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こわれもの Youtube 収録CD 【CD】アコースティックまとめ「ふたりの音楽」 【イベント限定CD】うさぎのオルゴール
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こわれもの【登録タグ こ とある厨二の大学生 初音ミク 曲】 作詞:とある厨二の大学院生 作曲:とある厨二の大学院生 編曲:とある厨二の大学院生 唄:初音ミク 曲紹介 とある厨二の大学院生氏 の21曲目。 歌詞 ねえまだ、こわれたままで まだ、苦しめたままで もう、答えは出てるのにさ 目をそらしてる 「いつかはきっと」の考えで、どっちもそっちも泥遊び 「楽になれ」と笑うでしょう? 存在証明論投げ合って、あっちもこっちも空回り そんな不様も飽きたさ 部屋を片付けたら会いに行こう さよならとありがとうを胸にして 長い間ちらかしたままの日々さえ まだ愛おしくて あの日感じた風の香りも あの日眺めた街の灯りも きれいに包んで仕舞い込んでおくから また会いましょう、いつの日か ああまた、弱気な振りをして また、溢れ出す焦燥感を ただ、分かって欲しいからさ 繰り返す煩悩漏洩 いつかの景色は遠のいて、頭の隅でひとり遊び 虚しさだけ残るでしょう? 安い感情論ねり上げて、結局その場の空騒ぎ そんな日々も疲れたさ 部屋を片付けたら会いに行こう 今までの言葉を引き下げて はるか昔に忘れたはずの声さえ また思い出すから あの日手にした冬の温もり あの日向けられたそのまなざし 一つ一つこの胸に刻み込むから また会いましょう いつの日か、きっと 分かり合えるはずさ いつの日か、きっと あの日のように 部屋を片付けたら会いに行こう さよならとありがとうを胸にして 長い間ちらかしたままの日々さえ まだ愛おしくて あの日聞こえた澄んだ音色も あの日眺めた夜空の意味も きれいに包んで仕舞い込んでおくから 最後に言うよ、ごめんね コメント 早いですね~、本当素敵な曲です -- 名無しさん (2014-10-21 20 30 12) 雰囲気とサビが独特で好き。 -- とある学生の感想 (2016-05-17 13 13 21) 名前 コメント
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Mystery Circle Vol.27提出作品 お題 起の分:とことんぐしゃぐしゃにしてみるのも愉快なもんだとは思うがね 結の文:同じように良い人になりたいと思った 「とことんぐしゃぐしゃにしてみるのも愉快なもんだとは思うがね 」 深夜の歓楽街を横目に、運転手の男がうそぶく。助手席に座る女は、人工皮革の手袋に包まれた手でロング・コートの中に弾倉を隠しつつ、応える。 「戦争映画みたいに?」 「ノルマンディーみたいにさ」 「ハンドガン(グロック)は、その映画には不適格ね。監督が嬉しそうに退場を突きつけにくる」 確かに、と運転手の男は愉快そうに笑った。女は表情を変えず、憮然としたまま今度はベルトのホルスターに下がっている拳銃(グロック)を抜いた。構成するパーツの多くがプラスチックのため、心得のない女子供でもリラックスして構えられるほどの軽量振りであるが、38口径が弾倉に十五発装填されているため、プラスチックの玩具のそれではない重厚感がある。 「君はジョークのセンスがあるのに、笑おうとはしないんだな」 「人見知りなの」 いつものことだ、彼女が面識のない人物と行動を共にするのは今に始まったことではない。彼女の十年は、ほとんど特定の人物との接触が断絶した、孤立無援の世界。文句を言うつもりもないが、笑って他人に声をかける気も起きない。いつも便利な駒として卓に乗せ、チェックメイトを達成しようと私を嘲り笑っている連中がいるのだ――彼女は現実を受容し、嘲笑の的になることを選んだ。 「仕事の前に一つ、訊いていい?」 「どうぞ」 「私、良い人? それとも悪い奴?」 男は車を路肩に寄せつつ、右足をアクセルからブレーキ・ペダルへと移した。前方のキャディラックのセダンと十分な間隔を保ちつつ、車の速度を完全に殺した。その間が彼の思考猶予期間だった。 「良い女だ。とても」 「そう」 些細な礼を期待していた男は、彼女の冷徹な対応に肩をすくめる。偽りのない本心ではあるが、不躾な態度に腹を立てることもない。明日になれば別々の方向に向かって歩き出すであろうほどに薄い仲に、彼が期待するものは詰まっていない。ただ、男として嘘はつかない主義ではあるので、ジェーンの容姿が美しいと判断している本能を隠すことはなかった。 「ジェーン、例の場所で待っている」 例の場所とは、事前のミーティングで決定した合流地点のことである。大通りに建っている娼館の裏口付近。 ジェーンは、運転手に目配せだけ残し、ドアを閉める。前方の車のバンパーを掠めるようにして、濃紺のインフィニティは緩やかにアスファルトの上を滑っていった。普段であれば雑踏に紛れるほど静かな排気音が、闇を満たす建物の間に跳ね返る。彼女は車が走り去って行った方向へ、歩道を伝って歩く。彼女は視線のみを左右に往復させ、道端に停車している車をチェックする。アメリカやドイツの高級車が中心だが、中にはイタリア製スポーツカーの姿も見える。 五十メートルほど進み、路地を左へ。小型車すらも通行が危ういほど狭く、事実上、隣接する建物の通用口と化している道である。十分な照明は備えられておらず、非常口の頭上を蛍光灯が輝いている程度の光量しかなかった。ジェーンの瞳孔が更に開き、夜行性の猛禽へと着実に近づく。赤髪を左手でいじってみるが、闇の色に染まっており、それが地毛であることは感触を通してでしか認識することはままならなかった。 月は建築物という障害物に阻まれ、一糸まとわぬ姿を晒せずにいる。そういえば、今日は雲一つない青空が浮かんでいた。きっと、とても品の良い月が出ているに違いない。 屋上から路地まで伸びる、錆の浮いた階段の下で止まり、右手側の壁に背中を預ける。路地の中ほどまで入ると大通りからは大分離れているため、滅多なことではジェーンの方を注視する者はいないであろう。そして、誰もがジェーンの方に目を向けることもなくなる。彼女は真の暗がりに沈む。 予定では十分以内に事が進むはずである。それに備え、ジェーンはロング・コートの中で拳銃の銃口に銃声減音器(サプレッサー)をはめ込んでいた。 (良い女だ。とても――、か) 今日のパートナーに抜擢された男へ問いかけた、その答えが耳の奥で反芻される。届いているはずのない声が仮想の世界で再生され、鼓膜を叩く。不愉快だとは思わなかった。彼は、ジェーンの質問の意図を理解していない。何一つ。 (こんな仕事をしてて「良い女」扱いされるのなら苦労しないよ。まったくね) 心は針で突付かれているように緊張していたが、体は相対的にリラックスしていた。力みは引き金を引くには邪魔な要素であり、彼女の体が鉄則を覚えている。 クラブの中は、毎夜のごとく客で賑わっていた。そこは酒の酔いに満ちているというより、ドラッグのエクスタシーにまみれているような、理性を解放した儀式のようにも映る。昼間の人間社会像は、青いネオン管の下には儚い幻想となって散る。その様子を二階から眺めるオーナー、スティーヴはデスクの上を指で叩きながら、傍らに控えているスーツ姿の男に訊ねる。 「私は最近、徐々に膨れ上がる不安を抑えることができない」 「と、言いますと?」 スティーヴの心情に引きずられたのか重苦しい調子とは対照的に、男は極めて事務的な口調だった。彼はボディガードではあったが、それ以上にビジネスマンとしての経歴が燦然と輝いている。 「ここは夜の街だ。支配者がいる。今は私が支配者だ。だが、いずれは反乱が起こる。支配者の首をもって、目的を完遂するだろう」 「ここは確かに、それなりの人口密集地ではありますが……考えすぎでは?」 「いつでも、考えすぎるくらいの方がいいのさ。こういう界隈では、特に」 なにも起こらないで欲しい、それは二人が共通して持つ願いである。側近の男には、多少の楽観が許される状況がこの街の事情にはあることを知っていた。都心部郊外からは離れており、拮抗する勢力と縄張り争いをしている訳でもないのだから、真っ先にスティーヴを打倒するようなことはない、と。私怨の線が薄いとすれば、単純な物取りを目的としている連中だろう。汚い世界には頭の切れる奴が多いが、それ以上に後先を顧みない向こう見ずが圧倒的多数を占める。 「それにしても、例の情報は本当なんだろうか……まだ、この街のどこかで大きな騒ぎはないようだが」 一ヶ月ほど前、部下からの報告で上がってきた。重大な用件として。近日中にスティーヴの所有するクラブのいずれかで事件が起きる可能性があるかもしれない、そう口頭で伝わっていた。こういった社会には真実とガセは渾然一体の噂となって横行するため、全面的に信用する訳にはいかなかったが、用心をするに越したことはない。しかし、一ヶ月もすると話は変わる。 「緊張が緩くなってきている。心の中で『俺達のボスは腰抜け野郎』とでも思っているんだろうな」 「ベルトを締め直させてやりますか?」 「……それはもう少し、待つ」 もしかしたら、その噂はスティーヴの命を刈り取る第一段階の罠かもしれない。無用な士気の失墜は敵の笑みを誘う。 ――敵? 敵などどこにいるのだろうか? そんなもの、本当にいるのか? 私の取り越し苦労なのではないか? 少し疲れているのかもしれない。 疲労は思考能力を鈍化させる、もっとも身近な毒薬。今日のところは店を預け、帰る準備をしようかとデスクの書類をまとめ始める。 ジェーンの体内時計は、現実に流れる時間と少々の隙間があるようだった。五分の空白がそれ以上の断層となって立ちはだかる。時折、大通りからやって来る雑踏が、彼女の右手にある鉄の塊を握る手を神経質に反応させるが、ことごとくが路地の中に疑問を差し挟む余地もなく、残響だけを置き去りにして通り過ぎていった。そのたびに非常階段の下で座り込む彼女の、トリガーにかかる右人差し指の迷いを拭い去った。 路地に無造作に置かれている計器や無造作に積み上げられている木箱――酒が収められていたものに違いない――があるおかげで、座して身を潜めていれば滅多なことでは発見されないことは分かってはいても、なにかの拍子に路地に人が迷い込んでくる可能性は否定できない。 そして、これは緻密に組まれた計画ではない。ジェーンにしても、緊急で雇われただけの一介の駒に過ぎない。この仕事の主導権を握っているのは彼女ではなく、ランダム性の高い第三者なのである。 「予定の時刻を三十分超過した場合、大人しく解散せよ」 ミーティングの際、パートナーから聞かされた命令。第三者が動かなければ、例え目標に接近したとしても銃を向けるな、ということである。面倒なリクエスト、とジェーンは溜め息をつく。冬の季節真っ只中ではないものの、嘆息が無色から白に出でるほどには寒空の下にいた。 左腕に巻く時計を見下ろす。私生活では右腕に巻いているのだが、ジェーンは右利きである。銃を携える手も当然右手であり、なにも携行していない左腕に時計を巻く方が咄嗟の時にも対応がしやすく、具合が良かった。 秒針を読み続ける作業はこの上なく孤独で、無意味だ。漠然と時間が過ぎていく様を視覚で追うということは苦痛でもある。決行予定のない未来にカウントダウンなど下しようがない。そうしている内に十分が過ぎた。残り二十分。難しい考え事にふけるほど余裕はないが、なにも考えずにいるのは人間の内部が悲鳴を上げる。だからジェーンは、秒針の動きを眺めるという「無意味」に意義を見出すことができた。 (じゃあ、この仕事に意味なんてあるの?) 大した意味などない。この周辺を牛耳っている小物の親分を撃ち倒し、ジェーンを雇った御山の大将が喜ぶ。彼女の懐には報酬と、それを担保にした幾分の生活が保障される。だが、それは一般社会で就職していても受けられる恩恵であって、殺人という危険を冒してでも甘受したい報いではない。 (考えても仕方ないけど――) 思考を閉ざそうとした時、彼女の背中の壁伝いに炸裂音の連打と、それに追従する悲鳴が――いや、最初の銃声は入り口の外で発射されたものだろう。ガードマンが二人、常時配置されている。手っ取り早い方法ではあるが、ジェーンからすれば短絡的もはなはだしい。逃げおおせて警官の手によって手錠がはめられるか、クラブに立てこもってSWATに排除されるか、仕事のあとの賭け事には格好の材料かもしれない、と彼女は考えた。 防音環境にあってもはっきりと聞き取れる騒乱と混乱は、恐怖心と比例する。一定の間隔を置いて発射される銃声とともに、客から迸る絶叫の音量も数オクターブ増し、壁を突き抜けた。 ジェーンは階段の陰から顔を出し、頭上の非常口の様子を窺う。事務をするオフィスは、二階にあるからだ。 「何事だっ?」 密閉構造の二階部は簡易的な防音処理を施してあるが、クラブホールの重低音を明瞭に聞き取ることのできる、その程度の効果のものでしかない。目で確認しなくとも、その混乱振りと銃から放たれた宣戦布告が聞き取れない訳がない。 「武装した連中が侵入したようです」落ち着きを払った声で、側近の男。 「噂は本当だった」 「ええ。さ、非常口へ」 スティーヴへの復讐か金銭の強奪か、どちらともそれ以外とも判断しかねるが、非常口が生きているのならば速やかにクラブから離れるのが得策だった。側近の男の手には、いつの間にか抜かれていた拳銃が握られている。彼は危険な稼業を転々としていたため、危機が迫るとほとんど反射行動で銃に手が伸びる。その意味では、スティーヴの側近は非常事態という異常においては頼れる存在だった。スティーヴも一応、銃の扱いを心得てはいるが、それを実践に結び付けられる場数を踏んではいない。 長年使われずに油の切れた機械を稼動させたような、お世辞にも気持ちの良いとは言いがたい音が路地に響いた。ジェーンは一層、息を最低限にまで殺すことを心がける。呼吸を止めるのは照準を合わせて射撃するまでの数秒間のみだ。人間の体は、少々酸素が欠乏しても完全な能力を発揮できるようには造られていない。小刻みに肺が収縮を繰り返し、呼気が鼻孔を頻繁に行き交う。 扉が元の位置に収まり、足音が振ってくる。一人ではない。二人。 ジェーンが緩慢な動作で慎重に立ち上がる。狭い路地の間で物音を立たせてはならない。彼女の位置が暴露されてしまえば、数の論理で不利になる上、隠れ蓑もない。 二人がジェーンの真上を通過する。人差し指はトリガーにかかりっぱなしだ。 スティーヴが側近の後について鉄板の段差を降りる。派手に足音を立てないように、と彼から忠告を受けていた。なぜ「派手に」という語句が付いたのかスティーヴには疑問であったが、すぐに理解できた。革靴の靴底は硬質で、鉄板の上で雑音を立てないようにするのは難儀以前の問題である。 二人は周囲を注意を配りながら、前傾姿勢で鉄板の足場からアスファルトに下ろす。どうやら正面口から突破することだけに重きを置いていたゆえに、非常口はまったくのノーマークのようだ。もし監視の目を張るのなら、この路地に人員を配置しなければならない。大通りは人通りが多く、怪しい人物が通っていれば内外とも収拾がつかなくなる。 愉快だ、と側近の男は失笑した。リーダーを始め、襲撃した連中はどいつも知性をかなぐり捨てた野獣の集団らしい。連係プレーはできても計画性は皆無に等しい。 「通りに出ましょう。車のキーは?」 スティーヴはスーツの胸ポケットをまさぐり、「ある」 「急ぎましょう」 ジェーンは会話に耳を澄ませ、行き先に精一杯の予想を巡らせる。ジェーンの方に走ってくるのか、それとも反対側の通りに駆けていくのか、彼女は厳密な判断をしかねる。ただ、もしかしたらこちらにはこないかもしれない、という算段はあった。事前に与えられた情報では、ターゲットはシルバーのリンカーンに乗っている。ジェーンが歩道を通行している際に確認した限りでは、シルバーのリンカーンの姿はなかった。 「通りに出ましょう。車のキーは?」 「ある」 非常口から脱出した二人の男の会話。車のキーを持っている男がスティーヴ(ターゲット)で、先導しているのがボディガードかなにかということか。 「急ぎましょう」 足音が一歩、ジェーンとは逆方向から届く。二歩、三歩と離れていく。彼女の予想は的中した。最高のシナリオ。ジェーンが来た方とは逆の通りに躍り出ようとしているということは、彼女が拳銃で二人を狙う時、照準は的(ターゲット)の無防備な背中を狙っていることになる。暗がりの中での遠射は著しく命中率を下げる。必要以上の距離を取られたくはなかった。 ジェーンは銃身の先端に取り付けられた黒の円筒を前に突き出しつつ、階段から半身をせり出す。僅かな照明に照らされて、背広の背中が二つ浮かぶ。まずは手前――恐らく、ターゲット――から狙点を合わせ、引き金を絞る。乾いた銃声が迸る。薬莢が二個、壁に当たって墜落した。 建物の間を駆け巡る大音響に、前を走っていた男がたじろぎ、足を止めた。