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りゅうの目のなみだ 夢を見ているようだと思う。悪い夢だ。そうでなければ突然どうして自分がこんなことになってしまっているのか、チャトラには納得できないし、自分自身への説明もできなかった。 このところ一気にいろんなことがあった気がする。ありすぎて、ひとつずつ思い返して整理するのも億劫だ。 (それとも、思い返したくないのかな) そうかもしれない。自分の中のどこかの部分が疼いて、チャトラは小さく笑った。笑うと潰れた喉がひどく痛む。ゆっくりと腕を引き攣れたような喉に当てようとして、左はともかく右は固く寝台の柱に括りつけられていることに思い当たった。どういうつもりなのだろう、と思う。どういうつもり。黙って部屋を訪れてはこうして縛めて行く男も、それに対して抵抗をせず大人しく縛められる自分も。 何かが決定的に変わってしまったのだと思う。大切な何かが。 思い返したくないと思いながら、それでも考えを巡らせることを止められない。 あの夜。 皇帝と二人でこっそり城下へ繰り出し、そぞろ歩いた。当初チャトラは、男の街へ行くと言う言葉を信じていなかったが、男は割と本気だったらしい。否定した自分を見てますます行く気になったようで、行く気になった男を、そうなると止める方法はなかった。天邪鬼の男に、制止する言葉の何を述べても通じるとは思えない。と言うよりも逆効果でしかないだろう。 多少ゴタゴタに巻き込まれつつ、奇遇の上に奇遇が重なってディクスと合流し、皇宮近くへ戻ったところを破落戸どもに襲撃された。たぶんそれは皇帝を狙ったと言うよりは、その少し前に、赤子を抱えた女に絡んでいたところを掻き回したことへの、報復だったのだろう。あの男どもは最後まで、皇帝を襲撃していることに気が付かなかったはずだ。 そうしてチャトラは巻き添えを食って殴り飛ばされた。痛かった、とは言えるものの、それ以外は何が起こったのか判っていなかった。 打ん殴られ吹っ飛んで、一瞬意識がどこかへ行ったのは判る。そんなに長い時間ではなかったはずだ。なのに、気が付くと辺りが一変していた。驚いたと言えば驚いたのだろうけれど、実際そこまでの衝撃はチャトラにはなかった。 ゆらゆらと陽炎のように立つ、目の前の姿が朱に染まっていた。最初何だろうと目を凝らして、それが皇帝だと遅れて気が付いた。そうして、 ああ。やっぱり。 そんな風に思った。 やっぱり「何」だったのか、チャトラにもよく判らない。何をあの後に続けて言いたかったのか、思い出せない。ただ無心にやっぱり、と思ったことだけ覚えている。 それから皇宮に戻り、次に気が付いた時は馬乗りになった皇帝に、いきなり首を絞められていた。何が何だか本当に判らなかった。容赦のない力に、自分は今殺されるのだなと言うことだけは理解した。 あの時、男は自分を本気で殺したかったのだ。それだけは判る。目茶苦茶に暴れても、男の体はびくともしなかった。それまでに何度か試されたものとは違う。戯れやからかいでこんな力が出るか。 ぎりりと細紐を引きしめられて目の前がちかちかと白く光り、真っ赤になって膨れ上がり、それから何故か急激に空気が流れ込んできて混乱した。男が急に手加減でもしたのかと思って何故だ、とチャトラは喚きたかった。 違う。 アンタはそんなひとじゃない。一度殺そうと思ったのなら、止めを刺すまで容赦をしないひとだ。転々と気が逸れるように見せかけているけれど、本当は一貫して本心の変わらないひとだ。底辺に流れている透徹した信念をうまく隠して、隠せると思っていて、実際周りの人間には隠しきれているけれど、でも。 そうして男が床に投げ捨てた紐を見て、切れてしまったのだなと思った。紺地に銀と朱の絹糸が織り込まれた細い組み紐。街へ出た時に男が仲見世で手に取って、チャトラへ選んでくれたものだった。選び、手ずから紐を結んで、結び終えると少し離れてチャトラを眺めていた。似合うとでも言いかけたのだろうか、男が目が眇めてこちらを見るので、眩しいのかなとチャトラは思った。 嬉しかった。 高級な絹織物も貴石もいらなかったけれど、男が選んでくれたことが、チャトラは単純に嬉しかったのだ。 その飾り紐が、無残に引きちぎれて床に投げ捨てられている。拾わないとダメだ。心がざわめいてチャトラは立ち上ろうとした。あれは、少し千切れてしまってもう紐の役目は果たさないかもしれないけど、でもアンタが買ってくれた、オレの。 立ち上ろうとした動きを男がどう解釈したのか知らない。足首を掴み引き摺られて、熱に浮かされたような目でじっと見つめられた。どうしたらいいのか判らなかった。おかしいことだけは判っている。アンタはもうずっと前から、ちょっとずつおかしかった。本心を隠すのが得意だったはずのアンタが、三補佐のひとたちに気付かれるくらい、少しずつおかしくなっていってた。 どうしちゃったんだよ。 声が出たならチャトラはそう言ったと思う。きつく喉元を締められたせいで声は出なかった。潰れたのだろうかとも思ったがどうでも良いことだ、と即座に考えを追い払った。重要なのは今、憑かれた視線で眺めてくる目の前の男だ。皇帝、と唇の動きで訴えてみたけれど声の出ない訴えに力などない。 溢れた唾液を拳で拭うと、動きをぞくぞくとした表情で男が見ていた。瞳の色素がいつもより薄いと思う。 その手に、いつの間にか小指ほどの太さのある剣針が握られていた。男が懐に隠し持っているものだ。護身のためなのか、男は常に袖だの腰布だの、表からは判らないようにあちらこちらに武器を仕込んでいる。そのうちの一つだった。ひたと足の甲に当てられ、これは逃げようがないなと瞬間腹を決める。男が本気なのは相変わらずだったし、彼女は腕が使えない。下半身はがっちり抑え込まれていたから、暴れたところでどうにもならない。 そうして男の目の色を見てしまったチャトラに、あまり逃げる気もなかった。 (……アンタ、なんて目でひとのこと見るんだ) そんな目で。焦れたような。飢(かつ)えたような。じっと顔色を窺い、彼女が怯えるかどうか試している。怖くないと言えば嘘になるし、痛いことは絶対に嫌だったけれど、どうしても動けない。動いてはいけないと思う。 (逃げたら、アンタは勝手に一人で傷つくんだろ) 覚悟を決めて見返してやると、唐突に皇帝の手首が返されて、ぶつりと足の甲に針が突き立った鈍い音がした。目を逸らしもせず凝視したまま刺し貫くだとか、男も大概いい根性をしているとチャトラは思う。直後襲った激痛に身悶えた。がつんと、頭を殴られたような衝撃があった。しまったな。これは相当痛い。 でもまだ耐えられそうだ。 こぼれた涙が弱いと思われそうで癪だったので、ろくに動かない腕は諦めて、チャトラは肩口で頬を擦った。 「――ああ、随分深い穴が開いてしまった」 傷口から溢れる血液を舌を伸ばして舐めとり、愛おしむように男は呟いて、それからどこか満足気に足の甲を眺め、裂いた敷布で丁寧に穴を塞いだ。チャトラには、さっぱり男が何を考えているのか判らない。判り得るはずもない。 逃がさぬよ、と男は言った。 逃げてくれるなと懇願されているように聞こえて、チャトラは身動きが出来なかった。 そこまでぼつぼつと思い出して、急に縛られた右肩が同じ姿勢でひどく痛んでいることに気が付く。顔をしかめ、体勢を入れ替えようと動くと、する、と簡単に結び目が解けてしまった。 最初から縛り付ける意思が無かったものとしか思えない。固く括りつけられていると思っていたチャトラは、面食らって解けた縄を見た。どうしようか、とも思う。解けた縄を見て男はどう思うだろう。自分でまた括りつけておくべきだろうか。 それから急にどうでも良くなって、ふらふらと光に惹かれるようにしてチャトラは窓際へ寄った。厚い緞帳が下ろされたままの隙間から真っ白に差し込む光。もう何日か陽光を浴びていない。うまく力が入らない腕を震わせながら上げて、飾り紐を引くと一気に光が部屋へとなだれ込む。 眩しくて涙が滲んだ。 もう何も考えたくなかった。ただこの澱んで饐えた空気の籠もる部屋から出て、新しい風を吸い込んでみたかった。 窓を開け、いつものように中二階から飛び降りようと下を見て、全く自分の体がその衝撃に耐えられないことに、チャトラは気が付く。穴の開いた片足は、まだじくじくと走るどころか歩くのにも痛んで、これではとても飛び降りることはできないように思えた。縄を垂らして降りることも考えたけれど、ようやく何とか持ち上がるようになったとは言え、酷く打撲し痛めつけられた腕で、自分の体重を支えることができるかどうかも疑わしい。 溜息を吐き、仕方なく窓を閉め、廊下への扉へと向かった。男が施錠をしていないことは知っている。逃がさないと言い切った割に、そうしてチャトラがどうするのか眺めているような真似をする。早く逃げてしまえと言われているようにも思えたけれど、それが男の本意なのか判らない。 とりあえず逃げ出す訳ではない、少し外の空気を吸うだけだと自分に言い訳をして、チャトラは身支度を整え、扉に手をかけた。 扉の外には護衛の騎士一人常駐しているでもなく――もちろん部屋には今皇帝はおらずチャトラ一人だったのだから、いないと言えばいないのが当然ではあったのだけれど――正直なところ、監視のひとつでも付けているだろうと思っていたチャトラは、少し拍子抜けした。それから、なるべく人目を避けて、後宮裏の庭にでも行こうと思った。いつだったか月見と称して男が連れて行ってくれたその場所は、ろくに庭師の手も入らず荒れ果てていて、雑草も含めた季節の野花が、勝手に咲き乱れていた。その気ままさがとても良かった。あれがもう一度見たいと思った。 ひょこひょこと片足を引き摺りながら、チャトラは勝手知ったる居住区を奥へ奥へと進み、後宮区と言われるあたりに立つ。瞬間、不意にむっと立ち込める香に顔をしかめる。 何だろう。これは。 この間まで後宮に、こんなにおいはしなかった。 知らない変化に胸がざわめく。 見回すと、透きとおる紫煙が渦巻いている様子が見えるような気がして、手を振って払い除ける。決して不快な香りではないはずなのに、まとわりつくそれが気持ち悪くてたまらない。辟易としながらまた少し進み、それから人の気配が随分あちこちから立ち上ることにはた、と気が付いた。 人が住んでいる。 これまで伽藍堂のまま放置されていた場所だった。ただ薄く張られた無人の部屋の紗だけが、微風にひらひらとたなびいていた場所だった。あまりに無人であったので、チャトラは男の体が交接に耐えられないと言う言葉を本気で信じたし、無駄な空間だと憤りもした。単純にもったいない。 そう思っていたのに、いつの間にか潜めた含み笑いが聞こえてきそうなほど、中央通路には媚態が満ちている。 後宮に人がいる。 気付いて狼狽え、チャトラは辺りを見回した。