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予告編 http //www.nicovideo.jp/watch/sm7407571 第1章 第2章 第3章 第4章 第5章 最終章 漫画版はこちら 出典 律「やっぱ軽音部は最高だぜ!」 ※ニュー速VIPより 名前 コメント すべてのコメントを見る 感動してもうたわ -- (名無しさん) 2012-07-31 20 18 22 動画見れない… -- (名無しさん) 2012-05-31 21 18 32 ssで泣いたのは、最初で最後だ。 -- (名無しさん) 2012-05-31 21 16 06 ううっ・・・感動しましたっ・・・りっちゃん最高!! -- (やかん) 2012-01-03 13 08 32 泣いてしまった。律ちゃん最高! -- (にっしゃん) 2011-08-05 01 33 22 りっちゃん大好き!!! -- (和食) 2011-05-06 18 36 12 バカヤロウ!泣かせんじゃねぇよ… -- (名無しさん) 2011-04-15 17 20 07 すばらしいです!!作者GJ!これ見てたら自分隊員だから先生に頭きた(#゜Д゜)ゴルァ!!りっちゃん今助けに行くぞ! -- (名無しさん) 2011-02-16 04 08 56 漫画乙でした -- (名無しさん) 2011-01-26 08 53 38 涙腺崩壊とはこの事だったのか…。素晴らしい作品をありがとう。作者に感謝。 -- (名無しさん) 2010-10-27 06 39 13
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――事件の夜から、一週間が経とうとしていた。 澪「今日は良い天気だぞ、律」 澪は部屋のカーテンを開け、窓を開ける。 雲一つ無い青空から、太陽の日差しが暖かく降り注ぐ。 心地よい風が頬を撫で、長い黒髪を揺らしていく。 紬「この演奏を録音した日と同じぐらい良い天気ね」 紬が机の上の小さいスピーカーを見て、目を細めた。 そこから音量を抑えて流れてくるのは、みんなでアレンジして歌いながら演奏した、『翼を下さい』。 唯「みんな初めて演奏したときより凄く上手になってて、嬉しかったよね」 演奏が終わり、最後に少しだけ入ってしまった皆のはしゃぐ声が聞こえてくる。それを聴いて、唯は微笑んだ。 二人の会話を、澪は黙って窓の外を眺めたまま聞いていた。 そして思い出す、その日の会話――。 律『――綺麗な空だな』 紬『え?』 律『悲しみのない自由な空、か・・・。まさにそんな感じだよ。どんなに辛いことがあっても、こんなに綺麗な空見てたら、また頑張れるような気がしてくるよなぁ』 唯『ぶっwwりっちゃん詩人だねwww』 律『ふっ・・・私も自分で言っといてちょっと後悔してるぜ・・・』 澪『脳天気な律に辛いことなんかあるのか?w』 律『なっ、澪!お前それ失礼すぎるだろ!!私だって人並みに悩んだりすることだってなぁ!』 紬『りっちゃん顔真っ赤よww』 律『あれ?何この仕打ち。何か泣けてきちゃう』 澪「律・・・空、綺麗だよ。本当に辛いことなんか消してくれるぐらい」 澪は窓の外の青空から目を離さない。 澪「でも、でも・・・律がそんなだと・・・いくら空が消してくれても、次から次に辛い気持ちが溢れてくるじゃない」 紬「澪ちゃん・・・」 一週間もベッドの上で静かに眠り続ける律。 どんなに気丈に振る舞おうと決意しても、さすがに辛さがぶり返してくる。 澪「起きてよ、律・・・。一緒に空見ようよ・・・」 消え入りそうな声で、澪は小さく呟いた。 CDも止まってしまい、病室の中は、一定のリズムを刻む心電図の音だけが虚しく響く。 イスに座って、じっと律を見つめていた唯が、おもむろにその小さな口を開いた。 唯「今~私の~ねが~いごとが~ 叶~うな~らば~ つば~さ~が~ほし~い~」 呟くようにぽつりぽつりと、唯は歌を紡いでいく。 驚いてぽかんとしていた紬が、小さく微笑んで息を吸う。 唯・紬「この~背中に~鳥~のように~ 白~い~つ~ばさ~ つけ~て~く~ださ~い~」 決して大声で歌っているわけではないのに、澪は二人の歌声が、自分の体を震わすのを感じた。 滲んだ涙を指で拭って、澪も息を吸った。 唯・紬・澪「この大空~に~翼を広~げ~ 飛んで~ゆきた~い~よ~」 さわ子「・・・?」 偶然出会い、律のお見舞いに一緒に来たさわ子と和、憂は、律の病室の前で、ノックをする体勢のまま泣いている看護士の女性を見て、眉をひそめた。 女性は三人の姿を目にとめると、ハッとしたように頭を下げる。 さわ子「どうかされたんですか?」 さわ子は心配そうに彼女に歩み寄り、耳に掠めた歌声に足を止めた。 扉に近づくと、囁くような優しい歌声が、病室の中から聞こえてきていた。 さわ子「・・・・・・っ」 急に目頭が熱くなって、さわ子は病室の前の椅子に座ると、ハンカチを顔に押しつけた。 子供達の前では泣きたくなかったのに、涙が溢れて仕方ない。 和と憂も、ドアの前に立ったまま、静かに泣いていた。 唯・紬・澪「悲しみのな~い~自由な空~へ~ 翼~はため~か~せ~ ゆきたい~・・・」 歌声が一人足りない『翼を下さい』が終わり、再び部屋の中に悲しい静寂が訪れる。 三人はあの日律が言った言葉を、同時に思い出していた。 清々しいほど蒼い空を三人はただ静かに見つめる。 その時―― 「――・・・綺麗な空だな・・・」 小さな声が沈黙を破った。 小さな、とても小さな声だった。 だが、誰も聞き逃さなかった。 弾かれるように振り向いた。 ――誰もが望んでいた笑顔が、そこにあった―― 静かになった病室から、突如聞こえてきた壮絶な泣き声。 さわ子はビックリして立ち上がった。 憂と和も気が気でない様子でドアを見ている。 看護士が急いでドアを開ける。 暗い廊下から、日差しの差す明るい病室へと入る看護士とさわ子。後ろからのぞき込む憂と和。 まばゆい日差しに一瞬目が眩むが、飛び込んできた風景はそれ以上に輝いて見えた。 ベッドにしがみつき、抱き合って泣きまくる唯、紬、澪。 その様子を、小さく首だけ傾けて見守っているのは、ベッドの上の律。 まだ疲れが抜けきっていないその顔に、彼女は困ったような笑顔を浮かべていた。 さわ子「りっ・・・ちゃん・・・?」 震える口で、さわ子はその名を呼ぶ。 ゆっくりと顔を動かし、律は確かにさわ子の方を見た。 律「・・・さわちゃん・・・おはよ・・・」 はにかんだ笑いと共に、小さな声が返ってくる。 看護士が嗚咽を上げながら部屋を飛び出した。 部屋の外で和と憂が抱き合って泣き崩れた。 さわ子がまるで子供のように声を上げて泣いた。 皆がずっと待ち続けていた瞬間が訪れた。 澪「り、律!うえっぐ・・・律!!」 律「何・・・?」 涙でぐしゃぐしゃの顔を上げ、必死に言葉を紡ごうとする澪。 律は優しく返事を返して待つ。 澪「律っ・・・おかえりいぃ・・・」 ベッドのシーツに顔を埋めて、澪はまた泣きじゃくった。 律「えへへ・・・――ただいま」 その日はそれ以上律の傍にいることはできなかった。 大勢の医師が律の部屋へとやって来たからだ。 目覚めた後の対処等、いろいろあるのだろう。 それでももう全員からは、暗い気持ちなど全て吹き飛んでいた。 目を覚ました律の笑顔は、晴れ渡った空よりも、辛い気持ちを無に返してくれた。 その後、律は驚異的な回復力を発揮した。 唯「りっっちゃーん!!」バンッ 律が目を覚ましてから二日後、ようやく全員に面会の機会が訪れた。 勢いよくドアを開けて部屋に突入する三人。 もう面会謝絶の文字は、ドアの前から消えていた。 律「おぉ!よく来たなぁ!!」 ベッドの上で身を起こし、窓の外を眺めていた律は、嬉しそうに笑った。 久しぶりに見る、元気な律の笑顔だった。 喉の奥がきゅっと締まる感覚を覚え、唯は涙ぐみながら律に抱きついた。 唯「うえぇん!りっちゃぁん!!」 律「ぐあいたたたたた!!」 唯「あ、ごめん」 律「お前なぁ・・・。一応まだ入院患者なんだぞ?」 腕の包帯をさすりながら、律は涙目になってぼやく。 紬(二人とも可愛い・・・) 律「おーい?むぎー、かえってこーい」 律「まったく・・・お前ら相変わらずだなぁ」 ため息をついた律の傍に、静かに歩み寄るのは、澪。 澪「律・・・」 律「よっ、澪。もう大丈夫か?」 明るい笑みを浮かべて、律は澪を見る。 こんな状況でも自分のことを心配してくれる律を見て、澪は情けなくなって、また涙がにじんだ。 澪「律・・・ごめんな・・・ごめん。私のせいで、こんな事になっちゃって――」 律「なーにいってんだよ、澪。お前が私に守ってくれって命令した訳じゃないだろ?」 澪「律・・・」 澪「律は・・・強いな」 律「へ?」 澪「こんな私のために・・・本当にありがとう。――私ももっともっと、強くならなきゃ駄目だって気付かされたよ。今の私は、臆病で泣き虫で・・・」 唯「澪ちゃん・・・」 律「――澪」 俯く澪を呼び、顔を上げさせる律。 律は彼女に自分の右手を差し出して見せた。 指の先まで、包帯がぐるぐる巻きになっている。 律「覚えてるか?澪。私の手が、踏みつけられた時のこと」 澪「う、ん・・・」 男Aが、律の手を踏み砕いて、二度とドラムが出来ない手にしようとしたのだ。 あの時の律の悲鳴は、耳に張り付いて消えることはない。 律「あの時澪がアイツにぶつかっていってくれなかったら、今頃この手は使い物にならなくなってたんだよ?」 澪「あれは・・・何が何だかわかんなくなって――」 律「それだけじゃないぞ」 ぴっと指を立てて、律は澪の言葉を遮る。 律「私、B先生に刺されちゃったじゃん」 唯「あの時はホント・・・もう頭の中真っ白だったよ」 紬「えぇ・・・」 律が申し訳なさそうに頭をかく。 律「あの時さ・・・澪、血とか全然駄目なはずなのに、応急処置してくれたんだよね」 澪「あ・・・うん」 律はお腹を撫でながら続ける。 律「あの時・・・あの時、止血処置を行ってなかったら・・・私、確実に死んでたんだってさ」 澪「――!!」 澪は息を飲んだ。唯と紬も言葉を失っている。 律「昨日、医者の先生から言われた。止血してくれた子に感謝しなさいって」 澪「り、つ・・・」 律「ありがとな、澪。お前が勇気出してくれなかったら、私今頃お陀仏だったんだぞ」 ふざけて笑った後、律は真顔に戻って、真っ直ぐに澪を見た。 律「――澪は自分で思ってるよりも強いんだよ?ずっと、ずっとさ」 澪「――・・・っ」 澪はぼろぼろ涙をこぼしながら律に抱きついた。 律「あ゛ーだだだだだだぃ!!」 唯「あははははは!」 紬「うふふ・・・」 四人とも、泣きながら笑い続けた。 数日後 人でいっぱいに――満杯になった桜が丘高校の体育館。 ステージの幕が、ゆっくりと上がる。同時に、歓声も上がる。 スポットライトを浴びて、照らし出されるのは、四人の少女。 その一人が、マイクを握ると、騒いでいた観衆が一気に静まった。 唯「みなさん!!今日は私達軽音部の特別ライブに来てくれて、本当にありがとう!!」 わき上がる歓声。唯はニッコリと笑うと、振り返ってマイクを差し出した。 立ち上がり、それを受け取ったのは――律。 律「・・・えー、こほん。本日は、私なんかのためにこうやってライブの場を与えて下さって本当にありがとうございました!」 さらに大きな歓声が、会場中に響き渡る。律はマイクを握りなおして口を開いた。 律「皆さんには、本当に大変なご迷惑をお掛けしたと思います。申し訳ない気持ちでいっぱいです」 小さく頭を下げる律。そして、後ろを振り返った。 律「でも、今回の出来事で、私はこんなに最高の仲間を持っているんだ、ということに改めて気付かされました。この三人とこうやってまたバンドが出来ることを、幸せに思います!」 すぅ、と息を吸うと、律は大声で叫んだ。 律「やっぱ軽音部は最高だぜ!!」 澪「律・・・」 絶え間ない歓声が上がる。 律はふぅ、と小さく息をつくと、手の中でマイクを一回回し、大きく叫んだ。 律「今日はこのかけがえのない仲間達との演奏を、思いっきり楽しみたいと思います!!みんなも楽しんでってねーーー!!!」 拍手や歓声が会場を揺らす。律は幸せそうに一度目を閉じて微笑むと、もう一度皆を振り返った。頷きが返ってくる。 律「それじゃあ早速!まず最初は私を死の淵から蘇らせたと言ってもおかしくないこの曲から!!」 笑い声と拍手が聞こえてくるなか、律は唯にマイクを返してドラムの元へと戻る。 澪が背中を叩いてくる。紬が笑いかけてくる。 胸が熱くなって急に視界が滲む。律は座りながら、タオルで顔を拭いた。 律「え、演奏する前から汗かいてきちまったぜ!」 その様子を見て唯は笑うと、観客の方へと向き直った。 唯「おっけー!じゃあ最初の曲!『翼を下さい』!!」 二本のスティックが、高々と掲げられる。 静かになった会場に、乾いた音が心地よく鳴り響いた。 fin. 律「やっぱ軽音部は最高だぜ!」 http //takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1244894726/