二発目の弾丸が発射された時に男がジェーンの方を振り返っていたかもしれないが、銃声減音器(サプレッサー)が銃口炎を隠していたため、男は暗闇の中にある彼女の姿を即座に発見することができず、双眸を左右に巡らせる。反撃に出ようと拳銃を持った腕を突き出そうとするが、命令に従わなかった。空白に染まっていく意識の中で認められたのは、体がアスファルトに抱かれようとしていることだけだった。 ジェーンが計五発の弾丸を撃ち終えると、倒れた二人の息を確かめに向かう。スティーヴは後頭部と首の付け根の境界辺りに銃創がある。生きてはいまい。もう一人の男に駆け寄りつつ、まず掌に収まっている拳銃を側溝に蹴り飛ばす。一発は左胸部に命中したが、防弾ベストに侵攻を阻止されたようだ。だが、首への着弾は防ぎようがない。 仕事は完了した。クラブ内の銃声が派手なので、路地での幾分静かな発砲は目立たずに済んでいるはずだ。しかし、徹底的な消音を目的にしてはいないため、それなりの騒音は発している。拳銃に取り付けられている筒を取り外し、拳銃をホルスターに差し込むと、スティーヴが逃走を図った方向とは逆に戻り、大通りを左に歩いた。右に曲がれば来た道をなぞるようにして戻るのだが、そちらには集合地点はなかった。 近所を巡回中だったのか、意外に早々と到着したポリス・カーのサイレンを横目に、所定の場所へと向かう。娼館の裏口付近の交差点までは徒歩で五分と、大した距離ではなかった。ダウンタウン特有の、敷き詰められたように居並ぶビルに睨まれながら、ジェーンは所定の場所を目指す。紺色のインフィニティを発見すると、パートナーが運転席から笑みを寄越し、手を振っている。社交的な挨拶、とジェーンは思いかけて、訂正した。奴は遊び慣れしているだけだ。 ジェーンは助手席のドア・ハンドルに指を差し込む。手前に引くと崩れかけた石を砕くような感触とともに、スチールの扉が存外軽い手ごたえとともにジェーンを迎え入れる。シートに体を滑り込ませようとしたが、異音が時間を停止させる。 「構うな、急ごう」 発砲だった。ただし、大通りではなく、建造物の内部から発せられているこもった音。二発、三発……五発で止んだ。 「俺達を狙ったんじゃないさ」パートナーの声を無視し、真上を仰ぐジェーン。「ジェーン!」 「この上みたいね」 背後の娼館が騒がしい。古臭いレンガ調の五階建て。若い女のざわめき。絶叫はなかった。流血は、人間に本物の恐怖を浮き上がらせ、涙と嗚咽を漏らす人形へ変える魔力を持つ。 「一緒に行く?」 「馬鹿なことを」 「じゃ、お留守番してて」 ジェーンは、拳銃(グロック)に残っている弾丸の数を思い出す。十発。一人か二人なら十分に処理できる持ち弾だが、実際はなんともいえない。予備のマガジンも持っているが、リロード中を狙われれば致命的だ。念のため、今のうちにマガジンを取り替えておく。これでグリップ内には十五発。 「どうなっても関知しない」 「本性出したね」 これだから軽薄な男は嫌いなんだ、とジェーンは心中で吐き捨て、言葉を踵で踏みにじった。ビルの勝手口のドアノブを捻ると、鍵はかかっていなかった。無用心なことだ。すぐ傍の階段を上がる。 不穏な騒乱――そもそも、快楽を追求する場所で大人数がどよめいている状況が異常だ――が巻き起こっている部屋に近づく。取り巻いている数人の男女を肩で押しのけると、三人の妙齢の女性がバス・ローブ姿で倒れている女を介抱している様子だった。ふと窓の高さに視線を上げると、弾丸が貫いた痕跡があった。 「どいて」 「誰? 医者?」 動転して上ずった声で、赤い下着の女。香水と化粧にまったく品を感じない。こういう格好にはなりたくない、とジェーンは生理的な嫌悪感を催すが、同時に自らを嘲り笑ってもいた。人殺しよりはよっぽど清潔な行いだ。 「そんな都合のいい展開、ある訳がないでしょでも、応急処置はできる」 「無駄よ。頭を撃たれてる。助からない」 力なくこうべを垂れ、横に振る。ジェーンは倒れている彼女の頭の方へ回り込み、長い金髪をかき上げる。骨が露出するのはグロテスクな光景ではあったが、出血は頭皮の周辺で起こっているもののようだ。 「大丈夫、まだ助かる」 「なんで分かるのよ!」 「弾丸は頭蓋骨にはじかれてる!」娼婦の女の激昂が、ジェーンの逆鱗に触れる格好となった。「脳にダメージはない」 「でも、他に二発も撃たれてる……」 「四十五口径かなにか知らないけど、動脈や臓器に損傷(ヒット)していなければ助かる可能性は十分にある」 ジェーンはベッドの上からシーツを拝借すると、それを歯と手を駆使して力ずくで二つに切断する。それを二人の女に手渡し、胴体の銃創を押さえるよう指示する。渡された二人は顔を見合わせて躊躇するが、同じ場所で働く仲間を放ってはおけない意識が上回ったらしく、すぐにシーツを傷口に当て、意識が薄らいでいる彼女に、まともな返事が来ないことは分かりつつも懸命に声を浴びせ続ける。 「救急は?」 「呼んだけど、いつ来るか……」 「とにかく、ここでできることは止血しかない。下手に動かさずに到着を待って。いい? ――それと、質問が二つ。この子を撃った奴はどこに?」 「ここにはいない。多分、下へ」 「逃げたか……それと、この子の名前は?」 「ソーニャ」 「ありがとう」 ここは礼を言う場面だったのだろうか、とジェーンは勘繰ったが、些細なことを気にする必要もないと忘れることにした。善意もなにもない、自分本位の行動で応急処置を取ったまで。それに、ソーニャの容態が安定したまま病院まで担ぎ込まれるとは限らない。今まさに、彼女の苦痛の喘ぎの周期が劇的に早まることもありうる。ソーニャに余計な延命を施したことは、むしろジェーンの罪状に新たな項目が付け加えられるかもしれない。 「じゃ、行くわ」 「どこに?」 「とりあえず、怖いポリスのいないところへ」 悪戯っぽく笑うと、ジェーンは縦に割れた海の底を歩くように、彼女に道を開けた男女の列を足早に通過した。まだサイレンの音は近づいてこない。クラブでの襲撃事件の対応で手一杯なのだろう。私が手にかけた獲物は発見されたのだろうか、と少し気になったが、その様子は翌日の新聞にでも目を通せば明らかになることだ。 ビルの裏口をくぐると、パートナーの車がエンジンをアイドリングさせたまま待ちぼうけを食らっていた。 「ケツに火がついたみたいに街中を走り回ってると思ったのに」 「予定通りにコトを済まさないと、俺がボスに殺されるんだ――ほら、とっとと乗れ。回り道の終点まで行ったんだろ?」 「……終点ではないね、まだ」 ジェーンは助手席に体を預けつつ、目を閉じる。うわ言のような呟きは、虚空の上をさまよっている。指向性のない言葉は、反射して彼女自身に言い聞かせているようにも見えた。 「でも、今やれることでもないよ」 ソーニャは石畳の歩道の街頭の下で、家のない子供のようにうずくまっていた。夜の闇ではなく、まるで宇宙の深淵を街頭の電球が切り取っているかのようで、ふと顔を上げても五メートル先は霞んで見えた。生命を宿した霧にでも囲まれているのだろうか? 社会から乖離したこの場所に居場所なんてあるのだろうか、ソーニャの頭に閃く疑問。人の足音はなかった。物音すらもなかった。 意識を取り戻した時、既に彼女はここにいた。自分はきっと明晰夢を見ているのだとソーニャは思った。もしくは、覚めない夢に神様が与えてくれた唯一無二の居場所なのかもしれない。 男に体を売る商売は苦痛だった。だが、お金も知人もないソーニャが一人で生きていくには、これ以外には思いつかなかった。「路上で男を拾うよりは楽だよ」とは、一緒に働いている仲間の弁だ。慰めているつもりだったのだろうが、ソーニャには気休めにすらならない。 ビルの上から飛び降りようか。昔は自殺の名所として有名だったハリウッドの看板の上から身を投げるのも一興かもしれない――自暴自棄な発案が思い浮かんではしぼんで消えていく。いつしかソーニャは、自虐的な賭けに出ることを決めていた。 「客を脅してみたら? 札束を置いていくかも」 仲間の誰かが発した冗談。自らの手で費える命なら実行してみる価値があるのかもしれない、と真面目に思い込んでいた。しかし、それは死の淵へと体を放り込む勇気がない自分への言い訳に過ぎなかった。ナイフを手首に当てても薄皮一枚に刃を入れるのみで終わり、見知らぬマンションの屋上に上がった時は、縁に立つ決心が死の恐怖心に屈服した。 弱い自分を呪ったが、こういう時に限って誰も私を殺す機会なんて起きやしない。むしろ、幸多き人生を破壊するためにやって来るとしか思えない。 それならば、他者がソーニャを殺す必然性を与えてやるしかない。客の男に、給料の全てを寄越せ、という意味とまったく変わらない要求を突きつけた。マジな顔でジョークを言うとは器用だな、と一笑に付されたが、聞く耳を持たない客のカバンを堂々と穿り返した。そこで記憶が一旦消え、冷静に現実を見つめてみると、周囲には手を血液で染めた仕事仲間が囲んでいた。 。瞼が重く、パニック状態の彼女達がソーニャの断続的な視線に気づいていたかは分からない。目を開けていると分かっていたとしても、焦点が定まっていないと思われていたかもしれない。 嘆息を吐く気にもならない。うな垂れて、石畳の地面に幾何学的な模様を見るしかなかった。 「私は好きでこの職業をやっている訳じゃない」見知らぬ女の声。だが、どこかで聞き覚えのある声だった。「私は体を売ることに耐えられなかった」 一度はコール・ガールかなにかをしたことがあるのだろうか……。ソーニャは背後で語られる他人の生い立ちを、無関心な音声として捉えてはいなかった。顔を知りたいが、骨まで凍結したように動かせなかった。 「結局、やってることはマフィアのパシリ。私でしかできない仕事でもなんでもない。仕事で男に抱かれている時にも同じことを思った。でも、今のパシリの方がマシだけど」 人を殺すかもしれない職業の方が気が安らぐなど、ソーニャには理解できなかった。昔から悪友と連れ立って、鉄パイプで誰かを殺していたに違いない。突飛な妄想が爆発するほど、ソーニャは同姓の語り部に嫌悪感を催していた。 「異常者かもしれない。けど、どうせ私がやらなくとも、私よりも完璧な誰かが同じことをするに決まってる。私は特別なことはなにもしちゃいない。そうしていると、自分の奥底の、底なし沼みたいに深い黒いぬかるみにはまって窒息していくことに慣れていくのよね」 ……ソーニャは押し黙る。もともと口は動かせなかったが、心の中の雑音を取り除き、聞き耳を立てる。 「もし、あなたが私の顔を覚えていたとしたら、私に感謝はしないでほしい。私は単に、ぬかるみにはまっていく自分が怖いだけ。もう戻れない場所まで到達する前に、偽善で自分を正当化したいだけ。私はこの道に進んでよかったって、安心感を得るために。誰にもできないことをできたかもしれないと、唯一無二の存在になれたんだと言い訳をするために。そうすることで今まで、自害せずに済んでいるから。」 それで全てを吐露し終えたのか、話題を探すように無言の間。彼女は、ソーニャと積極的に会話をしたかった訳ではないようで、独白にも似た語りはまるで懺悔のようだった。あなたを助けてしまった私は罪人だ、と裁判で主張するように。 足音が離れていく。ソーニャは鎖に繋がれた魂が解放されたような虚脱感を覚え、それに負けじと見知らぬ女性へと声を張り上げる。 「あなたは誰っ!?」 ロング・コートの女は振り返らなかった。ただ、一言だけ発した。それはきっと、またしても独白だったのだろうとソーニャは思う。 「悪い女で、ごめんなさい」 覚醒すると、四方が白い壁に覆われていた。ソーニャの横たわっているベッドのすぐ横には大きな窓がはめられており、白い壁を陽光で染めている。壁紙の真っ白より透き通った色だ、と漠然とした視界の中に目を凝らした。体をよじろうとしたが、できなかった。腹部からの鈍い痛覚が、彼女のさ迷っている世界を現実へと強引に連れ出す。 「あら、目が覚めた?」 白衣を着用した看護士の女性が、いかにも中年らしい野太い声で訊ねる。そこで疑問形にしなくてもいいのに、とソーニャはささやかな不満を抱いた。以前なら鼻にもかけなかった瑣末な態度も見逃さないことに、ソーニャは早速とばかりに驚いてみせた。もっとも、看護士にはなんのことか、さっぱり分からないだろうが、きっと「ソーニャは、死んだはずの自分が生きていることに、感慨か疑念が湧いているに違いない」と思っているに違いない。 「まだ動かない方がいいわ」 「そうみたい」 「運が良かったわね。入院は必要だけど、処置が早かったから入院期間はそれほど長くなくてすみそうよ……ああ、あと、伝言を預かっているわ」 「伝言?」 「さっきお見舞いに来たジェーンという人から。回復してよかったって」 今、医者(ドクター)を呼んでくるから、と看護士は小走りで病室をあとにする。 個室の中に独り残されたソーニャは、首を傾げ、呟く。「ジェーン?」彼女の知り合いにそのような名前はない。 ――さっき来た。さっき? ソーニャは窓の外を見てみたい衝動に駆られ、体を曲げても痛みが最小限になる角度を探し、右脇腹をかばうようにして上体を持ち上げる。窓枠に切り取られた風景の中に、ジェーンが映っているような気がしたからだ。見下げると、この病室が四階辺りにあって、駐車場を見渡せる位置にあることを知ることができた。 極めて人数がまばらなスーパーのような駐車場の一角に、片手に缶を持って歩くタイト・スカートの女の姿を発見する。もしかして――いや、それはあまりに虫のよい展開だ、とソーニャは首を振った。幻想を振り払おうとしたが、できない。眼下には彼女以外の姿は見受けられなかったので、しばし駐車場を横断していくその姿を注視することにした。 白人の肌に赤毛の映える、精悍な後姿に見とれていたということもある。美しいかどうかの判断はできなかった。ソーニャの方を向いてはいなかったし、高所からなので彼女の姿は人形のように小さかった。だが、杭を打ったように伸びた背筋と規則正しい歩行は、軍隊のそれを思わせた。 突然、女性が足を止め、踵を返す。その双眸は病室をしっかりと見据えている。ソーニャは覗き見がバレたような罪悪感と羞恥心が湧き上がるのを感じた。思わず鼻の辺りまで窓枠の下に隠してしまう。 女性――ジェーンは、笑っていたような気がした。缶を持っていない左手で天高く腕を伸ばすと、扇状に開かれた掌をソーニャに明かす。それだけだった。すぐに元の進行方向へと軌道修正し、病院から離れていく。やがて大型SUVに乗り込み、サイド・ウインドウから片腕を垂らして走り去った。その時、ソーニャの方へにこやかな別れを告げることはなかった。恐らくもう、ジェーンと人生が交差することはないのだろう。 込み合う地下鉄の中で肩が触れ合っただけの、その程度の関係でしかない。そして、ジェーンが堅気の商売を生業としていない人間ならば、その間柄のまま断ち切っておくべきだったのだ。だが、禁忌ともいえるそれを犯してソーニャに応急処置を施し、わざわざ病室に容態の確認まで来たのはなぜだろう? きっと、ジェーンは私に語りかけていたのだ――ソーニャの迷い込んだ夢の中、生い立ちを淡々と語ったジェーン。しきりに陳謝していた。ジェーンは、ソーニャに過去の自分を見て、未来の悲劇をも重ね合わせていたのだろうか? 到底、望んだ世界に生きているとはいえない、現在の自分の悲劇を。彼女はそれを忠告しに来たのかもしれない。 無論、それは全てソーニャの推論。ましてや、ジェーンが彼女の生い立ちを知る由もない。だが、もしかしたら似たような思考をした二人なのかもしれなかった。ひょっとして、ジェーンがコール・ガールをやっていた頃、もしくは今の仕事をしている時に、同じように他者に殺される夢想を描いたことがあるのだろうか。 そして、ジェーンは消えていく。真相を全て胸の内にしまいこんで、思い出の彼方へ。ジェーンなどという女はソーニャの記憶にはいなかった、とでも言いたげに。 なぜジェーンが病院まで足を運んだのだろうか――単純な話だ。ただ無事を祈り、それを確認し、その代償に少しばかりの小言をソーニャに吹聴しただけ。「私のように惨めな道には進むな」と暗示はしたかもしれないが、ソーニャの傷ついた体に過去の自分など一切見てはいない。だから、ジェーンは最後まで謝ることしかしなかったのだと思う。 ソーニャは、思わず全開にした窓から身を乗り出す。誰がこんなに不器用な人を「悪い女」に貶めてしまったのだろう。 私もあの人のように――ソーニャは、私も同じように良い人になりたいと思った。