この場合異分子は自分の方だ。 そうして、どうしたものか、と悩んだ。 無人であるならば堂々と、通路のど真ん中を突っ切っていくことも出来よう。が、住人がいる中を部外者の自分が、土足でずかずかと踏み込むのも、流石にどうかと思う。辺りを見回すと、幸い奥庭へ通じていそうな脇道を見つけたので、住人の邪魔にならないようにそちらから向かおうと思った。 ちょっとした花壇が設えてある各部屋の窓下を、壁沿いに通り抜けるようになっているその通路は、立って通るには少し窓枠が低くて、小さいチャトラの背丈でも、部屋の中が覗けてしまう。ほとんど敷居がない暮らしそのものが後宮なのだとしても、やはり気が引ける。背を屈めてチャトラは窓下を通り抜けた。そんなつもりはなかったのに、音を立てないようにそっと歩いていると、まるで忍び歩きか覗き見のようで、妙に居心地が悪い。 奥庭まであと二部屋ほどと言うところで、それまでと同じように窓下を通過しかけたチャトラの足が、ぎくりとして止まる。中にいるであろう部屋主の女の甘い香りの中に、嗅ぎ慣れた練り香水が混じっている気がしたからだ。 部屋の中にはもったりと粉黛の気配があって、くすくすと笑いが聞こえる。水煙管。そして女の潜めた笑いだ。生臭い吐息。衣擦れと時折小さく漏れる喘ぎ。くぐもった泡立ち音。 うわ、と声にならない声を上げてチャトラは慌てた。どうしよう。 中で何が行われているのかは想像に難くない。貧民窟育ちのチャトラは、年の割に男女のあれこれを見飽きるほど見てきていて、決して珍しい行為ではなかったのに、どういう訳か冷や汗が出た。誰も見ていないと言うのに思わず空を仰いだり足元へ目をやって、何とか誤魔化そうとした。 何に対して誤魔化そうとしたのかは知らない。 そこへ、ふ、と微かに漏れた声がある。 聞き覚えがあるなと思った瞬間から、チャトラは一歩も動けなくなった。 そうして丁度体の中心あたり、肋骨と肋骨の間が妙にぎゅうと痛い。何だろう。思わず下を向き、胸元を眺めてそこを撫でた。 いっそさっさとこの場を立ち去ってしまえばいいと頭では思うのに、部屋から溢れる濃密な空気に、体が固まり身動きが出来なくなる。参った、と混乱しながらそれだけを思った。目を閉じても耳に容赦なく行為の音が飛び込む。耳を塞いでも爛れた香りはまとわりついて消えない。 行為の合間に漏れ聞こえてくる睦言は、確かにチャトラが知っている音で、いたたまれない気持ちがじわじわと湧いてくる。急に頭から冷水を浴びせられたような、どうにも嫌な気分だ。あるいは、気持ち良くうたた寝をしていたところを叩き起こされたような。 参った。……いやだ、こんなの。 長く尾を引く女の呻きに足が萎えて、とうとうしゃがみ込んだ肩を、背後から控え目に叩くものがいた。ぎょっとして飛び上がり、慌てて振り向く。出歯亀と間違われたんだろうか。振り向きながら言い訳を考えていた。そんなつもりじゃない、とかなんとか。それで納得してもらえるとも思っていなかったけれど、巡回の騎士か、なにか、 「し」 振り向き相手の顔を確認したチャトラが、声も出ないのに反射的に名前を呼ぼうと口を開くと、それを宥めるように口元に当てられた指がある。 「……こっちへおいで」 相手はそれだけを言って、腕を引く。特に抵抗する理由もなく、チャトラはその背を眺めながら、動くようになった足を進めて後に従う。 そうして連れてこられたのは、当初チャトラが来ようと思っていた後宮の奥庭だった。 連れてきた相手は、そのまま人目を避けるように庭の小さな水面を臨む東屋へ彼女を引いて行き、長椅子に腰かけるように示した。チャトラが座ると、相手も同じように端に腰を下ろす。座ると丁度東屋の柱の陰に隠れて、後宮からは見えない造りになっているようだった。 庭には誰もいない。椅子に腰かけ周りを見回して、チャトラはがっかりし、溜息を吐いた。 少し見ない間に小さな箱庭は、見違えるほど綺麗に整備されてしまっていた。後宮の活性に伴ってこちらにも人の手が入ったのだろう。好き勝手に咲き誇っていた野草はどこにも見えなくて、水面にたゆたう睡蓮の葉も前より整えられている。はびこっていた藻は除去されてしまったようだ。花壇にも整然と季節の草花が植えられていた。確かあの時は皇帝にここに誘わられた。月が青かった。虫の音の聞こえる庭で、宙をふわふわと舞う綿毛がひどく幻想的だった。そこで特に話すこともなくただ月と綿毛を眺めながら酒を酌み交わした。もう一度あれが見たいと思った。ここに来れば見られると思っていた。けれど、季節外れの昼間の今はそのどれもが見当たらない。 見たいものは何一つなかった。 (こんなものを見に来た訳じゃあない) 妙に機嫌の良かった皇帝と二人、黙って月を眺めていた。何でもいい。あの時の月夜の切れ端、建屋の影のよすが、そんなものがもう一度見てみたかった。 「大丈夫?」 溜息をついた自分をどう捉えたのか、ここまで連れてきた男――ノイエ――が、気遣う視線でチャトラを覗き込んでいた。この男はきちんと視線を合わせて話すのだな、とチャトラは気付く。高さまで同じ位置に下げるのだ。親しみやすい、と三補佐の中でもそう評価されていることを何となく思い出す。 「見ちゃったね」 言われてうん、と頷く。実際は部屋の中の光景そのものを目にした訳ではなかったけれど、あそこまで露骨に音が聞こえていれば、推して知るべし、というものだろう。しかしノイエは何故あの場にいたのだろうかとふとチャトラは思った。言ってしまえばチャトラも、勿論あの場にそぐわない人間ではあるはずだけれど、 「……僕は、あそこの区画を担当しているからね」 疑問が顔に出たのか、先んじてノイエが水面に目をやって呟いた。複雑な顔つきのチャトラから、敢えて目を離してくれたのかもしれない。 「補佐はそれぞれ担当区域を受け持っていてね。僕は主に、陛下の生活区画を担当しているんだよ」 彼の言葉にチャトラは相槌を打ちたかったけれど、生憎声は出ない。黙って頷くと、でも今日が初めてなんだよ、とその無言の頷きをどう捉えたのか彼は更に続けた。 「後宮に人を入れる案は、三補佐の間で決定したことではあったんだけど……、事後承諾の形を取ったからね。陛下はかなり御本意ではなかったはずで、後宮の体裁は整えたけれど御渡りは一度もなかったんだ」 御渡りだとか。チャトラは思わず笑い出しそうになった。慌てて頬の内側を噛んで堪える。つまり言葉は上品だけれどもすることはアレなんだよな、そう心の中で呟いた。 そんな彼女を横目で眺めて、それからノイエは、 「……陛下は今まで執務室で寝泊まりされていたようだから」 実に言いにくそうに口を開いた。 「御部屋にもほとんど戻られていなかったろう?」 (そう) また黙ってチャトラは頷いた。男が部屋へ立ち寄るのはチャトラへの戒めを確認するときだけで、すぐにまたどこかへ出て行った。聞けなかったけれど、どこへ行っているのだろうと思っていた。あそこはアンタの部屋なのに。 邪魔なのだろうかと思う。自分がいるから、男は部屋へ居付くことができないのだろうか。気が休まらないのか。顔を見るのも嫌なのだろうか。だから縛る? (……だったら出ていくのはアンタじゃなくてオレの方だ) だのにきっと男はそれを望まないのだと思った。おかしくなっている。チャトラが何度も自分に言い聞かせてきたことだった。男はもうおかしい。 突き放したいのに引き寄せたい。いっそ手放して清々としたいと願うのに、空になった手のひらを眺めて途方に暮れるのが嫌なのだ。お気に入りの人形はもう薄汚れて千切れ、他人が見たら益体もないボロ布の塊でしかないのに、後生大事に引きずり握って口に入れてはしゃぶり、決して離さない。 それが人形であると言うなら、普通は母親であるとか周りの大人が見兼ねて手をだし、本人の居ない間に棄ててしまう。彼らにとってはそれは大事なものではなくただの汚れた塊だから。そうして失くした褥を求めてきっと子供はいつまでもうろつき迷う。諦めるのは周りから諭された言葉ではない。求めても二度と戻らないものがあるのだと本人が腑に落ちるまでだ。 (オレはどうしたらいいのかな) 結局部屋からでたところで堂々巡りだ。皇帝から考えが離れない。 出て行け、とセヴィニアは言った。セヴィニア個人の意見と言うよりは、三補佐の中での共通したものなのだろう。皇帝は動揺している。補佐や議会はそれを許さない。 鼻から長く溜息がまた漏れ、チャトラは膝を抱えた。ついでに上を見上げ、あ、と小さく口を開いた。水面に面した東屋の屋根は見事な藤棚になっていて、薄紫色の雲が頭上に浮かんでいた。皇帝に似ているな、と少し思った。甘く虚ろな匂いを漂わせている紫のそれ。強烈なのにはかないそれ。見せてやろうかと思う。房の先端まで咲ききっているそれを、男は見たことがあるだろうか。 椅子の上に立ち上り、徐に手を伸ばした。どうしたのかと見やってきたノイエが、欲しいのかと尋ねるので頷いた。部屋に持って帰ろうと思う。声に出来ないのがもどかしい。ひとつ貰って行ってもいいだろうか。身振り手振りで伝えようと腕を振り回すとああ、とノイエが笑った。判ってくれたらしい。 「取ってあげるよ」 椅子の上に立ってもまだ藤棚は上の方で、ちらとチャトラの背丈と棚を見比べたノイエが立ち上がる。そうして花房へ手を伸ばしながら、 「怪我をしたんだってね」 と確認するように呟いた。 「大丈夫?」 声が出ない以上に一瞬答えに詰まる。どう答えたものかと思った。腕や頭は確かに襲われた際のものであるのだけれど。その他の傷は皇帝自身が付けていったものだと告げたら、ノイエは一体どんな顔をするのだろうかと思った。 「……チャトラ」 捥いだ花房を差し出しながら、その、とノイエが躊躇いがちに言った。 「皇宮を君が離れるとして」 言われた言葉にチャトラは思わずノイエの顔を見た。離れる。セヴィニアに言われた言葉ではあったけれど、こうして他の人間の口からも出てくるとまた趣きが違うものだなと思った。 「行く当てがもしあまり思い当たらなかったとしたら……その。君さえ良ければ、僕のところに来ないか」 ――は。 驚いて声にならない声が口から漏れた。 ――どうしてアンタがそんなことを言うんだ。 「……どうしてって言われてもうまく説明できる自信はないのだけれど」 唇の動きを読んだのか、それとも驚きがそのまま顔に出たのか、困ったように微笑んでノイエは目を逸らす。そう言えば、この男はいつも笑っている印象があるなとチャトラは思う。それも皇帝のように笑って「見せる」笑いではなくて、どちらかと言うとあたたかみのある親しみやすい笑いである。 「君のことを放っておけないから、ではいけないかな」 ――放っておけない。 言われている意味が今一つ判らなくて、問いただすようにチャトラはじっとノイエを見つめた。タダより高いものはない。