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http //pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1303394673/830 **************************************** 大人向け。18歳未満の方は速やかにファイルを閉じてください。 注意事項:本作は主人公がオリキャラという『外道』二次創作です。 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ オリキャラNGの方は華麗にスルーしてください。 また、カップリングに強いこだわりのある方もスルーの方向で。 最初の150行ぐらいで判断していただけるかと思いますが、とにかく、 二次としてどうなの?と書いた本人が思ってしまったという。 タイトル:俺たちの田村さん 登場人物:田村麻奈実、高坂京介、「俺」、他 設 定:京介と麻奈実は大学生になっています。 京介には年下の恋人がいます。 物 量:1150行ぐらい **************************************** (1) 彼女と出会ったのは大学に入って間もない頃だった。まだ、五月の連休前だったから、 本当にこっちに来たばかりの頃だ。俺はサークルで高坂京介という男と知り合い、程なく 彼女、田村麻奈実とも知り合う事となった。彼女は家の手伝いがあるとかで、どこのサー クルにも入っていなかったけれど、高坂と一緒にいることが多かったから自然と知り合う 機会に恵まれたというわけだ。その点に於いて、高坂は俺の恩人と言えなくもなかった。 サークルのメンバーも含めて、二人を知っている人間の殆どは二人が付き合っているも のだとばかり思っていた。高坂は『ただの幼馴染みだ』、なんて言っていたが、それを鵜 呑みにする奴はほとんど居なかった。まあ、俺もそうだったけど。 五月の連休が明けてすぐのことだ。 俺はふらふらっと学食に向かっていた。ちょっと疲れていた。ここは俺が住んでいたと ころとは色々と違っていて、まあ、それは空や風の具合や、気温や空気の匂いとか空の広 さだったりするのだけれど、一番堪えたのは街や人間のペースの違いだった。 今にして思えば軽いホームシックだったのかもしれない。住み慣れた街の事とか、向こ うの友人達の事とか、ついでに両親と姉の事とか、十八ヶ月付き合って半年前に別れた彼 女の事とかをやたらと鮮明に思い出したりしていた時期だった。 食堂に学生の姿はまばらだった。夏のそれに変わり始めている日射しに照らし出される みたいにして田村さんが一人で座っていた。テーブルにはバッグと本、それに自動販売機 で買ったらしい飲み物の紙コップ。 珍しいな、と思った。でも、二人が別行動していても不思議はないわけか、と勝手に納 得しつつ、俺は引き寄せられるように田村さんの方へと歩いて行った。 「こんにちは。田村さん」猛烈に普通な挨拶だった。 「こんにちは。ええっと……」 つまり、名前は覚えてもらえていないのだった。まあ、顔は覚えてくれてるみたいだっ たので良しとすることにして、俺は二回目の自己紹介をした。 「ごめんなさい」と恐縮され、「気にしない気にしない」と言ってはみたものの、ちょっ とだけ傷ついていたりもした。多分、そのせいだ、 「今日は彼氏と一緒じゃないんだ」 なんていう意地の悪いことを言ってしまったのは。 「彼氏って?」ちっともお洒落じゃない眼鏡の向こうでまるっこい目が不思議そうに俺を 見上げていた。 「そりゃ、高坂にきまってるだろう」 すい、と彼女の視線が沈んだ。あれ、喧嘩でもしてんのか? と、思ったら、 「きょうちゃんには付き合ってる女の子がいるんだよ~。わたしはただの幼馴染み」 ほわんとした、ちょっと舌っ足らずのような声で、でも寂しそうに、彼女はそう答えた。 幼馴染み。それは高坂がいつも言っていることだった。それで、俺は田村さんが高坂の 幼馴染みで、且つ彼女だとばかり思っていたのだが、実はそうではないらしい。 「あ、そうなんだ」と応えながら思った。 ああ、まずった。これは地雷ではないか。 まあ、へらへら笑いながら地雷原に突っ込んでいったのは俺なんだけど。 そこでやむを得ず、 「何、飲んでるの?」 滅茶苦茶強引に話題を変えた。 「え? あ、紅茶。ミルクティ」 強引過ぎる展開だったが、まあ、なんとか。少なくとも気まずい状態からニュートラル なレベルまでリカバリーしたいところではある。そうしておかないと次に会ったときにな んとなく気まずくなりそうだ。 「好きだよね。女子はミルクティ」別れた彼女もそうだったっけな。 「……」不思議な間があって、「本当は緑茶がいいんだけど、売ってないから」 「俺は玄米茶が好きだな。売ってないけど」 くすっと、彼女が笑った、気がした。 「まあ、売ってても買わないとおもうけどね」 「どうして?」 「だって、お茶は急須で淹れて湯飲みで飲むところまで込みで好きだから。なんかさ、紙 コップで出てきたら萎える」 「……そっかぁ。そうだよね」 しげしげと紙コップをのぞき込みながら彼女は言った。 「ここ、座ってもいい?」 彼女の斜め前の椅子を指さして俺は言った。 「うん。どうぞ」 テーブルに鞄を置いて腰を下ろした。 田村さんが紙コップを持ち上げて口に運ぶ。少ししか残っていなかったのだろう。飲み きった様子だった。 「田村さん。さっきはゴメン」 「え? うん。気にしてないよ」手を振りながら彼女は言った。 「ありがと」 俺は鞄から飲みかけのペットボトルを取り出して蓋を開けて一口飲んだ。 くすっと笑い声が聞こえた。 「ん? どうかした?」と尋ねると、 「だって、紙コップだと萎えるのに ぺっとぼとる のお茶はいいのかなぁって」 確かに、テーブルに乗ってる俺のペットボトルの中身は緑茶だった。 「ううむ、なぜかペットボトルには抵抗感が無いなぁ。田村さん的にはどう?」 「わたしも平気かな。なんでかな」 「ふむ」「うーん」と、何となく二人で考えてみる。 「ふしぎだねぇ」 おばあちゃんが子供に言うような調子で田村さんが言った。 それがおかしくて、つい笑ってしまう。 「なあに?」 「いや、なんでもないし。ふしぎだねぇ」と俺も真似して言ってみる。 眼鏡の向こうのくりっとた目で俺を捉えて、それから小首を傾げて見せた。 ちょっと、可愛いかもしれない。 それに、なんだろう。会話のペースがすごく気持ちいい。 「これは湯飲みと違いすぎて気にならないのかもね」 俺はペットボトルを持ち上げて言った。 「そうかなぁ」なんて納得してない感じで彼女は言った。 俺は残っていた二口分を飲み干して、 「それも空いてる?」 紙コップを指さして訊いた。 「え、うん」 「じゃあ、鞄見てて。なげてくる」 俺は空になった紙コップとペットボトルを持って席を立った。 「なげるの?」 ものすごく不思議そうに田村さんが俺を見上げた。 「なげるよ」 「だめだよ。そんなの投げちゃ。迷惑だよ」 何をムキになっているのだろう? と思ったが。 「あー、ごめん。『なげる』ってのは捨てるってこと」 『なげる』は俺の地元の方言だった。 「そうなんだぁ。びっくりしたぁ」 ちょっと気恥ずかしくて、俺はそそくさとペットボトルと紙コップを『なげて』きた。 席に戻ると田村さんがにこっと笑った。 「えいって、投げるのかと思った」 そう言いながら、田村さんは何かを投げる仕草を見せた。あんまり遠くまで飛びそうに ないフォームだった。 「つい、言っちゃうんだよな。ずっとそう言ってたからさ」 「方言?」 「うん。北海道」 「そうなんだぁ。全然、気がつかなかったよ。こっちの人だと思ってた」 「まあね、北海道は殆ど標準語だから」 そうなんだよな。殆ど標準語だから。たまに通じない言葉があるってのが、却って厄介 なんだよな。 「そっかぁ」 「田村さんはずっとこっちの人?」 「うん。そうだよ」と彼女は言った。 まあ、そりゃそうだろうな。幼馴染みなんて引っ越ししてたら成立しない。 「いつこっちに来たの?」 「三月末。高校までは向こうだったから」 「一人暮らしなの?」 「うん。もうね、母親の偉大さをひしひしと実感してますよ」 いや、マジでね。自炊みたいなこともしてるけど、これが難儀で。結局、インスタント ラーメンとか弁当で済ませてしまうことも多い。 「そっかぁ。大変だねぇ」 「一ヶ月やってみてようやく感じが掴めてきたところ。田村さんは家事とかやる人?」 田村さんはこくりと頷く。その様子を見て、 「得意そうだもんね」と俺は言った。 なんとなく、田村さんにはそんな雰囲気があった。 「そんなことないよ」と彼女は言う。けれど、それは謙遜だろうなと思う。 「料理とか、得意そうだけど」 「どうして?」 「なんとなく」 「おばさんっぽいのかな。わたし」そう言って、彼女はてへっと笑顔を作った。 「んなことないよ」 それどころか普通に可愛い。ほんのちょっとだけぽちゃっとしてるところも俺的にすご く良い。とか、言ったら完璧セクハラだな。 「え~、よく言われるよ~。お前はおばさんくさいって」 「失礼な奴だな」 「だよね~」 「ああ、間違い無いな」 俺がそう言うと、田村さんは腕を組んでうんうん、としきりに頷いた。 「やっぱり、きょうちゃんは失礼だよ」 なんだよ。高坂かよ。ま、それにしても『ちゃん』付けはいかにも古い付き合いって感 じだよな。まあ、いずれにせよだ、 「高坂は失礼な奴だなっ」 言ってやった。ざまあみろ。 「だよね、だよね~」 「ああ、間違い無い」 俺がそう言うと、田村さんはやっぱり、うんうん、と頷いた。 (2) そんな事があって、俺と田村さんはお互いに見かけたときに声をかけたり立ち話をする 程度には仲良くなった。高坂とはサークルも同じだから、俺たちが三人でつるむようにな るまで、そんなに時間はかからなかった。 そうして打ち解けてみると、高坂と田村さんが一緒にいる時間が実のところそれほど長 く無いということが分かってきた。何処で何をやっているのかは分からないが、高坂とい う男はあきれるほど忙しい男で、電話だのメールだので呼び出されては姿を消し、翌日に なると淀んだオーラを引きずるようにして現れたりしていた。そんな高坂を田村さんは天 使の如き優しい眼差しで眺めていたりするのだが、それは俺にとってはちっとも微笑まし くなくて、むしろ痛々しくて、そして俺自身も痛かった。胸をチクチクと痛めながら高坂 を見ているであろう田村さんを見るのが辛かった。 それで、俺は彼女に、田村麻奈実に惚れているんだということを自覚した。 関東地方が梅雨入りして二週間が経った。腐海のように不快だ。 片恋の相手がつかず離れずで自分の傍にいるのって、どうなんだろうな。 そんな事を考えながら学食で昼飯を食べている時だった。 「ここ、空いてる?」 田村さんがどんぶりの乗ったトレーを持って立っていた。 「あ、うん。どうぞ」 俺の正面に田村さんは座った。彼女の昼食はきつねうどんだった。 「今日もカレーだねぇ」 彼女は言った。田村さんの言う通り、俺の昼飯カレー率はかなり高かった。 「安いし、味も悪くないしね」 俺が答えると、そっかぁ、と言って田村さんはうどんをちゅるちゅるとすする。 「でも、毎日だと飽きちゃうんじゃないかなぁ」 「そりゃそうだ。……火曜日と木曜日はカレーじゃない日にしようかな」 「ああ、それはいいねぇ」 田舎のばあちゃんみたいなリアクションだった。だが、それがいい。 ぽつぽつと午後の予定なんかを話しながら、俺と田村さんは食事を終えた。 彼女はふと外を見て「今日も雨だね」と言った。 「本当に雨ばっかり。こっちの梅雨時っていっつもこうなの?」俺が訊くと、 「あんまり降らない時もあるんだよ。今年はふつうかなぁ」と田村さんは答えた。 「そうなんだ」 これで普通ですか……。うんざりです。 「北海道は梅雨がないんだよね」 「無くもないけど、こんなに続かないし、こんなに蒸し暑くないから」 「じゃあ、大変だね」 「う~ん、まあ、そうだけど、とりあえず命に別状はないよ」 俺が応えると、彼女はくすっと笑って、「そうだね」と。 そんなやりとりの全部が心地よかった。 世界が俺に微笑んでくれてる、そんな気分だった。 ふと、壁にかかっている時計を見ると、随分と時間が経っていた。 ほんわりとした彼女の醸す雰囲気の中ですごしていると驚くほどの時間が経っているこ とがある。五分ぐらいのつもりが十五分経っていたりと、彼女が生み出す『田村さん時空』 では『うちゅうのほうそくがみだれる』のだ。 「そろそろ行こうかな」と田村さんが言った。通常の時空間に帰還すべき頃合いだった。 「俺も。これ、下げてくるから鞄を見てて」 俺は席を立って二人分のトレイを持った。 俺は後ろ髪引かれる思いで『田村さん時空』から帰還する。 午後の講義の後、俺はサークルのアジトに顔を出した。ゲーム研究会は結構な人数を擁 するサークルなのだが、俺の所属する所謂『制作派』はサークル内ではマイノリティだ。 俺は遊ぶよりも創る方が好きで、ゲームの制作は高校生のころからの趣味だった。高坂も 『制作派』に所属している。しているのだが、ほぼ素人で制作に関するスキルは殆ど無い。 どうやらバグ出しをやった経験はあるらしいのだが、どの程度のやる気で入ってきたのか よく分からない。と、言うかやる気だけはあると言った方がいいのか。 俺は制作用の共有ノートパソコンを棚から出して作業を再開した。今、担当しているの はアドベンチャーゲームのシナリオからルート分岐チャートとアイテムリストを起こす作 業だ。プリントしたシナリオに赤ペンで書き込みながら、フリーのドローツールでチャー トを描き、フリーの表計算ソフトにアイテムのリストとイベントとのマッピングを打ち込 んでいく。 作業を始めてから二十分ほどが経ったころ、タコ部屋(アジトもタコ部屋もこの部屋の 事だ。他にも閉鎖空間、風絶、結界とか様々な痛々しい呼称がある)に高坂が現れた。 高坂が担当しているのは俺が描いたチャートとリストのチェックだ。なんでこんなにきっ ちり役割分担をしているのかというと、どうやら大作ゲームを開発するという野望が制作 派首脳部にはあるらしく、その準備として分業開発の練習中ということらしい。 「うーす」と高坂が言うので、 「うーす」と応えた。 俺は高坂に出来上がっている分のデータを渡した。高坂はチャートとリストをプリント アウトして蛍光マーカー片手にチェックを始める。凄くローテクだ。しかし、やる気だけ はちゃんとある高坂にはぴったりの仕事だったりする。 珍しい事に閉鎖空間には俺と高坂しかいなかった。 「ちょっといいか?」 高坂が言った。 「ん? ミスってたか?」 チェックしながら進めているけど間違えることもたまにある。 「いや、」 「なんだよ?」 「今日、麻奈実と昼メシ喰ってたか?」と高坂は言った。 ああ、一緒にいたさ。隠すようなことじゃない。 だって、お前の彼女じゃないんだろ? それにしても、 「ああ、一緒だった。情報早いな」 サークルの誰かが見てたんだろう。別にチクらなくてもいいだろうに。 まあ、おもしろがってるだけなんだろうけどさ。 「お前さぁ、ひょっとして麻奈実が好きなの?」 高坂は手元の資料を目で追いながら言った。 お前、読んでるふりしてるだけだろ、と思いながらも、そこはスルー。 「だとしたら?」 とぼけてみる。 「……お前は俺の敵と言うことになるな」 「意味が分からん」 俺はマウスを滑らせながら言った。実は画面なんかまともに見てないのだが。 そして高坂も資料なんかきっと読んでいないのだろうが。 「つまり、麻奈実が男と付き合うなんてことは俺がゆるさん」 「はぁ? 高坂、お前さ、彼女いるんだろ?」あ、ひょっとして振られたとか。 「いる」 なんだよ。わけが分からん。 「なんだよ、それ。自分は彼女がいるのに、田村さんが彼氏つくるのは駄目なわけ?」 「その通りだ」言い切りやがった。 「なんで?」 「理由なんてねぇ」 最悪だ。どこのジャイアン様だよ。 「理由は無いけど、田村さんが彼氏を作るのは許さない、と」 「ああ、そうだ」 なに、こいつ。なまら、むかつく。 一体、こいつは何なんだ。何を考えている。田村さんをどうしたいんだ。俺にはまるで わからない。でも、ここで押し問答したって意味は無い。 「なるほどね。田村さんの事が気になるって奴に会うことがあったら伝えとくよ」 「あ、ああ」 歯切れ悪く高坂は応えた。 「それだけか?」 「お前は麻奈実の事、どう思ってるんだ?」 「お前の持ち物じゃないと思ってる」 高坂は険しい目つきで俺を睨んでいた。 すぐに睨み返してやった。俺が田村さんの事をどう思っていようが高坂には関係ない。 色々、言ってやりたい事はあったが全部飲み込んだ。不毛な言い争いにしかならないだろ うから。 俺は視線をディスプレイに戻し、何も言わずに作業を再開した。 「麻奈実には言うなよ」高坂が言って、 「言われるまでもない」俺が答えた。 しばらくしてサークルのメンバーがぞろぞろとやってきて、俺と高坂の直接対決第一弾 は水入りとなった。 牛丼屋で晩飯を食ってから、1DKのレトロな(ボロと言ってはいけない)アパートに 帰宅した。鞄を置いてベッドに寝転がると自然と溜息が出た。何をする気にもなれず目を 閉じた。シーツも毛布もなんとなく湿気っている感じがする。不快だ。 せっかく田村さんと食事して幸福度が上がったのに、高坂のお陰で俺の幸福度はだだ下 がりもいいところだ。俺の青春ポイントはちっとも貯まらず常に収支とんとんである。 まったく、高坂は何を考えているのだろう。 田村さんが男と付き合うのを許さない、なんてまるで子離れできない父親のようだ。 そのくせ自分は年下の女の子と付き合ってるのだからまったくわけがわからない。しかも 結構な美人らしい。まあ、それはいいとして……。 唯の独占欲なのか、本当に二股なのか。 高坂にあんな態度をされたら田村さんだって諦められないだろう。 それとも、ずっと幼馴染みで付かず離れずでいたいって事だろうか。そりゃあ高坂はそ うかもしれないけど、田村さんはそうじゃない気がする。 あるいは今の彼女とダメになったときのための保険とか。うわ、これ最悪だな。なんか、 こんな事を考えてる俺がダメ人間になりそうだ。 また、溜息が出る。 考えると今の関係性って田村さんにとって辛すぎだろう。幼馴染みで片想いの相手には 彼女がいて、そのくせに思わせぶりに近くにいる。いや、逆に考えると彼女がいるのに遠 ざけられないってことは田村さん的には嬉しいのか? 言ってみるか? 好きです、付き合ってください、田村さん 絶対に断られるな。なんだろう、勝てる気がしない。 それ以前になんだかんだで高坂に阻止されそうな気もするが。 嫌われてるってことは無いと思うけど、だからといってなぁ、 ……いや、待てよ。 