりも、あえて「復讐」を選択したのだ。 シャア・アズナブルは知らず瞑目している。 その結果、シャアは辺境の潜水鑑部隊に左遷され、木馬を追う権利を失ったのである。 「大佐、ハマーン嬢の収容は完了しました」 地上に降り立ったアンディがシャアにそう声を掛けたのと、眼前の白いMSが08-TX[EXAM]の首を、逆手で構えたビームサーベルで抉り斬ったのはほぼ同時の事だった。 その頭部は放物線を描いて遥か後方の道路脇に落下し、首を失った08-TX[EXAM]はゆっくりと後ろに崩れ落ち動かなくなった。 暫くは臨戦態勢を解かず、倒れたMSの様子を窺っていた白いMSだったが、やがて体勢を戻し建物越しにこちらを静かに見下ろす様に立ち上がった。 「見事なものだ。更に腕を上げたな、ガンダム」 「・・・へっ?」 微かに呟いたシャアの声が耳に入ったバーニィが思わず聞き返したものの、シャアは構わず彼に向き直った。 「あのMSにはこの車両を警護させろ。貴様と2人で何が起ころうと、我々が戻るまでここを死守するのだ。できるな?」 「り、了解であります!」 再度表情を引き締めたバーニィは再び敬礼をシャアに向ける。 このバーナード・ワイズマンという新兵、まだまだ頼りの無い部分があるものの、物怖じしない性格と、任務をそつなくこなす柔軟性は見所があるとシャアは踏んでいた。 アムロという優秀なパイロットが駆る白いMS【ガンダム】と組ませれば、臨機応変に任務を遂行できるだろう。 シャアは期待を込めた答礼をバーニィに返すと、頼むぞと声を掛けてからアンディの待つ地上に飛び降りた。 「大佐」 「うむ、我等も行くぞ。何としてでもクルスト・モーゼスを見つけ出すのだ」 施設内部に戻る前にふと視線を感じたシャアは背後に立つガンダムを振り返った。 瞬間、シャアの身体を再び電流の様な緊張感がぞわりと駆け抜ける。 白いMSは、シャアを見ていた。 人間を模したデュアルセンサーとシャアの双眸が中空でぶつかり見えない火花を散らす。 しかしガンダムは次の瞬間、シャアから視線を外し、ゆっくり背を向けると周囲警戒態勢に入ったのである。 「・・・そうか、もうお前と戦う事は無いのだな」 そう呟いたシャアは言い知れぬ安堵感と引き換えにした一抹の寂寥感を胸に、アンディを伴い、再び施設の建物の中に消えたのだった。 736 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/07(木) 19 36 51 ID NzTR5ps.0 ドアン達一行の前にやがて、小学校の体育館を二つ並べた程の空間が開けた。 ここが施設の最深部、脱出専用の中型潜水艦が格納されている地下ドックである。 施設のあちこちで次々と巻き起こる爆発の中、一隻のみの潜水艦は健在だった。 地上の喧騒が嘘の様に、現在ここには誰の姿も無い。 潜水艦は、三分の二程水に沈んだ状態で係留されており、搭乗用可動式タラップが潜水艦上部の閉じたメインハッチに接合されている。 彼等をじっと待ってくれていた潜水艦の前でドアンは安堵の溜息を漏らした。 一息つく事もせずドック中央にある制御室に駆け込んだドアンは、UHT認証――マスターコードを入力して外部から潜水艦のロック状態を解除する。 プシュッという圧力音と共に潜水艦上部のメインハッチが静かに開いた。これで潜水艦は再び使用可能となったのである。 「よし。急いで子供達を乗り込ませよう。小さい子から順にだ」 ミハルやララァと共にタラップ上で子供達を誘導するナナイに制御室から出てきたドアンは感謝の目を向ける。 ザビ家直属の情報部が使用する車両、船舶、航空機に設定されている機密性が極めて高いマスターコード。 それを書き換える事ができたのは、コードデータを密かに解析したナナイの手腕があったからである。 長い時間を掛けて彼女と練り、積み上げてきた脱出計画が一つ一つ実を結んでいる。 遠大に見えた計画があと少しで完遂しようとしているのだ。 「旦那にゃ無用の忠告かも知れねえが、気を付けてな」 「恩にきる。ここまで順調に事が運んだのは君達のお陰だ」 「まだ爆発は起きるかも知れん。最後まで気を抜くなよ」 後方を警戒しながら声を掛けて来たコズンとクランプにドアンは深く頭を下げた。 50人もの子供達を引き連れての移動中、トラブルに見舞われなかったのは、やはりマッドアングラー隊の随行があればこそであった。 「ここからはもう我々だけでやれる。君達も、一刻も早くここから脱出してくれ」 ドアンとがっちりと握手を交わしたクランプとコズンが背を向けた時、気が付いた様にドアンは彼等を呼び止めた。 「礼と言っては何だが、いくつか俺の知っている情報を提供しよう。 これは戦略情報部でも一部しか掴んでいないトップシークレットだ」 コズンとクランプは思わぬドアンの申し出に眼を丸くしている。 「連邦軍はオデッサ攻略にあたって、黒海を挟んだアンカラに兵力を集め始めている」 「何だって!?」 「アンカラに長距離砲撃用MSを多数配置して、対岸からオデッサに砲撃の雨を降らせるつもりらしい。 拠点防衛の為に動けないジオン軍にとって、これは致命的な痛手となるだろう。 ある意味、爆撃機からの攻撃よりも厄介だ。なにしろ誘導兵器では無い分、ミノフスキー粒子のジャミングが効かんからな。場所さえ特定できれば砲弾は確実に命中する。 だが、この事実を掴んでいてもマ・クベは一向に動く気配を見せない。それが何故なのかは知らんがな」 コズンとクランプの顔から音を立てて血の気が引いた。 オデッサの友軍が『敵の砲撃は黒海の対岸からだ』と気付いた時にはもう手遅れだろう。その頃には既に連邦軍は防御陣形を敷き終えている筈だからである。 そもそも、ただでさえ兵力の少ないジオン軍が、戦闘中のオデッサからアンカラに攻撃隊を別個に振り向けるのはどう考えても不可能だ。 「脱走する俺にはもう関係の無い話だが、こいつはこれからオデッサに飛び込む君達には有益な情報だろう。それから」 「ま、まだあるのか」 冷汗を流しながらクランプは呟いた。必要な情報とはいえ、自軍に不利な状況が次々と判明して行くのは心臓に悪い。 「マ・クベはオデッサ地下に核ミサイルを隠し持っている」 「何だと!?」「マジかよ!?」 クランプとコズンの驚いた声が重なった。 738 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/07(木) 19 39 14 ID NzTR5ps.0 「前時代の遺産らしいがな。奴は戦況が不利と見たら迷わずこいつを発射してオデッサにいる友軍ごと連邦の大部隊を吹き飛ばすつもりだ」 口の中が一気に干上がったコズンが小さくむせた。クランプの手は機関銃を握ったままぶるぶると震えている。 「マ・クベが側近を引き連れて宇宙へ脱出してから核ミサイルは発射されるだろう。 ジオン宇宙軍をそっくり残したまま、一つの基地と引き換えに連邦の大物を多数に含む大軍を殲滅させる、これがマ・クベの【切り札】だ」 もはや彫像の様に表情を無くした二人の前で、ドアンはゆっくりと言葉を続けた。 「その場合、ジオン軍の犠牲者は全てザビ家から『ジオンの崇高な目的の為に散った勇者』として、もれなく十字勲章が贈られる予定だそうだ」 「・・・ふ、ふざけやがって!」 「マ・クベめ・・・そこまでやるか・・・!」 怒りを露わにする2人だったが、その機先を制するようにドアンは言葉を続けた。 「時間が無い。マ・クベに対する恨み言は後にしてくれ。 実は、伝える情報はもう一つある」 「・・・」「オーイ・・・」 げんなりしながら絶句した2人の顔を見てドアンは苦笑する。 「安心しろ、こちらは朗報だ。連邦軍の中にはジオンのスパイが何人も潜り込んでいる。 その中でも最大の大物がヨーロッパ方面軍の一角、西部攻撃集団砲兵司令部を指揮下に置くエルラン中将だ」 「連邦の中将だと!?」 「エルランはオデッサ作戦中、核ミサイルが発射される前に機を見て寝返る。 こいつを上手く利用すれば戦局の一発逆転が可能だろう」 クランプとコズンは思わず目を見交わした。絶望的な状況を打破する一縷の望みが見えた気がしたのである。 「マ・クベに核を使わせないで戦いを終結させるには、圧倒的な勝利が必要だ。いいか、マ・クベもそうだがエルランの動きから絶対に目を離すな」 「ドアン!こっちは良いよ!」 メインハッチから上半身を覗かせてミハルがこちらに向けて大きく手を振っている。どうやら準備が整った様だ。 「俺たちはとりあえずキプロスの近くにある無人島に身を潜めるつもりだ。戦争の早期終結を望むと君達のボスに伝えておいてくれ。 それから、あのアムロという兵士にククルス・ドアンが感謝していたと」 「必ず伝えるぜ!貴重な情報をありがとうよ」 「気をつけて行きな」 ぶっきらぼうな別れの挨拶だったが、軍を抜ける人間に階級差などは意味が無い。 2人ともう一度固い握手を交わした後ドアンはタラップを渡り、彼を手招きしていたミハルを促して潜水艦のハッチの中に潜り込んだ。 クランプとコズンがドックの入り口まで後退した時、丁度そこにシャアとアンディが降りてきて4人が鉢合わせの状態となった。 739 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/07(木) 19 40 31 ID NzTR5ps.0 「大佐!」 「クルストはいたか?」 「残念ながら、それらしき人物は見当たりませんでしたぜ、うおっ!?」 突然鈍い爆発音が響き、ドック奥にある機械室が吹き飛んだ。 それほど大きな爆発ではなかったが、密閉された空間で起こった爆風はシャア達を煽り、その振動はアームに固定されたままの潜水艦を大きく揺さぶった。 「畜生!ここにまで爆弾かよ!」 腰を落とした姿勢でコズンはあたりを見回した。シャア達に怪我は無い。 潜水艦と中の連中は無事だろうかとドックの様子を伺おうとしたコズンだったが、彼の携帯する通信機が短いアラームを何度も鳴らした為に慌ててそれを耳に当てた。 『そちらは無事か!?』 スピーカーの向こうからドアンの緊迫した声が聞こえる。 「旦那か!こちらは心配ない。そっちはどうだ?」 『船体のダメージは無さそうだが・・・むっ!?』 「どうした!?」 『隔壁が開かん・・・!どうやら今の爆発で何らかのセーフティが掛かったらしい!』 「何だと!?ちょっと待ってろ!」 外海と隔てる隔壁がシーケンス通りに開かなくては潜水艦はここから脱出する事ができない。 コズンが慌てて首を巡らすと、水路に張り出したデッキの突端に隔壁の手動スイッチが確認できた。 「OKだ。デッキの端っこに手動開閉装置がある。遠隔操作が無理なら手動で隔壁を開けてやる!」 「待て!それは許可できん!」 瞬間、壁に掛けてあったパーソナルジェットを手に勢い良く飛び出そうとしたコズンをシャアが厳しい声で制したのである。 驚いた顔でコズンが聞き返す。 「な、何故です!?このままじゃ!」 「良く見ろ。開閉装置の真後ろにある圧搾空気タンクに炎が迫っている。恐らくあれは、数分持たずに爆発するだろう」 「・・・!」 コズンが見ると、確かにシャアの言う通り、先程の爆発で生じた炎が舐める様に圧搾空気を表すアルファベットが書かれた中型のタンクを覆っている。 その一部は既に熱で変形しているようにすら見える。 「ランバ・ラルから預かった大事な部下をむざむざ危険な場所にやる訳にはいかんのだ。これからの事もある。無駄死には、許さん」 「・・・・・・!!」 手動装置が爆発に巻き込まれて使用不能になる前に作動させなければ潜水艦の退路は絶たれてしまう。しかし・・・ ぎゅっと唇を噛んで絶句したコズンの手からシャアは通信機を抜き取った。 「シャア・アズナブル大佐だ。手動スイッチ周辺が現在極めて危険な状況にある。 我々はこれ以上、手を貸す事ができない。悪く思うな」 『・・・いえ。これまでの御協力を感謝します。我々の事はお気になさらず脱出して下さい。こちらは、私が何とかします』 「・・・健闘を祈る」 クランプ、アンディ、コズンからの絶望的な視線を受けながらシャアは冷徹に通信を切った。 部隊長としての判断は間違ってはいない。そう自嘲しようとしたシャアの眼がその時、信じられない物を見るが如く見開かれた。 潜水艦上部のハッチが再び開き、そこから赤い髪をふたつのおさげに結わえた少女が飛び出したのである。 それは、シャアに哀れみの視線を向けて可哀相だと言った、あの、そばかす顔の少女だった・・・! 740 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/07(木) 19 41 39 ID NzTR5ps.0 シャアが見る間に少女は自ら出て来たハッチを閉めると、勢い良くタラップを駆け降り、ステップを伝って手動開閉装置に向かって走り出した。 「おいバカ!何やってんだあいつは!?」 コズン達も仰天している。今その場所に近付くのは自殺行為だというのはタンクの周囲で燃え上がる炎を見れば素人だって判る筈なのだ。が、少女は走るスピードを緩めない。 その時再び、シャアの持つ通信機にドアンからの呼び出し音が響いた。 『通信を横で聞いていたミハルが勝手に出て行ってしまった! スイッチを手動で動かすつもりだ!頼む!彼女を止めてくれ!!』 「何だと・・・自から望んで危険な場所に赴くというのか!?何故だ!?」 「仲間の為ですよ!」 顔を伏せたままのクランプが大声を出した。驚いた様にシャアが振り返る。 「・・・損得や理屈抜きに、あの子は皆を助けたいと思ってるんでしょう」 「馬鹿な!」 仲間と言っても所詮は赤の他人に過ぎない。 いくら仲間が助かったとしても、自分自身が死んでしまっては意味が無いではないか。 誰だって自分が一番可愛い。どんなに綺麗事で飾ろうと、土壇場で人は自らのメリットを考えて行動するものだ。 それなのに、何故あんな人間がいるのだ。 シャアはふいに眩暈を感じた様にふらついた。 それはシャアの中に巣食うシニカルな何かが否定された瞬間だった。 これまで心に刻んで生きて来た普遍的な認識が、目の前の少女の行動でがらがらと音を立てて崩れてゆくのが判る。 勢いを増す火勢に煽られながらもミハルは何とか装置の前に辿り着いた。 少女はためらい無くコンソール中央に設えられた大きなレバーに手を伸ばす。が、ビクともしない。全体重を掛けて思い切り引いてみたが、一ミリすら彼女の力では動かす事ができなかった。 炎は既に彼女の背後まで迫り、熱で炙られたミハルの全身からは珠の様な汗が噴き出している。 この場所にドアンを来させる訳にはいかなかった。 彼にもしもの事が起きれば、潜水艦を操縦する人間がいなくなってしまうからである。 『ミハル!聞えるか!?何て無茶をするんだ!!』 「ドアン!?」 コンソールパネルには固定式の通信機が組み込まれている。これによりオープン回線で潜水艦内の人員と外部の作業員が直接会話できる仕様になっているのだ。 ミハルはすぐに突き出ているマイクに口を寄せた。 「操作が良く判らないんだ!レバーがびくともしないんだよ!」 スピーカーの向こうでドアンがぐっと息を呑むのが判った。 事ここに至ってはミハルの無茶な行動を叱り付けるのは後回しだった。 『・・・良く聞いてくれ。まずパネルの右上にある透明なカバーを弾き上げて中の赤いボタンを押すんだ。 そうすると大きなレバーの右横にあるランプがグリーンに変わる筈だ』 「・・・うん、緑に変わった!」 『これでレバーは動かせる筈だ。やってみてくれ』 「あ、やった!動く動く!これでいいの?」 『レバーを最下段まで押し下げたら今度は・・・』 その後幾つか与えられたドアンの指示をミハルは的確にこなし、遂に手動操作は完了し、潜水艦の前面にある隔壁がゆっくりと開き始めた。 「あはは!やったあ!扉が開いたよドアン!」 『手動操作でゲートを開いた場合、シーケンスは全自動で行われるから、モタモタしていると潜水艦は隔壁間に閉じ込められてしまう。ミハル、急いで戻って来てくれ!』 「わかっ・・・・・・・・・!」 身を翻したミハルの背後にあったタンクが爆裂したのは、その時だった 741 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/07(木) 19 42 35 ID NzTR5ps.0 強烈な圧力がミハルの身体を跳ね飛ばし、彼女は驚いた表情のまま、不自然な態勢で空中に舞った。 衝撃でほどかれた髪の毛が広がり、眼前を弄って前方に流れるのを見たミハルは、ああ、髪の毛を少し切りたかったなと少しだけ残念に思った。 見る間に視点は天地が逆となり、ミハルは自分が頭から落下しているのだとぼんやり認識した。 この態勢ではどうあっても助かりそうも無いと彼女はまるで人事の様に諦観し目をつぶった瞬間―― ドサリと彼女の身体を包み込む様な衝撃が被ったのである。 驚いて目を開けるミハルの顔の前に、あの無表情な仮面があった。 「ミハルと言ったな?賢くは無い行動を取ったものだ」 「あ、あんたは・・・!」 ミハルは仮面の男に抱きかかえられる格好で宙を飛んでいたのである。 信じられない思いでミハルが首を巡らすと、男の背中にはジェットパックらしき物が装備されているのが見えた。 どうやら彼はこれで空を飛んで来、爆発で吹き飛ばされたミハルを地上スレスレでキャッチしたらしい。 ミハルは思わず息を呑んだ。彼が背負っているのはどう見ても一人用らしきパーソナルジェットである。 こんな真似は神業に近いのだという事は、彼女にだって判る。 続いて二本目のタンクが爆発した瞬間、仮面の男は空中で姿勢をぐるりと変え、ミハルを庇い爆風に自分の背中を向ける姿勢を取った。 「ぐっ・・・!」 「あっ!?」 爆風をもろに背で受ける格好となった仮面の男の頭に何かの破片がぶつかり、男が被っていたヘルメットと共にヘッドギア状のマスクを弾き飛ばした。 その右肩にも鋭い金属片が突き刺さったのを見て、ミハルは小さく悲鳴を上げる。 しかし男は事も無げに手にしていた通信機を口に当てた。 「ミハルという娘は無事保護した。こちらは何の問題も無い」 『大佐!!・・・感謝します・・・ありがとう・・・!!』 ミハルの耳にも通信機の向こうからはドアンの安堵した声が聞えた。 「もう時間が無い。この娘は我々の部隊が預かろう、行け!」 『それは・・・いえ、判りました。口幅ったい様ですが、シャア大佐を信用致します。ミハルを、よろしくお願いします』 「ドアン!」 通信機に顔を近づけたミハルに、ドアンから大佐と呼ばれた男は通信機を向けてやる。 『ミハル、気を付けて行くんだぞ。ジルやミリーは任せろ、この戦争が終わればまた逢える』 「うん!うん!ドアンも元気でね!ララァやみんなも!」 742 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/07(木) 19 43 18 ID NzTR5ps.0 潜水艦が沈んで通信機にノイズが掛かり、会話ができなくなると、シャアは手近な地上に降り立ち膝をついた。 素早く彼の腕から降りたミハルは、シャアが勢い良く肩に刺さった鉄片を抜き取るのを見て思わず目を背けた。 破けた軍服からは血が流れ出しているが、生地の色が赤い為、注意して見なければ全く見分けが付かない。 「私がケガをした事を、他の人間には絶対に話さないでいてくれ」 「え・・・で、でも・・・!」 「部下にリスキーな行動を禁じた私が、リスキーな行動でケガをしたのではサマにならん。 私にも面子というものがあるのだ」 ミハルは、強がりながら痛みを堪えて苦笑いしているシャアの顔をまじまじと見つめた。 あの冷たく無表情に見えた仮面の下には、こうも人間らしい表情を浮かべる素顔があったのだ。 「シャア大佐!ご無事ですか!」 慌てて駆け寄ってくるクランプら三人がそばに寄る前に、シャアはポケットから予備のマスクを取り出して素早く装着し、立ち上がった。 「みっともない所を見せた。ヘルメットが無ければ即死だったかも知れんな」 「いやいや!さすが大佐だ!あんな芸当は大佐以外誰もできませんぜ!」 「パーソナルジェットを引っ掴んで大佐が飛び出した時はどうしようかと思いましたよ!」 「潜水艦も無事出奔したみたいで何よりです。我々も急いで脱出しましょう」 コズンやクランプ、アンディと会話するシャアの挙動はキビキビとしており、肩口に裂傷を負っている様にはとても見えない。 ミハルはその場にいる兵士とは全く違った眼差しをシャアに向けていた。 「ん、そう言えばこの娘は?」 「戦場では民間人を可能な限り保護する義務がある。我々と行動を共にさせるしかあるまい」 明後日の方向を向きながら冷たく答えたシャアを見て、ミハルはくすりと笑みを漏らした。 何だか目の前に立つシャアが、意地っ張りのガキ大将に見えたのである。 「みんなを助けてくれてありがとう。あたしはミハル・ラトキエ。よろしくね」 そう言いながら一同に向けてぺこりと頭を下げたミハルを、シャアはさりげなく肩越しに振り返って見つめていた。 788 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/17(日) 16 23 50 ID NrK.Pzgw0 「だから駄目だって言ってるだろう!この車両は譲れない。他を当たってくれよ!」 サムソントップの側窓から上半身を乗り出した姿勢で眼下を見下ろしながら、やや困った様に、しかし断固とした強い口調でバーニィは声を張り上げた。 「頼む!怪我人がいるんだ!搬送用のエレカが足りない。このトラックなら大勢の人間が運べるだろう!?」 地上から見上げ、バーニィに懇願している男の着ている白衣は泥と血で汚れている。 その姿は施設から命からがら逃げ出して来た状況を雄弁に物語っており、必死な口調のなによりの証明であった。 しかし、バーニィは厳しい表情で頑なに首を振ると、助手席に置いてあったマシンガンを男に掲げて見せたのである。 「駄目と言ったら絶対に駄目だっ!それ以上近づくと実力で排除せざるを得ないぞ!」 見るからに童顔で人の良さそうな青年兵士に突然突きつけられたマシンガンの銃口に、白衣の男は顔を引き吊らせた。 「お、お前は鬼か!人でなしめ!」 「何と言われようが駄目なものは駄目なんだ!」 同じ様な用向きの申し出を、こうして威嚇込みで断ったのはもう何人目だろうか。 大声で悪態を吐きながら退散して行く白衣の男の後ろ姿を見ながらバーニィは小さくため息をつきながら目を転じた。 今や施設のあちこちは倒壊し、火の手こそ見えないものの薄ぼんやりと煙が周囲に立ちこめている。 先ほどから、慌ただしく何台もの車両がサムソントレーラーの前を通り過ぎてゆくのが否応なく目に入っている。 そのどれもが施設から脱出して来た施設職員を乗せている。 施設内に爆発物が多数仕掛けられている事が明らかになった為、一時的にジオン軍御用達の港湾施設にケガ人を含む関係者全員を避難させる事になったらしかった。 しかし施設に配備されていた車両は思いの外少なく、小型車両でのピストン輸送を余儀なくされていた。 元来他人と歩調を合わせるのを苦手とする研究員達は我先にと車両に殺到し、そこには殺伐とした争いすら生まれていたのである。 更にはパニックに陥っている施設職員達をまとめ上げるリーダーがいないという事態が混乱に拍車をかけた。 