諺ではなくそれを実際に暮らしの中で体得してきたチャトラにとって、見返りのないうまい話には必ず裏があるとしか思えなかった。見つめられてますます困ったようにノイエは頭を掻く。 「……そうだな……、僕は小さい頃に家族を流行病で亡くしたんだけれども」 そうして仕方がないね、と苦笑いを浮かべてノイエは言った。 「亡くした妹と君が同じ年頃だったなとか。そんなことが最近妙に気になるんだよ」 ――同情なのかな。 聞くとしばらく考える素振りを見せた後でそうだね、と彼は頷く。 「……そうだね。同情なのかもしれない。君は怒るのかもしれないけれど」 ――怒ると思うのか。 「君は誇り高い人間だから」 ――オレが? 言われたことが突拍子もなくて、チャトラは数度瞬きをする。てめェは頑固だ、聞き分けがない。そうした言葉は何度も周りから言われてきたし、事実彼女自身そうなのだろうなと納得もしていたけれど、 「帰ろうか。……部屋まで送るよ」 差し出された藤の花を受け取ろうと持ち上げた、チャトラの腕の包帯に顔を痛ましそうに眉を顰めてノイエは言った。見たいものはなかった。これ以上この奥庭に留まる意味もなかったし、そろそろ部屋に戻った方が良いとチャトラにも思えたから、うん、と素直に頷く。 長椅子から立ち上がり先に歩きかけたチャトラの腕を、後ろから不意に引き寄せて、 「ごめん」 何に対して謝ったのか彼女には判らない。気が付くとノイエに背後から抱きしめられていた。思いがけない動作に一瞬身を引くことも忘れて、目を丸くして固まる。 藤の花に群れた蜂の羽音が騒がしいと、ふと思った。 「……同情じゃ、ないんだ」 後ろから耳元に囁かれた声が熱い。 「君が好きだよ。……何にでも一生懸命な君がとても好きだよ」 言われてますますチャトラは固まった。ぎゅうと込められた腕の力に、三補佐としての建前や策略ではなくノイエは本心で言っているのだろうなと思った。思ったら余計に振り解けなくなった。こういう時どうしたらいいのだったか。正直こうした状況に陥ったことはまだなくて、どういう対処が適切なのか咄嗟に浮かんでこない。ありがとう、だとか答えるべきか。無言でいるのは悪いような気がする。声が出ないことがもどかしい。 もどかしい。けれど声が出なくて良かったとも思う。 (20110521) -----------------------------------------------
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* チャトラが部屋へ戻ると、珍しいことに皇帝がいた。皇帝の居室に本人がいることが珍しいと言うのは少しおかしい気もしたけれど、事実ほとんど最近寄り付かないのだから、珍しいと言うより他ない。そうしてさらに珍しいことに、男は安楽椅子に深く腰掛け、傾いてぐっすり眠っているようだった。扉を閉める音にも反応しない。気付いてチャトラは片眉を上げた。これはよほどのことだと思う。 狸寝入りなのかとも思って突っ立ったまま、彼女は男を眺めていた。静かに漏れる寝息に、男が本当に寝ていると確認する。そうすると余計に動けなくなった。少しでも物音を立てて、眠りを妨げることはしたくないと思った。 “今まで執務室で寝泊まりされていたようだから。” 奥庭でノイエがそう言ったことを思い出したのだった。彼が言ったことが本当だとすると、きっと皇帝はほとんど休むことができなかったはずで、心底草臥れているだろうと思えたからだ。眠りのひどく浅い男は、チャトラの寝返りひとつにも目を覚ます仕草を見せていた。だったら同じ寝台に寝かせることをせずに、他の部屋に転がしてくれればいいのにとチャトラは思ったけれど、男がそれを良しとしなかった。何故だろう。聞いたことがないので判らない。 しばらくそのまま男を眺めて、気が付くとすっかり日が落ちていた。手にした藤の房からぷぅんと甘い香りが漂い、部屋に立ち込めている。となると、一刻ばかりチャトラは呆としたまま男を眺めていたことになる。どうも時の流れが把握できない。もう数日前よりずっとだ。 どうしたものかな、思いながらチャトラはそっと男へ近付く。そっと、と言っても彼女の片足はまだそんなに長い時間の体重移動に耐えることができなかったから、実際はかなり音を立て、不恰好に引きずりながら近付いたはずだ。頬杖の崩れた姿勢から変わらずに、男は目を閉じていた。手を伸ばせば届く距離まで近付いて、知らず潜めていた呼吸を恐る恐る吐き出した。 寝ている。 頬がまた少し削げたように思う。睡眠は無論、きっとろくに食事も摂っていないのだ。 もともと自分の体に酷く無頓着と言うか、医師の言付けを鼻先で笑って流してしまうようなところがある。何を考えているのかと思う。きっとあまり考えていないに違いない。 仮にも一国を統治する人間が、言われた通りの薬すら飲まない。死にたいのかと聞けば、生に執着はないよと返されるに違いないから聞くことはしなかったけれど、あまりに本末転倒も甚だしい。これでは体が人並みに丈夫であったとしても、壊す。男の動きを日常続けていたら確実に体を壊すだろうなと思う。事実、壊したいのだろう。 疲れてしまいたいから男は働いているようにも見える。くたくたに疲れて眠ってしまえば何も考えなくてすむ。何か考えたくもないようなことを男は抱えているのだろうかと思い、そんなことは知るかとも思い、それからいい加減に傷んだ足で立っているのが辛くなってきたので、チャトラは藤を携えたまましゃがんで男を見上げた。 こうして見ると精巧な作りの自動人形のようだ。妖貌と名高いエスタッド皇帝を讃える歌曲は、ピンからキリまでそれこそ山のように作られているのだそうだが、生憎チャトラは耳にしたことがない。だから男を褒めるような言葉は何一つ浮かばない。ただ癖のない真っ直ぐな髪であるとか、大きな手、抑え目に発せられる低い声は、悪くはないと思った。 「――かくしてそ人は死ぬと言う藤波の」 不意に響いた部屋の主の声に、ぎくりとしてチャトラは思わず手にしていた花房を取り落す。見上げていた男が目を覚ましていた。瞼を上げるのは億劫だったのか、閉じたまま口の端で呟いている。震えた睫毛が色めいてまるで睦言のようだと思い、すぐに先程の後宮の一件を連想してしまって、チャトラは狼狽えた。 「良い香りであるね」 チャトラの動揺は端から見通していたらしく、低く忍び笑いながら男がゆっくりと目を開けた。起き掛けの声が掠れている。この声を聞けるのは、今までずっと自分だけだと思っていた。男は他の人間を側に寄せ付けないから。そう思っていた。 胸の辺りが重い。 身を屈ませて床に落ちた藤を男が拾う仕草を、どこか暗い気持ちでチャトラは黙って眺めていた。それはいきなり訪れた。今は小降りになった雨の音にも掻き消されてしまうような、小さく静かで突き抜けて清々しい絶望だった。 身分だとか生まれだとか年齢だとか、そんな言葉で括れないほどに、チャトラと目の前の藤を拾う男の世界には隔たりがあって、それはきっと埋まることがない。前にもそう思った。確か中央の尖塔の天辺から街を見下ろした時のことだ。 「神」と言うものをチャトラは頭から信用していないけれど、もしいるとするならば、天から見下ろす気分はこんなものだろうかと思った。見下ろした街の灯りはあまりにも小さい。ひとつひとつの灯りに生活があり、家族があってそこで笑い、語りながら食卓を囲んでいるだろうに、塔の上からはまるで想像ができないのだ。 そこは凍徹として寒々としていた。 そんな高さからどこかを見下ろしたこともなかったし、隣に並んで見下ろし慣れている男の心持ちはどんなものなのか、理解できないと思った。 理解できるだろうか。好奇心がふと湧いた。だから男の心根に近付きたいと思ったし、高みを目指して上がってみたいとも思った。言うと男は頷いた。上がってくると良いと言った。 (今はもうアンタが見えない) 膝から力が抜け、萎えるほどの現実だった。男と自分との隔たりに目の前が真っ暗になる思いだった。 こんなに近くにいるのに。 藤を拾い上げた男は椅子にまた怠惰に座りなおして、手にしたばかりのそれを口元へ寄せる。どうするつもりかと視線で追ったチャトラの前で、ぱくりと食んでみせた。予想しなかった動作にあ、とチャトラの喉からしわがれた音が漏れる。声と言えるほど声の形は成してはいなかったけれど、驚いて手をやった。完全に潰れた訳でもないらしい。 無表情のまま、男はむしゃむしゃとひと房平らげてしまった。苦くないのかだとどうでも良いことをチャトラは思った。そうして男は、喉元へ宛がった彼女の手の平へ、伸ばした指を這わせたかと思うと粗雑に鷲掴む。加減のまるでない、ひどい力だった。痛みに思わず顔を歪めたチャトラは男を見る。男は笑っていた。嘲りだった。 皇帝。 「――結び目が緩かったのかな」 その名を呼ぼうと唇を震わせたチャトラの言葉は声にならない。歌うように男が呟いている。悪い子だね。 「窓の」 言われてぴくりと彼女の肩が動いた。 「窓の下にいたろう――?」 簡潔と言うのならこれほど簡潔な言葉はない。いつだれが、だとか男は余計な言葉を口にしない。それでもチャトラにはよく判った。後宮の通路の話だ。尋ねられて顔が強張った。様子が判ったのか、男は鼻先で軽く笑い、それから不意にチャトラを正面から掬い上げるように睨めた。 ぞっとする。あたたかみはまるでなかった。 ……なんて憎しみでいっぱいの、 「――聞こえた――?」 なにが、とは聞けなかった。 そんなことはとうも承知だった。むしろ男は聞かせるために、チャトラにあの胸が痛くなるような音を聞かせるために、行為に及んだのだと気が付いた。自分があの音を聞いて、あの場所から動けなくなると見越して男はそうしたのだ。 「……どう、し、て」 絞るように発していた。声と言うよりは、呼吸で無理矢理に押し出した音だった。それでも聞かずにはおれなかった。 「――どうして?」 聞かれた男がまた鼻でくふんと笑って、チャトラの手首へ口を寄せていた。赤黒く変色し、一部は皮の剝けた縛り跡。 「ああ、跡になってしまった」 可哀想にね。愛でるように男はそこを下唇で数度撫ぜて、それから歯を立て噛み千切る。躾の悪い猫にはお仕置きが必要だ。そう言う。怖いと思う。次の行動が読めなくて怖い。 勝手なことを言うな。怒りと激痛に、追い詰められたチャトラの視界が鈍く揺らめいた。 「理由が必要かな」 「はな、せ、よ……ッ」 悲鳴が漏れないように喰いしばった歯の隙間から、怒気と共にチャトラは呻く。 「オレ、は、アンタの、オモチャ、じゃない」 「困ったね……」 たらたらと血の滴る手首から雫を啜り上げて、皇帝は思案顔で眉根を寄せた。こうした時の男は大抵ろくでもないことをする合図だ。慌てて暴れ出そうとしたチャトラの顎を、先手を打って男の手が掴んでいた。罵倒しようと開きかけた口を男の口で塞がれる。