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なのは×終わクロ クロス元:終わりのクロニクル 最終更新:08/03/29 序章『聖者の行進』 第一章『佐山の始まり』 第二章『二人の出会い』 第三章『彼方の行方』 第四章『君の印象』 第五章『過去の追走』 第六章『意思の交差』 第七章『初めての再会』 第八章『これからの質問』 第九章『意思の証』 小話メドレー クロス元:多数あるため割愛 最終更新:08/03/30 1st 2nd 3rd 4th 5th 魔法少女リリカルなのはFINAL WARS クロス元:ゴジラ FINAL WARS 最終更新:08/05/24 ミッドチルダ1~愚挙開始~ ミッドチルダ2~繁華街戦~ ミッドチルダ3~摩天楼戦~ ミッドチルダ4~千年竜王~前編 ミッドチルダ4~千年竜王~後編 拍手感想レス :すっごく面白そうです。なのはHEARTSぜひ始めてください。 :続きが楽しみでなりません。他にも両作品の出雲や風見、ユーノ君なども登場してほしいところです。 :人間シリーズで高町家の人たちや友人たちとの再会が見たいです。 TOPページへ このページの先頭へ
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リリカルなのは×空の軌跡 想いの在り処 クロス元:英雄伝説 空の軌跡 第一話 “星と太陽” 第二話 『祝聖の砲火』 TOPページへ このページの先頭へ
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街に夜の帳が下りる頃、高町家の道場には未だ明かりが灯っている。 道場には二人だけが相対し、構えたまま互いに微動だにしない。 どうやら打ち込むタイミングを計っているようだ。 窓からは涼やかな風が流れ込み、火照った身体を僅かに冷ます。聞こえるのは風が木々を揺らす音のみ。 ほんの数秒が何時間にも思える程の静寂――。 先に動いたのは左側の剣士だった。一足飛びで面を振り下ろす。 完全に動きを読まれていた。鋭い一撃を相手は的確に受け止め、流れるように胴を薙ぐ。 辛うじて胴を柄で庇う。読んでいたのはこちらも同じ。 それでも、並の遣い手に対応できる速度ではなかった。 面や胴こそ着けているものの、元より剣道としての形式や動きは踏んでいない。完全な模擬戦だった。 そこから先は乱打の応酬。しかし、ぶつかりあうのは竹刀のみで身体には一撃も入っていない。 その剣閃は最早目で追いきることはできない。それはおそらく当人も同じだろう。 可能な限り相手の剣先を読み、捌き、掻い潜って打つ。 二人の激しい熱気が渦のようになり、場を支配する。 呼吸すら忘れて打ち合うこと数分。 先に息を乱し、姿勢を崩したのは先に打ち込んだ剣士だった。 乱撃の中に垣間見えた一瞬の隙を相手は見逃さず、開いた脇の下に逆胴を叩き込んだ。 「がはっ!」 大きく息を吐いて床に膝を着く。胴の上からでも呼吸ができない程、その一撃は重かった。 「腕を上げたな、秋水〔しゅうすい〕」 「……ありがとうございました。恭也さん」 早坂秋水は息を整えて立ち上がり、高町恭也に一礼した。 閉店後の喫茶店『翠屋』の店内で秋水は遅めの夕食を取っている。テーブル席の向こうには恭也と妹の美由希が座っていた。 「食事までお世話になってすいません」 カウンターで微笑む店長の高町士郎、桃子に何度目かの礼をする。勿論、代金は払うつもりだが。 「いいのよ、遠慮しなくても」 「ああ、ほとんど半年振りに恭也と手合わせしたんだ。疲れただろう?」 ニコニコ笑っている4人に釣られて笑みを零す。同年代との会話とはまた違う、 一家の団欒は痒いようなくすぐったいような不思議な感覚がして、どうにも戸惑ってしまう。 「ええ、恭也さん本当にありがとうございます」 「いいさ、たまに日本に帰った時くらいしか相手してやれないしな」 「お兄ちゃんを追い越す日も近いかもね」 士郎、桃子夫妻。長男の恭也、長女の美由希。あと一人、妹がいるらしいが秋水は面識が無かった。 彼らと出会ったのは昨年の春のことだ。 ホムンクルスの集団『L.X.E〔超常選民同盟〕』の子飼いの信奉者として、姉と共にホムンクルスとなる為にひたすら強さを求めていた頃――。 休日の練習後、剣道部の連中に誘われ偶然入った喫茶店が翠屋だった。 わざわざ隣町まで引っ張ってこられたのは迷惑極まりなかったし、その時は味にも大して興味は無かった。 さっさと帰るか、と席を立った時に店に入ってきたのが荷物を持った恭也だ。 顔は優男だが鍛えられた肉体は服の上からでも分かったし、その気配に何か感じるものがあったのかもしれない。 彼が道場に行く、と告げた言葉を聞いた時、思わず手合わせを申し出ていたのだ。 ――結果は敗北。彼の速く重い剣戟を受け止めきることができなかった。 その際も面や胴を着けて竹刀で臨んだが、それが彼の本来の戦い方ではないと知った時は更に驚かされた。 思えば、それが高町家との出会い――。 「どうしたの?秋水君」 「食欲無いのかい?」 桃子と士郎に声を掛けられた。どうやら思い出している内に手が止まっていたようだ。 並んでいるメニューはチキンカレーとサラダとスープ。ごく有り触れたものだが、口に入れると優しい味が空腹に染みる。 「いえ、美味しいです。凄く……」 秋水は僅かにはにかんで、本心から答えた。 恭也は秋水に手合わせを求められた時、最初は断るつもりだった。恭也を動かしたのは秋水の眼。そして彼の言葉。 「俺は今、強くなれるだけ強くなりたい」 彼がそこまで強さを求める理由は解らない。だが、彼に少し興味が湧いた。 全国4位というだけあって腕はかなりのものだ。 それだけではない。それ以上に彼の剣には鬼気迫るものを感じた。そしてそれは追い詰められるに連れて強まっていく。 何が彼をそこまでさせるのか――それは未だに解らないし聞く気も無かった。 御神流を教えろと言うなら断るつもりだったが、どうやら強い相手と稽古をしたいだけらしかったので、以後も美由希が何度か相手をしたらしい。 次に秋水と会ったのは昨年の暮れだった。 どこか纏う雰囲気が変わり、剣からも鬼気は感じない。とはいえ弱くなったのではなく、むしろその太刀筋は見違える程に鋭く研ぎ澄まされていた。 そして最も変わったのは、よく笑うになっていたこと。 恭也は頬杖をついて秋水を見る。美味そうにカレーを口に運ぶ彼は、仮面を被っていたような一年前とはやはり違う。 「秋水、"強くなれるだけ強くなりたい"気持ちは今も変わってないか?」 彼は突然の問い掛けに少し戸惑っていたが、すぐに恭也の眼を見返し 「はい」 と短く答える。その眼と感じる想いは一年前と少しも変わっていなかった。 今宵は新月。夜陰に乗じて行動できるとはいえ、やはり月が見えないのは寂しい。 だがそれも一時のこと、すぐに明るくなる。それに見えなくとも月はそこに在るのだ。 街で最も高いビルから街を見下ろす。 街の中心部はもう21時を過ぎたというのに、派手なネオンや道行く人間の声で賑わい、なんとも喧しい。 だがそれも一時のこと。やがて全ての音は止み、更に眩い光が照らすことになる。 「むぅ~ん、さあ始めようか。月のように美しい光で夜空を照らし、月のように丸い門を開こう」 指を弾いて鳴らし、パーティーの開始を告げる。パチンと寂しく響いた音は人々の耳に届くことはないが、少なくとも彼らには伝わったようだ。 「それじゃあ、ご馳走様でした」 秋水が店の扉を開けると、外がやけに騒がしい。 それが悲鳴だと解る頃には、既に奴等は近くまで迫っていた。 「ホムンクルス!?」 トカゲを模した機械の化け物、そしてバタフライの造った醜悪な人型の蝶整体が4匹、商店街を闊歩していた。 何故、ホムンクルスがこんなところにいるのかは分からない。 分からないが、秋水はすぐさま扉を閉じた。 「どうしたの?秋水君」 「しっ!黙って」 口に指を当てて全員を黙らせた後、急いで電気を消す。 冷静に携帯を取り出し、連絡を試みる。 連絡先は警察ではなく、私立『銀成学園』寄宿舎。 錬金戦団の活動凍結後、秋水は戦団と関わることは無かった。それゆえ戦団にこちらから連絡する手段は持っていない。 卒業し寄宿舎を出てから約三ヶ月経つが、まだ寄宿舎にはあの三人がいるはず。 武藤カズキ、津村斗貴子、キャプテン・ブラボーの三人。そういえば火渡戦士長と中村剛太、毒島華花もだ。 不思議なことにあの学園には六人もの錬金の戦士が集まっている。助けを求めるなら彼らが適任だ。 ブラボーなら戦団への連絡手段も持っているだろう。それに武藤は核鉄をその身に宿している。 しかし確かに番号をプッシュしたはずの携帯からは電子音しか聞こえてこない。 「ちいっ!」 秋水は苛立ちながら携帯を仕舞った。 窓の外を人型の影が過ぎる。 これならやり過ごせるかもしれない、と淡い期待を抱くが――どうやら甘かった。 ガラスの割れる音と共にホムンクルスが飛び込んできた。 蝶整体だ。こちらに気付いているのか? 息を潜めていれば或いは――。 「きゃああああ!」 美由希か桃子か。どちらかは分からないが悲鳴を上げてしまった。これで他のホムンクルスも寄ってきてしまう。 秋水はすかさず蝶整体に駆け寄り、腹を全力で蹴り飛ばす。 不意を突かれた蝶整体を店の外に蹴り出すくらいはできた。 「逃げてください!早く!」 幾多のホムンクルスを屠ってきたからこそ解る。 武装錬金無しで挑むことがどれほど無謀なことなのか。そして狩られる側に回ることがどれほど恐ろしいことか。 この家族だけは絶対に守らなければ。 たとえ核鉄がなくとも自分は錬金の戦士だ――そう考えることで秋水は自分を奮い立たせる。 包囲しているホムンクルスは現時点でおよそ8、9体。低級な動物型か蝶整体ばかりだ。 たったその程度の相手でさえ今の自分には驚異である。 壁を壊されて四方八方から掛かられてはどうしようもない。入り口を開いたのはその為でもあった。 秋水は振り回される蝶整体の爪をかわし、がら空きの頭部に打ち込み、外に叩き出す。 三人は全員がトカゲ型ホムンクルスを相手にしている。敵が緩慢とはいえ、三人ともホムンクルスをものともしていない。 「はあああああ!!」 特に恭也の力は凄まじい。恭也の渾身の一撃でホムンクルスの頭から砕けるような耳障りな音が響いた。 異形の化け物でもこの程度ならば人でも勝てないこともない。ただ、問題はその先にある。 襲い来る敵をただひたすら叩くこと十数分――。 秋水含む全員が既に疲弊しきっていた。 ホムンクルスは致命傷となるような打撃でも、ものの数十秒で起き上がってくる。通常の武器ではホムンクルスを殺すことはできないのだ。 現在、まともに攻めても勝ちは薄いと学習したのか、ホムンクルス達は遠巻きに道場を覗いている。 「大丈夫ですか?皆さん」 戦闘に立つ秋水が全員を振り返る。 「こっちはまだまだいけるが……」 「秋水君は大丈夫?」 「だが、このままじゃまずいな……」 「みんな……ごめんなさい……」 恭也、美由希、士郎、桃子が答える。余力は残っているようだが、三人とも疲労は隠せていない。 今は散発的にしか接近しようとしないが、じきに総攻撃を仕掛けてくるだろう。そうなれば防ぎきることはおそらくできない。 その前に他のホムンクルスがここを嗅ぎつけてくるかもしれない。 (それでも……俺が守らなければ……!) 具体的な策は何もない。選択肢は自分が消し去ってしまった。 それでも諦める訳にはいかない。 重くなりつつある足を踏み込む彼の許に、救いの天使は風を切って飛び込んできた。 「秋水~~!!」 「ぶっ!?」 突如視界が真っ暗になる。力一杯引き剥がすと、顔面には何か奇妙な生き物が張りついていたようだ。 天使には違いないが――それは天使と呼ぶにはあまりにも珍妙な容姿をしていた。 「ゴゼンか!?」 「秋水!核鉄だ!桜花から核鉄預かってきたぞ!」 それでも彼にとって救いの天使には違いなかったが。 『弓矢〔アーチェリー〕』の武装錬金『エンゼル御前』――それが早坂秋水の双子の姉、早坂桜花の武装錬金である。 このキューピッドと言うよりも肉まんのような珍妙な自動人形〔オートマトン〕はその一部である、通称『ゴゼン様』。 ゴゼンの手には確かに核鉄が握られていた。 「姉さん!?なんで核鉄が――」 ゴゼンは桜花と意識を共有しており、ゴゼンを通じての通話も可能だ。秋水はゴゼンの頭を掴んで姉に質問を投げつけようとした。 「(秋水クン、話は後よ!)」 二体の蝶整体が道場の両側面の壁を突き破るのと、桜花の声はほぼ同時。勢いのまま突進し、振り上げた拳は桃子と傍らの士郎を狙っている。 「(エンゼル様!)」 桜花の号令でゴゼンの腕が高速で動き、一体の頭に無数の矢が刺さる。蝶整体はその場に崩れ落ち煙を立てて消滅した。 それでも残った一体は止まろうとはしない。拳を正面から受けることは士郎でも不可能だ。そして桃子がかわすことも間に合わない。 以上を考えるよりも早く、秋水はゴゼンから核鉄をひったくり身体ごと蝶整体の前へと飛び込んだ。 「武装錬金!!」 拳が秋水へと届く寸前、突き出したXX(20)の核鉄が輝きを放つ――。 「秋水君!」 士郎が目の前に割って入った秋水に叫ぶ。 光に目が眩み、次の瞬間には化け物は拳ごと両断され床に転がっていた。 反り返った蒼の刀身、先端の刃は両刃に分かれた小烏造。彼の手に握られているのは紛れもない日本刀だった。 「休んでて下さい。俺が片付けてきます!」 彼は振り返ることもなくそう告げると、外へと飛び出していく。続けて連続した化け物の悲鳴。 数分、たった数分でそれは止んだ。何度戦っても斃すことのできなかった化け物を、彼は 僅か数分で斃してしまったのか。 秋水は妙な高揚感に包まれていた。手元には馴染んだ感触。柄のXの印が蝶に変わっていることを除けば、何一つ変わらず懐かしい。 ようやく――ようやく自分の手に皆を守れる力が戻った。それが『日本刀〔ニホントウ〕』の武装錬金、『ソードサムライX』。 「姉さん、この核鉄はまさか……」 「(ええ、パピヨンのものを借りたの)」 秋水はホムンクルスの掃討を手伝ったゴゼンに、正確にはゴゼンの向こうの桜花へと話しかける。 「やっぱり……。だが、どうやって?」 パピヨンが核鉄を素直に貸し出すはずがない。享楽的で自己中心的、パピヨンとはそういう男だ。 「最初は彼が人を拾っているところを私が発見したの。二人を重そうに担いで飛んでいたわ」 桜花はその二人――大学の同級生でもある月村すずかとアリサ・バニングスを見やる。彼女達は二人揃ってベッドに寝かされている。 服は全身血に染まっているにも関わらず、かなり疲れているのか起こしても起きようとしない。 「電話は通じないし、秋水クンや海鳴の様子も気になった。その点は彼も同じだったみたいね」 「(あいつは自分で見に行かなかったのか?)」 「彼は助けた二人が余程気になるみたいね。だから私を情報収集に使った。その見返りに私は核鉄を借りた……そういうこと」 当のパピヨンは二人から離れた場所で読書中だ。それでも会話はおそらく聞いているだろう。 「(姉さん……今何処に?)」 「パピヨンパークよ」 向こうで秋水の息を呑む音が聞こえた。弟の驚く姿を想像すると可笑しくなり、桜花はいたずらっぽく笑った。 何にせよ、これで脱出の目処はたった。このまま街中を突破して銀成学園へ走るのが最適だろう。 「桃子さん、立てますか?」 「ええ……」 力無く答える桃子を士郎が支える。 「皆さん、今は事情を話している暇はありませんが付いてきて下さい」 全員がそれに頷く。理由を訊く者はいなかった。 ――どれほど走っただろうか。ゴゼンが上空から探してくれたおかげでホムンクルスと遭遇することはなかった。 街は明かりが消えているはずなのに、やけに明るく感じる。 原因はすぐにわかった。それは街を覆うようにたちこめる銀の煙。 暗闇の中でもわかるキラキラ光る美しい銀の煙だ。気付けば全員が銀の煙の只中にいた。 それでも構わず走り続ける内に、恭也達の動きが鈍くなっていく。 〈ぜひ……ぜひ……〉 掠れた呼吸音――水を求める犬のように舌を出し、必死に空気を取り込もうとしている。 腕は喉を押さえ、顔には苦悶の表情を浮かべる。 「どうしたんですか!?恭也さん、美由希さん!?」 遂には走ることもできなくなり、その場に座り込んでしまう。 だが、秋水には全く理解できなかった。銀の煙を吸収していても、自分の身体には全く異常はないのだから。 「士郎さん、桃子さん!?」 しかし、何度呼びかけても彼らからは〈ぜひぜひ〉と掠れた呼吸音しか返らなかった。 背後で耳を劈〔つんざ〕く轟音が響き、近くの民家の屋根に大きな穴が開く。爆発、炎上する民家。 「まだ動ける人間どもがいたのかァ?」 銀の煙の中から現れたのは戦車。 しかし無骨なデザインのものではなく、四足歩行の脚部も長い砲身も、 そして中心にある頭部も――全てが色とりどりの原色や模様で飾られたなんとも派手な戦車だ。 (ホムンクルス……ではない?何なんだこいつは) 「逃げたきゃ逃げてもいいんだぜ?後ろからはこの『ピンボール―「K」』様の大砲で狙わせてもらうけどよ!ぎゃははははは!!」 そう言って戦車は下卑た笑い声を上げた。何にせよ戦うしかないことだけは確かだ。 (だが遠い……) 奴の武器は背中の大砲だ。そして秋水は一足飛びに懐に入れる距離にはない。 左右はあまり広くなく、障害物もないから奴としては狙いもつけ易いだろう。 「やる気なら相手になってやるぜえ!」 戦車の放った砲弾が壁を抉り破片を撒き散らす。 「ぐうっ!」 破片は容赦なく秋水を、そして高町家の人々を打ちつける。秋水は衝撃で地面を転がった。 (まただ……また、迷っている間に危険に晒してしまった……!) 全員で逃げるという選択肢は最早不可能だ。戦うにせよ、砲弾の直撃を受ければ人の身体など容易く粉砕される。 だが避ければ動けない彼らが危険だ。 秋水は選択を迫られる。それも、またしても時間制限付きの選択を。 「どうしたあ、人間!来ないならこっちから行くぜ!」 恭也の目の前で早坂秋水は傷ついた身体を引き摺って戦っている。自分達が彼の足を引っ張っている。 珍妙な生物は矢を連射しているが大きなダメージは与えられていないようだ。 そして戦車の二射目は確実に秋水を捉えて放たれた。 彼は刀でそれを受けて逸らせる。砲弾は再び壁面で炸裂し、熱と破片で彼を痛めつける。 衝撃で吹き飛ばされた秋水は恭也の近くまで転がってきた。 息も絶え絶えになり、全身から血を流し、それでも彼は起き上がろうとしている。 「もういい……〈ぜひ〉秋水、君だけでも逃げろ〈ぜひ〉……」 美由希や士郎もそれに頷く。これ以上、自分達を守る為に犠牲にさせる訳にはいかない。 それは高町家の全員の総意に違いなかった。 「そうそう、一人で逃げるか、全員で死ぬか選びな!尤も逃がしゃしねえけどな!」 戦車はそう言ってまた嗤う。 「いえ……俺は逃げません。俺は皆さんの御陰で強くなれました……ですから勝ちます」 彼は頭から血を流しつつも自分に、いや全員に微笑んでみせた。 それはきっと強がりなのかもしれない。それでもその『笑顔』を見ると胸がふっと軽くなるような――。 気付くと痛みも呼吸困難も徐々に治まっていた。 ギリギリの状況で迫られる選択。最初はその重さに迷いどの選択肢も選べなかった。 今は違う。 「そうそう、一人で逃げるか、全員で死ぬか選びな!尤も逃がしゃしねえけどな!」 どちらも選ばない。自分も死なないし、彼らを死なせるつもりも毛頭無い。 拾える命は全て拾う。そう、彼のように。 日本刀の武装錬金、『ソードサムライX』。エネルギー攻撃を無力化できる以外は単なる強力な刀でしかない。 秋水はこの武装錬金が嫌いではなかった。それは言い換えれば自らが強くなれば、武押す錬金もどこまでも強くなれるはずだから。 秋水は微笑み、立ち上がる。 逆胴の構え――その構えから薙ぎ払う以外に無いが、 恭也をして「その速さの前に避けるは叶わず、その重さの前に防ぐも叶わず」と言わしめた構えである。 「今度こそバラバラに吹き飛ばしてやらあ!!」 迫る砲弾に足を止めることなく走り続ける。 すれ違う直前に右腕に力を込め、溜めに溜めた剣を解き放つ。 砲弾は秋水とすれ違うと同時に爆散。銀でない爆煙が濛々(もうもう)と秋水の姿を覆い隠す。 煙が晴れた時、既に秋水は戦車の上に立っていた。 服は焦げつき、傷は更に増えているが、されど身体は逆胴の構えを取っている。 「てめえ――!」 ピンボール「K」は振り向きながら頭部に隠された機関銃を秋水へと向けるが、それより速く機関銃の銃身、砲身、四肢、そして首に線が走った。 「おおおおおおおおおお!!」 高速の剣閃は乱雑にひたすらに線を刻んでいく。 やがて線の走った箇所は同時に、そして静かに切り離され、ピンボール「K」は無数の欠片と化した。 