施設の長たるクルストの失踪と、ニムバスら屍食鬼隊MSの暴走によって保安要員が壊滅してしまった為である。 入り乱れる車両の中には民間業者も混じっていた為、今や施設の表門から搬入口にかけては、入れ替わり立ち替わり出入りする車両で大混乱の様相を呈していた。 表からこそ見えないものの、施設の裏手に目を移せば飴細工の様にひしゃげ曲がった防護フェンスが張られたままの中庭には未だ無残な姿を晒したままの亡骸が累々と転がったままの惨状であった。 だが、何があろうとこの車両を明け渡す訳にはいかない――― そう気合を入れ直したバーニィの顔が、パッと輝いた。 シャア達クルスト捜索部隊が続々と施設から戻って来たのである。 789 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/17(日) 16 25 07 ID NrK.Pzgw0 「ご苦労だったワイズマン伍長」 「はっ・・・!」 眼下から掛けられたシャアの声に万感の想いを込めて敬礼で答えたバーニィは、一行の中に見慣れない少女がいるのを見て眼を丸くした。 「あたしはミハル・ラトキエ。よろしくね」 クランプに手を引かれて後部ペイロードのドア前までよじ登った少女は、運転席から身を乗り出して見ているバーニィに笑顔を見せた。 「あ、ああ。バーナード・ワイズマン伍長だ」 「いい子だろう?ああ見えて、お前より勇気があるかも知れないぜい?」 「わっ!な、何すんですかコズン中尉!」 事態が今ひとつ理解できず呆けた様に答えたバーニィを車内に押し込めながら、コズンが強引にドアを開けて運転席に乗り込んで来たのである。 「だがな」 自分の尻でシートの横へ横へと押し退けたバーニィにコズンは顔を寄せた。 何事かとバーニィは身を軽く竦ませる。 「間違ってもあの娘に手を出そうなんて思うな。あのミハルって娘はシャア大佐のお気に入りなんだからよ」 「はぁあ!?」 上半身だけコズンにのし掛かられた状態でバーニィは眼を白黒させた。 さっきチラリと見ただけだが、あんなどう見てもイモ臭い、いや、垢抜けない顔をした少女が「あの」シャア大佐に釣り合うとはとても思えない。 「いやでも・・・え?嘘でしょう?」 「バカヤロウ、俺には判る。お前は男と女の、ひいては人生の機微って奴を知らんだけだ」 「そんなもんですか・・・・」 複雑な表情を見せながら、バーニィはコズンの身体を押し戻すと、襟元を緩めてシートに座り直した。 シャアとミハルの一連のやりとりを知らないバーニィには、今は人生の先輩たるコズンの言い分を拝聴するしか術は無い。 790 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/01/17(日) 16 25 54 ID NrK.Pzgw0 「ハマーン!来たよ!」 「ミハル!!??」 サムソントレーラーの運転席とは防弾壁で仕切られた後部ペイロードでシートの片隅に身を縮め、心細さのあまり自らの両肩を抱いて震えていたハマーン・カーンは、ドアを開けるなり両手を広げて駆け込んで来たミハルに驚きながらも抱きついた。 「ごめんよハマーン!寂しかっただろ?ごめんよ・・・」 「~~~~~~~~~~~~~~~~・・・・・・」 ミハルの胸にぎゅっと抱き締められたハマーンの眼からは涙が溢れ、咽からは嗚咽が漏れ出るだけで言葉にならなかった。 その様子をミハルに続いて車内に入って来たクランプとアンディが優しい眼で見つめている。 「でもミハル・・・どうしてここに?みんなは?」 「みんな無事に逃げられたよ。大佐が、あたしとみんなを助けてくれたのさ」 涙でべしょべしょのハマーンの顔をハンカチで拭ってやりながらミハルは誇らしげに答える。 が、その途端にハマーンはさっと不安の色を滲ませた。 「大佐って・・・あの赤い色の服を着た・・・?」 「そう。シャア・アズナブル大佐。本当は、とっても優しい人だったんだよ」 くすくすと面映ゆそうに笑うミハルをハマーンは不思議な顔で見つめている。 偶然にもサムソンの運転席とペイロード、同じ車両上のそれぞれ独立した空間には、現在それぞれに怪訝な表情を浮かべた最若年層の2人が振り分けられていた。 そしてコズン言う所の人生の機微とやらを理解するには、まだまだ彼等には時間が必要らしかった。 聞くとは無しに彼女達のやり取りを聞いていたクランプの鼻の奥がツンと痛む。 彼等の主であるシャアを『優しい人』と評した少女に、少なからず心が震えてしまったのである。 不意に上を向いたクランプの肩に、アンディがにっこり笑いながらポンと手を置いた。 826 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/01(月) 01 27 23 ID 7eqOoE8g0 コックピットにアラームが鳴り響く。 急いで通信ボタンをONにすると、飛び込んできたのは興奮気味にまくし立てる若い声だった。 「アムロ。連絡が遅れてすまない! 今、全員が無事に帰還した。全てが上手く行ったぞ!」 「本当ですかバーニィさん!それじゃドアンさんや子供達も・・・!」 バーニィからこれまでの経緯を含め、全ての事情を説明されていたアムロにとって、それは待ちに待っていた嬉しい知らせだった。 RX-78-XXのコックピットでアムロは小躍りしたくなるのを必死で堪える。が、弾む声までは抑える事ができない。 「おーう、無事に全員が脱出して行ったぜぇ」 「コズン中尉!」 「お、全員じゃねえな。約一名はこっちの預かりだった」 突然通信に割り込んで来た懐かしいコズンの声に、アムロの顔が更に笑顔になる。 どうやらバーニィの横から通信機をひったくったらしい。 アムロには最後のセリフの意味が判らなかったが、それを聞き返す前にいきなりコズンに怒鳴られてしまった。 「このバカ野郎が!みんなに心配かけやがって・・・!」 「・・・すみませんでした・・・・・・」 怒鳴りつつもコズンの声は、掠れていた。 深い安堵の沈黙が数秒間、まるで通信障害でも起きたかの様にサムソンとRX-78-XXのコックピットを包み込む。 瞑目したアムロの脳裏にはあの嵐の海での光景が焼き付いていた。 そう。この優しい人達と、再び会える保証は無かった。 改めて今、自分達は戦場にいるのだという事に気づき愕然としてしまう。 しかしだからこそ、この瞬間に、価値がある。 やがて、小さく一度鼻をすすり上げた音とへへへと言う照れくさそうなコズンの笑いがその沈黙を破った。 「詳しい話は後だ。早いところ戻って来い!さっさと、ずらかるぞ」 「そ、そうだ、ここに長居するのは危険なんだ。急げアムロ」 コズンの横から声を入れているらしきバーニィの声音も、何だかくぐもって聞こえる。 どうやら彼も、コズンとアムロの会話を聞いて感極まっていたらしい。 「それなんですが・・・」 「ん、どうした。何か問題でもあるのか?」 アムロの逡巡を感じたコズンの表情と声が変わる。 「それがですね・・・」 戸惑った様な声がアムロの口から漏れ出る。 先程から彼の目は、施設の中庭を映し出しているモニターに、正確にはその中の人影に釘付けになっていたのである。 827 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/01(月) 01 28 46 ID 7eqOoE8g0 ニムバス・シュターゼン大尉は、破壊された08-TX[EXAM]のコックピットからようやく這い出す事ができていた。 特異な形状のヘルメットを脱ぎ捨てた彼は、堪え切れずにその場で膝をつき、二度、三度と地面に向けて嘔吐する。 脳が痺れ、掻き出される様な不快感はまだ残留している。 涙を浮かべ胃の内容物を吐き出しながらニムバスはEXAM起動時の猛烈な違和感を思い起こし、こうして意識を保っていられたのがまるで奇跡の様だと思えるのだった。 実際、ニムバスの強靭な意志がEXAMに晒された自身の精神を繋ぎ止めていたのだが、現在彼の中に有るのは惨めな敗北感のみであった。 クルストからはEXAMとはパイロットのサポートシステムだと聞かされていた。が、実際は逆であった。 システム起動と同時にニムバスは身体をEXAMに完全に乗っ取られ、憐れな傀儡と化したのである。 クルストに騙され、填められたのだと気付いた時にはもうどうする事もできなくなっていた―――― しかしNTならぬニムバスにはアムロとハマーンの意識レヴェルの邂逅こそ感知できなかったものの、彼の身体を介して展開されたMS戦闘は明瞭に「感じ取る事」ができていた。 そして衝撃的な事に、彼の身体を乗っ取ったシステムの技量は荒削りながらも明らかにニムバスのMS操縦技術を凌駕していた。 にも関わらず、結局そのシステムが操るMSは眼前の敵に破れてしまったのである。 クルストにまんまと騙され、システムの支配に負け、システムの技量にも負け、そのシステムの操るMSも眼前の敵に破れ去った。 それは流石のニムバスも、自分の実力とは、たかがその程度のものだったのだと強制的に認識せざるを得ない程の、見事なまでの負けっぷりであった。 ニムバスの人生において、ここまで完璧に叩きのめされた経験はかつて無い。 いっそ清々しいと言える程の完膚なきまでの敗北に、悲しみの涙すら出ない。 さっき嘔吐しながら滲んだ涙は、そういったものとは質の違う涙なのである。 「ぐっ・・・・・・」 それでもニムバスは体の力を振り絞り、全てを投げ出し倒れ込む事無く立ち上がった。 自分は屍食鬼隊の隊長で有るのだという辛うじて残った責任感が、彼の意識を失わせる事をギリギリの所で拒んだのである。 自分の意識喪失中に何が起こったのか、彼の搭乗していたMSのすぐそばに一体、少し離れた施設の脇に一体、彼の部下が搭乗している筈の08-TX[EXAM]が無残な姿で転がっている。 もしMSの内部に部下が取り残されているのならば、隊長として放っておく事はできない。 ニムバスはふらつく足で手近な08-TX[EXAM]に近付くと、コックピットブロックの下を覗き込んだ。 MSは、うつ伏せに倒れ地面にめり込んでいる為にハッチを開ける事は不可能であった。 事態を確認するとニムバスは、自身の両手を使い、黙々とMS下の瓦礫をどかし、土を掘り始めた。 やがて手袋の先が破れ、指先に血が滲んだが気にもしない。まるでその行為が贖罪でも有るかの様にただひたすら彼は土を掘り続けた。 『あの・・・お手伝いしましょうか・・・?』 どの位の時間がたったのだろうか。突然背後から掛けられた外部スピーカーによる音声に、泥だらけになったニムバスは虚ろな瞳でのろのろと振り返った。 焦点の合っていなかった彼の目が、その巨体を見上げながら次第に正気を取り戻してゆく。 「連邦の・・・MSだと!?」 ニムバスはいつの間にか背後に立っていた白いMS――RX-78-XX――に向けて腰のホルスターから銃を抜きかけた。が、一瞬自嘲的な笑みを浮かべると、彼はどうでもいいとばかりに自らの銃から手を離したのである。 「・・・いや。どんな奴であろうが今は助けが有り難い。 すまんがこのMSを裏返してくれ。出来るだけそっと頼む」 『判りました。下がっていてください』 「恩にきる」 本人はそれに全く気がついていないが、プライドが異常に高く鼻持ちのならなかったかつてのニムバスを知る者が聞いたら耳を疑う様な台詞を彼はさらりと口にしていた。 “弱い自分”に余計な拘りなど意味が無い。それよりも使えるものなら何でも使わせてもらう。そして、そんな“弱い自分”を助けてくれる者には、素直に感謝する。 今や彼の思考は極めてシンプルであった。 徹底的に打ちのめされた事で余分な険と肩の力が抜けたニムバスは、憑き物が落ちたかの様に実に自然体であった。 828 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/01(月) 01 29 46 ID 7eqOoE8g0 やがて、小さな地響きを立てて仰向けにされたMSのコックピットハッチを開放したニムバスは、中にいたクロードを、同様にもう一体の08-TX[EXAM]からもクローディアを引きずり出す事ができた。 二人とも見た目に外傷は無い。が、ヘルメットを外され、地面に仰臥して寝かされたクロード、クローディア共、眼は開いているにも関わらず意識が無かった。 呼吸はしているものの半開きになった口からは涎が零れ落ちている。 ニムバスが何度も耳元で彼らの名を呼び、叫んでも二人の瞳は正気の光を取り戻す事は無かった。 やりきれない表情でその場にヘたり込み、がっくりとうなだれたニムバスの横手から、その時声が掛けられた。 「二人を表門まで運びましょう。今ならまだ病院に向かうエレカに間に合うと思います」 疲れ切った表情で見上げるニムバスの前には、少年とおぼしき赤毛のジオン軍兵士がしゃがみこんでいた。 学徒兵だろうかと一瞬ニムバスがいぶかしんだのも無理は無い。それほどその兵士は若かったのである。 しかしその瞳の色は深く、年齢にそぐわない落ち着いた雰囲気を醸し出している。 ニムバスには判る。これは断じて、うわついた若造にありがちな虚勢やハッタリではなく、堂々とした自信に裏打ちされた漢の目だ。 恐らく、この少年兵がくぐってきた修羅場は一つや二つではないのだろう。 自らを常に最前線に置き、死線を幾度も乗り越えて来たニムバスならばこそ、それが判る。 「なるべくコックピットには衝撃が伝わらない様に、皆さんのMSは無力化したつもりだったんですが・・・」 何気なく漏らした少年兵のつぶやきに、ニムバスの目が見開かれる。 「何だと!?それではまさか貴様が・・・あの06R-3Sのパイロットだったと言うのか!?」 「は、はい。でも06R-3Sは少尉と戦って壊れました。これは連邦軍からの鹵獲品です」 目の前の少年兵は、倒れ伏した08-TX[EXAM]の遙か後方に片膝をついて搭乗降着姿勢を取ったままでいる06R-3Sを指さし、彼の後ろに立つMSを見上げた。 「なんという・・・・・・」 【ジオンの騎士】を気取っていた自分は、こんな年端もいかぬ少年兵に叩きのめされていたのである。 もはやニムバスの口からは乾いた笑いすら出てこない。 いくらこの少年が戦場で経験を積んでいるのだとしても、踏んだ修羅場の数ならばニムバスには、ジオン軍の誰にも引けを取らない自信があった。 つまりそれは戦士としての資質の差―――― 「急ぎましょう」 内心の葛藤で動けなくなってしまったニムバスを促すように少年兵はクローディアを背負おうとしている。 我に返ったニムバスは急いでクロードを背負うと少年兵の隣に並び施設の表門に向けて歩き出した。 ここからだと、ひしゃげた破防壁を抜け、ぐるりと施設の建物を回り込んで行かねばならない。 829 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/01(月) 01 31 04 ID 7eqOoE8g0 「・・・貴様は、何故こんな所にいるのだ」 少年兵に視線を向けずにニムバスはポツリと訊いた。 それは、様々な事実を受け止めねばならない彼が飽和状態の思考の中で紡ぎ出した、あまりにも漠然とした問い掛けだった。 が、少年兵はその質問を、違う意味と捉えたらしい。しばらくの沈黙の後、彼もニムバスを見ずに口を開いた。 「最初は単なる意地でした」 そして少年兵はニムバスを振り向かずに言葉を続ける。 しかし口調が明らかに変わり、その顔には微かな笑みすら浮かんでいる。 「でも今は違います」 信念を宿した言葉には力がある。ほう、とニムバスは思わず彼の横顔に見入った。 羨ましい、と彼は素直に嫉妬し、苦渋に満ちた顔で赤毛の少年から目を逸らし口を開いた。 「私には、命を懸けて守ってやりたい女がいた。 私とは身分が偉く違うが・・・その女の為に戦う事に誇りと喜びを感じていたのだ」 「・・・」 少年兵は歩きながらニムバスの言葉をじっと聞いている。 「その女の為ならば危険な場所にも真っ先に飛び込んだ。 誰よりも長く戦場に留まってその女の歩く道を切り開こうとしたのだ。 余りに凄惨な現場に怯え、逃げだそうとした上官を手に掛けた事すらある」 「・・・」 「だがどうやら私は、その女に利用されたあげく、アッサリと捨てられてしまったらしい」 「そんな・・・」 衝撃を受けた様に少年兵は歩みを止めた。 ちょうど建物の角を曲がった直後である。そこは車両と人員がひしめき合う正面搬入口の外れに位置していた。 明らかに多数の怪我人を乗せていると判る中型のエレカに人を掻き分け近付きながら、ニムバスは言葉を続ける。 「別にその事はいい。私に力が無かったのと、人を見る目が無かっただけの話だ。 が、お笑い草なのは間違いない」 既にクレタ島に送られた時点で、キシリアにとってニムバスなぞ、どうなろうが構わない存在になっていたのだろう。 彼の崇拝するキシリア・ザビは、人体モルモットとしてニムバスをクルストに払い下げたのである。 状況を冷静に見れば、そうとしか考えられない。 今までは”状況を冷静に見る事”ができていなかっただけなのだ。自分の事を客観的に見るしかなくなった今ならば、認めたくなかった現実、知りたくなかった真実も受け容れる事ができる。 クロードとクローディアの2人を黙々とエレカのシートに座らせたのに続き、自分もエレカに乗り込もうとしたニムバスはしかし、運転席から顔を出した白衣の男に大声で遮られた。 「怪我人はまだいるんだ!ピンピンしてるあんたは後だ!」 「この2人は私の部下だ!」 ニムバスも大声で怒鳴り返すが、男は面倒臭そうに声を荒げた。 「軍人さん!病院行きの貴重なエレカのスペースにあんたを座らせる余裕は無いな! このエレカは心配しなくても港湾施設内のメディカルセンターへ直行する! 重傷者はそこからアレキサンドリア基地に搬送だ!悪いがあんたの出る幕はねえよ!」 つまり役立たずは去れと言っているのだ。 ニムバスは黙り込んで頷き、彼の部下達を一瞥してからエレカを離れた。 所在無いその姿に少年兵が思わず後ろから声を掛ける。 「待って下さい!大尉は、これからどうされるんです?」 「・・・見ての通り私の部隊は壊滅し、上司のクルストも姿を消した。 私はその責任と能力を問われる事になるだろう。 恐らく降格され、一兵卒としてオデッサの最前線に送られるだろうが、なに、それは望むところだ。 せいぜい派手に散り花を咲かせてやる」 「だ、駄目ですよ!」 凄絶な笑みで質問に答えたニムバスに、赤毛の少年兵は目の色を変えて詰め寄った。 その必死の形相を怪訝そうに見返すニムバス。 830 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/01(月) 01 32 52 ID 7eqOoE8g0 「絶対に死に急いじゃ駄目です!死に場所を勝手に決めないで下さい!」 「貴様に何が判る!私にはもう信じられる物は何一つ残っていないのだ!」 敬愛していたキシリアにも、直属の上司たるクルストにも、自身の実力にすら裏切られた、それは血を吐く様なニムバスの叫びだった。 「それでもです!」 「何だと!?貴様、私にこれ以上、生き恥を晒せと言うつもりか!!」 「そうです!無駄に死ぬよりはずっとマシだ!」 「貴様ッ・・・・・・!」 我知らず少年兵の胸倉を掴み上げていたニムバスはしかし、強い光を湛えた彼の瞳に射竦められた。 「殴りたいなら殴って下さい。 うまくは言えませんが僕は・・・いろんな人に命を救われたから『ここ』で生きています。 だから僕の命は僕だけの物じゃない。最後の最後まで足掻いて生きる義務がある。 あなただって、そうでしょう?」 「・・・・・・」 絶句したニムバスの脳裏に戦死して行った彼の部下達の顔が次々と浮かぶ。 確かにこのまま死んでしまっては、ジオンの栄光を夢見て死んだ彼等に合わせる顔が無い。 「ならば、私の部隊に来るがいい」 「!」「!?」 少年兵とニムバスの後ろにはいつの間にか真紅の軍服に身を包んだ仮面の男が立っていた。 二人とも会話に夢中になり過ぎてこの男の接近に全く気がついていなかったのである。 「シャア・アズナブル大佐だ。話は聞かせて貰った」 「・・・・!!」 「シャア・アズナブル・・・【赤い彗星】か・・・!」 まるで電光に撃たれた様に表情を無くした少年兵の横でニムバスは彼の名を複雑な表情を浮かべながら反芻した。 以前のニムバスであればジオンきってのエースに敵愾心をむき出しにしていた所だろう。 「私の部隊はこれからオデッサに向かう。パイロットは一人でも多い方が良い」 「ふ・・・員数合わせという訳ですか。なるほど、今の自分には、ふさわしいですな・・・」 既にプライドをずたずたに切り裂かれているニムバスにとって、もはやそこは憤慨するポイントではない。 が、やはり他人から下される自身の低評価には一抹の寂しさがある。 「それだけではない。もしかしたら貴様に【信じられる物】とやらを与えてやれるかも知れん」 「・・・軽く見られたものですな」 ニムバスの両目がすっと細まった。 自信は砕かれたが誇りを捨てた訳ではない。 ニムバスの瞳の奥に上官のシャアに対して剣呑な光が新たに宿った。 しかしその苛烈な光は生きる活力となり、消えかけていた彼の魂に再び火を入れる結果となった。 不敵な輝きを取り戻したニムバスの目が、信じる物は自ら見つけ出さねば意味などないと言っている。 恩着せがましく押し付けられた糧を跳ね除ける力ぐらいは、今のニムバスにも残っているのだ。 831 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/01(月) 01 33 59 ID 7eqOoE8g0 「私と来いニムバス・シュターゼン、貴様の噂は聞いている。 悪い様にはしない。今はこれだけしか言えんがな」 「判りました。しかし大佐の部隊に入るにあたって一つだけ条件があります」 そう言いながらニムバスは挑戦的な眼をシャアに向ける。 駄目ならダメで結構、上官侮辱あるいは不敬罪で処罰するなら勝手にしろという不敵な面構えである。だいぶ調子が戻ってきた様だ。 本来、上官に向かって条件を付けるなど言語道断の行為だが、今のニムバスの心境はある意味怖いもの無しであった。 仮に相手がギレン総帥であっても同じように注文を付けた事だろう。 「・・・言ってみるがいい」 この泥にまみれた男が一体どんな要求をするのか。興味深そうな声音でシャアが聞き返す。 しかしニムバスは一旦シャアから視線を外し、何と横に立つ少年兵を振りかえった。 「貴公の名前と階級を教えて頂きたい」 「あ・・・アムロ・レイ・・・准尉です」 「承知」 戸惑いながら答えた赤毛の少年を見てニムバスはニヤリと笑い、軽く頭を下げてからシャアに向き直った。 「私の階級など何でも結構。自分を、アムロ准尉直属の部下として配置して頂きたい」 「えっ・・・!?」 ニムバスの横には目を丸くした少年兵が立ちすくんでいる。 現在ニムバスは大尉でありアムロの遥か上官にあたる。 つまりニムバスはアムロの下に付く為にわざわざ自身の降格を申し出ているのだ。どう考えても正気の沙汰ではない。 しかしシャアは顎に手を当てると感心した様に口元を綻ばせた。 「なるほど。