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「こわれもの」 (陰謀をこれから読む可能性がある方は、読まない方が) 今俺は、薄黄色のデニムのコートに黒いベルトとスカーフという格好の長門を連れ、ウィンドウショッピングをしている。 通りがかる男共の視線がちらり、ちらりと刺さっているが、当の長門は、恐らくそれら一切に気付いているであろうにも拘らず、全てに一律無反応という冷然たる反応でそれに応えている。 まぁ、そこはもう見慣れた光景だな。 しかし、一昨日の朝比奈さんと比べても、1度の視線が留まる時間こそ短いものの、回数は上回っているんじゃないか? 今日は日曜で人通りが多いのだから当然と言えば当然か? 長門がこのような出で立ちであるのは、前もって私服で来るようにと伝えておいた為で、ほぼ毎週末と言っても言い過ぎではないほど頻繁に行われるSOS団恒例の不思議探索という名の暇つぶしの間ですら、身に纏う自身のシンボルとして必ず制服を選択するこの有機インターフェースの事であるから、その私服姿たるやSOS団員ですらなかなかに見る機会のない、かなりの希少価値のあるものだ。 いや、制服姿でない長門を見たかったというのも勿論あるが、週末にはかなり目立つ北高の制服姿の長門と連れ立って歩くと、何処やらで誰やらに見咎められ、それがどんな偶然だか知らないが巡り巡って結局特定の誰かに伝わり、明日学校で背後の「主人公が最高レベル最強装備でも本気を出されたら鎧袖一触されるような反則的強さを誇る隠しボスモンスターごとき存在」からの殺気と背中に穴が開くような視線に耐える必要性が生じ、殺気や視線だけならまだしも、実際に命の危険、もしくは、世界崩壊の危険すら生じる可能性があるからだ。というのもある。 実際に先月そのような事があったばかりなので、傷口に塗った消毒液がもたらす痛みのように身に沁みて理解している。 ちなみに、その危険極まりない自由奔放なる火属性猫類モンスター本体は今頃、朝比奈さんと古泉が別のどこかで我が身を生き餌としてじゃらし回し、俺と長門とのエンカウントの可能性を排除するよう取り計らってくれている事になっている。 朝比奈さん、ありがとうございます。どうかご無事で。 古泉と、恐らく機関にも、まあ礼を言っておくか。言うだけならタダだ。 だが、先程から俺の心臓が、制限時間残り僅かとなったスーパーマリオのBGMごとき速さで脈打っているのは、その長門の服装の希少性が問題なのではない。 解っている。もっと別の理由だ。 おい。どうした。俺のハート。一昨日あの愛らしくも微笑ましい朝比奈大天使長様と、同じように同じコースを二人きりでショッピングした時には平然としていたではないか。 というよりもだな、この長門型宇宙高校生にとって他人の心拍数を読む事など、他人がハルヒの顔色を読む程度に簡単な事であろう事は判っている訳で、従って、俺が緊張しているのも完全にモロバレだという事になる。 まだ朝比奈さんの時に活発に運動してくれた方が誤魔化しようがあるぞ。 まぁ、あの朝比奈さんに対して何かを努力して誤魔化す必要があるのかどうか甚だ疑問ではあるが。 ・・・・・・何を緊張しているんだ。俺の体。なんとかしろ。いや違う、むしろ何もするな。 なんなんだこの手汗は。今とめろ。直ぐやめろ。余計に気まずいだろうが。 そして、もっと悪いことに、今俺の精神が緊張の北極点にあるのは単に長門が普通の、いや、平均以上の女の子のように見える・・・・・・いや、正直に言おう。俺の主観ではこのような服装をした長門はかなり可愛く思え、また、通り掛かる男達の投げる視線を考えれば、客観的意見としてもそれが裏付けられていると判断するに一片の躊躇いもないのだが、その可愛いく思える女子とデートまがいの・・・・・・いや、どう客観的に見てもデートだよなこれは?可愛く思える女子とデート・・・を、しているから、というだけではない。 俺は、自慢になるが、俺ほど長門の感情を読める人間は他に居ないと断言する自信があった。 あったのだが、今はその自信が脆くも崩れ去ろうとしている。 先週のSOS団不思議探索活動において、俺がした、というよりもしなかった事による、ある失敗によって、俺はどうやらこの長門を決定的に怒らせてしまい、それからというもの俺と長門の間にあった無言という言語による会話が、料金を払い忘れた携帯のように不通になってしまったのだ。 いや、今でも長門をじっと見ていれば、時には少しは云いたい事が分かる時もある。 が、なんというか、以前は俺に対して長門の方からもメッセージを送信していたんだな。多分。それが無くなってしまった。 実際、これがかなり堪えている。 昨年12月のあの事件以来、長門には俺なりに気を遣って来たつもりだった。 なのにこの有様だ。 笑いたければ笑え。 所詮俺など単なる1男子高校生でしかない訳で、宇宙人であり更に女性ですらある長門の気持ちを汲むなど、俺の頭脳ではスペックが足りる、足りない以前の問題で、結局水と油、いや、氷と馬の油のように相容れないという事なのかもしれない。 いや、これは下らん最低な言い訳だったな。忘れてくれ。 ・・・・・・妹の考えている事なら全て解るのだが。 自身の恥を晒すというのは、全く俺の趣とする所ではないのだが、一応そのしなかった事について説明しておこう。 悪いのはどうやら全面的に俺であり、俺だけが今回の諸悪の根源である様で、万が一にもあり得ない話だが、長門がハルヒ的、自己中心的思考によって一方的な怒りを俺に向け発散している訳ではないようだ。 まあ、もし仮にそのような事態であったとしても、長門なら寧ろそうしてくれた方が長門の精神衛生上いいようにも思うのだが、長門に限ってそのような事は絶対に無い。 猫が人語を話そうが、同じ2週間が永遠と繰り返されようが、もしかしたら地球が一夜にして逆回転を始めるような事態になる事はあるかもしれないが、これだけは俺のちっぽけな命を賭けてでもあり得ないと断言する。 であるからして、まさに今の俺のこの困惑たるや、例えるならハルヒが突如として「わ、私、キョンの事が好きで好きでしょうがないのっ!」などと意味不明、かつ理解不能な恐らく宇宙語を宣ひながら、まるであたかも純真無垢な乙女であったかのような恥らひを持って俯き加減にしがみついてくるような事態に陥るのと同程度であるのかもしれない。 いや、別にそうなって欲しいと思っている訳では断じてない。俺が答えに窮し途方に暮れるだけからな。 まあ、これも絶対に有り得ないと今の俺が断言できる数少ない事の1つであるから、その心配も無い訳だが。 ・・・・・・閑話休題。もう話を逸らすのは止めだ。 問題の、俺のその本当は絶対すべきだったのにも拘らず「しなかった事」だが、 まず俺は先々週から先週に掛けての丸1週間、朝比奈さん及び未来に係わる、とある事件に係りっきりだったのだが、その一環としてどうしても必要とされた条件を満たすため、不思議探索の際、長門と俺が組むよう、長門に班分けのくじ引きの結果を操作して貰った。 長門のなにがしかの工作により、予定通り同じ班になった俺達が連れ立って図書館まで行くと、短期的未来から来た朝比奈さんが、俺としては予定通りに、長門としては突然に、待っており、そこでやっと長門に対してくじ引きの班分けを操作をして貰った理由を全く説明していなかった事に思い至り、あわてて説明した。 長門と別れた後、あの朝比奈さんが困惑しつつも怒り出し「ちゃんと長門さんに謝っておいてください」との通告を受け、俺としてはその後ちゃんと謝ったつもりだったのだが、どうも不十分だった。・・・・・・らしい。 朝比奈さんの態度を鑑みるに、これはどうやら相当に重大な意味合いを持つ致命的失敗のようだ。 なのだが、本当に申し訳ないのだが、実はまだ俺には本当の理由がピンと来ていない。 いや確かに、我ながら事前説明をしなかったのは、かなりどうかしていた。 言い訳でしかないが「長門だから、そこら辺はもう説明せずとも理解しているのだろう」という甘えもあったとも言えるし、不可解な事件に巻き込まれその渦中にあった俺の脳が限界を超えて働き過ぎていた為に、処理し切れなかった。という言い訳もできるかもしれない。 しかしながら、俺の凡庸なる記憶力をもってしても、「あの時」黒い液晶画面に映された文字を憶えていないわけではない。 正直、少し忘れかけていた時期があった事も認めざるを得ないけどな。 ・・・・・・。 ・・・・・・しかしなぁ。一緒に図書館へ行ったとは言えども、よもやすぐに寝ちまった奴とまた行きたいっていうのは無いだろう。 俺の知る中では最強の愛読家である長門だが、あの時は図書館というものに触れる事自体初めてだったようだから、当然そこら辺りが長門の心の琴線に触れたのではないかとは思うのだが。 色々考えてはいるのだが、考えるほどに謝罪不十分と判断される根拠が思い当たらん。 いや、流石に謝罪が十分だったなどと断言できるほど傲慢では無いつもりだが、遅ればせながら理由も全て説明したし、納得もしてもらえた。 ・・・・・・と、思う。 相手がハルヒなら謝罪不十分と取られる根拠も理解できる。感情に理論は通じないからな。 だが、長門に理論が通じない日が来たなら、それは恐らくこの世の終わりなのではなかろうか。 いや、長門に感情が無いなどとは断じて言っていない。 ただ長門ほど理論が通じる相手は、地球上にもそう居ないだろうというだけで。 ・・・・・・これも断言はできないけどな。色々な意味で。 それともなにか、やはり感情に理論は通じないという事なのだろうか。 感情に理論が通じない、そうだな、仮定すると、「俺からくじ引きで一緒になるように頼まれる事」が「嬉しい事」だったので、期待していたが、実際はそういうことではなく、必要性があった為の注文であり、また、事前説明も無かったので・・・・・・「裏切られた」「利用された」と感じた。という事か? 確かに、仮にこれがもし正しく、長門がそう感じているのなら、原因も理解してない俺の謝罪で許せという方がどうかしている。 だが待て待て。これは仮定の段階で崩壊している。 そもそも、これだと長門が俺に対してまるで恋心を持っているかのようだぞ。っはっはっは。スマン、谷口。それから全校の隠れ長門ファン。 というよりも、長門。スマン。妄想が過ぎた。 もしくは、俺が「長門ごときに説明しなくとも、どうせ人間でもないしどうでもいい」と・・・って、流石にそんな風には思われてないだろう。 もしそうなら俺は今すぐここで永眠するね。 ・・・・・・自分が緊張しているからなのか、はたまた長門の心が閉ざされているためか、それとも両方からか。 今日もまた長門の表情からも、以前は心地よかった俺達の間の静寂からも、何も読み取ることができない。 巨大な喪失感が、ひんやりとした感触を伴って背後から押し寄せてくる。 どうせなら、朝比奈さんも何が問題なのかはっきりと教えてくれればいいのだが・・・・・・。 彼女曰く、「それでは意味が無い」んだと。 ・・・・・・やれやれ。 今日から数えて5日前の2月15日、朝比奈さん手製チョコレート争奪あみだくじイベント後の部室での事だ。 「皆が帰っても残ってください」と、朝比奈さんに言われていた俺は、さて、なんの用だろう。何かこれは期待してもいい前兆なのだろうか、それともまたしても何がしかの最優先事項が発生して、どこやらいつやらへ一緒に行くことになるのだろうか。いやいや、流石に今日またって事は無いだろう。などと考えつつ、わざと忘れておいた鞄を取りに戻ると、制服に着替えを終えた朝比奈さんが開口するなりこう言った。 「で、どうなりました?」 と、朝比奈さん。いきなり仰られましても。 どんな表情でも愛らしく思えるはずの朝比奈さんのお顔が、今ばかりは少し怖い。 なんというか、弟の失敗を叱る姉のような表情だ。 「ちゃんと謝ってくれました?」 「ああ、長門ですね。ええ、謝っておきました」 「ちゃんと?しっかり?」 「・・・え、ええ。そのつもりですけど」 少し不安になる。が、 ふっ。と息を漏らした朝比奈さんの顔が少し緩み、優しい姉のような表情になる。それを見た俺も少し安心する。 「そっか。ならいいの。長門さん、ちゃんと納得してくれてました?」 「そう思いますけど」 「長門さん、なんて言ってました?あ、でもキョン君相手でも、あんまり言葉にはしないかな?」 「そうですね。「そう」とだけ言ってましたけど」 「まさか、なんですけど、あたしに言われたからだ。って、言っちゃったりしてない、です・・・よ・・・・・・ね」 言いながら、俺の表情の変化を眼で追っていた朝比奈さんは、言葉による回答を得るまでもなく理解し、口が次第に重くなる。目が、表情が曇っていく。 何か、取り返しの付かない恐ろしい失敗をしでかしてしまったのではないかという不安が、背中の辺りから首筋にかけてビリビリという感触を伴って這い上がってくる。 「キョン君?」 そう問いかける朝比奈さんの顔は、悲しみとも、落胆とも、怒りとも取れるなんとも複雑な表情をしている。 「・・・・・・はい」 それ以上言葉が出てこない。 「あなたって本当に・・・・・・・・・・・・」 急に大きく息を吸い込んだ朝比奈さんを見て、何事か怒鳴られるのだろうと内心ビクビクしていたが、暫く止めた息をそのまま強くフーっと吐き出すと、震える声でこう言った。 「全然ダメ!もう、完全に失敗です!あーもう、釘を刺しておくんだった。そんなじゃあんまり長門さんが可哀想。私はしょうがないっていうか、それに・・・あ、ええと、長門さんはでも、・・・ああ!もう!!なんであなたは、そんな所だけ素直なのっ?!」 「・・・・・・はい。ええと、まずかったの」 「まずいに、決まってるでしょう!!!」 ぷいっと背を向けた朝比奈さんの肩、そして部室に差し込む夕日の逆光で輝く髪が、小刻みに震えている。 朝比奈さんの怒っているのも初めて見たが、普段の彼女は意識的に人の言葉に被せて発言するようなことは絶対になく、増してや怒鳴ろう事があろうなどとは夢にも思っていなかった。しかもそれら全ては俺1人に向け、1度に発せられているのだ。 ハルヒの傍若無人な振る舞いにも、今まで1度も本気で怒ることの無かった朝比奈さんを、こんなにも怒らせてしまうとは。 これには本気で面食らった。 俺はどうやらハルヒでさえ踏み越えない人の心の壁を、土足で踏み込むどころかブチ破ってしまったらしい。 自分の頭から血の気が引いていく音がする。 「・・・・・・・・・・・・ それじゃあまるで、私に言われたから、口先で謝ってるだけみたいじゃないですか ・・・・・・・・・・・・」 自分の喉が、唾を飲み下す音がやけにうるさい。 なんだ? なんだ? どういうことだ? そんなにまずいことだったのか? 俺は長門に何をしてしまったんだ。 1分程そうしていただろうか。いや、10分だったような気もする。 急に振り返った朝比奈さんの顔は、厳しい、でも優しい姉の様相に戻っていた。 「キョン君」 「はい」 「わたしが、古泉君にもお願いして、そうね、今度の日曜日、1日キョン君と長門さんが確実にフリーになれるように取り計らいます」 「へ?」 「え?じゃないの。長門さんとあなたが、ううん、みんなが仲良くしている事は、・・・・・・あ、そっか。でも、それだけじゃなくて、わたしは長門さんは個人的には苦手というか、あんまり得意じゃないけど、でも、大切な仲間です。そして、キョン君、あなたも」 「・・・・・・はい」 「あなたが長門さんを傷つけてしまったのなら、あなたがなんとかするの。わざとじゃないのは、はっきりしてるし、それは長門さんもきっと解ってる。・・・・・・この場合はそれ自体が問題なんだけど・・・・・・。でも、わたしも、それにきっと古泉君も、協力するから、後はあなた次第です」 「・・・・・・ええと」 「とりあえず、この前のお詫びとして、長門さんを図書館に連れていってあげて。後は・・・そうね、何か形に残るものをプレゼントしてあげるのもいいかな」 「ええとそれって?」 「とにかく、そうするの!」 「へぁい!」 うろたえる余りひどく間抜けな返事をしてしまった俺に対して、思わず吹きだした朝比奈さんが久しぶりと思える笑顔を見せた。 「急に怒ったりして、ゴメンナサイ」 そう言ってぺこりと頭を下げる。 「それに、原因はわたしにもあります。キョン君がいつものように色々気を配る心の余裕を持てなかったのは、きっとわたしがキョン君に頼ってばっかりで不甲斐なかったから・・・・・・。ほんとにごめんなさい」 「い、いえ、とんでもない。というか、朝比奈さんが、その、俺のことを考えて叱ってくれたってのは、分かりましたし、それに、これは俺と長門の問題、というか、俺の問題かな。という気がします」 そう言うと、朝比奈さんの表情は、喜んでいるような、今にも泣きだしそうな、そんな顔になった。 この天使の生まれ変わりのような朝比奈さんを怒らせ、怒鳴らせ、その上泣かせてしまったとあっては、俺はこの先どうやって生きて行けばいいのだ。慌てた俺が、 「あ、でも、形に残る物って言っても、俺、どうしたらいいか」 と言った時、朝比奈さんも何か言っていたような気がした。自分の声でかき消きえてしまったが。 「・・・・・・そうね、金曜日、みんなが帰った後なら、あたし、時間を空けておけます」 「はい?」 「・・・・・・・・・・・・」 「あ、ああ、じゃあ、どうしたらいいか、考えるのを手伝って頂けませんか?」 「どうしても、って言うなら」 「じゃあ、どうしても、お願いします」 そういって頭を下げた俺に、 「うん、どうせなら、良いものを選んであげないとですね!いつもお金、大変だろうけど、今回だけはお金で買えるなら安いと思います」 はは、確かに金は無いですね。 