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せんこくげんしけん 【投稿日 2006/02/27~】 カテゴリー-現視研の日常 せんこくげんしけん1 せんこくげんしけん2 せんこくげんしけん3 Zせんこくげんしけん1 Zせんこくげんしけん2 Zせんこくげんしけん3 Zせんこくげんしけん4
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せんこくげんしけん1 【投稿日 2006/02/27】 せんこくげんしけん 合宿から数日が経ったある日の午前。 サークル棟を訪れた荻上は、部室のドアの前に立つ怪しい人影を見かけた。 物陰に隠れて様子をうかがう彼女の位置からは、男の背中しか見えない。背は低い。なで肩で猫背だ。 「何をやってるんだ……」 大野のコスプレ衣装が盗まれそうになった事件を思い出す。当時の犯人像はハッキリしていないので確証はない。 (大野先輩狙いの再犯? あのとき、朽木先輩が顔を覚えてくれていたら!) 笹原に電話しようと思ったが、彼は就職先の研修中であることを思い出す。迷惑は掛けたくない。ふと、笹原の顔が浮かぶ。最近脳内で再生されるのは強気攻めの顔だ。 唇を重ねた感触、肌のぬくもり……。 「いげね!」我に返って口元を押さえる。顔は紅潮しきっている。最近は多方面にワープできるイケナイ体になってしまった。 笹原以外に誰か呼ぶべきか、とも考える。 咲が相当忙しいことは知っている。大野は上野方面にある田中の家に入り浸りなので、すぐに来ることができない。仕事場が近い班目もお昼でないと来ない。朽木は知らない……というより、朽木や恵子が来たら事が悪化しそうで頼れない。 背中から感じる雰囲気では、悪い人ではないかもしれない。荻上は、勇気を振り絞って男の肩を軽く叩いた。 「あの……」 声を掛けたつもりが、その瞬間男の姿は消えていた。 「え、え?」 混乱しつつも、とにかく部室に入ろうとドアノブに手をかけた荻上は、はたと立ち止まった。妙な違和感を感じる……。 「何か」が違うのだ。 荻上が部室の前で怪しい人物を見かけてから約2時間後。時計の針は12時を指していた。 部室の昼間の主は班目である。 彼が訪れた時、部室には誰もいなかった。 「軽井沢の後も、みんなそれぞれに楽しんでいるんだろうなあ」 しかし、社会人である班目はそうはいかない。 コンビニで買ってきた弁当をいそいそと口に運びながら、テーブルの上に無造作に置かれていた最新号のマガヅンを読む。 「くじアンも潮時かなー」「ゆっくり読みてーな、社会人は辛いよ……」 誰もいない部室で独り言を繰り返す。静かすぎるからだ。 「……ま、合宿で遊んだ分は取り返さないとなー」 ここまでしゃべった後、独り言が止まった。 揚げ物をつまんでいた箸の動きも止まった。 沈黙。 遠くのグラウンドの方から、バットがボールを叩く乾いた金属音や掛け声だけが微かに響いてくる。 しばらくして、班目はぽつりと呟いた。 「俺は 遊んだ のか?」 何で参加したのか。何のために一緒について行ったのかを思い起こすと、咲の顔が浮かぶ。 (春日部さんはコーサカに付きっきりだった。そりゃ当たり前のことだ。俺も別にそんな気持ちで参加したわけじゃない……) がぶりを振って、「んなわきゃねーだろ~、ありゃオタクの敵……」と否定する言葉が口をついて出た。 が、それを覆すような記憶がすぐに蘇る。 『あ でもこないだ ちょっと一緒にゲームやったよ』 2人で寿司を食べたときのことが浮かんだ。 また、沈黙。再びグラウンドからの掛け声が小さく聞こえてきた。 過去の出来事がどんどん思い出されてくる。 卒業式でのやりとり。 「イバラの道」を自覚した夜。 行き詰まった同人誌作成会議を仕切ってくれたこと。 選んで金を出した服(=俺自身)を認めてくれたこと。 グーパンチを喰らったときの妙な幸福感。 不意に泣き出してしまったときの焦り。 そこで感じたコーサカとの「差」。 守り通した「最後の砦」。 学園祭の会長コスを見た時の……。 そういえばボヤ騒ぎの時に、初めて体に触れたっけか。拳以外で。 「最初に妙に意識しだしたのはいつだっけ、この部屋で2人だけになったときかな……。あの時はハナ…(略」ずっと1人で呟いている班目。 しかし、さかのぼっていく記憶の中で、ある出来事を思い出した。 『おい高坂』『もう面倒くせえから こいつにはじめてのチューしたれ』 「あの出来事で成り行き上、コーサカが告白することになって……、まさかホントにやるなんて思わなかったもんなぁ、アハハハ」 ふいに笑いが止まる。 「あれ……、あの2人をくっつけたの、お 俺?」 ちょっと動揺した。当時は「乱暴女」としか思っていなかったから何とも思わなかったが、もしあのとき彼女を意識していたら……。 「いやいや、何考てんだ俺!」と叫び、がぶりを振る。 「なんだか、一人で楽しそうだね」 いきなりの声に、現実世界に引き戻され、班目は心臓が止まる思いがした。 いつの間にかテーブルの向い側に、長い間会う事のなかった初代会長の姿があった。 「うおっ!しょっ…初代! ぜんぜん気が付かなかったですよ」 「ずっとブツブツ独り言を言ってたからね君は」 聞かれたか。何かマズイこと言ったっけか。と頭の中で言葉を繰り返す。 「初代、どうして今ここに?」 「“二代目”こそ、卒業してもなぜここに?」 初代は、穏やかな口調で聞き返す。感情を表に出さない瞳から、何を考えているのかは読み取れない。 「班目くん、機会が過ぎたからといって悔やむことはないよ。時は流れ去るものではない。積み重なって今につながる財産だと思った方がいいね」 何のことだろう。思わず席を立ち、初代のそばまで歩み寄る班目。 「初代、いったい……」 「じゃあ僕はこれで……」 いつものように消え去るのか、班目は慌てて会長の肩を掴んだ。 「あ、ちょっと待ってくだ……」 瞬間はなぜか覚えていない。 視界がブラックアウトしたような感覚の後、気が付いた時には、班目は部室前の廊下に1人で立っていた。 「あれ、一緒に出たのか? また消えちゃったよ。初代って何者なんだ?」 しばらく廊下でぼう然としていた班目は、ふと我に帰った。 「あ、いけねぇ、会社に帰らなきゃな!」 部室に入って荷物を取ろうと思い、ドアの正面を見る。 「現代視覚文化研究会」のプレート下に、数年前のゲーム「サムライ・タマシイ勘九郎無法剣」のキャラ、ナコ○ルのピンナップが貼ってあるのに気付いた。 「……おい待てよ……」 最近は、ドアにこの手のもの貼ってはいなかった。 いや、班目が部室を訪れた数十分前も貼ってはいなかったはずなのだ。 混乱を鎮めたいという思いからまわりをキョロキョロと見渡す班目。 隣近所の部室のドア周りに目をやると、303号室「比較文化研究会」、305号室「環太平洋文化同好会」のプレートやポスターが目に付いた。 「……あれ、比較文化研究会は……」 班目は、現視研が自治委員会によって潰されそうになったことを思い出した。 その際、未活動サークルが整理されて、比較文化研究会は別の部屋へと移転していたはずだった。 不安が過る。さらに周りを見回す。 廊下の様子が来たときとまったく違って見える。 「つ、疲れたのかな。早く帰ろう」 部室に入った。しかし、持ってきていた荷物が無い……。 いやそれどころか、部室内も様相が変わっていた。 壁や窓のポスターが古い、最新刊だったはずのテーブル上のマガヅンは3年前のものになっていた。 班目は、「おいおい誰だよ趣味の悪いイタズラしやがって」と、窓を開け、顔を出し、向い側の棟にある児文研部室の窓を見た。 「ドッキリでも仕掛けてるんじゃないのか~?」 しかし、班目自身、本当にそうは思っていなかった。 心が正常を保とうとして、必死の思いで言葉を絞り出す。しかし、語尾が震えている。 班目がロッカーを開けてみると、エロゲーの古本が立てかけられていた。 1冊1冊を取り出して、表紙に目をやっては足下に投げやる。そのうちの1冊を手にしたときに、急に動きが止まった。 「この本は棄てた……いや、春日部さんがボヤ騒ぎで燃やしちゃったハズの本だ!」 汗がダラダラと流れて止まらない。 頭の中で、ホワ●トベースのサイレンが鳴りっぱなしだった。 ゆらゆらと後ずさりする、トン、と軽くテーブルにぶつかり、「はうっ!!」と、うろたえて後ろを振り向いた。 テーブル上のマガヅンが目に入った。奪い取るように手にしてページをめくる。「くじびきアンバランス」を探した。 「だから…」「姉さんの5年間の想いだけは…」「わかって下さい…」 「うん…」 マガヅンを持つ手がわなわなと震え出す。なぜだか、細かい記憶が鮮明によみがえってきた。 班目は、この号のマガヅンを3年前にコンビニで買い、午前中にこのテーブルに置いておいた。その日の午後に読み返した。 そこには田中、久我山、笹原がいて、「第256回 今週のくじアン面白かった会議」を招集した……。 ここで班目の思考は「面白かった会議」の内容を振り返っていた。気持ちが妙に落ち着いてくる。さすが班目である。 「あんときゃアニメ化もしてなかった。あんな出来になるなんて、あの時は思わなかったよなあ」「エロゲー化したらどうなるかって話にまで進んで……その時に……、ん?」 細い目がぐっと見開かれた。 「そうだよ、その日は!」 ガチャ! ドアが開く。 そこには見慣れた奴がいた。 「班目」はいつものように「やあ」と、軽く声をかけたが、瞬間、動きが止まった。 「あれ?」出会った2人は同じ事を考えていた。 知ってる人がいる。 でも何か変だ……いや、変ってもんじゃあない! いま目の前に立っているのは…… 「班目晴信」ッ……俺自身だッッッ! <つづく> <次回予告> 「歴史は俺たちに、何をさせようとしているのか!」 2005年就職後の班目が、2002年のギラついた班目と対峙する! 次回、第二部「オタク超時空決戦 マダラメ対マダラメ」に、ご期待ください。 「班目のマネはアブないから、マネしないように生きようね!」
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関連サイト ポケモン育成論 ぜんこくずかんナンバー順No.001~No.100 No.101~No.200 No.201~No.300 No.301~No.400 No.401~No.500 No.501~No.600 No.601~No.700 関連サイト 旧サイト http //www.yunnan.ifdef.jp/project/pokemon/index.html 行け!雲南ポケモン部 http //jbbs.livedoor.jp/school/11371/ ポケモン育成論 ぜんこくずかんナンバー順 No.001~No.100 No.065 フーディン No.068 カイリキー? No.094 ゲンガー No.101~No.200 No.134 シャワーズ? No.135 サンダース? No.136 ブースター No.143 カビゴン? No.184 マリルリ No.196 エーフィ No.197 ブラッキー No.201~No.300 No.227 エアームド? No.247 ハピナス No.254 ジュカイン No.257 バシャーモ? No.260 ラグラージ? No.277 オオスバメ No.282 サーナイト No.292 ヌケニン No.301~No.400 No.373 ボーマンダ No.376 メタグロス No.380 ラティアス? No.401~No.500 No.461 マニューラ No.470 リーフィア No.471 グレイシア No.475 エルレイド No.477 ヨノワール No.501~No.600 No.601~No.700 No.609 シャンデラ .
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せんこくげんしけん2 【投稿日 2006/02/27】 せんこくげんしけん 現視研部室のテーブルを挟んで向き合った2人の班目。2人は確かに同一人物でありながら、雰囲気は全く違っていた。 “部屋にいた班目”は、目は細くやや目尻が下がって優しい印象を与え、口はだらしく緩んでいる。白のワイシャツの襟裳とネクタイも緩ませていて、全体的に温和な感じがある。 しかし、“後から入ってきた班目”の髪型はおかっぱで、顔の輪郭はやせ細って頬がこけ、メガネの奥から無愛想なまなざしが鋭く相手を凝視している。 さらに四肢はクモの足のように細い。一方の班目も体の線は細いが、それとは違った印象だ。例えるなら「妖怪」といった風体なのだ。 「妖怪」は、しばらくの沈黙の後で、「だ、誰?」とだけ呟いたが、2人の班目は向き合った瞬間すでに、「俺の前に居るのは俺」だと直感していた。 それは本能というべきか、魂の共鳴というべきか、それとも、説明描写を避けたがっているというべきか……。 温和な顔立ちの班目は内心、「俺ってこんな顔だったっけ」と思いつつ、愛想良く作り笑いをしながら語った。 「み、見ての通り、俺はお前なんだよね。ななっ…何ていうかなぁ、3年後のお前なんだよ、たぶん。言わば、“班目2005年バージョン”ってこと?」 腰が低い。そして、事の経緯を自分の理解できる範囲で説明してみた。 「妖怪」班目は耳を傾けている間、動揺した表情を見せていたが、「未来から来たってか? フン、“ネコドラくん”じゃあるまいし。それなら俺はさしづめ、“班目2002”だな」と言い放った。 班目02(2002Ver)は、低姿勢の班目05(2005Ver)を睨み、一拍置いて話掛けた。 02「俺の誕生日は?」 05「10月25日、O型だ」 02「誕生日をガン●ム占いで占ったら?」 05「ジオ●グ」 02「好きなアニメは」 05「万に一つの神隠しとか嫌ダモンとか、それとハレガンかな」 02「ハレガン?」 05「あ、すまん、それは未来での話だ」 02「同人誌購入のポリシーは?」 05「値段を見ない」 今度は班目05の方から語り掛ける。 05「お前らは今、アニ研と“交戦中”だろ。味方は漫研のヤナぐらいだ。アニ研の近藤に何言われたかは知ってるぞ。でも、将来アニ研にもお世話になることがあるんだからさ、ほどほどにしとけよ」 班目02は、「ほお、さすが未来人。新入りが増えたことは知ってるだろ。高坂はアニ研に引き抜かれてないだろうな? あいつはルックスもいいし戦力になる。この戦い、まだだ、まだ終わらんよ!」と胸を張る。 「何だこの根拠のない自信は……」班目05は、さすがに自分の「イタさ」がいたたまれなくなってきた。 顔中に汗をしたたらせ、「戦力って何の……、敵ばっかり作ってさー」と吐き捨てた。 班目02が窓の方を向いた。キャラを作っている素振りだ。 「まあ、それはしょうがない。何せ……」と語りはじめた瞬間、班目05が間髪入れずに指摘した。 05「次にお前は“俺の前世はヘビだ”と言う」 02「俺の前世はヘビだからな……ってオイ!」 イタイのはお互い様だったようだ。 部室内では、班目同士の奇妙な会話が続いていた。 05「何て付き合いにくいんだ、俺ってイタすぎる……」 02「お前自分に向かってイタイはないだろうに」 05「お前とは何だよ、一応俺は年上で社会人だぞ」 02「同じ自分のくせに……って、仕事してるのか? 情けない。時間がもったいない!」 この“もったいない”とは、オタクライフが仕事で割かれることを指すらしい。 05「……確かに、バイトしてでも生きていけると思った時が、僕にもありました(汗」 のんきに自分同士で語らっていたものの、事態は尋常ではない。もうすぐ田中や久我山たちが部室に来るだろう。2人は話題を切り替えた。 02「それで、未来から何のためにやってきたんだ? もうすぐ人が来るんなら、用件は早く済ませた方がいいぞ」 班目05は、別に用があって来たわけではないが、ある思いが浮かんでいた。 この日は、咲が部室に高坂の事で相談をしにきた日。班目の「チューしたれ」発言で、カップルが成立した日だ。 班目05「まあ、大きな声でもなんだ。こっちに来てくれ」 班目02は呼ばれるままに、すぐ側まで寄ってきた。 「あのさあ、春日部さんのことなんだけど……」と、ヒソヒソと小声で語りかける。班目02は一瞬、「春日部さん」というフレーズにムッと嫌な顔をした。 その瞬間、またしても部室のドアが開いた。 (…しまった!)班目05は忘れていたのだ。 この日、咲が部室を訪れるのは「2度」。最初はコーサカを探しにきていたことを……。 「コーサカいないかー……あれ、なんだ班目だけかぁ」 咲だ。咲が来た! 咲が、「あれ……?」と班目を凝視する。 「どどっ、どーしたの?」 「さっき、班目が二重に見えた」 「……疲れてるんじゃねーの、ハハハ」 顔中汗をかいて愛想笑いしているのは、班目05の方だ。 班目02は咲が入って来た瞬間、長い手足を窮屈に折り畳んでテーブルの下へ潜り込んでいた。後の海水浴の時にも立証されているが、班目の危険回避能力は高い。 02(なんで俺が隠れなきゃいかんのだ) 05(なんで俺が出てなきゃいかんのだ) だが、要領は悪かった。 咲はまだ班目との付き合いも短く、風体の違和感を感じつつも詮索まではしない。むしろ無関心というべきか。 