断る立場だったらどうだろう。あの田村さんが人を傷つけて平気なわけがない。振られ た方(つまり俺)より振った方(つまり田村さん)の方がよっぽど凹みそうな気がする。 だから、なのか? 高坂の態度は田村さんを傷つける可能性をつぶすためなのか? いや……、いや、いや、それは考えすぎだろう。 きっと何かこれっていう明確な理由があるわけじゃ無いだろう。田村さんを思いやる気 持ちもあるだろうし、高坂自身の独占欲みたいなものだってあるかも知れない。そういう 幾つもの想いや重ねてきた時間があって今のようになっている、そんな気がする。 けど、このままでいいはずがない。では、俺はどうすればいい? 田村さんはどうしたいんだろう。 今のままでいることを本当に望んでいるのだろうか。 それとも、今より悪くなるのが怖くて動けないだけなのだろうか。 彼女の気持ちがわからない。 だから、彼女がそうであるように、俺もここから動けない。進む方向が分からなくて、 唯々立ち竦んでいるようで、そんな自分の無力さ加減がとても、 つらい。 (3) ようやく梅雨が明けて、俺の気分は緩やかに上昇中である。しかし、田村さんとの関係 には全く進展がない。未だにデートにすら誘えていないのは情けない限りなのだが、しか し田村さんの真意を掴めないでいる俺には手の打ちようが無いのだった。しかも、それ以 前の問題として、俺は自分が女の子と付き合うこと自体を怖がっているらしいということ に気がついた。シンプルに言えば、終わるのが怖くて始められない、そういう事だ。別れ た彼女と俺はお互いに良い方向を見つけようと思っていたはずなのに、なぜか最後は滅茶 苦茶な終わり方だった。その経験が俺に二の足を踏ませてしまうらしい。 ともかく、そんな俺の状況を察してなのか、高坂はあの日以来、俺のアクションに対し ては静観を決め込んでいる様子だった。田村さんと話したり、高坂を交えて三人で話した り、食事に行くこともあるのだが、別段変わったところはなく、これといって牽制じみた こともない。 だからと言ってのんびりと構えてはいられない。あと十日ほどで大学は夏休みに入る。 そうなると、田村さんと会う機会は激減するだろう。それはちょっと、いや、かなり避け たい事態だ。最悪、後先のことは考えずに突撃してみるしかないかもなぁ、いやいや、 そりゃあ無理だろう、などと考えつつ、俺はキャンパスに向かった。 講義が終わると学生達がぞろぞろと教室を出ていった。三人で同じ講義に出るのも良く あることで、こういう時の席順は真ん中に田村さん、その両側に俺と高坂が座るというの がお決まりになっていた。 「今度ね、うちのお店で夏のふぇあーをやるんだよ」 田村さんの実家、田村屋で夏の和菓子フェアをやるのだそうだ。 ま、しかし。『ふぇあー』ってのは『市』の事だろ。一軒だけの単独開催でフェアって のはどうだろう? と思うのだが、そこには突っ込まないでおこう。些細なことだ。 「またイベントとかやるのか?」高坂が言った。 「そうだよ~。あのね、お菓子作りの実演とか、体験とか、あと、夕涼み大会とかもやる んだよ。あと、ふぇあー限定の新作和菓子もあるんだよ。それでね、田村屋はただ今ある ばいと募集中なのです」 「アルバイトってあれだろ。荷物運び」 「うん」 「荷物運び?」 「米とか小豆とかの運び込み。結構、きついんだぜ」と高坂が言った。 知っているということは手伝いに行ったこともあるのだろう。多分、田村さんは高坂に 声をかけているのであって、それが俺の耳にも聞こえているってところなんだろう。だと すれば、ここで『俺、やるよ』なんて言うのも空気が読めてない感じだよな。そういう仕 事は割と得意なんだけど。 「へぇ。で、いつなの?」と差し障りのない発言で話をつないでみた。 「えっとねぇ、明日の三時ぐらいから夜まで」 俺的には問題ないが。 「あー、悪い。俺、行けねぇわ」 高坂はそう言ってから、ちょっと呆れ気味な表情を浮かべて「つーかよ、もっと早く言 えよ」と。 田村さんは、てへへ……と曖昧に笑って見せて「ごめんね」と言った。 どういうこと? 思案する。田村屋のフェアは前から決まっていたことだろう。人手が 無いってのも、まあ、本当だとして、なのに今日になって言い出すというのはちょっとお かしい。辻褄が合わなくてモヤモヤする。まあ、グダグダ考えていても仕方ない。 「あのさ、俺、ヒマだけど。よかったら手伝うよ」 「ほんと? でも、力仕事で大変だよ~」 「それは、大丈夫だと思うよ」 「本当かよ? あれ、マジできついぜ」 「だったら、お前も来て手伝えよ」俺は言った。 「明日は用事があって行けねぇんだって」 高坂はそう言ってそっぽを向いた。田村さんは俺たちに挟まれて曖昧に笑っていた。 「だってさ。田村さん、どう?」 「うん。じゃあ、お願いしようかな」 にこっと笑う。とても可愛い。そんな笑顔のまま、 「でも、本当に大変だからね~。恨みっこなしだよ」と彼女は言った。 翌日、田村屋で俺を待っていたのはトラックに積まれた大量の穀物袋だった。それらを 店の冷蔵室に運び込むのが俺の仕事というわけだ。 田村さんの父親はとても寡黙な人だった。穀物袋を担ぎ上げる俺の姿を見た親父さんは 「ふむ」と納得すると店の中に戻っていった。 「ちからもちなんだねぇ」と驚く田村さん。エプロンも良く似合う。とても可愛い。 「慣れだよ。俺、実家が米屋なんだよ。配達とか手伝ってたから」 そんなわけで穀物袋を運ぶのには慣れている。ちょっと鈍っているだろうけど中学生の 頃からやっていることだから身体が動きを覚えている。 「へぇ、そうなんだ」 「ここは俺だけで大丈夫だから」 「うん、お願い。終わったら呼んでね」 そう言って田村さんも店に戻っていった。 俺は真夏の日射しにジリジリと灼かれながら、トラックから田村屋の冷蔵室へと穀物袋 を運び続けた。貸してもらったタオルは拭った汗で重くなり、濡れたTシャツが肌にべた りと貼り付いた。 「しっかし、暑すぎだろ」 独り言も漏れようというものだ。 日陰に入って汗を拭う。 そして作業再開。ずっしりと重い米袋を持ち上げて慎重に運ぶ。ただひたすらに肉体労 働に没頭する。それはそれで楽しかった。確実に、間違いなく、やった分だけの成果が出 るから。三十分ほどで俺は全ての荷物を運び終えた。もう、すっかり全身汗だくだった。 顔をタオルで拭い、店の裏口から田村さんに声をかけて仕事が終わったことを告げた。 親父さんが倉庫の中を見渡して「ふむ」と納得すると店の中に戻っていった。本当に無 口な人だ。つか、俺って嫌われてる? などと詮索していると、親父さんと入れ替わりに 田村さんが店から出てきた。 「お疲れ様。早いねぇ。お父さん、感心してた」 「そうかな」どうにも、そう思えないんですが。 「うん、絶対に休み休みで一時間ぐらいかかると思ってたから」 「じゃあ、もっとのんびりやればよかったな。他にやることある?」 言いながら汗を拭う。田村さんは微かに首を傾げ、 「えっとねぇ、お風呂、入ってきて」と。 「……へ?」 首を傾げる俺に田村さんはにこっと笑う。とても可愛い。 とてとてと歩く田村さんに連れられて俺は田村家のお風呂へ。「これ、着替え」と田村 さんに渡されたのは新品の下着と灰色の浴衣だった。 「いべんとは、五時からだからそれまでのんびりしててね~」と言って田村さんは脱衣所 の引き戸を閉めた。どうやら、イベントの接客係を仰せつかったらしい。ともかく、汗で べたべたして気持ち悪いのでお風呂を借りられるのは有難い。これが深夜アニメとかだっ たら洗濯カゴに田村さんの下着が! みたいなイベントとかあるんだろうけど、ま、現実 にはそんなことがあるはず無い。脱いだ服を洗濯カゴに放り込んで浴室に入りシャワーを 浴びる。あー、まじ、きもちいい、なんて思ってたら、 「ばすたおる置いておくからね。あと、服、洗っちゃうね」と、田村さんが…… 「い、いいよ。そのままで」と、言ってみたものの、 「遠慮しなくていいよ~。お財布とか洗面台に置いておくね」と見事にスルー。 そんなまさかの逆イベント発生により、俺の不浄なる下着は田村さんの手により田村家 の洗濯機に投入されてしまうのであった。 二十分後、すっきり、さっぱり。容姿のパラメーターがちょっと上がった。 俺は田村家の居間で胡座をかいてぼんやりと扇風機の送り出す風に当たっている。首を 振る扇風機が作り出す風のリズムが心地よくて、うつらうつらとし始めた時だった。 「きょうちゃーん」 耳元でしゃがれた声がした。その直後、 「ぐはっ」 何物かに首を絞められた。俺は慌てて首に巻き付いている物に触れた。腕だ。その腕は 妙に細くて、しわしわの潤いの無い皮膚に覆われていた。俺はその腕をバンバンと叩いた が力が緩む気配がない。 「ひさしぶりだのぉ、きょうちゃーん」 耳元で囁いてくる気色悪い猫なで声。さらにまとわりつく加齢臭。 俺は背中に貼り付いている敵性生物の襟首を手探りで捕まえて、腰を浮かせて首投げの 要領で思い切り投げ飛ばした。 畳の上に投げ飛ばされて「ぐげっ」と悲鳴をあげたのはステテコ姿のジジィだった。 謎の生命体や物の怪では無さそうだ。と言うか、状況的に判断すると、このジジィは田 村さんの祖父であるに違いなかった。そして、畳の上に大の字になっている老体は断末魔 の悲鳴を上げたきりピクリとも動かない。とてもヤバイ。 「し、し、しっかりしてください」 お祖父さんの耳元で大声で言ってみる。しかし反応はない。 「どうしたの! おじいちゃん!」 田村さんが顔を引き攣らせながらお祖父さんの元に駆け寄り、 「しっかりして、おじいちゃん」 叫びながらお祖父さんの襟首を掴んで揺さぶった。 「田村さん! こういう時は揺すらない方が……」俺は田村さんの肩を掴んで言った。 その直後、お祖父さんの目がばっと開き、 「おじいちゃん?」と田村さんが声をかけると、 「誰じゃ! おぬしはぁああ!」とジジィが俺を指さして叫んだ。 ジジィ……、もとい、お祖父さんの趣味は死んだふりらしい。 それは趣味と言うより悪趣味だと思うのだが、それはさておき、あのあとお祖父さんは お祖母さんと田村さんにこてこてに説教されてしょんぼりとしていた。でも、それも『フ リ』だけなのだと田村さんは言った。 「いや~、すまんかった」とお祖父さん。 「いえ、こっちこそ。あの、本当に大丈夫ですか?」 「へーき、へーき。この通り」と言いながら得意げにボディービルダーみたいなポーズを 取って見せるお祖父様。心配して損した。 「もう、おじいちゃんが馬鹿みたいなことするからいけないんだよ」 「てーっきり、きょうちゃんが来ているもんだと思ってなぁ」 幼馴染みだもんなぁ。高坂は何回もここに来てて、家族みたいなものなんだろう。それ に俺の背格好は高坂と似たり寄ったりだから、浴衣の後ろ姿では別人だとは分からなかっ たのだろう。 「高坂は都合が悪くて来れなかったんですよ」 「そうかぁ、そりゃー残念だったの」 「しょうがないよ。きょうちゃんだって忙しいんだから」 何の用事なのか高坂は言わなかった。言わなかった事が答えの様なものだった。 「楽しみにしとったのになぁ……。しょぼーん」 しょぼーんって言うな。 「そうじゃ、もういっかい誘ってみたらどうじゃ」 「だーめ」 どうも会話の流れから察するに、お祖父さんは高坂に彼女がいるって事を知らないよう だ。というより、田村さんと高坂が付き合ってると思い込んでいるっぽい。 「いいじゃん、いいじゃん」 「だーめ。もうこの話はおしまい。お店にもどるね」 田村さんは素っ気なく言って立ち上がった。居間を出ようとする田村さんに、 「喧嘩でもしとるんか?」とお祖父さんは言った。 「してませんよーだ。ちゃーんと仲良くしてるよね。ねぇ」 田村さんは俺を見て言った。話を合わせてね、と、まあそうなのだろう。 俺は頷いて、「そりゃあもう、見てて腹立たしいぐらいですよ」と。 何やってんだろね、俺。 「妬かない、妬かない」とか言いながらジジィは俺の脇腹を肘で突いた。 「おじいちゃん、いい加減にしてよ。おばあちゃんに言いつけるからね」 田村さんがちょっとだけ強い口調で言うと、 「おー、こわいこわい」 とかなんとか言いながらジジィは奥の部屋に引っ込んだ。 「ごめんね」田村さんが言った。 何とも言いようがない表情だった。頬を緩ませ口元は笑っているのに、目元は酷く寂し げだった。そんな無理矢理の笑顔に俺はなんと言えばいいのだろう。 「気にしてないよ。お店の方、手伝うことある?」 「うん、ありがとう。じゃあ、そろそろいべんとの準備しようかな」 「了解」 俺は腰を上げて田村さんと一緒に居間を出た。 正直に言うと俺は田村屋のフェアを甘く見ていた。意外にもこの和菓子屋のイベントは それなりに強力な集客力があり夕涼み大会もプチ花火大会(プチなのに大会という自己矛 盾には目を瞑れ。正直、田村家のセンスは微妙なのだ)も盛況で、大人のお姉様達や、す ごく大人のお姉様達にからかわれたり冷やかされたりしながら不慣れな給仕に四苦八苦さ せられ、花火大会ではお子様達の相手をするハメになりよじ登られたりスネを蹴られたり と散々だった。 片付けが済んだ後、田村さんのお母さんが夕飯に誘ってくれたのだがそれは固辞させて もらった。色々あって疲れてしまったし、俺がいるとお祖父さんが高坂の事を蒸し返して きそうな気もしたから。 玄関の外まで田村さんが見送ってくれた。肩から下げたバッグには洗濯されてきちんと 畳まれた俺の下着とバイトのお代が収まっている。 「今日はありがとう。助かったって、お父さんが」 「そうかな。あんまり役に立った気がしないんだけど」 「ううん」ふるふると顔を振って、「そんなことないよ」と田村さんは言った。 そりゃ、まあ、田村屋の役にはたったのかもしれないけど、肝心の田村さんの助けには なれていない。 「高坂の事、知らないんだな。お祖父さん」 「うん。ずーっとね、勘違いしてるんだ」 そう言って田村さんは俺に微笑んで見せる。 「そうか」 「みんな、きょうちゃんの事すきだからね」 田村さんの弟も高坂を慕っているのだという。 そう言っている田村さん自身、今も高坂の事が好きなのだろう。 「それはわかるよ。でも、つらくない?」 「ごめんね。心配させちゃって。でも、平気」 平気な筈が無いだろう。 「そんな風には見えないよ」 彼女が顔を背ける。 「そんなこと、言わないで、くれるかな」 呟く様な田村さんの声はちょっとだけ震えているようだった。 「……でも、俺は、」 もういい、言ってしまえ。 好きだと言ってしまえばいいんだ。そう思った、その時。 「よかった、間に合ったぁ」 玄関口に田村さんのお母さんが出てきた。つっかけを履いてパタパタと外に出て田村さ んのすぐ隣に来た。お母さんは見た目も仕草も田村さんとよく似ている。 「これ、夕飯のおかず。おうちで食べてね。一人暮らしなんでしょ」 そう言いながらお母さんはタッパが入った田村屋のビニール袋を俺に渡した。 「すいません。いただきます」 俺が袋を受け取ると、お母さんは「また来てちょうだいね」と言った。 「はい。お邪魔しました」 軽く会釈すると、お母さんは何かを分かっているような目で俺を見て微笑んだ。 「じゃあ。田村さん。また」 「うん」 田村さんはにこりと微笑んで俺に手を振る。 俺はちょっとだけ手を振って見せて、もう一度軽く会釈してから田村家を後にした。 酷く切なかった。彼女の作り笑顔もなにもかも。 情けなかった。お母さんが出てきたとき、俺は『助かった』と思ってしまった。 言わずに済んだと思ってしまった。そんな自分に、凹む。 街灯がジリジリと呻っていた。 青白い月が、光っていた。そいつを見上げて俺は呟く。 どうすりゃいいんだよ、と。 (4) 然る後、結論は出た。やはりやるしかないないのだ。 俺は作戦の決行日時を夏休み前の最後の講義の後に設定した。 なぜなら、この作戦の実行により俺と高坂、そして田村さんは社会的なダメージを受け るからだ。そのほとぼりを冷ますための時間が必要だから、俺はその日を決行日としたの である。幸いにして頻繁に二人と行動を共にしていた俺は夏休みまでの二人の予定を大ま かにではあるが把握していたから作戦を実行に移すのはさほど難しいことでは無かった。 夏休み前の最後の講義が終わり教室からぞろぞろと学生が出て行く。 いつもの様に俺たちは三人ならんで座っている。 「高坂、田村さん、ちょっと話があるんだけど」 「ん、なんだ?」と高坂。 「人が減ったら話す。ちょっと待ってくれ」 「いいけどよ」 高坂は俺を怪訝な顔で見た。 「悪いな。どうしても今日、話しておきたいことなんだ」 田村さんはちょっと困ったような目で俺を見ていた。彼女の予感は多分正しい。 暫くすると教室から殆どの学生が出て行った。 「で、なんだよ?」高坂が言った。 まだ数名の学生が残っているが仕方ない。 「確認したいことがあるんだけどさ、前に言ってた、田村さんが男と付き合うのは許さな いって、あれってまだ有効なの?」 俺は高坂に言った。先に反応したのは田村さんの方だった。 「どういうこと?」と田村さん。 「お、お前、それは言うなって言っただろ」 「ああ。けどさ、やっぱ変だよ。それにさ、俺、それじゃ困るんだよ」 「俺、田村さんが、好きだから」 言った。ついに言った。言ってしまった。もう戻れない。 田村さんは一瞬きょとんと俺を見た。目が合った。それで完全に覚悟が決まった。 「田村さん、好きだ」 大事な事なので二回言った。 田村さんの頬が微かに赤く染まり、半開きになった口があうあうと動く。でも言葉は出 てこない。 田村さんの向こう側に座っている高坂の目を見た。 「だから訊いたんだ。田村さんが男と付き合うのは許さないって、今でもそんなこと考え てるのかって」 高坂が俺を睨み付けた。 「くっ、当たり前だ」 「そうか。でもよ、そもそもなんでお前がそんな事を言うんだ? お前には付き合ってる 娘がいるんだろ?」 「あ、ああ」 「お前が田村さんと付き合ってるっていうなら、そりゃあ手を出すなって言う権利だって あるだろうけどさ、お前にはそんなことを言う権利なんて無いよな」 「いや、ある」 「ねぇよ。田村さんが自分で決めることだ」 俺は今俺がいったことを高坂に言わせたいのだ。 「そうだろ?」 たったそれだけの事だ。 けれど、それがとても重いのだ。俺はそう思っている。 これは『今の関係』を守ることで田村さんを傷つけまいとする高坂の正義と、田村さん を傷つけてでも田村さんを『今の関係』から解放しようとする俺の正義の衝突だ。どちら も間違っていてどちらも正しい。それは主観の問題だから。 俺が思うに高坂を想ってきた田村さんの矜持は高坂が田村さんを必要としているという 一点につきる。付き合っている恋人がいても、なお、高坂が自分を必要としているという 事実が田村さんの心の支えになっている。