ああ、それからもうひとつだけ。 「はい?なんでしょう?」 「さっき、なんて言ったんです?自分の声で聞き取れなかったんですが」 そう質問する俺に、初めて見た時よりだいぶ様になってきたウィンクをしながら、人差し指を唇に当ててみせた朝比奈さんは、何も言葉にこそしなかったが、言いたいことは顔を見れば解った。 「禁則事項」だな。本当はなんだったんだろう。 しかし、その時の朝比奈さんと話していると、まるで朝比奈さん(大)のような錯覚がしたね。 ふと気が付くと、俺は高そうな女物のビジネススーツを着せられた白いマネキンに目を据えながらかなり長い間呆然としていたらしく、隣に立った長門の、ショーケースの中の黒真珠のような目が俺をじっと見つめていた。 「ああ、すまんすまん。これは流石に違うよな」 こんな物が似合いそうなのは、俺の知人では朝比奈さん(大)か、森さんぐらいだ。というか、それ以前の問題だな。 何をやっている。・・・・・・俺。 「他の店、行ってみるか」 我ながら引きつった笑いを浮かべたと思い、急いで顔を逸らし先に歩き始める。 長門は何の反応も示さず、無言でついてくる。 いかん。長門の目を直視できない。 ウィンドウショッピングとは言ったが、買う物は1つ決まっている。いやここは正確に「決められている」というべきか。選んだのは殆ど朝比奈さんみたいなものだしな。 なんとなくぶらぶらしつつ、1人では多分一生入りそうに無かった洒落たブティックなどを冷やかしつつ、目的のジュエリーショップに向かう。 長門は音もなく後をついてくる。 いつもにも増して存在感が希薄な長門を、時々横目で確認しつつ緊張を隠すようにゆっくりと歩く。 ・・・・・・どうせ何も隠せやしないのだが。 困ったことになった。 目的の品が無くなっていたのだ。 朝比奈さんと色々見て回った結果、俺の所持金と照らし合わせても無難な線で、値段にしては綺麗だったイヤリングに決めていた。 それが無い。昨日にでも売れてしまったのだろうか。 しかし、まさか朝比奈さんと下調べをしていたなど、今度ばかりは口が裂けても言うわけにはいかない。店員に聞くわけにもいかず、俺はかなり焦った。 どうする。しまったな。こんな事なら買って置いて渡せば良かった。 俺のセンスで何か女の子へのプレゼントを咄嗟に選ぶ自信は無いぞ。 などと考えていても致し方なく、他に何か良い物は無いかと探す。 と、長門が何かに興味を惹かれた様で、何かを見つめている。 「これ。・・・・・・なに?」 「ん、ああ、それはオルゴールだな」 なるほど、実際にオルゴールを見るのは初めてなのか。というより、そういえば今日初めて声を聞いた。 長門の顔に、納得したというような気配が一瞬流れる。 まあ、小説にも出てくるであろうアイテムだしな。いや、長門はそんな安っぽいのは読まないか?ああ、安っぽいというのは俺の主観だが。 1つ手近なオルゴールの蓋を開けてやると、繊細なメロディーが流れ出る。 ぱち。っと1度だけ瞬きをした長門は、そのまま静止して控えめに装飾された小さな木の箱に注視している。 俺が子供の頃持っていた物とは質が違う様だな。音の数も多いのか? それに、流石ジュエリーショップに置いてある物だけあって、中を覗くと少々凝った造りをしている。 シリンダー(円筒部分をそう呼ぶらしい)が回転するのに合わせて、細工された穴だらけの銀色の円盤が2枚、ゆっくりと回転し、その上に窓のついた板が乗せられている。窓から円盤の見える部分だけを見ると、まるで雪の結晶が降っているかのように見えるという訳だ。 ・・・・・・なるほど、値段も安くない。買おうとしていたイヤリングよりも全然高い。 しかし、壊れやすそうだな。コレ。 長門、気に入ったのか? 「よし、1つ買ってやるよ。曲がそれぞれ違う筈だから、色々試してみるといい」 そう言うと、ゆっくりと視線をオルゴールから俺に移した長門は、まるで「いいの?」と問いかける様に僅かに首を傾げる。 「ああ、長門にはいつも世話になりっぱなしだ。・・・・・・こないだの事も、本当に悪いことをしちまったしな。だから、感謝の気持ちと、それからお詫びだ」 長門は視線を小さな箱へと戻し、しばらく固まっていたが、今しがたゆっくりと音の止まったその箱に手を伸ばすと、緩慢な動作で蓋を閉め、それをそのまま俺に差し出す。 「他のは、聴いてみなくていいのか?」 俺の目を至近距離から捉えている二つの磨かれたばかりのブラックダイヤモンドが、さっきまでの俺の緊張をまるで無かったかのように霧散させて行く。 「・・・・・・いい」 「・・・・・・そうか」 俺と長門に満遍なく笑顔を振りまきつつ対応する、明らかに俺たち2人をカップルだと誤認したらしいレジの店員に、使い方やら、もし壊れた場合どうするのか。などを聞いておいた。まぁ、長門なら壊れてもすぐ直してしまうかもしれないけどな。 しかし、この出費はかなり痛いぞ。 どうすっかなぁー。 オルゴールを入れた紙袋を大事そうに抱える長門を見ていたら、この際そんな事どうでも良くなった。 次の日。 放課後部室へ入って間も無く、長門がコンピ研に緊急事態とやらで呼ばれ、読みかけの本を閉じ出て行くと、既にメイド服を着込み、お茶を淹れる準備をしていた朝比奈さんがここぞとばかりに聞いてきた。 「ね、図書館へは行きました?」 ええ、ショッピングの後、昼飯を食って、それから行きましたよ。今度は寝ないように頑張りました。 「うふ。ね、なんか、前より仲良くなってません?」 そうですか?俺としては元に戻ったという感じがしますけど。 「そうかなぁ~。うん、まあ~、それならそういう事にしておきましょう」 あ、なんかちょっと嫌な感じですね。それ。 それまで横で黙って聞いていたミスター・スマイリーフェイスこと古泉が、 「我々も結構大変でしたよ。何せ貴方がいらっしゃらなかったのでね。どうも涼宮さんは、僕と朝比奈さんだけではご不満のようで」 「・・・・・・まあ、5人揃ってのSOS団だからな」 「いえ、・・・・・・そうですね、同感です。ですから今回機関も力を貸してくれた訳ですが、僕が本当に言いたいことはもうお解りでしょう?」 い~や。全く解らないね。想像だにできん。何度言わせる気だ。 「だがまあ、一応礼は言っておく。今回の件では、世話になった。いや、今回の件でも。か。朝比奈さんも、本当にありがとうございました」 あなたのおかげで、大切な仲間の信頼を失わずに済みました。 ・・・・・・しかし、仲間の信頼を得るのにイヤリングをプレゼントってのも、繋がりが掴めないよな。まあ、オルゴールでも同じようなもんだが。 ・・・そうだな、長門も女の子って事か。 そう考えると、少し心に引っ掛かる物があるのは、何故だろう。 「いえいえ、とんでもないです。あたしの方こそ、あの時は強く言い過ぎちゃって。ゴメンネ。・・・ところで、プレゼントはどうしました?」 背中を向けて何やらモゾモゾやっていた朝比奈さんが振り返りながら聞いてくる。 そうそう、実は大変だったんですよ。あのイヤリングが・・・ 「って?!朝比奈さん?そのイヤリングはもしや・・・・・・」 まるで俺の妹のような所作で、軽く握った右手で自分のこめかみをコツンとやり「てへっ」と舌を出した朝比奈さんの耳には、あの時売っていたら買う予定だったイヤリングが光っている。 「やっぱり、プレゼントぐらい自分で選ばないと駄目ですよぅ。大切なのはコ・コ・ロです!」 言葉が出ない。・・・・・・しかしそんなもんかね。 それにあのオルゴールは長門が自分で見つけたようなものなんだがな。 「でも、そのためにわざわざそれを、しかも先回りして買ったんですか?」 「いえいえ、実はこれ前からいいな~って思ってて。丁度いい機会だし、買っちゃえ!って。最初からこうするつもりでしたから。こうでもしないと、キョン君、自分からは何もしなかったでしょう?」 ・・・・・・ますます言葉が出ない。 「ところでご相談があるのですが。今回かなりの出費だったご様子ですが、もしよろしければ」 「断る」 「まだ僕は何も言ってませんが・・・・・・まあいいでしょう。貴方にもちゃんとお解りのようだ。全て、ね」 そう言って気味悪くクスクス笑っている古泉は放っておく事にする。 そこへ長門が戻ってきた。 俺たちはそれぞれいつもの日常へ戻る。 古泉が適当なボードゲームを選び、朝比奈さんがポットの湯の温度を計り始める。 いつもの椅子に座った長門は、いつものように本を1冊膝に乗せると、今度は鞄から小さな箱を取り出して、スカートの上に乗せ、開いた。 小さな箱からメロディーが流れ出す。 まさか、長門がそれをここへ持って来るとは全く思ってもみなかった俺は、かなり意表を突かれた。朝比奈さんと古泉も、驚きの表情で長門とその小さな箱を見ている。 「綺麗な音・・・・・・」 ウットリとする朝比奈さん。お湯、もう沸騰してますよ。 「僕が幼少の頃持っていた物よりもずっと良い音がします。これは「パッヒェルベルのカノン」。ですね?」 なんだよお前、俺と同じ感想とは気持ちが悪い。まあ、俺は曲名も作曲者も知らなかったが。そういや、裏にでも書いてあった筈だな。気付かなかった。くそ、なんか無性に腹が立つ。 「(いえ、「愛の喜び」などでなくてほっとしましたよ。あれがそのプレゼントなのでしょう?)」 顔が近い。と、何度言わせる。古泉。 ふと気付くと、長門は本には目を落とさず、真っ直ぐ俺を見ていた。 そうか、そんなに喜んで貰えたら、そのオルゴールも幸せだろうよ。俺も幸せだし、俺の財布もきっと幸せだ。 ガチャバッッガン!!! 突如として、儚い小さな箱が奏でる繊細な旋律をかき消し轟音が響き渡った。 「おっくれてゴッメーーーン!!」 と、笑顔満員御礼で入ってきたのは説明するまでもなくハルヒだ。 どうでもいいがお前、ドアぐらいせめてもう少し普通に開けられんのか? 機嫌が良いのは、まあ、悪いよりはいいが、ドアの前に誰か居たらどうする。 古泉なら別に構わんが、朝比奈さんや、長門や、朝比奈さんに怪我でも負わせたらどうするつもりだ。 「ん?」 と、長門を見るハルヒ。すぐにオルゴールに気付き、 「お、有希、可愛いもの持ってるじゃん!見せて見せてっ!」 先程から俺を凝視したままだった長門は、ゆっくりとハルヒに目を向けると、大事そうに手のひらにオルゴールを乗せ、これまたゆっくりとハルヒに向ける。 「へ~え!かわいぃっ!雪が降るんだ。ピッタリじゃん。どうしたの?これ」 「貰った」 と、長門。 それまで機嫌大快晴、笑顔前線満開中だったハルヒは、突然、時間差で電波をキャッチした現地リポーターのように怪訝そうな顔つきになった。 ・・・・・・ひしひしと嫌な予感がする。うん、ひしひしってのはこういう事を云うのか。なるほど。 「ねぇ、有希?ソレ、誰に貰ったの?うん、なんか、聞かなくても判るような気もするんだけどね」 ハルヒの、長門に向けられた、見ているとこちらの目が瞑れそうな程に眩しい作り笑いが、圧倒的な無言のプレッシャーを、全く目も向けていない俺に向けて放出している。気がする。 そして、またいつの間にか俺の監視任務を再開している長門。お前の観察対象はハルヒではなかったか?今俺に視線を向けると、あらぬ誤解を・・・・・・いや、誤解ではないのだが、その方が余計にマズイ。 マネキンのように真っ白な顔になって固まっている朝比奈さん。さっきからお湯が沸騰してますよ。 古泉の顔は相変わらず清々しいまでのエセスマイルだ。いや、少し無理っぽさが増したか。 いつの間にか、白熱したハルヒの笑顔がそのまま、脱獄囚を照らすサーチライトのように真っ直ぐ俺に向けて固定されている。 カッと見開かれた、顔とは対照的に全く笑みの欠片も感じられないその両目は、恐らくその気になれば10秒で地球を貫通しそうな勢いのハルヒビームを、俺の顔面に向けて今正に照射せんとしている。気がする。 さあ、どうしたもんかな。これ。 だから、どうしてこう、困った時にこそ落ち着いてくれないかなぁ。我が肉体よ。 どうやらこんな凄まじい脈拍と汗では、長門は無論、ハルヒだって絶対に誤魔化せないのだが。やれやれだ。 さて、ハルヒには何を買わされる事になるのか、古泉の言うバイトとやらを紹介して貰わざるを得ないのか。 もしくはそんな余裕すら与えて貰えず、このまま部室の窓からいつぞやのように放り出そうとされるのか。 やれやれ。どちらにせよ、こりゃあろくな事にはならないな。やれやれ。 ところで、あのオルゴールにはフルオーケストラの演奏機能なぞ、無かった筈だが。 いや、古泉、この曲名ぐらいはいくら俺でも知っている。葬送行進曲だろ?どうだ。 などと冷や汗、油汗にまみれつつ現実逃避していると、ゆっくりとハルヒに視線を戻した長門が一言だけ発した。 「パパ」 ・・・・・・・・・・・・ええと、・・・・・・だな。 長門の発言の中から、無意味であった事を探そうとする事ほどに無意味な事は、SOS団の略称から正式名称を推測しようと努力する事の他にはまず存在しないであろうというこの歴然たる事実は長門との長くも短い付き合いの上でかなり早い段階に俺も学習している。その長門をしてこの「パパ」という単語を、長門有希大百科辞典に記載された誤魔化しの為の方便に選択可能な他のありとあらゆる当たり障りの無い膨大なる語彙の一切をことごとく放棄せしめ敢えて選択させたというこの事象からは、そこに何らかの深遠かつ強固なる長門自身の自覚的もしくは無自覚的意図が介在すると断定して差し支えないという当然の結論に達する。 であるからして、ごく自然、且つ自動的に、とある疑問がここに生じる訳だが、それは一体全体どういった意味合いでの「パパ」を指すのであろうか? 非常に気になる所だが、ハルヒが納得した様子でもある事だし、ここはあえて触れないで置いてもいい。 いや、むしろ触れないで置きたい。 ・・・・・・・・・・・・触れないで置こう。 それはそうとなぁ古泉よ。 吹き出しそうな所を更に作った笑顔でこらえるってのは、いくら作り笑いコンテスト優勝候補筆頭のお前でも無理があるだろう。 お前の顔、今、正しく配置した後に裏面からワンパンチかました福笑いのようになっているぞ。 そのままトイレへ行って、鏡で確かめてみるといい。 今度こそ本当に心の底から笑えるぞ。きっと。 ああ、それから出て行く時は鞄も忘れず持ってけ。 ・・・・・・それとも試しに今俺が前面からワンパンチかましてみてやろうか?意外にあっさり元に戻るかもしれん。 おわり 「こわれもの」 「につき」 「。」
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「こわれもの」 (陰謀をこれから読む可能性がある方は、読まない方が) 今俺は、薄黄色のデニムのコートに黒いベルトとスカーフという格好の長門を連れ、ウィンドウショッピングをしている。 通りがかる男共の視線がちらり、ちらりと刺さっているが、当の長門は、恐らくそれら一切に気付いているであろうにも拘らず、全てに一律無反応という冷然たる反応でそれに応えている。 まぁ、そこはもう見慣れた光景だな。 しかし、一昨日の朝比奈さんと比べても、1度の視線が留まる時間こそ短いものの、回数は上回っているんじゃないか? 今日は日曜で人通りが多いのだから当然と言えば当然か? 長門がこのような出で立ちであるのは、前もって私服で来るようにと伝えておいた為で、ほぼ毎週末と言っても言い過ぎではないほど頻繁に行われるSOS団恒例の不思議探索という名の暇つぶしの間ですら、身に纏う自身のシンボルとして必ず制服を選択するこの有機インターフェースの事であるから、その私服姿たるやSOS団員ですらなかなかに見る機会のない、かなりの希少価値のあるものだ。 いや、制服姿でない長門を見たかったというのも勿論あるが、週末にはかなり目立つ北高の制服姿の長門と連れ立って歩くと、何処やらで誰やらに見咎められ、それがどんな偶然だか知らないが巡り巡って結局特定の誰かに伝わり、明日学校で背後の「主人公が最高レベル最強装備でも本気を出されたら鎧袖一触されるような反則的強さを誇る隠しボスモンスターごとき存在」からの殺気と背中に穴が開くような視線に耐える必要性が生じ、殺気や視線だけならまだしも、実際に命の危険、もしくは、世界崩壊の危険すら生じる可能性があるからだ。というのもある。 実際に先月そのような事があったばかりなので、傷口に塗った消毒液がもたらす痛みのように身に沁みて理解している。 ちなみに、その危険極まりない自由奔放なる火属性猫類モンスター本体は今頃、朝比奈さんと古泉が別のどこかで我が身を生き餌としてじゃらし回し、俺と長門とのエンカウントの可能性を排除するよう取り計らってくれている事になっている。 朝比奈さん、ありがとうございます。どうかご無事で。 古泉と、恐らく機関にも、まあ礼を言っておくか。言うだけならタダだ。 だが、先程から俺の心臓が、制限時間残り僅かとなったスーパーマリオのBGMごとき速さで脈打っているのは、その長門の服装の希少性が問題なのではない。 解っている。もっと別の理由だ。 おい。どうした。俺のハート。