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――事件の夜から、一週間が経とうとしていた。 澪「今日は良い天気だぞ、律」 澪は部屋のカーテンを開け、窓を開ける。 雲一つ無い青空から、太陽の日差しが暖かく降り注ぐ。 心地よい風が頬を撫で、長い黒髪を揺らしていく。 紬「この演奏を録音した日と同じぐらい良い天気ね」 紬が机の上の小さいスピーカーを見て、目を細めた。 そこから音量を抑えて流れてくるのは、みんなでアレンジして歌いながら演奏した、『翼を下さい』。 唯「みんな初めて演奏したときより凄く上手になってて、嬉しかったよね」 演奏が終わり、最後に少しだけ入ってしまった皆のはしゃぐ声が聞こえてくる。それを聴いて、唯は微笑んだ。 二人の会話を、澪は黙って窓の外を眺めたまま聞いていた。 そして思い出す、その日の会話――。 律『――綺麗な空だな』 紬『え?』 律『悲しみのない自由な空、か・・・。まさにそんな感じだよ。どんなに辛いことがあっても、こんなに綺麗な空見てたら、また頑張れるような気がしてくるよなぁ』 唯『ぶっwwりっちゃん詩人だねwww』 律『ふっ・・・私も自分で言っといてちょっと後悔してるぜ・・・』 澪『脳天気な律に辛いことなんかあるのか?w』 律『なっ、澪!お前それ失礼すぎるだろ!!私だって人並みに悩んだりすることだってなぁ!』 紬『りっちゃん顔真っ赤よww』 律『あれ?何この仕打ち。何か泣けてきちゃう』 澪「律・・・空、綺麗だよ。本当に辛いことなんか消してくれるぐらい」 澪は窓の外の青空から目を離さない。 澪「でも、でも・・・律がそんなだと・・・いくら空が消してくれても、次から次に辛い気持ちが溢れてくるじゃない」 紬「澪ちゃん・・・」 一週間もベッドの上で静かに眠り続ける律。 どんなに気丈に振る舞おうと決意しても、さすがに辛さがぶり返してくる。 澪「起きてよ、律・・・。一緒に空見ようよ・・・」 消え入りそうな声で、澪は小さく呟いた。 CDも止まってしまい、病室の中は、一定のリズムを刻む心電図の音だけが虚しく響く。 イスに座って、じっと律を見つめていた唯が、おもむろにその小さな口を開いた。 唯「今~私の~ねが~いごとが~ 叶~うな~らば~ つば~さ~が~ほし~い~」 呟くようにぽつりぽつりと、唯は歌を紡いでいく。 驚いてぽかんとしていた紬が、小さく微笑んで息を吸う。 唯・紬「この~背中に~鳥~のように~ 白~い~つ~ばさ~ つけ~て~く~ださ~い~」 決して大声で歌っているわけではないのに、澪は二人の歌声が、自分の体を震わすのを感じた。 滲んだ涙を指で拭って、澪も息を吸った。 唯・紬・澪「この大空~に~翼を広~げ~ 飛んで~ゆきた~い~よ~」 さわ子「・・・?」 偶然出会い、律のお見舞いに一緒に来たさわ子と和、憂は、律の病室の前で、ノックをする体勢のまま泣いている看護士の女性を見て、眉をひそめた。 女性は三人の姿を目にとめると、ハッとしたように頭を下げる。 さわ子「どうかされたんですか?」 さわ子は心配そうに彼女に歩み寄り、耳に掠めた歌声に足を止めた。 扉に近づくと、囁くような優しい歌声が、病室の中から聞こえてきていた。 さわ子「・・・・・・っ」 急に目頭が熱くなって、さわ子は病室の前の椅子に座ると、ハンカチを顔に押しつけた。 子供達の前では泣きたくなかったのに、涙が溢れて仕方ない。 和と憂も、ドアの前に立ったまま、静かに泣いていた。 唯・紬・澪「悲しみのな~い~自由な空~へ~ 翼~はため~か~せ~ ゆきたい~・・・」 歌声が一人足りない『翼を下さい』が終わり、再び部屋の中に悲しい静寂が訪れる。 三人はあの日律が言った言葉を、同時に思い出していた。 清々しいほど蒼い空を三人はただ静かに見つめる。 その時―― 「――・・・綺麗な空だな・・・」 小さな声が沈黙を破った。 小さな、とても小さな声だった。 だが、誰も聞き逃さなかった。 弾かれるように振り向いた。 ――誰もが望んでいた笑顔が、そこにあった―― 静かになった病室から、突如聞こえてきた壮絶な泣き声。 さわ子はビックリして立ち上がった。 憂と和も気が気でない様子でドアを見ている。 看護士が急いでドアを開ける。 暗い廊下から、日差しの差す明るい病室へと入る看護士とさわ子。後ろからのぞき込む憂と和。 まばゆい日差しに一瞬目が眩むが、飛び込んできた風景はそれ以上に輝いて見えた。 ベッドにしがみつき、抱き合って泣きまくる唯、紬、澪。 その様子を、小さく首だけ傾けて見守っているのは、ベッドの上の律。 まだ疲れが抜けきっていないその顔に、彼女は困ったような笑顔を浮かべていた。 さわ子「りっ・・・ちゃん・・・?」 震える口で、さわ子はその名を呼ぶ。 ゆっくりと顔を動かし、律は確かにさわ子の方を見た。 律「・・・さわちゃん・・・おはよ・・・」 はにかんだ笑いと共に、小さな声が返ってくる。 看護士が嗚咽を上げながら部屋を飛び出した。 部屋の外で和と憂が抱き合って泣き崩れた。 さわ子がまるで子供のように声を上げて泣いた。 皆がずっと待ち続けていた瞬間が訪れた。 澪「り、律!うえっぐ・・・律!!」 律「何・・・?」 涙でぐしゃぐしゃの顔を上げ、必死に言葉を紡ごうとする澪。 律は優しく返事を返して待つ。 澪「律っ・・・おかえりいぃ・・・」 ベッドのシーツに顔を埋めて、澪はまた泣きじゃくった。 律「えへへ・・・――ただいま」 その日はそれ以上律の傍にいることはできなかった。 大勢の医師が律の部屋へとやって来たからだ。 目覚めた後の対処等、いろいろあるのだろう。 それでももう全員からは、暗い気持ちなど全て吹き飛んでいた。 目を覚ました律の笑顔は、晴れ渡った空よりも、辛い気持ちを無に返してくれた。 その後、律は驚異的な回復力を発揮した。 唯「りっっちゃーん!!」バンッ 律が目を覚ましてから二日後、ようやく全員に面会の機会が訪れた。 勢いよくドアを開けて部屋に突入する三人。 もう面会謝絶の文字は、ドアの前から消えていた。 律「おぉ!よく来たなぁ!!」 ベッドの上で身を起こし、窓の外を眺めていた律は、嬉しそうに笑った。 久しぶりに見る、元気な律の笑顔だった。 喉の奥がきゅっと締まる感覚を覚え、唯は涙ぐみながら律に抱きついた。 唯「うえぇん!りっちゃぁん!!」 律「ぐあいたたたたた!!」 唯「あ、ごめん」 律「お前なぁ・・・。一応まだ入院患者なんだぞ?」 腕の包帯をさすりながら、律は涙目になってぼやく。 紬(二人とも可愛い・・・) 律「おーい?むぎー、かえってこーい」 律「まったく・・・お前ら相変わらずだなぁ」 ため息をついた律の傍に、静かに歩み寄るのは、澪。 澪「律・・・」 律「よっ、澪。もう大丈夫か?」 明るい笑みを浮かべて、律は澪を見る。 こんな状況でも自分のことを心配してくれる律を見て、澪は情けなくなって、また涙がにじんだ。 澪「律・・・ごめんな・・・ごめん。私のせいで、こんな事になっちゃって――」 律「なーにいってんだよ、澪。お前が私に守ってくれって命令した訳じゃないだろ?」 澪「律・・・」 澪「律は・・・強いな」 律「へ?」 澪「こんな私のために・・・本当にありがとう。――私ももっともっと、強くならなきゃ駄目だって気付かされたよ。今の私は、臆病で泣き虫で・・・」 唯「澪ちゃん・・・」 律「――澪」 俯く澪を呼び、顔を上げさせる律。 律は彼女に自分の右手を差し出して見せた。 指の先まで、包帯がぐるぐる巻きになっている。 律「覚えてるか?澪。私の手が、踏みつけられた時のこと」 澪「う、ん・・・」 男Aが、律の手を踏み砕いて、二度とドラムが出来ない手にしようとしたのだ。 あの時の律の悲鳴は、耳に張り付いて消えることはない。 律「あの時澪がアイツにぶつかっていってくれなかったら、今頃この手は使い物にならなくなってたんだよ?」 澪「あれは・・・何が何だかわかんなくなって――」 律「それだけじゃないぞ」 ぴっと指を立てて、律は澪の言葉を遮る。 律「私、B先生に刺されちゃったじゃん」 唯「あの時はホント・・・もう頭の中真っ白だったよ」 紬「えぇ・・・」 律が申し訳なさそうに頭をかく。 律「あの時さ・・・澪、血とか全然駄目なはずなのに、応急処置してくれたんだよね」 澪「あ・・・うん」 律はお腹を撫でながら続ける。 律「あの時・・・あの時、止血処置を行ってなかったら・・・私、確実に死んでたんだってさ」 澪「――!!」 澪は息を飲んだ。唯と紬も言葉を失っている。 律「昨日、医者の先生から言われた。止血してくれた子に感謝しなさいって」 澪「り、つ・・・」 律「ありがとな、澪。お前が勇気出してくれなかったら、私今頃お陀仏だったんだぞ」 ふざけて笑った後、律は真顔に戻って、真っ直ぐに澪を見た。 律「――澪は自分で思ってるよりも強いんだよ?ずっと、ずっとさ」 澪「――・・・っ」 澪はぼろぼろ涙をこぼしながら律に抱きついた。 律「あ゛ーだだだだだだぃ!!」 唯「あははははは!」 紬「うふふ・・・」 四人とも、泣きながら笑い続けた。 数日後 人でいっぱいに――満杯になった桜が丘高校の体育館。 ステージの幕が、ゆっくりと上がる。同時に、歓声も上がる。 スポットライトを浴びて、照らし出されるのは、四人の少女。 その一人が、マイクを握ると、騒いでいた観衆が一気に静まった。 唯「みなさん!!今日は私達軽音部の特別ライブに来てくれて、本当にありがとう!!」 わき上がる歓声。唯はニッコリと笑うと、振り返ってマイクを差し出した。 立ち上がり、それを受け取ったのは――律。 律「・・・えー、こほん。本日は、私なんかのためにこうやってライブの場を与えて下さって本当にありがとうございました!」 さらに大きな歓声が、会場中に響き渡る。律はマイクを握りなおして口を開いた。 律「皆さんには、本当に大変なご迷惑をお掛けしたと思います。申し訳ない気持ちでいっぱいです」 小さく頭を下げる律。そして、後ろを振り返った。 律「でも、今回の出来事で、私はこんなに最高の仲間を持っているんだ、ということに改めて気付かされました。この三人とこうやってまたバンドが出来ることを、幸せに思います!」 すぅ、と息を吸うと、律は大声で叫んだ。 律「やっぱ軽音部は最高だぜ!!」 澪「律・・・」 絶え間ない歓声が上がる。 律はふぅ、と小さく息をつくと、手の中でマイクを一回回し、大きく叫んだ。 律「今日はこのかけがえのない仲間達との演奏を、思いっきり楽しみたいと思います!!みんなも楽しんでってねーーー!!!」 拍手や歓声が会場を揺らす。律は幸せそうに一度目を閉じて微笑むと、もう一度皆を振り返った。頷きが返ってくる。 律「それじゃあ早速!まず最初は私を死の淵から蘇らせたと言ってもおかしくないこの曲から!!」 笑い声と拍手が聞こえてくるなか、律は唯にマイクを返してドラムの元へと戻る。 澪が背中を叩いてくる。紬が笑いかけてくる。 胸が熱くなって急に視界が滲む。律は座りながら、タオルで顔を拭いた。 律「え、演奏する前から汗かいてきちまったぜ!」 その様子を見て唯は笑うと、観客の方へと向き直った。 唯「おっけー!じゃあ最初の曲!『翼を下さい』!!」 二本のスティックが、高々と掲げられる。 静かになった会場に、乾いた音が心地よく鳴り響いた。 fin. 戻る
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律「え?最近つけられてる気がする・・・?」 澪がしどろもどろに皆に打ち明けた悩みは、耳を疑うものだった。 澪「う、うん。一人で帰るときとか、なんか嫌な感じがして」 律「澪かわいいからなぁwもしかしたら澪のこと好きな男の人が――」 澪「じょ、冗談はやめろ!・・・真剣なんだよ」 少し涙目になって俯く澪に、紬が優しく問いかける。 紬「でも、つけてくる人を見たことはないんでしょう?一度そう思ってしまうと、思い込んでしまうことだってあるし・・・」 唯「何て言うんだっけ・・・き、き、・・・」 澪「杞憂、か・・・?」 唯「そうそれ!元気だしなよ、澪ちゃん」 唯のペースに励まされたのか、澪は暗かった表情にようやく笑みを浮かべた。 澪「うん・・・うん、そうだな。気にしすぎかな。それじゃ、今日は用事があるからこれぐらいで帰るよ」 紬「また明日」 唯「ばいば~い」 律「・・・・・・」 澪が部室を出て約一時間。皆それぞれの楽器の後片付けを終える。 紬「私達も、そろそろ帰りましょう」 唯「そうだね。ね、りっちゃん」 律「・・・へ?あ、あぁ。そうだな」 唯「大丈夫?りっちゃん。珍しいね、ぼーっとするなんて」 律「何でもない何でもない!さ、帰ろうぜ!」 紬「?」 唯「・・・・・・」 鞄を持って部室を出て行く律の背中を、唯は黙って見つめた。 一方澪は帰路の途中、スーパーに立ち寄っていた。 澪(今日からお父さんもお母さんも町内会の旅行で帰ってこないから、何か買って帰らないと・・・) 悩み事のせいで疲れていた澪は、料理を作る気にもあまりなれず、惣菜をいくつか買って帰ることにした。 スーパーと澪の家は、結構近い。家まであと少しの所まで来て、無意識に安堵の息を漏らす澪。 澪(ふぅ・・・) 澪「・・・・・・」 ジャリ 澪「・・・!」バッ 人気のない道にかすかに響いた音に、澪は反射的に振り返った。 澪(誰も、いない) 澪(何怖がってるんだ。唯や紬が言ってたじゃない。気にしすぎだ、杞憂だって) 自分に言い聞かせて再び歩きだす。自然と歩きが速くなった。 角を曲がり、前を見ると、道路の脇に車が止まっている。 澪(もし連れ込まれたら――) 首を振り、自分で否定する。しかし、足は車から遠ざかるように動く。 視線が無意識に運転席にいく。誰も乗っていなかった。 澪(――何やってるんだろ、私) 澪は自分の行動にうなだれて苦笑し、顔を上げた。その時だ。 澪(――・・・っ!!) 目に入った車のサイドミラーに、電柱の影から自分の様子を伺う人影が映っていた。 澪「っ!!」バッ 見間違えであると信じたい。澪はもう一度振り返った。電柱の影に、人はいない。 澪(思い込み・・・思い込みよ・・・) 何度も自分に言い聞かせる。だが、残酷な事実が澪の目に飛び込んできた。 カーブミラーに、走って逃げていく男の姿が映っていた。 澪「い、嫌・・・。嫌ぁっ!!」 澪は死にものぐるいで家に向かって駆けだした。 帰宅後、澪は家中鍵を閉め、自分の部屋に閉じこもった。 買ってきた惣菜など、食べる気にもならなかった。 澪(やっぱり、つけられてる!)ガタガタ 澪(・・・ス、ストーカー・・・だよな) 澪(どうしよう、どうしよう!?) 澪はベッドの上で毛布にくるまり、ただ震え続けた。 次の日 律「じゃあ・・・本当に、ストーカーが・・・」 澪「――どうしたらいいの・・・?怖いよ・・・」 律「澪・・・」 紬「ご両親は?」 澪「二人とも、連絡付かないんだ・・・。遠くに行ってて」 唯「とりあえず、誰か先生に相談した方がいいよ」 律「そうだぞ澪。とにかく、さわちゃんにでも言いに行こう」 肩に置かれた律の手を、澪はぎゅっと握った。 唯「えぇ!さわちゃん先生いないんですかぁ!!」 先生A「さ、さわちゃん?」 紬「あ、あの、いつ帰ってこられるんですか?」 先生A「研修だから、ちょっと長くなるかもなぁ。少なくとも二、三日は帰ってこないと思うよ」 澪「そ、そんな・・・」 落胆の表情を浮かべた澪を見て、先生Aは首をかしげた。 先生A「どうしたんだ?俺で良ければ聞くけど」 澪「・・・え、えっと・・・実は――」 澪は先生Aにストーカーについて説明を始めた。彼は初め驚愕の表情を浮かべたが、話が終わる頃には真剣な面持ちになっていた。 先生A「――・・・」 澪「・・・・・・」 先生A「このことを知ってるのは、ここにいる子達だけか?」 澪「・・・はい」 先生A「そうか・・・。これは大変な話だな。俺は新任だから良い対策を練ってあげるのは難しい」 律「そ、そんな――」 先生A「だけど、他の先生に相談してみるよ。今日は早く帰りなさい」 澪「はい」 先生A「それと、このことはあまり友達に言いふらさないように。噂に尾びれが付いたら、君に良くないことも起きる。俺たちの方から、生徒に順を追って説明するから」 澪「は、はい・・・」 唯「今日はみんなで帰ろう。その方が澪ちゃんも安心するよね?」 律「そうだな。それに今度から私が絶対一緒に帰ってあげる。それで良いよな?澪」 澪「・・・う、うん」 先生A「・・・・・・」 紬「さ、明るいうちに帰りましょう」 律「先生、失礼しました」 頭を下げて出て行く四人を、先生Aはしばらく見つめていたが、すぐに隣の先生Bに話しかけた。 先生A「――先生。大事な話が・・・」 澪「・・・・・・」ビクビク 唯「澪ちゃん・・・」 紬「タイミングが悪いというか・・・不安になるのも無理がないわ」 律「むうぅ・・・許せない」 歯を軋ませて拳を握り、律が小さく呻いた。 澪「律?」 律「影からコソコソつけてきて、澪を怖がらせる変態野郎め!絶対許さん!」 澪「律・・・」 律「澪、ぜっったい一人で帰っちゃ駄目よ。帰るときは、私を呼ぶんだぞ!」 澪「で、でも・・・もし律と帰ってるときにストーカーが来たら――」 律「そんときは私が澪を守る!」キリッ 唯「りっちゃん・・・」 澪「――・・・ありがとうっ」グスッ 律「だーっ!泣くなよぉ」 その日はつけられている感じもせず、澪は安心して家に辿り着くことが出来た。 晩ご飯もしっかり食べ、早めに入浴も済ませて、澪はベッドに横になった。 澪(みんな・・・私のこと心配してくれてる) 澪(律なんか私を守るなんて言っちゃって・・・) 胸を張って宣言した律の頼もしい表情が、閉じた瞼の裏に蘇る。 澪(ホント、昔っから優しいやつだな・・・) 澪はその日、久しぶりにぐっすりと眠ることが出来た。 第2章 律「やっぱ軽音部は最高だぜ!」 http //takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1244894726/