そのままバランスを崩してチャトラは押し倒されるまま床へ転がった。 そのまま突き入れられた舌先を噛み切っても良かったのだけれど、一瞬チャトラは躊躇った。探るような男の瞳に、全く気狂いの熱さは見当たらなかったからだ。冷えた栗色の目が彼女の視線を受けて僅かに眇められていた。灯された蝋燭に透けた茶。 意図的にずらされた右手が、チャトラの手の平を包んでそれがそっと男の胸板に当てられた。 ……アンタ。 逃げたければここを蹴れ。そう言っているのだと気が付く。私はきっと動けなくなる。 前にもそう言っていた。その通りにしたなら、男は多分悶絶し発作を起こすだろう。言葉通りに動けなくなる。本気で嫌なら、そうして逃げてしまえと男は告げている。男が力を抜いた今なら、蹴り倒そうと思えば彼女はそうできたはずで、 「……しない、」 声を絞り出してチャトラは咳き込んだ。音になったかどうか判らない。それでも男には聞こえているといいと思った。 オレはしない。 オレは、アンタを絶対傷付けたりしないんだ。アンタの周りは、もしかするとオレが思っているよりもずっと敵だらけなのかもしれない。そうして事ごとに敵をさらに増やしてる。でも少なくともオレはアンタの敵じゃない。味方は誰もいないとか、勝手に決めつけて勝手に一人になって、喜んでいてバカじゃないのか。それじゃあアンタはいつまでも一人のままだ。一人が良いだとか嘯いて、何でもないような振りをして、失うことを恐れている。失うことが怖いから、アンタは最初から全部諦めて突き放している。そんな簡単なことが自分で判っていない。 判らないのなら何度でも言ってやろうと思った。 そうしてバカじゃないのか、の言葉はそのまま自分にも当てはまるのだと思う。 逃げろと言うのだから、素直にその通りにすればいい。意地を張って傷ついて、何をしたいのか見失って、皇帝を動揺させているのだとすれば、これ以上の動揺はないだろうなと自分でも思う。三補佐が邪魔に思うのも当然のことだ。 何を頑固にしがみ付いているのだろう。自分でもよく判らない。 この、目の前のひとりぼっちの男を救えるだとか、そんなたいそうなことはチャトラは考えていない。そんなことは自分に出来ない。けれど、一緒にいることもできないのだろうか。かける言葉はないし沿う体はちっぽけでも、一緒にいるただそれだけのことも許されないのだろうか。 「“君が好きだよ。”」 そこまで思った小さな祈りのようなものは、室内に響いた男の声に一瞬で砕かれた。しんと冷えた声だった。目を上げる。そうしてしまったなと舌打ちをした。見ない方がよかった。くつくつと男は喉を震わせて笑っている。 「次の飼い主が決まりそうで喜ばしいことだね?」 (アンタ、何を言って) 男が、ゆっくりとした動作で懐から小瓶を取り出して含み、再びチャトラの上へ体を伏せた。何をすると言いかけた彼女の口の中へ、小瓶の中身を口移しに注ぎ込んだ。びりりと舌が痺れるような粘着性のある液体に、チャトラは驚いて吐き出そうとするけれど、男はそれを許さない。舌で押し込まれ、無理矢理飲み込まされてその不味さに一気に不愉快になった。口に含んだ男もそれは同じであるはずなのにこちらは平然としている。小憎らしいと思う。 「“君が好きだよ。”」 見ていたのだなと思った。 どこから見ていたのかそれは知らないし、仮に知ったところで今どうなる訳でもない。けれどノイエに抱きしめられたあの時、確かに皇帝はどこからかじっと眺めていたのだろうと思った。 ひたひたと胸を満たす虚ろな何か。 「――甘い汁をもらえると思えば――、誰にでも毛皮を擦りつけて媚びる」 仕方がないか、猫なのだから。 次第に、男へ熱さの籠った狂気が宿り始めている。昏い瞳だった。 「“君が好きだよ?”」 男はそうして三度呟いた。歌うように低い声。 チャトラは男の声が好きだった。だから余計に胸が痛かった。こんな言葉を言ってほしくなかった。 けれど止める術を彼女は持たない。 暫くして起き上がろうと肘を突きかけ、おやと思った。手足が妙に重い。痛みで動けない、と言うよりはまるで力が入らないのだ。 「立てぬよ」 のろのろとした動作で起き上がったチャトラを見て、実に楽し気に男が言った。 「ひと瓶飲んではもう動けまい」 何を飲ませたのだろう。尋ねようにも声は出ず、そもそも舌の付け根は痺れて自分のものとも思えず、嚥下するにも苦心する。ごくりと飲み込んだ唾の音が頭の中にやたらと響いた。調子に乗って酒を無茶苦茶飲み明かしたように、五感が遠い。とんでもないものを飲まされたのだろうなと思った。 そうしてこんな時だと言うのに、思わず皇帝は大丈夫なのだろうか、だとか考えてしまう自分にチャトラは気が付いた。終わっている。同じように薬を口にした相手へ大丈夫か、だとか。原因を作り出したこの男の心配をするとか。確かに心底終わっている。 へたり込んだ床が冷たいと思う。感覚は疾うに麻痺しているはずなのに、体の芯まで冷え切ってしまうような果てない冷たさに身震いする。震えながら見上げた視界の端が妙に暗くて狭まっていて、おかしいと目を擦った。持ち上げた腕が言われた通りに重い。まだ暗くなるような時間――ああもう夜だったか――夜だったのだろうか?緞帳は降ろされている。だったら仕方がない。夜は暗いものな。 夜であるなら眠ってしまえばいいと思った。暗闇の中、目を閉じきってしまうのは怖い。けれど闇を見つめたまま、息を潜めているのは本当に辛いから。 遠い感覚の中、不意に抱え上げられる浮遊感があった。男が腕を伸ばし持ち上げたのだと知った。どこかに連れて行かれるのだ。酷く寒かったのでできれば温かい布団の中が一番嬉しかったけれど、男は寝台へ向かう気はないようだった。 片腕しか持たない男では、チャトラを胸の前で抱き上げると言った抱え方はできない。無造作に担がれた。 そのまま部屋を出る。 どこに行くのだろうと思った。 部屋の外にいた護衛が、同じように行き先を尋ねる。問題はない、付いてくるなと突き放す皇帝の声。戸惑う騎士の顔が、ぼんやりと男の肩から見えた。見たような顔だと思ったけれど、名前が思い出せない。そう言えばどこで見たのだったろう。見たのだろうか。 ゆらゆらと水中にいるような浮遊感。極端に遠い音に何とはなしに不安になって、チャトラは腕を伸ばし男の髪をまさぐった。しなやかでひんやり冷たいそれを、指に絡めて安心する。こうしていればずっと離されない。落ちてもきっと心配ない。 それから少し眠ってしまったようだ。 次に気が付いたのは、ごつごつと硬い背もたれの感触を感じたからだった。ここはどこだろう。頭を持ち上げ視線を巡らせた。それだけの動作にいちいち時間がかかる。 ところでこの妙に霞む視界はどうにかならないか。見えにくくて辟易とする。眠いからかもしれない。最近きちんとした睡眠がとれていない。 それは男も同じことだろう。部屋に戻って来ていたと言うことは、今日は部屋で休むつもりなのかもしれない。 だったらオレは部屋から出ていようか。そうした方がアンタが寝られるって言うなら、オレは部屋から出ていくよ。皇宮に余っている部屋はたくさんあるし、どこに寝たって全く構わないんだよ。 そんなことを思う。 ああ、それにしてもやたら眠いな。 何度も目を擦る仕草を繰り返すチャトラを、男は目の前に膝を付き観察していた。目を僅かに眇め、口の端を上げて男はチャトラを眺めている。上げていた視線が安定しなくなって、がくりと彼女は首を垂れた。そうして尚も目を擦る仕草を止められない。 その垂れ落ちた首をそっと撫ぜられた感触を覚えた。撫ぜられ、何かを囁かれたような気がする。なんだろう。また聞こえない。アンタの声がまた聞こえない。 聞こえないのは悔しい。 無理矢理重い頭を持ち上げてチャトラは見えない目を見開いた。もう僅かしか見えなかったけれど、男の薄茶の瞳を見たいと思った。ぼんやりと眺め、ああ、と嘆息する。 どうしてそんなに悲しい目をしているんだろう。 皇帝に言ってみたいことがある。発するには曖昧で、うまく形にならないおぼろげなもの。今伝えてしまわなければいけないような気がした。今声にしなければもうアンタに伝わらない。 けれど今や上体を起こしているだけでも大変な労力で、気を抜くとずるずると崩れてしまいそうだった。踏ん張ろうとした腕がおかしな方向へ捻じれる。痛みは感じない。視界はとっくに塞がっていて、瞼が上がっているのか閉じているのか判らない。 それでもどうか聞いてほしい。そんなに難しいことを言うつもりもないのだ。自分は頭が悪いし学もないから、流暢な物言いも装飾的な言葉も知らないけれど、それでも男に伝えたいことがある。 「――母鳥のように羽を膨らまし――いつでも憩える場所を持ち得ていたなら、少しは何か変わったろうか」 ぐらりぐらりと舟をこぐように揺れる意識のどこか遠くで、呟く男の声が聞こえた。皮肉も悪意も取っ払ったような。 今までで聞いた一番静かな声だった。 男が何を指して言っているのか判らない。そうでなくとも今にも闇に沈んでしまいそうで、転がり落ちてしまわないように気を繋ぎ止めておくだけで精いっぱいなのだ。 昏い視界の中、どうしてか男の手にした鈍色の刃が見えた気がした。首筋にあてがわれるのを感じる。 ああそうか、と思う。 (オレは死ぬんだな) もう何も見えない目を見開いて、それでもチャトラは男の顔を映していたいと思った。きっと焦点は外れていて方向も合ってはいないのだろうけれど、 (……アンタの花守りできなかった) それだけが心残りだと思った。男の埋もれた土にはどんな花が相応しいのかとずっと考えていた。形だけが綺麗なものや匂いのよいもの、儚いものはそれこそ皇宮の温室にたくさんあったけれど、そんなものは植えてやるものかと思った。相応しいだとか糞食らえ。どうせならにょきにょきと生命力が豊かでいっそふてぶてしい、時には色を変え雨に濡れてなお首を擡(もた)げることをやめない、そんなどうしようもなくしぶとい花を。 伝えたかった。たった一言。だから。 「アンタが好きだよ」 言葉にできたろうか。 * 「――癪だね」 暫くして、落ち着いた囁きがチャトラの耳朶をかすめる。同じように先程耳元に囁かれた。ノイエの熱かった言葉と比べると、随分と低体温のそれ。その冷たさはきっと誰も傷付けない。 やさしい声だと思った。 「――他へやるのは少々癪だ」 抱きしめられてすぐ離された体。 名残惜しそうになぞられた指。 え、と開いた唇に、ぽつぽつと落ちたように感じた滴。 (20110609) ---------------------------------------------------------