一昨日あの愛らしくも微笑ましい朝比奈大天使長様と、同じように同じコースを二人きりでショッピングした時には平然としていたではないか。 というよりもだな、この長門型宇宙高校生にとって他人の心拍数を読む事など、他人がハルヒの顔色を読む程度に簡単な事であろう事は判っている訳で、従って、俺が緊張しているのも完全にモロバレだという事になる。 まだ朝比奈さんの時に活発に運動してくれた方が誤魔化しようがあるぞ。 まぁ、あの朝比奈さんに対して何かを努力して誤魔化す必要があるのかどうか甚だ疑問ではあるが。 ・・・・・・何を緊張しているんだ。俺の体。なんとかしろ。いや違う、むしろ何もするな。 なんなんだこの手汗は。今とめろ。直ぐやめろ。余計に気まずいだろうが。 そして、もっと悪いことに、今俺の精神が緊張の北極点にあるのは単に長門が普通の、いや、平均以上の女の子のように見える・・・・・・いや、正直に言おう。俺の主観ではこのような服装をした長門はかなり可愛く思え、また、通り掛かる男達の投げる視線を考えれば、客観的意見としてもそれが裏付けられていると判断するに一片の躊躇いもないのだが、その可愛いく思える女子とデートまがいの・・・・・・いや、どう客観的に見てもデートだよなこれは?可愛く思える女子とデート・・・を、しているから、というだけではない。 俺は、自慢になるが、俺ほど長門の感情を読める人間は他に居ないと断言する自信があった。 あったのだが、今はその自信が脆くも崩れ去ろうとしている。 先週のSOS団不思議探索活動において、俺がした、というよりもしなかった事による、ある失敗によって、俺はどうやらこの長門を決定的に怒らせてしまい、それからというもの俺と長門の間にあった無言という言語による会話が、料金を払い忘れた携帯のように不通になってしまったのだ。 いや、今でも長門をじっと見ていれば、時には少しは云いたい事が分かる時もある。 が、なんというか、以前は俺に対して長門の方からもメッセージを送信していたんだな。多分。それが無くなってしまった。 実際、これがかなり堪えている。 昨年12月のあの事件以来、長門には俺なりに気を遣って来たつもりだった。 なのにこの有様だ。 笑いたければ笑え。 所詮俺など単なる1男子高校生でしかない訳で、宇宙人であり更に女性ですらある長門の気持ちを汲むなど、俺の頭脳ではスペックが足りる、足りない以前の問題で、結局水と油、いや、氷と馬の油のように相容れないという事なのかもしれない。 いや、これは下らん最低な言い訳だったな。忘れてくれ。 ・・・・・・妹の考えている事なら全て解るのだが。 自身の恥を晒すというのは、全く俺の趣とする所ではないのだが、一応そのしなかった事について説明しておこう。 悪いのはどうやら全面的に俺であり、俺だけが今回の諸悪の根源である様で、万が一にもあり得ない話だが、長門がハルヒ的、自己中心的思考によって一方的な怒りを俺に向け発散している訳ではないようだ。 まあ、もし仮にそのような事態であったとしても、長門なら寧ろそうしてくれた方が長門の精神衛生上いいようにも思うのだが、長門に限ってそのような事は絶対に無い。 猫が人語を話そうが、同じ2週間が永遠と繰り返されようが、もしかしたら地球が一夜にして逆回転を始めるような事態になる事はあるかもしれないが、これだけは俺のちっぽけな命を賭けてでもあり得ないと断言する。 であるからして、まさに今の俺のこの困惑たるや、例えるならハルヒが突如として「わ、私、キョンの事が好きで好きでしょうがないのっ!」などと意味不明、かつ理解不能な恐らく宇宙語を宣ひながら、まるであたかも純真無垢な乙女であったかのような恥らひを持って俯き加減にしがみついてくるような事態に陥るのと同程度であるのかもしれない。 いや、別にそうなって欲しいと思っている訳では断じてない。俺が答えに窮し途方に暮れるだけからな。 まあ、これも絶対に有り得ないと今の俺が断言できる数少ない事の1つであるから、その心配も無い訳だが。 ・・・・・・閑話休題。もう話を逸らすのは止めだ。 問題の、俺のその本当は絶対すべきだったのにも拘らず「しなかった事」だが、 まず俺は先々週から先週に掛けての丸1週間、朝比奈さん及び未来に係わる、とある事件に係りっきりだったのだが、その一環としてどうしても必要とされた条件を満たすため、不思議探索の際、長門と俺が組むよう、長門に班分けのくじ引きの結果を操作して貰った。 長門のなにがしかの工作により、予定通り同じ班になった俺達が連れ立って図書館まで行くと、短期的未来から来た朝比奈さんが、俺としては予定通りに、長門としては突然に、待っており、そこでやっと長門に対してくじ引きの班分けを操作をして貰った理由を全く説明していなかった事に思い至り、あわてて説明した。 長門と別れた後、あの朝比奈さんが困惑しつつも怒り出し「ちゃんと長門さんに謝っておいてください」との通告を受け、俺としてはその後ちゃんと謝ったつもりだったのだが、どうも不十分だった。・・・・・・らしい。 朝比奈さんの態度を鑑みるに、これはどうやら相当に重大な意味合いを持つ致命的失敗のようだ。 なのだが、本当に申し訳ないのだが、実はまだ俺には本当の理由がピンと来ていない。 いや確かに、我ながら事前説明をしなかったのは、かなりどうかしていた。 言い訳でしかないが「長門だから、そこら辺はもう説明せずとも理解しているのだろう」という甘えもあったとも言えるし、不可解な事件に巻き込まれその渦中にあった俺の脳が限界を超えて働き過ぎていた為に、処理し切れなかった。という言い訳もできるかもしれない。 しかしながら、俺の凡庸なる記憶力をもってしても、「あの時」黒い液晶画面に映された文字を憶えていないわけではない。 正直、少し忘れかけていた時期があった事も認めざるを得ないけどな。 ・・・・・・。 ・・・・・・しかしなぁ。一緒に図書館へ行ったとは言えども、よもやすぐに寝ちまった奴とまた行きたいっていうのは無いだろう。 俺の知る中では最強の愛読家である長門だが、あの時は図書館というものに触れる事自体初めてだったようだから、当然そこら辺りが長門の心の琴線に触れたのではないかとは思うのだが。 色々考えてはいるのだが、考えるほどに謝罪不十分と判断される根拠が思い当たらん。 いや、流石に謝罪が十分だったなどと断言できるほど傲慢では無いつもりだが、遅ればせながら理由も全て説明したし、納得もしてもらえた。 ・・・・・・と、思う。 相手がハルヒなら謝罪不十分と取られる根拠も理解できる。感情に理論は通じないからな。 だが、長門に理論が通じない日が来たなら、それは恐らくこの世の終わりなのではなかろうか。 いや、長門に感情が無いなどとは断じて言っていない。 ただ長門ほど理論が通じる相手は、地球上にもそう居ないだろうというだけで。 ・・・・・・これも断言はできないけどな。色々な意味で。 それともなにか、やはり感情に理論は通じないという事なのだろうか。 感情に理論が通じない、そうだな、仮定すると、「俺からくじ引きで一緒になるように頼まれる事」が「嬉しい事」だったので、期待していたが、実際はそういうことではなく、必要性があった為の注文であり、また、事前説明も無かったので・・・・・・「裏切られた」「利用された」と感じた。という事か? 確かに、仮にこれがもし正しく、長門がそう感じているのなら、原因も理解してない俺の謝罪で許せという方がどうかしている。 だが待て待て。これは仮定の段階で崩壊している。 そもそも、これだと長門が俺に対してまるで恋心を持っているかのようだぞ。っはっはっは。スマン、谷口。それから全校の隠れ長門ファン。 というよりも、長門。スマン。妄想が過ぎた。 もしくは、俺が「長門ごときに説明しなくとも、どうせ人間でもないしどうでもいい」と・・・って、流石にそんな風には思われてないだろう。 もしそうなら俺は今すぐここで永眠するね。 ・・・・・・自分が緊張しているからなのか、はたまた長門の心が閉ざされているためか、それとも両方からか。 今日もまた長門の表情からも、以前は心地よかった俺達の間の静寂からも、何も読み取ることができない。 巨大な喪失感が、ひんやりとした感触を伴って背後から押し寄せてくる。 どうせなら、朝比奈さんも何が問題なのかはっきりと教えてくれればいいのだが・・・・・・。 彼女曰く、「それでは意味が無い」んだと。 ・・・・・・やれやれ。 今日から数えて5日前の2月15日、朝比奈さん手製チョコレート争奪あみだくじイベント後の部室での事だ。 「皆が帰っても残ってください」と、朝比奈さんに言われていた俺は、さて、なんの用だろう。何かこれは期待してもいい前兆なのだろうか、それともまたしても何がしかの最優先事項が発生して、どこやらいつやらへ一緒に行くことになるのだろうか。いやいや、流石に今日またって事は無いだろう。などと考えつつ、わざと忘れておいた鞄を取りに戻ると、制服に着替えを終えた朝比奈さんが開口するなりこう言った。 「で、どうなりました?」 と、朝比奈さん。いきなり仰られましても。 どんな表情でも愛らしく思えるはずの朝比奈さんのお顔が、今ばかりは少し怖い。 なんというか、弟の失敗を叱る姉のような表情だ。 「ちゃんと謝ってくれました?」 「ああ、長門ですね。ええ、謝っておきました」 「ちゃんと?しっかり?」 「・・・え、ええ。そのつもりですけど」 少し不安になる。が、 ふっ。と息を漏らした朝比奈さんの顔が少し緩み、優しい姉のような表情になる。それを見た俺も少し安心する。 「そっか。ならいいの。長門さん、ちゃんと納得してくれてました?」 「そう思いますけど」 「長門さん、なんて言ってました?あ、でもキョン君相手でも、あんまり言葉にはしないかな?」 「そうですね。「そう」とだけ言ってましたけど」 「まさか、なんですけど、あたしに言われたからだ。って、言っちゃったりしてない、です・・・よ・・・・・・ね」 言いながら、俺の表情の変化を眼で追っていた朝比奈さんは、言葉による回答を得るまでもなく理解し、口が次第に重くなる。目が、表情が曇っていく。 何か、取り返しの付かない恐ろしい失敗をしでかしてしまったのではないかという不安が、背中の辺りから首筋にかけてビリビリという感触を伴って這い上がってくる。 「キョン君?」 そう問いかける朝比奈さんの顔は、悲しみとも、落胆とも、怒りとも取れるなんとも複雑な表情をしている。 「・・・・・・はい」 それ以上言葉が出てこない。 「あなたって本当に・・・・・・・・・・・・」 急に大きく息を吸い込んだ朝比奈さんを見て、何事か怒鳴られるのだろうと内心ビクビクしていたが、暫く止めた息をそのまま強くフーっと吐き出すと、震える声でこう言った。 「全然ダメ!もう、完全に失敗です!あーもう、釘を刺しておくんだった。そんなじゃあんまり長門さんが可哀想。私はしょうがないっていうか、それに・・・あ、ええと、長門さんはでも、・・・ああ!もう!!なんであなたは、そんな所だけ素直なのっ?!」 「・・・・・・はい。ええと、まずかったの」 「まずいに、決まってるでしょう!!!」 ぷいっと背を向けた朝比奈さんの肩、そして部室に差し込む夕日の逆光で輝く髪が、小刻みに震えている。 朝比奈さんの怒っているのも初めて見たが、普段の彼女は意識的に人の言葉に被せて発言するようなことは絶対になく、増してや怒鳴ろう事があろうなどとは夢にも思っていなかった。しかもそれら全ては俺1人に向け、1度に発せられているのだ。 ハルヒの傍若無人な振る舞いにも、今まで1度も本気で怒ることの無かった朝比奈さんを、こんなにも怒らせてしまうとは。 これには本気で面食らった。 俺はどうやらハルヒでさえ踏み越えない人の心の壁を、土足で踏み込むどころかブチ破ってしまったらしい。 自分の頭から血の気が引いていく音がする。 「・・・・・・・・・・・・ それじゃあまるで、私に言われたから、口先で謝ってるだけみたいじゃないですか ・・・・・・・・・・・・」 自分の喉が、唾を飲み下す音がやけにうるさい。 なんだ? なんだ? どういうことだ? そんなにまずいことだったのか? 俺は長門に何をしてしまったんだ。 1分程そうしていただろうか。いや、10分だったような気もする。 急に振り返った朝比奈さんの顔は、厳しい、でも優しい姉の様相に戻っていた。 「キョン君」 「はい」 「わたしが、古泉君にもお願いして、そうね、今度の日曜日、1日キョン君と長門さんが確実にフリーになれるように取り計らいます」 「へ?」 「え?じゃないの。長門さんとあなたが、ううん、みんなが仲良くしている事は、・・・・・・あ、そっか。でも、それだけじゃなくて、わたしは長門さんは個人的には苦手というか、あんまり得意じゃないけど、でも、大切な仲間です。そして、キョン君、あなたも」 「・・・・・・はい」 「あなたが長門さんを傷つけてしまったのなら、あなたがなんとかするの。わざとじゃないのは、はっきりしてるし、それは長門さんもきっと解ってる。・・・・・・この場合はそれ自体が問題なんだけど・・・・・・。でも、わたしも、それにきっと古泉君も、協力するから、後はあなた次第です」 「・・・・・・ええと」 「とりあえず、この前のお詫びとして、長門さんを図書館に連れていってあげて。後は・・・そうね、何か形に残るものをプレゼントしてあげるのもいいかな」 「ええとそれって?」 「とにかく、そうするの!」 「へぁい!」 うろたえる余りひどく間抜けな返事をしてしまった俺に対して、思わず吹きだした朝比奈さんが久しぶりと思える笑顔を見せた。 「急に怒ったりして、ゴメンナサイ」 そう言ってぺこりと頭を下げる。 「それに、原因はわたしにもあります。キョン君がいつものように色々気を配る心の余裕を持てなかったのは、きっとわたしがキョン君に頼ってばっかりで不甲斐なかったから・・・・・・。ほんとにごめんなさい」 「い、いえ、とんでもない。というか、朝比奈さんが、その、俺のことを考えて叱ってくれたってのは、分かりましたし、それに、これは俺と長門の問題、というか、俺の問題かな。という気がします」 そう言うと、朝比奈さんの表情は、喜んでいるような、今にも泣きだしそうな、そんな顔になった。 この天使の生まれ変わりのような朝比奈さんを怒らせ、怒鳴らせ、その上泣かせてしまったとあっては、俺はこの先どうやって生きて行けばいいのだ。慌てた俺が、 「あ、でも、形に残る物って言っても、俺、どうしたらいいか」 と言った時、朝比奈さんも何か言っていたような気がした。自分の声でかき消きえてしまったが。 「・・・・・・そうね、金曜日、みんなが帰った後なら、あたし、時間を空けておけます」 「はい?」 「・・・・・・・・・・・・」 「あ、ああ、じゃあ、どうしたらいいか、考えるのを手伝って頂けませんか?」 「どうしても、って言うなら」 「じゃあ、どうしても、お願いします」 そういって頭を下げた俺に、 「うん、どうせなら、良いものを選んであげないとですね!いつもお金、大変だろうけど、今回だけはお金で買えるなら安いと思います」 はは、確かに金は無いですね。 ああ、それからもうひとつだけ。 「はい?なんでしょう?」 「さっき、なんて言ったんです?自分の声で聞き取れなかったんですが」 そう質問する俺に、初めて見た時よりだいぶ様になってきたウィンクをしながら、人差し指を唇に当ててみせた朝比奈さんは、何も言葉にこそしなかったが、言いたいことは顔を見れば解った。 「禁則事項」だな。本当はなんだったんだろう。 しかし、その時の朝比奈さんと話していると、まるで朝比奈さん(大)のような錯覚がしたね。 ふと気が付くと、俺は高そうな女物のビジネススーツを着せられた白いマネキンに目を据えながらかなり長い間呆然としていたらしく、隣に立った長門の、ショーケースの中の黒真珠のような目が俺をじっと見つめていた。 「ああ、すまんすまん。これは流石に違うよな」 こんな物が似合いそうなのは、俺の知人では朝比奈さん(大)か、森さんぐらいだ。というか、それ以前の問題だな。 何をやっている。・・・・・・俺。 「他の店、行ってみるか」 我ながら引きつった笑いを浮かべたと思い、急いで顔を逸らし先に歩き始める。 長門は何の反応も示さず、無言でついてくる。 いかん。長門の目を直視できない。 ウィンドウショッピングとは言ったが、買う物は1つ決まっている。いやここは正確に「決められている」というべきか。選んだのは殆ど朝比奈さんみたいなものだしな。 なんとなくぶらぶらしつつ、1人では多分一生入りそうに無かった洒落たブティックなどを冷やかしつつ、目的のジュエリーショップに向かう。 長門は音もなく後をついてくる。 いつもにも増して存在感が希薄な長門を、時々横目で確認しつつ緊張を隠すようにゆっくりと歩く。 ・・・・・・どうせ何も隠せやしないのだが。 困ったことになった。 目的の品が無くなっていたのだ。 朝比奈さんと色々見て回った結果、俺の所持金と照らし合わせても無難な線で、値段にしては綺麗だったイヤリングに決めていた。 それが無い。昨日にでも売れてしまったのだろうか。 