俺はその支えをボッキリとたたき折ってしまお うとしているのだ。 そうすれば彼女はここではないどこかに立つことができるはずだから。 そこからなら、彼女はきっと歩き出せるはずだと俺は信じているから。 「断る!お前に何を言われても麻奈実は譲らねぇ!」 「だからお前のものじゃないだろうが」 「お前もわからない奴だな」 どっちがだよ。 「そこまで言うなら俺にも考えがある」 高坂の出方がわからない。正直なところ、リアルなバトルの経験は殆ど無い。 高坂が立ち上がり、教室の後方窓側へと歩き始めた。 「来いよ。そこじゃあ狭すぎる」 やるのか……。ああ、いいさ、 「つきあってやるよ」 俺も席を立って、高坂の後を歩いた。窓際で高坂は振り向き、 「お前がそこまで言うなら俺にも考えがある」 いざと言う時のために奥歯をぐっと噛み締めておく。 「あわわ、きょ、きょうちゃん……」 背後から田村さんの震える声が聞こえる。 けれど俺は彼女の方を振り向くことは出来ない。目の前の高坂の動きに集中する。 拳を握り直す。先制攻撃オプションは破棄。一発殴らせて可能なら反撃。殴り合いより つかみ合いの方がお互いのために望ましい。よし、来い! 高坂! 高坂の身体がゆっくりと沈み込む。そして、高坂が繰り出した技は、 土下座だった。 「この通りだ。麻奈実のことは諦めてくれ」 恐るべし、高坂京介。これじゃ、俺がものすごく悪い人みたいだ。 「やるな、高坂。だが、断る」 「たのむ、諦めてくれ」 床に額をこすりつけるようにして高坂は言った。 だが、俺だってここで引き下がるわけにはいかないのだ。 目には目を。歯には歯を。そして、土下座には土下座だ。 俺は靴を脱ぎ、床の上に正座した。さらに手を床につき頭を下げる。 「頼む。田村さんが男と付き合うことを認めてくれ」 なんで俺、高坂に頼んでるんだろうな……とか思ってはいけない。 「や、や、やめてよ、二人とも」 上から田村さんの声が聞こえる。が、その姿を見ることは出来ない。俺に見えるのは床 だけだ。 「ぬうう……」 高坂は唸った。そして、「断る! 断じて認めん」と。 高坂がここまで田村さんに拘る理由が俺には分からない。あいつが何を思い考えている のか分からない。俺は高坂じゃないし、田村さんと高坂をずっと見ていたわけじゃない。 まるで分かっていないと言った方がいいだろう。俺がやっていることはまるっきり見当違 いで無意味なのかもしれない。 でも、それでも、俺は今の彼女の状況が許せない。いつの間にか出来上がってしまった であろう切なすぎる現状が許せない。たとえ彼女が現状維持を望んでいるのだとしても、 俺はそんなの絶対に許せない。多分、余計なお世話だろう。そうだ、これは俺のエゴイズ ムだ。勝手すぎる暴走だ。それは分かっている。けど、だからといって、 好きな娘が苦しんでいるのに何もしないでいるなんて、そんなのよっぽどあり得ない。 「高坂。お前と田村さんの付き合いは長い。それについては俺に勝ち目なんてない。 だがな、俺は全力全開100パーセント田村さんの事だけを考えてる! どうだ、お前 には出来ないだろ! お前には付き合ってる娘がいるんだからな。どうしたって50パー セント未満のパワーしか使えまい」 なんとまあ出鱈目な理屈だよ。大体、『ぱわぁ』ってなんだよ。まったく小学生レベル もいいところだ。でも、肝心なのはそういうことだ。片手間で付き合ってる幼馴染みなん ぞに、こんなはんかくさい男に、俺は田村さんを任せられない。 「もう、やめてよ……」 姿を見ることは出来ないが、田村さんがおろおろとしている姿が頭に浮かんだ。 でも、ごめん、田村さん。俺は引けない。 「さあ、高坂。俺と田村さんが付き合うことを認めろ。認めてくれ」 折れろ、高坂。もういいだろ。お前も楽になれ。 「……決めるのは、麻奈実だ」 「そうか」と俺は言った。 「そうだ」と高坂が応えた。 「田村さんが良いと言ったら、良いんだな?」 ああ。それは麻奈実が決めることだ、と高坂は言った。 俺たちは顔を上げた。田村さんは真っ赤な顔をして、ちょっと涙を浮かべていた。 教室の外からがやがやと声が聞こえてくる。どうやら人垣が出来ている様子だ。 まあ、当然だな。 「ううう……」 田村さんは持っていた鞄を振り上げて、俺の頭をぼかんと殴った。まあ、当然だな。 別に痛くは無かった。物理的には大したダメージじゃない。物理的には……ね。 しばしの沈黙。そして、 「ばかぁあああー」田村さんの絶叫が教室に響きわたった。 彼女は潤んだ目で俺たちを一瞬だけ睨んで、鞄を抱えて走りだした。出入り口の人垣が さっと割れて、彼女の姿が消えていく。その場に取り残された俺と高坂は、最悪に辛気く さい顔をお互いに見せ合った。 「バカだってよ」高坂が言った。 「わかってるよ」俺は言った。 それぐらい分かってる。 高坂は俺の名を呼んで、それから、「すまねーな」と。 そんな事を言われる義理じゃない。むしろ助かったのは俺の方だ。 少なくとも高坂のおかげで俺がやりたかったことは出来たのだ。それは間違いない。 「別に。つきあってくれて助かった。じゃあな」 俺は立ち上がって膝にこびりついた埃を払い落とした。机の上に置きっぱなしになって いた鞄を肩にひっかけて俺は教室を出た。誰かに何か言われたような気もしたが、俺の大 脳はそれをちっとも理解しなかった。 夏の日射しの下をゆらゆらと歩きながら、馬鹿だよなぁ、と自分に呟いた。 (5) 高坂との土下座対決の翌日、俺は北海道に帰省した。実家近く(と言っても車で十分は かかる)のJRの駅まで親父が店の軽トラで迎えに来てくれた。母さんが意味不明なほど 喜んでくれて、腹がパンクしてもおかしくないぐらいに豪勢な晩飯を作ってくれた。数ヶ 月ぶりの母さんの料理は、そりゃあもう美味かった。 それから数日。 俺は実家の米屋で店番をしながらノートPCでレポートを作っている。ラジオはずっと 前からSTVラジオにセットされていて、多分もう何年間も変えたことがない。開けっ放 しの引き戸から弱い風が吹き込んできて伸びてしまった前髪を揺らす。盆休みの前にこっ ちの床屋で切ってしまおうか、なんてことをちょっと思ったりもした。 不意にカウンターに置いておいた携帯電話が断末魔の虫みたいな音を立てながら這いずっ た。俺は携帯を手に取り、サブディスプレイに表示されている名前を見て、 躊躇った。 うーん、と二秒考えてから携帯を開いて通話ボタンを押し、気まずさを噛みしめつつ自 分の名を告げた。 「あ、あの、田村です。今、いいかな」 田村さんの声はちょっと上ずっていた。 「うん、大丈夫」言いながら、俺はラジオのボリュームを絞った。 「どうしたの?」 なんとすっとぼけた台詞だろう。 数日前に『好きです』と言っておいて『どうしたの』は無いだろう。 「今、どこにいるの?」 「実家。店番してる」 「札幌、だよね?」端っこもいいところだが札幌には違いない。 「うん。そうだけど」 「あのね、今、羽田空港にいるの。これからそっちに行くから」 一瞬、意味が分からなかったが、微かに聞こえてくるのは間違いなく羽田空港内のアナ ウンスだった。 「ちょ、今からって」マジかよ。 「一時の飛行機に乗るから。千歳空港に着いたらまた電話するね。じゃあ」 「じゃあって、田村さん!」うわ、切れてるし。 時刻は一時十五分前。定刻運行ならもう搭乗時刻だ。 どうする? どうすんだよ? って、どうするもこうするも。もう、迎えにいくしかないっしょ! 俺は店番を母さんに頼み、親父の車で家を出た。 免許は十八になってすぐに取った。店を手伝うにしても、普通に暮らすにしても車が無 いと不便な土地柄だ。親父の車は十年落ちのレガシーで、見た目もその名の通りレガシー と成り果てているけど十三万キロを突破した今も元気に走ってくれる。千歳空港までは車 で一時間半ほどだ。一方、羽田から千歳の飛行時間も一時間半だ。田村さんが到着ロビー に着くのは三時ちょっと前だろう。 それにしても、まさか彼女が飛んでくるとは思わなかった。心の準備なんてあったもん じゃない。完璧に想定の範囲外、奇襲もいいところだ。 赤信号で一時停止。溜息をつく。 とりあえず、千歳に着くまで考えるのは止めておこう。 青信号。ギアを入れてクラッチをつなぐ。(マニュアルなのだ) 紺色のレガシーは札幌北のETCゲートをくぐり抜け、ボクサーエンジン特有のビート を響かせながら札樽道のランプを駆けていく。 千歳空港の広大な駐車場に車を止めて到着ロビーに向かった。本当は走りたいところだ けど、団体の観光客が多くて早歩きがやっとだった。ターミナルビル二階の売店ゾーンを 抜けたところで握りしめていた携帯電話が鳴った。速攻で出る。 「もしもし、今、着いたところ。ここからどうすればいいの?」 「あー、今、どこにいるの?」 「え? 千歳空港だけど」 精神的にこけた。 「それは分かってるよ。えーと、ANAで来たの? それともJAL?」 「え? うーんと、あなだよ」 てことは左側の到着ロビーだな。 「じゃあ、そこで待ってて。今、行く」 「えーっ! ちょっと、えー、こ、こ、心の準備が」 そりゃあこっちの台詞だっつーの。 俺は携帯を耳に当てたままで一階への階段を早足で降りた。緩い弧を描く千歳空港の到 着ロビーに彼女が立っていた。 プリントのワンピースに淡いグリーンのカーディガン。 傍らには小振りなキャリーバッグ。 携帯電話を耳に当てて、きょろきょろと辺りを見回している。 その仕草、醸し出す空気、間違いなく、そこにいるのは田村麻奈実だった。 俺は彼女に向かって歩きながら「見つけた」と。 携帯から「え? どこ?」と彼女の声が聞こえてくる。 彼女と目が合う。携帯電話をポケットにしまい込み、俺は彼女に駆け寄った。 ところがだ。俺は彼女を捜すのに夢中で見つけた後でどんなふうに声をかけるか、まる で考えていなかった。 「えーと、おつかれ」 他に言うことは無いのかよ! と、俺は俺に強く問いたい。 「急にごめんなさい。来ちゃった」 「あ、うん」 困った。困った挙げ句に俺は、 「ようこそ、北海道へ」などというトンチンカンな台詞を吐いたのだった。 心の準備が整っていない者同士である。会話は弾まない。 俺は田村さんを助手席に乗せて車を札幌市内へと走らせている。高速道路の両側はひた すら林とか原野とか、極めて人工的な構造物が少ない景色が続く。田村さんは俺が迎えに 来たことに驚き、次に俺が車で来たことに驚いて、東京との温度差に驚き、そして空の色 や広さや高さが違うことに驚いていた。俺はと言えば、田村さんが帰りの航空券を持って いないことに驚かされ、どこにも宿を取っていないことに驚かされ、「行けば何とかなる かなって」とあっけらからんと言ってしまう彼女に驚かされた。 「運転できるなんてすごいね」 「そうかぁ? こっちじゃ高三で免許取るのはそんなに珍しくないよ」 「そうなんだぁ」なんて彼女は言う。 輪厚のサービスエリアに車を止めた。所謂、トイレ休憩である。本当は千歳で済ませて おけば良かったのだが、千歳ではお互いそれどころではなかったということで。 サービスエリアの建物の前で田村さんを待つ。 晴天である。高い空にぽつんぽつんと雲が浮かんでいる。 爽やかな風が頬を撫でてゆく。 どうしたもんだろう。まずは話をしないと始まらない。どこで? 静かなところがいい だろうけど、公園とか? 札幌の地図を頭の中に思い浮かべてみる。中心部を南北に分断する大通、碁盤の目を描 く道路、北部をうねる高速道路、北西に石狩湾、南部をぐるりと囲む山々。これまでに行っ たことのある場所を次々と思い出し、そして俺は次に向かうべき場所を決めた。 このあと俺と田村さんがどうなるにしても、俺は彼女にあの景色を見せたかった。 戻って来た田村さんに「遠回りするから」と告げると、彼女は「うん」と応えた。 一時間ほどのドライブで目的地についた。 札幌市街を一望できる大倉山ジャンプ競技場の展望台が俺の決めた場所だった。展望台 は大倉山シャンツェのスタート地点の真上にある。 ジャンプ台の麓から展望台のあるラウンジまでは二人乗りのリフトで上ってきた。田村 さんはオリンピックの中継でジャンプ競技を見たことはあるけれど、本物のジャンプ台を 見るのは初めてだと言った。 平日ということもあって展望台には数組の観光客しかいない。 緑色の山の向こうに夏の日射しに照らし出された市街地が輝いている。ずっと続く市街 地の向こうには緑のなだらかな丘陵がうっすらと見え、その更に向こうで地平線が弧を描 いている。 「すごいね。地球って丸いんだぁって感じがする」 田村さんが喜んでくれてるのが嬉しくて、俺もちょっと笑った。 「ここから真正面が札幌の中心街。あそこの緑の島みたいになってるのが大通公園」 俺が指さす方向を田村さん目を凝らして見つめる。それからちょっとしてうんうん、と 頷く。そんな仕草も可愛らしい。 「大通公園の向こう側の鉄塔がテレビ塔。形は東京タワーっぽいけど全然しょぼい」 確か東京タワーの半分以下の高さしかない。 「そんな事言ったらかわいそうだよ」 「そんなもんかな」 うんうん、とまた頷く。 「あ、でもこっちの方が東京タワーより一年早く完成してたと思う」 「へぇ、先輩なんだぁ」と、なぜだか嬉しそうに田村さんは言う。 良かったな、札幌テレビ塔。少なくとも田村さんはお前の味方だ。ついでに俺も今日か らお前の味方になってやるさ。 俺は手すりから少しだけ身を乗り出し、左手方向を指さして、 「で、そっちの方が石狩湾。日本海」 街のずっとずっと向こう側で傾いてきた日射しに照らされた海が光っている。 田村さんが俺の指さした方を向く。さらっとした髪の毛が、さらっとした風にそよぐ。 薄いカーディガンに包まれた肩越しの景色を眺める。 「日本海って初めてかも」 彼方の海を見つめて彼女は呟くように言った。 「そっか、向こうじゃ海って言ったら太平洋だもんな」 「うん」と彼女の背中が応えた。 不思議だね。と彼女は言った。 「もしも、あなたと出会わなかったら、わたしがこの景色を見ることは無かったかもしれ ないよね」 「そうかな、観光地だもの。俺と出会わなくても来たかも知れないよ」 「うん。でもね、その時の気持ちで見える景色は違うと思うんだ」と田村さんは言った。 ああ、そうだ。それは真実だ。この景色は、今のこの瞬間、田村さんと見つめているこ の風景は、もう二度と見ることが出来ないたった一度きりのものだ。きっとそうだ。 「田村さん」 「うん」背中を向けたままで彼女は応えた。 「ごめん、あんな事して」 「あんな事?」 「夏休み前に、大学で」 「ああ。うん、ひどいよね。すっごく恥ずかしかった。でもね、」 そう言ってから田村さんは俺の方を向いた。 「きっと本当に悪いのはわたしなんだ」 田村さんはちょっとだけ顔を伏せて、ゆっくりと話し始めた。 自分の内側とか、過去とかを探りながら、それを言葉にしている様だった。 「きょうちゃんは優しいからわたしを必要としてくれちゃうの。 わたしはそれに甘えてたんだ。 でもね、 本当は、もうわたしの事、いらないの。 きょうちゃんの気持ちが遠くなっていくのがわかってたの。 でも、認めるのが嫌だったの。 けど、なにもできなくて。 勇気が無くて。 信じたかったの。 絶対にきょうちゃんはわたしから離れていかないって、 絶対にわたしのところに戻ってくるんだって、 わたしたちはずっとずっと変わらないって思ってたの。 信じてたの。信じたかったの。 でもね、きょうちゃんは、」 田村さんはそこで言葉を切って、小さく首を振った。 「全部ね、わたしがいけないんだ。わたしって鈍くさいから」 そう言って、田村さんはてへへと笑って見せた。 そうじゃない。そこは笑う所じゃない。俺はそんな笑顔は見たくない。 「田村さん。そういう時はさ、泣こうよ。そんな頑張って、無理に笑うなよ」 彼女の表情が一瞬固まった。微かに涙が浮かんでくる。表情が崩れかけて、それを押し とどめるみたいに彼女は下唇をきゅっと噛んだ。きっと、その表情こそが彼女の真実なの だと俺は思った。 本当はもっと話したいのだと思った。 泣きたいのだと思った。 その相手に、俺を選んでくれたのだと思った。それが嬉しかった。 彼女のために出来ることが俺にはある。 「俺はさ、田村さんと知り合って三ヶ月ちょっとだから、田村さんのこと少しし分かって ないけど、でもさ、俺はもっともっと田村さんのこと分かりたいって思ってる。 だって、田村さんのこと、好きだから。 あんなことやって恥ずかしい思いをさせちゃったけど、でも、それは本当だから」 田村さんは俯いて、その小さな華奢な手で俺のシャツの前身頃をきゅっと掴んだ。 そして俺の胸に額を押しつけて、声をしゃくり上げながら、彼女は泣いた。 憎かったの。と彼女は言った。 年下の可愛らしい女の子が憎かった。そんな風に思ってしまう自分が怖かった。 どんどん自分が汚らわしいものになっていくのが恐ろしかったのだと、 そんな自分を高坂に見せたくなかったのだと、 彼女は声を詰まらせ懺悔した。 けれど、そんなのは、きっと誰にだってあることだ。 「それも人を好きになるってことの一部だと俺はおもうよ。誰かを好きになったことのあ る人なら、田村さんを責める事なんてできないよ……」 俺だって、田村さんを責める事なんてできやしない。 けれど、彼女は首を振った。 当てつけのつもりだったの。と彼女は言った。 あなたと仲良くしていると、きょうちゃんが不機嫌そうになる事に気付いたの。 最初はそれが面白かったの。 きょうちゃんがわたしにしたことを、わたしもしてやろうって。 酷い事してるってわかってた。 でもね、 だんだん違ってきちゃったの。自分でもわからなくなっちゃったの。 変わっちゃったきょうちゃんを恨んだのに、いつの間にかわたしも変わっちゃったの。 ずっと、ずっと、わたしは変わらないって思ってたのに。 酷いよね。都合、良すぎるよね。 なのに、わたしは、こんなふうに、あなたにあまえて、すがっ……るの、なのに、 田村さんが言葉に出来たのはそこまでだった。 彼女は洟をすすりながら、溢れる涙を押しとどめることも出来ずに、 自分の中から溢れてしまった物に押し流されるように、 唯々、ひたすらに泣いて、泣いて、泣いて、泣いて……、泣いた。 俺に出来ることはそっと肩を抱き寄せることぐらい。 耳元で「いいよ、もっと泣いてもいいんだよ」と囁くと、彼女は声を詰まらせながら 「ごめんね、ごめんね」と呟いた。 こぼれた涙が眼鏡から滑り落ちてウッドデッキに水玉模様を描く。 心が軋み、胸が裂ける。 大好きな人が心の嵐に翻弄されているのに、俺にできることはこれっぱかしだ。 でも、これっぱかしだからこそ、これだけは俺がしっかりやらなきゃいけないのだ。 彼女は俺を選んでくれたのだから。 ここから逃げない。しっかりと彼女を受け止める。 支えるんだ。 泣かせてあげるんだ。 みっともなくても構わない。