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また次の日 律「よし。今日はここまでにしとくか」 紬「じゃあ、今日もみんなで帰りましょう――」 ガチャッ 先生A「秋山。ちょっと長くなるけど良いか?」 澪「えっ?あ、はい」 先生Aにつれられ、澪は部室を出た。 唯「たぶんストーカーの話だよね」 紬「えぇ・・・」 律「しゃーない。もうちょっと練習でもして待ってようぜ」 律がドラムのイスに腰掛けたとき、放送のチャイムが鳴った。 『軽音部部長、田井中律さん。今すぐ職員室まで来なさい』 律「うぇ!私も呼び出しか・・・」 唯「いってらっしゃーい」 律もしぶしぶ、職員室へ向かった。 律「失礼しまーす」 先生B「おぉ、田井中。こっちだ」 律は声の方に目をやり、先生Bが職員室の隣の部屋に繋がるドアの所で手招きしているのを見つける。 先生Bの所へ行った律の鼻先に、原稿用紙が突きつけられた。 律「ぬぁ!?」 先生B「学校通信に載せる部活動紹介文!まだ提出されてないぞ!!」 律「そ、そんなのあったんですか!?」 先生B「なぁに寝ぼけたこと言ってるんだ。この部屋で今日中に書きなさい。サボって逃げないように、私が見張っててやろう」 律「に、逃げたりなんかしませんよ~。じゃあ、部室に鞄取りに行ってきます」 先生B「逃げるなよ」ギロリ 律「逃げませんってば!」 唯「部活動紹介の原稿かぁ。大変だね」 鞄に荷物を詰めながら、律はため息をつく。 律「ホント、そんなの聞いてないぜ。――あ、二人とも先帰ってて」 紬「でも、いいの?」 鞄を肩にかけ、急いで戻ろうとしていた律は、紬の声に振り返った。 律「んー、今日はもう遅いし。けっこう時間かかりそうだかんね。澪には・・・私がついて帰るから」 紬「・・・わかったわ。それじゃあ、唯ちゃん」 唯「うん。じゃあね、りっちゃん。また明日」 律「おーう」 振り返らずに手を振り、律は部室を出て行った。 一方、生徒指導室では。 先生A「今日、君の件について会議が開かれることになった」 澪「そうなんですか?」 先生A「あぁ。だから、いつからつけられてる気がしたか、とか、何でも良いから俺に教えてくれないか」 メモと鉛筆を取り出し、先生Aは食い入るように澪を見つめた。 澪「は、はい。」 先生A「じゃあ、とりあえずは昨日のことから――」 そして、律の方はというと。 先生B「早く書けよー」 律「急かさないで下さいよー。・・・何書こう;」 律「せんせー・・・こんなに書かなきゃ駄目なんですか?」 先生B「当たり前だ」 律「ぬー・・・」 先生B「手が進んでないぞ」 律「――先生、トイレ行ってきます」 先生B「逃げry」 律「逃 げ ま せ ん。もうあとちょっとなんだから、すぐに終わらせますよ!」 ふくれっ面をして、律は部屋を出た。 先生B「・・・・・・」 ――それからどれほど時間が経っただろうか。 澪はだいたいのことを説明し終え、先生Aもメモに再び目を通していた。 先生A「うーん・・・」 澪「先生、私そろそろ――」 先生A「そうだな。もうだいぶ暗いし、早く帰った方が良い」 窓の外を見て、先生Aは呟いた。 先生A「送ってあげたいところだが、今日はこのあと重要会議だから・・・。一緒に帰る子は・・・こんな遅くにいるか?」 澪「律――田井中さんが、待ってるはず――」 先生A「田井中?田井中なら、さっきまで原稿書かされてたけど、終わったからもう帰ったぞ」 澪「えぇえ!!?」 先生A「さっきトイレに行ったとき、さよならーって」 澪「ほ、他の軽音部の子達は・・・?」 先生A「下校時刻は過ぎてるからな・・・。もう帰ってるだろう」 先生A「・・・とにかく、田井中はさっき出たばっかりだから、もしかしたらまだ近くにいるかも――」 澪「・・・な、なんで・・・律・・・」 先生A「――急いで帰りなさい。追いつけるかもしれない」 澪「・・・・・・」 先生A「秋山」 澪「――・・・はい。さようなら」 心ここにあらずといった様子で澪はお辞儀すると、ふらふらと部屋を出て行った。 先生A「――・・・」 あたりはすでに薄暗く、自分以外の下校生は見あたらない。 澪は極度の不安に襲われた。 澪「律・・・なんで・・・怖いよ」 律『私が絶対一緒に帰ってあげる』 澪「なんで嘘付いたの・・・律ぅ」 裏切られたショックで混乱していた澪は、気付くことが出来なかった。 後ろから近づいてくる、複数の気配に。 そして、生徒指導室から出て行く澪を見つめる、先生Aのほくそ笑んだ表情に。 律「っしゃぁ!終わった!!」 “澪が学校を出てしばらく後”、律は原稿を書き終えた。 ちょうどその時、部屋を出ていた先生Bが戻ってきた。 先生B「お、終わったのか。ごくろうさん。帰って良いぞ」 律「ふーぅ・・・。あ、先生。澪・・・えと、秋山さんは、どこ行ったか知ってますか?」 先生B「ん?秋山なら、ちょっと前に帰ったぞ」 律「――え・・・」 律は耳を疑った。帰った?まさか―― 律「帰ったって、一人でですか!?」 先生B「誰もこんな遅くに一緒に帰る人、いないだろうからな・・・。心配だ――」 律「――っあのバカ澪!!」 先生Bの言葉も途中までしか聞かず、律は鞄を持って急いで駆けだした。 生徒玄関へと駆けていく律の姿を、先生Bは目を細めて眺めていた。 その横に、先生Aが現れた。 先生A「秋山と田井中は幼なじみなんですよね」 先生B「らしいな。親友のために必死になる姿、感動で涙がちょちょぎれるね」 ――ビリッ 先生Bは律が書き終えたばかりの原稿を破り捨てた。 先生A「二人を別々にするためとは言え、酷いコトしますね~」 先生B「残しといたって何の意味もないだろう?学校通信なんて、出さないなんだから」 先生A「そうですね」 先生Aはメモ帳を取り出すと、シュレッダーにかけて捨てた。 先生A「ったく、見つかるなんて、とんだヘマやらかしてくれますね」 先生B「ホント、後始末するのが大変なんだからな」 先生Bはポケットから携帯を取り出した。それは、律の物だった。 先生A「凄い。ぬかりないですね」 先生B「ふん、当たり前だろ」 不敵な笑みを浮かべ、先生Bは携帯を水の入ったコップに入れる。 先生B「さて、行くか」 律(澪・・・何で・・・!!) 辺りはすでに暗くなっていて、それが余計に律の不安をかき立てた。 口からは絶えず息が漏れ、汗が額を伝っていく。 肩にかけた鞄が、まるで後ろから体を引っ張ってくるように重い。 ローファーが何度も足から飛んで抜けそうになるのに苛立ちを覚える。 律「はぁっ・・・はぁっ・・・」 何もなければいい。それだけを願いつつ、律は休むことも忘れて澪の家を目指した。 だが、律の願いは無残にも打ち砕かれた。 澪「――・・・!!!」 今日に限って人気のない商店街を通り過ぎ、足早に家に向かっていた澪。 その口に、突然ごつごつした手が被さった。 男A「はぁ~い、ようやく捕まえた♪」 男B「おい、早く連れてくぞ。ここは人目に付く」 男A「へいへい。さて、澪ちゃんだっけ?ちょっとこっち来てくれるかな?」 無理矢理路地へと連れ込まれる。澪は手足をばたつかせて、懸命に抵抗した。 男A「うわっ!何だよ、大人しくしてろよ」 男C「こっち向かせろ」 三人目の男が、澪の顎に手を当てて自分の方へと向かせる。 男C「へへ・・・涙浮かべちゃってら。かわいいなぁ。」 男Aが澪の口から手を放した瞬間、今度は男Cがその口に布を当てた。 澪「むっ・・・!!」 急に意識が朦朧とし始める。男Cがにんまりと笑った。 澪(律・・・唯・・・む、ぎ・・・――) 薄れゆく意識の中、澪は助けに来てくれるはずがない仲間達の姿を、すがるように思い浮かべていた―― 律「っはぁ・・・はぁっ・・・」 律はへとへとになりながらも澪の家に辿り着いた。途中、澪には出会わなかった。 呼吸を整えるのも忘れてインターホンを押す。 チャイムが鳴り終わり、静寂が訪れる。澪が出てくる気配はない。 律「澪・・・」 きっと怖がって出てこないだけだ。そう信じてもう一度押す。しかし、相変わらず応答はなかった。 律「・・・あ、そうだ!携帯――」 ここまできてようやく携帯の存在を思い出し、律は鞄を探る。だが、どういう訳か見あたらない。 律「あれ・・・何で・・・!」 ポケットを探っても見つからず、次第に焦りが募ってきた。 律(どこにいるんだよ、澪!) 律はドアを叩き、大声で叫んだ。 律「澪!私だよ!!いるなら出てこいよ!」 やはり人が出てくる様子はない。律の脳裏に、最悪の事態がよぎった。 律(まさか・・・ストーカーに・・・!) 仲間達に連絡を取りたいが、携帯もない上公衆電話もない。 律は不安に急き立てられ、頭をガシガシと掻いた。 律(こうしてる間にも澪はもしかしたら――) 律は鞄を澪の家の玄関に置くと、元来た道を駆け戻りだした。 澪「・・・ん・・・」 横たわる体から感じる地面の冷たさに、澪はゆっくりと瞼を開けた。 頭がくらくらしている。何があったんだっけ?何が―― 澪「――!!!」 次第にハッキリとしてきた頭に、記憶が蘇ってくる。 自分がいるところが古びた廃工場であるのに気付くと同時に、自分を複数の男達が囲んでいることに気がついた。 男A「へっへっへ・・・やっとこの日が来たってか」 男B「まったく・・・どっかの誰かが見つかるなんてヘマしなかったら、もっと念入りに準備が出来たのによ」 男C「うっ。ま、まぁ、予定より早く楽しめるんだしさ、いいじゃねぇか」 澪「や・・・」 身を起こして現状に気付き、恐怖に震える澪を見て男達はにやつく。 「何言ってるんだ。強引に計画を実行した所為で、いろいろと不安要素が残ってしまったんだぞ」 遠くから聞こえてきた声に、澪の体は固まる。まだ人がいるなんて。 声がした方を振り返ると、目出し帽を被った二人の男がこちらに向かってきていた。 男A・B「どうもッス」 目出し帽B「おう」 男C「す、すいません」 目出し帽B「全くだ。後始末する身にもなってもらいたいね」 目出し帽A「めんどくさいですしね」 目出し帽の二人はどこかで聞いたことのある声で話す。 それを思い出す余裕もなく、澪は座り込んだまま少しずつ後ずさった。 目出し帽A「おっと、逃げるなよ」 すぐに気付いた目出し帽の一人が目の前に座り、肩に手を回してきた。 澪「い、や・・・やめろ!」 その手を振り払い、男を押しのけようとする。だが、力が強い。 目出し帽A「嫌がる顔もそそられるなぁ」 そのまま埃臭い地面に押し倒されそうになる。澪は必死に手をばたつかせた。 と、たまたま指先が目出し帽に引っかかった。 目出し帽A「あっ!」 澪「――っ!」 そのまま澪は男の目出し帽をはぎ取る。そして、言葉を失った。 澪(う、そ・・・A先生・・・?) 目出し帽の下から現れた若い男の顔は、先ほどまで相談に乗ってもらっていた先生Aのものだった。 先生A「ちっ・・・」 男A「あ~ぁ、見られちゃった」 目出し帽B「何やってるんだ・・・」 先生Aの顔を見て記憶が鮮明になった澪は、もう一人の目出し帽の男も、声で予想が付いてしまった。 澪「ま、さか・・・B先生?」 目出し帽B「・・・・・・」 男B「ほらみろー。一人ばれたらすぐばれちまう」 男C「ばっか。黙ってろよ」 もう一人も自分から目出し帽を取る。澪の嫌な予想は当たってしまった。 先生B「ふぅ・・・気付かれずに終われば、後々悪い目はさせなかったのに・・・」 澪「何で・・・何で、先生達が・・・」 先生B「私達の正体を知ってしまったからには、もう学校に来れると思うなよ、秋山ぁ」 先生Bはビデオカメラとデジカメを取り出して、澪の目の前に置いた。 先生B「事の一部始終を、これで撮影してやる。もし誰かに少しでも話すような真似してみろ。データ大流出、だぞ」 先生B「それだけじゃあれだな・・・。軽音部も、活動できないようにしてやるか」 澪「・・・・・・!!」 声のでない澪に、先生Aが微笑む。 先生A「根も葉もない噂でも、俺たちにかかれば真実になっちゃうんだよ。――なんてったって、先生だからさ・・・」 先生B「あんな屑みたいな部活、その気になればすぐに落とせるんだよ。わかるな?」 男A「ひゅ~こえぇこえぇ・・・」 澪の体は尋常でないほど震えていた。歯が鳴るのが止まらない。 先生A「それにしても、お前と遊ぶためにいろいろ準備が大変だったよ」 先生B「町内会旅行が行われる日を確認して、帰路も確かめて、その道の近くのこうやって人目に付かない場所を探して・・・」 先生A「山中先生にも研修に行ってもらって・・・」 男B「町内会旅行は、親もいなくなるし、街の人間も少なくなるから最高だよなぁ」 男達の笑い声が遠く感じる。澪はただ呆然と、彼らの話を聞いていた。 先生B「ただ今日は面倒だったなぁ」 先生A「どうやって軽音部の連中――特に田井中と、秋山を別れさせるか・・・悩みましたよね」 先生B「まぁ、秋山が簡単に信じてくれたからこっちも楽だったがな」 先生Aが、また澪の肩に手を置く。 先生A「悪いなぁ秋山。田井中が先に帰ったってのは、嘘だったんだ。今日重要会議があるっていうのも、他の先生と話し合うって言ったのも全部」 澪「どう、して・・・」 男C「んなの、決まってんじゃ~ん」 軽い足取りで男Cは澪に近寄ると、問答無用で彼女を押し倒した。 澪「やっ・・・」 男C「お前みたいないい女と、目一杯楽しみたいからだよ」 そう言って、男は澪のブレザーを無理矢理脱がせようとする。 澪「やめ・・・放してっ!」 男C「嫌」 短く否定し、男は澪の胸を掴む。 澪「――っ・・・!!」 男C「おっほ!いいねいいね!!」 澪「やめろ!やめろぉ!!」 男A「おい!何勝手に始めてんだよ!」 男B「抜け駆けは許さねぇぞ!」 男C「ならお前等も早く服脱がせんの手伝えよ」 先生B「おいおい・・・気が早い奴らだ」 先生A「なんてったって、先生オススメの女ですし」 先生B「くく・・・それじゃ、とっととやるか」 澪「い、嫌あぁ!!」 悲鳴を上げながらもがく澪に、無数の手が伸びる。 澪(誰か・・・助けて・・・!!) その時だった。 第3章 律「やっぱ軽音部は最高だぜ!」 http 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「――澪!!」 澪(――・・・!!この声――!!) 澪「律!!」 悲鳴にも似た声で、澪は叫ぶ。