しかし、まさか朝比奈さんと下調べをしていたなど、今度ばかりは口が裂けても言うわけにはいかない。店員に聞くわけにもいかず、俺はかなり焦った。 どうする。しまったな。こんな事なら買って置いて渡せば良かった。 俺のセンスで何か女の子へのプレゼントを咄嗟に選ぶ自信は無いぞ。 などと考えていても致し方なく、他に何か良い物は無いかと探す。 と、長門が何かに興味を惹かれた様で、何かを見つめている。 「これ。・・・・・・なに?」 「ん、ああ、それはオルゴールだな」 なるほど、実際にオルゴールを見るのは初めてなのか。というより、そういえば今日初めて声を聞いた。 長門の顔に、納得したというような気配が一瞬流れる。 まあ、小説にも出てくるであろうアイテムだしな。いや、長門はそんな安っぽいのは読まないか?ああ、安っぽいというのは俺の主観だが。 1つ手近なオルゴールの蓋を開けてやると、繊細なメロディーが流れ出る。 ぱち。っと1度だけ瞬きをした長門は、そのまま静止して控えめに装飾された小さな木の箱に注視している。 俺が子供の頃持っていた物とは質が違う様だな。音の数も多いのか? それに、流石ジュエリーショップに置いてある物だけあって、中を覗くと少々凝った造りをしている。 シリンダー(円筒部分をそう呼ぶらしい)が回転するのに合わせて、細工された穴だらけの銀色の円盤が2枚、ゆっくりと回転し、その上に窓のついた板が乗せられている。窓から円盤の見える部分だけを見ると、まるで雪の結晶が降っているかのように見えるという訳だ。 ・・・・・・なるほど、値段も安くない。買おうとしていたイヤリングよりも全然高い。 しかし、壊れやすそうだな。コレ。 長門、気に入ったのか? 「よし、1つ買ってやるよ。曲がそれぞれ違う筈だから、色々試してみるといい」 そう言うと、ゆっくりと視線をオルゴールから俺に移した長門は、まるで「いいの?」と問いかける様に僅かに首を傾げる。 「ああ、長門にはいつも世話になりっぱなしだ。・・・・・・こないだの事も、本当に悪いことをしちまったしな。だから、感謝の気持ちと、それからお詫びだ」 長門は視線を小さな箱へと戻し、しばらく固まっていたが、今しがたゆっくりと音の止まったその箱に手を伸ばすと、緩慢な動作で蓋を閉め、それをそのまま俺に差し出す。 「他のは、聴いてみなくていいのか?」 俺の目を至近距離から捉えている二つの磨かれたばかりのブラックダイヤモンドが、さっきまでの俺の緊張をまるで無かったかのように霧散させて行く。 「・・・・・・いい」 「・・・・・・そうか」 俺と長門に満遍なく笑顔を振りまきつつ対応する、明らかに俺たち2人をカップルだと誤認したらしいレジの店員に、使い方やら、もし壊れた場合どうするのか。などを聞いておいた。まぁ、長門なら壊れてもすぐ直してしまうかもしれないけどな。 しかし、この出費はかなり痛いぞ。 どうすっかなぁー。 オルゴールを入れた紙袋を大事そうに抱える長門を見ていたら、この際そんな事どうでも良くなった。 次の日。 放課後部室へ入って間も無く、長門がコンピ研に緊急事態とやらで呼ばれ、読みかけの本を閉じ出て行くと、既にメイド服を着込み、お茶を淹れる準備をしていた朝比奈さんがここぞとばかりに聞いてきた。 「ね、図書館へは行きました?」 ええ、ショッピングの後、昼飯を食って、それから行きましたよ。今度は寝ないように頑張りました。 「うふ。ね、なんか、前より仲良くなってません?」 そうですか?俺としては元に戻ったという感じがしますけど。 「そうかなぁ~。うん、まあ~、それならそういう事にしておきましょう」 あ、なんかちょっと嫌な感じですね。それ。 それまで横で黙って聞いていたミスター・スマイリーフェイスこと古泉が、 「我々も結構大変でしたよ。何せ貴方がいらっしゃらなかったのでね。どうも涼宮さんは、僕と朝比奈さんだけではご不満のようで」 「・・・・・・まあ、5人揃ってのSOS団だからな」 「いえ、・・・・・・そうですね、同感です。ですから今回機関も力を貸してくれた訳ですが、僕が本当に言いたいことはもうお解りでしょう?」 い~や。全く解らないね。想像だにできん。何度言わせる気だ。 「だがまあ、一応礼は言っておく。今回の件では、世話になった。いや、今回の件でも。か。朝比奈さんも、本当にありがとうございました」 あなたのおかげで、大切な仲間の信頼を失わずに済みました。 ・・・・・・しかし、仲間の信頼を得るのにイヤリングをプレゼントってのも、繋がりが掴めないよな。まあ、オルゴールでも同じようなもんだが。 ・・・そうだな、長門も女の子って事か。 そう考えると、少し心に引っ掛かる物があるのは、何故だろう。 「いえいえ、とんでもないです。あたしの方こそ、あの時は強く言い過ぎちゃって。ゴメンネ。・・・ところで、プレゼントはどうしました?」 背中を向けて何やらモゾモゾやっていた朝比奈さんが振り返りながら聞いてくる。 そうそう、実は大変だったんですよ。あのイヤリングが・・・ 「って?!朝比奈さん?そのイヤリングはもしや・・・・・・」 まるで俺の妹のような所作で、軽く握った右手で自分のこめかみをコツンとやり「てへっ」と舌を出した朝比奈さんの耳には、あの時売っていたら買う予定だったイヤリングが光っている。 「やっぱり、プレゼントぐらい自分で選ばないと駄目ですよぅ。大切なのはコ・コ・ロです!」 言葉が出ない。・・・・・・しかしそんなもんかね。 それにあのオルゴールは長門が自分で見つけたようなものなんだがな。 「でも、そのためにわざわざそれを、しかも先回りして買ったんですか?」 「いえいえ、実はこれ前からいいな~って思ってて。丁度いい機会だし、買っちゃえ!って。最初からこうするつもりでしたから。こうでもしないと、キョン君、自分からは何もしなかったでしょう?」 ・・・・・・ますます言葉が出ない。 「ところでご相談があるのですが。今回かなりの出費だったご様子ですが、もしよろしければ」 「断る」 「まだ僕は何も言ってませんが・・・・・・まあいいでしょう。貴方にもちゃんとお解りのようだ。全て、ね」 そう言って気味悪くクスクス笑っている古泉は放っておく事にする。 そこへ長門が戻ってきた。 俺たちはそれぞれいつもの日常へ戻る。 古泉が適当なボードゲームを選び、朝比奈さんがポットの湯の温度を計り始める。 いつもの椅子に座った長門は、いつものように本を1冊膝に乗せると、今度は鞄から小さな箱を取り出して、スカートの上に乗せ、開いた。 小さな箱からメロディーが流れ出す。 まさか、長門がそれをここへ持って来るとは全く思ってもみなかった俺は、かなり意表を突かれた。朝比奈さんと古泉も、驚きの表情で長門とその小さな箱を見ている。 「綺麗な音・・・・・・」 ウットリとする朝比奈さん。お湯、もう沸騰してますよ。 「僕が幼少の頃持っていた物よりもずっと良い音がします。これは「パッヒェルベルのカノン」。ですね?」 なんだよお前、俺と同じ感想とは気持ちが悪い。まあ、俺は曲名も作曲者も知らなかったが。そういや、裏にでも書いてあった筈だな。気付かなかった。くそ、なんか無性に腹が立つ。 「(いえ、「愛の喜び」などでなくてほっとしましたよ。あれがそのプレゼントなのでしょう?)」 顔が近い。と、何度言わせる。古泉。 ふと気付くと、長門は本には目を落とさず、真っ直ぐ俺を見ていた。 そうか、そんなに喜んで貰えたら、そのオルゴールも幸せだろうよ。俺も幸せだし、俺の財布もきっと幸せだ。 ガチャバッッガン!!! 突如として、儚い小さな箱が奏でる繊細な旋律をかき消し轟音が響き渡った。 「おっくれてゴッメーーーン!!」 と、笑顔満員御礼で入ってきたのは説明するまでもなくハルヒだ。 どうでもいいがお前、ドアぐらいせめてもう少し普通に開けられんのか? 機嫌が良いのは、まあ、悪いよりはいいが、ドアの前に誰か居たらどうする。 古泉なら別に構わんが、朝比奈さんや、長門や、朝比奈さんに怪我でも負わせたらどうするつもりだ。 「ん?」 と、長門を見るハルヒ。すぐにオルゴールに気付き、 「お、有希、可愛いもの持ってるじゃん!見せて見せてっ!」 先程から俺を凝視したままだった長門は、ゆっくりとハルヒに目を向けると、大事そうに手のひらにオルゴールを乗せ、これまたゆっくりとハルヒに向ける。 「へ~え!かわいぃっ!雪が降るんだ。ピッタリじゃん。どうしたの?これ」 「貰った」 と、長門。 それまで機嫌大快晴、笑顔前線満開中だったハルヒは、突然、時間差で電波をキャッチした現地リポーターのように怪訝そうな顔つきになった。 ・・・・・・ひしひしと嫌な予感がする。うん、ひしひしってのはこういう事を云うのか。なるほど。 「ねぇ、有希?ソレ、誰に貰ったの?うん、なんか、聞かなくても判るような気もするんだけどね」 ハルヒの、長門に向けられた、見ているとこちらの目が瞑れそうな程に眩しい作り笑いが、圧倒的な無言のプレッシャーを、全く目も向けていない俺に向けて放出している。気がする。 そして、またいつの間にか俺の監視任務を再開している長門。お前の観察対象はハルヒではなかったか?今俺に視線を向けると、あらぬ誤解を・・・・・・いや、誤解ではないのだが、その方が余計にマズイ。 マネキンのように真っ白な顔になって固まっている朝比奈さん。さっきからお湯が沸騰してますよ。 古泉の顔は相変わらず清々しいまでのエセスマイルだ。いや、少し無理っぽさが増したか。 いつの間にか、白熱したハルヒの笑顔がそのまま、脱獄囚を照らすサーチライトのように真っ直ぐ俺に向けて固定されている。 カッと見開かれた、顔とは対照的に全く笑みの欠片も感じられないその両目は、恐らくその気になれば10秒で地球を貫通しそうな勢いのハルヒビームを、俺の顔面に向けて今正に照射せんとしている。気がする。 さあ、どうしたもんかな。これ。 だから、どうしてこう、困った時にこそ落ち着いてくれないかなぁ。我が肉体よ。 どうやらこんな凄まじい脈拍と汗では、長門は無論、ハルヒだって絶対に誤魔化せないのだが。やれやれだ。 さて、ハルヒには何を買わされる事になるのか、古泉の言うバイトとやらを紹介して貰わざるを得ないのか。 もしくはそんな余裕すら与えて貰えず、このまま部室の窓からいつぞやのように放り出そうとされるのか。 やれやれ。どちらにせよ、こりゃあろくな事にはならないな。やれやれ。 ところで、あのオルゴールにはフルオーケストラの演奏機能なぞ、無かった筈だが。 いや、古泉、この曲名ぐらいはいくら俺でも知っている。葬送行進曲だろ?どうだ。 などと冷や汗、油汗にまみれつつ現実逃避していると、ゆっくりとハルヒに視線を戻した長門が一言だけ発した。 「パパ」 ・・・・・・・・・・・・ええと、・・・・・・だな。 長門の発言の中から、無意味であった事を探そうとする事ほどに無意味な事は、SOS団の略称から正式名称を推測しようと努力する事の他にはまず存在しないであろうというこの歴然たる事実は長門との長くも短い付き合いの上でかなり早い段階に俺も学習している。その長門をしてこの「パパ」という単語を、長門有希大百科辞典に記載された誤魔化しの為の方便に選択可能な他のありとあらゆる当たり障りの無い膨大なる語彙の一切をことごとく放棄せしめ敢えて選択させたというこの事象からは、そこに何らかの深遠かつ強固なる長門自身の自覚的もしくは無自覚的意図が介在すると断定して差し支えないという当然の結論に達する。 であるからして、ごく自然、且つ自動的に、とある疑問がここに生じる訳だが、それは一体全体どういった意味合いでの「パパ」を指すのであろうか? 非常に気になる所だが、ハルヒが納得した様子でもある事だし、ここはあえて触れないで置いてもいい。 いや、むしろ触れないで置きたい。 ・・・・・・・・・・・・触れないで置こう。 それはそうとなぁ古泉よ。 吹き出しそうな所を更に作った笑顔でこらえるってのは、いくら作り笑いコンテスト優勝候補筆頭のお前でも無理があるだろう。 お前の顔、今、正しく配置した後に裏面からワンパンチかました福笑いのようになっているぞ。 そのままトイレへ行って、鏡で確かめてみるといい。 今度こそ本当に心の底から笑えるぞ。きっと。 ああ、それから出て行く時は鞄も忘れず持ってけ。 ・・・・・・それとも試しに今俺が前面からワンパンチかましてみてやろうか?意外にあっさり元に戻るかもしれん。 おわり 「こわれもの」 「につき」 「。」
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おい、宅配便伝票貼ったぞ。 これで俺は翌日に配達されるんだよな。 早く家に帰りたいんだ。午前中指定で頼むぞ。 勿論、荷受拒否されましたとさ。 謝罪殿下、ご自分は「こわれもの」であるらしい。
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241 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23 16 19 ID xq02LOt2 英国のとある街にある宿。 住人全員が行方知れずとなった貴族の屋敷を改装した建物。 看板は血濡れた三日月の意匠。 狂気と狂喜を孕んだ客が集う場所。 去る者は許すが来る者は決して拒まない。 オーナーは謎めいた男、ミスター・クレセント。 建物の名をクレセント・イン。 またの名を――― クレセント・イン。 主に観光地として成立しているこの街にある宿泊施設の1つ。 そこにある食堂で、俺は夕食を取っていた。 目隠しをした黒髪の女性を伴う、この施設のオーナーと共に。 「役割、と言う物についてどう思う?」 と、施設のオーナーである仮面の男、ミスター・クレセントは唐突に言った。 「役割、か?」 と、俺はフォークとナイフを動かしながら、馬鹿みたいに聞き返した。 俺ことエリック・リーランドは。 「そう。例えば私ことクレセントはこの宿の主で、エリックは我が友でこの街の刑事だ」 「無駄に説明的な台詞だな」 「その説明で本当に理解できるのか、と思ってな」 「?」 この男は何を言っているのだろう。 「つまりだな、小説の登場人物一覧、等でもしばしばこうした役割が記され、それで人物を説明するだろう?」 「ふんふん」 ホームズ:名探偵、とか、レストレード:刑事とかそんな感じか。 「それで、その説明だけでその人物の総体を表現し尽くしたと言えるのだろうか、と」 確かに、『名探偵』というフレーズだけでそのキャラクターを説明しきるとか無理ゲーだろう。 人によって色々なイメージがあるだろうし。 「そもそも、1キャラでも結構色々な役割と言うか属性と言うか、そう言うのが付いてるからなぁ」 「さすがだな、我が友よ」 「?」 「たったこれだけのやり取りで僕の話したいことに辿りつくとは。いやはや流石エリックとしか言いようが無いな」 と、勝手に納得する仮面の男。 「ちょっと待て、勝手に納得されてもどういうことなのか分からん」 「ああ、済まないな、我が友よ」 ステーキを嚥下して、改めてクレセントは説明する。 「人間という生き物は、様々な役割を背負い、演じる必要がある訳だ」 「まぁね」 「で、だ。人が何かをする時はその役割に基づくものなのか、はたまた個人の感情に基づくものなのか―――それが僕にはどうしても理解できないのだ」 「何と言うか、哲学的と言うか、自分探しの旅をする中学生みたいなことを言うなぁ」 と、言いながら俺は付け合わせのパスタをフォークに巻きつける。 その横で、従業員の娘が空いた皿を下げる。 「それこそ、小説でもそこをネタにした作品もあるよな。情と仕事と板挟みになる、みたいな」 刑事モノとかな、それこそ。 「その場合の、情とは何なのだろうな」 「そりゃ、仕事じゃないところ、プライベートの部分から来るんじゃないか?」 「プライベートの空間でも、役割はあるだろう。例えば、私は妻の夫であるし、君にも家族の中での役割もある」 「お前の言い草だと、まるで感情なんて無いみたいだな」 「そうかも、しれないな」 クレセントは言った。 「時々分からなくなるのだよ、私は。そう言う役割だからそうしているのか、そうしたいからそうしてるのか、な」 そう笑うクレセントの声は、どこか悲しげに聞こえた。 242 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23 17 02 ID xq02LOt2 食後、俺はクレセント・インから帰宅することにした。 「泊って行けば良いものを、我が友よ」 帰る時に、クレセントは名残惜しそうに言った。 「泊って、って金取るんだろ?」 「まぁ、宿だからな」 「なら止めとく。それに、明日も仕事だし」 「大変だな、公僕は」 そんなやり取りの後、俺は紫がかった髪の従業員の少女に見送られ、寮へと戻る。 「また、何も掴めなかったな」 俺は夜道で呟いた。 『曰く』があることを売りにした建物は数多いが、クレセント・インもその1つ。 それも、作り話では無く本物なのだ。 一夜にして住人が1人残らず姿を消した館、それを改装したのが今のクレセント・イン。 実を言えば、俺はその『曰く』を、謎を追っている。 