ゴゼンが秋水の許に下りてくる。 「やばいぞ秋水!ホムンクルス共がこっちに集まってる!!」 今の戦闘で随分派手に音を立ててしまったせいだろう。 どうやら、まだ倒れる訳にはいかないようだ。秋水は途切れそうになる意識を必死で繋ぎとめる。 「ゴゼン、お前は皆を聖サンジェルマン病院へ案内して、その後学園の寄宿舎へと向かえ。俺はホムンクルスをここで食い止める」 「無茶苦茶だ!もうふらふらじゃねーか!」 「行け!」 食い下がるゴゼンを無理やり黙らせると、代わりにゴゼンから桜花の声が聞こえる。 「(秋水クン……私達の場所も安全とは言えない。ここにいる二人を守る為には核鉄が必要になる。 あなたはまだ誰かの命を背負っていることを忘れないでね)」 「分かってる、核鉄は必ず返しに行くから。……ありがとう姉さん」 回復した高町家の人々が秋水に駆け寄ってくる。皆、怪我を負っているのに秋水を心配している。 「皆さん、ここからは別行動にしましょう。俺はホムンクルスを引き付けながら逃げます。 こいつがホムンクルスから逃げられる道を指示しますから、皆さんはそれに従って逃げてください」 「おう!オレ様に任せとけ!」 全員が胸を叩くゴゼンに僅かに不安げな顔をしたが、それしかないことと、話す時間もないことは分かっているらしく頷く。 「でも秋水君……そんな身体で……」 「大丈夫です。考えはありますから」 そう微笑う秋水に安心した三人はゴゼンを追って走り出す。ただ恭也だけは最後まで秋水の眼を見続けていた。 迫り来る足音と唸り声を感じる。 秋水は彼らが逃げた方向に背を向けてソードサムライXを構える。 傷と疲労は深く、核鉄の治癒力でも間に合わない。 「やっぱりあの人は騙せないな……」 銀の混じった闇を見据える秋水は、頭の中で状況を打開する選択肢を模索していた。 この日、一人を除いて海鳴市に動く人間は誰一人、いなくなった。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 船内でも一際広い一室、銃器で武装した男達を前に彼は一人で立っていた。敵の数は十人といったところか。 長い金髪を後ろで結び、金の瞳は彼らを臆することなく睨みつけている。 黒の詰襟、フード付きの赤いコート、厚底のブーツ、白い手袋――それが彼のバリアジャケット姿だ。 男達は彼を見るや即座に銃を構え、発砲。 彼は避ける動作もなく、それに身を任せる。銃弾は彼の身体を通過し背後の壁に穴を開けた。 男達は何秒間も、彼を完全に殺す為に撃ち続ける。常人には余計な程、銃弾を消費するのは彼が魔導師だからだろう。 煙が消えた時、彼の姿はそこには無かった。 当然、跡形もなく消滅したはずもなく――。 パン! と掌を合わせる音と共に、金の鎖が五人の男の四肢を繋ぎとめた。 身動きを封じられた男は勿論のこと、それ以外の連中も彼の姿を探す。 先程まで何も無かったはずの空間、部屋の片隅に彼の姿はあった。決して小さくて見えなかったのではなく、本当に何も無かったはず。 彼は幻影と同じ強い眼で彼らを睨み、残った五人へと走り出す。 小さい――いや、コンパクトな――いや、回避に適した効率的な体格を生かして障害物を銃弾の盾にして一人に接近。 下から顎を突き上げ昏倒させる。仲間ごと彼を撃つ為に他の男達は狙いを変えた。 彼は両手を叩き、シールドを弾道に合わせて展開。 何発かはそれに弾かれた。こういう時、表面積が少ないと便利である。 昏倒させた男を物陰に叩き込み、三人組へと跳躍。 そのまま首筋に足刀を当て、着地。二人目の腹に肘鉄を加え、三人目の銃を掴み投げ飛ばした。 瞬く間に九人まで制圧してしまった彼に驚く最後の男は、手にデバイスらしき杖を握っている。どうやら魔導師らしい。 彼は最後の一人に向かい掌を合わせ、不敵に笑った。 笑みに逆上した男は四つの魔力弾を彼へと発射する。同時に彼も男へと走る。 左右から迫る弾をシールドで防ぐ。彼は左右の衝撃へと意識を集中させた。 ここまでは男も予想していた。左右の魔力弾は囮、本命は左下から迫っている。 肉迫する直前でようやく彼はそれに気付く。 今更気付いたところで遅く、回避は体勢を崩してしまう。彼はそう判断し――。 左足で魔力弾を蹴った。 男は目を見張った。殺傷設定の魔力弾を蹴るなど、まずありえない。 だが、現実に弾かれた魔力弾は壁へとぶつかり消滅する。 受け止めながらも走るのを止めなかった彼は男の間近まで接近していた。 だが、まだ最後の一発が残っている。それも最大の威力を込めた一発が。 正面からの魔力弾に彼は片手でシールドを張り、防ごうとした。 そこで彼は初めて驚きを顔に出した。シールドが持たないのだ。 激しい光を放ち、魔力弾とシールドが拮抗する。衝撃に身体を押されそうになる。 彼は負けないよう、強く足を踏み込んだ。 瞬間、シールドを魔力弾が貫いた。魔力弾は彼の右腕を吹き飛ばした――かに見えた。 勝利を確信し、男は笑った。 その顔は笑顔を張りつかせたまま歪む。 めり込んだのは確かに彼の拳。 殺傷設定の魔力弾を正面から受けてびくともしない腕。 「その腕……その足……手前、何者だ……?」 倒れる寸前、男の言葉に彼は答えない。 その後、通信で船内全ての制圧が完了したことを確認。 部屋中をひっくり返し、目的のもの――紅い宝石『レリック』を回収した彼は再度掌を合わせる。 足元に魔法陣が現れ、彼はクラウディアへと転移、帰還した。 「海賊船の制圧、ご苦労だった。『エドワード・エルリック』」 次元空間航行艦船、クラウディアの艦長室に、彼――エドワード・エルリックは呼び出された。 今はバリアジャケット姿ではなく、時空管理局の制服に身を包んでいる。 「連中の持ってたレリックの出所はわかったのか?艦長」 エドは目の前の椅子に座った艦長、『クロノ・ハラオウン』に訊ねる。 「お前は敬語を使えと……まあいい。複雑なルートを経由しているらしく正確な出所は奴等も知らないらしい。まあ気長に捜査するしかないだろう。」 「それで俺をわざわざ呼び出したのは?」 クロノはエドを一瞥して一度、溜息を吐く。 「転属だ、エドワード・エルリック。古代遺物管理部、機動六課に転属を命じる。正式な辞令は後日だ、以上」 「ちょ、ちょっと待てよ!」 一方的なクロノにエドは食って掛かる。当然だ、飛ばされる理由がない。 こうなることを予想していたように彼も切り返す。 「理由がないだと?あんな無茶な命令無視をしておいてよく――まあ理由は別にある。最近ミッドで確認された奇病は知っているか?」 「ああ。激しい痛みを伴う呼吸困難。今は数人しか確認されてないとか」 「あれには錬金術が関わっているという情報がある」 「錬金術!?」 エドは飛び上がる程驚いた。この世界に来て久し振りに聞いた響きだ。 「お前の知ってる錬金術かどうかは解らない、直接調べろ。六課はお前が回収したレリックを専門に扱う部隊だ。 六課の隊長達の出身、第97管理外世界にも昔は錬金術が存在したらしいしな」 この世界に来て二年以上、なんとか次元世界を行き来できるようになったが、未だ元の世界の手掛かりさえ掴めず自棄になりかけていたところだった。 このままよりは幾らか前に進めるかもしれない。断る理由はなかった。 「分かった!機動六課だな!?」 「ああ、以上だ。下がっていい」 一変して眼に力が戻ったエドを呆れたようにクロノは見る。余程元の世界に帰りたいのだろう。 「今までありがとうな、艦長。あんた部下の扱いが上手いところだけは俺の元上司と似てるぜ」 「他は似てないのか?」 「ああ、特に既婚で愛妻家ってところが特にな。たまには奥さんにも連絡してやったらどうだい?」 「余計なお世話だ」 にやにやするエドを追い払ってクロノは一人溜息を吐く。 錬金術の発達した別の世界から来た――いつだったかエドを問い詰めた時、彼はそう答えた。 正直、半信半疑ではあったが、彼はたまにどこか遠くを見つめているような感じがしていたのは確かだった。 「本局に帰ったら連絡するか……」 エドの捨て台詞を聞いて、海鳴市に残した妻エイミィと子供達を思い出す。 今頃どうしているだろうか?母リンディとアルフもこっちに来ている為、今は三人だけだろう。 クロノは机の引き出しの写真を見る。 そこには自分と子供を抱いたエイミィ、リンディ、義妹フェイトが幸せそうに笑っていた。 次回予告 弟を救う為、弟と別れてやってきた世界。ようやく掴んだ糸口を逃さない為にエドは動き出す。 「待ってろ、アル。俺は必ず帰るからな」 友の為に、友と反してやってきた世界。解決の鍵を求めるフェイトに老婆は無情に言い放つ。 「しろがねは管理局に協力する気はない」 第3話 真理の扉/からくり~しろがね 第1幕 開幕ベル 戻る 目次へ 次へ
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「第七廃棄都市区画にガジェットドローンⅡ型及びⅢ型が出現。機体数はおよそ20機」 「区画内を旋回飛行、或いは徘徊しています。出現時から変化なし」 シャーリーとルキノの報告になのはが頷く。 「数はそれほど多くないね。私とフェイト隊長、スターズ、ライトニングの新人達で行こうと思うんだけどどうかな?」 フェイトは無言で頷く。はやても特に異論はないようだった。 「ただ、廃棄都市区画には未登録でも住民もおる。建物への被害は極力避けて、避難と救助を優先するように徹底させてな?」 「うん、解ってる。それじゃ行ってくるね」 6人の降り立ったのは夜の廃棄都市区画。とはいえ、夜なのに明かりの一つも見えない全くの暗闇だ。 「ねえ、なのは。何かおかしくない?」 「うん、ガジェットが出たのに悲鳴どころか人の気配も感じない……」 皆が隠れているなら説明もつくのだが。なのはは何か言い知れない危険を感じた。 しかし何の根拠もないのに皆に話す訳にもいかない。今は自分の胸に仕舞っておこう。 「とりあえず私が空のⅡ型を叩く。皆は下の敵を。フェイト隊長はそっちの指揮をお願い」 「解った。それで行こう」 「了解!」 それぞれが散開するのを見届けてから、なのはは空に上がった。早速下では戦闘開始したらしく爆音が響いてくる。 空には10機のガジェットⅡ型がこちらへ向かっている。こちらから仕掛けるのが得策か。 夜の廃墟で戦う新人達のフォローに早く向かったほうがいい。 「行くよ、レイジングハート!アクセルシューター!」 『Yes,Master. Accel Shooter.』 レイジングハートから10を超える魔力弾が放射状に放たれる。 一つ一つが複雑な動きでガジェットに向かい、まずは半分のガジェットが貫かれて爆散した。 残りの5機はアクセルシューターを回避しながら熱線砲を発射。なのははこれを避けもせずに正面から受け止めた。それもシールドを張ることすらせず。 「もう一回……アクセルシューター!」 更に5発の魔力弾。但し今度は誘導ではなく直射。 ガジェットはこれを苦も無く回避。高機動型なだけはある。だが、なのはの狙いはそこにあった。 ガジェットを通り過ぎた魔力弾を反転させて追尾。そして最初に放った弾で生き残っているものを再び操作。 5機のガジェットは上下左右を塞がれ、敢えなく貫かれた。 「ふうっ、空はこんなところかな……」 新人達のフォローに向かう前に周囲をぐるりと見回す。夜の空は不気味なくらい静かなものへと戻っている。ただ一点、廃棄都市区画内の一画に奇妙なものを見つけた。 それは夜の闇の中でもそれと解る銀の煙。それがどうにもなのはの直感を刺激した。 「これは……」 銀の煙が闇を照らしている。その様は美しく幻想的ですらあった。 しかし逆に自分の足は動かない。これまでの戦いで培われた勘が警鐘を鳴らしている。 それでも見過ごせなかった。煙の中心には気絶しているのだろうか、男性が倒れているのだ。 有毒ガスの類かもしれない。身体は中に飛び込むことを拒否している。だが、目の前で倒れている人を見過ごすことは絶対に出来なかった。 「レイジングハート、この煙の成分が何か解る?」 暫しの沈黙の後に答えが返る。『該当するデータはありません』と。 幸い煙は深くない。バリアを張りつつ煙に入る前まで近づいて、バインドしてこちらに引き寄せることも可能だ。 少々不安だがそれしかないだろう。 なのははチェーンバインドで男性を引き寄せる。そして彼を抱くと煙から離れた。 「大丈夫ですか!?」 「あ、ああ……大丈夫だ……」 対象は30代か40代程の男性。ここの住民らしく服はボロボロだ。 呼びかけると微弱だが返事が返る。外傷も無く、顔色も悪くないし、意識もはっきりしてきた。 「あの……機械の襲撃に巻き込まれて避難してる最中に……頭を打ったんだ」 どうやら単なる失神のようだが、一応病院に搬送してもらう必要がある。このまま待機しているヘリに連れて行くか。 ガジェットに備え男性ごとバリアを展開。 そして飛び立った瞬間――ずぶりと胸に何かが突き刺さった。 「っ!?」 遅れて激痛が走る。身体から何かが抜けていく感覚も伴って。 「うめええええ!人間の……女の血だ!」 有り得ない程に大きく開かれた口から露出した注射器が、BJを貫いて血を吸っている。 注射器の中は真赤な液体で満たされ、男はそれをごくごく飲み干す。 「ああああああ……」 状況の認識が追いつかず、奇妙な感覚に力が抜けて意識が遠のく。 『Barrier Burst.』 バリアが爆発して二人とも衝撃にバランスを崩して墜落。本来はバリアの外からの攻撃に対する防御手段だが、内側への衝撃だけでも男を引き剥がすには十分だった。 男はすぐさま起き上がりなのはへと飛びかかるが、瞬時に桜色の光の輪に拘束された。 「ありがとう……レイジングハート……」 『All right.』 レイジングハートのおかげでなんとか助かったが、目が霞み意識がはっきりしない。 足はふらつき、出血は止まったがBJの胸部は赤く染まっている。 「ちぃぃぃ!もう少しだったのによぉぉ!」 男はバインドを引き千切り、注射器を口から出したまま悔しがる。 この男は何なのだろう。未だに状況が掴めないが、人間ではないこと、危険な存在であることは確かだ。 (まずは飛んで距離を取る……!) と、視界から男が消える。そして右腕に強い衝撃が走った。 「くっ!!」 男はいつの間にかなのはの右側面に回りこんでいる。 まさか目にも留まらぬ程のスピードで動いたのか?しかもBJ越しでこの衝撃。やはり人間ではない。 「あなたは……何者なの!?」 男は答える代わりに、再びなのはの背後に回り拳を繰り出すが――。 光の障壁に阻まれ仰け反った。 思ったとおり、見えない程速くてもバリアを突破出来る力は無い。そしてその瞬間は動きが止まる。 (そこを捕らえる――!) レストリクトロックで男を拘束。どれだけもがこうと、念入りに強固に設定したバインドを力任せに解くことなどできはしない。できはしないはずなのに。 「畜生!解きやがれえええええ!!」 男が暴れることでバインドが千切られていく。 「暴れないで!身体が壊れるよ!」 拘束を強化するとバインドは腕に食い込み、その腕から皮膚が剥がれ機械部分が完全に露出する。 (これは……ロボット!?) そうしている内にもバインドが緩まり、男が脱出しそうになる。迷っている時間はない。 不意を疲れて血を流し過ぎた。これを解かれれば次はやられるだろう。 (やるしかない……!) 捕まえて情報を聞く必要もあったし、何より人でないとはいえ意思の疎通が可能な存在を壊すのは抵抗もあった。 それでも撃たなければ自分が殺されることになる。 「ディバイン……」 その時、彼女は選択を迫られ、そして選んだ。 「バスターー!!」 レイジングハートから放たれた光が男を包み、消し飛ばした。 後に残されたのは男の残骸である幾らかの部品のみ。これでは分析も難しいだろう。 緊張が解けると急激に疲労と眠気が襲ってきた。頭を振ってそれを振り払おうとする。まだだ、まだ倒れることはできない。 「(フェイトちゃん、そっちの状況は?)」 「大丈夫?なのは。肩貸そうか?」 なのはの顔をフェイトが心配そうに覗き込む。フェイトになのはは笑って見せた。 「大丈夫だよ、フェイトちゃん。まだ歩ける」 「そう?でもすぐに病院で治療を受けるんだよ?」 「解ってる」 自分で思っているよりも自分の身体は丈夫に出来ているようだ。少し息苦しい気もするが問題ない。 地上のガジェットの方はフェイトのフォローも特に必要無く、新人達だけで破壊できたらしい。ティアナを中心に見事に連携してみせたそうだ。 あの煙に関しても、フェイトがはやてに防疫装備の部隊の出動を頼んでくれたらしい。 「さあ帰りましょう、なのはさん。早く病院に行かなきゃ」 「スバル、急かさないの。なのはさん怪我してるんだから」 ヘリの方ではスバルをティアナが諌めている。 彼女達はいいコンビだ。性格も戦闘スタイルも互いを補い合っている。 このまま行けばもっともっと強くなれる。 少し苦しくなってバランスを崩しそうになるのを咄嗟にエリオが支えてくれた。横ではキャロがずっとヒーリングを掛けてくれている。 「大丈夫です、なのはさん。僕が支えてますから」 「傷はちょっと深いですが、少しは楽になると思います」 二人もまだ幼いのに、しっかりとした目標を持って頑張っている。きっと優秀な魔導師になるだろう。 「ありがとう。エリオ、キャロ」 でもまだまだ四人とも未熟だ。教えることは山程ある。その為にも早く傷を治さなければ。 でも今はとにかく休みたい。やはり血を出し過ぎたのか段々と息苦しくなってきた。 数歩進んだ時、唐突になのはの足が止まった。 「どうしたんですか?なのはさん……」 最初に異変に気付いたのはキャロ。 「なのはさん、辛くなったなら皆で――」 覗き込んだエリオがそれを確信する。 彼女の顔は蒼白で、全身が小刻みに震えていた。 「なのはさん!!」 その声に全員が振り向く。 崩れるようになのはは膝を着いた。エリオが支えなければ横に倒れていただろう。 「なのはさん!?」 ティアナとスバルも駆け寄ってくる。 いつも誰かに差し伸べられた彼女の手は当てどなく彷徨った後、自らの首を押さえた。 「なのは……?」 全身の震えは更に激しくなった。目は驚きによるものか見開かれ、瞳は地面の一点だけを見つめている。 口は固く食い縛ったり、或いは金魚のようにぱくぱく開いたりを繰り返す。 そして、ようやく彼女の口から出たのは――言葉ですらなかった。 〈ぜひ〉 予告? ミッドチルダ 機動六課隊舎 『高町なのは×フェイト・T・ハラオウン』 あの日から二日――たった二日間で全てが変わってしまった。 なのはは、部屋でできる事務だけをこなしている。このままでは教導官の仕事にも支障が出てくるだろう。 泣かせるといけないから、とフェイトやヴィヴィオとも別の部屋へと移った。そして毎日不定期に襲ってくる発作に苦しむようになった。 〈ぜひ!ぜひ!〉 「なのは!」 喉を押さえて悶えるなのはをフェイトはただ抱き締めることしかできない。 「大丈夫……〈ぜひ〉……大丈夫だから……」 そう言って彼女は気丈にも笑ってみせる。本当は自分が笑ってあげないといけないのに。その言葉は自分が掛けるべき言葉のはずなのに。 どれだけ口の端を持ち上げようとしてみても、涙が溢れるばかりで笑うことができなかった。 ミッドチルダ 機動六課隊長室 『フェイト・T・ハラオウン×八神はやて』 「フェイトちゃん……。なのはちゃんには治療法が解らないことは……」 「話したよ……。なのはがそれで絶望するはずないもの……」 「海鳴のことは……」 「話せるはずないじゃない……!」 なのはは自分のことは耐えてしまう。でも他人の痛みには特に敏感なのだ。 もしかしたら彼女の心が挫けてしまうかもしれない。 なのはには海鳴で静養することも考えた。だが彼女の帰る場所は、今はもうここしかない。 「ねえ、はやて。私を地球に行かせて。海鳴のこと、あの病気のことを調べてくるから!」 「それはあかん……。なのはちゃんが戦えへんのにフェイトちゃんまでミッドを離れたら……。カリムも動いてくれてる。病気はそっちに任せよ?」 「海鳴のことは……?」 病気のことはミッドのことでもある。だが海鳴は違う。管理局は動いてはくれない。 「ともかく……今フェイトちゃんが隊を離れるのは許可できへん」 「はやてはいいよ……。シグナムもヴィータもシャマルもザフィーラも。はやての家族は皆ここで元気なんだもの……」 こんなことを言いたい訳ではないのに、一度堰を切ったらもう止まらない。 「はやてにとって海鳴はもうどうでも――!」 パァン!乾いた音が部屋に響いた。 頬を叩かれたと気付くのに数秒を要した。見えていたはずなのに、避けることができなかった。 それは彼女の目にも大粒の涙が滲んでいたから。 フランス カルナック 『加藤鳴海×エリオ・モンディアル』 傷だらけになりながらも、その背中は雄雄しく逞しかった。