誰に見られても構わない。笑われたって構わない。 堂々と、堂々と、これが俺の役割だ。今、ここに存在する意味だ。 彼女が高坂を好きでも構わない。 それがどうした、なんぼのもんだ。 たとえ彼女が俺を好いてくれなかったとしても、俺は田村麻奈実が好きなのだ。 さあ、俺! 全力で、 彼女を支えて見せろ! 日がすっかり傾いて、札幌の街並みは金色に輝いている。 展望台の下にあるラウンジで景色をぼうっと眺めていると、 「待たせちゃってごめんね」と、トイレから戻ってきた田村さんが言った。 濡らしたハンカチで目を片方ずつ冷やしながら、 「変じゃ無いかな?」と聞いてくる。 「そんなに目立たないと思うけど」 彼女が思っているほどは目立たないと思う。まあ、眼鏡もあるし。 「そうかなぁ」 「大丈夫だって」 「うん」あんまり納得してないっぽい『うん』だった。 「じゃあ、行こうか」 ラウンジが閉まる時間が迫っていた。 歩きだそうとした俺のシャツを田村さんが捕まえた。 俺が振り向くと、田村さんはぱっと目をそらして俯いた。そのまま、 「あのね、今日、来たのはね……えっと、」と、呟く様に小声で話し始めた。 「うん」と応えて、彼女の言葉を待つ。 「きょうちゃんとのことはね、もう、きっと違う気持ちになっちゃってたと思う。 それに気付いたの。あなたが気付かせてくれたの。 それで、早く言わないと、わたし、また迷っちゃってダメになっちゃうって思ったから、 あなたに逢わなきゃって思って、それで、来ちゃったんだけど、あの、何を言わなきゃい けないかっていうと、その、えっと、だから、その、あのね……」 頬を真っ赤に染めてテンパってる姿が異常に可愛らしかった。 ずるいよなぁ、と思う。どうしてこんなにも彼女は俺のツボにはまるんだろう。 ま、だから惚れてしまったんだろうけれど。 「ねぇ、田村さん」 「え、うん」 田村さんの顔がすっと俺の顔を見る。目と目が合う。 こんなときぐらいはちょっと気障でもいいと思う。 「俺の彼女になってくれる?」 彼女の瞳がとろっと潤む。見てる俺の方が蕩けるような笑顔。 それから彼女はこくっと頷いて、 唯一言、「はい」と、とても可愛らしい声で言った。 (6) それからの事を手短に語っておくことにしよう。 俺は実家に電話して彼女を連れて行くことを話した。止まる予定だったホテルがオーバー ブッキングであーたらこーたらと、理由は適当にでっち上げた。母さんはパニック状態に なりながらも大慌てで物置と化していた姉貴の部屋を片付けて田村さんが泊まれる状態ま で回復してくれた。おかげで俺の部屋が物置と化してしまったのだが文句は言うまい。 実家の台所で母さんと田村さんが並んで夕飯の支度をしている様は、なんというかとて もむず痒かった。狼狽える親父なんてのも久方ぶりに見た。あんなに取り乱したのは姉貴 が一人暮らしすると言い出した時以来だ。 田村さんは二泊して三日目に帰って行った。一週間ぐらいいてくれても全然オッケーだっ たのだけれど、「突然来ちゃったからみんな心配するし」と言われては引き留めることも 出来なかった。早朝、俺は千歳まで彼女を送り、出発口の金属探知機のゲートをくぐって いく田村さんの背中を見送った。それから俺が向こうに戻るまで、毎日電話とメールで遠 距離恋愛気分を堪能した。 ちなみに、二泊とも別々の部屋で寝たから夜の素敵イベントは発生しなかった。 まあ、焦る必要なんてなかったし、俺的には田村さんと手を繋げるようになっただけで 全然オッケーだった。高校生じゃあるまいし、とか言うな。物事には順序があるのだ。 こうして高坂と田村さんはやっと唯の幼馴染みに戻り、俺と高坂はたまに悪乗りしすぎ て田村さんに怒られる友人同士となった。 秋が来て、初めての学園祭のちょっと前に俺は初めて田村さん……、麻奈実を抱いた。 それから幾度も俺たちは一緒に夜を過ごしている。とはいえ、朝まで一緒にいられる機 会はあまりない。その日の内に彼女をちゃんと家に送り届けるのも俺の大事な役割だった りするのだ。そうして田村ファミリーの信頼ポイントを積み重ねていくと、彼女のお母さん が見え透いた娘の嘘に騙されてくれると、まあ、そういうふうになっている。 そんなわけで、今夜女友達の家に泊まっているはずの麻奈実は俺の隣にいる。 朝まで一緒にいられる貴重な夜を、まだまだ楽しまないと勿体ない。 ベッドに横になったまま麻奈実の腰に右手をまわす。 左腕で頬杖をついて彼女の顔を眺めながら、彼女の腰からヒップのラインを確かめる。 滑らかで、柔らかい肌。 彼女の左手が俺の背中へ。俺の右手も彼女の背中へ。そして互いの身体を抱き寄せる。 素肌が触れ合う。胸と胸、腹と腹。 唇を触れ合わせる。啄むように戯れる。唇を緩く開き、抱き合うようにキスをする。 熱くぬめる口の中で踊るように舌と舌を絡ませる。 触れ合っていた唇を離す。彼女の甘い息が俺の唇を撫でる。 彼女の身体を強く抱き寄せて耳元で囁く。 「うん。もういっかい、しよ」と彼女。 唇にキス。耳朶にキス。首筋にキス。鎖骨にも、やわらかい乳房を食べるように唇で味 わって、乳首にキス。乳房に指を沈めると、切なげに麻奈実は喘ぐ。 乳房をほぐすように、くすぐるように、触れて、もんで、 甘く可愛らしい喘ぎ声を聴きながら、 首筋に、耳にキスをする。 彼女の手が俺の下腹に触れて、固くなり始めた愚息の裏筋を細く滑らかな指が撫でる。 堪らずに息を漏らすと、彼女がくすりと笑う。 「きもちいいの?」 「うん」そこは正直に。 右手を彼女の下腹へと伸ばして指先でラビアを撫でる。 人差し指と薬指でそっと開いて中指を沈める。愛液で濡れた指先で膣口を弄る。焦らす ようにかき混ぜる。彼女の喘ぎ声と、くちゅくちゅという音が混ざり合う。 「きもちいいの?」と意地悪く訊くと、恥ずかしそうに 「うん」と彼女は答えた。 彼女の手が固くなったペニスを包んで優しくこする。 「もっと奥まできて」 リクエストに素直に応えることにする。 中指を彼女の中に沈めていく。ぬるぬると滑る彼女の内側をゆっくりとかきまぜる。 指を曲げて、前側の肉壁を擦り上げるようにして刺激する。 「はあっんん……」 びくんと麻奈実の身体が爆ぜる。ひくひくと身体を震わせる。 指を引き抜いて、彼女の身体を強く抱きすくめる。 汗ばんだ麻奈実の肌が、熱く火照る身体が恋しくて、愛しくて、堪らない。 波が引くのを待ってから、 「いい?」と訊くと「きて」と彼女は応えた。 二つ目のコンドームを開封して装着する。 とろとろに蕩けているヴァギナにペニスをあてがい、ゆっくりと沈めていく。 麻奈実は眉根をよせて苦しげな表情を浮かべる。けれど、桜色の唇から漏れる喘ぎはしっ とりと甘く濡れている。 奥へ、奥へ、根本まで沈める。 「ふぅ、ん」と、彼女が切なく喘ぐ。 身体を重ねてキスをする。 彼女の腕が、俺の背中を抱きしめる。 少し身体を起こして上気した麻奈実の顔を見つめてみる。 潤んだ瞳が俺を見上げる。 「きもちいい?」といたずらっぽい笑顔で彼女は言った。 良くないはずがない。 「うん。麻奈実は?」 俺の言葉に麻奈実はこくりと頷いた。 腰を少しだけ動かすと、麻奈実の身体がひくんと震えた。 「ぁん」と甘い声を漏らす。 頬を染めた彼女が微笑んで俺の仇名を呼ぶ。それは彼女が俺の名前を大胆にアレンジし て発明した俺の新しい名前。そして彼女は、 「だいすき」と。 ホントにずるいなぁ、と思う。 彼女に抱き寄せられてもう一度キス。 彼女の耳元で、「俺も」と囁き、身体を起こして彼女を見下ろす。 愛らしい顔、細い首、華奢な肩、綺麗に膨らんだ乳房、全部が素敵で愛おしい。 潤んだ瞳で俺を見上げている麻奈実の顔を眺めながら、いつか彼女と一生モノの約束を 交わす日が来るのかも、なんていう気の早いことを俺は考えている。 (俺たちの田村さん・おわり) **************************************** あとがき 7巻までの展開をベースに書きましたが、8巻で麻奈実がどうしたいのやらさーっぱり 分からなくなってしまった。ともかく、最終的に麻奈実ルートは無さそうなので不憫な 幼馴染みを救済しようとしたらこんなことに・・・ 356FLGRでした。 ****************************************
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(CV-丸山裕子) 七次元キーホルダーを売っている駄菓子やこと、田村商店の店主にして、女々さんのお祖母ちゃん。 エリオと同じく、宇宙人信望者である。 田村商店はかなり昔ながらのお店で、幼少期の女々さんやエリオット、ホシミミなども利用していた。その時からお婆ちゃんだったらしい。 記憶力がすこぶる良く、会ったことのある人は大体覚えている。山本君の本名も記憶していた。 夫を亡くして以来、自分も宇宙人に連れ去られる(キャトルミューティレーション)と言い張っていたが、女々さんのペットボトルロケット作戦によって少し元気を取り戻した様子。ボディラインに自信がない。
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田村ひより 年齢:16歳 性別:女性 階級:足軽組頭 出雲の地で、同人誌(?)を売って生計を立てようとしていたが、 ペンではなく、慣れぬ筆を使わざるを得ない状況であった為、 今日の食い扶持にも困っていた所を、ゆたかに救われて臣下となった。 その後は、お得意の妄想で鍛えた知略を武器に、 乱世を手玉に取る…かと思われたのだが、 実際は好奇心と腐女子根性が先走り、命令違反と単独行動の連発。 その度に、みなみから修正を受けるが、全く反省していない。 小早川家での冷遇(自業自得だが)に耐えかねて出奔を試みるが、 美保関港から乗った船は小早川家のもので、失敗に終わる。その代わりと 言ってはアレだが、船の中で元就から策を預かった。そのため、船が柏崎に 到着後の現在(60話時点)は、ゆたかたちと別れて単独で任務遂行中。 また、その単独行動のシーンでは、彼女専用のBGMが用意されている。 そのときに詠まれる辞世の句は必見。 呼ばれ方 「田村さん」「ひよりん」「田村殿」 統率8 武勇6 知略60 政治21 義理18 忠誠100 足C 騎C 弓D 鉄D 計C 兵D 水D 築D 内D 名前 コメント
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その日の放課後。 俺は、田村ひよりという女子を探していた。 一年クラスの廊下を歩く。 近くの生徒に、聞いてみた。 「なぁ、田村ひよりっていう人居る?」 男子生徒は答えた。 「ああ、それならウチのクラスです。お呼びします?」 「頼んだ。」 「はい、少し待っててください。」 男子生徒は教室へと入っていった。 「・・・何か偉そうな口調になってしまうのは悪い癖だな~・・・」 そんな独り言を呟いていた。 数分経った。 「あ、お連れしました~」 さっきの男子生徒が現れ、一人の少女を連れていた。 「では、俺はこれで・・・」 男子生徒はそそくさと去っていった。 「あー、いきなり呼び出してすまない。」 俺の目の前に立っていたのは丸い眼鏡をかけた少女だった。 丸い眼鏡というと不細工な印象があるが、(勿論偏見だが)普通の女の子だった。 「えっと~・・・生徒会長さんが私に何の用で・・・?」 「あー、小早川ゆたかさんって知ってる?」 俺は、別に恥じらいもせずに聞いた。 別に、生徒会長の特権とかを使いまくってどうかしようととか考えてない。 「えーと、私のクラスメイトですが・・・今日は早退しちゃいましたよ?」 「知っている。見舞いに行こうと思ったが・・・」 「あ、家が分からないんですね?」 「その通りだ。理解が早いな。」 「でも会長、何で小早川さんを知ってるんですか?」 一瞬動揺した。いや待て、何で動揺する必要がある? 俺はただ朝困った下級生を助けただけだ。 俺は、田村さんに朝あった事を伝えた。 「―――ま、そういうことだ。」 田村さんは言った途端に後ろを向いて何かブツブツ言い始めた。 「・・・おい、どうした?」 「いやっ、何にも無いっス!」 「・・・・?」 八坂の後輩だし、妄想か何かだったりして・・・なんてな。 勿論俺は、それが正解だったなんて思いもしなかった・・・ 田村ひよりの妄想――― 「・・・ゆたか、大丈夫か?」 ベンチに座った二人の男女。 「うう・・・・」 男の膝の上に頭を乗せた少女。 「すいません・・・会長・・・」 「おいおい、##name2##って呼べって言ってるだろ?」 「・・・・##name2##・・・」 ゆたかは顔を赤くする。 「・・・・私・・・眠れないです・・・」 「眠れない?じゃあどうすればいい?」 「おやすみの・・・キスを・・・」 「・・・いいよ、ゆたか・・・」 二人は――― 「ガフゥウウウ!じっ、自重しろ私ーーーーー!」 「・・・・」 大丈夫か?本当に小早川さんのクラスメイトだろうな?この人・・・ 次のページへ
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即売会のイベント会場の裏の倉庫にひよりは引きずり込まれた。 暗い倉庫の中には男が2…3…何人だ? 分からない。けれどもこれから何をされるかは想像がついた。 助けを求めて大声で叫ぼうとして――殴られた。 一回目で頬を張られ、二回目の拳で倒れる。 そこを二人掛かりで抑えつけられ、服を引き裂かれた。 「声を出すな」 前から伸しかかる男の声。 暴力への恐怖に、ひよりは口を紡ぐしかなかった。 それを見て満足したのか、男は愉悦の表情を浮かべる。 異性を腕力で屈服させた歪んだ愉悦。 男はベルトに手をやった。一物が取り出される。 「ひっ――!」 その醜いかたまりを目の当たりにして、ひよりは息を呑む。 血管が浮かんだ、歪な肉の槍。 「いや…いやぁ…!」 悲鳴は、けれど殴られることへの恐怖のせいで、蚊の鳴く程度にしかならない。 男はそんなひよりの訴えを無視して準備を進める。 ローションを一物の先端に垂らす。 ひよりへの気遣いなどではない。単に自分の快楽のための準備。 現に、ひよりのまだ男を知らないクレパスは、固く閉ざされたまま。 醜い先端がひよりの聖域に押し付けられた。 奪われる。こんな形で―――! 最後の抵抗を試み、手足をばたつかせようとするひより。 しかし数人がかりの拘束は、少女の細腕ではびくともしない。 絶望、恐怖、嫌悪感―――様々な負の感情に満たされたまま ―――貫かれた 「っっ!!!」 引き裂かれるような感覚。 悲鳴を上げなかったのは、入れられると同時に手で口を押さえられたから。 男は動き始める。自分の快楽のためだけに、ひよりの都合など全く無視をして。 異物感と激痛しかない交わり。 ひよりは涙を浮かべてそれに耐える。 早く終わるように祈りながら。 そして―――終わる。 男が急に動きを止め、ひよりは体内で何かが蠢くのを感じた。 「あ…っ」 取り返しのつかないほどに深く汚された感覚。 ひよりの目から光が消えた。体から抗う力が抜けた。 心が止まる。 「おいおい、一発で壊れちまったぞ」 「もっと泣きわめいてくれないと詰まんなくね?」」 「いいじゃねえか。楽で」 これからさらにひよりを汚そうとする男達の会話が、彼女の耳に届く。 けれども、絶望の淵に突き落とされた少女には、もはやどうでも良いことだった。 =================================== 「田村さーん!」 「うおっ!ど、どうしたのよ、ゆたかちゃ…うお!?」 原稿を上げた翌週の学校で、ひよりはいきなりゆたかに抱きつかれた。しかも抱きついてきた本人は泣いてる。 「い、一体何が…」 「田村さん……」 「あ、岩崎さん、いったいなんですとー!?!?」 後半の台詞のテンションが上がったのは、みなみも抱きついてきたからだ。しかも目を潤ませて。 「あの…一体何が……?」 百合展開は、傍から見ている分にはいいがいきなり当事者にされても困る。 助け船を求めて辺りを見渡せば 「あー、ヒヨリ、ソーリー」 喜怒哀楽が発揮している彼女にしては珍しい、あいまいな表情のパティ。 原因はこいつか!? 「何があったのよ、これは!」 「実はデスネ…その、ひよりの新刊を、二人が…」 新刊、と言われて真先に思いつくのは一つ。 金曜に仕上げ土日で何冊か試しに印刷した原稿―――内容はオリジナルハード凌辱物。 あれを見られた?⇒鬱だ。死のう。 直結でそう考えたひよりだが、しかし現実の推移は彼女の予想を上回る。 「田村さん…辛かったよね?」 「え?」 ゆたかの言葉に、天国or地獄に旅立とうとしていた意識が引っ張り戻される。 ゆたかは嗚咽をこらえたかすれた声で 「初めてがあんなのなんて……酷過ぎるよね…」 「あ、あの…一体」 「体験…なんでしょ?」 耳元によせられたみなみの口から漏れた言葉。 2人は一層強くひよりを抱きしめ、そしてひよりは二人の会話と以前の記憶から状況を推理する。 1.彼女たちは私が描いたアレな本を読んだ 2.以前マンガのネタは体験などがネタになってると言った。 結論:マンガのストーリ=私の体験と思い込んでるよ、この二人! パティに見つめられながら、ゆたかとみなみに抱きしめられたひよりは途方に暮れた。 2人が流す涙は、汚れた心にはめっちゃくっちゃ痛かった。 【完】 コメントフォーム 名前 コメント この2人ピュア杉! 将来詐欺に遭うよ絶対、心配 -- 名無しさん (2011-05-04 02 29 03) ひよりん、アンタって人は!! -- 名有りさま (2010-04-24 03 58 56) あ~あ…… ど~すっかねェ…… -- 名無しさん (2008-05-20 18 45 12) ひwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwよwwwwwwwwwwwwwwwwwwりwwwwwwwwwwwwwwんwwwwww -- 名無しさん (2008-03-16 16 36 10) ちょwwwwwwひよりんwwwwww -- 日和ん (2008-02-02 15 20 44) ひよりん、あんたってやつは~藁 -- 名無しさん (2007-12-25 00 45 38)