「まあ、あんたがこの狭い部屋に2人もいたら、さすがにオタ菌が空気感染するわ。ハハハ!」 (何だよオタ菌って)心の中でツッコミを入れた。あくまでも心の中で。この時期の咲に普通にツッコミを入れたら、どんな仕打ちを受けるかわからないからだ。 実際、部屋に入って来てすぐに班目を見た咲の一瞥に、(目ぇキッツイなあ)とも思ったが、これも心中の声だ。 「で、何でネクタイしてんだ? まあいいや。コーサカはいねーのか……」 挨拶もなく黙って行こうとする咲。班目05は思わず、「あ、ちょっと……」と呼び止めてしまった。 班目05「……」 咲02「なに? 用があるなら早く言ってよ」 班目02(……何やってんだこのバカ!) 班目05は、自分の行き当たりばったりな言動を後悔した。しかし何か言葉を掛けたい。ひょっとすると未来を変えられるかもしれない。と、思ったのだ。 今、班目05の脳内のモニターでは、ゲーム画面に変換された咲と背景が映し出された。 (高坂のこと忘れて俺……)……そんなこと絶対に言えない。 心臓のバクバクという鼓動が外にも漏れそうだ。伝える言葉のハードルを低く設定してみた。カーソルが選択肢を選んで右往左往している。 (今後は班目に優しくしてね)……いや、それは逆効果だろう。 (鼻毛はちゃんと処理してね)……コロサレル、しかも秒殺で。 (タバコは控えた方がいいよ)……コレダ!火事を未然に防げる。 「あのさ、タバ……」 しかし、班目はその言葉ですら途中で飲み込んだ。タバコについては触れない方がいいと直感したのだ。 (……ボヤ騒ぎがなくなれば、学園祭での「会長コスプレ」が見られなくなるんじゃないか? 映画みたいに、「最後の砦」の写真から咲のコス姿が消えてしまうかも!) (……俺はどうしたいんだ?) (どうしたい……) 班目05「……こ……」 咲「あ?」 班目05「……高坂、今日は一緒じゃないのか? しっかりキープしとかんとイカンだろ……イケメンなんだからさー……」 咲は意外な言葉にキョトンとした。 「何だソレ? 気持ち悪いな……そりゃあ分かってるけどさぁ……」 咲の表情は陰うつだ。 勝負を賭けたせっかくのデートが、「秋葉原の0時売り」の前に砕け散ったばかり。しかも高坂の部屋には無造作にエロゲーやその筋の雑誌が散らかっているのにようやく気付いて鬱になっていたのだ。 そのことを、「3年後の班目」は知っている。 班目05「そ、相談事が……あったら、また後で部室に来たらいいよ? みんな居るから」 咲「何だよホントに気持ち悪いなあ。確かにコーサカは分かんないこと多いからなぁ。でもお前らじゃあ……」 班目05「さっ、笹原が後で来るから。俺らの中じゃマトモな方だろ」 咲「ああ、まあね。後で居たら相談してみるか。じゃ、いくわ」 班目05「あいよ」 部屋を出かかった咲が、ドアから半身を出して振り返る。 「……あ、とりあえずさ ありがとう」 班目05は、少し照れた笑いを浮かべながら、「あ、ああ。じゃ、また……」とだけ答えた。 咲が部室を去った直後、ドカッと勢いよく班目02がテーブルの下から現れた。 班目02「あぶねえ、あぶねえ。おい、用件は何だ?」 班目05は呆けた表情で、「ああ……それね、もう終わったよ」とだけつぶやいた。 さっきまで咲がいた場所を見つめている。顔が紅潮していた。 班目02「……ん? オイまさかお前、あの女に!」 さすがの02も、察しがついたらしい。 班目02「勘弁してくれよ! 誰があんな暴力女に! 俺は二次元しか愛さないって誓ったんじゃなかったのか! 俺のくせに軟弱者!」 この言葉には、班目05もカチンときたらしい。キッと昔の自分を睨み、反撃した。 班目05「ウルセー! 今のうちに教えてやるがな、数年後のお前の部屋にはな、AVが10本近くあるんだぞ。しかもSMだ! このマゾラメが!」 自分で自分を罵倒する行為こそ、究極のマゾかもしれない。 班目02は蒼白になり、ワナワナと震え出した。 「う…う、嘘だあぁぁぁーーーーーーーーッ!」 静かだったサークル棟の一角に、班目(02)の絶叫がこだました。 自分同士の罵り合いの後、班目05は部屋を出ることにした。このままだと他のメンバーが来て、面倒なことになる。 班目05は昔の自分に、「春日部さんが来た時の会話レジュメ」を大筋でメモ書きして渡した。「二次元の素晴らしさ」について熱弁を振るい、対立する内容だ。 そして、「俺のことは気にするな、むしろ忘れろ。未来はお前が作るんだ。将来、春日部さんと親しくなるという、恐ろしい目に遭いたくなければ、今の自分を思いっきり出せよ」と、班目02に言い含めた。 (これで、春日部さんが笹原に相談を持ちかければ、こいつがかき回して、高坂が登場して……) 「いいのか?」と尋ねる班目02に、班目05は、「そうだな……これでいいんだ」と自分に言い聞かせるように呟いた。 (高坂と春日部さんがくっついてくれたら、これからも現視研に居てくれる。コスプレもしてくれる。皆で一緒に海に行ける……) 脳裏に、みんなが部室で談笑している風景が浮かんだ。 その中に咲がいた。 涙が出そうになった。 心中は複雑だが、未来の風景を守ったのだ。 部室を出る時、05は、「もし元の時間に帰れなかったら、アパートに泊めてくれ。金ないからメシおごってくれよな」と伝えた。 おごってもらっても、結局自分の金だが。 サークル棟を出た班目05は、「さて……これからどうしたものかな」と呟きながらトボトボと歩く。 「あ……あいつに先のことをチョット教えてやればよかったかな」と思った。班目02は、この年の冬コミで大ケガを負うのだ。 「ま、いいか……少し痛い目に遭った方がいい。無傷だったら、サンタバージョンのプレミアムカードをゲットするタイミングがズレるかもしれんしな」 自分に対してヒドイ言い様である。 気付くと、ゴミ捨て場の前に来ていた。約1年後、ここでボヤ騒ぎが起きる。 ゴミ捨て場のわきに、アルミの空バケツが転がっていた。もともと消火用水だったのかもしれない。 班目はバケツに水を注いで水道のそばに置いた。 「ここに水があれば、ボヤ騒ぎの時にちょっとは役に立つかもしれん」 あの時の火の勢いは凄かった。このくらいの水は気休め程度だろう。 (でも、ウチの誰かが水をかける姿を、北川さんが目にしてくれたら、年末ペナルティのボランティアが軽減されて、冬コミぐらいは行けるんじゃないかなあ) 密かな期待を抱きつつ、班目は歩き去った。しかし…… 我々は、このバケツを知っているッ! いや、バケツの中の水を知っているッ! 咲が大野にブッカケたこの水をッ! まさにこの水が、大野の風邪(その後のマスク愛用)のきっかけになってしまう……。なにしろバケツの水は1年間放置され、水は腐っ(以下略 そんなことは、燃え盛るゴミ捨て場の方だけを向いていた班目は知る由もなかったのだ。 ある意味、咲コスプレ実現の決定打でもあった。 班目グッジョブ。 話は遡るが……。班目(2005)が2002年にやってくる少し前に、もう1人、この時代に迷い込んだ人物がいた。 「これって、一体どうなってるんだべか?」筆頭を下ろし、度の厚いメガネを装着して「変装」した荻上だ。 荻上は班目と違って、部室内でパニックになることはなかった。もともと彼女は3年前の部室を知らない。 廊下で感じた強烈な違和感。そして部室内で目にする情報が全て「古い」ことから、状況を確認するために周囲を見て歩き、図書館の閲覧新聞で、今いる時代が、「2002年」であることを確信した。 ショックは大きい。だが、荻上の人並みはずれた妄想力は、自分の置かれた状況を、あたかも物語の設定を組み立てるかのように整理して対処をはじめた。 「あの猫背の男をもう一度みつけたら何か分かるかも?」 しかし、学内を歩いて顔を知られるのは後々マズイと感じた。すでに在籍ている現視研メンバーや、学部の講師に会うかもしれない。 荻上は化粧室に駆け込むと、髪を下ろしてコンタクトを外す。とっても都合よく持っていたメガネをかけた。 そして今、彼女は校内をさまよい歩いている。 歩きながら、(今ごろ、“自分”は何をやってたっけ……)と思い起こすが、ぶるるっと頭を振って忘れるよう努めた。彼女にとってある意味、過去は、地獄だ。 笹原と出会ったことで救われている自分であることを、心の中で反芻し、「帰らなきゃ!」とつぶやいた。 「そういや、平成14年っていったら、先輩方も在学中で、笹原さんや春日部先輩も1年生か……」 ちょっと見てみたいなと思い、口元がニヒヒ、とにやける。やがて、学内の長い廊下にさしかかった。 その向こうから、まさに1年生の笹原が歩いてきていることなど、ド近眼は気付く訳がなかった。 <つづく> せんこくげんしけん予告 愛と単位と笑いが渦巻く キャンパスライフ 非情の消費社会に挑む 心優しきオタクたち 彼ら 現代視覚文化研究会 最終回「私だけの十字架」にご期待ください!
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せんこくげんしけん3 【投稿日 2006/03/02】 せんこくげんしけん 長い廊下を歩く荻上。 戻れるのかどうか分からない不安感や、この時代に生きていた当時の自分のことを思い出さないように、笹原のことだけを想った。 (今、笹原さんは私より年下でねが……キャー!)視線を明後日の方向に泳がせて、思わず想い人の名前が口にでそうになる。(まあいいよね。ここは2002年だし)と自分を納得させた上で、甘えた声を出してみた。 「笹原サン(はあと)」 「はい?」 「!!」 ありえない返事に我に帰る荻上。気が付いた時には、正面に見なれた顔があった。2002年当時の笹原は、ちょうど通り過ぎざまに、見ず知らずの女子に呼び止められた格好になった。 斑目05は、ぶらぶらと廊下の手前まで来ていたが、前方を歩いている後ろ姿を見て、笹原であると気付いた。廊下の角に隠れ、行ってしまうのを待つことにしたが、思わぬ事態が起きた。 「笹原サン」「はい?」 笹原が誰かに呼び止められた。しかもその声は斑目にも聞き覚えのあるものだった。(荻上……さん?)目を凝らして笹原の前に立つ女子の姿を見ると、メガネをかけて髪を下ろしているものの、どうも荻上さんっぽい。 斑目は物陰に隠れたまま様子を伺うことにした。 笹原02を前にして、荻上は口をパクパクさせるばかり。脳内では、さながらマシン語のように高速で思考が展開していた。 (ササササササササササハラサン!?ウワー!偶然?運命?コレって再会け?それとも初めての出会い?あーよく見ると線が細くて頼りねー感じがするー…って吟味してる場合じゃねー!そんなコト考えてる場合じゃねぇってば!あーもーどうすりゃいいかヴァカンネー!) 頭の中がグルグルしてくる。脈打つ心臓の鼓動は、緊張とはまた違った感情によって動かされ、顔が上気してきた。 (頼りなさそうだども……かっ……カワイイかも……) 胸の内が苦しくなってきた。 「?」いぶかしげに自分を見つめる笹原の視線を、荻上は直視できない。不安と寂しさに苛まれていただけに、次第に我慢ができなくなってきた。 (ああ、だめだ、とまんね……) 荻上は両手を伸ばし、笹原の頬に手を当てた。それでも、自分の顔とその表情だけは悟られまいと、グッとうつむく。一方の笹原02は状況が飲み込めないまま、目が泳いでいる。 荻上はうつむいたまま、手に伝わる感触に意識を集中した。 (出会うずっと前の、笹原さんに触れた……) 愛おしい想いがわき上がってきた。このまま首に両腕をきつく巻き付けて、その場で崩れ落ちたい。しかし、彼女は、耐えた。 「え……あの、これ、あれ?」笹原02のうろたえた声に、我に返った荻上は意を決してスゥと軽く息を吸い、強く言い放った。 「もっとしっかりしてください!」 「あ、っは……ハイ!」 意味も分からず返事する笹原、オタとしては(覚悟が必要だ)と思っている彼だが、男としての覚悟はわきまえてはいない。謎の少女に気圧されている。 これには廊下の角で様子をうがかう斑目も「?」と首を傾げた。彼はまだ笹原と荻上のカップル成立を知らない。 「あなたはもっとどっしり構えてていいんデス!」 この時期の笹原にそれを要求するのは酷だろう。 「今は無理でも、がんばってください……。そしてどうか……」 (……どうか、私を、救い上げてください) 最後の言葉は自分の心の中にだけ響かせた。 笹原02の頬に触れた手が離れる。離れぎわに荻上は、(いつかまた、会えますように)と、願った。 荻上は三歩、四歩と離れた。何が起こっているのか、まったく分からない笹原02。 「あ、あの……いつか、部室に包帯をした娘が現れたら……」 思わず口にした再会(?)予告。笹原02がようやく、「部室って? え? 包帯? あ、あの、君は……」と問いかけた時、荻上の後方から、田中の呼ぶ声が聞こえた。 「おーい、笹原いいところにいたな。部室来ないか。“あおい”のガレキ買ったんだ見せてやるぞー」 田中の言葉を合図に、荻上は弾かれたように廊下の向こうへと走り去った。 田中が笹原に歩み寄りながら尋ねる。 「誰? 知り合い?」 「いえ……なんだか分からないッス……包帯をした娘って何だ……」 「ホータイムスメ? エヴァか筋少の話か?」 「さぁ……。……包帯娘……」 荻上が走り去った廊下をいぶかしげに見つめた後、二人は部室へと向かった。 この出来事は笹原の中で、「変な人に会った」程度に思われ、記憶の中から次第に消し去られていった。しかし笹原は、2004年の冬コミ会場で、よく似た女性を見かけることになる。 「ん?」「んん?」 無意識に、変装した荻上に妙なひっかかりを感じたが、結局彼の中で、1年生のころの記憶と結びつくことはなかった。 2人の様子を廊下の角に身を潜めながら伺っていた斑目05は、あの女の子が自分の知る荻上千佳であることを確信した。 田中の登場とともに、荻上が駆け出した。 猛ダッシュで迫る荻上に気付いた斑目05は、「壁の掲示を見る学生」の振りをして、通り過ぎるのを見送った。2人を覗き見していた負い目がヘタレな行動に現れてしまったのだ。 (何やってんだ俺)あわてて荻上の後を追うが、もう立ち止まっていい距離なのに一向に止まる気配がない。斑目の方が先に息が上がってきた。 「お、荻上さんッ! ハァ ちょ と まった! ヒィ」 聞き覚えのある声に背後から呼び掛けられて、荻上は前につんのめりそうになりながら立ち止まった。 「斑目、さん?」一瞬体が硬直した。指先で眼鏡の奥をこすり、軽く鼻をすすり、アゴを引いて気丈に振り向く。 そこには、ヒイハアと息を切らせてガックリ肩を落とし、力なく手を振る斑目05の姿があった。 「なんで、“私のことを知ってる”んスか?」 荻上は、目の前にいるのは、この時代の斑目だと思っていた。 「やっぱりそうか……、僕の方も、入学もしていない荻上さんがなぜここにいるのかと思ったんだけど……」 荻上は安堵の表情を浮かべつつ、呼吸を整えた。 部室に到着した田中、笹原は、後に斑目02や久我山とともに、「第256回 今週のくじアン面白かった会議」で談笑。そこに咲が現れた。 咲は、コーサカの件を相談する前にメンバーの顔を見渡したが、斑目02と、少しばかりの間、視線を合わせた。斑目02は、2005年から来た自分の言動を思い起こして赤面した。 (確かによく見ればカワイイかも知れねー。でもこんな野蛮な女に俺の人生のエナジーを注ぎ込む訳にはいかんのだぁぁぁ! レジュメ通り、徹底して論破してやるっ!) しかし斑目02は、咲相手に高らかに持論をぶちながらも、咲と高坂が「幼なじみ」であることに萌えた。そして、「チュー」に動揺した。05作のレジュメでは、その展開を明らかにしていなかったのだ。 斑目02は、斑目05の出現によって、否定しつつもすでに咲を意識しはじめていたのかも知れない。それは彼の、「(彼女が)ほしくなくはない」という言葉に表れていた。 斑目05と荻上は、サークル棟近くのベンチに並んで座り、これまで何が起きたのかを語り合った。 斑目05は、(荻上さんの言う怪しい男って、初代のことか?)と思う。自分が2002年に迷い込んだのも、初代に会ってからのことだ。 また2人は会話を通じて、(そういえば、この人と、今までこんなにしゃべったことないな……)と互いに感じていた。 荻上の場合は、笹原と結ばれたことで精神的な落ち着き、ゆとりが生まれたことに起因するかもしれない。 それでも、いつもの自分であろうと思い、冷静さを崩さない荻上の様子に、斑目05は、「強いなあ、荻上さんは」と感心する。 「そんなこと ないデス」 孤立無援の中で仲間に会えたのだ。抱え込んでいた不安感、緊張感がほぐされてきて、ほんの少し、声が震えた。 「ホントに……会えてよかったですよ」 その瞳が泣いているのか、分厚い眼鏡に隠れて見ることはできないが、肩が小刻みに震える荻上の様子に、斑目05は動揺した。 沈黙が続いた。 (な、なんとかこの場を切り抜けないと士気に関わる)と思う斑目05。何の士気か自分でもよく分かっていないが、場を和ませるつもりで話を切り替えた。 「あー、このまま帰れなかったら、実家に帰って“生き別れの双子”ですって自己紹介して家に入れてもらうかなぁ~」 いきあたりばったりに語りながら(ヤベー、全然フォローになってネエよ。逆効果じゃねーのか)と後悔する。 荻上の動きが一瞬止まる。 