自分には無いが、父や兄の背中というものは、きっとこういうものなのだろう。 「僕も……鳴海さんみたいに強くなれますか?」 彼は頭から血を流しながら力強く笑った。 「ああ、なれるぜ。俺よか強くよ!」 ・日本 仲町サーカス 『才賀勝×キャロ・ル・ルシエ』 「坊ちゃま……今、何と仰いましたか?」 「だからさ、僕としろがねとリーゼさんで。ううん、仲町サーカスのみんなの芸でキャロちゃんを笑顔にしてあげようよ!」 「キャウ!」 勝の耳元で白竜が鳴いた。当の飼い主は少し離れた場所に暗い顔で俯いている。 「ごめんごめん。勿論フリードも一緒だよ」 フリードは一鳴きして勝の頭に止まる。 「僕達芸人がしょぼくれた顔してちゃ、絶対にお客さんは笑ってくれないよ。ゾナハ病でもそうじゃなくても――笑うって楽しいことでしょ?」 日本 パピヨンパーク 『アリサ・バニングス×パピヨン×月村すずか』 彼女はまだ制御に慣れていないのか、ぎこちない動きでくるくる回りながら下りてくる。 「アリサちゃん……」 舞い散る純白の羽根に黒死の蝶が寄り添った。手を貸すわけでもなく面白そうに眺めている。 「どうだい、気分は?」 蝶人パピヨンがアリサに問う。 「鳥サイコー……なんて言う訳ないでしょ」 「なんだ、言わないのか」 パピヨンはわざとらしく残念がってみせた。 ミッドチルダ 機動六課隊舎屋上 『エドワード・エルリック×スバル・ナカジマ』 「ねえ、エドはやっぱり元の世界に帰りたいの?」 「ああ、待ってる奴もいるしな」 待ってる奴――その言葉に何故か胸が疼いた。 「少なくとも、俺の知ってる方法じゃ行き来は難しいし、しちゃいけない。だから……帰りたいんだ」 エドは機械の右腕を撫でた。彼が想っているのは失くした本来の右腕なのか、それとも――。 大切な人と離れ離れになって会えなくなる辛さ。それを今、初めて実感を持って想像できた気がする。そして彼がたまに見せる寂しげな表情の意味も。 同上 『アルフォンス・エルリック×ティアナ・ランスター』 物陰から大きな影が一つ、語らう二人を覗いている。 「ティアナさん。あの二人ってもしかして……」 「どうかしら?あの子はその手のことに鈍いから……」 「兄さんもそっち関係はとことん疎いからなぁ……。ところで……何でティアナさんは僕の中に入ってるんですか?」 「……隠れる場所が一つしかなかったからよ」 「そんなに覗きたかったんだ……」 日本 海鳴市 『武藤カズキ×津村斗貴子』 ホムンクルスが徘徊する街をカズキと斗貴子は駆け抜ける。面倒だが、一軒ずつ失敬してホムンクルスとゾナハ病の罹患者を確かめる。その内の一軒で彼はそれを見た。 ゾナハ病に罹り倒れている母親と、扉の向こうで泣いている双子の子供。 扉を開くと、まだ1歳か2歳程度の双子が這いながら母親に寄り縋って泣き出す。 「この子達はゾナハ病じゃないのか……?」 「そうみたいだ。この人は子供を守ってたんだ……。でもどうやって?」 化け物が徘徊する街で、自分のことも顧みず、たった一人で子供を守る。それがどれほど恐ろしいことか想像するまでもない。 暫く俯いていたカズキが顔を上げて、双子の頭に手を置いた。泣き喚く双子をあやすようにそっと撫でる。 「オレにはお母さんを助けてあげることはできないけど……。でも、絶対にこれ以上傷つけさせないから。 こんな病気をばら撒くのを止めさせてみせるから……」 「カズキ……」 「大丈夫!何を隠そう、オレは『正義の味方』の達人だ!」 彼は子供達の為に笑って見せた。その妙な日本語も彼が言うと何故か説得力がある。 ただ、斗貴子には子供達に見せたその笑顔は今にも泣きそうな顔に見えた。 背後――玄関の辺りでガラスの割れる音が聞こえた。ゾナハ病の人間を喰わないよう作られたホムンクルスが食物を漁りに来たのだろう。 「斗貴子さん……三人を頼む」 双子は不安げにカズキを見上げ、斗貴子は双子の前に回りこんでそれを遮った。 この子達が今のカズキの顔を、怒りの形相を見る必要はない。この子達が見るのは、ただ山吹色〔サンライトイエロー〕のキレイな光だけでいい。 「大丈夫だから……。君達はお母さんに付いて笑っていてあげなさい。きっとそれが一番嬉しいだろうから」 斗貴子は優しく頬を撫で、カズキの分も微笑む。双子は気持ちよさそうに目を細めた。 玄関には案の定、醜悪な蝶整体の姿。カズキはきつく、握りつぶさんばかりに強く左胸を掴んだ。いつになく昂っていることが自分でも解る。 「武装錬金!」 闘志に呼応して形を変える突撃槍〔ランス〕の武装錬金『サンライトハート』は、現在そのほとんどをエネルギーで形成し、身の丈以上に巨大化している。 カズキはゆっくりとサンライトハートを構え、山吹色の光を噴出させた。 「貫け!オレの武装錬金!!」 瞬間、そこに爆発的な速度が生まれる。蝶整体の動きよりも速く、巨大な光の槍はそれを粉砕した。 貫いた勢いのまま外へと飛び出すと、外には既に無数のホムンクルスが集まっていた。 カズキは怒りの眼で睨みつけると、再びサンライトハートを構える。槍は彼の心を表して、更に強くエネルギーを迸らせる。 「エネルギー全開!サンライトスラッシャァァァァァ!!」 ミッドチルダ 上空 『高町なのは』 無数の機影を前に彼女はたった一人だった。左手で喉を押さえ、荒い息を吐いている。 「(なのはさん!無理です、戻ってください!)」 通信の声になのはは首を振る。空間モニター越しの彼女の顔は泣いていた。 「(駄目だよ、シャーリー。陸の局員のほとんどがゾナハ病で動けないんだから……。〈ぜひ〉私がやらなきゃ……)」 「(でも……なのはさんだって!!)」 「(フェイトちゃんもはやてちゃんもいないんだもん……。〈ぜひ〉私しかいないから)」 言葉に出すことで改めて実感する。共に戦ってくれる、支えてくれる仲間がいないことを。それでも泣いている彼女に向かってなのはは力無く笑った。 「(皆の帰ってくる場所はここなんだから……。〈ぜひ〉だからもう少しだけ守らせて、ね?)」 「(はい……)」 彼女は一言だけ答えて通信を終了させた。きっと向こうでまた泣いてるだろう。 「行くよ……!レイジングハート!」 『All right.』 この病気が広がってから、皆が笑うことが少なくなってしまった。それもそう、大事な人が苦しんでるのに笑うことなんてできるはずない。 「スターライトォ――」 だから、せめて病気の私が笑ってあげたい。大丈夫だ、って。 今は近くに笑ってくれる人はいないけど、こうやって戦っていればきっと――。 「ブレイカァァァァァ!!」 私にじゃなくても、いつか誰かが笑ってくれるから。 静まり返った舞台。道化が舞台の袖より中央へと歩み出る。恭しく右手を差し出して一礼。 「病に倒れた高町なのは。今は翻弄させるばかりの加藤鳴海。ミッドに鍵を求めるエドワード・エルリック。そして未だ姿を見せぬ才賀勝と武藤カズキ。 果たして彼らの運命はどのように交錯してゆくのか、どのような形で相見えるのか……。 これは高町なのはの復活の物語」 そこで道化は一旦言葉を切って咳払い、懐を探り出す。 「さて、ここに於いて皆様のお目を"これ"に転じていただきたい」 道化が握っているのは小型の通信機のような物。片側には小さなタービンが付いている。 「そう、アクセルラーで御座います。覚えておいででしょうか?それはもう一つの物語。 果て無き夢を追い求める冒険者、その意味に思い悩む烈火の将と鉄槌の騎士の物語。 未だ答えを見出せず苦悩する二人は、続きを綴られるのを今かと待ち望んでおります。次回よりはその続きを追っていただくとしましょう。 彼女らの冒険を望むゴールへと導く為に。そしてこの物語をより昇華させる為に、どうか暫しのお時間を。 この続きはその後に語ると致しましょう。 どうぞ今後とも鷹揚の御見物を御願い申し上げます」 左右から緞帳が迫り、やがて舞台を覆い隠さんとする。 「では、『なのは×錬金』はこれよりほんの暫くの間――『一時閉幕』と相成りまする」 閉まりきる直前に道化は火花を散らしてタービンを分厚い緞帳に走らせ、同時に完全に幕を閉め切る。 幕の隙間から垣間見えたのは、真赤なアクセルスーツを纏った冒険者――。 ⇒『なのは×錬金』 戻る 目次へ 次へ
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古えからの因縁。未知の世界への恐れ、若しくは憧れ。 真理の探求。或いは権力への欲望。 ただ、私達が知らなかっただけで、大勢の人が痛み、涙を流していた。 三つの世界の様々な人の想いが絡まりあって、それはやがて巨大な流れになる。まるでそれが『世界の理』であるかのように。 私達は皆、その流れに呑み込まれ散り散りに別たれるしかなかった。 だけど、遠く離れ離れになっても想いは繋がりあっている。 私も、私達が出会う人達も、誰もが心のそれを信じて戦っていく。たとえ、私達が『芝居の歯車』でしかなかったとしても。 それは友と、或いは兄弟や愛する人と。見ず知らずの少年と交わした絆。 心に刻んだ真赤な誓い。 なのは×錬金(仮) 第一話 郷愁/黒死の蝶 幼い頃のあの日、魔法という非日常と出会ってから色んなことがあった。 戦ったり、傷ついたりもしたけれど、かけがえのない仲間が――友達ができた。 中学校を出てからミッドチルダに住むようになったのは、この力をもっと知りたかったから。この力で誰かを助けたかったから。 そして鳥のように、雲のように天辺まで届くくらいに大空を舞いたかったから。 ミッドチルダと海鳴市――二つの世界を行き来するようになり、いつしか非日常も日常へと変わっていった。 ミッドでもやっぱり傷つけたり傷つけられたりはある。それでもフェイトちゃんや、はやてちゃんを始めとして多くの人に支えられてなんとかやってこれた。 そして海鳴に帰れば家族や友達が暖かく迎えてくれる。帰省の度に少しずつ変化してはいるけれど、それでも懐かしい平穏がそこにはあって――。 いつからだろう。それが無くなるなんて、ミッドチルダでの目まぐるしい生活に追われて考えもしなかった。 海鳴の景色も匂いも――。 お兄ちゃんも、お姉ちゃんも――。 アリサちゃんも、すずかちゃんも――。 私が帰れば、決して変わることなく迎えてくれるのだと信じていた。 「はーい!今日はここまで!」 号令をかける高町なのは。その前にはボロボロで座り込んでいるスバル・ティアナ・エリオ・キャロの姿があった。 いつものように訓練を終えた彼らはかなり消耗しており、表情からも疲労が窺える。 だが、そんな4人を見守るなのはの表情は柔らかいものだ。全員が毎日の訓練にもよく耐え、確実に上達している証拠だろう。 「ありがとうございました!」 一礼して撤収していく新人達。 空を仰ぐといつの間にか辺りは赤く染まっていた。 身体には僅かに疲れを感じる。 これから訓練のまとめや残務を整理して、夕食。部屋ではヴィヴィオやフェイトが待っているだろう。 それから入浴。そしてヴィヴィオを寝かしつけて、フェイトと今日のことを話したりして眠りに就く。 それが彼女の日常だ。きっともう暫くはこうして過ぎていく。 新人達を訓練し、教導官として隊長として事務系の仕事もこなす。そして任務があれば出動する多忙な日々。 レリックやスカリエッティ、戦闘機人等、懸案事項もまだまだ尽きない。 それでも、一日の終わりには充実した気持ちで眠れる自分は幸せだと思える。 願わくばもう少しだけこのままで――。 それが彼女の偽らざる気持ちだった。 「ねえ、フェイトちゃん。今頃海鳴市のみんなはどうしてるかなぁ」 入浴後、寝る前に少しフェイトと会話していると、ふとそんな言葉が出た。 二人の間ではヴィヴィオがすやすやと寝息を立てている。 「どうしたの?二ヶ月くらい前に会ってるじゃない」 「うーん。そうなんだけど、あんまりゆっくりとも出来なかったからかなぁ……」 何故そんなことを思ったのだろう。自分でもよく分からない。 「そうだね。最近は向こうのお正月やお盆に合わせて帰るくらいだし。もっとゆっくりできたらいいけどね」 「アリサちゃんもすずかちゃんも、お父さん達も元気そうだったし。エイミィさんや子供達も変わりなかった――あ、子供達はちょっと大きくなってたね」 一度思い出話に花が咲くとなかなか止まらない。自分は勿論、フェイトにとっても約6年を過ごした街なのだから当然ではあるが。 年中行事や学校のこと、家族や友達のこと。思い出すときりがないくらい。 懐かしくなってしまい、結局1時間程話してしまった。 「――そろそろ寝よっか。また、みんなと一緒に帰れたらいいね」 「そうだね……。おやすみ、フェイトちゃん」 明日も頑張ろう。 そう思ってなのはは目を閉じる。明日も多分いつもと変わらない大切な一日。 だから精一杯頑張ろう。そう心に決めて――。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 海鳴市の隣町である銀成市からの帰路、何の前触れも無く『それ』は現れた。 緑の皮膚、細く伸びた首が街頭に照らされ全貌が見えてくる。 その頭はトカゲのそれにしか見えない、見えないのだが――。 二足で立ち、大きさは大人と同じ。異様に鋭い手足の爪は明らかに自然の生物ではない。胸や関節は金属で固められており、赤い六角形の金属が身体に埋め込まれている。 生物と呼ぶには余りにも外観が機械的であり、機械と呼ぶには動きが生物的だ。 機械で出来た生物――いや、機械と融合した生物という表現が適当かもしれない。 動物型ホムンクルス――そんな名前など今のアリサとすずかには解る筈もなく、知ったとしてもどうでもいいことだった。 アリサ・バニングスと月村すずかは今も同じ聖祥大学に通い、小学校以来の付き合いは今も変わっていない。 今日も銀成市へ今噂の『蝶人』を見に行きたいとアリサが言い出したので遊びに出ていたのだ。結局現れなかったのだが、買い物や食事は楽しめたので二人はそれなりにご機嫌だった。 電車を降りると、そこはもう海鳴市である。辺りは既に暗く、人影もない。 それほど大きな街でもないので、中心部でなければ夜になると人がいなくなることも珍しくない。 「すずか、これからどうする?もう帰る?」 「そうだね。もう暗くなってきてるし……」 アリサは携帯を取り出し迎えを呼ぼうとする。 「あれー?繋がらない?」 携帯に向かって一人呟く。全く反応がないのだ。 「おかしいなぁ。これまでこんなことなかったのに……」 アリサは怒るよりも不思議な気持ちだった。周囲に誰もいないことが更に不安を煽る。 (何かがおかしい?) 海鳴で降りたのは自分達だけ。そういえば駅員もいなかった。 暗闇が深まる中で、二人はただ佇む。幾らなんでも静か過ぎる。 その時、何の前触れもなくそれは現れた。 どうやらトカゲは自分達を獲物と見なしたらしく、じりじりと距離を詰めてくる。 何の感情も浮かばない爬虫類の瞳は恐怖の対象でしかなかった。 「逃げよう!」 アリサがすずかの手を引いて逆方向へと走り出す。と、同時にトカゲも走り出す。 「警察!?警察でいいの!?」 半ばパニックになりながらも携帯電話を操作する。 だが、何度掛けても聞こえてくるのは無慈悲なコール音のみ。 「アリサちゃん!こっちも駄目!」 隣を走るすずかも青ざめた顔で携帯を振る。 こうなればなんとか振り切るしかない。二人は夜道を全力で走り続ける。 どれほど走ったか――振り向くとまだ追ってきてはいるものの、距離は離れていた。それほど足は速くないのかもしれない。 幸い二人とも足は速いほうだ。 「やった!これなら逃げ切れ――――!?」 一縷の希望は曲がり角を曲がった瞬間に打ち砕かれる。 そこには鏡に写したように同じトカゲの化け物が目の前に立っていた。 思わず足を止めてしまった二人を見るトカゲの口元がニヤリと引きつったように見えた。 鋭い爪を振り上げ、自分に近いすずかへと振り下ろす――。 咄嗟にアリサは飛び込むようにしてすずかを突き飛ばした。 振り下ろされた爪はアリサの左胸と腹部を貫いた。白い爪がアリサの胸から突き出す。悲鳴を上げる暇も無かった。 トカゲが素早く紅く染まった爪を引き抜く。すると、ぱあっと鮮血が飛び散った。 「いやああああああああああ!!」 すずかは鮮血が顔に降り注いだ瞬間に、頭の中が真っ白に光り全てが消えてしまった。 悲鳴を上げ、何の抵抗もなく崩れ落ちるアリサを見ているしかなかった。 後ろからはもう一匹のトカゲが迫っているだろう。 眼前のトカゲは血に濡れた爪を美味そうに舐めている。目線を既に次の獲物に捉えながら。 「アリサちゃん!アリサちゃん!!」 (すずかがまた泣いてる……。あたしや、なのはよりもずっと運動神経いい癖に、肝心なところで鈍いんだから……) 早く逃げろ、と口を動かそうとするが血のせいか上手く話すことができない。 朧気な視界にはぼんやりとトカゲが映る。爪を振りかざして最後の獲物を狙っている。 それすらもぼやけてきたアリサの目に突如として蝶が映った。 鮮やかな模様の美しい蝶ではなく、全てが真っ黒な蝶。 まるで点描画のように無数の粒子で形成された黒死の蝶。 蝶が大きく開いたトカゲの口に飛び込んだ瞬間――二つの爆音と共に蝶が爆ぜた。 トカゲの頭が吹き飛び、硬い音が地面に幾つも響く。 その音を最後に、やがて全ての感覚が無くなってきた。もう目を開くことも難しい。 そして力尽きる彼女の前に舞い降りたのは純白の翼の天使ではなく、黒い羽を羽ばたかせる蝶人――『パピヨン』。 「パピ……ヨン……?」 降臨した彼の異様さに唖然とし、すずかは思わず呟いていた。 彼はそれを聞き逃さなかった。すずかに向き直り、チッチッチと舌を鳴らしながら人差し指を振る。 「パピ・ヨン(はあと☆)――――もっと『愛』を込めて!!」 蝶人パピヨン――誰が最初に呼び出したのか、誰が最初に出会ったのか誰も知らない。だが、その存在は誰もが知っている。 所謂、都市伝説である。本人が目立ちたがりなのか人面犬やUFOよりは遭遇したという人間は遥かに多い。 その為、一年程前から現れ出した彼には数多の情報が語られている。 銀成市に住む人はほとんどが見たことがある。 東京タワーの天辺に立っていた。 だから高いところから呼ぶと現れやすい。 銭湯でもマスクは絶対外さない。 ●●●で洗面器を支えることができる。 『ロッテリや』が大のお気に入りで一日店長をしていた。 実は錬金術の秘術で生まれ変わった怪人である。 etc…………最後の項目のように明らかに嘘臭い情報も多いが、ともかく彼に関する伝説は数え上げればきりがない。 すずかはその姿を暫し呆然と見つめる。その姿は一言で表すならば『変態』。 全身を包む黒のスーツはぴったりと身体のラインを浮き彫りにし、スーツの中心はへそまで大きく開いている。 微妙に盛り上がった股間にも紫の蝶のマークがあり、彼が腰を前後に揺らすのに合わせて揺れるのはなんとも形容し難い気分になること請け合いだ。 そして最大の特徴にして彼のアイデンティティとも言われる蝶々覆面〔パピヨンマスク〕。 鮮やかな紫と赤紫に彩られたそのマスクの下を見た者はいないらしい。 このトカゲ達を吹き飛ばしたのはおそらく彼だろう。 もっとも、それが彼の黒色火薬〔ブラックパウダー〕の武装錬金、『臨死の恍惚〔ニアデスハピネス〕』であることなどは知る由もなかったが。 だが、そんなことはどうでもいい。すずかが見ていたのは彼の眼だ。その眼は暗く輝きを感じられない。 彼はすずかを、そして身体に虚ろな穴を開けたアリサを見ても表情一つ変えることはなかった。 そして、一言も発することなく、二人を見下ろしている。数秒の沈黙――。 「そうだ……!救急車!」 すずかは正気に帰って、震える指で119を操作する。 ――通じない。結果は分かっていた。それでも認めたくなかった。 こうしている間にも徐々にアリサの体温は失われていく。 「お願い……!助けてください!!」 すずかはパピヨンに救いを求めた。 こんな得体の知れない変態に助けを求めるなど、どうかしているかもしれない。手の打ちようがないことも本当は解っている。 それでも、彼女には失われていく親友を前にそれしか術が無かった。 神に祈るような気持ちで縋る言葉に、初めて蝶人は口を開いた。 一言、「断る」と。 「そんな……」 愕然とするすずかに彼は淡々と説明を始める。 「俺にはそんな義理はない。それに――その女はもう助からん」 すずかが必死に否定しようとしていた事実を、彼は実にあっさりと告げた。 他者から告げられた死亡宣告は、すずかの中で急激に現実味を帯びてくる。 「うっ……うっ……」 もう、すずかには嗚咽を漏らすことしかできなかった。 パピヨンはそんなすずかを尻目に、地に落ちた二つの正六角形の金属を拾い上げる。動物型ホムンクルスが飲み込んでいたものだ。 アリサの血に染まって二つとも型番は確認できない。 (何故、動物型ごときがこれを……?こいつらに斃される連中とは思えないが……。まあいい) 「そこの女」 パピヨンはそれを二つともすずかへと投げ渡した。 「これは……?」 正六角形のそれをすずかは不思議そうに見ている。 「核鉄〔かくがね〕だ。それには自動治癒の効果がある。そいつを心臓代わりにしている奴もいる」 紅く染まっている上に、暗くて色も識別できない。 すずかに選択肢は無かった。 アリサの胸の空洞にそれを当てて押し込む。 核鉄はすぅっと吸い込まれ、一定のリズムで微弱な金色の光を脈打ち出す。空洞を直視するのは苦しかったが、徐々に埋まっているようにも見える。 「やった!?」 すずかの顔が一瞬明るくなるが、すぐにそれは絶望へと変わる。 アリサの容態に変化は見られず、光は弱まり、やがて消えた。 「どうして……」 「その女は腹も貫かれている。それに血を流し過ぎだ」 一つでは効果が足りないのだ。それなら――と、もう一つの金属を腹部に当ててみる。 「駄目……!」 傷が塞がる様子は無く、出血も止まらない。ようやく希望を手にしたと思ったのに――。 悔しくて核鉄を握り締める手に力が入る。角に食い込んでも握る力を緩めない。既に真赤に染まった掌を一筋の血が流れた。 だが、その傷もすぐに治癒した。傷が深すぎて修復できないのだと気付く。 「どうすれば……どうすればいいんですか!?」 すずかは再びパピヨンに救いを求めた。 パピヨンはすずかを突き放すように指を突きつける。 「足掻け!」 「え……?」 「足掻け……と言った。貴様が本当にその女の命を諦められないと言うのなら……もがいてみせろ。自分の力で」 「足掻く……」 「運が良ければ……何か出るかもしれんぞ?」 「足掻く……」 すずかはその言葉を復唱する。足掻けと言われてもどうすればいいのかわからない。 やっぱり自分のできることは一つしかなかったから。 「お願い……!」 両手で核鉄を包み、アリサの腹部に押し当てながら力を込める。 それでも変化は現れない。 「お願い!!」 まだ変化は現れない。 思いを注ぎ込むように、もっと強く力を入れる。 行為は同じだとしても、それは神への祈りではない。それは彼女なりの、アリサの死に対する最大限の否定であり抗いだった。 「お願い、アリサちゃん!死なないで――――!!」 すずかの叫びに呼応するように、手の中の核鉄が紅く発光した。 その光景を蝶人パピヨンはただ見ていた。 「月夜の散歩はいいことがある――これは俺の言葉じゃあないが……」 傷女の真似事をしたようで気色は悪いが、これはそれを補って余りあるものかもしれない。 「どうやら面白いものを見つけたようだ」 そう呟きながら、パピヨンは二人を包む光に顔を歪ませた。 錬金術の粋を集めて生成された、超常の合金『核鉄(かくがね)』。 人の闘争本能によって作動するそれは、持つ者が秘めたる力を形に変え、唯一無二の武器を創造する。 それが『武装錬金』である。 次回予告 銀の風が煙る街――人々は倒れ、青年は『剣』を求め、彼の半身はそれに応える。 そして次元の海――金の瞳を持つ青年もまた、遥か遠くに在る己の片割れを探し求めていた。 『海鳴の途絶える日/Link』 目次へ 次へ