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* 「”それは、狂喜に似ている。”」 皇宮の中でもディクスもあまり入り込まない区画、皇帝の居住区域に用事があって訪れ、戻る途中の出来事だった。少し前までからりと晴天が突き抜けていたと言うのに、急に辺りがうす暗く曇り、これは一雨来るなと思いながら、回廊を歩いて戻る途中の出来事だった。 半乾きの敷布や手ぬぐいや諸々のものを、洗濯女たちが慌てて取り込んでいる様子を何とはなしに足を止めて眺めてしまったのだった。妻の姿と重なった。今頃我が家の庭で、こうして慌てて取り込んでいる最中だろうか。濡れないと良いな、と思う。そうして仕事を終え家に戻った自分に、嬉しそうな顔で、濡れる前に取り込むことのできた英雄譚を語ってくれると良いと思った。だとしたら今にも引っくり返りそうなこの雲が少し保ってくれるといいが。 ぼたり、と、とうとう降り落ちた雨粒に女たちが騒いでいる。濡れたところで死人が出る訳でもなく、洗濯物が駄目になる訳でもないのに、ああして一つの物事に一生懸命になれる女と言う生き物はすごいものだとディクスは思う。あれは真似できない。 呑気なことを考えながら、そういえば同じように何に対しても懸命な小さな姿を、最近頓に見ていないなと思った。 主にディクスは執務区域でエスタッド皇帝の身辺を警護する役職であり、猫と皇帝に呼ばれる娘は居住区域で皇帝の身の回りの世話役である。接点はあまりない。ただ接点云々は建前上のもので、猫に関していうならばあまりその制約を受けない。受けない、と言うよりは気付くとあちらこちらに気ままに出入りしているのである。 であったから、良く見かけた。 気ままと言っても議会であるとか三補佐の目の良く届く区域、つまりは政治だとか言うややこしい区域にあまり足を踏み入れないようではあるから、それなりに猫の中で線引きされているには違いない。 先日、どこをどう隙を突いたものか(と言うよりはディクスにはその抜け出す様子がありありと目に浮かんで頭が痛いのだが)、皇帝が猫と二人きりで街へ繰り出していた。一日の責務を終えて家に戻った光景に己の主がいた、あの時の驚きを誰かに押し付けたいくらいだ。本気で一瞬幻覚でも見たのかと思った。 そうして戻道、妻を襲った無頼漢が再び難癖を付けて現れた。その際猫が怪我を負ったことをディクスは知っている。酷い打撲だった。骨が折れなかっただけマシだが、本人の痛みには関係がないだろう。あの怪我は確かに完治するまでに何日もかかるだろうが、しかしあの猫が一室にじっとしているとも思えない。 腕が動かないのはともかく、割と平気な顔でひょいと顔を覗かせていてもよさそうなはずなのに、全く姿を見せないのはよほど具合が悪いのか、――それとも。 そこまで考え、本格的に降り出しはじめた轟音に背中を押されるように長い回廊を歩き、角を曲がったディクスはぞっとして足を止めた。 広場を、 「……陛下ッ」 広場を見下ろすバルコニーに、皇帝が一人腕を広げ、ずぶ濡れになって仁王立つ光景に出くわしたからだった。 「陛下ッ」 声を掛けそびれ立ち竦んだ護衛騎士に、早く乾いた布をと指示しながらディクスは慌てて駆け寄った。駆け寄りながら何を考えている、だとか喚きたくなる気持ちを抑える。エスタッド皇は心臓が生まれつき弱い。風邪を引いて熱でも出そうものなら、体の一番弱い機関に負荷が極端にかかることは、周りはもちろん本人も判っていることで、 「何をされて」 肩に手をかけ振り向かせた皇帝が、驚いて目を見張るのが判った。それを見て何故かディクスの胸に嫌な予感が過ぎる。こんな風にあけすけに感情を表に出す主であったろうか。 「やぁ、ディクス」 エスタッド皇はそうして彼の顔を見て微笑んだ。子供のようにあどけない顔だった。こんな主は知らない。自身の動揺を隠すように、ディクスは渋面を作る。 「御体に障ります。室内へ」 「ああ――そうだ――……ね」 どこか舌足らずな口調で呟いた皇帝は、ディクスに手を引かれ、特に抵抗する様子もなく大人しく回廊へと戻る。 「どうなさったのです」 尋ねなくても良いことを自分は尋ねているのだと思った。主の行動に異を唱える自分は何だ。普段なら干渉を嫌って不愉快になる主は、けれどまだどこか夢を見ているような態でぼたぼたと滴を垂らしながら首を傾げた。 「気持ちが良かったのでね」 「……気持ち?」 「こうして」 と、ずぶ濡れの主は回廊の庇から手を突きだし、生ぬるい大粒の雨を掌に受けて言った。 「こうして当たると痛いほどの雨に打たれたことが――、ついぞ私にあったろうかと」 「陛下」 「似ているとは思わないかね、ディクス?」 「陛下」 「――一方的に勝手気ままで、沿うと見せかけて転がってゆく。地に落ちて染み入りそれはたちまち姿を消してしまう」 何かに似ていると思う。生命力の豊かな何かに。 「……」 ディクスは何も言えなくなった。なので急いで戻ってきた部下から乾布を受け取り、後は自分がやる、と下がらせた。断りだけ入れてあとは黙って主の衣服の滴を拭う。芯まで濡れているようだったから拭き取れるとも思えなかったし、どうせ濡れたなら浴場にでも連れて行ってしまった方がよほど建設的なのに、ディクスは腹立ちを紛らわすように何故か拭き取る動作を止めることができない。立ったままそれを受け入れ、同じように黙ってどこか遠くを見ていた主が、 「ディクス」 彼の名を呼んだ。 「はい」 「狂っているのかな」 私は。 肘から先は相変わらず雨に打たせ、爆幕をうっとりと眺めていた皇帝が呟く。 「……私には判りません」 怒ったような声が出た。何と答えるのが正解であったのかと答えてから思った。以降は黙りこくってただ主の体を拭うことに専念する。 皇帝は雨を見ている。 「”それは、凶器に似ている。”」 部屋へ戻りがけに医務室へ足を運んだ。 この時間のその部屋には今のところ誰もいなくて、それもそうだなと皇帝は薬棚に近付きながら思う。ここの部屋の主は自分が倒れた時の対処人としての役目なのだ。現状、一応倒れもせずに生活ができている男に、付き添うほどの義理は医師にはなくて、であるから無人なことは何もおかしいことではない。 そうして無人であることは好都合だった。 むしろ無人であると言うことを男は知っていたから、ここへ足を運んだのだった。 ディクスは部屋の外に待たせてある。男を邪魔するものは誰もいない。ゆっくりと時間をかけて、ひとつひとつの薬瓶に皇帝は目を通した。薬の名前を男はよく知らない。劇薬と呼ばれる物ももしかすると林立した中にはあるのかもしれないが、専門知識がある訳でもなく貼られた名前のラベルだけでは男にはよく判らない。 一つぐらい減ったところで気づかれはしないだろう。だから、気に入ったものを持っていこうと思う。 ふと一番上の段、奥の方に青緑色の小瓶をあるのを男は見つけた。おや、と片眉が上がるのを感じる。 あれの色に似ているかもしれないな。 腕を伸ばして硝子戸を開け、取り出す。蓋の口に鼻を近づけて嗅いだ。青臭い、正直どちらかと言うとあまり心地良い匂いではないなと思った。どの程度かと興味を覚えて舌を伸ばし、ひと舐めしてみた。ぴり、と僅かに舌先が痺れる感じがあって口の中に何とも言えない異物臭が広がる。思った通りに不味い。だがまぁ飲み下すのに差し支えはなさそうだ。 どうせ男に大して効く薬はないのだ。良いものも、悪いものも。耐性ができすぎてしまっていてせいぜい気休め、効けばめっけもの、その程度のものだった。そう言えば幼い頃には随分毒薬を飲まされた。慣らすため、耐性を付けるためと言って毎日少しずつ呷ったものだったが、果たして本当にそれが効果的なものだったのかどうか知らない。医学的根拠があったものかどうか、ひょっとすると弱らせただけなのかもしれない。それでもいいと思った。死ね死ねと言われながらぬるぬるこの年まで生きているのだから。 手にした小瓶を男は静かに懐へ収めた。酒で流し込めばそれなりにいけるかもしれないな、だとか思う。 時を止めてしまおうと思っている。いい加減に疲れた。そろそろ幕引きをしても良い頃合いだろう。できればあまり苦しまずに往ってくれると良いのだが。 少しだけ勿体ないような咎める気持ちが湧いたけれど、すぐに掻き消えた。薬を呷る前から男の精神はとっくに麻痺している。麻痺していると言うことだけは己で判っているつもりだった。 窓の外を見た。どす黒く湿った雲の下に、鮮烈な夕焼けが映えている。にわか雨はどこかへ行ったようだ。 ――あれは気持ちが良かったな。 雨に打たれた感触を思い出す。思い出すだけで男は興奮した。 べたつく肌の表面を洗い流されたような、力任せのその業。 いつものように容赦なく積み上げられた机の上の書類の山にいい加減嫌気が差したのだった。それでなくとも最近は執務室に入り浸りで、同じ景色に飽き飽きしていた。立ち上がり行き処がなくてうんざりする。戻るに当然と思われる自室には猫がいた。戻りたくなかった。まだ戻る時ではないと思う。 昨日遅く部屋へ戻った時には、片腕を結ばれたままうつらうつらと眠っていた。仮に逃げ出されたとしたら脳天突き抜けるほど腹が立つと思うのに、そうして大人しく縛められたままの姿に矢張り苛立つ。無理矢理引き摺り起こし、塞がりかけた足の甲の布を剥ぎ取った。傷を指を突っ込んで抉る。顔を歪んで喘ぐ猫の声はやはりほとんど発声されていない。男がその手で潰したのだ。 痛みにぼろぼろと零れる透明な滴が、煩わしいと勝手なことを思った。何故零れるのだろう。こういうことをしているからだ。では、こういうことをしたいのだろうか?こういうことをしたいのだ。こういうことをしたいのだからしているだろうに、尚も気が済まないのはどうしたことだろう。 もっと別の表情をさせたかったのでは、無かったか。 何もかも矛盾している。そうして深く考えるにはあまりに草臥れていた。 そこまで思い巡らせこぼれた髪を跳ね除けた拍子に、後宮を覗いてみようかと男はふと思った。正確に言うと、その奥庭に。たまたま訪れたあの月読の夜に。 奥庭を選んだのは人気が一番少ない場所だったからで、それ以上の狙いはなかった。けれどまぼろしのような光景だった。雰囲気に呑まれた猫が、大人しく腕の中に収まっていた夜だった。何を交わした訳でもない。けれどあそこを訪れたら、絡みあってどうしようもなくなり持て余しているこの「何か」が、少しは解れてくれるかもしれない。 けれど。 重なる招致にも一度も頷かなかった男が、不意に回廊へ姿を現したと言って、後宮の部屋部屋は俄かに色めきたった。薄い更紗の奥から誰もが上目でこちらを伺い、手ぐすねを引いて舌なめずりをする。忍ばせているのにあからさまな媚態。慣れたこととは言え、毎回行われる同じような騒ぎに心底辟易とする。もういっそ後宮全体に油でも巻いて燃やしてしまおうか、だとか無表情の仮面の奥で考えていたことを住人どもが読めたとしたら、また違う騒ぎになっていたに違いない。 丸ごとなくなってしまえばせいせいする。 その部屋の一つに立ち寄ったのは、だから全くの気まぐれだった。