ボソッと、「もともと親が生んでるンだから、説明不可能スよ」と突っ込まれた。馬鹿な発言に呆れて軽くため息をつき、落ち着いてきたようだ。 「あれっ、そーだねー、そーそーアハハ……」斑目05は、荻上のフォローに成功したような、失敗したような、微妙な気持ちで愛想よく笑った。 「おっ、いた! おい2005!」 斑目05と荻上のもとに、何と、「第4回コーサカはオタクじゃねーんじゃねーか会議」を早々に切り上げた斑目02が駆け寄ってきた。02は、驚きの表情を見せる荻上には目もくれない。 02「あんなことになるなんて一言も書いてなかったじゃないか!」 05「成功したんじゃないのか?」 02「成功したさ、お前の予定通りにな。でも何だこの妙な敗北感はー!お前のせいなんダヨォーコノヤロー!」 どうも、結局自分が2人を結びつけるピエロに成り下がっていたことが気に入らず腹が立ってきたらしい。「自分が腹立たしくなった」02は、手っ取り早く「近くにいる自分」に怒りをぶつけにきたのだ。 02「(あいつらは)チューでカップル成立だ! コノヤロー」 思わず斑目05のネクタイを掴んで引っ張る斑目02。 「ネクタイ」「チュー!」「カップリング」 3つの力が1つになって、傍観していた荻上の妄想に変なスイッチを入れた! 今が非常時だというのに、もつれ合う2人の斑目05を見つめながらワープが始まった。 (夢のカップリング「斑×斑」!) (しかも斑目さん、過去の自分に対しても受けなんですね……) (ああ、ここで強気に目覚めた若き笹原さんが現れて2人を○※△$~!!!!) 斑目02は、「キサマー、屋上まで来い! 暗黒流れ星で道連れだ!」と勢い良くタンカを切った直後、「あれ?……あの娘……」と荻上に気付いた。 すでに荻上は、過度の疲労と緊張感にさらされただけでなく、異常なカップリングを目の当たりにし、さらに妄想を果てしなく展開させて心がオーバーヒート。すでに目を回して倒れていた。 事情を飲み込めない斑目2人は、口論そっちのけで慌てる。 「おい、2002年バージョン、人呼んで来い!」 「誰を!? 現視研の奴ぁ呼べないぞ、説明ができん!」 「えー、あー、うー! サークル自治室にだれか居るだろ! 校外の人間が倒れてるって言えよ!」 「わ、分かった。そこに居ろよ!」 ホッとする斑目05。しかし、いざ自治会の人間が来た時に、どう説明するのかは全く頭になかった。 庭の長椅子に座り、荻上の頭を自分のひざに乗せて見守る斑目05。顔中汗をかき、うろたえていた。 「おいおい、どうしちゃったんだよ荻上さん」……よもや自分×2でホモ妄想されていたとは夢にも思わない。 それどころか介抱するためとはいえ、女性を自分のひざに乗せていることに緊張してきた。 (笹原ぁ、スマン……) その時、斑目05の背中に聞き覚えのある声が投げかけられた。 「大丈夫かい、斑目君」 初代会長だ。振り返って驚く斑目をしり目に、彼の隣に座って言葉を続けた。 「今日はいろいろと大変だったね」 「!?」 「時には辛かったり、耐えなきゃいけない事もあると思うけど、その経験があるからこそ、後々素晴らしい出会いや、幸せな未来につながることもある……」 初代は、気を失っている荻上に視線を向けた。 「……彼女が、そうであるようにね」 「初代……?」 「こういう経験の積み重ねで、より良い未来は創られると思うよ?」 斑目は考える。2002年に飛ばされた事態が全て、より良い未来とやらにするために仕組まれたことだとしたら……。 「もうじき自治会の委員長もくるだろう。じゃあ」 斑目は手を伸ばした。「待って下さい初代! 話はまだ半分……!」その瞬間、視界は再びブラックアウトした……。 約10分後のサークル自治会室。 委員長が浮かない表情で戻ってきた。書類をまとめていた北川副委員長が迎える。 「どうしました? 急病人が出たとか聞きましたけど……」 「いや、それが、いなくなっちゃったんだ」 「はぁ……。でも誰か付いてあげてたんでしょう?」 「うん、呼びに来た現視研の斑目君は、“あれ、俺がいない”とか、“帰っちゃったのか?”とか訳の分からんことをブツブツ言っててね……」委員長は状況を理解できぬまま、斑目02と分かれて帰ってきたというのだ。 北川は、ちょうど水虫がムズムズして苛立っており、攻撃的になっていた。 「委員長、この際、泡沫サークルは一斉に整理しましょう! 委員長に……いや、自治会に虚偽でメーワクかけるようなサークルなんて処分するべきです」 「いや、そんな急に……」 「やりましょうっ! 早速、各サークルを内定調査させます!」 「あ……うん」 北川さん主導によるサークルの取り潰し騒動が起きたのは、この後のことだった。 サークル棟の外で初代を呼び止めたはずの斑目05は、気が付くと現視研部室のドア前に立っていた。 ハッとして周りを見回す。 サークル棟の廊下は見なれた風景に戻っていた。ドア前の「ナ○ルル」のピンナップもない。腕時計に目を落とすと、部室で弁当を食べていた時間だった。 「夢か、夢だったのか……ハハハッ! 長ぇー夢だったなぁ。しかも立ったまま!」自分に言い聞かせるように笑い、ふと真顔になって「帰ろ」と、部室のドアを開いた。 「……夢、じゃなかったのか?」 部室のテーブル上には、ノートや雑誌を払いのけるように荻上の体が横たわっていた。気を失ったままの荻上は、メガネが外れ、髪が乱れて頬にかかるなど、何だか艶かしい。 斑目は動揺した。「今、部室のお昼の顔と言えば俺だよなぁ。このまま帰っちゃったら、俺すげー多方面から疑われそう……」もはや彼にとって、謎の真相よりも自己の保全が大きな問題になっていた。 (何とか、フツーに近付けよう) 斑目は、荻上の横顔に手を合わせて詫びた上で、バッグの中からメガネケースを取り出し、ド近眼メガネをしまう。続けてヘアゴムを探したが見つからないので、自分のコンビニ袋から輪ゴムを取り出して筆頭の復元に取り組んだ。 何度か目を覚まそうとする荻上にビビリつつ、作業を終えた斑目。 (荻上さんには合宿以来会わなかった事にしておこう)と思いつつ、いそいそと部室を出て行った。 しばらく後、テーブル上の荻上は、ボンヤリとした視界の中で目を覚ました。 ボーッと「あれ? 夢だったのか……コンタクトは……?」と呟く。気を失う前の記憶をまさぐろうとしていた時、部室のドアがガチャリと開いた。 誰が来たのかも分からなかったが、「荻上! 何してんのお前?」との一言で、咲であることが分かった。 「え、いや……寝てたみたいで……」 「大胆になってきたねぇアンタも」と呆れた口調だった咲は、ふと荻上を凝視し、次の瞬間「ぶひゃひゃはひゃやぁぁあ!」と爆笑した。 「なっ、何ですか?」 「だってお前、その頭……」 荻上の「筆」は、頭の右側に偏ってまとめられ、先っぽが花のように開いていた。しかも左右の耳にかかる「ブレードアンテナ」の髪は、両方とも2本に増えていたのだ。女の髪にまともに触ったことのない斑目では、完璧な荻上ヘアの再現など出来るわけがなかったのだ。 咲はもう一度じっくり荻上の頭を鑑賞する。 「パチモンみてー! 腹イテェー! タスケテェー!」 腹を抱えて笑う。ボー然とする荻上。 しかし、しばらく笑った咲は、ちょっと考え込んだ後、真顔で荻上に訪ねた。 「アンタのその乱れ方、ササヤンと……まさかココで!?」 「な、んな訳ないデスヨ! サササハラさんは研修です」 「サが一つ多いって。でも、まあ気をつけなよ……」 咲は近眼の荻上にも表情がハッキリ分かるほど顔を近付けた。荻上は思わず頬を赤くする。 「ひょっとすると、まだ“見ている”かもしれないからね……」 「???」 荻上には、何が何だか分からなかったが、悪い夢から現実に戻って来ていることが、ただただ嬉しかった。 しばらくして咲が、荻上が、部室を出た。 先刻(せんこく)までの喧噪が嘘のように、部室はひっそりと静まり返っている。 明日、また誰かが部室のドアを開く時、また新しい現視研の歴史が積み重ねられていくことだろう。 【エピローグ】 何日かが過ぎた休日。 荻上のアパートに、研修を終えた笹原が遊びにやってきた。 荻上は玄関のドアを開いて笹原を迎え入れた。 ドアが閉められる。荻上は玄関に立ったまま、2002年にくらべて少し背が高くなっていた恋人の頬に、両手を伸ばした。 「何? どうしたの?」 「何でもないデス。じっとしていてください」 目を閉じて、しばらく「3年越し」の感触を、かみしめた。 「“やっと会えた”」 「そんな大げさな……」 ゆっくりと目を開けて、そこに確かに立っている「今の笹原」を見つめて微笑む。笹原は意味が分からないなりに、いつもの優しい笑顔を返した。 やはり、愛おしくてたまらない。 今度こそ荻上は、笹原の頬に当てていた手を、その首に巻き付けた。 「お、荻上さんッ?」 「ここで……いいですから、一緒に居てください」 2人は玄関のフローリングの上にゆっくり崩れ落ちた。 <完> 【もう一つのエピローグ】 いつの時代かは分からない。 そこが今もサークル棟として役割を果たしているのかも、分からない。 ただ、その中は昼なお暗く、物音一つしない。 304号室、「現代視覚文化研究会」とプレートが貼られたドアの前に立つ人物がいた。猫背でなで肩、メガネの奥の瞳が黒く輝く。 「新しい未来がより良いものになるのなら、僕は協力を惜しまないつもりだよ……」 男はドアに向かって語り掛ける。手を伸ばすが、彼とドアとの間には、大きな板材が十字に打ちつけられ、封印されていた。 「……その未来が来れば、このドアも開かれると思うから」 ザアァァァァァァァーッ!……外の木立が風に吹かれて葉を揺らす。 「また、風が吹くな……」 ドアの前に立っていたはずの初代会長の姿は、すでになかった。 <完>
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Zせんこくげんしけん1 【投稿日 2006/03/12】 せんこくげんしけん 【2005年8月8日/19 45】 斑目は力なくアパートのドア開けた。一日の仕事を終え、外で適当に夕食を済ませて帰ってきた。上着をベッドに脱ぎ捨てて、イスにどっかりと腰を下ろし、フゥとため息をついた。 疲れる一日だった。仕事で、ではない。 いつも通りに現視研部室で昼食を取っていた時、大野がアメリカ人を連れてきたのだ。しかも2人も。しばらく自分一人での対応(というか流されるまま)だったので、午後のスタミナも奪われるような脱力感があった。 後でやってきた咲は、自分とは対照的に流暢な英会話で会話をしていたというのに。 斑目は虚空をうつろに見つめながら、「ケョロロ将軍ねえ……」とまた独り言。話題のアニメが気になるわけではない。彼女と自分との能力格差が、今頃になって心に小さな穴をつくっているのだ。 「あ~あ、かなわねーなァ!」イスの上で背伸びをした斑目は、1枚の封筒を手にしたが、中の「あの写真」を取り出すことはなかった。「眺めたところで、何が変わる……」 斑目は自分の気持ちを高ぶらせ、憂鬱な気分を珍しく速攻で振り払った。 「ええい、気を確かに持て。そんなことはどうでもよいではないか! 立てよ俺!」 12日からコミフェスが始まるのだ。しかも社会人になった今年は、額こそ少ないがボーナスも入った。これを同人誌につぎ込まないで何になる。斑目はギラギラした目つきでコミフェスのパンフレットに目を通しはじめた。 その中でひときわ目立つ告知は、同人誌の“業界”を席巻する大物「Hi」のもの。ここ2年ほど、801をメインに、大物作家を使って次々に流行を生み出すプロデューサー的な人物だ。「Hiは、今年は801だけか…」 その時、急にデスク上の携帯電話が小刻みに震えだす。ディスプレイを見て小首をかしげた。 「公衆電話…?」 電話に出ると、『斑目、斑目か?近藤だけど!』と、うろたえた様子の声が聞こえてきた。アニ研OBだ。 「あー近藤さん、久しぶり。どう?仕事の方は慣れた?」 『それどころじゃないんだ。サークルが変だ。OBの手には負えん……アニ研も“すでに押さえられた”。俺は明日大学事務に相談する』 「何の話?」 『気をつけろ……狙いは現視研の……』 (ガガッ!……ガチャ!!)「近藤さん?」 (ツー…、ツー…)その夜、再び電話がかかってくることはなかった。 【8月9日/11 30】 夏期休講中。直上からの日差しがコンクリートを焼き、日陰のコントラストをハッキリとさせている。ジワジワ、ジージーとセミの鳴き声は止むことがない。 人気の少ないサークル棟3階の現視研部室では、団扇を片手に語りあう笹原と荻上の姿があった。夏のコミフェスで大野が売り場に立てなくなったので、急きょ2人で会合を持つことにしたのだ。 笹原は、「今回の主役だから」とテーブルの一番奥に荻上を座らせ、自分はその右手に座った。 笹「まあ、ちょっとした動きの確認だけだからね」 荻「はあ」 笹「それにしても今年は猛暑だね。地球温暖化だね…ははは」 荻「そうでしょうね」 座る位置からちょっとした話まで、気を使っている笹原と、愛想の無い荻上の、たわいもない会話が続く。 そこに、「ここで良いから寝かせてくれぇ」とうめきながら、咲がやってきた。まだまだ自分の店の開店準備で忙しいらしく、目にクマを作って疲労困憊の様子。 が、笹原と荻上しかいないことに気付き、「あらあらー、2人で何やってんの?」と、笹原の向かい側に座ってさっそく茶々を入れる。 「打ち合わせです」と味も素っ気も無い荻上。咲はニヤニヤしっぱなしだ。 何かを期待している。荻上にはそれが嫌なほど感じられる。(先輩誤解してる)とは思う。しかし、(自分自身はどうなの?)(嬉しくはないの?)と自問するが、怖くて自分の心に素直になれなかった。 ガチャ、部室のドアが開いた。 「や~久しぶりだね」と、顔をのぞかせたのは、なんと“あの”原口だった。 「!?」あまりに意外な人物の登場に3人は言葉も無い。むしろ(コイツいまだに学内ウロウロしてるのか)とあきれて言葉も出ない。 笹原は先日、荻上の部屋での打ち合わせで、「結局あの人どこで何してっかわかんないし」と原口を評したばかりだった。 全ての人には見えない線が繋がっていて、想ったり噂したり、何かが起きた時に、その線を通じて相手に通じるという話を聞いたことがある。「虫の知らせ」なんかもその類いだという。笹原は、その話を思い起こして自分の発言を後悔した。 「……何か、用ですか?」と訪ねる笹原は無視して、原口はドア直近のイスにどっかり腰を下ろし、荻上に向けて言葉を発した。 「荻上さんだっけ? “あなたのとなりに”はもうミナミ印刷に入稿したんだっけ?」 荻上の表情が青ざめる。まだ笹原にも大野にも伝えていない自分の同人誌のタイトルではないか。「!?……なんでソレを知ってるんですかッ!?」と声を荒げる。 原口は、気にも留めず、「麦男×千尋というのは使い古されたパターンで新しさはないけれど、キミの画力で見せてるよねぇ。あれはね、しっかり宣伝すれば売れるよ」と続けた。 もう荻上は言葉が出ない、両肩はワナワナと震え、原口をにらみ据える瞳には涙がにじんできた。 (……誰にも見せてないのに……あの人にも決して見せないと……) (汚された!) ガタンッ!とイスを弾き飛ばすように立ち上げる荻上を、咲が支えるように押しとどめ、「アンタ、ちょっと無神経じゃねーの!」と原口に向けて口を尖らせた。 「ああ、ごめんごめん、あんまりいい出来だったんでね。もったいないよね。小さな印刷所で50程度の発行部数なんて、儲からないよ~」 傷つけられた人間への配慮はまったく感じられない。 原口は本題に入った。 「そこでね、僕のツテで、トッパンで1万5千部印刷させてあげるよ、ミナミ印刷発注分は僕が買い取るから心配いらないよ。それでもまだ利益を得られるんだからね」 笹原は驚いた。編集者を目指す上で印刷業界のことも少しは勉強している。トッパンといえば日写と並ぶ印刷業界最大手ではないか。しかも1万5千なんてベラボーな数字だ。大手で個人誌を大量印刷なんて前代未聞、いや不可能だ。 思わず、「……そんなこと、できるわけないじゃないスか。第一、荻上さん個人の趣味の本ですよ。売るために作るわけじゃない……」と、腹の底から絞り出すような低い声が漏れた。 「それは売り方を知らないからだよ。君はいつまでもオナニーだな」原口は切り捨てるように返し、「聞いたことないかなあ。2年前から同人業界で新しいムーブメントを作ってる“Hi”って。あれ、僕なんだよね」とサラリと言った。 「大物作家に2、3原稿上げてもらってるから、そこのメインに荻上さんのマンガを入れる。さっそく刷って、製本を行ってギリギリで出す。僕がプロモーションをかけるから売れるよ~」 荻上を売り出す気らしい。 笹原はいい加減腹が立ってきた「荻上さんのことを何も知らない癖に、何を言ってるんだ!」強い語気で迫った。 「知ってるよ。少なくとも3年前からね……荻上さんが何を書きたいか、キミより理解しているつもりなんだけどね」 原口は、自分のカバンから、古ぼけた一冊のノートと同人誌を取り出した。 「!!!」荻上は驚愕する。原口が持っているノートは、今、自分の手元にあるノートと全く同じ物……。 いや、ノート自体は市販品だから「同じ商品」かもしれないが、それと一緒に掲げられたのは、まだ印刷もされていないはずの、同人誌「あなたのとなりに」製本版ではないか。 