刑事としての仕事とは関係なく、個人的な事情と感情で。 「こう言う考え、クレセントには分かんねーんだろうなぁ」 そう呟いて、彼の寂しげな表情を思いだし、すぐに追い出す。 クレセントに近づいたのは、クレセント・インの謎に近づくため。 それを、彼も知らないはずもない。 クレセント・インの謎を追う過程で、周辺を調査し、関係者に近づこうと、必死で行動した結果。 この街の影の支配者とも言われる謎の男クレセントに、拍子抜けするほどあっさり接触することができた。 仮面に隠れた彼の真意は、未だ分からないけれど。 俺の追う謎の真相は、行方不明の住人の行方は、未だ分からないけれど。 そんなことを考えている内に、寮の自室に辿りつく。 「鍵が開いてる……」 ギィ、と自室のドアを開くと、清掃員の女がいた。 「すみません。清掃していて」 事務的に答える清掃員。 「ここの寮は部屋の中まで掃除してくれるのか?」 「不用でしたか?」 「いや、ありがとうな」 「はい!」 今までのクールな印象とは異なり、華のような笑顔を清掃員は浮かべた。 掃除を終え、出ていく彼女の後姿を見て、1つのことに気が付いた。 帽子に隠れて見えなかったが、彼女の髪が紫がかった色をしていることに。 その頃、 クレセント・イン、オーナー自室にて 「ヴァイオラくんは今日もエリックの所か」 パチ、と将棋の駒を動かしながら、クレセントは言った。 「ええ、そうよ。やっぱり、好きな人のことは少しでも知りたいもの」 そう言って、駒を動かすのは彼の妻、レディ・クレセント。 目隠しとボールギャグを外し、ウィッグも外して美しい金髪が晒されている。 「私たちの昔を思いだすな」 「昔って、まだほんの数年前じゃない」 「数年か」 パチ、と駒を動かしてミスター・クレセントはしみじみと言った。 「たったそれだけで、全てが変わってしまったな」 「何も変わって無いわよ、少なくとも私達の想いは」 パチ、とレディが駒を動かした。 「それさえ変わらなければ、あとはどうだって良い。そうでしょ?」 「…そうだな」 駒を動かしながら、クレセントは答えた。 「王手」 パチン、と駒が置かれる音が響いた。 243 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23 17 35 ID xq02LOt2 クレセント・イン そこは、かつてブラッドライン邸と呼ばれた建物。 昔からこの街一帯を治め、政財界に大きな影響力をもつ有力貴族、ブラッドライン家の末弟、アムレート・ブラッドラインの邸宅。 有力貴族、と言ってもアムレートは自由な立場には無かった。 むしろ、末弟であるがゆえに、いずれは権力争いに利用される宿命。 「どいつもこいつも手前の欲ばかり。上等だ。そっちがその気なら、全員おれが―――喰ってやる」 アムレートがそう思ったのかは分からないが、彼は大学を出てすぐに起業した。 成功の為にアムレートは手段を選ばなかったらしい。 家名を利用することも、どんな屈辱的な手段も、どんなイリーガルな手段も。 彼に逆らえば、その側近の少女に殺される。 そんな噂が流れるていた。 「アムレート様のためなら、どんなことでも知てみせる。どんな、ことでも。だから……」 とはいえ、その企業はたった数年で大きく成長し、アムレートは30歳になる前には青年実業家として社交界に名を知られるようになっていた。 そんな折、アムレートの元に実家から縁談が舞い込む。 日本、いや世界に影響力を持つ財団鬼児宮家。 その娘フィリアとの結婚話。 30近いアムレートと、高校を卒業したばかりの鬼児宮フィリア。 明らかにアンバランスな相手。 政略結婚であることは明白だったが、敢えて罠に飛び込む様な大胆さでアムレートは結婚を了承した。 ブラッドラインも鬼児宮も、いずれ全て支配するつもりなのかと噂されたものだった。 その噂通り、結婚後アムレートの会社は破竹の勢いだった。 しかし、一方のフィリアは日に日に精神を病んでいったという。 望まれぬ結婚を憂いてか。 権力争いに利用される身の上を嘆いてか。 はたまた、故郷から、友人から、愛する者から引き離されたことを悲しんでか。 「このまま生きていれば、貞節を守っていれば、いずれあの人と再会できるかもしれない。でも、苦しいよ…。助けてよ…」 助けの声が届くはずもなく、フィリアの心の病みは奇行や夢遊病じみた深夜徘徊といった形で周囲に現れるようになったと言う。 ブラッドラインの奥方は悪魔に取り憑かれた。 街にそんな噂が流れるほどに。 そんなある日、ブラッドライン家の住人が一夜にして消えた。 誰も彼も。 アムレートも。 そして、フィリアも。 その行方は、今も分からない。 狂ったような少女の笑い声が響く夜のことだったとも、時同じくして謎めいた美貌の人物が目撃されたとも言われているが噂は噂。 持ち主がいなくなり、買い手もいなかったその邸宅を買い取ったのが、どこからか町に流れ着いたクレセント夫婦だった。 以上、俺ことエリック・リーランドが把握している旧ブラッドライン邸=クレセント・インについて知っている全情報。 「旧ブラッドライン邸について突っ込むのは、もうやめとけ」 数日後、俺は署の廊下で上司からそう言われた。 後ろでは、紫がかった髪の清掃員が掃除機を押している。 「それは圧力、ですか?」 「いいや、個人的な忠告だ」 上司は首を振った。 「新聞屋のメシのタネになりそうなモンはとっくの昔にブラッドライン家が処分してるだろうな」 「と、なると鬼児宮の……」 「いや。ブラッドラインにせよオニゴミヤにせよ、連中ならきっともっと上手くやってる」 上司は答えた。 と、なるとお偉いさん方の勢力争いということでもないのだろうか。 「なら、どうして」 「刑事のカンだ」 真顔で漫画みたいなことを言われた。 「血みどろの勢力争いの残骸なんざ漁るモンじゃねぇよ。ロクな物しか出てくる訳が無ぇ」 そう言って、上司は煙草に火を付けた。 「行方不明になる前に、フィリア・ブラッドラインに会ったことがあるが、ヒドいモンだったぜ。頬はこけ、キレーだった金髪はくすみ、目は死んだようだった」 「……」 「お前が漁ってるのは、若い娘をそんな風に変えちまうような、ドロドロの悪意の世界なんだよ」 フゥ、と煙を吐き出す上司。 「やめとけよ、もう。捜索願が出てる訳じゃねぇし」 「それでも」 と、俺は言った。 「消えた住人達には家族がいる、友人がいる。教師がいる。その人たちの想いがある。だから、このまま迷宮入りって訳にもいかないでしょう」 個人の想いと、刑事(役割)としての使命を乗せて、俺は言った。 「分かったよ。忠告は、したからな」 嘆息して、上司は言った。 244 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23 17 58 ID xq02LOt2 故あってブラッドライン邸に関する『曰く』を追い、その真相になかなかたどりつけないものの、それでも前進したと感じることもある。 その1つが、今の持ち主であるクレセントと『友達』になれたことだ。 刑事であるからと言って、捜査令状も無いのに旧ブラッドライン邸ことクレセント・インを堂々と調べる訳にはいかない。 さりとて、地元の人間が客として泊るのも、全く不自然ではないだろうが何度も出来ることではない。(……金銭的にも) そんな訳で、クレセント・インの捜査活動はどうしてもコソコソとしたものにならざるを得なかった。 なるべく静かに、誰にも気づかれないように活動していた俺だったが、それは本当に誰にも気づかれない意味であるはずもなく。 「失礼、そこな紳士。このクレセント・インに何か御用かな?」 数ヶ月前のその日、クレセント・インを調べていた俺はそう声をかけられた。 声のした方を振り向くと、1組の男女が居た。 洋装仮面の男に、目隠しの女。 声をかけてきたのは男、クレセントの方だったようだ。 彼が、今この館の主であることを、当然ながら俺は知っていた。 どうするべきか、一瞬迷ったが、嘘を言っても無駄だろうとすぐに気付いた。 恐らくは向こうも俺を不審に思って声をかけたのだろうし、何より俺は嘘が上手な性質では無い。 「この旧ブラッドライン邸の曰くを調べている」 俺は、そう正直に言った。 「何故かな」 「私情だ」 俺は即答した。 「ほう…」 気のせいか、クレセントが驚いたように見えた。 「成程それはこちらとしてもありがたい話。つまらぬ曰くや噂でこの場所が怖がられているらしく、困っていたのだ。何しろ、この屋敷は今は宿泊施設だからな」 クレセントは意外な反応を見せた。 「客寄せになるんじゃないか、そう言う話は」 「宿泊施設は親しまれてこそだからな」 「なるほどな」 「しかし、驚いたな。この町の人間は、皆ブラッドラインとやらの出来事を随分と畏れているようだったのに、君はその事情にむしろ積極的に介入しようとしてる」 「ま、こっちにも色々あってな」 クレセントの言葉に、俺は肩をすくめた。 「なるほどな…」 妙に感心した風な仕草をするクレセント。 「時に、君。名前は何と言うのかね?」 「あ?」 藪から棒に名前を聞かれた。 「私は、ここではクレセントと呼ばれている。君は?」 随分と普通(でもないか)に名乗られた。 そう言われて名乗らないのは英国紳士として失礼だろう。 「エリック。エリック・リーランドだ」 「そうか。いきなりだが、勇敢なるエリック。君の勇気に敬意を表して、頼みごとがある」 「何だ?」 いや、本当に何だこの展開。 「私と、友達にならないか?」 その唐突な言葉から、俺とクレセントの奇妙な交流は始まった。 こうして、クレセントと『友達』になったことで良いことがいくつかある。 それは、クレセント・インに出入りしやすくなったこと。 いや、良い飯を食えるようになったとかそう言う理由で無く。 邸宅に残された様々な手掛かりを探すことができるのだ。 「さすがに、シャーロック・ホームズのようにはいかないけどな」 そう呟いて、館の内側の外壁の周りを歩く。 「ウン?」 その一点に奇妙な違和感を感じて、凝視する。 かすれて見辛いが、何か文字のようなものがびっしりと刻まれている。 「一本の線と四角形……いや、もしかして四角の真ん中にも線が入ってる?」 245 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23 18 22 ID xq02LOt2 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日一日 246 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23 19 23 ID xq02LOt2 文字で表すとこんな所だ。 そう言えば、鬼児宮フィリアの出身は日本だったはず。 だから、この図形、いや漢字は、 「いち、にち。A day?」 読み方は分かったが、意味が分からない。 日付を付けるならともかく、何で同じ『一日』だけびっしりと書く必要があるのか。 「外国語、お出来になるんですよね」 と、唐突に後ろから声をかけられた。 「誰だ!」 思わず懐に手を入れて(勤務時間外なので何もない)後ろを振り向くと、クレセント・インの従業員が立っていた。 紫がかった髪に眼鏡。 クールな印象を受ける若い娘だ。 「ヴァイオラ・イリリアです」 「ああ、従業員の人か。驚かせて悪いな」 「いえ……」 一礼する紫がかった髪の従業員。 宿泊施設で働いているだけあり、如才の無い、美しい動作だった。 「ブラついてたら、変わった物があったんでな」 と、俺は『一日』とびっしり刻まれた壁を親指で示した。 「何だと思う?」 「私などには見当もつきません」 クールに被りを振るミス・イリリア。 「リーランド様ほどの名刑事なら、事情は異なるのでしょうが」 「止せよ」 照れ臭くて、思わず頭をかいた。 「ですが、異国の言葉を習得されていらっしゃる刑事など、そうはいないのでは?」 「この辺は外国人観光客も多いしな。それに、妹が日本で教師やってるから、その影響」 自分とは縁の無い極東の島国、と馬鹿にしたものではないのだ。 随分前、勤務中に日本人に道を教えたこともあるし(俺はおまわりさんか) 「それでも、素敵だと思います」 少しはしゃいだ様子で、ミス・イリリアは言った。 どうやら、彼女の内面はクールな見た目とは異なるらしい。 「それで、私を以前助けて下さいましたし」 ミス・イリリアの言葉で思いだす。 ああ、そうだ。 俺がその日本人に道を教えた理由。 街を歩いていたら、意味の通じないカタコトの英語を離す日本人観光客に話しかけられ、困惑していた少女がいたから。 妹の勤める日本の学校からのビデオメールで、日本の訛りだろうとアタリを付けた俺が少女の代わりに道を教えたのだ。 その時の少女は、確か眼鏡に紫がかった髪で……。 「あれがミス・イリリアだったのか。こんな所で出会うなんて世間ってせまいのな」 「いいえ」 俺の言葉に被りを振って、ミス・イリリアは続けた。 「これは、運命です」 247 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23 19 44 ID xq02LOt2 結局、その日は大した手掛かりの見つけられないまま寮に戻った。 やはり、勤務と並行して調査をするのは難しいものがあるのかもしれない。 そんなことを思いながら、自室のベッドに横になっていると、電話が鳴った。 「もしもし?」 寝転びながら、受話器を手に捕る。 『Hi,bro(ハイ、兄さん)。元気してますか、リック』 妹、エリスの軽快な声が聞こえた。 日本からの国際電話か。 妹は、日本で教師をしている。 妹と言っても、歳は1つしか違わないのだが。 「まぁ、そこそこな。そっちはどうだ?」 『元気ですよ。元気過ぎて困るくらいです』 「それ、自分で言う言葉じゃねぇ。そんなに元気なら、そっちで旦那でも探したらどうだ?お前ならどんなハンサムでもマッチョでも、男なら引く手数多だろ」 『Yak……(ウゲェ……)』 「何か言ったか?」 『ノンノン何も。学校と言う職場は意外と出会いの無い所なのです。探したくてもいない物なのです』 あからさまに話をそらされた。 『それよりも、リックの方こそどうなのですか』 「刑事課だぜ。ンな男臭い職場で、出会いなんてあるわけねぇって」 『私と同じじゃないですか』 「お互い、婚期を逃しちまいそうだな」 「まったくです」 そんな風に、いつものように笑い合う。 「悪いな、エリス」 会話が途絶えた折に、俺はポツリと言った。 「何が、ですか?」 「全然進まねぇや、お前の生徒の捜査」 アムレート・ブラッドラインに嫁いだ鬼児宮フィリア。 彼女は日本にいた頃、妹の生徒だった。 それが行方不明になって、平静でいられる理屈は無かった。 それが、俺が旧ブラッドライン邸、クレセント・インの謎を追う理由。 「気にしないで下さい、リック。ハードワークになるのは分かっていたことです。それより、あなたの方が心配です」 「ああ、大丈夫だよ。必ずお前の大事な生徒を見つけ出す」 『無理しないで下さいね、本当。フィリアは私の大切な生徒で、彼女を大切に思う生徒達もいますけど、同時にリックは私の大切な家族です』 「覚えておくよ」 そして、エリスは俺の大切な妹であることも。 「必ず、真実を突きとめて見せる」 『真実が必ずしも人を幸せにするとは限りませんけどね。私はただ、あるかもしれない希望を捨てたくないだけです。ただ、憶病なだけなんです』 Sorry,brother(ごめんなさい、お兄さん)、とエリスは小さく言った。 彼女が俺のことをリックともbro(兄さん)とも呼ばないのは、とても珍しいことだった。 「謝るなよ、ンなこと。それこそ気にするなだ。可愛い妹に頼られて俺としては嬉しい位なんだぜ」 『可愛い、なんて言葉が似合う歳でも無いですけどね、お互い』 「ブハハハ!違いねぇ!」 空元気で笑いすぎた。 「あだ!?」 妙な勢いが付いて、ベッドから転がり落ちてしまった。 『大丈夫ですか、リック?スゴい音がしましたケド』 「あー、悪い、エリス」 ベッドから転がり落ちて、ベッドの下がよく見える。 刑事課の仕事で培われた観察眼が、自然に発揮されてしまうくらいに。 「電話切るわ、この辺で」 『オ、オーケー。また会いましょう、リック』 「ああ」 手短に言って、俺は電話を切った。 そして、ベッドの下に手を伸ばす。 違和感を感じた個所に、感じたくもなかった手ごたえ。 それを乱暴に引き抜き、靴の裏で踏み潰す。 「盗聴器……」 248 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23 20 13 ID xq02LOt2 数日前 「妹なら、私にもいたことがあったな」 と、クレセントが言った。 「へぇん、どんなコだ?」 内心驚きながら、俺は聞き返した。 クレセントがプライベートなことを語るのは、それが初めてだった。 外からは分からないが、それだけ俺に心を許している、ということなのかもしれない。