その視線の先に、肩で息をする律がいた。 律は男達に囲まれた、服装の乱れている澪を見て、歯を軋ませた。 律「澪・・・。お前等!澪から離れろ!!」 先生B「・・・・・・」 男A「何だ、お前?お前も遊んで欲しいのかよ?あぁ!?」 男B「はは!笑わせんな!この娘と比べたらガキじゃねぇか!!」 男C「特に胸とかなww」 男A「まぁ、顔は悪くないし、別に遊んでやっても良いんだぜ?w」 下品な笑い声を上げる男達を睨み、律は傍にあった鉄パイプを握って構えた。 一瞬にして静まる廃工場。 律「澪から、離れろ」 そう言った彼女の声は、鉄パイプを握る手と同様に震えていた。 そのころ、唯は。 唯「憂~、お腹すいた~」 憂「はいはい。もうすぐ晩御飯出来るから。今日はね、カレーだよ♪」 唯「やった~!憂の作るカレーおいしいから大好き!」 机にもたれかかって、テレビのチャンネルを変える。 ちょうど映ったニュース番組で、不審者に襲われた被害者の報道が行われていた。 唯「・・・・・・」 何気なく、窓の外を見る。 唯「澪ちゃん、大丈夫かな・・・」 唯(りっちゃんが付いてるから、大丈夫だよね) 律『・・・へ?あ、あぁ。そうだな』 律『そんときは私が澪を守る!』 唯「・・・・・・」 唯(りっちゃん、あんまり態度には見せなかったけど、凄く澪ちゃんのこと心配してたな・・・) 唯(友達思いだもんね、りっちゃん。それに、澪ちゃんは幼なじみの親友だし) 唯(・・・でも、そのせいで無茶しなきゃいいんだけど) 急に不安になってきた唯は、チャンネルを別の物に変えた。 憂「――あっ!!」 唯「ぎゃっ!!」ビクッ 憂「えっ?」 唯「び、びっくりした・・・。おどかさないでよ憂~」 憂「こっちがびっくりしたよ・・・。――お姉ちゃん、お願いがあるんだけど」 唯「何?」 憂「カレールー切らしちゃってた☆買ってきてくれる?」 唯「任せなさい!」 びしっと敬礼一つ。唯は憂からお金をもらって玄関に走る。 唯「憂~」 憂「ん?」 唯「・・・おつりでアイス買ってきてもいい?」 憂「・・・;」 一方、紬は。 紬(だいぶ暗くなってきてわね・・・) 唯と同じように、窓から外を見る紬。 紬(でも、りっちゃんがいるから、澪ちゃん大丈夫よね) ふいに、紬の頭に少し前の部活での会話が蘇ってきた。 律『澪はホント、昔っから恐がりでさ~』 澪『なっ何を!』 律『小学校の時なんか、放れた飼い犬に追い回されて、泣き叫んでたんだぜw』 唯『わぁ、澪ちゃんかわいい~』 澪『そ、そんな昔の話!』 律『今でも怖いんじゃないか~?ん?』 澪『律!!』ゴッ 律『あだっ!!』 紬『ウフフ。でも、その後はどうなったの?』 澪『・・・お、追いつかれそうになったとき、律が来てくれて・・・』 紬『まぁ。じゃあ、りっちゃんが追い払ってくれたの?』 律『ホント、目を離すとすーぐ厄介事に巻き込まれてるんだもん。その後もさー・・・』 澪『り~つ~・・・』ギロリ 律『わーかったわーかった。これ以上殴られると、唯より悪い成績とっちまう』 唯『あはは~wwそうだね~』 律『つっこめよオイ;』 紬(澪ちゃんにとって、りっちゃんは親友であり、素敵なヒーローでもあるのね・・・) ふいにドアがノックされる音が聞こえ、紬は視線を部屋の中に戻した。 紬「はい」 紬父「入るぞ」 紬「お父様。珍しいわね、私の部屋に来るなんて」 紬父「母さんから澪ちゃんの話を聞いてな。大丈夫なのか?」 紬「今日、先生とそのことについて話してたわ。あの様子だと、学校で対策を練ってもらえそう」 紬父「そうか。困ったときはいつでも言うんだぞ。通学路に警備員を数メートルおきに配置して、万全の警戒をしこう」 真剣な面持ちの父に、紬は苦笑を浮かべて礼を言った。 紬(そっちの方が怖い・・・) 静かな工場内に、澪が泣きじゃくる声だけが響く。 律はずり落ちてきそうになったカチューシャを、乱暴に戻した。 先生A「田井中・・・何故ここに・・・」 律「――・・・!?A、先生・・・?」 見覚えのある顔に、律は激しく戸惑った。何故、何で彼がここにいる? 先生B「さて、私達の顔を見てしまったからには、お前もただで帰れると思うなよ。反省文じゃすまないぞ」 律「嘘・・・。な、何で先生達がこんな所に――」 先生B「わざわざお前がここに来ないようにするために、嘘の原稿まで書かせたっていうのに・・・」 嘘の原稿。その言葉を聞いて、律はハッとした。 律「じゃああの部活動紹介の原稿は・・・澪と私をバラバラにするための嘘だったんだな・・・!」 先生B「それだけじゃないぞ」 先生Bはポケットから取り出した物を律に見せつける。 律「・・・!私の、携帯!」 先生B「残念。浸水してもう動かない」 先生Bは律の携帯を地面に投げ捨てた。破壊音を立てて大地を転がる携帯を、男の一人が蹴り飛ばした。 男A「先生、何なんすかコイツ」 先生B「その女の昔っからの親友だよ。コイツは厄介だから気付かれずにいたかったんだがな・・・」 澪「律・・・ぐすっ・・・」 呼吸の荒い律を見て、先生Aは自分の顎を撫でながら口を開いた。 先生A「それにしても、よくここに気付いたなぁ・・・」 会話することで男達の手が止まっている。律はそのうちに何とか解決策を練ろうと、時間稼ぎに努めた。 律「・・・昨日、澪が帰ってから他の軽音部のみんなで、登下校路付近の怪しい場所をチェックして回ったんだよ」 澪「・・・!!」 そんなことは知らなかった澪は、驚いて顔を上げた。 律「その場所を探してたら、澪の声が聞こえてきたんだ・・・」 先生B「なるほど。素敵な思いやりだな。反吐が出る」 先生Bは、吐き捨てるように言うと、足を踏み出す。 律「――動くな!澪に・・・近づくな!!」 律(くっそ~・・・!!) 時間稼ぎは無理だ。 鉄パイプを握りしめて工場の中へと入っていく律。 先生Bは挑発めいた笑みを浮かべると、澪の顔に手をやり、自分の方を向かせた。 先生B「親友の前で犯るってのも、楽しそうだな。ん?」 澪「っ・・・」 澪の顔が恐怖に歪む。律の中で、何かが弾けた。 律「・・・ぅおおおりゃああああ!!」 律はがむしゃらになって、鉄パイプを振り回しながら駆けだした。 ドラムの経験上、腕力には自信がある。鉄パイプは相当な勢いで振るわれていた。 男C「ちょ、アブね!」 予想以上の抵抗に、男達は慌てて距離をとる。 律は即座に澪に駆け寄った。 澪「律ぅ!」 律「澪、ほら!今のうちに逃げなきゃ!」 澪「っ律を置いてなんていけない!」 男B「逃がしてたまるか!」 そうこうしているうちに、男の一人が突進してきた。 突き出された腕を、律は思い切り殴る。 バシッ 男B「いっつぁあああ!!」 飛び上がりそうな勢いで、男Bは他の男達の元へ戻っていく。 男達は気に喰わなさそうに顔を歪めているが、その顔から余裕の笑みが消えることはない。 それもそうだ。一人ずつを相手にするならまだマシだが、相手は大人の男が五人。こっちは女一人。しかも、澪を守りながらだ。 律は額を伝う冷や汗を拭うことも忘れて策を練った。 律(勢いで突入したはいいけど・・・どうにかして逃げないと・・・) 律は素早く辺りを見回した。他に武器になる物は―― 古びた土台に高く積み上げられた何かの箱や、それに立て掛けられた鉄筋など、律が振り回すには無理がある物しかない。 律(うぅ・・・どうすりゃいいんだよ・・・!) 必死に考える律。だが、男達は思考時間を与えてくれない。 男A「おいおい、何やってくれんだ」 男C「へへ・・・でもよ、そっちがその気なら、お前をぶちのめしてから楽しんでやるよ!」 二人の男が同時に迫る。 律は慌てて澪の前に立って叫んだ。 律「澪、下がってて!」 澪「で、でも・・・」 律「早く!!」 向かってくる男達を睨んだまま律が怒鳴る。聞いたこと無いような、緊迫した声だった。 澪は慌てて這うようにして後ろに下がる。 その様子をちらりと瞳で追うと、律は男達を迎え撃った。 男C「うらぁ!!」 律「うおっとぉ!」 男の拳を何とか避けると同時に、鉄パイプを思いっきり振りかぶる。 律「お返しだこのやろ!!」 男C「げっ!?」 バットを振るかのように、律は鉄パイプをスイングする。それは男の足に乾いた音を立てて直撃した。 男C「いっつつつつ!!」 先生A「・・・意外とやりますね、アイツ」 先生B「・・・ふん」 怯む男Cにもう一撃加えようとしたところに、男Aが襲いかかった。 律は鉄パイプの軌道を男Aに向かって変える。 男A「うおっ!!」 慌てて足を止める男A。鉄パイプが腕を掠める。 男A「ちっ・・・このあまぁ!!」 律「うるせぇ!変態野郎!!」 律は鉄パイプを再びがむしゃらに振り回す。 男Aは近づくことが出来ず、後ずさった。が、 ガッ 男A「って!!」 足下が疎かだった男Aは、かかとが何かにぶつかって、尻餅をついた。 彼が蹴躓いたのは、澪のベースだった。 男A「――んだよこれ、邪魔なんだよ!!」 律「――・・・っ!」 立ち上がった男Aが足を振り上げる。律はそれを見て、反射的に駆けだした。 澪「り――」 ドガッ 律「う、あ・・・!」 澪「律ぅ!!」 男の蹴りが律の腹部を直撃し、澪が悲痛な声を上げた。 鉄パイプが手を離れ、カラン、と地面を転がった。 男A「なんだ、こいつ?ギターの代わりに蹴られに来たぞ」 ベースの上に覆い被さるようにして動かない律を見て、先生Aが笑みを浮かべた。 先生A「そうか・・・お友達の大事な大事なベースだからなぁ。壊されちゃ可哀想だよなぁ」 澪「――!!」 男A「はっは~ん、なるほど・・・ねぇっ!!」 ガスッ 律「っぐ!」 容赦ない蹴りが、律の体に痣を作る。水を得た魚のように、男Aは嬉しそうににやついた。 澪「はっ・・・はっ・・・」 咳き込む律を見て、澪は足が動かなかった。涙で目がにじみ、呼吸が荒くなる。 律は何度も襲い来る足を必死に耐えた。口内が切れ、血の味が口の中に広がる。 律「・・・けほっ」 男A「おいおい嬢ちゃん。制服が埃で汚れちゃってるぜ?」 律はただ黙って、乱れて垂れた前髪の間から男Aを睨み上げた。ベースは絶対に離さない。 男A「うっは、その目ぞくぞくするね」 律は脇に転がる鉄パイプに目をやった。他の男達はただにやにや笑って面白げに事の成り行きを見ている。 律「――っ!」 律は男Aの隙を突き、鉄パイプに手を伸ばそうとする。が、 男A「はい残念♪」 その右手を大きな足が勢いよく踏みつけた。 律「い、あああぁっ!!」 澪「嫌ああああぁ!!」 絞り出したような悲鳴が、律の口から飛び出す。そこに、澪の悲鳴が重なった。 男B「回収回収っと」 男Bが、傍にやって来て鉄パイプを手に取った。そのまま苦痛に歪む律の顔をのぞき込む。 男A「へっへ!楽しいなぁ・・・」 少しずつ、足にかける体重を増やしていく男A。律の手が、みしみしと軋む。 律「あ、う・・・」 律「っ・・・!」 歯を食いしばって、律は必死に悲鳴を飲み込む。情けない声は、あげたくない。 ――澪が余計に不安になってしまう。 その様子を見た先生Bが、邪悪な顔でほくそ笑んだ。 先生B「そうそう。そいつ、ドラムやってるんだよ・・・」 それを聞いて、男Aが歯を剥いて笑った。 男A「へ~・・・。じゃあ、俺たちの邪魔をしたお仕置きに・・・」 男Aは律を見下ろして彼女に囁いた。 男A「二度とできなくしてやるよ、ドラム」 男Aが全体重を足にかけようとした刹那。 男C「あっ!」 澪「いやあああああああああぁ!!!」 悲鳴をあげながら、澪が男Aに体ごとぶつかった。 誰も予期していなかった出来事に、男Aは完全に隙を突かれた。 男A「おわっ!!?」 足が律の手から離れる。 男B「お前は大人しくしてろっての!」 男Bが澪を勢いよく突き飛ばす。足がもつれ、澪は吹っ飛んで転がった。 澪「っ!」 男B「そんな出てこなくても、あとでたーっぷりかわいがってやるから――」 男A「うおおぉ!!」 バランスを崩していた男Aの足を、さらに律が蹴った。 男Aは男Bを巻き込んで地面に頭を打ち付けた。 男A「いってぇ!!」 男B「っなにやってんだ!ガキ相手に!!」 男C「お、おい!おまえら!!」 男Cの怒声に顔を上げた二人が見たのは、男Bが落とした鉄パイプを再び握る律だった。 男B「ひっ」 殴られると思い、目を瞑る男B。しかし、律は澪に向かうわけでも、男達に向かうわけでもなく、見当違いの方向に走っていた。 積み上げられた箱に駆け寄る律。 先生Bがいち早く彼女の目的に気付いた。 先生B「お、おい!あの女を止めろ!!」 律「――・・・ぃやあああああぁ!!」 鉄パイプを思い切り振りあげ、律は箱を支える土台の腐っている所を思い切り殴りつけた。 ベキッ その一撃で土台は壊れ、箱がぐらつく。 男A「やべぇ!!」 男B「ひやあああああぁ!!!」 男達が死にものぐるいで立ち上がり、走り出す。刹那。 箱は雪崩のように崩れ、よりかかっていた鉄筋が、耳障りな轟音を立てて倒れた。 地面にたまっていた埃が、凄い勢いで舞い上がり、全員の視界を奪う。 先生A「うえっほ!!げほっ!!」 先生B「ごほっ!!あの糞ガキ!!」 男C「み、見えねぇ!どこだ!?」 埃を吸わないように手を口に当て、澪は咳き込んだ。 澪(律・・・律、どこにいるの・・・!) まさかあの鉄筋の下敷きに・・・。嫌な予感が脳裏を掠める。その時。 ガシッ 澪「ひ――」 何者かに力強く腕を掴まれ、澪は喉の奥から悲鳴を上げそうになった。 その口を、その人の手が押さえる。 律「・・・澪、大丈夫?」 澪(・・・――~~り、) 澪「律ぅ!!」 澪は律に無我夢中でしがみついた。 はずみで全身に走った鈍痛を顔に出さず、律は澪の頭を軽く叩く。 律「・・・えへへ・・・言っただろ?澪は、私が守ったげるって・・・」 掠れて弱々しい声だが、とても頼もしく聞こえる律の言葉。 澪は目頭が熱くなるのを感じた。 澪「ぐすっふぇっ」 男A「糞があ!!どこ行ったぁ!!」 律「・・・話は後にしよ?早く、ここから・・・逃げないと」 澪は言葉にならない返事を返して首を振り、律に支えられて立ち上がる。 そして二人は、埃が収まりつつある廃工場から駆けだした。 そのころ。 唯(スーパーまであとちょっと・・・) 唯(そういえば澪ちゃん、今家誰もいないから、あのスーパーでよくお総菜買って帰るんだっけ) 唯(・・・澪ちゃん大丈夫かな?) 唯は携帯を取り出すと、澪の携帯に電話をかけた。 唯(もう帰ってるよね・・・) 『――・・・この携帯は、電波の届かないところにあるか、電源が入っていないため、通話することが出来ません・・・――』 唯「・・・!?」 唯(澪ちゃん・・・?) ドッと不安が押し寄せる。 唯は携帯をしまい、何も考えずに無我夢中になって駆けだした。 スーパーを通り過ぎ、澪がいつも登校する道のりを、見慣れた姿がないか必死に探し回る。 唯「そうだ、りっちゃん・・・!」 いくらか走ったところで、澪と一緒に帰っているはずの律を思い出し、唯は立ち止まって再び携帯を出した。 震える手で、律の携帯にダイヤルする。 唯(りっちゃん・・・!お願い、出てよ!!) 唯は携帯を耳にあて、必死に待った。だが・・・ 唯(・・・?何で!?) 留守番の声はおろか、呼び出し音さえ鳴らない。 