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麒麟の田村裕さん 田村 裕(たむら ひろし、1979年9月3日 - )は、日本のお笑い芸人、作家。 大阪府吹田市出身。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。吉本総合芸能学院 (NSC) 大阪校20期生。 APPストアの無料のランキング一位になってるNBAドリーム面白いよ~。NBA好きもそーでないかたもオススメ~!! — 麒麟田村裕さん @hiroshi93 2013年1月24日 NBAドリームチームが無料のランキングでトップになってる!!自分の遊んでるアプリが一位になったら嬉しいなぁ~ — 麒麟田村裕さん @hiroshi93 2013年1月24日 僕もニックネーム「麒麟田村」でやってまーす!自分のドリームチームを作って対戦しましょう~。RT @apprankingnowjp 無料1位『NBA ドリームチーム』\0 [ゲーム] 01/26 11 00現在 詳細- tinyurl.com/b8buv79 — 麒麟田村裕さん @hiroshi93 2013年1月26日 NBAのカードゲームアプリ「NBAドリームチーム」の1on1のイベントが楽し過ぎる! — 麒麟田村裕さん @hiroshi93 2013年3月16日 撤退的に自分より弱そうな奴を探して対戦します。(NBAドリームチームの1on1イベント) — 麒麟田村裕さん @hiroshi93 2013年3月17日
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とある部室 「オラオラー、速く書けー!締め切りは待ってくれねえぞぉぉぉぉ!!」 「あひーぃ、少しは手加減してー!」 部室内には『バシーン、バシーン』と鞭を叩き付ける音と、私の悲鳴だけが響いています 今の状況を簡潔に説明すると、私の一年先輩でアニ研部長の八坂こうちゃん先輩が鞭を激しく地面に叩き付け、同人誌の原稿の完成を急かしているのです あっ、どうも、ご紹介が遅れました。陵桜学園一年の田村ひよりと言います 私はここの部員で、主に同人誌作成に取り掛かる作家として活動しています 今、私は危機的状況に置かれています 私が現在、執筆している『百合モノ同人誌』の締め切りがほんの後僅かしかなく、大急ぎで取り掛かっていると言う事です まぁ…………所謂…………『修羅場モード突入』になっている訳で…………こうやって、こうちゃん先輩の熱いご指摘やご指導をいただいてる訳です 「オラァ、これでも飲んで気合い入れろやぁぁぁ!私の特性栄養ドリンク『バルサミコメガMAX』!!」 「ちょっ、なんでそういうの作ってるんスか!?そんな物が私に合うわけなi、んぷーーっ!(ゴポポポポ」 「オラァ、これでも嗅いでリラックスしながら、スムーズに原稿に取り掛かれ!私特性の『バルサミコで作ったアロマキャンドル』20個!!」 「多ぉっ、リラックスを与える割には、行動が慌ただしいじゃないッスか!?つーかこれもバルサミコ!どれもこれもつかさ先輩に結び付く…………………………くっ、臭ぁっ、酸っぱい臭いが色々滲みるー!!」 「そして最後に、アップテンポの曲を聞きながら、リズムに乗って筆を進めろーー!!」 ポチッ 『失敗だってドンマイ、朝の眩しーさに消ーえてしまーえーば良いなー、新しいー1ーにーちーで、リーセッートー♪』 「てかまた、つかさ先輩の曲なんスか!なんで全部つかさ先輩関連のネタじゃないッスか! って言うか、つかさ先輩には苦い思い出しか無いんスよ!!」 そう、例えば…………ネタの提供とか、ネタの提供とか、ネタの提供とか…………………………………………或いは、バルサミコーー!! 「うっぷ、臭い!部室内にバルサミコの臭いが充満してるッス!換気、換気ーー!!」 「勝手に机から離れるんじゃねぇぇぇぇぇぇ!」 バッシーン 「あひーぃ、お助けー!」 でも、私がもうすぐ『バルサミコ中毒死』になりかけたんで、部室内の窓全て開けてもらい、換気をさせていただきました 「そういえば、確か……あんたの誕生日は明後日だったよね」 「はい、そうッス。明後日ッス」 「で、原稿の締め切りは何時だっけ?」 「……………………あっ、明日ッス………………」 「……………………もし、完成に間に合わず、原稿を落としてしまったら……………………………………あんたの誕生日を命日にするから、そのつもりで…………」 「ひぃぃぃぃい!なんで成長の喜びと同時に死の恐怖を味わなきゃあいけないんスかぁ!?マジで有り得ないッスよぉぉぉぉぉ!!」 「だったらさっさと原稿を仕上げろぉぉぉぉぉぉお!!」 「いーーーやーーー!!!」 こうして、部室内にこうちゃん先輩の監視の元、監禁されたまま1日の残り時間を過ごす事に でも何故か、こうちゃん先輩の目つきが厳しいのから、時々妖しくなったりするのが少し気になるが……一体何を考えているのだろうか………… 八坂こうの脳内では何を考えているかは、次の詳細で明らかになる (ひよりんのあんな怯えようは、本当に何度見ても良いね~。やっぱひよりんは弄り甲斐があるよ~。 もう、ウズウズしてしょうがないよ!たまらん!!) 実は、自らの快楽の為に、田村ひよりをああやって苛めて弄り倒して楽しんでいる『変態さん』だったのだよ!! なんだってぇぇぇぇ!! って言うか↑の声は誰の声だ!? このナレーションも誰の声だ!!? そして、原稿の完成が近づいた為、許しを貰い、一旦終わらせて帰宅する2人 現時刻、午後23時過ぎ。電車なんてもうねぇよwwww 「それにしても、こうちゃん先輩が私の誕生日を覚えてくれてたなんて、なんか意外ッスね」 「そりゃあそうさー、だって私の大事な後輩の事だからね」 「こうちゃん先輩……」 私は、こうちゃん先輩の優しさに感激した 「あっ、でも、原稿落としたら…………殺すから…………」 でも、窮地に立たせるんスね……… 結局この日は徹夜して、原稿を完成する事が出来ました 正直……マジ眠い……実は2日間徹夜している訳で……本当に死んでしまいそうだ…… そして、完成した原稿をこうちゃん先輩に渡したら、『チッ』って舌打ちされたよ…………そこまで私を陥れたいんスか…………それは、余りにも酷いッス…………orz 実は、八坂こうの脳内ではこうなっていた (チッ…………原稿が落ちたら、ひよりんを拉致監禁して、あれよあれよと襲い掛かって、私の性奴隷にするつもりだったのに…………残念だよ) と、考えていたこいつは、正真正銘の『変態さん』だったのだy(ry なっ、なんだっt(ry って言うか↑の声は誰のこe(ry このナレーションも誰のこe(ry そして、色々な事があったが、なんやかんやで田村ひより誕生日当日。なんやかんやってなんだよwwww 田村家宅にて ピンポーン 「はい、今出まーす」ガチャ 「ちわー、ひよりーん。来たよー」 「ひよりちゃーん、こんにちはー」 「田村さん、今日はよろしくね」 「田村さん、今日はよろしくお願いします」 「どうもどうも、泉先輩につかさ先輩、かがみ先輩に高良先輩。どうぞあがって下さい」 「「「「お邪魔しまーす!」」」」 10分後 ピンポーン 「はーい。今出まーs(ry」ガチャ 「あっ、田村さん。こんにちはー誕生日おめでとーう」 「田村さん…こんにちは…誕生日おめでとう…」 「OH!ヒヨリーン、goodeveningネー。」 「ゆたかちゃんにみなみちゃんにパティ!来てくれてありがとう!!先輩方はもう来てるから、あがってー」 「「「お邪魔しまーす(おジャマしマース)」」」 更に30分後 「こうちゃん先輩とやまと先輩も来る筈なのに、遅いッスね……。何があったんだろう……」 「もう来てるよ……」 「ひゃあっ、いつの間に来てるんスか!?驚かさないで下さいよ!そして背後に立つな!!」 「裏口から侵入させて貰ったよ」 「まったく…………あれ、やまと先輩と一緒じゃないんスか?一緒に来ると思ってたんスけど……」 「もう来てるわよ……」 「あひゃあ、いつの間に来てるんスか!?だから驚かさないで下さいよ!そして私の背後に立つんじゃねぇー!!」 「こうの言ったとおりに、なかなかの表情をするわね……」 「でしょー」 「うん、結構そそるわn、ゴホゴホ……何でもない……」 今一瞬、不吉な事を聞いたような…… 「とっ、取り敢えず部屋で待って下さい……」 「うん、そうしてもらうね」 「失礼するわ……」 「はぁ……普通に正面玄関から入って下さいよね…………」 まったく何考えてるのやら…… 一方、永森やまとの脳内では (あの娘が田村ひより……確かに弄り甲斐があるわね……。思わず襲ってしまいそうだわ……ジュル」 と、考えていたこいつも、八坂こうに匹敵する程の『変態さん』だったのだよ!なんだってぇぇぇぇぇ!! ※この後はキャラが多い為、若干台本形式で進行します。スミマセン こな「よし、みんなこれで全員だね」 かが「みんなが揃ったという事で、始めますか」 みゆ「そうですね!では……」 こう「田村ひより、誕生日おめでとう!!」 その他「おめでとーーう!!」 ひよ「皆さん本当にありがとうございます!私の為にこんなに集まってくれて、とっても嬉しいです!!」 パティ「トウゼンデス!ヒヨリのタメなら、ヨロコんでナンでもシマス!!…………………………色々と(ボソッ」 つか「そうだよ、ひよりちゃん。可愛い後輩の為なら喜んでするよー。…………………………色々と(ボソッ」 ゆた「今回は、田村さんが主役だから、田村さんの為なら何でもするからね。…………………………色々と(ボソッ」 みな「 そ う 色 々 と 」 なんか背筋に悪寒が感じるが………… こう「色々とは主に、………………………………………………性的な事だよ!!」 遂にぶっちゃけやがったぁぁぁぁ!! ひよ「あの…………一応、今回の主役は私なんで…………少しオプラートに」 かが「ジュロロロロロロ」 ひよ「かがみ先輩…………涎が垂れてますよ…………」 こな「もうそろそろプレゼントタイムといきますか」 つか「そうだね。じゃあ、私から行くね!」 つかさ先輩からか……なんか嫌な予感しかしないが………… つか「はい、これ。受け取ってね」 なんか、中身が薄っぺらいけど、何が入って……………………………… ま さ か つか「此はね、私が一生懸命考えたネタ帳だよ!大事に使ってね!!」 悪 夢 再 来 こな「おーと、つかさは気前が良いねー」 こう「よかったなーひよりん。これでネタに困らないで済む」 ひよ「あはははは…………有り難く頂戴します」 人の気を知らずにこの人等は…… こなた「では私はこれを差し上げよう」 ひより「なんですかこれは?(ガサゴソ」 これは…………、黒くて……太くて……スイッチひとつで『ブィーーン』と揺れ動く…………所謂…… ひよ「これはバイブですよね?」こな「マッサージ機だよ」 「いや、どう見たってバイb」「マッサージ機だよ」 「いや、バi」「マッサージ機だよ」 「………………」「マッサージ機だよ」 「はいそうですね。これは、マッサージ機でs」「いや、これバイブだよ」 「!!!!!!!!!」 結局バイブかよ………… みゆ「私は田村さんの為に、バースデーケーキを作って来ました。どうぞ召し上がって下さい」 ひよ「うわっ、とっても美味しそうですね。食べて良いですか?」 みゆ「どうぞどうぞ」 ひよ「いただきます(パクッ う~ん、美味しー。流石は高良先輩ッス!!」 みゆ「 食 べ ま し た ね 」 !!!、しまった、このケーキに一体何が盛られてるんだ!? かが「後が楽しみね…………」 かがみ先輩、何をボソッと言ってるんですか! パティ「ヒヨリはワタシのヨメだから、これをプレゼントしマース」 いつから私はパティの嫁になったんだろう………… ひよ「ありがとうパティ、これは何かな?」 パティ「これはエプロンでス」 ……なんでエプロンなんだ? その時ひより以外の脳内では…… ひよりが嫁→→エプロン→→裸エプロン→→お風呂にする?ご飯にする?それとも、わ・た・し・?(ハート→→アァァー!→→→→エロス こな「てな訳だっよっねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」 みゆ「ダバダバダバダバダバダバダバダバァ!!」 かが「ジュロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ!!」 つか「うにょにょにょにょにょにょにょにょにょーーーん!!」 やま「この宇宙人をあそこまで魅了させるなんて貴様は何者だぁぁぁぁ!!」 こう「この娘は本っ当にけしからん娘ぉぉぉぉぉぉ!!」 ゆた「素敵過ぎる……こんなに素敵なんて……なんて私達は、恵まれているのでしょう……めっ、目眩が……」 みな「ああ、神聖なる神よ……この様な天使を生み出して下さいまして、誠に感謝しております…………タームン」 ひよ「ちょっwwwwなんでみんな、暴走してんのwwww」 こな「みんなの分のバイブ用意したから使って」 ひよ「ちょっwwwwお前、正気かwwww…………って、あれ……なんか、体が熱い…………火照って来た…………」 みゆ「それは、このケーキに大量の媚薬を仕込んだので…………」 ひよ「やっぱりぃぃぃぃぃいぃぃい!!」 パティ「貴方は、本当に…………最高ですよ」 ひよ「パティの日本語がまた流暢!?」 みゆ「と言うわけで…………田村さん!」 つか「誕生日!」 かが「おめで~~~~~~ぇ」 こな「トウッ!!」←ルパンダイブ 「トウッ!!!!」←ひより以外その他全員ルパンダイブ ひよ「なんでまた、こんなオチになるんスかぁ!私が主役なのに!これなんてデジャブ!責任者出て来い、抗議する!!裁判所に会いまs」 こう「ひより、ウルサい」 ひよ「あっ、すみません……………………じゃなくて!ちょっ、やめ、助けt、アァァァァー!!」 結局この日も、みんなに食べられてしまう田村ひよりであった そして、誰にも気付かれず、その現場を傍観している人物がひとり その名前は、泉かなた。実は『ひよフェチ』イコール『変態さん』 実は、今までのナレーションも相づちも泉かなたの自作自演に寄るものだったのだよ!なんだってぇぇぇぇぇ!! happy birthday 田村ひより 乙 コメントフォーム 名前 コメント かなたさんwww なんだってぇぇぇぇwww -- オビ下チェックは基本 (2009-06-09 22 30 06) 面白かったです。ひよりんカワイソス -- 名無しさん (2009-05-28 15 17 07) こなた編も楽しみです。 やはりひよりんは受けですかな。 -- 名無しさん (2009-05-27 23 07 16)
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「休む」 私がそう口にしたのは朝の7時半。自室のベットで布団に潜り込んだ状態だった。 朝食の準備ができてもリビングに降りてこない私を心配したお母さんが部屋へとやってきて……私はそう言った。 「体調悪いの?」 「ちょっと、ね」 嘘じゃなかった。目が覚めてからずっと、喉に違和感があった。それに少し身体がだるい。完全に風邪をひいている。 お母さんが持ってきた体温計で熱を測ると、37度9分の発熱。 「今日は学校休みなさい。まったく……昨日あれだけ寒かったのに、何の準備もせず夜遊びするからよ」 「夜遊びなんかじゃないよ……」 お母さんの視線を避けるように布団を頭からかぶると、私は小さくため息を吐いた。 夜遊びなんかじゃないよ。私は今までで一番真剣な気持ちで、あの公園に6時間もいたんだから。 「学校にはお母さんが連絡いれておくから、きちんと暖かくして寝ているのよ」 お母さんが出ていったのを確認して、私は携帯を確認した。電源が入っていない。 それはそうだ。私が昨日、眠る前に自分で切ったんだから。今ごろメールやら不在着信やら来ているのかな。 私には電源を入れてそれを確認するまでの勇気が無かった。彼はあれから私にメールしたのかな。 (するはずないよね。私からのメールも返さなかったし、あれだけ待っても来なかったんだから) しかし、あんな寒空の下で女の子を6時間待たせますか。そして私も、なんでバカみたいに待ってたんだろう。 (非常識っスよ。男に二言はないはずっス) 必ず来ると書いてあった彼のメールを確認したときの喜びを思い出して、それは一層の切なさになって、胸に襲いかかって、 私は昨日流しきったと思っていた涙を、また零そうとしていた。枕に顔を埋めて、必死に耐えようとする。 なんとか彼を責めようとしてみたけれど、彼のせいにして気を紛らわそうとしたけれど、ついに私にはできなかった。 (全部私が悪いんだ……こんな趣味を持ってるから、全部受け入れてくれるとか甘い夢見てたからいけなかったんだ) 彼と初めて会話したあの日、クラスの男子から言われた私を深く傷付けた『キモい』という言葉。 昨日、彼も同じ事を私に思ったのだとしたら。彼の中でも、私は近寄ってはいけない存在に映ったんだとしたら。 (そっか……私って、『キモい』んだ……) あれだけ優しくて、私を好きだと言ってくれた彼に拒絶されるくらいなんだから、私はきっと世界一キモい女なんだ。 考えれば考えるほど、私は自分を責め抜きたくなった。この趣味に目覚めてから、後悔する事なんて一度だってなかった。 今までの自分の行動の全てが憎らしくなってきた。自分の描いてきた原稿を、集めたグッズを、全部壊したくなる衝動。 (私ってキモいんだ、私ってキモいんだ、なんで私はこんなにキモい女になっちゃったの、なんで私は……) 枕を握る私の手に力が込もる。暴力的なまでに自分への嫌悪感が、風邪で弱った身体の中で暴れている。 (どうしよう、彼に嫌われちゃった。私がこんなんだから、彼の気持ちを裏切るような人間だったから。 彼に謝りたい。嫌わないでって言いたい。彼に許してもらえるなら、こんな趣味いつだってやめてやる。 でもきっと彼はもう、私と関わってくれない。私への不安が彼の中に生まれたから。もうお喋りもできない。 一緒に帰ることも、他愛のない世間話や、アニメの話で盛りあがることも、私に微笑みかけることもないんだ) 原稿を描く時間があったら、メイクを勉強すればよかった。アニソンを聴いてる時間があったら、ファッション雑誌でも……。 そんなどうしようもない後悔だけが、私の中で次々と生まれてくる。どうして自分はこういう方向にいっちゃったんだろう。 決して広い理解をもらえる人種ではないと、常々理解していたつもりでも、やっぱり否定っていうのはとても恐ろしい。 (こうちゃん先輩、泉先輩、頑張れなくてごめんなさい。それと、もう二度と私は……) 原稿を描きません、と思っているうちに、私は二度目の眠りに落ちていった。 * 「……より、ひ……り! ……ひより!」 眠りの底から私を引きずり上げたのは、お母さんの声だった。勢いで上半身を起こす。 「あ、お母さん……今何時?」 「12時半。おかゆ作ったから、食べなさい。それと、お友達が来てるわよ」 「えっ?」 おかゆの入った小さな土鍋を持っているお母さんの後ろからひょこっと顔を出したのは、こうちゃん先輩。 それに倣って次々と姿を見せたのは、小早川さんと岩崎さんだ。三人とも、心配そうな顔をしてくれていた。 