ただその部屋の入口に下げられていた紗の色が、少しくすんだ黄色だったから、それだけのことだ。タンポポの乾いた黄色。色味の少ない男の世界に、緑青と並んで鮮烈に印象深い猫の色。 ふらふらと一歩足を踏み入れてしまったなと後悔する。ゆるく目を閉じて頭を振った。 中の女はまるであれと違う。 当たり前のことだ。自分は何を期待して入室したと言うのだろう。猫が、後宮の一室に構えて男を待っている。そんな夢を見たと言うなら、今すぐ壁に頭を打ち付けて目を覚ますべきである。 今更踵を返すのも億劫で、男は溜息を吐いて毛足の長い絨毯へ直に腰を下ろした。しなを作ってすり寄り水煙管を差し出す女を面倒臭く思う。放っておけ、それだけを呟き不機嫌に黙り込んだ。 見るとはなしに女を眺め、壁に凭れて数度煙管を唇に挟む。急に気が変わって身を起こしたのは、窓の外を忍び足で過ぎ去ろうとする微かな音を拾い上げたからだ。ちりりと鈴の転がる音。 猫、だ。 がばと身を起こしぎらぎらと異様な熱を滾らせる男を、部屋の女は驚いたように眺めていた。その体へ手を伸ばし、床へ押し伏せた。身をくねらせて応える体は易々と転がる。膝を立て男を迎え入れようと期待に満ちた吐息を漏らすのを見て、男の冷え切った感情が耳元で嘲笑している。無様だ。そう思う。 乱暴に相手の衣類を剥ぎ、膨れた女陰へ慣らしもせずに指を突っ込んだ。僅かに女が眉をしかめたのが見えたがどうでもいいと思った。どうせ苦情は言えまい。行為そのものがあろうとなかろうと、男が特定の女の部屋を訪れた、その事実で十分なのだ。尾ひれと背びれもついでに付けて、一体自分はどんな風に皇帝に挑まれたか、得意満面の一等賞顔で語るのだろうと思った。利用すると言うのならばお互い様、文句はあるまい?。 実際に女に圧し掛かる気はなかった。腹上死するだとか医師から言われたこともあるが、それを今試す気にはならなかった。心臓が保つのか保たないのか、嘯く割に男も把握しきっていないが、少なくとも目の前の相手のために危険な橋を渡ろうとも思わない。そもそも男自身はまるで萎えたままで、役に立ちそうもなかった。 音を聞いたろう猫が、窓の下で息を飲むのが判った。聞き取るには猫の音はあまりに微かだったし、体の下で蠢く女の作った喘ぎ声がうるさかったので、実際には聞こえていなかったのかもしれない。けれど男には手に取るように判る。判るような気がした。 「狂っているね私は」 ……え? 「流せ」 くつくつと湧き上がる笑いを漏らし男は小さく呟いた。女が体の下から聞き返してきたが、無下に切って捨てた。そうしてうっとりと瞼を閉じ、男は窓の下にいる猫を思う。 ――ほうら。しゃがみ込み動けなくなった。 そうしてたいそう楽しい心持ちでいた気がしたのに、すぐに別な気配が猫に近付き連れ出してしまった。窓の下は空っぽになり、がっかりとする。こうなってしまっては自分がこの部屋にいる九割方の意味はない。立ち上った。纏わりつく女を無造作に払い除け、部屋を出る。あ、だとか中途で放られた女が引き止める声が聞こえたけれど、足を止める気はさらさらなかった。 酷い男だと噂されるだろう。それでいいと思った。何を自身に期待しているのか知らないし知りたくもないが、過度に造られた偶像を押し付けられることに飽き飽きしている。どうせ噂が広まるものなら、後宮どころか皇都全体へ広まってしまえばいいのだ。そうすれば誰も自分を特視すまい。 無性に苛々とする。 ぬめりつく感触を何かで洗い流してしまいたかった。 見かけた手洗い場で手を洗ったところで不快感は消えない。いっそ庭の池にでも飛びこんでしまおうかと本気で考えた。その場合やはり護衛のものに止められるだろうか。浴場まで足を運ぶのも面倒くさいけれど、この臭いには我慢がならない。どうしたものかと考え始めた時に、俄かに雨が叩きつけてきたのだった。好都合だった。 喜々としてバルコニーへ歩を進めた。取り憑かれた足取りだったろう。それはいっそ抑えの利かない、獣性を帯びた衝動だった。がつがつと肌を容赦なく打ち伏せる感覚に、震えが走る。胸が高鳴り、男は空を仰いで深呼吸した。湧き上がる歓喜の渦に溺れて眩暈がする。開いた口にも容赦なく豪雨はぶち当たり、気管に入って噎せ、男は堪えきれず喘いだ。けれどなんて心地良いのだろう。 ああ。 このまま、端の方から穴が開いて浸食されてしまえ。 だのに恐怖に強張ったディクスの声で呼び戻された。怒りが湧くほどの覇気はなかったけれど、少し残念に思う。もう少しで向こうへ行けたような気もしていたというのに。 そうだ、と男は薬棚を閉めながら思う。 この部屋を訪れたのは、だから熱狂の雨の擬似体験に憧れているに過ぎないのだ。もう一度手に入れたい。もう一度あそこまで。到達できたなら、次はきっと手放さない。 さようなら。さようなら、さようなら。 男は呟いた。もう少し手の内で眺めていたい気もしたけれど、ここいらが打ち所。幕の上がった舞台の上で、思えば随分と不恰好な踊りを続けていたものだ。もういいだろう?誰かが囁く。もう楽にしてやろうじゃあないか。 「そうだね」 男は誰もいない室内で答え一人微笑んだ。 さようなら。 懐にはひと瓶の昏睡薬。 「”それは、狂気に似ている。”」 会議室。頭は目の前の書類に集中しなければと思うのに、気持ちが追い付かない。しどろもどろになった少し前の自分の醜態を思い出す度に、つい溜め息が出た。 ノイエだ。 こみ上げた熱意のままチャトラを抱きしめてしまった。悪かったかな、と反省している。いきなり行動に移すつもりはこれっぽっちもなかったのに。 どう言った経緯かチャトラが後宮区に紛れていた。どうしてこんなところに、と思わないでもなかったけれど、豪く狼狽した様子だったから、知っていて来た訳ではないのだろうなと思った。用事があった自分は、たまたま、ひどく弱った様子のチャトラに出くわした。困ったようで居心地が悪いようで泣きたいのかもしれないけれど泣く理由はない、そんな感情をないまぜにした顔でしゃがみ込んで途方に暮れていたから、落ち着かせようと思った、それだけだったのだ。 落ち着いたと言うよりは随分草臥れているように見えた。衣服で精いっぱい隠してあるけれど、あちらこちらに擦過傷があり、中には擦過では済まされないほどひどく抉られたような焼き付けられたような痕があった。歩き方もぎこちない。片足を庇うように歩いているので、どうしたのかと尋ねると挫いたのだと言った。そうなのだろうか。頷きかけて内心首を捻る。裏庭で襲撃されたとは聞いていたけれど、警備担当のアウグスタに言わせるとずぶの素人集団だと言うことだった。素人集団が一人の人間に、そんな念入りに攻撃を仕掛けるものなのだろうか。これではまるで拷問を受けているようだと思う。 けれど、襲撃者に因るものでないとすれば、皇帝の私室付きの彼女へそうしたことを仕掛けることができるのは多分たった一人で、そのたった一人がそんな酷いことをするとはノイエには到底思えなかった。 彼の仕える主は思慮深い。一挙一動先まですべて予測して動いているようなところがあって、しかもそれを周囲に悟らせることは稀だ。 その主が考えもなしにチャトラを蹂躙する必要性が思いつかない。だからうまく納得できない部分があったのだとしても、きっと襲撃者に因る傷なのだろう。 書類の文字から目が上滑りばかりして、ノイエはまた溜息を吐いた。 草臥れたまま部屋へ戻ろうとするチャトラの様子に、余計なことを口走りつい手を伸ばしてしまった。何かあったのかな、そう聞いてみたかったのだけれど、それを聞いたらチャトラが傷付いてしまう気がして口に出せなかった。 どうしてだろう。 独楽鼠のようにくるくるとよく働く娘だ。正直なところ出先で拾ったと皇帝が連れ帰った時は、三補佐一同ああまたか、一体何日持つのやらと言う感想しか浮かばなかったけれど、皇帝に飽きた様子はない。珍しいと思う。最初に見た時は来ていた侍従の仕着せと相まって、とても娘だとは思えなかった。ダインにかつがれたと思った。どう見ても少年である。 もう一年近くチャトラは皇宮で過ごしていたけれど、これと言って見た目に変化があった訳でもない。変化があったのはきっとノイエの心持ちだ。 皇宮のあちらこちらに顔を出し、しかも下働きのものに好かれている。やれ豆を煮零すのを手伝ってくれただとか、工房に詰める人間の作業着のほつれを直してくれただとか。ひとつひとつはとても些細で取るに足らない出来事なのだろうけれど、鱗も集まれば大きな魚になる。 同年代の妹をずっと以前に失くしたことのあるノイエにとって、まるでそれは妹のようでけれど妹ではありえない、放っておけない存在だった。ちなみにアウグスタも同じように評していたなと思う。彼の場合は妹と言うよりは娘、であったようだけれど。 いい子だなと言うのが素直な気持ちだ。気が付くと目で追っていた。もっと話してみたかったけれど、皇宮でのノイエの立場とチャトラの軸は割とずれていて、なかなか交わる機会がなかった。三補佐の権限を使えばいくらでも呼び出しは利くだろうけれど、呼び出しても話すことはない。せいぜいが時候の挨拶だ。 代わりにノイエは、耳に入る彼女の噂を聞くのを楽しみにした。下働きのものに尋ねれば、いくらでもそう言う話は出てきたのだ。 曰く、巣から落ちてしまった雛を戻すために高い木へ登ったら、今度は自分が降りられなくなって半日固まっていた、だとか。 曰く皇宮に飾るための花を育てる温室で昼寝をしていたら、真っ黒に日焼けしてしまった、だとか。 本当に何でもない日常の風景ではあるのだけれど、その何でもないようなことを行う人間が、今まで皇宮にはいなかったのだと気付かされる。ここは皇帝の居住宮でありながら政治の中心でもあったからだ。必要なのは有能な人材だった。なんでもないことに泣き、笑い、共感できる人間は、そもそも存在しなかったのだ。 皇帝もそのあたりが物珍しくて未だに手元に置いているのだろうか。 そうなのかもしれない。同じ相手に三日どころか一日持てばいい気まぐれな皇帝が、手放さそうとしない。 その執着の在り方が最近目に余るとセヴィニアは言う。主の周りにあまりに女っ気がないから余計目立つのだと。早急に後宮制度を復活させるべし、議会の承認を取り付け、アウグスタとノイエには半ば事後承諾の形で意見を求められ、ノイエには後宮区画の担当を割り振られた。異を唱えてみたかったけれど、あまりに手際が良すぎて文句を吐く余地もなかったのが現実だ。 自分の担当区画が増えるだとか、それに伴う確認指示が増えるだとか、ノイエにとってそれは些末な事柄でどうでもよかった。ただ、極端に内に踏み込まれることを嫌う皇帝に対してお気の毒なことだと思った。お気の毒な。あれほど孤独を愛する人間もいないだろうに。 そうしてそう思うことが既に踏み込んでいるか、とも思った。 けれど踏み込まれることを嫌う主が、手許にチャトラを置いている。