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なのは×終わクロ氏の手がけた作品 No. タイトル 001 少女の泣く頃に~神流し編~ TOPページへ バトロワまとめへ このページの先頭へ
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彼女はいつだって光だった。 幼いながらも厳しい戦いに身を投じ、その小さな手は人々を守る為に広げられ、いつも他の誰かに差し伸べられた。 誰より強く輝く桜色の光は弱者を暖かく包み込み、それを傷つける者を討つ為にあった。 空を飛ぶことが大好きで、光る翼でいつも高くから笑顔を振り撒いていた。 きっと今日だって彼女は誰かを助けて、いつもの能天気な笑顔で帰ってくる。 そう、思っていた。 この日、桜色の光が陰る。ミッドチルダを闇が覆い始める。 それは錬金術という名の闇。途轍も無く永い時間を掛けて醸成された闇には彼女でさえも絡め取られ翼を?がれるしかなかった。 そして闇を照らすべき太陽は――山吹色〔サンライト・イエロー〕の陽光はまだ、差さない。 なのは×錬金 第4話 『光』 〈ぜひ……ぜひ……〉 とある街の裏路地では、薄汚れた服装の少年が喉を押さえて転げまわっている。目からは涙が、口端からは涎が零れ出していた。 ミッドチルダ、廃棄都市区画の1つの住人である。 整備区画として幾つか点在する廃墟はいつの時代、どの世界でも"吹き溜まり"として活用される。 それはミッドチルダでも例外ではなく、彼もその一人だった。 市民として登録されていない彼らは、十分な保証も受けられず碌に医者にも掛かれない。 全身を襲う痛みと呼吸困難で、失神することもできずに悶えるこの奇病の発端は、何故かこういった場所からだった。 病に掛かったのが彼らでなければ、或いはもっとこの病が知られていたのかもしれない。 聖王教会の本部。いつものように八神はやては騎士カリムを訪ねていた。 清潔で簡素、しかしどこか気品を漂わせ、落ち着いた暖かさを感じさせる部屋はカリムという人をよく表している。 彼女の部屋には既にクロノとカリムが揃っていた。これもよくある光景。テーブルにはティーセットが並べられている。 「久し振りやね、クロノ君」 「最近忙しくてな。ここで少し話したらまた任務だよ」 「海も最近は物騒になってるらしいですね……」 こうしてここで近況の報告や私的な会話をすることがたまにある。ここでは友人同士ということもあり、正直な気持ちを打ち明けることができるのをはやては嬉しく思っていた。 「それは陸も同じや。ガジェットだけやなく戦闘機人まで出てくるし……」 「それと廃棄都市区画で流行ってる奇病ね……。もっと多くの症例を調べることができると良いのだけど……」 彼女やシャッハは騎士でもあるがシスターでもある。廃棄都市区画の住人達に関しては随分気に掛けているらしい。 「さしたる成果は上がっていないそうだな」 「ええ、患者を聖王医療院で受け入れたいのですが、教会内で反対する声も多くて……」 彼らの暮らす環境は清潔とは言い難いし、病が広がるのも無理はないのだが、今回のそれはどうやら違うとのことだ。 会話を遮って部屋のドアがノックされた。 「どうぞ」 「失礼します。あら、八神部隊長に……提督もいらしていたのですか」 扉を開けて入ってきたのは、優しげな金髪の女性。歳はおよそ三十代くらいか。 彼女とも一度面識があった。確か聖王教会のロストロギア研究を取り仕切っている人物。 「エッカルト騎士長……」 デートリンゲ・エッカルト――騎士達を取り纏める騎士長。カリムの上司である。 「騎士カリム。前にも話しましたが、私はこれから本局でハウスホーファー少将とお会いしてきます。ですから留守をお願いしますね」 「ええ、お任せください。確かお帰りは二日後と仰っていましたね?」 「ええ、それでは。お二方もどうぞごゆっくり」 にこやかに微笑んで彼女は会釈して去っていった。 「腰が低いのに随分堂々として見える人だな」 それがクロノのエッカルトの印象らしい。なるほど、自分も大体同じことを思った。 優しげなのにどこか威厳を感じる居振る舞いは、流石は騎士を纏めるだけのことはある。 「優しそうな人やね。……ってどないしたん?カリム」 カリムはエッカルトの去ったドアを見つめて溜息を吐いた。 「いえ……先程の話ですが、あの方は何も言って下さらないのです。普段は意見が対立した際もよく纏めて下さるのですが、今回に限って中立を決め込んでいるのです」 「その理由は?」 「解りません……。ただ最近はハウスホーファー少将とばかり頻繁にお会いしてらっしゃるようですし、後はレリックの研究ばかり」 カリムは不安げに顔を曇らせた。彼女の中で尊敬と疑念が入り混じっているのだろう。 「その病、他に解っていることはないのか?」 「症状に関しては、激痛を伴う呼吸困難の発作……としか。あと、これは噂に過ぎないのですが、錬金術によって生み出された病だと……」 「錬金術……」 何やらクロノは錬金術と聞いて考え込んでいる。 「クロノ君、何か知っとるん?」 「いや、何も。その噂の出所は?」 カリムは黙って首を振った。 「おそらく原因が不明であることから、誰かが冗談混じりに嘯いたことだとは思うのですが……」 「なあ、はやて。六課に隊員を一人出向させたいんだが、どうかな?」 突然のクロノの提案にはやては目を瞬かせる。カリムも同様だ。 だが、クロノはお構いなしに続けた。 「まだ新人だが俺の隊のエースだ。研究にも手を出していて、知識も豊富にある。スタンドプレーが目立つが使える奴には違いない」 「なんや、クロノ君。えらくいきなりやなぁ」 まぁ、あのクロノがそこまで褒める隊員なら間違いないだろうし、戦力は多いほうがいいのだが。 「どうしたのですか?クロノ提督」 カリムにも答えず、再び彼は顎に手を当てて考えだした。はやてとカリムが見守る中、ようやく彼は口を開いた。 「もしかしたらその奇病、その男が役に立つかもしれない」 「スバル!立ち止まらない!」 「うわぁ!」 スターズ・ライトニングの新人達はその廃棄都市区画で模擬戦を行っていた。勿論、これはシミュレーターだが。 追いかけてくる魔力弾を振り切るように走り、周囲を見回したスバルの背中を魔力弾が直撃する。 「くぅっ……」 「立ち止まっちゃいい的だよ!周囲の状況は動きながら把握!」 衝撃に数秒間蹲るスバルに、なのはは注意しながらも次の弾を放つ。 「はい!」 答えてまたスバルは走り出す。 どうすれば掻い潜って一撃を当てられる?一人ではどうやっても返り討ちだ。 そう、自分一人では。 廃墟をシミュレートした模擬戦。追跡する魔力弾を回避しながら、なのはに一撃を加えるのが今回の課題である。 ハンデがあるとはいえ、今日はいつもよりも随分厳しい。それはなのはがこれを訓練の一つの区切りと考えているからだ。 こちらは動きながらなのはの位置を掴むだけでも難しいというのに、アクセルシューターはしつこく追跡、分断してくる。このままでは当てるまえに走らされて体力が尽きるだろう。 「ティア、何やってるの!ティアは戦場全体を見渡して有利なポジションを確保!全員の指揮を執る!」 ティアナも正直、自分の回避だけで精一杯。とはいえ、それが役割ならば。 (やらない訳にはいかないか……) ティアナは宙に浮かぶなのはを睨み、策を練り始める。 「(でも……そんなことできるんですか?)」 ティアナからの念話にエリオはそう返す。いくらなんでも、そこまで上手くいくだろうか? 「(できなきゃやられるだけよ。二度目はないから全力全開で行くのよ、いい?)」 「(……わかりました!)」 こうなれば腹を括るしかない。 まずは位置取りだ。それぞれが上手く位置を確保できるかどうか。そしてそれを維持できるかどうかが最初の難関。 早速エリオは走り出す。時が来るまでひたすら走り続けるのみ――。 立ち止まることは許されなかった。 「(キャロ、あんたはどう?)」 キャロは押し黙ったままだ。やることは単純だが、タイミングを逃すことは絶対にできない。そして確保した位置を動くことも。 なのはの追尾弾を防ぎながらそれができるだろうか? 「(ごめんね、私にはこれぐらいしか思いつかない。難しいし、痛いかもしれない、それでも聞くわ。できる?キャロ)」 走りながら思案する。あまり時間に余裕はない。 もう一度だけ自身に問い掛けてみる。 (私に……できるの?) 不安は勿論ある。一方、胸の奥で疼くものもあった。それは確かに"自信"。厳しい訓練を潜り抜けてきたという自負に違いなかった。 難しいが不可能ではない。それは自分が一番解っているのだ。 「キュオオーー!」 隣でフリードが嘶いた。「大丈夫、きっとできる」そう言っている。 「(ずるいですよ、ティアナさん……。仲間に「できる?」なんて聞かれたら「できない」なんて答えられないじゃないですか)」 「(頼りにしてる。よろしくね、私の目)」 まずは場所を確保することが先決だ。ターゲットを確認できる高所へ――。 エリオとスバルがなのはの目を盗んでくれている隙に、キャロは目的のビルへと駆け上がった。 「(ねえねえ、ティア。私には無いの?)」 「(あんたに今更言うことも無いわよ。とにかく喰らいついて、タイミングが来たと思ったら思いきりやりなさい)」 「(それだけ……?)」 「(それだけよ)」 何だか当てにされてるんだか、されてないんだか。でもその方が単純明快で解りやすい。 ティアナは自分には確認をしようとしなかった。それは聞くまでもないからだ。 自分は彼女の作戦を信頼してるし、彼女もきっとできると信じてくれているから。 ひたすら殴り、殴り、打ち抜く。あらゆる障害を突破していく突進力は自分自身を信じることで始めて力になるはず。 マッハキャリバーで地を駆け、火花を散らし、スバルはなのはの前に躍り出た。 この作戦はなのはが動かないこと。誘導弾のみで攻撃してくること。 廃棄都市区画とはいえ一応区画整備はしてある為、碁盤の目に近い形で建造物が並んでいること……etc。 様々なハンディキャップの元に成り立っている。実戦で使える筈もない。 (でも、今はそれを利用させてもらう……!) 勝つ為に、生き残る為に自らの特性を生かして役割を果たす。使えるものは何でも使う。 これがなのはから受けた教えの、自分なりの実践だ。 それぞれが位置に着いたことを確認し、ティアナはクロスミラージュに意識を集中。チャージを始める。 緊張で高鳴る鼓動を抑えることができず、ティアナは祈るようにクロスミラージュを額に当てた。 それが治まると、銃口を無人の方向へ向けて放つ。 「クロスファイアー……シュート!」 十字路の中心に浮かぶなのは。周囲には4つのスフィアが浮遊している。 どこから仕掛けられても即座に対応して出端を挫く為だ。 「うぉぉぉぉぉ!!」 雄叫びを上げてスバルは向かっていく。真正面から。拳を振り上げて。 4つのスフィアは複雑な軌道を描きスバルに向かった。一つは落とすことができたが、左右と下から吹き飛ばされて、スバルは大きく地面を滑る。 「スバル!正面から突撃するだけじゃあ駄目だって――」 スバルへの説教をなのはは途中で打ち切った。いや、打ち切らざるを得なかった。 「たぁぁ!」 側面に回りこんできたエリオがストラーダを振り下ろすが――。 「エリオ!バリアを貫ける威力でなきゃ隙を作るだけ!」 斬撃は強固なバリアによって弾かれる。 それでもエリオはすぐに空中で体勢を立て直し、なのはの周囲を走りだす。もとより深く打ち込むつもりはなかったからこそ、可能な芸当だ。 放たれた魔力弾はエリオを狙って地面を抉る。よく避けているが、離れることもせずに必死に周囲を回るのは明らかに不自然。 これは陽動。本命は別にいる。 なのはは、バリアを破られないよう迎撃するスフィアの制御や、バリアにも意識を向けつつ手を右後ろに高々と上げた。 エリオは再度機会を狙っているが、背後までも堅く守ったなのはには迂闊な攻撃は通用しそうにない。全力で走らなければ、立ち止まれば直撃を受けるのは確実。 立ち上がったスバルは逆に、シールドで防ぎながら果敢に攻撃を仕掛ける。その度に弾かれて転げまわるが、受身も完璧だ。まだまだやれると言わんばかりに立ち上がる。 キャロはその戦いを屋上からずっと見ていた。なのはの意識は完全に二人に向いているように見えた。 「今ならやれる……――!?」 見下ろすなのはの右腕がこちらに向いた。尾を引いて伸びる桜色の光は、口を開くフリードごとキャロを下から突き上げた。 「きゃああああ!」 突然で対処が間に合わなかった。訓練用なのに直撃のショックで頭が揺れる。 「(キャロ!行ったわよ、指示よろしく!)」 まだ倒れることはできない。キャロは手を着いて立ち上がる。 六課に来てもうすぐ三ヶ月、もう三ヶ月だ。なのはは日々自分達を試している。訓練の内容も段々ときつくなってきた。 フェイトの期待に応える為にも、そして一緒に戦えるようになる為にも、早くなのはに認められたいから。 「(ティアナさん、今!)」 なのはを中心にして外側――キャロのビルの左側をオレンジ色の光が見える。 合図に呼応して、それは右へとほぼ直角に折れ曲がり、地表擦れ擦れを這うように飛ぶ。 「(右に傾き過ぎです。左に5度修正!)」 微妙に角度を修正する魔力弾。多くの魔法を同時に発動、制御しているティアナをサポートすることもキャロの役割だった。力を合わせてなのはを攻略する上で、四人の内一人でも役割を果たせなければ作戦は瓦解してしまう。 (絶対にあの弾を見逃す訳にはいかない……!) 弾の軌道を追う余りに、なのはへの注意が逸れたキャロの背後に次の魔力弾が迫る。気付いた時にはもう遅かった。 回避も防御も間に合わない。これを受ければ指示を出すのは遅れて作戦は失敗――。 「キャウウウ!!」 キャロの目の前、射線にフリードが割り込む。フリードの吐いた火球と相殺して弾が掻き消された。 「フリード……」 「キャウ!」 フリードが胸を張って短く鳴く。一人で防げるかどうか不安だったが――頼りになるパートナーがすぐ傍にいてくれたではないか。 キャロはフリードに感謝の代わりに微笑んだ。 そうしている内に眼下をティアナの魔力弾が通り過ぎる。 「(ティアナさん!右折です!)」 なんとか指示が間に合った。一直線に、且つ蛇のように静かに、弾が目指す先は高町なのはの背後。 エリオとスバルに陽動をさせ、キャロを囮にして背後から強力な一撃。だがこれだけでは足りない。 相手は百戦錬磨のエース。これくらいは見抜いているかもしれない。いや、多分見抜いている。 一つでも、一発でも多く罠を、弾を増やす必要がある。それもなのはを脅かすくらいのものを。 「(エリオ!スバル!行ったわよ!)」 スバルとエリオに指示を出す。 ここからでは彼らの行動はキャロの念話でしか解らない。当の二人は念話もままならない程切迫しているのか、状況確認などできそうにない。 自分から見えない弾を操作するのは非常に難しい。その上、複数制御となれば今の自分では到底扱えないだろう。その為のキャロだ。 今は集中の為、移動も攻撃も難しい状況だ。ここを攻撃されたら全てが終わりだ。 (隠れてはいるけど……魔力を追尾するアクセルシューターはきっとここにも来る……) 一発ならなんとかなる。だが、なのはが司令塔たる自分を見逃すだろうか? (賭けにでるしかないか……) 後少し、せめてあと少しすれば動くこともできるのだが――。 (考えるな……。今は制御に集中しないと……) 少なくとも今のティアナには祈ることしかできそうにない。 スバルとエリオは相変わらずアクセルシューターを防ぎながら、かわしながら隙を窺っている。どうやらキャロも持ち堪えているようだ。 だが、どちらも長くは持たないだろう。 (これだけやっててもティアナは出てこない……) 間違いない、本命は彼女だ。そう、なのはは確信した。 周囲にエリオとスバル。自分の後方にはキャロ。ならば彼女が出てくるのは――。 (横!) その時、側面からの気配を感じた。なのはの右側面、やや離れた位置に彼女はいた。 膝を着き、両手でしっかりとクロスミラージュを握り、一直線にこちらに狙いをつけている。 「撃って!ティア!」 スバルの声より速くなのはは4発の魔力弾をティアナへと飛ばした。念を入れ、四発とも別の軌道を取り前後と側面から囲むように。 それでも彼女は動かない。微動だにせず照準を定めている。 (やっぱり……) 魔力弾はティアナへと肉迫し――彼女の身体をすり抜けた。 (幻術!) 予想はしていた。頭の働くティアナが"この程度"で自分の隙を突けると思うはずがない。 しかし、あれが本物であれ幻像であれ、なのはは撃っただろう。万が一本物だったならば、まともに狙撃を受けることになる。 (問題ない。スバルとエリオに対する弾は残してあるし、キャロへの警戒も怠ってない……) 新たなスフィアを生み出そうと意識を集中させた途端、なのはは背中に強い衝撃を感じた。 「やった!」 ここまでは作戦通り。なのはの背中でオレンジの光が爆ぜた。ティアナの迂回させたクロスファイアーシュートは見事になのはの背中を突いたのだ。 「ストラーダ!!」 自らのデバイスの名を叫んで突進。今度は振り下ろしではなく、槍の最も強力な攻撃、すなわち突き。 この絶好のチャンスにエリオは今出来る全力の突きを放ったつもりだった。だが、またしてもバリアに阻まれる。 「くぅぅぅぅぅ!」 なんとか突破を試みるが、強固なバリアはあくまでエリオを拒絶する。 甘かった――。ティアナの不意打ちに加えてストラーダでも貫けない。今のエリオはなのはに突き刺しているストラーダ以外は宙に浮いている状態だ。貫けないのに、このままでは体勢を立て直すこともできない。 なのはがこちらを向いた。