「こんにちわ、田村さん」 「ひよりん、体調はどう?」 「あ、おかげさまで……って、今お昼だよね? 学校は?」 「この時間はいつも昼休みだって、ひよりんだって知ってるだろ」 「それで、私達心配になってきちゃったんだ」 小早川さんの言葉に、岩崎さんは小さく頷いた。短いお昼休みをお見舞いに費やしてくれるなんて。 私は本当に、人間関係に恵まれていた。この運の良さでどうして、恋人には恵まれないんだろう。 「ありがとー……でも、どうしてお昼休みに?」 「だってひよりん、連絡とれないんだもん。昨日の結果、聞こうと思ったのに」 こうちゃん先輩のその言葉に、私の胸がズキンと疼く。残念ながら、私のせいで期待には添えませんでした。 「私も、先生から田村さんが風邪で休んだって聞いて、心配になってメールしたんだけど返ってこなくて。 メールできないほど体調が悪いのかな、もしかして寝てるのかもって思って、迷惑かもと思ったけど電話して、 携帯の電源そのものが切られてたみたいだから、どうしようかってみなみちゃんと相談して、じゃあ行こうってなって」 「……その途中で、八坂先輩に会った。八坂先輩は先生から、田村さんが欠席したのを聞いて心配していたらしくて、 田村さんの昨日のことは……私達もさっき、八坂先輩から聞いていて。それでなにかあったのかなって思ったんだ」 ということは小早川さんも岩崎さんも、私が告白されたこと、それを受け入れるために公園に行ったことは知ってるんだ。 「二人には思わず話しちゃったけど、昨日のことがあって今日のこれだから。二人とも相当心配していたみたいだし、 ひよりんのためにも知っておいてもらう必要があると思ってね。こんなに心配してもらえるなんて、ひよりんは幸せだね」 友情に関しては本当に、私は幸せ者です。こうちゃん先輩の世話好きも、ここに極まれりって感じだけど……。 私は自分が嬉しくて堪らないのを感じていた。三人の情が胸に熱い。失恋の痛みを、少しだけ忘れさせてくれた。 でも私は、それにお返しできるような返答を持ち合わせていなかった。 「で、ひよりん。その様子だと……ダメだったみたいだね」 「えっ……は、はい」 私はまだ何も言ってないのに、こうちゃん先輩は結果を見抜いていた。部屋中に重い空気が立ち込める。 「そりゃおかしいよ。だって告白してきたのはあいつなんでしょ?」 「いえ、いいんです……」 「いいって、でも、田村さんもその人のこと……」 「好き同士だったからといって、うまくいくとは限らないよ。人の気持ちなんてすぐ変わっちゃうし」 「そんな……」 私は痛々しそうな顔をする三人、特に今にも泣き出しそうな小早川さんに対して、少しだけ微笑んだ。 これ以上こんなに優しい三人に、心配はかけたくない。今の私にできる、精一杯の笑みだった。 「みんな、そんなに心配する必要ないっスよ。私なら全然元気っス! やっぱりこの喋り方が私らしいっスね! 私だって高校生の女の子だし、失恋のひとつやふたつするもんっスよ! たいした問題じゃないってこと」 ああ……今の私ってすごい痛々しいんだろうな。だって私以外、誰も笑ってないんだもん。ドツボにはまってる。 「それより、三人ともお昼まだっスよね?」 「……うん。ご飯よりも先に、ひよりんが心配だったしね」 「嬉しいデスね~。お弁当は持ってきました? ない人はうちで何か食べていってくださいっスよ。 時間も無いし、簡単なものしかないですケド……それとも、そろそろ学校に戻って学食でも……」 「……それは大丈夫だけど、ひよりんは誰かそばにいなくていいのか?」 それはどういう意味だろう。今の私はそんなに、寂しそうに見える? 三人の目には人恋しそうに映っている? でも、こうちゃん先輩の言葉はあながち間違っていない。ひとりになるとまた泣いてしまいそうだったから。 今は三人の優しさに甘えて、自分を慰めるのもいいかもしれない。絵に描いたように失恋した女の子だった。 「じゃあ、そばにいてください。ひとりだと心許なくて~……」 「時間いっぱいまでは、田村さんの話し相手になってあげるね」 「……体調がすぐれないときは、いつでも言って」 「これがお見舞いの本領っスよね……けふんけふん」 堰は出てしまったけれど、暖かくして寝ていたためか朝と比べればずいぶんと体調が良くなっていた。 簡単な風邪だけですんで本当によかった。明日からまたいつもの私で学校に通えるか、自信はなかったケド……。 「まあ色々あったけど、これでひよりんも原稿に集中できるんじゃない? 今回は落としちゃったけどさ」 きっとこうちゃん先輩にとっては何気ない言葉だったんだろう。でも私には、その言葉はちょっとした恐怖だった。 「あ……あっ、あの、こうちゃん先輩」 「きっと今ごろ印刷所やコンビニのコピー機前は戦場だぞ~」 「あっ、そういえば田村さん新しい本描いてたよね? インクこぼしちゃったケド」 「あ、あのね。先輩、私」 「結局あれ、完成しなかったんだよ」 「えー! そうなんですか?」 「……手伝ってあげればよかったかな」 「いいんだいいんだ、自己責任だし。ただし、今度のイベントはその分厳しいからね? 絶対新刊出させるよ?」 「せ、先輩っ」 三人の会話を止める、私の声。不思議そうに私を見つめる六つの目。 「どうしたの、ひよりん」 「わ、私、その……」 それを言ってしまうべきかどうか、少しばかり躊躇してしまった。けれど、私はもう誓ってしまったんだ。 その言葉は、こうちゃん先輩を失望させるに違いないし、怒らせてしまうかもしれない。こんなに優しくしてくれているのに。 けれど、もうどうしようもなかった。今の私には、これしか自分を変えるための手っ取り早い方法がなかったから。 「私……もう原稿は描きません」 「それはダメ」 即答だった。きっと、私がフラレたんだとわかった時点で、どんなことを考えているか予想がついてたんだ。 しかし、いくらこうちゃん先輩にダメだと言われても私はその決意を揺るがせるわけにはいかなかった。 もう二次元に逃げるだとか、妄想に逃げるだとか、そんな逃げ道を作るより普通の女の子のままでいたい。 「先輩。本当に申し訳なんですケド、私はもう描きません。サークルも解散します」 「……」 こうちゃん先輩がふぅっと息を吐く。小早川さんと岩崎さんは、そんな私達を見比べて、戸惑ったような顔をしている。 また迷惑かけちゃってごめんね。でも、私にはこうちゃん先輩を説得させないといけない必要があるんだよね。 「ひよりん。いくら私だって風邪が治ったらすぐに原稿に取りかかれとか、そんな残酷な事までは言わないよ。 今のひよりんの状況をきちんと理解してる。だから今は時間を置く必要があるんだよ。それはわかるよね? 自棄になってそんなこと言ったってしょうがないよ。趣味のせいで嫌われたからやめるとか、考えたらいけないぞ」 「自棄なんかじゃないっス」 私の声に力が込められる。柔らかく説得するつもりだったのに、どうして攻撃的になっちゃったんだろう。 「いいや、自棄になってる。いつものひよりんなら、間違っても原稿やめるだとか言わないでしょ」 「いつもの私ってなんですか。私はいつも原稿のことばっか考えてるような面白みのないやつですか」 「田村さん、落ち着いて……」 岩崎さんが私の肩に手をかけようとする。小早川さんは怯えるように小さく震えていた。 「だって、原稿だとか、そんなこと気持ち悪いことやってたからあの人に嫌われたんですよ!?」 「気持ち悪いって……何が気持ち悪いんだよ。ひよりんは自分の趣味をそんな風に考えてんの? 誰になんて言われようが、そんなの無視すりゃいいじゃん。自分が楽しいと思う事、やって何が悪いんだ」 「こうちゃん先輩はわからないんですよ! 『キモい』だなんて言われた事ないから!」 一瞬、部屋の空気が凍った。私以外三人揃って目を見開いて、ああ……私はなんて友達不幸なやつなんだろう。 「た、田村さん……今……」 「それは……あいつが言ったの?」 「……違います。でも、私はクラスの男子が私の事を、はっきり『キモい』って言っちゃったのを聞いたんです。 彼は、そんな彼らから私の話を聞いているうちに……昨日来てくれなかったのは、彼もきっと同じ事を思ったから」 「ひよりん、それは」 「もうイヤなんです! 中学のときもそうだった。こんな暗い趣味に走ってるから、好きな人に嫌われる。 キモいって言われて、嬉しい人なんていないっスよ! 私だって女なんだから、泣きたくなるくらい辛いっス! しかも好きな人にまでそんな風に思われて、これから先どうしたら原稿なんて描けるんですか? 私にはもう無理っス!」 小早川さんは泣いていた。私の悲しい気持ちを察してくれたのかな。岩崎さんはそんな小早川さんを労る様に抱いていた。 「何を言ってんの? ひよりんの左手は、ひよりんを悲しませるためにあるものじゃないでしょ」 左手――……そうだ。ペンだこだらけの私の左手。彼が褒めてくれた私の左手。勲章だと言ってくれた私の左手。 ……今の私を苦しめている、ペンだこだらけで汚いだけの罪深い左手。 「そう……この手のせいっスよ。何が神の左手っスか。バカみたいに後生大事にして、私を苦しめてきたくせに!」 私は傍らにあった目覚まし時計を取った……右手で。それをそのまま、自分の左手めがけて振り落とす。 「バカっ、ひより――」 小早川さんはとっさに目を覆い、岩崎さんは身を乗り出す。バキッという鈍い音が、部屋中に響いた。 * 「さてさて、九死に一生を得たところで……ひよりんや、それはないんじゃないの?」 ベットの傍らに転がるのは、粉々になった目覚まし時計。私の神の左手がこんな姿にしたわけじゃない。 目覚まし時計破壊の犯人……泉先輩は私に向かって、いつものネコ口を見せていた。けれど、瞳はどこか真剣だった。 私の左手に時計がぶつかる瞬間、どこからか突然現われた泉先輩は手刀をもって私の右手から時計を弾き飛ばした。 壁に衝突した時計は大破。「私も昨日のことでひよりんが心配になってネ~」とは泉先輩の弁。 「……なんで邪魔するんですか。こんな左手、使えなくなった……ほうがっ……マシ……」 私は嗚咽を漏らし、そのまま大粒の涙をぽろぽろとこぼし始めた。私はどれほど泣けば、いい加減気が済むんだろう。 「ひよりんの本が読めなくなるのは困るよ~。それ以上に、ひよりんが今以上悲しまないといけなくなるのが困る」 「こんな手、使えなくっ、なったってっ、別に悲しくないっス……」 岩崎さんがハンカチを差し出してくれた。こうちゃん先輩は自分が私を追い詰めたと思っているのか、深く肩を落としている。 「こんな手があるから、私はキモいだなんて言われるんですよ? だから私は嫌われて」 「そんなことでキモいって言われて、何か思いつめる必要はあるの?」 まるで私の悩みがたいしたことないかのような表情で、泉先輩はしれっと言葉を返した。 「誰がキモいって言ったの? その男子達? じゃあその男子達がキモいって言ったら、ひよりんはキモいの? 私達のうち誰かひとりでも、ひよりんのことキモいって言ったことある? そもそもキモいことの基準って何?」 「そ、そんな屁理屈を聞きたいんじゃないっス! 私は、好きな人に、彼にキモいって……」 「言われたの?」 泉先輩の言葉、力は込められていないはずなのに、なんだか有無を言わせぬエネルギーが……。私は身をすくめた。 「言われてないですケド……」 「ひよりんが原稿を描いた事で、誰か迷惑してる? ひよりんの左手は、誰かを傷付けたことはある? 多分ないよね。 ひよりんの事をキモいって言った人以上に、ひよりんの本をいつも楽しみにして、それを読んで楽しむ人がいるんだヨ? こんなに誰かに自慢できる左手、そう転がってないよ。だって、彼が褒めてくれた勲章がたくさん付いてるんでしょ?」 勲章……私はそっとペンだこに触れて、あのときの彼の言葉を思い出す。私のペンだこは、勲章……。 淡々とした口調で次々と言葉を発していく泉先輩。ネコ口なのに、なんでこんなに私の中に響いてくるんだろう。 「ひよりんの左手の偉大さを知らない人間が何を言おうが、放っておけばいいよ。傷付くこともあるだろうけどさ。 無知な人間が遠くから飛ばす野次ほど情けないものはないしね。ただ、私達はひよりんの原稿を読み続けたいんだ。 彼は本当にひよりんをキモいと思ったか、彼に聞かないまま終わっちゃう? ひよりんはまだ何も終わってないよ。 聞いてみる価値はあるんじゃない? 万が一そいつがキモいって言ったら、私とこうがボッコボコにしてやんよ~」 「ちょっと待って。なんで私まで」 ストレートパンチをシュシュシュと繰り出す泉先輩。私が死ぬほど悩みぬいたことをなぜこうも簡単な話のように……。 「わ、私は……」 突然口を開いたのは小早川さんだった。袖で涙を拭って、いつもの愛くるしい笑顔を私に見せてくれている。 「田村さんの手、好きだな~……だって、面白い漫画描いてくれるし、描いてるときの田村さん、すごく幸せそうだし」 「私も……田村さんの手がダメになるなんて、悲しい。もっと、その手を誇ってもいいと思う」 次いで、岩崎さんの言葉。なんの飾りもないそのまっすぐな二人の言葉は、まっすぐな分だけ私の胸に突き刺さる。 私はなんていうことをそしようとしていたんだろう。こんな二人の目の前で、自分の手を壊そうとしていたなんて。 そうだ。私の手は……私と彼を放したわけじゃない。私と彼を引き合わせた手のはずだった。どうして忘れていたんだろう。 岩崎さんが小早川さんに、何か耳打ちしていた。小早川さんは驚いた顔を見せると、顔を赤くしながら小さく頷いた。 「泉先輩、八坂先輩。すみませんが、席を外していただけませんか?」 「ん、いいよ」 岩崎さんの要望を受けて、二人は部屋を出た。岩崎さんと小早川さんは姿勢を正して、真剣な目で私を見つめる。 「田村さん。こんなときに田村さんに言っていいかわからないケド……後で答えるって約束したから言うね」 「う、うん」 「私とゆたかは……付き合ってるんだ」 まあ以前話したときにある程度わかっていたようなものだったけど、それでも私の脳天にハンマーのような衝撃。 「えっ、や、やっぱり……いや、そうじゃなくて……で、でも、それを私に言っちゃっていいの?」 「うん。ゆたかもいいって言ってくれたし……今の田村さんには聞いてもらいたいから」 小早川さんは頭のてっぺんまで真っ赤にしている。同時に、不安そうな顔で私を上目遣いで覗きこむ。 「たぶん、田村さんには女の子同士で気持ち悪いって思われるかもしれないけど」 「お、思わないよ全然! そんなこと……むしろ嬉し、げふんげふん」 「ありがとう……でも、私達はきっと色んな人から、奇異な目で見られることがあると思う」 「ん……まあ、そうだよね。決して大勢からは簡単に歓迎されるようなものじゃないし」 「でも、私達からすればそんなことはどうでもいい。私はゆたかのことが好きだから。私達は守り合うって誓ったから。 本当に好きなものを守り通したいときは、周りよりも自分のことを信じるしかない。それがたとえやせ我慢でも。 私は……田村さんにもそうしてほしい。本当に正しい事を知ってるのは、幸せになる道を知ってるのは自分だけだから」 小早川さんの手を固く握ったまま、射抜くような目で私を見る岩崎さん。決意と勇気に満ちた、勇ましい瞳だった。 幸せになる道……原稿が完成したとき、誰かに読まれたとき、たとえ苦しい過程があっても、私は幸せだった。 彼と話しながら帰る家路、彼と盛り上がったお喋り、いや、彼と居るだけで、それも私には幸せだった。 どうしてそのどっちも、私は手放そうなどと考えていたんだろう。まだ何も、自分のことを信じきれていないのに。 「……ありがとう、岩崎さん。小早川さん」 私の目を見た岩崎さんは、クスっと微笑んだ。彼女は鋭い人だから、きっとすぐに気付けたに違いない。 ……私が、最後まで自分を信じぬく決意を、そして彼を信じぬく決意をひっそりとしていたことに。 小早川さんはやがてまた、いつもの笑顔を見せてくれた。あっ、目の前にすごい百合! これは鼻血ものっスね! 「でも、私はどうすればいいんだろう。明日顔を合わせるだけでも、ちょっと精一杯かな……」 そんなことを自嘲気味に言ってみる。二人は頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。 「そういえば、その人ってどんな人なの?」 「二人は……相手のことはこうちゃん先輩から聞いてないんだ?」 「うん……同じ学校の人としか」 二人はクラスメートだとは知らないみたい。教えない方がいいかもしれない。妙に意識させるのもあれだし。 「たぶんそのうちわかると思う……そういえば、もうお昼休みが終わる時間きてるね」 「あ、本当だ……学校終わったら、ノート持ってくるね」 「ありがとう。本当にいい友達もっちゃったな~」 「今日は田村さん以外にも欠席者が出ちゃったんだけど、それがわけありで授業がちょっとだけ潰れちゃったんだ」 「へー? 誰が欠席したの?」 「えっとね、男子の人なんだけど……」 小早川さんの口からその名前が出たとき、私の全身は急激に凍ったように強張った。 「……えっ? 小早川さん、今なんて……」 「あのね、昨日の放課後なんだけど……クラスの男子同士で掴み合いのケンカがあったみたいで。みんなが帰ってから。 そのときに相手に倒されてから頭をぶつけて気絶したみたいで……たしかすぐに病院に運ばれたんだって。 ケンカの原因はよくわかってないみたいなんだケド、気絶したのすごく真面目な男子だからみんなビックリして。 とてもケンカなんかするような人じゃなかったから……たしか今も病院に寝ているはずだけど……って、田村さん?」 小早川さんの言葉が言い終わるか終わらないかのうちに、私は切りっぱなしにしていた携帯の電源を入れた。 学校の番号を押しているうちに表示される、メールの通知と不在着信。私は神の左手でナンバーを押していく。 『はい、陵桜学園事務室です』 「すみません! 田村というものですが、○○先生に繋いでください!」 「た、田村さん……どうしたの?」 『……はい、代わりました。田村さん、体調は大丈夫なの?』 「私の体調はどうでもいいんです! 先生、教えて欲しいことがあるんですけど……!」 それから私は戸惑う先生から強引に引き出すようにして、欠席している男子の眠る病院の名前を聞き出した。 「どうしたの、ひよりん」 泉先輩とこうちゃん先輩が、何事かと部屋へと入ってきた。私は何も答えず、というか答えられず、ベットから飛び起きた。 「それが田村さん……急におかしくなっちゃって」 私は携帯と財布、眼鏡を手に取ると、パジャマ姿のまま部屋を飛び出した。呆気に取られる四人を部屋に残して。 「……お姉ちゃん。田村さん、あれでよかったのかな?」 「いいんだヨ。やっと、最良の選択ができたみたいだしネ」 * 糟日部病院までの道のり20Km。私はタクシーの運ちゃんに向かって、もっととばすように指示した。 