荻上は、ふらふらと後ずさりし、気を失いそうになった。咲も立ち上がって背中を支える。笹原も無意識に立ち上がっていた。 原口は続ける、「ボクならキミをメジャーにしてあげられるんだよね荻上さん。プロになれる。儲かるよボクと組むと」 荻上は気力を振り絞り、「誰があなたみたいなオタクと!」と叫ぶ。 「出版社にもアタリは付けてるんだ。友達にキミの腕前なら買ってもいいっていう編集者も居てねぇ。現役大学生作家として大いに売り出そうよ」 「嫌!」荻上は涙をポロポロと流しながら叫ぶ、もう立っているのもやっとだ。 笹原は、普段の彼からは想像もできない刺すような視線を向けて、「原口さん……帰ってください」とだけ呟いた。咲も怒り心頭の表情を向ける。 席を立つ原口、「仕方が無いなあ。もちろん学生の間は、現視研の活動扱いにして利益を還元してくれれば、学内サークルも大いに助かるんだよ?」 「だからッ……」原口は叫びそうになる笹原の発言を押しとどめ、フゥとため息を付いて目を細める。 「残念だけど、ゴネるようなら君たちは“解散”…だ」 ドンッ!とドアが乱暴に開き、見知らぬ男達が部室に入ってきた。3人、黒塗りのマスクをかぶっている。 咲「はい? マスク? 何コレ?」 原口は部室占拠の暴挙に出た。「サークル自治会といくつかのサークルは、ボクの提案に賛成してくれてね」と語る。 マスクマンは助っ人だ。「あんまりゴネるとこちらのプロレス同好会の皆さんが黙っちゃいないけど?」と強気に出た。 異様な緊迫感が部屋を包むなか、ガチャ! とドアが開いた。 「イルチェーンコ!シェフチェーンコォォォォォオ!ヘローヘロォ!」と体いっぱいに己の精神性を表現しながら朽木が現れた。 部屋中の誰もが、マスクマンの皆様も、朽木の狂態に顔中に汗をしたたらせて耐えた。 「アレ……ドシタの皆さん? おおっ、スーパーストロングマシン(マスクの人)が3人も!」朽木は状況が飲み込めないまま一人で盛り上がり始めた。 この隙をついて、咲は荻上の手を取り、腰を低くして男達の前をすり抜けた。「ササヤン!」と叫ぶ咲の声に反応して、笹原も駆け出す。しかし咲に連れられた荻上は足がもつれ、原口に肩を掴まれた。 「!」咲は荻上の手を離してしまう。 ドアから出かかった笹原が手を伸ばす。荻上も思わず手を伸ばす。 「荻上さん!」「ささは……ッ!」 しかし、視界にガタイの大きなストロングマシンが横切り、二人の手は振払われた。 笹原の片手は咲に引かれて部室の外に、訳も分からずその場の勢いで走る朽木を先頭に、咲、笹原は部室を飛び出した。 騒ぎが収まった部室を、サークル自治会長の木村が訪れた。左手が不安げにTシャツの端をいじっている。 「こ、これで良かったんですかね」という木村に、原口は、「みんなの利益のためだからね~、一部の人には我慢してもらわなくちゃね」とにこやかに笑った。 「じゃあ、今日からここは、“新現視研”ということで。あ、木村君、アニ研から沢崎君呼んできてよ。彼にここを任せるから」 どんどん話を進める原口の傍らで、荻上は抜け殻のように放心状態で座っていた。男達が騒がしく右往左往する中で、彼女だけ時間が止まったように動かない。ただ涙だけがスルスルとその頬を伝って落ちた。 視線の先には、まだ製本されているはずのない「あなたのとなりに」が1冊、無造作に置かれていた。 【8月9日/12 05】 昼休み。斑目はいつものように部室に向かう。しかし今日は、前夜の電話が気掛かりで、誰かが部室に出てくるのを期待していた。 サークル棟に向かう道すがら、別の門から学内に入ってきた恵子とバッタリ出くわした。 「あ、君もこれから部室デスカ」 「悪い?」 斑目は、(コイツじゃ事情は分かんないよなあ)とうなだれながら再び歩き始める。恵子は斑目の少し後ろを歩き、携帯をいじったり、無意識に斑目の手に揺られているコンビニ袋に視線を落としている。 別に語ることもなく、2人がサークル棟の階段を上り始めた時、恵子が沈黙を破った。 「あのさー」 「はい?」 「本っ当にこのサークルって合宿する気ないの?」 斑目は、階段を登る歩みを休めることなく、「この前も言った通り、我々にとって夏といえばコミフェスですよ。合宿にまわす金などない。あと……俺OBだよ。決定権ないし」と、素っ気なく答えた。 「第一、キミは他にも夏にアチラコチラへ連れてってくれるイカツイお友達くらい沢山いるでしょうに!」 ちょうど踊り場にさしかかった時に、寂しげな口調で答えが返って来た。 「ココの面子だから、いいんじゃん……」 斑目は立ち止まり、ハタと恵子を見て(あ、俺また無神経なこと言っちまったよ……)と自分の舌禍を後悔した。 恵子は慌てて、「あー、ホラッ、何はなくともコーサカさんいるし……」と取り繕ったが、すぐに、「……まあ、最近は何つうか居心地がいいんだよね。みんないい奴ばっかりだし。キモイのもいるけどね……」と本音が出た。 (素直なんだな)斑目は少しばかり恵子を見直し、「ああ、俺もだな。居心地いいのは同感だ」と、自分の気持ちを吐露した。 「だから就職しても寄生してるんだ」 「キミウルサイ」 階段を上り切って3階の廊下に出た時、斑目の背後でヴヴヴッという振動音が聞こえ、恵子が携帯を取り出した。 「あ、ねーさんだ」との言葉にピクッと反応する斑目だが、部室の近くで3、4人の男がざわついているの見て立ち止まった。 直後、恵子が斑目の半袖ワイシャツの端をクイッと引っ張った。 「何か、ヤバいみたいよ……ねーさんが部室に近寄るなって」 「もう、遅いんじゃないかなァ?」 すでに斑目の前には、久しぶりに目にする“嫌な男”が歩み寄っていた。 【8月9日/12 20】 「新現視研!?」部室前の廊下で原口の話を聞いた斑目は、耳を疑った。 「同人誌の件、荻上さん自身は納得してるんですか?」「ほかの現視研メンバーの同意は?」との質問にも原口は、のらりくらりと答えるばかり。鈍い斑目でも、昨晩の近藤の電話はこの件だったのかと推測した。 原口からは、「まあ斑目も、いつまでもこんな所をウロウロしていないで、仕事に戻ったらどうだ」と、痛いところを突かれた。(あんたも社会人じゃねーのか?)と心の中で突っ込みつつ、斑目はいつも通りの低姿勢で穏便にやり過ごそうと話をしていた。 納得いかないのは恵子だ。 「斑目サン、誰よこのデヴ!」 原口は細い目をさらに細めて恵子にらみ付けてから、斑目に向き直り、「何だ、この躾のなってないコギャルは?」と問いただす。 「笹原の妹デスよ……」 恵子は収まらない。「斑目もこんなのに敬語使う必要ないんだよ。ふざけんな“せっかくの居場所”をかき回すんじゃねーよ!」と噛みつく。 「居場所?」原口が反論する「この現視研は君らがタムロするための場所じゃないんだ。もっと有効に“活用”するために整理させてもらったんだよ」 部室のドアが開き、斑目にとって見覚えのある顔が出てきた。沢崎“新会長”だ。 驚く斑目に沢崎は、「今日のところはお引き取りください。あなた達学外の人間にとやかく言われる筋合いはないんです」と話に割って入り、「原口さん、ちょっと……」と呼んだ。 斑目は、原口の「さ、帰ってくれ」の言葉に黙ってうなずき、「ハイハイ、分かりましたよ……」と言いかけて、沢崎が空けたドアの向こう、部室のテーブルの一角に、無表情で座っている荻上の姿を見た。 荻上も、ハッと隙間から覗く斑目に気付き、2人の視線が交錯した瞬間、ドアは堅く閉ざされた。 斑目は険しい顔つきで、ドアの向こうをにらむ恵子の腕を取り、来た道を引き返しはじめた。 (今日の午後は代休になっちまうな)と斑目は思った。恵子の携帯に入ったメールには『学内にいる現視研は稲荷前に集合セヨ』とあったのだ。 部室内で沢崎は、部室の鍵を取り返す必要があるのではないかと原口に尋ねた。 「今日来ていた誰かが持っているかも知れないな。捜させよう」こうして原口の息のかかったサークルが、大学内で現視研を追いつめるべく動き出した。 【8月9日/13 00】 椎応大学の主な出入り口は、サークル棟に一番近い東端のテラス門、近所の動物公園につながる北門、そして南側の正門、西門の4カ所がある。 原口・沢崎による新現視研と一部サークルは、現視研メンバーの脱出を許さない構えだ。同調するサークルの人間が、普通の素振りをしながら見張りに立っていた。 しかし、その「見張り」が問題だった。 みんなプロレス同好会謹製の「スーパーストロングマシン」マスクを着用しているのだ。しかも緑色、量産型だ。実に分かりやすい。 椎応大学内には、緑豊かな茂みの中に、稲荷の小さなほこらが建てられている。咲、笹原、朽木はそこへと逃れていたが、話題は“追っ手”の容姿に及んでいた。 咲「あいつら、本当に馬鹿なんじゃないの?」 朽木「いやいや、悪の組織に量産型戦闘員は不可欠でありマス!」と朽木が目を輝かせる。 咲「悪ってオイ……」 朽木は、「あの人もなんだかんだ言ってオタクですなぁ……」と、原口を評した。 「ではさっき部室にいた黒いマスクは“三連星”ってことデスカ!ウヒョー!誰が踏み台になるんですかねぇ!」 話がドンドン暴走していく朽木は無視して、笹原は、「荻上さんを助けないと」と歯ぎしりした。 その後ろで朽木は、ガサガサとカバンから何かを取り出しはじめた。 咲「アンタこんな非常時に何遊んでんのよ」 朽「イヤイヤ誤解はナッスィングですよー」 朽木が持っていたのはトランシーバーだ。運動関係サークルが常用する無線の周波数はすでに知っているというのだ。 「うちの大学はよく駅伝出てるデショ。この回線を知ってると、連絡内容が聞こえたりして面白いんですヨ」 驚かされる咲、というかあきれていた。(コイツ盗聴まで……) 笹原「なるほど、相手も大人数だから携帯じゃ連携とりずらいし。無線を使いそうだよね」 咲「でもクッチー。あんたいつもそれ持ち歩いてんの?」 朽木は都合の悪そうな質問はスルーしつつ、鼻歌を歌いながら通信を傍受した。 「それほど人数はないみたいですな。サークル棟自体は見張りが少ないですニョ」 「そう…」咲はフーとため息をつくと、「あいつら何とかギャフンと言わせて、荻上取り戻さなきゃね」と呟き、笹原は無言でうなづいた。朽木はまた鼻歌を歌っていた。 予告編 ※BGM:ガクト(嘘) (カミーユ調で)「ハラグーロ!! 貴様はオタクの浪費の源を生むだけだ!!」 邪道SSの正統なる続編、望まれもしないのに登場!! “新現視研”に囚われた荻上奪還作戦が始まる!! 「Zせんこくげんしけん/オタの鼓動は萌」
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Zせんこくげんしけん2 【投稿日 2006/03/13】 せんこくげんしけん 【2005年8月9日/12 50】 話は遡るが……。 大野はこの日、スージーとアンジェラを再び大学内に連れてきていた。 咲から、「キケン、大学にクルナ」と短いメールが入り、続いて簡潔に状況が知らされた時、すでに大野達は大学に来ていた。 「もう遅いんですけど……」 引き帰そうにも、正門には、野球のユニフォームを着て緑色のマスクをかぶった怪しい人物がこちらを見ている。 マスク男が近付いて来た。 旧現視研メンバーと思われる不審者を捕まえようというのだが、マスク男自身が不審者そのものである。 逃げることもできず、「あうあうあ……」と、うろたえるばかりの大野。 アンジェラは隣で、「What is it festival today? I want also to wear that Mask.」と誤解して笑っている。 マスク男が声を掛けようとしたとき、その後方から、「あー、いたいた! 何をしてたんですか“ヨーコ”さん!」と声がした。 スーツを着込んだ元漫研のOB、高柳が息を切らして駆け込み、大野達とマスク男の間に割って入った。 高柳は強い口調で、「彼女達は文学科のブラッシー教授のお客さまと、その通訳のカンナヅキさんだけど、何か用かね?」と切り出し、さっさと大野、アンジェラ、スーを連れて行った。 ある程度歩いて立ち止まった一行。高柳は、斑目同様に近藤の電話を受けて異変を知り、大学に様子を見に来ていたのだ。 大野は両手で高柳の手を取り大げさすぎるくらいに礼を述べた。 思わず赤くなる高柳は、「大野さんのためだからねー。ひとまず漫研へ行こう。あそこはまだ中立だから」と案内をかって出た。 ホッと胸を撫で下ろす大野だったが、直後に恐ろしいことに気が付いた。スーの姿が見当たらないのだ。 傍らのアンジェラは、「It is safe. She comes back sooner or later. 」と大して気にしていない。 「そのうち帰ってくるって言ったって……ノンキ過ぎよ」と嘆く大野であった。 【8月9日/13 15】 斑目は午後の急用をでっち上げて電話先の上司に必死に頭を下げ、恵子とともに行動を開始。咲や笹原と合流するために大学内の稲荷のほこらに向かう。 林の長い小道を歩く途中、ふと斑目が足を止める。ザワザワとした妙な違和感を感じるのだ。 一緒に立ち止まり、「どした?」と尋ねる恵子に、「悪ぃ、先に行っててよ。そのまま行けば春日部さん達がいるはずだから……」と応える。 キョトンとした恵子は、あー…と納得した素振りを見せ、「立っション?」とデリカシーのない一言をぶつけた。 斑目は、(これだから現実の女は……)と呆れ、追い払う手ぶりをしながら、「そういうコトにしといてよ」とだけ答えた。 恵子が道の向こうへと消え、斑目が周りを見回した直後、不意に、「どうしたの?」と声がした。 「うおっ!」驚く斑目の背後には、いつの間にか初代会長が立っている。 (この人は何者なんだ?)と思いつつ斑目が、「初代、いま大変なことに……」と切り出そうとすると、初代会長は、「うん知ってるよ。“だから僕も来たんだ”。で、どうしたの急に立ち止まって」と最初の質問を投げかけた。 「いやちょっと……変な感覚がしたものですから……」と斑目が答えると、初代は意外な言葉を返した。 「“もう一人の自分”に出会った時のような感覚かい?」 斑目の表情は一気に強張り、「なんで初代が“それ”を知っているんですか」と低い声で尋ねた。 (解説せねばなるまい。斑目の言う“それ”とは、「3年前にもう一人の自分と出会った」ことであり、この斑目は、前作での「斑目2002Ver」のその後の姿なのだ) あの日以来、(あれは悪い夢、幻だったんだ)と思っていた。否、思うよう心掛けていた斑目だったが、「あのとき、見ちゃってねぇ」とアッサリ答える初代会長の言葉にがく然とした。 さらに初代は、「何故かは知らないけど、あの場に荻上さんがいたでしょ」と語る。 斑目は、3年前の自分が「斑目05」を問い詰めていたとき、近くで失神した女の子がいたことを思い出した。 「あれが荻上さん?」 初代会長は、混乱する斑目に、「僕の“仮説”だけどね…」と語り始めた。 初代が言うには、原口が持っていた荻上のノートと同人誌は、2005年から2002年に迷いこんだ荻上の物だという。 斑目2人が口論し、荻上が失神したときに、雑誌などと共にバッグから落ちたものであり、当時の斑目05が荻上を介抱する際に、拾い忘れていたもの。 3年分の情報や801に関する着想が記されたノートや雑誌、同人誌を拾った原口は、情報を精査してその後の801の流行を先取りした……。 「最初の1年は様子を見て、資料と現実の流行の相違を確かめた。後年は自分の知り合いの作家を動かして実際の流行を一歩先んじればいい。HiってHaraguchiの頭と末尾だね。ヒネリがないね、ふふ」 (この人、ハラグーロが現視研を訪れた時にその場にいなかったはずだよな?)と、思いつつも耳を傾ける斑目。仮説とはいえ、コトの発端が自分にあることに呆れた。 初代は、「しかしノートに書かれた3年分の蓄積が無くなろうとしている今、次の手を打ってきた。それが荻上さんの同人誌だよ。タイムスリップした荻上さんは、たぶん1、2か月先の人なんだろうね。だから完成された本がある」と続けた。 斑目「ハラグーロは、荻上さんが今年の夏に同人誌を仕上げるのを待っていたというんですか?」 初代「カネとヒトを動かし、待つ時は待つ。彼はそうした才能に長けているね。彼の居場所はオタクという消費者側ではなく、消費のシステムを作る側だよ」 初代は、「ここでボクから忠告」と人さし指を立てた。 「現視研は新体制で存続するらしいし、これも歴史の一つとして認めるか、抵抗するかは君らに任せるよ。ただし……」 斑目「ただし、何ですか?」 初代「時間は自然と同じで、厳然とした仕組みがあるとは思わないかい?」 斑目「はあ?」 初代「未来の情報が過去に流れてしまい、時間のパラドックスを大きく揺さぶった。ありえない事が起きれば、それを修正する働きも出てくると……」 斑目は、「ははは…“ネコドラくん”のタイムパトロールみたいなもんスか」と愛想笑いをした。 初代「そんな組織的ものじゃなく、ね」 斑目が質問しようとした時には、もう初代の姿は消えていた。 初代の言う、時間の“修正する働き”が何かは分からなかった。だが、(コレが本当なら、自分にはどうしようもない)という諦めの気持ちが心を支配しはじめていた。 【8月9日/13 30】 「悪い、遅くなった」 斑目が稲荷のほこらの前に到着した。恵子が、「ひょっとして“大きい方”?」とまたもヒドイ一言。 