伊達に戦場を渡り歩いて来た訳ではないという訳か、慧眼だな」 「私は今、放り捨てた命をアムロ准尉に拾われ突き返されたのです。 ならばその命、有効に使わせて頂く所存」 「ま、待って下さい!僕に部下なんて・・・!」 「良いだろう。准尉を筆頭に小隊を組む場合はその様に取り図ろう」 「有り難き幸せ」 焦るアムロを尻目に畏まった拝礼の姿勢を取ったニムバス。彼の入隊はそれで決まってしまった。 832 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/01(月) 01 34 36 ID 7eqOoE8g0 シャアに促されサムソンに向かうニムバスの後姿を見ながらシャアは――― 始めてアムロ一人だけに向き直った。 「アムロ君と言ったな?君と、こうして生身の身体で相対するのは、初めてだな」 辺りには慌しく行き交う人々の喧騒と次々通り過ぎるエレカの巻き起こす砂煙が濛々と立ち込めている。 こんな雑踏の中での邂逅など予想してもいなかった。が、今はこの騒がしさが逆に有り難いと2人には思える。 「まずはアルテイシアの事、礼を言う。君がいなかったなら、私は恐らく木馬を撃墜していただろう」 シャアは完全にアムロがガンダムのパイロットだという事を前提に話をしている。 凄い自信家なのだなとアムロは思う。だが傲岸ではない。その推量は正しいからだ。 「いいえ。僕は僕のやれる事をやっていただけですから」 気負いは無い。そして以前戦っていた時と比べて随分安定している。そうシャアはアムロを分析した。 落ち着きが出た分、凄みを増しているのだ。 「私は、木馬に関して君の取った行動の理由をいまさら聞こうとは思わん。 君が私と共に戦う同志となった。その事実だけで、十分だ」 「・・・!」 シャアの言葉にアムロは驚く。何と、さも愉快そうにシャアが笑っているではないか。 これは決して演技などではない、まるで恋焦がれた思い人をようやく手に入れたかの如く、シャアは心の底から自分という人間を歓迎しているのだとアムロは直感した。 「君は、君の信念で戦え。そして、君にしかできない事をやってみせろ」 「僕にしかできない事・・・」 シャアの言葉はアムロの肩に入りかけていた余分な力を抜くのに十分だった。 この人の下でやっていけるかも知れない、そう思わせる何かがそこにはあった。 「良く来てくれたアムロ・レイ。頼りにさせて貰うぞ」 「はい、よろしくお願いしますシャア・アズナブル大佐」 それはシャア、アムロ共に、自身が驚くほど素直な言葉だった。 そしてまるで磁石が引き合うかの様に、自然と差し出されたシャアの右手をアムロも自然に握り返した。 ――――遂に両雄は並び立った。 連邦とジオンのトップエースがここに、轡を並べたのである。 893 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/15(月) 01 18 46 ID MXT8s4bM0 [2/5] 「皆さん!お久ぶr」 「うらァ!」 「わぁっっ!?」 ペイロードのハッチを開け、勇んでサムソンに乗り込んだアムロは、内部にいた懐かしい面々を前に頬を上気させ敬礼しようとした瞬間、大声で笑いながら親しげに近付いて来たコズンに・・・突然ヘッドロックを決められて目を白黒させた。 「捕まえたぞコノヤロウ!さあ!俺達を心配させた罪を償いやがれ!」 サムソンの広いサルーンの中、コズンはヘッドロックをガッチリ決めたまま嬉しそうにアムロを振り回し、クランプやバーニィもそれに参加してアムロを寄ってたかってモミクチャにする。 そんな眼前で繰り広げられている手荒い祝福のシーンを、ミハルとハマーンはこれが軍隊式なのかしらと呆れ顔で眺めている。 何せその場の全員が、なにより弄くり回されているアムロ本人がやたらと幸せそうにしているので、諫めるのも何だか憚られる風情だったのだ。 が、しかし――― 「スキンシップはもうその辺で良かろう。准尉への狼藉をこれ以上、見過ごす事はできんな」 頃合を見計らった様に、部屋の隅から進み出て来たニムバスが、アムロの頭を抱え込んでいるコズンの肘に何気無い仕草で手を置いた。 「うお痛てぇっ!?」 途端、肘から先にまるで電流が奔った様に感じたコズンは慌ててアムロを開放したのである。 曲がった肘関節の隙間を触れると腕神経に直接刺激を与える事ができる。 どんな怪力の持ち主であろうと、この際の電流にも似た激痛に耐えて筋力を保持する事は不可能なのだ。 学生の頃、学校の椅子の背もたれに肘の関節をぶつけて指先に電流が奔り、持っていたペンを取り落とした時の記憶が鮮やかにコズンの脳裏に甦った。 しかしこの動作を狙った相手に対して一瞬のうちにこなすには、それ相応の知識と経験が必要であることは言うまでもない。 この技は主に掴み合いになっている喧嘩の仲裁をする時などに揮われる。つまりはこの男、相当に鉄火場慣れしているのである。 「准尉、お怪我はありませんか」 「あ・・・いえ、はい、大丈夫ですニムバス大尉」 「それは何よりです」 恐縮して頭を下げるアムロに対して余裕の笑みを見せながら、あくまでも慇懃な態度を崩さないニムバス。 それはどう見ても時代がかった主従関係にしか見えない。もちろん主がアムロで従がニムバスという構図である。 こいつは何がどうなってやがるんだとコズンは痺れの残る腕をさすりながら、怪訝な顔でクランプやバーニィとしきりと顔を見合わせている。 彼等の様子を後ろから眺めながら、ミハルとハマーンはつい先程ニムバスが単独でこのサムソンに乗り込んで来た時の事を思い出していた。 泥の様な睡魔に抗いきれずシートの片隅でハマーンと頭を預け合ってウトウトしていたミハルは、外部に通じるハッチが開いた音で目を覚ました。 しかしその途端、ハマーンの身が小さく強張り、微かに震え出したのである。 彼女の視線の先には今しがた入ってきたばかりの男がいる。一体どうしたのだろうとミハルが不審に思ったのも無理からぬ事であった。 「本日よりこの隊にアムロ准尉の部下として配属されたニムバス・シュターゼン大尉だ。宜しく頼む」 ニムバスと名乗った金髪の男は厳しい顔でそう言い放ったかと思うと、呆気に取られる一同を無視してペイロードの奥のシートを陣取り、高く足を組み上げ、何と腕組みしたまま瞑目してしまったのである。 そのポーズはつまり他者との会話の拒否、を表明しているのだろう。取り付く島が無いとはこういう態度の事を言う。 このニムバス、階級こそクランプと同じ大尉ではあるが、その何者をも寄せ付けない刺々しい雰囲気はクランプとは対照的であった。 突っ込み所満載であるその発言にも、大尉と言う階級とその物腰から誰も疑問をぶつける事ができない。 突如現れた異分子に、場の雰囲気が次第に重苦しくぎこちないものへと変わって行った――― しかし、そんな正体不明だった男が今、アムロと談笑しているのだ。 まあアムロは少々戸惑い気味にも見えるが、全くもって周囲の人間には訳が分からない。 894 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/15(月) 01 19 35 ID MXT8s4bM0 [3/5] 「い、いやしかしアムロが無事で本当に良かった。フェンリル隊の皆もこれを知ったらきっと・・・」 「待て貴様。准尉に対してその口のきき方は何だ」 「うえっ・・・?」 白けかけた空気を読み、アムロへ勤めて明るく声を掛けたバーニィはしかし、ニムバスに睨まれ逆に凍りついてしまった。 「貴様の姓名と階級を聞いておこうか」 「バ、バーナード・ワイズマン・・・伍長・・・であります」 「何だと!?伍長のくせに貴様・・・!」 「や、やめて下さいニムバス大尉!バーニィさんには僕の方から敬語はやめて欲しいとお願いしたんです!」 色を失ったバーニィと激昂するニムバスの間に割り込んだアムロだったが、ニムバスは厳しい顔を崩さず、噛んで含める様にアムロに語りかけた。 「いけません准尉。いくら年下だとはいえ、軍隊において階級は絶対の基準なのです。 仲が良いのは結構ですが、馴れ合いが過ぎると知らず知らずのうちに部隊の士気が緩みます。 それにこんな様子が他の部隊に知れたら物笑いの種になるどころか、我が部隊の信用は確実に失墜する事になるでしょう」 「まさかそんな・・・」 「事実です。規律の甘い部隊が戦場でヘマをやらかす場面を私は何度もこの目で見てきた。 もしも私が他部隊の隊長ならば、そんな部隊には安心して背中を預けられない。 そうなれば事はもう准尉や伍長だけの問題では無くなるのです」 舌鋒は鋭いが、ニムバスの言は極めて正論であった。 アムロ、バーニィはもちろんコズンやクランプすら一言も言い返す事ができない。グゥの音も出ないとはこの事だった。 確かに彼等の所属するラル隊は他の部隊と比べて比較的自由な気質がウリだ。 それは軍属でもないハモンを部隊に同行させている事などからも明らかだ。 が、自由と奔放は違う、そこにはやはり確固としたケジメが必要であるのだと、ニムバスは言外に言っているのだった。 クランプやコズンはアムロに対して軽口を叩くバーニィをまるで問題視していなかった。 しかし、それはある意味、ラル隊の自由に慣れきってしまった結果の、軍隊感覚の麻痺、であったとは言えないだろうか。 例えばバイコヌール基地で出会ったシーマ・ガラハウの部隊も、現在は曹長であるジョニー・ライデンを副指令格として重用していたが、かの部隊は基地指令シーマ直々の裁量で「部隊内に限り」という制限付きで、実績実力が共に申し分の無いライデンにある種の特務権限を与えている稀なケースに過ぎない。 ラル隊における部隊長ラルとハモンの関係も、似て非なるものではあるがまた然りだ。共にあるのは権限を握るトップの意向と覚悟である。 アムロとバーニィという、いわゆる下っ端兵士の個人的な関係である今回のケースとは事情は全く異なるのである。 895 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/15(月) 01 20 47 ID MXT8s4bM0 [4/5] 参ったなとガックリうなだれながらもクランプは、ニムバスの糾弾を密かに有り難いと感じていた。 どんなに留意していても、ラル隊の様に孤立した部隊の中では、どうしてもタガが緩むのである。それがいずれ重大なミスを引き起こさないとどうして言えるだろう。 贔屓無し、完全に第三者からの目線。時には外部からのこういった強烈な指摘が秩序の維持には必要なのだ。 もちろん、それを糧にして部隊を再度引き締める事ができるかどうかはその部隊の資質次第ではあるのだが・・・ きまりが悪そうに頭を掻くコズンを筆頭に、消沈してしまったラル隊の面々を前に、しかしニムバスは少しだけ表情を和らげた。 「ですがこの部隊のチームワークの良さは伺えます。互いが信頼という絆で深く繋がっている部隊は、強い」 弾かれた様にラル隊の全員が顔を上げた。 そうそうその通り俺達けっこうやりますよと全ての顔が言っている。 「要は自覚と切り替えがきっちり出来ていればいいという事だ。今後はそれを肝に銘じておけワイズマン伍長」 「はっ!了解でありますニムバス大尉!」 感激し背筋を伸ばして最敬礼を向けるバーニィに頷きながらも、ニムバスは砕けた様に苦笑した。 「ふふふ。だが偉そうな事を言うのもここまでだ。実を言うと私は近く降格される予定なのでな」 「何と・・・」 アムロを除き、仰天する一同。こういう場合、当の本人には一体何と言えば良いのだろうか。 「諸君より階級が下になったらこき使ってくれて構わん。遠慮は無用で頼むぞ」 「いや、そう言われましても・・・」 いやいやいやとアムロを除き今度は恐縮する一同。 理屈はそうかも知れないが、ニムバスの言葉をいくらなんでも額面通りに受け取る訳にはいくまい。 いくら降格が宣言されていようが、今この場所で全員が説教されたばかり。しかも現在は未だ大尉なのであるからしてゾンザイな口調で答えるのも憚られる。 それどころか、本当にニムバスが降格されたとしたら、彼に対する以後の対応が非常にややこしく面倒臭い事になるのは明白であった。 「どうした、何の騒ぎだ?」 その時、開けっ放しになっていた運転席に通じている小さなハッチからアンディが顔を出した。 そのあまりにノンキな声音と顔を出迎えたのは、一同の吐き出す声無き溜息の合唱だった。 「揃ったな」 そこへ丁度外からシャアが入って来、この場にいるメンバー全員が一同に会する事になった。 「ん、どうかしたのか?」 いえ何の問題もありませんと少し疲れた顔でシャアの問いにクランプが答えると、一同はそれぞれに頷いた。 実は問題は大有りなのだが、それを言っても詮無い事だ。 「どうやらクルストにはまんまと逃げられたらしい。我々は一歩遅かった様だ。 港には網を張っているが、クルストが引っ掛かるかは保障の限りでは無い。 そこで我々はこれより再度トレーラーを接続し、連邦より鹵獲したMSを積み込んだ後ザクソンに向かう。 が、その前に、中庭で破損しているMSは爆薬で完全に破壊し、施設に残された医薬品や食料その他の使える物資をできるだけトレーラーの空いているスペースに積み込まねばならん」 「なるほど。補給が滞りがちなラル隊への土産と言う訳ですな?」 コズンがニヤリと笑うとシャアもそうだと口元を緩めた。 「これからオデッサに向かう我々が、どうせ廃棄される貴重な物資を有効に使ってやろうと言うのだ。誰にも文句は言わせんさ。 やっている事は火事場泥棒と、そう変わらんがな」 少々自嘲気味なシャアの言葉に一同も思わず笑いを漏らす。ジオン軍にとって物資一つは血の一滴にも等しいのだ。 一気に和やかになった空気の中、アムロは自分を見つめているハマーンの視線に気が付いた。 と、彼女はちらりとアムロの横に立つニムバスへと視線を向けた。心なしかニムバスの人となりに安心した様に見えるのは決して思い過ごしでは無いだろう。 彼女とは、EXAMの介入無しで改めて話をしてみたい。きっと・・・ 「よし、それじゃアムロ准尉!とっとと仕事に掛かりましょうか!」 「あ、ま、待って下さいバーニィさん!」 バーニィはアムロの背中をぽんと叩くといち早く外部へ通ずるハッチを開けて出て行ってしまった。 彼にとってこの対応がニムバスの言うケジメであり、アムロに対する態度の落とし所なのだろう。 アムロは一瞬ハマーンへ視線をやったものの、バーニィに遅れじと、急いでハッチを潜り抜けると彼の後を追った。 920 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/21(日) 19 22 42 ID 6rGhjt.E0 [2/4] 施設での残務作業を終えた一行は、サムソントレーラーにRX-78-XXを搭載すると一路、マッドアングラー隊が軍港として秘密理に使用しているザクロスに向かった。 小湾ザクロスは表向きクレタ島がジオンの管理下にある事を隠蔽する目的で設置された拠点であり、この島において最大の港であるイラクリオンのちょうど反対側に位置していた。 先のコロニー落下による被害で放棄された港であり、辺り一帯に民家も無く、現在港湾施設は朽ち果てるに任せた状態で封鎖され、民間人の立ち入りは禁止されている。 しかしザクロスはクレタ島の中でジオン軍の集積基地のあるロドス島に向かうに最も適した地であり、オデッサ、アレキサンドリア両基地にも海路で比較的容易に行き来する事ができるという正に秘密基地としては絶好の条件を兼ね備えていたのである。 今回、施設の避難者達を乗せた車両は全てイラクリオンに向かった。 これはザクロスがあくまでもシークレットポイントであるという点と、メディカルセンター等の施設は全てイラクリオンに集中していた為であった。 日が暮れる頃ようやくザクロスに辿り着いた一行は、港の片隅にうち捨てられているかの様に佇む、うらぶれた3階建てビルに隣接した大型ガレージの中にサムソントレーラーを収納し、シャッターを下ろすとようやく一息つく事ができた。 規模は小さいがこの建物が実質、地中海におけるマッドアングラー隊のアジトである。 今回ブーンを筆頭とするマッドアングラー本隊は、シャアの指示で配備されたMS全てと共にイラクリオン港を海上で封鎖する為に出払っており、現在この地にいるのは彼等のみであった。 「手の空いている者はコンテナを下ろすのを手伝ってくれえ」 締め切られたガレージ内に響くコズンの呼び掛けに、サムソンを降車して思い思いのポーズで身体を伸ばしていた一行の中からすぐにバーニィとアムロが応じ、ニムバスもアムロに続く形で作業に加わった。 シャア、クランプ、アンディの面々は何事かを話しながら隣接しているビルの入り口に向かって歩き始めている。 その時リフト作業車に向かおうとしていたコズンに小走りでミハルが近付き声をかけた。 「あたしも何か手伝うよ」 「いや、お前さんにはこのビルの厨房へ行って皆のメシを作って貰いてえんだ。食材はこの中から適当に見繕ってくれ」 コズンはそう言いながら自分の後ろに降ろされたばかりのコンテナを親指で指し示した。 ミハルがコンテナに歩み寄って確認すると、いくつかの中型のコンテナの上部は開いており、中にはジャガイモを始め数種類の野菜や真空パックされた肉類がぎっしりと入っているのが確認できた。 ミハルの後ろについて来たハマーンも、興味深そうにコンテナを覗き込んでいる。 「俺達はこれから今後の打ち合わせをする予定なんだが、その時に食事も一緒に済ませたい。何か手軽に食べられるもの、頼めるか?」 「判った。やってみるよ」 「わ、私も手伝うよミハル!料理なんて作るの・・・初めてだ」 きらきらした眼で服の裾を掴むハマーンにミハルはにっこり笑って頷く。 あの時、アムロをなんだか妙に意識していたハマーンに、隣にいたミハルはすぐに気がついた。 2人の間に何があったのかは全く判らなかったが、きっとアムロに対して何らかのきっかけをハマーンは欲しがっているのだろう、そうミハルには思えたのである。 何せ、あの後結局アムロはトレーラーの荷台にバーニィ等と乗り込んでしまった為、ペイロードにいたハマーンとは顔を合わせる事もできなかったのだ。 この事がその取っ掛かりになればいいねとミハルは心中密かにエールを送り、微笑ましい気持ちで真剣な表情のハマーンを見つめた。 921 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/21(日) 19 23 16 ID 6rGhjt.E0 [3/4] 盛り上がっている女性陣の様子を見ていたコズンは頭を掻きながら苦笑する。 施設ではボサボサに乱れていたハマーンの髪は、ミハルによって今は前髪を残した形で綺麗に整えられ、高い位置で結わえられた可愛い二つのお下げになっている。 コズン達の目前で爆風でほどけたミハルの髪も、彼女自身の手で、こちらは元通り低い位置でのお下げに整えられていた。 むさ苦しい男達の中で黙々と髪の手入れをする少女達の様子は気高く、その場の男共に何とも言えない新鮮な感動をかき立てていたのである。 「あ~普段ロクな物を食ってねえ俺達軍人は、常にうまいメシに飢えてんだ。お2人さんには期待してるぜい」 照れ隠しでミハルをからかう様にコズンはおどけて笑うと踵を返し、後ろ手を振って作業に戻ろうとする。 「ミハル!何にしよう?何を作ろう?何を作るの?いっぱい作れるよ?」 「あはは落ち着いてよハマーン。ここにある材料を一度に全部使う訳にはいかないよ」 「そ、そうか・・・」 背後から聞える明らかに落胆したハマーンの声にコズンは思わず小さく噴き出してしまった。 普段虚勢を張った口調と表情で他人と会話しているハマーンは、ミハルに対してだけは12歳という年齢に相応しい喋り方に戻る。 その現象を彼女自身は気付いていない様だが、おそらくこちらの喋りが彼女本来のものなのだろう。 それはこの数時間の間、彼女を交えたサムソンの中での会話を見聞きしていた全ての同乗者の共通した認識となっていた。 そんなハマーンにコズンのイタズラ心がむくむくと頭をもたげ、またもや噴き出しそうになるのを必死で抑え、彼は極めて真面目な顔で振り返った。 「そうそうハマーン様。ジオン軍では料理を失敗した奴は厳罰に処せられますんで、くれぐれもご注意を・・・」 「な、何だと、そんな軍規が!?」 例によってコズンが話しかけた途端にハマーンの口調が肩肘の張ったものに変わってしまうが、コズンは気付かぬふりで頷いた。 「そおです。貴重な物資や食材を無駄にした奴は万死に値するのです。宜しいですか、くれぐれも・・・」 「・・・・・・・ミ、ミハル、どうしよう・・・」 「・・・コズン中尉?」 すっかり蒼くなってしまったハマーンの肩を抱き、からかうのもいい加減にしなさいという面持ちでコズンを軽く睨んだミハルは、そっとハマーンの耳元に囁いた。 「大丈夫だよハマーン。心を込めて料理すれば失敗なんかする筈ないさ。 それに、イザって時にはあたしもあんたも空っぽになったこのコンテナに隠れちゃえばいい。フタを閉めりゃ見つかりっこないよ」 「がははは、そいつはいい。是非ともかくれんぼするハメにならないような味の料理を頼みますぜ」 ミハルの言葉に破顔し、その場を離れかけたコズンの表情がそこで固まった。 「・・・コンテナに、隠れる、だと・・・・・・!?」 笑顔だったコズンの表情がみるみる険しいものに変わってゆく。が、彼はちょうど2人の少女に背を向けていた為、彼女達を怯えさせずに済んだ。 「そう言えば、クルストの野朗、いろんな地元の業者に繋ぎをつけて・・・だからわざと施設内部を混乱させ・・・・・・そういう事か・・・!」 そう小さく呟くなりコズンは突如走り出し、慌しくシャア達の後を追って建物の中へ消えてしまった。 その様子を見て何事かと思わずハマーンと顔を見合わせたミハルは、やがて腰に手を当てて一つ溜息をつくと、不安そうな彼女にウインクする。 「さあ、張り切ってすっごくおいしいご飯を作るよハマーン。きっとアムロも喜んでくれるはずさ」 その瞬間、ハマーンの顔が真っ赤に染まった。 940 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/27(土) 20 18 48 ID NDGUrcSY0 [2/5] 「貴様・・・!おめおめと、よくもそんな報告を私に出来たものだな・・・!!」 断続的ににノイズの入る大型モニターの画像には、元々血色が不良気味な顔色を更に蒼白にさせた痩身の男が映っていた。 激発しそうな感情を必死に抑え付けているのが、微かに震える口元から容易に窺い知れる。 しかしそれとは対照的にモニターのこちら側にいるシャア・アズナブル大佐は不敵な笑みを微かに浮かべていた。 「事実を事実として報告したまでだよマ・クベ大佐。フラナガン機関のクルスト・モーゼス博士はクレタ島の施設を自ら爆破し逃走した。 報告通り、研究データと共に連邦へ寝返った可能性が高い」 「それを貴様は指を咥えて見ていたという訳か!?」 「マッドアングラー隊の任務はあくまでも外部からの脅威に対する施設の警護に限定されていた筈だ。 我々の権限を、その様に縮小したのは貴様だろう」 ぐっと言葉に詰まるマ・クベ。 キシリアに引き抜かれ、大佐として登用されたシャアに危機感を覚え、施設の警備にわざわざ揮下の戦略情報部をあてがったのは確かにマ・クベ自身であった。 