今週末のイベントで使うはずだった、お小遣いはタクシー代に当てた。というか、お釣りをもらう余裕はなかった。 迷惑承知で病院のロビーを走ると、受付の看護師に食いつくように詰問する。彼の寝ている病室の場所を。 「はや、早く教えてくださいっス! 彼が、彼が、怪我をしているっスよ!」 「お、落ち着いてください。怪我をしてるのは知っています。ご家族の方ですか?」 「わ、私は……恋人です!」 その大声はロビーに響き渡った。パジャマ姿で半狂乱の女の子が病院で叫ぶ。我ながらサイコ野郎っスね。 「はい、恋人さんですね……ああ、昨日運ばれた人ですね。たしかもう集中治療は終わって、今は安静にしているはずです」 よかった……命に別状はないみたい。私は焦りながらも、心の底から安堵を吐いた。 「でも、困るんですよね。意識が戻って身体が動くからといって、その患者さん、病院から何度も脱走しようとするんです」 「だ、脱走ですか?」 「はい。今朝からもう四回も。公園にいかなきゃとか、田村さんに会わなきゃとか、そういって聞かないんですよ」 公園――彼は、私の約束を破ったわけじゃなかったんだ。彼は、私に会いに来ようとしてくれていたんだ。 思わぬアクシデントに邪魔されちゃったけれど、彼は私から離れたわけじゃないんだ。嫌いになったわけじゃないんだ。 「病室は305号室ですね。もう面会は大丈夫のはずですよ。あ、ところでお名前は」 「田村っス!」 「はい、田村さん……えっ?」 おでこが光る。私はコミケ会場でお目当ての同人誌を見つけたときよりも素早く、その場から駆け出した。 305、305……! 階段を8段飛ばしくらいで駆け上がる。風邪のせいか不思議と身体が軽い。 (305……あった!) 個室だった。病室の扉を開けて、私は突入した。 広く静かな病室。窓には曇天模様。その部屋の隅に設置されたパイプベッドには、頭に包帯を巻いた愛しい人の姿。 「た、田村さん……?」 「……なっ、なにをしようとしてるの?」 「……脱走」 彼は患者用のパジャマの上からジャケットを羽織って、ベッドから降りようとしていた。私は私で息も切れ切れだ。 「気持ちは嬉しいけど……脱走はダメっスよ」 「田村さん、走ってきたの? 汗がすごいけど……」 そのうえ風邪までひいてます、とは言えなかった。彼を余計に心配させるわけにはいかなかったから。 「安静にしてなきゃダメだよ……頭、怪我しちゃってるんだし」 「う、うん……あっ、田村さん……昨日はごめん!」 彼は包帯に包まれた頭を思いきり下げた。その振動で痛みが走ったらしく、「痛っ!」と叫ぶおまけ付き。 「だ、大丈夫?」 「うん……昨日は本当にごめん。こんなことさえなかったら、公園に行くつもりだったんだけど」 「もういい……もういいんだよ?」 ごく自然な動作だった。自分でもなぜ、そうしたのかわからなかった。でもたぶん、一番したかったことだったから。 気が付けば私は、彼の胸に頭を寄りかからせるようにして抱きついた。突然の行動に、彼の身体が硬直した。 あ、心臓が高鳴ってるのわかる……昨日からずっと寂しかったんだし、彼に触れたかったんだし、別にいいよね……? 「田村さん……」 「私、昨日ね。あなたの気持ちにOKを出すつもりだった。もちろん今でも、あなたさえよければ」 「……本当?」 「でなきゃ、こ、こんなことできないっスよ~……」 自分のやっていることに気付いて、急に恥ずかしくなってきた。でも、離れようとは思わなかった。 すると彼の両手が、私の頭を抱きかかえるように回ってきた。苦しくない程度に、私をぎゅっと包んで。 「嬉しい……ありがとう、田村さん」 「その……ひとつ聞いていい?」 「何?」 「どうして、ケンカなんかしちゃったの?」 「……」 彼は急に黙った。それだけで、私は彼のケンカの原因がわかった。私のことだ。それであの男子達と衝突したんだ。 それを口にすれば、私が申し訳ないという気持ちを持つと知っているから、彼は黙っている。胸が張り裂けるほど嬉しい。 「私のことでしょ?」 「……!」 「昨日、途中まで聞いちゃってたんだ。あなたと男子達の話。途中で逃げちゃったけど……あれで嫌われたと思ってた。 でも違ってたんだね。あなたは、最後まで私のために怒って、闘ってくれてたんだね。なのに私は……本当にごめんね」 「……ケンカなんて、本当はしたくなかった。誰かの胸倉を掴んだ事なんて、今まで一度も無かった。 でも、田村さんを悪く言われるのだけは耐えられなくて、最初は無視するつもりだったけど、気が付いたら」 「うん……ありがとう」 今度は私が彼を慰めるように、優しいトーンで彼に言葉をかける。 あのときの彼の無言は、男子達に言い返せなくなったんじゃなくて、ただ無視をしただけだったんだ。 「……ね?」 「なに、田村さん」 「もしかしたら私の趣味のことで……あなたに引かれちゃう気がくるかもしれないんだよね」 「うん」 「それで……あなたに嫌われちゃうかもしれないし、それに」 「ならないよ、嫌いになんか」 「……うん」 ああ、良かった。この人を信じて。自分を信じて。今日はちょっと私から裏切りかけちゃったんだけど。 「田村さん」 「なに?」 彼は私の頭を自分の胸から引き離すと、私の目を見つめてきた。私は全身が真っ赤になるのを感じた。 「目、閉じて」 「目って……うえええええええ!!!!」 彼の言葉の意味を汲み取って、私は目こそ閉じたものの頭は思いっきり俯いていた。体温で爆発しそうだ。 (ち、ちょっと待ってくださいっスよ! 目を閉じてって、目を閉じてって、いわゆるアレっスよね!? ね!? そんな恋愛漫画じゃないんですから、私なんかが主人公でいいわけなくて、私は読み手というか描き手というか、 そ、そりゃ何度もそういうシーンは描いてきたっスけど、もう普段はパパッと描いちゃうわけなんですケド、 もっとそういうのは美少女というか美少年というか美少女同士というか美少年同士というか、いやいやいや、 はははははははははは恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしいっスよおおおおおお!!!!!!!) 「田村さん、顔上げて」 「ええええ、ああああ、あっ! く、唇はダメっス!」 「……田村さん?」 「その……風邪うつしちゃうから……」 俯いたまま私は答えた。彼のために頭を上げようとしても、まるで錆びた機械のように私の首は動かない。 「風邪、引いてるの?」 「えっ、あっ、ちょっとだけ……あ、でも全然、走ったら治る人だし」 自分でも何を言ってるのかわからなかった。ただひとつわかったのは、彼がくすっと笑ったこと。 私は固く目を閉じたまま、決心したように頭を上げていく。唇にしないとわかったら、少し余裕ができた。 自分の心音が聞こえる。これまでにないほどの早鐘を打っている。こんなに恥ずかしがり屋だったなんて。 やがて、おでこに柔らかな感触がするのを感じた。それだけで、その部分からまるで電流が走ったかのようだった。 甘い電流は私の全身を一瞬だけ走って、彼の唇の触れた場所から、何かが身体を満たしていくようだった。 (ま、とりあえず……今のうちはこれだけでいいっスよね?) 私は固く閉じていた目を、そっと開いた。彼はまだ、私をまっすぐに見詰めている。 「お、おでこにキスされるのも、結構悪くな……むぅっ」 言い終わる前に唇は塞がれていて、彼に抱き寄せられていた私は今度は固くではなく、ゆっくりと目を閉じて、 彼の腕の力と唇の感触に身体も心も預けきっていた。そうでもしないと、この身体はすぐにでも崩れ落ちそうだった。 (どうしよう……いつもの私なら、これは漫画のネタに使えるぞとか、そんなことを考えるのに……) 彼が唇を離すと、私はやっぱり彼を直視する事ができずに、顔を真っ赤にしたまま俯いていた。 (今だけは……もうこの人のことしか考えられないっス……) * アニ研部室は修羅場と化していた。原稿を落とした私は次のイベントまでに新刊を三冊も仕上げないとならないようで。 なぜそんな荒行をこうちゃん先輩が私に課したかというと、『幸せになったんだからこのくらい当然だよな』とのこと。 さっぱり意味がわかんないんスけど……そういうわけで私は放課後に部室で原稿用紙と格闘の真っ最中です。 「うう、本当なら今ごろあの人と一緒に帰って、家でゆっくりネームでも考えてるところっスよ……」 「ひよりん、愚痴垂れる前に手を動かそうか」 「こうちゃん先輩だって、彼氏でもできれば私の気持ちがわかるはずっス」 「なんだとこの野郎」 「こんにちは。田村さんいますか」 部室の扉が開いて、姿を見せたのは彼だった。あれから幾度も、ここに足を運ぶようになった。 「あっ、もう少しで一区切りつくからもうちょっと待っ……あっ」 机から身を乗り出した瞬間、私の肘がインクのビンを倒した。無論、黒い悪魔が原稿用紙を侵食して……。 「ぎゃー!!!!! 原稿がー!!!!!!」 「田村さん、大丈夫!?」 私と彼と先輩とで、布巾を取り出したりででんやわんや。彼は無事な方の原稿を拾うと、 「これは……なんていう作品?」 「ああ、これはつい最近始まった深夜の萌えアニメで、メインの女の子キャラ四人が可愛くて」 「へえー……田村さんのオススメなら、僕も見てみようかな。まだこういうの、全然詳しくないけどさ」 「あなたもすぐに、いやでも詳しくなっちゃうっス、よ、じゃ、なくて……」 私は頭をぶるぶると振ると、軽く息を整えた。いつも通りのこんな口調じゃダメだ。もっと女の子らしく。 「あなたもすぐに、詳しくなる……よ!」 その言葉を聞いた彼はしばらくぽかーんとしていたけれど、やがていつものように微笑んで、 「僕も早く『ひより』さんに近付きたいっ『ス』」 ……私の耳元で囁いた。 「わ、私の領域までくるのは厳しいっスよ! えと……その……」 私は初めて彼のことを下の名前で呼んだ。こうちゃん先輩の「けっ!」という声が、アニ研部室に響いた。 おまけ・恋するひよりX=RATEDに続く コメントフォーム 名前 コメント オリキャラは苦手なんですけど この話は違和感なく読める とても素敵な話でした (^^) ハッピーエンドになって良かった、2人ともお幸せに(^o^)/~~ -- オビ下チェックは基本 (2009-05-24 22 29 03) やばい! 良い話だ!! ひよりん めちゃくちゃ可愛い こなたと彼氏がなんか格好いいし! ひよりん 末永くお幸せに -- ラグ (2009-01-18 00 56 55) 感度しました! -- 名無しさん (2008-12-28 20 28 32) らきすたのSSで百合じゃなくてオリキャラで男子でこんなに いい話ができるなんて! あれ?相手の男子って白石じゃないよね。 -- 名無しさん (2008-11-26 00 32 05) 上手ないい作品ですね。GJ!!! -- 名無しさん (2008-11-24 23 57 12) 最初は男子のせいでこのssが好きになれなかったけど、 今はかなり好きですww いいですよ、これwww -- taihoo (2008-11-23 05 29 42) すごくいい!オリキャラは要らないって考えでしたが、このシリーズで一気に考えが変わりました。 やっぱり幸せな結末は良いですね -- 名無しさん (2008-08-07 11 32 01) つかみゆといいコレといい、あなたが神か… -- 名無しさん (2008-07-25 12 34 23) 話も上手くて文章も上手い。文句なしの良作をありがとう! -- 名無しさん (2008-06-24 03 04 41) ひよりんお幸せに… でも最後の先輩の「けっ!」で大爆笑したっス -- 名無しさん (2008-04-06 02 24 53) イイハナシダナー -- 名無しさん (2008-03-24 19 11 32) あれ? 目から塩水が… 画面見えねえ… -- 名無し (2008-02-27 00 47 51) 感動したっ! ・・まだ涙が・・ ひよりん、幸せに・・・ -- 名無しさん (2008-02-23 21 39 08) おめでとうひよりん! 感動しました!作者さまGJです! -- 名無しさん (2008-02-23 03 17 50) 涙が止まらないんだがどうしてくれる ひよりんホントいい友達持ったね -- 名無しさん (2008-02-23 01 41 09) このSSのおかげで らき☆すたがもっと好きになれたよ -- 名無しさん (2008-01-26 12 34 17) Wonderful! 感動しました(〃▽〃) -- 名無しさん (2008-01-24 00 06 25) ネット小説でマジ泣きしたのははじめてっすよ -- 名無しさん (2008-01-23 16 33 21) ひよりん・・・幸せになってね・・・。 遠くからずっと貴女の幸せを願っています。 -- 日和ん (2008-01-22 14 14 57) みなの友情とひよりんの幸せっぷりに全俺が泣いた! -- 名無しさん (2008-01-21 22 36 19) これを見ると、友人って大事だなって思いました 類は友を呼ぶ。まさにその通りです。 -- 名無しさん (2008-01-20 17 46 15) すばらしい作品です。いやマジで。 -- 名無しさん (2008-01-20 02 47 11) この作品を読んで、ひよりがすごく好きになりましたぁ!! -- アペックス (2008-01-19 18 22 39) はっぴーえんどで良かったああああ!!!! ひよりんの幸せがずっと続きますように!! -- 名無しさん (2008-01-19 18 02 48)
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「どうしよう…。あぁ~、どうしたらいいの~」 ひよりんこと田村ひよりは、自室のベッドで頭を抱えて悩んでいた。 明日はパティとこうちゃん先輩に加え、○○先輩も一緒に買い物ついでに遊びに行く約束をしている日なのだ。 「せっかく○○先輩と(二人きりではないにしても)デートなのに…」 「何で今日に限って可愛い服が全部ナフタレン臭いッスか~!」 普段から同人活動まっしぐらなひよりは、部屋ではどてらやジャージを愛用している。 平日はもっぱら制服なので、余所行き用の服は長い間タンスにしまわれていたのだ。 そしてつい先日、なかなか着ないタンスの服に虫が付かないよう、母が防虫剤を入れ替えたばかりなのである。 「なんてタイミングの悪さ…orz」 このままでは制服で行くしかなくなる。 (せめて休みの日ぐらい、○○先輩の前では可愛くいたかったのに…) ひよりは美人ではないかも知れないが、決して不細工と言われる程でもない。 が、パティやみゆきといった、所謂トップクラスに囲まれているせいで、自分に対して自信が持てなくなっていたのだ。 「仕方ないか…。制服で行こう…」 諦めを込めた溜め息を吐き、メガネを机に置いてそのままベッドに俯せになる。 (…先輩…) 桜藤祭が終わってから、ひよりは○○の事を意識するようになっていた。 (…何でだろ…? 何でずっと気になっちゃってるんだろ…?) 当然ながら、ひよりは時間のループを知らない。 そのループの中で○○は、一度ひよりに想いを告げている。 だが、例のごとく時間がループした為に、ひよりの中に淡い想いだけが残ったのだ。 (確かにいろいろお世話になってるけど…) (好きになる要素がなかった訳じゃないけど…) ○○の事を思い返しながら、ひよりは毛布をかぶる。 (…ううん、違う。何で好きになったかで戸惑ってるんじゃない…) (先輩を…、人を好きになる事が、こんなに切ないなんて知らなかったんだ…、私…) 寝返りをうち、まどろんでいく事を自覚しながら、○○の顔を頭に描いていく。 (…先輩は私の事をどう思ってるのかな…) 明日に一抹の不安と期待を抱えつつ、ひよりは深い眠りへと落ちていった。翌日の駅前。そこにはラフな格好をしたパティ、こうと○○がいた。 「いや~、先輩すみません! 今ちょうど個人と漫研とで締切被っちゃいまして」 「分かってるよ。それもう100回くらい聞いた」 「あはは~、そうでしたっけ?」 「その続きは『修羅場なもんですから、ひよりんは当分貸せません! 漫研のが終われば貸すんですけどね~』…だろ?」 「オー! 流石○○! 記憶力バツグンネ!」 パトリシアさんが親指をグッと立てて笑う。 「だから100回も聞けば覚えるって。…それよりも、田村さんには言ってないよね?」 「先輩がひよりんにぞっこ…」 「わぁ! こんなとこで大声で言うなよ!」 「あちゃ、すいません。でも大丈夫ですよ。私達は言ってないですし、ひよりんも気付いてないみたいですから」 「オージョーギワガワルイネ!」 「それ用途違う。まぁバレてないなら良いけどね」 「大丈夫ですって! 先輩がこうして居るのも、漫研の手伝いでかたが付きますから」 「ホントハひよりんト早ク遊ビタイカラ手伝ッテルンデスネ?」 「うぐっ…」 言葉に詰まる俺をパティさんと八坂さんがからかっていると、田村さんが制服姿でやって来た。 「すいません、お待たせしたっす…」 「ひよりん遅いよ! …って、何で制服なのさ?」 「こうちゃん先輩…、乙女にはいろいろあるっすよ…」 「腐ッテマスケドネー」 「パティうっさい。っつかここに居る4人は皆腐ってるじゃん」 「俺を数に入れるんじゃない」 「先輩冷たい~。一緒に腐りましょうよ~」 「何だ腐るって…。ほら田村さんも来たし、買い物に行こうよ」 「そうですね。では近くの画材屋さんに行きましょうか」画材屋に行く道中、ひよりは物思いに耽っていた。 (皆オシャレだな~…) (こうちゃん先輩は白を基調にして赤をあしらった服か…。先輩スタイル良いから赤が良く映えて似合うなぁ…) (パティもオシャレにしてるし、少し胸元とか大胆過ぎない? って感じ…) (○○先輩もカッコいい~。私服だと凄い大人びて見えるんだ…) (それなのに私は制服って…。何だか一人浮いてる感じ…) (…来なきゃ…良かったかな…) ハァッ…。と溜め息をもらしながら歩いていると、突然○○に声を掛けられた。 「どうしたの? 何か元気ないみたいだけど」 「うひゃあ! せ、先輩? ど、どうしたんですか?」 「うん? いや、どうしたって聞かれたら…、田村さんが元気無さそうだなーと思った、かな?」 「え? あ、いや、何でも無いッスよ! ネタを考えてただけっす」 「そう? でも歩きながら考えると危ないよ」 「そうなんですよね。この前も歩きながら考えてたら、電柱におでこぶつけちゃいましたから」 「うわ…、痛そう…。おでこにぶつけたって、この辺り?」 そう言いながら、○○はひよりのおでこを優しく触る。瞬間、ひよりは自分の顔が真っ赤になるのを感じた。 (はひゃ!? せ、せせせ先輩の手が!) ○○としては、特に凄い事をしている認識は無いが、 免疫のないひよりには赤面するのに充分だった。 「ん? もしかして熱があるんじゃない? 顔赤いし、おでこも熱いよ?」 「そ、そうですか? じ、じゃあ私、今日はお先に失礼しますね! こうちゃん先輩、パティごめんなさい! 私帰るっす~!」 そう言いながらひよりは全力で来た道を逆走していった。 恥ずかしかった。地味な自分があの中にいる事が。 何より○○の隣りにいる事が恥ずかしかった。 (あんなにカッコいい人の隣りに私がいちゃダメっ! こんな地味な私が…) 確実に恋愛フィルターがかかっているが、ひよりにはどんな男性よりも素敵に見えていた。全力で走ったせいか、部屋に辿り着くと、その場にへたりこんでしまった。 少し落ち着いてくると、どうしようもなく胸が切なくなってきた。 どうして自分は地味なんだろう どうしてもっと綺麗じゃないんだろう どうしてスタイルが良くないんだろう 気付くとひよりは泣いていた。嗚咽を噛み殺しながら、ひよりは一人で泣いていた。 (○○先輩…、…先輩ぃ…) 胸の奥から込み上げて来る切なさを抱え、ひよりは一人で泣き続けた。 一方その頃の○○達は、喫茶店に3人でいた。ただし、○○は椅子の上に正座させられている。 「○○先輩…」 恐ろしくドスの効いた声で八坂こうが呟く。 「ひよりんに一体何をしたんですか!」 「オージョーギワガワルイネ!」 「だから用途が違う。…俺は何もしてないよ! おでこをぶつけたって言ってたから、その…、ちょっとおでこ撫でたけど…」 「…本当ですか…?」 「ホントだよ! …やっぱりイヤだったのかな…」○○から話を聞いたこうは考えた。 (これが本当だとしたら、イヤと言うより恥ずかしかった可能性が高いか…) (ひよりんは自分を過小評価するところがあるから…) (普段と変らない自分と、普段と違うあたし達を比べたのかも…) (……知らない間に気合い入っちゃってたかな…) こうは自分とパティの格好を見る。決して派手では無いが、自分達の魅力を引き出す格好をしている。 (…諦めたつもりだったんだけどね…。ゴメンよひよりん) 心の中で謝りつつ、こうは口を開く。 「こうなったら取るべき方法は一つです! 先輩は今からひよりんの家へダッシュです!」 「え! いや、しかし女の子の家に突然押しかけるのは…」 「先輩!!」 テーブルを叩き、こうはいつもより真剣なまなざしで○○を見る。 「今行かないと、ひよりんを失う事になりますよ! 良いんですか!?」 脅しでも何でもなかった。こうはひよりの性格上、今日がこのまま過ぎてしまったら○○を避ける可能性がある事を知っていた。「……っ!」 言葉を無くす○○に、こうは続けて言う。 「ひよりんが好きなんじゃないですか? 大切なんじゃないですか!?」 「大切だ! 誰よりも大切だよ!」 弾かれたように立ち上がり、こうの問い掛けに答える。その眼は、迷いも曇りもなかった。 「…行ってあげて下さい。きっと待ってますから」 「分かった。ありがとう、二人とも」 伝票を掴み、颯爽と喫茶店を後にする○○を、こうとパティは黙って見つめていた。 どれくらい泣いただろうか。気が付けば部屋は暗くなっていた。 (…随分泣いてたっすね…) 涙が枯れ果てるかと思う程泣いていたが、○○の顔を思い浮かべると、また一筋の雫が流れた。 (誰かを好きになるのって、こんなに辛かったんだ…) (こんな想いなら…、いっそ無い方が…)♪ずっと探してたんだ~♪運命の人ってやつを~♪ 携帯の着うたが鳴り始める。○○用に設定した曲「かおりんのテーマ」だ。 (…○○先輩…?) 慌てて携帯を取るが、泣き続けていた為、喉を2、3回鳴らしてから電話に出た。 「…もしもし…?」 『あ、田村さん。俺だよ、○○です』 「はい、先輩どうしたんですか?」 『いや、田村さん、様子はどうかなって思ってさ。今大丈夫?』 「…はい、心配をおかけしましたっす」 『そう、良かった。それでね、少し話したい事があるんだけど、良いかな?』 「へ…? 別に大丈夫ですけど…。何ですか?」 『うん、じゃあちょっと失礼して…』 (ピンポ~ン) (…まさか…) ドタドタドタドタ! …カチャッ 「やあ」 「…え?」 片手を上げてにこやかに挨拶する○○がそこにいた。「…何してるっすか?」 「田村さんに会いに来たんだよ」 俺がそう言うと、田村さんは嬉しそうな、悲しそうな、どちらともつかない顔をした。 「…立ち話もなんですから…、どうぞ」 最初より幾分沈んだ感じがした。 「? …うん、じゃあお邪魔するね」 部屋に通された後、田村さんはお茶を入れて来ると言って部屋から出て行った。 (何だか元気無かったな…) そう考えて、頭を振る。 (俺まで沈んでどうする!) 気持ちを切替え部屋を見渡す。割りと和風な感じの部屋だ。 (…同人誌が山程入れてある棚があるな…) (自分の書いたのと、他のサークルのやつかな?) さすがに物色するわけにはいかず、大人しく座っていると、田村さんがお茶を2つ持って戻ってきた。「あ、ありがとうね。熱は大丈夫?」 「はい、ご心配をおかけしましたっす」 どこかよそよそしい。 (さっきから目線も合わせてくれない…。八坂さん達に言われて来たけど…) (…どうすりゃ良いんだ? あれか? 玉砕してこいって事なのか?) 八坂さんに言われた事を思い返す。 『今行かないと、ひよりんを失う事になりますよ! 良いんですか!?』 (…失うなんて絶対にイヤだ。…だけど、どうしすればいいのか全然分かんないよ…) 「先輩…、何かお話があったんじゃないんですか?」 「あ~、うん。そうなんだけど…。ほら、熱があったみたいだから心配で…」 そう言った途端、田村さんの顔が更に曇った。「あ~、うん。そうなんだけど…。ほら、熱があったみたいだから心配で…」 ひよりは複雑だった。 (先輩が来てくれたのは嬉しいッスけど…) (先輩はどうゆうつもりで来たんだろう…) 自分の好きな人が心配してくれる。それだけで嬉しいはずだが、ひよりが喜べない理由はそこにあった。 『自分に好意を抱いてくれているから』という発想は、マイナス全開の自信の無さから、最初から選択肢になかった。 (後輩に対する優しさだったら…、私…) 「…田村さん? もしかして…泣いてたの?」 声にハッとして顔を上げると、すぐ目の前に○○の顔があった。 (……っ!) 何でこんなに簡単に踏み込んでくるのか。ある意味無神経とも言えるこの行動に、ひよりの胸の奥にあったものが溢れ出してしまう。 「…何で…、何でなんですか?」 「後輩だから気に掛けてるんですか?」 「知り合いだから優しいんですか?」 「…私は…、私はそんな優しさならいらないです!」 「だって…! だって私は…! 先輩が好きなんですから!」「だって…! だって私は…! 先輩が好きなんですから!」 一気に捲し立てる田村さんの言葉を聞いて、○○は愕然とした。 同時に自分の鈍さと無神経さを呪った。 何で自分は気付けなかったのか。 どうして田村さんをここまで傷つけてしまったのか。 「…ゴメンよ…」 自然と口から出たのは謝罪の言葉だった。心の底から出た言葉、大切な相手を傷付けた事に対する言葉だった。 「…分かってるッス…」 その言葉を聞いたひよりは、拒絶の言葉だと勘違いしてしまう。 「え? いや、違うんだよ!田村さんが嫌いとかじゃなくて、むしろ…」 「…いいッス…。私なんか地味ですし…、胸なんかペチャンコだし…、おでこ広いし…」 「好かれる訳がないのは分かってるッス…」 慌てて○○が否定するが、ひよりはただ「いいッス…」を繰り返すだけである。 「ひよりっ!」 自分が何をされたか理解するのに幾らかの時間を必要とした。 とてもテンポの早い何かが聞こえる。 自分の顔が、何かに押しつけられている。 暫くして、自分が○○の腕に抱き締めている事に初めて気付いた。「…せ、先輩…?」 「…しっ。静かに…」 「…………」 「聞こえる? 俺の鼓動…」 「…はい」 「凄いドキドキしてるでしょ?」 「緊張してるんだよ。…大切な人を抱き締めてるから」 「…え…?」 顔を動かし○○を見上げる。 「田村さんがちゃんと言ってくれたのに、俺が言わない訳にはいかないよね」 「よく聞いててくれよ? …俺は、田村さんが好きだ」 あまりにも衝撃的な事が続いたため、ひよりは半ば放心して○○の顔を見ていた。 「…田村さん…?」 「ぅひゃい! な、何ですか?」 慌てるひよりを○○は優しい目で見つめ、抱き締めていた手をさらに大きく、優しい手つきで包む。 「もう一度言うよ。好きだ…、大好きだよ…田村さん…」 ひよりは夢を見ているのではないかと疑った。 (なんだかボ~ッとするし…、夢なんだ…) 抱き締められている感覚を夢だと勘違いし、夢ならば何でも聞いてしまえ、と口を開く。 「でも…、先輩さっき『ゴメン』って…」 「それは、自分が意図して無いとは言え、大切な人を傷付けてたんだよ? 謝らないとダメだろ?」 「だけど…、私なんか地味だし…。パティやこうちゃん先輩に比べてスタイルだって…」 「俺には、どんな女の子より可愛いく見える」 「それに覚えてる? 劇の代役をやる時、沢山資料を用意してくれたでしょ?」 (…あれ? でも代役って、かがみ先輩足挫いてなかったような…。…でも確かにそんな事もあったような…?) 「あれが嬉しかったんだよ。不安で不安で仕方の無かった時に、誰より親身になって応援してくれたから」「…な、何だか恥ずかしいッスね…。今の格好も充分恥ずかしいッスけど…」 「あはは、ゴメンね? でも、もう少しこのままでもいいかな?」 「…別に構わないッスけど…」 ひよりはまだ○○の気持ちに半信半疑のようだった。少し考えた○○は、ひよりのおでこを撫でながら声を掛ける。 「じゃあ一つ証拠をあげるよ」 「…証拠…?」 そう呟いた時、ひよりはあごを持たれ、唇を○○の唇で塞がれていた。 「むぅ…っ!?」 少し長めに唇を吸われ、その後何度か啄むようなキスを終えて、二人の顔が離れる。 「……はぁっ……」 「これが証拠じゃ…、ダメかな…?」 「…い、いきなり過ぎるっすよ…。…先輩…、ドSっすね…」 「そうかな…? こんな俺はイヤ?」 「…好きッス。Sなところも含めて、全部…」 「そう、良かった」 にっこりと優しく微笑む○○の顔をひよりは見つめる。 この時初めて『夢にしては長い』と思った。「あれ…?」 「どうしたの? 田村さん」「…先輩、ちょっと私の頬をつねって欲しいッス」 「え? いくら俺がSっぽいからって、田村さんがMにならなくても…」 「ち、違うッスよ! ちょっとで良いんでお願いです」 「う~ん、じゃあ抓るよ?」 優しく、軽い痛みを覚えるくらいで、頬を抓られる。 「…痛い…」 もちろん、のたうち回る程では無いにしろ、痛みを感じたのは確かである。 「じゃあ…これ、夢じゃない…?」 「当たり前だよ。ファーストキスを夢オチにされたくないな」 「えぇぇぇ!」 「ど、どうしたの?」 「夢じゃないッスか? だ、だってさっき先輩、私の事好きって…」 「? そうだよ?」 さらりと肯定する○○を驚きの目で見る。よくよく自分の体勢を確認すると、夢だと思っていた『抱き締められている』体勢になっている。 「じゃ、じゃあさっきの告白も…、き、きき、キスも…」 「夢なんかじゃない。ちゃんとした現実だよ。…田村さんは、夢の方が…、よかったかな…?」 「……そんな事…ないっす…」恥ずかしそうに顔を伏せながら、抱き締められていた体勢から、ひよりが腕を○○の背中に回し、『抱き合う』体勢になる。 「だって…私も…、先輩が好きッスから…」 ようやく通じた淡い想い。一時はこの想いのせいで、胸が引き裂かれそうな程切なくなった。 『こんな想いをするくらいなら…』と思ってしまう事もあった。 だけど、今は違う。この想いのお陰で、こんなにも満ち足りた気持ちになれた。 この想いがあるから、今、愛される幸せを感じられた。 ○○からの想いを温もりと共に感じ、ひよりは知らず涙を流していた。 (嬉しい涙って、こんなに気持ち良いんだ…。ありがとう、先輩…。私を選んでくれて…) 「先輩…」 「何?」 「これは夢じゃないッスよね?」 「まだ言ってるの? そんなに俺が信じられないかな?」 「いえ! 違うッス! ただ、夢じゃないなら一つお願いが…」 「ん?」 「ひより…って呼んで欲しいっす。さっき…、呼んでくれましたよね…?」 「ん? あぁ、勢いでつい…ね」 「呼んで欲しいっす」 「いやしかし、いきなりって何か恥ずかしいだろ?」 「呼ぶっす」 「いや…、だからね…?」「呼ばないなら、次の同人誌は○○先輩と白石先輩の18禁を…」 「愛してるよ、ひより」 「……はい、私も…愛してます…」 「…まったく…。まさか無理矢理呼ばせるとはね…。こうなったらいつでも名前で呼ぶからな!」 「の…、望むところっす!」 とても恋人の会話に聞こえず、二人は同時に笑い出す。 「あはははっ! これから先も、こうして一緒に笑えたらいいね」 「もちろんッス! …でも、浮気はしないで下さいッスね…」 「あぁ、もちろんだよ。じゃあ…、誓いのキスをしようか?」 「あぅ…、またキスっすか? …嬉しいからいいっすけど…」 目を閉じ○○に顔を向ける。少し待っていると、おでこに軟らかい感触が感じられた。 「…おでこ?」 「うん、あんまり可愛かったからつい…」 「でこが可愛いって…。何か複雑っす」 お互い顔を見合わせクスッと笑い合う。 きっとこれから先もずっとこうだろう。何気ない会話でお互い笑い合える。 そんな素敵な二人でいられるよう、ひよりは想いを込めて告げた。 「○○さん…」 「大好きッス!」 FIN おまけ カランカランカラン… パティとこうは、○○が出て行った扉を眺めていた。 「あとは先輩が上手くやるだけね」 「…………」 「…? パティ?」 「オージョーギワガワルイネ…」 「だからそれは用途が…」 そこまで言って、こうは口をつむぐ。パティの目から大粒の涙が溢れていたからだ。 「…パティ…」 「…ひよりんハワタシノベストフレンドデス…」 「ダカラ…ひよりん二ハ笑ッテイテ欲シカッタンデス…」 「○○ナラキットひよりヲ幸セニスルッテワカッテル…」 「ダケド…、ソウ想エバ想ウ程、胸ガ苦シクナッテ…」 こうには何となく分かっていた。パティも○○に好意を寄せていた事。 そして、ひよりんの為に一生懸命その想いを押さえていた事も。 嗚咽を堪えるパティの頭を優しく抱え、落ち着かせるように頭をなでる。 「うん…、辛かったね…、パティ…」 その一言で押さえていたものが決壊したのか、一気に声を上げて泣き出した。 「今は泣いちゃいなよ。無理しないで、全部出しな、ね?」 「ウッ…ウゥ…、ウゥァァァァァァン!」 (○○先輩…、可愛い後輩二人の苦悩と涙の分は、きっちりお返ししてもらいますからね!) (…ついでにアタシの分もね) こうは泣きじゃくるパティをなだめつつ、妖しく目を光らせるのだった。 後日、こうとパティは顔面にシューズとビンタの跡をつけた○○に、ケーキバイキング5万円分奢ってもらう事になるのだが、それはまた別のお話。 FIN
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キッチンにて 「いや~この前はスイマセンでしたっす」 「いや!別にいいんやー楽しかったしなあ…ほな!始めるでぇ!」 ひよりん。パティ職人へのみち? 「肉パティは愛=理解したやろし次は玉子や」 「ハイっす!」 「まぁ、玉子は簡単に言うと鉄板に乗せてフタ閉じて水入れてほっとくんやな」 「…なるほど、SMプレイっすね」 「そうか…そんな考え方もあるんか、為になるでぇ」 「んじゃ次はフライ物や!エビパティやフィッシュパティやな、妄想の用意はいいか?」 「店長さん…私、ばっちりって顔してるだろ?っす」 「OKぃ!…フライ物はまずカゴに作る量を入れる」 「ふむ…」 「油に入れる」 「じらすっすね~くぅ~」 「恋愛には『じらし』が肝心や!」 「なるほど…あとそれでこのあと何を!?!」 「それだけや」 「は?…今なんと?」 「それだけや!まぁ揚がったら油を切るぼt」 「……あの頃の」 「どしたん?」 「ぶつぶつ…あ…ぶつぶつ…」 「?、もうちっと大きい声で言ってくれんか?」 「…あの頃の情熱はァァァァどこ行ったンすかアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァアアアア!?!?」 「ここで!私が最初に習った肉パティは!!そりゃもう付き合いたての恋人のよーに!!!ストロベリ ってたじゃないすかッ!!!!それを今度は放って置くですってぇぇぇぇぇぇ?!あんたはパティの気持ちを …気持ちを…考えた事が!あるのかァァァァ!!!!」 「ひ、ひよりサン…!?」 「あんたはパティの気持ちを考えた事が!!あるのかって聞いてるんだけどッ!?」 「か、考えてますよ…」 「いーや考えてない ッッ!考えてない!!考えてたらパティはこんな気持ちにはならないッッ!!!分かる!?…あんたは毎 日パティに接しすぎて…パティにちゃんと向き合ってないんだよッ!」 「あの・・・ひよりさん?」 「なんっすか!?何か文句でも?!?」 「お客さんと他の従業員の人が観てます…よ」 「だが!!!そんなの関係ないっす!!!!」 (古ーーー!!) 「さぁ!ここで店長さんと私の愛のメモリーを!パティに見せ付けましょう!!!」 「ここで?!?衆人環視だし…あとキッチンだから油まみr」 「油まみれ…いい響きじゃなイカっっ!1!!!」 「カイラクノキワミ、アッー!!」 「…っていう話を田村さんの夢の話を聞いて思いついたんだけど、、、どうかなぁ?みなみちゃん。田村さん。」 「…いや…どうかと言われても…」 (なんだか…ゆたかが…泉先輩に似てきたような…) 「いや…私そんなにテンション高くないっスよ」 (おお!いい感じに調教してきてるっスね、先輩!) 「それにしても…田村さん変な夢をみたんだね~」 「まぁ…ハイ…」 (言えないっス…実はホントにやっちったコトだなんて死んでも言えないっス…) 「…案外…本当のこと、だったりして…」 「それはさすがにないと思うな~」 「でも…なんでその話をするんスか?」 「うん、実はね、、この話こなたお姉ちゃん達と考えたんだ~!」 「…へ?」 「田村さんの夢の話をこなたお姉ちゃんとおじさんにしたんだ~!そしたらこなたお姉ちゃんが面白がって~」 「っ!!…っ!!…っ!!…」 (…。。。。Orz) 「そういえば…こなたお姉ちゃんが『ふぅん…ひよりんをイジるネタが出来たねぇ~(=ω=.)』って言ってたけど、、、何でだろう…?」 (あぁ…残りの高校生活…どうなるんだろうっス…) 「田村さん?田村さんっ!?…田村さんが倒れたーーーー!!!!」 「早く保健室へ!!」 「…大丈夫…ただの貧血っス…」 続 コメントフォーム 名前 コメント