(そうでないかもしれない) 「恐ろしいのが1人、大人しいのが1人。その2人だな」 「恐ろしいんかい」 ウチの妹とも喧嘩して勝った試しが無いが、恐ろしいとは思わなかったぞ。 「個人的に脅威と言う訳ではないがな。その性的嗜好が恐ろしいのだよ。内心、嫌悪していたと言っても良い」 そう語るクレセントだったが、気のせいかどこか嬉しそうに見えた。 「んじゃ、もう1人の方は?」 「何かにつけて私に着いてくる、かわいい奴だったよ。カルガモの親子のようにな」 「極端だなぁ、オイ」 「良く言われる」 と、言うよりクレセントはここまでペラペラと話して良いのだろうか。 いや、良いのか。 先ほどから性格的な部分ばかりで、出身などそれ以外の部分には全く触れていない。 「妹さん達とは連絡取ってるのか?ウチはしょっちゅう電話してるけど」 少しでも情報を引き出そうと、俺は更に踏み込んだ話題を振った。 「いいや。言っただろう、『いたことがあった』と」 つまりは、過去の話と言う意味で。 「縁を切ってきたのだよ、否、縁を切り捨てたと言うべきかな。だから、今2人がどうしているのか知る由も無い」 歌い上げるような流暢さで、あっさりとクレセントは言い放っちやがった。 「い……や……」 それに対して、俺は理不尽な怒りが沸いてくるのを感じた。 「家族は、大事だろが……。捨てんなよ、家族……!」 多分、これは俺が妹と仲が良いからこそ出る身勝手な言葉。 それでも、言わずには言われらなかった。 「正当な怒りだな。否、正義の怒りと言うべきか」 欠片も怒りを隠せていない俺の言葉に動じた様子も無く、クレセントは言った。 「オフで警官振るつもりもねーけどな」 謝らないけどな。 ショッキングな告白を何でも無いことのようにのたまう馬鹿には。 「とは言え、我が狂乱家族は私がいなくても十分に生きていける。私がどこに居ようとどこに居まいと、生きていようと死んでいようと、あの子達には同じことだ」 それがクレセントの本音なのか、自分に言い聞かせているだけなのかは、俺には分からない。 「それで良いのかよ、お前……」 「良いも悪いも無いさ」 言葉だけはあっさりと、クレセントは答えた。 「私はレディの夫で、この宿の主で、この町の住人。今となってはその役割を全うするだけさ」 「全うするだけ、って……」 「それ以外のモノが邪魔になるなら、仕方あるまい?」 そう言って、クレセントは形の良い笑みを浮かべた。 それが、本心から来るものなのか、それとも役割を演じているだけなのか、俺には分からなかった。 249 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23 20 40 ID xq02LOt2 時系列は現在に戻り、盗聴器を見つけた次の日のこと。 「やっぱ、あそこには何かがあるんですよ!」 「ってぇ、壊れた機械を見せられただけじゃなぁ」 壊した盗聴器を片手に息巻く俺に対して、上司は頭をかきながら言った。 「お前の部屋にコレが仕掛けられてたって主張しても、それだけで事件性があるかどうかは微妙だからなぁ」 「俺が信用できないってンですか?」 「そうじゃぁ無ぇよ」 どこか困ったように、上司は言う。 「ただ、俺としては余計お前に手を引いてもらいたくなったな。さわらぬ神に祟り無し、って東洋のことわざにもあるだろ?」 「警察官の台詞ですか、それ」 「ミスター・クレセントは町の名士だしなぁ。若いのに、この町のために色々やってくれてる」 「色々?事実上の支配じゃないですか?」 「みなまで言うなよ・・・・・・」 古くからこの地を治めていたブラッドライン家の人間がいなくなり、この街は壊滅の危機にあった。 そこにすい星のごとく現れ、この街の為に短期間で様々な貢献を果たしたのがクレセントだった――――と言っても大げさではない。 問題は、あまりにもクレセントの貢献度が高すぎて、いつの間にかこの街はクレセントがいないと成り立たなくなってしまったことだ。 故に、彼がこの街から居なくなった日には、この地は街としての機能を失うだろう。 それが、この街に住む殆どすべての人間の共通認識だった。 故に、ミスター・クレセントには逆らうな、それがこの町の暗黙の了解だった。 「俺だって、一個人としてはクレセントが嫌いな訳じゃないですよ。でも、あの屋敷の過去をこのままにはできません」 「それが、結果としてミスター・クレセントの身辺をかぎまわることになっても、か」 「随分な言い方ですね」 「実際、そういう風に受け取ってる人たちがいる」 真剣な表情になって、彼は言った。 「署の中のお前の立場、お前が思っている以上に悪くなってるぞ、最近」 「だからやめろって言うんですか。盗聴までされて」 「だからこそ手を引け、って言ってるんだ。本気でヤバくなる前に」 「それが刑事のすることですか!?」 「ああ、そうだ。俺たちは刑事だ。探偵じゃない」 俺の言葉を、彼は一刀両断した。 「今まで黙認してきたが、お前のしてることはもう越権行為だ。もう終わってるんだよ、旧ブラッドライン邸の事件は」 「俺は、そうは思ってません」 「お前、だけはな」 その言葉に何も言い返せず、俺は拳を握り締めた。 そう言えば、以前クレセントとこんなやり取りがあった。 「私が支配者?」 いかにも驚いた風に彼は言った。 「そう言ってる奴もいるって話だがな」 俺は豪胆そうにもしゃもしゃとステーキを咀嚼しながら言った。 内心では出方を伺っているのだ。 「確かに、自分で言うのもどうかとは思うが、私はこの街に対して少なからぬ助力をしてきた。それを支配と呼んだとして、全く道理が通らないということは無い」 持って回った言い方だったが、クレセントは思いのほかあっさりと認めた。 その隣にいるレディ・クレセントは無言。 いつものことだ。 自ら好んで目隠しをし、食事時以外はギャグボールまではめて、現実との関わりを断っている女だ。 こんな話に口をはさむことは無い。 「しかし、我が友エリックよ。だからと言って私は自分のことが偉いなどとも、優れた存在などとも言うつもりは無い」 「へぇん。なら何だ、お前は?」 「私は、ただこの街に欠けてしまった役割を埋めただけだよ。さながら、パズルの1ピースのようにな」 この街に欠けてしまった、というのはブラッドライン家のことだろう。 あの貴族あってこそ、この街は成立していた。 そして、今はそれがクレセントに置き換わっただけ。 「君も私も、この街ではこの街を構成するパズルのピースに過ぎない、それだけのことだ」 そう言って笑うクレセントの口元は、気のせいかどこか悲しげにも見えた。 俺は、その笑みを見ないふりをした。 250 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23 21 04 ID xq02LOt2 遠い親戚より近くの友人、という言葉があるが、それは嘘だというのが俺の持論だ。 気がつけば俺の身の回りには誰一人として味方はいなくなり、本当の味方は遠くの家族だけだ。 いや、近くにはいるにはいるか。 友人、とか言ってるこの町の支配者、クレセントが。 「お互い、本気で心を開いた試しは無いけどな」 勤務時間が終わり、俺は呟いた。 近くのゴミ箱を、苛立ち紛れに蹴り飛ばす。 と、その前に一台の車が停まる。 そこから現れたのは、紫がかった髪をした女性。 クレセント・インの職員。 「お迎えにあがりました」 無駄の無い動作で一礼して、彼女は言った。 「クレセントからの用事か?」 「はい」 職員―――ヴァイオラ・イリリアは無表情を崩すことなく答えた。 とはいっても、特にクレセントと約束をした覚えは無い。 どういうことだ、と一瞬考える。 同時に、好機だとも感じた。 虎穴に入らずんば虎児を得ず、という言葉があると言うし。 「分かった」 この機に、知ってることを洗いざらい吐いてもらおう。 そう思って、俺は車に乗った。 程なくして、車が発車する。 ミス・イリリアの見た目通り、冷静で手慣れた運転だった。 そう言えば、彼女の運転は初めてでは無いような気がする。 クレセントの奴から送迎を勧められた時は、そう言えばいつも…… 「良いものですね。私とあなた、2人きりでドライブなんて」 「いや、別にそーゆーことでは無いような……」 「それで、あなたの送迎の時はいつも担当させて頂いているんです」 「意外と人の話聞かないのですね!」 「エリックさんは、お車はお嫌いですか」 うっわ、いきなり話題変わった。 女性の話なんてそんなものと言えばそんなものだが。(ウチの妹とか) 「あー、まぁ割かし好きですよ。どちらかと言えば、自分で運転する方が好きですけど」 ちなみに、妹はバイク好き。 リアシートに乗せた相手と合法的に密着できるからというボンクラな理由で、だが。 「私もです。本当は、もっとあなたを何度も乗せたかったんです。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……」 執念さえ感じられる口調でミス・イリリアは言った。 って言うか、何だこの女。何だこの女! 「でも、私とあなたではあまりにも接点が無くて。会いたくても、会えなくて。分かってはいたんです。警察のお仕事はお忙しいのだって。それでも、会いたくて、切なくて、会えなくて……」 爪がハンドルに食い込みそうになるくらい握りしめるミス・イリリア。 怖い。 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い! 何が怖いって今にもハンドル操作をミスしそうなのが怖い! 「ま、まぁ落ち着いてください。ミス・イリ……」 「そんな時に、あの人が言ってくれたんです。あなたと結ばれる手伝いをしてくれるって」 ようやく、話が本題に戻ってきた。 「あの人……クレセントの奴ですね」 「ええ」 そして、バックミラーに虚ろな笑顔を映すミス・イリリアが続けた言葉は、俺の予想した通り―――では無かった。 「レディ・クレセントさんが、私に協力してくれたんです」 「!?」 その言葉と、ミス・イリリアが車を停めたのは同時だった。 「着きました」 「分かった。早くクレセントの奴に会わせてもらう」 兎にも角にも、今の状況は分からないことが多すぎる。 それを誰かに説明してもらいたかった。 けれど。 「私の前で他の女の話をしないで」 そう、振り返ってきたミス・イリリアに唇を奪われた。 何か行動を起こす暇も無かった。 されるがままに舌を絡められ、喉の奥に錠剤のような何かを押し込まれる。 とたんに、睡魔が襲ってくる。 ……まさか、睡眠薬か? 夢見心地で俺を貪るミス・イリリアの姿が霞んでいく。 駄目だ、と本能的に感じる。 ここで目を閉じたら、何も知らないまま、何もできないままに終わる。 それは、嫌だ。 嫌だ…… 嫌だ… 嫌だ、助けて…… たすけて、エリ……ス…… 251 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれほてるのこわれもの ◆yepl2GEIow:2011/10/30(日) 23 21 29 ID xq02LOt2 「ヴァイオラが、リーランドさんを例のお部屋にお連れしたそうよ」 電話の受話器を置き、レディ・クレセントは言った。 「かくして、また1人主要人物の座を降ろされたと言う訳、か」 対するミスター・クレセントの芝居がかった口調は、どこか力が無い。 「あら、どうかしたの、クレセント?」 「ここまですることも、無かったのではないかと思ってな」 ため息に乗せて、クレセントは言った。 心なしか、声音が歳相応の青年らしいものになっているようだった。 「エリックがあの事件の真相をこれ以上追えないように手を回す。それは良い。そこまでは良い。けれど……」 「ヴァイオラ・イリリアに力を貸して、ここに監禁させたのがいけなかったって?キューピッドの真似事をしただけよ?」 「あの2人なら、きっかけ次第では一般的な恋愛のプロセスを経て交際、結婚が可能だっただろう」 「恋人を一所に繋ぎとめておきたい、そう望んだのはあの娘よ?」 「その背中を押したのは、私たちだろう」 互いに一歩も譲らぬ押し問答。 「……ねぇ、クレセント」 レディの細い指が、夫の首元にかかる。 「私のしたことが、そんなに嫌?」 かけた指に、少しだけ力がこもる。 「嫌、では無い。私は君を愛している。その役割は、私が唯一自らの意思で選びとった物だ」 自らの名前さえも犠牲にして、とクレセントは言わなかった。 「嬉しいわね」 「愛しているからこそ、君の本音が聞きたい」 「嬉しいわね、本当に」 キュッと口元に三日月の笑みを浮かべるレディ。 「私は誰よりもあなたが好き。だから、エリック・リーランドが誰よりも憎かった。それだけよ」 何でも無いことのように、暗い情念を告白するレディ。 「どうして……」 「あなたが、彼を気にかけたから。この屋敷で起きた事に挑む彼に、あなたは本当に敬意を抱いて、本当に友達になろうとした。だから、壊した」 「…僕は」 かすれた声で、クレセントは言葉を紡ぐ。 役割を離れた、1人の青年として。 「…僕は、君を愛してるよ、フィリア…。…友が居ようと、家族が居ようと、それは変わりなかったのに…」 「ええ、知ってるわ―――― 一日」 甘い声で、レディ・クレセントは、かつて鬼児宮フィリアと呼ばれた娘は囁いた。 「でも……」 そう語るレディの目に、クレセント―――緋月一日は狂気の色を感じた。 「壊したいのよ!私以外、あなたが大切にするモノは全て!友人も!家族も!大切なモノ全て!そうすれば、私とあなたは同じになるの!!」 「…同じ…?」 「そう、同じ!寄り添い合い、愛し合う相手がお互いしか無くなる!それってすごく素敵なことだと思わない!?」 興奮気味に、とても素晴らしい考えを語るように、レディは、自らの名前さえ失った娘は言う。 「さぁ、次はアナタのどんな『大切』を壊そうかしら?」 そう言って、彼女は屋敷の中に虚ろな笑みを響かせた。 英国のとある街にある宿。 住人全員が行方知れずとなった貴族の屋敷を改装した建物。 看板は血濡れた三日月の意匠。 狂気と狂喜を孕んだ客が集う場所。 去る者は許すが来る者は決して拒まない。 オーナーは謎めいた男、ミスター・クレセント。 建物の名をクレセント・イン。 またの名を――― 『ヤンデレホテル』 恋に壊れた女性、レディ・クレセントが支配する館。
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Fragile Heart Series こわれもの Fragile Heart Series「こわれもの」 image album 02[告白はめまいの雫] こわれもの 告白はめまいの雫(Amazon) 発売元・販売元 発売元:(株)ランティス 販売元:キングレコード株式会社 発売日 2000.07.26 価格 2667円(税抜き) 内容 告白はめまいの雫 〜Prologue〜 SWEET EMOTION OPEN SESAME 歌:並木のり子 二人の亜希 GIRL MEETS BOY HAPPY TALK 告白1 SCHOOL DAYS LOVE SONG 告白2 KISS NO MORE TEARS HAPPY DAYS 歌:並木のり子 告白はめまいの雫 〜Epilogue〜 備考
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ただのPCゲーマー・・・のはず。もはやy987654321hはこの世には存在しない者となりました。 PCのスペック上、何故かGMODだけ正常に起動しないという事態に陥っております。解決策知っている人が居れば情報のご提供を。 PC性能 OS Windows Vista Home Premium (6.0.ビルド6001) CPU Intel(R) Core(TM)2 Duo CPU E7200 @ 2.53GHz (2 CPUs) MEM 2037MB GPU Intel(R) GMA X3500
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寸止め太郎 ■性別 男性 ■学年 三年 ■所持武器 しゃぼんだま ■ステータス 攻撃:0 防御:15 体力:15 精神力:0 FS(エントロピー):0 こわれもの 発動率:0% 成功率:100% スタイル:アクティブ タイプ:付与型 効果:【こわれもの】付与 範囲+対象:同マス敵味方自分全員 時間:永続 時間付属:死亡非解除 制約:なし 効果:【こわれもの】 カウンター。 行動すること・行動の対象になることに対する先手カウンターとして死亡する。 殺したのはカウンターを誘発したヤツだが、それで内ゲバにはならない(DP発生する)。 能力原理 シャボン玉の飛沫を浴びた者は、触れただけで壊れるようになる。 キャラクタ説明 しゃぼんだまをぷかぷか浮かばせる少年。 「ゲームボーイは床に叩きつけても動く」を真に受けて、やってみたら、壊れた。 その悲しみで悟り、ついで魔人化した。