「今回我々は民間からの情報を元に連邦のアジトを急襲、制圧した際、敵兵を鎮圧し新型MSを鹵獲したが、我々の権限で出来る事はここまでだ。 施設内部で起こったゴタゴタに我々は関与も対処もできん」 「・・・」 「連邦のアジトを制圧したとほぼ同時刻に爆発が起きたと知らされ、我々は施設に急行したがクルストの姿は既に無かった。 その際、我々は施設内において強権を持つ戦略情報部所属ククルス・ドアンの指示に従い、検体と一部研究員の施設退去をサポートするハメになったが、これはクルスト脱出の陽動だった可能性が高い」 「陽動・・・だと・・・!?」 「施設内部では我々は戦略情報部員の指示に従わねばならん。 その戦略情報部員と、暫定とは言えフラナガン機関のトップが結託して連邦への亡命を企てていたのだ。 そう考えれば全ての辻褄が合う。 何故ならば脱出したククルス・ドアンの潜水艇も、その後どの基地にも戻らず消息を絶ってしまったからだ」 「ばかな・・・!」 「地上におけるフラナガン機関と戦略情報部は共に欧州方面軍司令部管轄、つまり貴様の管理下にある筈だな?」 マ・クベの顔色は今や紙の様に白い。 「・・・マ・クベ大佐。この責任をどう取るつもりだ?」 「せ、責任?この私が責任だと!?貴様ぬけぬけと・・・・・・!」 「何をするにしても決断は早い方がいい。貴様がぐずぐずしているのならば、私が貴様に代わって今回の顛末をキシリア様にお伝えせねばならん」 「余計なマネはするな!」 マ・クベは思わず声を荒げた。 941 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/27(土) 20 19 22 ID NDGUrcSY0 [3/5] 「キシリア様へのご報告は詳細な調査の後、私自ら行う! それよりもシャア!貴様はどうなのだ!?貴様も名目は地中海エリア警備責任者なのだぞ!責任を免れる事はできん!!」 「そうだな。この件については私にもケジメが必要の様だ」 「な、なんだと・・・?」 醜い責任の擦り付け合いに発展しそうだった雲行きをいきなりスカされてマ・クベは面食らった。 「私はマッドアングラー隊を解散させ、オデッサ防衛戦に参加するつもりだ。 それについては便宜を図って貰いたい事がある」 「貴様がオデッサに来るというのか・・・便宜とは何だ」 予想外の申し立てにマ・クベは口元が緩みそうになるのを必死で抑えていた。 ジオンのトップエースであるシャアはかねてよりオデッサ防衛戦に参加しない旨を表明しており、キシリアもそれを認めていた。 しかしその特権を放棄し、自らが率いる部隊を解散させた後、激戦が予想される大会戦へ赴くと言うのである。 それはマ・クベにとっても現在のジオン軍にとっても、恐らく最も都合の良い責任の取り方である事に間違いは無かった。 自分の指揮下にシャアという因縁のライバルが入るという点も、見逃せない。 「簡単な話だ。私に木馬部隊の指揮権を預けて貰いたい」 「む・・・ランバ・ラルの部隊か」 マ・クベの薄い眉が片方だけぴくりと跳ね上がった。 「木馬が青い巨星ランバ・ラルに鹵獲された事は聞いている。子供じみていると笑われるかも知れんが、あの艦には少なくは無い思い入れがあってな。 どうせならあの木馬を手足の様に動かし戦ってみたい」 「ふむ・・・貴様が唯一撃ち漏らし、左遷される原因となった因縁の戦艦だったな」 一時の狼狽が嘘の様に、モニターの向こうのマ・クベは尊大な態度でシャアに対した。 来るべきオデッサ防衛戦を前に、ラル隊には現在ダグラス・ローデン大佐率いる「MS特務遊撃隊」とゲラート・シュマイザー少佐の「闇夜のフェンリル隊」が合流している。 ウラガンに狼藉を働いたかどでマ・クベに見捨てられ木馬に常駐している「黒い三連星」を含め、今や木馬はザビ家にとっての厄介者を寄せ集めた大部隊となっているのだった。 意図的にそれはラルを筆頭に多くの旧ダイクン派からなる軍人によって構成され、戦場で異様に目立つその船影は常に最前線に配置される宿命となった。 栄達も昇進も木馬にいては意味が無い。どれほど勲功をあげようが、階級が上がろうが、結局は激戦の中で使い潰される運命だからである。 恐らくシャアはその事実を知らない。まともな軍人ならば、わざわざその様な場所に身を置こうとは考えない筈だからだ。 これは、マ・クベにとって好都合と言えた。 942 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2010/02/27(土) 20 20 21 ID NDGUrcSY0 [4/5] 「・・・よかろう。貴様の殊勝な態度に免じて木馬を預けようではないか。キシリア様への報告は今回の件も含めて私からしておく」 辞令はすぐに送ると付け加えたマ・クベの勿体を付けた物言いに、シャアは気付かれない程小さな安堵の息を吐き出した。 「恩にきる。今回の汚名はオデッサで返上させて貰おう」 「期待しているぞ。補給は一切送れんが、悪く思うな。こちらも何かと物入りなのでな」 すました顔で嘯くマ・クベに対し、シャアも勤めて平静な態度で応える。 「了解した。それはこちらで何とかしよう。それから」 「何だ、まだ何かあるのか?」 いらいらと一刻も早く通信を切りたがっているマ・クベに対し、何食わぬ顔でシャアは言葉を続けた。 「施設に取り残されていた3名の児童を保護している。彼等の処遇は、こちらの判断で構わんな?」 「貴様は無能か!?下らん事をいちいち聞くな!!」 遂に激昂したマ・クベ。どうやらシャアにからかわれていると思ったらしい。 「それを聞いて安心した。勝手にやらせて貰うとしよう」 「通信を切るぞ!!」 勢い良くブラックアウトしたモニターを見て、初めてシャアは声を上げて笑った。 「お、お見事でしたシャア大佐・・・!」 アジトの建物の中にある通信室。 その隅から一部始終を見ていたアンディは、赤い彗星の手腕に感服していた。 シャアは策士と名高いマ・クベに対し揺さぶりを掛け、会話の主導権を握ると一気に全てのお膳立てを整えてしまったのだ。 「マ・クベは無能な男では無いが、それ故ある意味思考が読みやすい。こちらが騙されていると思わせられれば、後の誘導は容易いものだ」 「心に刻んでおく事にします」 尊敬を込めた視線でアンディはシャアを見た。自分達のボスはマ・クベ等とは格が違っていたのである。その事実を目の当たりにできた事が何よりも嬉しい。 と、2人が同時にドアの方を振り返った。 「・・・何だか良い匂いがしますね」 「うむ。これは・・・」 腕まくりをしてキッチンに入っていったミハルの料理が出来たに違いなかった。 思い出した様にシャアとアンディの腹の虫が鳴り始めるのを彼等はそれぞれに自覚した。 人間である以上、空腹には勝てない。どんなヒーローも、腹ペコでは戦う事ができないのである。 「皆を集合させてくれ。取り敢えず腹に何かを詰め込もう。会議はその後だ」 照れ臭そうに笑うシャアに、もちろんアンディも異存のあろう筈がなかった。 .
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9 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/11/24(土) 16 59 44 ID DcvHquOk0 「遅くなりました」 ニッキ・ロベルト少尉を伴い「青い木馬」のブリーフィングルームに現れたニムバス・シュターゼン中尉は、部屋の中央で彼の到着を待ち構えていたシャア・アズナブル大佐 にそう言いながら近づいた。 「ご苦労。ニッキ少尉、もういいのか」 「は、ご心配をお掛けしましたがもう大丈夫であります」 ニッキは痛めた方の手で敬礼を向けた。一見した所、そのしぐさにぎこちなさは見られない。 生気を取り戻したその様子に、シャアの後ろでランバ・ラル中佐と共に控える彼の上官ゲラート・シュマイザー少佐も、厳しい眼差しの中に安堵した光を宿している。 「大佐、オデッサ本営内部に送り込む為の方便として都合よく利用しただけで、もともと少尉の怪我は大したものではないのです。お気遣いは無用に願います」 「ふふふゲラート、その割にはやけにホッとした顔をしているではないか」 「・・・ラル中佐、余計な発言は控えて頂きたい」 憮然としたゲラートを豪快に笑い飛ばしたラルは恐縮するニッキに向けて軽く頷き、ニッキも嬉しそうに頭を下げてこれに答えた。 「報告を聞こうニムバス。例の核ミサイルの在り処は判明したか」 「はい、しかし残念ながら、ミサイルサイロからは既に運び去られた後でした」 シャアにニムバスがそう報告すると、場にじわりと重い空気が流れる。 「むう、それでは」 「恐らく、マ・クベ麾下のダブデに運び込まれたものと思われます」 「中尉には確信がありそうだな?」 ゲラートが発した問いに、ニムバスは頷いた。 「ミサイル発射施設が周辺地域にありません。マ・クベがあれを切り札と考えている以上、ダブデから直接発射する以外選択肢は無いのです。それに」 ニムバスが目で促すとニッキが口を開いた。 「表立ってはないですが、既に核ミサイルのダブデ搬入に関してはオデッサ中の噂になっています。 噂の大元を辿って行くと当日臨時でそちらに回されていたという現場作業員に行き当たりました。つまりミサイル搬入の当事者と言う訳です」 ほうとシャアとラルがニッキに注目する一方、ゲラートは鷹揚に頷いたのみである。 彼の意外と抜け目のない性格とコミュニケーション能力の高さを知り抜いているゲラートにとって、この程度の捜査報告は驚くには値しない。 「これは自分が直接本人に確認したので間違いありません。例の図面通りのミサイル一機、間違いなくダブデに搬入したそうです。 どうやら俺達が流した情報の信憑性の高さに、マ・クベお膝元・・・鉱山基地の連中は皆ブルッて、いえ、相当ナーバスになっていたみたいですね。 中には噂の真偽を直接マ・クベに詰問したバカもいたそうで、マ・クベに対する不満と不安は日増しに高まり続けているようです」 ゲラートが厳しい顔を少しだけ綻ばせた。 「極秘情報をリークして一般兵にマ・クベの思惑をスッパ抜き、彼への疑念を抱かせると同時にその動静を互いに監視させる・・・ 我々の目論見通りに事態は進んでいると言っていいでしょう。 欲を言えば下からの突き上げでマ・クベがミサイルの使用を断念してくれれば良かったのですが、流石にそれほど甘い相手では無いという事でしょうな」 10 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/11/24(土) 17 00 32 ID DcvHquOk0 ふうむと顎に手をやったシャアにニッキは更に言を継いだ。 「オデッサの傷病施設に送られた自分は、内部で状況収集に勤め、ニムバス中尉と合流した後、厳重な警備を突破して 密かにミサイルサイロ近づいたんです。が・・・」 「少尉、いらん言い訳はするな。我々がモタついたせいで事態はより困難なものになったのだぞ」 身振り手振りを交えて熱弁を始めたニッキを鬱陶しそうにニムバスが遮った。 しかし、ニッキはけろりとしたもので一向に口を噤もうとはしない。 「まあ、でも自分はこれで良かったかもと思っていたりしますがね」 「なんだと、それはどういう意味だ」 すっと剣呑に細まったニムバスの眼光には委細も動じず、ニッキは体の向きを変え彼の顔を正面から見つめ返した。 この若者、これでなかなか度胸が据わっており言うときには言う。 「もしあそこにミサイルがあったなら」 「・・・」 何を言うつもりだとニムバスはニッキを睨み付けた。 「中尉は・・・・・・自分自身を犠牲にしてでも施設の破壊を」 ラルとゲラートはぎょっと目を剥いた。シャアは微動だにしないが仮面のせいでそうと判別できなかっただけであろう。 数瞬の沈黙の後、ニムバスは極めてゆっくりと口を開いた。 「・・・迂闊だぞ少尉。憶測で物を言うな」 その声は低く心なしか掠れている。 「とぼけても無駄ですよ。俺の集めた情報を聞き出すなり中尉は俺にすぐ原隊復帰しろと命令した。 一人より二人、それに一応は傷病兵のレッテルが貼られている俺が一緒にいた方が、基地内の行動は何かと有利な筈なのに」 「・・・」 遂にニムバスが黙り込んだ。この沈黙は反論の余地がない事を意味している。 詭弁の類がすぐに出てこない所は騎士を自認する彼の潔癖さに依るものだろう。 「潜入は自分一人でやると言って譲らなかった。だから俺はピンときたんですよ。 ああこの人を単独にしちゃいけないなとね。だから何だかんだと中尉に引っ付いて行動したんです」 「貴様」 表情には出さないものの、正直ニッキという男を見縊っていたとニムバスは心中で苦笑いしている。 良くいるタイプの軽い熱血バカかと思っていたが、流石に切れ者ゲラート率いるフェンリル隊に所属しているだけの事はある。 ニムバスはニッキから視線を外しちらりとゲラートを窺うと 「・・・」 ゲラートも無言でニムバスを凝視していた。 実はゲラートも常々、ニムバスはごく一部の例外を除き他者を見下す癖が抜けきっていないと感じていたのでる。 侮りは油断に直結する。 この悪癖は早々に根絶しておかねば、いつか取り返しのつかない事態を引き起こすだろうという懸念もあった。 だがプライドの高い人間にそれを面と向かって言う事は決して得策ではないという事もまた、ゲラートは経験で知っている。 こういうタイプは良くも悪くも自身の経験でしか物事を身に染み込ませる事が出来ないのである。 しかし今回の事を受けて明敏なニムバスは他者を顧慮するデータの更新を行うだろう。時を待った甲斐があったというものだ。 それを引き出したニッキの行動はフェンリル隊隊長として誇らしくもある。が、調子に乗り易い彼を敢えて褒めるつもりもない。 ゲラートは静かに床に視線を落としそのまま瞑目すると、隣のラルにだけ微かに聞こえるなんとも複雑な含み笑いを漏らした。 11 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/11/24(土) 17 01 14 ID DcvHquOk0 「状況は把握した」 心の底では互いを認め合っている二人にわだかまりは無い。 シャアの言葉で視線を外し、ニムバスとニッキは再び正面に向き直った。 「では当初の予定通りに事を進めよう」 「はい。これが最終的な作戦要綱です。細部の変更は可能ですので叩き台にして頂ければ」 ニムバスからパネルに挟み込まれた紙媒体のファイルを受け取ったシャアは、ざっと目を通しながらぱらりとページを捲った。 他の媒体も無いではないが、オンリーワンの重要書類はやはりこれに限る。 「エルラン中将、ユーリ・ケラーネ少将両名への最終確認は済ませてあります。・・・こちらの指示で全ては手筈通りに」 「流石だな」 シャアは満足そうに笑いながらファイルを後方のラルに手渡した。 急いで内容を確認したラルとゲラートは目を合わせ頷く。ニムバスは叩き台と言ったがこれは殆ど決定稿に近いプランであろう。 様々な場所に張り巡らせていた策謀の支流が次第に寄り集まり遂に今、一つの大きな奔流になろうとしているのである。 ほう、とファイルを見ていたラルがうなった。 軍団長を筆頭に構成員の名前がずらりと並び、各員の搭乗MSや装備、携帯武器までが詳細に網羅されているリストである。 ニムバス一人でこれを作成したのだとすれば相当の時間と労力を費やした筈であった。 「この攻撃軍団の編成表は?」 「ここキエフに集められた大小30程の機動部隊を再編し、各軍団長の性格や搭乗MSの特性を考慮して割り振りました。 現時点では恐らくこれがベストの布陣だと思われます」 「そいつを聞かせて貰おうじゃねえか」 「ガイア大尉」 ブリーフィングルームの扉からどやどやと入って来たのはガイアをはじめとする【黒い三連星】の3人と、シーマ・ガラハウ、ジョニー・ライデン両人であった。 各々【青い木馬】隊の誇る一騎当千のエースパイロット達である。 「ニムバスが戻ると言うので私が召集を掛けた。我々は一蓮托生なのだからな」 シャアの視線の先には彼の影武者を勤めたジョニー・ライデン中尉がいる。 彼も腕組みしながらシャアに視線を返した。 「俺も聞きてえな、ニムバス教授様の作戦って奴をよ」 「逸るんじゃないよジョニー、アタシ等は大佐の命令通りにやりゃ良いだけさ」 いつもの如くライデンを嗜めながらばさりと長い髪を払ったシーマ・ガラハウ中佐も、口とは裏腹に楽しそうである。 シャアやラルと共に、ずらりと並んだ彼等の姿はやはり圧巻であった。 12 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/11/24(土) 17 02 32 ID DcvHquOk0 「諸君、いよいよだ」 一同を見回したシャアは暫し言葉を切った。 「核ミサイルを随意に使用できるマ・クベにこの戦の主導権を握らせてはならない。 奴の全軍に向けた作戦発動命令を待ってはならないのだ。我々は、奴に先んじて動かねばならない。したがって」 誰かがごくりと喉を鳴らした。互いの胸の高鳴りが聞こえて来る様だとラルは場の雰囲気に手ごたえを感じている。 彼の経験からして、こういう時の戦に負けはない。 「我々はかねてからの手筈通り、ここキエフの戦力だけで敵本隊に払暁強襲を仕掛け、一気に決着をつける」 シャアの宣言に一同の目がギラリと光った。 「天候予測によると数日後この地を巨大な嵐が見舞う。諸君、実に我々に相応しい晴れ舞台だと思わないか」 「雨舞台だろう、嵐なんだから」 すかさず入ったライデンの茶々入れに、全員がそれぞれの仕草でどっと笑う。 いい感じに肩の力が抜ける、これが他の部隊には見られない【青い木馬】隊独特の強さだろう。 ゲラートが手元のスイッチを押すと床のスクリーンが点灯した。映し出されたのはデジタル処理された戦場の俯瞰図である。 連邦軍の布陣が地形に合わせて青で表示され、対するジオン軍は赤色で表されている。見るからに青色の表示領域が分厚いのが判る。 今回の戦いにおいて連邦軍は全軍総司令官レビルの座乗するビッグトレー型陸上戦艦と同型の艦をいくつも戦場に投入し、ジオン軍の攪乱を目論んでいた。 しかしエルランの背信行為により軍の布陣が筒抜けになってしまった今、彼等の偽装は丸裸同然だったのである。 敵本陣を現す光点が布陣の中央奥に点滅し、やがてその光点目掛けて中央やや右寄りから黄色い矢印が表示された。 「先鋒はガイア、オルテガ、マッシュがそれぞれ率いる部隊に任せる」 「へへへ」「任せておけ」「腕が鳴るぜ」 マッシュ、オルテガと共に嬉しそうに手指を鳴らしたガイアは一同を振り返るや「悪いな、一番槍は頂きだ!」と獰猛に笑った。 【黒い三連星】たる彼らの操る重モビルスーツMS-09【ドム】は機動力と突破力に優れ、部隊の先陣を切るにはうってつけである。 ジオン軍の中でも特に名の知られた彼らが先頭に立てば全部隊の士気が高まるだろう。もちろん彼らに付き従う一般兵のMSには高機動タイプを中心に厳選してある。 「敵の前面に楔を打ち込むのだ。包囲網を蹴散らして敵陣正面を何としてでもこじ開けろ」 「俺達を誰だと思ってる?機を見て離脱しても構わんのだよな」 「判断は任せる。戦場を掻き回せ」 「今回ばかりは敵に同情したくなるな」 髭だらけの口元を愉快そうに歪めたガイアの言葉は強がりではないだろう。 が、ジオンでも異例な3人一組の独立部隊として活動してきた彼らに、果たして単独の指揮官が務まるだろうかという慎重な声が当初ゲラートから上がったのは事実だ。 その為シャアは敢えて【黒い三連星】を分割してそれぞれ部隊の指揮を任せ、一人ひとり指揮官としての資質をこの一か月の間試し続けてきたのである。 そしてそれは誰もが認める成果となって表れた。 常に前線に身を置いてきたシャアは現場の状況を知り尽くしている。 刻々と変化する戦況に柔軟に対応するには後方から余計な口出しをせず、作戦目的だけ伝えた後は信頼のおける指揮官にゲタを預けてしまった方が 総じて良い結果をもたらす事を弁えているのである。 これは後方勤務の官僚、例えばマ・クベ等にはまず出てこない発想であろう。 彼らにとってのボスであるシャアがこういう料簡でいてくれる事はプライドと実力を兼ね備えた【黒い三連星】にとってなによりもやりやすく また、思う存分に能力を発揮できる絶好の環境でもあった。 13 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/11/24(土) 17 03 05 ID DcvHquOk0 敵正面にぶち当たった黄色い矢印が離脱すると混乱をきたした青色の布陣に乱れが生じ、すかさずそれを突く様に新たな矢印が表示された。 「右翼はジョニー・ライデンの部隊をあてる」 「おう」 腕組みをしたライデンがニヤリと白い歯を見せた。感情を露わにしがちな彼が静かに闘志を燃やしている。 【深紅の稲妻】と呼ばれる彼の乗機はMS-08TX【イフリート】 もともと高い機動力をチューンナップで更に引き上げ、恐るべき強襲型へと変貌を遂げた地上専用MSスペシャルバージョンである。 そのスピードは地上戦においてノーマルセッティングのガンダムを遥かに凌ぐ。手持ち武器の他に二振りの専用ヒート・ソードを携え迫撃と乱戦に無類の強さを発揮する。 つい先日バイコヌール経由で大量に送り届けられて来たメイ・カーゥイン発案の楕円形超鋼スチール合金製シールドを携えて出撃すれば このMSの泣き所であるやや薄めの装甲を補う事もできるだろう。 余談だがジオニック社の造兵廠の片隅でこっそり試作されたそのシールドはやけに評判が良く、遂には熾烈なプレゼン合戦の末に決定した次期主力MS【ゲルググ】にも正式 採用される運びとなったらしい。 話を聞いたメイはそれならついでに盾だけじゃなくその新型MSも送ってくればいいのにとぼやいたものである。 ちなみに彼女がこのMSにチューンを施した際、パイロットの希望通り機体色をダークレッドに塗り替えている。 ライデンの高い技量はこの凶悪でクセのあるMSの持つポテンシャルを十二分に引き出すだろう。 また彼はいかなる分隊機動も難なくこなす指揮官としての能力も併せ持ち、その上面倒見がよく部下からも慕われ・・・というまことに稀有な人材でもあった。 ライデンの部隊を現す矢印の隣に並行してもう一本、更に新たな矢印が表示された。 「右翼は最も敵の布陣が厚い。従ってシーマ・ガラハウの部隊もここに配置する。深追いはするな、しばらくの間敵を抑え込めればいい」 「了解致しました」 階級がはるかに低いライデンの後の指名だったがシーマに異存のあろう筈がない。 シャアは彼等二人のコンビネーションについて様々な方面から報告を受けている。 ひとたび戦闘となれば手柄を争って反目する指揮官が多い中、阿吽の呼吸で互いを補え合えるこの二人が率いる部隊ならば まず戦線が崩壊する事はないだろうとの読みがある。 実質的な海兵隊の首魁、シーマ・ガラハウ中佐の愛機もライデンと同じくMS-08TX【イフリート】であるが、カスタムセッティングは幾分趣を異にする。 端的に表すとすればスピードや攻撃力よりも通信機能の強化により重点を置いた指揮官機仕様だと言えるだろう。 