唯は涙ぐみながら、何度も律の携帯に電話しつつ、また走り出した。 憂「・・・お姉ちゃん、まだかなぁ・・・」 何も知らない憂は、何度目になるかわからない鍋のアク取りをしながら、姉の帰りを待ち続けた。 地面を蹴るたび、振動が体を走って痛みを呼び起こす。 律はそれを顔に出さないように耐えつつ、澪の腕を引いて走った。 澪は律が守り抜いたベースを抱え込むように持ったまま、泣きじゃくる。 澪「律!律っ!!」 律「・・・だから、泣かないの・・・。大丈夫、だから」 澪「でも・・・でも、血が出てる!」 律「私が大丈夫って言ってるから大丈夫なんだよ。ほら、走る走る」 男達の怒号が徐々に近づいてくるのがわかる。 「・・・逃げても無駄だ・・・・」「・・・大通りに出たらバイクがある・・・」 男達の会話が微かに耳に入ってくる。 律と澪はわざと細い路地を通ったりして、大通りを目指した。 二人が一列になって通れるような細い路地を抜けると、そこは大通りだった。 誰かに助けを求めようと辺りを見渡すが、人影は見あたらない。しかし―― 律「やった!タクシーだ!!」 それよりも良い物を見つけた。すぐそばに、客を乗せていないタクシーが止まっていた。 律は急いでタクシーの戸を開けた。いきなりの出来事に、びくりとする運転手。 運転手「う、なんだ、お客さんか・・・」 律「澪、早く乗って!!」 澪「う、うん」 澪が乗るのを待って、律は後ろを振り返った。 足音が近い。奴らがすぐそこまで来ている。 これじゃあ、タクシーで逃げてもバイクで追いつかれるかも―― 律「・・・・・・」 律は澪の上にベースを置くと戸を閉めた。 澪「・・・!?り、律!!何で!!」 運転手「お嬢ちゃん、乗らないのか?」 窓を開けて訊ねてくる運転手の顔を見ず、律は手短に言った。 律「出して下さい。彼女は近くに下ろさないで」 運転手「で、でもお友達泣いて――」 律「巻き込まれたくないなら出して!!」 運転手の言葉を遮り、律は怒鳴った。運転手が、驚いて小さく悲鳴を上げる。 運転手「ひ、ひぃっ」 澪「嫌!律!!何で!?律っ!!」 澪の悲痛な叫びが後ろから聞こえてくる。律は少し振り返って、澪に小さく笑いかけた。 それは恐れを無理矢理押さえ込んだ、とても弱々しい笑顔だった。 澪「律ううううううぅ!!」 タクシーが発進する。同時に律は痛みをおして駆けた。自分たちを追って、細い路地から出てこようとしていた男達の正面に、手を広げて立ち塞がる。 男A「っどけ!邪魔だ!!」 律「嫌!!」 男Aが律を蹴飛ばそうとする。それよりも早く、律は男Aの体にしがみついた。 男B「何してんだ!早くバイクに乗らねぇと、逃げられちまうぞ!!」 男A「だけどこいつが!しかも狭いんだよこの道!!」 男C「B!お前どけ!!」 比較的痩せた体型の男Cが間から強引に抜け出そうとする。 律はその男の足に、蹴りを入れた。つんのめって転ける男C。 彼が顔を上げたときには、タクシーは夜の闇の中に溶けてしまっていた。 男A「この・・・糞ガキ!!」 男が眉間に皺を刻み、懐へ手を入れる。取り出されたのは、スタンガン。 顔を上げた律はそれを目にし、慌てて距離を置こうとする。 しかしその前に、彼女の体にその凶器が押しつけられた。 律「うああああああああっ!!」 一瞬閃光が走り、高圧の電流が律の体を走り抜ける。 あっという間に意識を狩られた律は、その場に膝から崩れ落ちた。 第4章 律「やっぱ軽音部は最高だぜ!」 http 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男A「ちっ・・・あんま使いたくなかったんだけどな、これ。加減わかんねぇし」 男C「おいおい・・・死んだりしてないだろうなぁ」 男A「お、おい・・・変なこと言うなよ」 先生B「何ぐずぐず言ってやがる。その時はその時だろう」 男A「へ・・・?」 男C「ちょ・・・」 先生Bが、ぐったりした律の体を鬱陶しげに蹴る。 微妙な沈黙が流れた。 先生A「そ、それよりどうする。逃げられたぞ」 男B「――くっそが!上玉の女だったのに!!」 舌を打って、男Bが暗い夜道を振り返った。 先生Bは、鬼のような形相で律を一瞥し、静かに言い放った。 先生B「早く工場に戻るぞ。今の悲鳴を誰かに聞かれてたら厄介だ。そいつも連れて行く。代わりに存分にかわいがってやる」 澪「律!!いやぁ・・・!!」 澪は、律が男達の足止めをしてくれたのをその滲む目で窓から見ていた。 男達の前に立ち塞がる姿が、だんだん小さくなり、闇に消えていく。 ぼろぼろと涙が落ち、嗚咽が止まらない。 澪「――下ろして下さい!!」 運転手「い、いや、でもあの子が――」 澪「止まって!!下ろしてぇ!!」 運転席のシートを、澪は何度も叩いた。運転手も困惑の表情を浮かべるが、止まろうとはしなかった。 律と澪の様子を見て、ただ事じゃないことがすぐにわかる。 運転手(ど、どうすりゃいいんだ・・・) そして、もう一人。 唯「りっ・・・ちゃん・・・?」 唯は携帯を取り落とした。 悲鳴らしき声が聞こえ、慌てて人気のない大通りへと出た唯が見たのは、路地の闇へと引きずられて消えていく律の姿だった。 唯「何で!?どうしよう!!?」 平和ボケしていて天然な彼女は、あっという間に頭の中が真っ白になった。 唯「けっ、けーさつって、何番だったっけ!!」 携帯を拾い上げ、必死に番号を打つ。 唯「ももももしもし!けーさつさんですか!!」 『午後、七時、四十一分、三十秒をお知らせします。ピ、ピ、ピ、ポーン』 唯「何で!!?」 我を忘れてボタンを押す唯。と、偶然紬の電話番号が表示された。 唯「むぎちゃん!!た、助けて!!」 祈る思いで、唯は電話をかけた。 先生A「先生・・・秋山に逃げられたのに、まだ続けるんですか?」 先生B「当たり前だ。田井中には痛い目にあってもらわないとな」 男Aに担がれる律を、先生Bは横目で睨んだ。 男C「で、でもよ、逃げられたって事は、通報されるんじゃないか?逃げた方が良いような――」 先生B「私の言うことが聞けないのか?これまでお前達に女と遊ばせてやったのは誰だ?」 男C「う・・・わかりましたよ」 しぶしぶと言ったように、男Cは口をつぐんだ。 先生B「・・・田井中ぁ・・・」 呻るように呟いて歯を軋ませた先生Bの顔は、怒りで醜く歪んでいた。 ぼんやりとしていた紬は、突如鳴り響いた着信音に驚き、慌てて携帯を手に取った。 紬(唯ちゃんからだ・・・)ピッ 紬「唯ちゃん?どうしたの、こんな時間に」 携帯の向こうから聞こえてきた声は―― 唯『む、むぎちゃ!うえぇ!!どどど、どうしよ!!助けてえぇぇ!!りっちゃんがぁ!!』 無茶苦茶、支離滅裂。まさにそんな感じだった。 嫌な予感がし、紬はなんとか唯を落ち着かせようとする。 紬「唯ちゃん!唯ちゃんとにかく落ち着いて!!深呼吸して!」 唯『ひ、ひっひっふーひっひっふー・・・』 紬「(何か違うけど・・・)もう大丈夫?一体どうしたの、りっちゃんがどうかしたの?」 唯『りっちゃんが・・・りっちゃんが変な人達に連れて行かれちゃったよぉ!!』 紬「――!?」 紬は耳を疑った。何故、どうして律が? 紬「り、りっちゃんが!?」 コンコン 斉藤「失礼します、お嬢様。お食事の準備が――」 部屋に入った斉藤は、紬が電話をしているのを見ると、口をつぐんで頭を下げ、出て行こうとする。 それを、紬が通話しながら手で制した。 紬「唯ちゃん、落ち着いて説明してくれる?」 紬(お父様を呼んできて) 唯と会話しながらのジェスチャーとアイコンタクト。それだけで斉藤は、 斉藤「かしこまりました」 と頭を下げて、部屋を出た。 紬「うん、うん。わかったわ。すぐそっちに行くから、そこで待ってて!無茶しちゃ駄目よ!」 紬が携帯を切ったのとほぼ同時に、紬の父が部屋に入ってきた。 紬父「どうした紬!何かあったのか!!」 紬「お父様!大変なの!!」 紬は唯から聞いた出来事を、手早く父に説明する。 紬父「――なんだと・・・!・・・任せなさい!!」 紬「お父様!私も!!」 肩を振るわせて踵を返した父に、慌てて紬はついていった。 唯「――わかった!待ってるよ!!」 唯は携帯をしまうと、律の姿が消えた路地を見つめた。 唯(むぎちゃんは無茶するなって言ってたけど・・・) 唯(でもこのままじゃ、りっちゃん何処につれてかれちゃうのかわかんなくなっちゃうよ・・・!) 紬のおかげで落ち着きを取り戻した唯は、足りぬ頭で必死に考える。 唯「・・・よしっ・・・」 唯はがばっと顔を上げると、恐怖で震える足で地面を踏みしめ、また走り出した。 澪「律・・・律ぅ・・・」 運転手「お、お嬢ちゃん・・・何があったか説明してくれないと、降ろせないよ・・・。あの子のあの剣幕見たらね・・・」 澪「ひくっぐすっ」 運転手「・・・;」 気まずい空気の流れるタクシー内。その時だ。 運転手「おっと・・・」 タクシーが、信号で止まった。 その瞬間、澪の体は勝手に動いていた。 澪はお金を無造作に置くと、ドアを開けて飛び出した。 運転手「あ、コラ!!・・・って、ぉお嬢ちゃん、お釣り!!」 運転手「・・・・・・」 ピピポ 運転手「もしもし、警察ですか――」 男B「あ~・・・コイツに殴られたとこ、痣になってら。後でぶん殴ろ」 男C「ただの女だと甘く見すぎてたぜ・・・。胸くそ悪ぃ」 先生A「・・・・・・」 ぶつくさ言う男達に比べ、先生Bは怖いほど静かに歩いていた。 男A(く、くそ怖ぇ・・・) 律を担ぐ男Aは、時折感じる先生Bからの律に対する視線にビクビクしていた。 廃工場へと戻っていく五人。 唯「はぁ、ふぅ、はぁ・・・」 慣れぬ長時間の疾走に、膝に手を置いて息をする唯は、物陰からその様子を見ていた。 唯(あんなところに入ってく・・・) 唯(りっちゃん・・・) 唯はきつく目を閉じると、元来た道を急いで戻った。 澪「ハァッハァッ・・・」 暗い夜道を、澪は無我夢中で走る。 呼吸が乱れ、何度も足がもつれそうになる。 澪(律っ・・・!) 思い出してしまう、彼女の笑顔。あんなに弱々しい笑顔を見るのは、初めてだった。 澪「う、うぁ・・・」 つい足が止まってしまい、その場に座り込んでしまう。 立って走らねば。そう思うのに、涙が溢れ、体に力が入らない。 澪「律うううぅ・・・」 地面にへたり込んだまま、澪は泣きじゃくった。 その時だった。 「澪ちゃん!?」 自分の名を呼ぶ、聞き覚えのある声。そうだ、これは・・・ 澪「むぎいいいいぃ!!」 泣きながら澪は振り返り、そして目の前の光景に息を飲んだ。 澪「・・・!!」 紬「澪ちゃん!澪ちゃん!!怪我はない!?無事なのね!?」 呆然とする澪に、紬は涙を浮かべて抱きついた。 紬の包み込むような抱擁に、澪は泣き崩れた。 澪「むぎ・・・むぎ!!律が!!律がぁ!!」 紬「やっぱり澪ちゃんも関係してたのね・・・。唯ちゃんが言ってたわ!今からそこに向かうところだったの!」 紬父「後は私達に任せて、澪ちゃんは待ってなさい。私の家まで送らせよう」 紬の父の言葉に、澪の頭に先ほどまでの出来事がフラッシュバックする。 息を切らせながら駆けつけてくれた律の姿、ベースを守ってくれた律の姿、男の達の足を止めるため、果敢に立ち向かっていった律の姿―― 紬父「誰か!この子を屋敷まで――」 澪「待って下さい!!」 言葉を遮られ、紬の父は澪を見る。・・・強い決心を示した表情がそこにはあった。 澪「私も行きます!行かせて!!」 律「う、ん・・・」 律は体中を走る鈍痛に、深い眠りから呼び起こされた。 男B「ち、もう目ぇ覚ましやがった」 自分の後ろから聞こえてきた声に、律は状況を思い出してハッとする。 振り返ろうとしたが、もう一人の男に押さえ込まれて動けなかった。 律「っ!放せよ!!」 男B「まぁまぁ慌てなさんなって。よし、縛ったぞ」 律は男を振り払おうとして、手の自由がきかないことに気がついた。 両手が体の後ろで縛られている。 律の体を押さえていた男Cが、ニヤニヤとのぞき込んでくる。 男C「お友達を守り抜いた気分はどうだよ?え?」 律「・・・・・・」 男C「お前のせいでさぁ、俺たち折角の獲物逃がしちゃったんだぜ?どうしてくれんだ?」 そう言って、男Cはいきなり律の胸を服の上から鷲掴みにした。 律「あっ!?」 男C「ちっ・・・あの女と比べたらだいぶ小せぇギャアアッ!!!?」 律の足が男Cの股間を蹴り抜いた。男Cは股を押さえてのたうち回る。 律「汚い手で触んなっ!」 男C「てぇめえっ!!!」 憤る男Cの肩に、先生Bが手を置いた。 先生B「お前はいつも気が早すぎる。まずは手も足も出せない状態にするのが基本だろう」 そう言って、先生Bは律に歩み寄る。 律は立ち上がって逃げようとしたが、まだ体にしびれが残っていて、上手く動けずにいるうちに男Aに捕まえられた。 男A「おっと、逃がさないぜ?」 律「くそっ!」 先生B「上手いぞ」 先生Bが男Aにロープを投げ渡す。 男Aは律を無理矢理押し倒すと、両足を縛り始めた。 律「いやっ!やめろ!!」 男A「ち・・・あんだけボコボコにされておいて、まだ元気なのかよ」 毒突きながらも手早く男Aは律の足を縛り上げる。 男A「よぅし、完璧♪オラ、顔上げろ」 男Aが律の首元へと手を伸ばす。一瞬の隙を突いて、その手に律は噛みついた。 男A「いっ!いででででで!!」 男Aは律から弾かれたように遠ざかった。 男B「ったく、大人しくならねぇな・・・」 先生B「全くだ。もう無駄な抵抗はやめてもらいたいな」 ため息をつきながら、先生Bは地面に横たわってこちらを睨む律に近づく。 律「来るな・・・変態」 先生B「・・・ほう」ピク 先生Bは律の傍にしゃがみ込むと、彼女の頬を思い切りはつった。 乾いた音が響く。 律「・・・・・・っ」 先生B「・・・ふん」 先生Bが、律の胸ぐらを掴んでねじ上げた。 先生B「お前のせいで全部台無しなんだ。秋山の代わりに、私達を楽しませてくれよ?」 律「・・・ふん。変態なことしか考えてないから、私みたいなのに邪魔されちゃうんだよ」 先生B「・・・!!!」 律「・・・そんなので、よく先生なんかになれたなぁ」 強がりな笑みを浮かべる律を、先生Bは怒りで言葉を失って睨む。 律「・・・お前らの好きにさせるもんか。絶対に抵抗はやめない」 先生B「き、さま・・・」 律「澪にも逃げられたし、タクシーの人にも見られたし、どーせもうすぐ警察がくるよ。そうなったら終わりだな」 律は先生Bの血走った目を、真っ正面からきつく見据えた。 律「このバカなお遊びも、お前らの運命も」 先生Bは律を思い切り地面に投げ捨てた。 埃まみれの大地に叩きつけられ、律は咳き込みながら呻く。その時。 ポー・・・ピー・・・ポー・・・ 先生A「サ、サイレン、の音・・・」 ピーポーピーポー・・・ 男A「パ、パトカーのサイレンだ・・・!」 男B「もう、終わりだ・・・」 男C「・・・やっぱり逃げてりゃ良かったんだ」 しかしそのパトカーのサイレンは、遠ざかったり近づいたりを繰り返していた。 先生A「もしかして・・・まだ俺たちがここにいるって事、ばれてないんじゃないか?」 男C「そ、そうだ!絶対そうだ!!まだ間に合う!今からでも逃げれるぞ!!」 先生A「先生、どうしますか――」 先生Aは、そこで初めて先生Bの異変に気付いた。 