どうした心境の変化なのだろうか。少し知りたいと思った。主の生活に口を挟む気もないけれど、聞けば夜も放さずにいると言う。では色めいた話の一つでもあるのかと思えばそう言うものでもないらしい。一緒に寝ているだけだよ、と以前チャトラはそう答えた。一緒に寝ているだけ。それがどんなに前例のないことか、彼女はきっと知らない。 前例。前例前例。堅苦しい自分の考えに嫌気が差す。 そうして補佐とは難儀な仕事だと思った。今更な感もあったけれど。 もうすこし自分が純粋だった頃、ノイエは家族を病で失った。思えば貧乏貴族の類であったと思う。家柄だけはそこそこ良かったものの、内情は火の車で、けれど家族の仲だけは良かった。仲の良かった両親。年の離れた妹。使用人の数は少なかったし決して豪勢な暮らしをしていた訳ではないけれど、不平不満の出ようもなかった。いずれ己が立身出世して、家族を養い家を盛り立てて行くのだと、そう思っていた時期もあった。 ある年の冬、都に流行った病に次々と家族は倒れ、成すすべもなく皆死んだ。いっそ自分も一緒に病に倒れてしまえば良かったのに、一人生き残り途方に暮れた。家屋敷は借財の抵当にいつの間にか入っていて、ノイエは文字通り路頭に迷いかけた。勉強しようと思うのに後ろ盾もなく、目的を失ってしまった自分はただ虚ろだった。残っていたのは家名だけで、運よくその血統を買われて養子に拾い上げられた。 以降はその家のために生きてきたようなものだ。名を上げろ、功を成せと養い親には顔を合わせる度に言われ続け、自分はその通りにしてきたつもりだ。自分にはもうそれしか目的がなかったし、 「卿」 ぱん、と書類を指で弾く音がして、考えに沈んでいたノイエはぎくりと我に返る。円卓を囲んだ各方位には、それぞれ自分の他に、セヴィニア、アウグスタの両補佐、それに軍部上官が着席しており、その彼らが自分へ目をやっている。 呼んだのはセヴィニアだった。 「心ここに非ずと言った態に見受けられるが。……大事な閣議の最中ですぞ」 「……申し訳ない」 ひやりとしたものを背中に感じ、ノイエは慌てて手元の書類へ目を落とした。議題内容がまるで聞こえていなかった。補佐としてあるまじき失態である。 一旦中断した会議は、では、と促したアウグスタの声で再び流れ始め、以降はノイエも余計な考えを振り払い議題に集中したのだった。 再び掘り起こされたのは、長引いた会議の後だ。やれやれと肩の凝りを解しながら立ち上がり部屋を出た。回廊の壁に、腕を組み凭れて出てくる面々を眺めている顔におや、と思ってノイエは近寄る。 ダインだった。 「どうしたの」 一応ダインの爵位と皇妹との仲を考えるに、こうして回廊辺りをうろついてても何ら違和感のない騎士位ではあったのだけれど、あからさまに皇宮を嫌って用事がなければ顔を出さない。顔を出したとしてもさっさと退出してしまうことがほとんどで、 「卿がこんなところにいるなんて珍しい」 長居するだけでちょっとした異変である。因みに皇宮に居付かない最大の理由は、皇妹ミルキィユとの仲をエスタッド皇に突かれ遊ばれるのが嫌だから、であった。皇帝の弄び方は生半可ではない。それはノイエも知っている。もとは傭兵であったダインは大抵のことでは根を上げないし、忍耐力も人一倍あったであろうけれど、それでも皇帝だけははっきりと避けている。叙爵する前は皇帝自ら付きっ切りで、騎士としての知識をダインに叩き込んだと言う話だが、知識を教えたのが二割で残り八割は確実に弄ったのだろうなとノイエですら思った。 ダイン、涙目で「次同じ部屋に閉じ込められたら舌を噛んで死ぬ」と言い切ったらしい。 ただ、そうして皇帝を本人が嫌っている割には、使い勝手の良さと立ち位置の身軽さで、私的にあれこれと使い回されているようであった。 「……いたくている訳じゃねェよ」 憎まれ口も相変わらずである。 「何かあったのかな」 「立ち話もなんだ。アンタの仕事が上がりなら、メシでも食いに行こうとも思ったんだがね」 「……二人で?」 「俺と、アンタで」 これは何か相談でもしたいことがあるのだろう。察してノイエは肩をすくめた。 「残念ながら食事は付き合えそうにないかな。まだ仕事が残っていて、今夜は徹夜になりそうなんだ。何もないけれど、話は僕の部屋でよければ」 「ああ……、じゃあそこでいい」 無愛想に頷き、勝手知ったる皇宮の中ダインは先に立って歩き出した。そう言えばこの間美味いと進められて葡萄酒をいく本か貰ったのだった、あれを開けることにしようか、だとか考えながらノイエもダインの後に続いた。 「で」 互いにソファにくつろぎ卓を挟んで向かい合う。 皇宮にある一角、ノイエに割り当てられた私室である。同じような補佐の仕事であっても、仕事が深夜に及ぼうとかなり真面目に皇都の邸宅へ戻るアウグスタに比べて、ノイエは皇宮に寝泊まりすることが多かった。妻子のある彼と比べると一人身だと言うこともあるだろう。正直私宅へ戻ろうと皇宮の私室で一夜を明かそうと、大した違いはないのだった。待つ人間はいない。 「話したいことって、なんだろう」 「俺ァ回りくどい話は嫌いだ。単刀直入に言ってもいいか」 「うん。どうぞ」 切り子のグラスに赤い液体を注ぎ、適当に引っ張り出した菓子を差し出す。手酌はお互いに了承済みで、ノイエはソファの背もたれに背を預けてダインを視線で促した。 「ノイエ」 「うん、」 「皇帝の旦那を、どう思う」 「……どうって」 言われた意味を推し量りかねてノイエは曖昧に微笑んだ。養い親の強い推薦があったとはいえ、やはりこの若さ、これまでの大した経歴の無さで補佐官にまで伸し上がるには、かなり各方面からの嫉妬も中傷も受けてきている訳で、おかげで聞かれた質問の答えをそのまま返せるような率直さを失ってしまった。どう答えたら穏便に事態が済むか、どう答えたら相手の意思に沿うか。裏の裏を読み、時には誤魔化したし己の意思とはまるで逆方向の賛同もしてきた。 皇宮には、自分のことを「人が良い」だとか「親しみやすい」だとか称する人間が多いのも知っている。耳にする度にどうにも済まない気持ちになった。自分はそんなに優れた人間でも裏表のない人間でもない。 「僕が、皇帝陛下をいかに尊敬しているかを答えたらいいのかな」 「……そうじゃねェ」 判っているくせに、とぐいとグラスを空にして置いた拍子、ダインは前に屈みこんでノイエの視線を真正面から受け止めた。 「旦那はなんだか普通じゃねェだろう」 「普通じゃ、ない」 言われた言葉を口の中で繰り返し、ノイエは首を傾げた。 「このところ間近で見る機会がなくて、昨日、たまたま執務室に顔を出したが、あの様子は一体何だ」 「何だとは」 「旦那に何があった」 「何が……」 「シラァ切んなって。補佐のお偉いさんで話し合ってるんだろうが」 「……」 それに、と手酌でもう一杯注ぎながらダインは渋面を作った。 「ディクスと話をした」 「……」 「土砂降りの中雨に打たれて突っ立ってたそうだぜ」 判っているんだろ、と今度はもう少し確信を込めた物言いでダインが圧した。 「旦那は明らかにおかしい」 そう。いっそおかしいと言うよりは、 「狂っているのか?」 「……。……どうしてそう思うのかな」 喉に何かが絡んだようですぐには声が出なかった。ダインにどうやら誤魔化しは利かないようだ、では一体どこまで補佐間で話し合ったことを漏らすべきかと、一瞬ノイエが悩んだからである。 「聞けば皇帝の旦那のオヤジもそのまたオヤジも、なんだか普通の人間じゃあなかったって言うじゃねぇか」 「君がそんなことを言うとは思わなかったよ」 「言うなって。俺もこんなこと言いたかねェよ。……そりゃ旦那は前から風変わりだったさ。俺が知った頃にはとっくにな。何考えているのか判らねェし、まったくツボも落としどころも違うし、話が合わないどころの騒ぎじゃねェ。……けど。旦那は自分で線を引いていたよな。ギリギリの位置ではあったけど、けど、これ以上やっちまったらいけねェラインを超えることは今までなかっただろ」 「……」 ノイエ、とダインが静かに名を呼んだ。 「アンタ、なんか掴んでるんじゃねェのか」 「どうしてそう思う」 「理屈はねェよ。カンだ」 「……」 じっと見つめられて仕方がないね、とノイエは溜息を吐いた。うまく説明できる自信がないが、言を左右にして逃れられる相手でもなさそうだ。そうしてノイエは瓶を手に取り、グラスの縁ぎりぎりまでどばどばと葡萄酒を注いだ。何をするんだと訝しんだダインへ向けてこれだよ、と彼は告げる。 「前置きも過程も必要ないだろうから、僕もいきなり本題に入らせてもらうけれど……、これが今までの陛下だ」 「……」 表面張力で、何とかこぼれ落ちるのを堪えている滴。少し揺らしでもしたら揺蕩う赤さは堰を切って、 「そうしてこれがあの子かな」 手にした干菓子を数個。少し上の位置から、堪えきれない水面へ向かって落として見せた。もちろん張力はその力を失って、たちまち縁から溢れ、テーブルクロスに赤い染みを作る。けれど黙ったダインも溢れさせた本人のノイエも、その染みを見てはいなかった。 「……ノイエ、」 「今はいい。だけどこの菓子を取り出してしまったら、必ずグラスに隙間は空いてしまうだろう?」 溢れた分は滴ってしまったのだから。 少ししてダインが口を開き、それを遮る形でノイエもまた言葉を被せた。 「あの方はその隙間を埋める術を知らない」 「……」 「あの方はおそらく失う恐怖を初めて知ったんだ」 「……」 「宝物を失うことを恐れる人間は……次に何をすると思う?厳重に鍵をかけ箱の中に閉じ込めるだろうか。それとも切磋琢磨し、より一層強い人間になって守ろうとするだろうか。……それとも」 「ノイエ」 聞いていられない、と吐き棄ててダインは首を振った。 「続きを言うのは旦那を侮辱しすぎている」 「そうだよ。これは僕の勝手な想像だ。妄想かもしれないし、妄想であればいいと思う。ただ、君は僕が何かを掴んでいるのじゃないかと思った。だから僕は答えた。それだけだよ」 「……」 俺はどうしたらいい、とダインが低く呟いた。飲む気も失せたのか、グラスを放り出し、頭を抱えている。判らない、と素直にノイエは答えた。 「どうすることが最善か僕にも判らないんだ」 チャトラをできたら屋敷へ引き取ろうと思った。手首に出来た新しい縛り跡。それとも、と三つ目を理由にするだけで納得してしまう。だから怖い。それはもしかすると保護義務と言うものなのかもしれない。好意を抱いていると言うのは勘違いで、目の前の弱った彼女を単純に見捨てられないと言うことなのかもしれない。 だから、とノイエはグラスを傾け内心一人語散る。判らないと言ったけれど、彼には主の追い詰められた心地が判るような気がした。 三つ目。 ――いっそ失ってしまうものなら、己の手で粉々に壊してしまおうか。 (20110530) ---------------------------------------------------