その冷ややかな眼に寒気が走る。 次の瞬間、全てのスフィアがエリオの身体を打った。 「うわぁぁぁぁぁ!!」 激痛に意識が飛びそうになるが堪えることができた。でも、大きく後ろに吹き飛ばされるのは止められない。 「まだ!」 これこそが好機だった。なのはは自分を撃墜したと思っている。 (そうでなくとも、地面に身体を打ちつければすぐには反撃できない、そう考える……!) 「錬鉄召喚!!」 キャロの声が聞こえた。同時に、飛ばされるエリオの身体に地面から四本の鎖が伸びて四肢を繋ぎとめた。 鎖がギリギリと引き絞られ更に痛みは増す。だが、おかげで飛ばされずに済んだ。 着地したエリオは再び地を蹴ってなのはに向かって跳ぶ。 錬鉄召喚――鎖を召喚する、本来は拘束に使う魔法。こんな魔法でなくとも、衝撃を殺すならもっとましな方法がある。 しかしそれでは足りない。そうティアナは自分に言った。 これくらい無茶でなければなのはを驚かすことはできない、と。 たった一人に対して四人で不意討ち、騙し討ち。それでも勝てないのが高町なのはだ、とも。キャロ自身もそれは身に染みて解っていた。 (全てはなのはさんのペースを崩す為に。私にできるのはもうこれくらいしかないけど……!) キャロは手を翳して気休めの補助魔法を掛ける。対象は勿論エリオと本命の彼女。 「ブーストアップ……ストライクパワー!」 「まさか錬鉄召喚で勢いを殺すとはね。ちょっと驚いたよ」 しかし左手一本でエリオを御するなのはの顔は涼しいものだ。これでもまだ突き抜けることができない。 複数の魔力弾の直撃――たとえ訓練用でも、あれを二度喰らって立っている体力はエリオにはない。 背中から何かが迫っている気配がする。これもティアナの仕掛けだ。 これを当てる為に必死に掻き回してきた。もうこれに賭けるしかない。 早くても遅くても駄目だ。しかもキャロから見辛い位置だからタイミングは自分で計るしかないだろう。 背中から風を切る音が聞こえる。 (まだだ……) 音は徐々に大きくなり、熱を感じるようになってきた。 (まだ……) ストラーダに更に力を込めて、噴出する光で背後の光を覆い隠す。なのはを前にしてエリオは全感覚を背中に集中していた。 「ソニックムーブ!」 『Sonic Move』 エリオの姿がなのはの前から消えた。突然、追尾目標が高速移動した為に軌道修正の利かないオレンジ色の魔力弾は勢いのままになのはのバリアに着弾。ぶつかり合う光が辺りを眩く照らす。 光が弾ける瞬間にスバルはウィングロードを伸ばす。 もう策はない。後はひたすら進むのみ。目標に向かって一直線に駆け抜けるのみ。 なのはがエリオに集中した分、こっちに多く弾が回ってくる。だが、そんなことはどうでもいい。スバルの目は道の先――高町なのはだけを睨んでいる。 「はぁぁぁぁぁああああ!!」 気勢を発してスバルは走り出す。飛来する十近い魔力弾の幾つかを拳で粉砕。幾つかをシールドで防ぐ。それでも3発が身体を打った。 「くっ……!ディバイィィィィィン――」 キャロの補助は攻撃に回してもらったので一度体勢を崩しそうになる。スバルは足を強く踏み込んでそれに耐えた。最早痛みも気にならない。 拳を振りかぶって魔力を溜める。左手に淡い水色の光が集まる。 「バスタァァァァァ!!」 バリアへと光を叩きつけ、それを右の拳で打ち抜く。膨れ上がって光が弾けた。 周囲一帯に濛々と煙が立ち込める。衝撃が瓦礫を吹き飛ばす。 「っはぁ!はぁ……はぁ……」 崩れ落ちるように跪いて荒い息を吐くスバル。もう一片の体力すら残っていない。 「よく頑張ったね……スバル」 降ってきたのは、なのはの声。訓練中とは全く違った優しい響き。 煙が晴れるとなのはの姿が見えてきた。レイジングハートを持った両手をクロスさせスバルの拳を受け止めている。BJは傷だらけだ。 「いい拳だったよ、合格。それに皆も自分のポジションと特性を良く活かしてた」 その顔は笑っていた。とても優しげで暖かい笑顔。 認められた――。そう解ると更に力が抜けて涙が滲んでくる。 なのはの背後にはダガーモードのクロスミラージュを持ったティアナ。横にはストラーダを腰溜めに構えたエリオ。頭上にはフリードが飛んでいた。キャロもビルを下りて駆け寄ってくる。 「皆もう少しで一人前かな。ううん、力を合わせればもうそれ以上かも。これからも協力していくようにね」 「はい!」 皆どこにそんな元気が残っていたのか。スバルも気付けば大きな声で答えていた。 空はいつの間にか赤く染まり陽が落ちようとしている。 「それじゃあ帰ろうか。明日からは更にハイレベルな訓練もやっていくから、今日はしっかり休むんだよ?」 明日――。明日になればもっとなのはに教えてもらえる。もっと皆と強くなれる。 ほんの少しの不安、そして大きな期待と意欲を胸に五人は帰路に就いた。 明日もきっといつもと同じ大事な一日だと、そう思っていた。 夜が訪れ、六課の隊舎もそろそろ休む者も多くなってきた。それは高町なのはらフォワード陣も同様だった。 特に新人四名はたっぷり夕食を摂った後、まさに眠ろうとしていたのだが、それは隊舎内に響き渡るアラートによって遮られる。 戻る 目次へ 次へ
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次元の海に浮かぶ巨大な時空管理局本局。 大型の次元航行艦が何隻も停泊している。もはや艦と言うよりも要塞と言ってもいいかもしれない。 そこにクラウディアは帰還し、エドワード・エルリックは降り立った。 顔つきは妙に晴れやかで生き生きとしている。それもそのはず、探し求めた元の世界に戻る手掛かりを掴みかけているかもしれないのだから。 「お~い、エドワード君」 「あ、マリーさん」 本局に戻るなり声を掛けてきたのはマリエル・アテンザ。彼女が彼の義肢の製作、修理等を担当している。それ故、彼女には少々頭が上がらない。 「義肢のメンテナンスするからちょっと付き合ってくれる?」 「ああ、わかったよ」 結局ここでも手足のメンテナンスは必要になる。もう慣れたものとはいえ、やはり面倒なものだ。 自分は前に進めているのだろうか?この腕はそう問いかけているような――。 たまにそう思うことがある。 第3話 真理の扉/からくり~しろがね 第一幕 開幕ベル 「う~ん、大分損耗が激しいね。ちょっと無茶しすぎだよ」 エドは下着姿で台の上に寝転び、マリーは取り外した義肢をまじまじと調べる。 「あはは……悪い」 とりあえず苦笑してお茶を濁す。つい先日も魔力弾を直接殴り返すようなことをした手前、言い返せない。 「でもさ……この義肢、デバイスみたいに魔力ダメージにも耐え得る素材を使ってるけどさ。 もっと見た目も質感も本物に近い義肢だってあるんだよ?何もこんな頑丈さ重視の面倒なのじゃなくっても……」 彼女が握っているそれはずっしりと重い、鈍く光る鋼の腕だった。 「まあな。でも、もう慣れたよ。それにデバイスはいまいち性に合わないからさ。これのほうが戦い易い」 それともう一つ、あまり便利な腕に慣れてしまうと、あの世界のことを忘れてしまうのではないかと不安になるのだ。 自分はいつか必ず、元の世界に帰る。それなら機械義肢〔オートメイル〕に近いものの方がいい。 機械義肢とよく似た重み、関節の軋み、神経の痛みが過去を思い出させてくれる。忘れずにいられる。 「あの掌をパンってやるヤツ?エドワード君の稀少技能〔レアスキル〕」 「ああ、何度か使った魔法は詠唱無しで発動できるんだ」 元々覚えたての頃ふと試してみたらできてしまったものだが、今では慣れたものだ。 錬金術の下地があったせいだろう。魔法の覚えも平均よりもかなり早かったらしい。 物質を理解し、分解し、再構築する。その力を望む方向にコントロールする式を刻んだものが錬成陣。 自分は『真理の扉』のその奥を見たことで、自身を構築式として錬成陣を利用せず錬成することができるようになった。 掌を合わせるのはその為のトリガーである。 手を合わせることで錬成陣の円――すなわち力の循環を示すのだ。構築式は己の中にある。 自分はこの世界へと渡った際に真理の扉を潜った。ならば詠唱を省略することも可能なのではないか? 魔法を独学で学んだ時に必要とした知識も理数系。錬金術を学んだ時と同じ分野のものが多かった。似ていると感じたのはこの時。 力を望む形にコントロールした構築式を自ら理解する必要がある――この点では錬金術も同じである。 そしてそれを集中、詠唱によって発動させる。それが魔法だ。 作用する形があまりに多岐に渡る為、知らない術式を即興では使えないが、それは錬金術でも同じだ。 結局は術者の資質や学習が肝心であるという点も。 決して万能な技能ではなく、便利であるという程度の認識でしかない。結局は魔法も錬金術も科学の一つなのだ。 不可能を可能にすることなどできない。 ましてや死者を完全に生き返らせることなど――。 「へぇ~。凄いんだねえ、錬金術って」 そうしている内に予備の義肢の用意が出来ていた。 「っ~!」 神経を繋ぐ独特の痛みに歯を食い縛って堪える。これが嫌なところまでそっくりとは皮肉だと思う。 「どんな感じ?違和感ある?」 「う~ん、少し。まあ慣れると思うけど」 肘や膝を曲げ伸ばしたり、飛び跳ねたりして感覚を確かめてみる。 以前の機械義肢に比べると多少の違和感は拭えないが、まあこんなものだろう。 「悔しいなあ。君の前の義肢?造ってた技師さんはよっぽど君のことを熟知してたんだね。そりゃあもう身体の隅々まで」 熟知していた?身体の隅々まで? 急に頭の中に幼馴染の少女が浮かぶ。彼女とも、もう二年以上も会っていない。 「そ、そんなことないって!ただ昔からで慣れてたからさ……」 しまった。ついつい声が上擦ってしまった。 「ふぅ~ん、まぁいいけどぉ~」 マリーはからかうようにニヤニヤした笑みを向けてくる。顔が赤くなっているかもしれない。 「でもね。こういった義肢は着ける人の体型は勿論、癖や歩き方まで技師が知ってないとなかなか違和感無くって訳にはいかないと思うよ。 また会えたら感謝しとかなきゃ」 「考えとく」 「そうそう。私もその内、六課に出向すると思うからその時はよろしく」 エドは振り向かずにひらひらと手を振り、そそくさとその場を去った。 異世界から飛ばされてきたことは三人にしか話していない。一人はクロノ、一人はマリー。 クロノには自分が元の世界を探していることを伝えておいた方が動きやすかったから。 マリーには機械義肢の特徴をできるだけ詳細に話す為に必要だったのだ。 そしてもう一人――。 「やあエド。久し振りだね」 次の目的地、無限書庫に着いて早々にユーノ・スクライアと鉢合わせた。もっとも彼は大抵ここにいるのだから当然といえば当然だ。 「よっ、ユーノ先生」 エドもユーノに片手を上げて答える。彼がその最後の一人である。 「一つしか違わないんだから先生は止してよ」 本局勤めになって自分の部屋よりも長くいたのがここ無限書庫だった。 管理世界のあらゆる情報、書籍が集まる場所であるここには、戻る為の方策を求めて幾度と無く足を運んだ。 尤も一武装局員ではアクセスできる情報にも限りはあったが。 当然司書長であるユーノとも親しくなり今では友人に近い。 情報収集の手伝いを頼んだ時に事情も打ち明けてある。幸い彼は快く引き受けてくれた。 「へへ、まあ先生には違いないからさ」 彼からは私的に魔法を学んだこともある。 デバイスを使用しないこと。補助や防御魔法に長けていること。 デバイスでの攻撃魔法にどうにも慣れないエドは彼のスタイルにヒントを見出した。 「僕が教えたのは、拘束や防御、転移、結界魔法だよ。エドはそれに幻術なんかも加えてそれを駆使して接近。後は――」 「ゲンコでボコる!だな」 エドが彼の言葉を繋いだ後、二人で同時に吹きだした。 それが自分の性に合っていた。もともと体術だけで多人数と渡り合うのも慣れている。 「それで?今日はどうしたんだい?」 「ああ、ちょっと調べ物。それと今度ミッドの機動六課に転属になったから、その報告に」 「機動六課!?」 ユーノが素っ頓狂な声を上げてエドに詰め寄る。あまりの勢いに少し怖気づく。 「な、何だよ……」 「いや、機動六課っていったら僕の友達が三人いてね。ちょっと驚いただけ」 「へえ、偶然だな」 「ほんと、凄い偶然だよ。六課課長の『八神はやて』と分隊長の『フェイト.T.ハラオウン』。もう一人の分隊長の『高町なのは』。この三人」 「ああ、覚えておくよ。それじゃ適当に見せてもらうぜ」 少なくとも高町なのはという名前には聞き覚えがあった。『エース・オブ・エース』だのなんだの天才としてえらく有名なんだとか。 正直どうでもいい話だった。ユーノがえらく頻繁に口にする名前であること以外は。 「エドはいつも熱心に本を読んでるけどさ。なんでそこまでするんだい?君ぐらい足繁く通う人なんていないよ」 適当にあしらわれたユーノが少しむっとしながら訊ねる。 最初は元の世界に戻る為に、やがてそれは苛立ちを紛らわせる為になった。錬金術を学ぶように魔法書を読んでいるとそれに没頭することができた。 そして今は再び振り出しに戻る。 エドは首だけをユーノに向ける。その顔は自信と活力に満ちていた。 「元の世界に帰る為に決まってんだろ」 エドは黙々と本を読み漁り、ユーノはデータの整理。その間は互いに話すこともなく、書庫には静寂が満ちていた。 数時間が経過した頃、それは突然の来客によって引き裂かれた。 「ユーノーーー!」 「アルフ!?」 この耳と尻尾を生やした少女は、フェイトの使い魔である。たまに手伝いに来てくれるのだが――。 「どうしたんだい、アルフ?」 彼女は今は目一杯に涙を溜めている。出来るだけ優しく話しかけるが、嗚咽を漏らすばかりで話にならない。 「うるせえなぁ……書庫では静かにしろよな、アルフ」 読書の邪魔をされたエドの文句に 「エドには関係ない!!」 と怒りを露わにするアルフ。 怒って少しは話せるようになったのか、息を荒くしながらもぽつりぽつりと話してくれた。 「ここ何日か本局に来てて海鳴を留守にしてたんだけどさ……」 彼女はリンディの付き添いで本局に来ていたらしい。そういえば何度か書庫にも顔を出していた。 「さっき海鳴に帰ってみたらさ……そしたらエイミィもチビ達も……それどころか街中の人がいなくなってたんだよ!!」 「ええ!?」 これには無視して読書をしていたエドも振り向いた。 「街中って……海鳴市全部がかい?」 「中心部のあたりは誰もいなかった。翠屋も見に行ったけど……滅茶苦茶に荒らされてた。街中が全部そんな感じだ……」 アルフはまた力無く肩を落とした。余程ショックだったのだろう、耳も尻尾も彼女と同じ様に沈んでいる。 「それに海鳴の中心部に繋がる道は全部が警察に封鎖されてたんだよ……」 「封鎖って……何があったんだ……?」 呟いてみても答えを返せる者はいなかった。アルフは泣きながら首を振るだけ。 エドにも一応視線を振ってみるが、彼も首を無言で振る。 「銀成市寄りの辺りを何人か変な奴等がうろついてたんだ。武器を持ってて……近寄らない方がいいと思ったから全部は聴いてないけど、 『ホムンクルス』とか言ってた……」 「ホムンクルスだと……!?」 ホムンクルスという単語に、エドの表情が険しくなる。 ホムンクルス――錬金術で造られた人造人間である。これくらいは錬金術を知らない者でさえ物語等で耳にしたことがあるだろう。 ユーノが知っているのはその程度だ。だが、彼は他に何を知っている? そういえば、彼からは錬金世界について何度も話を聞いたが、"最も知名度の高いであろうもの"に関しては彼は語らなかった気がする。 それはあらゆる病を癒す霊薬、或いは卑金属を貴金属へと変化させるもの。万物に永遠を約束するもの。 天上の石、大エリクシル、哲学者の石、第五実体、赤きティンクトゥラ。様々な名で呼ばれる幻の物体――。 錬金術とあの世界に関して意図的に伏せていたことがある。クロノにもマリーにも、ユーノにさえ深くは語らなかった。 『賢者の石』とそれを求めるホムンクルス。その正体についてである。 語れば、自らの罪も語らねばならなくなる。だからできるなら語りたくはなかった。 それは錬金術最大の禁忌――『人体錬成』。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― フランスはキュベロンの郊外の海辺にひっそりと佇む洋館。無数の墓に囲まれたそんな場所に敢えて近づく者などまずいないだろう。 それでも彼女は行かなければならなかった。決意に満ちた表情で歩を進める彼女の傍らには、未だあどけない少年と少女の姿があった。 「あんたにしちゃ早かったじゃないか……」 扉を開くとそこには黒衣の老女が三人、こちらを向いて立っている。どうやら口振りから察するに誰かと間違えたようだ。 「誰だい?あんた達は」 三人は声こそしゃがれているものの、背筋はピンと立ち異様な迫力を感じさせる。それは彼女達の銀髪、そしてガラス玉の様にこちらを映す銀の瞳のせいでもあるだろう。 「失礼しました、私はフェイト・T・ハラオウンと申します。お呼びしたのですが返事が無いので、勝手とは思いましたが入らせていただきました」 フェイトは粛々と頭を下げる。続いて傍らの二人が一歩前に出る。 「僕はエリオ・モンディアルです」 「キャロ・ル・ルシエです……」 二人とも緊張しているのか、それとも気圧されているのか随分と動きが固い。特にキャロは最後まで聞き取れないくらいだ。 「それで?こんなところまで入ってきたということは私達に用があったのだろう?」 「はい。あなた達でしたら『ゾナハ病』の治療法に関してご存知と聞いて参りました」 『Z.O.N.A.H.A.Syndrome』――他者の副交感神経系優位状態認識における生理機能影響症。 通称ゾナハ病。 激しい痛みと痙攣、呼吸困難に襲われ最終的には死に至る。発作を解消する方法は他者の副交感神経を優位状態に導くこと、 すなわち笑わせること。 全世界に広がっているこの奇病には予防法も治療法も解明されていない。 これがフェイトがこの世界に戻ってから必死に調べたゾナハ病の全てである――。 「それを誰から聞いたんだい?」 左の老婆が口を開いた。先程とは目つきが違う。彼女らは明らかに自分達を警戒している。 それほどまでにゾナハ病の治療法とは隠さねばならないものなのだろうか? 「ギル・グレアムという方をご存知ですか?」 「グレアム……」 三人は目を合わせて黙り込む。何かを示し合わせているようにも見えた。 「ということは……あんた達は管理局の魔導師だね」 沈黙の後、中央の老婆が口を開く。いきなり正体を看破され、フェイトは見るからにうろたえた。 「私達を知っているのですか……?」 老婆達はまたも顔を見合わせて、今度は一斉に笑い出した。 「ほほほ、軽く鎌をかけてみただけなのに、随分と分かり易い反応だこと」 「なっ……!」 右の老婆はからかうように赤くなったフェイトを笑う。 「お止しよマリー。何のことはない、あれがまだそこの坊やぐらいの時に少し面倒を見てやっただけさ。 確か三等海士だったっけねえ……あれは息災かい?」 「グレアム元提督は現在は引退され、故郷のイギリスに隠棲されています」 もう隠し通せないと思ったフェイトは正直に情報源を話すことにした。どうやら年季が違う。 「あのヒヨッコが提督……しかも引退とはね。私達も年を取ったもんだ。ねえタニア?」 「そうだね、ルシール。それにしても、まさかあれが私達を覚えていたとはね」 会話の内容から、老婆達は右からマリー、左がタニア、中央がルシールというらしい。 この三人は一体何歳なのだろう?既に八十に近いグレアムをまるで子供扱い。だが嘘を言っているようには見えない。 改めて大変な人達なのかもしれない。しかしそれでいいとも思った。 フェイトが必死に探し回っても、たった一言で済ませられる程ゾナハ病に関しては解っていないのだ。 普通の人間の知らないことを知っている者が普通なはずがない。 「あの……それで治療法をご存知なんでしょうか?ご存知なら教えて頂けないでしょうか?私達にはどうしても必要なんです」 おずおずとフェイトが談笑に割り込んだ。 「お願いします!」 「お願いします!」 エリオとキャロも続いて頭を下げる。 「ああ、そのことかい。それは勿論教えられないね」 三人は談笑が続いているかのようにあっさりと、しかしはっきりとフェイトの訴えを跳ねつけた。 あまりにあっさりとした答えだった為に、フェイトは暫く呆然としてしまった。 エリオとキャロも愕然として言葉を発することができないようだ。 「それは……ご存知ない、ということでしょうか?」 呆気に取られた挙句、出てきたのはそんな間抜けな言葉。 「聞いていなかったのかい?私達は教えられない、と言ったんだよ」 マリーは表情一つ変えずに、再びフェイトを突き放した。 