先生A「せ、先生?」 先生Bは、低く、小さく、おぞましい声で笑っていた。 先生B「ふははははは・・・はははははは」 律「・・・・・・」 先生B「無駄だよ。秋山は私達の生徒だ。もう私達に逃げ場はない。もちろん共犯のお前達全員もだ。だから最後まで楽しませてもらおうと思ったんだ・・・」 微かに聞こえるサイレンと、先生Bの笑い声が不協和音を奏でる。 先生B「そうだなぁ田井中ぁ・・・。もう終わりだ・・・」 両手を大きく広げ、血走った目で穴の開いた廃工場の屋根を見上げ、先生Bは恍惚とした表情で言葉を紡ぐ。 そして、おもむろに懐へと手を入れた。 律「なっ・・・!」 律(こ、こいつ――) 顔に出てしまった恐怖に、先生Bは満足そうににやついた。 彼の手には、小さな折りたたみナイフが握られていた。 先生B「もう終わりだ・・・。この素晴らしい娯楽も、私達の運命も――お前の命も」 律「正気、かよ・・・!」 先生B「どうせ捕まるなら、目一杯楽しんでからの方がいいね」 先生A「ほ、本気ですか・・・?」 先生Bはナイフの刃を出したりしまったりしながら、固まる男達を振り返った。 先生B「本気・・・?お前ら、何を考えて今まで遊んできたんだ?こういう事は承知の上だろ?女の子ぼこぼこに痛めつけといて、そりゃあ無いな」 先生A「し、しかし・・・罪が重くなって――」 先生Bは、腹を抱えて笑った。 先生B「罪!今更だな!!今まで何人の女と遊んできたと思ってる?短かろうが長かろうが、刑務所に入ったら変わらんだろう」 先生Aは、何も言わなくなった。止めようとは、しなかった。 先生B「さぁ、待たせたなぁ田井中・・・。一度人を刺してみたかったんだ・・・」 律「く、来るな・・・!!」 先生B「くくく・・・いい顔だ。お前のそういう顔が見たかったんだ。普段気の強い人間の恐怖と絶望に強張った表情はとても興奮する」 両手両足を縛られた律は、ただもがくことしかできない。そんな彼女に、先生Bは一歩、また一歩と歩み寄っていく。 先生B「その腹に何度も何度もこのナイフを突き立ててやる」 律は男達に目をやった。先生Bを止める気配はない。男Bにおいては興味深そうに笑ってこっちを見ている。 律(最悪だ・・・) パトカーのサイレンは聞こえない。まだここに気がついていないのか。 先生B「その顔が絶望に満ちたまま生気を失っていくのを、この目で見届けてやる」 先生Bが、律の傍で跪く。 律(もう、駄目――) 先生B「さぁ、血反吐を吐いて泣き叫んでくれ!!」 振り上げられたナイフの小さな刃が、暗い工場の中で鈍い光りを放ち、律の目に焼き付いて―― 「りっちゃあああああああああん!!!」 突如響き渡る、甲高い少女の声。それと同時に、重々しい工場の鉄扉が開かれた。 工場内に鋭い光が入り込み、男達の姿を照らし出す。 男A「な、なんじゃありゃあ!!」 男Aが叫ぶのも無理はない。 自分たちを照らすのは無数の車のライト。その前に立つ、三人の少女達。あの逃がした女もそこにいた。 そして、車の中から現れたのは、大勢の警備員。 凄まじい光景が、目の前に広がっていた。 紬父「誰一人として逃がすな!!確保だ!!」 一台の車から、紬の父が声を上げつつ飛び出す。 その叫びを合図に、工場内に警備員がなだれ込んだ。 警察官達「・・・・・・」 ようやく現場を見つけた・・・否、無数の車の後についていったら現場につけた警察は、眼前の光景に愕然とする。 ぼーっとしている場合ではない、とすぐに我に返ると、警備員と共に中に突入した。 男A「はなしやがれ!!」 先生A「っ・・・!」 男B「っくしょおおおおぉ!!」 次々に押さえ込まれていく、犯罪者達。 そんな騒動の中で、三人は懸命に律の姿を探した。 澪「律!!」 そして澪はいち早く、地面にうつぶせになって横たわる律を見つけた。 彼女の声に、唯と紬も律を発見する。 澪は律の傍に跪くと、手足の拘束を解き、彼女を抱き起こそうとした。と、 ぴちゃ 澪「・・・?」 律の体の下に入れた手が、生温かい物で濡れたのを感じた。 澪「――律・・・?」 ゆっくりと、律の体を仰向けに返す澪。――そして、見た。 澪「い――」 ――律の白いカッターシャツを、鮮血が紅く染め上げようとしていた。 澪「いやああああああああああああああぁ!!!」 唯「ひっ――!!」 紬「――・・・!!!」 律のカッターは、腹部に穴が開いていて、そこからじわじわと赤が広がっていた。 先生B「あっははははははははは!!はっはっははははは!!!」 警察「こいつ、ナイフを持ってるぞ!ちゃんと押さえろ!!」 警備員と警察に押さえ込まれた先生Bが、大声で笑う。 先生B「刺してやった!!刺してやったぞ!!一度しか刺せなかったが、もっと滅多刺しにしてやりたかったな!!」 警察が、暴れる先生Bをさらに押さえつける。 警備員に確保された他の男達も、これには声を失っていた。 先生B「ひっひっひ!ひゃはははははは!!最高の夜だ!!お前等みんな仲良し軽音部のおかげで!一生忘れない夜になりそうだよ!!」 先生Bは大勢の警備員や警察につれられ、無理矢理外へと連れて行かれた。 先生Bの狂言に、紬は今までにない憤りを感じた。 澪の肩に置いていた手に、ブレザーにしわが出来るほど力を入れていて、それに気付いた紬は慌てて手をゆるめた。 だが、それにも気付かない様子、むしろ先生Bの言葉も耳に入っていなかった様子で、澪は自分の手にべっとりと付いた血を、穴が開くほど見つめていた。 唯も唯で、動かない律を呆然と眺めている。 澪「ああぁ・・・あああぁあ!!律が!律が死んじゃう!!」 紬「澪ちゃん!澪ちゃん!!落ち着いて!!まだりっちゃんは大丈夫よ!!」 唯「きゅ、救急車・・・。救急車呼ばなきゃ!!」 我に返った唯が警備員に助けを求めに走る。 紬の呼びかけに、澪は涙を抑えることはできなくても、何とかパニックから回復した。 紬「りっちゃん!りっちゃん聞こえる!?今唯ちゃんが救急車呼んでくれてるから!」 澪「律・・・律っ・・・!」 血を見るのは怖かった。正直、初め律の様子を見たとき、ショックと共に吐き気がして、嘔吐しそうになった。だけど―― このまま、ただ律を眺めているだけなのは嫌だった。 気付いたときには、澪は律の刺傷にハンカチを当て両手で圧迫し、止血を試みていた。 紬「澪、ちゃん・・・」 警備員や警察官が駆けつけてくるが、救急車が来ない以上為す術がない。 彼らはただ黙って、澪達の様子を見守っていた。 唯「救急車、すぐ来るって!警察の人が手配してくれるって!!」 警備員の輪を割って、唯が戻ってきた。その時だった。 律「・・・み、お・・・」 微かながら聞こえてきた声に、その場にいた誰もが息を飲んだ。 澪「り・・・律っ!!!」 気を失っていたはずの律が、目を覚ました。なんとか瞳を動かし、軽音部の仲間達の姿を確認する。 律「みんな・・・来て、くれたんだ・・・」 唯「りっちゃん・・・!!」 こふ、と律の口の端から血が漏れて、澪は背筋に寒気が走った。 傷口を圧迫する手に力が入る。 紬「駄目・・・りっちゃん駄目!しゃべらないで!!もうすぐ救急車くるから!」 澪「律・・・頑張ってっ・・・!」 律「澪・・・。無事、だったんだな・・・」 澪は律の顔を見る。彼女は真っ青な顔で、だが笑っていた。 律「本当に・・・良かった・・・・・・」 澪「り、つ・・・」 律の頭が力なく下がる。 澪「い、嫌・・・律!嫌!!」 何度呼んでも返事は返ってこない。澪はわけがわからずただ律の体を揺さぶった。そこへ―― 救急隊員「怪我人は何処ですか!!」 救いの声が響き渡る。 工場の外に、救急車が止まっていた。 紬に連れられて、邪魔にならないように律の脇から離れる澪。 すぐにストレッチャーが駆けつけ、救急隊員達によって、再び気を失った律がそこに乗せられる。 聞いても意味がわからない単語の集まりが飛び交い、そのまま律は救急車に運び込まれた。 工場の外に出て、遠ざかっていく救急車をただ呆然と見つめる三人。 澪は手の中にある、真っ赤になったハンカチに視線を落とした。 それだけで、収まっていた涙がまた溢れ出す。 澪「ふぇ、ぐすっ、りつ~・・・」 唯「っ、うぁ、澪ちゃん泣かないでよ~・・・」 紬「二人とも・・・うっ・・・」 三人は何も言えず、ただただ泣き続けた。紬の父が、静かに歩み寄る。 紬父「・・・今日はもう遅い・・・。一旦みんな家に戻ろう。私が送る」 澪「で、でもっ・・・ぐすっ」 紬父「律ちゃんは大丈夫。きっと大丈夫だ。明日病院に行こう。今日は澪ちゃんは私の家に泊めてあげよう。さぁ、車に乗って」 澪「・・・・・・」コクリ 紬父「・・・二人も、いいね」 唯「ふえぇ・・・」 紬「ううぅ・・・」 第5章 律「やっぱ軽音部は最高だぜ!」 http //takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1244894726/
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憂「・・・じゃがいもが溶けてもろもろだよ・・・。お姉ちゃん。電話でないし・・・」 いつまでも帰ってこない姉を心配しつつ、憂は机の上の、肉じゃがへと変更したカレーであった物を眺めていた。 長い間火を止めたりつけたりしながら温めていた上、焦げ付かないように混ぜたりしていたので、タマネギは消え、じゃがいもは溶けてドロドロになっていた。 憂「どうしよう・・・警察に電話した方が良いのかな・・・。お姉ちゃん・・・」 だんだん不安になってきた憂は、泣きそうになってきた。 と、知らぬ車が家の前で止まったのが、憂の目に入った。 憂(ど、どどどどどうしよう・・・) 不安になっていた憂は、若干パニックに陥った。辺りをきょろきょろと見渡す。 チャイムなしで、玄関の扉が開く音がした。憂は咄嗟に箒を掴むと、玄関へと駆けた。 憂「えええええぇい!」 箒を振り上げて憂は廊下に出る。と、 憂「お、お姉ちゃん!!?」 靴も脱がずに、そこにぼーっと立っているのは、間違いなく待ちわびた姉の姿。 憂は箒を放り捨て、唯に抱きついた。 憂「お姉ちゃん、遅いよぉ!!心配したんだよ!ごめんね!カレーが肉じゃがになっちゃったの!!じゃがいもが溶けちゃって、それで――」 涙ぐみながら訳もわからず叫ぶ憂。だが、姉の体が震えていることが、その体を抱きしめる腕を通してわかり、憂は顔を上げた。 憂「お姉ちゃ――」 唯「ういいいぃ・・・」 今度は唯の方から憂を抱きしめた。憂のエプロンに顔を埋め、ぽろぽろと大粒の涙を流す。 憂「お姉ちゃん・・・泣いてるの?どうしたの?」 唯「ふええええぇん・・・」 ただ泣き続ける姉に、憂はそれ以上聞くのはやめた。 憂「お姉ちゃん、部屋に行こう?とりあえず、靴脱いで」 優しく唯を支えながら、憂は彼女を部屋へと連れてあがった。 自分の部屋に入ると、唯はベッドに倒れ込んでさらに泣く。 憂は黙って下に下りると、ご飯と肉じゃがと野菜を皿に盛り、お盆にのせて持ってあがった。 憂「お姉ちゃん。机に晩ご飯置いておくから、落ち着いたら食べてね」 返事はなかったが、憂は静かに唯の部屋を出た。 憂(どうしたんだろ・・・お姉ちゃん・・・。明日聞けたら聞いてみよう・・・) 憂は一人、台所で晩ご飯を食べ始めた。 翌日。 憂(休日にお姉ちゃんが、私より早く起きるなんて・・・) 普段は起こしても起きないような筋金入りのねぼすけの唯。 そんな彼女が、どういう訳か置き手紙を残してすでに出かけていた。 憂(昨日の夜のことかな・・・。一体何があったんだろう) 憂は自分の朝食を机の上に並べつつ、テレビをつけた。 憂(お姉ちゃん・・・) なかなか置き手紙を読む気になれず、リモコンを手に持ったまま俯く憂。 『――・・・次のニュースです。昨晩私立桜が丘高等学校の生徒が、暴行の末、ナイフで刺されるという事件が起きました。』 ぼんやりとした彼女の耳に、聞き覚えのある単語が入った。 憂(桜が丘・・・お姉ちゃんの高校!!) 憂は慌てて画面を食い入るように見つめる。出てきた地名、風景は見慣れたものばかりだった。 憂(嘘・・・けっこう家から近い・・・) 『・・・調べによると、この生徒は友人が暴行されそうになったところを助けに入り、巻き込まれた模様です。また、犯人グループの中には桜が丘高校の教員も二名いたそうで、現場は騒然としています』 『当時暴行されかけていた生徒に怪我はないようですが、被害者の田井中律さんは、意識不明の重体です』 画面に映し出された顔、聞こえてきた名前に、憂はリモコンを取り落とした。 憂「嘘・・・律、さん・・・?」 憂(律さんが、刺された!?) 憂は唯の置き手紙を開ける。 『りっちゃんのお見舞いに行ってきます。帰りは遅くなると思う』 震えた文字で、紙の真ん中に小さくそれだけ書かれていた。よく見るとその紙は、水分を含んだようにしわしわになっていた。 憂(律さん・・・) 紬の父に連れられて、三人は律が運び込まれた病院まで来ていた。 だが、三人は律の姿を見ることができなかった。 律が収容されている病室の扉に刻まれた、面会謝絶の文字。 その文字が、まるで呪いのように三人をその場に凍り付かせた。 澪「り、つ・・・っ!」 澪が倒れ込むようにその扉に縋りつき、声を殺して泣き始める。 昨日から一体どれほど泣いただろうか。 いくら泣き虫とはいえ、これほどにまで泣き続けることが出来る自分に驚くほどだ。 だが、そう思っていても、止まらない物は止まらない。 床に座り込んで泣き続ける澪を、紬がそばにあったソファに座らせた。 痛いほど静かな時間が過ぎていく。 紬の父は、三人だけの時間が過ごせるように気をつかったのか、どこかに行ってしまった。 おそらく病院の先生と話をしているのだろう。 澪は泣きはらしてしまった目にハンカチを当ててうずくまっている。 そんな彼女の背中を、紬が優しくさすってやる。 唯はただ、呆然と面会謝絶の文字を眺める。 唯(こんなの・・・ドラマの中だけだと思ってた・・・) こんな状況、空想の話の中だけだと思っていた。人ごとのようにしか、考えたことがなかった。 現実ではこうも心臓を抉られるような気になるのだと、初めて知った。 唯(りっちゃん・・・冗談だよね・・・。嘘だって言って、出てきてよ・・・) 唯はそれ以上その残酷な文字を眺めていることができなくなり、顔を背けた。 どれほど時間が経っただろうか。 おもむろに沈黙を破ったのは、澪だった。 澪「律・・・気を失う前に、私を見て笑ったんだ」 小さく首を振って、澪は続ける。 澪「ううん、それだけじゃない・・・。私だけをタクシーに乗せて逃がしてくれたときも、振り返って笑った」 澪「どうして・・・怖かったに違いないのに・・・苦しかったはずなのに・・・何で笑ったの?」 澪は俯いたまま、誰にというわけでもなく、疑問をぶつける。 それに答えたのは、意外にも―― 唯「・・・そんなの、決まってるよ・・・」 唯だった。澪を見つめるその顔は、見たことないぐらい真剣だった。 唯「澪ちゃんを助けることが出来たから、だよ。絶対」 唯「辛そうにしてた澪ちゃんを見た時は、りっちゃんも辛そうだったもん」 唯の言葉に、紬も小さく頷いた。 