咲の携帯に大野から、漫研に退避していることが伝えられ、集まれるだけの人数で対策を協議することになった。 「じゃあ先輩、アレお願いしますヨ」と朽木に促された斑目は、「え? あーアレね。では、第1回部室と荻上さんを取り戻すにはどうすればいいのか会議~」と、張りの無い声で号令を掛けた。 咲「この問題はうちらには大きすぎだよ。大学事務に訴え出ようか?」 笹「簡単に話が進むとも思えないよ。不利な情報を流されていたら…」 朽「いっそ真正面から玉砕を図るでアリマス!」 咲「1人で玉砕してろ。それにアタシらで喧嘩して勝てるわけないじゃん」 恵「でもあのデヴは一度シメないと気が済まないよ」 斑目は議論に加わろうとしない。それどころか、「……このままでも、いいんじゃないかなぁ」とポツリと本音が出た。 「嘘ーーーっ!?」周りが驚きの声をハモらせる。 斑目は(時の趨勢には逆らえない)と、及び腰になっているのだ。 「“決まったこと”には逆らえないんじゃないかな……荻上さんにとっても後々はメジャーになれて……」 「フザケないで下さいよ!」声を荒げる笹原。彼は荻上の涙を見ている。咲も同調し、「アンタそこまでヘタレとは思わなかったよ……」と嘆く。 斑目はチラリと咲を見た。 3年前に出会った「未来の自分」は咲に惚れていた。自分はそれに反発していたハズなのに、今、まんまと同じ轍を踏んでいる……。だからこそ「逆らえない」と感じてしまうのだ。 笹原は、苛立ちを隠せない。 「斑目さんはOBだから、直接は関係ないでしょう。でも僕らは現役ですし、荻上さんは大切な……仲間です。斑目さんの力は借りません。もう行きます」 朽木と咲も笹原に続いた。去り際、咲は寂しげな目を斑目に向けた。 去っていく後輩達、「春日部さん、高坂君と連絡取れる?」「どうかなぁ……」との声が次第に遠くなる。 斑目はしばらくうつむいていたが、ふと顔を上げると、恵子が残っていた。 「部室は居心地がいいって言ってたじゃん。取り返そうと思わないのかよ」 斑目は答えない。 「根性なし……」それだけ言うと、恵子は3人の方へと駆け出していった。 【8月9日/14 10】 現視研部室で、沢崎と荻上が向かい合って座っている。 沢崎「ところで荻上さん。“彼女”は知り合い?」 荻上「いいえ。知りません…」 2人の視線の先、入り口に近いロッカーの前に、スージーが座っていた。いきなり部室にやってきた彼女は、荻上たちを一瞥しただけで、後は一時間近く黙々と同人誌を読みふけっている。 荻上は、スージーとは前日に出会ったばかりだが、知らぬフリを決め込むことにしていた。 一方の沢崎は焦っていた。見張りの網をスルスルとくぐり抜けて、言葉の通じない外国人が部室に入り浸っているのだ。 ちょうど原口が留守にしていたので良かったが、彼が印刷関係の打ち合わせから帰ってきたら、自分が責任を取らされるのではないかと思っている。 「誰かいないですか?」沢崎は、廊下にいるはずのマスクマンを呼んだ。赤いマスクをかぶり、赤いポンチョを身にまとった背の高い男がやってきた。 沢崎「……何のサークルの方?(汗」 男「メキシコ文化研究会です」しゃがれた声が返ってくる。 沢崎「すまないけれど、この女の子を連れて行ってください」 スージーは、赤マスクの男を見上げて、「?」と首をかしげた。男はカタコトの英語で語り掛ける。 「さすがメキシコ文化研究会だ」と感心する沢崎に、荻上は(公用語違うだろ)と心中で突っ込んだ。 スージーと男の姿を眺める沢崎の横顔には、原口のような意地の悪さがないと感じた荻上は、「あなたは、何でこういう事をするんですか?」と尋ねた。 沢崎はためらいの表情を見せたが、「僕は現視研に入ったことがあるんだ。でも、春日部咲にひどい仕打ちを受けて、すぐにやめちまった」と答えた。 「春日部先輩、そんなことする人じゃないし……」との荻上の反論に、沢崎は、「事実追い出されたんだよ僕は」と、垂れた目をつり上げて反論した。 「さっきのコギャルが、ここが居場所だとか言ってたけど、僕はその居場所を追われた。こうして新しい会長になって、それを取り戻せたんだよ」 赤マスクの男は2人の会話に耳を傾けていたが、「英文科の学生のところに連行してきます」と、スージーの手を引いて部室から出て行った。 荻上と沢崎、そしてスージーの姿を、外から監視する視線があった。向い側の窓。サークル棟4階の児童文化研究会の部室からである。 【8月9日/14 30】 笹原、咲、朽木、恵子は、無事にサークル棟に侵入。児文研部室に匿ってもらっていた。2階の漫研よりも現視研の様子が掌握できるだけでなく、児文研自体が目立たないサークルだからだ。 「お茶入りましたよ」「あ、どうもすみません」「いいええ」 マターリとした室内で、朽木が絵本や児童文学の山に隠れるようにかがみ、双眼鏡を構えている。 その後ろでお茶をすすりながら、咲が笹原に問いかけた。「何かおかしくなかった? 私たち、あまりにも楽勝でこの部屋に来られたけど」 笹原も腕組みをしながら、「盗聴のおかげもあるけど、まるでルートを開けてもらったような……」と考え込むが、「罠だとしても、荻上さんは絶対に助けなきゃ」と、自分に言い聞かせるように力強く語った。 その姿を見て咲も表情を引き締める。 「じゃ、打ち合わせ通りに。手荒くて古典的だけど、やるっきゃないね」と言い、絵本に手を伸ばしている恵子に、「アンタも頼むよ」と声を掛けた。 恵子が緩い返事をかえす。朽木は双眼鏡を覗きながらブツブツと、「状況開始ヒトゴウサンマル時、ヒトゴウサンマル時……」と復唱した。 笹原はちょっと気掛かりな様子で、「春日部さんは、いいの?」と尋ねた。作戦内容に、ある不安がよぎっているのだ。 「大丈夫、私も腹くくったから!」 咲は心配そうな視線を振り払うように笑顔を見せた。 【8月9日/14 35】 漫研。高柳と部員らが外の様子を見に行き、大野とアンジェラが残された。スーが捕われたことは、児文研から連絡を受けている。 アンジェラは、『ホラネ、彼女の居場所はすぐに分かるでしょ』と笑う。「敵の手中にあるんですが……」との大野の呟きは気にも留めない。 高柳の前では、笑顔と感謝を忘れない大野だが、内心は、(会長である私を差し置いて新現視研だなんて。原口許さん!)と憎悪がトグロを巻いていた。 「私も何か役に立ちたいけど……」 ふと、アイデアが浮かび、田中の携帯に電話を入れた。すると慌ただしい声で彼が電話に出た。 「斑目から電話があって状況は聞いてるよ。今からそっちに向かうところ!」 大野は(斑目さんも動いてくれたんだ)と心強い思いがした。そして、携帯を握る手にグッと力を入れた。 「田中さん、お願いがあります!」 【8月9日/14 50】 斑目は、1時間以上、稲荷のほこらの側に座り込んでいた。(仕方ないだろ、こちとらただのオタクだ。何ができるっていうんだ……) しかし、胸の中は後悔でいっぱいになっていた。咲の寂しげな視線が辛かった。恵子は最後に、涙ぐんでいたようにも見えた。 そうこう考えているうち、何やらまた妙な違和感を感じはじめた。 その時、「斑目晴信ッ!」との叫び声が林の木々を振るわせるように響き、斑目はビビって立ち上った。周囲を見回すと、50mほど先、小道の向こうに声の主と思われる人影が見えた。 身体全体が赤い、赤のマスクに赤いフード、いやポンチョを着込んだ男が拡声器を持って立っていた。メキシコ文化研究会の男だ。変な生き物を見るように男を凝視する斑目。 「俺を捕まえにきたのか!?」との問い掛けを無視した赤い男は、「この女、預けるぞ」と、後ろに隠れるように立っていたスージーを斑目の方へと歩かせた。 男は、「拡声器を使ったから、他の追っ手が来る前に動かないと、今度は本当に捕まるぞ」と言い残して姿を消した。 スージーが斑目の前にトボトボと歩み寄って来た。デフォルトで突き刺すような視線を向けてくる。「預けるったって、言葉わかんねーよ」と頭が真っ白になるヘタレ。 スージーは無表情のまま、「Circumstances are heard from him. (彼から事情は聞いた)」と声を掛け、手書きのメモを手渡した。 メモの先頭には、「8月9日行動レジュメ」と書かれていた。 【8月9日/15 10】 現視研部室では、原口が荻上をねちっこく説得していた。 「このままミナミ印刷から原稿をいただいてもいいんだよ。最悪、同意がなくてもね」 押し黙っている荻上。原口は言葉を続けた。 「ほら、笹原君だっけ? ボクが友達の編集者に掛け合って就職を便宜してやってもいいんだよ」 「!」荻上がハッとした表情で原口を見たが、すぐに、「そんなことをして喜ぶ人じゃありません!」と目をそらした。 見守る沢崎のトランシーバーから、ノイズまじりの音声が流れてきた。 『現視研らしき人物を講堂前で発見の情報あり、柔術サークル、野鳥観察同好会は現場確認に急行せニョ!』 「二ョ!?」原口、沢崎、荻上の3人は思わずハモった。 【8月9日/15 25】 咲は、サークル棟内でも人の気配が無い、1階角の空き部屋の前に来ていた。 屋内を見回っていた柔術サークル、野鳥観察同好会は、朽木の虚偽情報でおびき出してあり、この場所までくるのは容易だった。 カチンッ、カチンッ、カチンッ……。咲は物憂げな顔で、久々に手にしたジッポーのフタを開け閉めしている。 「あの日」以来、ジッポーは自分を戒めるためにカバンの中に入れてあった。それを、こんな形で使うとは……。 カチンッ、カチンッ、カチンッ……。無意識の動作は続く。携帯が鳴った。電話の向こうから「ねーさん、準備できたよ」と、恵子の声。彼女は咲とは別の場所で、同じ行動を取っていた。 サークル棟内で小規模のボヤ騒ぎを起こそうというのだ。周りに延焼するものがないことを確かめ、壁にはバケツで水を掛け、児文研からいただいた古い雑誌や、廊下に放置されているゴミをかき集めて置いた。 カチンッ、カチンッ、カチンッ……。電話をしながら、視線は燃やす対象物をうつろに見据えている。 咲は、「お前、本当に建物を燃やすなよ。煙が出て報知器が作動すればオッケーなんだからな」と軽口を叩いた。 「ダイジョーブよ!」と返事する恵子に、携帯を持つ咲の手の震えは見えるはずもない。 15 30。時間だ。 咲は意を決してジッポーに火をつけた。種火になる新聞紙に火を移し、雑誌の山の横へと投げた。徐々に火が燃え移る。 (あの時と同じだ)ゴミ置き場を燃やした時と同じように火は古い雑誌を瞬く間に焼きはじめた。自分は近場の漫研へ逃げなければならない。 しかし、足が固まったように動かない。咲の瞳に火の赤が映え、そこから目をそらすことができない。ガクガクと足が震えはじめた。 火が炎に代わっていき、熱が足下や頬に伝わってくる。十分に周囲との間隔を空けているから延焼こそ起こさないが、煙が廊下を満たしはじめた。 ジリリリリリリリリリリリリリリリリリッ! 火災報知器のベルと同時に咲は、恐怖にかられて「コーサカッ!」と叫んだ。その瞬間、後ろから腕を取られ、引っ張られた。 「こーさか?……」 振り向くと、そこには真っ赤なマスクの男が。あっけに取られる咲。 「質問無用。早く漫研へ行って!」男は咲の手を引いて階段まで連れて行き、また煙の中へと姿を消した。 【8月9日/15 30】 火事の記憶が恐ろしいのは、咲だけではなかった。 「ひっ!」火災報知器のベルが鳴り出した瞬間、サークル自治会室では木村が極端に反応してうろたえだした。 前回のボヤ騒ぎの時に迅速的確な指示をくれた北川百合枝は、すでに卒業している。自分の任期にあのような事件がないように祈っていた木村の願いは破れた。 タイミングの悪いことに、夏期休講中で、ちょうど自治会室には自分しかいない。 手もとの無線からは、事実確認を求める連絡が相次いでいる。1階に煙が充満しているとか。火元は1階だとか、3階だとか。炎が強くて初期消火ができないとか。デマを含むパニクッた怒声が次々に流れてきた。 木村は震える手で放送を流しはじめた。 『か、か 火災が発生! か 館内の人は迅速に建物の外へ避難するように! これは訓練じゃない!』 「木村ではボヤ騒ぎに対処できない」という、咲や笹原の読みは当たった。おまけに朽木が無線にデマ情報を流して煽っていたのだ。 けたたましく鳴り続けるベルと、うっすらと流れてくる煙の中、笹原は4階から3階に降りてきた。 「煙が……火が強くないか」と心配しながら、廊下の向こうの現視研部室に目を凝らした。ちょうど、赤いマスクの男が部室のドアが開けて中に入ったのを見た。笹原は物陰に身を隠す。 ボヤ騒ぎに乗じて見張りを遠ざけ、荻上を奪還するという予定だったが、マスク男が一人同行していることに笹原は戸惑った。 赤い男の指示に従って原口が廊下の向こうへと走って避難していった。間を置いて、赤い男と沢崎が、荻上を連れ出して廊下に出てきた。 廊下の向こうを見守る笹原だが、ふと人の気配を感じて後ろを振り向くと、一緒にスージーが隠れているではないか。 「うわ! いつの間に?」と慌てる笹原にスージーは、廊下の方を指差した。笹原がその指の先に視線を戻すと、赤いマスク男がこちらを向いて、手招きをしている。 「味方?」 その時スージーが笹原の背中を押して、「スリヌケザマニカッサラエ!」と声を掛けた。 「あ、っは、ハイ!」笹原は弾かれるように、廊下の向こうの荻上に向かって走り出した。 赤い男は、後ろから走り寄って来た笹原に荻上を受け渡すように道をあけ、荻上の背中を押して「走れ!」と叫んだ。 瞬間、後ろから笹原の手が、荻上の手を取った。荻上は一瞬戸惑ったが、握った手が笹原のものだと気付くと、一緒に、懸命に走り出した。 廊下には、呆気にとられた沢崎だけが残された。気が付くと赤い男もいない。 「あ……え? えーーーーっ!?」 笹原と荻上は息を切らしながら走る。3階から2階へと駆け降りた時、2階トイレ前に斑目が立って、大きく手招きをした。 笹「斑目さん!何でここに!」 斑「説明は後! このまま普通に漫研へ逃げ込んでも、すぐに見つかるぞ。俺が時間を稼ぐから!」 その横で荻上は、スージーに女子トイレの中へと引っ張りこまれていた。直後に中から、「何するの!」「きゃあっ」「嫌ぁんっ」「あぁんっ!」と、荻上の悲鳴が聞こえてくる。 笹原と斑目は、顔を見合わせて頬を赤くした。 火の付いた雑誌類が見つかって消火された後、緑色のマスクをかぶった男達がサークル棟内に次々と入り、逃げた荻上を探しはじめた。 一方、サークル自治会室では、木村が電話で大学事務局に報告を行い、報知器の誤作動とデマによる混乱だと必死で弁明をしていた。 まだ煙が立ち込めている1階の非常口から、スモークを振払うように男女が飛び出して来た。一人は斑目だ。 4階児文研で待機する朽木のトランシーバーにも、“荻上千佳発見!現視研の男性と思われる人物と正門へと逃走…”と通信が入ってきた。 【8月9日/15 45】 斑目は追っ手から逃れて、学内の林の道へ逃げ込んだ。その先は昼に訪れた稲荷がある。 2人は、ほこらの前に座り込む。斑目は、「上手いことまいたかな」と声をかけたが、荻上は笹原の持っていた帽子を目深にかぶり、息を切らして言葉が出ない。 直後、ザワザワザワ……ッと、木の葉の舞う音がしたかと思うと、2人を囲む四方から、黒尽くめの衣装に緑のマスクをかぶった男達が駆け寄ってきた。 「椎応甲賀流忍術同好会推参!」「何でそんなもんまであるんだよ!」思わず速攻で突っ込む斑目。 「これも活動費用助成の為、許せ」と同行を促された“荻上”がスッと立ち上がり帽子を脱ぐと、ブワッと金髪が風にたなびき、その奥から目つきの悪い碧眼が現れた。スーだ。 背格好が荻上に似ていることから衣類を交換。斑目と一緒に囮になったのだ。 「うわっ騙された!」がく然とする忍に、スージーはカタコトの日本語を発した。 「キミノオトウサマガイケナイノダヨ!」 「図ったな現視研ーッ!」 ネタは理解できるがついていけない斑目は、「肌の色で気付けよ」と、脱力するばかりであった。