素早い情報伝達が生死を分ける近代戦において、増設された複合通信装置はここ一番で彷徨する兵達の拠り所となる。 先陣を切って敵に切り込むライデンとは対照的に、フィールド全体を見渡し的確な指示で兵を叱咤激励するシーマの【イフリート】は戦場の灯台と呼ぶべき機体なのである。 画面はその後いくつかのエフェクトが掛かり、いくつかの矢印が表示された後、崩れた敵陣を貫き敵の本陣目掛けて一直線に伸びる矢印が現れた。 「本隊は私とランバ・ラルの部隊が担う。【青い木馬】の守りにはフェンリル隊が、遊撃にはダグラス・ローデン大佐の部隊に勤めて貰う」 ダイクンの息子と轡を並べる万感の思いがあるのだろう、ラルの顔が密かに上気している。 【青い巨星】ことラルの愛機YMS-07B【グフ】は強力な地上専用MS。操縦者と共に幾多の修羅場を潜り抜けてきた円熟の機体である。 配下のラル隊も総じて練度が高く、MS抜きでの荒仕事も先頭に立って行える強者揃いだ。今回の作戦、彼ら無しでは考えられない。 14 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/11/24(土) 17 03 47 ID DcvHquOk0 「大将、ちょっと質問いいかな」 「?、なんだライデン」 突然手を上げたライデンにシャアの気が削がれた。 が、ライデンがわざわざ場の空気を止めた事には何か意味があるのだろうと彼の言葉を待つ。 いつの間にかシャアを『大将』呼ばわりし始めたライデンを、本来は自身もそう呼びたいであろうラルはご満悦で眺め、うるさ型のゲラートが何となく咎められずにいるのが 興味深い。 ちなみにライデンはラルの事を敬愛を込めて『親父殿』、ゲラートを『(鬼)教官』と呼んでいる。シーマを『姉御』と呼べるのも、宇宙広しと言えど彼だけであろう。 「マ・クベの野郎、俺達がレビルの艦を制圧したら、悔し紛れに俺達に向けて核ミサイルを発射すんじゃねえのか?」 確かに、それはそれで有りそうな話だとガイア達は顔を見合わせた。しかしシャアは首を振る。 「いや、奴は物事の損得を天秤(はかり)にかける。奴がミサイルを発射するとしたら・・・条件は2つだろう」 「2つだって?」 「2つだ」 「・・・」 天井を見上げて暫し思いを巡らせたライデンは、やがて一歩前に出るとニムバスの脇腹を肘で小突いた。 「2つだとよ、お前判るかニムバス教授」 どうやら彼にとっての新たなニックネーマーが一人増えたらしい。 コメカミに青筋を浮かべかけたニムバスだったが、何かを諦めた様に溜息をついて心を静めた。 「・・・一つ目はジオン側の戦力が枯渇してオデッサ陥落が確定的となった場合」 「ま、そいつは判る。もう一つは?」 「シャア大佐がジオン・ダイクンの遺児だという事が奴に露見した時」 「――――なるほどな」 ザビ家の意向で意図的にダイクン派が多く集められたこの最前線キエフに君臨する指揮官が当のダイクンの遺児となれば、マ・クベならずとも国家転覆の危機を感じるだろう 。 その場合キシリア・ザビに心酔するマ・クベが何を置いても、どんな甚大な犠牲を払ってでも後顧の憂いを絶とうと思い切った行動に出る事は容易に想像できる。 2度目の訪問時にユーリ・ケラーネからジュダック拘束の顛末を聞かされていたニムバスは微かに眉をひそめた。 シャアの秘密は未だマ・クベの知る処ではない。しかし事が公になるのは時間の問題だろう、ぐずぐずしてはいられないのである。 「大佐、部隊配置がまだ全て発表されていませんが」 「そうだな、左翼の配置だが」 シャアがラルから戻された手元の資料に目を落としたのを見てニムバスは姿勢を正した。 正面突破作戦なのにも関わらず、左翼の部隊には殿軍と同様の働きが求められる過酷なセクションだ。そこにはニムバス自身の名前が記してある。 15 :1 ◆FjeYwjbNh6:2012/11/24(土) 17 04 13 ID DcvHquOk0 「左翼にはクランプ、コズンを隊長とした部隊を編成する」 「!?」 驚くニムバスを尻目にシャアは後方のラルを振り返った。 「問題は無いな」 「は、いずれもワシが手塩にかけた優秀なMS乗り。必ずやご期待に副う働きを見せるでしょう」 軽く頷いたシャアはニムバスを見る。 「ニムバス・シュターゼン。君には別にやって貰いたい事がある」 「は、いや、しかし・・・!」 「聞け。君の進言通り、アルテイシアはこの地から遠ざけた」 「は・・・」 今回の作戦でキャスバルに万が一の事があったとしてもアルテイシアが無事ならダイクン派は旗頭を失う事は無い。 補給を名目にアルテイシアをこの地から遠ざけ、護衛としてアムロを随伴させるよう提案したニムバスの案にラルやゲラートは大いに賛成しシャアも許可を出した。 彼の計画では更に、今後ダイクン派の強力な手駒になるであろうマハラジャ・カーン、の愛娘ハマーン・カーンも決戦前にこの艦から脱出させ アムロ等と補給地で合流させる手筈となっていた。 彼女の護衛にはバーナード・ワイズマンを推してある。 バーニィにはその際『オデッサ防衛戦には参加せず、このままバイコヌール基地に移動すべし』という旨の命令書を持たせる予定であった。 「どうやら手違いで、ハマーン嬢は一足早くアルテイシアと合流を果たしているらしいのだ」 「な、なんと・・・」 怪訝な顔をしたニムバスだったが、何をどう聞けばいいのか戸惑っている間にシャアは言葉を継いだ。 「君には直ちにアルテイシアのいる補給基地に向かって貰いたい。ワイズマン伍長と共にな」 「し、しかし、それでは・・・!」 セイラにかこつける形で、乱戦が前提の極めて危険な戦場から年若いアムロとバーニィを回避させたニムバスの意図は誰が見ても明らかであった。 だからこそ、彼は最も危険だと思われる左翼の備えを自らが受け持つつもりだったのである。 「行けよ、お前は十分に下ごしらえをやってのけたんだ。それはここにいる皆が知ってる。仕上げは俺等に任せとけ」 「ライデン・・・」 「どうせここのケリがついたら俺達も宇宙に上がる。・・・んだろ姉御?」 ライデンがシーマを振り向くと、彼女はそっぽを向きエホンとわざとらしい咳ばらいをした。 「どうせなら月かコロニーで再会しようぜ?お、宇宙要塞ってのもいいな」 ライデンは戸惑うニムバス越しに視線を【黒い三連星】にやった。 「なあ?お前らもそう思うだろ?」 言われたガイアはじろりとニムバスを一瞥する。 「当たり前だ。この戦に女子供と貴様の出る幕は無いわ」 「ガイア大尉・・・」 「姫さん達をよろしくな」 「・・・」 マッシュの隻眼も笑っている。 「くそう、メイの奴・・・この艦を離れる様に言ったのに、テコでも動かねえ・・・まったく・・・・・・!!」 小声で発したつもりが周囲には大きく聞こえたオルテガのぼやきにシーマとニッキは噴き出した。 武骨そうに見える彼にも、思うところはあったらしい。ラルは歩を進め俯くニムバスの前に立った。 「これからのジオンは若者が作る。そして君にはこれからも若い彼等の懐刀となって貰わなければ困るのだ。頼めるな?」 「・・・・・・!」 絶句したニムバスに、ラルは自らの大きな手を力強く差し出した。 113 :1 ◆FjeYwjbNh6:2013/04/11(木) 18 27 57 ID lKXfDKJM0 セイラ・マスとハマーン・カーンの搭乗したザメルが小高い場所に設営された物資集積所から様子を伺うと、ヒルドルブと対峙していた敵MS2機のうちの1機がすぐさまこちらに向けて砲口を立ち上げた。 「!!」 轟音と共に発射された連弾がザメルの脇を掠めて後方へ飛び去ってゆく。 衝撃でびりびりと痺れる機体に、2人の口から悲鳴が漏れる。ロクに狙いをつけていない攻撃とはいえ、戦いに慣れぬ少女達の度肝を抜くには十分であった。 双方の陣地が近いこの地ではミノフスキー粒子の濃度が濃く、レーダーは気休め程度にしか機能していない。 場馴れしている敵なのだとセイラ・マスは直感した。 「ぜ、前下方10時に敵・・・!!一機が向かって来るわ、対応してハマーン!!」 急激なスライド移動の衝撃に晒されたハマーンだったが、横Gに耐えながら懸命に照準モニターを操作する。 この不安定な状況下においても彼女の動作は驚くほど速く、正確であった。 「このっ!」 モニターの端にちらりと映った敵影を確認するやハマーンは20ミリバルカン砲のトリガーを絞った。 「ハマーン!?」 「牽制だっ!!」 年端もいかない少女に人間を傷つけたり殺めたりして欲しくない。できれば敵パイロットに危害を加えさせずにこの戦闘を切り抜けたい―――― 甘い考えだと判ってはいるものの心の奥底では漠然とそう願っていたセイラは、ハマーンが躊躇なく相手に向けて引き金を引いた事に衝撃を受けた。 「・・・」 が、セイラはすぐに首を振る。 そのハマーンを全て承知で戦場に引きずり出したのは自分ではなかったか。 もとより誰しもが生を求めてあがく戦場で余計な事を考えているヒマなど、あろう筈がなかったのである。 ザメルの放った弾丸は当たりこそしなかったが敵MSの動きが一瞬鈍る。 ぞくぞくと肌を粟立てたハマーンは我知らず笑みを浮かべた。 慣れ親しんだ「あの感覚」が蘇りつつある。 クレタ島での戦闘シミュレーションは多岐に渡り、地上戦を想定したものも多く含まれていた。 幾多のシミュレートをこなすうち、サブ兵装で敵の足を止め、フェイントで敵を翻弄し強力なメイン武器で仕留める戦法がハマーンの得意戦術として確立していった。 やれる。実機でも同じようにやれる。そう確信したハマーンはトリガーを握り直した。 このMS最強の兵装である680ミリカノン砲はこの至近距離では使えない、ならば――― 「あっ!?」 ロックオンしかけた敵影が急激に遠ざかり、身体がガクンと前のめりにシートベルトに食い込む。 セイラがザメルを急速後退させた事を悟ったハマーンは歯噛みして怒りの声を上げた。 「何やってるんだっ!?チャンスだったのに!!」 「ここは一旦下がりましょう」 「下がってどうする!敵は・・・!!」 「来たわよ」 パイロット2人の呼吸が全く合わないザメルの動きはぎこちない。 対照的に、小高い丘を駆け上ってきた敵影は集積地のコンテナを跳ね飛ばし、あるいは轢き潰しながら猛然とこちらに向けて突撃を開始した。 こちらには全くの迷いというものが無い。勢いの差は歴然だった。 114 :1 ◆FjeYwjbNh6:2013/04/11(木) 18 29 12 ID lKXfDKJM0 モニター越しとはいえ、キャタピラ履きのそれが砂塵を巻き上げて迫り来る様はシミュレーションとは全く違う物理的な迫力があり、加えて敵から放射される殺気はハマーンを戸惑わせる。 「右に回り込むわ!」 言うなりセイラは敵を正面に捉えたまま機体をドリフトさせ背後を取ろうと試みた。 これはホバー駆動ならではの挙動であり、突撃中の敵MSには追尾不能の筈だった。 「はっ!?」 セイラが怯む。 突如、敵機の側面から黒い塊が切り離され、スライドするザメルの前にドスンと放り出されたのである。 「ダメッ!」 鋭い声を発したハマーンに呼応するようにセイラはザメルの「左手」を懸命に伸ばし、集積所の地面に突き立っていた金属製の標識を掴む事に辛うじて成功した。 「ぐぅっ・・・・・・っ!!」 急激な遠心力による激しい衝撃で機体が軋む。 運動ベクトルが唐突に変わったザメルは掴んだ標識を軸に半回転、ポールに打ち付けられていた金属プレートを弾き飛ばし「左手」のマニュピレーターをもぎ取られたものの、なんとか敵の置き土産に突っ込む事だけは回避したのである。 負け惜しむ様に黒い塊は片手を失ったザメルの背後で傲然と爆発を起こした。恐らく起爆タイマーを内臓した対MS用重地雷の類であろう。 「なんてこと・・・あのMSは武器の塊だわ・・・!」 「うっ・・・げほっげほっ・・・・・・!!」 表情をこわばらせたセイラの背後でハマーンが苦しそうに咳込んだ。 「ハマーン!?」 「のどに・・・げほっ・・・へ、へいきだっ・・・!」 強がるハマーンだが、シミュレーションでは味わった事の無い不規則で強烈な遠心力に面食らっているのは明らかだ。 急がなければとセイラは焦る。 戦いが長引くほど、体力の無い自分やハマーンとって不利な状況に追い込まれてしまう。 まずは何としてでも距離を取って――― 「!」「!?」 横合いの砂煙を抜け、またもこちらに向けて全速で正面突撃を敢行してきた敵に、2人の少女は凍りついた。 戦いのセオリーを全く無視した、あのアムロの心胆すら寒からしめたガンタンク部隊の捨て身の戦法は少女達に対しても、着実に心理的なアドバンテージを取りつつあったのである。 「この・・・!」 慌ててバルカン砲を向けるハマーンだが、敵の斉射するボップガンの衝撃で照準を定める事が出来ない。 遂には激しく機体をぶつけられた瞬間、スッと下半身の力が抜けた彼女は恐怖の悲鳴を上げていた。 「ハマーン!敵を引き剥がして!!」 ガンタンクに後ろから圧し掛かられた状態で絡み合った2体のMSは、山積みになっていた廃棄コンテナに突っ込んだ状態で動きを止めている。 「うう・・・」 「しっかりしてハマーン!はっ!?」 後部座席で朦朧となっているハマーンを振り返ったセイラは、けたたましく鳴り始めたアラートに視線を移し、正面モニターの映像に息を呑んだ。 視界が真っ赤に染まり、波打っているのである。 「これは・・・火!?」 明らかにザメルの装甲が炎に覆われている。 まさか武器庫に引火したのかと絶望的になりかけたセイラだったが、幾つかの外部モニターの切り替えでその導引を見出した。 115 :1 ◆FjeYwjbNh6:2013/04/11(木) 18 30 34 ID lKXfDKJM0 「火炎放射器!!」 信じがたい事だが、敵MSがザメルに圧し掛かり、こちらをホールドしたまま火炎放射を敢行しているのだ。 砲弾を満載したMS同士である、片方が爆発すれば当然もう一方も無事には済むまい。 しかし火炎を浴びせかけ続ける敵には一切の躊躇が無いように見える。まさに理解不能の攻撃だが、これは紛れもなく現実なのだ。 「こちらを道連れに自爆するつもり!?ハマーン!!ハマーン!!起きなさい!!」 混濁していた意識の奥底に何か大切な呼びかけを聞いた気がした瞬間、ハマーンの意識は急速に覚醒していった。 「あ・・・ここは・・・」 「良かった、まだ戦闘中よハマーン。やれて?」 すぐに状況を理解したハマーンは、心の中で不甲斐ない自分を叱咤しつつも敢然と前を見据えて瞳を上げた。 「もちろんだ!」 「頼りにしているわ」 モニターを凝視したハマーンは一転、現在ザメルが陥っている異常な状態に気付く。 「火!?なんだこれは、一体・・・うっ・・・!」 「あ・・・!?」 電流の如き軽い頭痛を覚えたセイラは顔を顰めた。まるで時が止まった一瞬にハマーンと会話を交わした気がしたのである。 「よし、判った!!」 そう言うなりハマーンはザメルの上半身を軋ませながら、残った右手で敵MSを引き剥がしにかかった。 自らの置かれた状況を完璧に把握し、打開策を探っているのだ。 一方のセイラは外部モニターを駆使して機体チェックを再開した。こうなれば二人乗りを生かした分担作業が可能となる。 彼女はその時「なぜ急にハマーンが状況を把握できたのか」とは考えもしていなかった。 「敵の機体がリアスカートに引っ掛かっているわ、これじゃ・・・!」 思いきりホバーを吹かすも、コンテナに埋まり敵MSを引きずる格好になっているザメルは身じろぎすら出来ない。 「バカな・・・何を考えてるんだ・・・!?」 火炎放射は続いている。ハマーンは信じられないと震えた声を出した。 明らかな誘爆狙い・・・としか思えない。しかしここで相打ちに持ち込もうとする意図が理解できないのだ。 「なぜ・・・!?」 敵パイロットは命が惜しくないのだろうか? まるで、敵味方関係なく、死ぬまで戦い続けるという狂戦士に対した時の如き得体の知れない冷たい恐怖がハマーンの身体を這い上る。 「理由を考えるなって、アムロが言っていたわ」 「え・・・」 冷静な口調に意表を突かれ、ハマーンは前席に座るセイラを見おろした。 116 :1 ◆FjeYwjbNh6:2013/04/11(木) 18 31 42 ID lKXfDKJM0 「理由を考えようとすると動きが止まる、だから緊急の時は目の前の危機にいち早く対処するだけの方がいいって。 相手の都合を考えるのは後回しでいいって」 「アムロが・・・」 確かにここで敵の心情を理解したとしても状況は変わらず意味はない。 アムロの顔を思い浮かべたハマーンは、萎みかけた勇気が再び湧き出る気がした。 「奥の手を使いましょう。よくて?」 という、セイラの提案に 「ん!なら、操縦をこっちに回して!!」 と、ハマーンは嬉しそうに口角を上げて答え、12歳の少女にそぐわぬ不敵な表情を浮かべた。 ガコッ!! くぐもった鈍い金属音と共に、砲台部分ともいえる後部スカートが切り離され、ザメルが「立ち上がった」。 膝を伸ばし、文字通り「2本の足で」立ち上がったのである。 アムロが搭乗したカーキカラーのザメルと彼女達モスグリーンのザメルは厳密に言えば同型機ではない。 セイラ達のザメルは強大な680ミリカノン砲台ユニットを分離可能とし、二足歩行型MSとしても運用できる様にとコスト無視で試作された前期型である。 つまりこれは知る人ぞ知る、前期型YMS-06Mザメル(メルザウン・カノーネ)のみに盛り込まれた隠しギミックであった。 「こんのぉあっ!!」 呆気に取られ、思わず火炎放射を止めた敵MSを思い切りザメルは「蹴りつけ」た。 パージされたザメルの後部スカート部を抱きかかえる格好で勢いよく横転したガンタンクはぴくりとも動かない。 全高13.7Mのガンタンクが横倒しになったのであるから内部に掛かる衝撃は相当のものであった筈である。 パイロットは良くて失神、運が悪ければ命を失っている事だろう。 しかし逆三角形に両目を釣り上げたハマーンは相手の様子を伺いながら、ホバーを使わぬ二足歩行でじりじりとザメルを後ずさりさせ始めたではないか。 「な、何をするつもりなの!?待って!待ってハマー・・・キャ――――――――――――――――――――――!!」 セイラの甲高い悲鳴がドップラー効果で戦場に尾を引いた。 ただならぬハマーンの様子に不穏なものを感じ取った彼女が声を上げた時にはもう、ザメルの巨体は猛烈な加速と共に宙を舞っていたのである。 「おりゃー!!!」 とどめとばかりに助走をつけたジャンプキックをガンタンクの底部に見舞ったザメルは地響きを立てて着地した。 シャフトがへし折れ、明後日(あさって)の方向に体をよじりながら地面にめり込んだガンタンクは再起不能である。 「・・・見たか、XAMEL キック!!」 余韻に浸るハマーン。実は彼女もサイド3で例のTV番組を男の子達に交じって隠れ見ていたクチであった。 「いたた・・・やりすぎよハマーン」 ヘルメットを脱ぎながらセイラはぐったりとシートに頭を預けた。髪の毛がいく筋か顔に掛かるが払い除ける気力も出ない。 彼女の知る限り、MSの白兵戦とは断じてこういうものでは無いはずだ。 117 :1 ◆FjeYwjbNh6:2013/04/11(木) 18 32 41 ID lKXfDKJM0 『よう、どうやらやっつけたみたいだな。こっちもケリがついたぜ』 セイラが気怠く瞼を開くとモニターにはソンネンのニヤニヤ笑いが映し出されている。 気を取り直したセイラが眼下へモノアイを向けると、白煙を燻らせて沈黙する敵機のそばに無傷のヒルドルブが見えた。こちらは危なげなく完勝したらしい。 恐らく敵の捨て身の攻撃も、一対一では百戦錬磨のソンネンに通用しなかったのであろう。 『お前達が敵を減らしてくれたおかげで楽させて貰ったぜ。ま、なんだ、良くやったと褒めといてやる』 「有難うございますソンネン少佐、みんなハマーンの「あ―――――――――――――――――――――――っ!?」 会話中、いきなり大声を張り上げたハマーンにセイラとソンネンは閉口した。 『・・・なんだ、おい』 「わ、判りません、ハマーン、何があったの?」 「・・・ぇ?・・・いや、なんでも・・・・・・なぃ・・・」 信じられないものを見る様に視線を落としていたハマーンは、顔を上げた。 しかし視線が一向に定まらず、さっきまでの威勢の良さがウソのようにオドオドしている。 明らかに彼女はショックを受け、かつ、激しく動揺していた。 『?、何だか判らねえが、取り敢えず敵パイロットを引きずり出したらそっちへ合流する。遠くへ行くんじゃねえぞ』 「了解」 通信を切るとセイラは改めてシートから身を乗り出しハマーンを振り返った。 うつろに目を見開いたままモニターを見つめるハマーンの顔は血の気を失い真っ青である。 心なしか小さく震えている彼女の瞳には現在、何も映し出されていないに違いない。 いつもの自信満々な姿とは正反対の、途方に暮れるか弱い少女がそこにいた。 「ぐっ・・・・・・うっ・・・ふぐっ・・・・・・」 やがて微かに聞こえ始めた嗚咽は次第に大きくなり、ぽろぽろとハマーンの両目から涙が零れ落ちた。 異変を感じたセイラは急いでシートベルトを外し、立ち上がろうとする。 「く、来るなぁっ・・・!!」 「!」 「うっ・・・うっ・・・お願い、来ないで・・・・・・」 今にも消え入りそうな怯え声を上げたハマーンを見て、セイラは彼女がしでかしてしまった、ある生理的な失態に思い当たった。 『セイラさん、ハマーン、無事ですか!?』 「ひっ・・・アムロ・・・!?」 折も折、外部モニターにはザメルの近くで手を振るアムロの姿が映し出されている。 ついにハマーンは背中を丸め、両手で顔を覆ったまま動かなくなってしまった。こんな姿、彼にだけは見られたくないに違いない。 セイラは外部スピーカーに通じるマイクに口を寄せた。 「アムロ、2人とも無事だから心配しないで。少し機体のチェックをしてから降りることにします」 『判りました、それじゃ僕は使える物資を探してきます』 しっかりしたセイラの言葉に、アムロは安心して踵を返し、荷台の曲がったエレカに乗り込んだ。どうやら資材置き場のどこかで見つけて来たらしい。 アムロが離れていくのをモニターで確認し、セイラは後ろを振り返らずに口を開いた。 「ハマーン」 「・・・・・・」 シートの上で膝を抱え込んですすり泣くハマーンは固まったまま動かない。 「確か、あなたの後ろの荷物には兵士用の衣類が入っていたはずなの。確認して貰えて?」 「え」 ハマーンは涙で濡れた顔を上げた。 「初めての実戦で汗をかいたでしょう?風邪をひかないうちに急いで着替えてしまいなさい」 「う・・・うん」 弾かれた様に立ち上がったハマーンはシートの後方に手を伸ばし、小型コンテナを引き寄せた。 現金なもので当初は自分を押さえつけていた忌々しい箱が、今は宝箱のように思える。 「ほ、ほんとだ!・・・よかった・・・!」 セイラの言った通り、中には透明フィルムでパックされた真新しいジオン兵士用の制服がぎっしりと収められていた。 上下繋ぎのジャンプスーツである。一般兵用のそれは流石に彼女の体には大きすぎるがこの際贅沢は言っていられないだろう。 透明フィルムにプリントされたサイズを確かめたハマーンは、中でも最も小さいと思われる一着を引っ張り出し、安堵のため息をついた。 