紬「小さい頃から、りっちゃんは澪ちゃんの親友だったんでしょう?」 紬「ずっと一緒にいたから、りっちゃんは、『こいつは守ってやらなきゃ』っていう使命感をいつの間にか持っていたのかもしれないわね」 唯「だって、あのりっちゃんだもんね・・・」 澪「唯・・・むぎ・・・」 澪は顔を上げ、もう一度固く閉ざされた扉を見つめた。 澪(そうだ・・・あの時だって・・・) ちび律『もー!みおってほんとあぶなっかしいよね!』 ちび澪『うえぇええ・・・ぐすっ・・・』 ちび律『もうわんちゃんいないよ。ほら、だいじょーぶ』 ちび澪『うん・・・うん・・・』 差し出された手を、涙で濡れた手で握り返す、幼き日の澪。そこへ、笑い声が飛んできた。 ガキA『あはははは!みたぞみたぞ!犬においかけられてないてやーんの!』 ガキB『なきむしだ!なきむしだー!』 ちび澪『っ!!ふ、ふぇ・・・』 ガキA『また泣いたー』 ガキB『また泣いたー』 ちび律『――~っおまえらー!!』 ガキA『うわっ!』 ちび律『みおをいじめるやつは私があいてだー!』 ガキB『田井中だっ。おまえにはかんけいないだろー』ドンッ ちび律『っなにをー!』ベシッ ガキB『いてっ』 ガキA『なにすんだよ!』バシッ ちび律『そっちがやってきたんだろ!』ボコッ ガキA『いてっ』 ちび律『とっととあっち行けぇ!ばかやろー!』 しっぽを巻いて逃げていくガキ共に、幼き日の律はあっかんべーをした。 ちび澪『・・・すんっ・・・』 ちび律『きにすることないよ。さ、かえろ?』 もう一度澪の手を取る律。澪はおずおずと、律のおでこを指さした。 ちび澪『たたかれたところ、赤くなってる・・・』 ちび律『だいじょーぶ。いたくないもん』 ちび澪『ほんと・・・?』 ちび律『ほんとっ!だって、みおがかなしそうにしてるの見るほうがもっといたいもん』 ちび澪『いたい?りつが?』 ちび律『うん。みおが泣いてるの見ると、むねのところがぎゅっ、ていたくなるんだ』 ちび律『だから、それにくらべたらぜーんぜん、へいきだよっ!』 ちび澪『りつ・・・ありがとうえぇ・・・』 ちび律『ないちゃだめー』 澪(・・・律は小さい頃から私を助けてくれていた) 澪(馬鹿で、ふざけてて、おっちょこちょいだけど、心の底に強さを持っていて・・・) 澪(私はその強さに甘えてたんだ・・・) 澪(私自身、もっと強くならなきゃいけないのに、心のどこかでそれをめんどくさがってた・・・) 澪「私・・・馬鹿だ・・・」 頭を抱え込んでうなだれる澪。と、そこへ紬の父が帰ってきた。 紬「お父様・・・」 紬父「・・・今日は、帰ろう」 紬「・・・っ」 紬父「――明日から、面会可能になる」 澪「本当ですか・・・!」 弾かれるように顔を上げる澪に、紬の父は小さく微笑み、また真顔に戻った。 紬父「親族と、君たち軽音部関係者だけ特別に、だそうだ」 唯「私達・・・だけ・・・」 それほどの状態なのだと、嫌でもわかった。だが、明日になれば律にあえる。それだけが三人の励みになった。 紬父「さぁ、家まで送ろう」 重い体を起こして、三人は立ち上がった。 途中何度も振り返りながら、三人は律の病室を後にした。 憂「お姉ちゃん・・・」 唯「憂・・・」 家に戻った唯を出迎えたのは、涙目の憂。 唯「りっちゃんのこと――」 憂「朝、ニュースで見て、新聞で詳しく知ったよ・・・。律さん、大丈夫だよね?」 唯「うん。大丈夫だよ、絶対」 偽りの笑みを浮かべる唯。憂は心が痛くなった。 憂「お見舞い、どうだったの・・・?」 唯「・・・・・・」 唯の顔が曇る。聞かなければ良かった。憂は後悔した。 憂「――・・・っお、お昼ご飯作る――」 唯「会えなかったんだ」 憂「えっ・・・」 唯は決心した。 憂だって、律とは仲が良かった。きちんと何があったか、説明しなくてはいけない。 唯「憂、ちょっと長くなるけど、全部話すね」 唯は靴を脱いで、リビングへと向かう。その後ろを、憂が黙って付いてきた。 いつもと違う姉の雰囲気に、少し戸惑った顔をして。 憂「そう、だったんだ・・・。澪さんが・・・」 唯「うん・・・。でも、今日は会えなかったけど、明日からは部屋に入っても良いんだって」 憂「ホントに!?」 唯「でも軽音部関係者と、りっちゃんのお父さんやお母さんだけって」 憂「そっか・・・心配だね」 憂が肩を落としたその時、インターホンのチャイムが鳴った。 憂「・・・お客さんだ」 憂は目に滲んだ涙を拭った後、玄関へと駆けていった。 唯「・・・・・・」 何をするわけでもなく、ただぼーっとする唯。ギターを触る気にもなれなかった。 床に寝転ぼうとしたとき、ドアが開いた。 憂「お姉ちゃん、和さんだよ。あがってもらうね」 唯「ん、うん」 体を起こし、座り直す。憂は一度廊下に戻ると、台所へと向かった。 和「唯!」 血相を変えた和が、すぐにリビングに現れた。 唯「和ちゃん・・・」 和「携帯にかけても繋がらなかったから来たんだけど・・・その・・・」 憂「どうぞ、座って下さい」 お茶とお菓子を持って、憂が戻ってくる。和は何か言いたげにしていたが、とりあえず腰を下ろした。 唯「りっちゃんのこと、だよね」 和「・・・えぇ。ニュースを見たとき、信じられなかったわ。いてもたってもいられなくなって・・・」 唯「ごめんね、連絡入れられなくて・・・。私も昨日から取り乱しちゃってて」 苦い笑みを浮かべて唯は和を見る。唯のこんな辛い笑顔を見たのは、初めてだった。 和「・・・刺されたって、本当なの?」 唯「うん・・・。B先生に・・・」 和「嘘・・・あの先生が・・・」 二度目になる事件の説明を始める唯。話が終わる頃には、和の眼鏡の奥の瞳は微かに揺れていた。 和「律・・・信じられない・・・」 唯「私も・・・夢ならいいのにって、ずっと思ってるよ」 和「・・・お見舞い行きたかったけど・・・これじゃあ無理ね」 唯「こまめに連絡入れるようにするよ」 和「お願い。・・・私もたまに顔を出すようにするから」 唯と澪を自宅に送った帰り道。 紬は静かな車の中で、ずっと引っかかっていたことを口にした。 紬「お父様・・・何かしたの?」 紬父「・・・何がだ?」 紬「両親はともかく・・・私達も特別に面会可能だなんて・・・」 紬父「・・・・・・」 紬「普通なら両親だけのはずでしょう・・・?」 紬父「・・・・・・」 紬の父は、一つため息をつくとその重い口を開いた。 紬父「私は何もしていない。だが・・・」 紬「・・・?」 紬父「正直に言うと・・・律ちゃんは危険な状態だ」 求めていた真実が、残酷に紬の胸を抉っていく。 紬父「どっちに転ぶかわからない不安定な状況なんだ。だから・・・医師の方々も、お前達に託したいみたいだ」 紬父「少しでも長く、律ちゃんの傍にいてあげなさい。親友のお前達が傍にいるだけで、律ちゃんは救われるだろう」 紬「ふ、ぐすん・・・りっちゃん・・・」 俯いて泣き出した紬の頭に、紬の父は静かに手を置いた。 澪はベッドで一人横になっていた。 本当はマスコミやらに追いかけ回される状況だが、紬の父が手配してくれた。 律の状態が安定するまでは、電話一つかけてこないそうだ。 澪「・・・・・・」 明日、連絡を聞いた旅行中の両親が帰ってくるらしい。――律の両親もだ。 ベッドの横には自分の鞄と並んで、律の鞄が置いてある。 あの夜、家の玄関に放置されていた鞄だ。 澪はおもむろにそれを持ち上げると、きつく抱きしめた。 澪(明日・・・律に会える・・・) さらに翌日。 日曜の朝の人影が少ない道を、三人を乗せた車が走っていく。 全員終始無言だった。 いつもならこういうとき、律が話題を作ってくれるのに。 同じ事を誰もが一緒に思っていた。 紬父「それじゃあ、私は今日は用があるから・・・」 紬「えぇ、また連絡するわ」 紬の父は三人を見回すと、車に戻っていった。 律の病室の前には、すでに人がいた。 澪の両親だった。 ソファに座って黙していた二人は、澪に気がつくとすぐに彼女に駆け寄った。 澪母「澪!!あぁ澪!!」 澪の母は澪を縋りつくように抱きしめると、その場に泣き崩れた。 澪父「澪・・・無事で良かった・・・。悪かった、一人にして・・・」 顔をぐしゃぐしゃにして泣く妻の傍に行き、澪の父は娘の顔をじっと見つめた。 その声は心なしか震えていた。 澪「お父さん、お母さん・・・」 二、三日会えなかっただけなのに、ものすごく長い間感じてなかったかのように感じる、家族のぬくもり。 澪は母の抱擁に、ただ身を任せた。 ガチャ ふいに、律の病室の重い扉が開かれた。 出てきたのは、やつれた顔に涙を浮かべてふらつきながら歩く律の母と、彼女を支える律の父だった。 唯「りっちゃんのお母さんとお父さんだ・・・」 唯の声に、こちらに気がつく律の両親。 澪は母の腕をそっと離すと、二人の前まで歩いていき、頭を深く下げる。 律父「澪ちゃん・・・」 澪「謝っても許されることじゃありません・・・。でも、謝らせて下さい・・・お礼を言わせて下さい・・・!」 澪「律が・・・律が助けてくれなかったら、私っ・・・!本当に、すみませんでした・・・!!」 震える声ですみませんと繰り返す澪。 澪の両親も、彼女の隣で頭を下げた。 律父「顔を上げて下さい。澪ちゃんも、ご両親も」 律の父が静かに口を開く。それでも澪は、頭を上げなかった。 律父「今回の件は律が・・・あの子が自分の意志でやったことです。澪ちゃんが謝ること、ないよ」 澪「・・・・・・」 律父「律は澪ちゃんが傷付くのを見たくなかったんだ。そんな顔してたら、逆に律が救われない。いいかい?」 律の父が、澪の前にしゃがみ、彼女の肩に手を置いた。 律父「どうしても償いたいと思っているなら、律の傍にいてやってくれ。それだけで十分だよ」 律母「・・・お願いね、澪ちゃん。それに、唯ちゃんに紬ちゃんも。それが律の励みになるわ・・・」 泣きはらした目で薄く微笑み、律の母は三人を見た。 澪はにじんだ涙を拭うと、顔を上げてしっかりと頷いた。 医師の許可をもらい、三人は律のいる病室へと入る。 目に入った光景に、胸が締め付けられた。 律と面会が出来たことを、素直に喜ぶことができなかった。 確かに律はそこにいた。 無地のベッドの上に、飾り気のない患者服を着て横になっていた。 嫌でも目に付くのは、彼女の体に取り付けられた数々の機器。 顔につけられた酸素マスクから伸びるチューブが、半開きの口に入れられている。 無数のコードが伸びた心電図が、静かな室内に一定のリズムを刻む。 律の頭や腕には包帯が巻かれ、あちこちにガーゼが貼り付けられていた。 普段の彼女からは想像できない――想像したくもない姿だった。 澪「律・・・」 澪はふらふらとベッドの横へと行く。 自分を映すことはない閉ざされた瞳は、開く気配を微塵も見せない。 唯「りっちゃん・・・」 紬「・・・・・・」 紬父『正直に言うと・・・律ちゃんは危険な状態だ』 紬父『どっちに転ぶかわからない不安定な状態なんだ』 その事実を知るのは、父から聞いた紬のみ。 紬は不安で引き裂かれそうになる体を自分で抱きしめるようにした。 また、沈黙が三人を包んでしまう。 澪(駄目だ・・・これじゃ、駄目なんだ) 澪(律は私達が悲しむのを望んでいないんだから・・・) 澪は小さく頭を振ると、唯と紬を振り返り、気丈に振る舞った。 澪「――明日から学校だけど、私毎日ここに通うことにするよ!」 唯「澪ちゃん・・・。なら、私も!」 紬「・・・当然私も」 唯がびしっと手を挙げ、紬もにっこりと笑う。 澪はもう一度律を振り返ると、点滴の管がつながれた手を、そっと握った。 澪「律、頑張れ・・・。明日も、明後日も――律が元気になるまで毎日絶対来るからな」 それから数時間後。 病室の扉がノックされ、話をしていた三人は立ち上がって返事をした。 看護士によって開けられた扉の向こうに立っていたのは、さわ子だった。 澪「さわ子先生!」 さわ子「りっちゃん・・・りっちゃんは大丈夫なの!?」 真っ青な顔で病室に入るさわ子。 ベッドで眠る律を見て、彼女は眼鏡の奥の目を潤ませた。 さわ子「うっ・・・りっちゃん・・・」 唯「さわちゃん先生・・・研修は?」 さわ子「そんなものどうでもいいのよ!・・・B先生、急に研修の話持ちかけてきたと思ったら・・・」 紬「B先生に研修の話を・・・」 さわ子は机の上に鞄を置くと、眼鏡を取ってつかつかと歩き出した。 さわ子「ちょっとBの野郎ぶちのめしてくる」 澪「い、いやいや・・・」 澪は慌てて彼女を止める。 澪「先生落ち着いて下さい。もうB先生は留置所の中ですよ」 さわ子「うううぅ・・・なら、面会許可もらって情け容赦ない罵声の数々を――」 唯「そんなことより、りっちゃんの傍にいてあげてよぉ」 腕を引っ張って言う唯の言葉に、さわ子は我に返った。 さわ子「・・・そうね・・・。ごめんなさい、取り乱したわ」 澪「いえ・・・」 でも、と紬がさわ子を見る。 紬「先生忙しいんじゃないですか?職員の中から犯罪者が出たんですし・・・会議とかあるんじゃ・・・」 さわ子「そうなのよね・・・。できるだけここには来たいけど、さすがに毎日は無理かも・・・」 唯「そんな~・・・」 さわ子は真面目な面持ちになると、三人の顔を一人一人しっかりと見つめた。 さわ子「頼んだわよ、あなた達・・・。りっちゃんのこと、しっかり見守っていてあげて」 澪「――もちろんです」 さわ子は鞄を手に取ると、中から手帳を取りだした。 さわ子「そうそう、大事なことを忘れてたわ。・・・その、学校の中からわいせつ行為の犯人と、それの被害者がでたってことで、むぎちゃんの言う通り、今学校中大騒ぎなの」 さわ子「明日から月曜日だけど、学校は一時休校になるみたいよ」 唯「ホント!?」 さわ子「えぇ」 澪「じゃあ、ずっと律の傍にいてやれるな」 紬「嬉しいわぁ」 さわ子は喜ぶ三人を見て、小さく微笑んだ。 それから毎日、三人は律の病室を訪れた。 澪「律!今日は和と憂ちゃんも、そこに来てくれてるんだぞ」 唯「二人とも入室は許可されないんだけど・・・りっちゃんが元気になるようにって、千羽鶴折ってくれたんだよ!」 澪「今日は久しぶりにバンドの練習をしたんだよ、律」 紬「りっちゃんが起きたときに、なまけてたなーって怒られないように、頑張ったんだから」 机の上に置かれた小さなスピーカーから、録音された演奏が流れてくる。 しかし、ドラムの音はない。 澪「お前がいないと、全然演奏に迫力が出ないよ・・・。早く元気になれよ」 唯「りっちゃん!さわちゃん先生が来てくれたよ!」 さわ子「無理言って抜け出してきたわ!さあ、夕方までしゃべるわよー!」 澪「律、凄いぞ・・・。クラスのみんなから、手紙がいっぱい来てる」 唯「寄せ書きも預かってきたよ!」 紬「みんな、りっちゃんが元気になるの、ずっと待っててくれているのよ」 澪「幸せ者だな、お前は・・・」 その後も、励ましの言葉が録音されたテープや花も病室に届けられた。 澪達も時間が許す限り律の傍にいて、他愛もない話を続けた。 律が笑いながら相づちを返してくれるのを期待して。 しかし――いっこうに律は目覚める様子を見せなかった。 最終章 律「やっぱ軽音部は最高だぜ!」 http //takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1244894726/