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Zせんこくげんしけん3 【投稿日 2006/03/16】 せんこくげんしけん 斑目とスージーが囮になっている間に、笹原は荻上を連れて廊下をひた走り、息を切らせて漫研部室前にたどり着いていた。 荻上は、スーが着ていたひざ丈の短いワンピースを身にまとっている。(恥ずかしい…)スーと服を取り替えてトイレから出て来た時も、笹原の視線を受けるのがつらくて仕方がなかった。 一方の笹原も、普段は見ることのないその姿に思わず見とれてしまう。淡い青のワンピース。スカートから伸びた足は、夏の陽差しをほとんど受けることなく過ごしてきただけに、白く透き通って見えた。 ドアを叩きつつ、「結構似合うんじゃないかな……それ」と思わず口にする笹原に、荻上は「そんな事絶対ありません!」と、裾を両手で抑えながら真っ赤になって否定した。 漫研には既に、咲と恵子が逃げ込んできていた。笑顔で迎えられた荻上はホッとしたものの、「ご迷惑かけまシタ……」と小さく呟き、なかなか顔を上げることができなかった。 【8月9日/15 50】 荻上は、高柳に礼を述べている笹原の姿を目で追いつつ、部屋の隅、つまり窓際で両膝を抱えてうずくまっていた。1年生の春、口論の末に自分が飛び下りた場所だ。記憶がよみがえり、震えた。 (結局、自分のせいで皆に迷惑がかかったんじゃないのか? この漫研から出て行って、現視研もなくなって、皆に迷惑かけて…)自分を責める言葉が心の中で反芻された。 その時、「荻上…」と聞き覚えのある声に呼ばれて、体がビクッと反応する。漫研の女子2人が目の前に立っていた。 (結局逃げたところで、ここも私にとっては敵地じゃないか…)緊張する荻上に掛けられた言葉は意外なものだった。 「ハラグーロに負けちゃだめよ。現視研はあんたに合った場所なんだろうからさ」「せっかく納得して描きたいと思ったんなら、頑張んなさいよ」 共通の“敵”がいることもあって、言葉には優しさも感じられた。荻上は目を合わせられないものの、うつむいて、「ハイ…」とだけ答えた。 漫研女子らが「偵察」のために出て行った後、大野が荻上の傍らに腰掛け、「良かったですね」と声を掛けた。 「私いつか、言いましたよね。“全員が仲良くできるわけじゃない”でも“全員をひとくくりにして嫌うことはできない”って」 「……」 「こうして、対立してた人だって心を開いてくれることもあるんですから……。かたくなにならずに、私たちにもっと甘えたっていいんですよ」 わだかまりがほんの少し解けた荻上は、涙ぐんで小さく震える。大野は笑顔で荻上の肩を抱きしめた。 その様子を遠目に眺めていた高柳は、笹原に向き直り、「大野さんは優しいねぇ…。いや~最初は押し付けるようにしてお願いしちゃったけど、荻上さんを現視研に入れてもらって良かったよ~」と笑った。 【8月9日/16 00】 児文研部室で監視体制に入っている朽木から、笹原の携帯にメールで入電があった。 “所属不明の乗用車西門から接近デアリマス” 西側を守る新現視研派の無線が、パニック状態を伝えているという。西門に立っていたマスク男達の静止を振り切り、軽乗用車が大学内に侵入。サークル棟に向かって暴走しているというのだ。 笹原は、周囲の皆に、「何かがこっちに向かってきてるみたい」と伝えた。「来た!」と大野が叫び、隣の荻上が転がらんばかりの勢いで立ち上がる。 反撃が始まろうとしていた。 軽乗用車は久我山の会社の営業車だった。 久我山の隣には、コスプレ衣装を持参した田中が乗っている。斑目の求めに応じて、OBが立ち上がったのだ。 「むむ 無茶だよこんなの~」ハンドルを握りながらも泣き言が出る久我山。車内のカーステレオからは、「サンバ・テンペラード」(by大野雄二.カリ城)がけたたましく鳴り響いている。 車はあり得ない動きで大学内の階段を上り、マスクの男達の静止を振り切って、サークル棟入り口まで突入した。 ほとんど激突しそうな勢いで、入り口の階段前に急停車したクガピーカー。これ以上は車では進めない。周りからはどんどん緑マスクの男達が駆け寄ってきた。 携帯で「すす スミマセン納品は ああ、ら 来週に~」と泣きを入れる久我山。田中は車を降り、目前の階段に飛び移るように駆け出した。 小さな車に男達が飛びかかり、久我山は早速取り押さえられた。 「久我山ッ!」田中は一目だけ振り向くと、後は必死で2階まで駆け上がり、漫研の部室にたどり着いた。 田中を受け入れ、ドアが閉められた直後、部室の前には追っ手が迫っていた。 「開けなさい!」「開けろ!」「自治会からキー借りてこい!」 怒号が飛び交う漫研部室前。騒然とする中、コスプレカップルが向き合った。 息を切らしながら田中が、「おれたちも何かやらないとな……、大野さん達だけに無理はさせられないよ……な、会長」と声を掛ける。 「ありがとうございます!」 大野は感極まって田中に抱きついた。 2人の抱擁を目の当たりにして、赤面する笹原と高柳。 高柳「あぁ~、短い夢だったなァ…」 笹原「高柳さん?」 大野「あの~、窓のカーテンで仕切りを作ってくれませんか」 高柳&笹原「仕切り?」 【8月9日/16 05】 漫研部室のカーテンが取り外され、両端を咲と恵子が持って間仕切りをした。大野はその奥で、田中が持って来たコスチュームに着替えはじめた。 荻上はさすがに立ち上がって、「こんな時にもコスプレですか!」と声をあげたが、カーテンの向こうからは、「こんな時だからです!」と強い語気が返ってきた。 「こんなことくらいしか出来ないけれど、私なりに囮にでも何でもなるつもりです。私、会長ですもの!」 ほどなく、裾や袖を短かく切り詰め、肩も露わな和装の大野、いや、くじアンの如月副会長の決戦仕様が姿を現した。 大野は、「おお~っ」とどよめく周囲には目もくれずに、いつもの黒大野マスクを口元に着用する。まるで“ギンッ!”という効果音が入ったかのように劇的に目が据わってきた。 高柳「大野さんのコスプレ見られたのはいいんだけど、あのマスク何なの?」 笹「ははは…(汗) 「咲さんにも会長用を持って来てますよ!さあ!さあ!さあ!」 大野の圧力に青ざめる咲。「イヤ私ガ着ル必然性ナイシ…」 「そんなこと言わずに。気持ちが乗ってくるって!」と語る田中も、すでに「英国与太郎哀歌」なるホラー漫画の主人公のコスチュームに着替えていた。 真夏だというのに血のように真っ赤なロングコートを羽織り、丸ブチのメガネをかけ、意味不明の紋章が入った白手袋をして、馬鹿でかいモデルガンを手にしている。 田中はニコニコとしながら、大野の対となる「会長コスチューム」を広げてみせた。 「田中テメエ…!」 しかし咲は、田中の足もとに置いてあった会長コスの“一部”に目をとめた。 (これ、前にも付けたやつだ…)アニ研主催のコンテストで着用したことのあるヘルメットと手甲だ。(これなら…!) 咲は周りに、「これだけだよ!“実用的”だから!」としつこいほど伝えた後、(実用、実用…)と自分に言い聞かせて手甲を装着。さらにヘルメットを深々とかぶった。 「せっ…先輩っ」と驚く荻上に、咲は「あー見るな見るな!」と叫んだ。 「Is there my costume?」 「アタシもなんか着たい~」 さしもの田中も、アンジェラと恵子のコスまでは想定していなかった。 「何だよツマンネ~ッ!」 この恵子の言葉と同時に、「ドドンッ!」と漫研部室のドアが破られた。 【8月9日/16 30】 漫研部室にマスク男が侵入した。廊下に2人控えている。黒のマスクに黒のアマレス姿。最初に現視研部室に乱入した「黒い三年生」だ。 入り口に一番近い位置にいるのは大野だった。「?」対峙しているのがコスプレ女とあって、侵入者の動きが止まる。 「田中さんッ、残雪ッ!」 阿吽の呼吸で田中が投げ入れた日本刀「残雪(模造)」を手にした大野。黒マスクは思わず後ずさりする。 大野は普段から心掛けている“キャラの内面を再現する”意識を極限まで高めていく。荻上も思わず立ち上がり、笹原の後ろへ身を隠すほど、周囲の空気が変わってきた。 鞘に納めたままの残雪を腰に据え、膝にタメをつくり、姿勢を低くして、いつでも抜刀できる姿勢になる。長髪と風邪マスクの間からわずかにのぞく瞳は、いつ人を斬り殺してもおかしくない殺気をみなぎらせている。 もちろん実際の殺傷力は皆無に等しい。目的は威嚇だ。 緊張感が張りつめたところに、大野の後方から田中のハンドガンが火を噴く。「バッ!」と白い粉が舞い、黒マスクがうずくまった。目つぶしだ。 「腹くくるかッ!」 咲がうずくまる男の背中を蹴り越え、廊下に飛び出した。黒マスクがお約束を叫ぶ。 「俺を踏み台にし……」次の瞬間、恵子、笹原、高柳が黒マスクを取り押さえた。 咲はタイトなスカートもあらわに跳躍して廊下の黒マスクの目前に着地した。 ビビって先手を仕損じた相手の目前で舞うように身体を反転させ、体重を乗せた裏拳で殴りつける。手甲がヒットして2、3歩引き下がったところに、「腕が伸びて見える」「斑目を幸せな気分にさせた」グーパンチを叩き込んだ。 慌てるもう1人に、田中が再び「目つぶし」を当てて動きを封じた。「ぅわはははははははッ!」攻撃を加えながら、爽快感に思わず笑いが出てしまう咲。大野&田中はドン引きだ。アンジェラは観戦に徹して呑気にはしゃいでいる。 荻上「何かヤなことでもあったんでしょうか?」 笹原「あー…。最近忙しそうだからね、ストレスが……」 「これはたまらん!」黒い三年生が思わず引き下がる、笹原らに捕らえられた一人も後ろ手に縛られたまま放り出された。 しかし、廊下の向こうのからは新手のマスク男が集まりつつあった。 新手のマスク男たちは、「あ゛~~~~」「う゛~~~~」と低いうなり声を上げながら、ゆっくりと、不規則な足取りで歩いてくる。 腕は力がなく垂れ下がり、マスクの下は普段着だが、みな浮浪者のように薄汚い。 彼等は「ジョージ・A・ロメロ版リビングデッド研究会」、通称「ゾンビ研」だ。力は無いが数は多い。このままでは数に飲み込まれてしまう。 大野「こんなサークルあるの?(汗」 咲「今度のはキモイな……表出るよ!」 咲の号令で、田中がゾンビ研の群れに向かって目つぶしを乱射。続いて恵子が廊下の消化器を発射し煙幕を作った。 【8月9日/16 40】 大野を旗頭に反撃が開始されたことは、現視研部室のトランシーバーから伝えられ、原口と沢崎はかじりつくように聞いていた。 荻上の原稿自体は、ミナミ印刷からキャンセルとして騙し取ってある。すぐにでも印刷にまわせばいい。 「しかし、今後必要なのは“作家”荻上千佳を確保することなんだよ」と、珍しく原口が焦りを見せた。 その時ガチャリと、部室のドアが開き、ゆら~りと朽木が姿を現した。 「!!」驚く原口「どうやってここに!?」 朽木「ふふふ、我輩は実体を見せずに忍び寄る白い影」 沢崎「いや見せてるし」 漫研前の戦線が中庭へと移っていく中で、見張りも参戦&野次馬で居なくなっていた。朽木は軽々と児文研部室から現視研部室までやってきたのだ。 朽木は異様に鼻息が荒い。乱闘という「お祭り」が眼下で始まったというのに、自分だけ盗聴や後方撹乱ばかりやっているのが耐えられなかったのだ。 「ワタクシのテンションは今ッ! アニ研を抜けて現視研に入部した時代に戻っているッ!女に手を挙げ、盗撮もやってのけたあの当時にだッ! 無遠慮!不道徳!そのワタクシが貴様を倒すニョーッ!」 と威嚇する。 呆れる原口は、「沢崎くんたのむよ」と後ずさりする。 ゆらりと立ち上がり、朽木の前に立つ沢崎、背後の原口に視線を向けて、「……彼はココの入会テストのゲームでも、俺に頼りっぱなしでしたからね。負けはしません」と余裕を見せた。 にらみ合う“同期”の2人。朽木は部室のゲーム機を目で差した。 2人の思い出のゲーム、現視研初入部時にプレイした「ドラキュリーナハンター」での勝負が始まった。 【8月9日/16 42】 斑目は、顔を赤らめながらサークル棟へと走ってきた。囮となって走り、『もう歩けない』などとゴネるスージーをお姫様ダッコで連れて来たのだ。 サークル棟に近づいた時、中庭の乱闘に出くわした。「うわ、凄いことになってるな」と呆気にとられた。 ゾンビ研を相手に、咲を中心にして田中や大野が暴れている。恵子まで角材を持って立ち回っているではないか。 (笹原の妹だけはシャレにならん気がする) スーが斑目のもとから飛び降りると、サークル棟に向けて手を振っていた。 斑目が視線を移すと、アンジェラが陽気に手を振りかえしてる。高見の見物を決め込んでいるようだ。 「なんなんだこの外人は?」 しかし斑目を最も驚かせたのは咲の格好だ。咲は“律子・キューベル・ケッテンクラート”会長のヘルメットをかぶって乱闘しているのだ。 斑目が憧れ、大事にしている「最後の砦」が、今、目の前で躍動していた。 「かっ…かっ、春日部さんっ!?」思わず声が出る。 呼びかけに気付いて振り返った咲は、「あ、斑目、ちょっ!見るな!」と動揺する。 次の瞬間、咲は死角から竹刀による“突き”をヘルメットに受けた。同調サークルの剣道マスク男が増援に駆けつけたのだ。ヘルメットが飛んだ。 それでも咲は続くゾンビ研を2、3人殴り倒すが、剣道マスク男と対峙しつば迫り合いの要領で突き倒された。 「げっ!何しやがる!」 斑目は思わずゾンビ研の群れや竹刀をくぐり抜け、咲の所へと向かう。咲の手を取って引き起こそうとする時、「邪魔だ」とばかりに背中に竹刀の一閃を受けた。 「!」驚く咲。 「アンタ喧嘩できないんだから、見てればいいのに!」 「イテテ、女を前線に出して見てるわけにゃいかんでしょ」 「また、オタクくさいことを」 咲が気が付くと、田中、大野、恵子も包囲されている。 斑目は何とか咲の縦になろうと前に立つが、何とも頼りない。 「もういい加減にしろよ現視研ッ!」苛立ちのこもった竹刀が咲と斑目めがけて振り上げられる。思わず目をつぶる咲。 バシィッ!と激しい打撃音が響いたが、痛みは無い。目を開けると、剣道マスク男と自分達の間には、ポスターケースで竹刀を受け止めている高坂が立っていた。 瞬間「1stガンガルの予告編BGM」が高らかに流れはじめる斑目の脳内。オタクらしい連想は悲しい性だ。 「遅くなったね、咲ちゃん」 コスプレカップルを追撃していた剣道マスクも加わり3対1となるが、高坂はバッグをシールド代わりに巧みに竹刀を受け、かわす。 決して攻撃は加えないが、動き回って軽くいなすうちにマスク男の息が上がって来た。 そのうち、「げ、現視研の新手は化け物か!」と肩で息をし、その場にひざまづいた。 田中は、「相手は慣れないマスクを防具の下に着用している。呼吸が苦しく、しかもこの猛暑だからスタミナの消耗は激しい。しかし徹夜作業を経てこの運動量とは……」と、この手の展開にありがちな解説役になっている。 その隣で恵子はウットリと高坂を見つめていた。 【8月9日/16 47】 乱闘騒ぎのざわめきが外から聞こえてくる中、屋内はカチャカチャカチャカチャという操作音が支配している。 男2人が黙々と画面に見入っている。余裕があったはずの沢崎だが、次第に表情が曇りはじめた。 「ば、ばかな……」沢崎はついに3連敗で朽木に惨敗した。 現視研で時折、高坂らに揉まれてきた朽木の経験値が、ただ破れ去っただけの沢崎との差になって現れたのだ。 無言でがっくりとうなだれ、ふらふらと部室から出て行く沢崎。 原口「あ、沢崎くん? おーい…」 よほどショックだったのか、原口の呼びかけにも反応せず、沢崎の姿はドアの向こうに消えた。 朽木「沢チン、僕と一緒に現視研に戻っていれば、こんな事にはならなかったのに……」 【8月9日/16 50】 沢崎は、朽木に破れ、フラフラと階段前のテラスまで来ていた。まだ中庭の乱闘は終わりそうにない。しかし、沢崎の戦いは一足先に終わった。 (負けた。またも部室を追われてしまった) 敗北感に打ちのめされ、テラスのイスに腰掛けてうなだれていた。 「沢崎君……」 目の前に誰かが立っている。沢崎は、蚊の鳴くような声で、「ほっといて下さい……」と呟く。 「アニ研に帰らないのかい?」 沢崎が見上げると、赤いマスクをかぶった「メキシコ文化研究会」の男が立っていた。 「アニ研も裏切って原口さんについた僕に、居場所はないんです……ん?」沢崎は途中で何かに気付いた。赤い男はしゃがれた声色をやめていた。 赤い男は、不自然に身ぶり手ぶりを加えて、上手く伝えられない自分の気持ちを語りはじめた。 「えーと、“あの時”は、俺に力がなかったんだ……。こんなことを人と話すなんてあまり無いから、何と言ったらいいのか分かんないけど。ともかく……君を守って引き止められなくて、ゴメン」 「ああ……、やっぱり“会長”でしたか……」 「もう、二代も前の“元会長”だけどね」 赤い男は話を続ける。 「でも、どうか春日部さんを恨むのはやめてくれ。彼女は昔とは違うんだ。俺らのことをある程度は理解して、朽木君みたいなキャラでも受け入れる心の広さがあるんだ……優しい人なんだよ……」 沢崎は、「好きなんですね」とポツリ呟いた。赤いマスクがさらに赤く染まったように見えた。 「俺なんかに言えることじゃないけど……。居場所ができなかったことをいつまでも悔やむより、新しい居場所を切り開いていってくれ……」 赤い男に、沢崎は、「あなたは……どうなんですか?」と尋ねた。“彼”だって前向きとは思えないのだ。会社からいつも部室に来ては入り浸っているではないか。 赤い男は、「あ、俺?……そうねえ。いつもと変わらないけど、“自分で切り開く”ってことは、ほんの少し分かってきた気がする」と答えた。 「そうすか……。あ、近藤さんはアニ研の部室に閉じ込められています。助けてやってください」と語り、沢崎はゆっくり立ち上がった。 そして赤い男に頭を下げて、再び顔を上げたとき、「あなたがそうなら、俺も、ちょっと頑張ってみます」と微かに笑った。