ジオンでは最もポピュラーな深い緑色の軍服。 耐ショック、耐熱に優れた厚手の生地で縫製されたそれは、通常はパーソナル・ジェットとセットで用いられる突撃装備用の武骨なものであったが、今のハマーンにとっては、どんなきらびやかなドレスよりも有難いものだ。 もう一つのコンテナからジオン謹製のミリタリータオルも幾枚か取り出したハマーンは、着ていた整備作業用のツナギを下着ごと脱ぎすてた。 118 :1 ◆FjeYwjbNh6:2013/04/11(木) 18 33 47 ID lKXfDKJM0 「どんなアンバイだ」 「ソンネン少佐」 アムロの足元の地面にはロープで両手足を拘束された連邦軍兵士が転がっている。 「小便臭いガキのお前が、良く一人でやれたもんだな」 ソンネンはアムロの後ろに横たわる敵MSの残骸を見上げながら笑った。 言葉は悪いが、これは最大級の褒め言葉であろう。常に物事を斜っぱに見る癖のある彼が、素直にアムロの手際に感服している。 ギョロリとした目で憮然とこちらを見上げている敵兵士は、これのパイロットであったのだろう。 「運が良かっただけですよ」 『小便臭い』云々の、ソンネンの揶揄を込めた軽口をファットアンクルの中でさんざん浴びせられ、彼の軽口は一種の枕詞なのだと諦観しているアムロはそう答えた。 あながちそれは謙遜でもなかったのだが、敵兵士が下から抗議の声を上げた。 「おい、ちょっと聞きたいんだがな、ジオンにはコイツみたいなガキのパイロットがウジャウジャいやがるのか?」 「さあな」 すげなく答えるソンネン。少なくとも尋問する権利は向こうには無い。 見たところ敵の兵士に大きな怪我はなく、すこぶる付きで元気もいい。運のいい奴だとソンネンは心中で笑った。 「胸糞の悪い話だ、地獄に落ちやがれ」 横になったままの敵兵士は顔の横の地面に唾を吐き捨てた。 「この人の名前はミロス・カルッピ、技術少尉だそうです」 「あん?技術少尉がなんで最前線でMSなんぞに乗ってんだ」 ソンネンの視線がカルッピを値踏みするように動く。カルッピは再び顔を上げた。 「それは尋問か」 「おお、ま、それだ」 「・・・俺達は囚人部隊なのさ。後は判るだろう」 囚人という穏やかではない響きにアムロは目を見張った。 しかしソンネンは平然としたものである。 「囚人ねえ。一体何をやらかした」 「予算横領、物資の横流し、着服、何でもやったぞ」 「へへへ、なかなか清々しいじゃねえか」 何故だか嬉しそうにソンネンはカルッピを引き起こして座らせ、両手が使えない彼にポケットから出した煙草を一本咥えさせてやると、ライターで火を付けた。 「俺ともう一人のクズワヨって奴は、いつもツルんでそんな感じの悪さを繰り返してた。 だからどんな罰を受けようが仕方がねえ、自業自得だ」 美味そうに煙を吐き出しながらカルッピは遠い眼をした。 「だが俺達の隊長は違う。軍にハメられた」 「なんだと」 「スパイ幇助の濡れ衣を着せられたのさ。特赦して欲しければ戦えってよ」 「・・・」 カルッピの横顔を見つめるソンネンは眉間にしわを寄せ、厳しくも複雑な表情を浮かべている。 アムロはこの朴訥な敵兵の言葉に嘘は無いのではないかと漠然と感じていた。 119 :1 ◆FjeYwjbNh6:2013/04/11(木) 18 34 34 ID lKXfDKJM0 「・・・やさぐれた俺達んとこに放り込まれた隊長は、身体を張って俺達に良い思いをさせてくれた」 ざっとあたりを砂混じりの風が通り過ぎ、アムロは思わず顔をそむける。 「だから俺達は隊長の為に命を懸ける。隊長が行けと言えば、活火山の火口にだって飛び込むぜ」 納得した様にアムロは頷いた。端から心服する人物に自らの命を捧げていなければ、あんな捨て身の攻撃が出来る筈はなかったのだ。 「だがもう、隊長が死んじまったんじゃあそれも終わりだ。どうにでもしやがれ」 ふと、生気を失った表情に変化したカルッピの咥え煙草の先端からぽろりと灰が落ちた。 「誰が死んだって言った?」 ニヤリと笑ったソンネンを、カルッピが驚いた顔で凝視する。 「い、生きてる・・・のか!?」 「向こうに拘束してある。お仲間も無事だ。 流石に無傷とは行かなかったみたいだがな、2人とも命に別状はない」 「ブラボー!!ウゥウワァオオォォォ!!」 「うおアチッ・・・テメッ!?」 カルッピが叫んだ瞬間、彼の口から火のついた煙草が飛び、むき出しの二の腕に当たって跳ね返ったが、ソンネンは苦笑して流した。 「先にお前の女隊長さんに尋問したのさ、だがあのヤロウ名前と階級以外何も喋りやがらねえ。 どうしたモンかと思ってたんだが、お前さんが思いの外素直な奴で助かったぜ」 「あちゃあ・・・しくじったぜ・・・俺りゃあ、てっきり・・・」 嘆くカルッピを見下ろしたままソンネンが片手を上げて合図を送ると、遠く離れたコンテナの陰からトラックタイプの車両が現れた。 運転しているのはセイラ、助手席にはハマーンが見える。アムロは想いきり、2人に向けて手を振った。 グリーンの軍服を着たハマーンも、少しだけはにかみながらこちらに向けて手を振りそれに答えた。 120 :1 ◆FjeYwjbNh6:2013/04/11(木) 18 35 37 ID lKXfDKJM0 「セイラさん!」 「アムロ、無事で良かった」 「ええ、お互いに・・・」 トラックから降りたセイラとアムロは暫し無言で見つめ合った。 やや疲労した様子ではあるが、風に流れる金髪を押さえ笑顔を浮かべる彼女を、アムロは改めて美しいと思う。 「どうしたのハマーン、早くいらっしゃい」 「う、うん・・・」 セイラは何故かトラックの助手席でもじもじしているハマーンに声を掛けた。 助手席側のドアから降車したハマーンは、おずおずとアムロの前に立つ。 「ハマーン、君も無事で本当に良かった、心配していたんだ」 「うん・・・その・・・セイラ姉様に助けられた」 「セイラさんに?」 アムロの視線にセイラはほんの少しだけ肩をすくめた。 ハマーンがセイラをちらりと仰ぎ見た視線には、今までの様な棘がない。 そして彼女が初めて口にした『セイラ姉様』というフレーズも、何だか新鮮な響きがある。 「服、着替えたんだね。なかなか似合うよ」 「えへへ」 両袖を肘までまくり上げたハマーンのジャンプスーツ姿は意外にもサマになっていた。 安全性を考慮するという意味合いでも、戦場では格段にこちらの方が適しているのは言うまでもない。 更に2人と会話を続けようとしたアムロだったが 「おいガキ、捕虜を下ろすぞ。ぼさっとしてねぇで手伝え!」 「は、はい了解です!」 トラックの荷台を開けたソンネンにどやしつけられ、慌てて彼の元に馳せ参じるしかなかった。 「隊長さんて、女の方だったんですね」 エレカの荷台から降ろされた敵兵の2人を見てアムロは目を丸くした。 「・・・フン、カルッピ、どうやらアンタ余計な事をペラペラと」 「あ、いや、済まねえ、この通りだ」 「まあ良いじゃねえすか隊長、また三人こうやって無事に再会できたんだし」 「やかましい!お前は黙ってなクズワヨ!!」 セイラとさほど体格の変わらぬ小柄な女性に、大の大人2人が恐縮しまくる図と言うのは何とも珍妙であった。 「あ、それじゃあ、身体を張ってというのは・・・痛っ!?」 「小便臭いガキのお前はそこまでにしときな」 呟く様な言葉を漏らしたアムロの頭を強く抑え込んだソンネン。 彼はアムロの頭に置いた手をそのままに、セイラとハマーンを振り返った。 「んで、そっちの小便臭い小娘2人は」 ギンッ ソンネンは、半笑いで「イ」の発音をしかけた表情のまま顔を引き攣らせた。 いつもの如くの軽口を叩きかけた瞬間、風圧が感じられる程の強烈な殺気を2人から浴びせ掛けられたのである。 共に切れ長の瞳を持つ端正な顔立ちの少女2人が氷の刃の如き凄絶な眼光を向け、怒りの表情で睨み付けて来るのだ。 ソンネンにしてみれば因果応報とはいえ、何故今回に限って、という疑問を禁じ得ない。 運悪くソンネンの後ろにいた為にワリを食う形で2人の眼光に晒されたアムロは、彼女達の背後に揺らめく恐ろしげな影までハッキリと見てしまった。 「・・・ソンネン少佐。この際はっきり申し上げておきますが・・・以後、下品な物言いは謹んで下さい・・・」 ゴゴゴというSEをバックに、まるで氷のナイフで切りつけて来るが如くの、セイラの良く通る声が響く。 硬直するソンネンの陰でアムロは改めて震えあがっていた。 一体何が彼女の逆鱗に触れたかは知る由もないが、ある特定のシチュエーション下において、セイラが極めて恐ろしく変貌する事を彼は経験で知っている。 「・・・」 無言でツインテールを逆立て、真っ赤な顔、逆三角形の双眸で突き刺す視線を向けて来るハマーンの形相も、これまた凄まじい勢いだ。 まるであたりの温度が一気に数度、低下した気さえする。 121 :1 ◆FjeYwjbNh6:2013/04/11(木) 18 36 19 ID lKXfDKJM0 「ひっひっひ・・・このオヤジをびびらすなんざ、アンタ等もなかなかやるじゃないか」 凍りついた時間を解放したのは、何と拘束されたままの敵の女隊長であった。 小娘にやり込められる上官の姿に、立場を越えて溜飲が下がったのであろう。 「ちっ・・・」 ばつが悪そうに頭をかくソンネン。アムロも呪縛が解けたように肩の力が抜けた。 「そっちの少年!」 アムロはびくりと身を竦ませる。件の女性兵士が馴れ馴れしく声を掛けて来たのである。 粗野な感じがセイラとは対照的な女性だが、その風貌は意外に整っている。鼻っ柱は相当に強そうだ。 「アタシはアリーヌ・ネイズン技術中尉だ。こっちはドロバ・クズワヨ曹長」 「いいんですかい隊長?」 「構わないさ、状況は変わりゃしないよ」 「まあ、確かに」 突然オープンになった女隊長と敵兵士のやりとりにソンネンは顔をしかめた。 こちらに女子供が多くいるのを見て敵は明らかに緊張感を緩め、あろうことか場の主導権を握りにかかっている。 敵味方の馴れ合いは怖い。下手をすると何かのはずみで形勢が逆転しないとも限らないからだ。 正直な所、捕虜達の処遇は現在のソンネンの手に余る。 この3人をどこかの部隊に引き渡すにしても、作戦前のこのタイミングではすんなり事の運ばない可能性が大だ。 辛うじて、ここは最前線のはずれに位置する名もなき物資集積所であった為、機密めいたものは何もないのが唯一の救いだと言えるだろうか。 自分一人だけだったなら最悪、後腐れの無い手段も取れたのだが・・・と、ソンネンは幼な顔のハマーンを見やった。 「お前ら、これからどうするつもりだ」 「はあ?アタシ等は捕虜だよ?どうするか決めんのはそっちだろうが」 「ククク違いねえな。ガキ共、ちっとばかし離れてろ」 何かを決意したらしきソンネンはアムロ達を下がらせるなり右手で銃を構え、ポケットから取り出したナイフを左手に持つとアリーヌ達3人が拘束されていたロープを次々と切り裂いてゆく。 呆気にとられている一同を無視して結局ソンネンは三人を解放してしまった。 「ソンネン少佐!?」 「黙ってろガキ、責任は俺がとる。 それにこう見えてこっちの2人はアバラと足をやってる。武器もねえから何も出来ねえ」 慌てて声を上げたアムロをソンネンは制した。 「・・・何のつもりだい」 手首をさすりながら発したアリーヌの訝しげな問いに、ソンネンは顎で荷台の曲がったエレカを指し示す。 「あいつをくれてやる。何処へなりと行っちまいな」 「何だって!?アタシ等を見逃すってのかい!?」 ソンネンの言葉に驚いたのは彼を除くその場の全員だったが、ソンネンには悪びれた様子もありはしない。 122 :1 ◆FjeYwjbNh6:2013/04/11(木) 18 37 05 ID lKXfDKJM0 「あいにく俺は厄介事が嫌いな性分でな、さっさと行かねえと撃ち殺すぜ」 「ふ、怪我人を・・・南極条約を知らないのかい」 「ヘッ、囚人共に言われたかァねぇな」 「隊長、こりゃチャンスですぜ!このまま軍に戻らず、ずらかっちまいましょう」 喜色を浮かべたカルッピを驚いた顔でアリーヌは睨み付けた。 「・・・貴様、もう一度言ってみろ」 「何度でも!どうせノコノコ戻ったって、豚箱に戻されるか死ぬまで使い潰されるだけだ」 「俺もそう思います」 「クズワヨ」 足を痛めているクズワヨは少しだけ顔をゆがめた。 「隊長の気持ちは判りますがね、この広い戦場で『奴』と出くわす確率は極めて僅かだ。 だったら他の方法を考えた方が良い」 「他の方法・・・」 「そうです。俺らが自由に動けるようになりゃあ幾らでも方法は見つかるはずだ。 このままじゃ奴を探し出す前にこっちがくたばっちまいかねない」 「まあしかし、隊長がどうしてもってんなら俺等は地獄の果てまでお供しますがね」 片目をつぶったカルッピを見て黙り込んだアリーヌに、ソンネンは拳銃を構え直した。 「会議は終わったか?なら早くしな、それとも」 「判ったよ。アンタのご厚意に甘えさせてもらう事にしよう。カルッピ、手を貸しな」 唯一大きな怪我の無いカルッピが2人をエレカに押し上げる。 ここでの上官であるソンネンが彼らの処遇を決定した以上、アムロ達はその作業を見守っているしかない。 「・・・取り敢えず礼は言っておくよ。生きていられたら、いつか借りは返す」 「いいから早いとこ行っちまいな」 助手席に座ったアリーヌの言葉を、追い払う様な手つきでソンネンは煩そうに聞き流した。 「そうだ。一つ良い事を教えてやろう」 「あ?」 「クライド・ベタニーという男に気を付けな」 「なにっ!?それはどういう意味だ!?」 聞き捨てならない情報に流石のソンネンも真顔になった。アムロ達も驚いてアリーヌを見つめる。 「アタシは奴に復讐する為に戦っていたのさ、本当はこの手で息の根をと思ってたんだけど・・・ この際、アンタ等がどうにかしてくれりゃあ、それで良しとしよう」 「・・・」 「アンタ等が首尾良くやってくれりゃあそれで良いし、そうならなけりゃ奴が何処にいようとアタシが地獄の果てまで追い詰めて・・・必ず」 「隊長」 あまり喋りすぎるとせっかく解放してくれた敵の気が変わりかねない。 クズワヨのそういう懸念を感じ取ったアリーヌは口を噤み、ソンネン等に一瞥をくれると連邦軍の部隊が展開しているであろう方向とは逆方向にエレカの進路を取り、そのまま走り去っていってしまった。 「あの人の言ってたクライドって、何者なんでしょう」 「・・・やれやれ、最後の最後で面倒臭え事を聞いちまったな。 だが、どうやら放っておく訳にもいかねえようだ」 アムロとソンネンが話していると、セイラがアムロのそばに近づき、ソンネンに目を合わせた。 「もしかしたら、スパイなのではないでしょうか」 「ス、スパイ!?」 アムロが驚くが、ソンネンは真顔のままだ。 「いきなりだな」 「ただの勘ですけれど」 「女の勘って奴か。そいつぁ・・・」 唇をゆがめて言葉を煙らせたソンネン。果たしてその後には「信じられる」「信じられない」と、どちらが続いたのであろうか。 123 :1 ◆FjeYwjbNh6:2013/04/11(木) 18 37 39 ID lKXfDKJM0 「私は、あの人達に引き金を引いていたのか・・・」 じっと3人の連邦兵が消えた荒野を見つめ、ぽつりと呟いたハマーンの肩をセイラはそっと抱いた。 砂混じりの風が強くなり始めた荒野、風に髪を弄られて寄り添い立つ2人。 アムロは、戦いの中で彼女達に育まれたのであろう絆を感じずにはおれない。 「アムロ、あれを!」 突然何かに気付いたハマーンが空の彼方を指差した。 逆光に目を細め、良く目を凝らすと確かに地平線に近い空にポツンと浮かぶ黒いシミのような飛行物体が、ローター音を響かせながらこちらへ向かって来るのがはっきり識別できた。 「・・・おい、警戒態勢だ!お前らは岩陰に隠れてろ!!」 ジオンの飛行機にしては見慣れないそのシルエットにソンネンはヒルドルブへ走る。 しかしアムロは笑顔で彼を呼び止めた。 「待って下さい、あれは味方です!!」 少しずつ大きくなる機体は色こそ緑に塗り替えられているものの間違いなく【青い木馬】の艦載輸送機【ガンペリー】であった。 『アムロ准尉!よくぞ御無事で!!』 そう外部スピーカーを通じて上空から喜びの声を掛けたニムバスは、副操縦席のバーニィに目くばせすると彼等の眼前でガンペリーを90度横に向け、コンテナに大きくペイントされたジオンのエンブレムを露わにしつつ着陸態勢に入った。 185 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2013/08/25(日) 20 41 12 ID dXrWvj9g0 [2/9] 青い木馬隊の駐屯するキエフ鉱山第123高地。 灼熱の太陽が中天を望むこの時刻になっても、ハンガーの中では前夜からの突貫整備が引き続き行われており、作業員の顔に疲労の色は濃い。 しかし、決戦近しの雰囲気が場の空気を張りつめさせ、疲れを感じぬ異様なテンションで作業は進行していた。 「予備のシャフトを回してくれ、確か7番ケージに幾つかストックがあったはずだ」 「解りました」 「ああそれからリコライザー計数は400から800の間でいい」 【真紅の稲妻】たるジョニー・ライデン中尉の指示に、ベテランの整備兵は苦笑した。 「やけに狭いですね、まあ中尉なら大丈夫なのでしょうが」 「ふっふっふ、そういう事だ」 愛機イフリートの足元で胸を張り、自信満々に笑うライデンにつられて周囲の整備兵も笑う。 名の知られたエースパイロットであるにもかかわらず気さくな彼は、整備兵からの人気も高い。 いや、むしろ彼を遠ざけ蛇蝎の如く忌み嫌うのは「無能な上官」のみに限定される、と言っても過言ではないだろう。 「まともな上官」であるならば、どんな不遜な態度を取ろうが常に圧倒的な戦果を上げ続ける彼を、やがて認めざるを得なくなるからである。 「おっと・・・」 眼の端に赤い軍服を確認すると、ライデンが動いた。 「すぐ戻る。整備を続けてくれ」 「了解です」 整備兵達の輪から外れ、急ぎ足で近づいてくるライデンにシャアは軽く手を上げた。 「ご苦労だな、ライデン」 「どうした大将、何か問題でも?」 「いや、こちらは目途がついたのでな、ハンガーを巡検中だ。そちらこそ問題は無いか」 「決戦は明日なんだ、間に合わせるさ」 少し疲れた顔で笑うライデン。が、そこにはエネルギーが満ち溢れており、決して戦意が衰えている訳では無い事が誰の眼にも明らかだ。 「これも姐御がウラから手を回してあれこれと物資を調達してくれたおかげだな」 「うむ。シーマ中佐の手腕にはいつも感心させられる。彼女がいなければ、今度の作戦も不可能だっただろう」 「そんな事より、だな」 エホンとライデンは咳払いしたのち声をひそめた。 「彼女はいいのか」 ハンガーの喧噪にかき消されそうな声音だったが、シャアには確かにそう聞こえた。 「・・・?、何のことだ」 「彼女だ、彼女」 「・・・ミハルの事か」 このやろうという目つきでライデンは睨む。 「じれってえな、テメエの彼女ったら他にいねえだろうが」 「・・・すまない」 ライデンが何をいらついているのか全く判っていないシャアは仮面の向こうで怪訝な目をしている。 「あー・・・彼女をどうするつもりだ」 抑揚のない声でライデンが問う。 「どうする、とは?」 「お前、なんで彼女をニムバス達に同行させなかった」 「?」 質問の意味がさっぱり解らない。 「例の作戦が始まったら敵も必死で反撃してくるだろう。 俺達は速攻を望んじゃいるが、戦局ってのはいつ何時どう転ぶか判らねえ。【青い木馬】も無傷じゃ済まねえ可能性がある。 このまま作戦に突入して彼女を、直接の戦火に巻き込んでいいのか」 「な、なんだと!?」 電光に打たれたかの如く硬直するシャア。 「お前なら、何とでも理由を付けて彼女を安全な場所へ避難させる事ができただろう。 俺はてっきりそうするもんだと思ってたんだ。 だが今日になってもミハルはまだ【青い木馬】にいるじゃねえか。いいのか、このままで」 「わ・・・私は、そんな事を・・・・・・!」 呆然と佇むシャア。その間、数秒。 「考えたことも無かった、ミハルが私のそばを離れる事など考えも・・・いやしかし・・・・・・!」 「おいおいおい」 ぐらりと上体を崩したシャアの腕を慌ててライデンは引っ掴んだ。 「そうか、お前の言う通りだ・・・私はミハルの事など何も・・・何という事だ」 「お、おいしっかりしろ大将、よろけてる場合じゃねえぞ」 ふらつくシャアを抱える様にライデンは急いでその場を離れた。 こんなシャアの姿を兵達に見せたくはない。総大将には泰然と構えていて貰わねば困るのである。 「いいかい?」 いつもの如くミハルが【青い木馬】のキッチンで洗い物をしていると、何時かの様にシーマが顔を出した。 ミハルの両手には泡の付いた金属製の大きなボウルが握られている。洗浄機に入りきれないこれはどうしても人の手で掃除をせねばならない。 186 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2013/08/25(日) 20 44 40 ID dXrWvj9g0 [3/9] 「シーマ中佐、どうしたんだい」 「重要事項の伝達さ。明日のランチは無しだよ」 「え?あはは、そんな事をわざわざ?」 ミハルは笑顔で顔にかかった一筋のほつれ毛を、泡の付いた手の甲で顔の脇に流した。 「うーん、本当はもう一つ・・・」 「なんだい、あらたまって」 「実はねえ、見ちまったのさあ」 「見た?何を」 「おまえが夜、シャア大佐の部屋に入ってくとこ」 ミハルの取り落とした金属製のボウルが派手な音を立て、泡を飛び散らせながら調理室の床を転がった。 「あ~、責めるなんて野暮なことはしないよ、勘違いしないでおくれ」 「・・・」 「悪いと思ったんだけど、何日か見張らせてもらったよ。おまえ、毎晩・・・」 普段は健康的なミハルの顔面が一瞬で蒼白となった、だが、そんな彼女を見つめるシーマの眼は優しい。 「ちゃんと、避妊はしているかい?なんなら」 「そっそんな!!」 一転、真っ赤な顔で両腕を突き出したミハルはその体勢のまま小刻みに両の掌を振った。 「恥ずかしがらなくてもいいよ。大丈夫、誰にも漏らしたりしてない」 「そ、そうじゃなくって、大佐とは、その、何も・・・!」 「ははは、男と女が毎晩一緒にいるんだ。何もなかったら逆に不自然ってもんさね」 「・・・」 「ゴメンよ、アタシゃ疑り深い性格でねえ。 この前ああは言ったけど、何か弱みでも握られてるのかもと余計な心配も少しだけ、しちまってたのさ」 「・・・」 「けど、安心したよ。おまえと大佐がそういう仲なら・・・」 「・・・」 悲しそうに何度も首を振るミハルを見てシーマは眉をひそめる。 「ちょっとお待ち。・・・まさか、おまえ達、本当に何も?」 「・・・・・」 始めはからかいの笑顔を向けていたシーマだったが、ミハルの様子に嘘がない事を確信した途端に笑顔が消えた。 「あはは、た、大佐が、あたしなんかに興味を持つ筈ないよ。そんなの、当たり前じゃないか」 「・・・何を言っているんだい。あのガキはおまえにゾッコンさ、アタシには判る」 「そんな事、あるわけないよ!」 シーマは呆れてミハルを見つめ、片手を自らの腰にやった。 