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1 2 3 4 5 6 7 pixiv pixiv2 pixiv3 ※暴力シーンあり ◆RzJK4cmtFk 2009/06/13 http //yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1244894726/ 戻る 名前 コメント すべてのコメントを見る 感動したし、名作だと思う。 ただ、どうしても気になったのが、タクシーに澪を乗せるシーンで、二人で乗ってそのまま警察行けば…と思ってしまった。 水を差すようなこと書いてすまん。 りっちゃん最高っす。 -- (名無しさん) 2017-05-22 06 01 45 こんなに泣いたSSは初めてです(T-T) 律ちゃん最高です‼︎ 律ちゃんイケメンすぎ(´д`) -- (名無しさん) 2017-01-05 14 55 22 1番好きなssだな~ -- (凸隊員) 2014-04-18 23 44 00 そうなんだよなー このSSの惜しい所はすごい初期に書かれたSSだから キャラの口調がちょっと把握しきれてない場面があることだと思う リメイクとかしてほしいわ -- (名無しさん) 2013-12-17 21 49 44 男ども許せんな 澪はパパママ呼びだろ -- (名無しさん) 2013-12-12 09 35 23 翼を下さいがやばいな -- (名無しさん) 2012-12-28 23 37 40 なんか別のこのSSをモチーフにした駄作の話がでてきてんだけど・・・ やっぱ本家(このSS)が何百倍も何千倍も一番。 ストーカーは男たちが中学生以下で吐きそうになったし 最高や!はただまともなだけで面白みが全く無くて超つまらなかった。 それらのSS書いた人たちもこのSSを愚弄するつもりは全くないだろうが 劣化である以上これでは全く理解されないな。 -- (名無しさん) 2012-09-29 19 08 18 「ストーカー」とかけいおんSSではないがSS速報VIPにある 「やっぱ笑顔は最高やな!」とかいうこのSSをモチーフにした駄作が出てきたってことは このSSがかなり人気だという証拠だと思うよ。 これらのSS書いた奴らもよほどこのSSが大好きだったってことは僕にもわかる。 向こうは駄作とはいえこのSS好きでなきゃ絶対に書かないはずだよ。 -- (名無しさん) 2012-09-29 18 45 58 どうみてもストーカーのが劣化類似SSだろ どう読んだらアレが続編に見えるんだよ -- (名無しさん) 2012-09-23 20 01 26 このSSの続編「ストーカー・・・・」を書いた人はあなたですか?それとも赤の他人ですか? -- (名無しさん) 2012-09-23 16 52 41
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紬「りっちゃん!りっちゃん聞こえる!?今唯ちゃんが救急車呼んでくれてるから!」 澪「律・・・律っ・・・!」 血を見るのは怖かった。正直、初め律の様子を見たとき、ショックと共に吐き気がして、嘔吐しそうになった。だけど―― このまま、ただ律を眺めているだけなのは嫌だった。 気付いたときには、澪は律の刺傷にハンカチを当て両手で圧迫し、止血を試みていた。 紬「澪、ちゃん・・・」 警備員や警察官が駆けつけてくるが、救急車が来ない以上為す術がない。 彼らはただ黙って、澪達の様子を見守っていた。 唯「救急車、すぐ来るって!警察の人が手配してくれるって!!」 警備員の輪を割って、唯が戻ってきた。その時だった。 律「・・・み、お・・・」 微かながら聞こえてきた声に、その場にいた誰もが息を飲んだ。 澪「り・・・律っ!!!」 気を失っていたはずの律が、目を覚ました。なんとか瞳を動かし、軽音部の仲間達の姿を確認する。 律「みんな・・・来て、くれたんだ・・・」 唯「りっちゃん・・・!!」 こふ、と律の口の端から血が漏れて、澪は背筋に寒気が走った。 傷口を圧迫する手に力が入る。 紬「駄目・・・りっちゃん駄目!しゃべらないで!!もうすぐ救急車くるから!」 澪「律・・・頑張ってっ・・・!」 律「澪・・・。無事、だったんだな・・・」 澪は律の顔を見る。彼女は真っ青な顔で、だが笑っていた。 律「本当に・・・良かった・・・・・・」 澪「り、つ・・・」 律の頭が力なく下がる。 澪「い、嫌・・・律!嫌!!」 何度呼んでも返事は返ってこない。澪はわけがわからずただ律の体を揺さぶった。そこへ―― 救急隊員「怪我人は何処ですか!!」 救いの声が響き渡る。 工場の外に、救急車が止まっていた。 紬に連れられて、邪魔にならないように律の脇から離れる澪。 すぐにストレッチャーが駆けつけ、救急隊員達によって、再び気を失った律がそこに乗せられる。 聞いても意味がわからない単語の集まりが飛び交い、そのまま律は救急車に運び込まれた。 工場の外に出て、遠ざかっていく救急車をただ呆然と見つめる三人。 澪は手の中にある、真っ赤になったハンカチに視線を落とした。 それだけで、収まっていた涙がまた溢れ出す。 澪「ふぇ、ぐすっ、りつ~・・・」 唯「っ、うぁ、澪ちゃん泣かないでよ~・・・」 紬「二人とも・・・うっ・・・」 三人は何も言えず、ただただ泣き続けた。紬の父が、静かに歩み寄る。 紬父「・・・今日はもう遅い・・・。一旦みんな家に戻ろう。私が送る」 澪「で、でもっ・・・ぐすっ」 紬父「律ちゃんは大丈夫。きっと大丈夫だ。明日病院に行こう。今日は澪ちゃんは私の家に泊めてあげよう。さぁ、車に乗って」 澪「・・・・・・」コクリ 紬父「・・・二人も、いいね」 唯「ふえぇ・・・」 紬「ううぅ・・・」 …… 憂「・・・じゃがいもが溶けてもろもろだよ・・・。お姉ちゃん。電話でないし・・・」 いつまでも帰ってこない姉を心配しつつ、憂は机の上の、肉じゃがへと変更したカレーであった物を眺めていた。 長い間火を止めたりつけたりしながら温めていた上、焦げ付かないように混ぜたりしていたので、タマネギは消え、じゃがいもは溶けてドロドロになっていた。 憂「どうしよう・・・警察に電話した方が良いのかな・・・。お姉ちゃん・・・」 だんだん不安になってきた憂は、泣きそうになってきた。 と、知らぬ車が家の前で止まったのが、憂の目に入った。 憂(ど、どどどどどうしよう・・・) 不安になっていた憂は、若干パニックに陥った。辺りをきょろきょろと見渡す。 チャイムなしで、玄関の扉が開く音がした。憂は咄嗟に箒を掴むと、玄関へと駆けた。 憂「えええええぇい!」 箒を振り上げて憂は廊下に出る。と、 憂「お、お姉ちゃん!!?」 靴も脱がずに、そこにぼーっと立っているのは、間違いなく待ちわびた姉の姿。 憂は箒を放り捨て、唯に抱きついた。 憂「お姉ちゃん、遅いよぉ!!心配したんだよ!ごめんね!カレーが肉じゃがになっちゃったの!!じゃがいもが溶けちゃって、それで――」 涙ぐみながら訳もわからず叫ぶ憂。だが、姉の体が震えていることが、その体を抱きしめる腕を通してわかり、憂は顔を上げた。 憂「お姉ちゃ――」 唯「ういいいぃ・・・」 今度は唯の方から憂を抱きしめた。憂のエプロンに顔を埋め、ぽろぽろと大粒の涙を流す。 憂「お姉ちゃん・・・泣いてるの?どうしたの?」 唯「ふええええぇん・・・」 ただ泣き続ける姉に、憂はそれ以上聞くのはやめた。 憂「お姉ちゃん、部屋に行こう?とりあえず、靴脱いで」 優しく唯を支えながら、憂は彼女を部屋へと連れてあがった。 自分の部屋に入ると、唯はベッドに倒れ込んでさらに泣く。 憂は黙って下に下りると、ご飯と肉じゃがと野菜を皿に盛り、お盆にのせて持ってあがった。 憂「お姉ちゃん。机に晩ご飯置いておくから、落ち着いたら食べてね」 返事はなかったが、憂は静かに唯の部屋を出た。 憂(どうしたんだろ・・・お姉ちゃん・・・。明日聞けたら聞いてみよう・・・) 憂は一人、台所で晩ご飯を食べ始めた。 翌日。 憂(休日にお姉ちゃんが、私より早く起きるなんて・・・) 普段は起こしても起きないような筋金入りのねぼすけの唯。 そんな彼女が、どういう訳か置き手紙を残してすでに出かけていた。 憂(昨日の夜のことかな・・・。一体何があったんだろう) 憂は自分の朝食を机の上に並べつつ、テレビをつけた。 憂(お姉ちゃん・・・) なかなか置き手紙を読む気になれず、リモコンを手に持ったまま俯く憂。 『――・・・次のニュースです。昨晩私立桜が丘高等学校の生徒が、暴行の末、ナイフで刺されるという事件が起きました。』 ぼんやりとした彼女の耳に、聞き覚えのある単語が入った。 憂(桜が丘・・・お姉ちゃんの高校!!) 憂は慌てて画面を食い入るように見つめる。出てきた地名、風景は見慣れたものばかりだった。 憂(嘘・・・けっこう家から近い・・・) 『・・・調べによると、この生徒は友人が暴行されそうになったところを助けに入り、巻き込まれた模様です。また、犯人グループの中には桜が丘高校の教員も二名いたそうで、現場は騒然としています』 『当時暴行されかけていた生徒に怪我はないようですが、被害者の田井中律さんは、意識不明の重体です』 画面に映し出された顔、聞こえてきた名前に、憂はリモコンを取り落とした。 憂「嘘・・・律、さん・・・?」 憂(律さんが、刺された!?) 憂は唯の置き手紙を開ける。 『りっちゃんのお見舞いに行ってきます。帰りは遅くなると思う』 震えた文字で、紙の真ん中に小さくそれだけ書かれていた。よく見るとその紙は、水分を含んだようにしわしわになっていた。 憂(律さん・・・) 紬の父に連れられて、三人は律が運び込まれた病院まで来ていた。 だが、三人は律の姿を見ることができなかった。 律が収容されている病室の扉に刻まれた、面会謝絶の文字。 その文字が、まるで呪いのように三人をその場に凍り付かせた。 澪「り、つ・・・っ!」 澪が倒れ込むようにその扉に縋りつき、声を殺して泣き始める。 昨日から一体どれほど泣いただろうか。 いくら泣き虫とはいえ、これほどにまで泣き続けることが出来る自分に驚くほどだ。 だが、そう思っていても、止まらない物は止まらない。 床に座り込んで泣き続ける澪を、紬がそばにあったソファに座らせた。 痛いほど静かな時間が過ぎていく。 紬の父は、三人だけの時間が過ごせるように気をつかったのか、どこかに行ってしまった。 おそらく病院の先生と話をしているのだろう。 澪は泣きはらしてしまった目にハンカチを当ててうずくまっている。 そんな彼女の背中を、紬が優しくさすってやる。 唯はただ、呆然と面会謝絶の文字を眺める。 唯(こんなの・・・ドラマの中だけだと思ってた・・・) こんな状況、空想の話の中だけだと思っていた。人ごとのようにしか、考えたことがなかった。 現実ではこうも心臓を抉られるような気になるのだと、初めて知った。 唯(りっちゃん・・・冗談だよね・・・。嘘だって言って、出てきてよ・・・) 唯はそれ以上その残酷な文字を眺めていることができなくなり、顔を背けた。 どれほど時間が経っただろうか。 おもむろに沈黙を破ったのは、澪だった。 澪「律・・・気を失う前に、私を見て笑ったんだ」 小さく首を振って、澪は続ける。 澪「ううん、それだけじゃない・・・。私だけをタクシーに乗せて逃がしてくれたときも、振り返って笑った」 澪「どうして・・・怖かったに違いないのに・・・苦しかったはずなのに・・・何で笑ったの?」 澪は俯いたまま、誰にというわけでもなく、疑問をぶつける。 それに答えたのは、意外にも―― 唯「・・・そんなの、決まってるよ・・・」 唯だった。澪を見つめるその顔は、見たことないぐらい真剣だった。 唯「澪ちゃんを助けることが出来たから、だよ。絶対」 唯「辛そうにしてた澪ちゃんを見た時は、りっちゃんも辛そうだったもん」 唯の言葉に、紬も小さく頷いた。 紬「小さい頃から、りっちゃんは澪ちゃんの親友だったんでしょう?」 紬「ずっと一緒にいたから、りっちゃんは、『こいつは守ってやらなきゃ』っていう使命感をいつの間にか持っていたのかもしれないわね」 唯「だって、あのりっちゃんだもんね・・・」 澪「唯・・・むぎ・・・」 澪は顔を上げ、もう一度固く閉ざされた扉を見つめた。 澪(そうだ・・・あの時だって・・・) ちび律『もー!みおってほんとあぶなっかしいよね!』 ちび澪『うえぇええ・・・ぐすっ・・・』 ちび律『もうわんちゃんいないよ。ほら、だいじょーぶ』 ちび澪『うん・・・うん・・・』 差し出された手を、涙で濡れた手で握り返す、幼き日の澪。そこへ、笑い声が飛んできた。 ガキA『あはははは!みたぞみたぞ!犬においかけられてないてやーんの!』 ガキB『なきむしだ!なきむしだー!』 ちび澪『っ!!ふ、ふぇ・・・』 ガキA『また泣いたー』 ガキB『また泣いたー』 ちび律『――~っおまえらー!!』 ガキA『うわっ!』 ちび律『みおをいじめるやつは私があいてだー!』 ガキB『田井中だっ。おまえにはかんけいないだろー』ドンッ ちび律『っなにをー!』ベシッ ガキB『いてっ』 ガキA『なにすんだよ!』バシッ ちび律『そっちがやってきたんだろ!』ボコッ ガキA『いてっ』 ちび律『とっととあっち行けぇ!ばかやろー!』 しっぽを巻いて逃げていくガキ共に、幼き日の律はあっかんべーをした。 ちび澪『・・・すんっ・・・』 ちび律『きにすることないよ。さ、かえろ?』 もう一度澪の手を取る律。澪はおずおずと、律のおでこを指さした。 ちび澪『たたかれたところ、赤くなってる・・・』 ちび律『だいじょーぶ。いたくないもん』 ちび澪『ほんと・・・?』 ちび律『ほんとっ!だって、みおがかなしそうにしてるの見るほうがもっといたいもん』 ちび澪『いたい?りつが?』 ちび律『うん。みおが泣いてるの見ると、むねのところがぎゅっ、ていたくなるんだ』 ちび律『だから、それにくらべたらぜーんぜん、へいきだよっ!』 ちび澪『りつ・・・ありがとうえぇ・・・』 ちび律『ないちゃだめー』 澪(・・・律は小さい頃から私を助けてくれていた) 澪(馬鹿で、ふざけてて、おっちょこちょいだけど、心の底に強さを持っていて・・・) 澪(私はその強さに甘えてたんだ・・・) 澪(私自身、もっと強くならなきゃいけないのに、心のどこかでそれをめんどくさがってた・・・) 澪「私・・・馬鹿だ・・・」 頭を抱え込んでうなだれる澪。と、そこへ紬の父が帰ってきた。 紬「お父様・・・」 紬父「・・・今日は、帰ろう」 紬「・・・っ」 紬父「――明日から、面会可能になる」 澪「本当ですか・・・!」 弾かれるように顔を上げる澪に、紬の父は小さく微笑み、また真顔に戻った。 紬父「親族と、君たち軽音部関係者だけ特別に、だそうだ」 唯「私達・・・だけ・・・」 それほどの状態なのだと、嫌でもわかった。だが、明日になれば律にあえる。それだけが三人の励みになった。 紬父「さぁ、家まで送ろう」 重い体を起こして、三人は立ち上がった。 途中何度も振り返りながら、三人は律の病室を後にした。 6