「ゾナハ病に困っている人間は世界に五万といるんだ。あんた達だけに教えられる訳ないだろう?」 タニアも、いやルシールもだ。それが病に苦しむ者達にとって、どれほど絶望的な言葉かを知りながらも平然としている。 「……!」 湧き上がる激しい怒りを唇を噛み締めて堪えてみても、拳は小刻みに震えてしまう。それでもフェイトはそれを抑え、ゆっくりと床に膝を着いた。 「お止め!」 そのまま両手を床に着けようとしたところで、ルシールの声にフェイトの動きが止まった。 「あんたが土下座したところで何も変わらない。私達の答えは同じさ」 「そう、私達はもう何百年も変わらないのさ……。まるで人形みたいにね」 マリーとタニアの顔はまさしく人形のように見えた。 「今……ミッドチルダでは徐々にですがゾナハ病が広がっています。 今は数百人程度ですが、患者は少しずつ増えて……そして減って……それ以上に増えているんです」 震える声で呟くフェイトを三人は冷ややかに見下ろしている。だが、先程までとは微妙に表情に変化が現れた。 ほんの僅かだがそれは"驚き"だった。 「ミッドチルダにゾナハ病がね……それは詳しく聞く必要がありそうだ」 「それじゃ――!」 明るい声でエリオが期待の声を上げる。それはキャロも同じだったが、 「勘違いをするんじゃないよ。教えられない、いや教えたところでどうにもならないのは同じこと」 すかさずルシールに釘を刺され再び顔を曇らせる。 「どのみち、私達には関わりの無い別世界の話。あんた達、管理局が昔に言ったことだよ」 「それは……どういうことですか……?」 タニアの言葉にフェイトはその意味を問うが、彼女はそれきり何も答えない。 「私も気になることがある。あんたはそれなりの地位みたいだが、何故わざわざこんな辺境まで自分で調べに来たんだい?」 「それは……私もこの世界に住んでいたからです。この世界のことなら私が――」 「本当にそれだけかい?あんたの口振りじゃミッドも大変なんだろう?市民達の為だけに直々にこんなところまで?」 「それは……」 フェイトは言葉に詰まってしまった。エリオとキャロは彼女の気持ちを察してか何も言わない。 マリーとタニアも共にフェイトの答えを待っている。 「仮に……」 沈黙を破ったのはルシールだった。彼女はガラス玉のような目でフェイトを睨む。 「私達がゾナハ病の治療薬を持っているとする。でもそれは二度と作り出せぬ特効薬さ。苦しむ人々を全て救うには到底足りない」 「ルシール?」 マリーとタリアは何を言うのかとルシールを見るが、彼女はそれを片手で遮った。そして再び話し出す。 「それをあんたにやれるとしても精々が十数人分。あんたはそれを受け取ったら大人しく帰るのかい? それはたとえ管理局でも培養や解析はできないだろう。断言してもいい」 ほんの僅か数人に限定された『救い』。それに一瞬、ほんの一瞬だが心が揺らいでしまった。 ただの仮定に過ぎないのに、それを解っていてもフェイトは求めてしまった。 「ふん……」 ルシールは静かに鼻を鳴らす。 「あ……」 フェイトは心を見透かされて、俯いた。 自分の身勝手さを、己の愚かさを恥じるフェイトにだけはその意味が痛い程解った。 索敵対象は『ルシール・ベルヌイユ』。意識を手元のレーダーに集中させ、対象の顔を思い浮かべる。 抱えた自動人形〔オートマトン〕があんまり煩いので後頭部を『ヘルメスドライブ』で叩くと静かになった。 目を開いた時、もうそこは海中の研究所ではなく海の見える洋館の一室。 突然現れた自分に当然目を見張る三人の老女。そして子供連れの若い女性。 何やら取り込み中のようだが、今更帰る訳にもいくまい。 「お久し振りです、ルシール先生。そちらはタニア先生とマリー先生ですね?」 「あんたは確か……」 「はい。錬金戦団の使いで参りました、『楯山千歳』と申します。まずは突然の訪問をお許しください」 目の前に突然、人が現れた。魔力を感じないことから転移魔法の類ではない。 老婆達は驚きながらもすぐに平静を取り戻したが、フェイト達はそうもいかなかった。どうやったらこんなことが可能なのか皆目見当がつかない。 彼女は老婆達に向いて礼を取った後、フェイトを無表情で一瞥した。 「申し訳ありませんが、席を外していただけませんか?」 あからさまな拒絶に腹も立ったが、フェイト自身も今はルシールの目を見るのが怖かったし、 何よりこれからのことをエリオとキャロと相談する必要もあった。 「わかりました……」 勝手な希望的観測でこんなところまで来て、呆気なく断られて、蚊帳の外と追い出される。フェイトには今の自分がひどく滑稽に思えて仕方なかった。 「申し訳ありませんが、説明するよりもまずはこれを……」 千歳は手元に抱えた自動人形を差し出す。饅頭のような頭の自動人形、エンゼル御前はぶすっとした表情だ。 「なんだい?これは」 「通信機のようなものです。これなら盗聴も電話代も心配ありません」 「俺様を電話代わりにすんじゃねー!」 千歳の言葉に、遂にゴゼンは暴れ出した。行く前から不満気だったので心配だったのだが――。 「だいたいお前ら!俺様は桜花の武装錬金で蝶高速精密射撃が売りだってのに、いつもいつも俺様をパシリや電話にしやがって!そもそも――」 「お黙り!!!」 「ひっ!?」 じたばたもがくゴゼンを見かねて三人の老婆が怒鳴りつけた。深く皺が刻まれた顔三つ、銀色の眼六つに同時に凄まれる様は恐ろしさをも感じさせる。 「HELP~~」 その恐怖に耐えられなかったのか、ゴゼンは千歳に助けを求めながら彼曰くの"魂の汗"を股間から噴出させた。 そして"魂の汗"は千歳の手をしとどに濡らす。 「!!」 千歳は無言でレーダーの武装錬金『ヘルメスドライブ』をゴゼンへと振り下ろす。 ヘルメスドライブ本体は非常に硬質で盾や鈍器にも使用できる――ゴッ!と鈍い音がしてゴゼンはぐったりと大人しくなった。 「(ごほん!そろそろいいかね……)」 「失礼しました……」 千歳はその声に、改めてゴゼンを老婆達へと向けた。 「(お久し振りです、マリー先生、タニア先生、そしてルシール先生)」 「やっぱりあんたかい」 ゴゼンから聞こえたのは優しげな物腰の落ち着いた紳士の声。彼女らには馴染みの深い声でもあった。 「(私も行くとなれば戦士・千歳に負担が掛かってしまうので、このような御挨拶になってしまったことをお詫びします)」 「いいからさっさと本題に入りな。わざわざ連絡してきたからには何かあるんだろう?」 「(はい。それでは……)」 ルシールに急かされ、彼の声は和やかなものから緊迫したものへと変わる。 「(先日、日本の海鳴という街がホムンクルスの大群に襲撃されました)」 「おや?一年程前に主だったホムンクルスは全て月へと飛ばしたんじゃなかったのかい? そして直後の活動凍結――なかなかの英断だとあたし達も感心していたんだがね」 「(お褒めに預かり光栄です。ええ、確かにそのはずでした。 残ったホムンクルスがいたにせよ、こんなに大規模な襲撃を行えるとは考えにくかったのですが……)」 「それで?それが『しろがね』に何の関係があるんだい?」 ホムンクルスは戦団の領分である。これまでもどれだけ大事件だろうと、しろがねに連絡してくることはなかった。ということは――。 「(ですが死傷者、行方不明者は数名。そして海鳴市の一万超の市民がゾナハ病に罹患していました)」 「何だって?『真夜中のサーカス』のものなのかい?」 「それはおかしいね……。昨日、イリノイで真夜中のサーカスの興行があったばかりだ」 マリーとタニアが口々に述べる。彼はそれも予想していたのか、淡々と話を続けた。 「(解りません……。ですが、私はこう考えています。ホムンクルスと自動人形〔オートマータ〕が手を組んだのだ、と。 そして奴等は街中に突然現れた。これは自動人形でもホムンクルスでもない何者かの協力があったのではないか、と」 「話が飛躍しすぎなんじゃないかい?」 「(かもしれません。ですが、連中がゾナハ病で動けない人間を喰うでもなく、血を吸うでもないというのは……)」 「明らかにおかしいね。それで肝心の街はどうなった?」 「(ええ。それでしたら、一人の戦士が時間を稼いでくれたおかげで今朝方全てを殲滅することができました。ですが……)」 「……首謀者は取り逃がしたのかい?」 ここまでほとんど話さなかったルシールが訊ねた。話を纏めるにホムンクルスは銀の煙が街に回るまで逃がさない役割を果たしていたのだろう。 抵抗する人間だけを攻撃する命令を受けて。 「(はい。人間型ホムンクルスは一体も確認できず、他は捨て駒でしょう。自動人形も一体のみでした)」 「自動人形とホムンクルス。そして第三の存在、厄介だね……」 「(ええ、我々でも調査を続けますが、そちらも警戒をお願いしたく……。いずれ共闘をお願いするかもしれません)」 「その時はまた、男爵の雄姿が拝めるかい?」 彼はそこで初めて苦笑した。戦団全てを取り纏める立場となれば疲労も緊張も相当だろう。 「(そうならないことを願っています。それでは、御三方とも十分にお気をつけ下さい)」 「あんたもね。大戦士長『坂口照星』」 そこで通信は終わった。ルシールはゴゼンを千歳へと返す。 「それでは失礼致します」 彼女は短くそう言うと、また宙に消えてしまった。 「ミッドチルダに日本。これまで確認されなかった場所にゾナハ病が出たのもホムンクルスや他の勢力と組んだとなれば説明もつく」 「そして次元を移動する能力を持っている奴がいるのも確実だ」 「これまで『フランシーヌ』を笑わせることしか眼中に無かった連中が、しろがねや戦団を滅ぼすことに目を向け出したら厄介だね。 ここを移動することも考えないと……」 マリーがそう言い終えると同時に、彼女の背後の壁に無数のヒビが走る。ドォンと衝撃が部屋を揺らす度にそれは伸び――。 何故真実を語れなかったのか。多くの市民のためという気持ちに嘘はない。でもそれだけならここまで来ただろうか? 真実を話せばきっと教えてはくれないだろう。罪もない市民のためだと言えば教えてくれるだろう――そんな考えがあったのかもしれない。 つくづく自分の浅はかさに腹が立つ。 部屋から追い出され、ホールの階段で塞ぎこむフェイトに、エリオとキャロはどう声を掛けたものか迷っていた。 「あの……フェイトさん。あんな訳の解らない変な仮定なんか気にする必要ないです」 「私もそう思います。たとえ十数人でも救いたいと思うのは当然ですもん。それに薬さえ手に入れば何か解るかもしれないじゃないですか」 「うん……。ありがとう、エリオ、キャロ。でも、ミッドチルダに帰ってもいいんだよ?これは私の我儘〔わがまま〕なんだから」 無垢な言葉にまた胸が痛む。それでもフェイトは二人に笑って見せた。 「何言ってるんですか!僕達でフェイトさんを助けるって二人で決めたんです!」 「そうです!ここで帰ったら、なのはさんにも隊長にも申し訳が立ちません!」 そうだ、彼女達は必ず何か知っている。それを確かめなければ二人に背いた意味が無い。 もう一度頼もうと立ち上がった瞬間、屋敷中が揺れたかに思える程の轟音が響いた。 「何!?」 音の源はすぐに解った。自分達がさっきまでいた部屋だ。 階段を駆け上がる間にも断続した衝撃が鳴る。そして老婆の誰かの悲鳴が聞こえた。 「エリオ、キャロ!」「はい!!」 フェイトが言うまでもなく二人ともBJを装着する。 二階へと上がり、扉を開くと真っ先に目に入ったのは壁の大穴から見える海、そしてフランス語で綴られた真赤な血文字――。 「ギイへ。 一人だけババアを預かった。お前をカルナックでぶっ殺してやる。 フラーヴィオより」 壁には両断された巨大な人形が杭で打ち付けられ、糸の先にはマリーが倒れている。 「大丈夫ですか!?」 フェイトは抱き起こして初めて気付く。 脇から心臓に掛けての肉がごっそり抉られていた。それなのに血は一滴たりとも流れていない。 「これは……!?」 「フェイトさん、ヒーリングを!」 キャロが進んで治癒魔法をかけるが、全く効果が現れない。確かに重傷を治す治癒魔法などないのだが、これはそれとも違う。 抉られた肉は完全に乾いて、まるでミイラだ。この身体はまるで――とうの昔に死んでいるかのよう。 「遅くなった――」 フェイトの背後でゆっくりと扉が開かれた。現れたのは二人の男。 一人は銀髪に銀の瞳、人形のような美しさを感じさせる優男。 もう一人は黒髪の大男。太く逞しい剥き出しの右腕は野生的で、相方とはまるで対照的だ。 二人とも、この光景に驚いていることだけは確実だった。 「あなた達は……?」 フェイトの問いに二人は答えない。大男は急ぎ駆け寄り、優男はゆっくりと歩み寄る。 「大丈夫か!?ばあちゃん!」 「マリー……ルシールとタリアは?」 「ギイ……ですか。タニアは……フラーヴィオという自動人形に捕らえられ……あなたをおびき寄せる為にカルナックへ……ルシールは追っています」 ギイ――壁の血文字の名前。もしや老婆達は彼を待っていたのか。 「あの自動人形に血をほとんど吸い取られてしまった……。 さすがの『生命の水〔アクア・ウイタエ〕』も……もう……私を、この呪わしいしろがねの役に縛りつけては……おけないでしょう」 「遂に……さよならだな」 「ええ……ようやくさよならね……ギイ」 まるで死を待ち侘びていたかのように老婆は微笑んだ。 「諦めないで下さい!まだ……」 「そうだぜ!ばあちゃん、今医者に……」 もう助かりそうにないことはフェイトから見ても明らかだった。キャロが全力でヒーリングを掛けていても乾いた身体は血を流すことすらしない。 「はぁ……はぁ……」 無理にでも魔力を搾り出そうとするキャロは荒い息を吐いて、。老婆は彼女の腕を掴んでそっと下ろし、囁く。 「せっかく……死ねるのです。邪魔をしないでおくれ……」 「そんな……」 キャロの魔法が止まるとマリーは涙を流した。それは歓喜の涙――。 「ああ、長かった……二百年……二百年もの間……死ねなかったのだもの……」 フェイトもエリオも、キャロも、もう何も言えない。笑顔を浮かべるマリーの顔が、腕が硬化していく。 「いよいよ……さよならです、ギイ……。告白するけれど……私はずっと後悔してきたのですよ……」 ギイは静かにそれを見送り、大男はそれを信じられない顔で見ている。やがてマリーの全てがフェイトの腕の中で砕けた。 「ゾナハ病にかかった時、生命の水〔アクア・ウイタエ〕など、飲まなければよかったって……」 ボキンと彼女の身体がボロボロに砕け、首が床を転がる。その音さえも金属のように乾いて響く。 木片か石の欠片のような、完全に水分を失くした肉が散らばった。 「ああ……」 キャロとエリオはショックで声も出せないようだ。フェイトも状況の認識が全く追いつかない。それほどにその光景は狂っている。 「羨ましいよ……先生……」 ギイはたった一言彼女を祝福し、コートをはためかせ立ち上がる。 「君達はどうする?去るならこの事は忘れたほうがいい。行くなら好きにしたまえ」 ――手に持った大きな鞄を開き、指輪に十指を通す。 「私は……」 ――糸を引くとキリキリ歯車が回りだす。 自動人形。それがミッドチルダにゾナハ病をばら撒いたのなら、それがタニアを攫ったのなら――やはり放ってはおけない。 しろがね、生命の水、解らないことが多過ぎる。その答えがカルナックにあるだろうか? 「やめときな」 逡巡の末、「行く」と言いかけたフェイトを大男が止めた。彼の視線は背後で呆然とするエリオとキャロに向けられている。 「あんたが誰かは知らねえ。ここでばあちゃんを助けようとしてたんなら、きっと無関係じゃないんだろう。 でもよ……あんたはそのガキ達をこんな危険な……化け物同士の戦いに連れて行くのかよ?」 そうだ、自分が行くということはエリオとキャロも巻き込んでしまうということになる。やはり二人だけでも帰したほうが――。 ――鞄の中から、ゆっくりと彼女は立ち上がる。両手を身体の前で握り、純白のドレスを白いグローブを着けた細い指で摘まんで。 「行きます……!」 「私達にだって行かなきゃならない理由があります。絶対にゾナハ病の治療法を見つけて帰るって約束したんです!」 フェイトに代わり答えたのは、自失状態だったエリオとキャロの二人。 何も映してなかった瞳は、今は涙で溢れていても強い意志でフェイトを見つめている。 「お願いします!絶対に足手纏いにはなりませんから……僕達も行かせて下さい!」 「お願いします!」 真っ直ぐな目を見てフェイトは思う。色々と考え過ぎて自分は最も大切なことを忘れていたようだ。 皆を救いたいのは二人も同じ。その為にここまで来たのだから。 できれば危険には近寄って欲しくはない。でも、それも彼らが選んだ道。 それでも生き残れるよう、自分はこれまで鍛えてきたし、二人も厳しい訓練に耐えてきた。 自分がいる限り、絶対に死なせはしない。 「足手纏いなんて言わないで……。私には二人が必要なんだから」 そっと二人の首に腕を回して抱きしめた。いつだって救っていたようで、救われていたのは自分だった。 ――抱き合う三人の背後で、彼女はその背中に大きな翼を広げる。翼に隠された腕が一本、露出した。 「へへっ……」 大男が何故か笑いながら鼻の下を擦る。きっと顔をくしゃくしゃにして"泣きながら笑っている"可笑しな三人を見て笑っているに違いない。 「お嬢さん……君が誰かは知らないし、詳しく聞いている時間もない。僕からはしろがねについては話せない。 ルシールとタリアを助けて、彼女から聞きたまえ」 「はい……」 「来い、ナルミ。更なる疑問はカルナックで解けるだろう」 ――ギイが彼女を壁の穴へと向け、ナルミを促す。 「ああ……。お前ら、名前を教えてくれよ」 「私はフェイト。フェイト・T・ハラオウンです」 「僕はエリオ・モンディアル」 「キャロ・ル・ルシエです」 ナルミはフェイト達を見て一度、穏やかに笑った。 「ギイ・クリストフ・レッシュ」 「そんで俺が鳴海、加藤鳴海だ」 自己紹介を済ませても和やかな雰囲気になるはずもない。これからカルナックで待っているのは、もっと激しい戦い。 そして厳しい真実かもしれないのだ。 ギイの懸糸傀儡〔マリオネット〕、『オリンピア』は鳴海を抱え飛び立つ。 「お願い、フリード」 次に白竜フリードに跨ったキャロとエリオが続く。 フェイトは最後に一度、マリーだったものを振り返る。彼女の首は笑みを湛えたまま、静かに海を眺めていた。 彼女は何故、あんなに喜ぶことができたのだろう?しろがね――少なくとも今のフェイトにはそれを理解することはできそうにない。 見開かれたマリーの瞼を閉じることはせず、フェイトもギイの後を追って飛び立った。 偶然に思われたフェイトと鳴海、ギイの出会い。 誰もがからくりの歯車の一部であり、サーカスの役者であることなどフェイトには知る由も無かった。 ましてやそれがフェイトのみでなく、高町なのはを含む全ての人もそうであることなど――。 次回予告 ミッドチルダを貫く光は始まりの終わりを告げる。 第4話 『光』 戻る 目次へ 次へ