このもどかしい少女をどうしたものか。 「だって、あ、あたしは難民だし、この通りちっともキレイじゃないし、その、胸だって小さいし・・・」 無理に明るく振舞おうとしても、表情の端々にはどうしても悲しみが滲み出てしまう。 殺伐とした戦場においても輝く様な美貌を失わないセイラの笑顔がちらりとミハルの脳裏をかすめる。 「おやめ。アタシは卑屈な子は嫌いだよ」 シーマはぴしゃりとミハルの言葉を遮った。 しかし、普段あれほど明るく闊達だったミハルの胸中に巣食っていた意外なコンプレックスに驚きを隠せない。 女傑シーマの一喝にびくりと首をすくめたミハルが恐る恐る視線を上げると、なにやら顔を横に向けたシーマの眉間には深い縦線が刻まれている。 ただ、この静かな怒りはミハルに向けたものではない事だけは判る。 「あのガキふざけやがって・・・女の気持ちを、一体何だと思っていやがるんだ」 「ど、何処へ」 「決まってるじゃないか、あのヒョウロク玉をぶっちめに行くのさ」 「や、やめておくれよ!!」 「ミハル」 「・・・大佐は素敵な人で、あたしの命の恩人なんだよ。だから、あたしは少しでもお役に立とうって決めたんだ。本当に、それだけでいいんだよ」 必死で両手を広げこちらの行く手を阻もうとするミハルの姿に、シーマは我慢がならなかった。 たとえ振り向かれることが無かろうが好きな男に尽くし抜こうという心掛けは、いじらしいかも知れない。だが、まるで自分に言い聞かせるような言葉は、痛々しい。 「それじゃあ聞くが」 わざと厳しい顔を作ったシーマが問う。 「もし大佐が他の女にたらし込まれたとしても、おまえはそれでいいってのかい」 きつい問いにミハルはびくりと縮み込んだが、やがて悲しい笑顔を浮かべた。 「・・・いいよ。大佐が選んだひとだもの、きっと、素敵な女性に違いないもの・・・」 「ば、バカを言うんじゃないよ、全く!」 そう返されるとは思ってもいなかったシーマは堪らずミハルに一歩近づいた。 「アイツが好きなんだろ?そうやって、やせ我慢をするんじゃない」 真剣な顔で瞳を覗き込んできたシーマにミハルは静かに首を振る。 「昨日『青い木馬』に来た145小隊の人数が・・・前と比べてすごく減っていたんだ」 シーマの表情が固まった。 187 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2013/08/25(日) 20 45 42 ID dXrWvj9g0 [4/9] 第145小隊。腕利きの12名で構成された偵察部隊である。 彼らは運悪く任務遂行中に敵部隊と鉢合わせしてしまい壊滅の危機に陥った。 結果的にはマッシュ率いるMS隊による救援が間に合い、辛くも死地からの脱出に成功したものの、ベテランの戦闘員3名を失い、負傷した4名がオデッサへ後送されていったのである。 ジオン軍キエフ駐留部隊にとって、オデッサ外周に陣取り、つるべ打ちの如く突撃を敢行していた一時の連邦軍の勢いが弱まる中で被った久々の損耗。 現時点で人的被害を何よりも回避せねばならないこちらとしては、何とも痛すぎる事態といえた。 「・・・もし・・・大佐が大ケガしたり・・・し、死んじゃったら・・・どうしよう・・・」 何かをずっと堪えて来たミハルはとうとう、震える声で忍び泣きを漏らした。 何の事はない、戦場でいつ、愛しい男に舞い降りるか知れない死神を恐れる少女にとって、自分の恋など二の次だったのである。 「・・・」 嗚咽するミハルをしっかりと抱き止めたシーマは眼を閉じた。少女の髪からは太陽の香りがする。 考えてみれば――― しっかり者といえど、戦争の最前線に身を置く少女にとって、思うところは多かろう。 「恋に焦がれて鳴くセミよりも、鳴かぬホタルが身を焦がす・・・か」 「・・・?」 「今のおまえみたいなのを言い表した大昔の言葉だよ。 まァ、おまえみたいないい子に好かれてアイツは果報者だって話さ」 不思議そうに見上げるミハルに、セミやホタルの実物を知らないシーマは苦笑する。 「・・・まったく、おまえ達は一体全体どういう関係なんだい。包み隠さずにイチからちゃんと説明をおし」 この女傑には如何なごまかしも通用しないだろう。 腕組みをしたシーマを前にして、ミハルは観念するしかなかった。 「私は、自己中心的にしか物事を考えられん欠陥人間だ」 呆然自失の体で備え付けのベンチに座り込み、右手で頭を抱え込んだシャア。 その横の壁に腕組みして立ち、彼を見下ろすライデンは無言である。 ハンガーの隅に設えられた簡易の休憩室。安っぽい飲料のサーバーには『故障中』と殴り書きされた紙が無造作に貼り付けられている。 いつもは誰かしらいるこの空間だが、今は珍しく彼等2人だけだ。 188 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2013/08/25(日) 20 46 22 ID dXrWvj9g0 [5/9] 「その事を教えてくれたのは他ならぬミハルだったというのに、私は・・・!」 「あの娘がそう言ったのか」 シャアを見ずにライデンが問う。 「・・・直接口に出した訳では無い。だが、彼女の・・・私に、いや、他人に対する接し方を近くで見ていればイヤでも気付かされる」 「すげえな、彼女は最強だ」 ライデン手放しのミハル賛辞である。 こう言っては何だが、このシャアという捻くれまくった男をここまで悔い改めさせるなど、彼女以外の誰ができるというのだろう。 「なあ大将、お前は知らんかもしれんが、兵たちの間ではミハルの人気、絶大なんだぜ。 何せ性格がいい。そして彼女の作るメシはとびきり美味い」 「知っている。そんな事は当然だ」 憮然としてシャアは顔を上げた。以前の食堂の一件で、それは肌で感じている。 「ほう、それじゃ熱烈な想いを綴ったラァヴ・レェタァーを何通も、彼女が兵達から差し出されているのも知ってるな?」 「なに」 思わずシャアは腰を浮かせた。 「初耳だ、ミハルはそんな事何も・・・」 「偶然俺がその場面に出くわしてな。悪いがこの娘は売約済みだとその場で全員のラブレターを没収して破り捨てた。いやあ恨まれたぜえ」 「・・・」 「その後、念の為、各部隊にミハルへの個人的アプローチ禁止を非公式に通達しておいた。 ふっふ、やっぱこういう場合、海兵隊隊長シーマ・ガラハウ中佐の名前は効くぜ」 どうやら無断でシーマの名前をちらつかせたらしい。 彼女にバレたらどうなるか想像するだに恐ろしいが、この男はどこ吹く風である。 「私の知らない所で大事になっていたのだな・・・ここは、礼を言うべきなのだろうな?」 「おう全くだぜ面倒掛けやがって。 だが、あの娘にはそんだけの価値があるってこったぜ大将。お前には彼女を守りきる義務がある」 「・・・そうだな」 力なく再びベンチに座り込むシャア。自己嫌悪系のダメージは思ったよりも深そうだ。 「ミハルはいい。彼女といると、毎日がその、何というか、とてもいいのだ」 「ふん。もっと素直に幸せだと言えこの野郎」 「ライデン、お前は何の下心もなく・・・他人に優しくできるか」 「・・・うーん」 天井を見上げるライデン。即答するのはなかなか難しい質問だ。 「優しくと言っても簡単ではない。相手の気持ちを考えてやらねばそれは単なる自己満足で終わるからだ。 しかし彼女はそれをやる。私にだけではない、ミハルはそれを誰に対しても自然にできる。 信じられんが、彼女はそうやって生きてきた。 そんな人間などフィクションの中でしか存在しないのだと決めつけていた私は、彼女に打ち負かされたのだ。完膚なきまでに」 シャアは静かに握り拳を作り、それを額に押し当てる。 「そして私はミハルを手放せなくなったと言う訳だ。彼女の安全など考えもせずにな。 このままでは彼女に危険が及んでしまう事を、お前の言葉で気付かされたのだ。自分勝手で自己中心的な、情けない男だ、私は」 自己批判をしながら本気で落ち込んでいる人間に追撃はできない。 そこでライデンはシャアが少しだけ落ち着くのを見計らい、思いつくままの言葉を口にした。 「ははは、まるで彼女、ニュータイプみてえだな」 「ニュータイプ・・・だと?」 ふと顔を上げるシャア。 悪評高いフラナガン機関のイメージが強いそれは、ミハルとは対極の存在に思える。 ミハルがニュータイプ。そんな事は今の今まで考えた事も無かった。 189 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2013/08/25(日) 20 47 18 ID dXrWvj9g0 [6/9] 「お前の親父さんが言ってたんだろ? アカの他人同士で互いを判り合うとかなんとか。それってよ、お互いを心の底から思いやるって事でも、あんじゃねえのかな」 「・・・!」 これは目からウロコの新説かもしれない。現にシャアはマスクの向こうの眼を瞠目させている。 「ミハルみたいな優しい人間が増えていきゃあ、そりゃあ世の中幸せになるだろうぜ。 実際にお前が、そうやって幸せになったみたいによ、皆が幸せになれる」 虚を突かれた様に黙り込んだシャアの心に、ライデンの言葉が少しづつ沁みわたって行く。 「そうか・・・人類の革新たるニュータイプの概念は、元々軍事利用などを想定したものでは無かった筈だ」 ゆっくりと、自らの言葉を噛みしめる。 「実を言えばなライデン、私は父の唱えたニュータイプ論を常々胡散臭く思っていたのだ。そんなに都合良く人間が超能力者に変われる筈は無いとな」 「おーお、実の息子にそうまで言われちゃ、親父さんも立つ瀬がないな」 「だが・・・『互いを心の底から思いやる』か。 父の言うニュータイプ・・・高い洞察力と状況認識力を持った人間というのが、そういう意味だとするならば話は別だ。 それならば、いつの日にか人類全体がニュータイプに革新するというのも夢ではないかもしれん。 何せ、特殊な能力も、飛び抜けた才能も必要としないのだからな」 「お、ちょいと甘っちょろいが悪くねえぜそれ。 アカの他人に勝手に心の中を覗き見られるのは御免だが、気持ちを酌んで貰えるなら感謝だってできるってもんさ」 「以前の私ならば、そんな夢物語と鼻で笑い飛ばしていただろう。しかし今は違う」 そばかすの頬を赤らめ、はにかんで笑うミハルの姿を思い浮かべたシャアは確信を込めて頷いた。 「現在ジオンや連邦で言われているニュータイプとは『戦争に利用できる何某かの能力者』を便宜的にそう呼んでいるだけだ。 だが私は、ニュータイプの本質とは、こちらの方が近しい様に思えてならない」 「なるほどなあ、ニュータイプってなあ、つまりは『優しい奴』てえ訳か。判り易いぜ。 ま、それになるにはまず、個人個人の覚悟と努力は必要だろうけどな?」 「ああ、ある意味理想的な人間像だ。半端な努力ではきかんだろう。特に私の様な人間には」 果たして自分にできるのだろうかとシャアは自問する。 そしてもし、人類全体が本気でこの理想を追い求めるとするならば、少なくとも拙速強引な手段を避け、じっくりと時間を掛けて社会や教育などを整え直してやる必要があるだろう。 簡単な事ではない。今の自分には全貌もハッキリと見えてはいない。 だが、道は険しいがやるだけの価値があるのではないかとも思える。 何より、もしこれが実現すれば、他ならぬミハルの望みを叶えてやれる、と、今更ながらにシャアは思い当たった。 「そいじゃあ、まずは身近な人物を思いやる事から始めねえとな?」 「うっ・・・」 ガックリと項垂れるシャア。 ニュータイプへの旗振り役はライデン言うところの『他人を思いやれる優しい奴』でなければ話にならないのである。 まことにもって、ニュータイプへの道は険しいと言わざるを得ない。 「あ、悪りい、足元を掬う気はなかったんだがな・・・ え~あ~・・・・・・何だ、ところでよ、お前、まだ彼女に手、出してねえのか?」 「・・・ああ」 強引すぎるライデン渾身の話題変えがこれである。 彼なりに一応フォローのつもりなのだろうが、話のギャップに口をきくのも億劫だ。一気に体が重くなった気もする。 「そりゃどうなんだ、余計なお世話かも知んねえが・・・」 「・・・正直、葛藤で頭がおかしくなりそうになっている」 もはや取り繕う気にもならないシャアに対し、ライデンは意外にも真面目な心配顔を浮かべている。 「お前なあ」 「ミハルは私に恩義を感じている。私に迫られたら断れん程のな。 男としてその弱みに付け込む事などできん」 「いや、そりゃそうかもだけどよ・・・」 「それに前にも白状したが、私の手は血まみれだ。この手で彼女を抱く事など」 「アンタ、ミハルの気持ちをちっとも判っちゃいない様だね。これだからガキは困るのさ」 突然、彼等の背にした壁の後ろからシーマが現れた。 どうやら彼等の会話はすっかりと聞かれてしまっていたらしい。 190 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2013/08/25(日) 20 47 47 ID dXrWvj9g0 [7/9] 「・・・シーマ・ガラハウ!?」 「うお、姐御、いつからそこに!?」 「はて、いつからだったかねえ」 とぼけるシーマ。この女傑の前では大抵の男共は形無しになってしまう。 「ライデン、貴様」 「いやいやいや待て待て大将、知らねえって!!」 「話はすっかりミハルから聞いた」 言いたいことは山ほどあるがと前置きしたシーマはシャアを見据えた。 気圧されまいと立ち上がるシャア。 「・・・彼女の気持ちと言ったな、それはどういう意味だ」 「直接聞けばいいじゃないか。あの娘はアンタの部屋にいる。 巡検はアタシに任せて、アンタはすぐに行ってやりな」 「いやしかし、大事な作戦を前に」 「ああその作戦中に指揮官がモヤモヤしてたら全軍の士気に関わるんだよ」 いつの間にか2人の立場は対等、いや逆転しているが、その場の全員にとってそんな事はもはや問題では無かった。 「・・・判った。後を頼む」 「ああ、任せな」 「感謝する」 風の様に立ち消えたシャアを見送ると、シーマは笑いながらため息を吐いた。 「感謝、か、随分と素直になったもんだねえ」 「いやあ驚いたぜ姐御、しかしあいつら、大丈夫かね」 「ふふ、さあて?今の2人は磁石みたいになっちまってるからねえ、目と目が合えば、あとはもう、言葉なんざいらないかも知れないねえ、んふふふふふ」 楽しそうに含み笑いを漏らす。 ライデンは知っている。これは何らかの企みが目論見通りに運んだとき特有の笑い方だ。 「ははあ・・・何となく判ったぜ姐御。あの娘を焚き付けたな?」 「人聞きの悪い。秘めた思いを吐き出させてやったと言っとくれな」 悪びれもせずに笑うシーマにライデンも苦笑するしかない。 まあ、こういった事(奥手カップルの面倒を見る)は彼女に任せておいた方が手っ取り早いかもしれないとライデンは思い直した。 例えその方法が多少強引であったとしても、である。 「それとライデン、アンタもまだまだ女の気持ちを判っちゃいないねえ」 「な、何だよ急に」 矛先がこちらに向いた事に戸惑うライデン。こういう場合は要注意だ。 「女ってなあねえ、好きな男から一時も離れたくはないもんなのさ。それがどんな危険な場所であろうがね。 訳知り顔で、そんな二人を引き離そうなんざ、ヤボの極みさね」 「そ、そんな事を言ってもよ、もし万が一の事があったらどうすんだよ」 「馬鹿だねえ」 すいと手を伸ばすシーマ。軍服姿の彼女だが、その仕草は艶めかしい。 「好いた男の腕の中で死ねるなんざ、それこそが女にとっての本望って奴じゃないかさあ」 ライデンの顎を撫でながら妖艶に笑う。 情念の深さでは誰にも引けを取らない女傑なのであった。 234 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2014/01/04(土) 12 43 30 ID 05oW2UKs0 デメジエール・ソンネン少佐からこれまでの状況を聞き終えたニムバス・シュターゼン中尉は、苦い表情で溜息をついた。 『准尉の安全を最大限に配慮した筈が、こうも裏目に出てしまっていたとは・・・』 味方に偽装した敵の不意打ちと、新型機動兵器群による強襲。 結果的にとはいえ彼等を最前線でもかくや、というレベルの危機的状況に、ニムバスの采配が追い込んでしまったことになる。 敵と直接対峙するキエフよりも遥か後方のこの地まで敵が侵入して来ている事態は憂慮すべきであろう。 しかしその窮地を自力で切り抜けたアムロ達は賞賛に値する。 安堵と共にニムバスは、誇らしげな視線をバーナード・ワイズマンと何やら話し込んでいるアムロ・レイの後ろ姿に向けた。 「ハマーン!まったく君って子は・・・!」 「きゃ・・・」 「待って下さい!もうハマーンは充分反省してます!」 ハマーン・カーンに詰め寄るバーニィをアムロが押し止めている格好である。 当のハマーンはというと、困り顔のセイラ・マスの後ろにさっと隠れた後に、おずおずと小さく顔をのぞかせた。 「結果的には僕もハマーンに助けられた。ここにこうしていられるのも、ハマーンの・・・」 「そういう事じゃない!甘やかしちゃ駄目だ!!」 バーニィの剣幕にアムロは驚いた。彼のこんなに激昂した姿は今まで見た事がなかった。 「・・・いいかいハマーン。俺達はチームで動いてる。 たった一人の勝手な行動がチーム全員を危機に陥らせる。それを君はもっと知るべきだ」 「・・・」 抑えた声で真剣に憤りをぶつけてくるバーニィから、勝気な瞳をぷいと背け、ハマーンは唇をへの字に曲げた。 彼女の気性からして、こういうシチュエーションではまず素直には謝るまい。それが判っているセイラとアムロは途方に暮れるしかない。 「ミハルが泣きそうな顔で君を探していたぞ」 「!」 びくりと大きく跳ね上がったハマーンは視線をバーニィに戻した。 「彼女だけじゃない、大佐だって、他の皆だって、休息を取っていた人も、手のすいている人は貴重な睡眠時間を削って君を捜索したんだ」 「あ・・・」 ぽろりとセイラの背後からまろび出たハマーンはそのまま呆然と立ち尽くす。 「複数の目撃者の存在で君の行方に目星がついたからようやく落ち着いたけど・・・一時は本当に大騒ぎにって、お、おい、ハマーン!!」 突然踵を返すと後方のガンペリーの陰に走り込んでしまったハマーンにバーニィは荒い声を上げた。 235 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2014/01/04(土) 12 44 11 ID NJAelHWE0 [2/6] 「ありがとうバーニィ、後は私に任せてちょうだい」 「は、はい、すみません出すぎた真似を・・・よろしくお願いします」 急いでハマーンを追い掛けてゆくセイラに頭を下げるとバーニィは恐縮した。 他人に説教など断じて自分の柄ではない。 しかし 訓練生時代から集団行動を誰よりも重視してきた。 だからこそここまで生き延びて来れたと自負もしている身としてはハマーンの身勝手な行動を到底見過ごす事はできなかったのである。 「やっぱりバーニィさんは大人ですね、僕ではあんな風に彼女を叱ることなんて出来ませんでした」 「やめてくれ・・・」 尊敬の眼差しを向けてくるアムロに背を向け、今度はバーニィが逃げ出す番だった。 「ハマーン?」 コンテナの陰で身をかがめ、何かを覗き込んでいるハマーンの思いつめた様子にセイラは眉をひそめた。 「はッ!?」 息を呑むセイラ。 少女の手にした大ぶりの軍用ナイフが、小さな背中越しに鈍い光を放つのが見えたのだ。 「あなた、いったい何をしているの!?」 「セイラ姉様」 こちらを振り返ったハマーンの瞳に狂気は感じられず、むしろ、明確な意思と決意が込められている。 「・・・お願いがあるの」 自らの小さな手には不釣合いな軍刀に目を落とし、ハマーンはしっかりとした口調でそう言いきった。 荷揚げ用リフトのサイドハッチを開き、ぐずるエンジンと格闘していたアムロは、誰かが近づいて来る気配を背中越しに察した。 「アムロ、何か手伝うことはないか」 「ハマーンか、助かるよ。それじゃその箱から・・・」 先ほどの一件以来しばらく姿を見せなかったハマーン。 だが、背後から掛けられたいつも通りの声に、作業に熱中していたアムロは手を止めず、横にある工具箱を指差した。 「これ?」 「そう、その中から」 横に並んでしゃがんだハマーンを見た途端、アムロの手からスパナが滑り落ちた。 236 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2014/01/04(土) 12 45 02 ID NJAelHWE0 [3/6] 「ハ・・・ハマーン!?ど、どうしたんだその髪!?」 ハマーンの髪が、砂混じりの風に短くふわりとなびいた。 彼女の桃色掛かった美麗な髪は、肩できれいに切り揃えられていたのである。 「セイラ姉様に切ってもらった。どうだ、似合うだろう」 「ハマーン・・・どうして・・・」 「じゃまだったから切った」 アムロは言葉を無くした。 「前から切りたいと思ってたんだ。その、わずらわしいと思って」 短くなった髪を一房つまみ上げて、少しだけおどけるハマーン。 アムロは悲しい顔で、ツインテールに整えられた自らの髪を、小さな鏡で角度を変えながら幸せそうに何度も眺めていたハマーンの姿を思い出していた。 この娘が自分の髪を邪魔だなどと思っていた筈はないのである。 「そんな顔をするなアムロ。アムロがそんな顔をすると・・・」 ふいに一粒、少女の目から涙が零れ落ちた。 「あ、あれ・・・?」 止め処なく流れ落ち始めた涙をどうすることもできず、少女はうつむいて何度も顔を両手の甲でぬぐった。 「あれ・・・あれ・・・おかしいな・・・」 「ハマーン」 一歩近付いたアムロに少女は慌てて背を向けた。 「・・・ちょっと顔を洗ってくる・・・」 「ぐはっ・・・!」 堪え切れず走り出そうとしたハマーンは 二人の背後から近付いて来ていたバーニィに前かがみの姿勢で思い切りぶつかってしまった。 「ぐほおぉ・・・」 膝からくず折れ、悶絶するバーニィ。 運悪くハマーンが右手の甲で涙を拭う体勢だったため、彼女の鋭角な右エルボーが突き刺すようにミゾオチにめり込んだのである。 237 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2014/01/04(土) 12 45 45 ID NJAelHWE0 [4/6] 「だ、大丈夫ですか」 アムロの声にしゃがみ込んだまま顔を上げたバーニィは、走り去る少女の後姿に違和感を覚えた。 「彼女、髪が」 「・・・ええ」 「二人とも、ハマーンの気持ちを察してあげてちょうだい」 やって来たのはセイラであった。 「それじゃやっぱり」 「そう。あれは彼女なりのけじめよ」 「え、え、げほっ!俺のせいですか!?」 むせ込みながら慌てるバーニィにセイラは首を振った。 「それだけではないわ。彼女は同じ失敗を繰り返さないよう、掛け替えのない髪を切って自分を戒めたの」 「まさか・・・あんな女の子が、そこまで自分に厳しくなれるなんて・・・」 慄くバーニィに、彼女はそういう子なのと頷くセイラ。 自分の髪を手入れしている道具でハマーンの髪を切った際、セイラは彼女の中に燃え滾る炎の様な魂を改めて感じていた。 