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Zせんこくげんしけん3 【投稿日 2006/03/18】 せんこくげんしけん 【8月9日/16 55】 中庭の戦場に、木村自治委員長が駆け付けた。 「旧現視研はすぐに抵抗をやめろ! サークル活動全体に迷惑をかけてはいけない!」 だが、抵抗をやめなくとも多勢に無勢。咲たちは放っておいても数に負けてしまうのが目に見えていた。木村は騒ぎが大きくなりすぎて、大学側から目をつけられたことに焦りを感じていたのだ。 現視研メンバーは、すでに大勢の緑マスクに囲まれていた。バットを持つ者、ドラムスティックを振りかざす者、カメラを構えている者……。 (カメラ?) 「テメー撮るんじゃねェ!」咲が思わずカメコマスクに向けて拳を握りしめる。その隣で斑目は(あー、この乱れた姿もイイかも。写真売ってくれんかなぁ)と妄想した。 田中は大野をかばいつつ弾倉を確認。弾はほとんど残っていない。高坂に、「高坂なら12機くらい3分足らずで倒せるんじゃないか?」と軽口を叩く。 高坂はニコニコしながらも、「ガンガル1機じゃあ戦局は変えられませんよ」と、厳しい見方を伝えた。 恵子が、「やーん、コワーイ高坂さん」と寄って来たが、手にはしっかり角材が握られている。 投降するように呼び掛けようとした木村だったが……その瞬間、「あんたたち、いい加減にしなさい!!」との怒声が聞こえ、彼は固まった。 木村の怯えた視線の先、マスク男達も思わず左右に散ったその先に、北川元副委員長がいた。ひよこのエプロンをして、包丁を握ったまま仁王立ちしている。 「北川さん!」大野が思わず叫ぶ。北川と呼ばれた彼女は、「もう名字違うけどね」と苦笑した。 一方、木村はヘビに睨まれたカエルそのものだ。何も言えない、動けない。 「木村くん……サークルの整理は慎重にやるべきね。利益を得るために1つのサークルを犠牲にするなんて言語道断よ!」北川の喝が飛ぶ。 咲が、「コイツ慎重だったか? うちを狙い撃ちしてなかった?」と、指差しながら大野に同意を求める。大野は焦って否定し、「ダメですよ咲さん。今アノ人こっちの味方なんだから静かに!」と説き伏せた。 北川の「聞こえてるわよソコ」に、大野と咲は固まった。 【8月9日/16 57】 沢崎を下した朽木は、テレビ前のイスから立ち上がり、ギラリと原口をにらむ。 「大将首取ればボクチン大手柄だにょー」 「何なんだ? 何で現視研にはこんな変なのばかりが集まるんだ?」 原口は撤退しようとしたが、廊下には、笹原と荻上が立っていた。咲たちが漫研から追っ手をおびき寄せている間に、彼等はあえて部室へと戻って来たのだ。荻上をかばうように笹原が前に出ている。 荻上の姿を見て、「戻って来てくれた……わけじゃないよねぇ」と笑う原口、「僕はプロとのつながりがあるし、801でブームを演出してきた。ツテを使えば君もプロにだってなれるんだよ。僕のもとで描かないかねぇ?」と食い下がる。 「君の同人誌のようなクオリティで、こんな生産性のないサークルにいたって、何の特にもならないよ」 荻上は、今度は動揺することもなく、「お断りです。このサークルだから描けるんです」と、原口への視線を外さずにキッパリ答える。 「どんなに大物作家を使ってブームを演出しても、たくさんの可愛そうな同調サークルの人たちを操って脅しても、キャラへの愛情がなければ萌えられないし描けないもの……」 原口のニヤ付いた目は変わらない。が、目は笑っていない。 笹原が口を開いた。 「作家のやる気をなくさせるのは編集者として最悪だと、久我山さんに言われたことがありました。今日のあなたは、荻上さんの気持ちを理解せず踏みにじった。……最悪です」 ちょうど、笹原や荻上と反対側の廊下から、赤いマスクをかぶった男が歩いて来た。赤マスクが原口に対峙する。 「そういうことッス。現視研はヌルいかもしれませんが、ヌルいなりに頑張ってるんですよ」 笹原と荻上が目を丸くして赤マスクを凝視する。思わず自らの口を塞ぐ赤マスク。 気を取り直して笹原は、「原口さん、あなたはオタクを消費者としか見れなくなっていたんだ。ここは、生産性とか関係なく、ヌルい仲間が集まる居場所じゃあダメなんですかね……」と呟いた。 「はぁ~」原口は深くため息をつき、「やはりどうにも理解し合えないねぇ。ヤメヤメ。この先も皆が上手くいくと思って提案したんだけどね~」と、お手上げのポーズをとっていた。 「負けた」と言わないのが彼らしいと、笹原は思った。 【8月9日/17 10】 こうして、サークル棟の乱は幕を閉じた。 木村と同調サークルの代表者、そして原口と沢崎も、大学事務への陳謝と事情説明のために連れられて行った。彼等を連れて行くのは、証言者として名乗り出た高柳と、無事解放されたアニ研OBの近藤だ。 その様子を見届けた旧姓北川だったが、彼女に事態を知らせてくれたのは、現視研の初代会長だった。 「あの人、何でうちの住所知っていたのかしら……」と、背筋の寒くなる思いがした。 久我山が汗だくになりながら走って来た。田中のもとに駆け寄る。 「久我山、無事だったか!」 「あ、うん。北川さんが来てくれたおかげでね。あ あの人、この近くに住んでるのかな?」 斑目が、「ホラホラ、卒業しても近くに住んでいる人はいっぱいいるじゃねーの……」と北川(旧姓)を指差すが、田中からは、「お前は別格だ。悪い意味で」と即否定された。 同調サークル側の量産型、いや、緑マスクの男達は、それぞれ大野の所まできて謝罪し、パラパラと解散していく。 「何で大野さんのところに?」といぶかしむ笹原に、「会長だからでしょう」と荻上。咲は「スケベども」と吐き捨てる。 高坂が歩み寄ってきた。 「咲ちゃん大丈夫?」 「あ~ん、コーサカ遅い~っ!」と甘えた声を返す咲。横でジト目の斑目が、「さっきと全然キャラ違うぞ」と突っ込んだ。 瞬間、「ッッッ!」足の甲に激痛が。咲が斑目の足を思いっきり踏み捻りながら、高坂の元へと駆け寄ったのだ。 カッコ良いところを見せること無く、高坂と咲の抱擁を見せつけられた。しかし、トコトコと寄ってきたスーが、斑目の手をしっかと握った。 慌てる斑目にスーは無表情のまま、「HETARE also often held out today. (ヘタレも今日はよく頑張った)」とねぎらう。しかし斑目に意味が分かる訳がなく、むしろ「ヘタレ」だけが分かってヘコんだ。 「おぉ、斑目それ……」と、咲にスーと握り合った手を指摘された斑目は、「いや、これは違っ…!」と、嬉しさ半分、恥ずかしさ半分で否定する。 「うふふふ、スーになつかれるなんて、なかなかありませんよ斑目さん」と笑う大野も、田中としっかりと寄り添っている。 この様子を見て面白くなさそうなのは恵子だ。 「斑目まで……みんなベタベタしやがって。あのデヴをシメそこなうし、気が収まらん!」 【8月9日/17 30】 無事に取り戻した部室に、部員とOB3人、アメリカ人2人が揃う。「今回は助けてくれたOBを立てて……」と笹原提案で斑目中央の上座、左右に田中、久我山が控える。「よっ、主賓何か挨拶しなよ」と咲が茶々を入れる。 朽「挨拶よりですね、先輩アレを!」 斑「え? あー…じゃあ、第39回荻上さんと部室奪還できてよかったね会議~!」 荻「なんかソレ、私が39回捕まったように聞こえるんスけど……」 田「そこは流せ」 大「そうですよ。せっかく無事に助け出してもらったんですから何度だっていいじゃないですか」 荻「いや、1回で十分です」 咲「まあ、荻上は感謝こそすれ、突っ込む立場じゃないよな(ニヤ」 大「そうですよ。だからお礼を兼ねて皆さんの前でコスプレを!」 荻「アナタハソレシカナイノカ(汗」 大「冗談ですよ冗談」 外人&大野を除く一同(ぜってー本気だった) 大「でも、助けてくれた本人にはお礼を言うべきですよ。ねっ!笹原さん!」 荻「………」 笹「え? あー、いや俺は別に……」大野が(このオトコは~!)と憤る。 恵「お礼代わりにさ、一発ヤラせてあげたらいいんじゃねーのォ?(超けだるげ」 一同ドッ引き……。恵子は相当フラストレーションが溜まっている。 久「い 妹キャラって本当に幻想なのかな……。白衣の天使も、幻想だったし」 斑「まーまーまー、ヤルとかそういう話はこっちに置いといてね」 田「そうそう。外人さんも大変な時に来たね、ねえ大野さん(棒読み」 アン「I will come to see the next chance. 」 大「何か次回も見に来たいって言ってます(汗」 朽「まあ今日は、ワタクシのアシストがビシビシと決まったことが勝因じゃあないでしょうか、ね!」 笹「そうだね。朽木君の通信傍受や撹乱は役立ったよ」 咲「クッチー、その“盗聴”の件で少し聞きたいことがある。後で顔貸せ」 朽「……ハイ……」 田「良くやったと言えば斑目だろ。俺達にいち早く知らせてくれたし」 笹「俺、生意気なことを言ってしまって、スミマセンでした」 久「あ 赤い○星気取りなんだな」 咲「やっぱりそうか、あの赤。私もお陰で助かったよ」 斑「???」斑目には全く心当たりがない。だが、その場の流れに身を任せて力なく笑った。 恵「でもさぁ~話戻すけど、1回くらい交際してあげるとかさぁ。援助だと思ってやってみたら?」 笹(蒸し返すなこのバカ) 咲「交際を援助って、待てケーコ誤解を招く」 荻「何度も言わせないでください! 私がオタっ………」 漫研での大野の言葉を思い出し、少しは素直にならなきゃいけないと思う荻上は、言葉を押しとどめた。 笹&外人除く一同「ん?」 荻「……」 笹&外人除く一同「んん?」 荻「……あ……いや」 笹&外人除く一同「んんん?」 荻「……いえその……今日は、ありがとうございました」頬を染めて礼をいう。 大「やればできるじゃないですか~!」 荻上の様子を見た咲は、この子のために何とかしてあげたいと思った。隣の恵子にヒソヒソと耳打ちする。 咲『ケーコ、アンタの言ってた合宿、行こうか。私もスケジュール空けてあげるからさ』 恵「マジで!」 咲『静かに。アンタの隣(笹原)に聞こえちまう……。ササヤンの就活もあるからちょっと待ってなよ』 恵子は機嫌が良くなり、バンバンと兄の背中を叩く。 「頑張れよアニキ、いろいろとな!」と、気味の悪い笑顔を振りまいた。 荻「なっ……私そんな意味で言ったわけじゃないです!」 恵「何誤解してんの? 就職だよ」 真っ赤になって立ち上がる荻上。「誤解なんかしてません! 印刷所に行きますから失礼します!」 荻上は怒って部室を出ようとしたが、スーが服を引っ張って引き止めた。 荻「?」 大野が通訳しようとするが、頬を赤くして上手く言えない。 「あの…荻上さん? 服を交換した時…勢いに任せて脱がせたから…その…“下”を戻すの忘re○□ッ※ッ…!」 一同赤面(コイツら“全部”取り替えたのか!) 人気マンガの赤ダルマ並に真っ赤な荻上。もうすぐ自然発火しそうな勢いだ。 アン「Oh, It`s Gyororo!」 咲(だれかぁ……誰かこの流れ変えて~) その時、頼れる男が立ち上がった。 高「あ、忘れてた。笹原くん、これお土産」 高坂は持参していたポスターケースをスポッと空けて、中から大判のポスターを取り出した。 高「プシュケの新作ゲームの宣伝用だよ。早刷もらってきたからあげるよ!」 対面の笹原と、並んで座っていた恵子と咲の目の前に、「メガネ」「巨乳」「縞パン」など……あらゆる「記号」が散りばめられた極彩色のポスターが大股開きで展開された。大人数の都合とはいえ、咲は高坂の隣に座らなかったことを後悔した。 固まる一同。ただ荻上だけは、(あの2人、やっぱ仲良くね?)と無限のワープへと旅立とうとしていた。 咲(この流れも嫌ぁ……誰か助けて) 笹「あー、ああ、そうそう。大変でしたよね、僕たちいろんなサークルに追われて(凄く取り繕うように棒読み」 田「なんか部室のマスターキーが欲しくて網張ってたらしいな。大野さんが捕まらなくてよかったよ」 大「え? 私ですか?」 朽「会長でござんしょ、キー持ってるの」 大「いいえ」 久「そ そういえばココ、ちゃんと戸締まりしてないよね?」 笹「じゃあ誰が持ってるんだろ」 斑「あ……」 にこやかな高坂、外国人、ワープ中の荻上を除く一同(あんたかよ!)。 【8月9日/18 20】 皆が解散した後、斑目は屋上に来ていた。もうすぐ沈もうとしている夕陽と、赤く染まる雲を見ていた。 騒動が終息して大学は人の気配がなくなり、足下に広がる林の奥からはカナカナカナ……と、ヒグラシの寂しい鳴き声が聞こえてくる。 誰かが屋上にやって来た。 振り向きはしないが、気配……いや、時折感じていた違和感、既視感で誰かは分かっていた。 斑目は振り向きざまに、「よくココが分かったな」と言った。 そこに立っていた赤いマスクの男は、「そりゃあ分かるさ。“この日、俺もここに立ってたし”」と語り、マスクを脱ぐ。「イテテ、コンタクトなんて面倒で嫌だな」などと、ブツクサ言いながら、メガネを取り出してかけた。 顔を上げるとそれは、斑目晴信その人だった。 “赤い方”の斑目が、「やあ、“3年ぶり”。そっちはだいぶマシになったな。“あの時”は妖怪みたいだったしな」と愛想良く笑う。 “この時代”の斑目は、「うるせー。お前のせいで大変なことになったんだぞ」と反論したが、結局、自分のせいでもあることに苦笑した。 赤い斑目の手には、原口の持っていた荻上のノートと「あなたのとなりに」があった。ボヤ騒ぎの隙に盗み出したものだ。荻上には赤マスク男の姿のまま、原口が目を盗んで巧妙に複写したものだなどとテキトーに説明しておいた。納得してもらえるかどうかは分からないが。 この時代の斑目は、「初代が言ってた“時間の歪みを修正する働き”って、俺自身のことだったんだな」と納得した。 赤い斑目は、「初代が言うには、今日が大きな分岐点だったそうだ。だから俺は、2002年からすぐに自分の時間に戻れずに、1か月前へと“経由”してきたらしい」と語る。 今日の昼、稲荷のほこらへと続く林の小道にタイムスリップした。初代会長に出会って状況を飲み込み、物陰に隠れた13時15分、この時代の斑目が恵子と一緒に小道を訪れたのだ。 斑目は、事のややこしさと、初代会長の不可解さに首をかしげるばかりだ。そこに赤い斑目が、「1か月後には、お前が俺の役目をやるんだぜ」と語り、もう1人の肩を叩いた。 そのための「宿題」は、たくさんあった。 まず、スージーと最低限の会話ができるようカンニングペーパーを用意。マスク着用の際に使うコンタクトも買って持っておくこと。今回の騒動に関してみんなの動きも確認しておくこと……。 「約1か月後、軽井沢合宿が終わったころに、お前は2002年に飛ばされる。そして次に2005年8月、つまり“現在”に飛ばされる。その時のための事前準備だよ」 ちなみにマスクと衣装だが、原口派を名乗ってプロレス同好会に行けば喜んで貸してくれるという。 斑「赤の専用マスクを選ぶというところが俺らしい」 赤「な! そうだろ!」 しかし、この時代の斑目には納得いかない事があった。 斑「“軽井沢合宿が終わったころ”って、何で現視研が合宿せにゃいかんのだ! そんな暇があったら……」 赤「コミフェス行って同人誌買い込んで○×△□三昧か? まあ待て、決して悪い話じゃないんだからさー」 斑「何でお前は俺のくせにそんなに寛容なんだ? 1か月の間に何が変わった? 笹原の妹になんか弱みでも握られたのか俺?」 頭を抱え、「やっぱりこれは悪い夢なんじゃないか~」と嘆く斑目。 赤い斑目はその肩をポンと叩きながら、「まあ、俺だって、今も夢を見てるんじゃないかと思うよ……。でも軽井沢は事実だ。現実だ。お前もいずれ、自分の気持ちが理解できる」と伝えた。 【8月9日/18 40】 「さてと……」説明を終えた赤い斑目は大きくため息をついた。 「じゃ、ノートと同人誌を焼き捨てよう。そうすれば修正は完了して俺も1か月後に帰れるらしい。そうだ、この時のためにライター持っておけよ」 2人の斑目は、陽が沈み、暗がりが空を包みはじめた屋上でノートと同人誌に火をつけた。 「と~おき~ や~まに~ 日は落ちて~…か」 細い煙が夕闇に吸い込まれて行く。 この時代の斑目は、上っていく煙を目で追って、その先に今日最初の星のまたたきを見つけた。 「あ、星かぁ……おい見ろよ」と視線を落とした時、もう、赤い斑目の姿はなかった。 足下のノートと同人誌は灰になり、涼しい夜風に吹き流されていく。ヒグラシの声も聞こえなくなった。 斑目はもう一度星空を見上げ、ふと何かに気付いてポツリと呟いた。 「あ、明日の俺は会社で怒られるかどうか、聞くの忘れてた……」 【8月9日/19 00】 屋上から降りてきて部室に戻って来た斑目。そこにはまだ咲の姿があった。 斑「何でまだ居るの?」 咲「大学事務局の先生から騒動の事情聴取受けた。北川が私を指名しやがって居残りさ。笹原も一緒だったけど帰ったよ」 斑「荻上さんはどうなった?」 咲「ミナミ印刷所に頭下げにいったけど、予定通りに間に合うって……」 しゃべりながら、バッグの中身を整理する咲。帰り支度のようだ。斑目がその手を見ると、腕のところどころにバンソウコウをはっている。 (凄かったもんなぁ、あの立ち回り……) 彼女は確かに強い。普段の姿からは信じられないが、パンチで2度ばかり流血した覚えのある斑目は実感している。 (それでも、自分の手を傷つけてしまうほどの大暴れとは……きっと脳内でアドレナリン出まくりだったんだろうなぁ) 咲が斑目の視線に気付き、自分の手を眺め、そして斑目の方を見た。 「あのさ斑目」 「ん?」 「1階のボヤの時と、中庭と……、助けてくれて、ありがと」 この斑目にとっては、1階で火が出た時に彼女を助けるのは「1か月後」のことなのだが、「ああ、あのくらいはね……結局カッコ悪かったけどね」と返した。 咲は、「ははは……。まあまあカッコ良かったよ」とニコリと笑う。 その笑顔に魅入られて、「あ…、あっそう?」と、照れた笑いを浮かべる斑目。咲は再びバッグに目を向けて、いそいそと帰り支度を済ませた。 「じゃ、帰るわ」 「あ、1人?」と尋ねる斑目に、「ううん、コーサカが下で待ってるから」と咲は答える。