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このページはこちらに移転しました 月のなみだ 作詞/16スレ52 作曲/コロ助(旧次スレ案内所1スレ671) 繰り返す日々と 涙で濡れた君の名前を 嘘でもいい 全部話して 月の色に染めて 音もなく流れる 嘘に溶かして 『さよなら』涙目の君よ月の歌がそうさせる 『さよなら』涙目の君よ月の色がそうさせる 音源 月のなみだ.mp3 blog mp3 月のなみだ(カラオケ).mp3 blog mp3 月のなみだ(歌:呉板)(285スレ153)(395スレ71 再録) (このページは旧wikiから転載されました)
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月のなみだ 作詞/16スレ52 作曲/コロ助 繰り返す日々と 涙で濡れた君の名前を 嘘でもいい 全部話して 月の色に染めて 音もなく流れる 嘘に溶かして 『さよなら』涙目の君よ月の歌がそうさせる 『さよなら』涙目の君よ月の色がそうさせる 音源 月のなみだ.mp3 月のなみだ(カラオケ).mp3
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月のなみだ 月のなみだ アーティスト 高垣彩陽 発売日 2012年6月13日 レーベル ミュージックレイン デイリー最高順位 3位(2012年6月13日) 週間最高順位 5位(2012年6月19日) 月間最高順位 14位(2012年6月) 年間最高順位 234位(2012年) 初動売上 4380 累計売上 5267 収録内容 曲名 タイアップ 視聴 1 月のなみだ ゲーム 十三支演義 ~偃月三国伝~ OP 2 名もない花 ゲーム 十三支演義 ~偃月三国伝~ ED 3 Think of Me ランキング 週 月日 順位 変動 週/月間枚数 累計枚数 1 6/19 5 新 4380 4380 2 6/26 ↓ 561 4941 3 7/3 326 5267 2012年6月 14 新 5267 5267 関連CD 風になる Meteor Light Next Destination
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登録日:2012/04/26(木) 18 33 11 更新日:2024/02/12 Mon 17 34 10NEW! 所要時間:約 3 分で読めます ▽タグ一覧 DQM2 DQモンスター ×示現流 じげんりゅう グレイナル ジョーカー2プロフェッショナル チェストォォォオオオッ!!! 次元 次元竜 神竜 竜 観賞用 配信 配合不可 隠しキャラ 隠しデータ じげんりゅうとはドラゴンクエストモンスターズ2で初登場したモンスター。 名前のとおり次元の裂け目からドラゴンが顔を出した姿をしている。 名前にりゅうとあるがドラゴン系ではなく魔王(????)系である。 ◆仲間にする方法◆ GBC版では攻略本のキャンペーンでのみ手に入り、野生や他国マスターでの出現はおろか配合で産むことすらできず、通常のプレイでは入手不可能。 PS版ではルカ編の他国マスターからのみ仲間にすることができる。 ◆技◆ ひのいき(最終的にはしゃくねつ)、マダンテ、ジゴスパークと強力な技を覚えることができる。 マダンテを覚えることができる貴重なモンスター。 こいつ以外でマダンテを覚えるモンスターはスライムとにじくじゃくとオルゴデミーラ(変身)しかいない。 全体攻撃であるひのいき(最終的にはしゃくねつ)、ジゴスパークも強力で半端なモンスターなら一撃で倒すことができる。 ◆その他◆ こいつが強いのは技だけではなく成長の凄まじさである。 レベルが1あがる毎にすべてのステータスが15ポイントも上昇する異例のモンスターである。 ただし、限界レベルがとてつもなく低い!! 限界レベルは… なんと… たったの9 !? まさか…。 そう、素の状態で仲間にした場合は配合により強化することができない… 図鑑にも載らないため観賞用のモンスターである。 理論上で計算すればレベル60〜70代ですべてのステータスが限界値に達成する。 (レベル10以上のじげんりゅうがいたら改造で出されたと考えてよい) といっても、レベル1の時点で全能力が700~800あり、レベル9でもほとんどの能力が900前後に到達する。 技はやはり少ないが、話題になっているほど戦力にできない、ということもない。 まぁ対戦向きの技をあまり覚えられないのでそちら基準だと実質最弱になってしまうが…。 後に発売されたドラゴンクエストモンスターズジョーカー2プロフェッショナルにも登場する。 詳細は以下 ◆仲間にする方法◆ マクドナルドの期間限定配信のみで仲間にすることができる こちらも配合で産むことはできない ◆特性◆ メガボディ(2回or3回) ギャンブルカウンター ちょうはつ 強者のよゆう 3枠モンスター以外で唯一2〜3回行動を持つが、その代わりに厄介な特性が2つもある。 ◆技(固有スキル「じげんりゅう」)◆ ※()の数値はスキルポイント ダモーレ斬り(5) アンカーナックル(10) ブレイク封じ(25) ジゴスパーク(40) マホトラガード+(50) マホトーンガード+(60) 空裂斬(90) 作戦封じの息(120) チェイン(150) ミナダンテ(200) 補助技は相手を翻弄したり、攻撃などの行動を封じたりする技を覚える。 攻撃技はどれも強力な技ばかり。 補助技で相手のペースを乱しながら一気に攻める戦術がよい。 ちなみに配信時に敵として出てきた時のみ、対象を問答無用で絶対に即死させる固有技「じげんのはざま」を使う。どれだけ鍛えられたメンツだろうがこれは防げないので、約3000のHPをさっさと削るべし これが対戦で使えたら大変な事になっていただろう… テリーのワンダーランド3DSにも登場。 限定先行配信のみと思われたが、夏休みの間(2012年8月1日〜)に行われた第3弾目となる店頭配信キャンペーンでも配信された。 入手方法は上記の配信の2回のみでこちらでも配合で産み出すことは不可能である。 ちなみにグレイナルとじげんりゅうを配合することで神竜が産まれる。 余談だが、テリワン3Dに「デッドマスカー」というゾンビ系のモンスターが登場しているが、モーションはじげんりゅうの使いまわしである。 イルルカ3Dでは、デッドマスカーの説明に「次元を超える偉大な竜のもう一つの姿であるという説」がある。 次元の裂け目から追記・修正してください。 △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] 某大統領でもないと追記・修正できないなww -- 名無しさん (2014-01-25 02 17 01) イルルカ3Dで使い回しどころかじげんりゅう本人の可能性が浮上 デッドマスカー -- 名無しさん (2014-03-03 22 14 35) ジョーカー3プロフェッショナルではようやく顔を出した状態で参戦している。むしろ今まで何故そうなっていなかったのかと -- 名無しさん (2023-05-25 20 40 38) 配合できないのは体の大部分(生殖能力)が次元の狭間側にあるからってことなんかね -- 名無しさん (2023-05-25 23 06 38) 何とネタバレだが次元竜ネグルというモンスターの人が血祭ドウコクを演じていると言う噂だ……!!!! -- 名無しさん (2024-02-09 19 58 04) モンスターズ3のじけんりゅう真っ当な奴だった。なお、信じちゃいけないやつをなぜか信じたバカな主人公に殺される模様。 -- 名無しさん (2024-02-12 17 34 10) 名前 コメント
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HN わんりゅう、にゃんりう、ランター 特徴、プレイスタイル 巧みなキャンセルスピードと、フィバ勢特有の強力な連鎖量が武器。 割子の毒により、心を砕かれた。 最近の連戦 なし
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条件:眠れるオアシスクリア 4体固定 敵 HP LV 種族 隊列 火 水 風 地 聖 邪 雷 スタン 止 毒 痺 眠 盲 菌 石 死 特殊 イープゥ 3000 43 魔獣 前列 +2 +2 +2 +2 +2 +2 +2 ○ ○ ○ ○ ○ ○ 自爆 空の妖精 590 43 精霊 飛行 0 0 +1 0 0 0 0 ○ ○ 雨の妖精 540 43 精霊 飛行 0 +1 0 0 0 ○ ○ ○ 魔攻/遠隔 砂の妖精 540 43 精霊 飛行 0 0 +1 0 0 0 ○ ○ ○ 魔攻/遠隔 NPC:グッドマン Lv42 前列 クリア後 パーティー人数と同数出現 敵 HP LV 種族 隊列 火 水 風 地 聖 邪 雷 スタン 止 毒 痺 眠 盲 菌 石 死 特殊 イープゥ 3000 43 魔獣 前列 +2 +2 +2 +2 +2 +2 +2 ○ ○ ○ ○ ○ ○ 自爆 空の妖精 590 43 精霊 飛行 0 0 +1 0 0 0 0 ○ ○ 雨の妖精 540 43 精霊 飛行 0 +1 0 0 0 ○ ○ ○ 魔攻/遠隔 砂の妖精 540 43 精霊 飛行 0 0 +1 0 0 0 ○ ○ ○ 魔攻/遠隔 ドロップ アイテム名 種類 攻撃 防御 魔攻 魔防 価値 備考 イープゥ(イベント)※イープゥ 砂のなみだ? 消費 0 0 0 0 5 詳しく調べてみよう ※空の妖精 空のキャンディ 食品 0 0 0 0 5 体力アップ! ※雨の妖精 雨のキャンディ 食品 0 0 0 0 5 魔力アップ! ※砂の妖精 砂のキャンディ 食品 0 0 0 0 5 素早さアップ! ※はレア コマンド イープゥ 様子を見る《何もしない》 空の妖精 エアランペイジ+1《全・物・風》 スカイブロウ+1《単・物・風》 雨の妖精 レインハザード+1《全・魔・水》 サンダーラッシュ《1-3・魔・雷》 砂の妖精 ダストブレス+1《全・魔・土》 ソイルフィアス+1《全・魔・土》
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でんりゅう マイリスト http //www.nicovideo.jp/watch/sm3106964 http //www.nicovideo.jp/watch/sm3951515