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序章『聖者の行進』 聞こえる彼等彼女等の歌 聖なる歌の朗じは響いて その歩みは終わりの先へと続く ● 夜となり、闇となった空はその上下に数え切れない光の群を抱いている。 上部の光達は星、下部の光達は街灯りと人は呼ぶ。 そして街灯りの中央には巨大な白の建造物がある。無数の階層を内蔵した駅ビル、海鳴駅の看板を担う建物だ。 外壁に備えられた大きなデジタル時計が示すのは21時、営業こそ終えているが終電には遠い時間だ。しかし人の姿はどこにも無い。否、それ所かホームに控える電車、駅前のロータリーに停まるバス、その何れもが動いていない。 全くの無人は駅ビルを静寂で包む。しかし、そんな中に一つの音が生まれた。 駅ビルの窓の一つ、それが屋内側から叩かれたのだ。 窓に映るのは女性の人影。人影は幾度か窓を叩き、しかしすぐに走り去った。 引き換えに窓が一面黒くなり、次の瞬間には砕かれた。 破片を屋外へとばらまいたのは、巨体だった。 2メートルは超えようかという巨体。その姿は屋外故に陰って隠されたが、窓を砕いたその腕は見て取れる。腕を覆った灰色の剛毛と、弧を描いた長くて太い爪だ。 そして影が走り去る。その方向は、最初に窓を叩いた女性が走り去った方だ。 ● 誰一人としていない駅ビルの中、一つの人影があった。 大きな楽器ケースを持ち、髪とブレザーを振り乱して走る少女だ。 少女は疾走し、黄色で3階と書かれた表記を横切った。 「・・・2階には、隣のビルへ続く橋がある・・・っ」 息を切らした喉が、呟きによって咳き込んだ。 しかし少女は止まるわけにはいかない。何故なら、未だに何かが自分を追う気配があるからだ。 何なの? ・・・一体何だって言うの!? これはツケだろうか、と少女は思う。三年間、ずっとここを隠れ家にしていじけ続けた自分への。終業を過ぎても帰らなかった自分への。 「帰ろうと思ったら誰も居なくて・・・、警備員のおじさんも・・・駅員のお兄さんも・・・!」 そして出会ったのが、今自分を追う巨躯の影だ。 逃げなければ、と思う。あの影に捕まれば、自分が得るものは破滅だけだ。 眼前、エスカレータが見えた。といっても動きを止めたエスカレータは通常の階段と同意だ。少女は駆け下りていく。目指す2階はもうすぐだ。 そこまで来て、少女は頬に一つの感覚を得た。 「・・・風?」 そよ風と言っても良い、普段ならば快感とも言えるものだ。しかし緊張感で満ちた今の少女にとって、それは危機を知らせる一報だ。 「っ!?」 背に振動を得た。 追い付かれたか、と思ったが、背全体を痺れさせるその感覚はそういったものではない。やがてそれが耳に届くものだと気付いた。 それは、雄叫びだったのだ。肉が痺れ、骨が震え、心が竦むような、獣としての叫び。 「ーー化物っ!」 もはや少女は認めた。非現実的だとして度外視した影の正体を。人を遥かに超える巨体と爪、そして獣声を持つ異形なのだと。 そして、雄叫びが迫った。見えはしない。ただ、巨躯が自分へと躍りかかるのを気配で感じた。 影が迫る中、少女は思った。ごめん、と。だがそれは、ここにいない父へでも母へでも、仲の良い友達や恋する学校の先輩へでもない。 手に持った楽器ケース、そしてその内容物への謝罪だ。 動きは後方へのスイング。ケースを重量任せに振るう一撃だ。 重量と振り子動作による加速、その双方を得た楽器ケースは巨大なハンマーとなって迫る影を打つ。 「ーーーっ!!」 影が抗議に鳴き、楽器ケースの一撃に吹っ飛ばされた。 巨躯はエスカレータのサイドフレームを突き破り、そしてその向こうの吹き抜け空間へと飛び出す。 雄叫びが地下階層まで遠ざかっていくのを、少女はエスカレータを転げ落ちながら聞いた。 階段を駆け下りる途中に背後への重量任せな一撃、それで態勢を維持出来る筈がなかったのだ。 「ーーぐっ!」 どうにか頭を守り、2階の踊り場へと衝突する。 痛みは肩と脇、それに腕が中心となって滲む。足への被害も甚大、転げ落ちる際に段差の角で打ったようだ。 怒られちゃうな・・・ 腕に感じた痛み、それに少女は涙を得る。腕だけは守れ、そう聞かされて育った自分の過去が軋んでいる。 だが、と思う。早く行かなければ、とも。 「・・・橋へ・・・っ」 痛む身を引きずり、少女は歩く。腕を抱え、眉をしかめ、足を引きずり、遅々としながらも歩く。そうしてどうにか辿り着いた連絡橋へ続く出入り口。 それを少女は抜け、再び有り得ないものを見た。それも今度は二つだ。 「猫と、ロボット・・・?」 ● 橋へ繋がる踊り場、そこに出た少女の前には確かにそれがあった。 橋の中程にうずくまる子猫と、それを覗き込む様に立っている巨大な人型機械だ。 銀色に近い鉄の装甲は弧を描いた先鋭形、手足は細長く、単眼の頭部を持つそのフォルムは人型だ。ただし駅ビルの1階に相当する地上部に足を置いて、目線は2階から伸びた橋を見下ろす巨大さだ。 「あ・・・」 その単眼がこちらへと向く。 「・・・や」 足がすくみ、少女はへたり込んだ。 「・・・や、ぁ・・・っ!」 心身が震えて何も出来なくなる。 来ないで・・・っ! もう何も来ないで・・・っ!! もう嫌だ、そんな思いに思考が沈み、 「ーーえ?」 不意の感触にそれが止まった。冷たさと湿気のあるざらついた感覚、それを膝に感じた。 何? なんだろうか、これ以上何が来たというのか。 逆上に近い意思に突き動かされ、少女は感覚を与えた何かがいるだろう膝元を見た。 そこにいたのは、 「・・・猫」 橋の中程でうずくまっていた子猫。それが少女の膝を舐めていた。 いつの間に、という疑問が浮かび、 「・・・さっきロボットがこっちを見たのは、この子が私に寄って来たからで・・・」 子猫が舐めているのは、先ほどエスカレータを転げ落ちた際に得た傷だ。 まるでその傷が早く直ってくれと、そう言うかの様に。 私は・・・もう何も来ないでと、そう思ったのに・・・ この子猫は来た。如何なるものの来訪も拒んだ自分を、助け励ますかのように。 そして猫は面を上げ、少女の顔を見た。 「・・・に」 鳴き声は細く、高く、愛らしいもので。それは幼さと弱さと純粋さを秘めていて。 「・・・っ!」 連れていくと、一緒に助かろうと、少女に決意させた。 少女は子猫を抱き、立ち上がる。足首が、肩が、全身が痛みを訴える。 でも、大丈夫・・・っ! いける、と。 もう泣かない、と。 この支えを得られた自分は、 「・・・もう、負けないっ!」 ロボットの腕が振り上げられたのと共に、少女の立つ踊り場が砕けた。 ● 瓦礫と共に巻き上げられ、少女は浮遊感を得た。 最早痛みは感じない。 ただ漫然と、虚空に浮かぶ事を知覚して。 不意に見えた星空が綺麗だと思って。 「あぁ・・・」 悲哀もなく、感激もなく、ただ感慨を持って声を漏らす。 胸に動作を感じて視線を向ければ、抱えていた子猫があくびを一つ。 緊張感のない子、という感想を抱き、それが支えになったのだな、とも思う。 そして体が上昇を止め、次第に落下を始め、 「ーーもう、大丈夫だよ」 声を聞いた。 誰の? 自分の声ではない。では猫の声か、等と考えて笑った。 今晩だけで、非現実のオンパレードだったものね・・・ 脳まで非現実に侵されたか、と考えながら、 「佐山君、こちら高町。乱入者を確認・・・確保したよ」 「ああ、見ていたよ、高町君」 抱きとめられた感覚に少女は意識を手放した。 ● 「・・・さて」 上空、瓦礫と共に巻き上がった少女が保護されるのを佐山は見た。 身を包む白服と足首から伸びた桜色の光翼は、少女の保護者を夜空に栄えさせる。 その光景に佐山は頷き、 「良い仕事をするね、高町君。・・・自分で撃ち上げた少女を自分で確保、ナイス自作自演だ」 『そ、それは聞き捨てなら無いかなー!?』 意識に響く声、念話を持って高町が抗議した。 『あそこで私が先に踊り場を撃ち抜いてなかったら、この子絶対に死んでたよ!?』 そう、佐山は見ていた。ロボットの腕が少女のいる踊り場を砕くより先に、高町が砲撃が打ち込んで少女を吹き飛ばし、致死の場所からずらしたのを。 もしなのはがそうしなかったら、少女はロボットの腕に引き裂かれていただろう。 「だから褒めているのではないかね。さすが高町なのは、時空管理局の白い悪魔だ」 『あ、それ禁句!! そこに降りたら痛い目見せるからね!?』 「・・・やはり悪魔ではないかね。それよりも、君より先に彼によって私は痛い目を見そうなのだが」 眼前、巨躯のロボットが動いた。 その質量に反比例した俊敏な動作は即座に腕を構え、今度は佐山に向けて腕を振った。 「佐山君ッ!?」 念話ではない、なのはの直な声が聞こえた。 少女を抱えたまま、なのはがこちらに向かってくる。 「何、問題はない。ーー私には、麗しの根性砲撃が控えている」 飛来するなのはに佐山は笑みを持って答える。 そして眼前に腕が迫り、 「我、力を求める事を恐れ・・・」 不意に、佐山の後ろから声が届き、 「ーーしかし、力を使う事を恐れぬ者なり・・・・・・ッ!!」 佐山の背後から閃光が走る。 光速を体現したそれは一直線にロボットへ向かい、その胸部装甲を突き砕いた。 『・・・・ッ』 その勢いにロボットは僅かに身を浮かし、噴煙と轟音を上げて倒れた。 そして佐山の後ろから人影が現れる。現れた人影に、佐山は振り向かない。 「こちら新庄。現在ガジェットドローンⅣ型と抗戦」 やがて人影は佐山の前に出た。 「ーー撃破を完了」 それは一人の女性だった。 黒の長髪を揺らし、白いロングスカートの装甲服を着込んだ少女。その手には長大な機械の杖が握られている。 「嗚呼、新庄君。君の仕事はいつも麗しい」 「そりゃどうも。僕もいつも言ってるよね? あんまり一人で前に出ないで、って」 「これは異な事を新庄君。君を除く愚民共を率いてやる偉大な私が最前に立たずしてどうするのかね?」 「君を最前に立たせたら皆が同類に見られちゃうだろ!?」 「ていうか私は愚民・・・?」 佐山を半目に見ながらなのはが降り立つ。なのはに抱えられた少女を新庄は覗き込み、 「この子が乱入者? 無事かな?」 「うん。・・・逃げる途中で幾らか怪我はしたみたいだけど、大事にはならないよ」 「ああ、それにこの子は最後で再び立ち上がる事が出来た」 少女の胸に居座る子猫は動かない。こちらを見据えるその姿はまるで護衛役だな、と佐山は思い、 「君達も頑張ってくれたまえ?」 砂を蹴るような音がして、無数の影が佐山達を取り囲んだ。 何れもシルエットこそ人型だが、巨躯に剛毛と爪を備えた異形ばかりだ。 「・・・人狼が十。この子を追い掛けていたと同種だね」 佐山は取り囲んだ影、人狼達を見渡す。 「敵の重役が前線で孤立したからって、やる気になってまぁ・・・」 新庄は手に持つ杖を構えた。 「・・・このLow-Gに揃った答えに背く分からず屋は」 なのはは抱えていた少女を下ろし、拳を突き出した。 指が開かれ、その中にあるのは指先程の小さな赤い宝玉。 「ーー頭、冷やそっか?」 瞬間、宝玉より烈波が放たれて人狼達を踊り場から地上部へと突き落とした。 それを見下ろすなのはの手にある物は最早宝玉ではない。手の平程に巨大化した赤い宝玉を先端に備える、金の柄をした機械の杖だ。 「レイジングハート・エクセリオン。ーー神威と世界樹の後継者、高町なのはが相手になるよ」 起き上がる人狼達に、なのはもまた地上部へと飛び降りた。 ● 遠く、戦の音がする。 佐山は音源たる無数の戦場を見た。 眼下では、桜色の光を率いて高町なのはが人狼達と戦っている。 眼前では、槍持つ少年が少女と共に白の翼竜に乗って空を翔ている。 遠くでは、黒の巨大な人影が同じく巨大な人影と格闘戦を展開している。 そして、不意に旋律が生まれた。 隣に立つ新庄、彼女が一つの歌を紡いでいるのだ。 佐山はその歌を知っている。聖者の誕生を讃える歌、清しこの夜の一節だ。 Silent night Holy night/静かな夜よ 清し夜よ Sheperds first see the sight/牧人たる者が初めにこの光景を目にする Told by angelie Alleluja,/それは天使の歌声 礼賛によって語られる Sounding everywhere,both near and far/近く 遠く どこまでも響く声で “Christ the Savior is here”/「救い手たる神の子はここに在られる」 “Christ the Savior is here”/「救い手たる神の子はここに在られるーーー」 歌を聴きつつ、佐山は首元のフォンマイクを取って口を開いた。 「ーーー諸君!」 佐山は右腕を振り、眼前に広がる戦場を見た。 「今こそ言おう。 ーー佐山の姓は悪役を任ずると!」 新庄が笑み、佐山も笑みをもって返す。 「私は今ここに命ずる! ・・・誰も彼も失われるな、と! 何せ世界は有限、誰かが欠ければその分だけ世界は寂しくなってしまうのだから!!」 遠く、轟音が響く。仲間達が相対する敵を負かした音が。 「解るな!? ならば進撃せよ! 進撃せよ! 進撃せよ、だ!! 馬鹿共が馬鹿をする前に殴りつけて言い聞かせろ! ・・・我々の方が断然馬鹿を楽しんでいるぞ、と!!」 佐山の声が響く。 「ーーそれが解ったら言うが良い!!」 「テスタメント!」 答えが返された。 幾十の言葉が、聖書に語られる契約の言葉を持って。 ようし、と佐山が頷いて笑った。酷く楽しそうな、獰猛なまでの喜色で笑む。 「さあ・・・理解し合おうではないか!!」 ● ーーーー話は2年前、2005年の春にまで戻る。 目次へ 次へ
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第一章『佐山の始まり』 己を知って制限を得る 己を知らずに無限を得る 限り無い事が怖く思えて ● 眼下を無数の人影が歩いている。小柄な者が多く、中には長身もあるが大人というには細身だ。 家に帰る寮生達だろうか、と佐山は思う。 「春休みともなれば実家に帰る者も多い、という事か。・・・私の様に帰らぬ者もいるが」 非常階段の踊り場に立ったその少年は見る。普通校舎の2階から、この尊秋多学院という風景を。 教員棟があり、学生寮があり、科目別の校舎があり、武道館や研究所がある。遠くには農場や工場、商店街といった都市としての建造物さえもある。 「尊秋多学院、相も変わらず巨大な学園都市だ。・・・まぁ世界の大企業、IAIが支援するのだから当然か」 IAI、その単語に佐山はブレザーの懐に手を入れ、一枚の紙片を取り出した。 それは招待状だった。それも、IAIからの。 「佐山・御言様。貴祖父、故佐山・薫氏より預かりました権利譲渡手続きの為、三月三十日午後六時に奥多摩IAI東京総合施設まで来られる様お願い申し上げます。・・・by永遠の貴公子 大城・一夫」 そこまで言って佐山は、胸のポケットからボールペンを取る。先端に銀を持つ高級品は、線と追記によって文面の一部を書き換えた。“by永遠に奇行死 大城・一夫”と。 これで誤植は正された・・!! あの老人にはこれこそが相応しい、と佐山は満足する。 祖父が亡くなった時、真っ先に駆けつけて来た初老の男性。IAIの現局長を勤め、幼い頃から祖父と関わりがあったとかで会えばそれなりに話す仲、佐山に自分を御老体と呼ばせて楽しむような奇人だ。 「しかし・・・総会屋の祖父が、IAIにどのような権利を持っていたのか」 そこまで言って佐山はかぶりを振る。考えても仕方の無い事だ、と。 腕時計はアナログで午後二時半が示し、ここから奥多摩を目指すのならば、余裕も含めてそろそろ動き出しても良いような時間だ。 佐山が校舎に入ろうかと振り返れば、そこには非常扉と壁がある。アルミ製の扉は磨かれていたが、壁には砂埃が積もっていた。ふとした好奇心で触れてみれば、砂がこぼれて跡がつく。 「・・・まぁ、だから何だというのだろうな」 自嘲する様に佐山は笑み、指についた汚れを払って非常扉のノブを掴もうとした。 だがそこで佐山は妙な現象を見た。 はて、どうして非常扉の方からやってくるのだろう・・・? と、そこまで思った所で佐山の顔面に非常扉が衝突した。 中々良い音が鳴り、やはり良い顔がぶつかると良い音がなるのだな、と佐山は仰け反りながら思う。 「・・・あれ? 今何か妙な手応えが・・・」 扉の向こう、声がした。関西系のイントネーションを持つ女性の声、佐山はその声の主に心当たりがあった。 「こちらだよ、八神・はやて」 ● 「へ? 佐山君?」 唐突に名を呼ばれて、八神・はやては戸惑いを得た。 扉の解放によって見える様になった踊り場には誰も居ない。 「・・・?」 「ふふふ、一端踊り場に出て扉を閉めてみては如何かな?」 姿の無い佐山の声に従い、はやては踊り場に歩を進めて扉を閉めてみる。そうしたら扉の影から一つの塊が現れた。 ブレザー姿の長身な少年。オールバックにされた頭髪の両サイドには白髪のラインがあり、白い傷痕を残した左手の中指には女物の指輪がある。ここまで特徴的な人物をはやては一人しか知らない。 「なんや佐山君、そんな所に居ったんか」 だが一つだけ腑に落ちない事がある。 「・・・佐山・御言は、いつからフィギュアスケートに目覚めたんや?」 佐山は思いっきり仰け反っていた。両腕は伸びきり、爪先立ちとなってイナバウアーを体現している。それも非常階段の吹き抜けからビル二階の高さがある外へ、上半身をはみ出した状態で。 「ははは、尊秋多学院の生徒会長殿の目は節穴と見える。・・・誰がこの状況を作ったのか解らないとは」 「ははは、ややなぁ生徒会副会長殿。・・・まるで私が作ったみたいな言い方やないの」 「まるでも何もそう言っているだがね? ・・・だがそろそろこの均衡も崩れそうなのだが」 見れば佐山の体が、つま先を中心にして痙攣し始めていた。 慌ててとはやては佐山のブレザーを掴み、踊り場側に引き戻してやる。 自分よりも頭一つ分は大きい佐山の身を引くのは大分苦労で、それを果たしたはやては、 「あー、ええ仕事したなぁ」 と言ったら佐山にデコピンを叩き込まれた。 「痛ぁっ!? 何すんの命の恩人にっ!」 「ほほう、自分で命の危機に叩き落としたとしても助ければ恩人かね。知らぬ間に日本語は大分変わった様だ」 「むぅっ! 大体生徒会長に向かってその偉そうな口調は何やの!?」 「芸風だ。気にしたら負けだぞ?」 「・・・なぁ、生徒会長が春休みに生徒を張り倒したら校内暴力やと思うか?」 「バレなければ大丈夫だろう。だが誰を張り倒すのかね? 八神を怒らせるとは相当な者だな」 「鏡見や自分! ・・・まったく、三年になっても君と一緒かと思うと気が重くなるわ」 はやては額に手を当て、 「何事も本気なんやもん」 「――本気? 私が?」 それを聞いた佐山が小さく笑った。 あれ? 違っただろうか、とはやては思う。 「本気になった事は、無いな。どうにもなりたくなくてね」 「・・・何でや?」 佐山の顔をはやては見据えた。一見すれば笑っているが、 底んとこから笑ってへん・・・ はやてはそう思う。笑っているが、良い笑みではない、と。 「文武共に成績優秀、学内選挙で副会長になって・・・本気と違うんか?」 視線を動かさないはやてを佐山も見据え、だが幾許かの後に軽く肩をすくめた。 「学校の中では、そうなる前に全てが終わってしまうというだけだよ」 「じゃぁ、学校はつまらんか?」 「――いや、学校に文句は無い。確かに学内選挙も学習もテストも私を本気にはさせてくれない、狭いものだ。だが学校がつまらないという訳ではない。狭さこそあるが・・・学校には学校の面白さがあると思う」 ただ、と佐山は区切り、 「生前その事を祖父に叱られたよ。狭い所の大将で収まるな、と」 はやては知っている。佐山の祖父が最近亡くなった事を。そして佐山の能力と意思には、その祖父が大きく関わっているという事を。だがそれについて深くは知らず、だから問うた。 「・・・お爺さんの事、聞いて良ぃか?」 ● はやては佐山と共に普通校舎の廊下を歩く。春休みの校舎では教員さえも見かけない。 非常階段からここまでの間、はやては佐山から彼の祖父について幾らか聞かされた。 祖父、佐山・薫は若い頃に第二次大戦を離れて何らかの研究活動を行っていたという事や、それには当時、出雲航空技研と呼ばれていたIAIが関わっていた事を。 IAIの関係者、という事にはやては軽く驚きを得る。ただそれを知られるのも癪なので、 「あ、ほら見てんか、佐山君。学内選挙後の集合写真やでー」 すれ違い様に見つけた掲示板の写真を指差した。 掲示されているのは、次年度生徒会決定、と銘打たれた学内新聞だ。そこには、はやてと佐山を中心にした数十人が寄り集まるモノクロ写真がプリントされており、 「ほら、私に佐山君、それになのはちゃんとフェイトちゃんもおるでー」 「それに加えてハラオウンの縁者であるというエリオ少年、か。学内での決め事に部外者がいてもしょうがないだろうに」 はやての側に立つ栗色の髪をした少女と金髪の少女、そしてそれに抱き込まれている少年の姿がある。少年は周囲に比べて著しく幼い。 「まあええやんか。幾ら本気やなくても祝われれば嬉しいやろ?」 「祝う、と言うがあれは選挙終了にかこつけた宴会だっただろう。・・・どこの世界に男子生徒十数人が屋上から全裸ダイブしてくる祝賀会があるのかね」 「あの後女子生徒もやらされそうになって、なのはちゃんがキレたんよなー。私があそこで止めんかったら惨劇は続いてたよ?」 「・・・その翌日、高町が胸を隠しながら君を睨んでいたが?」 「いやー、なのはちゃんを止めるにはあれが一番なんよ? 皆嬉しい、私嬉しい、これ一番なー」 何かを揉みしだくような手付きをするはやてに佐山は半目で、 「どこまで話したかな?」 あ、せやった、とはやては大げさに頷く。 「えーと、IAIに関わってた、ちゅうとこかな」 「そうだったな。・・・それで祖父は戦後、その頃の発見やツテで財界に乗り出し、総会屋をやるようになった」 「あ、それやったら一度雑誌で見た事があるよ。・・・佐山の姓は悪役を任ずる、やったか?」 「そう、根っからの悪役だったよ、祖父は。――佐山の姓は悪役を任ずる。私の能力は必要悪を行う為に祖父から叩き込まれたものだ。しかし私は、手段だけを叩き込まれて祖父を失った」 「・・・だから自分の行う悪が、本当に必要なものか解らない?」 「ああ。私は死にたくない。だから本気を出す事があるかもしれない。だが・・・」 一度区切り、 「――自分が本当に必要だと判じられぬ本気を出すのは、恐ろしい事だろうね」 そこまで言って、佐山は胸に手を当てた。 何か思う所があるのだろう、とはやては思い、 「佐山君は佐山君で、大変やね。・・・なぁ、ついでにな? お父さんとかの事も聞いていいか?」 