向かいどころを誤ればあの紅蓮の炎は間違いなく彼女自身を焼き尽くしてしまうだろう。 そんな危うさをあの少女は孕んでいる。 が、カンと頭の良さを感じさせる物言い、勝気でいて繊細な感性、生まれ持った気品、素直で直線的な行動力、どれもいまだ発展途上ではあったが、だからこそ、それ等全てが彼女の大きな魅力だとも言える。 見るもの全てを魅了する炎のカリスマ性を彼女が発揮しだすのは、もうすぐだろう。 セイラは微かな不安が身内をよぎるのを感じた。それがどういった類のものかは判らない。 ちらりとアムロを見やり、セイラはざわめく胸中を無理やりに押さえ込んで平静を装った。 「ここにいたのか」 「アムロ」 転がっていた古タイヤに腰掛け、ぼんやりと黄昏を眺めていたハマーンはこちらを振り向いた。 逆光のため、表情は良く判らない。 238 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2014/01/04(土) 12 46 13 ID NJAelHWE0 [5/6] 「さっきはごめん。その髪型、すごく似合ってるって皆言ってた。僕もそう思う」 「リクエストしたんだ、セイラ姉様みたいにしてって」 裾広がりにふくらんだ髪は、そういえばセイラのそれに似ている。 ハマーンの横に腰掛けたアムロは、雲の出てきた地平線に目をやった。 天候は、これから未明にかけて荒れに荒れるらしい。 「そうだったのか。並んだらきっと、姉妹みたいに見えるよ」 「ミハルやセイラ姉様みたいに、やさしくて綺麗で、強い人になれるかな・・・」 消え入るようにポツリと漏らした少女の弱音を、アムロは聞こえなかったフリをした。 「戻ろうハマーン、ここからが正念場だ」 「うん。アムロのいるところが私のいるところだ」 悪戯っぽく笑って立ち上がったハマーンは不意に湿った風になぶられた。 乾いた土に染み込んだ埃っぽい水の香りがする。 「・・・雨の匂いだ」 そう言って短くなった髪をかきあげたハマーンはなんだか妙に大人びていて、アムロは思わず目を見張った。わず目を見張った。 291 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2014/07/23(水) 19 41 09 ID u8M96SRo0 [2/9] 「どうだ?」 ミガキの問い掛けにメンテナンスハッチの中に頭を突っ込み入れていた男は、上体を起こし上気した顔を向けた。 「噂には聞いていたが、いやあ実物はやはり凄い」 長身の男は眼前のMSをしげしげと見上げた。 ランバ・ラルからの要請でメイがその全身を白銀色に塗り替えたばかりのRX-78-2ガンダムである。 ガンダムが懸架されているハンガーベッドの周囲には、このMS専用のものと思われるパーツや備品の類が山積みになっている。 ここ【青い木馬】の第2デッキは、今やジオン製のMSをも格納整備する様になった第1デッキとは違い、このガンダムの為だけに存在している(メイ・カーウィンに言わせると「スペシャル」な)空間であった。 「何とかなりそうか」 「僕はこれの開発に直接関わった訳じゃない。が、技術は全て連邦製だ、問題は無い」 ブロンドの髪をオールバックに固めた優男は好青年風の笑みを浮かべる。 その自信満々な態度は職人肌のミガキにも安堵感を与えた。 「そうか良かった。これで更に俺達の・・・」 「!?ちょっと!」 そこへメイ・カーウィンが血相を変えて駆け込んできた。彼女の背後には例によってオルテガが巨体を揺らしながらドスドスと続く。 「あなた誰!?ミガキさん、これは私がアムロから預かった大切なガンダムなのよ!? 他のメカマンには勝手に弄らせないでってあれほど!!」 「い、いやスマン、そんなに怒るなメイ」 髭だらけで強面のミガキが年端もいかない少女に叱られているのを面白そうに眺めながら、当事者の青年はにこにこと笑っている。 「噂通り、元気なお嬢さんだね」 「なんですって」 メイは怒りの眼をオールバック男に向けた。やけに甘いオー・デ・コロンの匂いが鼻に付く。 良かった、と、メイは内心ほくそ笑んだ。 どうやら自分はこの男を嫌いになる事ができそうだ。 292 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2014/07/23(水) 19 42 26 ID u8M96SRo0 [3/9] 「あ~、メイこいつはな」 メイの背後で殺気を燻らすオルテガを制する様にミガキが割って入った。 「1031連隊から急遽回されてきたんだ、アムロと同じ、その、連邦軍からの『ころび組』だよ」 「!・・・亡命者ってこと?」 メイはもう一度ミガキ越しに男の顔を見た。男は相変わらず微笑みを絶やさない。 「しかもこいつは連邦軍の技術士官だった男だ。このガンダムを始めとするRXシリーズにも造詣が深いそうだ。 こいつにどうしてもRX-78が見たいとせがまれて、ついな」 「だからって!!」 「メイには悪いと思ったが、俺達には時間が無いのも事実だ。そうだろう?」 ぐっと言葉に詰まるメイ。 連邦軍の技術を解析し吸収してゆく作業は時たま壁にぶち当たる。 その壁を乗り越える為に掛かる時間と労力は確かに馬鹿にできないものがあった。 ここに連邦軍の技術に関するアドバイザーがいれば・・・そう望んだことが何度もある。 「僕が来たからにはもう安心だ。何でも聞いてくれて構わない。 いやいっそ、この艦にある連邦製のメカは僕がチーフとなって」 「お断りするわ」 「・・・!」 話の腰を小娘に折られてオールバックは口を醜く歪めた。 優男が台無しだがメイはこの人物の内面の一端を、垣間見た気がした。 「まあまあ、2人とも冷静になれ。 訳ありが集まってるこの艦に争い事は珍しくもないが、忘れるな、今はもう味方同士なんだぞ」 「ミガキさん・・・」 ミガキにそうまで言われてしまっては、メイもこれ以上態度を硬化させる訳にはいかない。 「・・・技術主任のメイ・カーウィンよ」 「クライド・ベタニーだ。宜しく頼むよお嬢さん」 メイがしぶしぶ出した手をクライドは優しく握り、笑顔と共に甘い匂いを振り撒いた。 「捕虜が口走ったという、クライド・ベタニーという名前、見覚えがあります」 厳しい顔のニムバスがそう告げると、なんとも言えない怖気がアムロの背中を奔り抜けた。 293 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2014/07/23(水) 19 43 09 ID u8M96SRo0 [4/9] 「我々は既に作戦行動中です。本来は・・・この場は敢えて何も言わずに准尉をバイコヌール基地にお連れするべきだったのかも知れませんが」 ガンペリーを背にしてソンネンと並び立ったニムバスは ちらりとセイラを見やり、首を巡らせてハマーンとバーニィを見てから正面のアムロに視線を戻した。 「これは我々の立場を根こそぎ覆される可能性のある非常事態です。 座視する訳にはいかない、僭越ながらそう判断させて頂きました」 ニムバスの表情は渋い。 骨を折って実現させた・・・アムロ達年少組を最前線から遠ざけ安全な場所に移す、と言う当初の予定が台無しだ。 彼にとっても、これは考えに考え抜いた末の、いわばギリギリの決断であり、進言だった。 「話の流れから推測するに、そのクライドという人物は、恐らく連邦軍のスパイでしょう」 「あー、やっぱ中尉もそう見るかい」 「間違いは、無いと思われます」 厄介そうに口を挟んだデメジエール・ソンネン中佐に、ニムバスは首肯した。 「私の記憶が確かならば、我々と入れ違いのタイミングで【青い木馬】に配属された補充兵リストの中に、奴の名が」 「な、なんですって!?」 アムロ達は息を呑んだ。 数多のデータ、リストと格闘し、たった一人で123高地のMS部隊を再編してのけたニムバスがそう言うのだ、信憑性は疑うべくもないだろう。 「経歴が特殊だったのでクライド・ベタニーの名は印象に残っていたのです」 「・・・こいつぁつまり、ゲリラ屋どもの動きが敵に筒抜けになるって事か」 ラルを綽名で呼んだソンネンは顔を顰め、帽子の鍔を引き下げた。 これが事実なら、彼らが今まさに、満を持して発動しようとしている一大奇襲作戦には致命的な事態である。 「あるいは情報攪乱を含めた破壊工作」 ニムバスの一本だけ立てた人差し指に、ぞくりとセイラの身体が震えた。 294 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2014/07/23(水) 19 43 56 ID u8M96SRo0 [5/9] 「むしろ単独潜入ならばこちらの方が可能性は高い。特に主戦力が出払った後が狙い目だ。 もしも私が敵陣営にスパイを送り込めたなら、最低この2つのミッションを並行して行わせます」 バーニィは冷や汗を拭った。 つくづく思い知らされる。このニムバスという男が味方にいる自分達は何とラッキーなのだろう。 「鹵獲され、今やジオンの【青い木馬】となった新型艦は連邦軍にとっていまいましい存在のはず。 本当なら奪還したいところでしょうが制圧するには人数が足りない。ならば、いっその事、破壊を狙う。 要人の暗殺という線もなくはないが、状況から見て今回はその可能性は薄いと見るべきでしょう」 「なぜだ」 「青い木馬はオデッサ本陣ではないからです」 「なるほど、確かにあそこにマ・クベはいねえやな。ザコの頭をいくら叩いても大勢に影響はねえか」 「・・・」 ニヤリと笑ったソンネンにニムバスは無言で頷いた。 実はあの艦には、今やジオンにとってマ・クベの様な小物などとは比べものにならないVIPが座乗しているのだが、それはまだ同胞に対しても秘匿されておかねばならない真実だった。 そしてシャアの正体が明かにされていない現在、ジオンのトップエースとはいえ、一兵士に過ぎない彼が個人的に狙われるとは考え難い。 ともあれ、事態は急を要した。 「ア、アムロ、どうしよう!?」 ハマーンがアムロの腕に取りすがる。 彼女の微かに震える指先から、爆発に巻き込まれるミハルやメイのイメージを察したアムロは大丈夫だと頷いた。 「落ち着くんだハマーン。これに気付いた僕たちがいる」 「准尉の仰る通りです。我々の動き次第で状況は打開できる。ただ・・・」 言いかけたニムバスの頬に大粒の水滴がぼたりと落ちた。 夕焼けの残光が消え、夜が始まる。ついに、雨が降り始めたのである。 深夜未明、雷鳴とどろく豪雨の中、軍用ヤッケを羽織った連邦軍兵士は、ずぶ濡れの体を震わせ悪態を吐き続けていた。 「冗談じゃねえぞカーターの○○野郎、今度は絶対に吠え面かかせてやるからな」 双眼鏡を覗きながらも悪態は止まらない。 金はもとよりポケットの中のタバコも酒も、支給品のチョコレートすらも 根こそぎ賭けポーカーのカタに巻き上げられてしまった彼は、もはやそうする事しかできない。 295 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2014/07/23(水) 19 44 37 ID u8M96SRo0 [6/9] 「待てよ、最初から奴の手札はおかしかった。あそこでAが重なるなんざ有り得ねえ」 ふと冷静さを取り戻した彼は、覗いているゴーグルの端に、ちらりと光が瞬いた気がして目をしばたたかせた。 暗視装置付きの双眼鏡ではあるが、今日は激しい雨と暴風に加え、上空を頻繁に閃く雷光のせいで性能が数段落ちている。 やはりと言うべきか、あわてて目を凝らしてみたものの光は見えない。 音紋装置も強風と不規則に大地を叩くスコールのせいで、殆ど役には立っていない。 「くそう、ついてねえぜ」 ここは高台に陣取る敵部隊を監視する為に設えられた定点観測ポイントである。 彼は恐らく現在、連邦軍兵士の中で敵に最も近い位置にいる。 不幸な男はオデッサの最前線で肩を落とした。 「よりにもよってこんな日に・・・」 突如 地の底から響く様な轟音が空気を切り裂いて飛来し、男はあたりの地面ごと吹き飛ばされた。 泥濘の中をごろごろと転がった男は口の中に入ったドロを吐き出しながら、ぼんやりと自身が何らかの襲撃にあった事を悟る。 浅い水たまりの中でうつぶせに倒れた男は、数秒の後、呻きながらも何とか上体を起こす事に成功した。 奇跡的に致命傷は受けていない様だと安堵する男の視線の先には後方、味方である連邦軍の陣営がある。 「な・・・何だありゃあ!?」 不幸な男の両目が見開かれた。 天空閃く稲光に照らし出されたシルエットは 轟音を上げて味方の陣営に向かう『地を滑る巨人の群れ』だったのである。 296 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2014/07/23(水) 19 45 31 ID u8M96SRo0 [7/9] 「おいガイア!どうやら敵の斥候がいたみたいだぜ?」 「放っておけ、どうせ俺達のスピードにゃ追い付けん。ここまで来ればな!」 後方モニターを気にするマッシュの言葉をガイアが笑い飛ばす。 例え今から警報を発令したとしても、もう、遅い。 「・・・メイの奴、しっかり隠れていやがるかな」 「オルテガ!戦いに集中しろ!敵は目の前なんだぞ!!」 「わ、判ってる!」 珍しく零したオルテガの独り言にガイアの叱責が飛んだ。 出撃前にも、何かと不機嫌だったオルテガをガイアは不審に感じていたのである。 しかし、これから飛び込む鉄火場では雑念は命取りになる。何があったのかは知らないが、ここは踏ん張って貰うしかない。 「見えたぜえ!いただきだ!!」 マッシュの声が荒ぶる。連邦軍の駐留地点が露わとなったのだ。 彼等のドムの後方にぴたりと従う7機の黒いMS軍団は、先頭をゆくガイアの合図でそれぞれの得物を構え直し、フォーメーションを鮮やかに組み替えた。 一大強襲作戦の先鋒を担うこの部隊に課せられた最大の難関は敵に見つからずに接近する事であった。 そこで部隊編成の際、ニムバスは全機に闇にまぎれる漆黒の塗装を命じたのである。 高機動型陸戦MS部隊―――― 【黒い三連星】を中心として選抜されたこの10機は その脚部に熱核ジェット・エンジンを搭載し、大地を高速で移動できるホバー機動が可能なMSで構成されている。 が、機体の統一はされていないというのが正直なところだ。 黒い三連星が搭乗しているMS-09【ドム】こそ純正の完成形をしているものの、その他は試作品や実験機を現地改修したものばかりで多種多様な外観をしている。 機体の中には旧ザクの頭部を使用しているものもある程だ。 だがしかし、これを操るパイロット達の技量と練度は、おしなべて高い。 そして今回の作戦における彼等の戦意も非常に高く、強襲部隊編入の打診を断る者は、ただの一人もいなかった。 かつてアムロも搭乗経験のあるMS-07HはMSを飛行させる事を目的に開発されたがその道は苦難の連続であった。 小さなものを含めると事故やトラブルも枚挙にいとまがなく、必然的に冷静沈着で腕が立ち、そして、強運で命知らずなパイロットのみが文字通り生き残ったのである。 各方面からオデッサの地に集ったこれらのパイロットを再編する際、ニムバスにはある確信があった。 日頃から彼らは軍内でも『役立たず』『無駄飯食らい』の誹りを受けており、何よりも実戦での手柄に飢えていると。 297 名前:1 ◆FjeYwjbNh6[sage] 投稿日:2014/07/23(水) 19 46 25 ID u8M96SRo0 [8/9] 「雄叫びを上げろ!!」 ガイアの指示で、連邦兵の目前に迫った巨大な一つ目巨人達が同時に吠えた! 金属同士が擦れ合うような130デシベルの不協和音がMS達の外部スピーカーから一斉に発射されたのである。 その凄まじい叫音の奔流は並み居る連邦兵達を魂の奥底から震撼させ、硬直させた。 この咆哮の中では逃走も反撃も、命令伝達すらままならない。 何より、大の大人が身体を震わせるほどに、怖い。 巨大なMSはそれだけでも恐ろしいのに、至近距離のこれが大音量で吠えるのだ。 その物理的な恐怖は筆舌に尽くしがたいものがあるだろう。 彼等にとって聴力機能に障害の出るレベルの騒音と恐怖から身を守る術は、両手で耳を塞ぎ、体を丸めて耐える・・・ぐらいしか無いのだった。 雷鳴とどろく嵐の夜、狂った様な叫び声を上げながら迫り来る一つ目巨人の群れ この場にいた哀れな連邦兵の脳裏に恐らく一生涯消える事の無いであろうトラウマを刻み込みつつ、ガイアは苦笑する。 この『雄叫び戦法』を提案したのは今や【青い木馬】の軍師となったニムバス・シュターゼンであった。 「ここまで覿面に効くとはな・・・」 実は「敵歩兵にMSの恐ろしさを再認識して頂こう」と薄く笑ったニムバスをガイアは内心でバカにしていたのである。 『いくさ場はビビったもんが負けだ、要は相手をいかにビビらすかだ』 そう言えば自分も普段からそう豪語し、喧嘩の時には怒号で威嚇し敵の心を折りに行っているではないか。 戦争でも相手は機械ではなく人間。心理的なアプローチが有効なのは間違いない。 あいにくMSや戦闘車両に乗り込んでいる相手には通じないが、これは未だ配備されたMSがジオンと比べて格段に少ない連邦軍には極めて効果的な戦法だった。 「全く、恐ろしい野郎だぜ」 獰猛な笑みを携えながら、ガイアは目前に迫った敵戦車にジャイアント・バズを発射した。 512: 1 ◆FjeYwjbNh6 :2017/11/17(金) 13 15 56 ID luxlIuUQ0 「シャア貴様、一体何を考えている!」 夜明け前、薄暗がりのこの時間。何時にも増して不機嫌そうに青ざめたマ・クベの顔が映し出されたモニターの画像は相当に荒れ、頻繁にその輪郭を把握するのも困難となる。 通常通信と比べて感度が抜群に良い筈のレーザー通信でもこの状態というのはすなわち、ミノフスキー粒子が適切に戦闘濃度で散布されている証でもあった。 「時間が無いので手短に説明させて貰うが」 そうは言いつつ、シャアの口調は焦りを感じさせない鷹揚さがある。 「この嵐に紛れて敵駐屯地に強襲偵察させた部隊が当たりを引いた。レビル本隊の可能性が高い」 「なんだと!・・・確証は有るのだろうな!?」 歪んだ画像の向こうでマ・クベが息を飲んだ気配が伺える。 「陸上戦艦を護衛する部隊の数と質が尋常では無い。何より連邦では稀少な新型MSの部隊が多数配備されている」 「・・・!」 ジュダックが行方不明になってしまった為、エルランとの内通が途切れてしまったマ・クベにとって、頻繁に戦場を移動するレビルの座乗するビッグ・トレー型陸上戦艦『バターン』の位置は最終的には特定できずにいた。 しかし、先程シャアからもたらされた座標はマ・クベのそれまでに持っていた情報と悉く合致し信憑性は極めて高いと思える。 それは水面下で様々な策を巡らせていた彼だからこそ解る手応えであり、確信めいたものがあった。 「私はこれから部隊を率いて更なる強襲をかけ、あわよくば制圧してしまうつもりだ」 気負った様子もなく実にさらりと、事もなげに言い放つシャアにマ・クベは戦慄する。 他の誰かが同じ事を言ったなら鼻で笑い飛ばす事も出来ただろう。だが、相手はV作戦を察知した赤い彗星シャア・アズナブルなのだ。 良くも悪くも、この男の運と何かを嗅ぎ付ける能力は普通ではないと不本意ながら認めざるを得ない。そしてそれをモノにする実力をも兼ね備えている恐るべき存在だった。 513: 1 ◆FjeYwjbNh6 :2017/11/17(金) 13 16 25 ID luxlIuUQ0 「そこでだ」 呆気に取られる暇をも与えず、シャアのマスクが抜け目なく揺れる。 「そちらからも増援を出してくれると有難い」 「貴様、この私に指図するつもりか!」 「数は少なくて構わない。君の正式な命令となればこちらも動き易い」 「・・・」 マ・クベは暫し押し黙ると、思考を様々な方向から巡らせ始めた。 つまりシャアはこれを正式な作戦として許諾し、マ・クベ指令の名で発動しろと言っているのだ。 ちらりと手元の資料に目をやる。前の晩に届いた報告書だ。 ザンジバルの打ち上げ準備は既に完了している。 そもそも本日の正午を持って彼は子飼いの一派と共に宇宙に脱出する算段だった。 去り際に核ミサイルを敵陣めがけて発射し、溜まりに溜まった連邦軍をレビルもろとも葬り去る。オデッサにおけるマ・クベの動きが鈍かったのは、時間を相手に与える事で限界まで敵の布陣を厚くさせるのが目的だった。 地球連邦政府がまともに機能していない今、この地に集結した大軍と超タカ派である将軍レビルさえ葬り去ってしまえばジャブローに篭る連邦高官など、どうとでもなる。 地上と連携が取れなければルナツーを始めとした連邦宇宙軍は殆ど無力化される為、もはやコロニー落としを阻む事は不可能であり、これをチラつかせるのが効果的だ。 ついでに前線に固めてあるザビ家の禍根となるであろうダイクン派の一掃も同時に行う。 それ以外のジオン将兵の被害も相当に出るだろうが、それはザビ家の力をもってすれば後程色々な意味でどうにか処理できる案件だろう。 オデッサという要衝を失うものの、それと引き換えに、ジオンを勝利に導く二重三重の目論見が成就するのだ。 そしてダイクン派に混じってこの目障りなシャア・アズナブルをも消してしまえる完璧な計略だった。だが。 ・・・状況が少々変わったと見るべきかも知れない。 514: 1 ◆FjeYwjbNh6 :2017/11/17(金) 13 16 55 ID luxlIuUQ0 「・・・」 眼前の荒れたモニターを見ながらマ・クベは塾考する。 シャアの掴んだ情報は恐らく正確な物だろう。ならばやるだけやらせてみるのが上策か。 自分とてこの要衝をむざむざ失いたくは無いのだ。ジオンにとって生命線たるこの地を放棄する事は断腸の決断だった。 手持ちの部隊を損耗させる事無く此処を死守し、更にレビルの首も取れるならば言うことは無い。これを欲目が出た、とは言えまい。 加えて自分の命令でこの作戦が実行された事にすればシャアを差し置き手柄も独り占めできる。 それに。 「良かろう。作戦を正式に認め全軍に発令しよう。増援も送るが、ただし」 「判っている。迅速に結果を出せと言うのだろう?」 「猶予は3時間だ。それを過ぎたら私は決断を下す」 それに。旗色が悪いと感じたら余裕をもってミサイルを発射し、宇宙に脱出すれば良いだけの話だ。それは当初の計画通りで何も支障は無い。 「3時間は短いが最善を尽くし、良き成果を挙げる事を約束しよう。そして君が賢明である事に期待する」 厳しい声音の仮面の男は、その決断が何を指すのか敢えて問わない。 「・・・・・・・」 荒い画像の更に奥、マスクの向こうのシャアの目に射竦められたマ・クベは無造作に通信を切った。 何処からか漏れ出した最高機密である筈の核ミサイル情報。今やオデッサの地で敵味方に開示されてしまったこのマ・クベの切り札を、あの男が知らぬ訳はない。 全て知った上でのこの作戦提案、普通に考えれば自殺行為に等しいものだった。 「シャアめ、やれるものなら」 そう言いかけてマ・クベはやめた。仇敵の様な存在に肥大した彼の活躍を想像しそうになった自分への抵抗であろう事は疑うべくもなかったが、彼はそういった自身の感情を巧くやり過ごす術に常日頃から長けていたのである。