高坂はまた仕事場に戻るのだという。だからせめて、帰り道だけでも一緒に居たいのだろう。 斑目は、「ん。じゃ、本当におつかれ」と素っ気なく、去って行く咲を見送った。 【8月9日/19 45】 斑目は力なくアパートのドアを開けた。今日一日を終え、外で適当に夕食を済ませて帰ってきた。上着をベッドに脱ぎ捨てて、イスにどっかりと腰を下ろし、フゥとため息をついた。 疲れる一日だった。仕事で、ではない。 「ええい、今日一日の異常事態など忘れて、立てよ俺!」 そう、12日からコミフェスが始まるのだ。しかも社会人になった今年は、額こそ少ないがボーナスも入った。これを同人誌につぎ込まないで何に……。 『助けてくれてありがと』『まあまあカッコ良かったよ』 咲との言葉が頭から離れない。斑目は手にしたコミフェスのパンフをデスクに置いた。 【8月11日/12 20】 斑目は今日も部室に弁当を持ち込んで食べている。 校内で大立ち回りが繰り広げられたばかりだが、事後処理は大学とサークル自治会が担い、変わりのない日常が戻ってきた。 もともと夏期休講中なので、外から聞こえてくる蝉の声以外は、人の声もまばらで、サークル棟はひっそりとしている。 斑目は部室に来る途中で沢崎に会った。 ニコリと笑って、「ありがとうございました」と礼を言われたが、心当たりがなくて釈然としなかった。 (俺、何かしたっけか?) カレンダーは木曜日。明日からコミフェスだ。斑目が会場のビックサイトへ行けるのは14日。勤め人がこれほどまでに辛いものだとは思わなかった。 9日の屋上で、焼き捨てる前の荻上さんの本をパラパラと眺めた斑目。今もその内容を思い出すと汗が出てくる。強烈に印象に残るのだ。 「割とハードだったよな……、荻上さん恐るべしってか。確かにひょっとすればプロになれるかも」 801は専門外だが、同人誌を見続けて来た男の直感がそう言っている。ハラグーロはいけ好かない奴だが、その眼力には感心した。 「ん?……ちょっと待てよ」 (もし俺が1か月後、本当に2002年に飛ばされたとして、その時に、荻上さんのバッグからこぼれたノートや同人誌を忘れずに回収すれば、万事オッケーなんじゃネーカ?) 顔中に汗が……「昨日、英語のカンペ作ったり、仕事帰りにコンタクト買ったりライター買ったり、さんざん準備しちまったよ……」 「まあ、本当にそうなるかは、これからの君たちの選択次第なんだから、気軽にね」 不意に声が聞こえてきてビクつく斑目。初代会長が入り口近くに立っていた。 「またこれも僕の仮説だけどね……」 初代が言うには、様々な分岐点で、選んだ選択の数だけ未来は存在するというのだ。 「例えば、荻上さんが次の会長になったり、大勢の新会員が入ってきたり、君が行商人になって全国を旅したり、ひょっとすると君らが戦場で戦っている未来があるかもしれない。もはや、分岐は無限に近いんだ」 さらに初代会長は、「これは時間軸の話というよりも、僕のデータ収集や人間行動学の分析に近いものだけど……」と前置きして笑い、斑目個人の行動選択次第では、意外な人物と親しくなっている未来だってあり得ると語った。 そこに恵子の名前が上がった時は耳を疑った。「それともう一人、かす……」と言いかけた初代に、斑目は思わずその発言を制した。 「イヤー、もういいっスよ。頭がパンクしそうだし。それに“さきのこと”は自分なりに選択して、切り開いてみようとは思ってはいますから……」 初代は微笑み、「フム、前向きだね……。ボクはね。君を2代目の会長に据えた選択を誇りに思うよ」と優しく語り掛けた。 斑目は腕を組み、「そうっスか? それが俺自身にとって災いしてませんかね」と苦笑い。 「幸せになれるよ、少なくとも今の君はね」 「でも初代……あれ?」 もうすでに初代の姿はなかった。 「いないし…」 ガチャ、と部室のドアが開き、咲が顔をのぞかせた。 「……ひょっとして独り言? キモ!」 【8月11日/12 35】 咲は店の準備が一段落した帰りだという。今日は表情が明るい。2人だけの部室。ちょうど斑目は、あることを話したかった。 何気ない会話のはずなのだが、それでも切り出し方を悩む。脳内のモニターでは、またしてもゲーム画面に変換された咲を前にして、選択肢を慎重に選んだ。 「あー……、春日部さん、今日もあついねー」 この一言だけでもなかなかの時間を要した。 「……何?」と咲。 「避暑地へは……いつ行くのかなぁ?」 「へ?」と間の抜けた表情を見せた咲は、「斑目も行けるの? つうか行く気あんの?」と尋ねた。あれほどコミフェスにこだわり、合宿や旅行を否定した男が、前向きな姿勢を見せているのだ。 「ま、まあね。たまには俺もね、気分転換を……」 初のボーナスを大量にコミフェスに投入しようと思っていただけに、それを旅行の費用にまわすというのは、斑目にとっては大きな決断であった。 「あーそう」と咲はにやりと笑い、「じゃあ…もし決まったら、相談しておきたいこともあるから、よろしくねー」と語る。咲の言う相談事とは、笹原と荻上についてではあるが、斑目には何のことだか分からなかった。 しかし、頼られる気分は悪くない。 もちろん、咲と一緒に旅行を楽しんだところで、高坂にはかなわない。おそらく今後も咲の気持ちは変わらないだろうとは思っている。すぐに落ち込んで元に戻るだろうが、自分なりのアプローチはしてみようと思った。たとえ、それに気付いてもらえないとしても。 (幸せになれるよ、少なくとも今の君はね) 初代の言葉を噛み締める。もうすでに、新しい時間の分岐は始まっているのかもしれないと斑目は思った。 咲と斑目が部室を出た。 先日までの喧噪が嘘のように、部室はひっそりと静まり返っている。 また誰かが部室のドアを開く時、また新しい現視研の歴史が積み重ねられていくことだろう。 <完>
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* No. ポケモン名 とくせい とくせい2 つかまえ方 001 フシギダネ 002 フシギソウ 003 フシギバナ 004 ヒトカゲ 005 リザード 006 リザードン 007 ゼニガメ 008 カメール 009 カメックス 010 キャタピー 011 トランセル 012 バタフリー 013 ビードル 014 コクーン 015 スピアー 016 ポッポ 017 ピジョン 018 ピジョット 019 コラッタ 020 ラッタ 021 オニスズメ 022 オニドリル 023 アーボ 024 アーボック 025 ピカチュウ 026 ライチュウ 027 サンド 028 サンドパン 029 ニドラン♀ 030 ニドリーナ 031 ニドクイン 032 ニドラン♂ 033 二ドリーノ 034 ニドキング 035 ピッピ 036 ピクシー 037 ロコン 038 キュウコン 039 プリン 040 プクリン 041 ズバット 042 ゴルバット 043 ナゾノクサ 044 クサイハナ 045 ラフレシア 046 パラス 047 パラセクト 048 コンパン 049 モルフォン 050 ディグダ 051 ダグトリオ 052 ニャース 053 ペルシアン 054 コダック 055 ゴルダック 056 マンキー 057 オコリザル 058 ガーディー 059 ウインディ 060 ニョロモ 061 ニョロゾ 062 ニョロボン 063 ケーシィ 064 ユンゲラー 065 フーディン 066 ワンリキー 067 ゴーリキー 068 カイリキー 069 マダツボミ 070 ウツドン 071 ウツボット 072 メノクラゲ 073 ドククラゲ 074 イシツブテ 075 ゴローン 076 ゴローニャ 077 ポニータ 078 ギャロップ 079 ヤドン 080 ヤドラン 081 コイル 082 レアコイル 083 カモネギ 084 ドードー 085 ドードリオ 086 パウワウ 087 ジュゴン 088 ベトベター 089 ベトベトン 090 シェルダー 091 パルシェン 092 ゴース 093 ゴースト 094 ゲンガー 095 イワーク 096 スリープ 097 スリーパー 098 クラブ 099 キングラー 100 ビリリダマ 101 マルマイン 102 タマタマ 103 ナッシー 104 カラカラ 105 ガラガラ 106 サワムラー 107 エビワラー 108 ベロリンガ 109 ドガース 110 マタドガス 111 サイホーン 112 サイドン 113 ラッキー 114 モンジャラ 115 ガールラ 116 タッツー 117 シードラ 118 トサキント 119 アズマオウ 120 ヒトデマン 121 スターミー 122 バリヤード 123 ストライク 124 ルージュラ 125 エレブー 126 ブーバー 127 カイロス 128 ケンタロス 129 コイキング 130 ギャラドス 131 ラプラス 132 メタモン 133 イーブイ 134 シャワーズ 135 サンダース 136 ブースター 137 ポリゴン 138 オムナイト 139 オムスター 140 カブト 141 カブトプス 142 プテラ 143 カビゴン 144 フリーザー 145 サンダー 146 ファイヤー 148 ハクリュー 149 カイリュー 150 ミュウツー 151 ミュウ ジョウト地方 No. ポケモン名 とくせい とくせい2 つかまえ方 152 チコリータ 153 ベイリーフ 154 メガニウム 155 ヒノアラシ 156 マグマラシ 157 バクフーン 158 ワニノコ 159 アリゲイツ 160 オーダイル 161 オタチ 162 オオタチ 163 ホーホー 164 ヨルノズク 165 レディバ 166 レディアン 167 イトマル 168 アリアドス 169 クロバット 170 チョンチー 171 ランターン 172 ピチュー 173 ピィ 174 ププリン 175 トゲピー 176 トゲチック 177 ネイティ 178 ネイティオ 179 メリープ 180 モココ 181 デンリュウ 182 キレイハナ 183 マリル 184 マリルリ 185 ウソッキー 186 ニョロトロ 187 ハネッコ 188 ポポッコ 189 ワタッコ 190 エイパム 191 ヒマナッツ 192 キマワリ 193 ヤンヤンマ 194 ウパー 195 ヌオー 196 エーフィ 197 ブラッキー 198 ヤミカラス 199 ヤドキング 200 ムウマ 201 アンノーン 202 ソーナンス 203 キリンリキ 204 クヌギダマ 205 フォレトス 206 ノコッチ 207 グライガー 208 ハガネール 209 ブルー 210 グランブル 211 ハリーセン 212 ハッサム 213 ツボツボ 214 ヘラクロス 215 ニューラ 216 ヒメグマ 217 リングマ 218 マグマッグ 219 マグカルゴ 220 ウリムー 221 イノムー 222 サニーゴ 223 テッポウオ 224 オクタン 225 デリバード 226 マンタイン 227 エアームド 228 デルビル 229 ヘルガー 230 キングドラ 231 ゴマゾウ 232 ドンファン 233 ポリゴン2 234 オドシシ 235 ドーブル 236 バルキー 237 カポエラー 238 ムチュール 239 エレキッド 240 ブビィ 241 ミルタンク 242 ハピナス 243 ライコウ 244 エンテイ 245 スイクン 246 ヨーギラス 247 サナギラス 248 バンギラス 249 ルギア 250 ホウオウ 251 セレビィ ホウエン地方 No. ポケモン名 とくせい とくせい2 つかまえ方 252 キモリ 253 ジュプトル 254 ジュカイン 255 アチャモ 256 ワカシャモ 257 バシャーモ 258 ミズゴロウ 259 ヌマクロー 260 ラグラージ 261 ポチエナ 262 グラエナ 263 ジグザグマ 264 マッスグマ 265 ケムッソ 266 カラサリス 267 アゲハント 268 マユルド 269 ドクケイル 270 ハスボー 271 ハスブレロ 272 ルンパッパ 273 タネボー 274 コノハナ 275 ダーテング 276 スバメ 277 オオスバメ 278 キャモメ 279 ペリッパー 280 ラルトス 281 キルリア 282 サーナイト 283 アメタマ 284 アメモース 285 キノココ 286 キノガッサ 287 ナマケロ 288 ヤルキモノ 289 ケッキング 290 ツチニン 291 テッカニン 292 ヌケニン 293 ゴニョニョ 294 ドゴーム 295 バクオング 296 マクノシタ 297 ハリテヤマ 298 ルリリ 299 ノズパス 300 エネコ 301 エネコロロ 302 ヤミラミ 303 クチート 304 ココドラ 305 コドラ 306 ボスゴドラ 307 アサナン 308 チャーレム 309 ラクライ 310 ライボルト 311 プラスル 312 マイナン 313 バルビート 314 イルミーゼ 315 ロゼリア 316 ゴクリン 317 マルノーム 318 キバニア 319 サメハダー 320 ホエルコ 321 ホエルオー 322 ドンメル 323 バクーダ 324 コータス 325 バネブー 326 ブーピッグ 327 パッチール 328 ナックラー 329 ビブラーバ 330 フライゴン 331 サボネア 332 ノクタス 333 チルット 334 チルタリス 335 ザングース 336 ハブネーク 337 ルナトーン 338 ソルロック 339 ドジョッチ 340 ナマズン 341 ヘイガニ 342 シザリガー 343 ヤジロン 344 ネンドール 345 リリーラ 346 ユレイドル 347 アノプス 348 アーマルド 349 ヒンバス 350 ミロカロス 351 ポワルン 352 カクレオン 353 カゲボウズ 354 ジュペッタ 355 ヨマワル 356 サマヨール 357 トロピウス 358 チリーン 359 アブソル 360 ソーナノ 361 ユキワラシ 362 オニゴーリ 363 タマザラシ 364 トドグラー 365 トドゼルガ 366 パールル 367 ハンテール 368 サクラビス 369 ジーランス 370 ラブカス 371 タツベイ 372 コモルー 373 ボーマンダ 374 ダンバル 375 メタング 376 メタグロス 377 レジロック 378 レジアイス 379 レジスチル 380 ラティアス 381 ラティオス 382 カイオーガ 383 グラードン 384 レックウザ 385 ジラーチ 386 デオキシス シンオウ地方 No. ポケモン名 とくせい とくせい2 つかまえ方 387 ナエトル 388 ハヤシガメ 389 ドダイトス 390 ヒコザル 391 モウカザル 392 ゴウカザル 393 ポッチャマ 394 ポッタイシ 395 エンペルト 396 ムックル 397 ムクバード 398 ムクホーク 399 ビッパ 400 ビーダル 401 コロボーシ 402 コロトック 403 コリンク 404 ルクシオ 405 レントラー 406 スボミー 407 ロズレイド 408 ズガイドス 409 ラムパルド 410 タテトプス 411 トリデプス 412 ミノムッチ 413 ミノマダム 414 ガーメイル 415 ミツハニー 416 ビークイン 417 パチリス 418 ブイゼル 419 フローゼル 420 チェリンボ 421 チェリム 422 カラナクシ 423 トリトドン 424 エテボース 425 フワンテ 426 フワライド 427 ミミロル 428 ミミロップ 429 ムウマージ 430 ドンカラス 431 ニャルマー 432 ブニャット 433 リーシャン 434 スカンプー 435 スカタンク 436 ドーミラー 437 ドータクン 438 ウソハチ 439 マネネ 440 ピンプク 441 ペラップ 442 ミカルゲ 443 フカマル 444 ガバイト 445 ガブリアス 446 ゴンベ 447 リオル 448 ルカリオ 449 ヒポポタス 450 カバルドン 451 スコルピ 452 ドラピオン 453 グレッグル 454 ドクロッグ 455 マスキッパ 456 ケイコウオ 457 ネオラント 458 タマンタ 459 ユキカブリ 460 ユキノオー 461 マニューラ 462 ジバコイル 463 ベロベルト 464 ドサイドン 465 モジャンボ 466 エレキブル 467 ブーバーン 468 トゲキッス 469 メガヤンマ 470 リーフィア 471 グレイシア 472 グライオン 473 マンムー 474 ポリゴンZ 475 エルレイド 476 ダイノーズ 477 ヨノワール 478 ユキメノコ 479 ロトム 480 ユクシー 481 エムリット 482 アグノム 483 ディアルガ 484 パルキア 485 ヒードラン 486 レジギガス 487 ギラティナ 488 クレセリア 489 フィオネ 490 マナフィ 491 ダークライ 492 シェイミ 493 アルセウス