その言葉に佐山が歩みを止めた。 「何故かね?」 「・・・私の父さん母さんな、物心つく前にのぅなったんよ。育ててくれた伯父さんとか一緒に暮らしてる家族はいてくれる・・・でもやっぱ、父さん母さんとかそういうのとは違う気がするんよ」 「だから、父母の事を覚えているなら、どういう感じなのか聞かせて欲しい?」 はやては頷く。 初めはそんなつもり無かったんやけどな・・・ 家族の話を聞かされて、ついもっと聞きたくなってしまった。 「別に話しても構わないが、余り参考にはならないよ? ――私も幼い頃に父母を喪っているのだから」 「・・・え?」 今、佐山は何と言っただろうか。 幼い頃に父母を喪った・・・? 「私の父は祖父の養子でね、だから祖父と血の繋がりがないのだが・・・。まあとにかく父は母と共にIAIに入社。そして父は九十五年末に起きた関西大震災に救助隊として派遣され、二次災害で死亡した。母は――」 「もうええっ! もうええねん!!」 はやての声が響いた。 あかん事、してもうた・・・ 人に喪われた家族の事を話させるなど、知らなかったでは済まされない事だ。 あやまらな、あかん・・・ そうだ、謝らなければいけない。それで赦されるかは別にして。 「――大事な人が待っている場所に行こう、か」 「え?」 佐山が何かを呟き、はやては振り向いた。が、 「あれ・・・?」 そこに佐山の姿は無い。何処に? とはやては見回し、 「――――は」 そして、何か空気が漏れるような音を聞いた。 見下ろせばそこに佐山がいた。胸に手を当て、うずくまる佐山が。 「・・・佐山君ッ!?」 佐山は額に汗を滲ませ、歯を食いしばり、顔から血の気を失っている。 「ど、どないしたんや!? 胸が痛むんか!?」 佐山は答えない。否、答えられないのか。 ど、どないしたらええんや? もし病気やったら私にできる事なんて・・・ 「――あ」 しかしはやては見た。 佐山の目が、ここにいない誰かを見ているのを。まるで焦れるかの様に。 「・・・佐山君」 はやてはしゃがみ、佐山を下から抱きしめた。 佐山の顎を左肩に乗せ、両腕を左右から伸ばして佐山の背に回す抱き方だ。 泣き止んで・・・ まるで子供をあやす様だ、とはやては思い、しかし今の佐山はまるで泣きそうな子供だった、とも思う。 そうして微かに力を込めて抱き、幾許かの間を置けば変化が起きる。佐山の身に力と暖かみが、そして顔には赤みが戻り始めた。 「だ、大丈夫か、佐山君?」 「・・・大丈夫だ」 返事が出来る位には余裕も出来た様だがまだ安心は出来ない。だからはやては、 「辛い時は深呼吸やで? ほら・・・ひっひっふー、ひっひっふー」 「大丈夫だがその対処法は間違っている」 佐山ははやてから身を離し、立ち上がる。 「安心したまえ。・・・こういう話をすると出る、ストレス性の狭心症だそうだ」 「そんなんあるんやったら、なんで私に話を―――」 「聞きたかったのではなかったのかね? ・・・よく考えたまえ。喋ったのは私の勝手、支えてくれたのは、八神、君の勝手だ。君の方が良い事していると思うのだが、どうかね?」 ただ一つ言っておこう、と佐山はこちらを見下ろしながら、 「母はね、私によく言っていた。いつか、何かが出来る様になれるといいね、と。だが本人はどうだったのか。そして、そう言われて育った子供は今、何が出来るか解らない有様だ。だから私は敢えて言いたい。―――どうしたものか、とね」 「・・・確かに。何が出来るか解らない、か」 求めてるのだな、とはやては思う。願わくば、それが早く見つかる様に、とも。 そうしてはやても立ち上がり、佐山と視線と合わせてしみじみと頷いた。 「ようやく私にも、佐山君が常時エクストリーム入ってる理由が解ったわ」 「敢えて無視せず問うが、一体誰がエクストリームなのかね」 「何や、よう聞こえんかったのか? 明言したのに。顔の横についてるのは鼻か・・・?」 と聞き返してやったらまたデコピンを入れられた。しかもさっきと同じ場所に。 ● あの後も何やら言ってくるはやてを追っ払い、佐山が寮を出たのは結局四時過ぎとなった。 はやての追走もあったが、祖父から譲り受けたスーツや録音機、印鑑等を揃えるだけでもかなりの時間が掛かった。寮の受付に外出時間を記し、外に出る。 そうして近道となる普通校舎の裏手を横切る中、佐山は三つの音を聞いた。 一つは裏手に立つ木の上、そこから聞こえた野鳥の鳴く声。 二つ目は二階の音楽室から漏れるオルガンの音だ。その旋律の題名を、佐山は知っている。 「清しこの夜・・・か」 恐らく生徒以外の誰かが弾いているのだろう、卓越とさえ言えるその旋律に佐山は足を止めた。 だがそうしていると、三つ目の音が近付いて来た。 オルガンのそれとは異なる音。低くて重い、旋律ではなく力強さで主張する音だ。 「単車の駆動音。――高町とハラオウンか」 そう呟いて駐車場を抜け、辿り着いた正門の側に彼女達はいた。 止まりながらも未だ音を吐き続ける黒い単車、その前部には金髪の少女、後部には栗色の髪の少女が乗っている。どちらも長髪、ただし栗色の髪の少女は左側でポニーテールに、金髪の少女はストレートでその毛先辺りを黒のリボンで結んでいる。 今日はよくよく腐れ縁と会う日だ、と佐山が考えていると、二人の少女がこちらに気付いた。 「あれ?」 栗色の髪の少女が声を出し、金髪の少女が単車を佐山の側まで進める。そして長身に見合ったその細長い足を立て、しかし堅固に単車を支えている。 「どこかにお出かけ? 万年寮住まいの佐山君が出てくるなんて珍しい」 「私はアナグマか何かか・・・? そういう君とて、一年の殆どを寮で過ごしているではないか」 「残念でした、私は家が近いからちょくちょく帰ってるもーん」 「そうか。・・・やはり野獣には帰巣本能があるのか。人間世界での偽装生活は辛いと見える」 「今何か言ったよね・・・? ボソッと何か言ったよね!?」 「気のせいだ高町。・・・しかし生徒会トップが揃ってこの会話、どうしたものだろうね」 あはは確かにー、と栗色の髪の少女、高町は頷く。 「確か・・・佐山君はIAIに行くんだよね?」 「ああ、そうだ。・・・高町とハラオウンはどこへ?」 「うん、私達は都内に出て来たの。全連際用の新譜とか服とか、フェイトちゃんに合いそうなものを見つけにね」 「わ、私は去年ので良いって言ったのに・・・」 そこで、ハラオウンと呼ばれた金髪の少女が入ってきた。顔を微かに赤くして呟くのは羞恥心故か、と佐山は思う。 「駄目だよーフェイトちゃん、エンターテイメントっていうのは二度ネタ厳禁なんだから。それにフェイトちゃんの場合、・・・色々と大きくなってるし」 高町はハラオウンの身長を見て、足の長さを見て、最後に胸部を見た。最後だけは乾いた目で。 その視線に怯えたのか、ハラオウンは高町から身を離す。 「・・成る程。つまり、生徒会三人娘は本年度も健在、という事か」 「まあ、付き合いは長いからね。もう三人がばらけると周りが気にする様になっちゃったし、寮でもお姐さん扱いが定着しちゃったし、・・・この間はすれ違っただけの下級生に突然敬礼されたし」 「後半何か別のものが混じった様な気がするのだが、気のせいかね?」 本人も解っているのか、高町は明後日の方を見て乾いた笑い。 本人無自覚の天然恐怖の大魔王体質は相変わらず、か・・・ 尊秋多学院が誇る人型大天災、影でそう呼ばれているのをこの少女は知っているのだろうか。それも陰口ではなく、畏怖と敬服の念を込めて。 「そ、そうだ! ミコト、生徒会の今期初仕事をしようと思うんだけどどうかな? 勧誘祭とか全連際とか・・・私達だけでとりあえずやっとこうと思うんだけど」 黄昏れて意識を手放してした高町に代わり、ハラオウンがフォローを入れる。姓ではなく名前で呼ばれる事にこそばゆさを覚えるが、もう慣れたものだ。 「今日はこれから出るので・・・私は何時になるか解らないぞ、ハラオウン」 「じゃあ明日は? 午前中は私達もまた都内に出ちゃうから・・・午後九時に衣笠書庫で」 「衣笠書庫、か・・・」 覚えも深い施設の名を聞き、佐山は振り返る。 背後に見える普通校舎の一階、その西側をまるまる使った巨大な図書室を。 「この学校の創立者が作った図書室で初仕事、っていうのも良いでしょ? 司書のグレアムさんには選挙の時もお世話になったし・・・このまま基地にしちゃおうって、はやてが」 「今年も会長は言う事が違うな。いや、会計と広報もか?」 「副会長さんも随分違うと思うけどね?」 と、ハラオウンは上品に笑い、そこで意図を区切った。 「・・・どうかな? 私達は君の自尊心に釣り合うだけの先輩になれてる?」 「今の発言だけで充分釣り合えてると思うがね、自尊心の意味では。だが少なくとも君達以上の適任者はおるまい。――生徒会会計、高町・なのはと広報のフェイト・T・ハラオウン、それに向かう所敵無しの生徒会長、八神・はやて。縁もゆかりも深い問題児トリオだ」 「・・・・・・」 「幾ら何でも、世間が君達をどう見ているのかを全く知らない訳ではないだろう? それで平然としていられる君達は充分尊敬に値する」 生真面目な君だけは別か? と続ければ、そんな事無いよ、とハラオウンは返事を一つ。 「なのはもはやても悪い子じゃないよ。ちょっとだけ、強引過ぎる所があるだけ」 「ちょっとでは無いような気もするのだが・・・まあそう言う事にしておこう」 「・・・でもそれは、ミコトだって同じなんだよ?」 ハラオウンは佐山を見据え、 「完成してる様に見えるけど・・・ちょっと難しいよね、ミコトは」 「何がかね?」 「一緒にいる人がどんな人なのか、想像出来ない。――私にとってのなのはやはやてみたいな、ミコトを支えてくれる人が、ちょっと想像出来ない」 「居ないだろうよ、そんな人間は。・・・この私と同等に渡り合えるなど」 そうじゃなくて、とフェイトは苦笑。 「必要なのはバランスだよ。同等じゃ秤の同じ側にしか乗らないでしょ? ――必要なのは、対等」 「その様な者は・・・私の敵か、足手まといだろう」 「じゃあなのはとはやてにとって、私は敵か足手まとい?」 問いは笑みで放たれ、しかしその目は別の意図を含む。 「・・・それは私の知り得る所ではないよ。知っている君とでは論じ得ない」 佐山の答えに、フェイトは今度こそ本当に笑む。 「珍しく素直なんだね」 「誤解している様だが、私は至って純粋無垢のピュアハートだよ?」 「ああ・・・だから思ってる事そのまま口にしちゃうのか」 「君が私をどう見ているのか、そこについては議論の余地があるようだ」 あはは、とハラオウンは声に出して笑い、佐山は、まあいい、と切り上げ、 「君や高町、八神の様な関係があるのは認めるとも。・・・だが、私がそれを得られるかは別だ。そして、その相手が私の側にいてくれるのか、それも問題だろうな」 「問題?」 「佐山の姓は悪役を任ずる。――誰が好き好んで悪の隣に来るだろうか」 ハラオウンは答えない。ただ肩を落として嘆息を一つ。 「・・・複雑だねミコトは。ホントに」 「八神にも言われたよ、先ほど」 「皆思ってるよ? ミコトが本気になるのはどんな時だろう、ってさ」 「なった事が無いから解らないな。・・・なったとしても、未熟な私は己を恐れるだろうよ」 「・・・複雑だね」 二度も言う必要は無い、と言おうとして、それがハラオウンの声では無い事に気付く。それがハラオウンの後ろに座る高町のものだと気付いて、 「還って来たのか高町。・・・幽体離脱してそのまま召されれば良かったのに」 「何か君からは私に対して悪意の様なものを感じるね・・・? まあいいや、用事を済ませて早く帰って来なよ。――今年のお仕事はこれから始まるんだから」 高町はハラオウンに目をやり、ハラオウンはそれに頷きを返す。 「じゃあ私達はそろそろ行くね?」 「ああ、とっとと帰ってただれた日常に突入すると良い」 そうするよ、とハラオウンはくだけた笑みを返し、単車を走らせた。 駐車場へと向かう二人と一台の後ろ姿を見送り、ふと佐山は人影を見た。 裏手を抜けた普通校舎の二階から、一人の男が階段を下りている。経年によって色褪せた銀の髪と髭を持つ英国風の老人、その名を佐山は知っている。 「衣笠書庫の司書、ギル・グレアムか」 本の坩堝とも言えるあの空間に棲む老人。あそこから出てくるとは珍しいと佐山は思い、 「・・・む」 唐突に風が吹いた。 風は微かに砂を巻き、木々を揺らし、そして再び空へと帰っていく。 そうして改めて見れば、そこにあるのは春の盛りも近い学校の風景だ。 「・・・静かなものだな」 ● ご、とも、が、ともつかない激突音が夕暮れの森に響いた。 一人の男が、その背を木に打ちつけられたのだ。 「は・・・っ」 意図せず肺から空気が出る。幾許かの血液と共に。 男の姿は白と黒の兵服に似たものだ。しかしその殆どは泥と血に汚れ、額から流れた血の線は閉じられた右目を横断している。男は通信機を取り出し、 「こちら通臨第一、現在位置は奥多摩・白丸間ポイント3付近山中。・・・敵の逃走阻止と自弦振動の解析に成功、送付した。現状は―――全滅だ」 その言葉に通信機からノイズ混じりの声が応える。それは女性の声で、 『――Tes.、そちらに向かうべく特課が準備中、救護も送られます。・・・死にはしません』 「Tes.、と言いたい所だがそりゃ無理だ。治療器具も術式も一緒に砕かれちまったし、・・・救護が来るで持ちゃしねぇよ」 男は自らの体を見る。そこにあるのは、左肩から右脇にかけての大きな裂傷だ。三本を並列させて刻まれた傷は深く、明らかに骨を割って臓腑を傷付けている事が伺える。 「来るべきは救護じゃねぇ。・・・その特課さ」 男の荒い呼吸に呼応し、胸の裂傷から血が流れる。 「敵は1st-Gの一派、そう、王城派の人狼だ。和平派との交渉に来たんだろうさ。・・・野郎、1st-G系の賢石でも持ってたのか、通常空間で獣化しやがった」 『喋らないで下さい。五分後には概念空間を展開して駆けつけます、だから―――』 「はは、銀の弾丸が効く様にしておけよ? 後な姉ちゃん、いや、お嬢ちゃんか? ・・・アンタ、俺達に対して済まないとか思ってないだろうな?」 『・・・』 返るのは無言と言う、発言より明確な返事。 「いいか、そんな事考えんな。・・・俺達通常課には任務に対する拒否権がある。これは俺の判断の行きついた先さ」 やはり返事は無く、しかし男は、 「お嬢ちゃんは何処の部隊だ? 特課の中でも女がいる部隊は少ない筈だ。だが最近組まれたっていうのがあったな。・・・上層部子飼いの変人奇人美人が入った部隊が」 そこまで言って男は言葉を止める。 草と木を揺らす音、それと共に巨大な影が現れたからだ。 「・・・ぐ」 漏れるのは唸り、込められたのは殺意、影はその両手の先に備えられた長大な爪を構える。 あ、と通信機から声が漏れる。しかし男は、へ、と笑い、 「なあお嬢ちゃん、帰ったら花を持って出迎えてくれ。今は何が盛りだ?」 『――Tes.、今は雪割草などが』 「はは、違ぇよ。・・・そこで言うもんだ、私が、って」 影が躍りかかった。到達は一瞬、その爪が男の胸を貫いた。 通信機は男の手を離れ、草の上に落ちる。そして影が足を上げ、それを踏みつぶす前に一つの声を放った。それは通信の切断を行わぬまま喋った為に届いた、通信機の向こうにいる人間の声。 『概念空間の展開を急いで下さい。――全竜交渉部隊が向かいます!』 ● 「・・・む」 急な振動を感じ、佐山は目を覚ました。 座るのは奥多摩へと通じる山中電車の座席、うたた寝の原因は背より感じる西日のせい、そして目を覚ましたのは、 「――電車が停止を」 佐山は車内を見渡す。乗客の姿は殆ど無く、自分を除けば離れた所に座る二人だけだ。 一人はサングラスをかけた黒のスーツに白髪の男、もう一人はその隣に座る、やはり黒服に白髪の少女だ。ただし少女の服は侍女服だったが。 男の方の趣味だろうか・・・ 佐山は思う。世の中、様々な趣味の人間がいるものだ、と。自分は関係ないが。 黒服に白髪の二人は一様に向かいの窓を見ている。そこから見える情景は、夕暮れで朱と影に彩られた山々だ。 「白丸あたり、二つ目のトンネルの間か」 佐山は現在位置に目当てをつけ、あと一駅で奥多摩に着けたものを、と呟く。 しかし自分には土地勘はある。幼い頃にこのあたりの山に放り出された事があるからだ。 「ははは。――あの山など、ナカジマ先生に無理矢理走らされた山にそっくりだ」 土地を覚えねば春先に発見される所だった。おそらく凍死体で。 頷きと共に佐山は左手を見た。白い傷の残る手の甲、そこから伸びる中指の根元にあるのは女物の指輪だ。 「あの時、母に連れられて来たのもこのあたりだっただろうか・・・」 呟いて感じるのは胸の軋み。しかしそれを抑えて腕時計を見れば、今が午後の五時半頃だと解る。 「IAIへの招集は午後六時・・・、電車が動き出すのを待つ訳にはいかないな」 「そうかな?」 そこで唐突に、声をかけられた。 見れば先ほどの男がこちらを見ていた。顔を向けられ、佐山は彼が思った以上に若い事に気付く。一見は初老に見えたが、よく見れば中年の入り際と言った所。そして隣の少女が、歩行補助用の鉄杖を持っていた事にも気付く。 「ひょっとしたらすぐに動き出すかもしれないが? 後悔先に立たずと言うぞ?」 「貴方が誰は知らないが言っておこう。――後悔と同様に、喜悦も先に立たぬものだ」 白髪の男は忠告し、しかし佐山は止まらずに座席の上に立つ。そして窓を開けて身を乗り出し、 「気遣いはありがたいが、私はこの土地に慣れている。大体、危険がこの世にあるかね?」 窓を出口として車外に出た。線路が乗る小石の群を踏み進めば直ぐに道路へと出る。 そして佐山は聞いた。電車を出る直前、男が呟いた言葉を。 「確かに。・・・ああ、確かにこの世に危険は無いな」 ● 白髪の男は、一人の少年が飛び出していった窓を見ていた。窓は開け放たれ、微かに風が入ってくる。 「おいSf、見たか今のガキを。――随分と思い上がった馬鹿だろう」 「Tes.、確認しています。至様もそれに同意していましたが」 白髪の男は隣に座る少女、Sfに話しかけた。そしてSfもまた男の名と共に返事をする。 「・・・お前には言葉のあやというものが解らんのか?」 「Sfは至様を至上とし、その言葉を全肯定します。・・・つまり至様以外の言葉はSfにとって無価値であり、至様の言葉のみが意味を持ちます」 故に、とSfは続け、 「至様が馬鹿と仰った事は馬鹿であり、それに同意した至様は馬鹿だという事になります」 「お前は主人の事を馬鹿呼ばわりか・・・?」 「Sfは優秀です。・・・主の言動を非とする様な粗相はいたしません」 「ああそうだな本当に優秀だなお前は。嬉しすぎて涙が出るよ」 それは何よりです、と礼をするSfを至は無視、電車の先頭車両側を見る。 「おい、そろそろこの電車を動かさせろ。・・・ギンガに連絡をつける」 「でしたらどうぞSfをお使いください」 何? と振り返った至にSfは胸を張り、 「本局謹製のSfは万能無欠、至様がお望みなら通話機能を起動させます」 「ほほう、それは初めて知った。では万能無欠のSf殿は、俺が電話を携帯するのが嫌いだと知らないのか?」 「勿論存じております。ですので今までお話ししませんでした」 「ああそうかい。・・・とっとと通話機能とやらを起動させろ」 「Tes.」 Sfは頷き、そして頭部と表情を停止させた。幾許かの間が空き、Sfの口が微かに開き、 『こちらギンガ。監督、お呼びでしょうか?』 半開きで固定された口からSf以外の声が放たれた。それも、 「・・・口の開閉無しに喋られると気色悪いな」 『え、えぇ? 何か失敗しましたか、私』 Sfの口から放たれる声が動揺する。至は、気にするな、と一言。 「実は今面白い馬鹿を見つけてな。Sfがその馬鹿の自弦振動を記録した。データを送付させるから概念空間にそれを付加しろ」 『・・・監督、その馬鹿とやらは誰ですか? 無関係な方なら・・・』 「はん、気にする事は無い。無知でこの世を安全と決めつけたガキに思い知らせてやるだけだ。この世界の真実には全てが存在し、故に全てが否定されるのだという事を。――肯定と否定は繰り返される、それこそこの世界が満足するまでな」 データを送付しろ、と至は眼前のSfに命令、それは即座に果たした。 ● 下の道路に出た佐山は首を傾げていた。手にした携帯電話が起動しないのだ。 「バッテリーは寮を出る前に確認したが・・・」 電波の関係かと思って移動し、バッテリーの交換もしてみたが反応はない。 「一体どういう事だ・・・?」 そこまで呟き、そして佐山は聞いた。 それは聞き覚えのある声だった。一体誰のだろうか、と佐山は思い、すぐに答えが出た。 私の声・・・? 佐山のそれに似た声が響いた。 ―――貴金属は力を持つ。 ―CHARACTER― NEME:佐山・御言 CLASS:生徒会副会長 FEITH:悪役希望 戻る 目次へ 次へ